14: 2009/06/04(木) 04:13:42.38

「ホットブラッドを頂戴」
女は店に来るなり、開口一番にいつもの言葉を吐いた。
「そんな物、うちに置いてはいない。」
そうやって私もいつもの言葉と蜂蜜入りのホットワインをくれてやった。なんだ残念と呟く言葉に反して、顔は嬉しそうな笑みの形に歪んでいる。
 当たり前のように私の前に座り、幸せそうな顔をしてホットワインを啜る女は吸血鬼。人間の血を餌にする化け物だ。

15: 2009/06/04(木) 04:27:13.18
「もう何年も同じ物頼んでるんだから、いいかげん店に置きなさいよ。」
頬を膨らませ、上目遣いで私を睨む。ホットワインのカップを両手で抱えるオプション付きだ。
「その手が通じるのは15歳以下の少年少女のみだ。お前がやったって気色悪いだけだ。」
ひどーい、女の子に言う台詞?などの言葉が耳に届いてはきたが、洗い物の音で聞こえなかった事にする。

16: 2009/06/04(木) 04:48:38.94
カチャカチャと皿がぶつかる音、フーフーと化け物がホットワインを冷ます音。私はその心地良い音楽に没頭する。何時までも世界はこの様に柔らかく在ればいい。しかし手に触れられる範囲の世界は、目の前の女が人差し指で弾き飛ばした。
「で、店主。いつもの質問の返事は?」
小さな世界を壊された苛立ちは存外にも顔に出ていたようで、目の前の女は不思議そうな顔をする。何でもないと手を払い、洗い物に戻る。
「して、店主。如何なものだろうか?」
女は答えない私にもう一度問いかけた。
なんて馬鹿な女なのだろう。この女の求める答えなど持ち合わせていないのに。
頭のネジが飛んでいる化け物は私に問い掛ける。

「お前も吸血鬼にならないか?」

と。

21: 2009/06/04(木) 05:03:30.46
「いいかげん学習しろ。答えは否だ。」

何年間、この言葉を吐かれてきただろう。何年間、この言葉を吐いてきただろう。何年間、この言葉達を交わし続けるのだろう。

否定の返事を受け取ったにも関わらず、女は笑みをこぼした。
「まだ駄目か~。もう、いいかげん折れなよ店主も。こんな良い女が誘ってるんだぞ。」
二の腕で胸を強調し私に迫る。頭に来るくらい形の良い乳だ。
「お前もいいかげん諦めろ。色でも何でも使って、他の奴を誘ったら良いだろ。」
女の頭を軽く叩いた後、皿を拭く布巾を取りにその場を離れる。
店主が良いんだけどな~っと溜め息混じりの言葉は、再び都合良く耳に届いていない事にした。

23: 2009/06/04(木) 05:16:02.89

白い布巾を何枚か持ち、再び女の前に立つ。最初に与えたホットワインは飲み干したようだ。
「店主、ホットブラッドを頂戴?」
カップを持ち上げ、性懲りもなくいつもの言葉を吐く。
「お前は頭のネジがいかれているようだな。」
カップを受け取りつつ、今度ははっきりと言葉にしてやった。
そんな事無いのにな~と女は笑顔。やっぱりこの女は頭がおかしいと確信しつつ、私は二杯目のホットワインに取りかかる。

25: 2009/06/04(木) 05:32:11.43
二杯目は一杯目よりも蜂蜜を少なめにし、シナモンを加えて出してやる。
女はカップから香るシナモンの香りに、目をキラキラさせながら笑顔を作った。何年お前にホットワインを出してやってると思ってんだ。

一口飲み、二口飲むと、ほっ…と幸せそうな顔をする。大切そうにカップを抱えてホットワインを飲む姿は、女が化け物だという事実を忘れさせるほど愛らしい。
知らず知らずの内に目元が緩んでいたらしい。
「店主、笑うと可愛いのにな。」
女に指摘されるとは不覚。
「お前もただ一つの欠点さえ無ければ、見れたものだと言うのに。」
布巾と皿を持ちつつ、肩をすくめる。
そういう所は可愛くないなぁと女が呟く。余計なお世話だ。

26: 2009/06/04(木) 05:46:44.26

フンフンフンと聞き慣れない音楽が私の耳に届く。
「それは?」
余りにも優しい音楽は、不覚にも私の口から女へと話題提供をさせていた。
しばしばと長い睫を瞬かせ、女はこちらを見る。
「珍しいね、店主。」
そう言い、微笑んだ。
五月蝿い、とりあえず話せとでも言う風に私は女に手を向ける。
了解と頷き、口を開けた。

「隣の隣の隣の国の歌。氏に行く人が歌っていたんだ。」

28: 2009/06/04(木) 06:07:16.73

まぁ、私が頃したようなものだけどね。そう聞こえた気がする。気がするだけだ。私の耳は都合良く出来ている。
「その人は氏を覚悟して、微笑んで言ったのよ。せめてこれだけ歌わせてって。」
懐かしむように目を細める女。まるで遠い友人を思い出しているかのようだ。
この女は取り返しのつかないくらい、どうしようもなく頭がおかしいのだろう。いや、化け物にとっては正常な思考回路なのだろうか。

「その時の歌が余りも綺麗だったから覚えたの。」
そう言い、音楽を続けた。

どんな場面で覚えた音楽にしろ、美しいものは美しい。目の前で歌う化け物が二つ瞬きする間だけ、聖女に見えた。


29: 2009/06/04(木) 06:19:25.65

さてと、と言いながら女は立ち上がる。
「もうすぐで朝だし、お暇するね。」
カップの横にホットワイン二杯分にはやや多い金額の札を置く。
「今度このワインが飲めるのは何時かしら?」
そう微笑み、化け物は出口へ向かう。
「朝日に溶けて、もう来れなくなると良いな。」
私の軽口に、ひどーいと答えながら女は扉に手をかける。
「店主、次は良い返事を待っているわ。質問にもホットブラッドにも」

そう残して、化け物は暗さの残る空の色に溶けていった。


30: 2009/06/04(木) 06:33:20.97


ギィっと音が鳴り、扉が開く。
「店主、ホットブラッドを頂戴」
化け物は久しぶりにしては随分な挨拶を言葉にした。
「まだしぶとく生きていたのか。」
あと少しで顔も忘れる所だったのになぁ、と私は呟きホットワインを用意する。
相変わらず店主はひどいなぁと笑いながら、女はカップを受け取った。
これよ、これ。そう呟きながらホットワインを啜る女を見て、改めて私はこの女が化け物なのだなと実感した。歳をとっていないのだ。

「一体今更何の用なんだ?」
私は久しぶりのこの女に問いかけることにした。
相変わらず、両手でカップを抱えた女は嬉しそうに顔をあげた。

「店主、吸血鬼にならない?」



見てるかどうかわからないが、遅筆で済まない。もう少しで終わり何だが、眠気で氏にそうだ。

32: 2009/06/04(木) 06:50:44.84

いつもの、だが久しぶりの質問を私に投げかけた。若干の懐かしさに浸りつつ、私は、いつもの、だが久しぶりの答えを女に吐いた。
「本当に学習しないな、お前は。答えは否だ。」
私の言葉を聞いた女は少し寂しそうな笑顔を向けた。店主はそれでいいの?否でいいの?と女は小さく呟く。私は答えるまでも無いと、いつの間に空になったカップを女から取り上げる。取り上げる予定だった。
シナモン入りのホットワインを作るはずだった私の手は、女に掴まれカップを取り上げる事も出来ない。

相変わらず失礼なやつだ、と抗議の声を上げようとした私は女の顔を見て止まってしまった。

「店主、ホットブラッドを頂戴」

初めて見る、悲しみで歪んだ女の顔だった。


33: 2009/06/04(木) 07:10:37.56

今にも涙が溢れてしまいそうな女の顔は、何年と付き合ってきた中で初めて見る表情だった。
「何年も待ってた。店主がうんと言ってくれるのを。」
唇をぶるぶると震わせて、女は言葉を吐く。私は初めて見る女の表情に参っていた。どうしたら良いのか、どうすれば良いのか。
「私は店主に、ずっとホットワインを作っていて欲しかった。」
今にも決壊しそうに、女は涙を溜めている。
「出来れば、店主にずっと隣に居て欲しかった。」
スビっと鼻をすする。
「でも、店主は私のような化け物になるとは言ってくれなかった。私も出来ればしたくなかった。」
あぁ、やめてくれ。その表情を取っ払ってくれ。
「だけど、一緒にいたかった。だけども私の望む答えは得られなかった。最後の時にも。」

35: 2009/06/04(木) 07:20:49.65


私はこの化け物の笑顔しかしらなかった。私の作ったホットワインを啜りながら、他愛のない雑談をする幸せそうな顔しかしらなかった。

だから店主…と次の言葉を紡ぐ女の口を止めさせた。戸惑う女に流れる涙を拭ってやる。
あぁ、そうだ。私はこの女に
「笑って欲しい。」
そうして欲しかったのだ。

36: 2009/06/04(木) 07:32:29.46

どうして良いかわからない顔をしている女に、続けて言葉を紡ぐ。

「ホットブラッドなら準備出来そうだ。」

だから笑ってくれと。

38: 2009/06/04(木) 07:38:28.15

「私はもう、こんななりだ。お前の仲間になったってどうする事も出来ない。」
私は続ける。
「だから、せめてお前の中でお前と一緒にいさせてくれ。」

馬鹿な事を言っているとわかっている。意味の無い事だともわかっている。
ただ、最後に見るあの女姿が笑顔であればそれで良いのだ。

39: 2009/06/04(木) 07:42:17.98


目をこすり、女は問う。
「…店主はそれで良いの?」
正直、今私では良いも悪いも正しい判断は出来ないだろう。ただ、最後に一つくらい間違えを冒してもてもいい気はしている。
「気が変わらないうちに早くした方が良いぞ?」
からかうように笑ってみせる。

うん。と頷き、女はカウンターを飛び越えて私を抱きしめた。

41: 2009/06/04(木) 07:51:44.70


「店主はやっぱり、笑っていた方が可愛いよ。」
言葉と共に、えへへ~と笑う女。はっきり言ってその顔は不細工だったが、その顔は愛らしかった。

後ろから私を抱きしめ、首筋に鼻を寄せる。最期の事が及ぶ前に一つ女に頼まなければいけないことがある。
お前、と女を呼ぶと不安げな顔を見せた。今更止めはしないさ。そんな事を思いながら、言葉を投げかける。

「音楽を歌ってくれないか?」


44: 2009/06/04(木) 08:07:13.34


わかった。そう女は微笑み、歌い出した。それはいつか聞いた歌で、美しい音楽だった。

この柔らかな世界も悪くは無いな。そう思う私は、相当きているのだろう。
だが最期に、聖女の皮を被った化け物に抱かれているのは幸せだと感じていた。たとえ、この化け物に終わらされるとわかっていてもだ。


45: 2009/06/04(木) 08:11:36.18

歌い終わった女は、私の耳に口を寄せ幸せそうな声で小さく呟く。


「店主のこと、多分愛していた。」


そうして、私の首筋に二本の何かが刺さった。


最後の言葉くらい、そこは嘘でも断言しておけば良いものを。ふっと笑みが零れる。やっぱりこの女は頭のネジが緩いらしい。馬鹿だなぁ。ゆっくりと薄れ行く意識の中で、最後に思うも女の事だった。


私は意識を、深い夜へと手放した。




47: 2009/06/04(木) 08:16:04.23
見ていて下さった方、ありがとうございました。非常な遅筆で申し訳ないです。
即興、携帯でやるものでは無いと感じました。今度は貯めて書こう。
誤字、脱字には目を瞑って下さい。

何か質問など有りましたら、起きられる限りは答えたいと思います。

48: 2009/06/04(木) 08:56:13.82
眠気って怖いな。意識を失ってたぜ。

良い忘れた事が一つ。女が最期に歌った歌は賛美歌の
「主よ終わりまで仕えまつらん」
で始まる曲をイメージしています。
機会があれば聞いてみて下さい。

46: 2009/06/04(木) 08:13:41.61

これでやっと寝れるってもんだ

引用元: 吸血鬼「ホットブラッドを頂戴」