1: 2020/01/31(金) 18:11:13.228 ID:Qj4/TtAF0
依頼人「事故に見せかけて始末する、というのはやれるのか?」

殺し屋「場所も時間も方法も、可能な限りご要望に応えます。ただし……」

殺し屋「殺しはセルフサービスとなっております」

依頼人「へ? セルフサービス? ……どういうことだ?」

殺し屋「つまりですね。私の手で殺しに必要な諸々の状況を整え、あとはトドメだけという状態にしますが」

殺し屋「そのトドメはお客様自身で、というシステムになっております」

依頼人「客自身で……!?」

2: 2020/01/31(金) 18:14:02.501
わりと需要ありそつ

3: 2020/01/31(金) 18:14:23.695 ID:Qj4/TtAF0
依頼人「なんでそんなことを?」

殺し屋「今やあちこちの業界でセルフサービス化の波が広がっています」

殺し屋「レストラン、ガソリンスタンドの給油、買い物のセルフレジ……」

殺し屋「そこで、いっそ殺しの世界でもセルフサービスを取り入れたらどうか、と思い立ちましてね」

依頼人「はあ……」

殺し屋「いかがいたしますか?」

依頼人「腕は確かだと聞いているし……分かった、セルフサービスで頼むよ」

殺し屋「では標的を伺いましょうか」

6: 2020/01/31(金) 18:18:39.221 ID:Qj4/TtAF0
……

殺し屋「あとはこのロープを切れば、鉄骨が倒れて標的は下敷きとなります」

殺し屋「事故として処理され、あなたが疑われることは絶対ありません」

殺し屋「さ、どうぞ」

依頼人「あ、ああ」

プチッ

グラ…

「うわっ!」

ドガシャァァァン!!!

殺し屋「標的はバッチリ圧死しましたね。お疲れ様でした」

依頼人「うむ……報酬はきっちり振り込むよ」

7: 2020/01/31(金) 18:22:05.537 ID:Qj4/TtAF0
殺し屋(しかし、こういう形式で殺しをしていると、時にはこういうこともございます)



……

殺し屋「さ、あとはこの狙撃銃の引き金を引くだけです」

殺し屋「固定してあるので、弾丸は正確に標的の頭を射抜き、絶命させるでしょう。どうぞ」

青年「……」プルプル

殺し屋「どうしました?」

青年「う……撃てませぇん!」

8: 2020/01/31(金) 18:25:36.876 ID:Qj4/TtAF0
青年「スコープで奴を覗いてたら……」

青年「よくよく考えたら、殺すほど悪い奴じゃなかった、と思えてきて……」

青年「お願いします、キャンセルさせて下さい!」

殺し屋「本当によろしいのですか?」

青年「はいっ!」

殺し屋「分かりました。ただし、手間賃とキャンセル料はいただきますよ」

……



殺し屋(殺し屋に依頼するほどの事情があったはずなのに、まったく不思議なものです)

殺し屋(しかし、依頼人がそうおっしゃるのなら私はそれに従うまで)

殺し屋(依頼に関して余計な口出しはしない。それが私のプロとしてのポリシーですから)

9: 2020/01/31(金) 18:29:18.138 ID:Qj4/TtAF0
ある日――

殺し屋(待ち合わせ場所は……ここですね)

女「はぁい」

殺し屋「あなたが依頼人ですか?」

女「ええ、そうよ」

女「どんなゴツイのが来ると思ってたけど、案外普通そうな人ね」

殺し屋「よく言われますよ」

殺し屋(危険な香りがする……)

殺し屋(おそらく、裏社会を生きてきた人間でしょうね。私のように……)

10: 2020/01/31(金) 18:32:36.659 ID:Qj4/TtAF0
殺し屋「断っておきますが、私は――」

女「セルフサービスの殺し屋さんでしょ? 聞いてるわ」

殺し屋「ご存じなら話が早い」

殺し屋「さっそく標的を伺いましょうか」

女「標的は……こいつよ」

写真を見せる。

殺し屋「了解しました。なにか条件はございますか?」

女「場所の指定はしたいところね。私も準備があるから、明日ある駅で待ち合わせしましょう」

殺し屋「かしこまりました」

12: 2020/01/31(金) 18:35:34.788 ID:Qj4/TtAF0
とある駅で待ち合わせする二人。

女「はぁい」

女「ごめんなさいね。遅れちゃって」

殺し屋「いえ、私も今来たところですよ」

女「ここからは私とあなたの二人旅よ。電車に揺られながら、楽しく行きましょ」

殺し屋「ええ、よろしくお願いします」

14: 2020/01/31(金) 18:39:37.670 ID:Qj4/TtAF0
ガタンゴトン… ガタンゴトン…

女「目的地までは……電車で三時間ってところね」

女「長旅になっちゃうけど、許してね」

殺し屋「いえいえ、私のような商売をしていれば長旅には慣れるものです」

殺し屋「標的を始末に、海外まで飛んだこともありますから」

女「へぇ~、下手なサラリーマンよりよっぽど出張してるのかもね」

殺し屋「出張ついでに観光、とはいきませんがね」

16: 2020/01/31(金) 18:42:54.173 ID:Qj4/TtAF0
女「……」

女「せっかくだし、私の話をしてもいいかしら?」

殺し屋「どうぞ」

女「あんまり楽しい話じゃないけどね」

女「私が育ったのは……絵に描いたような田舎だったわ」

女「山があって、小川があって、田んぼがあって……都会の人が思い描く理想の田舎そのままって感じ」

女「おてんばだった私は、しょっちゅう山の中で遊んだものよ」

17: 2020/01/31(金) 18:45:56.218 ID:Qj4/TtAF0
女「だけど、年頃になると、娯楽もない田舎で生きてくことに退屈しちゃって」

女「親の反対も押し切って、私は上京したわ。華やかな都会で花咲く自分を夢見てね」

女「だけど、そんな夢見る田舎娘は都会のわる~いオオカミにとってはいいカモだった」

女「男には弄ばれ、女には陥れられ、あっという間にドブの底」

女「ドブの中でもがくうち、気づいたら私もとんでもない悪女に変貌していた」

女「もし私のやってきたことに刑罰をつけるとしたら、死刑何回分になるか分かったもんじゃないわ」

女「ある二つの組織のトップを籠絡して、組織同士潰し合わせるなんてこともやったことあるしね」

女「直接手を下した数はともかく、間接的に殺した数ならあなたの遥か上をいく自信があるわ」

殺し屋「……」

18: 2020/01/31(金) 18:48:32.565 ID:Qj4/TtAF0
女「こんな女だから、当然星の数ほど恨みを買ってる」

女「普段は寄らば大樹の陰をして狙われないよう工夫してるけど」

殺し屋「あなたに入れ込んでる男も星の数ほど、というわけですか」

女「ゲスばかりだけどね。だから今回の殺しも任せたくなかった」

女「もし私が今みたいに無防備に電車に乗ってるなんて知られたら、一体どうなることやら……」

女「私がさっき待ち合わせに遅れたのも、そういう刺客を警戒してたからよ」

女「ま、電車乗っちゃえば、もう一安心でしょうけど」

殺し屋「どうやらそうでもなさそうですよ」

女「え?」

19: 2020/01/31(金) 18:52:28.563 ID:Qj4/TtAF0
二人の近くに、ナイフを持った男が立っていた。

金髪「……」

女(いつの間に……!)

金髪「死ね……」シュッ

ガシィッ!

金髪「!」

殺し屋「いけませんね。電車の中でそんなものを振り回しては」

掴んだ腕を捻じり上げる。

金髪「ぐ……!」ミシミシ…

20: 2020/01/31(金) 18:55:25.279 ID:Qj4/TtAF0
金髪「このっ!」ブオンッ

殺し屋「おっと」

ガシッ!

振りほどこうとする金髪の首を絞めると、

ボキィッ!

一瞬でヘシ折る。

殺し屋「旅を邪魔する無粋な輩は、窓から捨ててしまいましょう」バッ

女「流れるような動作だったわ……。さすがね」

21: 2020/01/31(金) 18:56:19.063
強すぎワロタ

22: 2020/01/31(金) 18:58:52.555 ID:Qj4/TtAF0
女「殺しはセルフサービスといっても、やっぱりあなた自身で殺るのもお上手なのね」

殺し屋「私とて、最初からセルフサービスをやってたわけではありませんからね」

女「じゃあどうして、セルフサービスなんか始めたの?」

女「はっきりいって、あなた自身がやった方が手っ取り早いことも多いでしょ」

女「なにかよっぽどの事情があるんじゃない?」

殺し屋「そんな大層な理由はありませんよ」

24: 2020/01/31(金) 19:02:18.937 ID:Qj4/TtAF0
殺し屋「殺し屋というのは、人の命を奪ってお金を稼ぐ、皆が最もやりたくない作業を進んでこなす、最底辺の職業です」

殺し屋「美味しい実の部分はみんな食べられ、残ったスイカの皮だけを手渡されるような、そんな仕事です」

殺し屋「腕を上げれば上げるほど、私の仕事は増えていき……」

殺し屋「皆が私にスイカの皮をポイポイ押しつけてくるようになった」

殺し屋「嫌気が差すこともありました。しかし、今さら他の生き方などできるわけがない」

殺し屋「そこで、ふと思ったんです。だったら、トドメの部分だけでもやってもらうようにしよう、と」

殺し屋「なんてことはない。底辺の下らない意地、というやつですよ」

女「だけど、セルフサービスなんて反発もあったんじゃないの?」

殺し屋「もちろんです。しかし……実力で黙らせましたが」

女「ふふ、お互い敵が多いわね」

25: 2020/01/31(金) 19:05:09.526 ID:Qj4/TtAF0
アナウンス『○○駅に到着でーす』

プシュー…

会社員「……」ザッザッ



女「○○か。もうそろそろ、目的の駅に着くわね」

殺し屋「よかった、そろそろお尻が痛くなってきましたよ」

女「痔持ちの殺し屋なんてカッコつかないものね」クスッ

27: 2020/01/31(金) 19:08:10.392
つボラギノール

28: 2020/01/31(金) 19:08:18.434 ID:Qj4/TtAF0
会社員「……」バサッ



女「見てよ、窓の外。ビルも少なくなって、だいぶ景色ものどかになってきたわ」

女「田舎を思い出すなぁ……」

殺し屋(さっき乗車してきたあのサラリーマン、新聞を広げた……)

殺し屋「伏せてっ!」バッ

女「えっ!?」

パンッ! パパンッ!

車内に銃声が響く。

31: 2020/01/31(金) 19:12:38.103 ID:Qj4/TtAF0
会社員「ちっ!」チャキッ

新聞を捨て、銃を向ける。

女「あいつも……私を狙う殺し屋!?」

殺し屋「そのようですね」

シュッ

グサッ!

会社員の喉に、ナイフが突き刺さった。

会社員「がっ……!」グラッ…

ドサッ…

女「新聞紙越しに私たちを狙うなんて……」

殺し屋「さてと、この方も窓から捨てときましょう」

32: 2020/01/31(金) 19:16:19.039 ID:Qj4/TtAF0
目的の駅にたどり着いた二人。

殺し屋「んー……のどかでいい場所ですね」

女「でしょ?」

女「さっそく標的を始末しに行きましょうか。案内するわ」

殺し屋「お願いします」

駅員「おやおや、恋人同士、もしかしてデートですか?」

殺し屋「恋人同士だなんて……」

女「ま、そんなところかもねー」

駅員「そうですか」

33: 2020/01/31(金) 19:18:47.902 ID:Qj4/TtAF0
駅員「では二人まとめて送ってやろう」

ブオンッ!

殺し屋「下がって!」

ドゴォッ!

殺し屋「斧……!」

女「この駅員も……!?」

駅員「いい反応だ」

36: 2020/01/31(金) 19:22:59.272
殺しに斧っすか...

34: 2020/01/31(金) 19:20:21.492
オーノー!

35: 2020/01/31(金) 19:22:15.903 ID:Qj4/TtAF0
駅員(まずは女を――)

ブオンッ!

ギィンッ!

殺し屋「ぐっ!」

手持ちのナイフで受けるが、受け止めきれるものではない。

殺し屋「ぐあっ!」ドサッ…

駅員「もらったァ!」

斧を振り被る。

37: 2020/01/31(金) 19:25:22.053 ID:Qj4/TtAF0
ドカッ!

倒れた体勢から、駅員の手首を蹴り上げる。

駅員「ぐっ!」

すかさず近づき、

シュバッ!

頸動脈を切り裂く。

駅員「が、は……っ」ブシュゥゥゥゥゥゥ…

ドチャッ…

殺し屋「ふぅ……久しぶりに肝を冷やしましたね」

女「まさか、駅員になりすましてただなんて……」

殺し屋「斧の扱いも巧みでしたし、殺すには惜しい使い手、といったところでした」

38: 2020/01/31(金) 19:29:46.199 ID:Qj4/TtAF0
殺し屋「ちょっとプライベートな旅行をするだけでこれとは……あなたも大変ですね」

女「でしょ? モテる女は辛いわ」

殺し屋「ですが、おそらく今日はもうあなたを狙う刺客は来ないでしょう」

女「どうして言い切れるの?」

殺し屋「殺し屋としての経験と勘、というやつです」

殺し屋「あの三人の雇い主が同じかバラバラかは分かりませんが、四人目が来る可能性は低いと見ます」

殺し屋「もちろん油断はできませんがね」

女「ふうん、まあいいけど」

殺し屋「あとは指定の場所で標的を始末するだけですが、いかがいたしますか?」

女「じゃあ……あなたの経験と勘を信用しちゃおうかな」

女「せっかく電車に揺られてこんな田舎まで来たんだし、二人で遊ばない?」

殺し屋「かまいませんよ」

39: 2020/01/31(金) 19:33:19.422 ID:Qj4/TtAF0
女「見て見て、この川でよく遊んだのよ!」

女「あっ、メダカがいる!」

女「入っちゃおっと!」チャプ…

殺し屋「滑って転んだりしないで下さいよ」

女「大丈夫よ」ヌルッ

女「きゃっ!」バシャーンッ

殺し屋「ほら、いわんこっちゃない」

女「あーあ、びしょ濡れ!」

41: 2020/01/31(金) 19:35:08.738 ID:Qj4/TtAF0
女「えいっ!」バシャッ

殺し屋「ぶっ!」

女「えいっ、えいっ!」バシャバシャッ

殺し屋「よくもやってくれましたね」

殺し屋「そらっ!」バシャッ

女「キャーッ! アハハハッ!」

バシャバシャ…

42: 2020/01/31(金) 19:39:00.324 ID:Qj4/TtAF0
女「この神社、子供の頃よく来たなぁ」

女「夏休みにはいつもここで縁日が開かれてね」

女「たこ焼き食べたり、金魚すくいしたり、楽しかった……」

殺し屋「お参りしていきますか?」

女「ううん、やめとく。もう神様にお願いごとできるような身分じゃないから」

女「じゃあ、そろそろ標的を始末しに行きましょうか」

殺し屋「そうですね」

44: 2020/01/31(金) 19:42:14.497 ID:Qj4/TtAF0
殺し屋「これはこれは……立派な山ですね」

女「うん、私の思い出が詰まった山よ」

女「本当はここを汚したくなかったんだけど、ここ以外思い浮かばなかったから」

女「ありがとう……あなたがいなきゃ、きっとここにはたどり着けなかった」

女「それじゃ、標的を始末するわ。自分自身(セルフサービス)でね」

女は懐から毒薬を取り出した。

殺し屋「……」

45: 2020/01/31(金) 19:45:14.762 ID:Qj4/TtAF0
女「ごめんなさいね。あなたを利用して、ボディガードみたいな真似させちゃって」

殺し屋「いえいえ、私は仕事をしただけです」

殺し屋「標的は“あなた自身”。自分の故郷である“この山で殺したい”、ということでしたので」

殺し屋「私はその状況になるようお膳立てしたまでのこと」

殺し屋「セルフサービスは成り立ってます。謝ることなどありません」

女「優しいのね、あなた」

46: 2020/01/31(金) 19:48:18.929 ID:Qj4/TtAF0
女「医者から……余命を宣告されたわ。きっとバチが当たったのね」

女「もう長くは生きられないって分かった時、私は……故郷で死にたいと思ってしまった」

女「子供の頃たくさん遊んだ、私を育んでくれた、この山で……」

女「散々悪さしたくせに最期は故郷で静かに死にたいだなんて、ホント私って最低の悪女だわ」

女「もし、あなたが後で地獄に落ちたら、私に会いに来てよね」

殺し屋「ええ、もちろん」

48: 2020/01/31(金) 19:51:08.158 ID:Qj4/TtAF0
女「今日一日楽しかったわ」

女「ありがとう、殺し屋さん」ゴクッ



女は毒薬を飲み干し――

まるで眠るように、穏やかな表情で、山に横たわった。



殺し屋「……」

49: 2020/01/31(金) 19:54:15.833 ID:Qj4/TtAF0
殺し屋「仕事完了、と」

殺し屋(しかしながら、私もまだまだプロとして未熟ですね)

殺し屋(なぜなら彼女に――)

殺し屋(依頼はキャンセルして、残りの人生を私と過ごさないか、と言いそうになってしまいましたから)







~END~

51: 2020/01/31(金) 20:00:45.910

引用元: 殺し屋「殺しはセルフサービスとなっております」