1: 2011/08/13(土) 21:48:03.60 ID:VRYtIkBv0
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 未来のわたしへ


 どうしていますか?
 ちゃんと笑っていますか?
 もし笑っていなかったら思い出してください。
 りっちゃんといっしょにあそんだり、いろいろおしえてもらったことを。
 べんきょうはあんまりしなかったけど、すごく楽しかったです。

 わたしはともだちがいなくていつも本ばかりよんでいました。
 りっちゃんに話しかけられたときはビックリしたけどうれしかったです。
 ともだちになってくれてありがとう。

 だからりっちゃんのことをおぼえててください。

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2: 2011/08/13(土) 21:53:24.11 ID:VRYtIkBv0
――これはまた古いのが出てきたな。

 高校の入学式を終え色々と整理をしていたとき、一冊の古いノートを見つけた。
表紙には細いマジックでこう書かれている。

『未来のわたしへ 秋山澪』

 いつごろのノートだろう、表紙は汚れていて中の紙は黄色く変色している。
ページをパラパラめくると、いかにも古臭い匂いがした。

 中身は日記だろうか、それにしては日付が無い。
時系列もバラバラで物語のようにも見える。

 書いてあるのは昔の私、
そしてあいつのこと、田井中律。
私の最初の友達で一番大切な人だ。

4: 2011/08/13(土) 21:58:45.95 ID:VRYtIkBv0
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 学校ではいつも本ばかりよんでいます。
みんなといっしょにあそびたいけど、どうはなしかけていいかわかりません。

 だからあまり学校が好きではありません。
先生は『みおちゃんは頭がいいね』ってほめてくれるけどうれしくありません。

 それよりみんなとなかよく、一人でもいいからともだちがほしいです。
一人で本をよむのはさみしいです。

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7: 2011/08/13(土) 22:06:01.83 ID:VRYtIkBv0
――何を書いてたんだ私は、これは律と出会う前だな。

 整理の最中なのに手が止まっている。
でも読まないわけにはいかない、これは過去からの声なんだから。

 ここに書いてあることは紛れも無く私自身だ。
学校で居場所が無くて本ばかり読んでた。
いつも物語の中に逃げていた。
そうしてはじっこに隠れてないと、息苦しかったから。

 学校がたいして好きじゃなかった、でも毎日を繋ぐしかなかったんだ。

 誰のためにこんなノートを書いてたんだろう、
もしかしたら律に聴いて欲しかったのかもしれない。

 たった一人でいい、聴いてくれたらそれでよかったのかもしれない。

――結局聴かせることはなかったけれど。

9: 2011/08/13(土) 22:11:48.43 ID:VRYtIkBv0
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 わたしは自分とやくそくをしました。
小学生になったらみんなとなかよくするんだって。

 でもダメでした。
何回もはなしかけようとしたけど勇気が出なくて、いつも一人ぼっちです。

 もっとがんばろうって思ったけど、
わたしははずかしがり屋でそれを直すことができません。

 どうせ明日も同じだと思います。
だって昨日ダメだったから今日も一人ぼっちなんです。

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11: 2011/08/13(土) 22:17:15.25 ID:VRYtIkBv0
――こんなこと考えてたんだな、私は。

 みんなと仲良くするのは諦めたつもりだったんだけど、諦めきれなかったんだ。

 私は本を読むのが好きだからみんなと遊ばないんだって、
そんなフリして寂しいのを隠してた。仲良くしたいって気持ちも隠してた。

 ときどき考えることがある『もし律に出会えてなかったら』と。
他の誰かと仲良くなっていたか、それとも一人だったか。

 考えても想像に過ぎないけれど、律に出会えて本当によかった。
他の誰でもなく、律に。

13: 2011/08/13(土) 22:22:56.63 ID:VRYtIkBv0
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 今日は近くのこうえんでさくらを見ました。
いっしょに見る子はいなかったけどきれいでした。
地面に花びらがいっぱいおちててピンク色のじゅうたんみたいでした。

 さくらのえだをもって帰りたいと思ったけど、高くてとどきませんでした。

 こんど見るときはだれかといっしょに見たいです。

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14: 2011/08/13(土) 22:28:32.93 ID:VRYtIkBv0
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 昨日ねるときゆめを見ました。
近くのこうえんでさくらを見るゆめです。

 ちがっていたのは、だれかと手をつないで見ていたことです。
わたしが「きれいだね」というと、その子は「そうだね」といってわらいました。

「また来年見ようね」とわたしがいい。

「うん、でもわたし忘れっぽいから、みおちゃんがおぼえててね」とその子がいいました。

 それから二人で指きりをしてやくそくしました。

 ゆめからさめたとき『なんでわたしのなまえをしってるんだろう?』と思ったけど、
これはゆめなんだと気づいて少しかなしくなりました。

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15: 2011/08/13(土) 22:34:10.87 ID:VRYtIkBv0
――今考えると、あれは律だったんだな。

 相変わらず整理は進まず、私の心は小学校時代に戻っていた。

 律と出会う前にもかかわらず夢に出てきた。
私は無意識のうちに律を目で追っていたのかもしれない、
あるいは律の方も私を見ていたのかもしれない。

 教室で本を読んでいた私に「なによんでるの」と話しかけてくれた。
あのときの私は臆病で上手く返すことが出来なかったけど、本当は嬉しかったんだ。

 律は色んなことを教えてくれた、役立つこともロクでもないことも。
そのおかげで変われた部分もあるし変われなかった部分もある。

 変われなくて戸惑うこともあったけど、
律は私のことを認めてくれた、それでよかった。

17: 2011/08/13(土) 22:39:35.01 ID:VRYtIkBv0
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 本をよんでるとき。

「なによんでるの?」

「ひッ」

「ねえ、見せて見せて」

 お外で絵をかいてるとき。

「みおちゃんって絵もうまいんだ?」

 テストがかえってきたとき。

「すごい100点だ!」

 作文を発表するとき。

「どうしたの?」

「え、作文よみたくない、なんで?」

「だってはずかしいんだもん」

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19: 2011/08/13(土) 22:44:58.52 ID:VRYtIkBv0
――何をするにも律がそばに居た。

 部屋の整理といったものは早々に諦め、私は律との思い出に浸っていた。

 あのころの私は自分と約束をした、小学生になったらみんなと仲良くするという約束を。
みんなとは言いがたい人数だけど仲良くすることは出来た。
中学生になってから音楽だって始めたし幾分か活発になった気はする。

――約束、果たせたかな?

 ほとんどは律のおかげなんだけど、私だって少しはがんばったんだ。
そして高校生になった今『もっとがんばらないと』って思ってる。

 月並みな言い方になるけど『自立』っていうのかな、
新しいことに挑戦したり、恥ずかしがり屋を……、これは少しずつ克服しよう。

 そして約束はもう一つあったんだ。
子供のときに夢で見た約束が。

21: 2011/08/13(土) 22:51:02.65 ID:VRYtIkBv0
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 ともだちができました、
『たいなかりつ』という女の子で『りっちゃん』とよばれています。

 わたしになんどもはなしかけてくれてうれしかったです。

 学校が好きではなかったけど、りっちゃんがいるなら好きになれるかもしれません。


 とつぜんですが、これを書くのはおわりにしようと思います。
書くのがいやになったからじゃなくて、ほかのものを書こうと思ったからです。

 おはなしとか、しとか、そんなものを書こうと思っています。
どうせ人に見せるならそういうのがいいです。
りっちゃんはよろこんでくれるかな?


 そんなわけでさよならです。
 またね。

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22: 2011/08/13(土) 22:56:46.29 ID:VRYtIkBv0
――約束といっても夢の中の話、それでも来たんだ。

 この公園は広くて中心の大きな池を囲むように作られている。
池には青いボートが係留されていて近くの水面がキラキラと光を反射していた。
沿岸には緑の木々が生い茂り淡いピンク色の桜がまばらに咲いている。

 池沿いの遊歩道は広々としていて、行きかう花見客や小さな子供たち、
老夫婦やカメラを抱えた人、いずれとも触れずに進むことが出来た。

 鳴き声に耳を傾け池に目線を送ると二羽の白鳥が水面をついばんでいる。
カモが数羽飛び去りガアガアと大きな声をあげていた。

 しばらく歩いたあと遊歩道沿いのベンチに腰掛け、
ペットボトルのお茶を喉に流し込む。
四月にしては気温が高く若干汗ばむ陽気だ。
ペットボトルをぶら下げながら遠くの桜を眺めると、
気持ちのいい風が横顔や首筋をなでていった。

 鳥の鳴き声や子供たちの声に混じって足音が近づいてくるのを感じる。
心当たりはあるけど確証は無い。

 ゆっくりだった足音がだんだん速くなる、私は視線を下げ地面を見つめた。
後ろから差す光が目の前に影を作っている。

 足音がピタリと止まり人影が二人に増えた。

 いまさら確認するまでもないだろうと思い、顔を正面に向けたまま言った。

「遅いぞ、律」

23: 2011/08/13(土) 23:02:54.16 ID:VRYtIkBv0
 律は「へへっ」と軽く笑って隣に腰を下ろした。

「お待たせしました澪しゃん、ごめんなー」

 背中を丸めちょっと申し訳なさそうに笑った。

「謝るなよ、そんなに遅れてないし。言ってみただけ」

「ん、まーそうなんだけどさ、一応」

 律の視線がペットボトルに移り、物欲しげな目を私に向ける。

「お茶飲むか?」

 ペットボトルを掲げてそう言うと、
律は「さっすが澪!」と反応して右手を差し出した。

「ほら、全部は飲むなよ」

「サンキュ」

 私が正面に向き直り桜を眺めている間、
隣では律がリズミカルに喉を鳴らしていた。

「飲み終わったらちょっと歩くか」

24: 2011/08/13(土) 23:09:20.19 ID:VRYtIkBv0
 再び池沿いの遊歩道に戻りしばらく歩いた。
まばらに立つ木が影を作り、道を涼しげな印象に変えている。

 行きかう人もまばらなので、律が落ち着きなく歩いても迷惑をかけることはなかった。

「なあ澪」

「どうした?」

「何で急に『桜が見たい』って言い出したんだ?」

 池沿いから離れてしばらく歩き、桜が生い茂る道に入った。
歩道が整備されていなければ森といっても差し支えない、
それほど密集して桜が植えられていた。

 公園の緑色はかき消され、淡いピンク色が辺りを支配している。

「それは……、見たいから見たいんだ。他に理由なんて、無いぞ」

「そっか、まあ澪は昔からそういうところあるもんな」

「いきなりワガママ言って悪かったよ、でも来てくれてよかった」

 並んで歩いているはずの律の姿が消え、
私の後ろで歩みを止めていることに気付かなかった。

「……待ってたんだ」

「え?」

25: 2011/08/13(土) 23:15:56.68 ID:VRYtIkBv0
 律がその意味を確かめるように、もう一度口を開いた。

「澪が言ってくれるまで待ってたんだ」

 風が桜の木を揺らす音、鳥の鳴き声、それ以外のものは息を止めている。

「子供のころ二人で約束したろ? また来年見ようって。
私は忘れっぽいから澪に覚えててくれって言ったんだ」

「……」

「でも、ちゃんと覚えてた。だから誘われるのを待ってたんだ」

 言葉の意味を噛み締めるように口を閉じ、じっと律を見つめた。
無数の花びらが風に流され、私と律の間を通り過ぎてゆく。

「……なんてな。そんな夢を見たってだけだよ」

「え……、何だって? 夢の話?」

「そう、夢」

 流された花びらが風に乗りふわりと舞い上がった。
すっと左手を伸ばし舞い散る花びらを迎え入れる。

「……人をからかうのもいい加減に、しろよな。……りつ」

 左手をぐっと握り花びらを押し込めたとき、私の目には涙が浮かんでいた。
右手で髪を直すフリをして、そっと涙をぬぐった。

28: 2011/08/13(土) 23:21:38.96 ID:VRYtIkBv0
 桜の生い茂る道を抜け、なだらかな斜面を登り小高い丘を目指した。
斜面には木材が配置されていて階段の役目を果たしている。

 後ろの律を気にしながら、木材と地面の境目を踏むように進んだ。

「みおー、さっき怒った?」

「怒ってないよ、ただ……」

「ただ?」

 私は「やっぱり何でもない」と言って足早に斜面を登り、
律は「照れ屋でしゅねー」なんて言ってゆっくりと私に付いて来た。

 目指す丘には大きな桜が植えられている、いつか夢で見たような桜が。
足早なまま近づき律が隣に来るのを待った。

30: 2011/08/13(土) 23:29:18.09 ID:VRYtIkBv0
 穏やかな風は遠くから草花の香りを運んできてくれた。
心地のいい風が春の空気をもたらしてくれる。

「でっかい桜だなー」

 律が声を発して見上げた先には大きな桜。
太い幹から数本に分かれ、さらに無数の枝が伸び花びらをまとっている。

「ん、ああ、そうだな」

 私は気の抜けた返事をして律と一緒に満開の桜を見上げた。
いつか一人で見た桜、今は律と二人で見ている。

 左手を枝に伸ばし人差し指と支点にして親指に力を込めた。
あのころは届かなかったけれど、今はこうして枝を折ることが出来る。

 でも……。

「みおー、どうした? ボーっとして」

 声に反応し左手を下げると、左の掌に花びらがくっついていることに気付いた。
左の掌をそのまま律の右の掌に重ね、花びらを二人の間に閉じ込めるように握った。

「……」

 律は何も言わずに私の手を握り返してくれた。

 折るのはやめておこう。
今は律が隣に……いや、律の隣に居るんだから。

31: 2011/08/13(土) 23:37:01.93 ID:VRYtIkBv0
 小高い丘をさらに上り、川沿いの堤防へ出た。
桜が堤防沿いに遥か先まで植えられている。

 いつ終わるとも知れない桜のトンネルをくぐり、私たちは帰り道を目指す。

「澪、腹へってない?」

「そう言われればそうだな、でもコンビニでってのは味気ないか」

「この辺さ、クレープの移動販売が来るんだよ。それにしようぜ」

 風が桜並木を揺らし、ゆるやかな花吹雪を降らせている。
花吹雪は風に乗り、眼下の公園へ降り注ぐ。

「よく知ってるな、花より団子ってやつか」

「女の子ですものねーって、ひとこと多いぞ!」

「はは、悪い悪い」

 他愛も無く笑っていると、律が横目で公園を見下ろしているのに気付いた。
少し先を歩いていた私は「律?」と声を出し後ろを振り向く。

 律は体を公園に向けたまま視線を私に向けている。
しばらくの間見つめ合ってから「澪」とささやきかけた。

「もう、いいだろ?」

33: 2011/08/13(土) 23:43:49.86 ID:VRYtIkBv0
「……え?」

 律が右手をそっと開くと桜の花びらが顔を覗かせた。

「あ、さっきの……」

 言い終わる間もなく右手が掲げられ、花びらは風に乗りふわりと舞い上がる。
私たちは花吹雪の中で、花びらが公園へ消えていくのを眺めていた。

「さて、腹ごしらえといきますか!」

 ぽん、と肩に手を乗せ律は私の横を通り過ぎた。
私は少し遅れて歩き出す。

「なあ、律」

 確かめるまでも無いけれど律の口から聞いてみたくて、
こんな質問を投げかけてみた。

「ちょっと聞きたいんだけど、私どんな顔してる?」

 律は頭の後ろで手を組みながら歩き「そうだなー」と呟いて空を見上げる。

 しばらく歩いてから振り返り「私と同じ顔してる」と言って、
屈託のない笑顔を見せてくれた。


おわり

34: 2011/08/13(土) 23:45:31.19
良かったよ
おつー

35: 2011/08/13(土) 23:48:22.39

引用元: 澪「pinkie」