1: 2012/06/12(火) 11:00:15.41 ID:pZ0kk8uso
P「ん、んん」

 男は顔を上げて、まずは仰天しました。自分がそんな場所にいるはずはなかったからです。
 
 あたりには白と青しかありませんでした。
 地はただただ平らな雪に覆われ、天は青く蒼く澄みわたっていました。

 男はもういちど周りを見まわして、納得したようにつぶやきました。

P「つまり、夢の中か」

 なぜなら雪面には自分の足跡すらなかったからです。

 ここが現実だとするなら、倒れていた身体に雪が積もっていなかったのに
 ここまでやってきた足跡がないなんてありえないでしょう。

https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1339466415

2: 2012/06/12(火) 11:01:46.19 ID:pZ0kk8uso
P「貴音、いるかな?」

貴音「はい、あなた様」

 とつぜん男の傍らに滲み出たのは、まだ娘さんとでもいうべき年齢の、
 ふわふわと長い髪を波うたせたうつくしい女でした。

P「やっぱり貴音ならどこにでも出てこられるね」

貴音「謹んでどやあ、と申し上げます。ところでここは?」

P「きっと、夢の中だと思う」

貴音「面妖な」

P「まったくだ。君のかな?」

貴音「わかりません。あなた様のでは?」

P「俺の夢ならもっとうるさくてギスギスしているよ」

貴音「ふふっ。わたくしの夢ならあたりに食べ物がございましょう」

P「なるほど。俺たちじゃないなら、俺たちが知る他の誰かか」

3: 2012/06/12(火) 11:03:30.63 ID:pZ0kk8uso

 男女は黙ってあたりを見回していました。
 焦っている様子はちっとも見られませんでした。

貴音「穏やかで、静かで、美しく、白い」

P「そうだな、雪歩だ」

貴音「左様でございますね」

 男が伸びをして深く息を吸い込みました。

P「どう考えても雪歩だ。とても落ち着く」

貴音「ええ。……あなた様?」

P「うん?」

貴音「さいきん雪歩は伸び悩んでいるように見受けます」

P「君たちが心配することじゃない……
 と普段なら言うところだけど、ここは夢だしな。当たりだよ」
 
 男が少し寂しそうな顔をすると、白くほのかに輝く世界では、
 はっとするほどに老け込んで見えるのでした。

4: 2012/06/12(火) 11:05:04.07 ID:pZ0kk8uso

P「新規の案件は来てるんだ。みんなと比べても悪くない。
 だけどリピートが減ってきた」
 
貴音「りぴいと……でございますか」

P「俺が前に言ったプロの条件、覚えてるか?」

貴音「はい……もう一度頼みたいと思わせる仕事をするのが
 ぷろふぇっしょなるであると」

P「そう。払った金以上のものを与える、クライアントの期待を
 良い方に裏切るのがプロの仕事だと俺は思っているし
 みんなにもそうなってもらいたい。

 重ねた満足が次の仕事を呼び、君たちにも自信を深める。
 雪歩はもともとはリピート率こそ強みだったんだけど」
 
貴音「そうですか……」

P「あ、雪歩は悪くない。雪歩はよくやってくれてる」

貴音「ふふっ。私たちもほとんど皆、わかっておりますよ」

P「全員じゃないのかな」

貴音「ですから、雪歩が」

 女の声が雪に染み込むと、あとには完全な無音だけが残りました。

5: 2012/06/12(火) 11:06:31.68 ID:pZ0kk8uso

 女はしゃがんで足下の雪をあつめ、雪玉を2つ作りました。
 1つをあらぬ方向に投げ、雪に穿たれたあとを見て童女のように笑いました。
 それからもう1つの雪玉を手にして男の背をじっと見つめました。
 
 女が苦笑して雪玉を足元に捨てた時、ずいぶんと久しぶりに男は口を開きました。

P「雪歩を探す。ついてきてくれるかな?」

貴音「はい」

P「怖くないのか」

貴音「ちっとも」

P「俺は、怖いよ。
 雪歩は本当によくやってるんだ。
 結果がついてこないのはスタッフ、つまり俺のせいだ。
 あいつの夢の中で俺はいったいどんなめに遭うんだろ」
 
貴音「ここがまことに雪歩の夢ならば、あなた様の隣りより安全な場所はありません。
 わたくしはそう思います」
 
 男は答えず、一方を向いていました。
 白と青の世界に染み出したように、松の並木がありました。

6: 2012/06/12(火) 11:08:15.42 ID:pZ0kk8uso
 
貴音「面妖な」

P「何が?」

貴音「あのような並木など先ほどまでありましたか?」

P「ああ、なかったよ。
 けれど俺たちには雪歩を探す手がかりが必要だ。
 なら用意してくれるだろう」

貴音「驚かないのですか」

P「呼んだ客を放り出しておくような子じゃない。
 しかしあの先か。遠いね」
 
 男女は雪の中を歩き始めました。
 日の光が照り返り、寒さは感じませんでした。

 近くで見たら、並木の間隔は思った以上にひらけていました。
 松それ自体が巨きく、そのため見誤ったのでした。

 太い幹の列をたどりながら、立ち止まったのは女でした。

貴音「面妖な」

P「今度はどうした?」

7: 2012/06/12(火) 11:09:40.86 ID:pZ0kk8uso

貴音「わたくしたちが近寄ると、松の姿が変わるようです」

 言われて男はいちばん近くの幹を見つめました。
 ひき肌も荒々しく重厚な松でした。
 
 ふと、この夢のあるじである少女には似合わないと思いました。
 
 続いて二本先の松に目をこらしました。
 その姿はまるで電波が不安定なテレビの画面のようにざわついて、
 時折苦しげに歪んでいました。
 
 更にその先の一本に目をやると、それは穏やかに、日に照らされて霞んでいました。

 日の当たる肌は雪景色と溶け合うかのよう、
 古い古い水墨画を見ている心地といえばよいのでしょうか。
 
P「貴音」

貴音「はい」

8: 2012/06/12(火) 11:10:48.31 ID:pZ0kk8uso

P「二本先の松はどう見える?」

貴音「苦しげに乱れています」

P「三本先の松は」

貴音「はっきりと。ですがとてもしんぷるに。
 とても愛らしく。……とても雪歩らしく」

P「ずばりと言ったね。
 たとえ子どもでも女は女だ。残酷だ」

貴音「言葉に依らなければむごくあれないむすめ子は、
 殿方にくらべればかわいいものだと申す者がおりました」

P「うまいことを言う人だな」

貴音「あと、わたくしは子どもではございません。訂正してください」

P「あ、そうだったのか。最近は子どもの定義が変わったのか。
 それは知らなかった。謝るよ。ごめん」
 
貴音「いけずです……」


9: 2012/06/12(火) 11:12:24.96 ID:pZ0kk8uso

P「夢の中だもの。
 さて。俺はここで止まっているから二本目の松まで行ってくれないか」
 
貴音「はい」

 言われて女は松に向けて走り出しました。
 すねの中ほどまでが埋まる雪を味わうように。長い髪が揺れました。
 
 女がすっきりと立つ傍らで松がのたうつ有り様は、
 夢の中といってもなお戸惑いを与えるものでした。

P「すぐそばにいる貴音にもかすんで、ねじけて見えるのかな?」

貴音「はい」

P「そこで待ってて。今度は俺がそっちに行く」

 そう言うと、男はその松を見ながら近づきました。
 距離が縮まるにつれて松のかすれは大きくなり、苦しげにも見え、
 ひときわ震えると堅固で重厚なひき肌に姿を変えました。
 
P「つまり」

 男はつぶやき、女は名残惜しげに松の肌を撫でていました。
 
P「俺の近くにあるものは姿を変えるんだな。
 ここは雪歩の夢だ。
 けれど、あの子は俺の周りだけ俺に合わせている」

10: 2012/06/12(火) 11:13:37.49 ID:pZ0kk8uso
 
貴音「あなた様の意に添おうというのでしょう。
 まこと、雪歩らしいいじらしさかと」
 
P「そんな姿をファンは見たくないよ。
 俺だっていやだ。
 こんな卑屈さを貴音は気づいていたか?」
 
貴音「雪歩がどうと言うのではありません。
 あなた様は皆にとって最初のおーでぃえんすです。
 まずあなた様に認めてもらいたい、
 というのは無理もないことかと」
 
P「君らが俺の評価を気にしていたとは思わなかったよ。
 みんなもう好き勝手やってくれてるからね」

貴音「ふふ。喜ばせたくても自分は変えられませんから」

P「でも雪歩は変えた」

貴音「はい」

P「叱られたくないあまりに自分を殺したのか。
 それほど萎縮させていたのに気づかなかったんだね、俺は」
 
 女はつと手を上げて男の背に触れようとし、しかしそのまま手を下ろしました。

貴音「……恐れてではないでしょう」


11: 2012/06/12(火) 11:15:14.50 ID:pZ0kk8uso

P「なんでも同じだよ。でも今は雪歩を探そう。
 夢に俺を招いたからには、あいつも何とかしたいんだと思う」
 
貴音「あなた様! あれを」

 女の驚きの理由は明らかでした。
 二人を導いていた松はもうどこにもなく、
 なだらかな雪の坂を下った先、
 女の指は小さなあずま家を示していたからです。
 
P「なるほど、あの中か。
 なら貴音はもう醒めてくれ。あとは一人で行くから」
 
貴音「そんな、わたくしも」

P「勝手だけどごめん。
 俺がこれからする話は雪歩の針路に関わることなんだ。
 貴音だったら他の子にいてもらいたい?」

貴音「……雪歩のことよろしくお願いいたします」

P「任せなさい。貴音が醒めてもこの記憶があったら、
 俺と雪歩をなるべく起こさないようにしてくれないか。
 夢は一瞬のはずだけど、自然に目覚めたほうがいいと思うし」

貴音「はい」

P「ここまでついてきてくれてありがとうな」

 滲んで消えた女を見送って、男は丘を下ってゆきました。

12: 2012/06/12(火) 11:16:15.43 ID:pZ0kk8uso


 男はあずま家から少し離れたところで立ち止まりました。
 それは先ほどの松の並木の三本ぶんの距離でした。

 男はしばらくあずま家を眺めていました。
 白塗りのしっくいと檜皮をふいた屋根。

 その可愛らしい建物をどう考えているのか、よそからでは窺うことはできませんでした。
 
 男は一つ頭を振ると近づいて行きました。
 一歩ごとに、あずま家の輪郭が乱れ身悶えているようでした。
 
P「入っていいか? 雪歩」

 男はドアをノックしました。
 なぜノックしたのか?
 そこにあるのはあずま家ではなく、
 プレハブの小さな家だったからです。
 戸ではなくドアだったからです。
 
 男が近づいたことで姿を変えたからです。

13: 2012/06/12(火) 11:17:18.83 ID:pZ0kk8uso

雪歩「は、はいぃ」

 ドアを開けるとエアコンで温められた空気が流れ出してきました。
 背後の雪を溶かすほどの勢いでした。
 
 部屋の中にはテーブルとソファ、
 その二つに挟まれるように少女が一人正座をしていました。
 
P「それ、コーヒーか」

 男は少女の手元を見て言いました。

 正座する少女が両手をそっと添えているのは、
 ぶ厚いガラスのカフェオレボウルでした。

雪歩「あ、え、は、はい。プロデューサーが来るような気がして」

P「抹茶を立てるようにコーヒーを入れるんだね、雪歩は」

雪歩「あ、え、えと、癖ですから」

P「邪魔するよ。……なら抹茶を出してくれたらいい」

 男は正座する少女の向かいにあぐらをかきました。

14: 2012/06/12(火) 11:18:46.89 ID:pZ0kk8uso

雪歩「でもプロデューサーはコーヒーが好きって」

P「この部屋もそうだ。
 小さな洋間にせせこましくソファとテーブルを並べて埋まってる。
 この間取りなら茶室で茶の道具だけで良かったんじゃないか」
 
雪歩「え? もしかして、プロデューサーは
 そういうのがお好きだったんですか………?」
 
 カフェオレボウルが、テーブルとソファが、部屋の中にあるもの全てが、
 部屋自体が乱れて震えました。

P「いや、こういうやり方は意味がないね。悪い」

 ゆがみは何事もなかったようにもとに戻りました。

雪歩「え?」

P「まじめな話をしていいかな?」

雪歩「え? あ、はい!」

P「成績の話だ」

 そう聞くと少女は居心地悪そうに身をすくめました。
 エアコンがごうとひときわ強くうなりを上げました。

15: 2012/06/12(火) 11:19:30.27 ID:pZ0kk8uso

P「毎日忙しくて気づいていないとは思うが、このところ思わしくない」

雪歩「ううっ、私、ダメダメですから」

P「それならこんなに悩まない。雪歩はよくやってる。悪いのは俺だ」

雪歩「プロデューサーは悪くありません!」

P「ありがとう。
 でもいま期待したような成果を出せていないことは事実だし、
 そのためにはまず分析をしないといけない。
 犯人探しじゃない。問題探しだ。わかるか?」
 
雪歩「は、はい」

16: 2012/06/12(火) 11:20:55.13 ID:pZ0kk8uso

P「いま俺たちがいるのが夢だって気づいているかな」

雪歩「え? そうなんですか?」

P「お前はほんの少し前までこじんまりとした茶室にいた。違う?」

雪歩「は、はい。
 お外を見ながらお茶を飲もうかと思って」

P「だがいまはこんな部屋になってる」

雪歩「で、でもプロデューサーがいるんですから当たり前です」

P「それだ」

雪歩「は、え? す、すみません」

P「自分の夢の中でも俺の好みを優先させてる」

雪歩「え、で、でも、プロデューサーに喜んでもらえたほうが」

P「ごめん」

雪歩「えっ」

P「あのわんぱくなじゃじゃ馬たちの中で
 素直に言うことを聞いてくれる雪歩に甘えすぎた。
 あるいは無理を押しつけた」
 
雪歩「そんな、謝ることなんて……」

17: 2012/06/12(火) 11:23:06.12 ID:pZ0kk8uso

P「雪歩のイメージカラーは白。清楚で健気、真摯でおとなしく儚げな美少女だ」

P「男はみんな本能的に、君を自分の色に染めたいと思う。
 身も蓋もない言い方だけど、そういう魅力もあるんだから仕方ない」

雪歩「は、はずかしい、です」

 少女は首まで朱を浮かべ、男はそっと目をそらしました。

P「男が苦手という厄介な性格も純粋さを育てのに役だったんだろう。
 だが異物が現れた」
 
雪歩「異物……?」

P「俺だ。口で言われても信じられなかっただろうけど
 こうして夢の中を歩けばわかる」
 
雪歩「プロデューサーはい、異物、なんかじゃ……」

P「屈託なく楽しく笑っていると思い込んでいた。
 でも、やっぱり俺を恐れていたんだね。
 ごく自然と、夢の中まで俺の好みにあつらえようとするほど」

P「でもね、俺の色が混じった雪歩なんて誰も望んでいない。
 だから、失望した男たちは次の仕事を寄越さなくなった。
 もちろん読めなかった俺が悪い。
 君だけは個性を大切に受け入れて、
 技術的なところだけを指摘するべきだった」

 言ってから男は部屋の中を見回しました。
 男の目には、画一的な壁のクリーム色がより鮮明になったように見えました。

18: 2012/06/12(火) 11:24:15.04 ID:pZ0kk8uso

雪歩「怖がってなんか……」

P「なに?」

雪歩「怖くなんかないです」

P「違うよ。君は俺を恐れるあまり俺に従うことを選んだ。それだけだ」

雪歩「す、好きな……」

P「うん?」

雪歩「好きな人の好みに合わせたいのが、そんなに、いけない、ことですか」

 男は何もいわず、握った拳で三度自分の額を叩きました。
 
雪歩「お母さん、若いころミニスカートはいてました。
 結婚してからいつも和服です。
 でもお母さん、いつも幸せです」

P「ばかかお前は」

 少女が目を見開くと、こらえていたしずくが手の甲に落ちました。

19: 2012/06/12(火) 11:25:09.07 ID:pZ0kk8uso
 
P「ばかだお前は。それは幼稚園児のかかるはしかだよ。
 初めて会った怖くない男を惜しんでいるだけだ」
 
雪歩「そ、そんなこと」

P「ああ、そんなことはどうでもいい。
 問題なのは雪歩がアイドルだってことだ」

雪歩「そんなの関係」

P「ないわけないよ。アイドルは普通の人間じゃない。
 世の中を照らすいきものなんだ。
 出会った人を幸せにするために今の雪歩はいるんだ。

 女の子たちは雪歩に憧れて少しだけおしとやかになって
 男の子たちは雪歩を見て少しだけ隣りの女の子に優しくなる。
 雪歩のお陰で世界はほんの少しだけ優しい場所になる。
 もうそういう存在になってるんだ」

20: 2012/06/12(火) 11:26:16.47 ID:pZ0kk8uso

雪歩「そんな、私はただ性格を変えたかっただけで」

P「本人の意志は関係ない。能力が人生を決める。
 そういう人間もいるんだよ。そして君はそうなった」

雪歩「でも」

P「なんだ」

雪歩「でも、私は、みんなよりもプロデューサー1人がいいです……」

 少女は手の甲にしずくを落とすのに忙しかったから、
 男が一瞬手を伸ばしかけたことには気づきませんでした。

P「……阿呆が」

雪歩「……阿呆でもいいですぅ」

P「阿呆が」

雪歩「……阿呆ですぅ」

P「阿呆」

雪歩「……」

P「わかった」

雪歩「えっ?」

21: 2012/06/12(火) 11:26:51.31 ID:pZ0kk8uso

P「選んでいい」

雪歩「えら、ぶ?」

P「アイドルを続けるか、辞めるか選んでいい。
 辞める方を選んだなら、俺のこれからの人生をあげる」
 
雪歩「それって」

P「俺は宝物を失うんだよ。
 せめて雪歩を手に入れないと割に合わない」

雪歩「プロデューサー……」


22: 2012/06/12(火) 11:28:10.34 ID:pZ0kk8uso

P「俺はこれから目をつぶる。
 目をつぶって10数える。その間にこの部屋を整えて」
 
P「アイドルを続けるなら、雪歩の好みの茶室に。
 ボウルもコーヒーも捨ててしまえ。
 そんなものは雪歩のもてなしにはいらない」

P「俺と生きていくならこのままだ。――10」

雪歩「は、はい」

P「なあ雪歩。
 初めてのライブ、楽しかったよな。客の顔が見える小さなハコで
 最前列のOL2人が即売CD持って
 目をキラキラさせてサインをねだってくれた。
 ――8」

雪歩「はい……」


23: 2012/06/12(火) 11:29:15.51 ID:pZ0kk8uso

P「盲導犬のレポートはミスキャストで悪かったと思ってる。
 でもあれからしばらく『足の指がグーになって動けません』が
 女の子たちの間で流行ったんだって。
 ――6」
 
雪歩「はい……ぐすっ」

P「前回の集合ライブのさ、あのウィンクのプロマイドは
 未だに友だちに頼まれるレアものだ。
 ――4」

雪歩「プ、プロデューサー、私……」

P「うん?」

雪歩「10じゃなくて、もう少し、もう少し考えていいですか……?」

P「ああ。いくらでも待ってあげる。どうせ邯鄲の夢だ」

雪歩「ぐすっ、ごめんなさい……。

 決めますから。プロデューサーを選びますから。

 いいって言うまで目を閉じていてください……」

 室内がぐにゃりとうねりましたが、
 目を閉じていたから、きっと気づかなかったことでしょう。

 ただ、何か柔らかいものが唇をなぞったような気がしました。


24: 2012/06/12(火) 11:29:50.93 ID:pZ0kk8uso

P「ん、んん」

貴音「お目覚めですか」

 そばには2人。
 うつくしい髪の女と、机につっぷしているのは
 部屋の中で向かい合った少女でした。

P「あ、うん、貴音か。覚えているか?」

貴音「あなた様も?」

P「不思議こともあるもんだな」

貴音「左様ですね。それで、雪歩は?」

25: 2012/06/12(火) 11:30:32.83 ID:pZ0kk8uso

P「わからない。返事は聞きそびれたまま目が醒めて」

 その言葉を追いかけるように、少女が小さな声を上げました。

雪歩「ん、四条さん……? あ! プ、プロデューサー! きゃあ!」

 慌てて寝起きの顔を隠した少女を眺めてから、男女は視線を交わしました。
 
P「雪歩、覚えているか?」

雪歩「え? な、今日のステージですか?」

P「……」

貴音「……」

P「ああ。セットリスト、居眠りで落ちてない? MCは?」

雪歩「はい! ばっちりですぅ!
 あ、でも、もう一度おさらいしてきます!」

 顔を隠しながら小走りに逃げ出した少女を見送ってから、
 男に視線を戻した女は小さく首をかしげました。

 男は仏頂面をしていました。


26: 2012/06/12(火) 11:31:24.29 ID:pZ0kk8uso
 
貴音「あなた様? 何かあったのですか?」

P「ん? いや。どうもかわいい嫁を逃したようだ。
 今更になって、間違ったかなとね」

貴音「まあ……でも」

P「うん?」

貴音「それにしては、嬉しそうで」

P「まあね」

貴音「とても残念そうで」

P「まあね」

貴音「ふふっ」

 女は口に手を当てました。
 男は苦笑いをうかべました。
 
 

 このお話も、夢のように唐突に幕とさせていただきます。
 
<おしまい>

27: 2012/06/12(火) 11:45:13.15 ID:pZ0kk8uso
読んでくださった皆様、ありがとうございました。

普段と違う文体にを挑戦してみました。
ご意見ご指摘等あれば、ありがたく拝聴いたします。


28: 2012/06/12(火) 11:46:48.44 ID:gmR+HiAZo
不思議な話だった

引用元: P「つまり、夢の中か」