1: 2010/04/04(日) 00:21:51.12

御坂美琴は第七学区のとあるショッピングモールにある雑貨店にいた。
今日は祝日で、ショッピングモールの中は、買い物を楽しむ学生たちで溢れかえっている。
混み合うことは予想できたから、わざわざ早起きしてここまで来たというのに目的のものはすでに売りきれだった。

御坂「うぅ~、学園都市限定・恋愛成就のゲコ太お守りほしかったのにー!」

学園都市限定・恋愛成就のゲコ太お守りを取り扱っているのは、第七学区では美琴が今いるここの雑貨店だけ。

御坂「そもそも、総数50個しかない激レアアイテム。……他の学区の店に行っても、多分売り切れよね」

ゲコ太グッズを収集するコレクターは意外と多い。
なんだかんだでゲコ太とかケロヨンは女の子には愛されているキャラクターだったりする。

御坂「……はぁ」

美琴はため息をついてがっくりと肩を落とすと、雑貨店から出て行った。
 

3: 2010/04/04(日) 00:27:34.26
御坂「これからどうしよう」

ゲコ太の激レアアイテムを手に入れそこねた美琴のテンションはどん底まで下がっていたが、
常盤台の学生寮からこのショッピングモールはかなり距離がある。
せっかく来たのに、このまま何もせずに帰るのは勿体ない気がするのだ。

御坂「ん~、アレ以外特に欲しいものはなかったけど、適当にこの中ブラブラしようかな」

御坂「よし、じゃあ手始めにあの店でも見よう」

気分を切り替え、美琴が雑貨店の斜め向かいにある服屋へ入ろうとした時。

打ち止め「あーっ! 前方にお姉様発見!! ってミサカはミサカは驚きつつもお姉様に猛ダッシュッ!!」

御坂「へっ?」

後ろのほうから突然、女の子の大きな声が聞こえてきた。
美琴がビックリして振り返ると、水色のワンピースを着ている少女がこっちに向かって走ってくる。

御坂「えっ!? ちょ、ちょっと、何なのーっ!?」

打ち止め「突撃ー! ってミサカはミサカはお姉様に果敢にもタックルをかましてみたりー!」

御坂「はぁ? アンタ何言って――きゃあぁぁぁっ!!」

水色ワンピースの少女のタックルを腹部に決められた美琴は、そのままバランスを崩してドスン! と尻もちを付いた。

5: 2010/04/04(日) 00:34:23.98
堅いコンクリートの上に勢いよくぶつけた腰が、きりきりと痛む。

御坂「……痛い。半端なく腰が痛い」

打ち止め「あはははー、勢いが良さすぎたかなってミサカはミサカは乾いた笑いを浮かべてみる」

御坂「……」

美琴は手で腰を擦りながら、無言で水色ワンピースの少女を睨みつける。
「本当に真面目に本気で痛いのよ!!」という恨み節を視線に込めて。

打ち止め「……ちょっとやり過ぎでした、ってミサカはミサカはごめんなさいの意味を込めて、ぺこりと頭を下げてみる」

御坂「ん。ちゃんと『ごめんなさい』出来たわね」

美琴は尻もちついた状態から立ち上がると、しょぼんと垂れている水色ワンピースの少女の頭をぐりぐりと撫でた。

御坂「ショッピングモールが楽しくて気分があがっちゃうのも分かるけど、あんまりハッスルしちゃ駄目よー?」

じと~っと睨みつけていた顔はキレイさっぱりと消え失せ、美琴は少女に向かってニカッと笑っている。
水色ワンピースの少女は最初目をパチクリとさせていたが、美琴に頭を撫でられるのが嬉しいようで顔が自然とにやついている。

打ち止め「えへへ~///」

御坂「?」

6: 2010/04/04(日) 00:39:21.03
水色ワンピースの少女を改めてよく見てみると、美琴は何故がデジャヴを感じずにはいられなかった。

御坂(あれ? どっかで見たことあるような……?)

見た目は10歳ほどの少女だ。
水色のキャミソールに似たワンピースの上には、男物らしい白いワイシャツを羽織っている。
肩にかかるくらいの茶髪、活発そうな顔立ち、何処かで聞き覚えのある声。
その姿は見れば見るほど、美琴が小学生くらいの時の姿に瓜二つではないだろうか。

御坂(私のこと『お姉様』ってよんでたし。まさか、この子も妹達……?)

御坂美琴とまったく同じ姿をもつ少女達がいる。
『妹達』と呼ばれる彼女たちは、超能力者である美琴のDNAマップを元にして作られた、量産型軍用クローンだ。
彼女たちは現在約10000人ほどが学園都市のみならず、世界中の施設・機関で日々を暮らしている。

美琴が今まで会ったことのある妹達は、見た目が自分とまったく同じだった。
美琴は自分より年下や年上の年齢で作られた妹達には会ったことが無いため、よくよく見るまで気付かなかったのだ。

御坂「ねぇ、もしかして、アンタも妹達だったり……?」

打ち止め「うん、そうだよ。ミサカは検体番号20001号で打ち止めって呼ばれてるんだ! 
     ってミサカはミサカは改めてお姉様にはじめましてってご挨拶!」

7: 2010/04/04(日) 00:45:08.21
御坂「ええっと、コーラとアイスで良いのよね?」

打ち止め「イエス、ザッツラーイト! あっ、コレも美味しそう。ねぇねぇお姉様、コレとコレとコレも食べていい?
      ってミサカはミサカはキラキラ上目づかいでおねだりしてみたり」

御坂「あのねぇ、そんなに注文しても食べられないでしょ? 駄ぁ目。却下よ却下。食べられるだけにしなさい」

打ち止め「うぅ~、お姉様もあの人と同じこと言うんだねってミサカはミサカはぶーたれる」

御坂「はいはい。勝手にぶーたれてなさい」

いつまでもショッピングモールの通路に居るわけにもいかず、美琴と打ち止めは通路脇にあった喫茶店に入ることにした。
携帯電話で時間を確認すればまだ10時を過ぎたばかりで、お昼ごはんにはまだまだ早い。
それなのに打ち止めはコーラとアイスのほかに、先ほどサンドイッチとミックスピザとナポリタンを美琴におねだりした。
全部炭水化物ってどうよ……、と美琴は口にはしないが、心の中で呆れていた。

打ち止め「……むぅ、お姉様もあの人もミサカに手厳しいんだよー……、ってミサカはミサカは小さい声で愚痴ってみたり」

御坂「聞こえてるわよー、打ち止め~?」

打ち止め「!?」

8: 2010/04/04(日) 00:53:26.29
打ち止め「ところで、お姉さまはこのショッピングモールに1人で遊びに来たの? ってミサカはミサカは聞いてみる」

御坂「――あ、遊びに来たっていうか…! か、買い物よ、買い物ッ!」

打ち止め「お買い物だったのね! 何を買いに来たのって、ミサカはミサカはさらに質問してみる」

御坂「ふぇッ!? 何って、その、なんていうか……」

学生寮からものすごく遠いこんな場所まで、わざわざゲコ太グッズを買い漁りに来た美琴。
しかし、中学生にもなってゲコ太グッズ収集に躍起になっていることを、自分から堂々と人に言う勇気はあんまりない。

御坂(中学生にもなってゲコ太って言ったらな~、この子なんて反応するものやら……。
    いつだったかしら、妹達の1人に「いやいやねーだろ」って私のセンスばっさり一刀両断されてるし……)

まぁ適当に服とか靴って言えばいいか、と打ち止めのほうを見た美琴は一瞬にして固まってしまう。

打ち止め「……」(ジーッ)

ぱっちりとした瞳がこれでもかと開かれて、キラキラと純粋なまなざしで打ち止めは美琴を見つめている。

御坂「……」

打ち止め「……」(ジーッ)

御坂「……………………が、学園都市限定・恋愛成就のゲコ太お守り……」 

嘘偽りない純粋な少女の眼差しに、学園都市第3位の超能力者が負けた瞬間だった。

10: 2010/04/04(日) 01:13:33.21
打ち止め「ゲコ太?」

打ち止めは聞いてもよくわからないといった顔だ。

御坂「知らない? ゲコ太」

打ち止め「うん、ミサカはミサカは知らないって正直に答えてみる」

ゲコ太自体、打ち止めは知らないらしい。
10歳ほどの打ち止めから自分のセンスを笑われることはないと分かり、美琴は内心ホッとした。

打ち止め「あれあれ? でも、恋愛成就のお守りってことは……」

ポンと打ち止めは何かをひらめいたようで、美琴の顔をこれでもかと頬をニヤニヤさせながら見つめている。

御坂「な、何よ……」

打ち止め「お姉様ついにあの人に告白するんだね!! ってミサカはミサカはニヤニヤしながら尋ねてみる」

11: 2010/04/04(日) 01:15:54.05
御坂「ちょ!? こ、ここ、こ告白って、だ誰があんなお人好しのおせっかいに、告白するってのよ!!?///」

打ち止め「『あの人』としか聞いてませ~ん」

御坂「ッ!?///」

打ち止め「へ~、お姉様の想い人は『お人好しのお節介』なんだね。ほほぅ」

御坂「ハァ!!? 何、勝手なこと言ってんのよ!!///」
      
打ち止め「誰かは予測できてるけど、これ以上追求するのは流石に可哀そうなのでこの辺にしておくね、ってミサカはミサカは大人の対応をしてみたり」

美琴が口を金魚のようにパクパクと動かし何とか反論しようとしていた時、店員が先ほど美琴達が注文した物がもって来た。

打ち止め「あ、コーラとアイスきたー♪」

打ち止めはアイスとコーラどちらから手をつけようか迷い、溶けやすいアイスを選んで食べ始めた。
「つめたーい」と言いながら満面の笑みで食べる打ち止めの姿はとても可愛らしい。

御坂「~~~あぁ、もう!」

美琴は動揺した気分を落ち着かせようと、自分が注文した烏龍茶をすごい勢いで飲み干した。
烏龍茶は一瞬で空になり、空いたグラスからカランと氷のぶつかる音が漏れた。

24: 2010/04/04(日) 16:13:48.82
ショッピングモールが人で溢れかえっているとは言え、まだお昼にはまだ早い時間帯。
喫茶店で休息している客が美琴と打ち止め以外誰もいないというのが不幸中の幸いかもしれない。
あんなうろたえた姿を知りあいに見られたら軽く[ピーーー]る、と美琴は本気で思った。

御坂(けど、あんな簡単に、こんな小さい子の手のひらで踊らされちゃうなんて……)

この喫茶店のアイスは一見「小さめのパフェか?」と思ってしまうほど大きめで、
「むむ、溶けるまで時間との勝負ー!」と無我夢中にアイスに格闘する打ち止めの姿は年相応にみえる。

御坂(なんか普段は無邪気に振舞いつつ、実は影からうまく男とかを操作するタイプなのかも)

恋愛沙汰に関して初心すぎる自分のことは棚に上げ、
なんとなく美琴は打ち止めのことを将来、末恐ろしい子かも? と考えた。

打ち止め「お姉様、ミサカの顔に何かついてる? 
      そんなにじーっと見られるとちょっと食べにくいかな、なんてミサカはミサカは照れてみる」

御坂「口の周りにびっしりアイスをつけて言うセリフかいっ! ほら、ちょっと顎を上に向けて」

隣の椅子にそんざいに置かれていた学生鞄からポケットティッシュを取り出す。
美琴はそこから数枚を手にとって、打ち止めの口の周りについていたアイスをティッシュで優しく拭ってやった。

25: 2010/04/04(日) 16:15:16.13
>>24訂正

○ あんなうろたえた姿を知りあいに見られたら本気で凹むわ、と美琴は思った。

26: 2010/04/04(日) 16:17:16.48
打ち止め「ありがとうー! お姉様っ! ってミサカはミサカは感謝の気持ちを伝えるために
     この美味しいアイスをお姉様にも一口あげてみたり!」
     
手に持っているスプーンでアイスをすくって、打ち止めは美琴の口元へとスプーンを運ぶ。

打ち止め「はい、あーん?」

美琴に世話を焼かれることが、打ち止めにとっては凄い嬉しい事なのだろう。
打ち止めは頬を薄く染め、砂糖菓子のように甘そうな極上の笑みを浮かべている。
首を少し傾けて、キラキラとした上目づかいも忘れない。

御坂(わーお、なになに、このカワイイ生き物ッ!!)

打ち止めから「あーん」してもらったアイスを口にしながら、美琴は目の前の打ち止めを眺める。

御坂(多分打ち止めも無意識にやってるんだろうなぁ、すごいナチュラルにやってるもん)

予想的中。
十中八九、将来は魔性の女ってところだ。
打ち止めが大きくなって、男の人が出来たりしたら、

御坂「……この子の天然魔性に振りまわれてる姿が目に浮かぶわ」

誰にもに聞こえないような小さな声で、ボソっと呟く美琴。

打ち止め「? 美味しい?」

御坂「ん。美味しいわよ。ありがとう」

とりあえず、今からその男の人に、ご愁傷様。とだけ言っておこう。南無。

29: 2010/04/04(日) 16:24:11.91
打ち止め「でも、お姉様がお守りを買うなんて意外だなってミサカはミサカは感想を述べてみる」

御坂「そう?」

打ち止め「お姉様って学園都市の頂点、超能力者の1人でしょ? 科学の代表みたいな感じだし、
      非科学(オカルト)的な物って信じてなさそうかなーってミサカはミサカはお姉様に抱くイメージを語ってみたり!
      それに、あの人はこういうの『くっだらねェなァ』とか言って鼻で笑うし、ってミサカはミサカは付け足してみる」

御坂「別に、『お守り』だからほしいって訳じゃないわよ。ゲコ太の限定アイテムだからほしかった、だっ!けっ!
    それと、総数50個の激レアアイテムで、結局買いそびれたのよねー」

そう、愛するゲコ太のための行動であって、恋愛成就とかはどうでもいい。あのむかつくツンツン頭も関係ない!
たまたま。そう、たまたま!! ゲコ太の激レアアイテムが恋愛成就のお守りってだけであって!!
ゲコ太アイテム収集家として、コレクションの1つにしようと思い立っただけなのだ、と美琴は必氏に心の中で捲し立てる。

打ち止め「ふ~ん、そういうことにしておくね」(ニヤニヤ)

御坂「ちょっと、アンタねぇ…!!」

打ち止め「―――でも、本当に恋愛成就してくれるなら、ミサカもお守り欲しいかもって、ミサカはミサカは呟いてみたり」

すでに食べ終えたアイスの皿はテーブルの端へと追いやられていた。
打ち止めはテーブルに視線を落とすと、手元にあるコーラにストローを突っ込んで、くるくると意味もなく回している。

御坂「―――あれまぁ」

この少女は幼いながらも、恋する乙女のようだ。

32: 2010/04/04(日) 16:27:10.35
そっと心の奥底で大事に大事に温めている感情をぽつりと吐露した打ち止めは、
気恥ずかしそうに、更にストローをくるくると回す。
伏し目がちな瞳は小さく渦を巻くコーラをじーっと見つめている。
表情はよく読み取れないが、打ち止めの身体全体から溢れ出て来る雰囲気で、美琴に大体のことは伝わった。

御坂(つい、言っちゃったって感じねぇ)

自分の秘密を暴露してしまって、どうしていいのか分からなくなっている打ち止めの姿は、なんだが微笑ましい。
美琴はほっこりと心が暖まる感触をくすぐったく感じつつ、穏やかな笑みをうかべた。

御坂「さっきから、あの人あの人言ってるけど、その『あの人』ってのが打ち止めの好きな男の子ってとこかしら?」

美琴がそう言うと、打ち止めのストローを回していた手がピクリと止まった。
じわじわと顔のみならず耳まで赤らめる打ち止めは、視線を右へ左と泳がしてながら口をもごもごとさせ、開いては閉じるを繰り返す。

打ち止め「………その、///」

御坂「うん?」

打ち止め「そ、そんなにストレートに言わてしまうと、
      ミサカはミサカは、さすがに恥ずかしいというか照れるというか、…なんていうか……///」

御坂「あら、『あの人』としか聞いてないわよ?」

打ち止め「…むぅ。お姉様のイジワルーってミサカはミサカは大人気ないお姉様にブーイング」

御坂「年上を安易にからかうからよ」

34: 2010/04/04(日) 16:31:05.97

こんなにも打ち止めに想われている『あの人』ってどんな人なんだろう。
曖昧にぼやけたイメージを思い浮かべることも美琴には出来ない。
天真爛漫で無邪気な打ち止めが、一生懸命恋をしているのだから『あの人』は相当の幸せ者だと考える。

ここは、一応姉として、挨拶とかしといたほうがいいのだろうか?

御坂「ねぇ、打ち止め。その、『あの人』ってどんな人なの?」

打ち止め「……っ、えっと」

美琴の問いは何気なく口にしたものだったが、打ち止めは一瞬口を噤んで困ったように眉を寄せる。

御坂「あ、えと、話したくないなら話さなくてもいいのよ? 
    好きな男の子のことを自分だけの秘密にしたいって気持も分かるし。
    ただ、打ち止めに想われてる幸せ者はどんな人かな~? って、気になったのよね」

女の子同士は明け透けと恋の話していると思われがちだが、そんなことはない。
繊細な分野だからこそ、ズケズケと土足で立ち入る真似をしないように美琴も心がけている。

御坂「あ、姉として、妹の恋愛相手を知りたかったなってのもあるのよね。
    でも、聞かれたくないことだったら、本当にゴメンね。私の話なんてスルーしちゃって!」

初めて妹達の眼前で「お姉ちゃん」宣言をさらりとしてみたはいいものの、
美琴もなんだか気恥ずかしくなってしまい、「あはははー」と人差指で頬をぽりぽり掻いて曖昧に誤魔化した。

38: 2010/04/04(日) 16:39:40.45
打ち止め「…………」

御坂(……って、何言ってんだかね。姉らしいことなんて何1つしてなのに)

虫のいい話だ、と美琴は思う。
打ち止めも下を向いて黙り込んでしまったではないか。

御坂「あの――」

打ち止め「お姉様、ミサカはミサカはどうしよう……っ!」

御坂「へっ?」

打ち止め「今! お姉様がミサカの姉って、ミサカが妹って!! 
      聞き間違いじゃないよねってミサカはミサカはお姉様に確認してみたりっ!」

打ち止めはガタンと力強くテーブルを手で叩くと、美琴のほうへと身体をずずいと近づける。
あまりにも真剣な打ち止めの面持ちに美琴は気後れしながら、打ち止めに答える。

御坂「い、言ったけど…?」

打ち止め「キャーッ! この音声データは保護しないと、でもその為にはミサカネットワークに接続しないといけないって
      ミサカはミサカはすごく一人占めしたい反面、他の妹達にも伝えたい反面の板ばさみかもっ!」

両手両足をバタバタと動かして、打ち止めはキャーキャーと甲高い声を上げながら騒いでいる。
もし、打ち止めに犬の尻尾があるとすれば、はち切れんばかりに尻尾を振っているようなそんな感じだ。
先ほどのしおらしい打ち止めや、困ったように悩んでいた打ち止めはどこへいったのか。

そんな打ち止めの姿は、美琴が「自分の姉だ」と言ったことが、
嬉しくて嬉しくて仕方ないと言ってくれているようなもの。

御坂(ヤバッ…!!)

美琴は慌てて両手で口元を覆うが、まったく意味がなかった。
頬はにやけるし、眉間にしわを寄せたって、内側から泉の如く湧いてくる喜びを抑えるなんて出来ない。

御坂(私も。私も妹達に、姉だって思ってもらえるのは。すごく、すっっごく、嬉しいっ!!)

48: 2010/04/05(月) 00:06:09.41
ニヤニヤとしている2人が、店員さんから変な目でみられていることに彼女たちは気づいていない。

打ち止め「決めたーっ! 今日だけミサカはお姉様を一人占めして、明日になったら皆に教えてあげようって
      ミサカはミサカは自分の欲望に忠実に行動してみる~」

打ち止めが悩んだ挙句に出した解答をえっぺんと自慢げに宣言した時、
彼女の白い男物のシャツの胸ポケット中から、赤い光が点滅しているのが見えた。

御坂「なんかポケットの中光ってるわよ」

打ち止め「あ、ミサカの携帯だ。お姉様ちょっとゴメンネってミサカはミサカは
     一言断りを入れてから携帯の通話ボタンをぽちっとな」

御坂「また、なんでそんな古いネタを……」

打ち止め「もしもし? ってミサカはミサカは―――」

一方通行『オィ、クソガキ! 今オマエは一体何処をほっつき歩いてやがンだっ!!」

携帯から大音量の怒鳴り声が美琴の耳元まで届いてきた。
打ち止めは耳からガバッと携帯を離すと、涙目になりつつ反対の耳へと携帯を押し当てる。

打ち止め「わ、わ、わ! ちょっと、いきなり大声で怒鳴らないで! 耳がキーンって痛いって、
      ミサカはミサカは相変わらずミサカに冷たい貴方に不平不満をぶつけてみたりーっ!」

御坂(打ち止めも十分、大きい声で怒鳴ってるけど……。
    ……それにしも、この捻くれた喋り方。どっかで聞いたことある気もするけど、どこだっけ?)

今日は何だがデジャブを感じることの多い一日だなぁとボヤ~っと考えながら、
美琴は呑気に店内の窓ガラスから通路に並ぶ店を眺めていた。
ふと目を凝らして見れば、雑貨店や今居る喫茶店のある通路とは反対側の通路に、花屋さんがあるのがわかる。

御坂(……)

49: 2010/04/05(月) 00:12:02.24
電話相手と会話を続ける打ち止めの邪魔にならないでおこう。
美琴は大きな音を出さないよう、じっと静かに打ち止めの電話が終わるのを待つつもりだ。

一方通行『うっせェ、オマエが朝っぱらからココに連れてけって騒いだンじゃねェか。
      人のこと無理やり引っ張てきておいて、自分から率先して迷子になったよォな奴が文句言うな」

打ち止め「自分から率先してって訳じゃないよ! 
      美味しそうなクレープ屋さんの匂いに釣られて足をちょっと止めただけ。
      貴方が勝手にミサカのことを置いて行ったんだからって、ミサカはミサカは自分の主張が正しいと胸をはってみたり」

一方通行『そォいうのは屁理屈ってンだ! ンなのはどうでもいから、オマエは今何処にいやがンだァ?』

打ち止め「喫茶店だよ」

一方通行『………人がこんなごみごみした場所を歩きまわてったつーのに、喫茶店ですかァ!? 優雅なもンだな、オマエは』

打ち止め「あはははー、でもミサカのこと探してくれてたんだね、ってミサカはミサカは貴方の優しさが嬉しかったり」

一方通行『俺はこんな面倒くせェとこから、さっさと帰りたいンだよ。
      ったく、携帯持たせてても何度かけても中々出ないんじゃ、宝の持ち腐れだな』

打ち止め「うぅ~、ごめんなさいってミサカはミサカは電話来てたの気付かなかったの」

一方通行『まァいい。この巨大ショッピングモールに喫茶店なんていくつあると思ってンだ。
      店の名前言え、そこまで迎えに行ってやっから、大人しくしとけ』

51: 2010/04/05(月) 00:17:51.82
打ち止め「は~い。えぇ…とお店の名前はー…」

打ち止めは一旦携帯電話を耳から離すと、首を右へ左へと動かしキョロキョロと店内を見渡している。

最初の第一声以外、電話相手の声は美琴までは聞こえてこない。
打ち止めが返していた内容から察するに、彼女は何かに店の名前が書かれていないか探しているようだ。
テーブルに立てかけられているミニ黒板風のメニュー表の木枠に、店の名前が書いてあるのを美琴が見つけた。

御坂「打ち止め、ここのお店の名前、『コーヒーショップ藍上』だって」

一方通行『……』

打ち止めは美琴に片方の手で「ありがとう」のジェスチャーをしながら、電話相手へ喫茶店の名前を告げた。

打ち止め「コーヒーショップ藍上だよってミサカはミサカは答えてみる」

一方通行『……やっぱ、オマエが俺のとこまで歩いて来い』

打ち止め「え? だって、迎えに来てくれるって…」

一方通行『気が変わった。俺は人ごみン中を杖をついて歩き回ったンだよ、疲れたから歩きたくねェ―ンだわ。
      今、水の広場ってとこのベンチに座ってるから、さっさと来い。イィな?』(ブツッ。ツー、ツー…)

打ち止め「急にどうしたの? ……って、いきなり電話切られた」

御坂「大丈夫なの? それ」

打ち止め「気分屋さんだからなーってミサカはミサカはぶつくさ不満に思いつつ
      仕方ないからあの人の待ってる水の広場に行くことにする」

御坂「ほほぅ、『あの人』ですか。これからデートかなにか?」(ニヤニヤ)

打ち止め「お姉様!!///」

御坂「はいはい、これ以上余計な詮索は致しませんよ」

52: 2010/04/05(月) 00:42:59.22
御坂「それじゃ、打ち止めはこれから用があるみたいだし、そろそろ出るとしますか」

打ち止め「えっ、待ってまだコーラ飲み終わってないよー! ってミサカはミサカは叫んでみたりー!?」

メニュー表の隣に無造作に置かれていた伝票を手に取ると、
美琴は反対の手で学生鞄をもって、清算のためにレジへと向かった。
打ち止めは残っていたコーラを一気飲みすると、美琴の後を走って追いかけてくる。

御坂「お会計、お願いします」

打ち止め「アイスとコーラと美味しかったですってミサカはミサカはお店の人にご馳走さまでしたって伝えてみたり!」

美琴が二人分のお金を清算すると、後ろから覗きこむように打ち止めから
「お姉様、ご馳走さまでしたっ!美味しかったよ!」と元気よく食後の挨拶が。
出会い頭のタックルとか突拍子のないことをやる打ち止めだが、
こういった食後の挨拶とか、人へのお礼とかちゃんと出来る子だよなぁと美琴はしみじみ関心する。

御坂(この子の保護者ってちゃんとしたしつけを心がけてるのねぇ~)

年上の人に対して敬語を使わなかったりなど、かなりフランクに人と接する美琴とは正反対かもしれない。
美琴が恋愛沙汰でからかわれると、素直になれず反発した態度をとるのに比べ、
打ち止めが美琴にからかわれた時は、素直だけど恥かしさのあまりオーバーヒートしてたりと。

御坂(私と"根本"は同じなのに、こうも性格は違うのねぇ)

これは美琴とって喜ばしい発見だった。
かつて自分たちをただの実験動物と言い切り、自分の命すら価値がないと言っていた妹達。
彼女達はゆっくりだけれど、少しづつ少しづつ"自分"を手に入れていっている。
1人の人間として生きていこうと成長する彼女たちの姿を見ると、美琴は何とも言えない感慨に心が満たされる。


55: 2010/04/05(月) 00:54:55.47
打ち止め「なんかミサカが突然追っかけて、突然去ってくって感じになっちゃったね
      ってミサカはミサカはお姉様とのおしゃべりが名残おしくてボヤいてみる」

喫茶店を出て少し歩けば、水の広場へと続く通路と美琴が行こうとしている通路が交わる十字路に辿りつく。
打ち止めはその十字路の脇に立ち止まり、美琴のことを名残惜しそうに見つめていた。

御坂「打ち止め、携帯出して」

打ち止め「?」

美琴に言われるがまま打ち止め携帯を取り出す。

御坂「ちょっと借りるわね」

打ち止めの携帯を手にとって何やら操作する。
今度は自分の携帯を取り出し、打ち止めの携帯と自分と携帯をくっ付けた。
ピ口リ口リン~♪ という軽快な音が打ち止めの携帯なった後、美琴は打ち止めに携帯を返した。

御坂「赤外線で私の連絡先入れておいたから、何時でもいいから好きな時に連絡ちょうだい」

打ち止め「じゃあ、またこうやって遊んでねってミサカはミサカはお願いしてみたりー!!」

御坂「いつでもOKよ」

打ち止め「やったぁってミサカはミサカは万歳三唱!」

御坂「大げさねぇ」

60: 2010/04/05(月) 01:34:04.76
打ち止め「ミサカはこのまま水の広場まで行くけど、お姉さまはこの後どうするの?
      ってミサカはミサカはお姉様の今後のスケジュールについて聞いてみたり」

御坂「そうね、あそこの花屋に寄った後は適当にブラついて、飽きたら学生寮に帰るかなー」

行こうとしている通路の中頃にある花屋を指差して、美琴は今後のアバウトすぎるスケジュールを思い浮かべた。

打ち止め「わーお、かなりアバウトなのね、ってミサカはミサカはお姉様の計画性の無さに驚きを隠せなかったり」

御坂「打ち止めちゃーん?」

打ち止め「あ、えぇぇと! お花屋さん行くのね?っミサカはミサカは
      お姉様の素敵なスケジュールにつき添えなくて凄く残念だなーーって思ってみたり!!」

異性の男ならイチコロできそうな笑顔の美琴の後ろに閻魔大王か何かの幻影でも見たのだろうか、
打ち止めは汗をダラダラと書きながら、自分の失言をなくそうと必氏にフォローをしていた。

御坂「まーねぇ……」

美琴はそんな甲斐甲斐しい打ち止めの姿を気にも留めず、花屋のほうだけを一点に見つめ何かを考えてるようだった。

御坂「ねぇ、打ち止め。アンタは何の花が好き?」

打ち止め「ふぇ?突然だね、ん~、向日葵かなぁってミサカはミサカは即答してみる!」

御坂「そっか、ありがとう。参考になったわ」

美琴はいつのかにか視線を打ち止めへと向けており、わしゃわしゃと思い切り打ち止めの頭を撫でた。

打ち止め「お姉様に頭撫でてもらうのは嬉しいけど、髪の毛がぐしゃぐしゃになるーーっ!!」

61: 2010/04/05(月) 01:44:14.24
御坂「人ごみも多いから、色々と気をつけるのよーー!」

打ち止め「はーい! お姉様、今日は楽しかったよー、またね! っってミサカはミサカは大きく手を振ってみるー!」

御坂「コラ、後ろ向いて走らない! ちゃんと前を見なさい、前を!」

打ち止めは美琴の注意に元気よく「はーい!」とだけ答えて、水の広場へと続く通路を全速力で駆けて行った。
美琴に「またね」と言ったあとはこちらを振り向くこともせず、『あの人』のもとへと一直線に。

御坂「さて、私も行きますか」

打ち止めの姿が人ごみの中に隠れて見えなくなると、美琴は打ち止めとは別の方向の通路へと歩きだした。

63: 2010/04/05(月) 02:05:30.30
御坂「しっかし、学園都市の花屋ってのは、どこもかしこも季節感がゼロよねぇ」

花屋の目の前で美琴はそんな感想を零した。

学園都市は花に限らず、野菜やお米といった農作物も1年中なんでも揃っている。
この花屋の店頭に並んでいる花だって、桜草、菫、スイレン、金木犀、オウバイといった四季折々の花が咲き誇っている。
今はすっかり秋だって言うのに、春や夏の花も季節なんか無視して店頭に並んでいるのだから、
美琴が、そんな感想を抱いてしまっても仕方ないだろう。

普段通い詰めている学園の園内のフラワーショップはその季節、季節の花を中心に扱っているので、
美琴はあまり学園都市の花屋、正確に言うと外部の花屋はあまり好んで入ることはなかったが、
今回はそんなオールシーズン対応の花屋ではないと、手に入らないのだから、案外外部の花屋も馬鹿に出来ないなと美琴は思った。

御坂「すいません、室内でも飾れるくらいの小さめの向日葵ってありますか?」

店頭の花の手入れをしていた店員に声をかけると、店員は店の奥から20センチほどの向日葵を数本を持ってきた。

御坂「うわっ、凄い小さい」

店員「最近、学園都市で品種改良されたものなんです。生憎、うちはこれ以外の向日葵は造花となりますが……」

御坂「いえ、生花のほうがいいので。これ3本ください」

店員は会計後、包んだ向日葵を美琴に渡した。

店員「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

65: 2010/04/05(月) 02:25:20.21

向日葵一色で作られた小さめの花束はとても可愛らしいものだった。
 
御坂(なんか、向日葵って打ち止めそのもの、ってイメージ)

純真無垢な打ち止めの笑顔は、どんな人の心にだって光を届けそうだ。
太陽にも似た向日葵の花は、とても打ち止めに似合う。
美琴はそんなことを考えながらフフっと小さな笑みを浮かべた。

御坂(まぁ、こういう小さい奴じゃなくて、
    自然に生えてる元々の向日葵のほうがってことも付けくわてね)

この花束を人波の中で潰したりしたくない。
色々と適当にそこら辺をぶらつこうとしていた美琴だが、
きれいなままの花束を部屋に持って帰りたいなと考えて、このまま学生寮の自分の部屋へと戻ることにした。

御坂「時間はちょうど、お昼。人も多少は減ってるでしょ」

常盤台学生寮まで行くバスは、確か正面出口の近くにあるバス亭だ。

御坂「ゲコ太アイテムは残念だったけど、それ以上にいい事があったし、ここまで来た甲斐があったかな」

美琴は正面出口へと向かい歩きだした。
彼女の足取りはとても軽やかだ。


69: 2010/04/05(月) 02:49:42.04
美琴は自分の考えの甘さに頭が痛くなった。

御坂「あちゃー…、何処も、人人人…」

花屋のあった通路から正面玄関に行くためには、水の広場を経由して行かなければならない。
水の広場は庭園風の広場で、中心部には噴水があり、天井は吹き抜けの全面ガラス張りだ。
さんさんと太陽光が降り注ぐ広場の周りをぐるっと、多くの飲食店が引き締めいている。

時間はちょうど、お昼。フードコートの一面を持つ水の広場を埋め付くほど、多くの人で賑わっている。

御坂「初めてきたから気付かなかった……。ココってお昼時混むのね」

空いている今のうちにショッピングモールを出るつもりだったのに、と美琴はがっくしと肩を落とした。

御坂「人多すぎでしょ――って痛い!!」

他の客に足を踏まれ、美琴はビックリして大事に抱えた花束をうっかり落としそうになる。

御坂「っ!あっぶなー…」

美琴の足を踏んだのは、美琴よりだいぶ年上で、多分20代の女性だった。
「ごめんな、よそ見してたもんだから、気がつかなかったじゃん」と言って
美琴に軽く頭を下げると、広場の中心部へとそそくさと足早に去って行った。

御坂「ツレの誰かとはぐれたりしたのか……?」

踏まれたことにイライラするが、これだけの人込みでは不慮の事故。
美琴も人の流れに流されてしまい、正面玄関へと進む以外、帰る方法はなさそうだ。

御坂「学生鞄かぶせれば、多少はましでしょ」

美琴は学生鞄で花束を隠すようにもつと、人でぎゅうぎゅうになってる水の広場を進みはじめた。

70: 2010/04/05(月) 03:17:39.33

雑踏の中で揉みくちゃにされながら、十数分経過。
美琴はやっと、水の広場から正面出口へ向かう人の流れに乗ることが出来た。

御坂(ここまで来たからには後は、スムーズね)

なんだが、最期の最後で変な体力使ったぁと美琴は、
このショッピングモールに来るのはしばらくいいかな……と疲れ果てた決意をしてる時、
ふと、美琴とは逆の、正面出口から水の広場に向かう人の流れのほうに身を覚えのある人影が視界に入った。


打ち止め「―――ヨミカワがこっちいるって、ってミサカはミサカは貴方の手をぐいぐいと引っ張てみたりー!!」

一方通行「―――っザけンな! こっちはこの人ごみを杖で歩いてるンだよ!! ひっぱんな、クソガキ」


視界に移ったのは、
キャミソールに似た水色のワンピースの上に、男物の白いシャツを着ている10歳ほどの少女と、
その少女に引きずられるように歩いて行く、白い髪に赤い眼孔をもつ少年の姿。


美琴の思考は、止まった。


72: 2010/04/05(月) 03:23:10.71
予定していた投下以上で終了です。
次回の投下は、早くて明日の朝方になります。
投下する量も今回と同じくらいです……(*_*;
なんとか御坂と打ち止め以外の人がだせてよかったです。

支援してくださった方、大変励みになります。ありがとうございました。
ここまで読んでくださってありがとうございます。

88: 2010/04/06(火) 08:39:54.84
脳裏に焼きつくのは、8月のあの夜。

薄暗い闇夜にも浮かぶ白い髪、白い肌。赤い眼光は鋭く獲物を突き刺していた。
口角を細い三日月のようにあげ、楽しげな笑い声を挙げながら、
『絶対能力進化計画』の名の下で、御坂美琴の量産型軍用クローン『妹達』を10000以上虐頃した学園都市の第一位。

『妹達』に少しの慈悲もかけてくれなかった、凶暴で残忍なその少年の名は、

御坂「ア、クセラ、レータ……?」

あの悪魔のような男の名前を、確認するように美琴は口にする。
刹那、美琴はさぁーっと顔面蒼白になり、膝がガクガクと震えだしその場に立っているのがやっとの状態だ。
ごくり、と喉が鳴った。
足元から指先に至るまでカタカタと震え、うまく力が入らない。

圧倒的な力でねじ伏せられた時の記憶が、美琴の中で鮮明に蘇る。

学園都市の頂点、超能力者の第三位の超電磁砲ですら、
一方通行の圧倒的な力を前に、その膝を簡単に地面へとつけた。

御坂「……ど、して?」

どうして、心の中でその言葉が何度もリピートする。
まさに地獄のような、8月のあの日々は、すでに終わったのでんじゃなかったの?
何故、また美琴の前に、一方通行は姿を現したのだろうか。

2人が美琴の視界に入ったのはほんの一瞬、人の流れに埋もれて、すでにその姿を確認することはできない。

89: 2010/04/06(火) 08:43:08.59
>>修正 

×すでに終わったのでんじゃなかったの?
○すでに終わったんじゃなかったの?

90: 2010/04/06(火) 08:57:59.20

身体の力の抜けてしまった美琴も、人の流れにのまれて、そのまま正面出口へと押されていく。
足早に歩く人々に何度も肩をぶつけられながら、ふらふらと頼りない足元で美琴は歩く。
その瞳の焦点はうまく定まっていない。

しばらくたってから、ふっと、美琴はある事に気がついた。
一歩通行にような少年の隣は、水色のキャミソールに似たワンピースを着た10歳ほどの少女がいた。
つい先ほどまで、美琴と一緒に笑い合っていた少女とその影が重なる。

御坂「――打ち止めっ!!」

正面出口から水の広場へと進む人の流れに向かって、美琴は呼びかける。
「はーい!」という打ち止めの明るい返事は、いくら待っても返ってこない。

御坂「打ち止め、打ち止めァ」

うまく人の流れから逃れることができず、流されるまま美琴は「打ち止め」と少女の名を呼び続ける。
けれども、やはり返事は返ってこなかった。


92: 2010/04/06(火) 09:31:58.61

学園都市のに空はすっかり茜色に染まっていた。
結局あの後、美琴は流されるままに正面出口へと追いやられた。

常盤台女子寮の前を経由するバスに乗ることなく、
美琴はショッピングモールから、とぼとぼと女子寮までの帰り道を歩いている。
同じ第七学区内あるといっても、美琴の寮とショッピングモールまではかなり遠い。
気がつけば、もうすぐで完全下校時刻になる時間だった。

打ち止めが、一方通行の隣にいた。
それなのに、美琴は2人を追いかけなかった。いや、追いかけることができなかった

御坂(ハッ、情けないったらありゃしない)

美琴はもう1度、一方通行と対峙することにを恐れた。
自分でも気付かないうちに、美琴は力のもどった手をギリギリと握りしめる。
両方の手のひらに爪が食い込み、赤い傷跡をつける。

御坂「……、見間違い。なんて都合のいい展開はないか」

あれほどまで憎らしい男の姿を忘れることなど、美琴にはそうそうできない。
白い人影は一歩通行で、隣にいた少女は打ち止めに間違いはないろう。

御坂(打ち止めと一方通行が、一緒にいた。これは事実だ。………アンタがその目で見たんじゃないの、御坂美琴)

あの時の打ち止めを思い返す。

一方通行を見かけた印象が強すぎて薄らとしか見ることができなかったが、
一方通行の隣で、打ち止めは笑っていた。

「お姉様!」と呼びながら美琴にに笑いかけてくれた時と同じ、砂糖菓子のように甘そうな極上の笑顔で。

御坂「……」

胸の奥底に突っかかる引っかかりが、美琴に何かを訴えてきた。

93: 2010/04/06(火) 10:07:21.04
普段は血気盛んな美琴だが、今はそんな気すら起こす元気も体力もなかった。
ただ、そのおかげなのかは分からないが、色々と冷静に考えることができた。

女子寮に向かいながら、美琴は混乱した頭を少しずつ整理していく。
喫茶店に居た時に打ち止めの携帯に電話がかかってきて、
その電話相手の『あの人』の声に、美琴も思い当たる節があったではないか。

御坂(あの捻くれた話し方は、一方通行よね)

と、いうことは。

美琴はどうしてもこの先を考えたくはなかったが、これ以上現実から逃げだすことが許されるはずもなく。

御坂(……と、いうことは。
    打ち止めの想い人っである『あの人』ってのは、一方通行、ってことよね)

その事実に、鈍器で頭を殴られたような感覚に陥る。
一方的に10000人以上の『妹達』を虐頃した一方通行のことを、『妹達』の1人である打ち止めが好いている?
『妹達』にあんなに酷いことしたのに、『妹達』の命を簡単に吐き捨てた奴なのに。

御坂「なんなのよ、もう。 訳わかない」

混乱していた頭を整理しようとしていたはずなのに、余計に美琴の頭の中はほつれない糸のように絡まってしまった。
ふと、歩いている歩道に並ぶようにして立つショッピングビルの窓ガラスに、自分の姿が映っているのが目に入る。

御坂「うっわ、酷い顔。超ブサイクになってるわ」

真っ青になっている美琴の顔は、この世の終わりだ、と主張しているようだった。

御坂「……どうしよ、黒子にこんな顔見せられないわね」

美琴は常盤台中学の後輩で、同時に自分のルームメイトである白井黒子の事を思い出す。
正義感が強くて誰よりも美琴のことを思ってくれる彼女は、
こんな美琴の顔をみれば心配するに決まっている。

一連の件に、大切な後輩を巻き込みたくない。

御坂「このままじゃ、寮にかえれないわね」

美琴は、ショッピングモールに比べ、人通りが余りにも少ない歩道で、1人ぽつりの立ち尽くす。

102: 2010/04/06(火) 11:58:37.45
腰に手をあて、首を左右に動かすとボキボキと鈍い音が鳴った。
ヒュッと息をはくと、美琴は勢いをつけて赤い色の自動販売機に向かって蹴りをかました。

御坂「ちぇいさーっ!」

蹴られた反動で、自動販売機からガコンと缶ジュースが1つ転がり出てきた。
美琴が缶ジュースを手にとって銘柄を確認すると、「緑茶サイダー」というなんとも中途半端なものだった。

御坂「コレ、当たりなのか。外れなのかよくわかんない味ねー」

すごく拍子抜けした味が下に残る。
少し気分を落ち着かせるためにジュースを片手に美琴はベンチに腰かける。
別に、少しでも気分が紛れてくれれば、場所なんてどうでもよかったが、
この自動販売機があるベンチを自然と選んでいるあたりが、美琴自身の弱さを現しているようだった。

御坂(アイツにつっかかるのも大抵ココだったりするけどさぁ……)

ここにくれば、ツンツン頭の少年が、また自分を助けに表れてくるんじゃないか、という願望。

御坂(……多分、今日のことに関しては、私自身でケリをつけないと意味がないのよ)

打ち止めは笑っていたのだ。
あんな心根が真っ直ぐな子が、だ。
打ち止めが一方通行に酷いことをされているなら、あんな風には笑わないだろう。

他の妹達だって、一方通行の傍に打ち止めがいることを問題視していないのだろう。
打ち止めが傷つくようなことがあれば、妹達は自分たちで行動を起こすはずだ。
少し前にあった、『残骸』の一件のように。

御坂(一方通行と『妹達』――打ち止めが、一緒にいることに対して、私がどう思うか、なのよね)

自分はどうしたらいいのか、どうすべきなのか。
美琴はそんなことを考えながら、ベンチから空を仰ぐ。
茜色の空は、雲ひとつなく、茜から紫へときれいなグラデーションを描いている。

104: 2010/04/06(火) 12:20:53.67
ベンチの上に投げ放った学生鞄の上には、ショッピングモールで買った花束が丁寧に置かれている。
人波にもまれて多少持ち手の部分がなよっとしてしまったが、それでも綺麗な形を保ったままだ。
愛らしい向日葵の花がへし折られなかったのは、不幸中の幸いかもしれない。

10032号「これはこれはお姉様。こんなところでたそがれるなんて、何処ぞの青春映画にでも感化されましたか?
     とミサカはアンニュイな空気を漂わせているお姉様に声をかけます」

1人の少女が美琴の目の前に立っており、話しかけてきた。

肩につくくらいの茶髪、整った顔、身につける服は常盤台中学の冬の制服。
美琴と全く同じの外観を持つ、『妹達』の少女だった。
ベンチ座る美琴との違いは、どこかおぼろげで焦点のあわない瞳と、頭に付けているごつごつした暗視ゴーグル。
そして、首元のリボンの下に見え隠れする、オープンハートのネックレス。

御坂「……あんたは確か、アイツの呼ぶところの『御坂妹』?」

10032号「はい。このミサカはあの方から『御坂妹』と妹達の中で唯一、別の呼び名で呼ばれているミサカですが、
     正式に名乗るならば検体番号10032号のミサカです、とミサカは改めてお姉様に自己紹介します」

御坂「……10032号、ね」

この子以降の検体番号をもつ妹達が、アイツに命を助けられた妹達となる。

10032号「そうですが、別にオウム返しすることでもないよな、とミサカは率直な疑問を返します」

御坂「そう?」

10032号「はい」

105: 2010/04/06(火) 12:44:47.78
御坂「あんたこそ、どうしてこんな所にいるの?」

10032号「ついさきほどあの方に偶然会って、
     『今日卵の特売なんだ。おひとり様1パック限定だから、暇なら御坂妹、一緒にきてくれないか?』と
      お願いされてまして。そのスーパーがこの近くだったのです、とミサカはお姉様の疑問に解答します」

御坂「ほう、アイツとスーパーに行ってきたと」

10032号「はい、まるで新婚さんのような気分でした、とミサカは悔しそうなお姉様の顔に優越感を覚えます」

御坂「……ぁんの野郎、今度会ったらどうしてくれようかしら……?」

美琴の前髪から、バチバチと小さな電流が漏れだす。
自分やこの妹達のように、自分の身を顧みず助けた女の子は沢山いるんだろう。
本来ならそれは褒められるべきことなのだが、美琴にはツンツン頭の少年がみさかいがないようにも見えてしまう。

10032号「お姉様電気が漏れています、とミサカはお姉様に告げます。
      それと、顔色が優れないようですが、体調でも崩しているのですか? とミサカは尋ねます」

御坂「……」

『妹達』は一方通行と打ち止めが一緒に居ることを知っているはずだ。
彼女たちには個々の脳波によってリンクさせる、『ミワカネットワーク』で繋がっているのだから、知らないわけがない。
美琴は一瞬、10032号に、一方通行と打ち止めのことを尋ねようかと考えたが、
すんでのところで言葉がのどに引っ掛かり、うまく出てこない。

10032号「お姉様?」

顔を掲げて、心配そうにこちらを見てくる10032号に、
美琴は咄嗟に、部屋に戻った時、白井にいうつもりだった「落ち込んでいる理由』を口にしていた。

御坂「―――ショッピングモールに行ったんだけど、お目当てのものが買えなかったから軽く落ち込んでるだけよ」

10032号「それだけのことでこの世の終わりのような顔して絶望していたのかよ、
     とミサカはミサカの中のお姉様の株を怒涛の勢いで下落していくのを止められません」

御坂「うっさい! ゲコ太の激レアアイテムが、どーしてもほしかったのよ」

106: 2010/04/06(火) 13:08:13.17

10032号「ゲコ太とはお姉様の鞄についているカエルのキャラクターのことですか? とミサカはお姉様に問いかけます」

美琴の右隣、ベンチの上に放置された学生鞄には、緑色のカエルのストラップがついている。
10032号はそのストラップをしげしげと見ながら、美琴に尋ねた。

御坂「これはケロヨンよ、何、アンタまでゲコ太とかケロヨンを知らない訳?」

ゲコ太とかケロヨンはそこまでマイナーなキャラではないはずだ。
美琴と同年代の人なら、名前くらいは知っているものなのに、打ち止めも10032号もまったくしらないらしい。

10032号「ミサカ達はそんな子供っぽいものに興味は持ちませんから、とミサカは知らないことが当然だと返します」

ケロヨンのストラップから美琴へと視線を移した10032号は、美琴のことを鼻で笑った。

御坂「おい。アンタも私のセンスを一刀両断かい」

10032号「アンタ『も』?」

御坂「前に妹達の1人にケロヨンのバッチ見せたら、「いやいやねーだろ」なんて言って、見事にバッサリとっ!」

両手をクワっと広げて、「いかにその時の妹達に即刻即効で否定されたか!」と美琴は主張した。

10032号「……?」

手を組んで、10032号がうぅ~んと唸りながら考え事をしている。

御坂「ちょっと、急に黙り込んでどうしたのよ」

10032号「おかしいですね」

よくわからないといった顔で、10032号は更に言葉を続ける。

10032号「妹達は全ての記憶を共有しているので、他のミサカにケロヨンのグッズを見せているならば、
      本来ならこのミサカにもその記憶があるはずなのに、ミサカにはまったく心当たりがないのです、
      とミサカはミサカネットワークに存在しない妹達の記憶を聞かされ戸惑いを隠しきれません。」

御坂「えーと、よくわんないんだけど、なんかヤバいことなの?」

10032号「いえ、特に問題はないかと思います、とミサカは答えます」

「問題ない」とすぐに判断を下したにも関わらず、10032号は首を傾げてしばらく頭の上にはてなマークを浮かべていた。

109: 2010/04/06(火) 13:47:44.09
10032号「ショッピングモールと言えば、今朝上位個体が
     『新しく出来たばっかりのショッピングモールに出かけるだ、いいでしょ!?ってミサカはミサカは――』と
     聞きたくもない自慢話をミサカネットワークに流しやがりましたね、
とミサカは今思い返しても上位個体の自慢げな笑い声に腹がたちます」

御坂「上位個体?」

10032号「ご存じありませんか?」

御坂「いや、まったく」

10032号「検体番号20001号のミサカ、通称『打ち止め』又は『最終信号』と呼ばれる個体のことです」

御坂「っ!」

まさか、10032号から打ち止めの話題が出るとは思っていなかった美琴は、身体が固まってしまった。

10032号「妹達が形成するミサカネットワークの管理者です。
      まぁ、噛み砕いて簡単にいえば、他の妹達の上司みたいなものです、
      とミサカは説明が面倒なのでざっくりとアバウトに伝えてみます」

さきほどは億劫になってしまい切り出せなかったことを、この妹に聞く良い機会ではないか。
美琴は、はっと息をはいてから、決意をきめ言葉を返す。

御坂「……打ち止めて子と、ショッピングモールで会ったわ」

10032号「そうなんですか? 上位個体からそのような報告はありませんでした、とミサカはお姉様から驚愕の事実を知らされます」

御坂「いきなり後ろからタックル決められて、その後喫茶店に行ってコーラとアイス奢ったのよ」

10032号「わが道を突き進む上位個体らしい振る舞いですね、とミサカは上位個体に対して呆れます」

美琴から打ち止めの天真爛漫な様子を聞いて、頭を抱えて呆れる10032号。
その姿は「自由気ままにふるまう妹を呆れつつ、そこがかわいいんだというよな」と妹を微笑ましげに見つめる姉のようにも見えた。

御坂「その後すぐに別れたんだけど、
   ショッピングモールの帰り際に、チラっと打ち止めを見かけたのよ。それで――」

打ち止めのことを愛しそうに想い浮かべている10032号の顔を、美琴は見ることが出来なかった。
知らず知らずのうちに視線を手に持つ缶ジュースに向ける。



御坂「――それで、打ち止めが白い髪の男と一緒に歩いてたんだけど、アレって誰だったのかな?」



美琴は眉を顰めながら、捲し立てるように言葉を続けた。

125: 2010/04/07(水) 00:38:24.95
美琴は視線を10032号へと向けることが出来ないため、今彼女がどんな顔をしているのかは分からない。
ただ、息を呑むような小さな音が微かに聞こえてきた。
10032号は美琴の問いに口を閉ざし、濁った空気のような沈黙が2人の重く乗しかかる。
しばしの沈黙の後、耐えきれなくなった10032号は口をひらく。

10032号「……っ、そのっ、それは、あの」

美琴に届いた10032号の声は聞いたこちら方が痛くなる程擦れていて、言葉は途絶え途絶えだ。
痛々しい彼女の声を聞き、美琴は伏せていた顔を目の前にたつ妹へと向けた。

眉は限界まで垂れ下がり、視界に美琴を入れないように斜め下を見ている。
両の手はスカートの裾をギュッと握りしめる。
どうすればいいのかわからない、そう彼女は全身で美琴に訴えている。

御坂(……最低ね、今日の私。本当に最低)

今朝、打ち止めに『あの人ってどんな人?』って聞いた時、打ち止めも困ったように眉をしかめたじゃないか。
妹達が美琴に一方通行のことを、知らせたがらない事に、うすうす気付いていただろうに。

御坂(……あの子も、この子も。一方通行のこと、私に言いづらいのか。)

理由は美琴には分からない。
力ずくで根掘り葉ほり聞くのは簡単だ、超電磁砲が欠陥電気に負けるわけがない。

けれど、頑として美琴に一方通行のことを伝えることを躊躇する妹達。
必氏に何かを守るようだ、と美琴は茫然と思った。

彼女たちは一体、何を守っている?

126: 2010/04/07(水) 01:11:08.11
美琴は自分の不甲斐無さに苛立ちを隠せなかった。
今日、何度そんな事で後悔をしているのだろうかと美琴は自分のことを心底恥ずかしいと感じた。
頭が混乱しているからといって、イライラした気持ちを『妹達』にぶつけてなんになる。

御坂(今にでも、この子は泣きだしてしまいそうじゃない。
    ――――私は妹達の悲しい顔がみたいの? 違う、私は。私が見たいのは)

美琴が見たいのは、晴れた空の下で、ハツラツと咲く向日葵のように笑う妹達。

パンっ! と突然鳴った音に、10032号はビクリと肩を動かし、恐る恐る音のしたほうを見た。
美琴の両の頬に、薄らと紅葉型の赤い後が出来ていた。
「ちょっと、強くやり過ぎたかしら」と少し涙目になった美琴がボソリと独り言を言う。

10032号「……え?」

目の前の光景に、いまいち付いていけてない10032号は口をあけ、ポカンとしている。
気合いを入れるため自分で自分の頬をはっ叩いた美琴は、「よし」ともう一度自分の頬を軽く叩くと、10032号の顔を見やった。
今度は10032号の目を真っ直ぐ見る。
美琴が迷っていれば、目の前の少女はもっと困ってしまうのだから。

御坂「ごめん、回りくどいことした。白い髪の男は一方通行だってコト気づいてた」

10032号「っ!」

御坂「アンタの事、試すような聞き方だったよね。本当に、ごめん」

ベンチから立ち上がると、美琴は10032号に頭を下げた。
10032号は美琴の姿にアタフタと手を動かし、慌てたように「頭をあげてください」と美琴に告げる。
美琴が頭をあげて、もう一度10032号のほうを見ると、10032号は安心したような、後悔しているような曖昧な表情をしていた。

10032号「そう、ですか。お姉様は上位個体と一方通行が一緒にいる姿をみたのですね、と
     ミサカはお姉様が言ったこと再度確認するために、同じ内容を繰り返します」

御坂「…うん。2人が一緒にいる所を見た」

「そう、ですか」ともう一度、10032号は小さく呟いた。

128: 2010/04/07(水) 01:55:43.58
10032号「一方通行に関して、色々なコトがあったんです。本当に、沢山。
     ……多くのことがあり過ぎて、ミサカは今お姉様に何を伝えればいいのか正直わかりません」

美琴と10032号は、ベンチに並ぶようにして座っている。
美琴の右側に置かれていた学生鞄はベンチに横に立てかけ、向日葵で出来た小さい花束は美琴の膝の上に置いた。

御坂「打ち止めが一方通行に惚れちゃうくらい、色々あった。ってことね」

既に空になってしまった緑茶サイダーの缶を、美琴は赤い自動販売きの横にあるゴミ箱へと投げる。
綺麗な放物線を描いて、カコンッとゴミ箱の淵に当たって宙を舞ってから、缶はそのままゴミ箱の中へと消えた。

10032号「その通りです、とミサカはそれ以上の上手な言葉で
     お姉様に伝えられない自分の言語能力の低さに歯痒さを感じ唇を噛みます」

御坂「そっか」

軽い沈黙が訪れる。けれども、先ほどのような重さは無い。

10032号「…………何も、聞かないのですか? その、一方通行と妹達に関することを、
     とミサカはミサカに追及してこないお姉様におずおずと尋ねます」

意を決したように、10032号は美琴のほうへと身体を向けた。
それでも、ちょっとだけ垂れ下がる眉が前髪から見え隠れする。

御坂「うーん、そぉねぇ。」

美琴は、頭の中で言葉を選びつつ、ゆっくりと喋り始めた。

御坂「本音を言えば、よ。そりゃ全部知りたい。
    やっぱり理解できないこととか、納得できないことも多いし。
    何よりも、私の頭の中が色んなことでごっちゃになってるしもの」

10032号は美琴の言葉を遮ることなく、最期まで耳を傾ける。

御坂「でも、アンタ達が私にその事を話すことが辛いなら、聞かない」

美琴は思うのだ。自分の心がいかにボロボロになったとしても、
妹達の泣き顔をみる苦痛に比べたら何だというのだ、と。

御坂(――それに、私も……)

美琴はふっと、自分に思い当たる事を思い出し、自虐的な笑みを一瞬浮かべた。

129: 2010/04/07(水) 02:51:39.73

御坂「もっと言うなら、アンタ達が私に話してくれるまで、気長に待つわ」

一生、知らないても良い。なんて偽善を口にはしない。
美琴の知りえない一方通行の他の真実を、美琴自身知らなければならないと感じる。
それがわかるのが、今日か明日か。それとも何年と先になるのかは見当もつかないが。

御坂「そんで、アンタ達が気兼ねなく『話してもいいかな?』って思ってもらえるように私も努力する。
    ……具体的な努力っていうのは、今、ぱっとは思い浮かばないんけどね、情けないことに」

「なんてことしか私には言えないんだけどねぇ、……あははは」と最期は足早に喋り終える。
なんとも中途半端な妥協点だ、自分で提案したものに美琴は頭を頭を抱えた。

御坂(アレね、本当に自分のことは棚に上げて、って感じ。
    偉そうに人のこと言える立場でもないくせに、アンタってずるい奴ね、御坂美琴。)

視線を下げれば、小さい向日葵の花束が視界にを埋める。
生き生きと咲く太陽のような花弁に、小さいながらも精一杯咲き誇る気高さを感じた。

自分がどんなにズルくて最低な人間でも、と美琴は頭の中で続ける。

打ち止めが好きな、打ち止めに似た向日葵。この向日葵のように妹達には太陽の下で笑っていてほしい。
その気持ちだけは、誰にも負けるつもりはない。

美琴の話を黙って聞いていた10032号のほうへと美琴は視線を向けた。

10032号「――――ミサカは、どうしたらいいのでしょうか。とミサカは自分の情けなさに地団太を踏みます。
     ミサカは心に何かが溢れて来るのを感じながら、それに対する対応を知らない自分に嫌気がさします」

焦点の合わない瞳は、妹達の特徴だが、今の10032号の瞳に美琴の姿を映している。
『妹達』元々感情をもたない体細胞クローンであり、つい最近自我を手に入れたばかりだ。
精神的に未成熟な彼女たちには、まだまだ理解できない感情はあまりにも多い。

『妹達』をめぐる問題は山のようにあるのが現状だ。
彼女たちの身体の調整がいつ終わるのか、終わった後どうやって生きていくのか。
彼女たちが沢山のことを学び感じ、もっともっと"自分"を手に入れた時、
自分とまったく同じ容姿をもつ人間が約10000人いる状況をどう受け止め直すのか、それすらもわからない。

御坂「でも、最後にに1個だけ聞きたいかも」

美琴は1つだけ、10032号に尋ねる。

御坂「アンタも、打ち止めも。笑えてる?」

色々な事を考えても、1番重要なのは、そこ。



140: 2010/04/07(水) 23:51:47.94
10032号「はい」

美琴の問いに10032号は迷うことなく言葉を紡ぐ。

10032号「ミサカも打ち止めも、他のミサカ達も」

自分がうっすらと頬笑んでいることを、10032号は気づいているだろうか。

10032号「毎日が楽しくて、たくさんたくさん笑っていますよ、とミサカは全ミサカを代表してお姉様に伝えます」

10032号の言葉を聞いて、美琴は肩の力が抜けたのを自覚する。

美琴「ふふ」

妹達は日々を楽しく笑っている。
それはとても素敵なことで、信じられないほど、とても幸せなこと。
今まで蛇のように自分の心に巻きついていたどす黒い感情を、いまばかりは美琴も忘れさっていた。
打ち止めと話した時のような、いや、それ以上の幸福な気持ちが美琴を満たしていく。


美琴「そっか」


10032号が目を見開く。
イタズラが成功した時のような子どものような、美琴の笑顔が彼女には眩しく見えたのだろう。

141: 2010/04/08(木) 00:35:22.26
御坂(皆、笑ってるなら。それ以上望むなんて、贅沢よ)

美琴が空を仰ぎながら、自分の進むべき道を模索していたが、答えは出た。
誰にも妹達の幸せな日常を壊させないし、美琴自身もその日常を壊すような愚かな行為は慎むべきなのだ。
美琴は「待つ」と決めたのだから、その日まで美琴は待ち続ける。

御坂(一方通行と打ち止めが一緒にいることは理解できないし、納得も簡単にはできないけど)

美琴は『お姉様』だからこそ、『妹達』を見守ることしかできない。
それでいい、と美琴は考える。
理解できなくても納得できなくても、見守ることが出来れば、いつかきっと何かがわかる時が来る。

御坂「さ、この話はここでおしまい」

緊張の糸がほどけた美琴はうーんと身体を伸ばし、立ちあがった。
遠くに見える公園の時計は、完全下校時刻をとっくに過ぎていることを彼女たちに教えていた。

10032号「……すでに、完全下校時刻は過ぎてしまったようです、
      とミサカは『帰りが遅いのは駄目だね』というあのカエル顔の医者の小言が目に浮かびます」

御坂「あらー、本当。私も黒子からうるさいくらいネチネチ言われそうだわ」

142: 2010/04/08(木) 00:36:03.31
10032号「それでは、とミサカはお姉様に別れの挨拶を――」

10032号のしゃべりに美琴が割って入って来た。

御坂「ブッブー。それは不正解です、とミコトはミサカの間違いを指摘します。
     こういう場合、『またね』が模範解答です、とミコトはミサカに示唆します」

10032号「これはなんの真似ですか? とミサカはお姉様のドへたくそな演技に失笑します」

御坂「なによー。似てないの?」

10032号「まぁ及第点をあげなくないです、とミサカは甘いジャッジを下してあげます」

御坂「まぁ、今日のところはそんなとこで、満足しますか」

美琴はにししっとにやりとすると、「またまねする気満々ですかコイツ……」と10032号はそんな美琴に呆れるようにため息をついた。
美琴がベンチに立てかけていた学生鞄を手に取る。鞄の淵にくくりつけられているケロヨンのストラップが左右にゆれた。

御坂「それじゃぁ、またね。『御坂妹』」

10032号「『御坂妹』はあの人だけの呼び名ですから、呼ぶんじゃねーよお姉様、とミサカは辛口で返します。」

御坂「……本当に、あの野郎は何人の女をたらしこめば気が済むのよ……っっ!?」

美琴がブツブツと小さな声でツンツン頭の少年への愚痴が止めどなく流れ出てくる。
「……っ! なんか急に上条さんの背筋が凍るんですけど何故?」なんてこことは別の場所で震えている少年がいたとか、いないとか。

10032号「ミサカを示す名前は検体番号10032号です、とミサカはお姉様にもう一度申告します」

美琴「はいはい。それじゃあ、またね10032号のミサカ」

片手を軽く上げると、美琴は歩き始める。

10032号「それでは、また。とミサカはお姉様の御見送りをします」

御坂美琴とまったく同じ容姿をもつ、御坂美琴とはまったく異なる少女は、
彼女のお姉様の背中が見えなくなった後も、しばらく彼女のお姉様がさっていった方を無言で見つめていた。


144: 2010/04/08(木) 01:26:12.65
日が暮れ始め、辺りは薄らと暗くなってきた。美琴は常盤台中学の女子寮へと足早に向かっていた。
本来なら全速力で駆けたいところだが、右手で学生鞄をぶら下げ、左手は抱きかかえるようにして向日葵の花束を持っている。
両手が塞がれている以上、早歩きですれ違う人を縫うようにして歩いていくしかない。

御坂(あーもう、学生寮行きのバスは既に最終便が終わってるし)

祝日の夜の街には、俄かに夜の不陰気に高揚している学生たちが顔を出し始めている。
ただでさて常盤台の制服を着ているだけで目立つのに、
彼女の整った愛らしい容姿、モデルのようなすらっとした手足が更に行きかう人の視線を攫う。

御坂(ジロジロ見ないでほしいわ、本当に。ウザったいったらありゃしない。)

周囲の視線が美琴にくぎ付けになるのはいつものことだが、
人通りの多い夜の繁華街は普段とは明らかに毛色の違う視線がねっとりと絡んでくるのだ。
むーっと口をへの字に曲げて、ピクピクとこめかみが動くのを我慢するが、
美琴の全身からは「近づくんじゃねーぞ、野郎共」という拒絶オーラがにじみ出ている。
そんな美琴の雰囲気に大抵の男は近づく前に気後れして去っていくものだが、それでも美琴に挑戦してくる馬鹿な男もいるのだ。

海原「これは御坂さん、お久しぶりです」

美琴の目の前にたって、美琴に笑顔で話しかけてくるこの男もその1人。

153: 2010/04/11(日) 02:50:39.31
美琴に声をかけてきた男の名は海原光貴という。
その外見はなかなかのイケメンで、背も高く清潔感のある好青年という感じだ。
今も汚れひとつないスーツで身を固め、ニコニコと爽やかオーラ全開で美琴に微笑みかけている。

御坂「お、お久しぶりです…。海原さん」

美琴は海原の存在を確認すると、頬を引きつらせながら挨拶を返した。
ここは波風を立てずに上手に気に抜けるしかない、と美琴は引きつった笑顔で考えている。

御坂(『お断り』した後に会うのって、はじめてなのよねー…。気まずい。気まず過ぎる)

夏休み最終日。
以前から美琴に熱烈なアプローチをしてきた海原に、はっきりとその好意を拒否した。
夏休み最終日にあった騒ぎで救急車で搬送され、病室で意識を取り戻した彼にきっぱりと伝えた。
「貴方の気持ちは嬉しいけれど、他に気になる人がいるから、ごめんなさい」、と『お断り』の一言を。

御坂(んで、今後は『1人のお友達として普通に仲良くしましょー』ってなったけどさ)

基本的には良い人なんだろう、と美琴は素直に思う。
能力を使ってテストのカンニングをするといった短所はいただけないが、悪い人ではない。
ゆっくりと時間をかけていけば、友人になることはできるだろう。

ただ、彼が異性の男性として恋愛の対象になるかは、また別の話だったのだ。

154: 2010/04/11(日) 02:51:11.83

御坂「え、えーっと! 奇遇ですね? こんなところで」

友達になりましょう、といっても。
あの日に海原を振ってから、彼とは今の今まで連絡すら取っていなかった。
「ごめんなさい」と振った男にどういう態度をとればいいのかまったく分からず、美琴はしどろもどろになってしまった。

海原「そんなに固くならないでください。楽に行きましょう、楽に」

少し困ったような情けない笑顔で、海原は美琴の挙動不審な態度を見ている。
あたふたしている美琴の様子は、「貴方に会って正直困ってます」と相手に暴露しているようなものだった。

海原「貴方の事は諦めると決めた以上は、貴方の迷惑になることはしません」

海原はそんな美琴の行動に眉間にしわを寄せることもなく、笑顔を崩さずに美琴に話しかける。

御坂「――あ」

海原「『友達』なのですから、無理な気遣いは結構ですよ? それも御坂さんの優しさだとは存じてますが」

御坂「あの、海原さん。ごめんなさ――」

海原「『ごめんなさい』は要りません」

海原はそこで一旦言葉を切り、一瞬何かを思案した後、更に言葉を続ける。

海原「色んなことを含めて、御坂さんは御坂さんらしく、堂々としていればいいのですよ」

そのほうが僕も気楽にできます、と海原は「気にしないで」という意味も込めて手をひらひらとさせた。
海原の気遣いに、美琴は強張っていた身体の力がすっと抜けていくのがわかった。
「ごめんなさい」が要らないのなら、彼に言うべきことは、

御坂「うん、ありがとう。海原さん」

海原「いえ、それほどでも」

歯が浮くような存在感、キラキラとした胡散臭い空気。
海原光貴のどれをとっても、背中がむず痒くなってしまう。
なんて、彼を苦手に思ってた過去の自分が聞いたら驚くかもしれないが、美琴は素直に思った。

御坂(本当に友達になれたらいいな、海原さんと)

155: 2010/04/11(日) 02:52:09.79
御坂「マジで!? 『ゲコ太vsケロヨン最期の血戦~ピョン子の心は誰のもの~』がついに映画化……!!」

海原「みたいですね。映画館でパンフレットみかけましたから」

御坂「楽しみ過ぎるわっ! あれ、今って映画館の帰りだったり?」

海原「ええ、そうですよ」

なんやかんやで、2人が立ち話を始めてから数分。
美琴の鞄から機械的な電話の着信音が聞こえてきた。

御坂「私の携帯みたい、ちょっとごめんなさい」

海原に一言断りを入れてから、彼との会話を一時中断して美琴は学生鞄から携帯を取り出すと、脇で鞄をはさんで支える。
機械的な着信音を鳴らしながら、ブーブーと小刻みに振動している携帯の液晶画面を見てみれば、
【着信:白井黒子】と美琴の後輩の名前が表示されていた。

御坂「しまった! 黒子からか」

【着信:白井黒子】の右上に表記されている携帯の時計を確認すれば、
完全下校時刻どころか、このままでは常盤台女子寮の門限すら過ぎてしまいそうだった。

御坂「やっば、門限!!」

海原「あ。寮の門限ギリギリですか? 足止めさせてしまってすみません」

御坂「いえ、大丈夫です! 近道を走って行けばまだ間に合うから!」

海原「寮までお送りしましょうか? もう夜遅いですし」

御坂「へーきへーき。私は超電磁砲よ? 大抵の輩は返り打ちできるもの」

今まで美琴が返り打ちに出来なかったのは、
ツンツン頭の少年と、嫌味なほどシミ一つない白い肌と白い髪をもつ少年くらいなものだ。

156: 2010/04/11(日) 02:53:04.93
海原「うーん。大能力者の自分だと、逆に足手まといになりますね」

御坂「足手まといなんて思わないけど、やっぱり悪いから」

携帯は機械的な着信音を鳴らしながら美琴の手の中でブーブーと振動し続けている。

御坂「それじゃ、もう行きますね」

海原「はい、お気をつけて」

海原が来た方向とは逆、元々歩いていた方向へと美琴は駆けだそうとしたが、
その足を止めると、くるりと海原のほうへと振り返った。

御坂「『私らしく、堂々としてろ』って言ってくれてありがとう。」

今日は昼からなんだが自分らしくない行動が続く美琴には、彼のその何気ない言葉が嬉しかった。

御坂「海原さん。『またね』!!」

10032号にも言ったが「それじゃあ、さようなら」は不正解。
その人が大切なら、その人とまた笑顔で笑い合いと願うなら、「それじゃあ、また明日」が正解。

打ち止めとも、10032号とも、妹達とも、ツンツン頭の少年とも、目の前の海原とも。
美琴はまた会いたいと心の底から思うから、「またね」と言って御坂美琴は去っていく。

それじゃあ、また明日。また明日、会いましょう。

そんな美琴の願いを知ってか知らずか、
美琴の別れ際の挨拶に海原も笑顔で「またお会いしましょう」と手を振った。

167: 2010/04/11(日) 20:40:13.89
御坂(今は、7時45分くらい。門限が8時20分だから。う~ん、なんとかギリギリセーフかな?)

prrrrrrrr、prrrrrrrr。携帯の音は鳴り続ける。

御坂(何はともあれ、電話に出ることが先決よね)

2つ折りの携帯をパカッと手首の勢いだけでパカッと開くと、美琴は通話ボタンを押して携帯を耳へと押し当てた。
脇で抱えてるままではバランスが悪いため、学生鞄を左手で持ち替える。
向日葵の花束は抱えたままだ。

御坂「もしもし」

白井『あ、お姉様? 黒子ですの。携帯に出られるのが遅くて心配しましたの』

御坂「ごめーん! すぐに携帯に出れる状況じゃなかったもんだから」

白井『シャワーかなにか? ということは、今のお姉様のお姿は、火照った身体にバスタオル1枚……ゲッヘッヘグフゥ』

荒い鼻息が電話越しにこちらにまで聞こえてくる。
後輩からの電話あるはずなのに、変質者からのイタズラ電話に出ているような気分だ。
一応白井も、花も恥じらう女子中学生なのだから、頼むからもう少しオブラートに包んでほしい。
かの少女はあまりにも自分の気持ちというか、自分の性癖に正直すぎやしないだろうか。

御坂『よかったわねー黒子? 電話越しじゃ雷撃の槍は届かないものね? 
    いやー、今日の星座占い見逃したけどさ、アンタの星座が一位確定っぽいわよー?』

ひゅっと息を吸ったような音が微かに耳に届く。
カタカタと震える音も聞こえるが、白井の携帯を持つ手が震えているかもしれない。

白井『……い、いやですわ、お姉様。た、ただの冗談ですのっ!』

美琴「ふ~ん。ならいいけど。――ていうか、黒子。寮に居ないの?」

白井『第一七七支部で現在進行形で缶詰状態ですのー、面倒ですのー』

ぐてーっと机の上で身体をだらけている白井の姿が美琴の脳裏に浮かぶ。

御坂「風紀委員の仕事?」

白井『書類がどうしても片付かなくて。今夜は完璧、徹夜でデスクワーク決行ですの。
    こんなデスクワークさっさと片付けて、黒子はお姉様との甘美で魅惑的な夜に浸りたいですのに!!』

御坂「謹んで遠慮しとくわ」

168: 2010/04/11(日) 20:44:40.87
初春『溜まりに溜まった始末書が片付かないのは、白井さんの自業自得だと思いますけどー』

御坂「初春さん?」

携帯電話の向こうから、白井と同じく第一七七支部で風紀委員をしている初春飾利の声が聞こえてきた。

白井『お黙りなさい、初春!!』

初春『ちょ、白井さん! 痛い!』

ギャーギャーと電話の向こうが騒がしい。
美琴は女子寮への帰路を急ぎながら、白井と初春のやり取りをしばし黙って聞いていた。

白井『うーいーはーる~? お姉様に余計な事を言わなくて結構ですのよ!?』

初春『キャーっ!! ちょ、白井さん! むしらないで、花をむしらないでくださいーーっ!!』

御坂(……え?)

初春飾利はいつも頭に、満開に咲き誇るヘアバンド状の花飾りを身につけている。
遠くからだと頭に花瓶を乗せているように見える、初春のトレードマーク。

御坂(……もしかして。あの花飾りの花を……?)

「むしらないでー」という初春の悲鳴が続く。
初春があまりにも可哀そうに思えてきて、美琴はついに口を開くことにした。

御坂「………………後ろのほうから、初春さんの悲鳴が聞こえてくるんだけど?」

白井『聞き間違いではないですの、お姉様?』

御坂「……えぇー」

返ってきた白井の声は何処か晴々としているのは気のせいだろうか?

171: 2010/04/11(日) 21:14:24.10
海原と分かれた場所から、近道である入り組んだ繁華街の路地裏を小走りで進んでいたが、
ようやく人や車の通りが多い、常盤台女子寮へと続く大きな道路へと美琴は出ることが出来た。

白井『とまぁ、そういうわけで、今夜は寮には戻れませんの。
    すでに寮監には風紀委員活動による外泊の連絡はしておりますので、ご安心を。
    お姉様にもご連絡をと思いまして、電話をかけた次第ですわ』

御坂「りょーかい」

白井『ところで、お姉様。車の通る音が聞こえてきますけど、外出中ですの? 完全下校時刻はとうに過ぎてますのに。
   ハッ! もしや、例の殿方と2人きりでデート……? あ、あんの、類人猿がア"ァァァァァッッ!!!』

可憐な見た目とはギャップがある白井のハスキーボイスが、
濁点を交えたドスの聞いた叫び声となって美琴の鼓膜を貫いた。
美琴は思わず携帯を耳から離す。

御坂「違うわよっ!!!」

耳がキンキンして痛い。
携帯を顔の正面に持ってきて、美琴も白井に負けないくらいの大声で叫び返した。

白井『―――いっ!!』

打ち止めにしろ、白井にしろ、どうしてそっちのほうへと物事を考えるのか、美琴には頭が痛くなった。

172: 2010/04/11(日) 21:14:53.30

御坂「最近、第七学区に新しいショッピングモールできたでしょ? そこに行ってたのよ」

白井『ハァハァ…、そ、そうでしたの、何か良い物は買えまして?』

今日ショッピングモールで買えたもの。
朝から気合いを入れて買いに行った、学園都市限定・恋愛成就のゲコ太お守りは、手に入らずじまい。
美琴は左手で抱えている小さい向日葵の花束に視線を落とす。

御坂「結局、買ったのは向日葵の花束だけね」

白井『あら、今日も花をお買いに?』

御坂「うん」

白井『確か昨日は、学びの園内のフラワーショップで紫苑をお買いになってましたわよね?』

紫苑とは8月~10月に咲く多年草のことをいう。
薄い紫の花が咲くのだが、その姿はコスモスに少し似ているかもしれない。

御坂「今日はショッピングモールで買ったの。向日葵よ」

白井『まあ、向日葵ですか。お部屋に飾るのでしょう? 寮に帰る時の楽しみが増えましたの』

常盤台、というより学びの園はいつも、季節の花に囲まれている場所だ。
いつもの季節折々の花々もいいが、季節外れの向日葵に白井の心は躍ったようだ。

白井『とっくに完全下校時刻は過ぎていますので、早めに学生寮に御戻りくださいね、お姉様』

御坂「はーい、じゃあ仕事がんばってね。初春さんにもよろしく伝えといてー」

白井『それではお休みなさいませ、お姉様』

御坂「うん、おやすみ」

173: 2010/04/11(日) 21:43:44.26
「それじゃあ、また明日ね」と言って美琴は白井からの電話を切った。

御坂(風紀委員の支部にずっと居たのか……)

白井に心配をかけまいと続けた寄り道は、その役割をまったく果たさないで終わった形だ。

御坂(より道が、意味が無かったとは思わないけど)

ショッピングモールからの寄り道で、10032号と会い、海原と会った。
欲しいものは手に入らなかったが、その前には初めて20001号、打ち止めと会うこともできた。

――― 一方通行、にも会った。

御坂(良いことも、嬉しいことも多い1日だったけど、それと同じくらい悪いことも凹むことも多い1日だったわ)

大きい道を真っ直ぐ歩けば、少しずつ常盤台の学生寮が見えてくる。
学生寮までもう少し。

176: 2010/04/11(日) 22:17:07.33

御坂「……つかれたっ」

学生寮の自室のドアを開いた瞬間、美琴はどっと押し寄せてきた疲れに耐えきれず声に漏れた。

美琴の顔は夕方、ファッションビルの窓ガラスに映った顔よりは、幾分生気が戻っているが、
テーブルの上に置かれている鏡をのぞき込めば、目元に薄らとクマのような出来ているので、
やはり白井が今日、寮いないのは美琴にとって好都合だったようだ。

御坂(やっぱ超ブサイク……)

本当に今日は朝から色々なコトがあり過ぎて、美琴の体力はとうに限界だ。

御坂(今日はとりあえず、もう寝よう)

手に持っていたものをテーブルの上に置くと、美琴は少し乱暴な手つきで制服を脱ぎ始めた。
身体が鉛のように重たくて、今すぐそのままの格好でベットにダイブしたい衝動にかられるが、
かたっくるしいブレザーで寝ると、絶対に夜中目が覚める。
面倒くさいが、ぐっすり眠りたい美琴は嫌々ながら、ブレザー、その下に着込んでいる防寒用のベストを脱ぐ。

首元のリボンのストライプを取り、チェックのプリーツスカートに手を付けた時、
テーブルの上に学生鞄と一緒に置かれている小さい向日葵の花束を何気なく視界が捉えた。

御坂「あっ、向日葵……」

鮮やかな黄色の花束を朦朧とした脳が認識すると、急に襲ってきた疲れと眠気が奥に引っ込んでいく。

御坂「うっわ、私やっぱ馬鹿だわ。これ飾らないと、1日が終わらないってね」

ベットの奥、部屋の窓側に置かれている本棚のほうに首を向ける。
天井に接触するほど高い本棚の中段、ちょうど窓から太陽の光が入る位置に何種類もの花が並んでいた。
ガラスで出来たシンプルでいて可愛らしい花瓶に入けられた花々の中には、薄い紫の花を咲かす紫苑の姿もある。


177: 2010/04/11(日) 22:55:42.00

美琴はまだ花が活けられていない花瓶と向日葵の花束を持って、近くの水場へと足を運んだ。
学生寮の各階に水場が設置されており、室内に付属している洗面台など以外を使う場合は大抵ここで済ます。
ルームメイトに部屋付属のバスルームや洗面台を占領されていまったであろう女子生徒が数名、
その水場で洗顔や食後の歯磨きなどに勤しんでいる。

御坂(花束のまま飾っても良かったんだけど、やっぱ水につけてあげたほうがいいでしょ)

花束のリボンを外し、小さめの花瓶の高さに会うように、花の茎を1~2cmほど切りそろえていく。
パチンパチンと一本一本丁寧に作業していると、少し離れたところで歯を磨いていた同学年の友人が話しかけてきた。

友人「御坂。アンタの中ではまだお花ブームが到来中かー。毎日せっせと花の世話して大変じゃない?」

御坂「おーい今の台詞は聞き捨てならんぞ園芸部」

友人「園芸部っつても、私は育てるのは野菜に果物。食べれるものじゃないと、やる気が起きない!」

御坂「…………その食い意地、アンタは何処かのちびっこシスターですかぁ?」

常盤台のお嬢様には珍しい1にも2にも「食べ物、食べ物」と言い張る友人に、
ツンツン頭の隣に、いつの間にか当たり前のように居る、銀髪の食いしん坊シスターを思い出す美琴。

御坂(そーいえば。何回も食べ物恵んでんのに、いまだ人のこと『短髪』なんて呼ぶのよねー、あの恩知らず)

将を得んと欲すればなんとやら。
まずは馬という名のシスターの心を得ようとする美琴の姑息な真似を、銀髪シスターにはお見通しなのかも。

友人「シスター? 誰よ、それ。十字教徒の知りあいなんていないんだけど……」

御坂「あー、なんでもない。こっちの話」

園芸部の友人に「気にしないで」と言ってパチンと鋏を動かすと、美琴はすべての向日葵の長さを揃え終えることが出来た。
花瓶に適量の水を入れると、いそいそと切りそろえた向日葵を花瓶へと活け始める。

友人「きれいなモンね」

御坂「でしょ?」

薄らと透明なブルーのガラスで出来たガラス瓶に、鮮やかな黄色い向日葵の合わせはとても映える。

友人「でも、まさしく『夏!!!』って感じで、季節感ゼロ。う~ん、惜しいわね」

御坂「これはコレでいいのよ。向日葵は夏の花なんだから」

179: 2010/04/11(日) 23:14:23.08
向日葵を全て花瓶に活け終わる。
透明なブルーの花瓶にびっしり活けられきれいに咲く向日葵を見て、美琴は満足げに「うん」と頷いた。

御坂「よし、完成」

友人「にしても、本当にお花ブームは続くねー。夏休みの途中からじゃない?」

御坂「そう、だっけ?」

美琴はずっと向日葵へと視線を向けているため、友人から美琴の表情は見えない。
友人は特に美琴の様子を気にもかけず、話を続ける。

友人「ほんと、よく飽きないよね。毎日のように花を買って部屋で活けてるんだもん。 
    最近じゃ、華道部の子らがアンタの勧誘を本気で考えてるっぽいよー」

御坂「ふ~ん、そ。私は部屋に戻るわ。また教室でねー」

友人「あいよー。明日の五限目の経済学当たる予定なんで、昼休みにでも教えてくれると助かる」

御坂「はいはい、仕方ないわね」

「頼むわー」と美琴は背中のほうから聞こえてくる友人の声に片手を軽く上げた。
ひらひらと片手をゆらすだけで、美琴が後ろを振り返ることはなかった。


181: 2010/04/11(日) 23:27:56.74
今回の予定していた投下が終りました。
少し予定より早い時間ですが明日は早いのでお許しください。
なんとか御坂が寮に帰るとこまで進みました。次回は1日飛んで火曜にお邪魔します。

ここまで支援くださった方、コメント下さった方ありがとう御座います。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。

192: 2010/04/15(木) 21:21:20.05

ドアが閉まる音が、静寂に包まれている部屋の中に木霊する。
美琴は迷うことなく、いくつもの花を飾っている本棚へと向かった。

正面から見て左から右いくほど、新しく飾った花が生き生きと咲いている。
昨日飾った紫苑の右側には多少スペースが空いており、そこに先ほど活けたばかりの向日葵をそっと置いた。

御坂「こう改めて見てみると、色も形も大きさも全部バラバラね」

儚げな薄紫、輝く黄色、淡い桃色、神秘的な白色。美琴の本棚には、色鮮やかな大小様々な花が咲き誇っている。
これらの花々がこうして仲良く並んで一緒に咲く姿は、今日この日だけだろう。
美琴が毎日手に入れる花に共通性はない。色も、形も、香りも、大きさも、てんでバラバラなのだ。

御坂「今日はね、向日葵にしてみたのよ」

ルームメイトの白井も居ないのに、美琴はぽつりと誰かに話しかけ始めた。

御坂「検体番号20001号、打ち止めっていう妹達に会ってね」

ショッピングモールで出会った、打ち止めは「向日葵が好き」だと眩しい笑顔で教えてくれた。

御坂「その子の好きな花が、向日葵なんだって」

「向日葵がすごく似合う子だった」と打ち止めのことを思い出し、美琴は微笑む。
部屋に花を飾るようになって、美琴は今日初めて「この花にしよう」と決めて花を買い、部屋に飾った。
打ち止めが好きだと言った、向日葵の花。

御坂「その後に、アイツに『御坂妹』って呼ばれてる、妹達の10032号にも会ったわ」

10032号の好きな花は何だろうか。
今日は聞くことが出来なったが、きっといずれ聞く機会はあるはずだ。
次に会った時に「10032号はどんな花が好き?」と聞けばきっと知ることが出来る。

けれど、

御坂「……アンタ達の好きな花は何?」

けれど、美琴の切実な問いの答えは一生返ってくることはない。

193: 2010/04/15(木) 21:22:05.17
学生寮の私室にこうやって花を飾る習慣が美琴に出来たのは、8月21日から少し日たった頃からだ。
『絶対能力進化計画』にまつわる一連の騒動が終わり少し落ち着きを取り戻した頃、
美琴は改めて、今後、自分は『妹達』とどう関わっていけばいいのかと考えた。

そして、ある1つの現実を、美琴は改めて突き付けられた。

10032号『正式に名乗るならば検体番号10032号のミサカです、とミサカは改めてお姉様に自己紹介します』

『あの夜』、ツンツン頭の少年が命がけで助け出してくれた妹のことを美琴は思い出す。
一方通行を倒して、彼女以降の妹達全員がツンツン頭の少年にその命を助けられた。
それ以前の、10031号までの妹達は、すでにこの世界の片隅にも存在しない。

御坂(――10031番目までの妹達とは、もう、会うことも、できない。)

どんなに美琴が切望しても、絶対に叶うことのない非情な現実。

御坂(――私は10031番目までの妹達の好んだ花でさえ、知ることができない)

御坂(――ねぇ、アンタ達の好きな花は何なの?)

返事がないことなど美琴だってわかっている。けれども、心の中で何度この言葉を繰り返しただろうか。
彼女たちの好きな花がわからないから、美琴は毎日違う花を買って来る。
違う花を買い続ければ、いつか彼女たちの1人でも、好んだ花を飾ることができるかもしれないと思ったからだ。

10032番目の妹達とは、これから少しづつお互いに歩み寄れる可能性は十分ある。
美琴はそのための努力を惜しむつもりはないし、彼女たちが望むことは出来るだけ叶えてやりたい。

しかし、今は、妹達は身体の調整が1番大切なことだ。
余計なことをして彼女たちの心労になりたくないという面もあり、自発的に会うことは極力控えていた。

御坂(なんというか、自然の赴くがままにまかせている現状は、情けないもんよね)

妹達のことをどんなに大切に想っていても、どんなに大事だと感じていても。
妹達との距離感を中々うまく掴めず、美琴自身も戸惑っている最中だった。
こればかりはそう容易く運ぶことではない。

195: 2010/04/15(木) 21:22:33.03
御坂(――それでも)

それでも、10032番目以降の妹達とは、これから少しづつお互いに歩み寄れる可能性は十分ある。
10032番目以降の妹達とはこれから、おしゃべりをしたりして、彼女たちのことを知れる。
日に日に其々の個性を開花させていく姿を見守ることができる。

今日だって、打ち止めと10032号のことをたくさん知ることが出来た。

御坂(打ち止めは天真爛漫でたくさんに笑う子で、意外と食いしん坊。好きな花は向日葵。
     歳の割りにマセてて、『あの人』のことが―― 一方通行のことが好き。心底惚れてるって感じね)

打ち止めは他の妹達より幼いからか、喜怒哀楽がはっきりしてて、よく笑う子だった。
「あの人」が好きなのだと告げた打ち止めの姿は、とても愛らしくて、輝いてみえたのは確かなのだ。

御坂(10032号はときどきキツイことを言ったりするけど、打ち止めのことを話す時は『お姉さん』の顔をしてた。
    『御坂妹』はアイツだけの呼び名ってこだわってたし、多分、私のライバルになるのかな?)

いつだか、美琴に得意げに見せてきたオープンハートのネックレスを、大事そうにつけていた10032号。
尊大な態度をしているように見えるが、凄く優しい子だということを美琴は知っている。

2人のことをたくさん知った今日。
明日もきっと誰かのことを知れる。



―――じゃあ、10031番目までの妹達のことは?

―――美琴に彼女たちのことについて知る術は残されていない。

196: 2010/04/15(木) 21:23:32.83
『絶対能力進化計画』に関する機関や情報はすべて破棄されている。
美琴がどんなに超電磁砲としての能力を行使しても、
彼女たちの好きな人や、好きな花を知ることが出来なければ、彼女たちの最期の場所も、最期の時も知ることはできない。

御坂「何が超電磁砲よ。何が超能力者よ」

御坂美琴は、あまりにも無力だ。何も出来ないし、何も出来なかった。

御坂「……私は、本当に情けなくて、馬鹿な奴なのよ」

心から漏れた美琴の呟きを聞いても、花々の輝きは濁らない。

昨日は何番目の妹の命日だったのだろうか?
今日は何番目の妹の命日なのだろうか?
明日は何番目の妹の命日になるのだろうか?

恨み言1つ言えずに亡くなっていった妹達のために、美琴が今出来る精一杯のことは、彼女たちの冥福を祈ることだけ。

しかし、美琴は彼女たちの命日も知らないし、彼女たちには墓石もなかった。
せめて彼女たちの好きな花を飾って、それが少しでも彼女たちの慰めになればいいと、
美琴は自分の私室に手探りにも、様々な花を毎日、毎日、飾り続ける。

自己満足の行動に過ぎないとしても、美琴は花に小さな願いを託す。

御坂(せめて、せめてあの子たちが、安らかな夢をみて眠れますように)

198: 2010/04/15(木) 21:26:21.80

花々の前に背筋をまっすぐにして立つ美琴の背中は、とても小さかった。
その瞳に涙こそ浮かべないものの、今にでも崩れてしまいそうなくらい脆く見える。

御坂「……?」

部屋の窓はまだカーテンが閉められておらず、微かな月光が部屋の中に届いている。
月光に気がついた美琴は、窓を開けて外の様子を伺った。

雲ひとつない空は遠くまでずっと星の絨毯が続いていて、空気は何処までも澄んでいて風もない。
まさに、『実験』が終わった『あの夜』がそのまま美琴の目の前に広がっているように思えた。

御坂「――冷たっ」

しかし、頬に感じる寒さが秋の哀愁を感じさせ、『あの夜』との違いをこれでもかと美琴に突き刺す。
気がつけば、季節は秋へと流れていた。
あれから、『残骸』の一件があり、大覇星祭もあった。
つい先日もツンツン頭の少年のために、美琴は、銃を片手に持った警備員とよく似た格好をした数十人の武装集団とドンパチをかました。
今はすぐそこまで近づいている一端覧祭の準備で、学園都市全体が浮足立っている。

御坂「もう、秋なのよね」

目まぐるしい日々を過ごしながらも、美琴の心は『あの夜』から立ち尽くしたまま。

もう会うことも分かりあうことも出来ない、10031番目までの妹達。
彼女たちの中で唯一、美琴と一緒の時間を過ごした個体がいた。

8月15日。忘れもしない第9982次実験があった日だ。
その日、美琴が初めて妹達の1人に会って、実験の内容を知って、一方通行に無残にも敗れた。
一緒に猫とじゃれて、一緒にアイスを食べたあの子の名前は、検体番号9982号のミサカ。

御坂(……9982番目の、私の妹)

200: 2010/04/15(木) 22:19:37.23
美琴の瞼の裏に今でもずっと焼き付いている、初めて出会った妹達。

御坂(最初は警戒してたはずなのに、何時の間にかあの子のペースになってて……)

木の上で立ちつくしていた子猫を一緒に助けて、
ギャーギャーと騒いでいたらアイス屋の男の人に一緒にアイスを奢ってもらって、
なんだかんだで、そのまま一緒に喫茶店に行って、ファーストフード店に行って、
せっかく手に入れたケロヨンの缶バッチを取り合って―――

9982号『いやいやねーだろ、とミサカはミサカの素体のお子様センスに愕然とします』

美琴が9982号試しに付けてみたケロヨンの缶バッチを見て、彼女がため息とともにつげた感想。

御坂(……あっ)

「いやいやねーだろ」とキッパリと美琴のお子様センスを一刀両断したのは、9982号だ。

御坂(――どうして、私はその事を軽く流してたんだろう)

それも、9982号との大切な想い出の一欠けらのはずなのに。
8月15日。その日は膨大なコトが美琴の身に一気に降りかかってきた。
学園都市に渦巻く暗闇に触れ、今まで築き上げてきた「自分だけの現実」すらもいとも簡単に打ち砕かれ、
自分の中のドロドロした感情に埋もれてしまいそうだった美琴に、
その日の出来事の1つや2つが曖昧になってしまったとしても不思議ではない。

御坂(思い出せて、良かった)

また1つ、美琴の中に妹達の記憶が増えていく。
それが砂のように小さいものであっても、その砂は夜空の星よりも美琴の心を照らしてくれる。

ケロヨンの記憶を持っていたのは、打ち止めでなく、10032号でもなく、9982号だった。

10032号『――ミサカはミサカネットワークに存在しない妹達の記憶を聞かされ戸惑いを隠しきれません』

夕方、公園で「ケロヨン」についての記憶は持っていないと10032号は言っていた。

美琴は『ミサカネットワーク』というシステムの概要をいまいち理解していないが、
「妹達のもつ情報や記憶がネットワークを通して共有されている」ということは知っている。
妹達の上位個体である打ち止めもゲコ太のことを知らなかったし、
ケロヨンのストラップをが視界にあっても特に反応があったとは思えない。

御坂(打ち止めも知らないってことは、本当にミサカネットワークにその記憶がないってことだ)

どうして、ケロヨンの記憶を9982号だけしか持っていないのだろう。
もしかして、ミサカネットワークというのは現存している妹達たちの情報しか扱えないだろうか。
10031番目までの妹達の記憶は、「無い」ものになっているのかもしれない。

美琴はよくわからないミサカネットワークについて考えた。
御坂(もし、考えたことが本当だとしたら―――、)

10031番目までの彼女たちの記憶を10032番目以降妹達が知らない。その事が美琴にはとってとても寂しく感じられた。

207: 2010/04/15(木) 23:55:21.02

たとえ、10032号から20001号までの妹達が知らなくても。

御坂(私は知ってるよ)

あの日。9982号が帰ると思っていた計画の関連施設を突き止めるため、美琴は9982号の後をつけた。
慣れ合う気なんてなかったのにいつの間にか、
美琴は9982号と一緒に猫を助けて、アイスやハンバーガーを食べて、紅茶の美味しい喫茶店に行っていた。

9982号「お姉様に近づくためにももっと不摂生しなくては!!」

ぐっと握りこぶしを作って、意味不明な決意をしたり、

9982号「これはお姉様から頂いた初めてのプレゼントです」

所有権は自分にあると言って、絶対にケロヨンの缶バッチを手放さなかった、9982号。

御坂(9982号、私は)

ボーっとしていてどこか抜けいてるようで、人のアイスを無断で食べたりするチャッカリしている子だった。
アイスやハンバーガーを食べたり、紅茶を飲むたびに、
「美味しいっ!」といちいちびっくりしていたけど、かすかに笑っているようにも見えた、9982番目のミサカ。

9982番目の美琴のかけがえのない妹。

御坂(私は、ちゃんと、アンタのこと知ってる。アンタのこと覚えてる)

2人で過ごした時間を、9982号のミサカのことを、美琴は決して忘れない。美琴は忘れられやしない。

211: 2010/04/16(金) 00:26:46.30
すっかり開けっ放しにしていた窓から、冷たい空気が入ってくる。
吹いていなかった風が、この時間になって微かにそよぎ始めたようだ。
これ以上窓を開けていると身体が凍えてしまいそうで、美琴は部屋の窓を閉じシャっとカーテンを動かした。

向日葵は花瓶に活けて棚に飾った。
花を捧げた妹達への今日の報告をし終わった。
今日、美琴のやるべきことは全て終わった。

白い長袖のワイシャツにチェックのプリーツスカートという、今の美琴は中途半端な格好のままだった。
スカートのホックを力ずくで外しチャックを下せば、スカートは重力に従ってストンと床へと落ちた。
右足、左足の順にソックスを脱ぐと、美琴はスカートとソックスをブレザーがある方へと投げた。

御坂「……シャツは変えがあるし、このままでいいか。面倒だし」

「御坂美琴のHPはゼロだぁ~」と訳のわからない独り言を言いながら、
そのまま美琴はボフっとベットへとダイブした。
息苦しくならないように長袖ワイシャツの第2ボタンまで片手で開ける。
長袖ワイシャツに短パン姿。いかにも白井がブツブツと文句をいいそうな寝巻だが、
風紀委員の第一七七支部で白井は今夜ずっと缶詰で、この部屋には美琴に文句をいう人物はいない。

御坂「―――おやすみなさい」

パチッと美琴の前髪付近から微弱な紫電が天井のほうへと流れた。
刹那、部屋の中は真っ暗になり、暗闇が美琴の視界を覆い尽くす。
ドアの脇にある照明用のスイッチを押すのも美琴は億劫になり、能力を使って部屋の照明を落とした。

少し時間がたてば真っ暗な世界に瞳もなれて、ぼんやりと部屋の内部が見て取れる。

御坂(おやすみなさい、って言ってみたものの、なんだか眠れそうにないわ)

部屋に戻ってきた時はあんなにも疲れや眠気が襲ってきたというのに。

御坂(体力ゼロ、疲労困憊。眠いのは本当)
 
なんだが美琴の目は完全に冴えてしまい、まだ眠れそうにない。

212: 2010/04/16(金) 00:46:23.06
無理やり瞼を閉じても、美琴の脳裏に浮かんで来るのは妹達のことばかりだ。
打ち止め、10032号、9982号。
これから会える妹達に、もう会えない妹達。そして、

御坂(――アクセラレータ)

打ち止めも10032号も、美琴にその少年について話すことを、すごく躊躇していた。

御坂(躊躇、というより。10032号に至ってはすごく怯えた様子だったし)

しかし、そのことについて美琴の答えはすでに出た。
もう迷うことはないし、もう自分が迷う姿を妹達に見せたくない。

御坂(私は待つ。ずっと、待ち続ける)

美琴が「これからどうすればいいのか」ということについての迷いは一応、決着がついた。
しかし、一方通行と『妹達』――打ち止めが、一緒にいることに対して、美琴がどう思うか。
その事に関して、美琴は、夕方公園で黄昏ていた時から一歩も進めていない。

御坂(私はどう思うの? 一方通行と打ち止めが一緒にいること。打ち止めが一方通行にベタぼれってこと)

御坂美琴は、どう思うのか。
その現実を自分の中で、御坂美琴は正直にどう受け止めるのか。

御坂「……私は、」

美琴は今の今まで半ば強引に無視していた根本的な問題と、正面きってぶつからなければならない。

218: 2010/04/17(土) 01:17:07.96

様々な思いが心の中を駆け巡り、美琴の心のダムは崩壊寸前だった。
美琴が一方通行に抱く感情は複雑で難解で、自分でも上手く言葉で説明することができない。

美琴が一方通行を見て、率直に身体が反応した感情は、恐怖。

御坂(――私は、一方通行が、怖い)

美琴と同じ容姿をもつ妹達10000人以上の血で染められた『絶対能力進化計画』。

抉られた跡が痛々しく残った路地裏。
ねっとりとした脂肪の匂い。
地面や壁にペンキのように張り付いた黒い血痕。
内臓を無理やり引きずりだされ、肢体がバラバラにされボロ雑巾のように放置された妹達の氏体。
この世とは思えない真黒な世界に、白い髪の少年だけがゆらりと揺れて立っていた。

美琴と同じ顔をした少女達が、想像するだけでも恐ろしい手段で淡々を殺されていく日々。
圧殺・殴殺・禁殺・撃殺・絞殺・惨殺・刺殺・焼殺・爆殺。
妹達を1つの慈悲なく、愉快に笑いながら氏に至らしめていった、一方通行。

美琴をドン底まで突き落とした日々。
心がギリギリと悲鳴をあげて、言葉にならない叫びにただ耐えていた、あの夜。

妹達がしんでいくことが悲しかった。
簡単に命が散っていくことが切なかった。
『自分だけの現実』が打ち砕かれて怖かった。
何もできない自分が腹立たしかった。

――それらを面白可笑しく笑って見ていた、一方通行が
美琴には恐ろしかった。

御坂(ただ、ただ笑ってただけのアイツが、心底怖かった)

美琴にとって、『一方通行』とはあの地獄のような日々の全てを象徴する存在といっても間違いないのだ。

220: 2010/04/17(土) 01:54:00.38
美琴がその底なし沼の地獄に引きずり込まれた日のことが、鮮明に蘇ってくる。

御坂(――9982号)

全身に傷を負わされ、左足をもぎ取られ、
美琴からのプレゼントだと言った缶バッチを大事そうに握りしめながら、
ベクトル操作で操られた列車に押しつぶれて絶命した9982号。
彼女の全てを奪い去ったのは、白い髪に赤い眼孔をもつ1人の少年。

御坂(あの子も、一方通行に殺された。
     ……私は見てたのに、あの子のこと助けてあげられなかった……!)

美琴はギリッと奥歯をかみしめ、枕に顔を押し付けてベットの上で蹲った。
枕やシーツを握りしめる両手は力のあまり真っ赤になっている。
閉じられた目に無意識にぎゅっと力が加わり、変な火花のような残像が映し出される。

御坂(……一方通行、アンタはさ、色んなものを根こそぎ奪ったのよ)

一方通行は奪ったものはあまりにも多すぎた。
美琴からも、妹達からも、何もかもを乱暴に乱雑に根こそぎ抜き去ってしまった。

御坂「……アンタのことは怖いけど、私は絶対に許さない」

奥歯に込める力が強くなる。
シーツ越しに食い込む爪の痛さも美琴は気づかないまま、美琴は静かに吐き出す。

一方通行が犯したことは、
一方通行が10031人もの妹達を頃したことは
一方通行が10031人もの妹達の笑顔も未来も命も全て奪い取ったことは、

御坂「私は、絶対に許さないッッ……!」

228: 2010/04/17(土) 15:41:45.78

未来永劫、美琴が一方通行を許すことはないだろう。
美琴は自分がそんな偉そうなことを言える立場でないと理解していても、これだけは誰にも譲らない。

御坂(大切な妹を殺されて、その命を蹴散らかされて、ヘラヘラ笑って許せる「姉」が何処に居るっての?)

そんな馬鹿げた奴が居たなら、是非ともそいつの頬を全力でぶん殴ってやりたい。

『妹達』は超電磁砲の量産型クローンであり、事実を言えば美琴の「妹」ではない。
美鈴や旅掛らがその生を望み、愛情もって慈しみ、祝福されて誕生した「妹」ではない。
美琴の両親すら、DNA上の繋がりがあっても、『妹達』を自分たちの娘だと喜ぶかは美琴すらもわからない。
血のつながりも必要かもしれないが、『妹達』には美鈴や旅掛はおろか、美琴とも『家族』としての想い出がないのだ。

それでも美琴は揺らぐことなく、彼女たちを自分の妹だと、自分は彼女たちの姉だと断言する。

美琴だって当たり前のように考えてるのではない。
相当の覚悟を持って、その信念を貫き通しているのだ。

御坂(―――でも、あんまし、難しく考える必要はないのかもしれない)

『妹達』、20001人。
美琴は彼女たちが大切で、その笑顔を守りたい。

御坂(だって、私は『妹達』が大好きだから)

彼女たちの姉でいる理由なんて、それ1つあれば十分ではないだろうか。

231: 2010/04/17(土) 16:18:11.86

打ち止め『お姉様、今日は楽しかったよー、またね! ってミサカはミサカは大きく手を振ってみるー!』

10032号『毎日が楽しくて、たくさんたくさん笑っていますよ、とミサカは全ミサカを代表してお姉様に伝えます』

彼女たちの言葉が、耳の奥から鮮明に聞こえてくる。
みんな、笑っているのなら、美琴はこれ以上望むのは贅沢だと感じたはずだ。

妹達はいま、生きている日常で笑っている。
誰にも妹達の幸せな日常を壊させないし、美琴自身もその日常を壊すような愚かな行為は慎むべきだと考えただろう。

御坂(自分勝手な願いかもしれないけれど――、)

もうココにはいない妹達の分まで、あの子達には晴れた空の下で、笑っていてほしい。

砂糖菓子のように甘い笑顔で、打ち止めが気兼ねなく笑っていられる世界。
打ち止めの隣に一方通行が居ることで、成立する世界なのならば、

御坂(憎たらしくて、半頃しぐらいにしないと気が済まないくらい奴だとしても)

『あの人』に淡い恋をするほど、打ち止めが幸せな日常に包まれているならば、

御坂(――私は、一方通行が打ち止めの隣に居てくれることを、感謝すべきだ。)

美琴はゴロンとベットの上で寝がえりをうった。
ぼんやりと天井が視界に入る。
天井にぶら下がっている小さめのシャンデリアの水晶が、カーテンから漏れる月光を反射してキラキラと揺れる。

御坂「………悔しいわね」

超電磁砲としての能力を行使しても、学園都市最強の一方通行にも、無能力者のツンツン頭にも勝てない。
妹達への想いは誰にも負けないつもりなのに、彼女たちの1番の笑顔の糧になっているのも、2人の少年。

御坂「恋する乙女は、最強なんだろぉけどさ」

打ち止めも、10032号も、彼女たちが輝いて笑って見せるのは恋い焦がれた相手。
彼女たちの笑顔を守っているのが、一方通行とツンツン頭の少年。

御坂「私が、1番に守ってあげられないのは、悔しい」

一方通行だけなく、自分が恋い焦がれている少年にも、美琴は小さな嫉妬を心に抱く。

天井へと手を伸ばす。小さく輝く水晶を掴むことなんてできるはずもない。
自分の手と水晶までの距離が、美琴と彼らとの絶対的な差のように思えてならなかった。

232: 2010/04/17(土) 17:24:04.27

ベットの上でしばらく寝つけずに様々なことを考えていた美琴だが、
しばらくすると瞼が重たくなり、視界が段々狭まっていき、静かな寝息をたてはじめた。

‐‐‐‐

気がつくと、美琴は夜の学園都市にぼんやりと立っていた。

御坂「……?」

ふいに、背中の後ろから視線を感じ、美琴はくるりとその視線を送る人物へと振りかえる。

御坂(はっ?)

そこには1人の少女が、こちらをじっと見つめていた。
きれいに流れる肩までの茶髪、モデルのような整った顔、すらっとした手足。
身につけているものは、丸襟の半そでワイシャツにサマーニット、紺のスカートという、常盤台の夏の制服。

御坂(……私?)

頭につけたゴツゴツとした暗視ゴーグルと、サマーニットにつけたケロヨンの缶バッチがなんともアンバランスだ。
美琴の目の前の、もう1人の御坂美琴は、ただただ、じっとその瞳に美琴の姿を映す。

御坂(あっ、そっか。この子『妹達』だ)

『量産型能力者計画は』凍結されたはずなのに、なぜか製造された、美琴の体細胞クローン。

    ・
御坂(妹達ってことは、多分、何人か他にもいそーだしね……)

美琴はげんなりと肩を落とした。

美琴はお昼にこの少女に出会って、こんな下らない研究をしてる首謀者を取っちめてやろうと、後をつけてきた。
しかし、「ミサカは実験に向かうので施設へは戻りません」としれっと聞かれなかったからと言って、
今の今まで、美琴にその真実を『妹達』の少女は、意地悪にも教えてくれなかった。

御坂(――そうよ、だからこのままじゃラチがあかないからネットから……と思ったのよ)

こんな所でちんたらしている暇はない、美琴はこの茶番をさっさと終わらせたかった。

233: 2010/04/17(土) 17:25:02.69
御坂「…ん? まだ何かあるの?」

9982号「…いえ」

『妹達』の少女は美琴をただじっとみつめ、もごもごと小さく口を動かすがすぐに諦めた。

9982号「さようなら、お姉様」

少女は、淡々と別れの言葉を口にする。

御坂「ああ、うん。じゃあね」

美琴は、軽く返事を返し少女の顔を流れるように見るだけで、一直線に何処かへと走り出した。


――――これは、まさに9982号と美琴の最後の想い出の、夢。


少女は立ち止まったまま、美琴が走って行ったほうをじっと見つめる。

9982号「あのね」

伝えたい相手はすでに遠くに行ってしまい、その言葉は届かない。

9982号「あのね、ミサカは――」

優しげな頬笑み浮かべながらを彼女はぽつりと小さな声で、呟いた。


‐‐‐‐

ブツッとテレビの電源が消えるような音が聞こえた後、美琴は、はっと夢から覚めた。

236: 2010/04/17(土) 19:16:38.28
美琴はがばりと勢いよく上半身を起こした。
声にならない叫びが吐息となって空気の中に散っていく。

御坂「……夢」

額から一筋の汗が顎へと流れた。
寝ている間にかいた大量の汗で、ワイシャツも短パンもぐっしょりと水分を吸っている。
肌にぴったりと張り付いてくる服の感触があまりにも気持ち悪くて、美琴は思わず眉間にしわを寄せた。

ひゅっと美琴の喉が鳴る。
今のは、9982号と分かれた時の夢だった。

御坂「『じゃあね』、か」

あの時の自分はなんで、簡単にその言葉を口にしたのだろうか、と美琴の心に後悔の念が押し寄せてくる。
美琴は突然目の前に振ってきた問題に躍起になっていた。
9982号のことなんて特に深く考えることもせず、自分のことだけ考えて彼女と分かれた。

9982号『さようなら、お姉様』

何かを言いたげだった9982号、美琴は彼女のサインに気がつがつかないで、何も考えずに軽く流してしまった。

御坂(あの時はあれが本当に最期になるなんて、思わなかった……)

また、どこかで会って9982号の憎まれ口に振り回されるんだと、美琴は思っていたのだ。
後悔はいつも先に立たってなんかくれない。
失ってから、壊してから、大事だと気付いた時から、そのことにはじめて気がつく。

美琴は体育座りをして、両手で足を抱き締めた。
ぎゅっと自分で自分をを抱き締めてあげないと、今にでも泣き崩れてしまう自分がいたから。
夢の中でも、9982号は美琴に何かを伝えようとしてたのに、また聞き取ることが出来なかった。

御坂「――ねぇ、私に何かを言いたかった? 何か伝えたかった?」

暗闇の中に、美琴の言葉が溶けていく。

御坂(怖いって言いたかったの?
     あなたのせいだって怒りたかったの?
     もう嫌だと逃げ出したかった?
     ……助けてって伝えたかったの?)

どんなに、悩んだって考えたって、答えなんてわかりっこない。

237: 2010/04/17(土) 19:43:54.49
「じゃあね」なんて言って別れて、2度と大好きな人に会えなくなる絶望。
美琴はそんなこと2度と御免だ。立ち上がれないほどの悲しみや喪失感を、2度と味わいたくない。

御坂(……もう、目の前で大切な人が居なくなるのは、ウンザリよ……!!)

――お願いだから、「さよなら」なんて言わないで。

簡単に私に別れを告げて、私を置いて遠くに行かないで。
目の前から居なくならないで、勝手に氏んで逝かないで。

美琴は「さよなら」と言わなくなった変わりに、人と別れるときは「またね」と言うようになった。
ごく自然に、普通にやりだしたことで、きっとこの変化に美琴自身も気が付いていない。

「またね」―――また明日、会おうね、絶対、絶対に会おうね。

そんな願いを言葉に込めて。
「またね」は美琴にとって、気休めにしかならないかもしれないが、自分を宥めすかす魔法の言葉。

御坂(……ごめん)

「それじゃ」なんて簡単に言って、9982号のメッセージを受け取ってあげられなくて。
心の中で1度謝罪の言葉を漏らせば、次から次へと感情の波が押し寄せて、美琴の心のダムはとうとう崩壊し始めた。

244: 2010/04/17(土) 21:30:33.68
美琴は、弱虫で、無力で、役立たずな自分が嫌いだ。大っきらいだ。

御坂「…ごめ、ん。ごめんな、さい。ごめんなさい……」

「ごめんなさい」と美琴は呂律の回らない口で小声でしゃくりあげる。
視界が滲む、頬に流れる涙を必氏に止めようと手の甲で無理やり目元を擦る。

御坂(泣くな……ッ!)

必氏に感情をコントロールしようとしても、美琴の思い通りになどいかない。
この空間には、9982号も、打ち止めも、10032号も、白井も、誰も居ないのだから。
自分のことで余計な心配をかけたくなくて、無理に虚勢をはる必要のある人が誰もいない。

周囲が御坂美琴を修飾する言葉はあり過ぎて、美琴自身も覚えきれていない。

学園都市の頂点、超能力者の第3位。
常盤台中学のエース。
最強無敵の電撃使い。
『妹達』の素体(オリジナル)―――――『超電磁砲』

どんな言葉を並べたところで、御坂美琴はたった14歳の女の子でしかないのだ。

とうとう美琴は止めどなく流れてくる涙に抵抗するのを辞め、
体育座りのまま膝に顔を埋め、静かに泣いた。
隣の部屋の子を起こしてしまわないように、声を押し頃して。

御坂「……ごめ、んね」

壊れた機械のように謝罪の言葉を繰り返す美琴。

彼女の双肩に圧し掛かるものは、1万人の妹達の命に対する罪悪感と償い。

245: 2010/04/17(土) 22:15:17.38
妹達や自分を救ってくれたのは、最強の一方通行を倒してくれたのは、
誰かの笑顔のためなら自分が傷つくことを厭わない、お人好しでおせっかいなツンツン頭の少年だった。 

上条『だから、お前は笑っていていいんだよ』

ぽつんと1人取り残されてしまった美琴に、少年が優しくかけてくれた言葉。
少年の暖かさが、どれだけ美琴の心を救ってくれただろうか。

御坂(こんな私でも、笑っていいって)

あの状況で、自分自身が少し許されたような気がして、美琴の心は幾分にも軽くなった。

けれど、

彼の少年には最大限の感謝をしているように、
一方通行には絶対の怒りを抱いているように、
美琴は御坂美琴の愚かさを絶対に許すことが出来ないでいる。

御坂(……全部、一方通行に責任を押し付けるのは、きっと違う。
    私も10031番目までの妹達を助けてあげられなかった。
    10032番目からの妹達を助けてくれたのは、アイツで。
    私はあの子たちの【姉】なのに、なにひとつ【妹達】を守れなかった)

なにひとつ出来なかった己の非力さを呪わない日は無かった。
どんなに自分が手が届かない世界の話だったとしても、
美琴は亡くなった10031番目の妹達を支えたかったし、救いたかったし、守りたかった。

これは、きっと美琴にしかわからない感覚なのだろう、と美琴は理解している。

御坂「……ごめん、ねぇッ」

私、アンタ達の「お姉様」なのに、何もしてあげられない。何もしてあげられなかった。

御坂「アンタ達だって、楽しく笑える日常で生きたかったはずなのに……!!」

9982号だけじゃなく、他の会ったこともない妹達へ、美琴の懺悔は続く。

どんな理由であれ生まれてきたのなら、
楽しく笑える幸せな日々を過ごしたいに決まっている。
悲しいことや、苦しいこと、痛いことの他にもいっぱい、世界にはたくさんのことが広がっている。

御坂「嬉しいこととかさ、楽しいことがあるって、知ってほしかった……!!」

打ち止めや10032号が笑っていたように、彼女達だって笑えていたはずなのに。

あの少年も、妹達も、美琴を取り巻く人々はみなが優しい。
誰も、美琴を責めないし、許してくれる。

あの実験で、妹達の命を軽んじた人たちには、それ相応の罰が必要なのに、美琴には誰も罰を与えない。
だからこそ、美琴は一生自分を許せないし、自分を罰しつづけていく。

252: 2010/04/18(日) 11:29:03.77
打ち止め「皆さん、お早うございます! ってミサカはミサカは元気に朝のご挨拶!
      ここからちょっとだけ幕間のお話になって、視点がお姉様からミサカにミサカにバトンタッチしてみたり!」

10032号「1がその場のノリで海原とか9982号(夢のトコ)を出して、
      後半へと繋ぎ方どうするかを考え中なのです、とミサカは皆様に1の情けない姿を暴露します」

という訳で、今日もよろしくお願いします。
やはり昨日と同じくらいの投下となりますが、のんびりとお付き合いいただけると幸いです。

253: 2010/04/18(日) 12:03:18.97

【幕間:打ち止めと10032号】


ピピピー! とけたたましく鳴る目覚まし時計のアラーム音が耳元に直撃する。
打ち止めは厚手の毛布に頭を隠すと、両手で耳を押さえながら、「うぅ~、あと五分…」とまどろんでいた。

黄泉川「ほらほらほら! 布団の中でぐうたらしないで、さっさと起きるじゃんよ!」

バンッと乱暴に目覚ましい時計のアラームを止めたような音が聞こえた後、
打ち止めがミノムシのように、その身を包んでいたいた毛布がガバァと一瞬にして宙へと浮かんだ。

打ち止め「~~っ! 寒いよぉー…」

ポカポカと打ち止めを包んでいた温かい空気も一緒に空気中に散乱し、
急に押し寄せてきた寒さに全身が一気に鳥肌となり、打ち止めはさらにベットの上で縮こまる。
寒さで眠気が遠くの彼方へと飛んだ打ち止めは、
毛布を両手に持って、打ち止めに笑いかけてくる黄泉川愛穂へと視線を向けた。

黄泉川「おはよう、打ち止め」

打ち止め「……ぉはよー、ってミサカはミサカはヨミカワに挨拶してみたりー」

シパシパとする目元を両手で擦りながら、「よいしょ」とベットから降りた。

窓から見える学園都市は、昨日と同じく快晴だ。
ゆらゆらと自由気ままに、学園都市の空を我が物顔で浮遊する飛行船の腹部の液晶には、
『もうすぐ一端覧祭です――』と呑気なお知らせを流されている。

255: 2010/04/18(日) 12:33:47.21
打ち止め「ご馳走さまでした!」

今日の朝食は、芳川桔梗お手製のフレンチトーストにツナとレタスのサラダ。
自分の前に差し出された朝食を全て胃の中おさめると、
両手を顔の前で合わせて、打ち止めは食後の挨拶を元気につげる。

芳川「はい、お粗末さまでした」

打ち止めの斜め向かえのテーブルの席に座っていた芳川が、
持っていたコーヒーの入っているカップをテーブルの上に置くと、「カチャリ」と陶器のぶつかる音がした。
皿やコップ、フォークを持ちやすいように順に重ねると、芳川はそのまま台所へと進んでいった。

黄泉川「それじゃ私はそろそろ学校へ行くから。芳川、後の事はよろしくじゃんー」

椅子にそのまま座って「う~ん」と背伸びをしていた打ち止めの背後から、黄泉川の声が聞こえてきた。
台所から廊下へと顔だけ出した芳川「ゴミ捨てよろしくね」と言うと、
黄泉川は台所の脇に置かれている『燃えないゴミ』の袋を手にとって「了解」と軽い口調で返した。

チラッと横目でつけっぱなしになっているテレビの画面をみると、現在の時刻は丁度、7時半。
学生の街である学園都市の朝の通学ラッシュがはじまる。
とある高校で教師をやっている黄泉川も、そろそろ学校へ行かなければならない時間だった。

打ち止め「ヨミカワいってらっしゃい、今日もお仕事頑張ってね、ってミサカはミサカはヨミカワのお見送りをしてみる」

玄関まで黄泉川に後をついて行く。
玄関先で打ち止めは右手を大きく振ると、黄泉川もニカッと笑ってちいさく右手を振ってくれた。

黄泉川「いってきます!」

バタンとドアが閉まる少し前、「いってらっしゃーい」という芳川の声が玄関先にいる2人の耳を掠めた。

258: 2010/04/18(日) 14:21:20.05
打ち止め「ふふふ~ん♪」

朝食後、打ち止めは朝から再放送されている『超機動少女カナミン』を見ていた。
いつもならこの再放送が終わった後、
暇を持て余して「起っきろー!!」と一方通行の寝室に突撃する打ち止めなのだが、
今日は再放送が見終わっても、ソファーに座ったまま動こうともせず呑気に鼻歌を歌っている。

芳川「なんだか、昨日からやけにご機嫌ね。何かいいことでもあった?」

打ち止め「えへへ~、それは内緒なのってミサカはミサカはお口にチャックっ!」

あらかた朝にやるべき家事を終えたらしい芳川が、打ち止めの隣に座る。
打ち止めは足をパタパタさせながら、ニヤニヤと頬が緩みぱなしのにやけ顔を芳川に向けた。

芳川「えー、聞きたいのに。残念」

打ち止め「もう少ししたら、教えてあげてもいいかなってミサカはミサカは考えてみる。
      けど、今はミサカだけのものなの!ってミサカはミサカは主張してみる」

芳川「そう? じゃあ、また今度教えてね?」

打ち止め「うん!」

260: 2010/04/18(日) 14:53:24.37
打ち止め(でも、そろそろミサカだけが1人占めするのも、
      他の皆に悪いかもって、ミサカはミサカは罪悪感を感じてみたり)

昨日、打ち止めは出かけた先のショッピングモールにて、
自分を含む『妹達』の素体(オリジナル)である、御坂美琴に初めて遭遇した。

御坂美琴――、打ち止めにとって、お姉様との出会いは衝撃だった。

外見は打ち止め以外の『妹達』と完璧に同じだ。
自分達は美琴のクローンであり、同様のDNA情報もつため当たり前のことなのだが。
それでも、『妹達』と美琴では、決定的なまでの差異がある。

打ち止め(――凛した、強い意思をもつ瞳)

彼女をそのままを現すような、強くて優しくて誰もが惹き込まれる、そんな瞳。
そんな意思をもった瞳を持つ『妹達』は、自分を含めて誰もいない。

打ち止め(ミサカもお姉様みたいになりたい、ってミサカはミサカは素直にお姉様に憧れる)

お姉様に「好きな花は何?」って聞かれた時に、打ち止めは迷わずに「向日葵」と答えた。
学園都市はいつも四季の花が咲いているが、その中でわざわざ向日葵を挙げた理由。

向日葵の花言葉は、光輝。
優しく、気高く、誰かのために怒ることの出来る美琴にぴったりの花。

打ち止め(崇拝、憧れって意味もあるんだよ、ってミサカはミサカは博識ぶってみたり)

だからこそ、打ち止めはふいに外の花屋で見かけた向日葵の花を好きになった。

270: 2010/04/19(月) 01:14:53.94

打ち止め(ミサカ達は存在がお姉様の負担にもなってるはずなのに、
      お姉様はミサカ達の事を受け入れてくれて、その上――)

御坂『姉として、妹の恋愛相手を知りたかったなって』

打ち止め(ミサカのことを『妹』って笑って言ってくれたっ!!!)

美琴がくれた言葉を思い返して、打ち止めの心はほわっとした温かい気持ちに包まれた。

打ち止め「こんなに嬉しいことはないんだよ、ってミサカはミサカは嬉しさのあまり狂喜乱舞してみたり!」

ついに抑えきれなくなった打ち止めは、大きな声で心情を漏らしてしまった。
打ち止めの突然の大声に、隣に座っていた芳川が驚愕の顔をして打ち止めの方を見ている。

打ち止め(嬉しすぎて、ミサカがお姉様の優しさを1人占めしちゃった。
      今だけは、他の妹達にも、あの人にだって内緒にしてるんだから、
      ってミサカはミサカは自分の独占欲の強さに驚いてみる)

打ち止めの行動にかたまっている芳川など一切気にも留めず、
更に顔をにやつかせた打ち止めは「キャー」と赤らめた顔を両手で覆って、左右に首をふった。
パタパタと動かしていた足も更に激しくなり、はいていたスリッパの片方がすっぱ抜けて飛んでいく。

一方通行「――ッ」

寝ぐせ混じりの髪型を気にもせず、
朝の低血圧で不機嫌な顔をしてリビングのドアを開けて入ってきた一方通行の顔に、
打ち止めのはいていたスリッパが見事激突した。

打ち止め「あ”」

芳川「……あらぁ」

ポトンと一方通行の顔からスリッパが落ちる音が部屋に響いた。

272: 2010/04/19(月) 01:43:28.93

芳川「おはよう。一方通行」

一方通行の間抜けな姿に笑い出しそうになるのを堪えながら、芳川は声をかけた。
しかし芳川は完璧こらえることが出来ず、右側の口角がひくひくとさせ、微かに肩を震わせている。

一方通行「……あァ」

そんな彼女の姿を見てあからさまに眉をしかめた一方通行だが、
ここはとりあえず芳川のことは流してあげるようだった。

打ち止め「お、おはよー…」

スリッパ顔面衝突の主犯である打ち止めは、乾いた笑いを浮かべながら被害を受けた少年をみた。
被害者・一方通行は打ち止めの言葉が聞こえないとばかりに、
そのまま杖をついている割にはスタスタと軽やかなスピードで台所の冷蔵庫へと向かう。

打ち止め「うー、不可抗力とは言え、顔にスリッパをぶつけてごめんなさい、
      ってミサカはミサカは貴方に精一杯の謝罪の気もちを伝えてみる」

一方通行「……」

冷蔵庫までたどり着くと、やけに物が大量に入っている冷蔵の中をガサガサと動かし、
一方通行は今、はまっている某飲料メーカー産ブラック味の缶コーヒーを取り出す。
バタンと冷蔵庫の扉を足の裏で蹴ってしめると、片手で器用に缶のプルを開けた。

しばらく待ても、一方通行からの返答は返ってこない。

打ち止め「――――ヨシカワには返事したのに、ミサカのことはガン無視!? 
      スリッパ顔面激突ごめんねってミサカは素直に謝ったのに!! 
      ってミサカはミサカは朝から素っ気ない貴方の態度に憤慨してみるっ!!」

一方通行が缶コーヒーを飲み終わるまで、じっと待っていた打ち止め。

打ち止めを無視して、呑み終わった缶コーヒーを居間のゴミ箱に投げ捨て、
テーブルの上に置かれていたラップが掛っている朝食のある席に座った一方通行に、
打ち止めのもう「待ってやらない!!」と力んでうがーっと一方通行にたてついた。

一方通行「朝からうるせェんだよ、ギャーギャー騒ぐなっつーの」

やっとこさ一方通行から返ってきた言葉に、カチンと打ち止めのこめかみに怒りマークがつく。

打ち止め「ムキーーッ!!」

一方通行「だから、朝っぱらから騒がしいンだよ! ちったー大人しくできねェのか、オマエはッ!」

相変わらずな2人のやり取りを遠目で見ていた芳川がぽつりと言った。

芳川「平和な朝ねー」

273: 2010/04/19(月) 02:16:17.55

テーブルの上に置かれている朝食を見て、一言。

一方通行「オイオイオイ。黄泉川の野郎、何時の間に炊飯ジャーで
     フレンチトーストなんてモンを作る離れ業を体得しやがったンだァ?」

確かに黄泉川は炊飯ジャーを「何でもできる万能の一品」として重宝している。
白米、味噌汁はもちろん、煮込みハンバーグまで。
炊飯ジャー用レシピのレパートリーを着々と広げている黄泉川愛穂。

一方通行「どうやったら、フレンチトーストが出来ンだよ……」

彼女の摩訶不思議な手腕への疑問をボソリとこぼしながら、一方通行は少し遅い朝食を食べ始めた。

芳川「やーねぇ。ソレ作ったの私よ?」

紛れもなく、今日の朝食は芳川桔梗お手製。
芳川は「あの炊飯ジャーで作ったなんて思われるなんて侵害よ」と不満そうだ。

一方通行「――はァ?」

芳川「だから。今日の朝食を作ったのは私なの」

打ち止め「ヨシカワお手製フレンチトーストはすっごく美味しいんだよ?
      ってミサカはミサカはヨシカワの料理の腕を保証してみたり!」

一方通行からお見舞いされる首チョップから逃れた打ち止めは、避難先のソファーで立ち膝をした状態で会話に参入する。

一方通行「……オマエ、何時の間にニートご卒業してた訳?」

芳川「ちょ、ニートって失礼ね」

一方通行「失礼も何も。仕事は無ェ、家事はしねェ、ただ黄泉川ン家でだらだら過ごしてただけだろォが。
      コレをニート以外になンて表現するのかあンなら、頭のワルい俺に教えてほしーなァ」

打ち止め「う~ん、こればっかりはフォロー出来ないかも、
      ってミサカはミサカはヨシカワの隠しきれない実態を思い返してみる」

どんなことにも甘い性格の芳川は、漏れることなく自分に対しても甘かった。

274: 2010/04/19(月) 02:51:11.83
芳川「『仕事見つかんないのは仕方ないとして、いい加減家の事くらいしたらどうじゃんよー?』って、つい先日家主に言われたのよ」

住まわせてもらっている以上、家主の命令には逆らえない。
芳川は最近しぶしぶ家事をやるようになった。

打ち止め(ヨミカワが言わなかったら、ヨシカワは多分ずっとニートだったと思うって
      ミサカはミサカはそんなことを思いつつ、口にはださないでいたりする)

一方通行「-50点。なンなンですかァ、その微妙なモノマネ」

打ち止め「うっわ、辛口。せめて20点はあげようよ! ってミサカはミサカはジャッジの訂正を求めてみたり」

芳川「勝手に点数つけないで」

最近といっても、芳川が家事をするようになってからしばらく経っている。
「色々と忙しいンだよ」とだけ打ち止めら3人につげて、
連日外泊を続けている一方通行には、まだまだ家事をこなす芳川の姿が不自然に感じられて仕方ないようだ。

一方通行は何とも納得してなさような顔で、芳川に祝福の言葉を述べる。

一方通行「ニートご卒業おめでとォございますゥ」

打ち止め「なんとも気持ちの入っていないオメデトウだね、ってミサカはミサカは呆れてみる」

芳川「そんな祝福の言葉は要りません」

一方通行と打ち止めの言葉を芳川はピシャリとはねのけた。

277: 2010/04/19(月) 18:59:38.53
食事が終わったのを見計らって、芳川が一方通行に話しかけた。

芳川「今日はソレの定期検査があること、忘れてないわよね?」

芳川は人さし指で自分の首筋をトントンと軽くこついた。
彼女が指示した場所は、ちょうど一方通行が身につけているmp3プレイヤーのような機器のある処。

一方通行「チッ、……わーってるよ、ッたく。」

小さな子供に「ハンカチとティッシュは持った?」と声をかける母親のような芳川の視線に、
一方通行は軽く舌打ちをしながら、面倒くさそうに言葉を返した。

芳川「それならいいのだけれど」

そんな不貞腐れた一方通行の態度など気にもせず、
ピーピー、と洗面所から聞こえてきた洗濯機の「オレ、やったよ」という活動終了の音を合図に、
「さぁ、洗濯物をほさないとね」と、芳川はソファーから立ちあがり洗面所へと向かった。

打ち止め「ねぇねぇ、今日は病院に行く日なの? ってミサカはミサカは低血圧で朝から不機嫌そうな貴方に聞いてみたり」

一方通行「まァな。ちゃんと機能してっかどォかの検査だとよ」 

打ち止め「ミサカもびょういんに――」

一方通行「却下」

打ち止めの声を遮って、一方通行は即座に否定した。

打ち止め「ミサカはまだ何も言ってないのに即刻、即効、大否定!!?」

一方通行「昨日あンだけ人の事連れまわしやがって。着いてくンな、余計疲れる」

「ひーどーいーッ!!」と不平不満を漏してジタバタする打ち止めを無視して、一方通行はテーブルの席を離れた。

打ち止め「ねぇ」

一方通行がドアノブに手をかけてドアを開けようとした時、
打ち止めは、ものすごく真剣な声で一方通行に真実を告げた。

打ち止め「寝ぐせ酷いから、直してから行くべきだよ? ってミサカはミサカは教えてあげてみたり」

頭の頂上付近の髪がぴょんと一束だけ変な方向に曲がっていた。
「ミサカとおそろいみたいになってる」と打ち止めはとてもわかりやすい例をだしてあげると、
一方通行はそれはそれは早歩きで、ドレッサーがある洗面台へとスタスタ歩いて行った。

279: 2010/04/19(月) 19:31:14.50

ベランダとリビングを遮っているガラス戸から、ポカポカとした日差しが入ってくる。
本格的な秋が到来し寒さが続く学園都市だったが、今日はなんだか春のような暖かさを感じる日だ。

打ち止め「ん~」

ソファーの上でまったり寝そべる打ち止めは、なんだかウトウトとし始めていた。
ぼんやりとかすむ視界には、ベランダで芳川がせっせと洗濯物を干している。
微かにゴォーという音が耳に入ってくる。
多分、洗面台で寝癖を直している一方通行が使っているドライヤーの音だろうと、打ち止めは結論づけた。
遠くから聞こえるチュン、チュンという雀の鳴き声が、子守歌代わりに眠りを促進する。

打ち止め(…………あー、なんだろう)

まどろむ意識の中で、打ち止めは自分がいる「今」について考える。

打ち止め(こういうのを「幸せ」っていうのかな? ってミサカはミサカは実感してみたり――……)

そのまま打ち止めは意識を手放して、そのまま夢の中へ――、

10032号『上位個体』

打ち止め「へっ!?」

そのまま夢の中へは行けず、突然聞こえてきた少女の声にたたき起こされた。

280: 2010/04/19(月) 20:11:39.31
突然ミサカネットワークを介して他の妹達から通信が入り、打ち止めは驚きのあまりソファーから転げ落ちた。

ドンッと鈍い音がした。
洗面所にいる一方通行にも聞こえなかったようだが、
ベランダに居る芳川には聞こえたようでガラス戸越しに「大丈夫?」と声をかけられた。

打ち止め「~~痛ッって、ミサカはミサカはおでこを擦ってみる……」

10032号『大丈夫ですか? とミサカは一応、上位個体の無事を確認します』

打ち止め「痛いけど大丈夫だよ~、ってミサカはミサカは答えてみたり」

ベランダで打ち止めを心配そうに眺めている芳川と、
ミサカネットワークで通信中の妹達の1人の2人に、打ち止めは「大丈夫」だと答えた。

結構鈍い音が聞こえたが、どうやら無事なようだ、と芳川はほっと息を吐いた。
よくよく打ち止めを見ると、打ち止めのアホ毛が電波を受信するアンテナのようにピン! と反応しているように見える。
「……慣れない家事をしてるから、疲れがたまってるのかしら」と右手で目元を押さえて芳川はう~んと唸っていた。

281: 2010/04/19(月) 20:13:01.33
打ち止め「突然どうしたの、10032号」

ミサカネットワークで通信してきた『妹達』――検体番号10032号のミサカに、打ち止めは「何か用?」と聞いた。

10032号『直接会って話したいことがあるのですが、時間の都合はつきますか?
     とミサカは上位個体のスケジュールを確認します』

打ち止め「『今』じゃダメなの? ってミサカはミサカは手間を省く方法を提案してみる」

10032号『……ミサカネットワーク上では、ちょっと』

打ち止め「? 他のミサカ達には知られたくない事なの? 
     ってミサカはミサカは、もったいぶって話を切りだそうとしない10032号の藪蛇をつついてみる」

10032号『――上位個体、昨日はお姉様と2人だけの楽しい時間を過ごしたそうですね?
     とミサカは上位個体がミサカ達に秘密にしている事実をミサカネットワーク上で暴露します』

打ち止め「えっ!? 何でその事知ってるの!? ってミサカはミサカは――」

芳川にも一方通行にも妹達にも、誰にも言っていなかった打ち止めの秘密を10032号に暴露された。
つい、何も考えずに素直に反応してしまった打ち止めは、
事実を肯定した次の瞬間にはっとして、急いで口を閉じたが、時すでに遅し。

――それはどういうことですか、とミサカは上位個体に問いただします。

――黙って1人だけお姉様と楽しい時間を過ごすだなんて、いかに上位個体とはいえ許しませんよ、とミサカは不満を言います。

――上位個体だけ良い思いをして羨まし…いえ、ズルイ、とミサカは文句を口にします。

――どうして記憶共有も感覚共有もしなかったのですか!? とミサカは上位個体を責めたてます

「ミサカは、ミサカは」と次々とミサカネットワークを介して、他の妹達から打ち止めへの非難がさく裂した。
10032号を除く、9968人の妹達からの総攻撃に、打ち止めは「うぅ」と唸るしかなかった。

283: 2010/04/19(月) 20:53:23.24
放課後の体育館裏。
十数人のちょっと派手目の女子達に逃げ道をふさがれるように囲まれて、
「ちょろーと、アンタに聞きたい事があんのよね?」から始まる口頭による集団攻撃を受ける1人の所女の子。

打ち止め(ミサカの今の状況はそんな感じなんだけど……、ってミサカはミサカは現実逃避してみたり)

自分にも悪い所はあった、と打ち止めは正直に認める。

打ち止め(だから、黙って皆の文句は聞くけど、ってミサカはミサカは心の中でため息をついてみる)

昨日、我らがお姉様こと御坂美琴をショッピングモールで見かけたときから、
打ち止めはミサカネットワークからの接続を遮断していた。

打ち止め(最初はどうしてか分からなかったけど、遮断してたんだよね、ってミサカはミサカは振り返ってみる)

けれど、「どうして?」の答えを打ち止めは昨日すでに見つけている。

打ち止め(ミサカはお姉様との時間を、お姉様の優しさを、ミサカだけのものにしたかったんだ)

きれいに手入れされているキレイな手で頭を撫でられる感触も、
にししと意外と子供っぽく笑って話しかけてくれる声も、
イタズラをしても、からかっても、最後は許してくれる優しさも、
迷いなく自分のことを「妹」といって受け入れてくれた暖かさも。

打ち止め(全部、ぜーんぶ。ミサカだけのものにしたかったんだもん、ってミサカはミサカはぶーたれてみたり)

妹達と同じDNAをもつのに、美琴はあまりにも自分たちと違う。

打ち止め(ミサカ達はお姉様みたいに強くない。感情を理解できてない。『自分』が、ない)

無邪気に笑って、活発に動き回って、
誰かのために笑い、悲しみ、怒り、守ろうと必氏になれる美琴が、妹達には眩しくみえる。
ありのままの『自分』で精一杯生きる美琴に、
妹達が持っていないものを沢山もっている美琴に、憧れない妹達がいるだろうか? と打ち止めは考える。

287: 2010/04/19(月) 22:03:09.52

打ち止め(ミサカはすごく、すごく嬉しかったんだから! ってミサカはミサカは声を大にして断言する!)

妹達を『家族』として、『姉妹』として認めてくれる、受け入れてくれる美琴の絶対的な言葉。
他の『妹達』聞きたいに決まっている。皆、その言葉がほしくてたまらないのだから。


打ち止め(……ミサカ達はクローンだから、家族がいない、ってミサカはミサカは寂しい現実を語ってみたり)

自分には家族と呼べる存在が居る。芳川桔梗、黄泉川愛穂、そして一方通行。
優しくてあったかい3人に囲まれて、打ち止めはのびのびと毎日を過ごしている。

打ち止め(もちろん、お姉様もミサカの『姉』だもん――けど)

他の『ミサカ』はどうなんだろうか? と打ち止めは推測する。

そもそも『妹達』は様々な情報を共有し形成し、全員で『ミサカ』という個性を作り出していた。
だから『妹達』同士は『ミサカ』を成す群の1つとしての認識のほうが強く、
少しずつ色んなことが分かり始めた自分達だが、未だに互いのことを『家族』だとはほとんど認識していない。

打ち止め(そもそも『家族』の概念も知識でしか知らなくて、感情がついていってないんだよ、
     ってミサカはミサカは自分もようやく分かり始めてきた感覚について考えてみる)

打ち止めやとある病院で暮らしている妹達を除き、そのほとんどが一人きりの状態で世界中の機関・施設に散らばった妹達。

打ち止め(皆、遠いところでひとりぼっちで暮らしてる)

『妹達』に本当の意味で理解を示してくれる人間など限られている。
沢山生えている三つ葉のクローバーの中で、砂金を探せというほど、見つけるのはほぼ不可能だ。

妹達はほとんど『自分』がない。
だからたった1人で遠い国に行かされても、無理難題な事を命令されても、
自分たちの存在意義にかかわること、大切な人達を傷つけること以外ならば、言われたまま行動する。

打ち止め(――――でも、きっと。心のどこかで『寂しい』って思ってる、ってミサカはミサカは更に推測する)

誰も自分を受け入れてくれない世界に1人で居る妹達。
彼女たちは決して口にはしないし、ミサカネットワークの通信にも乗せない。
けれど、打ち止めの耳には、彼女達の心の声が聞こえてきてならなかった。

『寂しい、とミサカは吐露します』

―――打ち止めに対する文句の裏に潜んでいる、そんな声が。

288: 2010/04/19(月) 22:47:23.99

命の恩人であるツンツン頭の少年や、誕生のきっかけをくれた一方通行。
『妹達』や少年たちのために様々なことをしてくれる、カエル顔の医者など。
彼らに対して、『妹達』は感謝しているし、彼らに危機が迫れば助力も惜しまない。

彼らのために動く時、彼らのことを思う時、
なんだかんだいって、『妹達』はとても素直に自分の気持ちを受け入れ表現する。
しかし、これが『お姉様』となると、『妹達』は一歩足を踏みとどまってしまう。

打ち止め(……結局、お姉様に『あの人』のコト言えなかったし、
      ってミサカはミサカは自分の弱さが隠しきれなかったって反省してみる)

言わなきゃいけないとわかっていても、どうしても声が出なかった。

打ち止めは(ミサカはお姉様の優しさに甘えてるんだ、ってミサカはミサカは情けない自分が嫌になってみたり……)

それは、妹達が「お姉様」に憧れ、慕っているからこその問題でもあった。

10032号『―――もうそろそろ勘弁してあげましょう、とミサカはミサカ達にストップをかけます』

途端、打ち止めの思考が途切れる。
しばらく黙って他のミサカ達の主張に耳を傾けていた10032号が待ったをかけたから。

10032号『こうなると予想できたので、ミサカネットワーク上では話したくなかったのですが、とミサカは本音を暴露します』

打ち止め「……あははは。流石に情報が流れて気過ぎて頭がパンクしそうだよ、ってミサカはミサカは情けなく呟いてみたりー」


色々と考えて、問題は山積みだと頭を抱えるが、
とりあえず、打ち止めがしなければいけないことは、1つだ。

打ち止め「あのね――」

昨日の美琴との記憶を、ミサカネットワークに流す。
「1人占めにして、ゴメンネって、ミサカはミサカは皆に謝罪してみる」という言葉とともに。



お姉様がね、ミサカ達のことを、自分の『妹』だって笑って言ってくれたんだよ、ってミサカはミサカは全ミサカに伝えるよ。

お姉様がミサカ達の『家族』なんだよ、だから寂しくないよね? ってミサカはミサカは全ミサカに言うよ。

――――すごく、すっごく嬉しいことだねって、ミサカはミサカははしゃいでみたり!!



【幕間:打ち止めと10032号 終】

300: 2010/04/23(金) 21:49:44.31

キライ。

『妹達』の命を踏み躙った一方通行も、
『妹達』の命を救い出せなかった超電磁砲も。

キライ、大嫌い。



―――美琴は、一方通行も超電磁砲も許せない。

―――『妹達』が許しても、彼の少年が許しても。


許してなんか、やらないのだ。


303: 2010/04/23(金) 22:16:40.56

カーテンを開け、窓の外をみれば
『今日も1日、一端覧祭の準備を頑張りましょう――』なんて飛行船が呑気なニュースを流している。
飛行船が自由気ままに泳ぐ学園都市の空は、昨日と同じく雲ひとつない快晴。
まさに一端覧祭の準備にはもってこいの天気だ。

白井「……お早う御座います、お姉様。ただいま戻りましたの」

外の明るい風景とは180度真逆な、どよーんという効果音が似合いそうな空気を背負った白井がやっと部屋に帰ってきた。

御坂「おかえり、黒子。……黒子、眼の下のクマ凄いことになってるわよ」

白井「この時間まで、ずーーっとパソコンの液晶とにらめっこしていましたから……」

御坂「もうすぐ朝食だけど、どうすんの?」

白井「……パス、ですの。寝ますわ、黒子は、今すぐ眠るんですのぉー……」

白井はフラフラと覚束ない足取りで美琴の顔を見もしないで、吸い込まれるようにベットへと倒れ込んだ。

御坂「学校行く時間になったら、起こしに来るからねー…って、あら」

返事が無いので白井の方へ美琴が視線を向けると、すでに彼女はスースーと小さな寝息を立てていた。
目の下にクマを作るまで、白井は風紀委員の仕事を頑張っていたのだろう。
まだまだあどけなさの残る寝顔をみて、美琴の頬が綻んだ。

御坂(頑張りやさんだかなぁ、黒子)

春のような暖かい日差しが窓から差し込むが、今は秋真っ盛りなのでいつ寒くなっても可笑しくない。
布団を被らずにそのまま身体を投げ出した状態で眠っている白井に、
風邪をひかないようにと美琴は白井を起こさないよう、そっと静かに布団をかけ直した。

御坂「お休み、黒子。お仕事おつかれさま」

眠りにつく少女の髪をぽんぽんと撫でると、
やっと眠りにつけた白井の部屋に残し、美琴は食堂へといくために部屋をでた。

304: 2010/04/23(金) 22:45:52.08

「クマが凄い」と白井に言った美琴だが、本当は自分だって人のことは言えなかったりする。

御坂(泣きすぎて、起きたら目が腫れまくってたからなぁ)

蒸しタオルで目元を十数分癒してやれば腫れは大分おさまったが、
それでも乱暴に手の甲で擦った瞼や鼻先などには、擦れた跡が薄らと残っていた。

御坂(普段使わないからって机の奥底に放り込んでたけど、化粧品も案外役に立つわね)

洗顔の後はいつも化粧水に乳液クリームをつけているが、
今日はその2つの上から更に、化粧下地代わりの日焼け止め、跡を部分的に隠すコンシーラー、
肌全体の調子(見た目)を整えるためのパウダーファンデーション。
最後に血色よく見せるためにほんのり薄く桃色のチークを入れれば、完成だ。

御坂(一応、ベースしかやってないから、寮監にも化粧してるってバレないでしょ)

美琴が持っている化粧品一色は、母親である美鈴から
「女の子なんだから、身だしなみは重要よ!」の一言で強引に押し付けられた中学入学祝いの品だったりする。
美鈴が選んだ選りすぐりの品々は一級品ばかりで、香りも極自然なので匂いでばれることもない。

御坂(……泣き跡なんて見せたら、黒子が泣いちゃうものね)

あまり手慣れていない化粧で多少不安はあったが、
押し寄せていた眠気も手伝って白井には泣いていたことも、化粧をしてそれを隠したことも気付かれなかった。


307: 2010/04/23(金) 23:21:13.29

すれ違いざまに「おはようございます」と声をかけてきた下級生達に
美琴が気さくに「おはよう」と返すと、下級生達は「キャーッ」と叫びながら顔を赤らめて走り去ってしまった。

舞夏「相変わらずモテてるなー」

御坂「あ、土御門。おはよう」

舞夏「おー御坂、おはようなんだなー」

街中に蔓延っているコスプレ系メイド服とは一線を画す、
紺を基調としたロングスカートの職人用のメイド服をピッチリと着こなしている目の前の少女は土御門舞夏。
繚乱家政女学校というメイドのエキスパート養成学校に通う彼女は、
今日も実習のために常盤台の学生寮へとやって来たようだ。

舞夏が普段乗りまわしている清掃ロボがここにあるわけもなく、2人はゆっくり歩きながら食堂へと続く廊下を歩いている。

御坂「てか、別にモテてないし、私」

舞夏「さっきの子だって、おはようって御坂が言っただけで嬉しさのあまり失神しそうになって、走って逃げたんじゃないかー」

御坂「……え、そうなの?」

舞夏「御坂は気がきくし面倒見もよかったりするけど、そーいうこととか自分のこととだと鈍感だよなー」

御坂「ブハッ」

「そーいうこと」ってつまり恋愛関係のことかよ、と素早く脳内で返還した美琴は、思わず吹き出してしまった。
自分が気にしている所を舞夏にストレートにグサっと刺されて
、内心かなり凹んだ美琴。

御坂「べ、別に鈍感とかじゃ、ないわよ!」

舞夏「無理に虚勢をはるんじゃないよー、中々いいじゃないか? 初心な御坂」

御坂「全然いくない!!///」

309: 2010/04/24(土) 00:02:17.62

やれ、ピンを変えたのだって意識してる奴がいるからだろー、とか。
やれ、白井の熱烈アタックぶりは見てるこっちが恥ずかしくなるしなー、とか。

ポンポンと次から次へと美琴が過剰反応する話題ばかり振る舞夏に、
とうとう美琴は反論することさえ疲れていて、肩で大きく息をしているのもそのせいだ。

御坂「あーもう! 私のコトはいいでしょ……。つーかさ、土御門。アンタはどーなのよ」

舞夏「? どーっていうと?」

御坂「だから、アンタはお義兄さんと上手くいってのかって聞いてんの」

舞夏「上手くもなにも、あの野郎のヘタレ精神のおかげで相変わらずな関係だなー」


御坂「さいですか……」

「――ったく。こっちはもう心の準備も出来てるってのになー、情けない奴だなー……」
と脳内の文句がブツブツと小さな声で垂れながされている舞夏の愚痴を聞いて、
美琴は口を1の字にして、眼を細めて「聞いてません、何も聞いてません」と無意味なアピールをしていた。

隣に歩く少女の影がほんの少しだけゆらっと重く揺らいだのは見なかったことにしよう、と美琴は誓った。

御坂(でも、ま。『相変わらず』仲が良いのには変わりないようね)

彼女は義兄との関係をステップアップさせたい様だが、あえてそこは突っ込まない。
突っ込んではいけない領域のような気がする。

舞夏「昨日も『いやー小テストで赤点くらって補講コース決定だにゃー』なんて言って、夜遅くまで学校にいたらしいしなー」

御坂「小テストで補講? へー他の学校にはそういうシステムがあるのねぇ」

宿題がない常盤台中学には、当然、救済措置的な補講なんて存在しない。
美琴は物珍しげな眼で舞夏の話を聞いていた。

舞夏「……せっかく、ここで教わった料理作ってやろうって、はりきってたんだがなー……」

あまり感情を表に出さない舞夏だが、美琴には彼女がどこかしょんぼりと意気消沈しているように見えた。
舞夏は美琴の数少ない友人の1人だし、同じ女性で同年代ということもあり、
普通の人より、美琴は舞夏の表情をよむことや感じることはできたりするのだろうが、

御坂(……お互い、あんまし報われてない片思いだしね)

彼女の持つ不安が想像できるのかもしれない、と美琴はなんとなく思った。

310: 2010/04/24(土) 00:30:08.33
朝の時間、やはり食堂は朝食を食べる学生たちで混雑していた。
手前に奥の方、右左と首を動かして食堂の席が開いていないか美琴が確認していると、奥の方から声が飛んできた。

友人「御坂ー! こっち開いてるーッ!!」

昨日の夜、水場で会話をしていた同学年の友人が「おーい」と手を振っている。

御坂「ラッキー。まだ席開いてるみたい」

舞夏「よかったなー。それじゃ、私は配膳の手伝いに行かないとなんだー」

御坂「……朝食の時間始まってかなりたつけど?」

舞夏「今日は実習というよりは、ただ人手不足のお手伝い(ヘルパー)として来てるだけだからなー」

「多少アバウトでも大丈夫」と言って、急ぐ様子もなくゆったりと舞夏は厨房の方へと足を進めた。

美琴も席まで呼んでくれた友人の方へと歩みを進めた。
友人のデカイ声で食堂中に響き渡った「御坂」発言で、食堂中が美琴に注目してしまって多少気恥ずかしいが。

友人「おっはー」

美琴「おはよう。そのネタ古い。歳がバレるからやめなさいよねー」

友人「えぇー。私、現役バリバリの14歳なんだけど」

美琴「食い意地と言い、言葉のセンスといい、絶対あと10歳は歳食ってるでしょ?」

友人「歳は食べれません。今食べてるのは鯵の開きですー」

変な屁理屈をこねる友人はさておき、美琴は学生たちが食べている朝食に目をやった。
今日の朝食のメニューは和食中心で、メインが鯵の開きのようだ。

舞夏「ほい、御坂の分の朝食だぞー」

美琴が座っているテーブルの上に美琴の分の朝食が配善される。

御坂「土御門、ありがとうね」

舞夏「いえいえー」

せっせと働く舞夏に手短にお礼をいうと、美琴はそっと手を合わせて「いただきます」と頭を下げた。

317: 2010/04/24(土) 15:22:36.02
朝食後、部屋で沈没していた白井を起こし、美琴は今日も今日とて学校へと通うのだった。

-----

キーィン、コーォン、カーァン、コーォォ…ン。

5限目の終わりを告げる鐘が学校中に響き渡った。
教壇に立つ教師が授業終了の挨拶をするようにと、黒板名前が書かれている週番に即す。

御坂「あぁ、はい」

出席番号の順で担当している週番で、今週は美琴の番だった。
教師の催促に応じるため美琴は席から立ち上がると、クラスメイト達に号令をかける。

御坂「起立」

ガタガタと生徒達が席から立ち上がる音がする。
しばらく待って、騒がしい音が聞こえなくなれば全員が立ち上がった証拠だ。

御坂「礼、ありがとう御座いました」

週番の続くようにして、『ありがとうございました』とクラスメイト達が一斉に頭を下げた。

320: 2010/04/24(土) 15:57:26.78
>>319

噴いた
学校のチャイムじゃなくて、人生終了のお知らせになってしまう……

321: 2010/04/24(土) 15:57:56.68
HRが終わりいそいそと帰り支度をしていた美琴の肩に、突然生温かい重圧が圧し掛かった。

御坂「ちょっと、重いんだけどぉ……」

「うへぇ」と疲れ切ったような情けない声を出して、
美琴の両肩に体重のせて寄りかかってくる友人にすかさず美琴は文句を言った。

友人「経済学、やっぱ難しいわ。御坂に教えてもらわきゃ絶対氏んでた。ありがとねー」

お礼を言うくらいなら体重をかけてくるのはやめてほしい、と美琴は脱力する。

御坂「はいはい、どういたしまして」

ぐでぇと怠けている友人を美琴は「ていっ」という掛け声と一緒に両手で全力で払う。
「御坂の薄情者ー」と後ろからなにやらこちらに向かって不平不満を言って来る人が居るが気にしない。

引き出しに入れていた教科書類を学生鞄に仕舞終えるて、
席を立とうとする美琴に友人が世間話程度の会話を吹っかけてきた。

友人「御坂これからどっかいくの?」

御坂「そぉねぇ」

別に、これといった用事もない。
いつも一緒にいる黒子は、昨日の徹夜が尾を引いているみたいで、遊びには誘いにくい。

御坂(ん~、やっぱし。いつまでもこの鬱陶しいモヤモヤを引きずる訳にもいかない、かな)

思いきりストレスを発散したほうが、意外に重たい頭もスッキリするかもしれない。

御坂「街でも散策しようかしら」

昨日は結局ウィンドウショッピングできたかったし、丁度いいかもね、と美琴は今後の予定を決めた。

友人「でた、御坂の適当すぎる計画策定」

御坂「うっさい」

美琴自身は自分が計画性のない人間だとは思っていない。
そもそも、ちゃんと計画性がなければ、低能力者から超能力者まで駆けあがるなんて不可能じゃないか。

しかし、そんな自信満々な美琴をうんざりといった顔でみてくる友人に、昨日の打ち止めの言葉がよぎる。

打ち止め『ミサカはミサカはお姉様の計画性の無さに驚きを隠せなかったり』

御坂(……アレ?)

自分もそれなりに抜けてたりする人間なのかも、と少しだけ気がついた美琴だった。

326: 2010/04/24(土) 16:49:39.89
第七学区の中心部にやってきた美琴だが、特にやることも見つからずブラブラと街を歩いていた。

御坂「さて、これからどうしよう」

ケロヨンのグッズを買いにセブンスミストへ行こうか、
ゲコ太の映画の前売り券を買いに映画館に行こうか。

御坂(どっちも捨てがたいのよね)

何時までもくよくよなんてしていられない。
今日は自分の好きなことを目一杯楽しんで、色んな事吹っ飛ばして、自然な笑顔で寮へと帰ろう。

これまでがそうだったように、これからだって日々はどんどんと美琴を無視して進んでいく。
いい加減、美琴も立ち止まっている訳にもいかない。
今はまだ『あの夜』から1人進めない状態でいたとしても、いつかは朝へと向かわなくては。

御坂(本当に、いつまでもグチグチしてたら、駄目よ)

木っ端みじんに吹き飛んだ『自分だけの現実』を取り戻さないと。
そんなことを思いながら、美琴は快晴の空を目を細めて眺めた。
いつまでも足踏みしてたら駄目。前に進まないと。
自分のためにも、生き残ってくれた9982人の『妹達』のためにも。

御坂(――――だから、今日はその景気づけってねっ!)

いっそのこと、やりたいことは全部やってしまえばいいのかもしれない。

御坂「よし、じゃあまずはケロヨン!!」

よし、と気合いを入れてセブンスミストへの道を進むために手前の角を曲がると、
向こうの方からこちらに向かって来る人の中に、美琴が良く知っている人影が見えた。

唯一ワックスで立てたツンツン頭だけが空しく『オシャレ』感を演出している高校生くらいの少年。
誰かの笑顔のためなら自分が傷つくことを厭わない、お人好しでおせっかいな『アイツ』。
彼は一方通行を倒した無能力者で、『妹達』を救い出してくれた英雄(ヒーロー)。

そして、美琴の、想い人。

彼に気付いた途端、美琴の自然と頬が蒸気する。
トクントクンとうるさいくらいに心臓が高鳴る。
美琴は自然と頬を緩めていた。

御坂「―――ちゅっと、待ちなさいよ!!」

美琴は夢中にツンツン頭の少年のもとへと駆けていく。

331: 2010/04/24(土) 17:24:35.45
上条「はいはい何でしょうか、こう見えても上条さんは今いそがしいんですよ。って、御坂?」

いつも「不幸だーーー」とか呟きつつも、
様々な女性の心を虜にするこのツンツン頭の少年は上条当麻といい、とある高校の1年生である。

御坂「ひ、久しぶりね」

上条とは9月30日以来の再会だ。
ひさしぶりに会うからか、美琴はどうも落ち着くなくモジモジとしている。
呂律も上手く回らない上に、うっすらと顔に体温が集中している。

上条「おい、御坂。体調悪いのか? なんか顔も真っ赤だし、熱でもあんじゃねぇのか」

御坂「顔真っ赤って…ッ!! へ、へ平気よ。ぜーんぜん、すこぶる健康!」

緊張しているのが上条に知られたくなくて、余計に意地を張る御坂だが、
日本語の使い方が明らかに間違っている時点で、まったく隠し切れていない。

上条「いやいや、本人が風邪の初期症状に気付かないこともあるしなぁ。成長期だからって、無理しちゃ駄目だろー?」

上条は美琴の虚勢にはまったく気付いていないようだが、まだ美琴が「風邪」だと疑っている。

上条「ええっと、熱はあるのか……?」

美琴のおでこに、己のおでこをコツンと軽く押し当てる上条。

御坂「ッッ!!??///」

上条「うゎ、あっつ! 御坂、お前スゲェ熱があるぞ!?」

御坂「ふにゃぁぁ」

上条「えっ? ちょ、何で、バチバチいってるんですか御坂さん!? 漏電してるっ! 漏電していらっしゃいます事よーッ!!?」 

美琴の周囲でバチバチとスパークしていた電気が、一気に上条へと向けられる。

上条「ちょっと、待て! あーもう、不幸だーっ!」

第七学区の繁華街、真昼間の通路にて「ギャァァァァ」というかなしげな叫び声が轟いた。

335: 2010/04/24(土) 18:25:42.57

雷撃の槍はいつもの如く、上条の右手によって塞がれた。
周囲からまき挙がる砂埃から、ゆらりと上条の影が現れる。
フシャーッと猫が威嚇するように、警戒心全開で美琴は上条から一歩離れた。

御坂(今のなに、今のなに、今のなにっ!!)

上条が美琴に顔を近づけたため、美琴の心の中は大型台風が降臨していた。
近くで見ると案外長くて艶のあるまつ毛や、頬に直接感じた微かな鼻息。

御坂(だって、だってっ! あ、あれじゃあ、まるで///)

―――キス、するみたいじゃないか。

御坂(~~~~ッ!!)

「キス」というキーワードを思いついてしまった美琴は、
もうどうしたらいいのか分からず、ついに脳内がショートとしてプシューっと頭から煙がでている。
今の彼女には、ここまでが想像の限界だったようだ。

上条「―――ッ! あっぶねぇなぁ」

上条はかざした右手をブンブンと振りながら周囲を見渡した。
雷撃の槍に巻き込まれた人がいないか確認するためだろう。

上条「人はいねぇか……。良かった」

交通量も人もそれなり多いこの通路だが、今は周囲に人っ子一人いない。
上条が美琴におでこコツン行為を行った段階で「あらあら、最近の若い子は」
なんて空気を察した通行人達がそそくさとその場を退散したから誰もいないだけなのだが、
美琴以上に鈍感な上条は、まったくその事に気が付いていない。

上条「……って、御坂。お前何処にいってるの?」

ショートしてしまった美琴には、「おーい、帰っておいでー」という上条の呼び声もしばらく耳に入ってこなかった。

344: 2010/04/24(土) 20:58:42.54

通路から歩いてすぐの所にある公園のベンチに、上条と美琴は座っていた。
美琴が白井や初春、佐天らと夏休みからずっと足繁く通っている移動式のクレープ屋がある公園。

2人の間の距離はおよそ30センチほど。
たったの30センチという短い距離だが、美琴には果てしなく遠く感じられた。
上条との関係が嫌というほど思い知らされ、それが美琴の心に抉るようにと突き刺さる。

御坂(どんなに都合よく解釈しても、所詮『友達』なの距離よね……)

上条の隣に居るのが"当たり前"という顔をして、日差しの当たる場所に居る可愛らしい少女を思い出す。

御坂(……良い子よね。私と違って素直だし、なんていうか「守ってあげたくなる」感じだし)

何度が銀髪シスターと交流したことがある美琴はシスターにそんな印象を持っていた。

上条「なんか、奢ってもらって悪ぃな」

美琴達御用達のクレープ屋のクレープを美琴に奢ってもらって、なんだか上条はすまなそうに頭を掻いた。

御坂「いいから黙って奢られてなさい。その代わり、能力が暴走した件は黙ってなさいよ」

上条「もちろんですよ! 一飯の恩を仇で返すような上条さんじゃありません」

学園都市には変わった社会常識というものが多く存在する。
そのひとつに、『自分の能力をコントロールできないなんて恥ずかしい』というものがある。
美琴は超能力者として誰よりも『自分だけの現実』の確立している分、
さきほどやらかした失敗は穴があったら入りたいほどの赤っ恥。

臭いものには蓋をしろ、上条にはクレープを奢って口止めしろ、である。

上条「しっかし、このクレープ、マジで上手いな」

御坂「当たり前よ。この美琴さんおススメの店よ?」

上条「ほんと上手ぇなぁ。インデックスにも食べさせてやりたかったなぁ」

はむはむと本当に美味しそうにクレープを頬張る上条の漏らした言葉に、一瞬美琴は固まった。

348: 2010/04/24(土) 21:30:45.64

嫉妬の心が美琴の身体をグルグルと駆け巡る。
他の女の話をするな、デリカシーがなさすぎる、エトセトラ、エトセトラ。
上条に対する不満、不安が次々と湧き上がってくる。

それでも、なぜが口が開かない。開いてくれない。

御坂(――ズルイ)

彼の少女のことを愛おしそうに語る男の瞳は、なんて甘く優しそうなのだろうか。

御坂(あんた、やっぱズルイよ)

ギリっと美琴の手に力が入る、持っていたクレープに凹みが出来たけど気にもしない。
奥歯をコレ以上にないほど噛み締め、心臓を刺す痛みに耐える。
息をするのも苦しい。

どうして、そんな顔をするの?
どうして、その顔を私に向けてくれないの?

―――私は、どうしてアンタの一番じゃないの?

上条「? 御坂、ボーっとしてどうしたんだ?」

美琴の心情を知ってか知らずか、呑気にそんなことを言って来る上条に、美琴は頭が痛くなる思いだった。
こうやって、私を含め色んな女の心をかき乱すのだ、天然魔性のこの男は。

御坂「……別に、あのチビッ子にまで奢ったら、さすがに私の財布も空になるなって思っただけ」

「私結構あの子に食べ物恵んでるだけどねー、諭吉が羽根生やして飛んでくわぁ」と美琴がわざと忌々しそうな顔をして言ってやると、
上条は本当に申し訳なさそうに「ウチの子がいつもお世話になってます……」と限界ぎりぎりまで頭を下げた。

上条を言い負かして少しだけ持ち直した美琴だが、今だけは上条を視界に入れたくなくて空を仰ぐ。

御坂(やっぱ、お互い報われてない分、辛いわねーー)

今朝、義兄との関係が進まないと沈んでいたメイドの友人に語りかける美琴。それは一種の現実逃避に近かった。

あんな風に柔らかい笑みを見せられたら、何も言えなくなるのは"当たり前"だ。
気になるから、好きだから。
いつも街でアイツを探して、アイツを視線で必氏に追いかけて。

御坂(……だから、嫌ってほど分かるのよね)

愛しい少年が常に視線を追いかけているのが、誰なのかを。彼の隣に"当たり前"のように居る存在が、誰なのかを。

349: 2010/04/24(土) 21:47:57.21
目の前の少年はいつだって美琴に本当の事を語ってくれない。

9月30日の件だってそうだ。

その日も上条は誰かのために拳を握り駆けまわっていた。
上条と、彼といつも一緒にいる銀髪シスターが武装軍団に追われていたし。
「友達を助けるんだ」といって2人が走って行った方向は、
あの後、学園都市中を照らした、摩訶不思議な天使の羽根のような光の中心点だったようだし。

御坂(問いただしても、コイツ何も教えてくれなさそうだけど)

いつも美琴は助けられてばかりだ。
『絶対能力進化計画』にしても、『残骸』の一件にしても。

御坂(あの子は、一緒に走ってた)

「友達を救う」のだと行って、上条と2人で美琴の目の前を駆けて行った。

御坂(……私にも、力があるのに)

『超電磁砲』としての絶対的な力がある。
美琴だって、上条のために何か出来る力がある。
それを知っていても、上条は美琴に何も助けを求めてこないし、一緒に走らせてもくれない。

350: 2010/04/24(土) 22:12:50.20

御坂(……これからよ、これから)

いつまでもセンチメンタルな感情に浸っている場合でもない。

美琴はまだ残っていたクレープをガツガツと食べる。
そんな美琴の姿を見て上条が「お嬢様のイメージが崩れる」とへたれたが、
美琴はそんな上条を鼻で笑ってやった。

御坂(まぁ、『今』は1番じゃなくてもいいわよ)

クレープを食べ終わり、クレープを包んでいた紙をグシャリとまくる潰す。

御坂(いつか、絶対! 振り向かせてやるんだ、か、らッ!)

高校野球児もビックリのきれいな投球ホームを決めて、勢いよく丸めた紙を投げた。
紙の白球は真っ直ぐゴミ箱へと入る。

上条「―――ストライク。バッターアウッ! ゲームセッ!!」

御坂「常盤台中学校のぉー、優勝がぁー、決定しましたぁー。ウゥー」

野球の審判の真似をした上条に、美琴がアナウンスの真似でのった。ゲーム終了のサイレンまでつけて。
子どものようににやりとした2人は一拍おいて、お互いにクスクスと笑い始めた。

御坂「あっはっはー! くっだらなーい!」

上条「ぷぷっ、自分だってノリノリだったじゃねぇーかっ!」

何故が壺にはまってしまい美琴はひーひーと腹を抱えて笑う。

『今』は、これでいい。
下らない事で言い合って、ふざけ合って、笑いあえたら。

御坂(後悔させてあげるわよ?)

―――どうして、御坂美琴の魅力に早く気付かなかったのかってね。

362: 2010/04/25(日) 08:42:08.23
上条が突然、「あっ」と何を思い出したように美琴の顔をみた。

御坂「なに?」

上条「御坂妹がお前のこと探してたぞ」

御坂に会ったらすぐに伝えてやろうと思ってたんだけど、悪ぃ、と上条は続けた。

御坂「――10032号、が?」

上条「お、おぉ」

10032号のことを親しみを込めて『御坂妹』と呼ぶ上条は、
彼女の検体番号での呼び方に慣れていないのか、少しだけ頭の中で考えて返事をした。

御坂「……アンタさ、人さまの妹に変なチョッカイかけてないでしょうねぇ?」

美琴は10032号のことを口にした上条をコレでもかと威嚇する。
「卵の特売だっけ? そんな口実までつくって可愛い可愛い私の妹と逢瀬をしたかった、と?」
というドスの聞いた声をとともに、再び身体の周囲を電流をバチバチと駆け巡る。
紫電の光が般若のような美琴の顔をより一層演出している。

上条「変な誤解を招くような発言はやめて下さいっ!」
  
背筋を寒くした上条は、必氏に美琴の発言を否定した。
だらだらと流れる大量の汗に、真っ青とした顔。なんとも見るに忍びない姿だ。

363: 2010/04/25(日) 08:42:36.53
上条「さっきたまたま御坂妹に会ってさ、そん時に「御坂が何処にいるか知ってるか?」って聞かれただけだって。
    知らないって答えたらすぐにどっか行っちまったし」

御坂(打ち止めは私の携帯番号とか他の子達に教えてたりしないのかしら?)

何か急用があれば、街中を無暗に探すよりは携帯で連絡した方が早いに決まっているというのに。
それとも、それすら出来ないほどの何かがあったのだろうか。
そんな考えにたどりつくと、美琴の背筋は凍った。

御坂「どこら辺で会ったの?」

『妹達』に何かあったのかもしれない。

御坂(……この馬鹿に何も言わないってコトは、命が危ないとか、そういうことじゃなさそうだけど)

命に関わる何かでなくても、10032号があてもなく学園都市を彷徨う何かはあった、と美琴は見当をたてた。

上条「えーっと、常盤台のお嬢様に蹴られ続けてる可哀そうな自販機がある公園の近く」

御坂「教えてくれてありがとう。けど、一言余計よ」

昨日、10032号とベンチに座って話をした公園だ。
ベンチから立ち上がった美琴は、常盤台のお嬢様たち全員への不名誉を口にした上条に、「ていッ」とデコピンをかました

御坂「またね」

上条「おぉ、またな」

足早に10032号の元へと急ぐ美琴は、涙を堪えて赤くした額をさすっている上条を置いて公園を去った。

365: 2010/04/25(日) 11:03:14.34

【補足:10032号とお姉様】


10032号「――お姉様ッ!」

第七学区の中心部を走って駆けていく少女が1人。
「常盤台のお嬢さまだ」という周囲の視線を顧みず、少女――10032号のミサカはその中を無暗に縦横に走る。
自分と全く同じ容姿をもつ、『妹達』の素体(オリジナル)御坂美琴を探すために。

打ち止め『あのね――』

今朝、『妹達』を束ねる上位個体、通称・打ち止めからあることを聞かされ、
その次の瞬間には10032号はとある病院を抜け出して、街の中へと姿を消した。
朝からずっと無我夢中に人波をかき分け、美琴を探していた10032号。
軍用クローンとして一定の調整・訓練を施されている彼女でも、すでに体力が底をつきはじめた。

10032号(――ごめんなさい)

打ち止めから共有された『記憶』が頭の中で繰り返される。

ミサカ達の姉だ、と言いながら気恥ずかしそうに眉を緩めた笑顔。
手入れされているキレイな手で頭を撫でられる感触。
にししと意外と子供っぽく笑って話しかけてくれる声。
イタズラをしても、からかっても、最後は許してくれる優しさ。

――迷いなく自分たちことを「妹」といって受け入れてくれた、暖かさ。

打ち止めが美琴から与えられた全ての記憶が、10032号の脳内で繰り返される。何度も、何度も。
『記憶』からこれでもかと伝わる、美琴の想い。
それは、打ち止めだけではなく、全てのミサカに注がれる、絶対的な愛情。

10032号「……おねぇ、さまッ!!」

息が絶え絶えになっているのもお構いなしに、10032号は美琴を呼び続ける。

367: 2010/04/25(日) 11:47:54.43

10032号(ミサカは『あの夜』お姉様の一番近くにいた。
      だから、ミサカは他の『妹達』の誰よりも知っているのです、とミサカは独白します)

美琴が誰よりも一方通行に対して怒っていることを、10032号は知っている。

一方通行をのことを許しはしないが、弾じることもしない現存している『妹達』の変わりに、
もう何の感情を持つこともできない氏んでいった『妹達』の変わりに、
その全ての感情を引き受けるかのような、美琴の姿。

10032号(一方通行に対して誰よりも怒りや恐怖、悲しみを抱いているのはお姉様だ、
     とミサカはその事実を重たく受け止めなければなりません)

クローンであるミサカ達の存在を拒否せず、気味悪がらず、
命を捨てでも『妹達』を救うと叫んでくれた、美琴。
ただの『妹達』のお姉様(オリジナル)ではなく、ミサカ達の本当の姉になってくれたお姉様。

足は既にガタガタと痙攣しはじめ、まともに歩くことさえできなくなっていた。
10032号は必至の想いで、なんとか歩みを進めようともがく。
けれでも、己の足は言うこと気かず、10032号はとうとう、歩道の脇にしゃがみ込んでしまった。

ひゅ、ひゅと肩を大きく上下に動かして、10032号は辛うじて荒い呼吸を繰り返す。

何故、自分が学園の中を必氏に駆け巡るのか10032号は分からなかった。
それでも、美琴に何かを伝えたければならない焦燥にかられて此処まで来た。

10032号「……ミサカ達は、不安で仕方がないのです」

打ち止めも10032号も、美琴にどうしても口を閉ざしてしまう理由。

10032号「『妹達』全員が、一方通行の演算補助をしているをお姉様に知られたら……、」

殆ど、美琴への裏切り近い行為だ、と10032号は考える。
演算補助を行うことに疑問は抱いていないし、後悔もしていない。
命の誕生のきっかけをくれた少年は、打ち止めを命懸けで救い出してくれ、今も彼女を守ってくれている。

美琴の、妹達の命を脅かした一方通行を、妹達全員が自主的に常時サポートしていることを、美琴はどう思うだろうか。
一方通行に絶対の怒りを抱く美琴が、そんな妹達の姿を知ったら、どう思うのだろうか。

もしかしたら、お姉様に失望されるかもしれない、見放されるのかもしれない――、

10032号「……お姉様に、嫌われてしまうかもしれない」

しゃがみこんだまま、10032号はぎゅっと自分の身体を抱き込む。身体中の震えがどうにも止まらない。

10032号「……ミサカ達は、ミサカは…、お姉様に、嫌われなくない……っ!!」

自分達に向けられる美琴の愛情を消失してしまうのではないか、不安と恐怖。
それが、どうしても彼女たちが踏みとどまってしまう、原因。

373: 2010/04/25(日) 13:43:24.87

これ以上、お姉様の負担にはなりたくない、と切実に思っているはずなのに、
美琴に嫌われたくないという不安から、妹達が故意に『一方通行』について口を閉ざす。

けれど、その行為こそが、更に美琴の双肩に重くのしかかる負担と化している。

10032号(ミサカ達は、お姉様の優しさに甘え、胡坐をかいているのです、
      ミサカはミサカ達の愚鈍さに改めて気が付きました……)

身体の震えは止まらないどころか、どんどん増すばかりだ。
胸が引き裂かれそうになる痛みを感じ、10032号は右手で胸元を抑えた。
ドクンドクンという激しい心臓が脈うつ音が、うるさいほど聞こえてくる。

10032号「……怖いです、とミサカは自分の気持ちを素直に打ち明けます」

まだ、怖い。10032号のミサカを取り巻く全てが、カタカタと震え怯えている。

10032号(――それでも、)

たとえ、失望されてたとしも、見放されたとしても、嫌われたとしても。
それでも、お姉様に伝えなくては。

10032号「……、覚悟を、決めなければなりません、とミサカは自分を奮い立たせます……」

足が動けるようになったら、また走り出そう。10032号がそう決意した時、遠くから彼女の名を呼ぶ声が聞こえてきた。


【補足:10032号とお姉様 終】

375: 2010/04/25(日) 14:19:18.89
御坂「たっく、本当に此処であってんの?」

上条から聞いた場所まで来ていた美琴だが、暫く探しても肝心の人物の影すら見つからない。

御坂「全部しらみつぶしに探したんだけどなぁ」

自販機のある公園を中心にグルグルと、
かれこれ30分程キョロキョロと辺りを歩き回っているが、
美琴には10032号のいる場所が依然としてわからなかった。

御坂「仕方ない。もう一回、グルっと回ってくるか」

昨日座っていたベンチ付近で10032号を捜していた美琴は、もう一度公園の周囲へと探索に向かう。

----

御坂「10032号ー、居ないのー? 居たら返事しろーッ!」

10032号の名を呼びながら、美琴は公園近くの歩道を歩む。
どんなに呼んでも、彼女からの返事はない。

御坂(何処にもいないわねぇ。……あっ)

頭の上に電球マークを浮かべた美琴は、ポンッと手をあわせた。
すぅと思い切り空気を吸って、空気が裂けるような大声を出す。

御坂「居るなら返事しなさいって言ってるのよ、『御坂妹』ぉーーッ!!」

向かい側の歩道で歩いていた人、公園で遊んでいた子どもが
「ビクゥッ!」と驚いたようにこちらを振り向いている。
美琴の大声は風邪のない空気をよく振動させ、辺り一面の鼓膜をぶち抜いたようだ。

10032号「……それは、『あの方』だけの呼び名だから呼ぶんじゃねーよと言ったはずですが、
      とミサカはお姉様の学習能力の低能ぶりを思い知らされて愕然とします……」

歩道の脇にしゃがみこんでいた10032号の鼓膜にも、美琴の大声は突き刺さったようだ。

399: 2010/04/25(日) 16:45:00.66

歩道の脇というよりは、ビルとビルの隙間にある細い路地の入口のような所に10032号はしゃがみこんでいた。

御坂「『アイツ』から私のこと探してるって聞いたんだけど」

10032号をようやく見つけ、美琴はほっと安心したようにため息をついた。
しゃがみこんでいる彼女の前まで駆け足で近寄りながら、美琴は10032号に話しかけた。

10032号「……そういえば、あの方にもお姉様の居場所を聞いていましたね。
     とミサカは余りにもお姉様探しに熱中し過ぎて、あの方と
     キャッキャッウフフできる機会を逃してしまいましたと思い返します」

御坂「キャッキャウフフって、アンタはどこぞの親父かい」

突っ込みの要領で、美琴はズビシと右手の甲を10032号の肩に軽くぶつけた。

御坂(……アレ?)

すぐに手を離したからはっきりとは分からなかったが、

御坂(この子、微かに震えてる?)

10032号は昨日と同じように美琴に捻くれた口調で話しかけてくるが、
しゃがみ込んだまま視線を挙げようともしない10032号。

御坂「何か、あったの?」

美琴は10032号の目の前に来ると、視線を合わせるように自分もしゃがみ込む。
弱弱しく膝の上に置かれていた10032号の手を、両手で包むように握る。

微かに震える10032号の手は、とても真っ白で冷たく凍えていた。

402: 2010/04/25(日) 17:09:50.97
御坂(……冷たい)

こんなに冷たくなるまで、10032号は美琴のことを探したのだろう。
もっと早く来てあげられてたら、と美琴は申し訳感じた。
はぁっと暖かい息を吹きかけてやり、ただ、ただ、少女の冷たい手を擦ってやることしか出来ない。

しばらく美琴がそうしていると、漸く10032号が顔をあげた。
眉はこれでもかと垂れ下がり、見るからに顔は血の気が引いていて青白い。
口も見事にへの字に結ばれている。

御坂(昨日も、今日も。この子はいつも泣きそうなのを、必氏に我慢してるのね)

自分を律そうとする10032号には敬服するが、
そもそも、彼女にそんな顔をさせているのは他の誰でもない美琴だ。

御坂(アンタに無理、させちゃってるよね、私)

自分の滑稽さに嫌気がさす美琴だが、ここで自分が崩れてはいけない。

御坂(―――私は、もう迷わないって決めたから)

目の前の妹達(このこ)が更に迷ってしまわないように、混乱してしまわないように。

10032号「……記憶の通りです。お姉様の手はやはり暖かいのですね、とミサカは実感します」

御坂「?」

ポツリと、10032号が呟いた言葉の意味を、美琴には理解することは出来なかった。
ただ、10032号は何かを確認しているような、噛み締めるような、そんな視線を美琴に向けた。

10032号「――――あの、」

覚悟を決めたように、10032号が口を開いた。
いつもはボンヤリとして焦点の合わない瞳が、美琴をまっすぐに映し出す。
はじめて、10032号の強い意志も持った視線をむけられた美琴は、じっと彼女が次の言葉を紡ぐのを待った。

403: 2010/04/25(日) 17:46:25.31

焦らず急かさず、手をぎゅっと握ってじっと待つ美琴に、10032号は少しづつ話し始めた。

10032号「今朝、上位個体から昨日のお姉様との記憶がミサカネットワークに流れました」

美琴「……そう」

『妹達』に起こった、何か。
心の片隅で、もしかして『妹達』の命に関わることかもしれないと疑心暗鬼だった美琴だが、
「彼女たちの命が脅かされるといったことはなさそうだ」と10032号に気付かれないように、美琴は小さく息を吐いた。

10032号「お姉様は、ミサカ達の『姉』だと笑ってくださったのに……」

言葉を紡ぎながら、段々10032号の手のひらに力が籠る。

10032号「ミサカはその事を知って、すごくすごく、……嬉しかったのに…ッ」

更に眉が垂れ下がる。

10032号「ミサ、ミサカは、ミサカ達は…、お姉様の優しさに甘えてッ…! 
      自分、達の弱さのせいでッ、お、お姉様に余計な心配をかけさせてッ、ふた、負担をか、けて……ッ!!」

その瞳をうっすらと涙で貯め込み、しゃくりあげる。

10032号「ぉ、お姉様に、き、きらわれ、たくなくて…ッ! ……ミサ、カは。ミサカはッ」

親に叱られた小さな子供のような10032号を、
美琴はもう黙って見ていることなんて出来なかった。

御坂「無理、しなくていいよ」

背中を丸めて、小さくしゃがみ込んでしまっている10032号の身体ごと美琴はぎゅっと抱きしめた。
涙は流さなくても、「ひっく、ひっく」と辛そうにひゃくりあげる10032号の背中に手をまわした。

御坂「……大丈夫。大丈夫だから」

10032号「……ふぇ、おね、ぇさまぁ……っく」

御坂「ゆっくり、息を吸って」

ポンポンと背中をゆっくり叩いてやり、美琴の首筋に顔を埋めた10032号の頭をそっと優しく撫でる美琴。

御坂「はいて、もっかい息吸って、はいて」

10032号はしゃくりあげながらも、素直に美琴の指示にしたがって、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。

407: 2010/04/25(日) 19:23:03.73
10032号は顔を美琴の肩に擦りつけながら、
ときどき小さくしゃくりあげるが、それでも一気に高ぶった感情は収まったようだ。

御坂「あせらなくて良いから。ね?」

美琴は10032号に語りかける。

御坂「私は10032号も、他の『妹達』も。嫌いになったりなんか、しないよ」

10032号をあやす様に、諭すように、美琴は言葉を続けた。

御坂「私はさ、別に義務とか責任とかでアンタ達の『姉』をやってるんじゃないの」

顔を美琴の肩に埋めて黙って聞いていた10032号が、ぱっと顔を挙げる。

御坂(そうよ、私は――)

美琴は彼女たちが大切で、その笑顔を守りたい。なぜなら――、

御坂「アンタ達が可愛くて、ほっとけなくて、大好きだから」

覚悟も信念も義務も責任も、そんな概念なんて必要ない。
わざわざ難しく考えて、無理に理由をこじつける必要なんか、ない。

御坂「だから、アンタ達の『姉』で居たいのよ」

9982号も、打ち止めも、10032号も。
その命を散らして逝った『妹達』も、世界の何処かで笑って暮らす『妹達』も。

―――美琴は、大好きなのだ。

それがあれな、美琴には十分なのだ。
それさえあれな、美琴は何処までも頑張れるし、強くなれる。

御坂「ただ、それだけなの」

美琴はようやく自分が辿りついた問いの答えを、10032号に告げた。

そんな美琴を見ていた、10032号の目が大きく見開かれる。

打ち止め『優しくて気高くて誰かのために怒ることのできる、
      お姉様にぴったりの花でしょッ!? ってミサカはミサカは――』

いつだったか、そう言って打ち止めがミサカネットワークに流した花。
たったいま10032号に向けられた、
10032号を介して全てのミサカに向けられた美琴の頬笑みは、まさしくその花の様で。

美しい夏の青空のもと、大輪を輝かせる向日葵のような頬笑み。


――――ミサカ達の心を照らす、太陽のような頬笑みだ、と10032号は思った。

409: 2010/04/25(日) 20:13:15.68

10032号はギュッと美琴のブレザーの裾を握りしめる。
ついに彼女の目から涙が溢れ出てしまい、10032号は美琴のブレザーの裾で目元をゴシゴシと拭いた。

御坂「おいおい」

ずずっとブレザーの袖で鼻まで啜す10032号をみて美琴は呆れたような声をだしたが、声に怒気は含まれていない。

10032号「お姉様がミサカのことを泣かすからいけないのです、とミサカは責任に所在をはっきり示唆します」

御坂「アレ、私、なんか悪いことした?」

傍らに置いていた学生鞄からハンカチを取り出す。
美琴は「ブレザーなんかで擦ったら、後で肌があれるわよ?」と10032号の目元を優しく擦る。
白いハンカチには、ケロヨンの刺繍が小さく施されている。

10032号「……このミサカを含め、お姉さまは『妹達』20001人を口説き落としたのですから
      責任を取りやがれと言っています、とミサカは比喩表現に疎いお姉様に懇切丁寧に言い直します」

御坂「へっ? 口説き落としたって、えっ?」

意味がまったくわからない美琴は、「どういうこと?」と聞き返した。

10032号「そのようなお子様グッズを好むお姉様ですから、
     なんとなく鈍感娘なんだろうと見当はつけていましたけど、とミサカはお姉様の鈍感ぶりを嘆きます」

美琴が手に持っている白いハンカチ(ケロヨンの刺繍つき)を見ながら、10032号が大げさにため息をついた。

御坂「ちょっと、誰が鈍感だって!? あと、ケロヨンは関係ないでしょ!」

10032号「だから、ミサカが泣いたのはお姉様のせいなので、いいから責任取れ、とミサカはもう一度だけお姉様にいいます」

最後に「ちーん」とハンカチで鼻を噛むと、すくっと立ちあがって、10032号はビシッと美琴に指をさした。
すでに、赤く擦れた後の目元に涙はない。

御坂「泣かすつもりじゃなかったんだけど……。それに責任取れって、何すればいいのよ?」

ぽいっと投げかえられたケロヨンの刺繍付きハンカチを、涙目で受け取った美琴。

10032号「今度、ミサカにも、アイスとコーラを奢ってください、とミサカはお姉様にお願いします」

「上位個体だけ良い思いをするのはズルイです」と、拗ねたようにいう10032号が、美琴にはとても愛らしく思えた。

411: 2010/04/25(日) 20:50:01.53
10032号「―――ミサカ達は、もう少しだけお姉様の優しさに甘えても大丈夫でしょうか? とミサカは質問します」

御坂「いつまでだっていいわよ」

「20001人の妹ワガママくらい、笑って受け止めてあげるわよ」と美琴はさらりと言ってのけた。

10032号「……覚悟を決めたつもりなのに、やはりミサカにはまだ
      一歩を踏み出す勇気はなかったのです、とミサカは自分を冷静に分析します」

御坂「そう」

10032号「けど、いつか。絶対。お姉様にお話しします」

御坂「……ん。待ってる」

何の話か。
そんなこと聞かなくてもわかっている。
いつか話すと、10032号は御坂に約束してくれたのだ。

10032号「ッ! 病院を抜け出したことがあの医者にバレタようです、
     とミサカは10039号・13577号・19090号たちからの通信内容をお姉様にも伝えます」

御坂「え…、ソレ大丈夫なの?」

10032号「検査をサボって来たので、あんまり大丈夫ではありません、とミサカは――」

御坂「何やってんのッ!? アンタ達がいましなきゃいけないことは身体の調整でしょッ!!」

10032号「突然高い声で怒鳴らないでください、耳がキーンとして痛いです、とミサカはお姉様に訴えます」

御坂「減らず口を叩くんじゃないのっ!」

10032号はくどくどと怒る美琴の声を遮断するように両手で耳を塞いで「あーあー聞こえない」と言う。
面倒くさそうな声色とは裏腹に、10032号はどこか嬉しそうにニヤニヤとしている。

10032「お姉様、『母親』みたい」

なんて、10032号の独り言は、「身体を大切にしないさい」と怒っている美琴には気付かれなかった。

413: 2010/04/25(日) 21:31:52.51
御坂「1人で大丈夫なの? ちゃんと帰れる?」

10032号「大丈夫です。子ども扱いしないでください、とミサカは眉をひそめます」

御坂「やっぱ、私も一緒に病院に――」

10032号「結構です。病院までの帰路中ず~っとお姉様の説教を聞かされるのは御免こうむります、
     とミサカは人の目もある歩道脇でネチネチと説教をしたお姉様に「NO THANKS YOU」と断わります」

さすがあの場で十五分もクドクドと説教されれば、もう十分だと10032号思っているのだろう。
美琴の純粋な好意も、ピシャリと一刀両断で拒否したのが良い証拠だ。

御坂「むぅ~、なんか納得できない断られかたねぇ」

頬を膨らませて不貞腐れる美琴だが、あそこまで言われてしまうと反論もできない。

10032号「ああ、そう言えば、先ほどミサカネットワークに通信して来た10039号・13577号・19090号たちから伝言を預かっています」

御坂「病院にいる子たちから?」

10032号「はい、『とりあえず、自分たちにも責任とって、なんか奢れ』、だそうです」

御坂「……いつから『妹達』は某銀髪シスターみたいに食い意地はるようになった訳?」

10032号「暴食少女みたいな言い方は侵害です。お姉様にかまってもらうための口実なら、
     なんでも良いんですよ、とミサカは――ッ!」

自分がさらりと口にしたことが、とんでもないことだと気付き、口を閉じたが時すでに遅し。
今朝打ち止めがほった墓穴を、10032号も掘るはめになったのは、正に因果応報だった。

御坂「ほう、私にかまってもらうための口実なんだぁ、へぇ~」(ニヤニヤ)

10032号「な、何のことかさっぱりです、とミサカはお姉様のにやけ顔の意味が分からず戸惑います!!」

御坂「あ~もぅ、打ち止めもアンタも、可愛いなコンチクショー!」

美琴は居てもたってもいられず、10032号の肩に腕を回すと、ウリウリと頭をこついた。

10032号「やめて下さい、お姉様、鬱陶しいです!」

御坂「照れるな、照れるな」

ギャーギャーと騒ぐ瓜二つの少女を、周囲の人は微笑ましそうにニコニコと眺めていた。

418: 2010/04/25(日) 22:18:18.03

御坂「――それじゃ、喫茶店に行くのは身体の検査が終わって、体調がちゃんと良くなってからね?」

10032号「わかりました、とミサカは返答します」

御坂「ええっと、連絡方法だけど……」

10032号「お姉様の携帯番号ならすでに上位個体との記憶共有で情報を得ています、とミサカは進言します」

御坂「ですよねぇー」

ミサカネットワークというのは、存外便利なもののようである。
そもそも『妹達』の間ではネットワークを介して情報のやり取りが出来るのだから、携帯要らずだ。

御坂(打ち止めはお子様ケータイ持ってたけど…)

あれは、多分保護者が持たせたものだ。

御坂(っということは、一方通行が持たせてるのよね)

カバーの両面に、大きな花柄が描かれている可愛らしい打ち止めの携帯。

御坂(……アイツの趣味だったら、笑えるわ。に、似合わな過ぎるッ……!)

「ぷっ」と突然吹き出した美琴を、不思議そうに10032号は見ていた。

420: 2010/04/25(日) 22:40:14.56
そういえば、と不思議そうに美琴の顔を見ていた10032号がふいに口を開いた。

10032号「昨日、お姉様に『妹達』の記憶の中にケロヨンの情報がないといいましたよね、とミサカは昨日の話を振りかえります」

御坂「あぁ、うん。そんなことも言ってたわね」

ケロヨンの記憶を持った『妹達』は、8月15日をともに過ごした9982号だった。
現存している『妹達』に氏んでいた『妹達』の記憶が残っていないかもしれない、
と美琴は昨日の夜、1人で胸を締め付けてた。

御坂「なにか、わかったの?」

もしかしたら、膨大な情報に埋もれて10032号が見落としていただけなのだろうか。
そんな淡い期待を抱いて、美琴は10032号の言葉を待った。

10032号「もともと、上位個体とお姉様のやり取りがミサカネットワーク上に流れたのは今朝。
     つまり、上位個体は昨日の夜から今朝まで意図的に通信を遮断し、お姉様との『記憶』を占有したのです、
     とミサカはあのちびっ子の独りよがりな行動に頭を痛くします」

御坂「そういえば、そんな様なコト言ってたわ」

打ち止め『決めたーっ! 今日だけミサカはお姉様を一人占めして、明日になったら皆に教えてあげようって
      ミサカはミサカは自分の欲望に忠実に行動してみる~』

美琴は昨日の打ち止めの言葉を思い出した。

10032号「ミサカネットワークを遮断する、というコト自体ミサカ達には考えつかないことでした。
     ミサカ達より感情が豊かな上位個体だからこそ思いついたことかもしれません、とミサカは推測します」

御坂「えっ? それって自由に接続したり遮断したりできないの?」

思っていたより、不便かもしれないぞ。ミサカネットワーク。

10032号「いえ、上位個体に制限をかけらてれない状態なら自由に出来ます。
     ただ、ネットワークに接続しているのがミサカ達にとっては『当たり前』なので、考えつかなかっただけです」

御坂「ふ~ん」

421: 2010/04/25(日) 22:58:40.94
10032号「上位個体がネットワークを遮断して、記憶を独占したということを踏まえ、
     ケロヨンの記憶が全ミサカにない=(イコール)誰かがネットワークを切ってその記憶を占有しているではないか、
     とミサカは仮説をたて、上位個体の他に過去に遮断行為を行った個体が居ないかと尋ねました」

御坂「……」

10032号「上位個体からの返答は、『過去に一度だけそれを行った個体がおり、検体番号9982号のミサカだよ』とのことでした」

御坂「……そう」

10032号以降の妹達にケロヨンの記憶がないのは、
9982号がネットワークから自身を遮断していたから、ということなのだろうか。

御坂(でも、なんでわざわざ……?)

10032号「ミサカ達が有してる9983号の記憶の中で、唯一情報が途切れていると思われるのは、
     第9982次実験が行われるすこし前、それもたった数分の間だけでした、とミサカは検証結果を報告します」

御坂「……8月15日の、実験の少し前……?」

-----

御坂「…ん? まだ何かあるの?」

9982号「…いえ」



9982号「さようなら、お姉様」

----

あの時、9982号と分かれた時のことだろうか、と美琴はグラグラする頭で必氏に考えた。

10032号「……9982号にとって、何故『ケロヨン』に関する情報を遮断したのかはわかりません。
     どういう状況でネットワークを切っていたのかも想像がつきません、」

けれど、と10032号はつけたしてこう言った。

10032号「―――けれど、きっと9982号も上位個体と同じように、お姉様との想い出を「1人占め」したかったのだ、とミサカは推測します」

425: 2010/04/25(日) 23:29:11.59
「検査が終わり都合がついたら美琴の携帯に連絡する」と約束した10032号は、
9982号のことを伝え終えると、「カエル顔の医者が怒ると怖いので、」と言って病院へ帰って行った。

御坂(……9982号)

今も耳の片隅に残っている、9982号の声。

9982号『これはお姉様から頂いた初めてのプレゼントです』

ケロヨンの缶バッチを絶対に話さなかった9982号。

御坂(どうして、私との最期を、私があげたケロヨンのバッチのこと、皆に秘密にしたの?)

当然、9982号から返事が返ってくるはずもない。
あの時、最後の時、何かを伝えようとしていた9982号。
ミサカネットワークを遮断していたのが、その時ならば、
9982号が美琴に伝えようとしたことが何か、他の『妹達』も知らないだろう。

御坂(アンタの最後の言葉は、わからないままね……)

美琴の頬を冷たい冷気が優しく撫でた。
少し日が傾いた学園都市の空に、微かな秋風が吹き始めた。

御坂「……9982号」

美琴が呼んだ少女の名を、柔らかな風がさらっていった。


ピ口リリ口リン~♪という間抜けなメール着信音が学生鞄の中から聞こえてきた。

美琴「……誰から、かな?」

ガザガザと学生鞄の中に入れておいた携帯を取り出すと、
表の液晶には【メール:佐天涙子】の文字があった。

427: 2010/04/25(日) 23:49:32.65

‐‐‐‐‐‐

from 佐天涙子

to 御坂美琴
to 白井黒子

Title カラオケー♪♪

こんちわ、御坂さん! 白井さん! 佐天でーす♪
今、初春といつもファミレスにいて、
一緒にカラオケに行きたいねぇ~って話してたんですけど、
良かったら、御坂さんと白井さんも一緒に行きませんか??(*^_^*)

‐‐‐‐‐‐‐

初春飾利のクライメイトの佐天涙子から来たメールをしばらく茫然と見ていた御坂だが、
カタカタと携帯のボタンを操作にて、佐天に送る返事を打ち込んむ。

御坂「送信、と」

美琴のメールの内容を要約すると「行く」である。

御坂「ファミレス集合よね」

美琴はいつもの集合場所を思い出し、佐天からの返信を待つことなく携帯を学生鞄へとしまった。

御坂「……さて、私も行きますか」

両手を天高く伸ばして「んーっ」と思い切り伸びをした美琴は、
ファミレスに向かう前に、来るっと後ろを振り向いた。


御坂「いってきます」


学園都市にそよぐ秋風が去っていく方角を真っ直ぐ見据えて美琴はそう言った。
一体誰に向かって言った言葉なのか、それは美琴にしかわからない。

428: 2010/04/26(月) 00:03:55.16

いつもファミレス、と言ってもココからだと確実に徒歩30分はかかる。
美琴が今歩いている歩道は幸いにも第七学区内の主要道路の1つで、すぐ目の前にバス停がある。
バス亭の時刻表と運行表を確認すれば、
ファミレスの近くにあるバス亭までいくバスがあと5分程でつくらしい。

御坂「たまには、バスでいくのもいいかもね」

バスなら待ち時間を含めて12、3分でファミレスつけるはずだ。
美琴はバス停に隣接しているベンチに座ると、バスが来るのをのんびりと待った。

429: 2010/04/26(月) 00:26:55.16
プシューっとバスの入り口が閉まる音がする。
美琴は入口の右手にあった小さい四角い機械から乗車券を引き抜く。
何処に座ろうかとガラガラと人が全くいないバスの中を見渡すと、
バスの一番後ろの後部座席に見覚えのある、どちらかというと今は会いたくない人物が座っていた。

白い髪に病的に白い肌。少年の赤い眼孔は遠目でもはっきりとわかる。

御坂「……ゲッ」

思わず、そんな声を漏らしてしまった美琴。

御坂(~~~何で、一方通行が居るのよッ!)

ナイスタイミングというか、バットタイミングというか。
美琴はすぐさまバスを降りたくなったが、すでにバスは次の停留所へと進んでいる。
再度辺りを見まわたせば、更に最悪な事態であることに気がつく美琴。

御坂(……乗客、私とアイツしかいないじゃないのよぉ……)

美琴は恐怖でカタカタと震える足をペシッと叩く。

御坂(―――怖がるな、怯えるんじゃないわよ、御坂美琴)

アンタはもう迷わないんでしょう、もう逃げないんでしょう。
立ち向かうことなんて、出来ないけど。

御坂(情けない姿だけは、見せるな)

一方通行にはそんな姿みせたくないし、と美琴は心の中でぶーられた。

432: 2010/04/26(月) 00:37:45.52
…………ごめんなさい。今日中に終れませんでした orz

休憩してた時に、すっかり9982号のオチを書いてなかったことに気がついて、
一方さんより先に解決させたら、一方さん書く時間が……。
本当はこのまま書きたいのですが、明日朝から授業なので今日はここまでです。

ここまで読んでくださってありがとうございました。
コメント等ありがとうございます。マジで励みになります。やる気でます。

本当に大きい口たたいてすいません(/_;)
後は一方さんを残すのみなので、次回の投下で終りますので……。
次は明日か明後日の夜に、お邪魔しますので、次回もよろしくお願いします。

442: 2010/04/26(月) 18:34:53.27
美琴がペチンと足を軽く叩いた音が聞こえたからか、
一方通行が気だるそうに赤い眼孔だけを動かしてこちらの様子を伺ってきた。
少年の姿を視界に入れてから身体が強張り、頭も視線も一方通行の方へと固定していた美琴に、
一方通行の視線がカチリとぶつかる。

御坂「……!?」

一方通行「――ッ!」

美琴の存在を認識した瞬間、一方通行の赤い瞳が僅かに揺れた。
しかし刹那の出来事だったため、美琴は一方通行の「らしく」ない言動には気づかない。

一方通行は素早くぶつかった視線から逃げると、不機嫌そうな顔を更に歪めて
美琴を視界に入れたくないと言い放つように、あからさまに首を右に45度まわして、車窓の外を見ている。

一方通行「……チッ」

忌々しそう舌打ちした少年の姿に、美琴が腹が煮えくりかえるようなムカつきを覚えた。

御坂(コイツ私の顔見て、チッって舌打ちしやがった……!!)

別に笑顔でフレンドリーに接しろとは思わない。
というか、そんなことされたら全身に寒イボがたつが。
それは置いておくとしても、あまりにも一方通行が取った態度は露骨すぎやしないだろうか。

御坂(――なんか、怖いと憎たらしいとか色々あるけど、)

今だけは他の感情が美琴の心の割合を大幅に占めていた。

御坂(は・ら・た・つーーッッ!)

天真爛漫、純白無垢。
そんな言葉が良くにあう美琴の可愛い妹、打ち止め。
だが、少女の男の趣味だけは、到底理解できそうにない、と美琴は思った。

444: 2010/04/26(月) 20:20:57.23
「ああ、もう、食って掛ってやろうか」なんて頭によぎる物騒な事な考えも、
バスの床をこれでもかと力一杯に「ガンッ」と踏みつけたる衝動も、
なんとかギリギリの所で踏みとどまって美琴は我慢する。

御坂(落ち着け、落ち着くのよー自分)

今にでもその首根っこひっつかんで、一方通行の頬を殴ることが出来たらどんなに気分が晴れるか。

御坂(……けど、そんなこと出来るわけない)

一方通行を詰ろうが批判しようが、それは美琴の心を満足させるだけの自分勝手な行為でしかない。
だって、一方通行は――打ち止めのいう『あの人』なのだ。

御坂(一方通行のことを傷つけたら、打ち止めが泣いちゃう)

『あの人』は、打ち止めが淡い恋心を抱いている相手で。
『あの人』を想って、打ち止めは砂糖菓子のように甘そうな極上の笑みを浮かべる。
『あの人』が居るから、打ち止めの世界はキラキラと輝く。

昨日の晩、こみ上げてきた悔しさが、再び美琴の美琴の心を覆い尽くす。

御坂(一方通行――、アンタが居るから、打ち止めは笑ってるのよ)

打ち止めが安心して笑っていられる日常には、アンタがあの子の隣に居ないと意味がない。

御坂「…………見守ることって、凄くもどかしいことなのね」

なにげなく声に出ていた美琴の戸惑いを、一方通行の耳に届いたか美琴には定かでない。
困ったように眉をハチの字にした美琴は、自虐的に笑うしかなかった。

445: 2010/04/26(月) 20:39:28.30

御坂「きゃぁッ!」

どてん、と美琴はバランスを崩して床に転んだ。
キキッとバスに急ブレーキがかかり、
入口付近にぼけっと立っていた美琴は突然の衝撃に対応できなったようだ。

御坂「……ッ痛ぁ」

昨日、打ち止めにタックルされて床にブツカッタ場所に、
バスの床にジャストミートにぶつかって涙目になる美琴だった。

御坂(いつまでも立ってる訳にいかないか)

バスは赤信号待ちで止まっており、席に移動するなら丁度今だ。

御坂(……そぉーねぇ)

少し考え込んだ美琴は、「よしっ」と何かを決めると、
一方通行が座っている方へと進んでいった。

美琴の近づいてくる気配を感じ取ったのか、一方通行の赤い瞳が再び美琴を捉える。
さきほどは無意識にした舌打ちを、今度はあえて美琴に聞かせるようにワザとらしく舌打ちする。

一方通行「―――チッ、何のつもりだ、超電磁砲」

おれほど美琴の存在を無視してきた一方通行が、美琴に食って掛ってきた。

多分、それは。
今のっているバスには、美琴と一方通行の2人しかおらず、席は何処もガラガラだというのに、
一方通行の座っている席のすぐ斜め前の2人掛けの席に、美琴が座ったからだろう。

450: 2010/04/26(月) 23:34:40.24
何のつもりだ、と聞かれても。

御坂「何となくよ、何となく」

美琴にはそれ以外に返しようがなかった。
一方通行の近くに座ったのは、本当にただの気まぐれだからである。

『一方通行』からも、
『妹達』からも、
『あの夜』からも、美琴はもう逃げないし、惑わされたくない。

逃げない、怯えないと決めたなら、
わざわざ遠くの席に座って小さく背中を丸めるよりも、

御坂(―――近くに座ってたほうがマシかなぁって)

そんな程度の理由だった。

一方通行「……はァ? 意味がわかンないンですけどォ」

御坂「別に、アンタにわかってもらう気はないし」

震えそうになるのを我慢して、美琴はだるそうな態度を取る。
多分、一方通行に対する態度はこれくらいが美琴の中で丁度いい距離感なのだ。

そんな美琴の姿を見て、一方通行は普段からよっている眉間の皺を更に歪めた。

一方通行の目の前にいる少女は、御坂美琴。
学園都市第三位、超電磁砲の軍用型クローン『妹達』の素体(オリジナル)

8月15日と21日の夜。
この少女は果敢にも一方通行へと、その牙を向けた。
ただ一方通行に虐殺された『妹達』のために、立ちあがった。
同じ超能力者とはいえ、絶対的な壁があると知っていながら、
それでも、自身の命すらも賭けて、『絶対能力進化計画』を潰しにかかった、

――『妹達』のお姉様(オリジナル)

彼女は一方通行を誰よりも憎み、敵意を抱いているはずなのに。
一方通行に掴みかかっても来ない。罵倒をあげもしない。

ただ、バスの椅子に気だるそうに座っているだけだ。

一方通行は、美琴の真意を図りきれていない。
誰よりも優秀な脳をもつ彼が、美琴を不気味そうな目でみていたのが、それを物語る。

452: 2010/04/26(月) 23:41:12.84
しばらくの沈黙のあと、一方通行は何かを諦めたようにを開いた。赤い瞳に小さな影が落ちる。

一方通行「意外だなァ。感情だけで俺に立ち向かったお前が、
     『妹達』を愉快に素敵に虐頃した俺を見ても、何のリアクションも起こさねェなンてよ」

一方通行は美琴に乱暴でそれでいて落胆したような声で、そう言った。
少年は斜め前に座る少女の背中を何処か寂しそうな目で追いかけている。

御坂「……何が、言いたい訳?」

一方通行「あんだけ守るんだって喚いてたくせに、
      俺に文句の1つも言わねぇなンてよォ。……薄情な奴だと、思っただけだ」


その言葉を聞いた瞬間、必氏に堪えていた美琴の堪忍袋の緒がブチリと切れた。


御坂「―――ッざけんな!!」

美琴は手前の2人掛けの椅子の背もたれの背中を、思い切り蹴った。
ダンッ! と鈍い音がバスの中に響く。

一方通行「……ハッ!」

途端、美琴が身体に纏う雰囲気がガラリと一片したのを見て、一歩通行の頬が上がる。
生気を失ったような赤い瞳に、鋭い眼光が戻ってくる。

一方通行「そォだよ、そォじゅねェとなァ!!」

「カカカ」と一方通行は楽しそうに笑い声をあげた。

超電磁砲は、一方通行を弾ずるのが当然だと言わんばかりの挑発に、
美琴の血管は今にもブチ切れそうだった。

456: 2010/04/27(火) 00:05:53.13

一方通行「謝罪すンぜ、超電磁砲。悪かったなァ、マジで頭イかれちまいやがったかと思ったわ。
      その年で痴呆たァ難儀なもンだって心配したンだぜェ?」

わざと美琴の逆鱗に触れるかのように、一方通行は挑発の言葉をはぎだし続ける。

御坂「……黙れッ!」

椅子の背もたれを蹴りあげた後、
美琴は身体の正面を斜め後ろに居る一方通行へと向けた。
一方通行を睨みつける顔は、まさに学園都市の頂点、超能力者に相応しいものだった。

一方通行「ケッ。ヒステリー声で鼓膜敗れたらどォしてくれんだ? 弁償でもしてくれるンですかァー?」

右手の小指でつまらなそうに耳を掻きながら、不敵な笑みを浮かべる一方通行。
一方通行がとる態度、でてくる言葉、全てが美琴を馬鹿にしたようなものだった。

御坂「黙れって、言ってんでしょーがぁッ!!」

遂に美琴は立ちあがり、荒い息とともに怒声を一方通行に浴びせた。

前髪からは、紫電の光がバチバチと火花を散らして美琴の周りを囲んでいる。
いつ爆発しても可笑しくない状態で、美琴は一方通行の方へと飛び出した。

459: 2010/04/27(火) 00:24:37.97
一方通行の胸倉を掴んで、
美琴は一方通行を椅子の背もたれに力ずくで押し付けた。

あれほど美琴と苦しめた「反射」は何故か作用しない。
何故か、一方通行はベクトル操作で美琴に攻撃をしかけてこない。
しかし、完全に頭に血が上っている美琴はその事に気がつかなかった。

ただ、ただ自分の感情を一方通行に吐き捨てる。

御坂「……アンタが私を挑発して、何がしたか全・然わかんないんだけどさぁ」

美琴はガンと己のおでこを一方通行のソレに頭突きのようにぶつけた。
一方通行と美琴の顔の距離はほんの僅か、少年の赤い瞳と少女の茶色い瞳がぶつかりあう。

御坂「これでもね、一応まだ我慢してんのよ? 電撃でアンタを焼かないように」

先ほどの空気を裂くような罵声あげた美琴は、さっきとはうってかわったように、静かな声で告げる。

一方通行「そりゃアレか? オレがコレを持ってるから、同情でもしてンのか?
      余計な親切アリガトォゴザイマスゥー、有難迷惑だ、ボケ」

座っていた椅子の傍らに置かれていた現代的なデザインの杖に、
一方通行は視線を一瞬やって、「そんなもんいらない」と撥ね退けるように言った。

461: 2010/04/27(火) 00:46:42.83

美琴は念を押しように、小さな声で、それでいてはっきりとした声で
目の前の、美琴の心をこれでもかとかき乱す少年に告げる。

御坂「……私はアンタがキライ、大嫌い。」

一方通行「……そォかい」

一方通行はそれが"当たり前"だというような反応を返した。
自分は、超電磁砲に、憎まれ、責められ、嫌われて"当たり前"なのだと、言わんばかりに。

御坂「アンタは知らないでしょうけどね――、」

9982号『お姉様』

美琴の脳裏には、9982号との時間が走馬灯のように流れていく。

御坂「――9982号は…、アンタが頃した10031人の『妹達』は、笑ってたのよ?」

あの子も、微かにだけど、笑っていたのだ。
美琴は知ってる。美琴だけは知っている。
彼女たちの控え目だけど、可憐な笑顔を。

御坂「……それを根こそぎ奪ったアンタを。10031人の妹達の笑顔も未来も命も全て奪い取ったアンタを」

美琴は裂ける痛みに悲鳴を上げる胸から、絞り出すようにして一方通行に突き付ける。

御坂「私は、絶対に許さないッッ……!」

462: 2010/04/27(火) 01:04:14.40
一方通行「……だったら、能力でも何でも使って、俺に立ち向かえばイィじゃねェか」

「がむしゃらに一方通行に立ちはだかった、『あの夜』のように」  
一方通行の言葉の後に、美琴はそんな言葉が続くような気がした。

御坂「それが出来たら、どんなに楽か、って話ね」

それが出来たら、どれだけ美琴の葛藤は減るだろうか。

御坂(『あの夜』みたいに、何にも考えずにアンタに立ち向かっていけたら、どんなに楽か……ッ!)

氏んでいった『妹達』に会えない寂しさから逃れられるなら、
助けてあげられなかった『妹達』への罪悪感から逃れられるのなら、
自分が一方通行に対して抱いている、蛇のように美琴の心を締め上げる感情から逃れられるのなら。

御坂(――そうしたいに、決まってるじゃない)

美琴の双肩に押しかかる重りは、一方通行が想像しているよりはるかに重くのだ。

一方通行「あァ? つまンねェこと言ってんじゃねェよ」

尚も一方通行は挑発を続ける。

一方通行「聖人君主でも気取ってンなら、似合わねェから辞めとけ辞めとけ」

無理にでも、美琴が抱えているものを吐き出させるかのように。
怒りでも憎しみでも悲しみでも、なんでも、ぶつけて来いと言いたげに。


467: 2010/04/27(火) 01:35:39.32

しかし、それをした所で美琴の心が晴れることは決してないのだ。

御坂(――結局、私は許せないもの)

何もできない情けなくて馬鹿な、御坂美琴のことを。

御坂(私は、御坂美琴も大嫌いだし、絶対に許してやらない)

美琴は一生そうやって自分で自分の手足に枷をつける。

美琴はそうやって、生きていく。

470: 2010/04/27(火) 02:07:45.48
打ち止め『―――でも、本当に恋愛成就してくれるなら、ミサカもお守り欲しいかもって、ミサカはミサカは呟いてみたり』

顔のみならず耳まで赤らめて、照れくさそうに語って、
『あの人』を想って、満開の向日葵のように笑った打ち止めの顔が美琴の瞼の裏に焼き付つく。

10032号『けど、いつか。絶対。お姉様にお話しします』

身体全身を震わせて、必氏に美琴に謝るかのようにしゃくりあげたのに、
真っ直ぐ美琴の目を見つめて、約束を交わしてくれた10032号の声が美琴の鼓膜から離れない。

御坂(――……ッ)

一方通行の服に爪が食い込むほど強くにぎっていた手を、胸倉から乱暴に話した。

一方通行「……ンだよ」

いったい何のつもりだ、というような非難の込めて一方通行は美琴を睨み返した。

御坂「やっぱ、……私はアンタの事、傷つけられない」

突然、力を失ったかのようにか細く弱弱しい声で美琴はポツリと呟いた。

一方通行「だからよォッ……! 聖人君主の真似はいらねェって言っンだよッ!」

一方通行は目の前で下を向いて戸惑うように立ちつくす美琴に苛立ち隠せない。

御坂「だって、アンタの事傷つけたら、打ち止めが悲しむもの……」

彼女は妹達の悲しむ顔なんて、氏んでもみたくない。
彼女が見たいのは、晴れた空の下で、ハツラツと咲く向日葵のように笑う妹達だ。

―――美琴は、己でその禁を破る勇気を、『妹達』の世界を壊す勇気を、持ち合せてはいなかった。

471: 2010/04/27(火) 02:27:03.52

美琴の言葉に一歩通行の顔色が変わった。暗く深い、闇の顔に染まる。

一方通行「おィ、なンで此処で打ち止めの名前がでてくンだよ」

御坂「……昨日、ショッピングモールで打ち止めに会ったから。
    打ち止めから直接アンタのこと聞いた訳じゃないけど、一緒に歩いてるとこ見かけたし、ね」

火山のように噴火していた感情のやり場を突然失った美琴は、
ただ淡々と一方通行との会話を進める。

一方通行「――やっぱ、昨日打ち止めと一緒にいたのはオマエか、超電磁砲」

あらかじめ予想していた答えが返ってきたからか、先ほど高まった緊張感が一方通行から消え失せる。

御坂「やっぱ……?」

なんで、一方通行は美琴が打ち止めと一緒にいた事を知っている。
打ち止めが喋ったのだろうか、と美琴は考えたが
ふいに、打ち止めが一方通行と携帯で電話をしていた最中、一度だけ2人の会話に割って入ったことを思い出した。

御坂『打ち止め、ここのお店の名前、『コーヒーショップ藍上』だって』

やっぱり、という事は今の今まで確証を持てていなかったということ。

御坂(……だから、迎えにいくって言ったのに、急に打ち止めが来いってことになったのか)

バスで美琴と再会したときも然り、昨日の行動も然り。

美琴の目の前に居る少年は、本当に美琴と会いたくなかったようだ。

御坂(――まぁ、何でか、なんて、興味ないけど)

472: 2010/04/27(火) 02:34:22.36
寝むい……。
今日中に完結させるって言ったから、
頑張りだいけど手がうまく動かないです。ごめんんさい、寝ていいですか?

まさか、突然、数時間も拘束される急用が出来るとは思わなかった……orz
オオカミ少年ですみません、本当に申し訳ない。

たくさんのコメント等ありがとうございました。
こんなssに夜遅くまで付き合ってくださっていた方がいらっしゃれば、本当にごめんなさい。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

あと、もう1日だけ付き合っていただると幸いです。
おやすみなさい

482: 2010/04/27(火) 21:37:51.17
全身の力が抜け、激情がすーっと収まっていくと、ようやく美琴の頭は冷静に動き始めた。

御坂(このままじゃいけないって思い直したってのに。すぐコレだもんなぁ)

一歩踏み出そうと決めたばかりだといのに、この失態。
美琴は自分がいかに直情的な人間であるかを再認識した。

御坂「あ"ぁー、もう!」

下を向いたままガリガリと乱暴に頭を掻き毟ると、脱力したような声を吐きだした。
不安定なバスの床の上に立つことすら面倒くさくなった美琴は、
一歩後ろに下がり、バスの後ろの後部座席の真ん中にドカッと座った。

1人分の空席をはさんで、美琴は一方通行の2つ隣の席に居る。

一方通行「……オマエ、本当に何がしたいンだよ」

美琴の取った一連の行動に、一方通行は眉をひそめる。
元々皺が寄ってるのに、更に眉間に力が入れて、絶対跡が残りそうだ
とかなり場違いな感想を抱いていた。

486: 2010/04/27(火) 22:04:05.87
御坂「うっさい、私はアンタのほうが何したいのかわかんないわよッ!」

頼んでもいないのに、人の事を散々挑発してさ、と美琴は不満げに言う。
ずっと持っていた学生鞄をぽいっと空いている左側のイスに上に投げた。

御坂「別に、私はアンタと喧嘩するつもりなんかなかったのに」

せっかく人が火種を作らないように努力しているというに、
右手に座っている少年は美琴のそんな頑張りをことごとく根元から崩していく。
物事というのは、どうしてこうも自分の思いどおりに進んでくれないのか。
どっと押し寄せてくる疲れが、キリキリと抉る偏頭痛を悪化させているような気分だ。

一方通行「――…」

白い髪に赤い瞳を持つ少年は口を開くを忘れる
グチグチと文句を言い続ける美琴の声だけが、バスの中に響く。

御坂「まぁ、さっき言ったように、アンタのことは嫌いだし許す事なんてない」

自身の中に密かに抑え込んでいる感情を表に出して、
猛獣のようにがなりたてながら一方通行に突き刺した言葉を、美琴はもう一度口にした。

けどさ、と美琴は悔しそうに自虐的に微笑んだ。

御坂「――――けどさ、アンタが居るから、打ち止めは笑ってられるのよね」

487: 2010/04/27(火) 22:53:12.47
美琴の独白は続く。

御坂「『あの夜』から、アンタと打ち止や『妹達』の関係がどう変わったなんて。
    詳しいことは、私にはわからない。誰も話してくれなかったし、ね」

打ち止めと一方通行が仲良さげに歩く姿を見なければ、
きっと、美琴は知ることはなかったかもしれない。

打ち止めも、10032号も、他の『妹達』もずっと美琴にひた隠しにしていた秘密。

10032号『ぉ、お姉様に、き、きらわれ、たくなくて…ッ!』

美琴に嫌われたくない、と震えていた10032号。
『妹』が固く、美琴に口を閉ざしていた理由は、それなのだろうか?

どんなことがあっても、嫌うはずなんてないのに。


御坂「ただ、打ち止めがはしゃいで、騒いで、笑ってられる世界にはさ――、」


美琴が願う、守りたいと望む世界には、


御坂「―――打ち止めの隣にアンタが居ないと駄目なんだってことは、わかるよ」

そんなことくらいなら、美琴だって知っている。

488: 2010/04/27(火) 23:11:18.40
美琴はバスの正面ガラスの向こうに広がる風景を眺めた。

広々とした道路の両脇にはコンビニや広場などがある。
遠くには風の力で回っている風力発電ようの風車がいつも見える。
悠々自適に空を飛ぶ飛行船に、歩道を行きかう学生達の姿。

目の前には、今ここに美琴達ががむしゃらに生きる場所。
学園都市が、ずっとずっと広がっている。

この街に来て、どれだけの闇が襲ってきただろうか、と美琴は振り返る。
それでも、ココで、この世界で明日も生きていかないといけない。
美琴も打ち止めも10032号も。

―――もちろん、その世界には、一方通行も必要なのだろう。

御坂「なんていうかさ」

あえて美琴は一方通行の方を向かなかった。
ありのまま素直に伝えるのは、なんだか癪だったから。

御坂「あの子と――打ち止めと一緒に居てくれて、ありがと」

それだけは、アンタに感謝している。

491: 2010/04/27(火) 23:42:28.73

美琴は一方通行のほうを見ない。ただ、じっと、学園都市の風景だけを視界に入れる。

一方通行に伝えるべきことは全部伝えたはずだ。
美琴はさきほの言葉を最後に、ダラダラと動かし続けた口を閉じた。

シーンと2人の間に沈黙が流れる。
茫然としてた一方通行がやっと口を開いたのはしばしたってからのことだった。

一方通行「……馬鹿だろ、オマエ」

ポツリと、それだけ。

御坂「ははっ、自分でもそう思う」

美琴は小さな笑い声で笑って、少年の意見に同意した。

御坂(どんなに自分が馬鹿野郎かなんて、昨日から何度も何度も思い知らされてるわよ)

今も現在進行形で、自覚している真っ最中だ。

カリカリ...と何かを擦るような音が美琴の耳に届く。
右側の耳に聞こえてくるソレは、一方通行が頭を掻いた音だろうか。

一方通行「超絶馬鹿な奴だろォだ。…………呆れるほど、善人だなァ、超電磁砲」

それは自分のコトを褒めているのだろうか、それとも貶しているのだろうか。

少しは気のきいた言葉を喋れと美琴は思う。
こういうタイプの男は、まともに女の子をエスコートできないに決まってる。

御坂「一方通行、アンタってモテなさそーね」

一方通行「ア"ァ!?」

こりゃかなりの難敵かもしれないぞ、と美琴は打ち止めにエールを送った。

495: 2010/04/28(水) 00:13:21.34

そういえば、10032号と会話していた時、
一方通行のこと思い返して笑ってたなぁ、と美琴は思い返した。

御坂(だって、ねぇ? 打ち止めの花柄ケータイを選んだのコイツだと考えたら―――)

また笑いがこみあげてくる。

御坂「ブハッ、……くっく」

つい吹き出してしまい、急いで手で口元を押さえて我慢するが、
こみ上げてくる笑みがどうにも止まらず、くくっと漏れて隠せていない。

一方通行「オィ、超電磁砲――、」

不審そうに美琴に声をかけてきた少年のほうを、つい無意識にみてしまった美琴。
どこか居心地の悪そうむず痒くしている一方通行のことなんて、美琴は一切気がつかない。

丁度いいタイミングに当人をみてしまったと後悔する。

不貞腐れた態度で、どこか斜に構えた感じでいるこの男と、
打ち止めの可愛らしい花柄ケータイは余りにも遠くかけ離れ過ぎている。

そのギャップが、美琴のつぼを刺激する。
一方通行がファンシーな携帯を真剣に選ぶ姿を想像した時点で、美琴の腹筋は崩壊した。

美琴「あーもう駄目、似合わな過ぎるッ!!! あっははははーー!!」

腹を抱えてひーひーと笑いながら、美琴は椅子をバンバンと叩いて笑い転げた。

一方通行「人の顔みて笑い転げるとか、どういう神経してんだァァッ!!」

496: 2010/04/28(水) 00:26:02.68
コンビニ行ってきます ノシ 

500: 2010/04/28(水) 01:11:09.10

笑いすぎて息を絶え絶えさせながら、「あー笑った」と美琴を涙で潤んだ目を擦る。

御坂「ごめんごめん」

手のひらをヒラヒラと左右に振って謝罪した美琴を、
一方通行はなんとも納得してなさそうな顔でにらみ返してきた。

一方通行「……ッたく、マジでなンなンですかァ、オマエ」

御坂「いやぁ、なんか意外な所で同士を見つけたなぁと思って」

もし、打ち止めの携帯を選んだのが一方通行なら、可愛いもの好きの美琴と趣味が合いそうだ。

一方通行「なんで唐突に同士なンだよ。主語も述語も意味不明だぞ」

御坂「私とアンタが、よ」

その発言に、一方通行は何か可哀そうなものを見るような顔で美琴を眺めた。

一方通行「……オマエと俺とじゃァ、『根本的』に違ェだろォが」

『根本的』に、とは具体的に何のことを指すのだろうか。

『妹達』の命を踏み躙った一方通行も、
『妹達』の命を救い出せなかった超電磁砲も。

―――背負う罪はあまり変わらない、と美琴は考える。

御坂「アンタが気づいてないだけで、案外、そうだったりするかもよ?」

『妹達』を虐頃した一方通行がその背に背負うものは、
1万人の妹達の命に対する罪悪感と償い、残り1万人の妹達の世界を守る使命。

まだ、『妹達』から彼につれ何も聞いていない美琴は何も知らないが、
皮肉にも、2人が双肩に背負うものは、まったく同じもの。

一歩通行「前言撤回するわ。その年で痴呆たァ難儀なもンで」

御坂「近い将来、青少年保護育成条例で警備員にしょっ引かれること確定な奴に言われたくない」

美琴の言葉に、一方通行のこめかみがひくひくと動いた。

一方通行「あの世まで俺が直々にエスコートしてやろォか、超電磁砲」

御坂「アンタと地獄のようなダンスを踊るなんてこっちから願下げよ、一方通行」

そんなご丁寧なエスコート。2度味わえばもう十分だ。

503: 2010/04/28(水) 01:36:26.60
御坂(…………あっ)

お互いの似たような所を、美琴はもう1つだけ思いついた。

御坂(……うわぁ、完璧、私とコイツ。同じ穴のムジナじゃん)

振り返るのは、ショッピングモールで見かけた一方通行と打ち止めの姿。

御坂(なんか凄い不機嫌そうに喋ってたけど)

打ち止めのワガママに、なんだかんだ言って一方通行は付き合ってたのよね、と美琴を考える。

御坂(わたしはアイツの、
    コイツはあの子の、
    天然魔性に振り回されて、手のひらで踊らされてる)


しかも、それを自分から好き好んで。


十中八九、一方通行も、"そう"なんだろう、と美琴は勝手に結論づける。
 
御坂「まぁ、なんと言うか」


ここは、一応姉として、挨拶とかしといたほうがいいのだろうか?

いや、それよりも。

打ち止めの天然魔性に振りまわれてる一方通行に言うべきなのは――――、



御坂「――――お互い、ご愁傷様ってことよ」

一方通行「ハァ? 意味わかンねェし」




‐‐‐‐

御坂「………嘘、売り切れてる?」 END

506: 2010/04/28(水) 01:44:51.86
なんとか終ることができました。

最後を締める美琴の言葉でずーっと迷っていたのですが、
まだ美琴は素直に一方通行には「またね」とは言えないような気がして、こんな形に。

行きあたりばったりでしたが、最後までお付き合い頂いてありがとうございました。
支援、コメント等本当にうれしかったです。
ここまで読んでくださって本当にありがとうござました。

来週にでも一方さん視点のオマケを書きはじめますので、
もう少しだけ、このスレを使わせて頂きたいと思います。

514: 2010/04/28(水) 02:09:30.93
原作であまりにも美琴と妹達、一方が絡まないのでなんでかなー?と妄想したらこうなりました。

禁書3巻のエピローグにて、
「美琴は世界のだれもが許しても、美琴は一生自分のことを許さないだろう」みたいな感じの地の文を見かけて、これが接触のない(特に妹達)そもそもの原因なのかな?っと勝手に解釈して大暴走しました……orz

あと、一方通行だけ妹達に対する贖罪があんだけ書かれてるんだから、
美琴にまったくないのも変だよなーという個人的感想もあったかもしれません。

519: 2010/04/28(水) 02:40:31.91

【蛇足:9982号とお姉様】


9982号の心の中に、沢山のものが溢れていく。
自分の体の中を駆け巡る様々な感情の名前を、彼女は理解することができない。

もう、美琴に会うことは出来ない。

いまが最期の時。

最期に、どうしても9982号は美琴に伝えたかった。
だから、必氏だった。
彼女は理解できない感情の渦を呑まれないように、懸命にその感情の名を探す。

ネットワークを遮断したのだって、
『妹達』ではなく9982号のミサカが、伝えたかったから。

9982号(ミサカが、伝えたいから――)

あのね。
あのね、ミサカは――。

御坂「…ん? まだ何かあるの?」

伝えたいことがあるのに、大声で叫びたいことがあるのに。

9982号「…いえ」

9982号は、その感情の名前を、自分の知識の中から探し出すことが出来なかった。


9982号「さようなら、お姉様」

520: 2010/04/28(水) 02:41:34.09
ふいに、9982号はお姉様に伝えたかった言葉を理解した。

9982号(ああ、そうかと、とミサカは納得します)

もう、あの人は実験場(ココ)には居ない。言葉は届かない。
けれども、ずっと心にため込んでいた感情がわかり、9982号は言葉にせずにはいられなかった。

彼女の頭上に、大きな影が迫ってくる。
けれど、9982号はそんなこと気にも留めない。

こどもっぽい、カエルの絵が描かれている缶バッチを力強く抱きとめ、
優しげな頬笑み浮かべながらを彼女はぽつりと小さな声で、呟いた。


9982号「あのね、ミサカはお姉様が大好きです、とミサカは――」


ぐしゃり。


彼女の声をかき消すように、鈍い音が一方通行の耳元まで聞こえた。
一方通行のベクトル操作によって操られた列車に押しつぶされ、検体番号9982号のミサカは絶命した。

彼女が最後に呟いた想いの丈を何処かへと連れ去るように、一陣の風が辺りを通り過ぎていく。


【蛇足:9982号とお姉様 終】

535: 2010/04/29(木) 14:32:31.06
【蛇足2:海原(エツァリ)と御坂】

駆けだそうとしていた少女がふいに足を止め、海原の方へと振り返った。

御坂「『私らしく、堂々としてろ』って言ってくれてありがとう。」

片手に持っている向日葵の花束を天にむけて掲げる。
通行人の目などお構いなしに大きな声で、少女、御坂美琴は叫んだ。


夜空の輝きにも負けない、可憐な笑みを海原に向ける。

御坂「『海原』さん。またね!!」


彼女はその言葉を最後に足早にこの場を去った。
海原は去っていく美琴の背中を遠目でずっと追いかける。

携帯電話で誰かと話しながら、美琴が路地裏の角を曲がる。
海原の視界から美琴が消え失せ、また海原の世界から美琴の存在が遠ざかった。

海原「『海原』さん、か…」

海原は「困ったな」というような苦笑を浮かべた。

海原光貴。
常盤台中学の理事長の孫にして、「念動力」の大能力者。

―――自分が、"皮"を借りている人物。

いま此処にいる海原は、海原の"皮"を被っているエツァリという名の魔術師。

538: 2010/04/29(木) 15:34:33.70

海原(この道を選んだのは、自分ですからね)

どんなに後悔しようが、結局は自業自得としか言いようがない。

海原(御坂さんが笑いかけてくれたのは、友達の『海原』だから、だ)

『友達』になりましょうと約束したのも、
傷つけないようにと気遣ってくれたのも、
気さくに一緒に世間話をしてくれたのも、

向日葵のような満面の笑みを浮かべて、「またね」と言ってくれたのも。

海原が見て聞いて感じだ全てのそれらは、『海原光貴』という少年に向けられたもの。

「エツァリ」という人間に、向けられたものじゃない。
「エツァリ」が手に入れられる美琴の感情は、あまりにも少ない。

海原「ははっ」

本当に、たまったものじゃない、と海原――いや、エツァリは唇を噛んだ。

539: 2010/04/29(木) 16:25:52.85

海原(御坂さんが幸せなら、それでいい)

エツァリの生き方は、面倒でまどろっこしくみえるだろうが、
実際は彼の信条と言うのは、とても単純だ。

少女が笑っていられる幸せな世界を守る。
それを害するものは、誰であろうと駆逐する。

たった、それだけ。

表の世界でも、裏の世界でも、
それが出来るならば自分の居場所などエツァリには何処でもいいのだ。

海原「……御坂さん」

少女の名を、エツァリはポツリと呼んだ。
彼女の耳に届かなくても、エツァリはその名を心の中で繰り返し続ける。

海原(僕は、貴女が好きです)

この世界で誰よりも、貴女のことを愛している。
だからこそ、「組織」も、仲間も、故郷も。
自分を構成するそれら全てをなげうってでも、彼女を守る道を選んだ。

選んだのは、自分だ。

海原(御坂さんの中に、『僕』は、いない――)

そんなこと程度で、へこたれていてどうするのいうのか。

これまでも、きっと、これからも。
御坂美琴が、エツァリという名の少年が居ることを、知り得ないだろうに。

海原(……そうですね、贅沢をいうのならば、)

一度でいいから、本当の自分の姿で、彼女の前に立ってみたいものだ。

540: 2010/04/29(木) 16:47:36.25
prrrrrr、prrrrrr。


携帯の着信音が鳴る。
エツァリは何だか嫌な予感をさせながら、通信ボタンを押した。

海原「何の用でしょうか?」

土御門『よう、海原。クソつまらねぇ「仕事」の時間だ』

電話の相手は、海原(エツァリ)をまた血生臭い闇の世界へと連れ戻す。

学園都市暗部組織『グループ』。

上条勢力の1人として美琴を危険視する「組織」に対抗するために、
学園都市という箱庭の中で美琴が安心して暮らしていけるようにするために、

海原が、身寄せている、彼の居場所。

海原「そうですか、それで今日の「仕事」のお相手は?」

土御門『なんてことはない、ただのかまってちゃんテ口リストだな』

学園都市に立てつく、馬鹿な外部組織の仕業だろうか、と予測をたてる。

土御門『詳しい話は全員が集合してから話す』

海原「そうですか――」

キキッ、と海原のいる歩道の近くにある地下鉄の入り口の前に一台のタクシーが止まった。
地下鉄から出てきた人を目当てに止まっている多数のタクシーの中に"自然"に紛れこんでいる。

パチン、と携帯を閉じてスーツのポケットにしまうと海原は歩きだす。
例のタクシーの所までたどり着くと、コンコン、軽く後部座席の窓を叩きながらこう言った。


海原「―――すいません、集合場所までお願いします」



光が汚れないように必氏にもがいても、決して彼はその光の当たる場所には行けない。

彼が選んだ道は、そういう道だ。



【蛇足:海原(エツァリ)と御坂】

548: 2010/04/30(金) 10:13:56.19
【蛇足3:一方通行と超電磁砲】

少女の姿を視界に入れた時、
ついていねぇ、と一方通行は不機嫌そうに眉を顰めた。


549: 2010/04/30(金) 10:14:53.56
一方通行(あー…、マジでイライラするンですけどォ)

どうにも苛立ちを隠しきれずに、タンタンタンッと小刻みに右足をバスの床に叩きつける。

昨日は朝っぱらから打ち止め達に、最近新しくできた巨大ショッピングモールに連れまわされた。
信じられないほど混雑したソコで迷子になった打ち止めを探しまわる羽目になるし。
夕方にやっと打ち止め達から開放された時にはすでに疲労困憊だったのに、
その直後に土御門からクソつまらねぇ「仕事」の電話が入り、
そのまま深夜遅くまで、学園都市に反抗した外部組織のテ口リストの粛清に追われた。

一方通行「……だりィし、眠ィし、最悪だな」

結局、仕事の後、黄泉川の家に戻ったのは午前3時を過ぎていた。

今日は久々のオフだから、長時間布団とお友達になりたかった一方通行なのだが、
カエル顔の医者に「検査にこい」と言われていたことを思い出し(芳川に言われるまで、普通に忘れていた)、
一方通行はしぶしぶ、その医者の居る病院へと向かうため、現在バスに乗って移動中だ。

様々な要因が彼の苛立ちを冗長するが、その一番の原因は、

――――打ち止め、ここのお店の名前、『コーヒーショップ藍上』だって

昨日、携帯電話で打ち止めと話している時に微かに聞こえた少女の、声。

彼が毎日のように聞いている打ち止めよりも大人びていて、
打ち止めと同じ『妹達』と同じ声質だけど、彼女たちよりも情緒豊かな、そんな声だった。

一方通行は、この少女の声を聞いたのはコレで3度目。

1度目は、8月15日。第9982次実験場にて。
2度目は、8月21日。第10032次実験場にて。

その2度とも、少女は一方通行に対して感情の全てをぶつける様に声を荒げた。

一方通行(九割九分、『超電磁砲』だろォな)

声の主の名は御坂美琴。

一方通行と同じく学園都市230万人の頂点に立つ超能力者の第3位。
最強の電撃使いとして『超電磁砲』の名をほしいままにしている、学園の女生徒の中で最強を誇る女。

彼女が必氏の努力して得た才は、学園都市の闇に見初められてしまった。
超能力者を量産を目指す『量産型能力者計画』にて計画され、
絶対能力を生み出すことを目指した『絶対能力進化計画』へと引き継がれた、
『超電磁砲』の軍用クローン『妹達』の素体となった、悲劇の少女。

一方通行「……お姉様(オリジナル)、ねェ」

彼の傍で笑ってくれる打ち止めの、
彼がその全てを賭けてでも守ると決めた『妹達』の、―――お姉様。

551: 2010/04/30(金) 10:45:43.43
昨日、水の広場で合流した時から今朝まで、打ち止めは頗るご機嫌だった。
いつも以上に笑いはしゃぎ楽しそうに騒ぐ打ち止めの姿が、脳裏に宿る。

一方通行(面白くねェ)

苛立ちの根源ともなっている感情は、面白ない。
打ち止めは美琴に出会って少し喋っただけで、打ち止めはあんなに楽しそうにはしゃいでいた。
一方通行はそれが面白くなかった。

一方通行(―――オマエは、いいよな)

なぁ、超電磁砲。と一方通行は心の中で捻くれたように語りかけた。

一方通行(笑いかけてやるだけで、オマエは打ち止めの世界を照らせるンだからよ)

絶対に自分にはできないことを軽々とやってのける美琴に、
一方通行は無意識に羨みと、妬みを混ぜ合わせたような感情を抱く。

そんな一方通行の姿は、まるで手の届かない物を、拗ねるような眺める子どものようにも見えた。

553: 2010/04/30(金) 20:11:43.23
バスが停留所に止まり、入口のドアが開いた。。
どうやら、ようやく自分の他に乗客が乗るようだ。
今まで乗客は一方通行しかおらず、各停留所でバスを待っている人もいないからか、
一方通行が乗ってから今の今まで、バスは一度も止まることなく走り続けていた。

一方通行(雑音が無くて良かったンだがなァ)

バスの揺れに身を任せ、ボーっとのんびりするには丁度よかったのだが、と一方通行は残念に思った。

停留所からの客がバスに乗り込むと、プシューっと入口が閉まる音が鳴る。
ゆくっりとバスがまた次の目的地へと走り出した。
一方通行は乗り込んできた客にたいして興味がなく、ただずっと窓の外を見ている。
流れていく風景は、飽きるほど視界にいれているので、特に感慨もない。

少ししてから、「ペチン」と人の肌を叩くような音が聞こえてきた。
一方通行は何気なく音の聞こえたほうへと視線を向けた。

入口付近に茫然と立ちつくしていた少女と、カチリと視線がぶつかった。

御坂「……!?」

一方通行「――ッ!」

カタカタと歯を鳴らしながら口を震わせて、顔面を真っ青にして此方を見てくる少女。

流れるような茶髪、ぱっちりとした瞳に愛嬌のある顔、
すらりとした身体を包むのは学園都市屈指の名門、常盤台中学の制服。
「ミサカはミサカは」と自分の周りを飛び跳ねている打ち止めにそっくりの外見。
『妹達』が愛用している暗視ゴーグルは身につけていないし、少女の瞳ははっきりの感情の色が浮かんでいた。
驚愕と、恐怖。その瞳にはそんな感情をありありと映し出している。

間違いない。
コイツは『超電磁砲』だ。

一方通行(――――ついてねェ)

昨日の朝から、自分はとことん運から見放されているようだ。

554: 2010/04/30(金) 20:25:53.93
一方さんのオマケはじめる前の※を忘れていました。

※蛇足3は一方さんと美琴がバスしてやり取りの一方さん視点となります。
なので、地の文は違うのですが、会話の内容は一緒です。ご勘弁頂けると幸いです。

555: 2010/04/30(金) 21:42:11.13
視線の先にいた少女が美琴であると分かった途端に、
一方通行はさっと逃げるように美琴から視線を外し、また窓ガラスの向こうに広がる景色を覗く。
無意識に眉間にしわが寄わをよせながら、一方通行は気がつくと舌打ちをしていた。

一方通行「……チッ」

この状況を忌々しく感じつつ、どうしていいのか分からず一方通行は何の行動も起こせずにいた。

一方通行(俺に、どォしろってンだよッ!)

「よォ、久しぶりだなァ」なんて気軽に挨拶なんて出来るわけがない。
そんなことをしてしまったら、それこそ天地がひっくりかえると一方通行は考える。
そもそも、『妹達』を一万人頃した自分が、ヘラヘラと笑いかけていい相手ではない。

御坂『どうして、こんな実験なんてやってるの?』

超電磁砲すら一方通行に打ち砕かれて、ボロボロになった少女に
震えながら哀願するように聞かれたのは、彼女と初めて会った夜の事。

一方通行(『最強』から『無敵』になるために)

『妹達』を虫のように蹴散らした理由は、たったそれだけ。
たったそれだけのために、一方通行は様々なものを壊し、奪い、消し、傷つけた。

一方通行を見るだけで身体が震え、動けなくなるほど怯えている美琴も、

一方通行(俺が無神経に傷つけた、1人、なンだよ)

取り替えしのつかないことをしてしまった相手に、どう振る舞えばいいのか。
学園都市第一位として最強の力を保持する一方通行は、そんなことすらもわからない自分に腹が立った。

一方通行(……俺には)

迷惑をかけてすまなかったと謝る権利も、
思う存分好きに痛めつけていいと伝える権利も、
『妹達』から助けてもらっていると言う権利も、
打ち止めが彼のたった一つの光となったことと感謝する権利も、

何もかも、許されていないのだ、と一方通行は唇を噛んだ。

この現状でどうすことも出来ない一方通行は、ただ美琴を自分の視界に入れないように必氏になるしかなかった。

556: 2010/04/30(金) 21:43:33.07
訂正
×無意識に眉間にしわが寄わをよせながら、
○無意識に眉間にしわを寄せながら、

557: 2010/04/30(金) 22:27:50.50

一方通行(俺とアイツじゃ、違いすぎンだよ。……何もかもが)

御坂美琴は、一方通行と同じく学園都市の頂点に君臨する超能力者。
軍隊すらも圧倒する力を持った、互いに『化け物』と忌み嫌われる存在。
自分を含め、一方通行が見聞きした超能力者は皆が暗闇へと落ちている。

一方通行と激闘を繰り広げた第2位の『未元物質』、垣根帝督。
垣根の命を狙っていたと風の噂で聞いた第4位の『原子崩し』、麦野沈利。
そして、自分自身も、打ち止めと『妹達』を守るために暗部入りをした。

学園都市の4強の内、太陽の下で笑って生きているのは、御坂美琴ただ1人。

自分と同じ超能力者なのに、
自分と同じ『化け物』と周囲から恐れられてきた存在なのに、

美琴は自分を否定することなく、堂々と胸をはって『表』の世界で自分の居場所を築いている。

一方通行(――――オマエは、俺とは違う)

一方通行は、美琴がただ呑気に生きているとは思っていない。
たしかに美琴は『塔』としての役割が強いが、超能力者ということに変わりはない。
周囲からの羨望、信仰、嫉妬、敵意、関心、興味。それらから逃げることは許されない。

彼女は、いままでに何度だって闇に染まりそうになったはずだ。

『妹達』の存在を知った時。
『絶対能力進化計画』で『妹達』が惨殺されていると知った時。
『残骸』で再び悲劇が起こるかもしれないと知った時。

それでも、彼女は折れることなく、正々堂々と生きている。

傷つけること、傷つけられること。
そのどちらからも逃げずに、真正面から立ち向かい続けることのできる強さ。

それが、美琴の強さであり、一方通行との絶対的な『差』でもあった。

一方通行(……ンな強さ、俺には無かった)

誰かを傷つけること、誰かに傷つけられること。
それが繰り返される日常に嫌気がさして、
何かが変わることを期待して、一方通行は『実験』に加担した。

558: 2010/04/30(金) 22:46:09.33

もちろん、彼女1人だけの力で成しえていることではないだろう。
彼女の居場所となっている人が居るからこそ、美琴はその場所で笑っていられる。

一方通行が壊れないように失わないように、
包むようにして大切にしている打ち止めと美琴は一緒なのだ。

誰かのために、笑い、泣き、怒り、喜ぶことのできるから、周囲が彼女に惹かれていく。

―――― 一方通行が、打ち止めに惹かれたように。

560: 2010/04/30(金) 23:38:27.27

一方通行を倒した無能力者と、一方通行はまったくの真逆にいる人物である。
だからこそ、思い出してムカついたり反抗心を抱いたりすることもあるが、ここまでではない。

御坂美琴は自分と近い存在なのに、自分とは最も遠い場所にいる。
自分と『同じ』なのに、自分とはまったく違う答えを見つけ出し生きる少女だからこそ、
比べてしまい、自虐的にとらえ、嫉妬と憧れを抱いてしまうのだ。

一方通行自身も、気付かぬ内に。

それに加えて、彼女は『妹達』の素体であり、打ち止めや『妹達』の大切なお姉様でもある。

一方通行(……どォしろってンだよッ)

一方通行がこれほど戸惑い、心の中を右往左往してしまうのは当たり前とも言える。


御坂「きゃぁッ!」

甲高い悲鳴とともに、どてん、と人が転んだような音がした。

御坂「……ッ痛ぁ」

どうやら、ずっと立ちつくしていた美琴がバスが急停止した反動に耐えきれず転んでしまったようだ。
転んだのなら、手を差し出してやるべきなのだろうが、一方通行は動けない。

ただ、このまま何の接触もなく、時が過ぎればいい、と情けないことを考えていた。

561: 2010/04/30(金) 23:56:17.53
今日はここまで。
早いもので明日には蛇足も完結です。

ここまで読んでくださってありがとうござました。

垣根→麦野のssはないんでしょうかね。

ていとうこ「俺は沈利が好きだって何回もいってんだろ? あいつなんかより、俺を選べよ」
むぎのん「黙れ、名前で呼ぶな気色悪い。ていうか、私も何回アンタに付きまとうなって言ったっけ?」
みこと「ちょっと、麦野。街中でビームかまそうとしないで!」
いっぽう「垣根、どさくさに紛れて麦野のケツをなでンな。火に油をそそぐもンだろォが!」

まじで妄想が止まらない。割と本気で。
昨日まで書くつもりなかったけど、このネタでssかこうかなぁ、と思いつつ関係ない話しすみません。

明日、またお付き合い頂けると幸いです。

567: 2010/05/01(土) 11:07:28.61

けれど、そんな甘い考えが望み通り叶うはずもない。
ふいにコツコツとローファー独特の靴音が近づいてくる。

一方通行「―――チッ、何のつもりだ、超電磁砲」

明らかに相手を警戒するような舌打ちをしながら、この状況に耐えきれなくなった一方通行が沈黙を破った。

さきほど視線があった時はバスの入り口付近にいたのに、
一方通行のいる後部座席のほうと歩みを進めると、彼の右斜め前の2人がけの座席に腰かけた。

この少女は一方通行のことをよく思っていないのは明らかだ。
2度出会った時、一方通行が美琴から向けられた感情はハッキリとした敵意、恐怖、そして激怒。

目の前の少女は、自身の軍用クローンである『妹達』を拒否せず受容し、
彼女たちの命を守るために、一方通行にむかってコインを弾いたはずだ。
たとえそれが、自分のせいで一万人の人間が氏んでいく現状に耐えきれなくて起した行動だとしても、

―――それでも、彼女が『妹達』のために、立ち上がったことに変わりはない。


御坂「何となくよ、何となく」


一方通行の問いかけに、美琴はそう答えた。
美琴は気だるそうに椅子に身体の預けながら、ぼんやりと前を見ている。

一方通行「……はァ? 意味がわかンないンですけどォ」

御坂「別に、アンタにわかってもらう気はないし」

"何となく"と答えた美琴の真意がわからず、一方通行は混乱する。

一方通行(―――オイオイオイ、コレはどォいう事だ)

彼女は一方通行を誰よりも憎み、敵意を抱いているはずなのに。
一方通行に掴みかかっても来ない。罵倒をあげもしない。

ただ、バスの椅子に気だるそうに座っているだけ。

一方通行のゾッと背中に寒気が走る。

一方通行(何なンだ、何なンだよ、オマエはっ……!!)

赤い眼孔に映る少女の後ろ姿を、一方通行には不気味に見えた。

―――超電磁砲、オマエは、

一方通行(オマエは、どんなことがあっても、『妹達』のために立ちあがる奴じゃねェのかよッ!!!)

少年の悲痛な叫び声が、無音の状態でバスの中に木霊する。

569: 2010/05/01(土) 11:30:44.58
一方通行には、覆しようの無い現実があった。

ツンツン頭の少年は、誰かのために拳を握る完全無欠の善人で、誰かのためにヒーローのはず。
誰かのために素直に笑い泣き怒ることできる心根の優しい目の前の少女は、
どれだけ世界が『妹達』を非難し迫害しようとも、彼女だけは正面切って彼女たちを守るはず。

世界の天地が逆転しても、一方通行のは心の奥底で、それらが絶対に崩れることがないと思っていた。

浴びるように血を浴びて生きてきた自分が、どんなことをしても、
打ち止めと残り一万人の妹達と彼女たちを取り巻く世界を守ると決意しても、

彼女たちの心の支えになることは無いし、なろうとも思っていない。

それをするのは、彼女たちを守ったツンツン頭の少年であり、
『妹達』のお姉様(オリジナル)である美琴だと、一方通行は疑うことなく信じていた。

御坂美琴は、『妹達』のお姉様は、
彼女たちを裏切らず、守り通し、『絶対』に彼女たちの『味方』いるのだと、
『妹達』のために、『超電磁砲』は生きてくれるはずだと―――、

一方通行は、御坂美琴はそういう人間だと信じていた。
一方通行は、御坂美琴がそういう人間であるべきたと、心の底から望んでいた。

一方通行(―――やっぱ、オマエもその程度の奴だった、てか?)

だからこそ、少年の抱いた失望感は、彼を奈落の底へと突き落とす。

573: 2010/05/01(土) 12:09:20.37
世界は、一方通行の望むように動いてはくれない。
自分が囁かに切望している願いさえ簡単に打ち砕いて、世界は非情なのだと突き付けてくる。

一方通行(…………、期待はずれだ)

ブツリ、と心が切れ裂かれる。
背中に重たく圧し掛かる絶望から逃れるように、一方通行は淡々と口を滑らした。

一方通行「意外だなァ。感情だけで俺に立ち向かったお前が、
     『妹達』を愉快に素敵に虐頃した俺を見ても、何のリアクションも起こさねェなンてよ」

この感情をなんといえばいいのだろうか。
一方通行は斜め前に座る少女の背中を何処か寂しそうな目で追いかけていた。

御坂「……何が、言いたい訳?」

一方通行「あんだけ守るんだって喚いてたくせに、
      俺に文句の1つも言わねぇなンてよォ。……薄情な奴だと、思っただけだ」

あれだけ、自分の前に立ちはだかったくせに、と子どものように一方通行はいじける。
勝手に自分が期待していただけなのに、オマエが裏切ったのだと、
一方通行は自分勝手に美琴に失望し、絶対的に信じていた現実を諦めようとしていた。


しかし、一方通行の言葉を聞いて、美琴が吠える。


御坂「―――ッざけんな!!」

ダンッ! と鈍い音がバスの中に響く。
美琴が自分が座っている席の前の背もたれを勢いに任せて蹴りあげた音だった。

575: 2010/05/01(土) 12:33:37.92

さっきまでの姿とは打って変わって、全身に怒り漂わせる美琴。

一方通行「……ハッ!」

一歩通行の頬が上がる。
生気を失ったような赤い瞳に、鋭い眼光が戻ってくる。

一方通行「そォだよ、そォじゃねェとなァ!!」

自然と頬が緩む、可笑しくて笑い声が止まらない。

一方通行(そうだ、そうだよ、オマエはそういう奴だもンなァ、超電磁砲!!)

裏切られたと思っていた世界は、何処にもなかった。
やはり、御坂美琴は、こうやって『妹達』のために、『敵』に立ち向かってこなければいかない。
一方通行を、『敵』と見なして目の前に立ちふさがるべきなのだ。

心底嬉しそうに「カカカ」と挑発するように笑う一方通行を見て、美琴は更に顔を暗くさせた。

一方通行「謝罪すンぜ、超電磁砲。悪かったなァ、マジで頭イかれちまいやがったかと思ったわ。
      その年で痴呆たァ難儀なもンだって心配したンだぜェ?」

ゆらゆらと揺れる少年は、美琴が憤慨していることを嬉しそうに眺め、
この現状を楽しむように汚い言葉をはきだし続ける
もっと怒れ、もっと感情に身を任せろ、と。そんな影の声を潜ませて。

一方通行(オマエは、『妹達』のために生きてくれ)

そんな、無責任な願いを込めて。

578: 2010/05/01(土) 14:39:35.15
御坂「……黙れッ!」

美琴の瞳は、怒りの色に染まっている。
眉をつり上げ鋭い目つきでこちらを睨んでくる様は、『超電磁砲』に相応しい凄みがあった。
打ち止めと造形は同じはずなのにな、と一方通行は不敵な笑いを浮かべた。

一方通行「ケッ。ヒステリー声で鼓膜敗れたらどォしてくれんだ? 弁償でもしてくれるンですかァー?」

キャンキャン鳴きやがって、っと右手の小指でつまらなそうに耳を掻く一方通行。

御坂「黙れって、言ってんでしょーがぁッ!!」

遂に美琴は席から立ちあがった。
興奮のあまり、彼女の周囲にはバチバチと音を鳴らす紫電が駆け巡る。
前髪から電気を漏らすこともお構いなしに、美琴は一方通行の元へと足を踏み出した。

美琴に胸倉を掴まれ、一方通行は座っていた座席の背もたれに思い切り縫いつけられる。
一方通行はそんな彼女の行動を目元をつり上げて、面白そうにみつめていた。

『超電磁砲』という絶対的な実力者食って掛られているといのに、
一方通行は首元にある補助器のスイッチに手を伸ばさない。
故に、反射もベクトル操作も美琴に牙を剥けることはなかった。

最強を誇る「反射」が何故作用しないのか。
完全に怒りだけに囚われている美琴は、そこの事に気付けなかった。
というようりも、気がつく余裕さえなかったと言った方が正しいだろう。

彼女が一方通行を押し付けたはずみで、
立てかけていた一方通行が普段から使っている杖がカランと音を立てた。

御坂「……アンタが私を挑発して、何がしたいのか。全・然、わかんないんだけどさぁ」

美琴が頭突きをするように己のそれを少年に叩きつけ、一方通行のおでこには鈍い衝撃が走る。
視線のすぐ先には、美琴の何かに耐えるような顔が見える。
一方通行と美琴の顔の距離はほんの僅か。
少年の赤い瞳と少女の茶色い瞳がぶつかりあう。視線がずれることは、もうない。

御坂「これでもね、一応まだ我慢してんのよ? 電撃でアンタを焼かないように」

少女はいったい何を我慢しているのか、一方通行にはわからない。
どこか困ったような、それでいて苦しそうな静かな声で美琴は告げた。

一方通行「そりゃアレか? オレがコレを持ってるから、同情でもしてンのか?
      余計な親切アリガトォゴザイマスゥー、有難迷惑だ、ボケ」

美琴が横目で確認した先には、一方通行愛用の現代的なデザインの杖が。

一方通行(こいつは何処までお人好しなンだよ)

少女の遠慮なんか必要ない。全力でぶつかってこればいい。
「そんなもんいらない」と、一方通行は撥ね退けるように美琴に伝えた。

579: 2010/05/01(土) 15:28:47.76
一字一句、一方通行が聞き逃さないように、
小さな声でもゆっくりはっきりと美琴は感情を言葉にしていく。

御坂「……私はアンタがキライ、大嫌い。」

一方通行「……そォかい」

当たり前だな、と一方通行は思う。
打ち止めと同じ顔の少女に面とむかって言われると、心がチリチリ焦げるように痛い。

御坂「アンタは知らないでしょうけどね――、」

酷く揺れる美琴の瞳の中に、自分自身が映っている。

一方通行(………俺は、)

同じ超能力者でも、『表』の世界で生きる姿が、
素直に誰かのために何かを成せるその生き様が、
堂々と胸を張って、妹達を守ると宣言できる立場が、
――――ただ、笑ってやるだけで、打ち止めを幸せにできるオマエが、

一方通行(素直に認めてやるのは悔しいけどよォ)

羨ましい、と思っているんだけどな。一方通行はと心の中で吐露した。


御坂「――9982号は…、アンタが頃した10031人の『妹達』は、笑ってたのよ?」


両手にかかえるものが圧倒的に少ない少年は
自分がどんなに望んでも、掴むことのできないものを持つ少女が純粋に羨ましかった。
もちろん、そんなこと自体羨むことも許されないだろうが、と一方通行は目を細め卑屈気味に眉をしかめる。


一方通行(あァ、そうだな超電磁砲)


御坂「……それを根こそぎ奪ったアンタを。10031人の妹達の笑顔も未来も命も全て奪い取ったアンタを」


美琴は裂ける痛みに悲鳴を上げる胸から、絞り出すようにして一方通行に突き付ける。


一方通行(俺は、一万人の『妹達』をブっ頃した―――、)


御坂「私は、絶対に許さないッッ……!」


―――――――大罪人、だ

581: 2010/05/01(土) 16:12:08.16
大罪人は、裁かれて当たり前。

一方通行「……だったら、能力でも何でも使って、俺に立ち向かえばイィじゃねェか」

そんな迷ったようにぐずぐずしないで、
すべての遮蔽物を真っ直ぐにぶち抜く『超電磁砲』の名の通り、まっすぐに自分を弾ずればいい。

一方通行(―――そうか、俺はコイツに弾じてほしいのかもしンねェな)

自分の前に立ちふさがれ、と口にした途端、そんな思いが一方通行の脳裏を駆け巡った。

あれだけの罪を犯しても、一方通行はのうのうと呼吸をし食事をし毎日を生きている。
確かに、打ち止めも、『妹達』も一方通行のことを許さないと断言した。
一生忘れないし、一生許さない、と。

一方通行(けど、そンだけだ)

打ち止めも、『妹達』も。
それだけしか一方通行に要求してこない。

誕生のきっかけをくれた、と感謝すらする『妹達』は、決して一方通行を弾劾しない。
氏んでいった10031人の妹達のために、
消えてしまったその命を返せと彼女たちのために、悲しみ怒るのは目の前の少女だけ。

一方通行(……ハッ、ズルい野郎だな、俺も)

一生付きまとう罪と罰。
耐えきれなき重圧が少しでも軽くなればと、
誰かに責められれば楽になるかもしれないからと、必要以上に美琴を追い立てた。

御坂「それが出来たら、どんなに楽か、って話ね」

美琴は首を小さく振り、そんなことはしない、と一方通行に示す。

一方通行「あァ? つまンねェこと言ってんじゃねェよ」

尚も一方通行は挑発を続ける。

一方通行「聖人君主でも気取ってンなら、似合わねェから辞めとけ辞めとけ」

妹達のために立ちあがってほしい。
罪を犯した自分を断罪してほしい。

それだけなく、美琴がおびただしいほどの感情の中で泣いているのならば、
全部、自分にぶつければいい。少しでも楽になるなら、オマエを傷つけた詫びになるなら。

一方通行(…………殺される以外なら、文句は言わねェし、手もださねェよ)

何もかも、招いてしまったのは自分自身なのだから。
だから、まっすぐにぶつかってこい、と一方通行は念じた。

588: 2010/05/01(土) 18:03:44.94
一方通行の痛烈な言葉に反応せず、美琴はジッと黙りこくっていた。
ぎりぎりと一方通行の胸倉をつかむ手に力が籠る。

しばしの無言の後、美琴は心底悔しそうに一方通行の胸倉から手を離した。

一方通行「……ンだよ」

なにもしてこないのか、と一方通行は非難する。

御坂「やっぱ、……私はアンタの事、傷つけられない」

ギラギラと燃えるようにこちらを睨んできた瞳が下を向く。
突然、力を失ったかのようにか細く弱弱しい声で美琴はポツリと呟いた。

一方通行「だからよォッ……! 聖人君子の真似はいらねェって言っンだよッ!」

猪突猛進型の美琴とは思えない表情、仕草。
煮え切らない美琴の態度に、一方通行は苛立った。

一方通行(迷うンじゃんねェよッ!)

だって、と美琴が茫然として声で、反論してくる。

御坂「だって、アンタの事傷つけたら、打ち止めが悲しむもの……」

赤い瞳が一瞬戸惑いの色を見せる。

589: 2010/05/01(土) 18:21:54.23
一方通行「おィ、なンで此処で打ち止めの名前がでてくンだよ」

御坂「……昨日、ショッピングモールで打ち止めに会ったから。
    打ち止めから直接アンタのこと聞いた訳じゃないけど、一緒に歩いてるとこ見かけたし、ね」

昨日、誰といたのかと聞いても、打ち止めは「貴方にも秘密だよ」としか答えてくれなかった。
だからこそ、九割九分、超電磁砲だと予想したが、
残りの一部の確証を一方通行は持てていなかった。

一方通行「――やっぱ、昨日打ち止めと一緒にいたのはオマエか、超電磁砲」

あらかじめ予想していた答えが返ってきて、先ほど高まった緊張感が一方通行から消え失せる。

御坂「やっぱ……?」

一方通行の呟きに、美琴は訳が分からないといった顔をする。
下を向いているため、一方通行から美琴の顔は窺い知れない。

590: 2010/05/01(土) 20:58:04.35


御坂「あ"ぁー、もう!」


美琴は、そのままの態勢でガリガリと乱暴に頭を掻き毟しった。
ボソボソと弱弱しく喋っていた先ほどまでの声は何へ行ったのか。
美琴の唐突な行動に、一方通行はギョッとして目を見開いて固まった。

「もう、ヤダ。疲れた」と美琴は何を考えているのか、
ドカッと1人分の空席をはさんで、一方通行の2つ隣の席に勢いよく座った。

一方通行「……オマエ、本当に何がしたいンだよ」

美琴の取った一連の行動に、一方通行は更に眉をひそめる。
さっきまでものすごい形相を浮かべいていたはずなのに、
イスに座った美琴の顔はなんだがあっけらかんとしている。

美琴の急激なテンションの落差に、一方通行はついていけずポカンと情けなく呆けるしかなかった。

御坂「うっさい、私はアンタのほうが何したいのかわかんないわよッ!」

「頼んでもいないのに、人の事を散々挑発してさ」と美琴は口を尖がらせてしかめっ面で不満そう。
「ミサカはミサカはぶーたれる」と言って不貞腐れる打ち止めの横顔によく似ている。
ずっと持っていた学生鞄をぽいっと空いている左側のイスに上に投げる仕草も、何とも適当だ。


御坂「別に、私はアンタと喧嘩するつもりなんかなかったのに」

一方通行「――…」


美琴の言葉に、ついに一方通行の思考が完璧に停止した。

一方通行(……喧嘩するつもりは、なかった……?)

疲れが一気に噴出したのだろう。
美琴はイスの背もたれに全体重をかけて寄りかかっている。
二日酔いで頭が痛い酔っ払いのように、う~んと唸り声をあげながら頭を抱えながら、渋い顔をした。

白い髪に赤い瞳を持つ少年は口を開くを忘れる
そんな少年を置き去りにして、グチグチと文句を言い続ける美琴の声だけが、バスの中に響きはじめる。

591: 2010/05/01(土) 21:15:11.76

あれほど一方通行に激情していた美琴だ。
自分に対して様々な思いを巡らせていることは、確実だ。

一方通行(っつーのに、最初は事を荒げるつもりはなかった、とでも言いてェのか、この女)

だから、バスに乗った時変に気だるそうな態度で自分に接してきたのか?
自分の感情を抑えつけて、穏便にことを流そうとしていたのか?

――――――何故?
一方通行は、美琴の真意がわからず、グルグルと混乱した頭で考える。

美琴はバスの前方の窓に広がる学園都市の風景を見ながら
美琴はもう一度、一方通行を切り刻んだ言葉を突き付ける。


御坂「まぁ、さっき言ったように、アンタのことは嫌いだし許す事なんてない」


無い物ねだりをする子どものような声で、けどさ、と美琴は続ける。


御坂「――――けどさ、アンタが居るから、打ち止めは笑ってられるのよね」


私じゃなくて、アンタが居るから。
案にそう言われた気がした。

592: 2010/05/01(土) 21:49:32.51
一方通行(――――コイツは、何を言ってやがるンだ?)

一方通行は美琴の発言の意味を、まだよく理解できずにいた。
能力使用モードにスイッチを切り替えてないとはいえ、彼の演算能力は完璧にショートしてた。
学園都市第一位の男は、何とも情けない醜態をさらしていた。

御坂「『あの夜』から、アンタと打ち止や『妹達』の関係がどう変わったなんて。
    詳しいことは、私にはわからない。誰も話してくれなかったし、ね」

打ち止めを含め『妹達』は何もかも、自分たちのお姉様に話をしていないらしい。
その理由がなんなのか、一方通行には興味はないが。
ただ、昨日美琴に会ったことを、あれだけはしゃいで喜んでいた打ち止めすらも、
彼女に何も語っていないことに少しだけ、違和感感じたが、その程度だ。


御坂「ただ、打ち止めがはしゃいで、騒いで、笑ってられる世界にはさ――、」


誰かを諭すように、励ます様に、穏やかな頬笑みを浮かべる美琴。
彼女の脳裏には、一体だれがよぎっているのだろうか。


御坂「―――打ち止めの隣にアンタが居ないと駄目なんだってことは、わかるよ」


そんなことくらいなら、私も知ってる。
そう、言いたげな声色だった。

593: 2010/05/01(土) 21:50:13.83
一方通行は、自然に優しげな笑みを浮かべる美琴の横顔をみて、ようやく理解する。


一方通行(―――あァ、そうかよ。そういうことかよ、チクショウ)


美琴はバスの正面ガラスの向こうに広がる風景を眺める。


御坂「なんていうかさ」


美琴の言葉を、一方通行は黙って聞くしかない。


御坂「あの子と――打ち止めと一緒に居てくれて、ありがと」


この少女は、なんと不器用な生き方をしているのか、と少年は自分のことを棚に上げて考えた。

氏んでいった『妹達』のために、一方通行に絶対の怒りを抱き、
一方通行のそばに居る『打ち止め』のために、一方通行に感謝の意を伝える。

今までの彼女の行動の全ては、少女自身のためではなく『妹達』のため故のもの。


一方通行(―――こいつは、『妹達』のためなら)


美琴の『自分だけの現実』(すべて)を崩壊させた自分すらも、受容するらしい。

594: 2010/05/01(土) 22:13:08.05

美琴は一方通行のほうを見ない。
喋りたいことは全部喋りきった美琴は、ただ、じっと、学園都市の風景だけを視界に入れる。

沈黙が、バスの中を包み込んだ。

一方通行は(……馬鹿な生き方してンな、コイツ)

心に湧き上がる高揚とは裏腹に、悪態のような台詞を頭の中で吐く。

それでも、彼が望む生き方を、目の前の少女は迷うことなく突き進んでいることが、
一方通行には嬉しくて、なんだか少しだけ救われた気がした。

誰かのために素直に笑い泣き怒ることできる心根の優しい目の前の少女は、
どれだけ世界が『妹達』を非難し迫害しようとも、彼女だけは正面切って彼女たちを守る、という絶対的な真実。
御坂美琴は、超電磁砲は、『妹達』のお姉さまは、

―――『妹達』のために生きている。彼女たちの『味方』であり続けている。

一方通行がそうであってほしいと願ったものは、思い描いていたそのままで世界に存在していた。

しばしの沈黙をやぶったのは、一方通行だった。


一方通行「……馬鹿だろ、オマエ」


ポツリと、それだけ。
一方通行は、それだけしか言葉に出来なかった。


御坂「ははっ、自分でもそう思う」

美琴は小さく笑って、少年の意見に同意した。

596: 2010/05/01(土) 22:16:05.06
言葉のゴロ変更
○一方通行がそうであってほしいと願ったものは、思い描いていた通りの姿で世界に存在していた。

597: 2010/05/01(土) 22:29:20.82

美琴の小さな笑みを横目でみると、何処かむず痒い感覚に囚われた。
どうしたものかと無意識に一方通行は頭をカリカリと掻いた。


一方通行「超絶馬鹿な奴だろォだ。…………呆れるほど、善人だなァ、超電磁砲」


あのムカつくツンツン頭の少年と、隣の隣に座っている少女は同類なのだ。

なぜそこまで人のために全力で走るのかと問われたら、
"当たり前のことをしているだけ"と素直に答える馬鹿正直なタイプの人間だ。
何に対しても、誰に対しても。困っているなら全力で助けてやり、
道を外したら無理やりにでも太陽の元へ力ずくで引きっていく、有難迷惑なお人好し。

一方通行が無性に憧れてやまない、誰かのためのヒーローになれる奴。

一方通行(俺とは真逆のタイプの馬鹿野郎だわ)

先ほどの一方通行の台詞は、自身が焦がれてやまない者への裏返しの愛情表現に近かった。
けれど、鈍感な美琴がそんなことい気がつく訳も無く。

一方通行の捻くれ過ぎた台詞に、美琴は思いっきり顔を歪ませた。
もっと、他に言葉はなかったのかよ、と言いたげな顔だ。


御坂「一方通行、アンタってモテなさそーね」

一方通行「ア"ァ!?」


突然、話題を変えられた。
しかも、ただの悪口にしか聞こえないソレに、一方通行はついつい声をあらげた。

599: 2010/05/01(土) 22:40:24.26
御坂「ブハッ、……くっく」

人を小馬鹿にしたような文句を言ったと思ったら、今度は突然笑い出す。
両手で口元を隠して笑うのを我慢しているようだが、
少女の眉は変な形に歪んでいるし、くくッという笑い声が漏れ出ている。
明らかに、隠し切れていない。

一方通行「オィ、超電磁砲――、」

喜怒哀楽の切り替えが激しい美琴に、一方通行はまったくついていけない。
いったい何がおかしくて笑っているのかと、声をかけた時、ふいに美琴がこちらに顔を向けた。

また、カチリと視線がぶつかった。
次の瞬間、美琴の沸点が軽く飛び終えて、腹筋が崩壊した。

美琴「あーもう駄目、似合わな過ぎるッ!!! あっははははーー!!」

彼女が笑い出した原因が、打ち止めの愛らしい花柄携帯を、一方通行が真剣に選ぶ姿を想像したから。
なんて、一方通行が知る由もなく。

腹を抱えてひーひーと笑いながら、椅子をバンバンと叩く美琴。

一方通行「人の顔みて笑い転げるとか、どういう神経してんだァァッ!!」

一方通行はただ、訳も分からず怒り狂った。

601: 2010/05/01(土) 22:55:16.73

笑いすぎて息を絶え絶えにさせながら、「あー笑った」と美琴を涙で潤んだ目を擦る。

御坂「ごめんごめん」

手のひらをヒラヒラと左右に振って美琴は謝罪したが、一方通行はどうも納得できなかった。
というか、なんだか納得してしまったら、とても不名誉なことのような気がした。

一方通行「……ッたく、マジでなンなンですかァ、オマエ」

オマエ、マジで意味がわかんねェ、と一方通行は脱力した。
あれだけ緊迫していた空気なんて、遠い星にでも旅立ったのはないかと錯覚すらしてきた。

御坂「いやぁ、なんか意外な所で同士を見つけたなぁと思って」

また、変なことを目の前の少女は繰り広げはじめる。

一方通行「なんで唐突に同士なンだよ。主語も述語も意味不明だぞ」

「他人にものを伝えるときは、ちゃンと主語と述語を入れて喋るって小学校で習わなかったのかよ」と
続けて文句を言いたくなった一方通行だが、ここはぐっとこらえた。
そんなことを言ってしまえば、後の祭りだ直感が訴えかけてくる。

もし、そんなことを口にしてみろ。
トリガー外れて、美琴のマシンガントークがはじまるはずだ。
打ち止めに口で勝てたことのない彼の経験が、容易にそんな推測をたてさせる。

一方付通行(……女に口で勝てる野郎なンて、いるかよ)

老若男女かまわず、言葉だけで屈服させる少年のことをすっかり忘れている一方通行。

同士って誰のことだよ、という一方通行の無言の質問をうけとった美琴は、こう答えた。

御坂「私とアンタが、よ」

その発言に、一方通行は何か可哀そうなものを見るような顔で美琴を眺めた。

606: 2010/05/01(土) 23:10:40.89

一方通行「……オマエと俺とじゃァ、『根本的』に違ェだろォが」

一方通行と超電磁砲、2人は『根本的』に違うと一方通行は断言した。

一方通行のは薄汚い悪党で、超電磁砲はまっさらな善人。

『妹達』の命を踏み躙った一方通行と
『妹達』の命を救い出せなかった超電磁砲と、

―――どちらも1万人の命を救えなかったもの"同士"だが、絶対的に違うと一方通行は考える。

御坂「アンタが気づいてないだけで、案外、そうだったりするかもよ?」

『妹達』を虐頃した一方通行がその背に背負うものは、
1万人の妹達の命に対する罪悪感と償い、残り1万人の妹達の世界を守る使命。

目の前の少女が誰にも弱音を吐かずに双肩に背負っているものが、
皮肉にも彼と同じものであることを、一方通行はまだ知らない。

一歩通行「前言撤回するわ。その年で痴呆たァ難儀なもンで」

"自分"と同じであると笑いながらつげる少女の目を覚ましてやろうと、
一方通行は懇切親切にオマエの考えは馬鹿だと伝えてあげた。

御坂「近い将来、青少年保護育成条例で警備員にしょっ引かれること確定な奴に言われたくない」

美琴の言葉に、一方通行のこめかみがひくひくと動いた。

一方通行(オマエも、俺を変態あつかいですかァ、このクソアマッ!!)

仕事の同僚である土御門や海原、結標に日ごろ散々バカにされている鬱憤もついでに蘇る。

一方通行「あの世まで俺が直々にエスコートしてやろォか、超電磁砲」

御坂「アンタと地獄のようなダンスを踊るなんてこっちから願下げよ、一方通行」

一方通行の脅しを、美琴は軽々と撥ね退けた。

608: 2010/05/01(土) 23:23:39.37
御坂「まぁ、なんと言うか」

そう前置きをおいて、しばし美琴は考えてこう言った。

御坂「――――お互い、ご愁傷様ってことよ」

一方通行「ハァ? 意味わかンねェし」

目の前に居る美琴が何を言いたいのか、一方通行にはまったくわからなかった。



一方通行(意味不明なコイツの発言はさておき)


今日分かったことと言えば―――、


一方通行(超電磁砲が『妹達』の本当の意味でのお姉様だった、てコトくらいか)



-------

【蛇足3:一方通行と超電磁砲 終】

609: 2010/05/01(土) 23:28:43.36
これにて一方さんのオマケも終りです。
9982号が2レス、エツァリが4レスなのに、一方さんだけで25レス程……。
9982号、海原ごめん。

誤字脱字、乱文が多いssでしたが、
一か月近くお付き合い頂いて本当にありがとうございました。
たくさんのコメントが頂けて嬉しかったです。

619: 2010/05/02(日) 00:03:52.52
乙!

引用元: 御坂「……嘘、もう売り切れてる」