1: 2013/01/14(月) 00:33:11.10
 
―――風が優しく吹いた


千早「……少し疲れたわ」


小さく零した

すっかり夜もふけた
もうすぐ朝が訪れる


夜が終わる前に、この坂道を乗り越えられるかしら

いいえ、考えても無駄ね


千早「私は、私のペースを守りましょう」


自分に言い聞かせる

2: 2013/01/14(月) 00:34:15.82
 
千早「……綺麗ね」


立ち止まり、空を見た


星があった
消えそうだけど、それでも精一杯輝いていた

あなたも同じ空と星を見ているのかしら


いいえ、同じ空も星も見えるはずがない


私は再び歩き始めた

3: 2013/01/14(月) 00:37:16.63
 
千早「……もう少し荷物を減らしても良かったかしら」


背負うリュックサックはずしりと重たい

あなたはどう言うだろう
いつも曖昧な事ばかりを言うあなたならば


いつか誰かが言った
言葉は伝わらないことが多いって


だから、曖昧なのは私も同じ
むしろ私のほうが、もっと言葉が足りないのかしれないわね

 

4: 2013/01/14(月) 00:40:40.05
 
ポケットからイヤホンを取り出す
それを耳に付けて、曲を流す


機械を使えない私のために、必氏に使い方を教えてくれたあなた


その機械を使って、音楽を聴いている

唄が口から出た
曖昧な、足りない言葉を補う私の唄


千早「……――」


こうして、私は今も歩き続ける

6: 2013/01/14(月) 00:45:17.53
 
千早「――――」


あなたはこの消えそうな星を見ていますか

この星に気付けたのはあなたのおかげなのだから

だから、あなたにも見ていて欲しいと願う

この道のずっと先にいるあなたにも



千早「……くす」


まるで詩ね
思い浮かんだ言葉が少し、私には可笑しく思えた

7: 2013/01/14(月) 00:50:21.20
 
千早「……あ」


歩き続けると、それだけで困難に出逢う
歩かなくても出逢うけれど


困ったわね
あなたならこの道もまっすぐ進むのでしょうけれど

私には無理そう

だから、ちょっとだけ遠回りをすることにした

……なんて、思わない



だから、私は手を使っても登ってみようと思う
怪我をしていなければいいけれど

8: 2013/01/14(月) 00:55:09.91
 
千早「……っくち」


くしゃみが出た

いざ進もうと思うと、ちょっと怖くて立ち止まってしまう
それで気付いたのだけど……寒い



千早「……ふふ」

それも、笑うくらい


リュックサックを下ろして、上着を取り出す
持ってきたかどうかすら忘れていたけど、確かにあったそれを確認して安心した

9: 2013/01/14(月) 01:00:05.35
 
千早「……行きましょう」


自分を鼓舞した

どうしてこんなに頑張っているのかしら
そんな疑問は持たないことにした


だって、あなたに会って伝えたい言葉がある

伝わるかどうかも分からないけど


千早「……がんばれ、私」


伝えようとすればするほど、言葉は迷子になってしまうもの

10: 2013/01/14(月) 01:05:13.47
 
千早「……?」


少し足が痛む

確認すると、靴ずれが起きそうになっていた


でも、険しい道はもう終わり

問題が無さそうだから、進むことにしましょう


千早「少しでも、近づきたいわね……」


でも、以前の私たちは近くても遠かった

12: 2013/01/14(月) 01:10:30.39
 
だから、行動にしてみた


あなたに会いたい、ということだけを行動にしてみた
言葉で伝えるよりも呆気なくてすごく判り易い


千早「でも、少し疲れるわね」



最近、一人が多いせいでまた独り言が増えた気がする

けれど楽しいと思う



まだあなたを見失っていないもの

13: 2013/01/14(月) 01:15:37.59
 
朝が訪れる前、私は街についた


そこで、写真を片手に慣れない言葉を使って人尋ねをする

すると何故かあなたの向かった場所がわかる




千早「……あなたは、どの場所でも人を笑顔にしているのね」



お節介焼き、でも少し羨ましい

15: 2013/01/14(月) 01:20:37.51
 
少し滞在して、私はまた歩き出す


この旅と、この道の先にあなたがいることだけをいつも願う

祈りといってもいい


思い返せば、アイドルすらも休業して何をしているのかしら私



千早「でも、諦められない……」


あなたにもう一度会わないといけない
そうしないと、もう一度アイドルとして生きていけない

17: 2013/01/14(月) 01:25:07.24
 
風が優しい


朝も昼も過ぎた

再び夜が差し迫る頃でも、私は歩いていた


その中で、風に揺れる花を見つけた



千早「まるで私みたいね……」


風に揺れるその姿が震えているように見える

でも、私はこの闇なんて怖くない
だって、あなたもこの道を歩いたのでしょう?

18: 2013/01/14(月) 01:30:11.89
 
千早「――――」



また私は唄いだす

あなたはどれほど遠くにいるの、と
唄しかないと思っていたけれど

唄の他にも、私には色んなものがあった


それを教えてくれたのがあなた


千早「――――」


夜空に向かって、唄った
 

21: 2013/01/14(月) 01:36:46.86
 

千早「……ふぅ」



一つ唄い終わって、ため息をついた

思えば、この旅を始めるときたくさんの人に迷惑をかけた
アイドルとして一区切りした後に始めたけれど、それでもたくさん迷惑をかけた


千早「ごめんなさい」


仲間の顔を夜空に思い浮かべて、謝罪した

試しに、あなたのように舌を出してみた
誰も見ていないけど、すごく恥ずかしくなった

22: 2013/01/14(月) 01:40:52.75
 
千早「……どうして」


あなたはどうして居なくなったのかしら


別に、言いたいことはないわ
聞きたいことだってないもの


でも、たった一つ、伝えたい事があるの


千早「……――」


それを伝える方法を、私はまだ見つけられずにいるけれど
せめて唄に載せて伝えられたなら

23: 2013/01/14(月) 01:45:44.70
 
ここまであなたを追いかけて
ここまであなたに付いて生きた今までを

価値なんてないわ
でも、伝えたい、知って欲しい



千早「あなたはどれくらい遠い場所にいるんだろう」



私はあなたを見つけられるでしょうか

あなたはいつも私を見つけてくれたけれど

24: 2013/01/14(月) 01:50:29.21
 
千早「……あら」


思い出を浮かべて、泣きそうになったとき
靴紐が解けていることに気付いた

私は道を少し逸れて、しゃがみ込んでから靴紐を結ぶ


そしてそのまま、寝転んだ

こんなこと、あっちじゃとても出来ない
水筒がからんと音を立てて、世界は静まり返った

25: 2013/01/14(月) 01:55:06.00
 
静寂だった

世界が私に微笑みかけているようだった
涙を浮かべた目で、月が滲んで揺れた



泣いてたまるものか

それだけの気持ちで、再び私は立ち上がった
また歩き出す


千早「……くっ」


嗚咽を堪えた

27: 2013/01/14(月) 02:00:06.37
 
この心が、よく分からない何かで一杯になった

こんなに疲れても、私の弱い足は動いてくれた



あなたが今、何をしているのか知らない


千早「……私は、あなたのいる場所に向かっている訳じゃなかった」


ただ、あなたに向かって歩いているだけ
私はあなたになれないから

28: 2013/01/14(月) 02:05:05.71
 
千早「――――」


唄いながら思う

いっしょに生きている事は、本当はすごい奇跡だった

あのとき、いっしょに居られたことが奇跡だった
当たり前じゃない


それでも、懸命にあなたの呼吸を読んで、こんな所まで生きてきた

あなたもきっとそう


私はさらに声を大きく唄う
周りには誰もいないけれど、あなたに届けばいいなと思って

30: 2013/01/14(月) 02:09:49.76
 
千早「――――」


あなたにだけ向けた唄
気付いているかしら

それとも気付いていないのなら

いつまでも唄おう


私はあなたを必ず見付ける
あなたは私を必ず見付けてくれるから


ほら、お互い様ね

31: 2013/01/14(月) 02:10:34.69
 

 
――風が吹きすさぶ


私は、逃げ込んだ

この嵐が過ぎ去るのを待つ
海では波が荒れ狂い、船を襲っている



それでも私は唄う

あなたは、どれだけ先にいるの? どれくらい離れているの?
私はどれくらい追いつけたかしら


千早「……セントエルモの火」


――ねえ、どんな唄を歌う




終わり

33: 2013/01/14(月) 02:12:03.71
おつ

34: 2013/01/14(月) 02:16:30.34
バンプか

引用元: 千早「あなたはどれくらい遠い場所にいるんだろう」