944: 2005/11/30(水) 18:19:32 ID:???

「もうホント、訳分かんないわよー…明らかに無意味だわ…
なんで基本的なキャラクターが50もある上に、ジョ、ジョウ…なんだっけ」
「常用漢字?」
「ああそうそれ…それだけで3000とかあるんでしょ?
あんなのどれ見たって大差ないじゃない…西欧諸語のがよっぽど機能的よ」
アタシはトリプルアイスの2段目、新フレーバーのセガレノバニラ
(期間限定お試し価格・100円/1スクープ)を最大戦速で殲滅しながら呟いた。
「ふふふ、アスカも漢字だけはダメだものねぇ。書き取り、そんなに大変?」
「大変の大変じゃないのって。最近じゃ漢字練習帳が夢にまで出るわよ」
「あはは! なーに、それー」
「もー、笑いごとじゃないんだってばー」
ヒカリがカップからクッキー&クリームのアイスを掬いながらくすくす笑う。
それにしてもヒカリってば、そんな量で物足りなくならないのかしらね?

笑われっぱなしも癪なので、アタシも攻勢に出てみることにする。
「ところでヒカリぃ、最近どうなの」
「? どう、って?」
スプーンをくわえたままで、きょとんとした顔のヒカリが言う。
「分かってるんでしょーに。 ほら、例の愛しの君のことよ」

945: 2005/11/30(水) 18:20:28 ID:???

ぼん、と音すら立てそうな勢いでヒカリの顔が真っ赤に染まり、
あまりにわかりやすすぎる彼女のリアクションをアタシはしばし楽しむ。

「な、ななっ…何言ってるのアスカ! まだなんにもないわよ鈴原とは」
「『まだ』ってことはいずれ何かあるんだー、ふーん」
「ちょっ、そんなこと言ってないじゃない!」
「ついでに…アタシは『愛しの君』とは言ったけど、誰とは言ってないわ」
「あっ…」

顔を真っ赤にしたまま、アイスを口に運ぶことも忘れたように
ヒカリはうつむいてじっとしてしまう。
アタシには女の子を好きになる趣味なんてないけど(当然でしょ!)、
こういうところを見てるとヒカリは本当にカワイイなと思うし、
そんなコに誠心誠意想われて鈴原のバカはまったく幸せものだと思う。
まぁ…、親友のヒカリだから口には出さないけど、敢えて言わせて貰えば
どうしてあのバカジャージなのか、ってことだけがアタシの理解の範疇を超えている。

うーん、やっぱりアタシには同年代の男なんかじゃ到底釣り合わないのよね。
余裕があっていざというときには頼りになる、もちろん背も高くてスマートな
甘いマスクの…そう、ね、たとえば加持さんみたいな? あんな大人の男性が
アタシには相応しいってもんよ。間違っても野蛮で下品な鈴原みたいなのとか
ヒョロヒョロしてて優柔不断などっかのエヴァパイロットとかじゃなくてね。

946: 2005/11/30(水) 18:21:06 ID:???

でも、たとえばこんな風に照れながらも満更じゃなさそうなヒカリを見てると
こういういわゆる「恋」みたいなのも楽しそうでいいな、と思ったりもする。
…ま、アタシにはそんなお子様チックなもの、必要ないんだけどね?

「あ、アスカ、前も言ったけど…」
「分かってるって。誰にも喋ったりしないわよ」
「ホントだよ、ホントにお願い! もし鈴原にバレたりしたらあたし…」
「だーいじょうぶ。あのバカはまーったく気づいちゃいないわ、保証する」
「…それもなんだか寂しいな」
「はいはい、まったくおあついことですねえ」
「だ、だから違うって言ってるじゃない!」
大丈夫よ、ヒカリ。あンのバカはあなたの気持ちに気づいちゃいないわ。
…もっとも、クラスメイトで気づいてないの、
あのジャージのバカとあとはあのオンナくらいのもんだと思うけど。



最近では街を少しずつ木枯らしが渡るようになって、
いよいよ年の終わりって雰囲気がだんだんあたりに満ちてきている。
ヒカリと別れたアタシは傾きかけた西日を受けながら家路を急ぐ。
ビルの曲がり角で吹きつけた風がアタシの髪とマフラーをふわりと揺らした。

ドアチャイムを押しても中からはなんの反応もない。
あれ、アタシが帰宅一番乗りなの? 鍵を探って引っ張り出す。
「ただいま~…って、やっぱりアタシだけ?」
声だけががらんとしたリビングを漂って消える。

947: 2005/11/30(水) 18:21:59 ID:???

靴を脱いだところで鞄を置く間もなく電話が鳴った。
アタシしか居ないってのに、この運のいい相手はどこの誰よ?
「はい、葛城です」
「あ、アスカ? あたし。でね、ごめ~ん、急な話で悪いんだけど
今日、仕事引けたらリツコとマヤちゃんがどーっしてもエビチュ呑みたいって…」
なんて運のいいウワバミかしら。しかも嘘が超絶ヘタクソ。
電話口の向こうで閉口してるリツコとマヤが目に浮かぶわね。
「なんだミサト…あーはいはい、あんたが二人をダシに飲みに行くわけね?
昨日も給料日前だからって泣きそうな顔してたじゃない、大丈夫なワケ?」
「うッ…ま、ま~ま~、そう固いこと言わないの!
お詫びに今度の夕食ん時はあたしがスペシャルなカレーを」
「全ッ力で拒否させてもらうわ」
「ぁによぉ~、人がせっかく言ってるのに失礼しちゃうわねぇ。
ま、つーわけで、今夜の夕食はアスカ、シンちゃんと二人っきりよ☆ 
若い二人にサービスサービス、ってね」
「なぁぁにがサービスよ! シンジと夕食なんて色気も何もあったもんじゃなし。
せいぜい飲み過ぎないように気をつけなさいよ、ミサト。リツコとマヤに迷惑かけるんじゃないわよ」
「はーい、分かっております! んじゃね、シンちゃんにヨロシクぅ」
「はいはい、ごゆっくりどーぞ」
浮かれっぷりがひしひしと受話器越しに伝わってきて、思わずアタシは苦笑した。

948: 2005/11/30(水) 18:22:39 ID:???

受話器を置いたアタシはひとまずテレビを点けてリビングに陣取った。
学校を出た時間にはそう差もなかったし、バカシンジもすぐに帰るだろう。
ミサトがいようがいるまいがご飯を作るのはアイツに変わりないわけだし、

アイツの中身が
優柔不断でウジウジオドオドしていて自信皆無の割にムッツリスケベで
やたらファーストがごひいきでそのくせひとたびエヴァに乗ったら
アタシには及ばないとはいえそれなりの戦績を上げないでもないバカでも

アイツが作るご飯がそれなりに食べられるものであることに間違いはない。
お腹もほどよく空いてきたし、バカシンジがもうすぐ帰ってきたら
とりあえず小腹を満たすおやつでも作らせてやろうっと。



949: 2005/11/30(水) 18:23:33 ID:???



…いくらバカシンジでも遅すぎるにも程があるわよ!
窓の外はもうすっかり暗くなって、ネオンサインが眩しく光っている。
アイツ、いったいどこで油…アブラを、ええと、なんだっけ…そうだ、食ってるのよ! 
こっちはなにも食べずに待ってるってのにぃ!
(それにしても、どうして時間を潰すことが「油を食う」になるワケぇ?
ホント、日本って国の国民性がアタシには理解できないわ)
…あぁダメ、食べるって言葉すら今の空腹全開なアタシには拷問だわ…
それはともかく問題はシンジよ! 
早く帰ってこないとぶちのめしてやるわ!
そして帰ってきたら何はともあれぶちのめしてやる!
のめしてやる、のめしてやる、のめしてやる…!
ああもう、ホント、いったいどこで何やってんのよバカシンジぃ!

そのとき、視界のすみっこで何かが動いたような気がして、
アタシはそちらへ目をやった。薄暗がりで赤い光が明滅している。
…留守番電話のメッセージ?
しかもよく見たら、ミサトの電話より前にかかってきてる…あちゃー。
さっきミサトと話したときは、帰ってきてすぐの電話で急いでたから
これがあったことに気づかなかったのかしら。とりあえず再生、と。

「 …ピーという発信音の後に メッセージをお入れください…
             ピー
…あれ、アスカ、まだ帰ってないの? えーと、あ、僕シンジです。
えっと…その、今日、ちょっと用事が出来て、帰るのがすこし遅くなります。
そこまで遅くはならないと思うから、夕食は僕が帰るまで待っ ピー

        録音メッセージ1件です         」


950: 2005/11/30(水) 18:24:13 ID:???

…アイツ、自宅の留守録にすら満足に吹き込めないっての!?
ほんっとにトロいわね! しかもこの内容じゃ遅くなることは分かっても
なんで遅くなるのかなんてことは全然わかんないじゃない、バカシンジ!
それに「そこまで遅くはならない」とか言っておきながら、
いつもならもうそろそろ夕食にありついてるくらいの時間よ?
乙女を待たせるだなんて信じられない! なに考えてるのよアイツ。
どうせ用事なんて言って、鈴原と相田あたりに誘われてゲーセンにでも行ってるんだわ。
アタシが自宅でお腹ペコペコにしてることは無視ってわけ? いい度胸じゃない!

まぁ、とりあえずアイツが帰ってこないことにはどうしようもないわ。
まずはご飯を作らせて、それを食べたら即座にぶちのめす、ってことにしようかしらね。

それにしても…………


      …………おなかへった。気持ち悪い…



…………うん。このままだとアタシ、間違いなく餓えて氏んじゃうわ。
ちょっとコンビニ辺りまで足を伸ばして肉まんでも買ってこようっと。
ここまで待たせたアイツが悪いんだから、帰ってきたらおごらせなくちゃ☆

951: 2005/11/30(水) 18:25:30 ID:???

どうせコンビニなんだから部屋着に一枚羽織るくらいでかまわないわね。
財布財布、っと… 誰かさんと違って中身にも十分余裕アリ。よし、出発ぅ! 


アタシは勢いよくドアを開け、

「ぅわぁあっ!?」「きゃっ!」「…」どさどさっ!

そこにいたシンジとモロに鉢合わせた!

シンジは学生服姿のままで、なんだかバカみたいにたくさんの荷物を持っていたみたいで
取り落とした袋と中身の一部が廊下に散乱してしまっている。
「あ、アスカ? どうしたのこんな時間に」
ぼけっとした顔の真ん中、その口からあまりといえばあんまりな台詞が飛び出して、
そこまでで既に破裂寸前だったアタシのカンシャクブクロを爆発させた。
「『こんな時間』ですってぇ!? あんたバカァ!? よくそんなことが言えたもんね!
むしろこっちの台詞だわ! こぉんな時間までアンタどこで何してたってのよ! このバカシンジ!」
「え…え、えっと、あの、電話、そうだ電話にさメッセージを」
「メッセージぃ? いい、メッセージってのはね、相手に内容を伝達できてこそ意味があんのよ。
あんな途中でぶち切れる独り言はメッセージって言わないの! 今時留守録も使えないなんてこのバカ」
「ご、ごめん…」
「ごめんで済んだら警察は要らないわよ! それにうわーなによこの荷物の量。アンタ、ほんとに何を…」
そこまで言って、アタシはシンジの後ろに立つ人影に気がついた。

見慣れた青いジャンパースカートに、いつも変わらない黒のハイソックスと白いスニーカー。

漂白でもしたみたいに真っ白い肌、何食べたらそうなるのか想像もつかないような碧い髪、

そしてアタシのドイツ人の友達にだってそんなのの持ち主は一人もいなかった、真っ赤な瞳。

…ファースト。

952: 2005/11/30(水) 18:26:17 ID:???




なんで、よりにもよってコイツが、ここにいるわけ?


それより、コイツとシンジは今までいっしょに、何をしてたわけ?


アタシがお腹空かせてシンジを待ってたのに、

いつ帰ってくるかなって待ってたのに、

シンジはその間じゅうずっと、このオンナと何をしてたわけ?



953: 2005/11/30(水) 18:26:57 ID:???


「…ハッ」
思わず、乾いた笑いが口をついて出た。ばっかみたい。
「あ、アスカ? どうし…」
「どいて。邪魔」
「どうしたんだよアスカ、どこ行くんだよ」
「どこだっていいでしょ。邪魔よ」
「よくないよ、お腹も空いてるだろ」
「うるさい!」
シンジがびくっと身をすくめたのが分かった。
それを見るまでアタシは、自分の声がささくれだっているのにも気がつかなかった。
「いいじゃない、アンタはファーストとしっぽり楽しくやってなさいよ。
アンタが帰ってくるまでご飯を待とうなんて思ってたアタシがバカだったわ。
どっかで適当に食べてくるから夕食は結構よ。邪魔者はとっとといなくなるから
思う存分その能面オンナとお楽しみになったらよろしいんじゃないかしら?
そうそう、今日はミサト帰ってこないらしいわよ。ますます好都合じゃない!」
言い募るうちに胸のうちが痛くなってきて、そう思うことがますますアタシを切なくさせる。
そんなことが言いたいんじゃないのに、アタシは自分をどうにも止められない。
自分もシンジもファーストも、すべてに対してイヤになる。
もういい、こんなところにいたくない。とりあえずここから離れよう―

954: 2005/11/30(水) 18:27:40 ID:???

エレベーターに向かおうとした腕を後ろからつかまれる感触。
離しなさいよバカシンジ! と怒鳴ろうと振り返って、アタシはファーストと目が合った。
「だめ」
「ハァ? 何言ってんのよアンタ。邪魔者が自分から消えてやろうって言ってるのに」
「行っては、だめ」
「うっさいわね! いいから離しなさいよ!」
こ…このオンナ、見かけはほっそりしてる割にやたら力が強いじゃない…!
振りほどこうとしてもなかなかうまくいかない。な、なんだって言うのよ!
「あなたは行けないわ。私が抑えるもの」
「ちょ、離しなさいって言ってるでしょ!」
シンジがアタシとファーストを交互に見比べながらおろおろしているのが目に入り、
それがまた無性に腹立たしくて、廊下で格闘を繰り広げながらアタシは叫んだ。
「だめ。碇くんが呼んでる」
「じゃあさっさと行ったらいいじゃない! アタシは関係ないわよ」
「違うわ」
「何が違うっていうのよ!」
「碇くんが呼んでいるのは、私じゃなくて、あなた」
「え?」
「いえ、…私も呼ばれているけれど、一番に呼ばれているのは、あなた」
「な…なにワケのわからないこと言ってるのよ! もう、離しなさいってば!」
「!」
「あ、綾波っ!」
ほとんど無理やりにファーストの腕をもぎはなし、アタシはエレベーターへと走る。
…そう、それほどそのオンナが心配ってワケ、だったらさっさと消えてやるわよ!
ちょうど運良くエレベーターが上がって来ていた。これにとりあえず乗ってしまえば。
チン、と軽い電子音を立て、外へ逃避するための分厚いドアが―

955: 2005/11/30(水) 18:28:27 ID:???



「あ」「うわっ?」「よぉ」「あら」「ぐぇー」



開いたそこにはミサト、リツコ、マヤ、日向さんに青葉さん、
加持さん、それにヒカリに鈴原相田、とどめになぜかペンペンまで。
いつもの面々がずらりと勢ぞろいしていた。

「あら? アスカってば、どこ行くつもり~?」
事態についていけないアタシにミサトが目ざとく声をかけてくる。
「どこ、って…ど、どこだっていいじゃない! それよりアンタ、今日は呑んでくるって…」
「なに言ってるの? あれ、シンちゃんから何も聞いてないの?」
シンジから? 言い訳聞く耳なんてもってないわよ、おあいにくさま!
「なんの話よ?」

「あ、ミサトさん、おかえりなさい。それにみんな、いらっしゃい」
「…」 がしっ!
しまった! 気を取られているうちに、シンジとファーストに追いつかれる。
「くっ、離しなさいって言ってるでしょ、この…!」
「だめ。私が抑えなくては、あなたが出て行ってしまう。だから、だめ」
じたばたじたばた。コンフォートの広くない廊下をあっちこっちへ動き回る。

956: 2005/11/30(水) 18:29:14 ID:???

エレベーターの狭い箱からはどやどやとみんなが降りてきて、先頭で呆れ顔のミサトが口を開いた。
「シンちゃ~ん、ちょっとアレどうなってるワケ? まだアスカに何も言ってないの?」
「え、ええと、実はそうなんです…説明が遅れちゃって」
「それは仕方がないとしても、あれはどういう理由で発生した諍いかしらね」
リツコが再び格闘を始めたアタシとファーストに目をやりながら言うのが聞こえる。
「その、えっと、僕がアスカを待たせすぎて、それでアスカはお腹が空いて怒っちゃったん」
「そんな理由で怒るとでも思ってるわけこの バ カ シ ン ジ !」
ファーストをどうにか剥がそうともがきながらアタシは思い切り叫んだ。
「ご、ごめん!」
シンジが反射的に首をすくめる。
「ぶざまね」
「ぐえ」

「しかし、ほんならなんでそんなに腹かいて綾波と取っ組みあわないかんのかいな?」
ジャージが例によって薄ぼんやりした顔のまま、腕組みをして呟く。
「そういえば確かにそうね。アスカがあそこまで暴れるなんて」
「おお、トウジにしては珍しく理論的な意見を口にしたね」
「やかましわい」
「それにしても学園きっての美少女二人が繰り広げるキャットファイトとは! 
ああ、そうだぼんやりしてる場合じゃない、カメラカメラ…これは売れるッ!」

957: 2005/11/30(水) 18:29:50 ID:???

ヒカリと相田がまぜっかえし、ジャージは渋い顔になる。なにがキャットファイトよ!
…って、問題はそこじゃない!
そういえばアタシはなんでファーストと取っ組み合いをしてるの?
お腹が空いたのも確かに怒る理由のうちではある。でも、さっきアタシ自身が叫んだように
それだけで取っ組み合いに発展するくらい怒るほどバカじゃない。アタシは。
となるとなにか他の理由があるわけで… えーと…

「ははーん、さてはアスカ…シンジ君とレイちゃんを見てちょいとジェラシーを感じちゃったわけかい?」
精悍な無精髭をなでながら加持さんがニヤリとし、予期せぬ方向からの絶好のビーンボールに戸惑いながら
それでもアタシは顔がみるみる紅潮してゆくのを自覚する。
「な…なんでアタシがこんなヤツ相手にっ!」
「おお! これはセイシュンの醍醐味ってヤツですね、葛城さん」
「え? うん、ああ、まぁそうかもね、日向君」
「ありきたりではあれど、曲のネタにできそうだな」
「こういうのは清潔で良いですね。いけます」
オペレーターの三羽烏が不必要なオペレートを繰り広げる。戦闘中より口が回るのはどういうわけよ、アンタ達!

958: 2005/11/30(水) 18:30:43 ID:???

「え…アスカ、そう…なの?」
見ると、シンジがどういうつもりか顔を赤くしている。 こ、コイツまでなに考えてんのよ!
「ッ、そんなところだけ耳ざとく聞いてるんじゃないわよ!」
「うわっ、と、アス… カ… きつ、 …くる、しいよ …ぼ くを、ころ、さ、ないで…」
「殺っては、だめ。締めては、だめ」
呆然としているヒカリと、この期に及んでカメラを収めない相田が視界の隅をよぎる。
「初号機パイロット…顔が青黒くなってきているわね」
「酸素不足ですね。不摂生です」
「ちょ、アスカ!? 日向君、青葉君、ぼさっと見てないで止めてっ!」
「「ぐぇえー」」
ファーストを引きずりながらのネックハンギングツリーをアタシに決められたシンジと、
飼い主どもが繰り広げる阿鼻叫喚の地獄絵図を目の当たりにしたペンペンの叫びが見事にユニゾンした。



959: 2005/11/30(水) 18:31:15 ID:???



「…で? どういう申し開きがあるってワケ」
さて、それから。
とりあえずなし崩し的にコンフォートの部屋へどうにか来訪者全員を収容した上で、
アタシは自室でシンジとサシで座っていた…
つもりが、なぜかシンジの後ろには影のようにファーストが寄り添っており、アタシの感情をさらに逆撫でする。
「ごめん…説明が遅れちゃって。その、実は…」
「なぁに? 実はファーストと交際してますー、とでも言うつもり?」
みんなが居るであろうリビングの方から押し頃したように「おおっ!」などという
誰かの呟きが漏れ聞こえた気がするが、今はそんなことに構っていられる精神状態じゃない。
「なっ…そんなわけないじゃないか! そ、そんなこと言うの…綾波にも失礼だよ」
「ふーん? その割には満更でもなさそうな顔してるじゃないの」
シンジの背後へむけてあごをしゃくってやる。
「え!?」
ブラフではない本物の驚きを顔に浮かべ、光速で後ろを振り仰ぐシンジ。
ファーストは表情のまったく読めない顔のまま、そこにひっそり佇んでいる。

960: 2005/11/30(水) 18:31:53 ID:???

「冗談よ。言ってみただけ」
「な、なんだ…」
シンジは安堵のような、少しばかりの落胆のような複雑な表情を浮かべて息をつく。
これはきっとファースト相手だからこその反応なんだろうな…という考えが脳裏をよぎり、
それはつまりアタシが相手にされていないことを自分で悲しんでいるのだろうか? という
結論に至りそうになって、アタシは大きくかぶりを振る。 絶対、氏んでも、認めたくない!
「ど、どうしたの、アスカ」
「なんでもないわよっ!」
こんなヤツを相手にアタシが心動かされかけているなんてことは絶対に認めない。
いくら同じチルドレンだって言っても、コイツやファーストとアタシの間には雲泥の差がある。
そりゃ、料理はそこそこうまいし、顔だって二目と見られないブサイクってわけではないし、
ちょっと頼りになるな、と思う瞬間だってないわけではないけど…ああもうアタシは何を言ってるわけ!?
とにかく、コイツとファーストがよろしくやってようがなんだろうがアタシにはなんの関係も…


…ふとアタシは妙なことに気がついた。
ダイニングの方からなんだか妙に賑やかな気配が漂ってきている。
それに、よくよく気をつけてみれば、怒りに追いやられてどこかへ消えていた腹の虫が
うずうずと動き始めるのにうってつけの、香ばしいようなふくよかなような香りも…

961: 2005/11/30(水) 18:32:45 ID:???

「あ」「!」
シンジとファーストもそれに気がついたらしく、めいめいにリビングの方へ注意を向ける。
そういえばシンジがここに居るのに… ダイニングから料理の匂いらしきものが聞こえるってことは…

唐突に電話で聞いたミサトの声がフラッシュバックする。
(「お詫びに今度の夕食ん時はあたしがスペシャルなカレーを」)

(ま、まずい! それはまずい! アレは不味いとかそんな次元じゃない!)
アタシの脳裏にその一瞬で「特務機関内部での集団食中毒事件 外部犯の破壊工作か」と
スポーツ紙の一面をでかでかと飾る、洒落にならない大見出しが踊った。
(被害者の多くは氏亡、もしくは意識不明の重体で―)
(閑静な住宅地の中にある現場マンション付近は一時騒然となり―)
(関係者の証言では、犯人は内部の人間、それも相応の地位にある者との見方も―)
止めなくちゃ! アタシは弾かれたように立ち上がり、リビングへ通じるドアに手をかける。
アタシに遅れてシンジとファーストもそのことに思い至ったと見えて、てんでに声を上げる―

「あ、アスカ! お願いだからちょっと待って! 話を聞いてよ!」
「弐号機パイロット… 碇くんの話を聞いてくれない」

どうしてこの期に及んで及び腰なのよコイツらは! もういいわ、惨劇はアタシが断固止めてやる!

962: 2005/11/30(水) 18:33:25 ID:???

「アスカ! ちょっと待っ―」


ドアを開け放つ。
そこには、ミサトのカレーを食べて声もなくもがくヒカリや鈴原、オペレータのみんな、リツコ―
そして、ああ、耐性がもっともあったであろう加持さんまでもがアタシの足元で倒れ伏していて、
幽鬼のようなか細い声を上げながらよわよわしく震える手をアタシに差し伸べ…

そんなことにはさせない! させてはならない! アタシはエヴァンゲリオン弐号機専属パイロットの
惣流・アスカ・ラングレー、身近な人たちに差し迫る危機を見逃すわけにはいかない!
今度こそアタシはドアを開け放ち、リビングへ一歩を踏み出した。


豪華絢爛な光と色彩の洪水に埋め尽くされた視界に、アタシは思わず言葉を失った。
テーブル狭しと並べ立てられた料理の数々に、壁といわず天井といわずのさまざまな飾りつけ。
しかもどうやらそうした作業は進行中だったようで、部屋のあちこちでみんな動き回っていた。
その全員が手を止め、一斉にアタシへ視線を注ぐ。 ちょ、ちょっと居心地が悪い。

963: 2005/11/30(水) 18:34:38 ID:???

「おやおや、お姫様の入場が少々早くなったようだぞ」
「ありゃ。 ま、準備も八割がた済んじゃってるし、もういいわよね」
「そういうことらしいわね。それじゃミサト、号令頼むわよ」
「いや~、そこはシンちゃんの役目でしょ」
「ほんまですな。おーいセンセ、はよ出てこんかいな」
「碇君、アスカを待たせちゃ悪いわよ」
わけがわからない。みんな、何を言ってるわけ? そもそも、この豪華なパーティもどきはなんなのよ?
悩むアタシの横を通り、どういうわけかちょっとバツの悪そうなシンジと、
これもなぜか少し残念がっているような様子のファーストがリビングへと出てくる。
「ちょっと順番狂っちゃったけど、しょうがないかな…」
「ここまで来たら、このままやるしかないと思うわ…」
シンジが誰にともなく呟いて、ファーストがうつむき加減で答える。
「…じゃ、じゃあ、みんな、いいですか?」
「いつでもいいわよん」
ミサトの返事とともに全員がうなずき、ポケットに手をつっこんだり、後ろ手に何かをつかんだり。
「それじゃ、せーのっ…」
シンジがいまひとつ気合の入らない号令をかける。だから、いったい何を…


964: 2005/11/30(水) 18:36:20 ID:???






ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぁん! 「きゃ!」



いきなりの耳をつんざく大音響! そして漂う硝煙の匂い。アタシは思わずひるんでしまう。
な、な、なんなの!? どこかの突入部隊でも攻めてきたっていうの!?
…って、これは、紙テープ… クラッカー…?

間髪入れずにみんなが声を合わせた。

「「「「「ハッピーバースデー・トゥ・アスカ!」」」」」




965: 2005/11/30(水) 18:37:15 ID:???



え?




ひょっとしてこの料理と飾りつけ、は… みんながいきなりここに来てるのも…
アタシの誕生日パーティ、ってこと?

たったそれだけのために、ここまで大掛かりなことを?


「ごめん、アスカ… せっかくだから、アスカにはぎりぎりまで内緒にしとこうと思ってて…
そのつもりが伝えるの遅くなりすぎちゃって、びっくりさせすぎたかな? ほんとに、ごめんね」
シンジが悪戯の現場を見つかった子供のような顔をして喋っている。
アタシはまだ衝撃から立ち直りきれなくて、ロクに返事もできない。
「え、じゃぁなぁにシンちゃん、今のいまアスカにタネあかししたの?」
「はい、ちょっと伝えそこねちゃったままで…」
小さくなってシンジがうつむく。
「なにやっとんのかいな、自分でちゃんとやるから任せろて言うとったのに」
「まぁそう言ってやるなよ、鈴原君。結果としておおむねうまく行ったんだから」
「はは、そないですね、わははは」
「それはともかくとして、アスカ、ほんとにおめでとう。
アイス食べながらうっかりこのこと喋っちゃわないか、わたしも不安だったのよ?」
みんながこのためにいろいろしてくれたのに、アタシだけが知らなかった…わけだ。

966: 2005/11/30(水) 18:37:54 ID:???

「…アスカ?」
気がつくと、目の前のシンジとファーストの輪郭がぼんやりと揺らいでいた。
な、なによ、バカシンジとファーストの癖して…なんでアタシが泣いてるのよ!
「あ、アスカ、その、ごめん」
「なんであんたが謝るのよ、バカ…」
「ごめん…」
「こんな美少女を泣かせるとは君もなかなか罪作りな男だね、シンジ君」
「そ、そんな、やめてください加持さん」
シンジが慌てたように否定するのがおかしくて、思わずアタシも笑ってしまう。
「今日の用事っていうの、これだったのね、シンジ」
「うん、僕一人じゃ準備にはどうしても限界があるから、綾波にも手伝ってもらってさ。
人数が人数だから料理も買うことにして…あとは飾り付けの道具とか。
本部ではミサトさんからみんなに連絡とって貰って、学校でもアスカにばれないように
委員長とトウジとケンスケ誘って…」
「バカシンジにしては、段取りよくやったじゃない…」
「あ、ありがとう。でも、今回の発案者、メインは僕より綾波なんだよ」

967: 2005/11/30(水) 18:38:37 ID:???

「え?」
またしても虚を突かれて、間の抜けた声を出してしまう。
「いや、アスカの誕生日がもうすぐだ、って話をしたのは僕なんだけど、
それならせっかくだからみんなでお祝いしようって言い出したのは綾波なんだ。
僕じゃよくわからない道具選びとか、段取りがよかったのはきっとそのせいだよ」
思わず傍らのファーストを振り返る。彼女はそこで心なしか頬を赤らめていた。
「でも、私はあまり働いていない… 今回の功労者は、やっぱり碇くん…」
照れたような小さな声で、ファーストはそう呟く。
「そうじゃないよ、綾波が言い出してくれなきゃ…」
「なによ、アタシを祝うのにもファーストにお伺いを立てないとできないっての?」
嬉しさや照れや、いろいろな感情でいっぱいになって、ついアタシはいつもの憎まれ口を叩く。
「そ、そんなこと言ってないだろっ…」
みんながつられて笑いさざめく。
「お祝いしようと思ってたよ、ちゃんと。 …アスカ、誕生日、おめでとう」

その一言だけで、アタシの心のどこかにぽっと火が灯ったように、体が温かくなるのを感じる。
ああ、アタシはコイツがいることに、いてくれることに、こんなに安心していたんだ。

968: 2005/11/30(水) 18:39:57 ID:???

「おめでとう…」
ファーストが小さな声でそう言う。

いや、違う。『ファースト』なんて記号みたいな呼び方は似つかわしくないわ。
誕生日のパーティを企画してくれたから、なんて、今どき小学生でもしないような動機だけど、
その呼称は今日限り返上して、きちんと彼女の名前を呼ぼう。
今までの凝りとちょっとした自尊心が邪魔っくさかったけど、アタシは努めて自然に返事をした。

「ありがとう、レイ」
彼女はちょっと驚いたような、困ったような表情を一瞬だけ浮かべて、それから静かに微笑んだ。


「「「もう一回、おめでとう!」」」
二人の一言を皮切りにみんなが口々にそう言って、拍手の音が部屋を包んだ。


969: 2005/11/30(水) 18:42:06 ID:???


「ま、なんや、多少寄り道はあってもこれで丸くおさまった、ちゅーことやな」
料理を目の前にして目を輝かせている鈴原がなんだか強引にまとめにかかる。
我等が作戦部長どのも、負けじとそれに応じて声を上げる。
「そうよ、小さいことは忘れて、それじゃ各自! 料理に突貫を許可します! 作戦開始っ!」
「「「いただきまーす!」」」

それを合図にみんながわっと盛り上がり、テーブルに盛り付けられた料理にとりかかる。
ジョッキにすら注がずに缶ビールを呷るミサトが居ればなりふりかまわずがっつく鈴原が居て、
それをたしなめるヒカリの横にはカメラを構える相田が居る。
青葉さんと日向さんのコンビが早くも悪酔いのケを見せ始め、リツコが眉をひそめてる。
マヤの隣でちゃっかり口説きモードに入ってる加持さん。マヤも酒の勢いか、満更でも無さそう。
そして、アタシの左右には、黙々と、でもよく見れば美味しそうに箸を進めるファ…レイと、
ミサトをたしなめつつロンゲとメガネとジャージにからまれ、その様子をカメラにおさめられながら
満足に料理にもありつけていない、サードチルドレンのアイツがいる。


こんなに五月蠅い誕生日を過ごしたことは、アタシの人生にも例がない。
こんなに素敵な誕生日を過ごすことは、この先の人生でもないだろう。



Fin

970: 2005/11/30(水) 18:44:39 ID:???


以上です。
終盤になって大量にスレを使ってしまい、申し訳ありません。
新手の埋めとでも思って大目に見てください。
お騒がせしました&ありがとうございました。

引用元: 普通のLAS小説を投下するスレ