893: 2005/04/08(金) 19:48:14 ID:???
今は遠いあの日。
カップラーメンの湯気の向こうに、アイツの幻を見た。


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    お味噌汁のレゾンデートル
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「マズイ」

「………」

「マズイ」

確認の意味もこめて、二回言ってみた。
ラーメンの残りの汁をシンクに流す。
まだ半分ほどあった麺も一緒に流れていったが、それはそれ。
この程度でパイプがつまったりはしないだろう…多分。
テーブルに目を戻して、本日何回目かもう分からない溜め息をついた。

「レトルト食品とコンビニ弁当の山、山、山―――ダメ。もう気持悪い」

栄養素は絶対的に不足しているが、これ以上食べる気にはなれない。
もちろん、わざわざ口に出して言うほどマズイわけでもないけど、
この手のインスタント食品というのはたまに食べるからおいしいと感じるものだと痛感した。
五日間、来る日も来る日もこの味では、ラーメン好きのアタシだって飽きる。

「リツコ………この恨み、いつか晴らしてやるんだから………」

894: 2005/04/08(金) 19:49:15 ID:???
そう、何もかもの原因はネルフの無茶な実験計画にあるのだ。
今回の実験はドイツ支部の新研究素体を借りうけて使うものなんだけど、
その借用期間が十日しかないんだとか。
というわけで、チルドレン三名はそれぞれ三日間ずつ、交代でネルフに泊まり込みなのである。
最初がファースト、次がアタシ。そして今日がアイツの二日目。
入れ替わりの時もすれ違いになってしまった。
そんなわけでアタシは、ここ五日間、あの馬鹿と顔を合わせない毎日を送っているわけ。
ミサトも不在の夜が多いし、今日も独りの夕飯なんだけど。

「………まさか、ここまで家庭料理が恋しいとは………」

で、こういう状況。
何と言うか、精神的に空腹な現実。

「失くして初めてわかる大切さ、か。馬鹿らしいと思ってたけど」

この使い古されたセリフは、どうやら真実らしい。
インスタントラーメンの不健康な美味しさは今もアタシの胃に居座って、
いっこうに退く気配がないし。
朝一番にコンビニのおにぎりという生活も、どこか哀愁を感じてしまう。

「うー。普通の御飯とお味噌汁でいいんだけどなぁ…」

三日目は弁当屋の御飯とインスタント味噌汁にしてみたけど、やっぱり違った。
あの『うまみ』というか、不自然な調味料の美味しさがどうにも気にいらなくて。
こんなとき、故郷の料理より先に和食が浮かぶのは、やっぱりアタシに流れる血のせいか、
はたまた、アイツのエプロンを着た後姿がないことの違和感なのか?
とにかくここ数日のアタシはヨッキュー不満なのである。

「あーあ。明日あの馬鹿が帰ってきたら、すぐにでも料理に駆りだそ」

895: 2005/04/08(金) 19:50:11 ID:???
ふぅ。
悪態にすら力が入らない。
全く、ネルフも過剰過密なスケジュールを立てるから…
せめてアタシとアイツを同時に召集してくれれば良かったのに。
食堂で二人で食べれば、この何倍も美味しいだろうし。

「むむ。そう考えるとなんか腹が立つわね」

リビングの隅の電話を取って、ほんの一瞬迷ったあと、ダイアルをした。

「ま、六日間もアタシに手料理作ってくれないワケだし。
 忙しくてもちょっとぐらい付きあわせたっていいわよね?」



応答はすぐにあった。
オペレーターに早口で目的の名を告げる。
電子音が回線の切り替えを伝えてから、
きっかり三秒後にアイツの声が聞こえた。

<<アスカ!?僕だけど。何かあった?>>

どことなく心配そうな声。
『アスカ』と。
その響きが鼓膜に入った瞬間、なぜだかニヤけてしまったアタシがいる。

「シンジ」

そう言えばこの五日間、アタシはいつもほど笑っていなかったような気がした。
この名前も、なんだか随分と長い間呼んでいないみたいだ。

896: 2005/04/08(金) 19:51:33 ID:???
<<どうしたのさ……大丈夫?>>

「んーん。別になんでもないんだけど」

<<ならいいけど。どうしたの?>>

「だから、特になにもないの!」

<<…何しに電話したのさ>>

「あら。アタシがシンジに電話するのに理由がいるの?」

語尾を上げ気味に、かわいく聞いてみる。
返事はない。
多分今ごろは真っ赤になっていることだろう。
少なくともアタシと同じくらいには。
想像するだけでおもしろくて仕方ない。
あぁ、これよこれ。
このなんでもないやり取りも、きっと『失くして初めて…』ってヤツだ。

「な~んてね。電話したのはさ、ちょっと言いたい事があって」

<<な、なんだ…びっくりした>>

シンジがトリップしたまま帰ってこないので、助け舟。
はやく本題も伝えたい事だし。

898: 2005/04/08(金) 19:53:39 ID:???
「あのね、シンジ。アタシは今回のことで痛感したわ。
 大事なものっていうのはね、失くして初めてわかるもんなのよ。
 だからね。これだけ言っとくわ。





 いつもありがと。





 これからもずっとアタシのために、お味噌汁作ってほしいな」





<<あ、あ、アスカ?それって…>>

「いいから!拒否権は認めないわ、
 帰ってきたら即、アタシの食生活回復に努めるコト!」


がちゃん。



なんだか気恥ずかしくて、一方的に切ってやった。
それが昨日の話。

899: 2005/04/08(金) 20:01:39 ID:???
で、翌日。
予想外の事態が起こった。
そりゃもう、びっくりどころの騒ぎじゃない。
ネルフの人達が大挙して葛城家に乗りこんできたのだ。
シンジは帰ってくるなり真っ赤になっておどおどしっぱなしだし(「あ、アスカ、ぼ・僕はその…」)、
ミサトは頭をかかえてるし(「同居させたのは間違いだったのかしら…」)、
ファーストは壁にむかって独り言だし(「私は負けたの?そうね。でもこれもヒトの新たな…」)、
オペレーター組は連呼しっぱなしだし(「おめでとう!」)、
碇司令に至ってはサングラスをはずして感涙していた(「見ているかユイ。ついにシンジが…」)。
とにかく大騒動でそれが一通りおさまってから、
ようやくミサトの口から原因を聞いたのだ。
いわく、「お味噌汁作れってそれ、プロポーズでしょ?」と。
アタシはもちろん、あせって否定しようとして、
全然違うって、馬鹿シンジなんて眼中にないわよって口に出そうとして、
それでも何も言えなかった。
かわりに口をついて出た言葉は、

「そうね…それでいいかもしれない」

驚くほど自然に、最初からそう言う予定だったかのように、私はそう答えていた。
それはたとえば熱帯夜のせいかもしれないし、
食質低下のせいでアタシの頭が回っていなかったせいかもしれない。
それでも。
それでもこのときの言葉は、確かにアタシの本心だった。
失くして初めて知る大切なモノ。
アタシがいらだっていたのは、本当に食事のせいなんだろうか?
―――違う。
そうじゃないの、シンジ。
ほんとはもうとっくにわかってたこと。

アタシは―――アタシは。

900: 2005/04/08(金) 20:02:31 ID:???
『アスカー?夕飯できたけどー?』

で、こうして今にいたる、と。
結婚式のときの写真を眺めながら、ちょっとだけ微笑。
あの日の出来事は完全に誤算だったけれど、
とっても幸せな誤算だったと思う。

『おーい、アスカってば?』

あれでなかなか、いいダンナだしね。

「聞こえてるわよ馬鹿シンジ☆今行くからちょっと待って!」

写真立てを机にもどして、いそいでリビングに向かう。
鼻腔をくすぐる匂い。
あの日と同じ、お味噌汁の香りがした。

901: 2005/04/08(金) 20:04:12 ID:???
(END)


以上、駄文失礼。
このスレの皆様の期待に添えたなら幸いです。

引用元: 落ち着いてLAS小説を投下するスレ 12