2: 2010/08/11(水) 23:04:44.33

スクールの隠れ家


能力開発を特色とし、外と比較して数十年進んだ科学力を持つ学園都市――

その裏に潜む組織の一つ、《スクール》のリーダー、垣根帝督はイライラしながら電話していた。


「この俺に任せるにしては、随分チャチな仕事じゃねえか」

「そう言わずに、お願いしますよ」


学園都市第2位の憤りに対し、声色一つ変えずに答えるのはスクールの指示役、電話の男だ。

いや、正確な性別などは垣根たちスクールメンバーも知らないし、知る気もないのだが。


「…ちっ」

「分かった、詳しい資料を送れ」

「助かります、それでは」ピッ


垣根は電話を切ると、ソファーの上に寝っ転がってメールを待った。

1: 2010/08/11(水) 23:03:45.66

初めまして、これが初スレ立てになります

以前とあるスレにて乗っ取りをしたものです

完全にスレタイから離れた、別モノを書くことにしました


ただ一応前日譚として

垣根「常盤台破壊計画?」

を読むと背景が分かりやすくなるかも…


とりあえず設定としては、

一、スクールのメンバー「心理定規」の正体は、学園都市第5位の「心理掌握」
二、スクール入りした理由は、常盤台を襲った垣根帝督の記憶を操作して、監視するため
三、御坂を含めた常盤台の人や、スクールメンバーは記憶を改ざんされて上記の事を覚えていない
四、そのことを知っているのはアレイスターと上条さんだけ

以上を頭の片隅にでも置いていただければ十分です


最後に簡単な注意を

・このお話の時間軸は一応15巻より前ですが、細かく詰めると破たんするのでややアバウトです

・主人公は心理掌握と垣根帝督の2人になります

・作者が台本形式を苦手としているため、セリフの前に名前はつきません

・基本的にシリアスなので、ギャグはありません

これらの点を踏まえて、お付き合いしてくださる方はよろしくお願いします

3: 2010/08/11(水) 23:05:31.40

数分もしないうちにメールが届いたので、それを一瞥すると顔をしかめて

「下らねえ」

と呟いて携帯をテーブルに放り投げる。

それから5分ほどたって、この隠れ家に一人の少女が入ってきた。


「あら?…なんだお休み中?」

「いや、起きてる。つか仕事があんだけど」

「…まさか、私も?」


嫌そうな顔をして答えたのは、心理定規と呼ばれるスクールの正規メンバーだ。

彼女は人の心の距離を自由自在に調節できる、精神操作系能力者…という役割を演じている。

わずか数か月前までは表の世界にいながら、学校を守るために暗部にまで落ちた女王サマ。

かつて彼女はこう呼ばれていた…学園都市第5位、最強の精神操作系能力者――《心理掌握》と。

4: 2010/08/11(水) 23:06:24.41

「ああ。とりあえずその携帯に資料があるから、確認しろ」

「えー。こういう時に限ってゴーグル君はいないんだから…」


文句を言いながらも、心理掌握は垣根の携帯に入った資料を確認する。

そこに表示されたのは、一つの幼稚園児バスであった。

今から20分ほど前に、このバスが突然第19学区で行方不明になったらしい。

そのバスには園児22名、教師3名、運転手1名が乗っており、その誰とも連絡がつかない状況だ。


「…これって誘拐?」

「そうだ。しかも目的は多分金じゃねえ」

「あの学区は再開発に失敗して寂れてやがる。その廃墟のどっかにバスごと立て篭もってるんじゃねえか」

「…にしても、妙ね。人工衛星で現在位置ぐらい簡単に分かるでしょ?」

5: 2010/08/11(水) 23:08:53.36

「どうやら、使われてねえ地下道を無理やり通って移動したらしい」

「ふーん。アンチスキルは?」

「それがよお、どうも主犯の馬鹿は統括理事会メンバーの親戚って話だ」

「はぁ!?」

「ったく、何を考えてこんなことしたか知らねえが、クソめんどくせえ」

「あー、それで目的は金じゃないって言ったのか」

「そ、つー訳でお仕事だぜ」

「けどこういうのって普通は《アイテム》とか《グループ》の担当でしょー?」


この学園都市に潜む組織には、それぞれ目的が与えられている。

例えば《グループ》は裏の陰謀から表世界の人々を守るのが任務だし、

《アイテム》は統括理事会を含む上層部暴走の阻止を主任務としている。

そしてスクールは、理事会ではなく直接アレイスターの意思のもとに活動する事が多い。

あの猟犬部隊と共同作業を行ったりと、暗部組織の中でもとりわけ汚れ仕事が多いのだ。

6: 2010/08/11(水) 23:10:09.16

「俺に文句言うんじゃねえよ。どうせどっちも使用中か、なにか連中じゃダメな理由があんだろ」

「分かったわよ。…で、作戦は?」

「とりあえず、19学区に行くぞ。最後に確認された映像のポイントから、地下道を探せば痕跡はすぐにわかる」

「後は犯人たちの抵抗力を無くして、犬どもに引き渡せばいい」

「いつもながら、アバウトな作戦よねー」


呆れながら心理掌握が文句を言うが、垣根は気にすることもなくニヤリと笑う。


「うるせえ。こんな事で時間を無駄にしたくねえんだ、さっさと片付けようぜ」


そう言って、垣根は返事も聞かずに隠れ家を後にする。

慌てて心理掌握がその後を追いかけ、二人は下部組織の用意した車に乗り込んだ。

7: 2010/08/11(水) 23:10:48.47

第19学区、封鎖された地下道


二人が地下道に到着してからわずか2分で、バスの痕跡は見つかった。


「…このまま、奥に続いてるわね」

「マジで隠ぺいもしてねえのかよ…」

「むしろ私たちを誘い込む罠かも?」

「ふん、だったら少しは褒めてやってもいいんだけどな」


垣根は全く気にすることもなく奥へと進んでいく。

それを見た心理掌握は、近くにいた下部組織の人間にここの封鎖を命じて、イヤイヤ自分も付いていくことにした。

が、入り口をわずかに入ったところで憂鬱になり、足を止めて溜息をつく。

8: 2010/08/11(水) 23:11:50.96

(そりゃあアイツは確かに何があっても平気だろうけど…)

(何せ、常盤台の校舎に押しつぶされても大して怪我しないぐらいだし)

(でも私はかよわい女の子だから、爆弾とかあったら危険なのよー!)


同じレベル5とはいえ、その能力の差をうらめしく感じる心理掌握であった。


「あ、そろそろ時間ね。忘れるとこだった」


周りに人がいないか精神索敵をかけて確認すると、彼女はスクール用とは別の携帯を取り出して、電話をかけた。


「もしもし」

「…ん。じゃあ今日の夜いつもの場所で会合ね」

「そう、派閥参加希望者が4人…あとで資料をちょーだい」ピッ


携帯の電源をしっかり落とし、頬を叩いて気合を入れなおす。


(今日の夜には、常盤台の寮で心理掌握派閥の会合がある)

(気合入れてこの任務を終わらせなくちゃ)


彼女は自分の守る世界(ニチジョウ)のため、今日も全てを騙して歩き出す。




現在時刻:午前10時40分


14: 2010/08/12(木) 22:19:12.17


第19学区、封鎖された地下道の奥


垣根がバスの痕跡を追いながら歩いていると、停車しているバスを発見した。

どうやらバスの中は無人らしく、物音ひとつ聞こえない。


(ガキどもを連れて逃げたか…?)

(大勢の人質を連れて徒歩で逃げるなんて、間抜けすぎだろう)

「ちょっとー!置いていかないでよ!」


ようやく追いついてきた心理掌握が声をかけるが、垣根は謝罪など口にしない。

むしろ、どんだけ俺を待たせるんだ…と言わんばかりの態度で溜息をついた。

15: 2010/08/12(木) 22:20:21.81

「バスはあったが、中に誰もいねえようだな」

「まさか園児連れて団体行動してるってわけ?」

「知らねえ。…とりあえず後を追うぞ。バスの中は下っ端に一応捜査させろ」

「オッケー…ってだから置いていかないでよ!」


この場を下部組織に任せて、二人はさらに奥へと進んでいく。

1,2分ほど歩いた時、心理掌握は人の気配を感じ取った。


「垣根、近くに誰かいる」

「ああ。奥だな…オラ、出てきやがれ!」


垣根が一喝すると、奥から小さな男の子がおずおずと涙目で現れた。

資料にあった、誘拐された幼稚園児の一人だ。


「ひょっとしてあなた一人なの?」

「グス…うん。先生もユウちゃんも、みんな怖い人たちに連れて行かれた…」

「もう大丈夫よ、お姉ちゃんたちが助けに来たから」


心理掌握が男の子の頭をゆっくりと撫でながら語りかける。

念のため心の中を覗いてみたが、恐怖心でいっぱいの彼に嘘や隠し事は無かった。

16: 2010/08/12(木) 22:21:22.30

「で、どうやってキミは逃げだせたのか、お兄さんに教えてくれるかな?」


とても暗部に所属しているとは思えない、爽やかな笑顔で垣根が男の子に質問する。


「あのね、怖い人の一人がね、『このガキはここに置いてけ』って僕を突き飛ばしたの」

「妙ね…どうしてそんなことを?」


その時垣根は、男の子が持っているカバンから、シュー…とわずかな音が出ているのに気がついた。


「おい!カバンを寄こせ、多分ガスだ!」

「!」


男の子からカバンを引ったくった垣根は、その中から円筒状の機械を取り出した。

そしてその機械から何らかのガスが出ていることを確認すると、《未元物質》でガスごと包み始めた。

一瞬のうちに機械が大きな繭となり、有害なガスは止まる。

それを見ていた男の子は目を輝かせた。


「すっごー!お兄ちゃん能力者なんだ!」

「おう。すっげーだろ?」


垣根は笑顔で答えると、男の子に睡眠スプレーをかけて眠らせた。

17: 2010/08/12(木) 22:22:44.45

「あれれれ…ぐー…くー…」

「ちっ、ガキに毒ガス持たせてあたりに解放しやがった!」

「多分、奥にはまだ何人も園児がいるはず…追手をここで頃すか足止めする気ね」

「俺が見たところ、あの機械には遠隔装置と赤外線スキャナが付いていた」

「俺らがガキに近づいた瞬間に、ガスを出すようにするためだな」

「しかも私たちが近づかなくても、何時でも遠隔操作で人質を殺せるって事よね」

「残るガキは21人、その上教師や運転手も含めるとなると…手が足りねえな」

「でも犯人がどこに行ったか分からない以上、一人一人装置を無力化するしか方法はないわよ」

「は、そんな時間稼ぎに付き合う訳に行かねえな」


垣根はそう吐き捨てると、未元物質による6枚の白い翼を自らの背に顕在させた。

18: 2010/08/12(木) 22:24:03.50

「あの遠隔装置の有効範囲はたかが知れてる。まだそんな離れていねえってことだ」

「地下道を“飛んで”園児と接触しないようにすれば、スキャナにも見つからねえ」

「そりゃそうかも知れないけど…じゃあ私はこの付近で待機してろって事?」

「何馬鹿言ってやがる。テメェが犯人に能力を使って、先に動きを止めた方が確実じゃねえか」

「けど、私は飛べない…」


心理掌握の言葉が終わる前に、垣根は彼女を抱き抱えてあっさりと飛んだ。


「ちょ、ちょっとー!」

「動くな、喚くな、ついでにもっと肉付けろ」

「どういう意味!?」


さすがにお姫様抱っこをされて照れた心理掌握は、顔を赤くして抵抗したが全て無駄だった。

やがて抵抗を完全に諦めて、犯人の“意思”がないか精神捜索をかけて垣根に協力する。

19: 2010/08/12(木) 22:25:19.09

彼女の持つ心理掌握という能力は、極めて多種多様な現象を起こすが、実はそれぞれ発動条件が異なる。

記憶の読み取りや書き換え、精神操作といった高度な能力を使うには、相手に直接触れるか目を見る必要がある。

逆に念話や感情の読み取り、近くにある精神活動体の捜索などは前提条件が緩く極めて自由に扱えるのだ。

それだけではない。数ヶ月前に心理定規の記憶を読み取り、その《自分だけの現実》を盗み見た心理掌握は、

念話の能力を応用することで、心理定規の能力も完全に自分のものとしていた。


「…そろそろ行き止まりだな。一旦分かれ道まで戻るぞ」


垣根がそう言った直後、心理掌握はどこか歪んだ悪意をわずかに感じ取った。


「待って…もう少しだけこの辺を探しましょう。嫌な感覚が…」

「さすがだな、…ビンゴだぜ」

「え?」


行き止まりと思われた道の奥、古めかしい避難扉から、4人の犯人と思わしき男が銃を持って現れた。

20: 2010/08/12(木) 22:26:56.34

「ちくしょう!追手が来やがった!」

「何だアイツ、空を飛ぶ能力者だと!?」


動揺を隠せていない男たちを見た垣根は、期待したほどの腕利きがいないことに軽く失望した。


「…何だお前ら、俺らみたいな裏の人間とやり合うためにこの事件を起こしたんじゃねーの?」

「計画失敗だ、ガキどもを殺…」


突然自分たちの動きが止まり、犯人たちは困惑していた。

手元にあるスイッチを押す、それだけのことがひどく難しく感じてしまって動けない。

そしてその隙に、学園都市第2位の怪物が音もなく眼前に降り立ち…


「期待はずれもいいとこだぜ…今の俺は気分が悪いんだ、氏んどけよ」


その翼で全てを蹂躙した。


「で、結局こいつら何がしたかったんだ?」

「聞き出す前に全員ボコボコにしてどーすんのよ!」

21: 2010/08/12(木) 22:28:05.69

「いやあ、全員じゃねえ。まだ例のご親戚サマが残ってるはずだ」

「あ、そう言えばここにいる誰とも写真が一致してないわね」

「まあこの避難扉の向こうにいるんだろ、これで終わりにしよーぜ」


垣根によって半頃しにされた犯人たちを縛りながら、心理掌握は考えた。


(この誘拐の目的って何だったのかしら?)

(主犯は裕福な理事会の親戚…金銭目的の可能性は低い)

(それに子供たちに毒ガスを持たせたってことは、追手が来るのを予測していたということ)

(なのに肝心の犯人たちは、私たちの登場に驚いていた…)

(どうもおかしいわね…チグハグな感じを受けるわ)

(それとも…ここにいる連中は追手が来る事を予想していなかった?)

(そう、主犯だけが暗部の追手が来る事を予測して、かつ仲間を見頃しにする気なら)

(…子供も仲間も、全て追いかけてくる暗部の実力を観察するために用意したなら)

(この誘拐の本当の目的は…暗部にいる高い能力を持つ者を捕獲すること!)

「垣根、この誘拐はもしかしたら――」

22: 2010/08/12(木) 22:28:52.77

心理掌握が言葉を紡ぎ終える前に、捕まえた犯人の体が急激に膨張する。

そして次の瞬間、ボジュゥ…と奇妙な音をしながら破裂した。

それに驚き、駆け寄る垣根の姿を目にしながら、心理掌握はゆっくりと意識を失った。


「…おい、とっとと起きろよ」

「う…?」

「目は覚めたな」

「…うん、どれぐらい気絶してたの、私?」

「精々数分ってとこか。それにしても、えげつねえモン用意しやがったな」

「本当に。まさかあのガスを、仲間の人間の体に仕込んでいたなんて…」

「俺らが来るのが遅ければ、ガキどもにも同じことをしたんだろうな」

「ガスの正体は分かった?」

「ああ。あのガスはAIM拡散力場を経由して能力者を侵し、演算能力と体の自由を奪う代物だ」

「確かまだ実験中だが、いずれはアンチスキルに配備されるかもしれねえって聞いてる」

「その通りだ、暗部の諸君」


避難扉の奥から、今回の主犯である30代半ばの痩せた男が現れた。

23: 2010/08/12(木) 22:30:31.33

神経質そうな顔立ちに、今は抑えきれない喜びが浮かんでいる。


「このガスが充満している今、君達能力者は抵抗することが出来まい」

「安心したまえよ。別に頃す訳じゃあない」

「ただ、私があの家系で確固たる地位を築くため、協力してほしいだけなのだ」

「…なあ、オッサン?」

「ぬ?」

「一コ答えてみろ、能力者の俺はこのガスの影響を受けているでしょーか?」

「何を当たり前なことを…」

「はい、ハズレ」


垣根は6枚の翼を再び出現させ、ドゴォッと目の前の男の急所を正確に打ちすえた。


「ぞ、ぞんな…ばがな…!」

「では、第2問。テメェは誰に喧嘩を売ったんでしょーか?」

「…じ、知らんっ、ぎざま…一体…」

「時間切れでーす。正解は学園都市第2位、垣根帝督でしたー」


さらに何発か翼で殴打すると、男は完全に沈黙した。

24: 2010/08/12(木) 22:32:51.05

(うわあ…痛そ。そう言えば私も以前コイツにやられたっけ)

「ねえ、その辺で終わりにしましょーよ」

「そうだな、後はこいつを引き渡して、この下らねえ任務も終わりって訳だ」


心理掌握は、飄々としている目の前の男の怪物具合を、改めて認識した。

恐らく垣根はそのガスが噴出した際、AIM拡散力場を保護する不可視の未元物質を展開したのだろう。

一瞬でガスの正体を見極め、さらに有効な対策を打つというのは常人にはおよそ不可能な芸当だ。

そうして心理掌握が慄いていると、垣根の携帯に電話がかかってきた。


「あー、アレから電話だ」ピッ

「もしもし」

「今終わったとこだ」

「…ああ?詳しいことは連絡員にでも聞けよ」

「俺らは一旦引きあげるからな」ピッ


垣根はさっさと携帯をしまうと、集まってきた下部組織の人員に指示をとばした。


「じゃあ、証拠集めやら情報の処理やらは任せたからな」

「あ、近くにいるはずのガキどもはキチッと人数確認して保護しとけよ」


そう言い残して、垣根は心理掌握を連れて隠れ家へ戻ることにした。

25: 2010/08/12(木) 22:33:37.26

スクールの隠れ家


2人が隠れ家に戻ると、すでに時計の針は12時を過ぎていることを示していた。

垣根はソファーにドッカリと座り込むと、文句を言い始めた。


「おいおい、もう午前が終わってんじゃねえかよ」

「まあ、あれだけの誘拐事件を解決したんだし、しょうがないじゃない」

「そりゃーそうだが」

「じゃあ、私は今日は帰るわよ?」

「ああ、その前に一つ聞いておきたいんだが…」

「え?」


心理掌握が振り返ると、いつの間にか背後にいた垣根によって彼女はテーブルへ投げ飛ばされた。


「何だってこんな真似してんだ、常盤台のお嬢さんは?」

「いや、正確に言えば…レベル5の一人、心理掌握サン?」

(気づかれた…なんで!?)



現在時刻:午後12時10分

32: 2010/08/13(金) 22:52:16.58


スクールの隠れ家


心理掌握は背中の痛みをこらえてなんとか立ち上がる。

その間も垣根はいつもの笑顔のまま動かない。

…背中に未元物質による翼が現れたこと以外は。


「…一応、先に聞かせて。いつ気づいたの?」

「ああ?めんどくせえな。…ここ最近どーも妙な感覚はしてたんだよ」

「テメェの事を、スクールの仲間として捉えていなかった気がする…ってな」

「違和感は徐々に大きくなってきていたが、決定的だったのはさっきの出来事だ」

「どういうこと?」

「さっきの誘拐事件で、犯人がガスで爆氏した時、テメェは気絶したな?」

「あのガスは演算能力と運動能力を阻害するだけで、意識を奪う類のものじゃねえんだ」

「なら気絶した理由は、単純に目の前の光景が悲惨で耐えられなかったってことだ」

「仮にもスクールの正規メンバーが、人間爆弾“ごとき”にビビって気絶するなんざありえねえ」

33: 2010/08/13(金) 22:52:56.45

「それがどうしても納得いかなかった」

「だから俺は帰る途中ずっと記憶の確認作業をしていた」

「で、ようやく記憶の一部を取り戻したんだ」

「俺とテメェは何らかの理由で敵対していて、俺はその記憶を修正されちまったこと」

「そしてテメェが…第5位の心理掌握ってことをな」

「…幾らなんでも、私の能力を自力で解除するなんてありえないわ」

「それは残念だったな、この俺にそんな常識は通用しねえ」


垣根は自分の頭をトントン、と指差した。


「どうも俺は、かつてテメェの脳波干渉に抵抗するために、自分の脳内に直接未元物質を生成したらしいな?」

「あ…」


34: 2010/08/13(金) 22:54:39.52

心理掌握は過去に、この垣根に自分の計画を見破られ、絶体絶命のピンチに陥ったことがある。

その時とっさに自作の《レベルアッパー》を聞かせることで、辛くも難を逃れていた。

だが、音楽を聞いたはずの垣根は、そのネットワークから自力で脱出するという荒業を見せた。


「そう…一体どうやってあのネットワークから逃げたのかなあってずっと気になってたんだけど」

「本当に常識知らずの怪物ね、あなたは」

「当然だろ?で、それを使ってある程度は思い出した…だがまだ全てじゃねえ」

「さあ、今度はこっちの番だぜ?とっとと俺の記憶を全部戻せよ」

「まさか抵抗はしねえよな?」

「…確かに、もうあなたに私の能力が通用しない事が分かった以上、拒否権は無いわね」

(しょうがない、ここは言うとおりに記憶を戻すしかない…)

(けど、あの学校は…命に代えても守って見せる!)

35: 2010/08/13(金) 22:55:38.35

垣根は心理掌握に抵抗の意思がないことを感じ取り、目だけで早くしろと促した。

逃げ場の無い心理掌握は、そっと垣根の頭に触れると、彼の記憶を全て元どおりにし始める。

その作業中、垣根は顔を微妙にしかめながらじっと耐えていた。


「…はい、終わり」

「ああ、すっきりしたなあ、全部思い出したぜ!」


垣根は一瞬で心理掌握の首を片手で締めると、ゆっくりと持ち上げた。

心理掌握は足をバタバタさせて抵抗するが、それを歯牙にもかけずに垣根は笑った。


「そうだ、俺が常盤台を襲った時、テメェとやりあったんだ」

「途中でテメェは潰したが、あの超電磁砲のヤツに一杯食わされたんだった」

「…それとも、校舎をぶっ壊したのはテメェの入れ知恵かよ?」

36: 2010/08/13(金) 22:57:29.20

そう言いながら垣根が手を離し、心理掌握は力なく床に倒れた。

ようやく呼吸ができるようになったので、心理掌握は咳き込みながら訴えた。


「お願い…」

「ん?」

「もう…常盤台には手を出さないで…!」

「嫌だって言ったら?」

「…っ」

「おいおい、そんな命懸けの目をするんじゃねえよ」


垣根は、倒れている心理掌握に手を差し出して立ち上がらせると、呆れたように首を振った。


「なんだ、お前は案外間抜けかよ?もう俺が常盤台に興味はないってのが分からねえのか?」

「え、え?」

「確かにこの俺があれだけの醜態をさらしたからな。受けた借りは返したいが…」

「今ここでお前や超電磁砲を潰したとこで、精々俺の気分転換にしかならないじゃねーか」

「せっかくお前と言うレベル5が、事情はどうあれ仲間になってんだ」

「ならそれを潰すより利用する方が賢いに決まってる…だろ?」

「それは…」


ようやく意味が分かった心理掌握は、言葉を詰まらせる。

37: 2010/08/13(金) 22:58:20.13

その様子を横目に見つつ、垣根は今まで誰にも見せていない表情を浮かべた。


「お前の素直さを評価して、俺も一つ秘密を教えてやるよ」

「?」

「――俺は、この学園都市の中心になる」

「…中…心?」

「そうだ。そしてクソ野郎のアレイスターとの直接交渉権を手に入れる」

「それにはお前が役に立つ。だから…お前はこの俺の手元にいろ」


垣根は先ほどとは違った意味を込めて、心理掌握に手を差し出した。


「…女の子の口説き方って知らないの?」

「そーいうのはな、もっと魅力的な女が言うもんだ」

「今のお前じゃ、色々と“足りなすぎる”」


ムッと押し黙る心理掌握は、それでも垣根の手を取ると笑顔になった。

38: 2010/08/13(金) 22:59:15.96

「じゃあこれからよろしく、第2位《ほけつ》さん?」

「ふん、それも時間の問題だな」

「じゃあ、お腹も空いたしランチにしましょーか。どこかいいお店に案内してくれない?」

「…女は立ち直りが早いっつーのは本当みたいだな」


そして二人は隠れ家を後にして、少し遅めの昼食を取りに出かけた。


(あれ?どうしてかしら?)

(絶対に正体はバレたらいけなかったのに…)

(私、自分の事がバレたこと…どこか喜んでる?)

(うん、きっと、常盤台がもう襲われないって分かったからよね!)


頭の中に一瞬浮かんだ不穏な考えを打ち消すと、心理掌握は垣根の後を追いかけた。

39: 2010/08/13(金) 22:59:55.03

その日の夜、常盤台中学学生寮(学舎の園)、小ホール


「ですから、是非とも心理掌握様の派閥に参加させていただきたいのです!」

「…うん、よーく分かったわ。みんなと相談して、結果は後で連絡を入れるから」


今日の派閥の会合目的は、新規参加希望者4人との面談である。

たった今最後の一人も退席したので、これから派閥の上層部で吟味し、最終決定を下すのだ。


「全員能力に関しては申し分ないでしょう。が、性格的には…」

「特に、過去の論文の着眼点は素晴らしく…」

「父親の所属する素粒子工学研究所との良い接点になるかと…」

「その方の良い噂は聞きませんし…」


結局そのうちの2人が新規メンバーとして決まるまで、1時間も時間がかかった。

40: 2010/08/13(金) 23:01:24.54

「じゃあ、新しく入る2人には明日私から声をかけておくねー」

「はい、分かりました」

「では残りの方にはわたくしが通達しておきます」

「うん、お願い。…以上、解散してちょーだい」


会合終了から数分後、ホールに残っているのは心理掌握とその右腕のレベル4の少女だけになった。


「お疲れさまでした」

「そう?これぐらい楽なものじゃない」

「…心理掌握様。失礼ですが、何か喜ばしい事でも…?」

「私に?」

「はい。今日は特別、ご気分がよろしいご様子でした」

「なにか顔や態度に出てたかしら?」

「いえ。ですが、私にはっきりと分かる程度にはご機嫌でしたね」

「そっか。まあ、一つ懸案事項が解決したから、それで明るくなってたかも」

「…左様ですか。では、私もこれで失礼します」


何か言いたそうな取り巻きの少女だったが、結局素直に頭を下げてホールから消えた。

41: 2010/08/13(金) 23:02:19.38

今日やるべきことを全て終えた心理掌握は、グイ、と気持ちよさそうに体を伸ばした。

そしてこの寮で唯一の1人部屋である自室に戻ると、おもむろに携帯をチェックする。


「…垣根からメール?」


メールには、いつもと同じくスクールの明日やるべき仕事の詳細が書かれていた。

が、いつもと違ってメールの最後に追伸があったので、思わず緊張して続きを見る。


『この俺相手に喧嘩売るようなお嬢様なんだから、もうビビったりトチったりするなよ』

「アイツ…ああ見えて心配性なのかも」

『ついでにもう一つ良い事を教えてやる。俺の知り合いに豊胸―』


やっぱり正体を氏ぬ気で誤魔化すべきだった、と心理掌握は後悔して携帯をぶん投げた。




現在時刻:午後11時30分

42: 2010/08/13(金) 23:05:38.07

今回の投下は以上で終了です

ほんのーり予定よりも甘くした…つもりです

また明日(多分)投下します

では、おやすみなさい

47: 2010/08/14(土) 22:04:16.86


第7学区のとあるファミレス


スクールと同じく、学園都市の裏に潜む組織、《アイテム》のメンバーがそこで食事をしていた。

ただしその雰囲気は最悪であり、特にリーダーの麦野はいら立ちを隠そうともしていなかった。

その原因は、今も通話中の電話の相手との会話にある。


「…そんな説明で、私らの仕事が盗られたことを納得できるとでも?」

『だからー、こっちが悪いんじゃないっつーの!いいかげん分かれよこいつときたらー!』


電話の相手はアイテムの監視役で、女性の声でありながら大声で怒鳴り返してきた。

48: 2010/08/14(土) 22:05:15.01

「今回だけじゃなく、ここ最近スクールに大事な仕事が回ることが多い気がするんだけど?」

『しょうがないでしょー!上からの指示なんだからさー!』

「もしかしてアンタ、指示役の中でも立場弱いワケ?」

『黙れ下っ端。とにかく代わりの仕事があるんだし、ちゃっちゃと片付けてよねー!』

「えー」

『えーじゃないわよこいつときたらー!仕事したいのかしたくないのかどっちなのよー!』

「仕事はイヤ。けど自分の獲物横取りされるのもイヤ」

『わがまま言うんじゃないわよ!大体アイテムが最近舐められてんのは、あんたたちがヘマしたからでしょーが!』

「ちっ」

『病理解析研究所での失態を、忘れたとは言わせないんだからねー!』

『しかもその犯人を放っておいてるなんてどーいうつもりなんだか…』

「うるさい。仕事はするわ。じゃあね」


ちょっとー!?とまだ怒鳴り続ける指示役を無視して、麦野は携帯を切ってポケットにしまい込んだ。

49: 2010/08/14(土) 22:06:14.59

指示役の女の言う通り、麦野達アイテムは数ヶ月前に、とある製薬会社から受けた依頼を失敗している。

それは2つの研究施設を防衛しろ、という単純な依頼だったのだが…。

その守るべき施設の一つ、病理解析研究所で麦野たちは襲撃者である御坂美琴と戦った。

そして激闘の末、病理解析研究所を破壊されてしまう。

しかもその犯人を逃がし、今も放置しているのだからアイテムの評価が下がるのは当然の成り行きではある。


「やっぱりあのクソガキ頃しとけばよかったかしら…?」


わりと真剣な表情でつぶやく麦野に対し、絹旗という見た目12歳ぐらいの少女がなだめようとする。


「麦野、超落ち着くべきです」

「結局、いくら文句を言ってもスクールにギャラの良い仕事を盗られた事は変わらないわけよ」


しかしそれを、金髪碧眼の女子高生、フレンダが台無しにした。

50: 2010/08/14(土) 22:07:16.20

「他人事みたいに言ってんじゃないわよフレンダ。そもそもあの失敗の原因はアンタでしょうが!」

「大丈夫だよフレンダ、私はそんなフレンダを応援している」


怒る麦野を気にせずに、いつもと全く同じ様子で滝壺が無意味なフォロー。

一見表の世界と変わらぬ日常を過ごしながら、アイテムのメンバーは仕事の配分やスケジュールを確認していく。

やがてそれも終わると、話題は先ほど出たスクールの事に切り替わる。


「にしても、やっぱりおかしい感じよね」

「何がー?」

「馬鹿フレンダは黙りなさい。私らの仕事にまで手を出すスクールの事よ」

「ああ、麦野はさっきの話を超気にしてたんですか?」

「そう。最近の依頼変更の数を見ると、これはもう私らのミスが原因って事だけじゃなく…」

「スクールの連中が、積極的に仕事を超奪っている、と?」

「そう考えるのが自然ね。スクールは一体何を考えてんのかしら」

「まあ、結局私たちが楽できるなら問題は無いってわけよ」

51: 2010/08/14(土) 22:08:15.25

能天気なフレンダを無視して、麦野は一人で黙考する。


(今までは、スクールと私らの管轄は比較的明確に分かれていた)

(初めっからこんなクソ仕事を喜ぶような連中だったら、もっと前からこうなってる)

(つまり、最近になって仕事を沢山こなす理由が出てきたってこと)

(…仕事を“しないとダメな事がある”のか、仕事を“するとイイ事がある”のどっちかねぇ)

(ただ、私らと並び立つような連中が、ネガティブな理由で動くのは考えづらい気がする)

(仮に誰かが強制的に操れるような弱い組織なら、こっちが警戒する必要もないわけだし)


これ以上は考えたとこで結論が出ないか、と麦野は会話に戻ることにした。

52: 2010/08/14(土) 22:09:07.04

「そもそも、スクールについて組織名以外は超知らないじゃないですか」

「まあ、そうなんだけどさ」

「…でもスクールの状況が何か変わったのは、間違いないと思う…」

「滝壺の言う通りよ。で、今回の件はスクールの状況が変わったと言うより、“状況を変えた”と見るべきね」

「で、自分から状況を変える理由なんて案外限られてるもんなの」

「『新情報の入手』、『メンバーの増減』、『行動目的の移行』…これぐらいかしら」

「うーん、麦野、結局どういう事なのか説明してほしいんだけど?」

「超大事なことを知ったか、超使えるメンバーが増えたか消えたか、目的のためにすることが超変わったってことです」

「そのいずれにしろ、スクールを警戒をしておいて損は無いわね」

「あいかわらず麦野は色々考えてるねー。結局私は全てお任せしちゃうわけよ!」


最後に麦野が一発フレンダに拳骨をして、この日のアイテムの集まりは終了となった。

53: 2010/08/14(土) 22:09:59.68

同時刻、スクールの隠れ家


心理掌握に記憶を戻されてから2週間近くたったある日のこと、垣根は最近集まった資料を確認していた。

垣根が呆れたことに、彼女はただの中学生の身でありながら想像以上の暗部の情報を持っていた。


(まさか、他の暗部組織の構成員まで知っていたとはなあ)

(ま、おかげで随分動きやすくはなったが)


その新しい情報などを基に、現在スクールは裏の仕事を精力的にこなしている。


(アレイスターの情報収集方法が分かるまで…あと1歩ってとこなんだがなあ)

(一昨日潰した犯人が呟いていた『滞空回線』って言葉の意味さえ分かれば…)


突如垣根の思考を遮るように、心理掌握から強力な念話が届いた。

54: 2010/08/14(土) 22:11:00.53

「うお、あいかわらず強度がすげえな。で、どんな感じだ?」

『今とっ捕まえた研究員からパスワードを“聞いた”ところよ』

「頼りになるなあ、《心理定規》サン?」

『…嫌味?大体人の名前ぐらい覚えなさい…っとと、解除出来たわ』

「どうだ?」

『間違いないわね。この裏切った馬鹿な研究員は、一時期『滞空回線』のメンテナンスに噛んでいたみたい』

「そりゃー良かった。アイテムからこの仕事を横取りしたかいもあるってもんだ」

『…よし、これで『滞空回線』の正体も分かったわ。すぐにコピーして持ち帰るから』

「おう、お土産(ジョウホウ)楽しみにしてるぜ」

『ご褒美にはかわいい洋服をヨロシク』

「任せろ。お前の趣味ってイマイチだからな、俺が選んでやるよ」

『えー!?それどういう…』


突然、念話の波がブッツリと途絶えた。

それを感じた垣根は1人静かにぼやいた。


「…めんどくせえな、オイ」

55: 2010/08/14(土) 22:12:32.16

とある研究施設の一室


ここのところ暗部の仕事などで忙しくしていた心理掌握は、それでも最近気分が良かった。

この2週間、学園都市という巨大な敵に対して、垣根と協力して挑むことをどこか楽しんでいたからだ。

ましてその重要な糸口がもうすぐ手に入るとなればなおさらである。


(ただ、もうちょっとパートナーを大切に扱ってくれると嬉しいんだけど…)

(って違う違う!…もしかして私、少し浮かれてる?)


彼女は緩みそうな頬と気分を引き締めて、自分の目的を再確認する。

――ある研究所が、この学園都市に対しテロ行為を計画しているので、それを阻止せよ。

元々はアイテムに来ていた依頼であったが、垣根と協力して研究員を全員調べたところ、

一昨日聞いたばかりのキーワード『滞空回線』の関係者が一人いるらしいと判明したので、横取りした。

結果見事に研究所を制圧した心理掌握は、その研究員以外の全ての人間を退去させることにした。

反対した下部組織の人員もいたが、何とか説得してようやく情報を持つ人物と2人きりになることに成功したのである。

56: 2010/08/14(土) 22:13:16.21

「で、あなたのパソコンのパスワードは?」

「何故そんなことが気になる?」

「こっちにも事情っていうものがあるのよ」

「…悪いが、それだけは言えない。いくら暗部とはいえ、お前が知ったら確実に消されるぞ」

「じゃあ、やっぱり“聞き出すべき”情報がそこにあるってことね」


それだけ分かれば十分だった。心理掌握は研究員の頭から直接パスワードを入手すると、垣根に念話を送る。

そして念話をしながら、自分たちの求めていたデータがあることを確認。

だが最後にコピーを終えて複製データを隠した瞬間、


「あ…」ガツッ


突然心理掌握は何者かによって殴られ、意識を失った。

57: 2010/08/14(土) 22:14:18.34

(…ここは?…頭…痛あっ…それに…手足が縛られてる…)

「目が覚めたようだな、心理定規」


ようやくはっきり覚醒した心理掌握は、目を開けて辺りを見まわす。

照明が落とされたため暗くて分かりづらいが、ここはまだ研究所の中らしい。

話しかけてきたのは、今回同行してきた下部組織の1人であった。


「一応聞いておくけど、どーいうつもり?」

「なに、スクールの正規メンバーであるお前に、幾つか聞きたいことがある」

「ああ、そーいうこと。…さしずめ、アイテムかどっかのスパイってことかしら?迂闊だったわ」


一瞬男に動揺が走るが、すぐにそれを隠して威圧的に語りかける。


「フン、まだ偉そうな口を利くのか。状況を把握したらどうだ?」

「……」

58: 2010/08/14(土) 22:15:37.68

「お前の能力が発動すれば、俺は確かに攻撃できないが…」

「それは能力が発動していれば、の話だ」


そう言うと男は、右手に持っていた何かのスイッチを押した。

すると、男の足元にあるカバンらしきものから妙に高い音が流れ出た。


「う…あ……何…コレ…!?」


途端に頭痛が発生し、心理掌握の演算機能が阻害される。


「これでお前は能力を使えなくなった」

(うう…この音は多分…あの御坂も苦戦したって言う…キャパシティダウン…)

(演算を阻害する…音響兵器…!)


心理掌握の能力は人の脳を直接いじるものであるため、精密なコントロールが重要となる。

つまり空間移動能力者ほどではないにしろ、極めて複雑な演算を必要とするのだ。

言わば、学園都市に7人いるのレベル5の中でも、最もキャパシティダウンが効果的なのが彼女である。

59: 2010/08/14(土) 22:16:29.78

「心理定規は極めて強い能力だが、それさえ無ければお前はただの小娘」

「さあ、今日はいつもと逆の立場を味わってもらおう」

(これは…本当にマズイかも)

「その綺麗な顔をグシャグシャにされる前に、言う事を聞く方が賢明だぞ」




「…なんだよ、テメェ暗部のくせにお優しい奴だなあ?」


その時、最も聞きたかった男の声が彼女の耳に届いた。


(ああ、マズイ…こんな完璧なタイミングで来るなんて、本当にマズイ)


白い翼を広げた第2位、スクールのリーダー垣根帝督がいつもの笑顔で現れた。


(これは…好きになっちゃっても…しょうがないじゃない…)




現在時刻:午後2時00分

65: 2010/08/15(日) 21:55:56.00


とある研究施設の一室


「お前が何故ここに…」

「教えねえよ。つーか何だこのムカつく音は?」


垣根は警戒もせずに男の目の前に近づき、キャパシティダウンを足で踏みつぶした。

それを見ていながら、男は指一本動かす事が出来ずにいた。


「馬鹿な…」

「おいおい、『馬鹿な』って言って助かった奴がいるかよ?」


垣根の様子がいつもと違う、と心理掌握はなんとなく感じ取った。

66: 2010/08/15(日) 21:56:42.50

口調も、笑顔も、その全てがいつもどおりなのに、この恐ろしさは何だろうか。

疑問を浮かべる彼女をよそに、垣根は一切能力を使わずに男を殴り、蹴り上げ、捻り潰した。


「ぐぁぁ!ま、待ってくれ!」

「…良かったなあ、お前」

「本当なら、お前を痛めつけて雇い主について吐かせるとこだが…」

「今の俺にはそんな必要はないからな」


ようやく男に対する攻撃を止めた垣根は、心理掌握を縛っていた縄を千切って彼女を解放した。


「やれやれだな。とっとと覗け」

「…分かってるわよ。しっかりお礼もしなくちゃ」


心理掌握は垣根に対する疑問を捨てて、男から記憶を読み取る。

67: 2010/08/15(日) 21:57:37.56

「…この男は《メンバー》の下部組織ね。最近のスクールの行動を警戒して、スパイを送り込んだみたい」

「何だ、アイテムじゃねえのか?」

「向こうもそろそろ私たちの行動を疑問に思う頃でしょうけど、今回は違うわね」

「ちっ。メンバーとなると、ちょっとばかし厄介だな」


垣根の言う通り、この時点でメンバーに目を付けられた事は問題である、と心理掌握も同意した。

メンバーは他の暗部組織と異なり、完全なるアレイスターの直轄部隊である。

スクールも基本的にアレイスターの意思で動くが、名目上は理事会含む上層部の依頼を受けていることになっている。

そう言った“建前”すら存在しない、猟犬部隊と同じアレイスターの手足となるのがメンバーという組織なのだ。

そのメンバーに目を付けられたということは、これはアレイスターからのメッセージなのだろう。

随分面白そうな事をしているね、と。

68: 2010/08/15(日) 21:59:08.34

「お前の資料によれば、メンバーには高レベルの能力者はいない…が、それでも向こうの情報収集能力は侮れねえ」

「そうね。アレイスターがバックにいる以上、私たちを上回る情報を持っているはずよ」

「…お前はこの件どう思う?」

「うーん…多分まだしばらくは問題無いはず。メンバーもこれ以上は動かないでしょ」


メンバーに目を付けられた事は厄介だが、緊急性は無いはずだと心理掌握は判断した。


(そう、アレイスターはこの状況も利用しようと思うはずだから)

「だな。向こうがそうやって油断しているうちは、動ける隙がある」

「そう言うこと。とりあえず、彼には偽の記憶を植え付けておくわ」

「…頃した方が簡単だがな」

「ひょっとして、珍しく虫の居所が悪かったの?」

「あ?」

「久しぶりに見たもの、あなたがそんなにキレてる感じ」

「……そう言う訳じゃねえよ。この大事な時期に、厄介事に巻き込まれた馬鹿にはムカついたがな」


どことなく照れた感じの垣根を見て、心理掌握は自分の抱いた淡い気持ちを思い出した。

結果、彼女は垣根の顔を正面から見れなくなり…フイっと目を背けた。

69: 2010/08/15(日) 21:59:58.19

「?」

「あの…その…ごめんね…」

「口答えしないぐらいヘコんでるってか?」

「いやまあ、そんな感じ…かな…」

(ううう…イケメンってズルイ…)

「まあいいや。とりあえず隠れ家に戻ってデータを確認するぞ」

「あ、うん。そうそう、結構凄いことが分かったのよ」


その後隠れ家に戻った2人は、コピーした『滞空回線』のデータを確認して、再び悩むことになる。

70: 2010/08/15(日) 22:00:58.12

「学園都市中に、見えねえ機械を5千万個以上もばら撒いて情報のやり取りをしている…か」

「さすがアレイスター、私たちの想像以上の事をあっさり実現するわよねー」

「だがその機械がやり取りしている情報を手に入れれば、交渉はやりやすくなる」

「そりゃーそうかもしれないけど、見えない機械からどうやって情報を抜きとるわけ?」

「これは無理に情報を覗くと量子信号を変質させるっていう厄介な代物なんだけど?」

「見りゃわかるよ。…なに、ここは学園都市だ。必ず解析出来る道具はあるはずだ」

「じゃあ、次はそれを手に入れる必要があるわね」

「ああ。何だ、どうやら思った以上にゴールは近そうだぜ」


自分たちに目を付け始めたアレイスターや暗部組織を出し抜き、必要な道具を手に入れる。

どう考えても極めて難しい目標なのだが、この第2位はそれが出来ると確信しているらしい。

71: 2010/08/15(日) 22:01:51.80

(やっぱり敵わないなあ…)


それでも、この男を見ているとどこか安心してしまう自分がいることに心理掌握は気づいていた。

彼ならきっと目標を達成できる、そんな気がするのだ。


「計画はまた後で詰めるとして、今日はこの辺で終わりでいいかしら?」

「もう今日はこれ以上する事はねえしな。好きにしろよ」

「じゃあ、そうさせて貰うわ。…帝督、今日はありがと」


そう笑顔で言い残して、心理掌握は隠れ家を走って後にした。


「……」

「……飯に行くか」


何故かその場でたっぷり20秒ほど硬直した垣根は、そう言うと自分も隠れ家を後にした。

72: 2010/08/15(日) 22:03:17.96

第7学区のとある大通り


まもなく太陽が沈むこの時間、心理掌握は久しぶりに常盤台の制服を着て1人で歩いていた。


(本当に久しぶりだわー、この感じ)

(学校だと派閥のコが誰か付いて回るし、仕事中は下の人がサポートに来たりするし)

(せっかく1人だし、新しい洋服でも見ようかしら)


つい数時間前には監禁されかけていた彼女だが、完全に立ち直って久しぶりの1人を楽しんでいた。


「あれ?…なあおい、ちょっと待ってくれ!」


その心理掌握に、突然後ろから慌てたように声をかける者がいた。

思わず不機嫌になりかけたが、声をかけてきた男の顔を見てキョトンとする。

73: 2010/08/15(日) 22:04:27.09

「あ、かみじょー君」

「やっぱり…ええと…確か名前は…」

「ああ、《心理掌握》で良いですよー。お久しぶりですね」

「確かになー。何ヶ月ぶりだっけ…ってそうじゃなく!」


上条は真剣な表情になって、小声で問いかけた。


「アレから随分たったけど、その…大丈夫なのか?」

「ああ、もしかして私の事、心配してくれてたんですか?」

「そんなの、当たり前のことじゃねえか!」

「ありがとーございます。…ふふ、本当に聞いた通りお人よしさんですね」

「へ?」

「御坂が言ってましたよ、関係無い事に首を突っ込んでくる極度のお人よしだって」

「ふ、不幸だ…」


もちろん御坂が言っていた、というのは嘘である。彼の反応が面白くてついからかったのだ。


「そんなに気になるのなら、互いに近況報告でもします?」

「近況報告?」

74: 2010/08/15(日) 22:05:19.94

「ええ。でもこんなとこじゃあなんですし、この喫茶店でお茶でもどうです?」

「…そこ結構高そうな雰囲気なのですが…上条さんは今月もピンチでして…」

「遠慮しないで下さいよ、高校生男子が“中学生の女の子”に奢ってもらえばいじゃないですか」

「グサ!…いや、そういう訳には…」

「だって無能力者なら大してお金貰えないし」

「グウ!」

「その公立高校の制服と雰囲気からすると裕福なご家庭の生まれに見えないし」

「グハ!」

「ぶっちゃけますと、エコバックから見えてるお買い得品のパッケージが悲痛な叫びに見えるし」

「もうやめてくれー!って言うかキミそんな顔してるくせして結構毒舌だよね!?」


やばい、この人超弄りやすい。そう思いながら心理掌握は上条と喫茶店に入った。



「…誰だあの男?」


たまたま通りがかった第2位が、その様子をバッチリ見ているとも知らずに。



現在時刻:午後5時00分

88: 2010/08/16(月) 22:12:04.81


第7学区のとある喫茶店


最終下校時刻前のためか中は大勢の生徒で賑わっていたが、2人はタイミング良く奥の座席に案内された。

着席と同時に渡されたメニュー表を見て、上条はげんなりとした。


「おかしい…コーヒーが一杯1200円っておかしすぎる…!」

「そーですかー?…あ、私はこの『秋の紅茶&ケーキセット』にしよう」

「ギャアア!それ、1万3000円もするやつじゃねーか!」

「あーでも、新作のフィナンシェも食べたいし…」

「マジ勘弁してください」

「冗談ですよー、自分のぐらいちゃんと払いますから」

「うう…この店おかしい…上条さんはコーヒーで…」


すぐに2人のもとに注文したメニューが届き、味わいながら話を続ける。



89: 2010/08/16(月) 22:13:11.70

「すげーなあ、上条さんはこんな美味しいコーヒーを初めて飲みましたよ」

「別にここも最高級品質ってわけじゃないんですけどねー」

「これ以上俺を弄るのはやめてください」


涙目になった上条を見て、そろそろ本来の話に戻そうと心理掌握は話題を切り替えた。


「で、近況の方なんですけど…とりあえず、常盤台の方はもう大丈夫です」

「ホントか?」

「はい。あの第2位と話を付けて、ちゃんと解決できましたから」

「なら、良かった。代わりに無茶な要求とかされてないか?」

「…やっぱり結構イメージ悪いですかね、第2位」

「そりゃ、キミに酷い怪我を負わせた奴だし…」

90: 2010/08/16(月) 22:14:24.89

上条の頭の中では、見たこともない第2位が一方通行のように「最っ高に面白ェぞ、オマエ!」とか

声高く叫びながら、心理掌握をグシャグシャにするシーンが上映された。


(どんな想像よ、ソレ)


こっそり上条の頭を覗いていた当の彼女は、あまりな光景に思わず噴き出しそうになる。


「いやまあ確かに色々あったけど、今はちゃんと仲直りしてるから、ホントに大丈夫ですよ」

「…分かった、信じるよ」

「それよりも、約束守ってくれてありがとうございます」

「え?」

「ホラ、御坂たちにちゃーんと黙っててくれたじゃないですか」

「それは…」

「正直なとこ、かみじょー君なら御坂たちに話して第2位にケンカ売るかもしれないって思ってたから」

「全部バラして助けるべきだったかもしれないけど…俺も、似たような状況だしな」

91: 2010/08/16(月) 22:16:04.38

以前上条はこの心理掌握から、これから自分が第2位の記憶を改ざんし、別人になりすまして

その第2位を監視するつもりだ、と打ち明けられた事がある。

そのために常盤台の生徒全員の記憶も改ざんし、御坂たちには何も起きなかったことにするとも。

当然上条は、そんな危険な事をさせる訳にはいかないと主張したが、そこで彼女に痛いところを突かれた。


――『それに、あなたも似たようなものじゃない』

――『自分が記憶破壊されてること…大切な人に知られたくないんでしょ?』


心理掌握に記憶を読み取られた上条は、自分“も”周りを騙して生きている事を指摘される。

いつも腹ペコな同居人の笑顔を守るため、どうしても譲れない一線が自分にもあるという事を。

結果として、自分の最大の弱点と同じような弱点を『共有』する彼女を止めていいか迷ったのだ。


「けど、本当に無事でよかったよ。なんの役にも立てなくて、悪かった」

「ふふ、そこで謝っちゃうなんて、本当にお人よしなんですからー」

92: 2010/08/16(月) 22:16:48.28

心理掌握は少し暗く、罪悪感のある様子で悲しく笑う。


「元々、意識を奪ったり脅したりしたのは私じゃないですか」

「そりゃーそうだけど…」


複雑な表情を浮かべる上条を見て、心理掌握は改めて思う。

この一般人(オヒトヨシ)は、これ以上こちらに来るべきではないと。

他人の痛みを自分のこととして受け止める彼は、きっとこの闇に耐えられない。


(やっぱり、あの御坂(オヒトヨシ)とお似合いなだけあるわー)

(まあ、彼は暗部の事を知らないし、このまま平穏に過ごすのがピッタリね)

(私たちがアレイスターとうまく交渉すれば、彼も『計画』から解放されるはず)


彼女の思惑とは裏腹に、やがて彼は学園都市どころか地球規模の争乱の中心になっていくのだが、それはまた別のお話。

93: 2010/08/16(月) 22:18:03.11

心理掌握と男が入った喫茶店に、何故か学園都市第2位の垣根帝督も足を踏み入れた。

1人だったので割と早くカウンターに通された垣根は、適当に幾つかオーダーすると例の2人に注意を傾ける。


(もしかしたら、あの男はスパイかもしれねえ)

(今は大事な時だ、用心に越したことはねえからな)


出された飲み物に目も向けず集中していると、喧騒の中でも声が所々届くようになる。


『おかしい……マジ勘弁…』


どうにも情けない男のようだ。ぺこぺこ頭を下げている。


(スパイ…って感じじゃねえな、ありゃただのヘタレか?)

『代わりに…要求…酷い怪我…』

(?なんか会話が…)

『…全部バラして…』

(なにか脅迫みてぇな…)


そして垣根の耳に、心理掌握の落ち込んだ言葉が届く。

94: 2010/08/16(月) 22:19:15.81

『意識を奪った…脅したりしたのは…!』

(!!!!)


どうやらこの男の情けない様子は、全て演技のようだ。

よりにもよって暗部の一員、それもレベル5を脅すとは、只者ではない。

しかも、会話から想像するに脅迫のネタは…


(クソムカついた。とんだゲス野郎がいたもんだ。これは俺が始末する必要があるな、間違いねえ)


垣根が抹頃する決意を固めていると、その男が喫茶店を後にした。

振りかえって後ろを見ると、心理掌握はまだ残って携帯を操作している。


(…あいつに見せる必要はねえな)


少し悩んだ末、垣根はその男の後を追うため自分も店を後にした。

95: 2010/08/16(月) 22:20:31.58

第7学区のとある公園


垣根がしばらく男の後を付けていると、公園に入ったところでその男に声をかける者がいた。


(あれは…!)

「ちょっと!いい加減にしなさいよ!人を散々弄んでおいて逃げる気じゃあないでしょうね!」

「まーたかよ、ビリビリ。今俺は相手する気はねーんだけど…」

(…第3位の超電磁砲だと…!?)

(アイツまで手玉に取っていたとは…)


自身の想像を超える相手だという事を確信した垣根は、本気で戦う決心をした。


「あれ…帝督?」


翼を出すその直前、自分の後ろからキョトンとした顔の心理掌握が声をかける前は。

96: 2010/08/16(月) 22:21:22.04


「馬っ鹿じゃないの!?」

「いやだって、まさかアイツが幻想頃し(イマジンブレイカー)とは…」

「それにしたって、なんて言う想像してんのよ!?」

「…じゃあ、工口イ事してないの?」

「あ、当たり前でしょう!」


目の前で大激怒する心理掌握から事情を説明され、ようやく垣根は自分が誤解していた事を知った。


「大体、情報も確認せずに暗頃しようなんてどーいうつもり!?」

「悪かったって。たまたま見かけたお前らから、不穏な言葉が出るからよぉ」

「…心配してくれたわけ?」

「あー、まー、そりゃ、同じ陰謀を担ぐ仲だしな?」

「…それだけ?」

97: 2010/08/16(月) 22:22:12.72

急に怒りを引っ込めた心理掌握の問いかけが、垣根の胸にスッと入ってきた。


(それだけ、か?)

(こいつは俺の目標を達成するうえで、この上なく役に立つパートナーだ)

(…他に価値はねえ)

(むしろ、互いに頃し合った仲だし…)


そんな風に自分を納得させていると、突然垣根は今日の事を思い出す。

彼女がメンバーの下部組織に襲われ、縛られていたところを発見した時の事を。


――ムカつくこの男をぶち殺そう、と思った。

能力すら使わずに、自分の手で、足で、叩き潰そうと一瞬で決意した。


(おいおい、マジかよ)

(いやでも、こいつ胸も色気も淑やかさもねえし…)

98: 2010/08/16(月) 22:23:38.58

『…帝督、今日はありがと』

そう言って照れたように部屋を後にした彼女の顔が、何故かしばらく焼きついた。

初めて自分の『名前』を呼んだその声が、耳に残って消えやしない。


(もしかして…)


自分が初めて計画を明らかにして、手を差し伸べた彼女が、いつのまにか…


(なに、俺ってこんなガキみたいなコイゴコロ持ってたか?)

(本気で頃したかったこの女が…)


「やべえな」

「え?」

「どーすんだコレ」

「ちょ、ちょっとー?」

「今さらになってかよ、オイ」

「ねえ、…帝督?」

「なあ、俺はお前を殺そうとした」

「は?」

「だろ?」

「…うん」

「そんな相手を、本気で欲しくなっちまった」

「!」

99: 2010/08/16(月) 22:25:02.60

「だから、お前は俺のモンだ」

「…本気?」

「いや、俺もまだ信じられねえけどよ、本気だ」

「…ねえ、知ってる?」

「何を?」

「人の精神に関するありとあらゆる事象を掌握するこの私が、自分の感情すらコントロール出来ていないって」

「……」

「常盤台校舎を破壊してでも頃す気だった相手に、こんなにも夢中になってるなんて」


その言葉を聞き終える前に、垣根は無言で彼女を抱きよせた。

それに驚きながらも、心理掌握は赤い顔で囁いた。


『…女の子の口説き方って知らないの?』

「言わせて見せろよ、レベル5?」


心理掌握が反応する前に、垣根はゆっくり――彼女に口づけをした。

さらに赤くなった心理掌握は、「ばか」とだけ言葉を残して彼の胸に顔をうずめた。



現在時刻:午後7時00分…これにて一章終り

100: 2010/08/16(月) 22:29:38.90

今日はここまでです。

…ええ、まあ、予定をかなり変更してこうなりました。


この後第二章『VS学園都市編(原作15巻一部準拠)』

そして第三章『垣根復活編(原作19巻一部準拠)』

と続きます。あ、第二章では垣根過去編も入る予定です。

また(一応)明日二章を投下します

…では、おやすみなさい

108: 2010/08/17(火) 22:46:02.06


スクールの隠れ家


『滞空回線』の情報を入手してからわずかに2日後、大きな進展をもたらす情報を心理掌握は持っていた。


「…『ピンセット』?」

「そ。正式名称は『超微粒物体干渉用吸着式マニピュレータ』っていうんだけど」

「そいつを使えば…」

「ええ。素粒子すら掴み取るこの装置なら、ナノデバイスを簡単に採取できる」

「良く調べたな、情報はどこからだ?」

「私の派閥に新しく入ったコの父親が、素粒子工学研究所の所長だったの」

「新しい発明品です、って嬉々として紹介してくれたわ」

「はー、さすがは常盤台のお嬢様たちだ。持ってるコネが違うな」

「まあ、お褒めにあずかり光栄ですわー。…でも一つ問題があるの」

109: 2010/08/17(火) 22:47:01.95

「問題?」

「ピンセットがある素粒子工学研究所の警備は相当厳しいのよ」


そう言いながら心理掌握は垣根に研究所の資料を渡した。

渡された資料を素早く読み終えた垣根は、一つの点に気がついてニヤリと笑う。


「確かに警備は厳重だが、ほとんどが私設警備の連中だ。ならやりようはあるな」

「どういうこと?」

「そういう連中は、緊急時には召集要員として動くことになってんだよ」

「別口で騒ぎを起こして、わざと召集させちゃうわけ?」

「そのとおり。…この場合、VIPの襲撃が最も効果的だな」

「VIP…もしかして…?」

「ああ。学園都市統括理事会のメンバーなんかピッタリじゃねえか?」

110: 2010/08/17(火) 22:47:59.35

その後しばらく作戦会議をした結果、最も警備の手薄な『親船最中』を狙撃手に狙わせる、という事になった。


「よし、さらっと確認するぜ」

「まず狙撃手が親船を狙う。結果はともかくそれによって手薄になった研究所に、残る俺ら3人で突入」

「で、ピンセットを奪って『滞空回線』を解析、結果を見て第2プランへ移行するってわけね」

「…厳しい」


無表情でそう口にしたのは、奇妙なゴーグルを頭部に付けた少年だ。

彼も一応スクールの正規要員であるのだが、少々影が薄い。


「大丈夫よ。どーせヤバイ相手は帝督が引き受けてくれるしねー」

「都合良くかわいこぶるんじゃねーぞ《心理定規》?」

「まさかそんな。《未元物質》の活躍を期待してるだけですよー」

「ちっ」

「…大丈夫かな」


ゴーグル少年のつぶやきは、2人のレベル5に届かずに終わった。

111: 2010/08/17(火) 22:49:09.36

親船最中狙撃ポイント


スクール正規要員の狙撃手は、標的がこの狩場に来るのを今か今かと待ち続けていた。

親船を狙う理由を正確には理解していないが、それはいつもの事だった。

リーダーの垣根帝督の指示通りにしていれば、こうして獲物が供給されるのだから文句など無い。


(そろそろ、来るころ合いだな…)


だが、今日は“いつも”とは違う事が起きる。彼は後ろからとある女に声をかけられた。


「いたいた、スナイパーのクソったれってーのは君の事かにゃーん?」

「誰だキサマ!?」


急いで懐から拳銃を取り出すが、そこに真っ白な光線が突き刺さり、腕ごと焼いていった。


「ギャアアアア…!?」

「『原子崩し』って名前ぐらい知ってるでしょ?」

「む、麦野沈利だと…第4位がなんでここに!?」

「あなたたちスクールが、理事会の暗殺を超企んでるって事で、依頼があったんですよ」


さらに『窒素装甲』の絹旗も、麦野の後ろから現れた。

112: 2010/08/17(火) 22:49:59.53

「…で、どんな目的でこの暗殺を仕組んだ訳?」

「グ、ウウウ…悪いが、俺は…リーダーの…言うとおりに…してるだけで…」

「じゃあ、もう良いわ」


ザン、ともう一度光線が飛び、狙撃手の首ごと焼き落とした。


「…良いんですか、動機が超不明のままですが?」

「どーせ何か吐く前に自頃しちゃうわよ、こいつも暗部なんだし」


首の無くなった氏体を見ながら、麦野は冷たく思考を働かせる。


(スクール…最近妙な動きをしてたとは思ってたが…)

(正規要員を出してまで、何を計画している?)

(何故、大して旨みのない親船を狙った?)


結論が出る前に、麦野の携帯から電子音が鳴り出した。

113: 2010/08/17(火) 22:51:19.85

「はい。切るわ」

『いきなり!?まったくこいつときたらー!話を聞けー!』

「…なによ、言われたお仕事はたった今終了したわ」

『あ、ほんと?』

「これがスクールへの警告になるし、もう親船最中の狙撃はないでしょ」

『よしよし、オッケーオッケー。これで上にうまい事報告できそうね』

「じゃあ、これで今回の件は完遂したから報酬とかヨロシク」

『分かってるわよー!…で、頃したスクールのメンバーは狙撃手だけ?』

「他には下っ端すら確認できなかったけど?」

『ちっ…この辺で全員氏ねばいいのに』

「…あんたスクール嫌いなの?」

『まーね。嫌いも嫌い、大っ嫌いよ。…じゃ、御苦労さん』ピッ

「まあいいか。絹旗、帰りましょう」

「そうですね。今からなら見たい映画に超間に合いますし」


報告を終えた麦野達は、後始末を下部組織に任せてその場から姿を消した。

114: 2010/08/17(火) 22:52:30.92

素粒子工学研究所近くの待機場


スクールの3人は、監視員からの連絡を受けて全員苦い顔をした。


「…狙撃手がアイテムに殺された、か」

「とりあえず、ここは一旦隠れ家に戻るべきね、帝督」

「ムカつくがしょうがねえな。作戦の立て直しだ」


そう結論を出した3人はすぐに、用意してある車に乗り込むと、一路隠れ家まで退却する。


「新しいスナイパーを、すぐに補充しないといけないわねー」

「…伝手があるのか?」


垣根の質問に対する答えは、念話で帰ってきた。


『あるにはあるんだけど、《心理定規》としては頼めないの』

「つまり?」

115: 2010/08/17(火) 22:53:19.56

『人材派遣(マネジメント)よ。アイツなら多分スナイパーも用意する。けど…』

『アイツは私の依頼で心理定規をホテルに呼びこんだの』

「そのお前が、心理定規として依頼をするわけにはいかないって事か」

『そーいうことよ。でもアイツは紹介者がいないと取引してくれないし…』


2人が悩んでいると、助手席にいた連絡員が話しかけてきた。


「リーダー、『ブロック』と名乗る男から連絡が入ってきました。取り次ぎますか?」

「おう」


連絡員から渡された携帯から、野太い男の声が聞こえてきた。


『俺は『ブロック』のリーダー、佐久と言う。『スクール』だな?』

「…ああ。わざわざ連絡を取ろうなんざ、どういうつもりだ?」

116: 2010/08/17(火) 22:54:19.42

『これには盗聴対策が施されている。単刀直入に言おう。俺たちはこの学園都市を潰すつもりだ』

「へえ」

『お前たちもそのつもりなのだろう?』

「だったら?」

『協力しようとは言わんが、タイミングを合わせればより混乱が大きくなり成功率は増えるはずだ』

「なるほど?」

『今は〇九三〇事件やアビニョン侵攻で、駆動鎧の犬共は身動きが満足にとれない』

「絶好のチャンス、てか?」

『そうだ。良ければ必要なものも援助しよう。例えば腕の立つ紹介屋なんかどうだ?』

「…分かった。その成果によるが、共闘作戦といこう」

『よし。ではすぐに紹介屋から連絡をさせる』

「ああ、楽しみにしてるからな」

117: 2010/08/17(火) 22:56:05.53

通話を終えた垣根は、携帯をポイ、と投げ返して話し合いを始めた。


「『ブロック』が私たちになんの用?」

「聞いて驚け、連中も学園都市に喧嘩を売るつもりらしい」

「まさか、嘘でしょ?」

「大マジだ。何を計画してるかは知らないが、事を起こすタイミングを合わせようと言ってきた」

「…信用出来ないんだけど」

「当たり前だ。多分奴らは同じ目的の俺たちを陽動に使う気だ」

「で、どうするの?」

「決まってる。俺たち“が”奴らを陽動に使う」

「…運が向いてきたかもしれねえな」


スクールはその日のうちに人材派遣と契約を交わし、砂皿というスナイパーが新たに補充されることになった。

――こうして、学園都市の裏で蠢く暗部組織がそれぞれの思惑で暗躍を始める事になる。

121: 2010/08/18(水) 22:19:13.86


10月9日(学園都市独立記念日)朝、スクールの隠れ家


垣根と心理掌握は、研究所襲撃予定時刻3時間前の今から集合していた。

と言っても、2人で甘い時間を過ごそうと言う訳ではない。

予定外の事態が発生したので、早めに集まっていただけである。

その証拠に、隠れ家には3人目の人物がいつも通りの無表情で現れた。


「…グループに捕まってた人材派遣(マネジメント)は始末した」


スクール正規メンバーのゴーグル少年が、一仕事終えて帰還したところである。


「御苦労さま。グループの反応は?」

「居たのは下部組織だけ。正規メンバーには気づかれていない」

「よし。いやあ、まったく焦らせやがる。早速連中から頃す羽目になるかと思ったぜ」


素早い対策を打てたためか、垣根は余裕の笑みを崩さずにゴーグル少年を労った。

122: 2010/08/18(水) 22:20:54.89

「にしても、グループが早速出しゃばるなんてね」

「ま、これ以上はグループも動けないだろ。ブロックの対処にかかりきりになるはずだ」

「まあねー。ブロックのおかげで敵の戦力が分散されるのは助かったわ」

「でも帝督、暗部には他にも厄介な《アイテム》と《メンバー》がいるんだけど」

「大した問題にはならねえな、その2つなら同時に相手したってケリはつく」


この第2位ならそうだろうが、心理掌握やゴーグル少年にはとてもそんな余裕はない。


「…只でさえ綱渡りな計画なのに、そんな事態になったら私は逃げて“他人の振り”をするわ」

「ばーか、今さら逃がすかよ。首輪で繋いでやろうか」

「うわぁ…」

「…趣味悪い」

「おいお前ら!俺をそんな目で見るんじゃねえよ!」


学園都市に喧嘩を売っている最中とは思えないような明るい声が、隠れ家に響いた。

それがスクール3人の最後の集まりだとは、微塵も予感をさせないで。

123: 2010/08/18(水) 22:22:04.73

同日午後、第18学区、素粒子工学研究所


スクールのスナイパー砂皿が、午前中に親船の暗殺騒ぎを起こした結果、この研究所はかなり手薄になった。

そこをスクールの3人が強襲、研究員から『ピンセット』の在りかを聞き出した。


「よし、じゃあこいつを車に積んでおけ」


垣根の指示によって、スクールのステーションワゴンにピンセットが移送される最中…


「はん、尻尾をつかんだわよ、スクールの皆さん?」

「麦野の読みが超当たりましたね」

「結局、ここで全員殺せば解決なわけよ」


爆音が研究所に響き、アイテムの4人が姿を現した。


「ちょっと帝督、結構ヤバいんだけど?」

「確かに、今ここで戦闘をしてピンセットを壊すわけにもいかねえな」

「適当にあしらってここは一旦引くぞ」

124: 2010/08/18(水) 22:23:00.93

指示を受けた心理掌握は、持っていたレディース用の拳銃で威嚇発砲。

だが、弾丸を無視して絹旗が走り寄り、その『窒素装甲』で彼女をぶん殴ろうとする。

…が、


「――!?」

「今のあなたに私を殴れる?」


それを予測していた心理掌握は『心理定規』を発動、相手の動きを止めて奥へ逃げ去った。


「逃がすかよォ!鬱陶しい能力使いやがって!」


その様子を見ていた麦野は『原子崩し』を彼女に向けて放射するが…


「おい、俺を無視してあいつに手ぇ出すなんて、良い度胸だな?」


垣根の背中から生える『未元物質』の翼が、それを麦野自身へ跳ね返した。


「ちぃっ!」


とっさに横へ避けるものの、完全には避けきれずに麦野のコートがジュゥ…と嫌な音を立てて焦げ付いた。

そして麦野が態勢を崩したその隙に、垣根の翼が彼女の頬を強打する。

125: 2010/08/18(水) 22:24:28.07

二度三度ゴロゴロと転がった麦野は、口から流れ出る血を拭いながら叫んだ。


「そうか…テメェ第2位の垣根帝督かっ」

「おう、これでもスクールのリーダーなんだ、ヨロシク」

「ふざけんな、氏ね!」


麦野は怒りにまかせて『原子崩し』を連発し、建物ごと垣根を殺そうとする。


「今がチャンスってわけよ!」


2人のレベル5が戦っている間に、横からフレンダが携行型ミサイルを垣根に撃ち込む。

だがその全ては不可視の力に遮られ、届くことなく自爆した。

ゴーグル少年の持つ『念動力』がミサイルを防いだのである。


「ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね」

「…え!?」


それを見て怒りが我慢の限界に達した麦野はゴーグル少年に走り寄ると、彼の首を片手で掴む。

そして…彼が抵抗する間もなく『原子崩し』で顔を執拗に切り裂いていく。

その上完全に氏んだ彼の体からゴーグルをむしり取って、引きつるような笑みを浮かべた。

126: 2010/08/18(水) 22:25:51.21

「帝督!積み込み終わったわ!」

「よっしゃ、じゃあな第4位?」


その狂気を見て尚、欠片も動じることなく垣根はその場を翼で破壊。

衝撃に巻き込まれた絹旗やフレンダが大きく吹っ飛んだ。

その上、破壊された研究所の粉塵が煙幕となり、麦野の目から垣根の姿を隠す。

派手な作戦のおかげでようやく逃走してきた垣根に、心理掌握は笑顔で告げた。


「帝督はピンセットと一緒に逃げて」

「お前はどーすんだ?」

「キー刺さったままのクレーンを見つけたの。それでアイテムを足止めしておく」

「…しょうがねえな、悪いが後を任せた。また後で落ち合うぞ」


垣根は一瞬触れるだけのキスを彼女に贈ると、下部組織の人間と共に研究所を後にした。


(こんな非常事態に…ホントズルイ男、ムカつく!)


悲しい事にその余韻に浸る間もなく、心理掌握はクレーン車へ駆け寄った。

127: 2010/08/18(水) 22:28:15.35

素粒子工学研究所の外


心理掌握がクレーン車を動かした時、ちょうどアイテムのメンバーが車で垣根を追いかけようとしていた。


(…悪いけど、頃す気でやるからね。とくにアイツに手を出した第4位!)


なので一切の遠慮なくクレーン車で激突し、アイテムの車をビルの間に挟み込んだ。

さらに、止めをさすため巨大鉄球を使用して車を原型も残さず破壊する。

研究所付近に、ドゴーン!!という映画のような派手な爆発音が辺りに響く。


(うわ、逃げられたか。しかも3人バラバラに散っちゃった)


それでも流石はアイテムと言うべきか、全員生き残ってバラバラに逃げだした。


(第4位の能力は知ってるけど…あの男は誰だろう?)

(情報の全くない彼から先に片付けておくべきかな)


心理掌握はそう判断すると、路地裏に逃げた謎の男(ハマヅラ)を追いかけた。

128: 2010/08/18(水) 22:29:45.54

近くにあるビルに逃げ込んだ謎の男を追いかけていくと、彼は心理掌握の姿を見て一瞬動きを止めた。

が、心理掌握が拳銃を取り出したのを見ると急いで鋼鉄のシャッターを作動させた。

慌てて何発か撃つが、弾丸は全てシャッターが受け止めてしまう。


(ちぇっ…“これ”じゃあシャッターを破壊するのは不可能ね)

(ん?)


ふとモニターでその男の様子を見ると、彼は形容しがたいジェスチャーで思い切り彼女を小馬鹿にしていた。


(決めた。こっちを使ってあの馬鹿男を泣かす)


頭に来た心理掌握は、腰から四〇ミリ小型グレネード砲を取り出した。

それを見たのか、モニターには急いで逃げようとする馬鹿が映っている。

当然、心理掌握は躊躇せず発砲――鋼鉄製のシャッターが吹き飛んだ。


「あれ?…もう逃げ場は無いのになー」


何故か馬鹿の姿が見えない。ここは3階で、他に隠れ場所は無いはずだ。

その時、彼女の耳に「負け犬上等ォおおおおお」という叫び声が聞こえてきた。

129: 2010/08/18(水) 22:30:37.60

「まさか…」


急いでテラスに到着するが、そこにもう馬鹿はいなかった。


(…マジで飛び降りた?)


下を見て確認するが、そこには若奥様が乳母車を押している光景だけがあった。

それを見て溜息をつくと、心理掌握は垣根の携帯に電話をかけた。

念話を使わないのは、仮に彼が戦闘中の場合は注意を逸らしてしまうからだ。

携帯なら、出ないという選択肢がある。

だがその心配をよそに、垣根はワンコールで出た。


「標的であるアイテムの男を見失ったわ。近くにいるのは幼な妻とベビーカーだけ」

「…ターゲットの男が幼な妻またはベビーカーに偽装しているという可能性はあると思う?」

『ばーか、氏ね』

130: 2010/08/18(水) 22:31:40.94

「ひど!…でもやっぱり無いわよねー。油断したわ」

『まあ、おかげでこっちは無事に逃げられたから問題ねえよ』

「そう。今どこ?」

『例の倉庫へ向かってる。そこでピンセットを組み直す』

「分かった、気を付けてね。そろそろ他の組織も本気出してくるから」

『誰に向かって言ってるんだ?』


はいはい、と答えて通話を終了した心理掌握は、ここのエレベーターを探すためテラスを後にした。


2分ほどして。ようやくビルから出てきた心理掌握に、スクールの下部組織の男が話しかけた。


「心理定規さん。メンバーの1人、馬場芳郎の居場所を突き止めました」

「どこ?」

「第22学区の『避暑地』、VIP用の地下シェルターです。…厄介ですよ」

131: 2010/08/18(水) 22:32:13.73

「うーん、そうでもないわ」

「は?」

「何人か人を送って、シェルターを緊急モードにしちゃうの」

「緊急モードでロックがかかったら、入り口に水攻めでもすればいいわ」

「ですが、それでは殺せませんよ?」

「いいのよ。普段からそんなトコに引きこもるような臆病者は、それだけで勝手にビビって自滅するわ」

「…分かりました、さっそく実行します」

「お願いねー」


指示を終えてスクールの車に戻った心理掌握は、既に乗っていたもう一人と対面した。

…乗っているとは言っても、拘束され、銃を突きつけられている状態ではあるが。


「アイテムの、フレンダちゃんだっけ?よろしく」

「…結局どう見ても、私の方が年上なんだけど…」

「ちゃん付けが嫌なの?細かい事は良いじゃない。それよりも」


心理掌握は笑顔でフレンダの目を見つめた。


「アイテムについて、色々教えて欲しいんだけどな?」

142: 2010/08/19(木) 22:21:04.24


第4学区、食肉用冷凍倉庫


「もう一度ここで絶望しろコラ」


垣根が笑いながらそう告げて、《メンバー》のリーダーである博士を抹頃してから十分後。

再び心理掌握が垣根の携帯を鳴らした。


「よお、どうしたよ?」

『…いやにテンション高いわね。何かあったの?』

「分かっちまうか。ついさっきメンバーの頭のクソジジイを潰したところでな」

『ああ、そう言う事。納得』

「で、そっちの用件は?」

『ちょっとした経過報告よ。メンバーの正規要員は、これで全員氏んだか動けない状況になったわ』

「呆気ねえな」

143: 2010/08/19(木) 22:22:26.49

『ついでに、ブロックも全滅よ。グループによってみんなやられちゃった』

「なんだ、思った以上に使えない連中だ」

『まあ、彼らじゃグループ相手に勝てる訳もないしね』

「すると、残る問題は…」

『そのグループとアイテムね。特にアイテムは、私たちを頃したくてうずうずしてるでしょうし』

「…憂いはここで断っておくべきだな。アイテムのアジトへ行くぞ」

『そう言うと思って、アイテムのフレンダちゃんから情報を聞き出したところよ』

「ああ、研究所にいた外人女だろ。あっさりこっちに寝返ったのか?」

『そ。もう用は無いでしょ?…私の好きにしちゃってもいい?』

「俺は興味ねえからな、ご勝手に」

『じゃあそうするわ。アイテムのアジトの場所は今からメールするから、現地で落ち合いましょう』

「おう。あんまり遅ぇとご褒美無くなるからな」

『把握したわー』ピッ


心理掌握の言葉通り、携帯にすぐにメールが届いた。

アイテムは第3学区のレジャービル、そのVIP用サロンに集合しているらしい。


「んじゃまあ、あの凶暴女たちに勝利宣言をしに行くか」


学園都市最大の敵となった第2位が、右手のピンセットをカキカキと鳴らしながら暗い目を向けた。

144: 2010/08/19(木) 22:23:42.96

研究所近く、スクールの車の中


「もういっそ、頃してほしい…」

「そう言う無駄な事は、お馬鹿さんがやる事よ?」

「結局、この状況が馬鹿げてるわけよ…」


力なく項垂れるフレンダに対し、ひどく楽しそうな心理掌握が笑顔で告げた。


「さ、次はお待ちかねのメイド服ね」

「さっきの巫女さんで終わりじゃない訳!?」

「え、超機動少女カナミン(マジカルパワードカナミン)のコスチュームが良いの?」

「…メイド服が良いです」

「素直にそう言えばいいのに。…うん、やっぱり金髪の子だと服の黒さが映えるわねー」

「…ううう」

「じゃあ、残りはあとで。帝督に呼ばれたしそろそろ行かなきゃね」

「…ねえ」

「ん?」

「どうしてアンタは私を殺そうとしないの?」

「だって、頃したら利用価値が無くなるじゃない」

145: 2010/08/19(木) 22:24:35.36

「利用価値?もうアイテムに戻れない私に価値なんて…」

「分かってないわねー。あなた、あの御坂とやり合った凄腕じゃない」

「…エヘヘ」

「そんな凄腕なら、今度は私の右腕として活躍しなさいよ」

「ま、まあこのフレンダ様の実力を見破るアンタになら、雇われてやっても良いわけよ!」


あっさりと懐柔されるフレンダを見て少し呆れる心理掌握だが、顔には欠片も出してはいない。


(…年上のくせに、こいつちょろいなー)

「じゃ、あなたは私たちの隠れ家に行きなさい。ここのお兄さんたちが送ってくれるから」

「うん。…麦野達とやり合うの?」

「帝督はその気でしょうね。私が行くのは違う目的だけど」

「違う目的?」

「優秀な人材のスカウトよ」


そうセリフを残して、心理掌握は別の車で第3学区へ向かった。

146: 2010/08/19(木) 22:25:52.48

第3学区、とある高層ビルの25階


フレンダと別れてから30分少々後、ようやく到着した心理掌握は目の前の光景に溜息をついた。

何故かビルは半壊しており、中の客は我先に逃げだして大混乱になっている。

しかも、せっかく補充した砂皿というスナイパーが爆発によってやられたようだ。


(うわあ、大惨事…常盤台の時といい、ホントコイツ常識知らずね)


最も、目の前の男はその惨状を大して気にしていない様子だ。

平然と足元に倒れている2人のアイテムメンバーを見下ろしている。


「帝督、ちょっと派手にやりすぎじゃない?」

「違えよ、騒ぎの大半は第4位やそこで転がってる『窒素装甲』のせいだ」

「彼女、氏んでないわよね?」

「こいつはそういう能力者だからな、しぶといもんだ。それより問題なのは…」

「こっちの滝壺ってコの方ね」

147: 2010/08/19(木) 22:26:42.30

「ああ。この様子だともう長くねえぞ」

「…まさか今でも『体晶』を使っている能力者がいるなんてね」

「しかも、誰かさんみてえにこの俺を乗っ取ろうと無茶しやがったからな」

「一体誰の事かしら?」

「怒るなよ、そのおかげで簡単に対処できたんだからな」

「脳内の『未元物質』を使って逆流を防ぐなんて…反則もいいとこね」

「ふん。…とりあえずこの様子なら、こいつを頃す必要も無くなったな」

「アイテムはこれでもう動けないしね。さっさと『滞空回線』を調べに行きましょう」


その時エレベーターが上がってきて、中から見覚えのある馬鹿が姿を現した。


「あれ?何だ。戻ってきちまったのか」


垣根の言葉に対し、浜面は無言。袖に隠した銃を一気に突きつけた。

148: 2010/08/19(木) 22:28:00.37

「どういう事、コレ?」


心理掌握の言葉で、ようやく浜面はあの時の「クレーン女」もいることに気がついた。


「テメェあの時の!?」


浜面が2人のどちらに照準を合わせるべきか迷っているうちに、心理定規を発動。

ご丁寧にその能力を解説してあげたところで、会話を続ける。


「滝壺ちゃんを助けに来たのかー、その顔でかっこいい事するじゃない」

「うるせえ!…クソ!」

「でも、このままだとその努力は無駄に終わるんだけど?」

「全くだ。俺たちがどうこうする前に勝手にこの女は氏んじまう」

「テメェら何言ってんだ!?」


垣根は、退屈そうに滝壺の置かれた状況を説明する。

それを聞いて、浜面は愕然とした表情を浮かべた。

149: 2010/08/19(木) 22:29:28.53

「そんな…」

「このコを守りたいなら、もう2度と能力を使わせちゃダメなの」

「…早くこのコを連れて逃げたら?」

「俺らを見逃すのか…?」

「今の俺らにとっちゃ、こいつなんてサーチ能力が使えないならどーでもいいからな」

「それに、この絹旗ってコも頃したりしないから安心していいよ」

「……ああ」


声を絞り出してそれだけ言うと、浜面は滝壺を背負ってビルを後にした。


「ホントにただの下っ端だったなアイツ。暗部にしちゃー素直すぎる」

「良いじゃない、ああいうのも。彼がどこまで頑張れるか楽しみだし」

「それはどーでもいいが…本気でこの女も殺さない気か?」

「うん。人間は生きてる限り何らかの形で利用できるものよ」

「それは氏体であっても同じなんだがな」


結局垣根は心理掌握を止めず、甘ちゃんだな、と笑うだけにしておいた。

150: 2010/08/19(木) 22:30:55.10

「先に戻って『滞空回線』の解析をしておく。やること済ませたらお前も来るだろ?」

「そうね。2時間ほどで戻る予定よ」


数人の下部組織だけを残して、垣根は一足先に隠れ家へ向かった。


「…あのお人よしは超騙されましたが、私は甘くないですよ?」


こっそり目を覚ましていたボロボロの絹旗が、心理掌握を睨んで話しかけた。


「ん、どういう意味かな?」

「どーせ本当は私をここで超頃す気でしょう?あの馬鹿が逃げやすくなるために超嘘をついたに決まってます」

「何か、アイテムの境遇が分かる気がするわねー」

「…超本気で殺さないんですか?」

「だからそう言ってるじゃない」

「ははあ、ってことは超汚れ仕事を押し付ける気ですね」

「…良いですよー、今までと超同じでしょうから」

「多分想像できてないと思うんだけどなー」

「で、何をこの絹旗サマにさせるんですか?」

151: 2010/08/19(木) 22:32:05.60

「私の護衛よ」

「は、護衛?」

「そうそう、あなたがピッタリなのよ!」

「…あの第2位が超いるのに?」

「ふふ、私が頼むのは常盤台中学で生活する時の護衛なの」

「常盤台中学ってあの超お嬢様学校の?」

「そうよー。レベル4の女子中学生だなんて、正にパーフェクトよね」

「なぜそんなことが必要なのか、超意味が分かりませんが?」


不思議がる絹旗に、心理掌握は念話を使って語りかけた。


『聞こえるかなー?』

「!」

『うふふ、驚いたー?』

「この強力な念話…常盤台…もしかして…?」

『そ。私は《心理掌握》って言うの。驚いた?』

「第5位が暗部入りしてるなんて、超初耳です」

152: 2010/08/19(木) 22:33:01.34

『スクールの私は《心理定規》だからね。…まあこういう訳なの』

「いやいや、どういう訳ですか?」

『私たちレベル5には何かと敵が多いでしょう?』

「はあ」

『なのに御坂や帝督みたいな怪物と違って、私はただのか弱い女の子だから』

「か弱い…?」

『あなたみたいな格闘もOKな護衛が欲しかったのよ』

「いやいやいや、か弱い?」

『それ以上余計なコト言うと記憶を覗いたり消しちゃうかもよ?』

「超か弱いレベル5の護衛を超任されました!」

『ありがとー、あ、優秀なサポート役も居るから安心してね?』

「サポート役?」

『フレンダって言うんだけど』

「あいつ超何してるんですか…」


ますます体をぐったりとさせた絹旗をスクールの車へ連れ込むと、心理掌握は早速常盤台へ電話をかけた。

その内容に困惑する先生たちであったが、心理掌握は強引に要求を押しとおし――時期外れの転入生が1人誕生した。

153: 2010/08/19(木) 22:34:30.93

常盤台中学学生寮(学舎の園)、心理掌握の部屋


結構な怪我をしていた絹旗だったが、心理掌握は派閥の能力者を使って彼女を歩ける程度にまでは回復させた。

そして一通り寮の案内を済ませると、これから暮らすことになる自分の部屋へ連れてきた。


「これから私は帝督のところに戻るから、校舎の案内はまた明日ね」

「…」

「とりあえずこの部屋でくつろいでてね。そのうちフレンダも来るから」

「…」

「いやーそれにしても、私の部屋は元々1人分空いてたし、ちょうど良かったわ」

「…ここの学生がみんなして、あなたの顔を見ると超頭下げてくるんですが」

「そりゃーねー、伊達に派閥だ何だと苦労してないもの」

「そうですか」

「あ、クラスメイトの紹介も明日ね」

「分かりました」

「あれー、顔がニヤケてるよ?絹旗ったら学生生活もまんざらでもない感じ?」

「まさか。こんな形で学生生活を送ることになるとは超迷惑です」

154: 2010/08/19(木) 22:35:43.61

「…ここの食事は結構美味しいのよ?デザートにも力入れてるし」


ピク、と絹旗の体が反応する。


「学生はみんなレベル3以上だから変な目で見られる事もないし」

「学舎の園にしかないB級専門映画館もあるし」

「仕方ないですね、しばらくは居てあげましょう」

(こいつもちょろいなー)


こうしてアイテム2人を自分の配下に置いた心理掌握は、隠れ家にいる帝督のもとへ向かうことにした。


「じゃあ、ちょこっと出かけてくるね」

「はいはい」


部屋に1人になった絹旗は、ポフン、とベッドへ座り込むと考え事をした。


(昼前には頃し合いをしていた人間を、自分の護衛に雇うなんて…)

(しかも一緒の部屋に住まわせるなんて…)

(それだけ自信があるってことなんでしょうかね?)

(まあどうせアイテムが負けた今、私たちは何も出来ませんが…)

(アイテムと言えば、滝壺さんとあの馬鹿面はどうなりましたかね?)

(…それに、第2位にやられた麦野も)

(仮にもレベル5の麦野が、あんな簡単にやられてるはずはないと思いますが…)


まさかその麦野と浜面が、ついさっき頃し合いをしていたとは流石に想像できない絹旗であった。

163: 2010/08/20(金) 23:14:09.14

スクールの隠れ家


心理掌握は常盤台を出た後、まっすぐに垣根のいる隠れ家に向かった。

すでにそこで作業をあらかた終えていた垣根は、片手をヒラリと上げて反応した。


「順調そうね」

「まあな。解析はもう終わってる」

「そう。…あ、ここに来る途中に聞いたんだけど、アイテムが行動不能になったって。しかも原因は仲間割れ」

「それで第4位の麦野がダウンしたから、組織の維持は不可能とみて間違いないわね」

「あん?仲間割れって事は、麦野は一応、俺の攻撃からは逃げきってたのか…でも、誰が?」

「フレンダと絹旗はお前が囲ったし、滝壺理后には直接的な戦闘力はねえし…」


ここでようやく垣根はある男の顔を思い浮かべた。

164: 2010/08/20(金) 23:17:21.23

「まさか…」

「そのまさか。顔の割にかっこいいことしてたあの浜面君がやったって」

「マジかよ、あいつ無能力者だろ」


垣根は軽く口笛を吹いて馬鹿そうなレベル0を賞賛した。


「…で、解析結果の方は?」

「ダメだな。結構なデータだったが、これだけじゃアレイスターと対等にやり合える立場に立てねえ」

「そっか…残念ね」

「ま、ある意味予想通りだがな。このデータにプラスしてもう一押しする必要がある」

「なら、やっぱりやるの?」

「…ああ、学園都市第1位を頃す。アレイスターと交渉するには『第一候補』になるしか道はねえ」


あの最強の第1位、『一方通行』の戦績を思い出して心理掌握はげんなりとした。


「気が進まないわー。彼はあらゆるタイプの精神能力者と戦って無敗なの」

「…」

「私なんかじゃ全然歯がたたない」

「…」

165: 2010/08/20(金) 23:18:12.08

もっとも、最後までこの男に付いていくと決めた以上、心理掌握は勝つ方法を模索する。


「ただ…今は彼の能力に制限時間があるし、うまく隙をつくことが出来れば」

「…おい」

「なによ?」

「悪いな」


垣根はわずかに寂しげな笑顔を浮かべると、心理掌握に睡眠スプレーをかけた。


「…は…嘘…でしょ…」

「ベタで悪いが…お前がいたらきっと最後に“すがっちまう”からな」

「…てい…と…く…」


深い眠りに落ちて、それでも垣根の服を離さない心理掌握を、彼はそっとソファーの上に置いた。

そして彼女の頭をゆっくり丁寧に撫でると、一瞬浮かんだ逡巡を振り切って隠れ家を後にする。

7年前のことを思い出しながら。

166: 2010/08/20(金) 23:19:05.98

7年前、学園都市のとあるマンションの一室


垣根帝督には、年の離れた姉がいた。

見たこともない両親の代わりに彼を育ててくれた、厳しくて優しい姉だ。

彼女は優れた能力開発研究者でもあったので、普段は研究所に詰めて中々この家に帰ってこない。

そんな彼女が今日は珍しく御馳走を作り、垣根と一緒にお祝いをしていた。

3日前に、垣根が学園都市の第2位に正式に認定されたので、それを祝ってのささやかなパーティである。


「にしても、帰ってくるなら連絡ぐらいいれろよな」

「すっかり忘れてたのよ、許して~」

「まあいいけどよぉ」

「いや~、流石レベル5!第2位!心が広いな~」

「…もう酔っぱらったのか」


垣根は呆れて愚痴をこぼすが、それでもその表情はどこか楽しそうであった。

167: 2010/08/20(金) 23:20:49.95

「どーせなら、第1位になれりゃーカッコも付くのに」

「なによ~、もうお姉さんとしては十分すぎる出来た弟なんだけど?」

「そりゃどーも。っていうか俺の事より、姉さんはどうなんだよ?」

「へ?うち?」

「最近ますます忙しいみたいじゃねーか。俺第2位になったし、もうお金の心配なら…」

「“てっくん”は優しいな~」

「いつまでも“てっくん”って言うな!俺は真剣に言ってるんだぞ」

「うんうん、ありがと。でも、最近上から新しい理論が提供されてね~、その確認実験でしばらくは忙しいままね」

「新しい理論?」

「そうよ~。何でもこの実験が成功すれば、みんなが能力をもっとうまく扱えるようになるんですって」

「へー、それはスゴい…のか?」

「分かってないわね~、ここにいる学生の6割がレベル0なのよ?その子達が能力を使えるようになれば素敵じゃない」

「そういうものなの?」

「ああ、第2位のてっくんには分からないのか~、ショック~」

「分かった、分かったよ!だからくっつくな!」

168: 2010/08/20(金) 23:21:59.66

「あ、そ~言えばその実験には第1位の子が協力するって話なの」

「確か第1位って『一方通行』だよな、見た事ねえけど」

「そ~ねえ、うちもまだ会ってないわ。どんな子か楽しみね~」


結局その日は、久しぶりに姉弟水入らずの楽しい一時を過ごした。


それから2週間たち、新しい実験の話などを垣根が半ば忘れていたころ。

突然、ある一報が垣根にもたらされた。

知らせを受けた垣根は、慌てて連絡を受けた場所へ向かった。

そこで彼は――


「…嘘だろオイ」


変わり果てた姿の姉を見ることになる。

169: 2010/08/20(金) 23:24:29.99
とある研究所の一室


姉が変氏体となって発見されてから、すでに何日が経過したのかも垣根は把握していなかった。

あっという間に葬儀を含む全てが行われ、事件はアンチスキルが引き続き調査している。

抜け殻となった垣根は、ようやく外に出れるようになり、姉の職場にある私物を引き取りに来ていた。


(…何で…)

(姉さんに恨みが?)

(それとも通り魔?)

(犯人さえ分かれば、俺が頃してやるのに…)


垣根がやりきれない思いを抱いて荷物をしまっていると、1枚の写真が目にとまった。

自分が第2位となったことを、姉と2人でお祝いした時の写真である。


(ああ…職場に飾ってたのか)


言葉に出来ない思いが胸を一杯にする。震える手で写真立てからその写真を抜くと、裏にメッセージがあった。



――ごめんね、てっくん

170: 2010/08/20(金) 23:25:41.51

思わず垣根は目を見開いた。


(どういう事だ?)

(まるで…自分が氏ぬ事を分かってたみたいじゃねえかよ!)


それまでが嘘のように、垣根の体に力が戻ってくる。

そして急いで全ての私物を家に持ち帰ると、ゆっくり調べ始めた。



学園都市のとあるマンションの一室



垣根が姉の持ち物を調べ始めて2日後、ついに彼は歯ブラシの中にある超小型チップを発見する。

その中には、姉の言っていた新しい実験の全容が記録されていた。


実験名称:暗闇の五月計画


実験内容:学園都市第1位『一方通行』の演算パターンを置き去りの頭にインプットすることで
    
     被験者の『自分だけの現実』の最適化を図る


実験結果:第1次実験では、被験者20名のうち11名が氏亡、残る9名も発狂などをおこしいずれも失敗


(これは…置き去りを使った…人体実験!?)

171: 2010/08/20(金) 23:26:51.38

やがて映像は、その被験者の苦しみもがく様子に切り替わった。


――ああああ!苦しい!

――誰!?私に話しかけないでぇ!

――気持ち悪い!いや、氏んじゃう!

――頭に誰かいるよ!割れちゃうよぉ!


映し出された凄惨な光景に、垣根は思わず目を背けて涙を流した。


(こんなことをしてたのかよ!)

(…ア、アンチスキルに通報…)


垣根が思わず立ち上がった時、再び映像が切り替わった。そこに写されたのは…


「…てっくん」

「姉さん!?」

「さっきまでの映像を見たわよね?」

「ごめんなさい。まさか、こんなことになるなんて…思いもしなかった」

「すでにこの研究所は上の人達に乗っ取られたも同然…」

「この酷い実験は、まだまだ続くわ」

「それを、うちは止められなかった…!」

「上の人達に抵抗したから、きっとうちはすぐに殺される」

172: 2010/08/20(金) 23:27:49.74

「無関係なてっくんに頼むなんて最低とは思うけど…」

「ここにいる置き去りの子供達を、どうか助けてあげて!」

「今のうちじゃ、アンチスキルに連絡を取ることも不可能なの」

「なんとか通報して、この実験を中止させないと…!」


その言葉を最後に、映像は不自然に途切れて終了した。


「…」

いつの間にか、垣根の目から涙は消えていた。吐き気もない。

代わりに心を満たしたのは、たった1つの感情。

――1度も自分を頼る事のなかった姉が、唯一泣いて頼ったのは氏んだ後だった。


(ふざけんな)

(ふざけんな!)

(ふざけんなよ!!)


垣根は怒りにまかせて壁を殴る。痛みなど気にせず、何発も何発も。

やがて彼は苦しそうに絶叫して、その場に倒れ込んだ。

…そしてもう一度立ち上がった時、彼は覚悟を決めていた。


「アンチスキルはいらねえ…この俺の手で、ふざけた実験をぶち壊してやるよ」


それが、さらなる悲劇を生みだすとは知らずに。

177: 2010/08/21(土) 23:23:31.36

とある研究所


垣根が再び姉の職場へ戻ると、温和そうな若い研究者が出迎えた。


「おや、垣根さんの弟くんじゃないか」

「…」

「2日ぶりだね。ここに何か忘れ物でも?」

「…ああ」


瞬間、ようやく扱いに慣れてきた『未元物質』の翼が現れ、研究者を一撃で吹っ飛ばした。


「…コレが忘れものだ、クソ野郎」


そう言い捨てて、垣根は研究所へ侵入した。

騒ぎを聞きつけた警備の人間や、研究所の職員を全て薙ぎ払って彼は進む。

178: 2010/08/21(土) 23:24:32.40

――まだ11歳のガキだ、とっとと殺せ!

――なんで第2位が襲ってくる!?

――化け物!くたばれ!


わずか2日前に来た時とは、全く違う正体(ヒョウジョウ)を見せる研究所。

だがその全ては『未元物質』の前にひれ伏し、わずか10分で研究所は制圧された。


「おい、置き去りの子供たちはどこにいる?」

「…クソ…」

「答えないなら、本気で頃す」

「…地下だ。第3待機室にいる」


答えた研究者を投げ捨てると、垣根は1人地下の置き去りのもとへ向かう。

垣根が待機室に入ると、そこには凄まじい異臭が漂っていた。


「おい、しっかりしろ!」


部屋の明かりを付けて確認すると、およそ30人近くの子供たちがぼろ布のように横たわっていた。

すでに実験を受けたのか、虚ろな表情でうわ言を呟いているものもいた。

179: 2010/08/21(土) 23:25:27.35

(だが、今から全員助けられる。姉さんの最後の願いどおり、実験は中止に追い込めた)


垣根は子供たちに手を差し出した。


「助けに来た。全員ここから逃げるぞ」


…その時、異変が始まった。


「ガアア!」

「…アアア…コロス…」

「おい、何しやがる!?」


起き上った30人の子供たちが、突然、垣根に能力を使って襲いかかってきたのだ。

驚いて応戦するが、子供たちを頃すわけにもいかない垣根は、防戦一方になる。

その時、垣根の耳に冷たい機械の音声が聞こえてきた。


警報:暗闇の五月計画、フェイズ2へ移行を確認。被験者の実践戦闘能力テストを開始。

警報:戦闘目標、レベル5第2位『未元物質』。戦闘終了までこの部屋を封鎖します。


慌てて垣根が振り返るがすでに遅く、待機室は鋼鉄の隔壁が降りて完全に封鎖された。

180: 2010/08/21(土) 23:26:17.00

(そんな…罠だったのか!)

(初めから、この俺を誘い込むつもりで・・・)


極めて優秀な頭脳を持つ垣根は、11歳ながら“敵”の目的を看破してしまう。

姉の頼みで来た自分が、この子供たちを倒す事など出来るはずもない。

だが、第2位の自分がこの程度の能力者たちに負けるはずもない。

つまり、逃げない限り戦いはいつまでも続く事になる。

それが目的だろう。自分が防戦一方で戦いを続ければ、それだけ実験データを大量に入手できる。


(姉さんの善意を…利用しやがったな!)


恐らく、姉の残したメッセージに気づいていた連中は、あえて俺に発見させて研究所に来させたのだ。

最後に力を振り絞って唯一残した手掛かりも、それすらも利用したのか。

垣根の視界が怒りで真っ赤に染まる。それでも頭が冷静に動くのが恨めしく感じるほどに。


(思い通りになんて…させるかよ!)


ならば、垣根は何としてもこの部屋を脱出して、今度こそ実験を終了させなければならない。

181: 2010/08/21(土) 23:27:26.30

(でも、どうやって?)

(鋼鉄の隔壁を破壊するには、時間がかかる)

(30人の能力者と戦いながら出来る芸当じゃねえ)

(子供たちを一旦気絶させるか?)


ゴッ!!

垣根は自分の周囲を翼で薙ぎ払い、その爆風で子供たちをまとめて気絶させようと試みる。

だが、元々朦朧として強い意識を持っていなかった子供たちは、すぐに意識のないまま起き上って垣根に襲いかかってきた。


(キリがねえ!)

(相手しながら隔壁を破壊できない以上、逃げ場は…)

(待てよ、鋼鉄の隔壁じゃなく、ただの天井なら…!)


まだうまく飛ぶ事が出来ない垣根だったが、必氏に天井付近まで飛翔し、全力で穴を開け始めた。

しかし、その間も子供たちの能力が次々と垣根を襲う。念力、火炎、電気、突風、正体不明の精神攻撃。


(痛い、熱い、苦しい…クソったれ!!)


体をボロボロにしながらも、ついに天井に穴を開けた垣根は急いで1階に着地する。

182: 2010/08/21(土) 23:28:42.24

(なんとか逃げれた、後はどうやって子供たちを正気に戻す…?)


ようやく一息ついた垣根だったが、絶望はまだ終わらない。

再びあの悪魔のような機械の声が下から響いた。


警報:暗闇の五月計画、フェイズ2は第2位の離脱の為、失敗を確認。

警報:よってフェイズ2代理案を開始。戦闘目標修正、被験者同士。


その言葉と同時、子供たちは今度は互いに攻撃を始めた。


「クソが!ふざけんな!どうなってやがる!」


垣根は吠えるが、その声は誰にも届かない。

垣根が逃げたところで、結局子供たちは頃し合う。

だが、自分が戻ればこの実験は延々と続く。

気絶させられない以上、11歳の垣根に子供たちを殺さず無力化する方法は思い浮かばなかった。


(急いで正気に戻さないと)

(けど、この実験は頭に直接第1位の演算パターンを埋め込むってやつだ)

(外部刺激でなんとかなるレベルとは思えねえ)

(…この研究所の中を探して、麻酔用ガスかなにかを見つけて昏倒させるのが一番か)

183: 2010/08/21(土) 23:29:26.21

垣根は素早く判断を下すと、研究所を調べながらアンチスキルへ電話をかけた。


『…はい』

「あ、アンチスキルですか!置き去りを使った違法な実験施設があるんだ!」

『本当ですか』

「はい、場所は――」

『了解しました、すぐに向かいます』

「頼む!早く!」

「…はい、到着しました」

「え?」


何故か電話の声が、自分の真後ろから聞こえてきた。

垣根が驚いて振り返ると、そこには顔に入れ墨をした白衣の研究者らしき男が笑いながら立っていた。


「ぎゃはははははは!!」

「誰だテメェ!アンチスキルじゃねえな!」


男は垣根に答えずに、尚もおかしくて堪らない様子で笑い続けている。

184: 2010/08/21(土) 23:30:28.63

「いやー、ないわー。あのガキの演算パターンを頭に植え付けるとか、出来る訳ねえっつーの」

「中には中途半端に成功したやつもいるみてぇだが…」

「これ以上は金のムダだと思わねえか、なあおい?」

「誰だテメェって聞いてんだろ!テメェがこの実験を指揮して姉さんを頃したのか!?」

「…はー?」


男は呆れたようにナイナイ、と手を振った。


「話聞いてたかよボケ、出来る訳ねえってたった今言ったろーがよ」

「じゃあ、何でここに居やがる!」

「お仕事だよ、お偉いさんに言われてな」


そう言うと、男は垣根の開けた穴から細長い物体を投げ込んだ。

それは落下と同時にガスを噴出し、子供たちを全員昏睡状態に陥らせる。


「まーったく、手間掛けさせやがってよぉ」


音が消えた事を確認すると、男は無線で誰かに連絡を取った。


「まだ生きてるのを回収しとけ」

『了解です、木原さん』

185: 2010/08/21(土) 23:31:16.32

垣根は、目まぐるしく動く展開に付いていくことが出来ない様子で呟いた。


「…助けに来てくれたのか?」

「そうでーす。ぎゃはははははは!」


その時、男の持つ無線に連絡が入ってきた。


『木原さん、逃走していた研究者を全員捕獲しました』

「遅えよバーカ」

『申し訳ありません。それともう1つ』

「なによ?」

『研究者の1人が自頃しました。どうやら強制的に実験をやらされたらしく、完全に壊れてましたね』

「あー、それってひょっとしてあの垣根ちゃん?」

『はい。一応遺体は回収してあります』

「あいつもバカだねえ」

「ちょっと待てよ!」


漏れた話を聞いた垣根は男に詰めよった。


「研究者の垣根って!?」

「おいおい、決まってんだろ。キミのねーさんじゃないか。あはははぎゃはは!」

186: 2010/08/21(土) 23:33:45.29

それを聞いて垣根は目眩がした。それでもなんとか耐えて大声を出す。


「姉さんはちょっと前に殺されたんだ!葬式もやった!」

「…それに…最後のメッセージだって…」

「おーいおい、どこまで甘いのよキミ?」


絶望は終わらない。男は楽しそうに告げた。


「実験動物(ダークマター)確保のため、無理やりチップを用意させられたに決まってんじゃーん」

「なんだと!?」

「キミのねーさんが必氏で残したチップを捨てずに、わざと自分を誘い込むエサにしたとか思ったかよ?」

「…」

「ハズレ。偽の“変氏体”もチップも上の連中が用意したんでーす、だって優秀な研究者は頃すより利用した方がいいからなあ」


男はギャハハと笑って垣根の心を抉る。


(姉さんは…氏ぬ事さえ…許されなかったのか…?)

(姉さんが…俺を実験に巻き込むことを許すはずはねえ)

(なのにそれを無理やりさせたってことは…)


今の垣根には想像もつかない恐ろしい目にあわされたのだろう。

187: 2010/08/21(土) 23:35:29.73

「いやー、でも良かったな。中止にならなきゃこのまま氏ねずにいただろうに、今度こそ氏ねたみたいで」

「ふざけんなよ!!」


垣根は男に掴みかかって絶叫した。


「こんなことは間違ってる!」

「へー」

「アンチスキルに通報したのにお前が来たって事は、きっとアンチスキルなんかより上の立場…」

「そう、統括理事会クラスの奴がこの実験を指揮してたんだろ!」

「ほー。で、だとしてどーするのよ?」

「俺は学園都市第2位の垣根帝督、『未元物質』だ!」

「だから?」

「学園都市のトップに会わせろ!こんなことを許してたまるか!きっと第2位の俺の意見なら…」

「無駄だな」

「!」

「オマエ“程度”じゃ、アレイスターは相手にしねえよ」

188: 2010/08/21(土) 23:36:49.82

思わず、掴みかかった垣根の手から力が抜ける。


「なら…どうすれば…そのアレイスターってやつと交渉するにはどうすればいい!?」

「知るか。悩んでるとこ悪いが、実はこれが俺の今日の本当のお仕事なんだわ」


そう言って、男は垣根に麻酔弾を撃った。


(そうか、最初からこいつは俺が目的で…)


揺らぐ意識の中、垣根はこの悲劇が全て自分のせいで起こった事をようやく悟った。

そしてこの学園都市が、腐った連中の跋扈するおぞましい場所だと言う事も。


それから暗部という闇に落ちて7年。

心優しい少年は、その全てを変えるため、アレイスターとの直接交渉権を手に入れることを誓った。

たとえ自分が、決して戻れぬ闇の底に沈むとしても。

189: 2010/08/21(土) 23:37:43.82

そして現在、スクールの隠れ家


「う…」


心理掌握はゆっくりと目を覚ました。

自分がなぜソファーに寝ていたのか、眠る前の状況を徐々に思い出し…


「帝督!?」


ふらつきながらも急いで起き上り、辺りを見回すが誰も居ない。


(なによ…『お前はこの俺の手元にいろ』とかカッコイイこと言ったくせに!)

(今さら私を手放すなんて…許すわけないでしょ!)


急いで垣根を追いかけようと隠れ家を飛び出した瞬間、携帯にメールが届く。


(ひょっとして、帝督?)


急いでメールをチェックした心理掌握は、その場に力なく倒れ込んだ。


――緊急報告、学園都市第2位『未元物質』こと垣根帝督は、第1位『一方通行』に敗れ、氏亡した。




これにて二章終わり

197: 2010/08/22(日) 21:56:27.37

10月某日、学園都市の闇の底


学園都市の裏舞台が大きく動いてから数日後。心理掌握はその日も最愛の人物に面会に来ていた。

いや、それが“面会”と言えるのかは分からないが。


「やっほー、帝督。今日の気分は?」


返事は無い。心理掌握もそれを期待していなかった。

なぜなら面会相手には口が無かったからだ。

いや、それどころか顔も、手も、体のほとんどがすでにない。

わずかに残る胴体には巨大な機械が取りつけられ、首から上は何本ものコードが伸びている。

そしてそのコードの先には、謎の液体が入った不気味な3つの容器が存在していた。

その液体は特殊な保存液で、中には分割された脳みそがユラユラと浮いている。

まともな人間なら、吐き気を感じるような光景だ。

学園都市第1位『一方通行』に虐殺された、第2位垣根帝督のこれが現在の姿である。

198: 2010/08/22(日) 21:57:24.90

「ようやく今日になって、あの日の戦いの映像が届いたの」

「すでに3回ほど見たけど…また後で部屋でゆっくり見る予定よ」

「帝督が…負ける光景なんて…滅多に見られないしねー」


徐々に声が震えてくる心理掌握。この場所では、彼女は自分を偽る事は無い。


「またここに居たんですか。超探しました」


2人きりの空間に、第3者の声が聞こえてきたので思わず心理掌握は不機嫌になった。


「今日はお休みなのに…何か用なの?…絹旗」

「超睨まないで下さい。クソったれの『仕事』が超再開されるみたいです」

「…そう。思ったより早かったわね」

199: 2010/08/22(日) 21:58:29.06

「なにせアイテム、スクール、ブロック、メンバーとどれも超壊滅しましたからね」

「上の方もそろそろ手が回らなくなってきたのかな?」

「そういうことでしょう。実際の仕事はもう少し先になりますが、たぶんあなたにも今日あたり超連絡が来るはずです」

「うん、教えてくれてありがとー」

「…今日も超こもりっきりですか…?」

「ううん。ようやく映像も届いたし、もう部屋に戻るよ」

「ああ、超頼んでいた第1位との戦闘映像ですか。見てどうするんです?」

「決まってるじゃない。…もう一度、帝督に抱き締めてもらう方法を見つけるのよ」

「だっ!?…超恥ずかしくないんですか!?」

「全然。あの日あれだけ恥かいたからね。この程度は大したことないじゃない?」

200: 2010/08/22(日) 21:59:45.94

あの日――緊急報告メールをもらった心理掌握は、我を忘れて取り乱した。

どうやって帰ったか分からないまま常盤台の自室へ戻ると、待っていた絹旗とフレンダの前で…


「ああ。確かにあれは超恥ずかしかったですね」

「誰にも言わないでよ?…私が大泣きしたなんて」


まるで幼児のようにエーンエーンと文字通り泣きだした。

訳も分からず慰める2人に対し、心理掌握は「ていとくー」と暴れてメチャクチャ迷惑をかけた。

おまけに絹旗が止めなければ、もう少しで能力が暴走するところであった。

そんなこんなで、2人にはすっかり恋心も情けない顔も知られた後なのである。


「後が怖いし、超言いませんよ。…じゃあ、私は先に戻ります」

「うん。心配かけてごめん」

「…私はあなたの護衛ですから、それぐらい超当たり前です」


そして絹旗が後にしたこの場所を、心理掌握もゆっくり出て行った。


「じゃあ、また来るね帝督」

201: 2010/08/22(日) 22:01:05.63

常盤台中学学生寮(学舎の園)、心理掌握の部屋


心理掌握が部屋に戻ると、そこにはフレンダがいてベッドで寝ころんでいた。


「お帰りー」

「ただいま。随分くつろいでるようだけど、見つかったら困るのは理解してる?」

「ふふん。結局そんな心配は杞憂なわけよ!元々この部屋は特別扱いで滅多に見回りも来ないしね」

「なら良いけどさー。…絹旗は?先に戻ってきたかと思ったけど?」

「学舎の園で映画鑑賞するって言ってたよ」

「…昨日も行ってなかった?」

「あー、なんか明日は仕事で外国に行くから、その前にいっぱい見ておくんです!って張り切ってた」

「うわー可哀想。相変わらず上は人使いが荒いわね」


堂々と寮に居るこのフレンダだが、女子高生であり、常盤台中学の生徒ではない。

護衛の絹旗のサポート役として、心理掌握が個人的に寮に置いているだけである。

なので寮監などに見つかると面倒なことになるのだが、流石に暗部に居た彼女は見つかるヘマをしていない。

202: 2010/08/22(日) 22:02:11.37

「さて、フレンダも一緒に見る?」

「あ、出かける前も見てたあの時の映像?」

「そう」


そして心理掌握は、第1位と第2位の凄まじい氏闘を目に焼き付ける。


「…」

「これ本当に能力な訳?黒い翼に白い翼って、結局伽話の世界なわけよ」

(そう、この2人の能力は、他の能力者とは明らかに性質が違う)

(第3位の御坂や4位の麦野、5位の私にしたってこんな芸当は不可能)

(それに第1位が翼を出してから、帝督の翼も明らかに変質している)

(『第1候補』と『第2候補』…これでは、スペアというよりもむしろ…)

(そう、同じコインの表と裏のよう。帝督は当事者だから、最後まで気がつかなかったみたいだけど)

(『1位』も『2位』も、アレイスターにとっては両方必要不可欠な存在だった?)

(だとすると、この状態でも帝督が回収されて生かされている説明が付く)

(アレイスターには帝督が、いや正確に言うと『未元物質』が必要不可欠である!)

(だったらそこを利用して、帝督を私のもとに取り戻す)

(その為に今私が調べなきゃいけないのは、『一方通行』と『未元物質』という超能力の秘密)

(あの『翼』は、一体どこから来たのかしらね?)

203: 2010/08/22(日) 22:03:30.42

高速で思考をしている心理掌握だったが、突然の電話がそれを断ち切らせた。


「はい?」

『やー、心理定規ちゃんよね?』

「…」

『返事ぐらいしなさいよ、こいつときたらー!』


大きな声がフレンダにも届き、アイテムの指示役!?と驚きを露わにする。

それを見て、アイテムの指示役が自分に電話をかけてきた事を疑問に思った心理掌握は、さらに無言になる。

しかし相手はそれを気にすることなく話を続けてきた。


『単刀直入に言うわ、壊滅した組織の残存勢力集めて新チーム作るから、昔頃し合った連中同士で仲良くしてねー』

「本気で言ってるんですか」

『当たり前でしょー、こいつときたらー!』

「…うまくいくわけないでしょう」

『何言ってんの、あんたなら問題ないはずでしょ?…《心理掌握》ちゃーん?』

「…」

『あは、バレてないとでも思ってたのか、こいつときたらっ』


楽しそうに電話の女ははしゃいで嘲笑った。

204: 2010/08/22(日) 22:05:01.25

『全員ご自慢の能力で操って、依頼はキッチリやってもらうからねー』

「…」

『なにか言ってみなさいよ、こいつときたらー!』

「…ふふ」

『?』

「そっかそっか、そういうことか…ふふ」

『何がおかしいのよー?』

「前から気になってたのよ。暗部組織の指示役の情報って、どれだけ探しても出てこないなーって」

『…』

「相手が存在しない人間なら、そりゃー出てくるはずないわよね、《心理定規》ちゃん?」

『…』

「声と口癖変えたぐらいで、“バレてないとでも思ってたのか、こいつときたらっ”」

『っ…』

「悪いけど、あなたから悪意ダダ漏れなのよ。前任者のキャラクターを受け継いだところでバレバレ」

『…へえ。やっぱレベル5は一筋縄じゃいかないわね』

「お久しぶりね、驚いたわ。回収されて、そんなことになってたなんて」

『…あんたには感謝してるわー。おかげでこんな底に落ちたんですもの』


本性を見せた心理定規が、ドロドロとした感情を電話越しに向けてくる。

205: 2010/08/22(日) 22:07:12.35

『…せーっかくスクールのゴミ共が氏んでくれると思ったのに、肝心のあんたが生きてるんじゃ意味ないわね』

「で、今の地位を利用して、私を殺そうと言う訳?」

『まさか。こっちが簡単に手を出すわけにはいかないのよ』

『…だから、あんたが泥沼で這い蹲るのを楽しく見守る事にするわ』

「御勝手に。悪いけど、こっちにもやる事があるのよねー。邪魔はさせないわ」

『許さない』

心理定規の声がさらに鋭く重たいものになる。

『私の場所を奪ったあんたも、私を捨てた垣根も、絶対許さない』

「…!」

『何もかも思い通りに行くと思わないでよ、《心理定規》さん?』


電話が唐突に切られ、不気味な静寂だけが部屋に残る。


「なんか、フクザツな関係だった訳?」

「そうね、昔色々と」

フレンダはそれで何かを感じ取ったのか、口を噤んだ。


「とにかく、一筋縄じゃいかないことは間違いないわ」

「慎重に計画を立てないと。フレンダも協力してね?」

「!う、うん。結局このフレンダ様に任せるといい訳よ!」

「期待してるわ」

(帝督…もう少し待っててね)


この学園都市の闇が、再び動き出す。

ある者は全てを引き換えにしても、もう一度彼を取り戻すために。

ある者は全てを奪った人間へ、復讐を果たすために。

ある者は全てを利用し、自分のプランを進めるために。

219: 2010/08/23(月) 22:47:20.80

10月某日、第七学区のとある病院


その日の夕方も、心理掌握はカエル顔の医者を訪ねていた。


「受け取った資料を全部確認してみたけど…正直、このままではどうにも出来ないね?」

「…そうですか」

「何しろ、“彼”をそこから動かすことすら不可能なのだからね」

「…」

「彼の体から伸びてるコードは、直接部屋の装置に繋がっているわけだしね」

「…」

「彼の脳がその装置の中に入っている以上、無理に取り出せば即氏する」


決定的な一言を言われても、心理掌握は欠片も動じなかった。

220: 2010/08/23(月) 22:48:34.55

「…では、もしも彼をこの病院に連れてこれたら?」

「それは…」

「彼の体を再生することは可能なのですね?」

「彼がここに居るなら、残った胴体から細胞のサンプルを入手して、元の姿にする事は出来なくもないね?」

「ありがとうドクター。それさえ分かれば十分です」


諦める様子を見せないレベル5を見て、カエル顔の医者は忠告をした。


「…多分、アレイスターは彼を手放しはしないはずだ」

「いいえ。…あの男が欲しいのは、帝督じゃなくて『未元物質』なんです」

「?」

「必ず彼をここに連れてきます」


すでに何か策があるのか、心理掌握は笑顔で病院を後にした。

それを見送る医者の顔には、深い憂いだけがある。


(なあ、アレイスター。君は…子供が本気になると、手に負えないという事を理解しているのか?)

(まして、あそこまで深く闇に染められた幼い精神は、目的のためなら“なんだってする”だろう)

(…それとも、それも君の計画のうちなのかな?)

221: 2010/08/23(月) 22:49:20.91

常盤台中学学生寮(学舎の園)、心理掌握の部屋


今日帰国する予定の絹旗をフレンダが迎えに行ったため、この部屋には心理掌握1人しかいない。

その沈黙の部屋で、心理掌握は実験と計画の調整を3時間以上繰り返していた。


(…私が『体晶』を使うことで、効果は倍近く上昇できる。副作用を無視すれば、5時間の連続稼働が可能)

(常盤台ネットワークの稼働を考えると、計画を実行するのは学生の寝ている深夜が望ましい)

(後は、数日以内に行われる『迎電部隊(スパークシグナル)』の反乱を隠れ蓑にすれば…)

(目障りな《グループ》は私にまで手を回せない…!)

(うぐ!)


計画を思案中に突然吐き気を感じた心理掌握は、慌てて洗面所へ向かい咳き込んだ。

222: 2010/08/23(月) 22:50:20.48

(もう、吐くものなんてとっくに有りはしないのに…)

(…『体晶』か。滝壺ってコは、よくもまあコレに耐えたものね)

(いや、むしろ体質的に私には合わないのかな)


その時、心理掌握は違和感を感じて自分のモバイルを確認する。


(このユニットは…御坂か。流石に第3位は気づくのが早いなー)

(…演算が通常値に戻った。多分、何かを感じたけど気のせいと判断したってとこね)


ほっと息を吐いて安心すると、心理掌握はモバイルを操作して常盤台ネットワークを解除する。

223: 2010/08/23(月) 22:51:27.40

(よし、ネットワーク解除。これでもう本番まで使えないかな)

(ふふふ、帝督と戦った時と同じ状況だ)

(だとすると逆に縁起がいいのかも。…きっと次も、私の勝ち)


かつて常盤台を襲った垣根と戦った時、心理掌握は常盤台の能力者に自作のレベルアッパーを聞かせていた。

それにより心理掌握は生徒の脳波をコントロールし、莫大な演算能力を手にする事が出来ていた。

しかも、以前の時と違ってこのプログラムはすでに完成している。

かつて力を借りた、御坂美琴――第3位の超電磁砲――すら今は演算ユニットの1つでしかない。


(この私がここまでやる以上、絶対に計画は成功させて見せる)


それから20分後、絹旗とフレンダが寮に戻ってきたので、彼女は2人と作戦の打ち合わせをすることにした。

224: 2010/08/23(月) 22:52:29.31

翌日午前、とある雑踏


暗部新チームの指示役になった少女、かつては心理定規とも呼ばれていた能力者。

その彼女が、楽しそうにゲコ太の風船を持って歩いていた。

最も、ここに彼女より優秀な精神能力者がいれば、それが誤りだと気づいたかもしれない。


(…あの女…)


心理掌握によってこのどん底へ落とされて以来、一時たりとも彼女は恨みを忘れていなかった。

とはいえ、彼女が恨んでいるのは自分がここに落とされたことではない。


(…よくも、私の居場所を…!)


誰よりも大切な人間の隣。闇の中でも付いていくと決めた愛する人の隣。

そこを奪われ、かつ彼の心まで奪われたこと。その事をこそ彼女は恨んでいた。

225: 2010/08/23(月) 22:53:25.35

心理定規は、初めて垣根帝督に出会った時の事を今も昨日の事のように覚えている。


――よお。スクールにようこそ、お嬢さん。

――『心理定規』ねえ。使い方次第じゃ結構な武器になるな。


最初に彼の能力を見たときは、心から圧倒された。

一緒に任務をこなしていくにつれ、ますますその強さを感じ取るようになった。

その恐れが畏怖になり、敬意になり、敬愛になり、思慕となるのに時間はかからなかった。


(彼の恋人になろうなんて、大それた事は考えた事もない)


ただその隣に居させてくれれば、それ以上は何も望まなかった。

226: 2010/08/23(月) 22:54:03.91

だからあの時、いつものように彼に協力した。彼に敵う者などいないはずだった。


――いらっしゃい、心理定規ちゃん

――今日はゆーっくりお話しましょ?


あの悪魔のような女に出会う前までは。

…信じられない事に、その悪魔は自分と愛する彼を戦わせようとした。

その能力はあまりにも強くて逆らえず、無理に抵抗をした結果、自分の意識が壊れることになった。


そしてようやく“自分”を取り戻した時、すでに自分は心理定規ではなかった。

227: 2010/08/23(月) 22:55:58.98

訳も分からず自分の居場所を消され、使い捨ての人員となって数週間。

ヘマをして氏んだアイテム指示役の後継者となった彼女は、今まで以上に裏の情報を知るようになった。

そして、あの悪魔が《心理定規》として彼の隣に居る事を突き止めてしまう。


(心理定規(ワタシ)が、彼の役に立つだけならまだ我慢できた)


だがそうではなかった。

未だに信じられない事に、正体がバレた悪魔と彼は、恋人同士になったのだ。

それは、本当の絶望が彼女を襲った瞬間だった。


(あの彼が…垣根が、あんなヤツと恋人に…?)

(…許さない…)

(私を裏切ったスクールなんか大っ嫌い)

(あの悪魔も、裏切った垣根も、全員氏ねばイイ)


そのあまりにも悲しい願いは、思わぬ形で実現する。

228: 2010/08/23(月) 22:56:39.74

スクールが学園都市に反乱を起こし、その正規メンバーは次々と殺されていった。


(なのに、あの悪魔は生きている)

(無様にもがいて、彼を助けようとしている)

(…許さない…)

(絶対にそんな事は許さない)


だが、心理定規では立場的にも実力的にも心理掌握を殺せない。

故に彼女は、もう一つのシンプルな結論に至った。


(私が殺せないなら、殺せるヤツを利用すれば良い)


そして彼女は、予定通り目的の人物を見つける。

229: 2010/08/23(月) 22:57:32.98

「あー、ゲコ太の風船だー!って、ミサカはミサカは驚いてみる!」

「可愛い子ね、あなた1人でお買いもの?」

「そうだよ、スーパーまでお使いなのってミサカはミサカは威張ってみる」

「それは偉いわね…ねえ、良い子のあなたにこの風船をあげようか?」

「ホントー!?ってミサカはミサカは喜んでみる!」

「ええ、もちろん。あ、でも他の子が気づくとまずいから、こっちにおいで」


そう言って、ちょっとしたビルの陰に誘導する。

230: 2010/08/23(月) 22:58:54.46

「うわーい、ありがとー!…あ、おねーさんの名前は?ってミサカはミサカは聞いてみる」

「クス…良ーく覚えてね。《心理定規》よ」


そう笑顔で言いながら、彼女は隠していた警棒を、打ち止め(ラストオーダー)の頭に――振り下ろした。


(…あっけない)


警棒をしまって、気絶した打ち止めを抱えると、彼女はどこへともなく姿を消す。


(愛しの彼と同じく、第1位に惨殺されてグチャグチャになるといいわ、《心理定規》サン?)


その場にわずかに漂う、狂気の残滓だけを残して。

238: 2010/08/24(火) 22:54:11.28

同じ日の昼過ぎ、グループの隠れ家


グループの一員である土御門元春は、突然受けた連絡に頭を悩ませていた。


(…量産型能力者(クローン)の上位個体が誘拐された…だと)

(目撃者の話だと、誘拐犯は女ってことらしいが…目的は『一方通行』か?)

(“偶然”狙われた可能性は…)


ベギィ!


突然恐ろしい音を立てて、隠れ家のドアが粉砕された。

そして現れたのは、静かに憤る学園都市第1位の白き怪物、『一方通行』である。

239: 2010/08/24(火) 22:55:35.49

「…あのガキが誘拐されたってなァ本当か?」

「恐らくは。もうすぐ詳しい連絡が来る事になっている」

「ちっ。…どいつもこいつも、なンであいつを巻き込もうとしやがる!」

「無理を承知で言うが、少し落ち着け」

「うるせェな。皮ァひン剥かれたくなけりゃァ口を閉じやがれ」


険悪な雰囲気になったその時、一方通行の持つ携帯に着信。


「おい、あのガキは?」

『やれやれ。みっともなくうろたえないで欲しいものですね』


答えたのはグループの指示役、電話の男だ。


「今はテメェを頃す暇も惜しいンんだ、とっとと話せ」

240: 2010/08/24(火) 22:56:55.79

『あの検体番号20001号『最終信号(ラストオーダー)』を誘拐したのは、心理定規と呼ばれる能力者です』

「心理定規…どっかで聞いた名前じゃねェか」

『ええ。少し前にあなた方が壊滅させた《スクール》の唯一の生き残りですね』

「スクールっていうと…クソったれの第2位のお仲間さンかよ」

『そうなりますね。彼女が何を目的として最終信号を誘拐したのかは判明していませんが…』

「そンなことはどうでもイイ。その女又はガキの居場所は?」

『…スクールの隠れ家ならお教えできます』

「そこにガキが居るのか?」

『そこまでは断定しかねますが』

(…手掛かりがそれしかねェなら、スクールのアジトに行くしかねェな)

「とりあえずその場所を教えろ。乗り込ンで調べてくる」

『分かりました。第7学区の――』


住所を聞いた一方通行は、すぐにそこへ向かおうと踵を返すが土御門に止められた。

241: 2010/08/24(火) 22:57:49.85

「待て。相手はお前が第1位と知って喧嘩を売ってきたんだ」

「だからなンだよ?精々高く買ってやろォじゃねェの」

「分からないのか?心理定規は当然万全の状態で迎え撃とうとする」

「で?」

「なら戦力は多い方がいいだろう?」

「…」

「目的がどうあれ、相手はお前の“役立たずの宝物”に手を出したんだ」

「…ハ、随分とお節介なヤツだ」

「こんなところで万一にもお前というカードを失う訳にはいかないからな」

「…役に立たなかったら、テメェを盾にしてでもガキは助けるからな」

「調子が出たな一方通行。もうすぐ海原と結標もくる」


そしてそれから3分後、グループ全員を乗せた車がスクールの隠れ家へ向かった。

242: 2010/08/24(火) 22:58:46.22

時刻が少し戻って、第七学区のとある病院


心理掌握がこの事態に気付いたのは、全くの偶然だった。

彼女がいつものようにカエル顔の医者と打ち合わせをしていると、血相を変えた少女が飛び込んできた。

妹達(シスターズ)の一人、ミサカ10032号。上条には御坂妹とも呼ばれているクローンだ。


「大変です、とミサカは状況を報告します!」


それに思わず驚いたのは心理掌握である。


「…御坂?…いや、クローンね」

「? 何故その事を知っているのですか、とミサカは問いかけます」

「あなたのオリジナルのお友達なのよ、私は」

243: 2010/08/24(火) 23:00:28.04

「…少々疑わしいですが今はそれどころではありません、とミサカは用件を思い出します」

「何かあったのかな?」


カエル顔の医者は全く動じることなく、ゆっくりと先を促した。


「先ほど我々妹達の上位個体である『最終信号』から、ミサカネットワークを通じて救援願いが発信されました」

「つまり上位個体は何者かによって誘拐されました、とミサカは簡潔に告げます!」

「ミサカネットワークで、その子の居場所は分からないのかい?」

「ダメです。恐らく上位個体はすでに意識を失っているものと見られます、とミサカは推察します」

「そうか、じゃあ仕方ないね。何か他に手掛かりとなるような事があれば…」

「そう言えば上位個体と最後に話していた女性は、《心理定規》と名乗っていました、とミサカは思い出します」


今まで静かに話を聞いていた心理掌握がその言葉に反応した。


「《心理定規》ですって…!?」

244: 2010/08/24(火) 23:01:38.26

「はい。その人にゲコ太の風船を貰ったとネットワークで自慢していました、とミサカは悔しさも思い出します」


(…あの女がクローンを誘拐して、何をする気?)


数秒とかからず答えは出た。


(あえて心理定規の名前を出している以上、目的は1つしかないわね)

(そのクローンを大切に思っている『一方通行』を使って、誘拐犯に仕立てた私を頃すつもりってトコかな)

(帝督を潰した人間を、わざわざこの私に差し向けるだなんて、随分趣味がイイわね)


恐らく、すぐにでも一方通行は自分を頃しにやってくるのだろう。

それを想像して心理掌握は思わず笑みを浮かべた。


(3流の所業ね、心理定規。…でも感謝してあげるわ)

(もしもこのまま私が気づかなければ、訳も分からず第1位と頃し合いをしていたでしょうね)

(でも、私はすでに事態を掌握した)

(これを利用することで、目障りな《グループ》をこちらに取り込むチャンスが生まれる)

245: 2010/08/24(火) 23:03:01.71

そして心理掌握は、自分に注目している2人を無視して電話をかけた。


「あ、絹旗?」

「ちょっとフレンダと一緒に大急ぎで来てほしいんだけど」

「うん。場所は第7学区にあるスクールの隠れ家」

「ありがとー」ピッ


あの女がクローンをどこに監禁するか。

スクールの心理定規の犯行に見せたいのならば、スクールの隠れ家が一番適している。

しかもそこならば、元スクールのあの女も自由に出入りできるはずだ。


(向こうがスクールの隠れ家を見つけるまで、あまり猶予は無いと見るべきね)

246: 2010/08/24(火) 23:03:39.23

「聞いてちょーだい。そのクローンのコは私が助けるわ」

「なぜ、とミサカは疑問を呈します」

「そのコが誘拐されたのは、恐らく私のせいだからよ」

「意味が分かりません、とミサカはさらに疑問を投げかけます」

「詳しい事はいずれ説明するから、少しここで待ってて」


まだ何か言いたそうなミサカ10032号を無視し、心理掌握は病院を出てタクシーに飛び乗った。

247: 2010/08/24(火) 23:04:56.60

スクールの隠れ家


グループがそこに到着したとき、何故か家の扉が開いていた。

当然罠を警戒する土御門たちであったが、1人が無視してズンズンと奥へ向かう。


「おい、一方通行!」


思わず怒鳴る土御門の声も無視して、一方通行は笑った。


「はン、この小せェ入り口に仕掛けらるトラップ程度じゃ、俺の反射をどォにも出来やしねェよ」

「まあ、それもその通りですね」


何を考えているか分からない笑顔で、海原(エツァリ)が同意。

結標は呆れたように軽く首を振ると、一言もしゃべらずに後を付いて行った。

248: 2010/08/24(火) 23:06:01.84

そしてグループの4人が殺風景なリビングに入ると、そこには…


「これでミサカの3勝目!ってミサカはミサカは勝利のガッツポーズ!」

「ク…結局このフレンダ様が手加減してあげた訳よ…」

「うわー、そういうのは超見苦しいですよ」

「ホラ、とっとと大貧民はお客さんのお茶を用意しにいきなさい」


心理掌握の言葉に促されて、悔しそうにフレンダが台所に向かった。


「ナニをしてやがンだ、テメェら…」

「あー、一方通行ー!」


頭にコブがあるものの、元気いっぱいの打ち止めが一方通行に飛びついた。

唖然としているグループのメンバーに、心理掌握が笑顔で宣告する。


「元スクールの隠れ家へようこそ。まさかグループ全員揃っているなんて思わなかったわー」

「とても都合がいいわ、早速始めましょう。…不穏な会合を、ね」

256: 2010/08/25(水) 23:43:30.23

スクールの隠れ家


心理掌握は話をする前に、近くまで迎えに来た黄泉川と一緒に打ち止めを帰宅させた。

そして、残った学園都市の暗部を代表する7人は…


「だからさっきも言ったけど、あの子を誘拐したのは私じゃないのよ」

「今さらビビって逃げよォってつもりかァ?」

「結局誘拐するぐらいなら、あっさり返したりしない訳よ」

「だから、あなた方はグループと何か話をするために今回の事件を起こしたのでしょう?」


ババ抜きをしながら、海原が鋭く問いただす。


「超論外です。交渉前に相手の心証を超悪くするのは、馬鹿のやる事ですよ」


絹旗が呆れながらカードを一枚引く。どうもペアが揃わなかったらしく、舌打ちして結標へ。

257: 2010/08/25(水) 23:44:41.86

「確かにそのとおりね。交渉するなら、せっかくの人質をその前に返す意味がないもの」


絹旗から貰ったダイヤの2が手持ちとペアになり、結標は笑顔で場に捨てた。そして土御門にカードを差し出す。


「ならば、“誰に”“何故”あの子が誘拐されたか説明して貰えるかにゃー?」


土御門もペアを見つけて場に捨てた。そして隣の心理掌握に鋭い目でカードを近づける。


「もう一度言うけど、犯人は私も知らない。“何者”かが私の名前を騙って彼女を誘拐したの」

「そしてその理由は、恐らく激怒した一方通行にこの私を殺害させるためよ」


心理掌握は迷いなく1枚のカードを選ぶと、ペアを揃えた。残りは3枚、現在彼女がトップである。

それを見て、不愉快そうに一方通行が彼女の手札に手を伸ばして1枚引いた。


「自分は無関係ですってか。…その割にずいぶン余裕が有った見てェだが?」

「偶然事情を知りえたからよ。あの打ち止めってコが、クローンのネットワークを通じてSOSを発信したの」

258: 2010/08/25(水) 23:45:59.61

ペアが揃わなかった一方通行は、フン、と鼻を鳴らして次のフレンダに目を向けずにカードを近づける。


「結局、そのクローンの1人から事情を聴いた私たちが、急いで監禁されているその子を助けたって訳よ!」


ジョーカーが渡ってきたフレンダは、心の中でウゲ!と呟いて次の海原へバトンタッチ。


「ですが不思議ですね。あなたたちの言う通りだとして、何故打ち止めは殺されていなかったのでしょうか?」

「ただ気絶させただけでは、無事に助けたら今のように説得の時間が出来る事になります」


海原はあっさりジョーカーを避けてペアを揃えた。彼も残り2枚。そして絹旗へ。


「それはその打ち止めってコが超特殊だからでしょう」

「何でもそこの第1位は、彼女のネットワークで演算を超補助してもらってるという話じゃないですか」


今度はペアが揃い、絹旗は小さくガッツポーズをして結標へ。

259: 2010/08/25(水) 23:47:02.20

「…なるほど、彼女を頃してしまえば、能力を失った一方通行が心理定規を殺せないかもしれないと危惧したのね」

「その可能性が高いです。これが証拠に、彼女を発見した時服の中に小型の爆弾が付けられていました」

「もしも事情を知らず彼女を放置していれば、一方通行は私たちが爆弾を付けたと勘違いして逆上していたでしょう」


心理掌握が、結標の意見に合わせて証拠を提示する。


「ま、結局このフレンダ様にかかれば、その程度の爆弾は楽勝で解除出来る訳よ」


フレンダが自慢げに、取り外した爆弾をグループに見せつけた。


「…」


結標はペアを見つけられず、少しションボリして土御門へ。


「それが事実なら、確かに打ち止め(ノウリョク)を生かしたまま一方通行を差し向けられる」

「…確かにその辺は筋が通っているぜよ」


土御門は心理掌握を睨みつけた。

260: 2010/08/25(水) 23:47:48.85

「だが、おかしいのはこれだけじゃないんだぜい?」

「そもそも、その誘拐犯は何故お前を直接狙わないんだろーな?」

「…」

「打ち止めを誘拐して、このスクールのアジトに監禁した犯人は、当然暗部の情報に精通しているってことだにゃー」

「そんなやつが、わざわざ第1位を利用したってことは、だ」

「そいつはよっぽどお前に氏んでほしい、けどそれが自分では出来ない立場」

「…そんな特殊な境遇にいる人間に、本当に心当たりがないのか?」

「ないわねー。そもそもこんな仕事をしてる以上、誰に恨まれても不思議じゃないもの」


心理掌握は土御門の詰問を笑顔でかわす。そして再びペアを作って場に流した。ラスト1枚。

苦々しい顔をした一方通行が、その1枚を取ったので彼女は一番で上がった。


「いやいやー、良ーく思い出してほしいぜよ」


土御門は追及の手を緩めなかった。

261: 2010/08/25(水) 23:48:40.86

「例えば、“誰かの地位”を横取りした事はないかにゃー?」

「…」

「居場所を取られた“本人”が、復讐のためにこの事件を起こしたとかはどうだろうにゃー?」

「面白い発想ねー。あなた小説家にでもなれば?…ねえ“海原”さん?」

「いやはや、全くです。良くそのようなアイディアが出てきましたね」

「そう言われると少し照れるぜよ。実は今度“常盤台中学”あたりを舞台にした小説を書こうと思ってるんだぜい」

「それは楽しみねー。“繚乱家政女学校”にいる友達にも見せてあげたいなあ」


人を騙す事に長けた“ウソツキ”3人が、それとなくけん制し合う。

分かる人間が聞けば、全て脅しの言葉と知って顔を青くするかもしれない。


(土御門は犯人に心当たりがあンのか?…くっだらねェな)

(結局、心理掌握と張り合うなんてあのサングラスたちはやり手な訳よ!)

(…なんですかコレ。空気が超怖いんですが)


やがてババ抜きが終わり、大方の予想通りフレンダがババを持ったまま終了した。

262: 2010/08/25(水) 23:49:33.06

遊戯が終わり、痺れを切らした一方通行が吐き捨てるように言った。


「腹の探り合いはこのへンで終わりにしよォぜ」

「そうね。偶然の産物とはいえせっかくグループがいるんだし、ここで交渉といきましょう」

「わざわざ一方通行を待ち受けていたぐらいだからにゃー、何を聞かせてくれるのか楽しみぜよ」


全員の注目を集めた心理掌握は、部屋の鍵をかけるとフレンダから特殊な爆弾を受け取った。


「え」


誰かが驚いて声を上げるがそれを無視。そして躊躇することなく爆破。

その爆発は火炎こそ出ないものの、凄まじい衝撃波が部屋に吹き荒れた。

…そして未だに驚くグループに、笑顔のままあっさりと話しだした。


「今から10分間、この家の『滞空回線』を無力化させたわ」

263: 2010/08/25(水) 23:50:12.60

「そうか、『滞空回線』の弱点である衝撃を与えたってことか!」


いち早くその目的に気づいた土御門。


「それにしても、事前の警告ぐらい…」


愚痴る結標だが、それを海原が止めた。


「いえ、むしろ正解です。その事前の警告とやらをアレイスターに聞かれては意味がありません」

「そーいうこと。じゃあ時間もないし本題ね」

「私の目的はたった一つ。学園都市第2位、垣根帝督を取り戻す」

「あァ?あの三下はとっくに氏ンだンじゃなかったか?」

「…アレイスターにバラバラに回収されて、辛うじて生きてるわよ」

「しぶてェ野郎だ」

「おい一方通行!」


土御門の言葉にチッ、と舌打ちして一方通行は黙り込んだ。

264: 2010/08/25(水) 23:50:50.47

「アレイスターの計画では、帝督、いえ『未元物質』は必要不可欠な存在なの」

「その彼を取り戻すため、アレイスターに喧嘩を売る」

「まさかグループに、それに協力しろと言いたい訳じゃないですよね?」


何を考えているか読めない笑顔のまま、海原が心理掌握に質問する。


「そこまで言わないわ。そもそも期待もしてないし」

「私が望むのは、ただ邪魔をするなってことだけ。グループとやり合うのは大変だからね」


そこまで聞いて、一方通行が立ちあがった。


「話にならねェな。テメェが何をしようがどォでもイイ。ただこっちの行動まで制限される覚えはないンだよ」

「当然、メリットならあるわよ?」

「あン?」

「『ドラゴン』」


その言葉に、グループが全員ピクリと反応した。

265: 2010/08/25(水) 23:51:44.77

「あなたたちも上層部へ喧嘩を売るつもりなのは知ってるわ」

「…どうしてお前がその単語を知っている?」


雰囲気を変えた土御門にも、心理掌握は動じなかった。


「そもそも、最初にピンセットを手に入れたのは私たち《スクール》なんだけど」

「気になる単語ぐらい、ピックアップしてあってもおかしくないでしょ」

「…続けろ」

「その『ドラゴン』について、正体を知っている人間に心当たりがあるの」

「なるほど。それを教えるから、グループはあなたの邪魔をするな、という事ですか」

「そのとおりよ海原さん。元々グループは放っておくつもりだったんだけど、せっかくこうして集まったし」

「…出来る限り、障害となりそォなもンは取り除いておこうって腹か。小物だな」

「そうよー、一方通行。『金持ち喧嘩せず』って言うじゃない…“アナタ”以外に恨みは無いしね」


第1位と第5位のレベル5、2人の間に危険な火花が飛び散った。

266: 2010/08/25(水) 23:52:33.87

「ハ、やっぱり血ィぶちまけたくなっちまったかオイ?お望みならスグにグシャグシャにしてやンよ」

「勘違いしてるみたいね」


心理掌握は一方通行から目を逸らさず、嘲笑してこう言った。


「今あなたを殺さないのは、“それどころじゃない”からよ」

「全部終わった後、ちゃーんとあなたも相手してあげるわ?」

「イイ度胸だなァ」


一気に一触即発の雰囲気になるが、絹旗と土御門がそれを止めた。


「超落ち着いてください。そろそろ時間切れです」

「お前もだ、一方通行。俺たちの目的を履き違えるな」


お互いに目を逸らさない2人だったが、やがて同時に引き下がった。

そして心理掌握は統括理事の1人、『潮岸』の名前を書いたメモを土御門に渡す。


「じゃあ、これで会合は終わり。…二度と会わない事を願ってるわ」

「そうだな、《心理定規》。簡単にくたばったりするなよ」

267: 2010/08/25(水) 23:54:17.46

こうしてグループが去り、3人しかいないスクールの隠れ家で。


「緊張したー」

「それは超こっちのセリフです。何突然喧嘩を売ろうとしてるんですか」

「帝督をあんな目に遭わせた人間が目の前に居るのよ?良く我慢したって自分を褒めてあげたいぐらい」

「…それにしても、どうして《心理定規》の事を黙ってた訳?」

「フレンダは馬鹿ですねー。そんなことを言ったら、あの第1位が超頃しに行くに決まってます」

「で?」

「ここで暗部の指示役が氏ねば、上の連中がどう動くか超予測できません」

「絹旗の言う通りよ。それに私の正体を知る人間は、出来る限り少なくしておきたいの」

「特に敵対する可能性があるならね…」


少し沈んだ表情を浮かべた心理掌握に、絹旗が気づいた事を問いかけた。


「あのサングラス男は超感づいているみたいでしたが?」

「土御門さんは気づいているようだけど、彼は言わないでしょう」

「互いに秘密を握っているから、こう着状態のまま問題ないわ」


(帝督…多分、後3日以内にはあなたを助け出せる)

(その邪魔をするなら、アレイスターであろうと一方通行であろうと容赦しない)

(だから、だから、後でちゃんと褒めて。私をギュッとして)


あらゆる人間の感情を燃料に、学園都市はその終焉へ向けて加速する。

277: 2010/08/26(木) 23:21:42.16



運命の日、10月17日午後6時


かつて心理定規と呼ばれた少女が、とある街角で電話をしていた。


『一昨日の顛末を聞いたよ。君の目論見は失敗したようだね』

「…」

『君が検体番号20001号を利用するとは。アレは、今もって私の計画における重要なパーツなのだが』

「あなた、私が失敗するって分かっていたのでしょう…アレイスター?」

『…ふむ?』

「だからこそ、事件から2日も経過してからこんな嫌味を言ってきた。違う?」

『いや、単にどちらであっても気にしないだけだ。仮にアレが氏んでも、また造ればそれで済む』

『もっともあの程度の計画では、心理掌握を殺せる可能性は微々たるものだとは思っていたがね』

「っ…」

278: 2010/08/26(木) 23:23:34.29

『本題に入ろうか』

「報告は受けてるわ。『迎電部隊』がフラフープの地下制御施設を占拠したってね。…新チームを使う?」

『その必要はあるまい。すでにオーダーを受けた《グループ》が、迅速に制圧するだろう』

「じゃあ、私に何の用が?」

『もっと重要な、想定外のイレギュラー因子の抹殺だ』

「…抹殺対象は?」

『元アイテムの浜面仕上、絹旗最愛、フレンダ、…そして心理掌握だ』

「!」

『第4位に殺されているべき浜面仕上が生きている。これは流石に予測不可能だった』

『このままでは、彼が私の計画に致命的なダメージを与える危険性がある』

「なるほど?…でも、他の3人はどうして?」

『その3人の行動を監視した結果、加速度的にイレギュラーな行為が報告されている』

「何かを企んでいるってこと?」

『その可能性が最も高い。故にこれ以上許容は出来ない』

『…心理掌握は利用価値があると思ったが、それ以上に危険をもたらすと判断した』

「…」

『それというのも、彼女が『未元物質』と恋仲になったせいだ』

279: 2010/08/26(木) 23:24:44.18

思わず心理定規は、電話を握る手に力を込めた。


『すでに全員に、十分な量の兵力を差し向けているが…』

「私にあの女を頃すチャンスをくれるってワケ?」

『そうだ。“好きにしたまえ”』


通話は一方的に終了し…心理定規は笑い声を抑えきれずに吹き出した。


(あの悪魔、よりにもよってアレイスターに狙われるなんてね)

(こうなった以上、あいつは確実に殺される)

(きっと学園都市の兵力が全て敵に回る。私が行く必要がないほどに)

(…良い気味ね)

(…本当に良い気味だわ)


既に心理定規から笑顔は消えていた。

280: 2010/08/26(木) 23:25:37.77

あいつの状況はこれで絶望的だ。何を計画しているかは知らないが、彼を助けることなく無様に氏ぬだろう。


(だというのに)

(どうして、どうして私は…)

(こんなにもあいつが羨ましいのかしら…)


きっとそれは、自分と違ってまだ戦う事を許されているからだろう。

心理掌握(アイツ)はまだ抵抗して戦う事が出来る。

心理定規(ワタシ)は抗うことすら許されなかった。


(結局あなたの事を、一度も名前で呼べなかったわね、帝督)

(こんな私にも、未練が残ってるみたい。最後に意地を通したいのかな)


決着は自分の手でつける。心理定規は暗闇へ向かって歩き出した。

282: 2010/08/26(木) 23:27:32.67

同時刻、第3学区の高架道路


『迎電部隊』がグループと戦闘を開始した。

その情報を受けた心理掌握たち3人は、自分たちの計画のため垣根のいる研究所へ向かっていた。

ちなみに現在車の中。絹旗が用意した運転手は…


「ちくしょう!いきなり『アシを確保してください、浜面!』っていうから来てみれば!」

「久しぶりねー、はまづら君。滝壺ちゃんは元気?」


後部座席から声をかけた心理掌握を見て、浜面は泣きそうになった。


「なんでコイツまで居るんだよ!?」

「超仕方ありません。今の雇い主ですから」

「は、え?」

「結局、私たちはこの子に雇われて一緒にいる訳よ」

「とにかく、急いでナビの示す所へ行ってちょーだい」

「なんで俺が…」


浜面は心の底からげんなりするが、結局抵抗を諦めて言う事を聞いた。

283: 2010/08/26(木) 23:28:55.98

そして順調に進んで15分後、車内の4人は揃って妙な音を耳にする。


「おい、何か今変な音が…」

「超聞こえましたね」

「あ、あれ!」


フレンダが大声で警告。

全員で後ろを振り返ると、そこには『六枚羽』と呼ばれる無人戦闘攻撃ヘリが高速で迫っていた。


「おい、何だよ。オイ!なんか後ろからスゲェのが迫ってきてんぞ!?」


浜面は驚いて絶叫するも、残る3人は舌打ちをしただけで焦りを見せない。


「まさかこいつまで持ち出すなんてね。…ようやく、アレイスターがなりふり構わず私たちを頃しに来たわ」

「お前なんでそんな余裕なの!?」


心理掌握は浜面を一睨みで黙らせると、フレンダに目で合図を送る。


「結局、私の活躍でイチコロな訳よ!」


フレンダは車内に積んでおいたロケットランチャーを担ぐと、上半身だけ窓から身を乗り出す。

一瞬のち、轟音を立てて発射されたロケット弾が見事にヘリに命中。

284: 2010/08/26(木) 23:30:19.10

「やった!」

「フレンダ、喜ぶのは超早いです」


絹旗が冷や汗を垂らして警告。その声は若干震えていた。


「おいおいおいおいぃぃぃ!なんか後ろにまだいるんですけどぉ!?」

「ホントね。…まさか4機も用意してくるなんて」


心理掌握も焦りを隠せず、顔色が青くなる。

フレンダが慌てて残る3機のヘリにロケットランチャーを向けようとしたが、心理掌握に止められた。


「無駄ね。あの学園都市製のヘリは学習能力を持っている。同じ手は通用しないわ」

「マジでどうするんだよ!っていうか学園都市のヘリ!?ひょっとして上層部から狙われてる感じ!?」


パニクりながらも、必氏に運転する浜面に対し、絹旗が冷たく告げた。


「少し黙ってください浜面。超うるさいです」


そして絹旗は拳銃を取り出し、その粉砕式弾頭でヘリエンジンの吸気口を撃ち抜く。

たちまち粒子状になった弾頭が、エンジンの焦げ付きを誘発。

あっという間にヘリは高度を落とし、そのまま墜落して爆発した。残り2機。

285: 2010/08/26(木) 23:31:34.17

だが、そこで向こうは短距離対装甲車両用ミサイルを発射。


「赤外線ミサイル来たよ!」

「!」


フレンダの言葉に反応し、心理掌握が点火した発煙筒を急いで外に投げ捨てた。


「うおぉぉぉぉ!!俺氏ぬ!?」


熱源を誤認したミサイルは車に直撃こそしなかったが、その爆風で車が横転してひっくり返ってしまった。

結果4人は車内に閉じ込められ、動きを止められてしまう。


「急いで逃げる訳よ!」

「これは超マズイです!」

「絹旗、この車を真っ二つにして!」


もうこの車は使えないと判断した心理掌握の指示を受け、絹旗が『窒素装甲』を全開にして車を分断。

ようやく飛び出した4人に、残った2機のヘリが銃口を向けるが…

286: 2010/08/26(木) 23:32:28.49

「やれやれ。また250億のヘリを壊す羽目になるとは」



黒曜石のナイフを取り出した海原が、金星の光を反射。

トラウィスカルパンテクウトリの槍と呼ばれる魔術で、ヘリをバラバラに分解した。

そして残る1機は。



「めンどくせェな」



音もなくヘリの上に降り立った第1位が、回転するローターを素手で引っこ抜いて撃墜した。

これで『六枚羽』は全て撃墜されたことになる。


「な、何でグループが超助けに来たんですか?」

「自分たちは、今から潮岸のいる第2学区へ向かう途中でしてね」


笑顔で答える海原。絹旗は無言で続きを促した。


「そしたら、たまたまあなた方が襲われている光景を目にしたので」

「結局、慈善事業をするタイプには見えない訳よ」


フレンダの言葉に観念したのか、海原は少し照れくさそうに答えた。

287: 2010/08/26(木) 23:33:55.52

「実は、そこの《心理定規》さんには借りがありましてね。…かつて常盤台中学を守ってくれましたから」

「…あれは、自分の世界(ニチジョウ)を守りたかっただけよ」


こちらも少し照れくさそうに答える心理掌握。

海原が彼女たちを助けた理由。それは御坂美琴の世界を身を呈して救った、心理掌握に対するお礼だった。


「オイ、とっとと潮岸の野郎のところに行くンじゃねェのか」

「…そう言えば、どうしてあんたまで私たちを助けてくれたの?」

「どォでもいいだろ」


心理掌握と敵対していたはずの『一方通行』は、その理由を何も答えずベクトル操作で飛んで行った。

キョトンとしている3人に、「実はですね」と海原が笑顔で耳打ちする。


「あのクローンにお願いされたそうです。またみんなでトランプがしたい、ってね」

「…プ」


ちゃっかり話を聞いていたフレンダと絹旗が、思わず噴き出した。


「プクク…なんですかそれ、第1位は超口リコンですか」

「アハハハ、け、結局あの子に甘い訳よ」

「そうね。…打ち止めちゃんに感謝ってとこかしら」


3人の反応を楽しんだ海原は、では自分はこれで、と言い残して第2学区へ向かった。

288: 2010/08/26(木) 23:35:07.32

運転する車が無くなったので、浜面は滝壺の元へ帰ることにした。


「ここからなら、研究所まで歩いて10分もかからないしねー」

「…いいのかよ?」

「はまづら君も相当なお人よしだよね。氏にかけたっていうのに」

「ウ…でも、あんな連中がまた来たら…」

「それこそ、無能力者の浜面じゃ超役に立てません」


あっさりと一刀両断されて、浜面は項垂れる。

が、すぐにその頭を絹旗がポンポンと叩いた。


「滝壺さんを守っているべきです。彼女に超ヨロシクと伝えてください」

「結局、全部終わったらすぐに会いに行く訳よ!」

「分かった。また後でな!」


2人に後押しされた浜面は、滝壺の居る病院まで走り出した。

289: 2010/08/26(木) 23:36:43.45

それから10分後、ようやく研究所に到着した3人は、大型車両が猛スピードで近づいてくるのを感じ取った。


「うわー。ヘリだけじゃ飽き足らず、猟犬部隊の残党まで超使ってきましたか」

「あまり長くは持たないかも。結局、私たちが時間を稼いでいるうちにさっさとやることを済ませて欲しい訳よ」

「…これはちょっと、給金を弾む必要がありそうね」


そう言いつつ、それでも心理掌握は2人をここに残す事を迷わない。

彼女の目的は、たった1つであるからだ。


「じゃあ、任せたわ」

「結局、あの時命を助けてもらった以上仕方ない訳よ…」

「ここで氏ぬみたいな言い方は、超やめてください」


そして真っ黒な特殊車両が3台ほど到着し、中から猟犬部隊が現れて3人に襲いかかろうとする。


瞬間。巨大なクレーン車が突如猛スピードで接近し、特殊車両に激突した。

290: 2010/08/26(木) 23:37:48.11

夜の学園都市に轟音が響き、集まっていた猟犬部隊が散り散りになる。

信じられない様子で心理掌握が呟いた。


「…今日は本当にありえないことばっかりだわ」


未だに唖然としながらも、心理掌握はクレーンを操縦していたドレスの女に目を向けた。


「一体、どういうつもりなの《心理定規》?」


心理定規と呼ばれたドレスの女は、その質問には答えなかった。


「ズルいわね、心理掌握」

「あなただけが、まだ戦えるなんて本当にズルい」

「私にも、まだ戦わせてよ」

「…彼を、“帝督”を助けるんでしょう!?」

「なら、絶対に助け出しなさいよ!」

「そして今度は、私が帝督をあなたから奪って見せるわ!」

「だから、そのための邪魔者は消しといてあげる!」


必氏に、けれどどこか楽しそうに心理定規がそう叫んだ。

291: 2010/08/26(木) 23:41:17.48

それを聞いて、思わず心理掌握も叫んだ。


「あんな良い男、あんたみたいな女に渡す訳にはいかないわ!」


心理定規はますます笑顔になり、マシンガンを持ってクレーンから飛び降りた。


「あなたみたいに色気の欠片もない女王様じゃ、勝ち目はないんじゃない?」


その言葉を背中に乗せて、心理掌握は1人研究所に入り、垣根のもとに走って行った。

慌てて追いかけようとする猟犬部隊だが、即座に心理定規がマシンガンを掃射して足止めする。


「…“私”がスクールの心理定規よ。かかってきなさい」


そして、夜闇の中激闘が始まる。

303: 2010/08/27(金) 22:06:57.43


学園都市の闇の底、名も無い研究所


垣根が“保管”されている部屋に到着した心理掌握は、部屋の扉を急いで封鎖した。

研究所の異変を察知した、重武装型警備ロボが追いかけてきたからだ。

閉じられた扉に対し、警備ロボはガトリング砲を連射。

たちまち凄まじい音が研究所に響くが、頑丈に作られた扉は警備ロボの攻撃にも持ちこたえる。


(けどそれも、時間の問題ね)


まもなく応援のロボットが到着し、扉は破壊されてしまうだろう。

心理掌握は落ち着くため一つ呼吸を落とすと、常盤台ネットワークの稼働準備を始めた。






304: 2010/08/27(金) 22:07:52.98

研究所の外


「超邪魔です!」

「結局、そこが隙な訳よ!」


絹旗が『窒素装甲』で敵陣に突入し、正面の敵を薙ぎ倒す。

慌てて避けた敵は、フレンダが爆弾を使って吹っ飛ばした。

元アイテムの仲間だからこそ出来る、息の合った連携プレイで猟犬部隊を駆逐していく。


「薄汚い犬どもが、私の視界に入るんじゃないわよっこいつときたらー!」


すぐ近くでは、心理定規がマシンガンを容赦なく撃ち続けて高笑い。

絹旗とフレンダは、はははははー!!という心理定規の大きな笑い声を聞いて、


(案外、『電話の声』の時も超素のままだったのでは…?)

(今までのストレスが爆発してる訳よ…)


彼女の名誉のため、あの姿は誰にも言わないでおこうと密かに決意した。

305: 2010/08/27(金) 22:08:36.77

第2学区、潮岸のシェルター最深部


杉谷。駆動鎧。テクパトル。

幾人もの強敵を倒して、グループの4人はついに潮岸から『ドラゴン』について聞き出していた。

だが、質問を受けた潮岸は嘲笑って答えた。


「何を言っている。『ドラゴン』はどこにでもいる」

「ほら、今は君の後ろにいるだろう」


それを聞いて振り返った『一方通行』の目の前には



「――『ドラゴン』か。その呼び名も間違いではない」



『ドラゴン』、いや、その名を『エイワス』と名乗る絶望が顕現していた。

306: 2010/08/27(金) 22:09:40.75

垣根帝督のいる部屋


心理掌握の意思にあわせて、常盤台ネットワークは徐々に出力を上げていく。

演算能力が爆発的に高まり、全能感すら覚えるほどだ。

だが、それでも心理掌握は悔しそうに歯を食いしばる。


(足りない。これでは“あの日の帝督”には届かない)


かつて一方通行と戦ったあの日、彼は『未元物質』を完全に掌握していた。

その遥かなる高みまではまだ足りない。

アレイスターにとって、代わりの利かないほど重要な1位と2位の超能力。

たかが第5位の心理掌握では、代償なしには手が届かない。


故に彼女は、戸惑う事無く代償を支払う。


「あああああああァァ!!」


体晶。意図的に拒絶反応を起こさせ、能力を暴走状態にする物質。

彼女は自分の『心理掌握』という能力をさらに高めるため体晶を使い、それをネットワークを経由して抑え込んだ。

そしてゆっくりと垣根の体を抱きしめた。

307: 2010/08/27(金) 22:10:21.34

――…心理掌握、テメェいつから暗部について知ってやがった?

――なのにどうしてお前は“俺たちの世界”に来てねぇんだ?

――俺の…演算領域に…直接干渉する…って…ハハ…褒めて…やるよ…!

――おい、何を…『私、心理定規―これからヨロシク』

――何だってこんな真似してんだ、常盤台のお嬢さんは?

――だから…お前はこの俺の手元にいろ

――今のお前じゃ、色々と“足りなすぎる”

――お前の趣味ってイマイチだからな、俺が選んでやるよ

――この大事な時期に、厄介事に巻き込まれた馬鹿にはムカついたがな

――何だ、どうやら思った以上にゴールは近そうだぜ

――クソムカついた。とんだゲス野郎がいたもんだ。これは俺が始末する必要があるな、間違いねえ

――本気で欲しくなっちまった

――だから、お前は俺のモンだ

――ベタで悪いが…お前がいたらきっと最後に“すがっちまう”からな

308: 2010/08/27(金) 22:11:33.61

あっという間に垣根の記憶が流れ込み、心理掌握は彼と“繋がった”。

…自分と同じような気持ちを、彼も持っていてくれた。

それを言葉ではなく、感覚として知ることが出来る喜び。

彼女が流れる涙を拭く間もなく、限界を迎えた扉が破壊され、警備ロボが何台も雪崩れ込んできた。

だが、もう心理掌握は欠片も恐怖を感じていなかった。


「せっかく2人っきりなのに…」

「“ムカついた”」


尚も垣根から離れない心理掌握に対し、無数の銃弾が発射される。

だが…


「“私”の『未元物質』に、常識は通用しない」


心理掌握の背中から生まれた真っ白な翼が、銃弾を警備ロボごと叩き潰した。


そして今度こそ2人きりになった部屋で、心理掌握は『未元物質』を使って目的を果たす。

ゴバッ!という音と共に、『未元物質』が垣根帝督と部屋の機械を繭のように覆い尽くした。

309: 2010/08/27(金) 22:12:32.03


第2学区、潮岸のシェルター最深部


「…どうやら、私には変形機能があるらしいぞ?」


あのグループを、最強の第1位『一方通行』を、エイワスは容赦なく潰した。

それとて大したことではないかのように。

そしてエイワスは、とある研究所の方へ目を向ける。

次いで気軽に呟いた。


「…垣根帝督の方も気になるし、行ってみるか」


310: 2010/08/27(金) 22:13:42.08

研究所の外


「ク!どうやら応援を超呼んでいたみたいです!」

「…結局これはマズいって訳よ」

「あの女に帝督を盗られたまま氏ぬんじゃ、成仏できそうにないわね」


猟犬部隊の数が、一向に減らない。いや、それどころか増えてきている。

無線で応援を呼ばれたらしい。数で攻め落とす作戦のようだ。

それに対し弾薬が無くなりかけている3人は、徐々に包囲されてきていた。

思わず研究所に目を向ける絹旗。


(…超まだですか…?)

(そろそろタイムリミットな訳よ…!)


それでも、ここから先は通さない。

もはや只の意地で戦い続ける3人が、不敵に笑った。

311: 2010/08/27(金) 22:14:30.09

垣根帝督のいる部屋


心理掌握は、背後に突然現れた謎の“存在”から笑みを向けられた。


「これはこれは。アレイスターが焦るのも無理は無い」

「…」

「私の正体が気になるのか?」

「いいえ。“今の私”には分かる。あなたがアレイスターの計画の中心」

「AIM拡散力場を利用した結晶体のような存在」

「そこまで。たかが人間の感情が、このような興味深い結果をもたらしたか」


まるで自分の恋愛感情を馬鹿にするかのような口調に、心理掌握はその存在を睨みつけた。

312: 2010/08/27(金) 22:15:15.30

「それで君はどうしたい?」

「もう“長くは持たない”その身で、何を望む?」

「…分かっているでしょ」

「アレイスターと交渉すれば、あるいは違った道が開けるかも知れないぞ?」


その時。部屋にある『未元物質』の繭が、笑うように震えだした。


「うるせえな」


そして繭を中から破り、1人の男が現れた。

その体の半分以上を、心理掌握の『未元物質』で再構成された第2位。


「そしてムカついた。人の女を口説いてるんじゃねーよ」


垣根帝督が彼女を庇うように抱きしめる。

318: 2010/08/28(土) 22:46:09.01


垣根帝督のいる部屋


「…帝、督…」


久しぶりに聞いた彼の声に、再び涙腺が緩む心理掌握。


「馬鹿が。こんな無茶しやがって」

「…心配しないで。自覚はあるもの」

「ハ、つくづくお前はとんでもない作戦を実行しやがるな」


その様子を見ていたエイワスが、楽しそうに問いかける。


「垣根帝督。君はどうする?」

「…」

「君も、全能力をかけて私を頃してみるかね?」

「ダメ」


得体のしれない感情が交差する2人の間に、心理掌握が割って入る。

319: 2010/08/28(土) 22:47:10.24

「所詮、私の『未元物質』は紛い物、長くは持たないわ。…帝督は早く第7学区の病院へ行って」

「病院だと?」

「そこであなたの肉体を復元するの。もう準備は出来ているから」


それだけ告げると、心理掌握は力を失って垣根に倒れかかった。


「ふむ。良いのかな?」


エイワスは、心理掌握にはすでに興味を失ったかのように目を向けない。


「君の最終目的であるアレイスターとの直接交渉権」

「この私をどうにかできれば、間違いなくそれが手に入るぞ?」

「…」


垣根帝督は答えない。そのまま心理掌握を抱き上げると、無言で『未元物質』の翼を展開。

そして天井を翼で破壊すると、空へ飛び立ちながらこう述べた。


「あの『第1位』の役割を、俺はすでに知っている」

「あいつは、アレイスターにとってただの『ベクトル変換装置』って訳じゃねえ」

320: 2010/08/28(土) 22:48:31.31

今度はエイワスが答えなかった。


「だからあいつが『第一候補』だった。…恐らく、アレイスターが学園都市を作った理由の1つがそれだ」

「そしてそれと同様に、アレイスターの計画にはまだ俺の『未元物質』が必要だってのも予測できる」

「体を張ってこいつが教えてくれた」


そして垣根は、エイワスに冷たい目を向けて宣言した。


「どうせアレイスターの計画は、俺が自由になったことですでに大幅な修正が必要になっている」

「意味分かるか?“今”は、お前と戦うより大事な事があるんだよ」


エイワスは、空にいる2人に微笑んだ。すでに価値と興味を失ったと言わんばかりに。


「その氏にかけのレベル5は、すでに重要性を失ったも同然だぞ?」

「分かってねえな、テメェ」


垣根もエイワスに薄く笑いかけた。


「重要性で言えば、惚れた女とのデートが最重要項目に決まってんだろ」


そして、答えを聞かずに研究所内部を後にした。


「汝の欲する所を為せ。それが汝の法とならん」

「なるほど。ならば示してみたまえ、汝の法を」


そして金髪の怪物は、歌うように呟いて自らも消えた。

321: 2010/08/28(土) 22:49:44.95

研究所の外


絹旗が轟音に気づいて後ろを振り返るのと、猟犬部隊が一斉に吹き飛ばされるのは同時だった。

心理掌握をお姫様だっこしながら現れた垣根が、『未元物質』の翼で一気に邪魔者を視界から消したらしい。


「…ようやくですか。超待たせすぎです」

「結局、あんな無茶な計画を成功させる執念が恐ろしい訳よ」

「…あ、はは」


心理定規が、残弾の無いマシンガンを捨てて垣根に駆け寄った。


「久しぶりね。…氏んだと思ってたけど、結構元気そうじゃない」

「確かに久しぶりだな、心理定規。お前が来ているとは予想外だ」


その言葉を聞いて、心理定規は急に慌てだした。


「いや、あの、別にあなたを助けたかったわけじゃなくてね!?」

「ちょっとそこの女に復讐してやろうと思っただけよ!」

「…何でそれが猟犬部隊を足止めする事に繋がるんだ…?」

322: 2010/08/28(土) 22:50:47.60

垣根は思わず疑問を口にするが、当然心理定規は答える事が出来ない。


(言えない…帝督が好きだから協力してたなんて、絶対言えない…)


結局、知らないわよバカー!と叫んで、心理定規はその場を走り去った。


キョトンとする垣根だが、間髪いれずに絹旗が話しかけた。


「超久しぶりですね第2位。第1位にやられたと聞いて思わずガッツポーズしたというのに、超しぶといです」

「うるせーよ。…まあお礼ぐらいは言っておくか。こいつに協力してくれて助かった」


既に意識の無い心理掌握を大切そうに撫でてから、垣根は頭を下げた。

その態度に驚く絹旗は無言になるが、今度はフレンダが笑顔で話しかける。


「そういう契約だったんだから、当然の事だし。そんなことより、さっさと2人は病院に行った方がいい訳よ」


絹旗もその言葉に同意した。

323: 2010/08/28(土) 22:51:29.66

「じゃあここにいても超意味無いですし、全員で病院に行きましょうか」

「ああ。そうするか」


(…)

(…結局、最後の最後まで俺は弱かったままだ)

(姉さんと同じように、大切な人間に頼る事をしなかった)

(そんな俺に、こいつは無茶な真似して手を差し伸べてきた)




(…闇と絶望の広がる果て、か)

(こいつとなら、その先の光景を見れるかも知れねえな)



そして、学園都市に1つの夜明けが訪れた。



これにて三章終わり

324: 2010/08/28(土) 22:52:14.40

エピローグ(?)


第七学区のとある病院 とある病室


その部屋には、1人の少女が入院していた。

常盤台の最大派閥を率いる女王サマ。精神系では史上最強とまで謳われた“元”レベル5。

そう。彼女は、その『心理掌握』という能力を既に失っていた。

体晶と常盤台ネットワークを使った過度の負荷。

さらに垣根の『自分だけの現実』を無理やり読み取って同化したことにより、

彼女自身の『自分だけの現実』は回復不能なダメージを負っていたのだ。

あの日の夜エイワスが告げたとおり、彼女はすでに能力者としての価値を失ったことになる。

それでも、彼女の顔に後悔や悲しさの色は全くなかった。

325: 2010/08/28(土) 22:52:56.83

「入るぞ」


その彼女の部屋に、わずか数日で自分の体を取り戻した垣根が入ってきた。


「調子はどうだ?」

「それはわたしのセリフなんだけど。帝督の方は動いて平気なの?」

「問題ねえな。色々新しくなって、むしろ調子が良いぐらいだ」

「そう。…本当に良かった」


彼女はそう言って、心の底から嬉しそうに笑った。


「実はな、1つ報告があるんだ」

「?」

「…あの第1位と幻想頃し、おまけに浜面が、『エリザリーナ独立国同盟』へ向かった」

「エリザリーナ独立国同盟って、確かロシアの…」

「そうだ。しかも第1位は、あの『エイワス』のアドバイスを受けた結果そうしたらしい」

「そこに何かあるのね?」

「多分な。面白いだろ?…アレイスターの計画にとって、重要な人物がそこへ集合している」

326: 2010/08/28(土) 22:53:38.07

楽しそうに語る垣根に、彼女は恐る恐る問いただした。


「…置いていかないわよね?」

「…」

「あなたはそこへ行く気なんでしょ?」

「…」

「もう二度と、私を置いて行くなんて許さない」

「そうだな、その通りだ」


垣根が彼女を抱きしめ、耳元で囁いた。


「悪かったな、お前を置いてったりして」

「あれは確かに俺のミスだ」

「考えてみりゃ、この俺が惚れた女ぐらい守れないはずはなかったんだ」

「…帝督…」

「一緒に来い。お前の能力が無くなった程度じゃ、ハンデにもなりゃしねえ」

「…それに、“優秀”な護衛を雇ったらしいじゃねえか」

「え」


言葉と同時に、垣根の翼が病室のドアをこじ開けた。

327: 2010/08/28(土) 22:54:23.21

…そして、絹旗、フレンダ、心理定規の3人が転がるように中に入ってきた。


「こ、これは超違うんです!全てはフレンダの責任です!」

「えー!?結局、絹旗が一番ノリノリだった訳よ!?」

「…あ、その、…垣根、元気?」


気まずそうに弁解する3人を見て、彼女は思わず顔が真っ赤になった。


「い、いつの間に…」

「俺の後をこっそりつけていやがったからな。最初からじゃねーの?」

「それが分かってて…!?」


絶句する彼女を見て、垣根は嬉しそうに笑みを浮かべる。


「とりあえず、どうせお前らも一緒に来るんだろ?」


最初に反応したのは心理定規だった。

328: 2010/08/28(土) 22:55:14.31

「当然でしょ!…私が一番垣根をサポートできるしね」

「…あなたは本気でいらないんだけど?」

「垣根と2人で外国旅行だなんて、“絶対許さない”」

「怖!…いいわ、あなたに色々見せつけてあげる」

「ふん、無能力者同然の女王サマに、負けると思う?」


睨みあう2人をよそに、絹旗が溜息をついた。


「超お子様ですね。まあ、それでも雇用主ですから、超護衛ぐらいはしますけどね」

「結局、このフレンダ様が能力を使わなくても戦える武器を教えてあげる訳よ」


5人分の航空機チケットを予約しながら、垣根は空を見上げた。


(…退屈しねえな、こいつらは)


アレイスターの計算外。決して起こるはずの無い生き残り(キセキ)。

イレギュラーな5人組が、この惑星の争乱の中心、世界で最も苛烈な戦場へ踏み出した。



「…帝督」

「ん?」

「…もう一回抱きしめて」

「仰せのままに、女王サマ?」



とある暗部の心理掌握 終わり

329: 2010/08/28(土) 22:56:32.09

ということで、これにてこのお話は完結です

今まで見てくれた方、本当にありがとうございました

この数週間は、このssが良い息抜きになりました


引用元: とある暗部の心理掌握