1: 2013/04/04(木) 22:14:08.14 ID:FbcLwzPE0


生来の努力嫌いでこどもの時から無鉄砲な事ばかりしている。
十三歳の時分に飛行機に乗っていると、暴漢が機内で暴れだした。
狙いは祖父が懇意にしていたというじいさんで、
連れのおれにも投降するよう云ってくる。
我関せずでいると祖母から贈られた洋服を汚されたので
あたまにきて飛行機を墜落させてやった。

6: 2013/04/04(木) 22:17:50.29 ID:Gwr5kIUtP
学生の時分にはけんかによる投獄7回 放校1回をくらった。
米国へ渡った折、気に食わない警官がいたので痛めつけた。
その際知り合った悪友に
「君さっきコーラの栓をふっ飛ばしたが、あれはなんだ」
と聞かれたが、子どもの時分から自然に出来たのだから答えようがない。
どうやら亡き祖父も使えたらしいが、何しろ若くして亡くなったそうであるし、
両親もおらぬ。
祖母とじいさんがたったふたりのおれの家族だと告げると、
悪友は妙な顔をしていたが納得したようである。
以後そいつとは親交が続いている。

7: 2013/04/04(木) 22:21:13.33 ID:Gwr5kIUtP
ある日祖母と悪友とレストランで食事をとろうとしていると
態度のでかい客が矢鱈と悪友に絡んでくる。
一々癪に障るので散々に張り飛ばしてやると、
それを奥の席でみていたちんぴらが祖母に向かって
じいさんが殺されたと告げた。
聞けばメキシコの奥地で顔見知りの修行僧にやられたという。
祖母が慄いているので、
無神経に祖母に訃報を伝えたちんぴらはぶん殴っておいた。いい気味だ。

9: 2013/04/04(木) 22:24:07.94 ID:Gwr5kIUtP
祖母によると50年前の祖父の代にあった因縁が続いているのだと云う。
「何、心配はいらない。おばあちゃんはおれが守ってやる」
と慰めると、祖母は
「そうではない、お前が巻き込まれてゆく運命が恐ろしいのだ」と云った。
運命だか何だか知らぬが、祖母が安心して眠れるようにしてやらねばなるまい。

10: 2013/04/04(木) 22:26:20.54 ID:Gwr5kIUtP

じいさんを狙ったのならどうせ何もせずとも向こうから来るだろう。
来るなら来いと腹を括っていたら、果たして修行僧はやって来た。
吸血鬼は人間ではない化け物ときいていたので、
じいさんのかたきと宣戦布告をかねて機関銃をお見舞いした。
無論その程度では相手は死なぬとわかっていたが、
事情を飲み込めぬ悪友は散々に肝が冷えてしまったらしい。
「きみ、こんなことして気でもちがったのか」
「何、やつは人間ではないのでこの程度では死なぬのだ。
 もし死んでもおれが懲役に行けばすむことだ」

12: 2013/04/04(木) 22:28:33.51 ID:Gwr5kIUtP
むしろ死んでいて欲しいと思っていたのだが、
やはりやっこさん、ぴんぴんしている。
それではと「波紋」を流してみたが、効かぬので不思議に思っていると
首巻きの自慢を始めたので面倒になって手榴弾で吹っ飛ばした。
さしもの修行僧もこれにはひとたまりもなかったようであるが、
吸血鬼というのはなかなかにしぶといもので、
肉片になっても再生せんと蠢いている様は定めてグロテスクであった。

13: 2013/04/04(木) 22:31:18.77 ID:Gwr5kIUtP
衆目を集めてしまったようであるし、
ひとまず撤退して修行僧を離れた場所へおびき寄せることにした。
いつのまにやら女を人質にとって何やらわめいている。
橋の上で全裸で大演説をぶって滑稽極まりない。
そのうちしびれをきらしたのか女を痛めつけはじめた。
無関係な女を巻き込むのは虫が好かない。

15: 2013/04/04(木) 22:33:44.82 ID:Gwr5kIUtP
修行僧のやつは矢鱈と目から光線を放ってくる。
当たらなければどうということもないので、
店から拝借してきた硝子の杯で光線を跳ね返した。
馬鹿の一つ覚えのように眉間を狙ってくるので
跳ね返すのは容易である。
こちらも肩に被弾したものの、返した光線は見事に
修行僧の眉間に命中した。

16: 2013/04/04(木) 22:36:32.68 ID:Gwr5kIUtP
とどめに拳骨を食らわすと、修行僧は凧のように宙を舞って
橋にひっかかった。
こんなやつは石でもくくりつけて海の底へ沈めちまう方が世のためだが、
じいさんの件でひとつ気にかかることがあったので
どれとどめをさす前に吐かせてやろうと手を掴んで支えてやると、
修行僧は何を思ったかぺらぺら喋り出した。
矢鱈と祖父がどうの柱がどうのと喋り続けるが、
おれが知りたいのはじいさんの件である。
云いたいだけ云うと、修行僧は自ら波紋を練って自滅した。
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。

20: 2013/04/04(木) 22:40:16.88 ID:Gwr5kIUtP
じいさんのことと修行僧の云う柱の男の件が気になるので
メキシコに向かうことにした。
道中ちょっかいを出してきた独乙軍を痛めつけると、
じいさんが捕らえられているとの情報を吐いた。
なんにせよ生きているというのは朗報だ。
祖母が知ったら喜ぶに相違ない。
早いところ連れ帰って会わせてやるのがよかろう。

22: 2013/04/04(木) 22:43:58.47 ID:Gwr5kIUtP
独乙軍人から聞いた施設に行って様子を伺うと、
なにやら検閲をしている。
土地の娘たちに食料を運ばせているようであるので、
女装をして紛れ込むことにした。
我ながら妙案だと思ったのだが、あっさりと看破されてしまった。
どうしてばれたのかしらん、独乙軍とて侮れぬと意気消沈したが、
気を取り直して軍服を拝借して潜入することにした。

23: 2013/04/04(木) 22:46:02.48 ID:Gwr5kIUtP
内部に入ると、何やら揉めている。
じいさんと独乙軍が褌一丁の男と対峙していた。
どうやら褌が例の柱の男で、独乙軍が寝ている所を無理に起こした挙句、
吸血鬼をけしかけたらしい。
そんな事をされれば、怒るのは道理だ。
誰だってそうなる。おれだってそうなる。
己で蒔いた種だというのに独乙軍は右往左往するばかりである。情けない雑兵だ。

24: 2013/04/04(木) 22:49:24.15 ID:Gwr5kIUtP
悪い奴とも限るまい、
どれひとつ交流をはかってみるか、とばかりに色々話しかけたが
うまい具合にこっちの調子に乗ってくれない。
言葉は解しているようなので、変わらずちょっかいを出し続けていると
急に反撃してきた。
存外短気なやつである。

28: 2013/04/04(木) 22:57:34.20 ID:Gwr5kIUtP
おれとしてはじいさんを連れ戻せればそれでいいのだが、
肝心のじいさんが褌男を退治しなければここを去れぬと云う。
拘束されて身動きが取れないくせに、こんな頑固爺は
世界中さがして歩いたって滅多にはない。
そのうち褌はじいさんを体内に取り込もうとしだした。
流石にこれはいけないと思い、叩きのめしてやろうとしたのだが、
ぐにゃぐにゃと蛸でも相手にしているかのように手応えがない。
おまけに波紋を流しても平気な顔をしている。

29: 2013/04/04(木) 22:57:35.95
思いの外坊っちゃんで笑った
支援

30: 2013/04/04(木) 23:00:03.86 ID:Gwr5kIUtP
どうも褌の体表は波紋を散らすように出来ているらしい。
それならと褌がおれを体内に取り込もうとする瞬間に波紋を流してみた。
褌を破壊することに成功したが、いつぞやの修行僧のように
再生しようとしているので、鎖で拘束して陽の下に引きずり出すことにした。
難儀なものだ。
おまけに肉片が引っ着いて外に出るのを邪魔せんとするので思うように動けぬ。

33: 2013/04/04(木) 23:04:04.90 ID:Gwr5kIUtP
すると後ろで右往左往していた独乙軍人が外へ通ずる扉を開けようと躍り出た。
ようやく軍人としての気概を見せたか、と感心していると、
褌の断片が独乙軍人の足にも纏わりつきだしている。
独乙軍人は波紋が使えぬのだから溜まったものではない。
それを見た独乙軍人が、
「俺の足を断て。そうしたら、扉に手が届くから」と云い出した。
そうは云っても医者でもないのに他人の足を切るなど一向に気が乗らない。
独乙軍人は、
「手が扉に届きさえすればいい。祖国の為なら足の二本や三本惜しくはないのだ」と云う。
仕方がないから、
「そんなに切りたきゃ切ってやろう」と云って独乙軍人の足を断った。

34: 2013/04/04(木) 23:08:32.02 ID:Gwr5kIUtP
陽の下へ褌を引張り出して、
やれやれだ、これでやっと始末した、と思っていたら、
今度は独乙軍人の足の傷口から体内に入りこんでしまった。
まったく執念深くて始末が悪い。
独乙軍人は腹を決めたようで、爆弾を抱えて自爆する気構えである。
その上で、柱の男が他にもいるだの人に会いにローマへ行けだの云ってくる。
どいつもこいつもどういう訳かおれに好き勝手に喋ってから自爆する。
褌は往生際悪く井戸へ逃げ込んでやり過ごそうとしたのだが、今は生憎正午である。
井戸の水面の反射と背面の直射日光を浴びて石になった。ざまを見ろ。

35: 2013/04/04(木) 23:10:33.61
シュトロハイム!

37: 2013/04/04(木) 23:12:08.78 ID:Gwr5kIUtP
独乙軍人の遺言に従い、伊太利亜へ渡ることとなった。
食堂で腹を拵えることにしたのだが、炭のような色をしたスパゲッティーがきた。
人をばかにしていらあ、こんな墨汁を浸したようなスパゲッティーがあるもんか。
文句を云ってやらねば気が済まぬ、と給仕を呼ぶと
「お客様、これはネーロで御座います」と云う。
「ネーロた何だ」
「イカ墨でございます」
イカとは海で泳ぐイカだ。
そのイカの墨を麺類に絡めて食べるなど
なんともけったいな料理だと思いつつ、試しに食べて見ると、存外いける味である。
この国の料理は見かけによらないものだ。ちっと気をつけよう。

39: 2013/04/04(木) 23:14:30.64 ID:Gwr5kIUtP
気を取り直してスパゲティを食べていると、
このホテルも格が落ちたものだ、田舎者が増えたようだという声が聞こえた。
はて田舎者た誰だとあたりを見回すと
やけに気障ったらしい伊太利亜男が歯のがたがた浮くような台詞を吐いて
女と乳繰り合っている。
虫の好かないやつだ。
ひとつからかってやろうと波紋でちょっかいを出してやると、反撃された。
果たしてそいつがおれとじいさんが会いに来た人物であった。

その伊太利亜の伊達男は道ゆく女を見境なく口説いている。
定めて不埒なやつだ。
伊太利亜男というのは、みんな、こんな、ものなんだろう。

41: 2013/04/04(木) 23:18:19.01 ID:Gwr5kIUtP
虫が好かない印象を持ったのは向こうも同様のようで、
盛んに罵倒してくる。
じいさんが取り成そうとしてもどこ吹く風だ。
「己の一族の宿命も知らぬなど、呑気なものだ。そんな男と組むなんぞご免蒙る」
「いや、あえて祖父の因縁は知らせずにおいたのだ」
「それはそれとして、柱の男を倒したというのも、大方まぐれだろう。
 祖父が惨死したのも、きさまの祖父が足を引っ張ったに相違ない」
と剣呑である。
この芋め。己のことのみならず、祖父まで馬鹿にされたとあっては
売られた喧嘩を買わねばなるまい。

45: 2013/04/04(木) 23:21:26.08 ID:Gwr5kIUtP
通行人や鳩まで巻き込み、やりあって相打ちとなったが、
伊達男は石鹼の泡を使った珍妙な技を仕掛けてきた。
それまで散散、ひとのことを弱いだのまぐれだの揶揄して
大きい顔をしているのは、そのような必殺技を持っているからやも知れぬ。
ならばひとつおれも必殺技を開発してみようかしらんと思い至ったが、
努力も修練も甚だ面倒くさい。
どうかして楽に身につけられる方法はないものかと思案していると、
独乙軍の青年がやってきた。
聞けば青年は伊達男の友人で、これから柱の男のもとへ案内するという。

50: 2013/04/04(木) 23:25:16.27 ID:Gwr5kIUtP
夜中に男四人で柱見物もないもんだ。
いざ柱が見つかったという地下に降りるといるはずの独乙軍の連中がおらず、もぬけの空である。
すると奥の方から珍頓屋のような妙ちきりんな格好をした連中が歩いてきた。
一人は頬かむりをした男、その横には耳の横に鳥の巣のような毛が引っ付いている男、
その後ろに従者のように控えているお下げ飾りを頭に付けた男である。
我々は連中の異様な風体に呆気にとられていたのだが、
やつらはまるでこちらが眼中に無いかのようにすたすた歩いてくる。
そしてすれ違い様、独乙青年の半身を取り込んで奪っていった。
気の毒な独乙青年はしばらく生きていたが、安楽死を懇願された伊達男が
波紋で安らかに死なせてやった。

52: 2013/04/04(木) 23:29:59.59 ID:Gwr5kIUtP
結婚を控えた若者が死ぬのはつらかったが、伊達男にとっては友人だからなおつらい。
肝癪のあまりに連中に襲い掛かったのも無理はなかった。
先だっての喧嘩でも使っていた泡の必殺技で挑んだのだが、
お下げ頭がお下げを振り乱してあっさり封じ込めてしまった。
長いこと柱で寝こけていた癖に波紋に随分通じているらしい。
散散に伊達男を痛めつけた挙句、早々に立ち去ろうとするので呼び止めた。
先程考えたおれの必殺技を試す調度良い場だ。

55: 2013/04/04(木) 23:34:12.79 ID:Gwr5kIUtP

おれがカチカチボールを取り出すと、一同笑い出した。
鳥の巣頭と頬かむりはお下げ頭だけで充分と踏んだのか、
先に立ち去ってしまった。
つまらんやつらだ。別段おれは笑われるようなことをしちゃいない。
ただの玩具でも、使いようによっては武器となる。
油断しているのでお下げ頭の額を五センチ抉ってやった。
こいつのような無法な奸物はなぐらなくっちゃ答えないのだ、
とばかりにそのままぽかりぽかりと散散に擲き据えた。

58: 2013/04/04(木) 23:39:08.76 ID:Gwr5kIUtP

お下げ頭は凝と黙って殴られているが、どうも妙だ。
何やら嫌な心持ちがして後ろに跳び退ると、
お下げ頭が両腕を回転させ始めた。
勢いと圧力はどんどん増して、仕舞には大理石の柱をねじり切ってしまった。

いくらおれが呑気でも、この威力には閉口した。
これに比べればおれや伊達男の波紋など、童の遊戯だ。
満身創痍で閉口たれていると、お下げ頭はおれの方は事が済んだと思ったか、
じいさんと伊達男に絡みだした。
せっかく苦労してじいさんを独乙軍から救い出したのに、このお下げに殺されては残念だ。
どうかして逃がしてやらねばならない。

62: 2013/04/04(木) 23:44:48.44 ID:Gwr5kIUtP
とはいえこのざまだ。波紋を使うのも億劫なほど疲労している。
ここはとりあえず囮となってじいさんからお下げ頭を遠ざけて、
腹案はそれから考えよう。
うまくすればその間にじいさんが逃げられるだろう。ついでに伊達男も。

お下げ頭はまんまとこちらに釣られた。存外単細胞な生き物である。
そのざまでよくも何千年も生きていられたものだと考えていたが、
逃げた後のおれの考えたちゃちな腹案は悉く見破られてしまった。
いよいよもって絶対絶命である。
こんな時にはどうしていいかさっぱり思いつかない。
思いつかないけれども、決して負けるつもりはない。

65: 2013/04/04(木) 23:50:22.80 ID:Gwr5kIUtP
その様子を見て、お下げ頭が
「その風はなんだ、そのような不敵なまなざしなのは解しかねる」と云った。
「ふん、聞きたいのか」
「まあいいや。やはりすぐ殺してやる」
「なに、ひと月もあればお前など駆逐してやれるのだがと思うと、
 いささか悔しいのだ」
「なんだと」
「うん、そんなら云ってやろう。お前の額に傷を負わせたのは
戦いの素人のこのおれなのだ。
素人でこの分なら、修行すればもっと強くなるのだがなあ。
――いやつまらぬことを云った。さあひとおもいにやり給え」
「こいつ、はったりをかましているな。」

69: 2013/04/04(木) 23:55:39.34 ID:Gwr5kIUtP
しめた、こいつは釣れそうだ。
おれは平常は随分弁ずる方だから、ひとつ弁論逞しくして
こいつを出し抜いてやれ、と畳み掛けた。
「もっともおれが強くなる前に殺しちまわないとあんたの面目がない」
ここまで云うと、お下げ頭はお下げを振り乱して憤慨した。
有望有望と心中ほくそ笑んでいると、仲間の鳥の巣頭がやってきた。
この鳥の巣、現れるや否やおれが隠し持って来ていたダイナマイトを
勢いよく口の中へ放り込んだ。
まったく度し難い生物である。
これは少々雲行きが怪しくなっちまったと落胆していると、
この波紋使いを殊更気に入った、敢えて口車に乗ってやろう
とお下げ頭が云った。

71: 2013/04/04(木) 23:59:46.63 ID:Gwr5kIUtP
二千年も寝こけていると思考も枯れてしまうのだろう。
やれ助かった、とりあえずは安泰だと安堵していると、
結婚指輪と称して心臓に毒の指輪を埋め込まれた。
三十三日以内に解毒剤を服用しないと死に至ると云う。
するとそれを見ていた鳥の巣頭も同様に喉に指輪を埋め込んだ。
大方逃げるつもりでいたのだろう、当てがはずれたな、
精精修練し給え。と告げて連中は去っていった。
この場を切り抜けたつもりが、大いに算段がくるってしまった。
おまけに指輪二つでは重婚罪だ。

73: 2013/04/05(金) 00:01:57.21
のん気だなw

75: 2013/04/05(金) 00:06:13.48 ID:gqIzaj3YP
重婚事件の一件以来、伊達男はやけに構ってくるようになった。
妙に兄貴面して医者の診断に立ち会ったり、勝手に修行合宿の計画を立てたりとご苦労なことである。
おれは、性来構わない性分だから、どんなことでも苦にしないで今日まで凌いで来たので
くよくよしてもどうしようもないと思っている。
ところがそれを見咎めた伊達男が、
きさま真面目に考えているのかと云うので
おれは嫌いな言葉が一に努力で二に頑張るであるから修行なぞごめん蒙るというと
自分の命がかかっているのだろう
と散散に説教をされるのには閉口した。

77: 2013/04/05(金) 00:12:29.55 ID:gqIzaj3YP
不埒者のくせに存外真面目なやつである。
とはいえ、このまままんじりともせず過ごして
ただ柱の男どもに殺されるのも癪だ。
甚だ不本意であるが、伊達男の師とやらのもとで
修行することと相成った。どうせ碌な所ではあるまい。

79: 2013/04/05(金) 00:15:40.98 ID:gqIzaj3YP
そういうわけでおれと伊達男はヴェネチアへやってきた。
伊達男の波紋の教師というのはなんと女で、しかもなかなかの別嬪である。
ところがこの女教師というのがくせ者であった。
出会い頭に櫂で殴りかかるし。殴りかかったかと思うと、
悪趣味なマスクを強制的に着けさせたり。
挙句の果てに合宿所に着いた早々、巨大な油壺のような施設に突き落とすし、
とんだ韋駄天女であった。
重婚事件からこっち、どうも近ごろの自分の運勢はうまくない。
早く切り上げて祖母の元へ帰るのが一番よかろう。

84: 2013/04/05(金) 00:20:31.74 ID:gqIzaj3YP
油柱を登るにはこつが必要だ。
こつを掴んでからも呼吸を乱さずそろりそろりと
進まねばならぬので随分骨が折れる。
あの偉そうにしている伊達男でさえおれより少し上方でもたもたとしている。

しばらく苦心して登っていると、上の方に調度いい按配の割れ目がある。
やれ助かった、ここらでひとつ小休止としようとばかりに
割れ目に手をかけると、頭上で刃の如く油が噴出してきた。
伊達男が詰る様にこちらを見やってくる。
わざとではないのだ、勘弁してくれ給えという意を込めて
睨め返してやった。

86: 2013/04/05(金) 00:25:31.75 ID:gqIzaj3YP
伊達男はしばらく思案していたが、そのうち意を決した様に油に切り込んでいった。
そしてそのまま噴出している油の向こう側に抜けていった。
やっこさんどうにか首尾良く切り抜けたようである。

さておれには伊達男のような器用な芸当はまだ出来ない。
しかたがないので油が途切れている所まで滑ってそこから上方へ抜けた。
抜けたはいいがあと少しというところで限界がきた。
これまでか、無念だ。とがっかりしていると、伊達男が引張りあげてくれた。
この男にもこのような気概があったのか、といささか驚いた。
なにやらぶつぶつ呟いていたようであるが、何しろ随分疲労していたので、
あまり覚えていない。それでもどうにか登りきった。

88: 2013/04/05(金) 00:30:02.47 ID:gqIzaj3YP
所有する島にこのような底意地の悪い施設を建設するとは大した趣味である。
登りきった暁には散散にいじめてやろうと思っていたので、
早速韋駄天教師のもとに向かうと、無言で水の入ったコップを逆さに投げてきた。
不意を突かれて受け取ると、一点集中の波紋とやらが出来るようになっている。
努力など大きらいだが、こうして自分の成長を実感するのは
なかなか悪くない心持ちである。
まだまだ修練の計画があるというので、
「ひとつ、頼む」と任せることにした。
それから自分に似合わず根気に修練する日々が続いた。

89: 2013/04/05(金) 00:35:14.77 ID:gqIzaj3YP
買出しをしに街へ出たある日、韋駄天教師が赤い宝石を身に着けていた。
聞くと柱の男どもが探している赤石がそれだという。
連中この赤石を喉から手が出るほど欲しいらしい。
それなら石を破壊しろ、死ぬほど悔しがらせるがよかろう。
そう云うと理由がわからぬがそれは出来ないという。
理由も分からずただ持っていろとはずい分不親切な伝承だ。

その帰り道、韋駄天教師がこれから最終試練を行うと云いだした。
おれと伊達男の各々が師範代と格闘して勝てと云う。
日頃のしごきの恨みを晴らす良い機会だ。
意気込んで闘技場に行くと、どこか様子がおかしい。人影が二つある。
眼を凝らしてよく見ると、人影は鳥の巣頭と師範代であった。
師範代はすでに事切れている。
鳥の巣頭がどうかして赤石がこの島にあると踏んで奪いに来たらしい。

91: 2013/04/05(金) 00:40:08.05 ID:gqIzaj3YP
重婚事件からこっち、夜もぐっすり眠れぬ。
師範代の敵打ちでもあるし、成敗してくれよう。
吸血鬼にせよ、柱の男にせよ、波紋使いなどものの数にもならぬというような面を
肩の上へ載せている連中ばかりだ。
随分油断をしているようなので、師範代の遺骸にも協力してもらって
鳥の巣頭の左腕を断ち切ってやった。
大方怒り狂うのだろうと思っていると、声を張り上げて泣き出した。
大の男が身をよじって赤児のように泣く様はまったく不気味である。

93: 2013/04/05(金) 00:44:40.99 ID:gqIzaj3YP
かと思えば次の瞬間にはすっきりした面持ちで
「なに、感情が昂ぶった時は泣き喚くようにしているのだ。
 その方がすっとするから」と云う。
おまけに
「大方喋っている間に腹案を考えているのだろう」などと
一々先回りして得意げにしている。
敵をかく乱して隙を突くのはおれのやり方なので、
相手にそうされるとよっぽど嫌になる。

96: 2013/04/05(金) 00:49:20.57 ID:gqIzaj3YP
調子に乗って目先の事しか見えていないようなので、
ひとつかく乱された振りをして罠を張った。
おれは手品や奇術の類が大好きである。
二千年も寝こけていたやつに、だましの技術でだれが負けるものか。

波紋をまともにくらって半死半生の鳥の巣頭は、
最期の力でやはりこちらに襲い掛かってくるので、
拳骨で張り飛ばしてやった。
戦闘で調度あの不恰好なマスクが壊れていたので、
解毒剤はすぐ飲んだ。

98: 2013/04/05(金) 00:53:04.71 ID:gqIzaj3YP
部屋に戻る途中、韋駄天教師の侍女と会った。
このおきゃん娘、おれの素顔を見るのは初めてであったようで、
まるで不審者にでも出くわしたかのような悲鳴を上げた。
おれだとわかると凝と見詰めた挙句、
変なお口ですこと、などと生意気な口をきくので、
戯れに「もしも君とおれが恋人同志ならこの変な口と大いに接吻できるのだぜ」
と云うと、
おきゃん娘は楽しげに、そんなのご免蒙りますわホヽヽヽと笑った。
そして韋駄天教師が呼んでいるので部屋に行くように、
但し入浴中なので三十分ほど経ってからいらっしゃって下さいと云って、
最後に付け足したように
「なかなかご立派な面構えをしていらっしゃるわ」と告げて立ち去った。

102: 2013/04/05(金) 00:58:00.16 ID:gqIzaj3YP
部屋に来いと云うのなら、部屋の前で待つのが悪いという法はあるまい。
鍵穴から部屋の中を検分していると、視界の端におきゃん娘が現れた。
面妖な、つい先ほど港にいるのをみたばかりだが、
主人が韋駄天なら侍女も韋駄天になるのか。
様子を伺っていると、どうも空気が剣呑である。
どうやら鳥の巣頭の残骸が残っていて、おきゃん娘に取り付いてしまったようだ。

はてどうしたものかと思案していると後ろから肩を叩くものがいる。
振り返ると伊達男が立っていた。
やっと試験が終わって合流したらしい。
一人でぶつぶつ何かを呟いていたが、手拭い一枚体に巻きつけたのみの韋駄天教師を見ると
何を思い違いしたのか掴みかかってきた。
この忙しい時にとんだ大勘違いの勘五郎だ。

103: 2013/04/05(金) 01:00:40.97 ID:gqIzaj3YP
鳥の巣頭はおきゃん娘を操って赤石をいずこかに郵送してしまったらしい。
行方がわからなくなる前に回収せねばならないが、
鳥の巣がおきゃん娘の体を盾に妨害してくる。
こちらもおきゃん娘相手では思うように攻撃することが出来ぬ。
おきゃん娘の体を攻撃するのも気の毒なので、伊達男と同時に波紋を流して
鳥の巣頭の残骸をいぶり出した。
褌も、この鳥の巣頭も、とんでもない執念だ。
しかしこれほど仲間や生の為に己を投げ出すやつらもいない。

106: 2013/04/05(金) 01:04:50.59 ID:gqIzaj3YP
郵送された赤石を追っている途中、独逸軍に止められた。
やけに馴れ馴れしい。
こちとら生粋の倫敦っ子で独逸軍に知り合いなどおらぬ。
どうやら独乙軍はずっとこちらを監視していたようで、
赤石も先回りして回収されてしまった。
柱の連中の手に渡るよりましだと云うことで、
仕方なく着いていくことになった。

独乙軍に連れられてホテルに待機となったが、
待てども何の沙汰もない。いいかげん腹も減った。
しびれを切らして様子を見に行くと、なんと頬かむりと独乙軍人が対峙している。
頬かむりがいるのにも驚いたが、自爆した独乙軍人が
機械仕掛けとなって生きているにも驚いた。

110: 2013/04/05(金) 01:09:12.52 ID:gqIzaj3YP
機械軍人は一人で頬かむりを倒す気構えである。
褌男を手本にして全身改造したという。
転んでもただでは起きぬやつだ。
機械軍人は腹に装填した機関銃でしばらく気分良く頬かむりを
撃っていたが、やがて頬かむりが腕から刃を出した。
その刃がぴかぴか光るのだが、どうやら刃の部分に
微小な爪が付いていて、しかも回転しているらしい。
たちまち機械軍人は真っ二つにされて、赤石を奪われてしまった。

どうも勝ち目が無いようじゃないかと思っていると、
機械軍人が眼から紫外線を発射した。この男の行く先が案じられる。
だが頬かむりは赤石から手を離したので効果はあったようである。
機械軍人に促されて、慌てて崖下へ落下せんとする赤石の後を追った。
頬かむりも当然追っている。
こうなるとおれと頬かむりの根比べだ。

113: 2013/04/05(金) 01:14:54.72 ID:gqIzaj3YP
全速力で走ると崖下へ滑落する。
滑落すれば、悪くすると死ぬ。
だからそうならないように加減して走る。
頬かむりはそんな心配は無いので加減がない。
必然に赤石は頬かむりが掴んだが、
足に引っ掛けていたので雪を蹴りつけて奪ってやった。
そのまま崖下へ落ちるがいい。

すると頬かむりは足から刃を出しておれの肩に引っ掛けた。
おれもろとも落下しながら赤石を奪う心積もりである。
こいつらの赤石への執念には甚だ閉口する。
刃で切りつけてくるので、その執念を利用して赤石を盾にしてやると、
さすがに攻撃できずにそのまま崖下へ落ちていった。
おれはつららを繋げてロープ代わりにしたので無事だ。
足りない長さは伊達男が繋いでくれた。
ようやく伊達男と馬が合うようになってきたようだ。

115: 2013/04/05(金) 01:19:09.83 ID:gqIzaj3YP
次の日、赤石の送り先であった廃旅館へ向かった。
どうやらここが連中の本拠地らしい。
乗り込む前に作戦会議となった。
伊達男と師範代は昼間に乗り込むべきであると云う。
特に伊達男は熱心に今すぐ敵を叩くべしと大いに気炎をあげている。
おれは反対した。

太陽を苦手とするものが対策をしておらぬはずがない。
蝶が蜘蛛の巣に飛び込むようなものである。
自分にしては珍しく真面目に反論をしたのだが、伊達男に鼻で笑って一蹴された。
「怖気づいたのか、行くと云った以上はきっと行く」と譲らない。
何をそんなに焦っていやがるのか、激昂して留まることを知らぬ。
こいつらしくもないと思ったが、こちらも頭に血が上りやすい性質なのでいけない。
売り言葉に買い言葉で先祖だのなんだのしったことか、
五十年も前のことにこだわるなど下らないと云うと殴り合いの大喧嘩となった。

117: 2013/04/05(金) 01:21:59.42 ID:gqIzaj3YP
韋駄天教師の制止も聞かず、
伊達男は肩をいからせて建物へ進んでいった。
韋駄天教師に言われてその後を師範代が追っていく。
伊達男を見たのはそれぎりとなった。

120: 2013/04/05(金) 01:25:29.89 ID:gqIzaj3YP
「どうして、あいつはあんなに意固地になっとるんですか」
「あなたは秘められた過去に触れてしもうたがな、もし。」
「秘められた過去た、何です」
「たった十年の時に父親が、失踪したんぞなもし。
 お金は残していたのじゃが、悪い親戚に、お欺されたんぞなもし。
 それから父親を憎んで、随分荒れてしもうたがなもし。」
「へえ、よくない仕打ちだ。それは荒れるのも仕方ありませんね」
「しかし十六の時分に、街で偶然父親を見かけたけれ、
 あとをつけたのじゃがなもし。」
「父親は女の所にでもいってたんですかい」
「いいえ、柱の男のところに出入りをおしてたんじゃがなもし。
 そこで息子をかばってお亡くなりて、そこで父親が
 家族を巻き込みたくなかったけれ、失踪したと理解したんぞなもし。」
「そうだったんですか。そんなら父親の仇を目の前にして、
 どうれで冷静じゃいられないわけだ。そういうことなら、おれも加勢しよう」

122: 2013/04/05(金) 01:30:17.36 ID:gqIzaj3YP
そういうわけで韋駄天教師と二人して伊達男達の後を追うこととなった。
ところが廃旅館に近づいたとき、中から伊達男の叫ぶ声が聞こえた。
おれと韋駄天教師は一散に中へ駆け込んだ。
旅館の中はたいへんな破壊状態である。
これはいつかのお下げ頭の必殺技の痕跡に相違ない。
何やら良くない予感がする。どうも心が落ち着かない。

おれはお下げ頭の技を受けたのが伊達男やも知れぬという考えが、頭から離れなかった。
実のところ、伊達男の名を呼んで返事がなかったらと思うと
恐ろしくて呼べないのである。
すると、眼前に何やら漂っているものがある。
果たしてそれは伊達男の鉢巻と解毒剤を包んだ鮮血の泡であった。
触れた瞬間、伊達男が最期に拵えたものであると感覚で分かった。
最期まで気障な野郎だ。
やはり伊達男はお下げの必殺技を受けたのだ。そして死んだ。

124: 2013/04/05(金) 01:33:57.32
伊達男…(´;ω;`)

125: 2013/04/05(金) 01:34:54.68 ID:gqIzaj3YP
韋駄天教師は気丈に振舞っているようだが、
煙草を逆さに銜えている様子を見るとやはり相当に動揺している。
おれより伊達男との付き合いも長いことだし、無理もあるまい。
おれだって本当ならどこかに埋まっている伊達男の遺骸を
今すぐ探し出してやりたいが慎んだ。
おれと伊達男は、一所に、喧嘩して、一所に油柱を登って、一所に修練したじゃないか。
だが、死してなお託されたものを受け取った者は、それを先に進める義務がある。

すると、大きな岩の隙間から鮮血が流れ出した。
おれと韋駄天教師は棒立ちに立ち竦んだ。
伊達男がその下にいる。遺骸がそこにあるのだと思うと、突然涙が出てきた。
おれは伊達男の名を呼んだ。しかし何の答えもない。
敵の拠点で連中がどこにいるやも知れぬのに、
おれと韋駄天教師は泣きながらしばらく動くことが出来なかった。

128: 2013/04/05(金) 01:39:35.60 ID:gqIzaj3YP
伊達男のやつは、倒しはしなかったがお下げ頭を随分追い詰めたらしい。
ただならぬ量の血痕が床に点々と続いている。
ここは回復する間を与えず一気に叩くのが理であろう。
韋駄天教師も大分頭にきているとみえる。
絡んできた吸血鬼を一蹴してすたすたやって行く。

進んでいくと大きな部屋に出た。
目の前にはお下げ頭がやに勿体ぶって座っている。
伊達男のことを思えば、すぐにでも天誅を加えてやるところだが、
連中は百人もある吸血鬼の隊伍を整えていた。
これでは迂闊に動けない。
お下げ頭はおれとの一騎打ちを望んでいるようだが、頬かむりは是としない。
赤石が最優先であるから、決闘なぞ一向くだらないと思っているのだろう。

132: 2013/04/05(金) 01:42:52.31 ID:gqIzaj3YP
すると韋駄天教師が赤石を賭けたおれとお下げ頭の決闘を提案した。
私になんぞあれば赤石は爆破されるけれ、提案を受けておおきなさいや、
と作り事を拵えて頬かむりを誤魔化した。
この女はもしやするとおれよりよっぽど巧妙な弁舌を揮うやつかもしれない。

韋駄天教師を人質に残して、おれが単身赤石を取りに戻った。
どれ赤石ついでに下帯でも持っていってやろうかしらん、と
韋駄天教師の荷物を探っていると、二葉の写真が出てきた。
ひとつはおれの祖母の写真で、もうひとつは若い頃の祖母とじいさんと修行僧がいる。
修行僧は腕に赤ん坊を抱いている。
思えばおれは韋駄天教師の過去を知らぬ。
祖母と繋がりがあるようだし、赤石と一緒に持っていって問い詰めてみよう。

134: 2013/04/05(金) 01:46:17.62 ID:gqIzaj3YP
赤石を渡しがてら写真のことを問うと、
韋駄天教師は写真の赤ん坊は自分であると云った。
五十年前船の事故で両親を亡くし、同様に祖父を亡くした祖母が引き取ったのだという。
おまけに育ての親はあの修行僧らしい。
妙な因縁もあったものだ。
こいつも見かけによらず大分婆さんである。

決闘はお下げ頭の希望で円形闘技場での戦車戦となった。
周回しながら相手が死ぬまでやりあう古臭い決闘だ。
ご丁寧に馬まで用意して御苦労千万なことである。
やっこさん随分張切って正装だか何だか知らぬが
ますます野蛮な服装をしている。

136: 2013/04/05(金) 01:50:58.09 ID:gqIzaj3YP
号令の前にお下げ頭の戦車の車輪の下に瓦礫をばら撒いておいた。
お下げが出遅れている隙に、獲物がかかっている柱から大槌を取る。
これでぶちのめしてくれようとお下げ頭を見遣ると、
やつは柱をねじ切っておれの戦車に叩きつけてきた。
堪らず飛び降りると、お下げはそのまま戦車で轢き倒そうとしてくるので、やつの戦車に飛び乗った。
おれが飛び乗ったのを見て、お下げは馬の体内に隠れて
例の必殺技を出そうと腕を出してきたので、手綱を絡めて波紋を流してやった。
可哀想にやつの腕はずたずたになって茫然自失の体である。いい気味だ。

お下げ頭はぶつぶつ何事か呟いていたかと思うと、
突然己の両の目を潰してしまった。
眼に頼りすぎたからいけない、これからは風を感じてものを見よう、
などと文学士の見たよな事を云っているが、全くの気狂いである。
どう考えてもさっさと倒さなくっちゃあ駄目だ。
そう思って二周目の獲物の鋼鉄球の洋弓銃で狙いを定めようとすると、硬くて引くことが出来ぬ。

138: 2013/04/05(金) 01:55:45.21 ID:gqIzaj3YP
お下げ頭も何やらもたついているので、
どうかしてその間にこの硬い弓を引かねばならぬと思っていると、
なんと闘技場の外壁に沿って球を撃ち込んできた。
不意を突かれてくらったが、その衝撃でどうやら弓を引くことができたようだ。
折角の機会なのでお下げ頭に感知されて避けられるとつまらぬ。
わざとあらぬ方向に撃ったように誤魔化して、
やつがしたように壁を沿って背後から球をぶち込んでやった。

お下げは腹に風穴が開いている。
これで仕舞だと足に波紋を食らわせて動きを封じたが、
なんと両腕を切り飛ばしておれの首を絞めてくる。大概にしろ。
呼吸が出来ぬので波紋を使えず苦心していると、お下げ頭の体が空気を取り込み始めた。
何でも肺の中で圧縮させて刃の如く噴出させるのだと云う。
おれの顔めがけてその刃で切りつけようとしてくるのでたまらない。

140: 2013/04/05(金) 01:59:06.34 ID:gqIzaj3YP
油瓶を投げ付けると、思った通りお下げ頭は感知して刃で叩き割った。
空気とともに噴霧状の油をお下げが取り込んだところで、
伊達男の鉢巻に火をつけて投げつける。
お下げは瓶と同様鉢巻を切り刻んだが、油に引火してお下げの体内で爆発した。

ついにお下げ頭は首だけとなり、死を待つばかりであったが、
考えて見れば憎き伊達男の仇だが戦士としてはなかなか見上げたやつである。
おれの血を使って痛みを和らげてやると、
何やら感じ入ったようで、騒ぎ出した吸血鬼を首だけで制してしまった。
死ぬ前に解毒剤を飲んで見せろというので、眼を潰した癖にわかるのかと問うと
なに伝わるさと云った。
云われたとおり飲んでやると、
満足そうに、それじゃあ随分御機嫌よう、と云って塵となり風に吹かれていった。

142: 2013/04/05(金) 02:02:32.99 ID:gqIzaj3YP
頬かむりと韋駄天教師の決闘は、場所を変えて神殿遺跡で行うこととなった。
女だてらに波紋教師で、しかも五十年なだけあって落ち着いたものである。
あっさり頬かむり--頬かむりを取ったが面倒なのでこいつは頬かむりだ--を
首巻で倒してしまった。
威張っているやつ程存外弱いものだなと思っていると、
韋駄天教師の背後から頬かむりが現れた。
なんとそれまで戦っていたのは影武者で、
本物は隙を付いて韋駄天教師を後ろから刃で刺し倒してしまった。
実に卑怯なやつである。癇癪のままに張り倒してやろうとしたのだが、
雑兵の吸血鬼どもに阻まれて近づけぬ。
おまけに先だってのお下げ頭との決闘の疲労が答えて、
波紋を練るのも一苦労だ。

145: 2013/04/05(金) 02:05:50.97 ID:gqIzaj3YP
焦慮いなと思っていると、急に周りの吸血鬼がばたばたと崩れ始めた。
見ると機械軍人が一党を引き連れて吸血鬼に紫外線を一斉照射していた。
なんの因果かじいさんと紐育の悪友も来ている。
雑兵は機械軍人に任せて、おれは一気に頬かむりの所まで駆け上がった。
頬かむりはすました顔で半死半生の韋駄天教師の足に縄を通して
地面へ放り投げたので、慌てて縄の一端を掴むと、
こちらが身動きが取れぬのをいいことに攻撃しようとしてくる。

どこまでも卑怯なやつだ。
こいつはふた言めには、勝てばよかろうだの、頂点は一人だの云って
男らしくない手ばかり取りやがる。
まったく一番へこましてやらなくては気がすまない。
気がすまないが、正直に白状すると、やる気のある割合にもう波紋を練るのも大抵しんどい。
だがおれは謀略を練らせるとこれでなかなか知恵がきく方だ。

149: 2013/04/05(金) 02:10:25.15 ID:gqIzaj3YP
首巻に火をつけて注意を逸らせておいて、縄を頬かむりの足に巻きつけた。
今度はやつの身動きが取れなくなる番だ。
力を振り絞って波紋を食らわせて地面に落としてやると、
手廻しよく機械軍人一味が一斉に紫外線を頬かむりに照射する。
いよいよこいつも終いかと思っていると、なんと頬かむりは石仮面を隠し持っていた。
まずいことに赤石が嵌っている。
こいつはいけないと泡を食って機械軍人が照射を止めたが、遅かった。
頬かむりはふらりと立ち上がって、手をリスやら花やらにして戯れたかと思うと、
朝日を全身に浴びてにやにやと笑った。

じいさんと機械軍人は、ああなると駄目だ、もう手が付けられぬと大いに嘆いている。
頬かむりはいよいよ己に怖いものは無いとばかりに大威張りだ。
それでもおれだけは殺さねばけじめがつかぬと追い回す心積もりのようなので、
こちらもやられてなるものかと逃げ回ることにした。
撤退してるうちに何か腹案を考え出さねばなるまい。
ついでに頬かむりが落とした赤石も拾っておいた。何かの役に立つやも知れない。

151: 2013/04/05(金) 02:14:57.98 ID:gqIzaj3YP
頬かむりは鳥に変化して追って来るので、
機械軍人の飛行機を拝借して逃げることにした。
逃げている間も一々攻撃してくるので、一向気が休まらない。
最早波紋も太陽も効かないようなので、ひとつ火山の溶岩に突っ込ませてみることにした。
如何に究極生命体といえども、マグマにはひとたまりもあるまい。
じいさんが無線で何やらぶつぶつ云っているが、おれはこいつを倒すのは今しかないと思っている。
引き込むつもりは全くない。

そうしているうちにも頬かむりは執拗に飛行機を攻撃してくる。
鬱陶しいやつだ。この飛行機も大抵駄目だろう。
頬かむりにぶつけて諸共火山に突っ込む心積もりでいると、
飛行機の浮きに機械軍人が引っ付いていて、突っ込む前に飛び降りろと云ってきた。
半信半疑で飛び降りると、機械軍人が飛び出して空中で受け止めてくれた。
着地の際に機械軍人の足が粉々になってしまったが、
どうやら命拾いしたようである。

153: 2013/04/05(金) 02:17:39.95 ID:gqIzaj3YP
はて頬かむりはどうなったろうと火口を覗いてみると、
マグマの中でのつそつしていたが、やがてのまれていった。
やれやれだ、ようやく成敗してやった。
これ以上ここにいると危険なので、早々に避難するのがよかろうと
機械軍人と話していると、おれの左腕が吹き飛んだ。
見ると防御層を全身に纏った頬かむりが地面を割って出てきている。

火山に落ちても無事とは全く嫌になる。
しかもやっこさん、おれの何倍もの威力の波紋を練る事が出来るようだ。
機械軍人は神だの何だの云っている。
おれは、もうこうなったら大抵駄目だろう、ここまでだなと思った。
実際静かな心持ちであった。やれることはやったのだ。

154: 2013/04/05(金) 02:20:00.57 ID:gqIzaj3YP
頬かむりは波紋でおれにとどめをさす気構えである。
それを聞いてなんとなしに赤石を差し出してみた。
すると赤石を通した波紋は威力が増幅され、おれの手を突き抜けて火山に直撃した。
たちまち噴火が始まり、おれと頬かむりは岩盤に押し上げられてしまった。
頬かむりはまた鳥に変化して逃れようとしたが、一所に押し上げられたおれの左腕に気を取られ、
一気に大気圏外へ吹き飛ばされていった。

157: 2013/04/05(金) 02:22:56.90 ID:gqIzaj3YP
このほか語ることは残り少ない。
吹き飛ばされて海に落ち、漁船に拾われたあと、おきゃん娘に介抱してもらった。
ついでにその後結婚もした。

紐育へ戻ってすぐに、おばあちゃん帰ったよと飛び込んだら、
みんな何やら妙な顔をしている。
そもそもみんな雁首揃えて何をしているのかと思えば、なんとおれの葬式であった。
どうやら火山でそのまま死んだものとされていたらしい。

不審に思い、
「おい、云ったとおりに電報を打っておいたのだろうね」と細君に云うと
しばらく思案したのち、
「失念していましたわ」
とばつが悪そうな顔で答えた。
どうりで話が噛み合わぬわけである。

160: 2013/04/05(金) 02:25:44.01 ID:gqIzaj3YP
その後の事を少し話しておく。
戦いで左腕を無くしたものの、それ以外は極めて丈夫に年をとり、
どうやら一族は代々短命であるというジンクスを打ち破る程には長生きをした。
事業もそこそこに成功を収め、孫の成長も見守ることが出来た。
途中あやまちもあったものの、そのとき出来た息子も結構な男に育っている。
あやまちに関しては先に往生した祖母やじいさん、ついでに伊達男に
大きに説教をくらいそうだが、年をとった今となっては
それすらどこか心待ちにしている次第である。

――戦闘潮流・完――

161: 2013/04/05(金) 02:27:17.46

162: 2013/04/05(金) 02:27:25.05
面白い

166: 2013/04/05(金) 02:28:08.87
乙。
面白かったぜ。

180: 2013/04/05(金) 03:34:17.64
これは凄い
思いの他ジョセフが坊っちゃんだった
乙!

引用元: 夏目漱石「戦闘潮流」