1: 2021/06/12(土) 23:14:53.783


時は大正、鬼たちの暗躍する時代。

背に大きな木箱を担ぐ少年がいた。

寅次郎「…………」テクテクテクテク

2: 2021/06/12(土) 23:16:08.824
蛸社長「おい、待て小僧。俺に血肉を寄越せ」

寅次郎「た、蛸の鬼だ!」

蛸社長「へっへっへ、観念するんだな」

寅次郎「くそっ……」

3: 2021/06/12(土) 23:17:40.771
博「そこまでだ!蛸鬼!」

蛸社長「何!?囲まれている!?」

博「やあ!とう!」

キン キン キン キン キン ザシュッ

蛸社長「や、やられたー」バタッ

4: 2021/06/12(土) 23:18:45.728
寅次郎「ありがとうございます。剣士様」

博「我々は鬼殺隊だ。君、名はなんという?」

寅次郎「竈門寅次郎です」

博「この木箱は何だ?」ガチャ

寅次郎「あっ」

5: 2021/06/12(土) 23:19:36.772
さくら「ガルルルルルルル」

博「うわあ!鬼だー!」

寅次郎「鬼じゃない!妹のさくらだ!」

6: 2021/06/12(土) 23:20:48.656
さくら「ガルルルルルルル」

寅次郎「やめろ!やめるんだ、さくら!」

さくら「ガルルルルルルル」

寅次郎「さあ、はやくこの団子の串を咥えろ」

寅次郎「兄ちゃんが必ず鬼から人に戻してやるから」

寅次郎「それまでの辛抱だ!さくら!さくらー!」

―――
――

7: 2021/06/12(土) 23:21:57.278


老婆「旅の人、旅の人。起きてください。列車が来ましたよ」

寅さん「うん……」


寅さん「……マンガみたいだったな」

8: 2021/06/12(土) 23:23:07.109
https://www.youtube.com/watch?v=qjd-4rrX1K8


Opening
♪~

 男 は つ ら い よ
 寅次郎のんのんびより

9: 2021/06/12(土) 23:24:09.677
わたくし生まれも育ちも葛飾柴又です
帝釈天で産湯を使い 姓は車 名は寅次郎
人呼んでフーテンの寅と発します

10: 2021/06/12(土) 23:25:13.071
 車寅次郎 渥美清

 さくら 倍賞千恵子

 竜造 森川信

 つね 三崎千恵子

 博 前田吟

 満男 中村はやと

 社長 太宰久雄

 源公 佐藤蛾次郎

 御前様 笠智衆


どうせおいらはヤクザな兄貴
わかっちゃいるんだ妹よ
いつかお前の喜ぶような
偉い兄貴になりたくて
奮闘努力の甲斐もなく
今日も涙の
今日も涙の陽が落ちる
陽が落ちる

11: 2021/06/12(土) 23:26:33.526
 宮内一穂

 宮内ひかげ

 宮内れんげ

 一条蛍

 越谷夏海

 越谷小鞠

 越谷卓

 富士宮このみ
 
 加賀山楓


ドブに落ちても根のある奴は
いつかは蓮の花と咲く
意地は張っても心の中じゃ
泣いているんだ兄さんは
目方で男が売れるなら
こんな苦労も
こんな苦労もかけまいに
かけまいに

12: 2021/06/12(土) 23:27:29.967
男というものつらいもの
顔で笑って
顔で笑って腹で泣く
腹で泣く


とかく西に行きましても東に行きましても
土地土地の御兄さん御姐さんに御厄介かけがちなる若造です
以後見苦しき面体お見知りおかれまして
向後万端ひきたってよろしく
お頼申します

13: 2021/06/12(土) 23:29:24.438
とらや

タコ社長「はー、まいったまいった」

タコ社長「うちのカミさんがこれ(鬼)なんだよ」

おばちゃん「どうしたんだい?自分まで赤い顔しちゃって」

タコ社長「たまには家族サービスでもしろ、どこか連れてけ、ってさ。俺の心が休まらない」

さくら「今日は良い天気ですものね」

博「日曜日は休みで工場も動いてない所が多いからなあ。空が綺麗なんだよ」

タコ社長「博さんには悪いけどね、本音を言えばこっちは日曜だって手でも足でも使って機械回したいくらい」

おいちゃん「それじゃあまるで自転車操業だな」

タコ社長「ほんとほんと、補助輪つけなきゃ倒れちゃう」

14: 2021/06/12(土) 23:30:11.163
田舎道

れんげ「……」シャカシャカシャカシャカ

(補助輪付き自転車)



蛍「……」テクテクテクテク

15: 2021/06/12(土) 23:31:35.420
れんげ「にゃんぱすー」

蛍「おはよう。迎えに来てくれたんだ」

蛍「れんちゃん、ありがとう」

れんげ「ほたるん、今日は明日からの学校に備えて英気を養う日曜日なのん」

蛍「うん。有意義に過ごそう」

れんげ「週に1回しかなくて年に52回もあるん」

蛍「そう言われると少ないか多いか微妙かも」

16: 2021/06/12(土) 23:33:22.403
宮内家

蛍「おじゃましまーす」

一穂「蛍ちゃんいらっしゃい」

蛍「先生、おはようございます」

一穂「おや、あの姉妹はいないのかい?」

れんげ「知ったこっちゃないん」

一穂「お、そんな言葉遣いしちゃダメだぞ?」

れんげ「なっつんもこまちゃんも付き合い悪いん。そりゃウチの口も悪くなるん」

蛍「れんちゃん、今日先輩たちの家族、車で市街に出かけるってよ」

れんげ「もー、しょうがないんなー」

一穂「聞き分けは良いんだな」

17: 2021/06/12(土) 23:34:40.989


夏海「いやー、久々の街角だねー」

小鞠「何よ街角って。街でいいでしょ街で」

夏海「ウチらで角といえば田んぼのカドか牛のツノだよねぇ。あれじゃ本当に道草しか食えないって」

小鞠「ほら余所見しない。お母さんたちもう先に行っちゃったじゃん」

夏海「お、あっちでなんか物売ってる」

小鞠「えー、買わないよ」

夏海「見るだけなら只なんだよ、姉ちゃん」

小鞠「はいはい、わかったわよ」

18: 2021/06/12(土) 23:36:06.691
夏海「どれどれ」


寅さん「まずこのグラフに注目されたい」

寅さん「厚生省が発表した日本人の身長の、これグラフであります」

寅さん「この赤い字が証明するように、戦後日本人の身長は、外国人と匹敵するくらいどんどんと伸びております」


夏海「ほー、姉ちゃんは何時代だ」

小鞠「こら夏海」


寅さん「しかし、それに反比例して日本人の体力はどんどんどんどん落ちている」

寅さん「これは何故かというと」

寅さん「日本人は、つまり、この下駄を履かなくなったためであります」

19: 2021/06/12(土) 23:38:04.096
寅さん「ほら、足の親指と人差し指。ね」

寅さん「この間に人間の健康を司るツボがあります」

寅さん「ここへ鼻緒をぐいっと突っ込んで」

寅さん「ぐいぐいぐいぐい歩きながらここを刺激する」

寅さん「これは日本人の大発明であります」

20: 2021/06/12(土) 23:39:28.311
寅さん「俺なんかほら、365日こうして雪駄を履いているから」

寅さん「ただのいっぺんも病気をしたことがない」

寅さん「ただし頭は良くないが。これは親譲りだから仕方がない」


夏海「アハハハハ。面白いなあ」

寅さん「お、笑ったな中学生。退学」

夏海「なっ――」

小鞠「アハハハ、面白い面白い」

寅さん「隣りの小学生を見習いなさい」

ハハハハハ

21: 2021/06/12(土) 23:40:57.336
夏海「もう帰ろう」ドヨーン

小鞠「そだね」ガックシ


寅さん「ね。並んだ数字がまず一つ」

寅さん「物の始まりが一ならば」

寅さん「国の始まりが大和の国」

寅さん「島の始まりが淡路島」

寅さん「泥棒の始まりが石川の五右衛門なら」

寅さん「助平の始まりがそちらのお兄さん」

卓「……」

ハハハハハ

22: 2021/06/12(土) 23:43:16.342
街の駅

寅さん「……」

(鞄を手に提げて佇む)





列車内

寅さん「……」

ガタンゴトン ガタンゴトン

23: 2021/06/12(土) 23:45:06.146
とある駅

寅さん「……」スタッ

寅さん「さて、のんびりのどかな片田舎だ」





田舎道

寅さん「……」





トンネル

寅さん「……」

24: 2021/06/12(土) 23:46:20.664
駄菓子屋

寅さん「お婆ちゃん、ここらに安宿ありゃしないかい」ガラガラガラ

楓「……いらっしゃいませ」

寅さん「なんだ、しわくちゃの婆さんがやってんじゃねえのか。珍しいな、若いの」

楓「ええ、まあ。誰が売っても駄菓子は駄菓子なんで」

25: 2021/06/12(土) 23:47:54.701
寅さん「はぁ~、わかってないねぇ~」

寅さん「結構結構。結構毛だらけ猫灰だらけ、お尻の周りは糞だらけだ」

(売れ残りの下駄を弄ぶ)

楓「……?!」

26: 2021/06/12(土) 23:50:02.679
寅さん「天に軌道のある如く人それぞれに運命というものを持っております。丙午の女は家に不幸をもたらす。未の女は門にも立たすなと云う。そこの若いお方、眉と眉との間に陰りがあります。あなた商売で苦労してるね?」

楓「……ああ」

寅さん「さあ、この下駄をひと蹴りすれば明日の天気がわかるやもしれない。当たるも八卦。当たらぬも八卦。人の運命などというものは誰にもわからない。そこに人生の悩みがあります。けれどもまず下駄を履いて歩き始めない事には、あなたという一生が前進することも、成長することも、決して在りはしないのです。さあ来た!」

寅さん「と、こういう風にやれば下足だって売れるわけよ」

楓「……こりゃ凄いもん見ちまったぜ」

27: 2021/06/12(土) 23:52:20.817


一穂「お、もうこんな時間だ」

一穂「君たち、お昼ご飯を食べな」

一穂「今何か用意してあげるから」

蛍「あ、はーい」

れんげ「メニューをどうぞなん」スッ

蛍「ありがとう。レストランごっこだね」ペラ

蛍「……えーっとこれは男の人の写真??」

28: 2021/06/12(土) 23:52:56.147
一穂「あー駄目じゃないか、勝手に持ち出して」スッ

蛍「あっ」

一穂「蛍ちゃん、ウチが作る料理だからあまり期待しないでね」

蛍「…はい」

29: 2021/06/12(土) 23:54:04.311
駄菓子屋

楓「へぇ、じゃあ奥さんと子供を家に残しての旅暮らしだ」

奥の座敷

寅さん「ん?うん、そうそう」ポリポリポリ

(横になって駄菓子を食べている)

楓「まあ何もない村だが、のんびりしていってくれ」

寅さん「あそうだ。俺、宿探してたんだった」スクッ

30: 2021/06/12(土) 23:55:27.376
寅さん「こんだけ食ったら今日は素泊まりで十分。どっかねぇかい?」

楓「うちに客用の布団なんてあったかな。レンタルのなら」

寅さん「あーダメダメ、田舎者はすぐ変な噂立てるから」

楓「じゃあえーっと、民宿やってる所があったな」

寅さん「そこ。そこでいい。地図書いてくれ」

楓「うん」

31: 2021/06/12(土) 23:57:34.454


一穂「…………」

一穂「よし、今日の教材研究は終わりっと」

一穂「あー疲れたー」

れんげ「……」

一穂「ん。れんちょん起きてたの?トイレ?」

れんげ「ねえねえも別のお家で暮らすん?」

一穂「ウチはどこにも行かないよ。れんちょんは気にしなくていいの」

32: 2021/06/12(土) 23:59:01.361
宿

寅さん「……」zzz

33: 2021/06/13(日) 00:01:00.855
翌日の朝 宿

寅さん「ふわぁ~」ガラガラガラ

(大欠伸をする)



畦道

寅さん「……」テクテクテクテク

34: 2021/06/13(日) 00:02:04.051
旭丘分校前

寅さん「ふーん、分校ね。退学ぶりの義務教育だ」パン

(手書きの地図を見て指で弾く)

キキーーーーーッ

(自家用車が寅の直前で急停止)

寅さん「……ぁぁぁあああ!?」ドタッ

寅さん「危ねえな、馬鹿野郎!!!!」

35: 2021/06/13(日) 00:03:19.619
(サイドウィンドウが開く)

一穂「すみません」

一穂「早朝、この辺滅多に人いないんでつい」

寅さん「あ――」

一穂「……」

36: 2021/06/13(日) 00:04:32.998
寅さん「あ、痛たたた……」

一穂「こりゃ大変だ。えーっと、えー」

一穂「と、とりあえず後ろに乗ってください」ガチャ

寅さん「……」ズルズルズル

(肩を借りて乗車する)

37: 2021/06/13(日) 00:06:24.219
旭丘分校 保健室

一穂「一時はどうなることかと思ったけど、怪我もないようで良かったです」

一穂「しばらくベッドで安静にしててください。念のため」

寅さん「はい」

寅さん「でもいいんですかね?勝手に学校に忍び込んだり寝台を使ったりして」

寅さん「あー床が腐ってら」

38: 2021/06/13(日) 00:07:57.914
一穂「心配には及びません。ウチはこの分校で教師をしている宮内一穂という者なので」

寅さん「そうなんですか。てっきりお医者様かと。それも動物専門の」

一穂「……あ、きっとこの白衣のせいだな」

寅さん「いえね、この辺、牛馬も多いし」

寅さん「でもよーく考えたら人を車で轢く獣医なんてとんでもないですね」

寅さん「あ、それは教師も一緒か……」

ハハハ

39: 2021/06/13(日) 00:09:40.231
一穂「ではウチは授業があるのでしばらくここを離れますね。えーっと……」

寅さん「わたくし姓は車、名は寅次郎」

寅さん「どうぞ寅と呼んでやってください」

一穂「それじゃあ寅さん。お大事に」

寅さん「はい」

寅さん「一穂先生、いってらっしゃいませ」

40: 2021/06/13(日) 00:12:41.446
教室

れんげ「……」

蛍「……」

夏海「……」

小鞠「……」

卓「……」

(生徒たちが黙々と学年それぞれの問題集を解いている)


一穂「…………」

41: 2021/06/13(日) 00:13:51.717
一穂「……」ポンポンポンポン

(鉄琴でチャイムを鳴らす)

一穂「はい。ではこれで一時間目を終わります」

42: 2021/06/13(日) 00:14:52.370
保健室

寅さん「…………」ソワソワ



寅さん「……」ガラガラガラ

(部屋を出ていく)

43: 2021/06/13(日) 00:16:46.017
職員室

寅さん「失礼いたします」ガラガラガラ

一穂「あっ、寅さん。もう動いても大丈夫そうですか?」

寅さん「いや俺どうも学び舎ってのが合わないみたいで。ベッドでも机でもじっとしてるだけで体痒くなっちゃう」

寅さん「なにせ中学を退学したくらいですから」

一穂「おやおや、凄い学歴ですね」

一穂「あ、失礼しました」

寅さん「いえ。本当は学歴と呼べるかどうかすら疑わしいものです」

44: 2021/06/13(日) 00:18:40.714
寅さん「学歴も職歴も、歴と言えるような生き方じゃございません」

寅さん「十四で家を飛び出し、学業もろくに修めず……」

寅さん「風に吹かれてふらふらと、旅から旅の暮らしです……」

一穂「じゃあ今日は久しぶりに学校へ風が吹いてたんですね」

寅さん「ええ、そういうこと」

45: 2021/06/13(日) 00:20:25.780
教室

小鞠「ねえ、最近のかず姉なんかちょっと変じゃない?」

小鞠「らしくないというか、妙に教育者っぽいような……」

夏海「いや、ウチらの教育者でしょ」

蛍「そういえばさっきの自習時間も居眠りしてませんでしたね」

夏海「えっ、あれ眠ってなかったの!?」

46: 2021/06/13(日) 00:21:43.083
蛍「……もしかしてあの写真が何か関係してるんじゃ」

小鞠「写真?何のこと?」

れんげ「……」

蛍「いえ、なんでもないです」

小鞠「まあかず姉がしっかりしてくれるなら、こっちはありがたいんだけどね」

47: 2021/06/13(日) 00:23:32.802
夏海「そうそう写真といえば母ちゃんに頼まれてたんだった」

夏海「これ。使い捨てカメラ」

夏海「フィルムがあと数枚残っててさ。現像に出す前に全部使い切らないともったいない」パシャリ

小鞠「うわあ眩しい!」

蛍「大丈夫ですか、先輩!」

48: 2021/06/13(日) 00:25:01.628
小鞠「もう何すんのよ夏海!」

夏海「ごめんごめん。手元が狂って」

小鞠「あーあ、1枚無駄だ。なんでもない私を写しただけじゃん」

夏海「こりゃ残りをちゃんと撮らないと母ちゃんにどやされるな……」

夏海「まだ一日ある。被写体を吟味しよう」

49: 2021/06/13(日) 00:26:04.274
夏海「よしれんちょん、こっち向いて」

夏海「ってあれ??」

れんげ「ウチはやっぱりねえねえのことが心配なのん」ガラガラガラ

夏海「あぁ……いってらっしゃい」


蛍「あのせっかくなんでさっきのが現像できたら貰ってもいいですか?」

小鞠「え、あんなのでいいの?」

蛍「はい…」

50: 2021/06/13(日) 00:30:27.620
職員室

寅さん「へえ、全校生徒5人を先生おひとりで教えてらっしゃるんですか」

(寅が名簿を手に持って見ている)

寅さん「ほー、中学生が3人で姓が全員越谷」

寅さん「こりゃ兄妹だな、うん」

寅さん「小学生が2人。一条蛍と」

寅さん「宮内れんげ……宮内……」

一穂「ウチの家族です」

寅さん「ご家族、あっ、なるほど……」

51: 2021/06/13(日) 00:33:27.339
れんげ「ねえねえの様子を観察しに来ましたん」ガラガラガラ

寅さん「……」

れんげ「どちら様ですか」

一穂「あ、れんちょん。こちら寅さん」

一穂「えーっとなんて説明すればいいんだ。寅さんは分校のご来賓の方」

52: 2021/06/13(日) 00:38:00.188
れんげ「にゃんぱすー」

一穂「寅さん、さっき話していた宮内れんげがこの子です」

れんげ「ねえねえのことをよろしくお願いします」

一穂「おいおい」

寅さん「へえ、あの、近頃の子は、かあちゃんとかおっかさんとか言わないんですね?」

寅さん「俺ママとかマミーってのは聞いたことあるけど、ネーネーってのは知らなかったなぁ」

一同「……」

53: 2021/06/13(日) 00:45:04.144
れんげ「ねえねえは、ウチがお姉さんのことを言うときに使うのん」

寅さん「へぇ~、姉貴のことをネーネーって言うの?舶来の言い方じゃないんだ?」

寅さん「一穂先生がお嬢ちゃんのネーネーね。ふーん……」

寅さん「あ姉妹か!」ハタッ

寅さん「母と娘じゃないんだ!」

一穂「アハハ。面白いですね寅さん」

54: 2021/06/13(日) 00:48:32.772
廊下

(教室へ向かって歩いている)

寅さん「まさか一穂先生とれんちゃんが姉妹とは思いませんでした」

一穂「まあ年齢も離れているので間違われても仕方ないですよ」

寅さん「あ、俺にもさくらって妹がいましてね」

寅さん「今頃はきっと故郷の、東京は葛飾柴又のとらやという団子屋で働いてると思います」

れんげ「東京ということは、寅さんは都会の人なんな」

寅さん「柴又が都会って、そんな派手なもんじゃないよ。東京の下町ね」

55: 2021/06/13(日) 00:50:13.785
れんげ「ひか姉は“東京こそ都会。都会こそ東京”って言ってたん」

寅さん「誰だその田舎者は」

一穂「れんちょんの上に、東京で生活してる高校生の妹がいるんです」

寅さん「それじゃあ一穂先生のお家は一穂先生、高校生、れんちゃんの三姉妹ってことですね」

一穂「あの、せっかくなんで旭丘分校の見学でもしていってください。生徒たちも喜びます」

寅さん「こちらこそ、来賓として是非お願いします」

56: 2021/06/13(日) 00:52:05.909
教室

二時間目 自習

れんげ「……」

蛍「……」

夏海「……」

小鞠「……」

卓「……」

寅さん「…………」


一穂「…………」

57: 2021/06/13(日) 00:54:39.709
校庭

四時間目 体育

寅さん「……」ポーン

(みんなでボール遊びをしている)





教室

寅さん「……」モグモグ

(みんなで給食のカレーを食べている)

58: 2021/06/13(日) 00:56:22.732
昼休み 校庭

小鞠「あ、そうだ。まだ使い捨てカメラのフィルムが残ってたし写真撮ろうよ」

蛍「いいですね。じゃあ校舎をバックにみんなで記念撮影とかどうでしょう」

夏海「よし、ウチがカメラマンね。みんな横に並んで並んで」

59: 2021/06/13(日) 00:57:32.782
れんげ「それだとなっつんが写らないん」

夏海「ああ、ウチはいいから」

夏海「ほられんちょんと寅さん、もっとくっついて」

寅さん「ん?こうか」

夏海「よしバランス良くなった」

60: 2021/06/13(日) 00:59:26.210
蛍「自分で言い出しておいてなんだけど、なんか緊張するなあ」

小鞠「あ、蛍もだったんだ。実は私もちょっと」

れんげ「ハッ。この張り詰めた空気!まさにシャッターチャンスなん!」

夏海「それじゃ撮るよ」

夏海「はい、笑ってー」

寅さん「バタぁ~」

一同「…………」

61: 2021/06/13(日) 01:00:41.673
蛍「えーっと」

小鞠「何、今の」

れんげ「……どちらも乳製品なのん、寅さん」

寅さん「あれ俺バターって言っちゃった?……あれチーズなんだね?」

ハハハハハハハハハハ

夏海「……!」パシャリ

62: 2021/06/13(日) 01:03:18.908
https://www.youtube.com/watch?v=Gwh_KweNo_A


♪~

職員室

一穂「…………」

(校庭の寅さんと生徒たちを見ている)

63: 2021/06/13(日) 01:04:50.152
放課後

蛍「今日は寅さんのおかげでとっても楽しかったです」

小鞠「じゃあね、寅さん」

夏海「寅さーん、バイバーイ」

寅さん「よし、れんちゃんにこまちゃんにほたるんになっつんにそれからすぐる青年」

卓「……」

寅さん「サヨウナラ」お辞儀

一穂「じゃあみんな気をつけて下校してください。また明日」

れんげ「……また明日って、寅さんとも会えるん?」

一穂「……」

寅さん「あたりめぇじゃねぇか」

64: 2021/06/13(日) 01:06:25.719
校舎裏

(焼却炉でゴミを燃やしている)

一穂「すみません、手伝わせてしまって」

一穂「ちょっと前は用務員のおじさんがいたんですけど、今は過疎化と高齢化で」

寅さん「先生を手伝いもしないで、若人のくせにあいつらどうしようもないな」

一穂「……寅さんは結婚とかはしてるんですか?」

65: 2021/06/13(日) 01:07:56.281
寅さん「え。は、はい」

寅さん「――いえ、いいえ」

寅さん「生憎、そういう面倒なものは持ち合わせちゃおりません……」

一穂「実はわたし、先日お見合いをしたんです」

寅さん「……」

66: 2021/06/13(日) 01:09:27.816
一穂「断りました」

寅さん「そうですか……」

一穂「寅さんは東京の家を飛び出して全国を回ってるそうですけど、田舎の方がずっと家のことで色々あるんですよ」

一穂「長女のウチが嫁ぐことで妹たちが負担に感じるかもしれないし、この仕事を続けられるかどうかもわからない」

一穂「そんなことを思うと、まだ結婚が具体的に考えられなくて」

寅さん「……」

67: 2021/06/13(日) 01:11:29.323
一穂「これはウチの我儘なのかもしれないけど、れんちょんが小学校を卒業するまでは旭丘分校の先生を続けるのが今の夢なんです」

一穂「これでもいちおう教師で姉なんで」エヘヘ

68: 2021/06/13(日) 01:12:42.661
寅さん「……いいえ、一穂先生はご立派です」

寅さん「こんな中学退学で頭の悪い、たった一人の妹にいつまでも苦労かけてるような、そんな俺と比べるまでもなく……」

一穂「ありがとうございます。寅さんは優しいんですね」

寅さん「……」

69: 2021/06/13(日) 01:17:52.920
夕暮れ 田舎道

卓「……」

このみ「よし、そういうことだからメガネ君」

このみ「次の休みの日、デパートに買い物に行くの付き合ってね」

このみ「じゃ今日はさよなら、楽しみにしてるよー」

70: 2021/06/13(日) 01:19:02.057
卓「……」


寅さん「青年」

寅さん「どうした、妹の友達に失恋でもしたか」

卓「……」

寅さん「いい、言わずともわかる。同じ兄だ」

ビヨ~ン ビヨ~ン

71: 2021/06/13(日) 01:23:01.317
教室

一穂「はい、おはよう」ガラガラガラ

一穂「よしよしみんな揃ってるね」

一穂「えーっと、寅さんは遅刻かな」

一穂「それじゃあ授業始めるよ」

れんげ「ねえねえ、寅さんはもう来ないのん」

蛍「先生、この手紙を見てください」

小鞠「お兄ちゃんが昨日の夕方、手紙預かったんだって」

夏海「もう行っちゃったんだ、寅さん」

一穂「……」



一穂先生や分校の子供たちと過ごしていると、わたくし何故だか郷愁に駆られ古里が恋しくなりました。挨拶も無しに旅立つ勝手をお許しください。
車寅次郎

72: 2021/06/13(日) 01:24:45.435
街角

寅さん「七つ長野の善光寺!」

寅さん「八つ谷中の奥寺で」

寅さん「竹の柱に茅の屋根」

寅さん「手鍋提げてもわしゃ厭わせぬ」

寅さん「信州信濃の新蕎麦よりも」

寅さん「あたしゃあなたの傍がよい」

73: 2021/06/13(日) 01:25:35.272
寅さん「あなた百までわしゃ九十九まで」

寅さん「ともに虱の集るまで」

寅さん「三千世界の松の木が枯れても」

寅さん「お前さんと添わなきゃ娑婆へ出た甲斐がない!」

74: 2021/06/13(日) 01:27:19.235
寅さん「よーし、浅野内匠頭じゃないけどね、腹切ったつもりで」

寅さん「800!」

寅さん「700!」

寅さん「600!」

寅さん「ええい500両!」

寅さん「今日は貧乏人の行列だ!持ってけ泥棒野郎!ちきしょう!!!!」

75: 2021/06/13(日) 01:29:04.432
東京都葛飾区柴又

とらや

さくら「ただいまー」

おばちゃん「おかえり。あら、満男ちゃんご機嫌だね」

さくら「さっき歩いてたら前をなんだかよくわからない動物が、すごい勢いで走って横切ったの。二人でびっくりしちゃった」

博「へー、小動物か。子どもには良い経験だな」

76: 2021/06/13(日) 01:30:26.924
さくら「あれってハクビシンかしら」

おいちゃん「あー、タヌキだな。眉間が白かったらハクビシン。そうじゃなかったらタヌキ」

おばちゃん「えぇ、アライグマでしょ?最近じゃデパートの方でも出るって聞くよ」

博「いや、ここいらってことはきっとイタチですよ」

77: 2021/06/13(日) 01:32:23.862
さくら「一口に小動物っていっても色々いるのね。あたし子どもの頃は野原なんかで遊んでて、知ってるつもりだったんだけど」

さくら「そういえば、よく一緒に遊んだわ。お兄ちゃん、今頃どこでどうしてるんだろう……」

おいちゃん「おっ、ハクビシン、タヌキ、アライグマ、イタチときてお次は寅かい。上手いね」

さくら「やだ、たまたまよ」

ハハハハハ



寅さん「……」

(寅が店先を横切る)

80: 2021/06/13(日) 01:34:12.021
さくら「あれっ、今お兄ちゃんがいたような……」

おばちゃん「え、どこだい?」

博「そんなタイミングよく現れないよ」

さくら「見間違いだったのかしら……」

81: 2021/06/13(日) 01:35:32.572
寅さん「……」

(とらやに入って来る)

さくら「あ……」


おいちゃん「そういえばアライグマで思い出したけど、夜の繁華街は大変なんだってな」

おばちゃん「そうそう。色々漁ったり撒き散らしたりしてさ。凄いよ、あんな街でもツガイになって繁殖してるんだから」

博「動物は逞しいですよ」

82: 2021/06/13(日) 01:37:04.817
おいちゃん「うちにも逞しいのがいたんだけどなぁ」

寅さん「……」ニコニコ

おいちゃん「とんと結ばれねえけど」

寅さん「……」ムカッ

おばちゃん「とにかくうちもゴミの始末には気をつけようね」

博「なかには無責任に餌を与える人なんかもいますからね」

83: 2021/06/13(日) 01:38:33.642
寅さん「そりゃどういう了見だ」

博「うわあ!」

おいちゃん「――寅!」

おばちゃん「寅ちゃん!」

さくら「おかえり、お兄ちゃん」

84: 2021/06/13(日) 01:39:44.430
寅さん「そうかいそうかい。この俺が薄汚ねえアライグマね」

寅さん「いつもみんなして俺の悪口言ってんだ?」

博「まあまあ義兄さん、今度はどこへ行ってたんですか。旅の話でも聞かせてください」

寅さん「博!そんなことはどうだっていいだろ!」

85: 2021/06/13(日) 01:41:02.556
おいちゃん「寅、お前の悪口を言ってたわけじゃないんだ」

おばちゃん「ごめんよ。ほら、今日はご馳走作るからさ」

寅さん「おばちゃん、俺はなにも餌付けされにここへ帰って来たわけじゃないんだよ?ここが俺の家だから――」

おいちゃん「だったらな、ここを自分の家だと思うなら、少しは家のことも考えたらどうだ」

おいちゃん「音沙汰もなけりゃ、突然プラーっとやって来て」

86: 2021/06/13(日) 01:42:19.663
寅さん「嗚呼おいちゃんそういうこと言うんだ」

寅さん「このとらやさんは俺の家じゃなかったんだ」

寅さん「ええ、人のこと害獣呼ばわりしやがって!」

さくら「誰もそんなこと言ってないじゃない」

おいちゃん「アライグマの方が自分で取って洗って食ってるだけましだ」

さくら「おいちゃん」

87: 2021/06/13(日) 01:44:07.203
寅さん「ああわかりましたよ出て行きますよ。害獣は害獣らしく都会の路地裏へでも僻地の裏の裏へでもどこでも出て行ってやりますよ」

おいちゃん「そ、そうしろ!」

寅さん「――何を!」

博「義兄さん!やめてください!」

おばちゃん「わああああ(泣)あたしがアライグマなんか言わなきゃよかったんだ!!!!」

一同「……」

88: 2021/06/13(日) 01:47:46.091
寅さん「夏になったら啼きながら必ず帰って来るあのつばくろさえも……」

寅さん「何かを境にぱったり姿を見せなくなることもあるんだぜ……」

寅さん「俺はもう二度とこの家には帰って来ねえよ」

さくら「お兄ちゃん……」

寅さん「止めるな」

れんげ「にゃんぱすー」

寅さん「にゃんぱすにゃんぱすうるせえ!」

89: 2021/06/13(日) 01:49:35.125
寅さん「……?」キョロキョロ

(背の低いれんげを見つけられない)

れんげ「寅さーん、ウチが来たのーん!」

寅さん「……れんちゃん!」

れんげ「ねえねえもいるん」

一穂「あ、寅さん。お久しぶりです」

寅さん「一穂先生!学校はどうしたのよ」

とらや一同「????」

90: 2021/06/13(日) 01:50:41.596
一穂「上の妹に会いに、れんちゃんと東京へ出て来たんです。学校も休日なので」

寅さん「あそう。もう一人妹いるって言ってましたもんねぇ」

寅さん「あ、黄金週間か」

一穂「もしかしたら寅さんはお店に居ないかもしれないって、れんちょんと話してたんですよ」

一穂「やっぱり来て正解でした」

91: 2021/06/13(日) 01:51:49.884
寅さん「いるいる、ちょうど今帰ったとこ。ここ俺の家だもん」

寅さん「前に話しましたっけね。妹のさくら」

さくら「こ、こんにちは」

寅さん「で横にぼーっと突っ立ってんのがさくらの亭主の博」

博「どうも」

寅さん「それから畳で寝てるのが甥の満男。れんちゃんよりちびっこいな、え。まだ赤ん坊だ」

寅さん「あと田舎じゃ見飽きたと思いますが、あの年寄り夫婦は俺の叔父と叔母です」

92: 2021/06/13(日) 01:53:09.389
一穂「皆さんはじめまして。ウチは分校で教師をしている宮内一穂といいます」

おばちゃん「まあ、学校の先生でしたか」

寅さん「これが結構な田舎なんだよ。小中合同で全校生徒たった5人。旭丘分校」

寅さん「先生も一穂さんただ独り」

一穂「寅さんにはお世話になりました」

寅さん「で、こっちの小学生がれんちゃんね」

一穂「ウチの妹のれんげです」

れんげ「にゃんぱすー」

おいちゃん「へ、へい。にゃんぱす」

93: 2021/06/13(日) 01:54:30.118
寅さん「おいちゃん勘違いするなよ?これ姉妹だよ? 俺初め親子かと思っちゃったんだから」

一穂「もー、寅さんったら」

寅さん「ハハハハハ」

さくら「……」

94: 2021/06/13(日) 01:56:11.046
寅さん「あ、帝釈様へはおいでになりました?」

一穂「これからお参りに行くところです」

寅さん「案内しますよ」

一穂「え、いいんですか?なんだかお取込み中だったような」

寅さん「いいんですいいんです。あっちに寺ありますから行きましょう」

寅さん「おばちゃんよ、今夜の夕飯はご馳走ね。一穂先生とれんちゃんと寅ちゃんの分」

おばちゃん「う、うん」

寅さん「さあ、行きましょう」


おいちゃん「はー、馬鹿だねぇ」

95: 2021/06/13(日) 01:57:47.615
帝釈天題経寺

御前様「ほう、お嬢さんは蓮華さんとおっしゃる」

御前様「これは、ありがたい名前だ」

源公「兄貴、誰や」

寅さん「お前はあっち行ってろ」

96: 2021/06/13(日) 02:00:58.943
夕飯時 とらや

ハハハハハハハハハハ

寅さん「そう。だから俺、一穂先生の車に轢かれたおかげで分校へ行ったの」

寅さん「でもそれをお前のフーテンで学校へ風が吹いたせいだなんて言われちゃうし」

寅さん「あの時の先生ったら凄かったよ。医者でも教師でも先生って人種に弱いんだな、俺」

一穂「いやあ、お恥ずかしい限りです」

博「まあ、それも何かの縁ってことで」

97: 2021/06/13(日) 02:03:32.590
寅さん「しかしやっぱり、大勢で囲む食事ってのはいいね」

タコ社長「寅さん帰って来たんだって?」

寅さん「ああ、紹介します。あれは裏で小ちゃな工場やってるタコ社長」

一穂「こんばんは」

タコ社長「あっ。こ、こんばんは」

さくら「こちら宮内一穂さん。お兄ちゃんがお世話になった分校で先生をされてるの」

98: 2021/06/13(日) 02:06:25.216
タコ社長「はぁ、分校というと中心地からかなり離れた所にお勤めで」

一穂「ええ。地元勤めのしがない田舎教師です」

おいちゃん「またまたご謙遜を。なあ」

寅さん「ようおいちゃん。どうして田舎教師、村夫子が謙遜になるんだい」

寅さん「それは東京都民の驕り高ぶりってやつじゃねえのか」

おいちゃん「あっ……言われてみれば確かに。俺が間違ってた。すまない」

寅さん「わかればいいんだ。わかれば」

99: 2021/06/13(日) 02:08:15.157
寅さん「この薄汚れたワイシャツの経営者をごらんなさいな」

タコ社長「……」

寅さん「まるでドーナッツの輪っかのごとく、都会に群がる働きアリたち」

寅さん「村々は過疎」

寅さん「今のご時世、全校生徒が片手で足りるような分校の山里にこそ、真っ当な人間らしい幸せってのがあるんじゃないのかねぇ」

タコ社長「身につまされるよ……」

一穂「ウチのせいで暗くなってしまったみたいで、なんだかすみません」

寅さん「いえいえ。あいつら自業自得です」

100: 2021/06/13(日) 02:09:40.863
さくら「あら、れんげちゃん眠いんじゃないかしら」

れんげ「……」ウトウト

一穂「れんちょん、横にならせてもらう?」

れんげ「大丈夫…な…のん…」ウトウト

一穂「今日は一日中人混みの中にいたんで疲れてるみたいです」

おばちゃん「今夜はどちらにお泊りになるんですか?」

101: 2021/06/13(日) 02:10:42.955
寅さん「どちらってここの二階があるじゃないか」

一穂「上の妹が暮らしてる部屋が都内にあるんでそこに」

寅さん「あそう?うち泊まってった方がいいよ」

寅さん「東京の下宿先はね四畳半つって田舎の家屋敷とは訳が違うの」

寅さん「この博の住んでるアパートがうさぎ小屋って言われてんだから」

博「まいったなあ、うさぎ小屋か」

102: 2021/06/13(日) 02:11:42.057
タコ社長「すまないねぇ博さん、うちがもっと給料出せればいいんだけど」

博「いや、いいんですよ」

寅さん「タコ、てめえん所の職工が住み込みで働いてるあれは何だ?タコ壺か?」

タコ社長「寅さん!タコ壺ってそりゃないよ!いくらなんでも酷いじゃないか!」

おいちゃん「そうだぞ、ああいうのはタコ壺じゃなくてタコ部屋ってんだ――」

タコ社長「くぅ~っ!(泣)」

おいちゃん「……あちゃ~」

103: 2021/06/13(日) 02:13:03.272
れんげ「のん、むにゃむにゃ」ウトウト

おばちゃん「すみませんねぇ、騒がしくて」

一穂「いえいえ。皆さん面白い方ですね」

一穂「やっぱり今夜は妹の所に泊まります」

さくら「お兄ちゃん、送ってってあげたら」

寅さん「おう、そうだな」

さくら「私たちもそろそろ帰らなくちゃ」

おばちゃん「みんな気をつけてお帰りね」

104: 2021/06/13(日) 02:14:11.139
アパート

博「彼女は今までにないパターンだな」

博「あれくらいのんびりした性格の方が案外義兄さんには合ってるようにも思える」

さくら「でも今回もダメね。お兄ちゃん勿体ないことしたわ」

105: 2021/06/13(日) 02:14:56.816
博「どうして?」

さくら「だって一穂さんたち今日たまたま東京へ出て来ただけなのよ。発展のしようがないじゃない」

博「じゃあ発展のしようもないけど僕らの心配のしようもないな」

さくら「そうね、ふふ」

106: 2021/06/13(日) 02:15:46.048
夜道

れんげ「……」スヤスヤ

(寅が眠るれんげをおんぶして、一穂と歩いている)

一穂「今日は本当にありがとうございました、寅さん」

寅さん「またいつでもいらしてください」

107: 2021/06/13(日) 02:16:46.018
一穂「実を言うとゴールデンウィークは、上の妹の方が実家へ帰って来る予定だったんです」

一穂「でも急にれんちょんが東京のねえねえの所を見たいって言い出して」

寅さん「じゃあ、れんちゃんはいい子だ。お姉さん思いの」

一穂「はい。ウチもそう感じてます」

108: 2021/06/13(日) 02:18:03.228
旭丘分校 教室

一穂「……」ポンポンポンポン

(鉄琴で始業のチャイムを鳴らす)

一穂「えー、ということで小学生は図工、中学生はまとめて美術と技術の授業を始めます」

一穂「今から木の板とノコギリとカナヅチと釘でそれぞれ好きな物を作ってください」

109: 2021/06/13(日) 02:18:59.995
れんげ「……」トントントン

蛍「……」ギコギコギコ

夏海「……」カンカンカン

小鞠「……」ギコギコギコ

卓「……」ギコギコギコ

(生徒たちは黙々と木工の製作に取り掛かっている)


一穂「…………」

110: 2021/06/13(日) 02:20:05.286
夜 宮内家

(受話器を手に電話をかける)

一穂「あー、こんばんは、ひかげ」

一穂「この前は東京での暮らしぶり見せてくれてありがとうね」

一穂「いや、別に今こっちに戻って来て欲しいとかじゃないんだけど」

一穂「ちょっとウチからひかげに頼みたいことがあるのよ」

一穂「うん、親類でただひとり東京在住のひかげにしかできない重要ミッション」

111: 2021/06/13(日) 02:21:43.881
夕飯時 とらや

(一同が食卓を囲んでいる。そこへ社長が)

タコ社長「はぁ……」

博「あ、社長。税務署どうでした?」

タコ社長「うん、追徴金払ってきた。つくづく東京って街が嫌になるよ」

タコ社長「最近、日に一度はもっと別の生き方も俺にはあったんじゃないかって考えちゃうね」

おばちゃん「およしよ社長。今更」

タコ社長「ちょっと前に田舎から訪ねて来た女の先生がいただろ?」

タコ社長「性格ものんびりしてたし、どんな暮らしをしてるのやら」

おいちゃん「…おい」

タコ社長「あっ」

(寅さんに気づいて、ばつが悪い様子の社長)

112: 2021/06/13(日) 02:23:17.027
寅さん「え?」

さくら「ほら、旭丘分校の一穂さん」

寅さん「あー、そんなような人もいたな」

タコ社長「……」

113: 2021/06/13(日) 02:24:26.748
タコ社長「と、とにかく俺は憧れる。田舎のスローライフってやつに!」

寅さん「そうしろそうしろ。俺がお前社長だったらね、都会にしがみつかないでもう今すぐにでも僻地に行っちゃう」

タコ社長「そうは言うけどね、こっちは家族と従業員を食わせていかなくちゃならないの」

寅さん「タコの家族はタコと一緒に移住。印刷工場は丸ごと博に譲渡」

タコ社長「むちゃくちゃだ」

寅さん「何を心配してんだよ。まさに僻地こそ働き口がいくらでもあんじゃないか」

114: 2021/06/13(日) 02:25:56.631
さくら「お兄ちゃんだったらどうするの?」

寅さん「田舎はいつだって人手不足。田植え、稲刈り、稲架掛け、籾摺り。俺だったら農家さんのお手伝いをするねぇ」

寅さん「なにしろ学がないから」

さくら「うん」

115: 2021/06/13(日) 02:27:09.514
寅さん「決して楽な仕事じゃない。泥と汗に塗れながら豊作を祈る日々」

寅さん「だが、それだけお世話をするから田舎暮らしは逆に人生も豊かになる」


寅さん「田んぼ仕事の合間には腰を伸ばす」

寅さん「あー今日はいい天気だ。万緑が眩しい」

寅さん「ビュン。薫る風を全身で受け止め」

寅さん「チャラチャラチャラチャラ。清流は穏やかに石を磨いている」

博「いいなあ。日本の原風景だ」

116: 2021/06/13(日) 02:28:21.497
寅さん「仕事も終え、母屋に帰ってしばらくすると」

寅さん「ガラガラガラ “おーい!” 村人が訪ねて来た」

寅さん「“あ、越谷さん。え?さっき川で捕れた新鮮なウナギを頂けるんですか?”」

寅さん「“じゃあお返しにうちが所有してる山で採れた国産のマツタケをどうぞ”」

寅さん「これが田舎の付き合いだ」

タコ社長「意外と高級志向なんだね」

117: 2021/06/13(日) 02:30:05.783
寅さん「陽も傾きかけ、ピーピーピー」

寅さん「小学生が下校しながら吹くリコーダーの音が聞こえてくる」

おいちゃん「昔はよくあったな」

おばちゃん「懐かしいよ」

寅さん「ピーーーーーッ!」

おばちゃん「ッ!?」

寅さん「まだ拙い調子外れの笛」

118: 2021/06/13(日) 02:31:03.530
寅さん「“お母ちゃん、ただいまー”」

寅さん「“おかえり。お夕飯にするから手を洗ってきな”」

寅さん「食膳には自然の恵みが並ぶ」

寅さん「おまんま、お新香、お味噌汁。それからさっき貰ったウナギの蒲焼き」

寅さん「素朴な一汁一菜というやつだ。“いただきます”」

119: 2021/06/13(日) 02:32:54.797
寅さん「パクッ “美味い”」

寅さん「真の労働をすれば、こんなにも飯は美味くなるのか」

寅さん「日本の農家さんはいつだってこんな夕餉を召し上がっていたんだ」

寅さん「ポロポロポロ “こらっ、大切なご飯はこぼさず食べなさい!”」

寅さん「“そんな頭ごなしにれんちゃんを叱っちゃいけないよ、一穂さん。教師の君なら分かってるはずだ”“ええ、そうでしたあなた”」

一同「――!?」

120: 2021/06/13(日) 02:34:02.907
寅さん「米という字は八十八と書く」

寅さん「つまりそれだけの手間と暇がこもっているんだな」

寅さん「“うん。お父ちゃんごめんなさい”」

寅さん「“偉い!この子、末は博士か大臣だ!”」

一同「…………」

121: 2021/06/13(日) 02:35:09.425
寅さん「……何だよみんな、食事の手が止まってるじゃないか」

寅さん「茶碗にこびり付いた一粒だって無駄にすんじゃないよ?」

さくら「う、うん」

122: 2021/06/13(日) 02:36:32.029
寅さん「よし。じゃあ今夜はこの辺でお開きってことにするか」

おばちゃん「うん、おやすみなさい」

寅さん「夏も近づく八十八夜~」

(二階へ上がっていく)



一同「…………」

タコ社長「ククク、終わってなかったね」

おばちゃん「笑うんじゃないよ」

おいちゃん「俺は知らねえぞ」

博「はぁ…」

さくら「……」

123: 2021/06/13(日) 02:37:56.219
明くる日

柴又駅

ひかげ「と、東京にもこんな所があるのか」

ひかげ「不思議と今住んでるとこよりも落ち着くのは何故だ……」

ビヨ~ン ビヨ~ン

124: 2021/06/13(日) 02:38:44.965
とらや

寅さん「…………」

(畳に寝っ転がっている)


タコ社長「あー今日も気楽そうで。いいね、寅さんは」

博「そんなこと言わないでください社長。義兄さんは今、愛情問題とか色々抱えてるんです」

おいちゃん「ああ、あれで一番大変なんだぞ。社会問題とは縁のない人間が」

125: 2021/06/13(日) 02:39:51.157
ひかげ「ごめんください」

おばちゃん「いらっしゃいませ」

ひかげ「あの、わたし宮内ひかげっていう者なんですけども」

おばちゃん「宮内……どこかで聞いた名前だね……」

さくら「あっ。もしかしてあなた宮内一穂さんの東京で暮らしてる妹さん?」

ひかげ「ええ、それです」

126: 2021/06/13(日) 02:40:45.322
ひかげ「実は、姉の宮内一穂から大切な言付を預かってまして」

寅さん「……!?」

ひかげ「それで東京で生活してる身内のわたしが伺うことになりました」

ひかげ「えーっと、寅さんっていう人は?」

さくら「あれがうちの兄です」

寅さん「……」

127: 2021/06/13(日) 02:41:55.152
ひかげ「えーっと、何を言えばいいんだ……」

ひかげ「あー、そうだそうだ、そうだった……」

ひかげ「あの、わたしの実家がある村、ぶっちゃけ物凄くド田舎で過疎ってるんですよ」

ひかげ「もう継ぐ人も居ないくらい、それはもうべらぼうに」

ひかげ「で、わたしの姉ちゃんが、寅さんさえ良ければ是非うちに来てくれないかって、そう言ってました」

128: 2021/06/13(日) 02:42:55.888
おいちゃん「おい何かの間違いじゃないのか」

さくら「あ、あなたのお姉さんがうちのお兄ちゃんに継いで欲しい?来て欲しいって?」

さくら「つ、つまり車寅次郎が宮内一穂さんの所に棲むってことでいいのよね?!」

ひかげ「はい」

一同「……!」

さくら「お兄ちゃん!どうしよう!」

寅さん「…………」カクカクカクカクカク

(腰が抜ける)

130: 2021/06/13(日) 02:44:13.509
さくら「ひかげさんっていったわよね。もうちょっとゆっくりしていかない?」

ひかげ「お気遣いありがとうございます。でもこのあと友達と予定があるんですよ」

ひかげ「明日の夕方前には届くと思うんで、かず姉たちのことよろしくお願いします」

(店から出てゆく)

おばちゃん「帰っちゃったよ」

寅さん「…………」カクカクカクカクカク

131: 2021/06/13(日) 02:45:33.154
おいちゃん「と、届くって何が届くんだ。結納か、持参金か、指輪か」

さくら「なら逆でしょ。こっちが何か送らなくちゃ」

おばちゃん「向こうの家を継ぐんだから婿入りだね」

博「ええっと、ああいうのは土地土地で風習が違うからなあ」

タコ社長「……こ、婚姻届?」

一同「――それだ!」


寅さん「……」ヘタ~

132: 2021/06/13(日) 02:47:10.978
翌日

寅さん「……」ソワソワ

寅さん「博、大丈夫だろうな?」

博「ええ、万年筆も判子もちゃんと用意してあります」

寅さん「郵便屋のやつ遅いな……どこで油売ってんだ」

寅さん「俺ちょっと見てくるよ」

133: 2021/06/13(日) 02:48:15.545
おいちゃん「かーっ、どっちが大丈夫なんだか」

さくら「お兄ちゃん宮内さんのお宅にすぐに挨拶行けるよう、もう荷物まとめたのよ」

おばちゃん「結婚は勢いって言うからねえ」

おいちゃん「しかしちょっと性急すぎやしないか」

134: 2021/06/13(日) 02:49:23.509
郵便屋「こんにちはー、車寅次郎さん居ますか?書留です」

さくら「ああ、私が受け取ります」

おばちゃん「あのー、四角い顔の男と会いませんでしたか?」

郵便屋「いいえ」

おいちゃん「じゃあ入れ違いだ」

135: 2021/06/13(日) 02:52:19.266
さくら「あれ、何かしら。教育委員会からだわ」

博「でも義兄さん宛なんだろ?」

さくら「あっ、これ用務員の応募用紙よ」

さくら「旭丘の分校に住み込みで働くっていう」

博「じゃあ宮内一穂さんが義兄さんに来て欲しいって……」

さくら「就職の斡旋!」

136: 2021/06/13(日) 02:54:05.442
おいちゃん「俺は最初からそんなことじゃないかと思ってたんだよ!」

おいちゃん「まるで寅が馬鹿みたいじゃないか、子どもの使いの言うこと真に受けて」

おばちゃん「真に受けるどころじゃないよ、ただの勘違いなんだから」

博「そんなことよりそろそろ戻ってきますよ」

さくら「どうしよう、なんて言えばいいのよ」

寅さん「もう全部聞いてるよ」

137: 2021/06/13(日) 02:56:29.067
寅さん「おいちゃん、おばちゃん、世話になったな――」

おばちゃん「さくらちゃん、追いかけな!」

さくら「うん!」


タコ社長「もう届いた?寅さんの婚姻届の証人は誰がやるの?やっぱりさくらさんかい?」

おいちゃん「馬鹿!婚姻届なんて言うから……!」

博「そうですよ!」

タコ社長「えー??」

138: 2021/06/13(日) 02:58:06.161
♪~

さくら「お兄ちゃん!どこ行くのよ!」

寅さん「そうさなあ、これから暑くなるけれども珍しく南にでも下るか……」

さくら「一穂さんやれんげちゃんのことはどうするの」

寅さん「悪いなあさくら。あんちゃんの代わりに断りの返事しといてくれ」

139: 2021/06/13(日) 02:59:15.797
さくら「お兄ちゃんはわかってないのよ!」

さくら「柴又から遠く離れた分校でも用務員として真っ当に働いてくれたら私たちがどんなに嬉しいか!」

寅さん「フーテンの寅次郎がじじいの代わりじゃ、いくらなんでも格好がつかねえや」

さくら「でもまだ振られたわけじゃ」

寅さん「…………」

さくら「…………」

140: 2021/06/13(日) 03:00:12.087
さくら「お兄ちゃん言ってたじゃない。田舎には本当の幸せがあるんだって」

さくら「あたしね、もしかしたらお兄ちゃんは故郷の柴又じゃない、どこか別の田舎に暮らしたいんじゃないかって、ずっとそう思ってた」

寅さん「のんびりのんびり暮らすだけじゃ身が持たない」

寅さん「そこが渡世人のつれぇところよ……」

さくら「……」

―――
――

141: 2021/06/13(日) 03:02:03.081


博「あー、暑い暑い」

おばちゃん「お疲れ様。はい麦茶」

タコ社長「しかし寅さんも勿体ないことしたね」

タコ社長「田舎の小使いったって公務員だろ?」

おいちゃん「寅はな、やれ雇用形態だの生産性だの自己責任だの、そういうことは考えないんだ」

さくら「…………」



とらやの皆様へ
暑中お見舞い申し上げます。
いつぞやは姉妹共々お世話になりました。

142: 2021/06/13(日) 03:03:08.970
寅さんと分校で一緒に働けなくて残念ですが、寅さんの生き方をウチが決めるわけにもいかないので、これで良かったのだと思います。
風はどちらへ吹いていますか?また旭丘分校に向かって吹いてはいませんか?ウチも子どもたちもみんな寅さんに会いたがっているのです。
宮内一穂

143: 2021/06/13(日) 03:08:46.281
沖縄 石垣島

寅さん「あー暑い……やっぱり北国にするんだったな……」

寅さん「おじさん、アイス1本頂戴」

144: 2021/06/13(日) 03:12:23.851
Ending
♪~

楓「あっ、もしかしてテキ屋の兄貴!?」

寅さん「おお!そういうお前は駄菓子屋の不良娘か!」

楓「いや不良じゃねえよ」

寅さん「何やってんだこんな南の果てで」

寅さん「一人で傷心旅行か?」

楓「知り合いと旅行来てるんだ」

寅さん「よしアイス奢ってやろう!」

楓「あー、悪いな」

寅さん「いいからいいから、お友達も呼んどいで呼んどいで」






引用元: 男はつらいよ 寅次郎のんのんびより