1: 2010/03/22(月) 13:51:44.47 ID:kddqNvzi0
平穏な日々は一瞬で崩壊する。

福岡市は中央区薬院の一角にかまえる小さな本屋で俺は考えていた。
そんなことはない。現に俺は今まで何ら特別なこともなく生きてきた。
いや、俺だけじゃない。
周りにいる誰もが俺と対して変わりない人生を送っている。

大学に行き、バイトをして、飲み会がたまにあり、彼女がいるヤツはそれを謳歌する。

誰だって一緒で変わりのない人生を送ってきて、これからも送る。
それは誰しも同じで、平穏な日々が崩れるなんてそう一般人に起きるはずもない。

「いらっしゃいませぇ」

カランカランという、古臭い扉の開く音に俺は反応した。
珍しく客がきたな、と。

3: 2010/03/22(月) 13:56:15.61 ID:kddqNvzi0
ぬおー!!!すまん、重大な書き忘れ!!

これ昨日さるさん食らって途中で頓挫したSSです
ログをメモるの忘れたから最初から投下します><


この書店、柊書店は個人経営の小さな本屋。俺はそこのアルバイト。
天神や博多にバスや地下鉄ですぐに行ける好立地な条件にある柊書店だが、客足は遠い。
理由は明白だ。都心部に近いからこそ、近くには大型のチェーン書店が山ほどある。
書店の売り上げはほぼ新作の雑誌やコミックなどでまかなわれるため、小さな書店には客が足を伸ばさない。
都心部駅周辺で大概のモノは手に入るからだ。

それでもたまに来る客はほぼ常連で、近くに住んでいる老人やオタク雑誌を取り寄せる若者などの固定客だ。
その固定客を掴んでいることで、この店は何とかもっている。
まぁ、時間の問題かもしれないが。

「ここ、世界の料理図鑑作り方編って本置いてある?」

これまた珍しく新規の客だ。しかも若い女性だ。

「世界の・・・料理図鑑ですか?探しますので、少々お待ちいただけますか」

あったかな、そんな本と思いつつマニュアル通りに答える。
ここで働き始めもう4年になるので、大体の本の状況は把握していたが、そんな本聞いた覚えがない。

5: 2010/03/22(月) 14:00:18.93 ID:kddqNvzi0
珍しい新規客はハットを目深に被り、顔は見えない。
長めの黒髪がハットから垂れている。

久しぶりの若い女性客が気になりつつも、本を探す。
あるわけないよな、そんなわけのわからん本が。とりあえず料理関係を適当に探すか。

・・・あった。

こういった謎の品揃えの良さが個人経営の魅力だろう。
それを知る客は少ないが。

「こちら・・・でよろしいですか」

「えっ!あるの!?」

反応から他の書店でも探したが見つからなかったのだろう。

「ありましたね・・・。謎な本が置いてあるんですよ、ここ」

「じゃあ、それの焼き方編置いてある?」

「・・・少々、お待ちください」

6: 2010/03/22(月) 14:05:06.95 ID:kddqNvzi0
>>4ごめん、よくわかってなくて・・・


さすがになかった。
ピンポイントに焼き方だけを記している本なのか、わからん。
そしてそれを欲するこの客もわからん。

「あー・・・じゃあ、とりあえず作り方編だけでいいわ」

「お取り寄せいたしましょうか?」

「うーん、そうね・・・」

言いつつハットを脱ぐ。あれ?この顔見たことあんぞ?

「電話番号とか、住所とか言わなきゃダメよね?」

「えぇ、そうですね・・・」

どっかで見たぞ、てか今日見たような・・・。

「・・・まぁ、いいわ。取り寄せお願・・・」

「お茶のCM!!」

「失礼ね、アンタ!!!」

朝見たお茶のCMに出ていた女の子だ。今最も旬だと言われている若手女優。

7: 2010/03/22(月) 14:10:11.97 ID:kddqNvzi0
「あ、すいません。てことは本物の・・・?」

「そうよ、本物の古川菜月で悪い!?」

芸能人と、今若手No.1のアイドル女優と会話をしている。
それだけで、いつもの平穏な一日とは違っていた。


「お茶のCMって言われたのは初めてよ」

むすっとしつつ彼女が答える。
目鼻立ちの整った顔、細いボディーライン、よく手入れされたサラサラの黒髪。
どこをとっても、俺が今まで見た女性よりもはるかに上回っていて、思わず見惚れてしまう。

「ちょっと、聞いてる!?」

「蕩れってここで使うのか・・・いや、違うか・・・」

「はぁ?もう、何言ってんの?」

8: 2010/03/22(月) 14:15:04.24 ID:kddqNvzi0
「あ、いや!すいません!!お取り寄せしますか?」

「いきなり話逸らしたわね・・・」

「そんなことないですよ・・・」

「・・・まぁいいわ。うん、取り寄せお願い」

「でも、古川さんって福岡の人ですっけ?郵送しましょうか?」

すげぇ、今芸能人を「さん」付けで呼んじゃったぜ。

「今仕事でしばらく福岡にいるの」

「でも出版社に在庫がなかったら2週間くらい取り寄せにかかりますよ」

「大丈夫よ、撮影で一ヶ月くらいいるから」

撮影?一ヶ月もかかるなら映画だろうか。ドラマ?
さすがに顔や名前は知っているが、特にファンというわけでもなくテレビもあまり見る性質ではない。
聞いてもいいのだろうか、と考える。
会話を続けたい。この非日常的な時間をもう少し過ごしたいと思っていた。

9: 2010/03/22(月) 14:20:13.35 ID:kddqNvzi0
「映画ですか?福岡で珍しいですね」

「全編福岡で撮影するの、中州のキャバクラの話よ」

「古川さんが嬢になるんですか?」

「嬢って呼ぶアンタ・・・通ってるわね?」

「えっいやそんなことないっすよ!」

店長に連れられて何度か行ったことある。
が、気恥ずかしい気持ちになり咄嗟に嘘をついた。
見栄を張る必要なんかないだろうに。

「またまた~。若いくせに店長なんだから行きまくりでしょ?」

ニヤニヤと彼女が訊いてくる。
人をからかうのが好きなんだろうか。

「行ってないですって!それに俺、店長じゃないですよ、アルバイトです」

「え?でも今この店アンタしかいないじゃない」

「いや、なんつーかウチの店長アホなんですよ・・・」

10: 2010/03/22(月) 14:25:59.38 ID:kddqNvzi0
4年も働いているから仕事のほとんどは出来る。
ほとんどは少し違うな。全部だ。
店長は変わった人で、この店が機能するのは奥さんと俺のおかげだと、ぶっちゃけ思う。

ワンピースを200冊発注した時はさすがに俺も怒った。
曰く「ワンピースって絶対売れるんじゃねーの?」

その旨を彼女に伝えると大声で笑った。
感情の表現の仕方、というのか、そのコロコロ変わる表情が非常に魅力的だ。

「アハハ、おっかし~!!」

「付き合わされるこっちは散々ですよ・・・」

「いいキャラじゃない!大事にしなさいよ」

「ちょっとだけ、面白がってません?」

「うん、貫き通してほしいね、店長さんには」

もう10分以上会話している。
店長の話をもっとして、とねだる古川菜月は、テレビで見る彼女と違い普通の女の子だ。
ちょっとキツイ言い方をするが。

11: 2010/03/22(月) 14:30:05.34 ID:kddqNvzi0
「ところでアンタ、取り寄せは?」

「っと、すいません!今から確認します」

「仕事はちゃんとしなさいよね」

「はい、すいません。それじゃ電話番号だけここに記入してもらってもいいですか」

「あれ?住所とかいいの?」

「別に大丈夫ですよ。あ、電話もホテルの番号とかでもいいので」

「・・・どうして?普通携帯の番号とかじゃないの?」

「いや、やっぱりお仕事柄電話番号とか書きづらいかもなって」

相手の立場を考え、マニュアルだけでない仕事を行う。
接客業では最も重視すべき点だと俺は思う。

「・・・そう、じゃあこれ」

古川菜月は少し悲しそうな顔をした。
何かまずいことでも言ったのだろうか。

12: 2010/03/22(月) 14:35:05.29 ID:kddqNvzi0
「はい、それじゃこれが引き換え券になります。入荷次第ご連絡差し上げます」

「どうもありがとう、それじゃよろしくお願いします」

頭をペコリとさげる古川菜月。
突然敬語で話された。
状況がよく掴めないが、何かが彼女の気分を害したようで俺は少し焦った。

カウンターから引き返し出口へと向かう彼女。
ただの客と店員の関係だ。ましてや相手は芸能人だ。
放っておけばいい。もう二度と会わないかもしれないだろうし。

ただ、何故か俺は彼女に嫌われることがイヤだった。
この非日常的空間が俺をおかしくしていたのかもしれない。
ただ、楽しそうに笑ってこの店を出てほしかった。
店長が居ない今、この店は俺の城だ。

「ま、待ってくだdぁ」

「?何て?」

思いっきり噛んだ。何を焦ってんだ俺は。

13: 2010/03/22(月) 14:40:12.55 ID:kddqNvzi0
「あの!気分を害されたのなら申し訳ありません!」

「別に・・・怒ってなんかないわよ」

「理由を教えてください!!」

「人の話聞きなさいよ!怒ってないって!!」

「すいません、でも俺は古川さんには何か笑っててほしいんです!」

「・・・何よ、それ?」

「俺の城を出る時に笑ってる古川さんがいいんです」

捲し立てるように喋る。俺の持論。
古川菜月だけじゃなく、全てのお客さんに思っている。
ただ人に伝えるのは彼女が初めてだが。

14: 2010/03/22(月) 14:45:19.69 ID:kddqNvzi0
「次・・・?」

「本取りに来るに決まってるでしょ!」

そうか、彼女は取り置きしてるんだからまた会うチャンスはあるんじゃないか。

「友達扱いでよろしくね、えーっと・・・」

またカランカランと音を立て扉を開けつつ顔を外に出して上を見上げる。

「『柊くん』!それじゃね!」

軽く手を振り扉の外へと消えていく。
友達、芸能人と友達・・・。
いや芸能人と考えたら怒られるのか。

もう一度会える。それが平穏にだらけていた心を躍らせた。
恋愛感情とは、違う。不思議な高揚。
ただ、一つだけ・・・

「俺『柊』じゃないんやけど・・・」

15: 2010/03/22(月) 14:50:20.47 ID:kddqNvzi0
夜7時に店を閉め、自宅とは逆方向の天神へと向かい歩き出す。
バスに乗ってもいい距離だが、そう遠く離れてはいないので十分歩ける。
今日は特に浮ついた気持ちを落ち着かせるためにも徒歩のほうがいいだろう。

あの後、数人の客が来たがどんな接客をしたのかほとんど覚えていない。
常連のおばあちゃんに「アンタ、ニヤついとるばい、しまらん顔して」と言われる始末だ。

15分ほど歩き、大名にある居酒屋に到着。
今日は久しぶりに中学来の友人と飲むことになっていた。
時間までもう少しあるが、中に入って待つことにした。

待つこと10分で二人ともやってきた。

「おう!そこでばったり会ったけんヤスと一緒に来たぜ~」

「久しぶりやん、2週間ぶりくらい?」

色黒のケンと色白のヤス。
二人並ぶとさながらオセロだ。

「久しぶり、うへへへ・・・」

「何コイツ、気持ち悪いんやけど」

「ケンに匹敵するウザイ笑い方やね」

「ヤス、俺傷つくよ?」

17: 2010/03/22(月) 14:55:06.02 ID:kddqNvzi0
生ビールで乾杯をし、お互いの近況報告。
ケンは車の整備士、ヤスは福岡県警、そして俺は大学院生。
みんな23歳だ。
見た目通り、色黒のケンはうるさく、色白のヤスはおとなしい。
タイプは違うが何故か中学の時から一緒にいる。

「はぁ!?古川菜月に会った!??」

「すごいやん、どうやって手回ししたの?」

「手回しって・・・。ウチの店に来ただけだよ」

「うわぁ何だそのラッキー、紹介しろよ」

「できるか!」

「やっぱりさやっぱりさ、可愛かった?」

「すんげー可愛かった」

「うおー見てぇよぉ!!」

ケンが異常な食い付きを見せる。
もともと美人には目がなく街行く美人全てモノにしたいと考えている。

18: 2010/03/22(月) 15:00:02.27 ID:kddqNvzi0

「ヤス、何してんの?」

手回しの発言から突然黙ったヤスに尋ねる。
携帯を扱いながら何かを調べているようだ。

「古川菜月。21歳。僕たちより2つ下か」

「身長は165cm、主な出演ドラマに『ビューティフルバケーション』『コードレッド』など」

「おいおい、ヤス詳しいやんか」

ケンが茶々を入れる。

「性格はおとなしく控え目、人見知りをする方」

「ん?あれ?」

疑問に思った。

19: 2010/03/22(月) 15:05:30.87 ID:kddqNvzi0
「清純派女優で、現在福岡で映画『夜のネコ』の撮影中・・・だってさ」

「何で調べたのよ、それ」

「Wikipediaとその他諸々」

「お前相変わらず仕事速いな」

「警察で最も必要なものは情報だよ」

二人のやり取りを聞きつつ考える。
おとなしく控え目?人見知りする方?
真逆じゃねーか。

ケンがヤスの仕入れた古川菜月の画像に興奮している。

キャラ作りってやつか?どっちが本当の古川菜月だろうか?
いつも何かを我慢して生きていかなきゃいけないのが芸能人なのか?
それは間違っていると思う。だけど、それがそっちでは正しいのかもしれない。
あれこれ考えたが、どうせ俺がどうこう考えても仕方がないと思い、話題に参加した。

流し込んだビールは腑に落ちなかった。

20: 2010/03/22(月) 15:10:12.02 ID:kddqNvzi0
翌日、朝から大学へ向かう。
二人が朝から仕事なので、前日は早めに切り上げた。
おかげで、飲んだ次の日だが体は軽い。

世間は春休みだが、院生に春休みなんかない。
いつでも研究に追われる日々だ。
所詮学生の研究なんかが大して役立つはずもないのに、どうして教授はここまでハードにやらせるのか。
俺にはそこらへんがよく理解できなかった。

「おはよー」

「おう、マル早いやん」

「当たり前よ、やる事多いんだもん」

俺と同じ研究室のマル、本名ではないが、は忙しそうにパソコンに向かっている。
もともと東京出身で、大学から福岡に来ている。
何故福岡の、こんな2流大学に来たのか尋ねたらここでしかやらない研究がしたかった、と言っていた。
当然俺なんかよりはるかに頭もいい。

「あ、そういえば今年ある『夜のネコ』って映画知ってる?」

「え?」

「あの中州の話のやつ。あれ見たいなー」

21: 2010/03/22(月) 15:15:38.58 ID:kddqNvzi0
カタカタと音を立て、ディスプレイから目を離さずにマルが言う。
俺とマルは向かい合う形で席があるのでここからでは顔は見えない。

「中州の話とか、お前興味ないやろ」

「中州は正直どうでもいいんだけどね、古川菜月が出るからさー」

どくん、と胸が鳴った。
やましいことも何もないが、秘密を当てられそうな緊張感・・・?
そう、俺は古川菜月と会ったことを二人以外には話さないように決めた。
俺がぺらぺら余計なことを話すことで、何かしら彼女に影響を与えることは避けたかった。
俺自身、彼女のことはよくわかっていないことだし。
それに、有名人に会ったと嬉々と話す自分が彼女のカンに触れそうだった。
結局は芸能人として扱っていると。

「あー・・・古川菜月好きやったっけ?」

「うん!もう可愛いよね!一緒に行こうよ」

「おー、まだ先の話やと思うけどな」

「じゃあ映画の予行ってことで今度デートしない?」

「お前遊びたいだけやろ」

「まぁいいじゃん。いつ行くか考えといて」

22: 2010/03/22(月) 15:20:44.40 ID:kddqNvzi0
こんな会話は日常茶飯事だ。
男友達と同じとは言わないが、マルは男友達の延長線にいる感覚。
決して魅力がないとは言わないし、俺も時にマルに女を感じてドキンとする。
一般的に見てもボブヘアーの似合った可愛い部類だと思うが、マル自身が男には興味ないように思えた。
事実、マルと仲の良い俺に紹介してくれと何人かの友人が頼んできたが、マルは全て断った。

真っ先に断られたのは色黒のケンだ。

だが、そんな中でも俺はマルに対して恋愛云々で接したことはない。
おそらくそれが俺とマルの仲を繋いでいる気がしていた。

23: 2010/03/22(月) 15:26:20.82 ID:kddqNvzi0
実験の準備を終わらせ大学を後にする。
翌週は測定やら何やらで忙しくなりそうな俺は今週は準備期間であり充電期間だ。
早めに研究室を去ろうとする俺にマルは「手伝ってよ」とぶつくさ言っていた。

悪いな、俺はお前の研究にはとてもじゃないが歯が立たない。

大学を出たその足で柊書店に向かう。
昨日ぼーっとしてたせいで忘れていた『世界の料理図鑑焼き方編』の発注をするためだ。
取り寄せの段階で調べたら、やはり卸売業者には在庫がなく、出版社に直接発注しなければいけない。
約2週間かかる。古川菜月に会うのは、まだ随分先のことだな。

カランカランと相変わらずの古臭い音を立て、扉を開ける。
今日はカウンターに店長と奥さんが座っていた。

「いらっしゃい!ってお前かよ」

店長が大声で挨拶をする。
店長は40代で、髭面に坊主頭といういわゆるチョイ悪親父のようなスタイルだ。
がっしりとした体型は体育教師を連想させるが、店長がスポーツをやっている姿を俺は見たことはない。

「そんな言い方しない。どうしたの?今日お休みでしょ?」

奥さんが店長をたしなめる。
店長と同い年なのだが、どう見てもそうは見えない。
まだ20歳後半から30歳前半くらいの若々しい姿だ。
奥さんを見ていると喫茶店とかしたほうが売れるだろうに、といつも思っている。

24: 2010/03/22(月) 15:30:23.12 ID:kddqNvzi0
「ちょっと昨日発注忘れちゃって」

「あぁん?そんなん連絡すりゃ俺がやっといたのによ」

「いや、店長は信用ならないんで」

「なら私に頼めば良かったのに」

「いや、奥さんにこれ以上仕事押し付けられないです」

「おい、俺がいかにも押し付けてるような言い方やめろ!」

「事実じゃないのよ、あなた今日一人トランプしかやってないでしょ」

「まだ、飽きてなかったんすか・・・一人トランプ・・・」

軽く雑談しながら奥に入る。
小さな事務所のようなスペースで、作業をしようと思っていたら奥さんがお茶を持ってきてくれた。
いただきます、と口をつけると外気に冷えた体があったまった。
店長には・・・お茶出さないんすね・・・。

「たった一冊じゃない。やっぱり言ってくれてよかったのに」

「いえ、今日は特にやることもなかったんで」

「おい!終わったら一緒にババ抜きやんぞ!!」

「え~、だって店長すぐ顔に出るから絶対俺が勝ちますもん」

25: 2010/03/22(月) 15:35:53.85 ID:kddqNvzi0
カウンターから声をかける店長を軽くあしらう。
バカにしているように聞こえるが、俺は奥さんも店長も尊敬している。
もともと東京で有名な商社に勤めていたらしい店長は5年前にこの店を開いた。
大学も俺から見たらとんでもない一流大学で、エリート路線というやつだ。

店長は昔の話をしたがらないので、全ては奥さんから聞いた。
何でも仕事もトップクラスで出来たらしく、海外を飛び回っていたらしい。
そんな人が突然仕事を辞めて、この店を開くといった時反対しなかったのか、と聞いた事がある。

「仕事の時は、私に苦労かけないようにっていつも気を張っていたのよあの人」

「そんなあの人が初めて自分のやりたい夢を口にしてくれたの」

「それが一番嬉しかったわ、だから迷いも何もなかった」

笑いながらそう話す奥さんは店長に負けずすごいと思った。

26: 2010/03/22(月) 15:40:37.90 ID:kddqNvzi0
「いいから、とっとと終わらせろよ!」

「うーす」

「ごめんね、あの人メンドクサイ人で」

奥さんが謝りつつカウンターに戻る。

俺は発注書を書きつつ考えた。
確かにこんな紙切れ一枚書いてFAXかければいいだけの仕事を何故奥さんに任せなかったのか。
いや、そもそも任せるとかそんな考えがなかった。
俺がやらなくちゃいけない、という謎の強迫観念。
古川菜月のことは俺がやらなくちゃいけない、という謎の責任感。
いや、ただの自己満足か。

FAXをかけてカウンターを見る。
店長がうずうずしつつ、俺を見ていた。
今日は何時間コースだろうか、と考え思わず溜息が零れた。

28: 2010/03/22(月) 15:45:12.14 ID:kddqNvzi0
翌週の地獄の実験一週間が終わり、少し落ち着いた翌々週。
古川菜月と会ってから、もうすぐ2週間が経とうとしていた。

もうすぐ入荷だが、はっきりした日にちはわからないので俺は毎日柊書店に顔を出した。
俺が全部やらなきゃいけないんだ、と訳もわからず2週間ずっと思っていた。

「お前、俺に仕事させろ!」

店長が毎日来る俺に怒鳴る。
確かにシフトが入っていない日も来ている俺は店長の仕事を奪っていた。
バイト代は要らないから働かせてほしいと懇願した。

「どんなお客さんが来たんだ?こないだの取り寄せ」

「え、いや別に普通のお客さんですよ」

「嘘つけ」

「本当ですって、店長」

「女優の古川菜月か?」

ぶっと飲んでいたお茶を吹きだした。
何この人読心術まで身につけてんのか?

29: 2010/03/22(月) 15:50:00.25 ID:kddqNvzi0
>>27
マジありがとう!昨日の続きからにしたほうがいいかな?


「図星かよ!」

「えっ、いや何で店長わかったんですか!?」

「発注表管理してんの俺で~す」

「そうでした・・・」

「まさか本物とは思わなかったけどな」

「初めて見た時は俺もそう思いましたよ」

「で、何?惚れちゃったのか」

また吹きだした。

「お前っ2回目は怒るぞ!」

ズボンにかかって熱そうにしている店長に慌ててタオルをパスする。

30: 2010/03/22(月) 15:55:03.51 ID:kddqNvzi0
「いや、惚れるって・・・。相手芸能人ですよ」

「だから?」

「だから・・・何か俺のこと友達だって言ってくれたんで俺がやらなくちゃいけないと思って」

「何でただの友達にそこまでする必要があるんだよ」

「何でって言われると・・・わかんないですけど」

「・・・ま、お前は責任感強ぇからなぁ」

「そうですかね・・・。店長は会いたいとか思わないんですか?」

「東京で腐るほど見てきたっつの、芸能人なんか」

久しぶりに店長に尊敬の眼差しを向けた。

32: 2010/03/22(月) 16:00:38.54 ID:kddqNvzi0
ちょうどその時、奥さんが裏から膨れた角2型の封筒を持って現れた。

「あっ、この間の発注届いたみたいよ」

「えっ本当ですか!?」

思わず食いつく。店長がニヤニヤした視線をこっちに向けている。

「ええ、コレ。後は任せるわね」

奥さんが微笑みつつ封筒を俺に手渡す。
その目は全てを見透かしているような気がした。

違う。二人が思っているような感情じゃない。
ただ、俺がやらなくちゃいけないだけ。
やらなくちゃいけない、と思っているだけ?

34: 2010/03/22(月) 16:11:40.73 ID:kddqNvzi0
とりあえず書き込んでいきます、昨日の続きからがよかったらまた言ってもらえると助かるです

翌日からも毎日柊書店に通った。
ホテルに電話して内線を繋いでもらおうと思ったが、どうやら留守らしく伝言を残すことにした。
電話するときの緊張は見ていても笑えたらしく、店長はたびたび俺をからかう。
実際、自分でも異常な緊張だったと思うから言い返すことは出来ない。

とりあえず、伝言を聞いたから来るはずだ、と思っていた。

2日後、落ち着かず柊書店で待っていると電話が鳴った。
店長が電話に出て応対する。

「はい、柊は私ですが」

違ったか。まだ来ない。というか本当に来るのだろうか。

「あぁ、はい。少々お待ちください・・・おい!電話だぞ!!」

俺?店長に電話じゃなかったのか?

「あ、はいすいません・・・もしもし代わりました」

『あ!もしもし!!柊君』

この声・・・あれからテレビをよく見るようになりほとんど毎日のように聞いた声。
ずっと待っていた声。

35: 2010/03/22(月) 16:16:00.17 ID:kddqNvzi0
「ふ、古川さん?でしょうか?」

声が震えていた気がする。
緊張か、喜びか。

『そうあたし!ちょっと仕事忙しくてとてもじゃないけど来られないわ』

目の前が真っ暗になる。
あぁ、やっぱこんなもんか。
どんなに待ちわびていても、相手は芸能人。
そんなにほいほい俺みたいな一般人と会ってくれるはずないじゃないか。

『ちょっと!!聞いてんの!?』

「あ、はいすいません。じゃあ郵送という形でよろしいでしょうか・・・」

明らかに声のトーンが落ちてるのが自分でもわかる。
どんだけがっかりしてんだ、俺は。
非日常を期待していた日常はやっぱり日常のままだったのだろう。

『えーっとねぇ、もし柊君がよかったら今日持ってきてくれない?』

36: 2010/03/22(月) 16:20:53.15 ID:kddqNvzi0
「へぇ・・・はぁ!?」

『あ、イヤだった?』

「いや、イヤとかイヤじゃないです!」

『じゃあ、○○ってとこで撮影中だからよろしく!私の名前言えば入れるから!!』

勢いよく電話を切られた。
古川菜月に会いに行く。
明らかに非日常だ。

ボー然とする俺の肩を店長が叩く。

「配達よろしくな、『柊君』。それで今日は上がりな」

ニヤつく店長は俺を面白がっているんだろうが、俺は店長に感謝をし本を持って急いで柊書店を飛び出した。

37: 2010/03/22(月) 16:25:12.61 ID:kddqNvzi0
古川菜月が言った場所を携帯で調べる。
キャナルシティ博多の辺りでどうやら撮影をしているらしい。
ここからなら、バス一本で行けるので、時刻表を確認しつつバスを待った。

「あれ?何してるの?」

突然後ろから声をかけられ、びくっとなる。

「うおっ!・・・マルかよ」

「マルかよって事はないでしょ、どこかにお出かけ?」

「あぁ、ちょっと配達にさ」

「そっか。じゃあ、私も一緒に行こうかな」

「はぁ!?いやいや、来んなよ!!」

「だって配達先一箇所でしょ。その後ご飯食べない?」

俺の持った本を見てそう解釈したらしい。相変わらず観察力が鋭い。

38: 2010/03/22(月) 16:31:03.12 ID:kddqNvzi0
「いやいや、仕事やけんな!その後も色々・・・」

「何?デート?」

「違うけどさ・・・」

「ふーん、まぁいっか。今日は私も帰るかな」

「おう、そうしとけそうしとけ」

「何か怪しいなぁ」

「別に怪しくねーです。じゃあバス来たけんまたな」

「ん。またね」

急いでバスに乗り、マルに背を向ける。
俺が今から古川菜月のところに行くなんて、言えるわけもない。
言ったら間違いなくマルはついてくるだろうから。
邪魔されてたまるか。

・・・何の邪魔をされてほしくないんだ?

39: 2010/03/22(月) 16:36:23.96 ID:kddqNvzi0
バスに揺られ、目的地に着く。
近くには見物人が結構居て、少し混んでいた。
この中からエキストラとか選ばれたりするんだろうか。
というか、福岡人はなかなか映画の撮影とかないから、本当に敏感だな。

近くの警備員を捕まえて「柊書店の者です」と伝える。
警備員は優しく俺にお待ちしておりました、と通してくれた。
教育が行き届いてんな、映画業界ってのはそんなもんなのか。

観衆の羨望の視線を浴びつつ、セットの中に通される。
カメラや照明器具、その他何本もあるコードがテレビにつながっていたり。
その中は、俺の想像を超えた世界だった。
テレビで見たことのある顔が、俺の前を通り過ぎる。
もうこんな経験一生出来ないかもしれないな。

ここでお待ちください、と簡易パイプイスに座らされる。
古川菜月はどこにいるんだろうか、と辺りを見渡すが見つからない。

・・・あ、あれ確かジャニーズの・・・えっと何とか君。
あぁ、川下君だ。川P。
彼と古川菜月がW主演だって聞いたな、ヤスから。
やっぱりかっこいいもんだな、芸能人ってのは。

41: 2010/03/22(月) 16:40:39.87 ID:kddqNvzi0
ふと自分の格好が恥ずかしくなり俯いてしまった。
何やってんだ、俺。
こんなとこまでノコノコやってきて座って。
さっさと誰かにでも渡して帰ったほうがいいんじゃないだろうか。
自分の小ささも相まって、顔を上げることができない。

「寝てんの?あんた」

上から声をかけられた。顔を上げる。

「あ、古川さん・・・」

「疲れてた?寝てた?」

「いえ、そんなことないですよ。・・・これお届けの品です」

「あ、ちょっとお金持ってくるから待ってて」

芸能人と会話をした。
知り合いに、友達になれた気がしていた。
それで舞い上がっていた。俺が古川菜月に必要だとまで思ってしまった。

だからこそ余計に世界の違いに圧倒された。
情けない。恥ずかしい。
何を自惚れていたんだ、俺は。

42: 2010/03/22(月) 16:45:29.07 ID:kddqNvzi0


「はい、コレ」

封筒を手渡される。失礼します、と中身を確認する。
明らかに多い。

「あの、本代よりも全然多いですよコレ」

「いいのよ、その代わりこの後も仕事?」

「いやよくないですよ、受け取れません」

「いいから!もう仕事終わり!?」

「っ、店長にはもう上がりだと・・・」

「じゃあ、残りの分は配達代とこの後の『柊君』のレンタル代ね」

「・・・は?」

「ご飯に付き合ってって言ってんの!あたしもうすぐ撮影終わるから」

「・・・へ?」

ますます意味がわからなくなった。俺と夕飯を食べに行く?

「・・・もう。友達ならいいでしょ。ダメ?」

43: 2010/03/22(月) 16:50:48.84 ID:kddqNvzi0
「だ、ダメじゃない!イヤじゃないです!!」

「そこまで聞いてないわよ」

楽しそうに、笑う。

『古川ちゃーん!!!』

「はーい!!・・・監督呼んでるから行くわね、待っときなさいよ?」

「あ、あああ、はい!!」

「よし」

古川菜月は監督の元へと走って戻っていった。

『友達ならいいでしょ』

身分の違い。このご時世に何を、と思うがそれを確かに感じていた。
偶然、奇跡的な確率で俺と古川菜月の道がほんの僅か交わっただけ。
ただ、それだけの関係。

でも、彼女の言葉が俺の中でリピートした。

44: 2010/03/22(月) 16:55:22.02 ID:kddqNvzi0
「これ、何?」

中央の鍋を見つめながら、古川菜月が呟く。

「水炊き、です・・・。やっぱこういう場所まずかった・・・ですか?」

彼女を待つ間、食事は何がいいか真剣に考えた。
女性と食事に行く、マルは別として、そんな経験は久しくなかった俺には難問だった。
かっこよくイタリアンや、バーなどに連れて行きたかったが、それで彼女は楽しめるのか。
せっかく福岡に来たのだから、郷土料理を食べさせてあげたかった。
福岡の料理は全国的に見ても美味いらしいし。

ただ、持ち合わせが少ない。
こんな状況では男性が払うのは当たり前だろう。
そこで出た答えが、安くて美味い郷土料理の店。

おいしいけど、親父が多い、飲み屋・・・
冷静に考えればありえない答えなのに、俺は自信満々に彼女をここへと連れ来た。
俺も店の前に立って、目の前が真っ暗になった。
完全に飲み屋じゃねぇか・・・。

46: 2010/03/22(月) 17:00:18.35 ID:kddqNvzi0
「水炊きならあたし食べたことあるけど、こんなに色薄かったっけ?」

「え!?福岡以外にもあるんですか!?」

「どこでだったかな、食べたわよ」

はい、アウトー。完全にアウトー。
水炊きは福岡でしか食べられない料理だと思っていた。
いつの間に全国に広まってたんだよ・・・。

「もう、いい?」

「あぁ、つぎますよ・・・」

自然とテンションも下がる。あきれているだろう。

「じゃあ、お願いするわ」

古川菜月は微笑んでいる。
優しいんですね、今はその優しさが痛いです・・・。

彼女と自分のとんすいに取り分け、二人で口をつける。

47: 2010/03/22(月) 17:05:13.43 ID:kddqNvzi0
「・・・おいしい」

「・・・美味いですね」

「こんなにおいしいの、水炊き!?」

「前に食べた時とそんなに違いますか?」

「私が食べたのはもっと味濃くって食べづらかったんだけど」

古川菜月ががつがつと食べる。

「すごいさっぱりしてて、おいしい」

「本当の水炊きは、鶏肉の旨味出すために水で炊くんよ」

従業員のおばさんが話しかけてくる。

「水から!?他の所とは違うの?」

「他んとこは地域ごつに出汁とか入れよるけん味が変わるんよ」

「へぇ、そうなんだ・・・・・・ん、おいしい」

「何かあったらすぐに言ってよかけんね、かわいかお嬢さん」

48: 2010/03/22(月) 17:10:23.29 ID:kddqNvzi0
そう言っておばさんは戻っていった。
俺はというと、彼女が不機嫌にならないかはらはらしていた。
従業員と話すのはこっちでは普通のことだが、彼女はあまり慣れてないんじゃないのか。
お酒を飲める年にはもう女優として働いていたわけだから。

「・・・かわいいって言われた」

「へ?」

「あのおばさん私のこと多分知らないよね」

「あの感じだと多分知らないっぽいですね」

「普通の人からかわいいって言われるのって、ないからさ」

嬉しそうに、白菜をほうばる。

「芸能人だからみんなそう言ってくれてるんだと思ってた」

「そんなわけないですよ!こんなにかわいいのに!!」

「・・・ありがと」

「えっ、あぁいや・・・」

49: 2010/03/22(月) 17:16:25.37 ID:kddqNvzi0
思わず言った言葉に自分で恥ずかしくなった。
古川菜月は、本当に嬉しそうにしている。

芸能人、違う世界の人。
いくら友達と言われたって、その感覚がぬけることはなかった。
でも、俺と接している時の彼女は一貫して21歳の普通の女の子だ。
何も特別なことはない、普通の女の子だ。

「よし!今日は飲んで食べるわよ!!」

ビールジョッキを掲げる古川菜月。
ほら、この仕草だって、特別なことはない。

俺も自分のジョッキを掲げ、本日二度目の乾杯。

50: 2010/03/22(月) 17:21:26.16 ID:kddqNvzi0
「ねぇ、あんた、年いくつ?」

料理もほぼ食べ終わった頃に古川さんが尋ねてきた。
少し酔っているようだが、あれだけの酒を飲んでこれっぽちの酔いだというのが信じられない。

「俺?23歳ですよ」

「あれ?じゃあ私より・・・」

「2こ上ですね」

「知ってるなら何で敬語なのよ」

「最初から敬語だったから、もうこっちが慣れちゃって」

「ダメ。今すぐ敬語やめて」

「いや、だって敬語じゃなかったら俺方言出ちゃいますし」

「いいじゃん、方言。九州弁って優しいわよね」

「でも、いきなりってまた難しいですね・・・」

「少しずつ、でいいわよ。それと私のことも呼び捨てで呼んで」

「よ、呼び捨て!?」

「もちろん下の名前でよ。友達なんだから」

「・・・努力します」

51: 2010/03/22(月) 17:25:16.95 ID:kddqNvzi0
楽しそうに会話をする古川さん。
俺もいつの間にかここに連れてきた当初のショックを忘れていた。
ちょくちょくおばちゃんや、店長らしきおじさんが話しかけてくる。
その度に、古川さんは楽しそうに会話をしていた。
きっと人と話すことが本当に好きなんだろうな。

「はい、これ」

突然携帯電話を開いて差し出す彼女。

「何ですか、いきなり」

「け・い・ご」

「っと、すいま・・・ごめん」

「ぎりぎりね・・・私がトイレから帰ってくるまでに交換しといて」

「交換・・・って?」

「番号とアドレス!もう、わかるでしょ!?」

「ほ、本当に言ってるんですか!!?」

「けいご!!!」

「ごめんっ!!!」

52: 2010/03/22(月) 17:30:34.26 ID:kddqNvzi0
それだけ言って彼女は奥へと消えていった。
俺は慌てて自分の携帯を取り出し、彼女の携帯と向かい合わせる。
赤外線通信。彼女の開いた画面には、古川菜月という名前と、電話番号とアドレスが映っている。
それを俺の携帯に送信する。

俺の電話帳に古川菜月が登録される。
それだけで胸がドキドキした。
酒の力も相まって、顔が火照るのがわかる。

俺の番号とアドレスも送信する。
名前はわかるようにと、(柊)と本名の後に書いておいた。

・・・終わった。
人生でこれほど緊張する作業があといくつ待っているだろう。
多分そこまで多くないだろう。
全て終えた後の俺は、多分ものすごくいい顔をしていたと思う。
一仕事終えた輝いた顔。

53: 2010/03/22(月) 17:35:27.33 ID:kddqNvzi0

余韻に浸っていると、突然握っていた携帯が震えた。
右手に持っているのは、古川菜月の携帯。
画面を開きっぱなしにしていたおかげで、誰からの着信かわかる。
見てもいいのか、人のプライバシーに。

自分でも最低だと思った。でも止められなかった。
震える携帯の画面には

『川下さん』

川下って確か今一緒に撮影中の・・・川P。
急いで目を逸らす。
そして、震える着信が早く止まれ、と願った。

古川さんが帰ってくる直前、携帯は止まり俺は机の上に携帯を置いた。

54: 2010/03/22(月) 17:40:27.32 ID:kddqNvzi0
「交換した?」

「あ、しまし・・・したよ、ちゃんと」

「よく言えました。それじゃそろそろ行きましょ」

「あ、うん。出ようか」

彼女が上着を着ている隙に会計を済ます。
想像以上に酒を飲んだので、ぎりぎりになったが何とか足りた。
遅れてやって来た彼女が私が払う!と騒ぐ。
何とかなだめて、二人で暗くなった夜の福岡に出る。
少し冷える。3月とはいえ、まだまだ冷える。

着信があったよ、となぜか言えなかった。

55: 2010/03/22(月) 17:45:54.05 ID:kddqNvzi0
翌日、菜月さんからメールがあった。

『昨日はごちそうさまでした♪すごく楽しかったよ(*⌒∇⌒*)
 またオフの日誘うからね(≧▽≦)』

誰だ、これ・・・。
昨日は彼女の泊まっているホテルまで送り別れた。
途中の会話で、菜月はいきなりは無理だから菜月さん、ということで納得してもらった。
ちょっとムッとしていたが、まぁいいかと割とあっさり了承してくれた。

そんなことよりこのメールだ。
誰かに送ってもらってるんじゃないのか。
それとも俺には今まで気の強いキャラ作りしていて、それが普通に格上げされたのか。

色々考えたが、答えなんかわかるはずもないので返信する。

『こちらこそ。また誘ってね』

すぐに返信が返ってくる。

『そっちからも誘ってくれなきゃヤダよ・°・(*ノД`*)・°・
 それじゃお仕事してくるね(´ゝз・)─☆』

今は大学の研究室にいる。
ダメだ、まだ笑うな・・・。
周りからはニヤニヤしたキモイヤツに見えたことに違いない。

56: 2010/03/22(月) 17:50:53.26 ID:kddqNvzi0
その日は久しぶりにケンとヤスと会う日だったので大学を早めに出る。
地下鉄に乗り、薬院大通駅で降りる。
そのまま薬院大通に位置する柊書店へ。
今日は、ここで店長や奥さんを交えて飲むのだ。
店を早めに閉め、フロアにテーブルを準備してそこで飲む。
たまに店長とやっているが、あのオセロコンビが交じるのは久しぶりだった。
店長とオセロコンビも俺を経由して知り合い、非常に仲がよい。
何でも店長はたまに俺とトレードしたくなる、と言うほどだ。

店の閉め作業を手伝い、6時過ぎに二人がやってきて飲み会が始まる。
『薬院大通カップ』と名づけられたこの会は今日で28回目を迎えるらしい。
几帳面にも警察で働くヤスはメモをとっているらしい。

どうしてカップ戦と名づけられているかというと、飲み会の最後にみんなでミニゲームをやるからだ。
そのミニゲームの勝敗で、その日の飲み代の支払いが決まる。
今までの戦績は、俺が2敗、ケンが8杯、そしてぶっちぎりで店長が17敗。
とは言っても、店長はわざと負けているかもしれないが。
現に、俺やケンが負けた時は飲み物足りなくなったから買って来い、とずいぶん多めにお金を渡す。
お釣りはやる、と。

ヤスはゲーム、また駆け引きに精通しているので負け知らず。
奥さんは負けそうになった時、誰かが奥さんに助け舟を出す。
誰かじゃない。全員だ。
例え、自分が負けることがあっても。
それに対して誰も異論はない。当然だが。

57: 2010/03/22(月) 17:56:38.21 ID:kddqNvzi0
前哨戦の飲み会が始まる。
今日のテーマは、ほとんど最初から決まっていた。

「それで、昨日お前何かあったんか?」

「昨日って店長こいつ面白いことでもあったんですか!?」

「気になりますね」

店長の発言にケンとヤス、オセロコンビが食いつく。

「こいつ昨日芸能人の古川菜月と逢い引きしてんだよ」

「逢い引きぃ!?」

「誤解だっ!!」

俺は事の経緯を説明する。
かくかくしかじかで、夕飯を食べて番号を交換した、と。

「逢い引きやん・・・」

ヤスがぽろっと呟く。ケンは放心状態だ。

「やけん違うって。・・・ただの友達」

そう。ただの友達。

58: 2010/03/22(月) 18:00:30.00 ID:kddqNvzi0
「ただ、はっきり自分を出せる相手が多分少ないんだと思う。だから俺が・・・」

「ただの友達って、心動かされとるやん」

「動かされてねーよ!!」

「ほら、動揺する」

違う、と否定しようとしたが言葉が止まった。
動揺していることは間違いがなかった。

「相手のことを考えすぎるのよね」

「え?」

奥さんの言葉に反応する。

「相手のことを考えられるから、友達としていようと思う」

「相手のために何が出来るのか、それを先に考える人間なのよ、あなたは」

「俺は・・・そんな大層な人格じゃありません」

「おう、お前はそんな立派な人間じゃねえ」

店長が答える。

59: 2010/03/22(月) 18:06:07.63 ID:kddqNvzi0
「自分が大切だから、自分が傷つきたくないから友達ってのに逃げてるだけだ」

「友達って言ってしまえば楽だもんな」

いつの間にか俺はフルボッコ状態。

「・・・お前、最初すげぇテンション高かったやん」

ずっと黙っていたケンが喋りだした。

「芸能人と会話した、友達って言われたって」

最初、ケンとヤスに初めて会ったと話した時のこと。

「あん時はめっちゃ調子に乗っとってさ、でも今はそんなんじゃない」

「それはお前が古川菜月を芸能人だって思わないようにしとるけんやろ」

「向こうがそれを望んどったのもあるけど、お前もそれを望んどったんやないと?」

61: 2010/03/22(月) 18:10:39.22 ID:kddqNvzi0
ケンの言葉に答えられない。
相手に言われたから、だからそれを考えて。
誰かに言われたから。それは言い訳に過ぎないとわかっていた。
でもそれを言い訳にすると楽だった。
誰かのため、という大義名分ができる。
自分から動かないといつまでも平穏な日常から動けないはずなのに。
そこから抜け出すことを望んでいたはずなのに。

「まぁ俺はバカやけんわからんけど―――今日のカップ戦はお前だけには負けられん」

「僕もそう思っとった」

ヤスが便乗する。
店長と奥さんは楽しそうに笑っている。

「・・・よし!それじゃ第―――何回だっけ?」

「28回です」

「28回『薬院大通カップ』開催すんぞ!!」

62: 2010/03/22(月) 18:15:31.59 ID:kddqNvzi0
店長の声にみんながおーっ!!と声を出す。
何だこの一体感は。
俺だけが取り残されている。

「今日のお題は・・・てめーの苦手な『スマブラ』だ!!」

スマブラ・・・確かに俺は苦手だがそれ以上にこのゲームは・・・

全員の視線が俺に集まる。みな目が笑っている。

俺を全員でフルボッコに出来るゲーム・・・。

63: 2010/03/22(月) 18:20:19.20 ID:kddqNvzi0
第28回薬院大通カップ戦はあっけなく幕を閉じた。
全員が一斉砲火で俺にぶつかってきた。
トータルで俺を負かすために、時には自らが犠牲にもなっていた。

「俺のことは構わないから早くこいつをー!!!!」

このセリフを吐いたのはケンだった。本当にいい顔をしていた。
俺もろとも吹っ飛ばされていった。

この状況で勝てるほうがどうにかしている。
特にゲームマスターヤスを敵に回して俺に勝ち目はなかった。
第28回薬院大通カップ戦、俺の負け。

「罰ゲームは・・・」

「罰ゲーム!?この場の支払いでしょ!?」

「何言ってんだお前、世界は動いてるんだぜ」

店長の言葉に皆が合わせて言う。
何て言われるか、想像はついた。

『古川菜月に今から会いに行け』

64: 2010/03/22(月) 18:25:04.06 ID:kddqNvzi0
カップ戦が始まる前から、皆の心は一つになっていた。
俺を負かし、この罰ゲームをつきつける。

「ここの支払いは俺に任しておけ」

店長がそう言う。
そんなことしなくても、いつも払ってるのに。

「告白しろってわけじゃないって」

「そうそうヤスの言う通り。ただ会わんとわからんやろ」

そう言って、オセロコンビは俺を店の外に出した。
カランカラン、と物悲しく扉が鳴る。

「顔が固いよ。笑って笑って」

そう奥さんが言う。
時刻はまだ8時を回ったばかり。
外は暗いが、まだ仕事中じゃないのか?

・・・まぁいいか。関係ない。
罰ゲームだ。行くしかないんだ。

「行ってきます」

俺はそう言い、扉を閉めた。

65: 2010/03/22(月) 18:30:32.49 ID:kddqNvzi0
外に出てすぐに着信が鳴った。
着信は・・・菜月さん。
ドラマのようなタイミングに驚き、一気に緊張する。
恐る恐る通話ボタンを押す。

「も、もしもし?」

『もしもーし!一人で突っ立って何してんの?』

「へ?」

『どこかに行こうかとしてたの?』

「えっと、どういうことですか?」

『敬語!!・・・もう』

そのタイミングでちょいちょい、と肩を叩かれる。
本当にドラマのようなタイミングだ。

「『こういうこと』」 

通話口から聞こえる音と、直接耳に飛び込んでくる音が、少し遅れて重なる。
振り返った先には、携帯を耳に当てた菜月さんがいた。

66: 2010/03/22(月) 18:37:29.41 ID:kddqNvzi0
「な、何やってるの?」

「何かあたしが現れると常に焦るわね、あんた」

「そ、そんなことはっ」

このタイミングで尋ね人が現れたら誰だって焦るだろう。

「店長さんに会いたくなってさ、もう福岡にいれる期間もあと少しだからね」

「・・・なるほど。って仕事は!?」

「終わってから来たのよ。ところで何してんのあんた?」

「・・・星を見とっただけ」

あなたのところに行こうとしてた、なんて言えるわけない。

「こんなとこじゃ星なんか見えるはずないでしょ。・・・嘘つきね」

「そんなことないって・・・店長ちょうど店の中におるよ」

「ナイスタイミングね、さすがあたし」

言いつつ扉を開ける菜月さん。
この状況は・・・ちょっとカオスじゃないか?
会いに行くと言って出た俺が連れてきたらパニックじゃないか?

・・・まぁ、いい。また会えた。

67: 2010/03/22(月) 18:40:55.44 ID:kddqNvzi0
予想通りというか、店内はパニックになった。
というよりも、ケンが一人でパニックを起こしていた。

「あああああ、あの、CD全部持ってます!!!!」

「あ、私CDは・・・出してない・・・ですね」

「ぐはっ!!」

落ち着け、とヤスがケンをなだめる。
こいつは本当にいつでも落ち着いているな。
・・・いや、違う。目が泳いでるし微妙な表情をしている。

本当に落ち着いているのは店長と奥さんだ。
店長は煙草を咥え、まぁこっちに座りなと席を空ける。
奥さんはお酒飲める?と菜月さんに尋ねて彼女の分のグラスを準備している。
やっぱこの二人すげぇわ。

菜月さんの分の椅子が足りなかったので相談の結果、ケンの椅子があてがわれた。
言ってもこいつは今座ることができないだろう、との判断だ。
6人になって、もう一度乾杯。

68: 2010/03/22(月) 18:45:22.40 ID:kddqNvzi0
「いや、さっきこいつに君のところに行かせたんだけどね」

「えっ?そうだったんですか?」

「ちょっ店長!!」

「ちょうどタイミング良く私が店長さんに会ってみたくて来たところだったんです」

「そうだったんか。こいつ何て言ってた?」

「星を見てたって」

皆が一斉に笑った。
恥ずかしさが残ったが、ケンとヤスの硬さがとれたみたいなので、少し安心した。

「やっぱり嘘ついてたのね」

「いや、言えるわけないやん」

「恥ずかしかった?」

「・・・そりゃもう」

菜月さんがニヤニヤと聞いてくる。
照れ、それは今でもあるが彼女と話すことがこんなに楽しかったかと思う。

69: 2010/03/22(月) 19:00:23.11 ID:kddqNvzi0
お酒を飲み、下らない雑談をする。
ケンがよく喋り、ヤスもつられて喋る。
硬さがとれたこいつらも十分スゴイ。
少しだけ表情が微妙なのは残っているが。俺もこんな表情してたんだろうか。
反対に、菜月さんはあまり喋らない。
皆の話に相槌打って、笑う。ただ、それだけ。

そんな中、店長が話し始めた。

「あー古川さん」

「はい、何ですか?」

「そんなに作らなくてもさ、コイツに接してるみたいに俺らにも接していいんだよ」

「え・・・?」

「そんなにおしとやかなイメージじゃなくてもさ、別に俺ら誰にも言わねーし」

「話してて、どっちが本当のあなたか分かったわよ」

奥さんが言葉を挟む。

70: 2010/03/22(月) 19:05:36.16 ID:kddqNvzi0
「無理する必要ないんじゃない?」

「でも・・・」

「いいやんいいやん!!俺ら友達やろ!?菜月ちゃん!」

ケンが間を割って入ってくる。

「じゃあ僕も菜月ちゃんって呼んでもいいやか?」

ヤスものっかる。
二人ともいつの間にか微妙な表情が消えている。
他人のことを思える。お前らこそだよ。

「・・・もう、あんたら調子乗りすぎよ」

「ぐはっ!!」

ケンの大げさなリアクションにまた笑いが生まれる。
菜月さんも、涙が出るほど笑っていた。

73: 2010/03/22(月) 19:45:22.24 ID:kddqNvzi0

場も盛り上がり、菜月さんも会話に参加した。
キツイ物言いをするが、さっきよりも皆楽しそうだった。
もちろん俺も。

ケンの暴れ放題な行動を俺とヤスが止めている間も、菜月さんは店長と奥さんと楽しそうに会話していた。
会話の内容は聞こえなかったが、その笑顔だけで十分だった。


夜も更け、明日も皆仕事ということで解散になる。

「タクシー代なんかもったいねぇ」

その店長の一言で俺が菜月さんを送っていくことに。
ケンやヤスも後ろで手を振り、俺たちを見送る。

「また行くから時間空けなさいよ!?」

と大きく手を振り返していた。

「あー楽しかった!」

手を前に伸ばしながら菜月さんが言う。

「あんたといると、何か色々楽しませてもらってるわ」

75: 2010/03/22(月) 19:51:45.54 ID:kddqNvzi0
「俺もだよ。こんな楽しかったの久しぶり」

「オセロコンビも面白かったわね」

「あ、やっぱりオセロに見える?」

二人して笑う。
念のため、と目深に被ったハットから笑顔が見える。

「でも、店長さんがやっぱり最高だったわ」

「ああ見えてすごい人やけんさ」

「奥さんがうらやましいなーあたしもあんな人と結婚したい」

「芸能人の婚期って早いと?」

「人それぞれじゃない?突然デキ婚とかもあるし」

「へぇ・・・」

ふと川下さんと書かれた着信画面を思い出した。
・・・何考えてんだ、俺は。

76: 2010/03/22(月) 19:55:09.52 ID:kddqNvzi0
「それよりあんた先越されちゃうわよ?」

「な、何が?」

川Pに?突然の言葉に焦る。

「あの二人に。呼び捨て」

「あ、あぁそのことか」

「そのことって何よ。・・・ま、別にいいけど」

そう言って俺より2,3歩前を歩き出す。
ホテルまでの距離はあと5分くらい。

「菜月」

78: 2010/03/22(月) 20:00:35.96 ID:kddqNvzi0
彼女が立ち止まる。

「菜月っ!」

彼女が俯き、振り返る。
俺は彼女に歩み寄った。

「お、俺の勝ち・・・」

突然拳で胸の辺りを殴られる。
結構強めに。おふっと声が出た。痛い。

「・・・バーカ」

菜月が俺の隣に立ち、右手を左手で握る。
そのまま無言で歩き出す菜月。
握られた右手に力を入れ、握り返す。

そのままホテルまで5分間。
会話はなくても心地良い。

心の奥にあった、好きだという気持ち。
大きく膨れ上がるのを、もう抑えられそうにない。

79: 2010/03/22(月) 20:05:29.33 ID:kddqNvzi0
一週間ほどオフの日がないらしい。
メールでそう伝えられた。また可愛い顔文字入りで。
ただ、その次のオフの日にまた会いに行く、とも。
期間的にもおそらくそれが最後のオフ日になるらしいので、絶対空けるように言われた。
言われなくてもどんなことがあっても、必ず空ける。

それまでは研究とバイト、とりあえずそれを頑張るかと思えた。
誰かを好きになることで、普段の日々を一生懸命頑張れる。
ささやかな、小さな喜びを幸せだと感じられる。
自分がこんなにも乙女心を持っていたことに驚いた。

ある日の研究が終わり、さぁ帰ろうかとした時にマルが話しかけてきた。

「今日これから何するの?」

「あー今日は帰って飯食って寝る」

「じゃあヒマなんだね、独身貴族」

「お前も独身貴族組やろーが」

「じゃあ貴族同士これから出かけない?」

「お前研究は?」

「今日はもう終わり。買い物付き合ってよ」

81: 2010/03/22(月) 20:10:14.96 ID:kddqNvzi0
少し考えたが、断る理由も見つからない。

「まぁ・・・いっか。行こうや」

「うん!じゃあちょっと待っててね」

マルの準備を待ち、天神へと繰り出す。
洋服と一人暮らし用のバス用品が切れたから欲しいらしい。

「洋服とか俺よくわからんよ」

「洋服は君には期待してないよ」

「言ってくれるやん」

「ただお風呂用品はさ、いい匂いのやつ選びたいじゃん」

「自分で嗅げばよくね?」

「君がいい匂いって思うのがいいの」

お前男ウケとか考えてないだろうに、と思ったが口にするのはやめておいた。

82: 2010/03/22(月) 20:15:15.04 ID:kddqNvzi0
何店舗か周り、お目当ての洋服を買えたらしい。
そう、らしいという程度で俺にはよくわからなかった。
ただ一生懸命選んでいるマルを放っておくわけにもいかないので、いくつか似合いそうな服を提案した。
マルはその服をすごく気に入り、購入していた。
とりあえずご機嫌なマルを見ると、俺も役に立てたかなと嬉しくなった。

全国展開している大きな雑貨店に入り、バスコーナーへと向かう。
ボディソープ、シャンプー、それにこれは・・・泡風呂用?
とにかく量が多く、全部見ること出来るのかと不安になる。

「ねぇ、コレとかどう思う?」

「んー・・・わりといい匂いするやん」

「じゃあこっちと比較したら?」

「あー・・・さっきのかな」

84: 2010/03/22(月) 20:20:09.01 ID:kddqNvzi0
全部マルに任せきりなら俺の役目はないので俺もいくつか匂いを嗅いで提案してみた。

「コレとかよくない?俺好き」

「あー・・・コレいいかも!」

テスターをマルの鼻に近づけ評価を聞く。

マルと触れ合うか、という距離にいる時ふと視線を感じ顔を上げる。

「・・・菜月?」

声になるかならないかのか細さ。
すぐ隣に居るマルにも聞こえていないようだ。

いつものハットをいつも通り目深に被った女性。
古川菜月。
間違いようもない。ずっとその子のことを考えていたんだから。

手に俺たちと同じようにいくつかのボディソープを握り、こちらを呆然と見ている。
俺も同じように呆然と菜月を見つめる。
言葉が出てこない、出るはずもない。
周りの騒々しさが一瞬で消える。
ただ、菜月を見つめる。



菜月の隣にいたのは、キャップと眼鏡をかけた川P。

86: 2010/03/22(月) 20:25:14.25 ID:kddqNvzi0
「どうしたの?」

呆然とした俺にマルが声をかける。

「・・・あ、いや」

マルの方を向き直す。

「・・・何でもない」

もう一度振り返った先にはもう二人はいなかった。

「今日はありがとう」

帰り道、マルが俺に話しかけてきた。
正直、あれからどうやってここまで来たのか覚えていない。
マルには俺が不審に思えなかっただろうか。

89: 2010/03/22(月) 20:30:24.41 ID:kddqNvzi0
「今日から毎日これで体洗うよ、私」

「そっか、よかったやん」

「うん、君が選んでくれたやつだから」

「好きな匂い言っただけだって」

「うん、それもわかってる」

「だから気にすんな」

「でも、君の好きな匂いで嬉しいよ」

マルが笑っている。
俺もつられて笑おうとする。笑った。
俺、今笑えてるか?

「好きな人の好きな匂いをつける。それが嬉しいの」

90: 2010/03/22(月) 20:35:37.35 ID:kddqNvzi0
「・・・え?」

「どういう意味か考えといてね!それじゃまた!!」

そう言ってマルは走り出した。

マルが俺を好き?ってことか?
でもあいつ男に興味ないんじゃないのか。
・・・俺のことが好きだったから?

マルは魅力的な女性だ。それは俺も認める。
そんな女性から好意を寄せられている。
嬉しいはずだ。

でも、やっぱり笑えない。

91: 2010/03/22(月) 20:40:36.29 ID:kddqNvzi0
それから3日間、菜月から連絡はなかった。
大学に行っても、マルはいつもと同じだった。
むしろ俺から避けてしまう。
マルの気持ちはありがたいし、出来ればちゃんとした答えを出したい。
でも、今の状態で決めろ、なんてそれのほうが酷だろう。
また、自分のことが大事になっている。
傷つくことを覚悟して、芸能人を好きになったはずなのに。

マルから逃げるように研究室を出てバイトへと向かった。
薬院大通にある柊書店。

全部ここから始まった。

ある日突然芸能人が現れて。

友達だと言ってくれて。

夕飯食べに行って。

俺の友人とも友達になれた。

夜の福岡で、突然手を握って、握り返して。

そして―――全部終わった。

94: 2010/03/22(月) 20:45:05.45 ID:kddqNvzi0
今日は店長と一緒に仕事だ。
最近の俺の元気のなさを心配していたが、何も問い詰められない。
俺も、その方が楽だ。

力なく、カランカランと古臭い音を立てる。

「いらっしゃいませ、・・・最初とは逆になったわね」

95: 2010/03/22(月) 21:02:28.89 ID:kddqNvzi0
「今日オフで、ここに来たら店長さんがいてね」

『あいつは夕方から来るよ、もし良かったらここで待っててくんね?』

『俺今からちょっと出かけるから』

「あの店長・・・」

「でもおかげでいい体験できたわ、2人にだけどレジ打ちなんか初めてやった」

「そう、よかった・・・ですね」

「ショックだった」

彼女の目が真剣になる。
フィルター越しに見た、演技をしている時の目と似ている。

「何で手を握り返してくれたのかわからなくなった」

「あれは・・・」

「でも仕方ないとも思ったわ。もともと私があんたの生活にちょっかい出したんだから」

97: 2010/03/22(月) 21:06:07.90 ID:kddqNvzi0
「初めて私が来たこと覚えてる?」

「・・・もちろん」

忘れるはずない。多分、一生。

「実はあんたに会いに来たの、あれ」

「はぁ!?」

「空港で荷物落としたときに拾ってくれたのが、あんた」

・・・全然覚えていない。

「電車で見かけた時に席を譲っていたのが、あんた」

年配の方に譲ったときか?やっぱり思い出せない。

「優しい目をしてるなぁって思って、持っていた『柊書店』って書かれた袋を見て」

「ここに来たのよ」

99: 2010/03/22(月) 21:11:00.48 ID:kddqNvzi0
「・・・う、嘘でしょ?」

「それで絶対ないだろうって本を言ったらホントにあってさ、あれは焦ったわ」

思い出すようにクスクス笑う彼女。
その瞬間、扉がカランカランと音を立てた。

「すいません、もう閉店です」

振り返り咄嗟に答える。
扉がカランカランと閉まった。

「・・・話してみたら、やっぱり優しい物言いで、この人となら友達になれるかもって思った」

「・・・私この仕事を始めてから人が信じられなくなった」

「今まで友達だった人も私が芸能人になったら態度が変わったわ」

「私をフィルター越しにしか見てくれない」

「だから、ふと考えてみたのよ。私から仕事をとったら何になるんだろうって」

「・・・何もなかったわ。答えは0」

「だから、仕事しかないって思って無理にキャラを作ったりもしたのよ」

100: 2010/03/22(月) 21:15:06.93 ID:kddqNvzi0
吐き出すように喋る。
昔話をするように、懐かしそうに、寂しそうに。

「友達なんかもう出来ないかと思った。もう自分を誰にも出せないなんて思ったりもした」

「あんたと話した時もやっぱり私を芸能人扱いして・・・あぁこの人もかって勝手に諦めたわ」

「でも私に言ってくれたわよね?」

『俺の城を出る時に笑ってる古川さんがいいんです』

俺が客に対して思っている持論。
いや、柊書店の客だけじゃない。
多分、俺は周りの人間に笑っていてほしいんだ。
自分がそれで安心できるから。

101: 2010/03/22(月) 21:20:12.99 ID:kddqNvzi0
「私のことを他の人と同じ客の一人だと思ってくれてるんだと嬉しくなったわ」

「だから友達になってほしい、という願望を込めて言ったの」

『友達扱いでよろしくね』

俺が、言ってもらえた俺が嬉しくなった言葉。

「多分、あんたみたいな人には二度と出会えない」

「あんたがいたおかげで、店長さんや奥さん、オセロコンビとも友達になれた」

「離れたくないって思ったわ」

「それは・・・好きってことよね?」

104: 2010/03/22(月) 21:26:35.39 ID:kddqNvzi0
ここまで喋って彼女は黙った。
俺は・・・どう答えるべきか悩んでいた。
俺の中での気持ちは決まっている、好きだ。
だから嬉しい。氏ぬほど嬉しい。
だから答えも決まっている。

ただ、古川菜月に幸せで居て欲しい。

「俺なんかとじゃ、釣り合いませんよ」

「・・・え?」

「俺みたいな一般人、何も誰にも期待されてないし」

「川下さんみたいな素敵な男性が・・・古川さんにはお似合いです」

「あれは・・・」

「仕事、頑張ってくださいね・・・ずっと応援してます」

105: 2010/03/22(月) 21:30:41.03 ID:kddqNvzi0
彼女の言葉を遮るように言い終える。
ずっと俺の中にあった気持ちだ。

「・・・最低」

古川菜月が呟いた。最低、お似合いの言葉だ。

「・・・もし離れていても・・・友達だと思っていたのに・・・」

カウンターから出てくる。そのまま止まらずに俺の隣を通り過ぎた。

「明後日の夜、東京に帰ります。色々お世話になりました」

明後日・・・。予想以上に早い。
撮影が早く済んだのだろうか。

「・・・さよなら」

扉が音を立てる。
その音にさよならの言葉はかき消されなかった。

106: 2010/03/22(月) 21:35:34.06 ID:kddqNvzi0
2日後、俺は大学を休み柊書店で働いていた。
やる仕事なんか何もない。
ただ、惰性でここへ来てしまった。

一ヶ月前に出会って、2日前に別れた。
そこで、これからも俺は生きていく。
ここに自分を縛り付けることで、旅立つ古川菜月を忘れようとしていた。

ほとんど客が来ることもなく、午後6時過ぎ。
もうすぐ出発だろうか。
まだ気にかけている自分が、いい加減腹立たしい。

カランカラン。

「いらっしゃいま―――・・・マル」

音を立てて開いた扉の前にマルが立っていた。

108: 2010/03/22(月) 21:40:08.15 ID:kddqNvzi0
「サボり?ダメじゃない」

「うん、まぁ一日くらいはいいやん」

「まぁそんなに忙しくなさそうだしね・・・逃げてるだけでしょ?」

「っ・・・逃げてなんか」

「逃げてるでしょ。・・・私からも、好きな人からも」

「え・・・?」

何でマルが・・・。

111: 2010/03/22(月) 22:00:08.13 ID:kddqNvzi0
「マル、ごめん。俺確かに好きな人おった」

「でも立場が違うってやつかな?俺には釣り合わないって」

「・・・その人、今日遠くに行くんよ」

「結局、好きって言葉も言えんかった」

「だから、もう―――」


パシン、と頬をはたかれた。
叩いたとも違う、撫でたとも違う中途半端な痛み。

「・・・まだ、何も始まってないじゃん・・・」

「え・・・?」

「好きって伝えもせずに諦めるとかおかしいよ!」

「君はどう思ってるの?好きって伝えたくないの?」

俺は―――。

112: 2010/03/22(月) 22:06:05.29 ID:kddqNvzi0
古川菜月は俺と友達になれて嬉しかったと伝えてくれた。
何も包み隠さずに、全部伝えてくれた。
もしかしたら、言いたくなかったことまで。

俺は、まだ何も言ってない。
俺が古川菜月と出会えてどれだけ楽しかったか。
どれだけ嬉しかったか。
どれだけ小さな幸せを感じられたか。

日常を変えてくれたことへの感謝の気持ちも。

「・・・マル、ごめん俺行く」

「・・・よかった・・・ちゃんと全部伝えて」

「それでダメなら・・・私が朝まで飲みに付き合ってあげる!」

バン、と背中を叩かれる。
さっきの頬打ちよりもずっと強く、響いた。

113: 2010/03/22(月) 22:10:10.47 ID:kddqNvzi0
「おーい!配達行ってこい!!」

店長が裏から声をかける。いつの間に来てたんだ?

「店長、すいません!行けません!!」

「ふざけんな!!仕事サボるとか10年早ぇよ!!」

「でも、すいません!」

「うるせぇ!!いいから、コレを福岡空港まで届けて来い」

「え?」

コレと指差された先、奥さんが何かを持っている。

114: 2010/03/22(月) 22:16:00.54 ID:kddqNvzi0
「あの子に焼いたクッキー。持って行ってくれる?」

二人の気持ちに胸が、目頭が熱くなった。

「っ・・・はいっ!!」

受け取ったクッキーを持ち外に飛び出す。

カランカラン。これは始まりの合図。

勝手に自分で終わらせた気になっていた。
まだ始まってもいない。
その通りだよ。

「・・・がんばれ」

背中に届いた小さなマルの声。

117: 2010/03/22(月) 22:20:20.09 ID:kddqNvzi0
「呼び出されて来たぜー!!」

「早く乗ってよ」

店を飛び出した先にケンとヤスが車の中から声をかけてきた。

「何しとん!?」

「店長からお声がかかったんよ!タクシー要請の!!」

「時間ないよ!僕が調べたら菜月ちゃんは7時半の東京行きっぽいから!」

ヤスに急かされ車に飛び乗る。

「ケン、お前こんな車持ってたっけ!?」

「ああ、整備中のやつ借りてきた」

「はぁ!?大丈夫なんそれ!!?」

「ぶつけずに返せば問題ないやろ!」

119: 2010/03/22(月) 22:26:18.19 ID:kddqNvzi0
ケンがアクセルを踏みつける。
公道で明らかにスピードオーバーだ。

「ケン、スピード!!」

「ああ、おうヤス頼む」

「了解」

ヤスは簡易式のサイレンを取り出し車の上部に接着した。
喧しい音が鳴り響く。

「何してんのよ、お前・・・」

「うん、借りてきたっちゃん」

「ヤスお前まで!?」

「ばれなきゃ問題ないって」

「マジかよ・・・」

120: 2010/03/22(月) 22:30:55.79 ID:kddqNvzi0
ケンが勢いよく交差点をつっきる。
速度は時速100kmをゆうに超えている。
本当に大丈夫なのかこれ・・・。

「それよりお前余計なこと考えんなよ!」

サイレンの音に消されないようケンが大声を張り上げる。

「自分が一般人だとか期待されてないとか考えんなよ!」

「相手も一人の女の子で少なくとも俺はお前に期待しとるぞ!」

「お前が芸能人オトす事期待しとんぞ!!」

「自分の思うようにやる姿見せてよね!」

こいつら・・・本当にバカなんじゃないのか。
見つかったら良くてもクビだろう。
それを躊躇いもせずに。

「バカだよ!お前らオセロコンビ!!」

二人に聞こえるように俺も叫んだ。

121: 2010/03/22(月) 22:35:54.10 ID:kddqNvzi0
7時10分。空港に到着する。
ヤスから教えてもらった情報を頼りにターミナル内を走る。
もしかしたら、もう機内の中かもしれない。
そんな最悪の考えを抑え、走る。

周りの人が奇異の目を向ける。
春先とはいえ、まだ寒いこの時期に汗だくで空港を走り回る男。
端から見たらおかしいに違いない。
でも、周りの目なんかどうでもよかった。

菜月に会いたい。
会って伝えたいことがある。
話したいことがある。

たくさん感謝しているんだってこと。

122: 2010/03/22(月) 22:40:07.64 ID:kddqNvzi0
7時28分。
あと2分。
でも、絶対に諦めない。最後まで絶対に。

こうなったら航空券買ってでも。
そう思って電光掲示板を見上げた瞬間だった。

7時半東京行きが既に出発済みになっている。

本当に目の前が真っ暗になった。

もう二度と会えない。

そう考えると体から力が抜ける。そのまま、座り込んでしまった。

「菜月・・・」

祈るように呟くが、もう届かない。

「菜月っ・・・」




「何やってんの、あんた」

123: 2010/03/22(月) 22:46:52.62 ID:kddqNvzi0
後ろから聞こえた声。
願っていた奇跡に、思わず立ち上がる。
振り返らなくても誰かわかる。

「汗だくじゃない、何してたのよもう」

「・・・菜月」

やっと、会えた。


「7時半の飛行機じゃなかったと?」

「そうだけど・・・何で知ってるわけ?」

「いや、ヤスに聞いたんやけど・・・」

「あー彼ね、・・・機密事項のはずなのに何者?」

「俺に聞かんでよ・・・」

菜月が笑った。
また、菜月が俺の前で笑ってくれている。
足の疲れなんかそれだけで吹っ飛びそうだ。

124: 2010/03/22(月) 23:00:41.40 ID:kddqNvzi0
「川下さんが言ったのよ、やり残してることあるなら残れって」

「川P・・・っと川下さんが?でもあの人菜月の・・・」

「あれはあんたの勘違いよ。ただ買い物に付き合っただけ」

「え!?そうなの?」

「それよりあんたも彼女はいいの?」

「彼女・・・いや!あれは俺も菜月の勘違いやって!!」

「そうなの?・・・それより何で今さら菜月なんて言ってるのよ」

冷たい視線を向けられた。
この間の一件でもう嫌われているかもしれない。
だとしても構わない。

ただ、俺が伝えたいことがあるだけだ。

125: 2010/03/22(月) 23:06:21.03 ID:kddqNvzi0
「これ、奥さんから菜月にって、クッキー」

「・・・わざわざこれを届けに来たの?」

「いや、違う」

「・・・じゃあ、何よ」

「菜月、ありがとう」

「はぁ?」

「俺菜月と会う前は、今の生活が嫌やった」

126: 2010/03/22(月) 23:10:17.54 ID:kddqNvzi0
「変わりもしない平凡な日常なんか面白くも何ともなかった」

「やけん菜月が来た時の非日常がすごく嬉しかった」

「菜月が友達って言ってくれて、俺を違う世界に連れてってくれそうな気がして嬉しかった」

「でも菜月がいてくれたおかげで非日常とかどうでもよくなったんよ」

「菜月を好きになって、ただの日常が楽しくて仕方なかった」

「やけん、ありがとう」

「俺の日常を変えてくれて、ありがとう」

127: 2010/03/22(月) 23:15:58.89 ID:kddqNvzi0
菜月は黙って俺の話に耳を傾けていた。
俺は菜月から目を逸らさずに喋った。
もう、逃げないために。

菜月も目を逸らさなかった。
まっすぐ、俺を見つめて離さない。


「俺は、古川菜月が好き」

「もし、古川菜月が芸能人じゃなくても」

「もう、俺のことなんか嫌いになったとしても」

俺は古川菜月という一人の女性が好きだと、上手く伝わればいいな。


128: 2010/03/22(月) 23:20:11.44 ID:kddqNvzi0
「・・・私には仕事しかないの」

目を逸らさずにポツリと菜月が呟いた。

「友達も、信頼してくれる人も」

「料理だって出来ないし、歌も歌えない」

「私から仕事を取ったら何にもなくなるのっ!」

震えた声で叫ぶ。悲鳴みたいな叫び。
辛い思いを、キツイ思いを、寂しい思いをしたんだろう。
仕事をやることで自分を保っていたんだろう。
そしてどんどん人を遠ざけてきたんだろう。

じゃあ、そこに俺がいるよ。

一人苦しむ菜月を支える。寂しいときは側にいる。
寒いときは暖めるし、仕事をする時は応援する。

ずっとずっと一緒にいる。

だから、何にもないなんてもう二度と言わないでくれ。

129: 2010/03/22(月) 23:26:25.56 ID:kddqNvzi0
「俺が答えになるよ」

「え?」

「(古川菜月)ー(仕事)の答えに」

「俺だけじゃ足りんなら・・・調子に乗ってごめん」

「・・・ううん」

涙目の彼女が笑う。
感情表現豊かな顔。一番初めに感じた魅力だ。

これからもっと、色んな魅力を知っていくはず。


「多すぎて、困るくらい」


いくら平凡を嫌っても、自分から動き出さなければ何も変わらない。
でも、自らの手で得た日常はたとえ平凡でもずっと輝く。
自分から動けば、平穏な日々は一瞬で崩れる。

菜月の笑顔を見て、そう思った。

130: 2010/03/22(月) 23:28:38.87 ID:kddqNvzi0
菜月が東京に帰って一ヶ月。
ワイドショーやスポーツ紙はある事件で大騒ぎになった。

「古川菜月引退!!結婚!!!」

日本中に衝撃が走ったらしい。
相手は誰だ、デキ婚だと色んな情報が飛び交う。

だが、一番衝撃を受けたのは俺だろう。
俺は何も聞かされていない。

相手は俺じゃない。

131: 2010/03/22(月) 23:29:56.92 ID:kddqNvzi0
携帯が震える。菜月。

「もしもし・・・」

『もしもし、テレビ見た!?』

「あぁ見たよ・・・何これ?」

『詳しくはそっち着いて話すわ』

「え!?」

『結婚するんでしょ?』

「はぁ!?」

『だって私が仕事やめたらあんたがずっと居てくれるんでしょ?』

「いや、それは言ったけど・・・だいいち俺学生・・・」

『あ!ごめん!!両親来たから切るわね!!』

一方的に切られる。
両親が来た・・・?まさか一緒に来るつもりか?

132: 2010/03/22(月) 23:31:05.51 ID:kddqNvzi0
彼女に振り回される生活。
日常から遠くかけ離れてしまった。

「挨拶とかどうすりゃいいとよ・・・」

これからに溜息がでる。でも、決して嫌な気持ちじゃない。

とりあえず人生の先輩に話を聞くか。
向かう先は、薬院大通。


おしまい。

133: 2010/03/22(月) 23:34:05.48 ID:xFh48RSI0
おつ

134: 2010/03/22(月) 23:38:34.68 ID:kddqNvzi0
>>133
ありがとう!


俺は福岡出身じゃないので、福岡弁や福岡の位置関係などが間違っていたら申し訳ありません。
ネットや友人から聞いた話をもとに作ったので違和感があるかもしれません。
不快に感じられましたら、大変申し訳ありません。

135: 2010/03/22(月) 23:38:56.20 ID:X1m5l9TQ0
大層乙であった

引用元: SS「薬院大通の恋人」