1: 2012/04/25(水) 21:33:10.36 ID:Q+1MQmf80
二次創作【涼宮ハルヒの凍結】

――――――――

1つ、豆知識を披露しよう。

4月末から5月初めの祝日の集合は、一般的に“ゴールデン・ウィーク”と呼ばれるのだが、これは映画会社が作り出した宣伝文句である。

よって、日本の某放送協会をはじめとする公的な報道機関は、映画のになる可能性を考慮し、当該機関を“大型連休”と呼称する。

そういうわけで、“黄金の大型連休”を目前にしたある日のこと。

――――――――


※投稿者より
FPS厨のハルヒ好きが、〝涼宮ハルヒの憂鬱〟でガンアクションをしたいがために書いた
なぜかかなり長くなって、ガンアクションはかなり後ろになってしまったorz

ちなみに、2chでのSS投稿は初、全て書きタメ済、誤字脱字も修正済、工口要素0%

2: 2012/04/25(水) 21:35:28.88 ID:Q+1MQmf80
――――――――

ハルヒがいない。

そのことに俺が気づいたのは、朝のホームルームの時だった。

担任の岡部が俺の方へ訝しげな視線を向けるのだが、俺が岡部を見ても目線が合わない。

じゃあ何を見ているんだと後ろを振り返ると、ハルヒがいないことに気づいたのである。

止まりかける心臓と、再生されるあの記憶。

固唾を呑んで、俺は岡部に尋ねた。

「あの……涼宮ハルヒ……は?」

岡部は気負いもなく答えた。

「涼宮は体調不良で欠席だ」

ああ、良かった。ハルヒは光陽園学院に通っているわけではないらしい。

って、体調不良?欠席?

ちょっと待て。それこそ一大事だ。

そういうわけで、1時限目は黒板の写し書きなんて全くできなかった。

――――――――

3: 2012/04/25(水) 21:37:02.19 ID:Q+1MQmf80
――――――――

んで、休み時間。

煮え切らない疑問を解決するために、俺は携帯電話を取り出した。

ハルヒの電話番号をアドレス帳から引っ張り出し、待つことしばし

『お掛けになった電話は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため、お繋ぎすることができません』

お繋ぎすることができないのなら仕方ない。

気を取り直して、俺は長門のいる教室に向かった。

長門はすぐに見つかった。

眼鏡をしていないので、俺の知っている長門であると推測。

一応、確認をするべきか。

「よう、長門」

「…………」

「いきなり変なことを聞くようだが、SOS団の団長の名前を言ってみてくれ」

「涼宮ハルヒ」

おお、よかった。やっぱり俺の知ってる長門だ。


4: 2012/04/25(水) 21:38:47.62 ID:Q+1MQmf80
「いや~、実はそのハルヒが、体調不良で欠席してるんだ」

「…………」

お、これはかなり珍しがっている様子。

「何か心当たりはないか?前に出てきた宇宙人がまた何かやらかし始めた、とか」

「私の観測能力の範囲において、涼宮ハルヒに何らかの攻撃が加えられた事象、あるいは攻撃を連想させる現象は、認められない」

「それもそうだよな。……ってことは、ハルヒは本当に普通の体調不良なのか?」

「検討に利用できる情報が不足している。過去4年間の記録を参照しても、涼宮ハルヒが身体的な不調に陥り、それを直接的原因として日常的活動が停滞した事例は、存在しない」

少し驚いたが、すぐに納得した。

何が起きたか知らないが、その4年前からハルヒの体力がゴジラ並みになったことは、大いにありうる話だ。


5: 2012/04/25(水) 21:41:37.04 ID:Q+1MQmf80
「兎にも角にも、団長が体調不良なら、お見舞いに行くのが団員の務めだと、俺はそう思うわけだが……お前、放課後に予定は?」

「ない」

「じゃあ、授業が終わったら正門前に集合だ。古泉と朝比奈さんには、俺から言っておく」

長門は、誰が見てもわかるくらいに、はっきりと頷いた。

――――――――


※投稿者より
設定には、個人的な推測が含まれているので、
原作と矛盾していれば、スマン

6: 2012/04/25(水) 21:44:28.52 ID:Q+1MQmf80
――――――――

2時間目が終わった後の休み時間。

俺は再び教室を出て、古泉のところへ向かった。

特進クラスに入るのは妙に気後れするが、今は気にしている時ではない。

「貴方がこの時間に尋ねてくるなんて、珍しいですね」

「珍しいことなら、他にもあるぜ」

「おやおや、一体何でしょうか?」

「今日、涼宮ハルヒは体調不良で欠席だ」

「……本当ですか?」

案の定、古泉は純粋に驚いているようだった。

「長門曰く、4年前からハルヒが体調を崩したことはないらしい。
そして、他の宇宙人が馬鹿を仕出かした様子もないとのことだ。
それで、お前は何か知らないか?」


7: 2012/04/25(水) 21:46:38.35 ID:Q+1MQmf80
古泉は顎に手を当てて、かなり真剣に考えている。

自他共に認める話好きの性格だが、今は発言そのものに慎重になっているようだ。

「あるいは、体調不良ではないのかもしれません」

「と、言うと?」

「我々『機関』の調査においても、過去4年間、
涼宮さんが体調不良で寝込んだり、学校を休んだりしたことはなかったと思います。
ですが、仮病を使って休んだ記録はあったはずです」

「仮病……仮病か」

そういえば、考えが及ばなかった。

むしろ、体調不良より可能性が高い。

登校途中に河童を見つけて、虫取り網を片手に走り出すハルヒ。

……ありうる。

8: 2012/04/25(水) 21:49:33.16 ID:Q+1MQmf80
「電話はお掛けになりましたか?」

「電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため、お繋ぎできません、だと」

「ふむ。病床で睡眠を妨害されないために電源を切っているのか、
あるいは河童捕獲作戦の邪魔をされたくないのか、どちらでしょうか」

「その確認、及び本当に体調不良だった場合のお見舞いってことで、
団員は授業終了後、正門前に集合。後に団長のご尊顔を拝見に行く」

「了解しました」

いつもの微笑みを浮かべて、古泉はそう答えた。

――――――――

9: 2012/04/25(水) 21:52:23.68 ID:Q+1MQmf80
――――――――

3時限目の休み時間。

朝比奈さんの教室の近くまで来たのはいいのだが、特進クラスに入る時よりも緊張する。

「おんや~?そこにいるのは、キョン君じゃないかー!!」

かなりビックリした。そして、他の上級生の視線が集まり、かなり気まずい……

「あ、鶴屋さん、どうも」

「君がこんなところに来るなんて珍しいね~」

「ええ、まあ。あの、朝比奈さんは教室にいますかね?」

「うん、いるよ~。呼んできてあげるよ~」

だが、鶴屋さんが教室に入る前に、当の朝比奈さんが教室から出てきた。

おそらく、先刻の鶴屋さんの声が聞こえたのだろう。

10: 2012/04/25(水) 21:55:17.73 ID:Q+1MQmf80
「キョン君、こんにちは。どうしたんですか?」

「実は、ハルヒのやつが、体調不良で欠席していまして」

「えーー!ハルにゃん、休みなのかい!?」

いくらなんでもオーバーすぎるリアクションですよ、鶴屋さん。

あいつはあれでも人間なんですから。

「いや、そうだけど。ちょいと信じられなくてね~」

その意見には大いに賛成です。

「あの、涼宮さんは大丈夫なんでしょうか?」

朝比奈さんの顔に、不安の色が広がる。

「携帯電話が繋がらないので、何とも言えません。
古泉は仮病でサボっているのかも、とか言ってましたけどね。
俺も、風邪で休眠中より、河童捕獲作戦のため欠席って可能性もあるかと思ってます」

11: 2012/04/25(水) 21:57:03.71 ID:Q+1MQmf80
「かっぱ……ああ、妖怪のことですね」

反応が遅かったのは、朝比奈さんが天然だからではなく、
現在の歴史に少し疎いからであろう。

「河童のミイラなら、ウチの蔵にあったはずだよ?」

鶴屋さん。そのことをハルヒには言わないでくださいね。くれぐれもお願いします。

「それで、放課後にハルヒの見舞いにでも行ってやろうかと思っているんですけど……」

そこまで言って、俺は内心で僅かに焦った。

なぜなら、この流れでは鶴屋さんも一緒に来ることになりそうだからだ。

別に、鶴屋さんがハルヒのお見舞いに同席してはいけない理由はない。

だが、この明るい先輩が、ハルヒを中心とする特殊な事情と
(一応ながら)無関係であることも事実である。

12: 2012/04/25(水) 21:58:57.92 ID:Q+1MQmf80
「う~ん、申し訳ないんだけど、今日はど~しても外せない用事があるんだよね~。
時間にもよるけど、今日はお見舞いには行けないっかな~」

本当に申し訳なさそうに、鶴屋さんは目の前で両の掌を合わせた。

真実なのか、あるいは気を遣ってくれたのか。

「朝比奈さんはどうでしょうか?
古泉と長門には、放課後すぐに正門集合ってことで声を掛けているんですが」

「はい。是非、お供します」

う~む。実に可愛らしい笑顔だ。俺も風邪をひいて、朝比奈さんにお見舞いに来てもらおうか。

「みくるっち!折角だからナース服着ていけば?」

「ええ!?それは、ちょっと……」

耳まで真っ赤になる朝比奈さん。

鶴屋さんと一緒になってからかってみたいと思ったが、
生憎と4時限目の授業のため、俺は自身の教室に戻ることにした。

――――――――

13: 2012/04/25(水) 22:04:43.00 ID:Q+1MQmf80
――――――――

さて、涼宮ハルヒの体調不良という一大イベントを、俺が楽しんでいたことは事実だ。

別に、ハルヒが熱出してぶっ倒れることを喜んでいたわけではない。

純粋に『珍しいこともあるもんだ』と思っていただけだ。

『何、面白がってんのよ』と膨れ面のハルヒに『別に~』と含みのある返しをしてみたい、その程度のことである。

しかし、我らが涼宮ハルヒ団長率いる〝世界を・大いに盛り上げる・涼宮ハルヒの団〟は思い知ることになる。

強さと弱さは、表裏一体であることを。

――――――――


※投稿者より
「……俺だ。現在、〝機関〟の本部に潜入作戦中だ。今のところ、誰にも気づかれていない。
静かすぎるような気がするが、本当に大丈夫だろうか……?
……激励に感謝する。では、通常通りに作戦を継続する。エル・プサ(ry」

14: 2012/04/25(水) 22:08:00.51 ID:Q+1MQmf80
――――――――

放課後になり、俺は長門、古泉、そして朝比奈さんとともに、ハルヒの家へ向かっていた。

「私に与えられた情報の限りでは、今のところ……禁則事項で……
特に何かが起きているということは無いと思います」

やはり、朝比奈さんサイドも異常なしか……

まあ、この時代の朝比奈さんが得られる情報はかなり制限されているはずだから、
何とも言えないのだが……

「ってことは、やっぱり普通の病欠か、仮病ってことか?」

俺の独り言にも似た疑問に応えたのは、いつものように古泉であった。

「個人的には病欠に一票です。いくら涼宮さんでも、そして実際に河童を見つけたとしても、
この時間までには学校に来ているか、少なくともこの4人の誰かに連絡を入れているはずです。
その程度には、涼宮さんは常識をお持ちのはずです」

15: 2012/04/25(水) 22:11:25.11 ID:Q+1MQmf80
休み時間に話していた時とは打って変わって、微笑みは欠片も見当たらない。

「じゃあ、ハルヒの身体も、風邪をひく程度の常識を持っていたってことか?」

「おそらく。しかし、それでも疑問は解決しません。それは貴方も理解しているはずです」

確かに、おかしい。病欠でも納得できない。

ハルヒも人間だ。くしゃみや咳の一つや二つ、不思議ではない。

だが、学校を一日休むほどの体調不良というのは、全く想像できない。

担任の岡部が『体調不良で欠席』と断言しなければ、
今頃は事故や事件を疑っていたところだ。

「そういえば、担任の岡部教諭に話は聞いたのですか?」

「ああ、昼休みにな」

宇宙人、未来人、超能力者が揃って首を傾げる事態とあり、
俺は情報の確認と更新のため、昼食後に岡部のところへ出向いた。

16: 2012/04/25(水) 22:14:00.20 ID:Q+1MQmf80
得られた情報は、大きく3つにまとめられる。

連絡はハルヒの母親からあったとのこと。

その母親が、今日一日休むことになるだろうと言っていたこと。

昼前に岡部の方から電話を入れたが、状況に変化がないことを確認しただけだったということ。

「待ってください。岡部教諭が昼に電話した時、
電話に出たのは涼宮さんのお母さんだったのですか?」

「ん?ああ、たぶんそうだろうが、どうかしたのか?」

4年間も健康そのものだった娘が病欠という事態になれば、
母親が看病のために家にいるのは、普通の事だろう。

「涼宮さんのお母さんは、働きに出ているはずです。
そして、涼宮さんの性格からして、相手が誰であれ、
付きっ切りで看病されることが苦手で、不必要と突っぱねるはずです」

言われてみれば、どちらも納得できる

ん?おい、待てよ。それはつまり――

17: 2012/04/25(水) 22:17:03.93 ID:Q+1MQmf80
「涼宮さんは苦手な看病を受け入れている。
しかも、普段は仕事に出ている母親を相手に。
これは、もしかしたら相当な状況かもしれません」

仕事を休んでまでも付きっ切りの看病が必要であると、ハルヒの母親が判断したのか。

看病を突っぱねる気力もないほどに、ハルヒの体力が失われているのか。

畜生。学校を出てからまだ10分程度だっていうのに、楽観論が風前の灯だ。

ハルヒの母親が子煩悩かつ心配性で、
ハルヒを良い意味で困らせていることを、祈らずにはいられない。

「長門さん」

古泉は長門に声を掛けた。

「本当に何も観測していないのでしょうか。
何者かの攻撃を連想できなくても、ちょっとした不審な点や、いつもとは違うこと。
根拠のない、直感でも構いません」

一同の先頭を歩く長門は、数秒の沈黙を挟み、抑揚のない声で答えた。

18: 2012/04/25(水) 22:20:59.98 ID:Q+1MQmf80
「過去一週間の記録を57,848回に渡って再検証したが、疑わしき点は発見できない」

いつにも増して、長門の声色は低かった。

いや、これは“暗い”と表現すべきか。

俺には計算しようという考えも浮かばなかったが、
長門が口にした検証の回数について、
俺がハルヒの欠席を長門に伝えた1時限目の休み時間から換算して、
およそ1秒間に2回のペースである。

――――――――

19: 2012/04/25(水) 22:29:59.47 ID:Q+1MQmf80
――――――――

納得できる答えを見いだせないまま、俺達はハルヒの家の前まで来た。

そういえば、俺達は以前に一度だけ、ハルヒの家に来たことがある。

まあ、俺に限って言えば、あれは“来た”ではなく、“飛ばされた”なのだが……

そんな感慨にふけっていると、不意にどうでもいい疑問が湧いて出てきた。

「こんな時にこんなことを言うのもアレなんだが……」

「どうしました?」

普段は察しの良い古泉も、俺の疑問には気づいていないようだ。

「先陣は……俺が切るのか?」

2秒か3秒は、間があったと思う。そして、古泉は爽やかな微笑を浮かべた。


20: 2012/04/25(水) 22:33:59.94 ID:Q+1MQmf80
「もちろん、お見舞いの提案者は貴方なのですから、それは当然でしょう」

ぬぬぬ……

「……いいだろう」

俺は唇を引き締めて、門の横に取り付けられたインターフォンを鳴らした。

お決まりの電子音の後に、女性の声が返ってきた。

『はい、どちら様でしょうか?』

声そのものに聞き覚えはないが、俺より年上であることは容易に推測できる。

「えっと、北高の……ハルヒさんのクラスメートの者なんですけど……
ハルヒさんはご在宅でしょうか?」

精神が緊張の極みに達していた俺としては、及第点の返事であったと思う。

『ええと、家にはいるんだけど……ちょっと待っていてくれるかしら』

21: 2012/04/25(水) 22:37:27.58 ID:Q+1MQmf80
待つことしばし……

玄関の戸がゆっくりと開かれた。

「わざわざありがとうね。さあ、上がって」

現れたのは、推測通りに年上の女性だ。

少なくとも俺より二十は上のはずだ。

年齢的には完全に対象外であるはずなのに、
思わず俺の思考がストップしてしまった理由を、ここで語る必要はあるまい。

「では、お邪魔します」

古泉が返事をしてくれたお陰で、俺は我に返ることができた。

今回ばかりは、このイケメンに感謝してやろう。

古泉に続き、俺と朝比奈さん、そして長門が涼宮宅訪問を果たす。


22: 2012/04/25(水) 22:40:40.10 ID:Q+1MQmf80
待つことしばし……

玄関の戸がゆっくりと開かれた。

「わざわざありがとうね。さあ、上がって」

現れたのは、推測通りに年上の女性だ。

少なくとも俺より二十は上のはずだ。

年齢的には完全に対象外であるはずなのに、
思わず俺の思考がストップしてしまった理由を、ここで語る必要はあるまい。

「では、お邪魔します」

古泉が返事をしてくれたお陰で、俺は我に返ることができた。

今回ばかりは、このイケメンに感謝してやろう。

古泉に続き、俺と朝比奈さん、そして長門が涼宮宅訪問を果たす。


23: 2012/04/25(水) 22:43:43.64 ID:Q+1MQmf80
「それで、ハルヒさんの容態は……」

古泉が得意の優等生キャラで尋ねると、ハルヒの母親は困り果てたような表情で答えた。

「朝から熱が出ちゃって、食欲もないの。
お昼前に病院で看てもらったら、ちょっと強めの風邪だろうって。
でも、薬は効いていないみたいで」

状況は余り良くないようだ。

母親との会話に関しては古泉に丸投げしようと思っていた俺だが、
その気が変わるのに、大した時間はかからなかった。

「会って、話しすることはできますか?」

「それは構わないけど……なるべく、手短にね」

「ありがとうございます」

他の3人に目配せをした後、俺は急いで、かつ慎重に靴を脱いだ。

――――――――

24: 2012/04/25(水) 22:48:01.04 ID:Q+1MQmf80
――――――――

ハルヒの母親が部屋のドアを軽く叩くと、微かに『どうぞ~』という声が返ってきた。

「ハルヒ、お友達が来てくれたわよ」

母親の案内で、俺達は部屋に入った。

「みんな、来てくれたんだ……」

ベッドの上で上半身を起こしたハルヒは、開口一番にそう言った。

いつものハルヒからは想像もできない、か弱い声だった。

「団長が体調不良なら、団員がお見舞いに来るのは当然だろ」

俺は、あえていつも通りの口調で言った。

「そっか……ありがとね」

何だかムズムズする。いつもの調子で話すこともできるが、かなり難しい。

25: 2012/04/25(水) 22:50:59.48 ID:Q+1MQmf80

「それじゃあ、私はお茶を用意してくるから」

ハルヒの母親が明るい声で言った。

「ハルヒは、何か飲みたいもの、ある?」

「私もみんなと同じでいい」

「そう。じゃあ、待っててね」

そう言って、ハルヒの母親は静かにドアを閉めた。

俺は表現のしづらい感覚を抱きながら、ハルヒの方へ振り返る。

「……何よ」

当然ながらハルヒに尋ねられても答えられず、俺は慌てて視線をそらせた。

「そ、それで、体調不良と聞いたんだが……」

「まあね。ちょっと寒気がして……熱もあるみたいだし……」

「そうなのか……って、それなら無理せず横になってろよ」

「少しくらいなら大丈夫だって」


26: 2012/04/25(水) 22:54:14.56 ID:Q+1MQmf80

「あの……」

おずおずと、朝比奈さんが口を開いた。

「本当に、無理しないでくださいね」

その言葉に、ハルヒは少し驚いた様子で目を丸くし、その後嬉しそうに微笑んだ。

「あはは。みくるちゃんに言われたんじゃ、仕方ないわね」

ゆっくりと身体を横たえたハルヒに、朝比奈さんが丁寧に布団を掛ける。

「ありがと」

「いいんです。私にはこれくらいのことしかできないから……」

「それだけで充分だから、そんな寂しい顔しないで」

いつもの2人――抱きつき抱きつかれ、コスプレを楽しむ光景からは、程遠いやり取りである。


27: 2012/04/25(水) 22:57:14.79 ID:Q+1MQmf80

「有希と古泉君も、心配かけてごめんね」

「そんなことはありませんよ。SOS団の事は僕達に任せて、今はゆっくりと休んでください」

古泉の丁寧な言葉遣いや微笑みはいつものことだが、
それでもいつもより心がこもっているように思える。

「うん。そうさせてもらうわ」

ハルヒもハルヒで、本当にリラックスしているようだ。

すると、今度は長門がハルヒに近づいた。

「熱は?」

そう言いながら、長門はハルヒの額に自身の手を置いた。

「まだ、少しあると思う。何だか、あの時とは逆になっちゃったわね」

「……そう」

長門はじっとハルヒの目を見つめていた。

この光景は前にも見たことがあるが、
長門は目を見ることで相手の身体情報を得ているのだろうか?

28: 2012/04/25(水) 23:00:12.59 ID:Q+1MQmf80

「大丈夫」

呟くように、長門は言った。

「すぐ良くなる」

おお、それは僥倖である。

「有希のお墨付きなら、間違いないわね」

ハルヒの笑みに長門は小さく頷いて応え、すうっと後ろに下がった。

「それにしても――」

と、俺が声を出したところで、ドアをノックする音が聞こえた。

「お茶が入ったんだけど、ドアを開けてもらえるかしら?」

ハルヒの母親の声だった。

察するに、コップを並べたお盆で両手が塞がっているのだろう。

朝比奈さんがドアを開けると、紅茶の柔らかな香りが届いて、目の覚める思いがした。

鼻孔をくすぐられるとは、こういうことを言うんだろうな。

29: 2012/04/25(水) 23:02:59.18 ID:Q+1MQmf80

「ありがとうね」

「いえいえ」

ハルヒの母親と朝比奈さんが上品に言葉を交わすところを見て、似てるかも、なんて思う。

「熱いから、火傷に気をつけてね」

「どうも、ありがとうございます」

こちらも上品なイケメンスマイルを浮かべる古泉。

『上品なんだよな?』と、どうにも首を傾げたくなるのは、
常日頃から積み重なった古泉への偏見のせいだろう。

「……いただきます」

長門、良く頑張った。なんて褒めたら、逆に怒られそうだ。

そして、ハルヒの母親が再び退室し、一頻り紅茶の味と香りを楽しんだ後、
俺は改めて尋ねた。

30: 2012/04/25(水) 23:05:59.29 ID:Q+1MQmf80
「それで、なんで風邪なんかひいたんだ?」

雪の降る夜の公園でも寝袋1つで過ごしそうなお前が、なんてことを言いかけたが、さすがに空気を読んだ。

「う~ん、それが、心当たりがないのよ。月曜日辺りから何だか肌寒いなって感じはしてたんだけどね」

言われてみれば、寒がっていたような、いなかったような……

「その月曜日か、前日の日曜日に、何かありませんでしたか?」

そう質問したのは古泉だ。

「例えば、いつもと違うことをしたとか、初対面の人に声を掛けられたとか」

「日曜日の昼には、駅前にちょっと買い物に出かけたけど、特には……ん?」

「何かあったのですか?」

「あった、のかしら?不思議なことが……」

31: 2012/04/25(水) 23:09:25.18 ID:Q+1MQmf80
嫌な予感がした。

ハルヒは常日頃から、“不思議なこと”を探している。

その願望が長門、古泉、朝比奈さんを呼び寄せたことは事実だ。

だが、ハルヒ自身が超常現象を観測し、かつ認識したことは少ない。

精々、映画撮影の時に、秋の桜や白色の鳩に喜んだくらいだ。

俺は胸中の不安を気取られないように、努めて普通の表情を装った。

「買い物の途中で、喫茶店に寄ったのよ。
いつもみんなで行くあのお店じゃなくて、初めて入るお店に」

話によると、そこは裏道を少し入ったところにあるらしい。

“お洒落”より“上品”という表現の似合う、知る人ぞ知る、小さな喫茶店。

「席について注文を済ませた後に、テーブルの下に紙切れが落ちていたことに気がついたの」

まさか、その紙切れは何かを封印するためのお札だったとか、言うなよ。

32: 2012/04/25(水) 23:12:41.77 ID:Q+1MQmf80
「私も少しは期待したけど、全然そんなんじゃなかったわ。なんていうのか……」

何かを思い出すように、ハルヒは手元の紅茶の水面を見つめていた。

そして、

「そう……詩編……なのかしら」

「しへん……文芸の詩編ですか?」

古泉が確認すると、ハルヒは自信なさげに頷いた。

「たぶんね……英語で書かれてあって……なんて書いてあったかしら……」

紅茶を見つめていても思い出せなかったらしく、今度は天井を仰ぎ見る。

「蝶がふわふわと踊っていて……なんだか眠くなって……優しい夢を見る……みたいな」

「…………」

この沈黙は、長門だけではなく、俺達全員分のものだ。

33: 2012/04/25(水) 23:17:56.78 ID:Q+1MQmf80
「それだけ?」

怪しげな呪文とか、宇宙人からのメッセージとか、そういうのはなかったのか?

「何よ。あんた、そういうの苦手じゃなかったの?」

「いや、それもそうだが……」

本当に呪文やメッセージが書かれていたら、
確かに俺は『うげぇ』とか声に出すかもしれんが、
だからと言って“春眠暁を覚えず”みたいなポエムを出されると、むしろ反応に困る。

「失礼ですが……」

と、古泉。

「英語で書かれていたと仰いましたが、その原文は覚えていないのですか?」

「うん。確か、“The butterfly dances”で始まったと思うんだけど
、その先は覚えてないわ。
私も気になっちゃって、何とかして思い出そうとしているんだけどね」


34: 2012/04/25(水) 23:22:00.11 ID:Q+1MQmf80

「その詩編が書かれていた紙はお持ちではないんですか?」

「そうなのよ。お手洗いに行っている間に、どこかへ消えちゃったの」

いずれにせよ、その詩編は無関係なような気がする。

大方、前に座っていた客が適当に書いて、その紙切れが落ちたことに気がつかなかったんだろう。

その後、古泉がいくつか質問したが、そのいずれも風邪の原因になるようなものはなく、
紅茶もなくなったところで、今日はお開きという雰囲気になった。

「みんな、今日は来てくれて、本当にありがとうね。お陰で、少し元気が出てきたわ」

「それは何よりだ。お見舞いに来た甲斐があったぜ。じゃあな」

ハルヒの柔らかな雰囲気のせいか、急に恥ずかしくなって、俺は早々と部屋の外に出た。

「今度、身体の温まる飲み物でも持ってきましょうか。
生姜入りの飴湯など、いかがでしょう?」

「うん、楽しみにしてるわ」

俺に続いて古泉も部屋の外へ。

35: 2012/04/25(水) 23:25:39.32 ID:Q+1MQmf80
「涼宮さん、早く元気になってくださいね」

敬虔な看護師のように、朝比奈さんはハルヒの手を握りながら言った。

「うん。ありがとうね」

続いて長門が近寄り、頬にそっと手を添えた。

長門は何かを言いたそうにしていたが、
結局は言葉が見つからなかったようで、代わりに大きくゆっくりと頷く。

「うん。また学校でね」

ハルヒは何かを読み取ったらしく、そう答えた。

そうして、俺達は部屋を出て、ハルヒの母親に改めて挨拶をした後、涼宮宅を後にした。

――――――――

38: 2012/04/25(水) 23:31:16.67 ID:Q+1MQmf80
――――――――

外に出た時には、当然ながら日が暮れていて、月と街灯が太陽の任を代行していた。

「じゃあ、今日のところは解散するか」

とりあえず歩き出しながら、俺は提案した。

ここに来る時はかなり心配していたが、会ってみれば元気そうだし、話もできた。

数日もすれば、いつものハルヒに戻るだろう。

そんな風に楽観的に考えていた俺だが、古泉が『少し待ってください』と返してきた。

「なんだよ。どうかしたのか?」

「いえ、僕は特にないのですが……」

そう言って、古泉は長門の方を見た。




39: 2012/04/25(水) 23:34:03.44 ID:Q+1MQmf80

その長門は俺の方を見ているようだが、気のせいか、焦点が定まっていない。

「長門、何か気になることでもあるのか?」

嫌な予感がする。

長門が何かを気にしているということは、その対象は面倒事である可能性が高い。

だが一方で、長門は“大丈夫”“すぐ良くなる”と言っていた。

まさに“長門のお墨付き”に、ハルヒと同じく、俺もすっかり安心していたのだが……

「涼宮ハルヒの体温を計測したところ、37度9分だった」

少しの間を挟んで、長門が話し始めた。

「これは日本の医療において、中程度の発熱と診断される」

まあ、風邪なんだから、そのくらいの熱は出るだろう。

40: 2012/04/25(水) 23:37:33.07 ID:Q+1MQmf80

「だが、原因不明」

原因?風邪の原因か?

「違う。体温上昇の原因」

「すまん。俺の知識が浅いことは身に染みて知っているんだが」

テレビや保健の授業で見聞きしたうろ覚えの知識を、俺は総動員する。

「普通に考えると、風邪をひいて、免疫反応とかで熱が出るんじゃないのか?」

「涼宮ハルヒは、いわゆる“風邪”を発症しているわけではなく、
そもそも発熱しているわけでもない」

ますますわからん。体温が37度9分なら、それは熱ではないのか?

「涼宮ハルヒの体温上昇は、むしろ過剰な保温と表現すべき」

これが漫画かアニメなら、俺の頭の上に“?マーク”が3つほど並んでいることだろう。

41: 2012/04/25(水) 23:40:55.66 ID:Q+1MQmf80

「つまり……」

ここで古泉が入る。

「涼宮さんの身体が体温を維持しようとする余りに、熱がこもり過ぎていることで、
発熱に近い状況にあるということですか?」

「そう」

そうらしい。俺も何とか理解できた。

続けて古泉が質問する。

「それは、自律神経失調症のようなものと考えていいのでしょうか?」

すると、長門は何事かを真剣に考えた後に

「おそらく違う」

という答えを出した。

あの長門が断定できないとは、嫌な予感を通り越して、恐怖を感じる。

42: 2012/04/25(水) 23:44:06.33 ID:Q+1MQmf80

「どうやら、かなり長い話になりそうですね。
議論の続きは、どこかに腰を落ち着けてからにしましょう」

賛成だ。気温が下がる一方の夜道で、こんな議論は勘弁願いたい。

では、どこへ行くかということになり、
いつもの喫茶店かどこぞのファストフード店かと思いを巡らせつつ、
この流れだと“もしや”と思ったところで

「では、私の部屋へ」

と、長門が言った。

――――――――


以後、医療関係の専門用語や情報が頻出するが、俺は素人です
間違っている可能性もあるので、その点はご容赦を

ご指摘・アドバイスあれば、遠慮なくお願いします

43: 2012/04/25(水) 23:47:12.91 ID:Q+1MQmf80

――――――――

SOS団の占拠している文芸部室が問題発生の源泉とするならば
、長門の部屋はさしずめ避難場所兼対応司令部と言ったところか。

トラブルに見舞われてここへ来る度に、“いつかは純粋な団員宅訪問としてここに来よう”と思いつつ、
同時に“いつか”という言葉の儚さも実感してしまう。

「それで、お話の続きですが……」

朝比奈さんと長門が共同で淹れた緑茶を一口飲んだ後、古泉が言った。

「涼宮さんの体温上昇の原因が過剰な保温であること、
そして、それが自律神経失調症とは異なるということもわかりました」

そう、そこまでは俺も理解できた。

となれば、次の疑問は1つ。

「では、どのような状態なのでしょうか?」

これに対し長門は、おそらく今までに解答の言語化を完了していたのだろう、
割とすんなり答えた。


44: 2012/04/25(水) 23:50:08.89 ID:Q+1MQmf80

「まず、自律神経失調症の一般的な症状と比べて、体温の上昇が大きい」

通常ならば、精々37度5分までしか上がらないらしい。

「さらに、他の症状を発症していない」

血圧の急激な変動や嘔吐感等の身体的な症状は元より、
情緒の不安定化や極度の不安等の精神面の異常も見受けられない。

「これは推測だが、感覚器官の得た周辺気温や体温の情報が適切に処理されず、
しかも身体が寒冷に曝されていると無意識に判断しているため、
過剰な保温が行われていると思われる」

長門、解説に感謝する。

んで、古泉、翻訳を頼む。

「つまり、涼宮さんの脳が、寒いと思い込んでしまっているというわけです」

寒いと思っているから、体温の放出を抑えようとする。

実際には高熱の一歩手前であることに気づかないから、保温を続けてしまう。

46: 2012/04/25(水) 23:53:22.29 ID:Q+1MQmf80


「それで、その原因は――」

そこまで言って、俺はようやくと、長門の言葉を理解した。

「――不明、なんだな」

「そう」

力なく、長門は肯定した。

「対外的に攻撃が加えられた痕跡、器質的疾患、遺伝子異常、
そのいずれも観測できなかった。強いて言うなら」

そう言う長門はいつもと変わらぬ無表情だが、どこか悔しそうだった。

「理由もなく思い込んでいることになる」

理由もなく思い込む。

頭の中でその言葉をごろごろと転がしてみたが、何とも気味が悪い。

47: 2012/04/25(水) 23:56:30.35 ID:Q+1MQmf80

自分の意志とは無関係に、いつの間にか信じてしまっている。

自分にとって明らかに不利益であるにも関わらず、それを理解できない。

自分が自分ではなくなってしまう。

確か、そういう状況を端的に表す言葉があったような……

「催眠」

そう呟いたのは古泉だった。

「長門さん。涼宮さんが催眠による暗示に陥っている可能性はありますか?」

古泉らしからぬ早口での問いに、長門はかなり慎重に答えた。

「可能性を否定することはできない。だが、断定は危険」

それでも、俺にとっては議論の有力な材料だ。




支援、さらに感謝です

現時点で、投下量は全体の1/4にちょっとだけ届いていない感じ

48: 2012/04/25(水) 23:59:24.94 ID:Q+1MQmf80

「つまり、ハルヒは誰かに催眠術を掛けられたってことか?」

「もちろん、可能性の話ですが」

古泉は口元に片手を添えて、いつもの口調で説明を始めた。

「催眠は、テレビや舞台で芸として行われるショー催眠と
、生理医学に応用されるための催眠療法の2つに分けられます」

前者は、紐から垂らした5円玉を見つめさせて『ワン、ツー、スリー』というやつだ。

後者は、生理医学や心理学の専門家が、喫煙やうつ病等の治療の一助として行う。

「いずれにせよ、対象者の批判的な意識を抑制し、潜在意識に働きかけることで、
術者の任意の行動を対象者に実行させることができます」

「洗脳やマインド・コントロールってやつか?」

「厳密には違います。マインド・コントロールは心理学的な技術を全般的に応用した、意志の誘導です。
また、洗脳は暴力的行為を併用して、対象者の思想や主義を変容させるものです」

49: 2012/04/26(木) 00:02:30.45 ID:Q+1MQmf80

サクラや色仕掛けによって商品を買わせるのがマインド・コントロールで、

拷問や薬物の利用で思考を根本的に変えるのが洗脳ということか。

「さらに言えば、催眠によって任意の行動を取らせることはできても、
殺人や自殺等の反社会的な行動は強要できないというのが、現在の医学界の定説です」

B級ホラー映画で偶に見かけるネタだが、あれはフィクションだったわけか。

「これは可能性の話ですが、涼宮さんが話されていた、日曜日に立ち寄った喫茶店で見つけた詩編。
そこに“寒さ”につながる情報が隠されていたとすれば。
涼宮さんは潜在意識に“寒い”という情報を植え付けられ、身体の恒常性機能がその情報に従ってしまうために、
過剰な保温状態になっていると考えることができ、一応の辻褄は合います」

真っ暗な闇の中に、光の粒を見つけた気分だった。

「だが、ちょっと待てよ。そんな紙切れの詩だけで、人の潜在意識を操ることなんてできるのか?」

50: 2012/04/26(木) 00:04:30.36 ID:Q+1MQmf80

「それは何とも言えません。催眠は心理学においても後発の分野で、未だに確立しきっていないんです。
これは少し違う話になりますが、映画のフィルムにコーラやポップコーンの飲食を勧めるメッセージが挿入された、
という話に聞き覚えは?」

ある。実際に売り上げが伸びたって聞いた。

「これはサブリミナル効果を利用したものです。
人間の意識が感知しえない情報を与えることで、潜在意識に影響を与えるのです」

どうやら発見した光の粒には、多少の明度はあるようだ。

「また、詩編の内容に睡眠や緊張の緩和を連想させる単語が含まれていたことも、
催眠の状況証拠と言えます」

光の色や形もはっきりとしてきた。

問題は、それがトンネルの出口なのか、無関係な星の光なのかということ。

そして、それを判別する手段だ。

51: 2012/04/26(木) 00:07:43.61 ID:Q+1MQmf80


「この場合、議論を重ねても効率的とは言えません。実際にその詩編を確かめることが、最も確実です」

だが、どうやって?

ハルヒからその喫茶店の場所を聞いて、今から店に忍び込み、店内を隅々まで捜索するか?

警察の鑑識を手伝わせることくらい古泉ならやってのけるんだろうが、
ゴミとして捨てられていたら、どうしようもないぞ。

それとも、詩編の書かれた紙切れを借りるために、日曜日のハルヒに会いに行くのか?

「あん?」

日曜日の、ハルヒに、会いに行く?

俺と古泉と長門は同じ結論に達したらしく、全員で同時に同じ人物に目を向けた。

「…………ほえ?」

未来から来たエージェント(見習い)であり、時間遡行の技術を有する人物が、
今この場に一人だけいる。

53: 2012/04/26(木) 00:10:17.24 ID:WuoDW7ym0

「ええっと、あの~、その~」

俺でも理解に苦しむような状況だ。

こんなことを考えては失礼なのだろうが、少し天然の気のある朝比奈さんが、
長門や古泉の議論に付いて行けているのか、疑問を覚える。

だが、

「わかりました。とりあえず、申請してみます」

そして、

「ふえっ?許可されました」

いつもながら、申請を見越していた承認通達。

日本のお役所もこれくらい仕事が……いや、考えるまい。

「それで、今すぐ行くんですか?」

ということは、今すぐ行く必要はないのか?

54: 2012/04/26(木) 00:14:01.24 ID:WuoDW7ym0

「確かに、今すぐ時間遡行するのは不適切かと思われます」

俺は大した事情も知らずに、いきなり異時間へ飛ばされることが何度かあったわけで、
むしろ今すぐ行ってもいいくらいに思っていたんだが。

古泉は至極冷静な面持ちで言った。

「まず、確認すべきことが1つあります。それは、日曜日における、皆さん自身の行動です」

なるほど。下手に過去へ行って、知人友人、ましてや自分自身に遭遇することは避けたいからな。

「でも、長門の視覚……なんたらフィールドを使えば、誰にも見られないんじゃあ……」

「視覚遮蔽フィールドの使用は、人が多いところでは不適切」

「透明人間になるのは便利ですが、通行人が僕らを避けてくれなくなりますからね」

それもそうだ。日曜日の白昼の駅前で透明人間になったら、通行人を避ける作業だけで夜になる。


55: 2012/04/26(木) 00:17:06.32 ID:WuoDW7ym0

「私はずっと部屋にいた」

古泉の問いに、真っ先に答えたのは長門だった。

まあ、そのくらいのことは室内で勢力を拡大しつつある書籍の山を見れば、なんとなく推測できる。

「私は鶴屋さんとデパートへ行きました。駅の近くにいたのは、お昼前と夕方頃です」

「その時に、この3人の誰かを見かけましたか?あるいは、自分に良く似た人物とか」

「そういうことはありませんでした。鶴屋さんもないと思います」

この場合、“どのような状況でも発見されない”と楽観的に考えるか、“決して発見されてはならない”と悲観的に考えるか、

時間遡行を何度も体験した俺だが、結論は未だに出ていない。

56: 2012/04/26(木) 00:20:00.11 ID:WuoDW7ym0

「あなたは?」

古泉が俺に視線を向ける。

「家でごろごろしてた。そういうお前はどうなんだよ」

「僕は“機関”の書類整理をいくつか。外出もしましたが、駅前には行っていません」

それなら、とりあえずは大丈夫そうだ。

「では、この場は一時解散としましょう。各自休憩が必要ですし、
日曜の外出に合う服装に着替える必要があります」

そう言われて、途端に空腹感を覚える。

「午後9時に、再びこの部屋に集合ということでいかがでしょうか?」

その提案を拒否する者はこの場にはおらず、俺と古泉と朝比奈さんは、急いで帰り支度を始めた。

「っと、そうだ。長門」

玄関に向かおうとしたところで、俺はあることを思い出した。

57: 2012/04/26(木) 00:24:30.70 ID:WuoDW7ym0

「お前、確か、ハルヒの目を見た後で、すぐ良くなるって言ってたよな」

それだけで、この対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスでもある少女は、
質問の意図を察したようだ。

「あれは、嘘」

そして、長門は視線を床の辺りで彷徨わせる。

「そんな顔するな。責めてるわけじゃないし、むしろ善いことだと思うぞ」

情報改変やハルヒを誤魔化すための嘘なら、今までに何度もあった。

だが、他人を気遣い、労わるために嘘を使ったことは、
長門にとっておそらく初めてのはずだ。

素直に喜ばしい。

「……わかった」

長門は小さく頷き、そう言った。


58: 2012/04/26(木) 00:26:27.19 ID:WuoDW7ym0
――――――――

その後、古泉や朝比奈さんとともに長門の部屋を辞した俺は、その2人とも別れて家に帰った。

遅い帰りの理由を詮索する妹をあしらいながら夕飯を食べて、日曜日の外出用の服に着替える。

遅い外出の理由を詮索する妹を強引に納得させて俺が家を出たのは、午後8時半を過ぎた頃だった。

なんとか9時前にマンション前に着き、インターフォンで長門に自動ドアを開けてもらう。

案の定、長門の部屋には、古泉と朝比奈さんもすでに到着していた。

2人とも私服姿で、古泉はいつものイケメンお洒落で、朝比奈さんは薄いピンクのふんわりという感じである。

一方で、少し驚いたのが、長門の私服である。

「お前も、そういう服装を、するんだな」

水色のボーダーが入ったインナーシャツ、水色の薄手のパーカー、そしてベージュのホットパンツ。

いつの間に、こんなカジュアルな服を揃えたんだ?


59: 2012/04/26(木) 00:28:18.37 ID:WuoDW7ym0
「以前、涼宮ハルヒに勧められて買った」

なるほど。まあ、思い返してみれば、長門の私服姿はこれが初めてではない。

珍しいことに、変わりはないが。

「それぞれ、準備はよろしいようですね?」

古泉が確認する。

「あ、あの~」

手を挙げたのは朝比奈さんだった。

「それで、日曜日の何時のどこへ設定すればいいんですか?」

「あっ」

なんて間抜けな声を出してしまう辺り、俺も修業が足りないな。

だが、考えてもいなかった。


60: 2012/04/26(木) 00:29:36.08 ID:WuoDW7ym0
それは古泉も同じのようで

「時間は昼前でいいのですが、場所は盲点でしたね」

この部屋でいい、なんて安易な考えはなしだ。

長門なら、未来から急に俺達が来ても動じないし納得もするだろうが、
そもそもそんなことがあったのなら、今までに長門がそれを言っているはずだ。

「日曜日の昼に人の目がないことが確実である場所。
しかも、駅前に近く、可能なら我々のよく知っている場所。
部屋のような閉ざされた空間であればベストなのですが……」

古泉が独り言のように条件を列挙していく。

だが、平日ならいざ知らず、日曜日の昼に人の目がないと断言できる場所なんて

「高確率で条件に合致する場所を知っている」

え、あるのか?

長門の答えはシンプルで、かつスマートだった。

「部室」

――――――――

61: 2012/04/26(木) 00:30:58.38 ID:WuoDW7ym0
――――――――

そういうわけで、俺達は日曜日の、無人の文芸部室にやってきた。

もちろん、ここだけではなく、学校全体でも他の人間は少ないだろう。

「それにしても、これで僕もタイムトラベラーというわけですか」

感慨深げに微笑む古泉。

それにしては、少し笑顔に張りがないような。

「時間酔いか?」

「ええ、ちょっと」

まあ、何事も経験だ。

「あ、あの、すみません。技術がまだまだ不安定で」

「いえいえ、朝比奈さんが謝ることではないですよ」

TPDDの発明者も、時間移動時の身体感覚までは気が回らないだろう。

と、そんな悠長な会話は日を改めてするとして、俺達は部室を出た。

62: 2012/04/26(木) 00:32:21.31 ID:WuoDW7ym0
校内はほぼ無人だが、用務員さんや休日出勤の教師、部活の生徒もいるので、なるべく用心しなければならない。

まあ、ウチの高校は平穏なので、例え見つかっても
『近くまで来たので、遊び心で』とか答えれば、問題はないだろう。

「SOS団のメンバーの4人が、休日の学校に忍び込んでいる。好評価を得られるとは思えませんがね」

なんて、古泉は偽悪的に微笑んだ。

確かに、ウチの高校の“平穏”は若干怪しいし、SOS団は色々と前科持ちだ。

どうにかこうにか、誰にも見とがめられることもなく、校門の外へ出ることに成功。

「まずは駅前に行きましょう。涼宮さんを見つけるか、
彼女の立ち寄った喫茶店を特定する必要があります」

古泉を先頭に、俺達は早足で坂を下った。

途中、それぞれが顔見知りに発見されるが、そこはトラブル慣れしたSOS団である。

努めて堂々と対処することができた。

(というか、ビクビクしていたのは俺だけである)


63: 2012/04/26(木) 00:33:57.12 ID:WuoDW7ym0
駅前に到着。本当に人が多い。

この中でハルヒに気づかれずにハルヒを探すのは、相当の苦労だぞ。

むしろ、よそ見をしている最中に、当人とぶつかる可能性もある。

「では、喫茶店の方を探しましょう」

それはそれでヒントが少ないが、アテはあるのか?

「ちょっとした推理ですよ」

そう微笑んで、古泉は迷いなく歩を進めた。

「なんだよ。またハルヒになって考えてみろってか?」

「そういうことです。まず、涼宮さんがなぜ喫茶店へ行こうとしたのか」

当然、休みたかったからだろう。


64: 2012/04/26(木) 00:35:02.36 ID:WuoDW7ym0
ふむ、そうだな~。偶にはいつもと違う店に行こうと思ったからか?

「だとすれば、必然的に涼宮さんの行先は、
いつもの喫茶店が全く見えないような場所になるはずです」

言いながら、古泉が裏道へ入ったので、俺達もそれに続く。

建物の陰になっていて薄暗い道を抜けたところに、小さな喫茶店があった。

「おそらく、ここです」

「ホントかよ?」

いくらハルヒの観察歴が長いお前でも、そこまで断定できるのか?

「涼宮さんはまだ来られていないみたいですね。先に入って待っていましょう」

いいだろう。そこまで自信満々なら、乗ってやろうじゃないか。

というわけで、4人で入店。

店内の装飾は、ハルヒの証言通りに上品な感じがした。

他の客も少なく、まさに“知る人ぞ知る”という雰囲気だ。


65: 2012/04/26(木) 00:36:12.59 ID:WuoDW7ym0
俺達は出入り口から遠くて、かつ観葉植物の陰になっている席に着いた。

ウェイターに頼んだ紅茶2つとコーヒー2つが来るまでに、周囲を観察する。

窓際で陽光を浴びながら居眠りしている客、
奥の方でパソコンとにらめっこをしている客、
カウンターでウェイトレスと談笑している客。

少なくとも、俺の見知っている人物は、敵対勢力の面々も含めて、見当たらない。

次に、空いている席に目を移す。

少々癪に障るが、ハルヒになった気分で考えてみよう。

日曜日の昼過ぎ、買い物の途中で、一休みするために、
今までに来たことのない喫茶店に来て、さてどこに座る?

店内を良く見たいから、カウンターや出入り口の近くではなく、奥の方だ。

暖かい陽光に誘われて、窓際に歩み寄る。

そして、今のところ客の座っていない席。


66: 2012/04/26(木) 00:37:31.57 ID:WuoDW7ym0
「……あん?」

窓際の空いている席の、テーブルの下に、何かある。

とても薄くて床と同化しそうに思えるが、
それは木目調の床の色を絶対的に拒絶する白だった。

「気づかれましたか」

何気ない小声で、古泉。

気づけば、長門や朝比奈さんもあの紙切れを凝視している。

「今から取りに行くのはNGですよ。
涼宮さんの症状とは無関係な可能性もありますし、
涼宮さんが読んでくれないと、時空改変の危険性があります」

そもそも、あれが普通の紙ナプキンではないという保証も――

「インクで何か書かれている」

長門が断言した。

67: 2012/04/26(木) 00:38:02.71 ID:WuoDW7ym0
「この位置からは全体を読み取ることは不可能。
ただし、アルファベットの存在を確認できる」

マジか……

ウェイターが紅茶とコーヒーを運んできたが、今はどうでもよかった。

そして、ついに張本人が現れた。

ドアのベルが軽快な音を立て、店員の挨拶が追随する。

観葉植物の隙間から慎重に出入り口の方を見ると、まさにそこにはアイツがいた。

そう、涼宮ハルヒだ。

何というのか、色々と驚きだ。

「種明かしをすれば」

古泉がいつもの偽悪的な微笑みを浮かべている。

「前のSOS団不思議探しツアーで、涼宮さんがこの店をじっくりと観察しておられまして」

なるほど。半分答えを知っていたわけか。

まあ、結果は出たわけだし、とりあえずハルヒの動向を観察する。


68: 2012/04/26(木) 00:39:08.66 ID:WuoDW7ym0
ハルヒは店内を一通り観察しながら、窓際の席へ近づいていく。

そして、テーブルの下に紙切れの落ちている席へ腰を据えた。

ウェイトレスに注文を伝え、ハルヒは大きく背伸びをした。

傍らに置いた大きめの紙袋が、ハルヒの疲労の度合いを無言で語っている。

と、上へ伸ばしていた手を下した拍子に、
紙ナプキンを袖で引っかけてテーブルの下に落としてしまう。

そして、ハルヒは紙ナプキンと例の紙切れを拾い上げた。

しばし、それを眺めるハルヒ。

唇が微かに動いているところから察するに、暗唱しているのか。

ウェイトレスがハルヒのテーブルへサンドイッチとティーカップを置くが、
ハルヒは余り気にしていないようで、ずっと暗唱を続けている。


69: 2012/04/26(木) 00:40:07.01 ID:WuoDW7ym0
やがて、ハルヒは思い出したようにサンドイッチを食べ始めた。

その間も、視線は紙切れの方へ。

もはや英単語を必氏に暗記している学生に見えてきた。

サンドイッチを食べ終えたハルヒは、ようやくと紙切れから目を離した。

片手に頬を乗せ、肩肘で頭を支えている。

顔は窓の外を向いており、表情を見ることはできない。

不意に、ハルヒが頷いた。

まさか、外の誰かと話でもしているのか?

宇宙人からのメッセージを受け取ったとか、テレパシーを受信したとか。

だが、その危惧はすぐに消えた。

「まさか……」

1年生だった頃の半年以上、教室のかなり後ろの席から
全体を俯瞰していた俺が推測したのだから、ほぼ間違いない。


70: 2012/04/26(木) 00:40:50.42 ID:WuoDW7ym0
「うたた寝、か?」

こっちはお前に掛けられたと思われる催眠の元凶を探しているんだぞ。

そのお前が居眠りしてどうする。

すると、俺の思いが届いたのか、ハルヒの頭が手からずり落ちそうになる。

驚いて目を覚ますハルヒ。

周囲を観察し、安心したように肩の力を抜く。

そして、ハルヒは椅子から立ち上がり、どこかへ歩いて行った。

「おそらく、お手洗いに行ったのでしょう」

古泉の推測通り、ハルヒは店員に何かを尋ねた後、店の奥の化粧室へ案内された。

「長門さんは、涼宮さんが見ていた紙を回収してください。
我々は先に会計を済ませて外に出ます」

「了解した」

長門がすたすたと、ハルヒのいた席へ近づく。


72: 2012/04/26(木) 00:42:18.81 ID:WuoDW7ym0
一方の俺と古泉と朝比奈さんは、伝票を持って会計へ。

俺は化粧室を気にしつつ、財布から千円札を取り出しつつ、長門の様子を窺った。

視界の隅で、紙を持ってこちらに来る長門を捉える。

俺は店員からお釣りを受け取り、先に出ていた古泉と朝比奈さんと合流。

すぐ後に、長門も店を出てきた。

店から離れつつ店内を窺うと、ハルヒが歩いているのが見えた。

どうやらタッチの差だったらしい。

「とりあえず、学校へ戻りましょう」


74: 2012/04/26(木) 00:43:42.29 ID:WuoDW7ym0
――――――――

駅周辺の雑踏を抜け出し、周囲の人がまばらになってきたところで、
俺は大きな溜息をついた。

「それで、さっきの紙切れには何が書かれてあるんだ?」

振り返り尋ねると、長門が紙を差し出してきた。

「気をつけて」

「どういうことだ。まさか、マジで催眠の仕掛けがあるのか?」

「断定はできない」

だが、用心に越したことはない、と。

俺は返却されたテストを見る気分で、紙切れの文面を読んだ。





こんな遅くまで、感謝です(泣)

もう少しで半分に到達します

75: 2012/04/26(木) 00:44:43.88 ID:WuoDW7ym0
【The butterfly dances in the zero-gravity.

I’m lulled into a doze by soft sunny.

Dream hugs me very kindly.】

プリントアウトされたような黒のインクで、3つの英文が記されている

1行目は“蝶が無重力で踊る”で、
3行目は“夢が私を優しく抱きしめる”というのはわかったが

2行目が微妙にわからん。

柔らかな日の光で……眠るとかそういう意味か?

「“lull into a doze”で静かに眠らせるという意味です。全体を意訳するなら」

蝶がふわふわと踊る。

私は柔らかな陽光にまどろんでいく。

夢が私を優しく包む。

「まさに、春にはぴったりのポエムだな」

77: 2012/04/26(木) 00:45:47.84 ID:WuoDW7ym0
こんな詩編を、あんなに日当たりのいい場所で何度も読んでいたら、誰でも居眠りする。

断言できるね。

「でも……」

不思議そうに朝比奈さんが尋ねた。

「これが……その、催眠、なのですか?」

確かに、睡魔に負けそうにはなるが、催眠とは少し違うような気がする。

それに、仮に眠りこけてしまっても、体温調節が混乱することもないと思うが

「もう一度、貸して」

長門の要望に応え、紙切れを渡す。

「…………」

長門はじっとその英文を見つめている。

声を掛けるのも躊躇われる雰囲気なので、とりあえず俺達は静かに学校へと歩を進めた。

そして、北高前の坂道の中間地点付近で、


78: 2012/04/26(木) 00:47:33.78 ID:WuoDW7ym0
「ブリザード」

と、長門は言った。

「なんだ?」

「日本語では、吹雪に該当する」

いや、それはさすがの俺でもわかる。

すると、長門は文面を俺に見せた。古泉と朝比奈さんも覗き込む。

「butterflyのbとl、inのi、zeroのz、dozeのz、
dreamのa、veryのr、kindlyのd。
この8文字だけ、他の文字よりインクの量が多い。この8文字だけを英単語として読むと」

「blizzard、つまり、吹雪ですね」

古泉が真剣な面持ちで言った。



失恋ですか…少しは気が晴れるように、投下を続行します(`・ω・´)

80: 2012/04/26(木) 00:48:29.19 ID:WuoDW7ym0
「だが、インクの量なんて、俺にはどれも同じに見えるぞ」

「インク量の増加分は、およそ5%。人間の視覚処理能力では認識できない」

「なら、ハルヒにもわからないだろ」

いや、だが、

「それが、催眠なのです」

古泉の一言が、脳内で響いた。

「催眠は、当人の批判的な意識を避けて通る必要があります。
丁度、これから学校に忍び込もうとする僕らのように」

教職員や部活動の生徒に気づかれず、部室に戻ることができれば、俺達は部室で好き放題ができる。

なぜなら、俺達は部室に存在しないことになっているからだ。

「催眠をかけるための環境も重要でしょう。
休憩に立ち寄った喫茶店の、日当たりの良い席。
食事と温かい紅茶で緊張がほぐれる時に、不思議な詩編を何度も読む。
涼宮さんは暗唱もしていたようですから、確実に催眠と同程度の効果が発生したはずです」


81: 2012/04/26(木) 00:49:15.46 ID:WuoDW7ym0
そして、春の昼寝を思わせる文面に隠された“blizzard”という単語。

通常の意識は暖かな春の日差しを浴びているのに、潜在意識は吹雪に曝されている。

結果、体温の保持が過剰になり、熱がこもり、37度9分ってわけか。

「全く、一体、誰がこんなふざけた真似を……!」

怒りを覚えながら、それでも思考領域の冷静な部分で、考察を重ねる。

誰が、どのような目的で、どうような方法で。

直感的に答えが出た。

「誰だ……?」

わからないのではない。答えがないのだ。

心理学に詳しいやつなら誰でも思いつきそうだし、
高校生程度の英語の能力があれば文面も考えつくし、
多少の技術があればインク量を変更して印刷することも可能だろう。


82: 2012/04/26(木) 00:50:57.27 ID:WuoDW7ym0
宇宙人でも未来人でも超能力者でも、俺のような一般人でもできる。

今までSFチックで超技術的な罠やトラブルに見舞われ過ぎたせいで、全く頭が回らなかったが、

今回の罠は、落とし穴と同じくらいにアナログなのだ。


83: 2012/04/26(木) 00:51:42.85 ID:WuoDW7ym0
――――――――

文芸部室へ戻った後、朝比奈さんの力で再び現在の長門の部屋へ戻る。

「罠を仕掛けた人物を特定することも重要ですが、罠を外すことも重要です」

古泉の言う通り、今は現に苦しんでいるハルヒを助けることが先決だろう。

「だが、どうする?催眠を解くんだろ?」

専門的過ぎて、解決方法を思いつけない。

心理学の専門家やカウンセラーを探す時間的猶予があればいいが……

「長門さん。涼宮さんの催眠を解かない場合、
彼女の身体はどのようになると予測しますか?」

「保温が続いて体温が38度5分を超えた場合、一般的には運動能力が極端に低下する。
血圧の急激な変動が発生する可能性もある」

熱で心臓が言うことを効かなくなれば、それこそまずいな。


84: 2012/04/26(木) 00:52:53.58 ID:WuoDW7ym0
「あの……お薬とかは、ダメなんでしょうか?」

朝比奈さんの意見は至極真っ当だが、この状況下で効果が期待できるとは思えない。

「発熱とは体温上昇のプロセスが異なるため、効果は小さいと思われる。
また、薬剤が催眠に与える影響も未知数」

「涼宮さんのお母さんも、薬をもらったが効いていないと仰っていました。
それに催眠を解くわけではないので、根本的な解決にはならないでしょう」

「あう……」

「朝比奈さん、気を落とさないでください」

落ち込む朝比奈さんを励ますが、提案の効果を期待できないことは事実だ。

「ですが、涼宮さんのお母さんや診察する医者は、効果を期待できると思うでしょうね。
その場合、涼宮さんの精神や身体にどのような影響が出るか……」

考えただけでも恐ろしい。

効きもしない薬がハルヒに投与される前に、何とかする必要がある。

そうなると、専門家を探し出す余裕もないかもしれない。

85: 2012/04/26(木) 00:53:34.54 ID:WuoDW7ym0
「じゃあ、逆に催眠をかけるってのは?」

思いつきを口にしたが、妙案ではないか?

「この詩編と同じような英文を作って、“sun spot”とかそんな感じの単語を隠せば、
なんとかなるんじゃないか?」

言いながら、やっぱり無茶かも、と弱気になってきた。

「催眠は適切な技術、知識、そして環境が必要です。
涼宮さんが心の底からリラックスしないと、催眠状態に誘導できないでしょう」

体温が37度5分もあっては、リラックスは無理だろうな。

「それに、仮に催眠が上手くいっても、元の催眠が消える可能性も未知数です。
2重に催眠をかけられて、精神や潜在意識が混乱すれば、危険な状態になりかねません」

それも一理ある。素人が医者の真似事をして、事態を悪化させるようなことは避けたい。


86: 2012/04/26(木) 00:54:32.59 ID:WuoDW7ym0
それにしても、精神やら潜在意識やら、面倒にも程がある。

観測も計測もできないのに、なぜか存在して、しかも人の意識や意志のほとんどを決めてしまう。

似たような言葉に“無意識”もあったな。

あれも厄介だ。特にハルヒの場合は――

「待てよ」

精神、潜在意識、無意識、涼宮ハルヒ。

今まで気にしなかったが、ハルヒの無意識は、観測することができる。

「……閉鎖空間」

古泉と視線が交差した。


87: 2012/04/26(木) 00:55:57.57 ID:WuoDW7ym0
「古泉、ハルヒの閉鎖空間は発生していないのか?」

「今のところ、異常なしです。しかし――」

「ハルヒの閉鎖空間を発生させて、上手いこと入り込んで、
潜在意識や無意識を内側から叩き起こせば、催眠も解けるんじゃないか?」

以前、俺はハルヒと一緒に閉鎖空間に迷い込んで、忘れたくても忘れられないエラいことをした結果、
あいつのストレスを消し去ってやったことがある。

原理的には、それと同じだと思うが

「期待できる」

後押ししてくれたのは長門だった。

「涼宮ハルヒの無意識は閉鎖空間及び≪神人≫として具現化する。
少なくとも、彼女の無意識を正しく確認することができる」

どうなんだと、俺は視線で古泉に尋ねた。

「確かに、閉鎖空間は涼宮さんの無意識が形を得た姿です。
しかし、それは飽くまでも理論上のこと。≪神人≫のこともあります」


88: 2012/04/26(木) 00:56:27.25 ID:WuoDW7ym0
≪神人≫――閉鎖空間の主にして、ハルヒの憂鬱感の化身。

以前は俺を助けてくれたこともあるあの巨人が、今回はどのように振る舞うのか。

敵になる可能性は、否定できない。

「そもそも、閉鎖空間が発生していない以上、そこへ行くこともできません」

閉鎖空間の発生は、ハルヒのストレスが起因となる。

逆に言えば、今はストレスを感じていないのか?

「潜在意識が体温の保持に集中しているため、ストレスが生じにくいと考えることができます。
また、母親が看病してくれているので、安心しているのでしょう」

「じゃあ、もっと高熱にして、精神を追い詰めれば……」

言いながら、そんな拷問めいた方法に拒否反応が出る。


89: 2012/04/26(木) 00:57:03.94 ID:WuoDW7ym0
「これ以上の体温上昇は、涼宮ハルヒの意識の維持に影響を及ぼす。
意識が混濁すれば、ストレスも発生しない」

長門がそう言ってくれるのなら、高熱は却下だな。

では、逆に、

「布団を剥ぎ取って、氷水で身体を冷やしたらどうなる?」

それも拷問と変わりないが、思いついたから言ってみただけだ。

「それなら、涼宮ハルヒの意識を維持したまま、ストレスを与えることができる」

この提案に関する後押しは、余り嬉しくない気がする。

「どうなるか、僕にもわかりませんよ?
それこそ、腕の良いカウンセラーを探した方が確実かもしれません」


90: 2012/04/26(木) 00:57:38.55 ID:WuoDW7ym0
相手は涼宮ハルヒの潜在意識だぞ。

並みの専門知識で簡単に解決できる保証もない。

それに、

「俺は、ハルヒを信じている」

真っ直ぐに視線を向けると、古泉はなぜか嬉しそうに微笑んだ。

「いいでしょう。あなたがそこまで言うのなら」

――――――――


91: 2012/04/26(木) 00:59:47.00 ID:WuoDW7ym0
――――――――

俺、古泉、長門、朝比奈さんの4人は、再び涼宮宅の前まで来た。

時刻は午後23時。室内の明かりは、ほとんどが消えている。

2階にあるハルヒの部屋に目を向けると、カーテンの隙間から暖色系の小さな光が漏れていた。

「完全に消灯されるまで待ちましょう」

なんて古泉が言っているのは、当然ながら忍び込むためだ。

こんな遅くにお邪魔する理由には、お見舞いでも苦しい。

だが、ハルヒは明日の朝も病院で薬をもらうだろうし、現在も服用中のはずだ。

行動は迅速に行わなければならない。

ちなみに、現在は長門の力により視覚遮蔽フィールドが展開されている。

日付変更直前の住宅街で、他に出歩いている人間などいないだろうが、念のためである。


92: 2012/04/26(木) 01:00:40.75 ID:WuoDW7ym0
十数分ほど待っていただろうか、ハルヒの部屋が完全に消灯し、
少し経ってから、他の部屋の明かりも消えた。

「ここまで来て反対はしませんが……」

保冷剤と氷袋を満載にしたクーラーボックスを肩から提げた古泉が、小声で言った。

「“切り札”は極力使わない方向でお願いします」

「わかってる。こんな悪趣味なイタズラに、虎の子のジョーカーを使う気は全くないね」

「了解です。では、行きましょう」

古泉が門を開け、俺達は足音を忍ばせて敷地内に入った。

庭を通り抜けてハルヒの部屋の下へ。


93: 2012/04/26(木) 01:01:20.12 ID:WuoDW7ym0
作戦第1段階、ハルヒの部屋へ入る。

まず、その辺に落ちている小石を手に取り、軽く投げる。

コンッ――という乾いた音が、夜の住宅街で僅かに反響した。

だが、他に変化はない。

続けて2度、3度。

そして、次の小石を探そうとした時に、変化が起きた。

カーテンが開かれ、そこにパジャマ姿のハルヒが現れる。

ハルヒはすぐに下を見て、俺達を見つけた。

カラカラと窓を開ける手付きは、少し覚束ないように見えた。

「よう」

声を掛けるが、返答はない。

呆れて物が言えないというのでなければ、体力を相当消耗しているということかもしれない。


94: 2012/04/26(木) 01:01:58.63 ID:WuoDW7ym0
「サプライズではないんだが、玄関の鍵を貸してくれないか?」

額を押さえているのは、体温上昇による頭痛によるものと解釈する。

待つことしばし。再びハルヒが窓の側まで来て、月光を反射する欠片を投げ落とした。

長門が見事にキャッチ。

「すまん。助かる」

ハルヒが窓とカーテンを閉めたのを見届けて、俺達は玄関へ向かった。

静かに玄関扉を開けて、静かに靴を脱ぐ。

「お……お邪魔しますぅ……」

礼儀正しく小声で挨拶したのは朝比奈さんである。

その後、文字通りの抜き足差し足忍び足で階段を上がり、ハルヒの部屋の前へ。


95: 2012/04/26(木) 01:03:11.95 ID:WuoDW7ym0
ドアノブを回すと鍵は掛かっておらず、扉は素直に開いた。

「…………」

長門が小声で何かを言った。いや、これは詠唱か。

おそらく、事前に計画していた聴覚遮蔽フィールドを展開したのだろう。

「失礼するぞ……」

安眠を妨害されて不機嫌顔のハルヒが仁王立ちしている状況も想定していたが、
生憎と、ハルヒはベッドの上で布団に包まっていた。

「調子はどうだ?」

「とりあえず……大丈夫……」

だが、その言葉はとてもか細く、息も少し荒かった。

長門が静かに前に出て、ハルヒの額に左の掌を重ねた。

そして、右手が俺達の方へ向く。


96: 2012/04/26(木) 01:03:46.30 ID:WuoDW7ym0
最初、その右手はジャンケンのグーの状態だったが、指が一本ずつ伸ばされ、
パーの状態になった後、3本の指が丸まった。

次に、手は再びグーになり、そこから2本の指が立てられた。

8と2。

長門が体温を計ったのだとしたら、その数値は38度2分ということか。

夕方にここへ見舞いに来てから半日にも満たないのに、すでに体温が3分も上がったことになる。

このペースだと、明日の朝には38度5分を超えている可能性もある。

やはり、一刻の猶予もないようだ。

では、作戦の第2段階、ハルヒへの説明だ。

「熱で頭が朦朧としているのはわかっているが、なるべく意識して聞いてくれ」

ハルヒは微かに頷いた。


97: 2012/04/26(木) 01:04:27.36 ID:WuoDW7ym0
「どうやらお前の熱の原因は、風邪とか普通の病気ではないらしい。
どちらかというと精神的なものの可能性がある」

再び、ハルヒが頷く。

「それで、今のお前はかなり寒がっていると思うが……」

一旦、言葉を切る。

ハルヒを包んでいる重ね掛けされた毛布や冬用の羽毛布団を見て、
本当に寒がっているということがよくわかる。

真冬の夜でもない限り、寝ながら蹴飛ばしているだろう。

だが、今は心を鬼にしなければ。

「今からお前の布団をはがして、体温を下げる」

「は……はあ?」

苦しそうにハルヒは声を上げた。これは完全に呆れているということだ。

「ついでに、首筋とかに氷を当てて思いっきり冷やす」

言いながら、心の中で何度も謝る。

「でもって、頭の中で寒くないって念じてくれ」


98: 2012/04/26(木) 01:05:37.40 ID:WuoDW7ym0
ハルヒを納得させる作業は、全て俺に一任されている。

つまり、この台詞も俺が考えたものだ。

冬場に『寒いと思っているから寒い』と言われ、
『寒いものは寒い』と返す経験は、日本人の誰にでもあるだろう。

それを応用したのである。

ハルヒが意識を保っているなら、寒くないと念じながら苛立ちを覚え、ストレスが発生するはずだ。

批判や意見は、後日、書面にて提出してくれ。

ハルヒの就寝中に、当人に知らせずに冷やすという案も出たが、
それでは夢の中で寒いと思うだけで、ストレスの発生には非効率的だと結論された。

「頼む、ハルヒ。俺を信じて、寒さと戦ってくれ」

神頼みなんて比べ物にならないほどに、俺はハルヒに願った。

少しの間、ハルヒの荒い息遣いだけが部屋に響いていた。

そして、


99: 2012/04/26(木) 01:06:12.44 ID:WuoDW7ym0
「……わかったわ」

「ほ、本当か……!?」

「ただし……」

なんだ?ジュースの奢りならいくらでもしてやるぞ。

「あんたは後ろ向いてなさい」

……無性に、笑えてきた。

俺は長門と朝比奈さんの方へ視線を送る。

「お願いします」

長門と朝比奈さんはそれぞれ力強く頷いてくれた。

2人は古泉からクーラーボックスを受け取り、ベッドの隣に両膝を突いた。

俺と古泉は少し離れて、壁の方を向いて座る。


100: 2012/04/26(木) 01:06:49.51 ID:WuoDW7ym0
作戦第3段階、とにかく冷やす。

「それでは、失礼します」

朝比奈さんの声がして、布団の衣擦れの音がした。

「うう……」

ハルヒの呻き声が耳に届く。

我ながら、この計画を思いついた時の自分をぶん殴ってやりたい。

「ボクシンググローブとメリケンサック、どちらをご用意しましょうか?」

古泉の偽悪的な笑みに対し、答えも読み取ってみろと睨みつける。

「では、メリケンサックで」

よくわかってるじゃないか。

「す、涼宮さん。氷を、置きますよ」

キンキンに冷えた保冷剤が乾いた音を鳴らしながら、クーラーボックスから取り出される。


101: 2012/04/26(木) 01:07:28.65 ID:WuoDW7ym0
「ひぁっ……うう……」

またもハルヒの苦しそうな声。

瞼の裏に、ハルヒの苦しげな表情が浮き出てくる。

ここに来るまでの議論で、保冷剤を置く場所は決めていたし、
長門も手伝っているので、ハルヒの身体は効率よく冷やされているはずだ。畜生め。

「古泉、どうなんだ?」

小声で尋ねる。

「兆候はあります。ですが、まだ足りないようです」

「で、でも、首筋と脇の下と太ももの内側に、氷袋を当ててますよ」

聞いているだけの俺まで身体が冷えてきた。

あるいは、保冷材の冷気が実際に室温を下げているのかもしれない。

このまま身体が冷えるのを待つか?

だが、長引かせることも危険だ。

そこで、古泉が言った。


102: 2012/04/26(木) 01:08:14.27 ID:WuoDW7ym0
「朝比奈さん。氷袋はまだ余っていますか?」

「え?はい。2つほど……」

数秒後、古泉が再び口を開いた。

「では、左胸の上へ」

「なっ!」

「え!?ででで、でも……!」

心臓を氷袋で直接冷やしたら……

だが、古泉がそれを提案するということは、本当に後少しというところなのだろう。

ある意味、ショック療法的な冷たさが必要なのだ。

「長門、朝比奈さん!お願いします!」

俺は壁の方を向いたままで、自分の額を床に擦りつけた。

「涼宮ハルヒの生命の危険を判断した場合は、私の独断で氷を取り払う」

長門、恩に着る……!


103: 2012/04/26(木) 01:08:51.23 ID:WuoDW7ym0
「で、では……行きます!」

袋を満たす冷水の中で、氷がガラガラと音を立てている。

そして、

「ひ!……ああ……!」

呻き声は悲鳴になっていた。

刹那、

「来ますよ、皆さん!」

古泉が叫んだ。

今までに聞いたことのない、怒気と焦燥を混ぜ合わせた声。

「覚悟してください!」

押し寄せる違和感。


104: 2012/04/26(木) 01:10:25.50 ID:WuoDW7ym0
……寒い。

寒い。寒い。寒い。

寒い、冷たい、凍える。

身体が固まって、手足の感覚が消えて、息を吸う度に肺が凍りつく。

こ、このままでは、し……氏んで……しまう……

「さ、ささささささ、寒いーーーーーーーーーー!!!!!!!」

ハルヒの絶叫が鼓膜を震わせる。

作戦第4段階、閉鎖空間への侵入。


105: 2012/04/26(木) 01:11:38.85 ID:WuoDW7ym0
――――――――

「寒ッ!」

肌を切り裂くような冷たさを感じて、俺は目を開けた。

視界に広がっていたのは、限りなく白に近い銀色の世界だった。

平常心を持っていれば、周囲を冷静に観察し、
自身の状況を推測することも可能なのだが、寒さがそれを妨害した。

尋常ではない寒さだ。

息をすることさえも辛くなる。

意志とは無関係に全身の筋肉が痙攣し、起き上がることもできない。

骨まで凍り付いてしまいそうな冷気の中で、それでも俺は記憶を呼び起こした。

確か、古泉が叫んだと同時に、全身に寒さが押し寄せて、気を失ったのだ。


107: 2012/04/26(木) 01:12:24.55 ID:WuoDW7ym0
ということは、ここは閉鎖空間の中か?

だが、記憶にある閉鎖空間とは似ても似つかない。

どういうことかとさらに思考を巡らせたところで、どこからか音がした。

ガンッガンッ――と、何かを壊そうとしている音。

音のする方向へ、何とか顔を向けると、何かが壊れた音が盛大に響いた。

人影が見える。小柄で、女の子のようだ。

「な……なが……」

声を出そうにも、息も発音も、口を開けていることすら難しい。

だが、その少女は間違いなく長門だった。

長門は寒さを気にする素振りも見せず、真っ直ぐこちらに近づいてくる。

そして、俺に向かって片手を差し出した。

酷く苦労して手を伸ばし、長門の手を握る。

長門の手の温もりが、全身を伝わったような気がした。


108: 2012/04/26(木) 01:13:10.84 ID:WuoDW7ym0
長門に引き上げられ、なんとか立ち上がる。

「さ……さんきゅ……」

駄目だ。まともな言葉にならない。

だが、思いは届いたようで、長門は小さく頷いた。

「そ……それで……」

「ここは閉鎖空間の中」

信じ難いことだが、やはりそうなのか。

「そして、学校のあなたの教室でもある」

そうなのか?

周囲を観察すると、確かに机や椅子、教壇や黒板“らしきもの”がある。

なぜ断定できないのかというと、その全てが分厚い霜で覆われているからだ。


109: 2012/04/26(木) 01:13:53.44 ID:WuoDW7ym0
「まず、部室へ向かう」

そうだな。学校にいるのなら、部室へ行こう。

「でも……あさひな……」

「朝比奈みくるは、古泉一樹が迎えに行っている」

それなら大丈夫そうだな。

長門は教室の出口へ向かい、俺も続く。

足元に引き戸が倒れているところを見ると、
先刻の破壊音は長門が凍り付いたドアを破壊した音だったのか。

そして、廊下の中庭に面した窓を見て、俺は戦慄を覚えた。

凍り付いている窓の外の、真っ白な世界。

それは吹雪だった。

それも、超弩級の猛吹雪だ。


110: 2012/04/26(木) 01:14:27.39 ID:WuoDW7ym0
冬のテレビニュースで見た北海道の吹雪でも、これには及ばない。

そういえば、ハリウッド映画でアメリカ全土が凍り付くって話を見たことがあるが、
それに出てきた吹雪に近い。

そして、思い出す。

あの英語の詩編に隠されていた“blizzard”という単語。

「な……ながと……」

「この吹雪は、涼宮ハルヒの潜在意識が発生させている」

答えながら、長門は歩き出した。

俺も後に続く。

「涼宮ハルヒは、自身の考えたことを無意識に具現化する能力を有する。
その結果、催眠によって与えられた吹雪という状況を、心の中で具現化させてしまったと考えられる」

心の中でこんな吹雪が発生していれば、体温保持もしたくなる。


111: 2012/04/26(木) 01:15:03.37 ID:WuoDW7ym0
だが、その推測が正しいのならば、

「あの催眠は、対象が涼宮ハルヒである場合、最大以上の効果を発揮する」

一般人なら肌寒さを感じる程度なのだろうが、ハルヒの場合は本物の吹雪を感じてしまったわけだ。

他ならぬ、自身の能力によって。

問題は、あの催眠が本当にハルヒを狙ったものなのかということだ。

「催眠の首謀者を特定することは困難であると思われる」

確かに、アメコミのヒーローが最先端の武器を使いこなすように心理学的技術を用いる奴が、
そう簡単に尻尾を見せるとは思えない。

誰かにあの詩編を作成するように、間接的に誘導することくらい、やってのけるだろう。

もし、その首謀者を見つけることができたら、真冬の日本海沖に放り込んでやる。

「そ、それにしても……」

「私の身体の恒常性機能は、一般の人間とは原理的に異なる」

なるほど。羨ましい限りである。


112: 2012/04/26(木) 01:16:05.01 ID:WuoDW7ym0
なんて話をしていると、ようやくと文芸部室の前まで来た。

他の部屋の扉と違い、その部屋のドアだけは霜が全く付着しておらず、
木材の色がそのまま表れている。

室内には明かりも点いているようで、そこはかとなく暖かそうだった。

俺はドアノブを握って回し、扉を押し開けた。

「遅ーーーーーーいっ!!」

暖かさに安心しきっていたところにとんでもない大音量を浴びせられ、
俺は文字通りに腰を抜かした。

床に打ち付けた腰骨を労わりながら起き上がる。

そして、声の主に目を向けた。


113: 2012/04/26(木) 01:16:40.23 ID:WuoDW7ym0
「全く!なんであんたはいつもいつも来るのが遅いのよ!!」

無遠慮で不躾で、

「罰としてお茶の奢り3日分!」

俺の都合なんて気にも留めない、

「ついでに、今度、どんぶりサイズのかき氷を一気食いさせてやるんだから!覚悟しなさい!!」

いつもの涼宮ハルヒが、制服姿で仁王立ちしていた。

「ハ……ハルヒ……なのか……?」

「私がハルヒじゃなかったら、誰がハルヒだって言うのよ?」

そうだな。こいつこそ、間違いなくハルヒだ。

こんな感覚、前にも感じたことがある。

クリスマス直前の“あの世界”で、ようやくハルヒを発見した時。

憂鬱たる表情のハルヒを見て、あの時も俺は懐かしくなったのだ。

また、ハルヒに会えたのだと。


114: 2012/04/26(木) 01:17:32.96 ID:WuoDW7ym0
「何、ボーっとしてんのよ?」

「え?いや、その、ちょっと腰を抜かしていただけだ」

熱くなる目頭を隠しながら、俺は立ち上がる。

改めて部室を見渡すと、朝比奈さんと古泉もいた。

それだけではなく、この部屋の中だけは、外の極寒を無視して、日常的な明るさと暖かさを持っていた。

「まあ、これでSOS団の集合が完了したわけだし、早速だけど出かける準備をするわよ」

何?

「ちょっと待て。このクソ寒い吹雪を突っ切って、どこへ行くっていうんだよ?」

「決まってるじゃない。私の家よ」

いつ決まっていたのだ?

それに、寒さ対策はどうする気だ?

「防寒着なら洋服掛けに人数分揃えてるわ」


115: 2012/04/26(木) 01:18:08.20 ID:WuoDW7ym0
目をやると、確かにスキーフェアと同等の服が並んでいる。

「じゃあ、私達、先に着替えさせてもらうわ」

「畏まりました」

古泉がいつもの笑みで答え、2着の防寒着を手に取る。

そして、俺にアイコンタクト。

ま、まさか……

「俺達に、外に出ろってか!?」

あの極寒の世界に?

「何よ?幼気な女の子を外に出そうっていうの?」

ぬぬぬ。ああ、間違いない。こいつはハルヒだ。

こうなると何を言っても無駄なので、俺は古泉とともに大人しく外へ出た。


116: 2012/04/26(木) 01:18:44.91 ID:WuoDW7ym0
「寒ッ!!」

身体が温まった分、多少はマシではあるが、やはり寒い。

古泉から防寒着を受け取り、早々と装着していく。

対して、部屋の中からは……

「さあ、みくるちゃん?お着替えの時間よ~ん」

「ふえ?あの、ひ、独りででき……あ~れ~」

いつものやり取りである。

「今のところ、あなたの提案に従って正解です」

こんな寒い思いをするとわかっていたら、提案しなかった。

「それにしても、この催眠を思いつき実行した者は誰で、どこまで想定しているのでしょうか?」

「俺は、未来人勢力のハルヒ一点狙いに一票だ」


117: 2012/04/26(木) 01:19:19.89 ID:WuoDW7ym0
「その理由をお伺しても?」

「あの日、ハルヒがあの店のあの席に着くことを知ることができるのは、未来の人間くらいだろう」

「そうでしょうか?宇宙人の技術と知識を用いれば、
予知に近い高確率の予測を出すことも可能だと思いますが?」

ふむ。そう言えば、文化祭で長門が似たようなことをやっていたな。

「あるいは、“機関”の誰かが涼宮さんの行動を予測した可能性も。
何せ、彼女の無意識さえも観測できますから」

そう言えば、喫茶店を当てたのもお前だしな。

「それは強力な状況証拠ですね」

偽悪的だねぇ、全く。毛ほども疑ってねえよ。

「おやおや、そこまで信頼されているとは」

「お前なら、日常会話で催眠を掛けそうだからな」

「なるほど」


118: 2012/04/26(木) 01:19:48.61 ID:WuoDW7ym0
少なくとも、古泉は間違いなく白だと断言できる。

当然、長門や朝比奈さんも白だ。

と、室内から声が聞こえた。

「入っていいわよ~」

俺達も着替えが終わったので、部屋に戻る。

待っていたのは、華やかなスキーウェアの美少女3人。

スキー合宿を思い出すねえ。

「そっちも着替え終わったみたいね。じゃあ、次は武器の準備ね」

あん?ちょっと待てよ。

「お前の家に行くだけだろ?なんで武器がいるんだ?」

「決まってるじゃない。戦うためよ」


119: 2012/04/26(木) 01:20:25.67 ID:WuoDW7ym0
何を異なことを?という表情でハルヒは宣言した。

確かに俺は『寒さと戦ってくれ』とは言ったが、本当に吹雪と戦うわけではないだろうな?

そんな俺の疑念には答えず、ハルヒは道具箱を探り、トンデモない得物を取り出した。

「す、涼宮さん?はわわわわ……」

朝比奈さんが口に両手を当てて、慌てている。

「ハルヒ、まさか、それ……ショットガンか?」

「そうよ~。ベネリのM4、セミオートマティック、弾種は12ゲージのスラッグ弾よ」

ここが閉鎖空間であることはわかっているが、実銃を見たのはこれが初めてだ。

開いた口が塞がってくれないので、視線だけで古泉に尋ねると、

「後程、ご説明します」

とだけ返ってきた。


121: 2012/04/26(木) 01:22:15.48 ID:WuoDW7ym0
一方、ハルヒは道具箱からさらに弾薬箱と拳銃を取り出した。

俺の記憶が正しければ、あの拳銃はグロック社のG18Cだ。

ロングマガジンは33発装填で、フルオート射撃が可能。

ショットガンといい、近距離での火力重視というのがハルヒらしい。

次に、ハルヒは衣裳掛けに近寄る。

「みくるちゃんには、これよ!」

「わ、私の分もあるんですか?」

衣裳掛けのハンガーに吊るされていたのは、サブマシンガンだ。

「MP7A1、ヘッケラー&コックのPDW。軽くてコンパクト。
でも、専用の4.6ミリ弾は防弾アーマーを貫通できるのよ」

「でもでも、私、銃なんて使えませんよ~」

「心配ご無用!このレンズを覗いて、赤い点で狙って引き金を引くだけだから」


122: 2012/04/26(木) 01:22:55.75 ID:WuoDW7ym0
「へ、へ~、そうなんですか~」

「しかも、折り畳み式のフォアグリップとショルダーストックで、連射時の反動も抑えられるわ!」

「便利ですね~」

まるで、通販番組の司会者と視聴者である。

「そして、サイドアームは同じ弾丸を使用するP46。
片手で持てる大きさなのに、装弾数は20発!」

「おお~~」

朝比奈さ~ん。感心してないで、銃が出てきたことに疑問を持ってくださ~い。

「じゃあ、次は有希ね」

この分だと、全員の銃が用意されているのか?

ハルヒは椅子を本棚の近くに置き、その上に立った。


123: 2012/04/26(木) 01:23:23.07 ID:WuoDW7ym0
「キョン!突っ立ってないで手伝いなさい」

質問を口にする気も失せたので、唯々諾々と側に寄る。

と、ハルヒが有希のために用意した銃が姿を現した。

って、なんだよ、その大砲は!?

「へい、パス!」

気軽にパスするな……お、重い……

全身の筋肉を総動員する気分で、何とかこの銃(?)を長机に置く。

「で?これは銃なのか?大砲なのか?」

俺の疑問に答えたのは長門だった。

「バレット社、M82、アンチ・マテリアル・ライフル。
口径は12.7ミリ。口径が20ミリを超えていないので、銃として分類される」


124: 2012/04/26(木) 01:23:59.63 ID:WuoDW7ym0
口径20ミリが境界なのか。いい勉強になった。

って、こんなバーベルみたいに重いものを、長門が持てるのか?

「有希ならできるわよ。ね?」

ハルヒに促され、長門がそのライフルを掴むと、軽々と持ち上げた。

……俺もヒューマノイド・インターフェイスになってみたい。

「対物ライフルのサイドアームなら、やっぱりこれよね」

ハルヒが本の隙間から取り出したのは、イスラエルのIMI製、デザートイーグルである。

マグナム弾を使用し、どこぞのアクションゲームでは、ボス以外の敵を一発で葬っていた。

というか、高威力のライフルのサイドアームが高威力のマグナムって、どういうことだよ。

「2丁用意しておいたんだけど、両方使う?」

2丁も用意したのか!?

「使う」

長門も使うのか!?


125: 2012/04/26(木) 01:24:33.22 ID:WuoDW7ym0
「次に古泉君の得物は~」

今度は古泉のレトロゲームボックスを開ける。

「これはこれは、FN社のSCARですか」

箱から出てきたのは、小さめのライフルだった。

いや、小さく見えるのは、肩に当てる銃床部分を折りたたんであるからだ。

受け取った古泉は、手慣れた手付きでライフルの各部位を調節している。

「まさか、使ったことがあるとか、言うなよ?」

「さて、どうでしょう?」

いつぞや森さんが銃を使っていたような、いなかったような……

「ふむ……弾種は7.62ミリ、スコープはACOGの2.4倍ズーム」

「アメリカ軍制式採用ってことで、サイドアームはベレッタ社のM9よ。
それから、特別にグレネード・ランチャーのEGLMも用意したわ」

「ありがとうございます」

古泉は、そのEGLMとかいう、筒に引き金を取り付けたようなものを、手早く銃の下側に装着した。

126: 2012/04/26(木) 01:25:26.60 ID:WuoDW7ym0
やっぱり、使ったことあるだろ、お前。

「ああ、キョンのはそこに置いてあるから、適当に使って」

ホントに適当だなと内心で文句を言いつつ、ハルヒの指差した掃除道具入れを開ける。

最悪、モップが用意されているのかと思ったが、ちゃんと銃が置いてあった。

というか、でかい。長門のライフルには劣るが、古泉のやつよりは長いしゴツい。

「それはヘッケラー&コックのMG36です。
ドイツ軍制式採用のアサルトライフルG36を分隊支援火器として改良したものです」

ぶんたいしえんかきって、なんだよ?

「平たく言えば、軽機関銃の一種です。何十発も連続で射撃して、弾幕を張るんですよ」

ああ、ランボーがよく使うやつか。

だが、それよりは現代的かつスマートなフォルムで、弾倉もマガジン式だ。

……このでかいの、マガジンだよな?


127: 2012/04/26(木) 01:26:14.27 ID:WuoDW7ym0
「それはCマグと呼ばれる、100発装填のドラムマガジンです。
ベルトリンク給弾方式だと再装填が少々複雑なので、涼宮さんが配慮してくれたのでしょう」

よくわからんが、小さな心配りに感謝しよう。

「サイドアームは、ベレッタ社のM93Rですね。
セレクター切り替えで、3点連射が可能なモデルです」

「はあ。この、下アゴみたいなのは、なんなんだ?」

「折り畳み式のフォアグリップですよ。左手の親指をトリガーガードに通して握るんです」

言われた通りに握ると、確かに銃をしっかりと安定させられる。

「そいじゃあ、それぞれ銃と予備弾倉を装備して!
それから、ブーツも用意しているから、よかったら使って」

言われた通り、ベルトを使って銃を肩から提げ、サイドアームをホルスターに仕舞い、
予備弾倉をポケットに入れる。


128: 2012/04/26(木) 01:26:39.68 ID:WuoDW7ym0
雪用のブーツを履くと、暖かい室内が熱く感じられた。

「みんな、準備できたわね?それじゃあ、雪中行軍に、出発!!」

元気よく、笑顔で、ハルヒは宣言した。

まさに、雪中行“軍”だね、これは。

――――――――


129: 2012/04/26(木) 01:28:47.14 ID:WuoDW7ym0

――――――――

ハルヒの用意した防寒着は、NASAの最新技術でも応用されているのか、
外の寒さをほとんど感じないほどだった。

それどころか、冷気に曝される顔面も、全くと言っていいほど冷たくない。

「おそらく、涼宮さんの意識が影響しているのでしょう」

「まあ、閉鎖空間はハルヒの箱庭みたいなものだからな」

そう言うと、古泉は『違うんですよ』と不敵な笑みを浮かべた。

「厳密に言えば、涼宮さんの閉鎖空間は、彼女の無意識の箱庭です。
蓄積された憂鬱が一定の基準を超えた時、それを解消するために創り出す。
そこに、涼宮さん自身の顕在意識はほとんど関与しません」

顕在意識……はっきりした意識ってことか?

「そうです。対象を論理的に観察、分析し、批判するための意識。
言わば、知るための意識です。対する無意識は、感じるための意識です」

前者は長門や古泉で、後者は朝比奈さんや鶴屋さんのようなものか。


130: 2012/04/26(木) 01:29:22.40 ID:WuoDW7ym0
「今回、催眠は顕在意識の監視を潜り抜けて、潜在意識に“吹雪”というイメージを植え付けました。
その結果、無意識がそのイメージを具現化させてしまったのです」

その辺りは、長門からも聞いた。

ハルヒの特殊能力が、ハルヒ自身を苦しめている。

「ですが、ここからが凄いのです。
我々が閉鎖空間を発生させた結果、涼宮さんの意識までも閉鎖空間に侵入した。
そこで、意識は無意識に干渉し、対策を講じたというわけです。
特殊な力を利用されて罠にはめられたわけですが、対抗して自身の能力を応用し、
真っ向勝負で罠を破壊しようというわけです」

そして、古泉は自身のアサルトライフルを掲げて見せた。

「涼宮さんの意識が、なぜ武器として銃火器を選んだのか厳密なところはわかりませんが、
一種の抗原抗体反応と似たものなのかもしれません。戦うためには、対抗手段が必要ですから」

血液中の白血球が病原菌を食べるやつか。

「もちろん、あなたの言葉もきっかけの1つでしょう。
“戦う”というワードに、涼宮さんの意識が抗体反応を示し、無意識と戦うのです」


131: 2012/04/26(木) 01:31:02.54 ID:WuoDW7ym0
「じゃあ、なんで剣や魔法じゃないんだ?」

その場合はその場合で面倒に変わりはないが、なんだってまた物騒なチョイスを。

「それは、剣や魔法を我々が扱えないと考えたからではないでしょうか。
我々の中に魔法使いはいませんからね」

そう言えば、そうだったな。

魔法みたいな情報改変を行う宇宙人と、魔法みたいに時間を跳躍する未来人と、
魔法みたいに赤い玉になる超能力者はいるが、本物の魔法使いはいない。

忘れがちなことではあるが。

「対して、銃は遥かに現実的で、使い方がイメージし易いという利点があります」

「だからって、なんで実銃をここまでリアルに再現しているんだ?しかも、何種類も」

さすがのハルヒでも、これだけの銃を実際に見たことはないはずだ。

「閉鎖空間が涼宮さんの心の中であることを考えると、例えば、僕の記憶を覗いて利用したとか」

いつか、“機関”の秘密基地を見つけて、実銃の射撃訓練でもやらせてもらうか。


132: 2012/04/26(木) 01:31:36.48 ID:WuoDW7ym0
「ちょっと、キョン!何ブツブツ言ってんのよ?もうすぐ外に出るわよ」

やれやれ。マジで外に出るのか。

俺の心の声なんて気にも留めずに、ハルヒは昇降口の扉を開けた。

途端に、冷気と吹雪が押し入ってくる。

「ふう~。なかなかの威力ね」

ハルヒは吹雪を楽しむように嘯き、悠々と外に出た。

朝比奈さん、長門、古泉、そして俺も外に出る。

吹雪は今も本格的で有視界は20メートル未満だ。

「それで!?一体、何と戦うんだ!?」

俺は誰にともなく叫んだ。誰か答えてくれるだろう。


133: 2012/04/26(木) 01:32:04.62 ID:WuoDW7ym0
「涼宮さんの意識が、閉鎖空間の中で戦う相手ですよ。少しは想像がつくでしょう?」

…………いや、まさか、俺は願い下げだぞ。

ふと、俺達の向かう先に光が見えた。

ぼんやりと、赤色の光。1つ、2つ……3つか?

少しずつ、その光が明るく、大きくなっている。

いや、こちらに近づいているのか?

「噂をすれば、影が差す。ご登場ですよ」

淡く光る半透明の身体の中に、星のような煌めきを宿す、巨人。

閉鎖空間の主――≪神人≫

だが、俺の知っている≪神人≫とは異なる点が2つある。


134: 2012/04/26(木) 01:32:42.57 ID:WuoDW7ym0
1つ、異様に小さい。

俺が見たことのある≪神人≫は、いずれも校舎を跨ぎ越えるほどの巨人だった。

だが、目の前に現れた≪神人≫は、立ち上がったゴリラやヒグマくらいの大きさしかない。

まあ、それだって俺から見れば充分にデカいがな。

もう1つの相違点は、身体の質感である。

普通の≪神人≫は、液体というか軟体というか、かなり柔らかそうな見た目をしていた。

だが、この≪神人≫は全身が氷で出来ているかのように結晶化している。

「もし、我々が涼宮さんの無意識を治療するための白血球であれば、
さしずめあれは、ウィルスや細菌というところでしょうね」

つまり、催眠という病気の毒素ってわけか。

こちらへ一歩ずつ近づいてくる≪神人≫と、

それに向かって歩を進めるハルヒ。

ハルヒの表情は、後ろにいる俺達からは見えない。

笑っているのだろうか?怒っているのだろうか?

何を考えているのか、何を感じているのか。

135: 2012/04/26(木) 01:33:17.23 ID:WuoDW7ym0
「道を開けなさい」

声が聞こえた。吹雪の壁を通り越して。

ハルヒがショットガンを構え、≪神人≫に照準を定める。

「道を開けなさい」

≪神人≫は聞こえていないのか、片腕を振り上げた。

ならば、振り下ろす気だ。ハルヒに向かって。

「そう……」

吐息のような一言。

バンッ!

銃声――そうか、これが銃声なのか。

追加で2発分の銃声が聞こえ、計3発のスラッグ弾を撃ち込まれた≪神人≫は、粉々に砕かれた。


136: 2012/04/26(木) 01:33:47.97 ID:WuoDW7ym0
「ハル……ヒ……?」

こういう時に気の利いた言葉が出てこないところが、俺の未熟さの証左だな。

不意に、只ならぬ気配を感じた。

最初は、ハルヒの無言の威圧感かと思ったが、そうではない。

はっとして、上を見る。

校舎の屋上、窓、樹木の先端、塀の上。

その至るところに、3つの赤い点が光っていた。

その数は……両手両足の指の本数を超えている……!

「新手……ですね」

それもそうだな。ウィルスがあの一体だけ、なんてことはあり得ない。


137: 2012/04/26(木) 01:34:24.70 ID:WuoDW7ym0
「さあ、みんな!」

振り向いたハルヒは、満面の笑みを浮かべていた。

「走るわよ!!」

その言葉と同時に、≪神人≫が一斉に飛びかかってきて、俺達は慌てて駆け出した。

衝撃音とともに≪神人≫が地面にクレーターを作り、獲物を逃がしたとわかると、横柄に頭を巡らせた。

スプラッター映画に出てくる、マスクを着けた大男を思い出す。

≪神人≫が身構えた。こちらに跳びかかる気だ。

走って逃げるだけでは追い詰められる。

一瞬の判断で、俺はMG36を構えた。

銃床をしっかりと肩に密着させ、両足を踏ん張り、引き金を絞る。


138: 2012/04/26(木) 01:35:14.09 ID:WuoDW7ym0
ガガガガガガガガガッ

10発も撃たないうちに、反動で銃口が上を向いてしまう。

だが、数発は命中したようで、勢いを削がれた≪神人≫が体勢を立て直そうとしている。

「初挑戦にしては、なかなかの腕前です」

横の古泉が、ライフルを撃った。

俺のように連射するのではなく、3発1セットを断続的に射撃している。

狙いもかなり的確で、≪神人≫が穴だらけになって倒れ伏した。

「涼宮さん達は、すでに門のところで待機していますよ」

おーけい。なら、急ぐか。

積もった雪を蹴散らしながら、門へと走る。

ハルヒが見えたので、『先に行け』と頷くと、ハルヒも頷き返して歩き出した。

ハルヒの後ろに、朝比奈さんと長門が続く。


139: 2012/04/26(木) 01:36:08.58 ID:WuoDW7ym0
俺は後ろの≪神人≫に断続的な射撃を与えながら、校門を走り抜けた。

学校の外も、相変わらずの冬景色だ。

そして、坂道にも≪神人≫がいる。

――ドォンッ!

長門の大砲みたいなライフルが火を噴いた。

≪神人≫の頭に命中し、その勢いで上半身を粉々にする。

あの威力なら反動も半端ではないはずなのだが、長門は軽く重心を動かしただけだった。

宇宙的技術の力なのか、ハルヒの意識による補正なのか。

一方で、朝比奈さんは予想通りに慌てふためいている。

「ひゃうん!あうあうう……わひゃっ」

見ている分には可愛らしいのだが、援護に回る必要があるだろう。

それに、ハルヒも少し先を行き過ぎている。

長門の援護を信頼しているのだろうが――


140: 2012/04/26(木) 01:36:33.99 ID:WuoDW7ym0
視界の隅、民家のベランダに、≪神人≫がいる。

ハルヒを狙っているようだが、ハルヒの方は気づいていない。

「ちくしょっ」

俺は片膝を付いて、銃を構えた。

スコープを覗いて、慎重かつ迅速に狙う。

――発砲。

古泉のやり方に倣い、数発ずつを断続的に撃ち込む。

≪神人≫は自身の腕を盾にしたが、やがて耐え切れずに砕け散った。

「キョン、ナイス!」

「それより、少しペースを落とせ。朝比奈さんがこけそうだぞ!」

「わふっ!?」

いや、今、転んだ。


141: 2012/04/26(木) 01:37:13.73 ID:WuoDW7ym0
積雪の上に横風、そして≪神人≫の強襲。

俺だって転びそうだ。

「みくるちゃん!立って!」

ハルヒが朝比奈さんを引っ張り上げる。

そして、近くの≪神人≫にショットガンを見舞う。

俺は大急ぎで坂を駆け下り、朝比奈さんの横についた。

「俺か古泉の側にいて、可能なら敵を狙ってください」

「わ、わかりました!」

銃口を巡らせて索敵しながら、古泉を探す。

少し後ろの方にいるが、その顔には余裕の笑みが浮かんでいる。

何とか坂道を下り終えたが、今度は住宅地を突っ切ることになる。

狭い道から次々と≪神人≫が出てくるので、倒す分には楽だが、前に進めない。


142: 2012/04/26(木) 01:37:48.97 ID:WuoDW7ym0
「近道しましょう」

古泉が宣言し、民家のブロック塀に銃口を向けた。

――ポンッ

銃口下部の筒から何かが飛び出した。

煙の線を引きながら飛翔し、塀に直撃――後、爆発。

あのイージーなんとかってやつは、小型のグレネード・ランチャーだったのか。

煙幕が消えると、ブロック塀が無残にも壊れ果てていた。

犠牲となったブロック塀を乗り越え、俺達は民家の庭に不法侵入する。

と、先頭のハルヒの前に≪神人≫が立ち塞がった。

全く、どこからでも出てきやがる。


143: 2012/04/26(木) 01:38:33.29 ID:WuoDW7ym0
俺は急いで銃口を上げようとしたが、狭い空間に5人もいるので、上手く狙えない。

長門も銃身の先が塀に引っ掛かり、バランスを崩す。

一番後ろにいる古泉からは援護できないだろう。

しかも、ハルヒはリロード中で、完全に不意を突かれた状況のようだ。

これは不味い、と思ったところで、朝比奈さんがハルヒを後ろから押し倒した。

寸でのところで、≪神人≫の腕が空を切る。

さらに、朝比奈さんは転がって仰向けになり、そのまま銃を構えた。

タタタタタタッ

サブマシンガン特有の高速連射で弾丸が次々と≪神人≫に突き刺さり、バラバラにする。

「ほ、ほええ……」

朝比奈さんは仰向けのまま、しばし呆然としていた。

「みくるちゃん、かっこいい!!」

「ふえ?あ、ありがとうございます」


144: 2012/04/26(木) 01:39:20.64 ID:WuoDW7ym0
朝比奈さんの弾倉交換を援護し、前進を再開。

住宅地ということで見通しが悪く、陰も多いので、不意打ちを食らいやすくなった。

≪神人≫は勢いよく飛び出してくるので発見は容易だが、
少し知恵のある奴が待ち伏せでもしていたら、簡単に後ろを取られるだろう。

俺達は円陣を組んで互いを援護しながら、確実に住宅地の奥へ向かう。

そして、ついにハルヒの家が見えてきた。

それと同時に、≪神人≫の波も治まる。

「諦めたのか?」

そうであったら嬉しいのだが、そうは問屋が卸さない、というやつだろう。

「わかりません。ですが、これで終わりとは思えません」

何を企んでいるのか……


145: 2012/04/26(木) 01:39:49.79 ID:WuoDW7ym0
慎重にハルヒの家へ近づいていると、地面から何かが出てきた。

それは特大サイズの腕だった。

それが2本、地面から生えている。

腕は地面に突っ張り、腕の根元である本体を持ち上げようとしている。

そして、地獄の穴から這い出るように、姿を現す巨体。

全身氷漬けは相変わらずだが、大きさは通常サイズの≪神人≫が、ハルヒの家を跨ぐように直立する。

「ボスのお出ましだ。出番だ、古泉!変身してやっつけろ!」

「無理です」

あっさりと否定するな!

「いつもの閉鎖空間と事情が異なりまして、今の僕は普通の高校生でしかありません」

おいおい、マジかよ。


146: 2012/04/26(木) 01:40:20.23 ID:WuoDW7ym0
「しかし、相手は巨人です。脚に集中砲火を行えば、上手く倒れてくれるかもしれません」

他に案はない。それでいこう。

≪神人≫がこちらに気づく。

腕を振りかぶり、拳が天を突くほどに高く上がる。

「みんな逃げてーーー!!」

と言いながら、先に逃げるハルヒ。

文句を言う暇も余裕もなく、俺達は散り散りにその場から走り出した。

銃声やら爆音やらに慣れきった耳に、まるでミサイル爆撃かと思う程の破壊音が届いた。

降り積もっていた雪が巻き上げられ、洪水となって降り注ぐ。

とりあえず、俺はハルヒの家から少し遠ざかり、塀の陰から様子を窺った。

すると、≪神人≫の片足に誰かが発砲している。

数発ずつを正確に当てているところを見ると、おそらく古泉だろう。


147: 2012/04/26(木) 01:40:59.40 ID:WuoDW7ym0
だが、当たっていることは確かなのだが、如何せん、敵がデカすぎる。

通常サイズの≪神人≫にとって、俺達は蚊のようなものだ。

いくら針を刺したところで、身体機能には僅かなダメージにもならない。

≪神人≫が銃撃されている方向に目を向けた。

俺は塀の陰から出て、軽機関銃の狙いを定める。

大きく息を吸って、引き金を引く。

全身を震わせる反動を強引に押さえつけ、マガジンの残弾を可能な限り吐き出す。

的がデカいので、ほぼ全弾が命中した。

だが――

「やっぱ、ダメか……!」

≪神人≫が腕を振りかぶるのを見て、慌てて逃げ出す。


148: 2012/04/26(木) 01:42:29.12 ID:WuoDW7ym0
走りながら弾倉を交換。

その間にも、長門のライフルの音や、朝比奈さんのサブマシンガンの連射音、
ハルヒのショットガンの音が聞こえた。

片方の足へ可能な限り火力を集中すれば、何とか倒せるだろうか?

だが、撃つことに集中する余りに回避行動を取らないと、あの拳で2次元のラフ画にされるだろう。

撃って、逃げて、隠れて、撃って、そして逃げる。

象と戦う蟻の気分になってきた。

息を切らせながら逃げ込んだ軒先に、ハルヒを見つけた。

「おい、ハルヒ!大丈夫か!?」

「ああ、キョン。私はなんとか。でも、弾がなくなってきちゃった」

「俺も散々撃ったから、今使っているマガジンが最後だ」

「とりあえず、みんなを探しましょう」

「わかった」

≪神人≫の視線に気を配りながら、脚へ注がれる銃弾の源流を目指す。

「みくるちゃん!」


149: 2012/04/26(木) 01:43:18.71 ID:WuoDW7ym0
「あ、涼宮さん!キョン君!」

泣きそうな顔の朝比奈さんが、ハルヒの胸に飛び込んできた。

「みくるちゃん、怪我はしてない?」

「怪我はしてないですけど、怖くて怖くてぇ」

「今度、高い紅茶に合う、おいしいケーキをご馳走するから、もう少しだけ頑張って」

「わ、わかりました~」

そして、ハルヒは朝比奈さんを支えるように引っ張りながら、移動を再開する。

≪神人≫の氏角を計算しながら住宅地を縫うように歩いていると、古泉と長門を見つけた。

「長門!古泉!」

「おやおや、皆さんもお揃いで」

そんな呑気な挨拶をしている場合か?

「確かに。僕も残弾が厳しくなってきまして。グレネードは弾切れ、マガジンはこれで最後です」


150: 2012/04/26(木) 01:44:12.32 ID:WuoDW7ym0
「有希は?何発残ってる?」

「装填済みの1発だけ」

これはますます緊急事態だ。

どこかに補給ポイントはないのか?航空支援は!?

「そんなゲームみたいなもん、あるわけないでしょ!」

「しかし、敵も相当弱ってきていると思います。攻撃の間隔が長くなり、ふらついてきています」

言われてみれば、シーソーのように左右前後に何度も傾いている。

そこで、長門が提案する。

「全員で同時に一斉射撃を行い、最も不安定になった瞬間を計算して、私が止めを刺す」

長門らしい、知能的なアイディアだ。

「有希、疑ってるわけじゃないけど、任せてもいい?」

ハルヒの問いに、

「問題ない」

長門はいつもの無表情で答えた。

151: 2012/04/26(木) 01:44:50.46 ID:WuoDW7ym0
「決まりね。3つ数えたら、全員フルオートよ!」

「わかった」

「了解です」

「わかりましたぁ」

各々が短く答える。

「いくわよ……3……」

≪神人≫が視線を彷徨わせている。

「……2……」

おっと、こちらに気づいたか?

「……1……!」

やべえ、目が合っちまった。

「ゼロ!!!」

その瞬間、4つの銃声が重なり合い、言語化不可能の凄まじい轟音になった。

152: 2012/04/26(木) 01:45:17.82 ID:WuoDW7ym0
100発近い銃弾が銃口から飛び出し、≪神人≫の脚に殺到する。

脚に入っている亀裂は、ここからでも確認できるほど、大きくはっきりとしていた。

≪神人≫の巨体が大きく揺れる。

「今よ!」

ハルヒの歓声と寸分の狂いもなく同時に、長門のライフルが吠えた。

12.7ミリ弾が吹雪を切り裂き、渦を作りながら飛翔する。

「命中確認」

長門が静かに言った。

少し遅れて、≪神人≫の脚のひび割れが一瞬で広がり、爆発したかのようにバラバラになる。

そして、安定を失った≪神人≫は、頭から地面に倒れ伏し、その衝撃で全身が砕け散った。


153: 2012/04/26(木) 01:45:44.48 ID:WuoDW7ym0
「ふい~~」

思わず弾切れの軽機関銃を放り出して、その場に座り込む。

雪の冷たさが、むしろ心地よい。

「ちょっと、何くつろいでるの!?」

「大ボス倒した後だぞ!これがRPGなら全快ポイントが用意されてるはずだろ?」

「残念ながら、ノーセーブで増援ですよ」

古泉に言われて見渡すと、消えていたはずの赤い三つ目がそこかしこに。

「うげえ」

などと呻いても仕方ない。

俺は急いで立ち上がり、先に走り出していたハルヒ達を追い駆けた。


154: 2012/04/26(木) 01:46:19.93 ID:WuoDW7ym0
本日2度目(?)のハルヒ宅訪問。

ハルヒはG18Cを片手に、玄関の鍵を開錠した。

だが、すぐにはドアを開けずに、やや離れたところに中腰になって、
腕を伸ばしてドアノブを握っている。

さらに、ドアの前には2丁のデザートイーグルを構えた長門が。

「まさか、家の中にもいるのか?」

ああ、いるんだろうな。

聞かなくてもわかるが、聞いてしまったんだよ。

「有希、準備は?」

「いつでもいい」

ハルヒが慎重にドアノブを回し、一気にドアを開けた。

ダンッダンッダンッダンッ!!

腹を震わせる重低音を響かせながら、50口径のマグナム弾が待ち構えていた≪神人≫に命中する。


155: 2012/04/26(木) 01:46:55.89 ID:WuoDW7ym0
「みくるちゃんは有希の援護よ!キョンと古泉君は外をお願い!」

「わかりましたぁ」

健気に長門の後ろにつく朝比奈さん。

だが、ハンドガンを構える立ち姿は女スパイのようにも……こんな震えているスパイはいないか……

一方で、俺と古泉もサイドアームのハンドガンを抜き放つ。

≪神人≫は、今にも跳びかかってきそうな雰囲気を放っている。

「長くは抑えられないからな。何をやるのか知らんが、やるなら早くしろ」

「じゃあ、任せた!」

快活に言って、ハルヒは家に入った。

――――――――

156: 2012/04/26(木) 01:47:41.11 ID:WuoDW7ym0

――――――――

家の中にも、あの“氷結透明ゴリラ”がいる。

よくわかんないけど、G18Cの連射をお見舞いして、バラバラにする。

「有希!みくるちゃん!2階に上がるから援護して」

「は、はあい!」

「了解した」

本来、これは私個人の問題であり、団員の手を借りるのは本意ではなかった。

でも、状況が状況で、背に腹は替えられない。

むしろ、みんなにここまで手伝ってもらったのだから、確実に問題を解決するしかない。

G18Cのロングマガジンを交換する間に、有希のデザートイーグルの銃声を聞く。

みくるちゃんも、怯えながらも応戦してくれているようだ。

外ではキョンと古泉君が、ハンドガンだけで凌いでくれている。

157: 2012/04/26(木) 01:48:11.74 ID:WuoDW7ym0
こんな複雑で衝撃的な状況であるにも関わらず、私は笑みを抑えられない。

私には信じる仲間がいる。

私を信じてくれる仲間がいる。

それがとても嬉しい。

だから、私は失敗しない。

「部屋に入る。後、よろしく」

それだけの言葉で、有希とみくるちゃんが力強く頷いてくれた。

私は、本当に幸せ者だ。

だから、私は成功する。


158: 2012/04/26(木) 01:48:41.12 ID:WuoDW7ym0
私の部屋の中は、とても暖かかった。

少し、熱いくらいだろうか。

ドアを閉めると、外の銃声や吹雪の音が、全く聞こえなくなった。

そして、ベッドで眠っているのは、私。

とても寒そうに、布団の中で身を縮めている。

私は、眠っている私の額を、そっと撫でた。

前髪を摘まんだり、鼻先をくすぐったり。

私は、冷たい眠りの中にいる。

だから、起こさなければならない。

私は深呼吸をして呼吸を整えてから、大きく息を吸った。

肺の許容限界ギリギリまで空気を詰め込み、そして――

「ぅぉお起きろおおおおおーーーー!!!!」

――――――――

159: 2012/04/26(木) 01:49:27.40 ID:WuoDW7ym0

――――――――

「な、なんだ、なんだぁ?」

ハルヒ宅の2階、おそらくハルヒの部屋から、ハルヒの大絶叫が聞こえた。

同時に、目の前で仁王立ちしていた≪神人≫が、
本当の銅像になったかのように、ピタリと動きを止めた。

吹雪も止んで、視界が一気に開けた。

目に入ったのは、色のついている世界。

いつぞや入った閉鎖空間とは明らかに異なる、日常的な色彩に溢れた世界。

≪神人≫が霧のように消えた。


160: 2012/04/26(木) 01:50:20.89 ID:WuoDW7ym0
「どうやら、終わったようですね」

“ふわり”と、風が吹いた。

暖かな、春を思わせる、一条の風。

そして、舞い踊る薄紅色の花びら。

「これは……桜か……?」

シーズンは過ぎたと思っていたが……

やがて、世界は桜吹雪に覆われ、ゆっくりと閉ざされた。

――――――――


161: 2012/04/26(木) 01:50:45.36 ID:WuoDW7ym0

――――――――

「冷たあああーーーい!!!」

ハルヒの絶叫で、俺は自我を取り戻した。

「冷たい!冷たい!冷たい!冷たい!冷たい!冷たあああい!!」

ベッドの上でドタバタと暴れているのは、ハルヒか?

「風邪治すために全身冷やす馬鹿が、この宇宙のどこにいるって言うのよ!?」

何かが俺の顔面に勢いよく投げつけられる。

「あべしっ」

やられ役の声を出して、ひっくり返る俺。

投げつけられたのは保冷剤だった。


162: 2012/04/26(木) 01:51:22.25 ID:WuoDW7ym0
「涼宮さん、とりあえず、落ち着いていただけますか?」

さすがの古泉もハルヒをなだめに入る。

「熱の方はどうなりましたか?下がっていればいいのですが?」

すかさず、長門が体温計をハルヒに渡した。

「そう簡単に熱が引くわけないじゃない……!」

幾分は落ち着きながらも、不平不満を言い足りないハルヒ。

まあ、そんなに怒っていれば、熱も出るだろう。

そして、3分後、ハルヒの脇に挟まれていた体温計が小さな電子音を奏でた。

そのデジタル表記を睨みつけたハルヒは……

「むむむ……むむ……む……ふむ……」

そして、納得したように体温計を長門に渡した。


163: 2012/04/26(木) 01:51:58.65 ID:WuoDW7ym0
「36度5分」

長門が読み上げる。どうやら、本当に成功したらしい。

そう実感した瞬間、全身の力が抜けて、床に寝転んだ。

「コラ、バカキョン!私の絨毯で寝るな!」

そうは言っても、時間遡行して閉鎖空間に行って、実質的に6時間は夜更かししていることになるんだぞ。

少しは労われ。

「有希とみくるちゃんは泊めてあげてもいいけど、キョン!あんたは駄目よ」

仕方ない。このまま駄々を捏ねて、ハルヒに宇宙の彼方へ転送される前に、家に帰ろう。

「あの~、私も帰ります」

朝比奈さんも目の下にクマを浮かべながら、ふらふらとドアへ近づく。

長門や古泉も、保冷剤をクーラーボックスに片づけ、帰宅の準備をしている。


164: 2012/04/26(木) 01:52:26.50 ID:WuoDW7ym0
「ふぅん……みんな帰っちゃうんだ」

寂しいらしい。

「私が残る」

名乗りを挙げたのは、長門であった。

「ほ、ホントに?」

嬉しいらしい。

長門は、数時間前にそうしたように、静かにハルヒの頬に手を寄せた。

「まあ、今晩くらいは長門に看病してもらえ」

「うう……うん」

熱は下がったはずだが、まだしおらしいところは残っているようだ。


165: 2012/04/26(木) 01:52:58.60 ID:WuoDW7ym0

「それでは、長門さん。涼宮さんをお願いしますよ」

クーラーボックスを肩から提げて、古泉がドアを開けた。

「お2人とも、良い夢を」

「涼宮さん、長門さん。おやすみなさい」

「んじゃ、また明日」

俺達のそれぞれの言葉に、

「うん。おやすみなさい」

「おやすみ」

ハルヒと長門が応え、

俺達は部屋を出た。

――――――――


166: 2012/04/26(木) 01:53:45.35 ID:WuoDW7ym0

――――――――

仮病を使って休んでしまおうかと思うくらいに、疲れて眠い。

だが、ハルヒの状態を確認しなければというおかしな義務感のせいで、俺は登校することにした。

教室に入ると、すでにハルヒは自身の席についていた。

窓の外、春の陽気に包まれた晴天の景色を、ぼんやりと眺めている。

「よう」

軽く声をかける。

「ああ、おはよ」

いつもの挨拶が返ってきたことに、俺は改めて安堵する。

「調子はどうだ?」

俺は、近年稀にみるドヤ顔を浮かべて、質問してやった。


167: 2012/04/26(木) 01:54:19.42 ID:WuoDW7ym0
「その顔、逆に馬鹿っぽく見えるからやめなさい」

……そういえば、自身のドヤ顔を鏡で見たことはなかったな。

「でも、まあ、お陰様で。本当に楽になったわ」

それはよかった。

「結局、何をどうしたのか知らないけど……」

少し間を開けて、ハルヒは呟いた。

「ありがとう……」

「どういたしまして」

何をどうしたのか、詳しくは思い出してほしくないが、俺達の功績は覚えてくれているようだ。


168: 2012/04/26(木) 01:54:47.51 ID:WuoDW7ym0
「それでね、あんた達が帰った後、有希を抱き枕にして眠ったんだけど」

……羨まし……それ以上考えるな、そんなわけないからな!

「変な夢を見たの」

「……どんな夢だ?」

「あんまり覚えてない。SOS団のみんなと、吹雪の中を走り回ってた。
なんか、鉄砲とかライフルとか持って」

そ、それは、また……ゲームみたいな夢だな。ははは……

「まあ、そこそこ楽しかったわ」

たまには、そういう夢を見るのも悪くないと思うぞ。

「他に覚えてるのは……」

窓の外の風景を眺めるハルヒ。

なんだよ、その辺に記憶を映し出すスクリーンでもあるのか?

「あ、そう言えば」


169: 2012/04/26(木) 01:55:27.53 ID:WuoDW7ym0
なんだ、何を思い出した?

「あんたにかき氷を食べさせなきゃ」

……一番余計なことを思い出しやがって、このヤロウ……!

いや、無闇に否定すると、それこそ実行される可能性が高い。

ここは穏便に水に流してしまおう。

「吹雪の中でかき氷か……それは、随分と寒そうだな」

「別に、吹雪の中で一気食いさせようなんて、思ってないわよ」

本当か?

「真夏の海水浴場で、私が奢ってあげるわ」

……本当か?


170: 2012/04/26(木) 01:55:52.60 ID:WuoDW7ym0

「何よ。嫌なら冬にする?」

「夏でお願いします」

すると、ハルヒは笑った。

「ふふっ、決まりね」

桜の花びらのように、小さく、可憐な笑みだった。

「楽しみにしてなさい!」

そういうわけで、SOS団の夏休みの予定が1つ、決定された。

――――――――


171: 2012/04/26(木) 01:58:07.43 ID:WuoDW7ym0

――――――――

以下は後日談である。

「結局、あの詩編を作った奴の正体はわからず仕舞いか……」

オセロの石を指先で弄びながら、俺は尋ねた。

「そういうことです。時間遡行の申請も承認されませんでしたから」

「あ、あの、すみません!」

「いえいえ。朝比奈さんの責任ではないですよ」

だが、あの詩編がテーブルの下に置かれた時点への遡行が許可されなかったことは事実だ。

朝比奈さん曰く、どれ程事情を話そうとも、取りつく島もなかったらしい。

俺は朝比奈さんを信頼している。大小のバージョンの区別なく。


172: 2012/04/26(木) 01:58:39.35 ID:WuoDW7ym0
だが、朝比奈さんの属する未来人勢力全体を信じているかと問われれば、否定的になる。

長門の親玉である情報統合思念体に関しても、古泉の“機関”に関しても、それは同様だ。

現在のところは協調関係が維持されているが、
組織というものは、得てして自身の利害を優先的に考えるものだ。

これは、兄弟姉妹や家族、学校の部活や委員会、そして国家や国際社会にも当てはまる。

無論、我らがSOS団と涼宮ハルヒにも。

あるいは、内輪揉めを誘発するための敵対勢力の攻撃か。

何も知らない第三者による、ちょっとした悪戯という可能性だって、否定されていない。

時間遡行が承認されなかったことも、深入りして虎穴に入る事態を防ぐためなのかもしれない。

情報不足。ハンティング帽子の名探偵にも、身体が縮んだ高校生にも、解くことはできない。

ちなみに、長門が例の紙切れを入念に調査したらしいが、
紙もインクも一般的に市販されているもので、間違いはないらしい。


173: 2012/04/26(木) 01:59:16.28 ID:WuoDW7ym0
精密検査をすれば、有力な手掛かりになるかもしれないが、
結果が出るのは数か月から1年後になるとのこと。

「手掛かりは何1つ残っていません。これが誰かの意図したものだったのなら、まさに完全犯罪ですよ」

古泉は降参するかのように両手を上げた。

「完全犯罪には3種類あります。1つ、捜査側の不手際や能力不足で迷宮入り」

初動捜査のミスや検査技術の未発達は、迷宮入りの第一歩だからな。

「1つ、全くの偶然によって手掛かりが消える場合」

暴風雨で証拠が洗い流されたり、第三者が知らぬ間に凶器を持ち去ったり。

「そして、最も実現困難かつ厄介なのが、犯人が全てを計画し、その全てが計画通りに実行された場合です」

被害者の血液を凍らせて作ったナイフは、熱で完全に溶けて血液に逆戻りする。

多少強引だが、駅のホームで軽く突き飛ばし、事故であると主張するという方法もある。


174: 2012/04/26(木) 01:59:41.85 ID:WuoDW7ym0
「我々の監視や防御網を掻い潜ったことも、特筆すべき事項です。
我らが長門さんでさえも異常を探知できず、原因を特定できませんでしたから」

今、長門は部屋の隅でいつものように本を読んでいる。

だが、長門が見せた悔しそうな表情を、俺ははっきりと覚えている。

それでも、今回ばかりは仕方ない。

完全に不意を突かれ、催眠という想定外の方法で攻撃されたわけだからな。

「そして、その催眠は涼宮さんご自身の能力を利用することで、より大きな効果を発揮しました」

ハルヒに影響を与えるために朝倉が俺を殺そうとしたことや、
敵対勢力がハルヒの力を別の“器”に移動させようとしたことはあった。

だが、それらはいずれも外からの攻撃だけだ。

ハルヒの能力を利用したという点では、クリスマス前に長門が起こした騒動が近いか。

それでも、あれは厳密な意味において攻撃ではない。


175: 2012/04/26(木) 02:00:12.79 ID:WuoDW7ym0
「まさに、長所と短所は表裏一体ということですね。
まあ、裏返されたコインをさらに表向きにして対抗したことは、さすがは涼宮さん、と言ったところですが」

そう言いながら、古泉は手元でオセロの石を反転させた。

白から黒へ、黒から白へ。

今日の俺と古泉のオセロ対決は、珍しくも先手の古泉の優勢で中盤を折り返した。

残念ながら、俺は考え事の片手間にオセロができるほど、思考能力は高くない。

白で埋め尽くされていく盤面。

その光景は、嫌が負うにもあの吹雪を連想させた。

「なあ、古泉」

「なんでしょうか?」

いつものように、古泉は微笑みながら応じた。

「お前は……疑問に思わないのか?」


176: 2012/04/26(木) 02:00:52.70 ID:WuoDW7ym0
「何が、でしょうか?」

飽くまでも、聞き返すだけの古泉。

本当に気づいていないのか。気づいていて、知らぬ振りを決め込んでいるのか。

「ハルヒは、無意識に自分の願望を具現化してしまう」

その能力に、制限は存在しない。故に、ハルヒは神と同レベルの存在なのだ。

「実際に、ハルヒは心の中で、吹雪を具現化させた」

だが、それは、厳密に考えれば不可解なのだ。

「なぜ、吹雪が現実の世界で具現化しなかったんだ?」

古泉は、オセロの石を机の上に置き、両の掌を組んだ。

朝比奈さんは、湯飲みにお茶を注ごうとして、急須を持ったまま立ち尽くしている。

長門は、本から目を離し、俺を見据えている。

いずれの表情にも、驚きの要素はなかった。


177: 2012/04/26(木) 02:01:20.46 ID:WuoDW7ym0
「貴方も、お気づきになられましたか」

俺は自他ともに認める馬鹿だ。

だが、学習する程度の知能は持っているつもりだ。

ハルヒは、催眠によって“吹雪”というイメージを潜在意識に埋め込まれた。

だが、吹雪はハルヒの心の中でのみ、具現化した。

「吹雪の具現化が、ハルヒの心の中で留められた。
つまり、ハルヒが吹雪を自分の心の中に封じ込めたって考えることもできる」

もちろん、これは催眠の犯人に関する推理と同様に、可能性の話だ。

考え方や視点の違いで、解釈は変容する。それだけのこと。

だが、もし、この推測が正しければ。

古泉が真剣そのものの表情で言った。


178: 2012/04/26(木) 02:02:08.93 ID:WuoDW7ym0
「我々は涼宮さんを助けたのだと思っています。そして、それは間違いなく事実のはずです。
しかし、それよりも前に、涼宮さんが、我々を守っていたのかもしれません」

ハルヒを助けたのは、俺と古泉、長門、朝比奈さん、そしてハルヒ自身だ。

だが、ハルヒに守られた者は、全人類あるいは地球上の全生命体になるのではないか。

そして、さらに考え方と視点を変えれば、ハルヒに催眠を施した犯人の狙いは、
地球上の全生命体だったのではないか。

「大げさな話だと、笑うか?」

俺の問いに、部室にいる宇宙人も未来人も超能力者も、誰も笑わなかった。

この瞬間に、俺達はハルヒの能力の強さを、改めて理解した。


179: 2012/04/26(木) 02:02:39.63 ID:WuoDW7ym0
印刷された英文3行だけで地球上の全生命体の命を脅かす能力を、ハルヒは持ってしまっている。

それは、幸福なのだろうか、不幸なのだろうか。

自分の能力のせいで誰かが傷ついたと知った時、ハルヒは何を思うのか。

今後、似たような事件が発生する可能性はある。

むしろ、今回の事件は挨拶代わりのもので、さらに改良・発展した攻撃も充分に予測できる。

その場合に、俺達は対抗できるのか。

俺達は、ハルヒを守り切れるのか。

SOS団は、全生命体の命に責任を持てるのか。


180: 2012/04/26(木) 02:03:16.67 ID:WuoDW7ym0
重苦しい沈黙が部室を支配し始めたところで、部屋の外から声が聞こえた。

あれは、ハルヒと鶴屋さんか?

確かに、放課後になるとすぐに『先に部室に行ってて』と言い残し、ハルヒは走り去った。

もし、そのまま鶴屋さんのところへ行って、何かを交渉したのだとしたら。

やれやれ、また厄介事か。

まあ、良しとしよう。

いつ訪れるとも知れぬ災厄を心配するためにも、数日後の面倒事を解決しなければならない。

「お待たせ!!」

部室のドアが勢いよく開かれ、ハルヒの満面の笑みが部室を明るく照らした。

力の加減くらいしてくれ。そのドア、そろそろ壊れるぞ。


181: 2012/04/26(木) 02:03:44.02 ID:WuoDW7ym0
「それより、いいことを思いついたの!」

ああ、悪いことを思いついたんだな、よくわかるぞ。

「今度、SOS団でサバゲーをやるわよ!」

サバを食べ比べて高級な方を見極める、ってゲームではないよな。

「あの……さばげーってなんですか?」

朝比奈さ~ん、聞かなくてもいいんですよ~。

「みくるちゃん!よくぞ聞いてくれたわ!」

ああ、テンプレート通りだ。懐かしいねえ。

ハルヒはサバイバルゲームの内容やら意義やらを声高らかに説明し、鶴屋さんの賛同もあって、
鶴屋家の裏山でゲームを開催することを宣言した。


182: 2012/04/26(木) 02:04:17.91 ID:WuoDW7ym0
「ハルヒ。1つだけ確認されてくれ。使用する弾は、BB弾だよな?」

「当り前じゃない。さすがに実銃は危ないからね」

鶴屋さんや古泉なら、電話一本で人数分を揃えそうだったから心配したのだ。

普通のBB弾でやるなら、もはや文句は言わん。

まあ、BB弾でも危ないことに変わりはないが。

何というのか、真面目に考えていた数分前の俺に、『お前は本当に馬鹿だな』と言ってやりたい。

ハルヒはハルヒだ。誰かに操られることなんてない。

そして、ハルヒなら、例え誰かに利用されて第三次大戦を発生させてしまっても、

丸く解決してしまうだろう。

心配をする必要はあるのだろうが、気に病む必要はない。


183: 2012/04/26(木) 02:06:11.53 ID:WuoDW7ym0
なぜなら。

涼宮ハルヒが望んでいることは、“楽しい”だからだ。

そして、ハルヒは誰かが傷つくことを、“楽しい”とは思わない。

“楽しい”と思わないことは、絶対に実行しない。

それが、涼宮ハルヒだ。

…………BB弾は当たるとかなり痛いけどな。

「準備も必要だし、開催は来週の土曜日にしましょう!
それまでに、罰ゲームも考えておかないとね。何がいいかしら?」

…………楽しそうにしてやがる。

かくして、SOS団のカレンダーの1週間後の土曜日に、赤い丸印が書き加えられたのであった。


End
――――――――


以上、投下完了です(`・ω・´)

185: 2012/04/26(木) 17:09:23.55
おつであった

186: 2012/04/26(木) 17:23:38.94
面白かった!

他にもあったら待ってるから!

187: 2012/04/26(木) 17:51:15.72
おもろかった乙!

引用元: 【二次創作】ハルヒがいない