2: 2012/10/14(日) 08:44:25.07 ID:qrrqMDXZo
天国に一番近いほむら 巴マミ編


【ショッピングモール】

ほむら「まどかたちはファーストフードの店に入ったわね」

ほむら「インキュベーターも近くまで来ているはず。始末しなければ」

おばさん「時計台の修理に寄付をお願いしまーす」

ほむら「ビラを押し付けられてしまった……。興味なんてないのに」

 ビラにはなぜか、時計台と関係のなさそうな見出し。
 ――“お前の人生、それでいいのか?”

 ビラを見もせずに折りたたむと、近くのゴミ箱に捨てるほむら。

1: 2012/10/14(日) 08:40:50.92 ID:qrrqMDXZo
1999年放送のTBSドラマ「天国に一番近い男」とクロスして
ワルプルギスの夜を乗り越えようとする、そんな誰得ssです。

元ネタがわからない人は「天使と名乗る変なオッサンがやってきた」と
思ってもらえれば十分です。

地の文あり。心理描写は台詞にできるものは台詞に、あとは省略。
手足がちぎれたり、マミるような描写、展開はありません。

以上、説明終わり

 https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1350171650

3: 2012/10/14(日) 08:46:04.01 ID:qrrqMDXZo
 家電量販店に陳列されたテレビがニュースを報じている。
 ほむらがその前を通ると、四台並んだテレビが別の映像に切り替わる。
 “お前の”、“人生”、“それで”、“いいのか?”

 テレビには目もくれず、エスカレーターを下りるほむら。

ほむら「アレは人には見えないけど、人気のあるところで接触をはかったりはしないはず」

ほむら「駐車場か、……フロア改装?こっちの方が都合がよさそう。私にとっても」

5: 2012/10/14(日) 08:47:30.99 ID:qrrqMDXZo
【ショッピングモール・改装中フロア】

 鎖で出入りを禁止した階段の前に、「店内改装のお知らせ」と書かれた看板。

ほむら「改装作業は行われていない。間違いなく、ここね」

???「君」

 背後から肩を叩かれる。
 振り向くほむら。意外そうな表情で相手を見つめる。
 警備員か何かだと思っていたのに、いたのは黒一色の服装の男。
 薄暗いフロアなのにサングラスをかけている。

ほむら「何かしら」

???「失礼。わたくし、こういう者です」

 気取った動作で名刺を取り出す男。
 名刺には“天使”とだけ書かれている。

ほむら「そう」

 近くにゴミ箱がないか、あたりを見回すほむら。
 仕方なく名刺を持ったまま、鎖を飛び越える。

天使(仮)「――暁美ほむら」

 名前を呼ばれて、足を止めるほむら。

6: 2012/10/14(日) 08:48:56.10 ID:qrrqMDXZo
天使(仮)「暁美ほむら、14歳。心臓に持病があり、手術後見滝原中学に転校」

天使(仮)「休学していたとは思えない頭脳と身体能力を発揮してクラスの注目を浴びる」

ほむら「何のセールスか知らないけど、何も買う気はないわ」

 振り返ることもなく、階段を駆け上がって奥へ進むほむら。

天使(仮)「あっ、そっち、行かない方がいいと思うけど?よぉ、よぉ!」

 ほむらを追う、自称天使。

7: 2012/10/14(日) 08:50:26.93 ID:qrrqMDXZo
キュゥべえ「?君は……」

 無人のフロアを徘徊していたキュゥべえが立ち止まる。
 ほむらは変身するとすかさず時を止め、盾から取り出した拳銃でキュゥべえを撃つ。

 時間が流れると、銃弾が命中したキュゥべえが破裂する。
 それを見つめるほむらの背後を、別個体のキュゥべえが駆け抜けていく。

ほむら「まどかには近づけさせない」

8: 2012/10/14(日) 08:51:40.81 ID:qrrqMDXZo
 キュゥべえを追いながら、執拗に撃ち続けるほむら。
 紙一重で、しかし確実にかわし続けるキュゥべえ。
 フロアに放置されていた在庫のダンボールに、跳弾が穴を開ける。
 同じく床を跳ね返った一発の弾丸がマネキンの足を撃つ。

 改装で誰も見ていないから、とスタッフの誰かが悪ふざけで「シェー」のポーズをさせていた
不安定な姿勢のマネキンは、足が折れて倒れる。
 それは偶然、商品の自転車を倒し、さながらドミノのように隣の、そのまた隣の自転車を
倒していく。
 そして、やはり「偶然」、攻撃に気をとられて周囲に注意を払っていなかったほむらに向かって
自転車が倒れかかる。

ほむら「えっ……!」

9: 2012/10/14(日) 08:52:31.75 ID:qrrqMDXZo
 衝突。
 自転車の下敷きになるほむら。右手がハンドル、右足が車輪に絡まる。
 足を抜こうとするが焦ってうまくいかない。
 不快な臭いが鼻をつく。
 跳弾によって穴の開いた洗剤が、ほむらのそばに水溜りを作っていた。
 これも「偶然」、二つの「種類の異なる」洗剤が、ほむらのそばで混じる。

ほむら「嘘っ……!」

 たまらず手で鼻と口を覆う。

10: 2012/10/14(日) 08:53:29.43 ID:qrrqMDXZo
天使(仮)「あーあ、言わんこっちゃない」

 自転車をどけてほむらを助け起こす、自称天使。

天使(仮)「チラシとか、テレビに映った謎の文字。スルーしたうえに聞く耳も持たねえ、ってか」

天使(仮)「でもこれでわかったろう、俺が正真正銘、天使だってことが」

 自称天使が恩着せがましく言うのを無視してほむらが姿を消す。
 振り返ったときには遠くで足音が聞こえるだけだ。

天使(仮)「あーっ、もう!悔しかー!ゲホッゲホッ、まずっ、ゴホン」

11: 2012/10/14(日) 08:54:39.44 ID:qrrqMDXZo
【ほむらのアパート前】

ほむら「今日は散々だったわ」

ほむら「インキュベーターは取り逃がすし、魔女は現れるし」

ほむら「どうやら巴マミは敵に回した感じだし」

ほむら「おまけに変な男のせいで、まどかと会って早々に氏ぬところだった」

天使(仮)「変な男って?」

ほむら「黒い服にサングラスの、って、――あなた」

 ドアのわきにいつの間にか立っていた自称天使に驚くほむら。

12: 2012/10/14(日) 08:55:54.82 ID:qrrqMDXZo
天使(仮)「命を助けられてもお礼の言葉もない。こりゃ重症だ」

天使(仮)「ひょっとして、お前の前世、『見ざる・言わざる・聞かざる』?」

ほむら「とても感謝しているわ。満足したら立ち去りなさい」

天使(仮)「何だよその言い方。人が一生懸命やってるのによ」

天使(仮)「それに、俺の話を聞かないと、お前、7日後に、氏ぬぜ?」

ほむら「霊感商法だったら間に合ってるわ」

ほむら「もっとたちの悪い奴を知ってるから」

 ドアを開けるとほむらは素早く身をドアの隙間に入れ、最小の動作で扉を閉じ、鍵をかける。

天使(仮)「だからよ、俺の話を聞けって」

 入れたはずがないのに、ほむらの背後に立っている自称天使。

13: 2012/10/14(日) 08:56:48.00 ID:qrrqMDXZo
ほむら「……自分がやられてみると、結構癇にさわるものね。あなたもアレの同類?」

天使(仮)「お前って、ホント会話がかみ合わねえな」

天使(仮)「転校生ってのは興味を引くから生徒たちが寄ってくる」

天使(仮)「今日はそれも無視して、会話らしい会話といえば保健係とだけ」

天使(仮)「それだって、内容は意味不明」

天使(仮)「これじゃクラスで孤立して、一人寂しく中学生活をやり過ごすのは目に見えてるぜ」

天使(仮)「お前の人生、それでいいのか?」

ほむら「とやかく言われる筋合いはないわ」

14: 2012/10/14(日) 08:57:50.75 ID:qrrqMDXZo
ほむら「これ以上つきまとう気なら、それなりの覚悟をすることね」

 コトリ、と新聞受けが音を立てる。

天使(仮)「おっと、来たな」

 新聞受けに投函された封筒を開くほむら。

15: 2012/10/14(日) 08:58:36.63 ID:qrrqMDXZo

 ――7日後の17:30までに、
     巴マミのスカートをめくらなければ即氏亡

16: 2012/10/14(日) 08:59:50.41 ID:qrrqMDXZo
ほむら「……何これ」

天使(仮)「神様からお前に与えられた『命題』だ。クリアしなければお前は氏ぬ」

ほむら「これが?」

 いぶかしげな表情でほむらは自称天使に命題の手紙をつきつける。

天使(仮)「スカートをめくらなければ?あら、エOチ」

ほむら「あなたの神様、色欲でも司ってるの?」

天使(仮)「そんなことはどうだっていいだろ」

天使(仮)「それにもうわかってんだろ?俺が氏ぬと言ったら、冗談でなく氏ぬぞ」

 堂々と上がり込む自称天使。

ほむら「図々しい、とか思わないの?」

天使(仮)「しょうがねえだろ。今日のお前を見た感じじゃ命題のクリアなんておぼつかないからな」

天使(仮)「期限までは面倒みてやるよ」

 冷蔵庫からジュースを取り出し、勝手に飲む自称天使。

17: 2012/10/14(日) 09:01:00.53 ID:qrrqMDXZo
天使(仮)「ああ、喉が潤ったらお腹が空いてきたな」

天使(仮)「飯にしようぜ。何か作ってくれよ」

ほむら「……あなた、名前は?」

天使(仮)「天童、天童世氏見。世の中の氏を見る、天の童」

 携帯電話を取り出し、通報するほむら。

ほむら「家に見知らぬ男がいて、台所を物色しているんです。名前は――」

天童「何ばすっと!」

 通話を切る天童。

天童「そんなことよりよ。命題をクリアすることを考えようぜ」

18: 2012/10/14(日) 09:02:16.49 ID:qrrqMDXZo
天童「はい注目」

 スケッチブックを片手に、金八先生を気取る天童。
 表紙をめくると、『マミちゃんと仲良くなる』と書かれている。

天童「まずは、マミちゃんと仲良くなります」

天童「残念なことに、このバカチンとマミちゃんの仲は険悪です」

 一枚めくると『マミちゃんと仲直り』と書かれている。

天童「そこで、仲直りをします。人という字は――」

 スケッチブックを取り上げるほむら。
 次の一枚には『スカートをめくる』と書かれている。

天童「あっ、テメー、コンチクショウ。いいところだったのに」

19: 2012/10/14(日) 09:03:16.59 ID:qrrqMDXZo
ほむら「途中経過が見事に飛ばされてるわね」

天童「仲良くなりゃ、多少のことぐらい許してもらえんだよ」

ほむら「七日程度で?」

天童「友情は時間だけで計るもんじゃねえだろうがよ」

天童「そもそも、嫌われてちゃスカートに手が届くとこまで近づけねえ」

天童「そういう意味でも、お互いの距離ってやつは大事だぜ」

天童「じゃ、作戦も決まったことだし、メシだ、メシ」

天童「あっ、目玉焼きには醤油ね」

ほむら「あなたとは、一光年ほど離れていたいわ」

35: 2012/10/20(土) 17:40:58.05 ID:DVJ8l4fuo
【翌日/廃ビル】

 薔薇園の魔女を撃破し、結界を消したマミ。
 魔女の落としたグリーフシードを取る。

マミ「これがグリーフシード。魔女の卵よ」

さやか「た、卵」

マミ「運がよければ時々魔女が持ち歩いてることがあるの」

 マミの手のひらにあるグリーフシードに、身構えるまどかとさやか。

キュゥべえ「大丈夫。その状態では安全だよ」

 二人の前で、グリーフシードを使ってソウルジェムを浄化するマミ。

36: 2012/10/20(土) 17:42:13.93 ID:DVJ8l4fuo
マミ「これで消耗した私の魔力も元通り」

 グリーフシードを放り投げるマミ。
 その先にいたほむらがグリーフシードを受け止める。

マミ「あと一度くらいは使えるはずよ。あなたにあげるわ。暁美、ほむらさん」

 ほむらがマミたちに近づいてくる。

マミ「それとも、他人と分け合うんじゃ不服かしら」

ほむら「あなたの獲物よ。あなただけのものにすればいい」

 グリーフシードを投げ返すほむら。受け止めつつ、不快な表情でほむらを睨むマミ。

マミ「そう、それがあなたの答えね」

 背を向けて去っていくほむら。

37: 2012/10/20(土) 17:43:31.72 ID:DVJ8l4fuo
さやか「くうーっ!やっぱり感じワルイ奴」

まどか「仲良く、できればいいのに……」

マミ「お互いに」

ほむら「あっ」

天童「仲良く!そう仲良く!」

 どこから現れたのか、ほむらの腕を引っ張ってマミたちの前に連れ戻す天童。
 まるで、歯医者を怖がる子供を連れて行く親のように。

マミ「そう思えれば……ね?」

38: 2012/10/20(土) 17:44:59.61 ID:DVJ8l4fuo
天童「いやー!ご学友の皆さん、うちのほむらがお世話になってます」

さやか「この人……誰?」

 あっけにとられて天童を見る三人。

天童「申し遅れました。九州から出てきた、ほむらの叔父ですばい」

ほむら「誰が」

天童「いやーこの通り、人見知りが激しくて友達の輪に入れないから心配して出て来たっちゅうわけで」

まどか「叔父、さん……?」

マミ「友達?」

 対応に困る二人とは裏腹に、なぜか一人だけ目を輝かせているマミ。

39: 2012/10/20(土) 17:46:15.11 ID:DVJ8l4fuo
天童「ほれっ。ほむらも挨拶しんしゃい」

 天童が強引にほむらの頭を押さえつけて下げさせる。

天童「暁美ほむら。暁美ほむらをよろしくお願いします」

 清き一票を、と言い出しかねない口ぶり。天童の目がマミの胸に留まる。

天童「おーっ!これは中学生とは思えない抜群のスタイル!」

天童「それに比べてうちのほむらときたら、とても同い年には……」

マミ「わ、私は同い年じゃなくて、一つ上の三年なんです」

天童「ほれっ。ほむらもあやかりんしゃい」

 ほむらの手を取ったかと思うと、無理やりマミと握手させる天童。

40: 2012/10/20(土) 17:47:24.45 ID:DVJ8l4fuo
天童「いやー、マミちゃんみたいに、ほむらも出るとこ出てくれれば」

天童「ボン、キュッ、ボン。くーっ、たまらーん」

マミ「よろしく……」

 握手しながら、マミの目は天童をうかがう。

天童「そうだ!握手ついでに」

 ほむらに何かを持ち上げるようなゼスチャーを送る天童。

ほむら「……」

天童「ほら一発、ぱーっと!」

 ゼスチャーを繰り返す天童。

天童「ぱーっと」

 マミが手を放す。

マミ「ごめんなさい。下に、人を待たせてるものだから。暁美さん、また今度ね」

41: 2012/10/20(土) 17:48:37.75 ID:DVJ8l4fuo
【廃ビル・外】

 魔女の口づけによって飛び降りた女性を介抱するマミ。
 何度も礼を述べて、女性が帰っていく。

マミ「鹿目さん、美樹さん。私のこと、暁美さんに話した?」

まどか「えっ?いいえ」

さやか「口をきいたのも、屋上だけだし」

 少し考え込むマミ。

マミ「――そう」

42: 2012/10/20(土) 17:49:58.05 ID:DVJ8l4fuo
【廃ビル】

ほむら「どういうつもり?」

天童「そりゃこっちの台詞だよ。何であのときスカートめくらなかったんだよ。ぱーっと」

 先程のゼスチャーをもう一度見せる天童。

天童「そうしたら命題クリアだったじゃねえか」

ほむら「巴マミは愚かではないわ。少なくとも、あなたよりは」

天童「どういう意味だよ」

ほむら「あなたが『マミちゃん』なんて言うものだから、彼女は警戒したわ」

ほむら「どうして昨日会ったばかりの自分のことを叔父に話しているのか」

ほむら「知らないはずの巴マミの名前があなたの口から出たのか」

天童「あっ!」

 今さらのように、手で口を覆う天童。

43: 2012/10/20(土) 17:51:54.08 ID:DVJ8l4fuo
ほむら「私も、あの三人の中から的確に巴マミを見分けることができたあなたに驚いたわ」

天童「あっ!」

 手で口を押さえているのでくぐもった声。

ほむら「おそらく、彼女の驚きはそれ以上。叔父さんなんかじゃないことには気づいたでしょうね」

天童「人間、誰にだって過ちはあるものだな……」

 ほむらを背に、ありもしないブラインドの隙間から夕陽を眺める天童。

ほむら「あなた天使でしょ。それと」

天童「何?まだ失敗してた?俺」

ほむら「今度、胸の話に触れたら追い出す」

44: 2012/10/20(土) 17:53:05.61 ID:DVJ8l4fuo
【6日経過・夜/公園】

 魔女を探してパトロール中のマミ。
 ソウルジェムを指輪に変化させ、帰ろうとする。
 音もなく、その背後に現れるほむら。

ほむら「わかってるの?」

 振り向くマミ。

ほむら「あなたは無関係な一般人を危険に巻き込んでいる」

マミ「彼女たちはキュゥべえに選ばれたのよ。もう無関係じゃないわ」

ほむら「あなたは二人を魔法少女に誘導している」

マミ「それが面白くないわけ?」

ほむら「ええ、迷惑よ。――特に、鹿目まどか」

マミ「ふーん、そう。あなたも気づいてたのね、あの子の素質に」

ほむら「彼女だけは契約させるわけにはいかない」

マミ「自分より強い相手は邪魔者、ってわけ?いじめられっ子の発想ね」

 二人の間を風が駆け抜け、ほむらが髪をかき上げる。

45: 2012/10/20(土) 17:54:16.33 ID:DVJ8l4fuo
ほむら「あなたとは戦いたくないのだけれど」

マミ「なら二度と会うことのないよう努力して」

マミ「話し合いで事が済むのは、きっと今夜で最後だろうから。――ついでに、あなたの『叔父さん』も」

マミ「魔法少女、じゃなさそうだけど、何者?」

ほむら「九州から出てきた叔父よ。本人がそう言ってなかった?」

マミ「それを私が信じると思うの?」

ほむら「私には関係ないわ」

マミ「『叔父さん』にも容赦しないから、そのつもりでいてね」

ほむら「そうでしょうね。無関係な一般人を巻き込むのは、あなたの専売特許だもの」

マミ「……あなたに対しては手加減は無用のようね」

 マミが背を向け立ち去る。
 入れ違いに駆け寄ってくる天童。

天童「おい、どうして命題やらなかった?あと24時間もないぞ」

ほむら「巴マミとの交渉は決裂したわ」

46: 2012/10/20(土) 17:55:24.87 ID:DVJ8l4fuo
ほむら「おそらく命題の期限には、私と彼女が戦っているはず」

ほむら「そして、私に敗北はない。命題はそのときに――」

天童「そんなことわかるかよ!」

 いつになく強い語調で言い、ほむらの肩に手を乗せる天童。

天童「たとえマミとお前とを比べてお前が強かったとしても」

天童「いや、だったらなおさらつまんねえ理由で戦いをやる必要なんてねえじゃねえか」

ほむら「……あなたには、わからないわ」

天童「ああそうだよ!わかんねえよ。でもな、手っていうのは人を叩くだけの道具じゃねえんだよ」

天童「この間みたいに、手はつなぐことだってできるんだよ」

天童「周囲の人間を叩いて、叩いて、叩き伏せて。あとに何が残るっていうんだよ」

天童「そんな生き方、絶対に後悔する」

ほむら「私は、目的のためなら誰であろうと、何度でも叩き伏せる」

ほむら「そのことに、――後悔なんて、あるわけない」

天童「そうかよ。じゃあ氏ねよ。氏んじまえよ。明日、17:30。お前には絶対命題はクリアできねえ」

 鼻息も荒く公園をあとにする天童。

天童「チクショー、何だってんだよ。この、バカチンがぁ」

54: 2012/10/21(日) 08:41:29.65 ID:qCEHCUNQo
【命題期限の日/学校】

中沢「暁美さん。部活は決まった?」

ほむら「いいえ。まだ決めてないわ」

中沢「だったら『商品開発部』に入らない?」

ほむら「『商品開発部』?会社の一部署みたいな名前ね」

中沢「当たりそうなら実際に商品化する部なんだ」

中沢「もっとも商品化されたものはまだないんだけど」

中沢「でも今回の『モテモテスプレー』はいい線行くかもしれないな」

ほむら「どんな品物なの?」

中沢「あっ、興味持ってくれた?これなんだけど」

 中沢がラベルのないスプレー缶を渡す。
 ほむらは手の甲に軽くスプレーを噴きつけてみる。特に臭いはしない。
 すると、なぜか羽虫が数匹ほむらの手のまわりに集まってくる。

ほむら「どういうことかしら」

中沢「昔からよく言うだろ?モテる子には『悪い虫が寄ってくる』って」

 ほむらがスプレーを大量に中沢に浴びせる。
 とたんに羽虫の群れが中沢の顔が見えなくなるぐらい集まってくる。

中沢「うわーいこんなに虫が寄ってくるなんて僕はモテモテだー」

55: 2012/10/21(日) 08:42:40.44 ID:qCEHCUNQo
【結界―お菓子の魔女―】

 恭介の入院している病院で孵化間近のグリーフシードを見つけたまどかたち。
 さやかとキュゥべえが結界の奥へ向かう一方、まどかはマミの元へ行き協力を取り付ける。

まどか「間に合ってよかったー」

マミ「無茶しすぎ、って怒りたいところだけど、今回に限っては冴えた手だったわ」

マミ「これなら魔女を取り逃がす心配も――」

 足音に気づいて振り返るマミ。
 そこへやってくるほむら。

マミ「言ったはずよね。二度と会いたくないって」

ほむら「今回の獲物は私が――」

 自分の手を見つめるほむら。
 ――手はつなぐことだってできる――

ほむら「私が協力するから、二人で倒しましょう」

56: 2012/10/21(日) 08:44:12.63 ID:qCEHCUNQo
マミ「どういう心境の変化かしら」

ほむら「今度の魔女は、これまでの奴らとは訳が違う」

マミ「そう?じゃあ、あなたはこの魔女と戦ったことがあるんだ?」

マミ「そして尻尾を巻いて逃げ出した、と」

まどか「マミさん……」

 明らかに挑発的なマミに、不安を覚えるまどか。

ほむら「どう解釈しようが自由よ」

 手を差し伸べるほむら。

まどか「ほむらちゃん……」

 小さな、喜びの入り混じった声。
 マミも右手を差し出し――

 ピシャリ。

 マミの手がほむらの手を払いのける。

57: 2012/10/21(日) 08:45:37.53 ID:qCEHCUNQo
マミ「信用すると思って?」

ほむら「……」

 マミを一瞥すると、素早く踏み込んでマミのスカートをめくり上げるほむら。

マミ「キャッ!」

 予期しない反撃に驚くマミ。
 涙をためた目で、きっ、とほむらを睨む。
 後方に跳び下がると、開いた手をほむらに向ける。
 直後に、ほむらの足元からリボンが伸びてきて拘束する。

58: 2012/10/21(日) 08:46:45.42 ID:qCEHCUNQo
 カラン。
 金属音とともに、スプレー缶がほむらの足元に転がる。

 マミはおもむろにスプレー缶を拾い上げると、軽く噴射してみる。
 続いて自分の手のひらにもう一度。

マミ「催涙スプレー、というわけでもないみたいね。これがあなたの魔法の武器かしら?」

 マミが地面にスプレー缶を投げ捨てる。

ほむら「馬鹿っ、こんなことやってる場合じゃ……!」

マミ「大人しくしていれば帰りにちゃんと解放してあげる」

マミ「行きましょ、鹿目さん」

まどか「は、はい……」

59: 2012/10/21(日) 08:48:16.41 ID:qCEHCUNQo
【結界最深部】

 まどかとの魔法少女コンビ結成に浮かれるマミ。
 さやか、キュゥべえとの合流を果たしたのも束の間、魔女が誕生してしまう。

 脚の長い椅子にちょこんと座ったお菓子の魔女。
 マスケット銃を振り回して椅子を倒し、魔女を落とすマミ。

マミ「せっかくのところ悪いけど、一気に決めさせて――もらうわよ!」

 一方的な攻撃に足元に転がった魔女をさらに撃ち抜き、リボンで吊り上げる。
 とどめの一撃は言うまでもない。巨大な銃身が現れ魔女に狙いをつける。

60: 2012/10/21(日) 08:49:29.29 ID:qCEHCUNQo
 獲物を狙うハンター。今のマミはまさしくハンターだ。
 が、マミも、まどかも、さやかも、獲物を狙う別のハンターが存在していることに気づかない。

 それはお菓子の魔女よりもっとちっぽけで、醜いもの。
 台所の深淵に潜む名状しがたき黒い六つ脚。
 核戦争にさえ耐えると言われた最強の生物。
 適度な温度と湿度、それに食料があればたとえ結界であろうとも棲息を阻むことはできない。
 “それ”は孤独であったが、ついさっき“人間には感じ取れないフェロモン”が近くに
発生していることに気づき、仲間に出会えると思った。
 人間が見れば忌み嫌うであろう翼を広げ、“それ”は飛んできた。

マミ「ティロ・……!」

 ぺたり。
 “それ”がマミの左手にとまる。

マミ「きゃあああっ!」

 混乱して、必殺の一撃はあらぬ方向へ飛んでいく。
 音に驚いた“それ”もどこかへ消えた。

さやか「はずした?……危ない!」

 小さな魔女から、どこに収納されていたのかと思うような大きな体が飛び出した。

61: 2012/10/21(日) 08:50:58.50 ID:qCEHCUNQo
【結界】

天童「ほむら!」

 マミのリボンに拘束されているほむらを見つけ、駆け寄る天童。

天童「何だこりゃ。はずれやしねえ」

ほむら「その前に、ここがどこか疑問に思ったりしないの?」

天童「どこだっていいじゃねえか。住めば都って言うしよ」

ほむら「私は疑問だわ。ここに、あなたがいること自体が」

ほむら「……前に、巴マミとの仲は険悪と言っていたわね」

ほむら「まさか、あのときも結界の中まで尾行していたの?」

天童「オメー、俺を置いてとんずらしたじゃねえか」

天童「それより、もうすぐタイムリミットだ」

天童「早くマミちゃんのスカートめくって命題クリアしようぜ」

ほむら「……いけない。見つかったようね」

天童「あん?」

 天童が振り返ると、ネズミをふくらませたような使い魔の群れが二人に近づいてくる。

天童「何じゃあこりゃあ!」

62: 2012/10/21(日) 08:52:35.30 ID:qCEHCUNQo
ほむら「逃げなさい。ここは魔女の棲家。天使のいる処ではないわ」

天童「馬鹿野郎、ぐるぐる巻きになってるお前を置いて逃げられっか」

ほむら「私なら自分で何とかする」

天童「まだそんなこと言ってんのかよ!お前はプリンセス天功か?」

天童「チクショウ、はずれねえ。何でできてんだ?こいつは」

ほむら「……手をつなぐことができるって言ってたけど、結果はこの有様よ」

ほむら「差し伸べた手は払いのけられ、こんなところに縛られて」

ほむら「結局、誰かと一緒になんて綺麗事にすぎないわ」

天童「払いのけられたらその手を掴めばいい。また払われてもまた掴んでやったらいい」

天童「手で不足なら体でしがみつけ。俺はそう信じてる」

天童「だから、わざわざここまで来たんだろうが」

ほむら「こんなことになるなんて……生きたかった」

天童「な、泣くな!こうなりゃこの俺が雑魚どもを片づけて――」

 一斉に群がる使い魔。
 二人の姿はあっという間に埋もれてしまった。

63: 2012/10/21(日) 08:54:01.55 ID:qCEHCUNQo
【結界最深部】

マミ「こいつが本体?」

 混乱しているとはいえ、仕損じた自覚がマミに隙を生じさせなかった。
 別のリボンを壁に打ちつけ、掃除機のコードが収納されるように壁に引き寄せられるマミ。
 やや遅れて、魔女が頭から突進する。

まどか「マミさん!」

マミ「大丈夫!伏せて!」

 無数の銃身による斉射を浴びせながら、まどかたちの方を見るマミ。
 すぐに決着がつけられる。そう思っていたから、魔女に対する防御壁を彼女たちに張っていない。

 ――無関係な一般人を巻き込むのは、あなたの専売特許だもの――

マミ「油断したわね。これじゃ、あいつの言うとおりになっちゃう」

 顔を上げた魔女が、たちまちもう一度口から別の本体を吐き出す。
 マミが手をぴんと伸ばして独楽のように回転すると、その軌跡にマスケット銃が展開される。
 向かってくる魔女に六発。ジャンプで回避しながらさらに二発。
 ダメージをものともせずに魔女がマミを狙う。

マミ「――今!」

 魔女の足元からリボンが絡みつき、動きを封じる。
 脱皮しようとするその口にリボンがバツ印のように貼りつき、魔女は目を白黒させる。

マミ「ティロ・フィナーレ!」

 巨大な銃身から放たれる圧倒的なエネルギーを受け、魔女の体が爆発四散する。

さやか「やった!」

64: 2012/10/21(日) 08:56:00.35 ID:qCEHCUNQo
【病院・駐輪場】

 魔女の消滅で、結界そのものも消失する。
 天童たちに群がった使い魔もかき消すように逃げ散ってしまった。

天童「……助かったのか?」

天童「……ほむら?」

 マミのリボンに拘束されたままのほむらが地面に横たわっている。
 天童が抱き起こすがほむらはぴくりとも動かない。
 天童が時計を見る。17:31。

天童「おい……嘘だろ?だから昨日、済ましときゃよかったのに……」

 ほむらの顔をぴしゃりと叩くが、何の反応もない。
 呼吸もしていない。

天童「まさか……脈は」

 ほむらの腰のあたりを覆うリボンに手を突っ込んで、ほむらの手首に触れる。

天童「何でだよ。まだ一つ目の命題じゃねえか。一つ目でしくじるなんて、そんな話があるか」

ほむら「ひどい話ね。命題が複数あるなら、先にそう言えばいいのに」

天童「ほむら!」

 驚いた表情でほむらを見る天童。

ほむら「氏んだふりよ。コツは教えられないけど、特技の一つと言ってもいいわね」

ほむら「私も言ってなかったけど、命題はとっくにクリアしてたから」

ほむら「それと、さっきのは嘘泣き」

天童「て、テメー、コンチクショウ、悔しかーっ!悔しかーっ!」

65: 2012/10/21(日) 08:57:06.65 ID:qCEHCUNQo
【病院・女子トイレ】

 魔女を撃退し、グリーフシードも手に入れたマミ。
 洗面台で、執拗に手を洗っている。
 不安そうに見つめるまどかとさやか。

さやか「あの……マミさん?」

マミ「何?」

さやか「さっきから、随分熱心に手を洗ってるみたいですけど」

マミ「こ、これはね。きわどい勝利のときに自分を見つめ直す……」

マミ「そう、滝に打たれて修行するようなものよ!」

まどか「滝、ですか」

マミ「そういえば鹿目さん、願い事は決まった?」

まどか「えっ?ま、まだです」

マミ「そう。でもこの話はまた今度にしましょう」

まどか「どうしたんですか?」

マミ「今日は、どんなご馳走を見ても食欲がわかない気がするの」

66: 2012/10/21(日) 08:58:22.33 ID:qCEHCUNQo
【病院・駐輪場】

 結界が消えても解けないほむらの拘束。
 リボンをほどこうと四苦八苦している天童。
 そこに通りかかるマミ、まどか、さやか。

マミ「魔女は退治したわ」

ほむら「そのようね」

マミ「でも、あなたの言っていることも正しかった」

マミ「一歩間違えば、鹿目さんや美樹さんを危険にさらすところだった」

マミ「そういう意味では、あなたに教えられたことになるのかしら」

ほむら「気にする必要はないわ」

マミ「私、借りを作るのって嫌いな性分なの」

 マミが手をかざすとほむらの拘束が解ける。
 立ち上がったほむらに、手に入れたばかりのグリーフシードを投げてよこすマミ。

さやか「えっ?どうしてコイツに」

マミ「私はこの間の分でソウルジェムを浄化したから、それは使ってないわ」

 グリーフシードを見つめるほむら。
 小さくうなずいてポケットにしまい込む。

67: 2012/10/21(日) 08:59:25.44 ID:qCEHCUNQo
マミ「今度魔女がかち合ったら、そのときは二人で倒しましょう」

 手を差し伸べるマミ。
 天童と顔を見合わせるほむら。
 親指を立てる天童。
 ほむらは差し出された手を取ろうとし――

マミ「それっ!」

 マミの手がほむらの手をかわし、両手でほむらの胸にタッチする。

ほむら「な……!」

マミ「これで本当に、貸し借りなしよ!」

 マミを除く全員が呆気に取られる。

マミ「鹿目さん、美樹さん。行きましょ」

マミ「暁美さん。さっき言ったことは本気だから。そのときはよろしくね」

 まどかとさやかを連れて去っていくマミ。

68: 2012/10/21(日) 09:00:58.08 ID:qCEHCUNQo
天童「……はっ、忘れてた」

 われに返った天童、両手でカチンコを鳴らす真似をする。

天童「カーット!『スキンシップ』クリアだ!」

天童「例え意見が一致しなかったり、好きじゃない相手だったとしても」

天童「避けるんじゃなく体で、全力でぶつかる!これが命題の本当の意味だ!」

天童「くーっ。いいこと言った、俺。メモしとこ」

 天童は手帳を取り出し、何やら書き込む。

ほむら「命題をクリアした、といっても、このどうしようもない悔しさは何かしら」

天童「子供同士じゃれ合ってかわいいもんじゃねえか」

天童「昨日の敵は今日の友、ってか。あっ、またいいこと言った。メモメモ」

69: 2012/10/21(日) 09:02:05.37 ID:qCEHCUNQo
ほむら「結局、命題はいくつあるの?」

天童「四つだ。つまり残りは三つ、ってわけだな」

ほむら「……それはまとめて挑戦してしまえるものではないの?」

天童「無茶言うなよ。大体、今の命題だってこの俺のフォローでやっとクリアできたんじゃねえか」

ほむら「足を引っ張っただけじゃないの?」

 ほむらがスプレー缶に気づく。
 拾い上げ、天童に手渡す。

ほむら「助けにきてくれたお礼よ。『モテモテスプレー』ですって」

天童「モテモテ?まさに、俺を言い表したようなスプレーじゃねえか。どれ」

 天童がスプレーを噴射すると、羽虫の群れがまとわりつく。

天童「おい、ほむら!話が違うじゃねえか!」

ほむら「ただでさえまどかの保護と、ワルプルギスの夜対策の両方で忙しいのに」

ほむら「こんな変てこな人につきまとわれるなんて」

ほむら「ホント、災難もいいところね」

ほむら「これからどうなるのかしら」

70: 2012/10/21(日) 09:03:26.61 ID:qCEHCUNQo

天国に一番近いほむら 巴マミ編「後悔なんて、あるわけない」 終わり


83: 2012/10/28(日) 00:01:00.75 ID:3GbZy2/ho
天童「こちらスネーク。『天国に一番近いほむら』の楽屋裏に潜入した」

ほむら「あなたは出演者だから誰はばかることなく入ってこれるじゃない」

天童「いいんだよ。こういうのは気分」

天童「補足説明を俺とオメーの二人でやってみたらよ、なんつーか、その」

天童「MGSの無線通信みたいな感じになっちまったからな」

天童「仕方なく、前フリしてやってんじゃねえか」

天童「それもこれも、オメーの説明が淡々としすぎなせいだ」

ほむら「説明というのは伝えたいことが伝わればそれでいい」

ほむら「余計な脚色は必要ないわ」

ほむら「今回は、『天国に一番近い男』から、インチキ天使の天童世氏見と」

ほむら「商品開発部の瀬戸口克陽について説明するわ」

天童「誰がインチキ天使だ、ダメ人間」

84: 2012/10/28(日) 00:02:25.25 ID:3GbZy2/ho
補足その1・天童世氏見について

天童「俺のことか」

天童「天使の中の天使。頭脳明晰、才色兼備」

ほむら「あなたは黙ってて」

ほむら「天童世氏見はそもそも偽名で、名前を聞かれたときにテレビで映っていた天童よしみからとった」

ほむら「名乗る名前さえ決めていないくせに居座ろうとするあたり、いい加減な性格がうかがえるわ」

ほむら「性格に関しては、これ以上触れない」

ほむら「ここで紹介した性格で脳内補完しろ、というのは手抜きだから」

天童「確かに、設定紹介で『最強の剣士』とかやられても読む方は困るよな」

天童「相手の行動を読む洞察力が鋭い、とか、動体視力を活かして紙一重でかわす、とかよ」

天童「ちょっとでも詳細に触れていりゃまだ納得がいく」

天童「そういう説明のないやつに限って、強敵を倒した理由は『最強の剣士だから』」

天童「それじゃ軍人将棋と同じじゃねえか」

天童「登場人物のデコに階級貼っとけよ」

ほむら「辛口なのは結構だけど、あなたもドラマの中で何度か『なぜなら、僕は天使だから』と言っているわ」

天童「一緒にすんな。それは四郎が人間相手の命題を俺に対してやろうとしたからだろうが」

ほむら「四郎、というのは主人公の甘粕四郎のことね」

ほむら「彼が命題をクリアしたことが、こうしてつきまとわれる原因の一つなのだけど」

85: 2012/10/28(日) 00:04:58.43 ID:3GbZy2/ho
ほむら「天使、というからには常人にはないアドバンテージがある」

ほむら「天使としての特殊能力は三つ」

ほむら「《神出鬼没》《スーパー情報収集/情報収集》、それと今は明かせないもう一つ」

ほむら「命名は>>1が勝手につけたものよ」

天童「センス悪いにもほどがあるだろ。スーパー情報収集、って」

天童「これじゃチラシ見て、今日はこの店のにんじんが安いとか言ってそうじゃねえか」

ほむら「名前の挙がった《スーパー情報収集》だけど、他人の経歴、家族構成その他を瞬時に取得できる」

ほむら「甘粕四郎はもとより、偶然乗り合わせたタクシーの運転手の情報も入手している」

ほむら「娘に仕送りするため頑張っている、という事情を言い当てているわ」

ほむら「もしかすると、『あっ、そっち行かない方がいいと思うよ』もこの能力に含まれるのかも」

天童「善意で言ってやってるのに、大抵無視されるんだよな」

天童「まっ、家の中じゃせいぜい画鋲を踏むぐらいですむけどよ」

ほむら「個人情報を手に入れる意味での《スーパー情報収集》は便利すぎるせいか、あまり使っていない」

ほむら「《情報収集》にシフトしていったと考えられるわ」

86: 2012/10/28(日) 00:07:30.67 ID:3GbZy2/ho
ほむら「《情報収集》は、欲しい情報が書かれた『紙』をどこからか調達してくる」

ほむら「柔道対決のときはメンバー表。銀行の見取り図を手に入れてきたこともあったわ」

ほむら「いずれの際も、『拾った』と言い張っている」

天童「拾ったんだからしょうがねえだろ」

ほむら「銀行に侵入した回ではピッキングでロッカーの鍵を開けていたけど」

ほむら「特技が盗みに特化されている天使なんてほかにいないでしょうね」

87: 2012/10/28(日) 00:09:21.37 ID:3GbZy2/ho
ほむら「《神出鬼没》。自分が知っている人物の近くに突然現れることができる」

ほむら「『いつの間にか車の後部座席にいた』なんてホラーっぽいこともやってるけど」

ほむら「あなたじゃ怖くもなんともないわね」

ほむら「性質的に主人公のピンチに颯爽と現れることができるはずなのに」

ほむら「暴力沙汰に巻き込まれた甘粕四郎を助けに来たことは一度もない」

天童「うるせえ。それも含めて神様の試練なんだよ」

天童「だいたい、助けに入ってたら話が盛り上がらねえじゃねえか」

天童「主人公にはときにはピンチも必要なんだよ」

88: 2012/10/28(日) 00:10:53.46 ID:3GbZy2/ho
ほむら「身体能力は一般人と変わらない。一般人の尺度でせいぜい『中の上』」

ほむら「戦闘、特に魔女相手となると、ほとんど無力ね」

ほむら「ワルプルギスの夜はともかく魔女程度なら単独で倒せるのがクロスキャラの相場」

ほむら「これはつまり、『これは何と読む? ハズレ』みたいなものかしら」

天童「かーっ、腹立つー!せっかく来てやったのにハズレ呼ばわりかよ」

天童「そもそも、それの元ネタやってたとき、お前生まれてねえだろ」

天童「ただでさえ十年も前のドラマとクロスして記憶に残っている読者も少ないのに」

天童「さらにふるいにかけるような真似しやがって」

ほむら「名作は時間を超越して存在する」

ほむら「『天国に一番近い男』が現在においてなお支持されているのも、そういう理由だと思う」

天童「おっ、いいこと言った。それ使えるな。メモしとこ」

89: 2012/10/28(日) 00:12:36.27 ID:3GbZy2/ho
ほむら「本編からもわかるとおり、風貌に言動にと、とかく天使と思えない要素が揃っている」

ほむら「それを活かして甘粕四郎が『あんた本当に天使なの?』と疑う掛け合いが何度も繰り返された」

ほむら「毎週氏と隣り合わせの生活をしていながらまだ疑っているなんて、愚かなのか鈍感なのか」

ほむら「誰かさんの影響で神経が図太くなった、とも考えられる」

天童「神経なんて太い方がいいんだよ。どんな環境でも明るく前向きに生きていける」

天童「いいことじゃねえか」

ほむら「……それ、私のジュースだから後で買って返しなさい」

90: 2012/10/28(日) 00:14:27.15 ID:3GbZy2/ho
補足その2・瀬戸口克陽

天童「瀬戸口なんて、本編に出てたか?」

ほむら「本編では中沢が代役をしているわ」

ほむら「瀬戸口克陽。甘粕四郎の勤める『MONOカンパニー』社員」

ほむら「流行の波を読むアンテナには大いに問題があり、彼の扱う商品はおよそ売れそうにないものばかり」

ほむら「『熊ブームが来ると思って』なんて、どういう経緯で思いついたのか教えてもらいたいものだわ」

ほむら「彼が披露した品は、ドラマ中で効果的に用いられることが多い」

ほむら「トランポリンが転落した甘粕四郎の命を救ったかと思えば、毒蛇に噛まれて氏に瀕したこともある」

ほむら「多くの場合、甘粕四郎にとってプラスの効果をもたらしている」

ほむら「そのため、地味ながら登場シーンや小道具を覚えている視聴者もいるのではないかしら」

92: 2012/10/28(日) 00:17:29.38 ID:3GbZy2/ho
ほむら「本編では『モテモテスプレー』が巴マミの命を救うことになったけど」

天童「あんな半モブみたいな奴が生き氏にを分けるなんて、ドラマ未見だったらわけわかんねえよな」

天童「マミちゃんをかっこよく救出するのは俺の役どころじゃないのかよ」

ほむら「巴マミはクロスキャラにお菓子の魔女を倒してもらうまでもなく勝てる実力があった、そういうことよ」

天童「俺があと10歳若けりゃ白馬の王子様だったのによ」

ほむら「ちなみに、本編ではこれ以降中沢が瀬戸口を演じることはないし、小道具も出てこない」

ほむら「美樹さやか編を読めば理由がわかる人もいるはず」

ほむら「あと、伏線を張ってそれを回収するのにボリュームを取られると私や天童の行動が制限される」

天童「確かに、俺のありがたい説話に心打たれて変わった、ってところがないよな」

天童「オメーは原作とほとんど一緒の行動しかしてねえし」

天童「まだ最初の命題だから大目に見といてやるが、次からは俺の活躍でちょっとは成長しろよ」

ほむら「私には、あなたの無駄話が一番ボリュームを圧迫しているように思えるのだけど」

93: 2012/10/28(日) 00:19:32.00 ID:3GbZy2/ho
ほむら「今回の補足説明は以上ね」

天童「だいたい、ドラマはDVDで観ろ。掲示板で知った気になるなんてダサー」

ほむら「ドラマ未見の人には喧嘩を売っているようにしか聞こえないわ」

ほむら「裏番組の『もののけ姫』について、『映画は映画館で観ろ』と言った台詞の改変よ。他意はないわ」

ほむら「本編じゃ裏番組なんてないからネタを消費しておいただけ」

ほむら「とはいえ、ドラマに興味がわいた読者はなるべく早く視聴することをお勧めするわ」

天童「この補足説明の中でもネタバレがあるしな。本編なんて、この先もっと……ムグッ」

ほむら「一つ忠告しておくと、『天国に一番近い男』には続編にあたる『教師編』が存在する」

ほむら「命題をクリアできなかったら即氏亡、というコンセプトは同じだけど天童世氏見の性格が大きく異なる」

天童「眼鏡をかけていた頃のほむらと今のほむらぐらいは違うな」

ほむら「本編で関心を持ったのなら『教師編』ではない方から観て」

ほむら「それでは、本編の続きを、どうぞ」

94: 2012/10/28(日) 00:20:55.84 ID:3GbZy2/ho
天国に一番近いほむら 美樹さやか編

【???】

 崩壊した街に雨が降り注ぐ。
 水溜りの中に倒れているほむらとまどか。
 二人のソウルジェムは濁り、二人に限界が近いことを示している。

まどか「私たちも、もうおしまいだね」

 うなずくほむら。

ほむら「グリーフシードは?」

 首を横に振るまどか。

ほむら「……そう」

ほむら「ねえ、このまま二人で怪物になって、こんな世界メチャクチャにしちゃおっか」

ほむら「ヤなことも、悲しいことも、全部なかったことにしちゃえるくらい」

ほむら「壊して、壊して、壊しまくってさ」

ほむら「それはそれで、いいと思わない?」

 こらえきれず、涙を流すほむら。
 ほむらの手の中にあるソウルジェムを、グリーフシードで浄化するまどか。

まどか「さっきのは嘘」

まどか「一個だけ、取っておいたんだ」

 微笑むまどか。

ほむら「そんな……!何で私に!」

まどか「私にはできなくて、ほむらちゃんにできること、お願いしたいから」

95: 2012/10/28(日) 00:22:27.59 ID:3GbZy2/ho
まどか「ほむらちゃん、過去に戻れるんだよね」

まどか「こんな終わり方にならないように、歴史を変えられるって、言ってたよね」

まどか「キュゥべえに騙される前の、バカな私を助けてあげてくれないかな」

ほむら「約束するわ。絶対にあなたを救ってみせる」

ほむら「何度繰り返すことになっても、必ずあなたを護ってみせる」

まどか「よかった……」

 まどかが苦しみだす。

まどか「もう一つ、頼んでいい?」

まどか「私、魔女にはなりたくない」

96: 2012/10/28(日) 00:24:29.14 ID:3GbZy2/ho
【ほむらのアパート】

 ベッドの中。ほむらが目を覚ます。

ほむら「……約束」

ほむら「……ごめんなさい。今度こそ」

天童「うーっ、UNKO!」

天童「チャッ、チャッラッチャッチャ、チャッ、チャッラッチャッチャ」

ほむら「……」

 顔をしかめて起き上がるほむら。

天童「……チャチャチャッ、チャチャチャッ!ウー!」

天童「朝から快腸、快腸で、思わず歌も出る、ってんだ」

 ブッ、という音。

天童「いけね、屁も出た」

天童「臭かーっ、臭かーっ。たまらーん!」

97: 2012/10/28(日) 00:26:13.14 ID:3GbZy2/ho
ほむら「あなた、本当に天使なの?」

天童「そうとも、僕は天使さ」

 胸に手を当て、さわやかな口調で言う天童。

ほむら「随分、イメージが違うわ」

天童「ひょっとして、惚れた?」

天童「くーっ、迷える子羊を、恋に迷わせる。なんて罪作りな俺!」

ほむら「……絶望した天使が悪魔を生み出すとしても、こいつは絶対絶望しそうにないわね」

 コトン。
 新聞受けの方から物音。

天童「おっ、命題か?」

ほむら「朝から気が沈むことばかりね」

 ほむらが新聞受けから封筒を取る。

ほむら「こんな封筒に紙切れ一枚。普通だったら信じられるはずがない」

ほむら「でも魔法少女が存在するのなら、神様がいてもおかしくはない……」

 封筒から手紙を取り出し、文面に目を通す。

98: 2012/10/28(日) 00:27:54.04 ID:3GbZy2/ho
 ――5日後の16:43までに、
     美樹さやかに美しい音楽を聞かせなければ即氏亡

99: 2012/10/28(日) 00:29:50.88 ID:3GbZy2/ho
ほむら「美しい音楽って、具体的にはどういうこと?」

天童「まあアレだな。うーっ、Uっ……!」

 命題の手紙を天童の口に突っ込むほむら。

ほむら「少なくとも、それは違うことだけはわかったわ」

天童「俺はヤギかよ!」

100: 2012/10/28(日) 00:31:47.88 ID:3GbZy2/ho
【学校】

ほむら「一応聞いてみるけど、美しい音楽に関する品物って開発してる?」

中沢「えっ、俺の美しい歌声が聞きたい?」

 中沢がマイクを取り出す。
 それを見た生徒たちが一斉に逃げ出す。

中沢「ボエー♪」

 破壊力抜群の歌に、ガラスの仕切りが音を立てて割れていく。
 耳をふさいだほむらも苦しそう。

ほむら「……田舎者でもスター気分の音痴矯正マイク、通販になかったかしら」

101: 2012/10/28(日) 00:33:48.45 ID:3GbZy2/ho
【学校・屋上】

さやか「何、こんなところに呼び出して。果し合いでもしようっての?」

ほむら「いいえ。それとも果し合いを望んでいるの?」

さやか「……用って何さ」

ほむら「CDショップに行きたいけど、ここに来て間がないから店がわからないの」

ほむら「あなたが知ってる、美しい音楽が聴ける店に連れて行ってもらえないかしら」

さやか「美しい音楽?何それ。でもまあ、CDショップなら心当たりあるからいいけど」

ほむら「そう。じゃあ今日の放課後。お願いするわ」

 ほむらが去っていくその後姿を、不審そうに見送るさやか。

さやか「わかんないヤツ。何か企んでるの……?」

102: 2012/10/28(日) 00:35:22.83 ID:3GbZy2/ho
【CDショップ】

さやか「暁美さんってどんな曲が好きなわけ?」

ほむら「私、音楽聴かないの」

さやか「はあ?」

ほむら「転校する前は入院していたし」

ほむら「だから誰それの曲聴いた?なんていう話題に合わせる必要もなかったわ」

さやか「じゃあ話題の曲がいいの?」

ほむら「美しい音楽」

さやか「だからさ、美しい音楽って、せめてジャンルぐらい言ってよね」

ほむら「あなたは、美しい音楽と言われたら何を連想する?」

さやか「……ヴァイオリン」

ほむら「じゃあクラシックの曲にしましょう」

 クラシックのCDを購入するほむら。

さやか「これ、二枚とも同じ曲じゃない」

ほむら「そうね。これはお礼よ。できれば明日、曲の感想を聞かせて欲しいわね」

 CDの一枚をさやかに手渡すほむら。

ほむら「ありがとう。これから用事があるので帰らせてもらうわ」

さやか「ちょっと、ねえ、……ホント、わかんないヤツ」

103: 2012/10/28(日) 00:38:16.19 ID:3GbZy2/ho
【深夜/ほむらのアパート】

 帰宅するほむら。

天童「遅かったじゃねえか。日付が変わっちまったぞ」

天童「健全な女子中学生の生活から足を踏み外すと、しまいにゃ人間の枠からも足を踏み外すぞ」

ほむら「生活指導の先生みたいなことを言うのね」

天童「当たり前じゃないか。君の行く末を心配して言っているんだよ」

 さわやかな人物気取りの天童。

天童「なぜなら、僕は天使だから」

ほむら「羽根もなければ輪っかもない。奇跡の一つも起こせない」

ほむら「そこまで自信たっぷりに言い切れる図太さには呆れるわ」

天童「あっ。人が心配してやってるのにその態度」

天童「それに、お前にはクリアしなきゃならねえ命題だってあるだろうがよ」

ほむら「それなら問題ないわ。多分、もうクリアしていると思うから」

天童「多分?」

 コトリ。
 新聞受けから物音。

天童「ってことは、次の命題か?」

 新聞受けから封筒を取り出し、手紙の文面を読む天童。

天童「ほむら」

ほむら「今日は疲れたの。次の命題の話なら――」

 天童が黙ってほむらに手紙を渡す。

104: 2012/10/28(日) 00:42:22.75 ID:3GbZy2/ho
 ――4日後の16:43までに、
     美樹さやかに美しい音楽を聞かせなければ即氏亡

105: 2012/10/28(日) 00:45:18.28 ID:3GbZy2/ho
ほむら「まだCDを聴いていないのかしら」

天童「CD?」

天童「まさか、CDの音楽を聴かせてクリアした、なんて言うんじゃないだろうな?」

 きょとんとするほむら。
 大げさに天を仰ぐ天童。

天童「もう、馬鹿ーっ。馬鹿ーっ」

天童「わっ、箱から音が、って驚く石器時代の人間じゃあるまいし、そんなので心が動くかよ」

天童「美しい音楽ってのは、心を揺さぶるんだよ」

ほむら「じゃあコンサートにでも誘うわ。心が動いてくれればいいけど」

天童「そうじゃねえよ。心を動かすんだったら、お前自身が歌なり演奏なりすればいいんだ」

天童「心を込めた演奏だからこそ心が動く。おっ、今いいこと言った、俺」

天童「メモしとこ」

ほむら「それには大きな問題があるわ」

天童「何だよ」

ほむら「私、楽器の演奏なんてできない」

110: 2012/10/28(日) 08:58:19.50 ID:3GbZy2/ho
【夕方/病院・恭介の病室】

ほむら「そういうわけで、あなたにヴァイオリンを習いたいの」

恭介「……」

ほむら「私の情報では、あなたは怪我をする前天才ヴァイオリン奏者だったと聞いている」

恭介「それ、嫌がらせ?」

ほむら「私はヴァイオリンで人の心を動かしたい」

ほむら「だから、実際にそれができる人から教わるのが一番だと思っただけ」

ほむら「3日、いいえ、4日でそういう演奏ができるようになる」

ほむら「そのために力を貸して」

111: 2012/10/28(日) 08:59:48.87 ID:3GbZy2/ho
恭介「ヴァイオリンの話なんて、もう聞きたくないんだよ!」

恭介「自分で弾けもしない曲、ただ聴いてるだけなんて!」

ほむら「あなたの手はもうヴァイオリンを弾けない」

恭介「……誰が、そんなことを。先生から聞いた?」

ほむら「さあ、どうかしら。でもそんなことはどうでもいい」

ほむら「私は、頼る人を間違っていたみたいだから」

112: 2012/10/28(日) 09:01:18.67 ID:3GbZy2/ho
ほむら「あなたは人の心を動かす演奏ができると思ってたけど見込み違い」

ほむら「そういう意味では、怪我を口実にできるあなたは幸せね」

恭介「君が女の子だからって、言っていいことと悪いことがあるぞ」

ほむら「あなたがヴァイオリンを弾けたとしても、人の心を動かすことはできない」

ほむら「演奏を繰り返して繰り返して、そういう結論に到達してしまう」

ほむら「その方が――よっぽど、残酷」

113: 2012/10/28(日) 09:03:09.60 ID:3GbZy2/ho
恭介「そこまで言うんだったら弾き方を教えてやるよ」

恭介「4日?それで人の心を動かす?」

恭介「ヴァイオリンがそんな甘いものじゃないことをわからせてやる!」

恭介「明日、ヴァイオリンを持ってここへ来い」

114: 2012/10/28(日) 09:04:18.31 ID:3GbZy2/ho
【病院・駐輪場】

 ほむらの携帯電話が鳴る。
 ディスプレイに“まどか”の文字。

ほむら「もしもし、――」

マミ「暁美さん?魔女を見つけたわ。今から言う場所に来てくれる?――」

115: 2012/10/28(日) 09:05:32.92 ID:3GbZy2/ho
【結界―委員長の魔女―】

 地面が見えない高高度に無数の洗濯ロープが張り巡らされている。
 洗濯ロープに袖を通された無数のセーラー服が風を受けて揺れている。

マミ「鹿目さんがあなたの携帯電話の番号を聞いてくれていて助かったわ」

まどか「この間、マミさんに連絡できなくて遅くなっちゃったから」

まどか「マミさんの番号聞いたときに、ほむらちゃんの番号も知っておいた方がいいかなって」

 照れ笑いするまどか。

さやか「それにしても、これじゃ先に進めないよ」

 何もない空間に、ぽっかり空いた穴。最深部入り口にいる四人。

マミ「暁美さん、行けそう?」

 問われて、マミとまどかを交互に見るほむら。

ほむら「ええ、大丈夫」

 身を躍らせ、洗濯ロープの一本に器用に着地するほむら。
 続いて、マミも別のロープに優雅に着地する。
 マミが展開した防御壁ごしに、二人の様子を覗き込むまどかとさやか。

116: 2012/10/28(日) 09:07:52.32 ID:3GbZy2/ho
 二人の到着を待っていたように、机や椅子が降り注ぐ。

マミ「とりあえず、各自の判断で対処しましょう」

ほむら「わかったわ」

 ほむらが洗濯ロープの上を駆けていく。

まどか「ほむらちゃん、凄い」

さやか「見ているだけで足が震えるよ」

117: 2012/10/28(日) 09:09:36.56 ID:3GbZy2/ho
マミ「見たところ、彼女、あの盾で戦うようだけど」

マミ「どんな能力なのかしら」

 ほむらの挙動に注意しつつ、リボンを洗濯ロープに絡めてスパイダーマンの要領で
ロープからロープへ伝っていくマミ。
 魔女のスカートの中から二人を目がけて飛び出す、無数の使い魔。

 ベレー帽を脱いで投げるマミ。
 直後に自分もリボンにぶら下がってそれを追う。
 ゆっくりと舞うベレー帽が二丁ずつマスケット銃を落とす。
 キャッチするや即座に使い魔を撃ち落とし、次の銃に持ち替えていくマミ。
 最後にベレー帽を取り、洗濯ロープの上に立つ。
 胸にベレー帽を当て、もう一方の手でスカートの裾をつまんで一礼するマミ。

118: 2012/10/28(日) 09:10:46.26 ID:3GbZy2/ho
 マミが使い魔を撃墜していく一方でほむらはただ駆けるだけだったが、
不意にその姿が消えたかと思うと、別の洗濯ロープの上に移動している。

さやか「消えた!……あれっ?」

マミ「……瞬間移動、と、あれは……?」

 盾から機関銃を出し、六本の手に向かって撃つほむら。
 さらに時間停止を発動させ、ロープを飛び移りながら魔女に接近する。
 今度は盾から日本刀を出して魔女を支えるロープを切断していく。
 元の位置に戻り、機関銃を手にしたところで時間停止が解除される。

 一本を残して、魔女を支えるロープが切断される。
 一本のロープにぶら下がるだけの無防備な状態になる魔女。

ほむら「とどめを!」

マミ「機関銃でロープを切断?……いいえ、そんなはずはない」

 戸惑いながらも、巨大な銃身を出現させるマミ。

マミ「ティロ・フィナーレ!」

 避ける術を持たない魔女に直撃し、魔女は落ちていきながら消滅する。

119: 2012/10/28(日) 09:12:06.56 ID:3GbZy2/ho
【夜/工場】

 魔女を倒したことで結界が消える。
 グリーフシードを拾い上げるマミ。
 髪をかきあげるほむら。

マミ「あなたが先でいいわ」

 ほむらにグリーフシードを渡すマミ。
 ソウルジェムを浄化して、ほむらはそれを返す。

マミ「なかなか不思議な武器を持っているのね」

ほむら「あれは魔法じゃなくて本物の機関銃よ」

さやか「えっ、そんなのどうやって手に入れるのさ?」

マミ「それだけじゃないわ。多分、あなたの武器は、『目に見えない』」

 ほむらとマミの間に沈黙が流れる。

マミ「まあ、まだ手の内を全部明かせる関係じゃないけど」

マミ「いつか話してくれることを期待してるわ」

ほむら「そうね」

 立ち去るほむら。

まどか「ありがとう、ほむらちゃん」

 ほむらの背中に向かって声をかけるまどか。

120: 2012/10/28(日) 09:13:26.02 ID:3GbZy2/ho
さやか「……あっ、面会時間終わってる」

マミ「上条くん、だっけ?ごめんなさい、引き止めちゃったわね」

さやか「いえ、いいんです」

さやか「マミさんみたいに直接魔女をやっつけてるわけじゃないけど」

さやか「こうして少しでも魔女から町を守れば」

さやか「その分、きょ……周りの人たちが犠牲になる確率が減るわけだし」

121: 2012/10/28(日) 09:14:46.51 ID:3GbZy2/ho
【翌日/病院・屋上】

恭介「この人は?」

天童「どうも、九州から出てきたほむらの叔父ですばい」

ほむら「勝手について来たのよ。飼い犬か何かだと思って無視してくれればいいわ」

天童「飼い犬って何だよ」

恭介「曲はこれ。『アメイジング・グレイス』」

恭介「難しい曲じゃないから、センスがあれば3日で弾けるかもしれない」

恭介「もっとも、心が動く保証はないけれど」

天童「あっ、俺知ってる。『白い巨塔』のテーマ曲。『お前の余命はあと三日だ!』」

 ほむらに向かって指をつきつける天童。

ほむら「財前教授はそんなことを言わないわ。それと、病院で言う台詞じゃないわね」

恭介「もっとも、君が家に帰ってからもきちんと練習する、ということが前提だけど?」

ほむら「心配には及ばないわ」

恭介「とりあえず、今日は使う分だけ音の出し方を教えるから、それだけは覚えて」

122: 2012/10/28(日) 09:16:05.35 ID:3GbZy2/ho
【病院・恭介の病室】

 がらんとした雰囲気の病室。

さやか「……また、リハビリ中なのかな」

130: 2012/11/04(日) 09:09:23.30 ID:JvrwFIkro
【夜/ほむらのアパート】

 帰宅早々、ヴァイオリンを手にするほむら。

天童「早速練習か。マメなんだな、お前」

ほむら「練習してもうまく弾けるかどうかはわからない」

ほむら「それに、練習したくてもそれどころではなくなる可能性もあるから」

ほむら「限られた時間なら、有効に使うしかない」

天童「へっ。わかってんじゃねえか」

天童「大事なのは、今やるべきことをやることだ」

天童「その積み重ねが、いつかでっかいことを成し遂げる」

天童「オリンピックの金メダリストだって、才能だけであんなに速く走ったりできるわけじゃない」

天童「持って生まれた才能を努力で磨いて磨いて、結果表彰台の真ん中に立っている」

131: 2012/11/04(日) 09:10:59.88 ID:JvrwFIkro
ほむら「茶化すと思ってたら、真面目なことも言えるのね」

天童「あら?心外だなあ」

天童「こう見えても天界界隈じゃ『インテリ天ちゃん』で通ってるんだぜ?」

天童「数学者をさんざん悩ませたファルコンの定理だって、俺が解いたようなもんだしよ」

天童「あっ、そうだ。この問題解ける?旅人が人食いライオンに――」

ほむら「いいから邪魔しないで」

132: 2012/11/04(日) 09:12:18.25 ID:JvrwFIkro
【深夜/ほむらのアパート】

 壁一面に、音階とそれに対応する弾き方を書いた紙が貼られている。
 部屋の真ん中でヴァイオリンを弾くほむら。それを聴く天童。
 弦を押さえるのが間に合わず音を外してしまうほむら。

【さらに深夜/ほむらのアパート】

 毛布をかぶって高いびきの天童。
 意に介さず練習を続けるほむら。

【翌朝/ほむらのアパート】

 土曜日で学校は休み。
 練習をひたすら続けるほむら。

【夕方/病院・屋上】

 恭介の前で演奏するほむら。
 恭介が首を振り、何か大声で言っている。

133: 2012/11/04(日) 09:13:36.24 ID:JvrwFIkro
【夜/ほむらのアパート】

 コンビニの袋を手に提げて帰ってくる天童。
 ヴァイオリンを横たえ、ソファで眠っているほむらを見つける。
 毛布をかけてやる天童。

【明け方/ほむらのアパート】

 やはり練習を続けているほむら。
 いい夢でも見ているのか、ニヤニヤしながら寝ている天童。

【期限前日/病院・屋上】

 動かない手で楽譜を押さえて、右手で納得のいかない箇所を指摘する恭介。
 楽譜を叩いて、ほむらに突きつける。
 受け取った楽譜を見て、演奏をはじめるほむら。
 真剣な表情で見つめる恭介。

【夜/ほむらのアパート】

 演奏を終えるほむら。
 拳をぐっと握りしめ、笑みを浮かべる天童。
 照れたようにうつむくほむら。

134: 2012/11/04(日) 09:15:07.47 ID:JvrwFIkro
【期限当日・放課後/病院・屋上】

 ほむらがヴァイオリンを弾いている。
 それを聴いている恭介、天童、病院スタッフ。
 演奏を終え、恭介を見るほむら。

恭介「ミスはしなかったね」

恭介「でも、それだけだ。機械にデータを打ち込んで演奏をさせるのと変わらない」

天童「何だと、テメー、コンチクショウ」

ほむら「天童」

 天童が身を乗り出しかけるのを制止するほむら。

恭介「原因は、同じ音符に同じ音を合わせていることだ」

恭介「曲の流れをみて、同じ音符でも強弱や硬さ、リズムを変化させるんだ」

恭介「その微妙な違いが演奏に深みを与える。オーケストラに指揮者がいる理由と同じさ」

恭介「さあ、もう一度」

天童「今頃になってそんな事言うんじゃねえよ」

ほむら「いいの」

 ヴァイオリンを構えるほむら。

135: 2012/11/04(日) 09:16:33.61 ID:JvrwFIkro
天童「命題はお前が演奏をものにすることじゃねえ」

天童「さやかちゃんに聴かせなきゃクリアできねえんだぞ」

天童「あと30分と少しで、それができるのか?」

ほむら「彼にヴァイオリンを習うことにしたのは私」

ほむら「それに、彼の言っていることは理解できる」

ほむら「美樹さやかの心を動かすような演奏、そのレベルに到達しなければ、これまでの努力が水の泡」

ほむら「できる限りのことはやってみる」

136: 2012/11/04(日) 09:18:15.04 ID:JvrwFIkro
【病院】

 がらんとした病室。

さやか「今日も空振りか……」

 廊下から、看護師たちの話す声が聞こえてくる。

看護師A「それにしても、最近の中学生って進んでるわね」

看護師B「彼のこと?」

看護師A「まさか、病院で二股なんて見られるとは思わなかったわよ」

看護師B「二股って、そんな大げさな」

看護師A「絶対二股よ。屋上で彼女のヴァイオリンに付き合ってるのよ。今日で四日連続」

看護師B「そのおかげで彼、足のリハビリを投げ出したりもしないで頑張ってるじゃない」

看護師A「だから、多分今日の子が本命だと思うの」

看護師A「一番本人にとって辛い時期に一緒にいてくれるなんて、コロッと参っちゃうわよ」

137: 2012/11/04(日) 09:19:54.55 ID:JvrwFIkro
看護師B「でも、その意味ではもう一人の子だって同じじゃない」

看護師A「わかってないわね。今の子が来たちょうどその日に先生が宣告したのよ」

看護師A「『もうヴァイオリンは弾けない』って」

看護師A「自分の存在価値を否定されたようなものじゃない。知らされる前とでは状況が違うわ」

看護師B「そりゃ、今日の子の方が励みになっているのは確かよ」

看護師B「本当ならヴァイオリンなんてもう見たくないはずなのに」

看護師B「毎日上達している彼女のおかげでそんなことも忘れてる」

看護師B「結構、家で特訓してるんでしょうね」

 廊下に駆け出すさやか。

138: 2012/11/04(日) 09:21:30.03 ID:JvrwFIkro
【病院・屋上】

 屋上に到着したさやか。
 足音も荒くほむらに近づく。
 さやかに気づいて手を止めるほむら。

さやか「泥棒猫!」

 さやかがほむらの頬を叩く。

さやか「CDショップとか言い出したのも全部恭介が目当てだったんだ」

さやか「音楽なんて聴かないくせに!クラシックの曲だって知らないくせに!」

さやか「何で、よりにもよってあんたが恭介を……!」

 さやかの瞳から涙が一筋頬を伝う。

さやか「恭介も恭介だよ。そんなヤツの一体どこがいいわけ?」

さやか「転校生に騙されてるんだよ」

さやか「手が治らないって言われて落ち込んでいるところにつけ入っただけよ!」

恭介「さやか、なぜ手のことを……?」

139: 2012/11/04(日) 09:23:02.52 ID:JvrwFIkro
さやか「キュゥべえと契約してなくてよかった」

さやか「どうして自分の願いで転校生を幸せにしなきゃなんないのさ!」

さやか「もう絶対、契約なんてしない。恭介の手なんてこうすればずっと治らないんだ!」

 駆け出し、柵を乗り越えるさやか。

天童「な、なぜに?……ほむら!」

 戸惑う天童にヴァイオリンを押しつけ、ほむらが追う。
 建物の縁ぎりぎりに立つさやか。

140: 2012/11/04(日) 09:24:28.41 ID:JvrwFIkro
さやか「邪魔するな!転校生」

ほむら「頭を冷やしなさい、美樹さやか」

ほむら「感情に身を任せて状況を見つめられなくなるのはあなたの欠点」

さやか「うるさい!たった二週間で、あんたにあたしの何がわかるのさ!」

 歯を食いしばるほむら。

ほむら「じゃああなたは私の何がわかるというの?」

 時計を見る天童。16:33。

天童「やべえ、タイムリミットまであと10分。……そうだ!」

 柵によじ登る天童。

天童「ほむら!」

 片手で柵につかまりながら、天童がヴァイオリンと弓をほむらに渡す。

天童「もう時間がねえぞ」

 うなずいてヴァイオリンを構えるほむら。

141: 2012/11/04(日) 09:25:43.32 ID:JvrwFIkro
 ――曲の流れをみて、同じ音符でも強弱や硬さを変化させるんだ――

 ほむらがイメージするのは今日という一日。
 日付は同じなのに、時を遡るごとにさまざまな過ごし方をしてきた。

 杏子と張り合って魔女退治にかまけている間に恭介が仁美と交際してしまい、心のすさんでいくさやか。
 濁ったソウルジェムを見せられて、それでも何も言えなかった自分。

 まどか、マミと三人で魔法少女トリオを結成し、戦いを終えた後のお茶会に自分の居場所を
見出したように思っていた自分。

 魔法少女になる前、魔女と戦う過酷な宿命を課せられているにもかかわらず明るさを失わない
まどかとマミに強い憧れを抱いていた自分。

 そして。

 約束を果たすために、まどかの契約阻止とワルプルギスの夜を撃破するための準備をしなければ
ならないはずなのに、なぜかヴァイオリンを弾いている自分。

 ほむらの演奏から硬さが抜けていく。
 詰め将棋の正解を求めるように緻密に音を合わせてきた窮屈さが消え、音の幅が広がっていく。
 聴衆の見守る中、演奏を終えるほむら。

142: 2012/11/04(日) 09:27:02.70 ID:JvrwFIkro
さやか「そ――それが、何だっていうのさ」

恭介「暁美さん。もしかして、『心を動かしたい友達』って、さやかのこと?」

さやか「えっ?」

恭介「さやか。暁美さんは、友達に美しい音楽を聞かせたいからって僕に教わりに来たんだ」

恭介「はじめはヴァイオリンの持ち方だってわかっていなかった」

恭介「でも練習を繰り返して。一日ごとに上手になっていって」

恭介「聴いただろ?たった四日でここまで弾けるようになった」

恭介「これはセンスなんかじゃない。君に聴いてもらいたかったから、やり遂げたんだ」

恭介「今の演奏に、僕の心は動いたよ。さやか、君は?」

さやか「あたしのため――?」

 見つめられてほむらの目が泳ぐ。

143: 2012/11/04(日) 09:28:16.56 ID:JvrwFIkro
さやか「じゃあ、恭介を横取りするつもりなんかじゃなかったってこと?」

 黙ってうなずくほむら。

さやか「そんな。だったらあたし、勝手に誤解して、勝手に恭介が取られると思い込んで」

さやか「あたしって、ほんとバカ」

 さやかが大泣きしてほむらにしがみつく。
 戸惑う表情の恭介。

天童「よーし、カット!」

 前回に続き、カチンコを鳴らすゼスチャー。

天童「友達のために努力を惜しまない。『献身』クリアだ!」

看護師「二人とも、そこは危ないから。向こう側が扉になってるからそっちへ回って」

 うながされて、歩き出す二人。
 突風が吹き、背後の柵が外れて落ちていく。
 歩き出すのが遅ければ、直撃して二人とも転落してしまったに違いない。
 偶然できた隙間を通ってみんなのところに戻る。

144: 2012/11/04(日) 09:29:35.57 ID:JvrwFIkro
看護師「いたずらでも二度と柵を越えようとしてはダメよ」

ほむら「はい」

さやか「……はい」

 さやかを支えたまま恭介の前に立つほむら。

ほむら「この間、あなたに人の心を動かす演奏なんてできないと言ったけれど、撤回するわ」

恭介「ううん。あのときの僕は暁美さんの言うとおりだった」

恭介「暁美さんがひた向きに練習する姿を見て、それに比べて僕は、って思い知らされた」

恭介「もう演奏はできないって知って、何もかもあきらめようとしてた」

恭介「でもそうじゃない。演奏ができなくても僕はくじけない」

恭介「演奏だけじゃなくて、音楽が好きだっていうことがわかったから」

145: 2012/11/04(日) 09:30:48.98 ID:JvrwFIkro
恭介「――それに」

 恭介がさやかを見る。

恭介「それに、焼餅で飛び降りようとするぐらい僕のことを想っている人がいるってわかったから」

さやか「恭介……」

天童「おっ、熱いねえ!ヒューヒュー」

さやか「もう、からかわないでくださいよっ!」

 ほむらを除く一同が笑う。

天童「若者の恋を取り持つ。さすが天使。くーっ。かっこよか、俺」

天童「メモしとこ。俺はハンサム、ナウでヤングなハンサム」

天童「どうした?友達の恋がまとまったんじゃねえか。祝福してやれよ」

天童「それともアレか?お前も、レッスン受けてるうちに惚れちまったのか?」

ほむら「そういうことではないわ」

ほむら「ただ、何となく」

ほむら「いつもより明るい道を歩いている、……今回は。そういう気がするだけ」

146: 2012/11/04(日) 09:32:07.11 ID:JvrwFIkro
【病院・駐輪場】

キュゥべえ「契約はしないということでいいんだね?」

キュゥべえ「彼の怪我は、君の願いの力で元通りにできるのは確かだよ」

さやか「うん」

さやか「マミさんにも言われてた」

 ――あなたは彼に夢を叶えて欲しいの?それとも、彼の夢を叶えた恩人になりたいの?――
 ――そこをはきちがえたまま先に進んだら、あなたきっと後悔すると思うから――

さやか「願い事は、恭介のためだって決めてた。けど、そうじゃなかった」

さやか「かっこ悪いけど、本音が出ちゃった。これじゃ確かに、いつか後悔すると思う」

さやか「それに、願い事の力に頼ったら、きっとアイツに勝てない気がするから」

キュゥべえ「暁美ほむらのことかい?」

さやか「そう。アイツ、一歩引いたところからこっちの様子だけ見ているような感じなのに」

さやか「ぶつかってくるときはあたしよりも行動力があって」

さやか「まずはあたしも、願い事の力じゃなく恭介の助けになりたいんだ」

147: 2012/11/04(日) 09:33:21.49 ID:JvrwFIkro
キュゥべえ「君の気持ちはわかった」

キュゥべえ「お別れだね。ボクはボクとの契約を必要としている魔法少女を探しに行かないと」

さやか「えっ、まどかは?」

キュゥべえ「今のところ、鹿目まどかに願い事はなさそうだしね」

キュゥべえ「マミに伝えておいてもらえるかな。ボクがよその町に行くこと」

さやか「うん。わかったよ」

 立ち去るキュゥべえ。

148: 2012/11/04(日) 09:34:39.71 ID:JvrwFIkro
【ほむらのアパート】

ほむら「命題が『献身』ってどういうことなのかしら」

天童「アレだな。けーん、しん!トウッ!」

ほむら「それは変身」

天童「ちょっとはツッコミができるようになったじゃねえか」

天童「そうだ、いっそ二人で漫才の星でも目指すか?」

天童「ヴァイオリン夫婦漫才のほむら・ダンディなんてよ。ゲッツ!」

ほむら「ダンディのカラーは黄色で黒じゃないし、そもそも夫婦じゃない」

天童「でも俺がダンディなことは認めてくれるんだ」

ほむら「ギャグがつまらないところは、まさにそうね」

天童「そっちかよ」

149: 2012/11/04(日) 09:35:59.94 ID:JvrwFIkro
ほむら「話を戻すけど、献身だったら私はずっと続けてるわ」

ほむら「神様に試練を出してもらわなくてもいいぐらいには」

天童「だったら方向性が違うんだろう。お前の思ってる献身と、今回の命題と」

天童「ま、命題をクリアした今となっちゃ、その違いもおいおいわかるんじゃねえか?」

 うつむいて何かを考えるような表情のほむら。
 一瞬、ソファの上の毛布に目をやる。

ほむら「天童」

 名前を呼ばれたことに驚く天童。

天童「何だよ」

ほむら「次の命題も頑張りましょう」

 かすかに笑みを浮かべるほむら。

天童「バッ、命題をやるのはオメーだよ。まるで俺が命題やらされてるみたいに言うな」

天童「もう、馬鹿ーっ、馬鹿ーっ」

150: 2012/11/04(日) 09:37:36.17 ID:JvrwFIkro
【???】

キュゥべえ「暁美ほむら」

キュゥべえ「イレギュラーの魔法少女。鹿目まどかとの契約を阻止したいみたいだけど」

キュゥべえ「イレギュラーにふさわしい、予期しない行動で絶望を打ち消してまわってる」

キュゥべえ「それに彼、叔父を自称する男」

キュゥべえ「彼らの干渉は、ボクにとって都合の悪い方向へ物事が進むみたいだ」

キュゥべえ「美樹さやかなら二人を牽制する役割を果たせると思っていたけれど」

キュゥべえ「別の魔法少女を連れてくるしかなさそうだ」

キュゥべえ「最適なのは、やはり――」

151: 2012/11/04(日) 09:39:21.59 ID:JvrwFIkro
天国に一番近いほむら 美樹さやか編「あたしって、ほんとバカ」 終わり

152: 2012/11/04(日) 09:40:52.59 ID:JvrwFIkro
補足その3・鮫島春樹

ほむら「今回中沢が代役を務めたのは甘粕四郎の上司、鮫島春樹」

ほむら「通販の売り上げ実績が社内で一番。トップセレクターとして辣腕を振るう」

天童「ついでに暴力も振るう」

ほむら「ついたあだ名は『ジャイアン』。これで、中沢の挙動にピンときた人もいるんじゃないかしら」

ほむら「当初、鮫島の特徴といえば暴力と出身の栃木訛りだった」

ほむら「物語が進むにつれ、音痴、実はヘタレと欠点がどんどん増えていく」

ほむら「これは鮫島という登場人物をMONOカンパニーになじませるという点では成功だった」

天童「トップセレクター。課長の大和田よりも優れたリーダーシップを発揮」

天童「さらには演じるのが袴田吉彦という、俺には及ばねえけどルックスも良好」

天童「ジャイアンプラス出来杉という感じだったからな」

天童「欠点を追加して、ようやく入社したての四郎でも手が届くレベルになったってところだ」

153: 2012/11/04(日) 09:42:15.08 ID:JvrwFIkro
ほむら「実際には甘粕四郎より瀬戸口との絡みが多く、珍商品に対するツッコミ役」

ほむら「あとは上機嫌に音程もリズムも外した歌を歌っているか、怒っている場面と両極端」

ほむら「田舎者呼ばわりされるとすぐカッとなり、訛りが出る」

天童「俺の場合、四郎の出身が福岡だからそれに合わせて方言を混ぜてる感じだな」

天童「もっとも、陣内孝則が福岡出身だから、という方が的を射ているかもしれねえ」

天童「だってよ、四郎が兄貴たちと会話してるとき、誰も訛りが出ないんだぜ?」

天童「大河ドラマみたいに方言指導の先生がいるわけじゃないし、しょうがねえけどよ」

天童「その大河ドラマにしたって、標準語でしゃべっていた主人公が訛りを指摘される回で急に『じゃっどん』とか」

天童「言い出すのは、あれは笑うところだったのかな?」

ほむら「方言はその地方の発音と異なるとクレームの対象になるから使用が難しいというわ」

ほむら「『篤●』は、あれが大河ドラマだったこと自体が笑うところよ」

154: 2012/11/04(日) 09:43:50.22 ID:JvrwFIkro
ほむら「レスを見た限りでは『教師編』を観ていた人もいるようね」

ほむら「>>1の個人的な感想では、『教師編』は続編・リメイクを期待するようなできではなかった」

ほむら「あまり例を挙げて叩いてしまうとこれから『教師編』を観ようとしている人の気が変わるかもしれない」

ほむら「だから、こんな風に表現することにする」

ほむら「もし、ドラマのコンセプトが違っていて一週ごとにゲストが命題に挑む形だったなら」

ほむら「『MONOカンパニー編』で命題のクリアに失敗する話はなくても」

ほむら「『教師編』にならあるかもしれない」

天童「とはいえ、加藤あい演じる黒沢雛子のキャラクターはよくできているし、命題の発表方法も豪華になった」

天童「それに、友人ではない同僚が命題クリアの要因になる、というのも脇役にうまくスポットが当たっている」

天童「だから『教師編』から入った人がそっちの方が好きだ、と言っても、別に不思議じゃねえ」

天童「まっ、要はどっちが好みでもみんな俺の魅力にハートがメロメロってわけだ」

ほむら「確かに、『教師編』で天童の正体が判明した場面では、多くの視聴者が落胆したと思うわ」

ほむら「裏を返せばそれだけ天使・天童世氏見が好感の持てる存在だったということ」

155: 2012/11/04(日) 09:45:14.35 ID:JvrwFIkro
ほむら「美樹さやか編が終わって物語も後半になるけど、その人気者はこれから出番がどんどん減っていくわ」

天童「何でだよ」

ほむら「この先はバトル重視。特にラスボスのアレに、非戦闘員であるあなたの出る幕なんてないわ」

天童「えーっ。戦ってみなきゃわかんねえじゃねえかよ」

天童「そりゃもう、ちぎっては投げ、ちぎっては投げの大活躍間違いなしだぜ?」

天童「ドラマの柔道対決でもよ、豪快に大将をぶん投げて。あれ見りゃ考えも変わるぜ?」

ほむら「それは甘粕四郎の話で、天童はメンバーにも入っていなかったでしょ」

ほむら「……それに、私、暁美ほむらに変化が見られなければ天童がやって来た意味がない」

ほむら「その変化を表すには、天童がそばにいると都合が悪い」

天童「漫才師目指すんなら相方は別にまどかちゃんじゃなく俺でも構わねえだろ?」

ほむら「そういう変化じゃないから」

165: 2012/11/11(日) 09:01:35.98 ID:XgN0wH5jo
天国に一番近いほむら 佐倉杏子編

【夜/鉄塔】

 クレープをパクつく杏子。

杏子「ふーん。キュゥべえにもよくわかんない魔法少女なんているんだ」

キュゥべえ「間違いなく、彼女はこの世界のイレギュラーだ」

キュゥべえ「ボクとしては、不確定要素がもたらす影響が気にかかる」

杏子「でもさ、そいつをやっつけたとしてもこの町にはマミがいるんだろ?」

キュゥべえ「巴マミ一人なら、きっと長くは保たない」

キュゥべえ「現にこの間、彼女は得意技を撃ち損なって危うく魔女に倒されるところだった」

杏子「ま、正義の味方気取りの、甘ちゃんだしね」

キュゥべえ「いずれこの町を守る魔法少女はいなくなる」

キュゥべえ「少し来るのが早まった分、イレギュラーを見極めてもらいたいんだ」

杏子「ま、絶好のナワバリ。拒む理由はないね」

杏子「ちょっと、お手並み拝見といこうじゃん」

166: 2012/11/11(日) 09:02:36.80 ID:XgN0wH5jo
【ほむらのアパート】

ほむら「今日も武器を集めてきたけど……ワルプルギスの夜を倒すには足りない」

ほむら「今までの経験からいって、拳銃や機関銃はそもそも届かない」

ほむら「でも重火器になると、時間を止めないと反撃で潰される」

 天童が帰ってくる。

天童「たっだいまー、って、何じゃこりゃ?」

 部屋中を占拠する武器の数々。
 銃、刀、砲。
 手榴弾、スタングレネード、爆弾。
 なぜかピコピコハンマーやバールのようなものまで。

ほむら「数をチェックしていただけよ。すぐ片づけるわ」

 ソウルジェムから盾を取り出し、手際よくしまっていくほむら。

167: 2012/11/11(日) 09:03:46.89 ID:XgN0wH5jo
天童「いーけないんだ、いけないんだ。かーみーさまにー、言ってやろ」

ほむら「自衛のためよ」

天童「自衛って、戦場でもあんなに武器は必要としねえだろ普通」

天童「それに、何だよその四次元ポケットは」

ほむら「ドラえもんからのプレゼント」

天童「かーっ。腹立つーっ!」

天童「オメーはよ、その、適当にお茶を濁しておこう的な答え、改めろよ」

天童「言っても無駄とか、そういう見切りをつけるのが早過ぎんだよ」

天童「それじゃ周りの奴らが置いてけぼりになっちまうじゃねえか」

ほむら「……魔法よ。天使がいるなら、魔法があっても不思議じゃないでしょ」

天童「でも魔法つったらよ、普通アレだ。アレ。コンパクトとかステッキ」

ほむら「世代の違いを感じるわ」

天童「あっ今バカにしたな。昭和生まれ、とか思ったな」

天童「ドラえもんだって昭和なんだぞ。空き地に土管に鈴木義司も昭和なんだぞ」

ほむら「何か変なのが混じってるわね」

168: 2012/11/11(日) 09:04:48.88 ID:XgN0wH5jo
天童「こんな盗みば平気でするような子になってしまうなんて。悲しかー」

ほむら「こればかりはあなたの指図は受けない」

ほむら「私の戦場を戦い抜くのに、武器はいくらあっても足りない」

 天童がため息をつく。

天童「確かによ、21世紀ともなると天界では想像もつかねえことがごまんとある」

天童「最初の命題のときは妙ちくりんなヤツに襲われたしな」

天童「でもよ、一番頼れる力なんてものは物じゃないんじゃねえか?」

天童「おっ、『もの』『物』。これもメモしとこ」

ほむら「私も一つ、気になっていることがあるわ」

天童「何だよ」

ほむら「もし、私が残った命題をクリアしたとして――」

ほむら「そこは私が生きる価値のある世界かしら」

169: 2012/11/11(日) 09:06:18.45 ID:XgN0wH5jo
天童「もう、馬鹿ーっ。価値なんてオメー次第だろ?」

天童「今日晴れてるからって、傘が何の価値もないってことはねえ」

天童「いつか雨が降ったときには鞄や新聞紙よりよっぽど役に立つ」

天童「『お嬢さん、一緒に入りませんか?濡れますよ?』」

天童「『ありがとうございます。あら、ハンサムな方』」

天童「ってな具合に恋も始まるかもしれないだろ?」

天童「これが新聞紙だったらよ、ダサダサだぜ?」

天童「『お嬢さん、一緒に入りませんか?濡れますよ?』」

天童「『うわっ、何この人。脳みそ入ってないんじゃないの?』ってな感じだ」

天童「まっ、オメーが世の中に価値を見出すしかないってこった」

ほむら「私にとって、生きる価値は一つしかない」

ほむら「私はそのために戦うのだから」

170: 2012/11/11(日) 09:08:04.57 ID:XgN0wH5jo
【翌日・昼/学校】

さやか「暁美……さん?一緒にお弁当食べようよ」

まどか「さやかちゃん?」

ほむら「……ええ」

171: 2012/11/11(日) 09:09:04.04 ID:XgN0wH5jo
【学校・屋上】

さやか「――そういうわけだから、暁美さんは私のライバルなのだ!」

ほむら「ライバル……」

まどか「お友達じゃなくてライバルなの?」

さやか「んーんー、わかってないなあ。強敵と書いて『とも』と読む」

さやか「つまり、馴れ合うだけじゃなくてときには競い合う関係こそ」

さやか「真の友情なのだよ」

まどか「じゃ、じゃあ私もさやかちゃんと競い合わなきゃならないのかな?」

 頭を抱えるまどか。

172: 2012/11/11(日) 09:10:12.17 ID:XgN0wH5jo
仁美「まあ。暁美さんのお弁当、もしかして自分でお作りになったの?」

ほむら「ええ」

まどか「ほむらちゃんって、料理も得意なんだ」

ほむら「……慣れれば難しいことでもないわ」

まどか「私も時々晩ごはんを手伝ったりするけど、全然上達しなくて」

さやか「せっかく料理の得意なパパがいるのに、味を盗めないなんてねー」

 まどかの弁当に箸をつけるさやか。

さやか「うん。やっぱり美味しい」

仁美「さやかさん、盗み食いはよくありませんわ」

さやか「フフフ、あたしの箸が獲物を求めているのだー」

仁美「暁美さんのライバルを主張なさるのでしたら、さやかさんもお料理できるようにならないといけませんわね」

さやか「うっ。あたしには得意分野じゃないっていうか、その」

まどか「でも、少しずつでも挑戦していかないと、来年のバレンタインも同じことになるよ」

仁美「ああ、手作りチョコの試作品をいただきましたけど、確かにあれでは……」

さやか「心の傷をえぐるなあああ」

173: 2012/11/11(日) 09:11:13.01 ID:XgN0wH5jo
まどか「ほむらちゃんは一人暮らしなのに、誰に味を教わったの?」

さやか「違うよ。まどかも一度会ってるじゃん。九州の叔父さんと暮らしてるんだよ」

まどか「そっか」

さやか「あの叔父さん、何をしてる人?」

ほむら「よくは知らないわ」

さやか「結構気さくな人だよね。私たちみたいな子の扱いに慣れてそうだし」

さやか「学校の先生だったりして」

仁美「私もいつか、お会いしてみたいですわ。どんな方なのかしら」

天童「こんな方です」

 突然の乱入に、全員が驚く。

174: 2012/11/11(日) 09:12:13.54 ID:XgN0wH5jo
ほむら「天童」

天童「いやー、ご学友の皆さん。ほむらが誰かと一緒のランチなんて見ることができて幸せですばい」

天童「ほんのこつ、この子は内気で」

ほむら「何の用なの」

天童「ちょっとほむらばお借りするばってん」

 ほむらを連れ出す天童。

ほむら「学校にまで来てどういうつもり?」

天童「それよりもよ、来たか?命題」

 首を振るほむら。

175: 2012/11/11(日) 09:13:17.99 ID:XgN0wH5jo
天童「遅いな。すまねえけどよ、俺二、三日ほど外すわ」

ほむら「どこへ行くの?」

天童「ちょっくら『天国』へな」

ほむら「昨日の件を、神様に告げ口?」

天童「そんなことしなくても、神様はすべてお見通しだ」

天童「じゃ、命題が来たらよろしく頼むわ」

ほむら「そう。これまでもどうにかクリアしているから、次も大丈夫でしょう」

天童「いや、それがな」

ほむら「もったいぶる必要はないわ」

天童「次の命題なんだが、恐らく次のが一番難しい」

176: 2012/11/11(日) 09:14:26.01 ID:XgN0wH5jo
天童「今まで担当してきた奴も、後半に一つ人生の壁っていうかよ」

天童「そいつにとって絶対に乗り越えなきゃなんねえことが命題に絡んでる」

ほむら「それが次の命題、ということ?」

天童「ああ。だから心してかかれよ。お前の敵は、お前自身だ」

 ほむらの肩をぽん、と叩く天童。
 力強くうなずくほむら。
 まどかたちのところへ戻る二人。

天童「ほんならちょっと旅ばしてくるばってん、ほむらをよろしく」

さやか「旅?だったらお土産欲しいなー」

仁美「さやかさん、それはいくらなんでも不躾なのでは……」

まどか「そうだよ」

天童「お土産。ん。任しときんしゃい!」

 ドンと胸を叩く天童。

177: 2012/11/11(日) 09:15:31.45 ID:XgN0wH5jo
【展望台】

杏子「ふーん。あれがイレギュラーの魔法少女ねえ。親父が来てるのかな。参観日?」

 学校の様子を覗いている杏子。
 ワッフルを一口かじる。

キュゥべえ「彼女の叔父さん、ということらしいけれど、ボクにもよくわからない」

キュゥべえ「彼はもちろん魔法少女ではない」

キュゥべえ「しかし、不思議なエネルギーを感じる」

杏子「エネルギー?」

キュゥべえ「これ以上はうまく言えない。君たちの言葉で表すなら、ただ者ではないというところかな」

杏子「でもイレギュラーの方はチョロそうじゃん。瞬殺っしょ、あんな奴」

178: 2012/11/11(日) 09:16:35.97 ID:XgN0wH5jo
キュゥべえ「彼女は甘く見ない方がいい」

杏子「文句あるってえの?あんた」

キュゥべえ「巴マミによると、彼女は現実の武器を使って戦う。拳銃や機関銃の類だね」

キュゥべえ「それと、どうやら目に見えない攻撃手段を持っているらしい」

杏子「目に見えない、か。昔のあたしとは正反対の性質だね」

杏子「でも、飛び道具なら間合いを詰めさえすればどうってことない」

キュゥべえ「それが、彼女は瞬間移動も使えるらしいんだ」

キュゥべえ「君の戦法に、即座に対応して自分の間合いに変えられることを意味する」

杏子「上等じゃないの。退屈すぎてもなんだしさ」

 ワッフルの残りを一口で食べる杏子。

杏子「ちっとは面白味もないとね」

 立ち去る杏子を見送るキュゥべえ。

179: 2012/11/11(日) 09:17:35.11 ID:XgN0wH5jo
【放課後/ファーストフード店】

まどか「そういえば、ほむらちゃんはどんな願い事をして魔法少女になったの?」

さやか「あーっ、あたしもそれ気になる」

ほむら「……それは言えない」

ほむら「できることなら、二人には魔法少女になってもらいたくない」

まどか「それは……。どうして、なのかな」

さやか「そーよそーよ。まどかなんて、もう魔法少女の衣装まで考えてるんだから」

まどか「ひどいよさやかちゃん!」

ほむら「魔法少女になるということは、たった一つの希望と引き換えに、すべてをあきらめるってことだから」

ほむら「巴マミの場合は、契約をしなければ生きていること自体難しい状態だった」

ほむら「でもあなたたちは違う。失って、後悔するものを持ってる」

180: 2012/11/11(日) 09:18:37.48 ID:XgN0wH5jo
さやか「そりゃ、確かに魔女と戦うのが危険なのはわかるけどさ」

さやか「でも、マミさんに暁美さん、それにあたしとまどか」

さやか「四人で戦えば、大抵の魔女なんてやっつけられるんじゃないの?」

ほむら「魔女と戦って氏ぬことだけが、魔法少女が支払う代償ではない」

ほむら「私には、これ以上のことは言えない」

ほむら「真実を知れば、あなたたちが私や巴マミに対する態度が変わってしまうから」

まどか「変わらないよ。ほむらちゃんはほむらちゃんだよ」

さやか「そうそう」

ほむら「ごめんなさい」

ほむら「こんなに居心地がいいのは随分と久しぶり」

ほむら「――だから、私はそれを失いたくない」

まどか「ほむらちゃん……」

181: 2012/11/11(日) 09:19:43.69 ID:XgN0wH5jo
【ショッピングモール】

まどか「福引所はこっちだよ」

さやか「一等は温泉旅行に、最新ゲーム機?これはゲーム機を狙わないわけにはいかないでしょ」

まどか「さやかちゃん、随分気合入ってるね」

さやか「だってさ、このゲーム機、片手でできるソフトが結構あるんだもん」

まどか「それって上条くんと?」

さやか「残念だけど一等はあたしがもらっちゃうよ!」

 ガラガラから転がる白い玉。

まどか「――結局、三人ともこれだったね」

 残念賞の「コイノボリくんストラップ」を手にまどかが言う。
 ショッピングモールのマスコットキャラクターだが、鯉のぼりに手足の生えた
シュールなデザインが不評だ。

182: 2012/11/11(日) 09:20:43.08 ID:XgN0wH5jo
さやか「ちぇっ。それに何だかこれ、魔女とか使い魔っぽくない?」

まどか「言えてる……」

さやか「こんなダサいの、つける気にならないよね」

まどか「でも……でもさ、これって三人お揃いだよね」

ほむら「お揃い」

 手の中のストラップを見つめるほむら。

さやか「じゃあ、三人でこれつけちゃう?あっ、裏切ってはずすのはナシだからね」

まどか「うん。いいよ」

 うなずくほむら。

183: 2012/11/11(日) 09:21:47.40 ID:XgN0wH5jo
【路地】

 一人になったほむらが歩いていると、足元に槍が突き立つ。
 変身した杏子が姿を現す。

杏子「噂のイレギュラー。どれほどのもんか、見せてもらおうじゃないの」

ほむら「あなたが来るのは予想外だったわ。佐倉杏子」

 名前を知られていることに苛立ちを覚える杏子。
 ほむらが変身する。

杏子「どこかで会ったか?」

ほむら「さあ、どうかしら」

 杏子が高くジャンプして槍を突き下ろす。
 槍が命中するかと思われた瞬間、ほむらの姿が消える。
 背後に現れるほむら。が、杏子が振り向きもせずに槍を突きつける。

184: 2012/11/11(日) 09:22:48.34 ID:XgN0wH5jo
杏子「ここじゃ瞬間移動も二択しかないもんな」

 余裕の表情でたい焼きを口にする杏子。
 背を向けて立ち去るほむら。

杏子「おい、逃げるのか?」

ほむら「もうわかったから」

 ジャンプしてほむらの正面に回り込む杏子。

杏子「何がわかったんだよ」

ほむら「キュゥべえが、あなたを焚きつけた」

ほむら「この町を餌にまんまと釣られたんでしょうけど、それはお門違い」

杏子「マミだろ?どうせ長くは保たないって話だ」

185: 2012/11/11(日) 09:23:48.52 ID:XgN0wH5jo
ほむら「巴マミのことではないわ」

杏子「じゃあ何だってんだよ」

ほむら「あなたの役割は、陽動。本命は――」

 舌打ちするほむら。
 盾から携帯電話を取り出して、まどかを呼び出す。
 通話を切り、メールを打ち込むほむら。

杏子「何一人で納得してるんだよ」

ほむら「結界が発生した。アイツの考えそうなことね」

杏子「どういうことだよ?……くっ!」

 手榴弾のピンを抜くほむら。
 衝撃の代わりに閃光が杏子を襲う。
 視界が回復したときにはほむらの姿はない。

杏子「くそっ!」

 悔し紛れに地面を槍で叩く杏子。

186: 2012/11/11(日) 09:24:50.28 ID:XgN0wH5jo
【夜/ほむらのアパート】

ほむら「結局、まどかは無事だった」

ほむら「巴マミが間に合って使い魔を撃退していなかったらどうなっていたか」

ほむら「私とまどかを引き離して、その間に契約を強要する」

ほむら「インキュベーターらしい、汚いやり口」

ほむら「せっかくいい一日だったのに」

 携帯電話を見つめるほむら。
 今日手に入れた「コイノボリくん」ストラップがつけられている。

ほむら「余韻に浸っていられないわ」

 コトリ、と新聞受けで物音。
 届いた手紙を開封するほむら。

187: 2012/11/11(日) 09:26:43.59 ID:XgN0wH5jo
 ――2日後の21:00までに、
     佐倉杏子のソウルジェムを手に入れなければ即氏亡

188: 2012/11/11(日) 09:27:43.50 ID:XgN0wH5jo
ほむら「ソウルジェムは魔法少女にとって命そのもの」

ほむら「それを奪うことは、佐倉杏子の氏を意味する」

ほむら「そして命題がソウルジェムを指定しているということは」

ほむら「魔法少女の概念を天界が理解しているということ」

ほむら「もしかすると天童も知っていて隠している?」

ほむら「この命題に限っていなくなるなんて都合がよすぎる」

ほむら「一番難しい命題……人生の壁」

ほむら「天童……この命題は何を意味してるの?」

201: 2012/11/17(土) 15:39:45.57 ID:nRQ7EdKqo
【翌日/学校】

中沢「焼きそばパン食べたいなあ」

中沢「あれっ。細かいのないや。一瞬、貸してくれる?」

中沢「って、おーい!無視するなよ!まるで独り言言ってるみたいじゃないか!」

202: 2012/11/17(土) 15:40:53.75 ID:nRQ7EdKqo
【学校・屋上】

ほむら「あなたたちにとって、乗り越えなければならない人生の壁って何かしら」

さやか「な、なんかいきなり難しい話題だよね、それ」

まどか「何かあったの?ほむらちゃん」

ほむら「……そう、こんな質問に答えがすぐ出せるはずがない」

さやか「よくわかんないけど、悩みとかあるんだったら言ってみなよ」

さやか「ライバルのさやかちゃんが力になってあげるからさ!」

さやか「まどかだってそうだよね。ね?」

まどか「……」

さやか「まどか?」

203: 2012/11/17(土) 15:41:55.23 ID:nRQ7EdKqo
まどか「私、昨日使い魔に襲われそうになったとき思ったの」

まどか「マミさんや、ほむらちゃんに助けを求めるだけで、私は何もしてない」

まどか「二人だけじゃない。世の中にはたくさんの魔法少女がいて、私たちを守ってくれているの」

まどか「たとえグリーフシード目当てでも、それは変わらなくて」

まどか「それに比べて私は、って思っちゃう」

まどか「人生の壁かどうかはわからないけど、今は、それが答えかな」

さやか「そんなの魔法少女になれば即解決じゃん!って、暁美さんは契約には反対だったよね……ハハ」

 苦笑いを浮かべるさやか。

さやか「あたしは、今のところ壁はないと思うな」

さやか「恭介だってヴァイオリンじゃなくても音楽を続けられたらいい、って言ってるし」

さやか「それって恭介の壁か。……だとすると……」

 さやかが考え込む。

204: 2012/11/17(土) 15:42:57.19 ID:nRQ7EdKqo
さやか「あたしの壁は、暁美さん!」

 ほむらを指さすさやか。

まどか「えっ……?」

さやか「恭介が壁を乗り越えられたのはあたしじゃなくて暁美さんの力だったし」

さやか「あたしも、ライバルにふさわしい何かを成し遂げたい」

さやか「だから、暁美さんが壁」

ほむら「バ、馬鹿……」

 言いかけて、ほむらは口をつぐむ。
 ――馬鹿ーっ。馬鹿ーっ。――

まどか「ほむらちゃんはどうなの?」

ほむら「私……まだ、よくわからない」

205: 2012/11/17(土) 15:43:55.74 ID:nRQ7EdKqo
【命題期限の日・朝/まどかの家】

まどか「行ってきまーす」

 ドアを閉めるまどか。
 その背中に槍が突きつけられる。

杏子「ちょっと話があるんだ。顔貸してくれる?」

206: 2012/11/17(土) 15:45:03.05 ID:nRQ7EdKqo
【学校】

 休み時間。ほむらの携帯電話が鳴る。
 ディスプレイに“まどか”の文字。
 電話を受け、廊下へ歩き出すほむら。

ほむら「もしもし」

杏子「――よう、イレギュラー」

ほむら「まどかを、どうしたの」

 携帯電話を握る手に力の入るほむら。

杏子「とりあえずは無事さ。この間の続きをやりたい」

杏子「20:00に、建設中のビルで。目印は……」

 場所を告げる杏子。

207: 2012/11/17(土) 15:46:01.99 ID:nRQ7EdKqo
杏子「言っとくけど、マミを連れてきたりしたら人質がどうなるかわかんねえぞ」

杏子「それと、今度はきっちり決着をつけようじゃないか」

杏子「この前みたいに、逃げるってのはナシだ」

ほむら「望むところよ」

 杏子に通話を切られる。

ほむら「決闘が20:00。タイムリミットが21:00」

ほむら「問題は、人生の壁。まだ何を乗り越えなければならないのか見えていない」

ほむら「何が起こるというの?」

208: 2012/11/17(土) 15:47:00.56 ID:nRQ7EdKqo
【夕方/ホテル】

杏子「食うかい?」

 ハンバーガーを突き出す杏子。
 首を振るまどか。

まどか「どうしてあなたはほむらちゃんと戦うの?」

杏子「ムカつくからさ」

杏子「どういうわけかあたしのことも知ってやがった」

杏子「そのくせ手札は見せやがらねえ」

杏子「あのすました仮面を引っぺがさなきゃ気がおさまらないのさ!」

まどか「そんなことって」

まどか「そんなことで戦うって、ないよ」

209: 2012/11/17(土) 15:48:02.70 ID:nRQ7EdKqo
まどか「魔法少女は、みんなを不幸にする魔女と戦ってきたんだよ」

まどか「あなたも、きっとそう思って戦ってたはずだよ」

まどか「やり方は違っても、魔女を退治したいと思う気持ちは同じでしょ?」

杏子「その様子だとあんたもマミの影響を受けた口かい?」

杏子「まさか魔法少女になっちまってるってことはないだろうね?」

 フライドチキンを頬張る杏子。

杏子「あたしは二度と他人のために魔法を使ったりしない」

杏子「この力は、すべて自分のためだけに使い切る」

杏子「マミの奴もいずれ気づく。最後に愛と勇気が勝つストーリーなんてしょせんは作り話」

杏子「あんたがマミみたいな寝ぼけた理由で魔法少女になるっていうんだったら」

杏子「そんなの、あたしが許さない」

杏子「いの一番に、ぶっ潰してやるさ」

210: 2012/11/17(土) 15:49:08.52 ID:nRQ7EdKqo
【19:55/建設中のビル】

 木箱や棚が無造作に放置されている開けた空間。
 ほむらが足を踏み入れると、組まれた足場にロッキーを口にくわえた杏子が立つ。
 杏子の腕の中にはまどか。

杏子「来たね、イレギュラー」

ほむら「その子を放しなさい」

杏子「慌てなくても、決着がついたらそうするさ」

まどか「きゃっ」

 杏子がまどかを持ち上げて落とす。
 まどかを縛るロープが手すりまで延びていて、地面への激突を免れる。
 手すりから吊るされている、てるてる坊主のようなまどか。

211: 2012/11/17(土) 15:50:09.64 ID:nRQ7EdKqo
ほむら「先に断っておくわ」

ほむら「私が勝てば、あなたは氏ぬ」

杏子「やれるもんならやってみな!」

 足場から飛び降り、槍を突き下ろす杏子。
 ほむらの姿が消える。

杏子「また後ろ――!」

 足元にアイスホッケーのパックを思わせる小さな物体。
 杏子の突進に合わせて爆発する。

杏子「くっ!」

 爆風にあおられ、よろめく杏子。
 その背後に現れるほむら。
 振り向きざまになぎ払うが、またしてもほむらが消え、足元に爆弾。
 爆風を受け、飛ばされる杏子。

212: 2012/11/17(土) 15:53:27.23 ID:nRQ7EdKqo
 起き上がった杏子の手元で槍がいくつもの節に分かれる。
 鞭のように振り回すが当たりそうになると別の場所に移動されてしまう。
 ほむらが拳銃を撃つ。杏子の足元で火花を散らす銃弾。
 槍が節でちぎれ、半ばが飛んで床に転がる。

杏子「見えない武器か!」

 多節棍になってしまった武器をほむらに投げつける。
 盾ではじくほむら。
 その間に、杏子は木箱の上に移動している。
 木箱に機関銃を浴びせるほむら。

まどか「ほむらちゃん!やめてよ!」

まどか「その子も魔法少女なんだよ!」

 ほむらがまどかに気を取られた隙に壁を蹴って跳び、天井を蹴って襲いかかる杏子。
 またも姿を消すほむら。
 仕留め損ねた槍が地面に深く刺さって抜けず、舌打ちする杏子。

213: 2012/11/17(土) 15:54:36.62 ID:nRQ7EdKqo
杏子「てめえ、チョコマカと」

 突き立てた槍はそのままに、杏子がほむらに向かって跳躍する。
 腕を振ると別の槍が出現するが、これもほむらをとらえられない。

ほむら「戦場の選択を誤ったようね」

杏子「あいにくと、あたしにもまだ手札があってね!」

 杏子が槍を振るとその方向に格子状の防御壁が組み上げられる。
 さらにもう一振りで、ほむらは左右を防御壁に阻まれた形になる。
 防御壁に挟まれた一本の道を突進する杏子。
 姿を消し、木箱のそばに現れるほむら。
 杏子の足元に爆弾。

214: 2012/11/17(土) 15:55:44.71 ID:nRQ7EdKqo
杏子「くらえっ!」

 立っている槍を蹴って方向転換する杏子。
 普通に反転していたら巻き込まれていたであろう爆風が後押しする。
 反撃の速度を読み損なったほむらの肩を槍がかすめる。
 棚に叩きつけられるほむら。
 勢い余って切り裂いた棚がほむらの背中に落ちる。

215: 2012/11/17(土) 15:56:42.55 ID:nRQ7EdKqo
 ロッキーを口に放り込む杏子。
 槍を逆さに構え、ほむらの頭上に打ち落とす――が、またしてもほむらが消え、地面を打つ。

杏子「なっ……!」

 背後のほむらが拳銃で杏子を殴り倒す。
 ひざから崩れ落ちる杏子。
 ほむらもよろめいて肩を押さえる。
 傷を負った箇所からにじみ出る血。

216: 2012/11/17(土) 15:57:58.50 ID:nRQ7EdKqo
杏子「まだ……まだ終わってねえ……」

 なおも戦おうと振り返る杏子。
 平衡感覚を失い、地面に倒れる。

杏子「くそっ……」

221: 2012/11/18(日) 08:56:43.80 ID:0ANllQ5no
 突然、周囲の景色が変化する。

ほむら「魔女の結界……!」

 周囲に積み上げられるたくさんのテレビ。
 その中から白いマリオネットのような使い魔が片方しかない翼で飛び出す。
 拳銃で応戦するほむら。

222: 2012/11/18(日) 08:57:40.64 ID:0ANllQ5no
まどか「ほむらちゃん!」

ほむら「――まどか」

 吊るされていたまどかに使い魔が群がり、バラバラにしてテレビの向こう側に運び去っていく。
 まどかが連れ去られたテレビに手のひらを当てるほむら。
 ガラスの感触に阻まれ、通り抜けることができない。

223: 2012/11/18(日) 08:58:39.66 ID:0ANllQ5no
 その間に、使い魔が杏子にまとわりつく。

ほむら「佐倉杏子!」

 見る間に杏子の体はバラバラにされ、テレビの向こう側に取り込まれる。
 そのとき、胸元のブローチがはずれてソウルジェムになって転がる。
 それも回収してテレビの向こう側へ持ち去る使い魔。

ほむら「狡猾な奴。じっと機会をうかがっていたようね」

 ソウルジェムをかざし、道を切り開くほむら。
 作り出した通路に飛び込んでいく。

224: 2012/11/18(日) 08:59:40.09 ID:0ANllQ5no
【結界―ハコの魔女―】

 メリーゴーランドのような模様がロール状に周囲を覆う。
 ロールの縁は映画のフィルムのよう。
 空気の代わりに液体で満たされている。
 ゆっくりと沈んでいくほむら。
 メリーゴーランドの馬にまたがった使い魔がテレビを持って飛び回っている。

 まどかが氏ぬ。
 まどかが魔女に変わる。
 さやかが魔女に変わる。
 マミが杏子を撃って銃口を向ける。
 まどかに銃口を向ける。
 ワルプルギスの夜。
 それを一撃で倒す強力な魔法少女が魔女に変わる。
 テレビが映し出す、ほむらの記憶。
 ほむらの機関銃が、使い魔ごとそれらを粉砕していく。
 その表情からは何も読み取れない。
 ゆっくりと沈んでいくほむら。

225: 2012/11/18(日) 09:00:44.62 ID:0ANllQ5no
 ただようロープ。
 その下方で、使い魔がまどかの手足を引っ張っている。
 面白いように伸びるまどかの手足。
 時間を止め、日本刀で使い魔を切り払う。

まどか「ほむらちゃん……」

 ほむらは黙ったまま機関銃を撃つ。
 馬や屋根を壊しながら、使い魔を蹴散らしていく。
 その表情からは何も読み取れない。
 ゆっくりと沈んでいくほむらとまどか。

226: 2012/11/18(日) 09:02:03.14 ID:0ANllQ5no
 ただよう槍。
 その下方に杏子が沈んでいる。
 胸元にブローチはない。
 そばには白いモニターを運ぶ使い魔。
 モニターにはなぜか左右に髪の毛が生えている。
 さらにその下方で光が生じ、別の空間がつながる。
 現れるマミ。
 モニターに気づいてマスケット銃を出し、撃つ。
 ほむらの姿が消え、現れたときにはマミの銃撃を盾で弾いている。
 襲われたことに気づいてモニターごと逃げ出す使い魔。

マミ「暁美さん?どうして」

 使い魔、それに魔女をかばったほむらの行動が信じられないマミ。
 マミに群がる使い魔。

マミ「何、これ……!」

 テレビに映るほむらの記憶に驚愕するマミ。
 マスケット銃を持つ手が震える。

マミ「どうして、鹿目さんが魔法少女に……?」

マミ「それに、……美樹、さん……?」

227: 2012/11/18(日) 09:03:52.41 ID:0ANllQ5no
ほむら「惑わされないで!」

まどか「ほむら……ちゃん?」

マミ「暁美さん……?」

 明らかに、これまで見せてきた態度とは異なる声音。
 それに戸惑うまどかとマミ。

マミ「あなた……偽者ね!」

マミ「本物の暁美さんは、そんな風に取り乱したりしないわ!」

 ほむらを撃つマミ。
 一瞬早く気づいて回避するほむら。

まどか「あっ!」

 まどかに使い魔が群がる。
 上方のまどか、下方のマミ。二人を見比べるほむら。

228: 2012/11/18(日) 09:04:59.35 ID:0ANllQ5no
 時間を止める。
 静止した世界で、さらに沈んでいくほむら。
 マミの背後から羽交い絞めにする。

マミ「……えっ、これは……?」

 停止した時間に驚くマミ。

ほむら「よく聞いて」

ほむら「一つ、少しの間だけ時間を止めている」

ほむら「二つ、私が触れている間はあなたも動ける」

ほむら「三つ、さっきの白いモニターが魔女」

ほむら「結界だけでなく、さらにモニターで身を守らなければならない最弱の魔女」

ほむら「弱いから、私たちの戦意をくじいて弱らせないと襲ってこない」

ほむら「四つ。佐倉杏子のソウルジェムが奪われた」

ほむら「魔女より先に、それを見つけないとまずいことになる」

 マミから離れ、まどかを救出に向かうほむら。
 刀を振るって使い魔を退ける。

229: 2012/11/18(日) 09:06:05.37 ID:0ANllQ5no
マミ「今のを……信じろ、ですって……?」

 マミが胸元のリボンを解く。
 リボンは膨れ上がったかと思うと無数に分裂して結界中に張り巡らされる。
 その一本がほむらの腕を絡め取る。
 次に足。
 まどかにもリボンが絡みつく。

まどか「マミさん!」

 刀でリボンを切断しようとしたほむらが手を止め、まどかに目をやる。
 次に見たのは、ほむらに向け、マスケット銃を構えるマミの姿。

マミ「さようなら、偽者さん!」

 マミのマスケット銃がほむらを撃ち抜く。
 がっくりとうなだれるほむら。

まどか「ほむらちゃん!」

マミ「まさか、偽者じゃなかった……?私……、私……!」

 リボンの侵食がさらに激しさを増す。
 うろたえているマミ自身をも拘束する。

まどか「どうしよう、そんな、そんな……!」

230: 2012/11/18(日) 09:07:16.82 ID:0ANllQ5no
 弱った獲物にありつこうと、使い魔に運ばれながら魔女がほむらに近づいてくる。
 モニターを拘束するマミのリボン。

マミ「かかったわね!」

 マミの目にははっきりとした意志が宿っており、先程の混乱は見る影もない。
 あちこちに絡みついたリボンが収束されていく。
 今やリボンは魔女と、別のテレビを持った使い魔を縛っているだけだ。
 その使い魔が持つテレビが映しているのはほむらの記憶ではなく、丸い宝石。
 ――ソウルジェム。
 使い魔を締め上げながらテレビに入り込んだリボンがソウルジェムを取り出す。
 リボンが伸びていき、マミの手元にソウルジェムを落とす。

マミ「ソウルジェム、確かに頂いたわ」

 リボンを縦横無尽に展開したのはソウルジェムを見つけるため。
 ほむらを撃ったのは弱らせて魔女をおびき出すため。
 マミの心を読んだ魔女が悲鳴を上げる。

マミ「ティロ・フィナーレ!」

 巨大な銃身から放たれる膨大な量のエネルギー。
 モニターごと魔女を焼き尽くす。
 魔女の氏によって消滅する結界。

231: 2012/11/18(日) 09:08:16.78 ID:0ANllQ5no
【建設中のビル】

ほむら「……うう」

 マミの治癒魔法でいくぶん力を取り戻したほむらが目を覚ます。

マミ「ごめんなさい。お芝居とはいえ、実際に撃ったわけだし」

マミ「――痛かったでしょ?」

ほむら「佐倉杏子は?」

 首を振るマミ。

マミ「残念だけど、彼女は亡くなっていたわ」

232: 2012/11/18(日) 09:09:57.31 ID:0ANllQ5no
ほむら「彼女のソウルジェムを……貸して」

 マミから杏子のソウルジェムを受け取るほむら。
 仰向けに手を組んで横たわる杏子にソウルジェムを握らせる。

杏子「うっ……あたし、どうしたんだ……?」

杏子「どうなってるんだよ……」

マミ「そんな!確かに氏んでいたはず」

ほむら「正確には、氏体ではなくて『佐倉杏子の抜け殻』よ」

ほむら「私たち魔法少女の本体は――このソウルジェムの方だから」

233: 2012/11/18(日) 09:11:24.79 ID:0ANllQ5no
マミ「嘘……」

ほむら「願いと引き換えに、私たちはソウルジェムを得て魔法少女になる」

ほむら「でも真実はこう。『願いと引き換えに、私たちはソウルジェムになる』」

ほむら「ソウルジェムの力が及ばないほど体との距離が開いた場合、体は機能を停止する」

ほむら「そうなると、ソウルジェムを直接触れさせるまで何もできなくなる」

杏子「何言ってやがる。そんなこと誰にも――」

ほむら「そうね。誰も教えてはくれないわ」

ほむら「最初から知っていれば、あなたは契約したかしら」

ほむら「知らされないのは、その程度の理由」

杏子「ふざけんじゃねえ!それじゃあたしたち、ゾンビにされたようなもんじゃないか!」

 体を起こしてほむらにつかみかかる杏子。

杏子「それにどうしてお前は、そんなことを知って平気でいられるんだよ」

まどか「そんな……。ほむらちゃんたち、もう、人間じゃないの?」

杏子「くっ……」

マミ「鹿目さん……」

234: 2012/11/18(日) 09:12:54.67 ID:0ANllQ5no
ほむら「この前、私が言ったことを覚えてる?」

 杏子を無視してまどかに語りかけるほむら。

ほむら「真実を知れば、あなたたちが私や巴マミに対する態度が変わってしまう」

ほむら「でも、ソウルジェムの秘密はそれだけじゃない」

ほむら「この宝石が濁りきって黒く染まるとき、私たちはグリーフシードになり、魔女として生まれ変わる」

ほむら「私たちが倒してきた魔女も、魔法少女のなれの果て」

まどか「そんなのって……そんなのってないよ……」

杏子「あたしは、魔女になる、のか……?」

ほむら「あなたが憧れていたものの正体がどういうものなのか」

ほむら「これで理解できたわね」

235: 2012/11/18(日) 09:14:04.85 ID:0ANllQ5no
 マミがほむらにマスケット銃を突きつける。

マミ「ねえ、お芝居はもう終わりでしょう?冗談だと言ってよ」

マミ「それともあなたはやっぱり偽者だったの?」

 手を差し出すほむら。

ほむら「私は二度、あなたに手を差し出した。でもあなたの手が触れることはなかった」

ほむら「それでも。――それでも私は手を差し出す」

 ――払いのけられたらその手を掴めばいい。また払われてもまた掴んでやったらいい――

ほむら「やがて魔女になる私たちを今始末してあなたも氏ぬか」

ほむら「それとも真実を受け入れた上で暗闇を振り払い歩き続けるか」

ほむら「あなたが決めなさい」

 ほむらの手を見つめるマミ。
 銃口がぶれはじめる。
 マスケット銃がリボンに変わってマミの手に収まる。
 ほむらの手をとるマミ。

マミ「正直なところ、心の整理がつかない」

マミ「けれど、こうして手を差し伸べてくれる暁美さんを信じる」

まどか「マミさん……」

 安堵するまどか。

236: 2012/11/18(日) 09:15:06.79 ID:0ANllQ5no
杏子「お前ら、何だってんだよ」

 杏子が槍で地面を突く。

杏子「魔女だぞ。魔女になっちまうんだぞ。いいのかよ」

 マミが杏子に意味ありげな視線を向ける。

マミ「あなたも混ざりたいんでしょ?」

杏子「な、なに言ってんだ」

マミ「はいはい。独りぼっちは、さみしいもんね」

 強引に杏子の手をとって握手に重ねさせる。

237: 2012/11/18(日) 09:16:15.18 ID:0ANllQ5no
マミ「これまで何度も氏と隣り合わせの経験をしてきたし」

マミ「いつか私も、魔女との戦いで命を落とすんじゃないかってずっと思ってた」

マミ「でも、今は生きる目的ができたような気がする」

マミ「もしあなたたちが魔女になったら、そのときは私が狩ってあげる」

杏子「な……!逆にあたしがあんたのグリーフシードをもらってやるよ」

天童「カーット!」

 急に現れる天童。

天童「よくやったぞ、ほむら。最大の壁『協調性』クリアだ!」

杏子「あんた誰だよ。っていうか、いつからいたんだよ」

天童「杏子ちゃんにも、はい、お土産。温泉饅頭」

 紙袋からお菓子の箱を取って手渡す天童。

杏子「……もらっとくよ」

天童「これはマミちゃん。これはまどかちゃん」

 手際よくお土産を配る天童。

238: 2012/11/18(日) 09:17:52.15 ID:0ANllQ5no
ほむら「天国に帰ったんじゃなかったの?」

天童「たまたま福引したらよ、これが一等当たっちまって。温泉旅行。くーっ、さすが俺。これも日頃の行いがいいからだな」

 写真を見せる天童。
 福引所で一等の祝儀袋を手にピースしている天童が、憎らしいほどの笑顔で映っている。

天童「ああ、思い出しても本当にいい湯だったなあ。天使なのに思わず『極楽、極楽』って言っちまってよ」

天童「もちろん、『天国、天国』って言い直したけどな」

ほむら「でも、お土産を買うお金なんて持ってないでしょ」

天童「二段目の引き出し」

 てへっ、と笑う天童。

ほむら「……それ、私のお金じゃない!」

天童「いいじゃねえかよ。俺の働き、時給に直したら安いもんだろ?」

ほむら「かーっ。腹立つーっ!」

マミ「暁美……さん?」

まどか「ほむらちゃん?」

 あっけにとられるマミとまどか。

マミ「今日は暁美さんの意外な一面ばかり目にしているわね」

ほむら「これは……こいつの、せいで……」

 口ごもるほむら。

239: 2012/11/18(日) 09:19:03.70 ID:0ANllQ5no
【工場・外】

 魔女との戦いも終わったので、魔法少女たちは変身を解いている。

天童「それにしても、素直じゃない奴ばかり面倒見て、マミちゃんも大変だねえ」

杏子「それって、あたしも含んでるってことかよ」

マミ「佐倉さんも、私と組みはじめた頃は素直だったんですけどね」

杏子「くっ。もうアネキ面はやめろよ」

 天童とほむらが右へ、マミと杏子、まどかが左へ進もうとする。

杏子「イレギュラーの奴、ちゃっかりお前にしゃべってやがったんだな」

マミ「暁美さんは何も言わなかったわ」

マミ「ただ、魔女の使い魔に襲われて日が浅いのに学校を欠席するなんて、何かあったに違いないと思っただけ」

杏子「それで捜索活動ってか。ホント変わんねえな」

杏子「あー畜生。晩飯食ってないから腹が減った」

マミ「私もあなたが鹿目さんをさらったせいで夕飯の準備もしていないわ」

240: 2012/11/18(日) 09:20:04.72 ID:0ANllQ5no
マミ「そうだ。暁美さん!」

 マミがほむらと天童を呼び止める。

マミ「お腹も空いたし、どこかで食べていかない?」

ほむら「そうね。かまわないわ」

天童「おっ、何食うんだ?うな重なんかいいなあ」

ほむら「温泉で海の幸やら山の幸やらを食べてきたくせにまだ贅沢言うの?」

天童「いいじゃねえかよ。時給に直したら――」

ほむら「今回はゼロのはずよね」

天童「ま、まあアレだ。出世払いで」

 ほむらと天童、マミが杏子、まどかと合流する。

241: 2012/11/18(日) 09:21:03.26 ID:0ANllQ5no
マミ「叔父さんと暁美さんは仲がいいんですね」

天童「これが手のつけられんじゃじゃ馬で。マミちゃんのように優雅なおしとやかさを――」

 背後で轟音。
 タクシーが運転を誤って工事中のフェンスに突っ込んでいた。
 食事の誘いがなければほむらと天童が巻き込まれていたかもしれない。
 天童が時計を見るとちょうど21:00。

天童「危ねえな!命題クリアしてなかったら、俺まで巻き添えかよ!」

ほむら「天使だったらまず人命の心配をしたらどう?」

 マミとほむら、それに遅れて残り三人がタクシーに駆けつける。

杏子「勘弁してくれよ。こっちは腹の虫が鳴ってるのに」

 ドアを開けて運転手のシートベルトをはずす杏子。
 意識を失っている運転手を天童と一緒に引っ張り出して地面に寝かせる。
 まどかが救急車を呼ぶ間に治癒魔法で応急手当を施すマミ。
 やがて救急車が駆けつけ、運転手を搬送していく。

242: 2012/11/18(日) 09:22:07.19 ID:0ANllQ5no
天童「文句言ったわりに、お前は見てるだけかよ」

ほむら「うるさい」

 握っているバールを見つめるほむら。
 ――でもよ、一番頼れる力なんてものは物じゃないんじゃねえか?――

ほむら「私の魔法は、時を止めることと戻すこと」

ほむら「そのどちらも、運転手を助ける役には立たなかった」

ほむら「ドアを壊す道具を持っていても誰も救えない」

ほむら「このままで私は――まどかを救えるの?」

243: 2012/11/18(日) 09:23:37.57 ID:0ANllQ5no

天国に一番近いほむら 佐倉杏子編「そんなの、あたしが許さない」 終わり

253: 2012/11/25(日) 08:55:38.19 ID:17xPWvffo
補足その4・大和田政雄

ほむら「今回中沢が代役を勤めたのは大和田政雄」

ほむら「甘粕四郎の上司で役職は課長。たかり癖があり『一瞬貸しといて』と頼むが金は返さない」

ほむら「自分より立場の強い者にはゴマをする。何事も仕切りたがるが相手にされないことが多い」

ほむら「特徴を挙げれば典型的なダメ人間だけど、MONOカンパニーでは一際輝いている人物」

天童「無駄にテンション高いからな」

ほむら「ウザキャラであるところも含めて、天童とよく似ている」

天童「『も』って何だよ。俺が無駄にテンション高いか?失敬だな」

ほむら「ウザキャラなのは認めてるのね」

254: 2012/11/25(日) 08:56:52.74 ID:17xPWvffo
ほむら「根は一本筋が通っているようで、柔道対決の回ではよい面がところどころクローズアップされた」

ほむら「対戦チームを率いる社長に率先してかかっていく。対決に間に合わない甘粕四郎をかばう」

ほむら「さらには番狂わせ的な勝利」

ほむら「けれど、そういった見せ場がなくとも大和田が出てくると何かしら笑いを期待させる」

ほむら「結城社長に毒づいてはそれを聞かれたり、後半では鮫島に田舎者ネタで絡む」

ほむら「『お前の所属はMONOカンパニーじゃない』」

ほむら「『田舎MONOカンパニーだ』、となかなか口も達者」

ほむら「ゴマすりだけの人物でないことをうかがわせるが、仕事ではその片鱗も見られない」

天童「まあパソコンでオセロばっかやってるからな」

255: 2012/11/25(日) 08:58:20.29 ID:17xPWvffo
ほむら「髭を生やしていないのに、よく『チョビ髭』と呼ばれる」

ほむら「最終回で念願の部長になったときには実際にチョビ髭を生やした」

天童「セコい所は相変わらずで娘の鉛筆代をたかってたな」

ほむら「色々説明してみたけど、大和田の魅力は実際にドラマを観てもらわないと伝わらないと思う」

ほむら「演じた渡辺いっけいが大和田ベースで天使役をやるならキャスト一新リメイクでも観てみたい」

ほむら「>>1はそう思っているわ」

天童「けどよ、そうなると誰が大和田ちゃんのポジションやるのかってことになるよな」

ほむら「難しいところだけど、これ以上の話はキャスト妄想スレになってしまうから控えることにするわ」

256: 2012/11/25(日) 08:59:24.50 ID:17xPWvffo
天国に一番近いほむら 鹿目まどか編

【結界最深部―薔薇園の魔女―】

 マミのリボンに絡め取られた魔女。
 空中で巨大な銃を構えるマミ。

マミ「ティロ・フィナーレ!」

 撃ち出されたエネルギー弾によって消滅する魔女。
 着地したマミの手にはティーカップ。
 一口すすって、まどかとさやかに笑顔を向ける。

さやか「勝ったの?」

まどか「すごい……」

257: 2012/11/25(日) 09:00:34.01 ID:17xPWvffo
【結界―お菓子の魔女―】

 マミに手を引かれ、結界の奥へ向かうまどか。

まどか「あ……あの、マミさん?」

マミ「なあに?」

まどか「願い事、私なりにいろいろと考えてみたんですけど」

マミ「決まりそうなの?」

まどか「はい。……でも、あの」

まどか「もしかしたら、マミさんには考え方が甘いって怒られそうで」

マミ「どんな夢を叶えるつもり?」

まどか「私って、昔から得意な学科とか、人に自慢できる才能とか、何もなくて」

まどか「きっと、誰の役にも立てないまま、迷惑ばかりかけていくのかなって」

まどか「それが嫌で、しょうがなかったんです」

258: 2012/11/25(日) 09:01:36.52 ID:17xPWvffo
 マミが扉の一枚を押し開ける。

まどか「でもマミさんと会って、誰かを助けるために戦ってるの、見せてもらって」

まどか「同じことが、私にもできるかもしれないって言われて」

まどか「何よりもうれしかったのはそのことで」

まどか「だから私、魔法少女になれたら、それで願い事は叶っちゃうんです」

まどか「こんな自分でも、誰かの役に立てるんだって」

まどか「胸を張って生きていけたら。それが一番の夢だから」

259: 2012/11/25(日) 09:02:55.13 ID:17xPWvffo
【工場】

 マミが結界のシンボルを浮かび上がらせる。
 これまでにない大きさのシンボルに驚くまどかとさやか。

さやか「これって、大物発見って感じっすか?」

マミ「シンボルの大きさは敵の強さとは関係ないわ。大型の可能性は高いけど」

マミ「ただ、たくさんの人間を取り込みたいという意思の表れでもあるから」

さやか「じゃあ、やる気満々ってことですか?」

マミ「そうね。あなたたちも気を引き締めて」

マミ「魔女なんかにこの街で好き勝手させない。私の意志も、シンボルにしたら負けていないわ」

 不敵な笑みを浮かべるマミ。

260: 2012/11/25(日) 09:03:59.78 ID:17xPWvffo
マミ「それじゃ、今日も見滝原の平和のために、行きましょうか」

まどか「待ってください」

さやか「まどか」

マミ「どうしたの?」

まどか「あの……ほむらちゃんにも手伝ってもらいませんか?」

さやか「あのねえ。大体今からどうやって転校生を捜すのさ」

さやか「そんなことをしている間に、犠牲者が出るかもしれないよ?」

まどか「携帯電話の番号、教えてもらったんです」

さやか「まどか、いつの間に」

まどか「もし近くにいるなら、二人で一緒に戦った方がいいと思うんです」

 マミがまどかを見る。

まどか「私、一緒に戦うって約束したのにまだ願い事見つけられてなくて」

まどか「あのとき、マミさんの気持ちを聞いたのに、今回もマミさんが一人で戦うなんて」

まどか「私……」

261: 2012/11/25(日) 09:05:34.62 ID:17xPWvffo
 マミがぽん、とまどかの肩を叩く。

マミ「ごめんなさい。私、あなたを縛りつけちゃったみたいね」

マミ「キュゥべえが鹿目さんのことを素質があるって言ってたけど、その意味がわかったかもしれない」

マミ「きっと、あなたの優しい心が、魔女が呪いを吐き出すのとは逆に救いを分け与えているのかもしれないわ」

まどか「そんな……。だって私、誰も」

マミ「いろいろなところで、あなたの気づかないうちに誰かを助けてる」

マミ「その救われた人たちの想いが、あなたの素質になっているのかもね」

まどか「マミさん……」

マミ「魔法少女の私。魔女と戦う私。それを知っていて、なおついてきてくれる」

マミ「契約をしていなくても、あなたたちは十分一緒に戦ってくれているわ」

マミ「だから、願い事はじっくり考えてくれればいい」

マミ「それと、暁美さんに連絡をとってもらえるかしら?」

まどか「……はい!」

262: 2012/11/25(日) 09:06:43.99 ID:17xPWvffo
【歩道橋】

キュゥべえ「まどか」

まどか「キュゥべえ。よその町に行ったって聞いたけど?」

キュゥべえ「ボクの契約した魔法少女が一人、ここへ流れてきたのがわかってね」

キュゥべえ「気になって様子を見に来たんだ」

キュゥべえ「その子はマミとは違う。あくまでグリーフシードが目当てだから」

キュゥべえ「マミやもう一人の彼女と遭遇するとよくないことが起きるかもしれない」

まどか「そんな……。魔法少女同士なのに」

キュゥべえ「一応、警告しておくよ」

 歩道橋の風景が歪み、結界が発生する。

まどか「や……やだ、そんな!」

263: 2012/11/25(日) 09:08:51.89 ID:17xPWvffo
【結界―落書きの魔女・使い魔―】

 ルーズリーフのような模様の壁を、奇声を上げた使い魔が絵に描いたトラックで走る。
 別の使い魔がやはり奇声を上げて接近、衝突する。
 トラックが爆発し、使い魔たちが笑う。
 何事もなかったかのようにトラックが出現し、それを走らせる使い魔たち。

キュゥべえ「これは、魔女じゃなくて使い魔の結界だ」

キュゥべえ「多分、あの二体を倒せば結界は消えると思う」

まどか「でも、私」

キュゥべえ「運がよければマミあたりが気づいて駆けつけてくれるかもしれない」

キュゥべえ「それまではどこかに身を隠そう」

 絵に描いたドアを開き、奥へ進むまどかとキュゥべえ。

キュゥべえ「大丈夫だよ、まどか」

キュゥべえ「いざとなれば、君はボクと契約して魔法少女になればいい」

キュゥべえ「万が一に備えて、願い事を考えてもらえないかな?」

まどか「……うん」

264: 2012/11/25(日) 09:09:57.81 ID:17xPWvffo
 さらに進むまどかとキュゥべえ。
 絵に描いた魔法少女を見つける。
 絵のできはまどかと大差ない。

まどか「これって魔法少女?」

キュゥべえ「かもしれない。魔法少女と魔女は、コインの裏表のようなものだ」

キュゥべえ「この使い魔と何か関係のあった魔法少女かもしれないね」

まどか「魔法少女って、たくさんいるの?」

まどか「さっきも、もう一人が来るって」

キュゥべえ「そりゃそうさ。人の心に恨みや妬みがある以上魔女が巣食うことは必然だ」

キュゥべえ「同じ数だけ、それを狩る魔法少女は必要だよ」

265: 2012/11/25(日) 09:11:10.40 ID:17xPWvffo
まどか「そうやって、たくさんの魔法少女が戦って、人々や町を守ってきたんだね」

まどか「それに比べて、私はただ守られるだけ」

まどか「マミさんに会うまでは、自分が守られていることにさえ気づかなかったんだもの」

まどか「今もこうやって、マミさんやほむらちゃんが来てくれることを待っている」

まどか「誰かにばっかり戦わせて、自分で戦わない私って、卑怯なのかな」

キュゥべえ「魔女と戦うのは魔法少女の使命だよ」

キュゥべえ「魔法少女でもない君が気にかけることはないんじゃないかな」

266: 2012/11/25(日) 09:13:00.40 ID:17xPWvffo
まどか「……ありがとう。私たちを守ってくれて」

 まどかが魔法少女の絵に近づき、握手するような形で手に触れる。
 すると、魔法少女の絵から飛び出してきたかのように、マミが現れる。

まどか「マミさん!」

マミ「無事だったみたいね。よかった」

マミ「美樹さんから連絡を受けたの。暁美さんがあなたに電話がつながらなかったみたいで」

マミ「もしかすると結界の中に閉じ込められているんじゃないかって」

マミ「たかだか使い魔の結界。さっさと終わらせましょう」

 まどかたちが通ってきた道を辿って使い魔のいた空間に戻る。
 使い魔たちは飽きもせずに衝突を楽しんでいる。

まどか「まだぶつけ合いをしてる」

キュゥべえ「真下が交通量の多い道路だからだろうね」

マミ「成長したら、この付近では事故が多発することになったかもしれないわね」

267: 2012/11/25(日) 09:14:30.05 ID:17xPWvffo
 マミが持ち上げたスカートから二丁のマスケット銃が出現する。
 撃った弾丸が使い魔に狙い違わず命中する。
 それに伴って元の歩道橋が姿を取り戻す。

まどか「マミさんのおかげで助かりました」

マミ「フフッ、どういたしまして」

 まどかの携帯電話がメールの着信を報せる。
 “連絡がつかないので捜索する。無事なら電話して”という、無味乾燥な文面。

マミ「そうね。今頃暁美さんも必氏で捜してるはずよ。安心させてあげて」

まどか「はい」

268: 2012/11/25(日) 09:17:21.10 ID:17xPWvffo
【建設中のビル】

 ほむらの手をとるマミ。

マミ「正直なところ、心の整理がつかない」

マミ「けれど、こうして手を差し伸べてくれる暁美さんを信じる」

まどか「マミさん……」

杏子「お前ら、何だってんだよ」

 杏子が槍で地面を突く。

杏子「魔女だぞ。魔女になっちまうんだぞ。いいのかよ」

マミ「あなたも混ざりたいんでしょ?」

杏子「な、なに言ってんだ」

マミ「はいはい。独りぼっちは、さみしいもんね」

 強引に杏子の手をとって握手に重ねさせる。
 自分の手を見るまどか。
 思い直し、手を引っ込める。

269: 2012/11/25(日) 09:18:24.83 ID:17xPWvffo
【まどかの部屋】

 ベッドで横になっているまどか。

まどか「ほむらちゃん……マミさん……それに杏子ちゃん」

まどか「みんな……氏ぬかもしれないのに。魔女になるかもしれないのに」

まどか「それなのに……」

まどか「私……」

キュゥべえ「じゃあ君も契約して魔法少女になるかい、まどか?」

 どこからかキュゥべえが現れて椅子の上にちょこんと座る。

まどか「魔法少女は力を使い果たしたら魔女になるって本当なの?」

キュゥべえ「ソウルジェムの穢れが浄化不能なレベルに達したとき、それはグリーフシードに転化する」

キュゥべえ「その結果魔女が生まれることは事実だね」

270: 2012/11/25(日) 09:19:42.89 ID:17xPWvffo
まどか「ほむらちゃんたちも……いずれ魔女になるの?」

キュゥべえ「さあ、どうだろう。そうなる前に生命を落とす魔法少女も少なくない」

キュゥべえ「僕としては、魔女になってくれることが望ましいのだけど」

まどか「じゃあ、あなたはみんなを魔女にするために、魔法少女に?」

キュゥべえ「勘違いしないで欲しいんだが」

キュゥべえ「僕らはなにも、人類に対して悪意を持っているわけじゃない」

キュゥべえ「すべては、この宇宙の寿命を延ばすためなんだ」

キュゥべえ「君たちの魂は、エントロピーを覆すエネルギー源たりうるんだよ」

キュゥべえ「とりわけ最も効率がいいのは、第二次性徴期の少女の、希望と絶望の相転移だ」

キュゥべえ「ソウルジェムになった君たちの魂は、燃え尽きてグリーフシードへと変わるその瞬間に」

キュゥべえ「膨大なエネルギーを発生させる」

キュゥべえ「それを回収するのが、僕たち『インキュベーター』の役割だ」

271: 2012/11/25(日) 09:20:53.54 ID:17xPWvffo
まどか「私たち、消耗品なの?あなたたちのために、氏ねっていうの?」

キュゥべえ「僕たちはあくまで君たちの合意を前提に契約しているんだよ?」

キュゥべえ「それだけでも充分に良心的なはずなんだが」

まどか「みんな騙されてただけじゃない!」

キュゥべえ「『騙す』という行為自体、僕たちには理解できない」

キュゥべえ「認識の相違から生じた判断ミスを後悔するとき、なぜか人間は他者を憎悪するんだよね」

まどか「あなたの言ってること、ついていけない。全然納得できない」

272: 2012/11/25(日) 09:22:02.37 ID:17xPWvffo
キュゥべえ「僕は一つだけ、君の願いを叶えることができる」

キュゥべえ「君はその代価として、ソウルジェムを使い果たしたときに生じるエネルギーを僕にくれればいい」

キュゥべえ「例えば、この社会には臓器提供というものがあるだろう?」

キュゥべえ「重要な臓器を他人に譲り渡すとしてもそれは氏後のことで、そのときには臓器は何の役にも立たない」

キュゥべえ「善意の対価がゼロのそれに比べ、願い事を叶える僕の方が有益であるとは考えられないかな?」

キュゥべえ「まして、君の善意で延命されるのはほかならぬこの宇宙だ」

 何も答えないまどか。

キュゥべえ「どうやら出直してきた方がよさそうだね」

キュゥべえ「でも覚えておいてほしい。僕はいつでも、君の願いを叶えてあげられる」

キュゥべえ「君のその莫大な素質なら、叶えられない願いなんて存在しないだろう」

キュゥべえ「待ってるからね」

 キュゥべえが去る。
 うずくまるまどか。

まどか「あんまりだよ……」

273: 2012/11/25(日) 09:23:12.07 ID:17xPWvffo
【ほむらのアパート】

ほむら「この命題のことだけど」

天童「一人でもクリアできてよかったじゃねえか」

ほむら「読んでみて」

 手紙を渡すほむら。

天童「2日後の21:00までに、佐倉杏子のソウルジェムを手に入れなければ即氏亡」

天童「杏子ちゃんは八重歯の子だろ?」

ほむら「あなた、ソウルジェムが何か知っているの?」

天童「ソウルジェム?ジェムは宝石、っつーことは」

天童「これはソウルミュージックの宝石箱やー!」

天童「アレだ、CDか何かじゃねえか?」

ほむら「やっぱり知らなかったのね」

ほむら「いなくなった理由が福引で温泉旅行とわかったときからそうじゃないかと思ってたけど」

天童「何だよ、天使だって知らないことの一つ二つあらあ」

274: 2012/11/25(日) 09:24:21.22 ID:17xPWvffo
ほむら「ソウルジェムは、私たち魔法少女の魂」

 自分のソウルジェムを出すほむら。

天童「また魔法か。宗旨的にはあまり認めたくないけどよ」

ほむら「あなたの神がソウルジェムの存在を認めているからこんな命題が届くんでしょ?」

天童「じゃあ、ありの方向で」

ほむら「……これを奪われるということは、氏と同義。一歩間違えば佐倉杏子は氏んでいた」

ほむら「そんなことを命題の形で命じるあなたの神は何者かしら」

天童「結果的に杏子ちゃんは無事だしいいじゃねえか」

天童「神様の考えてることなんて、俺にわかるかよ」

275: 2012/11/25(日) 09:25:47.75 ID:17xPWvffo
天童「ま、いろいろあったが命題も残すところあと一つだ」

天童「結構うまくやれてるじゃねえか」

ほむら「そうね。私にとっても予想外」

ほむら「今回、私自身でまどかの契約を阻止したことは一度もない」

ほむら「それなのに、まどかは契約していない」

ほむら「あとは、ワルプルギスの夜さえ倒せれば、そのときこそ約束が果たせる」

ほむら「そういう意味では、あなたに振り回されたこの時間も悪くは……なかった」

天童「そういうときは、素直に『ありがとう』と言えばいいんじゃないのかな」

 天使らしい、品のある風を装って言う天童。

ほむら「……まだすべてが終わったわけじゃないから」

 不機嫌そうに答えるほむら。

276: 2012/11/25(日) 09:27:12.20 ID:17xPWvffo
【翌朝/学校】

 さやかと仁美に温泉饅頭を配る天童。

さやか「ホントにお土産買ってきてくれたんだ!」

仁美「私にまで。ありがたく頂きますわ」

天童「これからも、ほむらのこと頼みますばい」

 担任の早乙女が教室に入ってくる。

早乙女「まあ。あなた、無断で教室に……椎名さん?」

 慌てて手で顔を隠す天童。

早乙女「椎名さんでしょ?先月――」

天童「いえ、違いますよ、あたしゃ」

 声色を作ってごまかす天童。
 そそくさと退出する。
 天童の挙動を気にするほむら。

277: 2012/11/25(日) 09:28:39.68 ID:17xPWvffo
【学校・屋上】

マミ「――そういうことだから、もう魔法少女体験コースはおしまい」

さやか「で、でもそれでいいんですか?マミさんはもう――」

マミ「私は、契約していなければ家族と一緒に氏んでいたはずだった」

マミ「だから、契約したことそのものに後悔はないわ」

マミ「それに、魔法少女は私だけじゃないから。ね?」

 ほむらにウインクを送るマミ。

マミ「それにもう一人、私が昔面倒を見ていた子もいる」

マミ「だから、これ以上魔法少女を増やす必要もなくなったわけ」

マミ「いい?間違っても契約なんてしちゃダメよ」

マミ「あなたたちにも、失いたくない何かはあるでしょ?」

278: 2012/11/25(日) 09:29:49.50 ID:17xPWvffo
さやか「そっか。この前暁美さんが言ってたのは、こういうことだったんだ」

さやか「でもあたしは変わらないよ。マミさんはマミさんだし、暁美さんは暁美さん」

さやか「魔法少女は人間じゃないなんていう奴がいたら、あたしが言い返してやる」

さやか「見知らぬ誰かのために体を張って戦うことがあんたたちにできるのか、って」

まどか「さやかちゃん……」

マミ「ありがとう。もちろん、お茶会はこれからも受け付けてるから、いつでもいらっしゃい」

さやか「もちろんですよ!」

まどか「私も行きます」

 微笑むマミ。

279: 2012/11/25(日) 09:31:18.60 ID:17xPWvffo
ほむら「待って」

 立ち去ろうとするマミを、ほむらが引き止める。

ほむら「今夜、佐倉杏子と一緒にうちに来て」

マミ「あら。魔法少女のお泊り会?」

ほむら「今後現れる、魔女の話をしたいの」

マミ「そうね。せっかく見えない武器の正体も見せてもらったんだし」

マミ「やっぱり連携技の一つ二つ考えておきたいものね」

マミ「わかったわ」

280: 2012/11/25(日) 09:33:09.76 ID:17xPWvffo
【夜/ほむらのアパート】

 部屋をワルプルギスの夜についての資料が埋め尽くしている。

マミ「結界に身を隠す必要のない、自然災害レベルの魔女、ねえ……」

杏子「噂で耳にしたことはあったけど、確かに一人で倒せるような魔女じゃねえな」

ほむら「何日かのうちに、ワルプルギスの夜は見滝原に現れる」

ほむら「倒す、という以前に、私たちで食い止めなければ見滝原は一時間程度で壊滅することになる」

マミ「今更暁美さんを疑うわけではないけれど、これだけの情報、どうやって揃えたの?」

ほむら「実際にワルプルギスの夜と戦ったことのある魔法少女から。これ以上は言わせないで」

杏子「そいつは今どうしてるんだ?」

マミ「氏んだか、あるいは魔女になってしまったか。……そういうことね」

ほむら「私は、たとえ一人でもワルプルギスの夜と戦う」

ほむら「もし、あなたたちにそのつもりがないのなら。そのときは――見滝原からずっと遠くへ逃げて」

マミ「私はあまり、縄張り意識を持ち出すことは好きじゃないのだけど」

マミ「この町は私の縄張りよ。現れる魔女を倒す義務は、まず私にある」

杏子「あたしも、逃げてなんて言われてはいそうですか、って柄じゃないしな」

 カップ麺をすする杏子。

281: 2012/11/25(日) 09:34:20.49 ID:17xPWvffo
杏子「ま、いいんじゃねえの?この資料だと、ワルプルギスの夜は時間を止めるような奴じゃないしな」

杏子「そんなずりー能力じゃなきゃ、あたしが負けるもんか」

マミ「まだ根に持ってるの?むしろ本気で敵に回さずにすんだことに感謝しなさい」

杏子「ちぇっ。感謝って、マゾかよ」

ほむら「高く評価してくれているようだけど、私の能力はワルプルギスの夜にほとんど通用しない」

ほむら「魔法の武器を持つあなたたちの方が、より効果的な攻撃ができるはずよ」

マミ「だとすると、暁美さんの役割は支援で、私たちが攻撃ね」

マミ「佐倉さんをワルプルギスの夜の攻撃範囲外から時間を止めて移動させて、一撃ののち離脱」

マミ「手堅く勝負するならそれが基本戦術になるかしら」

杏子「ま、リボンで人間パチンコにされて突っ込むよりは安全だな」

マミ「あら。突進力が上乗せできて効果的だったでしょ?」

杏子「撃ち落とされたときのダメージが倍増だったけどな」

マミ「そのときはちゃんと治療してあげたじゃない」

杏子「そーいう問題じゃねえっつの」

 カップ麺をかき込む杏子。

282: 2012/11/25(日) 09:35:59.80 ID:17xPWvffo
マミ「あとは幻惑の魔法と私たちの組み合わせ、という手があるわね。標的を分散させることで……」

杏子「もう幻惑は使えねえ。どうしてもダメなんだ。まやかしってとこに悪いイメージが絡みついて」

杏子「家族の話なら、あたしなりにもう割り切ったつもりなんだけどな」

マミ「そう……」

杏子「昔のやり方でやるなら、マミがリボンで動きを封じてあたしが斬るってやつが一番性に合ってたな」

マミ「今じゃ私が一人で戦うときのパターンだけどね」

杏子「こんなことなら、槍以外に一工夫考えときゃよかったかもな」

マミ「車のドアを開けるような泥棒魔法以外に?」

杏子「ちっ。気づいてたのか」

マミ「昨夜はおかげで素早く運転手を助け出せたわ」

マミ「魔法は他人のために使うものじゃない、なんて言って飛び出したのにね」

杏子「つい、いつもの癖が出ただけさ」

マミ「フフ、そういうことにしておきましょうか。ところで暁美さん――」

マミ「ワルプルギスの夜と戦うのは『今度で何回目』?」

283: 2012/11/25(日) 09:37:05.44 ID:17xPWvffo
ほむら「質問の意味がわからないわ」

マミ「あなたが見滝原に来たのは、せいぜい一ヶ月前」

マミ「自分の攻撃が通用しない相手とわかっていながら、それでも戦うと言う」

マミ「長年暮らしてきた町でもないのに、普通そこまでするかしら」

マミ「それだけじゃない。昨日の魔女。テレビに映し出されていたのはあなたの記憶でしょう?」

マミ「魔法少女が魔女になる。それを知って、私の中で辻褄が合った」

マミ「あなたが知っている、ワルプルギスの夜と戦った魔法少女というのは私たち」

マミ「それに美樹さんや鹿目さん。あなたは、私たちが敗れたから時間を戻してやり直そうとしている」

マミ「どう、違う?」

ほむら「正解よ。そこまで見抜かれたのはさすがに初めてだけど」

 髪をかき上げるほむら。

284: 2012/11/25(日) 09:38:29.75 ID:17xPWvffo
杏子「って、じゃああたしたちに勝ち目はないのかよ!」

マミ「勝率を上げる方法ならあるわ」

ほむら「それ以上は言わないで」

マミ「これまで、私たちは衝突を繰り返すことでお互いを理解してきた」

マミ「だから。だからあえて言うわ。今の人数でワルプルギスの夜を倒せないのなら、魔法少女を増やす」

マミ「特に鹿目さんの素質は、かなり戦力として期待できるはずよ」

杏子「あいつが……?」

マミ「でもこれまで、暁美さんは彼女が魔法少女になることを望んではいなかった」

マミ「昨日も契約の代償をあえて話すことで釘を刺してたしね」

マミ「ワルプルギスの夜は倒したい。でも魔法少女は増やしたくない」

マミ「矛盾する行動の理由を説明してもらえるかしら」

ほむら「鹿目まどかの素質は、戦力どころか単独でワルプルギスの夜を撃破できる」

ほむら「その力の代償に、ワルプルギスの夜を上回る最強の魔女に生まれ変わる」

ほむら「もたらされる災いが見滝原だけでなく、人類そのものさえも危うくするほど」

ほむら「つまり、鹿目まどかはワルプルギスの夜を倒すためだけに魔法少女になり――」

ほむら「ワルプルギスの夜を倒したら、速やかにソウルジェムを砕かれなければならない」

ほむら「それは、言ってみれば生贄に差し出すのと同じこと」

ほむら「それだけは、私が許さない」

285: 2012/11/25(日) 09:40:05.38 ID:17xPWvffo
杏子「畜生、ソウルジェムが濁ると魔女になるってのは、やっぱりろくでもねえな」

マミ「それが、見滝原のすべての人々の生命と引き換えでも?」

ほむら「私が見滝原に来てからせいぜい一ヶ月、とあなたは言ったわ」

ほむら「それに、冷たい言い方をすれば、ワルプルギスの夜が勝てば私は再びやり直す」

マミ「……そう。あなたが昨日時間を戻す魔法のことまで打ち明けなかった理由がやっとわかったわ」

マミ「戦力が不十分と知りながらそれを補おうともしない。そんなことができるのも、リセットできるから」

マミ「私や佐倉さんにとって、この戦いは一度きり。でもあなたは何度かの戦いの一回にすぎない」

マミ「最初から、賭けているものの重さが違うのよ」

マミ「逆に言えば、何度やり直しても望んだ結末を得られなかったのは」

マミ「その程度の覚悟しか持っていなかったからじゃないかしら?」

286: 2012/11/25(日) 09:41:14.77 ID:17xPWvffo
杏子「おい、いくらなんでも言いすぎだろ」

ほむら「……これ以上、建設的な話は期待できないわね」

ほむら「今回は分かり合えたと思ったけど、あなたの言うとおり」

ほむら「私は、ワルプルギスの夜を倒すその日まで、何度でもこの一ヶ月を繰り返す」

ほむら「たとえ戦いの日にあなたたちが現れなかったとしても、私は恨みに思わない」

ほむら「だから、鹿目まどかには決して手は出さないで」

ほむら「さようなら。次に会うときは、私を知らないあなたたち」

マミ「見損なわないでほしいわね。私たちの方こそ、あなたと違って逃げも隠れもしない」

 席を立つマミ。
 杏子もそれに続く。

マミ「かりそめの来訪者にすぎないあなたとは違う。私が、見滝原を守ってみせる」

マミ「その後は、過去でも未来でも好きなところに行くといいわ」

287: 2012/11/25(日) 09:43:23.75 ID:17xPWvffo
 マミが玄関のドアを開けると、帰ってきた天童と鉢合わせになる。

天童「あっ、マミちゃん」

マミ「こんばんわ。お邪魔しました」

天童「またいつでも来るとよかよ。ほむらばよろしく頼みます」

 答えず、笑みを浮かべただけで去るマミ。
 会釈だけして、ついていく杏子。

天童「お友達を呼んでおしゃべりを楽しむ。これぞ中学生の醍醐味」

天童「って、何だこりゃ」

 ワルプルギスの夜についての資料に気づく天童。

ほむら「もうすぐ現れる魔女よ」

天童「くっだらねえなあ。オメーはよ、中学生らしく、気になる男子の話題で盛り上がれよ」

天童「青春を色気の一つもなしで過ごしたら、それはただの『春』。つまんねえだろうがよ」

ほむら「どうせあと数日の話よ。放っておいて」

288: 2012/11/25(日) 09:44:32.27 ID:17xPWvffo
天童「出た。『どうせ』」

天童「前に担当した奴はよ、それこそ口癖のように『どうせ』『どうせ』言うネガティブ人間だった」

天童「それが、俺のありがたーい指導のおかげで命題をクリアしてそれなりに格好よくなったもんだ」

天童「もちろん、魔法なんて使えないし、妙ちくりんな敵とも戦っちゃいねえ」

天童「それでも、今やらなくちゃならないことに向き合ってる」

天童「お前もよ、ちょっとは『今を生きる』ってことの大事さを考えてみりゃどうだ?」

ほむら「お説教なら、今は聞きたい気分じゃないわ」

天童「ま、命題も残り一つ。不安なのはわかるけどよ」

天童「お前の命が数日で終わるか終わらないかは、お前次第」

天童「本気で、生きてみろよ」

289: 2012/11/25(日) 09:45:36.98 ID:17xPWvffo
ほむら「……ところで今までどこに行ってたの?」

天童「病院」

ほむら「天使なのに、どこか悪いの?」

天童「偶然、さやかちゃんに会ったもんだから、例のヴァイオリンの彼を見舞いに行ってきたんだよ」

ほむら「そういえば、まだ退院していないわね」

天童「手はともかく、足は松葉杖でなんとか歩ける程度には回復してたな」

天童「左手が使えないから、右手を松葉杖で埋めてしまうとかなり不便だけどよ」

天童「退院したら、もう一度ヴァイオリンを聴かせてくれって伝言だ」

ほむら「あれからヴァイオリンなんて触れてもいなかった」

天童「なら、気分転換に弾いてみろよ」

ほむら「そうね。一度頭を切り替えた方がいい」

 ヴァイオリンを取り出し、アメイジング・グレイスを弾くほむら。
 弾き終える頃に、新聞受けに手紙が投函される。

天童「いよいよ、ラストの命題だ」

 ヴァイオリンを置き、手紙を取ってくるほむら。
 手紙を開き、文面に目を通す。
 横から覗き込む天童。

290: 2012/11/25(日) 09:46:52.91 ID:17xPWvffo
 ――明日の14:00までに、
     鹿目まどかが魔法少女の契約をしなければ暁美ほむらが即氏亡

291: 2012/11/25(日) 09:48:29.73 ID:17xPWvffo
 その場にしゃがみ込むほむら。

ほむら「どうして。どうしてなの」

ほむら「どうして、巴マミも、神様も、まどかのことをそっとしておいてくれないの?」

ほむら「私は、まどかを護るためだけにすべてを賭けているのに」

天童「ほむら……」

ほむら「こんな命題に従うぐらいなら、いっそ氏んでしまう方がまだましよ!」

 命題の手紙を破り捨てるほむら。

天童「おいっ!」

ほむら「明日。……16日?」

ほむら「気づかなかった。もうそんな時期だったなんて」

 何かにとりつかれたように、ふらっと家を飛び出すほむら。

天童「ほむら!」

310: 2012/12/02(日) 08:51:15.02 ID:9y4CCUH1o
【深夜/まどかの家】

 呼び鈴が鳴る。
 玄関に迎えに出る知久。

知久「今日は鍵も出せないぐらい酔ってるのかい?――君は」

 ドアを開ける知久。
 外にはほむらが立っている。
 風になびくほむらの髪。

知久「まどかの、お友達?」

ほむら「こんな時間なのはわかっています」

ほむら「でも、どうしても話さなきゃならないことがあるんです」

ほむら「鹿目さんを、呼んでいただけますか?」

 ほむらの思いつめた表情に気づく知久。

知久「こんな時間だよ、本当に」

知久「立ち話もなんだろうから、上がっていきなさい」

311: 2012/12/02(日) 08:52:16.36 ID:9y4CCUH1o
【まどかの部屋】

 パジャマ姿のまどか。
 机の上には携帯電話。「コイノボリくん」ストラップがつけられている。

まどか「どうしたの、急に」

ほむら「明日の朝、見滝原に避難命令が出る」

ほむら「それは、最強の魔女が生み出す嵐」

ほむら「結界さえ必要としない、これまでの魔女とは格の違う相手」

ほむら「だから、私や巴マミ、あなたをさらった佐倉杏子」

ほむら「そのうち何人か、あるいは全員が生命を落とすかもしれない」

まどか「そんな……」

312: 2012/12/02(日) 08:54:13.32 ID:9y4CCUH1o
ほむら「魔法少女はやがて魔女になる存在。前に話したわね」

まどか「うん」

ほむら「約束して。私たちが氏んだとしても、その蘇生を願いに契約することだけはしない、と」

まどか「ほむらちゃん……」

ほむら「魔女になる前に氏ぬとしたら、それはそれで私たちの運命」

ほむら「それが明日、というだけのこと。魔女になるよりはずっと受け容れられる」

まどか「……どうしてかな」

まどか「ほむらちゃん、まるで明日氏ぬのがわかってるみたいにしゃべってる」

まどか「それだけ強い魔女なら、魔法少女が一人でも多く必要だよね?」

ほむら「駄目よ」

ほむら「戦いの経験を重ねていないあなたは足手まとい」

ほむら「あなたが加わることで、私たちが有利になることなんてない」

313: 2012/12/02(日) 08:55:22.00 ID:9y4CCUH1o
まどか「それ、嘘、だよね」

まどか「保健室へ行くときからずっと。私が契約しないように気をつけてた」

まどか「魔女の正体を知っているから、魔法少女を増やしたくないのが本当の理由だった」

まどか「でも、それだけじゃない」

まどか「ほむらちゃん、私の知らないところで何か背負い込んでる」

まどか「でなきゃ、そんな悲しい顔してないよ」

 ほむらに手を差し出すまどか。

まどか「マミさんに手を差し伸べたように、私の手を取ってはくれないの?」

ほむら「……あなたは」

ほむら「何であなたは、いつだって」

ほむら「そうやって自分を犠牲にして」

314: 2012/12/02(日) 08:56:41.47 ID:9y4CCUH1o
 ドアをノックする音。

知久「ハーブティーを作ってきたよ」

まどか「……うん。ありがとう」

 まどかがドアを開ける。
 部屋に入ってくる知久。手にはハーブティーを載せた盆。

知久「リラックス作用のあるハーブを使ってるんだ。心が落ち着くといいんだけど」

ほむら「……いただきます」

 ハーブティーを口に含むほむら。

知久「風が強くなってきたみたいだ。雨が降るかもしれないし、今夜は泊まっていったらどうかな」

ほむら「いいえ。まだ別の用事が残っているので」

知久「宿題でもあるのかい?明日は土曜日だし、慌てることもないと思うよ」

ほむら「せっかくですが」

知久「そうかい?もし気が変わったら、そのときは遠慮はいらないからね」

ほむら「ありがとうございます」

 知久が部屋を出ていく。

315: 2012/12/02(日) 08:58:03.02 ID:9y4CCUH1o
 ハーブティーを飲み、ほむらに向き直るまどか。

まどか「ほむらちゃん、私」

ほむら「あのお父さんを悲しませることになっても、まどかはそれでいいの?」

ほむら「たとえ魔女にならなくても、あなたは明日氏んでしまうかもしれない」

ほむら「それを、あなたのお父さん、お母さんは望んでいるかしら」

まどか「……それは」

ほむら「世の中にはたくさんの魔法少女がいて、私たちを守ってくれている」

ほむら「前に、あなたが言ったこと」

ほむら「だからお願い。魔法少女の私に、あなたたちを守らせて」

316: 2012/12/02(日) 08:59:04.46 ID:9y4CCUH1o
まどか「それって、……それって、卑怯だよ」

 不意に、ほむらを抱きしめるまどか。

まどか「ほむらちゃんを大切に想う人のことも考えて」

まどか「両親、あの叔父さん。私だって」

まどか「ほむらちゃんを失ったら悲しむ人がいるんだよ」

まどか「それを、自分は氏ぬとか、足手まといはいらないなんて言わないでよ!」

 まどかの目から涙がこぼれる。

ほむら「やめて。……やめて!」

 まどかを振り払うほむら。

ほむら「あなたの心は優しすぎる」

ほむら「あともう一歩で、私はようやく約束を果たせるの」

 涙声になるほむら。
 まどかに背を向ける。

317: 2012/12/02(日) 09:00:40.85 ID:9y4CCUH1o
ほむら「私ね、ある人に憧れて魔法少女になったの」

ほむら「病弱で、何の取り柄もなくて、そんな私の友達になってくれた子」

ほむら「その子は明日現れる魔女と戦って氏んじゃって」

ほむら「どうして、私みたいな価値のない子じゃなくて彼女が氏んでしまったのか」

ほむら「それが納得できなくて、私は魔法少女の契約をしたの」

ほむら「もう一度、彼女との出会いからやり直したい」

ほむら「今度は、護られる私でなく、彼女を護る私になりたい」

ほむら「願いどおり、私は彼女と出会う前まで時を遡った」

ほむら「けれど、彼女を護ることはできなかった」

318: 2012/12/02(日) 09:01:43.38 ID:9y4CCUH1o
ほむら「自分が魔女になることを知った彼女は、私が時を巻き戻す前に言ったの」

ほむら「『キュゥべえに騙される前のバカな私を助けてあげて』」

ほむら「今の私は、その約束を果たすために生きている」

ほむら「何度も、何度も、彼女を失って。それでもいつかは、救うことができるかもしれない」

ほむら「それが私の、たった一つの道しるべ」

ほむら「今、出口のない迷路に迷い込んだと思った私に、ようやく光が差しかけている」

ほむら「ワルプルギスの夜を倒すことができるのなら、たとえ氏んでも私は本望なの」

ほむら「その決意を、あなたの優しさで揺るがさないで」

まどか「ほむらちゃん、それってもしかして――」

319: 2012/12/02(日) 09:02:48.65 ID:9y4CCUH1o
 ほむらが立ち、髪をかき上げる。

ほむら「私たちがいなくなっても、あなたは立ち直れる」

ほむら「これまでのことは、夢だったと思えばいい」

ほむら「さようなら、まどか」

 ほむらの姿が消える。

まどか「ほむらちゃん!」

 開いた窓の外では雨が降り出している。

320: 2012/12/02(日) 09:08:32.20 ID:9y4CCUH1o
【キッチン】

 ティーカップを載せた盆を片付けにきたまどか。
 キッチンの電気はついていて、知久がスープを作っている。

まどか「それ、ママの?」

知久「ああ。今日は遅いね。お友達は?やっぱり泊まっていくのかな」

まどか「ううん。帰っちゃった」

知久「そう。雨が強くなる前に帰れるといいね」

まどか「うん」

知久「心配かい?何か、大事な話があったんだろう?」

321: 2012/12/02(日) 09:09:32.24 ID:9y4CCUH1o
まどか「パパ。もしも、私が急にいなくなっちゃったら、どうする?」

知久「もちろん捜すよ」

まどか「それでも見つからなかったら?」

知久「それでも捜す。大事な娘だからね」

まどか「私、パパやママに守られてるんだね」

知久「守られているから一人前じゃない、とでも言われたのかな?」

まどか「ううん、そうじゃない。けど……」

知久「親が子を守るのは、当然のことさ」

知久「まどかが大人になってからも、パパやママはまどかを守り続けるよ」

322: 2012/12/02(日) 09:10:35.32 ID:9y4CCUH1o
まどか「あのね、友達のことなんだけど」

まどか「悪いことが起きてて、自分がいなくなればすべて丸く収まるって」

まどか「それを信じて、いなくなっちゃうかもしれないの」

まどか「私、どうすればいいのかわからなくて」

知久「まどかは、その子の言うことに納得できているのかい?」

まどか「納得はできるの。でも、いなくなってしまうなんて嫌」

知久「そういうのは、納得しているって言わないんだよ」

323: 2012/12/02(日) 09:11:37.20 ID:9y4CCUH1o
知久「間違っていると思うのなら、何度でもそう言ってあげればいい」

知久「逆に意固地になるかもしれないけど、それでも繰り返し繰り返し、言い続けるんだ」

知久「大事なのは、決して途中で見放さないこと」

知久「間違ってると言うのなら、地獄の底まで付き合うぐらいの覚悟で言うんだ」

知久「それができないのなら、関わる資格を持っていないということ」

まどか「パパにしては、意外に厳しいこと言うんだ」

知久「人生、何事も経験だからね」

まどか「ありがとう。何だか、道が見えてきた感じ」

知久「じゃあゆっくりお休み。忠告をするのは、結構気力と体力を使うからね」

324: 2012/12/02(日) 09:12:52.84 ID:9y4CCUH1o
【港湾地区・鉄塔】

 雨の中、魔法少女の姿になっているほむらが爆弾を設置している。
 ほむらの頭上でビニール傘が雨を遮る。

天童「お嬢さん、濡れますよ」

 見上げるほむら。

ほむら「私に構わないで」

 再び設置作業を続けるほむら。

天童「ちぇっ、つまんねえ反応だなあ」

天童「まあ俺も相手がこんなガキんちょじゃいまいち盛り上がれねえけどよ」

天童「で?家出かと思ったら、こんな所で爆弾なんて仕掛けやがって」

天童「敵はどこにいるんだ?え?」

 あたりを見回しながらたずねる天童。

325: 2012/12/02(日) 09:13:55.27 ID:9y4CCUH1o
ほむら「明日になればわかるわ」

天童「明日までに誰かがうっかり爆発させちまったらどうすんだよ」

天童「この量、下手すりゃ鉄塔が崩れちまうぞ」

ほむら「そう。鉄塔を倒すのが私の狙い」

ほむら「これほどの大きさなら、押し潰せば身動きだって封じることができるかもしれない」

 爆弾にダンボールで覆いをかけていくほむら。

天童「今度はゴジラでも上陸するってのか?」

 鉄塔を見上げる天童。

ほむら「そんなところよ」

326: 2012/12/02(日) 09:14:56.68 ID:9y4CCUH1o
天童「そんなの、自衛隊に任せりゃいいじゃねえか」

天童「魔法が使えるからって、そこまでやる必要があんのか?」

ほむら「私が倒さなきゃいけないの」

ほむら「人々を守りたい、なんて綺麗事なんかじゃない。きわめて個人的な理由」

ほむら「あいつを倒さない限り、私は前に進めない」

ほむら「――いいえ、前に進めなくてもいい」

ほむら「刺し違えてでもいい。私の命と引き換えに護れるのならそれでいい」

天童「まどかちゃんのことか」

 うなずくほむら。

327: 2012/12/02(日) 09:16:23.16 ID:9y4CCUH1o
ほむら「魔法少女は魔女を狩る宿命。いつかは、魔女に敗れて氏ぬかもしれない」

ほむら「悪くすれば、狩るはずの魔女に取り込まれることもある」

ほむら「まどかには、普通の人生を歩んでほしい」

ほむら「だから、命題には従えない」

天童「本当に、それでいいのか?」

天童「そのゴジラみたいなのを倒して氏ぬなら満足だろうがよ、単に負けて氏んじまったら」

天童「そのとき、まどかちゃんはどうなる?」

ほむら「私には奥の手がある。神様の力だって及ばないとっておきが」

ほむら「それに、思惑どおりに事が運んだら命題の時間までに決着はつけられる」

ほむら「そうすれば、まどかが魔法少女になる理由はなくなる」

ほむら「私には、それだけで十分」

328: 2012/12/02(日) 09:17:30.67 ID:9y4CCUH1o
天童「幼なじみで友情が恋心に変わった、ってのならまだわかる」

天童「でも出会って一ヶ月もしない、仲良くなったばかりの友達にそこまで入れ込める理由は何だ?」

ほむら「……まどかにとってはそうかもしれない。でも、私にとっては」

 事情を説明するほむら。

天童「……そいつが奥の手ってわけか」

ほむら「信じるも信じないも、あなたの勝手」

天童「別に疑ったりしねえよ」

329: 2012/12/02(日) 09:19:14.06 ID:9y4CCUH1o
天童「にしても、随分ヘヴィな人生歩んでんだな、お前」

天童「だとすると、さしずめ俺はドクか?」

天童「映画で車は空を飛べても、現実の車はいつまで経っても空を飛ばねえな」

ほむら「もう一つ仕掛けが残ってるから、これ以上話をしている時間はないわ」

ほむら「わかったら帰って。私は、絶対にまどかを魔法少女にはしない」

天童「いいや帰らねえ」

 ぽん、とほむらの肩を叩く天童。

天童「ゴジラをやっつける。命題をどうするかは、それから考えろ」

天童「仕掛けってやつは俺も手伝ってやるよ」

ほむら「天童……」

330: 2012/12/02(日) 09:22:06.16 ID:9y4CCUH1o
【朝/見滝原市】

 広報車が避難指示の発令を報せている。
 空全体を覆う曇り空がときおり雷で光る。

331: 2012/12/02(日) 09:23:43.05 ID:9y4CCUH1o
【10:52/港湾地区】

 人気のない港湾地区に一人立つほむら。
 足元から霧が覆い始める。
 霧に紛れてほむらを通り過ぎる、道化や動物たちの形をした使い魔。
 遠くの空に姿を現す、歯車の下に逆さになっている女性の人形をつけたような魔女。
 ――ワルプルギスの夜。
 変身するほむら。

ほむら「今度こそ」

 時間を止めるほむら。
 無数の重火器を周囲に並べる。

ほむら「――決着をつけてやる!」

343: 2012/12/09(日) 08:54:34.82 ID:5ZufbDDxo
 再び時間停止。
 ロケットランチャーを構え、撃っては捨てを繰り返す。
 空中に静止する無数の砲弾。
 時間が動き出すのに合わせ、一斉にワルプルギスの夜を襲う。
 爆発に包まれるがびくともしないワルプルギスの夜。
 不気味な笑い声とともに、人形の口から吐き出される炎。

 並べた迫撃砲を次々に撃ちだすほむら。
 追い討ちに鉄塔を手元のリモコンで爆破し、ワルプルギスの夜に叩きつける。
 炎でたやすく溶かしてしまうワルプルギスの夜。

 魔法で運転するタンクローリーの上に乗ったほむらが鉄橋の上部外郭を疾走する。
 勢いをつけてワルプルギスの夜に向かって飛んでいくタンクローリー。
 爆発炎上するタンクローリー。
 それも吐き出す炎によって消滅させられる。
 飛び降りたほむらが川に着水する直前に、その足元から砲台がせり上がる。
 発射されるミサイルがワルプルギスの夜を弾き飛ばし、地面に叩きつける。
 その周囲に展開された無数の地雷が反応し、一斉に起爆する。
 大爆発が空をも赤く染める。
 遠くでその光景を眺めるほむら。

344: 2012/12/09(日) 08:55:27.31 ID:5ZufbDDxo
 炎の中から黒い矢のようなものがほむらを襲う。
 ほむらの背後からそれにぶつかる赤い閃光。
 串刺しになった黒い矢――魔法少女のシルエットを模した使い魔が消滅する。

ほむら「佐倉、杏子……」

杏子「本当に手札を見せない奴だな、お前」

杏子「数日後なんて言って、もう来てるじゃねえか」

 串団子を一つ食べる杏子。

杏子「しかもあれだけやって、なおピンピンしてやがる。とんだバケモンだ」

ほむら「そんな……」

 大爆発にも傷ついていないワルプルギスの夜。

345: 2012/12/09(日) 08:56:32.05 ID:5ZufbDDxo
ほむら「巴マミは?」

杏子「別行動。さっきの爆発に気づいたら、すぐに駆けつけるだろ」

杏子「どこに現れるのか知ってたんなら、最初から言やあいいじゃねえか」

杏子「おかげで、手分けして奴を探す羽目になっちまった」

杏子「いいな。まずはマミが来るまで戦いを避ける」

杏子「戦力を小出しにするのは戦法としては0点だ」

ほむら「あなたにそんなことを言われるなんてね」

杏子「うるせー。どうせマミの受け売りだよ」

346: 2012/12/09(日) 08:57:52.48 ID:5ZufbDDxo
【11:28/避難所】

 木目の床にシートを敷いて、避難している見滝原の人々。
 毛布が配られるなど、本格的な避難活動が始まっている。

タツヤ「今日はお泊り?キャンプなの?」

知久「ああ、そうだよ。今日はみんなで一緒にキャンプだー」

 タツヤを抱え上げる知久。
 はしゃぐタツヤ。
 一人、家族に背を向けるまどか。

まどか「ほむらちゃん……」

347: 2012/12/09(日) 08:58:45.93 ID:5ZufbDDxo
【11:34/港湾地区】

 施設の壁に身を隠しつつ、ワルプルギスの夜の攻撃の合間を縫って反撃するマミ。
 銃弾が命中しても、まるでこたえないワルプルギスの夜。

マミ「さすが最強の魔女ね。びくともしない」

 言葉とは裏腹に、次のマスケット銃を出して構え、撃つマミ。
 使い魔が迫るのを杏子が切り伏せる。
 二人から離れたところで、機関銃を連射するほむら。
 流れる汗が輪郭を伝い、顎から滴る。
 ほむらに向かって炎を吐くワルプルギスの夜。
 盾をかざして炎を防ぐほむら。
 その戦いぶりを目で追うマミ。

杏子「どうした?」

マミ「――いいえ。何でもないわ」

 ほむらに目をやる杏子。

杏子「……このままでいいのかよ」

マミ「今は、魔女を倒すことだけに集中して」

348: 2012/12/09(日) 08:59:42.29 ID:5ZufbDDxo
マミ「私が道を作るから、そこからあいつ目がけて切りかかって」

マミ「無理はしないようにね。あくまで、試してみるだけだから」

杏子「おう。サポートは頼む」

マミ「任せといて。じゃあ、始めるわ!」

 マミがリボンを延ばし、工場の煙突にくくりつける。
 一本のロープとなったリボンの上を風のように駆けていく杏子。
 そこへビルの残骸が飛来するが、マミが放った別のリボンがトランポリンのようになって弾き返す。

杏子「くらえっ!」

 手を切り落とす斬撃――のはずが、槍は空しく跳ね返される。

杏子「何食えばこんなに頑丈になるんだ?」

 ワルプルギスの夜が炎を吐く。
 宙返りでかわす杏子。
 群がる使い魔をマミの銃が撃ち落とす。

マミ「今度は私よ!」

 方陣を形成する無数の銃が一斉に火を噴く。
 弾丸の雨を受けながら、それを意に介さずに笑うワルプルギスの夜。

349: 2012/12/09(日) 09:00:55.83 ID:5ZufbDDxo
【11:49/病院】

 窓の外で風に揺れる木々を見つめる恭介。

恭介「避難所に行かなくても平気かい?」

さやか「いいっていいって。どうせ、大したことはありませんでしたってすんじゃうよ」

恭介「ごめん。手のことばかり気にして、足のリハビリが遅れていなかったら退院できていたのに」

さやか「だから。別に病院にいたら助からなくて、避難所だったら助かるなんてわけじゃないし」

さやか「それに、『退院が遅れている』よりも、『来週中には退院できる』って言おうよ」

さやか「同じことでも、より明るい感じでしょ?」

天童「くーっ、いいこと言った、さやかちゃん」

 不意に現れる天童。

さやか「叔父さん?」

天童「メモしとこ」

 手帳を取り出す天童。

350: 2012/12/09(日) 09:02:21.66 ID:5ZufbDDxo
さやか「暁美さんは?」

天童「ほむらは、その、私用で」

さやか「私用って、こんなときに」

 窓に体をくっつけるさやか。

さやか「まさか……魔女?」

恭介「さやか?」

キュゥべえ「――暁美ほむらなら、君の想像どおりワルプルギスの夜と戦ってるよ」

さやか「キュゥべえ!」

 振り返るさやか。

天童「キュゥべえ?俺は、天童世氏見……」

天童「君、キュゥべえなんて呼ばれてるの?」

 恭介に聞く天童。
 恭介もきょとんとした顔でさやかを見ている。

351: 2012/12/09(日) 09:03:25.45 ID:5ZufbDDxo
キュゥべえ「外の嵐も、すべてワルプルギスの夜によって引き起こされている現象だ」

さやか「これが……?でも今までの魔女は結界の中にいたのに」

キュゥべえ「結界に守られる必要がないぐらい強いということさ」

キュゥべえ「暁美ほむら。巴マミ。佐倉杏子」

キュゥべえ「この町にいる魔法少女が結集してもなお、ワルプルギスの夜を倒すことは無理だろう」

キュゥべえ「それでも、君が加わることで傾いた天秤を水平に近づけることはできるかもしれない」

キュゥべえ「ほんの少しだけど、地に足のついた希望を手に入れた君の力なら」

キュゥべえ「窮地にある彼女たちの救いにはなるだろう」

 ゴクリ、と唾を飲むさやか。

352: 2012/12/09(日) 09:04:53.68 ID:5ZufbDDxo
さやか「――本当だね?」

キュゥべえ「以前の君は、言ってみれば風船のようなものだ」

キュゥべえ「正義を口にしても、他人のためと言っても。その言葉の中には何も詰まっていなかった」

キュゥべえ「あれから何日も経っていないのに、今の君は人が変わったようだ」

キュゥべえ「成長期の人類が持つ可能性は実に興味深い」

キュゥべえ「そして目の前には最強の魔女がいる」

キュゥべえ「実戦の舞台としてはこれ以上のものはないだろう。戦えば、君はさらに一段上の強さを手に入れる」

キュゥべえ「ただし、ボクには君たちが勝てるという保証はできない」

さやか「魔法少女は、魔女になるんでしょ?あれは本当なの?」

キュゥべえ「否定はしないよ」

キュゥべえ「君たちがそのことを知ってしまった以上、契約に対して引け目を感じることは理解できる」

キュゥべえ「――それでも、魂を賭けるに足る願いを君は持っているのかい?」

353: 2012/12/09(日) 09:05:56.44 ID:5ZufbDDxo
さやか「……恭介」

 目を閉じ、うつむいて言うさやか。
 強くうなずき、恭介に笑顔を向ける。

さやか「ごめん。用事ができちゃった」

恭介「……さやか」

さやか「友達?っていうか、私のライバルがさ、ピンチみたいなんだ」

さやか「これはさやかちゃんが助けに行かないとね」

 恭介のそばに駆け寄り、キスするさやか。
 恭介の体を強く抱きしめる。

さやか「エヘヘ、しちゃった」

さやか「でもこれで勇気が出たよ。もう何も恐くない」

 さやかの目尻にうっすらと浮かぶ涙。

恭介「さやか、君はどこへ行こうとしてるの?」

さやか「もらった勇気を、今度は私が分けてあげる番」

さやか「さよなら、恭介。もし生きてまた会えたら、ヴァイオリンを聴かせてね」

恭介「さやか?」

354: 2012/12/09(日) 09:07:05.71 ID:5ZufbDDxo
さやか「――キュゥべえ」

さやか「私の願いは、恭介を事故に遭う前の健康な状態にまで治すこと」

さやか「それが叶うのなら、私は、魔法少女に……なる!」

キュゥべえ「君の祈りは、エントロピーを凌駕した」

キュゥべえ「さあ、解き放ってごらん、その新しい力を」

 青い輝きがさやかを包み、胸の中からソウルジェムが現れる。
 手に取った瞬間、さやかは魔法少女に変身している。
 右手に剣。左手の鱗状の籠手は右手より明らかに防御を意識したもの。
 白い籠手の手の甲には紫色のダイヤのマーク。

さやか「これが私の武器。それに、このグローブ」

さやか「……わかったよ、私の戦い方が」

355: 2012/12/09(日) 09:07:55.23 ID:5ZufbDDxo
 窓を開けるさやか。
 風が病室に吹き込み、激しくカーテンをはためかせる。

さやか「叔父さん、後で窓を閉めておいてくれる?」

天童「うん?……ああ」

 さやかが窓から身を躍らせる。

恭介「さやか!」

 慌てて飛び起きる恭介。

恭介「えっ?……どうして足が?……手も」

 両手で足に触れ、動かないはずの左手を動かしてみる恭介。
 窓を閉める天童。

356: 2012/12/09(日) 09:08:54.06 ID:5ZufbDDxo
天童「ほむら……。お前は、一人なんかじゃねえ」

天童「だから、どんな命題でも生き延びろ」

天童「神様……。年端も行かねえ女の子たちがけなげに頑張ってんじゃねえか」

天童「あいつらのために。力を貸してやってくれよ」

 戸惑う恭介を置いて、病室を去ろうとする天童。

恭介「待ってください!さやかは、さやかはどうなったんですか?」

天童「さやかちゃんは、彼女の戦いの場に行った」

天童「その手が動くのなら、君には君の戦いができるはずだ」

 今度こそ病室を去る天童。

恭介「僕の、戦い……」

357: 2012/12/09(日) 09:09:49.01 ID:5ZufbDDxo
【12:03/港湾地区】

杏子「この力の差は何なんだよ!」

 何度目かの攻撃を弾き返され、カッとなる杏子。
 串団子を食べようとするが、全部食べてしまっている。
 串を投げ捨てる杏子。
 マミのマスケット銃による攻撃も、ワルプルギスの夜の体表面で燃え尽きてしまう。
 リボンで拘束しようとしても同じように燃やされる。

マミ「佐倉さん!私のガードをお願い」

杏子「りょーかい!」

 ジャンプを重ね、マミのそばに移動する杏子。

マミ「ティロ・フィナーレ!」

 巨大な銃から撃ち出される渾身の一撃。
 ワルプルギスの夜がエネルギーの光に包まれる。
 が、次の瞬間光は黒い塊に飲み込まれ、飛び出した無数の使い魔がマミたちを襲う。

358: 2012/12/09(日) 09:11:16.39 ID:5ZufbDDxo
杏子「何だとっ!」

 格子状に展開した防御壁が、圧倒的な物量の前に蹴散らされる。
 気づいたほむらが援護しようとするが、数発機関銃を撃ったところで弾丸が切れる。

マミ「くっ!」

 使い魔に突き飛ばされ、ガードレールにぶつかるマミ。
 勢いの強さにガードレールがなぎ倒される。

杏子「マミ!……うわっ!」

 杏子も使い魔の突進で倉庫にぶつかる。
 シャッターに深くめり込む杏子の体。

ほむら「そんな……」

 機関銃を捨て、素早く手榴弾のピンを抜くほむら。
 お手玉でもするように軽く上方に投げる。
 時間を止め、殺到する使い魔の群れから距離をとったほむらが、拳銃で手榴弾を撃つ。
 時間が流れると同時に、爆発で使い魔が一掃される。

359: 2012/12/09(日) 09:12:49.36 ID:5ZufbDDxo
ほむら「巴マミ!佐倉杏子!」

 ぴくりとも動かない二人。

ほむら「どうして?……どうしてなの?」

ほむら「何度やっても、あいつに勝てない」

 盾に目をやるほむら。
 内蔵の砂時計は、わずかな砂を少しずつ落としている。

ほむら「命題の期限は14:00」

ほむら「砂が尽きるのが先か、それとも……」

 ゆっくりと前進をはじめるワルプルギスの夜。
 巻き起こす暴風が、ビルや煙突をもぎ取る。
 暴風に耐えかねた木が一本、根こそぎに宙を舞う。
 ほむらの後ろからぶつかってくる木。

ほむら「あっ」

 振り向き、木に気づくほむら。
 次の瞬間、青い閃光とともに木が両断され弾き飛ばされていく。

さやか「いやあ、ゴメンゴメン」

さやか「危機一髪、ってとこだったねえ」

360: 2012/12/09(日) 09:13:56.00 ID:5ZufbDDxo
ほむら「美樹さやか……その格好」

さやか「あー、せっかく助けに来たんだからさ。そのフルネーム呼びやめなよ」

さやか「さやかでいいから。あたしはこれから、ほむらって呼ぶ」

ほむら「どうして。魔法少女になればどんな運命が待っているか、知っているでしょう?」

さやか「追い詰められたライバルのもとに駆けつける正義の味方、魔法少女さやかちゃん。お約束でしょ?」

さやか「人生の壁を乗り越える前に、壁の方が倒れちゃったら目標をなくしちゃう」

 ほむらに指をつきつけるさやか。

さやか「さあ、ちゃっちゃと魔女をやっつけよう!マミさんは?」

さやか「それに、もう一人魔法少女が一緒に戦ってるって聞いたけど」

 首を横にふるほむら。
 黙って、マミの倒れている方角を指差す。

361: 2012/12/09(日) 09:14:56.49 ID:5ZufbDDxo
さやか「けが人一名発見。これは、早速出番ですね」

 一人うなずいて、マミのもとへ行くさやか。
 ワルプルギスの夜を警戒しつつ、その後を追うほむら。
 マミのそばに立つさやか。
 背中の白いマントが細い帯状にほどけていき、マミの体をくるむ。
 マントだったものは温かな青白い光になって消える。

マミ「……うう」

マミ「……美樹さん?」

さやか「どうも。魔法少女さやかちゃんです」

マミ「あなたも、ワルプルギスの夜と戦いに来たの?」

さやか「もちろん。でも今は、もう一人の魔法少女の手当てが先です」

さやか「ほむら。もう一人はどこ?」

ほむら「あっちの、倉庫の入り口よ」

さやか「ちょっと遠いな。よし、アレやるか」

 さやかの姿が消え、直後に杏子のところに現れる。

362: 2012/12/09(日) 09:15:50.07 ID:5ZufbDDxo
ほむら「時間を、止めた?」

マミ「たぶん、瞬間移動よ」

マミ「彼女の左手を見た?籠手に紫色のダイヤのマーク」

マミ「あれ、あなたを意識してそうなったんだと思う」

 ほむらの左手を指差すマミ。

マミ「美樹さんが見たあなたは、瞬間移動で洗濯ロープを移るところ」

マミ「あなたの魔法が時間操作だと知っていれば、時間を止めることもできたかも」

ほむら「さやかが魔法少女になることはこれまでにもあったけど、あの籠手は初めて見る」

ほむら「それに、マントが包帯になって他人の治療魔法になるなんていうのもそう」

363: 2012/12/09(日) 09:16:41.78 ID:5ZufbDDxo
ほむら「私の知っている魔法少女のさやかは、剣を無数に出して投擲する」

ほむら「思えば、あれはあなたの戦法に影響されていた」

ほむら「今のさやかが私の影響を受けている、というのも、そういう意味では理解できる」

マミ「守破離。型を模倣し、型を破り、ついには型にとらわれぬ」

マミ「いつか、私たち以上の魔法少女になるかもね、彼女」

マミ「こんな戦いで失ってしまうにはもったいない逸材よ」

マミ「そうは思わない?」

364: 2012/12/09(日) 09:17:37.46 ID:5ZufbDDxo
ほむら「同感ね」

ほむら「――『献身』」

ほむら「私はこの時間をあきらめかけていた」

ほむら「ワルプルギスの夜の強さを知らないとはいえ」

ほむら「この状況で戦いに身を投じる勇気」

 ――だったら方向性が違うんだろう。お前の思ってる献身と、今回の命題と――

ほむら「風向きが悪いから、と見捨ててしまっては、それは献身じゃない」

ほむら「今、ようやく『献身』がわかった」

ほむら「巴マミ。――お願い、私に力を貸して」

ほむら「ワルプルギスの夜に勝ちたい。いつか勝ちたいんじゃなく、今」

365: 2012/12/09(日) 09:18:45.33 ID:5ZufbDDxo
 ほむらを見据え、ゆっくりとうなずくマミ。

マミ「いいけど、私は高いわよ?」

マミ「そうね。戦いが終わったら、大きなケーキをごちそうしてくれる、というのはどうかしら」

 微笑む二人。
 そこに杏子ごと瞬間移動で現れるさやか。

杏子「いつの間にか見滝原の魔法少女も大所帯になっちまったな」

杏子「これじゃナワバリにできねえ」

マミ「美樹さん。あなた、瞬間移動が使えるの?」

さやか「まあ、ほむらの見よう見まねっていうか」

ほむら「私のは時間を止めてその間に移動しているのよ」

 髪をかき上げるほむら。

さやか「えーっ。じゃあ、そっちの方が断然いいじゃん。互角の力になったと思ったのに」

さやか「ずるーい」

杏子「大丈夫かよ、こんなルーキーで……」

366: 2012/12/09(日) 09:20:35.46 ID:5ZufbDDxo
マミ「ともかく、これで瞬間移動と攻撃の組が二つ作れるわ」

マミ「私と暁美さん、そして美樹さんと佐倉さん。瞬間移動で近づいて攻撃、離脱」

 杏子が意外そうな顔でマミを見つめる。
 うなずくマミ。

マミ「これまでの経緯からみて、有効な打撃を与えるには一点に継続して叩き込むしかない」

マミ「メインは佐倉さん。狙うのは、首を折ること」

マミ「私は、佐倉さんが攻撃しやすいように隙を作る」

マミ「暁美さんと美樹さんは、機動力でサポート」

367: 2012/12/09(日) 09:23:36.58 ID:5ZufbDDxo
マミ「動き出したあいつを放置すれば、見滝原全域が瓦礫の山になってしまう」

マミ「ここが正念場よ」

 広げた手のひらを下に向け突き出すマミ。

ほむら「私たちは、まだ戦える」

 マミの手に自分の手を重ねるほむら。

杏子「やってやろうじゃん」

 さらに自分の手を重ねる杏子。

さやか「マミさんやほむらって、意外と体育会系?でもこのノリ、嫌いじゃない」

さやか「あたしたち、負ける気がしないわ」

 最後にさやかが手を重ねる。

368: 2012/12/09(日) 09:24:33.28 ID:5ZufbDDxo
マミ「さあ、気合を入れて!行くわよ!」

 おう!と叫ぶ三人。
 ワルプルギスの夜を追って飛ぶ。
 使い魔をばらまくようにして追撃をさえぎるワルプルギスの夜。
 ほむらとマミが銃撃で蹴散らす。

杏子「まずは一発叩き込むぞ!」

さやか「任せて!」

 さやかが杏子の手をとり、瞬間移動でワルプルギスの夜の後頭部に出現する。
 力の限り槍を突き立てようとする杏子。
 激しく火花を散らすが、最後には槍の方が燃やされてしまう。
 体ごと振り返るワルプルギスの夜。
 その動きだけで周囲に暴風が巻き起こる。
 吹き飛ばされないようにするだけで手一杯の四人。
 口から吐き出される炎が四人を襲う。
 盾と籠手でパートナーをかばうほむらとさやか。
 籠手の周囲に音符状の魔法陣が浮かび、炎を跳ね返す。

369: 2012/12/09(日) 09:26:27.03 ID:5ZufbDDxo
ほむら「前に出るわ。つかまって!」

 右手を差し出すほむら。
 マミが手をとるとほむらが時間を止める。
 炎をかいくぐり、ワルプルギスの夜に接近する二人。
 炎が途切れた瞬間、パートナーの背を飛び出すマミと杏子。
 杏子が攻撃した箇所に精密に銃弾を命中させるマミ。
 再度、杏子が新しい槍を首に突き立てる。
 またしても向きを変えるワルプルギスの夜。
 暴風にちぎられたビルの上層部が風に踊るように襲いかかる。
 狙いが外れたビルがワルプルギスの夜にぶつかるが、直後に焼き払われる。
 笑いながら、使い魔を放つワルプルギスの夜。

380: 2012/12/16(日) 08:49:18.50 ID:VCxwOfoxo
【12:19/病院・ロビー】

 恭介がロビーに下りてくる。
 ロビーでは受付の女性に患者やその親族らが群がっている。

患者A「本当にこの病院にいれば安全なのか?」

患者B「遠くの病院に避難した方がいいんじゃないのか?」

親族A「さっさと救急車を手配してよそへ移送しなさいよ!」

受付A「申し訳ありません。現在救急車は負傷者の搬送で出払っており用意できません」

患者C「そこを何とかするのがお前の仕事だろうが。病人を見頃しにするのか?」

患者D「わしゃ百まで生きると決めとるんじゃ。病院なんかで氏にとうない」

親族B「うちの子は将来官僚になってこの国を動かすのよ!その芽を摘んでもいいの?」

受付B「落ち着いてください。大きな建物ですし、病院が吹き飛ばされるようなことはありませんから」

患者E「ここからそう離れてない場所で、ビルが派手に空を飛んでるんだ!」

患者F「そうだ!お前たちは俺たちを安全な場所に移す義務がある!」

 テレビを見つけた恭介がため息をつく。
 壊されて電源が切られているテレビ。
 明らかに間違った使い方をされた消火器が無造作に転がっている。

381: 2012/12/16(日) 08:50:18.87 ID:VCxwOfoxo
恭介「……ん?」

 テレビのわきに、なぜかヴァイオリンのケース。

恭介「僕のヴァイオリン……どうして、こんなところに」

 ケースを開く恭介。
 ヴァイオリンを手に取る。

恭介「本当に、僕のだ」

恭介「懐かしいな」

 試しに弾いてみるが、音が微妙にずれている。

恭介「フフッ、一ヶ月ぶりだからね。無理もないか」

 調律して音を合わせる恭介。

382: 2012/12/16(日) 08:51:25.89 ID:VCxwOfoxo
恭介「僕の戦い……そうか」

恭介「さやか。僕もできることをしてみるよ」

 患者たちの後ろ、少し離れた場所に立つ恭介。
 おもむろにヴァイオリンを弾き始める。
 曲はアメイジング・グレイス。

患者C「呑気に楽器なんて演奏してる場合か!」

親族B「そうよ!うちの子はあなたなんかよりずっと頭だっていいのよ!」

 非難されながらも、弾くことをやめない恭介。
 しだいに、受付を囲んでいた人々が恭介のまわりに集まる。

383: 2012/12/16(日) 08:52:15.28 ID:VCxwOfoxo
親族A「それにしても上手ね。子供とは思えない」

患者E「確か、神の恵みに感謝する曲だ」

患者B「そうだ。こんなときは神様に祈ろう」

患者F「そうだ!こうなったらもはや神様しか頼れない!」

患者D「いよいよ、お迎えが来たのか……?」

 曲を聴きながら、一心に祈る人々。
 何が起こっているのかわからず、戸惑いながらも祈る受付たち。
 さっきまでの騒ぎが嘘のように、ヴァイオリンの音色を除いて静まり返る。

384: 2012/12/16(日) 08:53:22.58 ID:VCxwOfoxo
【12:27/オフィス街】

 ビルの残骸が飛んできてほむらに向かう。

ほむら「……まさか」

 かわそうとするが間に合わず、直撃を受けるほむら。
 別のビルに叩きつけられ、ガラスを割ってビル内に転がる。
 足を動かそうとするが瓦礫の下敷きになっていて抜けない。
 瓦礫からにじみでる血。

ほむら「ここまで……なの?」

ほむら「力を合わせても、傷一つつけられない」

 盾の砂時計は、もう時の流れを示さない。
 盾に手をかけるほむら。

385: 2012/12/16(日) 08:54:33.65 ID:VCxwOfoxo
ほむら「時間を戻して……今度はどうするの?」

ほむら「ミサイルでさえ倒せない。魔法の武器も通じない」

ほむら「私のやってきたことは……結局……」

 うなだれるほむら。
 左手に装着しているソウルジェムが濁っていく。

天童「ほむら!大丈夫か!」

 駆け寄ってくる天童。
 ほむらの足に気づき、瓦礫をどけようとする。

ほむら「天童……」

天童「クソッ、持ち上がりゃしねえ。待ってろ、何か探してくる」

 天童のズボンの裾をつかむほむら。

ほむら「もういいの……ここにいて」

386: 2012/12/16(日) 08:55:40.05 ID:VCxwOfoxo
天童「ほむら」

ほむら「天童……!」

 泣き出すほむら。
 しゃがんで、胸を貸す天童。
 ほむらが天童の胸にしがみつく。
 優しく抱きしめようとする天童。
 首を振り、ほむらの両肩をつかむ。

天童「おい、ほむら。泣くのはまだ早えよ」

天童「ゴジラをやっつけて前に進むんだろ?やれるか?」

 泣き顔のまま、何度もうなずくほむら。

ほむら「絶対、勝ってみせる」

 嗚咽に声を詰まらせながら言い切るほむら。

387: 2012/12/16(日) 08:56:34.08 ID:VCxwOfoxo
天童「よし!」

 立ち上がり、ほむらのそばを離れる天童。
 金属製のパイプを手に戻ってくる。
 パイプを瓦礫にかませて隙間を広げる天童。

天童「今だ!」

 うなずいて足を抜くほむら。

さやか「ほむら!……叔父さん?」

 瞬間移動でほむらの元に駆けつけるさやか。
 ほむらの額と足から出血。

さやか「時間を止めれば間に合ったのに」

ほむら「もう、時間は止められない」

 盾を見せるほむら。

388: 2012/12/16(日) 08:57:28.48 ID:VCxwOfoxo
ほむら「砂時計が止まったら、時間操作の魔法はあと一つだけ」

ほむら「これまでの一ヶ月をなかったことにする」

ほむら「今、その魔法は必要ない」

さやか「もちろん。まだ、あたしたちは終わりじゃない」

 マントをほどいた包帯が足を覆うと治療の魔法で足が治る。
 次に額の怪我を治そうとして、さやかの動きが止まる。

さやか「ヴァイオリンの音色が聞こえる……」

ほむら「ヴァイオリン?」

389: 2012/12/16(日) 08:58:22.37 ID:VCxwOfoxo
さやか「ほら。聞こえるでしょ。これ、『アメイジング・グレイス』」

ほむら「『アメイジング・グレイス』……」

 ハッとして、ほむらがうなずく。

ほむら「聞こえる……」

さやか「きっと、恭介だよ」

さやか「恭介が、あたしたちに負けないで、って応援してくれてるんだ」

 額の治療をすませるさやか。

ほむら「さやか。私をみんなの所へ」

さやか「え?……叔父さんはいいの?」

ほむら「大丈夫。今は戦いに集中して」

 ほむらが天童を振り返る。
 黙ってうなずく天童。

390: 2012/12/16(日) 08:59:16.50 ID:VCxwOfoxo
【12:31/避難所】

 避難指示が一向に解除されないことにざわめく人々。
 そこへアメイジング・グレイスが鳴り響く。

市民A「変だな。スピーカーじゃないぞ、これは」

市民B「どういうことなんだ」

早乙女「『アメイジング・グレイス』?」

 何かをひらめいた早乙女が、ホール壇上にあるマイクを取る。

早乙女「見滝原中のコーラス部員に連絡します」

早乙女「至急、壇上に集合しなさい」

 ぞろぞろと集まる、私服姿、制服姿の女子生徒たち。

早乙女「皆さん、この曲は知っていますね?」

早乙女「避難している人々の不安を、私たちで少しでも和らげましょう」

 はい、と答える生徒たち。
 ヴァイオリンの演奏に合わせて歌いだす。

391: 2012/12/16(日) 09:00:22.92 ID:VCxwOfoxo
(アメイジング・グレイス 天国に一番近いほむらver歌詞)

 神の恩寵 妙なる響き
 哀れなしもべも救う
 道に迷い 闇の中でも
 光差して導く

 試練を与え 恐れ抱かせ
 克服させる 教え
 神の御心 いと尊きを
 信じることで知る

 危険に苦難 誘惑の
 長く厳しい旅路
 ついに見えた 帰る家
 神の導きによりて

392: 2012/12/16(日) 09:01:18.89 ID:VCxwOfoxo
【12:32/オフィス街】

ほむら「『アメイジング・グレイス』」

ほむら「まるで、今の私」

ほむら「ワルプルギスの夜に挑んでは敗れ、打つ手もなくなった私」

ほむら「命題に振り回されながら、ここまで戦ってこれた私」

ほむら「だったら、私の旅の終わりは見えるの?」

393: 2012/12/16(日) 09:02:15.41 ID:VCxwOfoxo
 ――明日の14:00までに、
     鹿目まどかが魔法少女の契約をしなければ暁美ほむらが即氏亡

394: 2012/12/16(日) 09:03:25.96 ID:VCxwOfoxo
ほむら「――そうね、あと90分」

ほむら「何度も時を繰り返した果ての、残り時間」

ほむら「魔法が使えなくてもいい。私たちは、きっと勝てる」

ほむら「たとえこの身がどうなったとしても、私は結末を見届ける」

ほむら「巴マミ、佐倉杏子、美樹さやか。これまでで最高のあなたたちを、私が絶対に氏なせない!」

 グレネードランチャーを取り出すほむら。
 果敢にワルプルギスの夜に突進する。
 使い魔を放つワルプルギスの夜。
 マミの銃撃が、ムチのようにしなる杏子の槍がほむらを援護する。

ほむら「テメー、コンチクショウ!いつまでも笑っていられると思ったら大間違いなんだから!」

 構え、グレネードを撃つほむら。
 ワルプルギスの夜の首に命中して爆発が起こる。
 これまで笑っていたワルプルギスの夜が笑うのをやめる。
 首に小さな亀裂。

395: 2012/12/16(日) 09:04:31.18 ID:VCxwOfoxo
杏子「ワルプルギスの夜に、傷が!」

さやか「あたしたちも、負けてられないよっ!」

 強引に杏子ごと瞬間移動するさやか。
 驚きながらも、素早く切り替えて攻撃に移る杏子。
 火花が杏子を煌々と照らす。

杏子「うおおおおおっ!」

 傷口をえぐるように切る杏子。
 少し、傷口が広がる。
 重ねて撃ち込まれるマミの銃弾。
 さらに深まる傷口。
 ベレー帽の位置を調整し、右手を上げるマミ。

マミ「撃てっ!」

 手が振り下ろされると、背後に並べられた無数のマスケット銃が一斉に撃ちかかる。
 精密に亀裂を叩く銃弾。
 わずかずつ、しかし確実に、広がっていく傷口。

さやか「このっ!このっ!」

 剣を力任せに叩きつけるさやか。
 傷口がいびつな形に歪む。
 度重なる攻撃に、体を回転して振りほどくワルプルギスの夜。
 暴風にあおられ、散らばる四人。
 これまで以上に高笑いするワルプルギスの夜。

396: 2012/12/16(日) 09:05:21.50 ID:VCxwOfoxo
【13:02/避難所】

 アメイジング・グレイスの演奏と、合唱は今も続いている。
 立ち上がるまどか。

詢子「どうした?まどか」

まどか「ちょっと、トイレ」

 廊下に出て、外の様子をうかがうまどか。
 暴風で木々が揺れている。

キュゥべえ「その様子だと、君は知っているようだね」

キュゥべえ「暁美ほむらをはじめとする魔法少女たちがワルプルギスの夜と戦っていることを」

397: 2012/12/16(日) 09:06:11.17 ID:VCxwOfoxo
まどか「教えて。ほむらちゃんたちは勝てるの?」

キュゥべえ「暁美ほむらはもう二時間ほど通して戦っている」

キュゥべえ「消耗もしているし、彼女が得意とする時間操作の魔法は既に使えなくなっているようだ」

キュゥべえ「それでも状況は悪いことばかりではないよ」

キュゥべえ「美樹さやかが今から一時間余り前にボクと契約して魔法少女になった」

まどか「さやかちゃんが?」

キュゥべえ「彼女の参戦に勇気づけられて、ワルプルギスの夜に手傷を負わせるまで戦況はよくなった」

キュゥべえ「このチャンスに切り札を投入すれば、あるいはワルプルギスの夜を倒せる」

キュゥべえ「そうは思わないかい、まどか?」

まどか「私――」

398: 2012/12/16(日) 09:07:28.92 ID:VCxwOfoxo
知久「まどか」

 名前を呼ばれて振り向くまどか。

知久「気分でも悪いのかい?」

まどか「ううん、そんなことない」

知久「昨夜うちに来た友達のことが気になる?」

まどか「どうしてわかるの?」

知久「そりゃ、ここに来ていないようだからね。どうしたのかな」

まどか「……パパ。捜しに行ってもいい?」

 首を横に振る知久。

399: 2012/12/16(日) 09:08:16.70 ID:VCxwOfoxo
知久「勇気がある、とか勇敢だ、というのは褒め言葉だ」

知久「だけど、自分にできることを誤解して行動するのは勇気じゃないよ」

知久「消防署の人の方が、まどかよりずっと頼りになる」

知久「小学校の頃の先生に、随分年をとった人がいてね」

知久「その人が戦争について語った言葉は、今も覚えている」

知久「戦争の末期、日本は学生まで駆り出して戦争を続けようとした」

知久「もう十分な物資もなくて、片道分の燃料を積んだ戦闘機に爆弾を積んで敵の船に自爆攻撃を仕掛ける」

知久「そんな、信じられないようなことが行われたんだ」

知久「その先生は、ちょうど一年遅く生まれたことで、この作戦に選ばれなかった」

知久「当時はそれを大層くやしがっていて」

知久「お国のために尽くすのに年齢なんて関係ないはずだ、と憤っていた」

400: 2012/12/16(日) 09:09:08.61 ID:VCxwOfoxo
知久「その後日本は終戦を迎える」

知久「そうすると、なぜか急に日本はアメリカやイギリスと戦っても勝てるはずがなかったという話が出る」

知久「おまけに、それを裏付ける資料を新聞が掲載したりする」

知久「先生は腹を立てた」

知久「どうして、自分たちの先輩が氏ななければならなかったのか」

知久「なぜ、飛び立つ前にその資料を公開してくれなかったのか」

知久「彼らの氏はお国のためでも何でもなかった」

知久「ただ、大人の都合に乗せられて、無益な氏を強いられたにすぎなかった」

知久「この体験から、再び若者が氏を強いられることがないようにと教師の道を選んだ」

401: 2012/12/16(日) 09:09:56.54 ID:VCxwOfoxo
知久「この話を聞いてから、パパは勇気というものに疑問を持つようになった」

知久「本人は体を張って何かをなすつもりだから、それは満足だろう」

知久「でも、本当に必要な勇気は、学生に爆弾を持たせることをやめさせることじゃないのかな」

知久「だから、パパはまどかを行かせられない」

まどか「だったらなおさら、私は行かなきゃ」

まどか「私は、ほむらちゃんに爆弾を持ってほしくない」

まどか「自分を犠牲にして全部解決するなんて間違ってるって、何度でも言いたい」

まどか「そのために、地獄の底まで付き合ったっていい」

402: 2012/12/16(日) 09:11:00.30 ID:VCxwOfoxo
知久「まどか……」

知久「よりによって、こんなときに」

 頭をかく知久。

知久「じゃあ、パパも一緒に捜そう」

まどか「ううん。私じゃないと意味がないの。パパは、ママやタツヤのそばにいて、二人を安心させてあげて」

まどか「パパは、私を守ってくれている」

まどか「その気持ちを、私は絶対に裏切らない」

403: 2012/12/16(日) 09:11:45.69 ID:VCxwOfoxo
知久「そうか」

知久「一つだけ、忘れないでほしい」

知久「もしも、まどかの身に何かあったら、パパもそうだけどママはもっと悲しむよ」

知久「サバサバした性格と、そういうことを割り切れるっていうのは別のことだからね」

知久「だから、必ず無事で帰っておいで」

まどか「うん。約束する」

 背を向け、走り去るまどか。

404: 2012/12/16(日) 09:12:42.13 ID:VCxwOfoxo
【13:34/オフィス街】

 さやかと杏子のコンビネーションで首の傷をさらに押し広げているが、二人に疲労の色が出はじめている。
 まとわりつく使い魔への対処が遅れ、反撃を受ける二人。
 マミも傷を負っているが、治療魔法を使う様子はない。
 火を吐いて使い魔ごとさやかと杏子を焼くワルプルギスの夜。
 籠手のあるさやかは辛うじてもちこたえるが、杏子は炎に包まれて落下していく。
 追いかけようとしたさやかにビルが直撃する。
 弾薬を使い切ったグレネードランチャーを捨てるほむら。

ほむら「――昨日言ってた、人間パチンコのこと覚えてる?」

マミ「え?ええ」

ほむら「それを使って、あいつに爆弾をぶつけたい」

ほむら「もちろん、爆弾を仕掛けるのは私」

マミ「無茶よ!だいたい、私の手がふさがったら誰が飛んでいくあなたを守るの?」

ほむら「もう私に、これ以上あいつに通用する武器はない」

ほむら「拳銃では、自分の身を使い魔から守るぐらいにしか使えない」

ほむら「時間を止める魔法も使えない今、私は完全に足手まとい」

ほむら「だったら、たとえ一撃だけでも」

 ワルプルギスの夜を見つめるほむら。

405: 2012/12/16(日) 09:13:37.41 ID:VCxwOfoxo
マミ「あなたの案は却下よ。うまくいったとしても、反撃を避ける手段がない」

マミ「一度ビルをぶつけられているあなたなら、盾が万能でないこともわかるはずよ」

マミ「決定的な瞬間に必殺技を撃つための力を温存している以上」

マミ「無謀な策で負傷したあなたの治療に魔力を使いたくない」

ほむら「でも……私には、もうこれしか残されていない」

 爆弾を手に抗議するほむら。
 不意に、その手に別の手が重なる。

まどか「そんなことはないよ。ほむらちゃん」

ほむら「まどか……?」

406: 2012/12/16(日) 09:14:56.00 ID:VCxwOfoxo
まどか「ほむらちゃんにはまだ、みんなを守る意志がある」

まどか「それさえあれば十分だよ」

 まどかの足元にいつの間にかいるキュゥべえに気づくほむら。

まどか「私、魔法少女になる」

ほむら「やめて……それじゃ、それじゃあ私は、何のために」

まどか「ごめん。本当にごめん」

まどか「これまでずっと、ずっとずっと、ほむらちゃんに守られてきた私」

まどか「でも私はほむらちゃんの後ろじゃなくて隣にいたい」

まどか「楽しいことだけじゃなくても。いやなこと、悲しいことだって、一緒に乗り越えたい」

まどか「だから、みんなを、私を置いていったりしないで」

 ほむらの目が、遠くに倒れている二人を追う。
 続いてマミを。
 まどかをつかもうと伸ばしかけた手を、拳を握り締めて引くほむら。

ほむら「まどか……」

407: 2012/12/16(日) 09:17:32.05 ID:VCxwOfoxo
マミ「鹿目さん」

マミ「彼女が嘘をついていなければ、あなたはワルプルギスの夜を上回る最悪の魔女になる」

マミ「あなたが魔法少女になるのは構わないけど、魔女になることは見過ごせない」

マミ「それがどういう意味か、わかるでしょう?」

マミ「美味しい紅茶が飲めるのは生きている間だけ」

マミ「それでも戦うというの?」

まどか「私、やっとわかったんです。叶えたい願い事も」

まどか「一緒に戦うって約束、果たさせてください」

マミ「鹿目さん……」

408: 2012/12/16(日) 09:18:19.65 ID:VCxwOfoxo
キュゥべえ「最高の素質を持つ君なら、どんな途方もない望みだろうと叶えられるだろう」

まどか「本当だね?」

キュゥべえ「さあ、鹿目まどか。君はその魂を代価にして何を願う?」

まどか「私」

 深呼吸して、心を落ち着けるまどか。

まどか「魔法少女たちが生命をかけて守ろうとしたものを魔女になって壊してしまうなんておかしい」

まどか「魔女にならないために氏を選ばなきゃいけないなんて報われない」

まどか「希望の祈りによって生まれる魔法少女なのに、氏ぬか魔女になるかの二つの道しかないなんて間違ってる」

まどか「人を、街を。守ってきた意志にかけて。ふさわしい報いをもたらしたい」

409: 2012/12/16(日) 09:19:22.85 ID:VCxwOfoxo
キュゥべえ「力……?いや、運命に干渉する祈り」

キュゥべえ「君が最高の魔法少女になるのも、運命だとしたら」

キュゥべえ「まさに君にふさわしい祈りだ」

キュゥべえ「願いは今、聞き届けられた」

キュゥべえ「守ろうとする意志を、君が導くといい」

 光に包まれるまどか。
 魔法少女に変身している。
 手には木製の弓。
 光り輝く矢を放つと、空中で二本に分離して杏子とさやかのそばに落ちる。
 二人の周囲を花が覆う。
 意識を取り戻す二人。
 立ち上がり、ワルプルギスの夜に向かっていく。
 これまでにない速度と腕力で傷口を切り開く二人。

マミ「守ろうとする意志に報いる、ということは、意志を力に変換する魔法?」

マミ「でももっと底知れないものを感じる」

マミ「暁美さんの『見えない武器』のときのように、……いいえ、それ以上」

410: 2012/12/16(日) 09:20:39.84 ID:VCxwOfoxo
 次の矢を放つまどか。
 空中で何本かに分裂した矢が、一本を除いて空中に静止する。
 一本はワルプルギスの夜に向かっていき、接近したところで姿を変える。

ほむら「あれは……!なぜ、あの魔女が」

 矢が変化したのは、白い光に包まれた薔薇園の魔女。
 綿菓子のような使い魔を放ちながら、ワルプルギスの夜に突進する。
 ワルプルギスの夜の青い衣装を切り裂き、歯車に亀裂を入れる薔薇園の魔女。

 静止していたうちの一本が、今度はお菓子の魔女になる。
 脱皮して蛇状の姿になり、ワルプルギスの夜の腕を噛みちぎる。

 続いて委員長の魔女。
 ワルプルギスの夜にしがみつき、至近距離で使い魔の群れに切り裂かせる。

 さらにハコの魔女。
 使い魔がワルプルギスの夜を引っ張り地面に叩きつける。

411: 2012/12/16(日) 09:21:26.95 ID:VCxwOfoxo
 残る矢は一本。
 ほむらの盾が、ガタガタと揺れる。

ほむら「……グリーフシード?」

 盾から飛び出したグリーフシードが孵化し、白い光に包まれた人魚の魔女になる。
 無数の車輪を叩きつけ、さらに両手の二刀で切りつける。

さやか「何あれ。同じ剣の使い手として、かなりイメージ悪いんだけど」

 ――さっきのは嘘。一個だけ取っておいたんだ――

ほむら「まどか……」

 かつて、願いを託して、まどかがほむらのソウルジェムを浄化したグリーフシード。
 思わず涙をこぼすほむら。

412: 2012/12/16(日) 09:22:22.33 ID:VCxwOfoxo
まどか「ほむらちゃん。マミさん。受け取って」

 花を渡すまどか。
 受け取ったマミの負傷がたちどころに癒される。
 同じく、花を手に取るほむら。

ほむら「えっ……?」

 砂がなくなったはずの盾が、わずかに砂を落としている。

まどか「みんなが守ろうとしたもの。最後は、あなたたち二人が示して」

まどか「私が最初に出会った、二人の魔法少女」

まどか「絆を教えてくれた二人の手で、戦いを終わらせて」

413: 2012/12/16(日) 09:23:29.96 ID:VCxwOfoxo
マミ「フフッ。そう言われると、やる気が出てくるわ」

マミ「暁美さん、悪いけどとどめは私に任せて」

マミ「あなたは、その爆弾でアシスト」

ほむら「大層な名前を叫んで、とどめにならなかったら格好がつかないものね」

マミ「最強の魔女があなたみたいな泣き虫にやられたんじゃ名折れもいいところだからよ」

 指摘されて、涙を拭くほむら。

マミ「さあ、行って!」

 うなずいて、時間を止めるほむら。
 ワイヤーロープを使って手持ちの爆弾をひとくくりにし、これまで何度も狙ってきた首に投げつける。
 時間が流れると同時に、ワルプルギスの夜の頭部が大爆発を起こす。

マミ「ティロ・フィナーレ!」

 巨大な銃身から膨大なエネルギーが放たれる。
 これまでのティロ・フィナーレに数倍する威力のエネルギーが、ついにワルプルギスの夜の首を吹き飛ばす。
 まどかの使役した魔女によって蓄積したダメージによって、胴体が、歯車が誘爆を起こす。
 不気味な笑い声がやみ、雨が降り始める。

414: 2012/12/16(日) 09:24:31.96 ID:VCxwOfoxo
【13:58/オフィス街】

杏子「勝ったのか?あたしたち、ワルプルギスの夜を倒したのか?」

さやか「暴風もやんでる。間違いないよ」

杏子「こういうときは、空が晴れたりするもんだけどな」

さやか「天気なんてどうだっていいよ」

さやか「たとえどしゃ降りでも、今の気分は晴れ晴れしてる」

さやか「アンタは?そうじゃないの?」

杏子「……まあ、な」

さやか「でも驚いたな。まさかまどかが魔法少女になるなんて」

杏子「……そうか」

さやか「どうしたの?」

杏子「まだ、全部終わったわけじゃない」

杏子「結局、愛と勇気が勝ってハッピーエンド、ってわけにはいかないんだな」

さやか「何それ。結構ロマンチストだったりする?」

423: 2012/12/23(日) 08:57:54.04 ID:IDUaz4tQo
【13:59/オフィス街】

 マンションの屋上。
 最後の拳銃を確かめるほむら。
 残り弾丸は一発。

ほむら「ワルプルギスの夜には勝った」

ほむら「けれど、魔法少女になったまどかは遅かれ早かれそれ以上の魔女になる」

ほむら「まどかを護りきれなかった以上、次に望みをつなぐしかない」

 盾の砂時計はもう砂を流してはいない。

424: 2012/12/23(日) 08:59:04.26 ID:IDUaz4tQo
ほむら「それでも、決着だけは私の手で」

ほむら「せっかく、ワルプルギスの夜に勝利した、最高の仲間たち」

ほむら「その勝利を血で染めるのは、この世界を捨てる私でいい」

 涙が流れ、拳銃を握る手が震えるほむら。

ほむら「ごめんなさい、まどか」

ほむら「また、あなたを頃すことになるなんて」

 決意を固めた表情で、涙を拭くほむら。
 屋上から飛び、まどかのもとへと向かおうとする。
 勢いよく床を蹴った直後、左手のソウルジェムがひとりでに滑り落ちる。
 隣のマンションに飛び移ったとき、その手にソウルジェムはない。

ほむら「えっ?」

 地面に叩きつけられ、砕けるソウルジェム。
 壊れた人形のように、倒れ込むほむら。

425: 2012/12/23(日) 09:00:02.70 ID:IDUaz4tQo
【14:00/???】

 紫色の空間。
 地面も、空もない場所に、制服姿のほむらがただよっている。

天童「よう」

ほむら「ここは……どこなの?天国?」

天童「まあアレだな。お前の夢の中、とでもいうか」

天童「それより、全部見させてもらったぜ」

天童「やるじゃねえか」

 これまでの天童とは雰囲気が変わって、大人の態度。

天童「何度もあきらめたり、くじけたりしながらよ」

天童「何だかんだ言いながら、結構底力見せてきたじゃねえか」

天童「お前が命がけでいろんなことを学んできたから、俺もみんなもお前について来たんだよ」

426: 2012/12/23(日) 09:02:15.85 ID:IDUaz4tQo
 手帳を取り出し、開く天童。

天童「お前が魔法少女になるとき、何を願ったか覚えているか?」

天童「『彼女に護られる私でなく、彼女を護る私になりたい』」

天童「これって、恩返しのつもりじゃないよな」

天童「守ってもらうだけじゃ対等の友人とはいえない。そういうことだよな」

天童「それと同じことを、鹿目まどかはやってみせた」

天童「美樹さやかも、お前の友人であろうとして契約した」

天童「遠回りに遠回りを重ねて、さらに一ヶ月もかけて、お前は願いにふさわしい自分自身を手に入れたんだ」

427: 2012/12/23(日) 09:02:59.58 ID:IDUaz4tQo
天童「それもお前が願ったからなんかじゃない」

天童「お前が行動したから、二人はお前を友達と認めたんだ」

天童「そもそも友達なんてものは、願い事で作るもんじゃねえからな」

ほむら「でも、うまくいかなかった」

ほむら「魔法少女になってしまったまどかは、いつかワルプルギスの夜を超える最悪の魔女に生まれ変わる」

ほむら「そうなってしまったら、私やほかの魔法少女たちではもう……」

 ほむらの瞳から涙がこぼれる。

428: 2012/12/23(日) 09:03:51.75 ID:IDUaz4tQo
 うなずく天童。

天童「最初に会ったときから、お前はずっと鹿目まどかのことだけを考えてた」

天童「でも今じゃ、仲間のことも考えられるようになったじゃねえか」

天童「もうお前は一人じゃない」

ほむら「そうね。こんなところだけど、天童がいれば退屈だけはしなさそう」

 涙を拭くほむら。

天童「俺のことじゃねえ」

天童「お前は立派に、命題を全部クリアした」

天童「俺が帰っても、お前は十分やっていける」

ほむら「帰る?……どうして?」

429: 2012/12/23(日) 09:04:37.86 ID:IDUaz4tQo
ほむら「変人で、おならが臭くて、人のお金でお土産買ってくるような奴だけど」

ほむら「まだまだ、あなたから教わることはあるわ」

 苦笑する天童。

天童「お前が今までに学んできたことは、みんなこれに書いてある」

 手帳を渡す天童。

天童「お前、時間を遡って別の宇宙に行けるらしいな」

天童「そんなお前にはわかりきっていることだろうが」

天童「宇宙は一つじゃないし、これから未来に枝分かれする無限の可能性もやっぱり一つじゃない」

天童「だから、こんな宇宙が一つぐらいあっても罰は当たらないさ」

天童「じゃあな。みんなと仲良くするんだぞ」

天童「あばよ」

 上げた右手を振り、去っていく天童。

ほむら「天童……?」

430: 2012/12/23(日) 09:05:26.75 ID:IDUaz4tQo
【14:06/オフィス街】

 マンションの屋上。
 目を覚ますほむら。
 変身の解けた制服姿。
 なぜか、まどかたち魔法少女が変身の解けた姿でほむらのそばに横たわっている。
 まどかを助け起こすほむら。
 一瞬躊躇しつつ、盾を構えようとするが盾が出ない。
 変身しようとして、何も起きないことに気づくほむら。

ほむら「ソウルジェム……落としたのは、夢じゃない?」

ほむら「だったら、どうして私は生きてるの?」

 自分の指を見るほむら。
 爪に刻まれていたダイヤのマークが消えている。

まどか「ほむら……ちゃん」

ほむら「まどか。ソウルジェムを見せて」

まどか「うん。……あれ?」

 何も起こらない。
 まどかの手をつかみ、爪を見るほむら。

ほむら「――ない」

ほむら「どういうこと?」

431: 2012/12/23(日) 09:06:11.39 ID:IDUaz4tQo
 マミ、さやか、杏子が起き上がる。

マミ「どうして?気を失ってたみたい、だけど……」

杏子「雨の中、呑気に寝てるなんて、バカみてーじゃねえか」

さやか「いつの間にか、変身も解けてるし」

ほむら「あなたたち、ソウルジェムは?」

マミ「まだ濁りきってはいないわよ。ほら……?」

 ソウルジェムを出せないマミ。

さやか「あれっ。おかしいな」

杏子「どうなってんだ」

 誰一人、ソウルジェムを出せない。

432: 2012/12/23(日) 09:07:08.71 ID:IDUaz4tQo
マミ「まさか、何者かに盗まれた?」

ほむら「ソウルジェムが私たちの生命活動をサポートできる距離にあるなら変身できるはずよ」

ほむら「誰か、変身できる?」

 同じように、誰も変身できない。

杏子「何だこりゃ。魔法少女じゃなくなっちまったのか、あたしたち」

さやか「えーっ。華々しくデビューを飾った魔法少女さやかちゃんの、今後の活躍は?」

まどか「……さやかちゃん、結構気に入ってたんだ」

マミ「キュゥべえ。これはどういうこと?説明してもらえるかしら」

 呼んでもキュゥべえは現れない。

433: 2012/12/23(日) 09:08:00.18 ID:IDUaz4tQo
杏子「全員魔法少女じゃなくなった。そういうことかよ」

マミ「……鹿目さんの願い。それが今の状況を生み出したんじゃないかしら」

さやか「どういうこと?」

マミ「鹿目さんの願いは、守ってきた意志に報いる」

マミ「でも、それだけじゃなかった」

マミ「氏か魔女になるか、二つの道しかないなんて間違ってる」

マミ「この言葉も、願いに含まれているのだとしたら」

ほむら「魔法少女の運命に、別の選択が加わった――?」

杏子「人間に戻ることが選択ってことか?でもあたしは別にそんなこと」

マミ「私たちは、二つの運命しかなかったことを知っている」

マミ「それに、魂がソウルジェムに取り込まれてしまったことも」

マミ「この時点ですでに、無制限に希望を振りまく存在ではなくなってしまっている」

マミ「魔法少女であること自体が私たちの負い目になる以上、私たちは魔法少女でいられなくなった」

マミ「その結果、第三の選択がもたらされたのではないかしら」

434: 2012/12/23(日) 09:08:45.53 ID:IDUaz4tQo
さやか「そもそもまどかは、どんな願いを叶えてもらうつもりだったのさ?」

まどか「えっと、その。魔法少女が希望を持ち続けていられる、そんな風にならないかなって」

杏子「希望を持ち続けられない魔法少女は魔法少女じゃない」

杏子「それなら、マミの話も間違っちゃいないのか」

ほむら「仮にそうだとしても、魔法少女の運命を変えるなんて願いの代償ははかりしれない」

ほむら「これまでの私の経験からみて、まどかは莫大な穢れを背負って魔女になっていなければおかしい」

 四人の目がまどかに集まる。
 おろおろするまどか。

ほむら「契約の結果、というなら、あまりにも都合がよすぎる。これじゃまるで、奇跡――」

ほむら「……奇跡?」

 ――だから、こんな宇宙が一つぐらいあっても罰は当たらないさ――

ほむら「天童?」

マミ「天童って――」

杏子「誰だよ?」

435: 2012/12/23(日) 09:09:49.79 ID:IDUaz4tQo
ほむら「九州から来た叔父よ。温泉饅頭をもらったでしょ?」

杏子「あれは、田舎から送ってきたからって、お前にもらったんじゃねえか」

ほむら「もう。馬鹿ーっ。どうして私がまどかをさらったあなたに温泉饅頭渡さなきゃならないの?」

ほむら「それに温泉饅頭を送ってくるなんて、家が温泉旅館ぐらいのものでしょ」

杏子「知るかよ。マミのおすそ分けか何かだろ」

マミ「杏子は、その叔父さんと面識があるの?」

ほむら「あなたまでそういうことを言うの?」

マミ「もしかして、それ、暁美さんが繰り返してきた別の一ヶ月の話じゃない?」

ほむら「……えっ?」

マミ「そういう意味じゃずっと戦い続けてきたから、混同しているのよ、きっと」

マミ「『この一ヶ月』、私はあなたの叔父さんとは面識はないわ」

ほむら「そんな……」

 まどかとさやかの方を見るほむら。
 無言でうなずく二人。
 よろめくほむら。
 まどかがその体を支える。

436: 2012/12/23(日) 09:10:40.80 ID:IDUaz4tQo
まどか「私たちのために、それだけ必氏だったんだね」

ほむら「違う……天童は、今日だって……。これまでもずっと……」

さやか「とりあえずさ、雨に濡れないところへ行こうよ。このままだと風邪ひくよ」

マミ「それもそうね。弱っている暁美さんにはこたえるかも」

杏子「――ダメだ。鍵がかかってる」

マミ「そういうときの、泥棒魔法でしょ!……もう魔法少女じゃなかったわね」

さやか「もしかして、最強の魔女を倒したあたしたちなのに」

さやか「ドア一枚のせいで、消防署の人に救助してもらうわけ?」

さやか「やだやだやだ。そんなの、かっこ悪いよ!」

まどか「そんなこと言っていられないよ。ほむらちゃんを安静にしないと」

437: 2012/12/23(日) 09:12:28.34 ID:IDUaz4tQo
【昼/病院・ロビー】

 壊されたテレビに代わって、別のテレビが搬入されている。
 救助された五人の元・魔法少女が柱の一本に集まっている。

マミ「魔女になる心配がなくなったとはいえ、魔法が使えないのって不便なものね」

マミ「治療の魔法ですぐに解決できたのに」

さやか「そういえば、契約の願いって、無効になってないよね?」

杏子「自分の願い事なのに、どうなってるのかわかんねえのか?」

まどか「さやかちゃんの願いは、自分のためのものじゃないから」

杏子「……他人のために願い事使っちまったのか」

さやか「……みんな、ゴメン。すぐ戻るから」

 足早に、奥へ消えていくさやか。

438: 2012/12/23(日) 09:13:54.12 ID:IDUaz4tQo
【病室】

 横たわり、布団をかけられている恭介。

さやか「まさか、そんな……」

さやか「あたしが魔法少女じゃなくなったから、元に戻ったんだ」

さやか「だったら願いじゃなく、魔法で治しておけばよかった……!」

 恭介に覆いかぶさるようにして泣くさやか。
 ぽん、とその肩が叩かれる。

恭介「おかえり」

 自分に触れているのが恭介の左手であることに気づくさやか。
 病室に入ってくる看護師。

看護師「もう少し上条君を寝かせてあげて」

看護師「さっきまですばらしい演奏をしていて、熱を出したの」

さやか「演奏……。『アメイジング・グレイス』」

さやか「嘘だと思うかもしれないけど、あたし、聴こえたよ」

さやか「おかげで頑張れた」

439: 2012/12/23(日) 09:14:44.60 ID:IDUaz4tQo
恭介「さやかも、無事でよかった」

恭介「今日は無理だけど、約束どおりヴァイオリンを弾くよ」

さやか「手……動くんだよね?」

恭介「手も足も。随分と、雨に降られたんだね」

 さやかの髪に、左手で触れる恭介。

さやか「……そうだ。ほむらがちょっと風邪をひいたみたいでさ」

さやか「様子を見に行ってくる」

恭介「さやかも、風邪をひかないようにね。今日はもう、温かくして休むといいよ」

さやか「あたしは、風邪一つひいたことがないのが自慢なんだから」

さやか「恭介だって、知ってるでしょ?」

 ピースサインで笑顔を向けるさやか。

さやか「明日、また来るから」

恭介「うん。待ってる」

 病室を出て、走り出すさやか。

440: 2012/12/23(日) 09:16:00.72 ID:IDUaz4tQo
【病院・ロビー】

 搬入されたテレビの設置が終わり、スイッチが入る。
 ニュース番組が“見滝原竜巻災害”を報道している。

アナウンサー「ヨットでの太平洋横断など、世界的な冒険家、椎名大輔さんが」

アナウンサー「見滝原竜巻災害の現場から救助されていたことが判明しました」

 画面に映る天童の顔。
 食い入るように見つめるほむら。

アナウンサー「椎名さんは見滝原市内の病院に運ばれ、現在入院中とのことです」

アナウンサー「なお、椎名さんはチョモランマ単独登頂に挑戦することを公表しており」

アナウンサー「今回の災害で、登頂が延期になる可能性も出てきました」

 背景に映る病院。

ほむら「天童、ここに……いる?」

 ふらっと歩き出すほむら。

まどか「ほむらちゃん?」

441: 2012/12/23(日) 09:17:11.32 ID:IDUaz4tQo
【病室】

 ドアを開くほむら。
 天童がベッドから体を起こしている。
 頭に包帯。

ほむら「天童!」

 駆け寄るほむら。

ほむら「天童、天童、天童!やっぱりいたんだ。記憶違いなんかじゃなかった」

 天童に抱きつくほむら。

ほむら「私、やったよ。ワルプルギスの夜を倒した」

ほむら「それに、まどかも、私も魔法少女じゃない」

ほむら「だからもうやり直さなくていい」

ほむら「……何変な顔してるの?」

ほむら「ほら、『カット』って、いつものように言ってよ」

442: 2012/12/23(日) 09:18:11.71 ID:IDUaz4tQo
 ドアが開く音。
 中年の婦人が入ってくる。

婦人「大輔さん?」

婦人「――お知り合い?」

天童「わからないんだ」

ほむら「あなたまで記憶喪失のふりをするの?」

 婦人に向き直るほむら。

ほむら「私、天童と一緒にいたんです」

婦人「もしかしたら、主人とは山でご一緒に?」

ほむら「山?」

婦人「チョモランマに登るために、練習で雪山登山をして、遭難して一ヶ月行方不明だったんです」

婦人「まさか、竜巻に巻き込まれているなんて」

婦人「おまけに、この一ヶ月の記憶もなくなってて」

婦人「もし、何かご存知でしたら――」

 改めて天童を見るほむら。
 自分の知る、天童よりも十歳は老けている。

443: 2012/12/23(日) 09:18:59.37 ID:IDUaz4tQo
ほむら「椎名、大輔……」

ほむら「この人の体を借りてたのね」

婦人「えっ?」

ほむら「いいえ。人違いだったみたいです」

ほむら「ご主人、ご無事で何よりでした」

 ぽん、とほむらの肩を叩く婦人。

婦人「気を落とさないで。あなたの捜している人も、きっと見つかるから」

婦人「主人なんか、行方不明になるのこれで二度目よ」

婦人「十年ぐらい前にもヨットで太平洋横断中に、三ヶ月ほど消息が途絶えて」

婦人「それでも帰ってくるんだから、あなたも大丈夫。元気を出して」

ほむら「――はい」

 うつむくほむら。

ほむら「失礼しました」

 ドアに手をかけるほむら。
 振り返り、椎名を見る。
 声には出さず、唇のみ動かすほむら。
 ――さよなら、天童。ありがとう。

444: 2012/12/23(日) 09:19:44.64 ID:IDUaz4tQo
 病室を出たほむらを元・魔法少女四人が待っている。

まどか「ほむらちゃんの、知り合いの人?」

ほむら「ううん、人違い」

マミ「じゃあ今度こそきちんと診てもらいましょう。魔法に頼れない分、無理ができないんだから」

さやか「風邪はひき始めが肝心、って昔から言うからね」

杏子「まあ、うまいもんでも食えば、ケ口リと治っちまうけどな」

 時を巻き戻す盾は、もう、ない。
 巻き戻す必要もない。
 誰も魔女と戦わない、魔女にならない。
 魔法少女の運命を引き受けたまどかが代償としてその身に受けるはずだった穢れは天使が持ち去ってしまった。
 一ヶ月の間、ほむらを振り回した天使はもういない。
 それでも、ほむらは笑顔になれる。
 なぜなら、ここにいるのは――

445: 2012/12/23(日) 09:20:47.50 ID:IDUaz4tQo

天国に一番近いほむら 鹿目まどか編「わたしの、最高の友たち」 終わり

446: 2012/12/23(日) 09:21:55.54 ID:IDUaz4tQo
天国に一番近いほむら エピローグ

【数日後/駅】

 ホームに五人の元・魔法少女。

さやか「せっかく友達になったのに、残念だなあ」

杏子「これ以上マミの家に厄介になる理由はねーからな」

マミ「竜巻災害、というか、ワルプルギスの夜のおかげで遠い親戚が見つかる、というのも奇妙な縁ね」

まどか「そうなんですか?」

マミ「私たち、結局消防署の人に救助されたでしょ。あれが地方紙に名前入りで出ちゃって」

マミ「それをどういう経路で入手したのか、杏子の親戚の方が知ったみたいなの」

ほむら「でも、学校では新聞に掲載されたなんて話は聞いてないけど」

マミ「避難もしないで救助された生徒がいるなんて学校の評判を落とすだけだから」

マミ「全国紙じゃなかったことも幸いしたわね」

447: 2012/12/23(日) 09:22:41.69 ID:IDUaz4tQo
さやか「確かに、親からメチャクチャ怒られたもんなあ……」

さやか「バカとか、そんな言葉ですまされる問題じゃないぞ!って」

まどか「私も、避難所に行ったらママに叱られた」

まどか「どんな理由でも、氏んでしまったら台風の日にサーフィンしに行く連中と同じ扱いなんだって」

杏子「あたしも、叱られることになるのかな」

ほむら「心配する必要はないわ」

ほむら「叱られたとしても、それはあなたを思ってのこと」

ほむら「後になって必ず、その言葉を思い返すときがやってくる」

さやか「一人暮らしなのに、なかなか深ーいお言葉ですねえ、ほむら?」

マミ「九州の叔父さんのことかしら?あまり、暁美さんが叱られる姿が想像できないんだけど」

ほむら「短い間だったけど、ずっと叱られてたような気もする」

ほむら「それに、励まされてたようにも」

まどか「そんなに慕ってる人なら、来てもらえばいいのに」

ほむら「いいの」

448: 2012/12/23(日) 09:23:40.18 ID:IDUaz4tQo
ほむら「これからは私が自分で学ぶ」

ほむら「一緒に歩むことのできる仲間もいる」

ほむら「たとえ、離れ離れになったとしても、それは変わらない」

杏子「あたしも、みんなのことは忘れないよ」

 りんごをかじる杏子。

まどか「私も、杏子ちゃんのこと忘れない」

さやか「まあ、あんな戦い、忘れられっこないよね」

マミ「でも、ここに約一名、何度も戦いすぎて『どの戦いだっけ?』って言いそうな人がいるけど」

ほむら「……おかしいわ。私の知っている巴マミは猫耳メイド服で土下座して」

ほむら「『一生しもべになることを誓います』って泣いて言ってたのに」

マミ「勝手に記憶を捏造しない!」

杏子「相変わらずだなあ、二人とも」

さやか「ほむらは私のライバルですよ!たとえマミさんでもそれは譲れません!」

マミ「ちょっと。彼女はライバルなんかじゃないわよ」

マミ「……お友達、なんだから」

 マミとほむらの目が泳ぐ。

449: 2012/12/23(日) 09:24:35.44 ID:IDUaz4tQo
まどか「杏子ちゃんも、携帯電話を持ったら電話してね」

 料理の本を渡すまどか。

杏子「本なんて食べられないのにさ」

まどか「自分で作れるようになったら、もっとおいしいものが食べられると思って」

杏子「……だな」

 アナウンスが列車の到着を告げる。
 列車に乗る杏子。

杏子「じゃあな。お前らと一緒に戦えたこと、一生の宝物にする」

さやか「あたしにとっても宝物だよ」

マミ「うちに来ればいつだっておもてなしの用意はできているわ。遠慮しないでいらっしゃい」

まどか「電話番号そこに書いておいたからね」

ほむら「元気で」

 列車のドアが閉じる。
 手を振る杏子と、手を振り返す四人。
 列車が出発し、やがて見えなくなる。
 ホームを去る四人。

450: 2012/12/23(日) 09:25:20.65 ID:IDUaz4tQo
 駅の清掃員が、落ちている手帳に気づく。

清掃員「ちょっと姉ちゃん、これ落としたよ!」

 声をかけるが、話に夢中なのか聞こえていない。

清掃員「幸せそうな連中だなあ」

清掃員「それに比べて俺なんか」

清掃員「嫁さんには借金作られて、子供置いて逃げられて」

清掃員「ああああああああああの密売に手を出したら頃し屋に狙われて」

清掃員「自首して出所しても銀行員に復職できるはずもなく」

清掃員「こんなバイトでその日その日を食いつないで」

清掃員「グチグチ言うのはやめよう。……連絡先とか、書いてないか?」

 手帳をめくる清掃員。
 手帳には何も書かれていない。

451: 2012/12/23(日) 09:26:06.43 ID:IDUaz4tQo
清掃員「新品か?でも外側はそんな風じゃねえな」

 ページをめくり続ける清掃員。
 ページの終わり近くで、ようやく記述のある箇所を見つける。

清掃員「ちぇっ。大きなお世話だよ」

清掃員「でも、こんな風に言われるってうらやましいな」

清掃員「俺も、人生考え直してみっか」

清掃員「とりあえず駅に届けときゃ、あの姉ちゃんたちが取りに来るよな」

 手帳を閉じようとする清掃員。
 そこに風が吹き、記述のあるページだけを破りとっていく。

清掃員「あっ!」

清掃員「俺、知らね」

 空を舞う手帳の切れ端。
 書かれていたのはたった一文。

 ――“お前の人生、それでいいんだ!”

452: 2012/12/23(日) 09:26:53.08 ID:IDUaz4tQo

天国に一番近いほむら 終わり

453: 2012/12/23(日) 09:27:54.62 ID:IDUaz4tQo
天国に一番近いほむら、これにて完結です。
本編で説明を省いたいくつかの事柄について触れたいと思います。

まどかの願いで魔法少女は人間に戻れるようになっていますが、その条件は願いに見合うだけの
救いをもたらすことです。ワルプルギスの夜を倒した、ということは竜巻災害を一つ消滅させた、と
いう実績に相当するため、魔法少女になったばかりのさやかでも人間に戻っています。
守る意志に報いる、という願いなので、それなりに功徳を積む必要がある、ということです。
一つの願い事と引き換えに魔女を倒し続けなければ生きていけない定め、が気に入らなかったので
このような形でルールに穴を開けました。そこ?と思うかもしれませんが「謝罪と賠償」に
通じるものがありませんか?

本来であればキュゥべえによって叶えられた願いは裏目に出るものです。マミはせっかく拾った命を
戦いによって失うことになり、さやかは仁美に恭介をさらわれる形になっています。杏子の場合は
もっと悲惨で自分の話を父親が聞いてくれなくなったことで家族を失う元も子もない結末を迎えています。
ほむらにしても、まどかを守る願いのせいでちょっとでも目を離すとまどかがすぐ契約しようと
してしまう=私が守るしかない、という叶い方になっています。
本編の願いが裏目に出ないのは神様の干渉が入っているのかもしれません。神様が魔法少女システムの
ことを知っているのは命題からうかがい知ることができます。
少なくとも、まどかを人間に戻すことに関しては神様が手を入れていることは確かです(願いの
効果に対して実績が不足しているであろうから)。
ほむらに与えた命題のために他人であるまどかを犠牲にするようでは神様の沽券に関わる、
ということと、クリームヒルトが誕生したら信仰してくれる人類がいなくなって商売あがったり、
という実利的な理由によるものです。

ほむらに命題が与えられた理由は特に設定していませんでしたが、ほむらが時間遡行をして
この時間軸にきたことで急に人類滅亡の危機が浮かび上がったため、その始末をさせるべく
命題を与えた、なんていうのもありかと思います。

454: 2012/12/23(日) 09:28:47.69 ID:IDUaz4tQo
ほむらが???で天童に会ったときには天童は神様から魔法少女システムについて知らされています。
これはまどかが背負う穢れを始末するためです。この時点なら天童にはキュゥべえの姿も
見ることができたかもしれません。
今回投下分の天童がらみの場面はドラマ最終回をほとんどそのままなぞっています。コメディを
期待された方は不満を感じるかもしれませんがご容赦ください。ドラマでは同じ台詞をより
熱く語っています。名場面の一つです。

ドラマ最終回を観ていない方のために断っておきますが、世界は改変されていないし天童が概念になった、
ということもありません。見滝原の竜巻災害は各地に爪痕を残しています。天童は天界に帰りました。
最後に手帳を落としていますが、そもそもほむらは物理的に手帳を受け取ったわけではないので落としている
ことにも気づいていません。ドラマでも人生肯定メッセージは甘粕四郎の背後に表示されていますが
四郎は見ていません。メッセージを贈った天童に認められた、ということが重要ということです。

ほむらの結末についてですが、原作におけるまどかの旅を「何でも一つだけ願いを叶えてもらえる
女の子が願い事を決めるための一ヶ月」と定義し、それに対するほむらの旅とは何であったかを
考えたところ、10話で契約するまでの「憧れの相手と対等の友達になろうと決意するまでの一ヶ月」に
着目して、決意が努力と行動によって実る「憧れの相手と対等の友達になるまでの一ヶ月+α」と
定義しました。原作でも一度対等の友達になっていますが直後にまどかのソウルジェムを砕く
結果に終わっています。
それに加えて全員生存ということで、対等の友達を複数持つ形で終わることにしました。
ドラマでも周囲の人々と心を一つにしていく形なので、まどかにのみ心を開くよりも合っている
のではないかと思います。

455: 2012/12/23(日) 09:30:57.55 ID:IDUaz4tQo
1レスで書ききれないほどの積み残しでしたが、本編で触れられなかったことについては
基本的に解釈は自由です。説明を省いた、と表記していることからもわかると思いますが
設定をすべて本編で明かす必要はなく、物語の根幹が十分明らかであればよいと考えています。
>>1の拙い技量でも伝わっているといいのですが。


457: 2012/12/23(日) 09:38:17.36
完結乙
原作は知らないし見る予定もないが
このSSはよく考えられてて面白かったと思うよ

引用元: 天国に一番近いほむら