1: 2021/07/04(日) 18:00:17.472
裁判長(えーと、今日は傷害事件の裁判だっけ……)

裁判長(検察官、弁護人、被告人……みんな揃ってるな)

裁判長「ん?」

被告人「……」

裁判長(あれ、この被告人の女……ひょっとして俺の娘じゃね?)

裁判長(あれからだいぶ年月が経つが、本能的に分かる……間違いない、俺の娘だ!)

裁判長(マジかよ! なんで傷害事件なんてやらかしちゃったんだよー!)

5: 2021/07/04(日) 18:04:16.163
裁判長(まさか、娘を裁くことになるとは……)

裁判長(まあ、俺と被告人の母親である女は、ひどい別れ方をした……)

裁判長(だから書類上は全くの赤の他人なわけだけど……)

検察官「裁判長」

裁判長(なんという運命のイタズラ……)

検察官「裁判長!」

裁判長「え、なに!? いきなり怒鳴らないでよ」

検察官「なにボーっとしてるのです。裁判を始めて頂きたい」

裁判長「お、おう」

7: 2021/07/04(日) 18:07:23.741
裁判長「ではこれより、裁判を始める!」キリッ

裁判長「被告人」

被告人「はい」

裁判長「君には黙秘権というものがある。不利益なことは喋らなくていいからぜひ積極的に活用しなさい。いいね」

被告人「はぁ……」

検察官「なんだか、今日の裁判長は妙に被告人によりそってますね」

裁判長「え、そんなことないぞ!? うん!」

裁判長「じゃあ、そうだな……とりあえず冒頭陳述をしてくれ。どんな事件か知りたい」

検察官「分かりました」

11: 2021/07/04(日) 18:10:25.041
検察官「被告人は○月×日の23時頃、自宅アパートで交際相手と口論になり、金属バットで被害者を殴打」

検察官「駆けつけた警察官によって逮捕されました。被害者は全治数ヶ月の重傷です」

裁判長(おいおい、バットって……かなりの大事件だぞこれ。何とかしないと……)

裁判長「よく分かった。しかし……」

検察官「?」

裁判長「証拠はあるのかね? 被告人がやったという証拠は!」

検察官「なんで、そんなミステリーの犯人みたいなこというんです」

裁判長「あ、いや! だって、やっぱり証拠がなきゃさあ……」

12: 2021/07/04(日) 18:13:14.913
検察官「あるに決まってるでしょう」

裁判長「あるの!?」

検察官「証拠もないのに起訴しないでしょ普通」

裁判長「そりゃまそうだけど」

検察官「これが凶器のバットです。被告人の指紋が残ってます」

裁判長「ぐ……!」

裁判長「だが、真犯人が被告人に罪をなすりつけた可能性も……」

検察官「なすりつけるもなにも、本人が認めてますし」

被告人「私がやりました」

裁判長「え……!?」

13: 2021/07/04(日) 18:16:34.236
裁判長「本当に君が殴ったの?」

被告人「やりました」

裁判長「真犯人に脅されてるんじゃないの?」

被告人「脅されてません」

裁判長「やってないんでしょ?」

被告人「やりました」

裁判長「もう一度だけ確認する。冤罪でしょ?」

被告人「それでも私がやりました」

検察官「さっきからなんなんですか! 誘導尋問みたいなことして!」

裁判長「ぐ……!」

裁判長(俺の立場からこれ以上庇うのは無理だ……弁護士、頼む!)

裁判長(無罪に……せめて最低でも執行猶予になるような弁護を……!)

弁護士「……」

15: 2021/07/04(日) 18:19:38.885
裁判長「弁護人、なにか意見は?」

弁護士「特にないですね」

裁判長「は?」

弁護士「今のところ、特に弁護はしません。殴ったのは事実ですし。犯罪者は裁かれるべきです」

裁判長「ふざけんなァ!」

裁判長「犯罪をやった奴をどうにかこうにか屁理屈こねて無罪にしようとすんのが弁護士の仕事だろォ!」

裁判長「しっかり仕事しろよォ!」

弁護士「……」

裁判長「お前が黙秘してどうする!」

16: 2021/07/04(日) 18:23:24.825
検察官「弁護人は何もいえないようなので、そろそろ求刑してもよろしいですか」

裁判長「え、ああ……かまわんよ」

裁判長(傷害罪はたしか刑法204条、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金だったはず)

裁判長(初犯だし、計画性もないし、そこまで重い求刑にはならないはず……)

検察官「検察側は氏刑を求刑します」

裁判長「は!?」

17: 2021/07/04(日) 18:26:23.026
裁判長「ちょっと待て! 氏刑って……どこのドッキリだよ……」

検察官「今回の件、被告人の犯行は極めて残忍かつ悪質」

検察官「反省も見られないことから、検察からは氏刑以外あり得ないという結論に至りました」

裁判長「いや、至るなよ!」

裁判長「被告人……なにかいったらどうだ! このままじゃ13階段だぞ!」

被告人「求刑を粛々と受け止めます」

裁判長「いや、受け止めんな! 足掻け! 足掻いてくれぇ!」

19: 2021/07/04(日) 18:29:17.653
弁護士「お待ち下さい、裁判長」

裁判長「!?」

裁判長(ここに来て、ようやくこの役立たずが動いたか!)

弁護士「被告人の生い立ちには同情できる点があります」

弁護士「今から説明しますので、ぜひ聞いて頂きたい」

裁判長(娘の生い立ち……聞きたいような、聞くのが怖いような)

裁判長「(だが、逃げるわけには――)説明してくれッ!」

23: 2021/07/04(日) 18:33:05.569
弁護士「被告人は母子家庭で育ちました。いわゆる≪非嫡出子≫です」

裁判長「ひちゃくしゅつし……ってなんだっけ」

弁護士「裁判長なのにそんなことも知らないんですか」

裁判長「いや、すまん。色々ありすぎて頭がゴチャゴチャしてて……」

弁護士「法律上は婚姻関係にない男女の間に生まれた子供のことです。昔は私生児ともいいました」

弁護士「つまり、被告人は父親を知らずに育ったのです」

裁判長「ほう、それはどうして……?(知ってるけど、聞かねばなるまい)」

26: 2021/07/04(日) 18:37:01.040
弁護士「被告人の母親とある男の間に、被告人が生まれたのですが」

弁護士「その“ある男”は、どうやら裁判官を目指して勉強中だったようで……」

弁護士「母親はその男に将来はないと見切りをつけ、一方的に行方をくらましたのです」

裁判長(そうなんだよ。あの時のことは昨日のことのように覚えてる)



『俺バイトしながら裁判官になって、絶対楽させるからさ!』

『バカじゃないの!? あんたがなれるわけないでしょ! あんたみたいなゴミが父親じゃこの子が可哀想よ!』

『ま、待ってくれ!』

29: 2021/07/04(日) 18:40:15.340
弁護士「しかし、母親はその後いい男に巡り合えず……」

弁護士「荒れた生活を送り、早くに亡くなってしまったのです」

裁判長「そうだったのか……」グスッ

検察官「今日の裁判長はずいぶん涙もろいですね」

裁判長「そ、そうかな?」

裁判長「ちなみに父親の方の情報は……?」

弁護士「さあ……。ですがきっと裁判官になんてなれなかったでしょう。狭き門ですから」

裁判長(なれたんだよなぁ……。しかも“長”だよ“長”)

35: 2021/07/04(日) 18:44:24.622
弁護士「両親のいない被告人は、高校を卒業後、ある会社に就職」

弁護士「順調に会社勤めをするかたわら、やがて交際相手と知り合いました」

裁判長「おおっ……」

弁護士「ところが事件当日、先述のように口論が起こってしまいます」

裁判長「どんな口論だったのだ?」

弁護士「二人は“将来どんな家庭を築く”という話をしてたようなのですが」

弁護士「お互い意見が食い違い、だんだんとヒートアップしていき……」

弁護士「被害者が『父親がいないお前に言われたくない!』といってしまったようで」

弁護士「これに腹を立て、被告人はバットで被害者の頭を……」

裁判長「な、なんと!」

40: 2021/07/04(日) 18:47:37.651
裁判長「それはもう、だいぶ情状酌量の余地があるじゃないか!」

裁判長「執行猶予、なんなら無罪でもいいぐらい……」

弁護士「いえ、私はそうは思いません」

裁判長「え?」

弁護士「哀れな生い立ちを理由に罪が許されるなんてのは小学生までですよ」

裁判長「え……? え……?」

弁護士「私はむしろ、そんなちょっとしたことで被害者をバットで殴った被告人を許せない」

弁護士「よって誠に異例ですが、弁護側は検察側の求刑に全面的に賛成いたします!」

裁判長「どうしてそうなるんだよぉ!」

41: 2021/07/04(日) 18:50:26.844
検察官「裁判長」

裁判長「え、なによ」

検察官「さっきからやけに被告人の肩を持ちますねえ」

弁護士「私もそう思ってました」

裁判長「いや、そんなことは……」

検察官「さては……被告人に個人的に何らかの感情を抱いてるのでは?」ギロッ

裁判長「いや……そんなことない! そんなことないぞ!」

検察官「……まぁいいでしょう」

裁判長(危ない……こんなところで被告人の親だとバレるわけにはいかない。庇えなくなってしまう)

被告人「……」

42: 2021/07/04(日) 18:53:26.941
検察官「ではここで、被害者に登場してもらいましょう。どうぞ!」

裁判長「え!?」

被害者「……」ザッ

裁判長(こいつが……娘の交際相手……)

被害者「皆さん、俺はこの通り被告人に殴られました」

被害者「全治三ヶ月と診断され、今でもこうして包帯を巻いています。後遺症が残るかもしれません」

被害者「こんな女は一生シャバに出しちゃいけない! みんなもそう思うだろう!?」

オーッ!!!

裁判長(こいつ……傍聴人を煽ってやがる! 法廷テクを知ってやがる!)

43: 2021/07/04(日) 18:56:26.421
被害者「もしこの女がシャバに出たら、必ず第二第三の犠牲者が出る!」

被害者「あの女は……氏刑だーっ!」

「氏刑!」 「氏刑!」 「氏刑!」 「氏刑!」 「氏刑!」

裁判長「マジかよ……」

法廷画家「氏刑! 氏刑! 氏刑! 氏刑! 氏刑!」

裁判長「画家までコールすんな!」

ウオオオオオオ……! ウオオオオオオ……! ウオオオオオオ……!

被告人「……」

裁判長(ま、まずいぞ……このままじゃ娘が本当に氏刑になっちまう!)

44: 2021/07/04(日) 18:59:33.513
検察官「どうやら、この裁判……結論が出たようですね」

裁判長「え……!?」

検察官「被告人は氏刑と!」

裁判長「いや、判決下すの俺なんだけど」

検察官「もう面倒です。いっそここで処刑するというのはどうでしょう?」

弁護士「それ、いいアイディアですね!」

被害者「ぜひ殺っちまって下さい!」

裁判長「えええええ!?」

46: 2021/07/04(日) 19:03:14.958
裁判長「処刑ったって、どうやって……」

検察官「検察官とは、またの名を≪剣殺官≫……常に剣を持っています」スラッ

裁判長「銃刀法違反じゃね!?」

検察官「この剣で……被告人の首を斬り落とします! この場でねェ……」ペロリ

ヒャッホーッ!

いいぞいいぞー!

最高だぜ!

公開処刑だ!

裁判長(どうなってんだよこれ……。俺は中世にでもタイムスリップしたのか……?)

49: 2021/07/04(日) 19:06:28.952
検察官「被告人、覚悟はいいな」

被告人「……はい」

検察官「よし、首を差し出せ。一太刀で落としてやる」

被告人「……」スッ

検察官「いい覚悟だ。では……地獄に落ちろ、罪人め!」

ビュオッ!




裁判長「やめろおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

50: 2021/07/04(日) 19:09:49.089
検察官「……なんですか。崇高なる処刑を邪魔するとは……」

弁護士「いくら裁判長といえど許されませんよ。弾劾ではすまされない蛮行です」

被害者「司法のお偉いさんが犯罪者を庇う気かよ!?」

裁判長「この子は……この子は……」ババッ

被告人「……」

裁判長「こ、この子は……俺の娘だぁっ!!!」

検察官&弁護士&被害者「!」

被告人「……!」

51: 2021/07/04(日) 19:12:23.421
裁判長「裁判官はどんな人間だって公平に裁かなきゃならない……んなことは分かってる!」

裁判長「だけど……俺だって人の親だ! 人の子だ! やっぱり心ってもんがある!」

裁判長「娘が殺されるのを黙って見てられるかっ!」

裁判長「俺はっ……俺はっ……!」

裁判長「たとえ法に反しても……世界を敵に回しても……ここで氏ぬとしても……」

裁判長「娘を守るッ!!!」

裁判長「娘を斬首するというなら、まず俺の首から落とせえええええッ!!!」

53: 2021/07/04(日) 19:15:12.940
シーン…

裁判長「……」

検察官「フッ……」

裁判長「?」

弁護士「さすが裁判長……見事な判決……」

パチパチ… パチパチ…

パチパチパチパチパチパチ…

裁判長「え……? え……?」

被告人「私のこと……娘って認めてくれるんだね……」

被告人「お父さん……!」

裁判長「え……!?(どういうことなんだ……!?)」

54: 2021/07/04(日) 19:18:22.738
裁判長「どういうことだ……誰か教えてくれ!」

弁護士「私から説明いたしましょう」

弁護士「全ては私が、被告人である娘さんから相談を受けたことから始まりました」



娘『私、ようやく父が誰なのか突き止めることができました』

弁護士『よかったじゃないですか。すぐ会いに行きましょう』

娘『だけど……父は今や立派な裁判長。私なんかを娘と認めてくれるか不安で……』

弁護士『……』



弁護士「そこで私は一計を案じたのです」

56: 2021/07/04(日) 19:22:18.043
弁護士「検察官と協力し、ニセの事件をでっちあげ――」

弁護士「その裁判で、徹底的に娘さんを追い詰め、あなたが自分から娘さんを認めてくれることに賭けたのです」

検察官「あなたはやはり、素晴らしい洞察力の持ち主だった」

検察官「一目で被告人を自分の娘と見抜いたようですね」

弁護士「そして……娘さんを認知してくれた」

裁判長「……!」

裁判長「あ、でっちあげってことはまさか……!」

被害者「はい、俺は怪我なんてしてません。口論も嘘です」シュルルッ

検察官「この剣はもちろんゴム製です」

裁判長「~~~~~~!」

57: 2021/07/04(日) 19:25:20.625
被告人「お父さん……」

裁判長「娘よ……」

裁判長「大きく……そして美しくなったな」

被告人「ありがとう……!」



ワァッ!!!

パチパチパチパチパチ…

58: 2021/07/04(日) 19:28:12.157
被告人「それとお父さんに報告があるの」

裁判長「なんだ?」

被告人「私、この人と結婚します!」ギュッ

被害者「どうも……」

被告人「お父さん、ぜひ結婚式には来て欲しいの!」

裁判長「分かった……喜んで行かせてもらおう」

被告人「ありがとう!」

被害者「ありがとうございます!」

61: 2021/07/04(日) 19:32:12.765
裁判長「俺も裁判官になってからずいぶん経つが……」

裁判長「こんなにサプライズにあふれ、後味のいい裁判は初めてだよ!」

被告人「お父さん……」

被害者「喜んで頂けて嬉しいです!」

弁護士「苦労したかいがありました」

検察官「私もです」

裁判長「……ただし」

62: 2021/07/04(日) 19:37:55.528
裁判長「いくら事情があったとはいえ、裁判という制度をこのように利用したのは頂けん」

裁判長「検察官と弁護士には裁判長として、被告人と被害者には親として――」

裁判長「この後たっぷり説教するから覚悟しておくように!」

四人「そ、そんなぁ~!」

裁判長「以上、閉廷!」カンッ







― 完 ―

63: 2021/07/04(日) 19:38:24.075
乙!

66: 2021/07/04(日) 19:49:58.791
いい話だった

…確か被告人と血縁関係のある人が裁判出来ないよな?

引用元: 裁判長「やっべえこの事件の被告人、ひょっとして俺の娘じゃね?」