1: 2011/12/29(木) 11:59:52.13 ID:lx6g878m0
女「……寒い」

女(エアコンは……壊れてるんだった)

女(もう二月だし、いいかげんにコタツ出さないとな――めんどくさい)

女「と、言ってもいられないか……寒い。さむ氏するわ、さむ氏」スクッ

女「えっと……確かコタツ布団は押し入れだったわね……」ガラッ

少女「あっ」

女「え?」

少女「こ、こんにち――」

女「わあああああああああああああああああああああ!!!?」

少女「ごごごごごごごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

謎の少女がそこにいた。

6: 2011/12/29(木) 12:15:21.85
【10分後】

少女「お、落ち着きましたか……?」

女「いや、まあこっちのセリフでもあるんだけど、うん、それなりに」

少女「えっと……あの……」

女「あー……あなた誰? まさか不法侵入者――」

少女「ご、ごめんなさいっ」

女「え、マジで?」

11: 2011/12/29(木) 12:24:15.63 ID:lx6g878m0
少女「あ、えっ、違います! ざ、座敷童子です!」

女「座敷童子って――あの、住む家に幸福を与えるとかいう」

少女「そ、そうです……たぶん」

女「たぶんなの?」

少女「あ、いえ、あって……ます。はい……たぶん」

女「はあ」

12: 2011/12/29(木) 12:28:06.20 ID:lx6g878m0

女「しっかし、うちに座敷童子が来るなんて……これって一攫千金!?」

少女「そ、それは無理だと思います」

女「え、なんで?」

少女「ご、ごめんなさい。わたし、あの、そういう担当じゃないので……ごめんなさい」

女「そういう担当ってなに?」

少女「あー、えーっと、ちょっと長くなるかもしれませんが」

そうしてその自称座敷童子は話し始めた。

とても小さな声だった。

少しの雑音で消えてしまいそうなか細く儚い声が、とても綺麗だと思った。

14: 2011/12/29(木) 12:34:38.14 ID:lx6g878m0

女「しっかし、うちに座敷童子が来るなんて……これって一攫千金!?」

少女「そ、それは無理だと思います」

女「え、なんで?」

少女「ご、ごめんなさい。わたし、あの、そういう担当じゃないので……ごめんなさい」

女「そういう担当ってなに?」

少女「あー、えーっと、ちょっと長くなるかもしれませんが」

そうしてその自称座敷童子は話し始めた。

とても小さな声だった。

少しの雑音で消えてしまいそうなか細く儚い声が、とても綺麗だと思った。

15: 2011/12/29(木) 12:40:55.99 ID:lx6g878m0
少女「――と、言うわけなんですが」

女「つまり、不幸せな人間を幸せにするために派遣される妖怪ってわけね」

少女「は、はい。家を裕福にするのが一番有名な座敷童子です……わたしは違いますが」

女「それで、きみは――そうだ。名前」

少女「え、な、名前ですか?」

女「そう、私は女。きみは? 座敷童子にも名前くらいあるでしょ?」

少女「しょ、少女です、はい……」

女「ふーん、少女ね」

16: 2011/12/29(木) 12:48:25.72 ID:lx6g878m0
女「それで、少女は何の担当なの?」

少女「え、さ、さあ……?」

女「……さあって、知らないの?」

少女「ご、ごめんなさい。女さんを幸せにするために派遣された、くらいしか……」

少女「と、友達にFXでお金を稼ぐような子もいますが……私はそういうのさっぱり……」

女「なんか偉く現代的な座敷童子ね……」

少女「そ、それにわたし座敷童子としてのお仕事は、は、初めてなのでよくわからなくて……」

女(……として?)

少女「で、でも精一杯がんばりますので、その、よろしくお願いします」

女「はあ、よろしく」

それから、私と座敷童子――少女との奇妙な共同生活が始まった。

17: 2011/12/29(木) 12:53:28.02 ID:lx6g878m0
といってもこれまでの日々と何も変わらない。

少女はどうやら霊みたいなもので、物には触れないし、お腹も減らないみたいだし。

えさ代のかからないペットの様なものというか……。

話相手がひとり増えたようなものだった。

ただ……私は外に出ないのでこれじゃあプライベートの時間がない。

少女も外に出られないようだし……。

狭いと感じていた六畳間が更に狭く感じる。

少女の方もそんな息苦しさを感じていたのだろう。

ある日ついに聞いて欲しくないことを聞いてきた。

19: 2011/12/29(木) 12:59:49.94 ID:lx6g878m0
少女「あ、あの……女さんは外に出ないんですか?」

女「う……」

少女「……あの、失礼ですが学校やお仕事は」

女「…………」

少女「……えと、ちなみに、年齢は」

女「……この間二十歳になったところよ」

少女「…………ニーt」

女「言わないで」

20: 2011/12/29(木) 13:04:33.10 ID:lx6g878m0
そう、私は何を隠そうヒキコモリだ。

仕事を探すという名目で都会に出ている。

六畳一間の部屋で生活していて、生活費は……。

就活に専念したいからと親の仕送りで生活している。

だが、じっさいにはゴミ捨てやコンビニ以外では、ほとんど外に出ていない。

必要なものは全部ネットで買える。

外に出なくても何の問題なかった。

だから特に何の目的もなく、ただ生命活動を行っていた。

21: 2011/12/29(木) 13:07:59.83 ID:lx6g878m0
女「なにか文句あるの……?」

少女「い、いえ……ごめんなさい」

女「あやまらないでよ、何か傷つく……」

少女「いえ……わたしも強くは言えませんので……」

申し訳なさそうに謝る少女。

確かに座敷童子は外に出られないし、強く言えないのだろう。

とにもかくにも、特に変わり映えすることのない生活が始まった。

23: 2011/12/29(木) 13:12:14.14 ID:lx6g878m0
ある日のこと。

少女「お、女さん……たまにはお外出ましょうよ……」

女「……出る必要ないし」

少女「へ、部屋にいるだけじゃ何も面白いことないですよ……」

女「ネットとかテレビとかあるし……」

少女「ま、漫画とかでも場面転換のある方が面白って言いますよ……」

女「現実と漫画をごっちゃにしないでよ……それにきみ、12人の怒れる男って映画見たことないでしょ」

少女「な、何ですかそれ……?」

女「部屋から全く動かないけど超面白い話、そういうのもあるから私は大丈夫なのよ、超面白い私」

少女「現実と映画をごっちゃにしないでください……」

女「まあいいじゃない、見たことないなら見ましょう今すぐ見ましょう」カシャン

少女「ぶ、VHS……」

24: 2011/12/29(木) 13:17:43.40 ID:lx6g878m0
またある日のこと。

女「そういえばさー」

少女「あ、はい」

女「幸せにしてくれるって具体的には何してくれるの?」

少女「か、肩をお揉みしましょうか……?」

……なんだそのしょぼい幸せ。

女「ていうかあなた私に触れないでしょ?」

少女「あ、そ、そうでした……」

そういえば物に触ることもできないのにどう幸せを運ぶのだろう。

なんか能力的なものがあるのだろうか。

少女「は、話相手くらいにはなれまする……」

女「何その喋り方」

25: 2011/12/29(木) 13:22:06.00 ID:lx6g878m0
またある日のこと。

少女「お、女さんいつもコンビニ弁当ですけど自炊はしないんですか……?」

女「……」

少女「……ま、まさか」

女「で、できなくはないのよ!? ほんと! ただ、めんどくさくて……」

少女「……」

女「な、何よ……」

少女「い、いえ、なんでも……」

……できるよ? ほんとよ?

ほんとだからね? 私、嘘、つかない。

26: 2011/12/29(木) 13:27:35.54 ID:lx6g878m0
またある日のこと。

女「んー、髪伸びてきたなぁ」

少女「き、切りに行くんですか?」

女「期待に満ちた瞳を向けてくれてるところ悪いけど行かないからね」

このくらいなら自分で切れるし。

少女「そうですか……」

女「私が外に出ないと不満?」

少女「い、いえ……でも、外に出た方が健康的ですし……」

女「筋トレしてるし」

少女「き、気分的にもリフレッシュ……」

女「……」

リフレッシュ、ね……。

27: 2011/12/29(木) 13:32:08.80 ID:lx6g878m0
またある日のこと。

少女「春ですねー、わたしは気温を感じませんが」

女「春だねぇ……」

少女「コタツしまわないんですか?」

女「んー……めんどくさい」

少女「ええー……」

女「そのうちしまうわよ。そのうちね」

少女「はあ……」

なんとなく、少女とスムーズに話せるようになってきた。

そのうち気になってることも聞けそうだ。

28: 2011/12/29(木) 13:36:05.90 ID:lx6g878m0
またある日のこと。

女「少女って何歳なの?」

少女「え……っと、何歳って言うのは享年ですか?」

女「ん、それもあるけど座敷童子になって何年くらい?」

少女「座敷童子になって?」

女「ん?」

少女「あ、え、い、いえ。はい、氏後何年か、ですね……」

女「もしかして聞いちゃいけなかった?」

少女「い、いえ、えっと、氏んだのは15のときで、氏後は……まだ、1年です」

女「1年かー。もっと長いかと思った。氏後を換算しても私の方が年上なのね」

まあ確かに座敷童子にしては服が現代的すぎると思ったのだ。

新米さんなわけだ。

少女「…………」

29: 2011/12/29(木) 13:42:21.23 ID:lx6g878m0
またある日のこと。

女「んー、あたたかくなってきたなぁ」

少女「半袖にしないんですか?」

女「あっ……んー、ほら、私寒がりだからさ」

少女「あ、そうですね。あたたかくなってきたとは言ってもまだ肌寒いだろうし」

女「うん。少女はわからないかもしれないけど、確かにまだ肌寒いよ」

少女「そうですか」

女「うん。まだまだ……肌寒いよ」

少女「?」

31: 2011/12/29(木) 13:47:28.13 ID:lx6g878m0
またある日のこと。

少女「あー、雨降ってますよ」

女「ほんとだ。つゆだねー」

少女「こんな天気だと外に出たくないですねぇ」

女「まっ、私たちには関係ないけどね!」

少女「笑えないです……」

女「明るくいこう!」

少女「はあ……」

しかし洗濯物が乾かないのにはこまるなぁ。

長袖のストックたくさんあってよかった。

32: 2011/12/29(木) 13:52:39.35 ID:lx6g878m0
またある日のこと。

少女「きゃあああああああああああ!!」

女「うわあああ!! びっくりした!! どうしたの!?」

少女「ごごごごごゴキ」

女「ぎゃああああああああああああああ!!」

少女「女さんが掃除しないからあああああああああ!!」

女「してるよおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「「うわああああああああああああああああああ!!!」」

二人して泣いてしまった。恥ずかしい。

33: 2011/12/29(木) 13:57:18.77 ID:lx6g878m0
またある日のこと。

女「はぁ……」

少女「ど、どうしたんですか?」

女「いや……べつに……たまにあるのよこういう日が……」

少女「だ、大丈夫ですか……?」

女「ん。…………ちょっとお風呂入ってくる」フラッ

少女「あ……はい」

女「…………のぞいちゃやーよっ」

少女「の、のぞきませんっ!」

女「あはは……じゃ」フラフラッ

少女「…………女さん」

…………久々だなぁ、これ。

34: 2011/12/29(木) 14:01:19.41 ID:lx6g878m0
またある日のこと。

女「おいーっす! 少女げんき!?」

少女「今日はまたハイテンションですね」

女「そう? ふつーふつー!」

少女「はあ……。そういえば、もうすぐ七夕ですね」

女「少女ちゃんは何か願いごととかある?」

少女「わたしは――そうですね、特にないですね」

女「ないの?」

少女「ええ。……いや、ないというか叶ってるというか」

女「叶ってる?」

少女「……ごめんなさい、なんでもないです」

ふむぅ。……そろそろ聞いてもいいかも。

35: 2011/12/29(木) 14:06:31.16 ID:lx6g878m0
またある日のこと。

女「あつー……」

少女「薄着にしないんですか?」

女「一枚しか着てないけど?」

少女「長袖じゃないですか……せめて袖をまくるとか。エアコン壊れてますし」

女「少女も長袖じゃない」

少女「いやわたしは気温を感じませんし……」

女「あー……あ、そうだ! 少女に聞きたいことがあったのよ!」

少女「何だかはぐらかされた様な気がしますが……えと、なんでしょう?」

女「あなた、座敷童子じゃないでしょ?」

37: 2011/12/29(木) 14:12:05.23 ID:lx6g878m0
少女「……なっ」

女「ああ、図星」

少女「あ、ち、違くて、あの、わた、わたし」

女「ああ、別に嘘ついたからってどうこうするわけじゃないから」

少女「……い、いつから?」

女「んー、割と早くからかな? 座敷童子にしては色々おかしいし」

服とか、言動とか。座敷童子っぽくないし。

私と話してるだけの数カ月だったし。

一向に幸せを運んでこないし。

いや、少女との日々は幸せだったけどね……なんつってね! テレッ!

38: 2011/12/29(木) 14:18:14.69 ID:lx6g878m0
少女「そ、そうですよね……」

女「それで、少女は何者なの? 妖怪……ってわけでもなさそうだし」

少女「…………ゆ、幽霊です」

女「まあ……うん、想像はついてた」

透けてるし。

女「なんで嘘ついたの?」

少女「ゆ、幽霊だってばれたら、成仏させられるって思って……」

女「なるほど、だから座敷童子だと」

少女「こ、幸福を呼ぶ座敷童子ならおいてもらえると思って」

女「まあ、あの時点なら成仏させるなり……引っ越すなりしてたかも」

40: 2011/12/29(木) 14:25:09.63 ID:lx6g878m0
少女「ひ、ひとりになりたくなかったので……」

少女「わ、わたし寂しかったから、誰かとお話ししたかったから……」

どおりで。

FXで稼ぐ座敷童子なんているわけないしね。

即興の嘘だったわけだ。

女「それじゃあ氏んでからずっとこの部屋にいたの?」

少女「あ、それは違います」

女「だよね。私もうここに住み始めて二年になるし」

41: 2011/12/29(木) 14:32:04.75 ID:lx6g878m0
少女「氏んでから……どうしても叶えたいことがあったから」

少女「神様にお願いして、女さんと出会った日に」

少女「あの押し入れの中に幽霊として送ってもらったんです」

いるのか、神様。

女「……叶えたいこと?」

少女「友達が……欲しかったんです」

友達? それって、もしかして私のこと?

女「えっと、それで何で押し入れ――ていうか、私の部屋に?」

もう少し相応しい場所があったのではないのか、神様。

42: 2011/12/29(木) 14:38:09.00 ID:lx6g878m0
少女「それは……えっと、お、怒らないでくださいね?」

女「え、うん」

少女「わ、わたしと同じで友達がいない人のところにって、あとはランダムで……」

女「……」

怒りはしなかった。

ただ傷ついた。割と深く傷ついた、ちょっと泣いた。

女「な、なるほどね」

ふーん。いやあ、心の汗が止まらないねっ。

43: 2011/12/29(木) 14:43:16.47 ID:lx6g878m0
少女「だ、だから、わたし、友達が欲しくて、女さんと友達になりたくて……」

女「で、願いが叶ったと」

少女「え?」

女「ん?」

少女「い、いいんですか?」

女「え、何が?」

少女「と、友達になってくれるんですか?」

女「え、友達じゃないの?」

もし違うならさっき以上に傷つくわけだが……。

44: 2011/12/29(木) 14:47:43.89 ID:lx6g878m0
少女「い、いえ! 友達です! だ、大親友です!」

女「……」

それは、照れるな。

ちょっと顔が赤くなる自分を自覚する。くっ、嬉しいのはこっちだ。

私にもついに友達が……霊だが。

しかし。

女「それで、願いが叶ったってことは成仏しちゃうの?」

少女「え? ……あっ」

女「まさか、気付いてなかったの?」

女「あ、それともやっぱり、そのぐらいじゃ成仏しないのかな」

それならいいのだが。

45: 2011/12/29(木) 14:52:06.62 ID:lx6g878m0
少女「……う。うううううう」

え、ちょっと待って。

思いっきり拳を握りしめて、瞳に涙をためて。

ま、まさか。

少女「成仏しちゃうよおおお!! うわあああああああん!!」

女「えええええええええ!?」

まじで?

少女消えちゃうの?

女「…………」

え、うそうそ、ちょっと待ってちょっと待って。

何その急展開。

47: 2011/12/29(木) 14:56:08.95 ID:lx6g878m0
それからエンエンと泣く少女をなだめるのにとても苦労した。

少し落ちつくと少女は、しゃくりあげながら説明を始めた。

あまりにも聞き取りづらかったので私が要約するが。

どうも少女自身が「願いが叶った」と自覚してだいたい一週間で成仏するそうだ。

すぐに成仏するわけではなく、一週間のロスタイム。

たぶん、友達との最後の思い出づくりをするための。

神様の粋な計らいということだろう、と勝手に解釈したが……。

そうか、あと一週間で少女が消えるのか……。

女「じゃあ、私も氏のうかな」

少女「え?」

呆然唖然、といった感じで少女は声を漏らした。

48: 2011/12/29(木) 14:57:34.79 ID:lx6g878m0
女「いや、ほら、少女消えちゃうと私も友達いないし」

女「生きていても仕方ないって言うか……」

少女「何を」

信じられないといった顔で愕然とする少女。

もう一度言った方がいいかな。

女「だからね」

少女「何を――言っているんですかあなたはっ!」

女「……っ」

49: 2011/12/29(木) 14:59:39.68 ID:lx6g878m0
びっくりした。

数カ月一緒にいて、少女が怒るのを私は初めて見た。

少女「氏ぬなんて……そんなこと言わないでください!!」

女「……」

少女「あ……」

私が驚いているのを見てか、少女はまた委縮してしまったようだ。

少女「ご、ごめんなさい……」

50: 2011/12/29(木) 15:01:29.44 ID:lx6g878m0
女「……いや、いいよ。ちょっとびっくりしただけ」

少女「わ、わたしこそ……でも、冗談でも氏ぬなんて……」

女「それは冗談じゃないよ」

少女「……! 女さん」

女「ん?」

少女「袖、まくってもらってもいいですか?」

女「……」

まあ。

今さら隠したって仕方ないか。

氏にたいと言ったのだから。

女「はい、どーぞ」

私は左の袖をまくった。

52: 2011/12/29(木) 15:06:05.48 ID:lx6g878m0
少女「……やっぱり」

どうやら少女は以前より気が付いていたらしい。

女「知ってたんだ」

少女「わたしも……そうでしたから」

そう言って少女も袖をまくった。

少女は左利きなのか、右袖だった。

女「……いっしょだね」

少女の右腕には私と同じでたくさんの切り傷があった。

女「でも……」

ひとつだけ、大きな、私にはまだない大きな傷があった。

少女「わたし、自頃したんです」

女「そう……」

その時の傷なのだろう。

54: 2011/12/29(木) 15:10:39.89 ID:lx6g878m0
少女「わたしはとても弱くて泣き虫でした」

少女「意地が悪くて醜くて、自分も他人も大嫌いで」

少女「生きてることが辛くて……女さんと同じでヒキコモリだったんです」

いっしょだ。私と、とてもよく似ている……。

少女「ある日、ふと氏のうって思って、氏にました」

特にきっかけはなかったんです、と少女は言った。

そんなものなのかもしれない。

私も少女がいなくなるからという理由で、氏のうとしているわけで。

なんとなく。

なんとなくだ。

少女「そして、神様に出会ったんです」

56: 2011/12/29(木) 15:16:09.89 ID:lx6g878m0
女「その神様っていうのは……本物?」

少女「わかりません……もしかしたら閻魔様かもしれませんし」

全然関係ない存在なのかもしれません。

少女は苦笑する。

少女「ごめんなさい。ただ、すごく偉い人っぽかったです」

女「ふーん」

もしかしたら、氏後お世話になるかもしれない。

覚えておいた方がいいかも。

58: 2011/12/29(木) 15:22:02.44 ID:lx6g878m0
女「でも、そうやって氏んだのなら私の気持ちも」

わかるでしょう?

そう続けようとしたが、少女がそれを遮った。

少女「その神様が、未練があるみたいだねって、言ったんです」

女「未練……」

やり残し、生きてる間にやりたかったこと。

少女「そんなことないって思ってたんですけど、氏ぬことに後悔はないと思ってたんですけど」

少女「違いました」

59: 2011/12/29(木) 15:27:26.12 ID:lx6g878m0
少女「氏んでから気付いたんです」

少女「わたし、氏にたくなかったんだな――」

って。

友達がいなくて、さみしくて、友達が欲しかったんだなって。

そう、そう言って少女はまた泣いた。

少女「だから、女さんには後悔して欲しくないんです……!」

友達には、後悔して欲しくない。

経験者は語る。

61: 2011/12/29(木) 15:37:33.51 ID:lx6g878m0
女「その気持ちは……嬉しい。私のこと、ちゃんと考えてくれて」

少女「なら」

女「だけど、私は後悔なんかしないよ」

友達もできたし。

生きていたって――仕方はないし。

少女「そんな……」

女「それに、少女ならわかるでしょ?」

女「氏にたい気持ち」

63: 2011/12/29(木) 15:40:59.26 ID:lx6g878m0
弱くて泣き虫で、意地が悪くて醜くて、自分も他人も大嫌い。

生きるのが辛くて氏にたい気持ち。

女「私も――いや、私の方が最低だもの」

私はその上に、多くの人に迷惑をかけている。

少女よりも5年、長く生きてきた分、よりひどい。

女「パ」

パパ、と言おうとしてやめた。

けど、今更何をためらっているのか。

恥ずかしがらずとも、今の私は十分に恥知らずだ。

恥じる心などありはしない。

64: 2011/12/29(木) 15:45:00.11 ID:lx6g878m0
女「パパやママも、そう思ってるよ。こんな金食い虫」

生きるだけで罪でしょう?

なんで早く氏ななかったの?

生きているだけで――迷惑なのに。

女「そんな私に、生きる資格なんてないよ……」

今まで何のために生きてきたの?

早く氏んじゃえよ。

本当に、気持ち悪いなあ。

66: 2011/12/29(木) 15:48:13.75 ID:lx6g878m0
きっと少女は言い返せない。

なぜなら、少女は自頃しているから。

同じ私に、一体何が言えるのだろう。

いや、より最低な私に何を言えるというのか。

少女「そ、それでも……生きてくださいよ」

女「無理だよ。その資格は私にないし。それに、私はすっごく弱いもの」

きっとすぐに心が折れて氏んじゃうよ。

友達も、いないのに。

無理だよ。

67: 2011/12/29(木) 15:51:28.45 ID:lx6g878m0
いや、もしかしたら氏ねないかもしれない。

弱すぎて、臆病だから。

そうだ。今このタイミングを逃したら氏ねない。

少女と一緒に消えないと、私は絶対氏ねないだろう。

女「私は、今氏なないとこれから先、一生氏ねないと思う」

だから、氏なせて。

こんなひどい世界においてかないで。

女「私は……とても弱いから。生きるのが、つらいから」

もしこんな世界においていくというのなら、氏ぬなって言うのなら。

せめて。

女「生きていくなら、私は強くなりたいよ……」

68: 2011/12/29(木) 15:53:52.41 ID:lx6g878m0
少女「べ、べつに、弱くてもいいじゃないですか……」

女「駄目だよ。強くないと駄目なんだよ」

じゃないと、この世界は生きづらい。

弱い人間にとって、この世界は優しくない。

どうしようもなく、くそったれに出来ている。

だから強くないと駄目なのだ。

少女「そ、そんなこと、ないです……」

女「……なんで」

少女「だって、みんな生きてるじゃないですか……」

わたしは、氏んじゃったけど。それでも。

少女「みんな、生きてるじゃないですか……」

69: 2011/12/29(木) 15:56:14.51 ID:lx6g878m0
女「……それは、みんな強いから」

少女「お、女さんは生きてる人が、みんな強いと思ってるんですか……」

女「……」

少女「辛いことも、悲しいことも、苦しいことも気にしない、強い人だけだと思ってるんですか……?」

――そんなわけ、ない。

むしろ、強い人の方が少ないだろう。

そんなこと本当はわかってる。私だってわかってるんだ。

でも。それでも。

女「私は強くなりたいのよ……!」

辛いのも、悲しいのも、苦しいのも、嫌なのだ。

誰だって、そうだろう?

72: 2011/12/29(木) 15:58:57.29 ID:lx6g878m0
少女「辛くても、悲しくても、苦しくてもいいじゃないですか……」

女「よくない!!」

いいわけない。しんどい、生きるのがしんどい。氏にたい。氏にたくなる。

でも、臆病だから氏ねない。

だったら、楽に生きていけるように強くなるしかないじゃないか。

女「私はっ!! 私は……悩むことなく生きたい! しんどいのはいやだ!」

必氏だった。みじめだなぁ。

でも、口はふさがらない。

悲鳴以外で大きな声を、久しぶりに出した。

いや、ある意味悲鳴みたいなものだった。

73: 2011/12/29(木) 15:59:44.47 ID:lx6g878m0
女「辛いのはしんどい! 悲しいのはしんどい! 苦しいのはしんどい!」

女「生きてることはしんどい! でも氏ねないの! 怖いもの!」

怖いのも、しんどい。何もかもしんどい。

しんどいのは、嫌だ。

女「だったら、生きててもしんどくないように、強くなるしかないじゃない……」

しかし、そんな私の必氏の願いを少女は認めない。

一言で否定する。

少女「でも……無理ですよ、そんなの」

女「……っ」

少女「そんな風に生きられるなんて……無理に決まってるじゃないですか……」

75: 2011/12/29(木) 16:02:01.21 ID:lx6g878m0
少女「強い人なんかいないんです……」

少女「そんな人間は……いないんです……」

女「……そんな人間は、いない」

少女「みんな悩んでるから……強くなれないから……」

少女「みんな妥協して、生きていくんです……」

少女「しんどくても、生きてはいけるんですよ……」

女「でも……でも、私には生きる資格がないよ」

女「周りに迷惑ばっかかけて、生きてるだけで迷惑な、こんな最低な私なんて」

女「……こんな最低な私には、生きる資格なんかないよ」

少女「それが何だって言うんですか……」

77: 2011/12/29(木) 16:07:08.24 ID:lx6g878m0
女「それが……って」

少女「そんな些細なことが、何だって言うんですか……」

些細なこと。

些細なことだって?

女「人がこんなに真剣に悩んでることが……些細なこと?」

少女「些細なことですよ……」

カッときて、思わず平手打ちをしてしまった。

手は少女をすり抜けて、私は情けなくすっ転んだ。

少女「……」

女「つ……謝らないのね、いつもは謝るのに」

少女「ここで謝っちゃったら……わたしの言葉が嘘になっちゃいますから……」

81: 2011/12/29(木) 16:12:49.15 ID:lx6g878m0
女「……私には生きる資格なんて」

少女「でも女さん、生きる資格って何ですか……」

女「え?」

少女「誰がその資格を与えてくれるんですか……」

女「それは」

少女「そんな資格はないんですよ女さん……」

少女「誰もそんな資格は持ってないんです……」

女「で、でも、私は生きてるだけで迷惑をかけるもの」

少女「迷惑をかけずに生きていける人なんかいるわけないじゃないですか……」

泣きそうな顔で少女は言った。というか泣いてた。

顔をくしゃくしゃに歪ませて、泣きながら、私に。

82: 2011/12/29(木) 16:16:36.38 ID:lx6g878m0
少女「当たり前のことなんです……」

少女「誰も彼も弱いままで、生きる資格もなく生きているんです……」

少女「そんな当たり前のことで、女さんは無理やり自分を頃しているんです……」

一生懸命言葉を紡いで、少女は私に伝える。

少女「もう、生きたっていいじゃないですか……」

女「は? い、いやいや、私は氏んでないよ、生きてるし……」

あなたと違って、生きてるし。

少女「氏んでますよ……氏んでるようなものじゃないですか……」

少女「誰とも接さない生き方なんて……そんなの幽霊と何が違うんですか……」

わたしと何が違うんですか。

馬鹿な衝動で氏んでしまったわたしと、一体何が違うんですか。

少女は涙を流しながら言い続ける。

84: 2011/12/29(木) 16:21:21.87 ID:lx6g878m0
少女「女さん、お外に出ましょう。ヒキコモリは、もうおしまいです」

少女「きっとお外にはここにないものがあります」

少女「つらいことも、悲しいことも……でも」

それ以上に。

少女「嬉しいことも、楽しいことも、きっと外にはあります」

少女「ここにいても、何もないんです……」

少女「しんどくても、生きていられる何かが、きっと外にはあるんです……」

少女「わたしにはもう見つけられないけど……」

少女「女さんは生きているんだから……」

少女「生きていれば……何でもできるじゃないですか……」

……本当に?

すぐに弱音を吐いちゃう私でも。

すっごく弱い私でも。

見つけられる?

86: 2011/12/29(木) 16:25:01.92 ID:lx6g878m0
女「…………」

生きられるんだろうか。

しんどくても。

生きていけるだろうか……。

こんな私でも。

生きて……いいんだろうか。

女「生きて……いいのかな」

88: 2011/12/29(木) 16:30:54.63 ID:lx6g878m0
女「……弱くても、いいのかな」

女「私、色んな人に迷惑かける馬鹿なやつだけど」

女「それでもいいのかな……」

少女「はい……!」

そう言って少女は私の手を握ってきた。

もちろん、触れない。すり抜ける。

傷だらけの腕が、交差する。

でも。

少女「それでも、生きてていいんですよっ!」

あったかい。

90: 2011/12/29(木) 16:35:23.02 ID:lx6g878m0
女「生きてるのしんどいけど……それでも大丈夫かな」

少女「大丈夫ですっ」

女「嫌になることたくさんあるけど……それでも大丈夫かな」

少女「大丈夫ですっ」

女「怖いしすぐに泣いちゃうけど……それでも大丈夫かな」

少女「大丈夫ですっ」

涙をぬぐうことなく、少女は言う。

92: 2011/12/29(木) 16:39:26.47 ID:lx6g878m0
少女「それでも大丈夫です! わたしが保証しますっ!」

少女「絶対絶対ぜーったい! 大丈夫です!」

少女「女さんは、大丈夫っ!」

……まったく、そんなに必氏になっちゃって。

涙で顔がぼろぼろじゃない、あなた。

それにその自信はどっから出てくるのよ、根拠もないくせに。

私よりも若くに氏んでるくせにさ。

きみは氏んじゃったのに。

それなのにどうしてそんなことがわかるのさ。

なんて馬鹿にしたって。

不思議と――笑みが浮かんでしまった。

大丈夫な様な気が、してしまったんだ。

93: 2011/12/29(木) 16:44:28.79 ID:lx6g878m0
女「……今度さ、外に出てみようかな」

少女「ほ――ほんとですかっ!!」

そんな嬉しそうに。

他人のことなのに。

いや……友達なんだよね、私たち。

女「うん。でも、あなたがいなくなってからね」

少女「え……」

悲しそうな顔。

違うよ、あなたが邪魔とか、そういうんじゃないの。

女「あなた外に出れないし。あと一週間、少しでも一緒にいたいから」

94: 2011/12/29(木) 16:48:24.30 ID:lx6g878m0
少女「で、でも……」

女「いいの。あなたと思い出づくりがしたいの」

そこで黙っておくつもりがつい恥ずかしいセリフが口から出てしまった。

女「これから先も、ちゃんと生きてきたいから……」

ぽかん、と。少女が目と口を滑稽に開く。

あほ面だなぁ……でもよく見たら可愛いな、まつ毛長いし。

……照れくささからか、顔が熱くなるのを感じる。

何か言いなさいよ。

少女「」ジワッ

あ、やばい、この子泣く。

97: 2011/12/29(木) 16:52:34.34 ID:lx6g878m0
その後予想通り少女は泣いた。

私もつられて泣いた。ええい、ああ、もらい泣きだよ。

そのあと、少女が消えるまで外に出ないことに関して。

少女はとても、それはとても怒っていたが。

必氏の説得の上、ようやく困ったような顔をして言った。

少女「じゃあ、せめて髪を切った女さんを見せてください!」

……だから外に出たくないんだってば、今は。

まあいいか、一度の外出くらいは。

これが妥協して生きていくってことだろう。

こういう生き方を、していかなきゃいけないというわけだ。

99: 2011/12/29(木) 16:56:00.32 ID:lx6g878m0
翌日、わたしはさっそく美容院に行った。というか行かされた。

玄関を出る前にやっぱりやめようと思ったが、少女に追い出されてしまった。

美容師「本日はどのようにカットいたしましょうかー?」ニコニコ

女「えっ、あっ……み、みじかきゅっ、おっ、おねがっ」

美容師「かしこまりましたぁー」ニコニコ

やばい。超怖い。泣きそう。

噛んだし、氏にたい……。

予約の電話でもちょっと泣いたのに直接話すとか怖すぎる。

101: 2011/12/29(木) 16:58:59.56 ID:lx6g878m0
美容師「髪綺麗ですねー、もしかして自分でカットとかされてましたー?」ニコニコ

何故髪が綺麗なことが自分でカットした話につながるのか……。

それ以降の質問には、適当に答えた。

必氏で、何を言ったか覚えていない。

たぶん気持ち悪い笑みを浮かべながら答えたんだと思う。恥ずかしい。

その後、めでたく私の髪はモサモサロングからスッキリショートボブになった。

いくら自分で切っていたとはいえ、すいてはいなかったのですごくさっぱりした。

しかし、30分以上生身の人と話したのは何カ月ぶりだったか。

あと何で美容師さんあんなに話しかけてくるの。

やめて……こわい……やめて……。

102: 2011/12/29(木) 16:59:28.13 ID:lx6g878m0
家に帰ると少女は私を見て泣き出した。

そんなに変な髪型だったかと私も泣きかけたけど、そういうわけじゃないらしい。

たかだか外に出て髪を切ってくるだけのことでいたく感動したようだ。

……まあ、その「たかだか」が今まで出来なかったんだけど。

少女は「お祝いです!」とか言って、私に自炊を求めた。

赤飯を炊かせようとするので、まず埃まみれの炊飯器を洗った。

買い物にも行った。行かされた。途中で引き返したらまた追い出された。

103: 2011/12/29(木) 17:01:55.04 ID:lx6g878m0
そのあと数カ月ぶりにお米を研いだ。

ちょっと不安だったが、なんとか炊けた。

とてもべちょべちょの赤飯だったが、少女は「すごいすごい!」とはしゃいだ。

自分が食べられない代わりにか、執拗に、

「美味しいですか? 美味しいですか?」と聞いてきた。

率直に言って不味かったが、私は美味しいと答えた。

それを聞いて少女はニコニコ笑っていた。

105: 2011/12/29(木) 17:05:34.77 ID:lx6g878m0
それから一週間、私たちは何でもない日々を過ごした。

テレビを見たり、お話したり、まあ、いつも通りの日々だ。

髪を切った日以降、私は外に出なかったが。

外に出ないことを少女は気に病んでいたが、いいのだ。

少しでも多く、少女と一緒にいたかった。

そんなに心配しなくても、大丈夫。

私は大丈夫。

そして。

少女「……」

女「……そろそろ?」

少女「……はい」

女「そっか」

少女の消える時が来た。

107: 2011/12/29(木) 17:08:17.96 ID:lx6g878m0
少女「もう……外には出られますか?」

女「うん、それは大丈夫」

少女「……」

女「……」

少女「……」

女「……ごめん、本当は怖い」

ぶるってるよ。あの日、外に出られたのが奇跡みたい。

108: 2011/12/29(木) 17:10:55.76 ID:lx6g878m0
怖いし、めんどくさいし、しんどいし、辛いし。

超怖い。怖すぎて泣きそう。

あと吐きそう。

でも、と私は言う。

女「でも、それでいいんだよね」

女「怖くても、いいんだよね」

少女「はい……。はい……!」

110: 2011/12/29(木) 17:14:36.34 ID:lx6g878m0
女「あー、この5ヶ月楽しかったなー」

少女「そうですね……わたしも。たの、たのしっ……」

女「あーもう、何泣いてるのよ……」

少女「だっ、だって、わた、わたしっ、ほんとにたのしかったっ……!」

女「……うん」

少女「まっ、またっ、誰かとおしゃべりできてっ、うれっ、うれしかったっ……!」

女「うん」

少女「女さんっ、ありっ、ありがとうございっ……っ、うぇえええええ!」

女「それは私のセリフだよ。ありがとね」

そう言って私は少女の頭をなでた。

触れないけど。すりぬけないように優しく、優しくなでた。

112: 2011/12/29(木) 17:17:18.58 ID:lx6g878m0
女「私も楽しかったよ。嬉しかった。きみのおかげ」

女「きみのおかげで、ちゃんと生きていけそう」

女「弱いままでもいいんだなって、思えた」

女「でも、弱いままだと癪だから、少しずつ強くなっていこうと思う」

女「全部、きみのおかげ。ありがとう」

本当に。

ありがとう。

女「ほんっ……と、に……う、うぇえええええん!!」

ああ、もう。駄目だ。

涙が止まらないじゃないか。

六畳間で泣き虫がふたり、子供みたいに泣いていた。

114: 2011/12/29(木) 17:23:23.90 ID:lx6g878m0
二人とも泣きやむ気配は全然なかったが、少女はそれでも口を開いた。

少女「わたっ、わたしっ、もう消えちゃいますけど……消えても、ここにいますからっ……」

女「ふふ、なにそれ」

少女「消えても、ずっと、女さんの、そばにっ……」

女「はいはい、見守っててね」

少女「ぜったい、ぜったいっ……」

女「もう、泣き虫なんだから」

人のことを言えた私ではないけど。

女「でも、そのうち転生? とかできるならしてね」

私はきみにも生きて欲しいんだから。

少女「はいっ……はいっ……」

そのあと、二人とも無言の時間がしばらく続いた。

先に口を開いたのは少女だった。

116: 2011/12/29(木) 17:30:00.59 ID:lx6g878m0
少女「女さん……消える前に、最後に――最後の最後にひとつだけ、いいですか?」

女「なーに?」

私も少女もぼろぼろ涙を流して、顔面はくしゃくしゃのぐしゃぐしゃだった。

ぶっさいくだなぁ……笑えてきてしまった。

だから、笑おう。最後くらいは、笑顔で。

少女との別れはとても、とても悲しいけど。

笑顔で、見送るのだ。

その気持ちが伝わったのかは知らないけど、少女も笑った。

お世辞にも笑顔とは言えないほど目は赤く、唇は震えていて、涙も止まっていなかったけど。

確かに笑っていた。

少女「今、幸せですか?」

117: 2011/12/29(木) 17:34:25.97 ID:lx6g878m0
……この子は、まったく。今更何を言っているのか。

私が今、幸せかだって?

そんなの聞くまでもないし、言うまでもないことだろう。

めっちゃ泣いてるの見りゃわかるでしょ。

これまでの日々を思い出す。

泣いたり、笑ったり、怒ったり、また泣いたり、そして笑った日々を。

楽しかった。

楽しかったんだ。

そんな日々とのさよならだ。

私の一番の友達がいなくなるんだぞ?

119: 2011/12/29(木) 17:41:13.19 ID:lx6g878m0
そんなの超不幸せ、最悪、不幸のどん底もいいところだ。

全然幸せなんかじゃないに決まってる。

それをわかってないなんて、ほんと、世話の焼ける……。

どうやら、ちゃんとはっきり言ってやらないといけないようだ。










女「ちょー幸せだよ、ばーかっ」

121: 2011/12/29(木) 17:47:17.88 ID:lx6g878m0
少女「よかった……ほんとに、よかったぁ……」

女「おう。だから――ありがとね」

あなたに会えて、幸せだった。

最初は即興の嘘だったかもしれないけど。

あなたは私に幸せを運んできてくれた。

そんな嘘偽りない、座敷童子がそこにいた。

あなたのおかげで私は幸せだ。だから。

女「さようなら」

少女「さようなら」

そう微笑んで――少女は消えた。

とてもナイスなタイミングで。

これ以上ないってくらい、最高のタイミングで。

消えてしまった。

もう、二度と会うことはないだろう。

125: 2011/12/29(木) 17:52:15.24 ID:lx6g878m0
女「あー」

部屋を見渡す。

女「なんだ、結構広いじゃん」

あれだけ狭いと思ってたんだけどなぁ。

さて。

それじゃあ、そろそろ生きようか。

バイトもはじめて……そうだ。

お金がたまったら、専門学校に行くのもいいかもしれない。

手に職が欲しい。ちゃんとした職が。

126: 2011/12/29(木) 17:56:05.09 ID:lx6g878m0
女「……パパとママにも謝らなきゃ」

今まで迷惑かけてごめんなさい。

それと、育ててくれてありがとう。

女「やることいっぱいだな……」

まずは……そう。

いいかげんに、コタツをしまわないとね。

ようやく私は重い腰を上げた。

127: 2011/12/29(木) 18:00:14.20 ID:lx6g878m0
あれからひと月が経った。

少女が消えても、私は相変わらず弱っちいままだった。

すぐ泣くし、くだらないことで卑屈になるし。

弱音を吐くのも相変わらずだ。

そんな自分は嫌いだったし、周りの人もあんまり好きじゃない。

特にバイト先の店長なんてもう最悪。

でも、少しだけ頑張ろうって。

そんな風に思えるようになった。

129: 2011/12/29(木) 18:01:24.86 ID:lx6g878m0
嫌いなものはたくさんあるし。

生きづらいし、しょっちゅう氏にたくなるし。

やっぱ世界はくそったれだと思う。

でも、捨てたもんじゃない。

それは確かだ。

女「あっついなー」

もう真夏だ。

半袖にする勇気はまだない、まだまだ弱い私だけど。

まあ別に、弱いからって生きてちゃいけないわけじゃないだろう。

とりあえず、適当に生きていくことにする。私はそこそこ幸せだ。

131: 2011/12/29(木) 18:04:40.75 ID:lx6g878m0
少し前まで。

弱くて泣き虫で、意地が悪くて醜くて、自分も他人も大嫌いな少女がいた。

それでも私と違って世界が大好きな、とても優しくて、ホントは誰より綺麗だった。

そんな少女との日々を、私は決して忘れない。

女「さて、バイト行かないと」

玄関まで来て――ふと、振り返る。もちろん、そこには誰もいない。

でも、見えないだけでいるのだろう。

だから、

女「いってきます」

ドアを開ける。

目を焼くような光が私を包んだ。



Fin.

133: 2011/12/29(木) 18:05:26.96

137: 2011/12/29(木) 18:08:00.37
素晴らしい

引用元: 女「座敷童子がそこにいた」