1: 2012/12/29(土) 19:39:48.59
杏子「よっこらせ、っと。あーくたびれた」

ほむら「今回も、大したことのない魔獣どもだったわね」

杏子「ああ。それでも戦いが終わったら、ちゃんと疲れるんだから嫌んなるよ」

ほむら「この高層ビルの屋上は、初めて使う場所か」

杏子「見晴らしがいいから、この辺りで魔獣狩りをやる場合は便利だな」

ほむら「吹く風が気持ちいい」

杏子「しばらくこの恰好でいるか」

ほむら「変身を解除すると多分、今より寒く感じるわね」

杏子「ここから下りられなくなっちまうしな」

QB「二人とも、お疲れ様」

ほむら「……」

杏子「……」

https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1356777588

2: 2012/12/29(土) 19:41:25.96
QB「どうかしたかい。二人とも」

杏子「……お前、今、なんつった?」

QB「どうかしたかい。二人とも」

ほむら「その前よ」

QB「二人とも、お疲れ様」

杏子「……あのー、あなたはどちらさんで?」

ほむら「こいつが、私たちにそんなことを言うなんて」

杏子「今度は何企んでやがる」

ほむら「あなた、どこで憶えたのよ。そんなセリフ」

QB「巴マミが頻繁に、二人へ言ってるじゃないか。“お疲れ様”は、ねぎらいという意味を持つ言葉なんだろう?」

杏子「そりゃそうだけど、お前が言うとすっげー違和感」

QB「今はこの言葉を使うのに最適な状況だと判断したんだけどね」

ほむら「まあ、好きにしたらいいわ。気味が悪いけど」

3: 2012/12/29(土) 19:42:45.10
杏子「そういえば、そのマミはどうした?」

QB「もう帰ったよ」

杏子「早っ」

ほむら「最近、帰るのが早いわね」

杏子「……何か、さ」

ほむら「何?」

杏子「あいつ最近、変わったよな」

ほむら「……あなたもそう思っていた? 私も、何となく感じていた」

杏子「何つーか、雰囲気つーか……芸風とか、そういうのが変わった気が」

ほむら「……プフッ」

杏子「……あんた今、吹いたか?」

ほむら「聞こえた?」

杏子「珍しいな。あんたが笑うなんて」

ほむら「ごめんなさい。“芸風”っていうのがおかしくて」

杏子「芸でいいだろ。あんなの」

4: 2012/12/29(土) 19:44:31.44
ほむら「『ティロ・フィナーレ!』」

杏子「ぶふっ」

ほむら「『さあ、今夜も! さっさと、決めさせてもらうわよォォ!』」

杏子「ぶははは。いきなり笑わすなよ」

ほむら「『ティッロ・フィナーレェェェェ!!』」

杏子「ぎゃはははははははは。がはげは。やめろ。苦しい」

ほむら「気付いたんだけど、あの必殺技の名前が」

杏子「ひっさつ……ぷぷぷ」

ほむら「いちいち吹かないでくれる?」

杏子「いや、悪い悪い……あんた、今夜はどうしたんだ。けっこう似てたぞ、今の」

ほむら「今夜は特別サービスよ」

杏子「何の話だったかな」

ほむら「巴マミの、技の名前。あれが最近、ちょっと変わったのよね」

杏子「うん、そうなんだよ。……何だっけ」

ほむら「何だったかしら。憶えてないわ。どうでもいいし」

5: 2012/12/29(土) 19:46:36.70
杏子「あ。ひでー言い方。自分からこの話始めたくせに」

ほむら「あなただって、そう思ってるんでしょ?」

杏子「そりゃそうなんだけどさ。……おい。お前、知ってるか?」

QB「『¡ Tiro final !』」

杏子「ぶふっ」

ほむら「……プフッ」

杏子「それだそれだ」

ほむら「“ティロ・フィナール”か。最後の“レ”が“ル”に変わっただけなのね」

杏子「それにしても今の、そっくりだったな。あんたの声マネをはるかに超えたぞ」

ほむら「こいつは感情がない、機械みたいなものだから」

杏子「録音も再生も自由自在か」

杏子「おい、じゃあアレは? すごい勢いで回転したりしながら撃ちまくるヤツ」

ほむら「あの時にも彼女、何か絶叫するわよね」

6: 2012/12/29(土) 19:48:19.32
杏子「ホントはあの技、迷惑なんだけどな」

ほむら「あ、それは同感」

杏子「いつか絶対、流れ弾がくるぞ」

ほむら「被害がこっちへ及ばないうちに、ちゃんと言った方がいいかしら」

杏子「そうしよう。……で、何だっけ、アレは」

ほむら「あなた、憶えてる?」

QB「『¡ La danza de las balas mágicas !』」

杏子「……」

ほむら「……外国語だから、どう反応したらいいのか分からないわね」

杏子「何て言ってるんだ?」

QB「“ラ・ダンサ・デ・ラス・バラス・マヒカス”」

ほむら「ああ、そう言ってるのね」

杏子「意味分かるのか?」

ほむら「全然。分かるわけないじゃない」

8: 2012/12/29(土) 19:49:53.68
杏子「ま、分かったとしても、すごくどうでもいいんだけどな」

ほむら「技の名前らしいけど……どんな意味なの?」

QB「“魔弾の舞踏”だよ」

杏子「まだん……何だって?」

QB「魔弾は、端的に言えば、魔法の弾丸だね。その舞踏、ダンスということさ」

杏子「……やっぱ、すごくどうでもいい」

ほむら「何語なの?」

QB「スペイン語だよ」

杏子「あれ? ティロ何とかっていう方は、イタリア語じゃなかったっけ」

QB「『Tiro finale !』がイタリア語、『¡ Tiro final !』がスペイン語だね」

杏子「ぶふっ。いちいち声マネすんな」

ほむら「違う国の言葉なのに、ほとんど同じに聞こえるわね」

QB「イタリア語とスペイン語は、フランス語やポルトガル語などとともに、姉妹関係にある言語だからね」

杏子「その、まだんがどーのこーの、ってのは?」

QB「それもスペイン語だね」

9: 2012/12/29(土) 19:51:31.34
ほむら「芸風が変わったのは、言語が変わったことからきてるのかしら」

杏子「種明かしをしてみたら、意外とつまんなかったな」

ほむら「でも彼女は、どうしてそれを変えたのかしらね」

杏子「単に、気が向いたとかじゃね? この理由も多分、つまんねーもんなんだろうよ」

ほむら「あなた、変わった事情を知ってる?」

QB「魔法がマイナーチェンジされたことに関係しているね」

杏子「魔法がマイナーチェンジ? どういうことだ?」

ほむら「私が翼を得たようなものかしら」

QB「それと同種の変化だね」

杏子「そういえばあんた、翼なんて、前はなかったよな」

ほむら「こいつへ言って、飛翔能力を付けさせたのよ」

杏子「えっ。そんなことできるのか?」

10: 2012/12/29(土) 19:53:04.49
ほむら「佐倉杏子。あなたには、空を飛ぶ能力といってもいいくらいの跳躍力がある」

杏子「ああ」

ほむら「巴マミは、支点になる物さえあれば、それへリボンを巻き付けて、振り子のようにして空中のかなり長い距離を移動できる」

杏子「めったにやってくれないけど、あれ、すげー大技だよな。スパイダーマンみたいだ」

ほむら「私にはそういう能力がなかった。あなたたちと一緒に戦う際に連携が取りにくいから、飛翔用の羽を付けさせたのよ」

杏子「それが、魔法のマイナーチェンジか」

QB「例えば契約で魔法少女になってもらうことは、完成された大掛かりなシステムだから、僕がそのプロセスに関与することはない」

杏子「ふむ」

QB「でも、契約後に魔法を少し変えるくらいなら、僕にもできるのさ」

杏子「そんなオプションがあったのか。早く言ってくれよ」

QB「訊かれなかったからね」

11: 2012/12/29(土) 19:55:18.25
杏子「いいなあ。あたしも何かやろうかな」

ほむら「余りお勧めはしないわ。魔法は変わっても、魔力は変わらないのよ」

杏子「つーことは?」

QB「それまでよりも、魔力の消耗が激しくなる可能性があるのさ」

ほむら「私の場合、翼を使うと、以前よりソウルジェムが濁りやすくなった」

QB「佐倉杏子。君は今のままで何ら不足はないと思うけどね」

杏子「まあ、そりゃそうか。……それでさ」

ほむら「何?」

杏子「マミがやったマイナーチェンジは、何だったんだろ」

ほむら「こいつへ訊いていいのかしらね。本人がいない所で」

杏子「やっぱ、直接マミに訊いた方がいい話なのかな。微妙だな」

ほむら「魔獣狩りに使う魔法のことだから、私たちも知っておくべきだとは思うけど」

杏子「おい。これ、あたしたちに喋るな、って言われてるか?」

QB「そうは言われてないよ」

12: 2012/12/29(土) 19:57:04.02
杏子「なら訊いちゃえ」

ほむら「私が訊くの?」

杏子「どっちが訊いても同じだろ?」

ほむら「……じゃ、訊くわね。彼女は、何て言ったの?」

QB「『本格的にラテン系を目指すわよ!』」

杏子「……」

ほむら「……」

杏子「……えーと……どうぞ。お先に。感想」

ほむら「……いえ、遠慮するわ。……お先にどうぞ」

杏子「……今まで生きてきた中で、一番リアクションに困る出来事かもしれない」

ほむら「ええ。……知ってる人のことだけにね」

杏子「……訊くんじゃなかった、のかな」

ほむら「何を今さら……私に訊かせたくせに」

杏子「……どこからツッコんだらいいんだろ」

14: 2012/12/29(土) 19:59:06.41
ほむら「……あなたは」

QB「何だい」

ほむら「そう言われて、どうしたの?」

QB「言うまでもないよ。本格的なラテン系にしたのさ」

杏子「……それは、答えのような、答えになっていないような……」

ほむら「まあ、こいつにこう訊けば、こういう答えが返ってくるか……」

杏子「じゃあ、ちょっと訊き方を変えて……。ラテン系にするって、どういうことだ?」

QB「この国では、ラテン諸国と呼ばれる地域における人々の特性を、ラテン系と称するようだ」

ほむら「確かに、“ノリがラテン系”とか“あいつはラテン系だ”とか、言うものね」

QB「『本格的に!』それを『目指すわよ!』ということなので」

杏子「だから、いちいち声マネ入れんなって」

QB「僕はラテンアメリカ地域の諸事情について情報を得るため、現地の担当と連絡を取った」

杏子「え。外国にも、お前みたいなのがいるのか?」

QB「魔法少女は世界中に存在しているからね。各地にそれぞれの担当がいるのさ」

ほむら「こいつと同じのがたくさんいるんでしょうね……。考えたら気分悪くなるわ」

QB「僕たちが1か所に密集しているわけではないよ」

杏子「わざわざ言うな。余計に想像しちまう」

15: 2012/12/29(土) 20:01:16.78
QB「例えば最近、オーストラリアの担当からは、僕へ連絡があったよ」

杏子「お前に? わざわざそんな所から? どんな用があるってんだ?」

QB「中央部の砂漠へ、強力な魔獣が大量に出現する可能性があるらしい」

杏子「へえ」

QB「それで、応援を要請してきたのさ。3人のうち誰かに、行ってもらうことになると思う」

ほむら「オーストラリア……」

杏子「外国だろ? 魔法でひとっ飛びってわけにはいかないよな。飛行機で行くのか?」

QB「もちろん、移動や宿泊などの手配は全て、僕と現地の担当が行うよ」

ほむら「言葉はどうするのかしら。英語でしょ?」

QB「言語を習得する必要はないけど、現地スタッフとのコミュニケーションには、ある魔法を使ってもらう。自動翻訳みたいなものさ。誰が行くか決まったら、それを教えるよ」

杏子「海外出張、ってやつか」

ほむら「そう言うと、何だか一気におじさん臭くなるわね」

QB「現地での戦いは記録されて、その映像は、最終話のラストシーンで使われる予定だよ」

杏子「最終話? ラストシーン?」

QB「頑張って」

ほむら「……何?」

QB「きゅっぷい。こっちの話さ」

17: 2012/12/29(土) 20:03:28.03
杏子「マミの話に戻るけど、ラテンアメリカってどこら辺だ?」

QB「中南米だよ」

ほむら「確か、メキシコとか、アルゼンチンとか?」

QB「そのとおりさ。そこでは、ほとんどの国でスペイン語が使われている」

ほむら「だから、叫ぶ技の名前がスペイン語になったのね」

QB「彼女は、魔弾の舞踏が“ダンザデルマジックバレット”と訳されたり表記されることに不満だったようだね」

杏子「何のことだ?」

QB「“無限の魔弾”という場合に比べて、“魔弾”の訳が食い違っていることにも納得していなかった」

ほむら「あなたは、さっきから何の話をしてるのかしら」

QB「きゅっぷい。これも、こっちの話さ」

杏子「あのー、だんだん、この話題についていけなくなってきたんスけど」

QB「人間には、こだわりという精神活動がある。それが、巴マミによるマイナーチェンジ依頼の動機だと推測できるね」

ほむら「どういうこと?」

QB「見方によっては、彼女は既にラテン系だったんだ。『Tiro finale !』と、イタリア語を使っていたのがいい例だよ。イタリアもラテン諸国に含まれるからね」

杏子「お前もう、声マネ禁止な」

QB「でも彼女は、こだわりによってそれを徹底させたいと思った。そして、本格的にラテン系を目指す、という発想へ至ったと考えられるんだ」

18: 2012/12/29(土) 20:05:39.99
杏子「……ちょっと待てよ。イタリアもラテン系なのか?」

QB「そうだよ」

杏子「だったら、イタリア語のままでもいいだろ? スペイン語にしちまう理由が分からない」

ほむら「それは全く、そのとおりね」

QB「……どちらも、ラテン系であることに変わりはないよ」

杏子「……」

ほむら「……」

QB「どうして二人とも、無言で僕をそんなに見つめるんだい。わけが分からないよ」

杏子「……あたしに指摘されて、お前の顔色が変わった気がするんだよな」

ほむら「……あなた、感情がないなんて、嘘でしょ」

QB「二人が何を言っているのか理解できないよ。わけが分からないよ」

ほむら「……あなた、ミスしたんでしょ」

杏子「……テキトーに、ラテン系なら何でもいいや、って思ったんだろ」

ほむら「イタリア語のままでも問題ない。むしろその方がマイナーチェンジの際に、変更点が少なくて合理的。なのによく考えもせず、勝手にイタリアじゃなくて、中南米を参考にしてしまった。こんなところでしょうね、真相は」

QB「何を言っているのか理解できないよ。わけが分からないよ」

ほむら「私も危うくこんなふうに、テキトーにされるところだったのかもね。背中に翼じゃなくて、頭にプロペラ、生やされてもおかしくなかったわ」

QB「きゅっぷいきゅっぷい」

杏子「誤魔化すんじゃねえよコラ」

19: 2012/12/29(土) 20:07:34.40
ほむら「……あ」

杏子「どうした?」

ほむら「私たち、巴マミの雰囲気が変わった、と言ったわよね」

杏子「ああ」

ほむら「変わったのは芸風だけじゃなく、ほかのいろいろな点も一緒に変わった気がする。……これだったんじゃない?」

杏子「何のことか分からな……あ」

ほむら「きっと、これよ」

杏子「そうか……。これだったのか」

ほむら「ラテンアメリカ地域について調べるために、現地の担当に連絡を取った。あなた、そう言ったわね」

QB「そうだよ」

杏子「で、そこに住んでる連中の特徴が、ラテン系ってやつなんだよな?」

QB「この国では、そう呼ばれているね」

ほむら「巴マミは、魔法のマイナーチェンジで本格的な、現地のままのラテン系になった。ということは、性格やその他のこともそう変化した、ということなんじゃない?」

QB「そのとおりさ」

21: 2012/12/29(土) 20:09:43.23
杏子「……やっぱり」

ほむら「最近、そして今日も、さっさと帰ってしまったのは、これだったのね」

QB「どの行動が本格的なラテン系への変化によるのか、それは、詳しく調べないと分からないけどね」

杏子「おい。そのラテン系ってのは、どういう性格なんだ? 詳しく教えろ」

QB「特性は多岐にわたるし、諸説あるから、説明すると長くなるよ」

ほむら「よく知らないけど、“陽気”とか“情熱的”、“細かいことを気にしない”とかいわれている気がするわ」

杏子「マミが変わったのは、帰る時だけじゃない。来る時、つまり魔獣狩りで集まる時に、あいつは前より遅れるようになった」

ほむら「そうね。以前の彼女は、いつも素早く魔獣の気配を察知して、戦いの場所へ私たちより早く来ていた」

杏子「でも今は、時間ギリギリみたいなタイミングで現れるようになったよな」

ほむら「そして、それが当たり前のような顔をしている。かつての巴マミからは考えられない態度ね」

杏子「こういう変化は、本格的なラテン系とやらに、なったからだったのか……?」

QB「ラテン諸国と違って、この国での時間についての感覚は、他の国よりも厳しいといわれているね。首都における一部の列車が、数十秒刻みともいえるくらいの正確さで運行されているのは、その代表的な例だ」

ほむら「……外国人は、それを見てびっくりする。ほんの2分か3分遅れただけで、それを謝るアナウンスがあって、もっとびっくりする。そういう話は聞いたことがあるわ」

22: 2012/12/29(土) 20:12:01.88
QB「ラテン諸国では一般的に、そこまでの厳しさがない。例えば、多くの事業所では、仕事を始める時間とは“出勤時間”なんだよ」

杏子「どういうことだ?」

QB「その時間までに出勤すればいいということさ。だけど、この国では“始業時間”という意味である場合が多いね。つまり、“業務を開始できる時間”ということだ。その時間に業務を開始するのなら、それよりも前に出勤して、準備を済ませていなくちゃならない」

ほむら「……それが、当たり前と思っていたけれど。授業でもチャイムが鳴ったら、先生が来る前に席へ着いているし」

QB「そして仕事を終える時は、ラテン諸国では“退勤時間”と同時に帰るのさ。その時間に合わせて帰れるように、人々は準備をする」

杏子「終わりの鐘やらベルやらが鳴る何分も前から、家へ帰る準備をしてるってことか?」

QB「そのとおりだよ。一方、この国では“終業時間”という意味である場合が多いね。“業務を終了する時間”ということだ。家へ帰る準備は、その後にするんだよ」

ほむら「でも、お給料はどちらも、その決められた時間の分しか出ないんでしょ?」

QB「もちろんさ」

杏子「よく分からなくなってきた。この国の場合と、ラテン系と、どっちが良いんだ?」

QB「どちらが良いのか悪いのか、という問題なのかい?」

杏子「……」

QB「もし良いか悪いかを判断するのなら、それを、まず考えなくちゃならないね」

23: 2012/12/29(土) 20:13:40.38
ほむら「……やれやれ」

杏子「……今夜は、あんたにしては珍しい反応ばっかりだな。でも、そう言いたくなる気持ちは分かるよ」

ほむら「巴マミ本人が望んだ変化だもの。私たちがとやかく言う問題ではないわ」

杏子「とっとと帰っちまっても、時間ギリギリに来ても、それは別に、ヘマをしてるわけじゃないしな」

ほむら「むしろ魔獣狩りに関しては、やり方が効率良く、いえ、巧妙になった気さえするのよね」

杏子「氏んだふりみたいなこと、するようになったよな」

ほむら「致命的な打撃を受けたようなふりをする。魔獣が、動かなくなった彼女へ迫る。そこでいきなり大砲を出して、至近距離から射撃」

杏子「どの魔獣も、一発で消えたな」

ほむら「成果は上がってるんだけど……何だか、方法が小ずるいというか……」

QB「それはMaliciaと呼ばれる特性だね」

杏子「またスペイン語かよ。もうウンザリだ」

ほむら「マリーシア……どういう意味?」

QB「“性悪さ”や、“悪賢さ”ということだよ」

ほむら「……なるほど」

24: 2012/12/29(土) 20:15:28.14
QB「本格的なラテン系になって、彼女は食生活も変化したよ」

杏子「どういうふうに?」

QB「肉を多く食べるようになったんだ。お菓子は、前より少なくなった。紅茶よりもコーヒーを好むようになったね」

杏子「肉食に変わったか。ますます太るぞ、あいつ」

ほむら「彼女のケーキ好きや紅茶趣味は、スペインやイタリアではなく、イギリスとかをイメージさせるものだったわね」

QB「紅茶はラテン諸国でも飲まれているけどね」

ほむら「イメージよ、イメージ。イギリスのアフタヌーンティーとか」

QB「それから、夕食ではなく昼食をメインにしたいとか、シエスタをしたいとよく言うようになった。だけどこれらは、学校の都合があるから無理のようだね」

杏子「……片仮名が多くて頭痛くなってきた。別の話しないか? それとも、もうお開きにするか?」

25: 2012/12/29(土) 20:17:33.73
ほむら「……」

杏子「どうした? どこ見てんだ、あんた」

ほむら「あったわよ……。別の話題」

杏子「下の大通りに何が……あ。あれ、あいつ」

ほむら「“別の”ではなかったかしらね」

QB「今話題にしていた、巴マミだね」

杏子「何だあの恰好は。そんで、何だあの隣にいる男は」

QB「腕を組みながら歩いているね」

杏子「見りゃ分かる。どういう関係か、って言ってんだ」

QB「そのことへ言及するには情報不足だよ。僕はあの人物を初めて見る」

ほむら「あなたも知らない人なの?」

QB「そうだよ」

杏子「あれ? お前はあいつがガキの頃から面倒見てきた、親代わりみたいなもんだろ?」

ほむら「保護者として、知らなくていいのかしら。あれはどう見ても、付き合ってる人同士の雰囲気よ」

QB「彼女の行動を全て把握しているわけではないからね」

杏子「……彼氏、なのか? でも、ちょっとチャラ過ぎやしないか?」

ほむら「余りいい印象は受けないわね……服、髪、アクセサリー、ここは高層ビルの屋上だから会話は聞こえないけど、その全体的な様子……」

杏子「……何を話してるかまでは無理か。おい、何とかならないか?」

26: 2012/12/29(土) 20:19:53.13
QB「ここから彼女を視認できたように、君たちの視力は、人間の場合でいう約25.0から1.5の間で調節できる。でも、聴力へそこまでを期待するのは無理だよ」

杏子「チッ。何だよ、使えねーな」

QB「音は空気などを伝わるからさ。読唇術を身に付ける方が早道だよ」

杏子「何なんだろうな、このヤキモキする気持ち……」

ほむら「恋愛は個人の自由だけど、ちょっと引っかかるものはあるわね」

杏子「あんたもそう思うか」

ほむら「同じ魔法少女として、巴マミがああいう種類の人と……実際に話してみれば、いい人なのかもしれないけど」

杏子「“人を見掛けで判断するな”なんて、小学生でも鼻で笑うような説教だぜ」

QB「君たちは今、あの人間について“軽薄”とか“異性との関係について慎重ではない”という疑念を抱いているのかい」

ほむら「難しい言い方してるけど、要するに“チャラい”ということね」

QB「もしそうなら、それは、今の彼女に関してもいえる可能性があるよ」

杏子「そりゃそうだけど……あいつが、あんな服着てるの見れば、言うまでも……」

ほむら「彼女、あんなの持ってたのね」

27: 2012/12/29(土) 20:22:12.07
杏子「中学生には絶対見えないな。二十歳くらいに見えるぞ」

ほむら「丈が短過ぎて、パンツ見えそうじゃない」

杏子「いや、パンツの線ハッキリ浮き出てる。見えてるのと同じだ。恥ずかしくねーのかあいつ」

ほむら「しかも、襟ぐりがあんなに深くて……寒くないのかしらね」

QB「“胸元が大きく開いた”とか“思わずマミマミしたくなる”と表現した方が、ここを見てくれている数少ない読者諸兄に親切だと思うよ」

ほむら「あなたのそういう発言はもう無視するとして」

QB「きゅっぷい」

杏子「魔獣狩りが終わってから、まだ、そんなに時間たってないよな」

ほむら「それなのに彼女は、もう着替えて、男性と待ち合わせて、デートを楽しんでる」

杏子「明日学校ないのか?」

ほむら「明日は休み」

杏子「今日早く帰ったのは、このためだったのか」

ほむら「でも、帰宅が早いのは最近、いつものこと……むしろこれは、本格的なラテン系になったのと関係してるのかも」

QB「二人が、立ち止まったよ」

28: 2012/12/29(土) 20:23:33.42
杏子「……向かい合った」

ほむら「……彼女が目を閉じた」

杏子「……あ」

ほむら「……あ」

QB「……あれが接吻、キスという行為だね」

杏子「……」

ほむら「……」

QB「僕も実際に見るのは初めてだよ」

杏子「……おい、あんた」

ほむら「……何?」

杏子「……どうして、あたしの手を握るんだよ」

ほむら「……それは……無意識に……」

QB「暁美ほむら。君は今、あの光景を見て興奮しているね」

ほむら「……変な解説しないでくれる?」

杏子「……言っとくけど、あたしにそっちのケはないからな」

ほむら「……いいじゃない……手くらい握ったって」

杏子「ちょっと汗ばんでて、気持ち悪いんだよ」

29: 2012/12/29(土) 20:25:59.61
ほむら「……何て言うか、びっくりした子供が……そばにいた人の陰に隠れるようなものよ」

杏子「まあ確かに、ちょっとビビるけど……あたしもナマであんなの見るの初めてだし」

QB「巴マミの舌が、口の中で動いているね」

ほむら「……言葉にしないでよ……気付いてたけど、黙ってたのに」

杏子「……あれがディープキスか……」

QB「見たくなければ、さっきも言った視力の調節で、見えないようにすればいいんじゃないかな」

ほむら「……怖いもの見たさ、ってのがあるじゃない」

QB「あれは“怖いもの”なんだね」

ほむら「電車の中で、高校生とかのはたまに見るけど……」

杏子「……実際に自分の知り合いがやってるのを見ると、インパクトあるよな」

QB「親しい男女が公共の場でもキスをするのは、ラテンアメリカ地域ではありふれた光景だよ」

杏子「……ところで、お前」

QB「何だい」

30: 2012/12/29(土) 20:28:41.82
杏子「お前、いいのか? 保護者なのに、マミがあんなことになってて」

ほむら「……そうね。あなたは今、自分の“娘”が夜遊びして、ああいう男性と路上でじゃれあってる現場を見てるのよね」

QB「……二人が言っていることには比喩が多くて、理解できないよ」

ほむら「分からないふりをしてるんじゃない?」

杏子「ほれ、見ろ。お前の“娘”は、キスしたまま男の首に両手をまわして、抱きついた」

ほむら「積極的ね。相手の男性がよっぽど好きなのね」

杏子「これが本格的なラテン系とやらの、ジョーネツテキって特徴か。なあ、違うか?」

QB「……」

杏子「お前、今、“僕よりそいつの方が好きなのか”とか、そういうこと考えてるんだろ」

ほむら「それとも、“誰だそいつは。お父さんは許さんぞ”とか?」

QB「……」

ほむら「やっぱりあなた、感情がないなんて、嘘でしょ」

杏子「取りあえずあいつ、幸せそうだからいいじゃん」

QB「……観察に値する状況であることは認めるよ」

ほむら「自分の“娘”を本格的なラテン系にしたのは、“お父さん”のあなただものね。その結果を受け入れて、見届けなくちゃね」

QB「何を言っているのか分からないよ」

31: 2012/12/29(土) 20:30:54.03
杏子「……でも、何かさ」

ほむら「何?」

杏子「今のマミ見てると、何かさ……ちくしょう、楽しそうだなあいつ……って気分にならないか?」

ほむら「“ちくしょう”って……あなたが悔しがるのは変じゃない?」

杏子「何か悔しくないか? あたしも何が悔しいのか、自分で分からないけど」

ほむら「確かに、楽しそうな人を見ると、自分と比較してしまうかもしれないわね」

杏子「さっきの話じゃないけどさ」

ほむら「何かしら」

杏子「あたしたちって、キッチリし過ぎなのかな」

ほむら「……」

杏子「今まで、思いっ切り、テキトーに生きてきた積もりだったけど」

ほむら「もっとテキトーな人たち……言い方は悪いけど、そういう人たちを見ると……」

杏子「いかに自分がキッチリしてたか、ってのが分かるんだよな」

ほむら「そして、実はテキトーでも、何の問題もなかったりするのよね」

杏子「なーんだ、自分もキッチリやる必要なんてなかったんだ、アホらしい、ってなるよな」

32: 2012/12/29(土) 20:35:44.26
ほむら「巴マミを見て、ああいうのもいいかなって、ちょっと思ってしまう?」

杏子「あたしは、あそこまではっちゃけられないよ」

ほむら「彼女だって元は全然違うタイプだったのよ。こいつに頼めば、あんなふうになれるけど?」

杏子「ぶふっ。そりゃ無理だ。あたしが体へピッタリの服着たり、男とイチャついたりするのは想像できねー」

ほむら「でも、今見てるああいう行動は別として、ラテン系でノビノビやるのは悪くないかもしれないわね」

杏子「おい。お前」

QB「何だい」

杏子「あたしたちが3人とも、マミみたいになってもいいか?」

ほむら「……プフッ」

QB「“マミみたい”の部分が漠然としていて、わけが分からないよ」

ほむら「今の私たちと、ラテン系になった私たち。あなたにとってはどっちが扱いやすいかしら」

QB「仮定に関する質問には、答えにくいね」

杏子「別に、マジで訊いてるわけじゃねーよ。ラテン系の魔法少女3人組、そんなのでもいいのかって、シャレで言ってるのさ」

QB「……さっきの繰り返しになるけど、良いか悪いか決めるべき問題なのかを、先に考えた方がいいね」

杏子「……」

ほむら「……」

QB「ラテン系が良いか悪いか。それは、良いか悪いかを決めたい人が、決めればいいんじゃないかな」

33: 2012/12/29(土) 20:37:43.09
ほむら「……思いがけず、シリアスなオチがついてしまったかしらね」

杏子「……お。見ろよ」

ほむら「どうしたの?」

杏子「おいお前、でも、アレはどうするんだ?」

ほむら「……巴マミたちが移動を始めた」

杏子「……向かってる先にあるのは」

QB「……飲食店街。その奥は……いわゆる、ラブホテル街」

杏子「アレはいいのか? マミは未成年なんだぜ? なあ、“お父さん”?」

QB「二人とも、降下しよう。目標を追尾するよ」

杏子「お前、焦ってる?」

ほむら「変身を解除しなくてよかったわ」

杏子「……あんた、こんなことで翼出すのかよ。ソウルジェムが濁りやすくなるんだろ?」

ほむら「確かに、魔力の無駄使いね」

杏子「そいつを乗せて、あたしにつかまりな。連れてくから」

ほむら「でも今は、アレの緊急追尾と観察が最優先事項。個々が独立して動ける能力は高い方がいい」

杏子「……ふふっ、分かったよ」

ほむら「呆れた?」

杏子「まあ、あたしたちができるテキトーさとか、おふざけは、こんな程度だよなあ」

ほむら「ボヤいたって仕方ないわ」

杏子「そうだな。……おーし、先に跳ぶぜ。えいやっ、と」

ほむら「さあ、行くわよ。“お父さん”」

QB「何を言っているのか分からないよ」



34: 2012/12/29(土) 20:39:45.88

引用元: マミ「本格的にラテン系を目指すわよ!」