1: 2012/10/20(土) 20:06:58.44
昔々、桜が丘という小さな村がありました。
その村では少しばかり有名な五人の少女たちが暮らしていました。
何とその少女たちは生まれた時に桃の形をした金を握り締めていたのです。
そういった事情のせいか、この五人は“奇跡の五人娘”と呼ばれていました。

唯「みんなー!」

紬「おはよう、唯ちゃん!」

律「おっす、唯!」

澪「おはよう、唯」

梓「おはようございます、唯さん!」

律「唯、髪跳ねてるぞ?」

唯「あっ! 本当だ!」

この五人が“奇跡の五人娘”
しかし、それは名ばかりの物でただの渾名に過ぎなかった。五人は常に金で出来た桃の首飾りを着けている。
そして、いつも一緒に集まって遊んでばかりいた。村人はそんな五人を温かく見守っていた。

3: 2012/10/20(土) 20:10:14.32
唯「今日は何して遊ぶの?」

梓「うーん……そうですね……」

  「みんなーっ!」

唯「あっ、和ちゃん!」

五人が今日は何をするかを話し合っていると息を切らした和が駆けて来た。

紬「大丈夫、和ちゃん?」

澪「大丈夫か、和?」

紬と澪が心配そうに和の様子を窺った。和はやっとの事で顔を上げた。

和「この村に鬼が現れたそうよ……!」

紬「えぇっ!」

律「鬼……!?」

梓「鬼ってまさか……あの……」

和「そうよ」

和「村の米を盗んで行ったらしいわ……」

4: 2012/10/20(土) 20:13:43.33
澪「なっ……ななっ……!」

澪は恐怖で身を震わせた。和は深刻な顔で五人を見つめた。唯は急に妹の憂の事が心配になった。

和「あなたたちも急いで自分の家を見に行った方がいいわ!」

梓「そうですね……!」

和「みんな、万が一の為にも今日は家を出ないこと!」

和「わかった?」

唯「う、うん……」

和は特に唯の方を指差して念を押した。和の勢いに押されて唯は少したじろいだ。

和「それじゃあ、急いで帰りましょう!」

律「それじゃあ、今日は解散だな……」

梓「家にもしもの事があれば大変ですからね……」

5: 2012/10/20(土) 20:17:06.59
紬「それじゃあ、みんな。また明日ね!」

梓「はい! みなさん、また明日会いましょう!」

紬と梓は各々の家へと駆け出して行った。

律「じゃあ、またな!」

律「ほら、澪! 帰るぞ!」

澪「ま、待って! 律~!」

律が駆け出すと、澪は情けない声を上げながら遅れてそれに続いた。二人の背中を見送ると和は唯の方を見た。

和「行くわよ、唯!」

唯「うん……」

唯「(憂……大丈夫だよね……?)」

唯は祈る思いで駆け出した。

6: 2012/10/20(土) 20:21:26.69
平沢家

唯「憂っ!」ガラッ

唯は大声で妹の名前を呼びながら勢いよく扉を開けた。中には目を丸くした憂がいた。

憂「ど、どうしたの……お姉ちゃん……?」

唯「う、憂……」

唯はフラフラと蹌踉めきながら憂に近づいて行った。

唯「大丈夫……?」

憂「何が?」

唯「大丈夫……!?」

憂はそんな調子の唯を見て、いつもとは様子が違うことに気づいた。

憂「大丈夫だよ……」

唯「…………」

唯が急に黙り込んだので憂は恐る恐る唯の肩を掴んだ。

7: 2012/10/20(土) 20:25:56.10
憂「……お姉ちゃん?」

唯「はぁ~……よかった~……」ドテッ

憂「お姉ちゃん!」

唯は大きな溜息をついて力無く崩れ落ちた。憂は慌てて唯の体を支えた。

憂「どうしたの? 大丈夫!?」

唯「うん……何だかこの村に鬼が出たそうなんだ……」

憂「えっ!? 鬼が!?」

唯「憂の事が心配で急いで戻って来たんだけど……」

唯「無事でよかったぁ~……」

憂「……私もお姉ちゃんが無事でよかったよ!」

そう言って憂は優しく唯を宥めた。唯は安心したのか、大きく息を吐いた。

憂「それにしても……鬼かぁ……」

唯「うん、私たちの家もキチンと戸締りしないとね」

憂「お父さんとお母さんたちまだかなぁ……」

二人の両親は仕事のため、村から離れていた。そのため、家には唯と憂の二人だけだった。

8: 2012/10/20(土) 20:30:10.27
唯「和ちゃんが今日は家から出ちゃだめだって」

憂「そうだね、もしもの事があれば心配だもんね」

唯「憂がいなくなっちゃったら私、生きていけないよ!」

憂「私もお姉ちゃんがいないと生きていけないよ」

二人は顔を見合わせてにっこりと笑った。

唯「憂、ありがとう!」

憂「ううん!」

憂はそう言って立ち上がり台所へと向かった。唯は床に寝ころびゴロゴロと寛ぎはじめた。

唯「(今日は遊びたかったなぁ……)」

そんな風にして一日は終わった。

9: 2012/10/20(土) 20:34:58.73
翌日 朝

唯「う~ん……」

唯は憂に起こしてもらうこと無く一人で起きた。

憂「あっ、おはようお姉ちゃん」

唯「おはよう、憂」

台所の方から味噌汁の香りが漂ってきた。しかし、唯はそれに構わずに外の様子を確認しようとしていた。

唯「もう外に出ても大丈夫かな?」

憂「夜に何も無かったから大丈夫じゃないかな?」

唯「そっか」

そう言って唯は引き戸を開けた。昨日と同じ雲一つない良い天気だった。
ふと辺りを見ると近所に住んでいる男性二人が鎌と木槌を握り締め、険しい顔をして遠くを歩いていた。
まるで何かに怯えている様子だった。

唯「??」

唯は首を傾げて家に戻った。

11: 2012/10/20(土) 20:38:19.95
唯「今日何かあるの? 近所の男の人たちが怖い顔して鎌や木槌を持って歩いて行ったけど……」

憂「えっ? 私が起きて外の洗濯物を取り込んだ時にも男の人たちが鎌を持って歩いてたよ」

唯「うーん? 何かあるのかなぁ……」

憂「もしかしたら昨日の鬼と何か関係あるのかもしれないね」

唯「そうだね」

憂「今日も遊びに行くの?」

唯「うん、昨日遊べなかったから早く遊びたいよ~!」

憂「じゃあ、朝ご飯食べよっか!」

唯「うん!」

~~~~~

唯「じゃあ、行ってくるねー!」

憂「気をつけてねー!」

朝ご飯を食べ終えた唯は駆け足で家を飛び出した。早くみんなの顔を見たくて仕方が無かった。
走っている間に周囲を見渡しても普段と何の違いも無かった。少なくともここに鬼は来ていないようだった。

12: 2012/10/20(土) 20:42:08.82
集合場所

集合場所が見えると、唯の胸が躍った。

律「あっ! 唯!」

唯「みんなーっ!」

唯「いやー昨日遊べなかったから、今日は遊びたくて仕方なかったよ!」

唯が息を切らしながらみんなの顔を眺めるとある違和感を覚えた。

唯「あれ? ムギちゃんは?」

梓「それがまだ来ていないんです」

澪「いつもは早くここにきてるんだけどな……」

今まで、集合場所に一番遅れてやって来るのはほとんどが唯だった。唯が来て初めて全員集合と考えていたため、今回はとても異例のことだった。

澪「どうする……?」

律「ムギの家に行ってみよう!」

梓「そうですね。どこか体調が悪いのかもしれませんしね」

唯「ムギちゃんどうしたのかなぁ……」

唯は不安げに空を見上げた。他の三人もどこか浮かない顔で空を見上げた。
山の向こうから薄暗い雲が迫り、太陽を覆い隠した。

13: 2012/10/20(土) 20:44:36.96
琴吹家

唯「うわ~……」

律「何だ……?」

梓「すごい人の数ですね……」

澪「一体何が……」

琴吹家の広大な庭に大量の村の男たちが集まっていた。
こんなに人が集まるのは集会か祭りの時期ぐらいなので、四人は目を疑った。
そんな集団を横目に見ながら玄関へと向かった。唯たちは忙しなく動いているある男性に声を掛けた。

唯「斉藤さん、ムギちゃんいますか?」

斉藤「紬お嬢様のご友人方ですね、菫!」

斉藤は琴吹家に仕えている初老の男性だった。斉藤は娘の菫を呼び付けた。

菫「こちらへどうぞ!」

菫の後に続いて長い廊下を歩くと、紬の部屋が見えてきた。

菫「失礼します、紬お嬢様」

紬「みんな!」

紬は四人の顔を見ると、素早く立ち上がってから駆け寄った。菫はぺこりと頭を下げるとその場を後にした。

14: 2012/10/20(土) 20:47:59.74
律「ムギ、何かあったのか?」

紬「それが……村の男の人たちで鬼を退治しに行くみたいなの……」

澪梓「えぇっ!?」

予想だにしない紬の返答に二人は驚嘆の声を上げた。紬は俯きながらも続けた。

紬「それで今日、家の庭に集まっているの。どうやら指揮をとるのはお父様らしくて……」

紬「『お前はここに残りなさい』って……」

澪「そうだったのか……」

紬「すぐにそっちに行けなくてごめんなさいっ!」

唯「ううん、仕方無いよ」

律「それにしてもこんな事になるなんてなぁ……」

律は外の様子を見て他人事のように呟いた。

15: 2012/10/20(土) 20:49:59.97
タッタッタッ

廊下から駆け足が聞こえたかと思うと、斉藤が姿を現した。

斉藤「紬お嬢様! ご主人様が出発なされるようです!」

紬「わかったわ!」

紬は返事をすると斉藤の後に続いた。残された唯たちは互いに顔を見合わせてから頷いた。

律「ムギ! 私たちも見送っていいか?」

紬「うん!」

一行は庭へと向かった。

17: 2012/10/20(土) 20:53:44.32
琴吹庭

紬の父親が現れるとざわついていた民衆が静まり返った。

紬父「諸君! よく集まってくれた!」

紬父「我々はついに鬼の住処を突きとめた! 今からそこに向かい、総攻撃を実行する!」

「おおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!」

唯律澪紬梓「…………」

拳を振り上げ、雄叫びを上げて盛り上がる男たちを見て、五人は呆然と見ていた。まるで遠い世界、別の世界から見ているような光景だった。

律「あっ! あれって澪のお父さんじゃないか!?」

澪「えっ」

澪「ほ、本当だ……!」

梓「わ、私の父も……!」

律「あ、私のお父さんもだ……! 聡まで……」

注意して見ると、律、梓の父親もこの庭に集まっていた。三人はわなわなと震えた。
紬父は紬が見ているのに気づくと歩み寄って来た。

紬父「紬……」

紬「お父様……」

18: 2012/10/20(土) 20:58:20.80
紬父「私たちは今から鬼の巣窟に行ってくる」

紬「…………」

紬は不安げな様子で父の顔を見た。紬父もそれに気づいたのか、優しく紬の頭を撫でた。

紬父「大丈夫だ、必ず戻ってくる」

紬父「留守の間は家のことをよろしく頼んだぞ」

最後にポンと頭を叩くと、その場を立ち去った。紬は胸元に手を寄せて父の背中を眺めた。

紬父は槍を構え、遠くを指した。

紬父「いざ鬼ヶ島へ!」

「おおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!」

民衆は再び雄叫びを上げて、紬父が指した方向を手にしている武器で指し示した。
そして
、集団は列を組んで庭を後にした。五人は一言も言葉を発せずに静寂を守っていた。

いまや空は雲で覆われ、辺りは薄暗くなっていた。

19: 2012/10/20(土) 21:03:05.38
一週間後

桜が丘の村は閑散としていた。外に出歩く者は少ない。
鬼が現れたからではない。男たちが戻って来ないのだ。女たちは不安を感じながらも家の仕事をしていた。


集合場所

梓「まだ戻って来てないですね……」

律「そうだな……」

澪「もう一週間も経ってるのに……」

紬「無事だといいけど……」

梓「どうして私たちには行く事を教えてくれなかったんですかね……」

澪「子どもたちは口出しするなってことじゃないのかな……」

唯「…………」

唯の父は鬼退治には参戦していないが、村にいない事には変わり無かった。
五人が揃ってため息をついていると駆け足が聞こえてきた。和が血相を変えてこちらに向かっている。

20: 2012/10/20(土) 21:05:39.39
和「はぁっ……はぁっ……!!」

唯「どうしたの!? 和ちゃん!?」

尋常ではない様子を見て一同は和を囲んだ。和は胸元に手を当て、もう一方の手で白い紙を差し出した。

和「これを……これを見て……!」

律が恐る恐る紙を受け取って広げて見せた。紙には衝撃的な内容が書かれていた。

22: 2012/10/20(土) 21:08:40.83
“男たちは 預かった

もう 戻ってくることは無いと 思え”

律「和! どこでこの紙を見つけたんだっ!?」

和「この前、鬼が現れた所に落ちていたの……!」

律「ぐっ……!!」

律は歯を食いしばってわなわなと体を震わせた。六人は最悪の事態を想像した。

澪「一体どうすれば……!?」

和「とりあえず、ムギの家に村中の人を集めましょう……!」

和「村の人たちに一刻も早くこの事を伝えないと……!」

澪「わかった!」

紬「私たちも行きましょう!」

梓「はい!」

六人は駆けだした。誰も最悪の事態の事を口に出さない。意識から遠ざけようとしていた。
しかし、不安の闇は徐々に胸の内に広がって行く。

23: 2012/10/20(土) 21:12:26.83
琴吹庭

「男たちがいなくなった……」

「私たちどうすればいいの?」

「主人がいないと……!」

琴吹家の庭に集まった村の女たちは顔を真っ青にして話し合っていた。中には今にも泣き出しそうな者までいた。
憂を加えた六人はこの様子を静観していた。和は何か情報が無いか人々に歩き回っていた。
斉藤の娘、菫も顔を真っ青にしてガタガタと震えていた。友人の直が宥めようと背中を擦るが菫の震えは止まらない。

菫「もし、次に鬼が来ればこの村は……!」ガクガク

直「菫、落ち着いて!」

菫は半ば錯乱状態に陥っている。危なげな足取りで、直が支えていなければすぐにでも倒れそうだった。
その様子を見た唯は菫に駆け寄って手を掴んだ。

唯「落ち着いて! きっと大丈夫だから!!」

菫「お、落ち着けって言われても……! このままだとこの村は……!!」

唯は怯える菫の目を見てある決心をした。

24: 2012/10/20(土) 21:17:34.24
唯「私が鬼を退治しに行くよ!」

梓憂「え」

「ええええぇぇぇっ~~!??」

梓と憂が小さく呟いた直後に、村中の女性の声が一斉に木霊した。

憂「お、お姉ちゃん!」

和「唯、何を言ってるの!?」

律「無理に決まってるだろ!!」

唯「そんなことないよ!」

律は唯の肩を掴んで唯と顔を合わせた。その際に唯の目を見ると真剣そのものだった。

和「唯……危険すぎるわ……!」

梓「そうですよっ!」

唯「でも誰かが行かないと!」

梓「!!」ビクッ

梓は唯の大声に驚いて少し身を縮めた。いつの間にか律も唯の肩から手を放して唯を見つめている。

26: 2012/10/20(土) 21:22:02.33
唯「何かしないと……」

唯「もしこのまま何もしないで、次に鬼が来た時どうするの?」

唯「このまま何もしないのなら、鬼が来た時に村は全滅する……!!」

“全滅”の言葉が発せられた瞬間、菫が小さな悲鳴を上げた。唯は腕を大きく振った。

唯「そんなの絶対に嫌だよ!」

律「…………」

律は黙ることしかできなかった。澪と梓と憂の三人は困ったように少し俯いている。紬はブルブルと体を震わせていた。

紬「はいっ!」バッ

紬「私、唯ちゃんの意見に賛成っ!!」

紬は腕を高く上げて賛成の意を示した。

律澪「ムギ……」

梓「ムギさん……」

紬「私も何かしなくちゃいけないと思う!」

唯「そうだよ! この村を守るんだよ!」

律「!!」

28: 2012/10/20(土) 21:25:58.37
律「(村を守る……か……)」

ふと、昔の唯の姿を思い出した。唯はいつもぼーっとして呑気に空を眺めていた。そんな唯が村の存亡を懸けて奮起している。
そんな意気込む唯と紬を見て律も決意を固めた。

律「……わかった、私も行くよ」

唯紬「りっちゃん!!」

律「二人だけで行くなんてとても放っておけないからな」

律は照れ臭そうに微笑んでから澪の方を見た。

律「澪はどうする……?」

澪「…………」

澪は悩んだ。確かに危険だ。命を失ってしまうかもしれない。
しかし、唯の言っている事も正しいと思った。澪が律の方を見ると、律は黙って頷いた。
その瞬間に答えは出た。

澪「みんなが立ち上がるのなら私も……!」

律がニッと笑い、唯と紬は澪の手を握り締めた。

梓「みなさん本当に行くんですか……?」

唯「もちろんだよ!」

30: 2012/10/20(土) 21:29:39.55
梓「…………」

四人が見つめる中、梓は考え込んだ。澪が心配そうに梓を伺った。

澪「……梓、無理しなくてもいいんだぞ?」

梓「…………」

理由は定かではないが梓は決意した。覚悟を決めると、こうもエネルギーが湧き上がるものなのだろうか。

梓「……いえ」

梓「私も行かせてください!」

律「本当にいいのか……?」

しかし、梓の決意は揺るがない。

梓「一緒に行きたいです!」

威勢の良い返事を聞いた律は大きく頷いた。すると、憂が前に歩み出てきた。


憂「みんなが行くのなら私も行きたいです!」

梓「憂……」

唯「やったー!」ギュッ

唯は歓喜のあまり、思わず憂に抱きついた。抱きつかれた憂は頬が紅くなるのを感じた。

31: 2012/10/20(土) 21:33:17.97
和「あなたたち……」

唯「和ちゃん……」

和は少し不安そうな表情で唯の顔を見た。その表情を見た唯はほんの僅かに動揺した。

和「本気で行く気なのね?」

唯「本気だよ、村のために!」グッ

唯は勢いよく拳を空に突き上げた。それを見た和はため息をついた。

和「はぁ……私も行ってもいいかしら……」

唯「え?」

和「私も一緒に行かせてもらえるかしら」

和の言葉を聞いた唯はゆっくりとした足取りで和に近づき、そして唐突に抱きついた。

和「わぁっ!?」

唯「和ちゃ~ん! 来てくれると思ったよ~!」

和「まったく……」

和は興奮する唯を慣れた手つきで宥め始めた。

33: 2012/10/20(土) 21:36:47.58
澪「でも、和がいなかったら、誰がこの村を統制するんだ?」

紬「それは任せて、澪ちゃん!」

紬「菫! この村をお願いできるかしら?」

菫「えぇっ!?  そそっ、そんなこといきなり言われてもっ!?」

菫は素早く両手を振って断った。その瞬間、直が菫の肩を掴んだ。

直「私たちに任せてください!」

菫「直ちゃん……」

直「大丈夫、私たちならできる」

そう言って直は力強く頷いた。

34: 2012/10/20(土) 21:40:02.76
紬「お願いできる?」

直「はい! 任せてください!」

菫「うん! 任せて! お姉ちゃん!」

菫の返事を聞いた紬はにっこりとほほ笑んだ。

梓「これで和さんも参加決定ですね!」

唯「いっぱい揃って嬉しいねっ!」

律「それにしてもどうやって鬼を倒すんだ?」

唯「う~ん……」

唯は腕を組んで顔をしかめた。宣言はしたものの、具体的な事はまだ何も考えていなかった。

35: 2012/10/20(土) 21:44:40.26
律「そこが問題だよな……」

梓「そもそも、人間が鬼に勝てるんでしょうか……」

一同は沈黙した。早くも壁にぶつかってしまったようだ。

 「話は聞かせてもらったよ、唯ちゃん」

唯「??」

突然、遠くから声が聞こえてきた。唯は声の主を見ると驚愕した。
現れたのはなんと、とみばあさんだった。
とみは平沢家の近所に住んでいる老婆だった。寝たきりでいたはずだったので唯たちは驚いた。

唯憂「おばあちゃんっ!?」

とみ「鬼退治に行くんだって? 私は応援するよ」

唯「ありがとう~!」ギュッ

唯は目を輝かせながらとみのもとへ近づいて手を握り締めた。

とみ「唯ちゃん、私に考えがあるよ」

唯「どんな考え?」

とみ「“きびだんご”を作るんだよ!」

37: 2012/10/20(土) 21:47:19.29
唯「きびだんご?」

唯は首を傾げ、後ろを振り返った。律たちも聞いたことが無い様子だった。
しかし、憂だけは思い当る節があるようだ。

憂「もしかして……一つ食べると、どんどん力が湧き上がってくるっていうお団子じゃ……」

とみ「そのお団子だよ、憂ちゃん」

とみ「きびだんごを食べれば鬼だって倒せるかもしれない!」

澪「なるほど……」

律「じゃあ、今からその団子をたくさん作ろうっ!」

とみ「それが団子の原料がこの村……」

とみ「いや、どこを探してもあまり見つからないのよ……」

和「大量生産は無理ってことね……」

とみ「とにかく、今すぐ全員で原料を集めましょう!」

唯「おーっ!」

「おおおおおおおーーーーーっ!!!!!!」

唯に続いて村の女たちは一斉に拳を空に突き上げた。その声は男にも負けないほど村中に響き渡った。

38: 2012/10/20(土) 21:52:03.15
~~~~~

村の女たちが総出で探し回っているにも関わらず原材料はほとんど見つからなかった。
日が暮れて、村の女たちは再び琴吹庭に集まった。

和「集まったのはこれだけね……」

唯「…………」

集まった原材料は笊一つ分だった。しかし、この量で作るしかない。

とみ「さっ、あなたたちは早く寝なさい」

唯「えっ」

梓「私たちも手伝いますっ!」

菫「ここは私たちに任せてください!」

直「出発に備えてみなさんは力を蓄えておいてください!」

唯「……わかった」

二人の勢いに押されて唯は引き下がった。

紬「今日は私の家に泊まっていって!」

澪「ありがとう、ムギ」

一同は琴吹家の玄関に向かった。歩いている最中に唯は何か足りないことに気づいた。

39: 2012/10/20(土) 21:54:10.02
和と憂がいない。

振り返ると二人はとみと話しあっているようだった。唯は三人の元へと歩いた。

和「そうですか……」

憂「…………」

唯「どうしたの?」

憂和「!!」

唯「?」

突然話しかけられた二人は少し驚いた様子だったがすぐに気を取り直した。

和「何でもないわ」

憂「先にみんなの所に行っておいて、お姉ちゃん」

唯「で、でも……」

とみ「唯ちゃん、今日は早く休まないと!」

半ば強引に遮られた唯はしぶしぶ玄関の方へと歩いた。玄関に着いて振り返ると三人はまだ唯を見つめていた。



その晩、二人は来なかった

40: 2012/10/20(土) 21:56:59.29
翌日

  「……きて!」

唯「…………」

  「起きて!」

唯「ん~……?」

憂「朝だよ!」

憂に揺すられて唯は目覚めた。寝ぼけ眼を擦りながら辺りを見ると和も他のみんなを起こしにかかっていた。

唯「憂……昨日、あの後に何かあったの……?」

唯が尋ねると梓の肩を揺すっている和が動きを止めて唯と憂を見つめた。憂は少し困った表情をしている。

憂「……後で話すね」

唯「今は話せないの?」

憂「うん、みんなが起きてからじゃないと」

唯「…………」

そう言ってから憂は唯の隣で寝ている律を起こした。唯は静かにその背中を見つめた。

41: 2012/10/20(土) 21:59:29.32
~~~~~

紬「じゃあ、私は武器を持ってくるね」

朝食を終えた一同は出発の支度をしていた。時間は刻一刻と迫っているのに憂と和は部屋にいなかった。
和と憂を除く、五人は特別な衣装を着ていた。士気が上がるようにとわざわざ作ってくれたそうだ。

澪「和と憂ちゃんはどこにいるんだ?」

梓「もうすぐ出発ですよ……」

律「着替えもまだだったよな?」

澪「あぁ……」

律「昨日の晩も来なかったみたいだし何やってるんだ?」

澪と梓は不安げな顔をしている。唯と律は黙って二人が来るのを待った。
すると、足音が廊下から足音が聞こえ、四人は一斉に扉の方を見た。

42: 2012/10/20(土) 22:04:20.13
とみ「そろそろ出発の時間ね」

澪「和と憂ちゃんの準備がまだ……」

とみ「二人ならもう外に出ているわよ」

唯律澪梓「えっ!?」

四人は素っ頓狂な声を上げて驚いた。

紬「みんな、地図と武器持ってきたよ!」

紬が地図と七本の木棒を持ってきた。木棒である理由は男たちが村にある全ての武器を持って行ってしまったからである。
とみは紬の方を振り返った。

とみ「ムギちゃんも来たことだし、外に出ましょうか」

紬「でも、和ちゃんと憂ちゃんがまだ……」

とみ「二人なら外にいるよ」

紬「えっ?」

そう言い残し、とみは玄関へと向かった。部屋に残された五人は訳がわからなかった。

45: 2012/10/20(土) 22:06:04.27
琴吹庭

唯たちが外に出ると、和と憂が立っていた。服装は普段着のままである。

律「二人ともなんでまだ普段着なんだよっ!?」

和「律……あなたたちに話さないといけないことがあるの……」

律「……?」

和「私と憂はこの討伐を辞退させてもらうわ」

唯「え……?」

突然の申し出に唯は沈黙した。唯の両隣にいる律と梓も口を開けて呆然としている。

澪「ど、どうして……?」

憂「きびだんごが不足しているんです……」

律「あれじゃ足りなかったのか?」

和「きびだんごは15個作ることができたの」

和「でも、7人でそれだけじゃ足りないっておばあちゃんが言うの」

とみ「いくら力が上がるからといっても、一人最低3個は必要と思うわ……」

15個では圧倒的に不足している。

46: 2012/10/20(土) 22:09:12.17
憂「でも、私たち二人が抜ければ丁度、一人3個ずつ……!」

紬「そんな……」

梓「何とかならないんですか!?」

和「これは一刻を争う問題なの。すぐにでも鬼の所に向かうべきよ」

和「それに数が多ければいいってものじゃないわ」

澪梓「…………」

憂「だから、私たちを切り捨ててくださいっ!」

憂「みなさんならきっと大丈夫ですよ!」

憂「“奇跡の五人娘”なんですからっ!」

唯律澪紬梓「!!!!!」

そう言われて初めて思い出した。
偶然にもこのメンバーは奇跡の五人娘だった。各々の金の桃の首飾りがきらきらと輝いている。

憂「これを……」

そういって憂は五本の白い帯を差し出した。唯たちがそれを広げてみると、なんと桃の刺繍入りのハチマキだった。

47: 2012/10/20(土) 22:12:23.45
和「私たちの分もお願いできるかしら……」

和は唯にきびだんごの入った袋を差し出した。唯は差し出された袋を見た瞬間に葛藤が全身を駆け巡った。
しかし、唯は決断した。

律「任せておいてっ!」

和「唯……頼んだわよ……!」

憂「村のことは和ちゃんと菫ちゃんと直ちゃんで何とかするから任せておいてっ!」

紬「二人をよろしくね!」

憂「はいっ!」

威勢よく返事した憂の目には僅かに涙が浮かんでいた。
そして、とみが一歩進み出た。

とみ「では、そろそろ……」

律「よし、行くかっ!」

48: 2012/10/20(土) 22:15:55.94
梓「いよいよですね……!」

紬「澪ちゃん大丈夫?」

先程から緊張した面持ちの澪に紬が尋ねた。

澪「少し不安だけど、今は大丈夫」

紬「よかった」

それを聞いた四人もどこかほっとした。唯が木棒を腰に下げ、頭に桃のハチマキを巻いた。

唯「よーし! じゃあ、みんな! 準備はいい?」

律澪紬梓「おーーーーっ!!!!」

唯「ふっ!」 グッ

唯は腰に下げていた木棒を握り締め、山の向こうを指した。唯は熱く燃え上がる感情を高ぶらせた。

唯「いざ鬼ヶ島へ!」

49: 2012/10/20(土) 22:19:04.66
道中

その日は山中を歩き続け、日が暮れる頃に海の近くの村の宿に辿り着いた。
五人は体を休めるために宿で一夜を明かすことにした。

梓「浜辺に船貸しがいるそうで、女将さんが話しておいてくれるそうです」

律「よかった、これでひとまず安心だな」

梓「船の数ギリギリだったみたいです」

梓「……男の人たちが戻って来ないから」

律「そっか……」

桜が丘の村の男たちもこの村で船を借りていた。そして、一週間近く戻って来ないので男たちは噂になっていた。

澪「それじゃあ、灯りを消すぞ」

唯「はーい」

紬「おやすみなさい」

梓「おやすみなさい」

唯「おやすみー」

律「おやすみ」

おやすみを言った後に梓は不安に駆られて眠れないのではと危惧していたが、山中を歩いた疲れもあったのかすぐに眠りに落ちた。

50: 2012/10/20(土) 22:20:07.13
翌日 道中

唯「あぁ~鬼ヶ島へ~♪」

律「いま行くぞ~そりゃ行くぞ~♪」

唯と律は木棒を振り回しながら元気よく歩いた。澪は呆れたように二人の背中を見つめていた。

澪「まったく……」

紬「まあまあ」

梓「それにしてもあの二人、少しは怖くないんですかね……」

紬「梓ちゃんは怖いの?」

梓「少し……」

梓は少し俯きながら小声で答えた。紬は一呼吸置いてから再び梓の顔を見た。

紬「私も怖いよ、梓ちゃん」

52: 2012/10/20(土) 22:28:42.61
梓「……そうですよね」

梓「普通はそうですよね……」

梓「でも、あの二人は……」

紬「あの二人も本当は怖いと思ってるはずよ……唯ちゃんもりっちゃんも」

梓「…………」

紬「でも、きっとそれ以上に村の為に何か役に立ちたいんだよ」

紬「私も村のことが大好きだからそう思うわ」

梓「何となくわかった気がします……」

そう言って梓は少し微笑んだ。その様子を見た澪と紬は一瞬目が合って微笑んだ。

53: 2012/10/20(土) 22:31:34.95
~~~~~

かなり海に近づいた頃に、道端の草むらがガサガサと揺れた。
五人は思わず身構えると、草むらから猿が飛び出してきた。

猿「お姉さん、お姉さん」

律「うわっ!? 喋ったっ!?」

なんと人語を喋る奇妙な猿が現れた。澪は驚きのあまり大きく体を仰け反った。

猿「何か食べ物をくれないかい?」

唯はちらりと腰につけている袋を見た。中には三つのきびだんごが入っている。

紬「駄目よっ! 私たち今から鬼退治に行くんだから!」

猿「どうしても駄目なのかい?」

律「だーめっ! 行った行った!」

猿「ケチーッ!」

猿は甲高い声を上げながら草むらに消えた。

梓「今のは夢ですか……?」

澪「だといいな……」

五人は気を取り直して再び進んだ。

54: 2012/10/20(土) 22:34:30.47
数分歩くと、前方に犬が行儀よく座っていた。舌を出してこちらを見つめている。
五人は静かに犬の傍を通り抜けようとすると、犬と澪の目が合った。

犬「お姉さん、お姉さん」

澪「ひっ!」

律「さっきから何なんだぁ!?」

犬「あなたたちの腰にある袋の中身の匂いが獣たちに人語を話させるのです」

犬「……ところで、先程見かけたのですが」

犬「猿に袋の中身を差し出すのを断わっていましたね?」

唯「う、うん……」

犬「ならば私にお譲りください!」

犬「猿ではなく犬の私なら構わないのでしょう!」

唯「いや、私たち鬼ヶ島に行くところだから食べ物は分けられないよ」バッサリ

犬「クーン……」

犬は寂しげな表情を浮かべながら渋々立ち去って行った。

律「最後まで人語で話せよ……」

五人は再び前を目指して歩いた。

56: 2012/10/20(土) 22:37:36.02
しばらく歩くと海が見えてきた。五人の間である緊張感が生まれたその時、翼を羽ばたかせる音が聞こえた。

雉「お姉さん、お姉さん」

唯「うわっ!? また何か来たよ!」

雉「私は雉です」

さすがの澪も慣れてきたのか、あまり怯えていなかった。

雉「先程から、あなた様方を上空から観察しておりました」

律「いつから見てたんだよ……」

雉「どうやら鬼討伐に向けて島に向かう途中だとか!」

唯「そうだよ」

雉「それならば、私を仲間に入れてください!」

57: 2012/10/20(土) 22:39:54.05
澪「き、雉を仲間に……」

雉「そうです! その袋の中の食べ物を分けていただけるのならどこまでも!」

律「だから譲れないってば」

雉「そんな! 私なら空から奇襲を仕掛けることができますよ!」

唯「私たちは五人で十分だよ」

雉「ぐっ……そこまで言われると……」

雉「……わかりました」

雉「その食べ物は諦めます。どうか皆さまのご健闘をお祈りします」

唯「うん、ありがとー!」

雉は翼を広げて遠くへ飛び立った。五人は雉が見えなくなるまでその姿を見つめていた。

梓「きびだんごってそんなに美味しいんですか?」

紬「誰も食べたことがないからねぇ……」

唯「それなら少し食べてみようかなー……なんて……」

律「こらこら」

梓「行きましょう」

59: 2012/10/20(土) 22:42:37.49
~~~~~

五人は海に到着し、浜辺にいる船貸しの元を訪ねた。

爺「船でどこまで行くのですか?」

唯「今からおn……」

梓「今から五人で釣りに行こうと思ってたんですよ!」

律「そ、そうそう!」

爺「でも釣り竿は……」

律梓「!!」ビクッ

澪「別の人と待ち合わせしてるんですよ!」

爺「そ、そうですか……では船を持ってきます」

爺は小屋の裏手にある倉庫へと向かった。澪は大きく息を吐いて胸を撫で下ろした。

澪「ふぅー……危なかった……」

梓「無暗に鬼退治のことを話すのはまずいですよ!」

唯「みんな応援してくれると思うんだけどなー……」

60: 2012/10/20(土) 22:44:27.06
梓「この近辺の村まで混乱させないでください!」

唯「はーい……」

唯は頬を膨らませて梓に返事した。
鬼のことがこちらの村に知れ渡れば大騒ぎになることは必至だろう。

少しすると爺がやって来た。

爺「船の準備が整いました」

律「よしっ!」

五人は船の帆を立て、船は海に浮かび上がった。五人はすぐに乗り込んだ。

爺「お気をつけて―!」

唯「いってきますっ!」

爺は穏やかな表情で手を振って五人を見送っている。まさか、鬼ヶ島に向かうことなど想像がつかないだろう。

船は風を受けて軽快に進んで行った。

61: 2012/10/20(土) 22:46:55.43
~~~~~

数時間後

航海はまだ続いていた。空はどこか曇り始めている。
唯は呆然と前だけを見ていた。すると、ある物が目に留まった。

唯「あ! あれ!」

四人が唯の指差した方向を見ると、遥か前方に島が見えた。

紬「あれが鬼ヶ島みたい……」

紬は地図を確認すると、島の形の詳細が記されていた。遠くから見る島は高い山々に円で囲まれていてまるで要塞のようだった。

澪「そろそろ降りる準備をしよう」

紬「そうだね」

唯は木棒をじっと見つめた。この武器を使うことになるかはわからない。
男たちははたして無事なのだろうか。

唯の中で様々な事が渦巻いていった。

62: 2012/10/20(土) 22:49:02.20
鬼ヶ島

唯「ここが……」

澪「鬼ヶ島か……」

五人は上陸し、船を降りて島の中心部へと向かった。辺りは灰色の大地が続いていた。
しばらく歩いていると澪があることに気づいた。

澪「何かおかしくないか?」

律「何が?」

澪「何も無いんだよ……」

律「??」

澪「何も落ちてない……」

紬「それがどうしたの、澪ちゃん?」

澪「あれだけの人数がここに来て、ここで鬼に負けたんだ……」

澪「普通、戦の後には血や武器が残っているんじゃないか?」

律「!!」

梓「あっ……! 本当だ……!」

63: 2012/10/20(土) 22:51:19.83
唯「鬼が全部集めて回ったのかな?」

律「わざわざそんなことするかな?」

五人は疑問を抱きつつも先に進んだ。すると、何やら洞窟の入り口のようなものが見えた。

一同は入り口の前に並んだ。

唯「着いたよ……!」

澪「あぁ……」

紬「いよいよね……!」

梓「はい!」

律「行こう……!」

島に上陸した時よりもさらに不気味な気配が立ちこめていた。鍾乳洞から流れてくる冷気もまた不気味さを強調する。

澪「中は真っ暗だな……」

律「松明を作ろうか」

そう言うと律はすぐに松明を作り上げた。

64: 2012/10/20(土) 22:53:12.37
鍾乳洞

鍾乳洞の中は静まり返っていて、冷気だけが取り巻いている。
上を見上げるとのっぺりとした天井に鋭い鍾乳石がずらりと並んでいた。
五人は身を身を寄せ合ってそろりそろりと歩いていた。しばらくすると、開けた場所に出た。その瞬間

ボオオッ!

唯律澪紬梓「!!!!!」

突然、壁から炎が燃え上がり洞窟が明るくなった。よく見ると所々に松明が置かれていた。
驚いた澪は石筍につまずいて尻もちをついた。

澪「ななっ……! 何で勝手に……! ほほほっ……炎が……!」

唯「みみっ澪ちゃん……! おおお落ち着いてっ!」

梓「唯さんも落ち着いてくださいっ!」

律「けど、一体どうして……!」

紬「私たちがここに来たのがわかったのかな?」

  「そのとおーーーりっ!!」

唯律澪紬梓「!!!??」

大きな声が反響し、頭上から黒い人影が跳び下りてきた。五人は慌てながら後ずさりし、松明を突き出した。

66: 2012/10/20(土) 22:56:42.71
律「だ、誰だっ!?」

ジュン「私は鬼のジュン!」

唯「鬼……!」

ジュンと名乗る鬼は不敵な笑みを浮かべている。よく見ると角が生え、赤い眼をしている。

唯「村のみんなはどうしたのっ!?」

ジュン「あいつらなら私の奴隷にしているよ」

ジュン「ちゃんと、脱走できないようにもした」

律「どうして奴隷なんかにするんだ!?」

ジュン「それは教えられないよーだ!」

ジュンは両手の人差し指を口元で交差させ、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
ジュンは武器を所持していないように見える。五人は怯えながらも冷静に状況判断していた。

紬「(ねぇ、武器も持っていないみたいだし好機じゃない……?)」ボソボソ

澪「(確かにやるなら今が好機かも……)」ボソボソ

律「(よし、行こう……!)」グッ

律は腰に下げていた木棒でジュンを指した。

67: 2012/10/20(土) 22:59:16.92
律「やいっ! 鬼のジュン!」

律「村の男たちを返してもらおうかっ!」

ジュン「駄目だよーだ。人間の男たちには氏ぬまで奴隷でいてもらうよ」

ジュン「それに私たちの仲間もあの男たちにやられちゃったからね、お相子だよ」

梓「ほ、他にも鬼がいるの……!?」

ジュン「へへーもうほとんどいないよー」

ジュン「あと一人……い、一匹だよ!」

澪「なんだ……あと一匹か……」

たった一匹だけと判明し、五人の中で僅かに安堵感が湧き上がった。
するとジュンが鼻で笑った。

ジュン「その一匹だよ、一番厄介なのが」

ジュン「村の男たち全員を倒した私よりも強いんだよ!」

唯律澪紬梓「!!!!!」

先程の安堵感は一瞬にして吹き飛ばされた。五人は固まったままジュンを見つめた。

68: 2012/10/20(土) 23:02:57.18
しかし、ジュンの表情は変わらない。

ジュン「嘘じゃないよ、いつの間にか嘘つき扱いだけど」

ジュン「甘く見ないでよ……これでも鬼だから……!」

ざわっ……

唯紬「っ……!?」

律「うっ……!!」

澪梓「ひっ……!!」

ジュンが語気を強めた瞬間、五人に悪寒が走った。気がつけば全身がガタガタと震えている。

唯「(そうだ……私たちは今、鬼と対峙しているんだ……!)」

しかし、このジュンがどのようにして男たちを打ちのめしたのか見当がつかなかった。
身につけているとするなら、特徴的な柄の服と角ぐらいである。

ジュン「じゃあ、そろそろ行くよ……」

律「クソ……!」

紬「みんな頑張ろう!」

梓「もちろんですっ!」

72: 2012/10/20(土) 23:05:02.62
五人が木棒を構えたのを見て、純は両手を顔に近づけた。
ジュンが両耳の下辺りに手を添えると、左右にある髪の二つ結いの辺りに爆弾が出現した。

梓「なっ……!」

紬「ばっ……爆弾……!」

唯「みんな逃げてっ!」

ジュン「くらえーっ!」シュッ

ジュンは散り散りに逃げ惑う五人に向かって二つの爆弾を全力で投げた。一つは唯、もう一つは澪だった。

唯「……!!」サッ

唯は運良くすぐ傍の岩場の隙間へ隠れて事無きを得た。隙間の向こうで爆弾の跳ねる音が聞こえた。
一方、澪も隠れる事のできる岩場を探していた。

澪「わっ!?」

ドサッ

律「!?」

紬「澪ちゃんっ!」

澪は再び石筍に躓いて倒れてしまった。倒れた澪の眼前で松明の炎でオレンジ色に光る黒い爆弾が止まった。

73: 2012/10/20(土) 23:07:38.47
澪「あ……ああ……」ガクガク

頭では非常事態に陥っているのは重々承知していた。しかし、体が動く事を忘れたかのように動かない。

ジュン「おおーーっ!?」

ジュンは興奮のあまり声を上げた。澪は爆弾の導火線を見ていた。今ならはっきりと見える。

澪「(駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!!!!)」

澪「(……氏ぬっ!!)」

澪が思わず目を瞑った瞬間に何者かが走る音が聞こえた。

その正体は律だった。

律「くっ……!」スッ

律は爆弾を掴み、すぐさま誰もいない方向へ投げつけた。そして、澪を覆うように倒れ込んだ瞬間

ドドーーーンッ!!!!

紬「わっ!」

梓「きゃっ!」

紅い炎が見えたと思うと、強烈な爆風が吹き荒れた。紬と梓は腕で顔を覆い隠した。

74: 2012/10/20(土) 23:10:21.70
そして、風が止み、静寂が訪れた。

唯「はぁ……はぁっ……」

澪「うっ……」

澪はゆっくり顔を上げると、上に律がいるのに気づいた。

澪「り、律っ!」

紬「りっちゃん!」

梓「律さん!」

紬と梓が駆けて来た。律はぐったりとして荒い息をしている。

律「だ、大丈夫……」

ジュン「やっぱ人間にはかなりキツイかー」

律は肩を押さえながら立ち上がろうとした。その様子を見てジュンはニヤニヤとほくそ笑んでいる。

唯「りっちゃん!」

唯も四人の元へ駆けつけた。律は澪の膝の上で苦しげに目を閉じている。
そんな律の様子を見て唯はある決断をした。

唯「みんな! きびだんごを食べよう!」

76: 2012/10/20(土) 23:12:33.60
ジュン「きびだんご……?」

紬「そうだよ! このままじゃ……りっちゃんだけじゃなく私たち全員やられてしまうわ!」

澪は腰に下げている袋に目をやった。
確かにこのまま出し惜しみをしていても無駄に終わる可能性の方が圧倒的に高い。

氏の手はすぐそこまで迫っているのだ。

澪「……よし」

澪「全員食べよう!」

四人は袋に手を伸ばした。澪は自分の分を取り出すと、律の袋からもきびだんごを取り出した。

澪「ほら……食べてくれ、律」

律「サンキュー……」

律は弱々しく礼を述べると、だんごを口に入れた。後の四人もそれに続いた。

そして、飲み込んだ瞬間、未知の世界が五人を支配した。

律「むっ……!」

唯「おお……! おおおおおっ……!」

紬「ち、力が……!」

梓「湧き上がって……!」

77: 2012/10/20(土) 23:15:30.75
五人は未知の力が自身の体内で湧き上がるのを感じた。見た目に変化は無い。
しかし、五人の力は飛躍的に上昇し、人間を越える力を手にした。

澪「いける……! これなら……!」

ジュン「(何か変化が……?)」

ジュン「(一体……)」

ジュンはなぜ五人が高揚しているのかが理解できなかった。ただ、だんごを一つ食べただけである。

澪「立てるか?」

律「大丈夫、っていうか……」

律「元の状態より調子が良い!」

澪「よかった……」

きびだんごの効果は本物だった。力を上げるだけでなく、傷も治してしまうようだった。
律は立ち上がると、木棒を構え直した。

律「じゃあ、今度はこっちから行かせてもらうぜっ!」

ジュン「(傷も治って……)」

スッ

ジュン「!!」

78: 2012/10/20(土) 23:17:51.56
目の前に頭上に向かって木棒を振り降ろしている律がいた。ジュンはほぼ無意識の内に腕で頭を守った。

ガッ!

律「……!!」

ジュン「ぐっ……!!」ギリギリ

律は自身が想像以上に速く移動したのに驚いていた。その隙を突くようにジュンは素早く後退した。

ジュン「今の速さは……!」

ジュン「(アイツ並……!)」

ジュンは心の中で忌々しい人物を思い出した。そうするだけでも、ジュンの心は大きく動揺した。

シュッ

ジュン「!!」

唯と梓が木棒を振り回しながら急接近してきた。ジュンは何とか紙一重で避け、ジリジリと後退した。

ジュン「(……加えて)」

ジュンの背後には木棒を大きく振りかぶった紬が立っていた。ジュンは正面の唯と梓と交戦しているため、身動きがとれない。
既にその腕は動き始めている。

ジュン「(この人数……!)」

ズンッ!

81: 2012/10/20(土) 23:20:03.24
鈍い音が響き、ジュンは吹き飛んだ。ジュンは空中で体勢を整え、何とか着地した。

ジュン「(私に分が悪すぎる……)」

ジュンは状況を見極めて決断した。

ジュン「……今回は退散させてもらうよ」

律「な、何っ!?」

紬「おとなしく降参しなさいっ!」

ジュン「嫌だよーん」

ジュンは腕を交差して、耳元に手を当てた。すると、ジュンの目の前に白い札で包まれた玉が出現した。
ジュンは玉を掴むと、不敵な笑みを浮かべた。それを見た澪は木棒を構えて、攻撃の体勢をとった。

澪「このっ……!」

ジュン「ドロン!」

プシュウウウウウウウ!!!!!!

何と白い玉は煙玉だった。鍾乳洞内に大量の白煙が噴き出した。

澪「しまった!」

ジュンは白煙の中に姿を消し、笑い声だけが響いた。

82: 2012/10/20(土) 23:26:04.19
~~~~~

数分も走っただろうか。五人の呼吸が乱れ始めた。急な勾配の上り坂が負担を増加させる。

しかし、それでも進める足を止めない。

すると、前方に一点の光が見えた。

澪「あれは……!」

紬「たぶんここの出口よ!」

律「あと少しだ!」

唯は四人の後ろになんとか付いて行った。

今までの唯ならば、立ち止まって休みをとっていただろう。
しかし、使命感に懸られている唯は走り続けた。

五人は鍾乳洞を抜け出した。曇り空とはいえ、久しぶりに外の世界に出た五人は目を細めた。

梓「何とか抜けることができましたね……」

唯「そう……だね……」

唯は地面にへたり込み、仰向けに寝転がった。
すると、巨大な何かが目に留まった。唯がそれを見上げると、思わず息を呑んだ。

84: 2012/10/20(土) 23:28:31.03
唯「み、みんな……」

唯は半ば放心状態で梓の服の袖を引いた。

梓「どうしたんですか?」

唯「あ、あれ……!」

梓「??」

梓「あっ……!」

何かに慄いている唯が指し示した方を見上げると、梓は言葉にならない声を発した。

二人の異変に気付いた三人も視線を移した。すると、驚愕の光景が三人の目にも映った

五人の前方には巨大な城が聳え立っていた。
円状の島を取り囲むように山が連なり、その中央に城が堂々と存在した。

唯「…………」

律「こんな城に鬼がいるのか……!」

あまりに巨大な勢力を前にして律は言葉を失った。そんな中で唯はゆっくりと立ち上がった。

唯「……行かなくちゃ」

唯「みんなが待ってる!」

唯の頭の中で村のみんなの顔を思い浮かべた。そして、最後に両親、和、憂の顔が浮かんだ。

85: 2012/10/20(土) 23:30:10.25
唯「(怖くても行く……)」

唯「(絶対にみんなと村に帰るんだ……!)」

五人が城の門の前に立った。鮮やかな朱色の両門にかけて『鬼ヶ城』と筆で書かれている。
一体どんな鬼が待ち受けているかは想像もつかない。五人は両手で門に触れた。

唯「みんなで押すよ!」

律「あぁ!」

紬「任せてっ!」

梓「はい!」

澪「唯、掛け声頼むぞ」

唯「……わかった」

唯は目を瞑って深呼吸した。今なら心臓の音がはっきりと聞こえてくる。

唯「(……みんながいる)」

唯は目を見開いて両腕に力を込めた。

唯「いっせーのーでっ!!」グッ

五人は一斉に巨大な門を押し始めた。門が僅かに動いた。

唯「動いてるよっ!!」

86: 2012/10/20(土) 23:33:25.02
律「おおおおおおおおおおっ!!!!」

澪「ああああああっ!!!!」

紬「動いてっ……!!!!」

梓「うーーーーーんっ……!!!!」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

唯「むむむむむむむむううううっ……!!!!」グググッ

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!    バアァン!!

唯「……っ!!」

律「よしっ!」

澪「ひ、開いた……!」

紬「やったー!」

梓「やりましたね!」

門が開き、五人は歓喜した。
門が開いた瞬間、唯は勝ったと思った。この五人なら負けるはずはないと確信した。

唯「みんな、行こう!」

律澪紬梓「おーーーーっ!!!!」

87: 2012/10/20(土) 23:35:51.75
鬼ヶ城

城の内部は驚くほど閑散として静まり返っていた。一切、無駄なものが存在せず、本当に鬼がいるのかも疑わしいほどだった。
中に入ってからは誰も口を開かなかった。しばらく、進むと巨大な階段が見えた。

唯「ここを上がろう」

紬梓「……?」

上を見上げると風鳴りのような音が聞こえてきた。しかし、風は吹いていない。

澪「何か嫌な予感がするな……」

不気味な気配を感じたのは澪だけではなかった。まるで黒い靄がゆらゆらと揺れているようだった。
唯たちは階段を上がり続けた。

唯「着いた……」

五人は最上階まで辿り着いた。階段の近くの明かりから察するに中は巨大な広間だった。
しかし、広間に明かりは無い。

紬「ここに……いるのかな……?」

梓「ここが最上階のはずですが……」

ゴオオオオオオオオオッ

唯律澪紬梓「!!!!!」

鍾乳洞の時のように一瞬で広間に明かりが点いた。突然の不意打ちに梓は小さく跳び跳ねた。

88: 2012/10/20(土) 23:38:13.78
  「よく来たわね」

唯律澪紬梓「!!!!!」

奥から声が聞こえてきた。声から判断すると女性のようだ。

律「お前は鬼か!?」

  「もちろんそうよ」

サワコ「私は鬼のサワコよ!」

サワコはジュンと同じ特徴的な服を来ている。鬼と見て間違いない。
余裕を見せながら腕を組んで唯たちの様子を観察している。

律「私たちは村の人たちを返してもらいにきたっ!」

サワコ「村……?」

サワコ「あぁ……奴隷たちのことね」

梓「ぐっ……!」

サワコ「一人呼んであげるわ」

サワコは人差し指を伸ばしながら右腕を上げた。すると、人差し指に電撃が走った。

90: 2012/10/20(土) 23:41:53.94
バチバチバチッ!

サワコ「はっ!」

バチチチチチチッ!!!!

律「わっ!」

澪「ひっ……!」

紬「……っ!」

サワコが右腕を素早く降ろすと、指し示した地点に雷が落ちた。

シュウウウウウウウウウウ……

黒煙が晴れると、そこに半透明の紫色の箱に入った紬の父が現れた。それを見た紬は目を丸くした。

紬「お父様!」

紬父「紬!」

紬は我を忘れたかのように父の元へと駆け出した。すると、澪と梓が紬を引き止めた。

紬「ど、どうして止めるの! 放してっ!」

梓「落ち着いてください、ムギさん!」

澪「鬼の罠かもしれない!」

91: 2012/10/20(土) 23:45:16.81
紬父「そうだ、紬! 今は近づいては駄目だ!」

紬は澪と梓に抗っていたが、紬父の凄まじい剣幕に圧され、抵抗を止めた。

紬父「この結界に触れると強力な雷が発生するんだ!」

それを聞いた紬はがっくりと項垂れた。そんな落ち込んでいる紬を澪と梓が支えた。

唯「一体ここで何があったんですか!?」

紬父「私たちは村を出て二日目にこの島に辿り着いた。しかし、鍾乳洞の中でジュンとかいう鬼に全員やられてしまった……!」

紬父「そして、気がつけばこの城のこの広間に連れてこられた!」

サワコ「ところで、どうやってあなたたちはジュンを倒したの?」

唯「じ、実力だよ!」

サワコ「へー……」

サワコ「まっ、あの子弱いからね~……」

唯「…………」

ジュンを弱いと一蹴するこのサワコはどれほどの力を秘めているのだろうか。言葉だけでなく外見からも覗える事は何も無かった。

92: 2012/10/20(土) 23:46:52.45
紬父「そして、長の私がこの結界に閉じ込められた……」

紬父「村のみんなは私の命を救うために洗脳されて鬼の奴隷になる事を選んだ……」

律「どうして村の人を奴隷なんかにしたんだよ!」

サワコ「決まってるじゃない……」

サワコ「男にモテるためよ!」

律「はぁ!?」

サワコ「男たちに囲まれてこの城で幸せに暮らす……素敵じゃない!」

サワコ「あ、でも私の好みじゃない人にはこの城の増築作業をさせてるわ」

サワコ「そして、最終目標はこの国の男全員を私の支配下に収めることよ!」

サワコはまるで悪魔のような笑みを浮かべながら明るく話した。どうやら本気で実行するつもりのようだ。

紬父「……君は本当にあのさわ子じゃないのか?」

サワコ「そうよ、私は鬼のサワコよ!」バッ

サワコは大げさな姿勢で紬父を指差した。紬父は何かを諦めたように項垂れた。

94: 2012/10/20(土) 23:49:24.92
サワコ「そろそろいいかしら! 戦いに来たんでしょう!」

律「ちょっと待った!」バッ

律は手の平をサワコに向けて今にも走りだしそうなサワコを制止させた。サワコは首を傾げる。

サワコ「どうしたの?」

律「……戦う前に少しお腹が空いてさ」

律「一つ食べさせてもらおうかと……」

律はきびだんごを取り出した。他の四人もそれを見て律に続いた。

サワコ「早くしなさい、私はうずうずしてるんだから!」

律「へへ……」

梓「(律さん……)」

梓は律の額に汗が浮かび上がっていることに気づいた。

梓「(そうだ……最初から全力で行かないと……!)」

梓は手の平の上にあるだんごを見つめた。この小さなだんごに全てが懸っている。
梓はきびだんごを口の中に入れ、飲み込んだ。

95: 2012/10/20(土) 23:55:49.00
梓「ん!」

唯「おっ!」

紬「よーし!」

澪「ばっちりだ!」

律「いくぞおおおおおおぉぉぉっ!!!!!」

五人の全身に爽快な程の力が湧き上がり、律は大声を上げて気合を入れた。自然と木棒を握る力も強くなる。

サワコ「お待ちしたわ!」

サワコ「女の奴隷はどんなものなのかしらっ!」バッ

サワコが凄まじい速さで中央から突っ込んできた。全ての運動機能が上昇している五人は冷静に構えた。

サワコ「フッ!」

唯紬「!!」

ガッ!

サワコは両方の拳で唯と紬に殴りかかった。二人は攻撃を木棒で防御した。棒を通して衝撃が二人に走る。

サワコ「人間のくせによく防いだわ!」

唯「ぐぐぐ……!」

96: 2012/10/20(土) 23:57:57.00
唯は木棒越しにサワコと目が合った。目が合ったサワコはにやりと口の端を吊り上げた。

律「おおおおおおおおおっ!!!!」

律が大声を上げながらサワコの後頭部目掛けて木棒を振り下ろした。

サワコ「!」

サッ

律「何っ!?」

サワコは正面を向いたまま木棒を避けた。

サワコ「そんな大声を出していたら避けてくださいって言ってるようなものよ!」

律「ぐっ……!」

サワコ「ふふふ……」

サワコは息一つ乱さずに不敵な笑みを浮かべた。

サワコ「まだまだこれからよっ!」スッ

澪「!?」ビクッ

サワコが姿勢を屈めたかと思うと、一瞬で澪に向かって駆け出していた。澪は突然の出来事に困惑している。

97: 2012/10/21(日) 00:00:51.09
サワコ「一瞬気を抜いたわね!」

澪「くっ……!」

サワコ「残念」

ドゴォッ!

澪「……っ!!」

澪は木棒を握り締め、サワコに振り下ろした。しかし、サワコは紙一重で避けて澪を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされた澪は壁に激突して倒れた。

何者かが走っている音が聞こえ、サワコが振り向くと梓が高速でこちらに向かって走っていた。

梓「ふっ!」

梓はそのままの勢いでサワコの顔目掛けて突きを繰り出した。
しかし、サワコは際どい所で回避した。そして、突き出された棒を力強く握り締めた。

サワコ「今のは良い攻撃だったわ」

梓「ググッ……!」

サワコの手を木棒から振り解こうとしたが、サワコの強靭な握力はそれを物ともしなかった。

サワコ「あなたは小さくて素早いのかもしれないけど、力が足りないわね」スッ

98: 2012/10/21(日) 00:03:25.09
ドゴォッ!

梓「がはっ……!」

サワコは澪と同様、梓を蹴り飛ばした。梓は小柄のせいもあってか、澪よりも遠くに吹き飛んだ。

律「梓っ!」

サワコ「やっぱり人間は弱いわね……」

律「くそっ!」

律は木棒を握り締め、サワコに向かって走り出した。それに対し、サワコも律の元へ走り出した。
サワコの予想外の行動に驚きながらも、律は速度を緩めなかった。

律「はっ!」

律は衝突直前に立ち止まり、左腰に構えていた木棒を斜めに振り上げた。
木棒はサワコの右肩に直撃し、サワコは大きくよろめいた。

サワコ「うっ……!」

ダンッ!

サワコ「今のはまあまあねっ!」

律「なっ……!」

しかし、右足を大きく踏み込んで体制を整えた。踏み止まったサワコを見て、律の心に隙が生まれた。

100: 2012/10/21(日) 00:06:14.16
サワコは大きく体を捻り、左手刀で律を吹き飛ばした。律はまるで放られた人形のように吹き飛ばされていった。

唯紬「……!!」

あっという間に、この場に立っているのは唯と紬だけになった。
サワコは余裕の笑みを忘れない。

サワコ「あとは二人ね」

不気味な笑みを浮かべるサワコに対して、二人は木棒を構え直した。

サワコ「ふっ!」

サワコは再び正面から二人の元へ駆け出した。一番初めの攻撃と同じ動きだった。
二人は木棒を構え、サワコの攻撃を持ち構えた。

スッ

唯紬「!?」

突然、サワコが二人の目の前から姿を消した。二人は困惑し、構えていた棒を下ろした。

その時、二人の背筋が凍りついたように冷たくなった。
その直後に、二人は吹き飛ばされていた。

宙に舞った後、二人は床に崩れ落ちた。それを確認したサワコは短く息を吐いてから紬父の方へと歩み寄った。

サワコ「さぁ、全員私にやられちゃったわね」

サワコ「一撃でやられるのは物足りないけどね……」

101: 2012/10/21(日) 00:08:15.71
紬父「そんな……」

紬父は結界の中で膝をつけ、絶望に打ちひしがれた。その様子を見たサワコは鼻で笑い飛ばした。

サワコ「ふふ……人間は黙って支配されるといいわ」

サワコ「あなたはその結界の中から見ていなさい」

サワコはゆっくりと右腕を上げた。

ガッ!

サワコ「!!」

その時、サワコの後頭部に鈍い衝撃が走った。サワコが後ろを振り向くと、思いがけない人物が立っていた。

立っていたのは倒れていたはずの澪だった。

サワコ「な……あなたはやられたはずじゃ……!」

澪「……っ!」

澪はサワコに構わずに木棒を振り回し、動揺しているサワコに反撃の隙を与えなかった。

サワコ「このっ……!」

サワコが拳を握り締めて反撃を試みた瞬間、今度は足に衝撃が走った。
思わぬ方向からの攻撃にサワコは尻餅をついた。

サワコ「……!?」

102: 2012/10/21(日) 00:11:27.40
サワコが視線を上げると、そこには梓が立っていた。

サワコ「なんであなたまでっ!?」

サワコはその場を飛び退き、二人から距離を空けた。

サワコ「(足が……)」

サワコは足の痛みを堪えながら顔を上げた。すると、驚愕の光景が存在した。

なんと、唯、律、紬までもが立ち上がっていた。

サワコ「……!!」

紬「みんな大丈夫?」

唯「大丈夫だよ!」

律「でも、やっぱり痛いな」

梓「そりゃ、ただの人間なんですから当然ですよ」

澪「でも何とか反撃できた!」

サワコはこの事態が信じられなかった。そして、かつてない危機感を抱いた。
足を痛めてしまった今、先程までのように満足に動けるとは思えない。サワコは考察した。

サワコ「(ありえない……武器を持った男たちでもこんな力は……)」

103: 2012/10/21(日) 00:14:15.44
サワコ「(人間にはありえない……ただの女たちには尚更ありえない……)」

サワコ「(何か秘密があるはず……!)」

サワコは素早く五人を観察した。五人から何か秘密を探れると考えたのだ。

サワコ「!!」

サワコはある物に目が留まった。五人が腰につけている袋である。

サワコ「(ま、まさか……!)」

サワコ「(あの袋の中にある団子に秘密が……!)」

疑念は膨れ上がっていく。

サワコ「(この戦いの前にだんごを食べさせてくれなんて言ったのも……!)」

そして、ついに確信に変わった。

唯「勝負を続けるよ!」

唯はサワコに向けて木棒を指した。しかし、サワコは考えを張り巡らせていたのでまったく気にならなかった。

サワコは決断した。そして、微笑んだ。

104: 2012/10/21(日) 00:16:00.00
サワコ「そうね……」

サワコ「ふっ!」

サワコは全力で駆け出した。今までの動きとは比べ物にならない程の素早さだった。
足に激痛を抱えながらも、サワコは足を止めなかった。

唯「!!」

律「は、速いぞっ!」

シュバババッ!

サワコが高速移動する中、五人は腰の辺りに違和感を覚えた。そして、その変化にいち早く気づいたのは澪だった。

澪「しまった!」

澪は腰を押さえながら声を上げた。そんな中、サワコはある物を掲げた。

サワコ「このだんごに秘密があるようね!」

唯律紬梓「あぁーーーーーっ!!!!」

サワコが手にしていたのはきびだんごの入った袋だった。
呆然としている澪を除いて、四人は絶叫した。澪は目眩がした。

このまま、きびだんごの効果が切れてしまえばどうなるのだろうか。

しかし、そんな澪の考えはすぐに消し飛んだ。なんと、サワコが袋に入っていた全てのきびだんごを丸飲みしたのだ。

105: 2012/10/21(日) 00:18:11.78
サワコ「全部私がいただくわ!」

そして、サワコはきびだんごを飲み込んだ。その瞬間

サワコ「おおっ!?」

サワコ「おおおおおお……!」

サワコは気分が高揚し始めた。そして、足の痛みは一瞬で消え去った。

律「ヤバイかもな……」

紬「五つ同時に食べても大丈夫なの!?」

澪「わからない……!」

サワコ「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!!」

サワコは前屈みになって自身の頭を抱えた。まるで猛獣のような咆哮を上げ、その姿はまさに鬼そのものだった。

そして、サワコはゆらりと顔を上げた。

サワコ「ふふふふふふ……」

前屈みになっているせいで乱れた髪が顔を覆い隠していた。そして、その僅かな隙間から赤い眼が輝いていた。

サワコ「あああああああああああああっ!!!!!」

ズンッ!

108: 2012/10/21(日) 00:23:34.29
唯律澪紬梓「!!!??」

サワコが両腕を大きく広げた瞬間、城全体が大きく震動した。唯はただならぬ殺気を全身で感じていた。
しかし、足が言うことを聞かず、その場に突っ立っているだけだった。

サワコ「まさか、ここまで素晴らしい効果があるなんて思いもよらなかったわ……」

サワコ「さぁ! 行くわよ!」スッ

唯「!!」

五人が身構えた瞬間、サワコは既に姿を消していた。消えたと認識した直後、唯は宙を舞っていた。

唯「ぐっ……!」

律「えっ」

律は宙にいる唯を見て呆然としている。サワコは腕を組んで律の四人の背後に立っていた。

サワコ「そして、身体能力上昇……文句無しね」スッ

律「(速っ……)」

次の瞬間、律は自身が宙にいることを認識した。そして、背中を強かに打ちつけた。
落下した瞬間、律は息が詰まり呻き声を上げた。

澪「律!」

澪は思わず律の名を叫んだ。すると、サワコは満面の笑みを浮かべながら澪の方を向いた。

109: 2012/10/21(日) 00:26:44.95
スッ

澪「!!」

サワコが消えた瞬間、澪は両腕で正面からの攻撃に備えた。しかし、衝撃は背中に走った。

澪「なっ!」

澪は吹き飛んでうつ伏せに倒れた。澪を倒して、立ち止まっているサワコの背中に紬と梓が奇襲を仕掛けた。

梓「(お願いっ……!)」

木棒は背中に直撃するかと思われた。しかし、一瞬早くサワコの姿が消えた。
そして、二人は吹き飛んでいた。

倒れこむ五人を見てサワコはほくそ笑んだ。

サワコ「想像以上の効果ね!」

ジュンが爆弾を出現させる能力を持っている鬼なら、サワコは高速移動の能力を持つ鬼だった。

その能力を有しているため、サワコはジュンの爆弾を難なく避け、同じ鬼のジュンをも圧倒する事ができた。
人間なら尚更のことである。

唯「ううっ……」

律「だ、大丈夫か……?」

紬「全然見えなかった……」

110: 2012/10/21(日) 00:30:24.50
再び立ち上がる五人を見たサワコは胸が高鳴った。体はまだまだ興奮冷めやらぬ状態が続いていた。

サワコ「ふふ……!」スッ

唯「……っ!?」

唯の眼前にサワコが立っていた。赤い眼が唯を見下ろしている。
唯は木棒に力を込めたようとした。しかし、その時にはもう宙を舞っているのであった。

梓「速過ぎる……!」

サワコ「」スッ

梓「!!」グッ

パアァン!

律「おぉっ!?」

梓は正面からの衝撃を木棒で防いだ。サワコの拳がじりじりと木棒を押しつける。
しかし、サワコのもう片方の腕が梓の懐に伸びると、やはり梓は突き飛ばされた。

梓「くっ……!」

梓は体の痛みを堪え、すぐさま立ち上がった。正面を見ると、律がサワコに投げ飛ばされ、壁に激突していた。

サワコ「!!」

思った以上に早く立ち上がった梓を見てサワコはにやりと笑った。

112: 2012/10/21(日) 00:33:15.21
梓は木棒を構えると、それを我武者羅に振り回し始めた。

サワコ「……いよいよヤケになったようね」

梓「ふっ……ふっ……!」

梓「(これなら鬼の動きを追えなくても当たるかもしれない……!)」

サワコ「ふっ!」スッ

サワコが姿を消した。すると、右手から風を切るような音が僅かに聞こえた。
梓は木棒を振り回しながら音の出た方向へ向いた。すると、梓は足を滑らせてよろめいた。

梓「うっ……!」

梓「(しまった……!)」

梓が腕を振り回しながら、なんとかもう片方の足で踏ん張った瞬間、木棒に手応えを感じた。

ガッ!

サワコ「あ」

梓「!!」

なんと、梓の振り回した木棒がサワコの頭上にある角に直撃していた。梓がサワコとの距離を空けようとした瞬間

サワコ「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

突然、サワコが頭を押さえて絶叫した。

113: 2012/10/21(日) 00:36:53.21
梓「!!」

サワコの角に痛みを遥かに上回る痛みが走った。絶叫しながら激痛にのたうち回るサワコを梓は遠巻きに見ていた。

紬「好機!」

紬はサワコに向かって駆け出した。サワコは紬の足音を聞き、すぐに立ち上がった。

サワコ「ぐううっ……!」

サワコは高速移動で避けることはせず、右腕で攻撃を防いだ。
紬は攻撃を止めずに木棒を振り回し続けた。それに対し、サワコは防戦一方だった。

梓「よ、避けないっ!」

今まで、ほとんどの攻撃を高速移動で避けていたサワコにとってこの行動は異例のことだった。

澪「あああああああっ!」

サワコ「!?」

対峙する紬とサワコの背後にいた澪はガラ空きのサワコの角に思い切り木棒を振り下ろした。

ガッ!

サワコ「っ~~~~~!!!!」

サワコは声にならない呻き声を上げ、上を向いて硬直した。天井を見つめるサワコの視界に何かが映った。

114: 2012/10/21(日) 00:39:58.05
頭上に木棒を構えている唯だった。

唯「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」

バキィッ!

サワコ「!!」

唯の木棒は真っ二つにへし折れた。サワコは白目を剥いて泡を吹いた。そして、ゆっくりと崩れ落ちた。

律「や、やった……」

紬「唯ちゃん……」

澪「唯……」

梓「唯さん……!」

唯は折れた木棒を見つめてから、四人の顔を見た。そして、両腕を思い切り上げた。

唯「やったー!」

唯「私たち、鬼を倒しちゃったよ!」

115: 2012/10/21(日) 00:42:47.52
紬「やったね! 私たち!」

律「うおおおおおおおおっ!」

澪「本当に……本当に……!」

梓「すごいですよっ!」

ズズズズズズ……

五人が肩を組んで喜び合っていると、背後で横たわっているサワコの体から黒い靄が出現した。

唯「な、何あれ?」

しかし、黒い靄はすぐに消え去ってしまった。そして、サワコの角も黒い靄と共に消えた。

ヴォン

紬父「うっ!」

紬「お父様!」

サワコが力尽きたことにより、紬父を閉じ込めていた結界が解けた。

紬父「ありがとう……紬……」

紬父「おかげで村の男たちは救われたよ……」

紬父は涙を浮かべている娘の頭を優しく撫でた。

116: 2012/10/21(日) 00:47:25.24
唯「鬼を倒したよ!」

唯が拳を握り締めて力強く言うと、紬父がよろよろと立ち上がった。

紬父「その鬼についてなんだが……」

紬父は今にも倒れそうになりながら、横たわるサワコの元に近づいた。
そして、角の無くなったサワコを見てハッとした表情に変わった。

紬父「間違いない……」

紬「え?」

紬父「この者は鬼ではない……」

紬父「人間の女性だ……!」

唯律澪紬梓「えええええぇ~~~~~っ!!!??」

五人は素っ頓狂な声を出して驚いた。

紬父「この者はさわ子という名前の桜が丘の村の女性だ」

律「む、村の!?」

紬「お父様、この人と知り合いなの!?」

紬父「お前たちが幼い頃だったから覚えていないだろうが、このさわ子は十年程前に村から抜け出したんだ」

118: 2012/10/21(日) 00:49:07.94
澪「一体どうして……」

紬父「いい男と出会って幸せな人生を送るとか言っていたそうだ……」

澪「…………」

梓「…………」

唯「でも、なんで人間になってたのかな……」

紬父「誰かに操られていたのかもしれない……」

紬父「さわ子はこんな事をする子ではなかったはず……」

紬父は考え込むようにして首を傾げた。五人も思わぬ事実に混乱していた。

紬父「うっ……」

紬父はかなり疲弊しているようだった。紬が肩を貸して父を支えた。

紬父「ありがとう……紬……」

紬「ううん!」

梓「それじゃあ、この城から出ましょう!」

紬父「誰かさわ子を起こして上げてくれないか……」

紬「唯ちゃん、お願いできる?」

119: 2012/10/21(日) 00:51:57.41
唯「任せて!」

唯は横になっているさわ子の体を揺さぶった。

唯「さわ子さん! 起きてっ!」

さわ子「う~ん……」

さわ子「あれ……? ここどこ?」

さわ子は寝ぼけ眼を擦りながら起き上がった。

さわ子「あなたは……?」

唯「私は唯だよ!」

さわ子「??」

紬父「君は桜が丘の村のさわ子だね?」

さわ子「えぇ……」

さわ子「あっ! 琴吹さん!」

さわ子は紬父の顔を見て目を丸くした。紬父はさわ子に質問を続けた。

紬父「君は今までに何をしていたんだ?」

さわ子「フラれてから村を抜け出して、数年間は理想の男を探していたわ……」

120: 2012/10/21(日) 00:56:35.35
紬父「その後は?」

さわ子「……あれ」

さわ子「思い出せない……」

そう言ってさわ子は顔をしかめて頭を押さえた。

さわ子「あー……頭が痛い……」

紬父「やはり、操られていた可能性が高いな」

紬「早く帰って手当てを受けましょう!」

紬父「そうだな……」

律「村の男たちはどこに……」

紬父「あぁ、この城の地下にいる……。鍵はさわ子が持っているはずだ」

紬父「鬼のサワコに洗脳されていたが、今は大丈夫かもしれない!」

唯「それじゃあ、行こっか!」

唯が合図して歩き始めた。さわ子は澪の肩を借りてゆっくりと歩いた。そして、一同は城を出た。

122: 2012/10/21(日) 00:58:59.94
~~~~~

紬父「ここだ……」

紬父はさわ子が持っていた鍵を握り締め、鍵穴に差し込んだ。

ガチャッ

紬父が鍵を捻ると、城の側面にある隠し扉が開いた。中は何もないただの部屋だった。
部屋の向こうには大きめの宝箱が一つだけ存在した。既に蓋は開いている。

唯「あっ! 宝箱だよ!」

唯が中を覗き込むと、剣と鏡と勾玉が並べられていた。

唯「剣?」

梓「綺麗ですね」

唯「うん……」

三つの宝物は息を呑むような美しさだった。
剣は銀色の光沢を放っている。鏡は取っての部分が鮮やかな藍色で彩られている。勾玉は緑色に輝いている。

紬父「祝勝にもらってはどうかね」

律「記念に持って帰ろうぜ」

澪「村のどこかに飾ると良さそうだな」

123: 2012/10/21(日) 01:00:39.99
唯「じゃあ、持って帰ろうか!」

唯は剣を腰に掛けた。鏡を澪に手渡し、勾玉は紬に付けてもらった。
さらに進むと、大きな黒い扉がそびえ立っていた。紬父がもう一つの鍵を取り出した。

ガチャッ

すると、中から大量の男たちが現れた。そして、中には顔馴染みのある人物もいた。

澪「お、お父さん!」

澪父「澪っ!」

梓「お父さん!」

梓父「梓っ!」

律「あ、お父さん……聡……」

律父「律……心配かけてすまなかった……」

聡「ふぅー……助かったぁ……」

律「へへ……二人とも生きててよかったよ……」

唯はこれらの光景を見て安心した。これでみんな無事に帰る事ができる。そう安堵していたその時

 「あーあ……やられちゃったかー……」

 「せっかく集めた奴隷たちだったのになー」

124: 2012/10/21(日) 01:03:54.03
梓「この声は……!」

突然、周囲から聞き覚えのある声が響いた。男たちも辺りを見渡した。

律「ジュン! どこにいるんだ!?」

 「へへーここにいるよーだ」

ジュンの高笑いが木霊する。男たちの顔がどんどん険しくなってきた。唯の直感が危険信号を発していた。

唯「早くこの島から出よう!」

澪「そうだな、これ以上ジュンに何かされると怪我人が出てくる!」

律「急いでこの場を離れよう!」

一同はその場を離れ、鍾乳洞へと駆けた。

125: 2012/10/21(日) 01:05:33.99
鍾乳洞

紬父は斉藤の肩を借りてゆっくりと進んだ。帰り道にも松明は点いていた。
中は狭いため、二列の細長い列を組んで進んで行った。全員の顔に焦りの色が浮かんでいる。
五人は背後を警戒しながら最後尾を歩いていた。

梓「あっ! そういえば、この島に着いた時にみなさんの船が見当たらなかったのですが、どこにあるんですか?」

一同は広い場所に出てきていたので梓の声が反響した。斉藤は優しく微笑んでから答えた。

斉藤「こんな事もあろうかと、岸の外れにある岩場に括りつけておきました」

梓「そうですか、よかったです!」

律「船が無いと帰れなくなるからな」

 「そうだよ、もう帰れなくなるよ」

ボボンッ!

二つの連続した爆発音が鳴った直後に、ジュンが姿を現した。

唯「みんな! 私たち五人を置いて先に行って!」

律「……!!」

律「そうだ! 先に行っておいてくれ!」

律は唯の意図をすぐさま読み取った。
今いるこの場所が洞内の中でも広い部類の場所とはいえ、ジュンの爆弾を混みあっている男たちに投げつけられれば、ひとたまりもないことは明らかだった。

126: 2012/10/21(日) 01:07:58.05
男たちは困惑しながらも、状況を察したのかすぐさま先へと進んで行った。
念のために澪と梓は木棒を構えながら男たちの姿が見えなくなるまで見送った。しかし、ジュンはニヤニヤと笑っているだけだ。

斉藤「紬お嬢様……!」

紬父「紬……私はお前を信じている……!」

紬父「必ず戻って来てくれ……!」

紬「はいっ……!」

紬父と斉藤はゆっくりとその場を立ち去って行った。そして、この空間には五人とジュンだけになった。
五人と対峙したジュンはいきなりため息をついた。

ジュン「……やっぱ人間って使えないなー」

律「…………」

ジュン「これで私の計画が台無しになったよ」

紬「計画……?」

ジュン「そ、計画」

ジュンは呆れたように目を瞑って肩をすくめた。

ジュン「私の計画っていうのは人間を支配するものだったんだ」

澪「男だけじゃなく、人間……!?」

128: 2012/10/21(日) 01:11:31.87
ジュン「うん、人間全体だよ」

ジュン「まず、失恋して村から抜け出したさわ子に私が呪いをかけて鬼のサワコにした」

ジュン「サワコを利用して人間を集めて洗脳し、鬼の楽園を作ろうとしたわけ」

ジュン「ま、サワコが私よりも強くて勝手に、『人間のかっこいい男だけを集めて楽園を作る』なんて言い出して、ほとんど言うことを聞かなかったけど」

五人は困惑した表情で話を聞いている。そんな様子を尻目にジュンは話を続ける。

ジュン「とある村に対して、部下の鬼に小さな悪い事をさせる」

ジュン「そうすると、村の人間は怒ってこの島にやってくる」

ジュン「それを私が捕まえて奴隷にする……」

ジュン「そうして人数を増やして、島を大きくしていくつもりだったけど……」

ジュン「あんたたちはサワコを倒してしまった……!」

徐々にジュンの顔が歪み始めた。しかし、激昂しているのはジュンだけではない。

律「鬼の楽園? ふざけるな!」

紬「そんなあなたの私利私欲のために人間に乱暴をしないで!」

二人の訴えを聞いたジュンの表情は見る見るうちに険しいものに変化した。

129: 2012/10/21(日) 01:15:55.24
ジュン「ふざけないでよっ!」

ジュン「あんたたち人間に鬼の何がわかるっていうの!?」

ジュンの反撃に律と紬は黙り込んだ。そして、ジュンの熱はどんどん高まっていく。

ジュン「鬼だからって私たちを差別し、疎んじた……!」

ジュン「それをちょっとやり返されたからって……! 自分勝手もいいとこだよ……!」

ジュン「私たちは人間を許さない……! 絶対に……!」

ジュンはありったけの憎悪を込めて五人を睨みつけた。初めて会った当初の事を思い返すと、想像もできないような憤怒の表情だった。

ジュン「あんたたちにはここで消えてもらう……」

ジュン「そして、私はこれからも目的達成のために人間を支配していく……!」スッ

唯律澪梓「!!!」

ジュンが素早く耳元に手を当てた。すると、前回よりも増加してなんと、左右五つずつの爆弾が出現した。

紬「!!」ピクッ

紬「澪ちゃん! さっきの鏡を取り出して!」

紬は突然、澪に指示を出した。唐突な指示に困惑しながらも、澪は鏡を取り出した。

130: 2012/10/21(日) 01:22:07.89
梓「に、逃げないと……!」

唯「氏んじゃうよっ!」

紬「駄目! ここにいて!」

律「で、でも……!」

紬「私を信じて!」

四人は紬に従うことにした。しかし、何を考えているのかがさっぱりわからない。

ジュン「くらえええええっ!」ブンッ

紬「!!」ピクッ

計十個の爆弾が五人目掛けて放たれた。その瞬間、紬は閃いた。

紬「澪ちゃん! 鏡を突き出して!」

澪「えっ……!?」

律「わっ……!」

律は恐怖のあまり声を漏らした。唯と梓は頭を抱えてしゃがんでいる。

澪「……っ!!」 バッ

131: 2012/10/21(日) 01:24:45.88
ヴォン

突如、澪の突き出した鏡が拡大し、鏡面がきらりと輝いた。その鏡面に爆弾が直撃した瞬間、なんと爆弾を跳ね返した。

跳ね返された十個の爆弾は一斉にジュンの元へと戻って来た。

ジュン「なっ……!」

梓「やった!」

驚愕するジュンを見て梓は歓喜した。すると、ジュンは右手を高く上げて指を鳴らした。

パチンッ!

すると、ジュンへ向けて飛んでいた爆弾が消え去った。

律「くそっ……!」

ジュン「(あの鏡……! 私の爆弾を跳ね返した……!)」

ジュン「そんなことが……」

唯「今、その鏡が爆弾を跳ね返したよ!」

澪「ムギ! どうして、そんなこと知ってたんだ?」

紬「たぶん、この勾玉のおかげだと思うわ……!」

紬は首にかけている緑色の勾玉を四人に見せた。勾玉は紬の手の平で明るく輝いている。

135: 2012/10/21(日) 01:44:27.94
ジュン「私の攻撃が効かないなんて……!」

ジュン「嘘だああああぁっ!」ブンッ

ジュンは怒りに身を任せて、またもや爆弾を放った。しかし、爆弾が鏡面に接するとと全て自分の元へと戻って来るのであった。

ジュン「ぐっ……」パチン

ジュンは澪が跳ね返した直後に指を鳴らして爆弾を消した。

ジュン「(絶対に跳ね返す……か……)」

ジュンは澪の持つ鏡を見つめた。そして、背後で隠れている四人を見てある考えが脳裏をよぎった。

ジュン「これなら……」スッ

紬「!!」ピクッ

紬「澪ちゃん以外みんな逃げてっ!」

唯律梓「!!!」

ジュン「どうだあああああああぁっ!!!!」バッ

ジュンは爆弾を放った。しかし、先程までのようにただ真っ直ぐ投げるのではない。壁に向かって投げた。
壁に直撃した爆弾は跳弾し、予測不可能な軌道を描いた

136: 2012/10/21(日) 01:46:12.94
唯「うわっ……!」

律「やばい!」

梓「ひっ……!」

紬「……!」

四人は跳ね飛ぶ爆弾から逃れようと駆け出した。すると、紬の勾玉が一層明るく輝いた。

紬「!!」ピクッ

紬の脳裏には自身の避難する最適な場所が思い浮かんだ。紬は即座に思考を変え、唯と律と梓を念じた。

紬「!!」ピクッ

紬「三人ともどこかの岩場の陰にに飛び込んで!」

唯律梓「!!!」

三人は各々に別れ、岩場の陰に飛び込んだ。それを確認した紬が顔を伏せた瞬間

ドドドドドドドドドオオオオオオオオッ!!!!!!

猛烈な爆風が洞内を駆け巡った。

澪「(みんな……!)」

澪は鏡を突き出しながらみんなのことを案じた。鏡は爆風をも跳ね返していた。
爆風が止むと、ジュンが岩場から姿を現した。

137: 2012/10/21(日) 01:47:44.30
ジュン「あれ? 生き残ったのはやっぱりあんただけなの?」

澪「みんな……」

澪は不安げに辺りを見渡した。すると、少し離れた場所で紬が立ち上がった。

紬「はぁ……はぁ……」

澪「ムギ!」

紬「(この勾玉が無ければ絶対に氏んでいた……)」

紬は緑色に輝く勾玉を手にとって眺めた。

律「いてて……」

唯「危なかったー……」

梓「ムギさんのおかげで何とか……」

残った三人もよろよろと立ち上がった。その様子を見たジュンは不満げな表情を浮かべる。

ジュン「生きてたんだ……」

唯「あなたを倒すまで私たちは氏なないっ!」

ジュン「次はそんな簡単な事が言えないよ」

いつの間にかジュンは冷静になっていた。辺りを見渡すともう隠れる場所など無くなった。
ジュンは予め目印を用意していた地点に移動した。振り返ると五人は散り散りに互いに距離がある。準備は整った。

138: 2012/10/21(日) 01:50:16.24
ジュン「あんたたち……天井見てみなよ」

梓「て、天井……?」

律「一体……」

唯「……っ!?」

天井には村の男たちが所有していた物と思われる武器が刺さっていた。鎌、木槌、鍬、刀など、種類は様々である。

紬「どうして天井に武器が……」

ジュン「私が男たちから回収した武器だよ」

ジュン「ま、天井に突き刺したのはついさっきなんだけどね」スッ

ジュンは片手を耳に当てた。すると、小さな爆弾が一つ出現した。

ジュン「さて、今から私は何をするでしょうか」

ジュンは意地悪く笑みを浮かべながら、爆弾を持つ手を澪に向けた。
その悪意ある笑みを見た瞬間に澪は最悪の事態を確信した。

澪「ま、まさか……!?」

紬「!!」

一瞬遅れて紬も理解した。勾玉など無くともジュンの顔を見ればすぐにわかった。

140: 2012/10/21(日) 01:52:57.01
ジュン「その通りだよ!」バッ

唯律梓「!!?」

紬「!!」ピクッ

ジュンは天井に向かって爆弾を投げた。爆弾は天井にめり込んで見えなくなった。
その瞬間に紬の勾玉が一層輝いた。しかし、何も思い浮かばない。漆黒の世界が脳裏に映し出された。

紬「澪ちゃん! 鏡を上に向けて!」

澪「で、でも……」

澪「みんなが!!」

紬「いいから早く!」

次の瞬間、天井の中で爆弾が炸裂した。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!!!!

天井に亀裂が走り、突き刺さっている武器がゆらゆらと揺れ始めた。洞内も振動して五人は身動きがとれなかった。
そして、いよいよ天井は崩壊を始めた。凄まじい地鳴りが響き渡る。

141: 2012/10/21(日) 01:54:14.95
ゴオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!

唯「!!」

律「っ……!」

梓「!!」

紬「絶対に……!」

澪を除く四人は思わず手で顔を覆った。澪は絶叫したが爆弾の轟音で掻き消された。
刀、鎌、鍬、木槌、鍾乳石、ありとあらゆる物が五人に降り注いだ。唯、律、紬、梓の体に衝撃が走り抜ける。

澪は鏡によって天井から降り注ぐ物体を全て跳ね返した。

落下の衝撃で辺りに埃が立ち込める。そして、轟音は止み、静寂が訪れた。
ただでさえ、広い空間だったが爆破の影響で天井に大穴があいた。

澪は力無くその場に膝を突いた。

澪「み、みんな……」

ジュン「はい、残ったのはあんただけだよ」

澪はゆっくりと立ち上がり、よろよろと律の方へと歩いて行った。
律は額から血を流していた。少し離れた場所で唯と紬と梓がうつ伏せになって倒れている。
澪は四人の上に覆い被さっている武器や岩を取り除いた。唯の背中には刀傷が見えた。

澪「どうして私だけが……」

143: 2012/10/21(日) 01:56:13.11
澪「っ!!」バッ

澪は律の胸部に耳を当て、心音を確かめた。気を失っているものの、弱々しく心臓が鼓動している。

澪「まだ生きてる……!」

澪は律の頬を数回叩いてみた。しかし、目は固く閉ざされている。
ジュンは呆れた顔をして肩をすくめた。

ジュン「五分も持たないよ、すぐに氏ぬ」

澪「くそっ……!」

澪は唯、紬、梓と順番に頬を叩いてみたが、誰一人として反応を示さない。
見る見るうちに澪の顔は蒼白になっていく。

ジュン「最後はあんただよ」

ジュンが澪に迫る。澪はそれに構わず四人の傍から離れない。

ジュン「だんごが無いのなら爆弾なんて無くても簡単だよ」

澪「みんな! 氏んじゃ駄目だ……!」

澪は縋る思いで再び律の胸部に耳を当てた。しかし、だんだんと心音はか細くなっていく。
澪は目を見開いた。

そして、心音は聞こえなくなった。

144: 2012/10/21(日) 01:57:30.32
澪「あ……」

澪は一瞬声を上げると、唯の元へ駆けた。
しかし、唯の心臓も機能が停止していた。紬も、梓も

梓の心音が聞こえないことを認識すると、澪は両手を地面につけた。

澪「そんな……嘘だ……」

今更になって体が震え始めた。視界が歪み、激しい悪寒が澪を襲う。

恐ろしい、心の底からそう思った。

“氏”が四人を駆け抜け、次は澪に迫って来ている。

澪の瞳からボロボロと涙が溢れだした。そして、澪は悲しみの咆哮を上げた。

澪「うわあああああああああああああああ!!!!!!!!!」

ジュンはいつでも攻撃できる場所まで来ていた。泣き崩れる澪を無表情で見下ろした。

ジュン「ずっと悲しみの続かないよう楽にしてあげるよ……」

ジュンが右手に力を込めると鋭い爪が出現した。
そして、最後に澪を一瞥した。

ジュン「終わりだよっ!」バッ

ジュンが右手を振り下ろそうとしたその時

145: 2012/10/21(日) 02:00:17.84
カッ!

澪「!!」

ジュン「!?」

突然、唯、律、紬、梓の体から眩い黄金の光が放たれた。正確には四人の黄金の桃の首飾りから光が発生している。
光は強さを増し、四人の体を包む込み、光の球となって宙に浮いた。

ジュン「なっ……」

澪「何が……」

澪は無意識のうちに自身の首飾りを握り締めていた。ジュンは口を開けて光球を眺めていた。

そして、光球は一際眩く輝き、澪は目が眩んだ。薄暗い洞内の隅々まで光が駆け抜けた。

  「あれ?」

  「えっ」

  「何で私たち……」

 「生きてる……!」

澪「え……」

光の世界の中から澪がずっと聞きたかった声が聞こえてきた。
澪が何とか目を開くと、四つの影が見えた。それらはずいぶんと見覚えのある影だった。

146: 2012/10/21(日) 02:02:35.28
澪「みんな……!」

唯「澪ちゃん!」

ジュン「なっ……」

ジュンは信じられないあまりにも光景に絶句した。

復活した四人は全身に溢れんばかりの黄金の気を纏っている。澪はその眩しさにも構わずに四人に駆け寄った。

澪「一体どうやって生き返ったんだ?」

唯「うーん……」

紬「どうしてかな……」

梓「たぶんこの首飾りのおかげだと思います」

梓は首飾りの桃を摘み上げた。たしかに首飾りの黄金の桃からも強烈な光が発せられている。

律「そんな効果があったのか……」

澪「グスッ……」

澪は鼻をすすって泣きだした。

紬「泣いてる暇なんてないわよ、澪ちゃん!」

唯「そうだよ! 私たち鬼を倒すんだよ!」

151: 2012/10/21(日) 02:57:56.34
ジュン「ぐっ……!(まずい……非常にまずい……)」

ジュン「(爆弾なんか無くてもなんて言ったけど……もう出せないんだよね……)」

ジュン「(残ってるのは……)」

ジュンは短く息を吐くと例の構えをとった。

ジュン「なんだか危険な予感がするから退散させてもらうよ」スッ

紬「!!」ピクッ

ジュンが腕を交差して構えた直後、紬が勾玉の予見を感知した。

紬「唯ちゃん! 腰につけてる剣を構えて!」

唯「剣?」

唯は腰につけていた剣を見た。刀身が黄金の光を受けて煌めいている。

唯「これをどうするの……?」

紬「……っ!」

唯は紬に尋ねたが、紬は険しい顔をして押し黙っている。紬は次の予見を待っていた。

ポンッ

ジュンは札で包まれた玉を出現させた。煙玉である。

152: 2012/10/21(日) 02:58:57.17
ジュン「(まさか人間相手にここまでしてやられるなんて……)」

ジュンは煙玉を掴むと最上級の勝ち誇った笑みを浮かべた。

ジュン「ではでは、再びドロン!」

プシュウウウウウウウウ!!!!!

叩きつけられた煙玉は膨大な量の煙を放出し、瞬く間に五人を包み込んだ。

ジュン「わはははは! それじゃあまたね~!」

紬「!!」ピクッ

紬は予見を感知した。そして、すばやく唯の方へと向き直った。

紬「唯ちゃん! 跳んで!」

紬「目一杯高く! 全力で!」

唯「わかった!」グッ

ダンッ!

唯は剣を構え、全力で跳躍した。すると、煙に包まれた空間を脱した。煙は天井まで到達していなかった。

唯「!!」

下を見てみると、ジュンも宙に跳び上がっていた。恐らく天井を伝ってここから逃げ出す作戦だったのだろう。

153: 2012/10/21(日) 02:59:45.70
唯はジュンの背後の上空にいた。こちらには気づいていない。
唯は自分が何をすべきなのかを理解した。両手で剣を握り締め、頭上に構えた。

唯「わあああああああああああああああああああっ!!!!!!」

ジュン「!?」

ジュンは驚愕の表情を浮かべながら後ろの上空を見上げた。なんと、今にも剣を振り下ろそうとしている唯がいた。
体を動かし、回避を試みるものの、宙にいるのでは意味を成さない。

ジュンは切っ先が黄金に輝くのを見た。

唯「あああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!!!!!」

ズバッ!

ジュン「ぐあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………!!!!」

ジュンは白目を剥いて悍ましい断末魔を上げた。その声は洞内に反響し、何重もの音となった。

ズズズズズズ……

ジュンの体から黒い靄が溢れ出した。

唯が着地すると、煙は消え去っていた。ジュンが力尽きたからなのだろうか。

背後でジュンが落下する音が聞こえた。五人はジュンの元へと駆け寄った。
ジュンの体から黒い靄が消え、角は煙のように消えた。上空を見上げると、黒い靄が渦巻いている。

ズズズズズズ……!

155: 2012/10/21(日) 03:02:50.64
そして、靄は集合し、鬼の形へと変化した

鬼「ぐおおおおおおおおおおっ!」

梓「あれが鬼……!」

鬼「よくも……! この角の怨念を体から引き剥がしたな……!」

鬼「許さん……! 絶対に許さん……!」

宙に浮かぶ黒い影の鬼は全身で怒りを表した。赤い眼が爛々と輝いていた。

唯「もう終わりだよ!」

唯は剣を鬼へ向けた。唯の行動を挑発と受け取った鬼は激昂した。

鬼「おのれ人間めえええええええええぇぇぇぇっ!!!!!」

鬼は影を伸ばし、唯の方へ飛び掛かって来た。巨大な漆黒の手が唯に迫る。

しかし、唯は怖くなかった。唯は柄を握り、全力で影を切った。

ズバッ!

鬼「おぉ……! おおおおおぅ……おお……!」

先程の角と同様に鬼の黒い影の体が消え始めた。鬼は消えていく自身の手を見て狼狽えた。

157: 2012/10/21(日) 03:07:07.97
鬼「そんな……鬼が人間に……やら……れるとは……」

そして、鬼は風のように消えた。唯はぼんやりと鬼が消えた辺りを見上げていた。

唯「…………」

梓「倒したんですか……?」

澪「そうみたいだな……」

律「やった~!」

紬「すごーい!」

律は木棒を横に投げ捨て唯に抱きついた。澪、紬、梓も続いて抱きついた。

澪「私たち本当に鬼を……!」

唯「はぁ~……疲れた……」

唯は剣を置いて寝転がった。いつの間にか四人の首飾りから黄金の光が消えていた。
それどころか首飾り自体が見当たらない。

律「あれ? 唯、首飾りはどうしたんだ?」

唯「え? あれ……無い……」

紬「りっちゃんも首飾りが無いよ?」

律「えっ!?」

158: 2012/10/21(日) 03:11:40.55
律「本当だ……」

澪「て言うか、ムギも梓も無くなってるぞ!」

紬「あ!」

梓「無くなってる……」

律「でも、なんで澪のだけは残ってるんだ?」

澪が胸元をさすると、確かに首飾りが存在した。澪はきらりと輝く黄金の桃を見て納得した。

澪「たぶん、首飾りがみんなを守ってくれたんじゃないか?」

律「うーん……」

梓「そうかもしれませんね……」

律が首を捻る傍らで梓が安心したように微笑んだ。

紬「あっ!」

不意に紬が背後を指差した。紬の指は横たわっているジュンに向けられていた。

律「うわっ! まだいたのか!」

澪「い、生きてるのか……?」

唯「たぶん、生きてるよ」

159: 2012/10/21(日) 03:17:06.91
唯が上体を起こしてジュンの方を見た。ジュンは気を失っていて少しも動きだす気配は無かった。

梓「じゃあ、さっき倒したのは何だったんですか?」

唯「あれはたぶん、鬼の怨霊みたいなものじゃないかな……」

梓「怨霊……」

唯「うん」

唯は立ちあがってジュンの元へ歩いた。ジュンの体を揺すってもしばらく目覚めるようには見えなかった。

唯「よし」

唯「連れて帰ろう!」

唯は四人の方へ向き直ってきっぱりと言った。

紬「え?」

律澪梓「えぇっ~!?」

あまりにも突拍子もないことを言いだす唯に四人は驚いた。

律「駄目駄目っ! そいつは村の人……人間を支配しようとした鬼なんだぞ!」

唯「でも、この剣のおかげでもう鬼じゃないよ」

梓「鬼じゃなくてもです! 何をするかわかりませんよ?」

161: 2012/10/21(日) 03:21:14.21
唯「さわ子さんだって戻ったよ」

律「あの人は……元々人間だったから……」

唯「この子も大丈夫だよ! 人間に生まれ変わったんだから!」

唯はジュンの頭部を指差した。角は消えたのでそこらにいる人間の女の子と何ら変わりは無い。

唯は横になっているジュンを背負った。

唯「とにかく、私はこの子を信じるよ!」

唯はジュンを背負いながら歩いた。しかし、その足取りは疲労のせいもあるのか、非常に不安定なものだった。

ガッ!

唯「わっ……!」

唯が段差に躓き、体がよろめいた瞬間、倒れかかっていた唯の体が止まった。

162: 2012/10/21(日) 03:25:58.79
紬「一緒に連れて帰ろう?」

唯を支えたのは紬だった。紬は唯の顔を見ると大きく頷いた。

唯「うん!」

唯は満面の笑みを浮かべて頷いた。律と澪は呆れたようにため息をついた。

澪「まったく……」

律「仕方ない……」

梓「帰りましょう!」

五人はその場を後にして、洞内を進んだ。

164: 2012/10/21(日) 03:31:57.90
~~~~~
唯「外だーっ!」

五人はついに鍾乳洞を抜け出し、外の世界に出た。空は晴れて、太陽が島全体を照らしていた。

ジュン「ん……」

梓「あ、起きた」

ジュン「え?」

ジュンは目の前に先程まで闘っていた敵の頭部が見える。ジュンは自分が背負われている事に気づいた。

ジュン「な、なな……なんであんたが私を背負ってるの……!?」

唯「え? 助けたいからだよ」

ジュン「人間に助けてもらう義理なんてなーい!」

紬「でも、あなたも人間になったのよ?」

ジュン「え?」

ジュンは頭部を撫でると、角が消失していた。ジュンは口を開けて唖然とした。

ジュン「に、人間に……」

唯「そうだよ!」

ジュンがわなわなと震えているのをよそに、唯は笑顔で答えた。ジュンは密かに耳に手を当ててみたが、何も出現せずため息をついた。

165: 2012/10/21(日) 03:35:48.51
~~~~~

島の浜辺に着くとたくさんの船が並べられており、男たちが腰を下ろしていた。

律「おーい!」

律が大声で呼びかけると、男たちは一斉に六人のいる方へ顔を向けた。中には立ち上がる者もいた。

紬父「紬!」

紬「お父様!」

紬は走って紬父の所に行った。紬は父の胸に思い切って飛び込んだ。

紬父「よく無事に……!」

紬父は随分と待ちかねていた愛する娘を抱きしめた。

少し遅れて唯たちも集団の所へ辿り着いた。男たちは唯たちを歓迎した。律、澪、梓の家族も駆け寄ってくる。
しかし、唯の背負っている人物に気づくと体を仰け反らせて驚いた。

166: 2012/10/21(日) 03:42:28.79
「そ、そいつは鬼なんじゃ……!」

ジュン「…………」

ジュンはふてくされた顔で明後日の方を向いた。

唯「この子は人間になったんだよ!」

 「人間……?」

唯「そう、私たちと同じ人間だよ!」

ジュン「!!」

村の男たちはまだどこか納得のいかない顔をしていたが、唯の勢いに押されて根負けして承諾した。

律「それじゃあ、帰るか!」

紬「帰ろう!」

澪「あぁ、帰ろう!」

梓「帰りましょう!」

唯「帰ろう、桜が丘へ!」

167: 2012/10/21(日) 03:49:11.44
~~~~~

その後、五人娘と村の男たち、そして元鬼のジュンと元村人のさわ子は村に帰った。
帰ったその日は村を挙げての壮大な宴が開かれた。姉の帰りを一人で待っていた憂は唯の顔を見るなりぼろぼろと泣きだした。

唯「和ちゃん! 憂!」

和「唯!」

憂「お、お姉ちゃん……!」

唯は優しく憂を抱きしめた。

唯「ごめんね……心配掛けて……」

憂「お姉ちゃん、お姉ちゃん……!」グスッ

憂は唯に抱きつき安心した。

そして、平穏な日々が訪れた。

元村人だったさわ子はともかく、元鬼のジュンは村人と心の距離があった。
しかし、ジュンが五人娘と仲良く遊んでいるうちに村人も考えを改め、ジュンは桜が丘の村に受け入れられた。
ジュンは琴吹家で働くことになり、紬父に「純」という名前を貰った。

168: 2012/10/21(日) 03:57:44.72
直「純さん、また遊びに行くんですか?」

純「へへ~! みんなと親睦を深めるためだよ!」

純「いってきまーす!」

純は子どものように無邪気に笑って家を飛び出していった。菫と直は呆然とその後ろ姿を見送った。

直「行っちゃった……」

菫「でも、純さん楽しそうだね」

直「うん、そうだね」

純はこの生活を心から楽しんでいた。純が集合場所に向かっていると、梓が見えた。

169: 2012/10/21(日) 04:00:34.09
純「おーい!」

梓「あ、純!」

純「私にも敬語で話してくれてもいいんだよ?」

梓「純は私と同い年でしょ!」

純「えへへ、冗談冗談!」

梓「それじゃあ、行こう!」

純「うん!」

純は特に同世代の梓と憂といる時が一番楽しいと思った。一人でいた時よりも何倍も有意義で楽しかった。

しばらくすると、集合場所が見えてきた。三人の人影が見える。

律「おっす」

純「おはようございます!」

澪「おはよう、純」

紬「おはよう、純ちゃん!」

純「おはようございます!」

純はハキハキと朝の挨拶をした。その横で梓は安心したように微笑んでいる。

170: 2012/10/21(日) 04:03:44.86
純「ところで唯さんは……」

律「いつものことだろ」

純「ですよね……」

純は唯の遅刻に慣れてしまった。唯が最後に来ない方がおかしいと思うようになっていた。

唯「みんなー!」

紬「あ、来たよ!」

澪「本当だ」

梓「いつも走ってますね……」

そう話している間に唯は到着した。五人は温かく唯を迎え入れた。

唯「いやー憂の作ってくれた味噌汁が美味しくて美味しくて……」

律「あーはいはい……いつもの事だから……」

唯「憂の味噌汁は美味しいんだよ!」

頬を膨らませる唯の顔を見て、純は噴き出しそうになった。

律「よし! じゃあ、今日は何をして遊ぼうか」

唯「あ、この前、みんなで隣の村の祭りに行ったでしょ?」

171: 2012/10/21(日) 04:07:50.52
律「行ったけど、それがどうかしたのか?」

唯「その時に思ったんだけど、私にも何か趣味がないかな~って思ってさ……」

唯「そこで、楽器の演奏なんてどうかな?」

梓「私たちがですか?」

紬「楽器なら私の家にあるよ!」

律「おっ! さすが琴吹家!」

澪「でも、あんな大勢の前に出るなんて……」

唯「大丈夫! みんなで気軽に楽しめる音楽にするから!」

173: 2012/10/21(日) 04:09:44.19
梓「趣味程度なら大丈夫ですよ!」

澪「それなら、やってみようかな……」

紬「じゃあ、今から私の家に行こう!」

純「えっ! 私また家に戻るんですか!?」

唯「楽器を見に行かなくちゃ!」

純「えー……なんか損した気分……」

唯「それじゃあいくよ!」

律澪紬梓純「おーーーーーっ!!!!!」

174: 2012/10/21(日) 04:17:14.13
娘たちの間には笑いが絶えませんでした。村人はそんな娘たちを微笑ましげに見ていました。

そして、鬼を退治したことにより、五人娘の名は全国へと広がり、桜が丘の村は瞬く間に有名になりました。

澪は金の桃の首飾りを神社に寄贈し、やがて、その神社は訪れると幸福が舞い降りると評判になりました。

村は繁栄し、村人は幸せに暮らしました。

そして、奇跡の五人娘の伝説は後世にまで語り継がれ、娘たちは桜が丘の村で幸せに暮らしましたとさ。


~完~

176: 2012/10/21(日) 04:18:54.35

よかったよ

177: 2012/10/21(日) 04:21:16.61
おつん

178: 2012/10/21(日) 04:22:54.61
さるやらなんやらで恐ろしく時間がかかった。ごめん

読んでくれたおかげで最後まで走れた
感謝感激雨霰

引用元: 唯「いざ鬼ヶ島へ!」