1: 2016/03/16(水) 23:24:21.81
一度死んだことによって、直死の魔眼(仮)に目覚めたカズマが序盤から突っ走ります
浄眼持ちでもないのに何でとか、どうやって「」に到達したんだとか、そのへんの突っ込みはご容赦ください
シリアスなしのコメディ路線で、大雑把に原作を踏襲する感じでいきます
では次レスから投下開始します

2: 2016/03/16(水) 23:25:26.17

カズマ(――俺はどうなったんだ?)

カズマ(確か、トラックに轢かれかけた女の子を助けようとして……)

カズマ(いや、そんなことよりここはどこなんだ?)

カズマ(真っ暗で、静かで、何もない。そしてついでに、多分服も着ていない)

カズマ(どこまでもゆっくりと沈んでいく)

カズマ(違うな。沈んですらいないんだ。ここには何もない)

カズマ(暗いとか、静かだとか、俺の身体だとか、そんなものさえ存在しない無の空間)

カズマ(なるほど。これが死って奴か)


3: 2016/03/16(水) 23:27:16.07


カズマ(何だろう。何もないはずなのに、何のしがらみもないはずなのに、死ぬほど居心地が悪い)

カズマ(穏やかで満ち足りてて、生きてた頃の焦りとか親からのプレッシャーとか、そんなもの名残すら残ってないってのに)

カズマ(アレだな、他人が欲しがると消しカスすら惜しくなるって奴だ)

カズマ(ああ、そうだ。俺は死にたくない。生きていたい。可能だとしたら、もう一度生き返ってやり直したい――――)

カズマ(……と、臨死体験中っぽいことを呟いてみたものの、特に何も起こらず)

カズマ(本当に何もないので、ひたすら考え事を始めてから、大体2年くらい経った頃だと思う)


???「佐藤和真さん。ようこそ、死後の世界へ」


カズマ(数年ぶりに、母親以外の異性の声を耳にした)


4: 2016/03/16(水) 23:28:00.23

カズマ「…………」

???「あなたはつい先程、不幸にも亡くなりました。短い人生でしたが、あなたの生は終わってしまったのです」

カズマ「ああ、やっぱりそうだったんですか、あの真っ暗なところ。じゃあ、ここが死後の世界って奴ですか?」

???「まあ、はい。大体そんな感じです」

カズマ「……一つだけ、聞いてもいいですか?」

???「どうぞ?」

カズマ「……あの女の子は。……俺が突き飛ばしたあの女の子は、生きていますか?」

5: 2016/03/16(水) 23:28:28.22

???「生きていますよ? もっとも、足を骨折する大怪我を負いましたが。ついでに、あなたが突き飛ばさなければ、そもそも怪我もしなかったわけなんですけど」

カズマ「というと?」

???「はい。あのトラクターは、本来ならあの子の手前で止まっていたんです。つまり、あなたはヒーロー気取りで余計なことをしたって訳です。……プークスクス!」

カズマ(十中八九、そんなとこだろうと思ってはいたが、やはりこうもはっきり断言されるとすげームカつく)

カズマ「……あー、そりゃ悪いことしましたね、ホント」


6: 2016/03/16(水) 23:29:03.34


???「……意外とリアクション薄いんですね」

カズマ「いや、2年もボーッとしてればそのくらい考えつきますよ。だって、トラックっぽい音とかしませんでしたし、よくよく思い出してみたらシルエットも完全にトラクターでしたし」

カズマ(いかにも不満そうな顔をする女神っぽい女。俺をいじめてストレス発散でもする腹積もりだったようだ)

カズマ(……甘い。甘すぎる。俺は伊達に2年間ひたすら考え事だけして過ごしていたわけじゃないのさ!)

???「……では改めて自己紹介を。私の名はアクア。日本において、若くして死んだ人間を導く女神よ。……さて、しょうもない理由で死んだ面白いあなたには、二つの選択肢があります」

アクア「一つは人間として生まれ変わり、新たな人生を歩むか。そしてもう一つは、天国的な所でおじいちゃんみたいな暮らしをするか」

カズマ「生き返りたいです」


7: 2016/03/16(水) 23:30:30.11

アクア「天国なんて、あなたのような若い人の想像するような素敵なところではないの……え、何ですって?」

カズマ「生まれ変わって、もう一度人生やり直したいです!」

カズマ(天国ってのがどんな場所かは知らないが、このアクアとかいう女の言うことから察するに、大方あの場所と似たようなところだろう)

カズマ(またあんな生活に戻るなんて、考えただけでも身震いがする! まだゲームも漫画もアニメもある引きこもり生活の方がマシってもんだ!)

アクア「な、ならいいけど……なーんか調子狂うわね。あなた仏教徒じゃないの? 極楽よ極楽。行きたくないの?」

カズマ「いいえ、結構。俺は心を入れ替えて新たな生活を送りたいんです」

アクア「ふーん……つまんないの。じゃ、手早く話を進めるわね。あなた、見た目からしてゲームは好きでしょ?」

カズマ「見た目からしてってのは余計だ」


8: 2016/03/16(水) 23:31:25.99


アクア「好きなのね? ならドリクエやモフモフは知ってるでしょ? あんな感じで、魔王が幅利かせてる世界ってのがあるわけ。で、そこで死んだ人のほとんどが、もう二度と同じ世界に生まれたくないって生まれ変わりたがらないの」


カズマ「だから代わりに俺に行け、と。……魔王が幅利かせてるような世界に? ザ・現代人の俺を?」


カズマ(遠回しに、もう一回死んでこいと言ってるのかこいつは)


アクア「そ。あ、でも大丈夫! 転生の特典として、特殊能力とかものすごい才能とか、超強い武器とか、とにかくそういう便利なものを一つだけ持たせてあげる約束なの」


カズマ「ほう」


カズマ(悪くない条件のように思えた。が、その前に異世界に行くにあたって、どうしても聞いておきたいことがもう一つあった)


カズマ「俺、異世界語とかしゃべれないんだけど、それはどうなるんだ?」


アクア「その辺は問題ないわ。私たち神々の親切サポートによって、直接あなたの脳に必要な情報を一気にダウンロードしてクリアできるから。まあ、運が悪いと副作用で頭がパーになるかもしれないけど……」


9: 2016/03/16(水) 23:32:25.87


カズマ「おい。今聞き捨てならない台詞が聞こえたぞ。運が悪いとパーになるって言ったのか?」


アクア「言ってない」


カズマ「言ったろ」


アクア「……選びなさい。たった一つだけ、あなたに何者にも負けない力を授けてあげる」


カズマ(そう言ってアクアは、俺にカタログっぽい分厚い本を渡してきた)


カズマ(《怪力》《対魔力》《無毀なる湖光》……すげえ名前だな、何て読むんだこれ)


カズマ(……? この《直死の魔眼》ってのだけ灰色になってるな。選ぼうとしても選択できませんって出るし……まあいいか、別に)


カズマ(しかし、これだけいろいろあると目移りするな。悩む悩む……)


アクア「ねー早くしてー? どうせ何選んでも一緒よ。引きこもりのゲームオタクになんかハナっから期待してないから。何か適当に選んで、ねーはやくはやくー」


カズマ「オタ、オタクじゃない! 出かけて死んだんだから俺は引きこもりでもない……!」


10: 2016/03/16(水) 23:33:02.87

アクア「知ったことじゃないわよそんなのー。まだまだ後つかえてるんだからさー」


カズマ(このクソ女神、スナック菓子なんか食ってやがる……!)


カズマ(初対面で人の死に様を笑いやがって、もう完全にブチ切れた。俺の怒りが有頂天って奴だ)


カズマ「よし、決めた」


アクア「何に?」


カズマ「あんた」


アクア「……あ、そ。じゃあその足元の魔法陣から出ないように……」


アクア「……何ですって?」


???「承りました。では、今後のアクア様のお仕事はこのわたくしが引き継ぎますので」


アクア「……えっ」


11: 2016/03/16(水) 23:33:35.71


カズマ(突然現れた新たな女神……ていうか天使っぽい人と、呆然とするアクア、あと俺の足元の魔法陣)


カズマ(おお、本当にこのまま異世界行きか……!?)


アクア「ちょ、え、なにこれ。え、え、嘘でしょ!? いやいやいやおかしいから! 女神連れてくなんてそんなの絶対反則……!」


???「行ってらっしゃいませアクア様。何卒、そちらの方をよろしくお願いいたします」


アクア「いやー! こんなヒキニートの面倒なんて見たくないー!」


カズマ「この、言わせておけば……!」


???「佐藤カズマ様。あなたには、魔王退治の暁には一つだけ、どんな願いでも叶えて差し上げましょう!」


カズマ「おおっ!」


カズマ(つまり、異世界の生活に飽きたら日本に帰って美少女に囲まれながらゲーム三昧という退廃的な日々を送るという願いも当然有りなんでしょうか……!?)


12: 2016/03/16(水) 23:35:30.44

アクア「ちょっと、そういうカッコいい台詞は私が告げるのが仕事なんですけど!」


カズマ「散々バカにしてた男にモノ扱いで連れて行かれるってどんな気持ち? ねえどんな気持ち? せいぜい俺を女神パワーとやらで楽させてくれよな!」


アクア「いやぁあああああ!! こんな男と異世界行きなんていやぁああああ!!」


???「さあ、勇者よ! 願わくば、あなたこそが魔王を倒す者とならんことを祈っています。さあ、旅立ちなさい!」


アクア「わああああああ! それも私の台詞――!」


カズマ(泣き叫ぶアクアの声をかき消すように、天使は朗々と口上を告げる)


カズマ(と、その姿が消える一瞬前に)


???「辛い道のりになるとは思いますが、アクア様がおられればきっと大丈夫でしょう」


カズマ(なんて、小さくつぶやいていたのが聞こえた気がした)


カズマ(そして、俺とアクアは明るい光の中に包み込まれたのだった)


13: 2016/03/16(水) 23:36:58.71

カズマ(目を開けて、最初に感じたのはひどい違和感だった)


カズマ(レンガの家々が立ち並ぶ、中世ヨーロッパ風の街並み)


カズマ(ファンタジー系のRPGでは見慣れた光景のはずなのだが……)


カズマ「……何だこれ」


カズマ(それらの上を、子供の落描きのような黒い線が這い回っていた)


カズマ(いやいやいや、ゲームっぽい異世界とは言ってたけど、画面にヒビ入ってるゲームっぽい異世界だなんてさすがに想定外だっつーの)


カズマ(……なんてのんきなことを考えていられたのも、ほんの数秒の間だけだった)


カズマ「気持ち悪……」


カズマ(まるで、不眠不休でゲームをやりまくった後みたいなひどい吐き気がこみあげてくる)

14: 2016/03/16(水) 23:37:38.51

アクア「ああ、ああ、あああああああああああ!!」


カズマ(隣で頭を抱えて叫んでいるアクア。こちとら病人なので、なるべくでかい音を出すのはやめてもらいたいところだ)


カズマ「あー、すまん。多分転生したショック的な奴で気分が悪いから静かにしてくれ」


アクア「ああああああああああああああああ!!」


カズマ「うわっ、ちょ、何だお前やめろ掴みかかってくるな! 分かったよ、俺があの木陰まで行って休んでくるから、そこで気が済むまで騒いでてくれ」


アクア「あんたねー、あんたねー! 誰のせいでこうなったと思ってんのよ!」


カズマ「いや、すまん。本当に気分が悪いんだ。文句なら後でゆっくり聞くから、今は本当にそっとしといてくれ。マジで吐きそうだから」


カズマ(比較的マジトーンでそう言うと、アクアは喚くのをやめて心配そうにこちらの顔を覗き込んできた)


アクア「……気分が悪いって、それ本当?」


15: 2016/03/16(水) 23:38:41.71

カズマ「そんな嘘ついて何になるんだよ。ほら、瞳孔でも何でも見てみろよ。何なら今すぐここでゲロ吐いてもいいぞ。何も出ないけどな」


アクア「……本当みたいね。でもそれってすっごく変よ。あなたはついさっき生き返ったばっかりなの。つまり、身体は赤ちゃんみたいに老廃物もストレスも疲労もない、超ウルトラ健康体じゃないとおかしいってわけ」


カズマ「そう言われたって、俺が気分悪いのは事実だし、それに何だよこの世界。落描きだらけじゃねえか」


アクア「は? どこが?」


カズマ「どこがってお前。どこもかしこも落描きだらけだ。建物にも道にも馬にも人にも、網目みたいに黒い線がくっついてるんだよ。お前には見えないけど」


アクア「………………」


カズマ(そう言うと、アクアは見たこともないような真剣な顔をして黙りこんでしまった)


アクア「……ねえカズマ。その線って、今あそこに立ってる木にも見える?」


16: 2016/03/16(水) 23:39:35.22

カズマ「見えるけど、それがどうかしたのか?」


アクア「ちょっとそれ、木の棒か何かでなぞってみてくれない?」


カズマ「? いいけど……」


カズマ(言われた通り、手頃なサイズの棒きれを拾い上げ、アクアの指差した木の線をなぞった)


カズマ「な……」


カズマ(樹皮にぶつかるはずの木の枝は、ずぷりと木の中に埋まり込み、そのまま豆腐みたいに一抱えもある大木を切断してしまったのだ)


カズマ「お、おいアクア! お前この木か棒に何かしたのか!?」


アクア「……私は何もしてない。やったのはカズマよ」


アクア「なるほどなるほど……そういうことね、納得いったわ」


カズマ「は? 何がだよ」


アクア「カズマ、あなたズルしたでしょ」


17: 2016/03/16(水) 23:40:52.08

カズマ「は、はぁ!? 俺が一体どんなズルしたって言うんだよ!」


アクア「だってそうじゃない! 持っていけるものは一つだけって言ったのに、この私と《直死の魔眼》まで持ち込んでるなんて、これがズルじゃなかったなら何だって言うのよ!」


カズマ「直視の……何だって?」


アクア「直死の魔眼! ものの壊れやすい線を見ることができる能力よ! あのカタログにもあったでしょ!」


カズマ「そりゃあったのは知ってるけど、字が灰色になってて選択できなかったんだぞ! 選びようがないだろ!」


アクア「選びようがないですって!? よくもまあそんなこと抜け抜けと……何ですって?」


カズマ「だから、灰色になってたんだよ。直死の魔眼って文字が」


アクア「…………まさか、本当にいるなんて」

18: 2016/03/16(水) 23:43:14.04

カズマ「何がだよ」


アクア「……字が灰色になってたのはね、あなたが元々直死の魔眼を持ってたせいよ。ううん、私のサルベージが遅れたせいね、きっと」


カズマ「俺が持ってた? このなんとかって魔眼を?」


カズマ(そんなことを言われても、にわかには信じがたい)


カズマ(平々凡々、いや平凡以下だった俺が、棒きれでなぞっただけで大木を切り倒すような能力を持っていましたなんて、すぐに理解しろと言う方が無茶な話だ)


カズマ(ただ、これだけは何となく分かった)


カズマ「……つまりアレか。お前が俺を生き返らせるのが遅かったせいで、俺はあんな何もない場所で二年間もぷかぷかしてる羽目になったってわけだな?」


アクア「ち、違うの! 不可抗力だったの! ちょうど社会のクズっぽい若者が死んだからテキトーにサルベージしようと思ったら、変なところに落っこちてとれなくなっちゃったの! 頑張って手を伸ばしても届かなかったから、まあ後でもいいかと思ってたらつい忘れてて……」

19: 2016/03/16(水) 23:44:17.75

カズマ「つい忘れててだと!? お前、そんな理由で人一人見頃しにしようとしてたのか!」


アクア「いいじゃない別に! 結局生き返らせてあげたんだから、これでチャラでしょう!? 何か文句でもあるっての?」


カズマ「ひ、開き直りやがったなこの女……うっぷ、叫んだらもっと吐き気がしてきた」


アクア「っと、そうだった。カズマの気分が悪いのは、簡単に言うとカズマの脳がすごく無理をしてるからなの。本来、モノの死なんて人間が見ていいものじゃないから、そのままだとマジでパーになるわよ」


カズマ「何でそんな物騒な能力カタログに載せてるんだよ……」


アクア「欲しがった人の脳みそは、ちゃんと転生するときにオンオフ利くように調整するから問題ないはずなの。でも、今回に限ってはそうもいかないわけ」


カズマ「その調整ってのはお前がやってるんだろ? なら今ここでやってくれよ」


アクア「それは無理ね」

20: 2016/03/16(水) 23:46:09.10

カズマ「……悪かったよ無理やり連れてきたりして。悪気はあったけど、悪意はなかったんだ。勘弁してくれ」


アクア「いや、そういうことじゃなくて、本当にそれは無理。地上に降りた時点で私の権能はかなり制限されちゃってるから、人体そのものの性質をいじくるなんて真似はできないのよ」


カズマ「なっ……じゃあどうするんだよこれ! 薬飲んでどうにかなるもんじゃないぞこの感じは……!」


カズマ(目を開けているだけで、いやまぶたを閉じても吐き気は一向に収まらない。それどころか、どんどんひどくなっているような気がした)


アクア「とりあえず、この場はこれで我慢して」


カズマ(そういうとアクアは俺の頭に手をやり、何事か唱えた)


アクア「うーん……やっぱりこれが限界ね。常にヒールを掛けて、負荷がかさむのと同時に解消されるようにしたんだけど、このままじゃじきに回復が追いつかなくなるし」


カズマ(相変わらず、うっすらと落描きじみた線は見えているものの、吐き気は嘘のようになくなった)


カズマ「お、おお! すげえ楽になった! ありがとよアクア、お前本当に女神だったんだな!」


21: 2016/03/16(水) 23:46:40.09

アクア「なっ……! 失礼ね、私のどこをつかまえて女神じゃないと思ってたのか、お聞かせ願おうかしら!」


カズマ「悪かった悪かった。で、RPG的にまずは冒険者ギルド的な場所に行くのが正しいと思うんだが、どこにあるんだ?」


アクア「知らないわよ、そんなの」


カズマ「は? いやお前、この世界に俺みたいな奴を送り込む仕事してたんだろ? 何で知らないんだよ」


アクア「何でって、そりゃこんな数ある異世界の中にある一つの星のさらに小さな街のことなんか知るわけないじゃない」


カズマ「…………」


カズマ(こいつ使えねえ)


木こり「なあアンタ。ここに立ってた木、誰が斬ったか知らないか?」


22: 2016/03/16(水) 23:47:22.44

カズマ(げ、斬っちゃいけない奴だったのか、もしかしてこれ)


アクア「あ、それ斬ったのはここにいるカズマって人だから。断じて私じゃないからね」


カズマ(こんのアマ――――!)


木こり「おお、そりゃ助かった! これだけデカいとひと仕事だってのに、割に合わねえからどうしたもんかと思ってたんだ!」


カズマ「はあ、そうですか」


カズマ(どうやら九死に一生を得たらしい)


木こり「礼と言っちゃなんだが、こいつをとっといてくれ。ざっと3000エリスはある」


カズマ「い、いいんですか、こんなにもらっちゃって!」


木こり「何の何の。俺は働きもせずに8000エリスも手に入るんだ。これくらい安いもんよ!」


カズマ「…………」


カズマ(ならその8000エリスもよこせと言いたいところだったが、結構ガタイがよかったのでやめておいた)


 つづく

44: 2016/03/18(金) 00:11:50.17

 ――冒険者ギルド――


カズマ(そのへんのおばさんからギルドの場所を聞き出した俺は、早速言われた場所に向かってみた)


ウェイトレス「いらっしゃいませー! お仕事案内なら奥のカウンターへ、お食事なら空いているお席にどうぞー!」


カズマ(……妙に視線を感じるな)


アクア「ねえねえカズマ。さっきからじろじろ見られてるけど、これって私からにじみ出る神オーラで、私が女神ってことがバレてるせいじゃないかしら」


カズマ(それはない。……と言いたいところだが、あながち間違いでもないだろう。何せこいつは黙っていれば十分人目を引くに足る美少女なのだから)


カズマ「よし、差し当たっては冒険者登録だ。そうすれば仕事の世話とか寝床の案内とか、とにかく序盤でやるべきことは大体教えてもらえるはずだからな」


アクア「なるほど、そういうのがゲーム的お約束って奴なのね」


カズマ「そういうことだ。よし行こう」


カズマ(アクアを引き連れて奥のカウンターへ。四人いた受付のうち、一番美人なお姉さんの窓口に並ぶことにした)


45: 2016/03/18(金) 00:12:16.26

アクア「……ねえ、他の三つが空いてるのにわざわざここを選んだのは、受付の人が一番美人だからでしょ? そういうとこがヒキニートなのよ」


カズマ「ぶっ飛ばすぞクソビXチ。違う、ここでギルドの人と仲良くなっておけば後々便利かもしれないだろ。ならより顔が広そうな美人な人と仲良くなった方が、得って寸法だ」


アクア「む、それは思いつかなかったわ。さすがと言っておくわね、カズマ」


カズマ(適当に口走ったでまかせに見事に騙されてくれたアクア。他の三人からの視線が痛いがここは無視だ)


受付「お待たせしました。今日はどうされましたか?」


カズマ「えっと、冒険者になりたいんですが、田舎から来たばかりで何も分からなくて……」


受付「そうですか。ではまず登録手数料をいただくことになりますが、よろしいでしょうか?」


カズマ「あー、はい。これで足りますか?」


受付「ひいふうみい……はい、1000エリスお返ししますね」


46: 2016/03/18(金) 00:13:01.48

カズマ「あ、どうも」


受付「では、冒険者についての説明を軽くさせていただきます――」


 中略


受付「――では、おふたりともこちらのカードにお手を触れてください。それでおふたりのステータスが分かるようになりますから、その数値に応じてなりたい職業を選んでください」


カズマ(きたきた、これだよこれ! ここで俺の凄まじい潜在能力が発覚したりして、ギルドが大騒ぎになっちゃったりするわけだ……!)


カズマ「えい」


受付「……はい、ありがとうございます。サトウカズマさん、ですね。ええと……筋力、耐久、魔力、敏捷、器用度、どれも普通……知力がそこそこ、あと幸運も非常に高いですね。後は……」


カズマ(《直死の魔眼》……すごい、これはとんでもなく希少かつ有用なスキルですよ! ……みたいな展開になっちゃうんですよね!?)


受付「ええと、バッドステータス《頭痛》が常時かかっている状態のようですね。なかなか苦労されているようで……」


カズマ「いやあ、ははは。大したことないですよ……それから?」


47: 2016/03/18(金) 00:13:32.64

受付「特にはありませんね。基本職の《冒険者》しか適性がありませんが、全ての職業のスキルを習得することができるなど、他の職業に比べて劣っているということはありませんから、気を落とさないでください」


カズマ「あ、はい。ありがとうございます……」


カズマ「(どういうことだよアクア! 何で直死の魔眼がステータスに反映されてないんだ!)」


アクア「(当たり前でしょ。直死の魔眼はスキルポイントで取得できるスキルじゃないし)」


カズマ「(いや、そう言われてみればその通りなんだが……)」


受付「何か、ステータス判定にご不満でも……?」


カズマ「あ、いえ何でもないです大丈夫です」


アクア「じゃあ、次私の番ね!」


48: 2016/03/18(金) 00:14:29.05

 ――――――――
 

アクア「辛いわー! 麗しの女神にして至高のアークプリーストだからってちやほやされちゃってほんと辛いわー!」


カズマ「……はいはい、そりゃよかったな。で、これからどうするんだ。とりあえず薬草採取的なクエでも回せばいいのか?」


アクア「馬鹿ね。ついさっき冒険者になったようなぺーぺーのド素人でもこなせるような採取クエストなんてどこにあるのよ。討伐クエスト一択に決まってるわ」


カズマ「まあそんなもんか。うし、じゃあ先立つものがないと始まらないし、手軽にできそうな肉体労働のバイトでも探しに行くか」


アクア「先立つもの? 何の話してるのよカズマ。さっさと適当な討伐クエスト受注してくればいいじゃない」


カズマ「あのな、ベテランアークプリースト様のお前と違って、最弱職の俺はちゃんとした武器がないとまともに戦うこともできないんだよ。で、登録料だけで手持ちがすっからかんになったから、とりあえず武具を揃えるためにだな……」


アクア「いらないわよ、そんなの。忘れたのカズマ、あなたの眼はね。棒きれ一本でアダマンタイトだってバラバラにできるようなとんでもない代物なのよ?」

49: 2016/03/18(金) 00:17:05.29


カズマ「……そうか。そうだな、そういえばそうだった! フ、最弱職の冒険者とは世を忍ぶための仮の姿。その正体は棒きれ一本で魔王をも討伐せしめる最強の魔剣士ってわけだ! うおおお、がぜん盛り上がってきたぜ、俺の異世界転生!」


カズマ「さて、そうと決まればうかうかしていられねえな! 早速このジャイアントトードとやらの討伐クエストをやってみようぜ!」


アクア「いいけど、何かカズマがはつらつとしてると無性に腹が立つわね」


カズマ「な、何だよ。いいだろ別に! 俺が楽しそうにしてたら何かわりーのかよ!」


アクア「……ううん、いいのよ。そうね、現実世界じゃまるっきりうだつのあがらなかったヒキニートが、ようやく異世界に来て自分のやれることを見つけられたんだもの。良かったわね、引きこもりが死ねば治る病気で」


カズマ「病気って言うなよ! 俺にだってなあ、いろいろこう、なんというかあったんだよ!」


アクア「はいはい、若年性生涯型出不精症候群は難病指定疾患だものね、分かってるわよ。さ、行きましょっか」


カズマ「話を聞け――!!」


50: 2016/03/18(金) 00:18:05.65


 ――――――――


アクア「ねー何してんの最強の魔剣士さんー? 早くそんなカエルごとき、ちゃっちゃと死の線を切っちゃってくださいよー」


カズマ「う、うるさいな! 今切りやすいところに線がないか探してるとこなんだよ!」


ジャイアントトード「…………」


カズマ(で、でけえ……来る前まではたかがカエルと思ってたけど、このサイズだとさすがにキモい、つーか怖い! やだなあ、腹切ったら内蔵とかドバドバ出てきそうだし、なるべく頭の方狙ってサクっとやっちまいたいんだが……)


ジャイアントトード「…………」


カズマ(これだけデカいとまず届かない! そもそも線があるかどうかも分からん! 背中からよじ登ったって絶対すぐバレて食われる! くそ、やっぱり金属製の鎧が手に入るまでバイトしとけばよかった……!)


ジャイアントトード「!」


カズマ(げ、こっち向いた! ……仕方ない、一か八かだ!)


ジャイアントトード「…………!」ピョーン


51: 2016/03/18(金) 00:19:18.62


カズマ「あああああああ! 助けてくれ! アクア、助けてくれええええ!」


アクア「プークスクス! やばい、超うけるんですけど! カズマったらあんな大口叩いといて超必死で涙目敗走しちゃってるんですけど!」


カズマ(よし、周りのカエルたちも俺に注意が集まってるみたいだな……! このままあのクソ女神の方にダッシュ!)


アクア「……え、ちょっと、カズマさん何でこっちに逃げてくるの? やめなさいよ、やめてやめてやめて! か弱い女神にそんな汚らわしい畜生どもをけしかけるなんて人間のすることじゃいやああああ!!」


カズマ「ふははははは! さあ麗しき女神よ、カエルたちの生け贄となるがいい! そして俺はその隙に華麗に死の線をかっさばくって寸法だ!」


アクア「くっ……! 謀ったわねカズマ! いいわ、見せてあげる。来なさいカエルども! この女神の真の力、その身でもって知りなさい! ゴッドブロー!」


カズマ(極光を放つアクアの右拳が、鮮烈な打撃音とともに先頭にいたカエルの土手っ腹に突き刺さった。が)


ジャイアントトード「…………」


アクア「……カ、カエルって、よくみると可愛いと思うの」


52: 2016/03/18(金) 00:26:18.73

カズマ(問答無用とばかりに、奪い合うようにアクアにむしゃぶりつくカエルの群れ。まさに地獄絵図そのものだった)


アクア「いやあああああああ! カズマ様ー! 早くこいつらをやっつけてくださいお願いしますうううううう!」


カズマ「分かってるよ!」


カズマ(一気にあるカエルの背中を駆け上がり、棒きれを一閃する。死の線を断たれたカエルたちが、その場に次々と崩れ落ちた)


カズマ「……予定だったんだけどなあ」


カズマ(普通に三歩目くらいで足を滑らせて転落。何とかちまちま手の届く範囲の死の線を斬りまくり、最後のカエルが力尽きる頃には、俺の身体はカエルの体液と臓物でドロドロだった)


カズマ「……死ぬほど疲れた。とりあえず今日の所はここまでにしとくか。ギルドの人を呼んで街に帰ろうぜ、アクア」


アクア「………………」


カズマ(ゲッソリとまぶたにひっついた肉片を拭いながら振り返ると、ちょうど粘液まみれのアクアがカエルの口の中から這い出たところだった)


カズマ「どうしたんだアクア、具合でも悪いのか?」


53: 2016/03/18(金) 00:30:46.31


アクア「こ、ここ、この私を囮に使っておいて、よくも抜け抜けとそんなことが言えたわね……!」


カズマ(右手をわきわきさせながらこちらに近づいてくるアクア。まずい、またヒールをディスペルする気だ……!)


カズマ「お、落ち着けアクア。これは必要な犠牲だったんだ。お前がいなかったらカエルは倒せなかったし、そうだ、こうしよう! 今回の報酬の取り分はアクアが七割俺が三割。それでいいだろ?」


カズマ(苦し紛れに金をちらつかせてみる。いくらこいつがアホだからと言って、こんな安直な方法で誤魔化されるとは思えないが、今はこれしかない!)


アクア「なーんだ分かってるじゃないカズマさんったらー! そうそう、そういう態度でいいのよ。まだ会ってから2日も経ってないのに、女神のご機嫌のとり方ってものを心得たようね! それと、帰ったら私に美味しいお酒をたくさんご馳走しなさい、そうしたら勘弁してあげる!」


カズマ(……こいつ、チョロ!)


 本日の成果:ジャイアントトード×3


 つづく

61: 2016/03/18(金) 18:57:21.63

 ギルド


アクア「囮役を雇いましょう」


カズマ(銭湯で身体を洗い、ジョッキ一杯のシュワシュワを一気飲みした後、開口一番にアクアが言い放ったのはこんな台詞だった)


カズマ「はぁ? 囮役なら俺の目の前にうってつけのが一人いるだろ。そいつじゃ不満なのか」


アクア「ちっがーう! このアクア様にそんな汚れ仕事させようだなんて、あなた正気なのカズマ!?」


カズマ「俺はいつでも正気だ。つーか、囮を使う戦法自体やめよう。もっとこう、スマートにベタベタになったりせずにカエルを倒す方法を考案するべきだ」


アクア「何よ、丸呑みにされるのに比べたらそんなの大したことないじゃない! ていうか、今度はカズマが私の代わりに囮になりなさい! そうすれば私が今日味わった恐怖が理解できるはずよ!」


カズマ「いやだね! 何で俺がそんなことしなくちゃいけないんだ。大体、いくらでも替えのきくアークプリーストと、世界にただ一人しかいない直死の魔眼持ちを同じ秤にかけること自体が間違ってるんだよ!」



62: 2016/03/18(金) 18:58:38.29



アクア「言ったわねー! 私がいないとただのヒキニートのくせに!」


カズマ「ヒキニート言うな!」


カズマ・アクア「「…………」」


カズマ「無益な争いはやめよう。ここは冷静に新たなパーティメンバーを募集するべきだ」


アクア「……そうね。女神たる私がヒキニートの言葉にいちいち目くじらを立てていたら神格が下がっちゃうもの。ここは寛大なる御心をもって許してあげる」


カズマ「自分で御心とか言うか……で、どんな募集文にする? 普通に冒険者求む! って感じでいいか?」


アクア「『当方アークプリースト。上級職以外お断り』って文言は欠かせないわね。魔王討伐に欠かせないアークプリーストが募集をかけているとなれば、もうギルド中お祭り騒ぎになること間違いなし! で、そうなると木っ端冒険者が群がってきても追い払うのが面倒だから、募集は上級職オンリーでいきましょう!」


カズマ「へいへい、んじゃそういうことで」



63: 2016/03/18(金) 19:00:10.13


アクア「………………来ないわね」


カズマ「……なあ、やっぱりハードル下げようぜ。こんな始まりの街で上級職のみ募集ったって、まず上級職自体の絶対数が少なすぎるんだよ」


アクア「うぅ……だって、だって……」


カズマ「あれだけ大口叩いてたんだから引っ込みがつかないのは分かるが、このままじゃ何日待ったって誰も来ねえぞ」


???「あの、募集文を見たんですけど、ここでいいんでしょうか?」


カズマ(どことなく気だるげな赤い瞳。黒くしっとりしたショートヘアの女の子が、俺たちの前に立っていた)


カズマ(見た目的に明らかに12,3歳といったところだが、この世界では特に珍しくもないのだろうか)



64: 2016/03/18(金) 19:01:03.58

カズマ「ああ、はいここで合ってますよ。じゃあ、まずは自己紹介からお願いします」


カズマ(すると、彼女は肩から羽織ったマントをバサッと翻し、)


めぐみん「我が名はめぐみん! アークウィザードの称号を有し、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者……!」


カズマ「……冷やかしに来たのか?」


めぐみん「ち、ちがわい!」


カズマ(顔を真っ赤にして怒る女の子。どうやらふざけているわけではないらしい)


アクア「……その赤い瞳。もしかして紅魔族?」


アクア「いかにも! 我は紅魔族随一の魔法の使い手、めぐみん! 我が必殺の魔法は山をも崩し、岩をも砕く……! ……というわけで、優秀な魔法使いはいりませんか? あと、図々しいお願いなのですが、もう3日も何も食べていなくて、その何か食べるものを……」


カズマ(切なげにそう言い、その場にへたりこむめぐみん。キュー、という腹の音が哀愁を誘う)



65: 2016/03/18(金) 19:04:30.60



カズマ「……まあ、それくらいなら別にいいけど、その眼帯はどうしたんだ? 怪我でもしてるなら、こいつに治してもらえよ」


めぐみん「……フ。これは我が強大なる魔眼を抑えるためのマジックアイテムであり……もしこれが外されることがあれば、そのときはこの世に大いなる災いがもたらされるであろう……」


カズマ「…………へっ」


めぐみん「な、何がおかしいのです!」


カズマ(真の魔眼の持ち主であるこの俺を前にして、大真面目にこんなことを吹かす中二病のお嬢ちゃんがいるんだから、笑うなって言う方が無理な相談だ)


カズマ「いいぜ、外してみろよ。お前のその魔眼、本物かどうかこの俺が見定めてやる」


めぐみん「……! いいでしょう、吐いた唾は飲み込めませんよ。解き放たれよ、我が魔眼! 魔法界の至宝にして至高! 不敗を矜(ほこ)る究極よ。その偉大なる力、我に示すがいい――――!」


カズマ(めぐみんはノリノリでばっと眼帯を投げ捨て、その下に隠されていた左目で俺を凝視した)


カズマ「…………で?」


66: 2016/03/18(金) 19:07:40.60


めぐみん「バカな……! 我が魔眼が通用しないだと!? 貴様、どれほどの神秘をその眼に宿しているというのだ!」


カズマ「ふ、ふは、ふははははは! 愚かなり弱き者よ! ありもしない力を騙るその傲慢さ、その身をもって知るがいい……!」


アクア「ねえカズマ、そろそろいいでしょ? 早く面接しましょう?」


カズマ「おまっ……! これからがいいところなんだぞ! 偽の魔眼を名乗るこのめぐみんって娘に、真の魔眼を持つこの俺が力の差を見せつけるっていう燃え展開が台無しじゃないか!」


アクア「……カズマって紅魔族じゃないわよね? なのに何でそんなにその娘のノリに付き合えるの?」


めぐみん「つ、付き合うってなんですか! まるで私がいい年こいてごっこ遊びでもしてる痛い子みたいじゃないですか!」


アクア「いや、ごっこ遊びじゃない方がどうかと思うんだけど……」



67: 2016/03/18(金) 19:10:28.20

カズマ「あーあ、なんかしらけちまったなあめぐみん! 続きはまた今度やろうぜ、この駄女神がいないときにな」


めぐみん「はい! 里の外で私と息が合う人には初めて会いました! あなたとは仲良くなれる気がします!」


カズマ「おう、俺もだよめぐみん! おっと、改めて俺からも名乗らせてもらうぜ。俺はカズマ。こいつはアクアだ。よろしくな」


めぐみん「こちらこそ、よろしくお願いします! ……アクアさんも、一応よろしくお願いしますね」


アクア「な、何よその態度ー! アークプリーストの名前で寄って来といて、この私に対してそんな口利くなんて許しがたいわ! カズマ! 私こんな娘とやっていける自信ない!」


カズマ「お前なあ、こんな小さい娘がよろしくお願いしてきてるのに、女神のお前がへそ曲げてるなんて、大人げないと思わないのか?」


アクア「うぐっ」


カズマ「本当に心が狭いんだなーアクシズ教団の女神様は。こりゃ信徒が増えないわけだ」


アクア「わ、分かったわよ! ……さっきはひどいこと言って悪かったわ。その、よろしくね」


めぐみん「はい、こちらこそよろしくお願いします」


カズマ(素直に頭を下げるアクアと、それを受け入れるめぐみん。女同士の美しい友情が芽生えた瞬間だった)


 つづく


77: 2016/03/20(日) 00:26:52.83

カズマ「で、めぐみん。さっそく作戦会議に入ろうと思うんだが……」


カズマ(昼食を終え、俺はひとごこちついためぐみんとアクアを連れて昨日の平原に来ていた)


めぐみん「はい、分かっています。カズマとアクアが時間を稼いでいる間に、私が爆裂魔法を詠唱し――」


カズマ「ああ。準備ができたら適当なところに撃ちこんで大穴を作ってくれ。その上からアクアのクリエイト・ウォーターでぬかるんだ土を流し込んで即席の底なし沼にする。そこにカエルたちをおびき寄せて、はまりこんだところに俺が」


めぐみん「え?」


カズマ「ん?」


カズマ(信じられない、とばかりに後ずさり、首をふるふるさせるめぐみん。何かおかしなことでも言ったのだろうか、俺は)


めぐみん「……ちょっと待って下さい。つまり、カズマは私の爆裂魔法を穴掘りに利用するつもりですか?」



78: 2016/03/20(日) 00:27:27.10

カズマ「そりゃそうだろ。その爆裂魔法ってのがどんなもんかは知らないけど、名前的にカエルに直接撃ちこんだら肉がダメになっちゃいそうでもったいないからな」


めぐみん「カ、カエルの肉なんていつでも食べられるではないですか! 私がどれほど爆裂魔法を愛しているか、昨日散々カズマに語って聞かせたというのに、全く理解できていないようですね!」


カズマ「あーもう分かったよ! じゃ、俺とアクアで足止めをするから、準備ができたら密集してるあたりにズドンとぶちこんでくれ。あ、ちゃんと合図してくれよ。じゃないと俺死んじゃうから」


めぐみん「さすがはカズマ! あなたなら分かってくれると信じていました! ――――黒より黒く、闇より昏き漆黒に、我が真紅の混淆を望みたもう――」


カズマ「よし、行くぞアクア! なるべく多くのカエルを地面から引きずり出して一箇所に集めるんだ! 上手くいけば追加報酬とかもらえるかもだぞ!」


アクア「オッケー! 分かったわカズマ! 今日こそはこの女神アクア様の恐るべき力、思い知らせてあげるんだから――!」


カズマ(ゴッドブロー! と叫びながら突撃していったアクアが、無事カエルの口の中に消えていくのを尻目に、俺は極力ベタ足で平原を走り回った。すると、予想通り土の中から次々にカエルたちが姿を現した)



79: 2016/03/20(日) 00:28:26.13


カズマ「大体こんなもんか……いいぞめぐみん! 俺がもうちょっと離れたら景気よく――」


めぐみん「――万象等しく灰燼に帰し、深淵より来たれ、『エクスプロージョン』!!」


カズマ「……へ?」


カズマ(頭上十数メートルの高さに、いくつも並列して出現する橙色の魔法陣。そして、一瞬猛烈な閃光が眼を焼いたかと思うと、凄まじい衝撃が襲いかかった)


カズマ(ちゃんと合図しろって言ったのに……!)


カズマ(気がつくと、身体が勝手に動いていた。火力発電所じみた途方もない熱量の塊に走る、黒い落描きじみた線。そして、それらがところどころで収束した、死の点とでも呼ぶべきものまで見て取れる)


カズマ(ぴき、と頭の中で嫌な音がした。物体や生物ですらない、魔法という現象の死を見てしまった反動だろうか。だが、今はそんなことを気にしている場合じゃない)


カズマ「こ――のおおおおおお!!」



80: 2016/03/20(日) 00:29:13.53


カズマ(三歩ほどその場から移動し、迫り来る爆裂魔法の死の点目掛けて木の棒を思い切り突き刺した)


カズマ(何事もなかったかのように静まり返る平原。死の点を突かれたことで、爆裂魔法は完全に消滅してしまったようだ)


カズマ「……やっちまった」


カズマ(せっかく一気にカエルたちを一掃するチャンスを、ものの見事に台無しにしてしまった。さぞやめぐみんもお怒りだろうと、恐る恐る彼女の方を見やると)


めぐみん「うう……どうして私の爆裂魔法が、急に不発に……」


カズマ(潰れたカエルのようにその場にうつ伏せになり、うわ言のようにぶつぶつと何事かつぶやいていた)


カズマ「……えーと、めぐみん? 何してんだ?」


めぐみん「ふ……。我が奥義である爆裂魔法は、その絶大な威力ゆえ、消費魔力もまた絶大。一度放てばその日一日ダウンが確定の超ロマン砲なのです……というか、助けてください動けないです。あ、ちょ、カエルが、カエルがいきなりすぐそばから……! カズマ、助け……ひあっ!?」



81: 2016/03/20(日) 00:29:50.90

カズマ「…………」


カズマ(結局、生き餌を食べて隙だらけになったカエルを二匹討伐し、俺は討伐クエストを完了させた)


 ――――――――


アクア「うっ……うぐっ……。ぐす……生臭いよう、生臭いよう……」


めぐみん「カエルの中って、結構温いんですね……」


カズマ「いや、別に聞いてない……」


カズマ(アクアと同じく粘液まみれで、ぐったりとしためぐみんをおんぶしながらギルドからの帰り道を行く俺たち。周囲の視線がひどく痛い)


めぐみん「しかし、何故私の爆裂魔法が突然消えてしまったのでしょう……魔法陣まで展開していたのなら、もう後は放出するだけなので、不発になるはずもないのですが……」


カズマ「さ、さあな。何かこう、魔法を打ち消す不思議な力を持ったカエルでもいたんだろ。うん、そうに違いない!」


カズマ(全力ですっとぼけ、はっはっはと笑ってみせる。結果的にクエストは達成できたとはいえ、彼女の大技を台無しにしたことがバレたら、面倒なことになることが想像できたからだ)


めぐみん「むう……いまいち納得いきませんが、そういうことにしておきましょう。考えても分かりそうにないですし」

82: 2016/03/20(日) 00:30:27.06


カズマ「そうそう。世の中分からないことだらけなんだから、気楽に行こうぜ、気楽にさ」


カズマ(なんとか爆裂魔法から話題を逸らすことに成功し、胸を撫で下ろす。と、そこに少し後ろを歩いていたアクアがひょいと割り込んできた)


アクア「何? 爆裂魔法が消えちゃった話? そんなの、おおかた巻き添えを食らいそうになったカズマが頃しちゃったとかそんなとこでしょ」


めぐみん「……アクア。それはどういうことですか?」


カズマ「や、やだなあアクアさんってば! 最弱職の冒険者の俺に、人類最強の爆裂魔法をどうにかできるわけないじゃないですかー!」


アクア「どういうことも何も、そこのヒキニートは直死の魔眼っていう見ただけでどんなモノでも殺せるチート能力を持ってるってことよ。ま、神様たるこの私にはそんなペテンは通用しないわけだけど」


カズマ「おま、ちょっと黙ってろ!」


83: 2016/03/20(日) 00:30:59.38

アクア「何よ、本当のことなんだから別にいいでしょう!? 大体、カズマが素直に爆裂魔法を食らってれば追加報酬ももらえたのよ!」


カズマ「いや、あんなの生身で食らったら絶対死ぬだろ! お前、せっかく生き返らせた相手がまたぞろ死んじまってもいいってのか!?」


アクア「死んだらその場でもう一回生き返らせればいいだけの話じゃない」


カズマ「な、なんてこと言いやがるんだこのクソ女神は……」


カズマ(俺が自分の命の軽さにおののいていると、)


めぐみん「……カズマ。アクアの言ったことは本当なのですか」


カズマ(押し頃したようなめぐみんのつぶやきが、耳元でささやかれた。こうなっては仕方がない。俺は観念して頷いた)


カズマ「……ああ、本当だよ」

84: 2016/03/20(日) 00:31:30.60


めぐみん「そんな……私の爆裂魔法を……ああも簡単に消滅させてしまうだなんて……そんなの……」


アクア「あーあ、カズマったら女の子泣かせたー」


カズマ「う……わ、悪かったよめぐみん。今度好きなだけ爆裂魔法撃てるクエストについてってやるから、機嫌直して」


めぐみん「……かっこよすぎるじゃないですか!!」


カズマ・アクア「「……へ?」」


めぐみん「生きているのなら、何でも殺せる直死の魔眼……! な、なんて秀逸な響きなのでしょう……まさか、昼間に言っていたことが本当だったなんて、思いもしませんでした!」


カズマ「あー……うん、気に入ってくれたんなら良かったよ、うん」


めぐみん「今度私の里に来て、皆の前で披露してください! きっと大受けしますよ!」



85: 2016/03/20(日) 00:31:56.56

カズマ「そ、そうだな。また暇なときにでもお邪魔するよ……」


めぐみん「決め台詞は……そうですね、こんな感じで決めてください。『生きているなら、神様だって頃してみせる――――』ふおおおおお! 何だか盛り上がってきましたよー!」


カズマ「ははは……」


カズマ(ツボにはまったのか、俺の背中ではしゃぎ続けるめぐみん。と、不意に目の前を黒々とした何かが横切った)


カズマ(――――)


カズマ(死の線が色濃く這っためぐみんの腕。生命力を変換して作られるという、魔力を使い果たしたせいか、彼女は今かなり死にやすい状態にあるようだ)


カズマ(さすがにあんまりはっきりと知り合いの死が見えるってのは気分悪いな……何かこう、眼鏡的な何かで能力を制限できればいいんだけど。てか、また頭痛がひどくなってきたな……後でまたアクアにヒールかけ直してもらうか)


86: 2016/03/20(日) 00:32:28.40


カズマ「なあアクア。またヒールが切れかかってきたから、もう一回――」


カズマ(……あれ?)


アクア「? どうしたのよカズマ。私の顔に何かついてる?」


カズマ「いや、そりゃ粘液がベタベタくっついてるが……」


アクア「そんなこと言われなくてもわかってるわよ! 早くお風呂行きましょう、もう一分足りともこんな身体でウロウロしたくない!」


カズマ(まばたきをすると、一瞬感じた違和感はすぐになくなった)


カズマ(きっと、間近でめぐみんの死の線を見たから、残像が残ってしまったのだろう。昼間まで見えなかったアクアの死の線が、今うっすらと見えていたなんて、気のせいに決まってる――――)



 つづく

91: 2016/03/20(日) 08:04:11.65
月ヒメしらんけど面白い

107: 2016/03/29(火) 00:37:45.51


カズマ「……死ぬ思いして2日がかりでカエル討伐して、報酬が日当12500円か。割に合わないったらないな」

アクア「そう? お金もらえたんだからいいじゃない! あ、シュワシュワとカエルの唐揚げ一人前追加でー!」

めぐみん「むむう……やはり紅魔族的に魔眼持ちというのは激アツです。カズマ、どうすれば後天的に魔眼を習得できるか知りませんか?」

カズマ「いや、ついぞ知らん。とりあえず、いっぺん死んでみるとかどうだ。俺はそれで手に入れた」

めぐみん「くっ、なるほど。そう簡単に魔眼の秘奥は教えられない、そういうことなのですねカズマ!?」

カズマ「あー、うんそうそう。そういうことにしとくわ」

カズマ(アンニュイに浸る俺とは対照的に、飯をかきこんだり魔眼にワクテカしている女性陣。真面目に悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってきた)

カズマ「当分モンスター討伐は勘弁だな。なんかこう、木を切ってるだけで大金がもらえるクエストとかないのか?」

めぐみん「カズマ……いくらなんでもそんな棚ボタすぎる美味しいクエストがあるわけないのですよ」

カズマ「はっはっは、そりゃそうだよな。やっぱり地道に稼ぐのが一番だってはっきり」

108: 2016/03/29(火) 00:38:39.40

アクア「あるわよ?」

カズマ「あんのかよっ!?」

アクア「ほらこれ。森に悪影響を及ぼすエギルの木の伐採って奴。一本切るごとに報酬一人当たり2万エリス。まあ受注人数が4人限定だから、多分相応の難易度ってことなんでしょうけど」

カズマ「マ、マジで!? 木一本で2万!? 美味しすぎるだろそれは!」

めぐみん「やりましょうカズマ! 私の爆裂魔法があれば、こんなクエストちょちょいのちょいです!」

アクア「あ、エギルの木以外の木を間違って切った場合、報酬からその分天引きされるそうよ」

カズマ「……やめておけめぐみん。お前の爆裂魔法じゃどうぶっ放してもアシが出る」

めぐみん「うう……」

アクア「ただ、このエギルの木ってのがちょっと厄介で――」


???「すまない、ちょっといいだろうか? パーティ募集のちらしを見て来たのだが……」


カズマ(とんでもない美人だった。身長は俺より少し高め。クールな印象を受ける整った顔立ちの、金髪碧眼の女騎士だ)

カズマ(……何より、死の線がまるっきり見えやしない。死ぬほど目を凝らしてようやく見えるか見えないかってところだ。よほど死ににくい身体をしているのだろう)

カズマ「あ、はい。募集してますけど、多分他あたった方がいいんじゃ」


109: 2016/03/29(火) 00:39:43.20

???「ぜひ私を! ぜひ私をこのパーティに!」

カズマ「い、いや、やめといたほうがいいですって! あなたくらい強そうな人なら、きっと他のパーティでも引っ張りだこでしょうし!」

???「いや、ここのパーティでなくてはダメなんだ……!」

カズマ(キッとまなじりを引き締めてそう言い放つ女騎士。その表情からは、並々ならぬ熱意と決意が感じられる)

???「少し立ち聞きさせてもらったのだが……これからあなたたちはエギルの木の伐採クエストを受注するつもりなのだろう!? あの、あのエギルの木の伐採クエストを! そんな……もうついていくしかないではないか……!」

カズマ「ちょ、怖い。この人怖い! アクア、そういやさっき言いかけてたけど、何なんだエギルの木って!」
めぐみん「アクアならあっちのテーブルで宴会芸を披露していますよ」

カズマ「あのバカ……! もういい、ほっとこう。めぐみん、エギルの木ってなんなんだ?」

めぐみん「はあ。私も詳しくは知らないのですが、なんでも自ら意思を持って枝や根っこを操り、獲物を自分で捕まえる木だとか」

カズマ「要するに食虫植物の進化版ってことか。所詮木だし、大したことなさそうだな」

???「エギルの木に捕まったものは枝に絡みつかれ、身動き一つとれないままじわじわと身体からイロイロと搾り取られてしまうらしい……ああっ、想像しただけで震えが止まらない……!」


110: 2016/03/29(火) 00:46:49.33

カズマ(自らの身体を掻き抱き、ぶるぶると震えながら恍惚とした表情を浮かべる女騎士。どうやらちょっとおかしな人らしい)

カズマ「いや、やめときましょうって。何だか知りませんけど、ウチのパーティじゃ実質俺しか戦力がいないようなもんですし、もしものことがあっても助けられませんよ?」

???「クルセイダーの耐久を見くびってもらっては困る。ちょっとやそっと死にかけるくらいではビクともしない! むしろ望むところだ!」

カズマ(……ああ、もういいや。多分大丈夫だろこの人なら。うん、死なない死なない)



 ――――――――


 翌朝


アクア「ふわああああ~~~。何でこんな朝っぱらから馬車に乗んなきゃいけないの? 私まだ二日酔いでしんどいんですけどー」

カズマ「そのくらい自分で治せ駄女神が。エギルの木の伐採クエストのためだって、行くときに説明しただろ」

アクア「え? そうだったっけ。寝ぼけてたから覚えてないわ……あふぅ」

カズマ「だろうな。聞いた俺がバカだった。つーか人としゃべりながらあくびすんな」

ダクネス「依頼先の森はかなり遠い。それに、エギルの木は夜ではなく、なるべく日中に切り倒すのが定石だと聞いている」

カズマ「はあ。よく分からんが、そういうことならしょうがないな」

めぐみん「あの、一応ついては来ましたけど、私今回できることってあるんでしょうか?」


111: 2016/03/29(火) 00:47:44.61


カズマ「それは行ってみないと分からない――っていうか、アークウィザードなら何かしら役に立つ魔法の一つも覚えてるだろ」

めぐみん「ありませんよ?」

カズマ「は? 何で?」

めぐみん「何でも何も、私が愛するのは爆裂魔法のみ。それ以外の魔法に割くスキルポイントなど1ポイントたりともありませんから!」

カズマ「……………………え、マジで言ってんの? 俺、今回お前の魔法を頼りにしてこのクエスト受けたんだけど」

めぐみん「い、いや、そんな目で見られてもない袖は振れませんよ。ないものはないんです」

カズマ「……帰っていいかな?」

アクア「だーいじょうぶだって! このパーティにはアークプリーストにアークウィザードにクルセイダー! 攻防ともに隙なしの完璧な布陣が揃ってるのよ? 何も心配することはないわ!」

カズマ「そのうち一人は完全に役立たずなことが確定してるけどな……」

カズマ(にわかに悪化した空模様を眺めながら、俺はどうか無事にクエストが終了してくれることを神……ではなく仏様に願うのだった。神様ったってアクアだからな!)


112: 2016/03/29(火) 00:48:45.31


 エギルの木の森


カズマ(馬車の停留所から一時間。今にも降り出しそうな暗雲の下、俺たちは件の森の前に来ていた)

カズマ「じゃ、ちゃっちゃと終わらせますか。で、ダクネス。どうやって普通の木とエギルの木を見分ければいいんだ?」

ダクネス「すまない。そこまでは聞いていないのだが……近づくと枝を伸ばして攻撃してくるらしいから、そこで見分ければいいだろう」

カズマ「できれば攻撃される前に区別する方法が知りたいんだが」

アクア「あ、それは簡単よ。エギルの木は樹液じゃなくて血液を養分にしてるから、遠目でもすぐに分かると思うわ」

カズマ「あーはいはいなるほどねー……って、ちょっと待て。血液? どういうことだよ。木が血なんか吸うのか?」

アクア「あれ、言ってなかったかしら。エギルの木は世にも珍しい吸血鬼ならぬ吸血樹よ。枝や根っこで近寄ってきた獲物を拘束して、生きたまま血を吸うの」

カズマ「拘束するったってウツボカズラとかハエトリグサとかそんなレベルだろ? 動いてる人間をとっ捕まえてどうこうなんてできないよな?」

アクア「バカね。そんな生っちょろい木一本伐採するだけで2万ももらえるわけないじゃない。むしろ枝を振り回したりして積極的に攻撃してくるわよ。太い枝で殴られたりなんかしたら、骨折じゃすまないかもね」

カズマ「……なあアクア。俺、腹が痛くなってきたから帰ってもいいか?」

アクア「お腹痛いなら私が治してあげるけど?」


113: 2016/03/29(火) 00:50:05.74



カズマ「いや、やっぱ治った。じゃあ、俺とダクネスとアクアで森に入って一本一本切り倒してくるから、めぐみんはその場で待機しててくれ」

ダクネス「さて、お手並み拝見といこう」

カズマ「うん、拝見しなくてもいいからさっさと片付けるぞ」


 ――――――――


カズマ(ひどく不気味な森だった。枝と枝が頭上でめちゃくちゃに絡み合い、日光をほとんど遮断してしまっているので、辺りは夕暮れのように薄暗かった。おまけに、空気は外とは打って変わって生暖かい。まるで、森自体が巨大な生き物か何かのようだった)

カズマ「……なあ。やけに静かじゃないか? 動物がいないのはいいとして、鳥の鳴き声くらいしてもいいと思うんだが」

ダクネス「そういえば、これだけ大きな森なのに落ち葉がほとんどない……というか、土がそもそも腐葉土でないな。こんな堅い土では木は育たないぞ」

アクア「ね、ねえやっぱり帰りましょう? 何だか私たち、来ちゃいけないところに来ちゃった気がするんだけど……」

カズマ「ついさっき威勢よく胸を張ってらっしゃったのはどこのどなたなんですかねえ? ……それはそれとして、確かにヤバい感じがするな。一旦引き返した方がいいかもしれな……」

カズマ(そう言いながら後ろを振り向くと、そこには俺たちが通ってきた獣道などどこにもなく、ただ前と同じような景色が広がっているだけだった)

カズマ「……なあ。俺たちどこから来たんだっけ?」

ダクネス「どこからも何も、真っ直ぐ歩いてきたんだから、そのまま方向転換して戻ればいいだけだろう」

カズマ「いや、俺聞いたことがあるぞ。森の中って、ひたすら真っすぐ歩いてたつもりでも、ちょっと木を避けたり根っこを乗り越えたりしてるうちにどんどん方向がズレてくるって」


114: 2016/03/29(火) 00:51:15.05


アクア「大丈夫よ。私ちゃんと歩きながら目印になりそうな木を探しながら歩いてたから」

カズマ「俺も同じことしてたけど、ほんの十メートル後ろにあったはずの木がもうどこにも見えないぞ」

ダクネス「空……は、枝葉が邪魔で見えないし、そもそもこの天気では太陽の位置も分からないな」

アクア「じゃ、じゃあ……もしかして私たち、迷ったの?」

カズマ「……それどころか、まんまとおびき寄せられたんじゃないか? そのエギルの木とやらに」

カズマ(その一撃を避けられたのは、本当に偶然だった。たまたま脚の疲れをとるために、膝の屈伸をしようとしてかがみこんだ瞬間、)


 びゅんっ!


カズマ・アクア・ダクネス「「「…………っ!」」」

カズマ(耳を裂くような風切り音とともに、ものすごい勢いで木の枝が俺の頭上1メートルをかすめていった)

カズマ「い、今どの木が攻撃してきたんだ!?」

ダクネス「わ、分からない。あまりにも早すぎて、避けるだけで精一杯……あぐっ!」

カズマ(バシン! と鞭打つような音がして、ダクネスが俺の方につんのめった)

ダクネス「くっ……! 今のはなかなかよかったぞ……!」


115: 2016/03/29(火) 00:52:35.97

カズマ「バカ言ってる場合か! よし、まずは今の二本を確実に仕留め――」



ダクネス「危ないカズマっ!」

カズマ(とっさに飛びついてきたダクネスに押し倒される。その背中越しに、ちょうどさっきまで俺が立っていたところに、大人の胴くらいある太い枝が叩きつけられていた)

カズマ「……マジかよ」

カズマ(本当に、本当に今更ながら俺は気づいてしまった。周りに生えている木の多くが、アクアが言っていたような真っ赤な血の色に染まっていたことを)

カズマ(そう。森の中にエギルの木が数本紛れ込んでいるのではない。エギルの木から成る森の中に、カモフラージュとして数割の普通の木が残されているのであり、紛れ込んだのは俺たちの方だったのだ)

カズマ(絡みあった枝葉の遮光性の高さ、天気の悪さ、暗い中では判別しにくい樹皮に馴染んだ血液の色合い。そうした全てが完璧に噛み合い、久しぶりの獲物を懐まで招き寄せたのだろう)

カズマ「逃げろっ! アクア、ダクネス! こんなクエスト俺たちの手に追えない! とにかく一刻も早く森から抜け出すんだ!」

ダクネス「しかし、闇雲に逃げ回ってはぐれたらどうする!? こんな……猛攻、一人では絶対に……凌ぎきれないぞっ! ああ、そうなったら私は生きたまま枝に絡め取られ、なすすべなくエギルの木の慰みものに……!」

カズマ(どうやら、エギルの木はダクネスを優先的に狙っているらしい。これもクルセイダーのスキルのおかげなのだろうか。おかげで俺は、ほとんど手持ち無沙汰なままでいられていた)

アクア「カズマさんカズマさんっ! 私すっごくいいアイデアを思いついたんだけど!」

カズマ「よし、言ってみろ!」


116: 2016/03/29(火) 00:53:28.52


アクア「エギルの木は血がなくなれば普通の木と同じになるの! だから、私のクリエイト・ウォーターで森全体の木に大量の水を吸わせれば、その分の血液を吐き出すんじゃないかしら!」

カズマ「ええい、よく分からんが頼んだ! このままじゃダクネスがやられちまう!」

ダクネス「気にするな! 私は……くぅ、まだ大丈夫! まだ大丈夫だから! だからもうちょっとゆっくりしてていいぞ!」

カズマ「アクア!」

アクア「任せて! クリエイト・ウォーター!」

カズマ「…………? 何も起こらないじゃ」


 ドドドドドドドドド――――!!


カズマ「なっ……!」

カズマ(一瞬しんと静まり返った直後、まるで津波のような大瀑布が四方八方から殺到してきた)

カズマ「ちょ、アクア! これ俺たちはどうしてりゃいいんだ? まさか水が全部しみこむまでどっかにしがみついてろってのか!?」

アクア「え? 私は溺れたりなんかしないから、適当に流れに身を任せるつもりだけど」

カズマ「俺たちは溺れるんだよ!」

カズマ(自分でもびっくりするくらいの身のこなしでそのへんの木を登り、適当な枝の上で一息つく)

カズマ(ほんの数秒前までアクアと言い争っていた場所で、どす黒い濁流が渦巻いているのを見ると背筋が寒くなる)


117: 2016/03/29(火) 00:55:25.16


カズマ「……エギルの木じゃなくて、アクアに殺されるところだった」

カズマ(ほんの数日の付き合いでしかないものの、どうもアクアは俺の命を軽視する傾向にあるらしい。一度本気でビシっと言っておいた方がいいのかもしれない)

カズマ(そんなことを考えていると、周りの木が不気味にブルブルと震え始め、そして一気に樹皮からドス黒い血をドバっと噴き出した)

カズマ「うわ……グロ」

カズマ(時折ビクンビクンと蠕動しながら、間欠泉のように血液を垂れ流している様は、例え声を上げない樹木によるものでも非常に気持ちが悪かった)

カズマ「こりゃめぐみんは連れてこなくて正解だったかもな……こんなの見たらトラウマになりそうだ」

カズマ(そんなことをつぶやいている間に、エギルの木たちは元通りの茶色い樹皮を取り戻していた)

カズマ「って、これじゃどれがエギルの木だったのかも分からなくなっちまったな」

カズマ(しかし、これで何とか生きて森の外に出ることはできるだろう。血まみれの水が全て引ききってからの話だが)

カズマ「おーいアクア。この水いつになったら引けるんだ? ……って、どこまで流れていったんだあいつは」

カズマ(まあ、元々地面は乾ききっていたわけだし、二時間もすれば歩けるようにはなるだろう。そう思い、腰をおろそうと身をかがめたところで、何かがおかしいことに気がついた)

カズマ「……なんか、目に見えて水が減ってないか?」

カズマ(まるで栓を抜いた湯船のような勢いで、どんどん水位が下がっていっているのだ。それも、明らかに一方向に向かって)

カズマ(何気なくそちらを向いてみると、)


120: 2016/03/29(火) 00:57:54.90



カズマ「…………フフ」

カズマ(思わず、変な笑いが漏れた。頭上にできていた自然のカーテンも、エギルの木によるものだったのだろう。幾分見通しのよくなった空に、ずんととんでもないデカさの大木が一本そびえ立っていた)

カズマ(そういえば、アクアが起こした大津波は森の外周から内側に流れ込んでいた。その中心にあった一本が、他の木が吐き出した血液を運良く全て吸収することができたのだと考えれば説明はつく)

アクア「カーズーマーさーん!! どうしよう!? ねえあれどうしたらいいと思う!?」

カズマ(血相を変えて、どこからかアクアが物凄い速さで駆け寄ってきた)

カズマ「別にどうもしなくていいだろ。どんだけデカくたって所詮木だ。さっさとずらかろうぜ」

アクア「ダメよ! ああなっちゃったら絶対今倒しとかないと、本当にとんでもないことになっちゃうの!」

カズマ「とんでもないことって何だよ?」

アクア「……カズマしかいないみたいだから話すけど、実はあれこの世界の生き物じゃないの」

カズマ「……ってことは、あいつも俺の世界から来たってのか?」

アクア「そう。元は普通の吸血鬼だったらしいんだけど、そいつが殺されたときに流れた血を吸った吸血植物が、本物の吸血鬼になっちゃったって話よ。数十年に一度活動を開始して、村一つを丸ごと飲み込んじゃうことさえあったらしいわ。アインナッシュっていうんだけど」

カズマ「そんなトンデモUMAが俺の世界にいたのかよ」

アクア「同じようなのが後十数体は確認されてるわよ」

カズマ「まだいるのかよ」

アクア「あ、でも安心して! 森になった方のアインナッシュも含めて何体かはある人間に倒されてるから、対処法がないってわけじゃないの!」

カズマ「倒した奴いるのかよ……そいつの方がよっぽど化け物じゃねえか」


121: 2016/03/29(火) 01:04:37.65

アクア「話を戻すけど、吸血鬼は血を吸えば吸うほど力を蓄えていくの。より強い生き物の血の方が、より多くの力を得られるっていうのがミソね。当然人間よりも動物、動物よりモンスターの方が力は強いわ」

カズマ「……じゃあアレか? こっちに来てモンスターの血を吸いまくったせいで、そのアインナッシュとやらはアホみたいに強くなっちまったってわけだ?」

アクア「しかも、いくら吸血鬼になったと言っても、元が人間だからどんどん身体はダメになっていくから、常に同じ人間の血を吸って身体を保たないといけないんだけど、アインナッシュは元が樹木だから吸った血をそっちに回す必要がないの」

アクア「で、さらに転生するときの特典として《不老不死》を選んだから、肉体……ていうか樹体の補修にも力を使う必要がなくなって、吸い上げた血液を全部自分の力として使えるようになっちゃったのよ」

カズマ(青ざめた顔でまことしやかに言葉を並べるアクア。そんな彼女の話を聞きながら、俺は一つの疑問を抱いていた)

カズマ「なあアクア。お前やけにそのアインナッシュとかいう奴について詳しいんだな。もしかして、お前がそいつをこの世界に転生させたとか、まさかそんなことあるわけないよな?」

アクア「もう、カズマさんったら何で私がそんな不届きなことすると思うのかしら? もしかして私が魔王が倒されれば特別ボーナスが出るからそれ欲しさに猫も杓子も一緒くたに異世界に転生させてるとでも思っているの?」

カズマ「ははは、そのまさかなんだよな~」

カズマ(ほがらかに二人してしばらく笑いあった後、)

カズマ「てめぇこのクソ女神なんてことしやがったんだ!」

アクア「うわああああああん怒鳴らないでよー! だってあの死徒二十七祖が転生希望とか言ってきたのよ!? 本能だけで生きてるようなもんだから悪さなんかしないだろうし、魔王なんかちょちょいのちょいでやっつけてくれると思ったの!」

カズマ「本能だけで生きてる奴がお前にごちゃごちゃ言われたからって『はい分かりました』って魔王退治の旅に出たりなんかするわけねーだろ! どーすんだよあんな奴! つか、あいつほっといたら結局どうなるんだ!?」


122: 2016/03/29(火) 01:06:50.47

アクア「うぅ……多分、際限なく魔力を高めていって、じきに森が国一つ覆い尽くすくらいにまで膨れ上がるんじゃないかなーって……」

カズマ「その後は?」

アクア「ええと……魔王城まで飲み込んだ後は、アインナッシュ自身が第二の魔王になっちゃったりなんかして……」

カズマ「……」

カズマ(俺はもうものを言う気力も失せて、ちらっともう一度アインナッシュの方を見やった)

カズマ(最早頂が雲の上にまで伸びていったドス黒い巨大樹は、元気に山脈みたいな長さの枝を四方八方へと伸ばし始めていた)

カズマ(……これ、世界終わったんじゃね?)


 つづく


152: 2016/06/27(月) 21:20:54.63

ダクネス「一旦街に帰ってギルドに報告しよう。もう私たちだけでどうにか出来る問題ではない」

カズマ(ひとまず作戦会議を、ということで森の入口に戻ると、ダクネスが開口一番にそう言った)

ダクネス「エギルの木があそこまで巨大化してしまった前例はついぞ聞かない。ギルド総出で対処する必要があるだろうな」

カズマ「対処ったってどうするんだ? 爆裂魔法の十発や二十発じゃびくともしないだろ、アレ」

ダクネス「ああ。エギルの木は魔法に強い耐性を持っているからな。めぐみんを置いていくことに反対しなかったのはそれが理由だ」

めぐみん「し、しかしいくら耐性があると言っても所詮は植物でしょう。試してみる価値はあるかと」

カズマ「ここから撃って届くってんならいくらでも試していいぞ」

めぐみん「う……少し厳しいかと思われます。直線距離ならば問題ないのですが、周りの木が邪魔で射線が間延びしてしまうのです」


153: 2016/06/27(月) 21:21:29.21

カズマ「ていうか、今から馬車に乗ったらアクセルに着くのは夕方。そこからギルドに報告して、正式に招集が掛かるのは明日の昼前。そこからあーだこーだと作戦会議なんかしてたら、それこそ取り返しのつかないことになるんじゃないか?」

ダクネス「だから、私たちだけで収拾をつけられるような事態ではないとだな……」

カズマ「いや、まだやりようはある。お前たち2人の協力は絶対必要だけどな」

ダクネス「? カズマがあのエギルの木を倒せるというのか?」

カズマ「ああ。できるできないは別として、方法はある」

154: 2016/06/27(月) 21:22:05.64

カズマ(百聞は一見に如かずということで、適当な太さの木を探し、その線を一気に断ち切ってみせた)

ダクネス「!」

カズマ「詳しい説明は省くが、俺はどんなものでも殺せる眼を持ってる。んで、近づくことさえできれば、エギルの木だろうが何だろうが一発で切り倒せるって寸法だ」

ダクネス「に……にわかには信じられないが、目の前で見せられては信じるしかないな」

めぐみん「カズマ! 直死の魔眼を使うときはちゃんと決め台詞を言って欲しいとお願いしたではないですか!」

カズマ「あー、あれな。うん、また今度使ってやるよ」

ダクネス「しかし、言うは易く行うは難しといったところだな。まず、まともに近づくことが難しい」

カズマ「よしんば近づいたところで、死の線を断つ前に一撃もらったらお陀仏だ。うむ、こりゃ詰んでるな」

一同『…………』


155: 2016/06/27(月) 21:22:45.48

めぐみん「あのー、私一ついい方法を思いついたのですが」

カズマ「よし、何でも言ってくれ。話し合いってのはまず意見を口に出すことが大事なんだ」

めぐみん「まず、ダクネスの筋力をアクアの魔法で強化し、カズマを遥か上空まで投げ上げてもらいます」

カズマ「早速嫌な予感がしてきたんだが」

めぐみん「しかし、意見は口に出すことが大事だとほんの数秒前に言ったのはカズマですよ」

カズマ「う……いや、それはそうだけどさ」

カズマ(それにしたって限度はあるだろ、と言いたいところだったが、ここはぐっと我慢する)

カズマ「分かったよ、俺が悪かった。続けてくれ、めぐみん」

めぐみん「で、そこに私が上手いこと爆裂魔法を撃って、爆風でカズマをあの木のところまで吹き飛ばします」

カズマ「そんで爆風でズタボロになった俺が決死の覚悟で死の線をぶち切ると。なるほど、完璧な作戦じゃねえか」

めぐみん「や、やはりカズマもそう思いますか!」

カズマ「不可能だって点に目をつぶればの話だこの爆裂娘! あんなもんまともに食らったら消し炭になるだろうが!」

156: 2016/06/27(月) 21:27:28.06

めぐみん「心配ご無用です! ちゃんと加減しますから死ぬことはありません! ……多分」

カズマ「多分んんんん!? 多分っつったか今オイ!」

めぐみん「私の爆裂魔法は人間には効果半減……だったと思います」

カズマ「半減でも余裕のオーバーキルだっつーの。せめて四半減だろ。俺絶対ノーマル悪とかだし。余裕の等倍だし」

ダクネス「めぐみんの話を聞く限りだと、私も爆裂魔法の余波をモロに受けてしまいそうなんだが……」

アクア「てゆーか、私バフ魔法なんて使えないからそんなの無理よ」

めぐみん・ダクネス「「……え?」」

めぐみん「いや、アクアはアークプリーストなんですよね? でしたら、戦闘時に役に立つような支援魔法の一つや二つ当然覚えているものと」

アクア「そんなの覚えてるわけないじゃない。私の修得スキルは宴会芸スキルだけよ」

めぐみん「……」

カズマ「な? 今朝方俺がお前に対して感じた気持ちがそれだよ。よく分かっただろ?」

めぐみん「え、ええ……身に沁みるほど」

157: 2016/06/27(月) 21:28:09.22

アクア「あ、はいはい! カズマカズマ、私もいい案思いついたわ!」

カズマ「え、何?」

アクア「ちょ、何よその関心度の低さ! めぐみんの時と大違いじゃない!」

カズマ「あー、分かった分かった。一応聞くだけ聞いてやるから、とりあえず言ってみろ」

アクア「いいわ、聞き惚れなさい、私の妙案に! まず、カズマがここら一帯の大地の死の点を突くの」

カズマ「大地の死の点? そんなのあんのかよ」

アクア「爆裂魔法の死の点が見えて、大地のが見えないはずないでしょ。もっと目を凝らしなさいよ」

カズマ「はあ。えーと、こんな感じか?」

カズマ(こめかみをよく揉み込んでから、渾身の力をこめて地面を凝視すると、何となく、うっすらと黒いもやっとした部分が見て取れた)

カズマ(ズキン、と脳の奥が鈍く軋む。ただ目視しただけでこの痛みだ。突き刺せば間違いなくただでは済まないだろう)

カズマ「……見えたけど。これを突いたらどうなるんだ?」

アクア「死の点を突かれたモノはその意味を失うわ。なら、大地の死の点を突けば、そこに根付いてるアインナッシュはどうなると思う?」

158: 2016/06/27(月) 21:29:01.23

カズマ「大体言いたいことは分かったけど、アインナッシュはどっかの誰かさんのおかげで不老不死になってんだから意味なくねえか?」

アクア「バカねーカズマ。ここからが私の作戦の凄いところなの!」

アクア「確かにアインナッシュはその程度じゃビクともしないわ。けど、植物として存在している以上、根を張る大地がないと動くこともできないし、その場に踏ん張ることもできないの」

アクア「で! そこに私が水魔法を叩きこんでやれば、自分自身を支えられなくなったアインナッシュはその場にばったり倒れこんじゃうってわけ。あれだけの大きさの木が硬い地面に倒れ込めば、どうなるかなんて言うまでもないわよね?」

アクア「倒すのは無理でも、かなり動きは鈍ると思うの。そうなれば後はもう煮るなり焼くなり好きにすればいいわ」

めぐみん「お、おお……。何だか、すごくまともな提案のように思われます」

アクア「でしょでしょー! 我ながら会心の出来だと思うわ、このアイデアは! ね、カズマはこれどう思う!?」

カズマ「却下」

アクア「何でよー!」

カズマ(地団駄を踏みながら掴みかかってくるアクアをいなしながら、俺は冷静に尋ねた)

カズマ「で、その倒れた先にあった街や集落はどうするんだ?」

159: 2016/06/27(月) 21:29:50.78

アクア「うっ……だ、大事の前の小事よ。今後アインナッシュがもたらす被害に比べれば微々たるものだわ」

カズマ「でも間違いなく犠牲が出る。俺たちのやらかしたことで、俺たちとは何の関係もない人たちにな」

ダクネス「例え奇跡的に人的被害が出なかったとしても、飛び散ったアインナッシュの破片によって田畑や領地に甚大なダメージが与えられることは想像に難くない。私もその案には賛成できないな」

カズマ「そもそも大地の死の点なんて突いたら俺が大変なことになるだろうが。そんなのお断りだ。もっとスマートな方法を探そう」

アクア「ぜ、絶対それが本音でしょ! そうなんでしょカズマ! ねえったら!」

めぐみん「しかし、私の意見に比べればずっとマシなように思えますし、こうしている間にもアインナッシュはどんどん成長しています。代替案が見つからないようであれば……」

ダクネス「ああ。賛成はできないが、アクアの方法が確実なことには異論ない。だからこそ、最後の手段としてとっておきたい」

カズマ(必要ならばやる、と暗に示し、ダクネスは黙りこんでしまった)

カズマ(口だけで綺麗ごとを並べてみたものの、俺もダクネスの意見には首を縦に振らざるを得ない)

カズマ(この世界の冒険者事情には詳しくないが、あのレベルのモンスターをたった四人で片付けられるというなら、それは破格の方法には違いないのだろう)

160: 2016/06/27(月) 21:31:28.56

カズマ(ローリスク・ハイリターン。俺の大好きな言葉だ)

カズマ(俺の脳がダメになっても、アクアがいれば恐らく治してもらえるし、最悪死んでもう一度生き返らせてもらえればチャラになる……と思う。つまり、俺たちに実質のリスクはない)

カズマ(だからこそ、軽々しく実行するわけにはいかないのだ)

カズマ(現実世界にいた頃なら、自分以外の他人なんてどうなってもいいと思ってた。だが、ほんの数日とはいえ、ファンタジーな異世界とはいえ、俺以外の人間が生活している姿を見てしまった)

カズマ(俺と同じように食事をして、呼吸をしている人たちを、顔も名前も知らないからなんて理由で見頃しにするのは、さすがに後味が悪すぎる)

カズマ(もっと何かこう、あるはずだ。異世界召喚ものの主人公らしい、便利でチートなやり方が)

カズマ(しかし、俺に与えられたチートなんて、この目の前にいる腐れ駄女神しか……)

アクア「な、何よカズマってば。いくら私が美少女だからって、あんまりぶしつけにじろじろ見られると困るんですけど?」

めぐみん「スケベ心は回復魔法では治せないのでしょうか?」

ダクネス「そんなことできるわけないだろうめぐみん。女のカラダに惹きつけられてしまうのはオスとしての本能なんだ。病気ではないのだから治しようがない。……な、なんて嫌らしい目つきなんだ。まるで野獣か何かのような……ああっ!」

161: 2016/06/27(月) 21:32:49.41

カズマ(回復魔法……目が惹かれる……)

カズマ「なあダクネス。お前、痛い目に遭うのは好きか?」

ダクネス「なっ……! ととと、突然なんて大胆なことを聞いてくるんだカズマは!? よ、よしてくれ。こんな人が見ている前でそんなこと……ああ、でも同性からの冷たい視線を浴びながらというのもそれはそれで……」

カズマ「そうかそうかそんなに好きか。うん、なら問題ないな」

ダクネス「へ?」

めぐみん「ちょ、カズマ。いきなり何を言い出すのですか一体?」

カズマ「いや、何。本人の承諾を得られたから問題ない。早速準備に取り掛かるぞ」

アクア「何? カズマさん何かいいことでも思いついたの?」

カズマ「ああ。リスクはデカいし、しくじったらそれまでだが、少なくとも他の人に迷惑は掛からない」

カズマ「時間がねーから、説明は作業しながらする」

カズマ(言いながら、俺はさっきデモンストレーションで切り倒した木のところまで歩いていった)

カズマ(オーケー。バッチリだ。ちょうど中腹にくり抜きやすそうな線がたっぷり走ってる)

カズマ(俺は剣を腰から抜き取り、ザックザックと振り下ろしていった)

 つづく

179: 2016/06/29(水) 23:37:26.58

カズマ「うっし、じゃあアクア、頼んだぜ!」

アクア「オッケー! 振り落とされたって知らないんだからね、カズマ! クリエイト・ウォーター!」

カズマ(アクアの詠唱とともに、鉄砲水じみた水流が一気に俺たちを押し流す)

カズマ(俺たちの乗った、即席のカヌーと一緒に)

カズマ(俺たち全体の機動力のなさをアクアの水魔法とカヌーで、俺の耐久力のなさを張り出した枝に身体を固定したダクネスとアクアの回復魔法で補いつつ、速攻で本体まで近づいていって叩くという作戦だ)

ダクネス「さ、さあ来いエギルの木め! わ、私は知性のないモンスターなどに屈したりなどしないぞ! ……あぶぁっ!」

カズマ「よーしいいぞ、その調子だダクネス! ばっちりタンク役こなしてくれよ……! っと、この!」

カズマ(早速襲いかかってきたアインナッシュの枝を、何とか切り払う)

カズマ(俺たちへの攻撃は全てダクネスが受けてくれるから、カヌーへの攻撃は俺が何とかしなくてはならない)

カズマ(俺のへなちょこ剣術で切り落とせるほど生木は柔くない。だが、それを死の線を的確に切断することでカバーしていく)


180: 2016/06/29(水) 23:38:10.70


ダクネス「ぐはっ……! ア、アクア、そろそろ回復魔法を……」

アクア「分かったわ、ヒール!」

カズマ(見るも無残な有り様になっているダクネスに、アクアが回復魔法をかける)

ダクネス「ありがとう、アクア。ふう、さすがの私でも、これほどまでの苛烈な責めは初めてだ……だが、これも仲間と領地のため! 絶対に受けきってみせる!」

カズマ「その意気だ、ダクネス!」

アクア「カ、カズマさんカズマさん! あれ、あれ!」

カズマ「どうしたアクア……って、うおっ!?」

カズマ(血相を変えたアクアの指差す方を見ると、目が点になった)

カズマ(これまでのせいぜい成人男性の胴くらいの太さだった枝とは打って変わって、家一軒押し潰せそうなほどの、異常なサイズを誇る大木が、今まさに俺たちの真上に振り下ろされようとしていたのだ)

カズマ(さすがにあのサイズはダクネスでも耐えられないだろうし、死の線の切断も間に合わない。第一、カヌーも無事ではすまないだろう)

カズマ(だが)

カズマ「はっはっは、アインナッシュさんよ。その程度の攻撃、この華麗なる魔剣士カズマはとうに見通していたのさ! ――めぐみん! 軽めに一発お見舞いしてやれ!」

めぐみん「はい! 本体には効かなくても、末端の枝葉になら……! エクスプロージョン!」

181: 2016/06/29(水) 23:38:46.01

カズマ(目を焼くような橙の閃光。続いて訪れる大気を震わせる轟音。そして、キンキンする耳を抑えながら顔を上げると、見事にさっきの大木は爆裂魔法によって撃ち落とされていた)

カズマ「ナイスだめぐみん! お前の爆裂魔法は最高だぜ!」

めぐみん「そうでしょうそうでしょう! やはり爆裂魔法は至高にして最強……」

カズマ(カヌーの中に仰向けに倒れたままはしゃいでいためぐみんの声が、ゆっくりとフェードアウトしていく)

カズマ「気絶しちまったか。っしゃあ、アインナッシュも目の前だ! 皆、気合入れていくぞ!」

アクア・ダクネス「「…………」」

カズマ「どうしたんだよ皆急に黙りこんで。せっかくあともう少しだってのに」

カズマ(不意に視界が暗くなる。見上げた先に迫るのは、今度は三本に増えた大木たちだった)

カズマ(あ、詰ん――)

ダクネス「皆、カヌーから降りろ!」

カズマ(ダクネスの叫び声で我に返り、後先考えずカヌーから飛び降りようとして、)

カズマ(ちょっと待て、あいつそういや逃げられないじゃねえか……!)


182: 2016/06/29(水) 23:39:39.57

カズマ(アインナッシュの猛攻を受けてもカヌーから落ちないよう、ダクネスは自ら進んで船首に縛りつけられていたのだ)

カズマ「ダクネス――!」

カズマ(とっさに身体が動いていた)

カズマ(俺の身体能力では、あの大木が降ってくるより先にダクネスを助け出すことなどできない)

カズマ(アクアは言っていた。いかに不老不死であろうと、所詮は植物。根付く大地がなければ、立っていることすらままならないと)

カズマ(飛び降りざまに、地面に浮かぶ黒い点を凝視する)

カズマ(ほんの一瞬、一瞬だけ怯んでくれればそれでいい!)

カズマ(ほとんど腕ごと、手に持った剣を死の点目掛けて突き立てた)

カズマ(バキン、と。脳の中で何かが割れた)

カズマ(喪ってはいけないモノ、亡くしてはいけないモノ。それらのうちの、どれか一つが木っ端微塵に砕けて消えた)

カズマ(俺が頃したのは、ただの土壌としての大地ではない。命が息づく場所、生命が存在するための基点。龍脈とか地脈とか、そういったものまでもを一息に断ち切ったのだ)

カズマ(そこに巡らせていた、アインナッシュの根っこも恐らくは例外ではない)

カズマ(森が鳴動する。人間で言うなら、胃袋と血管を同時に引き千切られたかのような苦痛だろう)

183: 2016/06/29(水) 23:40:08.05

カズマ(俺の狙い通り、ダクネスの頭上十数メートルまで迫っていた大木たちは、互いにぶつかり合い、奇跡的にカヌーを逸れてくれた)

カズマ「――――」

カズマ(言葉が出ない。地面に叩きつけられた痛みとは無関係に、口から意味のある音を紡ぐことができなくなった。ピースを失ったパズルみたいに、言語を形にする方法が分からない)

カズマ(あ――れ。これ、結構、ヤバいんじゃ)

アクア「カズマっ!」

カズマ(突然、身体の下から水が湧き上がったかと思うと、俺の身体を一気にカヌーまで押し上げた)

アクア「カズマ、ねえ、大丈夫!? カズマってば!」

カズマ(全身に黒い線が這ったアクアが、必死に俺を揺すっている。大丈夫だ、と言ったはずの口は、ただ酸欠の魚みたいにパクパクと開閉しただけだった)

カズマ(全身の力を振り絞って、俺の頭を指差すと、アクアはすぐ俺にヒールをかけてくれた)

184: 2016/06/29(水) 23:40:56.77

カズマ「……アインナッシュは?」

アクア「だいぶ弱ってきたみたいだけど……それでもすぐ回復するはずよ。ちょうど、私たちがアインナッシュの根元にたどり着くくらいに」

カズマ(見上げてみれば、雲よりも高くそびえたつ赤黒い大木は、今や目と鼻の先にまで近づいてきていた)

カズマ「ちょうど懐に入ったところで袋叩きにされるわけか。どうする? めぐみんはもう爆裂魔法は撃てないし、ダクネスも消耗がかなり激しい。ここらで尻尾巻いて逃げといた方が身のためかもだぞ」

アクア「何言ってんのよカズマ! エギルの木の親玉を倒したとなれば一攫千金間違いなしよ? ここで退いて他の冒険者に報酬を山分けさせられたらもったいないじゃない!」

カズマ(たった3日の付き合いだが、もうこいつの行動原理が分かってきた気がする)

ダクネス「いや、大丈夫だ。私ならまだやれる」

カズマ「ダクネス……」

ダクネス「こんな楽しい時間をもう終わりにするなんて、あまりに名残惜しい。そうだろう?」

カズマ「……何でちょっとかっこつけてんの?」

めぐみん「わ、私も……あと一発。さっきのは少し加減気味だったので、あと一発までなら恐らく爆裂魔法を撃てます……向こう3日ほどお休みをいただくことになりますが」

カズマ「十分だ。それで決め手がつくれる」

185: 2016/06/29(水) 23:41:56.51

アクア「どうするの、カズマ?」

カズマ「別に難しいことじゃない。タイミングだけが大事だ。……来るぞ、ダクネス!」

ダクネス「くっ……! いいだろう、クルセイダーとして、仲間のために全力でこの身体を張らせてもらう! さあ来いエギルの木め! もっとだ、もっと、もっと私を無茶苦茶にしてぇえええ――――!!」

カズマ(再び始まる猛攻。だが、地脈ごと根を潰されたダメージがかなり大きいのか、その勢いは先程のそれに二歩も三歩も劣る)

アクア「来たわカズマ! 大物よ!」

カズマ「めぐみん! 詠唱破棄、俺の合図で一気にぶっ放せ! アクアはその後すぐにクリエイト・ウォーター、俺の足元から全力でアインナッシュ目掛けて撃ってくれ!」

アクア「カズマごと!?」

カズマ「俺ごとだ!」

めぐみん「え、詠唱破棄……! 何という甘美な響きなのでしょう。一つランクが上の魔法を使っている気がします……!」

カズマ(末節では致命打を与えられないと見たのだろう。さっきの大木を何本もより合わせ、一本の巨大な綱のようにして振り下ろしてきた)

カズマ「今だ、めぐみん!」



186: 2016/06/29(水) 23:43:21.77

めぐみん「はい!」

カズマ(無言の一振りから、豪炎と爆圧が迸る。天をも穿つ光柱が、一直線にめぐみんの杖からアインナッシュまでの間を貫いていた)

カズマ「アクア!」

アクア「オッケーカズマ! しくじったら承知しないんだから!」

カズマ(叫ぶと同時、カヌーから横っ飛びに飛び降りる)

カズマ(轟きを上げる怒涛の水柱。間欠泉のような勢いで噴き上げた水流に揉まれながら、爆裂魔法がつくった一瞬の間隙を突いてダーツのように飛んで行く)

カズマ「食、らえぇえええ――――!」

カズマ(その後のことなど一切考えない。突き出した両手に構えた剣を、ぽっかりとウロのように空いた死の点に深々とねじ込んだ)

カズマ(ぐき、と肩口から嫌な音がして手がすっぽ抜け、そのまま顔面から幹に叩きつけられる)

カズマ(アインナッシュの樹皮から伝わる断末魔のような激しい脈動と、首の骨がへし折れる乾いた音を最後に、俺の意識は完全に途絶えた)

187: 2016/06/29(水) 23:44:31.05


 ――――――


カズマ(と、こんな具合に激闘を制した俺たちだったが、その後の話は何ともしょっぱい結末に終わることとなる)

カズマ(エリス様との再会と蘇生、すぐさま街に帰って成果を報告すると、ギルドのお姉さんは何とも微妙な表情で奥の方に案内してくれた)

カズマ(当然ながら、アクセルからもあのバカでかいアインナッシュの姿は見えていたようで、街は周辺からの避難民でごった返していたのだとか)

カズマ(そこに、ミツルギとかいう王都でも有名な魔剣使いが現れ、混乱に陥った冒険者たちをまとめ上げた)

カズマ(恐慌のさなか、静まり返るほどの一喝の後でぶち上げられた演説を前に、人々は感涙を流し、守るべきもののために奮い立ったのだという)

カズマ(そこからものの一時間ほどで討伐隊の編成を整え、意気揚々と街を出発する彼らを涙ながらに見送ったところで、俺たちが帰還したらしい)

カズマ(そういえば、やけに騒がしい集団が俺たちの来た方に向かっていくなあと思っていたが、どうやらあれがそうだったようだ)

お姉さん「ですからその、もうとっくにエギルの木はカズマさんたちに討伐されたということになりますと、今しがた出発した方々も帰るに帰れないと申しますか……)

カズマ「あー……」

アクア「はあ!? そんなの知ったこっちゃないわよ! その人たちに出す予定だった報酬金、全部私たちによこしなさいよ!」

お姉さん「そ、そうしたいのも山々なのですが! せっかく街のためを思って勇気を振り絞って立ち上がってくれた皆さまが、これではあまりにもアレすぎるではないですか!」

188: 2016/06/29(水) 23:48:05.72

めぐみん「……確かに、どんな顔して帰ってくればいいのか分かりませんね、それは」

ダクネス「そういう感じはちょっと私の趣味ではないな……」

カズマ「そういう感じってなんだよ」

アクア「知ーりーまーせーんー! とっとと出すもん出しなさいよ、ほらほらほらほら!」

お姉さん「あうううう揺さぶらないで揺さぶらないで!

カズマ「アクア」

アクア「ちょっと、カズマからも何か言ってやってよ! あんな大変な思いして倒したのに一銭ももらえないんじゃ割に合わないどころの話じゃないわ!」

カズマ「諦めろ」

アクア「そ、そんなぁああああー……」

カズマ(えぐえぐとその場に突っ伏して泣き始めたアクアを引きずって帰ろうとすると、)

お姉さん「げほっ……お、お待ち下さい。ギルドとして正式な報酬金をお出しすることはできませんが、今後カズマ様たちのクエスト報酬には、心ばかりの色をつけさせていただくということで今回の分の補填とさせていただきますので、どうかそれでお許しください」

アクア「あ、それいいわね! 何だかすっごく得した気分! あなた中々粋なことするじゃない!」

お姉さん「よ、喜んでいただいてこちらとしても幸いです……」



189: 2016/06/29(水) 23:52:03.66

めぐみん「現金ですね」

ダクネス「現金だな」

カズマ(呆れたようにため息をつく二人。そんな彼女たちをよそに、俺はエリス様とのやり取りをもう一度思い返していた)


 ――――――――


エリス「最後に一つだけ、いいですか?」

カズマ「あ、はい。何なりと」

エリス「カズマさんの、直死の魔眼のことです」

カズマ「はあ。この目がどうかしましたか?」

エリス「もしカズマさんがお望みなら、その目を普通の目に戻して差し上げることも可能ですが、どうしますか?」

カズマ「戻すって。いや、そんないいですよ別に。この目のおかげで危ないところを助けてもらったりしてますし、何だかんだで便利ですもん。頭は痛くなりますけど、アクアがいれば何とかなりますし」

エリス「……そうですか。いえ、カズマさんがよろしいのでしたらいいんです。それに、先輩がそばに居てくださるのなら、私がそう思い煩う必要もないかと思いまして」

190: 2016/06/29(水) 23:53:28.41

エリス「ただ、一つだけ約束して欲しいことがあります」

カズマ「何ですか? エリス様との約束なら、それこそ死んでも守りますよ」

エリス「今後、非生物の死の線を見たり、切ったりすることはしないでください。点を突くのもダメです」

カズマ「ど、どうしてですか?」

エリス「カズマさんと同じ生き物の死を見るのと、鉱物や魔法の死を見るのとでは負担が段違いなのは、カズマさんご自身がよくお分かりかと思いますが」

カズマ「……ええ。文字通り痛いほど」

エリス「本当なら、目を使うこと自体も完全にやめた方がいいのですが、そこまでする必要はないでしょう。恐らく、カズマさんの世界でしたら魔眼頃しを作れる方もいらっしゃると思いますし」

カズマ「魔眼頃し?」

エリス「読んで字のごとく、魔眼の機能を制限する魔道具です。形は様々ですが、眼鏡タイプが一番メジャーですね。コンタクトレンズ型もなくはありませんが、使い捨ての上に一組で家が買えるほど値が張りますから、あまりおすすめできません」

カズマ「じゃあ、その魔眼頃しを作れる人を探せばいいんですね」

エリス「はい。と言っても、探すまでもなく出会えるとは思いますが」

カズマ「あ、そうなんですか。じゃあそんなに焦る必要もなさそうですね」

エリス「いえ、一応命に関わることなので、それなりに危機感は持っていただかないと」

191: 2016/06/29(水) 23:54:50.37

アクア『ちょっとカズマー! いつまで寝てんのよ、さっさと起きなさい!』

カズマ「うわ、うるさいのが」

エリス「あはは……それじゃ、早く行ってあげてください、先輩が待ってますから」

カズマ「はい。じゃ、行ってきます、エリス様」

エリス「行ってらっしゃい、カズマさん」


 ――――――――


カズマ(……ああ、可愛かったなあエリス様。もう一回会いたいなあ)

アクア「何してんのよカズマー! そろそろ出発してった冒険者たちが帰ってくる頃だから、皆で生暖かく出迎えてあげないと!」

カズマ「何て嫌らしいことを思いつくんだお前は……」

アクア「だってー! せっかく大儲けできるはずだったのに、先走ったあいつらのせいでお預けになっちゃったのよ!? せめてどの面下げて戻ってくるのかくらいこの目で見てやらないと気が済まないわ!」

カズマ「はいはい、一人で行って来い。俺は小屋に帰って寝てるから」

192: 2016/06/29(水) 23:56:39.64

めぐみん「私もそろそろ体力の限界なので、宿の方で休ませていただきます」

ダクネス「私は一旦実家に帰るよ。装備が傷んでしまったからな」

アクア「えー……何よ、つまんないの。じゃ、私もカズマと一緒に帰るわ」

カズマ「おう。ったく、今朝方出てったばっかりなのに、今はあの藁のベッドが待ち遠しいぜ」

アクア「あ! そうだ、お昼寝する前に銭湯行きましょうよカズマ! そっちの方が絶対気持ちいいわ!」

カズマ「お、珍しくいいこと言うじゃんかアクア」

アクア「何よ、私はいつでも冴えてるわよ!」

お姉さん「それでは皆さん――どうも、ありがとうございました」

カズマ(深々と頭を下げ、感謝の言葉を述べるお姉さん)

カズマ(それだけで俺は、命懸けでこのクエストをやり遂げた甲斐があったと思うのだった)

193: 2016/06/30(木) 00:03:55.53
ここまでとなります
他に集中したいことがあるので、このスレは一旦終了とさせていただきます
また続きを書いたらスレを建て直すので、そのときはよろしくお願いいたします
では読了いただきありがとうございました

194: 2016/06/30(木) 00:27:17.05

面白かったよ

195: 2016/06/30(木) 00:40:54.00

198: 2016/06/30(木) 04:12:21.98
乙ー
また書いてくれよなー

引用元: 【このすば】カズマ「直死の魔眼……?」