2: 2011/06/03(金) 07:27:01.04
 体中が痛い。何がが燃えているような臭いがする。瞼も開くのが億劫であり、口の中に鉄の味が広がっている。もっとも、そのような味を感じた事は、巴マミの12年の人生の中では今が初めての体験であった。

 やっとの事で目を開けると、かすかにこぼれる光が見える。割れた窓ガラスからは、目線と同じ高さにアスファルトの地面が見え、ついさっきまで乗っていた車内の風景は、上下が引っくり返っていることが分かった。

(ここから出なくては。)

 だが、それを理解したところで、手も足も指先1本、マミの意思には従ってくれない。
どうして動かないのかまでは理解が出来なく、また自分の体の状態を確かめるために首を動かす事すら難儀であった。

もっとも、マミの手足はおろか、体のほとんどの部分が潰れた車体フレームに押しつぶされており、たとえ目を向ける事が出来たとしてもそれは徒労に終わったことであろう。

3: 2011/06/03(金) 07:27:45.84
(氏にたくない。)

 次に理解できたことは、自分が氏の危機に直面している事であった。しかし、素人目にも、また凄腕の医者であろうと、現在の彼女を一目見れば、もう手遅れである事は容易に判断できた。

(氏にたくない。)

 この言葉を心の中で繰り返す。抵抗することで、少しでも助かる見込みがあるかのように。

(氏にたくない。)

 ふと、目に刺さっていた外の光に影が入る。影はちらちらと動き、何か猫のような小動物が窓のあたりにいるかのように思えた。

(誰かいるの?)

 「それ」は実際に猫のようであり、兎のようにも見えた。真っ白く、長い耳を持ち、赤い瞳を持った動物がこちらを見つめている。

「・・・・・・・・・・・・」

 動物は、こちらに何かを語りかけているように見える。もはや、マミの聴覚は、これだけ至近距離の音すら碌に拾う事が出来なかった。

「・は・・・願・・・・だ・?」

(何を言っているのだろう。全然聞こえない。)

 マミは心の中での抵抗をやめ、声を振り絞る。

「助けて・・・」

4: 2011/06/03(金) 07:29:50.17
 次に気づいた時には、あれだけ重たかった瞳はすんなり開いた。
 
 体中の痛みもなく、あの不快な臭いもない。代わりに、消毒液のような臭いがマミの鼻腔につーんと染みる。
そこは病院のベッドの上であり、少し目を開けただけで、自分は横たわり点滴をうけている様子が見えた。

(なんで私はここに居るんだろう?)

 体を起こすと、病室の隣のベッドで本を読んでいた年配の女性が声をあげた。

「まあ・・・まあ、まあ・・・!」

 お婆ちゃんと呼んでもいいような具合のその女性は、マミを見て嬉しそうに話しかける。

「お譲ちゃん、良かったねえ・・・助かって良かったねえ・・・」

(助かった?)

 わけが分からない。頭の中を整理してみようとはするが、その作業を行う前にまた女性は話しかける。

「そうだ、お医者さんを呼ばなきゃ。ちょっと待っててね。」

(私はどこも悪くないのに、なんでお医者さんを呼んでくるんだろう。)
(そして、なんでこの人は泣いているのだろう。)
(・・・ああっ、お婆ちゃん危ない!)

 女性はよろよろと立ち上がろうとするが、バランスが取れていないためなのか、ふらふらしているように見える。
今にも転んでしまうのではないかと、マミは不安になった。

「あ、あの。私なんともないので、お医者さんは私が呼んできますよ。」

 まさか自分のために医者を呼ばれるとは思っていなかったため、
このお婆ちゃんのためにお医者さんを呼んでこよう、そうマミは考えた。

「無理しちゃだめだよ、ずいぶんひどい事故にあったようじゃない。」

(無理しちゃだめだよ、と言われても。その言葉をそのままお婆ちゃんにお返しするわよ。)

「平気ですよ、ホラ。」

 自分で体の具合が悪くないことを確かめるつもりでもあったのだが、マミはらくらくと体を起こし、
女性が次の言葉をかける暇も与えず、ベッドから抜け出し、冷たい床の上にぴょん、と跳ねてみせた。

5: 2011/06/03(金) 07:31:24.53
(うん、何も調子は悪くない。)

 続いて、きょとんとした様子でマミを見る女性のもとへ小走りに近づく。女性にその小さな肩を貸し、
ベッドに戻してあげた。

「若いってのは元気なのねえ、ありがとうね。」

 褒められると素直に嬉しい。マミは女性に微笑んでみせた。その時、病室のドアが開き、
看護婦が二人を見て少し驚いた様子を見せた。しかし、すぐに笑みを浮かべ、こう続けた。

「巴さん、目が覚めたのね。吉野さんとお話していたの?」

「え?ええ、ちょっと。」

 どう返事をしたものか分からなかったため、曖昧な返事をした。そしてすぐに後悔した。
お話をしていたわけではない。ちょっとした嘘をついた格好になるが、マミは一般人からすれば
何でもないような嘘ですらも、少し罪悪感を感じるような性格であった。

「私が起き上がろうとしていたところを、寝ていなきゃだめでしょ。って怒られちゃったのよ。」

 吉野さんと呼ばれた女性が続ける。自分の代わりに釈明をしてくれた吉野さんに心の中で感謝をする。

「あらあら、それはいけませんね。吉野さんは安静にしていないと。それから、巴さんも。
怪我の様子は軽かったようだけれど、一応はあんな事故の後なんだし、少し寝ていてね。」

6: 2011/06/03(金) 07:32:55.41
(さっきも聞いたな。あんな事故?)

 頭の中によぎる。ガソリン臭い車内と、口の中に広がる変な味。
ああ、私は事故に遭ったんだ。
 ようやく、マミの中で納得が出来た。私は事故に遭って、病院に居るんだ。
一つの納得が生まれると、さらに沢山の疑問が湧き出す。

「お父さん、お母さんは?」

 看護婦の表情が暗くなる。何も言ってくれない。吉野さんを見ると、
マミが起き上がった時に見せた涙は止まっていたはずなのに、また泣いている。なんで?

 考える暇もなく、吉野さんは私の頭を、その細い腕で包んだ。

 吉野さんが見せた二つの涙の意味の違い。12歳という年齢でそれを理解出来る人間はそう多くはないだろう。
しかしマミは、今この時点で「それ」を知ってしまった。

「・・・ック・・・・・・・・ヒック・・・・」

(止まって。)

「・・・ヒック・・・・ック・・・・・・・」

(そう簡単に泣くんじゃありません、ってお母さんが言ってた。)

「・・・ック・・・・ヒッ・・・・・・・・・」

(お願い・・・止まって・・・)

7: 2011/06/03(金) 07:35:03.43
 吉野和子さんはとても優しかった。相変わらず気分は沈んでいたが、
吉野さんと話をしている時だけは沈んだ気分もどこかへ行ってしまった。
時々、叔父や叔母も見舞いに来てくれたが、マミにとっては気遣ってくれる彼らに
申し訳なく思いながらも、彼らとの会話より吉野さんと話をしている時の方が楽しかった。

「マミちゃんはいい子だねえ。私が治ったら、遊園地にでも一緒に行こうかねえ。」

「私も吉野さんと遊園地行ってみたいです。早くお体治して下さいね。」

「おお、こりゃ早く治さないとねえ。マミちゃん待たせちゃ悪いからね。」

(お婆ちゃんと一緒にいるって、こんなに楽しいんだ。)

 マミが生まれてすぐにマミの両親共に母親が亡くなっていたため、
マミは祖母というものを知らなかった。

「そうそう、遊園地といえば行きたいって言ってたのがもう一人・・・」

8: 2011/06/03(金) 07:36:40.02
 吉野さんが言い終える前に、病室のドアが開く。

「和子おばさま、お見舞いに参りましたわ。」

 100人中90人は「美人」と形容するような、さわやかな黒髪の少女が病室に入ってきた。
制服を着ているところから、学校の帰りなのだろうと推測される。

「あらあらマリエちゃん、元気にやってるかい?」

「ええ、私は元気ですわ。和子おばさまこそお元気そうで。そちらの女の子は?」

「紹介しようとしていたところよ。こちらはマミちゃん、私の自慢の孫よ。」

「おばさまたら・・・私は吉野マリエ、よろしくね。マミちゃん。」

「は、はい。宜しくお願いします。」

 マリエと呼ばれた少女と握手をかわす。綺麗な人だなあ、と女ながらに感心する。

「ちょうど今、マミちゃんと遊園地に行こうか、ってお話していたところなの。
マリエちゃんも行きたがってたでしょ?今度、3人で行きましょうよ。」

「ええ、是非行きたいですわ!和子おばさま、早くお体を治して下さいね。」

「あら、また言われちゃったよ。こりゃ頑張って治さないとねえ。」

「あ、あの。」

 マミの声に二人が止まる。

「その、私なんかが一緒に行ってお邪魔じゃ・・・」

「あら変な事言うのねこの子ったら。」

「そうよ、お姉さんは貴方とおばさまと一緒に行きたいのよ?」

「え、そうなんですか・・・?」

「さっきも言ったじゃないか。マミちゃんは私の孫だって!」

 不意に涙がこぼれた。もちろん、両親を失った悲しみを乗り越えたわけではない。
しかし、このお婆ちゃんと話をしているだけで、心が温かくなる。
 まるで母親と話をしている時のように。

 マリエがそっとマミの頭を抱き、胸元に寄せる。

「ではマミちゃんは私の妹ね。よろしくね。」

マリエさんと吉野さんと、二人しておんなじ事するんだな。

 そう思いながら、今はその幸せな気分を心ゆくまで満喫していたかった。

 なんとか喉の力を振り絞り、かすかに声をあげる。

「ありがとう、吉野さん、マリエさん」

9: 2011/06/03(金) 07:39:44.32
「・・・ッ!?」

 マリエの腕の力が不意に強まり、他人からは見えない状態ではあったが、
少し驚きの表情を出すマミ。

「マリエさん?」

「マミちゃん・・・その宝石は・・?」

「え・・・え・・・?」

 黄色く輝くその宝石の存在に、気づいてはいた。
ずっとマミのテーブルの上に置かれていたものだ。
しかしながらマミは、それが自分の物ではないと知っていたため、
病院の備品か何かなんだろうと考えていた。

「ああ・・・これですか?病院の備品だと思いますけれど・・・」

「うん、私もマミちゃんの物だと思っていたよ。」

 和子が続ける。
 
「でも私、こんな宝石持っていませんでしたので・・・」

「和子おばさま、マミちゃんはどうして病院に?」

「え、どうしたの急に。なんでもひどい事故だったらしいけれど、
見ての通りマミちゃんはピンピンしているよ。」

 言い終えてから、和子は少しだけしまった、という具合に顔をしかめる。
マミもそれに気づくが、知らない振りをしておく。

「そう・・・分かったわ。それでは、私今日は帰りますわね。
和子おばさま、マミちゃん、御機嫌よう。」

 そう言って、マリエは病室を立ち去ってしまった。
何か気分を害する事をしてしまったのだろうかと少し考え込む。

「変な子ねぇ・・・あら、マミちゃんごめんなさいね。あの子、昔から変なの。」

「お孫さんなのに変って言うのも変ですよぉ。」

「そうだねえ。私の一家はみんな変なのかな。アハハハ・・・・」

「フフフ・・・」

10: 2011/06/03(金) 07:41:26.67
 その晩の事だった。マミは夢を見ていた。
昼に会った、マリエが何かを言っている夢。
 
 ふと、飛び起きる。夢ではない。けれど、
マリエの声が確かに頭に響く。

(マミちゃん・・・起きてマミちゃん・・・)

(え?え?なにこれ?)

(あ・・・起こしておいて言う言葉ではないのだけれども、
起こしてごめんなさいね。)

(いや大丈夫ですけど・・・これは・・・?)

(私は貴方の心に声をかける事が出来るの。お昼の事で、
貴方にどうしてもお話したい事があって・・・
病院の屋上まで来て頂けるかしら?あ、その宝石も持ってきてね。)

(え・・・はい、分かりました・・・)

 宝石を手に持ち、半信半疑で屋上へ向かう。カギは開いていた。

11: 2011/06/03(金) 07:42:33.11
「こんばんは、マミちゃん。」

「こんばんは、マリエさん・・・これは一体・・・?」

「さっきお伝えした通り、私は心の中に声をかける事が出来るの。
それは、貴方も同じなんだけれど・・・」

(・・・・?)

「これから色んな事を話すわ。マミちゃんは、その事でとても混乱する事だろうと思う。
それでも、大事な事だから聞いてほしい。」

「はい・・・」

「まず、これを見て欲しいの。」

 そう言って、マリエはポケットから宝石を取り出した。紺色に輝く宝石。
それは、マミの手の中にある黄色い宝石と瓜二つであった。

「この宝石はソウルジェムと呼ばれる物。そして、これを手にする者は、
魔法少女と呼ばれているのよ。」

(・・・?魔法少女?)

「魔法少女は、契約を結ぶ事により魔法少女となる。マミちゃん、
この生き物に見覚えはないかしら?」

12: 2011/06/03(金) 07:43:43.54
 そう言うと、マリエの肩のあたりから白い動物がぴょこんと出てきた。

「こんばんは、マミ!あの時以来だね!こうしてお話をしたかったんだ!」

(確かに見覚えがある。どこでだっけ・・・)

「あの事故の時だよ!あの時、僕と君は契約を結んだんだ!」

(そうだったっけ・・・契約・・・?)

「そうだよ契約だよ!あの時、君は確かに言ったよね!助けて、って!」

(ああ、そういえばそうだった。あの時に見たのは、幻じゃあなかったんだ。)

「そういうことだよ!そして、君は魔法少女になった。」

(どういうこと・・・?魔法少女って・・・)

「マミちゃんが納得いかないのも理解できるわ。でも、
今、貴方は一言も声を出していない。」

「あ・・・」

13: 2011/06/03(金) 07:44:56.70
 言われて初めて気づいた。それなのに、マリエさんやこの動物と会話を行えている。

「それはつまり、貴方も私たちの心に話かける事が出来ている、という事なの。テレパシーね。」

「そしてそれが出来るという事は。マミちゃん、貴方もすでに魔法少女ということよ。」

「例外はあるけれどね!」

「今は話さないで頂戴な。あの子を混乱させたくない。」

(混乱って・・・もう混乱してます・・・)

「御免なさいね、ゆっくり話すようにするから。」

「ここまでのまとめは、貴方は交通事故に遭い、この生き物・・・
QBって言うんだけれど、貴方はQBに助けてと願った。そして貴方は魔法少女になった。
その証拠は、貴方が今できているテレパシー。ここまではいいかしら?」

「はい、なんとなく・・・」

「では、話を続けるわね。魔法少女がこの世界に実際に存在するように、
魔女と呼ばれるものもこの世界に実際に存在する。」

「魔女とは、この世界に災厄を撒き散らす存在。人知れず交通事故を引き起こしたり、
人を呪い頃したり・・・そういった存在よ。」

「そして、魔法少女とは魔女と戦わなければいけない、そういう運命なの。」

14: 2011/06/03(金) 07:46:21.11
(・・・?魔女?)

「そう、魔女よ。」

 長い沈黙。しかし、話している事は飲み込めてきた。
信用できるかはともかくとして。

「簡単なことだよ。あの事故で、君の両親は氏んでしまった。本来であれば、
君も氏ぬはずの重傷だった。それがこんな短期間でピンピンしている君自身が、
もう魔法少女である証明なのさ。」

「QB・・・貴方少し黙ってて頂戴な。」

「はいはい・・・マリエはなんで怒るんだろう。僕には理解できないよ。」

「・・・ッ!こんな小さな子と契約しておいてよくも・・・!」

 マリエが怒っている。実際のところは、私もQBと呼ばれる動物と同感だ。
両親のことはとても悲しいけれど、私は助かった。そして、
魔法も使えるようになったらしい。何を怒る事があるのだろう。

「・・・どうかしら、ここまでは飲み込めたかしら?」

「はい・・・」

「それでね、貴方にどうしても伝えたい事は・・・魔法を使わないでいて欲しいの。」

15: 2011/06/03(金) 07:47:53.11
(・・・?)

「魔翌力を使えば使うほど、このソウルジェムは輝きを失い、濁っていく。
そして、濁りきってしまうと私達魔法少女は、氏んでしまうの。」

「その濁りを消し去り、輝きを取り戻すためには、魔女を倒さなければならない。
けれど、魔女との戦いそれ自体も、まさに命がけの戦いなの。」

「だから、貴方は魔翌力を使わず、そのソウルジェムを濁さないようにして。
魔女と戦うなんて事が起きないようにして欲しい。これが、
私がマミちゃんに伝えたかった事よ。」

「それじゃあ契約違反だよ。」

「黙っていなさい。」

「はいはい・・・」

 半信半疑の状態のものを、80%くらいは信用して聞くようにしたら、
あとはスムーズに理解できた。マリエさんは、
私が魔女と戦って氏んでしまわないように心配してくれているんだ。

「どうして・・・?」

「それは何に対しての疑問だい?」

「黙っていなさい。」

「そうね・・・マミちゃんは、私の妹だもの。危険に晒すわけには行かないわ。」

「それじゃあ・・マリエさんはずっと危険な目に遭ってるんですか?」

「私くらいのベテランになれば、危険なんてほとんどないのよ。
でも、貴方は新人で、しかもまだ幼い。そんな様子では、危険すぎるわ。」

「・・・・・・でも・・・」

「そんな迷惑な魔女がいるのだとしたら、私も手伝いたい。またどこかで、
交通事故で私のような目に遭う人がこれ以上増えないように・・・」

「ダメ。なんと言おうとダメよ。」

「・・・でも・・・・」

16: 2011/06/03(金) 07:49:02.51
 再び長い沈黙。今日だけの会話の中で、マリエは巴マミという人物について、
とても正義感が強く、またとても頑固だということだけは理解できた。
このまま話をしていては夜が明けてしまう。

「・・・それじゃあこうしましょう。」

「・・・?」

「貴方がもっと大きくなったら、そうねえ・・高校生くらいになったら、
その時は私の所へ来なさい。まず新人は特訓からよ。特訓が終わったら、
一緒に魔女退治をしましょう。」

「マリエさん・・・」

「今は誰が何と言おうと絶対ダメ。そうね、魔法少女になったことだし、
貴方の運動能力は結構上がっているはず。何か、スポーツでもして体を鍛えなさいな。」

「魔女退治のための準備期間、だと思って体と心を成長させなさい。
それからでも遅くはないわ。」

「でも、魔女を退治しないと、この街で何か悪いことが・・・」

「そのために私がここに居るのよ。まさか、私が魔女に負けると思っておいでなの?」

「い、いえそんな事は・・・」

「ふふ、信用して頂戴。私は貴方が大きくなるまで、見滝原の平和は私が守っているわ。」

「・・・分かりました、その時はまた、改めてお願いします!」

「約束よ。」

17: 2011/06/03(金) 07:50:07.57
「ああ、もうひとつ・・・このQBが貴方の周りをチョロチョロすると思うけれど、そそのかされて魔女と戦ったりしてはダメよ。」

「そそのかすとは心外だなあ。僕としては、将来的にであれ巴マミが魔女退治をしてくれるのであれば、文句は言わないよ。」

「マミちゃんと接触するのを辞めなさい。」

「どうしてそこまで言われるのかなぁ・・・はいはい、約束するよ。
巴マミとはしばらく接触しない。」

(QB、マリエさんに嫌われてるなあ・・・あんなに可愛いのに。)

「小学生と契約しているなんて時点で、私は貴方の顔も見たくなかったわよ。
その事を忘れないでね。」

「マミちゃんも、こいつの見た目に騙されないでね。
けっこうえげつない事、平気で言う奴なんだから。」

「はい、マリエさんがそう言うなら・・・」

「それじゃあ、私達は帰りますわ。そうそう、魔女退治はお預けだけれど、
遊園地は必ず行きましょうね!」

「はい!必ず!」

「またね、巴マミ!」

 そう言って、マリエはQBを肩に乗せたまま、背後のフェンスを越えて下に飛び降りた。

「!!!」

 驚いて下の様子を見ると、何食わぬ顔で歩くマリエが見えた。
こちらが見ている事に気づくと、小さく手を振る。

(驚いた・・・でも、なんでわざわざ階段下りずに飛び降りるの・・・?)

 ともあれ、目の前の光景を見せられて、マミの中で80%だった信用は100%になっていた。

18: 2011/06/03(金) 07:51:13.92
 マミの怪我は本当に大した事がなく
(そもそも魔法のおかげで怪我自体をしていなかったのだが)
3日後には退院する事が出来た。吉野さんとは毎日見舞いに来る事を約束し、
病院を後にした。

 遠方から来ていた叔父はすでに地元へ帰り、今はもう家主のいないマミのマンションの一室を、
マミの叔母が一時的に寝泊りをしている状態であった。

 父や母が居なくなり、代わりに叔母と過ごす我が家。叔母もマミの事を気にかけていてくれ、
一晩たった後にこう告げた。

「マミ、叔母さんの家に来ない?」

「え・・・うん・・・」

 一人ぼっちで生きていけるわけがない。
しかし、吉野さんやマリエさんと会えなくなるのが寂しいなとも思った。

「ね・・・そうしましょう。叔母さんも、マミのこと娘だと思ってしっかり育てるから!」

「おばさん・・・ありがとう。」

19: 2011/06/03(金) 07:52:28.89
 しかし心の中で引っかかる事がある。このマンション、この家はどうなるんだろう。

「このお部屋はもう残念だけど、売りに出して・・・

「ダメだよ!」

 思いのほか、大きく声が出てしまった。しかし、そんな事には気づかず続ける。

「ダメだよ・・・ここは・・・お父さん・・と・・・・」

 それ以上、語を続ける事が出来ない。

「そうね・・・おばさんが悪かったわ。マミが大きくなったら、ここで暮らせるように、
このマンションは残しておこうね。」

「・・・ック・・・ヒック・・・」

 言葉が出ないので、頷いて意思を見せる。そうだ。大きくなったら、
ここに戻ってここに住むんだ。そして、お父さんやお母さんのように立派な大人に、
そしてマリエさんのように一人でも戦える、立派な魔法少女になるんだ。

20: 2011/06/03(金) 07:54:05.73
 次の日、マミは病院へ足を運んだ。叔母の家に住む事になるのを、
吉野さんに話すために。

「・・・そうかい、残念だねえ。マミちゃんがお見舞いに来てくれないと寂しいよ。」

「吉野さん・・・私も寂しいです・・・」

「でも約束は約束だからね。マミちゃんがどんなに遠くへ行っても、
遊園地は必ず行くわよ!」

「えっ!?」

「え、じゃないでしょ。女のヤクソク。私が治ったら、
必ず遊びに行くからね。」

「は、はい。ずっと待ってますから。絶対行きましょうね!」

「あ、そうだ。吉野さん。携帯電話、もっていますか?」

「ええ、あるわよ。全然使ってないんだけどね。」

「それじゃあ、メールアドレス交換しましょう。退院したら、
知らせて下さいね!」

「め、めーるあどれすね・・・マミちゃん、めーるあどれすってなんだい。」

「吉野さんたら・・・!」

 マミは吉野さんの携帯電話を借り、手馴れた手つきで操作を行う。

「へぇー・・・やっぱり若いってのはいいわねぇ。何でも出来ちゃって!」

「これでよしっと!じゃあ吉野さん、メールの練習をしましょう!」

「ええ・・・今じゃなきゃだめかい?」

「だめですよ、せっかくアドレス交換したのに吉野さんがメールできなきゃ、
吉野さんが退院しても私に連絡できないじゃないですか!」

21: 2011/06/03(金) 07:55:25.78
「で、電話じゃだめなのかい?」

そういえばそうだった。電話でも別にいいわけだ。

「え・・・と・・・せ、せっかくですし、メールのやり方頑張りましょうよ!」

「はいはい、これは手厳しい・・・それじゃ、頑張りましょうかねえ。」

 明らかにこちらのミスではあるが、それでも吉野さんは付き合ってくれた。
 小一時間が経過し、吉野さんもなんとかメールの送受信は行えるようになっていた。

「それじゃあ、私、叔母さんの家に行ったら住所とか送りますから・・・」

「わかったよ、ちゃんとお返事するからね。」

「「・・・元気でね。」」

 図らずとも、二人の声がハモった。次の瞬間には、二人は抱きあって泣いていた。

また、会えますように。

 長い時のあと、マミはそう願って体を離した。家に帰ると、
涙目のマミを見て叔母が心配したが、事情を話すと納得してくれた。
次の日には叔母は荷物をまとめ、電車のチケットを予約していた。

 叔母の家へ向かう列車。いとこのゆかちゃんは元気かな、
などと考えているとマミの携帯が着信音を告げる。メールが二通。

”からたにきをつけてくたさいね かすこ”
”お姉さんにメアド教えないなんて、許しませんわよ。また会う時まで、ご機嫌よう。マリエ”

(まったく、あの人達は何度私を泣かせる気なんだろう。)

 不意に涙を流すマミに驚く叔母をよそ目に、列車は走り続けていた。

22: 2011/06/03(金) 07:57:46.42
 叔母の家に着いてから、二週間が過ぎた。マミは言われた通り、
魔法を一切使わず(そもそも、自分がどんな魔法を使えるのかも知らず)
何か自分に出来る事はないかと考えていた。そんな時に目についたのが、
駅前の空手教室である。

 強くなるといったら空手、そのような短絡的な思考があったのは間違いない。
興味がわくと同時に恐怖もあるのは当然で、そっと教室の様子を外から覗き見た。

「せいっ、せいっ!」

 練習生が一生懸命、練習をしている様子が見える。と同時に、
けっこう自分と同世代の子が、しかも思っていたより女の子が多いな、
とマミは思った。これなら強くなって、友達も増えるかな・・・と考えると、
少しウキウキした。

「よう!見ていくかい!」

「ティロッ!」

 驚いて声が出てしまった。

「あっはっは、何その声!脅かせて悪かったね、ウチは三枝さとみ。
ここの練習生だよ!」

 そこに立っていたのは、短い黒髪の、いかにもスポーツやっています!
といった風情の女子高生だった。

「あ・・・私、巴マミっていいます・・・」

「マミちゃんね、かわいいねーマミちゃん!よし、見ていけ!
ようこそ我が道場へ!」

「あ、あの・・・」

(可愛いねと見て行け、ってどこでつながるのかしら。)

 そんな事を考えている間に、ぐいぐい押されて教室の中へ入ってしまった。
でも、少し踏み込みにくかった第一歩を押してくれたことはありがたい。

「せいっ、せいっ!」

 皆、一生懸命練習をしている。皆のかいている滝のような汗が、それを物語る。
しばらく見とれていると、先ほどのさとみがミットを手に持ってマミのところへ来た。

23: 2011/06/03(金) 07:59:29.22
「よし、こい!」

「え、こいって・・・」

「あの練習生のように、正拳いれてみな!」

「え、やり方が・・・」

「なーにきにすんな!初心者は真似でぽぽーんと!」

(ぽぽーんとって・・・)

 とりあえず、見よう見真似で拳を突き出してみた。ぽふっ、という音がする。あっちからは、バシンバシン聞こえる。

「おーし上出来だ!もいっちょ、ぽぽーんとこい!」

 もう一回やってみる。ぽふっ、という音がぼふっ、に変わった。

「おーいいじゃんかマミちゃん!教えてもいないのに拳に体重が乗ってたぜ!」

 褒められると素直に嬉しい。もう一回やってみる。音はまた、
ぼふっのままだった。

「よしよし、拳はオッケー!次は足だ!ここまで届くかい!」

「あ、あし?」

「キックキック!ライダーキック!は言い過ぎだけど、あんな風にさ!」

 そう指差された先を見ると、蹴り技の練習をしている練習生がいた。
もしも今、私がスカートを履いていたとしても、
この人はきっと意に介さず同じ事を言っていただろう。

「さあこい!勢いはいらないから、まずはここまで足が届くか!やってみよう!」

 練習正が練習している的に比べて、遥かに高い位置にミットを置かれた。
足を届かせる事だけを目標にして蹴りを入れてみる。幸い、
新体操をしていたマミにとっては、そのくらいはお茶の子さいさいだった。
足を思い切り広げる、という行為に抵抗を感じた事をのぞいては。

「ひゅー、体やわらかいねえ!よーし、次はもうちょっと高いぞ!届くかな!」

 そう言って、先ほどまではお腹のあたりにあったミットを、
肩の位置にまで上げた。届かせる自身はあるが・・・

「あの、届かなかったらお腹に当たっちゃいますよ・・・」

「なーに、腹に当てられたら反撃するから心配すんなって!さあこい!」

「いえ、それすごく心配で・・・」

「ウソウソ、腹にもちゃんとプロテクターしてるから平気だよ!さあこい!」

(さあこいがこの人の口癖なんだな。)

 そんな事を考えながら、それなら遠慮はいらないか、と足を振り上げる。
先ほどよりは少しきついが、それでもまだ当てるだけであれば、
余裕を持って届かせられる高さではあった。

「マミちゃんやるねぇ・・・是非ともウチに来て欲しいよ!かわいいし!」

「え、えと・・・」

24: 2011/06/03(金) 08:00:42.83
「よし、こい!」

「え、こいって・・・」

「あの練習生のように、正拳いれてみな!」

「え、やり方が・・・」

「なーにきにすんな!初心者は真似でぽぽーんと!」

(ぽぽーんとって・・・)

 とりあえず、見よう見真似で拳を突き出してみた。ぽふっ、という音がする。あっちからは、バシンバシン聞こえる。

「おーし上出来だ!もいっちょ、ぽぽーんとこい!」

 もう一回やってみる。ぽふっ、という音がぼふっ、に変わった。

「おーいいじゃんかマミちゃん!教えてもいないのに拳に体重が乗ってたぜ!」

 褒められると素直に嬉しい。もう一回やってみる。音はまた、
ぼふっのままだった。

「よしよし、拳はオッケー!次は足だ!ここまで届くかい!」

「あ、あし?」

「キックキック!ライダーキック!は言い過ぎだけど、あんな風にさ!」

 そう指差された先を見ると、蹴り技の練習をしている練習生がいた。
もしも今、私がスカートを履いていたとしても、
この人はきっと意に介さず同じ事を言っていただろう。

「さあこい!勢いはいらないから、まずはここまで足が届くか!やってみよう!」

 練習正が練習している的に比べて、遥かに高い位置にミットを置かれた。
足を届かせる事だけを目標にして蹴りを入れてみる。幸い、
新体操をしていたマミにとっては、そのくらいはお茶の子さいさいだった。
足を思い切り広げる、という行為に抵抗を感じた事をのぞいては。

「ひゅー、体やわらかいねえ!よーし、次はもうちょっと高いぞ!届くかな!」

 そう言って、先ほどまではお腹のあたりにあったミットを、
肩の位置にまで上げた。届かせる自身はあるが・・・

「あの、届かなかったらお腹に当たっちゃいますよ・・・」

「なーに、腹に当てられたら反撃するから心配すんなって!さあこい!」

「いえ、それすごく心配で・・・」

「ウソウソ、腹にもちゃんとプロテクターしてるから平気だよ!さあこい!」

(さあこいがこの人の口癖なんだな。)

 そんな事を考えながら、それなら遠慮はいらないか、と足を振り上げる。
先ほどよりは少しきついが、それでもまだ当てるだけであれば、
余裕を持って届かせられる高さではあった。

「マミちゃんやるねぇ・・・是非ともウチに来て欲しいよ!かわいいし!」

「え、えと・・・」

25: 2011/06/03(金) 08:02:09.06
「オイ。」

 さとみの肩がビクっと揺れる。そこには、一般的には怖い顔、
と形容される体の大きい男性がいた。

「お前まさか、また素人になんか色々やらせてんじゃ・・・」

「やってないやってない、ナニモシテナイヨー。」

「お譲ちゃん、正直に言ってごらん。何していたんだい?」

(こ、こわい。)

 まるで自分が怒られているような気分になり、洗いざらい話すマミがそこにいた。

「ほー・・・う・・・正拳にハイキック・・・ねぇ・・・
空手にハイキックなんてありゃしないんだけど・・・な・・・」

 みるみる男性の顔つきが険しくなる。最初から怖かったのだが、
今の形相を向けられたら泣かずにいる自信がない。

「お・・・おす・・・いや・・・ついさせてみたくなって・・・・さ・・・」

「調子乗ってんじゃねえぞオラァー!」

 さとみの胸元にあったミットめがけ、男性がハイキックをかます。
回し蹴りというのかな。よくわからない。
さとみは文字とおりボールのように吹っ飛んで、壁に叩きつけられた。

「お前なぁ、素人に無茶させて怪我したら誰が責任とんだ!あ!?
素人にあんまりふざけた真似させてるんじゃねえぞ!!」

「い・・・ってーな!ウチは怪我してもいいってのかよ!」

「あーいいね、全然かまわないね!ベロベロー」

「こ、この親父・・・・!」

26: 2011/06/03(金) 08:03:04.08
 目の前の光景に呆気に取られていると、先ほどの形相が少しやわらいだ男性がマミに話しかけた。

「お譲ちゃん、無茶させてごめんな。どこも痛くはないかい?」

「え・・・ええ、私はなんとも。楽しかったですし・・・」

「楽しかったかい、そりゃよかった!良かったら、ここへ空手習いにおいでよ!
なーみんな、来て欲しいよな!」

「「きてほしーい!かわいーい!」」

 あちこちから賛同の声があがる。つい数秒前にはふくれっ面をしていたさとみから特に、
熱烈なラブコールを受けていた。

「M☆A☆M☆I!M☆A☆M☆I!」

「「マーミ、マーミ!!」」

 なんでマミコール・・・とは思いながらも、悪い気はしなかった。
みんな、歓迎してくれている。

「あ、これあげるね。申し込み用紙!良かったら、
今度お父さんかお母さんと一緒に見においでよ!待ってるよ!」

 ちくり、と胸を刺す言葉。しかし、この男性に悪気はない。
笑顔を向けて、こう返す。

「はい、今日はありがとうございました!」

27: 2011/06/03(金) 08:04:03.71
 家に帰ると、さっそく叔母に話をした。最初こそ驚いていたものの、
マミの目の輝きを見て、この子の気が紛れるなら悪くない。と判子を押してくれた。

 後日、練習生にまぎれて汗をかくマミの姿がそこに見えた。
申し込みのために叔母と一緒に来た際に分かったことであったが、
あの男性は師範であり、さとみの父親らしかった。
娘でサッカーばりのゴールを決める父親にほんのわずかな不安はあったが・・・

 練習生も、師範も、もちろんさとみも、マミにとても優しかった。
この頃になると、父と母を失った悲しみは随分と薄れていた。

(みんな、ありがとう。)

28: 2011/06/03(金) 08:05:30.63
 それから半年後。マミが中学校に進級する直前の事であった。
不意打ちのように、吉野和子とマリエは、叔母の家に現れたのだ。

「こんにちはマミちゃん!退院したよ!」

「よ、吉野さん!それならそうってメールで・・・」

「あらあら悪いわねえ、メールのやり方教わったのに、忘れちゃったよ!」

「おばさまったら嘘ばっかり・・・マミちゃん驚かせようってワクワクしていたのよ。」

「そういう私もそのイタズラに乗っちゃったんだけれどね。
ごめんねマミちゃん、驚いたでしょう。」

「は、はい。驚いたけれど嬉しいです!」

 様子を伺っていた叔母が中に入る。

「こんな玄関先でも何ですし、お上がりになって下さいな。」

「いえいえ、こんな急に押しかけて申し訳ありません。」

「とんでもない、貴方達のおかげでマミがどれだけ元気付けられたか。
本当に感謝していますわ。」

「いえいえ、それを言ったらこちらこそ・・・」

 大人のいえいえ合戦が始まった。ふふっと笑ってしまうと、
マリエさんも同じように笑っていた。きっと同じ事を考えているのだろう。

 結局、二人は叔母の家に上がってお茶を飲んでいた。和子が口を開く。

「急な事ですけれど、明日はお休みですよね。
マミちゃんを一日お借りしてもいいかしら?」

「どうしてまた?明日は何もないわよね、マミ。」

「あ・・・明日、空手のお稽古が入ってるわ。」

「あら、そうだったのかい。それじゃあ、別の日にしましょうか。
遊園地!」

「遊園地!」

「行きます、明日行きます!」

「マミったら・・・それじゃ、空手のお教室には電話しないとね。」

「はーい、私電話します!」

「空手なんてやっていたの、意外ねマミちゃん・・・」

「へへへ・・・でもスポーツをしろって言ったのはマリエさんですよ。」

29: 2011/06/03(金) 08:06:33.80
「そうだったわね、よく約束を守っているわ。偉い偉い。」

 そう言われてから、マミは電話をするために別の部屋へ移った。
空手教室の番号を呼び出す。

「もしもし、巴マミと申しますが・・・」

「おっすーマミちゃん!今日予定なかったよな!来たくなったのかい!」

「えっとごめんなさい、そういうわけではなくて・・・」

「えー残念だな、どういうわけだい!」

「ええと、私が前に住んでいた街から、友達が二人来ているんです。
なので、明日は空手をお休みして、遊園地に・・・」

「えーいいな遊園地!ウチもいきたーい!」

「え・・ええ・・?」

「イキタイイキタイイキターイ!その友達に、話してみてよ!
一人増えてもいいかってさ!」

「え、ええと・・・わ、わかりました。」

(押されてしまった。)

「ヤッ!ター!じゃ、このまま受話器おいとくから聞いてきて!」

(即聞いてこい、ということらしい。)

「分かりました、ちょっとお待ちくださいね。」

 と、このような困った先輩がいる事と、
遊園地の事を二人に告げに居間へ戻る。

「ええいいわよ、友達は多いほうが楽しいじゃない。」

「私も問題ないですわよ、マミちゃんのお友達ならきっと仲良くなれるでしょうから。」

「二人とも、ありがとう!」

「と、いうわけで。さとみさんオッケー出ましたよ。」

「ヨシキター!ありがとな、そう友達にも伝えておいてよ!マミ愛してるよ~」ガチャン

 せわしい人だ・・・あの人を遊園地に放ったら、一体どうなることやら。
そのあたりは吉野さんとマリエさんに託そう、私には止める術を持たない。
 
 そう結論付けて、マミは再び二人の待つ居間へ戻り、久しぶりの会話を楽しんだ。

30: 2011/06/03(金) 08:08:05.66
「うひょー、遊園地とか久しぶりすぎる!さあ遊ぶぜー!」

 やはり手が付けられない。想定通りではあった。

「ちょっと、あまり騒がないで下さいまし。皆さん見ていらしてるじゃない・・・」

「あっはっは!問題なっし!遊園地は楽しんだモン勝ちだよ!」

「恥ずかしい・・・」

 そう言って顔を赤らめるマリエ。なんとなく予想はついたのだが、
マリエとさとみは仲良くなれるのだろうかと心配になった。

「まあまあ、さとみちゃんの言う通りでもあるよ。さあ遊ぼうかい。」

「お婆ちゃん、よく分かってらっしゃる!ささ、お荷物はウチが運ぶから!
遊ぼう遊ぼう!」

「あらあら、孫が3人になったようで嬉しいわ。」

「う、嬉しくないわよ・・・」

まずい、マリエさんに何かスイッチが入りかけている。

「みんな、アレ乗りましょうよ!楽しそう!」

 16歳を2名、60歳以上を1名、その空気を和ませるために奮闘する12歳。
我ながら健気だと思った。

「よしきたー、姉ちゃんについてこい!」

「ちょっと!マミちゃんのお姉さんは私ですのよ!」

(なんかどうやってもダメな気がしてきた。ええい、もう好きにして。)

 さすがに絶叫系はダメかな、と思っていたら、吉野さんは意外にもそれらが大好きな様子であった。
実際、3つ目の絶叫系へ連続で行こうとしていたところにストップをかけたのは、さとみであった。

「ちょ、ギブギブ!もう怖い・・・じゃなくて、お婆ちゃんの心臓が止まらないか怖いよ!」

「あらあら、もうギブアップなの。だらしがないですこと。ここでお休みになられていては如何かしら?
私達は続けて乗ってきますので。」

「まあまあ、確かに心臓に悪いのかもしれないねぇ。次はメリーゴーランドにでも乗りましょうよ。」

(マリエさん、ものすごい敵視している・・・さとみさん、それに全く気づく気配がない・・・)

 とはいえ、おおむね順調(?)に彼女達は遊んでいた。
こんな楽しい事は、あの事故以来なかった事だった。
そんな事をマミが考えているうちに、一同はメリーゴーランドに付く。

31: 2011/06/03(金) 08:09:13.17
 ふと、マミは妙な事に気づく。木馬の一つに、何か釘が刺さっているように見える。
あれはなんだろう?そんな事を考えた瞬間、釘から何かが広がる様子が見えた。

 何か。そう、何か、としか形容の出来ない何か。それは明らかに、この世の存在ではない事は、
マミにも理解が出来た。

 周りを見ると、まず目に入ったのは吉野さんが胸を押さえて倒れていた。声をかけようとするも、
マリエが光に包まれて、着ていた服装が変わった。驚いた事に、それはさとみも同様であった。

「お前・・・!いや今はそんな事はいい、お婆ちゃんの治癒に魔翌力を使えるかい。」

「いえ、治癒ではないけれど・・・魔女の影響が及ばないよう、結界を作っておけるわ。」

 そう言ったマリエが何かを念じると、吉野さんの周りにピラミッド状の何かが作られた。
再び同じ表現となってしまうが、何かとしか言いようがない。その中で、
吉野さんは少しだけ楽になったような表情を見せた。

 今確かにマリエは言った。これが魔女なんだ。マミが言葉を発するより早く、マリエが話す。

「マミちゃん、私の後ろを離れないで。前に出たりしたらダメよ。」

「は、はい。」

「何が何だか分からないだろうけど、マミに危険はねーから安心しときな!」

32: 2011/06/03(金) 08:10:05.80
 頼もしい言葉で繋ぐさとみ。気づくと周りの景色が一面、
先ほどの遊園地とは違う世界に変わってしまっていた。これが魔女の世界、と理解する。

「魔女の結界よ。普段は、魔女はこの世界の中に隠れているの。」

 マリエはそう言って、歩を進める。二人もマリエに付いて行く。
だだっぴろい風景と思ったら、急にトンネルに変わったり、よほど遊園地らしい不思議な世界だった。

 トンネルを抜けると、そこにはドーム状の空間が広がっていた。
その中心に、これまた「何か」がフワフワと浮かんでいる。

「あれが魔女だ。マミ、ここを離れるんじゃねーぞ。」

「いえ、マミちゃんを一人残すのは危険ですわ。貴方はここでマミちゃんを守っていてくれないかしら。」

「一人で行けるのか?」

「ええ、きっと大丈夫でしょう。」

 そう言うと、マリエは手を振って踊りだす。その手の軌跡から、1本、また1本と鉄砲が出てきた。

(これが魔法・・・)

33: 2011/06/03(金) 08:11:12.82
「じゃあ任せるぜ、マミは任しておきな!」

「ええ、お願いしますわ。」

 ドームへ降り立ったマリエは、その無数の銃を踊るように撃ち始めた。
ドームの中心にいた魔女は、自信の体を破片として散らし、マリエに襲い掛かる。
しかし、その努力もマリエの銃の数と、その撃つ数の前には無駄な努力のように見えた。

「へー、あいつ強いな!これならやれそうだ!」

「マリエさん、頑張って!」

 思わず声が出る。だが、そのような応援も必要ないかのように、
マリエはこちらに向け微笑みかけた。
 
 一瞬の油断。

 破片の一つがマリエの頭を直撃し、吹っ飛ばされる。以前にさとみが、
ハイキックで吹っ飛ばされた事が可愛く見えるくらいに。

「おい!」

 さとみが体を一瞬ピクっと動かし、しかし止めた。マリエの加勢に行きたいが、
私をどうすればいいのか、悩んでいる様子だった。

「さとみさん・・・行って!」

「いや、しかし。」

「私も魔法少女だから!マリエさんを助けて!」

「!!」

 そう言い放った時からなのだろうか。はっきりと分からないが、マミの衣装もまた、
マリエやさとみと同様に変わっていた。

「よし、信用してるぜ!何か来たら、正拳でおっぱらえ!」

「はい、分かりました!」

34: 2011/06/03(金) 08:12:40.67
 返事を聞く間もなく、さとみはドームへ降りる。彼女は魔法を使わない時と同様に、
一切の武器を持たず、魔女の破片を徒手空拳で撃破していた。

「おい、しっかりしろ!」

「く・・・マミちゃんを放っておいて、何を・・・」

「あいつならこのくらいは身を守れる!それより、お前は気を抜くな!
婆ちゃんの結界を忘れたか!」

「!!」

 しまった、という顔をして再度結界を張り直そうとする。もちろん、
敵がこの隙を逃すはずもなく、容赦なく浴びせられる魔女の破片。
それを懸命に払い落とすさとみ。

「集中しろ、こいつの攻撃は全部ウチが引き受ける!」

「言われなくても・・・!」

 マリエの体が少し光りを放つ。どうやら、結界を張る事は出来たようだ。
しかし。

「ごめんなさい、私の魔翌力は限界に近いようですわ。あいつを倒せますか?」

「とはいってもな・・・見ての通り武器がないから、この拳があそこまで届くか・・・」

「さとみさん!」

 そうマミが叫ぶと、その胸についていたリボンが光を放ち、
そして伸びていった。その様は、まるで魔女の元へ繋ぐ梯子のようだった。

「マミちゃん、魔翌力を使っては!」

「マミ、ありがとよ!」

 その梯子に飛び乗り、魔女へ向けて走り出すさとみ。
向けられる破片の数も容赦がないが、怯んでいては負けてしまう事をさとみは知っている。

 ついに魔女のもとまで辿り着き、渾身の正拳を突き出す。

35: 2011/06/03(金) 08:13:40.00
 効いている。明らかに効いているように見える。しかし、
倒すまでには至らなかったようであり、
至近距離にいるさとみに向け、容赦なく破片が当てられる。

「くっそ、浅かった・・・」

 梯子から滑り落ちてしまうさとみ。そして、魔女は次の標的をマミとしたようだ。
続けて破片を浴びせられるマミ。

「いた・・・い・・・」

 なんとか破片を落とすのに役に立っている空手ではあったが、
さとみのそれと比較をしてしまうとオリンピックとお遊戯会、と言える程に差があった。
 
 そんな中、破片を向けられなくなった事により、意識を集中させる事が出来たマリエは、
手に持ったままのマスケット銃を、まるで野戦砲と呼べるほどに巨大化させていた。そして・・・

「ホーリー・ストライク!」

36: 2011/06/03(金) 08:14:21.20
 魔女を打ち抜く大砲弾。その魔女に空けられた穴から、
もといた世界の遊園地の景色が広がる。それはまたたく間に周りを覆い、
最後にはもとの遊園地に3人は戻っていた。
 
「戻・・・れた・・・?」

 そう言葉を振り絞るマミ。戻ってきたのだ。しかし、
魔女の世界へ行く前とはいくつか違うものがかあった。
 
 一つは、目の前の地面に刺さる、黒いソウルジェムのような宝石。

 もう一つは、倒れたまま動かない吉野和子。

「「お婆ちゃん!!」」

37: 2011/06/03(金) 08:15:59.01
 無理なアトラクションに乗り続けた結果の心臓麻痺。
それが吉野和子の氏因とされた。残された3人は、
もちろん本当の理由を知っているわけだが、
警察にそれを話したところで信用もされなければ、
信用されたところで警察が戦える敵ではない事も知っていた。

 取調べやらなにやらが終わったところで、3人は吉野和子の眠る病室へ集まる。
目の前に横たわるこの人が、もう目を覚まさないという事が信じられなかった。

「おい、ちょっとソウルジェム見せろ。」

「・・・」

「聞いてんのか。見せろって。」

 そう言ったさとみは、やや強引にマリエの手元にあったソウルジェムを取り出す。
それは以前に見た時のような紺色の輝きをしておらず、鈍く光を反射していた。

「マミ、お前もだ。」

「え、私のですか。」

 ポケットから取り出したソウルジェムは、マリエのものほどではないにせよ、
以前の輝きは失われていた。

「これが魔翌力を使うってことだ。そんでな、失った魔翌力を回復するには・・・」

 そう言いながら、さとみは魔女と戦った後に手に入れた、
黒いソウルジェムをマミのソウルジェムと重ね合わせた。
すると、マミのソウルジェムから黒ずんだ空気が黒いソウルジェムへ流れていくのが見えた。

「こうするんだ。これで、マミのソウルジェムは綺麗さっぱり元通りさ。」

 そう言われて返して貰ったソウルジェムは、確かに以前の輝きを取り戻したように見える。
続けて、さとみはマリエのソウルジェムに黒いソウルジェムを重ね合わせる。

「こいつはグリーフシードって言うんだ。ソウルジェムの穢れを吸い取ってくれる、
便利な道具・・・というよりは、なくてはならない道具だ。」

 紺色のソウルジェムから、みるみる黒ずみが取れていく。マミのものと同様に、
マリエのソウルジェムも輝きを取り戻した。

「最後はうちの分っと。あんま魔翌力使ってないんだけどな。」

 そう言って取り出したさとみのソウルジェムは、真っ赤な輝きを持っていた。
同じように黒い空気がグリーフシードに吸い取られる。

「あと1回くらいは使えるかな・・・とっておこう。」

38: 2011/06/03(金) 08:16:58.14
「用事が終わったのであれば、少し席を外して頂けませんか?」

 急に言葉を開くマリエ。マミが返事を返す前に、さとみが口を開く。

「おいおい、ほっとけるかよ。」

「お願い・・・」

「行きましょう、さとみさん。」

 さとみは驚いた目をしてこちらを見ているが、マミは構わず続ける。

「今は行きましょう・・・マリエさん、また後で来ますね。」

「ありがとう、マミちゃん・・・」

 マリエがこれからどのような行動に移るかは、100%当てる事が出来る。
それは、マミも同じ痛みを味わった事があるからだった。

 マミにしても泣きたかった。けれど、私よりマリエさんのほうが、
吉野さんと付き合いが長かったんだから・・・
そう考えると、今はぐっと涙をこらえる事が出来た。

39: 2011/06/03(金) 08:17:53.16
 さとみに連れられ、二人は時間潰しのためにファミレスに入る。さとみは食べる気マンマンのようだが、マミはさとみが注文係を呼び出す前に話し出した。

「もしも・・・」

「もしも私に力があったら・・・」

「お婆ちゃん・・・ック・・・ヒック・・・」

(また悪い癖が出た。止まってよ。お願いだから。)

「マミ。」

「残酷な事を言うようだけれど、その通りかもしれない。
最初からマミを守ろうとせずに、ウチとマリエの二人でかかっていれば、
それで事が済んだのかもしれない。」

「けど、それはたらればの話だ。今回はマミのおかげで勝てたのが結果だ。
マリエの油断があったのも問題だし、ウチの能力だけではあの魔女と戦えなかった。」

「なんというか、上手く言えないけどさ・・・なるようにしかならないんだよ。
あんま自分を責めるな。というか、重ねて言うけれど今回はマミのおかげで勝てたんだ。
胸張っていいぜ。小学生の分際ででけえな畜生め。」

「え、っと・・・」

 マジ泣きしていたところでこれである。おかげで少し元気が出た。
だが、自分の至らなさのために、親しい人を亡くした事実もまたマミにのしかかっていた。
おぼろげではあるが、覚悟は決まりつつあった。

 もうこれ以上、犠牲を出したくない。私もそのために、戦おう。

40: 2011/06/03(金) 08:19:15.93
 翌日、マリエは見滝原に帰っていた。別れの挨拶すら告げられる事なく、
また告げる事も出来ず、帰ってしまっていた。叔母にもそのように話し、
吉野さんの事は話さずにおいた。もっとも、新聞などに載ってしまえばすぐに分かる事だったのだが。

 とはいえ、自分は真実を知っている。吉野さんとの会話を忘れないよう、
部屋にこもり、一つ一つを思い出しては胸に刻んでいた。

 一つ、思い出すたびに涙が漏れる。

 こんな思いをもう誰もしなくて済むようにしなくては。マミはそう思い込んでいた。

(ちょっと今あいてるかい?マミ。)

 不意打ちのテレパシー。さとみの声だ。

(はい、さとみさん。どうかしましたか?)

(ちょっと心配なことがあってな、話したいんだ。外出れる?)

 外に出ると、家のすぐ前にさとみは立っていた。そのまま、二人で近所の公園へ向かう。

「マリエ、帰ったんだって?」

「はい、そうみたいで・・・メールに帰ります、とだけ。」

「そっか・・・あのよ、マミは以前に見滝原ってとこに住んでたんだよな?」

「はい、そうですけれど。」

「そこには魔法少女は何人いた?」

「何人って・・・分からないです。」

「そっか、そりゃマミは成り立て魔法少女のようだし、知らないよな。」

「どうしてそんな事を?」

「ソウルジェムってのはな。暗い気持ちや落ち込む気持ちがあると、
それでも濁っていくんだ。魔翌力を使わなくても、な。」

「え・・・それって・・・」

「マミは察しがいいな。そうだよ、超落ち込んでる奴が一人、見滝原へ帰りました。
そこに現れる魔女に、誰が立ち向かうのか。落ち込みまくって、
最初から魔翌力が落ちているようなヤツ一人しか、魔法少女が居なかったとしたら・・・」

 マミは背筋が寒くなった。そんな馬鹿なこと!
しかし、以前にマリエは確かにこう言っていた。見滝原の平和は、私が守っていると。
あの街の魔法少女が、マリエ一人しか居ないという推測は十分に成り立つ言い方をしていた。

41: 2011/06/03(金) 08:22:05.75
「・・・見滝原には、マリエさんしか居ないかもしれない。」

「・・・決まったな。」

「え?」

「行くぞ!」

 瞬時に理解した。同時に、大きく頷いた。

「行きましょう!さとみさん!」

「ああ、行くぞ!円環の理に導かれて!」

(なんだろうそれ?)

 口に出して聞こうとも思ったが、私はまだ小学生だし難しい言葉は分からないや、
と納得してしまった。何より、今の気分に水を差すような気がした。そんな事ではだめだ。
どうやって行こう、どうやって叔母さんを説得しよう。そればかりを考えながら、
来た道を再び引き返した。

 叔母の説得は、やはり困難を極めた。あと数日で中学校にあがるとはいえ
(中学生になっても駄目なのであろうが)、小学生が一人住まいをして見滝原に戻るなどと。
罪悪感はあったが、さとみの魔翌力の助けを借りる事にした。
人の心を操る能力、といったところであろうか。

 一時的に、叔母がマミを疎ましく思う魔法。
 この家に居なければいいのに、と思う魔法。

 そのような魔翌力を持つ事を恥ずかしそうに語るさとみに、
どんなルーツで魔法少女になったのか興味は沸いたが、
それを聞く事はマミには出来なかった。
 そして、どのような手段を用いるのであれ、
親しい人間の生氏の危機に、この際文句は言っていられない。

 魔翌力を使い、改めて叔母と顔を合わせると、そこには以前の優しい叔母はいなかった。
見滝原のマンションのカギをマミに渡し、

「行っておいで。」

 その一言だけをかけてまた居間へ戻ってしまった。魔翌力のせいとはいえ、
少し心が痛む。しかし、こうなるように頼んだのは自分なのだ。くよくよしてはいられない。

42: 2011/06/03(金) 08:23:04.35
 さとみのほうはというと、魔翌力の助けを借りる事もなく、
すぱっと出てこれたようだ。学校など色々問題はあるのだろうけれど、
普段からプラプラしていたさとみが何日か家を空けたところで、
父親はあまり気にしていなかった。もっとも、今回は「何日か」で済む保障はないのだが。

「お待たせしましたさとみさん。」

「おっせーよマミちゃん!これから駆け落ちするぜーって感じでワクワクしてんのに!」

 この人は平常運転だ・・・けれど、今はその元気がありがたい。

「それじゃあ、行きましょうか見滝原!いろいろと案内しますよ!」

「おー楽しみだね!よし、遅刻は許す!連れ歩きまわすからなぁ!」

 列車が動き出す。それと、大事なことを忘れていたので、メールを打つ。

”私達も見滝原へ行きます。 マミ&さとみ”

43: 2011/06/03(金) 08:23:57.34
 メールの返事は、とうとう見滝原に到着するまでなかった。
少し肩を落としつつ、駅を出て二人で歩く。

「マミー、どこ行くの?」

「えっと、とりあえず私のお家へ。」

「ヤフー、マミホーム!ワクワクするねえ!どんな乙女チックなんだい!」

「えー・・・大した物ありませんよ?」

 そのような会話をしながら、到着したマンション。
半年あまり離れていただけなのだが、ひどく懐かしい。

「で・・・でけえ・・・」

「いや、この中の一室だけですから・・・入りましょうさとみさん、ね。」

「もうその発言自体がブルジョワの証だね。資本主義のブタどもめヒィエーヘヘ。」

「あの・・・恥ずかしいから入りましょう・・・」

 そう言って少し強引にさとみを押す。この人のテンションに付き合っていると、
このままエントランスで1時間はコントを見るハメになりそうだ。

44: 2011/06/03(金) 08:24:48.02
 久しぶりの我が家。鍵を差込み、開ける。電気を点けると、
さすがにしばらく誰も入っていなかったため、埃がたまっているのが分かった。

「ここが我らの愛の巣・・・!」

「ええそうよ、それじゃあ掃除から始めましょうか!」

「え、スルーなの。こわい。」

(スルーすればいいのか。学んだ。)

 コントは継続されず、二人はもくもくと掃除機をかけ、
雑巾をかけた。幸い、物が散らかっている家ではないため、掃除はすぐに終わった。

「こんなもんかな・・・それじゃあ、晩御飯の材料とか買いに行きませんか?」

「え?マジで?愛妻料理!?ヤフー!つか料理できんの?」

「それなりに・・・お母さんや叔母さんの手伝い、良くしていたので。」

「マミちゃーん・・・ほんとにアンタを嫁にしたくなったよ・・・」

「はいはい、私達がここに来た理由をお忘れなく、ね。」

「サーイエッサー。つーか携帯に返事も返さないなんて、
何してんだろうなアイツ・・・」

「心配ですけれど、今日はもう遅いですし、明日になったらマリエさん探しを始めましょう。」

「そうだな。あてもなく一人の女を探す旅。なんか私達かっこよくね?」

「そうですねーさとみさんはかっこいいですねー」

「なんか最近マミが冷たい。」

45: 2011/06/03(金) 08:26:15.79
 そんな会話をした後、私達は近所のスーパーへ向かう。
日用品、食料品、おやつ・・・そんな物を買えるだけ買って、家に戻る。
幸いな事に、お金はさとみが出してくれた。後から聞けば、
空手教室からちょろまかしてきたって・・・ごめんなさい、師範。
 
 帰り道、さとみの歩みが止まる。

「どうかしましたか?」

「魔翌力の波動を感じる。近くに魔女か使い魔がいそうだ。」

「!それじゃあ。」

「やっつけちまおう。もしかしたら、マリエも来るかもしれないしな。」

「分かりました。」

 さとみはソウルジェムを手にかざし、様子を見ながら歩く。

「こうして、魔翌力の波動を探知するのさ。魔女が近くにいるのか、
遠くにいるのか、くらいしか分からないけどな。」

 先輩魔法少女の言葉を一つ一つ刻む。これを、私がやらなくてはならないのだ。

「ここだな・・・間違いねえ。」

 そう言ってさとみが歩を止めた場所は、潰れた工場のようだ。

「よし・・・行くぞ。変身しておけ。」

(ど、どうやったんだっけ。)

 あの時は無我夢中だったために、自分がどうして変身していたのか分かっていなかった。

「なあに、ほんのチョチョっと踊るんだよ!」

 そう言って、さとみは今風の綺麗なダンスを踊り、光に包まれた。
ダンスには少し心得がある。マミも同じように真似をし、変身を果たす事ができた。

「そうそう、その調子!ようは、変身したい!って強く思うのが大事なんだ。」

「なるほど、そのためにダンスで自分に気合を入れているんですね。」

「そういうこと!飲み込みよくてマミちゃんはいいね~。」

「気合さえあれば、踊らなくてもいいんですか?というか、
遊園地ではさとみさんもマリエさんも踊ってませんでしたよね?」

「あー、気合ありゃいらねーな。まあまあ、
こういう自分の気持ちを切り替えるスイッチってのは大事だよ!」

(なるほど、納得がいった。さすが先輩魔法少女だ。)

「よし、それじゃあ気持ちを切り替えたな。行くぞ・・・」

46: 2011/06/03(金) 08:27:26.02
 マミが頷くと、さとみは空間に手刀を振る。その空間がすっぱり切れ落ち、
中から「あの」景色が見えた。忘れられない景色。

 二人はその中へ、おそるおそる入っていった。

 以前と似たような場所だった。目まぐるしく、今見えている景色が別の景色へ変わる。
奥まで行くと、やはりドーム状の空間があり、またその中心に何かがいた。

「うし・・・まずはウチが様子見をしてくる。ちょっとマミはここで見ててくれ。」

「でも・・・」

「足手まといなんだ。誰かを守りながら戦うのは、ウチは得意じゃない。」

「ごめんなさい。」

「悪いな・・・でも、ハッキリ言わないとマミは来ちゃうからな。
ウチがやばくなったら、その時は頼むぜ!」

「はい!頑張ってください!」

「おう!」

 そう言ってさとみはドームへ飛び降りる。そして魔女へ向け、素早く走り出した。

47: 2011/06/03(金) 08:28:38.62
 さとみの足元に何かが見える。無数の、小さな魚のようなもの。
それは少しずつさとみの周りを囲いだし、足から這い上がってきた。

「げ、なんだこれ。離れろ!」

 手で払うものの、それは無数にさとみにまとわりついており、
そして足を文字通り食べていた。

「くっそ、いってーな!」

「さとみさん!」

「ああん、こんなんケガのうちに入らねーよ!マミはまだそこにいろ!」

「でも・・・」

「うおおおおお!」

 手で払う事が無理だと分かったので、それなら食われる前に魔女を倒してしまおう。
それがさとみの出した結論であった。前回は浮かんでいる相手であったが、
今回は地面に魔女がいる。さとみは前回とは比べ物にならないダッシュで間合いを詰め、
魔女に重そうな蹴りを入れる。

 一撃では仕留められなかったようだ。しかし、今回は足場の不利もない。
一回で駄目なら何回でも、そのような声が聞こえるくらいに、
さとみは無数の突きと蹴りを入れていた。魔女にヒビのようなものが入っていく。

「これでシマイだー!」

 魔女に入った亀裂に、豪快なかかと落としが入った。
魔女は亀裂から光を発し、その光に自ら飲み込まれるように消えていった。

48: 2011/06/03(金) 08:29:32.33
 しかし、さとみの足にまとわりつく魚は一向に消えない。これはどうしたことか。

「なんで・・!」

「クソ、なんでこいつら消えねーんだよ!」

「ここには二つの魔女がいたようですわ。」

 そう言われて振り返ると、そこにはマリエが立っていた。

「だから、もう一つの魔女は私が倒します。さとみさん、
そこを動かないで下さいましね?」

「なんでもいいから、なんとかしてくれ!」

「スターライトマイン!!」

 そうマリエが叫ぶと、ドームの地面いっぱいに光が広がった。
そして、魚のようなものが一つ、また一つと爆発していく。
 幸い、その爆発はさとみに危害を加えないようだ。文字通り、魔法の爆発。

 そうして最後の爆発が終わると、また以前と同じように周りの風景が元に戻っていった。

49: 2011/06/03(金) 08:30:34.02
「いやいや、助かったよ・・・あんがとな!」

「どうして・・・」

「え?」

「どうしてここに居るの。」

「どうしてってそりゃ・・・」

「特にマミちゃん。」

「お前もスルーかよ。」

「貴方、私との約束を忘れたの・・・?」

「もっと大きくなるまで、貴方は戦えないって。」

「生意気を言うようですけれど、それじゃあマリエさんは何歳の頃から戦っているんですか?」

「・・・それは・・・」

 痛いところを付けたと思った。予想通り、マリエは今の私とそう変わらない歳の頃から戦っている。

「・・・私はマミちゃんに、私と同じ道を歩ませたくないの。」

「・・・私がここにいる理由は、お婆ちゃんのような人を二度と犠牲にしたくないからです。」

「・・・ッ・・・!貴方一人がいるからって、何かが変わると考えているの?それは勘違いよ。」

「大きな自惚れよ。」

「その台詞、そっくりお前に返すよ。マリエ。」

「・・・!貴方まで・・・。」

50: 2011/06/03(金) 08:32:00.73
「いいじゃんか、そう難しい話じゃない。絶対に魔女を退治するんだ、
という気でいるマミ。絶対にマミを氏なせたくない、と思うマリエ。
二人で協力して頑張ればいいじゃないか。そうすりゃWin-Winの関係だろう?」

「・・・・・・そんな簡単な問題ではないですわ。」

「そうかい?理想的な関係だと思うけどね。協力して魔女と戦えるなんて、
ウチもこないだが初めてだったけど、悪くないなと思ったよ?」

「・・・他人の祖母の氏なんて、悪くないなって思っていらしたわけですか。」

「言い方が悪かったね、ゴメン。うちらのあの土地じゃね、一つの縄張り・・・
エリアの中に、何人も魔法少女がいるのが普通なんだ。」

「だが、彼女達と協力関係を結んだ事はない。何故なら、
あいつらは人助けのために魔翌力を使う気がないからだ。ウチにしたって、最初はそうだった。」

「それが何を意味するか分かるか?自分の欲求のために魔翌力を使う。
魔翌力の補給にはグリーフシードが必要になる。魔翌力を使うヤツは多いのに、
肝心の補給先は限られている。」

「ぶっちゃけ、魔法少女同士の頃し合いが始まるんだよ。」

 それを聞いて、また背筋が凍る思いがした。魔法少女同士で頃し合い?

「はっきり言って、アンタら二人と出会うまでは、
ウチにとっても魔法少女が手を組んで魔女を倒すなんて、滅多にない例外だったんだ。
それが、マリエはどうだい。手を組む事をあれを言いこれを言い、拒否している。」

「こんなに恵まれた事はないと思うんだけどねえ。」

「それでも・・・マミちゃんを危険に晒すわけには・・・」

 さとみを見ると、任せておけ。と目で語っている。
実際、この場は任せたほうが良さそうだった。

51: 2011/06/03(金) 08:33:06.91
「そーかい、それじゃ私はマミとまた帰るよ。ウチを含めれば、
同じ縄張りに魔法少女が5人、だ。いつ頃し合いが起きるかわかんねーなー。
ウチは武器なんも持ってないから、守りながら戦うのが苦手だしなー。」

(それはとっても露骨すぎるなって・・・)

「それは良くないですわね。」

(それはとっても単純すぎるなって・・・)

「だろ。だったら、この土地でマリエがマミを鍛えてやりゃあいい。
二人で魔女退治だ!いや、お前らだけだと心配だから、ウチももうちょっと付き合ってやるよ!
みんなで魔女退治だ!」

「貴方も?」

「だって二人じゃ不安だもん。魔女退治的な意味じゃなく。マミはウチの妹分的なものだし。」

「何をおっしゃっているのか理解できませんわね。マミちゃんが入院している時から、
私はお姉ちゃんと呼ばれておりましたわよ。」

(ものでもないし、確か呼んでもいない・・・)
(しかし・・・ここは・・・)

「さあ、お姉ちゃん達!帰ろうよ!ご飯作るから!」

「よしこい、マミの手料理ゲットだぜピガジュウゥー!」

「じゃ、一緒に行っていいかしら。私、おばさまと二人暮らしだったゆえに、
今とっても寂しいの。」

「もちろんですよマリエさん、是非来て下さい!」

「メールシカトしておいてよく言うぜ・・・」

「だって、本当に来るなんて・・・」

「まあまあまあ、さあこちらですよ!行きましょう!」

(結構疲れる。)

52: 2011/06/03(金) 08:34:35.22
 数日後

「でも何、スターライトマインって。」

「ああ、あれは必殺技ですわ。8種類くらい用意してますのよ。
魔女退治には大事でしょう。」

「え・・・そりゃ必殺技的なのは大事だけどさ・・・フツー声に出して言うか?」

「・・・ッ・・・?それも大事なことでしょう・・・!」

「いやいやいや、言わないって普通。そういうのは胸にしまってさ・・・
だって・・・スターライトマイン(笑)って・・・」

「な・・・何ですのよ。」

「プククッ・・・そういや、ホーリー・ストライクとかもあったよな・・・
プククク・・・そういうのって・・・厨二って言うんだぜ・・・」

「なんだ・・・と・・・変身前に、わざわざポーズ決めて踊るほうが、
よっぽど厨二ですわよ。どこのアニメの魔法少女ですか。」

「なっ、テメっ・・・!どの魔法少女見ても、
変身前のポーズ決めしてんだろうが!お前と一緒にすんな厨二!」

「そっくりそのままその言葉をお返ししますわ、厨二!」

 ガチャ

「ただいま~。」

「「マミ(ちゃん)おかえり~。」」

「仲良くしてましたか?」

「「そりゃもう。」」

53: 2011/06/03(金) 08:35:34.95
 なんだろう、この間は?二人はそれきり、じっと黙っている。
不意に、マリエが立ち上がった。

「ちょっと私、家に置きっぱなしの物があるから・・・取ってくるね。」

「はい、行ってらっしゃいマリエさん。」

「イテラー。」

 マリエが出ていったのを確認してから、さとみに打ち出す。

「ああそうだ。私、見滝原中学校に入学する事になりました。」

「え?」

「そうしろって叔母が・・・もう手続きも済んでるようだし。」

「そっか、悪い事したなぁ。かといって、今魔翌力を解いたら
「帰ってきなさい!」だろうしなぁ。」

「私もそう思います。ですから、さとみさんが謝ることはありませんよ。」

「いつか、必ずここに戻ってくるって私決めていたんですから。
ちょっと早まっただけですよ。」

「いやいやスマンね本当に。うっし、そうと分かったらウチもウカウカしてられねえ。
バイト探してくる。」

「さとみさん、バイトって・・・」

「もうすぐちょろまかしてきた金が尽きちゃうしな。居候なんだし、
生活費くらいは入れさせておくれよ。」

 そんな事ないですよ、と言えたらいいのだが、実際にお金の問題はあった。
お金がなくなってしまえば、マミの年齢ではどこでも雇ってはくれないだろう。

「ありがとうございます、さとみさん。」

「礼を言うのはこっちだよ!そんじゃ、行って来る!」

54: 2011/06/03(金) 08:36:37.33
 さとみが出て行ってすぐ、マリエが戻ってきた。

「ただいま、って言うのもおかしいけどただいま。」

「マリエさんお帰りなさい。」

「嬉しいな、出迎えてくれる人がいるなんて・・・」

「マリエさん・・・」

「御免なさいね、数日とはいえ独りぼっちで。マミちゃん、
私もここに住ませてもらっていいかしら?」

「マリエさんさえ良ければ、喜んで!」

「ありがとう。そのための家賃ってわけではないけど、コレ・・・」

 差し出されたものは、預金通帳。名義人は吉野和子となっている。

「おばさまったらお金持ちでね・・・結構広いお部屋を借りてたの。」

「けど、そんな部屋に一人でいてもしょうがないし。そうなると、
あのお部屋を引き払って、浮いたお金をマミちゃんのためにって・・・」

「それでも・・・さすがに受け取れませんよ、こういうのは・・・?」

「もう私達、家族のようなものなんだから。遠慮なく使って、その方がおばさまも喜ぶわ。」

「でも・・・」

「じゃあこうしましょうか。私が月に一回お金を引きおろして、
マミちゃんに生活費を入れます!マミちゃんは、その生活費の範囲内で工面するの。どう?」

 大人になる、大人の力を借りずに生きていく、とはこういう事なんだとマミは納得した。
何をするにしても、魔女退治をしなくても、お金がなければ人間は生きていけない。

「ありがとうございます。頂いたお金は、私が必ず働けるようになったらお返しします。」

「そうね、そういう事にしましょうか。出世払いですわね。」

55: 2011/06/03(金) 08:37:48.83
 おそらく、そうなってもマリエさんはお金を受け取らないだろうな、と直感的に考えた。
けれど、今はそれに気づかぬふりをして好意に甘える。そうするしか、生きる道がないのだ。
罪悪感が胸を痛める。しかし、どうする事もできない。

 その罪悪感はマリエだけではなく、さとみにも向けられている。彼女はこの先しばらく、
学校に行かないままでここに住み、私達を助けてくれる。それが彼女の日常生活に、
どれだけの支障をきたすかをマミはなんとなくは理解できていた。

「マリエさん・・・ありがとうございます。」

「いいのよ、お金のお話はこれでおしまい。さ、ご飯の支度でもしましょうか。
さとみさんはどちらへ?」

「アルバイトを探してくるって。生活費を入れるためにって、言ってくれたんです。」

「私と似たような事を考えていたのね。」

 ご飯の支度を始める。マリエは料理が母に劣らず上手であり、
マミに色々と教えてくれた。包丁の音をトントンとリズミカルに刻みながら、マリエは問いかける。

「ねえ・・・魔女と戦う時の必殺技って、必要よね・・・」

「それはもう。お二人の戦いを見ていて、必要だと思いますよ。」

「必殺技には、それに見合った掛け声も必要よね・・・」

 いつのまにか、聞こえていたリズミカルな包丁の音は止まっていた。なにこれこわい。

「ええ、自分の気持ちを切り替えるスイッチは必要・・・ってどこかで聞きました。」

「そうよね、安心したわ。変な事聞いて御免なさいね。」

「いえ・・・」

(選択肢を間違えたら、一体どうなっていたんだろう。)

(でもいいんじゃないかな、魔女にとどめを刺す時のマリエさんかっこよかったし・・・)

56: 2011/06/03(金) 08:39:31.58
 それから半年。3人は協力し、魔女退治に明け暮れていた。
正確には、多くの場合は魔女の使い魔退治であり、
それらは魔翌力を補給してくれるグリーフシードを落とさない。
だが、魔女と同じく人間に危害を加える存在である事には間違いがない。
そのため、3人でたまに得られるグリーフシードを分け合い、魔翌力の補給を行っていた。
幸いな事に、戦闘で消耗する魔翌力を補給するぶんには、
問題がない程度にはグリーフシードを得られていた。
 
「さてと、それじゃあ・・・そろそろウチ地元に帰るわ。」

 唐突に言い出したさとみ。しかし、いつかは言われる言葉だろうと思っていた。
それはマリエも同じように考えていたようだ。

「そうですか・・・寂しくなります。」

 引き止める権利など、マミにはない。彼女は自分の生活を犠牲にしてまで、
自分の事を見てくれていたのだ。しかし、彼女には彼女の生活がある。

「なーに、マミももう十分に戦えるようになったしな。ウチの空手と、マリエの銃。
それにリボン。みんなどれも、マミの努力で掴みとったものだ!」

「さとみさん・・・」

「胸張れって!つーかまだでかくなってんな畜生。どうなってんだ最近の13歳はよ。」

「さとみさん・・・最後くらい、そのような発言は自重して下さいまし。」

 言いたい事をマリエが代弁してくれた。一緒に頷く。スルーが大事だ。

「さとみさん、今まで、本当にありがとうございました。」

「おーう、気にすんな!またこっちに遊びに来いよ!ああ、あと魔翌力の解除!
して欲しい時期が来たら、いつでも連絡よこせなー。」

「はい、ありがとうございます。多分、私が高校生くらいになったら・・ですね。」

「解除って何のことかしら?」

「あ、いけね・・・内緒にしてたのにバレちった。」

「実はですね・・・」

 なんとなく知られると気まずいため、マリエに知らせていなかった情報。
打ち明けると、やはりマリエは想像通りの反応をして見せた。

57: 2011/06/03(金) 08:40:48.27
「そんな・・・たかが見滝原に来るためだけに、そんな事を・・・」

「たかが、何て言わないで下さい。私には、それだけ大事な事だったんです。」

 この子は変わった。犠牲を出さないため、正義のために魔女と戦う。
その言葉には一点の偽りもないという事を、この少女はこれまでの行動から証明してきた。
あんなに小さく見えたのに、今ではこんな目で私と話す事が出来たのね、
そうマリエは心の中で思った。

「そうね、有難う。さとみ、貴方にもお礼を言わなくてはなりませんね。
本当に今までありがとう。」

「お前が真顔でそういう事言うの?ちょっと引くわー。」

「ど・・・どういう意味ですか・・・!」

「まあまあまあ、最後くらいにこやかに別れましょうよ、ね。」

(最後まで疲れる・・・)

「悪いな、意外だったもんでさ!じゃこっちもお返しだ。
今までありがとうな、マリエ!」

「そんな、私は礼を言われるような事なんて・・・」

「お前ら二人は、ウチが忘れていた事を沢山思い出させてくれた。
本当に嬉しいんだよ。」

 おそらくさとみの過去に由来することなのであろう。しかし、
最後までそれを聞く事はマミは出来なかった。本人が言わないものを、
こちらから根堀り葉堀り聞き出す必要はない。それで、私達は上手くやってきたのだから。

「元気でな。」
「そちらこそ。お達者で。」
「さとみさん、絶対また、空手教室に行きますから!」

 握手を交わし、別れを告げる。

 さとみは駅へ向けて歩き出した。残された二人もまた、マンションへ歩き出す。

「寂しくなっちゃうわね。」

「そうですね・・・でも、私にはまだ、マリエさんが居てくれますから。」

58: 2011/06/03(金) 08:41:49.41
「僕が混ざってもいいかい?」

 突如現れる、一年振りほどに見るその動物。マリエはQBをきっと睨み付けるが、
QBは構わず言葉を続ける。

「まだ怒ってるのかい。それよりも、大事な話があって来たんだ。」

「何ですこと。」

「近い将来、この見滝原にワルプルギスの夜と呼ばれる魔女が現れる。」

「何・・・?」

 マミはマリエの方に問うように顔を向けるが、そこには顔を真っ青にしたマリエがいた。

「それは本当なの?」

「間違いないね。明日なのか、一ヶ月後なのかは分からないけれど、
間違いなくワルプルギスの夜はこの街に現れる。」

「分かったわ、消えて頂戴な。」

「忠告はしたからね!がんばってね!」

 そう言い残すと、QBはどこかに姿を隠してしまった。

「マリエさん、ワルプルギスの夜って・・・?」

「・・・とても強い魔女、とでも捉えておけばいいわ・・・」

 それきり、マリエは口を開かなかった。彼女の動揺ぶりは、
マミにも簡単に伝わるほどであった。

59: 2011/06/03(金) 08:43:18.55
 マリエが動揺するのには理由がある。マリエ達3人は協力し、
魔女退治に明け暮れていた。正確には、多くの場合は魔女の使い魔退治であり、
それらは魔翌力を補給してくれるグリーフシードを落とさない。
だが、魔女と同じく人間に危害を加える存在である事には間違いがない。
そのため、3人でたまに得られるグリーフシードを分け合い、魔翌力の補給を行っていた。
幸いな事に、戦闘で消耗する魔翌力を補給するぶんには、
問題がない程度にはグリーフシードを得られていた。

 マミだけは。

 マリエはまだ新米の彼女が戦氏などしてしまう事のないよう、
魔翌力を多めに補給させていた。その事については、さとみもマリエと同意していた。
二人の中での、暗黙のルール。結果として、理解できたのは、
3人で魔女退治を行えば、いつかは誰かの魔翌力が枯渇してしまう。
そしてそれは、魔女との戦いを宿命付けられている彼女達にしてみれば、氏に等しい。

 さとみは、おそらくそういう事情も含めて、ここを去っていったのだと思う。
3人では足りなくなる魔翌力も、2人だけならなんとかなりそうではあった。
だが、それは今後も補給を続けて行けたらの話。今現在、
すでに穢れのかなり溜まったソウルジェムを持つマリエには、
成長したとはいえまだまだルーキーの域を出ないマミと共に、
ワルプルギスの夜を打ち倒す自信と魔翌力がなかった。

 ヤツが現れる前に、なんとか魔女を見つけてグリーフシードを得られねば。
このまま弱った自分とマミとで最強の敵と戦うか、
下手をすればマミ一人で最強の敵に立ち向かう事になってしまう。

 それだけは避けなくてはならない。

「大丈夫、二人で戦えば負けはしないわ。頑張りましょう。」

60: 2011/06/03(金) 08:44:44.57
 マリエはそう言ってから、しばらく黙り込んで考え事をしていた。
さとみの助力を請おうかとも考える。しかし、彼女もまた、
魔翌力が今足りないはずだ。3人で魔女退治をしてきて、
3人分の魔翌力の補給が出来なかったのだ。弱った魔法少女が二人いるよりは、
万全の魔法少女が一人いたほうがマシだ。そうマリエは結論付けて、
魔女を探す事を決心した。

 マミもまた、二人なら大丈夫と言ってはいるものの、
以前として真っ青なマリエを見て、さとみの助力を請う事を思いついた。
しかし、乱暴に言えば、彼女は自分の都合で今まで振り回してきたも同然である。
いまさら、「もう少し見滝原に居てください!」なんて都合のいい事は言えない。

 私が強くならなければ。そう決意を固めた。

 さとみはさとみで、似たような悩みを抱えていた。
地元に帰れば、魔女とは一人で戦う事になるのはもとより、
魔法少女との遭遇戦も悩みのタネとなっていた。今の弱った状態で、
果たして彼女達と対峙した時に戦えるのであろうか。

(帰る前に一つ、グリーフシードのお土産が欲しいなっと。)

 そんな不謹慎な願いがかなったのか、ソウルジェムに魔翌力の波動を感じた。
おそらく、使い魔などではない、魔女の波動。ついている。

 不安なのは、今の自分で勝てるのかどうかであった。彼女は迷いなく、
まだそう離れていないであろうマリエにテレパシーを送る。

61: 2011/06/03(金) 08:45:57.87
(マリエ、聞こえるかい?)

(聞こえていますわ。如何いたしました?)

(魔女を見つけた。)

(それは・・・!)

(そこで、だ。ウチらは二人とも、今ガス欠気味だろう?
ちょっと、ウチも、地元に帰る前に補給をしておきたいな、
と思っててさ。二人でやっつけて、二人でガソリン満タンにしないかい?
マミには悪いんだけれど、内緒でさ。)

(そうですわね。マミちゃんには申し訳ないのですが、
今は私もそうは言っていられません。
幸い、マミちゃんのソウルジェムは魔翌力が完全に溜まっている状態ですし。
このくらいの内緒話でしたら、あの子も許してくれるでしょう。)

(オッケー、じゃあ決まりだな。駅から近い公園だ。すぐに来てくれ。)

「マミちゃん、ちょっと私、お買い物に行ってきますわ。」

「はい、それでしたら私も。」

「いえ、大した用事ではありませんのよ。すぐに帰ってきますわ。」

「そうですか。それじゃあ、何かあったらすぐに知らせて下さいね。」

「もちろんですわよ。それでは、御免遊ばせ。」

 何か違和感を感じつつも、マミはマリエを見送る。しかし、
魔法少女同士であれば、何か危機が迫ってもすぐにテレパシーで知らせる事が出来る。
危険な事はない。何も知らぬまま、マミは食事の準備を始めようとした。

 けれど、何かがおかしい。何だろう。

 居ても立ってもいられず、彼女も部屋を飛び出した。
もう近くにマリエの姿は見えない。買い物って、どこに行ったんだろう。
マミは小走りで、手当たり次第に近所のお店を周る事にした。

62: 2011/06/03(金) 08:47:02.09
(マリエ、聞こえるかい?)

(聞こえていますわ。如何いたしました?)

(魔女を見つけた。)

(それは・・・!)

(そこで、だ。ウチらは二人とも、今ガス欠気味だろう?
ちょっと、ウチも、地元に帰る前に補給をしておきたいな、
と思っててさ。二人でやっつけて、二人でガソリン満タンにしないかい?
マミには悪いんだけれど、内緒でさ。)

(そうですわね。マミちゃんには申し訳ないのですが、
今は私もそうは言っていられません。
幸い、マミちゃんのソウルジェムは魔翌力が完全に溜まっている状態ですし。
このくらいの内緒話でしたら、あの子も許してくれるでしょう。)

(オッケー、じゃあ決まりだな。駅から近い公園だ。すぐに来てくれ。)

「マミちゃん、ちょっと私、お買い物に行ってきますわ。」

「はい、それでしたら私も。」

「いえ、大した用事ではありませんのよ。すぐに帰ってきますわ。」

「そうですか。それじゃあ、何かあったらすぐに知らせて下さいね。」

「もちろんですわよ。それでは、御免遊ばせ。」

 何か違和感を感じつつも、マミはマリエを見送る。しかし、
魔法少女同士であれば、何か危機が迫ってもすぐにテレパシーで知らせる事が出来る。
危険な事はない。何も知らぬまま、マミは食事の準備を始めようとした。

 けれど、何かがおかしい。何だろう。

 居ても立ってもいられず、彼女も部屋を飛び出した。
もう近くにマリエの姿は見えない。買い物って、どこに行ったんだろう。
マミは小走りで、手当たり次第に近所のお店を周る事にした。

63: 2011/06/03(金) 08:48:09.18
「よう、さっきぶり。」

「まさか、こんなに早く感動の再会をするとは思いませんでしたね。」

「そうだな・・・正直なところ、魔翌力どんくらい残ってる?」

「5割・・・いや4割ほどでしょうか。」

「あっはっは!お互い、過保護な親になっちまいそうだな!」

「それは反省すべき点ではありますわね・・・けれども、
なるようにしかなりません。」

「そうだな、行くか。」

 いつのも鮮やかな手刀にて、空間を切り開く。覗きこむと見える、
いつもの風景。二人はその中へ向けて、歩き出した。
 迷路のような道。そこかしこから、現世では聞こえない音がする。
上っては下り、下がっては上りを繰り返し、時には突然、上下が逆さに引っくり返る。
突然の事態に備えるために、彼女達は目に見えぬ魔翌力の鎧をまとっている。
このようなこけおどしは彼女達には効き目がない。
唯一、鎧の維持のために魔翌力を奪われる事を除いては。

「歩くだけで余計な消耗させんじゃねーっつーの・・・」

「全くですわね・・・それもそろそろ終わりのようですわ。」

 魔女は共通して、深部のドーム状の空間にいる。今回も例外はなく、そこに魔女はいた。しかし・・・

「この魔女、少し前に使い魔から昇華した魔女のようですわね・・・」

64: 2011/06/03(金) 08:49:24.63
 ソウルジェムの反応を確認し、マリエが話す。つまりは、
魔女に成り立てのルーキーという事である。そして、
ルーキーから得られるグリーフシードの魔翌力の回復量は、たかが知れている。

「小物か・・・これなら一人で倒せていたな。一人占めのチャンス、ざーんねん!」

「さとみさん、グリーフシードは私に譲っては頂けませんでしょうか。」

 突然の申し出に、さとみが一瞬固まる。

「え・・・最初に言ったじゃん、半分こしようよ。そりゃ、
最初に言った通りに二人ガソリン満タン!ってわけには行かないけどさ。」

「我侭を超えて図々しいお願いをしている事は承知の上です。
ですが・・・どうか、私に譲って頂けませんか。」

「ちょっと待ってよ、ウチも今の魔翌力のまんま、地元に帰ったらヤバいんだよ。
マリエにも前に話したでしょ?魔女だけじゃなく、魔法少女もヤバいって・・・」

65: 2011/06/03(金) 08:50:55.66
「承知の上です。けれど、今回譲って頂かないとマミちゃんが・・・」

「マミが?」

 そこから先を言いかけて、マリエは口をつぐんだ。ワルプルギスの夜が迫っている、
という事を彼女に告げれば、彼女はこの街に残ると言い出すであろう。
それは、これまで3人で協力して魔女退治を行ってきた事の継続を意味する。
それが原因で、今回のような魔翌力の枯渇に悩まされているのだ。知らせるわけには行かない。
 
 また、ワルプルギスの夜が訪れるのが、何時なのか分からない。
最悪、明日にも襲ってくる相手に対し、
グリーフシードを得られる今回のようなチャンスがまた来るとは限らないのだ。

「私がマミちゃんを助ける事が出来なくなります。私が氏んでしまっては、
誰もマミちゃんを助ける事が出来なくなります。私には、そんな事は耐えられません。」

「そんな・・・そっちはマリエとマミ、二人がかりなんだから、
まだいいだろう。ウチはこれから戻って、一人で戦わなきゃならねえんだ!
本音を言えば、ウチがグリーフシードを一人占めしたいくらいだよ!」

「どうしても・・・駄目なのですね。」

「あったりまえだろう!なあ、どうしたんだよマリエ。
半分こして、仲良く別れようぜ。な。」

66: 2011/06/03(金) 08:53:40.25
 手を差し出すさとみ。仲直りの秘訣は握手。彼女は、昔からそのように父親から教わっていた。マリエもまた、差し出された手に手を差し伸べる。

 ただし、握手を交わすには余計としか言えない、マスケット銃付きで。

「・・・ッ・・・!」

 至近距離での発砲より、銃身を利用した打撃を選択したマリエだが、さとみの反射神経の前にかわされる。素早く手を伸ばし、銃を払い落とす。その勢いを利用したまま、マリエの顔面へ裏拳を突きたてようとするが、その手はいつの間にか出現していた二丁目の銃によって払いのけられた。

「お前まで裏切んのかあぁァァ!」

 さとみのそれは、まさに絶叫であった。大粒の涙をぽろぽろとこぼしている。
その涙がマリエの胸を締め付ける。弁解したい。謝りたい。
自分がどれだけ卑劣な事をしているのかも、洗いざらい白状してしまいたい。
しかし、それをしてしまう事によって得られるものは、
おそらくはワルプルギスの夜によって3人とも殺されてしまう未来。
彼女にとって、マミはもはや唯一の家族と言える人間となってしまっていた。
友人の命と家族の命と。重すぎる天秤がどちらに傾いたのか、
それがマリエには見えてしまったのだ。

「もはや語る言葉はないですわ。」

「お前だけは許さねえ!」

 さとみの脳裏に、自身が魔法少女になった時の記憶が蘇る。
彼女は信頼していた仲間から裏切られ、そして生氏の境をさまよった。
普通の生活を送っていれば起こらない、言ってしまえば自業自得。
あの時に一度心に決めた、誰にも頼らない、信用しないという事。
その決心は、周囲の暖かい環境と、さとみ自身の精神の成長によってすでに溶かされていた。

 特に、マミとマリエと一緒に行動するようになってからは、
その決心などなかった事になっていた。
 お互い頃しあうという認識が強かった魔法少女同士の連帯感。友情。
今、それが粉々に打ち砕かれた。よりにもよって、
親友だと思っていた目の前の少女によって!



 さとみが歩を詰め、マリエに近づく。マリエは歩を下げながら、
マスケット銃をひらりひらりとその手から生み出す。しかし、
銃口をさとみに向ける前に、ことごとくさとみに打ち払われる。
 さとみは拳をマリエに突き立てる事が出来ず、マリエはさとみに銃を撃つことが出来ない。

 魔女はその様子を、人間に例えればニコニコした表情を見せて、ただ眺めている。
 
 また、この戦いの決着を見届けるべく、影に隠れながらも同じような様子で眺めている者もいた。

67: 2011/06/03(金) 08:54:26.40
(え?)

 それを感じ取れるほどには、マミは魔法少女として成長を遂げていた。
確実に感じる、魔翌力の波動と乱れ。それも一つではなく複数、
どちらも馴染みのある波動であった。

(何してるんですか二人とも?魔女と戦っているんですか?)

 返事は聞こえない。二つの魔翌力の波動は、まるで魔女の波動であるかのように、
恨みと怨念を撒き散らしているようにも思えた。それと同時に、
二つの魔翌力の波動は、ぶつかりあってはじけてはいるが、とても弱弱しく感じる。

(お願いです、返事をして下さい!さとみさん、マリエさん!)

68: 2011/06/03(金) 08:55:01.53
(え?)

 それを感じ取れるほどには、マミは魔法少女として成長を遂げていた。
確実に感じる、魔翌力の波動と乱れ。それも一つではなく複数、
どちらも馴染みのある波動であった。

(何してるんですか二人とも?魔女と戦っているんですか?)

 返事は聞こえない。二つの魔翌力の波動は、まるで魔女の波動であるかのように、
恨みと怨念を撒き散らしているようにも思えた。それと同時に、
二つの魔翌力の波動は、ぶつかりあってはじけてはいるが、とても弱弱しく感じる。

(お願いです、返事をして下さい!さとみさん、マリエさん!)

69: 2011/06/03(金) 08:56:28.90
 そんなテレパシーが伝わって来ないほどに、二人は衰弱していた。
もはや、二人で今更協力をしたところで、
二人でルーキーと罵った魔女を倒す事すら出来ないだろう。
もっとも、二人はそんな事を考える思考すら持たず、
いかに目の前の敵を打ち倒す事だけを考えていた。それしか、考えられなかった。

 マリエは最後の賭けに出る。踊るようなバックステップを繰り返しながら、
残された魔翌力を振り絞り、マスケット銃を一本手元に召還した。
そして、さとみが歩を詰め、マリエを追う。もう何分続いたのか分からない光景。

 不意にマリエは前に出る。

 予想していなかったわけではない。だが、その動きに追従しきれないほどに、
さとみも魔翌力を消耗していた。マリエは銃を銃とは思わず、
鈍器のようにさとみの胸元を狙って振り下ろした。間一髪、
さとみはその持ち前の反射神経でかわす。しくじった。これで私も終わりか。

 さとみは勝利を確信した。マリエから前に出てきてくれた挙句、
彼女のカウンターは失敗してしまったのだ。ここからなら確実にマリエの髪飾りにつけられた、
ソウルジェムのみを狙って破壊できる。頃してしまいたいほど憎んだ。
しかし、長く苦楽を共にした記憶を忘れる事は出来ない。
ソウルジェムを破壊し、彼女が魔法を使えないようにし、
戦闘不能にするだけであれば、命を奪わずに済む。

 そうなったらマミの面倒をまた見なきゃな。もういっそ、見滝原に引っ越してしまおうか。

70: 2011/06/03(金) 08:57:36.17
 それが三枝さとみの、17年の人生の中での最後の思考となった。

 マリエの振り下ろしたマスケット銃の銃身は、
さとみの衣服をかすめる程度で外れてしまった。そのかすめた箇所が、
さとみの胸元にあったソウルジェム。彼女の赤黒いソウルジェムは、
魔翌力を帯びて振り下ろした一撃により、粉々になってしまった。

 ついている。そうマリエは思った。彼女はこれで魔法が使えなくなるものの、
命までは奪わずに済んだ。このような状況の中、これをついていると言わずして何と言おう。

 さあ、あとはこの魔女を倒すだけだ。もう魔翌力は底をついている。
しかし、この魔女を倒せば、私もさとみも生きてここから出られる。
そう思うと、底をついている魔翌力が少しだけわきあがる。

71: 2011/06/03(金) 08:58:24.79
「マリエさん!」

 マミの声が聞こえる。こちらからテレパシーで呼びかけてもいないし、
呼ばれてもいない。疲れているから、幻聴が聞こえるのかしら。

「マリエさん!」

 確かに聞こえる。すぐそこにいるのかしら。しかし、
もう首をまわすのも億劫だった。口を開く事すらもままならないので、
心の中で話しかけてみる。

72: 2011/06/03(金) 08:59:23.54
(マミちゃん・・・いつか、貴方にも貴方を慕う後輩が出来るでしょう。)

「マリエさん!マリエさん!」

 手元にマスケット銃を生み出す。それを巨大化させるのは困難ではあったが、
体のどこからか力がわいてくる。

(貴方は私達のように、その後輩達に接し、教えてあげてね・・・。)

「マリエさん!私がその魔女と戦いますから!マリエさん!」

 瞼が重い。うっすら開く視界には、魔女がこちらへ向けて何かを飛ばしているのが見える。
私と銃撃戦で戦うつもり?望むところですわよ。

(そして貴方は私達のように・・・ケンカしないで、仲良くやってね・・・。)

「マリエさん!待って下さい、マリエさん!

 魔女の飛ばした針のようなものが、マリエの髪飾りについたソウルジェムを打ち砕く。



 その瞬間より、一瞬早く。



「ティロ・フィナーレ」

73: 2011/06/03(金) 09:00:18.85
 3月のまだ冷たい雨が体を打つ。魔女の結界と共に、
先輩達の亡骸は連れていかれてしまった。
 呆然。それしか、マミに出来る事はなかった。何故、こんな事に?

 目の前にグリーフシードが鈍く光る。その影から、ひょっこりと姿を現す白い姿。

「あの二人は・・・残念だったね。」

 声は聞こえている。しかし、頭に入ってこない。理解が出来ない。

「魔女に操られて、二人は戦い合ったんだ。」

 少しだけ、頭に入る言葉。魔女に操られて?

「そうだよ、二人はそれで同士討ちを始めたんだ。一人だけで結界に入れば良かったのにね。」

 そんな事はどうでもよかった。様々な疑問がマミの脳裏を駆け巡る。

 あの殺意を剥き出しにした、二つの弱弱しい魔翌力の意味。

 マリエの、私達のようにケンカしないで仲良くやってね、という言葉の意味。

 さとみが以前に話していた、グリーフシードを奪い合う魔法少女達の話。

 考えがぐるぐると周り、繋がってしまう。そんな事はあり得ない。

「お姉ちゃん・・・」

 どちらの先輩を指すとも言えず、呟く。

74: 2011/06/03(金) 09:01:38.98
「マミ、今は聞くのも辛いだろうけど・・・」

「君は二人の先輩の希望を受け継ぎ、ここに立っている。」

「マリエの最後の言葉を忘れないで欲しい。」

「いつか、君にも後輩になる魔法少女が現れる時がくるだろう。」

「そんな彼女達に、君は何をしてあげられる?先輩達のように、振舞えるかい?」

 もう、ここまで来ればマミにも理解が出来た。
二人は魔翌力をマミのために分け与え続けていたのだ。
彼女達が、何故そんな事をしていたのか。それも理解が出来た。
私達は、文字通り家族だったのだ。

 先ほど浮かんだかすかな疑問は、頭の片隅から消し飛ばした。
彼女達に限って、グリーフシードの奪い合いなどをするはずがない。
家族だったのだから。そう信じたい。

 そう考えれば、QBの言葉で辻褄が合う。魔女に操られ、
魔翌力の弱った二人は抵抗が出来なかった。それ故に、頃しあった。

 だからこそ、こんな悲劇が二度と起きないよう・・・マリエは最後の言葉を自分に託したのだ。

 マミの瞳に力が篭る。彼女は立ち上がり、目の前に落ちているグリーフシードを拾った。
今、自身が感じた絶望の穢れを、そのグリーフシードに吸い取らせる。
彼女のソウルジェムは、再び輝きを放ちだす。

 そのまま、手に持ったグリーフシードを両手に持ち、胸元に持ってくる。
そのまま膝からくずれ、泥まみれの地面に立ち膝の状態となる。
よくTVや映画で見かける、祈りのポーズ。

 彼女は、彼女の姉達に、自らの決意を知らせていた。それは・・・

75: 2011/06/03(金) 09:02:21.05
 それから、2年の時が流れた。

 始めの頃は、一人きりの戦いに恐怖する事もあった。

 何度も氏ぬような思いもしてきた。 

 そのたびに、マミは先輩達の姿を思い出した。

 記憶の中での彼女達は、常に強く、勇敢であった。

 こんなところで負けていられない。

 そう思うと、どんな戦いにも勝利する事ができた。

 しかし、戦いに勝利をおさめても、家で待ってくれている人はいない。

 以前は3人で囲んだ食卓。3人で飲んだ紅茶。3人で戦った敵。

 それを考えると、どうしても涙が止まらなくなる。

76: 2011/06/03(金) 09:03:27.22
 そんな彼女にも、ようやく後輩魔法少女が出来た。

 厳密には、まだ今は魔法少女ではない。

 しかし、彼女は、マミがかつて先輩に対して持っていた憧れを、
 
 同様にマミに対して向けていた。

 その彼女が、魔法少女になって、私を助けると言ってくれている。

 

 もう、何も怖くない。

 私、独りぼっちじゃないもの!


     ~fin~

78: 2011/06/03(金) 10:14:12.03

普通に感動した

引用元: 魔法少女マミ☆マギカ