1: 2016/02/10(水) 18:53:19.23 ID:Xi7uubKoo
勇者「ぼく、ここで氏んじゃうんだ」

勇者「お母さん、ごめんね。帰れそうにないや……」

勇者「……最初からわかってた。王様達が、ぼくを……魔族に殺させようとしてたって」

傷だらけの幼い勇者は、故郷で待つ母を想いながら意識を失った。



※朝チュンレベルだが後に凌辱要素有、R-15

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1455097999

2: 2016/02/10(水) 18:54:08.84 ID:Xi7uubKoo
Section 1 旅立ち

――五ヶ月前、ブレイズウォリア城・謁見の間

国王「勇者エミル・スターマイカよ。お前が旅立つことが決定された」

勇者「え?」

国王「お前の兄である次期真の勇者・リヒトが試練を終えるまであと五ヶ月はかかる」

国王「その間に少しでも魔属の戦力を削ぎ落すのだ」

一般的に、魔に属するものを一纏めに魔属と呼び、
その内知能の高い者は魔族、動物程度の知能の者は魔物と呼ばれることが多い。

勇者「え? え?」

勇者の一族の中でも最も勇者に相応しい者が、聖域で行われる試練を終えることで真の勇者となる。

真の勇者として認められると、光の大精霊により光の力の結晶である光の珠を与えられる。
真の勇者としての役目を終えるか、もしくは次期真の勇者が試練を終えると、
光の珠は一度大精霊に返還され、次世代へ受け継がれるのである。

3: 2016/02/10(水) 18:54:36.82 ID:Xi7uubKoo
勇者「でも王様、ぼくはまだ12歳で……」

勇者「光の力だって、ほんの少ししか受け継ぐことができませんでした」

勇者の血を引く者は生まれつき魔を滅する光の力を持っている。

光の力は魔属にとっては猛毒。勇者は攻撃に光の力を上乗せすることで魔属を葬る。
更に、通常であれば真の勇者の子供は生まれながらにして強い光の力を持つ。
勇者エミルとその兄リヒトの父親は真の勇者であるが、何故だかエミルの持つ光の力は微弱であった。

勇者「その上弱虫なぼくが旅立っても……」

国王「お前には強大な魔力があるではないか。兄の負担を軽減しようとは思わぬのか」

勇者「…………」

光の力をあまり受け継げなかったこととは対照的に、
エミルには異常なほど大きな魔力容量があった。

4: 2016/02/10(水) 18:55:20.60 ID:Xi7uubKoo
国王「その力があれば一人でもやっていけるであろう」

勇者「そんな」

神官「陛下、恐れながら……こんな小さな子に一人旅だなんて残酷すぎますわ」

神官「処世術も知らないでしょう」

国王「ならば神官ユダス、お主が勇者に同行するがよい」

国王「ただし、同行を許すのはこれより二ヶ月のみとする」

国王「他の同行者は認めぬ」

勇者「…………」

国王「お前の旅立ちは平和協会の決定なのだよ。逆らうことは許されぬ」

平和協会――大陸中の治安を司る組織であり、大陸内部の人間の国や近辺の島国はすべて加盟している。
真の勇者の子供には平和協会から養育費が強制的に給付され、戦う人生を義務付けられる。
例え、本人が戦いを好まない性格であっても。

5: 2016/02/10(水) 18:55:50.31 ID:Xi7uubKoo
勇者母「ごめんね、あなたの養育費を全て返すから旅立ちを取り消してほしいって頼んだのだけれど」

勇者母「返却できる制度は存在しないから、って……取り合ってもらえなかった」

勇者「お母さんがぼくを守るために協会といつも喧嘩してたことは知ってるよ」

勇者「今まで育ててくれてありがとうね」

勇者母「……あなたは、お父さんとお母さんの子供だから、絶対に大丈夫」

勇者母「この家に……お母さんのところに、帰ってきてね」

勇者「うん」

勇者「……行ってくるね!」

勇者母「ああ……世界は、あんなに優しい子になんて残酷なことを強いるのでしょう」

6: 2016/02/10(水) 18:56:35.87 ID:Xi7uubKoo
勇者母(エミルは、幼い頃からお料理とお勉強が好きで、平和を愛する子でした)

勇者母(一般的な道徳観念を魔属にも適用してしまうほど、心根の優しい子)

勇者母(この旅でも、きっと一匹も魔物を殺さないでしょう)

勇者母(そんな勇者が、世界にどう思われることか……)

勇者母(神様、どうかあの子にご加護を……)

7: 2016/02/10(水) 18:58:03.48 ID:Xi7uubKoo
武闘家「わりぃな、一緒に行ってやれなくて」

勇者「王様の命令だもん。仕方ないよ。見送りありがとうね」

神官「ご友人ですか?」

勇者「うん。幼馴染のコハク君。遠い親戚なんだ」

コハクと呼ばれた少年は、わずかであるが勇者の一族の血を引いている。
真の勇者とその実子は直系と呼ばれ、その他の勇者の一族の者は傍系と呼ばれる。
真の勇者の実子であっても、本人が真の勇者に選ばれなければ、次の代からは傍系となる。
直系から離れるほど、持って生まれる光の力は小さくなる傾向がある。

武闘家「俺、多分お前のにーちゃんと一緒に旅立つから」

勇者「そうなの!? お兄ちゃんのこと、よろしくね」

勇者と神官は村を出た。

武闘家(あいつ本人には何の罪もないってのにな)

8: 2016/02/10(水) 18:59:51.23 ID:Xi7uubKoo
神官(なんて綺麗な緑色の瞳……まるで、日に照らされた木の葉のよう)

神官「魔物を頃したことがないのですか?」

勇者「うん。大抵懐かれちゃうから、あんまり襲われたことないし」

勇者「誰かが魔物に襲われてる時も、防護魔法で凌げば剣を抜かずに済むし……」

勇者「本当に命が平等なら、魔物だってそんな簡単に頃しちゃだめなはずなんだ」

勇者「こんなこと言ったら怒られちゃうし、誰もわかってくれないけど……」

神官「あなたは……」

神官は勇者を抱きしめた。

神官「戦いになんて、向いていないのでしょうね」

勇者(ぼくは幸せだったな。今までいろいろあったけど、)

勇者(お母さんやお父さん、お兄ちゃんにいっぱい可愛がってもらえて)

勇者(もう、二度と会えないのかな……)

9: 2016/02/10(水) 19:02:42.72 ID:Xi7uubKoo
勇者「既に気が立ってる魔物にはどうしても攻撃されちゃうけどね」

勇者「でも最後には仲良くなれるんだよ」

神官(魔物に懐かれるだなんて……不思議な子)

神官(それにしても、あまりにも不自然だわ。この子を一人で旅立させようとするなんて)

神官(もっと強い光の力を受け継ぐ者は何人もいる上に、)

神官(我が国には、優秀な戦士や魔術師が大勢いる)

神官(平和協会は、どんな理由があってこの子を旅立たせたのでしょう……)

勇者「あ、村が見えたよ! 今日はあそこで泊まろうよ」

10: 2016/02/10(水) 19:03:08.58 ID:Xi7uubKoo
村長「おお、よくぞいらした勇者様」

勇者「こんにちは!」

村長「しばらく見ない間に大きくなられましたのう」

勇者「えへへ、まだまだちっちゃいけどね」

村長の孫「誰か来たと思ったら泣き虫勇者さんじゃねえか」

勇者「あ、えっと……こんにちは」

神官「……」

村長の孫「何でお前が旅してんだ? リヒトさんはどうした」

村長「これこれ、エミル様に助けていただいた恩があるというのになんという態度じゃ」

村長の孫「けっ」

11: 2016/02/10(水) 19:03:34.50 ID:Xi7uubKoo
神官「この村に訪れたことがあるのですか?」

勇者「うん。三年くらい前かな」

勇者「お兄ちゃんと、お父さんと一緒にね」

勇者「この辺りで採れる木の実がどうしても欲しくって、連れてきてもらったんだ」


――三年前

村長の孫「あっちの洞窟にモンスターが出るらしいぜ!」

子分1「それほんとっすか!?」

村長の孫「ちょっと肝試しに行ってみないか?」

村長の孫「この辺は平和すぎて全然モンスターなんて出ないしさ」

村長の孫「魔物がどんな生き物なのか気になるだろ」

子分2「退治できたら親分はこの村のヒーローですぜ!」

12: 2016/02/10(水) 19:04:01.24 ID:Xi7uubKoo
勇者「だめだよ、危ないよ」

村長の孫「あ? 誰だてめえ」

子分1「真の勇者様の子供ですぜ」

勇者「洞窟の方から感じる魔力、ちょっと大きいよ」

勇者「子供だけで行っちゃだめ、大人でも危ないよ」

村長の孫「勇者の子供だろうがなんだろうが俺に口答えする奴は許さねえぞ」

村長の孫「俺はこの村の村長の孫なんだぞ!」

子分1・2「「そうだそうだー」」

勇者「あうう……」

13: 2016/02/10(水) 19:04:30.96 ID:Xi7uubKoo
村長の孫「ついてくるなよ!」

勇者「だって……心配だから……」

村長の孫「年下のチビなんかに心配される筋合いねえっつーの! 失せろ!!」

勇者「うぅっ……ぐすっ……」

子分1「泣き出しやがりましたぜこいつ」

子分2「勇者の一族のくせに泣き虫ー!」

村長の孫「泣き虫勇者ー! 父親譲りの黒髪は飾り物かぁあ?」

勇者「ふええぇぇぇええええええん」

子分1「こんな奴勇者の血を引いてるかも怪しいですぜ!」

14: 2016/02/10(水) 19:04:59.99 ID:Xi7uubKoo
子分2「やっとついてこなくなりましたねーあいつ」

村長の孫「出てこい化け物! この俺様が退治してやるぜ!」

?「ガルルル……」

子分1「こ、こいつ……」

?「ギァアアアアア!!!!」

村長の孫「ド、ドラゴンだと……!?」

子分2「や、やばいですぜ親分……ににににににげないと」

村長の孫「つっても子供じゃねえか! 臆するな! こいつ怪我してるし!」

ドラゴンの背には矢が刺さっている。

村長の孫「お前なんてヒノキの棒で充分だ!」ブンッ

ドラゴンはヒノキの棒を噛み砕いた。

村長の孫「ひっ」

村長の孫は腰を抜かしてしまった。

そのドラゴンは子供だが、尾を含め全長2メートルはある。
ドラゴンは右腕を振り上げた。

勇者「だめー!」

15: 2016/02/10(水) 19:05:26.71 ID:Xi7uubKoo
ドラゴンの鋭い爪が引き裂いたのは、村長の孫ではなく、勇者の背だった。

村長の孫「あ……ぁ……」

勇者「っ……」

勇者「ガイアドラゴンさん、落ちついて……びっくりさせちゃってごめんね」

勇者「……そっか、お母さんとはぐれちゃったところを、人間に襲われたんだね」

勇者「怪我、治してあげる」

ドラゴン「きゅぅ……」

勇者「だいじょうぶ、だよ……ここから、西の方に、君とよく似た魔力があるよ」

勇者「ほら、あっち……お母さんも君のこと探してる。わかるでしょ?」

勇者「もう飛べるよ。元気でね」

16: 2016/02/10(水) 19:05:52.98 ID:Xi7uubKoo
勇者「は、ぁ……」

子分2「た、助かった……」

子分1「こいつ、血が……大人を呼ばなきゃ」

村長の孫「お、お前……」

勇者「大丈夫? 怪我、してない……?」

村長の孫「何で魔物と話ができるんだよ……?」

勇者「え……」

村長の孫「化け物!!」

勇者「…………」

勇者兄「エミル!! そこにいるのか!?」

17: 2016/02/10(水) 19:06:20.30 ID:Xi7uubKoo
勇者兄「目を離した隙に勝手にどっか行くのやめろっつってんだろ!!」

勇者兄「ドラゴンの子供が飛んでくのを見たぞ!」

勇者兄「お前また魔物を助けただろ! 殺せって何度言えば……」

勇者「おに……ちゃ…………」

勇者兄「なんて酷い怪我してんだよ……!」

勇者には自分の傷を治す集中力が残されていなかった。

勇者兄「今止血してやるからな!」

18: 2016/02/10(水) 19:06:50.12 ID:Xi7uubKoo
――村長の家

エミルは寝息を立てて眠っている。

勇者兄「俺のエミルがあぁ……傷痕が残っちまったら兄ちゃん悲しいぞ……」

勇者父「残らないよう丁寧に魔法かけといたから安心しろ」

勇者父「あとお前も剣の修行ばっかやってないで魔法の勉強しろよな」

勇者兄「へーい……」

村長「孫がご迷惑をかけてしまったようで……」

村長「なんとお礼を申し上げればいいのやら…………」

勇者父「気にしないでくれ村長。こいつは勇者の務めを果たしただけなんだからよ」



勇者(ばけ、もの……)

19: 2016/02/10(水) 19:07:43.61 ID:Xi7uubKoo
――――――
――

村長「あの時の恩は返しても返しきれませぬ」

村長「この村の食を存分に楽しんでいきなされ」

勇者「うん!」

村長「勇者様は料理を嗜んでおられましたな。保存の利く食材を用意いたしましょう」

村長「オリヴァの実も持っていきなされ」

勇者「ほんと? やったあ!」

村長の孫「じーちゃん! そんな奴歓迎する必要なんてないぜ!」

村長の孫「魔物を殺せない勇者なんて勇者じゃねえ!」

村長の孫「魔物の意思がわかる化け物だしよ!!」

村長「お前はまだそんなことを言うのか! しばらく黙っとれ!」

勇者「いいんだよ、村長さん」

勇者「ほんとは、勇者は……魔物を、魔族を倒さなきゃいけない存在なんだから」

20: 2016/02/10(水) 19:08:38.55 ID:Xi7uubKoo
翌日

勇者「ありがとうございました」

村長「よかったらまた来てくだされ」

村長「その頃までには、孫をもう少し教育しておきますゆえ……」

勇者「えっと、気にしなくていいからね! ぼく、全然平気だから」

神官「お世話になりました」


神官(この子といると、不思議と魔物から襲われないわ)

神官(一体どうして……)

勇者「お父さん、元気かなあ」

勇者「たまにふらっと帰ってくるんだけど、普段は行方不明でさ」

勇者「これからたまたま会えたりしたら嬉しいなって思うんだ」

21: 2016/02/10(水) 19:09:05.88 ID:Xi7uubKoo
勇者「あ、でもユダスさんはお父さんに近づいちゃだめだよ!」

勇者「すっごい女好きでさ、女の人が近付いたら危ないんだって」

神官「彼は、勇者としての素質は随一だったのに、その……」

神官「下半身が自由奔放であったのが玉に傷だと聞き及んでおります。」

勇者「そうそう。ぼくにはあちこちにお母さん違いの兄弟がいるんだって」

勇者「旅の途中で兄弟に会っちゃったりして……うーん心配だなあ」

勇者「今も兄弟増やしてるのかも……」

神官「一応、あなたが生まれて以降は自粛しておられる……という話を」

神官「平和協会の方から聞いたことがあります」

勇者「ほんとだといいなあ」

22: 2016/02/10(水) 19:09:33.52 ID:Xi7uubKoo
神官「尤も、近年は平和協会も彼の動向を把握しきれていないそうですが……」

勇者「そうなの?」

神官「12年前の魔王との闘い以来、各地を巡って人々を助けてはいるそうですが」

神官「神出鬼没なのだそうです」

勇者「そういえば瞬間転移魔法覚えたって言ってた気がする」

勇者「自分しか転移できないみたいだけど」

神官「ええっ!? あの魔法のアルゴリズムは解明されていないはず」

神官「今現在瞬間転移魔法を扱える人間はいないのですよ」

神官「使えるのは相当高位の魔族のみだと言われています」

勇者「んー……お父さんのことだから、魔王と闘った時とかに術を盗んだりしたのかも」

23: 2016/02/10(水) 19:10:02.99 ID:Xi7uubKoo
勇者(昔は、今よりも魔族と人間の争いが激しかった)

勇者(当時の魔王、ネグルオニクスは、とても残酷だったらしい)

勇者(12年前……ぼくが生まれた頃の闘いで、お父さんは魔王に大きな傷を負わせた)

勇者(それ以来、魔族の軍勢が攻めてくることはなくなった)

勇者(数年前に代替わりしたそうだけど、状況はほとんど変わっていない)

勇者(今でも小さな争いはあるけど、人間の方から攻め入ることがほとんど)

勇者(下級の魔物が人間を襲うのは、肉食獣が人間を襲うのと同じようなものだし、)

勇者(魔王自ら戦いを起こすような様子はない)

勇者「今の魔王って、どんな魔族なんだろうね」

勇者「平和主義者だったらいいなあ……」

24: 2016/02/10(水) 19:10:28.69 ID:Xi7uubKoo
宰相「陛下、あれでよろしかったのですか」

宰相「次期真の勇者の覚醒前に、魔王が沈黙を保っている現状で下手に刺激を加えては」

国王「問題ない。万が一向こうから攻め入られることがあったとしても、」

国王「老いているとはいえ真の勇者は存命しておる」

国王「何を目的に大陸中を飛び回っておるのかは不明だが、いざという時は奴が動くだろう」

宰相「し、しかし……」

国王「あやつは不穏分子。しかしながら、人の形をしている以上処刑もできぬ」

国王「魔族に頃してもらうのが最良だ」

国王「相手が魔王であれば更に良い」

国王「エミルが魔王に殺された時、兄のリヒトは魔王を深く憎むであろう」

国王「憎しみは人の強さを引き出す」

国王「リヒトの魔王討伐を成功させる足がかりとなるだろう」

25: 2016/02/10(水) 19:11:18.68 ID:Xi7uubKoo
勇者「村でもらったオリヴァの実でスープ作ったんだよ!」

神官「あら……おいしそうな香り」

勇者「実は具になるし、種は砕いたらすっごくおいしい香辛料になるんだよ」

勇者「あと、お漬物にしたら長持ちするんだー」


――――――
――

神官(エミルさんと旅立って一週間)

神官(エミルさんは一向に魔物と戦わない)

神官(三年前の出来事と同様、剣を抜くことなく、争いを鎮めている)

神官(魔法を使って、時には自分の体を張って……)

勇者「魔王がいい人だったとしても戦わなきゃいけないのかなー」

勇者「……それが勇者の宿命だもんね」

勇者「理想を描くだけじゃ何にもならないって、いつもお兄ちゃんが言ってた」

勇者「でも、ぼくは…………」


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30: 2016/02/11(木) 17:44:10.35 ID:QbloZM1ro
――魔王城

執事「魔王陛下、人間側に動きがありました」

執事「次期真の勇者リヒトが覚醒する前に、その妹エミルを送り出したようです」

魔王「……愚かな人間共め」

魔王「沈黙の時も終わりが近いな」

魔王「やはり、彼奴では荷が重かったか――――」

31: 2016/02/11(木) 17:44:52.69 ID:QbloZM1ro
Section 2 旅路

勇者「旅立ってからもうすぐ一ヶ月かあ。あっという間だね」

神官「ええ」

勇者「……ごめんね」

勇者「ぼくが魔物を殺さないせいで、協会からの援助金がちょっとしか入らなくて」

神官「お気になさらないでください。最低限生きていける額はあります」

大陸中に平和協会の支部が点在しており、
勇者とその仲間は協会から支援金を受け取ることで旅を続けることができる。

勇者(食費でほとんど消えてしまう金額しかもらえないなんて)

勇者(これじゃ、馬車にも乗れるかどうか……)

勇者「あ! あの掲示板見て!」

32: 2016/02/11(木) 17:45:18.47 ID:QbloZM1ro
勇者「この先の谷間の道を塞いでる魔物を退治できたら80万Gだって!」

勇者「ぼく達がこれから通る道だし、やってみようよ」

神官「でもエミルさん、あなたは……」

勇者「……退治はしないよ。ちょっと遠くへ行ってもらうだけ」

勇者「話せばきっとわかってくれるから」

神官「…………」

神官「エミルさん、あなたが殺さなかった魔物が、いつか人を襲うとは考えないのですか?」

神官「目の前の人と魔物を助けても、あなたの知らないところで誰かが犠牲になるかもしれません」

勇者「………………」

33: 2016/02/11(木) 17:45:45.46 ID:QbloZM1ro
勇者「神官さんの言う通りかもしれない」

勇者「でも、肉食の動物は、人間から怖がられることはあっても忌み嫌われたりはしてない」

勇者「魔族ならともかく、魔物を目の敵にする理由がぼくにはわからないんだ」

神官「それは……魔属の持つ気が我々には有害ですから」

魔属は魔のオーラを纏っており、それは魔の気や魔気と呼ばれている。

人間や動物が魔気に長時間当てられると身体に異常をきたし、最悪の場合氏に至るのである。
魔属同士であっても、相性によっては相手の魔気が有害となる場合がある。

34: 2016/02/11(木) 17:48:14.22 ID:QbloZM1ro
勇者「でも、それはわざとじゃないし、お守りや魔法で防ぐ方法だってあるし……」

神官「貧しい者は魔気避けのタリスマンを買うことが困難でしょう」

神官「魔法を使用しても、長時間魔気を防ぐには相当な魔力と精神力が必要となります」

神官「身を守るために敵の命を奪うのはやむを得ないことなのです」

勇者「…………」

神官「あなたは綺麗事で誰かを犠牲にするおつもりですか」

神官「……ご自分の手を汚すのが怖いだけなのではないですか!」

勇者「そんなわけじゃ……」

神官「ならば、勇者として魔物を退治なさい」

勇者「……………………」

神官(ここでエミルさんを勇者として成長させないと)

神官(現実をお教えしなければ、この子はいつまで経っても甘ったれた子供のまま……)

35: 2016/02/11(木) 17:48:47.28 ID:QbloZM1ro
勇者(同じような説教は、小さい頃から何度もされてる)

勇者(それに対して、ぼくはずっと答えを出せないまま)

勇者(みんな仲良く生きていけたらいいなって)

勇者(平和な世界を、創る方法はないのかなって……)

勇者(そんなぼくの価値観をわかってくれた人もいない)


『僕も、そう思うよ』

『魔族と人間の仲が良かったなら、きっと、今頃――』


勇者(ううん、一人だけいたはずなんだ)

勇者(名前も顔も、思い出せないけど……)

36: 2016/02/11(木) 17:54:47.24 ID:QbloZM1ro
勇者「あれは……レオトルス! 図鑑で見たことあるよ!」

神官「あんなに恐ろしい魔獣の群れがこんなところにいるなんて」

レオトルス――獅子に近い体型を持つ、雷属性の魔物である。
魔物の中でも上位とされ、知能は高い方である。
通常は荒野や山奥に生息し、人間の街道沿いに姿を現すことは滅多にない。

勇者「すっごく怒ってる……」

勇者「人間に敵意を剥きだしにしてるよ」

神官「いくらなんでも危険すぎです!」

神官「歴戦の戦士と、勇者の一族の者を大勢呼ばなければ」

勇者「……なんとか、してみせるから。ここでバリアを張って待ってて」

37: 2016/02/11(木) 17:55:13.89 ID:QbloZM1ro
勇者「どうして君達はこんなところにいるの!?」

レオトルス「ガアァ!」

一体のレオトルスが勇者に襲いかかった。

勇者「んっ!」

神官「エミルさん!」

勇者「大丈夫だよ! そこにいて!」

勇者「こんな異常事態には、何か必ず原因があるはずなんだ……!」

勇者「教えて! 君達がここへ来た理由を!」

怒り狂った雷獣達がエミルの言葉に耳を貸す様子はない。

38: 2016/02/11(木) 17:55:41.30 ID:QbloZM1ro
100体近くの雷獣が代わる代わるエミルに襲いかかる。

神官(あれほどの攻撃を防護壁で防ぎ続けることができるなんて……)

神官(あの子は一体どれほどの魔力を持っているというの!?)

勇者(これじゃ埒が明かない……!)

勇者「――リベレイトマジック」

神官(あの子の魔力が膨れ上がった……今まで力の半分以上を隠していたというの……?)

勇者「ごめんね、一回寝てね!」

勇者「スリーピングミスト!」

優しい霧が辺りを満たした。
怒り狂った雷獣達は次々と微睡み、地に伏し始めた。

神官「嘘でしょう……?」

神官「凶暴な魔物達を……こんなに簡単に……一気に眠らせるだなんて……」

神官(こんなの……人間の魔力容量じゃないわ……)

神官(大魔導師クラスを軽く超えてるじゃない……!)

39: 2016/02/11(木) 18:00:14.78 ID:QbloZM1ro
勇者「君が、この群れのリーダーなんだね」

一体だけ、最も体が大きいレオトルスは微睡みながらも意識を保っていた。

勇者「そっか。やっぱり、元の棲み処を人間に襲われたんだね」

勇者「魔王の命令で、人間を襲うのを控えていたのに……」

勇者(この子達の心は、魔王への不満と、人間への怒りで満たされている)

勇者「ここはだめだよ。近い内に、君達を討伐しに大人の人がいっぱい来るから」

エミルは感覚を研ぎ澄まし、魔力で辺りを探索した。

勇者「ずっと南西の方の荒野……今は人間も上位の魔物の群れもいないみたい」

勇者「君達が住むのに適してると思うよ。そこへお行き」

40: 2016/02/11(木) 18:00:40.74 ID:QbloZM1ro
勇者「ユダスさん! 倒さなくっても、なんとかなったよ!」

勇者「人間の方から危害を加えなければ、あの子達は人間を襲わないんだって」

エミルが戻ると、神官は腰を抜かしていた。

勇者「これでこの辺りは平和になったし、当分お金には困らないよ!」

神官「ひっ…………」

勇者「ユダスさん……?」

神官「来ないで」

勇者「え……」

神官「化け物」

勇者「! ……」

41: 2016/02/11(木) 18:01:08.37 ID:QbloZM1ro
勇者「ごめんなさい。びっくりしたよね」

勇者「今までありがとうございました」

勇者「これからは、ぼく一人で旅を続けます」

神官「…………」

勇者「……さようなら」

42: 2016/02/11(木) 18:01:34.35 ID:QbloZM1ro
勇者は一度町へ戻り、半分だけ報酬を受け取った。

勇者「もう半分は、ぼくと一緒に来てた神官さんに渡してください」

町長「いいのかね……君の手柄だろう」

勇者「はい。神官さんがいなかったら、ぼくはここまで来るのにもっと苦労してました」

勇者(……大丈夫。ぼくはもう宿の泊まり方も、馬車の借り方も知ってる)

勇者(ユダスさんが教えてくれたから)

勇者(一人でだってやっていけるよね)

43: 2016/02/11(木) 18:05:18.91 ID:QbloZM1ro
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44: 2016/02/11(木) 19:38:25.42 ID:QbloZM1ro
勇者(今まで旅をしてきて、わかったことがある)

勇者(魔王の命令を理解することができるくらい知能が高い魔物は、)

勇者(自衛のためを除いて、人間を攻撃することは禁じられている)

勇者(人間から争いを起こした方が危険なんだ)

勇者(でも、そんな命令を下す魔王を良く思わない魔属はたくさんいる)

勇者(いつまでこの状況が続くのかはわからない)

小さな勇者は、谷間の道へと歩を進めた。
たった、独りで。

勇者(お母さん、どうしてるかな)

勇者(会いたいよ…………)

45: 2016/02/11(木) 19:38:52.83 ID:QbloZM1ro
谷間の道を抜けると、一件の小屋があった。
エミルは古びた戸を叩いた。

勇者「誰かいますか?」

少女「……はい」

扉を開けずに少女が答えた。

勇者「ここで泊めていただきたいんです」

少女「……ごめんなさい。ここはだめなんです。げほっ……」

勇者「どうしてですか?」

少女「こほっ……わたしが、病気だか、ら……うっ」

少女「がはっごほっ」

勇者(助けなくちゃ!)

勇者「ごめんなさい、開けます!」

46: 2016/02/11(木) 19:39:21.78 ID:QbloZM1ro
少女「だめ、移っちゃう……」

勇者「!」

勇者(体中に青い斑点……)

勇者「大丈夫。これ、移らない病気だよ。本に載ってた」

少女「えっ……」

勇者「ちゃんと町のお医者さんに診てもらって、お薬をもらえば治る病気なんだ」

勇者(それなのに、ここまで悪化するまで放っておくなんて……)

47: 2016/02/11(木) 19:39:50.89 ID:QbloZM1ro
勇者「ここに一人で住んでるの?」

少女「うん……」

少女「私はこの先の村で生まれ育ったのだけど、」

少女「呪いだとか、伝染性の奇病かもしれないとかで、みんな私を怖がるようになったの」

勇者「そんな……」

少女「お父さんとお母さんが、たまにこの家の外に食べ物を置いていってくれるの」

少女「それでなんとか生きてこられたのだけど……」

少女「このまま一人で氏んじゃうのかなって、寂しくて……」

少女は泣き出した。

勇者「……大丈夫だよ。君はぼくが町まで連れていく。絶対氏なせたりなんてしないから」

勇者(武芸者や術師じゃなければ、少しの間くらい誰かと一緒にいても問題ないはずだし)

勇者(人助けをしなきゃ勇者じゃないもん)

48: 2016/02/11(木) 19:40:23.21 ID:QbloZM1ro
勇者(となると、ここの近くの村には行きづらいな)

勇者(この子と足場の悪い谷間の道を戻るのは無理だろうし、もっと西の大きな港町に向かおう)

勇者「ぼくはエミル。君、名前は?」

少女「……リラ」

勇者「リラ、綺麗な名前だね」

少女「っ!」

少女は頬を赤らめた。

少女(エミル君、か……)

50: 2016/02/11(木) 19:41:06.43 ID:QbloZM1ro
翌日

少女(お父さんとお母さんにわかるように、扉に手紙を貼っておこう)

【病気を治してもらいにマリンの町へ向かいます、心配しないでね】

勇者(昨晩は暗くて気が付かなかったけど、この辺りはライラックが咲き乱れてるんだ)

勇者(綺麗だな……)

勇者「丸一日歩くことになるけど、がんばってね」

少女「うん!」

少女(病気になって以来、両親以外の人から優しくしてもらえるなんて初めてだわ)

勇者(人間でも、害があると思われたらあっさり迫害されてしまうんだ)

勇者(……この子だけじゃない。病気になった人が差別されるなんてよくあること)

勇者(どうしてそんな簡単に忌み嫌うことができるのだろう)

勇者(好きで病気になったわけじゃないのに。踏んだり蹴ったりだ)

51: 2016/02/11(木) 19:41:45.62 ID:QbloZM1ro
平原

少女「うっ……」

勇者「この辺りで休もうか」

少女「けほっけほっ……ごめんなさい、足を引っ張ってしまって」

勇者「気にしないで。ゆっくり行こう」

勇者「あ、馬車だ! 待ってください!」

御者「へい」

勇者「マリンの町まで乗せてほしいんです」

御者「500Gかかるけどいいか……!? 何だいその子の肌は!」

御者「悪いけどお断りだよ!」

馬車は行ってしまった。

勇者「あう……」

少女「…………」

52: 2016/02/11(木) 19:42:15.08 ID:QbloZM1ro
勇者「病院まで行けたら、もう大丈夫だから」

少女「ごめんなさい、もう歩けないわ」

勇者「じゃあ、ぼくの背に乗りなよ」

少女「え、でも」

勇者「こう見えて、ぼく力持ちなんだよ!」

エミルは軽々とリラを背負った。

少女(すごい……私と大して背も変わらないのに)

少女(優しくて、強くて、暖かい……私の勇者様)

53: 2016/02/11(木) 19:42:41.70 ID:QbloZM1ro
――港町の門

勇者「よかったね、日の入りまでに着いたよ」

少女「でも……この見た目じゃ、町の人達に怖がられてしまうわ」

勇者「えっと……あ! ぼくのマント貸してあげる」

勇者「さっきもこれ被っておけばよかったね、気が付かなくてごめんね」

少女「いいえ……あり、がとう」

54: 2016/02/11(木) 19:43:09.07 ID:QbloZM1ro
医者「!? かなり病気が進行しているじゃないか!」

医者「何故ご両親がもっと早くここまで連れてきてくれなかったんだい」

医者「珍しい病気だが、今からでも手遅れではない」

少女「ほんとですか!?」

医者「だがね……入院費込みで、治療費が最低でも15万Gほどかかってしまう」

医者「君達に払えるかい……?」

少女「そんな……!」

少女「そんな大金、うちにはないわ……」

勇者「ぼくが20万G置いていきます。どうかリラを助けてあげてください」

医者「な、なんと」

55: 2016/02/11(木) 19:43:38.22 ID:QbloZM1ro
少女「どうして……」

少女「どうして出会ったばかりの私にそこまでしてくれるの……?」

勇者「困ってる人を見捨てるなんて、ぼくにはできないから」

勇者(誰かが困っていたら、それが人であっても、動物であっても、)

勇者(……魔属であっても、ぼくは……助けたいと思う)

少女「ごめんなさい、ありがとう、ありがとう…………」


翌日

少女「あなたと出会えなかったら、私……一人で寂しく氏んでいたわ」

リラはエミルの頬にキスをした。

56: 2016/02/11(木) 19:44:14.59 ID:QbloZM1ro
少女「生きて帰ってきてね」

勇者「……うん」

少女「また会える日が来るのを、私、ずっと待ってるから」

少女「その頃には、病気を治して元気になってるわ!」

勇者「うん」

少女「約束よ!」

勇者「……うん。約束する」


勇者(この約束を守れる可能性は、ほとんどないだろうけど)

57: 2016/02/11(木) 19:44:57.41 ID:QbloZM1ro
勇者(……リラにぼくは女の子だって伝えそびれちゃったな)

勇者(ぼく、男の子からは全然モテないのに、女の子からはモテるんだよなあ)

勇者(男の子の格好してるせいかなあ)

勇者(縛ってる髪の毛、解いちゃおうかな)

勇者(……うっとうしい。無理だ)

勇者(もう男の子からモテる必要もないし、いっそバッサリしちゃおうかな)

勇者(でも、切っちゃったらお母さん怒るだろうなあ)

――――

勇者母『エミル、はやく素敵なお婿さんを連れてきてね』

58: 2016/02/11(木) 19:45:51.22 ID:QbloZM1ro
勇者『えーなんでー?』

勇者母『真の勇者の子供でも、女の子は結婚しちゃえば戦いの義務が免除されるのよ』

勇者母『素敵な恋愛をして、幸せな結婚をして、可愛い孫の顔をお母さんに見せてね!』

勇者『うん!』

勇者母『そのために、お洒落よ! 髪を伸ばして、可愛いお洋服を着て……』

勇者『女の子らしい服なんてぼくには似合わないよー』

――――

勇者「まさか、結婚できる年齢になる前に旅立つことになるなんてね」

勇者「お母さん……」


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64: 2016/02/12(金) 16:01:16.14 ID:9ruHHYBBo
国王「この頃、地震や火山の噴火、豪雨などの異常気象が多いのう」

国王「ところで、勇者エミルの様子はどうだ」

宰相「順調に魔王城のある西へ向かっているそうでございます」

宰相「しかし、相変わらず魔属を一体も殺さずに事件を解決しているとかで……」

国王「勇者らしくない勇者もいたものだ」

65: 2016/02/12(金) 16:01:42.36 ID:9ruHHYBBo
Section 3 邂逅
勇者(旅立ってからもう二ヶ月半かあ)

勇者(一人旅もだいぶ慣れたな)

勇者(……オリヴァの実、食べ尽くしちゃった)

協会職員「よくぞセントラルの町へいらっしゃいました、勇者様」

協会職員「こちらが支給金です」

勇者「いらないよ。自力でお金を稼ぐ方法をいくつか身に着けたもん」

勇者「それに、どうせお小遣い程度しかくれないんでしょ」

協会職員「ええ。戦わない勇者にお給料を出すなんてもったいないですから」

勇者(ゆっくり進もうにも、監視があるしなあ)

勇者(逃げたりしたらお母さんが国から何されるかわからないし、)

勇者(このまま旅を続けるしか……ないんだろうな)

66: 2016/02/12(金) 16:02:18.91 ID:9ruHHYBBo
勇者(ぼくのことを優しい勇者だって褒めてくれる人もいるけど)

勇者(腰抜けだって非難する人の方が多い)

勇者(この旅で、人間と魔族が仲良くなれる方法でも見つかったら嬉しいけど)

勇者(そんな簡単に見つかるわけ、ないもんな)

勇者(勇者が魔王城に向かっていたら、たくさんの刺客に襲われるのが普通なのに)

勇者(ぼくのところには全く魔族が襲いに来ない)

勇者(それは、魔王の命令なのか、ぼくが一体も魔物を頃していないせいなのか、)

勇者(わざわざ頃す必要もないと判断されるほど、重要視されていないからなのかはわからない)

67: 2016/02/12(金) 16:02:58.53 ID:9ruHHYBBo
勇者(やっぱり、大して光の力を持っていない勇者なんて……)

――――
――

七年前

国王『お前は本当にシュトラール・スターマイカの子供なのか?』

大魔導師『魔力検査・遺伝子検査共にシュトラールの実子で間違いないとの結果が出ております』

勇者兄『こんだけ似てるんだから疑いの余地ねえだろうがぁぁあああ』

勇者『お兄ちゃん落ち着いて!!』

――――――

勇者(それでも、ぼくはお父さんの子供なんだ)

勇者(自信持たなくっちゃ)

68: 2016/02/12(金) 16:05:36.69 ID:9ruHHYBBo
勇者(大陸の中央の国なだけあって、いろんな商品が並んでるなあ)

勇者(大陸中の物が集まってくるもんね)

勇者(あ、あのワンピースきれいだな)

白地の布に、木や花を模った刺繍が施されている。

勇者(あんな服着てみたいな……)

勇者(そんなことより、食料買い込んで装備を整えないと)

69: 2016/02/12(金) 16:08:01.81 ID:9ruHHYBBo
商人「君、この服が気になるのかい?」

勇者「は、はい」

商人「この服は大陸南西部のシルヴァ地方の民族衣装でね」

商人「僕もシルヴァのとある村出身なんだがね、まあ良いところだよ」

商人「美しい森が広がっていてね、滅多に争いの起こらない平和な土地さ」

勇者「へえー……」

商人「……君、お母さんの名前は?」

勇者「? カトレアだけど……」

商人「そうか……」

勇者「どうかしましたか?」

70: 2016/02/12(金) 16:08:38.30 ID:9ruHHYBBo
商人「いいや……君と似た女性を知っていたというだけだよ」

商人「姿形は似ていないが、雰囲気がよく似ているんだ。オーラとでも言うべきかな」

商人「僕の初恋の人だったんだがねえ、二十年程前に魔王に攫われてしまったんだ」

商人「綺麗な人だったからねえ……そして優しかった」

勇者「そうなんですか……」

商人「おっとすまない、話が長くなってしまったね。僕の悪い癖だ」

商人「お詫びにこれをあげよう」

勇者「髪留め?」

71: 2016/02/12(金) 16:09:25.50 ID:9ruHHYBBo
商人「オリヴァの枝を彫ってデザインされたものだ。お洒落だろう?」

商人「紐よりは楽に髪の毛を結えるはずだよ」

勇者「わあ、ありがとう!」

商人(! なんて彼女に似た笑い方をするんだ)

勇者「ぼく、魔王城に向かっているんです。攫われた女の人の名前を教えてください」

勇者「もしかしたら、その女の人のことについて調べられるかも」

商人「こんなに小さいのに……彼女の名はエリヤ。エリヤ・ヒューレーだ」

勇者「エリヤ・ヒューレーさん……はい、覚えました!」

勇者「あ、ぼくはエミルっていいます。あなたの名前は?」

商人「……僕はラウルスだよ」

商人(ああ、君は今でも生きているのかい? それとも……)

72: 2016/02/12(金) 16:09:51.70 ID:9ruHHYBBo
勇者(まだお昼なのに曇ってるせいで妙に暗いなあ)

勇者(早めに宿屋で休んじゃおうかな)

娘「きゃああ! 何するのよ!」

チンピラ1「騒ぐなって~ちょっと付き合ってくれるだけでいいんだからよお~」

チンピラ2「お前ほんとガキが好きだよなぁ。こんなちんちくりんのどこがいいんだよ」

チンピラ1「ガキなのがいいんじゃねえか~こいつは顔も綺麗だしよ」

娘「気持ち悪い! 近寄らないで!」

娘「パパが来たらアンタたちなんて肉片になっちゃうんだから!」

チンピラ1「そのパパは今どこにいるんだ? ん?」

娘「それは…………」

勇者「何してるんですか」

チンピラ1「あ゛?」

73: 2016/02/12(金) 16:10:18.86 ID:9ruHHYBBo
勇者「彼女、嫌がってますよ」

チンピラ2「何だ? このガキ」

勇者「その子を解放してあげてください」

チンピラ1「ガキはすっこんでろ!」

チンピラ1はエミルに殴り掛かった。
エミルはチンピラ1の攻撃を軽くかわし、
チンピラ1のバランスが崩れたところで足元を蹴った。

チンピラ1「がはっ」

チンピラ2「おるぁあ!」

チンピラ2は鋭く拳を打ち出したが、エミルはその勢いを利用し、チンピラ2の腕を手前に引いた。
二人のチンピラはあっけなく地に伏した。

74: 2016/02/12(金) 16:10:48.16 ID:9ruHHYBBo
娘「うそ……」

勇者「ぼくはエミル。勇者です。乱暴は許しませんよ」

チンピラ2「勇者だと? ……こいつスターマイカ家の顔付きだぜ」

チンピラ1「まさか……シュトラールのガキか!?」

チンピラ2「よく見たら奴そっくりだ! シュトラールのガキが現れた!」

町人A「なんだって!?」

町人B「女は全員避難しろ!! 微笑みかけられただけで妊娠するぞ!」

チンピラ達だけでなく、周囲にいた女性は襲われていた娘以外全員逃げ去った。
男達も警戒してエミルの様子を窺っている。

勇者「今まで通った村や町でも似たようなことはあったけどこれはひどい」

勇者(お父さん…………)

75: 2016/02/12(金) 16:11:39.30 ID:9ruHHYBBo
娘「あの……」

勇者「大丈夫? あ、妊娠しないから安心して。ぼく女の子だし」

勇者「あ、君……光の力を持ってるんだね。それじゃあ親戚だ」

娘「ええ……ほとんど役に立たないくらい、ほんの少ししかないけれど」

娘(この子、本当にシュトラールの子供なのかしら)

娘(光の力、私よりちょっと多いくらいしかないわ)

娘「私はミモザ。助けてくれてありがとう、エミル」

娘祖父「おお……孫を助けてくださったのですな」

娘祖父「今晩はうちに泊まってゆきなされ」

76: 2016/02/12(金) 16:13:12.39 ID:9ruHHYBBo
娘祖父の家

娘祖父「わしの娘の夫――この子の父親バーントが勇者の一族の血を引いておっての」

娘祖父「普段は南の村に住んでおるのじゃが、」

娘祖父「たまに家族でわしの家に泊まりに来てくれるのじゃよ」

勇者「そうなんですか」

娘祖父「お主は父親の小さい頃によく似ておるのう……」

娘祖父「あやつはもう少し面長であったが」

勇者「お父さんの子供の頃を知ってるんですか?」

娘祖父「うむ」

娘祖父「シュトラールは幼い頃から父親に連れられ、旅をしながら修行を積んでおった」

娘祖父「この町にも度々訪れておったよ」

娘祖父「現れる度に女性を口説くのが上手くなっておったのう……」

勇者「…………」

77: 2016/02/12(金) 16:14:12.05 ID:9ruHHYBBo
勇者「この家には本がいっぱいあるんですね」

娘祖父「町の者からは図書館扱いされておるよ」

娘祖父「奥の部屋にはとても古くて珍しい本もある」

勇者「!」

エミルは目を輝かせた。

娘祖父「普段、奥の部屋は人に見せぬのじゃが、興味があるのなら読んでおゆきなさい」

娘祖父「孫を助けていただいた礼じゃ」

勇者「ありがとう、おじいさん!」

娘父「ただいま。買い出し終わったぞー」

娘母「お父さん、ただいま」

娘「おかえりなさい。丁度今晩ご飯ができたところよ!」

娘父「おい、その子供は……」

78: 2016/02/12(金) 16:14:40.13 ID:9ruHHYBBo
勇者「こんばんは。ぼくはエミル・スターマイカです」

娘父「……歳はいくつだ」

勇者「12です」

娘父「…………」

娘母「あなた……」

勇者「…………?」

娘父「ブレイズウォリアから勇者が一人旅立ったとは聞いていたが……」

娘「ほら、はやく手を洗って席について! ごはんよ、ご・は・ん!」

79: 2016/02/12(金) 16:15:19.65 ID:9ruHHYBBo
娘「この頃涼しいわりに湧き水があったかいから助かるわ」

娘「薪を節約できるもの」

勇者「おいしい! どんな香辛料使ったの?」

娘「ココの種と、バジルルの葉っぱの粉末よ」

娘「コンブソウの出汁も取ったわ」

娘「キャロの根からも味がしみ出してるはずよ」

勇者「すごい! 今度ぼくも作ってみよ」

娘「ずいぶん家庭的な勇者様ね」

娘父「……男だったら切り倒してた」

ぼそりと娘の父親が呟いた。

勇者「えっと……お父さんがご迷惑をかけたり……していましたか?」

80: 2016/02/12(金) 16:15:46.86 ID:9ruHHYBBo
娘父「あの男! 俺の嫁さんに何度も言い寄りやがって!」

娘父「その上あの時は」

娘母「落ち着いて、あなた」

娘父「今度会ったらあの面ブン殴ってやる……」

勇者「お父さんの代わりに謝ります。ごめんなさい」

娘「もー!食事時の空気を悪くしないでよ! ごはんが不味くなっちゃうじゃない!」

娘父「す、すまん」

娘祖父「明日にはみな帰ってしまうのかの?」

娘父「いや、俺は帰れなくなった」

娘「え? 何で!?」

81: 2016/02/12(金) 16:16:37.81 ID:9ruHHYBBo
娘父「平和協会からの伝令だ。ここから北西の方角の山岳へ戦いに出る」

娘「嘘でしょ!? そんな……」

娘父「仕方ないさ。俺は平和協会の金で育ったんだから」

真の勇者の子供でなくとも、平和協会に申請すれば養育費の援助を受けることができる。

そのため、貧しくとも飢えることはないが、戦士として戦うことが義務付けられる。
バーントが育った家庭は貧しく、平和協会の援助なしでは子供を育てることができなかった。

娘父「ここ数ヶ月、異常気象や災害が多いのは知ってるだろ?」

娘父「この間の地震以来、山岳の魔物達が狂暴になってるらしくてな」

勇者「退治するんですか!?」

娘父「ああ。当然だろ」

82: 2016/02/12(金) 16:17:09.77 ID:9ruHHYBBo
勇者「でも、地震が原因だとしたら、しばらく様子を見れば元通りになる可能性も……」

娘父「その間に誰かが食い殺されるかもしれない」

娘父「お前は勇者でありながら魔物の肩を持つのか?」

勇者「そういうわけじゃありません!」

勇者「進んで戦っても、かえって犠牲が大きくなるかもしれないんです」

勇者「ぼくはそういった例を旅の中でいくつか見てきました」

勇者「防衛に徹し、攻撃は控えるべきです」

娘父「……お前の言うことが正しかったとしても、協会の命令には逆らえない」

娘父「俺が稼がなかったら、俺の家族は飢え氏にするか協会の援助を受けるかの二択になる」

娘父「俺は、娘を戦場にやりたくはないんだ」

勇者「…………」

83: 2016/02/12(金) 16:18:50.22 ID:9ruHHYBBo
勇者「ぼくも行きます」

勇者「誰も氏なずに解決できる方法が見つかるかもしれません」

娘父「……勝手にしろ」

娘父「幸いこういった突発の仕事は給料が前払いだからな」

娘父「俺自身が自ら逃げ出したりしない限り、お前に邪魔されたところで生活には響かない」

娘父(協会は何故こんな子供を旅立たせたんだ)

娘父(……まあ、大体察しはつくんだがな)

娘父(シュトラールは一体何をやっている)

84: 2016/02/12(金) 16:19:36.73 ID:9ruHHYBBo
夕食後

勇者(二万五千年前の大戦の本がある!)

勇者(この時代の歴史書って、ほとんど残ってないんだよなあ)

勇者(神話レベルになってるし)

――――

二人の勇者は、大精霊からそれぞれ力の結晶を授かり、

大いなる破壊の意思を封印した。

勇者の内一人は東にある故郷へ帰還し、

もう一人の勇者はいずこかへ姿を消した。

時を同じくして、大陸の生命の半分は魔に侵された。

――――

85: 2016/02/12(金) 16:20:05.26 ID:9ruHHYBBo
勇者「勇者が二人いた……?」

娘祖父「うむ。東へ帰った勇者の子孫は、勇者の一族として今でも現存しておる」

娘祖父「もう一つの力は、一体何処にあるのやら……」

娘祖父「今でも、正しき心を持つ者が受け継いでおると信じたいものじゃ」

勇者(大いなる破壊の意思が封印された直後に魔属が現れた)

勇者(魔属はその時新たに生まれた生命なのか、)

勇者(それとも、元いた生物が魔属に変化したのか……うーん)

勇者(争いの根本的な原因を知りたい)

勇者(人は同じ過ちを繰り返さないために歴史を学ぶ)

勇者(過去を知ることが、より良い未来を作るためには重要なことなんだ)

86: 2016/02/12(金) 16:20:59.54 ID:9ruHHYBBo
娘「お風呂上がったわよ。入ってきなさい」

勇者「ありがとう、じゃあお借りするよ」

娘「はあ……あなたが男の子だったらなあ」

勇者「あはは。実はそれよく言われるんだ」



娘父「あの時の赤ん坊と再会するとはな」

娘母「ええ……とても良い子に育っているみたいね」

娘父「ああ。余程あいつの嫁さんの教育が良かったのだろう」

娘父「とても優しい子だ……気味が悪いほど」


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90: 2016/02/12(金) 19:39:42.05 ID:9ruHHYBBo
翌日。

勇者「ぼくは基本的に一人旅を義務付けられています」

勇者「今回の戦いに参加する許可をください」

協会職員「少々お待ちを」

娘父「おい、一人旅を義務付けられてるってどういうことだ」

協会職員「ええと、それは……極秘事項となっております」

娘父(……酷なことを。うちの娘と大して年も変わらんというのに)

協会職員「許可が下りました。討伐隊に加盟します」

勇者「ありがとうございます」

娘父(シュトラール……お前が命がけで護った娘は、世界に殺されようとしている)

91: 2016/02/12(金) 19:40:09.96 ID:9ruHHYBBo
勇者(狂暴な魔物であっても、魔王の命令を理解する知能のない子は人間を襲う)

勇者(仮に知能が高かったとしても、錯乱すればどうなるかわからない)

勇者(魔物達を説得することも困難かもしれない)

――北西の山岳地帯

いくつもの雷鳴が轟いている。

勇者(……寒いなあ。今の季節、この辺りの気候はもう少し温暖なはず)

娘父「風邪引くんじゃねえぞ。足を引っ張られたら困るからな」

勇者「はい」

隊員A「出たぞ! スノウジャガーだ!」

隊員B「スノウアウルまでいるぞ!」

92: 2016/02/12(金) 19:40:57.51 ID:9ruHHYBBo
勇者(普段は雪原か山奥の標高の高い所に生息している魔物が不自然に多い)

勇者(まるで、元の棲み処から避難してきたかのような……)

――――

娘『この頃涼しいわりに湧き水があったかいから助かるわ』

――――

勇者(! 頻発する地震、温かくなった地下水……)

勇者(これが、噴火の前兆現象だったとしたら……)

勇者「戦っている場合じゃない! 今すぐ遠くへ避難しなきゃみんな氏んでしまう!」

娘父「いきなり何を言い出すんだ!?」

勇者「火山が噴火するかもしれません!!」

隊員A「知るか! 俺達の仕事はあいつらの始末だ!」

隊員A「進めー!!」

93: 2016/02/12(金) 19:41:30.93 ID:9ruHHYBBo
雪魔族「させるものか!」

冷たい突風に討伐隊の隊員達は吹き飛ばされた。

勇者「ま、魔族……!」

雪魔族「その小僧の言う通りだ。もうじきこの山岳地帯はマグマに包まれる」

雪魔族「そうなれば、この子達は焼け氏んでしまう。東の山脈へ逃れなければならない」

勇者「寒い気候を好む魔属と避難するために、この辺りの気温を下げていたんですね」

雪魔族「その通りだ。我々の邪魔をするならば消えてもらおう!」

風竜「ガァアアア!!」

雪魔族と共にいる巨大なドラゴンが威嚇を行った。

勇者「みんな逃げて!!」

隊員の半数近くは逃げ出した。
残りは臨戦態勢を保っている。

94: 2016/02/12(金) 19:42:00.36 ID:9ruHHYBBo
雪魔族「ずいぶん勇敢な人間達だな」

雪魔族「やれ!」

勇者「待って!!」

勇者「みんな生きようとしてるのに、頃し合うなんて間違ってる!!」

勇者「人間も魔属も両方今すぐ避難しなきゃいけないんだ!!!!」

雪魔族「子供の綺麗事を聞いている暇はない!」

隊員C「魔属のために人間の領域が侵されかけているんだぞ!!」

勇者(何で……)

勇者(どうして逃げてくれないの……!?)

隊員A「くっ……突撃しろー!」

隊員達「「「「「うおおおおおおお!!」」」」」

95: 2016/02/12(金) 19:42:26.52 ID:9ruHHYBBo
娘父「子供はどうしても発言力が弱いからな」

娘父「真の勇者でもないのに、そんな簡単に人を動かせると思うな」

勇者「!」

隊員L「こいつらが安全な土地へ逃れるまでには、」

隊員L「いくつか人間の集落の近くも通ることになるだろう」

隊員L「こいつらはあまりにも危険なんだよ」

隊員P「はやめに駆除しなければならない。わかってくれ、小さな勇者さん」

勇者「そんな……そんなの、認めない!」

娘父「おい待て!!」

勇者は駆け出した。

96: 2016/02/12(金) 19:42:52.89 ID:9ruHHYBBo
勇者(高位の魔族がいるから、おそらくスリーピングミストは通用しない)

勇者(一つ一つ潰していかなきゃ)

勇者「バリア! フェイント! バリア! フェイント!!」

勇者は力の及ぶ限り、視界に入った者達を防護壁で包み、気絶させていった。

雪魔族と風竜による遠距離攻撃からあらゆる者達を守るため、
一度張った防護壁を解くこともしようとしない。

雪魔族(奴め、なんという魔法技術だ! 子供とは思えん)

雪魔族「だが」

勇者「!?」

97: 2016/02/12(金) 19:44:03.72 ID:9ruHHYBBo
エミルの脇腹を氷柱が裂いた。

勇者「あ……ぐ……」

娘父(まずい!)

雪魔族「他者を守ることに集中しすぎたな」

雪魔族「己の防護壁が薄くなっていたぞ」

勇者「くっ……」

雪魔族「これがお前の最期だ」

風竜「待て。魔王陛下の命令を忘れたのか」

風竜「エミル・スターマイカを頃してはならない」

雪魔族「腰抜け魔王の命令なんぞこれ以上守ってはおれぬ!」

雪魔族「私はこの子達を守るために戦う! 例え、魔王の命令に逆らうこととなっても!」

雪魔族「人間なぞ全員蹴散らしてくれるわ!!」

98: 2016/02/12(金) 19:44:41.99 ID:9ruHHYBBo
勇者「だめ……戦っちゃだめ!!」

雪魔族「あやつ、もうあの傷を治したというのか!?」

娘父「くそっ、数が多すぎる」

バーントは戦いながらエミルの様子を窺っている。

娘父(あいつ、何枚防護壁を貼ってやがるんだ!?)

勇者「お願い……殺さないで!」

勇者「うぐっ……」

エミルは時折流れ弾を受けつつも争いを鎮めようと走り続ける。

99: 2016/02/12(金) 19:45:20.17 ID:9ruHHYBBo
勇者「はあ、はあっ」

娘父「人間と魔物両方の九割方を気絶させやがった……!」

雪魔族「あ、ありえない……」

勇者(もう、これ以上魔法を使う余裕がない……)

魔力は尽きていないが、発動している魔法に対して身体の負担が大きすぎる。

勇者「通り道にある集落に、魔属に近付かず、防衛に徹するようお願いするから……」

勇者「お願い、殺さないで……戦わないで……!」

勇者(あ……意識が……)

雪魔族「……残念だが、お前の理想通りにはならないだろう」

雪魔族「人は己に害を及ぼす存在を許しはしない」

100: 2016/02/12(金) 19:46:21.30 ID:9ruHHYBBo
雪魔族「そして、それは我等とて同じこと」

雪魔族「恐るるに足らぬ大きさとはいえ、光の力を持つ勇者……貴様には氏んでもらう」

風竜「待てフロスティ!」

雪魔族「止めてくれるなアネモス!」

雪魔族「今は理想ばかり述べる子供であっても、」

雪魔族「いつかは我々に剣を向けるようになるだろう! 所詮人間の勇者なのだ!」

雪魔族は風竜の静止を振り払い、エミルに突進した。

101: 2016/02/12(金) 19:48:48.02 ID:9ruHHYBBo
勇者「ぼく、ここで氏んじゃうんだ」

エミルは茫然と迫りくる攻撃を眺めた。

勇者「お母さん、ごめんね。帰れそうにないや……」

そして一筋の涙を流す。

勇者「……最初からわかってた。王様達が、ぼくを……魔族に殺させようとしてたって」

傷だらけの幼い勇者は、故郷で待つ母を想いながら意識を失った。



雪魔族「!?」

雪魔族は既の所で攻撃を止めた。

雪魔族「こいつは…………!」

102: 2016/02/12(金) 19:49:36.51 ID:9ruHHYBBo
力無く倒れ行くエミルの身体を受け止めたのは、


魔王「…………」

雪魔族「へ、陛下……!?」


西の最果ての城で待ち構えているはずの、魔王であった。

Now loading......

108: 2016/02/13(土) 14:16:35.98 ID:w6WMB1Keo
Section 4 喪失

雪魔族が攻撃を止めたその瞬間、魔王が姿を現した。

魔王「サンダードラゴンの群れを手配した。明日には避難が完了するだろう」

雪魔族「は、ははっ」

娘父(おいおいこりゃ冗談だろう?)

娘父(はは、こりゃまた随分若い魔王様だ)

娘父(父親とよく似てやがる)

魔王「……エミルは頃すなと命じたはずだ」

雪魔族「も、申し訳ございません」

雪魔族は跪いて小刻みに震えている。

109: 2016/02/13(土) 14:17:02.75 ID:w6WMB1Keo
魔王「こちらも手配が遅れたからな。今回だけは見逃してやろう」

魔王「だが……次は無いぞ」

雪魔族「ひっ」

雪魔族「き、き、肝に銘じ、ます」



雪魔族(魂の奥深くに封印されていたが、わずかに見えた)

雪魔族(あの子供は…………!)

110: 2016/02/13(土) 14:17:28.28 ID:w6WMB1Keo
隊員Y(な、なんて威圧感だ……)

隊員Z(もうおしまいだ…………!)

娘父(まさか魔王様直々にお出迎えなんてなあ)

娘父(……エミルは確かに人間から処分されて当然の存在だ)

娘父(だが、平和協会はエミルの正体を確信しきることができなかった)

娘父(だから魔族に殺させそうとした)

娘父(しかし……魔王がエミルの正体を知っているとしたら)

娘父(エミルを仲間として引き入れる可能性は充分すぎるほどある……!)

111: 2016/02/13(土) 14:18:22.30 ID:w6WMB1Keo
魔王「アネモス、ご苦労であった」

魔王「我はこの者を連れて城に帰る。後は任せたぞ」

風竜「はっ」

魔王は瞬間転移魔法<テレポーション>を使用した。

112: 2016/02/13(土) 14:18:52.06 ID:w6WMB1Keo
魔王「エミル……」

魔王の瞳は憂いに満ちていた。

魔王「もう二度と相見えることはないはずだった」

勇者(誰……?)

勇者(力強い腕に、抱かれている気がする…………)

113: 2016/02/13(土) 14:19:23.44 ID:w6WMB1Keo
執事「お帰りなさいませ、ヴェルディウス陛下」

メイド長「お帰りなさいませ」

魔王「コバルト、エミルに施されている封印術を解読してくれ」

執事「はい」

コバルトと呼ばれた執事姿の青年が魔法陣を展開すると、
魔王はエミルを魔法陣の中に浮かせた。

執事「魔法解読<ディコード・マジック>」

エミルの胸元から小さな魔法陣が浮き上がり、そして文字の羅列となって流れ出した。

執事「くっ」

しかし、途中でバチバチと光が破裂し、魔法陣は収縮してしまった。

114: 2016/02/13(土) 14:19:49.13 ID:w6WMB1Keo
執事「封印の後半部分に、真の勇者の物と思われる光の力が纏わりついています」

執事「封印の解除方法を全て解読することは……我々には不可能です」

魔王「読み取れたところまででいい」

執事「それが、その……」


魔王「……」

メイド長「まあ……」

コバルトの言葉を聞き、魔王は眉をひそめ、メイド長は目を丸くした。

魔王「……あの男の考えそうなことだ」

115: 2016/02/13(土) 14:20:23.61 ID:w6WMB1Keo
『魔物を守る裏切り者ー!』

『すぐ泣く弱虫勇者ー!』

『魔力でっかちー!』

『『『ばーけーもの! ばーけーもの!』』』

『くぉらおまえらあああああ!』

『やっべーリヒトだ! 逃げろ!』

ぼくは、ばけものなんかじゃない……。

勇者「う……」

勇者(ここ、どこ? お城? 豪華な部屋……)

エミルは柔らかい寝台に寝かされていた。

魔王「目を覚ましたか」

勇者「!?」

116: 2016/02/13(土) 14:21:14.72 ID:w6WMB1Keo
勇者「あ……」

勇者(心臓と闇の力が同化してるのが見える。この魔族は……魔王)

魔王「…………」

勇者「…………」

魔王「………………」

勇者「………………」

魔王「……………………」

勇者「……………………」

魔王(何から話せばいいんだ)

勇者(何でぼく生きてるんだろ)

魔王「……水でも飲むか?」

117: 2016/02/13(土) 14:28:36.58 ID:w6WMB1Keo
勇者(敵から出された飲み物を飲むなんてぼく一体何やってんだろ)

勇者(でも、生きてるってことは生かされたってことだし、敵意は感じられないし……)

勇者(……寂しそうな目。氷の裂け目みたいな、冷たい青緑)

勇者(髪の毛は不思議な色してるなあ)

勇者(光の当たり具合で灰色の髪に薄く虹色が混じったりしてる)

勇者(遊色効果、っていうんだっけ、こういうの。オパールみたい)

勇者(魔王ってもっと怖い見た目なのかなって思ってたけど、)

勇者(肌が土気色なのと、髪の毛が不思議な色なのと、ツノが生えてるところ以外は)

勇者(ほとんど人間と同じ……)

魔王「……あまりじろじろ見ないでくれ」

勇者「! ごごごめんなさい」

118: 2016/02/13(土) 14:29:15.44 ID:w6WMB1Keo
魔王「…………」

勇者(怖い、けど……話せばもしかしたら分かり合えるかもしれない)

勇者「えっと……雪の魔物達は……」

魔王「今頃サンダードラゴンの背に乗って移動している。心配する必要はない」

勇者(サンダードラゴン……とっても飛ぶのが速くて、)

勇者(標高の高いところでも平気でいられる、上位の竜)

勇者「そう、ですか……ありがとうございます」

魔王「…………」

勇者(魔王なら濃い魔気を纏ってて当然のはずなのに、体内に収めてるみたいだ)

勇者「……魔気、抑えることって……できるんですか?」

魔王「ああ。多少肩はこるがな……」

勇者(ぼくのためにしてくれてるのかな……)

119: 2016/02/13(土) 14:29:47.14 ID:w6WMB1Keo
勇者「あ、ぼくの怪我、治してくださったんですか?」

魔王「……ああ」

勇者「えっと……ありがとう、ございます」

勇者「…………どうして助けてくれたんですか?」

勇者「ぼくは、魔族を倒すよう命じられた、勇者、なのに……」

魔王「…………」

魔王「………………落ち着いて聞いてくれ」

魔王「お前は、魔族だ」

120: 2016/02/13(土) 14:34:46.37 ID:w6WMB1Keo
勇者「え…………」

魔王「エミル、お前は魔族の血を引いている」

勇者「…………」

勇者(ぼくが、まぞく……?)

勇者「うそ……」

勇者「うそでしょ……」

勇者「だって、ぼくは、お父さんも、お母さんも、人間だもの……」

魔王「……父親は人間だが、お前の母親は」

勇者「うそだ!!」

勇者「何かの間違いだ!! 人違いに決まってる!!!!」

勇者「ぼくはお母さんの子だもの!!」

121: 2016/02/13(土) 14:35:12.64 ID:w6WMB1Keo
魔王は勇者を寝台に押し付けた。

魔王「お前の魔族としての血は封印されている!」

魔王「そして、その封印を解くには……」

――――

執事『それが、その……』

執事『魔族と……情を交わすこと、と』

メイド長『まあ……』

魔王『……あの男の考えそうなことだ』

執事『彼女を人間の元へ帰しましょう。これではエミル様を深く傷つけることになります』

122: 2016/02/13(土) 14:35:38.63 ID:w6WMB1Keo
魔王『帰したところで何になるというのだ!』

魔王『人間共は再びエミルを処分しようとするだろう』

執事『しかし、この土地には魔気が濃く染みついています』

執事『エミル様の封印を解かない限り、エミル様の体は魔の気に蝕まれてしまうでしょう』

執事『長くは持ちませんよ』

魔王『…………』

魔王はエミルを抱え、その場に背を向けた。

執事『エミル様を何処へお連れするおつもりですか』

魔王『……メルナリア、エミルのために東の空き部屋を整えておいてくれ』

魔王『私は自室へ戻る』

メイド長『承りました』

123: 2016/02/13(土) 14:36:07.11 ID:w6WMB1Keo
執事『完全に解読できたわけじゃないんですよ!』

魔王『……他にできることもないだろう』

執事『お待ちください魔王陛下!』

執事『陛下ったらー!』

――――

魔王「……お前を守るためにはこうするしかないんだ」

勇者「何するの? い、いや! はな、して」

恐怖のあまり、エミルの体は強張ってしまい自由に動けない。

勇者(お母さん、助けて……お母さん!)

「すまない」と、魔王はエミルの耳元で小さく囁いた。

124: 2016/02/13(土) 14:37:12.13 ID:w6WMB1Keo
――セントラルの町

娘「パパ、お帰りなさい! よかったわ、無事に帰ってきてくれて」

娘父「ああ……」

娘「ねえ、町中が避難避難って騒いでるけどどうしたの? エミルは?」

娘父「…………」

娘「ねえ……エミルは!? 何で一緒じゃないの!? パパ!!」

娘父「……あいつは頑張ったよ。あいつのおかげで氏者が一人も出なかった」

娘父「大した勇者だ」

125: 2016/02/13(土) 14:37:43.49 ID:w6WMB1Keo
――ブレイズウォリア・平和協会本部

協会幹部1「エミル・スターマイカが魔王に捉われたそうだ」

協会幹部2「……氏んだことにしよう。リヒトの怒りを駆り立てるために」

国王「うむ、それがよかろう」

協会幹部3「だがあの魔力は驚異。魔王に利用される可能性がある」

協会幹部3「本当に殺されていることを願いたいものだな」


――ブレイズウォリア北・聖域の森

勇者兄(試練もこれで残り半分弱か)

法術師「久しぶり、リヒト君」

126: 2016/02/13(土) 14:38:23.94 ID:w6WMB1Keo
勇者兄「よう、セレナじゃないか。どうしてここに……」

勇者兄「あ、そういや聖職者だったな」

法術師「コネを利用してこっそり様子を見にきちゃった」

聖域は真の勇者・真の勇者候補、

そして彼等の世話をする最低限の聖職者以外立ち入ることは許されていない。
また、試練に集中するため、外界の情報はほとんど遮断される。

勇者兄「飯持ってきてくれたのか? そこ置いといてくれ」

法術師「ええ」

勇者兄「ここで出される食いもんはあっさりしたものばっかりでよ、」

勇者兄「そろそろごっつい物も食べたいぜ」

法術師「……実は、悪い知らせがあるの」

127: 2016/02/13(土) 14:38:54.28 ID:w6WMB1Keo
――――――
――

勇者(……天井、じゃない。ベッドの天蓋だ)

勇者(さっきとは違う部屋みたい)

勇者(ぼく、泣き疲れて寝ちゃったんだ)

エミルは上体を起こした。

勇者「っ!」

勇者(おなか、チクチクする)

勇者(ぼく、男の人に汚されちゃったんだ)

勇者(本当は、両想いの人と結婚してからすること、されちゃった)

128: 2016/02/13(土) 14:39:25.16 ID:w6WMB1Keo
勇者(せっかくお母さんがくれた体なのに、傷付けられちゃった)

勇者(……お母さん、ごめんなさい、ごめんなさい)

勇者「あ……ぁ……」

エミルの手は毛布を握りしめ、震えている。涙は枯れていた。

勇者(ぼくとお母さんが親子じゃないなんて、うそだよね……?)

勇者(ぼくはお母さんから生まれたんだよね? そうだよね?)

勇者(ぼく、人間のままだもの)

誰かが部屋の戸を叩いた。

勇者「だ、れ…………?」

メイド長「失礼します」

メイド長「エミル様の世話係に任命されました、メイド長のメル=ルナリアと申します」

メイド長「親しい者からはくっつけてメルナリアと呼ばれておりますわ」

129: 2016/02/13(土) 14:40:20.37 ID:w6WMB1Keo
勇者「メル……海。海と、月の花。綺麗な名前」

メイド長「ありがとうございます、エミル様」

勇者(どうして、様付けなんだろう)

メイド長(虚ろな目……お可哀想に)

勇者(藍色の髪。蜂蜜みたいな目の色。海上に浮かぶ月みたい)

勇者(この魔族も、魔気を抑えているみたい)

勇者「……かなり高位のドラゴン……二つの種類が混ざってる」

メイド長「! よくお気付きで……」

メイド長「仰る通り、私はゴールドドラゴンとマリンドラゴンのハーフでございます」

勇者「魔力で、わかるんです……」

勇者「なれるんだ……人型……」

メイド長「ええ」

130: 2016/02/13(土) 14:40:50.46 ID:w6WMB1Keo
メイド長「こちらをどうぞ。魔気避けの強力なアミュレットでございます」

勇者「…………」

勇者「あれ……この服……」

メイド長「ヴェルディウス陛下が、そのお召し物をエミル様にと」

エミルは眠っている間に着替えさせられていた。

勇者(ラウルスさんが売っていた……南西の服とよく似てる)

勇者(偶然かな)

131: 2016/02/13(土) 14:41:18.93 ID:w6WMB1Keo
メイド長「……ふう」

執事「どうでした? エミル様のご様子は」

メイド長「しばらく男の人は近寄らない方がいいでしょうね」

執事「だそうですよ魔王陛下ー」

魔王「…………」

執事「成果はどうだったんですかー」

魔王「……わずかに魔族化の兆候が見られた程度だった」

魔王は頭を抱えている。

132: 2016/02/13(土) 14:41:44.55 ID:w6WMB1Keo
魔王「……私は床に就く。お前らも休め」

魔王の姿は回廊の闇へ融け込んだ。

執事「はあ、まったく……一度本気の目になったら止まらないんだから」

執事「そしていつも後悔する」

メイド長「しばらく気苦労が増えそうね」


Now loading……

140: 2016/02/14(日) 16:09:30.80 ID:XIR0jn7Ro
勇者父「……ついに代替わりか」

光の大精霊「ええ……」

勇者父「長かったなあ、俺の真の勇者人生も」

光の大精霊「…………」

勇者父「心配すんなよ、俺には生まれ持った光の力だってある」

勇者父「そんなすぐに氏にゃあしないさ」

女勇者「シュトラールー! 母さんがご飯できたってー!」

勇者父「娘が呼んでる。じゃあな、美人の大精霊さん」

勇者父「パパって呼んでくれよ~」

女勇者「い・や!!」


Section 5 味

141: 2016/02/14(日) 16:10:10.91 ID:XIR0jn7Ro
エミルが氏んだと広報されて二日が経った。
平和協会には優秀な情報魔術師が多く所属しているため、情報の伝達は非常に速い。

気功師「……」

気功師は胡坐をかき、床に広げた地図に意識を集中している。

気功師「……勇者エミルは生きておる」

武闘家「本当なんだな、師匠」

142: 2016/02/14(日) 16:11:22.02 ID:XIR0jn7Ro
国王「あと二ヶ月以上かかると予想された試練をたった二日で乗り越えるとは」

国王「流石稀代の勇者シュトラールの長男だ」

国王「西へ旅立ち、妹の仇を討つがよい」

勇者兄「はっ」

国王「うむ、よい面構えだ」

勇者兄「……ところでよ」

国王「む」

143: 2016/02/14(日) 16:12:06.18 ID:XIR0jn7Ro
勇者兄「エミルを旅立たせたったぁどういうことなんだよぉ国王陛下サマァ?」

宰相「へ、陛下に剣を向けるなんてとんでもない無礼じゃぞ!!」

法術師「無礼どころじゃないわね。あと、陛下に様は重複してるわ」

魔法使い「ああ、もう……普段は好青年なのに妹のこととなるとこれなんだから」

国王「は、反逆罪で極刑ものであるぞ!!」

勇者兄「やれるもんならやってみろよ。魔王を倒せる人材はいなくなるけどな」

国王「ひっ」

勇者兄「エミルはお前等に殺されたようなもんじゃねえか!!」

武闘家「それくらいにしとけよリヒトさん」

武闘家「平和協会に歯向かったら大陸中を敵に回すことになる」

武闘家「めんどくせえだろそんなん」

勇者兄「ふん」

144: 2016/02/14(日) 16:12:32.40 ID:XIR0jn7Ro
勇者兄「ちくしょう……エミル……俺が聖域に籠っている間に……」

魔法使い(せっかく久しぶりに会えたのに、妹のことばっかり……)

勇者母「…………」

勇者兄「母さん、行ってくるよ」

勇者母「私、あの子を助けてあげられなかった……」

勇者母「リヒト……あなたまでいなくなったら、私……」

武闘家「エミルは生きてるよ」

勇者兄「なんだと!?」

勇者母「!?」

魔法使い「何ですって!?」

法術師「本当に!?」

145: 2016/02/14(日) 16:13:57.20 ID:XIR0jn7Ro
武闘家「氏んだなんてのは平和協会が流したデマだ」

武闘家「俺の師匠がエミルの居場所を念術で探ってくれた」

武闘家「あいつは魔王城で生きてる」

勇者兄「本当なんだな!!!!」

武闘家「あいつらはエミルを氏んだことにしてリヒトさんと世間を怒らせ、」

武闘家「魔属を殲滅しようと思ってるんだろうな」

勇者兄「っ……」

勇者兄「ちくしょう…………俺は奴等の手駒なんかにはなりたくねえ」

勇者兄「いつか打っ潰してやる」

勇者兄「だが面倒なことは後だ! エミルを助けに行くぞ!」

146: 2016/02/14(日) 16:14:29.43 ID:XIR0jn7Ro
気功・念術は東の大陸から入ってきた技術であり、神秘の力を秘めている。
しかし、魔術や癒しの力である法術が発達しているこの大陸ではほとんど浸透していない。
扱っている者のほとんどは東の大陸からの移民の血を引く者達である。

勇者兄「あいつが旅立ったのは、俺が聖域に入った一ヶ月後……」

勇者兄「俺が父さん並みの早さで試練を突破してさえいればこんなことには……!」

武闘家「試練の突破にかかる期間は平均六ヶ月だっけか」

魔法使い「リヒトは三ヶ月半くらいよね。充分すごいじゃない」

勇者兄「父さんは一週間だ」

魔法使い「え!?」

勇者兄「試練を終えたら母さんと結婚する約束をしていたらしい」

武闘家「周囲に女がいない環境に耐えきれず勢いで終わらせたって聞いたことあるんだが」

勇者兄「……それも真実のような気がする」

147: 2016/02/14(日) 16:15:06.74 ID:XIR0jn7Ro
気功師「……助けに行くのだな」

武闘家「ああ。あんな奴でも一応ダチだからな」

気功師「お前は私の一番弟子だ。必ず帰ってこい」

武闘家「氏ぬつもりはねえよ」

女子1「絶対帰ってきてね!」

女子2「パン焼いて待ってるから!」

女子3「コハク君が帰ってくるまでにはもっともっと美人になってるから!!」

女子4「旅先で女の子作ったら許さないんだから!」

女子5「絶対、エミル君のっ仇をっ討ってきてねっ……ぐすっ」

武闘家「おう」

気功師「こんなに大勢のおなごを誑かしていたとは!」

気功師「お前なんぞ私の弟子に相応しくない! 一生帰ってくるな!!」

武闘家「ひでえ」

148: 2016/02/14(日) 16:15:38.05 ID:XIR0jn7Ro
勇者兄「……お前も親父の隠し子だったりしないよな?」

武闘家「しねえよ!!」

法術師「エミルちゃんもちょくちょく女の子に人気だったわね」

勇者兄「父さんは意識的に女を口説いてたが、あいつは天然ジゴロだったからな……」

武闘家「ナンパする時あいつ連れてったら便利だったな~」

勇者兄「ナンパって……お前何歳だよ」

武闘家「もうすぐ十三」

法術師「最近の子って進んでるのね」

勇者兄「エミルを変なことに使うんじゃない」

149: 2016/02/14(日) 16:16:39.18 ID:XIR0jn7Ro
魔法使い「……真の勇者の不貞って罪にならないのよね」

法術師「強い光の力を持った子供がたくさんいるに越したことはないからね」

魔法使い「…………」

法術師「んもう、まだリヒト君と付き合ってすらないのに心配しちゃってるなんて~」

魔法使い「なっ」

法術師「アイオったらか~わいい~」

魔法使い「や、やめてよ。男二人に聞こえたらどうすんのよ」

法術師「せっかく久々にリヒト君と会えたのに、」

法術師「こっちを見てもらえなくて寂しいんだよね~うんうん」

魔法使い「やめてよ!! もう!!」

勇者兄「何喧嘩してるんだー行くぞ~」

法術師「は~い」

魔法使い「セレナったら……」

150: 2016/02/14(日) 16:17:43.80 ID:XIR0jn7Ro
大魔導師「リヒトには見えていなかったのであろうか……エミルの魂に眠る黒き何かを」

国王「相当の術師であっても漸く微かに感ぜられる程度のものなのであろう?」

国王「その上、リヒトは盲目的に妹を愛している。気が付かないのも無理はない」

大神官「しかし、国王陛下に剣を向けるとは……」

国王「いざという時は母親を人質に取ればよい」

国王「非人道的なことではあるが、平和のためだ」

協会幹部1「不穏分子を尽く取り除くことで平和は保たれる」

協会幹部2「大陸の平和は、我等平和協会の名の元に」

151: 2016/02/14(日) 16:18:10.35 ID:XIR0jn7Ro
――魔王城

勇者「ぼくが怖くないんですか」

勇者「小さいとはいえ、光の力を持っています」

勇者「魔属にとっては猛毒です」

メイド長「あなたが魔属に危害を加えないことは、よく承知しておりますから」

勇者「…………」

メイド長「こちらへ。髪を整えましょう」

勇者「…………」

メイド長「豊かな髪……いじり甲斐がありますわ」

勇者「……結ったって、可愛くなんてなりません」

勇者「ぼく……男の子みたいだし……」

メイド長「そんなことはございません。可愛らしくしてみせます」

勇者「でも……可愛くなる必要なんて……」

エミルは泣き出した。

152: 2016/02/14(日) 16:18:38.46 ID:XIR0jn7Ro
勇者「ぼく……もう、お嫁さんにだって……なれないのに……」

メイド長「あ…………」

勇者「こんな綺麗な服着てたって……何の意味もない……」

勇者「ぼくの服……返してください……」

メイド長「…………」

勇者(誰も……恨んだり、憎んだりしたくないのに)

勇者(どんなにいじめられたって、相手を憎んだことはなかったのに)

勇者(男の人が……怖くて仕方がないんだ)

勇者(お母さん、どうしてるかな)

勇者(お父さんは滅多に帰ってこないし、お兄ちゃんもぼくもいなくなって、)

勇者(おうちでひとりぼっち)

勇者(寂しいだろうな)

勇者(おうちに……帰りたい)

153: 2016/02/14(日) 16:19:10.79 ID:XIR0jn7Ro
――――――
――

勇者母『エミル、おかゆできたわよ』

勇者『ん……』

勇者母『ふーふーしてあげるから、ちゃんと食べるのよ』

勇者『うん』

――――――

勇者「お母さんのおかゆ……食べたい……」

勇者「調理場……貸して……」

154: 2016/02/14(日) 16:19:45.66 ID:XIR0jn7Ro
勇者(魔王城で食べるご飯は、おいしい)

勇者(でも、魔族の味付け)

勇者(人間の……お母さんの味が恋しい)

メイド長(大丈夫かしら……あんなにぼうっとしてらっしゃるのに、お料理だなんて)

メイド「きゃっ……人間!?」

調理師「魔王様が飼っておられる女の子だ。害はないらしい」

メイド「あら……そうなの」

調理師「丁重に扱えってよ。魔王様も物好きだよなあ」

155: 2016/02/14(日) 16:20:25.42 ID:XIR0jn7Ro
メイド長「お手伝いいたします」

勇者「よかった……知ってる食材、いっぱいある……」

メイド長「魔王陛下がエミル様のためにお取り寄せなさったそうです」

勇者「ぼくの、ため……?」

メイド長「ええ。東の地方まで超特急でドラゴンを飛ばしてまで」

執事「東へ往復させられたドラゴンでーす。あはは……」

勇者「メルナリアと半分同じ……ゴールドドラゴン……竜族最上位……五大魔族の一柱」

勇者「サンダードラゴンより飛ぶのが速い……はず」

メイド長「ええ。彼は純血のゴールドドラゴンです」

メイド長「人型に化けるのも私より得意なので、」

メイド長「人間の集落での買い物にはうってつけというわけです」

156: 2016/02/14(日) 16:21:20.78 ID:XIR0jn7Ro
メイド長「頑張れば私だってもっと人間に近付けるんですけどね!」

執事「魔族の領域にいる時は完全に化ける必要もないですからね」

執事「コバルトと申します。以後、お見知りおきを」

メルナリアは人型となっていても二本のツノがあり、目元などに魔族らしさが残っている。
それに対し、コバルトと名乗った執事は人間の少年とほとんど変わらない姿をしていた。

勇者(柔和な笑顔……)

勇者(青空の様な瞳。純金の様な深い色の髪……綺麗)

勇者(男の魔族、だけど……女の人みたいに雰囲気が柔らかい)

勇者(……平気、かな)

勇者「二人は……いとこ……かな……」

勇者「魔力、似てる、から……」

メイド長「ええ、その通りでございます」

157: 2016/02/14(日) 16:21:54.20 ID:XIR0jn7Ro
勇者「……どうして今も、そこまで人間の姿に似せてるんですか」

執事「この姿の方がエミル様と親しみやすいかと思いまして」

勇者「……そっか」

執事「とはいっても、人型の姿の方が僕達の本当の姿なのかもしれないんですけどね」

勇者「?」

執事「僕達の種族には人型魔族の遺伝子と、竜族の遺伝子の両方があるんです」

執事「どちらが本当なのか、どちらとも本当なのか、僕達ですら知らないのですよ」

勇者「本では読んだことなかった……不思議……」

158: 2016/02/14(日) 16:22:34.18 ID:XIR0jn7Ro
メイド長(右腕のコバルトを短期間であっても城から離すなんて、)

メイド長(陛下はそれほどこの子が大事なのね……)


勇者「お母さんの味……出ない……」

勇者「お母さんが作ってた通りにしてるはず……なのに……」

メイド長「エミル様……」

魔王「おい、飯はまだか」

勇者「っ!」

159: 2016/02/14(日) 16:23:06.27 ID:XIR0jn7Ro
魔王「……この雑炊は誰が作ったんだ。味見するぞ」

魔王「…………旨いな。はじめて食べる味だが」

勇者「ぁ……」

魔王「あ……」

エミルはその場でガタガタ震え出し、魔王は気まずそうに目を逸らした。

メルナリアは優しくエミルの肩を抱いた。

メイド長「エミル様がお作りになったんです」

魔王「その……よい料理の腕を持っているようだな」

勇者「…………」

魔王「………………」

執事「あーもう! 僕がすぐに運びますから部屋に戻っててください!」

魔王「う、うむ」

160: 2016/02/14(日) 16:23:35.06 ID:XIR0jn7Ro
――――――
――

国王『お前は本当にシュトラール・スターマイカの子供なのか?』

大魔導師『魔力検査・遺伝子検査共にシュトラールの実子で間違いないとの結果が出ております』

勇者兄『こんだけ似てるんだから疑いの余地ねえだろうがぁぁあああ』

勇者『お兄ちゃん落ち着いて!!』

大神官『二人を自宅へ帰せ!』

勇者兄『エミルに何かしたら王様でも許さないんだからな!』

勇者『王様にそういうこと言うのやめてよお!』

国王『……ふう。静かになったな』

大魔導師『しかしながら……極端にシュトラールの遺伝が強すぎるのです』

大魔導師『まるで、母親の遺伝を隠したかのような……』

国王『奴め、一体何処の女と子供を作りおったのだ』

――――――


Now loading……

161: 2016/02/14(日) 16:24:06.76 ID:XIR0jn7Ro
kokomade

168: 2016/02/15(月) 16:24:23.48 ID:MMWUNhP1o
勇者兄『おいエミル、また魔物と遊んでるのか!?』

勇者『魔物さんだけじゃないよ、動物さんも一緒だよ』

勇者兄『動物はいいが魔物は駄目だ!』

勇者『なんで!? 魔物さんも動物さんもおんなじだよ!』

勇者『おんなじ命なんだよ!』

勇者兄『違うんだって!! そんなんだからいじめられるんだよ!!』

169: 2016/02/15(月) 16:25:00.22 ID:MMWUNhP1o
勇者兄『魔属にはあらゆる道徳は適用されないし頃して当然の敵なんだ』

勇者『お兄ちゃん何するの? やめて! 剣しまってよ!!』

勇者『いやあああああ!!!!!』

――
――――――

勇者「ぁぁああああっ!」

勇者「はあ、はあっ……嫌な夢」


Section 6 記憶

170: 2016/02/15(月) 16:25:27.79 ID:MMWUNhP1o
勇者「綺麗な朝日だなあ」

勇者(魔王城に連れてこられて数日が経った)

勇者(メルナリアさんの付き添いがあれば城内をわりと自由に移動できる)

勇者(おなかの痛みも治まった)

勇者(図書室の本は読み放題で、退屈はしていない)

勇者(でも、心が休まる時は……ない)

勇者(バーントさん達はどうしてるだろう)

勇者(お兄ちゃんはどこまで試練を進めたのかな)

勇者(お父さん、どうして助けに来てくれないの)

勇者(アミュレットがあったって完全に魔気からの影響を遮断できるわけじゃない)

勇者(このままじゃ、ぼく……少しずつ弱って……)

171: 2016/02/15(月) 16:25:54.23 ID:MMWUNhP1o
勇者「二十年前、エリヤ・ヒューレーさんって人間の女の人が魔王城に攫われたんだって」

勇者「何か知っていることはありませんか」

メイド長「二十年前……? エリヤ……聞いたことはございませんわ」

メイド長「現在、この城に人間はおりませんし……」

勇者「そう、ですか」

勇者(人間はいない、か……)

勇者「図書館……行きたいです」

172: 2016/02/15(月) 16:26:22.56 ID:MMWUNhP1o
――魔王城・図書室

魔王「……有益な文献は見つからないな」

勇者「あ……」

勇者(魔王がいる……入れない……)

執事「かなり高等な魔術ですからね……地下の書庫も当たってみましょう」

魔王「知恵の一族出身の賢者達はどうしている」

執事「この頃の異常気象から各地の魔物達を守るので精いっぱいらしく」

執事「しばらく城に戻るのは無理だそうです」

魔王「そうか……」

勇者(知恵の一族……聞いたことある)

勇者(五大魔族の一柱だけど、随分前の争いでかなり数が減ってしまったらしい)

執事「陛下は公務にお戻りください」

魔王「…………」

執事「ただでさえ人望ないのに最低限の仕事も放ったらまともに統治できなくなりますよ」

魔王「……うむ」

173: 2016/02/15(月) 16:28:11.16 ID:MMWUNhP1o
勇者(人望ないんだ……)

勇者(人間と戦争をしようとしないからって、不満が高まってたな)

勇者(そういえば、雪の魔族も、魔王のこと腰抜けって……)

勇者(ぼくと、おんなじだ。ぼくも、腰抜け勇者ってよく言われてた)

魔王「! エミル……」

勇者「…………」

魔王「その……腹はまだ痛むか」

勇者「………………」

メイド長「早く書斎へお戻りください。書類にサインをし終えたら謁見の間へ」

メイド長「仕事はたんまりあるんですからね!」

魔王「あ、ああ」

174: 2016/02/15(月) 16:28:41.80 ID:MMWUNhP1o
勇者(ぼくにかけられた封印を解く方法を探していたんだ……)

勇者(本当にそんな魔法、かけられてるのかな、ぼく)

執事「彼は、あなたを助けたいだけなんですよ」

勇者「…………」

執事「信じられないかも、しれませんが」

勇者「……わかります。魔王……陛下の魔力は、とっても澄んでて、綺麗」

勇者「ぼくに敵意や悪意を向けているようには感じられません」

勇者「でも……」

勇者(あんなこと、されて……許せるはずないもの……)

175: 2016/02/15(月) 16:29:09.70 ID:MMWUNhP1o
村に立てられた掲示板を見て、村長の孫は目を丸くした。

村長の孫「あいつが、氏んだ……?」

村長「優しい子であったのに、残念じゃのう」

村長の孫「……」

勇者兄「お前、エミルをいじめてただろう」

勇者兄「あいつを化け物呼ばわりしといて何今更ショック受けてんだよ」

村長の孫「本当は……本当は、年下の女の子に助けられて情けなかっただけなんだ!」

村長の孫「そりゃ魔物と喋れるのには驚いたけどよ……」

村長の孫「こんなことになるなら……意地なんて張らなけりゃよかった……」

勇者兄「改心するのが遅すぎたな」

勇者兄(胸糞わりぃ)

176: 2016/02/15(月) 16:29:36.66 ID:MMWUNhP1o
協会職員「心優しき勇者エミルを葬った魔族を許すなー!」

協会職員「魔属を殺せえええ!!」

武闘家「散々エミルのことを腰抜けだの弱虫だと馬鹿にしていたくせに、」

武闘家「魔属を根絶やしにするために今度はあいつの名前を利用してやがる」

勇者兄「あいつら自身がエミルを殺そうとしたようなもんだってのに……ちくしょう」

ガヤガヤ

勇者兄「広場の方が騒がしいな」

魔法使い「演劇をやってるみたいね」

法術師「アベルとリリィの物語……魔王に捕らわれたお姫様を勇者が助けに行くお話だわ」

町娘1「ねえねえ聞いた?」

町娘1「今の魔王って、この世の者とは思えないほどの美形らしいわよ!」

町娘2「きゃー!」

177: 2016/02/15(月) 16:30:07.61 ID:MMWUNhP1o
町娘3「一度でいいから見てみたいわよね!」

町娘2「私も魔王に見初められて捕らわれてみたいわぁ」

町娘1「あんたじゃ無理よ」

町娘2「何ですってー!」

武闘家「暢気なやつらもいるもんだな」

勇者兄「捕らわれのお姫様ねえ」

武闘家「そういやあいつも一応女だったな。お姫様じゃねえけど」

勇者兄「!!」

勇者兄「魔王に見初められて誘拐された可能性が……」

武闘家「いや、ない」

勇者兄「エミルは可愛いし!」

武闘家「いやいや女としてはイケてな」

勇者兄「今兄ちゃんが助けに行ってやるからな!!!!」

魔法使い「……昔から、あいつは妹のことばっかり」

魔法使い(最上級魔族並みの魔力容量を持った化け物の一体どこが可愛いのよ)

178: 2016/02/15(月) 16:32:18.56 ID:MMWUNhP1o
――魔王城

魔王「…………」

勇者(何で同じテーブルでご飯食べてるんだろ)

勇者(緊張してお料理の味わかんないよ)

勇者(……何メートルあるのかな、このテーブル)

魔王「……一度、話を……しようと思ってな……」

勇者「…………」

魔王「謝って済むことではないとはわかっているつもりだが……」

魔騎士「魔王陛下!」

魔王「何事だ」

魔騎士「新たな真の勇者が旅立ったとの報告が入りました!」

勇者「!」

魔王「……そうか」

179: 2016/02/15(月) 16:32:45.32 ID:MMWUNhP1o
勇者(お兄ちゃん、もう試練を終わらせたんだ)

勇者(助けに来てくれるのかな)

勇者(でも、大陸の東から西まで横断するには、どう頑張っても五ヶ月くらいかかる)

勇者(ぼくの体が……そこまで持つとは思えない)

魔王「何者も真の勇者と戦ってはならない。犠牲が増えるだけだからな」

魔王「真の勇者と出会った場合には即刻退避するよう全魔属に伝えるのだ」

魔騎士「はっ」

180: 2016/02/15(月) 16:33:16.88 ID:MMWUNhP1o
勇者「……ぼくが旅をしていた間も、刺客から襲われることはありませんでした」

勇者「あなたの命令だったのですか」

魔王「……ああ」

魔王「お前を戦わせたくなかった」

勇者「…………」

魔王「………………」

勇者「ぼくが本当に魔族だったとしても」

勇者「ぼくを魔族にしたところで、あなたにどのような利益があるのですか」

勇者「ぼくは人間として育ちました。魔族だけの味方にはなりませんよ」

魔王「……利益だとかそのような問題ではない」

181: 2016/02/15(月) 16:33:43.52 ID:MMWUNhP1o
勇者「ならばなぜぼくを守ろうとしているのですか!」

魔王「っ……………………」

勇者「……………………」

魔王「………………………………」

勇者「…………………………………………」

執事(この沈黙苦手なんだよなあ)

メイド長「料理が冷めますよ」

勇者(綺麗な魔力。でも、寂しくて、胸が張り裂けそうなくらい切なくて、)

勇者(何かに飢えているような、悲しい色をしてる)

勇者(魔王の本当の目的は……一体何なのだろう)

182: 2016/02/15(月) 16:34:11.64 ID:MMWUNhP1o
勇者(お兄ちゃんはぼく以上にお父さんそっくりだから、)

勇者(行く先々で苦労してるかもしれないなあ)



町人1「真の勇者様がいらっしゃったぞ! 丁重に持て成せ!」

町人2「奴の若い頃と瓜二つだ……」

町人1「かみさんと娘を避難させるのを忘れるなよ!」

町人3「おう!」

勇者兄「あらゆる村や町でこんな扱いをされるんだが」

勇者兄「父さんはどれだけ節操なしだったんだ」

町人4「女性は全員避難したか?」

勇者兄「俺は!! 父さんと違って硬派だから!!!!」

勇者兄「女の人口説いたりとかしないから!!!!!!」

183: 2016/02/15(月) 16:34:37.13 ID:MMWUNhP1o
村娘1「あの……」

勇者兄「ん?」

村娘1「エミル君が……氏んじゃったって……本当なんですか……?」

武闘家「ここだけの話、それデマ」

村娘1「ほんと!?」

勇者兄「ああ」

村娘1「あの、もしエミル君に会ったら……この手紙を渡してほしいんです……」

法術師「あら、ラブレターかしら」

村娘1「……」

村娘は頬を赤らめた。

村娘1「足を挫いてたところを助けてもらったのに、ちゃんとお礼、言えなくて……」

村娘1「出す宛てもないのにこんなの書いちゃったんです」

勇者兄「ああ、必ず渡すよ」

184: 2016/02/15(月) 16:35:40.80 ID:MMWUNhP1o
村娘2「実は私も……」

村娘3「私も……」

幼女「えみるかえってくるよね?」

村娘4「エミル君にこの種を……」

老女「わたしの荷物を運んでくれたのに、何のお礼もしてやれなかったのう……」

法術師「あらあら」

勇者兄「あいつも何人たらしこみやがったんだ!!」

町人1「こらお前達!! すぐに家へ帰るんだ!!」

勇者兄「先が思いやられるな……」

魔法使い(あんただってわりとモテるくせに)

185: 2016/02/15(月) 16:36:18.47 ID:MMWUNhP1o
勇者兄「あいつはそこそこ顔が良くて、」

武闘家(少年としてならな)

勇者兄「人一番他人の心の痛みに敏感だからな」

勇者兄「…………男にモテるよりはマシか。変な奴に言い寄られてたりしたらと思うと」

武闘家「魔物退治はやらなくても人助けはかなりやってたみたいだな」

勇者兄「あいつ……頑張ってたんだな」

勇者兄(旅をしている間、あいつは一度も魔属を殺さなかった)

勇者兄(小さい頃からの信念を曲げなかったんだ)



勇者兄『魔属にはあらゆる道徳は適用されないし頃して当然の敵なんだ』

勇者『お兄ちゃん何するの? やめて! 剣しまってよ!!』

勇者『いやあああああ!!!!!』

  『やめろ!!』

一人の少年がリヒトを突き飛ばした。

186: 2016/02/15(月) 16:36:44.56 ID:MMWUNhP1o
  『エミルを泣かせる奴は許さない!!』

勇者『 『   』! 』

勇者兄『何すんだよ!! 俺はこいつに現実を教えなきゃいけないんだ!!』

  『エミルの気持ちをわかってやれない奴がこの子の兄だなんてぼくは認めない!!』

勇者兄『いつもいつも俺の邪魔しやがって!!』

  『この!!』

勇者兄『今日こそ決着つけてやる!!』

187: 2016/02/15(月) 16:37:10.28 ID:MMWUNhP1o
勇者『ケンカしないで!』

勇者『やめてよ!! お兄ちゃん! 『   』! 』

勇者『 『   』!! 』


勇者兄「っ……」

武闘家「どうしたんだ、怖い顔してるぞリヒトさん」

勇者兄「いや……嫌なことを思い出しただけだ」

188: 2016/02/15(月) 16:37:52.14 ID:MMWUNhP1o
魔王「こちらから争いを起こしてはならぬ」

重臣「しかし陛下! 若き真の勇者が旅立ったのですぞ!」

重臣「これを機に全面戦争をしかけるべきです!」

重臣「人間に舐められたままで屈辱ではないのですか!?」

魔王「自衛以外の攻撃は認めぬ。以上だ」

重臣「魔王陛下!」

魔王「我に逆らうのか」

重臣「くっ……」



魔王「……はあ」

執事「お疲れ様です。紅茶を淹れましょう」

魔王「即位してから五年が経ったが……魔王らしく振る舞うのはいまだに疲れる」


Now loading……

196: 2016/02/16(火) 16:07:33.38 ID:qK0/Hpfto
勇者「あの」

調理師「ん?」

勇者「魔王陛下は……あなた方にとって、どんな王様ですか」

調理師「俺等にとってねえ。まあいい王様だよ」

調理師「先代までの魔王様はおっかなくてねえ、ビクビクしながら従ってたもんだが」

コック「ヴェルディウス陛下は多少ミスっても怒らないからなあ」

調理師「安心して働けるんだ」

コック「おもむろに逆らった奴でさえ追放処分で済んでるんだぜ、ありえないだろ」

調理師「優しすぎてお偉いさん方からはあんまり好かれてないみたいだがね」

コック「平和好きの魔王様なんて、好戦的な連中からは邪魔者以外の何者でもないしな」

勇者「そう……ですか。ありがとうございます」


Section 7 接近

197: 2016/02/16(火) 16:08:03.13 ID:qK0/Hpfto
勇者(あんまり魔術の勉強をしていない下級魔族には、)

勇者(ぼくの光の力を感知する能力がほとんどないみたいだ)

勇者(おかげで情報を収集できる)

勇者(ぼくの願望通り、今の魔王は争いを好まない優しい魔族だった)

勇者(極力犠牲者が出ないよう最大限頑張っているみたい)

勇者(でも、不思議だ。先代魔王は残酷だったのに、)

勇者(その息子である今の魔王が平和を好んでるなんて)

勇者(一体どうしてそんな風になったんだろう)

勇者(きっと生育環境か何かにその原因が……)

198: 2016/02/16(火) 16:08:57.59 ID:qK0/Hpfto
メイド長「エミル様! 何処へ行っておられたのですか!」

勇者「あ……ごめんなさい」

勇者「たまには一人で散歩したくて」

メイド長「私は常にエミル様のおそばについているよう命じられているのです!」

メイド長「お気持ちはわかりますが、お一人で何処かへ行かれるのはお控えください」

メイド長「城内には人間嫌いの魔族もたくさんいるのです。何が起きるかわかりませんわ」

勇者「……はい」

勇者(あんまり探りを入れてるところ、見られたくないんだけどな)

勇者(……お兄ちゃんからも同じようなことでよく怒られてたなあ)

勇者(今となっては懐かしい)

199: 2016/02/16(火) 16:09:23.52 ID:qK0/Hpfto
――魔王城・謁見の間

魔王「隠居したというのに駆り出してすまなかったな」

老賢者「いえ、このような老いぼれを使っていただき光栄です、魔王陛下」

老賢者「北の魔物達には落ち着きが見られるようになりました」

老賢者「しかし天災は当分静まらないでしょう」

魔王「うむ、ご苦労。後は現地の魔族に任せて隠遁生活に戻るがよい」

老賢者「はい」

魔王「……個人的な話がある。後で書斎に来てはくれぬか」

勇者「…………」

魔王(……この頃やけに観察されているようだ)

勇者は柱の影から魔王の様子を窺っている。

老賢者「あの子のことですかの」

魔王「……ああ」

200: 2016/02/16(火) 16:10:24.95 ID:qK0/Hpfto
勇者「魔王陛下ってどんな子供だったんですか」

執事「え? うーん、僕がこの城に来たのは五年ほど前ですので、」

執事「それ以前のことは存じませんが」

執事「綺麗な女の子だなあ、っていうのが第一印象でしたよ」

勇者「!?」

執事「まあ、男性だったんですけどね。あはは」

勇者(びっくりした……)

201: 2016/02/16(火) 16:11:31.75 ID:qK0/Hpfto
執事「ここ二、三年で随分男らしくなられたものです」

メイド長「私も四年前から奉公に来ましたので、あまり昔のことはわかりません」

メイド長「私の知る限り、今も昔も、陛下は寂しそうな方です」

勇者「そういえば、魔王陛下の年齢って……」

メイド長「この間十七歳になられました」

勇者「随分若いんですね」

勇者(お兄ちゃんとおんなじだ)

202: 2016/02/16(火) 16:12:12.43 ID:qK0/Hpfto
老司書「ヴェルディウス様の子供時代ねえ」

老司書「勝手に喋っちゃだめかもしれないから、ナイショだよ」

老司書「剣や攻撃魔術の稽古がお嫌いでねえ、」

老司書「いつもこの図書室に籠って本を読んでおられたよ」

勇者(ぼくとよく似てる……)

老司書「魔王族にしてはお体も小さい方だし、気が弱くて顔も女の子のようだしで、」

老司書「こんな王子が次期魔王で大丈夫なのかってよく心配されてたねぇ」

勇者「そう、なんですか……ありがとうございます」

勇者「あ、そうだ。エリヤって人間の女の人を知りませんか?」

老司書「エリヤ……? わたしゃここに長いこと勤めてるが、聞いたことないねえ」

老司書「人間なんて、嬢ちゃんが来るまで一度も見たことなかったしねえ」

勇者「そうですか……」

203: 2016/02/16(火) 16:13:02.55 ID:qK0/Hpfto
――魔王の書斎

老賢者「……ふむ」

魔王「一刻も早く彼女の封印を解かなければ、彼女は氏んでしまいます」

魔王「大賢者の力を以ってしても、解くことはできないのでしょうか」

老賢者「知恵の一族の封印術と光の力」

老賢者「その二つが重なっては、」

老賢者「魔族にも人間にも術式の全てを解読することは不可能じゃろう」

魔王「……」

魔王「曾爺様……私は父上と同じ道を歩んでしまいそうです」

老賢者「お前は相手の痛みを感じられる優しい心を持っておる」

老賢者「慈しみを持てば同じ結果にはならぬじゃろう」

老賢者「未来を信じるのじゃ」

204: 2016/02/16(火) 16:13:37.42 ID:qK0/Hpfto
――城門

老賢者「テレポーションは老体に堪えるからのう」

老賢者「ゆっくり馬車で帰ることにするよ」

魔王「ありがとうございました」

老賢者「私も、久々に可愛い曾孫の顔を見れて嬉しかった」

勇者「…………」

エミルは城の窓から外の様子を窺っている。

魔王(また視線が)

勇者(やっば見てるのバレた)

魔王「……」

老賢者(その悲しみに満ちた瞳が喜びに満たされる日が来るのを祈っておるよ)

老賢者(オリーヴィアもそう望んでおるじゃろう)

205: 2016/02/16(火) 16:14:21.96 ID:qK0/Hpfto
勇者「さっきのお爺さん、すごく優しそう……」

勇者(狂暴な魔族もいるけど、みんながみんなじゃない)

勇者(それなのに憎しみあってるなんて、悲しい)

勇者(何でわざわざ頃し合わなくちゃいけないんだろう)

勇者(……ぼくがこんなことを考えたところで、何になるんだろう)

勇者(何の力も持っちゃいないのに)

娘父『真の勇者でもないのに、そんな簡単に人を動かせると思うな』

206: 2016/02/16(火) 16:14:45.26 ID:qK0/Hpfto
勇者「…………」

勇者(真の勇者であるお兄ちゃんは、魔属を頃して当然だと思ってる)

勇者(あの日だって、ぼくの目の前で魔物を頃した)

勇者(……あれ? でもその時ぼくは魔物の血を見ていない)

勇者(…………そうだ。あの後、誰かが止めに入って未遂に終わったんだ)

勇者(誰だったかな)

勇者(思い……出せない……)

207: 2016/02/16(火) 16:15:14.54 ID:qK0/Hpfto
魔貴族1「メル=ルナリア、そやつは魔王陛下が飼っておられるという噂の人間か」

メイド長「ええ、そうでございます」

魔貴族1「随分人間に優しい魔王だとは思っておったが、」

魔貴族1「まさかこんな趣味までお持ちとは」

勇者「…………」

魔貴族1「……! こやつ、小さいが光の力を持っておるぞ!!」

勇者「あ……」

魔貴族2「何!?」

魔貴族1「ヴェルディウスは何という化け物を飼っているのだ!」

魔貴族2「事故で氏んだことにして頃してしまおう!!」

魔貴族1「やれ!」

魔兵士1・2・3「「「はっ!」」」

208: 2016/02/16(火) 16:15:47.69 ID:qK0/Hpfto
メイド長「なりません!」

メイド長「このわたくしがいることをお忘れですか!?」

魔貴族1「ゴールドドラゴンの血を引くとはいえ、所詮半端物の雑用係」

魔貴族2「我等貴族に牙を剥くというのか! そこを退け!」

メイド長「わたくしは魔王陛下直属の部下です。陛下以外の命令は聞きませんわ」

メイド長は魔兵士達を軽やかに薙ぎ倒した。

勇者(つ、つよい)

魔貴族1「覚悟するがよい!!」

魔貴族2「葬ってくれる!」

勇者(! 柱の影にもう一人いる!!)

魔貴族3「焼け朽ちろ! シェイディブレイズ!!」

メイド長「!?」

209: 2016/02/16(火) 16:16:22.56 ID:qK0/Hpfto
メイド長「く…………」

勇者「メルナリアさん!」

魔貴族3「水属性のドラゴンに炎は痛かろう」

魔貴族1「ふん。人型の状態で何ができる」

魔貴族2「ドラゴンの姿に戻ってから出直すのだな、田舎者めが」

魔貴族3「さて……」

勇者(自分の身くらい自分で守ってみせる)

魔貴族1「一撃であの世に送ってくれるわ!!」

勇者「っ!」

勇者(……あれ?)

勇者(魔術が……発動しない!?)

210: 2016/02/16(火) 16:17:13.05 ID:qK0/Hpfto
体内の魔力に流れを作ろうとすると、体中に痛みが走った。

勇者「あ…………」

メイド長「エミル……様……!」

魔王「何をしている」

魔貴族1「!?」

魔貴族2「魔王陛下!?」

魔王「妙な魔力を感じて来てみれば……」

周囲の空気は凍るように張り詰めた。

魔貴族3「こ、これは」

魔王「………………」

魔王「……貴様等は全員大陸外へ追放する」

魔王「もう二度とこの大陸の土を踏めると思うな」

211: 2016/02/16(火) 16:18:05.31 ID:qK0/Hpfto
勇者(腰が抜けて動けない……)

魔王「エミル! 怪我はないか!?」

勇者「ぼくは無傷です……。でも、メルナリアさんが……」

執事「ちょっと陛下ー! 仕事中に突然走り去るなんて一体何事ですか!」

メイド長「陛下……私がついていながら……申し訳ございません」

執事「! ……これは酷い。すぐに治療します」

魔王「……メルナリアを頼む」

魔王はエミルを抱きかかえてその場を去った。

212: 2016/02/16(火) 16:19:19.74 ID:qK0/Hpfto
魔王「エミル……間に合って良かった……」

勇者(このぎゅっとされてる感じ……あの時とおんなじだ)

勇者(雪の魔族に殺されそうになった時と、おんなじ)

魔王「エミル……エミル……」

魔王はエミルを横抱きのまま強く抱きしめた。

勇者(何で……何で、こんなにぼくのこと大事そうにしてるんだろう)

勇者(ぼくにあんなことしたくせに)

魔王「私が普段から貴族共の忠誠心を得られていないせいだ」

魔王「すまなかった」

勇者「…………」

魔王「……魔術を発動できなかったのだな」

勇者「……はい」

213: 2016/02/16(火) 16:20:26.09 ID:qK0/Hpfto
――魔王城・テラス

日は沈みかけている。

魔王「……前の戦いで、お前は魔術を使いすぎた」

魔王「魔族の血が封印された今の体は、強大な魔力を扱えるほど丈夫ではない」

勇者「…………」

魔王「負担をかけすぎたのだ。数ヶ月は小さな魔法も発動してはならない」

勇者「…………」

魔王「当分私の傍を離れるな」

勇者「………………」

魔王「嫌、かも、しれないが…………」

勇者「………………」

魔王「……………………」

魔王「……私が聞くべきことではないかもしれないが」

魔王「お前は、人間が憎くはないのか」

214: 2016/02/16(火) 16:21:00.37 ID:qK0/Hpfto
魔王「人間の社会はお前を拒絶したのだぞ」

勇者「……何の負の感情も持っていないと言えば、嘘になります」

勇者「でも、ぼくのこと、認めてくれた人もいっぱいいました」

勇者「仲良くしてくれた人も、いっぱいいました」

勇者「だから、憎んだりする暇があるなら、もっと、他にできること、あるはずなんです」

魔王「…………そうか」

勇者「……ぼくのこと、化け物呼ばわりする人は、魔族にだっています」

勇者「人間からも、魔族からも拒絶されるのなら、ぼくは一体何処に行けばいいの……?」

勇者「ぼく……生きてちゃいけないの?」

魔王「…………!」

215: 2016/02/16(火) 16:21:32.58 ID:qK0/Hpfto
勇者「氏にたくなんて、ないのに」

勇者「氏にたいって、この頃ふとした瞬間に思ってしまうんです」

勇者「せっかくお母さんが育ててくれた命なのに……」

勇者「お母さんがくれた命、いろんな生き物から命をもらって生きてきた命なのに、」

勇者「やだ……ぼく……生きていたいのに…………」

エミルの涙に夕陽が反射した。

魔王「……私がお前の居場所を作ってやる!」

魔王「私が一生お前を守って……」

魔王「…………私にこのようなことを言う資格はないな」

魔王「お前を守りたいのに……傷付けることしかできていない」

216: 2016/02/16(火) 16:22:42.46 ID:qK0/Hpfto
魔王(あの夜は一度挿れるだけで精一杯だった)

魔王(最後まで終えることができたなら、あるいは……)

勇者「っ……!」

勇者「待って!」

魔王「……」

勇者「お願い……キスだけは、許して……」

勇者「キス……だけは……好きな人と、したいんです……」

魔王「想い人がいるのか……?」

エミルは頷いた。

勇者「顔も、名前も……何も、思い出せないけど……」

勇者「初恋の男の子……いたはず、なんです…………」

勇者「思い出したくて思い出したくて仕方がなくて、とっても会いたいのに……」

魔王「っ……!」

魔王「…………そうか」


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221: 2016/02/17(水) 13:18:31.43 ID:qmM4/jhSo
勇者『お母さん』

勇者母『どうしたの、エミル』

勇者母『また眠れないの?』

勇者『一人じゃさみしくてねれないの』

勇者母『もう、仕方のない子ね。もう七歳でしょ?』

勇者『むぅ』

勇者母『おいで。一緒に寝てあげるわ』

勇者『わあい!』

勇者母『エミルは本当に甘えん坊ね』

勇者(お母さんにあたまなでなでしてもらうと、とってもあんしんできるの)

勇者『お母さん、あったかあい』


Section 8 温もり

222: 2016/02/17(水) 13:18:57.39 ID:qmM4/jhSo
翌朝

勇者(……あったかい)

魔王はエミルの頭を愛おしそうに撫でている。

勇者(お母さんに撫でてもらってるみたい)

――――――
――

魔王『痛いか? ……苦しいか?』

魔王『……すまない。ごめんな、ごめんな』

――――――

勇者(魔王は何回も謝ってた)

勇者(謝ったところで、ぼくの体が元通りになるわけでもないのに)

勇者(……途中で、胸の奥の方がとても熱くなった)

勇者(魂が弾け飛んじゃうのかなってくらい)

勇者(ぼくの魂に何かが封印されていることは確かみたいだった)

勇者(でも…………)

223: 2016/02/17(水) 13:19:46.71 ID:qmM4/jhSo
魔王「…………」

魔王はまたしても頭を抱えている。

執事「……どうだったんですか」

魔王「……ぁ……った…………」

執事「聞こえませんよ」

魔王「駄目、だっ……た…………」

魔王「前の時……よりは……封印が解けかける兆候が……強く見られたが…………」

執事「終われば元通りと」

魔王「結局……エミルを……更に深く傷付けた……だけ……だった…………」

魔王「わた、しは…………彼女を…………傷付けることしかできない…………」

執事「やはり何か他に条件があるのでしょう」

魔王「一体……何が足りないというのだ……」

執事「とりあえず紅茶でも飲んで落ち着いてください」

魔王「氏にたいと、この頃ふとした瞬間に思ってしまうんだ……」

執事「何言ってるんですか。しっかりしてください」

224: 2016/02/17(水) 13:20:13.14 ID:qmM4/jhSo
――浴場

勇者(やっぱりぼく本当に魔族なのかなあ)

メイド長「背中をお流しいたしますわ」

勇者「メルナリアさん……」

勇者「あんなに酷い火傷をしてたのに……もう、大丈夫なんですか?」

メイド長「ええ! 優秀な治療師のおかげで傷痕一つ残っておりませんわ!」

勇者「……ごめんなさい。ぼくのせいで、痛い思いをさせてしまって」

メイド長「私の力不足が招いた事態です。決してエミル様のせいではございませんわ!」

メイド長(少しずつ光を取り戻していらっしゃったというのに、)

メイド長(また……エミル様の緑色の瞳は曇ってしまわれた)

勇者(……本当に魔族になったところで、ぼくはどんな人生を歩めばいいんだろう)

勇者(素敵な恋愛をして、幸せな結婚をして、可愛い孫の顔をお母さんに見せる)

勇者(そんな将来の夢だって、もう叶えられないのに)

225: 2016/02/17(水) 13:20:39.92 ID:qmM4/jhSo
――魔王の書斎

勇者(本当に一日中一緒にいるつもりなのかな……)

執事「あとこの書類五百枚にサインをお願いします」

魔王「……そんなにあるのか」

執事「昨日サボった分も含まれていますから」

魔王「…………」

勇者(一人になりたい)

勇者(幸いこの部屋にも本がたくさんあるし読書に集中しよう)

魔王「……肩を揉んでくれ」

執事「はい」

勇者(魔気を抑えてたら肩がこるんだっけ)

勇者(……メルナリアさんやコバルトさんもずっと抑えてるし、大変だろうな)

226: 2016/02/17(水) 13:21:06.55 ID:qmM4/jhSo
メイド長「紅茶と焼き菓子をお持ちいたしました」

メイド長「少し休憩を取られてはいかがですか」

魔王「……ああ」

勇者「このお菓子……人間のとよく似た味付けで食べやすい……」

勇者「このお城で作ってるんですか?」

メイド長「ええ」

勇者「今度作りたいな……」

227: 2016/02/17(水) 13:22:12.78 ID:qmM4/jhSo
魔王「……母上がこの焼き菓子を好んでいた」

勇者「そう、なんですか……」

勇者「…………お母さんに会いたい」

エミルの目から涙が溢れ出した。

勇者「お母さん……お母さん…………」

魔王「っ……」

魔王の手は小刻みに震えている。

執事(今日も捗らなさそうだなあ)

228: 2016/02/17(水) 13:22:59.64 ID:qmM4/jhSo
――大陸東側・谷を抜けた先の村

勇者兄「エミルがこの村に来なかった?」

村人「ええ」

武闘家「妙だな」

武闘家「あの谷を抜けたのならこの村に一泊するのが西に向かう者の定番だってのに」

法術師「あら、いい香りの香水を売ってるのね」

魔法使い「一ついただこうかしら」

村人「ああ、ライラックの花を原料にした香水がこの村の名産でね」

勇者兄「父さんが母さんへの土産として持ち帰ってきたことがあったな」

勇者兄「笛も名産品じゃなかったっけか?」

勇者兄「父さんが俺とエミルに一個ずつくれたんだ」

村人「ああ、そいつもライラックの木から作って売ってるんだ」

村人「あそこの谷でライラックが群生しているからね」

勇者兄「そういや生えてたな」

村人「一ヶ月くらい前までなら満開で綺麗だったよ」

村人「ライラックのおかげでマリンの町から魚を輸入できて助かってるんだ」

229: 2016/02/17(水) 13:23:34.55 ID:qmM4/jhSo
勇者兄「エミルがこの村で作られた笛をよく吹いていたんだ」

勇者兄「あいつが森で演奏してると次々と動物や魔物が寄ってきて、一緒に遊んでいた」

法術師「不思議な子だったわね」

勇者兄「あいつの優しさに惹かれてやってきていたんだろうな」

勇者兄「本当に楽しそうに遊んでいた……」

武闘家「同年代の子供と遊ぶより森の中で動物とかと遊ぶことの方が多かったなあいつ」

村人「勇者さん達はこれからマリンの町へ行くのかい?」

勇者兄「ああ」

村人「なら、マリンの町の診療所で働いている私の娘に手紙を届けてくれないかい?」

村人「郵便に頼むとお金がかかりすぎてね……うちは貧乏なんだ」

勇者兄「ああ、いいぜ」

村人妻「本当はあの子に帰ってきてほしいのだけどねえ……」

230: 2016/02/17(水) 13:24:03.94 ID:qmM4/jhSo
勇者(魔王城に連れてこられてからもう一ヶ月弱かあ)

勇者(お兄ちゃんはもう谷を抜けたかなあ)

勇者(魔王が過保護であんまり自由はないけど、)

魔王「……エミル、その……空き時間ができた」

魔王「お前は本が好きだろう。図書室に……行かないか」

勇者(不器用な優しさが見え隠れして、ぼくは彼を憎めなくなってきている)

勇者(どうしてそこまでぼくを大切にしてくれるのだろう)

勇者(……妊娠しないようにちゃんと魔法もかけてくれてるし)

勇者「うっ……」

勇者(氏んじゃう前に、わかったらいいな)

231: 2016/02/17(水) 13:24:40.86 ID:qmM4/jhSo
――マリンの町・診療所

少女「ちゃんとした仕送りもしてやれなくてすまない、か……」

法術師「御両親が心配していたわ」

少女「そう……でも私、立派な医者になれるまでは村に帰るつもりはないわ」

少女「肌が青くなる病気にかかって、私あの村の人達に村を追い出されたの」

少女「そんなことになった原因は、村にまともなお医者さんがいなかったことよ」

少女「だから、ここで働かせてもらいながら勉強しているの」

少女「エミル君に会ったら伝えて。リラは頑張ってるって」

232: 2016/02/17(水) 13:25:08.22 ID:qmM4/jhSo
勇者兄「船に乗れない?」

船乗り1「ああ、この頃やけに沖の方が荒れてるんだ」

船乗り2「ドラゴン達が喧嘩しているらしい」

船乗り1「俺等とは不戦条約を結んでいるから襲ってはこないが」

船乗り1「おっかなくて仕方がない」

船乗り2「とても大陸西側まで船を渡せる状態じゃないんだ」

勇者兄「北の陸路を行くしかないのか」

勇者兄「くそっ、急ぎの旅だってのに」

233: 2016/02/17(水) 13:25:47.34 ID:qmM4/jhSo
――マリンの町付近の丘

青年「…………」

勇者兄「こんな所で何やってるんだ?」

青年「…………ほっといてくれ」

漁師「おーいヒルギ! また海を眺めてるのか!」

漁師「親父さんが心配してたぞー!」

青年「ここにいさせてくれ……」

法術師「この憂いに満ちた瞳……間違いないわ! 恋の病ね!!」

青年「えっ……」

青年「まあ、そう言えるかな……」

勇者兄「また始まった……おい、置いてくぞ」

法術師「先に行ってて! 後で追いかけるから!」

勇者兄「はあ……麓で待ってるから手短に終わらせろよ」

234: 2016/02/17(水) 13:26:19.77 ID:qmM4/jhSo
法術師「私はセレナ。あなたの恋の悩み、私に話していただけないかしら」

青年「……君も月の名前を持っているんだね。」

青年「好きな女の子がいたんだ。この丘や、周辺の砂浜でよく遊んだものだったよ」

法術師「うんうん」

青年「でも、もう会えないんだ」

青年「思い出の中でしか、俺は彼女に会うことができない」

青年「だから暇さえあればこうして海を眺めているんだよ」

法術師「あら、どうして会えないのかしら」

青年「禁断の恋だったんだ」

法術師「身分違い……とか?」

青年「そんな感じかなあ」

武闘家「おい、波が荒れてきてないか?」

青年「あれは……!」

235: 2016/02/17(水) 13:27:08.43 ID:qmM4/jhSo
海面から巨大な蒼いドラゴンが姿を現した。

海竜長「真の勇者…………!」

勇者兄「海竜!?」

魔法使い「なんて大きいの……!!」

青年「う、嘘だろ!?」

青年「五年前に不戦条約を結んだじゃないか!!」

海竜長「条約を結んだのはあの町だけだ」

海竜長「そこの勇者はあの町の住人ではない」

青年「でもこの辺で人間を襲っちゃあ町の連中が黙っちゃいない!」

海竜長「知ったことか! 魔王城へ辿り着く前に消し去ってくれる!!」

海竜1「族長、おやめください!」

海竜2「光の力に殺されてしまいます!」

236: 2016/02/17(水) 13:28:20.39 ID:qmM4/jhSo
海竜3「仮に助かったとしても、」

海竜3「魔王陛下の命令に背いたらどんな処分が下されることか……!」

海竜長「ええい邪魔するでない!」

海竜長「我は何としても真の勇者を葬らねばならぬのだ!!」

海竜4「族長を全力で止めろおおおおお!」

勇者兄「揉めてる内に逃げるぞ」

海竜長「この間の小さな勇者とは訳が違う!!」

海竜長「その勇者は容赦なく魔属を頃す真の勇者!! 黙っておれるか!!」

青年「落ち着いてくれ!! 何でわざわざ襲おうとするんだよ!!」

青年「隠れてりゃ殺されずに済むじゃないか!!」

海竜長「あの子が今魔王城にいるのだ!!」

青年「!?」

青年「悪いがここで氏んでくれ!」

勇者兄「え?」


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239: 2016/02/17(水) 16:13:19.54 ID:qmM4/jhSo
勇者兄「ちょっと待ってくれ」

勇者兄「どういうことだ」

青年「俺は愛する女の子のためなら世界を敵に回す覚悟だってできているんだ!!」

法術師「まあ!」

勇者兄「関心している場合か! わけがわからんぞ!!」

青年「ぅぉぉおおおお!!」

武闘家「一般人に負けるかよ」

コハクは関節技で青年を組み伏せた。

青年「うぐっ」

セレナは二人を追い越し、リヒトの元に合流した。

海竜長「ええい邪魔だ!!」

海竜の長は竜達を薙ぎ払った。

魔法使い「来るわよ!!」


法術師「光の守護壁<シャインバリア>!」

240: 2016/02/17(水) 16:13:52.15 ID:qmM4/jhSo
勇者「……高位の魔族の方々って、人間嫌いが多くて、」

勇者「魔王陛下を支持している方は少ないですよね」

メイド長「ええ。好戦的な方が多くおられます」

メイド長「先代までは人間と争うのが常識でしたし」

勇者「メルナリアさんは、どうして魔王陛下に忠誠を誓っているんですか?」

メイド長「私も……志が同じなんです」

メイド長「私の恋の相手は、人間の男の子でした」

勇者「!」

メイド長「人間と魔族が仲良くしている世の中だったら、」

メイド長「私達が引き裂かれることはなかったでしょう」

241: 2016/02/17(水) 16:14:38.25 ID:qmM4/jhSo
――五年前・海底洞窟

少女『お母さま~見て見て! 人間みたいな姿になれたの!』

海竜長『! お父さまの能力が遺伝したのね』

海竜長『お父さまはゴールドドラゴンだから、人型魔族の遺伝子も持っていたのよ』

弟1『お姉ちゃんいいなあ』

弟2『ぼくもー! ぼくもー!』

海竜長『あなたたちは純粋なマリンドラゴンだから無理よ』

海竜長『たくさんお勉強して、人身変化の術を覚えない限りこのような姿にはなれないわ』

少女『お母さま! ちょっとお散歩してくるね!』

海竜長『あんまり遠くへ行ってはだめよ』

242: 2016/02/17(水) 16:15:43.30 ID:qmM4/jhSo
少年『だ、だれかったすけっ』

少女(人間が溺れてるわ!)

少女『つかまって!』


少年『あ、ありがとう……』

少年『俺はヒルギ。君は?』

少女『私は……ルナリア』

――――

メイド長「私と彼は不思議と惹かれあい、すぐに仲良くなりました」

メイド長「でも……」

243: 2016/02/17(水) 16:16:35.94 ID:qmM4/jhSo
大人1『ヒルギ! わかっているのか!? その子は魔族なんだぞ!』

大人2『離れなさい!!』

少年『いやだ!!!!』

少女『あ……ぁ……』

大人3『これ以上一緒にいると魔の気を受けて氏んでしまう!!』

少女『抑えてるもん! 魔気出さないようにしてるもん!』

大人4『どけ!! 魔族は殺さなければ!!』

少年『ルナに手を出すな!!』

その時、海から竜の群れが現れた。

海竜長『人間共……!!』

大人1『ま、マリンドラゴン……!?』

244: 2016/02/17(水) 16:17:25.04 ID:qmM4/jhSo
海竜長『ルナリア、この頃妙に出かけることが増えたと思ったら』

海竜長『人間の小僧に現を抜かしておったのか』

少女『お母さま……』

海竜長『お仕置きは後だ。お前から魔族の誇りを奪ったその小僧と』

海竜長『お前に武器を向けた人間共を葬ってやる』

少女『やめてお母さま! お母さまだって種族違いの恋をしたじゃない!』

少女『私と彼の仲を否定するのなら、』

少女『それは私が生まれてきたこと否定するのと同じだわ!』

海竜長『な、何を言うのだルナリア……』

大人2(なんてでかい竜だ! もうおしまいだ)

大人2(だがただで氏んでたまるか! この隙に)

大人2『うおおおおお!!』

少女『っ!!』

少年『ルナリアー!』

245: 2016/02/17(水) 16:17:58.71 ID:qmM4/jhSo
――――――
――

メイド長「彼は私を庇って大怪我を負いました」

メイド長「私の母は彼に敬意を払い、マリンの町の住人とは互いに接触を避け、」

メイド長「争いをしないという協約を結んだのです」

メイド長「以後、私も彼と会うことはできなくなりました」

勇者「そんなことが…………」

メイド長「そのしばらく後、争いを好まないヴェルディウス陛下の噂を聞き、」

メイド長「お仕えすることとなった――というわけですわ」

246: 2016/02/17(水) 16:18:24.30 ID:qmM4/jhSo
勇者兄「魔術で反撃だ!」

魔法使い「ええ!」

青年「お義母さんに手を出すなあああああ!!」

武闘家「動くんじゃねえ!」

勇者兄「そう言われてもな……何だよお義母さんって」

勇者兄(エミルならこんな時どうすんだろうなあ)

勇者兄(意地でも攻撃せず和解を目指すんだろうが)

勇者兄(一体どうやって争いを鎮めていたんだろうか)

勇者兄「…………」

リヒトはヒルギの元へ駆け寄った。

勇者兄「そのまま攻撃を続けてみろ! この男にも当たっちまうぞ!」

勇者兄「それでもいいのか!?」

海竜長「くっ……」

247: 2016/02/17(水) 16:19:13.49 ID:qmM4/jhSo
勇者兄「魔王城に着いてもお前の言う『あの子』にだけは手を出さない!」

勇者兄「それでいいだろ!?」

海竜長「信じられるか!!!!」

勇者兄「くっ……やはり倒すしかないか」

勇者兄(俺にエミルの真似はできそうにない)

執事「やれやれ、マリンドラゴンに落ち着きが見られないと聞いて様子を見にきたら」

執事「案の定戦闘ですか」

法術師「人間の男の子……? いえ、魔族ね」

海竜長「ゴールドドラゴン……」

海竜長(似ている……彼と……)

248: 2016/02/17(水) 16:20:24.69 ID:qmM4/jhSo
執事「お初にお目にかかります、伯母上様。そして真の勇者御一行様」

執事「魔王ヴェルディウス陛下の側近を務めさせていただいております、」

執事「ゴールドドラゴンのコバルトと申します。以後、お見知りおきを」

勇者兄「魔王の……側近だと!?」

魔法使い「ゴールドドラゴンですって!?」

法術師「全ての竜の頂点に立つ、伝説レベルのドラゴンじゃないの」

武闘家「その神々しさから、」

武闘家「魔族でありながら人間から崇拝の対象とされることさえあるとかいう」

勇者兄「人間の姿に化けてるのか」

249: 2016/02/17(水) 16:20:54.82 ID:qmM4/jhSo
執事「真の勇者を葬りに行こうとしていた族長メル=スクテラリアを、」

執事「海竜達が必氏に止めようとしていたため海が荒れていた……」

執事「といったところでしょうか」

海竜長「ぐぬ……」

執事「御安心ください」

執事「魔王陛下は真の勇者が訪れる際、全ての魔属を避難させるご予定です」

執事「メル=ルナリアを決して真の勇者には殺させません」

海竜長「……本当だな」

執事「ええ」

執事(この間大火傷を負ったなんて言ったら怒るだろうなあ)

250: 2016/02/17(水) 16:21:31.38 ID:qmM4/jhSo
執事「このまま引き下がれば不問としましょう」

海竜達((((良かった……))))

執事「そして、真の勇者様」

勇者兄「!」

執事「おっと、構えないでください。僕は戦いに来たわけではないのです」

勇者兄「……」

執事「魔王陛下から伝言を預かっております」

執事「『エミルを守ることができなかった者に兄を名乗る資格はない』と」

勇者兄「!?!?!?」

執事「では」

コバルトは黄金に輝く竜の姿に変化し、瞬く間に飛び去っていった。

251: 2016/02/17(水) 16:22:33.37 ID:qmM4/jhSo
――――――
――

武闘家「なんやかんやで船に乗れてよかったな」

法術師「人間と魔族の禁断の恋……ああ、素晴らしいわ!」

法術師「愛は種族をも超越するのね!」

勇者兄「あほか」

勇者兄「子供でも生まれてみろ、人間からも魔族からも迫害されて不憫だろ」

法術師「それはそうだけど……」

勇者兄「種族違いの恋は前例がないわけでもないが」

勇者兄「女性が人間だった場合なんて悲惨だったらしいぞ」

勇者兄「妊娠したものの、腹の中の子の魔気にやられて出産前に母子共々氏んじまったり」

法術師「いやあああ!!」

魔法使い「そんなエグい話女の子の前でしないでよ!! 最っ低!!」

勇者兄「わ、悪かったって」

252: 2016/02/17(水) 16:23:16.96 ID:qmM4/jhSo
勇者兄「『エミルを守ることができなかった者に兄を名乗る資格はない』か……」

勇者兄「魔王……ヴェルディウス……」


  『エミルの気持ちをわかってやれない奴がこの子の兄だなんてぼくは認めない!!』

勇者『 『   』!! 』


勇者兄(まさか……なあ)


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262: 2016/02/18(木) 17:33:01.80 ID:+mQqlEJ4o
勇者『きみ、だあれ?』

  『えっと……』

勇者『えみるはねえ、エミル・スターマイカ!』

勇者『エミルは、お母さんがつけてくれた名前なんだって!』

  『ぼくは……』

  『ぼくの名前は――――』


Section 9 名前

263: 2016/02/18(木) 17:33:27.82 ID:+mQqlEJ4o
魔王「『魔導工学の実践と応用』か……随分難しい本を読むのだな」

勇者「……はい。ちょっと、難しすぎます、けど……」

魔王「先にこの本を読んでおくといい」

魔王「魔族の癖の強い書体だから読みづらいかもしれないが、お前なら問題ないだろう」

勇者「ありがとう、ございます……」

魔王「…………」

勇者「…………」

魔王「……用語集も携えておくといい」

勇者「は、はい」

魔王「…………」

勇者「…………」

264: 2016/02/18(木) 17:34:06.00 ID:+mQqlEJ4o
勇者(魔王とぼくは似ている)

勇者(違う形で出会っていたら、きっと仲良くなれたんだと思う)

魔王「……エミル、その」

勇者「っ!」

魔王「わ、悪い……近付き過ぎたな」

魔王(エミルは私個人を恨んではいないようだ)

魔王(しかし、当然ながら私が斬り付けた心の傷が癒えたわけではない)

魔王(一生、私には心を閉ざしたままとなるだろう)

魔王(……体はこれほど近くにあるというのに、心は……)

265: 2016/02/18(木) 17:34:31.79 ID:+mQqlEJ4o
勇者「あっ……ちょうちょ……」

魔王「……オオグロバタフライだな」

勇者「キラキラしてて綺麗……」

魔王「その美しい姿から、観賞用に飼う魔族も少なくない」

魔王「お前が望むのなら捕まえるが」

勇者「そんなの、可哀想です」

勇者「必氏に生きているのに、カゴに入れるなんて、可哀想」

魔王「……お前なら、そう答えると思っていた」

266: 2016/02/18(木) 17:35:02.72 ID:+mQqlEJ4o
  『あの蝶、捕まえる?』

勇者『かわいそうだから、だめ』

  『……君は優しい子だね。そう言うと思ったよ』


勇者(あれ? 前にもこんなこと……)

勇者(このごろ既視感が激しいなあ)

勇者(既視感を覚える時は、決まって胸が熱くなる)

勇者(体を重ねていた時みたいな、まるで、魂を抉じ開けられるかのような痛み)

267: 2016/02/18(木) 17:35:40.60 ID:+mQqlEJ4o
法術師「ねえねえ、コハク君」

武闘家「ん?」

法術師「コハク君とエミルちゃんってよく一緒にいたよね」

武闘家「おう、ちょくちょくつるんでたな」

法術師「……なんにもなかったの?」

武闘家「ん?」

法術師「エミルちゃんは一応女の子でしょ?」

法術師「ほら、ドキッとした瞬間とか、いい雰囲気になったりとか……」

武闘家「ま っ た く な か っ た」

勇者兄「そんな仲になりそうだったら俺が友達付き合いするのを許してないしな」

268: 2016/02/18(木) 17:36:16.39 ID:+mQqlEJ4o
武闘家「俺あいつのこと男だと思ってるし」

法術師「えーほんとにぃ?」

武闘家「女として見る方が難しい。遠縁とはいえ血も繋がってるから余計にな」

法術師「そっかぁ」

武闘家「はやくあいつを連れ帰ってナンパしてえなあ」

魔法使い「あんたね……」

勇者兄「親父と同じ遺伝子を感じる」

武闘家「俺ってイケメンには違いないが、目が垂れててちょっと崩れてるだろ?」

魔法使い「それが何よ」

269: 2016/02/18(木) 17:36:44.50 ID:+mQqlEJ4o
武闘家「綺麗すぎるよりもちょっと崩れてるくらいの方が親しみやすいんだよ」

武闘家「ほどよいイケメンでコミュ力も優れたこの俺と」

武闘家「綺麗な顔付きだが不器用なあいつ」

武闘家「二人が一緒にいれば女の子が寄ってくるのなんの」

魔法使い「子供の台詞とは思えないわね……」

法術師「チャラすぎるわ……不純よ! 不純!」

武闘家「まああいつはナンパしてるつもりはなかったみたいだがな」

勇者兄「そりゃそうだ」

武闘家「動物や魔物とばかり遊んでいたり、勇者としての訓練で忙しかったり」

武闘家「図書館に籠ってばっかだったりで、人間の友達が少なかったからな」

武闘家「女と仲良くなりたい俺と、純粋に友達が欲しかったあいつ」

武闘家「利害が一致していたわけだ」

武闘家(もっとも、あいつが元の姿で帰ってこられる可能性は低い気もするんだがな)

270: 2016/02/18(木) 17:37:35.08 ID:+mQqlEJ4o
執事「はあ、テレポーションの適正があったらなあ」

執事「ま、いいか。たまには翼を広げたいし。……ちょっと飛距離が長すぎたけど」

メイド長「お疲れさま、コバルト」

執事「信頼のおける数少ない仲間は異常気象のおかげで散らばっているし」

執事「同僚が増えてくれたらいいんだけどね」

メイド長「そうねえ……どうしても高位の魔族は人間嫌いが多いものね」

メイド長「お母さま達の様子はどうだったかしら」

執事「すぐに落ち着いたよ。君の身を案じていた」

執事「ついでにマリンの町で買い物もしてきたんだ」

メイド長「あら、懐かしい海藻類や魚介類がいっぱい……」

メイド長「故郷にいた頃はよく食べていたわ」

執事「喜んでもらえたようでよかった」

執事「陛下達はどうだい」

メイド長「相変わらずよ。でも、エミル様が……」

271: 2016/02/18(木) 17:38:02.50 ID:+mQqlEJ4o
勇者「ぅ……けほっ……」

魔王「エミル!」

勇者「……平気です」

魔王「顔色が悪い。すぐに休まなければ」

魔王(確実に……エミルは弱ってきている)

勇者(グラグラする……体が上手く動かない)

勇者(どこか懐かしい温もり。この人にお姫様抱っこされるのは、これで何回目かな)

勇者(……綺麗な横顔。氷の裂け目のような色の瞳。寂しそうにひそめた眉)

勇者(…………魂が、割れそう)


勇者『――っていうんだ!』

勇者『綺麗な名前だね!』

272: 2016/02/18(木) 17:38:32.34 ID:+mQqlEJ4o
勇者『えっとね、たしか、西の地方の古い言葉で、』

勇者『『緑』って意味だって本に書いてあったよ!』

勇者『えみるの目の色とおんなじだねえ』

  『…………』

勇者『『   』の目も、アイスグリーンだね!』

勇者『いっしょにあそぼうよ!』

  『え……あ……』

勇者(そうだ、あの人の目は、いつも悲しそうで)

勇者(遊びに誘っても、戸惑ったような顔をしていた)

273: 2016/02/18(木) 17:39:03.21 ID:+mQqlEJ4o
メイド長「酷い熱だわ!」

メイド長「氷水を用意いたします」

魔王「……頼む」

執事「魔気の影響で免疫力が下がっているのでしょう」

執事「思っていたより早く限界が近付いています」

魔王「…………」

執事「極力平和な人間の土地にエミル様をお送りしましょう」

魔王「だが……」

執事「ここで氏なせてしまうよりは時間を稼げます」

魔王「そうするしか……ないのか……」

魔王(エミルは光の力を持っている限り、平和協会の監視網から逃れられない)

魔王(一体……どうすれば……)

魔王(どうすればエミルを救うことができるというんだ……)

274: 2016/02/18(木) 17:39:39.90 ID:+mQqlEJ4o
勇者『『   』は、自分のこと『ぼく』って言ってるんだね』

勇者『じゃあ、えみるもこれから『ぼく』って言うー!』

  『…………』

勇者『そろそろ自分の名前で自分を呼ぶのそつぎょうしなきゃ』

勇者(あんまり喋るのが得意じゃないみたいで、ぼくばっかり喋ってた)



勇者『いっしょにおかし食べよ? お母さんが焼いてくれたんだあ』

  『…………』

  『君は、お母さんのこと、好き?』

勇者『うん! ぼくのお母さんはねえ、とっても美人でねえ、』

勇者『やさしくって、料理が上手で、いっつもなでなでしてくれるんだよ』

  『……そっか』

勇者(そう答えたら、あの人は更に悲しそうな顔をした)

勇者(どうしてあんなに残念そうだったんだろう)

275: 2016/02/18(木) 17:40:05.94 ID:+mQqlEJ4o
  『その』

  『君の、お母さんは……』

勇者兄『おいお前!』

勇者『あ、お兄ちゃん!』

  『お兄さん……?』

勇者兄『見ない顔だな。どこの子だ?』

  『…………』

勇者兄『俺の妹に変なことしたら許さないんだからな!』

勇者『お兄ちゃん、失礼でしょ! それに、そういうの『かほご』って言うんだよ!』

  『………………』

勇者(お兄ちゃんと、あの人は、とても仲が悪かった)

276: 2016/02/18(木) 17:40:37.94 ID:+mQqlEJ4o
勇者『おそくなってごめんね! 剣のおけいこが長引いちゃったの』

勇者『あんまり剣をふるの好きじゃないんだけど、ゆうしゃのぎむだから仕方ないんだあ』

  『……ぼくも、剣は持ちたくない』

  『勉強をしている時の方が、よっぽど楽しい』

勇者『ぼくもだよ! おんなじだねえ!』

勇者『おべんきょうが好きな子なんてあんまりいないから、うれしいな』

勇者『こんどいっしょにとしょかん行こうよ!』

  『……その、あんまり、人が多い所は……人込み、苦手、だし』

勇者『じゃあ明日面白そうな本もってくるね!』

  『……うん。……ありがとう』

勇者(ぼく達はよく似ていた)

勇者(……ぼくの家の近くの森や広場で、よく一緒に遊んだな)

277: 2016/02/18(木) 17:41:07.27 ID:+mQqlEJ4o
勇者『みんな、魔属は殺せって言う』

勇者『なんでかな? 人間や動物に対しては、『命は平等』って言ってるのにさあ』

  『………………』

勇者『人間と魔族が仲良くできたらいいのに』

勇者『そしたらみんな幸せでしょ?』

勇者『……ってぼくが言っても、だれもわかってくれないの』

  『ぼくも、そう思うよ』

  『魔族と人間の仲が良かったなら、きっと、今頃……』

  『父上と母上の仲も、良かっただろうから…………』

勇者(彼の両親は、仲が悪いようだった)

勇者(だから、それが元で、いつも悲しそうな顔をしていたんだと思う)

278: 2016/02/18(木) 17:41:51.89 ID:+mQqlEJ4o
魔王「エミル……」

魔王「シュトラールの行方は」

執事「いまだ、不明です」

魔王「奴に解術条件を吐かせることも叶わなかったか」

魔王「……夜が明けたらエミルを西南の森の村へ送り届ける」

勇者「……はあ、……う…………」

メイド長「エミル様……」

魔王「……これでは彼奴と同じではないか!」

魔王「私も……エミルを守ることができなかった」

執事「まだ終わったわけではありません」

執事「調査を続けましょう。解術する手段が見つかるかもしれません」

279: 2016/02/18(木) 17:42:57.78 ID:+mQqlEJ4o
魔王「……特定の解除方法が指定されている以上、他の手段で強制解術するのは危険だ」

魔王「対象の命が失われる可能性もある」

執事「…………」

執事「シュトラールはテレポーションにより各地を飛び回ってはいるようですが、」

執事「目撃情報がないわけではありません」

執事「いずれ捕まえることも」

魔王「それまでにエミルが生きていればいいのだがな」

魔王「……今のエミルは一切魔法の類を発動することができない」

魔王「己の身を守る手段がないんだ」

魔王「いつどのような手段で殺されてしまうか……」

280: 2016/02/18(木) 17:43:26.20 ID:+mQqlEJ4o
魔王「私は……また失うのか……」

魔王「愛する者を……不幸の深潭から救えぬまま…………」

執事「……ああもう!!!!」

執事「ヴェルディウス!! 君は本当に昔から変わらないね!!!?」

魔王「!?」

メイド長「ちょっとコバルト」

執事「負の感情にばかり囚われて!! 眉間にしわを寄せっぱなしで後ろ向きで!!!!」

執事「口下手だし自信は持っていないし感情表現は下手だし酷く不器用だ!!!!」

執事「子供の頃から何も変わっちゃいない!!」

執事「君は今でも肉親の愛情に餓えた子供のままじゃないか!!!!」

魔王「こ、コバルト」

執事「僕は友人としてそんな君が心配で心配で仕方がないんだよ!!!!」

魔王「…………」

281: 2016/02/18(木) 17:43:55.07 ID:+mQqlEJ4o
執事「……はあ」

執事「失礼いたしました。とんだご無礼を働いたことを深くお詫び申し上げます」

魔王「いや……いつも苦労をかけてすまない」

魔王「今日はもう休め」

執事「……僕は、陛下の忠実なるしもべとして、そして一人の友人として」

執事「陛下の幸福を願っております」

魔王「メルナリア、お前もだ」

メイド長「し、しかし陛下」

魔王「……エミルと二人にしてほしいんだ」

282: 2016/02/18(木) 17:44:36.22 ID:+mQqlEJ4o
勇者『『   』は、将来の夢なあに?』

  『将来の、夢……?』

  『……わからない。ぼくは、一体どうしたいんだろう……』

勇者『ぼくはねぇ、お嫁さん!』

勇者『大好きな人と結婚して、元気な赤ちゃんを産んで、お母さんに見せてあげるんだあ』

  『……………………』

  『……好きな人、いるの?』

勇者『あ……えっとね、えっとね』

勇者『ぼくの、好きな人はね…………』

  『…………』

幼いエミルは隣に座っている少年の手に自分の手を重ねた。

勇者(そうだ、ぼく、あの子のことが好きだった)

283: 2016/02/18(木) 17:45:11.98 ID:+mQqlEJ4o
勇者「う……」

魔王「…………エミル」

ヴェルディウスは病床に伏しているエミルの手を握っている。


勇者『え?』

  『…………』

勇者『もう会えないの?』

  『……うん』

勇者『……何で? 遠くに行っちゃうの?』

  『……うん。母上が、心配してるから』

勇者『やだ……やだよ…………』

  『………………』


勇者「…………やだ……」

魔王(熱は多少落ち着いたが……まだうなされている)

魔王(悪い夢でも見ているのか)

284: 2016/02/18(木) 17:45:50.88 ID:+mQqlEJ4o
勇者『……いつか、また会いに来てくれるよね?』

  『…………ごめん。だめなんだ』

  『もう二度と、会っちゃだめなんだ』

  『君がこの町で幸せになるためには、ぼくはもうここに来ちゃいけない』

勇者『ど……して…………』

  『……君が幸せになれるように』

  『君が寂しい思いをしないように、魔法をかける』

  『ぼくのことは、忘れて生きていくんだ』

勇者『やだ……やめて…………』

勇者「やめて……」

  『目を閉じて』


勇者「…………たくない」

勇者「わす……れ……たくないよ…………」

勇者「やめて……ヴェル!」

魔王「……!?」

285: 2016/02/18(木) 17:46:45.40 ID:+mQqlEJ4o
――――――

  『ぼくは……』

  『ぼくの名前は……ヴェル』

――――――

勇者「ヴェル……そこにいるの?」

魔王「馬鹿な……!」

魔王「あの記憶を思い出したというのか!?」

魔王「あの記憶は……私が、エミルの脳から消去したはずだ」

魔王「思い出せるはずがない……!」

勇者「……魂からは、記憶、消せないもの」

勇者「会いたかったよ……ヴェル……」

魔王「エミル……エミル…………!」

勇者「抱いて……胸が痛いの」

勇者「あなたに抱いてもらえたら、きっと、この痛みが治まる……そんな気がするから」


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303: 2016/02/19(金) 18:26:49.38 ID:08qEORKno
Section 10 お母さん


勇者「ん……」

勇者(朝だ。……気持ち良く起きれたのは久しぶり)

魔王「……エミル、目が覚めたか」

魔王「…………鏡を見てみろ」

勇者「……」

勇者「…………!」

勇者「これ……ぼく……?」

304: 2016/02/19(金) 18:27:19.56 ID:08qEORKno
魔王「それがお前の本当の姿だ」

面影は残っているものの、
少年のようだったエミルの面貌は、少女らしい顔付きに変貌していた。
髪色も漆黒から茶褐色となっており、光の当たり具合により豊かな色彩変化を見せている。
また、元が直毛気味だったのに対し、柔らかな髪質に変化していた。

勇者(魔王とおんなじ、遊色の髪。オリーブ色になったり、オレンジ色になったりしてる)

瞳の色だけは変わらず鮮やかな緑であった。

勇者(……そっか。魔王はヴェルだったんだ)

勇者(ヴェル……ヴェルディウス)

勇者(昔会っていた頃は、ツノを消して、髪を単色の灰色にして、)

勇者(人間の姿を装っていたのかな)

勇者(でも、悲しそうな表情、白緑色の目は、そのまま)

305: 2016/02/19(金) 18:27:53.20 ID:08qEORKno
魔王「エミル……愛している」

ヴェルディウスは後ろからエミルを抱きしめた。

勇者「ヴェル…………」

勇者(もう、触れられても怖くない)

勇者「ずっと、ずっと会いたかった」

魔王「…………」

勇者「……ぼくの本当のお母さんのこと、教えて」

勇者「そして、幼い頃、あなたがぼくのところに現れた理由も」

魔王「……ああ」

306: 2016/02/19(金) 18:28:21.41 ID:08qEORKno
――回廊

歴代の魔王やその后の肖像画が並んでいる。

勇者(一番端っこの魔王の肖像画……先代さんかな。ヴェルとちょっと似てる)

勇者(その隣……とても綺麗な、線の細い人。)

勇者(ヴェルと……今のぼくに、よく似てる)

勇者(! 今のぼくと、ヴェルの魔力……波動が似てる……)

勇者「ねえ、ヴェル…………」

魔王「……先代魔王ネグルオニクス。私の父親だ」

魔王「先代魔王妃オリーヴィア。私の母親であり、そして」

勇者「…………」

魔王「……お前の、母親だ」

勇者「…………!」


ぼく達は、昔からよく似ていた。

307: 2016/02/19(金) 18:30:09.12 ID:08qEORKno
勇者「ぼく達……兄妹……なの…………?」

魔王「……ああ」

魔王「母上は知恵の一族出身の魔族だった」

魔王「……幼い頃から剣よりも勉学を好むというのは、」

魔王「知恵の一族の子供によく見られる特徴だ」

勇者「…………」

魔王「……もっと早く伝えるつもりだったのだが、」

魔王「お前が育ての母親を強く慕っていたため、言い出せなかった」

勇者「っ……ぁ……」

魔王(……相当ショックを受けているようだ)

魔王「残りはおいおい話そう。ゆっくり受け止めればいい」

308: 2016/02/19(金) 18:30:36.39 ID:08qEORKno
執事「あれ、陛下……朝早くからこんなところに」

執事「もうそろそろ夜明けですが……って」

執事「……え?」

勇者「コバルトさん……」

執事「! ……おめでとうございます」

魔王「エミルは我が眷属として目覚めた。もう心配はない」

魔王「紅茶を淹れてくれ」

309: 2016/02/19(金) 18:31:04.79 ID:08qEORKno
魔王「不完全ではあったが、条件に基づき魂にかけられた封印を解こうとした影響と」

魔王「病により意識レベルが低下したこと、そして」

魔王「お前が私に関する記憶を思い出したいという強い願いにより、」

魔王「魂に眠っていた記憶と接触することができたのだろう」

勇者「…………」

魔王「結局正しい解術条件は不明のままだが……封印が解けてよかった」

勇者「…………」

勇者「…………きょう、だい……」

魔王「………………」

310: 2016/02/19(金) 18:31:32.98 ID:08qEORKno
――中継地点の島

勇者兄「エミル……」

勇者兄「魔王は、一体何のためにエミルを攫ったんだろうな」

法術師「普通に考えたら、エミルちゃんの魔力を利用するためかなってなるけど」

法術師「妙だったわね、あの伝言」

勇者兄「…………」

法術師「まるで、魔王がエミルちゃんを大切に思っているかのような内容だったわ」

勇者兄「やっぱ見初められたんじゃ……」

法術師「ハッ……勇者と魔王の禁断の恋…………」

勇者兄「うわあああ!! お兄ちゃん魔族の旦那さんなんて認めませんからね!!!!」

武闘家「あんな奴見初めるなんてどんな物好きだよ……」

魔法使い「案外もうお嫁さんになってたりしてね」

勇者兄「いやだああああああああああ」

魔法使い「もう!! あんたこそ一体なんなのよ!!」

魔法使い「いつもいつも妹のことばっかり!!!!」

魔法使い「世界と妹、どっちのために戦ってるのよ!?!?」

311: 2016/02/19(金) 18:31:58.99 ID:08qEORKno
勇者兄「えっそんなこと言われてもな」

魔法使い「そんなにあの子が大事ならあんたこそあの子と結婚しなさいよ!!」

法術師「まあまあ落ち着いて」

魔法使い「妹以外の女の子に一切興味持ってない変態なんじゃないの!?!?」

勇者兄「そんなことねえよ!!!!」

武闘家「怒りのあまりわけのわからないこと口走ってるぞ」

法術師「そういえばリヒト君って好きな女の子いないの?」

勇者兄「言われてみればまともに恋したことないな……」

魔法使い「やっぱり妹にしか興味がない変態じゃない!」

勇者兄「何でそうなるんだよ!!!!」

勇者兄「……父さんが自由奔放すぎたから怖くて恋愛できねえんだよ」

勇者兄「近所の綺麗なお姉さんに憧れたくらいはあったが」

勇者兄「本来、恋愛して結婚したら、責任とかいろいろついてくるだろ?」

312: 2016/02/19(金) 18:32:27.85 ID:08qEORKno
勇者兄「俺はその辺母さんからきっちり教育されてるから重みも理解しているつもりだし」

勇者兄「その上、勇者の子供なんて平和協会の目とかいろいろあって面倒だしさ」

勇者兄「恋愛するとしたら、俺がもうちょっと大人になってからかなって思ってるんだ」

魔法使い「そ、そう……」

魔法使い(でも、こうして女の子がすぐそばにいるんだから、)

魔法使い(ちょっとくらい意識してくれたって……)

勇者兄「……ああでも、エミルの旦那になる奴は幸せだろうな」

勇者兄「毎日旨い飯を食える」

勇者兄「この旅にエミルが同行してくれてたらなあ……」

魔法使い「私やセレナの料理に不満があるっていうの!?」

勇者兄「そうじゃねえ!! あいつの味が恋しいだけだ!!!!」

武闘家(学習しねえ……)

313: 2016/02/19(金) 18:33:43.14 ID:08qEORKno
勇者(光の力、無くなってる。……というより、ぼくの魔気と相頃しあって、)

勇者(常に0の状態になってるみたい)

メイド長「エミル様! 良かったですわ……」

勇者「メルナリアさん……」

メイド長「ああ、なんてお綺麗になられたのでしょう!」

メイド長「元々お顔立ちは整っておられましたが、これほど女の子らしく……」

メイド長「ドレスや装飾品をたんまりご用意いたしましょう!」

メイド長「陛下、いいですよね!?」

魔王「ああ。魔貴族らしくしてやってくれ」

勇者(足腰立たなくてずっとお姫様抱っこなの恥ずかしいな)

勇者(いつも女の子をお姫様抱っこする側だったのになあ)

314: 2016/02/19(金) 18:34:12.97 ID:08qEORKno
勇者「ねえ、ヴェル」

魔王「どうした」

勇者「……ぼくのこと、どういう意味で好きなの?」

勇者「妹として? 女の子として?」

魔王「……最初は妹として見ていた」

魔王「共に育ったわけではなくとも、出会ってすぐ血の繋がりを実感した」

魔王「だが……何度も会っている内に、異性として惹かれていくようになった」

魔王「肉親としても、恋の相手としても愛していた……はずだった」

勇者「…………?」

魔王「……しかし、お前に別れを告げた後、」

魔王「私の人格形成に大きく影響を与える出来事があってな」

魔王「今の私は……家族愛と恋慕の区別がつかないんだ」

勇者「……!?」

魔王「だがお前を愛していることに変わりはない!」

魔王「愛して……いるんだ……誰よりも…………」

勇者「ヴェル……」

315: 2016/02/19(金) 18:34:40.20 ID:08qEORKno
魔王「母上がまだ幼かった頃、知恵の一族の本家は人間からの襲撃を受けた」

魔王「襲ってきた人間達の中には、勇者の一族の者も多く含まれていたそうだ」

勇者「…………」

魔王「その際、知恵の一族の者達は、父上の許婚である母上を守るため」

魔王「母上の記憶を封じ、人間に変化(へんげ)させた」

魔王「……母上は人間に保護され、人間として育てられたんだ」

魔王「母上を深く愛していた父上は、氏に物狂いで母上を探した」

魔王「しかし……」

執事「陛下ー公務の時間ですよー」

魔王「……続きはまた今度な」

316: 2016/02/19(金) 18:35:17.33 ID:08qEORKno
勇者(本当のお母さん、オリーヴィア……)

勇者(どんな人だったんだろう)

勇者(ヴェルがとっても優しいから、きっと、優しい人だったんだろうな……)

勇者(カトレアお母さんは、一体どんな気持ちでぼくを育てたのだろう)

勇者(血の繋がらない、このぼくを……)

勇者(会いたい。両方の、お母さんに)

317: 2016/02/19(金) 18:35:58.01 ID:08qEORKno
臣下「四天王を設けないとは本気なのですか陛下」

臣下「少しでも真の勇者一行を疲弊させるべきでございます」

魔王「戦うのは我だけでよい」

勇者「四天王? お父さんから聞いたことあるような」

執事「魔王を守護する戦士達のことですね」

執事「知恵の一族が繁栄していた先々代の頃までは、」

執事「五大魔族から一人ずつ選んで五芒星とすることも多かったそうです」

執事「真の勇者と戦わせるかどうかはともかく、」

執事「選ぶだけ選んでおくのも楽しいかもしれませんよ」

執事(人手増やしたいし)

執事「黄金の一族代表は僕として、空の一族代表は疾風のフォーコン、」

執事「地底の一族代表は柔靭のテール=ベーリーオルクス、」

執事「そしてやはり力の一族代表は豪炎のヴォ」

魔王「っ……」

執事「あ゛っ、失礼いたしました。この話はなかったことにしましょう」

勇者(ヴォ……?)

318: 2016/02/19(金) 18:36:31.37 ID:08qEORKno
臣下「ところで陛下、そちらのご令嬢は」

魔王「我が后となる者だ」

勇者「は、はじめまして」

勇者(兄妹なのにいいのかなあ……)

臣下「見たところ知恵の一族の血を引く者の様ですが……」

魔王「ああ。その通りだが」

臣下「陛下御自身知恵の一族の血を濃く引いておられます」

臣下「他の五大魔族の女性と子を成すべきでは……」

魔王族はあらゆる魔族のサラブレッドであり、

ここ数千年は五大魔族の血をバランスよく受け継いだ者が優秀な魔王族とされている。

魔王「我はエミル以外の女性を娶るつもりはない」

臣下「は、はあ……」

臣下(妙なところが先代によく似ておられる……)

臣下(先代も、生きているかどうかすらわからなかった許嫁一筋だった)

臣下(どんなに薦めても妾一人抱かれなかったな……)

319: 2016/02/19(金) 18:37:07.59 ID:08qEORKno
調理師「おやまあ嬢ちゃん魔族だったのかい」

調理師「それも知恵の一族ねえ、そりゃ陛下が大事になさるわけだ」

コック「貴重な知恵の一族なら多少人間の血を引いてたって大事にされ……るでしょう」

コック「プライドの高い貴魔族さん方はちょっとうるさいかもしれませんがねえ」

調理師「あ、やっべ敬語」

勇者「今まで通りに話してほしいです」

勇者「敬語だと、その……距離感離れちゃう感じがして寂しいから」

調理師「おう、そうかい良かった良かった」

勇者(先代の魔王妃が人間と作った子供だっていうのに)

勇者(今のところ待遇は悪くない)

勇者(それだけ、知恵の一族が魔族にとって重要な血筋だってことなのかな)

320: 2016/02/19(金) 18:37:47.57 ID:08qEORKno
――エミル達の家

勇者母「エミル……」


勇者父『頼む! 一生のお願い!! もう二度と浮気しないから!!』

勇者父『この子を……エミルを育ててくれ!!』


勇者母(あの人が突然あの子を連れてきた時は、驚いたけれど)

勇者母(母親恋しさに泣いているあの子を見たら、もう放っておけなかった)


勇者『お母さん、あったかあい』


勇者母(誰が産んだ子であれ、あの子は)

勇者母(あの子は、私の子…………!)


Now loading......

328: 2016/02/20(土) 15:23:53.89 ID:glNkhPwEo
   『ネグルのためにお菓子を焼いてきたのよ!』

   『今度お城に来る時には、もっとおいしいのを作ってくるわ!』

オリーヴィア……。

   『嫌! 来ないで!!』

   『お父さんとお母さんを返して!!』

我は最期までお前を理解することができなかった。

   『……あなたのことだけは、思い出すつもりはないわ』

   『シュトラールさん……エミル……』

オリーヴィア…………!

   『………………』

愛して……いたのに…………。


Section 11 集諦

329: 2016/02/20(土) 15:24:24.00 ID:glNkhPwEo
賢者クリスタロスは、知恵の一族の末裔が魔王の婚約者となったという知らせを聞き、

魔王城に訪れていた。

老賢者「……私も氏期が近付いてきたようですな」

老賢者「お久しゅうございます、ネグルオニクス様」

知恵の一族の中には、寿命が近付くと同時に霊体との会話が可能となる者がいる。

魔王父「……クリスタロス」

魔王父「…………我はあの世には行けなかった」

魔王父「オリーヴィアと再会することは叶わぬようだ」

魔王父「教えてくれ……これは……罰なのか?」

先代魔王ネグルオニクスの魂は、氏してなお魔王城に留まり続けていた。

330: 2016/02/20(土) 15:24:53.76 ID:glNkhPwEo
我等は許婚同士だった。

親同士が決めた婚約であったが、幼いながら互いに想い合っていた。

魔王母『ネグルのためにお菓子を焼いてきたのよ!』

魔王母『おいしい? ねえ、おいしい?』

魔王父『……ああ』

魔王母『今度お城に来る時には、もっとおいしいのを作ってくるわ!』

彼女の笑顔が何よりも好きだった。

知恵の一族らしい細い体を、優しい心を、護りたかった。

331: 2016/02/20(土) 15:25:47.41 ID:glNkhPwEo
しかし、彼女が再び焼き菓子を携えてくることはなかった。

魔王父『知恵の一族が……奇襲を受けただと……?』

屋敷の焼け跡に残されていたのは、多くの人間共と、知恵の一族の亡骸だった。

彼女の両親も斬り殺されていた。

彼女の遺体は見つからなかった。

魔王父『……オリーヴィアは生きている。探せ!』

何年経っても、彼女は見つからなかった。

臣下『殿下……これだけ捜索してもオリーヴィア様の魔力は探知できませぬ』

臣下『もう諦めて、他の女性を……』

魔王父『ならぬ』

魔王父『見つかるまで探し続けるのだ!』

我は彼女が生きていると信じ、いくつもの人間の集落を焼き払い、彼女を探し続けた。

332: 2016/02/20(土) 15:26:13.41 ID:glNkhPwEo
勇者父『この村には可愛い女の子がいっぱいいるんだぞ!』

勇者父『残虐な魔族の王子め、成敗してやる!!』

魔王父『なんだ貴様は』

勇者父『俺はシュトラール・スターマイカ』

勇者父『大陸中……いや、世界中の女の子は俺の嫁!』

魔王父『は?』

勇者父『この世界の女の子を守るために俺は戦う! ちなみに次期真の勇者候補だ!』

奴とは若き日から因縁があった。幾度剣を交えたであろうか。
我とは対照的に気の多い男のようであった。奴の何もかもが気に食わぬ。

――
――――――

333: 2016/02/20(土) 15:26:39.07 ID:glNkhPwEo
魔王「母上はいつもお前の身を案じていた」

魔王「お前が見に纏っているその服は……母上がお前を想いながら縫ったものだ」

勇者「……!」

魔王「お前の部屋は母上が生前使っていた部屋だ」

魔王「収納庫を開けば、もっとサイズの小さいものから、」

魔王「お前が大人になっても着られるものまで数着見つけられるだろう」

勇者(いつもメルナリアさんが服を持ってきてくれてたから知らなかった……)

勇者(お母さんが縫ってくれた服……)

勇者(! シルヴァ地方の民族衣装とよく似たこの服……)

勇者(そして、お母さんは人間として育った……)

勇者「もしかして、エリヤ・ヒューレーさんって……」

魔王「その名を知っているのか!?」

魔王「それは……母上が人間として生きていた頃の名だ」

――――――
――

334: 2016/02/20(土) 15:27:14.99 ID:glNkhPwEo
魔王に即位した後、漸く彼女が見つかった。

人間の姿となっていたが、間違いなくオリーヴィアであった。

魔王父『探したぞ……オリーヴィア』

魔王母『ま、魔族……!?』

男性『エリヤ、逃げなさい!』

女性『さあはやく!!』

オリーヴィアのすぐそばにいた中年の夫婦を斬り捨てた。
彼女の育ての両親だったらしく、彼女は何やら叫んでいた。
人間なぞ虫けら以下の存在であるというのに。

魔王母『お父さん!? お母さん!!』

魔王母『いやあああああ!!!!!!!!』

彼女は魔族であった頃の記憶を封じられていたらしい。
ならば、記憶の封印を解けば正気に返るであろう。そう思った。
彼女の本当の肉親は、人間共に殺されたのだから。

335: 2016/02/20(土) 15:27:44.62 ID:glNkhPwEo
すぐに彼女を城に連れ帰り、封印解除の条件を部下に調べさせた。

魔術師『許婚である陛下の接吻により封印は解かれるでしょう』

魔法陣に捕らわれた彼女は、酷く怯えた表情をしていた。
だが、ただ怯えていただけではなかった。
その目には鋭い敵意が込められていた。

魔王母『嫌! 来ないで!!』

抵抗する彼女に無理矢理口付けると、すぐに封印は解かれた。

魔王母『私はオリーヴィアじゃない……』

魔王母『私はエリヤよ!』

魔王父(まだ錯乱しているようだが、しばらく経てば落ち着くであろう)

魔王母『嘘……こんなの……悪い夢に決まって…………』

336: 2016/02/20(土) 15:28:27.84 ID:glNkhPwEo
彼女の封印を解いてから数日。

魔王母『本当のお父様とお母様のこと』

魔王母『人間から襲撃を受けた日のこと』

魔王母『封印されていたほとんどの記憶を取り戻したわ』

魔王母『……でも』

魔王母『……あなたのことだけは、思い出すつもりはないわ』

魔王母『このまま思い出せなくていい…………』

もう全ての封印が解けているはずだった。
なのに、彼女は我との記憶だけは思い出さなかった。

魔王父『…………!』

337: 2016/02/20(土) 15:29:53.02 ID:glNkhPwEo
魔王母『あなたは目の前でお父さんとお母さんを頃したんですもの!!』

魔王母『あなたは命の大切さをちっともわかっていない!』

魔王母『……私、彼等に育てられて……あの村で育って幸せだったわ!』

魔王母『お父さんとお母さん、村のみんなを頃したあなたを』

魔王母『私は一生許しはしない』

魔王父『だが人間に襲われなければ、お前は本当の両親と暮らすことができたのだぞ!』

魔王父『憎むべきは人間であろう!!』

魔王母『彼等が知恵の一族を襲ったわけではなかったもの!!』

何故彼女は人間でなくこの我を……愛し合っていたはずの我を憎んだのだろうか。

338: 2016/02/20(土) 15:31:05.78 ID:glNkhPwEo
やがて息子ヴェルディウスが生まれたが、彼女の気持ちが変わることはなかった。

魔王『ははうえ?』

魔王『ははうえ、どこへいかれるのですか?』

魔王母『ヴェルディウス……ごめんなさい』

ヴェルディウスが齢四つに達した頃、彼女はいずこかへ姿を消した。
そして、あろうことか

魔王母『シュトラールさん!』

勇者父『エリヤ……君は俺が護る』

彼女は再び人の姿となり、真の勇者として目覚めたあの憎き男と逃亡していた。
誰よりも愛している女を、誰よりも気に食わぬ男に奪われていた。

魔王父『奴等め、今度は何処へ逃げおった……!』

何度か逃げられたが、彼女が姿を消して一年程経った頃に尻尾を掴んだ。
だが、

魔王父『産んだというのか……その男との子を…………!』

339: 2016/02/20(土) 15:31:38.79 ID:glNkhPwEo
我と奴は互いに深い傷を負った。

魔王父『……だが、その赤子を頃す力くらいは……残っておる』

勇者父『やめ……ろ……!』

魔王母『……………………』

魔王母『……私、あなたの所へ行きます』

魔王母『だから、この子を……助けて……』

オリーヴィアはシュトラールに赤子を託し、我の元へ帰ってきた。
……体だけは。

魔王母『シュトラールさん……エミル……』

心は……遠いままであった。
どれほど愛しても、振り向いてくれることはなく…………。
やがて、彼女は無気力となっていった。

魔王母『………………』

虚ろな瞳で、会えもせぬ娘のために服を縫うことしかしなくなった。

340: 2016/02/20(土) 15:32:11.88 ID:glNkhPwEo
――
――――――

魔王父「息子と我とでは何が違ったというのだ」

魔王父「ヴェルディウスは奇跡を起こした」

魔王父「幼い頃に想い合っていた少女を迎えに行き、」

魔王父「蘇らぬはずの記憶を蘇らせ、再び愛し合っている」

魔王父「何故だ……息子にできて、何故我にできなかった…………」

老賢者「…………」

――――――
――

老賢者『やあ、オリーヴィア。可愛い我が孫娘よ』

魔王母『お爺様……』

341: 2016/02/20(土) 15:33:55.23 ID:glNkhPwEo
魔王母『私は……もう、何を憎めばいいのかわからないのです』

魔王母『私の生みの両親を……一族の者達を奪ったのは人間』

魔王母『でも、私の育ての両親と、村のみんなを頃したのは紛れもなくあの魔王』

魔王母『憎むことそのものに疲れ果ててしまいました』

魔王母『疲れたのです……何もかも……』

老賢者『争いは怒りと憎しみ、そして悲しみを生むもの』

老賢者『誰かを憎んでも、何の解決にもならないことにはもう気が付いているだろう?』

魔王母『…………』

老賢者『しかし、愛する者を奪われた以上憎しみは沸き溢れてしまうもの』

老賢者『お前は長い争いの歴史の被害者なのだよ』

老賢者『私とて、最初に人魔の争いを起こした者が何者なのか知ることは叶わなかった』

老賢者『愛しなさい、今愛せるものを』

老賢者『憎しみは憎しみの連鎖を生むが、愛もまた愛の連鎖を生むだろうて』

魔王母『今、愛せるもの……』

魔王母『ヴェル…………』

342: 2016/02/20(土) 15:37:06.10 ID:glNkhPwEo
――
――――――

魔王父(ヴェルディウスが十一になった頃、彼女は病で亡くなった)

魔王父(彼女の氏後、我は一年程生きていたはずなのだが……)

魔王父(その時期の記憶は断片的にしか残っておらぬ)

魔王父(酷く心を壊してしまっていたらしい)

魔王父(微かな記憶……だが、我が更に罪を重ねてしまったことは事実だった)

魔王父(あの世に逝ったオリーヴィアに顔向けできないほどの罪を犯した)

魔王父「我は……このまま永遠にこの世を彷徨うのか……?」

魔王父「ヴェルディウスにあって我に無かったもの……それは一体……」

老賢者「その答えがわかった時が、きっとオリーヴィアと再会する時なのでしょう」

343: 2016/02/20(土) 15:37:55.76 ID:glNkhPwEo
勇者「そっか、この服、お母さんが……」

エミルは熱くなってゆく胸を押さえた。
再会することなく氏に別れてしまった母を想い、涙を流す。

魔王「もしあの時お前が人間を憎んでいると答えていたら、」

魔王「私は母上の遺言を破ってでも人間を攻撃することを考えていた」

勇者「!」

魔王「……母上は最期に、人間と魔族の争いを鎮めるよう私に言い遺したんだ」

魔王「だがお前は憎まなかった」

勇者「…………」

勇者「そういえば、先代魔王の氏因は……」

魔王「シュトラールとの闘いの傷に因るものだ」

魔王「魔属が負った深い光の傷は癒えることがない」

魔王「傷を負って七年程、闇の珠の力でどうにか持ち堪えていたが」

魔王「私に力を譲ることで命が尽きた」

344: 2016/02/20(土) 15:38:27.06 ID:glNkhPwEo
勇者「じゃあ、ぼくのお父さんは、ヴェルのお父さんの仇……」

魔王「憎んではいない。シュトラールがいなければ母上は男女の愛を知ることなく氏に、」

魔王「お前も生まれることはなかったのだから」

勇者「ヴェル……」

魔王(……尤も、シュトラールも寿命が近付いているはずなのだがな)

魔王(氏ぬ前にエミルと再会できればいいのだが)

老賢者「おお、これはこれは……」

魔王「……曾爺様」

勇者「ひいおじいさま?」

勇者(前お城に来てた優しそうなおじいさんだ)

魔王「知恵の一族の大賢者だ。母上の祖父にあたる」

345: 2016/02/20(土) 15:39:50.42 ID:glNkhPwEo
老賢者「無事封印が解けたようで安心したよ」

老賢者「これでいつでも心置きなくあの世に逝ける」

魔王「曾爺様……御冗談を」

勇者「…………」

老賢者(オリーヴィアとよく似た娘だ)

老賢者(エミル……煌めく翠玉の瞳……輝かしき平和の色)

老賢者(ヴェルディウス……儚き翡翠の瞳……安寧たる平和の色)

老賢者(この二人なら、きっと新たな時代を築けるだろうて)


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349: 2016/02/20(土) 17:51:52.98 ID:glNkhPwEo
majime na hanashi no hazu nanoni
roukenja ga Jimang de saisei sarete waraeteshimau......tsurai

354: 2016/02/21(日) 20:55:07.73 ID:cNZ2jHh3o
エミルはくだけた口調でメルナリアやコバルトと話すようになっていた。

勇者「コバルトさん」

執事「はい」

勇者「ヴェルって、この頃はたまに笑ってくれるようになったけど」

執事「相変わらず仏頂面ですね、基本的に」

勇者「喜んでもらえること、何かできないかな」

執事「それなら、とっておきの秘策がありますよ」

勇者「ほんと?」


Section 11 渇愛

355: 2016/02/21(日) 20:55:37.55 ID:cNZ2jHh3o
――
――――――

父上は母上ばかり見てる。

母上は、もう会えない人達のことばかり考えてる。

誰もぼくを見てくれない。


ぼくは母上に捨てられた。

母上がいなくなってから一年くらい経った頃、父上が母上を連れて帰ってきた。

でも、母上は父上じゃない男の名と、誰かの名前を呟いてばかりだった。

ぼくは父上と母上に褒めてもらいたくて、必氏に勉学と稽古をこなした。

教師『おお、わずか齢十にしてテレポーションを習得なさるとは』

教師『さらに、コードを改良して発動速度を速めたとは……流石でございます』

356: 2016/02/21(日) 20:56:10.98 ID:cNZ2jHh3o
父上も母上も褒めてくれた。
でも、その言葉に感情がこもっているとはとても思えなかった。
すごいことをしたはずなのに、どうして喜んでもらえなかったのだろう。

魔王父『まだわからぬのか!』

魔王父『人間なぞゴミ未満。この大地から排除すべき害虫なのだぞ!』

魔王母『そんなことないわ!』

魔王母『あなたには一生わからないでしょうね!』

魔王母『人間の優しさが! 命の温もりが!!』

両親は気が付けば喧嘩をしていた。

ぼくは二人に仲良くしてほしかった。

ぼくは、偉大な魔属の王である父上を尊敬していたし、
とても綺麗な母上のことも大好きだった。

357: 2016/02/21(日) 20:56:43.04 ID:cNZ2jHh3o
どれだけがんばっても、二人は振り向いてくれなかった。
その上に、

家臣1『陛下、ヴェルディウス殿下は魔術の才能こそあれ、魔王の器ではございませぬ』

家臣2『お体も小さく、剣を振るう力も足りず、』

家臣3『人間を葬る魔王となるには御心の冷酷さも足りませぬ』

家臣4『知恵の一族の血を濃く受け継ぎ過ぎておられるのです』

家臣5『ヴェルディウス殿下は賢者として育て、やはり後継者は――』

ぼくには魔王となるための能力が足りなかった。

魔王父『……ならぬ。次期魔王はヴェルディウスだ』

それでも父上はぼくにこだわっていた。
母上との間に生まれたぼくに、どうしても王位を継がせたかったらしい。

……ぼくは、自分が立派な魔王になれるとはとても思えなかった。
母上がいつも『命は大切だ』と言っていたから、
その命を闇へ葬る魔王となることは、到底無理だと思った。

358: 2016/02/21(日) 20:57:47.33 ID:cNZ2jHh3o
魔王父『人間の姿をしていても、お前は魔族だ』

魔王父『あの村に住み続け、他の男と結ばれていたとしても、生まれる子は半魔』

魔王父『さすればお前は人間から迫害されていたであろう』

魔王父『何故そこまで考えが及ばぬのだ! 所詮人間は敵だ!!』

魔王母『何を言おうと私はあなたを憎み続けるでしょう』

魔王母『そのようなこと……私があなたを許し人間を嫌う理由になんてならないもの』


魔子『ねえお父さま、お母さま。わたし、今度海へ行きたいわ』

魔男『よし、今度休暇を願い出て旅行にでも行くか!』

魔女『あら、いいわね。せっかくですし南の海に行きましょう』

魔子『わあい!』

仲の良い親子を見る度、胸が苦しくなった。

359: 2016/02/21(日) 20:58:18.78 ID:cNZ2jHh3o
魔王母『エメラルドの瞳……エミル……』

魔王母『今、あなたはどのくらい大きくなったかしら……』

すぐ隣にぼくがいても、母上はその子のことばかり。

魔王母『東の果ての地……ブレイズウォリア……』

窓からいつも東を見ていた。

魔王母『きっとそこまで逃げ切って、元気に……成長してくれているはず……』

どうしてこっちを見てくれないの?

魔王母『あなたは半分人間だから、魔の血を封印すれば、』

魔王母『きっと生まれる子も人間の子……』

エミル……その名前だけでは、男の子か女の子かわからない。
でも、母上がいつも可愛らしい洋服を縫っていたから、
きっとその子は女の子なのだろう。

魔王母『人間として、幸せに生きて…………』

魔王母(……でも、もし魔族の男の人と愛し合うことがあったら…………)

魔王『母上……その子の様子を見てきたら、ぼくを褒めてくださいますか……?』

360: 2016/02/21(日) 20:59:01.92 ID:cNZ2jHh3o
ぼくの魔力容量なら、なんとかテレポーションで大陸を横断することができた。

東の果ての地、ブレイズウォリア。

ぼくは人間に化け、その子を探すことにした。
時間がかかるだろうと思っていたけれど、案外あっさり見つけることができた。

町のすぐそばの森の中から聞こえてくる笛の音を追うと、
驚くことに、その子は動物や魔物と一緒に遊んでいたんだ。

勇者『きみ、だあれ?』

綺麗なエメラルドの瞳を輝かせていたから、すぐにぼくの妹だとわかった。

ぼくは人見知りが激しいから、緊張して胸が苦しくなったけど、

その子のことを、とても可愛いなって思った。
その子は、母上と身にまとう雰囲気がよく似ていた。

361: 2016/02/21(日) 20:59:28.58 ID:cNZ2jHh3o
勇者『えみるはねえ、エミル・スターマイカ!』

勇者『エミルは、お母さんがつけてくれた名前なんだって!』

エミルは、育てのお母さんを本当のお母さんだと思っていたし、

自分の名前はそのお母さんがくれたものだのだと思い込んでいた。

……ぼくらのお母さんが名付けたんだなんて、とても言える雰囲気ではなかった。

勇者『いっしょにあそぼうよ!』

こっそり様子を見るだけのつもりだったのに、一緒に遊ぶことになってしまった。

勇者『ヴェルってふしぎな子だね!』

勇者『魔物さんたちが逃げ出さないもの』

そりゃ魔族だから……だなんて言い出せなかった。


――――――
――

362: 2016/02/21(日) 20:59:55.44 ID:cNZ2jHh3o
魔王『……夕方だし、もう帰るよ』

勇者『また来てくれる? 来てくれるよね?』

魔王『えっと…………』

勇者『んー…………』

魔王『…………会いたいの? ぼくに……』

勇者『うん』

魔王『……じゃあ、来週のこの日に、また来るよ』

勇者『やったあ! 来てね! 待ってるからね!』

つぶらな瞳に見つめられたら、断れなかった。
ぼくを求めてくれたことが、ぼくは嬉しかったのかもしれない。

363: 2016/02/21(日) 21:00:43.44 ID:cNZ2jHh3o
大陸の端から端まで往復すると、流石に魔力が空になった。

魔王『……母上』

魔王『エミル・スターマイカの様子を見て参りました』

魔王母『……!?』

魔王『彼女は……元気に育っているようです』

魔王母『ヴェルディウス……何を言っているの!?』

魔王母『あの子は……本当に元気なのね…………?』

魔王『はい』

ぼくがそう答えると、母上はぼくを抱きしめてくれた。
嬉しかった。
それから、午前までで稽古が終わる月の日には、ぼくはあの子に会いに行くようになった。

364: 2016/02/21(日) 21:02:10.09 ID:cNZ2jHh3o
エミルは、リヒトとかいうぼくと同い年の男を兄と呼んだ。
ぼくの胸に、黒くもやっとした感情が沸き溢れた。
ぼく以外の男を兄と呼び慕っていることが非常に気に食わなかった。

リヒトとはよく喧嘩になった。


会う度に、妹への感情は強くなっていった。
兄だと名乗り、一緒に暮らしたいと思った。

母上はあれほどエミルを心配しているのに、エミルはそんなことを露知らず、
カトレアというリヒトの母親を愛している。

ぼくは悲しくなった。

365: 2016/02/21(日) 21:02:44.04 ID:cNZ2jHh3o
妹に会いに来るのは何度目だろうか。
テレポーションによる長距離移動にも少しずつ慣れてきた。

エミルが坂から転げ落ちそうになったから、
助けようとしたらぼくまで一緒に落ちてしまった。

エミルが怪我をしていないかすごく心配になったけど、彼女は笑い出した。

勇者『今のすごかったねえ! ごろごろ~~って!』

面白かったらしい。草が生い茂っていて、大きな石も無かったことが幸いした。

魔王『……大丈夫? どこも痛くない?』

勇者『ゆうしゃの子だから丈夫なんだあ。このくらい大丈夫だよ!』

勇者『ヴェルこそおけがなあい?』

妹の笑顔を見て、胸が痛くなった。
初めて会った時もドキッとしたけど、その時とはなんだかちょっと違っていた気がする。

366: 2016/02/21(日) 21:03:10.59 ID:cNZ2jHh3o
だいぶエミルと馴染みもできてきた。

エミルに好きな人はいるのかと聞いた時、とても緊張した。
他に好きな人がいるって、答えられたらと思うととても怖くなった。

勇者『ぼくの、好きな人はね…………』

でも、エミルはぼくのことが好きなようだった。

すごく安心すると同時に、胸が高鳴った。

魔王『ぼくも、君のこと……』

恥ずかしくて全部は言えなかった。でも、伝わったみたいだった。
ぼくはエミルに重ねられた手を握り返した。

魔王族にとって、近親婚は珍しいことじゃない。
もしエミルがこっちに来てくれるのなら、結婚したいなって……そう思った。

367: 2016/02/21(日) 21:03:42.87 ID:cNZ2jHh3o
魔王『今度、母上が縫っている服をぼくがエミルに届けましょう』

魔王『きっと喜んでくれます』

魔王母『ヴェル……ごめんね、もういいのよ』

魔王『母……上……?』

魔王母『私が間違っていたわ……』

魔王母『あなたも私の大切な子供なのに……ごめんね、ごめんね』

母上はぼくを抱きしめた。泣いているみたいだった。

魔王母『もうこんな危険なことはやめて……』

やっと母上がぼくを見てくれるようになったけれど、あんまり嬉しくはなかった。
母上のためとかじゃなく、もうぼくはただただ純粋にエミルに会いたかった。

数日後の夕刻、時間が空いたのでエミルに別れを告げに行った。

368: 2016/02/21(日) 21:04:16.18 ID:cNZ2jHh3o
しとしとと雨が降っていた。

妹はぼくを見つけると、笑顔で駆け寄ってきた。

勇者『水の日に来るなんて珍しいね!』

魔王『……………………』

勇者『……どうしたの? またお父さんとお母さんが喧嘩してたの?』

言葉が喉に引っかかってなかなか出てこなかった。

魔王『……今日で、最後なんだ。ここに来るの』

やっとの思いでそう吐き出すと、妹は酷く悲しい表情をした。
目頭が熱くなったけど、どうにか涙をこらえた。

ぼくは、エミルが人間の……一人の女の子として幸せになるための、障害でしかないから。
地下の書庫にあった禁書に記されていた、記憶消去の術を発動しようと思った。
ぼくに関する記憶だけを、対象者の脳から消す秘術を。
でも、あの術は対象が目を閉じていないと発動できない。

勇者『やだ……やめて…………』

エミルはなかなか目を閉じてくれなかった。

369: 2016/02/21(日) 21:05:02.03 ID:cNZ2jHh3o
魔王『……スリーピング』

エミルに眠りの術をかけ、倒れかけた体を抱きかかえた。

魔王『…………ごめんね』


エミルを横抱きにして、彼女の家の方向へ向かうと、リヒトが現れた。

時間的に、夕方になっても帰ってこないエミルを迎えに行こうとしていたのだろう。

勇者兄『おい! 何やってんだよ!』

魔王『…………』

魔王『……目が覚めたら、この子はもうぼくのことを憶えていない』

勇者兄『は……? 何言って』

魔王『この子を何としても守って』

勇者兄『お前に言われるまでもねえよ』

魔王『……でも、もし君がエミルを守りきれなかったら、その時は』

魔王『その時は……ぼくがエミルを迎えに行く』

エミルをリヒトに渡し、ぼくはその場を去った。

370: 2016/02/21(日) 21:06:03.59 ID:cNZ2jHh3o
押し潰されそうな虚しさを抱えて城に帰ると、父上が激怒していた。

魔王父『この頃不自然に姿を消すようになったと思ったら人間の町へ行っていたのか!』

魔王父『魔族の王子がなんたる行為を!!』

城下町に出向いているのだと誤魔化していたが、最後の最後で見破られてしまった。
殺されてしまうのではと感じたくらい、怒りに満ちた父上は恐ろしかった。

真の勇者に負わされた光の傷で、まともに動ける体ではなくなっているはずなのに、
父上はぼくを拷問部屋まで引きずっていこうとした。

ぼくには抵抗する気力も残されていなかった。
ここで氏んでしまうならそれでもいいと思った。

魔王母『やめて!!』

母上も、長年抱えた悲しみが元でお体を壊し、走る体力なんてないはずだったのに、
止めに入ってくれた。

魔王母『……私が悪いのです……私が、娘の心配ばかりしていたから……』

魔王母『私のために、この子があの子のところまで……あなたに秘密で…………』

母上がそう言うと、父上は放心してしまって、何処かへ行ってしまった。

371: 2016/02/21(日) 21:06:55.21 ID:cNZ2jHh3o
間もなく母上は亡くなった。
ごく僅かな期間だけだったけれど、エミルだけじゃなく、ぼくの心配もしてくださった。

魔王母『お願いヴェルディウス……この世から争いを無くして』

それが母上の最期の言葉だった。
最期まで、母上の橄欖の実色の瞳が父上をとらえるはなかった。

人間と魔族、どちらが悪いとかじゃない。
争いそのものがなければ、きっと父上と母上は幸せになることができていただろう。

そして……両方の血を引くエミルは、人間の姿をしていても、
何かの拍子で人間からも魔族からも迫害されてしまうかもしれない。

372: 2016/02/21(日) 21:07:24.40 ID:cNZ2jHh3o
――――――

勇者『ヴェルは、将来の夢なあに?』

魔王『将来の、夢……?』

魔王『……わからない。ぼくは、一体どうしたいんだろう……』

――――――


魔王『エミル……ぼくの夢が決まったよ』

ぼくは……君が幸せに暮らせる世界を創る。

そのために、ぼくは魔王となる。


Now loading......

380: 2016/02/22(月) 20:56:26.66 ID:Yk8qxWZZo
魔王(……エミルは、私を見捨てずにいてくれるだろうか)
魔王(壊れたまま治らない、この私を…………)

――
――――――

母上の氏後、父上の心と体は更に弱まり、滅多に寝台を降りることはなくなった。

家臣達は王位継承の準備をしなければと忙しそうだった。

重臣『おなごの様に細いヴェルディウス様に王位継承はさせられませぬ』

重臣『陛下、どうかヴォルケイトス殿下をお世継ぎに』

魔王父『ならぬと言っている』

重臣『殿下からもどうか』

   『知るかよ。俺は王位なんて継がねえぞ』

ある時、父上の私室から、父上と鼻筋のよく似た魔王族の男が現れた。

   『あ? お前もしかしてヴェルディウス?』

   『噂通り女そのものじゃねえか! ははっ!』

失礼な奴だと思う前に、その男の正体が気になった。
魔王族には違いないが、ぼくはその男を見たことがなかった。

381: 2016/02/22(月) 20:57:39.42 ID:Yk8qxWZZo
    『知ってるぞ? 『魔性の美少年』って呼ばれてんだろ?』

    『ま、お世継ぎとして精々がんばれよ』

彼はぼくを嗤って去っていった。

魔王『今のは……』

老執事『ヴォルケイトス様でございます。殿下の異母兄にあたるお方です』

魔王『えっ……』

信じられなかった。
父上には一人も妾はいないはずだし、兄がいるだなんて聞いたこともなかった。

だけど、その名には聞き覚えがあった。
家臣達がぼくに隠れてこそこそ何かを話していた時に、たまに聞こえていた名だ。

魔王『でも、父上が母上以外の女性と子を成すはずが……』

老執事『……少々事情がございまして』

城の者は皆母上は氏んだものと思っていたが、父上は断固として他の女性を娶らなかった。

でも、世継ぎがいないのは非常にまずいこと。
重臣達が拒否する父上を無理矢理受胎の魔法陣に押し込み、
后候補だった力の一族の女性との子供を作ったそうだ。
かなり大がかりな作業だったらしい。

382: 2016/02/22(月) 20:58:22.22 ID:Yk8qxWZZo
人間として生きていた母上が見つかり、ぼくが生まれたことで用済みとなった彼等は、
力の一族の本家がある南の地で暮らすようになった。

しかし、ぼくがあまりにもひ弱なので、
ヴォルケイトスを後継者として支持する者が非常に多いという状態になっていた。

……ぼくには幼少時より「魔性の美少年」などという不名誉な二つ名があった。
同年代の女の子から好かれるには身長が足りなかったが、
そこらの女の子よりも遙かに女の子らしい容姿だったため、
妙な趣味に目覚めそうになる男性が後を絶たなかったのである。

真に遺憾であるがそのようなことはどうでもいい。
ぼくは王位を継承し、どうすれば平和な世を築けるのかを考えなければならない。

父上と同じく、高位の魔族のほとんどは人間を害虫だと考えている。
厳しい戦いになるだろう。

383: 2016/02/22(月) 20:59:19.18 ID:Yk8qxWZZo
魔王父『オリーヴィア……』

魔王父『オリーヴィア……そこに……いるのか……?』

父上は母上の氏を受け入れることができず、
しばしばぼくを母上だと認識するようになった。

魔王『父上……何をなさるのですか!?』

ある時、寝台の中へ引きずり込まれてしまった。
キスなんてエミルともしたことなかったのに。

でも、ぼくはそこまで壊れてしまった父上が心配でたまらなくて、
父上の私室に通うのをやめる気にはなれなかった。
まともに会話ができる日もあったから。

父上の胸には、大きな白い傷が刻まれていた。癒えることのない光の傷だった。


悍ましい行為が繰り返されていく内に、ぼくは肉親への情と性愛の区別が付かなくなっていった。

魔王(おかしいな……ぼくは、エミルに対して二つの心を持っているはずだった)

魔王(妹として大切に思う気持ちと、異性として愛する気持ちを)

魔王(その二つが混ざって……もうどっちがどっちだかわからない……)

エミルへの気持ちが穢れてしまったような気がして、妙な罪悪感に駆られた。

384: 2016/02/22(月) 20:59:51.03 ID:Yk8qxWZZo
母上が亡くなってから一年程経った。
ついに戴冠式が行われることとなった。

父上から闇の力を受け継ぐことは父上の氏を意味していたから、
貴魔族達が随分揉めていたがようやくこの日が訪れた。

しかし、ぼくはまだ十二歳になったばかり。
闇の珠と心臓を融合させたとはいえ、実権を握ることができるはずがなかった。

父上の腹違いの弟である叔父上がぼくの摂政を務めることとなった。
母上をいやらしい目で見ていたから、ぼくはこの男が大嫌いだった。

魔政客『人間を襲うなですと? ははは、御冗談を』

その上叔父上は人間嫌いだ。敵以外の何者でもない。
はやく大人になって邪魔者を排除したくてたまらない。

魔従妹『男のくせに私より可愛いとかなんなのよ!!』

娘もうるさかった。ぼくだって好きでこんな細いわけじゃない。
鍛えても鍛えてもなかなか筋肉がつかないんだ。

385: 2016/02/22(月) 21:05:01.12 ID:Yk8qxWZZo
父上も母上も亡くなり、エミルは大陸の反対側でぼくのことを忘れて生きている。
孤独感に襲われる日々が始まると思っていた。

魔王兄『あーかったるかった。式典とか堅っ苦しいのマジめんどくせぇ』

魔王(あ……)

魔王『あに、うえ』

魔王兄『は? 兄と呼ばれる義理なんてねえぞ』

魔王『もう、帰ってしまわれるのですか……?』

魔王兄『ったりめーだろ、好きで来てたわけじゃねえし』

魔王『…………』

魔王兄『な、なんだよ』

魔王兄(こいつ……ほんとに男か? 女が男物の服着てるようにしか見えねえ)

魔王『その……お願いがあります』

386: 2016/02/22(月) 21:05:26.99 ID:Yk8qxWZZo
魔王『今でも兄上を魔王にしたがっている者は多くおります』

魔王『兄上が傍についていてくだされば、少しは静かになると思うのです』

魔王『だから……』

魔王兄『助けてやる理由がねえな』

魔王『……父上とぼくを憎んでおられるのですか』

魔王兄『いいやまったく』

魔王兄『自由に過ごせねえ魔王の座になんて何の興味もねえ』

魔王兄『俺は自由に生きてえ。それだけだ。じゃあな』

魔王『ぁ……っ…………』

魔王『う……ぅ……』

魔王兄『いや泣くとかお前そりゃねえだろ』

魔王『だっ、て……』

387: 2016/02/22(月) 21:06:12.13 ID:Yk8qxWZZo
魔王兄(こいつ……魔性の美少年とか言われてるだけあるな)

魔王兄(なんかこう…………クるものがある)

魔王『兄上…………!』

魔王兄『ったく、仕方ねえな。少しの間だけだぞ』

魔王『本当ですか!? ありがとうございます!』

小うるさかった兄上派の家臣達も、兄上にぼくの意見を代弁してもらったら大人しくなった。
助けてもらう代償……かどうかはわからないが、ぼくは兄上に体を捧げた。

魔王兄『……俺は女にしか興味ないはずなんだがな』

魔王兄『お前、ほんと何者だよ……男に生まれて損したな』

家族への愛情と恋愛感情の区別がつかなくなっていたから、抱かれることは苦でなかった。

ただ、妹の笑顔を思い出しては罪悪感を覚えた。
もうあの子には会えないというのに。

388: 2016/02/22(月) 21:07:21.11 ID:Yk8qxWZZo
魔王『……どうしたら兄上のような逞しい体を手に入れることができるのでしょう』

兄上は力の一族の血を濃く引いているだけあって、背が高く筋骨隆々だった。

魔王兄『お前、あんまり飯食ってねえだろ』

魔王『!』

魔王兄『食わねえとどんだけ鍛えても筋肉つかねえだろ』

魔王『そ、それもそうですね』

魔王兄『まあ、お前が男らしい体になったら抱けなくなるだろうがな』

細い体は劣等感の原因だったが、兄上に見捨てられたくなかった。
兄上に捨てられてしまうくらいなら、一生女の様な容姿のままでいいと思った。
ぼくにはもう傍にいる肉親が兄上しかいないのだから。

389: 2016/02/22(月) 21:08:11.99 ID:Yk8qxWZZo
――
――――――

即位して二年程経った。

兄上は気まぐれだから、時折姿を消しては城に戻ってくるという生活を送っていた。
まだぼくの容姿は女の様だった。変声すらしていなかった。

魔王兄『……もう終わりにしよう』

突然、兄上はぼくにそう告げた。

魔王『何故ですか!?』

魔王兄『こんな関係だって家臣どもにバレたら笑いもんだろ』

魔王『しかし…………』

魔王兄『このままじゃお前駄目になっちまうんだよ』

魔王兄『一生自立できねえ』

魔王『兄上……』

魔王兄『じゃあな』

母上が城を去っていった時のことを思い出した。
ぼくは、また肉親に捨てられてしまった。酷く虚しくなった。

390: 2016/02/22(月) 21:08:49.56 ID:Yk8qxWZZo
一晩泣き明かし、翌日から必氏に食事を腹に詰め込んで体を鍛えた。

執事『どうしたんだい、急に』

魔王『…………筋トレに付き合ってくれ』

ぼくが兄上に強く依存してしまっていたのは確かだった。
でも、愛情に餓えたこの精神は何かに執着しなければ生きていけない。

魔王(エミルは今どうしているだろうか)

もうエミルとの幸せだった日々に依存するしか心を保つ手段は残されていなかった。
きっと、一生この虚しさを埋めることはできないのだろう。

そう、永遠に――――。


――――――
――

391: 2016/02/22(月) 21:09:16.74 ID:Yk8qxWZZo
魔王(今でも私は、肉親への愛情と性愛の区別が付かないままだ)

魔王(彼女は……エミルは、私をどう思っているのだろうか)

魔王(……落ちてゆく夕陽がなんとも物悲しい)

勇者「ヴェルー!」

魔王「エミル…………」

勇者「えっとね、あのね」

エミルは何かを言い出そうとした。

勇者「……ぁ…………あ、」

軽く微笑み、だが俯いていた。

勇者「あ、ぁ……ぅ…………ぇ……」

夕陽に照らされていたが、頬が紅く染まっているのがわかった。

392: 2016/02/22(月) 21:09:45.00 ID:Yk8qxWZZo
勇者「あに、うえ……」

上目づかいで、確かにエミルは私を兄と呼んだ。

魔王「えみ、る……」

長年見つけられずにいたパズルのピースが見つかったかのような、
熱い情が胸を襲った。

勇者「えへへ、コバルトさんがね、こう言ったらきっとよろこふぐぅっ!?」

思わず膝をつき彼女を抱きしめた。

魔王「エミル、エミル……!」

魔王「お前に兄と呼ばれる日が来るのをどれほど待ち望んでいたことか……!」

勇者「ん……兄上、だいすき」




魔王父(羨ましい…………)


Now loading......

401: 2016/02/23(火) 20:56:51.18 ID:BmHQe7jvo
勇者「あ……」

エミルは魔王を見かけると走り去っていった。

魔王「この頃エミルの様子がおかしいんだ」

執事「どうされたんでしょうね」


Section 13 慕情

402: 2016/02/23(火) 20:57:24.93 ID:BmHQe7jvo
魔王「私は彼女に避けられているらしい」

メイド長「あら」

魔王「気づかない内に嫌われるようなことを言ってしまったのかもしれない」

執事「陛下口下手ですしね」

魔王「……」

魔王「だが向こうから甘えてくることもあるのだ」

執事「ふむ」

メイド長「話を聞いて参りますわ」

魔王「頼む」

魔王「エミルまで離れていってしまったら……私はもう生きていけぬ……」

執事「もっとどっしり構えたらいかがですか」

403: 2016/02/23(火) 20:58:02.17 ID:BmHQe7jvo
勇者「はあ……」

メイド長「エミル様っ!」

勇者「ひぐっ! メルナリア……」

メイド長「この頃お顔の色が優れないようなので心配ですわ」

メイド長「何かお悩みでも?」

勇者「い、いや……その……大したことじゃ……」

メイド長「女同士なのですから、小さなお悩みでもなんでも話していただきたいですわ」

勇者「ん……でも……」

メイド長「エ・ミ・ル・さ・ま」

勇者「…………」

メイド長「もしかして……恋のお悩みですか?」

勇者「あぐっ……」

404: 2016/02/23(火) 20:58:29.66 ID:BmHQe7jvo
メイド長「そんなことだろうと思いましたわぁ」

勇者「う……」

メイド長「恋バナ! 恋バナしましょう!!」

勇者「ぼく、その……」

勇者「友達と恋愛の話とか……したこともなくって……」

勇者「ど、どう話せばいいのかとかわからないし…………」

メイド長「ゆっくり、ちょっとずつお話してくださいな」

勇者「ん……」

メイド長「そうだ、紅茶とお茶菓子をご用意いたしましょう!」

メイド長「甘い物をつまみながらが楽しくて良いですわ!」

405: 2016/02/23(火) 20:59:10.62 ID:BmHQe7jvo
勇者「……ヴェルって、ほら、魔王だし、綺麗な顔してるし……」

勇者「不器用だけど優しいし、けっこうモテたりとか……するのかな……」

メイド長「そうですわね……幼い頃はそれはそれは可愛らしかったので、」

メイド長「年上のメイド達から小動物のように可愛がられていたそうですが、」

メイド長「今でも高位の魔族にしては少し低身長ですので、あまりモテませんわ」

勇者「えっ……そういえば魔貴族の方々って人間より大柄な人がほとんどだ」

勇者「ヴェル充分おっきいのに……185くらいあるよね?」

メイド長「あ、コンプレックスですので陛下の前で身長の話は禁句です」

勇者「じゃあ……ぼくがいない間に恋人がいたりとかは……」

勇者「ぼくには他に好きな人できたりしたことなかったし、」

勇者「ヴェルに昔の恋人がいたりしたらやだなって……この頃胸が痛くって……」

執事「彼女ができたことはありませんよ」

勇者「ほんと?」

メイド長「あらあなたいつの間に」

執事「すみません、気になって様子を見に来てしましました」

メイド長「ガールズトークの邪魔をしないでいただけるかしら?」

勇者「いいよ……別に……」

執事「陛下のことなら僕の方が詳しいですし」

406: 2016/02/23(火) 20:59:37.69 ID:BmHQe7jvo
執事「今のところ、僕の知る限り陛下のことを慕っている女性は一人だけいらっしゃるのですが」

勇者「!?」

執事「陛下は彼女を好いておられませんし、安心して大丈夫ですよ」

勇者「ん……」

勇者(もやもやする……)

メイド長「お悩みのきっかけはございますの?

勇者「そ、その……こんなこと言うの恥ずかしいんだけど……」

勇者「ヴェル……キスがすごく上手だし……」

勇者「ぼ、ぼくは他の人とキスなんてしたことないから、」

勇者「あんなものなのかもしれないけど、慣れてる感じがして……心配になっちゃって」

執事「……なるほど」

メイド長(ああもう可愛らしいですわ! 恋に悩むお姿って素敵!)

407: 2016/02/23(火) 21:00:42.40 ID:BmHQe7jvo

執事「決して陛下のことが嫌いになったから避けているというわけではないのでしょう?」

勇者「初めて会った時から、ヴェルのことは好きだったけど……」

勇者「この頃、好き過ぎて胸が苦しくて、不安で仕方がなくて…………」

勇者「一緒にいたいのに……」

執事「陛下はエミル様のことを心配しておられましたよ」

執事「彼が最も恐れていることは、エミル様が遠くへ行ってしまわれることなのです」

執事「陛下を信じて、もっと甘えてもいいと思いますよ」

勇者「……そっか」

メイド長「いつかその激しい感情は深き慈愛になりますわ」

408: 2016/02/23(火) 21:01:11.59 ID:BmHQe7jvo
魔王「……エミルはどうだった」

執事「心配には及ばないと思いますよ」

執事「いわゆる好き避けってやつです」

魔王「…………」

執事「感情が昂りすぎて落ち着かなかったようなんです」

執事「しばらく生暖かく見守ればいずれ落ち着きを取り戻されるでしょう」

魔王「そ、そうか」

執事(照れてる)

執事「そろそろ大魔族会議の準備に取り掛かりましょう」

魔王「……そういえばそろそろその時期だったな」

執事「頭痛薬持ってきますね」

魔王「……頼む」

409: 2016/02/23(火) 21:01:37.83 ID:BmHQe7jvo

――魔王城・中庭

勇者「大魔族会議?」

メイド長「ええ。魔王陛下と、魔王族や五大魔族の代表者が出席する会議です」

メイド長「年に一度定期的に行われる他、必要に応じて開催されることもございます」

メイド長「エミル様もご出席なさるようにとのことですわ」

魔従妹「ちょっとあなた!」

勇者「……ぼく?」

魔従妹「ヴェルディウスの婚約者ってあなた?」

勇者「あ……はい……」

勇者(ツインテール美少女だ)

メイド長「エミル様、こちらは魔王陛下の従妹であらせられる……」

魔従妹「マゼンティアよ」

勇者(こ、怖い……)

魔従妹「あんたみたいなちんちくりんにヴェルディウスは渡さないんだから!!」

勇者「ひっ」

410: 2016/02/23(火) 21:02:27.06 ID:BmHQe7jvo

勇者「う……うぁぁぁ……」

メイド長「昔はヴェルディウス陛下をライバル視しておられたのですが」

メイド長「陛下が男性らしくなられてから心境の変化があったらしく……」

勇者(ぼくは女の嫉妬の怖さを知っている)

――――

魔法使い『あんたさえいなければ…………!』

――――

勇者「……図書室行きたいな…………」


勇者(ええと……元の姿になれそうな術……)

411: 2016/02/23(火) 21:02:58.57 ID:BmHQe7jvo

――魔王城・大会議室

魔王「……何故エミルは少年のようだった頃の姿になっているのだ」

執事「あの服は陛下のお下がりですね……」

勇者「…………」

メイド長「まあまあ」

執事「では、初めてご出席された方も二……いえ、三名いらっしゃいますので、」

執事「お一人ずつご紹介いたしましょう」

執事「こちらは、ヴェルディウス様の婚約者であらせられるエミル様でございます」

勇者「ど、どうも……」

魔従妹(…………)

執事「えー、力の一族代表、フラム=エカルラーティア様」

力族長「はぁい?」

力族長「炎を象徴とする力の一族の現族長、エカルラーティアよぉ」

勇者(色っぽい女の人だなあ)

力族長「コバルト君ったら相変わらずかわいいわねぇ、十年後が楽しみだわぁ」

執事「はは……」

力族長「陛下もお父上に似ていい男になってきたわねえ、五年後くらいが収穫時かしらぁ」

魔王「っ……」

勇者(女豹だ……)

412: 2016/02/23(火) 21:05:20.27 ID:BmHQe7jvo

執事「え、えぇと、知恵の一族代表、ロゴス=スキエンティウス様」

知恵族長「……エミル様は知恵の一族と聞いていたが」

知恵族長「とても我が一族の者には見えぬな」

勇者「あ、いや、その……」

メイド長「普段はオリーヴィア様そっくりですのよ」

魔政客「何っ!?」

魔王(エミルが人間の姿をしていて正解だったな……)

魔王(母上とよく似た姿では伯父上に卑猥な目で見られてしまっていただろう)

知恵族長「……失礼。確かに身に纏っている魔力は我等が眷属のものだ」

勇者(ふう……ちょっと堅苦しい)

執事「空の一族代表、ヴァン=ミラン様」

執事「本日は疾風のフォーコン様もご一緒のようで」

空族長「娘との結婚が決まったのでな。後継ぎとして連れてきたのだよ」

執事「それはおめでとうございます」

おぉ~パチパチパチ

隼青年「……感謝する」

勇者(二人とも真面目そうだなあ)

413: 2016/02/23(火) 21:05:54.27 ID:BmHQe7jvo

執事「地底の一族代表、テール=ベーリーオルクス様」

地底族長「族長となって日が浅いのでな。お手柔らかに頼む」

執事「地底の一族はその名の通り地下で生活しており、」

執事「地の魔術の他、闇の魔術を得意とする者も多くおります」

勇者(強そう)

執事「では、黄金の一族代表、オール=パイライトス様」

金竜頭領「族長代理のパイライトスだ」

執事「もう族長名乗っていいんじゃないですか?」

金竜頭領「族長となるはずだったのは我が弟だ! 私なぞ……」

メイド長「もう、お父さまったら」

勇者「えっお父さん?」

414: 2016/02/23(火) 21:06:25.59 ID:BmHQe7jvo

魔政客「私が最後とはどういうことだね」

執事「えっあっすみません」

執事「魔王族代表、先代魔王の弟君であらせられるストゥルトゥス様」

執事「……と、そのご息女、マゼンティア様です」

魔政客「どうしても出席したいといって聞かなかったものでね」

魔政客「連れてきてしまったよ」

魔従妹「ふんっ」

勇者「ひっ」

執事「では本題に」

力族長「あなた、うちの息子に大恥かかされて摂政の座を失ったっていうのに」

力族長「よく平気でこの場に顔出せるわねぇ」

執事「ふっ……くすっ…………おっと失礼」

魔政客「おのれ……」

魔王「……本題に入るぞ」

415: 2016/02/23(火) 21:07:33.29 ID:BmHQe7jvo

執事「えー、まずは人間を襲おうとする者が後を絶たない問題についてですが」

魔政客「それの一体どこが問題なのだね」

魔王「黙れ」

魔政客「ぐっ」

知恵族長「我々五大魔族は平和を目指すということで意見が一致している」

執事(ここまでこぎつけるのに苦労したなあ……)

知恵族長「貴公はいまだに人間を害虫だと思っているようだが」

知恵族長「古臭い固定観念はいい加減捨てたらどうなのだ」

金竜頭領「うむ。人間に恨みはあるが、人間も同じく我等を憎んでおる」

金竜頭領「争いそのものを無くさぬ限り犠牲は増え続けるであろう」

地底族長「同じく」

空族長「同意だ」

力族長「そもそも人魔の争いに興味ないわぁ~」

力族長「でもこの頃人間のオトコにも興味あるのよねぇ」

魔政客「…………」

魔従妹「お父様……情けないわ」

416: 2016/02/23(火) 21:08:17.65 ID:BmHQe7jvo

執事「皆様方のご協力によりどうにか沈黙を保つことができていることに感謝いたします」

執事「今後も引き続きご協力いただきたい」

執事「ご意見のある方は」

執事「異論が無いようですので、次の議題に移りましょう」

執事「真の勇者に関してですが」

勇者「…………」

執事「光の珠の力は非常に危険であり、」

執事「魔王陛下の闇の珠の力しか対抗手段がございませんので」

執事「くれぐれも接触しないようお願いいたします。異論はございますでしょうか」

魔政客「こちらからは一切攻撃を仕掛けないということかね」

執事「ええ」

魔政客「兄者も父上も自ら出向いて真の勇者と戦っておったが」

魔政客「現在の魔王陛下はただ待ち構えるだけなのかね」

魔王「我はデスクワークが多すぎて城から離れる暇がないのでな」

魔王「それに、わざわざ出向く必要もないであろう」

417: 2016/02/23(火) 21:08:45.07 ID:BmHQe7jvo

魔政客「命令違反が絶えないのはヴェルディウス陛下の威厳が足りないからであろう!」

魔王「っ……」

執事「陛下、こらえてください」

魔政客「今すぐにでも真の勇者と闘い力を示したらどうなのだ!!」

魔政客(その結果戦氏すれば政権は我が手に……)

魔政客「ただ待っているだけのこの低身長が!!」

魔王「貴様ァ!」

力族長「奥さんが戻ってきてくれるのをただ待っているだけのあなたに他人のこと言えるのかしらぁ」

魔政客「っ!?」

一同「「「「「…………ふっ」」」」

魔王「私はまだ伸びる!!」

執事「陛下、素が出てます」

魔王「はっ」

力族長「あら、無理に魔王ぶらなくてもいいのよぉ、たった数人しかいないんだからぁ」

一同「「「「「……ふっ……はっ……クスクス」」」」

力族長「まだ若いのに大変よねぇ……頑張ってお父上の真似をしてるのよねぇ」

力族長「微笑ましいわぁ」

魔王「お……のれ…………」

勇者(怒りでプルプルしてる……)

418: 2016/02/23(火) 21:09:15.32 ID:BmHQe7jvo

執事「くふっ……次の議題に移りましょう」

執事「ふふっ……災害の多発に関してですが……はっ……」

魔王「笑うな」

執事「すみませ……現在、賢者達が原因を究明しているのですが」

執事「いまだ原因は不明です」

執事「賢者の方以外もご協力お願いいたします……ふっ……」

執事「ご意見が無ければ、これにて本会議を終了させて……いただきま……」

魔政客「待て」

魔王「何だ」

魔政客「人間の血を引く女を后にするとは本気なのかね」

魔王「ああ」

419: 2016/02/23(火) 21:10:03.61 ID:BmHQe7jvo

魔政客「汚らわしいとは思わんのか!」

勇者「…………」

魔王「全く」

魔政客「うちの娘の方が魔王妃に相応しい!」

魔従妹「お、お父様……」

空族長「娘を嫁がせることにより自分が権力を得たいだけではないのか」

魔政客「うっ」

知恵族長「貴公の方が遙かに汚らわしい」

地底族長「何故このような者が魔王族代表なのだ」

力族長「汚いことばっかやって権力だけはちょこっと持ってるものぉ、こいつ」

金竜頭領「種族違いの恋には障壁がつきものだが……」

メイド長「…………」

金竜頭領「人間の血を引く者との婚姻は新たな時代の礎となろう」

地底族長「うむ」

魔政客「ぐぬぬ……」

執事「では、これにて大魔族会議を終了させていただきます」

420: 2016/02/23(火) 21:10:33.35 ID:BmHQe7jvo

執事「やあ、久しぶりだねフォーコン。結婚おめでとう」

隼青年「ありがとう」

執事「やっぱりお相手はシーニュかい?」

隼青年「ああ」

執事「今度久々に手合わせしないかい? 1kmほど空を競走しよう」

勇者「親しいんだね、コバルトさんとフォーコンさん」

メイド長「ええ。彼等は生息地が近いので、幼い時分より交遊があったそうですわ」

魔政客「散々娘の前で恥をかかせおってこの年増が!」

力族長「あぁんらぁ、ごめんなさいねぇ」

魔政客「ふん、これだから力の一族は……」

力族長「知ってるわよぉ、あなた、数年前うちの息子に奥さん寝取られかけたんですってぇ?」

力族長「うちの息子も隅に置けないわねえ! あぁははは!」

魔政客「があぁぁぁ!!!!!!!!」

421: 2016/02/23(火) 21:11:00.23 ID:BmHQe7jvo


魔王「疲れた……」

魔王「エミル、その格好は一体どうしたんだ」

勇者「兄上……その、あの子の視線が怖かったら」

勇者「男の子の格好をすれば、少しマシにならないかなって……」

魔従妹「…………」

勇者「意味なかったけど……」

魔王「はあ、まったく……」

魔王「マゼンティア」

魔従妹「…………」

魔従妹「何なのよ! もう!!」

魔従妹「ポッと出のちんちくりんの男か女かいまいちよくわかんないやつと」

魔従妹「結婚するなんて認めないんだから!!」

魔王「ちんちくりんはお前もだろう……」

魔従妹「ヴェルディウスみたいな低身長のこと好きになる女の子なんて私くらいだったのに!」

魔王「てい……しん…………」

メイド長「陛下、しっかり」

魔従妹「バカ!!」

マゼンティアは何処かへ走り去っていった。

422: 2016/02/23(火) 21:13:44.00 ID:BmHQe7jvo

勇者「ただでさえぼく兄上の胸くらいまでしかないのに」

勇者「これ以上体格差が大きくなったら………………壊れちゃうよ……」

魔王「……お前もまだ伸びるから問題ない」

勇者「そうだといいんだけどなあ」

メイド長「しかし大丈夫でしょうか、マゼンティア様」

メイド長「護衛も付けずに城の中を走り回るのは危険ですわ」

メイド長「いろいろな思想の者がおりますので……」


魔従妹「ヴェルディウスの……ばか……」

魔従妹「…………ぐすっ」

魔豪族1「あやつ、ストゥルトゥスの娘ではないか」

魔豪族2「奴には恨みが積もり重なっておる」

魔豪族2「少し悪戯して憂さ晴らしでもするか」

423: 2016/02/23(火) 21:14:15.40 ID:BmHQe7jvo

魔従妹「ちょ、ちょっと何するのよ!」

魔豪族1「少々お付き合い願いたい」

魔豪族2「はっ、あいつの娘の癖に顔だけはよいではないか、胸は小さいがな」

魔従妹「い、いやあああ!! 魔王族にこんなことして許されると思ってるの!?」

魔豪族1「魔王族なのに辱めを受けただなどと他人に言えるのか? こっちへ来るがよい」

魔従妹「う……」

魔豪族2「お前の父親に恥をかかされた分めいっぱい辱めてやろう」

勇者「――ウォーターピストル」

魔豪族1「ぐはっ!」

魔豪族2「あだっ!」

勇者「子供に復讐するのは流石に卑怯だと思うんですよ」

魔従妹「っ…………」

424: 2016/02/23(火) 21:15:19.23 ID:BmHQe7jvo

勇者「えっと……大丈夫?」

魔従妹「あ、あんた……」

勇者「…………」

魔従妹「助けるなんてバカじゃないの!?」

魔従妹「私は……あんたに……」

勇者「だって、どんな人であっても、酷い目に遭ってたりしたら後味悪いでしょ」

勇者「ほら、手を取って」

魔従妹「ん…………」

魔従妹(お人好しにもほどがあるわ)


メイド長「エミル様ーっ! もう、走るのがお早い……」

メイド長「……あら?」

425: 2016/02/23(火) 21:16:19.35 ID:BmHQe7jvo

勇者「あ、あはは……」

魔従妹「…………」

メイド長(マゼンティア様がエミル様にぴったりくっついておられるなんて……)

魔従妹「……人間育ちのあなたに教えてあげるわ」

魔従妹「魔族は人間の多くの国と違って同性婚が認められているのよ」

勇者「えっ」

メイド長「あらまあ」

魔従妹「もう離さないから」

勇者「ちょっと待って!」

勇者「待って! ぼくには兄上が……ヴェルがいるから!!」

勇者「助けてえええええ!!!!」


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432: 2016/02/24(水) 21:09:00.91 ID:xE3RRmhpo

Section 14 混血


勇者「お城の裏にお庭があったなんて……」

魔王「母上がこの庭によく訪れていた」

勇者「いろんなお花があって綺麗だね!」

勇者「このバラいい香り……」

   「くぅ~ん」

勇者「あれ?」

勇者「この辺りから子犬の鳴き声が……」

勇者「この子、弱ってる! すぐに助けなきゃ」

433: 2016/02/24(水) 21:09:33.37 ID:xE3RRmhpo

――魔王城・エミルの部屋

狼犬「すぁ~ふぐぐぐ……すぁ~ふぐぐぐ……」

勇者「この子、真珠みたいな毛色……綺麗……」

勇者「ふわふわだぁ」

魔王「……魔狼と動物の犬の混血だな」

魔王「動物も魔の気を恐れるため、このようなことは滅多にないのだが」

勇者「……この子、ぼくとおんなじなんだ」

狼犬「すぅ~……わふ?」

狼犬「アンアン! アン!」

勇者「よかったぁ~元気になったみたい!」

434: 2016/02/24(水) 21:10:01.47 ID:xE3RRmhpo

狼犬「くぅ~くぅ~! くぅ~ん!」

勇者「懐かれちゃった」

勇者「この子もお城に住んでいい?」

魔王「構わんが」

勇者「やったあ!」

勇者「……よし、決めた! 君の名前はパルルだよ!」

狼犬「ワン!」

勇者「かわいいなぁ~も~~」

勇者(……あれ? どうして今まで気が付かなかったんだろう)

勇者(普通、同じ種族か、ごく近い近縁種でしか子供は作れない)

勇者(魔属と動物の間に子供ができたってことは、元は両方同じ種族……)

勇者(ということは、魔族と人間も祖先は同じ)

勇者(大昔、元いた人間や動物が後天的に魔属化したんだ……!)

435: 2016/02/24(水) 21:10:39.85 ID:xE3RRmhpo

商人「セントラルの町? 今は行かない方がいいよ」

商人「避難勧告が解除されたばかりでバタバタしてるらしいし、」

商人「ちょっと火山灰が積もっちゃってるらしくてね」

勇者兄「そうですか……」

商人「僕もしばらくまではあそこで商売してたんだがねえ……」

勇者兄「エミル・スターマイカって少女に会いませんでしたか? 俺の妹なんです」

商人「……ああ、似てると思ったよ。黒髪の小さな勇者さんだろう?」

勇者兄「はい!」

商人「一度しか話さなかったが、とても印象に残っているよ……」

商人「巷じゃ氏んだなんて噂になってるが、僕は討伐隊の人から直接聞いたよ」

商人「魔王に連れ去られてしまった、ってね……」

勇者兄「討伐隊……? 詳しく聞かせてください!」

436: 2016/02/24(水) 21:14:16.47 ID:xE3RRmhpo

――魔王城・魔王の書斎

勇者「パルルーおいで!」

狼犬「わんっ!」

勇者「あはは! こっちこっちー!」

メイド長「うふふ」

魔王「……楽しそうで何よりだ」

執事「……犬に嫉妬してるなんてことないですよね?」

魔王「そこまで私の器は小さくない」

狼犬「アン! わぉぉん!」

魔王「こ、こら、くっつくな! 舐めるな! 毛が服に付く!」

勇者「兄上にも懐いたね! よかったー!」

魔王「くすぐったいぞ……まったく……」

437: 2016/02/24(水) 21:14:47.65 ID:xE3RRmhpo

――セントラルの南の村

武闘家「今日はここで一泊か」

魔法使い「小さな村ね……宿屋も無さそうだわ」

勇者兄「確かこの村に親戚が住んでるはずなんだ。訪ねてみよう」

法術師「~♪」

魔法使い「さっきの商人から買ったイヤリング、気に入ってるのね」

法術師「婚約者の分まで買っちゃった! おそろい~」

魔法使い「いいわよね……将来の相手がいる人は……」



勇者兄「すみません、バーント・シェンナさんですか?」

娘父「宿なら他を当たってくれ」

バーントはリヒトの顔を確認した瞬間戸を閉じた。

娘父「その憎たらしいツラを二度と俺に見せるな」

勇者兄「ぁ……ぁ……」

武闘家「ちょっと待ってくれよ」

438: 2016/02/24(水) 21:15:44.90 ID:xE3RRmhpo

武闘家「調べはついてるんだぜ? バーント・シェンナさん」

武闘家「いたんだろ、エミルがいた討伐隊の中に」

武闘家「ちょっと話を聞かせてほしいんだ」

娘父「……入れ」

法術師「あなたいつの間にそんなこと調べてたの?」

武闘家「さっきの町で平和協会の支部に行った時にちょこっと気功催眠で」


娘祖父「本は……わしの本は無事かのう……」

娘母「お父さん、シールド張ってきたでしょ」

娘母「幸い溶岩は町まで流れてこなかったそうよ」

娘祖父「早く帰りたいのぉ……」

439: 2016/02/24(水) 21:16:26.55 ID:xE3RRmhpo

娘父「悪いがそいつの顔を紙袋で隠してくれないか」

娘父「胸糞が悪くなって仕方がない」

法術師「仕方ないわね」

娘母「ごめんなさいね、この人若い頃からシュトラールさん絡みで色々あったものだから」

勇者兄(紙袋)「親父は一体何をやらかしたんだ……」


娘父「……ああ。エミルは俺の目の前で魔王に攫われた」

娘父「恐ろしかったな……今こうして生きているのが不思議なくらいだ」

武闘家「魔王が美形ってほんとか?」

娘父「ああ、遠目でも綺麗な顔立ちだってわかったな。先代よりも多少小柄だったが」

勇者兄(紙袋)「よし、戦う時はチビと罵倒して激怒させ、隙ができた瞬間に倒そう」

娘父「それでもそこら辺の人間の男よりは高身長だぞ」

勇者兄(紙袋)「えっ俺より?」

魔法使い「真面目に話しなさいよ」

440: 2016/02/24(水) 21:22:45.56 ID:xE3RRmhpo

法術師「先代の魔王を見たことがあるんですか?」

娘父「……ああ」

娘父「俺は若い頃、協会からの命令でほんの数年だがシュトラールと旅をしていたからな」

娘父「何度か戦ったことがある」

勇者兄(紙袋)「そうなんですか! 大変だったでしょう、あの親父と旅をするのは」

娘父「俺がいなかったらあいつの子供の人数は数十倍に膨れ上がっていただろうな」

娘父「避妊魔法も絶対じゃないしな……」

勇者兄(紙袋)「ああ……苦労している様子が容易に想像できる……」

魔法使い「もうそろそろ本題に入ったら……?」

441: 2016/02/24(水) 21:23:26.22 ID:xE3RRmhpo

――
――――――

娘父「……とまあ、こういうことがあったわけだ」

娘父「お偉いさん方に迫害されていたにも関わらず、あいつはめげずによく頑張ったよ」

勇者兄(紙袋)「エミル…………」

娘「お茶、入ったわよ」

娘父「……本気であいつを助けるつもりなんだな?」

勇者兄(紙袋)「ああ」

娘父「あいつは世界に殺されそうになったんだ」

娘父「もし無事連れ帰ることができたとしても、」

娘父「平和協会の連中はなんやかんやで理由を付けて再びエミルを殺そうとするだろう」

勇者兄(紙袋)「……その時こそ、俺はあいつを守ってみせます」

娘父「世界に迫害されるってのは、それだけの理由があるってことだ」

娘父「不当に思えたとしてもな」

娘父「……あいつの身に何が起こっていたとしても、絶対に助けるんだな」

勇者兄(紙袋)「当たり前だろ! 大切な妹なんだ!」

娘父「…………そうか」

442: 2016/02/24(水) 21:24:26.90 ID:xE3RRmhpo

――――――
――

十二年と数ヶ月前

勇者父『くっ……』

娘父『お前! 行方不明だって聞いてたが何処行ってやがったんだ!?』

勇者父『おっOいくれよ』

娘父『は!? いきなり何を!! 地獄に堕ちろ!!』

勇者父『いや俺にじゃなくて……この子にさ』

娘父『まさかお前が抱えてるのって……』

勇者父『ああうん俺の赤ちゃん』

勇者父『おまえんとこにも赤ん坊いるだろ?』

娘父『…………ミントの母乳はミモザのもんだ』

勇者父『頼むよ! またいとこのよしみで助けてくれ!!』

勇者父『母親と離れ離れになってこのままじゃ飢え氏にしちまうんだ』

443: 2016/02/24(水) 21:25:18.23 ID:xE3RRmhpo

娘母『よしよし……』

娘父『……どこの女との子だ』

勇者父『西南の森の村出身の美人さん』

娘父『どんな事情で離れ離れになった』

勇者父『ああ、ええっと……』

娘父『あの赤ん坊、何かの魔法を施したばかりだろう。妙な魔力の残り香がするぞ』

娘父『答えろ。あの赤ん坊の母親は何者だ』

勇者父『……驚くなよ。魔王の嫁さんだ』

娘父『はっ…………』

勇者父『魔王の奥さん寝取っちゃった』

娘父『…………眩暈がする』

勇者父『安心してくれ、今日だけ休ませてくれたらもう迷惑かけねえから』

勇者父『魔力が回復したら故郷までバヒューンと飛んで帰るよ』

娘父『は?』

勇者父『俺、魔王の嫁さんからテレポーションのコツ教えてもらっちゃった』

勇者父『目的地の障害物判定が不安だから基本的に自分一人しか飛べねえけど、』

勇者父『赤ん坊くらいの大きさなら多分大丈夫だ。あいたたた……』

娘父『頭痛がする……』

444: 2016/02/24(水) 21:25:49.50 ID:xE3RRmhpo

――――――
――

娘父「なあお前、自分の母親の腹が膨れているのを見たことあるか?」

勇者兄(紙袋)「いや……覚えてません。エミルが生まれた頃、俺もまだ小さかったし」

勇者兄(紙袋)「まあエミルの時はあんまり腹が膨らまなくて、」

勇者兄(紙袋)「妊娠に気付かなかったって母さんは言ってましたが」

勇者兄(紙袋)「いきなり何ですか」

娘父「いや、何でもないさ」

娘父「生憎狭い家なんでな」

娘父「悪いが全員この部屋で雑魚寝してくれ」

445: 2016/02/24(水) 21:26:33.52 ID:xE3RRmhpo

魔法使い「ねえリヒト」

勇者兄「ん?」

魔法使い「もうエミルが攫われてから二ヶ月以上経ったわ」

魔法使い「今でも無事だと思う?」

勇者兄「そう信じないとやってらんねえよ」

魔法使い「魔族の領地、それも魔王の直轄管理地は大地に魔気が染みついているらしいわ」

魔法使い「常人なら氏んでいる濃度だそうよ」

魔法使い「普通の真の勇者の子供であれば、光の力で浄化できるけど」

魔法使い「あの子は無理でしょうね」

勇者兄「…………お前、俺をどうしたいんだよ」

魔法使い「どうって……」

魔法使い「私はただ、エミルが氏んでいた場合、」

魔法使い「あなたが戦意喪失してしまわないか心配なだけよ」

勇者兄「……もう寝かせてくれ」

魔法使い「…………」

446: 2016/02/24(水) 21:26:59.45 ID:xE3RRmhpo

翌朝

娘父「何が起きても現実として受け止めろよ」

勇者兄「はい」

法術師「お世話になりました」

魔法使い「あなたの料理、おいしかったわ」

娘「ありがとう」

武闘家「ありがとうございました」

娘「……私、エミルの身に何が起きていたとしても、帰ってきてほしいわ」

娘「あの子を絶対に助けて」

勇者兄「ああ、もちろんだ」

447: 2016/02/24(水) 21:28:24.41 ID:xE3RRmhpo

勇者(お兄ちゃん達、今頃どのあたりだろ)

勇者(多分、ぼくと同じように真っ直ぐ西に向かってるんだろうな)

勇者(お父さんやおじいちゃんの頃は、魔王自ら出向いてくることが多かったし、)

勇者(各地で争いがあったから、すぐには魔王城に向かわずあちこち旅をしていたらしい)

勇者(おじいちゃんは先々代の魔王と相討ち)

勇者(お父さんは先代魔王に大怪我を負わせて、結果的に氏に追いやった)

勇者(お兄ちゃんと兄上は……どうなるんだろう)

勇者(……二人とも氏なせはしない。絶対に)


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452: 2016/02/25(木) 17:53:03.51 ID:+mXE6E/Co

魔王「エミル、私の上に乗ってくれないか」

勇者「はい」

魔王「くっ……」

勇者「……大丈夫? 苦しくない?」

魔王「問題ない。……動くぞ。そのままじっとしていてくれ」

勇者「うん」

魔王「5401……5402っ…………」

勇者「そんなに腕立て伏せしなくっても、筋力なら魔術で強化できるんじゃ」

魔王「体型をっ……作るためにやってるんだっ……5405っ……」


Section 15 誘拐

453: 2016/02/25(木) 17:53:40.30 ID:+mXE6E/Co

魔王「私の不在時にエミルが消えたとは一体どういうことだ」

バンッ、と机を叩く音が響いた。

魔王が一時間ほど城を離れている間に、城からエミルの魔力が消え去っていた。

メイド長「私も仕事から手を放せず、上級騎士達に護衛を頼んでいたのですが」

メイド長「一瞬でいなくなられていたそうです」

魔王「くっ……エミルも連れていくべきだった」

執事「妙ですね……一瞬で姿を消したということは」

執事「テレポーションで誘拐された可能性が非常に高い」

執事「しかし、魔王城でテレポーションを使用できるのはごく限られた者のみ」

魔王城には目に見えないシールドが張られており、

魔王城に出入りするためにテレポーションを使用できるのは魔王族の血を濃く引く者か、

許可されたほんの数名のみである。

ただし、許可された者がテレポーションを使用すれば、同行者も同様に出入りできる。

メイド長「ストゥルトゥス様は」

魔王「テレポーションを習得してすらいない。念のためブロックをかけてはいるが」

454: 2016/02/25(木) 17:54:15.07 ID:+mXE6E/Co

上級騎士1「も……申し訳ございません……」

上級騎士2「どのような罰でも受ける所存でございます……」

魔王「…………」

上級騎士達「「「「…………」」」」

魔王「……エミルが消えた際、妙な魔力は感じなかったか」

上級騎士3「ひっ……一瞬ですが、炎の魔力を感知しました」

上級騎士4「こう、激しく噴火する火山の様な……」

上級騎士2「探知されぬよう魔力を最小限に抑えているようでした」

上級騎士1「しかし確かに暑苦しい気でございました」

魔王「……下がってよいぞ。犯人の目星がついた」

魔王「相手が悪過ぎたな。今回は減給だけで済ましてやる」

上級騎士1「な、なんと寛大な……」

上級騎士2「我等は何処までも陛下についてゆきます!」

455: 2016/02/25(木) 17:54:49.39 ID:+mXE6E/Co

――
――――――

勇者「う……」

勇者(図書室でうとうとしてる内に何処かに連れ去られてしまったらしい)

勇者「えっと……」

    「まあ座れや」

勇者「は、はあ」

――――――
――

456: 2016/02/25(木) 17:55:25.69 ID:+mXE6E/Co

魔王「あやつ……今更何のつもりだ」

魔王「頃してくれる」

執事「陛下!?」

魔王はテレポーションを発動した。

執事「陛下! 僕もお供します! ……あーもう!!!!」

メイド長「陛下があれほど憤っておられるのを見たのは初めてよ、私」

執事「はあ……どうなることやら」

457: 2016/02/25(木) 17:56:00.30 ID:+mXE6E/Co

――遙か南の地・力の一族本家

魔王兄「――ってことがあってな」

勇者「えっそれほんとですか」

魔王「ヴォルケイトス!!」

魔王兄「マジなんだよ」

勇者「ふっふふっあははははははは!」

勇者「あ、兄上!」

魔王兄「よう! 三年ぶり」

魔王「……一体何をやっている」

勇者「ねえねえ、小さい頃メイドさん達から女装させられそうになって逃げ回ったってほんと?」

魔王「っ…………」

魔王兄「『ぼくはおとこなのに』ってぷるぷる震えててな! ははははは!!」

勇者「やばい! かわいい! くっふふふふふふ」

魔王「エミルに……何を吹き込んでいる……」

魔王兄「昔話に花を咲かせてるだけだぜ? がぁははは!」

458: 2016/02/25(木) 17:56:27.40 ID:+mXE6E/Co

魔王「……出でよ! フリージング・メテオ!」

魔王兄「おいおい怒んなよ! ヴォルカニック・ウォール!」

勇者「喧嘩しなくても」

魔王「エミル、今すぐその男から離れろ」

魔王「そやつの活火山の悪質さはシュトラールに匹敵する」

魔王「我が氷の息吹で氏火山にしてくれるわ!」

魔王兄「参ったなこりゃ! はは!」

魔王兄「漸くお前に恋人ができたって聞いたからちょっとちょっかいかけただけじゃねえか」

魔王「黙れ変態色魔」

魔王兄「いやーまさかこんなちみっこい娘っ子と婚約するなんてなあ」

魔王「……ブリザード・サイク」

勇者「待って! 何もされてないから! 談笑してただけだから!! 暴力反対!!」

459: 2016/02/25(木) 17:56:55.08 ID:+mXE6E/Co

勇者「突然連れてこられた時はびっくりしたんだけど」

勇者「別に危害を加えられたわけじゃないし」

勇者「話してみたら楽しかったから、」

勇者「早く帰してもらわなきゃと思いつつ話に夢中になっちゃって」

勇者「ごめんなさい」

魔王「…………」

魔王兄「流石に弟の嫁候補に噴火しねえよ! がははは!」

魔王「……何故エミルを連れ去る必要があった」

魔王兄「あ? なんとなく誘拐しただけだ。面白そうだったからな! ははは!」

魔王「きまぐれもほどほどにしろ! ……帰るぞ、エミル」

勇者「お茶おいしかったです。ごちそうさまでした」

魔王兄「また来いよ」

勇者「はい、兄上の兄上!」

魔王「やめておけ!!!!」

力族長「あら陛下いらっしゃってたの? 一晩いかがかしらぁ」

勇者「だ、だめー!」

力族長「かわいいわねぇ、婚約者ごと食べちゃおうかしら」

勇者「ひぃっ」

460: 2016/02/25(木) 17:57:23.51 ID:+mXE6E/Co

魔王兄「お袋、誘っても無駄だぜ」

魔王兄「そいつ親兄弟にしか勃たねえんだよ」

力族長「あらぁ」

勇者「え、そうなの?」

魔王「っぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛」

魔王兄「世の中にはいいオンナが山ほどいるってのに可哀想な奴だよなあ」

魔王兄「五歳下の妹しか抱けるオンナがいないんだぜ」

力族長「不憫ねぇ……。オリーヴィア妃亡き今、」

力族長「あたくしを本当の母上だと思ってくださって構いませんのよ?」
魔王「 や め ろ ! ! 」

魔王「私はエミルさえいれば充分だ! 他の女を抱く必要なんぞ存在せん!!」

魔王兄「お前が『私』っつってても女っぽいだけだぞ」

魔王「ぅ゛……」

勇者「そ、そんなことないよ、大人っぽくてかっこいいよ」

魔王「……………………」

461: 2016/02/25(木) 17:57:50.76 ID:+mXE6E/Co

魔王「表に出ろ、絶対零度の氷山が貴様の棺となる」

魔王兄「お、この頃骨のある奴と戦ってなくて退屈してたんだ」

魔王兄「仕方ねえからどれほど腕を上げたか確かめてやるぜ」

魔王「我が凍てつく波動よ、穢れ果てた色情魔を滅せよ! ブリザード・サイクロン!」

魔王兄「相変わらずチビだな! 紅蓮の炎<ローリング・フレイム>!」

魔王「漁色家は失せろ! 不滅の氷山<インディストラクティブル・アイスバーグ>!」

魔王兄「よく噛まずに言えるなそれ! 溶岩の針<ラーヴァ・ニードル>!」

勇者「あぁ……喧嘩はやめてってば……」

力族長「仲良いわねぇ」

勇者「え?」

魔王「くっ、雹の大嵐<ヘイル・テンペスト>!」

魔王兄「おおっと! ただの物理殴打!!」

魔王「ぐはっ」

勇者「あっ兄上が負けた」

462: 2016/02/25(木) 17:58:23.03 ID:+mXE6E/Co

――
――――――

魔王「……この魔王が色情狂に敗れるとは……恥だ……」

勇者「ねえ兄上、さっきの話ほんとなの?」

魔王「……どの話だ」

勇者「その……親兄弟にしか……って……」

魔王「…………」

魔王「……確かに俺は身内に執着するあまり二親等以内の者にしか欲情できなくなったが」

魔王「問題でもあるのか……!?」

勇者「あ、いや、引いてるわけじゃないよ!?」

勇者(さっきのこと気にして一人称変わっちゃってる……)

勇者「ぼく、ヴェルが他の人のこと好きになっちゃったりとかしたらどうしようって、」

勇者「たまに不安になっちゃうんだけど、それなら心配する必要ないかなって」

魔王「……」

勇者「逆に安心できるなって思ったんだ」

魔王「……そうか」

魔王(体術を極めねば真の勇者に負けてしまうな……)

463: 2016/02/25(木) 17:58:53.00 ID:+mXE6E/Co

勇者「そういえば、さっき何処行ってたの?」

魔王「……知恵の一族の本家跡地だ」

魔王「魔属が生まれた原因についての有益な情報を得られる書物でも焼け残ってないかと思ってな」

魔王「興味があるのだろう?」

勇者「うん!」

魔王「残念ながら核心的な情報を得ることはできなかったが、」

魔王「魔物と動物の生態に関する古い書物と、」

魔王「ちょっとした魔法具を拾ってきた」

勇者「……? 綺麗なネックレス……」

円形の透明な石は、玉から尾が出たような二つの形に分かれた。
それぞれに紐がくくられている。

魔王「魔力を注いでみろ」

勇者「ん……」

勇者「あ、緑色になった。兄上のも、兄上の目とおんなじ白緑になったね」

魔王「これを交換し、互いに身に着けていれば、」

魔王「相手が何処にいるのか瞬時に知ることができる」

魔王「もし何かあった時のために、な」

魔王「……渡す前に誘拐されるとは思っていなかったがな」

勇者「わあ、ありがとう!」

勇者「ヴェルの石、パライバトルマリンみたい……綺麗……」

魔王「お前の魔力が注がれたこの石は……エメラルドそのものだな」

464: 2016/02/25(木) 17:59:33.53 ID:+mXE6E/Co

――大陸南西・シルヴァ地方

森長老「よくぞいらっしゃいました、真の勇者様」

勇者父「『元』だけどな」

森長老「このような平和な森に勇者様が訪れるとは珍しい」

勇者父「この辺は魔物の気性も穏やかだしな」

森長老「どのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか」

勇者父「この土地には、人や魔物の心を穏やかにする力がある。そうだろ?」

勇者父「その力の結晶を少々分けていただきたくてな」

森長老「……こちらへ」

465: 2016/02/25(木) 18:00:06.19 ID:+mXE6E/Co

――洞窟

暗闇の中、黄緑色の鉱物があちらこちらで輝いている。

森長老「二十年ほど前、我が村は魔王の襲撃を受け、多くの犠牲者が出ました」

森長老「わずかな生存者と近隣の村の協力によりどうにか再興し、」

森長老「どうにか元の平和を取り戻すことができましたが」

森長老「それも、この石の輝きが皆の心を癒してくれたからです」

森長老「この石の名はオリヴィン、宝石としてはペリドットと呼ばれておりますな」

勇者父「ほぉう、こりゃ綺麗だ」

勇者父「じゃ、このでかいのを一つもらってくか。金はいくらだ」

森長老「お金など要りませぬ」

勇者父「いいのか? あの村の財源だろ、これ」

森長老「あの恐ろしい魔王を倒してくださった勇者様には返しきれぬ恩があります故」

勇者父「そうかい、ありがとさん」

466: 2016/02/25(木) 18:01:05.57 ID:+mXE6E/Co

森長老「魔王に連れ去られてしまった美しい娘がおったのですが」

森長老「彼女も、この石のような瞳を持っておりました」

勇者父「……エリヤ・ヒューレー、だろ?」

森長老「な、なんと」

森長老「彼女を助けてくださったのですか!?」

勇者父「……守りきってやれなかった。風の噂じゃもう氏んじまったらしい」

森長老「……そうでございましたか」

勇者父「でも、彼女の遺志は継ぐつもりだ」

勇者父「きっと、次世代の奴等も彼女の願いを叶えるため奮闘してくれるだろう」


Now loading......

467: 2016/02/25(木) 18:01:36.01 ID:+mXE6E/Co

おまけ

勇者「ねえねえ、ヴェルの昔のこと教えて!」

執事「そうですね……数十代ぶりに女性の魔王が誕生したって噂が流れたりしてましたね」

勇者「ふふっ……」

執事「いやあ、初対面の男性から突然求婚された時は面白かったですよ」

執事「陛下は男性ですよって伝えた時の相手の顔ったらもう」

勇者「さぞ残念そうな顔したんだろうね!」

執事「そりゃあもう、この世の終わりだって表情でしたよ」

勇者「っははははは」

魔王「貴様等何の話をしている」

勇者「あっごめん何でもない!」

魔王「……コバルト、あまり余計なことを言うと解雇するぞ」

執事「すみません! 慎みますから!」

魔王「鍛錬に付き合え」

執事「打たれ弱いですもんね陛下。今行きますよ」

執事「…………僕がいなかったら今頃権力持ってなかったくせに」

473: 2016/02/27(土) 12:44:54.04 ID:sOi7JawAo

魔王母『ネグルオニクスは憎いわ』

魔王母『でも、もし争いのない世界だったら……って、よく思うの』

魔王母『エミル……自ら産んでおいて、』

魔王母『私はあなたの体を作り替えることでしかあなたを守ることができない』

魔王母『お母さんの身勝手さと無力さをどうか許して……』


Section 16 対決

474: 2016/02/27(土) 12:45:21.75 ID:sOi7JawAo

勇者(平和協会の命令がある限り、お兄ちゃんは魔王と闘わざるをえない)

勇者(そして、ヴェルはお兄ちゃんを迎え撃つつもりでいる)

勇者(ぼくはどっちも氏んでほしくない)

勇者(二人とも大切な人だもの)

勇者(ぼくには何ができるだろう)

狼犬「わんわん!」

勇者「パルル……ぼく、どうすればいいのかな」

勇者「お兄ちゃんは、魔族になったぼくのこと、妹だって思ってくれるのかな」

475: 2016/02/27(土) 12:47:27.79 ID:sOi7JawAo

魔王「荒野で真の勇者と闘うことも考えたのだがな」

魔王「やはり、謁見の間の特殊防壁内で闘った場合が最も犠牲が出る可能性は低いだろう」

執事「勇者と闘うための設備が整ってますもんね」

執事「しかし、本当に【闇王の剣】で闘うおつもりですか?」

魔王「ああ」

執事「無理に代々魔王に受け継がれている魔剣を使わなくても、」

執事「その……体格に合った剣を使われた方がいいと思いますよ」

魔王「……闇王の剣は闇の力の伝導率があらゆる武具の中で最も高い」

魔王「この剣を使いこなせてこそ一人前の魔王だ」

執事「でも、代々受け継がれているとはいっても、開発されたのたったの数百代前ですし」

執事「陛下用の新しい闇の剣でもこしらえておけばよかったですね」

魔王「…………」

執事「いえ、あの」

執事「決して陛下の体格では闇王の剣をまともに振るえないと言っているわけでは」

魔王「俺より低身長の者にどうこう言われたくはない!!」

執事「僕達竜族は成長がゆっくりですからね」

執事「十五年後くらいには陛下より長身になってる自信がありますよ」

魔王「…………」

執事「……そろそろ一人称戻したらどうです?」

魔王「ほっといてくれ」

476: 2016/02/27(土) 12:48:00.85 ID:sOi7JawAo

勇者「そういえば、真の勇者が氏んだら光の珠は光の大精霊様に回収されるけど」

勇者「闇の珠はどうなるの?」

メイド長「所有者が生前に後継者と認めていた人物の元へ自動的に受け継がれます」

メイド長「また、後継者を指定していなかった場合、」

メイド長「最も近しい血縁者が新たな魔王となりますわ」

勇者「なるほど」

メイド長「陛下はまだ後継者を指定しておられないはずですので」

メイド長「陛下が敗れた場合はおそらくヴォルケイトス様が魔王となられるでしょうね」

執事「彼は政治に無関心ですからね~……揉めるでしょうね」

メイド長「ヴェルディウス陛下が負けるはずありませんもの」

メイド長「心配には及びませんわ」

執事「本当にそう思うかい?」

メイド長「……不安ですわ」

勇者「……」

メイド長「だ、大丈夫です! コバルトもおりますしきっと真の勇者を…………あっ」

勇者「…………どっちも助かる方法、ないのかな……」

477: 2016/02/27(土) 12:48:26.53 ID:sOi7JawAo



勇者(お兄ちゃんは着実にこっちに向かっている)

勇者「ねえ、兄上」

勇者「ぎゅうってして」

魔王「……」

勇者「頭撫でて」

魔王「……眠れないのか」

勇者「ん…………」

魔王(不安なのだろう。当然だ)

勇者「ヴェル……」

478: 2016/02/27(土) 12:48:55.85 ID:sOi7JawAo

翌日

魔王「……真の勇者を倒せば、エミルは俺を恨むだろうな」

執事「手加減すれば陛下が氏んじゃいますしね」

執事「どちらにしろ悲しませることになるでしょう」

魔王「だが闘わぬ道はなかろう」

執事「……真の勇者は、魔族となったエミル様を自分の妹とわからず、」

執事「頃してしまう可能性も否めません」

魔王「どのような結果になったとしても、エミルは守り通せ。いいな」

執事「はい」

479: 2016/02/27(土) 12:49:28.92 ID:sOi7JawAo

勇者兄「もうじき魔王の領地だな……食料は充分あるか?」

法術師「ええ。亜空間携帯袋にたっぷり入ってるわ」

武闘家「盗賊か雑魚敵としか戦ってこなかったおかげで実戦経験が乏しいな」

勇者兄「だが退くわけにもいかない」

魔法使い「ここまで襲われなかったんだし、本当に魔王と闘う必要なんてあるのかしら」

勇者兄「俺達を油断させようとしているのかもしれない」

勇者兄「何より、エミルは絶対に取り戻さなければならない」

勇者兄「…………行くぞ」

――
――――――

数週間後

魔団長「陛下、真の勇者が間近まで近付いているとの報告が入りました」

魔王「城にいる者は全員北へ避難させよ」

魔王「軍は城下町の警護にあたれ」

魔王「賢者、魔術師は町にシールドを張れ」

魔王「真の勇者が通るべき道は、この魔王城に繋がる大通りだけだ」

魔王「絶対に犠牲者を出すな」

480: 2016/02/27(土) 12:49:58.96 ID:sOi7JawAo

勇者「ぼくも城に残ります」

魔王「ならぬ」

勇者「お兄ちゃんと話をさせて!」

魔王「危険だ」

勇者「お願い! おねが――」

魔王「……しばらく眠っていてくれ。すまないな、お前の思いを無碍にしてしまって」

魔王「メルナリア、エミルを北の離宮へ」

メイド長「……はい」

執事「いいんですか、これで」

魔王「彼女を守るためだ」


勇者兄「俺は……エミルを助ける!」

魔王「私は……エミルを守ってみせる」

481: 2016/02/27(土) 12:50:33.34 ID:sOi7JawAo

勇者(やめ……て……)

勇者(たたかわな……いで…………)


リヒト達が城下町の門に訪れると、大街道の両端に青い障壁が伸びた。

勇者兄「真っ直ぐ来いってか」

リヒトは、焔の様な橙色の瞳で黒くそびえ立つ魔王城を見据えた。

勇者兄「……全員、覚悟はできているな」

法術師「ええ」

魔法使い「まあね」

武闘家「一応な」

法術師「みんな、生きて帰りましょうね」

482: 2016/02/27(土) 12:50:59.40 ID:sOi7JawAo

魔王「お前は逃げないのか」

執事「お供しますとも」

執事「じゃなきゃ、あなたが負けた時誰が真の勇者を足止めするんですか」

魔王「……ふん」

執事「ちなみに、陛下が戦闘不能になったら僕が雷撃で離宮に合図を送り、」

執事「賢者がテレポーションでエミル様を遠くへお送りする手筈となっております」

魔王「…………いつもすまないな」

執事「今更水臭いね。親友じゃないか」



勇者兄「魔王ヴェルディウス……!」

魔王「来たか、真の勇者リヒト・スターマイカ」

勇者兄「エミルを返せ!」

魔王「彼女は我が眷属となった」

魔王「二度と貴様の元には行かせぬ」

勇者兄「なら力づくで取り戻すまでだ!」

483: 2016/02/27(土) 12:51:40.20 ID:sOi7JawAo

魔王「人間がエミルに何をした?」

勇者兄「…………」

魔王「孤独な旅へ追いやり、命を奪おうとした」

魔王「人間の元へ帰ったところでエミルは幸せになどなれはしない!」

勇者兄「ああ、俺が聖域なんて安全地帯で腑抜けている間に、」

勇者兄「エミルが散々な目に遭わされていたことは事実だ」

勇者兄「だが俺は真の勇者として目覚めた! クソうるさい世間なんて変えてみせる!」

魔王「ふん。大言壮語もほどほどにするがよい」

魔王「言ったはずだ、貴様がエミルを守りきれなかったら我が迎えに行くとな」

勇者兄「はっ、やっぱりお前あん時の男か!」

勇者兄「決着をつける時が来たようだな!」

484: 2016/02/27(土) 12:53:12.64 ID:sOi7JawAo

魔王「コバルト、手を出すな。我一人で充分だ」

執事「はいはい」

勇者兄「みんな、俺一人でやらせてくれ」

魔法使い「ちょっと本気!?」

勇者兄「俺の兄としてのプライドをかけた闘いなんだ」

魔法使い「で、でも」

法術師「アイオ」

魔法使い「…………」

勇者兄「――いくぜ、光焔の砕破<シャインスパーク・クラッシュ>!」

魔王「闇氷の障壁<ダークアイス・ウォール>!」

485: 2016/02/27(土) 12:53:50.45 ID:sOi7JawAo

勇者兄(……胸が熱い)

勇者兄(光の珠が激しく振動している)

魔王「光の珠と闇の珠が最も力を発揮するのは共に在る時だというのは本当だったようだな」

勇者兄「そう……敵を倒すため、俺の光の力は闇を前にして最高に輝きを増す!」

魔王「どれほど輝こうと目晦ましにもならぬわ!」

魔王「我が闇で覆い尽くしてやる」

魔王は体に闇を纏った。

勇者兄「はっ、闇は光に叶わねえって相場が決まってんだよ」

真の勇者も同じく光を纏い、光の聖剣で魔王に斬りかかった。

魔術を交えた激しい剣戟が繰り広げられる。

486: 2016/02/27(土) 12:54:39.36 ID:sOi7JawAo

武闘家「一撃一撃が大振りだな、魔王」

勇者兄「はっ、剣に振られてるぜ!」

魔王「くっ!」

リヒトの鋭い剣捌きに魔王の黒き大剣が弾き飛ばされた。

執事「あーあ、言わんこっちゃない」

勇者兄「残念だったな!」

魔王「甘いな。――出でよ、我が愛剣・氷柱の孤独【ソリトゥス・スティーリアエ】」

魔王の手元に新たな剣が現れ、リヒトの攻撃を跳ね返した。

勇者兄「なっ!?」

執事「最初からあれ使えばよかったのに」

魔王「驕るな愚か者!」

勇者兄「はっ、くっ!!」

勇者兄(スピードが上がりやがった!)

487: 2016/02/27(土) 12:55:07.24 ID:sOi7JawAo

魔法使い「リヒト! ああもう見てらんないわ!」

執事「おっと」

アイオ達の目の前に小さな雷撃が落とされた。

執事「邪魔はさせませんよ」

魔法使い「くっ……」

魔王「エミルの兄は我だけで充分だ!」

勇者兄「そんなにっ、兄妹ごっこっ、したいのかよっ!」

魔王「『ごっこ』? ふん、エミルは我が同腹の妹だ!」

勇者兄「な、何言ってやがる!?」

488: 2016/02/27(土) 12:55:33.35 ID:sOi7JawAo

勇者「う……」

勇者「! お兄ちゃんとヴェルは……」

メイド長「現在、闘っておられます」

勇者「止めなくちゃ!」

メイド長「エミル様、お待ちください!」

勇者(光の力は魔属にとって猛毒)

勇者(同様に、闇の力で傷を負わされた人間も無事ではいられない)

勇者「お願い、二人とも……まだ無事でいて!」


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489: 2016/02/27(土) 14:57:18.86 ID:sOi7JawAo

光と闇が拮抗し、激しく衝撃音を立てている。

勇者兄「うぉぉおおおおおお!!」

魔王「ぐっ…………!」

勇者「兄上! お兄ちゃん!」

魔王「エミル!?」

勇者兄「エミル……だと……!?」

勇者「よかった、間に合った……」

法術師「エミル……ちゃん……?」

魔法使い「あれ、どう見ても魔族じゃない」

武闘家「…………」

490: 2016/02/27(土) 14:57:44.54 ID:sOi7JawAo

メイド長「エミル様ーっ! ひっ、真の勇者……」

狼犬「くぅ~ん」

勇者兄(顔も、髪の色も、声色も違う)

勇者兄(でも、変質してはいるが確かにあの魔力はエミルの物)

勇者兄(何より、あれは……エミルの瞳だ)

勇者兄「嘘……だろ……」

魔王「何故此処に来た」

勇者「だって」

勇者「皆で考えれば、もしかしたら血を流さずに済む方法が見つかるかもしれないもの」

勇者「ぼくは、誰にも傷ついてほしくない!」

魔王「エミル……」

勇者兄「……魔王! エミルを人間に戻せ!!」

勇者兄「よくも俺の妹を魔族なんかに……!」

魔王「まだわからぬのか! エミルは元より魔族として生まれついた」

魔王「人間の姿こそ偽りのものだ!」

491: 2016/02/27(土) 14:58:44.50 ID:sOi7JawAo

勇者兄「ふざけるな!!!!」

勇者「やめて! 闘わないで!!」

勇者「いやああああああああああ!!!!!!!!」

その瞬間、凄まじい衝撃波が弾けた。










492: 2016/02/27(土) 14:59:15.41 ID:sOi7JawAo

魔王「う……」

勇者「はぁ…………」

勇者「っ…………」

勇者(力が暴発するなんて……)

魔王「え、み……る……」

勇者「兄上! ごめんね! 大丈夫!?」

エミルは真っ先に魔王の元へ駆け寄った。

勇者兄「えみ、る……」

執事「はは、魔力の衝撃で一時的に体が麻痺しているだけです」

執事「おそらく全員ダメージがあるわけではありません」

地面に這いつくばったままでコバルトが言った。

魔王「……傷はない」

勇者「はあ、よかった……」

493: 2016/02/27(土) 14:59:45.35 ID:sOi7JawAo

勇者兄「エミル、なあ、そいつに洗脳されてるだけなんだよな……?」

リヒトはどうにか立ち上がりながらエミルに語りかけた。

勇者「……ごめんね、お兄ちゃん。ぼくは正気だよ」

法術師「嘘……」

魔法使い(やっぱり、あいつ化け物じゃない!)

武闘家「体中ピリピリする」

勇者兄「くっ……」

勇者兄「魔王……ブッ倒す……!」

勇者「待って!」

エミルはヴェルディウスを庇うように両手を広げ、リヒトの前に立ちはだかった。

勇者兄「そこをどけエミル!」

勇者「お兄ちゃん。お兄ちゃんにとって、魔属は頃して当然の敵。そうでしょ?」

魔王「エミル、逃げろ……!」

メイド長「危険です! 早くこちらへ」

勇者「ぼく、魔族なんだよ。ぼくのこと、殺せる?」

勇者兄「っ――――」

494: 2016/02/27(土) 15:00:15.71 ID:sOi7JawAo

勇者兄「……ちくしょう」

手から剣が滑り落ち、リヒトは両膝を着いてうなだれた。

勇者「……お兄ちゃん、ぼくのこと、心配してここまで来てくれたんだよね」

勇者「ありがとうね」

勇者兄「…………」

勇者「ぼく、お兄ちゃんとお母さんが違ってたんだ」

勇者「ぼくの本当のお母さんは、先代の魔王の后。今の魔王のお母さんだったの」

勇者兄「…………」

勇者「だから、本当に……半分は、魔王と同じ血が流れてるんだ」

勇者兄「ぁ……あ……」

勇者兄「俺は……俺は……どうしたら……」

勇者兄「っぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!!」

勇者父「おまえら何やってんの?」

勇者兄「あああ!? あ?」

勇者「え?」

魔王「っ――」

魔法使い「は!?」

法術師「あらまあ!」

狼犬「わふ?」

魔王父(氏ね)

執事「わお」

メイド長「!?」

495: 2016/02/27(土) 15:00:59.12 ID:sOi7JawAo

武闘家(気配近付いてたのに誰も気づかなかったのかよ)

勇者「お……父……さん?」

勇者父「平和協会の支部が襲撃を受けて魔王討伐どころじゃないってのに――」

勇者父「あ、そうかそうか! 魔族の領地にいておまえらには情報入らなかったのか!」

勇者父「それなら仕方ないよなあ!」

  「「「「「「「「……………………」」」」」」」」

勇者父「おっエミル! 久しぶりだなあ! おまえ魔族に戻ったのか~」

勇者「…………」

勇者父「はっ……ってことは! おまえ早いなぁ~流石お父さんの子だ!」

勇者父「したんだろ? 」

勇者「……え?」

勇者父「だから、魔族の彼氏とラブラブセッ」

勇者「わあああああああああああ!!!!!!!!!!」

勇者兄「は?」

496: 2016/02/27(土) 15:01:38.89 ID:sOi7JawAo

勇者父「相手は誰なんだ? お父さんよりイケメンか!?」

魔王「私だ」

勇者兄「は?」

執事(一人称安定しないなあ)

勇者父「おお! こりゃ綺麗な顔だわ! でもおまえら兄妹じゃなかったっけ?」

魔王「近親婚なぞ珍しいことではない」

勇者父「お、そうか! なら問題ないな!」

勇者兄「…………は!?」

勇者「……………………」

勇者兄「魔王テメェやっぱブッ頃す!!!!」

魔王「ふん。返り討ちにしてやる」

勇者「やーめーて!!」

497: 2016/02/27(土) 15:03:02.64 ID:sOi7JawAo

魔王「何用で我が城に参った」

勇者父「あーまあ、一つずつ説明するわ」

勇者父「二万五千年前に大いなる破壊の意思、別名破壊神が封印されたのは知ってるだろ?」

勇者父「そいつが復活しかけてる」

勇者兄「何だと……」

勇者父「この頃の異常気象や災害もそいつが原因だ」

勇者父「人魔の争いなんてやってる場合じゃない。協力しあわなきゃ全員お陀仏だ」

勇者父「というわけで、魔王の協力を仰ぎにここまで来たわけだ」

魔王「ふむ」

勇者「今までお父さん一体何やってたの?」

勇者父「十二年前、エミルをカトレアに預けた頃に光の大精霊さんから助けてーって言われてなあ」

勇者父「東奔西走、二万五千年前の資料を探しに旅をしてたってわけだ」

勇者父「彼女も五千年前に代替わりしたばっかで、当時のことは詳しくな」

勇者兄「十二年前!?」

498: 2016/02/27(土) 15:04:17.22 ID:sOi7JawAo

勇者兄「そんな前から助けを求められていたなら、何で俺は魔王討伐の旅なんてしてたんだよ」

勇者兄「平和協会の連中は一言もそんなこと言ってなかったぞ」

勇者父「おまえ、光の大精霊さんの声聞いたことあるか?」

勇者兄「い、いや……」

勇者父「差別意識が強いと彼女の声は聞こえないんだとよ」

勇者父「あと、魔族も彼女の声を聞くことはできない」

勇者父「魔属ってのは、破壊神の呪いを受けて生まれたらしいからな」

勇者「!」

勇者父「光があれば闇があるように、正反対の属性を持つ物があらゆる物に対して存在する」

勇者父「創造神がこの世界を創った時に破壊の意思が生まれた」

勇者父「そして、光の大精霊は創造神の子供みてえなもんだ」

勇者父「相反する者との接触は困難を極める」

勇者父「あ、光の大精霊さんに限らず、大精霊はみんな創造神の欠片らしい」

勇者父「ちなみに、闇の大精霊さんもな」

499: 2016/02/27(土) 15:05:22.06 ID:sOi7JawAo

勇者父「というわけで、大精霊さん方の声を聞ける勇者は俺しかいなかったわけだ」

勇者父「なんせ魔族の女の子と子供作っちゃうような人間だし! ははは!」

勇者兄「…………」

勇者父「……が、あんまり破壊神云々言って民衆の不安を仰ぐのはよくないし、」

勇者父「そんな神話レベルの話を信じる奴もそういない」

勇者父「平和協会には一応訴えたが無駄だった」

勇者父「あいつら利益第一で動いてるし、」

勇者父「俺、一時期とある女の子と行方晦ましたりしてたから信用なかったわけよ」

勇者(母上のことだ……)

勇者父「だから俺はギリギリまで一人で行動してたってわけだ」

勇者父「いやあ苦労したわ、破壊神に関する情報集めるの」

勇者父「破壊神を封印するために戦った二人の勇者の内、一人は姿を消した」

勇者父「お父さんはその勇者の力を受け継ぐ者を探さなきゃいけなかったわけよ!」

勇者父「二万五千年前に行方不明になった力なんだぞ!! この苦労わかる!?!?」

勇者父「けほっ……ずっと喋ってたら喉乾いた。水ない?」

魔王「コバルト」

執事「はい」

メイド長「あ、私が用意いたします」

500: 2016/02/27(土) 15:06:18.87 ID:sOi7JawAo

勇者父「あんがと」

勇者父「んでまあ、ついに破壊神の封印が本格的に緩んできちまった」

勇者父「数日前、破壊神に操られた人間により、平和協会の支部が破壊されたんだ」

勇者父「漸くお父さんの言ったことを信じた平和協会は、魔王討伐を取りやめ、」

勇者父「対破壊神の体勢を整えるという決断を下したわけよ」

勇者兄「…………」

勇者父「だからおまえらが争う理由なんてないわけよ!」

勇者父「手を組んで仲良くやろうぜ!」

法術師「突然のことすぎて頭に入ってこないわ……」

勇者父「要するに、共通の敵が現れたから共闘しようぜってことだ」

勇者「あ、で……その、見つかったの? もう一つの力」

勇者父「大陸中探しても見つからなかった……が、一つ閃いたことがある」

勇者父「光の珠と闇の珠って共鳴するだろ?」

魔王「ああ」

勇者兄「めっちゃ力が増幅した」

勇者父「あれ、相手を倒すために強くなってるわけじゃないんじゃね? って」

勇者兄「何だと!?」

501: 2016/02/27(土) 15:06:59.50 ID:sOi7JawAo
二人の勇者は、大精霊からそれぞれ力の結晶を授かり、
大いなる破壊の意思を封印した。
勇者の内一人は東にある故郷へ帰還し、
もう一人の勇者はいずこかへ姿を消した。
時を同じくして、大陸の生命の半分は魔に侵された。


勇者父「二人の勇者は、光の大精霊と闇の大精霊からそれぞれ一個ずつ力を授かったんだ」

勇者父「俺の仮説だけどな」

勇者父「確かめようにも今の闇の大精霊さんは寝てばっかだし、」

勇者父「多分当時のことは把握してないだろう。悠々自適だからなー彼女」

法術師「でも、闇の力は人間や動物にとって猛毒……」

勇者父「呪いで変質したんだろう、おそらく」

502: 2016/02/27(土) 15:07:25.19 ID:sOi7JawAo

魔王「我が祖先もまた勇者だったかもしれないというわけか」

勇者「破壊神の呪いを受けて、魔族になってしまったから姿を消したのかも……」

勇者父「ふぅ~疲れた。今日泊めてもらっていい?」

魔王「構わんが、一つ聞きたいことがある」

勇者父「ん?」

魔王「……エミルに施されていた封印の解術条件。あれは一体何だ……!?」

魔王「あれのおかげで……どれほどの苦難を強いられたことか……!!」

勇者父「いやでもあの条件考えたのエリヤだぞ?」

魔王「な……ん、だと……」

503: 2016/02/27(土) 15:07:54.53 ID:sOi7JawAo

勇者父「エミルには人間として幸せになってほしかった」

勇者父「だが、もし魔族の男と恋に落ちたら……」

勇者父「人間の体のままじゃ子供を産むなんて不可能だ」

勇者父「だから、両想いの魔族の男と交わったら封印が解けるようにしよう」

勇者父「……っていう、親の真心だったわけよ」

魔王「…………」

勇者「…………」

勇者父「何で『苦難を強いられた』のか聞いていい?」

勇者「やめて」

魔王「………………………………」

勇者兄「……ぐすっ……俺のっエミルがっ……こんな男にっ……」

勇者兄「うわあああああああああん!!!!」

狼犬「?」

狼犬「あおおおおおおおおおおん!!!!」

勇者「パルル、あれ遠吠えじゃないよ」


第一部 完
DISC 2 に取り換えてください。

504: 2016/02/27(土) 15:08:22.63 ID:sOi7JawAo

夜の闇の中、炎が全てを焼き尽くそうと燃え上がっている。

――響け 滅びの唄 純然たる破滅の意思よ 

少女は唄いながら、刀を振るった。

――私と、私達の命を奪った人間を、私は決して許しはしない

血飛沫を浴びても尚、少女は笑顔を崩さなかった。

――ねえ、私、生まれ変わったのよ。

瞳に宿った破壊の神気に駆り立てられるがまま、彼女は憎しみに身を任せた。

――もう一度、あなたに会うために

思い出の地を目指して、少女は歩を進める。

505: 2016/02/27(土) 15:10:01.30 ID:sOi7JawAo
kokomade
第二部はちゃんと骨組み作ってからやりたいので、開始するまでちょっと時間かかるかもしれません
先日申し上げました通り、三月中には完結させます
勇者「お母さんが恋しい」【後編】

引用元: 勇者「お母さんが恋しい」