1:2018/12/16(日) 01:57:21.857 ID:CRFH6UmLD.net
喪黒「私の名は喪黒福造。人呼んで『笑ゥせぇるすまん』。

    ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。

    この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。

    そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。

    いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。

    さて、今日のお客様は……。

    実相寺美華(39) ファッションデザイナー

    【着物美人】

    ホーッホッホッホ……。」
2:2018/12/16(日) 02:00:04.528 ID:CRFH6UmLD.net
夜。高層ビルの屋上に、中年男性と若い女性がいる。2人のバックには、都会のネオン街が見える。

篠森「お前が自分のオフィスを持つとは……。よくやったな、美華……」

テロップ「篠森桂一郎(44) ファッションデザイナー」

弟子のデザイナー・美華と握手をしようとする篠森。しかし美華は、篠森の手を払いのける。

篠森「ん?どうしたんだ、美華?」

美華「実は私……。そろそろ、先生と別れようと思ってるんです……」

テロップ「実相寺美華(29) ファッションデザイナー、篠森桂一郎の弟子」

篠森「そうか……。俺から独立してやっていくつもりなのか。だが、この業界は競争が厳しいぞ」

美華「心配には及びません。私は、篠森先生の倒し方をすでに知っていますよ」

篠森「ほう……。お前も、俺にでかい口を聞くようになったもんだな」
4:2018/12/16(日) 02:02:26.525 ID:CRFH6UmLD.net
美華「私の後ろには、広告代理店がいます。今の時代は、ファッションの価値は広告代理店が決めるんです」

篠森「そういうことか……。俺は時代遅れだから、広告代理店の連中に捨てられたってことだな」

美華「世代交代とはそういうものですよ。篠森先生」

篠森「ハハハハハ……!!どうやら、俺はお前に負けたようだ」


とある広告代理店。室内で、ファッションショーの企画会議を主導する美華。

美華は、広告代理店社員たちにあれこれ指図をしている。

美華「……いいですか!?今度の私のファッションショー、何が何でも成功させて見せますから!!」

とあるファッションショー。奇抜な衣装を着た女性モデルが、ランウェイを歩く。モデルを見守る美華。

美華のモノローグ「今の流行をリードしているのは私なんだ。私がファッション業界を動かしているんだ」
           「……あの時は、そう思っていた」
5:2018/12/16(日) 02:04:19.462 ID:CRFH6UmLD.net
テロップ「10年後――」

夜。とあるビル街。高層ビルの一室の中に、美華と彼女の弟子・瑠璃子がいる。

椅子に座る瑠璃子と、彼女の側にいる美華。2人のが、窓から夜景を眺めている。

美華「おめでとう、瑠璃子……。あなたも遂に、自分のオフィスを持つことができたね」

テロップ「実相寺美華(39) ファッションデザイナー」

瑠璃子「広告代理店が出資してくれたんですよ。私のために……」

テロップ「千葉瑠璃子(29) ファッションデザイナー、実相寺美華の弟子」

美華「なるほど……。このオフィスを借りた資金は、案の定そういうことなのね」

瑠璃子「先生もそうだったでしょ。でも、今ではもう先生は過去の人……。世代交代の流れは避けられませんよ」

美華「瑠璃子……。あなたもいつの間にか、私に偉そうな口を聞くようになったよねぇ」

瑠璃子「実相寺先生。これからの私は、先生から独立して1人でやっていきますよ」
     「広告代理店が、私を全面的にバックアップしてくれていますから……」
7:2018/12/16(日) 02:06:20.740 ID:CRFH6UmLD.net
美華「分かった……。あなたが独立したいというなら、好きにしなさい。私は止めはしないから……」


夜。ネオン街を歩く通行人たち。百貨店の建物のガラスケースの前に立つ美華。

ガラスケースの中には、ファッションの広告が表示されている。

広告「千葉瑠璃子 ファッションコレクション 6F 大展示場」

美華(今から10年前は、私の作品がここに展示されていたのに……)

美華の頭に、弟子の瑠璃子の言葉が思い浮かぶ。

(瑠璃子「でも、今ではもう先生は過去の人……。世代交代の流れは避けられませんよ」)

呆然と立ちつくしたまま、目から涙を流す美華。道を通行中の喪黒福造が、彼女の側に近づく。

喪黒「お嬢さん、何か辛い出来事でもあったのですか?」

美華「あなたは……!?」
9:2018/12/16(日) 02:08:21.842 ID:CRFH6UmLD.net
喪黒「私ですか?私はこういう者です」

喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。

美華「……ココロのスキマ、お埋めします!?」

喪黒「実はですねぇ……。私、人々の心のスキマをお埋めするボランティアをしているのですよ」

美華「人生相談とか、何かなんですか?」

喪黒「あなたのような人を救うのが、私の仕事なんです。何なら、相談に乗りましょうか?」


BAR「魔の巣」。喪黒と美華が席に腰掛けている。

喪黒「……そうですか。そういうことがあったんですか」

美華「はい。私が手塩にかけて育ててきた弟子に、あのようなことを言われたのはショックでしたね」

喪黒「まあまあ……。お弟子さんも一人前になったのですから……。これで彼女と対等に勝負できる、と喜んだらどうです?」
11:2018/12/16(日) 02:10:20.272 ID:CRFH6UmLD.net
美華「……そうはいきません。ここ数年の私は、ファッションデザイナーとしてスランプが続いています」
   「それに、この業界は世代交代が当たり前ですから……」
   「流行の波に乗れないデザイナーは、業界から淘汰されていくのが定めなんです」

喪黒「実相寺先生。ここは、逆転の発想で考えるべきですよ」

美華「逆転の発想!?」

喪黒「はい。流行に追随するだけでなく、古いものから学ぶことも大事なのです。つまり、『故きを温ねて新しきを知る』ですよ」

美華「古いものから学ぶ……ですか」
   「その時代の流行のファッションも、よく見ると20年前のファッションの焼き直しだったりしますからね……」

喪黒「ええ。でも、私が言っている『古いものから学ぶ』というのは、もっともっと昔の話ですよ」

美華「もっともっと昔とは……」

喪黒「例えば、着物文化とか……。日本が世界に誇る和服文化のことですよ」

美華「着物……。そういえば、私は洋服のデザインの知識はありますけど、着物にはそんなに詳しくないですよね……」
13:2018/12/16(日) 02:12:20.150 ID:CRFH6UmLD.net
喪黒「ならば、ちょうどいいところです。私はこう考えているのですよ」
   「伝統と個性を持った日本文化から学ぶことが、あなたの再起の鍵になるはずだ……と」

美華「……面白そうですね」

喪黒「着物文化に関わるのならば、当然、日本舞踊にも触れてみるべきです」
   「日本舞踊の中には、数百年にも及ぶ伝統が息づいているのですから……」

美華「あなたのおっしゃることは分かります。でも、どうして着物文化と日本舞踊の両方がセットなんですか?」

喪黒「実相寺先生。日本舞踊の教室に通うと、着付けや礼儀作法も覚えることができるんですよ」

美華「じゃあ、私に日本舞踊を習えとでも言うんですか?」

喪黒「そうです。デザイナーとして再起するために、日本舞踊を習ってみませんか?」
   「着物文化と日本舞踊の中から、あなたは何かのヒントをつかめるかもしれませんよ」

美華「……いいでしょう。やってみる価値はありそうですね」

喪黒「そうです!その調子!あなたにお勧めの教室を、私が紹介しますよ」
14:2018/12/16(日) 02:14:19.964 ID:CRFH6UmLD.net
数日後。メモ用紙を持った美華が、とある建物の前に立っている。

美華「喪黒さんが言っていた日本舞踊教室は……、ここか……」

霧林流日本舞踊教室。和室で、和服姿の女性講師たちが美華を出迎える。正座をし、手を添えて頭を下げる女性講師たち。

美華(うわぁ……、ずいぶん古風だなぁ……)

着替え場。参加者の女性たちが、美華に着物の着付けを教えている。参加者たちはもちろん、全員が和服姿だ。

女性の一人が、美華の帯を締めている。

美華(私はファッションデザイナーなのに、着付けのやり方さえ知らなかった。恥ずかしい……)


稽古場。女性講師が、お辞儀のやり方を美華に教える。正座をし、手を添えて頭を下げる和風のお辞儀だ。

扇子の持ち方の稽古、立ち方の稽古、歩き方の稽古を行う美華。

美華(それにしても細かい……)
16:2018/12/16(日) 02:16:18.558 ID:CRFH6UmLD.net
美華の頭に、喪黒の言葉が思い浮かぶ。

(喪黒「着物文化と日本舞踊の中から、あなたは何かのヒントをつかめるかもしれませんよ」)

美華(本当にこんなことが、私の仕事の役に立つんだろうか?)


女性講師や姉弟子とともに、踊りの稽古をする美華。傘を持ちながら、踊りの稽古をする美華。

扇子を持ちながら、女性講師から一対一で踊りを教わる美華。美華は、顔に汗をかいている。

美華(あんまり動き回るもんだから、身体に暑ささえ感じる……)


その後――。日本舞踊教室に通い続ける美華。晴れの日も、雨の日も……。

美華は、様々な種類の踊りを稽古する。宝船、流星、浅妻船、團十郎娘、玉兎、釣女、手習子などなど……。

扇子を持ちながら、着物姿で踊りの稽古をする美華。
18:2018/12/16(日) 02:18:19.423 ID:CRFH6UmLD.net
とあるアリーナ。会場内で、実相寺美華のファッションショーが行われている。

ランウェイを歩く女性モデルたち。彼女たちの服装は今風だが、服の生地はどことなくレトロだ。

一方、別の女性モデルたち。彼女たちが着ているのは、洋服と着物をミックスした独特な服装だ。モデルたちを見守る美華。


BAR「魔の巣」。喪黒と美華が席に腰掛けている。

喪黒「先生のファッションショー、ずいぶん話題になっているようですねぇ」

美華「ええ。予想以上の好評を得ることができて、本当にホッとしましたよ」

喪黒「和風と洋風の融合をファッションショーのテーマにしたのは、正解でしたよ」
   「先生の才能のおかげもあってか、斬新で個性的なファッションショーになりました」

美華「喪黒さんのおかげですよ。喪黒さんが、私に日本舞踊を習うよう勧めてくださったからです」
   「着物文化と日本舞踊の中から、私は何かのヒントを掴むことができました」

喪黒「どういたしまして。ですがねぇ……、先生には忠告しておきたいことがあるんですよ」

美華「どういうことですか?」
20:2018/12/16(日) 02:20:25.111 ID:CRFH6UmLD.net
喪黒「確かに私は、先生に日本舞踊を習うよう勧めました」
   「でも、それは、先生を洋服のデザイナーとして再起させるのが目的なのです」

美華「ええ、まあ……」

喪黒「だから、実相寺先生には私と約束していただきたいことがあります」

美華「約束!?」

喪黒「そうです。着物文化と日本舞踊への関わりは、あくまでもほどほどにしておいてください」
   「今のお仕事を大切にした上で……ね」

美華「はい。もちろん、承知していますよ……」


とあるビル街、美華のオフィス。机に向かい、鉛筆で用紙に下書きを行う美華。

洋服を着た女性のデザインが、紙に描かれていく。デザインの下書きがある程度終わった後……。美華は消しゴムで下書きを消す。

美華(ううん……!ダメ!私が求めているのは、こんなんじゃない!)
21:2018/12/16(日) 02:22:20.919 ID:CRFH6UmLD.net
再び下書きを始める美華。しかし、彼女が描いたデザインは……。どう見ても和服の女性だ。

美華(私の手で、着物のデザインをしてみたいなぁ……。こんな風に……)

またも、下書きを消しゴムで消す美華。

美華(何してるの、私!!)


霧林流日本舞踊教室。着物姿の美華が、踊りの稽古をしている。

美華(今では、日舞を踊るのが楽しく感じられるようになった……)

美華の踊りは、以前と比べるとごく自然で滑らかなものとなっている。


とある広告代理店。廊下を歩く美華を、通行中の社員たちが次々と振り向く。なぜなら、美華は着物姿だからだ。

応接室。着物姿の美華が、広告代理店の社員たちと商談を行う。

広告代理店社員A「そ、それで先生……。話というのは!?」

美華「今度の企画、変更して欲しいんですよ」
22:2018/12/16(日) 02:24:22.892 ID:CRFH6UmLD.net
広告代理店社員B「何ですって!?」

美華「私から、あなたたちに提案があります。それは……」


とあるファッションショー。会場内で、美華のファッションショーが行われている。

ランウェイに現れた女性モデルたちは、揃いに揃って着物姿だ。ただし、デザインは今風になってはいるが――。

当然、女性モデルたちを見守る美華も着物姿だ。充実した表情の美華。

美華(遂に、私は着物のファッションショーをやれたんだ)


霧林流日本舞踊教室。着替え場で、女性講師と会話をする美華。

女性講師「実相寺さん。いっそのこと、名取を目指してみてはどうですか?」

美華「えっ!?でも、名取になるには数年はかかりますよ」

女性講師「大丈夫ですよ。あなたは見所がありますから……」

美華「……分かりました。じゃあ私、名取を目指してみようと思います」
23:2018/12/16(日) 02:26:24.028 ID:CRFH6UmLD.net
美華のオフィス。机の前で、椅子に座る着物姿の美華。彼女の前に、弟子の女性デザイナーたちが集まっている。

女性デザイナーA「私、ここを去ろうと思っています!」

女性デザイナーB「私もです!今の先生には、とてもじゃないがついていけません!」

弟子たちが次々と去り、部屋に1人だけ残される美華。しばらくした後、彼女はビルの屋上に上り、都会の景色を眺める。

美華「何て、無機質な街なんだろう……。人間の温かさや、歴史や文化がまるで感じられない」
   「昔、私が追及していたファッションデザインもそうだった。でも、そういうものとはもうおさらば……」

喪黒「いやぁ、なかなかご立派な理念ですなぁ」

パチパチパチパチ……。美華の後ろの方で、聞き慣れた声と拍手の音がする。彼女が後ろを振り向くと、拍手をする喪黒がそこにいる。

喪黒「実相寺先生……。あなた約束を破りましたね」

美華「も、喪黒さん……!!」

喪黒「私は言ったはずですよ。着物文化と日本舞踊への関わりは、あくまでもほどほどにしろ……と」
25:2018/12/16(日) 02:28:21.132 ID:CRFH6UmLD.net
美華「ええ……。私は喪黒さんとの約束をしっかり守って……」

喪黒「ほう……。では、なぜお弟子さんたちが先生から一斉に逃げ出したのですかねぇ?それに、先生の今の服装……」
   「おまけに、着物のファッションショーを行い……。その上、日本舞踊の名取まで目指すとは……」

美華「そ、それはその……」

喪黒「やれやれ……。こうなったら、今の道を徹底的に突き進んで貰いましょう!!」

喪黒は、美華に右手の人差し指を向ける。

喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」

美華「キャアアアアアアアアアアア!!!」


テロップ「あれから数年後――」

とあるファッションショー。会場内に流れている音楽は、日本舞踊で使われている古風な音楽だ。

ランウェイから現れる着物姿の女性モデルたち。彼女たちが着ている着物は、大正時代や昭和初期のようにレトロな柄だ。
27:2018/12/16(日) 02:30:36.822 ID:CRFH6UmLD.net
そして、女性モデルたちを見守る美華は……。着物に日本髪をして、完全に純和風の格好になっている。

美華のモノローグ「洋服のデザイナーはもうやめた。なぜなら、現在の私は着物のデザイナーが本業だからだ」


舞台の上に立ち、日本舞踊を踊る美華。着物姿の彼女が、扇子を持ちながら優雅に踊りをこなしている。

美華のモノローグ「私は、霧林流日本舞踊の名取となった。だから、今の私は『霧林美華』の名前で舞台に出ている」


とある呉服店の中にいる喪黒。彼の後ろには、売り物の着物がいくつも並んでいる。

喪黒「日本を語る上で欠かせないのが、着物文化の存在ですし……。着物の魅力は、今もなお人々の心をとらえて離しません」
   「四季折々の着物の生地は、美しさを感じさせますし……。着用した際の姿や動きには、優雅さも感じさせてくれます」
   「それに、着物は体形の変化にも関わらず、長く着ることができますから……。世代を通して引き継がれていきました」
   「今では、生活様式の変化により、着物を着る機会は減りましたが……。着物文化は、今後も何かの形で残るでしょう」
   「ところで、実相寺先生も、すっかり着物がお似合いになりましたねぇ。彼女のような純和風の女性は、今時、貴重な存在ですよ」
   「オーホッホッホッホッホッホッホ……」

                   ―完―
28:2018/12/16(日) 02:33:06.487 ID:PgCUNR7Q0.net
まさかのハッピーエンド?
喪黒福造「デザイナーとして再起するために、日本舞踊を習ってみませんか?」 女性ファッションデザイナー「……いいでしょう」
引用元:http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1544893041