1: 2012/05/27(日) 20:41:51.96 ID:iA38Emw80
ザアアー……………

エリカ(梅雨…じめじめとした、傘が欠かせない日が続きますわね)

エリカ(雨の落ちる音、しずくが滴る紫陽花…あら?あれは?)

ザアアー………

レッド「……」グズ

エリカ「もし?」

レッド「?…!……」

エリカ「傘もささずに座り込んで、どうなさったのですか?」

レッド「……」スッ

エリカ(帽子で顔を隠されてしまいました…)

2: 2012/05/27(日) 20:44:06.44 ID:iA38Emw80
エリカ「冷えますわ。傘にお入りになって」

エリカ(腰にモンスターボール。ポケモントレーナーですのね)

レッド「……」

エリカ「私、エリカと申します。あなたは?」

レッド「…………レッド」

3: 2012/05/27(日) 20:47:15.13 ID:iA38Emw80
濡れたあなたは、街中で一人残された子犬のようにか細く見えました。

雨にまぎれて頬を伝うしずく。俯き視界を下へ下へ。されど握りこぶしは強く震えて。

エリカ「レッドさんですね」

レッド「………」

エリカ「傘をお持ちでないのなら、私の家に一度寄っていかれませんか?タオルもお貸ししますよ?」

レッド「……」

施しはいらない。同情を求めてこうしているわけではない。

横顔から見える瞳はそう語っているよう。ではなぜ?

4: 2012/05/27(日) 20:51:18.41 ID:iA38Emw80
エリカ「…私、ポケモンバトルについては心得がありますの。アドバイスもできると思いますよ?」

レッド「」ピク

エリカ(負けたのですね。どなたかに)

レッド「…いい、ですか」

エリカ「ええ」

一人ポケモンを伴う幼き子供。そう珍しい光景ではない。

どうしてなのだろう。彼に声をかけて、気を使ってしまうのは。

エリカ「さ、参りましょう?」

同情、興味?

5: 2012/05/27(日) 20:54:24.94 ID:iA38Emw80
レッド「アドバイス…」

エリカ「?」

レッド「…教えて欲しい。今ここで、すぐに」

そうか。負けた悔しさに震える"本気さ"が、滲み出ていたからか。

悲しくて、悔しくて、許せない。次のステップへのバネ。

ザアアー…………………

エリカ(その反動が、見たい)

レッド「…」キッ

もう下は向いていない。

6: 2012/05/27(日) 20:57:32.38 ID:iA38Emw80
エリカ「ここで、ですか」

レッド「…」コクッ

ジムに案内するのは気が引けた。そういう先入観を持って欲しくなかった。

見知らぬトレーナーのアドバイスを、この少年はどこまで本気で聞くのか。

エリカ「…わかりました。ポケモンを出していただけますか?」

レッド「…」コクッ

エリカ「フシギソウ…に他5匹はLV差がありますわね」

レッド「こいつで、フシギソウで勝ちたい」

エリカ(草タイプ…)

予期せぬシンパシー。

7: 2012/05/27(日) 20:59:05.77 ID:iA38Emw80
エリカ「ええ。任せてください。それでは、勝ちたい相手は?」

レッド「…リザード」

エリカ(ああ)

どうして胸が高鳴る。

8: 2012/05/27(日) 21:02:02.05 ID:iA38Emw80
エリカ「ほのおポケモンですか…負けてしまったときにどう戦ったか、教えていただけますか?」

レッド「つるのむちと、葉っぱカッターで」

エリカ「なるほど。それはいけませんね」

レッド「…」

エリカ「草ポケモンは、他のタイプと比べて決定打にかけることが多くあります。加えて相手は炎タイプで…」

レッド「…」

狭い傘の中、真剣な眼差しでこちらの話を聞き入れ、与えられた助言はすぐにフシギソウに命令して実行する。

つい何分か前まで泣きべそをかいていた少年とは思えない。

レッド「…フシギソウ、今だ!」

エリカ(…不思議)

口下手なのも、静かなる闘志に思えてくる。

9: 2012/05/27(日) 21:05:04.82 ID:iA38Emw80
レッド「…く、ダメだ」

エリカ「わずかの時間と考えれば凄い進歩ですよ」

レッド「あり…がとう…でも、まだだ。だよな、フシギソウ」

フシギソウ「フシッ!」

エリカ「…」

レッド「フシギソウ、次は絶対勝つ、勝たせてやる。一緒に、勝つ」

レッド「俺が…今までお前を生かせなかったから…、フシギソウ、一緒に、勝つぞ!」

エリカ(一緒に…)

負けた責任をポケモンに押し付けるトレーナーは、悲しいことに少なくない。

彼は、自分が許せなかったのだろう。負けたのはポケモンの責任ではなく、全て自分の責任。未熟さ故だと。

エリカ(私のアドバイスで、さらにそれを痛感したようですね)

エリカ(だからといって下を見ず、前をみすえる。強い子…)

10: 2012/05/27(日) 21:09:02.21 ID:iA38Emw80
フシギソウ「…っ!…フシッ!」

レッド「!疲れたかフシギソウ」

フシギソウ「」フルフル

レッド「無理はダメだ。休もう。よくやったよ」ナデナデ

フシギソウ「~♪」

エリカ「…」

私と喋る時のどもりが嘘のように、よどみない。

綺麗な笑顔、自然体。

エリカ(強くなって欲しい。この子はきっと、周りにそう思わせますね)

エリカ(…私もですけど)

いつの間にか、雨はやんでいた。

11: 2012/05/27(日) 21:12:33.79 ID:iA38Emw80
レッド「エリ…カ、さん」

エリカ「お疲れ様です。なにか?」

レッド「…あ…あり…がとう…っございました」

また帽子で顔を隠しちゃった。

無意識に私はもう彼に入れ込んでるのだろうか。恥ずかしがりやで可愛げがあるとしか思えない。

エリカ「こちらこそ楽しかったです。飲み込みが早いので助言のしがいがありましたわ」

レッド「…う…うん」

エリカ「それでは…」

レッド「ま!」

エリカ「?」

レッド「ま…またここに来て、アドバイスをください」

……ここ一番で綺麗な瞳をのぞかせる。

エリカ「…ええ、また明日の同じ時間にここを通りますので、その時に」

レッド「は…はい!」

13: 2012/05/27(日) 21:15:56.32 ID:iA38Emw80
エリカ「こんにちは。レッドさん」

レッド「エリカさん!」

努力する姿は、やはり美しい。見ている人間まで心を高ぶらせる。

エリカ「草タイプはからめ手から攻めるのも重要になります。機を見てやどりぎのたね、相手を状態異常にしていきましょう」

レッド「はい!いくぞフシギソウ!」

ひたむきで真っ直ぐて。声を張り上げ汗を流しながら。

エリカ「レッドさん」

レッド「なに?」

エリカ「つかぬことを聞きますが、どうしてフシギソウでリザードに勝ちたいのですか?」

レッド「……」

グリーン『待てよ!レッド!せっかくじーさんにポケモンもらったんだぜ!』

レッド『え…』

グリーン『…ちょっと俺の相手してみろ!』

14: 2012/05/27(日) 21:19:19.15 ID:iA38Emw80
グリーン『やりー!俺って天才?』

レッド『あ…フシギダネ…!』

レッド『フシギダネ…ごめん…!』

レッド「………」

エリカ「なるほど…それでこないだリベンジに望んで…」

また負けたと…

レッド「…次は、負けない。絶対に」

エリカ「グリーンさんに勝つ。それがレッドさんの目標ですか?」

レッド「」フルフル

エリカ「では?」

15: 2012/05/27(日) 21:21:36.03 ID:iA38Emw80
レッド「…バッジを集めて、リーグに…グリーンを倒すのは、その途中」

レッド「グリーンにはチャンピオンなんて夢物語だって笑われたけど…夢でも構わない」

レッド「絶対に、叶えたいから」

エリカ「…」

レッド「さ、フシギソウ!もうひと頑張り行くぞ!」

フシギソウ「フシ!」

16: 2012/05/27(日) 21:24:21.44 ID:iA38Emw80
レッド「絶対に、俺たちで、チャンピオンに!」

フシギソウ「フシー!!」

エリカ(リーグ…チャンピオン…)

爛々と輝く瞳。

停滞を知らない若さに当てられて

どうしてか心が軋む。

『エリカさん!ジムリーダー就任おめでとうございます』

『これでタマムシも安泰ですね!』

エリカ(安泰…)

自分が初めてポケモンを手にしたとき、何を想っていただろうか。

エリカ『ナゾノクサ。これからよろしくお願いしますね!』

ナゾノクサ『ナゾー』

エリカ『ふふ…』

17: 2012/05/27(日) 21:26:55.53 ID:iA38Emw80
エリカ「………」

レッド「そこだ!フシギソウ!」

フシギソウ「フシィッ!」

ジムリーダーという、安定した地位。

上も下もなく、ただ挑戦者を待ち、認定するだけの日々。

初めてポケモンを貰った時

目指した場所はここだっただろうか。

エリカ「…」

レッド「よくやった!やったぞフシギソウ!」ナデナデ

フシギソウ「~♪」

自分の終生の地位は、果たしてここなのか…

18: 2012/05/27(日) 21:30:09.15 ID:iA38Emw80
いく日も、いく日もあなたと過ごすと…

自分の立ち位置に、疑問が尽きなくなっていく。

レッド「よし…次は」

エリカ「その調子ですよ」

ああどうして。

レッド「また明日!エリカさん!」

こんなに眩しい。

レッド「フシギソウ!いいぞぉ!」

フシギソウ「フシー!」

20: 2012/05/27(日) 21:33:28.92 ID:iA38Emw80
レッド「………エリカさん、今までありがとうございました」

エリカ「いいえ。ここまでフシギソウが強くなったのは、あなたの努力の賜物ですよ」

レッド「…明日、グリーンに挑みます」

エリカ「レッドさん。これを」

レッド「この箱は…?」

エリカ「グリーンさんに勝てたときはこの箱を開けてください、中のものを差し上げますわ」

レッド「…」

エリカ「もし負けたら…この紫陽花の場所へ返しに来てください」

レッド「…わかった」

レッド「…………行ってきます」

エリカ「………ご武運を」

次の日、彼は現れませんでした。

22: 2012/05/27(日) 21:37:37.39 ID:iA38Emw80
『この手紙を読んでいるということは、勝つことができたのですね。心からお喜び申し上げます。』

『申しませんでしたが、私はタマムシジムのジムリーダーです。レインボーバッジはジムリーダーが認めた証…どうぞ受け取ってください』

『あなたと過ごした時間、とても楽しかったですわ。真剣に取り組むあなたの姿勢は、童心の頃を思い起こさせるものでした』

『紫陽花の場所へ行っても無駄ですよ?私レッドさんの勝利を疑ってませんから。』

『あなたの夢を、ずっと応援しています。あなたの事をずっと想っています。これからの旅路に、幸運があらんことを… エリカ』

レッド「……行くか、フシギソウ」

フシギソウ「フシ!」

レッド(ありがとう…)

レッド(…次にあなたに会うとき、俺は…!)

24: 2012/05/27(日) 21:38:57.56 ID:iA38Emw80
しばらくして、最年少チャンピオンの名がカントーに響きわたりました。

その行方は、知れません。

25: 2012/05/27(日) 21:41:32.84 ID:iA38Emw80
エリカ「キレイハナ…今日もいい天気ですね」

キレイハナ「ハナハナ~♪」

レッドさんは夢を叶えた。自分の力を疑わずに。

まだ自分も、間に合うだろうか。

エリカ(自分の気持ちに尻込みしてたら、叶うものも叶いませんね)

エリカ(ジムリーダーも…潮時なのかもしれませんね…)

プルルプルル

エリカ「…電話?ミカンさんから…?」

ガチャ

ミカン「エリカさん!協会からの手紙見ましたか!?」

エリカ「手紙…?」

ペラ…

エリカ「ワールド…トーナメント………!」

まだ、間に合うだろう。

26: 2012/05/27(日) 21:44:35.12 ID:iA38Emw80
エリカ(自然と、足が運んでしまいました。紫陽花の場所に…)

エリカ(いたら…運命的ですけど。さすがにうまくいきませんわね)

エリカ(レッドさん。あなたのひたむきな姿は、きっといろんな人を熱くさせたのでしょうね)

エリカ(そして、私もその一人…)

エリカ(この手紙が…あなたに届いたら。紫陽花のこの場所で)

エリカ「紫陽花さん。どうかお願いしますね…これでよしっと」グッ

エリカ「行きましょうか、キレイハナ」

キレイハナ「ハナ~」

27: 2012/05/27(日) 21:47:25.74 ID:iA38Emw80
雨空の君へ


夢を落としたのを忘れたのは、何時だったのか。私にそれを気づかせてくれた人がいます。

その人は若くてひたむきで真っ直ぐで、眩しくて熱くて美しい人でした。

その人、雨空の君がこの手紙を手にしてくれたのならば、どうか私の想いを知って欲しい。

あなたと会って、あなたに魅せられて、私に芽生えたひとつの想い。

"所詮夢と言わない人生"を送れなかったのは、なぜだろうか。

私はそんな疑問を抱いてしまった。

この疑問は、自分の現状に甘えた人間にしか起こり得ないのでしょう。

だから、私はこの疑問を捨てます。捨てることができたのは、雨空の君のおかげ。

広く険しい世界の舞台の元で、もし私を見つけてくださったなら、こんなに嬉しいことはありません。

花を背負った獣と共に、今は何を目指していますか?私はあなたと話したいことがたくさんあります。

どこか世界の舞台で、雨空の君と。


花の傘の人より

28: 2012/05/27(日) 21:50:15.35 ID:iA38Emw80
レッド「……」ペラッ

レッド「世界か…次の目標としては十分すぎるよな、フシギバナ」

フシギバナ「バナバーナ!」

レッド「行くか!」


エリカ(いつか)

レッド(いつか)


道が交わる、夢の下で

END

29: 2012/05/27(日) 21:51:22.72 ID:iA38Emw80
またポケモンSSが増えることを願って…

読んでくれた人ありがとう。

31: 2012/05/27(日) 21:53:35.29
よかった
エリカさんは恋い焦がれるくらいが美しい

33: 2012/05/27(日) 21:56:04.20
簡潔にまとまっててよかった

引用元: エリカ「雨空の君へ」