1: 2010/11/07(日) 11:06:31.49
かつかつ、かつかつと、私の部屋にはシャープペンシルの芯と、ノートのページの下の下敷きがぶつかる音だけが響くのだ。
シャープペンシルは私の指にリードされて踊り、真っ白な紙に、無骨な数式と、不恰好に曲がった英字を書き続ける。
私は、私の部屋が、私の部屋で勉強しかすることのない自分が、大嫌いだ。

机の端に置かれた携帯電話が、こもった音を立てて私を呼び出す。どうやらメールが届いているようだ。ロックを解除してメールを一読した。
幼馴染からの、期末考査の勉強の教授を請う内容だった。私は返信せずに携帯電話の電源を切った。


「和ちゃん、なんで昨日無視したのさあ」

翌日学校にいくと、後から来た幼馴染が、私が読書中なのにも構わず、
私の肩を揺さぶって、情けない声を上げた。

「ごめんね、勉強に集中したいから、携帯電話の電源は切ってたのよ」

彼女には真偽の確認のしようがない嘘を吐いて、私は、まだ寝癖の残っている彼女の髪を撫で付けた。
彼女の機嫌はいくぶんか和らいだものの、まだ少し口を尖らせて、言った。

「朝は見なかったの、携帯?」

私は口を開いて、それから、今から自分が吐く言葉を予想して、嫌な気分になったが、
喉が震わせた空気は、その動きを止めなかった。

「見たわよ。でも、あなたが部活の朝練なんてやってたら、返信するのも悪いかと思って」

幼馴染は、にへらと笑って、言った。

「和ちゃんからのメールだったらいつでもウェルカムだよ」

私は、口の端を吊り上げて笑った。

2: 2010/11/07(日) 11:11:00.70
「和ちゃん、一緒に帰ろう?」

放課後、幼馴染が、相変わらずへらへらと笑いながら私に言った。
私はさっと彼女から目を逸らして、言った。

「ごめんね、ちょっと生徒会の雑務があるの」

残念だね、と言いながら教室を出ようとした幼馴染が、立ち止まって振り返った。

「和ちゃん、今日からテスト期間なのに、生徒会があるの?」

探るような目付きで、私のことを見つめていた。
私の目を真っ直ぐとらえて、角膜を刺し水晶体を突き破り、視神経をたどって、私の脳の中を見ようとしていた。

「あるわよ。生徒会は部活動と違うもの」

私が淡々と言うと、彼女は、ちぇっ、と頬を膨らませた。

「明日、明日勉強教えてよね」

幼馴染はそう言って、手を振りながら教室を後にした。

生徒会の雑務なんて、無い。
しかし、あると言った手前、立ち寄るだけでもしなければ、直ぐに嘘がバレてしまうだろうから、私は渋々生徒会室に向かった。

来る前はどうにも面倒で、嘘を吐いたことを後悔していたが、実際来てみると、生徒会室は中々居心地が良かった。
なによりも、ここには、私が今までしてきたことが残っているのが素晴らしい。
部活動の予算の決議だとか、図書室の蔵書の管理方法の変更だとか、どれだけの生徒が知っているか定かではないが、意外と私は生徒会長として仕事をしている。

勉強以外のことを、この生徒会室でしている。

3: 2010/11/07(日) 11:16:16.60
窓の傍の椅子に座ると、強い日差しが私を包んだ。
もう四時だというのに、もう随分と陽が落ちるのが遅い。
ほとんど飾り同然のカレンダーに目を遣ると、7月10日に赤丸印がつけてあった。
この日からテスト週間なのです、と丸い字で書いてある。

そう言えば、書記の娘が、たまには真鍋さんにテストで勝ちたいものです、などと言っていた。
随分とやる気があるようだ。私はふふっ、と小さく息を漏らして笑った。
同時に、この部屋に勉強というものを持ち込んだそのメモに、嫌悪を感じた。

長机に肘をついて、頬杖を付き、ぼうっとしていると、がらがらとドアが開いた。
長い髪を揺らして、音楽教師が辺りをきょろきょろと見回しながら入ってきた。
彼女は私と目が合うと、びくっとした。

「あ、あら、和ちゃん、今日はテスト期間なのにどうしたのかしら」

教師が入ってくると、例えそれが音楽の教師であっても、この部屋の空気はがらっと変わってしまう。
私は、自然と自分が眉をひそめるのを感じた。

「先生こそ、どうしたんですか。音楽の教師が生徒会室に来ることなんて、テスト期間だろうが、それ以外だろうが、
 滅多にあることじゃあないと思うんですけど」

刺々しく私が言うと、彼女は、音楽教師差別よ、と肩をすくめた後、
しばらく考えこむように宙を見つめて、決心したように言った。

「実はね、捜し物があったり、するのよね」

彼女は眼鏡の奥から、一瞬、脅すような視線を私に向けた。

「言っとくけどね、このこと他の生徒に、とくに、唯ちゃんたちに言ったら犯すから」

5: 2010/11/07(日) 11:19:24.97
唯ちゃん、とは私の幼馴染のことだ。別段話を聞きたいわけでもなかったから、頬杖を突いて外を眺めていると、先生は勝手に話をしだした。

「あのね、私りっちゃんに高校時代の写真握られてるじゃないの、それでね……」

その後、彼女は要領を得ない話し方で、軽音楽部の顧問になったのは、気に入っているから文句はないが、
もしあの写真が、他にも学校内にあったらと思うと不安だから、その恐れのある場所を探している、ということを言った。

「ねえ、聞いてる?」

知られたくないような素振りをしていたくせに、いざ話し終わると、彼女は怒ったように私に言った。
私は足を組み、相変わらず頬杖を付いたまま、薄く開けた目で彼女を見て、言った。

「どうでもいいんですけど、その話、私にとって」

あとからあとから付け足して、意味が取りにくくなった言葉を聞いて、先生は何故か笑った。

「和ちゃん、手伝ってよ。生徒会室が一番怪しいのよね」

私は思わず、はぁ、と大きくため息を付いた。

「先生、私に関係ないじゃないですか。テスト期間にくだらないことさせないでもらえますか」

「あら、生徒会室でぼうっと頬杖を付いているのは下らないことじゃないのね」

私が言い返そうと口を開く前に、パシャッと、電子音が聞こえた。私が目を白黒させていると、先生は、手を口に当てて笑い、もう片方の手に握った携帯電話の画面を私に見せた。

「じゃん、気だるそうな工O工O和ちゃんの写真です」

画面には、殆ど机に頬がつくくらいの、だらしない格好をした私が写っていた。
よく見ると、組んでいる足の間から、めくれあがったスカートの下の下着が見えている。

7: 2010/11/07(日) 11:22:25.46
「先生、手伝いますよ。感謝する必要なんてありません、生徒会長の努めです」

そう言って、私はすっくと立ち上がり、気をつけをした。
先生はくすくすと笑っていた。

「そんなにこの写真が見られたらマズイのかしら」

私はそれには答えず、生徒会室の奥にある本棚の、陰に隠れた段ボール箱を開けた。

「先生、過去の卒業アルバムはこの中に保管されてます。ここが一番怪しいのではないでしょうか」

私がはきはきと喋ると、先生はますます笑った。
扉を閉めて、携帯電話を胸ポケットに入れ、私の方に近づいてきて、段ボール箱の中身を漁った。

「そうねえ、卒業アルバムになんかマズイもの載ってたかしら……」

彼女が黒歴史探しに躍起になっている隙に、私は彼女の胸ポケットに手を伸ばした。
その手は、ぴしりとはたかれた。

「和ちゃん、スケベ」

そう言って、先生は、けらけらと声を上げて笑った。
私は顔に血がのぼるのを感じた。

「なっ……そういうことじゃありません、下衆な勘ぐりはやめて頂けますか」

私が赤くなっているのを見ると、先生はますます笑いが収まらなくなったようで、お腹を抱えて笑った。
ひとしきり笑った後、先生は、人差し指と親指で携帯電話をつまんで見せて、いたずら好きの子供のような声で言った。

「ふふ、和ちゃんが私の写真を見つけたら、この写真消してあげるね」

8: 2010/11/07(日) 11:24:52.47
それから、おもむろに立ち上がって、私を見下ろしながら言った。

「じゃあ、私帰るわね。見つかったら教えて頂戴」

それから、私の体中ぺたぺたと触って、私の制服のポケットから携帯電話を引っ張り出した。
不慣れな仕草で、赤外線で連絡先を登録しあって、私の制服に携帯電話を押しこんで、笑った。

「なるべく早く連絡してよね。じゃあ、ばいばい」

手を振りながら、彼女は生徒会室を後にした。

その後、私は小一時間ほど生徒会室を探しまわった。
そして、勉強をしなければならないと思い、慌てて帰った。


かつかつと音を立てて、シャープペンシルを踊らせながら、先生のことを考えた。
そもそも、見つけなければデータを消さないというのは、おかしいことではないか。
もともとあるかどうか分からないものなのに。
最悪の場合、軽音楽部部長から、先生の写真を奪いとってやる必要があるかもしれない。

とにかく一度冷静になって考えようと思い、入浴して布団に潜り、天井を眺めていると、いつの間にか私は寝てしまった。


目を覚ますと、私は自嘲して笑った。
単純に、先生に、写真が見つからなかった、と連絡すれば済む話ではないか。
一晩私を悩ませたことが解決して、私は軽い足取りで学校に向かった。

いつもより早く学校に着くと、誰もいない教室の空気が、とても澄んでいるように感じた。
この広い教室に、他の生徒がいないと言うのは、素晴らしい開放感を私に与えてくれた。
しかし、それも、携帯電話の振動が台無しにした。

10: 2010/11/07(日) 11:28:29.13

メールの本文は、とても短かった。

『昨日の写真に和ちゃんのパンツが写っているのを発見しました。撮り直すので、生徒会室に来て下さい』


訳がわからないと思いながら、私は駆け足で生徒会室に向かった。
扉を開けると、先生が足を組んで長机に座っていた。
足と足の間を指さして、妖艶な声で言った。

「ここ。ここからね、ちらっとパンツが見えてたのよ」

私は一瞬、先生の指の先にあるものを見つめて、息を飲んだが、すぐに目を逸らした。
先生は大声を上げて笑った。

「なんちゃって。どきっとした、どきっとしたでしょ?」

さっきとは打って変わって、子供のようにお腹を抱えて先生は笑っている。

「なに言ってんですか、同性愛者じゃあるまいし」

突然、先生は笑うのをやめた。
足を組んだまま、髪を撫で付けながら、私の目をじっと見つめた。

「いやかしら?」

えっ、と私が呆けた声を出すと、先生は、囁くような声で言った。
聞き逃さないように、私は耳をすました。

「例えば、私が同性愛者だったら、いやかしら。今すぐにでも、この部屋を出ていきたいと思う?」

11: 2010/11/07(日) 11:31:22.66
先生の目は、さっきまでよりも湿っているような気がした。
ハイライトが大きくなっていて、そのうち先生の目からはみ出してしまいそうだった。

「いえ、そんなことは……ありません、けど」

けど、何なのか。自分でも分からなかったが、先生は、大人っぽい妖艶な笑顔でも、子どもっぽい無邪気な笑顔でもない、
その中間にあるような、不思議な顔で、眉を下げて笑った。

「そう」

短くそう言うと、直ぐにそっぽを向いて、腕を組んだ。
教室に戻っていいよ、と言われたけれど、私は暫くそこに立っていた。
私は同性愛者ではない、けれど、宙を見つめる先生の横顔には、曲線美があった。
目には蛍光灯の光が輝いていて、そこにもう一つ、太陽があるようだった。
長い髪は、絹のように滑らかで、光りを反射して、まるで踊っているようだった。

「あの、先生」

写真は見つかりませんでした、と言おうと思った。
けれど、先生が私を見ると、その言葉はどこかへ吹き飛んだ。
ハイライトの世界に、私が、私だけが映っていると思うと、私はいいようもなく至福な感じがした。

「なあに」

髪を掻き上げて、先生が言った。
ばらばらになった髪の毛が、また束を作るまでの一瞬、それはきらきらと空中で輝いた。

「放課後、一緒に写真探しませんか。独りだと効率が悪いし、それに……」

私が最後まで言い終わらないうちに、先生は、いいよ、と表情を変えずに言って、私の頭を撫でてから、生徒会室を出て行った。

14: 2010/11/07(日) 11:35:44.50
結局、先生は私の写真を撮り直さなかった。
というか、考えてみれば、写真を撮り直すという行為にそもそも意味が無い。
それでも先生が私を生徒会室に呼んだ理由が、私との談笑にあればいいな、と思った。

教室に戻ると、数人の生徒がちらほらといた。私の幼馴染もいた。

「あっ、和ちゃん」

そういって、幼馴染は駆け寄ってきた。
抱きついてきた彼女の頭を撫でてやると、なんとなく、その柔らかすぎる癖毛が不快に感じられた。

「ねえ、今日こそは勉強教えてよね」

今、彼女の目に映っているのは、本当に私だろうか。私だけだろうか。

「それは、澪にでも頼めばいいんじゃないかしら」

私が彼女の部の友人の名前を出すと、幼馴染は、目を見張った。
おどおどと、目を泳がせながら言った。

「な、なに、それ……和ちゃん、どうしたの?」

幼馴染の言葉の意味が分からず、私は首をかしげた。

「なにが?」

私が尋ねると、幼馴染は無言で席に戻っていった。それをじっと見つめていると、とん、と肩を叩かれた。
振り返ると、髪を明るく染めた、垢抜けた感じの女の子が、困ったように笑っていた。

「なに、立花さん」

15: 2010/11/07(日) 11:39:19.32
立花さんは、額を人差し指で掻きながら、小さな声で言った。

「あのね、唯、拗ねてるんじゃないかな」

「なにが?」

さっきと同じ言葉を繰り返す私を、呆れたように見つめる立花さん。
彼女の髪の毛は少し傷んでいるようだった。染めているからだろうか。

「だってさ、最近、唯は部活があって、真鍋さんと一緒にいる時間が減ってるじゃない」

「だから、テスト期間くらい一緒にいたいのに、私に断られて拗ねてるって、思うの、立花さんは?」

「そうそう、流石、理解が早くて助かるなあ」

へらへら笑う彼女を見、それから、不機嫌そうに机から外を眺める幼馴染を横目に見て、私は呟いた。

「身勝手ね」

「ん、なに?」

立花さんが聞き返してきたが、私は、なんでもない、と言って席に着いた。

16: 2010/11/07(日) 11:43:18.64
テスト前の授業というものは、ほとんどが自習である。
だから、私は、軽音楽部の友人と私語をする幼馴染を見て、考えた。

もし、私が彼女に、寂しいから部活をやめてくれと言ったら、彼女はどうするだろうか。
多分、なんだかんだと理由をつけて、やめない。
大丈夫、和ちゃんのこと、大切に思ってるよ、なんて言って、結局は部活をやめない。

結局は、テスト期間くらいしか、私と一緒にいようとはしないのだ。

じゃあ、別に良いわよね、と、私は心のなかで呟いた。


「和ちゃん、一緒に帰ろうよ」

放課後、幼馴染が、昨日よりは少し真面目な顔つきで私に言った。
私は、言いようのない快感を覚えながら、吐き捨てるように言った。

「勉強するなら、参考書を買ったほうが早いわよ。それに、私今日も生徒会室に行くから」

幼馴染は絶句していた。教室を出る寸前に、友人と談笑していた立花さんが、私を見てため息をつくのが見えた。


「ねえ、和ちゃん」

段ボール箱を漁りながら、先生が言った。
生徒会室には、二人きり。私と先生が、二人きり。

「和ちゃん、昨日みたいにしてたほうが格好良いと思うんだけど、周りにバレたら嫌なのよね?」

そうですね、と私が答えると、先生は笑った。

17: 2010/11/07(日) 11:48:12.33
「勿体無いわよね。女子高なんだから、きっとモテモテになるのに」

なにをくだらないことを、と言って、私は一心不乱に段ボール箱を漁った。
ひととおり捜すと、また、となりの準備室から別のダンボールを持ってきた。

「ないわねえ。ていうか、もっとちゃんと年代別に分けておくべきよね」

段ボール箱には、ごちゃごちゃと、新旧さまざまな年代のアルバムが入っていた。
同じものがいくつも入っていることもあった。
なんとなしにその内の一冊を開いて、先生は言った。

「ねえ、卒業したあとも付き合う友人って、どれくらいいるのかしらね」

私が答えかねて黙っていると、先生は続けた。

「物理的な距離って大事よね。心のなかの相手の像が更新されないままだと、多分、相手とうまくいかなくなるものね」

「案外、更新されないほうが上手くいくこともあるかもしれませんけどね」

私が言うと、先生は、私の頬を人差し指でつついた。

「なによ、私に反対するって言うの」

言葉とは裏腹に、先生はとても楽しそうだった。適当に取り出したアルバムを開きながら、私は言った。

「この人たち、仲よさそうに肩を組んでますね」

「そうねえ」

「きっと楽しいことがたくさんあったんでしょうね。多くの時間を共有しているから、こんな風に笑うんでしょう」

19: 2010/11/07(日) 11:51:49.05
「そうかもね」

「もしかしたら、二人の関係はここで完成しているとは思いませんか。これ以上一緒にいても、劣化するだけだと」

先生は長い髪の毛を指に絡ませながら、私を見つめた。
長いまつげに隠れて、その瞳に何が映っているかは分からなかった。

「互いに、互いにとっての最高の相手の姿を、心のなかに描いているとは思いませんか。
 これ以上相手のことを知っても、その完成された絵に、蛇足を加えるだけだとは、思いませんか」

言葉を続けようとする私の唇に、人差し指を当てて、先生は笑った。

「唯ちゃんと、なにかあったのかしら?」

別に、と私が首を振ると、先生は、嘘つき、と言って、また笑った。

「だって、別に私と和ちゃんはそんなに仲が良いわけでもないのに、そんなに深く語っちゃって、不自然よ」

私が黙りこむと、先生は一人で勝手に納得して、言った。

「まあ、いいけどねえ。ここで私がしつこく訊くのも不自然だしね」

私は、先生の髪の毛に手を伸ばして、撫でた。
先生が不思議そうな顔をした。

「なに?」

「いいえ、ただ、先生の髪は綺麗だと思って」

21: 2010/11/07(日) 11:55:54.26

先生はちょっぴり照れて、そうかしら、と口篭った。
それから不思議と不快ではない沈黙が流れた。
沈黙は、私たちが捜索をやめて別れるまで続いた。
先生と私は、帰る前に、互いに微笑んだ。


そんなこんなで、テスト期間中、私たちはずっと生徒会室を漁り続けた。
正直、ここには写真なんか無いんじゃないかと思ったが、どういう訳か、先生も毎日生徒会室に来た。
幼馴染はずっと不機嫌だった。私はそれを見て、嬉しく思い、哀れに思った。
彼女はなんと愚かなのか。


「ないかもしれないわねえ」

テスト当日、その日もしつこく生徒会室に通って段ボール箱を漁っていると、先生が残念そうに呟いた。
私は、慌てて言った。

「まだ、分からないじゃないですか。探せばきっとありますよ、頑張りましょう」

先生は苦笑して、よく通る声で言った。

「あのね、私にとっては無いほうが良いのよね。そこのところ、忘れてないかしら」

私はただ、肩を竦めるしかなかった。先生は続けた。

「明日でテストも終わって、明後日からは生徒会の活動も再開するだろうし、写真探しは明日でおしまいね。
 明日見つからなかったら、和ちゃんの写真、消しておくわね」

22: 2010/11/07(日) 11:58:54.81
それから、先生は生徒会室を後にした。
先生の背中を見て、私は、思った。

昨日までは、今日より一時間は長く一緒にいたのに。
写真が、写真が見つかりそうになかったら、一時間も、一緒にいる時間は減ってしまうのか。
明日が過ぎれば、私たちが一緒にいる時間は、それこそ、ゼロになってしまうのではないか。

私は同性愛者ではない、けれど、その日は遅くまで生徒会室に残って写真を探し続けた。
写真は見つからなかった。


「和ちゃん、今日のテストの出来は、さぞかし良かったんだろうね?」

定期試験の最終日の放課後、私が生徒会室に向かおうとすると、幼馴染が刺々しく言った。
相手をしている暇は無いというのに。

「ごめん、唯、私生徒会室に行くから」

私がそう言って、彼女の隣を通りすぎようとすると、彼女は私の腕を掴んだ。
まだ教室に数名の生徒が残っている中、幼馴染は震える声で囁いた。

「変だ……おかしいよ、和ちゃん……どうしてかまってくれないの、私のこと」

私が、彼女の力を奪うような、辛辣な言葉を吐く前に、立花さんが唯の頭に手をおいた。

「駄ぁ目だよ、お母さんを困らせるようなこと言っちゃあ」

幼馴染は黙って私の腕を放し、知らない、と呟いて教室を出て行った。
立花さんが、怒ったように私に言った。

23: 2010/11/07(日) 12:00:29.41
「もう少し優しくしてあげてよね、唯、ちょっとグレちゃうよ」

私は彼女を横目に見て、教室を出た。
振り返って、彼女に言った。びっくりするほど明るい声が出た。

「知らないわよ、そんなの」


「写真、ないみたいねえ。よかったよかった」

ちっとも良くない。私は、満足した様子の先生を見つめた。
その仕草に、少しでも、残念がる様子を見つけたかった。

「まだ、確認してない段ボールはありますけど」

嘘だ。もう全てのアルバムを確認した。一冊一冊、隅から隅まで。

「うーん、しかし、まあ、そんなところにあるのは、そう簡単に見つからないでしょ」

事もなげに言う先生が憎らしかった。
相変わらず綺麗な髪の毛が、しなやかな指が、憎らしかった。

「ふふっ、それとも、単純に私と一緒にいたいから、そんなことを言ってるのかしら」

私は、透き通るような先生の瞳を見つめて、首肯した。
不思議と、赤面はしなかった。くつくつと笑って、先生は言った。

「可愛いんだ、和ちゃん。でも、駄目」

それから、人差し指で、つん、と私の額を突いて、先生は立ち上がった。

25: 2010/11/07(日) 12:05:01.62
「ごめんね、和ちゃん、バイバイ」

私は一人残った生徒会室で、携帯電話をポケットから取り出した。


「はぁ?さわちゃんの写真?」

髪を上げたカチューシャの女の子が、怒ったように言った。
私が彼女を呼び出した教室には、他に誰もいない。

「そう、持ってるでしょ。できたら、譲って欲しいのだけれど」

私はなるべく柔らかい物腰で話を切り出したが、彼女はハナから喧嘩腰だった。

「そんなことよりさ、なに、和、唯と喧嘩でもしたわけ?」

特に思い当たるフシもなかったので、私は首を横に振った。

「そんなことないと思うわよ。それより、写真は譲ってくれるの、くれないの?」

彼女は、苛立ったように頭を掻いた。

「なにもないことはないだろうに、現に唯があれだけ苛立ってるんだからさ」

「アイスでも食べ損なったんじゃないの」

私が茶化して言うと、彼女はいっそう苛立を募らせたようで、ああもう、と声に出した。

「和、あんまりふざけるなよ。真面目な話なんだ、さわちゃんの写真とかどうでも良いだろ、今は」

27: 2010/11/07(日) 12:09:13.27
不思議な感覚がした。

「唯さ、泣き出しそうだったぞ。昨日も、さっきも、和が相手してくれないっつってさ」

多分、キリスト教徒が、異教徒を弾圧するとき、程度は違えど、今の彼女と同じようなことを言うんだろう、
そんな、不気味で、腹立たしく、また、笑い出しそうに可笑しな感覚がした。

「部活で、今までよりは一緒に入られる時間も減るんだしさ、テスト期間くらいは一緒にいたい、って感じだった」

彼女たちは、私の幼馴染を物事の中心に捉えている。
中心に、私の幼馴染がいて、そこから一本のびる、細い線で繋がっている私がいて。
その細い線が切れかかっていることが問題だと思っている。

「唯は、べつに和に勉強を教えて欲しいわけじゃないんだよ、一緒にいたいってだけでさ」

なんと愚かなことか。この娘も、立花さんも、私の幼馴染も。
私の周りにあるものには、目もくれようとしないのだ。
自分たちを主人公の位置に置いて、脇役である私が、何を頑張ろうと、知ったことではないのだ。
私の行為は、全て私の幼馴染のために為されるべきだ、とでも考えているのだろうか。

「だから、まあ、あんまり唯に冷たくしないでやってくれよ」

「で、写真は?」

私が間髪入れずにそう言うと、彼女は今にも私に殴りかかりそうな表情で言った。

「だから、今はその話をしてるんじゃないだろ」

「私はその話がしてくて貴方を呼んだんだけどね。まあ、いいわ、あなたがしたい話をしてあげましょうか」

28: 2010/11/07(日) 12:13:24.37
私は腰に手を当てて、少し体を傾けた。
重心をずらすと、そばにあった机に座ることとなった。
さわ子先生が、格好良いと言った、あの、どこか気だるそうに見える姿勢で、私はカチューシャの女の子に言った。

「唯は、私と一緒にいたいの、そう彼女が言ったの?」

流し目に彼女を見ると、彼女は、普段の像からかけ離れた私の姿に、心底驚いているようだった。
私はさわ子先生のことを思い浮かべて、苦笑した。

「言ってないよ、でも、そんなの見てりゃ分かるだろ」

「馬鹿ねえ、律、私は軽音楽部じゃないの。いつも唯をみているわけじゃないのよ」

一呼吸置いて、唖然としている軽音楽部部長に、私は言った。

「唯だって、生徒会に入ってないから、私のことをいつも見ているわけじゃない。
 そんな状況で、一体なにを分かれって言うの」

彼女は面食らったように、おどおどと反論をした。

「でも、唯はいつもお前のことを考えてる。考えるくらいは出来る」

「考えるっていうのはね、律、自分の心のなかの相手の像を見ることなのよ。
 互いに会わなければ、その像はどんどん現実から遊離していくの」

「でも、お前ら、幼馴染じゃんか」

何が言いたいのか分からなかったが、しかし、とにかく私は反論した。

「幼い頃は馴染んでたけど、最近は馴染んでなかった。それが問題なのよ」

29: 2010/11/07(日) 12:16:53.58
相手が何かを言おうとする前に、私は、止めを刺す言葉を見つけた。
それを口にするのは、至上の喜びだった。

「ねえ、私の中の唯の像を、いつも私のそばにいる、妹みたいな唯を、ぶち壊したのは、あなた達なのよ。
 私の中の唯を、テスト期間だけ頼ってくる、いつもは部活で私に構いもしない、
 名ばかりの幼馴染に変えたのは、軽音楽部なのよ」

カチューシャの女の子は、黙り込んでいた。

「だから、ねえ、私が唯の思ってる私と違うからって、あなた達は私を責められるの?」

カチューシャの女の子は、でも、と言ったが、その後の言葉は思いつかないようだった。

「もう良いでしょう、写真はくれるの、くれないの?」

私が言うと、彼女はポケットから一枚の写真を取り出した。
いつも持ち歩いていることに驚いたが、彼女は、いつでもからかえるように、と言った。

「なにに使うんだよ」

腹抱えて笑うためよ、なんて、はぐらかすような言葉を言おうとしたけれど、
私は、すんでのところでとどまり、それから口の端を吊り上げて笑って、言った。

「唯が思ってる私を、思い込んでる私の像を、粉々にするのよ。あの娘の、私を、頃すの」

私はそのまま教室を後にした。
振り返りはしなかったが、律が、ごめんな、と呟いたのが聞こえた。


30: 2010/11/07(日) 12:19:25.29
「写真、見つかった、って本当」

生徒会室に先生を呼び出すと、先生は息を切らして駆けてきた。
私は手を伸ばして、先生の顔にかかった髪の毛を払った。

「あら、ありがとう。それで、写真は……」

どうでもいいじゃないですか、そんなの。
そう言おうとして、口をつぐんだ。それでは、軽音楽部の部員たちと、同じになってしまうから。

「はい、これです」

私がポケットから写真を取り出すと、先生の視線は写真に釘付けになった。
私はそれを微笑ましく思った。

「そう、それよ!りっちゃんが持ってるのと同じのがあるなんて、危ないところだったわ」

けれど、先生の目を見たとき、ふと気づいた。
輝く彼女の瞳の中に、今、私は映っていない。写真が映っているだけだ。
煌くハイライトの中に、私の像はない、それは、なんと恐ろしいことか。
なんと虚しく、悲しいことか。

「やっぱり、駄目です、あげません」

私は写真をポケットに入れた。
先生は、真面目な顔つきで、どうして、と尋ねた。

「先生、私の写真、消さずに持っていてください」

「あら、消して欲しいんじゃなかったの」

31: 2010/11/07(日) 12:24:12.67
「消さないでください」

先生は困ったような顔をした。
眉尻を下げて、目を細めて笑った。

「そんなことしたって、和ちゃんのお願いは聞けないわよ。一緒には、いられない」

「一緒にいられないなら、なおのこと、持っていて下さい」

先生は、そっか、と、妖艶に笑った。
全てを見透かされているようで、私は恥ずかしかった。

「分かった、消さないでおく。写真も、和ちゃんが持っておいていいよ」

そう言って、先生は、職員室に戻ろうと、生徒会室の扉を開けた。

世界の終わりを見たような、親の敵を見るような、壊れたおもちゃを見つめるような目をした、私の幼馴染がいた。

「さわちゃんなの?」

私の幼馴染は、いつもの柔らかい声で、機械のように笑いながら答えた。
彼女の瞳のハイライトは、ぼんやりと滲んでいて、あまり綺麗ではなかった。

「さわちゃんが、私の和ちゃんをとったの?」

さわ子先生は、首をかしげた。綺麗な髪が肩にかかった。

「なんのことかしら」

「ねえ、和ちゃん、さわちゃんのせいなんだね。さわちゃんのせいで、私にかまってられなくなったんだね」

32: 2010/11/07(日) 12:29:03.90

幼馴染は、先生には答えず、私に詰問するような口調で言った。
私は、彼女のことを、馬鹿だと思った。

「ねえ、唯、だとしたら、どうするの」

幼馴染は、私が話しかけると、目を輝かせた。

「なんでも、するよ。なんなら、さわちゃんを頃すことだって出来るよ、幼馴染だもんね、私たち」

先生は何か言おうとしたようだったが、私が狂ったように笑ったものだから、
ぎょっとして、口をつぐんだ。

笑いが止まらなかった。休日、部活が無い日ですら、私ではなく、部の友達と遊んでいたくせに、
何を言っているんだ、と思った。
私は、醜く、口の端を吊り上げて、目を見開いて、言った。

「そこで、私を頃すって言えないから、あなたは馬鹿なのよ」

彼女は馬鹿だった。自分の中の、私の理想像が壊れてしまいそうなら、私を頃したほうが早いのに、
それをせず、かといって、理想像を諦めることもしない、馬鹿だった。
だから、私の幼馴染は、私が生徒会室を出る時にも、情けない声で、こう囁いたのだ。

「幼馴染だよ、私たち……十年間、一緒にいたんだよ」

私は振り返らずに、扉を閉めた。


33: 2010/11/07(日) 12:35:10.25
つかつかとひとりで廊下を歩いていると、私の足音に、もう一つ、忙しない足音が重なった。
長い髪を揺らして、先生が、走ってきて私に並んだ。

「かっこよかったわねえ、さっきの和ちゃん」

予想だにしなかった言葉に、私は立ち止まった。

「格好良い?」

「うん。なんか、悪の組織のリーダーって感じだったわよ」

先生は子供っぽく笑った。
私の不安そうな顔に気づいたのか、先生は優しく笑った。

「和ちゃんがどんな人だろうと、気にしはしないわよ。
 和ちゃんだって、私が同性愛者でも気にしないんでしょう?」

私は胸が高鳴るのを感じた。

「期待してもいいですか、先生が、同性愛者だと」

先生は舌をちらりと出して、笑った。
残念。

「まあ、気長にやりなさいよ。意外とゴールは近いかもよ。ただ、ころばないようにしなさい」

そう言って、先生は駆けていった。揺れる髪の間から見えたうなじが、ほんのりと赤かったのは、何故だろうか。
それを考えると、私は顔が熱くなった。

ゴールは近いかもしれない。私はひとりで微笑んで、携帯電話を手にとった。ころばないように。

34: 2010/11/07(日) 12:38:13.06


「それ、真鍋さんがすればいいのに。そうしたほうが、唯も喜ぶと思うよ」

私が言うと、生徒会長は電話越しに笑った。

『いやよ。余計面倒なことになっちゃうから。それに、もう家に着いたし』

どうにも、最近は生徒会長の知りたくない面ばかり見てしまう。
意外と子供っぽかったり、執念深かったり、そして、幼馴染を平気で傷つけるほど、冷酷だったり。

『あのね、勘違いしないでよ。唯は幼馴染だけど、最近は仲が良いわけでもなかったんだから』

「そう、私にはそうは見えなかったけど。唯だって、いつも真鍋さんの話をしてたよ」

生徒会長は、呆れたようにため息を付いた。

『あなたも唯しか見てないのね。もう少し、私のことも見てくれれば、もっと分かったこともあったんだけどね』

「なにそれ」

『さあ、なんでしょうね。とにかく、生徒会室に行ってね、よろしく』

電話が切れる直前に、生徒会長は、あと、と慌てて付け加えた。

『さわ子先生が高校時代の写真を探しまわってたわ。聞こえた?ちゃんと言ったからね』

意味が分からないと思いながら、私は携帯をポケットに入れて、生徒会室に向かった。

36: 2010/11/07(日) 12:40:57.82
「やっほー、唯ちゃんは泣き虫さんなのかな」

右手でキツネを作って、かがみこみ、膝を抱えて座り込むクラスメイトに話しかけた。
生徒会室には、私と彼女の二人しかいなかった。

「姫子ちゃん」

顔を上げて、クラスメイトが言った。

「私、間違えてなかったよね。幼馴染だもん、一緒にいるのが当然だよね」

私は、クラスメイトの頬に、右手のキツネで噛み付いた。
頬を引っ張られて、クラスメイトは情けない声を出した。

「いたい、なにすんのさ」

「いや、唯があんまり馬鹿だから」

クラスメイトは、急に鋭い目付きで私を睨みつけて、言った。

「なにが」

「怖いねえ、まあ、ちょっと落ち着きなよ。大体、唯はさ、いつも真鍋さんと一緒にいなかったじゃん。
 部活、とかなんとかで」

「だって、それは、和ちゃんだって分かってたもん。
 和ちゃんだって、私が成長して嬉しい、って言ってたもん」

瞳を潤ませるクラスメイトは、小動物のような可愛さがあったが、けれど、途方もなく馬鹿だった。
なんとなく、生徒会長の言っていたことが分かった気がした。

37: 2010/11/07(日) 12:44:03.39
「あのね、唯、あんた馬鹿だね」

「だから、なにがさ」

「結局さ、唯は真鍋さんのことなんて見てなかったんだね。
 自分の中にある、空想の真鍋さんを見てただけだよ」

そんなことない、としゃくりあげながらクラスメイトは言った。

「あるよ、そんなこと。それでいて、実際の真鍋さんが自分の理想と違ったら怒ってるんだもん。
 そりゃあ、真鍋さんも愛想つかすよ」

クラスメイトは、私の言葉を払いのけるように、手を振り回した。
私には当たらなかった。

「終わってないよ、まだ、きっと、なんとかなるよ。
 だってさ、真鍋さんも、唯に放って置かれたから、唯から離れていったんだよ。
 きっと、それは寂しかったってことで、寂しいってことは、唯のこと、好きなんじゃないかな」

クラスメイトが、明るい声で、本当、と私に尋ねた。
私は慌てて言った。

「いや、友達としてね、あくまで、幼馴染として」

クラスメイトは相変わらず笑っていた。もう、と小さく言った。

「それでも良いんだ」

それでも良い。そんなものだろうか。
釈然とせずに私が黙り込んでいると、唯は、私の目を見つめて言った。

38: 2010/11/07(日) 12:47:01.59
「和ちゃんの髪、綺麗なんだよ。短くて、色気もないけど」

それから、ゆっくりと私の頬に手を伸ばしてきた。

「姫子ちゃんは、髪の毛染めてるのかな」

流石に地毛だというのも無理があったから、私はゆっくりと頷いた。
そうする間にも、唯の手は、私の頬を撫でて、首筋へと下がっていった。

「姫子ちゃんの髪の毛、ちょっと傷んでる」

目を細めて、唯は言った。
いつもより、ずっと大人びて見えた。
私が、なにさ、と口を尖らせて言うと、唯は笑った。

「でも、良いんだ、今はこれで。傷心の友人の前に、キューティクルに傷ひとつ無い髪の毛で来るなんて、
 嫌味だよ、そうは思わない? だから、しばらくは、姫子ちゃんの髪の毛が良い」

「どういう、ことかな」

39: 2010/11/07(日) 12:49:42.28
間抜けな声で私が聞き返すと、唯は小さく微笑んだ。

「しばらく一緒にいて、って言ってるの」

そして、両手を私の首に回して、髪の毛を人差し指で弄り始めた。
私と目が合うと、いたずらっぽく、唯は笑った。

「勝手にしてよね、唯」

「勝手にするよ、姫子ちゃん」

私は同性愛者ではない。
けれど、互いに名前を呼び合ったとき、少し胸が高鳴ったし、
彼女の濡れた瞳を見たとき、私はどうしようもなく保護欲を駆り立てられた。

私は同性愛者ではないけれど、しばらく、こうして友人の頭を撫でるのは、悪いことではないだろう。

40: 2010/11/07(日) 12:54:14.03
科学の力は凄い。特に、情報通信技術の進歩はめざましい。
こうして携帯電話を少し操作するだけで、傷心の幼馴染を慰め、さらに、自分のゴールにも近づくことが出来るのだから。
幼馴染のほうは、立花さんが何とかしてくれるだろうから、私は、また別の人に電話をかけた。

勉強しかすることのなかった私の部屋で、私は今、相手が電話にでるのを今か今かと待っている。
シャープペンシルの音の代わりに、私の心臓の音が部屋中に響いた。

『はいはい、どうしたのかしら、和ちゃん』

明るい声が聞こえた。その声は、マイクを通して電気信号に変換され、電波となって宙を漂った後、
私の携帯電話で再生されているにも関わらず、歌うような調子を失わなかった。

「先生、よく聞いてくださいね」

なに、と先生は言った。
その声に、期待するような調子を感じたのは、私の気のせいだろうか。

「先生が写真を探してること、言いました、立花さんに」

41: 2010/11/07(日) 12:57:16.31
一瞬沈黙が流れて、先生は艶やかな声で言った。

『そっか、じゃあ、約束通り犯すね』

本当に、科学の力は凄い。
ちょっとボタンを押すだけで、簡単にゴールに到着してしまうんだから。
電話の向こうで、何をなさっているんですか、山中先生、と聞こえた。

『え、いや、別に何でも……』

最後に、先生は小さな声で言った。

『じゃあね、和ちゃん。明日、楽しみにしといてよね』

科学の力は凄い。
無骨な数式と、不恰好な英字が、今では舞踏会の招待状のように見える。
本当に科学の力は凄い。
私は同性愛者じゃないから、これはきっと、恋の力なんかじゃない。

だから、やっぱり、さわ子先生の声を伝える携帯電話は、
さわ子先生の姿を焼き付けるカメラは、凄い。

そして、さわ子先生はやっぱり綺麗だった。


42: 2010/11/07(日) 12:59:41.49
和「っていう妄想でね、昨日悶々として眠れなかったの」

憂「いや、おかしい。最後のほうが圧倒的におかしいよね」

和「あら、なにが?」

憂「なんか、さわ子先生のこと褒めちぎって終わってるよ。なにこれ」

唯「流石私の妹だね、私もそう思ってた」

和「べつにおかしくないわよ。さわ子先生綺麗だもの」

さわ子「ちょっと、やめて、恥ずかしいじゃない……おい、平沢笑うな」

唯「くくっ……ごめ、ぶふっ……」

さわ子「ちょっとお前後で屋上来いよ」

和「先生かっこいい」

憂「ねえ、和さん、なんで私じゃなくて立花さんなの。立花さんって、あのビッチ系の女の人だよね」

姫子「そういうことは私のいないところで言ってくれるかな」

憂「お前が出てけ」

姫子「おかしい、それはおかしい。ここ三年生の教室なのになんでそんなに偉そうなの」

憂「うるせえよ、あんま調子乗ってんなよ」

43: 2010/11/07(日) 13:01:29.93
唯「やばい、私の妹もちょっとおかしかった。姫子ちゃん、殺されないうちにおいで」

憂「あっ、ちょっと!」

和「唯達も帰ったし、私たちも帰りましょう、先生」

憂「……うわあ、人のこと呼んでおいて置いて帰るなんて、和ちゃんも大概だよ……あ、電話だ」

憂「……あ、純ちゃん、うん、そう、お姉ちゃんの教室、うん」

純「颯爽登場、銀河美少女、鈴木純!」

憂「やっほー」

純「あら、憂一人なの?」

憂「そうなんだよ。酷いよね」

純「ふーん、そだね。じゃあ、一緒帰ろうか」

憂「携帯で呼んだらすぐ来るなんて流石純ちゃんだね」

純「褒めるでない。照れるであろう」

憂「ふふ……あ、ねえ、純ちゃん」

純「うん?」

憂「かがくのちからってすげー」

45: 2010/11/07(日) 13:08:25.25
そんなわけで和さわがもっと流行ればいいなと思うのでした。

46: 2010/11/07(日) 13:09:29.31
飽きただろお前www

50: 2010/11/07(日) 14:08:52.10

58: 2010/11/07(日) 16:47:33.76
乙です!

引用元: 和「かがくのちからってすげー」