2: 2014/05/24(土) 20:46:04.34 ID:nQDY3joeo
王子「先代勇者……勇者の父君が音信不通になって久しい」

王子「僕は生まれて間もなかったから、当時の記憶はないが……」

王子「さぞかし大きな期待をされていたのだろうなあ」

王子「永きに渡る人族と魔族の争いに、終止符が打たれるかもしれないのだ」

王子「そしてその期待は、彼の息子へと引き継がれる」

王子「今代の勇者の旅立ち、あと1周間となったか……」

王子「上手くやってくれるといいのだが」

3: 2014/05/24(土) 20:47:31.77 ID:nQDY3joeo
王妃「王子く~ん、いるかしら~?」 パタパタ

王子「おや、母上ではありませんか」

王妃「母上よ~」

王子「珍しいですね。僕の部屋まで足を運ばれるとは」

王妃「夜這いよ~」

王子「まだ朝ですよ!?」

王妃「あら?」

王子「あら、ではありません! そもそも息子に夜這いとは、一体どういう了見ですか!」

王妃「うふふ、冗談よ。冗談」

王子「冗談でも言っていい事と駄目な事があるでしょう!?」

王妃「まあまあ。ほら、紅茶でも飲んで落ち着いて?」 スッ

王子「さもご自身が用意されたかのように出してますけど、それ僕が自分で淹れたものですから!」

4: 2014/05/24(土) 20:48:57.34 ID:nQDY3joeo
王妃「あら、この香り」 クンクン

王子「他人の話、聞いてますか……?」

王妃「……南国の茶葉かしら」

王子「えっ、お判りになるのですか」

王妃「もちろんよ~」

王子「そういえば、母上は植物については第一人者でしたね」

王妃「大した事ではないわ~。ただちょっと、趣味をこじらせただけよ~」

王子「魔術研究に薬草類の知識は欠かせませんからねえ」

5: 2014/05/24(土) 20:50:27.04 ID:nQDY3joeo
王子「ところで母上」

王妃「なぁに~?」

王子「何かご用があったのでは?」

王妃「あっ」

王子「ははは、すっかりお忘れになっておいででしたか」

王妃「うっかりしちゃったわ~」

王妃「あのね、王子くん。落ち着いて聞いて欲しいのだけど」

王子「伺いましょう」

王妃「国王陛下が、病でお倒れになられたのよ~」

王子「そんな大切な事忘れないでくださいよおおお!!!」

6: 2014/05/24(土) 20:51:58.83 ID:nQDY3joeo
――執務室。

王子「父上が復帰されるまで、僕が政務を代行する事になった」

大臣「殿下にはご難儀をお掛け致しますなあ」

王子「構わないさ。これも務めだ」

大臣「頼もしいお言葉にございます」

王子「とは言え、大臣がいなければ僕は何も決められない」

王子「力を貸してくれるかな」

大臣「無論でございます」

王子「ありがとう。貴方の忠節には、僕の勤勉で応えよう」

7: 2014/05/24(土) 20:53:28.49 ID:nQDY3joeo
王子「さて、早速取り掛かろうか。まずは……そうだな」

王子「勇者の出立について、進捗状況を把握したい」

大臣「来週がその日ですな。ご安心下さい、計画は順調です。支給品も用意させております。

王子「支給品?」

大臣「はい。世界の危機に立ち向かってもらう事になります。手ぶらで旅立たせる訳には参りますまい」

王子「もっともだ。国として最大限の支援をしなくてはならないな」

王子「それで、何を支給するのだ?」

大臣「銅の剣でございます」

王子「……」

大臣「?」

王子「……済まない。もう一度言ってもらえるか」

大臣「はい。銅の剣1本を支給致します」

王子「……」

大臣「……?」

王子「おかしいとは思わないか」

大臣「えっ」

王子「えっ、じゃないだろおおおおお!!!!!」

8: 2014/05/24(土) 20:54:59.31 ID:nQDY3joeo
王子「大臣!」

大臣「は、はい」

王子「貴方は先ほど何と言った!」

大臣「えっ」

王子「そこじゃないんだよおおお!!!」

王子「勇者が世界の危機に立ち向かう、というところだ!」

大臣「す、済みません」

王子「銅の剣1本で世界が救えると、本気で思っているのか!」

王子「イノシシ退治をするにしても、もっとまともな武具を持っていくだろう!」

王子「そんな装備で救えるほど世界の危機は安上がりではない!」

大臣「お、仰る通り……」

王子「理解したのなら、直ちに支給品を変更せよ!」

大臣「そ、それでは銅の剣に加え、皮の鎧を用意させましょう」

王子「……」

大臣「即刻鋼の剣と魔法の鎧を調達致しますううう!!!」

王子「よろしい」

9: 2014/05/24(土) 20:56:29.47 ID:nQDY3joeo
王子「勇者に旅立ちに添えるものは、これだけなのか」

大臣「い、いえ。支度金も交付する予定です」

王子「おいくらかな」

大臣「……」

王子「そんなに怯ないでくれ。酷い金額である事は想像に難くない」

大臣「ご、50ゴールドです……」

王子「……」

大臣「50,000ゴールドに増額致しますううう!!!」

王子「是非ともそうしてくれ……」

10: 2014/05/24(土) 20:57:59.43 ID:nQDY3joeo
王子「何だかとても疲れたよ」

王子「まさかこんな阿呆な計画が進んでいるとは思わなかった」

大臣「阿呆は言い過ぎでは……」

王子「控えめに表現したつもりだが……?」

大臣「ひぃ」

王子「余り物の装備とはした金で魔王を倒してもらおうなど、正気の沙汰とは思えん」

大臣「はい……」

王子「あまり言いたくはないが、たるんでいる……としか言えないぞ?」

大臣「申し訳ございません……」

王子「もうよい……今後はしっかり監督してもらわねば困るぞ」

大臣「肝に銘じます」

王子「そもそもだな、こんな馬鹿げた内容を計画する事自体が異常なのだ」

王子「本計画の立案者を呼び出してくれ。僕が直々に問いただしてくれる」

大臣「えっ」

王子「ん?」

大臣「それが、その……立案者は現在療養中でして……」

王子「……」

大臣「……」

王子「まさかとは思うが」

大臣「……ノーコメントです」

王子「父上ええええええええええ!!!!!!!!!!」

11: 2014/05/24(土) 20:59:37.83 ID:nQDY3joeo
――翌朝。

大臣「おはようございます」

王子「おはよう。昨日は声を荒らげてしまって済まなかった」

大臣「滅相もない! 私こそ、己の浅慮を恥じるばかりです」

王子「いやいや、貴方は我が国の頭脳に等しい」

王子「その知略、どうか人々のために役立てて欲しい」

大臣「有難きお言葉! 不肖大臣、粉骨砕身お仕えさせて頂きます」

王子「頼りにしている。ところで、父上の容態は?」

大臣「病状の進行は食い止められたようですが、未だ高熱にうなされておられます」

王子「悪い意味で平行線、と言ったところか」

大臣「はい、残念ながら」

王子「父上もまだ老け込むお歳ではないし、看病には母上が付いていらっしゃる」

王子「ここは焦らず、快復を待つとしよう」

12: 2014/05/24(土) 21:00:59.40 ID:nQDY3joeo
大臣「殿下、支給品の変更について手配が完了致しました」

王子「早いな」

大臣「(殿下が怖いからですよ……)」

大臣「武器と防具は2日後に王宮に到着する見込みです」

王子「結構。支度金はどうか」

大臣「はぁ、それが……」

王子「何か問題が?」

大臣「予算が足りません」

王子「国庫はもう空なのか」

大臣「魔物のために国情が不安定なのはご存知かと思われますが……」

王子「ああ、存じている」

大臣「色々と対策に追われ、対症療法的に予算を注ぎ込む状態なのです」

王子「対応が後手に回っているのだな……」

大臣「お恥ずかしながら、その通りでございます」

王子「致し方あるまい。大臣、王家の資産について売却を許可する。その売却益を予算に投入してくれ」

大臣「よろしいのですか?」

王子「国家……いや、世界の一大事だ。背に腹は代えられない」

大臣「ご立派です」

王子「あ。それと父上のおやつ代は今後永久に廃止する」

大臣「ひぃ……」

13: 2014/05/24(土) 21:02:30.04 ID:nQDY3joeo
王子「時に大臣」

大臣「何でございましょう」

王子「勇者を補佐する者はいるのか?」

大臣「候補者はおります」

王子「まだ決定していないのか。もう1週間を切っているのだが」

大臣「最終的決定は勇者に委ねる事としております」

大臣「勇者にも仲間を選ぶ権利はございましょう」

王子「ふむ。それもそうか。して、候補者はどのような顔ぶれだ?」

大臣「それにつきましては、国では把握をしておりません」

王子「は……? どういう事だ」

大臣「城下の酒場にて冒険者を募っておりまして、全てそちらに一任しております」

王子「……済まない。もう一度言ってもらえるか」

大臣「魔王討伐隊の人員選考については、城下の酒場に委任しております」

王子「……」 プルプル

大臣「?」

王子「おかしいとは思わないか」

大臣「えっ」

王子「えっ、じゃないだろおおおおお!!!!!」

14: 2014/05/24(土) 21:03:59.51 ID:nQDY3joeo
王子「大臣! 貴方は先ほど何と言ったか!」

大臣「えっ」

王子「ごめん間違えた! 昨日何と言ったか!」

大臣「えっ」

王子「そうじゃないだろおおおおお!!!!!」

大臣「す、済みません。つい……あの、私何か言いましたっけか」

王子「世界の危機云々という話の事だ!」

王子「魔王を倒すのに酒場でメンバー募集してどうするのだ!」

王子「まるっきり隣町までお使いに行かせる程度のノリじゃないか!」

大臣「い、いえ。そんな事は……」

王子「そんな事はない、と言えるのか?」 ギロリ

大臣「い、いやあ……」 タジタジ

15: 2014/05/24(土) 21:05:29.87 ID:nQDY3joeo
王子「まったく……もっと重大性を認識してもらわねば困る!」

王子「凶悪な敵を討伐しようという時に、民間に丸投げというのは大問題だ!」

大臣「冒険者募集事業に対しては、国から助成金を出しておりますが……」

王子「そんな金があったら、選りすぐりの兵を魔王討伐のために育成したらよいではないか!」

大臣「し、しかし飲食業への予算投入による経済効果がですね」

王子「景気対策と魔王対策を分離したらいいだろ! なんでセットでやろうとするのだ!」

王子「呑んだくれ引き連れて魔王に突撃させるつもりか?」

王子「魔王城はアル中リハビリセンターじゃないんだよおおお!!!」

大臣「お、仰る通り」

王子「時間は限られている。王宮から即戦力となる者を選抜せよ」

大臣「志願はどう致しましょうか」

王子「受け付けて構わん。危険を承知で自ら名乗り出る意気込みは、高く評価されるべきだ」

王子「とは言え、実力と意気込みに著しく乖離が見られる場合はこの限りではない」

16: 2014/05/24(土) 21:06:30.26 ID:nQDY3joeo
――時は流れて、勇者旅立ちの日。

大臣「おはようございます」

王子「おはよう」

大臣「いよいよこの日がやって参りましたな」

王子「ああ。今日、歴史は大きく変わる」

王子「我々人族が、平穏と安寧を取り戻す大いなる第一歩が刻まれるのだ」

大臣「……」

王子「どうした」

大臣「少し、昔の事を思い出しておりました」

王子「昔の事?」

大臣「ええ。16年前にも陛下が同じような事を仰っておられたなあ、と」

王子「前言を撤回する!」

大臣「えっ」

王子「過去に似た言葉を贈られた者と、同じ運命を辿らせる訳にはいかないさ……」

17: 2014/05/24(土) 21:07:59.44 ID:nQDY3joeo
大臣「ところで、報告が遅れましたが」

王子「勇者の随行員だな」

大臣「はい。ギリギリまで選考させて頂きましたので」

王子「よい。簡単に決められる案件ではないからな」

王子「一足先に顔を見たい。呼び出せるか?」

大臣「すぐにお呼び致し……」

国王「王子!」

大臣「おや、陛下ではございませんか」

王子「父上! お体の具合はもうよろしいのですか?」

国王「うむ。この通りすっかり治ったわい」

王子「あまり無理をなされませぬよう」

国王「そうも言うてはおられまい。今日が何の日であるかは、余とて承知しておる」

国王「それにしても、政務を執る姿も随分と板に付いたようだのう」

王子「僕などまだまだ未熟者。早く父上に復帰して頂きたいものです」

国王「謙遜致すな。これからはそなたに頑張ってもらわければならぬ」

大臣「陛下の仰る通りですぞ。殿下には皆期待しておるのです」

王子「これはこれは。期待を背負い込むのは勇者ばかりと思っておりましたよ」

国王「そうそう楽はさせぬよ」

大臣「これからもよろしくお願い申し上げますぞ」

王子「微力ながら尽力致しましょう」

18: 2014/05/24(土) 21:09:31.91 ID:nQDY3joeo
王子「そうだ。これから勇者を旅をする者を招くのでした」

大臣「おっと。そう言えばそのお話が途中でしたな」

王子「父上もお会いになられますか」

国王「会うも何も、余にとっては見知った顔だがの」

王子「おや。誰が旅の供をするのかご存知なのですか」

国王「うむ。そなたもよく知る者たちだ」

王子「僕は何も聞いておりませんが」 ジトー

大臣「す、済みません。お見舞い申し上げた際、この件についてご相談を……」

王子「……まあよい。貴方も相談を持ちかける相手は選んでいるだろうからな」

国王「これこれ、あまり怖い顔をするでない。それよりも大臣、早速もう一人を呼んで参れ」

王子「もう一人? お待ち下さい、どういう意味ですか。というか、そもそも随行する者の数は?」

国王「三名だが」

王子「あと二人はどうしたのです」

国王「その二人は既に待機しておるぞ」

王子「話が見えません」

大臣「あのー……私はもう一人をお呼びしてもよろしいのでしょうか?」

19: 2014/05/24(土) 21:11:00.46 ID:nQDY3joeo
王妃「その必要はないわ~」

王子「母上、なぜこちらに」

王妃「なぜって、呼ばれた気がしたもの~」

王子「いや、母上のお話は特に……」

国王「王妃、よいところに来た。丁度そなたの事を呼ぶところだったのだ」

王子「……」

王子「母上が魔王討伐に?」

王妃「そうよ~、頑張っちゃうわよ~?」

王子「……」

王子「大臣」

大臣「はい」

王子「残りの二人は誰だ」

大臣「陛下と私です」

王子「……」

大臣「?」

王子「おかしいとは思わないか」

大臣「えっ」

王子「えっ、じゃないだろおおおおお!!!!!」

20: 2014/05/24(土) 21:12:41.61 ID:nQDY3joeo
王子「首脳引っこ抜いて魔王城に投げ込む国がどこにある!」

国王「ここ」

王子「父上は少し黙っていて下さい!」

王妃「ここ~」

王子「代わりに言えって意味じゃありませんよおおお!!!」

大臣「こ……」

王子「……」

大臣「何でもありません」

王子「まったく……どういう選び方をしたらこうなるのだ!」

大臣「ええと、まず剣術で陛下の右に出る者はおりませぬ」

国王「まだまだ若い者には負けぬわい」

王子「そういう問題ではなくだな……」

大臣「また、魔術の扱いにおいては王妃様が他の追随を許しませぬ」

王妃「すごいでしょ~」

王子「知ってますよ!」

王妃「ええ~……」 シュン

大臣「なお、手前味噌ではございますが、回復系統魔術は私に少々心得がございます」

国王「少々どころの騒ぎではあるまい。世界的に見ても大臣の才覚は抜きん出ておる」

王妃「私もそっちの分野では敵わないのよ~」

大臣「もったいなきお言葉」

王子「実力のほどはよく判った……判ったがな」

21: 2014/05/24(土) 21:14:17.23 ID:nQDY3joeo
王子「三人が不在の間、どうやって国家を運営するんだ!」

国王「そなた」

王妃「王子くん」

大臣「殿下」

王子「色々とぶん投げすぎだろおおお!!!」

王子「役職に対する責任とか、何も感じないのか!」

国王「王たる者、まずは人々に規範を示さねばならぬ」

王妃「夫を助けるのが妻の仕事よ~」

大臣「地の果て天の果て、何処なりともお供致します」

王子「その覚悟をもう少し違うところで発揮出来ないのか!?」

王子「くっ……他に、他に志願者がいるだろう。政治を疎かには出来ん。その者達が代わりを務めればよいだろう」

大臣「志願者は総勢三名ですが」

王子「あんた達だけかあああああ!!!!!」

22: 2014/05/24(土) 21:15:34.00 ID:nQDY3joeo
勇者「あ、あの……」

王子「取り込み中だ!」

勇者「ひぃ!(なんで出会い頭に罵声!?)」

王子「ん……見ない顔だな。何者だ」

勇者「こ、ここに行くように言われて……」

王子「もしや、貴方が勇者か」

勇者「は、はい」

王子「そうか……それでは、勇者っ!」

勇者「はいぃ!」

王子「よいか、心して聞いてくれ」

勇者「な、なんでしょう?」

王子「こいつら引き取って、さっさと行って来いいいいいい!!!!!」

おわり

24: 2014/05/24(土) 21:21:02.56
乙です。
テンポいいな、こういう話好き……ただ短いのが残念。

大体のRPGの謎、最初の国の援助よりも、少し先の貧しい村からのお礼の方が良いものくれる事。

25: 2014/05/24(土) 21:32:44.56

面白かった

引用元: 王子「おかしいと思わないか?」  大臣「えっ」