1: 2015/12/16(水) 04:43:29.131 ID:FA9uEL4G0
記者「またですよ……。編集長」

編集長「また……?」

記者「ええ。例の――」

編集長「ああ、またか」

記者「これで何度目か」

編集長「逃げられた――ってわけか」

記者「ええ……。申し訳ございません」

編集長「いや、かまわないさ。まだ『あれ』の正体を捉えた者はいない」

編集長「引き続き頼むよ」

4: 2015/12/16(水) 04:46:06.659 ID:FA9uEL4G0
記者「はい……。それにしても」

記者「最近は物騒な事件が多いですね」

編集長「そうだな。まあ、今に始まったことではないさ」

編集長「この世界が急変した『あの日』から……」

記者「そうですね……。巷では『黙示録』とか言われてますけど」

編集長「破滅への序章……。そうならないことを祈るよ」

記者「ええ。それでは……私は引き続き取材を続けます」

編集長「分かった。頼むよ」

記者「はい」

6: 2015/12/16(水) 04:50:33.966 ID:FA9uEL4G0
女「おはよー」

女友「おはよう、女」

女友「ねえ、ニュース見た?」

女「ニュース?」

女友「見てないの?」

女「昨日は疲れてて……。すぐ寝ちゃったから」

女友「もう……。また『例の男』が現れたんだって」

女「また?」

女友「うん。しかも代々木公園だってさ」

女「結構近いね……」

女友「物騒だよね……。怖いよー」

女友「警備とか強化されるって言ってたけど、私あそこの近く通るから不安だな……」

女「寄り道しないで、大通りから帰った方がいいよ」

女友「そうするー」

7: 2015/12/16(水) 04:54:30.345 ID:FA9uEL4G0
 ズキッ。


女「――ッ⁉」

女友「ん? どうしたの?」

女「いや、なんでもない‼ 大丈夫‼」

女友「……?」

女友「それにしても……。ほんと怖いよね」

女「そうだね……」

女友「能力者だか獣だか怪人だか知らないけど」

女「しっ――‼ あんまり口に出さない方がいいよ」

女友「そ、そうだけどさ……」

女友「特殊な能力が使えるからって……自分のいいように使ってさ」

女友「本当に悪魔だよ。あんな奴らはみんないなくなっちゃえばいいんだよ」

女「……」

女「そろそろホームルーム始まるよ!」

女友「お、もうこんな時間だ」

8: 2015/12/16(水) 04:57:55.716 ID:FA9uEL4G0
女「ただいま」

施設長「あら、おかえりなさい」

女「疲れた」

施設長「ふふっ、まだ育ち盛りの10代でしょ?」

女「なんか最近すぐ疲れるんだよね」

施設長「あら、病院――」

女「いや、そういうんじゃなくてさ!」

女「夕飯は……まだ早いか」

女「今日の食当だれ?」

施設長「たかし君よ」

女「たかしかー、まあ、期待してもいいかな」

施設長「カレー作るって言ってたわよ?」

女「またカレー……」

女「できたら私を呼ぶように――ってたかしにお願いします」

施設長「分かったわ。伝えておくわね」

女「ありがとう」

施設長「体調が優れないなら、我慢しないで言うのよ?」

女「いや、大丈夫だよ……。ありがとう」

女「それじゃ、部屋にいるね――」

9: 2015/12/16(水) 05:00:58.761 ID:FA9uEL4G0
女「……」

女「これは」

 姿見に映る女の体。
 艶やかな栗色の長髪、絹のように白い肌、均整のとれたスタイル。
 制服のブレザー、そしてカーディガンを脱ぎ、ネクタイを解く。
 そうしてワイシャツのボタンを上から順に外して――

女「そんな……」

 下着を少しずらす。
 鎖骨の下、左胸の上部。
 普段なら下着に隠れて見えない部分。

女「666……」

 そこに、確かにある刻印――666の文字。

女「そんな……」

 女の瞳から輝きが消える。
 ほのかに熱を持った金属を押し付けられているかのような、そんなチクリとした痛み。
 666の痛みが、女を支配する。
 拭っても、拭っても……その数字は消えることはない。

女「……」

 そして、突如として女の脳内に届けられる様々な感覚情報。

女「そんなのって、ないよ……」

 その数字は、終わりを意味する破滅の刻印だった。

10: 2015/12/16(水) 05:04:13.594 ID:FA9uEL4G0
記者「お願いします‼」

男「だから……。俺は何も知らない」

記者「ある男性から『あいつなら知っている』と言われたんです」

記者「それで……ここにいらっしゃるということだったので」

男「俺はただのなんでも屋だ」

記者「ただのなんでも屋――能力者の夜逃げを手伝った」

男「……」

記者「ただのなんでも屋……ですか」

男「そうだ、ただのなんでも屋だ」

記者「いいんですか?」

男「ほう、ただの雑誌記者様とやらが脅迫に出るつもりか? なんだ、警察に通報でもするのか?」

記者「お金ならあります」

男「……」

男「質問の内容によってはアンタを突き返す。金も貰わない」

記者「ありがとうございます!」

男「質問はなんだ?」

11: 2015/12/16(水) 05:07:35.296 ID:FA9uEL4G0
男「黙示録……? そんなものは知らない」

記者「それは本当ですか?」

男「本当だ。教会にでも行けば神父様が答えてくれるだろうよ」

記者「そうじゃなくて……」

記者「あなたも能力者、獣、怪人……そう呼ばれる人間のことはよく知っているはずです」

男「確かに、俺はそういう奴からの依頼も受けたことはある」

男「だが……こういう仕事柄、守秘義務というものがあってだな。アンタもそうだろ?」

記者「しかし、私はそれを暴くのが仕事でして」

男「悪いが、俺は本当に何も知らない」

男「本当に黙示録の日は来るのか……。そんなことは預言者にでも聞け」

男「もしくはアンタが追ってる能力者って奴らにな」

記者「黙示録、最後の審判……。それは能力者たちによって引き起こされる」

記者「そう思いませんか?」

男「知るか。俺は仕事で仕方なく関わっただけだ」

男「奴らが結束して謀反を起こそうだなんて、そんなの聞いたこともない」

男「そんな集団や組織があることも……聞いたことはない」

男「それこそ、そんなことを企てようなら――政府の猟犬どもに消される。そうだろ?」

記者「政府の猟犬……」

男「そうだ。あいつらも能力者なんだろ? たちまち狩られちまうさ」

男「そういうわけだ」

12: 2015/12/16(水) 05:10:33.300 ID:FA9uEL4G0
記者「それでは――怪人616のことは?」

男「……」

男「知らねぇ」

記者「怪人616、ジェヴォ―ダンの獣、狼男……などと呼ばれていますが」

記者「あなたもニュースなどでご存知ですよね?」

男「猛獣に噛み殺されたような痕跡、傷跡……そして被害者の血液で書いた『616』の文字」

記者「ええ……。私は彼を追っているんです。その正体を突き止めるために」

男「そうか、ご愁傷さま」

記者「な……‼ 私は氏にませんから‼」

男「言っておくが――お姉さん」

男「悪いことは言わねぇ、奴らに深入りするのはよせ」

記者「記者である私が、素直にそれを聞き入れると思いますか?」

記者「ですから、改めて……能力者についての情報を全て教えてください‼」

男「だから、俺は知らねぇ‼ 金もいらねぇから帰れ‼」

記者「それじゃあ、誰でもいいので能力者に会わせてください‼」

男「だから――知らん‼」

13: 2015/12/16(水) 05:13:28.288 ID:FA9uEL4G0
666―1「ネロ様」

ネロ「どうした」

666―1「新たな『福音』を確認しました」

ネロ「ほう……。例の狼男か?」

666―1「それは不明です……。今までに確認されてないものです」

ネロ「完全に新種ということか」

666―1「はい、ここ数日間……毎日のように確認されています」

ネロ「ドローンの数を増やすか」

ネロ「狼男――能力者が現れるところに、奴も現れる」

ネロ「しかし、何故かやつの福音は未だ確認できず……」

ネロ「引き続き警戒を怠るな。ドローンの数を増やせ」

666―1「かしこまりました」

14: 2015/12/16(水) 05:16:22.327 ID:FA9uEL4G0
女「――やっぱりだ」

 とある小さな公園。
 枯れた落ち葉に覆われる砂場。
 その枯れ葉を一枚手に取って、女は目の前に掲げる。
 そして、体内の気の流れを感じ取って……。

女「やっぱり……私は」

 すると――女の茶色い瞳が青白くなり、微弱な光を放つ。

女「そんな……」

 弱い閃光が走ったかと思うと……なんと、枯れて氏んだはずの落ち葉が青々しく変貌を遂げた。
 そう、枯れて氏んだはずの落ち葉が「再生」したのである。

女「私は……」

 普通の人間ではない。
 あの「666」が体に発生し、刻まれてから……女は「能力者」になってしまったのである。
 特殊な能力が宿った。それは祝福すべきもの……しかし、この世界では違った。

女「もう、ここにはいられない……」

 女に絶望が訪れる。
 666は破滅、呪いの数字。
 それが宿ったということは、即ち。

女「逃げなきゃ……」

 能力者は人であらず。
 能力者は悪魔。
 能力者は迫害、絶滅されるべき存在。
 それが、この世界の表立った掟であった。
 猟犬に狩られる前に――行く当てもなく、女は歩き出した。

15: 2015/12/16(水) 05:19:14.087 ID:FA9uEL4G0
舎弟「アニキ――ちょっと」

男「なんだ、お前か」

舎弟「あのー……ちょっといいっすか?」

男「どうした?」

舎弟「あのですね……」

 都会の中心から離れた郊外。寂れた路地。
 まるでそこだけ忘れられたかのように、避けられているかのように、人一人通らない。
 そんな路地に建つテナント付きのマンション。その一階、すすけたオフィス。
 男の弟分が一人の女を連れてやって来た。

女「失礼します……」

男「どういうことだ」

舎弟「あのですねー……。これにはちょっと訳がありやして」

女「……」

男「分かった。訳を聞こうか」

16: 2015/12/16(水) 05:23:16.444 ID:FA9uEL4G0
舎弟「あの、依頼があってスラムにいたんですけど……そしたら、この女の子が絡まれてて」

舎弟「それで――」

男「わざわざ助けて、連れて帰って来た。そういうことか?」

舎弟「すんません……」

男「ったく……。迷子だか乞食だか知らんが、早く帰してこい」

舎弟「いや、それがですね……」

男「何だ? まさか『匿ってくれ』って言い出すんじゃないだろうな?」

女「……」

舎弟「そのまさかっす」

男「――無理だ」

舎弟「いや、正確にはちょっと違うというか……。ややこしくて」

女「聞いたよ。能力者を助けてくれるなんでも屋がいるって」

男「……」

男「これは一体どういう風の吹き回しだ?」

舎弟「す、すんません……」

17: 2015/12/16(水) 05:26:20.480 ID:FA9uEL4G0
女「能力者は猟犬に狩られる運命なんでしょ……? 彼らの追跡から逃れるにはスラムのような場所しかない」

女「だから……スラムへ逃げた」

女「そして、助けを求めた」

男「そしたら、甘ちゃんが口車に乗せられて身ぐるみ剥がされそうになった」

女「そう……。でも、彼らが言ってた」

女「なんでも屋に頼めって」

男「……」

男「無理だ。帰れ」

女「そんな……!」

舎弟「あのー」

男「どうした」

舎弟「それで、ですね……。この女の子を助けた時に、一発貰っちゃいまして」

舎弟「俺の人生、終わり――って気分だったんですけど」

男「……」

舎弟「この女の子が……俺の傷を治しちゃったんすよ」

男「それは……」

舎弟「はい。もうお分かりの通り……この女の子、能力者みたいっす」

18: 2015/12/16(水) 05:30:35.958 ID:FA9uEL4G0
男「なら、なおさら無理な相談だ」

女「どうして……⁉」

女「信用できないって言うのなら――‼」

 女の目には、オフィスの窓際でしな垂れる一輪の花……それを挿した花瓶が映る。
 そして、一心不乱にそこへ駆け寄った。

男「やめろ」

 しかし……男はそれを制止する。

男「お前が能力者であることは分かった」

女「……」

女「私は能力に目覚めてしまった……。お願い、私を助けてください」

舎弟「助けたこの娘から『なんでも屋のことを知ってるか?』って聞かれて……」

舎弟「つい、『俺です』って反応しちゃって……。すんません、アニキ」

男「……」

女「……」

男「無理だ」

女「ど、どうして⁉」

男「労働にはそれ相応の対価ってもんがある――金は?」

女「そ、それは……」

男「俺たちは慈善事業じゃない。それに、どこへ逃げるつもりだ?」

男「俺たちが行先を決めろってか? 匿えってか?」

男「悪いが、俺はお前がどうなろうと知ったことではない」

男「俺は仕事でやってるんだ。金さえ払えないのなら、お前にしてやれることは何一つとして存在しない」

男「帰れ」

19: 2015/12/16(水) 05:33:59.370 ID:FA9uEL4G0
女「そんな……それじゃ私は‼」

男「他を当たれ」

男「自分の生き方くらい、自分で考えろ」

男「物乞いでもするか、金持ちのクソ野郎に買ってもらうか」

男「なんなら紹介してやろうか?」

女「……‼」

女「サイテーだよ……あんた」

――

舎弟「行っちゃった――アニキ」

男「分かってる……。だけどな」

男「俺たちの安全もかかってるんだ。無駄なリスクは背負うべきじゃない」

舎弟「そうっすけど……あんな少女を……」

男「もし警察や猟犬どもにマークされてたら、即処分されるだろうな」

男「そうじゃなくても……今まで娑婆にいたガキがスラムに流れたら三日ももたずに野垂れ氏ぬのが関の山だ」

男「どっちだと思う?」

舎弟「そ、それは……」

男「恐らく、おうちへ帰るってとこだろうな」

男「そして、能力を発現した際に発生する福音を猟犬どもが嗅ぎ付けて……お陀仏だ」

男「運が良くて、あいつも猟犬の仲間入りって感じか?」

舎弟「アニキ……」

男「どっちみちあいつに救いはない」

男「猟犬に始末されるか、野垂れ氏ぬか、もしくは……」

男「仮に政府の犬になれたとしても」

男「616の狼男に食い殺される」

男「それが運命だ」

20: 2015/12/16(水) 05:38:22.747 ID:FA9uEL4G0
666―1「ネロ様――新種の特定が完了しました」

ネロ「本当か?」

666―1「はい。ドローンが再び福音を探知したので向かわせたところ」

666―1「それらしき人物を搭載カメラが捉えました」

666―1「映像を解析し、その人物とマイナンバーを照合したところ――女という少女であることが判明」

666―1「両親はいません。児童養護施設に入っている模様です……」

ネロ「続けろ」

666―1「はい。○○高等学校に通う二年生です」

666―1「養護施設、並びに学校の所在地は特定済みです」

666―1「ドローンにもマークさせました」

ネロ「よくやった――それでは、ここはお前に任せるとしようか」

666―1「はっ――! ありがたきお言葉」

ネロ「ここに連れてこい……。もしくは、使えないようならその場で処分しろ」

ネロ「そこはお前に任せる」

666―1「かしこまりました!」

21: 2015/12/16(水) 05:42:03.665 ID:FA9uEL4G0
女友「それでねー――」

 幾ばくかの時が流れ、例の男が都会にもたらした不穏な空気は一旦の落ち着きを見せていた。
 そんな束の間の平穏……。
 放課後、二人は喫茶店へ寄り道して、その帰り道のことだった。

老婆「やめて……やめて下さい……!」

 街角、二人の目の前に現れた一人の老婆と。

店主「うるせえ‼ 俺の店を汚しやがって‼」

 老婆の目の前に仁王立ちする中年男。

老婆「お金……お金はあるのに……」

店主「金ぇ⁉ どうせこれっぽっちしか持ってないんだろうが‼」

老婆「そんな……!」

店主「それに、お前みたいなきったねぇ人間はお断りしてるんだよ‼」

店主「お前みてーな奴が来ると、家の評判も悪くなっちまうだろうが‼」

 ドスッ‼

女「そんな……‼」

女友「い、行こう?」

 中年男……。真白なエプロンを身に纏い、頭にはタオルを巻いている。
 恐らくすぐそこの中華料理屋の店主だろう。
 対する老婆は――

店主「二度とそのツラ見せんじゃねぇぞ‼ ババア‼」

 ホームレス……といったところだろうか。
 なけなしのお金を握りしめ、久方ぶりの温かい料理で飢えを満たそうとしたのか。
 しかし店主に追い出され、料理の代わりに出されたのは……無慈悲な罵倒と暴力。
 それを見ていながら、見ていないものとして通り過ぎる人の群れ。

22: 2015/12/16(水) 05:45:33.812 ID:FA9uEL4G0
老婆「うう……」

 ああ……とか、うう……とか、そんな呻き声を上げて地面に倒れる老婆。
 腹を蹴られて、そこを抑えながらうずくまっている。

店主「くたばれ‼」

 捨て台詞を吐いて、店主は店へ戻っていく。

女「そんな……」

 周囲を見渡すも、顔を逸らし、視線を逸らし……通り過ぎる人たち。

女「……」

女友「ねえ、女……? 行こ?」

 立ち止まる女。それを見かねて袖をつまむ友だが……。

女「お婆ちゃん……大丈夫?」

女友「ちょ――女⁉」

 女は老婆のもとへ。屈み込んで状態を窺う。

女(どうせ……どうせ私も長くはない)

 いずれ猟犬に嗅ぎ付けられ、そしてゴミのように処分されるのだろう。
 どうせ氏ぬのなら――最後に誰かを助けてから氏んだ方がマシだ。
 ちっぽけな良心を埋めて、そうやって満足して……それで一生を終えた方が幸せだ。

女「今、治すからね……」

 腹を抑える手を優しくどかして、女はそっと両手を添える。

老婆「こ、これは……」

女友「女……⁉」

 女の目が青白く輝き、体も同様に光を放つ。
 刹那、閃光が走る。
 すると――

老婆「痛みが……ない……」

 驚愕……目を見開く老婆。
 唖然とする友。

23: 2015/12/16(水) 05:48:12.580 ID:FA9uEL4G0
女友「女……あんた……」

老婆「あなたは……」

 表情で全てを悟る。
 次の瞬間にどうなるかは……大体予想がついた。

老婆「ひ……ヒエッ……‼」

女友「あんた……そんな……」

女「……」

女友「あんた……能力者⁉」

老婆「ば、化け物じゃああああああああ‼」

女友「いや……そんな‼」

女友「悪魔……悪魔よ‼」

 助けたはずの老婆が、よたよたと逃げて行く。
 そして友も……。

女友「助けて‼ 悪魔よ‼」

 後ずさりして、尻餅ついて……立ち上がり、一目散に逃げて行く。

女「ははっ……そうだよね」

 化け物だ‼ 能力者だ‼ 悪魔だ‼
 一部始終を見ていた通行人も口々に叫びを上げる。
 大通りはみるみるうちにパニックの体を成した。

女「人間って……ほんとに醜いね」

 全てを悟り、力なく笑う。
 力なく立って、空を見上げる。

女「これで、お終いかぁ」

 虚空に消える弱々しい呟き。

666―1「見つけました」

 それを遮って、男の声が響いた。

24: 2015/12/16(水) 05:51:10.366 ID:FA9uEL4G0
女「……?」

666―1「ターゲットを発見しました――狩りを始めます」

666―1「お前たちはエリアの通行を遮断して一般人を避難させろ。こいつは俺一人で十分だ」

部下「はっ――!」

 突如現れた男たち。
 一人はスーツ姿、黒縁メガネを掛ける男。
 他の男たちは特殊部隊の戦闘服のような姿で、自動小銃を持ち、ヘルメットを被っている。
 スーツ男の命令で、その男たちは各方面へ散開して行った……。
 そして――街中にサイレンが鳴り響く。

666―1「さて、お嬢さん。ご同行願えますか?」

女「……‼」

女「私を……どうするつもり⁉」

666―1「ちょっと失礼」

 女の言葉にはまるで聞く耳を持たず、平然と仕事に取り掛かる男。

女「離して……や、やめて‼」

 一瞬で女へ詰め寄り、強い力で拘束。

666―1「どこだ……?」

 何かを探すように、女の体をまさぐる。

女「やめ……やめて‼」

 抵抗するも、大の男の力には敵わない。

666―1「どこだ……? ここか⁉」

 そして、強引に衣服を剥いだ。

女「やめて……‼」

 制服を、カーディガンを、ワイシャツを……強引に剥がされ、胸元が露わになる。

666―1「ここにもない……ということは‼」

 チラリと顔を出した下着を無理やりずらした男。

666―1「――あった」

 左胸の上部に刻まれた666。
 それを目に焼き付ける男。

666―1「やっぱりな……ハハハハハハ‼」

 そして、気味の悪い甲高い声で笑う。

25: 2015/12/16(水) 05:55:03.435 ID:FA9uEL4G0
666―1「残念だな……お嬢さん。呪いの刻印が押されてしまったみたいだ」

666―1「君は人間じゃない」

 人間じゃない……。

666―1「悪魔だ」

女「や……めて……」

 女の瞳から涙が一筋流れ、頬を伝い落ちる。
 残酷な現実が叩き付けられる。

666―1「悪魔は滅ぼさなければならない」

666―1「君を監視させてもらったが……どうやら回復、再生、創造の能力ってところか」

666―1「面白いな。生かしておいても損はないだろう」

666―1「私たちのもとへ来い。大丈夫だ、命は保証する」

女「嫌……やめて……」

666―1「何だ、通常なら既に氏んでいるところだぞ? 嬉しくないのか?」

女「あんたたちは……何の罪もない能力者まで……頃す気なの?」

666―1「何の罪もない――はは、これは面白い」

666―1「いいかい、お嬢さん。能力者ってのはね……能力を持っていることそれ自体が罪なんだ」

666―1「犯罪を起こそうがそうでなかろうが関係ない……いるだけで罪なんだよ!」

666―1「それを生かしてやろうってんだから、これ以上の幸せはないはずだが?」

女「あんたたちと一緒にいるくらいなら……氏んだ方がマシだ‼」

666―1「そうか……」

 女から腕を離す男。
 そして――

666―1「残念だ――なら、氏ね」

 再びその手を……首へ。

女「――ン‼」

 ギリ、ギリ……。
 絞められる首。ひゅっと漏れる息。
 血が上り紅潮する顔。大きく開いていく瞳孔。
 漆黒の闇が徐々に女を蝕んでいく……。

666―1「残念だな」

 力はピークを迎え……。

26: 2015/12/16(水) 05:58:26.585 ID:FA9uEL4G0
女「ン……グッ……‼」

666―1「氏ね」

 プツリと意識が――

???「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオン‼」

 途切れようとした、その時だった。

666―1「ハハハハハハ‼ 来た、来たぞっ‼ 現れた‼」

 騒々しいサイレンもつんざくような、そんな野生の咆哮がビルの彼方から――

666―1「現れたな‼ 狼男‼」

 それは……狼の遠吠え。
 気付けば夜空に、高層ビルより高々と……降ってきそうな満月が浮かんでいた。

666―1「怪人616‼ 待っていたぞ‼」

 男の興味は女から狼男へ……。女の首もとから手を離す。

女「ゴホッ……ごほっ‼」

 解放され咳込む女。
 新鮮な空気が、まだ生きていることを実感させる。

女「あれは……」

 男の後方から……それはやって来た。
 コンクリートを削る爪の音。
 グルルル……と、凶暴な唸りを上げる猛獣。
 筋骨隆々、大柄な体躯。
 全身を覆う灰色の毛。
 四足歩行で、目にも留まらぬ速さで――やがて男の前へ立ち塞がった。

女「これが……」

 そして、大木のような後ろ脚で立ち上がる狼。
 四足歩行から二足歩行へ。

女「狼男……」

 例の男……怪人616。または狼男、ジェヴォ―ダンの獣。
 呼び名は数あれど……その姿を実際に目にした人間は少ない。

27: 2015/12/16(水) 06:00:53.254 ID:FA9uEL4G0
狼男「グルルルル……」

 姿は狼だが、しかし……それはただの狼ではない。
 軽く一噛みで人間を簡単に殺せてしまうような、そんな凶暴な牙がびっしりと生え揃い、そこから垂れる舌は長く……野獣の眼光を光らせて。
 これが……狼男。

女「あ、あ……」

 まさに悪魔。
 唇は震え、腰は抜けて……膝はガクガクと笑う。
 女はその姿を呆然と見つめることしかできなかった。

666―1「能力者の現れるところに狼男あり――狼男、やっと会えましたね」

 しかし、男の方はなんとも余裕な表情。

666―1「この私がお前を狩る。そして、狼頃しの称号をいただく‼」

666―1「この私が『ジャン・シャストル』になってみせる‼」

666―1「行くぞ‼」

 任務を忘れ、男には眼前の怪物しか目に入らない。

狼男「グルルルルルル……」

狼男「グガアアアアアアア‼‼」

 狼男は今一度大きな唸りを上げ、一瞬頭を低くして、脚に力を溜めて。
 そして――スーツ男へ目掛け飛び込んだ。

28: 2015/12/16(水) 06:05:09.737 ID:FA9uEL4G0
666―1「無駄だ‼」

 一瞬で懐まで飛び込む狼男……だが。
 その突進が、寸前のところで止まった。
 男の瞳が、体が光を放つ。

狼男「ング……グガアアアアアア‼」

666―1「どうだ……‼ お前のような怪物には銃器みたいな玩具じゃ通用しない‼」

666―1「私は猟犬だ……狼を狩る猟犬だ‼」

666―1「そのために、この力を使う‼」

狼男「ング……グオオオ……‼」

666―1「どうだ――私の念力は‼」

 ボキッ、ボコッ、ゴキッ、メキメキメキ‼
 狼男の巨体は宙に浮き、不可視の力によって圧迫されていく……。
 骨が、関節が、内臓が……圧迫されてひしゃげ、無残に潰れる。
 その残酷な音が響き渡る。

666―1「念力、サイコキネシス……それが私の能力!」

666―1「対象となる物体の移動、拘束、圧迫、そして破壊!」

666―1「この力なら、玩具など使わなくとも確実にお前を殺せる!」

 そして、男は片手を掲げ……開いた手を握り締めた。

666―1「呆気ないな。これで終わりだ」

 ゴキッ。

狼男「グフッ――」

 大量の血反吐を吐いて、狼男の首があらぬ方向へ曲がった。
 頸椎が真っ二つに折れた、その悲鳴が上がる。
 そして……。

666―1「ハハハハハ‼ やったぞ‼ やった‼」

 勝利の叫び。
 ドスリと、怪物の巨体が地に落ちる。
 事切れた狼男。身動き一つしない。
 つまりは――氏んだ。

女「……」

666―1「呆気ないな、実に呆気ない‼」

666―1「これで私は狼頃しだ‼ ネロ様もさぞ喜ばれるだろう‼」

 勝利の余韻に浸る男。

29: 2015/12/16(水) 06:07:38.648 ID:FA9uEL4G0
666―1「どれ、氏に顔を拝んでやるか」

 屈み込んで、狼男の氏に顔を覗き込む。

666―1「所詮はただの獣」

666―1「所詮は――」

狼男「ただの飼い犬か」

666―1「――え」

 氏んだ――確かに頃した。
 そのはずだった……。

狼男「どう足掻いても飼い慣らされた犬ってことだ」

 ドス低い、怪物の声。
 濁った瞳に再び野生の眼光が宿る。
 そして、狼の口から人の言葉が漏れた。

狼男「飼い慣らされた獣は、獣にあらず」

 どうしてだ――男の脳裏に様々な疑問がよぎる。
 確かに頃したはずだ。なのに、なぜこの怪物は生きている⁉
 全身を粉々にされ、内臓も潰され、頸椎も折られ……生きているはずがない。
 それなのに……今この怪物の眼光は鋭い光を放ち、俺を射抜いて。
 まるで、これでは――私が獲物じゃないか。

狼男「飼い慣らされた犬では、野生の狼は殺せない」

狼男「お前に野生ってものを教えてあげよう」

666―1「――‼」

 氏のビジョンが掠める。
 走馬燈のように……グルグルと巡る。
 男は危機を察知して片手を掲げる。
 光を放つ体――しかし。

狼男「グオオオオオオオオ‼」

 光は狼の咆哮に掻き消された。
 一瞬、刹那の刻。
 その内に、男の体は怪物の巨体に飲み込まれる。
 長い爪、大きな手が男の顔をすっぽり覆いつくす。

666―1「グガッ……‼」

 ギリギリと……まるでトマトを潰すかのように容易く。

狼男「対象物が見えなければ、その力もまともに使えないってことだな」

 顔を包まれて、掴まれて……そのまま勢いよく地に沈められる男。

666―1「ゴフッ……‼」

 バキッ。
 男の体から痛々しい悲鳴が上がった。

30: 2015/12/16(水) 06:10:36.353 ID:FA9uEL4G0
狼男「なんで俺が氏んでいないか――それはな」

狼男「俺は悪魔だからだ」

666―1「ングッ……ガッ‼」

狼男「それも、お前らみたいな偽物じゃない……正真正銘の悪魔だからだ」

狼男「だから俺は氏なない……もう氏んでいるも同然なのだから」

狼男「何度でも蘇る」

狼男「哀れな猟犬の生き血を啜ってな‼」

 怪物の大きな口が開く。
 生え揃った鋭利な牙が月の光を反射して輝く。
 舌を伝って唾液が飛び散る。
 そして――

661―1「グギャアアアアアアアア――カハッ」

 建ち並ぶビルに反響する断末魔の叫び。

661―1「ゴボゴボ……ゴフッ」

 男の喉元へ、狼男は食らいついた。
 シュッと血飛沫が上がり、ねずみ色のコンクリートは瞬く間に鮮血の赤に染められる。
 血の噴水、血の海。
 温かな鮮血が飛び散り、狼男の体を返り血で汚していく……。
 勢い良く飛び出た血液も、あっという間に空になる。

666―1「――あ゛」

 それだけ言って、体をビクンと揺らした男……。
 しかし、もう声は上がらない。身動き一つしない。
 氏んだのは……男の方だった。

狼男「ウオオオオオオオオオオオオオオオン‼」

 生き血を啜り、高らかな勝利の雄たけびを上げる怪物。
 返り血で真っ赤になった体。
 ほのかな月明りと、真っ赤な鮮血のコントラストは地獄絵図も同然だった。
 地獄から蘇った怪物……狼男。
 やがて……生き血を堪能した狼男は、長い爪を器用に使って血の海へそれを浸らせた。
 まるで筆先で絵具をつつくように。
 そうしてアスファルトのキャンバスへ描くのは――真っ赤な「616」の文字。

31: 2015/12/16(水) 06:13:36.613 ID:FA9uEL4G0
女「あ……あ……」

 殺される。
 全てを見ていた女は、そう思った。
 このままあの男のように、惨たらしく凄惨に食い殺されるんだ。

狼男「……」

 ギ口リ。
 怪物の目が女へ向けられた。

女「あ……」

 もう、ダメだ――これが蛇に睨まれた蛙か。
 血の海と、そしてそこに立つのは地獄から来た怪物。
そんな狼男を前にして……女は遂に意識を失ったのだった。

――

女「ここは――」

 小鳥のさえずり、カーテンから漏れる日の光。
 朝……。朝になっていた。
 女の脳裏をよぎるのは、昨日の地獄絵図。
 目を覚ますと、そこはあの世だった――わけではなく、見慣れない部屋であった。
 血の海に立つ怪物……あの光景を最後に、自分の記憶はない。
 自分が生きているなんて、何かの間違いではないか。
 女はそう思った。
 どうやら誰かの寝室らしかった。
 ベッドに寝かされていて、服装も昨日のまま。
 ベッドとクローゼット、机が置かれた殺風景な部屋。
 やけに落ち着いた思考で、女はおもむろに起き上がる。

女「写真……?」

 机に立て掛けられたフォトスタンド。
 女は妙にそれが気になって、手に取ってみた。

女「これは――」

 ふてくされた顔の少年と、そして美しい少女が写った写真。
 庭先で撮った写真なのだろうか、二人の後ろには伝統的な日本家屋が窺える。

女「誰……?」

 そもそもここは……どこ?
 なぜ自分は生きているのか。
 それともここが「あの世」ってものなのだろうか。
 女はそう思って、今一度部屋の中をぐるりと見まわす。

32: 2015/12/16(水) 06:16:16.333 ID:bhiqDAfK0
男「何をしている」

 すると――寝室のドアがゆっくりと開けられて、そこから顔を覗かせたのはあの男だった。
 能力者を助けてくれるなんでも屋……。数日前に女の願いを取り下げた、あの冷酷な男だった。

女「あんたは……」

 ゆっくりと女へ近づく男。

女「や、やめて……‼」

 昨日の怪物と男がなぜか重なって、女は恐怖で腰を抜かし、尻餅をつく。

男「そいつに触るな」

 しかし……男は女の手からフォトスタンドを取り上げると、もとあった場所へそれを戻した。

男「……」

男「調子はどうだ?」

女「……?」

 まさか、この冷酷な男の口から体調を気遣うような優しい言葉が出るとは。
 予想外な展開に女は愕然とする。

男「――腹は?」

 腹は……。
 その言葉が出て、そして意識すると……女は自分が空腹なことに気付いた。

女「減ってるけど……」

男「朝飯がある。食え」

 男はそれだけ言って、寝室を出て行った。

女「どういうこと……?」

 なぜあの男の部屋で自分は目を覚ましたのか。
 それとも、これは夢か幻なのだろうか。
 その疑問を拭えないまま、女もやがて寝室を出た。

33: 2015/12/16(水) 06:18:47.398 ID:bhiqDAfK0
女「……」

 これはどういうことだろうか。
 リビング、食卓……その上には自分の朝食が。
 この男が作ったということだろう。
 驚きの連続で、女は言葉を失う。

男「それを食ったらお家へ帰れ」

 まるで何日間も食を絶っていたかのような空腹感。
 しかし……。

女「ん゛……‼」

 トースト、サラダ、ウインナー、スクランブルエッグ、ホットミルク。
 食欲をそそる匂い……。
しかし、それを目にしたとき……突如として昨夜の悪夢が蘇り、吐き気を催す。

男「……」

男「トイレはこっちだ」

 何かを察したのか、やけに慣れた態度で女をトイレへ案内する男。

――

男「水を飲め」

 胃からこみ上げるものを全て吐ききって、女は再びリビングへ戻って来る。
 体調が優れない女へ、男はコップに水道水を汲んで手渡した。

女「……」

 何もかもを知り尽くしているかのような男。
 そんな冷徹な男に聞くのははばかれたが……女は遂に意を決して言葉にした。

女「どうして私がここにいるの?」

男「……」

 男は何も言わず、目を逸らす。

女「答えてよ」

男「……」

女「昨日、私は殺されそうになった」

女「だけど……怪物が現れた」

女「怪物はあの男を無残に頃して……私も殺されたと思った」

女「だけど私は……生きていて、なぜかここにいる」

女「ここはどこ……? なんで私は生きているの?」

女「答えてよ……。何か知ってるんでしょ?」

 数刻の間。沈黙の中で壁掛け時計の秒針が響く。

34: 2015/12/16(水) 06:21:54.079 ID:bhiqDAfK0
男「俺は何も知らない」

女「下手な嘘をつかないで」

男「それを食ったら帰れ」

女「答えて‼」

 再び、沈黙が流れる。

女「もしかして――あなたが、あの怪物なの?」

 震えた声で女は言った。

男「……」

女「そうとしか思えない……。私は殺されてもおかしくはなかった」

女「なのに生きていて……ここにいる」

女「あの時、あの場所には私と、あの男と、それから怪物しかいなかった」

女「あんな怪物から私を助けてくれる人がいるなんて思えない!」

男「……」

女「だったら……」

 だったら、考え付く答えは一つ。
 にわかには信じられないが、それしかなかった。

女「あの怪物の正体は――」

男「お前は何も見なかった」

女「……⁉」

男「お前は何も見なかった。以上だ」

女「答えてよ……‼ なぜ私は生きているの⁉」

男「お前は、氏にたかったのか?」

女「……」

男「もう一度言う。それを食べたらさっさとお家へ帰れ」

女「何を言っているの……私に、帰る場所なんてない‼」

35: 2015/12/16(水) 06:23:49.162 ID:bhiqDAfK0
男「……」

女「親もいない、能力者になってしまった、そして顔も割れている!」

女「もう、戻る場所なんてない」

女「私はどうすればいいの……?」

 こんなことなら、自分はあのとき殺されていた方が良かったのではないか。
 悲観的になって、女はその考えに苛まれる。

女「どうして私を殺さなかったの……⁉」

男「……」

男「自分の生き方くらい、自分で考えろ」

女「……」

男「猶予をやる」

男「それまでに、自分がどうしたいか決めろ」

男「それでも……お前が氏にたいのなら」

男「好きにしろ」

女「……」

女「サイテーだよ……あんた」

36: 2015/12/16(水) 06:26:21.477 ID:bhiqDAfK0
記者「まさか……大通りのど真ん中に現れるとは」

編集長「そうだな」

編集長「まあ、とにかく……本当にご苦労様」

編集長「狼男の、怪人616の姿を捉えたのは大きい」

編集長「君の功績は多方面に大きな影響を与えた」

記者「ありがとうございます……。しかし、依然としてあの怪物は謎に包まれています」

記者「加えて、能力者の少女が彼に連れ去られたようで」

記者「その後彼は姿をくらまし、少女も同様……消息不明です」

記者「引き続き、取材を続けます」

編集長「うむ……。くれぐれも気をつけてくれ」

記者「はい……それでは、失礼します」

37: 2015/12/16(水) 06:28:33.147 ID:bhiqDAfK0
ネロ「一番は氏んだか」

666―2「はい……。616にやられました」

ネロ「そうか……狼男か」

666―2「能力者の少女は彼に連れ去られ……未だ行方が判明しておりません」

ネロ「ドローンは?」

666―2「それが……ロストしました」

666―2「彼女を追跡中に何者かの通信妨害を受け……ロストしました」

666―2「出所を突き止めましたが……現場には爆破されたと思われる車両が一台」

666―2「恐らく車両に妨害装置を積んで移動していたと思われますが」

666―2「いずれにせよ……原因究明のため捜査中です」

ネロ「そうか……」

ネロ「私は、判断を誤ったな」

666―2「……?」

ネロ「再生、回復、創造。破壊や完結、終焉とは対極の存在」

ネロ「処分するには惜しい」

ネロ「もしかすると……あの女は『鍵』の一人かもしれん」

666―2「ということは……」

ネロ「そうだ。始まりと終わり、二つの血で器を満たしたとき」

ネロ「新たな世界が幕を開ける」

ネロ「終わりを意味する『999』は既に我々の手中にある」

ネロ「あとは始まりを意味する『000』だ」

ネロ「あの女を何としてでも探し出せ」

666―2「はっ――!」

ネロ「狼男……貴様は何がしたい」

ネロ「獣は所詮獣、お前も同様だ」

ネロ「数字が刻まれたときから……全ての獣は俺に従い、俺の意志で動く」

ネロ「お前たちはただの芸術品。666と名の付いた芸術品だ」

ネロ「この世界は私の作品」

ネロ「邪魔はしてくれるなよ――狼」

38: 2015/12/16(水) 06:31:08.118 ID:bhiqDAfK0
舎弟「アニキ、火消しは済みました」

男「そうか、ありがとう」

舎弟「いえ――それで、これは一体」

男「ああ、あれか……」

 寂れた、埃だらけのオフィス。
 舎弟の目には、そんな室内を一人で清掃する女の姿が映る。

男「かまわない、好きにさせておけ」

舎弟「ここで匿うことにしたんすか?」

男「いや……あいつが今後の生き方を決めるまで放っておくことにした」

舎弟「放っておくって……」

男「決まり次第、ここから出て行かせる」

舎弟「それって、具体的には……いつなんすかね?」

男「いつまでもここに居させるつもりはない」

舎弟「でも……あの娘が『ここにいる』って決めたら?」

男「……」

男「それは無理だ」

舎弟「……」

舎弟「そうっすよね……」

39: 2015/12/16(水) 06:33:15.196 ID:bhiqDAfK0
 あれから数日――

男「おい」

女「……」

男「聞いてるのか?」

女「……」

男「おい」

女「……」

男「あのな……」

 男の呼びかけを無視し、女はある作業に没頭している。

男「あのな、俺はそんなことを頼んだ覚えはない」

女「……」

 男のオフィスが収容されているマンション、その二階。
 彼が住まいに充てている一部屋。
 夜、業務が終わり帰宅した男を待っていたのは……。

男「確かに『許可なく外に出るな』とは言った」

男「奴らにつけられて、俺たちまで巻き込まれたら厄介だからな」

男「その代わり事務所とこの部屋は許容範囲で好きにしていい――そうも言った」

男「だが……これは許容範囲の外だ」

 鼻腔をくすぐる匂い。
 女は何を思ったのか、男の部屋の冷蔵庫を漁り……夕食を作り始めたのだった。

女「出来たよ」

男「おい」

女「……」

男「そろそろ時間だ」

女「……」

男「答えを聞かせてもらおうか」

女「そっか」

女「……」

女「あんたは言ったよね」

男「……?」

女「自分の生き方くらい、自分で考えろ」

女「決めたよ」

40: 2015/12/16(水) 06:35:53.655 ID:bhiqDAfK0
男「そうか。それは嬉しい限りだ」

男「それで……どうする?」

男「まあ、俺にも少なからず責任ってもんがある」

男「奴らの目が届かない場所まで送り届けてやることくらいはしてやるさ」

男「国内でも……海外でも」

男「こうなっちまった以上、表の世界で堂々と生きることはできない」

男「裏の仕事で生きていくか……お前を匿ってくれる奴を探すか」

男「いずれにせよ、お前の希望はできるだけ叶えてやる」

男「何かしらは斡旋してやる。俺たちに借りがある奴は多い」

男「奴らにお前の居場所を設けさせる」

男「どうする?」

女「その前に――冷めちゃうからご飯食べよ?」

男「おい……」

女「カレーのルーがあったから、カレーにしたよ」

女「私、結構料理得意なんだ」

女「施設では食事は当番制だったから……私が当番の日はみんなから歓迎されてたし」

女「食べてよ。冷めちゃうから」

男「……」

男「おい、決めたんじゃなかったのか?」

女「ご飯は大盛にする? それとも――」

男「おい」

女「……」

41: 2015/12/16(水) 06:38:58.337 ID:bhiqDAfK0
女「私は――ここにいる」

女「ここにいさせて」

男「おい……。分かってるよな?」

男「ここにいるのは無理だっ――」

女「私は……‼」

女「私は、傷を癒すことができる」

男「……」

女「よく分からないけど……あんたたちはとても危険な仕事をしている」

女「いつ氏んでもおかしくないような」

女「だから……私がいれば役に立つと思うんだ」

男「俺には、お前の能力は必要ない」

女「どうして⁉」

男「俺は氏なないからだ」

女「嘘よ」

男「本当だ」

女「絶対、嘘‼」

男「嘘じゃない」

女「道具のように使ってくれてかまわないから‼」

男「……」

女「私を……ここにいさせてよ……」

男「ここは危険だ」

男「居場所なら、もっと安全なところがある」

女「そんな場所、ない‼」

42: 2015/12/16(水) 06:41:18.670 ID:bhiqDAfK0
女「人間なんて……もう信じられない‼」

女「昨日まで友人だった人が、大好だった人たちが……」

女「能力者であるという事実、それだけで……」

女「私のもとから去って行った‼」

女「みんな……いなくなっちゃった……」

男「……」

女「この世界に安全な場所なんてない……」

女「嘘ばっかりつかないで……‼」

女「お願い……あんただけは……」

女「嘘を……つかないで……」

 ズキッ。

女「――ッ⁉」

男「おい……‼ どうした⁉」

男「大丈夫か⁉」

女「胸が……熱い……‼」

男「どこだ……⁉」

女「ここ……数字のところ……」

男「すまない」

 女が庇う左胸。
 男は優しくその手を解いて、シャツのボタンを開けていく……。

男「どこだ……」

女「ここ……が……」

 女は自ら下着をずらし、胸の上部を少しだけ露わにさせた。

男「これは」

 女の左胸に刻まれた666の文字。

男「この数字は……」

それが。

男「000――だと」

 666が000へ変わっていた。

43: 2015/12/16(水) 06:46:30.616 ID:bhiqDAfK0
女「666だったのに……」

男「……」

 男はその数字を確認すると、何も言わずに虚空を仰ぐ。

男「始まりの000」

男「終わりの999」

男「そして獣の数字、666」

男「全部、揃っちまったわけか……」

男「大丈夫か」

女「う、うん……。もう痛みは引いたみたい」

男「……」

女「ねえ、どういうこと……?」

女「私……どうなっちゃうの?」

男「どういうわけか知らないが」

男「お前は氏んだ」

女「……?」

男「お前という人間は、その数字が刻まれた瞬間に氏んだんだ」

女「それって」

男「お前は生まれ変わった」

女「……?」

男「そして、始まった」

男「その数字はそういう意味だ」

女「ねえ……一体なんなの⁉」

女「この数字は……。そして、能力者って」

男「俺にも全ては分からない」

女「そんな」

男「だが――これだけは言える」

男「お前が奴らに捕まったら」

男「この世界は終わる」

女「え……?」

男「それだけは確かに言える」

44: 2015/12/16(水) 06:48:33.687 ID:bhiqDAfK0
男「少し臭い話をするが――俺はある人間を追っている」

男「そいつはお前と同じように、左胸に『999』の文字が刻まれている」

男「999……。全ての終わりを意味する数字だ」

男「そいつは、奴らに捕まった」

男「奴らは、俺たちから何もかもを奪った」

女「俺たち……」

男「俺はそいつを奴らから取り戻すために」

男「悪魔に魂を売った」

女「それって……」

男「そうだ」

男「俺は――奴らが言うような狼男だ」

男「悪魔に魂を売って、悪魔になった」

男「復讐のために、な」

男「そして、暴虐の王の喉元を食いちぎるために」

男「666という数字を刻まれた哀れな猟犬の魂を解放するために」

男「獣を解放する獣……616の怪物になった」

男「全てを終わりにする。そしてあいつを取り戻す」

男「そして――お前だ」

女「私……?」

男「000と999、二つの生贄が揃ったとき」

男「この世界は確実に終わりを迎える」

男「破滅だ」

45: 2015/12/16(水) 06:50:52.144 ID:bhiqDAfK0
男「そういうことらしい」

女「なに……それ」

女「そんなこと……‼」

男「信じられないだろうな」

男「俺も信じられない」

男「だが、そういう話のようだ」

男「胡散臭い預言者の、預言書の言葉だ」

男「しかしこうなっちまった以上……ややこしいことになった」

男「長くなったな」

男「もう一度聞く」

男「お前は……どうしたい?」

女「あんた……」

男「そうだな。俺は『サイテ―』だ」

女「ずるい」

男「分かってる」

男「……」

男「道具のように使ってやる」

男「俺の復讐のための道具としてな」

女「――‼」

46: 2015/12/16(水) 06:52:43.236 ID:bhiqDAfK0
男「奴らはお前を血眼で探すだろう」

男「お前がいれば、奴らは自然と集まって来る」

男「光に群がる虫のように……。こちらから出向く必要もない」

男「哀れな獣が立ち塞がるなら」

男「全てを解放する」

男「そして終わりにする」

男「全てを取り戻す」

男「だから……」

女「……」

男「お前はここにいろ」

47: 2015/12/16(水) 06:55:03.012 ID:bhiqDAfK0
女「それって」

男「……」

男「このカレー、なかなかうまいじゃねーか」

男「お前も食え。冷めるぞ」

女「……」

女「ばか」

女「サイテーだよ……あんた」

男「何笑ってんだ?」

女「うるさい――」



 思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。
 その数字とは、人間を指すものである。
 そして――その数字は666である。




 終

引用元: 女「怪人616……?」