1: 2011/02/12(土) 21:42:07.86 ID:QJB6yykZ0
私の恋人はやけに生真面目で、堅物で、女性だ。
メタルなんて全然好きじゃなくて、むつかしい本を読んでいて、あんまり私がふざけると嫌そうな顔をする。
そんなわけだから、正直どうして恋人同士でいるのか不思議なくらいだ。

「和ちゃん、和ちゃん」

「なんですか」

「えっと、変なこと言うから、聞いてくれるかしら」

「どうぞ」

「……付き合ってくれる?」

馴れ初めからして、彼女はこんな風に素っ気なかった。
放課後の生徒会室、なんてところで打ち明けたのも悪かったかも知れないが。
ちなみに、この時の彼女の返事は、お好きにどうぞ、だった。

けれど、私は彼女が好きだ。
年下なのに私よりしっかりしていて、女性なのにそこらの男よりさっぱりした性格の彼女が好きだ。

そんな彼女と付き合い始めてそろそろ一ヶ月が経つ。
彼女は今でも、私のことを山中先生と呼ぶ。

2: 2011/02/12(土) 21:44:14.80 ID:QJB6yykZ0
「先生、今週は遊びに誘ってくださらないんですね」

ある日、突然こんなことを言われた。
そもそも彼女のほうから週末のことを言ってくるのが珍しいし、
それも授業が終わったあと、まだ周りに生徒もいるときのことだったから、尚更だ。

私は小声で返した。

「あとでね」

彼女はいたずらっぽく微笑んで、私から離れていき、また平生通り大人びた振る舞いでクラスメイトたちと談笑をしながら、音楽室を出て行った。
たまらなく胸が脈打つ。
恐怖と、あと何かがごちゃまぜになったような感じだ。

私が誘ったときは用事があるだの勉強するだの言うくせに、急にこんな風に誘ってくるなんて、一体何を考えているんだろう。
不思議に思いながらも、私の胸は高鳴った。

3: 2011/02/12(土) 21:47:15.22 ID:QJB6yykZ0
私が彼女と自由にお喋りできるのは、いつも放課後の生徒会室で、
私は何か大層な用事でもあるかのように、少し胸を張って入っていく。
いつも、彼女は短い髪の毛を弄って、頬杖を突いて私を待っている。

「こんにちは」

「こんにちは」

お互いに挨拶をした後は、あまり彼女のほうから話しかけてくることはない。
むつかしそうな顔をして、物理の教科書なんかを読んでいる。
私がじっと見つめていても表情一つ変えない。
じれったくなって、私は彼女に話しかけた。

「ねえ、和ちゃん、今度の日曜日、本屋にでも行こうか」

彼女は顔を上げて、目にかかった前髪を払い、私を見つめた。

「本屋じゃなくてもいいよ?」

私が付け加えると、彼女はくつくつと笑った。

「遠慮しておきます。家で勉強をしておきます」

そうして立ち上がって、振り向かずに生徒会室を後にした。
私は一つ大きくため息をして、それがすっかり秋の夕陽に溶かされてしまった後で、あー、と声を上げた。

「あー……もう、なんなのよ」

4: 2011/02/12(土) 21:50:15.95 ID:QJB6yykZ0
いつもこんな感じで、実を言えば彼女と私が一緒に出かけたことなんてない。
精精、生徒会の会議で帰りが遅くなったときに、家に送って行くくらいだ。
それも、付き合い始めて数日後に、一度あったきり。
私は勢い良く立ち上がって、生徒会室から大股で離れていった。

その日は仕事が割合早く終わった。
苛々した気分もこれでどっこいどっこい、と言ったところだろうか、私は自分で思ったより柔らかい表情をしていた。
車に乗り込みサイドミラーで見るまで気づかなかった。

キーを回すとエンジンが怒声を上げて、車が揺れ出す。
アクセルを踏んで、学校を後にした。

曲がり角をあっちにこっちに曲がって、非効率極まりない道順で家を目指す。
和ちゃんの帰路を辿っているのだが、さんざ彼女が冷たくあしらうのだから、このくらいはしてもいいのではないか、と思う。

とはいえ、流石に彼女の帰宅時間と私の帰宅時間は大きくずれているので、こうして追っていっても鉢合わせをすることなど無かった。

しかし、どうしたことか、その日私はふと目を遣った歩道に彼女を見つけた。

いつもは起こりえないことが、その日に限って起こった理由は直ぐに分かった。
彼女の隣には、彼女の幼馴染がクレープをもって立っていたからだ。

5: 2011/02/12(土) 21:53:16.57 ID:QJB6yykZ0
少し迷ったが、ウィンカーを点滅させて、私は彼女たちのほうへ車を寄せた。
窓を開けると、私が口を開く前に、和ちゃんの幼馴染が

「あ、さわちゃんだ。ねえねえ、車乗せていって?」

とせがんできたので、私は何も言わずに、二人を車にのせてやった。
二人は後部座席で姦しく雑談している。
私はそれを聞きながら、ハンドルを回してそれなりに運転していた。

6: 2011/02/12(土) 21:56:17.12 ID:QJB6yykZ0
「ああ、和ちゃん、私のクレープ食べないでよ」

「いいじゃないの、ちょっとくらい。はい、代わりに私のあげるわ」

などと話して、互いにクレープを交換しあったりなどしている。
和ちゃんは優しく微笑んで幼馴染を見つめていた。
私はハンドルを回して、わざと遠回りをしたくらいだ。

まず、和ちゃんの幼馴染の家についた。
彼女は私の車から降りて、ぺこりと小さく頭を下げ、瀟洒な洋風建築の中へ引っ込んでいった。

「和ちゃんも、ここから歩いていけば?」

と私が言うと、和ちゃんはしれっとした口調で、

「先生がついてきてくれるなら、そうしますけど」

などと言ったから、私は和ちゃんの言うとおりにした。
自分で言ったくせ、いざ私が隣に並ぶと、少し距離を開けて、半歩ほど後ろを歩いてついてくる。
そのことを努めて意識から追い払って、批難がましく聞こえないように、私は言った。

「唯ちゃんに意地悪しちゃ駄目よ。クレープ全部あげるくらいの気持ちでいるのが丁度いいんじゃないの」

言い方はなんでもないふうだったが、いざ口に出してみると、これは厭味でしか無いように思われる。
幾分か歩く速度を落とすと、和ちゃんもそれに習った。

7: 2011/02/12(土) 21:59:17.73 ID:QJB6yykZ0
「意地悪なんてしてませんよ。したとしても、愛情表現です」

「ふうん」

「好きな子ほど苛めたくなるって言う奴ですね」

「へえ」

私は歩調を早めた。
車は和ちゃんの幼馴染の家の前に停めっぱなしで、ふと、私はなにをやっているんだろう、と思った。
ここらで別れて、早く車に戻ったほうが良くないか。
一度和ちゃんの家まで行って、また戻ってくるとなると少し距離もあるし、馬鹿馬鹿しい。

「ごめん、このあたりで私帰ってもいいかしら」

私が言うと、和ちゃんは驚いたような顔をした。
私はむしろ、そのことに驚いてしまう。

「なんで、どうして帰っちゃうんですか」

「一旦和ちゃんの家まで行ったら車まで大分距離が開くから」

「そんなたいした距離でもないでしょう」

「歩いて十数分かかるのだけど」

「いいじゃないですか」

8: 2011/02/12(土) 22:02:18.29 ID:QJB6yykZ0
今度は和ちゃんが歩調を速めて、私を抜いた。
私は立ち止まる。
和ちゃんはそんな私の方を振り向いて、肩を竦めてみせた。

「つれないな」

拗ねたような声だった。
悪戯を諌められた子供のようだった。
しかたがないから、私はずるずると、和ちゃんについていった。

和ちゃんは私が歩き出したのを認めると、楽しそうに笑って月を見上げた。

「月、綺麗ですね」

言われて私も見上げてみる。存外丸い月だった。

「そうね。満月かしらね」

「いいえ、満月まではまだ数日あるでしょうね。そういえば、満月っていえばですね、何か思い出しませんか?」

少し考えて、私は首を振る。

「さあ。特には無いわね」

「そうですか」

和ちゃんは特に落胆した色も見せずに、そのまま前を向いて歩き続ける。
心なしか、歩くのが速くなった。

「じゃあ、いいです」

9: 2011/02/12(土) 22:05:19.24 ID:QJB6yykZ0
それから、和ちゃんはしきりに幼馴染の話をしだした。
なんでも、食欲の秋だとかなんだとかで、和ちゃんと一緒に色々なところを食べ歩いているらしい。
今度の土曜日は中華飯店に、日曜日は洋菓子店に行くと教えてくれた。

「そうなんだ。よければ送りましょうか」

と私が言うと、何故だか彼女は急に不機嫌になった。

「要りません。唯と久しぶりに二人で遊ぶんですから」

「そうよね。差し出がましかったわね」

私がおとなしく引っ込むと、彼女は不機嫌を通り越して虚しそうな顔で、
瞳に成り損ないの満月を映して笑った。

「先生、そんなだから結婚できやしないんですよ」

「なによ、おばさんくさいっての?」

「そうじゃないです」

ふいと顔を背けて、和ちゃんは歩き続けた。
途中、私が止まっても彼女は止まらなかった。
私が踵を返しても彼女は歩き続けたし、私が振り向いたとき彼女は振り向いていなかった。

10: 2011/02/12(土) 22:08:19.87 ID:QJB6yykZ0
車に戻った頃には、車中もすっかり冷えてしまっていた。
そろそろ本格的に寒くなって、冬になっていくんだろう。
いやだいやだと肩を摩って、私は車を出した。

電灯が次々に後ろに流れていっては、また前から訪れる。
そんなことを繰り返していると、途中でディスカウントショップの看板が見えたので、そこに入って日本酒を買った。
夕飯の材料も買おうかと思ったが、料理をする気分でもないのでやめにした。

家に着くと、こっちもすっかり冷え切っている。
腹がたったので、私はビンからコップに乱暴に日本酒を注いで飲んだ。
途中で携帯電話がなったが、電源を切って、和ちゃんが私の代わりにずっと見ていた月を眺めて、独りで酒を飲んだ。

そうこうしているうちに夜は濃くなって、アルコールのせいでまどろみも深くなり、私は諦めて横になった。

11: 2011/02/12(土) 22:11:20.53 ID:QJB6yykZ0
電子音で目を覚ました。
少し痛む頭を押さえて、洗面器で顔を洗い、寝ぐせのついた髪を櫛る。
トーストを平らげて歯を磨き、早々と家を出た。

車を出して学校へ向かっていると、登校中の女子高生達が窓から見える。
みんな年相応に笑いながら歩いている。
途中、和ちゃんと彼女の幼馴染、それにその妹が一緒に歩いているのが見えた。
彼女たちも、そんなものだった。

「おはようございます」

静かに微笑んで職員室に入ると、大分年の行った男性教員がこちらに目を遣った。
彼は私がこの高校の生徒だったときから教師だった。
お陰で一緒に仕事をしにくくてしようがない。

「山中先生、あなたまた書類出し忘れたでしょう」

先生、と呼んで敬語を使ってはいるが、相変わらずの掘込先生だ。
どうにも職場仲間だと思うことは出来ない。

「あー、すみません。あとは判子押すだけなんですよ」

「そんならとっとと出してください」

「いや、いつでも出せるとなると面倒くさくなってしまって」

掘込先生はため息をついて、こら、と言った。

12: 2011/02/12(土) 22:12:40.86 ID:QJB6yykZ0
よし、これでレジェンドだ

13: 2011/02/12(土) 22:14:17.45 ID:QJB6yykZ0
彼はやたら生徒に厳しく、教師と生徒の関係を重んじていた。それは私が教員となった今でも変わらない。
前に理由を訊いたら、そっちのが楽なことが多いからだと言っていた。
教員として考えてもみるが、いまいち分からない。
判子をおして書類を手渡して、私は自分が担任するクラスの教室へ向かった。

「センセ、おはようございます」

明るく髪を染めた子が、外見に似合わず丁寧に挨拶をしてきた。
私は軽く会釈をして返して、ホームルームを始めた。

音楽教師というのは案外楽なもので、授業以外は楽器を点検するくらいしかすることがない。
時折他の教員が音楽室に遊びに来て、音楽を聴きながらお茶を飲んだりもするが、やはり時間は余る。

そんなわけだから、たまには有効に時間を使おうと思って、クラスの子達の進路について色々調べてみることにした。
大学の試験日や試験会場周りの地理でもしらべておけば、もしかするとどこかで役立つかも知れない。

唯ちゃんの希望調査にはミュージシャンと書いてあった。
私は黙ってそれを脇に追いやった。

和ちゃんの調査票には、国立大学と難関私立大学の名前がずらっと並べてあった。
面倒なことに、全てそれぞれ異なる地方の大学で、調べるのにはほとほと困った。

ホテルやら旅館、それに交通の便なども調べていると、存外時間がかかってしまって、
私は大きく伸びをした。

14: 2011/02/12(土) 22:17:18.11 ID:QJB6yykZ0
放課となってまた教室でホームルームを始め、終えた頃には随分と肩が凝っていた。
一日中座って調べ物をしたせいか。
とりあえず、疲れを癒すべく音楽室へ向かう。

音楽室ではもう紅茶の準備が為されていた。
上品な紅茶の香りと、お菓子の甘い匂いが混ざってなんとも言いがたい。

お菓子を準備してくれるのはキーボードの子なのだが、他にはまだ誰も来ていないらしい。
椅子に座って私は言った。

「大変ね、ムギちゃんも。毎日紅茶の準備なんかして、疲れない?」

「そうですねえ、でも、好きですから」

「紅茶が?」

「いえ、みんなのことが」

それきり、彼女はまたお茶会の準備につきっきりになってしまって、会話はなかった。
しばらく、ふうふうと息を吹きかけては紅茶を飲んでいると、ぽつぽつと他の部員たちも訪れた。
私が先にお菓子を食べているのを見て、唯ちゃんは批難がましい声を上げたが、無視した。

15: 2011/02/12(土) 22:20:18.53 ID:QJB6yykZ0
「あ、そういえば、平沢さんに田井中さん」

「ん」

返事をしたのはカチューシャの女の子だけで、もう一人はお菓子を食べるのに夢中らしい。

「進路調査票、もうちょっと真面目に書いて提出しなさいね」

ベースの黒髪の子が申し訳なさそうに言った。

「すみません、私から十分言って聞かせておいたので」

同年代の子に言って聞かせられるというのもどうかと思うが、
彼女たちは十年来の付き合いだから、その分信頼できる。

「でもね、りっちゃんももうちょっとしっかりなさいな」

「大丈夫だよ、澪に老後まで世話してもらうから」

そんな減らず口を利く彼女を、幼馴染が引っぱたいているが、彼女たちの関係の良さは他人の私でも分かる。
仲がいいから、こんなにも気にかけるんだろう。
いいことだ。

キーボードの子が気を効かせて、もう飲み終わったカップに紅茶を入れてくれた。
それを飲むと、なんだかあたたかい気持ちになれた。

16: 2011/02/12(土) 22:23:19.00 ID:QJB6yykZ0
仕事を終えてみると、珍しく和ちゃんが校門のあたりで待っていた。
何故かと訊くと、

「生徒会で遅くなってしまったから、車で運んでもらおうと思って」

と言っていた。
特に断る理由もないので、私は彼女を車に乗せてあげた。
彼女は車の中で、ずっと今度の休日の話をしている。

「唯は食いしん坊だから」

などと言って笑っていた。
そのうち、私はふとあることに思い至って、変な声を上げた。

「ねえ、和ちゃん、今度の日曜日」

「なんです?」

和ちゃんがじっと見つめていたから、私は口を閉じた。

17: 2011/02/12(土) 22:26:19.60 ID:QJB6yykZ0
日曜日、もとは勉強する気だったのが、ちょっと気が変わったところに幼馴染との予定が入ったんだろう、
と一人で納得して、

「やっぱりなんでもないわ」

と言うと、和ちゃんはふいと顔を背けた。
窓の外を見ながら、

「つれないな」

と昨日と同じような調子で言う。
それだけで終わらず、

「こんなものなのかしら」

と独り言をこぼした。
私は独り言を盗み聞きしたと思われるような気がして、何も言わないでいた。

18: 2011/02/12(土) 22:29:20.00 ID:QJB6yykZ0
和ちゃんを送って家に帰ると、月が爛々と輝いているのが見えた。
和ちゃんは満月ではないといったけれど、私には満月に見える。
それを眺めながら日本酒を煽ってみると、存外具合が良かった。

満月にしろ、新月にしろ、なんにしろ、夜に和ちゃんが私と一緒にいた事はない。
それを今まで気にもしなかったことに気がついて、私は可笑しくなった。

「こんなもんかしらね」

独りきりの部屋でぽつりと呟いてみても、そこまで寂しくは感じられなかった。
それでも、私は彼女のことが好きだ。
しかし、どこが好きかは分かるけれど、どう好きなのかは分からなかった。

携帯電話がなった。
今日はまだそこまで酔っていなかったから、私ははっきりした頭でそれに応対した。

「はあい」

「こんばんは」

和ちゃんだ。

「そろそろ満月ですね」

「そうねえ。ていうか私はもう満月なんじゃないかと思うんだけど」

「……また、そんなことを言う」

そういう彼女も、また妙に子どもっぽい言い方をした。

19: 2011/02/12(土) 22:32:20.74 ID:QJB6yykZ0
「まだですよ、満月は大体月に一回なんですよ」

「ふうん……それよか、本当に日曜日は送迎しなくていいのかしら?」

「……もう」

少しだけ語気を荒げる。

「いらないです。それよりですね」

「なによ」

「私、割と好きです、さわ子さんのこと」

日本酒を注いだコップを落としそうになる。
私が何も言わないうちに、電話は切れた。

「お好きにどうぞ」

切れた電話に向かって呟いてみると、少しだけ、和ちゃんの気持ちがわかるような気がした。
やはり、教師と生徒の関係のほうがずっと楽で、踏み込むにはきっと何かが必要なのだろう。

もしかしたら、今ので私はフラれたのかも知れないと思ったけれど、相変わらずコップの扱いは乱暴で、
料理もぞんざいだから、多分大丈夫だろう。

「こんなもんよね」

口が緩んだ。
後数日で、私と彼女が付き合って丁度一ヶ月になる。

21: 2011/02/12(土) 22:38:08.93 ID:QJB6yykZ0
さわ子「こんなわけでですね、二日酔いで頭がいたいので今日は欠勤します」

校長「KU☆BI☆DE☆SU」

さわ子「woo...」

おはり

僕は羞恥に顔を染めてスレをsageた

30: 2011/02/12(土) 23:55:28.37 ID:QJB6yykZ0
和「今日はまん丸お月様が」

寝付けないからちょっと書く
グダっても虐めないで欲しい
あと、和ちゃんスレの活性化にご協力を

32: 2011/02/13(日) 00:01:39.12 ID:n2I3PIV60
「今日、学校来なかったんですね」

電話越しに私が言うと、彼女は焦ったような、批難がましいような口調で言った。

「二日酔いなのよ」

それを聞いて、私は少し嫌な気持ちになる。
今日くらいは、いや、なにがなんでも今日だけは、彼女は学校に来ないといけなかった、はずなんだ。
窓から外を見てみると、水平線の近くから、空が鈍色に染まり始めていた。

「こんなものなのかしら」

つい呟いてしまう。
彼女の心配そうな声が聞こえたが、半分は機械を通ったせいでやけに無機質で、
なんだか滑稽に感じられるほどだった。

「和ちゃん、どうかした?」

「なあんでも」

妙に間延びした言葉に、我ながら驚いてしまう。
空には太陽が見えない。じゃあ、今日は月も見えない。
それを窓から再度確認して、私は続けた。

「ないですよ」

じゃあ、いいけど。
それだけ伝えて切れてしまった携帯電話を見つめて、馬鹿みたいだ、と思った。

誰がって、そりゃあ……

34: 2011/02/13(日) 00:12:08.62 ID:n2I3PIV60
私は憮然として教室へ戻った。
すると、唯が目を輝かせて私の側に寄ってきた。

「ねえねえ和ちゃん、日曜日はさ、このお菓子屋さん行こう?」

唯が持っているパンフレットには、お菓子のデザイン、お好みで。と書いってあった。
お好みで、お好きなように、お好きにどうぞ。
私も確かに、彼女にそういった筈だ。
それがこの仕打、すこしあんまりじゃないかと思ってしまう。

「はいはい、場所は唯が調べておいてね?」

そうして、そんなことを思うほどに自分が幼稚であることを知って、驚いた。

幼稚園児じゃあるまいし、白馬の王子様なんて夢見ない。
そもそも彼女は女だ。
けれど、軽自動車でどこかへ無理やりさらっていく魔女くらいは、望んでもいいんじゃないかと思っていた。

「えへへ……楽しみだなあ。ねえ、和ちゃん、今日も一緒に帰れる?」

今日は先生が私と同じ道をわざわざ車で帰ってくることもない。
だから、遠慮無く唯と帰ってもいいのだけれど。

「ごめんね、ちょっと用事があるのよ」

断ってしまった。

唯が妙に怯えた顔をしていたから、頭を撫でて理由を訊いたら、
私が泣くのか怒るのか分からないような顔をしていると言われた。
ちょっと、嬉しくて、悔しかった。

35: 2011/02/13(日) 00:21:57.00 ID:n2I3PIV60
学校から出て、彼女に電話をした。
その時になって、私は生徒会を無断で休んでしまったことに気がついた。

「先生、平気ですか」

開口一番そう言う私に、彼女は不満そうに

「寝てたのよ」

と答えた。なんだか素っ気無い。
私は携帯電話を耳に当てながら、一本道を歩き続ける。

「まだ寝てたいから、切ってもいいかしら」

彼女にそう言われて、私はぎょっとした。
心なしか、昨日よりも態度が冷たくなっている気がする。
私は慌てて取り繕うように言った。大層滑稽だろうと思う。

「あの!今から家にお邪魔しても良いですか。氷嚢と、あと他にも色々……買ってきますから」

彼女の返事は存外淡白だった。

「お好きに」

ぷつ、と電話の切れる音がした。
空の色はどんどんと重くなっていて、つられて私の鞄も重くなっていくようだ。

お好きに、と彼女は言った。私も言った。
互いにお好きなようにして、こうなんだろうか。
そんなものなのだろうか、恋人って。

36: 2011/02/13(日) 00:32:09.00 ID:n2I3PIV60
色々買っていく、と言ったから、私は途中のスーパーで色々と買った。
氷嚢と、スポーツドリンクと、酔い止めと、あと念の為に風邪薬など。
お陰で荷物はまた重くなって、歩くのが馬鹿らしくなるほどだった。

暫く歩いていると、少しずつ影が伸びていった。
すっかり伸びきって、影が真横に半永久的に伸びていくようになった頃、私は先生の家に着いた。
アパートのその部屋の扉の前に立って、また振り返った。

空はもうすっかり曇っている。
夕焼けが見えるから、明日は晴れるのだろうけれど、今日晴れておいて欲しかった。
鈍色と茜色が混ざった空は綺麗だが、憎らしい。

しかし考えていても天気は変わらない。
気を取り直してチャイムを鳴らしたが、何の反応もなかった。

嫌な予感が頭を過ぎって、私は恐る恐る、ゆっくりとその扉を開いた。

予想に反して、扉は簡単に開いた。

「山中先生……?」

小さな声で呼びかけると、その声が消えた後で、小さな寝息が聞こえた。
それで安心して、無用心だな、と笑った。

先生は居間のソファで横になっていた。
髪の毛に夕日が当たって、茶色い髪の毛が真っ赤に染まっている。
曇っているせいで灯りの点いていない部屋は少し暗くて、余計に赤が映えた。

そこまで考えて、いよいよ私も馬鹿だな、と思った。

37: 2011/02/13(日) 00:39:57.11 ID:n2I3PIV60
先生が寝ているソファの空いたところに腰を下ろして、寝顔を見下ろす。
赤いところと黒いところが、はっきりと別れている。
長いまつげが少し湿っていて、柔らかそうな肩はゆっくりと上下している。
まるで赤ん坊だ。

そういえば、この人が私に告白した時も、こんな感じだった。
どこまでも子供っぽかった。
つい可笑しくなって私は、お好きにどうぞ、なんて済まして答えたのだけれど、あれは正解だったろうか。

先生の額に手を当ててみると、少し熱かった。
二日酔いだけでなく、風邪も患っているのだろうと思い、私は氷嚢を彼女の額に当てた。

「……・気持ちいい」

先生がゆっくりと目を開いて、寝ぼけたように言う。
起こしてしまった、悪いことをした、と思った。
思っただけだった。

「風邪ひいたなら、そういえばいいでしょうに」

「ごめんね」

弱々しく先生は笑った。
つい、私はたじたじとしてしまう。

38: 2011/02/13(日) 00:46:42.10 ID:n2I3PIV60
弱っている彼女を見るのは、辛いようで、嬉しいようで、妙な感じがした。
私は彼女の髪を撫で付けて、言った。

「先生は、もしかしてと思いますけど」

「ねえ」

先生は遮って、髪を撫でていた私の手を優しく握った。

「昨日はさわ子さんって呼んだわよね。なんで?」

「なんでって……」

そう言われるまで、私が普段と違う呼び方をしたことさえ忘れていた私は、碌な答えなど出来うるはずもない。
ただ、昨日は先生の態度に妙にがっかりしたのだけを覚えている。

「もっかい呼んでほしいな。そうしたら治るわ」

「馬鹿なこと言ってないで」

私はそう呟いて、彼女の耳を指で優しくつまんだ。
気づくと、私の口から勝手に微笑が漏れていた。

しばらく黙っていると、先生はまたうとうととし出した。
目が開いたり、閉じたりしている。

「寝ていいですよ」

「やあよ」

39: 2011/02/13(日) 00:53:08.74 ID:n2I3PIV60
先生は半分しか開いていない目で、ぼうっと窓の外を眺めていた。
寝ぼけたような調子で、誰に言っているのかも分からないような言い方でいう。

「そろそろ満月になるのね」

私は返していいものか迷ったが、ただ、頷くだけはしておいた。

「じゃあ、もうちょっとで一ヶ月だ」

そう彼女が言ったとき、私は胸の鼓動が早くなるのを感じた。
外はすっかり暗くなっている。

「ごめんね、忘れてたわけじゃないんだけど」

彼女は極々自然に私の足に頭を載せて、ごろんと一つ寝返りを打ち、私を見上げた。
顔にかかった髪を払おうともせずに私を見つめてくるから、私はそれを指で払ってやった。

「今度の日曜日よね、確か……どっか行きましょうか」

「……唯と、約束がありますから」

「つれないな、意地悪」

先生はふふ、と小さく笑った。

40: 2011/02/13(日) 01:01:02.31 ID:n2I3PIV60
「でもさ、唯ちゃんとの約束が終わった後だったらいいわよね」

「もう、夜になってますよ」

「それでも、連れてく」

「どこへ?」

「山。月見でもしましょう」

私もいい加減馬鹿らしい。
恋人って、思ったより楽しいものだ。
私は彼女の額を人差し指で弾いて、笑った。

「お好きにどうぞ。私、乗り気はしませんけどね」

「意地悪ねえ」

彼女の髪の毛が、笑うたびに私の腿に当たってくすぐったい。
山の中で、助手席に座って彼女の髪を撫でながら、お月見なんてしたら、さぞ楽しいだろうと思った。

「好きな子ほど云々、ってやつよね」

先生が唐突にそう言ったので、私は真っ赤になった。


おしまい

44: 2011/02/13(日) 01:59:55.46
すばらしい

引用元: さわ子「和ちゃんのせいなんです!本当です!」