1: 2013/04/14(日) 00:46:25.17 ID:bW/HsJCA0

 プロデューサーさん。
 初めて出会った日のことを、あなたは覚えていますか。

 私は、なんだかプロデューサーさんが居る、ということが恥ずかしくて、ずっとおかしなテンションでした。



https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1365867985

2: 2013/04/14(日) 00:48:03.15 ID:bW/HsJCA0

 事務所に入って、珍しく給湯室に居る社長に社長室に入るように言われた。
 中には、見知らぬ男の人がひとり。

 私を見て立ち上がって、目の前にやってくる。

P「天海春香さん」

春香「は、はい……」

P「今日から、君のプロデューサーになる。――だ、よろしくな」

春香「はいっ! よ、よろしくお願いしますっ!」

P「あはは……そんなに緊張しなくてもいいんだぞ?」

春香「ご、ごめんなさいっ」


3: 2013/04/14(日) 00:50:04.84 ID:bW/HsJCA0

 オーディションに出たり、営業したり、いろいろ。
 1ヶ月後ぐらいに、喜ぶあなたの姿。

P「春香、雑誌に載ってるぞっ」

春香「ほんとですかっ!?」

P「ほら、ここ」

 あなたが指さしたのは、たった1ページの中、数行の文字と小さい写真のミニコラム。

春香「わぁっ、初めての記事です!」

 それがたまらなく嬉しかった。アイドル候補生から、アイドルになれたんだ……って思いました。

P「やったなっ」

春香「はいっ!」

 プロデューサーさんに頭を撫でてもらうことが、とっても好きで。
 

4: 2013/04/14(日) 00:54:14.65 ID:bW/HsJCA0

 最初は小さいお仕事ばかりだったけど、やがて大きなお仕事が入ってきて。
 あなたと会える時間も、少なくなって行きました。

 朝の事務所では、

P「美希、響、準備しろー」

美希「りょーかいなの」

響「眠いぞ……」

P「ほら、目に水つけろ」

響「んー……」

P「よし……千早、次のレコーディングだけどな」

千早「はい」

P「場所は西池袋のスタジオで、時間は……」

千早「表現は――」

P「声を抑えて――」

 大勢のアイドルを抱えるプロデューサーさんと、話す時間なんてありません。

6: 2013/04/14(日) 00:58:44.72 ID:bW/HsJCA0

 私はプロデューサーさんとみんなの声をBGMに、
 雑誌のコラムを小鳥さんの横で書きます。

 最初に担当した私は、セルフプロデュース。
 俺がいなくても大丈夫だ、って。

春香「……大丈夫じゃ、ありませんよ」

小鳥「え? 何か言った?」

春香「へっ? あ、いや……なんでも、ありません」

 プロデューサーさんを見る。
 とっても真っ直ぐな瞳。

P「――――高音を――」

千早「――続けて――――」

春香「……」

 どうしても、意識してしまって。


7: 2013/04/14(日) 01:03:57.64 ID:bW/HsJCA0

 あなたと話ができるのは、週に1度の簡単なミーティング。
 私、そのためにお仕事、頑張ってるんだと思います。

 もちろん、歌うことも、踊ることも大好きです。
 でも……褒めて欲しい。なででほしい。何かをするごとに、プロデューサーさんを求める自分がいて。

P「おっす、春香」

春香「こんにちは、プロデューサーさん」

 テレビ局のロビー。
 いつも会う場所を決めて、そこからお店に移動します。

P「行こうか」

春香「はい」

 プロデューサーさんが何気なく差し出す手を、ぎゅっ……と。
 出来るのなら、もう永遠に離したくない。それぐらい、強く、強く。

8: 2013/04/14(日) 01:08:48.01 ID:bW/HsJCA0

 静かな雰囲気の喫茶店。
 裏道にあるこのお店では、変装用のメガネと帽子を、外すことが出来ました。

P「……どうだ、調子は」

 アイスコーヒーを注文したあなたは、必ず私にそう聞くんです。

春香「……まあ、ぼちぼちですかね」

 私も、アイスミルクティーを注文して、こう答えます。

P「春香」

春香「……はい」

P「今、春香はセルフプロデュースをしてるだろ」

春香「はい」

 といっても、律子さんがよく助けてくれる。
 言うほど大変なことでもなかった。

9: 2013/04/14(日) 01:15:35.05 ID:bW/HsJCA0

P「俺さ、もうすぐ春香の担当に戻れそうなんだよ」

春香「……え?」

P「みんなもある程度仕事をもらえてきたからさ、春香についても大丈夫だな、って」

 プロデューサーさんは照れ笑いをする。

春香「嬉しいです……また、よろしくお願いします」

 礼をした。

P「よろしくな、春香」

春香「あの、いつからなんですか?」

P「……そうだな、俺は来週ぐらいから戻りたいと思ってるんだけど……」

春香「忙しいんじゃ……」

P「多分、3週間後ぐらいになるかな……」

春香「そ、そうですよね……」

10: 2013/04/14(日) 01:17:31.46 ID:bW/HsJCA0

 それでも、プロデューサーさんが私の担当に戻ってくれる。
 すごく、嬉しかったんです。

春香「よろしくお願いします、プロデューサーさん」

P「おう、よろしくな!」

 その後、2人でコーヒーとアイスティーを交換して飲んだり、
 最近あった面白いことを話したり。

 また頑張ろう、って思えました。


 だからこそ、私……。

 頑張りすぎたんだって言われました。

11: 2013/04/14(日) 01:21:52.58 ID:bW/HsJCA0

 その丁度1週間後の土曜日のお昼、テレビの収録が終わって。
 楽屋で荷物整理をしている途中、急に目の前が真っ暗になったんです。

 体調が万全になるまで活動休止。大事を取って、3日入院。
 律子さんと小鳥さんに、そう言われちゃいました。

千早「春香は、頑張りすぎだと思うわ」

美希「そうだよ、もっと余裕を持たないと今度は命も危ないの」

春香「あはは……」

 千早ちゃんと美希がお見舞いに来て、心配をしてくれました。
 他のみんなも、いろいろな見舞い品を持ってきてくれて。

千早「それにしても……すぐに退院するというのに、見舞い品が多いわね」

美希「このお茶っ葉は雪歩だよね? それで、ラーメンの……ストラップ?」

春香「貴音さんだよ」

美希「予想はついたの」

12: 2013/04/14(日) 01:25:02.80 ID:bW/HsJCA0

 退院の日の朝。
 迎えに来てくれたのは、プロデューサーさんでした。

P「よう」

春香「プロデューサーさん……おはよう、ございます」

P「おはよう、もう昼になるけどな」

 お母さんは家で待ってるから、早く会いに行こう、と笑っていました。

春香「あの、プロデューサーさん」

P「ん?」

春香「歩きたい場所があるんです。……付き合ってくれませんか?」

P「ああ……いいぞ」

 プロデューサーさんの顔を見て、ずっと貯めこんできた感情が爆発しそうになって。
 つい、変な提案をしてしまいました。


13: 2013/04/14(日) 01:28:13.80 ID:bW/HsJCA0

 まだ肌寒い空気が、街を覆っています。
 並木道を、ゆっくりと歩いて……手を繋ぎました。

P「なあ、春香」

春香「はい」

 プロデューサーさんは右手で頬をかきながら、

P「本当にここでいいのか?」

春香「はい、ずっとここに来たかったんです」

P「そっか」

 2人で空を見上げると、木の枝の間から見える、雲ひとつない青い空。

春香「あの、プロデューサーさん」

P「どうした?」

 プロデューサーさんの方を向いて、口をゆっくりと動かしました。

春香「初めて出会った日のことを、覚えてますか?」


14: 2013/04/14(日) 01:31:16.08 ID:bW/HsJCA0

P「忘れないよ、大切な日だから」

春香「私、すごく緊張してて」

P「緊張のあまり、ずっと変な笑顔だったよ」

春香「そ、そうでしたか?」

 プロデューサーさんは笑う。

P「その時から、俺はこの女の子をトップアイドルにするんだ……ってずっと思ってきたよ」

春香「トップアイドル……」

P「自然な笑顔をファンに贈ることの出来る、トップアイドルに」

 散った桜の花びらが、地面に敷き詰められている。


15: 2013/04/14(日) 01:34:14.53 ID:bW/HsJCA0

P「どうしてそんなことを聞いたんだ?」

春香「いえ……なんでも、ないです」

P「え?」

春香「あの、プロデューサーさん」

P「……」

 なにか言いたげにしていたあなたの言葉を遮って、私は。

春香「私、アイドルとしてお仕事を始めてから、ずっと頭から離れないことがあるんです」

P「……ああ」

春香「一言、言ってしまえばそれで私は満足なんです。でも、言えば今までの関係が、崩れるかもしれなくて」

 伝えたい言葉ほど、後回しにしちゃって。

16: 2013/04/14(日) 01:37:18.34 ID:bW/HsJCA0

 立ち止まる。
 プロデューサーさんも、歩くのを止めた。

春香「いけない、っていうのは分かってるんです」

P「…………」

春香「でも、私……うまく言えないけれど、伝えなきゃいけないと、思うんです」

P「……」

春香「プロデューサーさん」

P「……はい」

 見上げる。随分と身長差があって。

春香「好きです」

 うまく言えないけど、溢れてくる。
 ずっと秘めていた思いが。

17: 2013/04/14(日) 01:43:12.53 ID:bW/HsJCA0

P「……」

春香「私がお仕事でうまく行った時、撫でてくれるあなたが」

 よくやったな、って笑顔で。

春香「担当を外れても、私を気にかけてくれるあなたが」

 ミーティングなんて、仕事のうちじゃないのに。

春香「私を、信じてくれるあなたが」

 春香なら、絶対に大丈夫だ。

春香「大好き、なんです」

 涙が頬をつたう。声も、震えている。
 プロデューサーさんに触れる手が、小刻みに揺れて。

18: 2013/04/14(日) 01:48:59.45 ID:bW/HsJCA0

P「春香……」

春香「……忘れて下さい」

 こんなこと、本当は言ってはいけないんだ。
 アイドルと、プロデューサーなんだから。

P「春香」

春香「…………はい……」

 左手で涙を拭って、プロデューサーさんの顔を見ます。

P「俺もさ、うまく言えないんだけど……伝えたいことがある」

春香「…………え?」

P「笑わないで聞いて欲しい」

 そう言うと、プロデューサーさんは私の手を離して、
 思い切り私を抱きしめました。

19: 2013/04/14(日) 01:51:47.47 ID:bW/HsJCA0

P「俺も、好きだ」

春香「…………」

P「こんなことしか言えないけど……俺を、許してくれるか」

春香「……うそ」

P「意識しちゃいけない、って思ってた。でも、無理だった」

春香「…………」

P「春香の担当を外れろ、って社長が言った時は……すごく悲しくて」

春香「……自分で提案したんじゃ、ないんですか?」

P「……千早達の仕事が増えるように、って」

 プロデューサーさんが、力を強めました。

20: 2013/04/14(日) 01:55:37.72 ID:bW/HsJCA0

P「春香は、優しい女の子だ」

春香「……」

P「笑顔が素敵で」

 恥ずかしい。
 耳が赤くなる音がしました。

P「好きになっちゃいけない、って思うほど、好きになって」

春香「……」

P「なあ、春香」

春香「……は、はい」

P「俺は……」

 プロデューサーさんが私から離れて、私を見つめました。

21: 2013/04/14(日) 01:58:19.80 ID:bW/HsJCA0

P「春香を、愛してる」

春香「…………はい」

 私もプロデューサーさんも、不器用です。
 伝えたい言葉は山ほどあるのに。
 言いたい台詞は絶えないのに。

 今は、ただそれだけしか言えないんですから。

春香「プロデューサーさん」

P「……」

春香「恋人に、なってくれますか」

P「…………ああ」

 でも、不器用ながら私たちは。
 1つ進んだ関係に、なることが出来ました。

22: 2013/04/14(日) 02:05:41.64 ID:bW/HsJCA0

 並木道を進んでいきます。
 強く、強く手を繋いで。

春香「……」

P「……」

 プロデューサーさんに恋心を持ってしまった私は、アイドル失格でしょうか。

春香「プロデューサー、さん」

 それでもいいと思います。

P「ん?」


23: 2013/04/14(日) 02:09:56.39 ID:bW/HsJCA0

春香「私、これからもうまく言えないこと、あると思うんです」

P「……」

春香「だから、その時は……」

P「…………」

春香「隣にいて、笑ってください」

P「……ああ、わかった」

 ずっと、あなたのそばに居たい。
 そう思いながら、手を握り直しました。


24: 2013/04/14(日) 02:11:02.61 ID:bW/HsJCA0

 原曲はゆずの「うまく言えない」。男性視点の曲なので、かなり変わってしまいました。
 お読みいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。

25: 2013/04/14(日) 02:15:11.94
原曲知らないけど良かった

27: 2013/04/14(日) 05:13:51.87
乙ですよ!乙っ!

引用元: 春香「うまく言えない」