1:2019/03/02(土) 01:20:46.833 ID:TfmoGRiWa.net
身体全体が膜に包まれているような感覚がした。ここは、どこだろう。

手と足を、ゆっくり動かしてみる。どうやら、うつ伏せで倒れていたようだ。

地面に手を当てて、起き上がる。そしてゆっくり目を開けた。

ここは・・・。
4:2019/03/02(土) 01:22:55.323 ID:TfmoGRiWa.net
そこはとにかく真っ白の世界だった。何もない。もう、本当に冗談じゃないくらい、何もない。まったく冗談なんじゃないかと笑ってしまいそうなくらい、何もない、真っ白の空間だった。
6:2019/03/02(土) 01:23:32.060 ID:TfmoGRiWa.net
ただ、なぜかやたら明るく、360度から蛍光灯で照らされているような感じだった。ここは、どこだろう。

 「え?うそでしょ、ほんとに動いた・・・。」真っ白の空間を見渡していたら、後ろのほうから突然声がした。振り向いて、声のしたほうに歩いていってみた。
7:2019/03/02(土) 01:25:13.774 ID:TfmoGRiWa.net
窓があった。ちょうど僕の目の高さくらいにある、白い木枠の、綺麗なガラスで出来た小さな窓だ。それは扉のようになっているわけではなく、ただ枠にはめ込まれたというような、そんなガラス一枚だけの窓だった。
8:2019/03/02(土) 01:25:59.779 ID:TfmoGRiWa.net
どうやらここらへんから声が聞こえてきたらしい。近寄って、窓の向こうを覗いて見た。
女の人がいた。こっちを向いて、驚いたような表情をしている。
9:2019/03/02(土) 01:26:30.620 ID:TfmoGRiWa.net
さっきの声はこの人のものだろうか。女の人のいる場所は、こことはまったく違う、全体に黒っぽい感じの部屋だった。壁も黒っぽい感じだし、中に置いてあるベッドやテーブル、箪笥、本棚、すべて、黒で統一されていた。
10:2019/03/02(土) 01:27:27.923 ID:TfmoGRiWa.net
そしてなにより、この女の人だ。漆黒の部屋に沈み込むように溶け込んだ肩くらいまである真っ黒の髪の毛、黒一色のTシャツとスカート。そして、その黒の世界のなかの唯一の光であるかのように浮かび上がる人間離れした真っ白の肌。
11:2019/03/02(土) 01:28:09.369 ID:TfmoGRiWa.net
僕は、何かいけないものを見てしまったような気持ちになった。
そして思いついた。ガラスの向こうの女の人の声は、僕に聞こえたのだから、僕の声もこの人に聞こえるのかもしれない。
12:2019/03/02(土) 01:28:56.361 ID:TfmoGRiWa.net
僕は、ガラス一枚隔てた向こうへひとこと話かけてみた。「あの、ここはどこですか?」それほど大きな声を出したつもりはないのに、女の人は、びくっと肩を震わせて、一歩、後ずさった。そして口に手を当てて言った。
13:2019/03/02(土) 01:29:47.841 ID:TfmoGRiWa.net
「描いた絵が、喋った・・・。信じられない。」
14:2019/03/02(土) 01:30:21.708 ID:TfmoGRiWa.net
え?描いた絵が喋った?何を言っているんだろうこの人は。
15:2019/03/02(土) 01:31:13.021 ID:TfmoGRiWa.net
「描いた絵って、なんのことですか?」もう一度、話かけてみたが、なぜか女の人は、床に座りこんでしまって、俯いてしまった。どうしたんだろう。
16:2019/03/02(土) 01:31:42.776 ID:TfmoGRiWa.net
しばらくして、すっと、立ち上がった女の人は、僕の目をしっかりと見て、はっきりとした声で言った。「あなた、生きているの?」
17:2019/03/02(土) 01:32:28.843 ID:TfmoGRiWa.net
「僕ですか?生きていますよ。ほら。」僕は両手を広げて、くるっと一回転した。
女の人は、そんな僕を見て、ふうと息を吐いた。
18:2019/03/02(土) 01:33:24.785 ID:TfmoGRiWa.net
「私は、昨日の夜、いつものように散歩にでかけたの。
そしたら、変なおじいさんが、近寄ってきて、私に何か渡してきたの。
四角くて、薄いもの。怖かったけど、おじいさんは、そのままどこか行っちゃって、で、街灯で照らして、よく見たらそれはスケッチブックみたいな何も書かれてない大きな本だったのよ。」
19:2019/03/02(土) 01:34:21.263 ID:TfmoGRiWa.net
この人は、いきなり何を言い出すのだろうと思いながら、話の続きを促した。

「家に帰ってね、見てみたら、表紙にびっしり文章が書いてあったの。
このスケッチブックに書いた絵は、紙の中の世界で実体化して命を宿しますとかそんなことがたくさん。」
20:2019/03/02(土) 01:35:45.562 ID:TfmoGRiWa.net
え?

「他にもいっぱい「使い方」みたいな感じで書いてあって。
別に信じたわけじゃないんだけど、とりあえず何か書いて見ることにしたの。そしたら、」

 嘘だろ?

「描いた絵が、あなたが、動き出したのよ。」

おい、勘弁してくれよ。冗談だろう?神様よ。

上を見上げたけど、それは周りの景色の延長に過ぎず、ただ白い空間がいつまでも続いているだけだった。
21:2019/03/02(土) 01:36:52.886 ID:TfmoGRiWa.net
女の人はユメと名乗った。
ユメの話によると、僕はどうやら、ユメによって描かれた「絵」らしい。
そしてここは、ユメが、変なおじいさんから渡されたというスケッチブックの中。
つまり、紙の中の世界なのだそうだ。
そうすると、この白い枠の窓は、スケッチブック一ページ分の大きさなのだろうか、そう考えると確かにそれくらいの大きさなのだが、しかし本当なんだろうか、あぁ、うん、まぁいいか。
とりあえず、話せる人が見つかっただけでもいいとしよう。この世界はどこまで行っても永遠に真っ白なんだろうし。
22:2019/03/02(土) 01:37:46.322 ID:TfmoGRiWa.net
ユメは一日のほとんどをあの黒い部屋で過ごしていた。外出するのは、夜中の散歩だけ。余り人と話すのが得意ではないのだ、と、ユメは小さな声で言っていた。
23:2019/03/02(土) 01:38:44.566 ID:TfmoGRiWa.net
何日か過ぎた。
表面的な状況は一向に変わらないままだが、僕とユメの関係は最初の頃よりもだいぶやわらかいものになっていた。
出会ってからずっと話しているのだから、まぁ、慣れというものなのかもしれないが、それでも、ユメと話していると、心が落ち着いた。
自分がこんな状況にいるというのに、ユメの声を聞いていると、そんなことどうでも良くなって、このままずっと会話を続けていたいとさえ思うようになった。
24:2019/03/02(土) 01:39:34.441 ID:TfmoGRiWa.net
僕とユメは、毎日必ずすることがあった。それは、ユメが、鉛筆で僕の身体を一日一回なぞるということ。

僕はもう、この行為によって僕がユメの描いた絵なのであるということを認識するしかなかった。
25:2019/03/02(土) 01:40:22.957 ID:TfmoGRiWa.net
なぜ一日に一回僕の輪郭をなぞらなければいけないのか、それはユメが教えてくれた。
「本の表紙に「使い方」が書いてあるって言ったでしょう?そこに書いてあったの。このスケッチブックに書いた絵っていうのは、一日経ったら消えちゃうんだって。
だから、その絵をずっと残して起きたい場合は、一日に一回、描いた絵をなぞらなきゃいけないの。」
26:2019/03/02(土) 01:41:29.235 ID:TfmoGRiWa.net
今、ユメは半分消えかかって薄くなった僕の身体を、丁寧に鉛筆でなぞってくれている。鉛筆の先が直接僕に触れるわけではない。
僕の前にある白枠の窓に、ユメが鉛筆を滑らせているのだ。たぶんユメの世界から見れば、この窓は一枚の紙で、そこに僕が書かれているわけなのだから、それをなぞっているということなのだろう。
27:2019/03/02(土) 01:42:05.515 ID:TfmoGRiWa.net
「はい、できたよ。これで明日まで大丈夫だね。」ユメは嬉しそうに笑った。
28:2019/03/02(土) 01:42:29.687 ID:TfmoGRiWa.net
なぞるという行為は、ユメから教えてくれたこと。つまり、ユメがもし、そのまま放置していたら僕が消えてしまうということを知っていて、輪郭をなぞらなかったら、悲しいけど、僕はユメに必要とされていないということだ。
29:2019/03/02(土) 01:43:10.466 ID:TfmoGRiWa.net
でも、もう10日以上も、毎日欠かさず、ユメは僕の体をなぞってくれている。
ユメは僕をほんの少しでも必要としてくれている、そう思うと、僕は心のそこから嬉しくなって、この真っ白の世界を全力疾走でどこまでも駆け抜けたい気持ちになるんだ。

 僕は次第に、ガラス一枚挟んだ向こうにいるユメに、想いを寄せるようになっていった。
31:2019/03/02(土) 01:43:59.381 ID:TfmoGRiWa.net
朝か夜か、こちらの世界にその区別は無い。紙に書かれた絵が寝ることはないので、夜が訪れる必要もないのかもしれないが、窓の向こうで、ユメが散歩から帰ってきて、

「今日は空気が澄んでいて、星がたくさん輝いていたよ。」

というようなことを言うと、僕はこの真っ白の世界を少し憾む。
僕にできることは、目を閉じて、何も無い空間に瞬く星の数々をひたすらに想像するしかないのだから。
32:2019/03/02(土) 01:44:59.441 ID:TfmoGRiWa.net
ユメは、僕意外の絵は描かなかった。前に一度、やはりこのときもユメの世界では星が綺麗な日、僕は、ふとあることを思いついて、ユメに言ってみたのだ。

「ねぇ、僕の世界に、星を描いてよ。小さな黄色い点でいいからさ。」
33:2019/03/02(土) 01:45:50.958 ID:TfmoGRiWa.net
ところがユメは首を横に振った。ごめんね、と寂しそうに笑うだけだった。
僕はなんだか、ルール違反をしてしまってユメを悲しませてしまったような気がして、だから、それっきり僕がユメに何か絵を頼むというようなことはしないようにした。
34:2019/03/02(土) 01:46:36.058 ID:TfmoGRiWa.net
その日は、ユメの小さな咳で始まった。

コホンコホンという咳が、布団の中から聞こえてきた。大丈夫?と尋ねると、かすれた弱々しい声がかすかに聞こえた。
35:2019/03/02(土) 01:47:37.672 ID:TfmoGRiWa.net
「風邪を引いちゃったみたいだわ。大丈夫。すぐに元気になるからね。」

 その言葉とは裏腹に、ユメの体調は相当つらそうだった。

 でもそんな状態でも、いつもの決まった時間になると布団から出てきて、僕をなぞってくれた。鉛筆を持つ手は力なく、目も虚ろたったが、それでも描くことはやめなかった。
36:2019/03/02(土) 01:48:19.117 ID:TfmoGRiWa.net
そのことに僕は、心から感謝をした。


そして、ユメが寝込んで3日目、相変わらずユメの咳は止まらず、それどころか前よりもひどくなっているような感じで、この日も一日は始まった。
37:2019/03/02(土) 01:49:06.350 ID:TfmoGRiWa.net
ユメは、布団から出ると、僕のほうへ来た。まだ僕をなぞる時間じゃないのに。

「ユメ、どうしたんだい?調子はまだよくないみたいじゃないか。横になっていないとつらいだろうに。」

ユメは震える手で、鉛筆を持った。
38:2019/03/02(土) 01:50:10.712 ID:TfmoGRiWa.net
「駄目ねぇ、私ったら。ずっと黙っていようと思っていたのに。やっぱりあなたに嘘はつけないわ。」

ユメはゆっくり、鉛筆を滑らせながら、かすれる声で話続けた。


「実はね、このスケッチブック、「使い方」に書いてあったんだけど、一回絵を描くごとに、一年間寿命が縮むんだってさ。
だから、あなた前に星を描いてって言ったときがあったでしょう、星を描いてしまったら、あなたと話をする時間が減ってしまうと思ったの。だから描けなかった。ごめんね。」
39:2019/03/02(土) 01:51:05.351 ID:TfmoGRiWa.net
僕は呆然と、何も言えずに立っていた。ユメの手は止まらない。話は、続く。

「でもね、安心して。「使い方」の最後に、絵を描いた人が死んだときスケッチブックに描かれていた絵は、消えることなく永遠に残るようになるって書いてあったの。
だから、私が氏んでも、あなたは消えることはないのよ。ね。私なんていなくても、全然平気よね。」
40:2019/03/02(土) 01:51:34.974 ID:TfmoGRiWa.net
僕は首を思いっきり横に振った。ユメは、小さく微笑んだ。

「あなたと出会って、何十日が経つのかしら。そろそろ私の寿命も底をついたみたいだわ。もっともっと、あなたと話がしたかった。
もっともっと、あなたの笑顔を見ていたかった。あなたはその真っ白な世界に負けないくらい、綺麗な心をしているのよ。
ねぇ、ほら、泣かないで、笑って、ねぇ。」
41:2019/03/02(土) 01:51:58.362 ID:TfmoGRiWa.net
僕にできることはもう、少しでも長い時間、ユメのことを見てあげることとか、ユメの声を一言たりとも洩らさずに聞いてあげることとか、そんなことしかなかった。
42:2019/03/02(土) 01:52:35.573 ID:TfmoGRiWa.net
「私は、もうすぐ死ぬわ。でもね、何十年の寿命なんてあなたと生きる日々を得るためなら、迷いもせず捨てられたの。
私は、これからもずっと、あなたといたい。だから、あなたはどうか生きて、私にはこんなことしかできないけれど、どうか、生きて。お願い。」
43:2019/03/02(土) 01:53:19.118 ID:TfmoGRiWa.net
君の動いていた手が止まった。最後の一筆を、君は、描き終えたのだ。

「私は、あなたの世界で、生き続けるから、私のこと、忘れないでね。今まで楽しかった。本当に、楽しかった。こんな私といっぱい話をしてくれて、ありがとう。」
44:2019/03/02(土) 01:54:00.157 ID:TfmoGRiWa.net
君の描いた絵が、徐々に僕の世界に広がっていく、空が、海が、月が、草が、花が、鳥が、蝶が、そして果てしない数の星達が、白枠の窓を中心に放射状に生まれていった。
45:2019/03/02(土) 01:54:35.711 ID:TfmoGRiWa.net
僕は、窓に手を伸ばした。開かないなんて分かってる。でも、少しでもユメのそばにいきたかった。ユメも、鉛筆を置いて手を広げて、伸ばした。

窓越しに、僕らの手が触れた。ぬくもりが、伝わってくる。
46:2019/03/02(土) 01:55:06.304 ID:TfmoGRiWa.net
ありがとう。精一杯の気持ちをこめて、ユメに囁いた。

そして、僕のいる世界の端っこまで、とうとう雲や海が広がりきった。


ユメは目を閉じてた。口元は、微笑んでいた。
47:2019/03/02(土) 01:55:58.213 ID:TfmoGRiWa.net
ありがとう。もう一度言って、そして、周りを見渡した。

地面には緑の草が生えていた。ところどころ黄色やピンクの綺麗な花が咲いていて、それが、遠くに見える海からの風によってそよいでいる。そのまま視線を上げると、水平線を越えて、無数の星光る夜空が広がっている。
きっとユメの見た星空はこんな感じだったのだろうなぁと思いながら、僕は、草の地面に寝転がった。
48:2019/03/02(土) 01:56:56.108 ID:TfmoGRiWa.net
そよ風が気持ちいい。目を閉じた。ここはユメが命を削って与えてくれた世界だ、僕はここで生きるよ。いつまでも、忘れない。ユメは僕の世界で、生きている。



足音、そして、

「あの、ここはどこですか?」

すぐ近くから声がして、驚いて、目を開けた。


笑ってしまった。
あぁ、そういうことだったんだ。
49:2019/03/02(土) 01:57:41.926 ID:TfmoGRiWa.net
僕は、目の前の黒髪の女の人に目を向けて、空を指差した。


「星がとても綺麗な夜ですね。」
55:2019/03/02(土) 02:28:06.064 ID:TfmoGRiWa.net
ありがとうございました!
すごく昔に描いたものです。
52:2019/03/02(土) 02:08:42.908 ID:aqHPjjak0.net
おっつ~
「星がとても綺麗な夜ですね」
引用元:http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1551457246