1: 2011/03/29(火) 23:37:32.69 ID:NKSPXicb0

くるくると部屋の鍵を指先で遊びながら、ゆっくりと足に力を入れる
立ち上がろう。そう思ったが、ふと眩暈のようなものを覚えた
本当にくるくると回っていたのは、鍵なんかではなく、自分の意識のほうだった

「着信は……どうせ唯だろうな」

ゆらっと体を揺らしながらポケットから取り出した携帯を見ると、それは3件入っていた
時刻を目で辿る
9時……10時30分……10時32分

ははっ、なんて分かりやすいやつだ
自然と笑みがこぼれる
かけてきた用件はこの時間帯ならば、どうせ授業のことだろう
たしかこの時間は唯と一緒の講義だったはずだ。

携帯を操作して、通話ボタンを軽く叩いた
そっと耳にあて彼女がでるのを待つ

『もしもし、りっちゃん!!』

たった一回のコールで唯が電話に出た
こころなしか少し慌てた様子だ
声のトーンも不自然に上がっている

2: 2011/03/29(火) 23:38:50.16 ID:NKSPXicb0

「あぁ唯か。悪い、電話もらってたみたいで」

『電話にも出ないから心配しちゃったよ。どうしたの、今日は一限目に出てこなかったけど……」

「ちょっと、体調が悪くて目覚めも悪かったんだ」

嘘だ。自分でも体調が悪いかなんて感覚は麻痺している
目覚めが悪かったどころかまともに眠っていない

『ええっ、りっちゃん大丈夫なの!? なんなら今から行こうか?』

「いや、いいよ。もう大丈夫だ。それに唯が来たってどうしようもないだろ?」

自然とその口から笑いがもれていた
唯には何度も救われているきがする
それほど彼女には、私を安心させるなにかがあった

4: 2011/03/29(火) 23:41:54.64 ID:NKSPXicb0

『あぁ、ひどいよりっちゃん。私だって病人の看病ぐらいできるよ。おかゆだってつくれるしね』

「はは、ありがたいけどもう大丈夫だ。昼には行けるだろうからさ」

『うーん、本当に大丈夫? 最近のりっちゃん………うんうんなんでもないや」

唯にもなにか悟られている
自分でも隠し続けるのは無理だろうと思っていた。
でも、それでも誰も知らないほうがよかった
タイムリミットも足音を立てながら近づいてきてるのかもしれない
できればロスタイムを望みたかった

「なんだよ、気になるな」

『うーん、気のせいかもしれないからいいや。それじゃぁ、私次の授業もあるからきるね」

6: 2011/03/29(火) 23:44:26.12 ID:NKSPXicb0

「あぁそうだ、唯」

『?』

彼女が電話の向こうで首をかしげているのが分かった

「普通おかゆに目玉焼きはのらないぞ」

私の名前を呼びながら、ひどいと泣きまねをした彼女の声が通話口から響く
その訴えを最後まで聞くことなくきった
携帯を再びポケットにしまう
いつのまにか眩暈のようなものは、消え去っていた

7: 2011/03/29(火) 23:46:53.50 ID:NKSPXicb0



大学に入ってもなにも変わることはないと思っていた
私達は変わっていなかったのかもしれない。
しかし周りは私達を待っていてはくれなかった
それでも私はかわらずにいられるとおもっていた


大学に入ってからも私達はやはり音楽を続けていた
入ろうとした軽音楽のサークルには、すでに先輩がいた
私達と同じで4人で続けてきたらしい

――あなたたちが入ってくれなかったら、私達が抜けたあとこのサークルは潰れていたわ
先輩のうちの一人がそういっていたのを覚えている
今年で引退のため先輩たちにとっては、最後の年だった

入ってから分かったことだが、先輩達の素行はあまり良いとは言えなかった
それでも唯は

「わぁ、私達にとってはじめての先輩だね」

と言って嬉しそうにはしゃいでいた。
女子大学と言っても、中にはそんな人たちもいるだろう。
そう思って気にしないことにした。それでも私は構わなかった

10: 2011/03/29(火) 23:49:29.37 ID:NKSPXicb0

ある日1人で部室に入ると、揺ら揺れとした白いものが漂っていた
煙――先輩達の年齢ならば年齢的には許されていたもの
だが、部室棟でのそれは禁止されていたはずだった
それにそれはお世辞にも喉や肺にいいとは言えない
ボーカルの唯と澪にとっては害悪そのものだった
――二人が来る前にやめさせて、換気をしなければ

「先輩、すいません。部室内での喫煙はやめてもらえませんか?」

荒立てないようにできる限り丁寧に言った
先輩も「あ、ごめんね」と言ってそれの火を消した
予想よりも穏便にことが済んだ
すると先輩が自分の荷物を持ち、立ち上がった

13: 2011/03/29(火) 23:51:37.15 ID:NKSPXicb0

「先輩、練習していかないんですか?」

最近、めっきり練習しているところを見なくなった
だから、ふとした疑問だったが尋ねてみる
――あぁ、他の子も来てないしね。それにこの後飲み会なんだ
彼女は嬉しそうに言った。本当は特に興味もなかった
「田井中さんもきたい?」そう言ってニヤついた笑みを浮かべる
私がそれにNoの意思を示すと、「そう残念」と肩を落としそのまま部室を出て行った

換気のために全開にした窓から顔を出すと
まだ夏前だったと言うのに、すこし暑苦しい熱気がお腹の中を満たす

15: 2011/03/29(火) 23:55:11.72 ID:NKSPXicb0

少し経つと、部室にムギと澪が顔を出した
どうやら先ほどまで同じ授業だったらしく一緒に来たようだった

「どうした律?」

澪が私の様子を見て、首を傾げた

「いやぁ、今部室内に雀が入っててさ、逃がしてたんだ」

窓の外を指し、どうでもいい嘘をついた
別に窓を開けていた理由なんてどうでもよかった

「そうだ、お茶入れるわね!」

ムギが思い出したかのように言った後、
カバンを置き、ティーカップを取り出す

「あっー、みんな早いね。私が一番かと思ったのにー」

扉の外で一番遅れてきたやつがそんなことを言っていた
そのとき私達のティータイムははじまったばかりだった

17: 2011/03/29(火) 23:57:46.20 ID:NKSPXicb0



朝ごはんとして前日に買って置いた菓子パンをかじった
味などどうでもよかった。
ただ栄養として体内に摂取する
糖が頭に回れば、やがてこの頭も活発に動き出す

ニュースの流れる携帯のディスプレイを見る
12月20日 12時30分
唯と電話してから、一時間以上が経っていた
そろそろ家を出なければ講義に間に合わない時間だが、
その前に一つ気付いたことがあった

――そっか、今週末はクリスマスイブか……

19: 2011/03/30(水) 00:00:34.40 ID:oAM//Yev0

壁にかけられたカレンダーを見ると、その日には丸がつけられていた
おそらくあの丸の仕方は彼女だろう
なぜならそれは右周りの丸のつけかただったから

体から力が抜けるのが分かる
私の頬はゆるんで、笑いたがっていた
どうしようもないほど彼女に会いたかった

私は玄関へと向かう足を翻しもう一度ベッドへと向かった
遅れてきた睡魔が私を手招いている
パタンと倒れこんでしまえば、何もかも忘れられる気がした

21: 2011/03/30(水) 00:02:18.11 ID:NKSPXicb0



「律は嘘が下手だからな」

高校を卒業して大学に入るまでの休みは長い
やることもとくになく、彼女と街中をぶらぶらとしていた時彼女が言った
彼女の困ったように笑う顔を見て、そのとき私はなにをおもったのだろうか
今ではもう思い出せない

「だから、今はなにもいわなくていい。こっちも不意打ちだったからな」

そういうと彼女は長い髪を押さえながら、私に微笑んだ
だからこそ私はその言葉になにか返さなくてはいけなくて
でも返すことはできなかった

常識という壁はそれほど厚かった
まだたかが高校を出たばかりの私にその壁を越える勇気も壊す覚悟もあるはずがなかった
その点では普段泣き虫な彼女のほうが私よりずっと強かったのだろう

22: 2011/03/30(水) 00:03:47.84 ID:oAM//Yev0

「行こう、律。時間がもったいない」

そして彼女は私の腕を引いて歩いていく
私の前をあるく彼女の顔はもう見えない
だからせめて並んでやりたくて、一生懸命に足を急がせるが
結局、そのときの彼女の顔を見ることは叶わなかった

まだ私が彼女に嘘をついていなかったときの話

25: 2011/03/30(水) 00:06:55.00 ID:oAM//Yev0



淀んだ意識の中、清潔感のあるいい香りがした
次に気付いたのは、私の頭の位置が少し高いこと
ベッドに倒れこむように寝たのだから、まくらなど気にしていなかったはずだ
瞼をゆっくりと開けていく

「あっ、りっちゃん目が覚めた?」

目の前にはムギの整った顔があった
その顔はどこか嬉しそうにしている
なにかいいことでもあったのだろうか

「むぎ……?」

「あ、かってにあがっちゃってごめんなさい」

「いや、いいよ。それより……」

ムギが顔を傾ける
私が何を言いたいのかもわかってない顔だ

26: 2011/03/30(水) 00:11:20.75 ID:oAM//Yev0

「なんで膝枕なんだ?」

「うふふ、りっちゃんがとても寝苦しそうにしてたからよ」

ムギが優しく微笑んだ
枕でも挟んでくれればよかったのに
そう思ったが言わないことにする
もう少しだけこのままでいたかったから

「……足、痛くないか?」

「大丈夫よ、りっちゃん軽いもの。それにね、私膝枕してあげるのが夢だったの♪」

「おーい、それは私の脳みその容量が足りないってことか」

「さぁ、それはどうかしら」

ムギが笑う。私もつられて笑った
すると、いつのまにか笑うことが自然にできていた
ほんのつかの間の本当。渇いていない笑み
ただ可愛く舌をだしたムギはとても絵になっていた

27: 2011/03/30(水) 00:12:49.88 ID:oAM//Yev0

ふとそのまま視線を窓へと移した。
宵闇が空を覆う時間帯になっていた

「りっちゃん?」

「悪いな、ムギ。すぐにどくよ」

勢いよく体を起き上がらせる
ムギが遠慮しなくてもいいのに、と呟くように言っていた

「そうだ、りっちゃん。紅茶飲む?」

かって知ったる人の家――そんな言葉がふと頭に浮かんだが、
それは普段からムギにお世話になっている証拠なので、少し情けなくなった

「あぁ、いいよ。私が入れるよ」

ムギが立ち上がろうとしていたので、私がやるといい足に力を入れた
まだ本調子とまではいかないが、大丈夫だろう と思った
が、体に重みを感じた
それは真正面からくる重みで……
ムギが私をまきこみながらこちらに倒れこんでいた

29: 2011/03/30(水) 00:15:39.32 ID:oAM//Yev0

「あははは……ごめんなさい。やっぱりちょっと足が痺れちゃったみたい」

ムギが申し訳なさそうに言う
私とムギの距離が近い
お互いあと10cmも顔を上下させれば、重なってしまう
意識してしまう距離――自然と唇に目が言った
どこか艶かしく柔らかそうなそれから目が離せなくなる

「………」

その沈黙はどちらが作ったものだろうか
私達はお互いになにかの呪いにかけられたように動けなかった

「ねぇ、りっちゃん……」

彼女がその唇を動かし、どこか切なそうに言葉をつくった
それでも私は何も言えずにただ待つだけ

30: 2011/03/30(水) 00:17:37.01 ID:oAM//Yev0

「私がこのままキスしちゃったらどうする?」

魔性の言葉だった
正直に言えば、悪くないと思っている自分がいた
抗うことに疲れていたのかも知れない
狂うことに憧れていたのかも知れない
わたしのちっぽけな機械仕掛けの脳にそれはどんな潤滑油となるだろう
だから私は

「……ぷっくくく……ムギ、顔に冗談って描いてあるぞ」

いつもどおりを装った
今重要なのは、この空気に飲まれてしまわないこと
取り返しのつかなくなる前に

31: 2011/03/30(水) 00:19:03.82 ID:oAM//Yev0

「……あは、ばれちゃった♪」

ムギがいたずらがばれたときの子供のような顔で笑い、
私の上から退いた

「あぁ、でもちょっとクラっと来たぞ。魔性の女だなぁムギは」

「ああーりっちゃんひどーい」

それは私とムギのいつもの距離だった
冗談を交えながら話すいつもの会話
それが彼女との心地よい距離
彼女にとってはどうかは知らない
ただ私にだけ都合の良い距離

32: 2011/03/30(水) 00:21:16.06 ID:oAM//Yev0

「それにね、私本当は自分からするより、相手にしてもらいたいなー、なんて」

「ムギ、男は狼だって澪が言ってたから気をつけろ。そんなこと言ってたら襲われて食べられちゃうぞ」

「りっちゃんは食べてくれなかったね」

「ああ、私は女だからな」

「りっちゃん、あっさりと流したね。もうちょっとこう「私は女だー!」って感じになるかと」

「私は女だーっ!」

「そうそう、そのほうがりっちゃんらしいわ」

そしてムギが立ち上がった
そのままキッチンのほうに歩いていくのを見送る
結局、紅茶を入れるのは彼女に任せることになりそうだ

33: 2011/03/30(水) 00:25:26.65 ID:oAM//Yev0



「うまいな……」

口元に持ってきたティーカップからその液体を流し込んだとき
そんな言葉が自然と漏れていた
私がいれてもこうはならないだろう
そういう意味では、ムギに紅茶をいれてもらったのは正解だった
自分でこれほどおいしい紅茶が入れれるのだ。
私のいれた紅茶など恥ずかしくて出せたものじゃない

「同じティーバックで入れたものとは思えないな」

「ふふっ、別にそんな難しいことじゃないわ。りっちゃんもやってみる?」

紅茶にはおいしくいれるコツがあるらしい
例えば、お湯の温度だとか、器を温めておくことだとか、蒸らす時間だとか
そういうものがあることは知っていたが、詳しく知ろうとは思わなかった

「うーん、いいや。私にはなんか似合わないしな」

35: 2011/03/30(水) 00:29:02.20 ID:oAM//Yev0

別に教えてもらうことが億劫だったわけではない
ただ本当に私には似合わないと思っただけだ
ムギがそう……と残念そうな顔をして、向かいの席に腰を下ろす
彼女が一口紅茶を飲むのを見届けてから、私も残りの紅茶を胃の中に流し込んだ
久々に満たされた気がした

「そういえば、色々あって聞いてなかったけど、ムギはなんでこんなところにいるんだ?」

「りっちゃん、自分の住んでる所を、こんなところ、だなんていわないほうがいいわ」

メッと珍しく彼女が怒った顔をする
待望の一人暮らしだった。
けれど、実際にやってみれば肩透かしをくらった気分だった
自由が増える――なにが自由だ。考える時間が増えただけじゃないか
誰を気にすることもない――逆だ。一人でいるからこそ誰かを考える時間が増えた
好きなものを食べれる――味のしない好物はすでに好物ではなくなっていた
時間が増える――1日は24時間だ。たかが一人暮らしで魔法使いにでもなったつもりか

37: 2011/03/30(水) 00:30:12.66 ID:oAM//Yev0

「今日りっちゃん、学校来なかったでしょ? だから電話したんだけど出ないし……」

たしかムギとは昼間から同じ授業だったはずだ。
携帯をひらく。
着信とメールが10件ずつ入っていた
その8割が唯だ
さっと目を通していく

「で、唯ちゃんに聞いてみたら、りっちゃん体調が悪くて朝からきてないって言うじゃない」

ムギからもメールが入っていた
――りっちゃん大丈夫?
目の前にいる彼女に心配をかけたことを申し訳なく思う
いい友達を持った。私はその点では最高に恵まれていた

38: 2011/03/30(水) 00:32:29.00 ID:oAM//Yev0

「それで尋ねてきてみたら……りっちゃん?」

ムギのメールの後には彼女からのメールがあった
澪――幼馴染、私が一番よく知る人、私を一番よく知っている人
そして私が一番――嘘をついている人
嫌な予感がする
受信フォルダを見て固まってしまう
開きたくない気持ちと、開かなければいけない気持ちが天秤の上で鬩ぎ合う
たった1通のメールが私の心臓を握り締めていた

やがて天秤は傾いた
手の先の感覚がないが、ゆっくりと動いていく
義務感に似たそれが私を操っていた

――先輩たちにつかまった。部室にベース置いたままだから、頼む

40: 2011/03/30(水) 00:37:31.94 ID:oAM//Yev0

お腹の中に入った温かかった紅茶の温度がさっと引いた
くるりくるりと狂ったように意識はまわる
杞憂であってくれ。願う
お前はなにも知らなくていい。願う
それは私のエゴだから。私は私を呪う

「りっちゃん!? 顔が青いわ」

気付けば私は椅子を倒すほど勢いよく立ち上がっていた
ハンガーにかけていたコートに手を伸ばす
ムギが驚いた顔をしていた
なんといってごまかそう

「ムギ、私ちょっとコンビニまで言ってくる」

陳腐な言い訳
バレバレの嘘

41: 2011/03/30(水) 00:39:18.05 ID:oAM//Yev0

「それなら私も……」

「ムギ!!」

思わず怒の感情に似た声を上げていた
そんな顔をしないでくれ
悪いのは全部私でいい
だから、そんな心配そうな顔をしないでくれ

「……っと、実は家の鍵失くしちゃってさ。ちょっと私がいない間留守を任されてくれないか?」

その言葉はいつもの私の声だった
ずるい奴だ。そういえば彼女が断れないことを知っている
そして私はゆっくりと玄関まで歩いていく
ムギが黙って私を見送っていた

43: 2011/03/30(水) 00:42:26.94 ID:oAM//Yev0

「なぁ、ムギ……あの時、あと10秒あのままだったら私、狼になってかも知れない」

一度だけ振り向いてそんなことを言った
ムギがポカーンとした顔をする
その顔の次の反応を待たずに、もう一度背中を向けた
走り出した背中越しに彼女の声が聞こえた

「りっちゃんは嘘が下手なのか、上手なのかわからないわ……」

それはかつてあの場所で彼女が私に下した評価とは違うもの
ムギの困ったように笑う顔が頭に浮かんだ

44: 2011/03/30(水) 00:45:01.36 ID:oAM//Yev0



…………

………

……

11月、大学の学園祭があった
先輩達にとっては最後の演奏、私達にとっては最初の演奏
それがたとえ先輩達の前座としての意味でも、演奏できるのは楽しかったし嬉しかった
だから、普段練習を怠けがちだった私と唯もそのときは必氏に練習をした
――ボーカルはやらないからな。唯だからなっ
澪がまた泣き言を言う
もはや、それは私達にとって定番となった会話
結局、やるはめになるのにそんな抵抗がひどく微笑ましい

そのときには、先輩達はほとんど部室に来ることはなくなっていた
就職活動とかもあるんだろうと思って気にしなかった
それでも、練習はちゃんとしているんだろうと思っていた

学園祭、私達の演奏は5時からだった
野外ステージの上でのライブだったので、少しひんやりとした肌寒さを感じたが
演奏前の緊張感がそれを忘れさせてくれた
「がんばって」
舞台袖で先輩達が気楽そうに声をかけてくれたのを覚えている

47: 2011/03/30(水) 00:47:57.73 ID:oAM//Yev0

舞台に立つと観客の顔がぼやけて見えた
自分が緊張していることが分かる
その中に、見覚えのある顔がいくつかあった
高校時代に澪のファンクラブ会長だった先輩
唯の幼馴染と妹
そして私達の大事なバンドメンバー

――がんばってください

彼女の声は聞き取れなかったが、唇のうごきでなにを言いたいのかがわかった
MCをしていた唯が、思わず手を振りそうになっていた

カッカッ

ソフトメイプルのスティックを2度鳴らした
これが始まり。
そこから先はよく覚えていない

49: 2011/03/30(水) 00:51:07.86 ID:oAM//Yev0

唯が大きな声でありがとうございましたと告げた
観客達の拍手が耳に残る
気付けば額に汗が浮いていた
それを拭いながら、澪のほうを見ると少し震えていた

そして10分の幕間が訪れる
この間にここを抜けて、次の準備をしろという意味だ
袖に抜けていく時にすれ違った先輩達は無言だった
それがどういう意味をもっていたのかわからない


私達4人は先輩達の演奏を聞こうと思い、観客席へと回った
考えてみれば、先輩達のまともな演奏を聞くのははじめてだった
観客席に行くと唯が一目散に梓に抱きついた
楽しそうに「どうだった?」と聞いている

「凄かったです。……でもなんかちょっぴりおいていかれたみたいで寂しいです」

少し寂しそうな顔で笑いながら梓は言っていた

50: 2011/03/30(水) 00:53:21.30 ID:oAM//Yev0

「もうあずにゃんってば、かわいいー」

唯が梓をさらに強く抱きしめる

「まぁ、年齢だけはしょうがないもんな。それに今度はスタジオでも借りてやればいいさ」

「おっ、澪やる気だなぁ。よっし次も澪と唯とでボーカルな」

「なっ……!?」

「澪ちゃん、がんばろうね」

困惑する澪の手をとった唯がつないだ手を上下する
恥ずかしがりやの彼女はたった今舞台で歌っていたというのに、やはり慣れないようだった

「あ、はじまるみたいですね」

51: 2011/03/30(水) 00:55:06.21 ID:oAM//Yev0

梓が言ったとき、ステージにライトが灯った
前置きなしに、それははじまろうとしていた
ドラムがカツカツとスティックを鳴らす――ベースがまごついていた
テンポの遅れたリードギターが弦を慌ててはじく――ズレは埋まらない
リズムギターが必氏にそれに続こうとする――歪んだ旋律が不協和音を作る

「……あの人たち……あんまりうまくないですね……」

そういったのは梓だったろうか。それとも観客の誰かだっただろうか
澪をみても、唯をみても、ムギをみても誰もが沈黙を保っていた
そして私もなにも言えなかった
観客がバラつき出す
酒で焼いた声。煙に潰された肺。
ボーカルが歌がどこか苦しそうに聞こえたのは私がそれを知っていたからだろうか
果たして先輩達にとっての最後のライブとはなんだったのだろうか
練習もしないで望む、その程度のものだったのだろうか
今はもうわからない。分かろうとも思わない
ただ彼女達の演奏は、それでも最後まで止むことはなかった

53: 2011/03/30(水) 00:59:25.06 ID:oAM//Yev0

翌日、先輩達が顔をださないまま、サークルは私達のものとなった
どこか釈然としない気持ちのままだったが、このままでいるわけにもいかない
まだ新部長も決まっていないサークルだ

「さてと、部長は誰にするか決めようぜ。まっ、また私でも全然いいけどなっ!」

できる限り明るく言ったつもりだ
無理にでも空気を切り替えたかった

「え~、私でもいいんだよ~りっちゃん」

唯がふざけながらも言う
彼女にもどこか思うところがあったのか、いつもどおりのノリだった

55: 2011/03/30(水) 01:00:52.97 ID:oAM//Yev0

「なんだ律ー、照れてるのか?」

澪がニヤニヤとしながらこちら顔をうかがってきた

「うっ、別に照れてなんか……」

「うふふ、りっちゃんかわいいー」

「りっちゃんの照・れ・屋・さ・ん♪」

「だああああ、練習するぞ練習」

気まずくなった私はそういってスティックを持ち、ドラムに駆け寄った
やっぱり彼女達は笑っていた
微笑ましそうにしている彼女達が好きだった
なにより彼女が――

56: 2011/03/30(水) 01:01:37.55 ID:oAM//Yev0

「よしっ、じゃぁ私だな」

「あうっ、りっちゃん横暴~。」

唯が口を尖らせながら文句を言う

「まぁ、律でいいんじゃないか? 唯が部長ってなると……考えたくないな」

「やっぱり放課後ティータイムのリーダーはりっちゃんじゃないとね」

澪とムギの言葉に少し照れくささを感じる
頬は赤くなっていないと思いたい。
やっぱり唯がひどいと泣き崩れる真似をしていた

58: 2011/03/30(水) 01:05:05.69 ID:oAM//Yev0

さらに翌日。雨の湿った匂い。
その日は前日の天気予報どおり土砂降りだった
どこか気分ののらない一日
講義終わりに部室へ行くと、そこに雨で髪を濡らした彼女がいた
髪をタオルで拭う姿はどこか艶かしく見える

「なんだ澪、傘もってなかったのか?」

「律……いや傘は持ってたけどこのとおりだよ。律は授業終わりか?」

「ああ」

見れば彼女の服の肩の部分も水にぬれ、色が変わっていた
それでもやはり被害が一番大きいのは髪の毛だろう

「髪……長いと大変だな」

「まぁ大変なのは分かってて伸ばしてたからなぁ」

澪が2枚目の真っ白なタオルに手を伸ばした
そしてその髪に当てようとしたとき

「髪、拭いてやろうか?」

すると少しだまった後、彼女は「お願いしようかな」と言った

――――

60: 2011/03/30(水) 01:08:09.44 ID:oAM//Yev0

「なぁ、律」

彼女の細いサラサラとした髪に櫛をとおしていたとき
ふと彼女が零した

「先輩達、どうしたんだろうな」

言っているのは先日の学園祭のことだろうと分かった
だから

「さぁ……でも就活とかもあったし大変だったんじゃないか?」

嘘だ。誰のためでもない嘘。
彼女は別に知らなくていいと思ったためについた嘘
彼女たちが、お酒に溺れようとも、男に溺れようとも、煙に溺れようとも
どうでもよかった。それがたとえ学園祭の前日であったとしても
ただ、今澪がこちらを向いていなくてよかったと思う
――律は嘘が下手だからな
彼女は私の嘘を見破ってしまうから

62: 2011/03/30(水) 01:10:02.94 ID:oAM//Yev0

「そっか。最後だったのに残念だな」

「そうだな……」

そういって私は澪の髪の毛の先に集中する
綺麗だな――同じ女として少し羨ましく思う

「そういえば、澪。またファンクラブできたんだってな」

今度はできるだけ明るい話題をふる
それも朝聞いたばかりの新鮮な

「うう……やめろ。その話はやめてくれ」

澪がうな垂れながら、今拭いたばかりの頭を押さえた

「まっ、私は曽我部さんが同じ学内にいる時点でこうなるんじゃないかと思ってたけどなっ!!」

「笑い事じゃないっ!!」

63: 2011/03/30(水) 01:11:21.89 ID:oAM//Yev0

こうやって澪をからかうのは楽しい
小さな頃好きな子にいじわるしてしまう心理がよくわかる
……んっ? 好きな子……
自分の中でさらっと思った言葉が、ふと疑念を作る

「ふふっ、ああそうか――」

私はとっくにそうだった
ただ先延ばしにしてきただけ

「なんだよっ、律。なにがそうかなんだよ!」

「いやっ、なんでもないさ」

「なんだよー、気になるだろー」

言いながら振り返った澪にキスをした
突然起こった出来事にパチクリとする澪がひどくかわいく見える

65: 2011/03/30(水) 01:12:36.50 ID:oAM//Yev0

「ん……」

口で塞いだ口を離すと、そんな色のある声が漏れた
彼女はいまだに放心状態だ
そしてゆっくりと口にその指を這わせた後

「なっ!!……り、りつ!?」

座っていた彼女が慌てて立ち上がり、椅子を倒した

「お、おま……おまえ……!!」

「なんだよー。こっちだって恥ずかしいんだからな」

「ならなんで……」

「だあああ、もう3月の返事だよ3月の」

少し私も恥ずかしくなってきた
落ち着いて考えるととんでもないことをやってしまった気がする
おそらく目の前の彼女と同じように私も真っ赤だ

68: 2011/03/30(水) 01:15:13.81 ID:oAM//Yev0

「………律、覚えてたんだな」

「覚えているに決まってるだろ」

「返事がなくてもいいと思ってた」

「なくてもよかったのかよ」

「…………」

澪が今なにを考えているかわかる

「それならいいじゃんか」

「だってさ、返事にしたってまず言葉が返ってくるとおもうだろ。それがいきなりキスって」

「こっちだって恥ずかしかったんだからなっ」

71: 2011/03/30(水) 01:16:27.05 ID:oAM//Yev0

彼女がきょとんとした顔をする
少しの沈黙。そして彼女が口元に手を当てると

「……ぷくくく……バカ律……そんなに真っ赤になるくらいならやらなければよかったのに」

澪が顔を赤くしながらこらえきれずに笑った
そして私に一歩近づき

「言葉では言ってくれないのか?」

「言えるかっー!!」

「それでも言ってほしいっていったら?」

「うっ……」

私は言葉につまってしまう
どこか楽しそうにしている彼女はどこか子供っぽく、また雨のせいかどこか大人の艶かしさがあった
だから私はどうしようもなくなって

「いいか、一回しか言わないから聞いとけよ」

彼女がコクリと頷いた

「――――」

73: 2011/03/30(水) 01:19:01.50 ID:oAM//Yev0

次の日は晴れだった
前日の水気などすべて干してしまいそうな日差しが強い日
冬も近づいているというのに、暖かい日だったのは覚えている

少し浮かれた気分で部室にいくとやはり人がいた
だがそれは思ってもみない人物

「先輩……」

そこにはボーカルの先輩がいた
あまりいい予感がしない
このまま背中を向けてしまいたかったがそうもいかない

「こんにちは、新部長さん」

彼女が妖しく微笑んだ

74: 2011/03/30(水) 01:20:30.23 ID:oAM//Yev0

「先輩、荷物の忘れ物かなにかですか?」

「えぇ……まぁちょっと忘れ物かな」

「そうなんですか。あ、澪たちはまだこないですよ」

「あらっ、いいの。私が話があるのは田井中さんだけだから」

嫌な予感
彼女の笑みに秘められた悪意
だれかが人は悪意には敏感だと言っていた
それが今身をもって分かった気分だった

「ねえ、田井中さん? 今話題の人たちとして気分はどう?」

嫌味。学園祭の演奏のことだ
話題といっても、そんなたいしたものではない
大学内で少し話のタネになる程度だ
それでも彼女達にはなにか黒い感情があったのだろう

75: 2011/03/30(水) 01:22:46.82 ID:oAM//Yev0

「話題って言っても澪や唯のことでしょう? 私なんて目立ちませんから……」

できる限りの謙虚さを出しながら行った
彼女達にはそれが嘘かどうかなんてわからない

「そうねぇ、秋山さんなんてファンクラブができたんだってね」

しくじったと思った
矛先が澪に向いてしまった
なんとかしなければならない。

「でもそれも本人の意思には関係なくですから」

「へぇ、立派なご身分ね」

目が笑っていない
黒い感情のパラメーターはまだ発散されていない
そろそろ私も我慢できずに、腹の中のものをぶちまけたくなってくる

76: 2011/03/30(水) 01:24:20.02 ID:oAM//Yev0

「だからなんなんですか?」

これが最終ライン。
防波堤はすでに壊れている

「ちょっと、そんな怖い目でこっちを見ないでよ」

「ならはやくなにがいいたいか言ってくださいよ」

ともに口を閉ざした。そして待つが……
さきに折れたのは先輩のほうだった

「あぁもういいわ。お互いお腹の中の探りあいはやめましょう」

「………」

77: 2011/03/30(水) 01:26:40.68 ID:oAM//Yev0

ここからが本音ということだ
つまり今より真っ黒なものが……

「私たちね、本当はあなたたちみたいになりたかったの」

なにも言わずにただ続きをまつ

「そう、ただほんの少し誰かの話題の中心になりたいだけ。知ってる? 女はとても嫉妬深いのよ」

それはあからさまな嫉妬
成功した私達と、失敗した彼女達
自業自得――そう言ってやりたかった。
でも言えば本音が止められなくなる気がした

「だからなんなんですか? 先輩達がやってきた結果があれですよ」

「そんな正論あなたに言われないと気付かないと思う?」

79: 2011/03/30(水) 01:28:43.17 ID:oAM//Yev0

「いいえ、思いません。先輩達は根が腐ってるのは今わかりましたけど、バカじゃないことは知ってますから」

「腐ってる、か……そうかもね。今からやろうとしてることは腐りきってるかもね」

「………」

「ねぇ、田井中さん。少し私達の気を晴らすおもちゃになってよ」

我慢の限界

「……ふざけな……」

「私さ、秋山さんって嫌いなの。」

私の言葉を遮って、先輩の口から予想外の言葉が漏れた
この人はなにを言ってるんだ?

81: 2011/03/30(水) 01:30:28.97 ID:oAM//Yev0

「……なにを……」

「だってさ、ベースもうまくて、歌も歌えて、あのルックス。ほらっ、これだけ彼女を妬む要素がある」

「だからなにを……」

「まだ足りない? ほら努力家なところとか、そうそうあの甘ったるい歌詞も彼女がつくってるんだっけ?」

それが彼女に向けられた嫉妬
もたなかったものの羨望
だけど、このまま彼女の言った言葉を受け止めるのだけはいやだった

「だからなんなんですか。それはただの嫉妬でしょ? 私達に向けられるのはお門違いだ」

「ええそうよ。ただの嫉妬。でもドス黒いっていう形容詞つきね……」

「そうですね。でもだからどうしたっていうんですか?そんなのは勝手に自分らでどうにかしてくださいよ」

「それができないから困ってるのよ。だからもう一度聞くけど、田井中さん少し私達につきあってくれない?」

もう一度、ゆったりと彼女は言った
表向きには冷静にしか見えないが、なにがここまで彼女をうごかしているのだろう

83: 2011/03/30(水) 01:32:32.50 ID:oAM//Yev0

「そう……でもね……」

彼女がポケットから一枚の紙を取り出した

……写真?

「困ったわね……神聖な部室でこんなこと……それに女同士、だなんて」

それはたった一枚の写真
ただ移っているのは澪と……私だ
記憶にあたらしいその光景
写真の中では私達は口づけをしていた

「……それがどうしたんですか? なにか悪いんですか?」

「あらっ、私は別にいいと思うわよ。ただ、これを他の人が見てどう思うかってところまでは保障できないわ」

あからさまな脅しだ。
つまりは、これをばら撒くぞと
日本という場所が同性愛を認めていないことはわかっている
それを見て、人がなにを抱くか……

85: 2011/03/30(水) 01:35:28.02 ID:oAM//Yev0

「私は別に変な目で見られても気にしません」

「そう、でも秋山さんはどうかしらね?」

澪――泣き虫だった少女。ファンクラブもできるほどの人気
澪に害が及ぶのだけは避けたかった
私が何を言われてもいい
ただ彼女だけは大切にしたかった
彼女には笑っていてほしかった
だから

「――私はなにをすればいんですか」

悪魔の誘いに乗らざる得なかった
目の前の醜い獣がニコリと笑った
来たときに存在していた浮かれた気持ちは、とっくになくなっていた

86: 2011/03/30(水) 01:36:38.55 ID:oAM//Yev0

――――

先輩たちの言うおもちゃになれ、とはそれほど辛いことではなかった
――私は普通免許をもっていた
バンドをやるにあたって誰かが持っていればいろいろ便利だろうと思って夏の間にとったもの
車は持っていなかったが、その都度レンタルでもすればいいか とでも思っていた
そのはずが、気付けばいつの間にか先輩達の車に乗っている日々
ようは彼女達は足がほしかったのだ。

お酒を飲めば車には乗れない――そんな法律が彼女達をしばっていた
だからこそ便利につかえるものがほしかったのだ
運転代行ができて、そしていつでも呼び出せる人間が
パシリ、送迎、荷物もち。すべてかわいいものだった
所詮、そんなものだろう。たかが嫉妬だけで悪くなりきれるわけもない
でも深夜でも構わず鳴り響く携帯がノイローゼになりそうだった
それでもいかないわけにはいかなかった


嘘吐きのはじまり。彼女には知られるわけにはいかなかった嘘
1ヶ月ほど前からはじまった二重生活

88: 2011/03/30(水) 01:38:56.74 ID:oAM//Yev0



ムギを部屋に残して、街中を走る
肺が酸素をほしがるが、そんなものは気にしている暇はない
繁華街――夕方の空気、これから始まる夜の街、
先輩達の行きそうな場所などわかっている。
いやでも理解せざるえなかった。

「ここかな」

目の前にあるのは、一件のこ洒落た居酒屋
いかにも女の子が喜びそうなつくりをしている店
よく彼女達があつまっていたところだ
横開きの扉を開ける

開けた視界に移る1つの4人がけの席
ギターが背もたれのようなところに立掛けられてるのが見えた
店員が寄ってくるが、それを無視し
そこへと向かう

「へぇ、遅かったじゃない。あなたお姫様はとっくに帰っちゃったわよ」

90: 2011/03/30(水) 01:40:19.96 ID:oAM//Yev0

席を見れば、そこには一人しかいない
あのボーカルの女だ

「他の子たちも帰っちゃったわ。ねぇ、どう思う? 私のことひどいってあの子たちいったのよ?
どうやらあなたが私達のことを送り迎えしてくれたのは、あなたの好意だと思ってたんだって」

彼女の言葉は終わらない
感情が波となって押し寄せ、彼女の口からあふれ出る

「馬鹿よね。だれが好意で深夜の呼び出しになんかこたえるんだろうね。
 今更になってあなたはおかしいって……自分達も嫉妬に狂ってたくせに」

くるくると狂いながら彼女は言う
テーブルを見た。空のグラス。どうやら飲んでいたようだ

正直、彼女達の事情などどうでもよかった
今最も知りたいことは別のこと

93: 2011/03/30(水) 01:42:54.58 ID:oAM//Yev0

「澪は……」

「ねぇ、私もう疲れちゃった。だからね――全部バラしちゃった」

頭をハンマーで殴られたような衝撃がきた
ばらした?なにを?決まっている今までのことを

「もういいわ。写真も生活もなにもかも全部返してあげる。絶対にあなたたちどこかで綻んで終わると思ってたのに、あなた予想以上に嘘がうまいんだもの。」

嘘――彼女に下手だといわれたもの
それを目の前のソレは上手いという
いったいなにがなにかわからなくなってくる
そういえば、ここに来る前にもムギもなにか言ってたっけ

「だからバラしちゃった。秋山さんに全部。あなたが今まで彼女のために背負っていたものせーんぶ」

目の前のソレももう壊れていた
目がどこか焦点があっていない

94: 2011/03/30(水) 01:45:21.40 ID:oAM//Yev0

「わかる? あなたを呼び出すたびに自分の惨めさを思い知らされるの。なんでこんなことしてるんだろうって」

「でもね、ようやく満足したわ。だってあの綺麗な顔が、いままで歪ませることすらできなかった顔が一瞬だけでもぐにゃりと崩れるの。だからもういいわあなた。お疲れ様」

私の目の前に彼女の手が差し出される
その指に挟まれたSDカード
それを受け取れば目の前のものから解放される
――はやく受け取り、澪を追わなければ

だけど

私の右腕はかたくなだった
握り締めた拳、指の腹にくいこむ爪
どれほど力を入れていたのだろう
そして気付けばそれは振り上げられていた

「………」

その様子をみた彼女は何も言わない
そして私も
だから……それでも……

振り下ろすことはできなかった

97: 2011/03/30(水) 01:47:25.81 ID:oAM//Yev0

目の前の人はとっくに心を擦り減らし壊れていたのだから
ふり下ろすべき場所はとっくに壊れていた
そして私の感情も

「……っく」

かたくなな手を開き、彼女の手のものをひったくり背を向ける
目前の人物にはもう用はない
だから、行くべき場所に行くことにする
向かうべき場所は澪のところ
目指す場所は――とりあえずは澪のマンションだ

一歩、二歩と重ねるごとに歩みは速くなり
やがて走りになる。
気持ちだけが先行し空回りしているのがわかる
暗くなった道を街灯だけが照らし出していた
空は薄く雲がかかり、どこか月も朧に見える

「くっそ、澪……」

私は後悔していたのかも知れない
こんなことなら……こんなことになるのなら……
だけどその先の答えは出てこない
こんなことになるのならどうだというのだろうか……
なにが正解だったのだろうか

101: 2011/03/30(水) 01:50:55.89 ID:oAM//Yev0


マンションの階段を駆け上がる
何度も来た場所
廊下を蹴り、扉を一つ……二つと飛ばしていく
そして3つめ――彼女の部屋

インターホンへと私の指が向かう

部屋の中からチャイムの音がした
やがてガチャリと鍵を開ける音とチェーンをはずす音がした
そしてドアノブが下がった

「……りつ」

扉から顔を出した澪が私の名前を呼んだ
その顔にはいままでに見たことない表情がうかんでいた
それは戸惑いだろうか、焦燥だろうか、それとも疲労だろうか
そして私も言葉がでてこない
なにを話せばいいのだろう。なんと切り出せばいいのだろう
ここに来る間に考えておけばよかったと後悔する

「あ、あのさっ!!」

私の喉から引きつった声がでた
すると澪は察したかのように

「あがって……」

そういって私を部屋へといざなった

103: 2011/03/30(水) 01:52:30.45 ID:oAM//Yev0

――

部屋の中は薄暗かった
頭上の電灯がオレンジ色の豆球しか灯っていなかったからだ

「澪、電気はちゃんとつけろよなー」

「あ、あぁ……ちょっと考え事しててな」

きっとその考え事はきっと私の予想とあっているだろう
彼女はきっと私に言いたいことがある――私と同じように

「なぁ澪……ちょっといいか?」

そう告げて私はベッドに腰をかけた
何度も来たこの家でいつも私が座る場所
この位置に座るのがもうクセになっている
目の前で立ったままの澪を見る
どうやらそのままでいいようだ

「澪……聞いたんだな?」

「………」

無言。
……澪、その無言は答えを言ったようなものだ

104: 2011/03/30(水) 01:53:54.63 ID:oAM//Yev0

「そっか……でもな――」

「一つだけ言っとくと、あれは私のためにやったんだからな。
結局私はあれだけ時間を掛けて答えを出したのに、どこか後ろめたい気持ちがあったんだ。
女同士っていうことにな……」

「だから――」

「律、もういいよ!!」

澪が叫びに似た音を上げる
私のこれ以上の言葉を遮る声

「律が私のことを庇ってるのも知ってるし、その話もさっき聞かされたよ!!
だから、もう嘘はいいよ」

「………」

黙ってしまった。
ここは反論しないといけないのに
そうしなければ認めたようなものなのに
それでも、何も言えなかったのは彼女が私の嘘を簡単に見破ってしまうからだろうか

105: 2011/03/30(水) 01:56:48.27 ID:oAM//Yev0

「だいたいわかってたんだ。律の様子がおかしいことも……なにか隠していることも。
でも私は浮かれて見て見ぬフリをした。律なら大丈夫だろうって……それがそもそも間違っていたんだ」

「――間違ってなんかないさ!!」

咄嗟に出た言葉はお世辞にもおだやかとはいえなかった
そう、間違ってなんかいない
それは私を信用していてくれていたことだから
だから

「間違いは私があんな言葉にのったことだ。
とっくに澪は覚悟を決めてたのに、あんな安い脅しに乗った私だ」

「違う」

「いいや、違わないさ。そして隠し通せなかったのも私だ。すべて自分の自己満足だ」

107: 2011/03/30(水) 01:58:04.30 ID:oAM//Yev0

気付けば澪は泣いていた
それを手で拭おうともせずに彼女は気丈に立っている
澪の涙をみるのはいつぶりだろうか
彼女も彼女なりの強かさを身につけていった。成長とともに
それでも流れるものは流れるのだろう
それほど感情が溢れてきている


「違うんだ……律……私はその話を聞いたとき、本当に悲しかった。
それは律が私達の関係を後ろめたいと思っていると思ったから……
でも先輩の言葉はすべて私のためだって言ってた。
私のためって言ったらすぐに田井中さんはのって来た とも」

澪の嗚咽は続く
それでもわたしは彼女の言葉を待つしかない

「そのことがさ、律がそんなことになっていたっていうのに、内心では嬉しかったんだ……
律に後ろめたい気持ちがあったわけではなく、そのうえ私のため……
別に物語のヒロインになった気持ちがあったわけじゃない。
ただそのことが嬉しくて……でもそのことが嫌でたまらなかった」

108: 2011/03/30(水) 01:59:20.79 ID:oAM//Yev0

それが彼女の本音
わずかな時間にでてきた彼女の気持ち
私はそのことが複雑でたまらない
なぜなら、私も彼女がそう思ってくれたことが嬉しいから

「……それなら……それならいいじゃないか。なにもなかったなんてことにはならないけど……
それでも、まだなにも終わっちゃいない。私は今でも澪が好きだし、澪も私を好いていてくれてる。
そうだろ?」

その言葉に澪がゆっくりと、だが確かにうなずいた

「ならいいんだ……。それに私は今ここで誓うよ。私はもう澪に勝手な嘘はつかない」

澪の瞳が私を映し出す
泣いてる彼女もまた綺麗だった
だけど、笑ってくれればもっと綺麗だろう
そして誓った上で彼女に言葉を届けよう

109: 2011/03/30(水) 02:00:53.14 ID:oAM//Yev0

「――私は澪を愛してる」

言ったこちらが恥ずかしくなってくるような言葉
今まで好きとは言ったことがあるが、この言葉は使わなかった
やはり後ろめたさがあったのかもしれない
だけど、今ようやく伝えることができた
言った後に、恥ずかしさはあるが後悔はない。
むしろ清清しさのようなものまで生まれている

澪が泣いているのか驚いているのかわからない顔をする
だが次の瞬間には
「りつ」と嗚咽交じりの声で呼びながらこちらのほうに抱きついてきていた
そして私はその重みに身を任せ、背中からベッドへと倒れこんだ

110: 2011/03/30(水) 02:01:49.39 ID:oAM//Yev0



「なぁ……澪」

私はなぜか澪の膝を枕してに仰向けになっている
「私はもう疲れたから泊めてくれ」と言うと、なぜかこういうことになってしまった
よく考えてみると彼女の顔をしたから見上げるというのははじめてかもしれない

「ん?」

短く返事をした澪が私の顔をうかがう

「なんで私の嘘がわかるんだ?」

あまりの気持ちよさに意識が虚ろになりつつあるなか、私は尋ねた

「ん……前に話しただろう?」

「あれ、そうだっけ?」

「あぁ、そうだよ」

言われてみればぼんやりと話したことがあるような気がする
考えているうちに少しばかりのイタズラ心が湧いてきた

112: 2011/03/30(水) 02:04:13.10 ID:oAM//Yev0

「……どうしたんだ律?」

「私は今日学食でカレーを食べた」

ふと思いついたことを唐突に言った
澪も私が何をしたかったのか悟ったらしく

「嘘だな」

そうきっぱりと言った

「私は今日唯とケンカをした」

「……それも嘘だな」

113: 2011/03/30(水) 02:05:12.21 ID:oAM//Yev0

「……」

「……」

「私は今日ムギとキスしそうになった」

「むっ、それは………ホントだな……って律……浮気は…………め………からな」

……なるほど本当にわかるんだなぁ
あぁ、なぜか安心した
そして同時に眠気が来る
安堵から来る久々の眠気
澪が、おいどういうことなんだ と可愛い顔に慌ての色を浮かべながら言っているのだろうがすでに声は遠い
……言い訳は起きてからにしよう

そうして私は意識をゆっくりと眠りの世界へと飛ばした

114: 2011/03/30(水) 02:06:22.49 ID:oAM//Yev0



夢を見ている
それはとある春の日を俯瞰するような感覚
大切な日の記憶
私はあの記憶の私に意識を重ねながら、その夢をみる

それは卒業してから、それほど間もないことだった
唐突に澪からお誘いの電話があり、外へ出たときの話
ウィンドウショッピングを楽しんだり、時には店内に入り店をひやかしたりでブラブラとしていた私たち
そしてその後の帰り道、まだ桜はつぼみで少し肌寒かったことを覚えている
丁度帰りにケーキでも食べていこうかと話していたときだった

私の横を歩いていた澪が少し足を速めて、私の前へでて振り返った
そして、「なぁ、律」と切り出すと

「私は律が好きだよ。友達としてじゃなく、恋愛対象として」

唐突な言葉に、私は驚いた
へっ?と言うマヌケな声を出したような気もする

115: 2011/03/30(水) 02:07:33.88 ID:oAM//Yev0

「なんだよ、急に…… あっ、もしかしてからかってんのか?」

私が戸惑い気味に言うと、澪が寂しそうな顔で横にフルフルと首をふった

「いいや、冗談なんかじゃない。これが私の本当の気持ち」

その正直な言葉に私は固まってしまった
なんと答えればいいのだろう
そして私の気持ちはどうなんだろう
……でも悪い気はしなかったと思う

その様子をみかねた澪がさらに続けた

「答えは今はいらない。急なことだったしな。それに私も考え抜いて告げるべきか迷った気持ちだもん。
律も同じくらい考える時間もほしいと思う。だから、答えはいらない。それに――」

「律は嘘が下手だからな。なにか喋るとすぐ真意がわかるよ。だからきっちりと答えを出せるときに私はそれがほしい」

彼女が笑うから私もつられて顔に笑みが浮かぶ

116: 2011/03/30(水) 02:08:46.72 ID:oAM//Yev0

「なんだよそれ。私ってそんなに嘘下手か?」

「あぁ、うんそうだな。下手っていうか、う~ん。なんていえば良いんだろう。
うんそうだな、なんていうか似合わないって感じだな。だからすぐにその雰囲気でわかるよ」

感覚的なものだろうか
長く一緒にいたからわかることなのだろうか
曖昧な回答だったが、不思議と私は納得してしまっている

「……そっか」

気のきいたことも言えない
そして彼女も今は言葉はいらないという
だから、私に今これ以上いうことはない

「だから、今はなにもいわなくていい。こっちも不意打ちだったからな」

そして風に晒された髪を押さえながら彼女がもう一度前へと体を向ける


「行こう、律。時間がもったいない」


それは春の日の夢
卒業という終わりの後の始まりの記憶




120: 2011/03/30(水) 02:15:18.32 ID:oAM//Yev0
支援してくれたかた本当にありがとうございました
ある程度溜めてたんだけど、途中から自転車操業になってしまった
ペースうんぬんは本当にすまなかった

あとちょっとムギちゃんを補っていきたいけど、こっから書きためなしだからさらにペースおちる
構わず眠ってくれ

122: 2011/03/30(水) 02:17:38.57
ひとまず乙ムギ!
いつまでも純情な二人がいい
そしてむぎゅぎゅ

123: 2011/03/30(水) 02:17:57.12
律澪可愛いやばい乙

134: 2011/03/30(水) 02:23:58.19 ID:oAM//Yev0

【物語の舞台裏】


私はゆっくりとさきほど私が倒れこんでしまったベッドへと近づいていく

「りっちゃんたら……やっぱり嘘つきね」

少し乱れたシーツの上に転がったキーホルダー付きの鍵を拾い上げる
今この部屋の主はいない
きっと彼女のところへいったのだろうと思う

「もう……もう少しわからない嘘にすればいいのに」

誰もいない部屋で一人呟く
とはいえ、もうこれ以上ここにいる理由があまりない
なぜなら、留守を預かった理由が鍵がないからということだったからだ
ならば鍵が見つかった以上は留守を預かる意味も薄い

「結構本気だったんだよ……りっちゃん」

その一言を誰に言うわけでもなく入り口へと向かう

138: 2011/03/30(水) 02:30:21.14 ID:oAM//Yev0

ただこのまま家に帰るのは少し寂しい気がした
だから私は携帯を取り出し

「あ、ごめんね唯ちゃん、こんな時間に。えっとね、実は家の鍵を失くしちゃって今日泊めてくれないかしら?」

『うわぁ、ムギちゃん大変だね。うん、もちろんいいよ。むしろムギちゃんなら大歓迎だよっ!!』

「ふふ、そう言ってもらえると私も嬉しいわ」

唯ちゃんは本当にいい子だ。
ここから唯ちゃんの家に行くまでにケーキを買って行くことにしよう
喜んでくれるだろうか

………
……

143: 2011/03/30(水) 02:37:49.76 ID:oAM//Yev0

りっちゃんの家から唯ちゃんの家はそう遠くない
やはり彼女も部屋を借りての一人暮らし
よくできた妹である憂ちゃんは心配して、結構頻繁に訪れているみたいだ

いつのまにか、唯ちゃんの部屋の前まで来ていた
手袋をつけたままインターホンに手を伸ばそうとしたその時

――ガチャ

扉が開いて、中から唯ちゃんが顔を出した

「いらっしゃい、ムギちゃんっ!」

そうして迎えてくれた唯ちゃんはやっぱり笑顔だった
すごく暖かな気持ちになるのがわかる

「うん、ごめんね。唯ちゃん急に……」

「うんうん、気にしないでいいよ。私も少し寂しかったしね」

147: 2011/03/30(水) 02:41:37.49 ID:oAM//Yev0

彼女は人の感情に対してはすごく敏感だと思う
それはすごいことだ
なにも言わずにそのことに気付き、笑顔を見せる
するとこちらも柔らかい気持ちになっていく

「ささ、入ってくだせぇ~」

「ふふっ、ええお邪魔するわ」

唯ちゃんが部屋の中へと私を誘う
冷える外の景色から、暖かい部屋の景色へとかわる
そこは本当に暖かい空間だった

――

150: 2011/03/30(水) 02:46:30.36 ID:oAM//Yev0

テーブルの上の空間に湯気がひろがった
そこにはクリームたっぷりのショートケーキと少し甘めに入れたミルクティー
そしてテーブルの対面には、嬉しそうな顔で笑う唯ちゃん

「うーん、本当にありがと~ムギちゃん。このケーキすっごくおいしいよ」

唯ちゃんが口にフォークを加えながら言った

「それなら本当によかったわ。大学で同じ講義をとっているお友達においしいお店を教えてもらったの」

「うーん、本当におしいいよ~。そのお店私も聞いていい?」

「ええ、今度みんなで行きましょう」

そういって私はミルクティーに口をつけた
さきほど飲んだものとはまた違う味がする
そのことに少し不思議な感覚を覚えるが、また心地いい気がした

152: 2011/03/30(水) 02:51:16.58 ID:oAM//Yev0

「ねぇ……ムギちゃん」

やはり唯ちゃんは人一倍だれかを気遣える子だ
おそらくわたしになにかあることを理解しているのだろう

「うん、ごめんね唯ちゃん。家の鍵を失くしたっていうのも嘘で、少し誰かと話したかったの」

唯ちゃんはそれ以上促したりはしない
ただ待つことに徹してくれている

「今までね、私りっちゃんの家にいたの。それで少し自分に正直になることにしたら
見事に空回りしちゃって。」

「そっか……」

それだけで唯ちゃんは悟ってくれる

153: 2011/03/30(水) 02:53:30.06 ID:oAM//Yev0

「りっちゃんかっこいいもんね」

おそらく全てをわかった上でその言葉を言ってる

「うんうん、違うの。りっちゃんは確かにかっこいいいんだけど、でもそれよりもかわいいの。
たぶん一番乙女なのもりっちゃん。」

きっとこのことをりっちゃんに言うと彼女は照れて否定するだろう
でも、きっとそうだと思う
おそらく澪ちゃんはとっくにそんな一面も知っていて……

「きっとりっちゃんが聞くと照れちゃうね」

彼女も同じことを考えていたようで、微笑みを浮かべる

「あはは、ごめんね。こんなこと聞かちゃって」

そして私もフォークでケーキを口に運ぶ
すると唯ちゃんが、なにかひらめいた顔をした

161: 2011/03/30(水) 03:06:00.80 ID:oAM//Yev0

「ねぇ、ムギちゃん。クリスマスパーティやろうよ」

楽しそうな計画
それは想像するだけでにぎやかになりそうだ

「みんなも誘って、25日の日にさ。大きい七面鳥を並べて」

「ふふっ、楽しそうね」

……でもそれは大丈夫かしら?
りっちゃんと澪ちゃんは一緒に過ごしたいのではないだろうか

「うーん、りっちゃんと澪ちゃんには我慢してもらおう。それにきっとあの二人は24日は一緒にいるだろうしね」

そういえばさっきりっちゃんの家のカレンダーの24日に○がつけてあったことを思い出す
……あれはそういうことだったのね

162: 2011/03/30(水) 03:11:32.30 ID:oAM//Yev0

「だからね、25日は恋より友情を選んでもらっちゃおー!」

「………」

「あれ?ムギちゃん」

「唯ちゃんには本当に救われてばかりだわ。そうね、もらっちゃおー♪」

「おー!!」

私と一緒に唯ちゃんが声を上げる
ところで気になることが一つある

164: 2011/03/30(水) 03:13:10.69 ID:oAM//Yev0

「でも、唯ちゃんは恋のほうはどうなの?」

「え?」

「ふふっ、梓ちゃんかしら?和ちゃんかしら?それとも憂ちゃんかしら?」

「あはは、ムギちゃん。えっとノーコメントはなし?」

「うん。 それに私の愚痴みたいなことも聞いてくれたんだもの、唯ちゃんの悩みも聞いてあげるわ♪」

半分嘘で半分本当
やっぱり好奇心はある
ただ誰が相手でも唯ちゃんの隣は似合っているだろうなぁ と思う

「えっとね、それじゃぁ……」

唯ちゃんの話に耳を傾けながら、25日のことを考える
どうかみんなが楽しくありますように
そして願わくばその中に私の笑顔もありますように

実はこんなことは願わなくても答えはわかっている
きっと私はその中で最高の笑顔を浮かべているだろうから



167: 2011/03/30(水) 03:17:15.32
いい締め方だ

乙乙

170: 2011/03/30(水) 03:19:16.82 ID:oAM//Yev0
再び終わり&支援ありがとう
ムギちゃん放置はないだろ と思って書いたものだけど、やっぱり蛇足かもしれなかったね。ごめんね

後俺もお前らのりっちゃんかわいいトークに混じりたかった

それではおやすみなさい

引用元: 澪「律は嘘をつくのが下手だからな」