1:2018/11/23(金) 15:14:48.751 ID:HUbyTD22D.net
喪黒「私の名は喪黒福造。人呼んで『笑ゥせぇるすまん』。

    ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。

    この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。

    そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。

    いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。

    さて、今日のお客様は……。

    大戸雅(72) 声優

    【 声 】

    ホーッホッホッホ……。」
3:2018/11/23(金) 15:16:31.046 ID:HUbyTD22D.net
夜。とある銭湯、男湯。更衣室の中には、男性客たちが集まっている。

裸の男、着替えを行う男、飲み物を飲む男などなど……。室内にいる男性客たちの年齢は幅広い。

更衣室に置かれた液晶テレビが、テレビアニメを放送している。

空手着を着た主人公・ゴンが、強大な敵と戦っているようだ。

ゴン「大気青狼拳……っ!!」

鳴り響く効果音、青色の閃光。ゴンを見守る仲間たち。地面に叩きつけられるゴン。高笑いをする敵。

敵「思い知ったか!!これが闇の力だ!!」

画面に表示される「続く」の文字。エンディングテーマ。

銭湯の更衣室の中で、服を着た男の子が主人公の技の真似をする。

男の子「大気青狼拳!!」

父親「こら、静かにしなさい!!」
5:2018/11/23(金) 15:18:15.439 ID:HUbyTD22D.net
テレビ「『サスライアドベンチャー』は、ご覧のスポンサーの提供でお送りしました」

畳が付いた座席に座り、牛乳を飲む喪黒福造。

喪黒「…………」

どうやら、喪黒はまたしても何かの企みを思いついたようだ。


ある日。とあるスタジオ。室内に声優たちが集まり、テレビアニメの収録が行われている。

台本を持ち、台詞を話すベテラン声優たち。台本には、『サスライアドベンチャー』のタイトルが書かれている。

『サスライアドベンチャー』の主人公を演じているのは、ベテランの女性声優・大戸雅だ。少年の声を演じる雅。

中年の男性声優が、主人公の敵の役を演じている。

雅「おい……。俺とお前の戦いは、まだ終わってねぇぞ」

テロップ「大戸雅(72) 声優、『サスライアドベンチャー』主人公ゴン役」

男性声優「小僧……、まだ戦う気力が残っていたのか……」
6:2018/11/23(金) 15:20:22.242 ID:HUbyTD22D.net
雅「俺は、ここで負けるわけにはいかねぇ……。お前たちのような魔族に、世界を任せるわけにはいかねぇんだ!!」

男性声優「無駄な真似を……。闇の力……、受けてみよ!!」

雅「激風……、天狼……拳ーーーーーっ!!」


とある焼き肉屋。『サスライアドベンチャー』の声優たちが、テーブルに集まり食事をしている。

神村「このアニメも、来年で30周年か……。俺たち、ずいぶん長いことやってきたんだなぁ……」

テロップ「神村栄(70) 声優、『サスライアドベンチャー』坂上剛造役」

富岡「私も今じゃ、すっかりおばさんになりました。女の子の声を出すの、楽じゃありませんよ」

テロップ「富岡みのり(59) 声優、『サスライアドベンチャー』おるい役」

立原「そろそろ、キャストの交代を考えた方がいいかもしれないな」

テロップ「立原鉄雄(73) 声優、『サスライアドベンチャー』仁王丸役」

雅「そんなわけには、いかないよ!私たち、まだまだ現役でやれるじゃないの!」
7:2018/11/23(金) 15:22:17.640 ID:HUbyTD22D.net
立原「で、でもなぁ……」

雅「大丈夫よ!牛タンでも食べて、ゲン担ぎでもしましょ!ね!」

富岡「は、はい……」


街の中を歩く雅。

雅(普段、みんなの前で気丈に振る舞っているけど……。声の劣化に誰よりも悩んでいるのは、私なんだよね……)

とある公園。雅は、スタンド式灰皿の近くに立っている。口にタバコをくわえ、ライターで火をつけようとする雅。

次の瞬間……。誰かが、雅の口からタバコを取り上げる。雅が横を見ると、そこには喪黒が立っている。

雅「な、何するんですか!!」

喪黒「おやおや……、いけませんなぁ。あなたのような方がタバコを吸うのは……」

雅「私の自由ですよ!タバコを吸いたいから吸う、それだけですよ」

喪黒「あなたはプロの声優さんでしょう。タバコを吸うのは、お仕事のためによくないですよ。大戸雅さん」
8:2018/11/23(金) 15:24:21.488 ID:HUbyTD22D.net
雅「ど、どうしてそれを!?なぜ、私が声優の大戸雅だと分かったんですか!?」

喪黒「だって、あなたは国民的アニメの主人公を演じていますよねぇ?それほどの方なら、一般人にも顔が知られて当然ですよ」

雅「そ、そうですか……。確かに、私はヘビースモーカーですよ。でも、声の質を落とさずに今までやってきたわけで……」

喪黒「どうですかねぇ?最近のあなたは、自分の声の劣化に悩んでいらっしゃるのではないですか?」
   「例えば、高音が出しにくくなったとか……」

雅「わ、私はその……!!」

喪黒「ほう、図星ですか……。どうやら、あなたの心にもスキマがおありのようですねぇ」

喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。

雅「ココロのスキマ、お埋めします?」

喪黒「私は心を扱うセールスマンです。ボランティアでやっていますから、お金は一銭もいただきません」

雅「聞いたことのないお仕事ですね……」

喪黒「あなたのような人を救うのが、私の仕事なんです。何なら、相談に乗りましょうか?」
9:2018/11/23(金) 15:26:17.039 ID:HUbyTD22D.net
BAR「魔の巣」。喪黒と雅が席に腰掛けている。

雅「本当に恐れ入りましたよ。私が声優であることや、声の劣化に悩んでいることを見抜くなんて……」

喪黒「私はセールスマンですから……。仕事柄、長年、人間の観察を行ってきた賜物ですよ」

雅「は、はあ……」

喪黒「年を取って声が劣化するというのは、自然な現象ですよ。大戸さんも人の子である証です」

雅「そ、そうですけど……」

喪黒「まあ……、あなたの声の劣化は年のせいだけではないでしょう。おそらく、長年に渡る過度な喫煙や飲酒……」

雅「それですよ……。私は昔からヘビースモーカーでしたし、酒もよく飲みますからね……」

喪黒「タバコとお酒は、のどのためによくないですよ。仕事に影響が出ないはずがないでしょう……」

雅「はい……。分かっているんですけど、喫煙も飲酒もやめられませんからね……」

喪黒「今のあなたは、無理をしてゴンの声を演じているわけです。でも、そろそろ限界でしょう……」
10:2018/11/23(金) 15:28:25.227 ID:HUbyTD22D.net
雅「ええ……。ですが、私は今の役を降板するのが嫌なんですよ。キャストの一新なんてしたくありません」
  「今時の若い声優たちを見ていると、あまりにも頼りなくて不安になってくるんです」

喪黒「あなただって、昔はベテラン声優たちからそう見られていたでしょう」

雅「それとこれとは別です」

喪黒「あと、あなたにだってプライドがありますからねぇ」
   「『サスライアドベンチャー』のゴンの役を、29年に渡って演じ続けてきたわけですから……」

雅「はい……。29年間も演じていると、その役に愛着が湧きますよ。ゴンは、私の分身と言ってもいいくらいです」

喪黒「……大戸さんのお気持ち、よーく分かりました。そんなあなたのために、いいものがあるんですよ」

喪黒は鞄から何かを取り出す。机の上に置かれたのは、プラスチック製の小さなスプレーだ。

雅「これは……」

喪黒「特殊なスプレーですよ。名前は『美声スプレー』です」
   「『美声スプレー』は、のどに塗って使うことで効果を発揮するのです」

雅「……ということは」
11:2018/11/23(金) 15:30:20.719 ID:HUbyTD22D.net
喪黒「このスプレーを使えば、劣化した声を改善できますよ」

雅「その効果、本物ですよね?」

喪黒「もちろん、効果は本物です。よろしかったら、『美声スプレー』をただでプレゼントしますよ」

雅「えっ、ただでプレゼント……?」

喪黒「構いませんよ。これは、あなたが声優として立ち直ることを願う私からの気持ちです」

雅「ありがとうございます。今度のアニメの収録は、このスプレーを使ってからやってみますよ」

喪黒「そりゃあ、どうも……。間違いなく、スプレーの効き目を実感するはずですよ」


とあるスタジオ。トイレの洗面所にいる雅。彼女は上着から『美声スプレー』を取り出し、のどに塗る。

雅(このスプレーは本当に効果があるのか、これから分かるはず……)

トイレを出る雅。収録現場に集まり、台詞を話す『サスライアドベンチャー』出演陣たち。
12:2018/11/23(金) 15:32:21.222 ID:HUbyTD22D.net
富岡「何か、君の悪い村ねぇ……」

神村「ああ……。どうやらこの村の住民は、俺たちに何かを隠しているとしか思えん」

立原「明日の朝になったら、早いうちに村を去った方が無難なようだな……」

雅「ばあさん、ご飯おかわり!」

老婆役「あいよ……」

立原「全く……。ゴンは相変わらずのんきだな……」

アニメの収録はなおも続く。

雅「ばあさん……。あんた一体何者なんだ!?」

老婆役「あたしかい……。あたしゃ、ここに住む巫女の一人だよ」
     「魔族と戦う伝説の戦士たちがいると、神のお告げを聞いたが……。それは、おぬしたちのことだったようだねぇ」

神村「なるほど……。俺たちの実力を試したというわけか」

撮影スタッフ「カーーーット!!お疲れさまでした!!」
14:2018/11/23(金) 15:34:15.819 ID:HUbyTD22D.net
収録を終え、話をする声優たち。

富岡「大戸さん。気のせいか、いつもより声に張りがあるように感じますけど……」

雅「そう思う?今日は、ちょっと変わったことをやってみたのよ」

神村「変わったこと?のど飴でもなめたのかな?」

立原「それとも、新しい健康法とか……」

雅「それは秘密ぅ」


日曜日、夜。住宅街。居間で食事中のある一家が、テレビを見ている。

テレビに映っているのは、アニメ『サスライアドベンチャー』だ。画面に、主人公ゴンの顔が映る。

雅「くらえ、大気青狼拳!!」

ネット掲示板「キタ━━━(゚∀゚)━━━!!」「大気青ー狼ー拳ーーーッ!!」「たいき、せーろーけーんっ」
        「昔と変わらない声のクオリティ」「ゴンの声はこれでなくっちゃ」「大戸御大はネ申」
15:2018/11/23(金) 15:36:18.523 ID:HUbyTD22D.net
BAR「魔の巣」。喪黒と雅が席に腰掛けている。

雅「喪黒さん!『美声スプレー』のおかげで、前よりも仕事がやりやすくなりました!」

喪黒「ほら!『美声スプレー』の効果は本物だったでしょう?」

雅「はい!以前に比べると声に張りが戻りましたし、高音の声が出しやすくなりました」

喪黒「それだけではないはずです。これは、あくまでも私の感想ですが……」
   「大戸さんの声は、以前よりも若々しくなったような気がするんです」

雅「分かりますか?あなた、なかなか観察力が優れた人ですね……」

喪黒「どうやら、大戸さんは声の劣化を改善できたようですねぇ」

雅「ええ。声の劣化を克服したことで、私は安心して声優活動を行えるようになりました」
  「あなたには、本当に感謝していますよ」

喪黒「どういたしまして……。ですがねぇ、私の方から忠告しておきたいことがあるんですよ」

雅「どういうことです?」

喪黒「あなたが声の劣化を改善できたのは、あくまでも『美声スプレー』の効果によるもの……」
   「だからスプレーの使用をやめると、声は前の状態に逆戻りします」
16:2018/11/23(金) 15:38:18.022 ID:HUbyTD22D.net
雅「それは分かっていますよ。今の私は、あのスプレーなしで生活はできません」

喪黒「本当にそれでいいのですか?年を取って声が劣化するのは、自然な現象なんですよ」
   「年齢によるものや、身体の衰えや、生活習慣によるものとか、様々な原因で……」

雅「ええ、まあ……」

喪黒「今のあなたが『美声スプレー』を使って声をよくしているのは、身体に無理を重ねているようなものです」

雅「そ、そうかもしれませんね……」

喪黒「だから、大戸さん……。あなたには、約束していただきたいことがあります」
   「『美声スプレー』の使用は、ほどほどのところでやめておいてください」
   「自分の身体に無理を重ね続けるくらいなら、いっそのこと後進に道を譲ることも考えるべきでしょう」

雅「は、はい……。世代交代というものは、どうしても避けられませんからね……」


朝。雅の自宅。パジャマ姿の雅が、ドレッサーから『美声スプレー』を取り出す。のどにスプレーを塗る雅。

雅(ああ、この感覚……。このスプレーを使うと、安心感を覚える……)
18:2018/11/23(金) 15:40:14.414 ID:HUbyTD22D.net
とあるスタジオ。控室で『美声スプレー』を使用する雅。声優たちが、『サスライアドベンチャー』の収録を行う。

雅「てめぇ……、よくもおるいを……!許さねぇーーーーっ!!」

アニメの収録を終え、リラックスする声優たち。

雅「みんな!!この調子で、劇場版の収録も頑張ろうね!!来年は、『サスライアドベンチャー』放映30周年の年だからね!!」


とあるカラオケ屋。『美声スプレー』を使用する雅。しばらくした後、彼女はマイクを握り歌を歌い始める。

カラオケ採点機に表示される「100点」の数字。

雅(やった!!これがスプレーの効果なんだ!!『美声スプレー』があれば、私は怖いものなしなんだ!!)

その後――。『美声スプレー』の使用を、毎日続ける雅。家で、仕事場で、カラオケ屋で、あちこちの場で――。


そして、ある日――。とあるスタジオ。控室で、ハンドバッグから『美声スプレー』を取り出す雅。

雅がスプレーをよく見ると……。透明な容器の中にある液体は、極端なまでに減っている。
19:2018/11/23(金) 15:42:15.414 ID:HUbyTD22D.net
雅(ああっ!!『美声スプレー』の容量が残り少なくなっている!!もしもスプレーが空になったら、私は……)

喪黒「おや、お困りのようですねぇ」

後ろからある声を聞き、振り向く雅。そこには何と、喪黒が立っている。

雅「も、喪黒さん……!『美声スプレー』の在庫、まだありますか?私、新しいのがそろそろ欲しいんですけど……」

喪黒「大戸雅さん……。あなた約束を破りましたね」

雅「なっ……」

喪黒「私があれほど言ったのに、あなたは『美声スプレー』に頼り切ってしまったようですねぇ」
   「しかも、必要以上にスプレーを使いまくって……」

雅「す、すみません……!!でも、私はゴンの役を手放したくないですし……。あのスプレーがないと、私は……」

喪黒「弁解は無用です。約束を破った以上、あなたには罰を受けて貰うしかありません!!」

喪黒は雅に右手の人差し指を向ける。

喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」

雅「キャアアアアアアアアアアアア!!!」
20:2018/11/23(金) 15:44:26.404 ID:HUbyTD22D.net
スタジオ。いつも通り、『サスライアドベンチャー』の収録に臨む声優たち。

神村「覚悟しろ!!鬼龍剣!!」

立原「鉄壁張り手!!」

富岡「ゴーーーンッ、助けてーーーっ!!」

台本を読み、台詞を話す声優たち。しかし、彼らの口から聞こえてきたのは……。脅えた表情になる雅。

雅「…………」

撮影スタッフ「どうしたんですか、大戸さん?」

雅「ど、どういうことなの……!?ここにいる人間たちがみんな、私の声でしゃべっている……」

立原「大戸さん!しっかりしてくれ!」

雅「ああっ!!また、私の声でしゃべった!!私以外の声が世界から消えてしまうなんて……!!い、嫌ああああああっ!!!」

両手で耳をふさぎ、悲鳴を上げる雅。
22:2018/11/23(金) 15:46:24.597 ID:HUbyTD22D.net
東京。首都圏精神医療センター。病室の近くの壁に、「大戸雅」の名札が見える。

水色の院内着を着た雅が、病室のベッドに座っている。正常な人間とはほど遠い目つきと表情のまま、独り言を話す雅。

雅「ブツブツ……、ブツブツ……、ブツブツ……」

病室の扉の鍵が開く。ガチャッ……。扉を開け、雅の病室の中に入る医者と女性看護師。独り言を話し続ける雅。

雅「私以外の声が、世界からなくなった……。私の声は神の声……。私は神……」


首都圏精神医療センターの前にいる雅。

喪黒「人間には、声を出す機能が身体に備わっていますし……。声の存在は、生活になくてはならないものです」
   「一人ひとりは皆、個性的な声を持っていますし……。声の機能は、時として芸術を生み出すこともあります」
   「まさしく、声は人間が生まれ持った宝の一つであり……。自分の声は、自分自身であることの証とも言えましょう」
   「しかし、どんなに個性的な声を持っていても……。老化による声の衰えや、死による声の喪失は避けられません」
   「ましてや、声優の世界は世代交代が当たり前ですから……。大戸雅さんがいなくなっても、代わりはいくらでもいますよ」
   「オーホッホッホッホッホッホッホ……」

                   ―完―
26:2018/11/23(金) 16:22:44.114 ID:4JC+uxCI0.net
乙!
喪黒福造「このスプレーを使えば、劣化した声を改善できますよ」 ベテラン女性声優「その効果、本物ですよね?」
引用元:http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1542953688