1: 2012/11/04(日) 21:06:51.21
先輩「ま、まあそうなんだけどさあ」

後輩「女子校で間接キスなんて言ってる人初めて見ましたよ」

先輩「うるさいな。しょうがないだろ?こういうの慣れてないんだからさ」

後輩「先輩って可愛いんですね」

先輩「うっ…」

7: 2012/11/04(日) 21:10:31.57
先輩「だいたい、このマフラー歩きづらいぞ」

後輩「でもこうしてるとあったかいですよ?」

先輩「そういう問題じゃないよ。一つのマフラーを共有するなんて、絶対に間違ってる」

後輩「じゃあ先輩、こっち向いてください」

先輩「…近い」

後輩「これでも間違ってるなんて言えますか?」

先輩「もう好きにしてください」

8: 2012/11/04(日) 21:14:25.34
後輩「先輩とこうしてると、寒さなんて忘れちゃいます」

先輩「ところで、こんな長いマフラーどこで買ったの?」

後輩「ユニクロですよ」

先輩「ふーん、ユニクロかあ…ユニクロねえ…」

後輩「先輩」

先輩「は、はい」

後輩「私は『先輩とこうしてると、寒さなんて忘れちゃいます』と言ったんです。話を逸らさないでください」

11: 2012/11/04(日) 21:17:44.14
先輩「私は、寒いよ」

後輩「じゃあもっとくっつきますか?」

先輩「く、くっつかない!」

後輩「なんでですかー?」

先輩「はずかしいじゃん、そんなの」

後輩「あー、照れてるー」

先輩「照れてない! ここ駅のホームだぜ?見られてるよ」

12: 2012/11/04(日) 21:20:48.05
後輩「別に見られたっていいじゃないですか」

先輩「通勤のサラリーマンならまだしも、同級生に見られるのちょっと」

後輩「噂が立つからですか?」

先輩「だって、後輩ちゃんは有名人じゃん。それに比べて私はただの文化部だし」

後輩「勇敢でカッコいい文化部です!」

先輩「な、なにを根拠に」

15: 2012/11/04(日) 21:25:30.72
後輩「あの時、痴漢から助けてくれたじゃないですか」

先輩「あれは、ほっとけなくて体が勝手に…別に勇敢とかじゃ、ないし」

後輩「先輩は私のヒーローです」

先輩「はあ…」

二か月前。私は満員電車の中、この後輩を痴漢の魔の手から解放した。
それからというもの、こうして懐かれてしまっている。

18: 2012/11/04(日) 21:32:05.37
今思えば、放っておくことも出来た筈だった。

事実、私はこの後輩を助けることに、暫し躊躇った。

何故なら、後輩は我が女子校においての、それはもう誰もが知る有名人だったから。

文武両道というのはまさにこの子の事で

成績優秀な上に幾つもの運動部を掛け持ちするような

雲の上の存在だった。

比べて、私はしがない文化部部長。日陰だとか窓際だとかがよく似合う

半分干からびたような生徒だった。

20: 2012/11/04(日) 21:36:37.48
もはや次元が違うのだ。

相手は天上人とも言うべき存在で、

それに対して私は、もはや芥子粒と言っていいくらいの取るに足りない有象無象の中から

錆びついたスコップで無作為に掘り当てただけの土くれに潜む

幾万の微生物のような、そんな生き物なのである。

話しかけることさえ、できないのである。

22: 2012/11/04(日) 21:40:48.29
私は、高位次元の住人である後輩の顔を見た。

すると、泣いているではないか。

ああ、こんな子でも痴漢に遭ったら泣くんだ。

もしかしたら、同じ人間なのかもなあ。

とほんの一瞬思った。

私の体が勝手に動き出したのも一瞬の内だった。

私には合気という、唯一と言っていい特技があった。

25: 2012/11/04(日) 21:43:46.37
引き倒して間接を極めた。

完全に無意識だった。特技として誇れる格闘技などというのは、たいていはこんな風に

無意識に使ってしまえるものなのである。

初めて人の役に立ったと思った。

ちょっぴりうれしかった。ヒーローになった気分だ。

26: 2012/11/04(日) 21:49:11.23
遅延証明は貰ったものの、どのみち始業のチャイムには間に合いそうになかったので

二人でちんたらと学校へ向かうことにした。

暫く無言だった。

それもそうだ。私が助けたとはいえ、普段なら眩しすぎて、視界に入れることすら憚られる人種だ。

話しかける言葉が見つからなかったし、話しかけられても上手く応えられる気はしなかった。

「あ、ありかがとうございました」

背後を歩く後輩からかけられて言葉に、心拍数が急上昇し、意識を失いそうになった。


29: 2012/11/04(日) 21:54:27.69
「あ、い、いや。だ、大丈夫だったかな…いや、大丈夫なわけ、ないか…泣いてたもんな…うん」

全くしどろもどろになってしまった。

「やっぱり、見てたんですね…泣いてたの」

後輩の声が震えていた。

「あ、あの。ごめん」

自分でもどうして謝っているのかわからなかった。

泣いてるのを見て、同じ人間なんだと安心していただなんて、そんなことは絶対に言えなかった。

31: 2012/11/04(日) 21:57:45.86
どうしよう。口が渇く。喉が張り付いて息ができなくなる。

なんで私はこんなに緊張してるんだ?

こんなことなら助けなければ…いやいや、なんてことを考えているんだ。

というように、私の思考はまったくもって支離滅裂を極めていた。

寒くなってきたというのに、手汗が止まらない。自律神経がいかれそうだ。

34: 2012/11/04(日) 22:02:02.03
「私、誰にも助けてもらえないかと、思ってたんです」

「え?」

私は思わず振り向いた。額をぶち抜かれ、脳漿をまき散らす寸前だった。

後輩は泣いていた。大きな猫の様な双眸から、ぼろぼろと大粒の泪をこぼしていた。

堰を切った濁流のようなその泪は、いまでも目に焼き付いている。マグナム級の衝撃だった。

「怖かったんです。怖かったんです」

私があっけにとられ、絶句している間、後輩はそれしか言わなかった。

36: 2012/11/04(日) 22:06:26.44
気がつくと、私は後輩の手を取っていた。

その小さな柔い掌は、手汗に塗れていた。どぎまぎしていただけの私とは比べるまでもないほどの

不健康なまでの汗だ。朝の空気に蒸散する。

「怖かったよね」

私にはそのほかに、かける言葉が思いつかなかった。

38: 2012/11/04(日) 22:10:23.91
後輩を私の手を強く握り返すと、無言のまま体を寄せてきた。

丁度、私の薄い胸に顔をうずめるように。

完全に不意打ちだった。虚を突かれるというのはこのことで

私はそれを躱す間も、つもりもなく

抱きとめた。

41: 2012/11/04(日) 22:15:33.58
「…私、ホントは、学校でも一人ぼっちなんです」

私の胸でぐすぐすと泣き始めた。

私は仕方なしに、頭を撫でた。

というか、それしかできることがなかった。

「部活の掛け持ちだって、ただ便利な助っ人っていうだけで、チームメイトだって思ってくれてないんです

だから、今日も、ただ遠くから見てるだけで、誰も、誰も助けてくれないんだろうなって」

完璧超人なんていない。私まで泣きそうだった。

43: 2012/11/04(日) 22:18:52.09
この子は、なんでもかんでも持ってると思ってた。

容姿も、頭も、運動神経やら、センスまでも。

でも、こんなによわっちいんだなあと思うと

ついつい抱きしめる力が強くなる。

私が雲の上だと思ってた存在は、こんなにも脆かったのだ。

46: 2012/11/04(日) 22:22:58.63
「明日から、一緒に学校いこっか」

口を吐いた言葉は、自分でも耳を疑った。でも、至極自然だったのだ。

友達がいないのなら、友達になる。

誰も助けないなら、私が助ける。

ただそれだけのことだ。

当たり前のことは、やはり息を吐くように

口にしてしまうものなのだ。


47: 2012/11/04(日) 22:27:42.39
「え?」

後輩は驚いた顔で、私を見上げた。

なんだか愛おしかった。

「君があんな目に遭うのは、見過ごせない。これも何かの縁だ」

ちょっとすかして見せた。格好つけて言ってみた。

「あ、ありがとうございます!!」

「うわ、ちょっと」

おもいきり抱きつかれて転びそうになった。

49: 2012/11/04(日) 22:31:58.92
あれから二か月。

思えばお互い、待ち合わせに遅刻することは一度もなく

毎日欠かさず、二人で登校していた。

最近は急に寒くなってきて、今日はじめて

後輩はマフラーを巻いてきた。

私の姿を見るなり、寄り添ってくる。

そして、うーん。これは二人羽織といっていいのだろうか。

一本のマフラーを、二人で共有している。

缶コーヒーの回し飲みは、いまだにちょっと恥ずかしい。

50: 2012/11/04(日) 22:35:21.78
ていうか、違うだろ。これ。

と私はたびたび、考えるのだ。

私は後輩を助けたし、一緒にいてあげようとはおもったけれど

これじゃあまるで、恋人同士じゃあないか。

なんだかんだ、手を突っ込む先は互いのポケットだし

53: 2012/11/04(日) 22:39:41.33
やっぱり、愛らしい、愛おしいとも感じているのだ。

早朝のプラットフォーム
「隣に後輩がいない」なんてこと、考えたくないなあ。

それ程まで、なくてはならない、かけがえのない存在にまで昇華している。

いや、成り下がってるといってもいい。

もとは、私なんかとは無関係の存在だったのだから。

56: 2012/11/04(日) 22:43:47.57
まるで空から降ってきた美少女だ。

現実味が全然ない。

そんな子からヒーロー呼ばわりされて

真に受けてちょっと喜んでる。

こんな毎日がずっと続けばいいなあと思ったし

後輩を誰にも渡したくないなあと思い始めていた。

だからこうして、電車も待って、白い息を吐きながら

いつ告白しようかな、などとあれこれ考えているのだ。

59: 2012/11/04(日) 22:48:22.74
私たちが、もし付き合ったら

周りの奴らはなんていうだろうか

笑うだろうか、驚くだろうか。

後輩には、照れ隠しで「恥ずかしいから、べたつくのは止そう」といった。

それは半分本当で、半分は嘘だ。

確かに噂されるのは恥ずかしいけれども、反面

もし付き合ったら、どう噂されるか。という妄想は

止まらなかった。

60: 2012/11/04(日) 22:51:57.19
私たちの目の前を、同じ制服を着た女学生が通った。

こっちを一瞥すると、笑えることにもう一瞥。つまり二度見というやつだ。

よほど衝撃的らしい。

容姿端麗文武両道の才女

かたや只の干物女

そんな二人がいちゃいちゃしているのだ。

無理もない。

私はにやける口元をどうにか自制した。

62: 2012/11/04(日) 22:55:34.67
確かに、女の子を好きになることには、違和感があった。

女子校ではわりとよくあることらしいが

その実態はもっと、遠い場所にあるものだと思っていた。

でも今は当事者だ。

別に、最初から女の子が好きだったわけじゃない。

抱きしめたいと思った人が、たまたま女の子だったのだ。

66: 2012/11/04(日) 22:59:41.91
私は、みんなの知らない、後輩のとある一面を知っている。
だから後輩は、私の物である。

もし私が冷静だったならば、鼻で笑ってしまうのだろうか。

いや、でも今そうではいられない。

すっかり恋の病に、あてられてしまったのだ。

後輩の髪の匂いが、吹き始めた冬の風にのって香る。


68: 2012/11/04(日) 23:05:08.13
「…先輩」

向かいのフォームの人混みを眺めているのだろうか。後輩はこちらを見ないままに呟いた。
私に声をかけるとも、独り言ともつかない、うわ言の様な声。

「好きです」

後輩は、口をマフラーにうずめたまま言った。
喧噪に掻き消えそうな声は、それでいて鮮明で明瞭だった。


72: 2012/11/04(日) 23:12:06.01
「先輩も、私の事好きですよね」

いよいよ、後輩の声以外にはなにも聞こえなくなっていた。
人間の聴覚というのは、ずいぶんと都合がよく、いい加減な代物なんだなあと思い知った。

「私にも、告白くらいさせてよね」

私はちょっとだけ悪態をついた。

「私から、告白したかったんです」

「そりゃこっちも同じだよ?」

「だって、いつまで待っても告白してくれないから」

「…ははは」

電車が来た。私たちは二人一緒に乗り込んだ。

73: 2012/11/04(日) 23:12:59.67
おしまい

74: 2012/11/04(日) 23:13:34.32
人肌恋しくなった

75: 2012/11/04(日) 23:14:54.48
おつ

引用元: 先輩「これ間接キスだろ」後輩「女の子同士なら問題ありません」