1: ◆b2/ys3/tgw 2022/01/30(日) 23:22:02.55

まだ寒さの残る、日曜日の午後三時。
天井近くからは乾いた暖房の音。
透明な空気をつらぬいて、日差しが床に影を落とす。

「樋口、充電」

「ん」

やりとりが終われば、また無音。
沈黙とは違う静けさ。
冷めた空気の安らぎ。
2: 2022/01/30(日) 23:25:03.20
浪費していく時間。
浅倉透の部屋で、その部屋の主と二人きり。
ベッドの上には透。壁を背もたれにして伸ばした足先に、私。
マットレスに背を預けて、冷たい床に体育座り。

私はただ、スマホを眺めていた。
背中越しには見えないけれど、きっと透も同じ。
何もない時間を何事もなく過ごす。
そんな時間は嫌いじゃない。

3: 2022/01/30(日) 23:26:45.69
スマホの充電が半分を切ったころ、透は溜息でもつくかのように呟いた。

「ねぇ、樋口」

ゆらりとそよぐ、透明な吐息。
静寂の中一音、弾かれた琴線。
絹糸のように滑らかな声が、私の耳に届く。

「じゃんけん、しよっか」

「……ん」

私は顔も向けず、一言答えた。
そして、透によく見えるよう、右手を頭の上まで持ち上げた。

4: 2022/01/30(日) 23:28:24.48

「浅倉、何?」

「チョキ」

私が頭上に掲げたのは、パー。

「……はぁ」

深く溜息を吐いてから、腰を持ち上げてベッドの上の透に向き直る。
透は口元に笑みを浮かべながら、顔の横で二本指を動かす。

「いぇーい」

グニグニと二本指を曲げて、伸ばして。

5: 2022/01/30(日) 23:29:58.57

目の前に放り投げられた透の足を退けて私は聞く。

「で、今日は?」

「んー……じゃあ、さ」

透は私がどかした足をまた持ち上げて、私の眼前に突きだす。
爪先から指の間まで白く、透明な素足。


「舐めてよ、足」


透は口元に浮かべた笑みを崩さないままに言った。

6: 2022/01/30(日) 23:31:13.73

「……っ」

鼻先に突きだされた足。余裕な表情の透。
交互に睨みつけ、私は噛みつくようにしてその足を握った。

「……最悪」

手の平に足の裏を乗せるようにして、透の足を持ち上げる。
骨と筋の浮かんだ足の甲に舌を貼り付け、
すべすべとした感触の素肌を、下から上へ。

指先から脛に向かってゆっくりと舐め上げる。
舌の表面を、透の素肌に押し付けるように。

7: 2022/01/30(日) 23:32:55.16

舌に触れる塩気と酸味。
皮膚のざらつき、透の匂い。
ピリピリと痺れを感じる舌の感触に、存在したかどうかさえも曖昧なきっかけを思い出す。


8: 2022/01/30(日) 23:33:45.82

・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・

いつだったか、放課後のファミレス。
ドリンクバーとフライドポテトを頼んで1時間後。

『負けた方がコレ、飲むってことで』

『……乗った』

ほんの、些細な勝負。
デミタスカップになみなみと注がれた真っ赤な液体からは、ツンと鋭い匂いが鼻を刺す。

9: 2022/01/30(日) 23:35:19.38

試しに指をつけ、舌先で舐めると、
びりびりと痺れが喉奥まで響いた。

『最初は?』

『グー』

『じゃーんけーん……』

覚えてる限りでは、きっとこれが最初。

"勝った方が負けた方のいう事を聞く"。

そんなくだらない勝負の、最初の一戦。
そして、最初の"命令"。

10: 2022/01/30(日) 23:41:31.68
とりあえずここまでで。
続きは明日の昼か夜にまた書きこみます。
久しぶりに書きこむので至らない点が多いかと思いますが、
ご指摘いただければ幸いです。

どうぞよろしくお願い致します。

12: 2022/01/31(月) 11:06:45.55

透は一気にカップを傾け、タバスコを飲み干した。

『あー、氏ぬわ、コレ』

涙目で咳き込む透を見たのは久々だった。
いや、もしかしたらこれが初めてだったかもしれない。

……とにかく、私たちはそうやって何度も"勝負"をした。
勝った方が命令できる。そんなルールも、その時から段々と決まっていった。
なんとなく、自然に、二人の中で出来上がっていった。

13: 2022/01/31(月) 11:09:51.45
そして徐々に、エスカレートしていった。

私はその時々に合わせて、都合よく透を使う。

『じゃあ、肩揉んで』
『この部屋、早く片づけて』
『私への借金。即返却』

そして、透は、

14: 2022/01/31(月) 11:11:59.45

『着替えさせてよ、服』
『口の中、見せて』
『開けていい?ピアス』
『じゃあ、開けてよ。私の』

冗談なんか、言わないし。そう言って笑ってた。

『ねぇ、樋口』

『噛んでみたい、首』

ルールは私達の中で絶対的なものになっていた。


・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

15: 2022/01/31(月) 11:13:36.77

ぞわり。首筋の感触を思いだす。
乾き始めた舌が足から離れると、透が頭上から催促する。

「樋口ーちゃんと舐めろー」

そう言って透は足を浮かせたと思うと、そのまま爪先を私の口元に挿し入れる。

「ぐっ……んんっ!」
「ほら、負けたじゃん、樋口」

睨みつけて抗議を示しても、透に効果はない。
にこりと口元に微笑みを浮かべ、爪先を更に押し込む。

16: 2022/01/31(月) 11:16:58.12

精一杯、できる限り透の足の指を頬張り、
口の中で透の指先に舌を這わせる。
指の間から、爪の隙間まで。
指の一本一本に、唾液を纏わせる。

「やば。樋口、顔ウケる」

17: 2022/01/31(月) 11:18:58.38

塞がれた口では文句の一つさえ許されない。
自分の唾液で、口の周りがベタベタ、ヌルヌルと汚れる。

「ねぇ、樋口」

透が言う。

「いいよ。もっと、上まで」

からかうような、子供をあやす様な、そんな口調で。

18: 2022/01/31(月) 11:22:07.62

そこから先は……よく覚えていない。
だけど次の日も、また次の日も。
同じように"勝負"した。

私はパー。透はチョキ。
次の日も、パー、チョキ。
私の負け。
また、負け。

「じゃあ……どうしよっか」

指先を唇に触れさせて、透が微笑む。

19: 2022/01/31(月) 11:23:32.72

続きはまた夜あげますー

20~21時ごろと思います。

今日の夜完結予定です。

よろしくお願いします。

20: 2022/01/31(月) 19:26:54.13
次の週も、そのまた次も、次も
私は、パー。

「ねぇ、樋口」

透は、

「身体、見せてよ」

チョキ。

「服、脱いでさ」

命令は、絶対だから。

21: 2022/01/31(月) 19:28:02.46

次の週も、そのまた次も、次も
私は、パー。

「ねぇ、樋口」

透は、

「身体、見せてよ」

チョキ。

「服、脱いでさ」

命令は、絶対だから。

22: 2022/01/31(月) 19:28:31.43
すいません、酉つけ忘れました……

23: 2022/01/31(月) 19:30:26.71
その次もまた、私はパー。

透は、

「あー、負けたわ」

グーを、出した。

24: 2022/01/31(月) 19:34:56.60

「……は?」

振り返ると、透の笑顔。
そして、二人の間でふらふらと揺れる透の握りこぶし。

「……何ッ……で……」

ゆっくりと立ち上がった私に向かって、透は微笑む。

握った拳をくるりと返す。
指を開いて、私の手を引いた。

25: 2022/01/31(月) 19:36:50.24

「ね、何したらいい?私」

顔に掛かる吐息は、ひどく冷たく感じた。

「どうしたらいい?」

もう一度透は聞いて、私は、



透に

26: 2022/01/31(月) 19:37:47.44


噛みつくように奪った唇。
細く薄く、柔らかかった。


27: 2022/01/31(月) 19:39:35.92

吐き気がする。呼吸が苦しい。

「ねぇ……樋口……」

途切れ途切れに離れる唇から、透は私に問いかける。

「わた、し……何……」

長く、唇を食んでから、吐く。

「何も、しないで」

私が透のネクタイに手をかけても、
シャツのボタンを飛ばしても。
それでも透は、

何も、しなかった。

28: 2022/01/31(月) 19:40:33.60

喉奥の塊を吐きだすように、荒い吐息を透に注いだ。
飢えを満たすように、透の肢体に噛みついた。
下腹部の重さをなすりつけるように、透を。
吐き気がする。眩暈がする。

29: 2022/01/31(月) 19:41:14.25

「樋口、めっちゃ、必氏じゃん」

目の前で透が、変わらずに笑う。

吐きだしたものは愛じゃない。
そんな綺麗事じゃない。

これは欲。
ただ私が、欲に溺れただけだ。

30: 2022/01/31(月) 21:05:17.98
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

夏。放課後。
目を刺すような青空。
足元の煉瓦からジリジリと熱が伝わる。

首から背中に滲んだ汗。
シャツに染みて、気持ち悪い。

31: 2022/01/31(月) 21:06:41.78

「暑いのきらいー」

雛菜が隣でぼやく。聞き流して小糸に水筒を渡した。

「あっ、ありがとう!円香ちゃん」

少し前を歩く透は涼しい顔。

「ねぇ、樋口」

前方のコンビニを指さした。

32: 2022/01/31(月) 21:07:43.97

「負けた人がさ、おごるってことで」

シャツの内側を一滴、汗が伝った。
透は拳を持ち上げて準備万端。
雛菜と小糸も参戦体制。

「じゃーんけーん……」

4人、息の合わないままに出された透の掛け声。慌てて腕を振る。

「ぽん」

咄嗟に出た、私の手は、

33: 2022/01/31(月) 21:08:34.24

「あー……あいこか〜」

「……はぁ」
溜息を一つ。踵を返して歩きだす。

「もういいでしょ。自分の分は自分で」

「え〜樋口せんぱいずるい〜」

早く。早くこの場から。

「ねぇ、樋口」

肩に手が乗る。

34: 2022/01/31(月) 21:09:33.68

駆け足で私に追いつき、ぐいと肩を引く。

「勝ったよ、じゃんけん」

透は私の耳元で、囁いた。

35: 2022/01/31(月) 21:11:02.02

冷えた汗が素肌に染みる。

透が顔の横で、二本指を動かす。

「今日は何、しよっか?」

染みていく。冷たく、冷たく。

まるで毒のように。

熱を持つ心臓に、

じわり、染みた。

36: 2022/01/31(月) 21:12:40.32


おわり


37: 2022/01/31(月) 21:15:11.77
お付き合いいただきありがとうございました。
思ったより短くなってしまいましたが、これで終わりです。
ご意見ご感想などいただければ幸いです。

39: 2022/01/31(月) 21:54:37.75
おつおつ

引用元: 【シャニマス】透「じゃんけん、しよっか」【とおまど】