1:2009/11/29(日) 01:15:42.94 ID:EQ3LG23n0

狐娘「おいひいです、おいひいです」はむはむ 
男「それは良かったです」 

狐娘「はいっ、この世に又と無い美味ですっ。 
   噛みしめるとじゅわあって甘く煮たお汁が出て来るのが 
   もう堪りませんっ。おいひいです」ふるふる 
男「分かりましたから。そんなに尻尾を振らなくても」 

狐娘「ご主人は油揚げ、嫌いなのですか?」 
男「うーん。好きでも嫌いでも無いですかね」 

狐娘「そうなのですか……」しょんぼり 
男「三角のお耳が垂れていますよ」 
狐娘「だ、だって……」 

男「冗談です。大好きですよ」 
狐娘「そうですよねっ!」ふるふるっ 

男「狐娘は元気が良いですね」 
狐娘「はいっ。油揚げさえあれば、わたしは元気なのですっ」 





4:2009/11/29(日) 01:21:06.27 ID:EQ3LG23n0

狐娘「ご主人はなにを食べているのですか?」 
男「私は油揚げだけでは物足りないので、から揚げを食べています」 
狐娘「からあげ……とは何でしょうか?」 

男「鶏の肉を醤油・砂糖・みりん・生姜・ニンニクなどに漬け込み、 
  それに粉をまぶして油で揚げたものの事を言います」 
狐娘「そ、そうなのですかっ」 

男「……ええと」 
狐娘「はいっ?」 

男「卑怯ですよ。そのような、無垢な瞳で尻尾を振りながら見つめられると 
  私はこの唐揚げを貴女にあげなくてはならないではないですか」 
狐娘「そ、そのようなことは決して……」 

男「では、要らないのですか?」 
狐娘「あの、そのう……わたしの油揚げと交換しませんか?」おずっ 



5:2009/11/29(日) 01:30:58.92 ID:EQ3LG23n0

男「仕方が無いですね。はい、どうぞ」 
狐娘「ありがとうございます」 
男「いえいえ」 

狐娘「……もぐもぐ」 
男「どうですか?」 

狐娘「はい。これは……」 
男「?」 

狐娘「これはっ、お、おいひいです! 
   しかし油揚げとは似て非なるもの。外のさっくりとした食感に 
   包まれた中のお肉は、これはまさに古城の奥深くに隠された王家の秘宝。 
   この食べ物を作った人は、稀に見る才の持ち主ではないでしょうか!」 
男「そんなに気に入って頂けて嬉しいです」 

狐娘「……くすくすっ」 
男「どうしました?」 

狐娘「いえ、ご主人は優しいのだなあと思いまして」にっこり 
男「そんなことはありませんよ?」 
狐娘「また、そのように謙遜をなさらなくても」 

男「権損などではありません。 
唐揚げの恨みは確りと覚えておきますので、覚悟しておいて下さい」 
狐娘「ひえっ!?」びくう 



8:2009/11/29(日) 01:36:31.94 ID:EQ3LG23n0

狐娘「ごちそうさまでした」 
男「ごちそうさまでした」 

狐娘「わたしは、この唐揚げという食べ物をとても好きになりましたっ」 
男「そうですか。それは不都合です」 
狐娘「なぜですか?」 
男「油揚げの方がコストパフォーマンスが優れているからです」 

狐娘「……こすとぱほーまんす?」 

男「……いえ。これからは、お祝の日に唐揚げを食べる事にしましょう。 
 唐揚げとは神聖にして特別なもの。元来私のような一般人が口にすることも 
 儘ならないようなものなのです」 
狐娘「大変ですっ、わっ、わたしはそのような物を口にしてしまったのですかっ!?」 

男「落ち着いて聞いて下さい。大丈夫です、たまの贅沢は庶民が生きる糧が一つ。 
  お上もそれを罰するような野暮なことはしません。 
  ――ですが、覚えておいて下さい。 
唐揚げは大っぴらに毎日口に出来るものではないのです」 

狐娘「禁断の味覚を覚えたが故に、その乾きに苦しまなくてはならないとは……。 
   これも人の業というものなのでしょうか。奥が深いです……」 

男「貴女は、もう少し人を疑ってみる事も覚えておいた方が良いやもしれません」 
狐娘「……?」 
男「そのように小首を傾げられると、私が罪悪感を覚えるのでやめて下さい」 



12:2009/11/29(日) 01:43:23.26 ID:EQ3LG23n0

狐娘「ううっ。お腹がいっぱいなのです」 
男「今夜は気持ちの良い夜です。腹ごなしに少し外を歩きますか?」 
狐娘「はいっ」 

男「外は冷えますので、確りと着込んで下さいね」 
狐娘「畏まりました!」 

男「……少し洋服も買った方が良いのでしょうかね」 
狐娘「いえいえっ、わたしにはそのような贅沢は身に余ります」うずっ 

男「貴女は嘘を吐くのが苦手ですね」くすっ 
狐娘「そのようなことっ」 

男「給料を頂きましたので、今度の休日に街の方へ出ることにしましょうね」 
狐娘「はいっ」にこっ 



14:2009/11/29(日) 01:47:59.52 ID:EQ3LG23n0

男「昼間に日が出ていたので、冷え込みも少し和らいでいますね」 
狐娘「はい、気持ちがよいのです」 
男「貴女はお出かけが大好きですね」 

狐娘「はいっ。わたしはこの町が大好きですから」 
男「そうですか、そうですか」 

狐娘「ところでご主人」 
男「はい?」 

狐娘「今日はどちらへ向かうのですか?」 
男「知り合いが働いているお店に行こうかと思っています」 

狐娘「お店、ですかっ。お店は良いですよね。 
   活気のある処だと更に良いです。人々が集まって冗談を交わして 
   笑いあったり、お互いの情を深めあったりする様は、 
   見ていてこちらまで温かくなる心持です」にこり 
男「そうですか、そうですか」にこり 



17:2009/11/29(日) 01:54:46.85 ID:EQ3LG23n0

狐娘「ご、ご主人……?」 
男「はい?」 

狐娘「やはり少し冷えますので、そ、そのう……。 
   おっ、お手手を繋いでも……いいでしょうか?」 
男「はい、いいですよ」 

狐娘「ありがとうございますっ」ぶんぶん 
男「こらこら、その様に折角隠している尻尾を振ってはいけませんよ」 

狐娘「へへへっ」 
男「急にどうしたのですか。そのように笑って」 

狐娘「ご主人のお手手、とてもあたたかいのです」 
男「そうですか?私は低血圧なので、最近手足の冷えに悩まされているのですが」 

狐娘「そのような小話を聞きたいのではないのですっ」 
男「こらこら、そんなに繋いだ手を振り回さないで下さい」 

狐娘「いいのですっ。だってほら、今夜はこんなにも素敵な夜なのですから。 
   お空には沢山の星が瞬いて、三日月のお船がぽっかりと浮かんでいますよ。 
   乾いた空気を胸一杯に吸い込むと、何だか心まで澄み渡るようですっ」 

男「ええ。冬は良い季節ですね」 
狐娘「はいっ」にっこり 



19:2009/11/29(日) 02:01:26.90 ID:EQ3LG23n0

――からりん 

狐娘「ご、ご主人。ここは……」 
男「ええ、ささやかな酒場です。 
  バーなどという小洒落た名前で呼んで良いのかは定かではありませんが」 

女「失礼な。聞こえているわよ」 
男「おろ。これは失敬」 
女「全く貴方はそうやって――あら?」 

狐娘「こ、こんばんは!」 
女「ええ、こんばんは」 

男「親戚の子を暫く引き取ることになりまして」 
狐娘「?」 

女「へえ、可愛らしい子ね。お名前は?」 
狐娘「はい、狐娘といいますっ。よろしくお願いしますっ」 

女「ええ、よろしく」にこり 



20:2009/11/29(日) 02:09:18.17 ID:EQ3LG23n0

女「それで、何にするの?」 
男「私はギネスを。彼女には……」 
狐娘「お飲み物を頂けるのですか?」 

男「はい。此処はそういうお店なのです」 
狐娘「では、そうですね――あたたかいほうじ茶など頂けますでしょうか」 

女「……くすくすっ」 
男「ぷくくくくっ」 

狐娘「おろ?お二人ともどうされたのですか?」 

女「わたし、ほうじ茶をオーダーされたのは初めてだわ」くすっ 
男「ええと、それでは何かジュースでも出してあげて下さい」 

狐娘「じゆす?」 



21:2009/11/29(日) 02:10:45.71 ID:EQ3LG23n0

女「――お待たせ」 

ことり 

男「おお。ありがとうございます」 
狐娘「ありがとうございます。ええと、これは何と言うお飲み物なのですか?」 

女「それは、ジンジャエールという飲み物よ。生姜の風味がするの」 
狐娘「何やら気泡が湧き出していますっ」 

男「まあ、まあ。一口飲んでみれば解りますよ」 
狐娘「はいっ」 

男「では、乾杯」 
狐娘「祝言の文句ですね!今日は唐揚げも頂きましたし、 
   何かおめでたいことがあったに違いありませんっ」 

女「……唐揚げ?」 
男「いえ。お気になさらず。 
  ええと、狐娘。乾杯という掛け声で、手に持ったグラスを軽く合わせるのですよ」 

狐娘「はい、ではっ」 
男「はい。乾杯」 

――かちいんっ 



24:2009/11/29(日) 02:21:59.71 ID:EQ3LG23n0

狐娘「――わ、わわっ」 
男「どうしました?」 

狐娘「お口の中が、焼けるようなのですっ」 
女「……焼ける?」 
男「ああ。彼女は炭酸を飲むのが初めてなので。気にしないで下さい」 

狐娘「痛いような、其れでいて喉を通る感覚が心地よいような……」 

女「今時珍しいのね。炭酸を飲んだことが無いだなんて」 
男「ええ。全くの世間知らずなので……お恥ずかしい」 

狐娘「とても甘いです、ご主人。この飲み物はとても甘いのです!」 

女「……ご主人?」 
男「いえ、それは彼女が今メイドに興味があるようでして。 
  何度正しても、一行に直してくれないのです」 
女「――ふうん」 

狐娘「……冥途?黄泉路のことですか?」きょとん 



26:2009/11/29(日) 02:26:39.20 ID:eeY04vzOO

狐娘がかわい過ぎる 

30:2009/11/29(日) 03:21:47.94 ID:EQ3LG23n0

狐娘「この、流れている鳴物は何ですか? 
   私が知っているものとは大分様相が異なるのですが」 

男「これは、ジャズという音楽ですよ」 
狐娘「じやず?」 
男「亜米利加という、海の向こうの国の音楽です」 

狐娘「随分と綺麗な音色ですねっ。これは……月琴の音ですか?」 
男「これはベース、という楽器の音です」 
狐娘「太鼓の音も軽妙です」 
男「それはドラムと呼びます」 

狐娘「うううっ。何だか難しい言葉が多いです」 
男「徐々に覚えてゆけば良いのですよ」 

女「狐娘さんは音楽が好きなの?」 
狐娘「はい、鳴物は聞くと心地よいので好きですっ。 
   わたしの知っているものは、このじやずよりも穏やかで、 
   流れるような、節の無いようなものです」 
女「ふうん?」 

男「……こほん」 



31:2009/11/29(日) 03:29:08.94 ID:EQ3LG23n0

男「それでは、ご馳走様でした」 
狐娘「甘くて、とても美味しかったです」 

女「くすっ。狐娘さんはジンジャーエールが気に入ったのね」 

狐娘「はいっ。また慶事の際にはご主人にお願いをして、 
   此方に連れて来て頂きますっ」ぺこり 
女「そう」にこり 

男「貴女は狐娘が気に入ったようですね」 
女「ええ、とっても可愛らしいお客様だもの」にこ 

狐娘「また、珍しい音楽を聴かせて下さいっ」ぶんぶんっ 
男「あ、こら。いけません」 
女「?」 

男「では、また来ますので」 
女「おやすみなさい。寒いので暖かくして休んでね」 

――からりん 



32:2009/11/29(日) 03:30:33.64 ID:EQ3LG23n0

てくてくてく。 

狐娘「女さん、とても素敵な方でしたね!」 
男「そうですか?」 
狐娘「はいっ。艶やかな方でした」 

男「……ええと。もうすっかり夜も更けましたね」 
狐娘「はいっ!吐く息もすっかり白くなってしまいました」はーっ 

男「そうですね、コンビニであんまんを買って帰りましょうか」 
狐娘「あんまん?あんまんとは何ですかっ?」 

男「蒸したての饅頭のことです。麦を捏ねた皮の中に小豆を煮たものが入っています」 
狐娘「お饅頭ですね!わたし、お饅頭も大好きです!」 

男「おや、饅頭は知っているのですね」 

狐娘「ご主人、早く行きましょうっ。夜は短いのです、特にこのような素敵な夜は!」 
男「こらこら、そんなに走ると危ないですよ」 



33:2009/11/29(日) 03:31:40.02 ID:EQ3LG23n0

狐娘「こ、これは……」 

男「どうしました?」 

狐娘「唐揚げ、唐揚げが売っていますよ、ご主人! 
   その他にも色とりどりの小箱がこんなにも並んでいますっ」 

男「唐揚げはこの様な場所で厳重に管理されているのですよ」 
狐娘「そ、そうなのですか……」ごくり 

男「そして今日の私たちの目当てはこの饅頭です」 
狐娘「わあ、これがあんまんというものなのですか!」ぶんぶん 

男「この中にはあんまんをはじめ、肉まん、ピザまんなど 
  趣向を凝らした饅頭の数々が納められているのですよ」 
狐娘「な、何だか神々しく見えますっ……」 

男「このように様々な種類があるのですが、今回は最も基本的な 
  あんまんを選択することにします。 
  基本を怠っては決して前には進めないのです」 

狐娘「か、畏まりましたっ!」 



34:2009/11/29(日) 03:33:15.06 ID:EQ3LG23n0

店員「ありがとうございましたーっ」 

男「さて、私たちは無事にあんまんを手に入れた訳なのですが」 
狐娘「ま、まだ何かっ!?」 

男「このあんまんをより美味しく頂くために必要不可欠な条件があります」 
狐娘「条件……!」ごくりっ 

男「一つ。季節が寒い冬、または晩秋であること。 
  ただし、これは雨が降っていてはいけません。 
  一つ。あんまんを食べる場所は屋外であること。 
  そして最後に、仲の良い者と一緒に食べること」 

狐娘「……ご、ご主人」 
男「なんでしょう?」 

狐娘「幸いにして初めの二つの条件は見事に合致しています。 
   今日は寒い冬の日ですし、お天道様もご機嫌なようです」 
男「ふむ」 

狐娘「しかし……わたしは、その……」 
男「貴女が?」 
狐娘「わたしは、ご主人のことをとても素敵な方だと思っていますし、 
   ご主人と睦まじい仲になれれば、それはとても素晴らしい事だと。 
   そう、思うのです」 
男「ほう」 



35:2009/11/29(日) 03:34:15.44 ID:EQ3LG23n0

狐娘「けれども、その様なことはわたしが一方的に願っても仕様が無いのです。 
   ご主人が――そのっ。 
   私と仲良くなっても構わないと思されていなければ……」 
男「こら、何を言っているのですか」 

狐娘「ひえっ!そ、そうですよねっ。わたしがご主人からそのような事を 
   望むなど、身を弁えないことをっ。 
   ご、ごめんなさい。もうこの様な事は言いませんからっ」おずっ 

男「――こほん。貴女は何か勘違いをしているようですが」 
狐娘「は、はいっ」じわあ 

男「私は、これから貴女と食べるあんまんは、 
  それはもう美味しいものだと。そう言いたかったのですよ?」 
狐娘「……へ?」 

男「私は貴女と仲良しだと思っていますし、さらにそうなりたいと 
  思っています。ですから、そのように泣きそうな顔をしないで下さい」 
狐娘「そ、そのようなっ!」 

男「さあ、折角のあんまんが冷めてしまいますから、食べましょう」にこり 
狐娘「は、はいっ!」にっこり 


――― 
―――――。 



69:2009/11/29(日) 13:57:43.05 ID:gdHzu1pI0

――翌日 

ちゅんちゅん 

男「……む」 
狐娘「……すぅ」 

男(ええと。どうしてこの娘は私の布団に潜り込んでいるのでしょうか) 
狐娘「……くぅ」 

男(さて、と。起きますかね。折角の休日ですから、いつまでも 
 眠っていては時間が勿体無いです。狐娘を街へ連れてゆく約束もしましたし) 
狐娘「……むにゃ」 

男「起きて下さい。朝ですよ」ゆさゆさ 
狐娘「まだ眠たいです……」 

男「ほら。そんなにまんまるになって眠っていると、お日様が暮れてしまいますよ 
 今日は街へゆく約束だったでしょう。起きて下さい」 



71:2009/11/29(日) 14:02:17.76 ID:gdHzu1pI0

狐娘「んう。ご主人、おはようございます」 
男「はい、おはようございます。朝食の準備をしましょう」 

狐娘「朝一番のお揚げは、それはもうこの心揺さぶられんばかりの魅力が 
  あるのですが、如何せんお布団はわたしをあたたかく包み込んで 
  くれているので。その優しさに抗うことなどわたしにはとても……」 
男「こらこら。二度寝はいけませんよ」 

狐娘「だって、お布団がご主人のにおいでいっぱいなのですよ?」 
男「そんな目で見られても困ります」 

狐娘「ご主人と一緒に眠ると、とてもあたたかくて、 
  幸せが溶けているような空間なのですよ……?」 
男「ええと。良く分かりませんが起きましょうね」 
狐娘「ぽかぽかで、ふわふわなのですよ……」 

男「そんなに露骨にしょんぼりしないで下さい」 



76:2009/11/29(日) 14:11:53.65 ID:gdHzu1pI0

男「さて、それでは頂きましょう」 
狐娘「はいっ」 

男「いただきます」 
狐娘「いただきます」 

男「……もぐもぐ」 
狐娘「今日の油揚げもまたおいひいですっ」 
男「そうですか。それは良かったです」 

狐娘「ご主人は何を食べているのですか?」 
男「これはコンソメスープといいます」 
狐娘「こんそめすうぷ……」 

男「はい。玉ねぎ、人参、じゃがいも、キャベツ、それからベーコンなどを 
 コンソメという固形の調味料を溶かし込んで煮たものです」 
狐娘「綺麗な琥珀色ですっ」 

男「あたたかくて、身体の芯まで染み入るようですよ」 
狐娘「それも慶事のお食事なのですか?」 
男「これは一般的な家庭でよく食べられるものです。 
 たくさん作りましたから、貴女も少し食べてみますか?」 

狐娘「わたしも頂いて良いのですかっ?」ふりふりっ 
男「はい、どうぞ」にっこり 



79:2009/11/29(日) 14:24:59.69 ID:gdHzu1pI0

狐娘「……ずっ」 
男「……もぐもぐ」 

狐娘「――熱いっ」びくう 
男「火傷をしてはいけません。気を付けて食べて下さいね」 

狐娘「はいっ。ふーっ、ふーっ」 
男「……もぐもぐ」 

狐娘「ご、ご主人っ!」 
男「なんでしょう?」 

狐娘「これはまた唐揚げとは違った美味しさがありますっ。 
  じわあっと、溶け込んで来るような。――これは、お布団に似ていますっ」 

男「……布団に?」 
狐娘「はいっ。お布団と同じです!あたたかくて、柔らかくて、そっと幸せで」 

男「そうですか。気に入ってくれたようで良かったです。また作りますね」 
狐娘「はいっ」にっこり 



83:2009/11/29(日) 15:08:21.26 ID:XtiuP+Bb0

男「ほらほら、もう行きますよ」 
狐娘「あわわわ。もう少しだけ、お待ち下さいっ」 

男「噂には聞いていましたが、やはり女性の支度を待つのは男の定めなのですね……」 

狐娘「ええと。お櫛、お櫛は……」 
男「しかし、どうしたものでしょうか。考えてみれば 
 私が同行しても女性の洋服など良く分かりませんし……」 

狐娘「んっと。これで、良しっ」 
男「寒くないように確りと着て下さいね」 
狐娘「はいっ、大丈夫です」 

男「今日も冷え込みますね……」 

がちゃん。たたたた。 

狐娘「ごめんなさい。お待たせしましたっ」 
男「おやおや」 
狐娘「どうしましたか?」 

男「今日の貴女はとても可愛らしいですね」 
狐娘「えへへ。今日は、少しおめかしをしてしまいましたっ」 
男「では、行きましょうか」 
狐娘「はいっ」 



84:2009/11/29(日) 15:15:32.94 ID:XtiuP+Bb0

てくてくてく。 

狐娘「ねえ、ご主人」 
男「はい、何でしょうか?」 
狐娘「この、駅まで続く長い緩やかな坂道はわたしが大好きな場所のひとつなのです」 

男「ほう、どうしてまた?」 

狐娘「ずっと、ずっとこの路は、あの小さな駅に向かう人々に愛されてきました。 
  春には薄紅色の花びらが舞う中で、新しい制服に身を包んだ学生たちが 
  期待と、少しの緊張や恐れを抱きながら歩いてゆくのです」 
男「ふむふむ」 

狐娘「夏にはヒグラシが鳴く中で、秋には高い空にうっすらと 
  掛かるすじ雲を見上げながら。そして冬には……」 
男「冬には?」 

狐娘「こんな風にお手手を繋いだ仲睦まじい者たちが、にこにこしながら 
  歩いてゆく様が見られるのです。だから私はこの道が大好きなのですっ」にこり 

男「貴女は時々、とても大人びた事を言いますね」 
狐娘「だって、ずっと見て来ましたから。この町を。大好きなのですっ」 



87:2009/11/29(日) 15:25:02.13 ID:XtiuP+Bb0

がたんごとん、がたんごとん…… 

狐娘「ご主人、ご主人っ」 
男「どうしたのですか、そんなにはしゃいで」 

狐娘「わたしはこの電車というものに初めて乗りましたっ」 
男「そうなのですか。どうですか?初めての電車は」 

狐娘「はいっ。窓の外の景色がこんなにも速く移ろいゆくのですね。 
  それに、たくさん人がいて、すごいのです。 
  これは一体どうやって動いているのでしょうか?」 
男「さあ、それは私にもわかりませんね」 

ぷしゅーっ。 

狐娘「あ、ご主人っ」 
男「どうしましたか?」 

狐娘「ほら、小さな子どもが乗って来ました。お父さんとお母さんも一緒です。 
  みんなあんなに楽しそうですよ。これから街へゆくのでしょうか?」 
男「ええ。そうかもしれませんね」 

狐娘「向かいのお席の男性は眠ってしまっていますよ。 
  目的の駅で降りられるのでしょうか? 
  ……すごいなあ。人の世は凄いです。わたしの知らないものばかりなのです」 



88:2009/11/29(日) 15:31:23.12 ID:XtiuP+Bb0

わいわい、がやがや……。 

男「ほら、着きましたよ」 
狐娘「うわぁ……。人が、人がいっぱいです!」 

男「ここは私たちの住む町よりも大きな街ですから」 
狐娘「な、なんだか目が回ってしまいます。ぐるぐるです……」 

男「はぐれてしまわないようにしましょうね」 
狐娘「はいっ」きゅっ「こうやってお手手を繋げば、大丈夫ですよ」にっこり 

男「そうですね」にこり「実は、待ち合わせをしているのですが……」 
狐娘「お待ち合わせ?どなたとですか?」 

男「ええ。私では女性の洋服を選ぶのにも疎かろうと云う事で――」 

女「ああ、いたいた。時間通りね」 
狐娘「あっ、女さんです!」ふりふり 

男「狐娘は女の事がお気に入りのようですね」 
女「あら、それは光栄だわ」にこり 

男「すみませんでした。折角のお休みに急に呼び立ててしまって」 
女「いえ、これくらい良いのよ。それに、何も用事が無いと家で 
 寝てばかりいてしまうから、丁度良かったわ」 
狐娘「女さんも、お布団が大好きなのですねっ」にっこり 



91:2009/11/29(日) 15:46:11.33 ID:XtiuP+Bb0

女「そうね。特に最近は朝も冷え込むから、なかなか布団から出られないわね」 

狐娘「女さん、わたしと同じですっ。でも、どうしてでしょう。ご主人は 
  今朝も平気で私より早く起きて、わたしをお布団から引き剥がしたのです」 
女「あらあら。それは非道いわね」 

男「……こほん。私だって、朝はつらいのですよ。血圧が上がりませんし」 
狐娘「ご主人は血圧というものが低いそうなのですっ」 

女「ええと。それで今日は何処に?」 

男「はい。寒くないように狐娘に洋服を買ってやりたいのですが、 
 生憎どのようなものを選べば良いのか私にはさっぱり解りませんので、 
 貴女に見立てをして頂こうと思いまして」 
狐娘「よろしくおねがいしますっ」 

女「なるほど。じゃあ、どうしましょうかね。狐娘さんはどんな服が好きなのかしら」 
狐娘「ええと。あまりハイカラなものは、わたしには似合わないのだと 
  思いますので、何かささやかなものを選んで頂ければと、思うのですが……」 

女「んと。まあ、実際に見てみれば、もう少しどんな物が良いのか解るかしらね。 
 貴方はどうするの?一緒に女性の洋服を見ても退屈かしら」 
男「そうですね。お任せをしてしまっても良いでしょうか?」 

女「ええ、大丈夫よ。 
 狐娘さん、今日は私と二人でお買い物をしましょうね」にこり 
狐娘「はいっ。よろしくお願いしますっ」ふかぶか 



102:2009/11/29(日) 17:12:49.57 ID:ZIv/SXUl0

女「ええと。取り敢えず、寒くないように、コートなどを探しましょうか?」 
狐娘「こーと?」 

女「いま私が来ているような、上着のことよ」 
狐娘「ああ、外套のことですねっ。しかしそのような高価な物を……」 

女「大丈夫よ、彼からお金を預かっているから」 
狐娘「ご主人に申し訳ないです……」 

女「ええと。まずは適当なセレクトショップから行きましょうね」 
狐娘「?」 

女「要は、お洋服がたくさんあるお店のことよ」 
狐娘「そうなのですかっ。楽しみですっ」ふんふん 

女「じゃあ、行きましょうか」にこり 
狐娘「はいっ」 



103:2009/11/29(日) 17:15:06.74 ID:ZIv/SXUl0

わいわい、がやがや。 

狐娘「わぁ……これがお洋服のお店なのですか」 
女「こういうところに来るのは、初めて?」 

狐娘「はいっ。あの街から離れたのは、初めてですので。 
  すごいですねえ……ハイカラな淑女が沢山いらっしゃいます」 
女「どう?なにか気に入ったものがあれば着てみる事もできるからね」 

狐娘「お洋服も沢山です……」 

女「これなんてどうかしら?」 
狐娘「ええと、着てみても良いのでしょうか?」 
女「はい、袖を通して……」 

するっ。 

狐娘「ううぅ。女さん、お袖が余ってしまいました……」ぐすり 
女「参ったわね。これが一番小さいサイズなのだけれど」 



104:2009/11/29(日) 17:19:37.46 ID:ZIv/SXUl0

――其の頃。 

男(折角の機会ですから、大きな書店など覗いてみましょうかね) 

男(しかし、今月は少し節制をしなければなりませんね。 
 それにしても参りました。女性の洋服というものはどうにも 
 高価なものなのですね……。 
  
 ――まあ、狐娘もおめかしをしたい年頃のようですし、 
 それに女さんにお任せをしておけば、恐らく問題は無いでしょう) 

男(狐の生態や伝承……。 
 元来、日本人とは親しまれてきた狐ですが。 
 人ともつかず、狐ともつかず。あの娘は一体――?) 

男(それらしき文献など、見当たれば良いのですが。 
 まあ、期待はしない方がよさそうですね……) 

店員「いらっしゃいませー」 



105:2009/11/29(日) 17:25:31.31 ID:ZIv/SXUl0

狐娘「――あ。ご主人ーっ!」 

ててててて。 

男「こらこら。そんなに走っては危ないではないですか」 
狐娘「この外套を、買って頂きましたっ。如何ですかっ?」 

女「そのまま着て行くって言って聞かなかったものだから」にこり 

男「ああ、ご迷惑をお掛けしませんでしたか?」 
女「いいえ。狐娘さん、とっても良い子だったものね」 
狐娘「はいっ」ふりふり 

女「ええと、それで。これが余った分よ」 
男「ああ、ありがとうございます 
 ――おろ。思ったよりも安く上がったのですか?」 

女「子供服というのも最近はお洒落なものが多いのね。 
 それに、大人のものより大分安く買えたわ」 
男「子供服?」 
女「ええ」くすっ「サイズが合うものがね。無かったのよ」 



106:2009/11/29(日) 17:31:06.21 ID:ZIv/SXUl0

男「ああ、なるほど」 

女「見せてあげたかったわ、ぶかぶかのコートを着て、 
 『お袖が余ってしまいました』なんて泣きそうな顔をしていたあの子を」にこり 

狐娘「ご主人、ご主人っ」 
男「はい、どうしました?」 

狐娘「この髪留めを女さんに買って頂きました!とても綺麗なのですっ」 

男「おやおや。きちんとお礼を言わないといけませんね」 
狐娘「はいっ。どうも有り難う御座いますっ」ぺこり 

女「いえいえ」 

男「本当に済みません。代金を……」 

女「いいえ、気にしないで。あんなに喜んで貰えてよかったもの」にこり 



107:2009/11/29(日) 17:39:29.37 ID:ZIv/SXUl0

かちゃりっ。 

店員「お待たせいたしました」 

狐娘「ジンジャーエールですっ」 
男「また貴女はその様にはしゃいで」 
女「いいじゃない。初めての遠出なのでしょう?」 

狐娘「はいっ。それに、ご主人も女さんも一緒で、とても嬉しくて、楽しいのですっ」 

女「くすっ。可愛いわね」にこり 
男「ええ、まあ」 

かちゃり。 



108:2009/11/29(日) 17:40:16.14 ID:ZIv/SXUl0

狐娘「あのっ、お二人が飲んでいるのは何ですか?」 

男「これは珈琲といって、植物の豆を煎って細かく挽いたものにお湯を通したものです」 
女「狐娘さんには少し苦いかもしれないわね」 

狐娘「そ、そのようなっ。わたしだって――」かちゃり 

男「あ、こらっ」 
女「……くすっ」 

狐娘「――っ!?けほっ、けほっ……」 

男「ああ、だから言ったのに」 
狐娘「わたしはやっぱり、ジンジャーエールの方が好きです……」 

女「まあまあ。そんなにしょんぼりしないで? 
 もうすこし大きくなれば、きっと飲めるようになるわよ」 

狐娘「でも、わたしはご主人と同じが良いのです……」しゅんっ 



110:2009/11/29(日) 17:42:00.05 ID:ZIv/SXUl0

――冷え込んだ夜の帰り道。 

てくてくてく。 

狐娘「すぅ、すぅ……」 

女「貴方、こうして見ると、まるでお父さんみたいね」くすっ 
男「ええ、育児も中々大変なようで……」 

狐娘「……すぅ」 

男「今日は本当にありがとうございました。お陰様で助かりました」 
女「こちらこそ、楽しかったわ」 

男「……冷えますね」 
女「お店、寄って行く?」 

男「いえ、今日は。風邪をひかないようにこの娘を布団で 
 眠らせなければいけないので。 
 それに、今月は少し節制を心掛けないといけませんしね」 

女「すっかり父親が板に付いているじゃない」 
男「そうですかねえ。どうにも私には解らないことだらけで困っているのですが」 

狐娘「すぅ……むにゃ」にこり 

てくてくてくてく……。 

――― 
―――――。 



130:2009/11/29(日) 20:33:33.94 ID:ZIv/SXUl0

――浅く、薄ぼやけた夢のなかで 

狐娘「……ん」 

「……」 

狐娘「あっ。あなたは……。こんにちはっ」ぺこり 

「――」 

狐娘「ええと。あのっ、その……」 

「――」こくり 

狐娘「そうですか。もう、時間が無いのですか……。 
  いえ、いいのですっ。あなたはもう、ずっと頑張ったのですから」 

「――」ふるふる 

狐娘「それにですね、ほらっ。わたしも、最後にとても素敵なひとと 
  お友達になれましたし。気にしないで下さいよ。ねっ? 
  ほら、この外套も頂いてしまったのですよ。とてもあたたかいのですっ」にこ 

「――。――――」 

狐娘「そう、ですか。……そうですよね。はい。一度あなたの所にお連れしますよ」 

「……」 

狐娘「はいっ。それではまた後ほど」にこり 



131:2009/11/29(日) 20:36:13.68 ID:ZIv/SXUl0

狐娘「……ご主人」ぽけっ 

男「おろ。済みません、起こしてしまいましたか」 

狐娘「……ご主人、あのっ」 
男「どうしました?」 

狐娘「ご主人のお背中、とっても寝心地が良かったですよっ。 
  お布団にも勝るとも劣らない優しさとあたたかさでした」にこり 

男「……ええと。お風呂を入れましたから、先に入って下さい。 
 今日の我が家のお風呂は草津の湯です。芯まであたたまりますよ」 

狐娘「あの、わたしっ、ご主人にお話しなければならないことがっ」 
男「今日は疲れたでしょう。ゆっくり入って来ると良いですよ」にこり 

狐娘「……はい」 



133:2009/11/29(日) 20:38:29.13 ID:ZIv/SXUl0

かぽぉん…… ざーっ 

狐娘「……」 

狐娘「……ひっく」じわっ 

狐娘「ああ、楽しかったですね。あの木の下に倒れていた 
  私を助けてくれたのがご主人で、本当に、ほんとうによかったです」ぽろっ 

狐娘「短いようで、長いようで。それは楽しい時間、素敵な時間。 
  身に付けていたいけれど、ずっと大切に仕舞っておきたくなるような、 
  そんな時間でした」 

狐娘「……ぶくぶくぶく」 

狐娘「だから。――だから、哀しむ事なんて何もないのですよね。 
  いつか過ぎ去ってしまうものだと、解っていましたから」ぽろぽろっ 

狐娘「ん。だから、もう泣くのは止めましょう。わたしが泣いていたら 
  きっとご主人を心配させてしまう事になります。 
  ご主人が哀しむ姿は、見たくありませんから」ごしっ 

狐娘「……ぶくぶくぶく」 



135:2009/11/29(日) 20:41:11.60 ID:ZIv/SXUl0

がちゃり、ぱたん。 

狐娘「お先にお湯を頂きましたっ」にこり 
男「ええ。草津の湯はどうでしたか?」 

狐娘「はいっ。とっても良い匂いでしたっ。 
  それに、なんだかいつもよりもぽかぽかしている気がします」 

男「そうですか、それは良かったです」 
狐娘「はいっ」 

男「ええと、それで?」 
狐娘「はい?」 

男「話が?」 
狐娘「あ。はい、あのっ……。 
  なるべく早く、一緒に行って頂きたいところがあるのです」 
男「ほう、それは何処に?」 

狐娘「わたしと、ご主人が最初にお会いした場所、です」 
男「……なにか、理由があるのですね?」 

狐娘「――はい」 



136:2009/11/29(日) 20:42:38.56 ID:ZIv/SXUl0

男「解りました。明日は午前中少し時間がありますので、その時で良いですか?」 
狐娘「はい、ありがとうございますっ」ぺこり 

男「……」 

狐娘「それと、そのう。もう一つ、お願いがあるのですが……」 
男「はい、何でしょう?」 

狐娘「今日は、始めから同じお布団で眠ってもいいですか……?」 
男「あはは。どうせ貴女はいつの間にか私の布団に潜り込んで来るでは無いですか」 

狐娘「そうではなくてっ。お布団で、ご主人にもふもふされながら、 
  お話が、したいのです。夜が深くなって、しんと静まり返った月夜に」 

男「わかりました。では、お風呂に 
 入ってきてしまいますので少し待っていて下さいね」 

狐娘「はいっ。ありがとうございますっ」ぶんぶんっ 



160:2009/11/29(日) 23:58:04.27 ID:VQYK2uH70

――それから。あたたかな布団の中で 

男「静かな、夜ですね」 
狐娘「はい。そっと息を潜めると、星の瞬きの音まで聞こえてしまいそうです」 

男「狐娘は、お布団の中で丸まるのが好きなのですか?」 
狐娘「はい。こうしていると、なんだか落ち着くのです」 

男「そうですか、そうですか」 
狐娘「……はい」 

男「……」 
狐娘「……」 

男「ひとつだけ、訊ねてもいいでしょうか」 
狐娘「はい?」 

男「貴女は、一体何処からやって来たのですか?」 



163:2009/11/30(月) 00:06:03.39 ID:RTpHffle0

狐娘「それは……」 

男「話したくないのなら、構いません。ごめんなさい余計な事を訊きました」 

狐娘「ご主人が今まで敢えてその事に触れなかったこと、 
  わたしはとても感謝をしています。 
   
  ――ううん、それだけじゃないです。 
   
  ずっと、ずっと親切にしてくれたこと。 
  一緒にあんまんを食べたこと。素敵な外套を頂いたこと。 
  何度も、何度も笑いかけてくれたこと。 
  全部、どれもが私の大切な……たからものです」 

男「有難うございます」にこり 

狐娘「ごめんなさい。明日、きちんとお話をします。 
  だから、どうか今日は。今日だけは、このままで……。 
  ――わたしは貴方に嫌われてしまうのが、何よりも怖いのです」 

男「馬鹿ですねえ。私が今更貴女を嫌いになる訳が無いではありませんか」 
狐娘「ごめ……なさ……っ」ぽろっ 

男「……今宵は冷えます。寒くないように、確りと手を繋いで休みましょうね」 
狐娘「ひっ……ぐすっ……」こくり 



166:2009/11/30(月) 00:17:22.05 ID:RTpHffle0

――机の上、書店の紙袋の中、折り目の付いた壱頁。 


 狐は、蜘蛛などと同じく大和から見ての被差別民であったとの見解がある。 
彼等は朝廷がその権力を伸ばす段階で、先住の地を追われた一族で、人では無 
いモノとして見做されたが故に動物の名称で呼称されたと云う見方である。 


 よって伝説などで彼らが害を為す者として描写される場合、それは朝廷の彼 
らからの復習に対する恐怖心の表れだと考えることが出来よう。狐は火を扱う 
描写が幾つか見られるが、その特殊能力は「ひとならざるもの」を暗喩してい 
るとの見解もある。 


 彼らに関する最古の記述のある日本霊異記には、美濃大野群の男が広野で女と 
出逢い、結ばれて子を為すが、その女の正体は狐であり、それを知られた女が野 
に帰ってしまうというものがある。 


 この女も自らが決して結ばれる事の許されない人ならざる身である事を承知し 
ていたが故に、自分の里が知れる事により、子の将来が安穏でないものになるこ 
とを案じて姿を隠したものだと考えられる。 



169:2009/11/30(月) 00:25:11.64 ID:RTpHffle0

――翌日 

ちゅんちゅん……。 

男「……ZZZzzz」 
狐娘(くすくすっ。ご主人、こんなに安らかなお顔をされています) 

男「……ZZZzzz」 
狐娘(わたしが先に起きていたことを知れば、どんなに驚くのでしょうか。 
  いつも卒が無くて、飄々としている貴方ですから、 
  たまにはわたしに慌てたお顔を見せて下さっても、いいのではないですか?) 

男「……ZZZzzz」 
狐娘「……」なでっ 

男「……ん」 
狐娘(ぷくくっ。そんな緩み切ったお顔をしなくてもっ) 



170:2009/11/30(月) 00:29:23.40 ID:RTpHffle0

男「……すぅ」 

狐娘(しあわせ、です。 
  うん。わたしは今、とてもしあわせなのです。 
  この胸のもやもやが、思幕かどうかはわたしには解りませんが、 
   
  ――叶うのなら。 

  もしも叶う願いであるのならば、このまま、ずっと……こうして貴方と……) 

男「ん。狐娘……?」 
狐娘「はいっ、ご主人。朝ですよっ。小鳥はもう、とうに軽やかな歌を唄っています。 
  寒さも残りますが、海の向こうまで見えてしまうような、 
  そんな澄み渡った朝です。さあ、起きて下さいっ」にこり 



172:2009/11/30(月) 00:35:05.07 ID:RTpHffle0

狐娘「ううう。油揚げおいひいです……」もくもく 
男「そうですか、それは良かったです」 

狐娘「ご主人は、今日はなにを食べているのですか?」 
男「私は今日はオムレツというものを食べています」 

狐娘「おむれつ、とは?」 
男「数種類の野菜や茸などを細かく刻んで炒めたものを、 
 半熟に焼いたとろとろの卵で包んだものです。 
 中に溶けたチーズが入っていると、なお美味しいのです」 

狐娘 ぶんぶんっ 

男「ええと」 
狐娘「はいっ?」 

男「どうぞ。この様な事もあろうかと、予め二つ作っておきましたので」 
狐娘「よ、良いのですかっ?」 

男「ええ。貴女の食への探求には、どこか感心する処すら在りますね」 
狐娘「そのようなっ」 

男「さあ、冷めてしまう前に食べてしまいましょう」 
狐娘「はいっ」 



174:2009/11/30(月) 00:42:23.75 ID:RTpHffle0

男「さあ、出掛けますよ」 
狐娘「はいっ」 

男「おやおや、今日は準備が速いのですね」 
狐娘「はいっ、今日は昨日買って頂いた外套を纏うことを決めていましたから」にこっ 

男「そうですか、そうですか。琥珀色の髪留めも、とても綺麗ですよ」 
狐娘「えへへっ。ありがとうございますっ。 
  女さんにも改めてお礼がしたいのですが……」 

男「またお店に一緒に行きましょうね」 
狐娘「ええと……それは」 

男「どうかしましたか?」 
狐娘「いえっ、何でもありません。 
  それより、戸締りはきちんと済んでいますかっ」 

男「ええ。大丈夫だと思いますが?」 
狐娘「そうですか、そうですか」にっこり 

男「……」 
狐娘「――」ぺこりっ 

男「……?」 

きぃ ――ぱたんっ。 



177:2009/11/30(月) 00:50:04.25 ID:RTpHffle0

てくてくてく。 

男「狐娘、そろそろ教えて下さいよ。私たちは何故あの神社に向かっているのですか?」 

狐娘「ええとですね。お会いして欲しい方がいるのです」 
男「それは?」 

狐娘「わたしの、とても大切な方です」 
男「貴女の……?」 

狐娘「もう、時間がありません。晩秋が過ぎ、季節は冬になろうとしています。 
  ……だから、もう最後なのですよ」 
男「貴女の言う事は時々とても難しくて、私には解らないことがあります」 

狐娘「良いのですよ、それで。 
  それよりも、さあ。そんな事を言っていないで、そのポケットに 
  仕舞っている右のお手手を出して下さいっ。 
  確りと繋いでしまわないと、わたしは貴方からはぐれてしまうのですから」にこり 



189:2009/11/30(月) 01:51:59.32 ID:RTpHffle0

――丘の上の古びた神社、朝霞のなか。 

男「はぁ、はぁ……。貴女は元気ですね……」 
狐娘「これくらいで弱音を吐かないで下さいよ。 
  ほら、見て下さい。 
  ここから見渡すわたしたちの町は、こんなにも広いのですよっ」 

男「これは……」 

狐娘「これが、わたしたちの町です。一つ一つの家が、あんなに小さく見えます。 
  あっ。あれは昨日わたしたちが乗った電車でしょうか。 
  きっと今も沢山の人を乗せて、街へ向かっているのですね。 
   
  太陽が東の空からゆっくりと昇って、 
  朝の薄い霧の中にやわらかい光が満ちてゆきます」 

男「綺麗、ですね。これが私たちの……」 

狐娘「はいっ。わたしが一番好きな風景です。 
  きっと、ずっと忘れる事の出来ない風景なのです」にこり 

男「……」 
狐娘「すこし、お話をしましょうか」 



190:2009/11/30(月) 01:55:17.47 ID:RTpHffle0

男「ここは……」 
狐娘「ええ」にっこり「わたしが、初めて貴方とお会いした場所です」 

男「貴女はどうしてこんな所で倒れていたのですか?」 
狐娘「それは……」 

男「……」 

狐娘「それは、この公孫樹の木が、もう元気を無くしてしまったからです」 
男「この木が……?」 

狐娘「この木は、ずっと、ずっと昔から此処に立っていました。 
  この神社の神木です。 
  そして、わたしの大切な方の化身でもあります」 

男「もう、黄金色に色付いた葉も殆ど枯れてしまっていますね……」 

狐娘「わたしは、嫌われ者でした。皆がわたしを厄と呼び、貶しました。 
  けれど、そんな私を大切にしてくれた一人のひとがいました。 
   
  けれど、実はその時のことは、もう良く覚えていなかったのです。 
  お恥ずかしい事です。 
  あの方がどんな顔をして笑って、どんな顔をして涙を流したのか、 
  それさえも、もう忘れかけてしまっていました」 



191:2009/11/30(月) 01:58:52.82 ID:RTpHffle0

狐娘「わたしは自らが狐である事を隠し、人の姿に化け、 
  お慕いしたその方に沿い遂げようとしました。 
  しかし、そのような小細工は通用すべき筈もありませんでした。 

  ……正体が、明かされてしまったのです」 

男「――」 

狐娘「わたしはそこを離れ、身を隠しました。 
  わたしは只の臆病者でした。……その方にまで、嫌われてしまうのが怖かったのです。 

  ――浮かばれないまま生を終えたわたしを迎えてくれたのが、ここの稲荷様でした。 
   
  稲荷様はそのとき芽が生えた小さなこの木を、 
  わたしの現し身にして下さいました。 

  そうしてわたしはずっと、ずっとここから、この町を眺め続けて来たのです」 


男「だから、この木が枯れてしまうと貴女も……」 
狐娘「もう、寿命だったのですね。それは感じていました。 
  けれど、わたしがお慕いした方の輪廻が一回りしたと、稲荷様が仰いました。 
   
  もう一度、逢いに行って来なさいと。 
  この狐の身のように黄金色に染まった葉が落ち切るまで、人の身を授けよう、と」 

男「まさか、貴女の想い人は……」 

狐娘「ええ」にっこり「ご主人、貴方なのですよ」 



192:2009/11/30(月) 02:04:36.14 ID:RTpHffle0

狐娘「昨日、稲荷様からお仕舞いなのだと、告げられました」 
男「そんな、それでは……」 

狐娘「はい。どうやらお別れのようです」にこり 
男「どうして貴女はこの様な時に……そんなに笑顔でいられるのですか……」 

狐娘「だって。本当に楽しかったのですよ! 
  貴方と逢って。わたしはまだ幼くて、貴方はとても優しくて。 
  とても素晴らしい時間でした。 
  一緒に眠ったお布団も、わたしの知らない様々な食べ物も、飲み物も、音楽も。 
   
  どれも貴方がいたから。だからこんなにも輝いて、大切な思い出なのです。 
   
  ――だから。 
   
  だから、もう何も哀しい事は無いのです。 
  ねえ。わたしは幼いですが、今、 
  貴方が大好きだったのだと確りと胸を張って云えるのですよっ」ぽろっ 

男「そんな……。いまさら……っ」 

狐娘「――お話を、先延ばしにしていて本当に済みませんでした。 
  けれど、わたしは嫌われ者だから。 
  貴方に……貴方のお傍に居れなくなるのが、只怖くて……」ぽろっ 

男「馬鹿ですねえ」じわあ「私が、貴女を嫌いになる訳が無いではありませんか」 
狐娘「そのような……っ!」ぼろぼろ 



196:2009/11/30(月) 02:11:14.87 ID:RTpHffle0

狐娘「……ああ、もう葉が落ち切ってしまいます」 
男「もう来年には、貴女の綺麗な尻尾の 
 ような黄金色の葉を付けてはくれないのですか?」 

狐娘 ふるふる 

男「そう、ですか……」 

狐娘「だから、ねえ。ご主人――ううん、男さん。 
  わたしのお手手を、繋いでいて下さい。はぐれてしまわないように。 
  また――何処かで貴方に逢えるように」 
男「……はい」 

……きゅっ。 

狐娘「――えへへ。男さんの手は、やっぱりあたたかいです」ふるふるっ 
男「ですから、低血圧なのだと、云っているでしょう?」 

狐娘「ねえ、男さん?」 
男「なんですか?」 

狐娘「わたしは、ほんとうに、ほんとうに――」 

はらりっ。 

――ほんとうに、仕合わせでした。 



198:2009/11/30(月) 02:12:57.72 ID:RTpHffle0

――机の上、書店の紙袋の中、開かれなかった壱頁。 


 「狐」という名称の由来には諸説があるが、有力なものの一つとして 
美濃大野群の男と狐が、再開の際に交わした言葉から採られたとするも 
のがある。 


 狐は後に想い人との再会を果たし、それでもなお人で無い身に憂いと 
異怖を覚え、容易くはその身を預け無かったと云う。 

 その際に男が掛けた言葉に「汝、我を忘れたか。想い合いし仲では無い 
か。“来つ寝”よ(こちらに来て眠りなさい)」というものがある。 

 この物語は之を元本に発展させた今昔物語にも収録された。 

 諸説では狐はとても安らかな顔で男の許へと歩み寄り、男のあたたかな寝 
床で、仕合わせな生涯を迎えたと云うことである。 

 また、この話の許となった地方のとある神社では、公孫樹が黄金色に色付く 
季節になると今でも鳥の唐揚げと、生姜風味の炭酸飲料がそっと供えられていると云う。 



狐娘「ううう。油揚げおいひいです……」 お仕舞い。 



201:2009/11/30(月) 02:15:50.54 ID:3unCBWrW0

おつでした 


221:2009/11/30(月) 05:23:22.71 ID:1UwAqCoY0

切ないがいいエンドだね・・・乙。 
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1259424942/