勇者「お母さんが恋しい」【前編】
勇者兄「まさか敵の本拠地で一泊することになるとは……」
魔法使い「魔気濃いわね……うっぷ」
勇者兄「俺の近くに寄れよ、光の力で結界張るから」
魔法使い「あ、ありがと」
勇者「よかった……誰も氏なずに済んで……」
勇者「でも、戦いはもう始まってるんだね」
勇者父「お前の夢を叶えるチャンスだぞ?」
勇者「え?」
勇者父「仲が悪かった者同士が最も仲良くなりやすい時って、どんな時か知ってるか?」
勇者父「共通の敵ができた時だよ」
Section 17 里帰り
勇者「でも……」
勇者父「相手は神様ってか、破壊衝動そのものだ。生命を持たない」
勇者父「それどころか人間を操って攻撃してくるやっかいな奴だ」
勇者父「ためらうことはないぞ」
勇者父「話し合いが通じる奴でもない。戦うしかないんだ」
勇者「……わかった。ぼくのこの魔力を活かす時が来たのかもしれない」
勇者「戦うよ、ぼく」
勇者父「よしよし」
勇者「ん……」
勇者父「一人でよくがんばったな」
勇者「……何で助けに来てくれなかったの?」
勇者「結果的にヴェルのこと思い出せたからよかったけど……」
勇者父「昔、今の魔王と一緒に遊んでただろ?」
勇者「えっ知ってたの?」
勇者父「まあな」
勇者父「ガキの頃のあいつを見てすぐに正体を見破ったさ」
勇者父「あいつがお前を頃すはずがないと信じてた」
勇者「……そっか」
勇者父「何より、お前の人生はお前のもんだ」
勇者父「お前がどう生きるかはお前と周囲の奴等次第」
勇者父「赤ん坊のお前を守るために魔族の血を封印せざるを得なかったが、」
勇者父「お前はもう赤ん坊じゃない。自分の意思を持って生きてるだろ?」
勇者父「生命の危機にでも晒されようもんなら助けるが、」
勇者父「お父さんは必要以上に子供の人生に介入しない主義なんだ」
勇者兄「いやふざけんな!!!!」
勇者父「下手に乗り込んで騒ぎを起こせば戦争になりかねんだろう」
勇者父「そもそもお父さんもう肉体衰えてるし魔王に歯向かうなんて無理無理無理」
勇者兄「エミルがどんなに怖い思いをしたのか想像できねえのかよ!?」
勇者「お兄ちゃん落ち着いて」
勇者兄「ああエミル!」
勇者「ふぎゃっ」
リヒトはエミルを抱きしめた。
勇者兄「どんな姿をしていてもお前は俺の妹だ!」
勇者兄「すぐに助けてやれなくてごめんな、ごめんな」
勇者「お兄ちゃん……」
勇者兄「これからは絶対守るからな」
魔法使い「…………」
魔王「今すぐ我が妹から離れろ下郎」
勇者兄「んだとぉ!?」
勇者「お願いだからケンカしないで」
魔兵士1「ひっ真の勇者一行だぞ」
魔兵士2「殺される! 魔王陛下は何故避難勧告を解除されたんだ……」
法術師「こう恐れられると傷付くわね……当然のことなのだけれども」
武闘家「戦わなさすぎて旅立つ前より腕なまってる気がするんだよな」
勇者「じゃあ久しぶりに打ち合いやろうよ」
武闘家「そうするか」
魔法使い「あんた剣なんて使えたの?」
武闘家「エミル達とは流派違うけど少しはな」
勇者「……ぼくのこと、まだ友達だと思ってくれてるの?」
武闘家「そもそもお前が魔族だって知ってたし俺」
勇者「え!?」
勇者兄「は!?」
魔法使い「何ですって!?」
武闘家「俺と俺の師匠だけは気付いてた。気功のおかげでな」
勇者「じゃあ……ぼくが魔族だって知った上で友達になってくれたの……?」
武闘家「ナンパに利用できさえすればそれでいい」
勇者「…………」
勇者「……あ、ありがとう」
武闘家「そんなドレスじゃ剣振れねえだろ。さっさと着替えてこいよ」
勇者「うん」
魔王「奴は……一体エミルとどのような関係なのだ……」
執事「ただのご友人らしいですから落ち着いてください」
魔貴族A「まさか真の勇者と手を組むとは……そもそも破壊神なぞ実在するのか?」
魔貴族B「どうにかして王位を剥奪したいものだが……」
魔貴族A「逆らえばヴォルケイトスに妻を寝取られてしまうからな」
魔貴族B「何人の女が奴に骨抜きにされてしまったことか……」
魔貴族A「我等に抗う術はないな。大人しくしておくとしよう」
執事「おや、賢明な判断をなさったようで」
魔貴族A「ひぃっ!」
執事「悪いことは言いません。邪な考えは捨てた方がいいですよ」
魔貴族B「だ、だが、真の勇者を城に泊めるとは危険にもほどがあるだろう」
執事「先程伝令があったと思いますが、」
執事「彼等はそちらから襲わない限り魔族に危害を加えることはありません」
執事「見張りもついています。どうかご安心を」
魔貴族A「よく人間を信用できたものだな……」
魔貴族A「……コバルト。お前は人間が憎くはないのか」
魔貴族A「お前の群れは……」
執事「あなた方には関係のないことです」
魔王「これを機に和平交渉を行いたい」
勇者父「ほう」
魔王「沈黙を保つだけでは進展しないからな。ずっと機会を伺っていた」
魔王「私個人が戦うだけでは何かと不都合だ」
魔王「争いの混乱の中で人魔の争いが起こる可能性もある」
魔王「古の神話では、破壊神は人間を操った他、」
魔王「心を持たぬ人形により大地を血で染めたと言い伝えられている」
魔王「魔の気がある以上融和は困難であろうが、共同戦線を張るべきだ」
勇者父「俺も同じことを考えていた」
勇者父「各国の王様集めて会議でも開きたいもんだな」
魔王「ああ」
魔王父『我の可愛い息子に近付くなこの汚らわしい色情魔』
勇者父「……お前さん、俺を恨んでないのか?」
魔王「恨んだところで何になる。母上が悲しむだけだ」
魔王父『何故許せる!? お前の母親を我から奪ったのだぞ!!』
勇者父「そうかい。随分心の広い魔王様だな」
魔王父『氏ね、氏ね、体の端から少しずつゴキブリに噛み千切られて生き延びたことを後悔するがよい』
勇者父(悪寒が)
魔法使い「くっ……」
魔法使い「何なのよもう!」
魔法使い「あいつ魔族だったのにそれでも妹だなんてありえないありえないありえない」
魔法使い「許せない……何で氏んでなかったのよ……!」
魔法使い「もういや――――うっ」
法術師「アイオ!? どうしたの!?」
魔法使い「一瞬、頭が痛くて……」
法術師「大丈夫? 今治療を」
魔法使い「……平気よ」
魔王城・食堂
勇者父「うめえ」
魔法使い「よく抵抗なく魔族のごはん食べられるわね……」
勇者「そっか……ぼく、氏んだことになってるんだ」
武闘家「氏んだままにしとけばお前は自由だ」
勇者「…………」
勇者「でも、お母さんに会いたい。町のみんなや、旅の途中で出会った人達とも」
武闘家「会いに行けば生存していることが確実に平和協会にバレるな」
勇者「ぼく、王様や平和協会に嫌われてるから、人間の社会に戻るのは怖いけど……」
勇者「でも、一生会わないままだなんてやだよ」
勇者兄「何かしらの交渉をして自由を確保してやりたいもんだが」
勇者父「破壊神対策に協力しますっつっとけば当分大丈夫だろ」
勇者父「卑怯な手で貶められたりしなけりゃの話だがな」
魔王「エミル……やはり、母親に会いたいか」
勇者「……うん」
魔王「……私も挨拶に伺わねばと思っていた」
勇者「え!?」
勇者兄「は!?」
魔王「明日、テレポーションで全員ブレイズウォリアまで送り届けよう」
魔王「破壊神の話をするにしても、平和協会の支部よりは本部の方がいいだろう」
勇者兄「お前……マジでうち来るのかよ?」
魔王「人間に化ける術なら心得ている」
執事「ちょっと陛下。仕事はどうするんですか」
魔王「……適当に戻る」
執事「魔王だってバレたら騒ぎになりますよ」
魔王「我が魔術の腕を疑っているのか」
執事「……はあ」
翌日
勇者「じゃあ行ってくるね!」
執事「はい。お気をつけて」
メイド長「絶対帰ってきてくださいね! ううっ」
執事「今生の別れじゃないんだから……」
執事「……テレポーション使った時点で高位の魔族だってバレませんかね?」
魔王「適当に誤魔化すまでだ」
執事(不安過ぎる……)
勇者父「こんな大人数一気に移動できるなんてすげえな。流石エリヤの息子だ」
魔王「……ふん」
勇者「元の姿に変身できてるかな」
武闘家「おっけ」
――東の果ての国ブレイズウォリア
勇者兄「久々の故郷だ。変わんねえな」
勇者「……帰ってこられたんだ」
勇者「お母さーん!」
勇者母「……エミル? エミルなの!?」
勇者「ぼく帰ってきたよ!!」
勇者母「ああエミル! 夢じゃないのね?」
勇者母「よかった……よかった……」
勇者「お母さん……会いたかったよ…………」
エミル達の家
アイオとセレナ、コハクはそれぞれ自分の実家に戻っている。
勇者母「そう……大変だったのね」
勇者兄「一休みしたら国王陛下に会ってくるよ」
勇者兄「あれ父さんは」
勇者「あっちで寝てる」
勇者母「そちらの方は」
勇者「あ、えっとね、ヴェルっていうんだよ」
魔王「……私はエミルの婚約者だ」
勇者母「まあ!」
勇者兄「…………」
勇者母「こ、こ、婚約者だなんて!」
勇者母「ごめんなさいねちゃんとしたおもてなしもできなくて」
勇者母「ええと、どこの国のどんな方なのかしら」
魔王「かなり西の方の国の王族だ」
勇者(嘘ではない……)
勇者母「お、王族……」
カトレアはよろめいた。
勇者「わー! お母さんしっかり!」
勇者母「そんな高貴な方が……うちの娘と……」
魔王「エミルは我が眷属だ。身分の差の問題はな」
勇者「待って! いきなり話してもややこしくなるから!」
勇者母「うう…………」
勇者「えっと……夜にまたゆっくり話そうか」
外
魔王「では私は城に戻る」
勇者「えっもう帰っちゃうの?」
魔王「城を長時間空けるわけにはいかないからな」
魔王「お母上には、お前から説明しておいてくれ」
勇者「うん」
魔王(上手く話せる自信がない……コバルト並みの会話力が欲しいものだ)
勇者兄(二度とくんなし)
魔王「……お前思いの良い母親のようだな」
勇者「!」
勇者「うん!」
ブレイズウォリア城・謁見の間
国王「ほう。シュトラールの術で魔王城からここまで一瞬で移動したと」
勇者父「魔王の協力も得られることとなりました」
勇者父「これを機に、魔王は和平を結ぶことを望んでおります」
国王「ふむ……」
協会代表「信用できぬな……所詮魔族の言ったことだ」
協会代表「裏切られる可能性も充分にある」
勇者父「今の魔王は先代までとは違います。彼は平和を望んでいるのです」
大魔導師「騙されているとは思わぬのか」
勇者父「魔力見りゃ相手がどんな奴か大体わかるだろ?」
勇者父「大魔導師さんなら、」
勇者父「実際に魔王に会えば信用に足る奴だってわかると思うんだけどな~」
大魔導師「…………」
勇者父「というわけで、人間魔族合同会議を開きたい」
国王「……検討しておこう。全生命の危機だからな」
協会代表「……ところで」
協会代表「エミル・スターマイカ。お前は光の力を失っているようだが」
勇者「ぼくは長い間、ぼくを憐れんだ魔王に『保護』されていましたが、その……」
勇者(魔族だってバレないバレない! フィルターかけまくってるもん!)
勇者父「魔王城の魔気に光の力やられちまったんだよな」
大神官「そのようなことは聞いたこともないが……」
国王「ううむ……」
勇者兄「何疑ってんだよ」
国王「ヒッ!」
協会代表(幼い子供を一人で旅立たせるなど頭がおかしいと苦情が殺到している)
協会代表(表立ってこやつを処分すれば、協会の名が落ちてしまう)
協会代表「……まあよかろう。破壊神の攻撃に備えて体を休めよ」
協会代表(しばらくは様子見だ)
勇者「き、緊張した……」
勇者父「お前嘘吐くの下手っぴだもんなあ」
勇者父「明日からは忙しくなるだろう。今日はしっかり寝とけ」
勇者「うん……」
女子1「エミルあんた生きてたのね!」
女子2「キャーコハク君お帰りなさい!!」
女子3「意外と早かったじゃない!」
女子4「彼女作ったりしてないよね!?」
武闘家「うん」
女子5「エミルくぅぅぅぅぅん!!」
勇者「みんな……ただいま!」
夜
勇者母「みんなが無事に帰ってきてくれたお祝いよ」
勇者兄「こりゃまた豪華だな。ありがと母さん」
勇者母「リヒトの好物もいっぱい作ったんだから」
勇者「お母さんのごはんだあ!」
勇者「ヴェルにも食べてほしかったなあ」
勇者母「うちに泊まっていかれたらよかったのに」
勇者「あ、あはは……お兄ちゃんが許さないよそれ」
勇者兄「ったりめーだろ」
勇者父「おー久々のカトレアの料理だ」
勇者母「あんた、もうちょっと頻繁に帰ってきなさいよ」
勇者父「あ、うん、ごめん」
勇者「おいしい……おいしいよ……」
エミルは涙をこぼし始めた。
勇者「も……食べれないって……ぐすっ……思ってた……」
勇者「どんなに頑張ってもっ……お母さんとおんなじ味に作れなくてっ……」
勇者母「エミル……」
――
――――――
勇者父「ぐごご……」
勇者「お母さん、一緒に寝ていい?」
勇者母「……いいわよ。おいで」
勇者「んー」
勇者母「よくがんばったわね……」
勇者「お母さん……」
勇者「あのね、お母さん」
勇者母「どうしたの?」
勇者「ぼくを、本当の子供みたいに大事に育ててくれて、ありがとう」
勇者母「い、いきなり何言い出すの!?」
勇者「旅してたらね、知っちゃったんだ、本当のお母さんのこと」
勇者母「…………」
勇者「でもね、ぼくも、お母さんのことお母さんだと思ってるし、大好きだから」
勇者母「そう……」
勇者母「本当のお母さんには、会えたの?」
勇者「……何年も前に、氏んじゃってた」
勇者母「…………そっか」
勇者「ヴェルがね、本当のお母さんの……その、関係者の人で」
勇者「ぼくのことほんとに大事にしてくれてるんだ」
勇者「だから、心配要らないよ」
勇者母「そう……良い人に巡り合えたのね」
勇者母「彼、悲しい目をした人だったわ。支え合って生きていくのよ」
勇者「……うん」
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『君の歌には、不思議な力があるんだね』
『この村に伝わる、神様の歌なのよ』
『枯れかけた花だって、また綺麗に咲くわ』
『聞かせて、くれるかな』
『聞きたいんだ。君の歌を』
Section 18 少女
協会職員「現在大陸中に呼びかけているのですが」
協会職員「怒りや憎しみ等の、破壊衝動の元となる感情を継続して持っていると、」
協会職員「破壊神に操られてしまうので、できる限り穏やかな精神状態を保ってください」
勇者兄「で、俺等は具体的に何やればいいんだ?」
協会職員「とある少女を追っていただいきたいのです」
勇者兄「少女?」
協会職員「破壊神に操られた者……『破壊者』のほとんどは、」
協会職員「捕獲してしばらくすれば正気を取り戻すのですが、」
協会職員「一人だけ、あまりにも力が強くて手が付けられない者がいるのです」
勇者兄「そいつは今どのあたりにいるんだ」
協会職員「それが、突然姿を消してしまうものですから、正確な位置はわかりません」
協会職員「ただ、少しずつ北に向かっているようなのです」
協会職員「現在は大陸中央部のやや北側にいるものと思われます」
協会職員「しかし、その……」
勇者兄「ん?」
協会職員「通常、破壊者は無差別に破壊と殺戮を繰り返すのですが、」
協会職員「その少女だけは平和協会の支部のみを攻撃しているのです」
勇者兄「破壊神とは無関係の、協会に恨みのある奴の犯行じゃねえのか?」
協会職員「それが、目撃者の証言によると、」
協会職員「破壊神の下僕である人形を従えていたそうなのです」
協会職員「奇妙な力を使っていたことからも、破壊者で間違いないかと」
勇者「奇妙な力?」
協会職員「魔術とも法術とも異なる、未知の力の波動です」
協会職員「また、彼女が歌うと、周囲の物が崩れ去ったり、絶望的な気分になったりするとか」
勇者「うーん……」
武闘家「気功とも違うな」
勇者兄「話はわかった」
協会職員「彼女は15歳程の美しい少女だそうです」
協会職員「なんでも、黒髪が部分的に金に輝いたりする不思議な頭髪だとか」
勇者「魔族……ではないんですか?」
協会職員「確かに人間だと報告が入っています」
協会職員「では、シュトラール様、テレポーションを習得なさっているのですよね?」
協会職員「一行を連れて大陸中央部辺りまで飛んでいただきたい」
勇者父「あ゛っ、うん」
勇者父「どうしよう。多分また魔王来るよな? エミルに会いに」
勇者「あ、ぼくごく最近テレポーション覚えたよ」
勇者「まだちょっと不安だから、自分含めて5、6人くらいが限界かな」
勇者兄「ギリギリいけるか?」
勇者「やってみる」
勇者「……瞬間転移<テレポーション>!」
――大陸中央付近
勇者「うっ……疲れた……」
勇者兄「大丈夫か!?」
勇者「力が入らない……慣れの問題だと思うけど」
勇者「すごい量の魔力消費した……」
勇者父「必要な魔力量がばかでかいからな……こんな人数運んだのなら尚更だ」
勇者兄「近くの村までちょっと距離があるな。おんぶしてやるよ」
勇者「ありがとう、お兄ちゃ」
魔法使い「っ!」
勇者「!?」
勇者「う、ううん、歩いてくから大丈夫」
勇者兄「遠慮すんなって」
勇者「あわわ」
魔法使い「…………」
法術師「嫉妬しないの!」
武闘家(リヒトさんが鈍感なのがなあ……問題なんだよな)
勇者兄「昔はよくエミルをおんぶしてやったもんだなあ」
勇者兄「転んでひざ擦り剥いたり、寝ちまったりした時とかにさ」
勇者「……そうだったね。懐かしいな」
勇者兄「でかくなっちまったもんだよなあ」
勇者兄「少し会わない間に旅に出てるわ俺以外の奴を兄と呼んでるわ恋人はできてるわで」
勇者兄「うっ……なんか……ざびじ……」
勇者「泣かないで」
勇者「……ぼくにとってのお兄ちゃんはお兄ちゃんだけだよ」
勇者「ヴェルのこと、お兄ちゃんだと感じたこと、実はあんまりないんだ」
勇者兄「えっマジか!?」
勇者「ヴェルは初恋の相手で、誰よりも大好きな恋人で……」
勇者「喜んでもらえるから『兄上』って呼んでるけど、」
勇者「ほんとは兄妹だって実感沸いてないの。ぼくのお兄ちゃんは、お兄ちゃんだけ」
勇者兄「……ぅ……ぐずっ……」
勇者父「泣き虫なところそっくりだよなお前等」
少女『ちょっと、あんた達何やってんのよ!』
ガキ1『あ?』
ガキ2『あんだよ』
ガキ3『カトレアじゃん』
いじめられっ子『うう……いたいよ……』
少女『大勢で一人に暴力振るうなんて卑怯よ! ケンカなら一対一でやれば!?』
ガキ1『お前も殴られてえのか』
ガキ2『てめえみてえなガサツな女、女じゃねえ!』
少女『あ、んた達……許さないんだからっ……ぅ……』
ガキ3『こいつ泣きやがったぞー!』
ガキ『『『なーきーむし! なーきーむし!』』』
少年『おまえらまーたいじめかよカッコ悪いぞ』
ガキ2『げっシュト何とかだ!』
少年『勇者様の名前くらい覚えろよ……』
勇者父(あいつ、負けん気が強いわりに、感情が昂るとすぐ泣くんだよなあ)
勇者「ほら鼻水拭いて。村に着いちゃうよ」
勇者兄「ふぐっ……ずずっ……」
勇者父(二人とも、あいつに育てられたんだもんなあ。そりゃ似るわ)
――村
勇者兄「黒髪と金髪が混じった、15歳くらいの女の子を見かけませんでしたか?」
村人「うーん、そんな変わった頭の子は見てないねえ」
村人「4歳くらいの、迷子の女の子なら保護してるんだがねえ」
勇者兄「ありがとうございます」
勇者兄「目撃情報は全然無かった」
武闘家「同じく」
魔法使い「何の手がかりも無しよ」
勇者父「眠い……宿行こうぜ宿」
勇者兄「……おい、その子どこの子だ」
幼女「…………」
法術師「迷子らしくて……この村にはご両親らしき人はいないそうなんです」
勇者「懐かれちゃったね」
幼女「きがついたらひとりだったの」
勇者「魔力で一応探したんだけど、見つけられなかったんだ」
勇者兄「参ったな……」
幼女「いっしょにつれてって! さみしいの!」
法術師「か、かわいぃ……」
法術師「ねえ、リヒト君……」
勇者兄「危険な旅なんだ。連れていくのは無理だぞ」
勇者父「いいんじゃねえの? こんだけ人数いるし」
勇者兄「考えが甘いんだよ!」
幼女「んぅ……おねがい」
勇者兄「うっ……」
勇者「引きはがしてもついてきそうだよ」
勇者兄「しゃーねえな……セレナ、しっかり面倒見ろよ」
法術師「うん! あなた、お名前は?」
幼女「イリス!」
法術師「あら、可愛いお名前ね」
勇者「虹かあ。綺麗な名前だね!」
幼女「えへへ~」
勇者父「あれ、お前この村に帰ってきてたのか」
少年勇者「あっ父さん!」
勇者「えっ……?」
勇者兄「は……?」
勇者父「あ、こいつ俺の息子の内の一人」
少年勇者「僕の兄さんと……弟……かな? はじめまして」
勇者「あっ、うん。妹です。エミルです」
勇者兄「……リヒトだ」
少年勇者「僕はブラット。趣味は農業です」
勇者父「暇ありゃ畑いじってるような奴だ」
勇者父「普段はセントラルの平和協会支部で訓練受けてるんだが」
少年勇者「謎の少女の襲撃により訓練どころじゃなくなったんで」
少年勇者「村に破壊者が現れないか警戒しつつ、」
少年勇者「こうして大好きな野菜を育てているんです」
少年勇者「剣を振るより鍬で土を耕す方がずっと好きですね」
勇者「この畑からすごい生命のエネルギーを感じる……」
勇者父「こいつが育てた作物はうまいぞ」
少年勇者「たまにしか帰ってこられないんで、」
少年勇者「普段は母さんや弟達が面倒をみてくれているんですけどね」
勇者兄「その弟達って……」
勇者父「いや、俺の子じゃないぞ」
少年勇者「母さんは僕を産んだ後に結婚してるんです。父親違いの兄弟ですね」
勇者兄「頭が痛い……」
勇者「あ、あはは……」
少年勇者「なんなら、今日採れた野菜を少し差し上げましょう」
勇者「え、いいの?」
少年勇者「兄弟のよしみです」
勇者「やったあ! ぼくお料理大好きなんだ。大切に調理するね!」
少年勇者「喜んでもらえてよかったです」
武闘家「複雑な関係なのに心の広い奴だな」
勇者「……お母さんは、どうしてこんな浮気者のお父さんと結婚したんだろう」
勇者「美人だし優しいししっかりしてるし絶対他に貰い手あったよね……」
勇者兄「若い頃けっこうモテてたらしいが全員振って父さんと結婚したらしい」
勇者「何でだろ……」
勇者兄「全く理解できん」
妻「離婚してやる!! この浮気者!!」
夫「だから誤解なんだって!!」
妻「もう許さないんだから!! うっ――――」
妻「――――」
夫「お、おい、どうした?」
妻「ホロベ コノヨニ ホロビヲ」
勇者「あっちから妙な力の波動が!」
妻「ホロベ ワタシハ スベテヲ コワス」
夫「うわあああああ!!」
勇者兄「様子がおかしいぞ!」
夫「助けてくれ!!!!」
勇者(これが破壊の波動……)
勇者「クリスタルバリア!」
エミルは水晶状のバリアで破壊者と化した女性を囲んだ。
妻「コワセ コワセ」
夫「ひぃぃぃぃ」
幼女「こわい」
勇者兄「これが破壊者か。目が逝ってるな」
勇者父「何があったんだ?」
女性はガンガンバリアを叩いている。
夫「た、ただちょっと痴話喧嘩をですね」
勇者父「ただの痴話喧嘩程度じゃあ破壊者化しねえよ」
勇者父「普段から不満溜めてたんじゃないのか?」
夫「……俺には幼馴染の女性がいるんだ」
夫「お互い姉弟みたいに思っていたから、恋仲にはならず別の人と結婚したんだが」
夫「ずっと妻が彼女に嫉妬していてね……」
夫「さっきも幼馴染と俺が喋っているところを見られてしまって」
勇者兄「……断じて浮気じゃないんだな?」
夫「そうだ! 愛しているのは妻だけだ!!」
妻「――――――!」
勇者「反応した?」
勇者父「よし、そのまま愛を叫べ」
夫「えっこんな人前で」
勇者父「そうしなきゃ、奥さんはお前さんだけじゃなく誰でも頃す殺人鬼になっちまうぞ」
夫「う……」
妻「コワ ス コ ロ セ 」
夫「愛してるぞ嫁さん! この世の誰よりも!!」
妻「っ――――――」
夫「俺が愛してるのはお前だけだ! 一生お前だけを愛し続ける!!」
妻「――――」
夫「戻ってこい!!」
妻「……」
妻「あら? 私、一体……」
夫「ああ、よかった……」
妻「あなた……」
夫「ちょっと、悪い夢を見ていただけなんだよ」
シュトラールは魔力でペリドットの塊から小さな欠片を切り落とした。
勇者父「一応、これ持ってけ」
勇者兄「何だ? それ」
勇者父「人の心を落ち着かせる効果のある石だ」
夫「ありがとうございます……」
勇者父「まだ力の弱い破壊者でよかったな」
勇者父「人形も出現しなかったし、旦那に愛を叫ばせるだけで落ち着いた」
勇者父「人としての意識がまだ残ってたんだな」
勇者父「沸き上がった破壊衝動が強ければ強いほど破壊者の力も強くなり、」
勇者父「正気を取り戻させるのも困難になるらしい。最悪の場合、殺さなきゃならねえ」
勇者父「誰でも破壊者になってしまう可能性はあるが、」
勇者父「嫉妬深い奴や不満を溜めこむタイプの奴は要注意だな」
勇者兄「…………」
勇者父「ん?」
勇者兄「いや、母さんはよく父さんの浮気を許せるなと思って」
勇者父「あーまあ、幼馴染だから俺の性格よく知ってるしあいつ」
勇者兄「……ほんと、何で父さんなんかと結婚したんだ?」
勇者父「……何でだろうな? 他の男と幸せになれたはずなのに」
勇者父「何でわざわざ俺なんかを選んだんだろうな……」
勇者「その石、綺麗だね」
勇者父「だろ?」
勇者父「今、協会がそこら中にこの石を設置している最中だ」
勇者父「完全に破壊者の出現を防ぎきることはできないかもしれないが」
勇者父「ないよりマシだろ」
勇者(肖像画に描かれた母上の瞳と同じ色だ)
勇者(産んでくれた母上と、育ててくれたお母さん)
勇者(ぼくには、二人のお母さんがいる。二人とも、大事なお母さん)
勇者(氏んでしまった母上の願いを叶えるため、今生きているお母さんを守るため、)
勇者(この世界を守りたい)
幼女「セレナお姉ちゃーん!」
法術師「ああんもうほんと可愛いわね!」
魔法使い「あんたは将来いいお母さんになれそうね」
法術師「アイオだって、いいお母さんになれるわよ!」
法術師「あははくすぐったーい!」
幼女「あははぁ!」
Now loading......
Section 19 美の都
勇者「住んでた村の名前、憶えてない?」
幼女「わかんない……」
勇者「うーん……」
勇者兄「平和協会に話は通しておいた」
勇者兄「親御さんの名前は幸い憶えてたんだし、すぐ見つかるだろ」
勇者「ありがと、お兄ちゃん」
勇者兄「情報魔術師のおかげで話の伝達だけは早いからなあそこ」
数日後
魔王「……」
執事「作業効率落ちてますよ」
魔王「…………」
執事「そんなにエミル様の不在が辛いんですか」
魔王「………………」
狼犬「わふぅわふぅ」
メイド長「陛下の頭に貼り付いちゃだーめ!」
執事「……この書類の束が片付いたらエミル様の元へ行っていいですよ」
魔王「!」
メイド長「あらすごいスピード」
執事「最近いつもこうなんだから」
――美の都ヴァナディース
勇者父「おっ、そうだそうだ。もう美女コンテストの時期か」
勇者兄「そんなことやってる場合なのか?」
勇者父「世界の危機だからって、なあんにも楽しいこと無かったら気が滅入るだろ」
勇者父「おー流石美の都。美人がいっぱい」
勇者兄「派手にめかし込んでるだけだろ」
勇者兄「……いや、彫りの深い天然の美女だらけだ……」
法術師「あらほんと」
魔法使い「むぅ……」
武闘家「よしエミル、ナンパしに行こうぜ」
勇者「いいよ」
勇者兄「あっこら! エミル、ナンパの意味わかってんのか!?」
勇者「お友達づくりのことでしょ?」
勇者兄「あ、あのなあ」
勇者父「夕刻にコンテスト会場前で集合な!」
勇者父「よし、俺もコンテストの席取りをしに」
勇者兄「おい」
勇者父「いやもちろん破壊者探しもするから!」
勇者兄「……はあ」
勇者兄「どいつもこいつも鼻の下伸ばしやがって……女性陣、頼んだぞ」
法術師「はーい!」
魔法使い「まあがんばるわ」
幼女「はぁい!」
幼女「このお花きれえ!」
法術師「植木も凝ってるわねー……」
魔法使い「黒と金の髪色の女の人……けっこういるわね……」
法術師「この町は髪の色を抜いたり、染めたりする技術が発達してるみたいだからね」
法術師「見た目で探すより、あの破壊の波動を探ったがよさそうね」
法術師「あ、ここのアクセサリー綺麗ね! アミュレット機能もあるみたい」
魔法使い「凝ってるわね……あっ、値段が……」
法術師「なんてお高い……」
幼女「これかわいいー!」
法術師「あら、これなら買えそうね。買ってあげちゃうわ!」
幼女「ほんと?」
法術師「ええ!」
幼女「わあ! ありがとうおねえちゃん!」
法術師「うふふ……イリスの黒い髪の毛によく似合ってるわ」
武闘家「何の手がかりも見つかんねえ」
勇者「ねー……」
美少女1「破壊者騒ぎは時々あるんだけどねぇ」
美少女2「なんせここは美の都。より美しくなろうとするが故に、」
美少女2「自分より美しい者に嫉妬する者が絶えないのよ」
勇者(より嫉妬心を煽るようなコンテストをやっちゃあ危険なんじゃ……)
美少女1「でも、そんな強い破壊者が出たなんて聞いたことないわ」
勇者「捕獲された破壊者達は、今どこにいるのかな」
美少女1「王立研究所の地下らしいわよ」
武闘家「そうか。ありがとよ。お礼にここのケーキとお茶は俺等のおごりだ」
美少女1「きゃっ、ありがと」
美少女2「うれしー!」
勇者(流石美の都……スイーツのデザインも凝ってる……)
魔王(素晴らしい景観だな……芸術的な彫刻が至る所に設置されている)
魔王(エミルがいるのはこの辺りか)
魔王(……美少女に囲まれて一体何をしているんだ……?)
魔王(ま、まさかそういう趣味が)
狼犬「?」
魔王(いや、エミルに限ってそんなことは)
魔王(しかし……元から男の装いをしていたし……)
魔王(……冷静になれ。頭を冷やそう)
――――
美女1「キャーあの人素敵じゃなーい!?」
美女2「でも大きいわね……2メートルくらいありそうよ」
――――
魔王(ん……あれは……)
魔王兄「よう」
魔王「貴様……ここで一体何をやっている……」
魔王兄「あ? 美女見に来たに決まってんだろ」
魔王兄「お前こそ頭に犬ひっつけて何やってんだ」
魔王「……」
魔王兄「この国は素晴らしいな! 乳のでかい女が山ほどいるんだぜ!」
魔王「貴様が人の姿に化ける術を扱えるとはな」
魔王「流石、夜這いに便利だからという理由だけでテレポーションを身に付けただけのことはある」
魔王兄「おうよ」
魔王「間違っても人間の女を抱くんじゃないぞ」
魔王兄「あんでだよ」
魔王「貴様、大剣で女の内臓を切り裂くつもりか?」
魔王兄「あー確かに人間の女は小柄だよなあ。脆そうだし」
魔王兄「連れ込むんなら身長高くて丈夫そうな奴じゃねえと……」
魔王「……くだらん」
魔王「わた……俺はエミルの元に行くぞ」
魔王兄「お前まだ俺が言ったこと気にしてんのかよ! がはは!!」
魔王「くっ……」
魔王兄「まあ待てって」
美女1「あの彼も素敵! 兄弟かしらね?」
美女2「声かけちゃおうかしら」
魔王兄「な? 付き合えよ」
魔王「断る!!」
魔王兄「そこのお姉さんがた~ちょっとお茶しようぜ」
魔王「ふっ触れるな! 放せ! 放さぬか!!」
美女1「あら、ぜひともお願いいたしますわ」
美女2「うっふ」
――王立研究所
研究員「一度破壊者となった者は、性格上再び破壊者となる可能性が高いのです」
研究員「よって、この牢屋に隔離し、平静を保てるようにしているのです」
元破壊者「おうち……帰りたい……」
破壊者「ウー! ウー! ウー ――」
勇者「これじゃ、まるで囚人だ……悪いのは破壊神なのに」
研究員「解放したところで、彼女達が元の生活に戻るのは困難でしょう」
研究員「操られていたとはいえ、周囲に危害を加えたことには変わりません」
研究員「人を頃してしまった者もいます」
研究員「どのように法で裁くべきか、裁判所の議論も終わっておりません」
勇者「はやく……どうにかしなきゃ……」
武闘家「しかし、すぐに再封印できるわけでもないからな」
武闘家「封印がもっと緩まないとこっちからも干渉できないんだろ」
勇者「…………くやしい」
美女1「破壊神が復活するなんて物騒よねえ」
美女2「ほんと、怖いわぁ」
魔王兄「んなもん俺が蹴散らしてやらぁ」
美女1「あら、頼もしいのね!」
魔王(戯れ言を)
魔王兄「おい、お前その仏頂面どうにかしろよ」
魔王「…………」
魔王兄「わりぃな、こいつ照れ屋でよ」
美女1「あら、可愛いのねぇ」
美女2「はあ……伝説の五つの宝珠でもあれば心強いのだけどねぇ」
魔王「! ……何だ、それは」
美女2「やっとこっちを見てくれたのね! 可愛いわ~教えてあげちゃう」
勇者兄(美男美女だらけで……なんかこう、場違い感が……)
美女A「キャー見て見て! この子シュトラール様にそっくり~!!」
美女B「なんて凛々しいお顔立ちなの~!」
美女C「勇者様なのね!!」
勇者兄「え」
勇者兄(な、なんて豊満な胸……)
美女A「ちょっとご一緒していただけないかしら?」
勇者兄「い、いやあの」
勇者兄(うわああああいい眺めだけど俺は父さんとは違う!!)
美女B「赤くなっちゃってぇ可愛いわねぇ」
勇者兄「ひぃん」
勇者兄(いやいや俺はいつか出会い結婚する嫁さんのために操を立てねば)
美女C「こ っ ち 、 行きましょ?」
勇者兄「ちょっあっ! だ、誰か助けてくれえええええええ!!」
――
――――――
司会「えー、今年も美女コンテストを開始いたします!」
勇者父(最前列ゲットできて良かったぁ~……!)
司会「厳しい予選を戦い抜いた美女達の入場です!」
勇者父「くぅ~!!」
司会「さあ、今年のミス・ヴァナディースに選ばれるのは一体誰なのでしょうか~!!」
魔王兄「後列からだと流石に遠いな……」
魔王兄「なあそこのエレクタイルディスファンクション」
魔王「何だオールウェイズエレクション」
魔王兄「…………一番抱き心地の良さそうな女はどいつだと思うか?」
魔王「俺に聞くなセクシュアルパヴェート」
魔王兄「おい何処行くんだよショートファイモシス」
魔王「……俺の心の病のことは知っているだろう」
魔王「ゲルディングにされたくなくばもう俺に近付くなスタリオン」
魔王兄「お前ほんと重症だよなあファミリーコンプレックス」
魔王「ふん……」
弟「待ってよにいさま~!」
兄「こらこら、走ったら危ないぞ」
弟「帰ったらチェスやろうよ!」
兄「ああ、いいよ」
魔王(兄を純粋に兄として慕うことができたら……楽しいのだろうな)
魔王(心の病が更にこの精神を蝕んでいく)
少年時代の自分の声が、己に語りかけてくる。
魔王『こっちから欲情すれば、父上から姦淫を受けたって苦しくないもの』
魔王(……父上はもうこの世にはいない。それなのに何故いまだに……)
魔王(ただエミルだけを愛していたい……彼女だけを……)
魔王(……私は、エミルを……愛することができているのだろうか……?)
魔王(兄妹だから、条件反射的に情を欲してしまっているだけではないのか?)
魔王『だから強姦なんてできたんだ』
魔王(そんなはずはない……そんなはずは……)
魔王『本当に愛しているなら、泣き叫んでいたあの子にあんなことできるはずないよ』
魔王『姦淫される苦痛は知っていたはずなのに』
魔王「っ…………」
狼犬「?」
魔王『ぼくは、家族を身体で縛りつけることしかできないんだ』
魔王(私は、穢れている)
狼犬「! ワンワン!」
勇者「あ、パルル! 兄上!」
魔王「……」
勇者「どしたの? 悩み事?」
魔王「いや、頭の上の犬が重くてな」
勇者「んもー、すっかり定位置になっちゃってる」
魔王「どうしても寂しがってな……連れてきてしまった」
狼犬「わふぅ」
勇者「全然会いに帰ってなかったもんね。ごめんね、寂しい思いさせちゃって」
狼犬「わふ!」
勇者「宿、動物OKだといいな」
魔王「エミル、目を見せてくれ」
勇者「?」
魔王「……綺麗な色だ」
勇者「あっ、だ、だめだよこんな人が多いところでくっついちゃ」
勇者「はしたないよ」
魔王「…………」
勇者「……?」
魔王(……エミルは特別なんだ)
魔王(私の心が壊れる前に私が恋をした、唯一の相手なのだから)
美幼女「ままー何であそこの人達男同士で抱き合ってるの」
美母「シッ! 見ちゃいけません!」
勇者(誤解だああ!!)
優勝者「みんな、ありがとぉ~!」
司会「優勝はアフロディータだー!」
ワァァァアアアアアアアアアアア
勇者父「おめでとぅぅぅ!」
準優勝者「私が二番のはずないわ……この世界で最も美しいのはこの私……!」
準優勝者「あの女……いつも私の邪魔ばかり……」
準優勝者「憎い……あの女も……あの女を選んだこの会場の連中もみんな……!」
準優勝者「全部……ぶちコワシテ ヤ リ タ イ 」
準優勝者「―――― コワス ゼンブ 」
勇者父「あ、やばい」
準優勝者の周囲に衝撃波が生じた。
会場から人が雪崩のように逃げ出している。
勇者「破壊者だ! 行かなきゃ!」
魔法使い「酷い騒ぎね」
法術師「怪我人が出てるわ!」
勇者兄「エミル! みんな!」
魔法使い「ちょ、あんた何でキスマークだらけなのよ!」
勇者兄「好きで付けられたんじゃない!!」
法術師「イリスちゃん、ここで待ってるのよ!」
幼女「うん……」
勇者兄「会場に乗り込むぞ!!」
勇者「お父さん!」
勇者父「こいつ、やべえぞ!」
勇者父「破壊の人形まで召喚しやがった!」
破壊者と化した女性の周囲を、箱がいくつか組み合わさったような形の人形が飛んでいる。
魔王兄「女の嫉妬ってこえーな! ははは!!」
勇者「あれ? 兄上の兄上だ」
人形1「カタカタ カタカタタタ」
人形2「ガタタタッ タタタタタッ」
勇者兄「来るぞ!」
勇者「クリスタルバリア!」
人形1・2「「コオォォォォ」」
バヒューン!
人形は力を溜め、光線を放った。
ピシピシと水晶状のバリアにヒビが入り、あっさり割られてしまった。
勇者「嘘でしょ……あれ破られたことなんてなかったのに」
魔賢者「過保護じゃないですか? わざわざ陛下を追いかけるだなんて」
執事「いやぁ、でも心配ですよ……陛下ですし……」
警備兵はまだかー!
はやく、はやく魔術師様を!!
魔賢者「なんだか騒がしいですね……」
幼女「ふあぁぁ……こわいよぉ……おねえちゃーん! どこー!?」
幼女「あ……――――ニク、イ」
幼女「ミギメノキズ――――」
幼女「…………」
執事「君、どうしたんだい? 迷子かな?」
幼女「ん……セレナおねえちゃんまってるの」
執事「セレナ……その人は今どこに?」
幼女「あっちいっちゃったの」
武闘家「俺怪我人運ぶわ!」
魔法使い「気高き焔の翼――我に立ちはだかる者を滅せよ!」
魔法使い「高貴なる紅焔<ノーブル・プロミネンス>!」
魔王兄「おお、なかなか綺麗な火ぃ出すじゃねえかあの姉ちゃん」
魔王「暢気に観戦なぞしおって……闇氷の障壁<ダークアイス・ウォール>!」
勇者兄「突き刺せ! 閃光の白雨<シャイン・エッジ・レイン>!」
人形1・2「「ヒキャアアァァァ」」
勇者兄「よし、人形は倒したぞ!」
勇者「でもあの人はどうすれば」
準優勝者「アァァァァァアァァ」
武闘家「衝撃波やべえ! 鋭すぎ!」
魔法使い「セレナ、あの術試すわよ!」
法術師「ええ!」
魔法使い・法術師「「始祖アメトリーナの名の下に――かの者に乗り移りし意思を浄化する」」
魔法使い・法術師「「――アウフェリムス アニムム マリー――」」
準優勝者「アァー ァ ア……」
準優勝者「…………う……わた、しは……」
魔法使い「成功したみたいね!」
法術師「ふう……よかったわ」
勇者兄「おまえら、今の術何だ?」
法術師「私達の祖先の術で、役立ちそうなものがないか調べた結果よ」
セレナのシトリニィ家とアイオのアメシスティ家は、共にアメトリーナという女性を始祖としている。
彼女は魔術・法術の双方に精通し、それらを大いに発展させたと言われる大賢者である。
勇者「あの人も、研究所の牢屋から出られなくなるんだ……」
法術師「氏者が出なくてよかったわ」
法術師「でも、何人か治しきれなかった……あれじゃ、元通りの生活なんて……」
勇者兄「できるだけのことはやったろ」
勇者父「眠い……」
勇者兄「父さんって歳のわりに老けてるよな」
勇者父「心は若いぞ」
勇者兄「あっそ」
勇者父「それにしてもお前キスマークだらけじゃねえか! モッテモテだな!」
勇者兄「親父の弊害を受けたんだよ!! 逃げるの大変だったんだからな!!」
勇者兄「はあ、気の多い奴が身内にいると苦労するな……」
魔王(不本意だが同意せざるを得ない)
法術師「イリスちゃん? どこ?」
幼女「おねえちゃん!」
法術師「ああ、よかった……」
執事「やっぱりセレナさんを待っていたんですね、この子」
法術師「あら、コバルト」
執事「陛下が心配だったので後を追っていたところ、この子と出会いまして」
魔王(信頼されていないのだろうか……)
法術師「一人で置いてけぼりにしちゃったから、とても心配だったの……ありがとう」
幼女「あのね、イリスね、こころがどっかいっちゃいそうになってね、」
幼女「そしたらこのおにいちゃんがたすけてくれたんだよ」
法術師「心が、どこかに?」
執事「酷く不安を感じていたようです」
執事「では陛下、帰りますよ」
魔王「ああ」
幼女「ねえねえ、またあえる?」
執事「……ええ、機会があれば」
執事(笑い方が……そっくりだ、あの子に)
執事(アリア……)
メイド長「お帰りなさいませ陛下、コバルト。パルルはエミル様の元に?」
魔王「ああ」
魔王「人魔会議の日取りが決まった」
魔王「だが、その前に大魔族会議を開かねばな」
魔王「すぐに伝令を送ってくれ」
執事「はい」
魔王「かなり有益な情報を得ることができた。もしかすれば、上手くいくかもしれん」
魔王「調べ物を頼みたい」
執事「わかりました」
魔王「……頼んだぞ」
Now loading......
『すごいすごーい! 風が気持ちいいわ!』
『こんなに高く飛べるのね!』
彼女は、この山が好きだった。
僕は、彼女を背に乗せて飛ぶのが好きだった。
実るはずのない想いだったけど、一緒に遊べるだけで……幸せだった。
Section 20 宝珠
魔王「……推測した通りでよかった」
執事「族長達の了承を取れたなんて奇跡ですよ、ほんと」
――
――――――
美女2『やっとこっちを見てくれたのね! 可愛いわ~教えてあげちゃう』
美女2『昔、大精霊達様は、人間に守護の力を持つ五つの宝珠を授けてくださったのよ』
美女2『それぞれ、赤、青、銅、緑、金の色に輝いていたらしいわ』
美女2『激しい争いがない間は各地の神殿に納められていたらしいのだけど』
美女2『魔族に奪われて、今はもうどこにあるのかわからないって言われてるわ』
美女2『取り戻せたら、人類の大きな希望になるでしょうね』
魔王『……まさか』
魔王兄『こんな感じの珠か?』
美女2『あら、綺麗に赤く輝いてるわね。きっとこんな感じよ』
魔王『何故貴様が力の珠を持っている』
魔王兄『お袋が、これ持ってたら男がビビッて逃げてくからってよく俺に預けてくんだよ』
――――――
――
勇者父「大会議の会場はセントラルか」
勇者「テレポーションを使う魔族達の負担を考えたらそうなるだろうね」
勇者兄「魔族が伝説級の術で迎えに来るなんて、王様達ビビるだろうなあ」
勇者「絶対罠だって疑うだろうね……集まってくれたらいいんだけど」
勇者父「だがテレポーションを使わないと、」
勇者父「世界中のお偉いさんとすぐに話をするなんて無理だしなあ」
エミル達は国王達を安心させるため、各国の国王を迎えに行く賢者達に各々同行した。
執事「皆さんのご協力により、どうにか人間の方々をお迎えすることができました」
勇者「会議、上手くいくといいね」
執事「ええ」
執事「やあ、イリス」
幼女「ん……こんにちは」
法術師「あら、照れてるのかしら」
イリスはセレナの背に隠れている。
執事「会議が終わるまで、部屋の外で待っててね」
法術師「いい子にして待てるわよね? お姉ちゃんも一緒にいてあげるから」
幼女「うん」
勇者「パルルもね」
狼犬「……がふぅ」
勇者(無理矢理魔法で魔気抑えてるからこの頃機嫌悪いんだよなあ。ごめんね……)
幼女「……あのね、あのね、あとでね、イリスのおうたきいてほしいの」
幼女「イリスね、おうたうたうのじょうずなんだよ!」
執事「そっか。じゃあ、終わったら聞かせてもらうよ。楽しみにしてるからね」
幼女「うん!」
勇者(紳士だなあ)
セントラル城・大会議室
そこら中に魔気避けが設置されている。
人間の国や平和協会の代表達、高位の魔族達が一堂に会している様は正に異様であった。
国王達を守護するため、彼等の傍には最上級の術者や勇者の血を引く者が控えている。
魔族達は皆、完全に魔気を抑え込んでいる。
国王「……私はブレイズウォリアの国王だ」
国王「急に召集を呼びかけ、魔族の迎えを送ることとなったにも関わらず、」
国王「この場に集まっていただけたことに感謝しよう」
勇者(空気が張り詰めている……)
勇者父(俺こういうお堅い雰囲気苦手なんだよなあ)
執事「こちらは、第885代魔王ヴェルディウス陛下です」
魔王「…………」
大魔導師(確かに、邪悪な者には見えぬな……魔力が澄んでいる)
魔王「……破壊神の封印が更に弱まれば、いずれ人形の軍勢が攻めてくると予測される」
魔王「争いの混乱の中、人と魔族が剣を交え、無駄な血を流すようなことがあってはならぬ」
魔王「よって、我は和平を申し出る」
執事(よかった、噛まずに話せてる……)
執事(あーヒヤヒヤするなあ)
魔王「下位の魔族は魔気の制御が不得手な者が多い。そのため、融和は困難であろうが、」
魔王「新たな人魔の争いが起きぬよう、規律と秩序の確立が必要である」
魔王「協力体制を築くことができれば、破壊神による被害者の増加も抑えられるであろう」
国王α「うむ……」
国王β「魔族の口からこのような言葉が出るとは……」
勇者父「彼は平和な時代を築くため、これまで最大限尽力してきたのです」
勇者父「その上、勇者である我が娘エミルを憐れみ匿っていた」
勇者父「どうか信じていただきたい」
魔王「憎んでいる種族を、ただで信用することが困難なのは当然だ」
魔王「だがもし、和平への同意を得られたならば……」
魔王「我等魔族は『伝説の五つの宝珠』を人間に明け渡そう」
国王θ「な、なんだと……!?」
国王ρ「伝説の五つの宝珠だと!?」
魔王(大精霊から人類に授けられた物であれば、)
魔王(我々魔属には光の珠と同様拒絶反応が出るはず)
魔王(だが、闇の珠と同様、人間にも魔族にも扱える物に変質した可能性は否めなかった)
魔王「大陸各地に散らばる神殿の遺跡や歴史を調査した結果、」
魔王「現在五大魔族の族長の証となっている珠が、伝説の五つの宝珠であると断定できた」
魔王「これを相応しい者が所持すれば、人間であっても強大な魔術の使用が可能となる」
魔王「ここに集っている代表者全員の署名と引き換えだ。悪い話ではないだろう」
国王Ψ「願ってもない話だ……問題は、どの国の誰が所有するかであるが……」
会場がどよめく中、突如荒々しく扉が開かれた。
魔王兄「おいファミコンいるかー?」
魔王「な、何だその呼称は」
魔王兄「あ? ファミリーコンプレックスの略に決まってんだろ」
魔王「何をしにきた!? ここは貴様が来るような場所ではない!!」
魔王兄「お袋から力の珠預かりっぱなしだったから返しに来たんだよ。要るんだろ?」
魔王「…………」
力族長「あぁんらぁごめんなさいねぇ。うっかりしてたわぁ」
魔王「……………………」
魔王兄「なんか大変そうだけど頑張れよ! どもらないようにな! はは!!」
魔王「帰れ!!!!!!」
魔王兄「泣くこたないだろお前」
魔王「泣いてなどおらぬわ!!!!!!」
執事「あっちゃー……」
力族長「ごめんなさいねぇみなさん。うちの長男いっつもこんな不作法なのよぉ」
勇者(ヴェル…………)
国王δ「魔族も……意外と人間臭いのぅ……」
国王ι「あの魔王、案外同族から舐められとるのでは……」
国王γ「魔王が恥かかされて涙目になっておるぞ…………」
魔王「……………………」
執事「陛下、しっかり」
執事「いやあ、場を和ませるネタをいくつか考えてたんですけど必要ありませんでしたね!」
魔王「お前も……一体何を考えて……」
執事「あんまり空気が堅くなるよりは、ゆる~くした方が親しみやすいかなって……」
魔王兄「あ、もう一つ」
魔王兄「おまえんとこのメイドのカメリアちゃんによろしく言っといてくれ! じゃあな!」
魔王「…………………………………………」
武闘家「嵐のようだったな」
執事「えー、気を取り直しまして」
執事「族長の皆さん、宝珠の提示を」
知恵族長「人間の言う、青の宝珠だ」
力族長「赤の宝珠よ。綺麗でしょぉん?」
地底族長「銅の宝珠だ。正しき心の持ち主に使っていただきたいものだな」
空族長「うむ。緑の宝珠だ」
金竜頭領「…………」
力族長「あぁ、あんた族長じゃなかったわねえ」
執事「そして、金の宝珠は……」
執事「亡くなった族長の孫である、このわたくしめが管理しております」
協会北幹部「で、では、お主は……あの群れの生き残りか!?」
協会元帥「…………!」
執事「……ええ。わたくしの群れの竜は、五年前の襲撃によりほとんどが殺されました」
勇者「!?」
執事「我が祖父は、わたくしが生き延びられるよう、わたくしにこの珠を託しました」
執事「そして、珠の力無しに戦った祖父と、後継者であった我が父は……討たれました」
協会北幹部「…………」
執事「以来、我がゴールドドラゴンの族長は空席となっておりますが」
執事「金の宝珠はここにあります」
協会元帥(あの、時の……幼竜だと……いうのか……)
執事「人間が魔属に大切なものを奪われ、憎んでいるのと同様、」
執事「我々も多くのものを失っています」
執事「しかしまあ、だからといってより多くの血を流しても大地が穢れるだけです」
執事「わたくし自身争いを好まない質でしてね。是非とも和平を結んでいただきたい」
国王α「信じても……よいのではないだろうか」
協会代表「魔族の少年に心を動かされるとは、な……」
大神官「我等を騙そうとしている魔力の波動は感じられませぬ」
国王λ「世界の危機だ。いつまでもいがみ合っていては、共倒れになるだけであろう」
国王「和平に意義のある者はおるか」
協会南幹部「不安ではあるが……迷っている暇はないだろう」
協会南幹部「世界崩壊の危機はすぐ目の前に迫っている」
国王「――我等人類は、魔族と和平を築くことを誓おう」
勇者「よかったね! 和平を締結できたなんて歴史上はじめてだよ!」
魔王「…………」
勇者「元気出してヴェル」
魔王「………………」
協会元帥「お主、私が憎くはないのか」
元帥は兜を取った。
協会元帥「私は五年前、お主の群れと……あの村を襲い、」
協会元帥「ゴールドドラゴンの族長を討った功績により元帥の地位を手に入れた」
執事「……ええ、忘れませんよ。その右目の傷」
勇者「あ……」
執事「憎いに決まっているじゃありませんか」
執事「あなたは僕の目の前で、彼女を……アリアを頃しました」
執事「そして、家族を奪いました」
執事「復讐を願った時だってもちろんありましたよ」
執事「『憎しみは新たな憎しみの連鎖を生むだけ。復讐なんて無意味だ』」
執事「そんな綺麗事で、憎しみを消せるほど心は単純にできていません」
協会元帥「…………ならば、私を」
執事「僕だってギリギリのところで抑えているんです」
執事「刺激しないでいただきたい」
協会元帥「っ……」
幼女「おにいちゃーん!」
執事「イリス」
幼女「イリスね、いいこにしてまってた……」
協会元帥「…………」
幼女「あ……」
幼女「みぎめ……」
執事「? どうしたんだい」
幼女「この人、知ってル……」
幼女「平和協会……右目ノ傷……」
白い揺らめきがイリスを包み、彼女の姿を変化させた。
執事「き、みは……」
歌唱者「見つけた……私を頃した人!」
勇者「破壊の波動!?」
法術師「嘘でしょ……」
狼犬「がるるるるる……」
勇者兄「なんだこのピリピリする馬鹿でかい波動は!!」
魔王「人間をただちに避難させよ!」
イリスの姿は十五歳ほどの少女に成長しており、顔付きも変化していた。
黒髪を侵食するように、少しずつ明るい金が揺らめきを増している。
法術師「嘘……嘘よ……」
協会元帥「な……」
歌唱者「――響け 滅びの唄 純然たる破滅の意思よ」
少女の歌声が響き、石造りの壁や天井にひびが入った。ところどころが崩れ落ちている。
術者達は主人を守るため、咄嗟に防御魔術を発動した。
歌唱者「――憎き者に苦しみを」
協会元帥「ぐっ……」
少女は、細い刀を元帥の腹に突き刺した。
歌唱者「すぐには殺さないわ。殺されたみんなの痛み、竜達の痛み、味わってもらうわよ」
法術師「だめえ!!」
歌唱者「邪魔をするなら、あなたも頃すわ」
法術師「きゃあっ!」
執事「ア……リ、ア……?」
執事「アリア……なのかい……?」
歌唱者「え……」
歌唱者「コバルト…………?」
歌唱者「あなた生きていたのね!」
執事「……!」
勇者兄「何が起きてるんだ」
歌唱者「私が殺された後、あなたまで殺されてしまったんじゃないかって……」
歌唱者「よかった……また会えるって信じてたわ」
歌唱者「あなたの魂をずっと探していたのよ!」
歌唱者「さあ、一緒に復讐の旅に出ましょう!」
歌唱者「憎き平和協会を……みんなの仇を討つのよ!」
執事「……アリア」
協会元帥「はっ……あ……」
法術師(ち、治療を!)
執事「僕は、復讐なんて望んでいない」
執事「頃したいほどこの男は憎いさ。でも、これからは新たな時代を築かなきゃいけない」
執事「築いていきたいんだ」
歌唱者「…………」
歌唱者「どう……して……」
執事「君は、破壊神に操られているんだ!」
勇者兄「おい、今の内に例の術使えないのか」
魔法使い「無理よ、とてもセレナと連携をとれる状態じゃないわ」
魔法使い「……仮にできたとしても、あの子の力が強すぎて効かないでしょうね」
歌唱者「どうしてそんなことを言うの!?」
歌唱者「……そうよ、私は破壊神のしもべ。復讐のため、氏の間際に契約を交わしたわ」
執事「…………」
歌唱者「そうね、あなたは優しいもの」
歌唱者「私が一人で復讐を遂げてあげるわ。その後はずっと一緒にいてくれるよね?」
執事「待って! アリア!」
歌唱者「私は許さない。私達を頃した人間を」
歌唱者「う……もう時間が……」
歌唱者「少しの間だけ、またさよならよ……コバルト」
そう言い残すと、少女は姿を消した。
勇者(何もできなかった……)
勇者(なんて鋭い、恨みの力…………)
武闘家「……おっそろしい」
誰も強大な破壊の力に手を出せなかった。
執事「は、はは。ありえない。彼女にまた会えただなんて」
勇者「コバルトさん……」
執事「…………北の大山脈に住んでいた頃、僕には好きな女の子がいました」
執事「でも、彼女は僕の目の前で人間に殺されました」
勇者「……」
執事「そりゃあもう、憎みましたよ、人間を。その男を」
勇者「でも、人間全てを憎んでるわけじゃ、ないんでしょ?」
勇者「普段のコバルトさんは、とてもそんな風には……」
執事「……その女の子も、人間だったんですよ」
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Section 21 理想郷
勇者「平和協会の人間が人間を襲った……?」
執事「今にも建物が崩れそうですね……場所を移しましょう」
魔王「……立てるか」
執事「すみません、腰が抜けてしまいました」
魔王「肩を貸そう」
法術師「そんな……イリスちゃんが……」
魔法使い「セレナ……」
勇者「すっかり気配が消えてる……魔力の探知もできないや」
勇者兄「何者なんだ、一体」
執事「……北の大山脈に、小規模ですが古くから続くハルモニアという村がありました」
執事「その村は、僕達ゴールドドラゴンを神の使いとして崇めていました」
執事「僕が属していた群れとも親交がありましてね。仲良くしてもらっていましたよ」
勇者「人間と魔族が、仲良く……」
執事「その村に、アリアという少女が住んでいました」
執事「彼女は、村に伝わる不思議な歌の力を継承していました」
執事「綺麗な歌声でしたよ……聴く者全ての心を浄化する、癒しの力がありました」
執事「僕と彼女は仲が良くて、よく彼女を僕の背に乗せて空を散歩したものでした」
執事「しかし、魔族を崇拝する村を、他の人間達がよく思うはずがなかった」
勇者「……」
執事「また、ゴールドドラゴンはいくつかの群れに分かれて生息しているのですが、」
執事「僕の群れは族長の群れ。討伐に成功すれば魔族の戦力を大きく削ることができる」
執事「五年程前、僕の群れと彼女の村は平和協会から襲撃を受けました」
執事「僕達の飛翔能力と魔力容量であれば、人間の軍隊から逃げるだけなら容易いことでした」
執事「しかし、僕達はハルモニアの村を見捨てることができなかった」
執事「僕達は彼等を守るために戦いましたが、結果はほぼ相討ちでした」
執事「両親も、兄弟も、殺されました」
執事「生き残ったのは、僕と、放浪癖のあったメルナリアの父親を含むごく数名だけです」
執事「そして、その戦いの中で……アリアも、僕の目の前で斬り殺されました」
執事「先程の平和協会の男に」
勇者「…………」
執事「仲間達から逃げるよう促された僕は、傷を負いつつもどうにか飛び続け、」
執事「魔王城に流れ着き、以来陛下の下で働いているというわけです」
勇者「そんなことが……」
執事「……本当は、彼女は復讐を望むような子ではないんです」
執事「風を愛し、生命を慈しみ、動物の氏に涙を流す、とても優しい子でした」
執事「彼女が、武器を持つはずがない……!」
執事「一体どうして…………」
法術師「…………」
法術師「……イリスちゃんは、その子に……いえ、破壊神に操られているのかしら」
法術師「殺されたアリアさんの魂がイリスちゃんの中に入り、」
法術師「時折アリアさんが目覚め、破壊活動を行っていた……」
魔法使い「他の破壊者も、長時間操られることはないみたいだし、」
魔法使い「あまり長い間は戦えないのかもしれないわね」
武闘家「不安定なんだろうな」
勇者兄「北に向かってたってのは」
執事「僕等を襲った平和協会北支部に向かっていたか、」
執事「……もしかしたら、故郷に帰ろうとしていたのかもしれません」
執事「彼女を探しましょう。あまり遠くへは飛べなかったはずです」
法術師「そうね。今頃イリスちゃんの姿に戻ってまた迷子になってるかもしれないわ」
執事「…………陛下」
魔王「……破壊者の少女を探しに行け。命令だ」
執事「!」
魔王「城のことはメルナリアに任せておけばよい」
執事「ありがとうございます」
勇者「そういえば、メルナリアって何でメイド長やってるの?」
勇者「種族的にも年齢的にもしっくりきてなかったんだけど……」
魔王「ああ、あいつなら高位の役職の見習いくらいにはなれたのだが」
魔王「地位が高ければ高いほど、権力がある分責任が重くなり、自由もなくなるからな」
魔王「あいつは自ら地位を得ることを放棄した」
魔王「だから名目上メイドということにしておき、私の元で働いていたのだが、」
魔王「メルナリアは若いながら小間使い達からの人望を得ていた」
魔王「そのため、先代のメイド長がメルナリアを後任にすべく仕事を教えていたのだが、」
魔王「急に先代のメイド長が田舎に帰ることになってな」
魔王「だからあの年齢でメイドを取り仕切ることとなったのだ」
勇者「ああ、なるべくしてなったんだ」
魔王「他者を惹き付ける能力はコバルトと共通している」
魔王(……羨ましい)
勇者兄「そんなことがあったのに、よく人間嫌いにならなかったな」
執事「ヴェルディウス陛下との出会いがありましたからね」
執事「もう、五年か…………」
――
――――――
ある夜、一体の幼竜が魔王城に逃げ込んだ。
魔王『なんて酷い怪我を……』
魔王『すぐに治療師を!』
幼竜『…………』
魔王『大丈夫かい?』
体だけでなく心にも深い傷を負っているのか、酷く虚しい目をしていた。
他者からの呼びかけに応じる余裕もないようだ。
幼竜は、エネルギーの消耗の少ない人型へと姿を変え、力尽きるように気を失った
幼竜(ここは……)
魔王『……よかった、気が付いたんだね』
魔王『えっと、君、ゴールドドラゴン……だよね……』
幼竜(綺麗な女の子……。でも、男物の服……)
幼竜『…………』
魔王『何が、あったの』
幼竜『…………』
魔王『……そ、その……名前、なんて、いうの?』
魔王『ぼくは、ヴェルディウス』
幼竜『…………コバルト』
魔王『……えっと、き、きれいな名前だね?』
幼竜『……?』
魔王『コバルトブルーは、とても綺麗な色だから……』
幼竜『………………』
魔王『へ、変なこと言っちゃったかな……』
魔王『妹が、初めて会った人には、』
魔王『とりあえず名前を褒めるようにしてるって、言っていたから……』
幼竜『…………君、男?』
魔王『………………うん』
魔王『き、君は、きょうだい、いる?』
幼竜『……殺された。人間に』
魔王『あ…………』
魔王『ごめん…………』
幼竜『………………』
魔王『……人間に、襲われたの?』
幼竜『……』
魔王『そっか…………』
魔王『……黄金の一族の、族長の証、持ってるんだね』
幼竜『じいさまが、これを持って……ここまで逃げろ、って……』
魔王『そっか…………』
――――
数日後、ゴールドドラゴンの族長の群れが壊滅したとの知らせが魔王城に入った。
幼竜(じいさまも、父さんも……氏んでしまったんだ)
幼竜(おかしいな……悲しいはずなのに、実感がわかない)
幼竜(北に帰ったら、みんな元通り暮らしているんじゃないだろうか)
幼竜(そんな気さえ感じる)
魔王『歩けるようになったんだね、よかった』
幼竜『……先日は王太子殿下とは露知らず、ご無礼を働いたことを』
魔王『い、いや、普通に喋ってほしいんだ』
幼竜『……そう』
魔王『えっと……』
幼竜『君に、本当に妹なんているのかい』
幼竜『ネグルオニクス陛下に姫君がいるなんて聞かなかったけど』
魔王『その……妹は、母上と、父上じゃない、別の男の人との子供で……』
魔王『すごく遠くにいて、もう二度と会えないんだ』
幼竜『……そう』
魔王『……君は、これからどうするの?』
幼竜『…………人間を、潰す』
魔王『!』
幼竜『あいつら、人間でありながら人間を……ハルモニアのみんなを襲った!』
幼竜『僕達は人間を守るために戦った』
幼竜『あの連中は……竜も人も皆頃しにしたんだ……』
魔王『に、人間を守るために戦ったって、どういうこと?』
幼竜『馬鹿にするかい?』
幼竜『五大魔族の一柱、ゴールドドラゴンの……それも族長の群れが、人間のために壊滅したなんて』
魔王『馬鹿になんてしないよ!』
魔王『君の話、聞かせてほしいんだ……』
魔王『人間の集落と親交が……そんなことが……』
幼竜『君は、人間が好きなのかい』
魔王『好きっていうか……争いをなくしたいんだ』
魔王『それが母上の願いだったし、ぼくの妹は、人間として暮らしているから』
魔王『妹が、安心して過ごせる世界を創りたいんだ』
幼竜『…………そんなこと、できるのかい』
魔王『すっごく難しいことだとは思うけど、やりたいんだ!』
幼竜『…………』
魔王『ぼくはもうじき魔王となる』
魔王『でも、王位を継いでも、ぼくだけじゃみんなの常識を変えることはできない』
魔王『仲間が欲しいんだ』
魔王『……友達になってほしい』
幼竜『…………』
幼竜『僕はもう何もかもを失った』
幼竜『これからこの世界がどうなったって知ったことじゃない』
魔王『放っておけば、同じような争いがまた起きる!』
魔王『このままじゃだめなんだ!』
幼竜『……悪いけど、お断りだね』
幼竜『あの連中がのうのうと生きている世界なんて、許せるはずがない』
魔王『…………』
幼竜『君はまだお父上も妹君も生きているじゃないか』
幼竜『大切な人の命を奪われたわけでもない君に、僕の気持ちがわかるはずがない』
幼竜(所詮、一番安全なこの城でぬくぬく育ったお坊ちゃんの夢物語)
――――
幼竜(時折、あの夜の地獄のような風景が脳裏をよぎる。その度に憎悪が沸き溢れる)
幼竜(……虚しい)
魔王『あ……怪我、もうすっかりいいの?』
幼竜『うん。……助けてもらったことには感謝するよ』
幼竜(命を救ってもらったのに、何の恩返しもしないのはな……・)
幼竜『君に協力するつもりはない、けど……友達くらいなら……』
魔王『ほんと?』
魔王『ぼく、友達なんて、できたことなくって……嬉しいな……』
幼竜『え……?』
幼竜(友達ができたことないなんて……大丈夫なのかな、この王太子)
魔王『じゃあ、これからは一緒にこの城で勉強して、一緒に修行を受けようよ!』
幼竜『同年代の話し相手くらいなら普通にいるだろう?』
魔王『……』
幼竜(とても魔王の器とは思えないな……)
――――
魔王『すごいね、頭良いんだね!』
幼竜『君ほどじゃないよ』
教官『この調子ならば、将来は優秀な魔術師となることも夢ではございませぬ』
魔王『剣の扱いも、すぐ覚えたんですよ!』
教官『ふむ……有望ですね。いずれは師団長か、それ以上か……』
幼竜『…………』
魔王『まだ、人間に復讐したいって、思ってる?』
幼竜『……』
魔王『仲が良かった人間も、いっぱいいたんでしょ?』
幼竜『…………』
魔王『一部から酷いことをされても、その種族全体を憎むのは、間違ってると思うんだ』
幼竜『……ハルモニアの村が特殊だっただけだ』
幼竜『人間の大多数は僕達魔属を敵だと思ってる』
魔王『そうじゃない人間だって、ごくわずかだけど存在してるんだ!』
魔王『ぼくの妹は、自分が魔族だって知らないけど、魔物と仲が良くて……』
幼竜『憎しみは、正論や綺麗事でどうにかできる感情じゃないんだ……!』
魔王『…………』
――――
魔王『……』
幼竜『ふっらふらじゃないか』
魔王『…………』
幼竜『あれ、首、虫にでも刺されたのかい』
魔王『あ、う、うん……』
魔王『…………うっ……』
幼竜『!? どうしたんだい、その手首……』
幼竜(何かで縛られた跡が痛々しく残っている……)
魔王『見ないで』
幼竜『君は陛下の部屋に行っていたはずだろう? 何があったんだい』
魔王『……何でもない』
幼竜『血のにおい……どこか怪我をしたんじゃ』
魔王『ぼくの血じゃない』
幼竜『待って!』
魔王『触らないで!』
幼竜『っ……』
魔王『ご、ごめん……君のこと、いやってわけじゃなくて……』
魔王『今は、駄目なんだ……』
幼竜『…………』
魔王『今は、放っておいて……お願い……』
幼竜『で、でも……』
魔王『…………』
幼竜『……傷ついてる友達を放っておけるわけないじゃないか!』
魔王『…………ぼくのこと、嫌いにならない?』
魔王『……今日も父上はぼくのことを思い出してくださらなかった。それだけだよ』
魔王『ああ、でも、今日は、いつもよりちょっと痛かったな……』
幼竜『…………?』
魔王『父上は、時々時間が巻き戻ってしまわれるんだ』
幼竜『……』
魔王『争いさえなければ、父上はあんなに大きな怪我を負うことはなかったし、』
魔王『心を壊してしまうこともなかったんだ!!』
魔王『母上だって、もっと長生きしたはずなんだ!!』
幼竜『…………!』
魔王『人間と仲が良かったら、父上と母上は幸せになれたはずなのに!』
魔王『全部全部歴史が悪いんだ! 戦争を繰り返す歴史が!!』
魔王『ちくしょう! ちくしょう! ああああああ!!』
幼竜(知らなかった。彼は彼で、苦しみを背負っていたんだ)
幼竜(決して、甘やかされて育ったお坊ちゃんの理想論では、なかったんだ)
幼竜(もし、争いのない世界が実現できたら)
幼竜(もう、アリアのような犠牲が生まれない、)
幼竜(誰もが笑顔で生きられる理想郷を実現できたとしたら……)
幼竜(来世でなら、きっと幸せになれるだろうか)
執事『第885代魔王ヴェルディウス陛下、即位おめでとう』
魔王『……ああ』
執事(味方はいない。0から始めるんだ)
金竜『コバルト、生きていたのか!』
金竜『空の一族の協力を得られた。人間共に報復するぞ』
執事『お待ちください伯父上』
執事『お話があります』
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Section 22 不穏
勇者兄「イリスの両親が見つかったって連絡があった」
勇者兄「大陸の南の方にある、小さな村に住んでいるらしい」
勇者兄「イリスを心配しているそうだ」
法術師「なんとかして、イリスちゃんを取り戻さなきゃ」
勇者兄「体を乗っとられていても、あの子自身には何の罪もない」
武闘家「とりあえずは探し回るしかなさそうだな……」
勇者兄「そういや、お前の師匠の人探しの秘術使えないのか?」
武闘家「よく知ってる相手じゃないと探せねえんだよあれ」
勇者父「眠い……」
魔賢者「こ、この度、皆さんに同行することとなった、賢者のフローライティアです」
魔賢者「皆さんとは、先日、一度美の都で顔を合わせております……」
執事「テレポーション・連絡要員として陛下が派遣してくださいました」
執事「僕もいつ魔王城に用事ができるかわかりませんし、」
執事「城とすぐ連絡を取れないと困りますからね」
魔賢者「と、得意な魔術は情報魔術です。よろしくお願いします」
勇者兄「お、俺はリヒト。よろしく頼む」
魔賢者「は、はい!」
勇者兄(可愛いな……)
魔法使い(リヒト、あんなに魔属を嫌っていたのに……)
武闘家(嫌な予感がする)
勇者兄「名前、長いよな」
魔賢者「ご、ごめんなさい」
勇者兄「いやいやいや責めてるわけじゃなくてさ。愛称あったら呼びやすくていいなって」
魔賢者「よく、フロルと呼ばれております」
勇者(お兄ちゃんの様子が……)
勇者父(お?)
勇者兄「そっか、フロルか。俺のことは呼び捨てで構わないからな」
魔法使い「ちょ、ちょっと! 破壊者探し真剣にやりなさいよ!」
勇者兄「新しい仲間と親しんでおくのも重要な仕事の一つだろ」
魔法使い「…………」
魔賢者「あ、あの、私のことは空気だと思ってくださって大丈夫ですから……」
武闘家「そもそもなあ」
法術師「うん?」
武闘家「アイオさんはリヒトさんの好みからはかけ離れている」
法術師「何でわかるの?」
武闘家「リヒトさんを見てればわかる」
武闘家「あの人の好みは『ちょっとおどおどしてるが根が頑張り屋のうぶい子』だ」
武闘家「きつめの女よりは保護欲掻き立ててくる女の子が好きなんだろうな」
法術師「うーん、確かにそんな感じはするけど……突然こんな話するなんてどうしたの」
武闘家「リヒトさんがついに……って感じがバリバリするんだよ」
法術師「そこはかとなーく感じてはいたけど……やっぱり?」
法術師「私としては、アイオを応援したいんだけど……」
法術師「小さい頃からずっとそうしてきたし、」
法術師「あの子がリヒト君に振り向いてほしくて頑張ってたの、よく手伝ったから……」
武闘家「見事に全部空回りしてたけどな」
法術師「うぅ……」
法術師「この頃は、旅が終わるまで恋愛は自粛しようって、普通に過ごしていたのだけど」
法術師「その隙にいきなり現れた女の子に取られたら……」
武闘家「確実に破壊者化しそうだな」
法術師「なんとかリヒト君を振り向かせなくちゃ」
武闘家「だが俺はアイオさんを応援する気はない」
法術師「えーなんでー?」
武闘家「想い人の妹に嫉妬するような女は正直好かねえ」
法術師「た、確かに焼きもちを焼いちゃう子ではあるけど……」
武闘家「ガキの頃は、他人に見えないところでエミルをいじめてたりもしたんだ」
法術師「えっ……」
武闘家「リヒトさんとはくっつかない方向で破壊者化を防ぎたい」
法術師「で、でも……私は……」
魔法使い「人数多いと宿代かさむわね……」
勇者兄「金なら平和協会から充分支給されてるんだから問題ないだろ」
宿主「八名様ですか……」
宿主「すみません、一部屋空いてはいるのですが、ベッドが二台足りません」
魔法使い「……どうすんの?」
勇者父「あ、じゃあ俺娘の家に行くわ。この村に住んでるんだ」
勇者兄「えっ……あ、そう……」
勇者兄(俺には一体何人きょうだいがいるのだろうか……)
勇者「ぼく城に帰るよ。パルルの魔気解放したいし、たまには帰りたいから」
勇者「長時間この姿保つのも大変なんだ」
勇者「フロル、情報交換用のパスコード教えて」
勇者「最近、簡単な遠隔会話くらいならできるようになってきたんだ」
魔賢者「は、はい」
勇者「よし、じゃあ何かあったらすぐ連絡してね」
勇者兄「お前は情報魔術使えないのか?」
魔法使い「私の専門とは系統が違いすぎるのよ。悪かったわね使えなくて」
勇者兄「別に責めてはないだろ」
勇者(アイオさんがピリピリしてて怖い……)
狼犬「くぅーん……」
メイド長「うっ……うぅっ……」
勇者「メルナリアどうしたの!?」
メイド長「陛下がっ……陛下がぁっ……」
勇者「兄上に何かあったの?」
メイド長「コバルト無しでもちゃんと仕事できてるんです!!」
勇者「!?」
メイド長「私っ……陛下のご成長に感動してしまってっ……」
魔王「……泣くな」
魔王「いつまでもあいつに頼りっきりではいかんからな……」
勇者(すごい。あ、ちょっと目の下に隈できてる)
魔王「メルナリア、お前に朗報があるぞ」
魔王「マリンの町とマリンドラゴンが協力体制を取ることとなった」
メイド長「!?」
魔王「つまり、接触禁止令が解かれたというわけだ」
魔王「想い人に会えるぞ」
メイド長「まあ!」
メイド長「ああ、ああ、今日はなんてすばらしい日なのでしょう!」
メイド長「ううぅぅぅぅぅぅぅ」
勇者「よかったね!」
魔王「エミル、今日は怪我をしなかったか。どこか悪いところはないか」
勇者「大丈夫だよ。兄上こそ疲れてるね……肩揉もうか」
魔王「すまないな。頼む」
勇者「細かいルールとかいろいろ考えなきゃいけないんでしょ?」
勇者「大変だね」
魔王「ああ……人間も魔族も納得できるようにせねばならないからな」
魔王「……これを身に着けておけ」
勇者「ペリドットの腕輪?」
木で作られた輪にペリドットがはめ込まれている。
魔王「母上の形見だ。破壊者の増加を防ぐために、現在その石が利用されているのだろう?」
魔王「お守りになるかと思ってな」
勇者「わあ、ありがとう!」
魔王「日に日に封印は弱まっている。戦いは険しくなっていくだろう」
魔王「私も暇があれば一行に加わる」
勇者「うん。兄上がいてくれたら心強いよ。なんたって魔王だもん」
魔王「…………」
勇者(照れてる)
魔王父『…………』
魔王父『我に足りなかった物……それは……』
メイド長「あら……今、誰かの気配がしませんでしたか?」
魔王「……わずかだが私も感じた」
勇者「幽霊かな?」
メイド長「や、やめてくださいよ! 怖いじゃありませんか!」
魔王父『……』
カタッ
勇者「誰も触ってないのにペンが動いたような……」
魔王「除霊師でも呼んだ方がいいかもしれんな」
魔王父(一瞬物体に触れることができたような……何が起こっているというのだ)
勇者兄「なあ、魔王族もゴールドドラゴンの血を引いてるんだろ?」
勇者兄「魔王も竜になれたりすんのか?」
執事「いいえ」
執事「他の人型魔族との間に子を成しても、子供に竜族の遺伝子は受け継がれません」
執事「ただし、ゴールドドラゴンが持つ雷の力は受け継がれます」
勇者兄「なるほど」
魔賢者「閣下、私、ちゃんと人間に擬態できているでしょうか……」
執事「大丈夫ですよ」
執事「それに、僕等は平和協会公認ですから万が一民間人にバレてもなんとかなります」
執事「あと、僕の方が年下なんですからかしこまらなくていいですよ」
魔賢者「もうこの話し方で慣れてしまいましたし……」
勇者兄「な、何歳なんだ?」
魔賢者「今年で17になりました」
勇者兄「あ、じゃあ同い年だ!」
魔法使い「…………」
勇者兄「……ちょっと外の空気吸ってくるわ」
魔法使い「よ、夜中に一人でうろついちゃ危険よ」
勇者兄「俺を誰だと思ってんだ? へーきへーき」
勇者兄「はー……」
勇者兄(星が綺麗だな)
勇者兄(……どうしちまったんだろうなあ、俺)
勇者兄(こんなことに現を抜かしてる場合じゃないんだけどな)
勇者兄(……いや、守りたいものが増えたってだけだ)
勇者兄(あの家、なんか騒がしいな)
女勇者「ほんといつもいつもいきなり来るんだから!」
勇者父「ごめんってぇ」
女勇者母「まあまあ、落ち着きなさい」
女勇者「母さん、こんな男泊めることないわよ!」
勇者父「あんま怒るとせっかくの綺麗な肌が荒れちゃうぞ~ライカ」
女勇者「黙りなさい!」
勇者兄(うわ……なんだか……イライラするような……複雑な心境だ)
勇者兄(父さんは母さんの気持ちを考えたことがあるのか?)
勇者兄(俺には複数の女性と関係を持つなんて無理だな)
魔法使い(いっそのこと、はっきり告白してしまった方がいいのかしら)
魔法使い(でも、今はあまりリヒトの精神を乱すようなことを言うのは躊躇われるわ)
魔法使い(だからといって、このまま放っておいたら、もしかしたらあの女に……)
魔賢者「……?」
魔賢者(歓迎されていないのでしょうか)
魔賢者(そりゃそうですよね、魔族ですもの……)
武闘家「なあ、寝る前に駄洒落大会しようぜ」
執事「あ、いいですね」
武闘家(シュトラールさんが置いてった石が無かったらもっと空気悪かったかもしれんな)
法術師(私は一体どうすれば……)
法術師(ああ、イリスちゃんのぬくもりが恋しい)
――
――――――
法術師「ふっふふっはははははは!」
武闘家「くっ……お前笑いとるの上手いな!」
執事「ははは、得意分野ですから」
魔賢者(すごい、人間とあんなに打ち解けているなんて)
魔賢者(高位貴魔族の方々を次々と説き伏せた伝説の持ち主だものね……いいなあ)
勇者兄「俺がいない間に随分と楽しそうな空気になってるじゃないか~混ぜてくれよ」
魔法使い「あら、意外と早かったわね」
勇者兄「仲間も増えたことだし、人数分飲み物買ってきたぜ」
勇者兄「当然酒じゃなくジュースだがな! ほらよ」
武闘家「おっ流石リヒトさん」
魔賢者「あ、ありがとうございます」
執事「どうも」
法術師「やったあ」
魔法使い(リヒト……どうして……)
魔法使い(破壊神がいなくなったら、どうせまた魔族と敵対するかもしれないのに)
魔法使い(魔族なんて……魔属なんて敵なのに)
翌日
法術師「……アイオ、やっぱりもうそろそろはっきりさせた方がいいと思うの」
魔法使い「…………」
魔法使い「リヒトが魔族なんかに惹かれるわけない」
魔法使い「この旅が終わるまで、この気持ちは封印するわ」
法術師「そう言って、いつも先延ばしにしてばかりじゃない!」
魔法使い「……」
女勇者「もう来ないでよね!!」
勇者父「えー」
魔賢者「!」
魔賢者「平和協会からメッセージを受信しました」
魔賢者「ここからすぐ北北西の町に、破壊者の少女が現れているそうです」
勇者兄「すぐに飛べるか!?」
魔賢者「はい! エミル殿下にもすぐに連絡を転送します」
勇者兄「頼む」
歌唱者(破壊神からの力の供給が安定しつつあるわ)
歌唱者(力を消費しすぎなければ、この姿を保てるはず)
歌唱者(私、生きてさえいれば、今頃このくらいに成長していたわ)
歌唱者(復讐を遂げて、あの山でまた暮らすの)
歌唱者(そのための滅びの力――――)
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Section 23 滅びの唄
執事「アリア!」
歌唱者「……コバルト」
少女の足元には血で塗れた瓦礫が転がっている。
執事「…………やめるんだ、こんなこと」
執事「僕は、君に罪を犯してほしくない」
歌唱者「罪? 私は罪を犯した者をただ罰しているだけよ」
法術師「無関係の人だって大勢巻き込んでいるわ!」
法術師「イリスちゃんを返して!」
歌唱者「……邪魔をするなら、コバルト以外全員消すわよ」
武闘家「消耗させるしかなさそうだな!」
勇者父「おい、しっかりしろ! 立てるか!?」
協会兵「う……」
歌唱者「――揺らめく光」
勇者兄「聖光の大刃<シャイン・ブレード>!」
魔法使い「劫火の華<サイペタル・コンフラグレイション>!」
武闘家「気流砲!」
勇者父「人形兵が沸き出てきたぞ!」
歌唱者「――舞い踊る闇」
武闘家「やべえ……」
法術師「聖なる盾<ホーリィ・シールド>!」
魔賢者「鋼の鮫牙<メタル・シャーク・クラッシュ>!」
執事「……君に雷を放ちたくはなかった。叫びの雷光<ロアリング・ライトニング>」
歌唱者「――虚空の旋律――」
滅びの波動が刃となり、ありとあらゆるものを切り刻んでいく。
勇者兄「つええ……」
勇者「もう始まってる!? 大いなる水の流れ<カタストロフィック・フロッド>!」
勇者兄「魔王は来ねえのか!?」
勇者「政治で忙しくてとても来られる状態じゃないんだ!」
どれほど大規模な魔術を叩きこんでもアリアには届かない。
執事「思い出すんだ! 君は誰かを憎んだりするような子じゃない!!」
執事「誰よりも平和を愛していたじゃないか!!」
歌唱者「あなたこそ忘れてしまったの?」
歌唱者「あの夜の地獄を、みんなの痛みを、氏を!!」
執事「アリア……」
武闘家「なあ、人形以外にもなんか変な奴出現してないか……?」
法術師「これは……魂? 怨念?」
魔法使い「氏者を操ってるっていうの!?」
歌唱者「この世に強い未練を残した者は成仏することもままならない」
歌唱者「破壊神は氏者にも力を与えるのよ!」
歌唱者「――生への執着」
勇者「……アリアさんの魔力に、違和感があるんだ」
勇者「まるで、不純物がいっぱい混じっているような感じ」
勇者「ぐちゃぐちゃに混ざって、ぐるぐる渦巻いてる」
執事「……何かが、混ざっている」
歌唱者「――氏への嘆き」
執事「アリア、思い出して! 君の優しさを!」
執事「君は、そんな歌を歌う子じゃなかったはずだ!」
歌唱者「――悔恨の唄――」
癒しの歌は、滅びの唄へと変わってしまっていた。
法術師「いやあああ! お化けえぇぇ!!」
魔法使い「きゃああ!」
勇者兄「埒が明かねえ……いつになったらエネルギー切れ起こすんだ……」
武闘家「幽霊は俺の気功に任せろっ!」
執事(……僕だけは攻撃されていない。こうなったら)
勇者兄「おい!」
コバルトはアリアの下へ走った。
執事「これ以上みんなを攻撃するなら、先に僕を殺せ!」
刀を握っているアリアの右手を掴み、刃を自らの首に添えた。
歌唱者「な、何をするの!?」
執事「君が誰かを傷付けているところを、これ以上見たくないんだ」
執事「さあ、殺せるものなら頃してみろ!!」
歌唱者「そんな……」
歌唱者「そんなこと、できるわけないじゃない……」
執事「……アリア」
歌唱者「っ……」
コバルトはアリアを抱きしめ、
執事「……」
歌唱者「…………!」
彼女の唇を奪った。
法術師「まあ!」
勇者兄「ななななな何やってんだあいつ」
執事「僕の魔気を彼女の体内に送り込んで気絶させました」
執事「しばらくは目を覚まさないでしょう」
魔賢者「な、なんとかなったんですね……」
執事「しかし、イリスの姿には戻っていません」
執事「目を覚ましたら何をするかわかりません。厳重に拘束しなければ」
勇者「……大丈夫じゃないかな。コバルトさんがキ、キスした瞬間、」
勇者「アリアさんから、毒素のような何かが抜けていくのが見えたから……」
法術師「王子様のキスで呪いは解けるのよ!」
魔法使い「あんたはいつでも平常運転ね……」
勇者兄「よし、雑魚一掃しつつ怪我人助けるぞ」
魔王「幽霊が攻撃を仕掛けてきただと?」
魔団長「各地で被害が相次いでおります」
魔王「……破壊神の影響かもしれぬ。警備を怠るな」
魔団長「はっ」
魔王兄「カメリアちゃーん」
メイド「きゃっ、殿下ったら」
魔王父『ふしだらな!』
ドンッ、と石壁を叩く音が響いた。
魔王父(今までは何度壁に八つ当たりしてもすり抜けておったというのに……)
魔王兄「誰だよ壁叩いたの」
魔王「貴様に腹を立てている幽霊でもいるのだろう。この頃出るらしいからな」
魔王兄「マジかよ……」
魔王「この城では淫らな行為を慎むのだな」
魔王兄「でも幽霊に性行為見せつけると除霊できるらしいぜ?」
魔王兄「生の波動にやられるらしい」
魔王「……どうだか」
魔王父(確かに近付けなくなるな)
メイド長「あんまり私の部下の腰を砕かないでくださいよ?」
メイド長「人手が減ると困りますので」
歌唱者「ここは……」
執事「アリア……僕がわかるかい」
歌唱者「コバルト……? 私、一体……」
歌唱者「あ……ああ……」
歌唱者「私、人を頃したのね……たくさん……血にまみれて……」
歌唱者「い、や……いや…………そんな……」
執事「落ち着いて。……君は悪くない。君を操っていた者がやったことだ」
歌唱者「うぅ……う…………」
歌唱者「思い出したわ……私が、破壊神と契約を交わした時のことを」
歌唱者「私は、復讐なんて望んでなかった。そんなことを考える余裕もなかった」
歌唱者「殺される瞬間だったもの」
執事「……」
歌唱者「コバルト、私、私…………」
執事「…………」
歌唱者「私、ただ、あなたに会いたかった。あれでお別れだなんて嫌だった」
歌唱者「また会いたい。そう願った瞬間、私の中に破壊の意思が入ってきて……」
歌唱者「気が付いたら、殺された人達の怨念に侵蝕されていたの」
勇者「じゃあ、やっぱり、アリアさんの中に入っていたのは……」
歌唱者「殺された村のみんなや、竜達の憎しみ……」
歌唱者「破壊神は、私の歌と、みんなの苦しみを利用して…………」
歌唱者「いや……あ……」
執事「もう大丈夫だ。君は自分を取り戻したんだから」
歌唱者「…………」
法術師「……イリスちゃんは……」
法術師「イリスちゃんは、今どうなっているの?」
歌唱者「……私の中で眠っています」
歌唱者「この体、彼女に返します」
武闘家「じゃあ、お前は成仏するのか?」
歌唱者「いいえ。彼女の魂は私のもの。イリスは、私の生まれ変わりなんです」
歌唱者「私は破壊神の呪縛から解き放たれました」
歌唱者「破壊神から力を供給されることもありません」
歌唱者「もうじき、私は彼女の中で永遠の眠りにつきます」
歌唱者「……みなさん、ご迷惑をおかけしました」
歌唱者「ごめんなさい……ごめんなさい…………」
執事「……少し、アリアと二人で外を歩いてきていいですか」
執事「……行こうか、僕達の故郷へ」
歌唱者「え?」
執事「僕の背に乗って。一瞬で着くよ。ちょっと、息苦しいかもしれないけど」
――北の大山脈
白い満月が夜を明るく照らしている。
背後にそびえる雪に覆われた山々が、さらに闇を輝かせていた。
歌唱者「もう、何もないのね……。建物の跡が、少し残っているだけ」
歌唱者「でも、自然はそのままだわ」
涼しい風が、柔らかく草を撫でている。
執事「君のことを思い出さなかった日は無かったよ」
執事「君のような犠牲者が出ないような世界を創ることだけを考えてきた」
歌唱者「……」
執事「……君の歌が好きだった。君の笑顔が好きだった。今でも大好きだ」
執事「君が好きだ」
歌唱者「…………!」
執事「……そう、伝えられなかったのが心残りだった」
執事「こんな形だけれど、正直会えて嬉しいんだ」
歌唱者「……私も、あなたのこと、好きだった」
歌唱者「あなたと語らうことが、あなたの背に乗って一緒に風を感じることが、」
歌唱者「大好きだった」
執事「もう一度、聞きたいな。君の歌を」
短い草が茂った丘の上で、二人は肩を並べて座っている。
執事(ずっとこの時が続いてくれたらな……なんて)
少女の歌声は澄んだ空気に響いてゆき、やがて小さくなっていった。
歌唱者「生命の輝きを……ひかり、の……結晶…………」
歌唱者「…………」
少女は少年の肩に頭を乗せ、眠りについた。
執事「……おやすみ、アリア」
翌朝
幼女「おはよーおねえちゃん!」
法術師「イリスちゃん!? もう大丈夫なの!?」
幼女「イリスげんきだよ?」
幼女「いつのまにねてたのかなあ……かいぎおわったんだよね?」
法術師「ああ……」
執事「…………」
勇者「大丈夫?」
執事「いやあ、ちょっと寝不足なだけですよ」
幼女「あ、おにいちゃん! やくそく!」
執事「……」
幼女「イリスのおうたきいて!」
執事「……ああ、そうだったね」
執事「宿の中で歌っちゃだめだから、外に出てから聞かせてもらおうかな」
――大陸南部の小さな村
幼女「ぱぱー! ままー!」
幼女母「ああイリス! よかったわ……」
幼女父「ありがとうございます! ありがとうございます!」
法術師「イリスちゃん、元気でね……」
幼女「うん! おねえちゃんにかってもらったかみどめだいじにするね!」
法術師「うっううっ……いつかまた会いに来るからね」
幼女「ぜったいきてね!」
幼女「おにいちゃん! おにいちゃんもあいにきてね!」
執事「僕、も?」
幼女「またおうたきいてほしいの!」
幼女「いっぱいいっぱいれんしゅうして、もっとじょうずになるから!」
執事「……ああ、楽しみにしているよ」
執事「また、暇を見つけて会いに来るから」
幼女「うん! やくそくだよ!」
執事「君の歌には、みんなを元気にする力がある」
執事(彼女とは違った歌声)
執事(でも、耳を傾ける者に喜びを与えていることには変わりない)
幼女「またね~!」
勇者「……アリアさんだった時の記憶、全く無いんだね」
執事「これでよかったんです」
執事「操られていたとはいえ、彼女は生命を殺め、罪悪感に苛まれていました」
執事「そんな記憶、忘れた方が幸せなんです」
執事「前世の行いで来世が苦しむ必要なんてありません」
執事「あの子には、未来を見て生きていてほしいんです」
勇者父「げほっ……」
勇者父(……もうそろそろ限界か)
Now loading......
勇者兄「北北西の町の協会支部の立て直しが終わるまで防衛手伝えってさ」
勇者兄「あと、フロルにはこのまま仲間に加わっていてほしいそうだ」
魔賢者「え……」
魔法使い「……!?」
勇者兄「魔族が無害であることを証明するため、人間に協力したという実績を作るためだってさ」
勇者兄「だから擬態を解いて、魔気だけ抑えておいてほしいんだ」
勇者兄「しばらくつらいかもしれないけど、よろしくお願い……したい」
魔賢者「は、はい、頑張ります!」
勇者兄「よし、引き続きよろしくな!」
魔法使い(もうコバルトと魔王城に帰るのかと思っていたのに……)
Section 24 嫉妬
勇者兄「罪の無い人に罪を犯させる破壊神……許せねえ」
勇者「そうだね」
勇者兄「日を増すごとに人形も幽霊も強くなってるな」
勇者「小さめの町とはいえ、ずっとバリア維持するのも疲れるね……」
勇者兄「ここ数日、ずっと人身変化を維持しながらバリア張ってるんだろ?」
勇者兄「もうそろそろ魔王城に行って休んだらどうだ」
勇者「お、お兄ちゃんが自ら魔王城に行くことを勧めるなんて……」
勇者兄「あのなあ! 俺は妹にとって何が一番いいことなのか考えただけ!」
勇者兄「……俺、エミルに自分の信念を押し付けてばっかで、」
勇者兄「お前の気持ちを大事にできてなかったからな」
勇者兄「あいつ……魔王の方が、ずっとエミルの心を大切にしてるって気が付いて、」
勇者兄「兄としてどうあるべきなのか考え直したんだよ!」
勇者「お兄ちゃん……!」
勇者「嬉しいからもうしばらくここにいるよ」
町人1「あの魔族、本当に何もしてこないのう……」
町人2「それどころか協会の指示通りに俺達を守ってくれてるぞ」
町人3「美人さんだしな……」
魔賢者「あ、こ、こんにちは……」
町人4「魔族ってのは、リンゴの実は食べるのかい?」
魔賢者「ええ」
町人4「じゃあやるよ。先日助けてもらったお礼だ」
魔賢者「あ、ありがとうございます!」
武闘家「少しずつだけど受け入れてもらえつつあるな」
魔賢者「はい、安心いたしました」
魔賢者「こんなによくしていただけるなんて思ってもみませんでしたもの」
武闘家(最初は町の人達から怖がられていたが、)
武闘家(フロルさんの純朴な人柄が伝わったのか警戒を解かれつつある)
武闘家(良いことではあるんだが)
魔法使い「…………」
勇者「マフィンもらっちゃった。一緒に食べよ」
勇者兄「お、さんきゅ」
勇者「お父さんも……ってあれ、木によしかかってお昼寝しちゃってる」
勇者「疲れてるのかなあ」
勇者兄「エミルのが負担でかいってのに」
勇者「お父さんにはお父さんの苦労があるんだよ」
勇者兄(昨晩ハッスルしたとかじゃないよなあ……)
勇者兄「お、フロル! おまえもこれ食べないか」
魔賢者「よ、よろしいのですか? では、いただきます」
魔賢者「お二人はとても仲が良いのですね」
勇者兄「まあな。フロルには、兄弟いるのか?」
魔賢者「故郷に、小さな弟や妹がおります」
勇者兄「故郷……どんなところなんだ?」
魔賢者「城下町近くの、小さな村です」
勇者兄「エミルと同じ知恵の一族って奴ではないのか?」
魔賢者「私、その……平民出身なんです」
勇者「フロルはね、魔貴族出身の賢者達と同じくらいの実力持ってるんだよ!」
勇者兄「実力で出世したって感じか? すごいんだな!」
魔賢者「い、いえ……そんな……ありがとうございます」
魔賢者「これ、おいしいですね……」
魔賢者「確か、エミル殿下の本にこのようなお菓子の作り方が載っていませんでしたっけ」
勇者「あ、書いたよ」
勇者兄「エミルの本?」
勇者「魔王城にいる時にね、お料理の本書いて出版したらかなり売れちゃって」
勇者兄「えっすごいな」
魔賢者「私達平民の魔族に大好評なんですよ」
勇者「おかげで税金使わなくてもお買い物できるから気が楽だよ」
勇者「魔族のお金だからこっちでは使えないんだけどね」
魔法使い「あいつら……どうしてあんなに仲良く……」
魔法使い「………………」
――夜 野外
魔賢者「夜の警備、大変ですね」
勇者兄「ああ。……散歩か? 今休憩だろそっち」
魔賢者「一人で警備をするの、寂しくはありませんか……?」
勇者兄「そ、それもそうだが」
勇者兄(心配して来てくれたのかな……嬉しいな)
勇者兄「魔族なのに人間の町で過ごすってのも、大変だろ」
勇者兄「俺、魔王城に泊まった時さ、魔族達から怖がられて……気疲れ半端なかったんだ」
魔賢者「だいぶ、慣れましたから」
勇者兄「そっか……そりゃよかった」
勇者兄「……魔族ってのも、人間と大して変わらねえんだな」
勇者兄「そりゃそうか。元は同じ人間だったんだもんな」
勇者兄「……俺、小さい頃からずっと魔属は敵だって教えられてて、」
勇者兄「魔属は倒すべき敵だとしか認識してなかった」
魔賢者「…………」
勇者兄「でも、妹が魔族だったって判明してさ」
勇者兄「自分の価値観がいかに残酷なものだったのか、その時漸くわかって」
勇者兄「頭が真っ白になった」
勇者兄「今までの人生がひっくり返ったような感じがしたよ」
勇者兄「……俺は駄目な兄貴だった」
勇者兄「魔物と仲良くしてるあいつの気持ちを量ってやれてなかった」
勇者兄「そういえば、旅の途中で、魔族の女の子に恋をしてる男に出会ったんだ」
勇者兄「あの時はそいつの気持ちなんて全くわからなかったけど、」
勇者兄「今なら少しわかる気がする」
魔賢者「リヒトさん……」
勇者兄「あ、あはは、何語ってんだろうな俺」
勇者兄「聞き流してくれ」
勇者兄「……星、綺麗だな」
魔賢者「ええ」
――宿
勇者兄「ただいまー」
魔賢者「……」
武闘家(二人で帰ってきただと……)
法術師「あ、あら、外でたまたま一緒になったのかしら」
勇者兄「ま、まあな」
魔法使い「…………!」
武闘家(これはまずい。これはまずい。どうにかして気を紛らわせないと)
勇者(ぼくが下手に介入しても悪化するだけだし寝たふりするしかない……)
勇者(恋って難しい)
勇者父「すこー……」
武闘家(失恋なんて別に珍しいことじゃない。人はそれを乗り越えて強くなるもんだ)
武闘家(しかし今はタイミングが悪すぎる)
武闘家(ここ数日気分を変えられそうな話題を振ったりはしてたが……)
法術師「もう夜も更けてるわ。みんな、もう寝ましょう」
法術師(……明日、フロルさんと話をしましょう)
法術師(人の恋路を邪魔したくはないけれど、私は……アイオの友達だもの)
――翌朝
武闘家「もう限界だ。決着つけてすっきりするしかない」
法術師「そうね……でも」
法術師「フロルさん、ちょっと来てくれるかしら」
魔賢者「は、はい……」
法術師「……リヒト君のこと、どう思ってる?」
魔賢者「ええと……優しい人だなって、思っています」
法術師「……好き?」
魔賢者「え!? い、いえ……その……知り合ったばかりですので、まだ何とも……」
法術師「気になってはいる?」
魔賢者「……」
フロルは小さく頷いた。
法術師「……あなたの気持ちを否定するつもりはないわ」
法術師「でも、この旅が終わるまでは、あまりリヒト君と二人になってほしくないの」
法術師「アイオが、このままじゃ……」
魔賢者「っ……そう、ですか」
魔賢者「私、魔族だから邪険にされているのかとばかり……ごめんなさい」
勇者「そういえばお兄ちゃんどこ行ったんだろ」
勇者「夜勤があった分朝はお休みのはずだよね?」
武闘家「欠員が出て東門の警備に呼び出されたらしい。……ってあれ」
武闘家「東門って今はアイオさんともう一人での警備のはずだよな」
勇者「あ」
勇者兄「おまえと二人か~」
魔法使い「悪かったわね」
勇者兄「おまえこの頃何ピリピリしてんだよ」
魔法使い「……別に」
――――
武闘家「二人っきりになったのが吉と出るか凶と出るか……」
勇者「心配だ……」
――――
勇者兄「おまえとも長い付き合いだよな」
魔法使い「そ、そうね」
勇者兄「ガキの頃からずっとだもんなあ」
魔法使い「……あんた、あの子のことどう思ってるの」
――――
武闘家「あぁっそれ聞くのかよ」
――――
勇者兄「えっ……」
勇者兄「ええ~っと……その…………」
魔法使い「……その態度で答え出てるじゃない」
勇者兄「あ、うん……まあ……」
魔法使い「…………何で?」
魔法使い「あんた、あんなに魔族を嫌ってたじゃない」
勇者兄「昔の話だろ」
魔法使い「私はずっとずっと前からあんたのこと好きだったのに」
勇者兄「えっ」
――――
武闘家「ああー」
勇者「覗いてることに罪悪感出てきたんだけど」
武闘家「安全のためだ仕方ない」
――――
勇者兄「……マジ?」
魔法使い「マジよ」
魔法使い「それなのにあの女!!」
魔法使い「いきなり沸いて出てきてあんたを奪ってった!!!!」
勇者兄「おおおおお落ち着け」
魔法使い「許さない許さない許さないユルサナイ ユ ル サ ナ イ 」
武闘家「あぁ……」
勇者「この破壊の波動……やばいよ!!」
勇者兄「わー! ごめん!!」
勇者兄「でも俺あの子と出会ってても出会ってなくてもおまえとは無理だったから!!!」
武闘家「リヒトさんもう刺激すんな!!!!」
魔法使い「コワシテヤルゼンブコワシテヤル コ ワ セ コ ワ セ コ ワ セ」
勇者父「おいどうしたんだこれ!」
法術師「うそ……」
法術師「動くのが……一足遅かった……」
魔賢者「そんな……私のせいで……」
勇者父「おまえなあ! 惚れられたんなら両方もらっとけばいいだろ!!」
勇者父「そしたら誰も泣かずに済むだろ!?!?」
勇者兄「あのなあ!!!!」
勇者「アイオさん戻ってきて!」
魔法使い「エ、ミル……」
魔法使い「元はと言えば……あんたさえ……あんたさえいなければ」
魔法使い「あんたさえいなければリヒトは私を見てくれたのに!!!!」
勇者「うぐっ!」
勇者兄「エミル!!」
勇者「がはっ……う……」
勇者父「まだ人としての意識が残ってる! 何か呼びかけろ!」
勇者兄「何言えばいいんだよ!?」
魔法使い「コ ロ シ テ ヤ ル 」
勇者「ひっ……」
法術師「だめえええ!」
勇者「!?」
勇者(母上の腕輪が光ってる……)
魔法使い「うっ……」
勇者兄「隙ができたぞ!」
法術師「今の内に……キャアッ!」
武闘家「攻撃対象がこっちに移ったぞ」
魔法使い「こんな世界―――― イ ラ ナ イ 」
勇者兄「まだ若いんだから俺より良い人見つかるって!!」
勇者父「仕方ねえな……あいつを止めるぞ!」
執事「…………」
メイド長「この頃ぼうっとしがちじゃない。大丈夫?」
執事「ああ、心配いらないよ」
執事「すぐ仕事に戻るから」
メイド長「…………」
魔王「そっとしておいてやれ」
メイド長「ええ……」
魔王「規定の内容もだいぶまとまってきた」
魔王「このまま順調に話が進めばいいのだが」
――
――――――
勇者兄「ぐっ……アイオ……」
勇者兄(魔王がいたら力が増幅して余裕で倒せるってのに……)
勇者兄(……いや、そしたら強力になりすぎてアイオを頃しちまうかもしれねえ)
勇者兄(両方の力が揃ってると手加減が難しくなるんだよな)
勇者兄(少しでもミスると町一個余裕で吹っ飛ぶ)
法術師「……う…………」
女勇者「あら……真の勇者御一行様と平和協会職員の方々」
女勇者「破壊者一人に対してボロボロじゃない」
武闘家「殺さねえ程度に手加減するのむずいんだよ……あだだだ」
女勇者「……あの女、とんでもない破壊の波動出してるわね」
女勇者「よっぽどつらいことでもあったのかしら」
勇者兄「お、お前は……」
勇者父「ようライカ……」
魔法使い「コ ワ セ ハ カ イ ノ カ ミ 」
女勇者「あいつもだいぶ消耗してるみたいね。あたしがカタを付けてあげるわ」
勇者兄「待て! あいつは仲間なんだ! 殺さないでくれ!!」
女勇者「そんなこと言ったら氏人が出るわよ」
女勇者「流星の駿馬<シューティングスター・ギャロップ>」
勇者兄(あれは……身体強化魔術)
ライカは流れる星のように駆け出し、一瞬でアイオの元へ辿り着いた。
女勇者「っはぁぁあああああああああ!!」
勇者「だ、め……待って!」
ライカは剣に光を纏わせてアイオに剣を振りかざしたが、
エミルがギリギリのところで障壁を張った。
しかしその障壁は脆く、剣戟を防ぎきることはできなかった。
魔法使い「あぐっ……!」
女勇者「斬れなかったけど、相当のダメージは入ったようね」
女勇者「……自分達が殺されそうだったのに邪魔するなんて、何考えてんだか」
法術師「助かったの……?」
魔賢者「よかった……」
勇者父「おまえ、どうしてこの町に……」
女勇者「平和協会のお使いよ。この戦いに加勢するよう呼び出されて走ってきたの」
女勇者「現真の勇者と前真の勇者がいるってのに情けないわね」
女勇者「あの女、何で破壊者化しちゃったわけ?」
勇者父「失恋」
女勇者「……そんな理由で破壊者化するなんて、今頃大陸中破壊者だらけだわ」
女勇者「世も末ね」
勇者兄「アイオ……」
魔法使い「…………」
勇者兄「ごめんな、おまえの気持ちに気付いてやれなくて」
勇者兄「俺じゃ、おまえの気持ちに応えてやれないんだ」
魔法使い「ぅ…………」
勇者兄「おまえがエミルのこと嫌いなんだろうなとは肌で感じてたよ」
勇者兄「俺が原因だってことまではわからなかったけどな」
勇者兄「俺の家族と仲良くできないんじゃ、仮に付き合ってもうまくやっていけないだろ?」
勇者兄「……仲間としては大切に思ってるよ」
勇者兄「ごめん」
魔法使い「…………」
勇者兄「エミル、大丈夫か?」
勇者兄「あ……」
勇者「う……」
協会兵1「こ、この勇者……魔族だぞ!」
協会兵2「協会を騙していたというのか!?」
勇者兄「こ、これにはわけが」
協会魔術師「上部に知らせろ!」
勇者兄(人身変化を維持しつつバリアで町を守り続けていた上での戦闘だった)
勇者兄(もう限界だったんだ……!)
協会僧侶「捕らえよ!!」
勇者父「待て! 待ってくれ! うっ……」
女勇者「ちょ、ちょっとシュトラール何寝てんのよ! 今何が起きてるの!?」
協会魔術師「真の勇者一行に種族を偽っている者がおったとは」
勇者兄「……」
協会魔術師「貴様等は知っていたのか?」
勇者兄「魔族に生まれてきて何が悪いんだよ! そいつは俺の妹なんだ!! 放せ!!」
協会魔術師「そなたらも裁判にかけねばならぬ」
協会僧侶「おまえはテレポーションを使用できたな」
協会僧侶「ブレイズウォリアの協会本部まで我々を送れ」
魔賢者「し、しかし……」
協会僧侶「逆らえば魔族そのものが再び敵と見做されるぞ」
協会魔術師「一行を全員連行しろ!」
Now loading......
――牢屋
勇者(よかった、ヴェルの石と、母上の腕輪は取り上げられなかった)
勇者「……はあ」
勇者(せっかくうまくいってたのに、これで和平が無くなったりしたらどうしよう)
兵士「あなた方はこちらに入ってください」
勇者兄「けっ」
武闘家「……」
法術師「こんなことって……」
勇者父「いてて」
魔賢者「…………」
兵士「くれぐれも脱獄なんてしないでくださいね……罪が増えてしまいますから」
勇者「みんなー」
勇者兄「エミル、無事か!?」
勇者「ちょっと離れた牢屋にいるよー……」
Section 25 半魔
看守「このエリアの牢には、魔術・法術の発動を無効にする術がかけられています」
勇者兄「それじゃ傷の治療もできないだろ。エミル、大丈夫か?」
勇者「大丈夫だよ。致命傷は負ってないし。お兄ちゃん達だって怪我してるでしょ」
勇者兄「……この封術、本気出せば破れないこともないが」
看守「ひいい、やめてください」
勇者「……アイオさんはどうなったの」
勇者兄「破壊者の収容所に連れていかれた」
勇者兄「破壊神の再封印が完了するまでは出られないだろうな」
勇者「……そっか」
法術師「アイオ……」
法術師「友達なのに、助けてあげられなかった……ごめんね、ごめんね……」
魔賢者「…………」
勇者兄「…………」
国王「やはりエミル・スターマイカは半魔であったか……」
協会幹部1「もっと早い段階で何かしらの罪を着せて極刑にしておくべきだったな……」
協会幹部2「光の力が無くなったのも、魔気と相殺されているためだろう」
大神官「今からでも遅くはございません。魔族の血を引いていることが判明した以上、」
大神官「生かしておく術はありません」
大神官「魔族でありながら人間と偽った者は極刑だと大陸法で定められております」
協会代表「先日特例を出した魔族とは状況も異なるしな」
大魔導師「しかし、今下手に魔族を頃して魔王が黙っているとは限りませぬ」
大魔導師「和平の決裂は人間としても痛手となります」
女勇者「んで、あたしは何で連れてこられてるんです?」
大神官「……リヒトが駄目だった場合、次の真の勇者は」
女勇者「ああそうでしたわね、あたしは真の勇者第一候補」
大魔導師「しかし、ライカ・ディアマンテは先日真の勇者の最低条件に達したばかり」
大魔導師「破壊神との闘いにはやはりリヒト・スターマイカの方が適任だと思われます」
大神官「されど魔族の人間生活幇助を行った人間も同じく極刑となります」
大神官「勇者といえど、国を欺くことは重罪でございます」
国王「ぐぬ……」
協会代表「……法は秩序を守るための物。遵守せねば規律が乱れる」
大魔導師「今は非常事態でございます」
大魔導師「法のために自ら更なる危機に陥るのも馬鹿らしくはありませぬか」
国王「しかしこのような時だからこそ、」
国王「人間と偽っていた半魔の存在は民の不安を煽りかねない」
大神官「うむ、和平決裂の原因となりかねませぬ」
大神官「しかしながら、リヒト達を失うのは致命的であることも確かに明らかですな……」
国王「どうするべきなのだ……」
武闘家「……これでよし」
勇者兄「今おまえ何かやったのか?」
武闘家「封じられているのは魔術と法術だけだ。俺の術は好き放題使える」
武闘家「俺等の会話が他人に認識されないよう催眠術をかけた」
勇者父「おまえ器用だな」
勇者「……ぼくが魔族だってこと、知らなかったことにすれば釈放してもらえるよ」
勇者兄「何言ってんだよ!」
勇者兄「言っただろ、これからは絶対守るって!」
勇者兄「法律に背くことになろうが関係ない、俺はおまえを絶対に見捨てはしないからな!」
魔賢者「殿下を見捨てて生き延びることなどできません!」
勇者「お兄ちゃん……」
勇者兄「……やっぱこの牢打っ壊して」
勇者「待って! 今下手に動けば和平の交渉が決裂しちゃうかもしれない!」
勇者「しばらく待とうよ」
勇者兄「ちくしょう……」
魔王「エミルが投獄されたとはどういうことだ!」
ヴェルディウスは机を叩いた。
魔王「……今すぐ連れ戻しに行ってやる」
執事「お待ちください」
執事「魔王陛下がいきなりエミル様を助けに行ったら大変なことになりますよ」
魔王「くっ……」
メイド長「エミル様……」
兵士「……リヒト様達は無罪となりました」
勇者兄「エミルは? エミルはどうなるんだ!?」
兵士「エミル様は……人間の国及び平和協会、あなた方を欺いて人間として生活し、」
兵士「勇者を騙った罪で極刑となりました」
勇者兄「なんだと!?」
勇者兄「ふっざけんな!!!!」
勇者「…………!」
兵士「刑を速やかに執行するため、夕刻まであなた方を引き続き拘束させていただきます」
法術師「そんな……!」
勇者父「おいそりゃねえだろ!」
勇者父「エミルを人間の姿に変えたのは俺なんだ!」
勇者父「エミルに罪はない。頃すなら俺を殺せ!!」
協会代表「先代魔王を倒した稀代の勇者・シュトラールを処刑しては、」
協会代表「大陸の民が嘆き、協会の運営に支障をきたします故」
勇者父「んなこたどうでもいい! エミルは助けてくれ! 俺の娘なんだ!」
勇者兄「……エミルが殺されそうになって俺が黙ってるとでも思ったのか?」
協会幹部1「母親がどうなっても構わないと言うのか」
勇者兄「きたねえぞ!!」
協会幹部2「『おまえ達はエミルが魔族であるとは知らなかった』良いな」
勇者兄「ちくしょう……ちくしょう!!」
協会代表「……エミル・スターマイカを特別拘束室へ移送しろ」
執事「大使を通して交渉を行ったのですが」
執事「『人間の法に則って極刑を処するだけだ。内政干渉は許されない』と」
執事「下手をすればまた戦争になります」
魔王「おのれ……」
武闘家「執行まであと数時間ある」
武闘家「隙を見てエミルを助け出すぞ」
武闘家「カトレアさんも助け出せば良い」
勇者兄「……ああ」
兵士1「真の勇者一行が逃げ出したぞー!」
兵士2「探せぇ!」
勇者兄(執行される寸前、エミルにかけられている拘束術が緩まるはず)
勇者兄(その瞬間に絶対に助け出す!)
法術師「これ以上仲間を失ってたまるもんですか!」
武闘家「おまえは俺達を見なかったことにな~る~見なかったことにな~る~」
兵士3「ふぁ……」
女勇者「あら楽しそうね。私も手伝ってあげるわ」
勇者兄「お、おまえ……」
女勇者「……ほとんど会ったことがないとはいえ、」
女勇者「きょうだいが氏ぬのは寝覚めが悪いもの」
――エミル達の家
勇者父「カトレア!」
勇者母「あなた!」
協会兵1「何!?」
協会兵2「ひっ!!」
勇者父「おまえら俺の嫁さん拘束しやがって!」
勇者父「逃げるぞ!!」
大神官「何やら騒がしいな……」
協会幹部1「極刑は厳粛に行われなければならぬというのに」
神官(エミルさんの魔力容量が大きかったのは、やはり最上級魔族から生まれたから)
神官(でも、彼女の優しさは本物のはず)
神官(それなのに私は、恐れをなして彼女を一人にしてしまった……)
勇者(このまま殺されるなんて……絶対嫌だ!)
勇者(信じよう。助かるって)
協会代表(法は遵守しなければならないもの)
協会代表(だが、世界のために特例を出すこともある)
協会代表(世界の破滅を防ぐため、リヒト達は無罪としたが……)
協会代表(これで正しかったのか……?)
協会幹部1「もちろん、エミル・スターマイカの氏刑は内密にしてあるだろうな」
協会幹部2「ああ。世間が何と言うか想像もつかぬからな」
協会代表(……私は、その世間の反応を知りたくてたまらなかった)
協会代表(『心優しき勇者エミルは半魔であったため処刑される』)
協会代表(そう民に伝わったら、民がどう思うか……)
協会兵「報告があります!」
村長「あの心優しき子が極刑とは……なんと嘆かわしい……」
少女「そんな……エミル君……」
少女「半魔だろうが関係ない……エミル君はエミル君」
少女「まるで魔族のように迫害されていた私を助けてくれたもの……!」
娘「エミル……」
娘父「ついに来ちまったか、この時が」
村娘1「嘘でしょ……」
村娘2「魔族と仲良くしようって呼びかけておいてエミル君頃すっておかしくない?」
村娘3「矛盾してるにもほどがあるわ!」
村娘4「魔族だったなんて……でも、これから魔族と協力する時代になるはずよね?」
商人「あの子が……」
協会兵「どこからかエミル・スターマイカの処刑に関する情報が漏洩してしまい、」
協会兵「大陸中……特に大陸横断線東部からの苦情が殺到しております!」
大陸横断線……東のブレイズウォリアから魔王城のある西にかけて広がる地区。
協会幹部1「何だと!?」
協会兵「一部では暴動も起きております!」
協会幹部2「そんな馬鹿な」
協会兵「エミル・スターマイカは、魔属を頃しはしなかったものの、」
協会兵「道中で多くの人々を救っており、その功績を評価している民が非常に多く、」
協会兵「また、魔族と和平を結んだことも相俟った結果だと思われます」
協会幹部2「あ、ありえぬ……」
協会代表「ふむ……」
協会代表(こやつらに黙って情報魔術師に大陸中へ情報を流させたが)
協会代表(このような結果になるとはな)
――極刑の時刻
大神官「魔導封じの術は施してあるな」
僧侶1「はい」
エミルは特別拘束室から野外の斬首の間へ移送された。
大神官「……エミル・スターマイカ。前へ進め」
勇者「……」
勇者(やっぱりぼくは生きてちゃいけない存在なんじゃ)
勇者(……なんてね。そんなこともう思わないよ)
勇者(ぼくのことを大切に思ってくれる人だってたくさんいるんだから)
神官(! 何者かが潜んでいる)
女勇者「術が緩まったわ、今よ!」
勇者兄「エミルを放せ!!」
僧侶1「うぐっ!」
僧侶2「ぐはっ!」
勇者「お兄ちゃん!」
神官「……!」
大神官「な、なんだと!?」
大神官「法術者達、拘束術を!」
魔王「――させるか!!」
勇者「兄上!?」
勇者兄「は、来ると思ってたぜ」
魔王「エミルのいない世界で和平を実現させても何の意味もないからな」
魔王「ほう。この空間では魔術の発動が封じられているようだな」
魔王(無理に破れば爆発が起きる)
魔王「……真の勇者、エミルを連れて逃げろ」
勇者兄「おまえが俺にそんなことを言うなんてな」
勇者兄「行くぞエミル!」
勇者「うん!」
魔賢者「殿下をお守りいたします!」
大魔導師「おお、なんと……魔王が来るとは……」
大神官「なんということだ……!」
勇者兄「城から出ればテレポーションを使える!」
勇者「!」
勇者「大勢……すごくたくさんの人がこの城に押し寄せてきてるよ!」
エミルを解放しろー!
この国は和平を台無しにする気かー!
エミルを散々利用しておいて処刑するってどういうことだ平和協会!!
平和協会がある限り平和にならねえ!! 本部打っ壊しちまえ!!
女子5「魔族とか関係ない! エミル君を返して!!」
ガイアドラゴンまで俺達に加勢してくれてるぞ!?
勇者父「おお、すごいことになってんな」
勇者母「ああ、エミル……」
国王「……国民がこう言っておる」
国王「我等の頭が固すぎたようだ」
協会代表「……新たな時代を築こうという時に、愚かな決定を下してしまった」
協会代表「鎮まれ!」
協会代表「今までの法ではエミル・スターマイカは間違いなく極刑であり、」
協会代表「そのことを知っていながら黙っていた者も同罪であった」
協会代表「だが、時に、古い法律は新たな時代の幕開けを妨げる」
国王「……エミル・スターマイカを無罪とする」
国王「エミル……今まですまなかったな」
勇者「王様……」
国王「おまえを氏なせるために無理な命令を下し、そして極刑に処そうとした」
国王「おまえの働きを軽視しておったよ」
国王「これほどおまえが民から愛されておるとは……」
国王「もはや、わしは王の器ではなくなった」
国王「頭の凝り固まった老人が引退する時が来たようだ」
国王「わしは王位を王子に譲るが、邪魔なだけの古い法を廃止し、」
国王「魔族と友好関係を築けるような新たな法を作らせることを約束しよう」
協会代表「うむ……新たな条約の制定に伴い、」
協会代表「大陸法の内容の改正が必要だ」
武闘家「ってことは、助かったんだな」
法術師「はあ……」
武闘家「まったく、年をくったお偉いさんは頭の切り替えが遅くて困るぜ」
魔王「エミル!」
勇者「ヴェル!」
魔王「……和平の更なる証として、我はこの人間の血を引く少女を后として迎え入れる」
勇者「あわわ」
魔王「よいな」
国王「な、なんと」
魔賢者「ああ、よかった……本当によかったです……」
女勇者「あたしを村に帰してもらえないかしら」
勇者父「まあまあ、パパの故郷見てけよ」
女勇者「興味ないわ。あんたのこと父親だと思ったことないもの」
勇者母「あなた、この子……」
勇者父「あっ……」
勇者「おかーさーん!」
勇者母「エミル! ああエミル!!」
勇者「……ぼくのこと、まだお母さんの子だって思ってくれてるの?」
勇者母「当り前じゃない!」
勇者母「この人のことだからどんな女の人と子供こしらえてきてもおかしくないもの」
女勇者「……魔族と子供作ってたなんて、あんたほんと見境ないのね」
勇者父「いやあの、相手を選んではいるぞ? 一応……」
勇者兄「あ、えっと、ライカだっけ?」
勇者兄「助けてくれてありがとな」
女勇者「ふん」
協会兵「ら、ライカ様!」
女勇者「何よ」
協会兵「その、先程の暴動で怪我をした協会兵がおりまして」
協会兵「一晩だけでいいので、防衛に手を貸していただきたいのです」
女勇者「ちょっと、帰れないじゃない……母さんが心配してるってのに」
勇者母「あなた……魔王だったのね」
魔王「……」
勇者母「エミルを助けてくださったんだもの。感謝してるわ」
勇者母「今晩はぜひうちに泊まっていってくださいな」
魔王「!?」
勇者兄「母さん、正気か?」
勇者兄「……まあいいか」
魔王「……美味い」
勇者「ね? お母さんのお料理おいしいでしょ?」
魔王「ああ。エミルの味とよく似ている」
勇者母「喜んでもらえたようでよかったわぁ」
勇者兄「……」
女勇者(……何であたしも一緒にご飯食べてんのかしら)
勇者父(この状況でも普段通りでいられるカトレアはすごい。ほんとすごい)
勇者父(……美味いなあ。ほんと美味いなあ)
勇者(お父さん……泣いてる?)
夜
勇者「ベッド狭くてごめんね」
魔王「構わん。こう密着して寝るのも久々だな」
勇者「……ヴェル、今日来てくれてありがとね」
勇者「嬉しかった」
魔王「私にとって一番大切なのはおまえだからな」
勇者「……ありがと。和平が無かったことにならなくてよかった……」
魔王「おまえまで失ったら私はもう生きてはいけぬ」
勇者兄(聞こえてんだよちくしょう!!)
勇者兄(フロルは今……壊れかけの平和協会本部か)
勇者兄(アイオ…………)
勇者兄(複数人余裕で愛せる親父が少し羨ましい)
勇者父「なあ、おまえ何で俺と結婚してくれたんだ?」
勇者母「どうしたのよ今更」
勇者父「どうしても気になってさ。酷い女好きの浮気者じゃねえか、俺」
勇者母「そりゃあなた、この町の誰かがあなたと結婚しなきゃ、」
勇者母「あなたこの町に帰ってきてくれないでしょ」
勇者母「あなたが生まれ育ったこの家を廃屋にする気?」
勇者母「……なんてね。そんなの建前よ」
勇者母「あんたがどうしようもない女好きでも、あたし、あんたのこと好きだもの」
勇者母「どうしても他の男に興味沸かなかった。それだけよ」
勇者父「カトレア……」
勇者父「おまえは、俺が生まれて一番初めに愛した女だ」
勇者父「苦労かけたな」
勇者母「なんなのよ、おかしいわよ今日のあんた」
勇者父「……今日で、最後なんだ。来れるの」
勇者母「…………そう」
翌朝
勇者兄「急に破壊神の封印が緩まったから、すぐ北に行けってさ」
勇者「そっか。お母さん、行ってくるね!」
魔王「世話になったな」
女勇者「ご飯、おいしかったわ」
勇者父「……じゃあな」
勇者母「…………行ってらっしゃい」
法術師「絶対、絶対帰ってくるからね!」
騎士「気をつけてな」
武闘家「父さん、母さん、師匠、俺も手伝いに行ってくるよ」
魔賢者「では、みなさん……行きましょうか」
魔賢者「瞬間転移<テレポーション>!」
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Section 26 争乱
女勇者「あたしも一行に加われですって?」
協会職員「はい、どうかご協力願いたい」
勇者兄「戦力が増えるのは助かるな」
法術師「そうね……アイオが離脱した以上、もう破壊の意思を追い出す術も使えないし」
法術師「強い光の力を持った勇者が仲間になってくれたら助かるわ」
女勇者「仕方ないわね。母さんにしばらく帰れなさそうって連絡送っといてもらえるかしら?」
勇者父「おお~心強いなあ」
女勇者「あんたのために協力するわけじゃないんだからね!」
勇者(話し方はきついけど悪い人ではなさそう……)
勇者「お姉ちゃん、よろしくね」
女勇者「お、おねっ…………」
勇者兄(ああ……そういやこの子も妹か……)
協会職員「観測者達の報告によると、もうじき破壊神に干渉できるようになるそうです」
勇者兄「えっそんなに急なのかよ」
協会職員「封印が弱まるのに伴い、地中に埋まっていた封印の神殿も出現しました」
協会職員「しかし、神殿の扉を開けるために必要な暗号が解読できておりません」
勇者兄「破壊神の封印が解けても入れないのか?」
協会職員「おそらく、破壊神の力が利用されるのを防ぐため、外部からの侵入を防ぐ必要があったのでしょう」
協会職員「もうしばし待機してください」
武闘家「ゆっくり休みたいところだな……」
勇者兄「神様相手に戦うんだよな、俺等……」
魔王「怖気づいたか?」
勇者兄「そんなわけねえだろ!」
魔王「ほう、頼もしいものだな。私は正直不安だぞ」
勇者兄「なっ……」
魔王(封印するだけで平和をもたらせたらよいのだがな)
勇者兄「……そういや、他の大陸ってどうなってるんだ? 魔族はいないのか?」
魔王「ああ。他の大陸に生息しているのは主に亜人種だな」
魔王「我等魔族は他の大陸に移住すると、体の強靭さと膨大な魔力容量を失い、」
魔王「姿形こそほぼ変わらないが魔族特有の強さは失われる」
勇者「追放された魔族達は、そっちじゃ悪いことできないんだ」
魔王「できるなら追放処分など行っておらぬ」
魔王「追放先の大陸の住民に面倒を押し付けることになるからな」
魔王「追放された魔族は、優れた身体能力を持つ亜人種に従って生きるしかないのだ」
勇者兄「なあ、フロル……一緒に見回り行かないか」
魔賢者「……ごめんなさい」
勇者兄「あ…………」
勇者兄「……やっぱ、責任感じてんのかな」
勇者兄「はあ……」
武闘家「あんま気にしなくていいと思うんだがなあ」
勇者兄「おまえ……あんなことがあったんだぞ?」
武闘家「タイミングが悪くて破壊者化しちまったとはいえ、」
武闘家「失恋なんて珍しくもなんともない」
武闘家「振った相手のこと気にしてたら誰とも付き合えねえじゃん」
勇者兄「そりゃそうかもしれないけどさ……」
勇者兄「きっと、自分のせいでエミルが魔族だってバレたんだと思ってるんだろう」
格闘家「時間が必要なのかもな」
勇者兄「…………」
魔王「仕事が入った。数時間だけ城に戻る」
魔賢者「お送りいたします。今、陛下は魔力を温存すべきです」
魔王「頼む。エミル、おまえも来い」
勇者「ぼくも?」
魔王「おまえの人間としての戸籍に少々手続きが必要となってな」
勇者「はーい」
勇者兄「……はあ」
法術師「…………」
女勇者「じめじめしてるわね」
勇者(大勢の前でプロポーズされるとは……嬉しかったけどね)
魔賢者「…………」
勇者「フロル、この前のこと、気にしなくていいからね」
勇者「フロルは何も悪くないんだから」
勇者「アイオさん、どっちかというとぼくのことを憎み続けてたし……」
勇者「誰も悪くない。ただ、ちょっと歯車が噛み合わなかっただけ」
魔賢者「……お気遣いありがとうございます、殿下」
魔賢者「しかし、私のせいで、殿下が危険な目に……」
勇者「ぼくが種族を偽っていたことは事実だもん」
勇者「そんなぼくでも助けようとしてくれる人がたくさんいるってわかって嬉しかったよ」
魔賢者「…………」
魔王「自分を責めるな。悪い結果にはならなかったのだからな」
魔王「……エミル、この書類に署名を」
勇者「はい」
勇者「……あのね、アイオさんに殺されそうになった時、母上の腕輪が護ってくれたんだ」
魔王「! ……そうか」
勇者「きっと、見守ってくれてるんだよね」
魔王「ああ」
魔王父『この娘がこの城に訪れてから随分経ったな……』
魔王父『我もオリーヴィアとの間に娘が欲しかったが、叶わなかった』
魔王父『あの男の子供だと思うと少々憎たらしいが、』
魔王父『この娘は本当にオリーヴィアとよく似ている』
魔王父『誰かを殺さなくて良かったと思ったのはこれが初めてだ』
魔王父『……氏んで以来独り言が増えたな』
勇者「アイオさん、破壊神に憎悪を利用されて、好きな人まで頃しそうになったんだ」
勇者「もしぼくが破壊の意思に取り憑かれて兄上を頃しちゃったりしたら、耐えられない」
勇者「ううん、兄上じゃなくても、もし誰かの命を奪ってしまったら……」
魔王「…………」
勇者「今、操られて誰かを頃してしまって苦しんでいる人が大陸中に溢れているんだ」
勇者「ぼくは、そのことがとても悲しい」
勇者「命は何よりも大切なものなんだ」
魔王「……私が破壊神を倒してみせる。おまえは安心して待っているといい」
勇者「お手伝いくらいするよ」
魔王父『命は大切、か……』
魔王父『オリーヴィアも同じようなことを何度も言っていた』
魔王父『もし我がヴェルディウスを誰かに殺されたら……とても許すことはできぬ』
魔王父『この娘は他人の立場に立って考えることができる。彼女もそうであった』
魔王父『我は、生前……そのようなことを考えたこともなかったな』
調理師「うわあああ! 人間の悪霊だああああ!!」
コック「ひいいいいいいい!!」
魔王「嘆かわしいことに、この城には数多の血が染みついている」
魔王「地縛霊の百体や千体出るだろうな」
勇者父「まだ解読できねえのか?」
協会職員「ええ……申し訳ございません。あなたに発見していただいたというのに」
勇者「ただいまー、どうしたの?」
勇者(あれ? お父さんまた老けたような)
勇者父「おまえこれ読めるか?」
勇者「ああ、大陸最北端の超古代文字だよ。パズルみたいになってるね……」
勇者「文法は北の古語とほとんど一緒だし、辞典があれば解けるかも」
魔王「辞典なら我が城の図書室にあるぞ」
協会職員「な……んですと……」
勇者父「おぉ、流石お父さんとオリーヴィアの娘だな!」
勇者「フロル、もう魔力切れだよね? ぼく取ってくるよ」
勇者父「お父さんは優秀な娘を持ったもんだなあ……」
女勇者「……ふん」
魔王父『…………』
魔王父『今までは城から離れることはできなかったというのに』
魔王父『何故だか共にここまで飛ぶことができてしまった』
勇者「せめて普通の文章になってたらな……謎かけみたいになってるから難しい」
勇者「むむ……」
魔王「詰まったか? 見せてみろ」
勇者「ここ辞典引いてもわからなくて」
魔王「ああ、この動詞は不規則だからな」
魔王「……熟語も複雑な物が使われているな」
勇者「詳しいんだね」
魔王「この言語でないとコードを組みづらい術があってな。少々かじっている」
勇者兄「次元が違う……ちょっと寂しい」
勇者父「まああいつらは母親が同じだからなあ」
勇者父「おまえだってエミルと似てるところあるだろ」
勇者兄「……例えば?」
勇者父「すぐ泣くところとか、真っ直ぐなところとか」
女勇者「あら、あたしはそのあたり似てないわね」
女勇者「はあ……あたしの異母妹に魔王の異父妹がいるなんて信じられないわ」
女勇者「流石稀代の女好きシュトラールね」
勇者父「……おまえのきついところは誰に似たんだ? 直さないと嫁の貰い手に困るぞ」
女勇者「大きなお世話よ」
勇者父「うう」
勇者兄「そりゃ父親がこれじゃあ捻くれもするだろ……」
勇者「…………解けたー!」
勇者「この結果を基に扉の前で術を発動すれば神殿の中に入れるはずだよ」
勇者父「よくやった!!」
勇者父「よーしよーしいい子だぞ~!!」
勇者「えへへ。兄上がいてくれたから解けたんだよ」
魔王「……」
勇者父「おまえも頭撫でてやろうか?」
魔王「い、いらぬ」
魔王父『我が息子に近付くな』
勇者父「ご褒美に小遣いやるから二人で喫茶店でも行ってこいよ」
勇者「え、でも……」
勇者父「街中の監視も必要だろ? 丁度昼飯時だし行ってこい行ってこい」
勇者「ん……じゃあ行ってくるよ。ありがとう、お父さん」
魔王「騒ぎにならぬ協会に許可を取って人間に擬態せねばな」
勇者「このお店の紅茶おいしいね」
魔王「この味ははじめてだな……茶葉を買って城に持ち帰りたい」
魔王「……流石にこの地方は冷えるな」
勇者「そだね。野外でお茶飲むのにはちょっと寒すぎるかも」
勇者「現地の人は平気そうだけど」
女性1「ねえねえ、あの人かっこよくない?」
女性2「あんなに綺麗な男の人がいるなんて……」
勇者「…………」
勇者「ヴェル!! 顔隠して!! ローブ被って!!」
魔王「ど、どうした」
勇者「ヴェルはね、魔族の基準では身長低くても、」
勇者「人間の価値観だったら高身長の美形なの!!!!」
勇者「だから、あんまり人目についたら……その……」
魔王(……妬いてるのか)
魔王「……おまえは可愛いな」
勇者「えっ!? あ、う……うぅ…………」
勇者(……もうすぐ世界を壊そうとしている神様と戦うだなんて、信じられないな)
魔王「なあエミル」
魔王「この戦いを終えたら、婚姻の義を行わないか」
勇者「婚姻の義って……つまり、結婚式?」
魔王「ああ」
勇者「で、でも、ぼくまだ年齢が……」
魔王「魔族の婚姻に年齢制限はない」
勇者「ん……花嫁さんかあ。思ってたより早いけど……兄上がやりたいならいいよ」
勇者父「なあライカ」
女勇者「何よ」
勇者父「好きな男とか、いないのか」
女勇者「いないわよ! 悪かったわね!!」
勇者父「怒るこたないだろ……」
女勇者「勇者業なんてやってるおかげで誰も寄ってこないのよ」
女勇者「そこらへんの男よりも腕が立っちゃうもの、あたし」
勇者父「そうかぁ」
勇者父「まあ世界は広い。おまえを好きになってくれる男はきっといるって」
女勇者「馬鹿にしにきたの?」
勇者父「はあ、父親が娘と話したがるのは別におかしいことじゃないだろ?」
女勇者「鬱陶しいわ。あんたが父親であることがあたしの人生の最大の汚点なのよ」
女勇者「話しかけないでちょうだい」
勇者父「ふぅ、辛辣ぅ」
勇者「!」
勇者「すごく強い破壊の波動が大地を駆け抜けていったよ」
魔王「……来たな。人形の軍勢だ」
勇者父「町を守れ!」
法術師「なんて大軍なの……!」
魔賢者「恐ろしい……」
武闘家「こりゃひでえ」
勇者兄「これじゃ大陸中戦争になるだろうな……」
協会元帥「人形の進軍を止めろおおお!」
魔王父『……力が沸いてくる』
魔王父『破壊神とやらは霊に力を与えているらしいからな』
魔王父『我にも力の供給があるということか』
勇者「轟く大滝<サンダー・カタラクト>!」
魔王「絶望の如く押し寄せる雪の流動……落ちろ! <アーヴァランシュ>!」
勇者「キリが無い……」
魔王「エミル!」
勇者(背後にもう敵が!)
魔王父『……雑魚めが』
人形『ゴガァッ』
勇者「人形が魔力の衝撃で吹っ飛んだ……?」
魔王(今の波動は……)
魔王父『……息子の后となる者を氏なせるわけにはいかぬからな』
魔王父『この力、利用させてもらおう』
勇者(姿は見えないけど……誰かがいる)
執事「この魔王城にまで攻め入ってくるなんて……」
執事「全軍、人形と全力で戦ってください」
執事「ああ、気を昂らせすぎると破壊者化しかねないので気をつけて」
魔団長「はっ」
執事「さて、僕も敵を一掃しに行くとするか」
メイド長「私も戦うわ」
執事「生き残るんだよ。君はまだ想い人が生きているのだから」
メイド長「あら、自分は氏んでもいいみたいな言い方はやめてほしいわね」
メイド長「お互い生き延びるのよ」
執事「……そうだね。仕事はまだまだたくさんあるんだ」
執事「魔王陛下不在のこの城を守り通します」
メイド長「全てを呑み込む海嘯、<ハイドロウリック・ウェーブ>!」
執事「暗雲を照らす雷轟電撃、我等に仇なす者全てに鉄槌を――神の雷霆<ケラウノス>!」
勇者父「ライカッ!」
女勇者「きゃっ!」
勇者父「怪我すんじゃねえぞ!」
女勇者「ふんっ、あんたなんかに助けてもらう必要なんてなかったわ!」
女勇者「流星の剣戟<メテオ・アームス>!」
勇者父「はあ……ほんと素直じゃねえんだから」
勇者兄「気を抜いてる暇はねえぞ!」
雪魔族「……人間と手を組むのは不本意だが、命令であれば仕方ない」
雪魔族「魔の気にやられたくなくば、あまり私に近付かぬことだな」
風竜「そう言うでない。力を合わせねば魔物達も氏ぬこととなる」
娘父「ふん……」
魔王兄「最南端はろくに強い奴が現れないから加勢に来てやったぜ!」
雪魔族「!?」
雪魔族「貴公の魔の気は私には有害だ! 近付くな!」
魔王兄「せっかくの美人だってのになあ」
雪魔族「く、来るな!! 融ける!!」
雪魔族「魔族の魔気を恐れる人間はこのような気持ちなのだろうか……」
青年「この戦いが終わったらルナリアとまた会えるはずなんだ」
青年「氏んでたまるか!」
海竜長長男「姉さんのためだ。僕達は君と君の町を守るよ」
海竜長次男「姉さん……無事でいて」
魔王「交渉通りであれば今頃大陸中の人間と魔族が協力して戦っているはずだ」
魔王「互いが互いの戦力を削るようなことをしていなければいいのだがな」
勇者「信じよう。上手くいってるって」
勇者「この戦いをきっかけに、分かり合えるようになる人間と魔族がきっといるはず」
白鳥娘「フォーコン!」
隼青年「シーニュ、おまえは妹達と一緒に隠れているんだ」
白鳥娘「でも……」
隼青年「安心しろ、私は必ず生きて帰る」
白鳥娘「……わかったわ」
隼青年「地上は任せたぞ、人間達」
隼青年「鳥獣の戦士達よ、空を守り通せ!!」
――ブレイズウォリア近辺・破壊者収容所
兵士「収容所が破壊されたぞ!」
人形「 カタカタ 」
魔法使い「ああ……私、ここで氏ぬのかしら」
魔法使い「氏んだっていいわ。もう何の希望もないんですもの」
魔法使い「十数年、想い続けてたのに……リヒト……」
人形「 キュォォォオオオ 」
魔法使い(惨めな最後ね……)
魔騎士「はっ!」
人形「 ッ ――――」
魔騎士「無事か!?」
魔法使い「っ……!?」
魔法使い(何で魔族がこんなところに)
魔騎士「おまえ、そこそこ魔力持ってるな!?」
魔騎士「拘束具破壊してやるから戦うんだ!」
魔法使い「ちょっと何すんのよ!」
魔騎士「少しでも戦力が欲しいんだ! 戦え!!」
法術師「一体一体は大したことないけど、数が多すぎる!」
武闘家「あ! フロルさん、足元足元!!」
勇者兄「フロル!」
魔賢者「!?」
魔賢者「あ、ありがとうございます」
勇者兄「よかった、助けられて」
勇者兄「……俺等、中途半端なまま気まずくなっちゃったけどさ」
勇者兄「はっきりしないままじゃ後悔しそうだから言っとく!」
リヒトは敵への攻撃を続けながら言った。
勇者兄「俺、君が好きだ! 君のために戦う!」
魔賢者「リヒトさん……」
魔賢者「私、あなたとは出会ったばかりで……」
魔賢者「でも、あなたとなら良い関係を築けるような気がしていました!」
魔賢者「もう少し、時間をください!」
勇者兄「待ってる!! ずっと!!」
勇者「……殲滅、できたみたいだね」
魔王「ああ」
勇者「大気から破壊の波動が消えていってる」
勇者「……まだ夕方にすらなってないのに、ずいぶん長い間戦っていたような気がするよ」
魔王「もう襲ってくる気配はない。今晩は休もう」
勇者「うん」
勇者兄「みんな生きてるかー!?」
勇者「……あれ、お父さんは?」
勇者「おとーさーん! どこー!?」
勇者父「……」
勇者「お父さん!」
シュトラールは木に寄りかかっている。
勇者「どうしたの? 怪我したの?」
勇者父「新しく傷を負ったわけじゃあないんだけどな」
勇者兄「父さん!」
女勇者「ちょっとシュトラール、いつの間に消えてたのよ!」
女勇者「歳のわりに体力……無さすぎじゃ……」
女勇者「…………」
勇者父「いやあ、寿命が来たみたいだ」
勇者兄「寿命、って……」
勇者兄「胸から血が流れてるじゃないか!」
勇者「治んない! 治んないよ!!」
魔王「……父上との闘いで負った傷であろう」
勇者父「そうそう」
勇者兄「そんな……それじゃあ、歳のわりに老けてたり、」
勇者兄「この頃やたら眠そうだったのって……」
魔王「闇の力の毒素を抑えるために力を使っていた結果だろうな」
勇者「お父さん……」
勇者「やだ……氏んじゃやだよ……ぼくの結婚式来てよ……」
勇者父「あの世から見てるから」
女勇者「…………」
勇者父「ライカ……お母さんによろしくな……」
女勇者「……と、うさん」
女勇者「父さん…………」
勇者父「最期に、そう呼んでもらえて……嬉しいよ……」
勇者「お父さん!!」
勇者兄「おい!! 氏ぬなよ!! 氏ぬんじゃねえ!!」
勇者父「じゃ、あな…………おまえらは長生きしろよ」
勇者父「おまえらの顔見ながら逝けるなんて、お父さんは幸せもんだよ…………」
勇者父(もう、あいつの料理……食えねえんだな…………)
勇者「うっ……ぅぁあ……あああああああああ!!!!」
魔王「…………」
ヴェルディウスは無言でエミルの肩に手を乗せた。
勇者兄「光の珠持ってれば……もっと生きられたはずなのに……ちくしょう」
女勇者「…………」
ライカは黙って去っていく。
魔王父『ふん、遂に氏んだか』
魔王父『……妙に釈然としないな』
魔王父『こやつには、命を落とせば涙を流す者が大勢いる。妬ましいものだな』
魔王父『何故これほど不誠実な者が慕われるのか理解できぬ』
魔王父『我が氏んだ時は……』
魔王父『ああ、そうだ。オリーヴィアが氏に、気が付けば我が魂は身体から抜け出で、』
魔王父『隣でヴェルディウスが力無く泣いていたな』
魔王父『命の重みとは一体何なのだ? 泣いてくれる者の人数で決まるのか?』
魔王父『それとも、そんなことは関係なく、その重さは平等にあるものなのだろうか』
勇者父『おまえ独り言多くね?』
魔王父『聞いていたのか。氏ね』
勇者父『もう氏んでる! そんな言葉使っちゃエリヤに怒られるぞ!』
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Section 27 平和の礎
翌日
魔賢者「……破壊神との戦いが終わり次第、ブレイズウォリアで葬儀が行われるそうです」
魔賢者「そして、明日……封印の神殿に向かうようにとのことです」
勇者兄「連絡ありがとな」
勇者「……」
勇者兄「……氏にかけてるんだったら、そう言って休んでくれたらよかったのによ」
勇者「お父さん、ぼく達に心配かけたくなかったんだよ」
勇者兄「……………………」
勇者兄「悲しんでる暇はないな!」
勇者兄「みんな、今日は軽い運動だけやってしっかり休むぞ!」
武闘家「りょーかい」
法術師「……ええ」
勇者兄「闇の力って、闇の珠の所有者しか持ってないのか?」
魔王「ああ。光の珠と違い、伝播性は無い」
魔王「後天的に差異が生じたのかもしれんな」
魔王「魔族の方が人間よりも平均魔力容量が大きく、体も頑丈だ」
魔王「魔族に対抗するため、多くの者が光の力を持てるよう伝播性を付与したのだろう」
勇者兄「ふーん」
魔王「尤も、最初から差異があった可能性もあるがな」
魔王「授けた大精霊は別の個体だったわけだからな」
魔王「本当にこの力が大精霊から古の勇者にもたらされた物であるとすれば、の話だが」
勇者兄「今更不安になるようなこと言うなよ」
勇者兄「他にそれらしき物は見つからなかったんだ。力の性質的にも確定だろ」
勇者兄「防御以外の魔術の使用一切無しで打ち合いしようぜ」
魔王「よかろう」
武闘家「破壊神本体への対抗手段は光の珠と闇の珠しか存在しないから、」
武闘家「無理に同行する必要は無いってよ。ライカさんは例外的に護衛を命じられてるが」
武闘家「おまえらはどうすんだ?」
法術師「もうアイオのような破壊者を出したくない」
法術師「そのために私もリヒト君達と一緒に戦うわ。少しでも彼等の負担を減らしたいの」
武闘家「俺もついていくとすっかな」
武闘家「破壊神本体に辿り着くまでは一緒に戦う」
魔賢者「封印の神殿へは私の術で皆さんをお送りいたします」
武闘家「おーいエミル」
勇者「…………」
武闘家「大丈夫か?」
勇者「あ、ぼくなら平気だよ」
勇者「この世界を守るために、がんばらなくちゃね」
勇者(ぼくの魔力容量は、最上級魔族の中でもかなり大きい)
勇者(きっと役に立つはず)
勇者(お兄ちゃん達どこにいるんだろ)
キィン キィン
勇者「あっ」
勇者兄「なかなかやるじゃないか!」
魔王「ふん、貴様もな!」
勇者(お互い自分に超防御魔術かけながら打ち合ってる)
勇者(ケンカしてるわけじゃないみたいだ。よかった)
魔王「貴様、生殖細胞の大きさの差を知っているか!?」
勇者兄「知るかよ! 習ったけど忘れたわそんなもん!」
魔王「精子が約0.0025mmであるのに対し、卵子は約0.2mm!」
魔王「つまり、私の方が貴様よりエミルに近いということだ!!」
勇者兄「だ か ら な ん だ よ !」
勇者(百年の恋も冷めそう)
勇者兄「あ、エミル! 来てたのか!」
勇者「うん」
魔王(今の会話……聞かれていたのだろうか……)
勇者「二人ともぼくの大事な人なんだからさ、張り合っても意味ないよ」
魔王「…………」
勇者「明日の戦いのためにがんばってごはん作ったから食べに来て」
勇者兄「やったぜ! エミルのメシだ!」
勇者「いっぱい食べてね! 食べなきゃ力出せないでしょ」
――夜 宿
母上、父上、兄上――
みんな私から離れていく……
魔王「はっ……」
魔王(……決戦前夜に悪夢を見るとは)
勇者「すー……」
魔王(エミル……いつの間に潜り込んでいたんだ)
魔王(私から離れていかぬよう……刻み付けなければ)
ヴェルディウスは横向きに寝ていたエミルの肩を押さえ、天を向かせ、
覆い被さる姿勢を取った。
勇者「んー……ヴェルー……だいすき」
エミルは寝ぼけてヴェルディウスに抱き付いた。
魔王「…………!」
魔王(……夢のせいでどうかしていた)
魔王(父親を亡くしたばかりのエミルに対し、私は何を……最低だ)
魔王「……このような兄ですまないな」
勇者「……どしたの?」
魔王「おまえに……歪んだ愛情を向けてしまっている自分を許せないのだ」
魔王「おまえを深く傷付け、幼き日のように純粋な愛情を向けることもできず……」
魔王「さまざまな医学書を読み漁っても我が病を治すことはいまだ叶わない」
勇者「ん……」
魔王「私は、親兄弟であれば誰に対しても歪んだ愛情をいだいてしまう」
魔王「穢れているんだ……私は……」
勇者「……」
勇者「昔何があったのかはわからないけど、」
勇者「そうなっちゃうくらいつらいことがあったんでしょ?」
勇者「そうならないと、もっと兄上の心が壊れちゃってたんだよ」
勇者「無理に治そうとしなくていいんだよ」
勇者「ぼくの他に姉妹がいるわけでもないんだからさ」
魔王「エミル……」
魔王「すまないな……ありがとう」
魔王父『…………ああ、そうであった』
魔王父『我が精神はオリーヴィアを亡くしたと同時に崩壊し、そして……』
魔王父『謝罪の言葉の一つも届けられぬとは』
魔王父『なんとも……もどかしいものよ』
魔王「喉が渇いた。水を飲んでくる」
勇者「あ、二段ベッドだから体起こすとあぶ」
ゴッ
魔王「うっ」
勇者「ふっ……くすっ」
魔王「……どうせ私は間抜けだ」
勇者「そんなところも好きだよ」
――翌朝
勇者兄「みんな、準備は万端か?」
魔王「愚問だな」
武闘家「いつでもおっけ」
法術師「大丈夫よ」
魔賢者「はい」
勇者「生きて帰ろうね」
魔賢者「では皆さん、参りましょうか」
女勇者「あたし達にこの世界の未来がかかっているのね」
女勇者「覚悟は決まってるわよ」
勇者兄「これが、封印の神殿……」
法術師「二万五千年前に建てられたにしてはきれいに残ってるわね」
勇者「封印の力がかけられてるからだろうね」
勇者兄「ああ。エミル、扉を開けられるか」
勇者「うん。手順通りにやれば開くはず」
破壊神の力が悪用されないよう、外部からの侵入を防ぐ術が施されていた。
勇者「魔光放出!」
勇者兄「おい、かなり魔力を消費してないか」
勇者「そう簡単に解けたら苦労しないからね……」
ゴゴゴゴゴ
勇者兄「よくやった!」
魔王「大丈夫か」
勇者「うん。まだ魔力残ってるよ。戦える」
勇者「この空間、破壊の波動が満ちてる……空気が重いよ」
武闘家「おお、雑魚が沸いてきたぞ」
法術師「幽霊を見るのにも慣れてきたわね!」
法術師「リヒト君とヴェルディウス君はできるだけ力を温存して!」
魔王(君付け……)
勇者兄「すまないな」
女勇者「道を拓くわよ!」
勇者「はっ! たあっ!」
武闘家「ていっ! 獅子怒昂!」
法術師「聖なる矢<セイクリッド・アロー>!」
勇者兄「この扉の奥に、破壊神がいるんだな」
勇者兄「……開けるぞ」
――我は破壊の神
――純然たる破壊の意思
――創造神の対たる存在
勇者兄「何だ……これは」
広い空間の中央部に大きな光の塊があり、幾つもの輪で囲まれている。
魔王「あの輪で封印されているようだな」
破壊神は輪の隙間から波動弾を撃った。
法術師「なんて力なの……!」
魔王「あの輪を消滅させねばこちらからの攻撃も困難だ」
勇者兄「あの輪に俺達が封印を上乗せするんじゃ駄目なのか?」
魔王「見ろ、輪が減った。破壊神を弱らせねば再封印を行っても長くはもたぬ」
魔王「残っている封印も既に脆くなっている」
勇者兄「ならあの輪っかを打っ壊して即行で倒すぞ!!」
勇者「封印を完全に解くことは、世界を危険にさらすのと同じ」
勇者「でも、放っておいてもどちらにしろ封印は解けてしまう」
勇者「はやく終わらせなくちゃ」
勇者「お兄ちゃん達はあんまり力を使わないで! ぼくが封印を破壊する!」
勇者「――――」
勇者(忌み嫌われていたぼくの魔力で、世界を救う手助けができるんだ)
勇者「――――――生命の結晶、輝き散れ! クリスタル・エクスプロージョン!!」
武闘家「す、すげえ」
法術師「綺麗だわ……」
勇者兄「封印が砕け散った……」
女勇者「やるじゃない」
魔王「だが魔力容量にまかせて一気に力を放出すれば体が持たない」
魔王「フローライティア、まだおまえの魔力は残っているな」
魔王「私とリヒト以外の者を全て連れて飛べ」
魔賢者「し、しかし陛下」
魔王「はやくしろ! 封印が解けた以上、戦力となるのは私と真の勇者だけだ」
魔賢者「……わかりました。ご健闘をお祈りいたします」
法術師「リヒト君達なら勝てるって信じてるから!」
武闘家「氏ぬんじゃねえぞ!」
女勇者「帰ってきなさいよね、兄さん!」
勇者「う……」
勇者「お兄ちゃん……ヴェル……」
勇者「ごはん作って、待ってるからね…………」
勇者兄「ああ、楽しみにしてる」
魔王「必ず生きて帰る」
魔賢者「瞬間転移<テレポーション>」
勇者兄「あいつらが頑張ってくれたおかげで力が有り余ってるぜ」
魔王「よし、やるぞ」
破壊神は無数の波動弾を放ち始めた。
勇者兄・魔王「「制限解除<リミット・ブレイク>」」
勇者兄「この光の力を最大限ぶっぱなって世界を守ってやる!」
魔王「我が闇の力、とくと味わうがよい!」
魔賢者「殿下、大丈夫ですか!?」
勇者「命を落としちゃうようなことはしないよ」
女勇者「あんまり心配させないでよね」
勇者「ちょっと休めば大丈夫」
勇者「人間だった頃と違って、この体丈夫だもん……産んでくれた母上に感謝しなきゃ」
武闘家「体中負担かかりまくりじゃねえか」
武闘家「今治療してやる」
勇者「ありがと、コハク君」
法術師「私も鎮痛を」
勇者(ぼくにはお母さんが二人いる)
勇者(そして、たくさんいるかもしれないお兄さんの内の二人は、)
勇者(同じお母さんに育てられたお兄ちゃんと、同じ母上から産まれた兄上)
勇者(片方は勇者で、片方は魔王)
勇者(対極に立つ二人が、今、世界のために共闘している)
勇者(どっちにも氏んでほしくない)
勇者(生きて帰ってきてほしい)
勇者(どっちが欠けたってだめなんだ)
――滅 び を
勇者兄「はっ、なかなかしぶとかったがだいぶ小さくなったじゃねえか」
魔王「おまえもだいぶバテてるがな」
勇者兄「おまえもだろっ!」
――全てを 無に 返す
勇者兄「そんな力、もう残ってねえだろ?」
――再び我を封印するというのならば
――この世に更なる厄災を
魔王「ふん、やはりな」
勇者兄「どういうことだよ」
魔王「破壊神は二万五千年前、封印される間際にこの大陸に呪いをかけた」
魔王「再封印を行ったとしても、新たな呪詛が生まれる可能性があったのだ」
魔王「完全に滅しなければこの世に平和は訪れぬ」
魔王「しかし、ただ戦うだけでこやつを滅することができるのならば、」
魔王「古の勇者達がやっているだろう」
――混沌の時代の幕開けだ
勇者兄「……仲間のおかげで、幸い俺達にはまだ余力が残されている」
魔王「だがこやつを消し去ろうとすれば……」
勇者兄「珠ごと俺達の体は消し飛ぶだろうな。きれいに相殺されるってわけだ」
魔王「我等が贄とならねば平和な世は訪れぬ」
勇者兄「……まいったな。またエミルのメシ食いたかったってのに」
魔王「……同感だ」
勇者「神殿があった場所が爆発してる……」
封印の神殿がそびえていた地から、天へ向かって光が伸びていた。
勇者「封印術の波動は感じられない……」
法術師「……!」
武闘家「…………」
魔賢者「………………」
女勇者「嘘でしょ……」
勇者「そんな……お兄ちゃん……ヴェル……」
勇者「いやああああああ!!」
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Section 28 未来へ
女勇者「あたしの中から光の力が消えた……」
勇者「……ぼくの中からも光の力が消えた。魔の気もだ」
勇者「光の珠は消失して、破壊神の呪いも解けたんだ」
武闘家「相討ちか」
魔賢者「魔王陛下……リヒトさん……」
法術師「…………っ……」
勇者「…………………………」
猛威を振るっていた人形兵や悪霊達は完全に姿を消した。
封印の神殿が消失してから数時間が経過した。
宿屋で、フローライティアは茫然自失としたエミルを優しく抱きしめている。
勇者の一族はただの人間となり、また、
魔属からも魔の気は消失し、もはや魔属ではなくなった。
人間と魔族が融和できない理由は無くなったのである。
勇者(これからは、きっと平和な世界を目指しやすくなる)
勇者(でも、お兄ちゃんも、ヴェルもいない世界で)
勇者(どうやって生きていけばいいの)
法術師「外が騒がしくなったわね。何かあったのかしら」
勇者兄「たっだいまぁ~!」
魔王「エミル、帰ったぞ!」
勇者「え……?」
――
――――――
勇者兄「俺、ずっとおまえのこと嫌いだった」
魔王「奇遇だな。私もだ」
勇者兄「はは、まさか魔王と肩並べて協力し合うことになるなんてな」
魔王「このようなことになるは、シュトラールが現れるまでは思ってもみなかったな」
勇者兄「おまえを倒してエミルを取り戻すことしか考えてなかったのにさ」
魔王「ああ。私もおまえからエミルを守ることしか考えていなかった」
魔王「……だが、おまえを慕うエミルを見て、彼女を独占する気も少しずつ減っていった」
魔王「おまえは正しいと思ったことを貫き通す、真っ直ぐな良い兄貴だ」
勇者兄「俺こそ、エミルにとってどんな兄貴であるべきか、」
勇者兄「おまえからいろいろ教えてもらったよ。悔しいけどな」
勇者兄「……つかれたな」
魔王「……ああ」
魔王「あいつを悲しませてしまうな」
勇者兄「ほんと、それが心残りだよ」
勇者兄「とどめ、刺しに行くか」
勇者父「まあ待てよ」
魔王父「……」
疲れ果て、床に座り込んでいた二人の前に現れたのは、
氏んだはずの先代真の勇者と先代魔王だった。
勇者兄「父さん!?」
魔王「父、上……?」
勇者兄「ど、うして…………」
勇者父「この世に留まっている霊なら、」
勇者父「悪霊じゃなくても実体化できる程、この空間に破壊神の力が満ちているんだ」
勇者父「ま、ここで息子に氏なれちゃ俺まで成仏できなくなりそうだしな」
魔王父「ヴェルディウス……」
魔王「父上……父上……!」
魔王父「我は成仏することができず、ずっとおまえを見守っていたのだ」
魔王父「……すまなかったな。我はおまえの心に癒えぬ傷をつけてしまった」
魔王「……それでも、お会いしとうございました」
勇者父「ほら、光の力よこせよ。とどめを刺してやるくらいの力ならある」
魔王父「おまえはあの娘と幸せになれ」
魔王父「……我が息子よ。我はいつでもおまえの幸福を願っている」
――――――
――
勇者「生きて、たんだ……二人とも……」
魔王「父上達が助けてくれた」
魔賢者「リヒトさん!」
勇者兄「おっと」
勇者「ふっ……う……うぅぅぁあぁぁあああ」
魔王「!」
魔王「……」
魔王「エミル、顔を見せてくれ」
勇者「でも、ぼく、今ぐちゃぐちゃ……」
魔王「……感情の区別ができるんだ」
魔王「あの頃のように、肉親としての愛情と、異性としての愛情の二つがはっきり存在しているんだ」
魔王「ああエミル、愛している!」
勇者「ふぐっ」
勇者「……よかったね、ヴェル」
勇者(もう、ヴェルの目から寂しさは感じられない)
勇者兄「エミル~腹が減った」
勇者「あ! ごめんね、今お料理作ってくるよ!」
――
――――――――
魔王母「ネグル……」
魔王父「オリーヴィア……?」
魔王母「ああ、やっと会えたのね」
彼女の背後には、二組の男女が立っていた。
漸く成仏できた男の魂は、しばらく立ち上がらず懺悔し続けた。
勇者父「やれやれ……俺も親父とお袋に会いに行くとするかな」
――
――――――――
――セントラル中央広場
勇者兄「エミルの結婚式だなんて……早過ぎるだろ……ううっ」
勇者「ただの婚約祝いだから! 半ば和平記念兼破壊神討伐祝いみたいなものだし!」
魔王「やはり、正式な婚姻はエミルの故郷の法に従い、」
魔王「エミルが16になってからにしようと思ってな」
勇者母「綺麗よ、エミル」
勇者「ありがとう、お母さん」
狼犬「わふ! わふ!」
勇者(お父さん、見てくれてるかな)
女勇者「良い旦那見つけたわね」
武闘家「よかったな」
少女「おめでとう、エミル君」
娘「処刑騒ぎの時は心底心配したんだから」
女子5「ぐすっ……ぅぅ……幸せになってね……」
村長「めでたいことですな」
村長の孫「……けっ。あの時は悪かったな」
勇者「みんな……ありがとう」
商人「これはお祝いの品だ。良かったら受け取ってほしい」
勇者「わあ、ありがとうラウルスさん!」
法術師「いいなあ……私も早く結婚したいなあ」
騎士「じゃあ、帰国したらすぐにでも式を挙げよう」
魔王兄「おまえそれ人間の正装か? 似合ってるじゃねえか!」
魔王「ありがとうございます、兄上」
魔王兄「……おまえ、どうしたんだ? 新しい病気でも患ったか?」
魔王「失敬な……むしろ快気を祝っていただきたい」
執事「いやあ、めでたいですねえ」
魔従妹「……はあ。仕方ないから祝ってあげるわ」
老賢者「このめでたい日までこの体が持ち堪えてくれて嬉しいよ」
老賢者(ネグルオニクス様……どうか安らかな眠りを)
メイド長「ヒルギー!」
青年「ルナリア! ああ、会いたかったよ!」
青年「一日たりとも君のことを忘れた日はなかった!」
魔属は破壊神の呪いから解き放たれ、魔力容量も人間・動物並みとなった。
また、姿形の変化はほとんどないが、魔族の土気色の肌は赤味を帯び人間らしい血色となっていた。
そのため魔族は人類として分類されることとなり、
同じく魔物も動物の一形態として扱われるようになったのである。
ただし、神聖な生物であるゴールドドラゴンだけはその高い魔力を保持している。
執事「では真の勇者様、魔王陛下、エミル殿下」
執事「新たな時代に向けてお言葉をお願いいたします」
勇者兄「うっぐすっ」
勇者「ほらハンカチ」
勇者兄「ふぐっ……」
勇者兄「俺は、かつて魔王討伐の象徴であり、人類の希望として戦っていた!」
勇者兄「しかし人魔の戦いは終わりを告げ、俺は光の力を失った」
勇者兄「だが、俺はこれからも人類の希望で在り続けたい」
勇者兄「人間だけじゃない、魔族も人類なんだ!」
勇者兄「最早魔族と人間の区別をつける必要さえ無くなった」
勇者兄「人間だろうが魔族だろうがその中間の奴だろうが構わない」
勇者兄「困った時は俺を頼ってくれ! 以上!」
魔王「我は人類滅亡の象徴であっただろう」
魔王「だが我は平和を、この世の安寧を望んでいる」
魔王「誰もが心穏やかに暮らせる世界を実現するための努力は惜しまぬ」
魔王「破壊神という名の脅威により、この大陸の民には甚大な被害がもたらされた」
魔王「亡くした命は取り戻せぬ。心に傷を負った者も多いであろう」
魔王「このような時だからこそ、手と手を取り合い、」
魔王「共に新時代を築こうではないか」
執事「では、エミル殿下」
勇者(緊張するなあ)
勇者「……私は、真の勇者であった父と、魔族の母から生まれた半人半魔です」
勇者「私は人間として育ち、自らの正体を知らされた時は信じられませんでした」
勇者「しかし、今は狭間の存在として生まれたことを誇りに思っています」
勇者「まだ、大切な人を奪った魔族を、人間を、許せない人はたくさんいると思います」
勇者「憎しみはそう簡単に消せるものではありません」
勇者「ですが、憎しみに身を任せれば、自らの手で大切なものを更に壊しかねません」
勇者「誰かが嫌いなら、できるだけ距離を取ればいいのです」
勇者「怒りの対象から遠ざかり、穏やかに過ごせば、それ以上何かを失うことはありません」
勇者「でも、どうしても近くにいざるを得ない場合もあるでしょう」
勇者「そして、種族が違っていても、仲良くすることを望んでいる人間と魔族もいます」
勇者「私は、そういった人達のお手伝いができたらいいな、と」
勇者「そう、思います」
勇者「誰かを憎むより、誰かを愛している方が遙かに幸せです」
勇者「私はこの大陸に生きる全ての生命の繁栄と平和を願い、」
勇者「実現に向けて力を尽くします!」
少しずつ拍手の音は重なりを増し、やがて喝采が沸き起こった。
勇者「人間と魔族は、それぞれ異なった文化を持っている」
勇者「お互い良いところを学べば、きっと文明が栄えて、豊かな暮らしができる」
勇者「そのために、いっぱい勉強して、より良い世界を作りたいんだ!」
魔王「おまえならできるさ」
魔王「私も手伝おう」
勇者「うん!」
この時代を境に、この大陸の住人の生活は大きく変容した。
新たな時代の到来には混乱が付き物だが、彼等なら乗り越えてゆけるだろう。
輝かしき未来へと……
THE END
509: 2016/02/29(月) 18:47:03.50 ID:W9zzJ8cFo
勇者兄「まさか敵の本拠地で一泊することになるとは……」
魔法使い「魔気濃いわね……うっぷ」
勇者兄「俺の近くに寄れよ、光の力で結界張るから」
魔法使い「あ、ありがと」
勇者「よかった……誰も氏なずに済んで……」
勇者「でも、戦いはもう始まってるんだね」
勇者父「お前の夢を叶えるチャンスだぞ?」
勇者「え?」
勇者父「仲が悪かった者同士が最も仲良くなりやすい時って、どんな時か知ってるか?」
勇者父「共通の敵ができた時だよ」
Section 17 里帰り
510: 2016/02/29(月) 18:47:40.06 ID:W9zzJ8cFo
勇者「でも……」
勇者父「相手は神様ってか、破壊衝動そのものだ。生命を持たない」
勇者父「それどころか人間を操って攻撃してくるやっかいな奴だ」
勇者父「ためらうことはないぞ」
勇者父「話し合いが通じる奴でもない。戦うしかないんだ」
勇者「……わかった。ぼくのこの魔力を活かす時が来たのかもしれない」
勇者「戦うよ、ぼく」
勇者父「よしよし」
勇者「ん……」
勇者父「一人でよくがんばったな」
勇者「……何で助けに来てくれなかったの?」
勇者「結果的にヴェルのこと思い出せたからよかったけど……」
511: 2016/02/29(月) 18:48:23.58 ID:W9zzJ8cFo
勇者父「昔、今の魔王と一緒に遊んでただろ?」
勇者「えっ知ってたの?」
勇者父「まあな」
勇者父「ガキの頃のあいつを見てすぐに正体を見破ったさ」
勇者父「あいつがお前を頃すはずがないと信じてた」
勇者「……そっか」
勇者父「何より、お前の人生はお前のもんだ」
勇者父「お前がどう生きるかはお前と周囲の奴等次第」
勇者父「赤ん坊のお前を守るために魔族の血を封印せざるを得なかったが、」
勇者父「お前はもう赤ん坊じゃない。自分の意思を持って生きてるだろ?」
勇者父「生命の危機にでも晒されようもんなら助けるが、」
勇者父「お父さんは必要以上に子供の人生に介入しない主義なんだ」
勇者兄「いやふざけんな!!!!」
勇者父「下手に乗り込んで騒ぎを起こせば戦争になりかねんだろう」
勇者父「そもそもお父さんもう肉体衰えてるし魔王に歯向かうなんて無理無理無理」
勇者兄「エミルがどんなに怖い思いをしたのか想像できねえのかよ!?」
勇者「お兄ちゃん落ち着いて」
512: 2016/02/29(月) 18:49:07.29 ID:W9zzJ8cFo
勇者兄「ああエミル!」
勇者「ふぎゃっ」
リヒトはエミルを抱きしめた。
勇者兄「どんな姿をしていてもお前は俺の妹だ!」
勇者兄「すぐに助けてやれなくてごめんな、ごめんな」
勇者「お兄ちゃん……」
勇者兄「これからは絶対守るからな」
魔法使い「…………」
魔王「今すぐ我が妹から離れろ下郎」
勇者兄「んだとぉ!?」
勇者「お願いだからケンカしないで」
513: 2016/02/29(月) 18:49:38.12 ID:W9zzJ8cFo
魔兵士1「ひっ真の勇者一行だぞ」
魔兵士2「殺される! 魔王陛下は何故避難勧告を解除されたんだ……」
法術師「こう恐れられると傷付くわね……当然のことなのだけれども」
武闘家「戦わなさすぎて旅立つ前より腕なまってる気がするんだよな」
勇者「じゃあ久しぶりに打ち合いやろうよ」
武闘家「そうするか」
魔法使い「あんた剣なんて使えたの?」
武闘家「エミル達とは流派違うけど少しはな」
勇者「……ぼくのこと、まだ友達だと思ってくれてるの?」
武闘家「そもそもお前が魔族だって知ってたし俺」
勇者「え!?」
勇者兄「は!?」
魔法使い「何ですって!?」
武闘家「俺と俺の師匠だけは気付いてた。気功のおかげでな」
勇者「じゃあ……ぼくが魔族だって知った上で友達になってくれたの……?」
武闘家「ナンパに利用できさえすればそれでいい」
勇者「…………」
勇者「……あ、ありがとう」
武闘家「そんなドレスじゃ剣振れねえだろ。さっさと着替えてこいよ」
勇者「うん」
魔王「奴は……一体エミルとどのような関係なのだ……」
執事「ただのご友人らしいですから落ち着いてください」
514: 2016/02/29(月) 18:50:20.32 ID:W9zzJ8cFo
魔貴族A「まさか真の勇者と手を組むとは……そもそも破壊神なぞ実在するのか?」
魔貴族B「どうにかして王位を剥奪したいものだが……」
魔貴族A「逆らえばヴォルケイトスに妻を寝取られてしまうからな」
魔貴族B「何人の女が奴に骨抜きにされてしまったことか……」
魔貴族A「我等に抗う術はないな。大人しくしておくとしよう」
執事「おや、賢明な判断をなさったようで」
魔貴族A「ひぃっ!」
執事「悪いことは言いません。邪な考えは捨てた方がいいですよ」
魔貴族B「だ、だが、真の勇者を城に泊めるとは危険にもほどがあるだろう」
執事「先程伝令があったと思いますが、」
執事「彼等はそちらから襲わない限り魔族に危害を加えることはありません」
執事「見張りもついています。どうかご安心を」
魔貴族A「よく人間を信用できたものだな……」
魔貴族A「……コバルト。お前は人間が憎くはないのか」
魔貴族A「お前の群れは……」
執事「あなた方には関係のないことです」
515: 2016/02/29(月) 18:52:03.10 ID:W9zzJ8cFo
魔王「これを機に和平交渉を行いたい」
勇者父「ほう」
魔王「沈黙を保つだけでは進展しないからな。ずっと機会を伺っていた」
魔王「私個人が戦うだけでは何かと不都合だ」
魔王「争いの混乱の中で人魔の争いが起こる可能性もある」
魔王「古の神話では、破壊神は人間を操った他、」
魔王「心を持たぬ人形により大地を血で染めたと言い伝えられている」
魔王「魔の気がある以上融和は困難であろうが、共同戦線を張るべきだ」
勇者父「俺も同じことを考えていた」
勇者父「各国の王様集めて会議でも開きたいもんだな」
魔王「ああ」
魔王父『我の可愛い息子に近付くなこの汚らわしい色情魔』
勇者父「……お前さん、俺を恨んでないのか?」
魔王「恨んだところで何になる。母上が悲しむだけだ」
魔王父『何故許せる!? お前の母親を我から奪ったのだぞ!!』
勇者父「そうかい。随分心の広い魔王様だな」
魔王父『氏ね、氏ね、体の端から少しずつゴキブリに噛み千切られて生き延びたことを後悔するがよい』
勇者父(悪寒が)
516: 2016/02/29(月) 18:52:34.65 ID:W9zzJ8cFo
魔法使い「くっ……」
魔法使い「何なのよもう!」
魔法使い「あいつ魔族だったのにそれでも妹だなんてありえないありえないありえない」
魔法使い「許せない……何で氏んでなかったのよ……!」
魔法使い「もういや――――うっ」
法術師「アイオ!? どうしたの!?」
魔法使い「一瞬、頭が痛くて……」
法術師「大丈夫? 今治療を」
魔法使い「……平気よ」
517: 2016/02/29(月) 18:53:08.55 ID:W9zzJ8cFo
魔王城・食堂
勇者父「うめえ」
魔法使い「よく抵抗なく魔族のごはん食べられるわね……」
勇者「そっか……ぼく、氏んだことになってるんだ」
武闘家「氏んだままにしとけばお前は自由だ」
勇者「…………」
勇者「でも、お母さんに会いたい。町のみんなや、旅の途中で出会った人達とも」
武闘家「会いに行けば生存していることが確実に平和協会にバレるな」
勇者「ぼく、王様や平和協会に嫌われてるから、人間の社会に戻るのは怖いけど……」
勇者「でも、一生会わないままだなんてやだよ」
勇者兄「何かしらの交渉をして自由を確保してやりたいもんだが」
勇者父「破壊神対策に協力しますっつっとけば当分大丈夫だろ」
勇者父「卑怯な手で貶められたりしなけりゃの話だがな」
魔王「エミル……やはり、母親に会いたいか」
勇者「……うん」
518: 2016/02/29(月) 18:53:51.88 ID:W9zzJ8cFo
魔王「……私も挨拶に伺わねばと思っていた」
勇者「え!?」
勇者兄「は!?」
魔王「明日、テレポーションで全員ブレイズウォリアまで送り届けよう」
魔王「破壊神の話をするにしても、平和協会の支部よりは本部の方がいいだろう」
勇者兄「お前……マジでうち来るのかよ?」
魔王「人間に化ける術なら心得ている」
執事「ちょっと陛下。仕事はどうするんですか」
魔王「……適当に戻る」
執事「魔王だってバレたら騒ぎになりますよ」
魔王「我が魔術の腕を疑っているのか」
執事「……はあ」
519: 2016/02/29(月) 18:54:29.53 ID:W9zzJ8cFo
翌日
勇者「じゃあ行ってくるね!」
執事「はい。お気をつけて」
メイド長「絶対帰ってきてくださいね! ううっ」
執事「今生の別れじゃないんだから……」
執事「……テレポーション使った時点で高位の魔族だってバレませんかね?」
魔王「適当に誤魔化すまでだ」
執事(不安過ぎる……)
勇者父「こんな大人数一気に移動できるなんてすげえな。流石エリヤの息子だ」
魔王「……ふん」
勇者「元の姿に変身できてるかな」
武闘家「おっけ」
520: 2016/02/29(月) 18:55:01.79 ID:W9zzJ8cFo
――東の果ての国ブレイズウォリア
勇者兄「久々の故郷だ。変わんねえな」
勇者「……帰ってこられたんだ」
勇者「お母さーん!」
勇者母「……エミル? エミルなの!?」
勇者「ぼく帰ってきたよ!!」
勇者母「ああエミル! 夢じゃないのね?」
勇者母「よかった……よかった……」
勇者「お母さん……会いたかったよ…………」
521: 2016/02/29(月) 18:55:39.30 ID:W9zzJ8cFo
エミル達の家
アイオとセレナ、コハクはそれぞれ自分の実家に戻っている。
勇者母「そう……大変だったのね」
勇者兄「一休みしたら国王陛下に会ってくるよ」
勇者兄「あれ父さんは」
勇者「あっちで寝てる」
勇者母「そちらの方は」
勇者「あ、えっとね、ヴェルっていうんだよ」
魔王「……私はエミルの婚約者だ」
勇者母「まあ!」
勇者兄「…………」
勇者母「こ、こ、婚約者だなんて!」
勇者母「ごめんなさいねちゃんとしたおもてなしもできなくて」
勇者母「ええと、どこの国のどんな方なのかしら」
魔王「かなり西の方の国の王族だ」
勇者(嘘ではない……)
勇者母「お、王族……」
カトレアはよろめいた。
勇者「わー! お母さんしっかり!」
522: 2016/02/29(月) 18:56:26.99 ID:W9zzJ8cFo
勇者母「そんな高貴な方が……うちの娘と……」
魔王「エミルは我が眷属だ。身分の差の問題はな」
勇者「待って! いきなり話してもややこしくなるから!」
勇者母「うう…………」
勇者「えっと……夜にまたゆっくり話そうか」
外
魔王「では私は城に戻る」
勇者「えっもう帰っちゃうの?」
魔王「城を長時間空けるわけにはいかないからな」
魔王「お母上には、お前から説明しておいてくれ」
勇者「うん」
魔王(上手く話せる自信がない……コバルト並みの会話力が欲しいものだ)
勇者兄(二度とくんなし)
魔王「……お前思いの良い母親のようだな」
勇者「!」
勇者「うん!」
523: 2016/02/29(月) 18:57:04.47 ID:W9zzJ8cFo
ブレイズウォリア城・謁見の間
国王「ほう。シュトラールの術で魔王城からここまで一瞬で移動したと」
勇者父「魔王の協力も得られることとなりました」
勇者父「これを機に、魔王は和平を結ぶことを望んでおります」
国王「ふむ……」
協会代表「信用できぬな……所詮魔族の言ったことだ」
協会代表「裏切られる可能性も充分にある」
勇者父「今の魔王は先代までとは違います。彼は平和を望んでいるのです」
大魔導師「騙されているとは思わぬのか」
勇者父「魔力見りゃ相手がどんな奴か大体わかるだろ?」
勇者父「大魔導師さんなら、」
勇者父「実際に魔王に会えば信用に足る奴だってわかると思うんだけどな~」
大魔導師「…………」
勇者父「というわけで、人間魔族合同会議を開きたい」
国王「……検討しておこう。全生命の危機だからな」
協会代表「……ところで」
524: 2016/02/29(月) 18:57:43.31 ID:W9zzJ8cFo
協会代表「エミル・スターマイカ。お前は光の力を失っているようだが」
勇者「ぼくは長い間、ぼくを憐れんだ魔王に『保護』されていましたが、その……」
勇者(魔族だってバレないバレない! フィルターかけまくってるもん!)
勇者父「魔王城の魔気に光の力やられちまったんだよな」
大神官「そのようなことは聞いたこともないが……」
国王「ううむ……」
勇者兄「何疑ってんだよ」
国王「ヒッ!」
協会代表(幼い子供を一人で旅立たせるなど頭がおかしいと苦情が殺到している)
協会代表(表立ってこやつを処分すれば、協会の名が落ちてしまう)
協会代表「……まあよかろう。破壊神の攻撃に備えて体を休めよ」
協会代表(しばらくは様子見だ)
525: 2016/02/29(月) 18:58:31.20 ID:W9zzJ8cFo
勇者「き、緊張した……」
勇者父「お前嘘吐くの下手っぴだもんなあ」
勇者父「明日からは忙しくなるだろう。今日はしっかり寝とけ」
勇者「うん……」
女子1「エミルあんた生きてたのね!」
女子2「キャーコハク君お帰りなさい!!」
女子3「意外と早かったじゃない!」
女子4「彼女作ったりしてないよね!?」
武闘家「うん」
女子5「エミルくぅぅぅぅぅん!!」
勇者「みんな……ただいま!」
526: 2016/02/29(月) 19:00:22.06 ID:W9zzJ8cFo
夜
勇者母「みんなが無事に帰ってきてくれたお祝いよ」
勇者兄「こりゃまた豪華だな。ありがと母さん」
勇者母「リヒトの好物もいっぱい作ったんだから」
勇者「お母さんのごはんだあ!」
勇者「ヴェルにも食べてほしかったなあ」
勇者母「うちに泊まっていかれたらよかったのに」
勇者「あ、あはは……お兄ちゃんが許さないよそれ」
勇者兄「ったりめーだろ」
勇者父「おー久々のカトレアの料理だ」
勇者母「あんた、もうちょっと頻繁に帰ってきなさいよ」
勇者父「あ、うん、ごめん」
勇者「おいしい……おいしいよ……」
エミルは涙をこぼし始めた。
勇者「も……食べれないって……ぐすっ……思ってた……」
勇者「どんなに頑張ってもっ……お母さんとおんなじ味に作れなくてっ……」
勇者母「エミル……」
527: 2016/02/29(月) 19:01:12.11 ID:W9zzJ8cFo
――
――――――
勇者父「ぐごご……」
勇者「お母さん、一緒に寝ていい?」
勇者母「……いいわよ。おいで」
勇者「んー」
勇者母「よくがんばったわね……」
勇者「お母さん……」
勇者「あのね、お母さん」
勇者母「どうしたの?」
勇者「ぼくを、本当の子供みたいに大事に育ててくれて、ありがとう」
勇者母「い、いきなり何言い出すの!?」
勇者「旅してたらね、知っちゃったんだ、本当のお母さんのこと」
勇者母「…………」
528: 2016/02/29(月) 19:02:08.35 ID:W9zzJ8cFo
勇者「でもね、ぼくも、お母さんのことお母さんだと思ってるし、大好きだから」
勇者母「そう……」
勇者母「本当のお母さんには、会えたの?」
勇者「……何年も前に、氏んじゃってた」
勇者母「…………そっか」
勇者「ヴェルがね、本当のお母さんの……その、関係者の人で」
勇者「ぼくのことほんとに大事にしてくれてるんだ」
勇者「だから、心配要らないよ」
勇者母「そう……良い人に巡り合えたのね」
勇者母「彼、悲しい目をした人だったわ。支え合って生きていくのよ」
勇者「……うん」
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529: 2016/02/29(月) 19:04:22.03 ID:W9zzJ8cFo
>>520下三行抜けてた
勇者兄「ただいま、母さん」
勇者父「帰ったぞカトレアー!」
勇者母「みんな……お帰りなさい」
kokomade
難産だ……
勇者兄「ただいま、母さん」
勇者父「帰ったぞカトレアー!」
勇者母「みんな……お帰りなさい」
kokomade
難産だ……
537: 2016/03/02(水) 18:02:55.28 ID:YFKGm2p2o
『君の歌には、不思議な力があるんだね』
『この村に伝わる、神様の歌なのよ』
『枯れかけた花だって、また綺麗に咲くわ』
『聞かせて、くれるかな』
『聞きたいんだ。君の歌を』
Section 18 少女
538: 2016/03/02(水) 18:05:07.75 ID:YFKGm2p2o
協会職員「現在大陸中に呼びかけているのですが」
協会職員「怒りや憎しみ等の、破壊衝動の元となる感情を継続して持っていると、」
協会職員「破壊神に操られてしまうので、できる限り穏やかな精神状態を保ってください」
勇者兄「で、俺等は具体的に何やればいいんだ?」
協会職員「とある少女を追っていただいきたいのです」
勇者兄「少女?」
協会職員「破壊神に操られた者……『破壊者』のほとんどは、」
協会職員「捕獲してしばらくすれば正気を取り戻すのですが、」
協会職員「一人だけ、あまりにも力が強くて手が付けられない者がいるのです」
勇者兄「そいつは今どのあたりにいるんだ」
協会職員「それが、突然姿を消してしまうものですから、正確な位置はわかりません」
協会職員「ただ、少しずつ北に向かっているようなのです」
協会職員「現在は大陸中央部のやや北側にいるものと思われます」
協会職員「しかし、その……」
勇者兄「ん?」
539: 2016/03/02(水) 18:06:48.23 ID:YFKGm2p2o
協会職員「通常、破壊者は無差別に破壊と殺戮を繰り返すのですが、」
協会職員「その少女だけは平和協会の支部のみを攻撃しているのです」
勇者兄「破壊神とは無関係の、協会に恨みのある奴の犯行じゃねえのか?」
協会職員「それが、目撃者の証言によると、」
協会職員「破壊神の下僕である人形を従えていたそうなのです」
協会職員「奇妙な力を使っていたことからも、破壊者で間違いないかと」
勇者「奇妙な力?」
協会職員「魔術とも法術とも異なる、未知の力の波動です」
協会職員「また、彼女が歌うと、周囲の物が崩れ去ったり、絶望的な気分になったりするとか」
勇者「うーん……」
武闘家「気功とも違うな」
勇者兄「話はわかった」
協会職員「彼女は15歳程の美しい少女だそうです」
協会職員「なんでも、黒髪が部分的に金に輝いたりする不思議な頭髪だとか」
勇者「魔族……ではないんですか?」
協会職員「確かに人間だと報告が入っています」
協会職員「では、シュトラール様、テレポーションを習得なさっているのですよね?」
協会職員「一行を連れて大陸中央部辺りまで飛んでいただきたい」
勇者父「あ゛っ、うん」
540: 2016/03/02(水) 18:07:43.19 ID:YFKGm2p2o
勇者父「どうしよう。多分また魔王来るよな? エミルに会いに」
勇者「あ、ぼくごく最近テレポーション覚えたよ」
勇者「まだちょっと不安だから、自分含めて5、6人くらいが限界かな」
勇者兄「ギリギリいけるか?」
勇者「やってみる」
勇者「……瞬間転移<テレポーション>!」
――大陸中央付近
勇者「うっ……疲れた……」
勇者兄「大丈夫か!?」
勇者「力が入らない……慣れの問題だと思うけど」
勇者「すごい量の魔力消費した……」
勇者父「必要な魔力量がばかでかいからな……こんな人数運んだのなら尚更だ」
勇者兄「近くの村までちょっと距離があるな。おんぶしてやるよ」
勇者「ありがとう、お兄ちゃ」
魔法使い「っ!」
勇者「!?」
勇者「う、ううん、歩いてくから大丈夫」
勇者兄「遠慮すんなって」
勇者「あわわ」
魔法使い「…………」
法術師「嫉妬しないの!」
武闘家(リヒトさんが鈍感なのがなあ……問題なんだよな)
541: 2016/03/02(水) 18:08:15.34 ID:YFKGm2p2o
勇者兄「昔はよくエミルをおんぶしてやったもんだなあ」
勇者兄「転んでひざ擦り剥いたり、寝ちまったりした時とかにさ」
勇者「……そうだったね。懐かしいな」
勇者兄「でかくなっちまったもんだよなあ」
勇者兄「少し会わない間に旅に出てるわ俺以外の奴を兄と呼んでるわ恋人はできてるわで」
勇者兄「うっ……なんか……ざびじ……」
勇者「泣かないで」
勇者「……ぼくにとってのお兄ちゃんはお兄ちゃんだけだよ」
勇者「ヴェルのこと、お兄ちゃんだと感じたこと、実はあんまりないんだ」
勇者兄「えっマジか!?」
勇者「ヴェルは初恋の相手で、誰よりも大好きな恋人で……」
勇者「喜んでもらえるから『兄上』って呼んでるけど、」
勇者「ほんとは兄妹だって実感沸いてないの。ぼくのお兄ちゃんは、お兄ちゃんだけ」
勇者兄「……ぅ……ぐずっ……」
勇者父「泣き虫なところそっくりだよなお前等」
542: 2016/03/02(水) 18:08:47.82 ID:YFKGm2p2o
少女『ちょっと、あんた達何やってんのよ!』
ガキ1『あ?』
ガキ2『あんだよ』
ガキ3『カトレアじゃん』
いじめられっ子『うう……いたいよ……』
少女『大勢で一人に暴力振るうなんて卑怯よ! ケンカなら一対一でやれば!?』
ガキ1『お前も殴られてえのか』
ガキ2『てめえみてえなガサツな女、女じゃねえ!』
少女『あ、んた達……許さないんだからっ……ぅ……』
ガキ3『こいつ泣きやがったぞー!』
ガキ『『『なーきーむし! なーきーむし!』』』
少年『おまえらまーたいじめかよカッコ悪いぞ』
ガキ2『げっシュト何とかだ!』
少年『勇者様の名前くらい覚えろよ……』
543: 2016/03/02(水) 18:09:22.66 ID:YFKGm2p2o
勇者父(あいつ、負けん気が強いわりに、感情が昂るとすぐ泣くんだよなあ)
勇者「ほら鼻水拭いて。村に着いちゃうよ」
勇者兄「ふぐっ……ずずっ……」
勇者父(二人とも、あいつに育てられたんだもんなあ。そりゃ似るわ)
――村
勇者兄「黒髪と金髪が混じった、15歳くらいの女の子を見かけませんでしたか?」
村人「うーん、そんな変わった頭の子は見てないねえ」
村人「4歳くらいの、迷子の女の子なら保護してるんだがねえ」
勇者兄「ありがとうございます」
544: 2016/03/02(水) 18:10:11.48 ID:YFKGm2p2o
勇者兄「目撃情報は全然無かった」
武闘家「同じく」
魔法使い「何の手がかりも無しよ」
勇者父「眠い……宿行こうぜ宿」
勇者兄「……おい、その子どこの子だ」
幼女「…………」
法術師「迷子らしくて……この村にはご両親らしき人はいないそうなんです」
勇者「懐かれちゃったね」
幼女「きがついたらひとりだったの」
勇者「魔力で一応探したんだけど、見つけられなかったんだ」
勇者兄「参ったな……」
545: 2016/03/02(水) 18:10:39.91 ID:YFKGm2p2o
幼女「いっしょにつれてって! さみしいの!」
法術師「か、かわいぃ……」
法術師「ねえ、リヒト君……」
勇者兄「危険な旅なんだ。連れていくのは無理だぞ」
勇者父「いいんじゃねえの? こんだけ人数いるし」
勇者兄「考えが甘いんだよ!」
幼女「んぅ……おねがい」
勇者兄「うっ……」
勇者「引きはがしてもついてきそうだよ」
勇者兄「しゃーねえな……セレナ、しっかり面倒見ろよ」
法術師「うん! あなた、お名前は?」
幼女「イリス!」
法術師「あら、可愛いお名前ね」
勇者「虹かあ。綺麗な名前だね!」
幼女「えへへ~」
546: 2016/03/02(水) 18:11:06.12 ID:YFKGm2p2o
勇者父「あれ、お前この村に帰ってきてたのか」
少年勇者「あっ父さん!」
勇者「えっ……?」
勇者兄「は……?」
勇者父「あ、こいつ俺の息子の内の一人」
少年勇者「僕の兄さんと……弟……かな? はじめまして」
勇者「あっ、うん。妹です。エミルです」
勇者兄「……リヒトだ」
少年勇者「僕はブラット。趣味は農業です」
勇者父「暇ありゃ畑いじってるような奴だ」
勇者父「普段はセントラルの平和協会支部で訓練受けてるんだが」
少年勇者「謎の少女の襲撃により訓練どころじゃなくなったんで」
少年勇者「村に破壊者が現れないか警戒しつつ、」
少年勇者「こうして大好きな野菜を育てているんです」
少年勇者「剣を振るより鍬で土を耕す方がずっと好きですね」
547: 2016/03/02(水) 18:11:50.67 ID:YFKGm2p2o
勇者「この畑からすごい生命のエネルギーを感じる……」
勇者父「こいつが育てた作物はうまいぞ」
少年勇者「たまにしか帰ってこられないんで、」
少年勇者「普段は母さんや弟達が面倒をみてくれているんですけどね」
勇者兄「その弟達って……」
勇者父「いや、俺の子じゃないぞ」
少年勇者「母さんは僕を産んだ後に結婚してるんです。父親違いの兄弟ですね」
勇者兄「頭が痛い……」
勇者「あ、あはは……」
少年勇者「なんなら、今日採れた野菜を少し差し上げましょう」
勇者「え、いいの?」
少年勇者「兄弟のよしみです」
勇者「やったあ! ぼくお料理大好きなんだ。大切に調理するね!」
少年勇者「喜んでもらえてよかったです」
武闘家「複雑な関係なのに心の広い奴だな」
548: 2016/03/02(水) 18:12:31.49 ID:YFKGm2p2o
勇者「……お母さんは、どうしてこんな浮気者のお父さんと結婚したんだろう」
勇者「美人だし優しいししっかりしてるし絶対他に貰い手あったよね……」
勇者兄「若い頃けっこうモテてたらしいが全員振って父さんと結婚したらしい」
勇者「何でだろ……」
勇者兄「全く理解できん」
妻「離婚してやる!! この浮気者!!」
夫「だから誤解なんだって!!」
妻「もう許さないんだから!! うっ――――」
妻「――――」
夫「お、おい、どうした?」
妻「ホロベ コノヨニ ホロビヲ」
549: 2016/03/02(水) 18:13:36.28 ID:YFKGm2p2o
勇者「あっちから妙な力の波動が!」
妻「ホロベ ワタシハ スベテヲ コワス」
夫「うわあああああ!!」
勇者兄「様子がおかしいぞ!」
夫「助けてくれ!!!!」
勇者(これが破壊の波動……)
勇者「クリスタルバリア!」
エミルは水晶状のバリアで破壊者と化した女性を囲んだ。
妻「コワセ コワセ」
夫「ひぃぃぃぃ」
幼女「こわい」
勇者兄「これが破壊者か。目が逝ってるな」
勇者父「何があったんだ?」
女性はガンガンバリアを叩いている。
夫「た、ただちょっと痴話喧嘩をですね」
勇者父「ただの痴話喧嘩程度じゃあ破壊者化しねえよ」
勇者父「普段から不満溜めてたんじゃないのか?」
550: 2016/03/02(水) 18:14:24.78 ID:YFKGm2p2o
夫「……俺には幼馴染の女性がいるんだ」
夫「お互い姉弟みたいに思っていたから、恋仲にはならず別の人と結婚したんだが」
夫「ずっと妻が彼女に嫉妬していてね……」
夫「さっきも幼馴染と俺が喋っているところを見られてしまって」
勇者兄「……断じて浮気じゃないんだな?」
夫「そうだ! 愛しているのは妻だけだ!!」
妻「――――――!」
勇者「反応した?」
勇者父「よし、そのまま愛を叫べ」
夫「えっこんな人前で」
勇者父「そうしなきゃ、奥さんはお前さんだけじゃなく誰でも頃す殺人鬼になっちまうぞ」
夫「う……」
妻「コワ ス コ ロ セ 」
夫「愛してるぞ嫁さん! この世の誰よりも!!」
妻「っ――――――」
夫「俺が愛してるのはお前だけだ! 一生お前だけを愛し続ける!!」
妻「――――」
夫「戻ってこい!!」
妻「……」
551: 2016/03/02(水) 18:14:51.31 ID:YFKGm2p2o
妻「あら? 私、一体……」
夫「ああ、よかった……」
妻「あなた……」
夫「ちょっと、悪い夢を見ていただけなんだよ」
シュトラールは魔力でペリドットの塊から小さな欠片を切り落とした。
勇者父「一応、これ持ってけ」
勇者兄「何だ? それ」
勇者父「人の心を落ち着かせる効果のある石だ」
夫「ありがとうございます……」
552: 2016/03/02(水) 18:15:22.07 ID:YFKGm2p2o
勇者父「まだ力の弱い破壊者でよかったな」
勇者父「人形も出現しなかったし、旦那に愛を叫ばせるだけで落ち着いた」
勇者父「人としての意識がまだ残ってたんだな」
勇者父「沸き上がった破壊衝動が強ければ強いほど破壊者の力も強くなり、」
勇者父「正気を取り戻させるのも困難になるらしい。最悪の場合、殺さなきゃならねえ」
勇者父「誰でも破壊者になってしまう可能性はあるが、」
勇者父「嫉妬深い奴や不満を溜めこむタイプの奴は要注意だな」
勇者兄「…………」
勇者父「ん?」
553: 2016/03/02(水) 18:15:53.79 ID:YFKGm2p2o
勇者兄「いや、母さんはよく父さんの浮気を許せるなと思って」
勇者父「あーまあ、幼馴染だから俺の性格よく知ってるしあいつ」
勇者兄「……ほんと、何で父さんなんかと結婚したんだ?」
勇者父「……何でだろうな? 他の男と幸せになれたはずなのに」
勇者父「何でわざわざ俺なんかを選んだんだろうな……」
勇者「その石、綺麗だね」
勇者父「だろ?」
勇者父「今、協会がそこら中にこの石を設置している最中だ」
勇者父「完全に破壊者の出現を防ぎきることはできないかもしれないが」
勇者父「ないよりマシだろ」
勇者(肖像画に描かれた母上の瞳と同じ色だ)
554: 2016/03/02(水) 18:16:22.56 ID:YFKGm2p2o
勇者(産んでくれた母上と、育ててくれたお母さん)
勇者(ぼくには、二人のお母さんがいる。二人とも、大事なお母さん)
勇者(氏んでしまった母上の願いを叶えるため、今生きているお母さんを守るため、)
勇者(この世界を守りたい)
幼女「セレナお姉ちゃーん!」
法術師「ああんもうほんと可愛いわね!」
魔法使い「あんたは将来いいお母さんになれそうね」
法術師「アイオだって、いいお母さんになれるわよ!」
法術師「あははくすぐったーい!」
幼女「あははぁ!」
Now loading......
561: 2016/03/03(木) 17:20:54.86 ID:6wTOLlyuo
Section 19 美の都
勇者「住んでた村の名前、憶えてない?」
幼女「わかんない……」
勇者「うーん……」
勇者兄「平和協会に話は通しておいた」
勇者兄「親御さんの名前は幸い憶えてたんだし、すぐ見つかるだろ」
勇者「ありがと、お兄ちゃん」
勇者兄「情報魔術師のおかげで話の伝達だけは早いからなあそこ」
562: 2016/03/03(木) 17:21:21.53 ID:6wTOLlyuo
数日後
魔王「……」
執事「作業効率落ちてますよ」
魔王「…………」
執事「そんなにエミル様の不在が辛いんですか」
魔王「………………」
狼犬「わふぅわふぅ」
メイド長「陛下の頭に貼り付いちゃだーめ!」
執事「……この書類の束が片付いたらエミル様の元へ行っていいですよ」
魔王「!」
メイド長「あらすごいスピード」
執事「最近いつもこうなんだから」
563: 2016/03/03(木) 17:22:09.28 ID:6wTOLlyuo
――美の都ヴァナディース
勇者父「おっ、そうだそうだ。もう美女コンテストの時期か」
勇者兄「そんなことやってる場合なのか?」
勇者父「世界の危機だからって、なあんにも楽しいこと無かったら気が滅入るだろ」
勇者父「おー流石美の都。美人がいっぱい」
勇者兄「派手にめかし込んでるだけだろ」
勇者兄「……いや、彫りの深い天然の美女だらけだ……」
法術師「あらほんと」
魔法使い「むぅ……」
武闘家「よしエミル、ナンパしに行こうぜ」
勇者「いいよ」
勇者兄「あっこら! エミル、ナンパの意味わかってんのか!?」
勇者「お友達づくりのことでしょ?」
勇者兄「あ、あのなあ」
勇者父「夕刻にコンテスト会場前で集合な!」
564: 2016/03/03(木) 17:22:41.39 ID:6wTOLlyuo
勇者父「よし、俺もコンテストの席取りをしに」
勇者兄「おい」
勇者父「いやもちろん破壊者探しもするから!」
勇者兄「……はあ」
勇者兄「どいつもこいつも鼻の下伸ばしやがって……女性陣、頼んだぞ」
法術師「はーい!」
魔法使い「まあがんばるわ」
幼女「はぁい!」
565: 2016/03/03(木) 17:24:34.48 ID:6wTOLlyuo
幼女「このお花きれえ!」
法術師「植木も凝ってるわねー……」
魔法使い「黒と金の髪色の女の人……けっこういるわね……」
法術師「この町は髪の色を抜いたり、染めたりする技術が発達してるみたいだからね」
法術師「見た目で探すより、あの破壊の波動を探ったがよさそうね」
法術師「あ、ここのアクセサリー綺麗ね! アミュレット機能もあるみたい」
魔法使い「凝ってるわね……あっ、値段が……」
法術師「なんてお高い……」
幼女「これかわいいー!」
法術師「あら、これなら買えそうね。買ってあげちゃうわ!」
幼女「ほんと?」
法術師「ええ!」
幼女「わあ! ありがとうおねえちゃん!」
法術師「うふふ……イリスの黒い髪の毛によく似合ってるわ」
566: 2016/03/03(木) 17:26:04.58 ID:6wTOLlyuo
武闘家「何の手がかりも見つかんねえ」
勇者「ねー……」
美少女1「破壊者騒ぎは時々あるんだけどねぇ」
美少女2「なんせここは美の都。より美しくなろうとするが故に、」
美少女2「自分より美しい者に嫉妬する者が絶えないのよ」
勇者(より嫉妬心を煽るようなコンテストをやっちゃあ危険なんじゃ……)
美少女1「でも、そんな強い破壊者が出たなんて聞いたことないわ」
勇者「捕獲された破壊者達は、今どこにいるのかな」
美少女1「王立研究所の地下らしいわよ」
武闘家「そうか。ありがとよ。お礼にここのケーキとお茶は俺等のおごりだ」
美少女1「きゃっ、ありがと」
美少女2「うれしー!」
勇者(流石美の都……スイーツのデザインも凝ってる……)
567: 2016/03/03(木) 17:26:49.67 ID:6wTOLlyuo
魔王(素晴らしい景観だな……芸術的な彫刻が至る所に設置されている)
魔王(エミルがいるのはこの辺りか)
魔王(……美少女に囲まれて一体何をしているんだ……?)
魔王(ま、まさかそういう趣味が)
狼犬「?」
魔王(いや、エミルに限ってそんなことは)
魔王(しかし……元から男の装いをしていたし……)
魔王(……冷静になれ。頭を冷やそう)
――――
美女1「キャーあの人素敵じゃなーい!?」
美女2「でも大きいわね……2メートルくらいありそうよ」
――――
魔王(ん……あれは……)
魔王兄「よう」
魔王「貴様……ここで一体何をやっている……」
568: 2016/03/03(木) 17:28:02.92 ID:6wTOLlyuo
魔王兄「あ? 美女見に来たに決まってんだろ」
魔王兄「お前こそ頭に犬ひっつけて何やってんだ」
魔王「……」
魔王兄「この国は素晴らしいな! 乳のでかい女が山ほどいるんだぜ!」
魔王「貴様が人の姿に化ける術を扱えるとはな」
魔王「流石、夜這いに便利だからという理由だけでテレポーションを身に付けただけのことはある」
魔王兄「おうよ」
魔王「間違っても人間の女を抱くんじゃないぞ」
魔王兄「あんでだよ」
魔王「貴様、大剣で女の内臓を切り裂くつもりか?」
魔王兄「あー確かに人間の女は小柄だよなあ。脆そうだし」
魔王兄「連れ込むんなら身長高くて丈夫そうな奴じゃねえと……」
魔王「……くだらん」
569: 2016/03/03(木) 17:28:40.31 ID:6wTOLlyuo
魔王「わた……俺はエミルの元に行くぞ」
魔王兄「お前まだ俺が言ったこと気にしてんのかよ! がはは!!」
魔王「くっ……」
魔王兄「まあ待てって」
美女1「あの彼も素敵! 兄弟かしらね?」
美女2「声かけちゃおうかしら」
魔王兄「な? 付き合えよ」
魔王「断る!!」
魔王兄「そこのお姉さんがた~ちょっとお茶しようぜ」
魔王「ふっ触れるな! 放せ! 放さぬか!!」
美女1「あら、ぜひともお願いいたしますわ」
美女2「うっふ」
570: 2016/03/03(木) 17:29:32.23 ID:6wTOLlyuo
――王立研究所
研究員「一度破壊者となった者は、性格上再び破壊者となる可能性が高いのです」
研究員「よって、この牢屋に隔離し、平静を保てるようにしているのです」
元破壊者「おうち……帰りたい……」
破壊者「ウー! ウー! ウー ――」
勇者「これじゃ、まるで囚人だ……悪いのは破壊神なのに」
研究員「解放したところで、彼女達が元の生活に戻るのは困難でしょう」
研究員「操られていたとはいえ、周囲に危害を加えたことには変わりません」
研究員「人を頃してしまった者もいます」
研究員「どのように法で裁くべきか、裁判所の議論も終わっておりません」
勇者「はやく……どうにかしなきゃ……」
武闘家「しかし、すぐに再封印できるわけでもないからな」
武闘家「封印がもっと緩まないとこっちからも干渉できないんだろ」
勇者「…………くやしい」
571: 2016/03/03(木) 17:30:03.11 ID:6wTOLlyuo
美女1「破壊神が復活するなんて物騒よねえ」
美女2「ほんと、怖いわぁ」
魔王兄「んなもん俺が蹴散らしてやらぁ」
美女1「あら、頼もしいのね!」
魔王(戯れ言を)
魔王兄「おい、お前その仏頂面どうにかしろよ」
魔王「…………」
魔王兄「わりぃな、こいつ照れ屋でよ」
美女1「あら、可愛いのねぇ」
美女2「はあ……伝説の五つの宝珠でもあれば心強いのだけどねぇ」
魔王「! ……何だ、それは」
美女2「やっとこっちを見てくれたのね! 可愛いわ~教えてあげちゃう」
572: 2016/03/03(木) 17:31:36.25 ID:6wTOLlyuo
勇者兄(美男美女だらけで……なんかこう、場違い感が……)
美女A「キャー見て見て! この子シュトラール様にそっくり~!!」
美女B「なんて凛々しいお顔立ちなの~!」
美女C「勇者様なのね!!」
勇者兄「え」
勇者兄(な、なんて豊満な胸……)
美女A「ちょっとご一緒していただけないかしら?」
勇者兄「い、いやあの」
勇者兄(うわああああいい眺めだけど俺は父さんとは違う!!)
美女B「赤くなっちゃってぇ可愛いわねぇ」
勇者兄「ひぃん」
勇者兄(いやいや俺はいつか出会い結婚する嫁さんのために操を立てねば)
美女C「こ っ ち 、 行きましょ?」
勇者兄「ちょっあっ! だ、誰か助けてくれえええええええ!!」
573: 2016/03/03(木) 17:32:32.29 ID:6wTOLlyuo
――
――――――
司会「えー、今年も美女コンテストを開始いたします!」
勇者父(最前列ゲットできて良かったぁ~……!)
司会「厳しい予選を戦い抜いた美女達の入場です!」
勇者父「くぅ~!!」
司会「さあ、今年のミス・ヴァナディースに選ばれるのは一体誰なのでしょうか~!!」
魔王兄「後列からだと流石に遠いな……」
魔王兄「なあそこのエレクタイルディスファンクション」
魔王「何だオールウェイズエレクション」
魔王兄「…………一番抱き心地の良さそうな女はどいつだと思うか?」
魔王「俺に聞くなセクシュアルパヴェート」
魔王兄「おい何処行くんだよショートファイモシス」
魔王「……俺の心の病のことは知っているだろう」
魔王「ゲルディングにされたくなくばもう俺に近付くなスタリオン」
魔王兄「お前ほんと重症だよなあファミリーコンプレックス」
魔王「ふん……」
574: 2016/03/03(木) 17:33:07.30 ID:6wTOLlyuo
弟「待ってよにいさま~!」
兄「こらこら、走ったら危ないぞ」
弟「帰ったらチェスやろうよ!」
兄「ああ、いいよ」
魔王(兄を純粋に兄として慕うことができたら……楽しいのだろうな)
魔王(心の病が更にこの精神を蝕んでいく)
少年時代の自分の声が、己に語りかけてくる。
魔王『こっちから欲情すれば、父上から姦淫を受けたって苦しくないもの』
魔王(……父上はもうこの世にはいない。それなのに何故いまだに……)
魔王(ただエミルだけを愛していたい……彼女だけを……)
魔王(……私は、エミルを……愛することができているのだろうか……?)
575: 2016/03/03(木) 17:33:51.31 ID:6wTOLlyuo
魔王(兄妹だから、条件反射的に情を欲してしまっているだけではないのか?)
魔王『だから強姦なんてできたんだ』
魔王(そんなはずはない……そんなはずは……)
魔王『本当に愛しているなら、泣き叫んでいたあの子にあんなことできるはずないよ』
魔王『姦淫される苦痛は知っていたはずなのに』
魔王「っ…………」
狼犬「?」
魔王『ぼくは、家族を身体で縛りつけることしかできないんだ』
魔王(私は、穢れている)
狼犬「! ワンワン!」
勇者「あ、パルル! 兄上!」
576: 2016/03/03(木) 17:34:17.64 ID:6wTOLlyuo
魔王「……」
勇者「どしたの? 悩み事?」
魔王「いや、頭の上の犬が重くてな」
勇者「んもー、すっかり定位置になっちゃってる」
魔王「どうしても寂しがってな……連れてきてしまった」
狼犬「わふぅ」
勇者「全然会いに帰ってなかったもんね。ごめんね、寂しい思いさせちゃって」
狼犬「わふ!」
勇者「宿、動物OKだといいな」
577: 2016/03/03(木) 17:34:47.68 ID:6wTOLlyuo
魔王「エミル、目を見せてくれ」
勇者「?」
魔王「……綺麗な色だ」
勇者「あっ、だ、だめだよこんな人が多いところでくっついちゃ」
勇者「はしたないよ」
魔王「…………」
勇者「……?」
魔王(……エミルは特別なんだ)
魔王(私の心が壊れる前に私が恋をした、唯一の相手なのだから)
美幼女「ままー何であそこの人達男同士で抱き合ってるの」
美母「シッ! 見ちゃいけません!」
勇者(誤解だああ!!)
578: 2016/03/03(木) 17:35:18.13 ID:6wTOLlyuo
優勝者「みんな、ありがとぉ~!」
司会「優勝はアフロディータだー!」
ワァァァアアアアアアアアアアア
勇者父「おめでとぅぅぅ!」
準優勝者「私が二番のはずないわ……この世界で最も美しいのはこの私……!」
準優勝者「あの女……いつも私の邪魔ばかり……」
準優勝者「憎い……あの女も……あの女を選んだこの会場の連中もみんな……!」
準優勝者「全部……ぶちコワシテ ヤ リ タ イ 」
準優勝者「―――― コワス ゼンブ 」
勇者父「あ、やばい」
準優勝者の周囲に衝撃波が生じた。
579: 2016/03/03(木) 17:35:57.10 ID:6wTOLlyuo
会場から人が雪崩のように逃げ出している。
勇者「破壊者だ! 行かなきゃ!」
魔法使い「酷い騒ぎね」
法術師「怪我人が出てるわ!」
勇者兄「エミル! みんな!」
魔法使い「ちょ、あんた何でキスマークだらけなのよ!」
勇者兄「好きで付けられたんじゃない!!」
法術師「イリスちゃん、ここで待ってるのよ!」
幼女「うん……」
勇者兄「会場に乗り込むぞ!!」
580: 2016/03/03(木) 17:36:42.37 ID:6wTOLlyuo
勇者「お父さん!」
勇者父「こいつ、やべえぞ!」
勇者父「破壊の人形まで召喚しやがった!」
破壊者と化した女性の周囲を、箱がいくつか組み合わさったような形の人形が飛んでいる。
魔王兄「女の嫉妬ってこえーな! ははは!!」
勇者「あれ? 兄上の兄上だ」
人形1「カタカタ カタカタタタ」
人形2「ガタタタッ タタタタタッ」
勇者兄「来るぞ!」
勇者「クリスタルバリア!」
人形1・2「「コオォォォォ」」
バヒューン!
人形は力を溜め、光線を放った。
ピシピシと水晶状のバリアにヒビが入り、あっさり割られてしまった。
勇者「嘘でしょ……あれ破られたことなんてなかったのに」
581: 2016/03/03(木) 17:37:40.33 ID:6wTOLlyuo
魔賢者「過保護じゃないですか? わざわざ陛下を追いかけるだなんて」
執事「いやぁ、でも心配ですよ……陛下ですし……」
警備兵はまだかー!
はやく、はやく魔術師様を!!
魔賢者「なんだか騒がしいですね……」
幼女「ふあぁぁ……こわいよぉ……おねえちゃーん! どこー!?」
幼女「あ……――――ニク、イ」
幼女「ミギメノキズ――――」
幼女「…………」
執事「君、どうしたんだい? 迷子かな?」
幼女「ん……セレナおねえちゃんまってるの」
執事「セレナ……その人は今どこに?」
幼女「あっちいっちゃったの」
582: 2016/03/03(木) 17:38:28.94 ID:6wTOLlyuo
武闘家「俺怪我人運ぶわ!」
魔法使い「気高き焔の翼――我に立ちはだかる者を滅せよ!」
魔法使い「高貴なる紅焔<ノーブル・プロミネンス>!」
魔王兄「おお、なかなか綺麗な火ぃ出すじゃねえかあの姉ちゃん」
魔王「暢気に観戦なぞしおって……闇氷の障壁<ダークアイス・ウォール>!」
勇者兄「突き刺せ! 閃光の白雨<シャイン・エッジ・レイン>!」
人形1・2「「ヒキャアアァァァ」」
勇者兄「よし、人形は倒したぞ!」
勇者「でもあの人はどうすれば」
準優勝者「アァァァァァアァァ」
武闘家「衝撃波やべえ! 鋭すぎ!」
魔法使い「セレナ、あの術試すわよ!」
法術師「ええ!」
583: 2016/03/03(木) 17:39:05.38 ID:6wTOLlyuo
魔法使い・法術師「「始祖アメトリーナの名の下に――かの者に乗り移りし意思を浄化する」」
魔法使い・法術師「「――アウフェリムス アニムム マリー――」」
準優勝者「アァー ァ ア……」
準優勝者「…………う……わた、しは……」
魔法使い「成功したみたいね!」
法術師「ふう……よかったわ」
勇者兄「おまえら、今の術何だ?」
法術師「私達の祖先の術で、役立ちそうなものがないか調べた結果よ」
セレナのシトリニィ家とアイオのアメシスティ家は、共にアメトリーナという女性を始祖としている。
彼女は魔術・法術の双方に精通し、それらを大いに発展させたと言われる大賢者である。
584: 2016/03/03(木) 17:40:26.65 ID:6wTOLlyuo
勇者「あの人も、研究所の牢屋から出られなくなるんだ……」
法術師「氏者が出なくてよかったわ」
法術師「でも、何人か治しきれなかった……あれじゃ、元通りの生活なんて……」
勇者兄「できるだけのことはやったろ」
勇者父「眠い……」
勇者兄「父さんって歳のわりに老けてるよな」
勇者父「心は若いぞ」
勇者兄「あっそ」
勇者父「それにしてもお前キスマークだらけじゃねえか! モッテモテだな!」
勇者兄「親父の弊害を受けたんだよ!! 逃げるの大変だったんだからな!!」
勇者兄「はあ、気の多い奴が身内にいると苦労するな……」
魔王(不本意だが同意せざるを得ない)
法術師「イリスちゃん? どこ?」
幼女「おねえちゃん!」
法術師「ああ、よかった……」
執事「やっぱりセレナさんを待っていたんですね、この子」
585: 2016/03/03(木) 17:41:09.70 ID:6wTOLlyuo
法術師「あら、コバルト」
執事「陛下が心配だったので後を追っていたところ、この子と出会いまして」
魔王(信頼されていないのだろうか……)
法術師「一人で置いてけぼりにしちゃったから、とても心配だったの……ありがとう」
幼女「あのね、イリスね、こころがどっかいっちゃいそうになってね、」
幼女「そしたらこのおにいちゃんがたすけてくれたんだよ」
法術師「心が、どこかに?」
執事「酷く不安を感じていたようです」
執事「では陛下、帰りますよ」
魔王「ああ」
幼女「ねえねえ、またあえる?」
執事「……ええ、機会があれば」
執事(笑い方が……そっくりだ、あの子に)
執事(アリア……)
586: 2016/03/03(木) 17:43:15.49 ID:6wTOLlyuo
メイド長「お帰りなさいませ陛下、コバルト。パルルはエミル様の元に?」
魔王「ああ」
魔王「人魔会議の日取りが決まった」
魔王「だが、その前に大魔族会議を開かねばな」
魔王「すぐに伝令を送ってくれ」
執事「はい」
魔王「かなり有益な情報を得ることができた。もしかすれば、上手くいくかもしれん」
魔王「調べ物を頼みたい」
執事「わかりました」
魔王「……頼んだぞ」
Now loading......
591: 2016/03/04(金) 19:37:50.04 ID:tszzSwKgo
『すごいすごーい! 風が気持ちいいわ!』
『こんなに高く飛べるのね!』
彼女は、この山が好きだった。
僕は、彼女を背に乗せて飛ぶのが好きだった。
実るはずのない想いだったけど、一緒に遊べるだけで……幸せだった。
Section 20 宝珠
592: 2016/03/04(金) 19:39:31.30 ID:tszzSwKgo
魔王「……推測した通りでよかった」
執事「族長達の了承を取れたなんて奇跡ですよ、ほんと」
――
――――――
美女2『やっとこっちを見てくれたのね! 可愛いわ~教えてあげちゃう』
美女2『昔、大精霊達様は、人間に守護の力を持つ五つの宝珠を授けてくださったのよ』
美女2『それぞれ、赤、青、銅、緑、金の色に輝いていたらしいわ』
美女2『激しい争いがない間は各地の神殿に納められていたらしいのだけど』
美女2『魔族に奪われて、今はもうどこにあるのかわからないって言われてるわ』
美女2『取り戻せたら、人類の大きな希望になるでしょうね』
魔王『……まさか』
魔王兄『こんな感じの珠か?』
美女2『あら、綺麗に赤く輝いてるわね。きっとこんな感じよ』
魔王『何故貴様が力の珠を持っている』
魔王兄『お袋が、これ持ってたら男がビビッて逃げてくからってよく俺に預けてくんだよ』
593: 2016/03/04(金) 19:39:57.43 ID:tszzSwKgo
――――――
――
勇者父「大会議の会場はセントラルか」
勇者「テレポーションを使う魔族達の負担を考えたらそうなるだろうね」
勇者兄「魔族が伝説級の術で迎えに来るなんて、王様達ビビるだろうなあ」
勇者「絶対罠だって疑うだろうね……集まってくれたらいいんだけど」
勇者父「だがテレポーションを使わないと、」
勇者父「世界中のお偉いさんとすぐに話をするなんて無理だしなあ」
エミル達は国王達を安心させるため、各国の国王を迎えに行く賢者達に各々同行した。
594: 2016/03/04(金) 19:41:11.00 ID:tszzSwKgo
執事「皆さんのご協力により、どうにか人間の方々をお迎えすることができました」
勇者「会議、上手くいくといいね」
執事「ええ」
執事「やあ、イリス」
幼女「ん……こんにちは」
法術師「あら、照れてるのかしら」
イリスはセレナの背に隠れている。
執事「会議が終わるまで、部屋の外で待っててね」
法術師「いい子にして待てるわよね? お姉ちゃんも一緒にいてあげるから」
幼女「うん」
勇者「パルルもね」
狼犬「……がふぅ」
勇者(無理矢理魔法で魔気抑えてるからこの頃機嫌悪いんだよなあ。ごめんね……)
幼女「……あのね、あのね、あとでね、イリスのおうたきいてほしいの」
幼女「イリスね、おうたうたうのじょうずなんだよ!」
執事「そっか。じゃあ、終わったら聞かせてもらうよ。楽しみにしてるからね」
幼女「うん!」
勇者(紳士だなあ)
595: 2016/03/04(金) 19:41:55.88 ID:tszzSwKgo
セントラル城・大会議室
そこら中に魔気避けが設置されている。
人間の国や平和協会の代表達、高位の魔族達が一堂に会している様は正に異様であった。
国王達を守護するため、彼等の傍には最上級の術者や勇者の血を引く者が控えている。
魔族達は皆、完全に魔気を抑え込んでいる。
国王「……私はブレイズウォリアの国王だ」
国王「急に召集を呼びかけ、魔族の迎えを送ることとなったにも関わらず、」
国王「この場に集まっていただけたことに感謝しよう」
勇者(空気が張り詰めている……)
勇者父(俺こういうお堅い雰囲気苦手なんだよなあ)
執事「こちらは、第885代魔王ヴェルディウス陛下です」
魔王「…………」
大魔導師(確かに、邪悪な者には見えぬな……魔力が澄んでいる)
596: 2016/03/04(金) 19:43:05.80 ID:tszzSwKgo
魔王「……破壊神の封印が更に弱まれば、いずれ人形の軍勢が攻めてくると予測される」
魔王「争いの混乱の中、人と魔族が剣を交え、無駄な血を流すようなことがあってはならぬ」
魔王「よって、我は和平を申し出る」
執事(よかった、噛まずに話せてる……)
執事(あーヒヤヒヤするなあ)
魔王「下位の魔族は魔気の制御が不得手な者が多い。そのため、融和は困難であろうが、」
魔王「新たな人魔の争いが起きぬよう、規律と秩序の確立が必要である」
魔王「協力体制を築くことができれば、破壊神による被害者の増加も抑えられるであろう」
国王α「うむ……」
国王β「魔族の口からこのような言葉が出るとは……」
勇者父「彼は平和な時代を築くため、これまで最大限尽力してきたのです」
勇者父「その上、勇者である我が娘エミルを憐れみ匿っていた」
勇者父「どうか信じていただきたい」
597: 2016/03/04(金) 19:45:47.26 ID:tszzSwKgo
魔王「憎んでいる種族を、ただで信用することが困難なのは当然だ」
魔王「だがもし、和平への同意を得られたならば……」
魔王「我等魔族は『伝説の五つの宝珠』を人間に明け渡そう」
国王θ「な、なんだと……!?」
国王ρ「伝説の五つの宝珠だと!?」
魔王(大精霊から人類に授けられた物であれば、)
魔王(我々魔属には光の珠と同様拒絶反応が出るはず)
魔王(だが、闇の珠と同様、人間にも魔族にも扱える物に変質した可能性は否めなかった)
魔王「大陸各地に散らばる神殿の遺跡や歴史を調査した結果、」
魔王「現在五大魔族の族長の証となっている珠が、伝説の五つの宝珠であると断定できた」
魔王「これを相応しい者が所持すれば、人間であっても強大な魔術の使用が可能となる」
魔王「ここに集っている代表者全員の署名と引き換えだ。悪い話ではないだろう」
国王Ψ「願ってもない話だ……問題は、どの国の誰が所有するかであるが……」
会場がどよめく中、突如荒々しく扉が開かれた。
魔王兄「おいファミコンいるかー?」
598: 2016/03/04(金) 19:46:33.33 ID:tszzSwKgo
魔王「な、何だその呼称は」
魔王兄「あ? ファミリーコンプレックスの略に決まってんだろ」
魔王「何をしにきた!? ここは貴様が来るような場所ではない!!」
魔王兄「お袋から力の珠預かりっぱなしだったから返しに来たんだよ。要るんだろ?」
魔王「…………」
力族長「あぁんらぁごめんなさいねぇ。うっかりしてたわぁ」
魔王「……………………」
魔王兄「なんか大変そうだけど頑張れよ! どもらないようにな! はは!!」
魔王「帰れ!!!!!!」
魔王兄「泣くこたないだろお前」
魔王「泣いてなどおらぬわ!!!!!!」
執事「あっちゃー……」
力族長「ごめんなさいねぇみなさん。うちの長男いっつもこんな不作法なのよぉ」
勇者(ヴェル…………)
国王δ「魔族も……意外と人間臭いのぅ……」
国王ι「あの魔王、案外同族から舐められとるのでは……」
国王γ「魔王が恥かかされて涙目になっておるぞ…………」
599: 2016/03/04(金) 19:48:44.30 ID:tszzSwKgo
魔王「……………………」
執事「陛下、しっかり」
執事「いやあ、場を和ませるネタをいくつか考えてたんですけど必要ありませんでしたね!」
魔王「お前も……一体何を考えて……」
執事「あんまり空気が堅くなるよりは、ゆる~くした方が親しみやすいかなって……」
魔王兄「あ、もう一つ」
魔王兄「おまえんとこのメイドのカメリアちゃんによろしく言っといてくれ! じゃあな!」
魔王「…………………………………………」
武闘家「嵐のようだったな」
執事「えー、気を取り直しまして」
執事「族長の皆さん、宝珠の提示を」
知恵族長「人間の言う、青の宝珠だ」
力族長「赤の宝珠よ。綺麗でしょぉん?」
地底族長「銅の宝珠だ。正しき心の持ち主に使っていただきたいものだな」
空族長「うむ。緑の宝珠だ」
金竜頭領「…………」
力族長「あぁ、あんた族長じゃなかったわねえ」
執事「そして、金の宝珠は……」
執事「亡くなった族長の孫である、このわたくしめが管理しております」
600: 2016/03/04(金) 19:49:46.40 ID:tszzSwKgo
協会北幹部「で、では、お主は……あの群れの生き残りか!?」
協会元帥「…………!」
執事「……ええ。わたくしの群れの竜は、五年前の襲撃によりほとんどが殺されました」
勇者「!?」
執事「我が祖父は、わたくしが生き延びられるよう、わたくしにこの珠を託しました」
執事「そして、珠の力無しに戦った祖父と、後継者であった我が父は……討たれました」
協会北幹部「…………」
執事「以来、我がゴールドドラゴンの族長は空席となっておりますが」
執事「金の宝珠はここにあります」
協会元帥(あの、時の……幼竜だと……いうのか……)
執事「人間が魔属に大切なものを奪われ、憎んでいるのと同様、」
執事「我々も多くのものを失っています」
執事「しかしまあ、だからといってより多くの血を流しても大地が穢れるだけです」
執事「わたくし自身争いを好まない質でしてね。是非とも和平を結んでいただきたい」
601: 2016/03/04(金) 19:50:16.06 ID:tszzSwKgo
国王α「信じても……よいのではないだろうか」
協会代表「魔族の少年に心を動かされるとは、な……」
大神官「我等を騙そうとしている魔力の波動は感じられませぬ」
国王λ「世界の危機だ。いつまでもいがみ合っていては、共倒れになるだけであろう」
国王「和平に意義のある者はおるか」
協会南幹部「不安ではあるが……迷っている暇はないだろう」
協会南幹部「世界崩壊の危機はすぐ目の前に迫っている」
国王「――我等人類は、魔族と和平を築くことを誓おう」
602: 2016/03/04(金) 19:51:49.30 ID:tszzSwKgo
勇者「よかったね! 和平を締結できたなんて歴史上はじめてだよ!」
魔王「…………」
勇者「元気出してヴェル」
魔王「………………」
協会元帥「お主、私が憎くはないのか」
元帥は兜を取った。
協会元帥「私は五年前、お主の群れと……あの村を襲い、」
協会元帥「ゴールドドラゴンの族長を討った功績により元帥の地位を手に入れた」
執事「……ええ、忘れませんよ。その右目の傷」
勇者「あ……」
執事「憎いに決まっているじゃありませんか」
執事「あなたは僕の目の前で、彼女を……アリアを頃しました」
執事「そして、家族を奪いました」
執事「復讐を願った時だってもちろんありましたよ」
603: 2016/03/04(金) 19:53:00.09 ID:tszzSwKgo
執事「『憎しみは新たな憎しみの連鎖を生むだけ。復讐なんて無意味だ』」
執事「そんな綺麗事で、憎しみを消せるほど心は単純にできていません」
協会元帥「…………ならば、私を」
執事「僕だってギリギリのところで抑えているんです」
執事「刺激しないでいただきたい」
協会元帥「っ……」
幼女「おにいちゃーん!」
執事「イリス」
幼女「イリスね、いいこにしてまってた……」
協会元帥「…………」
幼女「あ……」
幼女「みぎめ……」
執事「? どうしたんだい」
幼女「この人、知ってル……」
幼女「平和協会……右目ノ傷……」
白い揺らめきがイリスを包み、彼女の姿を変化させた。
執事「き、みは……」
歌唱者「見つけた……私を頃した人!」
604: 2016/03/04(金) 19:54:16.79 ID:tszzSwKgo
勇者「破壊の波動!?」
法術師「嘘でしょ……」
狼犬「がるるるるる……」
勇者兄「なんだこのピリピリする馬鹿でかい波動は!!」
魔王「人間をただちに避難させよ!」
イリスの姿は十五歳ほどの少女に成長しており、顔付きも変化していた。
黒髪を侵食するように、少しずつ明るい金が揺らめきを増している。
法術師「嘘……嘘よ……」
協会元帥「な……」
歌唱者「――響け 滅びの唄 純然たる破滅の意思よ」
少女の歌声が響き、石造りの壁や天井にひびが入った。ところどころが崩れ落ちている。
術者達は主人を守るため、咄嗟に防御魔術を発動した。
歌唱者「――憎き者に苦しみを」
協会元帥「ぐっ……」
少女は、細い刀を元帥の腹に突き刺した。
歌唱者「すぐには殺さないわ。殺されたみんなの痛み、竜達の痛み、味わってもらうわよ」
法術師「だめえ!!」
605: 2016/03/04(金) 19:55:07.09 ID:tszzSwKgo
歌唱者「邪魔をするなら、あなたも頃すわ」
法術師「きゃあっ!」
執事「ア……リ、ア……?」
執事「アリア……なのかい……?」
歌唱者「え……」
歌唱者「コバルト…………?」
歌唱者「あなた生きていたのね!」
執事「……!」
勇者兄「何が起きてるんだ」
歌唱者「私が殺された後、あなたまで殺されてしまったんじゃないかって……」
歌唱者「よかった……また会えるって信じてたわ」
歌唱者「あなたの魂をずっと探していたのよ!」
歌唱者「さあ、一緒に復讐の旅に出ましょう!」
歌唱者「憎き平和協会を……みんなの仇を討つのよ!」
執事「……アリア」
606: 2016/03/04(金) 19:55:46.51 ID:tszzSwKgo
協会元帥「はっ……あ……」
法術師(ち、治療を!)
執事「僕は、復讐なんて望んでいない」
執事「頃したいほどこの男は憎いさ。でも、これからは新たな時代を築かなきゃいけない」
執事「築いていきたいんだ」
歌唱者「…………」
歌唱者「どう……して……」
執事「君は、破壊神に操られているんだ!」
勇者兄「おい、今の内に例の術使えないのか」
魔法使い「無理よ、とてもセレナと連携をとれる状態じゃないわ」
魔法使い「……仮にできたとしても、あの子の力が強すぎて効かないでしょうね」
607: 2016/03/04(金) 19:57:43.03 ID:tszzSwKgo
歌唱者「どうしてそんなことを言うの!?」
歌唱者「……そうよ、私は破壊神のしもべ。復讐のため、氏の間際に契約を交わしたわ」
執事「…………」
歌唱者「そうね、あなたは優しいもの」
歌唱者「私が一人で復讐を遂げてあげるわ。その後はずっと一緒にいてくれるよね?」
執事「待って! アリア!」
歌唱者「私は許さない。私達を頃した人間を」
歌唱者「う……もう時間が……」
歌唱者「少しの間だけ、またさよならよ……コバルト」
そう言い残すと、少女は姿を消した。
608: 2016/03/04(金) 20:00:00.63 ID:tszzSwKgo
勇者(何もできなかった……)
勇者(なんて鋭い、恨みの力…………)
武闘家「……おっそろしい」
誰も強大な破壊の力に手を出せなかった。
執事「は、はは。ありえない。彼女にまた会えただなんて」
勇者「コバルトさん……」
執事「…………北の大山脈に住んでいた頃、僕には好きな女の子がいました」
執事「でも、彼女は僕の目の前で人間に殺されました」
勇者「……」
執事「そりゃあもう、憎みましたよ、人間を。その男を」
勇者「でも、人間全てを憎んでるわけじゃ、ないんでしょ?」
勇者「普段のコバルトさんは、とてもそんな風には……」
執事「……その女の子も、人間だったんですよ」
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609: 2016/03/04(金) 20:00:27.45 ID:tszzSwKgo
kokomade
611: 2016/03/05(土) 17:15:41.55 ID:XOJN1vVPo
Section 21 理想郷
勇者「平和協会の人間が人間を襲った……?」
執事「今にも建物が崩れそうですね……場所を移しましょう」
魔王「……立てるか」
執事「すみません、腰が抜けてしまいました」
魔王「肩を貸そう」
法術師「そんな……イリスちゃんが……」
魔法使い「セレナ……」
勇者「すっかり気配が消えてる……魔力の探知もできないや」
勇者兄「何者なんだ、一体」
612: 2016/03/05(土) 17:16:33.29 ID:XOJN1vVPo
執事「……北の大山脈に、小規模ですが古くから続くハルモニアという村がありました」
執事「その村は、僕達ゴールドドラゴンを神の使いとして崇めていました」
執事「僕が属していた群れとも親交がありましてね。仲良くしてもらっていましたよ」
勇者「人間と魔族が、仲良く……」
執事「その村に、アリアという少女が住んでいました」
執事「彼女は、村に伝わる不思議な歌の力を継承していました」
執事「綺麗な歌声でしたよ……聴く者全ての心を浄化する、癒しの力がありました」
執事「僕と彼女は仲が良くて、よく彼女を僕の背に乗せて空を散歩したものでした」
執事「しかし、魔族を崇拝する村を、他の人間達がよく思うはずがなかった」
勇者「……」
執事「また、ゴールドドラゴンはいくつかの群れに分かれて生息しているのですが、」
執事「僕の群れは族長の群れ。討伐に成功すれば魔族の戦力を大きく削ることができる」
執事「五年程前、僕の群れと彼女の村は平和協会から襲撃を受けました」
613: 2016/03/05(土) 17:18:56.89 ID:XOJN1vVPo
執事「僕達の飛翔能力と魔力容量であれば、人間の軍隊から逃げるだけなら容易いことでした」
執事「しかし、僕達はハルモニアの村を見捨てることができなかった」
執事「僕達は彼等を守るために戦いましたが、結果はほぼ相討ちでした」
執事「両親も、兄弟も、殺されました」
執事「生き残ったのは、僕と、放浪癖のあったメルナリアの父親を含むごく数名だけです」
執事「そして、その戦いの中で……アリアも、僕の目の前で斬り殺されました」
執事「先程の平和協会の男に」
勇者「…………」
執事「仲間達から逃げるよう促された僕は、傷を負いつつもどうにか飛び続け、」
執事「魔王城に流れ着き、以来陛下の下で働いているというわけです」
勇者「そんなことが……」
執事「……本当は、彼女は復讐を望むような子ではないんです」
執事「風を愛し、生命を慈しみ、動物の氏に涙を流す、とても優しい子でした」
614: 2016/03/05(土) 17:20:13.87 ID:XOJN1vVPo
執事「彼女が、武器を持つはずがない……!」
執事「一体どうして…………」
法術師「…………」
法術師「……イリスちゃんは、その子に……いえ、破壊神に操られているのかしら」
法術師「殺されたアリアさんの魂がイリスちゃんの中に入り、」
法術師「時折アリアさんが目覚め、破壊活動を行っていた……」
魔法使い「他の破壊者も、長時間操られることはないみたいだし、」
魔法使い「あまり長い間は戦えないのかもしれないわね」
武闘家「不安定なんだろうな」
勇者兄「北に向かってたってのは」
執事「僕等を襲った平和協会北支部に向かっていたか、」
執事「……もしかしたら、故郷に帰ろうとしていたのかもしれません」
執事「彼女を探しましょう。あまり遠くへは飛べなかったはずです」
法術師「そうね。今頃イリスちゃんの姿に戻ってまた迷子になってるかもしれないわ」
執事「…………陛下」
魔王「……破壊者の少女を探しに行け。命令だ」
執事「!」
魔王「城のことはメルナリアに任せておけばよい」
執事「ありがとうございます」
615: 2016/03/05(土) 17:20:56.60 ID:XOJN1vVPo
勇者「そういえば、メルナリアって何でメイド長やってるの?」
勇者「種族的にも年齢的にもしっくりきてなかったんだけど……」
魔王「ああ、あいつなら高位の役職の見習いくらいにはなれたのだが」
魔王「地位が高ければ高いほど、権力がある分責任が重くなり、自由もなくなるからな」
魔王「あいつは自ら地位を得ることを放棄した」
魔王「だから名目上メイドということにしておき、私の元で働いていたのだが、」
魔王「メルナリアは若いながら小間使い達からの人望を得ていた」
魔王「そのため、先代のメイド長がメルナリアを後任にすべく仕事を教えていたのだが、」
魔王「急に先代のメイド長が田舎に帰ることになってな」
魔王「だからあの年齢でメイドを取り仕切ることとなったのだ」
勇者「ああ、なるべくしてなったんだ」
魔王「他者を惹き付ける能力はコバルトと共通している」
魔王(……羨ましい)
616: 2016/03/05(土) 17:21:38.28 ID:XOJN1vVPo
勇者兄「そんなことがあったのに、よく人間嫌いにならなかったな」
執事「ヴェルディウス陛下との出会いがありましたからね」
執事「もう、五年か…………」
――
――――――
ある夜、一体の幼竜が魔王城に逃げ込んだ。
魔王『なんて酷い怪我を……』
魔王『すぐに治療師を!』
幼竜『…………』
魔王『大丈夫かい?』
体だけでなく心にも深い傷を負っているのか、酷く虚しい目をしていた。
他者からの呼びかけに応じる余裕もないようだ。
幼竜は、エネルギーの消耗の少ない人型へと姿を変え、力尽きるように気を失った
617: 2016/03/05(土) 17:31:39.64 ID:XOJN1vVPo
幼竜(ここは……)
魔王『……よかった、気が付いたんだね』
魔王『えっと、君、ゴールドドラゴン……だよね……』
幼竜(綺麗な女の子……。でも、男物の服……)
幼竜『…………』
魔王『何が、あったの』
幼竜『…………』
魔王『……そ、その……名前、なんて、いうの?』
魔王『ぼくは、ヴェルディウス』
幼竜『…………コバルト』
魔王『……えっと、き、きれいな名前だね?』
幼竜『……?』
魔王『コバルトブルーは、とても綺麗な色だから……』
幼竜『………………』
魔王『へ、変なこと言っちゃったかな……』
魔王『妹が、初めて会った人には、』
魔王『とりあえず名前を褒めるようにしてるって、言っていたから……』
幼竜『…………君、男?』
魔王『………………うん』
618: 2016/03/05(土) 17:32:10.70 ID:XOJN1vVPo
魔王『き、君は、きょうだい、いる?』
幼竜『……殺された。人間に』
魔王『あ…………』
魔王『ごめん…………』
幼竜『………………』
魔王『……人間に、襲われたの?』
幼竜『……』
魔王『そっか…………』
魔王『……黄金の一族の、族長の証、持ってるんだね』
幼竜『じいさまが、これを持って……ここまで逃げろ、って……』
魔王『そっか…………』
619: 2016/03/05(土) 17:33:12.38 ID:XOJN1vVPo
――――
数日後、ゴールドドラゴンの族長の群れが壊滅したとの知らせが魔王城に入った。
幼竜(じいさまも、父さんも……氏んでしまったんだ)
幼竜(おかしいな……悲しいはずなのに、実感がわかない)
幼竜(北に帰ったら、みんな元通り暮らしているんじゃないだろうか)
幼竜(そんな気さえ感じる)
魔王『歩けるようになったんだね、よかった』
幼竜『……先日は王太子殿下とは露知らず、ご無礼を働いたことを』
魔王『い、いや、普通に喋ってほしいんだ』
幼竜『……そう』
魔王『えっと……』
幼竜『君に、本当に妹なんているのかい』
幼竜『ネグルオニクス陛下に姫君がいるなんて聞かなかったけど』
620: 2016/03/05(土) 17:34:13.89 ID:XOJN1vVPo
魔王『その……妹は、母上と、父上じゃない、別の男の人との子供で……』
魔王『すごく遠くにいて、もう二度と会えないんだ』
幼竜『……そう』
魔王『……君は、これからどうするの?』
幼竜『…………人間を、潰す』
魔王『!』
幼竜『あいつら、人間でありながら人間を……ハルモニアのみんなを襲った!』
幼竜『僕達は人間を守るために戦った』
幼竜『あの連中は……竜も人も皆頃しにしたんだ……』
魔王『に、人間を守るために戦ったって、どういうこと?』
幼竜『馬鹿にするかい?』
幼竜『五大魔族の一柱、ゴールドドラゴンの……それも族長の群れが、人間のために壊滅したなんて』
魔王『馬鹿になんてしないよ!』
魔王『君の話、聞かせてほしいんだ……』
621: 2016/03/05(土) 17:35:06.62 ID:XOJN1vVPo
魔王『人間の集落と親交が……そんなことが……』
幼竜『君は、人間が好きなのかい』
魔王『好きっていうか……争いをなくしたいんだ』
魔王『それが母上の願いだったし、ぼくの妹は、人間として暮らしているから』
魔王『妹が、安心して過ごせる世界を創りたいんだ』
幼竜『…………そんなこと、できるのかい』
魔王『すっごく難しいことだとは思うけど、やりたいんだ!』
幼竜『…………』
魔王『ぼくはもうじき魔王となる』
魔王『でも、王位を継いでも、ぼくだけじゃみんなの常識を変えることはできない』
魔王『仲間が欲しいんだ』
魔王『……友達になってほしい』
622: 2016/03/05(土) 17:37:02.15 ID:XOJN1vVPo
幼竜『…………』
幼竜『僕はもう何もかもを失った』
幼竜『これからこの世界がどうなったって知ったことじゃない』
魔王『放っておけば、同じような争いがまた起きる!』
魔王『このままじゃだめなんだ!』
幼竜『……悪いけど、お断りだね』
幼竜『あの連中がのうのうと生きている世界なんて、許せるはずがない』
魔王『…………』
幼竜『君はまだお父上も妹君も生きているじゃないか』
幼竜『大切な人の命を奪われたわけでもない君に、僕の気持ちがわかるはずがない』
幼竜(所詮、一番安全なこの城でぬくぬく育ったお坊ちゃんの夢物語)
623: 2016/03/05(土) 18:39:56.57 ID:XOJN1vVPo
――――
幼竜(時折、あの夜の地獄のような風景が脳裏をよぎる。その度に憎悪が沸き溢れる)
幼竜(……虚しい)
魔王『あ……怪我、もうすっかりいいの?』
幼竜『うん。……助けてもらったことには感謝するよ』
幼竜(命を救ってもらったのに、何の恩返しもしないのはな……・)
幼竜『君に協力するつもりはない、けど……友達くらいなら……』
魔王『ほんと?』
魔王『ぼく、友達なんて、できたことなくって……嬉しいな……』
幼竜『え……?』
幼竜(友達ができたことないなんて……大丈夫なのかな、この王太子)
魔王『じゃあ、これからは一緒にこの城で勉強して、一緒に修行を受けようよ!』
幼竜『同年代の話し相手くらいなら普通にいるだろう?』
魔王『……』
幼竜(とても魔王の器とは思えないな……)
624: 2016/03/05(土) 18:40:51.57 ID:XOJN1vVPo
――――
魔王『すごいね、頭良いんだね!』
幼竜『君ほどじゃないよ』
教官『この調子ならば、将来は優秀な魔術師となることも夢ではございませぬ』
魔王『剣の扱いも、すぐ覚えたんですよ!』
教官『ふむ……有望ですね。いずれは師団長か、それ以上か……』
幼竜『…………』
魔王『まだ、人間に復讐したいって、思ってる?』
幼竜『……』
魔王『仲が良かった人間も、いっぱいいたんでしょ?』
幼竜『…………』
魔王『一部から酷いことをされても、その種族全体を憎むのは、間違ってると思うんだ』
幼竜『……ハルモニアの村が特殊だっただけだ』
幼竜『人間の大多数は僕達魔属を敵だと思ってる』
魔王『そうじゃない人間だって、ごくわずかだけど存在してるんだ!』
魔王『ぼくの妹は、自分が魔族だって知らないけど、魔物と仲が良くて……』
幼竜『憎しみは、正論や綺麗事でどうにかできる感情じゃないんだ……!』
魔王『…………』
625: 2016/03/05(土) 18:41:25.95 ID:XOJN1vVPo
――――
魔王『……』
幼竜『ふっらふらじゃないか』
魔王『…………』
幼竜『あれ、首、虫にでも刺されたのかい』
魔王『あ、う、うん……』
魔王『…………うっ……』
幼竜『!? どうしたんだい、その手首……』
幼竜(何かで縛られた跡が痛々しく残っている……)
魔王『見ないで』
幼竜『君は陛下の部屋に行っていたはずだろう? 何があったんだい』
魔王『……何でもない』
幼竜『血のにおい……どこか怪我をしたんじゃ』
魔王『ぼくの血じゃない』
幼竜『待って!』
魔王『触らないで!』
幼竜『っ……』
626: 2016/03/05(土) 18:42:16.92 ID:XOJN1vVPo
魔王『ご、ごめん……君のこと、いやってわけじゃなくて……』
魔王『今は、駄目なんだ……』
幼竜『…………』
魔王『今は、放っておいて……お願い……』
幼竜『で、でも……』
魔王『…………』
幼竜『……傷ついてる友達を放っておけるわけないじゃないか!』
魔王『…………ぼくのこと、嫌いにならない?』
魔王『……今日も父上はぼくのことを思い出してくださらなかった。それだけだよ』
魔王『ああ、でも、今日は、いつもよりちょっと痛かったな……』
幼竜『…………?』
魔王『父上は、時々時間が巻き戻ってしまわれるんだ』
幼竜『……』
魔王『争いさえなければ、父上はあんなに大きな怪我を負うことはなかったし、』
魔王『心を壊してしまうこともなかったんだ!!』
魔王『母上だって、もっと長生きしたはずなんだ!!』
幼竜『…………!』
魔王『人間と仲が良かったら、父上と母上は幸せになれたはずなのに!』
魔王『全部全部歴史が悪いんだ! 戦争を繰り返す歴史が!!』
魔王『ちくしょう! ちくしょう! ああああああ!!』
627: 2016/03/05(土) 18:51:16.78 ID:XOJN1vVPo
幼竜(知らなかった。彼は彼で、苦しみを背負っていたんだ)
幼竜(決して、甘やかされて育ったお坊ちゃんの理想論では、なかったんだ)
幼竜(もし、争いのない世界が実現できたら)
幼竜(もう、アリアのような犠牲が生まれない、)
幼竜(誰もが笑顔で生きられる理想郷を実現できたとしたら……)
幼竜(来世でなら、きっと幸せになれるだろうか)
執事『第885代魔王ヴェルディウス陛下、即位おめでとう』
魔王『……ああ』
執事(味方はいない。0から始めるんだ)
金竜『コバルト、生きていたのか!』
金竜『空の一族の協力を得られた。人間共に報復するぞ』
執事『お待ちください伯父上』
執事『お話があります』
Now loading......
632: 2016/03/06(日) 14:52:42.76 ID:1cPqm476o
Section 22 不穏
勇者兄「イリスの両親が見つかったって連絡があった」
勇者兄「大陸の南の方にある、小さな村に住んでいるらしい」
勇者兄「イリスを心配しているそうだ」
法術師「なんとかして、イリスちゃんを取り戻さなきゃ」
勇者兄「体を乗っとられていても、あの子自身には何の罪もない」
武闘家「とりあえずは探し回るしかなさそうだな……」
勇者兄「そういや、お前の師匠の人探しの秘術使えないのか?」
武闘家「よく知ってる相手じゃないと探せねえんだよあれ」
勇者父「眠い……」
633: 2016/03/06(日) 14:53:43.05 ID:1cPqm476o
魔賢者「こ、この度、皆さんに同行することとなった、賢者のフローライティアです」
魔賢者「皆さんとは、先日、一度美の都で顔を合わせております……」
執事「テレポーション・連絡要員として陛下が派遣してくださいました」
執事「僕もいつ魔王城に用事ができるかわかりませんし、」
執事「城とすぐ連絡を取れないと困りますからね」
魔賢者「と、得意な魔術は情報魔術です。よろしくお願いします」
勇者兄「お、俺はリヒト。よろしく頼む」
魔賢者「は、はい!」
勇者兄(可愛いな……)
魔法使い(リヒト、あんなに魔属を嫌っていたのに……)
武闘家(嫌な予感がする)
634: 2016/03/06(日) 14:54:47.51 ID:1cPqm476o
勇者兄「名前、長いよな」
魔賢者「ご、ごめんなさい」
勇者兄「いやいやいや責めてるわけじゃなくてさ。愛称あったら呼びやすくていいなって」
魔賢者「よく、フロルと呼ばれております」
勇者(お兄ちゃんの様子が……)
勇者父(お?)
勇者兄「そっか、フロルか。俺のことは呼び捨てで構わないからな」
魔法使い「ちょ、ちょっと! 破壊者探し真剣にやりなさいよ!」
勇者兄「新しい仲間と親しんでおくのも重要な仕事の一つだろ」
魔法使い「…………」
魔賢者「あ、あの、私のことは空気だと思ってくださって大丈夫ですから……」
635: 2016/03/06(日) 14:55:17.55 ID:1cPqm476o
武闘家「そもそもなあ」
法術師「うん?」
武闘家「アイオさんはリヒトさんの好みからはかけ離れている」
法術師「何でわかるの?」
武闘家「リヒトさんを見てればわかる」
武闘家「あの人の好みは『ちょっとおどおどしてるが根が頑張り屋のうぶい子』だ」
武闘家「きつめの女よりは保護欲掻き立ててくる女の子が好きなんだろうな」
法術師「うーん、確かにそんな感じはするけど……突然こんな話するなんてどうしたの」
武闘家「リヒトさんがついに……って感じがバリバリするんだよ」
法術師「そこはかとなーく感じてはいたけど……やっぱり?」
636: 2016/03/06(日) 14:56:04.00 ID:1cPqm476o
法術師「私としては、アイオを応援したいんだけど……」
法術師「小さい頃からずっとそうしてきたし、」
法術師「あの子がリヒト君に振り向いてほしくて頑張ってたの、よく手伝ったから……」
武闘家「見事に全部空回りしてたけどな」
法術師「うぅ……」
法術師「この頃は、旅が終わるまで恋愛は自粛しようって、普通に過ごしていたのだけど」
法術師「その隙にいきなり現れた女の子に取られたら……」
武闘家「確実に破壊者化しそうだな」
法術師「なんとかリヒト君を振り向かせなくちゃ」
武闘家「だが俺はアイオさんを応援する気はない」
法術師「えーなんでー?」
武闘家「想い人の妹に嫉妬するような女は正直好かねえ」
法術師「た、確かに焼きもちを焼いちゃう子ではあるけど……」
武闘家「ガキの頃は、他人に見えないところでエミルをいじめてたりもしたんだ」
法術師「えっ……」
武闘家「リヒトさんとはくっつかない方向で破壊者化を防ぎたい」
法術師「で、でも……私は……」
637: 2016/03/06(日) 14:57:51.16 ID:1cPqm476o
魔法使い「人数多いと宿代かさむわね……」
勇者兄「金なら平和協会から充分支給されてるんだから問題ないだろ」
宿主「八名様ですか……」
宿主「すみません、一部屋空いてはいるのですが、ベッドが二台足りません」
魔法使い「……どうすんの?」
勇者父「あ、じゃあ俺娘の家に行くわ。この村に住んでるんだ」
勇者兄「えっ……あ、そう……」
勇者兄(俺には一体何人きょうだいがいるのだろうか……)
勇者「ぼく城に帰るよ。パルルの魔気解放したいし、たまには帰りたいから」
勇者「長時間この姿保つのも大変なんだ」
勇者「フロル、情報交換用のパスコード教えて」
勇者「最近、簡単な遠隔会話くらいならできるようになってきたんだ」
魔賢者「は、はい」
勇者「よし、じゃあ何かあったらすぐ連絡してね」
勇者兄「お前は情報魔術使えないのか?」
魔法使い「私の専門とは系統が違いすぎるのよ。悪かったわね使えなくて」
勇者兄「別に責めてはないだろ」
勇者(アイオさんがピリピリしてて怖い……)
狼犬「くぅーん……」
639: 2016/03/06(日) 14:59:05.29 ID:1cPqm476o
メイド長「うっ……うぅっ……」
勇者「メルナリアどうしたの!?」
メイド長「陛下がっ……陛下がぁっ……」
勇者「兄上に何かあったの?」
メイド長「コバルト無しでもちゃんと仕事できてるんです!!」
勇者「!?」
メイド長「私っ……陛下のご成長に感動してしまってっ……」
魔王「……泣くな」
魔王「いつまでもあいつに頼りっきりではいかんからな……」
勇者(すごい。あ、ちょっと目の下に隈できてる)
魔王「メルナリア、お前に朗報があるぞ」
魔王「マリンの町とマリンドラゴンが協力体制を取ることとなった」
メイド長「!?」
魔王「つまり、接触禁止令が解かれたというわけだ」
魔王「想い人に会えるぞ」
メイド長「まあ!」
メイド長「ああ、ああ、今日はなんてすばらしい日なのでしょう!」
メイド長「ううぅぅぅぅぅぅぅ」
勇者「よかったね!」
641: 2016/03/06(日) 15:03:33.42 ID:1cPqm476o
魔王「エミル、今日は怪我をしなかったか。どこか悪いところはないか」
勇者「大丈夫だよ。兄上こそ疲れてるね……肩揉もうか」
魔王「すまないな。頼む」
勇者「細かいルールとかいろいろ考えなきゃいけないんでしょ?」
勇者「大変だね」
魔王「ああ……人間も魔族も納得できるようにせねばならないからな」
魔王「……これを身に着けておけ」
勇者「ペリドットの腕輪?」
木で作られた輪にペリドットがはめ込まれている。
魔王「母上の形見だ。破壊者の増加を防ぐために、現在その石が利用されているのだろう?」
魔王「お守りになるかと思ってな」
勇者「わあ、ありがとう!」
642: 2016/03/06(日) 15:05:31.70 ID:1cPqm476o
魔王「日に日に封印は弱まっている。戦いは険しくなっていくだろう」
魔王「私も暇があれば一行に加わる」
勇者「うん。兄上がいてくれたら心強いよ。なんたって魔王だもん」
魔王「…………」
勇者(照れてる)
魔王父『…………』
魔王父『我に足りなかった物……それは……』
メイド長「あら……今、誰かの気配がしませんでしたか?」
魔王「……わずかだが私も感じた」
勇者「幽霊かな?」
メイド長「や、やめてくださいよ! 怖いじゃありませんか!」
魔王父『……』
カタッ
勇者「誰も触ってないのにペンが動いたような……」
魔王「除霊師でも呼んだ方がいいかもしれんな」
魔王父(一瞬物体に触れることができたような……何が起こっているというのだ)
643: 2016/03/06(日) 15:06:08.93 ID:1cPqm476o
勇者兄「なあ、魔王族もゴールドドラゴンの血を引いてるんだろ?」
勇者兄「魔王も竜になれたりすんのか?」
執事「いいえ」
執事「他の人型魔族との間に子を成しても、子供に竜族の遺伝子は受け継がれません」
執事「ただし、ゴールドドラゴンが持つ雷の力は受け継がれます」
勇者兄「なるほど」
魔賢者「閣下、私、ちゃんと人間に擬態できているでしょうか……」
執事「大丈夫ですよ」
執事「それに、僕等は平和協会公認ですから万が一民間人にバレてもなんとかなります」
執事「あと、僕の方が年下なんですからかしこまらなくていいですよ」
魔賢者「もうこの話し方で慣れてしまいましたし……」
勇者兄「な、何歳なんだ?」
魔賢者「今年で17になりました」
勇者兄「あ、じゃあ同い年だ!」
魔法使い「…………」
644: 2016/03/06(日) 15:07:00.13 ID:1cPqm476o
勇者兄「……ちょっと外の空気吸ってくるわ」
魔法使い「よ、夜中に一人でうろついちゃ危険よ」
勇者兄「俺を誰だと思ってんだ? へーきへーき」
勇者兄「はー……」
勇者兄(星が綺麗だな)
勇者兄(……どうしちまったんだろうなあ、俺)
勇者兄(こんなことに現を抜かしてる場合じゃないんだけどな)
勇者兄(……いや、守りたいものが増えたってだけだ)
勇者兄(あの家、なんか騒がしいな)
女勇者「ほんといつもいつもいきなり来るんだから!」
勇者父「ごめんってぇ」
女勇者母「まあまあ、落ち着きなさい」
女勇者「母さん、こんな男泊めることないわよ!」
勇者父「あんま怒るとせっかくの綺麗な肌が荒れちゃうぞ~ライカ」
女勇者「黙りなさい!」
勇者兄(うわ……なんだか……イライラするような……複雑な心境だ)
勇者兄(父さんは母さんの気持ちを考えたことがあるのか?)
勇者兄(俺には複数の女性と関係を持つなんて無理だな)
645: 2016/03/06(日) 15:07:30.12 ID:1cPqm476o
魔法使い(いっそのこと、はっきり告白してしまった方がいいのかしら)
魔法使い(でも、今はあまりリヒトの精神を乱すようなことを言うのは躊躇われるわ)
魔法使い(だからといって、このまま放っておいたら、もしかしたらあの女に……)
魔賢者「……?」
魔賢者(歓迎されていないのでしょうか)
魔賢者(そりゃそうですよね、魔族ですもの……)
武闘家「なあ、寝る前に駄洒落大会しようぜ」
執事「あ、いいですね」
武闘家(シュトラールさんが置いてった石が無かったらもっと空気悪かったかもしれんな)
法術師(私は一体どうすれば……)
法術師(ああ、イリスちゃんのぬくもりが恋しい)
646: 2016/03/06(日) 15:08:30.10 ID:1cPqm476o
――
――――――
法術師「ふっふふっはははははは!」
武闘家「くっ……お前笑いとるの上手いな!」
執事「ははは、得意分野ですから」
魔賢者(すごい、人間とあんなに打ち解けているなんて)
魔賢者(高位貴魔族の方々を次々と説き伏せた伝説の持ち主だものね……いいなあ)
勇者兄「俺がいない間に随分と楽しそうな空気になってるじゃないか~混ぜてくれよ」
魔法使い「あら、意外と早かったわね」
勇者兄「仲間も増えたことだし、人数分飲み物買ってきたぜ」
勇者兄「当然酒じゃなくジュースだがな! ほらよ」
武闘家「おっ流石リヒトさん」
魔賢者「あ、ありがとうございます」
執事「どうも」
法術師「やったあ」
魔法使い(リヒト……どうして……)
魔法使い(破壊神がいなくなったら、どうせまた魔族と敵対するかもしれないのに)
魔法使い(魔族なんて……魔属なんて敵なのに)
648: 2016/03/06(日) 15:10:14.02 ID:1cPqm476o
翌日
法術師「……アイオ、やっぱりもうそろそろはっきりさせた方がいいと思うの」
魔法使い「…………」
魔法使い「リヒトが魔族なんかに惹かれるわけない」
魔法使い「この旅が終わるまで、この気持ちは封印するわ」
法術師「そう言って、いつも先延ばしにしてばかりじゃない!」
魔法使い「……」
女勇者「もう来ないでよね!!」
勇者父「えー」
魔賢者「!」
魔賢者「平和協会からメッセージを受信しました」
魔賢者「ここからすぐ北北西の町に、破壊者の少女が現れているそうです」
勇者兄「すぐに飛べるか!?」
魔賢者「はい! エミル殿下にもすぐに連絡を転送します」
勇者兄「頼む」
649: 2016/03/06(日) 15:11:10.60 ID:1cPqm476o
歌唱者(破壊神からの力の供給が安定しつつあるわ)
歌唱者(力を消費しすぎなければ、この姿を保てるはず)
歌唱者(私、生きてさえいれば、今頃このくらいに成長していたわ)
歌唱者(復讐を遂げて、あの山でまた暮らすの)
歌唱者(そのための滅びの力――――)
Now loading......
653: 2016/03/06(日) 20:06:19.04 ID:1cPqm476o
Section 23 滅びの唄
執事「アリア!」
歌唱者「……コバルト」
少女の足元には血で塗れた瓦礫が転がっている。
執事「…………やめるんだ、こんなこと」
執事「僕は、君に罪を犯してほしくない」
歌唱者「罪? 私は罪を犯した者をただ罰しているだけよ」
法術師「無関係の人だって大勢巻き込んでいるわ!」
法術師「イリスちゃんを返して!」
歌唱者「……邪魔をするなら、コバルト以外全員消すわよ」
武闘家「消耗させるしかなさそうだな!」
654: 2016/03/06(日) 20:06:54.79 ID:1cPqm476o
勇者父「おい、しっかりしろ! 立てるか!?」
協会兵「う……」
歌唱者「――揺らめく光」
勇者兄「聖光の大刃<シャイン・ブレード>!」
魔法使い「劫火の華<サイペタル・コンフラグレイション>!」
武闘家「気流砲!」
勇者父「人形兵が沸き出てきたぞ!」
歌唱者「――舞い踊る闇」
武闘家「やべえ……」
法術師「聖なる盾<ホーリィ・シールド>!」
魔賢者「鋼の鮫牙<メタル・シャーク・クラッシュ>!」
執事「……君に雷を放ちたくはなかった。叫びの雷光<ロアリング・ライトニング>」
歌唱者「――虚空の旋律――」
滅びの波動が刃となり、ありとあらゆるものを切り刻んでいく。
655: 2016/03/06(日) 20:07:28.19 ID:1cPqm476o
勇者兄「つええ……」
勇者「もう始まってる!? 大いなる水の流れ<カタストロフィック・フロッド>!」
勇者兄「魔王は来ねえのか!?」
勇者「政治で忙しくてとても来られる状態じゃないんだ!」
どれほど大規模な魔術を叩きこんでもアリアには届かない。
執事「思い出すんだ! 君は誰かを憎んだりするような子じゃない!!」
執事「誰よりも平和を愛していたじゃないか!!」
歌唱者「あなたこそ忘れてしまったの?」
歌唱者「あの夜の地獄を、みんなの痛みを、氏を!!」
執事「アリア……」
武闘家「なあ、人形以外にもなんか変な奴出現してないか……?」
法術師「これは……魂? 怨念?」
魔法使い「氏者を操ってるっていうの!?」
656: 2016/03/06(日) 20:08:06.12 ID:1cPqm476o
歌唱者「この世に強い未練を残した者は成仏することもままならない」
歌唱者「破壊神は氏者にも力を与えるのよ!」
歌唱者「――生への執着」
勇者「……アリアさんの魔力に、違和感があるんだ」
勇者「まるで、不純物がいっぱい混じっているような感じ」
勇者「ぐちゃぐちゃに混ざって、ぐるぐる渦巻いてる」
執事「……何かが、混ざっている」
歌唱者「――氏への嘆き」
執事「アリア、思い出して! 君の優しさを!」
執事「君は、そんな歌を歌う子じゃなかったはずだ!」
歌唱者「――悔恨の唄――」
癒しの歌は、滅びの唄へと変わってしまっていた。
657: 2016/03/06(日) 20:08:56.49 ID:1cPqm476o
法術師「いやあああ! お化けえぇぇ!!」
魔法使い「きゃああ!」
勇者兄「埒が明かねえ……いつになったらエネルギー切れ起こすんだ……」
武闘家「幽霊は俺の気功に任せろっ!」
執事(……僕だけは攻撃されていない。こうなったら)
勇者兄「おい!」
コバルトはアリアの下へ走った。
執事「これ以上みんなを攻撃するなら、先に僕を殺せ!」
刀を握っているアリアの右手を掴み、刃を自らの首に添えた。
歌唱者「な、何をするの!?」
執事「君が誰かを傷付けているところを、これ以上見たくないんだ」
執事「さあ、殺せるものなら頃してみろ!!」
歌唱者「そんな……」
歌唱者「そんなこと、できるわけないじゃない……」
執事「……アリア」
歌唱者「っ……」
コバルトはアリアを抱きしめ、
執事「……」
歌唱者「…………!」
彼女の唇を奪った。
658: 2016/03/06(日) 20:09:32.69 ID:1cPqm476o
法術師「まあ!」
勇者兄「ななななな何やってんだあいつ」
執事「僕の魔気を彼女の体内に送り込んで気絶させました」
執事「しばらくは目を覚まさないでしょう」
魔賢者「な、なんとかなったんですね……」
執事「しかし、イリスの姿には戻っていません」
執事「目を覚ましたら何をするかわかりません。厳重に拘束しなければ」
勇者「……大丈夫じゃないかな。コバルトさんがキ、キスした瞬間、」
勇者「アリアさんから、毒素のような何かが抜けていくのが見えたから……」
法術師「王子様のキスで呪いは解けるのよ!」
魔法使い「あんたはいつでも平常運転ね……」
勇者兄「よし、雑魚一掃しつつ怪我人助けるぞ」
659: 2016/03/06(日) 20:10:50.40 ID:1cPqm476o
魔王「幽霊が攻撃を仕掛けてきただと?」
魔団長「各地で被害が相次いでおります」
魔王「……破壊神の影響かもしれぬ。警備を怠るな」
魔団長「はっ」
魔王兄「カメリアちゃーん」
メイド「きゃっ、殿下ったら」
魔王父『ふしだらな!』
ドンッ、と石壁を叩く音が響いた。
魔王父(今までは何度壁に八つ当たりしてもすり抜けておったというのに……)
魔王兄「誰だよ壁叩いたの」
魔王「貴様に腹を立てている幽霊でもいるのだろう。この頃出るらしいからな」
魔王兄「マジかよ……」
魔王「この城では淫らな行為を慎むのだな」
魔王兄「でも幽霊に性行為見せつけると除霊できるらしいぜ?」
魔王兄「生の波動にやられるらしい」
魔王「……どうだか」
魔王父(確かに近付けなくなるな)
メイド長「あんまり私の部下の腰を砕かないでくださいよ?」
メイド長「人手が減ると困りますので」
660: 2016/03/06(日) 20:11:20.50 ID:1cPqm476o
歌唱者「ここは……」
執事「アリア……僕がわかるかい」
歌唱者「コバルト……? 私、一体……」
歌唱者「あ……ああ……」
歌唱者「私、人を頃したのね……たくさん……血にまみれて……」
歌唱者「い、や……いや…………そんな……」
執事「落ち着いて。……君は悪くない。君を操っていた者がやったことだ」
歌唱者「うぅ……う…………」
661: 2016/03/06(日) 20:12:13.19 ID:1cPqm476o
歌唱者「思い出したわ……私が、破壊神と契約を交わした時のことを」
歌唱者「私は、復讐なんて望んでなかった。そんなことを考える余裕もなかった」
歌唱者「殺される瞬間だったもの」
執事「……」
歌唱者「コバルト、私、私…………」
執事「…………」
歌唱者「私、ただ、あなたに会いたかった。あれでお別れだなんて嫌だった」
歌唱者「また会いたい。そう願った瞬間、私の中に破壊の意思が入ってきて……」
歌唱者「気が付いたら、殺された人達の怨念に侵蝕されていたの」
勇者「じゃあ、やっぱり、アリアさんの中に入っていたのは……」
歌唱者「殺された村のみんなや、竜達の憎しみ……」
歌唱者「破壊神は、私の歌と、みんなの苦しみを利用して…………」
歌唱者「いや……あ……」
執事「もう大丈夫だ。君は自分を取り戻したんだから」
歌唱者「…………」
662: 2016/03/06(日) 20:12:44.40 ID:1cPqm476o
法術師「……イリスちゃんは……」
法術師「イリスちゃんは、今どうなっているの?」
歌唱者「……私の中で眠っています」
歌唱者「この体、彼女に返します」
武闘家「じゃあ、お前は成仏するのか?」
歌唱者「いいえ。彼女の魂は私のもの。イリスは、私の生まれ変わりなんです」
歌唱者「私は破壊神の呪縛から解き放たれました」
歌唱者「破壊神から力を供給されることもありません」
歌唱者「もうじき、私は彼女の中で永遠の眠りにつきます」
歌唱者「……みなさん、ご迷惑をおかけしました」
歌唱者「ごめんなさい……ごめんなさい…………」
執事「……少し、アリアと二人で外を歩いてきていいですか」
663: 2016/03/06(日) 20:13:58.63 ID:1cPqm476o
執事「……行こうか、僕達の故郷へ」
歌唱者「え?」
執事「僕の背に乗って。一瞬で着くよ。ちょっと、息苦しいかもしれないけど」
――北の大山脈
白い満月が夜を明るく照らしている。
背後にそびえる雪に覆われた山々が、さらに闇を輝かせていた。
歌唱者「もう、何もないのね……。建物の跡が、少し残っているだけ」
歌唱者「でも、自然はそのままだわ」
涼しい風が、柔らかく草を撫でている。
執事「君のことを思い出さなかった日は無かったよ」
執事「君のような犠牲者が出ないような世界を創ることだけを考えてきた」
歌唱者「……」
執事「……君の歌が好きだった。君の笑顔が好きだった。今でも大好きだ」
執事「君が好きだ」
歌唱者「…………!」
664: 2016/03/06(日) 20:14:41.29 ID:1cPqm476o
執事「……そう、伝えられなかったのが心残りだった」
執事「こんな形だけれど、正直会えて嬉しいんだ」
歌唱者「……私も、あなたのこと、好きだった」
歌唱者「あなたと語らうことが、あなたの背に乗って一緒に風を感じることが、」
歌唱者「大好きだった」
執事「もう一度、聞きたいな。君の歌を」
短い草が茂った丘の上で、二人は肩を並べて座っている。
執事(ずっとこの時が続いてくれたらな……なんて)
少女の歌声は澄んだ空気に響いてゆき、やがて小さくなっていった。
歌唱者「生命の輝きを……ひかり、の……結晶…………」
歌唱者「…………」
少女は少年の肩に頭を乗せ、眠りについた。
執事「……おやすみ、アリア」
665: 2016/03/06(日) 20:15:32.30 ID:1cPqm476o
翌朝
幼女「おはよーおねえちゃん!」
法術師「イリスちゃん!? もう大丈夫なの!?」
幼女「イリスげんきだよ?」
幼女「いつのまにねてたのかなあ……かいぎおわったんだよね?」
法術師「ああ……」
執事「…………」
勇者「大丈夫?」
執事「いやあ、ちょっと寝不足なだけですよ」
幼女「あ、おにいちゃん! やくそく!」
執事「……」
幼女「イリスのおうたきいて!」
執事「……ああ、そうだったね」
執事「宿の中で歌っちゃだめだから、外に出てから聞かせてもらおうかな」
666: 2016/03/06(日) 20:16:50.94 ID:1cPqm476o
――大陸南部の小さな村
幼女「ぱぱー! ままー!」
幼女母「ああイリス! よかったわ……」
幼女父「ありがとうございます! ありがとうございます!」
法術師「イリスちゃん、元気でね……」
幼女「うん! おねえちゃんにかってもらったかみどめだいじにするね!」
法術師「うっううっ……いつかまた会いに来るからね」
幼女「ぜったいきてね!」
幼女「おにいちゃん! おにいちゃんもあいにきてね!」
執事「僕、も?」
幼女「またおうたきいてほしいの!」
幼女「いっぱいいっぱいれんしゅうして、もっとじょうずになるから!」
執事「……ああ、楽しみにしているよ」
執事「また、暇を見つけて会いに来るから」
幼女「うん! やくそくだよ!」
執事「君の歌には、みんなを元気にする力がある」
執事(彼女とは違った歌声)
執事(でも、耳を傾ける者に喜びを与えていることには変わりない)
幼女「またね~!」
667: 2016/03/06(日) 20:17:59.03 ID:1cPqm476o
勇者「……アリアさんだった時の記憶、全く無いんだね」
執事「これでよかったんです」
執事「操られていたとはいえ、彼女は生命を殺め、罪悪感に苛まれていました」
執事「そんな記憶、忘れた方が幸せなんです」
執事「前世の行いで来世が苦しむ必要なんてありません」
執事「あの子には、未来を見て生きていてほしいんです」
勇者父「げほっ……」
勇者父(……もうそろそろ限界か)
Now loading......
673: 2016/03/07(月) 19:34:16.97 ID:fXmH/9koo
勇者兄「北北西の町の協会支部の立て直しが終わるまで防衛手伝えってさ」
勇者兄「あと、フロルにはこのまま仲間に加わっていてほしいそうだ」
魔賢者「え……」
魔法使い「……!?」
勇者兄「魔族が無害であることを証明するため、人間に協力したという実績を作るためだってさ」
勇者兄「だから擬態を解いて、魔気だけ抑えておいてほしいんだ」
勇者兄「しばらくつらいかもしれないけど、よろしくお願い……したい」
魔賢者「は、はい、頑張ります!」
勇者兄「よし、引き続きよろしくな!」
魔法使い(もうコバルトと魔王城に帰るのかと思っていたのに……)
Section 24 嫉妬
674: 2016/03/07(月) 19:35:31.30 ID:fXmH/9koo
勇者兄「罪の無い人に罪を犯させる破壊神……許せねえ」
勇者「そうだね」
勇者兄「日を増すごとに人形も幽霊も強くなってるな」
勇者「小さめの町とはいえ、ずっとバリア維持するのも疲れるね……」
勇者兄「ここ数日、ずっと人身変化を維持しながらバリア張ってるんだろ?」
勇者兄「もうそろそろ魔王城に行って休んだらどうだ」
勇者「お、お兄ちゃんが自ら魔王城に行くことを勧めるなんて……」
勇者兄「あのなあ! 俺は妹にとって何が一番いいことなのか考えただけ!」
勇者兄「……俺、エミルに自分の信念を押し付けてばっかで、」
勇者兄「お前の気持ちを大事にできてなかったからな」
勇者兄「あいつ……魔王の方が、ずっとエミルの心を大切にしてるって気が付いて、」
勇者兄「兄としてどうあるべきなのか考え直したんだよ!」
勇者「お兄ちゃん……!」
勇者「嬉しいからもうしばらくここにいるよ」
675: 2016/03/07(月) 19:36:19.38 ID:fXmH/9koo
町人1「あの魔族、本当に何もしてこないのう……」
町人2「それどころか協会の指示通りに俺達を守ってくれてるぞ」
町人3「美人さんだしな……」
魔賢者「あ、こ、こんにちは……」
町人4「魔族ってのは、リンゴの実は食べるのかい?」
魔賢者「ええ」
町人4「じゃあやるよ。先日助けてもらったお礼だ」
魔賢者「あ、ありがとうございます!」
武闘家「少しずつだけど受け入れてもらえつつあるな」
魔賢者「はい、安心いたしました」
魔賢者「こんなによくしていただけるなんて思ってもみませんでしたもの」
武闘家(最初は町の人達から怖がられていたが、)
武闘家(フロルさんの純朴な人柄が伝わったのか警戒を解かれつつある)
武闘家(良いことではあるんだが)
魔法使い「…………」
676: 2016/03/07(月) 19:37:15.42 ID:fXmH/9koo
勇者「マフィンもらっちゃった。一緒に食べよ」
勇者兄「お、さんきゅ」
勇者「お父さんも……ってあれ、木によしかかってお昼寝しちゃってる」
勇者「疲れてるのかなあ」
勇者兄「エミルのが負担でかいってのに」
勇者「お父さんにはお父さんの苦労があるんだよ」
勇者兄(昨晩ハッスルしたとかじゃないよなあ……)
勇者兄「お、フロル! おまえもこれ食べないか」
魔賢者「よ、よろしいのですか? では、いただきます」
魔賢者「お二人はとても仲が良いのですね」
勇者兄「まあな。フロルには、兄弟いるのか?」
魔賢者「故郷に、小さな弟や妹がおります」
勇者兄「故郷……どんなところなんだ?」
魔賢者「城下町近くの、小さな村です」
勇者兄「エミルと同じ知恵の一族って奴ではないのか?」
魔賢者「私、その……平民出身なんです」
勇者「フロルはね、魔貴族出身の賢者達と同じくらいの実力持ってるんだよ!」
勇者兄「実力で出世したって感じか? すごいんだな!」
魔賢者「い、いえ……そんな……ありがとうございます」
677: 2016/03/07(月) 19:37:53.86 ID:fXmH/9koo
魔賢者「これ、おいしいですね……」
魔賢者「確か、エミル殿下の本にこのようなお菓子の作り方が載っていませんでしたっけ」
勇者「あ、書いたよ」
勇者兄「エミルの本?」
勇者「魔王城にいる時にね、お料理の本書いて出版したらかなり売れちゃって」
勇者兄「えっすごいな」
魔賢者「私達平民の魔族に大好評なんですよ」
勇者「おかげで税金使わなくてもお買い物できるから気が楽だよ」
勇者「魔族のお金だからこっちでは使えないんだけどね」
魔法使い「あいつら……どうしてあんなに仲良く……」
魔法使い「………………」
678: 2016/03/07(月) 19:39:15.53 ID:fXmH/9koo
――夜 野外
魔賢者「夜の警備、大変ですね」
勇者兄「ああ。……散歩か? 今休憩だろそっち」
魔賢者「一人で警備をするの、寂しくはありませんか……?」
勇者兄「そ、それもそうだが」
勇者兄(心配して来てくれたのかな……嬉しいな)
勇者兄「魔族なのに人間の町で過ごすってのも、大変だろ」
勇者兄「俺、魔王城に泊まった時さ、魔族達から怖がられて……気疲れ半端なかったんだ」
魔賢者「だいぶ、慣れましたから」
勇者兄「そっか……そりゃよかった」
勇者兄「……魔族ってのも、人間と大して変わらねえんだな」
勇者兄「そりゃそうか。元は同じ人間だったんだもんな」
679: 2016/03/07(月) 19:39:47.86 ID:fXmH/9koo
勇者兄「……俺、小さい頃からずっと魔属は敵だって教えられてて、」
勇者兄「魔属は倒すべき敵だとしか認識してなかった」
魔賢者「…………」
勇者兄「でも、妹が魔族だったって判明してさ」
勇者兄「自分の価値観がいかに残酷なものだったのか、その時漸くわかって」
勇者兄「頭が真っ白になった」
勇者兄「今までの人生がひっくり返ったような感じがしたよ」
勇者兄「……俺は駄目な兄貴だった」
勇者兄「魔物と仲良くしてるあいつの気持ちを量ってやれてなかった」
勇者兄「そういえば、旅の途中で、魔族の女の子に恋をしてる男に出会ったんだ」
勇者兄「あの時はそいつの気持ちなんて全くわからなかったけど、」
勇者兄「今なら少しわかる気がする」
魔賢者「リヒトさん……」
勇者兄「あ、あはは、何語ってんだろうな俺」
勇者兄「聞き流してくれ」
勇者兄「……星、綺麗だな」
魔賢者「ええ」
680: 2016/03/07(月) 19:40:22.90 ID:fXmH/9koo
――宿
勇者兄「ただいまー」
魔賢者「……」
武闘家(二人で帰ってきただと……)
法術師「あ、あら、外でたまたま一緒になったのかしら」
勇者兄「ま、まあな」
魔法使い「…………!」
武闘家(これはまずい。これはまずい。どうにかして気を紛らわせないと)
勇者(ぼくが下手に介入しても悪化するだけだし寝たふりするしかない……)
勇者(恋って難しい)
勇者父「すこー……」
武闘家(失恋なんて別に珍しいことじゃない。人はそれを乗り越えて強くなるもんだ)
武闘家(しかし今はタイミングが悪すぎる)
武闘家(ここ数日気分を変えられそうな話題を振ったりはしてたが……)
法術師「もう夜も更けてるわ。みんな、もう寝ましょう」
法術師(……明日、フロルさんと話をしましょう)
法術師(人の恋路を邪魔したくはないけれど、私は……アイオの友達だもの)
681: 2016/03/07(月) 19:40:56.88 ID:fXmH/9koo
――翌朝
武闘家「もう限界だ。決着つけてすっきりするしかない」
法術師「そうね……でも」
法術師「フロルさん、ちょっと来てくれるかしら」
魔賢者「は、はい……」
法術師「……リヒト君のこと、どう思ってる?」
魔賢者「ええと……優しい人だなって、思っています」
法術師「……好き?」
魔賢者「え!? い、いえ……その……知り合ったばかりですので、まだ何とも……」
法術師「気になってはいる?」
魔賢者「……」
フロルは小さく頷いた。
法術師「……あなたの気持ちを否定するつもりはないわ」
法術師「でも、この旅が終わるまでは、あまりリヒト君と二人になってほしくないの」
法術師「アイオが、このままじゃ……」
魔賢者「っ……そう、ですか」
魔賢者「私、魔族だから邪険にされているのかとばかり……ごめんなさい」
682: 2016/03/07(月) 19:41:56.45 ID:fXmH/9koo
勇者「そういえばお兄ちゃんどこ行ったんだろ」
勇者「夜勤があった分朝はお休みのはずだよね?」
武闘家「欠員が出て東門の警備に呼び出されたらしい。……ってあれ」
武闘家「東門って今はアイオさんともう一人での警備のはずだよな」
勇者「あ」
勇者兄「おまえと二人か~」
魔法使い「悪かったわね」
勇者兄「おまえこの頃何ピリピリしてんだよ」
魔法使い「……別に」
――――
武闘家「二人っきりになったのが吉と出るか凶と出るか……」
勇者「心配だ……」
――――
683: 2016/03/07(月) 19:42:22.60 ID:fXmH/9koo
勇者兄「おまえとも長い付き合いだよな」
魔法使い「そ、そうね」
勇者兄「ガキの頃からずっとだもんなあ」
魔法使い「……あんた、あの子のことどう思ってるの」
――――
武闘家「あぁっそれ聞くのかよ」
――――
勇者兄「えっ……」
勇者兄「ええ~っと……その…………」
魔法使い「……その態度で答え出てるじゃない」
勇者兄「あ、うん……まあ……」
魔法使い「…………何で?」
684: 2016/03/07(月) 19:42:48.83 ID:fXmH/9koo
魔法使い「あんた、あんなに魔族を嫌ってたじゃない」
勇者兄「昔の話だろ」
魔法使い「私はずっとずっと前からあんたのこと好きだったのに」
勇者兄「えっ」
――――
武闘家「ああー」
勇者「覗いてることに罪悪感出てきたんだけど」
武闘家「安全のためだ仕方ない」
――――
勇者兄「……マジ?」
魔法使い「マジよ」
685: 2016/03/07(月) 19:43:51.28 ID:fXmH/9koo
魔法使い「それなのにあの女!!」
魔法使い「いきなり沸いて出てきてあんたを奪ってった!!!!」
勇者兄「おおおおお落ち着け」
魔法使い「許さない許さない許さないユルサナイ ユ ル サ ナ イ 」
武闘家「あぁ……」
勇者「この破壊の波動……やばいよ!!」
勇者兄「わー! ごめん!!」
勇者兄「でも俺あの子と出会ってても出会ってなくてもおまえとは無理だったから!!!」
武闘家「リヒトさんもう刺激すんな!!!!」
魔法使い「コワシテヤルゼンブコワシテヤル コ ワ セ コ ワ セ コ ワ セ」
勇者父「おいどうしたんだこれ!」
法術師「うそ……」
法術師「動くのが……一足遅かった……」
魔賢者「そんな……私のせいで……」
686: 2016/03/07(月) 19:44:39.27 ID:fXmH/9koo
勇者父「おまえなあ! 惚れられたんなら両方もらっとけばいいだろ!!」
勇者父「そしたら誰も泣かずに済むだろ!?!?」
勇者兄「あのなあ!!!!」
勇者「アイオさん戻ってきて!」
魔法使い「エ、ミル……」
魔法使い「元はと言えば……あんたさえ……あんたさえいなければ」
魔法使い「あんたさえいなければリヒトは私を見てくれたのに!!!!」
勇者「うぐっ!」
勇者兄「エミル!!」
勇者「がはっ……う……」
勇者父「まだ人としての意識が残ってる! 何か呼びかけろ!」
勇者兄「何言えばいいんだよ!?」
魔法使い「コ ロ シ テ ヤ ル 」
勇者「ひっ……」
法術師「だめえええ!」
687: 2016/03/07(月) 19:45:08.02 ID:fXmH/9koo
勇者「!?」
勇者(母上の腕輪が光ってる……)
魔法使い「うっ……」
勇者兄「隙ができたぞ!」
法術師「今の内に……キャアッ!」
武闘家「攻撃対象がこっちに移ったぞ」
魔法使い「こんな世界―――― イ ラ ナ イ 」
勇者兄「まだ若いんだから俺より良い人見つかるって!!」
勇者父「仕方ねえな……あいつを止めるぞ!」
688: 2016/03/07(月) 19:45:41.48 ID:fXmH/9koo
執事「…………」
メイド長「この頃ぼうっとしがちじゃない。大丈夫?」
執事「ああ、心配いらないよ」
執事「すぐ仕事に戻るから」
メイド長「…………」
魔王「そっとしておいてやれ」
メイド長「ええ……」
魔王「規定の内容もだいぶまとまってきた」
魔王「このまま順調に話が進めばいいのだが」
689: 2016/03/07(月) 19:47:44.61 ID:fXmH/9koo
――
――――――
勇者兄「ぐっ……アイオ……」
勇者兄(魔王がいたら力が増幅して余裕で倒せるってのに……)
勇者兄(……いや、そしたら強力になりすぎてアイオを頃しちまうかもしれねえ)
勇者兄(両方の力が揃ってると手加減が難しくなるんだよな)
勇者兄(少しでもミスると町一個余裕で吹っ飛ぶ)
法術師「……う…………」
女勇者「あら……真の勇者御一行様と平和協会職員の方々」
女勇者「破壊者一人に対してボロボロじゃない」
武闘家「殺さねえ程度に手加減するのむずいんだよ……あだだだ」
女勇者「……あの女、とんでもない破壊の波動出してるわね」
女勇者「よっぽどつらいことでもあったのかしら」
勇者兄「お、お前は……」
勇者父「ようライカ……」
魔法使い「コ ワ セ ハ カ イ ノ カ ミ 」
女勇者「あいつもだいぶ消耗してるみたいね。あたしがカタを付けてあげるわ」
勇者兄「待て! あいつは仲間なんだ! 殺さないでくれ!!」
女勇者「そんなこと言ったら氏人が出るわよ」
女勇者「流星の駿馬<シューティングスター・ギャロップ>」
勇者兄(あれは……身体強化魔術)
ライカは流れる星のように駆け出し、一瞬でアイオの元へ辿り着いた。
690: 2016/03/07(月) 19:48:57.56 ID:fXmH/9koo
女勇者「っはぁぁあああああああああ!!」
勇者「だ、め……待って!」
ライカは剣に光を纏わせてアイオに剣を振りかざしたが、
エミルがギリギリのところで障壁を張った。
しかしその障壁は脆く、剣戟を防ぎきることはできなかった。
魔法使い「あぐっ……!」
女勇者「斬れなかったけど、相当のダメージは入ったようね」
女勇者「……自分達が殺されそうだったのに邪魔するなんて、何考えてんだか」
法術師「助かったの……?」
魔賢者「よかった……」
勇者父「おまえ、どうしてこの町に……」
女勇者「平和協会のお使いよ。この戦いに加勢するよう呼び出されて走ってきたの」
女勇者「現真の勇者と前真の勇者がいるってのに情けないわね」
女勇者「あの女、何で破壊者化しちゃったわけ?」
勇者父「失恋」
女勇者「……そんな理由で破壊者化するなんて、今頃大陸中破壊者だらけだわ」
女勇者「世も末ね」
691: 2016/03/07(月) 19:49:51.79 ID:fXmH/9koo
勇者兄「アイオ……」
魔法使い「…………」
勇者兄「ごめんな、おまえの気持ちに気付いてやれなくて」
勇者兄「俺じゃ、おまえの気持ちに応えてやれないんだ」
魔法使い「ぅ…………」
勇者兄「おまえがエミルのこと嫌いなんだろうなとは肌で感じてたよ」
勇者兄「俺が原因だってことまではわからなかったけどな」
勇者兄「俺の家族と仲良くできないんじゃ、仮に付き合ってもうまくやっていけないだろ?」
勇者兄「……仲間としては大切に思ってるよ」
勇者兄「ごめん」
魔法使い「…………」
勇者兄「エミル、大丈夫か?」
勇者兄「あ……」
692: 2016/03/07(月) 19:50:24.65 ID:fXmH/9koo
勇者「う……」
協会兵1「こ、この勇者……魔族だぞ!」
協会兵2「協会を騙していたというのか!?」
勇者兄「こ、これにはわけが」
協会魔術師「上部に知らせろ!」
勇者兄(人身変化を維持しつつバリアで町を守り続けていた上での戦闘だった)
勇者兄(もう限界だったんだ……!)
協会僧侶「捕らえよ!!」
勇者父「待て! 待ってくれ! うっ……」
女勇者「ちょ、ちょっとシュトラール何寝てんのよ! 今何が起きてるの!?」
693: 2016/03/07(月) 19:51:20.03 ID:fXmH/9koo
協会魔術師「真の勇者一行に種族を偽っている者がおったとは」
勇者兄「……」
協会魔術師「貴様等は知っていたのか?」
勇者兄「魔族に生まれてきて何が悪いんだよ! そいつは俺の妹なんだ!! 放せ!!」
協会魔術師「そなたらも裁判にかけねばならぬ」
協会僧侶「おまえはテレポーションを使用できたな」
協会僧侶「ブレイズウォリアの協会本部まで我々を送れ」
魔賢者「し、しかし……」
協会僧侶「逆らえば魔族そのものが再び敵と見做されるぞ」
協会魔術師「一行を全員連行しろ!」
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701: 2016/03/08(火) 17:48:53.63 ID:IAKLY5uMo
――牢屋
勇者(よかった、ヴェルの石と、母上の腕輪は取り上げられなかった)
勇者「……はあ」
勇者(せっかくうまくいってたのに、これで和平が無くなったりしたらどうしよう)
兵士「あなた方はこちらに入ってください」
勇者兄「けっ」
武闘家「……」
法術師「こんなことって……」
勇者父「いてて」
魔賢者「…………」
兵士「くれぐれも脱獄なんてしないでくださいね……罪が増えてしまいますから」
勇者「みんなー」
勇者兄「エミル、無事か!?」
勇者「ちょっと離れた牢屋にいるよー……」
Section 25 半魔
702: 2016/03/08(火) 17:50:17.81 ID:IAKLY5uMo
看守「このエリアの牢には、魔術・法術の発動を無効にする術がかけられています」
勇者兄「それじゃ傷の治療もできないだろ。エミル、大丈夫か?」
勇者「大丈夫だよ。致命傷は負ってないし。お兄ちゃん達だって怪我してるでしょ」
勇者兄「……この封術、本気出せば破れないこともないが」
看守「ひいい、やめてください」
勇者「……アイオさんはどうなったの」
勇者兄「破壊者の収容所に連れていかれた」
勇者兄「破壊神の再封印が完了するまでは出られないだろうな」
勇者「……そっか」
法術師「アイオ……」
法術師「友達なのに、助けてあげられなかった……ごめんね、ごめんね……」
魔賢者「…………」
勇者兄「…………」
703: 2016/03/08(火) 17:51:00.87 ID:IAKLY5uMo
国王「やはりエミル・スターマイカは半魔であったか……」
協会幹部1「もっと早い段階で何かしらの罪を着せて極刑にしておくべきだったな……」
協会幹部2「光の力が無くなったのも、魔気と相殺されているためだろう」
大神官「今からでも遅くはございません。魔族の血を引いていることが判明した以上、」
大神官「生かしておく術はありません」
大神官「魔族でありながら人間と偽った者は極刑だと大陸法で定められております」
協会代表「先日特例を出した魔族とは状況も異なるしな」
大魔導師「しかし、今下手に魔族を頃して魔王が黙っているとは限りませぬ」
大魔導師「和平の決裂は人間としても痛手となります」
女勇者「んで、あたしは何で連れてこられてるんです?」
大神官「……リヒトが駄目だった場合、次の真の勇者は」
女勇者「ああそうでしたわね、あたしは真の勇者第一候補」
704: 2016/03/08(火) 17:51:40.63 ID:IAKLY5uMo
大魔導師「しかし、ライカ・ディアマンテは先日真の勇者の最低条件に達したばかり」
大魔導師「破壊神との闘いにはやはりリヒト・スターマイカの方が適任だと思われます」
大神官「されど魔族の人間生活幇助を行った人間も同じく極刑となります」
大神官「勇者といえど、国を欺くことは重罪でございます」
国王「ぐぬ……」
協会代表「……法は秩序を守るための物。遵守せねば規律が乱れる」
大魔導師「今は非常事態でございます」
大魔導師「法のために自ら更なる危機に陥るのも馬鹿らしくはありませぬか」
国王「しかしこのような時だからこそ、」
国王「人間と偽っていた半魔の存在は民の不安を煽りかねない」
大神官「うむ、和平決裂の原因となりかねませぬ」
大神官「しかしながら、リヒト達を失うのは致命的であることも確かに明らかですな……」
国王「どうするべきなのだ……」
705: 2016/03/08(火) 17:52:33.83 ID:IAKLY5uMo
武闘家「……これでよし」
勇者兄「今おまえ何かやったのか?」
武闘家「封じられているのは魔術と法術だけだ。俺の術は好き放題使える」
武闘家「俺等の会話が他人に認識されないよう催眠術をかけた」
勇者父「おまえ器用だな」
勇者「……ぼくが魔族だってこと、知らなかったことにすれば釈放してもらえるよ」
勇者兄「何言ってんだよ!」
勇者兄「言っただろ、これからは絶対守るって!」
勇者兄「法律に背くことになろうが関係ない、俺はおまえを絶対に見捨てはしないからな!」
魔賢者「殿下を見捨てて生き延びることなどできません!」
勇者「お兄ちゃん……」
勇者兄「……やっぱこの牢打っ壊して」
勇者「待って! 今下手に動けば和平の交渉が決裂しちゃうかもしれない!」
勇者「しばらく待とうよ」
勇者兄「ちくしょう……」
706: 2016/03/08(火) 17:53:03.93 ID:IAKLY5uMo
魔王「エミルが投獄されたとはどういうことだ!」
ヴェルディウスは机を叩いた。
魔王「……今すぐ連れ戻しに行ってやる」
執事「お待ちください」
執事「魔王陛下がいきなりエミル様を助けに行ったら大変なことになりますよ」
魔王「くっ……」
メイド長「エミル様……」
707: 2016/03/08(火) 17:54:33.46 ID:IAKLY5uMo
兵士「……リヒト様達は無罪となりました」
勇者兄「エミルは? エミルはどうなるんだ!?」
兵士「エミル様は……人間の国及び平和協会、あなた方を欺いて人間として生活し、」
兵士「勇者を騙った罪で極刑となりました」
勇者兄「なんだと!?」
勇者兄「ふっざけんな!!!!」
勇者「…………!」
兵士「刑を速やかに執行するため、夕刻まであなた方を引き続き拘束させていただきます」
法術師「そんな……!」
勇者父「おいそりゃねえだろ!」
勇者父「エミルを人間の姿に変えたのは俺なんだ!」
勇者父「エミルに罪はない。頃すなら俺を殺せ!!」
協会代表「先代魔王を倒した稀代の勇者・シュトラールを処刑しては、」
協会代表「大陸の民が嘆き、協会の運営に支障をきたします故」
勇者父「んなこたどうでもいい! エミルは助けてくれ! 俺の娘なんだ!」
勇者兄「……エミルが殺されそうになって俺が黙ってるとでも思ったのか?」
協会幹部1「母親がどうなっても構わないと言うのか」
勇者兄「きたねえぞ!!」
協会幹部2「『おまえ達はエミルが魔族であるとは知らなかった』良いな」
勇者兄「ちくしょう……ちくしょう!!」
協会代表「……エミル・スターマイカを特別拘束室へ移送しろ」
708: 2016/03/08(火) 17:55:20.58 ID:IAKLY5uMo
執事「大使を通して交渉を行ったのですが」
執事「『人間の法に則って極刑を処するだけだ。内政干渉は許されない』と」
執事「下手をすればまた戦争になります」
魔王「おのれ……」
武闘家「執行まであと数時間ある」
武闘家「隙を見てエミルを助け出すぞ」
武闘家「カトレアさんも助け出せば良い」
勇者兄「……ああ」
709: 2016/03/08(火) 17:56:15.31 ID:IAKLY5uMo
兵士1「真の勇者一行が逃げ出したぞー!」
兵士2「探せぇ!」
勇者兄(執行される寸前、エミルにかけられている拘束術が緩まるはず)
勇者兄(その瞬間に絶対に助け出す!)
法術師「これ以上仲間を失ってたまるもんですか!」
武闘家「おまえは俺達を見なかったことにな~る~見なかったことにな~る~」
兵士3「ふぁ……」
女勇者「あら楽しそうね。私も手伝ってあげるわ」
勇者兄「お、おまえ……」
女勇者「……ほとんど会ったことがないとはいえ、」
女勇者「きょうだいが氏ぬのは寝覚めが悪いもの」
710: 2016/03/08(火) 17:56:56.51 ID:IAKLY5uMo
――エミル達の家
勇者父「カトレア!」
勇者母「あなた!」
協会兵1「何!?」
協会兵2「ひっ!!」
勇者父「おまえら俺の嫁さん拘束しやがって!」
勇者父「逃げるぞ!!」
大神官「何やら騒がしいな……」
協会幹部1「極刑は厳粛に行われなければならぬというのに」
神官(エミルさんの魔力容量が大きかったのは、やはり最上級魔族から生まれたから)
神官(でも、彼女の優しさは本物のはず)
神官(それなのに私は、恐れをなして彼女を一人にしてしまった……)
勇者(このまま殺されるなんて……絶対嫌だ!)
勇者(信じよう。助かるって)
711: 2016/03/08(火) 17:57:23.11 ID:IAKLY5uMo
協会代表(法は遵守しなければならないもの)
協会代表(だが、世界のために特例を出すこともある)
協会代表(世界の破滅を防ぐため、リヒト達は無罪としたが……)
協会代表(これで正しかったのか……?)
協会幹部1「もちろん、エミル・スターマイカの氏刑は内密にしてあるだろうな」
協会幹部2「ああ。世間が何と言うか想像もつかぬからな」
協会代表(……私は、その世間の反応を知りたくてたまらなかった)
協会代表(『心優しき勇者エミルは半魔であったため処刑される』)
協会代表(そう民に伝わったら、民がどう思うか……)
協会兵「報告があります!」
712: 2016/03/08(火) 17:57:56.47 ID:IAKLY5uMo
村長「あの心優しき子が極刑とは……なんと嘆かわしい……」
少女「そんな……エミル君……」
少女「半魔だろうが関係ない……エミル君はエミル君」
少女「まるで魔族のように迫害されていた私を助けてくれたもの……!」
娘「エミル……」
娘父「ついに来ちまったか、この時が」
村娘1「嘘でしょ……」
村娘2「魔族と仲良くしようって呼びかけておいてエミル君頃すっておかしくない?」
村娘3「矛盾してるにもほどがあるわ!」
村娘4「魔族だったなんて……でも、これから魔族と協力する時代になるはずよね?」
商人「あの子が……」
713: 2016/03/08(火) 17:59:34.96 ID:IAKLY5uMo
協会兵「どこからかエミル・スターマイカの処刑に関する情報が漏洩してしまい、」
協会兵「大陸中……特に大陸横断線東部からの苦情が殺到しております!」
大陸横断線……東のブレイズウォリアから魔王城のある西にかけて広がる地区。
協会幹部1「何だと!?」
協会兵「一部では暴動も起きております!」
協会幹部2「そんな馬鹿な」
協会兵「エミル・スターマイカは、魔属を頃しはしなかったものの、」
協会兵「道中で多くの人々を救っており、その功績を評価している民が非常に多く、」
協会兵「また、魔族と和平を結んだことも相俟った結果だと思われます」
協会幹部2「あ、ありえぬ……」
協会代表「ふむ……」
協会代表(こやつらに黙って情報魔術師に大陸中へ情報を流させたが)
協会代表(このような結果になるとはな)
714: 2016/03/08(火) 18:00:28.49 ID:IAKLY5uMo
――極刑の時刻
大神官「魔導封じの術は施してあるな」
僧侶1「はい」
エミルは特別拘束室から野外の斬首の間へ移送された。
大神官「……エミル・スターマイカ。前へ進め」
勇者「……」
勇者(やっぱりぼくは生きてちゃいけない存在なんじゃ)
勇者(……なんてね。そんなこともう思わないよ)
勇者(ぼくのことを大切に思ってくれる人だってたくさんいるんだから)
神官(! 何者かが潜んでいる)
女勇者「術が緩まったわ、今よ!」
勇者兄「エミルを放せ!!」
僧侶1「うぐっ!」
僧侶2「ぐはっ!」
勇者「お兄ちゃん!」
神官「……!」
大神官「な、なんだと!?」
大神官「法術者達、拘束術を!」
魔王「――させるか!!」
勇者「兄上!?」
勇者兄「は、来ると思ってたぜ」
魔王「エミルのいない世界で和平を実現させても何の意味もないからな」
715: 2016/03/08(火) 18:01:15.65 ID:IAKLY5uMo
魔王「ほう。この空間では魔術の発動が封じられているようだな」
魔王(無理に破れば爆発が起きる)
魔王「……真の勇者、エミルを連れて逃げろ」
勇者兄「おまえが俺にそんなことを言うなんてな」
勇者兄「行くぞエミル!」
勇者「うん!」
魔賢者「殿下をお守りいたします!」
大魔導師「おお、なんと……魔王が来るとは……」
大神官「なんということだ……!」
勇者兄「城から出ればテレポーションを使える!」
勇者「!」
勇者「大勢……すごくたくさんの人がこの城に押し寄せてきてるよ!」
716: 2016/03/08(火) 18:02:09.87 ID:IAKLY5uMo
エミルを解放しろー!
この国は和平を台無しにする気かー!
エミルを散々利用しておいて処刑するってどういうことだ平和協会!!
平和協会がある限り平和にならねえ!! 本部打っ壊しちまえ!!
女子5「魔族とか関係ない! エミル君を返して!!」
ガイアドラゴンまで俺達に加勢してくれてるぞ!?
勇者父「おお、すごいことになってんな」
勇者母「ああ、エミル……」
国王「……国民がこう言っておる」
国王「我等の頭が固すぎたようだ」
協会代表「……新たな時代を築こうという時に、愚かな決定を下してしまった」
協会代表「鎮まれ!」
協会代表「今までの法ではエミル・スターマイカは間違いなく極刑であり、」
協会代表「そのことを知っていながら黙っていた者も同罪であった」
協会代表「だが、時に、古い法律は新たな時代の幕開けを妨げる」
国王「……エミル・スターマイカを無罪とする」
717: 2016/03/08(火) 18:03:51.32 ID:IAKLY5uMo
国王「エミル……今まですまなかったな」
勇者「王様……」
国王「おまえを氏なせるために無理な命令を下し、そして極刑に処そうとした」
国王「おまえの働きを軽視しておったよ」
国王「これほどおまえが民から愛されておるとは……」
国王「もはや、わしは王の器ではなくなった」
国王「頭の凝り固まった老人が引退する時が来たようだ」
国王「わしは王位を王子に譲るが、邪魔なだけの古い法を廃止し、」
国王「魔族と友好関係を築けるような新たな法を作らせることを約束しよう」
協会代表「うむ……新たな条約の制定に伴い、」
協会代表「大陸法の内容の改正が必要だ」
武闘家「ってことは、助かったんだな」
法術師「はあ……」
武闘家「まったく、年をくったお偉いさんは頭の切り替えが遅くて困るぜ」
718: 2016/03/08(火) 18:04:30.57 ID:IAKLY5uMo
魔王「エミル!」
勇者「ヴェル!」
魔王「……和平の更なる証として、我はこの人間の血を引く少女を后として迎え入れる」
勇者「あわわ」
魔王「よいな」
国王「な、なんと」
魔賢者「ああ、よかった……本当によかったです……」
女勇者「あたしを村に帰してもらえないかしら」
勇者父「まあまあ、パパの故郷見てけよ」
女勇者「興味ないわ。あんたのこと父親だと思ったことないもの」
勇者母「あなた、この子……」
勇者父「あっ……」
719: 2016/03/08(火) 18:05:41.96 ID:IAKLY5uMo
勇者「おかーさーん!」
勇者母「エミル! ああエミル!!」
勇者「……ぼくのこと、まだお母さんの子だって思ってくれてるの?」
勇者母「当り前じゃない!」
勇者母「この人のことだからどんな女の人と子供こしらえてきてもおかしくないもの」
女勇者「……魔族と子供作ってたなんて、あんたほんと見境ないのね」
勇者父「いやあの、相手を選んではいるぞ? 一応……」
勇者兄「あ、えっと、ライカだっけ?」
勇者兄「助けてくれてありがとな」
女勇者「ふん」
協会兵「ら、ライカ様!」
女勇者「何よ」
協会兵「その、先程の暴動で怪我をした協会兵がおりまして」
協会兵「一晩だけでいいので、防衛に手を貸していただきたいのです」
女勇者「ちょっと、帰れないじゃない……母さんが心配してるってのに」
720: 2016/03/08(火) 18:06:34.02 ID:IAKLY5uMo
勇者母「あなた……魔王だったのね」
魔王「……」
勇者母「エミルを助けてくださったんだもの。感謝してるわ」
勇者母「今晩はぜひうちに泊まっていってくださいな」
魔王「!?」
勇者兄「母さん、正気か?」
勇者兄「……まあいいか」
魔王「……美味い」
勇者「ね? お母さんのお料理おいしいでしょ?」
魔王「ああ。エミルの味とよく似ている」
勇者母「喜んでもらえたようでよかったわぁ」
勇者兄「……」
女勇者(……何であたしも一緒にご飯食べてんのかしら)
勇者父(この状況でも普段通りでいられるカトレアはすごい。ほんとすごい)
勇者父(……美味いなあ。ほんと美味いなあ)
勇者(お父さん……泣いてる?)
721: 2016/03/08(火) 18:08:14.71 ID:IAKLY5uMo
夜
勇者「ベッド狭くてごめんね」
魔王「構わん。こう密着して寝るのも久々だな」
勇者「……ヴェル、今日来てくれてありがとね」
勇者「嬉しかった」
魔王「私にとって一番大切なのはおまえだからな」
勇者「……ありがと。和平が無かったことにならなくてよかった……」
魔王「おまえまで失ったら私はもう生きてはいけぬ」
勇者兄(聞こえてんだよちくしょう!!)
勇者兄(フロルは今……壊れかけの平和協会本部か)
勇者兄(アイオ…………)
勇者兄(複数人余裕で愛せる親父が少し羨ましい)
722: 2016/03/08(火) 18:08:53.64 ID:IAKLY5uMo
勇者父「なあ、おまえ何で俺と結婚してくれたんだ?」
勇者母「どうしたのよ今更」
勇者父「どうしても気になってさ。酷い女好きの浮気者じゃねえか、俺」
勇者母「そりゃあなた、この町の誰かがあなたと結婚しなきゃ、」
勇者母「あなたこの町に帰ってきてくれないでしょ」
勇者母「あなたが生まれ育ったこの家を廃屋にする気?」
勇者母「……なんてね。そんなの建前よ」
勇者母「あんたがどうしようもない女好きでも、あたし、あんたのこと好きだもの」
勇者母「どうしても他の男に興味沸かなかった。それだけよ」
勇者父「カトレア……」
勇者父「おまえは、俺が生まれて一番初めに愛した女だ」
勇者父「苦労かけたな」
勇者母「なんなのよ、おかしいわよ今日のあんた」
勇者父「……今日で、最後なんだ。来れるの」
勇者母「…………そう」
723: 2016/03/08(火) 18:09:57.29 ID:IAKLY5uMo
翌朝
勇者兄「急に破壊神の封印が緩まったから、すぐ北に行けってさ」
勇者「そっか。お母さん、行ってくるね!」
魔王「世話になったな」
女勇者「ご飯、おいしかったわ」
勇者父「……じゃあな」
勇者母「…………行ってらっしゃい」
法術師「絶対、絶対帰ってくるからね!」
騎士「気をつけてな」
武闘家「父さん、母さん、師匠、俺も手伝いに行ってくるよ」
魔賢者「では、みなさん……行きましょうか」
魔賢者「瞬間転移<テレポーション>!」
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726: 2016/03/09(水) 11:46:08.80 ID:/Pc4GdUAo
Section 26 争乱
女勇者「あたしも一行に加われですって?」
協会職員「はい、どうかご協力願いたい」
勇者兄「戦力が増えるのは助かるな」
法術師「そうね……アイオが離脱した以上、もう破壊の意思を追い出す術も使えないし」
法術師「強い光の力を持った勇者が仲間になってくれたら助かるわ」
女勇者「仕方ないわね。母さんにしばらく帰れなさそうって連絡送っといてもらえるかしら?」
勇者父「おお~心強いなあ」
女勇者「あんたのために協力するわけじゃないんだからね!」
勇者(話し方はきついけど悪い人ではなさそう……)
勇者「お姉ちゃん、よろしくね」
女勇者「お、おねっ…………」
勇者兄(ああ……そういやこの子も妹か……)
727: 2016/03/09(水) 11:46:52.47 ID:/Pc4GdUAo
協会職員「観測者達の報告によると、もうじき破壊神に干渉できるようになるそうです」
勇者兄「えっそんなに急なのかよ」
協会職員「封印が弱まるのに伴い、地中に埋まっていた封印の神殿も出現しました」
協会職員「しかし、神殿の扉を開けるために必要な暗号が解読できておりません」
勇者兄「破壊神の封印が解けても入れないのか?」
協会職員「おそらく、破壊神の力が利用されるのを防ぐため、外部からの侵入を防ぐ必要があったのでしょう」
協会職員「もうしばし待機してください」
武闘家「ゆっくり休みたいところだな……」
勇者兄「神様相手に戦うんだよな、俺等……」
魔王「怖気づいたか?」
勇者兄「そんなわけねえだろ!」
魔王「ほう、頼もしいものだな。私は正直不安だぞ」
勇者兄「なっ……」
魔王(封印するだけで平和をもたらせたらよいのだがな)
728: 2016/03/09(水) 11:47:33.15 ID:/Pc4GdUAo
勇者兄「……そういや、他の大陸ってどうなってるんだ? 魔族はいないのか?」
魔王「ああ。他の大陸に生息しているのは主に亜人種だな」
魔王「我等魔族は他の大陸に移住すると、体の強靭さと膨大な魔力容量を失い、」
魔王「姿形こそほぼ変わらないが魔族特有の強さは失われる」
勇者「追放された魔族達は、そっちじゃ悪いことできないんだ」
魔王「できるなら追放処分など行っておらぬ」
魔王「追放先の大陸の住民に面倒を押し付けることになるからな」
魔王「追放された魔族は、優れた身体能力を持つ亜人種に従って生きるしかないのだ」
729: 2016/03/09(水) 11:50:13.35 ID:/Pc4GdUAo
勇者兄「なあ、フロル……一緒に見回り行かないか」
魔賢者「……ごめんなさい」
勇者兄「あ…………」
勇者兄「……やっぱ、責任感じてんのかな」
勇者兄「はあ……」
武闘家「あんま気にしなくていいと思うんだがなあ」
勇者兄「おまえ……あんなことがあったんだぞ?」
武闘家「タイミングが悪くて破壊者化しちまったとはいえ、」
武闘家「失恋なんて珍しくもなんともない」
武闘家「振った相手のこと気にしてたら誰とも付き合えねえじゃん」
勇者兄「そりゃそうかもしれないけどさ……」
勇者兄「きっと、自分のせいでエミルが魔族だってバレたんだと思ってるんだろう」
格闘家「時間が必要なのかもな」
勇者兄「…………」
730: 2016/03/09(水) 11:52:16.33 ID:/Pc4GdUAo
魔王「仕事が入った。数時間だけ城に戻る」
魔賢者「お送りいたします。今、陛下は魔力を温存すべきです」
魔王「頼む。エミル、おまえも来い」
勇者「ぼくも?」
魔王「おまえの人間としての戸籍に少々手続きが必要となってな」
勇者「はーい」
勇者兄「……はあ」
法術師「…………」
女勇者「じめじめしてるわね」
731: 2016/03/09(水) 11:53:26.22 ID:/Pc4GdUAo
勇者(大勢の前でプロポーズされるとは……嬉しかったけどね)
魔賢者「…………」
勇者「フロル、この前のこと、気にしなくていいからね」
勇者「フロルは何も悪くないんだから」
勇者「アイオさん、どっちかというとぼくのことを憎み続けてたし……」
勇者「誰も悪くない。ただ、ちょっと歯車が噛み合わなかっただけ」
魔賢者「……お気遣いありがとうございます、殿下」
魔賢者「しかし、私のせいで、殿下が危険な目に……」
勇者「ぼくが種族を偽っていたことは事実だもん」
勇者「そんなぼくでも助けようとしてくれる人がたくさんいるってわかって嬉しかったよ」
魔賢者「…………」
魔王「自分を責めるな。悪い結果にはならなかったのだからな」
魔王「……エミル、この書類に署名を」
勇者「はい」
勇者「……あのね、アイオさんに殺されそうになった時、母上の腕輪が護ってくれたんだ」
魔王「! ……そうか」
勇者「きっと、見守ってくれてるんだよね」
魔王「ああ」
魔王父『この娘がこの城に訪れてから随分経ったな……』
魔王父『我もオリーヴィアとの間に娘が欲しかったが、叶わなかった』
魔王父『あの男の子供だと思うと少々憎たらしいが、』
魔王父『この娘は本当にオリーヴィアとよく似ている』
魔王父『誰かを殺さなくて良かったと思ったのはこれが初めてだ』
魔王父『……氏んで以来独り言が増えたな』
732: 2016/03/09(水) 11:54:42.12 ID:/Pc4GdUAo
勇者「アイオさん、破壊神に憎悪を利用されて、好きな人まで頃しそうになったんだ」
勇者「もしぼくが破壊の意思に取り憑かれて兄上を頃しちゃったりしたら、耐えられない」
勇者「ううん、兄上じゃなくても、もし誰かの命を奪ってしまったら……」
魔王「…………」
勇者「今、操られて誰かを頃してしまって苦しんでいる人が大陸中に溢れているんだ」
勇者「ぼくは、そのことがとても悲しい」
勇者「命は何よりも大切なものなんだ」
魔王「……私が破壊神を倒してみせる。おまえは安心して待っているといい」
勇者「お手伝いくらいするよ」
魔王父『命は大切、か……』
魔王父『オリーヴィアも同じようなことを何度も言っていた』
魔王父『もし我がヴェルディウスを誰かに殺されたら……とても許すことはできぬ』
魔王父『この娘は他人の立場に立って考えることができる。彼女もそうであった』
魔王父『我は、生前……そのようなことを考えたこともなかったな』
調理師「うわあああ! 人間の悪霊だああああ!!」
コック「ひいいいいいいい!!」
魔王「嘆かわしいことに、この城には数多の血が染みついている」
魔王「地縛霊の百体や千体出るだろうな」
733: 2016/03/09(水) 11:55:23.34 ID:/Pc4GdUAo
勇者父「まだ解読できねえのか?」
協会職員「ええ……申し訳ございません。あなたに発見していただいたというのに」
勇者「ただいまー、どうしたの?」
勇者(あれ? お父さんまた老けたような)
勇者父「おまえこれ読めるか?」
勇者「ああ、大陸最北端の超古代文字だよ。パズルみたいになってるね……」
勇者「文法は北の古語とほとんど一緒だし、辞典があれば解けるかも」
魔王「辞典なら我が城の図書室にあるぞ」
協会職員「な……んですと……」
勇者父「おぉ、流石お父さんとオリーヴィアの娘だな!」
勇者「フロル、もう魔力切れだよね? ぼく取ってくるよ」
勇者父「お父さんは優秀な娘を持ったもんだなあ……」
女勇者「……ふん」
魔王父『…………』
魔王父『今までは城から離れることはできなかったというのに』
魔王父『何故だか共にここまで飛ぶことができてしまった』
734: 2016/03/09(水) 11:56:06.01 ID:/Pc4GdUAo
勇者「せめて普通の文章になってたらな……謎かけみたいになってるから難しい」
勇者「むむ……」
魔王「詰まったか? 見せてみろ」
勇者「ここ辞典引いてもわからなくて」
魔王「ああ、この動詞は不規則だからな」
魔王「……熟語も複雑な物が使われているな」
勇者「詳しいんだね」
魔王「この言語でないとコードを組みづらい術があってな。少々かじっている」
勇者兄「次元が違う……ちょっと寂しい」
勇者父「まああいつらは母親が同じだからなあ」
勇者父「おまえだってエミルと似てるところあるだろ」
勇者兄「……例えば?」
勇者父「すぐ泣くところとか、真っ直ぐなところとか」
女勇者「あら、あたしはそのあたり似てないわね」
女勇者「はあ……あたしの異母妹に魔王の異父妹がいるなんて信じられないわ」
女勇者「流石稀代の女好きシュトラールね」
勇者父「……おまえのきついところは誰に似たんだ? 直さないと嫁の貰い手に困るぞ」
女勇者「大きなお世話よ」
勇者父「うう」
勇者兄「そりゃ父親がこれじゃあ捻くれもするだろ……」
735: 2016/03/09(水) 11:56:32.34 ID:/Pc4GdUAo
勇者「…………解けたー!」
勇者「この結果を基に扉の前で術を発動すれば神殿の中に入れるはずだよ」
勇者父「よくやった!!」
勇者父「よーしよーしいい子だぞ~!!」
勇者「えへへ。兄上がいてくれたから解けたんだよ」
魔王「……」
勇者父「おまえも頭撫でてやろうか?」
魔王「い、いらぬ」
魔王父『我が息子に近付くな』
勇者父「ご褒美に小遣いやるから二人で喫茶店でも行ってこいよ」
勇者「え、でも……」
勇者父「街中の監視も必要だろ? 丁度昼飯時だし行ってこい行ってこい」
勇者「ん……じゃあ行ってくるよ。ありがとう、お父さん」
魔王「騒ぎにならぬ協会に許可を取って人間に擬態せねばな」
736: 2016/03/09(水) 11:57:23.57 ID:/Pc4GdUAo
勇者「このお店の紅茶おいしいね」
魔王「この味ははじめてだな……茶葉を買って城に持ち帰りたい」
魔王「……流石にこの地方は冷えるな」
勇者「そだね。野外でお茶飲むのにはちょっと寒すぎるかも」
勇者「現地の人は平気そうだけど」
女性1「ねえねえ、あの人かっこよくない?」
女性2「あんなに綺麗な男の人がいるなんて……」
勇者「…………」
勇者「ヴェル!! 顔隠して!! ローブ被って!!」
魔王「ど、どうした」
勇者「ヴェルはね、魔族の基準では身長低くても、」
勇者「人間の価値観だったら高身長の美形なの!!!!」
勇者「だから、あんまり人目についたら……その……」
魔王(……妬いてるのか)
魔王「……おまえは可愛いな」
勇者「えっ!? あ、う……うぅ…………」
勇者(……もうすぐ世界を壊そうとしている神様と戦うだなんて、信じられないな)
737: 2016/03/09(水) 12:02:42.22 ID:/Pc4GdUAo
魔王「なあエミル」
魔王「この戦いを終えたら、婚姻の義を行わないか」
勇者「婚姻の義って……つまり、結婚式?」
魔王「ああ」
勇者「で、でも、ぼくまだ年齢が……」
魔王「魔族の婚姻に年齢制限はない」
勇者「ん……花嫁さんかあ。思ってたより早いけど……兄上がやりたいならいいよ」
738: 2016/03/09(水) 12:03:36.87 ID:/Pc4GdUAo
勇者父「なあライカ」
女勇者「何よ」
勇者父「好きな男とか、いないのか」
女勇者「いないわよ! 悪かったわね!!」
勇者父「怒るこたないだろ……」
女勇者「勇者業なんてやってるおかげで誰も寄ってこないのよ」
女勇者「そこらへんの男よりも腕が立っちゃうもの、あたし」
勇者父「そうかぁ」
勇者父「まあ世界は広い。おまえを好きになってくれる男はきっといるって」
女勇者「馬鹿にしにきたの?」
勇者父「はあ、父親が娘と話したがるのは別におかしいことじゃないだろ?」
女勇者「鬱陶しいわ。あんたが父親であることがあたしの人生の最大の汚点なのよ」
女勇者「話しかけないでちょうだい」
勇者父「ふぅ、辛辣ぅ」
739: 2016/03/09(水) 12:04:11.45 ID:/Pc4GdUAo
勇者「!」
勇者「すごく強い破壊の波動が大地を駆け抜けていったよ」
魔王「……来たな。人形の軍勢だ」
勇者父「町を守れ!」
法術師「なんて大軍なの……!」
魔賢者「恐ろしい……」
武闘家「こりゃひでえ」
勇者兄「これじゃ大陸中戦争になるだろうな……」
協会元帥「人形の進軍を止めろおおお!」
魔王父『……力が沸いてくる』
魔王父『破壊神とやらは霊に力を与えているらしいからな』
魔王父『我にも力の供給があるということか』
740: 2016/03/09(水) 12:04:47.64 ID:/Pc4GdUAo
勇者「轟く大滝<サンダー・カタラクト>!」
魔王「絶望の如く押し寄せる雪の流動……落ちろ! <アーヴァランシュ>!」
勇者「キリが無い……」
魔王「エミル!」
勇者(背後にもう敵が!)
魔王父『……雑魚めが』
人形『ゴガァッ』
勇者「人形が魔力の衝撃で吹っ飛んだ……?」
魔王(今の波動は……)
魔王父『……息子の后となる者を氏なせるわけにはいかぬからな』
魔王父『この力、利用させてもらおう』
勇者(姿は見えないけど……誰かがいる)
741: 2016/03/09(水) 12:05:38.35 ID:/Pc4GdUAo
執事「この魔王城にまで攻め入ってくるなんて……」
執事「全軍、人形と全力で戦ってください」
執事「ああ、気を昂らせすぎると破壊者化しかねないので気をつけて」
魔団長「はっ」
執事「さて、僕も敵を一掃しに行くとするか」
メイド長「私も戦うわ」
執事「生き残るんだよ。君はまだ想い人が生きているのだから」
メイド長「あら、自分は氏んでもいいみたいな言い方はやめてほしいわね」
メイド長「お互い生き延びるのよ」
執事「……そうだね。仕事はまだまだたくさんあるんだ」
執事「魔王陛下不在のこの城を守り通します」
メイド長「全てを呑み込む海嘯、<ハイドロウリック・ウェーブ>!」
執事「暗雲を照らす雷轟電撃、我等に仇なす者全てに鉄槌を――神の雷霆<ケラウノス>!」
742: 2016/03/09(水) 12:06:43.68 ID:/Pc4GdUAo
勇者父「ライカッ!」
女勇者「きゃっ!」
勇者父「怪我すんじゃねえぞ!」
女勇者「ふんっ、あんたなんかに助けてもらう必要なんてなかったわ!」
女勇者「流星の剣戟<メテオ・アームス>!」
勇者父「はあ……ほんと素直じゃねえんだから」
勇者兄「気を抜いてる暇はねえぞ!」
743: 2016/03/09(水) 12:07:10.69 ID:/Pc4GdUAo
雪魔族「……人間と手を組むのは不本意だが、命令であれば仕方ない」
雪魔族「魔の気にやられたくなくば、あまり私に近付かぬことだな」
風竜「そう言うでない。力を合わせねば魔物達も氏ぬこととなる」
娘父「ふん……」
魔王兄「最南端はろくに強い奴が現れないから加勢に来てやったぜ!」
雪魔族「!?」
雪魔族「貴公の魔の気は私には有害だ! 近付くな!」
魔王兄「せっかくの美人だってのになあ」
雪魔族「く、来るな!! 融ける!!」
雪魔族「魔族の魔気を恐れる人間はこのような気持ちなのだろうか……」
744: 2016/03/09(水) 12:08:04.15 ID:/Pc4GdUAo
青年「この戦いが終わったらルナリアとまた会えるはずなんだ」
青年「氏んでたまるか!」
海竜長長男「姉さんのためだ。僕達は君と君の町を守るよ」
海竜長次男「姉さん……無事でいて」
魔王「交渉通りであれば今頃大陸中の人間と魔族が協力して戦っているはずだ」
魔王「互いが互いの戦力を削るようなことをしていなければいいのだがな」
勇者「信じよう。上手くいってるって」
勇者「この戦いをきっかけに、分かり合えるようになる人間と魔族がきっといるはず」
745: 2016/03/09(水) 12:08:33.72 ID:/Pc4GdUAo
白鳥娘「フォーコン!」
隼青年「シーニュ、おまえは妹達と一緒に隠れているんだ」
白鳥娘「でも……」
隼青年「安心しろ、私は必ず生きて帰る」
白鳥娘「……わかったわ」
隼青年「地上は任せたぞ、人間達」
隼青年「鳥獣の戦士達よ、空を守り通せ!!」
746: 2016/03/09(水) 12:09:26.63 ID:/Pc4GdUAo
――ブレイズウォリア近辺・破壊者収容所
兵士「収容所が破壊されたぞ!」
人形「 カタカタ 」
魔法使い「ああ……私、ここで氏ぬのかしら」
魔法使い「氏んだっていいわ。もう何の希望もないんですもの」
魔法使い「十数年、想い続けてたのに……リヒト……」
人形「 キュォォォオオオ 」
魔法使い(惨めな最後ね……)
魔騎士「はっ!」
人形「 ッ ――――」
魔騎士「無事か!?」
魔法使い「っ……!?」
魔法使い(何で魔族がこんなところに)
魔騎士「おまえ、そこそこ魔力持ってるな!?」
魔騎士「拘束具破壊してやるから戦うんだ!」
魔法使い「ちょっと何すんのよ!」
魔騎士「少しでも戦力が欲しいんだ! 戦え!!」
747: 2016/03/09(水) 12:09:54.83 ID:/Pc4GdUAo
法術師「一体一体は大したことないけど、数が多すぎる!」
武闘家「あ! フロルさん、足元足元!!」
勇者兄「フロル!」
魔賢者「!?」
魔賢者「あ、ありがとうございます」
勇者兄「よかった、助けられて」
勇者兄「……俺等、中途半端なまま気まずくなっちゃったけどさ」
勇者兄「はっきりしないままじゃ後悔しそうだから言っとく!」
リヒトは敵への攻撃を続けながら言った。
勇者兄「俺、君が好きだ! 君のために戦う!」
魔賢者「リヒトさん……」
魔賢者「私、あなたとは出会ったばかりで……」
魔賢者「でも、あなたとなら良い関係を築けるような気がしていました!」
魔賢者「もう少し、時間をください!」
勇者兄「待ってる!! ずっと!!」
748: 2016/03/09(水) 12:10:27.66 ID:/Pc4GdUAo
勇者「……殲滅、できたみたいだね」
魔王「ああ」
勇者「大気から破壊の波動が消えていってる」
勇者「……まだ夕方にすらなってないのに、ずいぶん長い間戦っていたような気がするよ」
魔王「もう襲ってくる気配はない。今晩は休もう」
勇者「うん」
勇者兄「みんな生きてるかー!?」
勇者「……あれ、お父さんは?」
勇者「おとーさーん! どこー!?」
749: 2016/03/09(水) 12:11:04.23 ID:/Pc4GdUAo
勇者父「……」
勇者「お父さん!」
シュトラールは木に寄りかかっている。
勇者「どうしたの? 怪我したの?」
勇者父「新しく傷を負ったわけじゃあないんだけどな」
勇者兄「父さん!」
女勇者「ちょっとシュトラール、いつの間に消えてたのよ!」
女勇者「歳のわりに体力……無さすぎじゃ……」
女勇者「…………」
勇者父「いやあ、寿命が来たみたいだ」
勇者兄「寿命、って……」
勇者兄「胸から血が流れてるじゃないか!」
750: 2016/03/09(水) 12:12:00.81 ID:/Pc4GdUAo
勇者「治んない! 治んないよ!!」
魔王「……父上との闘いで負った傷であろう」
勇者父「そうそう」
勇者兄「そんな……それじゃあ、歳のわりに老けてたり、」
勇者兄「この頃やたら眠そうだったのって……」
魔王「闇の力の毒素を抑えるために力を使っていた結果だろうな」
勇者「お父さん……」
勇者「やだ……氏んじゃやだよ……ぼくの結婚式来てよ……」
勇者父「あの世から見てるから」
女勇者「…………」
勇者父「ライカ……お母さんによろしくな……」
女勇者「……と、うさん」
女勇者「父さん…………」
勇者父「最期に、そう呼んでもらえて……嬉しいよ……」
751: 2016/03/09(水) 12:12:50.05 ID:/Pc4GdUAo
勇者「お父さん!!」
勇者兄「おい!! 氏ぬなよ!! 氏ぬんじゃねえ!!」
勇者父「じゃ、あな…………おまえらは長生きしろよ」
勇者父「おまえらの顔見ながら逝けるなんて、お父さんは幸せもんだよ…………」
勇者父(もう、あいつの料理……食えねえんだな…………)
勇者「うっ……ぅぁあ……あああああああああ!!!!」
魔王「…………」
ヴェルディウスは無言でエミルの肩に手を乗せた。
勇者兄「光の珠持ってれば……もっと生きられたはずなのに……ちくしょう」
女勇者「…………」
ライカは黙って去っていく。
752: 2016/03/09(水) 12:13:51.97 ID:/Pc4GdUAo
魔王父『ふん、遂に氏んだか』
魔王父『……妙に釈然としないな』
魔王父『こやつには、命を落とせば涙を流す者が大勢いる。妬ましいものだな』
魔王父『何故これほど不誠実な者が慕われるのか理解できぬ』
魔王父『我が氏んだ時は……』
魔王父『ああ、そうだ。オリーヴィアが氏に、気が付けば我が魂は身体から抜け出で、』
魔王父『隣でヴェルディウスが力無く泣いていたな』
魔王父『命の重みとは一体何なのだ? 泣いてくれる者の人数で決まるのか?』
魔王父『それとも、そんなことは関係なく、その重さは平等にあるものなのだろうか』
勇者父『おまえ独り言多くね?』
魔王父『聞いていたのか。氏ね』
勇者父『もう氏んでる! そんな言葉使っちゃエリヤに怒られるぞ!』
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755: 2016/03/09(水) 18:38:38.12 ID:/Pc4GdUAo
勇者【エミル・スターマイカ】
職業:勇者
光の力:20 → 0 (常に自身の魔気と相殺されているため)
剣の腕:7500 (剣自体はあまり好きじゃないが父親から才能は受け継いでいた)
物理攻撃力:4500
物理防御力:800
魔力容量:58468
魔技術:8000
魔王【ヴェルディウス】
職業:魔王
闇の力:100000
剣の腕:9999
物理攻撃力:9000
物理防御力:2000
魔力容量:50000
魔技術:9999
勇者兄【リヒト・スターマイカ】
職業:真の勇者
光の力:100000(光の珠装備時、装備していなければ999)
剣の腕:9999
物理攻撃力:8500
物理防御力:8500
魔力容量:9999 (通常の人間は9999でMAX)
魔技術:5000
女勇者【ライカ・ディアマンテ】
職業:勇者
光の力:999
剣の腕:7500
物理攻撃力:6500
物理防御力:6500
魔力容量:7500
魔技術:6000
職業:勇者
光の力:20 → 0 (常に自身の魔気と相殺されているため)
剣の腕:7500 (剣自体はあまり好きじゃないが父親から才能は受け継いでいた)
物理攻撃力:4500
物理防御力:800
魔力容量:58468
魔技術:8000
魔王【ヴェルディウス】
職業:魔王
闇の力:100000
剣の腕:9999
物理攻撃力:9000
物理防御力:2000
魔力容量:50000
魔技術:9999
勇者兄【リヒト・スターマイカ】
職業:真の勇者
光の力:100000(光の珠装備時、装備していなければ999)
剣の腕:9999
物理攻撃力:8500
物理防御力:8500
魔力容量:9999 (通常の人間は9999でMAX)
魔技術:5000
女勇者【ライカ・ディアマンテ】
職業:勇者
光の力:999
剣の腕:7500
物理攻撃力:6500
物理防御力:6500
魔力容量:7500
魔技術:6000
756: 2016/03/09(水) 18:39:55.04 ID:/Pc4GdUAo
法術師【セレナ・シトリニィ】
職業:法術師
物理攻撃力:200
物理防御力:100
法力容量:8000
法技術:8000
武闘家【コハク・トウオウ】
職業:武闘家・気功師
光の力:10
剣の腕:2000
物理攻撃力:2500
物理防御力:2000
気功技術:8000
魔法使い【アイオ・アメシスティ】
職業:魔術師
物理攻撃力:200
物理防御力:200
魔力容量:7500
魔技術:7500
執事【コバルト】
職業:側近
剣の腕:8900
物理攻撃力:8800 (ドラゴン化時:80000)
物理防御力:8800 (ドラゴン化時:80000)
魔力容量:45000
魔技術:9988
メイド長【メル=ルナリア】
職業:メイド長、実質側近その2
物理攻撃力:4000 (ドラゴン化時:30000)
物理防御力:2000 (ドラゴン化時:60000)
魔力容量:40000
魔技術:8000
職業:法術師
物理攻撃力:200
物理防御力:100
法力容量:8000
法技術:8000
武闘家【コハク・トウオウ】
職業:武闘家・気功師
光の力:10
剣の腕:2000
物理攻撃力:2500
物理防御力:2000
気功技術:8000
魔法使い【アイオ・アメシスティ】
職業:魔術師
物理攻撃力:200
物理防御力:200
魔力容量:7500
魔技術:7500
執事【コバルト】
職業:側近
剣の腕:8900
物理攻撃力:8800 (ドラゴン化時:80000)
物理防御力:8800 (ドラゴン化時:80000)
魔力容量:45000
魔技術:9988
メイド長【メル=ルナリア】
職業:メイド長、実質側近その2
物理攻撃力:4000 (ドラゴン化時:30000)
物理防御力:2000 (ドラゴン化時:60000)
魔力容量:40000
魔技術:8000
757: 2016/03/09(水) 22:16:21.15 ID:/Pc4GdUAo
Section 27 平和の礎
翌日
魔賢者「……破壊神との戦いが終わり次第、ブレイズウォリアで葬儀が行われるそうです」
魔賢者「そして、明日……封印の神殿に向かうようにとのことです」
勇者兄「連絡ありがとな」
勇者「……」
勇者兄「……氏にかけてるんだったら、そう言って休んでくれたらよかったのによ」
勇者「お父さん、ぼく達に心配かけたくなかったんだよ」
勇者兄「……………………」
勇者兄「悲しんでる暇はないな!」
勇者兄「みんな、今日は軽い運動だけやってしっかり休むぞ!」
武闘家「りょーかい」
法術師「……ええ」
758: 2016/03/09(水) 22:17:06.22 ID:/Pc4GdUAo
勇者兄「闇の力って、闇の珠の所有者しか持ってないのか?」
魔王「ああ。光の珠と違い、伝播性は無い」
魔王「後天的に差異が生じたのかもしれんな」
魔王「魔族の方が人間よりも平均魔力容量が大きく、体も頑丈だ」
魔王「魔族に対抗するため、多くの者が光の力を持てるよう伝播性を付与したのだろう」
勇者兄「ふーん」
魔王「尤も、最初から差異があった可能性もあるがな」
魔王「授けた大精霊は別の個体だったわけだからな」
魔王「本当にこの力が大精霊から古の勇者にもたらされた物であるとすれば、の話だが」
勇者兄「今更不安になるようなこと言うなよ」
勇者兄「他にそれらしき物は見つからなかったんだ。力の性質的にも確定だろ」
勇者兄「防御以外の魔術の使用一切無しで打ち合いしようぜ」
魔王「よかろう」
759: 2016/03/09(水) 22:17:37.00 ID:/Pc4GdUAo
武闘家「破壊神本体への対抗手段は光の珠と闇の珠しか存在しないから、」
武闘家「無理に同行する必要は無いってよ。ライカさんは例外的に護衛を命じられてるが」
武闘家「おまえらはどうすんだ?」
法術師「もうアイオのような破壊者を出したくない」
法術師「そのために私もリヒト君達と一緒に戦うわ。少しでも彼等の負担を減らしたいの」
武闘家「俺もついていくとすっかな」
武闘家「破壊神本体に辿り着くまでは一緒に戦う」
魔賢者「封印の神殿へは私の術で皆さんをお送りいたします」
武闘家「おーいエミル」
勇者「…………」
武闘家「大丈夫か?」
勇者「あ、ぼくなら平気だよ」
勇者「この世界を守るために、がんばらなくちゃね」
勇者(ぼくの魔力容量は、最上級魔族の中でもかなり大きい)
勇者(きっと役に立つはず)
760: 2016/03/09(水) 22:18:17.99 ID:/Pc4GdUAo
勇者(お兄ちゃん達どこにいるんだろ)
キィン キィン
勇者「あっ」
勇者兄「なかなかやるじゃないか!」
魔王「ふん、貴様もな!」
勇者(お互い自分に超防御魔術かけながら打ち合ってる)
勇者(ケンカしてるわけじゃないみたいだ。よかった)
魔王「貴様、生殖細胞の大きさの差を知っているか!?」
勇者兄「知るかよ! 習ったけど忘れたわそんなもん!」
魔王「精子が約0.0025mmであるのに対し、卵子は約0.2mm!」
魔王「つまり、私の方が貴様よりエミルに近いということだ!!」
勇者兄「だ か ら な ん だ よ !」
勇者(百年の恋も冷めそう)
761: 2016/03/09(水) 22:18:43.76 ID:/Pc4GdUAo
勇者兄「あ、エミル! 来てたのか!」
勇者「うん」
魔王(今の会話……聞かれていたのだろうか……)
勇者「二人ともぼくの大事な人なんだからさ、張り合っても意味ないよ」
魔王「…………」
勇者「明日の戦いのためにがんばってごはん作ったから食べに来て」
勇者兄「やったぜ! エミルのメシだ!」
勇者「いっぱい食べてね! 食べなきゃ力出せないでしょ」
762: 2016/03/09(水) 22:19:10.05 ID:/Pc4GdUAo
――夜 宿
母上、父上、兄上――
みんな私から離れていく……
魔王「はっ……」
魔王(……決戦前夜に悪夢を見るとは)
勇者「すー……」
魔王(エミル……いつの間に潜り込んでいたんだ)
魔王(私から離れていかぬよう……刻み付けなければ)
ヴェルディウスは横向きに寝ていたエミルの肩を押さえ、天を向かせ、
覆い被さる姿勢を取った。
勇者「んー……ヴェルー……だいすき」
エミルは寝ぼけてヴェルディウスに抱き付いた。
魔王「…………!」
魔王(……夢のせいでどうかしていた)
魔王(父親を亡くしたばかりのエミルに対し、私は何を……最低だ)
763: 2016/03/09(水) 22:20:03.19 ID:/Pc4GdUAo
魔王「……このような兄ですまないな」
勇者「……どしたの?」
魔王「おまえに……歪んだ愛情を向けてしまっている自分を許せないのだ」
魔王「おまえを深く傷付け、幼き日のように純粋な愛情を向けることもできず……」
魔王「さまざまな医学書を読み漁っても我が病を治すことはいまだ叶わない」
勇者「ん……」
魔王「私は、親兄弟であれば誰に対しても歪んだ愛情をいだいてしまう」
魔王「穢れているんだ……私は……」
勇者「……」
勇者「昔何があったのかはわからないけど、」
勇者「そうなっちゃうくらいつらいことがあったんでしょ?」
勇者「そうならないと、もっと兄上の心が壊れちゃってたんだよ」
勇者「無理に治そうとしなくていいんだよ」
勇者「ぼくの他に姉妹がいるわけでもないんだからさ」
魔王「エミル……」
魔王「すまないな……ありがとう」
魔王父『…………ああ、そうであった』
魔王父『我が精神はオリーヴィアを亡くしたと同時に崩壊し、そして……』
魔王父『謝罪の言葉の一つも届けられぬとは』
魔王父『なんとも……もどかしいものよ』
魔王「喉が渇いた。水を飲んでくる」
勇者「あ、二段ベッドだから体起こすとあぶ」
ゴッ
魔王「うっ」
勇者「ふっ……くすっ」
魔王「……どうせ私は間抜けだ」
勇者「そんなところも好きだよ」
764: 2016/03/09(水) 22:20:28.51 ID:/Pc4GdUAo
――翌朝
勇者兄「みんな、準備は万端か?」
魔王「愚問だな」
武闘家「いつでもおっけ」
法術師「大丈夫よ」
魔賢者「はい」
勇者「生きて帰ろうね」
魔賢者「では皆さん、参りましょうか」
女勇者「あたし達にこの世界の未来がかかっているのね」
女勇者「覚悟は決まってるわよ」
765: 2016/03/09(水) 22:21:40.12 ID:/Pc4GdUAo
勇者兄「これが、封印の神殿……」
法術師「二万五千年前に建てられたにしてはきれいに残ってるわね」
勇者「封印の力がかけられてるからだろうね」
勇者兄「ああ。エミル、扉を開けられるか」
勇者「うん。手順通りにやれば開くはず」
破壊神の力が悪用されないよう、外部からの侵入を防ぐ術が施されていた。
勇者「魔光放出!」
勇者兄「おい、かなり魔力を消費してないか」
勇者「そう簡単に解けたら苦労しないからね……」
ゴゴゴゴゴ
勇者兄「よくやった!」
魔王「大丈夫か」
勇者「うん。まだ魔力残ってるよ。戦える」
766: 2016/03/09(水) 22:22:31.91 ID:/Pc4GdUAo
勇者「この空間、破壊の波動が満ちてる……空気が重いよ」
武闘家「おお、雑魚が沸いてきたぞ」
法術師「幽霊を見るのにも慣れてきたわね!」
法術師「リヒト君とヴェルディウス君はできるだけ力を温存して!」
魔王(君付け……)
勇者兄「すまないな」
女勇者「道を拓くわよ!」
勇者「はっ! たあっ!」
武闘家「ていっ! 獅子怒昂!」
法術師「聖なる矢<セイクリッド・アロー>!」
767: 2016/03/09(水) 22:23:21.85 ID:/Pc4GdUAo
勇者兄「この扉の奥に、破壊神がいるんだな」
勇者兄「……開けるぞ」
――我は破壊の神
――純然たる破壊の意思
――創造神の対たる存在
勇者兄「何だ……これは」
広い空間の中央部に大きな光の塊があり、幾つもの輪で囲まれている。
魔王「あの輪で封印されているようだな」
破壊神は輪の隙間から波動弾を撃った。
法術師「なんて力なの……!」
魔王「あの輪を消滅させねばこちらからの攻撃も困難だ」
勇者兄「あの輪に俺達が封印を上乗せするんじゃ駄目なのか?」
魔王「見ろ、輪が減った。破壊神を弱らせねば再封印を行っても長くはもたぬ」
魔王「残っている封印も既に脆くなっている」
勇者兄「ならあの輪っかを打っ壊して即行で倒すぞ!!」
768: 2016/03/09(水) 22:24:10.09 ID:/Pc4GdUAo
勇者「封印を完全に解くことは、世界を危険にさらすのと同じ」
勇者「でも、放っておいてもどちらにしろ封印は解けてしまう」
勇者「はやく終わらせなくちゃ」
勇者「お兄ちゃん達はあんまり力を使わないで! ぼくが封印を破壊する!」
勇者「――――」
勇者(忌み嫌われていたぼくの魔力で、世界を救う手助けができるんだ)
勇者「――――――生命の結晶、輝き散れ! クリスタル・エクスプロージョン!!」
武闘家「す、すげえ」
法術師「綺麗だわ……」
勇者兄「封印が砕け散った……」
女勇者「やるじゃない」
769: 2016/03/09(水) 22:24:37.65 ID:/Pc4GdUAo
魔王「だが魔力容量にまかせて一気に力を放出すれば体が持たない」
魔王「フローライティア、まだおまえの魔力は残っているな」
魔王「私とリヒト以外の者を全て連れて飛べ」
魔賢者「し、しかし陛下」
魔王「はやくしろ! 封印が解けた以上、戦力となるのは私と真の勇者だけだ」
魔賢者「……わかりました。ご健闘をお祈りいたします」
法術師「リヒト君達なら勝てるって信じてるから!」
武闘家「氏ぬんじゃねえぞ!」
女勇者「帰ってきなさいよね、兄さん!」
勇者「う……」
勇者「お兄ちゃん……ヴェル……」
勇者「ごはん作って、待ってるからね…………」
勇者兄「ああ、楽しみにしてる」
魔王「必ず生きて帰る」
魔賢者「瞬間転移<テレポーション>」
770: 2016/03/09(水) 22:25:34.16 ID:/Pc4GdUAo
勇者兄「あいつらが頑張ってくれたおかげで力が有り余ってるぜ」
魔王「よし、やるぞ」
破壊神は無数の波動弾を放ち始めた。
勇者兄・魔王「「制限解除<リミット・ブレイク>」」
勇者兄「この光の力を最大限ぶっぱなって世界を守ってやる!」
魔王「我が闇の力、とくと味わうがよい!」
771: 2016/03/09(水) 22:26:00.13 ID:/Pc4GdUAo
魔賢者「殿下、大丈夫ですか!?」
勇者「命を落としちゃうようなことはしないよ」
女勇者「あんまり心配させないでよね」
勇者「ちょっと休めば大丈夫」
勇者「人間だった頃と違って、この体丈夫だもん……産んでくれた母上に感謝しなきゃ」
武闘家「体中負担かかりまくりじゃねえか」
武闘家「今治療してやる」
勇者「ありがと、コハク君」
法術師「私も鎮痛を」
772: 2016/03/09(水) 22:27:53.95 ID:/Pc4GdUAo
勇者(ぼくにはお母さんが二人いる)
勇者(そして、たくさんいるかもしれないお兄さんの内の二人は、)
勇者(同じお母さんに育てられたお兄ちゃんと、同じ母上から産まれた兄上)
勇者(片方は勇者で、片方は魔王)
勇者(対極に立つ二人が、今、世界のために共闘している)
勇者(どっちにも氏んでほしくない)
勇者(生きて帰ってきてほしい)
勇者(どっちが欠けたってだめなんだ)
773: 2016/03/09(水) 22:28:53.85 ID:/Pc4GdUAo
――滅 び を
勇者兄「はっ、なかなかしぶとかったがだいぶ小さくなったじゃねえか」
魔王「おまえもだいぶバテてるがな」
勇者兄「おまえもだろっ!」
――全てを 無に 返す
勇者兄「そんな力、もう残ってねえだろ?」
――再び我を封印するというのならば
――この世に更なる厄災を
魔王「ふん、やはりな」
勇者兄「どういうことだよ」
魔王「破壊神は二万五千年前、封印される間際にこの大陸に呪いをかけた」
魔王「再封印を行ったとしても、新たな呪詛が生まれる可能性があったのだ」
魔王「完全に滅しなければこの世に平和は訪れぬ」
魔王「しかし、ただ戦うだけでこやつを滅することができるのならば、」
魔王「古の勇者達がやっているだろう」
――混沌の時代の幕開けだ
勇者兄「……仲間のおかげで、幸い俺達にはまだ余力が残されている」
魔王「だがこやつを消し去ろうとすれば……」
勇者兄「珠ごと俺達の体は消し飛ぶだろうな。きれいに相殺されるってわけだ」
魔王「我等が贄とならねば平和な世は訪れぬ」
勇者兄「……まいったな。またエミルのメシ食いたかったってのに」
魔王「……同感だ」
774: 2016/03/09(水) 22:29:31.05 ID:/Pc4GdUAo
勇者「神殿があった場所が爆発してる……」
封印の神殿がそびえていた地から、天へ向かって光が伸びていた。
勇者「封印術の波動は感じられない……」
法術師「……!」
武闘家「…………」
魔賢者「………………」
女勇者「嘘でしょ……」
勇者「そんな……お兄ちゃん……ヴェル……」
勇者「いやああああああ!!」
Now loading......
779: 2016/03/10(木) 20:30:17.69 ID:FMs7dL8oo
Section 28 未来へ
女勇者「あたしの中から光の力が消えた……」
勇者「……ぼくの中からも光の力が消えた。魔の気もだ」
勇者「光の珠は消失して、破壊神の呪いも解けたんだ」
武闘家「相討ちか」
魔賢者「魔王陛下……リヒトさん……」
法術師「…………っ……」
勇者「…………………………」
猛威を振るっていた人形兵や悪霊達は完全に姿を消した。
780: 2016/03/10(木) 20:31:00.61 ID:FMs7dL8oo
封印の神殿が消失してから数時間が経過した。
宿屋で、フローライティアは茫然自失としたエミルを優しく抱きしめている。
勇者の一族はただの人間となり、また、
魔属からも魔の気は消失し、もはや魔属ではなくなった。
人間と魔族が融和できない理由は無くなったのである。
勇者(これからは、きっと平和な世界を目指しやすくなる)
勇者(でも、お兄ちゃんも、ヴェルもいない世界で)
勇者(どうやって生きていけばいいの)
法術師「外が騒がしくなったわね。何かあったのかしら」
勇者兄「たっだいまぁ~!」
魔王「エミル、帰ったぞ!」
勇者「え……?」
781: 2016/03/10(木) 20:31:59.29 ID:FMs7dL8oo
――
――――――
勇者兄「俺、ずっとおまえのこと嫌いだった」
魔王「奇遇だな。私もだ」
勇者兄「はは、まさか魔王と肩並べて協力し合うことになるなんてな」
魔王「このようなことになるは、シュトラールが現れるまでは思ってもみなかったな」
勇者兄「おまえを倒してエミルを取り戻すことしか考えてなかったのにさ」
魔王「ああ。私もおまえからエミルを守ることしか考えていなかった」
魔王「……だが、おまえを慕うエミルを見て、彼女を独占する気も少しずつ減っていった」
魔王「おまえは正しいと思ったことを貫き通す、真っ直ぐな良い兄貴だ」
勇者兄「俺こそ、エミルにとってどんな兄貴であるべきか、」
勇者兄「おまえからいろいろ教えてもらったよ。悔しいけどな」
勇者兄「……つかれたな」
魔王「……ああ」
魔王「あいつを悲しませてしまうな」
勇者兄「ほんと、それが心残りだよ」
勇者兄「とどめ、刺しに行くか」
勇者父「まあ待てよ」
魔王父「……」
782: 2016/03/10(木) 20:32:36.61 ID:FMs7dL8oo
疲れ果て、床に座り込んでいた二人の前に現れたのは、
氏んだはずの先代真の勇者と先代魔王だった。
勇者兄「父さん!?」
魔王「父、上……?」
勇者兄「ど、うして…………」
勇者父「この世に留まっている霊なら、」
勇者父「悪霊じゃなくても実体化できる程、この空間に破壊神の力が満ちているんだ」
勇者父「ま、ここで息子に氏なれちゃ俺まで成仏できなくなりそうだしな」
魔王父「ヴェルディウス……」
魔王「父上……父上……!」
魔王父「我は成仏することができず、ずっとおまえを見守っていたのだ」
魔王父「……すまなかったな。我はおまえの心に癒えぬ傷をつけてしまった」
魔王「……それでも、お会いしとうございました」
勇者父「ほら、光の力よこせよ。とどめを刺してやるくらいの力ならある」
魔王父「おまえはあの娘と幸せになれ」
魔王父「……我が息子よ。我はいつでもおまえの幸福を願っている」
――――――
――
783: 2016/03/10(木) 20:33:35.84 ID:FMs7dL8oo
勇者「生きて、たんだ……二人とも……」
魔王「父上達が助けてくれた」
魔賢者「リヒトさん!」
勇者兄「おっと」
勇者「ふっ……う……うぅぅぁあぁぁあああ」
魔王「!」
魔王「……」
魔王「エミル、顔を見せてくれ」
勇者「でも、ぼく、今ぐちゃぐちゃ……」
魔王「……感情の区別ができるんだ」
魔王「あの頃のように、肉親としての愛情と、異性としての愛情の二つがはっきり存在しているんだ」
魔王「ああエミル、愛している!」
勇者「ふぐっ」
勇者「……よかったね、ヴェル」
勇者(もう、ヴェルの目から寂しさは感じられない)
勇者兄「エミル~腹が減った」
勇者「あ! ごめんね、今お料理作ってくるよ!」
784: 2016/03/10(木) 20:34:04.48 ID:FMs7dL8oo
――
――――――――
魔王母「ネグル……」
魔王父「オリーヴィア……?」
魔王母「ああ、やっと会えたのね」
彼女の背後には、二組の男女が立っていた。
漸く成仏できた男の魂は、しばらく立ち上がらず懺悔し続けた。
勇者父「やれやれ……俺も親父とお袋に会いに行くとするかな」
785: 2016/03/10(木) 20:34:53.92 ID:FMs7dL8oo
――
――――――――
――セントラル中央広場
勇者兄「エミルの結婚式だなんて……早過ぎるだろ……ううっ」
勇者「ただの婚約祝いだから! 半ば和平記念兼破壊神討伐祝いみたいなものだし!」
魔王「やはり、正式な婚姻はエミルの故郷の法に従い、」
魔王「エミルが16になってからにしようと思ってな」
勇者母「綺麗よ、エミル」
勇者「ありがとう、お母さん」
狼犬「わふ! わふ!」
勇者(お父さん、見てくれてるかな)
女勇者「良い旦那見つけたわね」
武闘家「よかったな」
少女「おめでとう、エミル君」
娘「処刑騒ぎの時は心底心配したんだから」
女子5「ぐすっ……ぅぅ……幸せになってね……」
村長「めでたいことですな」
村長の孫「……けっ。あの時は悪かったな」
勇者「みんな……ありがとう」
商人「これはお祝いの品だ。良かったら受け取ってほしい」
勇者「わあ、ありがとうラウルスさん!」
法術師「いいなあ……私も早く結婚したいなあ」
騎士「じゃあ、帰国したらすぐにでも式を挙げよう」
786: 2016/03/10(木) 20:36:02.79 ID:FMs7dL8oo
魔王兄「おまえそれ人間の正装か? 似合ってるじゃねえか!」
魔王「ありがとうございます、兄上」
魔王兄「……おまえ、どうしたんだ? 新しい病気でも患ったか?」
魔王「失敬な……むしろ快気を祝っていただきたい」
執事「いやあ、めでたいですねえ」
魔従妹「……はあ。仕方ないから祝ってあげるわ」
老賢者「このめでたい日までこの体が持ち堪えてくれて嬉しいよ」
老賢者(ネグルオニクス様……どうか安らかな眠りを)
メイド長「ヒルギー!」
青年「ルナリア! ああ、会いたかったよ!」
青年「一日たりとも君のことを忘れた日はなかった!」
魔属は破壊神の呪いから解き放たれ、魔力容量も人間・動物並みとなった。
また、姿形の変化はほとんどないが、魔族の土気色の肌は赤味を帯び人間らしい血色となっていた。
そのため魔族は人類として分類されることとなり、
同じく魔物も動物の一形態として扱われるようになったのである。
ただし、神聖な生物であるゴールドドラゴンだけはその高い魔力を保持している。
787: 2016/03/10(木) 20:36:43.24 ID:FMs7dL8oo
執事「では真の勇者様、魔王陛下、エミル殿下」
執事「新たな時代に向けてお言葉をお願いいたします」
勇者兄「うっぐすっ」
勇者「ほらハンカチ」
勇者兄「ふぐっ……」
勇者兄「俺は、かつて魔王討伐の象徴であり、人類の希望として戦っていた!」
勇者兄「しかし人魔の戦いは終わりを告げ、俺は光の力を失った」
勇者兄「だが、俺はこれからも人類の希望で在り続けたい」
勇者兄「人間だけじゃない、魔族も人類なんだ!」
勇者兄「最早魔族と人間の区別をつける必要さえ無くなった」
勇者兄「人間だろうが魔族だろうがその中間の奴だろうが構わない」
勇者兄「困った時は俺を頼ってくれ! 以上!」
788: 2016/03/10(木) 20:37:47.21 ID:FMs7dL8oo
魔王「我は人類滅亡の象徴であっただろう」
魔王「だが我は平和を、この世の安寧を望んでいる」
魔王「誰もが心穏やかに暮らせる世界を実現するための努力は惜しまぬ」
魔王「破壊神という名の脅威により、この大陸の民には甚大な被害がもたらされた」
魔王「亡くした命は取り戻せぬ。心に傷を負った者も多いであろう」
魔王「このような時だからこそ、手と手を取り合い、」
魔王「共に新時代を築こうではないか」
執事「では、エミル殿下」
勇者(緊張するなあ)
勇者「……私は、真の勇者であった父と、魔族の母から生まれた半人半魔です」
勇者「私は人間として育ち、自らの正体を知らされた時は信じられませんでした」
勇者「しかし、今は狭間の存在として生まれたことを誇りに思っています」
789: 2016/03/10(木) 20:44:24.62 ID:FMs7dL8oo
勇者「まだ、大切な人を奪った魔族を、人間を、許せない人はたくさんいると思います」
勇者「憎しみはそう簡単に消せるものではありません」
勇者「ですが、憎しみに身を任せれば、自らの手で大切なものを更に壊しかねません」
勇者「誰かが嫌いなら、できるだけ距離を取ればいいのです」
勇者「怒りの対象から遠ざかり、穏やかに過ごせば、それ以上何かを失うことはありません」
勇者「でも、どうしても近くにいざるを得ない場合もあるでしょう」
勇者「そして、種族が違っていても、仲良くすることを望んでいる人間と魔族もいます」
勇者「私は、そういった人達のお手伝いができたらいいな、と」
勇者「そう、思います」
勇者「誰かを憎むより、誰かを愛している方が遙かに幸せです」
勇者「私はこの大陸に生きる全ての生命の繁栄と平和を願い、」
勇者「実現に向けて力を尽くします!」
少しずつ拍手の音は重なりを増し、やがて喝采が沸き起こった。
790: 2016/03/10(木) 20:45:03.17 ID:FMs7dL8oo
勇者「人間と魔族は、それぞれ異なった文化を持っている」
勇者「お互い良いところを学べば、きっと文明が栄えて、豊かな暮らしができる」
勇者「そのために、いっぱい勉強して、より良い世界を作りたいんだ!」
魔王「おまえならできるさ」
魔王「私も手伝おう」
勇者「うん!」
この時代を境に、この大陸の住人の生活は大きく変容した。
新たな時代の到来には混乱が付き物だが、彼等なら乗り越えてゆけるだろう。
輝かしき未来へと……
THE END
805: 2016/03/11(金) 23:13:14.30 ID:czNXOMTb0
乙
引用元: 勇者「お母さんが恋しい」
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