2: 2013/01/16(水) 05:29:19.06
雷鳴とどろく古城、赤いカーペット、レンガ造りの王の間。

玉座に堂々と佇む色黒の男。
壮健な雰囲気を全身から醸し出している。

3: 2013/01/16(水) 05:30:01.71
何故か半裸にマント、青いジーンズという訳の分からない格好をし、
特に角などはないが、頬杖をついて玉座に座り
不敵に笑うその姿は、なるほど確かに彼こそが魔王だと見る者に納得させるにたる
カリスマを秘めていた。

4: 2013/01/16(水) 05:33:32.34
対して勇者。魔王が男だった場合、最近は女性が勇者をやったりするが
確かに女性と言われても違和感のない、整った顔をしていた。
それに似合わぬ無骨な鎧を着て、その背丈を優に超えるような大剣を両手に持っていた。
何とも理想の勇者像といったところだろうか。

「さぁ、勇者よ……。いまこそ長年にわたる人類と魔族同士の決着をつけようか……」
半裸ジーンズの魔王は不敵に微笑みながら力を溜める。
しかし恰好はともかく、その声は威厳に満ちており、確かに百万を超える魔物を総べる存在であることは
理解できた。

5: 2013/01/16(水) 05:37:14.75
そんな魔王の言葉に勇者も不敵に微笑み、こう答える。
「魔王よ……一つ問いたい」
男性とも女性とも取れるような、そんな中世的な声でそう紡ぐ。
彼――いや彼女だろうか、しかし本当のことは誰にもわからないので
勇者と呼んでおこう。

勇者はその腰まである黒髪を靡かせながら、その赤い唇でこう紡ぐ

「この世界は救う価値があるのか……?」

6: 2013/01/16(水) 05:45:59.72

「いやお前勇者ちゃうんかい。勇者がそんなこと言ってどうすんねん」

魔王はおもわず突っ込んだ。突っ込んでしまった。
だがしかしそれも仕方のない事であった。

別に魔王の率いる魔王軍は――世界を滅ぼすとかそう言う目的で
侵略しているわけではない。

寧ろ魔石エネルギーで環境を汚染し、
ただの動物達ですら魔物に変貌させてしまうような人間勢こそ
世界を滅ぼしかねない要因ではあった。

しかしそんなこと人間達を救うために選ばれた、百人に一人と言われている
魔翌力を体内に有した人間――勇者には関係のない話だ。

そもそも勇者にとって世界とは人間達をも含む全体の世界のはずなのだから
つまり世界を救う価値がないという事は、お前じゃあ何しに来たんだよという
本末転倒な回答をうみだしてしまう。

つい、魔界の方言が出てしまうの仕方のない事であった。

7: 2013/01/16(水) 05:53:33.17

「答えてくれ魔王……私には本当に世界を救う価値があるのか、もうわからないんだ……」

「いや、そんなん言われましてもね? ワイ魔王ですし」

なるほど、アレか。主人公特有の自分の戦う価値が分からない……
とかぼやきだす症候群か、と魔王は思った。

本来そう言うものは仲間内で解決――しかも中盤あたりのうちに
するべきもので、こんな最終決戦なんかに持ち込まれても正直
仲が良くて、週末とかしょっちゅう全員で遊びに行ってた四天王とか、
小さいころから仕えていた魔族メイドとか、聖剣と称した魔族頃しの兵器で
バッタバッタと切り捨てられた果てに迎えられた最終決戦に持ち込まれてもすごく困るのである。

主にモチベーション的な問題で。

互いに復讐心とか覚悟とか背負っているものとか燻ぶらせつつ
全力でどちらかが果てるまで戦いあってこその最終決戦だろう。
例えるならば全財産がかかったポーカーで、相手が手札を晒しながら戦っているような感覚だ。
ふざけるなと言いたくなるのも無理はないだろう。

8: 2013/01/16(水) 06:00:56.12

「そんなもんお前、仲間とかと相談してからこいや。何で最終決戦になって言うん? たるんでるんとちゃうんけ」

「仲間……仲間か……フッ」

勇者が虚ろ気に微笑む。
表情には影がかかり、後ろ暗い雰囲気だ。
もしや道中で四天王やらメイドやらに冥土に送られたのだろうか。
だとしたら、それだけでも戦う理由があるじゃないか。
敵討ちと言う立派な理由だ。

「クックック――、どうした勇者。道中で果てた仲間が恋しいのか?」

方言を隠し、魔王然とした態度で煽る。
煽りスキルと言うのは悪役の中でも非常に重要なものだと思う。
別に魔王は自分が悪役だと思ったことはないが、威厳が出るので重宝している。
何より楽しい。

「道中――? 道中でか、ああ」
剣をカーペットに突き刺しながら、勇者が呟く。
そのカーペットは高いのだから止めてほしい、と内心魔王は思ったが口にはしないことにした。

9: 2013/01/16(水) 06:12:53.46

「酒場で知り合った戦士は、旅が始まって最初の晩、
 いきなり私の皮の服をむしり取り、襲い掛かってきた」

「勇者相手に!?」

確かに酒場で屯しているような戦士だ。
表面だけ優しくしておいて、二人きりになったら本性を見せるなんてことをしでかしても、
決しておかしくはないだろう。
相手が世界を救うはずの勇者であることを除けば。

「私はとっさに、覚えてたての炎呪文を奴に放ち、始まりの城まで逃げ出したよ」

勇者は自分の掌から、具象化した炎をめらめらと揺らしながら、そう呟く。
苦い記憶のようでその眼にはハイライトがなくなっているが、
手を振り払い、炎を消すと再び凛とした気の強い瞳に戻った。

「まぁおかげで事なきを得たがね。
 その後数週間、私の旅には城の兵士が追従することになった」

「お、おう……」

確かに人類を救う可能性を持つ唯一の人間を
古びた剣一つとちょっとした手間賃で投げ出す人間界の王と
やらの手腕はどういう事かと思ったが、城の兵士を追従させるというのも
それはそれでどうかと思う。

それなら城の兵士で立ち向かえと。

「まぁ、彼らは最初の洞窟で強い魔物と遭遇した瞬間
 私を置いて一目散に逃げ出したがね」

「全然、駄目やないか城の兵士」

10: 2013/01/16(水) 06:23:32.21
「まぁ、そのころには私は自分の特性――
 頃した魔物の力を吸収するというこの生まれついての特性で
 格段に強くなっていたから、一人でもなんとかなったのだがね」

いわゆる一つの経験値というやつだろうか。
さすが直々に王様に謁見を許され、勇者として任命されるだけはある。

「しかしまぁ最初の戦士だけやろ?
 勇者として名がはせてきたら勝手についてくる奴とか出てくるんとちゃうんかい」

相変わらず頬杖をついて玉座に座っているが
すっかり覇気を抜かれてしまい、足を組んで座る魔王。
油断させることが勇者の目的ならば、自分の様子を見て
姿勢を崩すのではと、思いの行動ではあるが――話が本腰に入るにつれ
姿勢だけではなくなってきたのだ。

「そうだな――まぁしばらく一人で行動していたが
 やがて一人の魔術師が私に近づいてきた」

「ほぅ」

「初めはかいがいしく世話を焼いてくれたが、
 やがて閨を共にしろなどと言いだしてきた」

「ほ、ほう……」

「さすがに拒絶したのだが、そうすると今度は
 場所を選ばず頻繁にくっついてくるようになった。
 少し離れてほしいというと、金切声をあげ私に罵声を浴びせるようになった」

「お、おう……」

12: 2013/01/16(水) 06:35:27.61

「やがて食事にも謎の混入物が増え、殺気を感じるようになった。
 パーティーを解散しようというと、隠し持っていたらしい短剣を取り出し
 私に向かって突きつけてきた。猛毒の短剣だったよ……」

「こわっ!? 人間こわ!?」

「幸いにしてその時には私は回復呪文も
 解毒呪文も覚えていたから事なきを得たが――
 今度はその魔術師、自分自身の首に向かって短剣を突き立てた」

「やめてくれません!? その奥様が好きそうな話!」

「まぁ、催眠呪文を使って彼女から私の記憶を消去し、
 関係をなかったことにして、事なきを得たがね……」

再び虚ろな目で鴉の濡れ場のような前髪をかきあげる勇者。
その相貌や容姿は中性的であり、確かに男受けも女受けもしそうなものだ。
本来はどちらの性別なのか――魔王はちょっと気になったが後で聞くことした。

「さ、さすがにそれだけやないやろ……? 他にまだ仲間おったやろ?」

「ああ、僧侶が居たよ」

他の二人から考えるにすごく嫌な予感がする。
そもそも勇者以外この場にいないということは、つまりそういうことなのだろう。
だが、しかし満足のいく最終決戦を行うためには勇者を激昂させざるをえない。
そのためには勇者の話を聞いて、激昂する”ツボ”を探さなければならないので
魔王は仕方なく話の先を話すよう、顎で促した。

13: 2013/01/16(水) 06:41:27.24

「僧侶――彼女は本当にいい人だった。
 時に私を勇気づけ、時に私を慰め、時に私を慈しんでくれた。
 私にとっては彼女こそが女神だと思えたね」

天井を仰ぎみて、唯一のいい思い出だと言わんばかりに懐かしむ勇者。
もしかしてその僧侶は四天王やらメイドやらにやられたのたのだろうか。
これはひょっとすると勇者を激昂させるに足る話かもしれない。

「クックック――、それでその僧侶とやらは何処にいるのだ?
 いったいどこに消えた? またお前を裏切ったのか?」

スクッと背筋を伸ばしつつ、かつ余裕の態度を崩さない
魔王然とした絶妙なポーズで椅子に座り直し、煽る魔王。

「僧侶……、あの娘はな」

14: 2013/01/16(水) 06:53:17.05

「魔王、お前の幼馴染だったんだよ」

「…………ハ?」

「お前に長年仕えるメイドだったそうだ。
 彼女はお前に対して恋心を抱いていた――
 私と行動を共にしていたのも私を監視し、お前に報告するためだ」

確かに幼馴染のメイドを刺客に送ったことはある。
冥土は魔王に匹敵するほどの力を持ち、魔王軍をなぎ倒す勇者を
自分に代わり倒してくれると信じての刺客だったのだが――
帰ってこないという事は、てっきり勇者にやられたのだとばかり思っていた。

「私を支えてくれたのは怪しまれないためだとさ……
 ふふふ、心底世界が嫌になったよ。魔族の演技の方が
 人間の何倍も慈悲深いとはね――」

「そ、それでうちのメイド――僧侶はどうなったんや!」

「彼女は魔王城付近で四天王と私が戦う際、
 正体を現し襲い掛かってきたよ……命まではとっていないがね
 だが魔王、お前をここで殺せば彼女は確実に私を憎み、追い続けるだろう
 その命果てるまでね」

「……そうか」

「つまり私がお前を倒し世界を救っても、
 待っているのは歓声なんかじゃない。
 支えてくれたものの憎しみの刃だけだ」

部屋が静まり返る。
あまりにも重たい真実。あまりにも冷たい世界。
勇者に未来はあるのだろうか。
魔王には一切関係のない話のはずなのに、
なぜか魔王自身も沈黙していた。幼馴染が無事とわかって
ますます気が削がれたのかもしれない。

15: 2013/01/16(水) 06:55:51.00

「なぁ、魔王――」

「なんや勇者」

二言の後、再び部屋に静寂が通る。
恐らくこの後の言葉が二人の命運を決定的に分けることになるだろう。
そう察しての沈黙だった。



「この世界に救う価値はあるのか……?」

「知らんがな」

17: 2013/01/16(水) 07:21:10.27

「と言うか何やねん。何でそんな状況やのにここまで来るわけ?」

「僧侶が居なければ私は途中で挫折していただろう
 つまり魔王、私がここにいるのは奇しくもお前のおかげだったという訳だ」

既に魔王には、戦闘をしようなんて気持ちはほとんどなくなっていた。
目の前にいるのは、ただの哀れな運命に翻弄された一人の人間だった。

そんな哀れな奴と戦うほど、魔王は安くないのである。

「で? お前どうする気なん? 戦うん戦わへんの?」

「……質問に答えろ魔王」

「言うたやん、しらんがなって」

「お前は魔王――世界を滅ぼし支配する存在のはずだ
 ならば答えを当然、持ち合わせているはず」

「なんですかその押しつけ」

ダンッ、と王座に足をかけ立ちあがる魔王。
勇者はその態度と音に驚いたのか、
「ビクッ」とその身長160cm程度の背丈を震えさせる。

「ええか、別に魔王言うんは滅ぼすためにいるんとちゃうで?」

18: 2013/01/16(水) 07:35:42.18

「ワイらのやることは侵略や侵略。人間界でもようやっとるやろ
 早い話が領地の拡大、弱者を従えて繁栄する、生物の営みや
 別に何があったから言うて、世界を滅ぼそうなんてことは全くおもっとらへんわけや」

「う、うん……」

魔王のその態度にすっかり怖気付いたのか
正座をして話を聞く勇者。そのさまは飼い主に怒られた犬を連想させる。

「世界を滅ぼす言うたら、寧ろお前ら人間様やで?
 ワイら魔族は自分の体内で魔力を生み出し、魔術を使うことができる。
 しかしお前らはできひん。せやから何に頼っとる」

「ま、魔石……?」

「そうや。その魔石をわざわざ鉱山から掘り起し、加工しとる
 しかしや、魔石には大量のマナが含んどる。それが大気中にまき散らされることで
 生物の魔物化、異常災害、悪人の増加、気温の上昇など様々なことが起きとるんやで?」

「わ、私に言われても……」

勇者の装備には、全くと言って良いほど魔石が付かわれていない。
魔族と同様、体内から魔力を生み出せる勇者にとって、魔石など暴発するだけの
邪魔にしかならないからだ。

「まぁ、それが悪いとはいうとらへんで? 魔族の中には
 それで人間を忌み嫌っとるやつもいるけど、今のご時世
 魔術を使わな生きていけへんからな。必要悪という奴や」

「じゃ、じゃあなんで人間をおそ……」

「だから言うたやろ、侵略や。魔界も人数過多でな
 新しい土地が無かったら食糧難になるんや」

フゥ、と魔王は一息つき

「つまりワイのやってることは滅ぶためやない
 生きるためにやってることや」

19: 2013/01/16(水) 07:45:37.85

「お前の魔王の定義で言うたらよっぽど
 今のお前の方が、魔王らしいで」

腕を組み、正座をしている勇者を見据える魔王。
対して頬を掻きながら、目をそらす勇者。

やがてポン、と何かを思いついたように拳を作り手を叩く勇者。

「……ん。そうかなるほど分かったぞ魔王」

「何や」

「私が魔王になればいいんだ!」

目を輝かせてまっすぐに魔王を見据える勇者。
魔王は冷や汗をかきながら目をそらさずにはいられなかった。

「いや、ホラ。もうワイが魔王ですし?
 その座はもう埋まってますやん?」

「お前を頃して私が魔王になる!
 これなら僧侶も傷つかないはずだ! 魔王もいなくならないからな!」

この勇者、錯乱してやがる。
深刻にそう思った魔王であった。

「落ち着け、うちのメイドが好きなんはワイや
 決して魔王の座でもなければ、お前でもないで」

「そんなことは……やってみなければわからない……!」

ジリジリ、と大剣を構え近づいてくる勇者。
魔王は玉座の後ろに隠れて、回避姿勢を取る。

「くらえ! カリバーンの斬撃を!!」

20: 2013/01/16(水) 07:56:47.07

文字通り横一文字に真っ二つになる玉座。
魔王は、しゃがむことによって事なきを得たが――

「甘いぞ魔王!!」

すかさず勇者による聖剣の一撃が魔王の脳天めがけて振り下ろされる。
魔力で防ごうにも、勇者の聖剣はありとあらゆる魔力、魔術を切り裂く
剣や鎧ならば防ぎようはあるのかもしれないが、生憎と魔王は

半裸にマント、それにジーンズと言う訳の分からない格好である。

――しかし魔王はそれを防いだ。
偶然にではない。魔王として鍛え上げられたその肉体と動体視力を用いて
自分に剣先が当たる寸前で真剣白羽どりを行ったのだ。

「往生際が悪いぞ魔王……っ!」

構わず大剣に力を加える勇者。
さすがに四天王を一人で屠った歴戦の猛者だけあって
その筋力はかなりのものである。

ふるふると剣を抑えながら少しずつ近寄ってくる大剣に
冷や汗をかきながら魔王は自分の氏を悟る。

だが、こんなところであきらめるようでは魔王は務まらない。

「ま、待て勇者! わ、分かった……!」

「何が分かったのだ魔王?」
ハイライトのない目で剣に力を加えるのを止めない勇者。
あと一歩と言う所で魔王は命からがらの一言を口にする。

「お、お前に魔王の座を譲ろう!!」

21: 2013/01/16(水) 08:22:57.91


「という訳で今日から魔王をやることになった元勇者や」

「頼むぞ、皆の衆」

魔王城の会議室。
祭り事がある際に宴会にも使ったりする場所だ。
床が畳であったりするこの会議室には
浴衣姿の幹部級の魔物や魔族たちが集まってきている。

「納得がいきませんよ、魔王様
 何で元勇者が魔王なんてやるんですが」

腕が四本の、青い肌をした
鬼のような形相の魔物が浴衣を着て、魔王に講義をする。
”四本腕のサイクロプス”と呼ばれている男だ。

四天王に所属しており、実力は中堅程度。
その見た目に似合わぬ事務的な口調から
四天王の事務処理担当とも呼ばれている。

チャームポイントは眼帯。
サイクロプスとも言われている由縁だ。

「否――我らは古きっての実力主義だったはずだ
 そやつが天下なのは通りであろう、サイクロプス」

サイクロプスの言葉に反論するのは
その反対側に座っている、いかつい東洋の鎧武者だった。
ただし鎧なのは首から上だけで、首から下はやはり浴衣姿なのだが。

この鎧武者は”電光石火の亡霊”と呼ばれている。

サイクロプスと同じく四天王所属で
実力はその古風な物言いに反して――最弱。
しかし首から下と言わず、体全体を見れば納得のいく実力でもある。

どう考えても子供にしか思えない体格だからだ。

23: 2013/01/16(水) 08:30:45.77

「最弱の鎧武者は黙っていなさい。電光石火でくたばったくせに」

「否――、くたばったふりをして機会をうかがっていただけだ」

にらみ合う二人の四天王。
彼らの実力を知っているものなら、寒気のするような展開だが
生憎と、今会議室にいるのはそれ以上の化け物たちばかりだった。


「なんでうちってばかばっかりなんだろうね
  いいとおもうよ? ゆうしゃさまかわいいしねー」

やけに聞き取りづらい、のんびりとした話し方で
二人を制するのは三角帽をかぶった、魔術師らしき少女。
その紙は淡いピンク色で、服装はギリギリのビキニ。
星とかかぼちゃなどのストラップや、
小悪魔的な尻尾などがバラバラとくっついている。

この少女は”皆のアイドル☆黒魔女さん”と
周りの四天王に呼ばせている。

そのポップで可愛らしい外見とは裏腹に
気が遠くなるほどの年月を生き、この世に知らぬものなど無いと
豪語する四天王最強の魔女なのである。

24: 2013/01/16(水) 08:49:56.74

「――――――――――――」

「黒騎士は黙っててください」

「否――、脳内に直接話しかけるのは止めろ」

「きゃはは! やっぱおもしろいよねくろちん」

何も話していないのは、四天王最後の一人。
”無言の黒騎士”と呼ばれる人物だ。
黒騎士と言ってもキチンとした黒い騎士が居るという訳ではない。

魔女の横っちょに黒塗の両手剣が
畳に突き刺さっているのだが――それが黒騎士だ。
自分一人では何もできないが、ひとたび誰かが持てば、
使い手を瞬く間に支配し、瞬殺の剣技を披露する。
その実力は使い手のスペックが高ければ、勇者にも匹敵し得うるほどだ。

しかし一人では何もできないと言う決定的な弱点があるため、
絡め手を得意とする魔女との相性上、四天王のナンバー2に収まっているのが現状である。

なお、他人の脳内に直接話しかけることができ、
けっこう気さく――というか、馬鹿話ばかりするので
性格的には四天王でも1,2を争うほど駄目な奴でもある。


その後方で――非常に気まずそうに佇んでいる
シスターの服装とメイド服をごちゃまぜにしたような服装をしている
紫髪の少女こそ魔王の幼馴染にして
勇者の最後のパーティー、僧侶メイドである。

萌え要素をごちゃまぜにしたようなその外見。
人形のような薄幸感を感じさせる整った容姿。
着やせしているため、決して自己主張していないものの
注視すれば確かにそこにある胸の脂肪分。

「コホンっ、み、皆さん。しずかにしましょう。ね? ね?」

26: 2013/01/16(水) 09:04:05.93

「――――――――――」

「く、黒騎士さん!! おちょくらないでください!」

「きゃはははは! たしかに! たしかに!」

「……何で私以外の四天王は馬鹿ばかりなのか」

「否――、四天王とは本来そう言うものだ
 魔物の群れを統率するのなら、正気ではいられん」


騒ぎ出す会議室。まとまらない会話。
何処の世界でも会議なんてそんなものなのかもしれないが。
こめかみを抑える魔王の裾をチョイチョイ、と勇者が引っ張る。

「なぁなぁ、魔王。こいつらはいつもこんななのか」

「そうや……こんなモンや。
 お前にこいつらを総べる自身があるんか?」

「ないな」

自信満々にそう答える勇者。
腕を組んでおり、魔王以上に様になっている。

「ほな、どうする気や」

「秘書を雇う」

「こんな混沌を制御できる奴なんておるかい」

「いるじゃないか、目の前にキチンとした実績がある奴が一人」

「やめてくれませんかねぇ……」

ケタケタと甲高く笑う勇者を見て、更にこめかみが痛くなる魔王。
しかしふと笑い声を止め、一つの疑問を勇者は魔王に投げかけた

「なんでこいつら全員浴衣なんだ……?」

「うちでくつろぐときは大体こうや」

27: 2013/01/16(水) 09:19:22.97

その夜。満月が空に昇る晩――。
来客用の雷や悪天候はすっかり身をひそめた魔王城の本来の空。
吹き抜けになっている魔王城の廊下で新たな火花が今爆発しようとしていた。

浴衣姿のすっかりくつろぎスタイルとなっている魔王。
何かしらのプライドがあるのか、シスター服とメイド服が
合体事故を起こしたような服装のままの、僧侶メイド。

因縁の二人が今邂逅したのであった。

「ま、魔王様おひさしぶりですっ……!」

「……え、あーうん」

一瞬の葛藤の末、元魔王はとりあえず
仕事用の仮面を心に被ることにした。

「任務、ご苦労だった。これからも余の補佐として仕える事光栄に思え――」

「いやあなた、もう魔王じゃないですか」

一瞬の沈黙。
月を眺めて悩ましさを演出する元魔王。

「じゃあワイのことはなんて言えばええねん!」

「も、元魔王……?」

たとえ負けることになっても全力で
勇者と相対すればよかったと今頃になって後悔する元魔王であった。
そして勇者との会話を思い出し、元魔王の顔は真っ赤になった。

廊下にしゃがみこみ、一言。

「つ、月が綺麗ですやん……?」

28: 2013/01/16(水) 09:34:58.67

その一言に僧侶メイドはくすり、と笑いこう返す。

「あら、ダメですよ。勇者様をお選びしたのに浮気なんかしちゃあ」

元魔王は顔をあげ、怪訝な顔で僧侶メイドの笑顔を眺める。

「な、何のことや……?」

「え、だ、だって……あなたは勇者様のことを
 お慕いして魔王の座をお譲りになったのでしょう……?
 それならばただのメイドなんかに……浮気なんて……」

そこまで言いきって突如として走り出す僧侶メイド。
その笑顔はこらえきれない涙を抑えるかのようだった。

走り去っていった幼馴染を追う事も出来ず
ただ唖然として立ち尽くす元魔王。後ろの月は
さながら彼の混乱を現すかの影を伸ばしていた。



「何だ今、僧侶の奴が走り去っていったが」

呆然と立ち尽くす元魔王の意識を現世に戻したのは
後ろから聞こえてきた中性的な声。
ハッっとした振り向いたその先には浴衣姿の勇者がいた。


その姿を見た瞬間、魔王の中の疑問が瞬く間に解消されていった。
後ろにまとめられた長い黒髪。城にある温泉で火照った頬。
鎧で無く、浴衣に着替えたことであらわになったボディライン

29: 2013/01/16(水) 09:49:40.11

ググっと勢いよく背伸びをしたことによって、ますます”それ”は露わになった。
控えめにだが主張する胸、白い肌、しなやかな肢体。

到底大剣を振り回せるような体躯には思えなかったが。
そこは勇者という生き物。不思議でもなんでもない。

きっと筋肉の質が常人と比べて何千倍とかそんな感じなのだろう。

「……ふむ、聞きそびれとったが、お前女やったんやな」

「男だと思ってたのか?」

「いや、どっちか分からんかっただけや」

「ふむ、まぁ良いだろう。しかし今のは何だ?
 僧侶にフラれでもしたのか?」

「誰のせいやとおもとんねん」

腰に手を当て、元魔王の隣に立ち月を眺める勇者。
元魔王はハァーとため息をつきながら、そこにうずくまる。

「しかしだな、魔王」

「なんですか勇者はん」

「ああ言っておいてなんだが、世界を滅ぼすのは
 しばらく考えてからにするよ。魔王の座は還さんけどな」

「そりゃあ一体どのような心変わりで」

「人間の一時の感情で世界を滅ぼすか
 どうか決めるのはさすがに早計だろうと考え直してな――なんせ」


「こんなにも月が綺麗だからな」



30: 2013/01/16(水) 09:50:52.20
はい、最初にエタるとか言ってすいませんでした。

34: 2013/01/16(水) 11:45:20.33

誤解が解けて、魔王とメイドさんが幸せになれればそれで良いと思うよ

引用元: 勇者「この世界を救う価値があるのか……?」