1:2018/09/08(土) 23:11:19.429 ID:i7782A/J0.net
むかしむかし、あるところにカンダタという盗賊がいました。

カンダタはそれはそれは悪い男で、手下と共に各地の村で暴れ回って悪逆の限りを尽くし、人々から大層恐れられていました。

しかしそんなカンダタ一味も遂には捕まり、処刑される日がやって来ました

「これで貴様も終わりだ。地獄に落ちろ!」

「上等だ、化けて出てやるぜ」

それがカンダタの最期の言葉でした。
3:2018/09/08(土) 23:13:01.486 ID:i7782A/J0.net
カンダタが目覚めると、真っ暗なところにいました。

「……なんだここは。どこでぇ」

まるで真夜中のように光のないところです。更にカンダタは、腰ほどの高さまで黒々とした池の中に浸かっていました。

「本当に俺は化けて出ちまったのか?へへっ、幽霊ってのも悪くねぇかもな」

そう言うとカンダタは、池の中を歩き始めました。

「なんでぇ、この池は。いやに鉄臭ぇな」

暗くてよく分かりませんでしたが、目を凝らすと池は赤黒く、錆のような臭いを放っています。

「ははぁなるほど、これが噂に聞く血の池って奴か。するってぇと、ここは地獄ってわけだ」

血の池を進んでいると、空から僅かにですが、一差しの光が降り注いでいるところを見つけました。
4:2018/09/08(土) 23:13:27.557 ID:nLkV+IeMp.net
希望があるように見せるという罰だからどれだけ善行を重ねても糸は切れるし悪行を重ねても糸は垂らされる
5:2018/09/08(土) 23:15:27.144 ID:i7782A/J0.net
カンダタが光の下に行って上を見上げると光の先、天空の遥か彼方に蓮の池があるのが目に入ります。

更によく見てみると、立派な髭をたくわえた厳かな面持ちの老人が、その蓮の池からこちらを見下ろしているようでした。

「分かったぜ、ここが地獄ってんなら、お空の向こうにあるあそこは極楽で、あいつは神様って寸法だ。どれ、いっちょ声をかけてみるか」

カンダタは不敵に微笑むと、上空に向かって声を張り上げました。

「おい、神様。聞こえるか」

「なんじゃ、貴様は」

神様は不躾なカンダタの態度に眉を顰めつつも、返事をしました。

「俺はこんな薄気味悪ぃところよりも天国に行きてえ。いっちょ俺を引き上げてくれねえか」

「だめじゃ」

神様はにべもなく断りました。
6:2018/09/08(土) 23:16:16.312 ID:i7782A/J0.net
「おいおい神様よ。あんたは俺のことを極悪非道で血も涙もねぇ大悪党だと思ってるかもしれねぇが、それは誤解ってもんだぜ」

それに対しカンダタは食い下がります。

「俺にだって優しいところはあるんだぜ。罠にかかった鶴を救ってやったり、火縄銃で撃たれそうになった狐を助けてやったりしたんだ」

「確かにそれは、わしの知るところでもある。お前が亀や蛤を助けたことがあることも、わしはよく知っておる」

神様は神妙な声色で応えました。

その言葉に、カンダタは顔に喜色を浮かべます。

「さすが神様、話が早え!良いことをすれば、極楽に行けるってのは本当なんだよな?」

「ああ。そのような善行を為した者は、この極楽へと昇る権利があるというのは真実だ」

「だろ!?それじゃあよ」

「だが、だめじゃ」
7:2018/09/08(土) 23:19:25.381 ID:i7782A/J0.net
カンダタは思わぬ言葉に面食らいました。

「あ?どうしてだよ!」

「お前が蜘蛛を殺したからじゃ」

神様は冷淡に言い放ちます。

「はぁ?いいじゃねえか、それくらい。たった一匹、殺しただけだぜ」

「だめじゃ!どれだけ善行を積もうと、蜘蛛を殺した者は絶対に許さぬ!それがどんな輩であろうとじゃ」

神様は眉を吊り上げ、声を荒げました。

「蜘蛛を頃すだと?あまりにも罪深い所業じゃ!他の生き物をどれだけ殺そうが、物を盗もうが家を燃やそうが構わんが、蜘蛛だけは許さんぞ!」

「おいおい、そりゃねえぜ神様!」

怖いもの知らずのカンダタは、神様相手であろうと勢いよく反論しました。
9:2018/09/08(土) 23:23:15.593 ID:i7782A/J0.net
「神様ともあろうものが、生き物の命に軽重をつけようってのか?蜘蛛だけ特別扱いして、贔屓しようってのはどうなんだよ。みんな生きてるんだぜ」

正論ですが『お前が言うな』な台詞を、カンダタは雄弁に語ります。

「だめじゃ。なんと言おうと、聞き入れることは出来ぬ。お前は己の罪過を清算するまで、その池をずっと彷徨い続けるのだな」

「やれやれ、話の通じねえ神様もいたもんだ」

頑として考えを変えない神様に、カンダタはかぶりを振りました。

「仕方ねえ、こんな頓珍漢なじじいは放っとこう。ちゃんとした評価を下してくれる、まともな神様を探しにいくか」

そう吐き捨て、カンダタはその場を去って行きました。

そこに彼と入れ替わりに、光の下に現れた者がいました。
10:2018/09/08(土) 23:27:41.565 ID:i7782A/J0.net
「神様、神様!」

「おお、お前は」

それは、一匹の蜘蛛でした。蜘蛛は必死な声色で訴えかけます。

「神様!どうしておいらは地獄に落とされたのでしょう。ずっと真面目にしてきて、悪いことなど一度もしたことがなかったのに。何故なのでしょう」

「あぁ。それはよく分かっておるぞ。お前は何も悪くない。たまにあるのだ、間違えて地獄に落とされてしまうことがな」

そう言うと、神様は人差し指を伸ばしました。

「ここにお前の糸をつけて、上ってくるがいい。そうすれば極楽へ至ることが出来る。さぁ」

「ああ、ありがとうございます!」

蜘蛛は神様の人差し指の先に向けて、糸を吐き出しました。そしてしっかりとくっついたのを確認して、糸を手繰って遥か天上へと上っていきます。
11:2018/09/08(土) 23:30:45.170 ID:i7782A/J0.net
「しめしめ、これは絶好の好機だ」

その様子を影で窺っていた男がいました。そう、カンダタです。

「あいつに続いていけば、ずっと上まで上っていくことが出来るぞ。極楽に着いちまえばこっちのもんだ」

カンダタは血の池を掻き分けて進んで光の下に辿り着き、蜘蛛の糸を掴んで上り始めました。

しばらくカンダタが上ってきたところで、蜘蛛が気付きました。

「……げえっ!あの男、おいらを潰した野郎だ!」

あの世仕様で人間サイズになっている蜘蛛ですが、蜘蛛の細い足に人間一人を叩き落す力はありません。

「おい!この糸はおいらのだ!下りろ、下りろ!」

「へへっ、そう言われて素直に聞き入れる奴がいるものか。」

蜘蛛とカンダタ、二人分の体重を受けても糸はびくともしません。そう、蜘蛛の糸はとても強靭なのです。その力強さが今回は災いしたと言えましょう。
13:2018/09/08(土) 23:34:56.971 ID:i7782A/J0.net
神様も、カンダタが糸を手繰って上ってきていることに気が付きました。

「なんと、カンダタが!いかん、奴を極楽に入れるわけにはいかん。糸を切るぞ!」

「それは困ります、神様!」

神様の言葉に、蜘蛛が焦って叫びました。

「おいらは地獄にしばらくいて、もうてんで弱っているんです!ここでまた落とされたら、もう糸を吐くことはできやせん!そいつぁ勘弁してください!」

蜘蛛の叫びに、神様は顔をしかめます。

「よし、ではこうしよう。お前が上まで上ってき次第、糸を切ってカンダタを落とす。これでいいな」

「そう来るなら、こっちにも考えがあるぜ!」

下からカンダタの意気揚々とした声が響きました。
14:2018/09/08(土) 23:34:58.630 ID:p1M4uw4y0.net
情況認識能力が高すぎる
17:2018/09/08(土) 23:38:03.123 ID:i7782A/J0.net
「どうだ、こうして蜘蛛の尻にぴったりついて上っていけばよ、糸を切る間がねえだろ!」

「こ、このっ」

「なんと悪知恵の働く奴だ!おい、蜘蛛よ!もっと速く上ってくるのだ!」

神様は蜘蛛に呼びかけますが、対する蜘蛛の返事は疲労の色濃いものでした。

「だめでさぁ、神様。おいらはもう疲労困憊で、これが精いっぱいなんでぇ」

「もう何をしても無駄ってもんだぜ。それともなんだ、極楽行きを諦めて、俺と一緒に地獄に逆戻りするか?」

カンダタの挑発にも、蜘蛛に残された力では何も出来ません。ゆっくりと糸を上っていく蜘蛛の後ろを、カンダタがついていきます。

「くそったれぇ!」

神様の悪態も虚しく、蜘蛛とカンダタは糸を上り切り、極楽に到着しました。
18:2018/09/08(土) 23:40:20.414 ID:i7782A/J0.net
「やった!極楽だぁ!おいらはここで、楽しく過ごすんだ!」

念願を果たせた蜘蛛は、喜びの声と共に駆け出し、何処かへと去って行きました。

一方カンダタは、ふてぶてしい態度で神様に話しかけます。

「それで神様。こうして無事極楽に来れたわけだが、どうするよ。俺を地獄に叩き落そうってなら、受けて立つぜ。いくらでも抗ってやる」

「……好きにするがいい」

神様は苦虫を噛み潰したような表情で応えました。

「あ?」

「あの世の掟での、極楽に足を踏み入れた者を無理矢理地獄に落とすということは出来んのだ。最早わしに出来ることはない。好きに行くがいい」

「なんだよ、拍子抜けだな」

肩透かしされたカンダタはそう呟きます。

「まぁいい。それじゃ精々、極楽の生活ってのを満喫させてもらうぜ。あばよ、神様」
21:2018/09/08(土) 23:44:32.751 ID:i7782A/J0.net
カンダタは蓮の池を離れて賑やかなところを目指し、木々をがさがさと掻き分けて歩き始めます。

「まずは食い物屋を見つけねえとな。地獄を這いまわったり糸を上ったりで、腹の虫が鳴って仕方ねえぜ」

四半刻ほど歩いていると、人家らしきものが立ち並ぶ場所にやって来ました。その中から飯屋らしきものをカンダタは見つけ、扉を叩きます。

「おーい!聞こえるか、客だぞ!開いてるかー!?」

「はいはい、いらっしゃい」

飯屋の扉が開きました。中から出てきた者を見て、カンダタはぎょっとします。

「く、蜘蛛!?」

「いらっしゃい。お客さん、びっくりして、どうかなさいましたかな」

店員は大蜘蛛でした。カンダタは驚きのあまり瞬きを繰り返しますが、そこであることに思い当たり得心がゆきます。

「ははあ、なるほど。ここは極楽っつっても、あの偏屈な神様のことだ。ちょっと蜘蛛がいるくらいおかしなことじゃねぇってことか」

「変なお客さんだね。まぁ狭い店ですが、適当に座っていて下さいな」

大蜘蛛は不思議そうな目でカンダタのことを見ていましたが、ひとまず席へと案内しました。
23:2018/09/08(土) 23:47:28.393 ID:i7782A/J0.net
「あぁ、ここは極楽ですから、お代は結構ですよ」

「そりゃありがたいこって。美味いもん、たらふく食わせてくれよ」

そう言って、カンダタは席にどっかりと座り込みました。しばらく待っていると、店員の大蜘蛛が料理を運んできました。

「はいよ、お待たせしたね」

しかしカンダタは、再びぎょっとすることになります。

「な、なんだてめぇ!ふざけてんのか!?」

「うん?いきなり怒って、どうかしたかい?」

大蜘蛛が持ってきた丼の中には、蠅や蟻、蚊、ゴキブリといった小さな虫がぎっしりと詰め込まれていたからです。

「俺は客だぞ!こんなもん食わせようって、舐めてんのか!」

「はは、どうしたんですか。あぁそれともお客さん、見慣れない格好ですから、鳥でもご所望でしょうかな。海外にはそういったお仲間もいると聞きました」

「てやんでえ!訳の分からねぇこと言いやがって!もういい、こんなところは御免だ!」

「あ、お客さん――」
24:2018/09/08(土) 23:50:28.415 ID:i7782A/J0.net
カンダタは、料理を放って店を飛び出しました。むかむかした気持ちのまま、一人ごちます。

「なんだあの野郎。ったく、あの世にも碌でもねぇ奴はいるもんだな」

しかしカンダタはすぐに別のことを考え出します。前向きさが彼の持ち味なのです。

「そうだ、飯は後にするとして、女だな。極楽にはべらぼうにべっぴんな天女さんが幾らでもいるってぇ話だ。どれ、どんな味か試してみるか」

しばらく歩いていると遊郭のような華やかな雰囲気の町に突き当たりました。カンダタは手頃なところを選んで、中に入ります。

「よう、何か用かい?」

そう声をかけてきたのは、またもや蜘蛛でした。今度はカンダタも、もう驚きはしません。

「おい、ご主人。こん中でいっとうべっぴんな女を頼むぜ」

「それは丁度いい。うちで一番の美人が丁度今、空いてるんだ。あんた、運が良かったね」

「本当に美人なんだろうな?」

「つまらない嘘はつかねえ主義さ。まぁ楽しんでっとくれ。突き当たりの部屋だよ」

「そうか、そいつは期待させてもらうぜ」
26:2018/09/08(土) 23:53:52.137 ID:i7782A/J0.net
主人との会話を終えて、カンダタは通路へと歩き始めました。その突き当り、扉の向こうから女の声がします。

「どうぞ、入っとくれ」

鼻の下を伸ばしたカンダタは扉に手をかけ、開けました。

「どれどれ、極楽の美女はどんなお顔かね」

しかしカンダタは、みたび驚愕することになります。

「くっ、蜘蛛じゃねえか!こんな奴抱けるわけねえだろ!」

「まぁ!しゃれなんすな!」

中にいたのは、カンダタの身の丈を超える大きさの、腹の黄色と緑青の模様が鮮やかなジョロウグモでした。

「どうなってんだ!何処もかしこも蜘蛛しかいねぇ!とんだところに来ちまったもんだ!」

カンダタの嘆く声が周囲に響き渡ります。そして、一目散に遊郭を飛び出していきました。
28:2018/09/08(土) 23:57:42.473 ID:i7782A/J0.net
カンダタが極楽に来てからしばらくが経ちました。神様は今日も、蓮の池から地獄を覗き込んでいます。

するとそこに、血相を変えたカンダタがやって来ました。彼は疲弊しきった様子で、神様に必死で頼み込みました。

「一生のお願いだ、神様よぉ!俺を地獄に戻してくれ!」

「一体どうしたというのじゃ。お前は自ら喜んで極楽に入ったのではないか?何があったのだ」

神様は訝しんで疑問を呈します。カンダタは答えました。

「もううんざりだ!こんな人間のいない、蜘蛛の世界で生きていくなんてどだい無理な話だ!奴ら、人間の常識が通用しねぇ!」

カンダタは、蜘蛛たちが自分と全く違う感性を持っていることに、すっかり参ってしまったのです。

仕方のないことでしょう。食べるものも違えば暮らし方も価値観も違い、数についてだって八進数なのですから。
29:2018/09/08(土) 23:59:39.649 ID:i7782A/J0.net
「しかし、本気なのか?ここにいれば、罪を償うという必要もないのだぞ。そこまでして、地獄に戻りたいと申すのか?」

「あぁ、俺は本気だ!こんな誰とも分かり合えねぇ世界より、俺の子分たちもいる地獄の方がずっと天国ってもんだ!」

カンダタの言葉は真摯で、嘘は言っていないようです。神様は少し考えた後、言葉を返しました。

「よかろう。では、貴様を地獄に返そう。だが一度戻れば、再びここに昇ってくることは出来ない。それでもお前は選ぶと言うのだな」

「あぁ、俺が馬鹿だった。これからは、地獄で真面目に生きていくことにするさ。心を入れ替えるよ」

こうしてカンダタは、再び自ら地獄に落ちました。

その後、神様が蓮の池から下を幾ら覗いても、カンダタの姿を見ることはなかったそうです。

分かったかな?良い子のみんなは地獄に落ちないよう、悪いことをしちゃあだめなんだよ。


おしまい。
30:2018/09/09(日) 00:01:48.071 ID:/+DJMUcea.net
八進数でちょっとワロタ
31:2018/09/09(日) 00:04:06.428 ID:r1P+VirJ0.net
そんで地獄にはなぜかタコしかいなくてやっぱり8進数なんだろ
38:2018/09/09(日) 00:58:20.812 ID:/pPvG2y2K.net
>>31
タコは貝とか伊勢海老とか結構いいもの食べてるんだろ
32:2018/09/09(日) 00:04:07.905 ID:W/c2Sphq0.net
おもしろかった
36:2018/09/09(日) 00:10:34.361 ID:tVpphpVE0.net
なんか落語みたいな感じで面白かった
カンダタ「うわっ蜘蛛だ気持ち悪っ殺そっと」プチッ
引用元:http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1536415879