1: 2010/09/09(木) 23:01:17.02
純視点

澪先輩のことを思うと、胸がきゅぅんとなる。

その感情に、もう嘘はつけない。

純(今日こそ、告白するんだ)

純(澪先輩に、私の気持ちを……)

頑張るぞ、そう決意しながら、私はその日学校に向かった。

3: 2010/09/09(木) 23:02:45.87
梓視点

放課後!

私が部室の扉を開けると、そこに、純がいた。

梓「……何やってるのよ、純」

純に隠れて見えなかったが、澪先輩もいた。

純「澪先輩に、勉強を教えてもらいに来たんだよ」

澪先輩は「え?」という顔をした。

梓「ジャズ研にいるじゃない、三年生とか。第一、私に聞けば…」

4: 2010/09/09(木) 23:04:30.22
純「今日は全員、休みだったり、面談あって来れなかったり、オープンキャンバス行ってるんだよ」

純「梓に聞いたら、お金取られそうだしね」

梓「……憂は?」

純「聞いても、よく判らんかった」

梓「ふうん」

純は澪先輩に小さく何事かを言うと、部室から出て行った。

それに入れ替わるようにして、律先輩がやってきた。

律「おーっす、澪! それに梓! 唯たちは?」

5: 2010/09/09(木) 23:05:10.35
澪「面談」

律「そうだっけか」

聞いてなかったな、と律先輩が笑う。

律「ムギは?」

澪「掃除も終わった頃だろうし、もう少しで……、お、来た」

紬「ごめんね~、掃除が長引いちゃって」

6: 2010/09/09(木) 23:05:55.41
律「いいって、いいって。それよりお茶!」

紬「待っててね~」

紬先輩は準備室に、鼻歌を歌いながら、小走りでかけてった。

数分して、レモンティーの香り。

梓「いいにおいですね」

紬「あ、わかる? 香水、つけてみたの!」

そっちじゃねーよ、と心の中で呟く。

律「さあ,飲むぞ!」

ローズヒップティーの香りも、微かながら鼻腔をくすぐった。

8: 2010/09/09(木) 23:07:47.33
唯「ごめんねー、遅れちゃったー」

そう、間の抜けた声が聞こえたのは、ティーが温くなったのと同じときだった。

唯「あずにゃんはいつもかわいいねえ」

部室に入ってくるなり、たたた、と駆け寄ってきて、私に抱きついてきた。

暑い日にこれやられると、かなりきつい。

梓「やめてくださいよ」

私は軽くあしらうが、聞いてはいない。

9: 2010/09/09(木) 23:08:20.64
唯「やわらかくて、いいきもち……、私、ミルクティー」

飲むだけ飲んで、今に太っちゃう気がする。大丈夫だろうか。

澪「じゃ、みんなあつまったし、練習するか」

梓「やりましょ     唯「えー、もう少し休もうよー」

なんで唯先輩は、この部にいるのだろうと、たまに本気で悩む。

梓「そんなこと言ってないで。学園祭も近いんですし」

唯「いいじゃんいいじゃん」

10: 2010/09/09(木) 23:09:07.68
頬を摺り寄せてくる。

梓「や、やめてください!」

つい、叫んでしまった。

沈黙。

そして、唯先輩は私から体を離す。

その後、ぎこちない空気のまま、練習が始まった。

複雑な気持ち。

唯先輩に今度謝っとこう、と思った。

11: 2010/09/09(木) 23:10:05.58
純視点

私はジャズ研部室にいた。

しかし、練習にも力が入らない。

純(澪先輩…)

純(澪先輩、ちゃんと来てくれるかな)

頭の中は、不安と期待で一杯だった。

12: 2010/09/09(木) 23:10:53.30
****************回想ここから******************

私は音楽室へ向かっていた。

―――今日こそ、澪先輩に告白するんだ。

そう何度も心の中で言い聞かせながら、音楽室の扉を開いた。

もし、澪先輩以外にもいたら、梓に会いに来たってことにすればいい。

しかし、そんな私の不安を裏切るように。

澪「―――……、純か」

澪先輩が、澪先輩だけがそこにいた。

13: 2010/09/09(木) 23:12:14.60
私はつかつかと歩き、澪先輩のところに向かった。

意を決して言う。

純「あ、あの、軽音楽部の練習終わったら、ジャズ研の部室に来てくれませんか?」

澪「え、何で?」

純「理由は、あとで話します。だから――」

そこで梓が入ってきた。

梓「……何やってるのよ、純」

私はとっさに、嘘をついた。

純「澪先輩に、勉強を教えてもらいに来たんだよ」

梓「ジャズ研にいるじゃない、三年生とか。第一、私に聞けば…」

14: 2010/09/09(木) 23:13:20.14
純「今日は全員、休みだったり、面談あって来れなかったり、オープンキャンバス行ってるんだよ」

純「梓に聞いたら、お金取られそうだしな」

梓「……憂は?」

純「聞いても、よく判らんかった」

梓「ふうん」

嘘はばれていないようだ。多分。

梓はまだ、私を半眼で見ていた。

早く出よう、そう思った。

最後に、絶対来てくださいね、と小声で言って、部室を出た。

梓は怪訝な目で見ていたが、気にしなかった。

**************回想ここまで**************

15: 2010/09/09(木) 23:14:06.11
私は早く、澪先輩に会いたかった。

純「ねえ、今日は早く上がらない?」

私は同じ二年の子に言った。

二年女子「んー、もう五時だしね。三連休明けの練習で、一年疲れてるかもしれないから、そうするか」

後輩「え、もうあがるんですか!?」

純「うん、たまにはね。三年の先輩もいないし」

二年女子「そういうことだから、各自、楽器をしまったら帰って良いわよ」

後輩の一部が、やったーと声を上げた。

数分後、私だけが部室に残った。

16: 2010/09/09(木) 23:15:39.71
梓視点

澪「きょ、今日はもう終わるか!」

五時十五分、澪先輩がそういった。

唯「さんせーい」

律「三連休明けだから、いいと思いまーす」

澪「よし! じゃあ、帰るぞ!」

それが合図となって、私たちは帰る準備を始めた。

数分後、私たちは部室から出た。

17: 2010/09/09(木) 23:16:30.09
純視点

五時二十五分

ろくろっ首のように首を長くして、私は澪先輩を待っていた。

腕時計との格闘の末、がららら、と音を立てて、部室のドアが開かれた。

私は期待に目を輝かせながら、そこにいる人物を見る。

澪先輩が、いた。

部室の窓は西向きで、夕日がいやでも入ってくる。

特に今日みたいな晴れの日には、部屋全体が緋色になるのだ。

幻想的なまでに白い澪先輩の肌を、赤が照らし出していた。

18: 2010/09/09(木) 23:17:48.64
純「――澪先輩」

何だかとても、懐かしく感じられた。

澪「な、何だ、用事って」

私は、意を決して言う。

純「わ、私、澪先輩のこと、ずっと――」

言うのはとても、気恥ずかしかった。

だけど、もう、後には退けない。

全身を夕日に染めた澪先輩を、私は見つめて――。

純「―――大好きなんです!」

言ってしまった。しかし、私の心に悔いはない。

20: 2010/09/09(木) 23:18:35.53
澪視点

私がジャズ研の部室に付くと、言っていたとおり、純がいた。

赤い後光が、純の前に長い陰を作り出していた。

澪「な、何だ、用事って」

何だか緊張して、しどろもどろな口調になった。

殆ど関わりのない純が、何の用だろう。

私がそう考えていると、純が叫ぶように、言った。

21: 2010/09/09(木) 23:19:44.55
純「わ、私、澪先輩のこと、ずっと――」

何故か、純も緊張していた。

純「―――大好きなんです!」

少しの間をおいて、彼女がつむいだ言葉は、れっきとした告白だった。

澪「え、あ、あ、」

動揺する。

頭が真っ白になった。


22: 2010/09/09(木) 23:20:42.71
何を言えばいいのか、判らなかった。

混濁した思考の中で、私は答えを見つけ出した。

澪「―――私もだよ」

ドラマや映画の中で、大好きだ、と言われたらみんなこう答えている。

その台詞を、反芻するみたいに言っていた。

その重大さに、気付けなかった。

23: 2010/09/09(木) 23:21:52.64
純視点

澪「―――私もだよ」

今、なんて?

いや、聞こえた。

完全に、聞こえた。

明瞭に明確に鮮明に聞こえた。

「―――私もだよ」「―――私もだよ」「―――私もだよ」「―――私もだよ」「―――私もだよ」

返事が、何度も脳内でリピートする。

24: 2010/09/09(木) 23:22:36.61
純「ほ、本当ですか!」

言うと同時、私は澪先輩に抱きついた。

澪先輩は困惑したように、「そ、そうだ」と言った。

純「よ、良かった! 私、振られたらどうしようと……不安で」

私は澪先輩を、きつく抱きしめた。

放さない、とするように。

26: 2010/09/09(木) 23:23:29.30
澪視点。

澪(もう、後には退けないな)

澪(私もこういう、まっすぐな子、嫌いじゃない。―――律みたいで)

澪(付き合っても、いいんじゃないか、な。うん。女同士でも、女子高ってことで)

澪(ムギの奴が見たら、鼻血でも出しそうだよな)

澪(律は純のこと、知ってるよな。よし、帰ったらメールしよう)

澪(付き合うことに、なったって―――……)

27: 2010/09/09(木) 23:24:25.64
私は、はっと気が付いた。

澪(――律)

幼馴染のように、いつも一緒にいた、律。

桜高に合格したとき、二人で抱き合って嬉し泣きした。

けいおん部に誘ってくれた時、内心、凄く嬉しかった。

学園祭でライブ出たとき、律は馬鹿なこと言って、私の心を和ませてくれた。

私が本当に好きなのは――――。

29: 2010/09/09(木) 23:25:49.12
純「ねえ、先輩…」

私は考えを中断する。

純「あの、なんかの本で読んだんです。告白して、OKもらったら……」

純「キス、するって……」

吐息が近い。

ぼうっとした純の目に、縫いとめられたみたいに、惹きつけられる。

駄目だ、きっと、その先まで行ってしまう。

簡単に予測できる。

駄目。キスは、駄目。

しかし、拒絶しようとすることを拒絶した。残酷なことをしているような気がして。

唇の、距離が縮まる。

そのとき――――。

30: 2010/09/09(木) 23:26:37.04
梓視点

私たちが帰路に付いたとき、澪先輩が「忘れ物を取りに行く」と言った。

明らかに、挙動不審だった。

澪先輩が行ってから数十秒後、私も先輩と同じ手で、部室に戻る、と言った。

足早に、澪先輩の後を追う。すぐに澪先輩は見つかった。

澪先輩は階段を上った。そっちは、けいおん部の部室に向かう方向ではない。

梓(―――ジャズ研だ)

私は澪先輩の後を追う。足音を立てないよう、ゆっくりと……。

31: 2010/09/09(木) 23:27:10.49
やはり、澪先輩はジャズ研の部室に入って行った。

ジャズ研の扉からひょっこりと顔を出し、室内を覗く。

梓(純、やっぱり……)

澪先輩は、純に近づいていく。窓から差し込む夕日のせいか、顔は、赤い。

純「―――大好きなんです!」

大声が聞こえた。

32: 2010/09/09(木) 23:27:47.23
それも、予想していた。二人っきりですることは、告白と相場が決まっている。私の脳内では。

しかし、私は止めに入らなかった。

何故なら、澪先輩が断るだろうと、たかをくくっていたから。

澪「―――私もだよ」

だから、澪先輩のその言葉を聞いたとき、我が耳を疑った。

今、なんて?

いや、聞こえた。

けれど、信じたくなかった。

聞こえたからこそ、信じたくなかった。

33: 2010/09/09(木) 23:28:40.82
二人は抱き合う。

梓(う、嘘だ……)

二人の唇が近づく。

梓(やだ、やめて、嘘だ、や、う、やぁあ)

二人の、唇が重なり合わんと―――――

ぷつん、と私の中の、何かが切れた。

34: 2010/09/09(木) 23:29:12.30
純視点

私は、澪先輩とキスをしようとしていた。

澪先輩の吐息が近い。

純(これが、私のファーストキスだな)

澪先輩の切れ長の目をまじまじと見ながら、心の片隅で思った。

いける、そう確信した。

35: 2010/09/09(木) 23:30:48.92
その確信を、ぶち壊すみたいに。

ガララララッ!

と、勢いよくドアが開かれた。

憤怒の形相をした、梓がいた。

抱き合う私たちを、ねめつけていた。

――――嫉妬するように。

36: 2010/09/09(木) 23:32:01.52
澪視点

ガララララッ!

扉の開く音。

首だけで後ろを見る。

――梓の姿。

乱入してきた梓を見て、咄嗟に私は純を突き放した。

純「あ、梓! 覗いてたのね! 信じられない!」

37: 2010/09/09(木) 23:32:53.94
だから私も抗議しようと――それより早く、梓が言う。

梓「黙れ」

女豹のようにガンを飛ばし、純を睨んでいた。

ぐるるるる、と今にも威嚇しそうだった。

純「ふ、ふん! 何よ! 悔しいの!?」

梓「当たり前」

頭が、熱暴走しているように見えた。

怖い。今にも暴れだしそうな雰囲気の、梓が怖い。

38: 2010/09/09(木) 23:33:26.31
襲い掛からんとする梓に畏怖し、意図せず私は純の制服の袖を―――

―――ぎゅっと、つかんだ。

その光景を見た梓は、戦慄するように言った。

梓「……そう。澪先輩は、もう純に、ぞっこんなんだね」

澪「は、はぁ?」

梓「私、澪先輩のこと大好きなのにな……」

臆面もなく、宣言する。

40: 2010/09/09(木) 23:34:00.52
梓「一年以上もずっと一緒にいて、澪先輩って、鈍感ですね」

梓「ずっと、愛してたのに」

梓「つい最近しゃしゃり出た女に、盗られるなんて」

梓「簡単に、奪われるなんて」

梓「澪先輩に……裏切られるなんて」

独白するように、梓は言う。

41: 2010/09/09(木) 23:35:19.95
澪「な、何がだ? 梓をいつ裏切った?」

梓「鈍、感」

澪「だから何がっ!」

梓「―――許さない」

澪「は、はぁ?」

梓「みんな私に意地悪する!唯先輩も、律先輩も、みんな、みんな……っ」

梓「律先輩は生意気とか言うし! 唯先輩はべたべたひっついてくるし!」

42: 2010/09/09(木) 23:36:19.57
壊れたラジカセのように、梓は言い続ける。

梓「純も、澪先輩も、―――最悪!」

まるで会話が出来ない。私は匙を投げた。

澪「―――まあ良い。ただな、今はプライベートなんだ。例え知り合いでも、覗くな」

しかし、梓は私の言葉に、聞く耳なんか持っていないようだった。

梓「私から澪先輩を奪った、純なんか氏ね!」

私は梓に憤った。氏ねなんて、いくら友達にでも、言って良いことと悪いことがあるだろう。

43: 2010/09/09(木) 23:37:10.83
純だって、傷つくはずだ。氏ねといわれて、喜ぶ人間がいるとしたら、そいつはどうしようもないマゾヒストだ。

純「……出てけ」

そのとき私は、純の呟きを聞いた。

腹の底から出しているような声音。

純「梓! 私は梓よりも澪先輩を愛してるんだ! 邪魔をするな! 出てけ!」

純「梓はね! 振られたんだよ! 私を選んでくれたんだから!」

45: 2010/09/09(木) 23:38:03.82
懇願するみたいに、純が猛る。

純「私は          梓「皆、氏んじゃえ!」

純の言葉を遮るようにして、梓は部室から出て行った。

澪「………な、何だったんだ」

去った後。けいおん部で梓がで飲んでいた、ローズヒップティーの残り香はもうなくなっていた。

46: 2010/09/09(木) 23:38:54.30
純視点

梓が脱兎のごとく、出て行く。

澪「な、何だったんだ」

澪先輩が問うように言った。

純「………きっと、嫉妬してるんです」

澪「し、嫉妬?」

純「梓も、澪先輩のこと、好きだったんですよ」

48: 2010/09/09(木) 23:40:04.12
できれば、言いたくなかった。

梓の気持ちを、澪先輩に言いたくなかった。

澪「ああ、言ってたな」

純「それで、私に先輩を取られたのが、くやしかったんです」

私は知っていたのに。

梓が澪先輩を好きなことを。

なんて、残酷なことを言ってしまったのか。

今更思う。

自分勝手な後悔の念が、私を縛り付けた。

49: 2010/09/09(木) 23:40:45.88
澪「つまり……」

純「………はい」

澪「三角関係ってこと、か?」

純「……はい」

澪先輩も、そこまで鈍感じゃないらしい。

澪「………」

50: 2010/09/09(木) 23:41:36.19
純「あの、それで、さっきの続きなんですけど」

空気が読めていないのは、承知していた。

澪「続き?」

純「き、キス……」

澪「……純は、大丈夫なのか?」

純「私? 何がです?」

澪「梓と、友達、なんだろ…?」

純「……はい」

51: 2010/09/09(木) 23:42:41.22
純「でも、私は、梓以上に」

告白したときみたいに、顔が熱くなる。

純「澪先輩のことが、好きなんです」

澪「……どこがいいんだ?」

純「……私を細胞ごとに分けても、きっと答えはわかりません」

純「ただ、好きなんです。理由なんて要りません」

誰よりも、好きだ。世界中の人に、言える自信がある。

52: 2010/09/09(木) 23:43:34.57
澪「……ありがとう、でも―――」

純「……でも?」

嫌な予感が、した。

澪「私は、純が好きだ。それは確かだ、でも、後輩として、梓も好きなんだ」

それは必然とでも言うように、私に突きつけられた言葉。

純「…………」

53: 2010/09/09(木) 23:44:49.78
やっぱり、と思う。

澪先輩らしい、とも思う。

澪「だから――」

ただ、澪先輩の言葉に付け加えるとしたら、それはきっと。

純「わかってます。追いかけるんでしょ?」

私は『ですよね?』 というようにして尋ねた。

澪「……いい、のか?」

54: 2010/09/09(木) 23:45:26.09
純「はい。でも、……」

私はお願いを変えて、言おうとした。

それを言うより早く、澪先輩が言葉をつむいだ。

澪「後でで、いいか?」

純「……約束ですよ。指切りしましょう」

澪「私がちっちゃかった頃の、ママに似てるな…」

純「ママ?」

澪「お、お母さんだ!」

55: 2010/09/09(木) 23:46:06.84
澪視点

私はジャズ研部室から出た。

梓を探した。

どこにいるかは、全く判らない。

でも、何となく、判ってしまった。

私は走って、そこの扉を開く。

音楽室、とプレートの張られた部屋の、扉を。

澪「いたか、やっぱり」

56: 2010/09/09(木) 23:46:48.66
梓視点

澪「いたか、やっぱり」

後ろから、声が聞こえた。

耳に馴染んだ、声だった。

澪先輩の、声だった。

私はトンちゃんから背後に目を移す。

梓「何しに来たんですか、澪先輩」

57: 2010/09/09(木) 23:47:41.36
澪「仲直り、かな」

よくわからないな、と澪先輩は苦笑する。

梓「帰ってください」

澪「私はけいおん部の一員だからな。帰る必要はない」

梓「……純は?」

澪「おいてきた。ジャズ研に、いるかな?」

58: 2010/09/09(木) 23:48:37.37
梓「そうですか。それで、何しに来たんですか?」

澪「さあ? わからない。あ、そうだ、紅茶、用意しようか?」

梓「いいです。別に」

澪「そういうなって。ローズヒップティーがいいか? ミルクティー?」

梓「……前者で」

澪「よし。じゃ、私はレモンティー、と」

放課後の、誰もいない部室は、気味が悪いほど静かだった。

59: 2010/09/09(木) 23:49:12.60
数分して、紅茶の匂いが漂った。

澪「お、初めて淹れたにしてはいい香りだな」

私のいつも座っている席に、ティーが置かれた。

澪「こっち来て飲もう」

梓「はい、です……」

私はしぶしぶ、席に着く。

60: 2010/09/09(木) 23:55:11.30
澪先輩が、紅茶をすする。

ずずず、と言う音が、やけにうるさく聞こえる。

澪「ごめんね。梓の気持ち、わからなかった」

梓「……遅いです」

澪「悪い、すまない」

梓「いいですよ、別に」

澪「……落ち着いた、か?」

61: 2010/09/09(木) 23:56:18.69
梓「落ち着かせるのなら、アイスティーにするべきですよ。頭を冷やすって言う意味で」

澪「折角、ムギに美味しい紅茶の入れ方を学んだんだ。だから実践してみたかったんだ」

梓「へえ……誰のために、ですか?」

澪先輩は、少し間をおいて言った。

澪「律の、誕生日なんだよ」

梓「………」

私のためだと答えてくれると、ちょびっと期待していた自分がいた。

だから余計に、がっかりした。

62: 2010/09/09(木) 23:58:05.39
澪「あいつのために、ケーキの作り方も覚えてさ」

澪「サプライズパーティを開くことにしたんだよ」

梓「聞いてません」

澪「ムギにしか言ってないからな。唯も知らないだろ」

澪「そうだ、唯といえばさ」

梓「何です?」

64: 2010/09/09(木) 23:59:43.59
澪「あいつ、梓のこと好きらしいんだ」

梓「え」

澪「このまえ、私たちに聞いてきたよ。どう告白したらいいかなって」

梓「……」

澪「梓。だからさ、唯が変なことをしてくるの、別に嫌がらせとかじゃないからな」

澪「小学生の男子が、好きな女子に、ちょっかいをかけるみたいなもんだ」

梓「……知りませんでした」

66: 2010/09/10(金) 00:00:10.42
澪「律だって、お前が嫌いなわけじゃない。だからさ、最悪なんて、言わないでくれよ」

その言葉で、さっき私の吐いた雑言を、咎めているのだと気付いた。

梓「…すいません」

澪「いいって。生きてく上で、勘違いはつき物だよ。律が言ってた」

梓「……はい」

68: 2010/09/10(金) 00:00:53.07
あと、と先輩は続ける。

澪「―――純から、聞いたんだけどさ」

梓「……はい」

澪「好き、だったんだってな」

私の顔は、茹でられた蛸みたいに、赤くなっているに違いない。

梓「ずっと、前から、です」

澪「そうか」

梓「澪先輩のベーステク、見てから、憧れて」

69: 2010/09/10(金) 00:01:23.24
澪「ああ」

梓「気付いたら、好きになってて」

何だか、告白してるみたいだった。

そう。

―――私は、どうのしようもないくらい、澪先輩を好きになっていた。

澪「……どうしたらいいかな」

梓「何が、ですか?」

70: 2010/09/10(金) 00:02:27.02
澪「純にさ、告白OKしちゃったんだ」

澪「でも、良く考えたら、そんなに簡単に答えだしたこと、後悔してさ」

澪「律の顔が、浮かぶんだよ」

澪「私はさ、梓の言ったとおり、鈍感なんだけどさ、わかったね」

澪「皮肉なことに、告白にOKした後にさ」

澪「私、律のことが好きだったんだなって」

そのとき、きいいい、と、部室の扉が開いた。

純がいた。

少し、泣いていた。

71: 2010/09/10(金) 00:02:59.99
純視点

澪「純にさ、告白OKしちゃったんだ」

澪「でも、良く考えたら、そんなに簡単に答えだしたこと、後悔してさ」

澪「律の顔が、浮かぶんだよ」

澪「私はさ、梓の言ったとおり、鈍感なんだけどさ、わかったね」

澪「皮肉なことに、告白にOKした後にさ」

澪「私、律のことが好きだったんだなって」

扉越しに、私は聞いていた。

悲しくない、と言えば嘘になる。

73: 2010/09/10(金) 00:04:15.56
現に私は、涙が浮かんでいる。

やっぱり、聞かなきゃよかった。

でも、聞かないと駄目なんだ。

真実を、正面から受け止めないと。

……私は、知っていたんだ。

澪先輩は、律先輩が好きだってこと。

だめもとで、告白した。

澪先輩の、本当の気持ちを、その口から聞きたかった。

帰ってきたのはYESの返事。

76: 2010/09/10(金) 00:05:14.37
でも、その言葉を澪先輩が言った後、すぐに浮かべたあの表情。

悲しむような、表情。

私はそれを見て、確信してしまった。

口から告げられなくても、判ってしまった。

澪先輩は、気づいてしまったのだろう。

律先輩のことが、好きなんだって。

77: 2010/09/10(金) 00:06:04.12
澪先輩は、どこまでも鈍感だから、いままで自分の気持ちにすら気づけなかったんだろう。

その気持ち、慕情を気づかせてしまったのは、誰でもない、私。

でも……私は、澪先輩が幸せなら、それでいい。

だから、私は澪先輩をあきらめよう。

そっちのほうが………澪先輩にとって―――。

私は、ずず、と鼻をすすり、ドアノブに手をかける。

あいた手で涙を拭って、私はドアを開いた。

きいいい、と、もの寂しい音がした。

紅茶の香りが、少し、気分をやわらげてくれた。

78: 2010/09/10(金) 00:06:53.88
純「わかり、ました」

笑顔を浮かべられるよう、頑張った。

澪「……、聞いて、たのか」

純「覗き見はしてないから、ご安心を」

そういうと、梓がきっと、こちらを睨んできた。

純「それはそうと、いいですよ」

79: 2010/09/10(金) 00:08:21.28
澪「な、何がだ?」

純「振るんでしょう? 私を」

澪先輩は伏目がちに言った。

澪「―――悪い」

それが少し、心を痛めた。

純「いいですけど、代わりに……」

澪「キスか?」

純「いえ。そしたら澪先輩、初めてになっちゃうでしょ? 初めては、本当に好きな人と……」

80: 2010/09/10(金) 00:09:05.06
私はキスじゃなくていい。

私はもっと、簡単なものでかまわない。

純「キスじゃなくて、好きだよって、言ってください」

純「それで、諦めますから」

私は小さく、笑みを浮かべた。

自嘲でもなんでもない、純度120%の笑顔。

81: 2010/09/10(金) 00:10:38.43
澪視点

純「キスじゃなくて、好きだよって、言ってください」

純「それで、諦めますから」

私はその言葉を聞いて、少し躊躇った。

純は、知っているのだ。

私が、本当に、純を好きではないと言うことを。

私が好きなのは……律、だと言うことを。

82: 2010/09/10(金) 00:11:41.24
純は、笑みを浮かべた。

その笑顔に、私は少し、罪悪感を覚えた。

残酷なことを、している……。

しかし、その願いを無視することは、出来なかった。

澪「純……大好きだよ」

気恥ずかしい。けれど、私は精一杯の気持ちを込めて、口にした。

84: 2010/09/10(金) 00:12:42.04
張りぼての言葉だと、知られているけど。

虚像の言葉だと、知られているけど。

仮構で空虚な台詞だと、知られているけれど……。

純は嬉々として、言う。

純「――嬉しいです。告白されたときより、ずっと」

澪「……ありがとう」

私は、何故かお礼の言葉を紡いでいた

レモンティーを、私は一気に飲み干した。

86: 2010/09/10(金) 00:14:00.55
梓視点

私はその光景を見ながら、何と純に言おうか迷っていた。

ごめんね、と言おうか。

それで、果たしておさまるのだろうか。

いや、それでも。――謝っといたほうがいいだろう。

梓「あ、あの、純。さっきは、氏ねとかいって、本当に――」

純「私のほうこそ、ごめん」

87: 2010/09/10(金) 00:14:47.40
梓「―――……え?」

純「私、梓の気持ち、全然考えてなかった」

梓「そ、そんな、悪いのは、私……」

純「じゃあさ、お互い様ってことで。水に流そうよ!」

純「何もなかった、ってことにしようよ」

私は、考えるよりも早く、語を継いでいた。

梓「―――うん、そうだね」

88: 2010/09/10(金) 00:16:02.74
レモンティーは、少し、温い。

梓「そうだ、純。澪先輩の淹れた紅茶、飲んでみない?」

純は静かに、頷いた。

澪「お、いいな。淹れてくるよ」

澪先輩が席を立ち、ちょっと待ってろ、と言い残して準備室へ向かっていった。

私はローズヒップティーを飲み干した。

すこし甘い。
                             and more …

90: 2010/09/10(金) 00:18:20.16
エピローグ①    梓視点

翌日の放課後。

けいおん部には、私しか居なかった。

澪先輩がいなくて少し残念だった。

私ははあ…、と落胆のため息を吐いた。

狙い示したかのように、唯先輩がやってきた。

91: 2010/09/10(金) 00:18:59.27
唯「あれ、あずにゃんひとり?」

梓「はい。そうみたいです」

唯「ふーん」

梓「そうだ、唯先輩」

唯「ん?」

梓「昨日、突き飛ばしちゃってごめんなさい……本当に」

唯「いいよー。私にも落ち度はあったしね」

92: 2010/09/10(金) 00:20:10.96
梓「……許してくれますか?」

唯「もちろん」

唯先輩は天使のような笑みを浮かべる。

梓「あ、あともう一つ……言いたいことがあるんですけど」

唯「なーにー?」

言うのはとても、恥ずかしかった。

自分でも、顔が赤く紅潮するのがわかった。

93: 2010/09/10(金) 00:21:09.84
梓「……私も、少しだけだけど、唯先輩のこと、好きになりました」

唯先輩は、はっとした顔つきになって、すぐ、えへへーと笑った。

唯「ありがと。あずにゃん」

唯先輩は目を細める。

こうして見ると、意外と可愛い。

かも、しれない。                  

95: 2010/09/10(金) 00:22:33.12
エピローグ②       純視点

憂「はい、純ちゃん差し入れだよ~」

珍しく、部室に憂がやってきた。

純「お、サンキュー」

憂が渡してきたのは、ミスドの箱だった。

早速中を開くと、色とりどりのドーナツがある。

96: 2010/09/10(金) 00:23:24.06
後輩達のとこに持って行こうと―――、憂が「待って!」と、私の制服を、ぎゅっとつかんできた。

純「な、何…?」

憂「あ、あのさ――」

憂はすう、と深呼吸をした。

顔が赤くなってる。

憂「放課後、ここで待っててほしいなーって」

純「え?」

98: 2010/09/10(金) 00:24:26.45
憂「言いたいこと、あるんだ」

憂は「駄目?」と上目遣いで聞いてくる。

私は小さな、デジャヴを感じた。

私も同じようなことを、澪先輩に頼んだ気がしたから。

純「――うん、いいよ」

迷いなく、私は答える。

弦楽器の音が、少しうるさかった。

99: 2010/09/10(金) 00:25:05.36
エピローグ③  澪視点

あの日から、律のことばかり頭に浮かんだ。

律のことに、囚われた。

そう、私は恋を知った。

そして、今日、告白するのだ。

机の中に、差出人不明のラブレターをいれておいた。

101: 2010/09/10(金) 00:25:57.69
授業中、律が開いてるところをみた。

屋上に来てください、実に判りやすい誘い文句。

そして、今。純の気持ちを実感しながら、屋上で律が来るのを待っていた。

がちゃり、と屋上のドアが開かれて、私はドアのほうを見やる。

姿を現したのは

頭に包丁の刺さってる、律

澪「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

私は驚いて驚いて驚いて驚いて驚いて驚いて驚いて驚いて叫んだ。

律「へへー、やっぱり澪か」

103: 2010/09/10(金) 00:26:47.25
律は朗らかに笑う。

私は心臓をバクバクさせながら、律を見据える。

澪「お、脅かすなよ」

律「ごめんごめん」

律は、作り物の包丁が突き刺さっているカチューシャを外した。

律「いいだろー、作ったんだ」

澪「律なあ! ……それはそれとして、何で私だってわかったんだ?」

律「お前の字なんて、見慣れてるんだよ」

104: 2010/09/10(金) 00:28:15.57
澪「――そうか」

その台詞が嬉しかった。

律「ああ。で、あれだろ。告白」

澪「そのとおりだ、な」

律「よし、私の返事をあてたら、キスしてやる」

澪「………二択か」

律「二択だ」

105: 2010/09/10(金) 00:28:57.30
私は、一切のためらいをなくして、答えた。

そうであると、信じたい。

澪「YES?」

私が言い終えるのと同時、律が詰め寄ってきて―――、

ちゅっ

そんな擬音がしたような、気がする。

律「あ・た・り」

律は得意気な笑みを浮かべた。

106: 2010/09/10(金) 00:30:00.99
澪「」

私は頭が真っ白になった。

この前もこんなこと、あったような……。

あの時は、未遂か。

律「唇のバージン、奪われたな。私も澪も」

そう言って、律は再び破顔した。

律「これからもよろしく、澪。もちろん――『恋人』としてな」

108: 2010/09/10(金) 00:31:20.14
そういいながら、律は手を差し出す。

白くて柔らかそうな律の手を。

私はしっかりと、握った。

澪「―――ああ」

そう言うと、律はまた、へへーと笑った。

空は、相変わらずの青空だった。

私はこの日の青空を、一生記憶にとどめておきたいと思った。
                                 fin…

109: 2010/09/10(金) 00:32:13.28
終わり。
俺はエリ派。

引用元: 純「―――大好きなんです!」