1: ◆7ALWpexvKs 2016/06/18(土) 22:43:47.42 ID:Cg/MH9jg0
※注意

・仮面ライダー555×仮面ライダーウィザードのクロスオーバーSSです。

・地の文多め、オリキャラ登場、独自解釈あり

・最後まで書き溜めあり

○当SSは各作品との関連はありますが、細部に違いのあるパラレルワールドです。
○前作と世界観を共有していますが、当SSは前作を読んでいなくても大丈夫な構成になっています。

前作→【ゴースト】邂逅!メダルと目玉と二人の手【オーズ】

以上をご了承の上でお付き合いいただければ幸いです。


2: 2016/06/18(土) 22:45:31.63 ID:Cg/MH9jg0

黒いジャケットを羽織った男が一人、数人の若者に取り囲まれていた。

「ねえおっさん。俺たち今さ、遊ぶためのお金が欲しーんだけど」
「ちょーっと貸してくんない?ちょっとだけだからさ」
 
どうやら噂に聞くオヤジ狩りと言う奴らしい。男はいよいよ自分もそんな歳か、と密かに落胆した。

確かに金は持っているが、そう易々と渡してやれるような物ではない。これはきちんとした労働の対価で得た、男の血と汗と時間の結晶なのだ。
 
そして何より、舐め切った態度が気に入らない。
だが男は彼らより年上だ。事を穏便に済ませようとする努力は忘れない。一応は。

3: 2016/06/18(土) 22:51:12.15 ID:Cg/MH9jg0
「はぁ?何で何処の誰とも知らねえお前らみてえなガキに、俺の金を渡さなきゃなんねえんだよ」
 
しかし口から飛び出したのは、どう聞いても喧嘩を売っているとしか取れない言葉だった。

「んー?いいじゃんおっさん。未来ある若者のためにってことで」
「お前らみてえな生産性の無いガキ共の、一体どこが『未来ある若者』なんだ?」
 
若者たちの額に、一斉に青筋が立つ。
男の態度と(彼らからすると)舐め切ったセリフは、その短い堪忍袋の緒を瞬時に断ち切ってしまったようだ。

「うるせえおっさんだなぁ。お?これ、見える?これ」
 
リーダー格の青年がポケットから折り畳みナイフを取り出す。なるほど、どうやら危険物をちらつかせての恫喝に出たようだ。

男が若かった頃にも、こんな手合いは山ほどいた。人間が考えることなんて昔からまったく変わらない。そのことに少し安堵する。
人間は人間で、変わらないものなのだ、と。

「……何笑ってんだてめえ。あ?お前さっきから調子乗ってんな?俺らの事舐めてんだろ」
「あーそうだよ。ったく、こっちは早く休みたいってのによ」
「舐めんじゃねえぞオラァ!」
 
いつまで経っても態度の変わらない男に、ついに若者の一人が拳を振り上げた。

4: 2016/06/18(土) 22:56:16.96 ID:Cg/MH9jg0

路地裏に、一人分の悲鳴が響き渡る。

「あっ……ぎゃああああああ!いてえ!いてえよぉ!」
 
それは殴り掛かられた男ではなく、殴り掛かった若者の声だった。

「なっ、てめえ何しやがる!」
「正当防衛だよ、正当防衛。あー、漢字わかっか?」
 
男がやったことは至極単純だ。若者のキレの無い拳を往なし、その顔面に拳を返す。
 
それだけだったが、男の動きは少しも無駄が無かった。素早く相手の戦意を削ぐことに特化した、路地裏仕込みのラフファイト。
 
仲間を一人やられ顔を真っ赤にした若者たちは、ある者は拳を固め、ある者は手に武器を取って男に詰め寄る。
 
男は心底面倒そうにため息を吐き、久しぶりに人を殴ったせいで痺れた右手を軽く振った。
どうやら手加減をし忘れていたようだ。相手のためを思ってではなく、自分の手が痛まないようにするための手加減を。

「ぶっ頃してやらぁ!大人しく金出してりゃ痛い目にも会わなかったろうによぉ!!」
「分かった分かった。やるんなら、とっととやろうぜ」
 
ついに面倒臭さを隠さなくなった男の言葉に、若者たちが一斉に怒号を挙げながら飛び掛かった。

5: 2016/06/18(土) 23:02:10.96 ID:Cg/MH9jg0
路地裏に響く拳打の音は、最初こそ活発だったものの、やがて数分もしないうちに収まった。

「ひっ……!な、何だコイツ……!」
「分かったかガキ共。迂闊に大人に手ぇ出そうとするとな、こうなるかもしんねえぞ。一つ社会勉強になったな」
 
氏屍累々に転がる若者たちに向かって、男は事も無げにそう言った。
そして一人意識を奪わずに残しておいた及び腰の若者にずんずんと近付くと、その胸倉を掴み上げる。

「ひぃぃっ!」
「いい勉強になっただろ?ってわけだ、授業料でも貰おうか」
 
涙目の若者は、がくがくと震えながら財布を差し出した。

「嘘だバーカ。そうホイホイ金なんか出すんじゃねえよ」
 
その財布を思い切り前へ放り投げ、男はその場を立ち去ろうと欠伸をしながら若者たちに背を向ける。
 
瞬間、唸り声が轟いたかと思うと、次の瞬間にはまた沈黙が訪れた。

後ろから襲い掛かって来たリーダー格の青年に、振り向きざまに拳を叩き込んで黙らせた男は、アスファルトに転がる彼を見下ろしながら、

「手間かけさせんなよ、ったく」

その腹に、サッカーボールでも蹴るかのような勢いで一切の容赦無くつま先を叩き込み、今度こそ完全に意識を刈り取った。

6: 2016/06/18(土) 23:07:15.88 ID:Cg/MH9jg0
「ばっ、ばばば、バケモノ……!バケモノだぁぁぁっ」
 
男に対して完全に震えあがっていた若者は、男が彼の財布をブン投げた方向へ走って逃げて行った。

男に対して一番効く言葉を残して。

「……悪かったな、バケモノでよ」
 
今度こそ、誰も襲い掛かって来る者はいない。男はアスファルトに横たわる若者たちに背を向けて、路地裏を抜け出た。
 
時計を確認すると、そろそろ日付が変わろうかと言う頃だ。
さっきの喧嘩が無ければ、後30分は早く休めていただろう。本当に無駄な体力消費だった。
 
通りに停めたままの愛車は、幸い何ともなかった。そこに積んだ荷物にも。
 
愛車に跨りエンジンを点けると、男は今日の寝床を探して走り出した。

7: 2016/06/18(土) 23:12:25.87 ID:Cg/MH9jg0

男の名は、乾巧。かつて人間を守るために戦い、その果てに大切な仲間を失った男。


しかし彼は、一番大切なものを失っていなかった。それは、彼の命。


あの戦いから13年。彼は未だに生きている。生きて、世界を彷徨い続けていた。

8: 2016/06/18(土) 23:37:44.04 ID:Cg/MH9jg0

Part1



暗黒の世界に、知った声が響く。

『俺はもう迷わない、迷ってる間に人が氏ぬなら……!戦うことが罪なら、俺が背負ってやる!』

『俺は戦う。人間として……ファイズとして!』

『見つけようぜ木場、三原。俺たちの答えを、俺たちの力で!』

紛れもない巧自身の声だ。それも、12年も前の。
 
王の攻撃でカイザギアを破壊され、巧の攻撃で致命傷を負った木場が、王を羽交い絞めにする。
 
青い炎を上げながら、それでも彼は力強く頷いた。
 
その覚悟を受け取った巧は、武器を投げ捨て、地面を蹴って―――

9: 2016/06/19(日) 00:00:08.33 ID:jMZwmSx/0

「……あ゛ー、気分わりぃ……」
 
そこで太陽の光を浴びて、巧の目が覚めた。

寝床に選んだのは市民公園。東屋のベンチに敷いた寝袋からのっそりと這い出ると、近くの水道へ行って顔を洗う。
冷たい水を顔にぶつけていると、残っていた眠気は自然と消えて行った。

不自由な姿勢で寝ていたために、疲れが抜けきっていなかった。昨晩の喧嘩も原因の一つだろう。
伸びをしたり周りを歩き回ったりで体をほぐしてから朝食を摂った。

一晩経っても、まだ右腕が少し重い。こういうところに、多少の衰えを感じるような歳になってしまった。

巧だってもう31になる。
昨日の若者たちの言葉は誇張でも何でもなく、本当に巧は世間一般で“おっさん”と呼ばれるに相応しい年齢になってしまったのだ。

それでやっている事はと言えば、18の時と変わらない行くアテもないバイクの旅だ。
歳ばっかり食って、中身は殆ど変わっていない。それが巧の正体のせいであると言えばそうなのだが、
どうも巧には抜け出しきれない泥沼に浸かっているような感覚があった。

「荷物は……大丈夫だな」
 
後部座席に括りつけた2つのバッグに変わったところは無い。それを確認し、巧は出立の準備を始めた。

14: 2016/06/19(日) 20:22:39.09 ID:jMZwmSx/0

昼頃。どこか適当なところで昼食にしようと思い、巧は繁華街に足を踏み入れた。
 
チェーン店から個人経営、和・洋・中なんでもある繁華街の中を、あれこれと様子見しながら歩き回る巧。それは割と楽しい時間だった。
 
一件の定食屋に決め、何を食べようかとディスプレイに展示された食品サンプルを眺めながら考えていた巧は、
そのガラスに知った顔が映っている事に気が付いた。
 
真っ赤に染まった顔には、青アザが出来ていたり血が滲んでいたりと様々だ。
がしかし、それだけで分かる。後ろにいるのは、昨日やった若者たちだと。
 
一気に食欲が無くなるのを感じながら振り向く。そこにあった顔は間違いなく、昨日叩きのめした若者たちのものと同じだった。

「んだよ。今度はメシでもたかろってか?」
「……ちょぉーっと面貸せやおっさん。すぐそこまでだからよぉ」
 
ここで昨日と同じことをやるのは簡単だが今は昼間、人の往来は活発だ。
騒ぎが大きくなれば厄介な警察沙汰になりかねない。それは面倒だ。

「分かったよ。ほらさっさと案内しろ」
 
巧は若者たちに逆らわず、脇の細道から続く裏路地に再び足を踏み入れることになった。

15: 2016/06/19(日) 20:30:35.50 ID:jMZwmSx/0
前後をしっかりと挟まれながら、細い路地を歩く。どこかへ連れて行こうというのは分かった。
そこには恐らく仲間が待ち構えているのだろう。
 
どこをどう通るのかも良く分からない道を数分に渡って歩き続けた巧が連れてこられたのは、周辺を建物に囲まれた四角形の空き地。
周辺の建物の建築を行った際に出来たデッドスペースだろう。そこには予想通り5人の男と、明らかに路地裏には不釣り合いな、制服を着た少女がいた。
 
男たちは皆、髪を剃り上げスキンヘッドにしている。が、そんなことはどうでもよかった。巧の関心が向いているのは少女だけだ。

「いい加減解放してください。あなたたちと遊ぶ気はないって、何度言ったら分かるんです?」
 
芯の通った声で、少女は男たちに食って掛かっていた。そこへ、背中を押されて巧が躍り出る。
 
スキンヘッドの中でも一際体が大きく浅黒い肌の男が巧の前に立ったので、否が応にも意識がそっちへ向く。男は顔を思い切り近づけて喋り始めた。

「おぅお前か、そこのらが言ってたおっさんってのは」
「だったら何だよ。こっちは昼飯の時間にしようとしてたんだぞ。時間考えろ」
「……おいおい、この場でそんな事言っちゃっていいのかなぁ、おっさん?…おい」
「うっす!」
 
どうやら、今度は浅黒いこいつがリーダーらしい。
彼に命令された若者たちは、昨夜同様に巧を取り囲んだ。よく観察すると、昨日殴った数とは合致していないのが分かる。

16: 2016/06/19(日) 20:35:04.62 ID:jMZwmSx/0
「3人減ったな。そいつらが今どうしてっか聞かせてくれよ」
「はっ、同じ病院で会わせてやらぁ!!」
 
早速、短気な一人が鉄パイプを振り上げた。それをきっかけにして路地裏には怒号が渦巻き、巧の感覚は鋭敏化していく。
喧騒の中で、自分が拳を握りしめる音すら聞こえるほどに。
 
そうだったから、いやたとえそうでなくとも。
 
誰かがぼそりと呟いた一言は、はっきりと聞き取れた。


「当たりだ」


「ッ」
 
全身の毛が逆立つ。圧倒的などす黒さを孕んだ声は、修羅場慣れした巧にとっても命の危機を感じさせるに十分だった。

怒号は、一瞬で悲鳴に変わる。
 
スキンヘッドの男の内、黒いファッションで身を固めていた男が突如として、その身を服装と同じ真っ黒の異形の怪物へと変化させた。

17: 2016/06/19(日) 20:43:33.34 ID:jMZwmSx/0
「オルフェノク……じゃない?」
 
オルフェノクの体色は基本的に灰色。黒っぽい白っぽいの差はあれどそこは変わらない。故に、目の前の怪物はオルフェノクではない。
 
しかしそれが今分かったところで、何の役に立つと言うのか。
若者たちもスキンヘッドの男たちも我先にと裏道へ走っていく中で、巧と少女だけはそこに取り残されてしまっていた。
つまり、絶体絶命の状況だ。

「な、な……」
「お前は当たりだ。さあ」
 
怪物が手を広げる。そこに乗っていた石ころの様な物がばら撒かれて地に落ちると、それは瞬時に人の形で灰色の何かに変わった。

「氏の恐怖に怯え、絶望しろ」
 
手に粗末な槍を携えた元石ころは、へたり込んで動けない少女ににじり寄る。怪物の方も含めて、巧のことなど眼中にないようだ。
 
頭を駆け巡るのは二つの選択肢。一つは少女を見捨てて一目散に逃げだすこと。もう一つは怪物から少女を守ること。

19: 2016/06/19(日) 20:49:01.39 ID:jMZwmSx/0
決定は瞬時に下された。

「はぁっ!」
「ギッ!?」
 
ヒトガタの一体を殴り飛ばし、素早く少女との間に割り込む。その背中を、唖然としながら少女が見上げた。

「な、何を……」
「早く立て。見捨てて逃げたり目の前で氏なれると、飯がまずくなんだろ」
「ほぉう」
 
ノーマークの存在が横から割り込んできたことで、怪物も多少巧に興味を持ったらしい。その指先が巧を示す。

「めんどくせぇなぁ!」
 
ジャケットの内ポケットに手を突っ込み、そこからファイズフォンを引っ張り出す。

『1・0・6 Enter Burst mode.』
 
横倒しにしてコードを打ち込む。フォトンブラッドの弾丸がヒトガタの数体に命中した。
そのまま何度も敵集団に撃ち込むが、向こうは空き地を埋め尽くさんばかりの数がいるために、焼け石に水だった。
「チッ……!」
 
ギアは今もバイクの上だ。バイクごと呼び出そうにも、ここは周囲を囲まれているために、アレではやって来れない。
ギアが手元に来る可能性は限りなくゼロに近い。

21: 2016/06/19(日) 20:55:18.00 ID:jMZwmSx/0
「そうだ、よく抗え。そうした愚か者が氏ぬとき、残された者の絶望はより深くなる」
「うるせえっ」
 
絶対に巧の過去を見透かした言葉ではない。なのにその言葉は、巧が奥底に抱えた苦しみを激しく揺らした。
 
それは一瞬で怒りに変わる。過去を暴かれたような気がして無性に腹が立った巧は、ヒトガタの一体を思いきり殴り飛ばした。

「はーっ、はーっ」
「どうした、何を恐れている?」
 
愉快そうに笑う怪物は更に石ころをばらまく。巧が減らしたヒトガタはあっという間に補充されてしまった。

「くっそ……!」
 
このままでは巧に勝ち目はない。いや、無いことはないのだが、その選択肢を選ぶ気など毛ほどもない。だから手詰まりだ。

「これで終わりか?ではまず、貴様から氏ね」
 
怪物の掌から黒い靄が放たれた。それはゆっくりと巧に迫って来る。

明確に見える氏を前にして、巧は動けなかった。
動いたところで逃げ場はないし、逃げたところで追ってくるかもしれないし、そうでなければ少女が氏ぬ。

最期の時、巧はこれが運命なのだと受け入れることにした。ただ長生きして、あっけなく氏ぬ。それが自分に似合いの最期なのだと。

靄はやがて巧の視界のいっぱいに広がり―――

22: 2016/06/19(日) 21:00:21.16 ID:jMZwmSx/0

「おいおい、ちょっと待ちなよ」
 
突然風が吹き荒れ、空から声が降ってきた。

「ぐっ……」
 
緑色の風は靄を散らしたものの、あまりの強さに巧も目を細める。

「はっ」
 
半開きの目でも、空から降り注ぐ銀色の雨はしっかりと見えた。それが当たったヒトガタは跡形もなく消滅する。

「貴様は……」

空き地に緑色の風を纏って誰かが着地した。
艶のある黒いスーツに、ところどころ輝く緑色はエメラルドか。その姿は、優雅で洗練された美しさを湛えていた。

「指輪の魔法使い、ただいま参上ってね。じゃ早速で悪いけどっ」
 
右手に持った銀の武器から、同じく銀色の光が放たれる。先ほどの銀色の雨は、ここから放たれた銀の弾丸だったようだ。

「むうっ」
 
怪物は自分を靄で覆う。それに触れた途端、銀色の弾丸は消滅してしまった。

『テレポート プリーズ!』
 
それだけの時間があれば十分だった。怪物が靄を収めた時には、淡青色の光だけ残して三人の姿は跡形もなく消えていた。

「……ふん、まあ良い。機はいくらでもある」

靄に包まれた足から徐々に体が消えて行き、怪物はものの数秒でその場から姿を消した。

23: 2016/06/19(日) 21:05:24.75 ID:jMZwmSx/0

「ぃしょっと。大丈夫?お二人さん」
「どういうこった、これは……」
 
先ほどまで薄暗い路地裏にいたはずが、今はどこかの歩道に立っていた。
 
理解不能な出来事に遭遇した巧は、目の前の(恐らく)人間に突っかかる。

「おい、何もんだお前。俺たちに何した?あとアイツは何だ?知ってる事全部教えろ」
「ごめん、ちょっと待って。元気そうなあんたより、そっちの子を何とかしないと」
 
そう言った男の腹部が発光する。よく見るとそこにあったのは、

「手……?ベルトか?」
 
手の形をしたバックルだった。そして白い光に包まれ、目の前の人間が人間の姿に戻る。
 
声からもおよそ分かっていたが、性別は男。
巧と同じく黒いジャケットを、灰色のシャツの上に羽織っている。
下は人目を惹く赤のパンツだが、それは男の着こなしもあって嫌味な印象を与えない。
 
男は巧の後ろで巧以上に混乱したままへたり込む少女の前にしゃがみ込んで、にっこりと笑った。

「君、大丈夫?怖い目に遭ったと思うけど、もう安心してくれ。俺は操真晴人、魔法使いさ」

25: 2016/06/19(日) 21:10:14.38 ID:jMZwmSx/0

巧、晴人、少女の三人は、巧が一晩を過ごした公園へと移動していた。

始終少女を気遣っていた晴人は、公園に到着すると少女をベンチに座らせる。
 
すると、腹の虫が鳴くのが聞こえた。少女の顔がみるみる赤くなっていく。

「あ、あの、えっと……」
「そっか、お昼時だもんね。ちょっと待ってて」

『コネクト プリーズ!』
 
晴人がベルトに右手で触れると、そんな音声の後に空中に複雑な模様の描かれた赤い円が出現した。
晴人はそこに躊躇なく手を突っ込み、数秒ごそごそと向こうを探った後に手を出す。その手に握られているのは紙袋だ。

「ダイエット中だったら悪いんだけど、これドーナツ。食べなよ」
「すいません、ありがとうございますっ」
 
晴人が差し出した紙袋を受け取り、少女は中からチョコレートドーナツを取り出し頬張り始めた。

26: 2016/06/19(日) 21:15:18.87 ID:jMZwmSx/0
「あんたは?いる?」
「いや、まだ食欲が戻らねえからいい」
 
息を吐き、近くの木に凭れかかる。少女がドーナツを食べ終わるのを待つ間に、ファイズフォンを操作してバイクを呼んだ。
あと数分もすればここへ到着するだろう。
 
それから程無くして少女はドーナツを食べ終えた。一息ついた少女の前に立つ晴人は、ジャケットのポケット手を突っ込んでから少女に問いかける。

「事情の説明…の前に。まずさ、君の名前教えてくれない?これからしばらく、一緒に行動することになるからさ」
「名前ですね。私、茅芽侑希って言います!」
「侑希ちゃんか。改めて、俺は操真晴人だ。よろしくね」
 
二人の自己紹介を、欠伸を噛み頃しながら聞く。
やっぱり昨日は寝不足だった。原因になった不良青年たちはどうしているだろうか。まとめて足を滑らせて川にでも落っこちていれば愉快だ。
 
そんな風に人として色々アウトなことを考えている巧に、視線が突き刺さる。

「……あん?んだよ」
「いやほら、あんたの名前も教えてくれよ。同じ船に乗った仲だしさ」
「巧だ、乾巧。これで満足か?」
 
ぶっきらぼうに名乗り、無理やり会話を終わらせようとした巧だったが、それは叶わなかった。
少女―侑希がベンチから立ち上がると、巧の前に立つ。

「巧さんって言うんですね。あの、巧さん」
「何だよ」
「さっきは助けてくれて、ありがとうございました!もちろん晴人さんも!」
 
意外と素直に感謝されたことに、巧は少し面食らった。

28: 2016/06/19(日) 21:20:19.71 ID:jMZwmSx/0
しっかりとお辞儀をして、侑希はまたベンチに座る。

「ん。じゃ侑希ちゃん、それと巧。二人に説明しよっか。二人は何と出会ったのかってこと」
 
そう前置きして晴人が語り出した世界の真実は、巧の世界を60度くらい変えた。
しかし巧は元々トンデモな出来事に巻き込まれて生きていたからそんなもので済んだが、
そうでない普通の少女である侑希にとっては、やはり世界を180度ひっくり返すには十分なインパクトのある話だった。

「ゲート、ファントム、魔法使い……。そんなファンタジーみたいな話が、本当にあるなんて……」
「それで、ここからが重要なんだ。ファントムはゲートが絶望した時に生まれる。だからファントムは、仲間を増やすためにゲートを襲うんだ。
今回もきっとそう、侑希ちゃんか巧、どっちかがゲートだったから、ファントムに狙われたんだと思う」
 
巧からすれば、ゲートがどっちなのかはおおよそ判別できる。

「ならそっちのガキの方だぜ」
「何で分かるんだ?」
「俺があの路地裏に連れ込まれる前から、そのガキは路地裏にいた。
んでそいつに絡んでる男の内の一人がその化け物…あー、ファントム?になったのを見たんだよ。
後、どう見てもそいつ、俺に興味があるような感じじゃなかった」

「お、有力情報サンキュー。ってことは、ゲートは侑希ちゃんで確定かな」

29: 2016/06/19(日) 21:25:25.79 ID:jMZwmSx/0
「あの。それで私、もしファントムになっちゃったら……どうなるんですか?」
 
晴人はすぐには答えず、少し間を置いてから答えた。

「絶望したゲートがファントムになるってことは、ゲートだった人間は氏ぬってことを意味する」
「氏ぬ……」
「勿論、そんなことは絶対させない。それが俺の役目だから」
 
何とも格好いいヒーロー然としたセリフに、巧は少しむず痒さを覚える。カッコつけている人間を傍から見ているときのような、そんな気分だ。

「約束する。俺が必ず、君を守ってみせる」
「はいっ。よろしくお願いします」
 
これまた素直に、侑希はお辞儀をした。
 
さて知りたいことは知れたし、向こうの狙いも分かった。自分が関係の無いこともはっきりした。
という訳で、巧は何も言わずに二人の元から立ち去ろうとする。

「ちょっと、巧。どこ行くんだよ?」
「はぁ?もう俺には関係ないって分かったんだ。帰らせてもらうぜ」
「あっ、そうですよね。あのっ、巧さん!本当にありがとうございました!この御恩、忘れません!」
「大げさなんだよ。あんなの一時の気の迷いだ、とっとと忘れちまえ」
 
巧は今度こそ二人の前から立ち去ろうとする。だがまだバイクはやって来ない。

32: 2016/06/19(日) 21:30:04.92 ID:jMZwmSx/0
なかなか来ないことに苛立った巧は、公園の車止めに腰かけてバイクを待つ間、することも無いので空を見上げた。
 
空は……青い。春らしい陽気に包まれ、そこかしこから浮かれたような雰囲気がしてくる。
 
それが何だか、今でも何かに懊悩としながら生きている自分を弾き出そうとしているように感じられて、巧の苛立ちは余計に増すことになった。
 
そしてどうやら、巧はまたしても何かの運命に引き寄せられてしまったらしい。それとも、今でも抜け出せていなかった、と言うべきか。

「……っ!」
 
巧が見上げる空の青に、突然黒い靄が混じる。それは間違いなく、ほんの十分ほど前に見たのと同じものだ。

「あぁもう、くそっ」
 
地団駄を踏むと、巧はすぐさま公園の方へと駆け出した。

33: 2016/06/19(日) 21:35:11.72 ID:jMZwmSx/0

「おいっ、晴人っ」
「あれ?どうしたの巧」
「帰るんじゃ」
「んなこと言ってる場合か!来てるんだよ!ヤツが!」
 
巧は空を指さした。そこには確かに黒い靄があり、風もないのにこちらに向かってゆっくりと進んできていた。

「……二人とも、下がってて」
 
瞬間、晴人の声のトーンが一気に低くなった。巧には分かる、晴人は戦闘態勢に入ったのだと。

『ドライバーオン プリーズ』
 
その音声が鳴るのと、黒い靄が実体を得るのは同時だった。

「もっと遠くに飛べばよかったものを」
 
黒いローブに覆われて頭部と顔は少しも見えず、そこから聞こえる声はどこか伽藍洞に向けて発したかのように響き渡る。

「心配してくれるんなら、追って来ないでくれると嬉しいんだけど」
「そうもいかん。せっかくのゲートだ、逃がすわけにはいかない」
 
ファントムの手元に黒い靄が集まり、一振りの首切り鎌となる。そして先ほどと同じように、石ころをばらまいた。

34: 2016/06/19(日) 21:40:37.56 ID:jMZwmSx/0
「行け、グール共」
 
ヒトガタ―グールはのっそりとした足取りで、侑希を目指して進み始める。

「やらせるかよ」
 
晴人はベルトを動かし、バックルの手の方向を右手から左手に変える。

『シャバドゥビタッチヘンシーン!シャバドゥビタッチヘンシーン!』
 
けたたましい音声が連続して鳴る。晴人は左手の中指に指輪をはめ、カバーを下ろした。
 
そして、巧が何度となく口にしてきたワードを口にする。

「変身」

『フレイム プリーズ! ヒー!ヒー!ヒーヒーヒー!』
 
ベルトに触れた左手を横へ突き出すと、そこから燃え盛る魔法陣が出現し、瞬時に晴人の身体を通過した。
 
晴人の姿は、漆黒のローブに赤い宝石をあしらった、魔法使い―ウィザード―へと変身していた。

「さぁ、ショータイムだ」

『コネクト プリーズ!』
 
また魔法陣に右手を突っ込んだ晴人は、そこから一振りの銀の剣を取り出した。

「ハッ!」
 
魔法使いとなった晴人は、臆することなくグールの群れに飛び込んで行った。

35: 2016/06/19(日) 21:45:36.47 ID:jMZwmSx/0

「くそっ、あのバイクはまだ来ねえのか」
 
巧は侑希を背に回しながら、晴人の戦いを見守っていた。
 
絶対に守ると言ったのは間違いでもなさそうだ。そう思えるくらいには晴人は強かった。

「巧さん、何でまだここに……」
「こっちにも色々事情ってもんがあんだよ!」
 
巧だって人間を守ると決めた身だ、誰かが襲われるなら守ろうとは思う。
だが今回その役目は晴人が負ってくれるし、なら別に任せて離れてもいいかと思っていたのだ。
 
だが結局、晴人に任せっきりには出来なかった。だから今もこうして、ひたすらにギアを積んだバイクの到着を待っている。
 
そして、その時はようやくやって来た。

「ん……?」
 
公園入口の車止めを飛び越え、バイクがこちらに走って来る。

ただし、それには誰も乗っていない。完全に無人のバイクが、公園に突っ込んできた。

「おっと!?」
 
バイクは集団戦の最中をまっすぐ突っ切って来た。当然グールを何体か撥ね飛ばしながら、である。
晴人でさえも咄嗟に躱すほどのスピードだった。

36: 2016/06/19(日) 21:50:10.37 ID:jMZwmSx/0
そして無人のバイクは主の前で停車する。

「ば、バイクが、勝手に……!?」
 
後ろで絶句している侑希は放っておいて、巧は早速後部座席に括りつけておいたバッグを開ける。
中には嫌と言うほど見たツールボックス。そして『SMART BRAIN』のロゴ。
 
ボックスを開けて中からファイズドライバー、ファイズショット、ファイズポインターを取り出し、
ショットとポインターを所定の位置にセットすると、それを腹部に装着する。
 
そのまま内ポケットから取り出したファイズフォンを開き、手元を見ずに素早くコードを打ち込む。

『5・5・5 Enter Standing by』
 
待機状態となったファイズフォンをまっすぐ上に掲げ、巧は発声した。

「変身!」

『Complete.』
 
ドライバーのスロットにファイズフォンを装填し、横へ倒す。
ドライバーから走るフォトンストリームは瞬時に全身に広がり、それに沿うように装甲が出現、装着される。

37: 2016/06/19(日) 21:55:06.41 ID:jMZwmSx/0
ファイズに変身した巧は、バイク―オートバジンのスイッチを押した。気持ち強めに、握り拳を叩きつけるように。

『Battle mode.』

変形し人型になったオートバジンの左ハンドルにミッションメモリーをセットし、引き抜く。
フォトンブラッドの通う赤い刃が出現し、ファイズエッジとなった。

「来んのが遅えんだよ!」
 
そして巧はオートバジンを殴り、蹴りつける。主にそうされてはどうしようもなく、オートバジンはそのボディをよろめかせた。

「あの、巧さん、これは、えっと」
「説明は後だ!何かあったらこのバイクを頼れ!いいな!」
 
完全に混乱してしまった侑希をオートバジンに任せると、巧もまた乱戦の中へ飛び込んで行った。

38: 2016/06/19(日) 22:00:02.92 ID:jMZwmSx/0

手近なグールの一体に、勢いよくファイズエッジを振り下ろす。
フォトンブラッドの特性である超高熱と毒性は、ファンタジー世界の住人にもしっかりと効いた。グールは瞬く間に消滅する。

「だぁぁーっ!」
 
そのまま型やスタイルなどもない無骨な武器捌きで、グールを蹴散らしていく。
 
一方で、巧から見た晴人の戦い方は、認めたくはないが姿同様に美しいものだった。
 
大きく開いた足を目一杯に使い、回転を利用した舞い踊るような蹴りが、グールを大地に叩きつける。
 
武器も同じく、とにかく突っ込んでいく巧とは対照的に、時には退き、往なし、僅かな隙に確実に振るわれ、グールを斬り裂く。
 
何らかの武術、あるいはスタイルを利用していると思われる晴人の戦い方は、
戦いの中にありながらまるで人目を意識しているような、そんな風に巧には思えた。

「おっと!驚いたぜ、あんた仮面ライダーだったのか!」
「んなこったどうでもいいんだよ!さっさと片付けるぞ!」
 
戦い慣れした二人にかかれば、知能の低いグールなど敵ではない。然程時間もかからずに、グールは全て塵となって消滅した。

39: 2016/06/19(日) 22:05:03.84 ID:jMZwmSx/0
「ふむ、これが指輪の魔法使いの力か。聞いてはいたが、実際に見ると中々厄介」
「魔法使いだからな。次に何が飛び出すか、予想できるか?」
「ふぅむ……。いや、予想など必要ない。何が出ても、氏ぬのは貴様だ」
「やってみなよ。そう簡単にはやられないぜ?」
 
巧は自分が省かれていることに多少苛ついたが口にはしなかった。元々戦う時に多くを喋るタイプでないのもあるだろう。

「お喋りはもう十分か?早くやろうぜ」
「おっと、そいつは失礼。んじゃ、真面目にやろうか……!」
「フッ!」
 
それぞれに得物を構え、二人はファントム目指して駆け出した。
 
先に得物を振るったのは巧。ぶっきらぼうな横薙ぎの一撃が迫る。合わせるように、晴人は真っ直ぐにウィザーソードガンを突き出した。

「フッ……」
 
瞬間、手にしていた首切り鎌は形を失い、不定形の靄となって二つの刃からファントムを守る。
かと思いきや、次の瞬間には靄が両刃の剣となって二人を襲った。

「ぐあっ!」
「フーーーッ……」
 
そのまま宙を舞う黒い剣は、ファントムの手の動きに合わせて二人を斬り付ける。二度三度と斬りつけられ、二人はよろめきつつ一度後退した。

40: 2016/06/19(日) 22:10:11.90 ID:jMZwmSx/0
「おい、何とかなんねえのか魔法使い」
「もちろん手はあるさ」

『ハリケーン プリーズ! フー!フー!フーフーフーフー!』
 
先ほど現れた時と同じ緑色の姿、ハリケーンスタイルにチェンジし、晴人は右手にウィザードリングを嵌めた。

「俺がサポートするから、巧はヤツの相手を頼む」
「ああ」
 
短い返事で巧はすぐさま駆け出した。ファントムも今度は白兵戦で応じるらしく、靄は先ほど同様鎌を作り上げる。

「だあぁっ!」
「フッ」
 
袈裟切りにしたファイズエッジは容易く受け止められる。巧は続けて力任せに叩きつけるように振るって、ファントムを攻めたてた。

「よっと!」
 
上空から聞こえてきた晴人の声と銃声。
晴人の意に従って自在に曲がる銀の弾丸は、巧の動きを阻害しないようにしてファントムの身体に命中する。

「ぐおっ」
「はぁっ!」
 
ぐらついたファントムに下からファイズエッジで狙うも、今度はその身を靄にすることで上手く躱されてしまった。
―――武器そのものは。

再び靄が集まってファントムになる。しかし靄は完全には身体になり切らずに、ファントムの周辺を漂っていた。

42: 2016/06/19(日) 22:15:17.65 ID:jMZwmSx/0
「くっ、何だその熱は」
「知るかよっ」
 
フォトンブラッドがオルフェノクに有効な原因は、それ以外の怪物にもしっかりと効いた。
共に人間から転じた怪物なので、効くのが当然と言えばそうかもしれない。
 
身体の一部である靄を熱で傷付けられたファントムは、用心深く鎌を構える。

「これは気を抜くわけには行かないようだ」
「やーっとやる気になってくれたかぁ。でもちょっと遅いぜ?フッ!」

『チョーイイネ!サンダー! サイコー!』
 
空から迫る緑色の雷撃は、ドラゴンの頭部を模してファントムに迫る。

「行けっ」
 
一方のファントムも、足元の影から漏れ出した靄を束ねて馬の形とし、雷撃を迎え撃った。
 
大量の魔力同士の激突に強烈な閃光が発生し、その場の者たちの視界を奪う。

44: 2016/06/19(日) 22:20:15.36 ID:jMZwmSx/0

「……倒したか?」
「いや、逃げたね」
 
再び目を開けた時、そこにもう黒い靄は残っていなかった。

「結構魔力を使わせたはずだから、すぐには追って来れないはずだ。警戒はしとくけどね」

『ガルーダ プリーズ! ユニコーン プリーズ! クラーケン プリーズ!』
 
赤・青・黄の三色の使い魔たちにリングを嵌めて送り出し、晴人は変身を解除した。
巧もファイズフォンをドライバーから外す。
 
晴人はオートバジンの後ろで身を小さくしていた侑希に駆け寄る。
続いた巧はオートバジンの胸のスイッチを押して、ビークルモードへ戻した。

「すいません晴人さん、巧さん。本当にありがとうございます」
「礼を言うのはもうちょっと後かな。とりあえず今は、身の安全を確保できるところに移動したいんだけど……
侑希ちゃん、まだ学生でしょ?親に連絡して、確認してもらえないかな」
 
晴人の言葉に、侑希は首を横に振った。

46: 2016/06/19(日) 22:25:02.79 ID:jMZwmSx/0
「ん?連絡できないとか?」
「いえ、連絡は必要ありません。その……」
 
その時、侑希の瞳は揺れていた。同じ目を見たことのある巧には、侑希が何を抱えているのかを察することが出来た。

「……家出か」
 
彼女は静かに首を縦に振った。
 
侑希の瞳は、夢を追いかけていたころの真理によく似ていた。

53: 2016/06/20(月) 22:00:40.37 ID:3f3MhkYj0

Part2



「おっすおっちゃん、ただいま」
「おー晴人。後ろのお二人さんがそうなのか?」
「ん、女の子の方。ここにしばらくいることにするって」
「そっちの男性は?お兄さんか何か?」
「俺の同類って言えば分かる?」
 
壮年の男性は晴人の言葉を咀嚼するように何度も頷いた。

「なるほど、わかった。店主の輪島です。事件が解決するまでは、お二人ともここでゆっくりしていくといい」
 
輪島と名乗った男は、人のよさそうな笑みを浮かべて作業場から降りてきた。晴人と共に侑希と巧をソファに座らせて、お茶の準備を始める。

「あのっ、私が色々助けてもらっている身なのに、そこまでしていただいては……」
「いいんだいいんだ。歳を取るとね、こういうことでも楽しくなってくるもんなんだ」
「素直に言うこと聞いとけ」
 
そう言って巧はソファに身を沈め、ようやく戻ってきた食欲に従ってお茶請けの菓子に手を伸ばした。
それを受けて、侑希もぺこぺこと頭を下げながらお菓子に手を伸ばす。

54: 2016/06/20(月) 22:05:06.39 ID:3f3MhkYj0
数分して、白い湯気の立つお茶が二人に振る舞われた。侑希は礼を言ってから口をつける。

「フー、フー……」
「何巧、猫舌?」
「うるせえな。何かいけねえか」
 
必要以上にフーフーしてからお茶に口をつける巧を、対面の晴人が少し笑った。
草加と言い村上と言い、これを笑われたり話題にされると未だに腹が立つ。
巧が成長しない―正しくは“できない”―ことの一つだ。晴人はごめんごめんと謝って、自分はドーナツを食べ始めた。
 
全員が一息ついたところで、晴人が話を切り出した。

「侑希ちゃん。色々と突っ込んだ話を聞きたいんだけど、いいかな」
「……はい」
 
湯飲みをテーブルに置き、侑希は両手を膝の上に置く。そしてゆっくりと語り出した。

「私、夢があるんです。どうしても叶えたい夢が」
 
巧が反応したことには、幸い誰も気が付かなかった。

55: 2016/06/20(月) 22:10:12.47 ID:3f3MhkYj0
「私の両親は弁護士です。それに、父方の伯父一家も。
父とおじさんは小さいころから反りが合わない兄弟だったらしくて、いっつも喧嘩ばっかりだったっておじいちゃんから聞きました。
大人になって、弁護士になって、子供が出来た今でもそれは変わってません。
おじさんの息子…えっと、私にとっては従兄のお兄さんも、それに巻き込まれる形で弁護士になりました。
それで一歩リードされたのがよっぽど悔しかったみたいで、私も弁護士になるように命令されました」
 
親兄弟の争いに巻き込まれ、未来の自由を失くそうとしている少女に出来ることは、自らを縛ろうとする者からの脱却だけだった。

「それがどうしても嫌で、私家を出たんです。
耳を傾けてくれない両親も、そうすれば少しでも分かってくれるかなって思ったから。
……って言っても、家出したのは今日ですけど」

巧はがっくりくると同時に、侑希が制服の理由もわかった。
平日の昼頃に制服のままの女子高生が繁華街にいるなんて、納得のいく理由は他にはあまり思いつかない。

「で、親からの反抗で学校サボって繁華街うろついてたら、あいつらに目をつけられちゃったわけだ」
「……そう言えば、最初に声を掛けてきたの、あのファントムの人でした。それで連れて行かれちゃったんです」
「偶然とは言え、巧がすぐ後に連れ込まれて助かったね」
「はい、本当に助かったんです」
「…………」
 
巧はそっぽを向いた。いい加減この礼ばかり言う少女を黙らせたい。面映ゆくてどうにも居心地が悪いからだ。

57: 2016/06/20(月) 22:15:12.74 ID:3f3MhkYj0
そんな巧には触れず、いよいよ晴人は侑希の核心に触れる。

「じゃあ聞きたいんだけどさ、侑希ちゃんの夢って何?」
「……どうしても話さなきゃダメですか?」
「ダメってわけじゃないけどさ。
ファントムはゲートの希望とか、それこそ夢とか、そういうプラスの感情を何とかしてひっくり返そうとしてくるのが多い。
侑希ちゃんの“それ”が何なのかを知っておけば、こっちも守りやすいんだ」
「それは……」
 
晴人の言葉は確かに正しい。それは侑希も分かっている。
自分は守ってもらっている身だから言い訳や我儘を言える立場でないとも思っている。
けれども、あまり言いたくない理由が彼女には有った。

「……すいません晴人さん、それはちょっと教えられません」

58: 2016/06/20(月) 22:20:36.03 ID:3f3MhkYj0
「そっか、言い辛いことだよね」
「あっ、いやっ違うんです!これはその、何て言うか……おまじないなんですっ」
「はぁ?まじないだぁ?」

またがっくりきた巧が呆れるように問う。侑希は膝に置いた手をぎゅっと握り、俯いたまま何度も頷いた。
そのまま蚊の鳴くような声で侑希は続けた。

「……誰にも言わないでおけば夢が叶うっていう、私なりの願掛けなんです……」
「……だとよ。これ以上の詮索はやめとけ」
 
巧の発言にはその場の全員の視線が集まった。
まさか巧がそんなことを言うとは誰も思っていなかったのだろう。擁護してもらった侑希ですら目を丸くしている有様なのだから間違いない。

「んだよその目は。人間言いたくないことの一つや二つくれーあるだろ。
コイツの場合、それが自分の夢だってだけのことだ。根掘り葉掘り聞いてやんな」
「……あ、えっと、はい。巧さんの言った通りにしてもらえると、ありがたい、です」
「ん、分かった。じゃあ聞かないでおくよ」

61: 2016/06/20(月) 22:25:17.03 ID:3f3MhkYj0

「でもアンタには色々と聞きたいことがあるんだ、巧」
 
輪島が侑希を客室に通し、今は巧と晴人が二人きりである。
質問が来るのは予想がついていたので、巧は鬱陶しそうな顔をしつつ聞く気だけは出しておく。

「いいってことだよね?じゃあ聞きたいんだけど、どうして巧は仮面ライダーになったんだ?」
「偶然だ、偶然」
「変身の時に使ってたあのベルトの出所は?」
「とっくの昔に潰れた会社だよ」
「巧は何と戦ってたんだ?」
「お前とおんなじ、人間から生まれた怪物だ」
「……質問してる分際で悪いんだけど、巧お前、愛想悪いな」
「知るかよ、昔っからこんなんだ。むしろお前はぺらぺらとやかましいんだよ」
「おっと、それこそ俺のスタイルなんだ。気に入らなかったみたいだけど」
 
晴人の飄々とした軽い態度はどうも気に入らない。
強いことは先の戦いで分かったが、その口調のせいで、戦いに対して真面目になっているとどうしても思えないからだ。
 
一方で晴人も巧の事はどうも苦手だった。
全身から出ている“近付くなオーラ”的なもののせいで、いつものように近付いて行くことが出来ない。
二人の間には微妙な溝が出来上がりつつあった。

63: 2016/06/20(月) 22:30:03.97 ID:3f3MhkYj0
「まあいいや。それでさ、巧はこれからどうする?
さっき戦ったのは成り行き上仕方なかったけど、今度こそ今回の件に首突っ込む理由は無くなったんだ。
帰るって言っても止めないし、このまま力を貸してくれるって言うなら有り難い」
「…………」
 
言うべきことは最初から決まっている。だけどそれでも少し考え込んでしまう。
晴人の言った通り、巧は本当に成り行き上たまたま二人と出会い、その場を切り抜けるために戦っただけだ。
それを切り抜けた今、今度こそ付き合う必要はない。晴人に任せて帰ればいい。
 
だけどそれは、巧が戦う運命を歩き出した時にもよく似ていた。
だから考えてしまうのだ。再び動き出した運命に乗るか、降りるか。また戦いの中に身を投じるのか、否か。

64: 2016/06/20(月) 22:35:08.00 ID:3f3MhkYj0
湯飲みを持ち上げる。
中身はまだ白い湯気を立てていたので、いつものように冷ましてから口にし、それと共に様々なものを飲み込んでから巧は口を開いた。

「……あのガキの、夢を守るためだ。俺はそのために戦う」
「オッケー。じゃ、協力よろしくな、巧」
 
晴人が右の手を差し出す。巧は一度顔を逸らした後、仕方なくと言った風に自らも右手を差し出してその手を握った。

「その指輪、邪魔くせえ」
「あ、ごめん」

68: 2016/06/20(月) 22:55:07.91 ID:3f3MhkYj0

その晩、巧は一人過去を思い出していた。
様々な思惑が絡み合い、混沌の中でもがき苦しみ、そして戦い続けた日々のことを。
 
戦いの中で人間として生きるために多くのモノを奪い、代償に大切な仲間を失った。
共に過ごした者たちのきらきらとした夢を守るために、一人灰を被り続けた。
その報いを受けるように、彼もまた灰になって消え行くはずだった。
 
だが12年を過ぎてなお、彼は生きている。いや、氏んでいないと言った方が巧の心境的には正しい。
氏にたいと思っているわけではないが、かと言って生きていることに何の疑問も抱かないほど、巧は単純な人間ではないのだ。
 
今でも生きている事、それが“罰”だと思うようになったのがいつの事かは、もう覚えていない。
だが今でもその思いは心に巣食っている。どうしていつも自分ばかりが生き残るのだろう、と。

69: 2016/06/20(月) 23:00:13.56 ID:3f3MhkYj0
人間で居たい。人間として人間を守るために、オルフェノクを倒す。
それは紛れもない巧自身のエゴであり、同時に背負うと決めた罪だ。
その“罪”に対して与えられたのが、命を奪った罪を忘れず、失ったものの重さを引き摺り、
いつ来るか知れない氏に怯えながら生き続けろという“罰”。

今を生きているのは巧にとって喜ばしいことなどではなく、ただ己の罪を自覚し、罰を受け続けるだけの繰り返し以上の意味を持っていなかった。
見つけた夢を叶えることなど、以ての外だった。
 
そんな中で侑希を助け、晴人に協力しようとしたのは、過去の自分の決意を守るためだ。
『夢を持たずとも夢を守ることは出来る』と言ったあの日のことを忘れたことなど無い。
 
そしてそれ以上に、何かが変わる予感がしたからだ。
何が変わるのかは巧自身にも良く分からないが、それでもその予感に賭けてみようというくらいの気持ちは起こった。
 
たとえその先で、自らが灰と変わろうとも。

72: 2016/06/22(水) 22:05:43.39 ID:8agu/kko0

翌朝、と言っても既に昼に近付いた頃になって巧は目覚めた。
 
一階へ降りて行くと、とっくに起きていた晴人と侑希、そして輪島が巧を迎える。

「おう、おはよう」
「おはようございます」
「ほら、遅いけどちゃんと食ってけよ」

巧が輪島の用意したおにぎりを頬張り始めると、晴人と侑希もそれを一緒になって食べ始めた。
さらにお茶が振る舞われる。巧の物だけは少し冷ましてあるという嬉しいオマケつきだ。巧の中で輪島への好感度がぐっと上がった。

しばらく黙々と食べていた三人。おにぎりを一つ完食し、晴人が巧に告げる。

「この後、侑希の家に行こうと思ってる。出来ればついて来てほしいんだけど、どうだ?」
「出かけんのは危ないんじゃないのか。また襲ってくるかもしれねえぞ」
「それでもさ。ファントムに絶望させられる前に、侑希の心がしっかりとしたものになれば、もう絶望する心配はない。
それには夢の事を親に認めさせるのが一番だって、侑希自身が言った。それに、いつまでもここに居ようとは思ってないって言うし」
「晴人さんの言う通りです。私はまだ子供だから、親に保護してもらっている立場だってことは分かっています。
我儘を言うべきじゃないかもしれません。でも私の夢はしっかり親に認めさせたいんです。
一人でも立てるようになった時に、夢を目指して進んで行きたいから」

74: 2016/06/22(水) 22:10:19.12 ID:8agu/kko0
なるほど良く分かる、と思える言い分だった。
巧から見て、侑希は非常にしっかりとした娘だ。自分が“子供”だという事を自覚している。
だからこそ我儘を言うわけにはいかないという理性と、何としても夢を認めさせて自分の道を行きたいという思いの着地点を探している。
同じ夢追い人だったあの頃の真理に比べれば、侑希は良くも悪くも大人しい。
とはいえ、真理も真理で置かれた状況は複雑だったし、一概に比較することに意味があるわけでもないのだが。
 
脇道に逸れたが、今の巧が考えるべきは侑希を家へ戻らせるかどうかであり、
それに関しては特に止める気にもならなかったので、彼は素直に頷いた。

「ああ、どうせこのまま中にいても暇だからな。ついてってやるよ」
「よし。じゃ昼過ぎになったら出発ってことで」
「すいません、守ってもらっている立場で我儘を言ってしまって」
「いやいや、今までのゲートたちに比べりゃ侑希なんて可愛いもんだぜ?もっと我儘なゲートもいっぱいいたさ」
 
晴人の話を、侑希はにこにこと笑いながら聞いていた。しかしその手は表情とは裏腹に、小さく震えているのが巧には見て取れた。

76: 2016/06/22(水) 22:15:10.38 ID:8agu/kko0

外へ出掛けるまでの間、巧はすることも無くテレビを見ていた。
 
画面に映るのは40代くらいの男性とその秘書らしき男。彼らは記者会見の真っ只中にいた。
テロップを見るに彼はとある企業の会長らしく、つい先日に発表された人工衛星の打ち上げプロジェクトに関する発表が今日の主題らしい。
 
ぼんやりと眺めていると、いつの間にか横に立っていた侑希が呟いた。

「あ、C3じゃないですか」
「何だよC3って。お前知ってんのか?」
「えっ、巧さん知らないんですか?」
「ええっ。巧、お前さんもう少し世間のことに興味を持った方が良いぞ」
 
侑希と輪島の“知っていて当然”とばかりの物言いに、巧は肩を竦める。
外にあまり興味を持たない生来の性格と、旅に出てばかりで情報と触れない生活が裏目に出てしまうこととなった。
そんな巧のことが放っておけなかったらしく、侑希は頼まれてもいないのに説明を始めた。

77: 2016/06/22(水) 22:20:20.10 ID:8agu/kko0
「C3って言うのはですね、C.C.カンパニーの略なんです。企業名のC.Cに“Company”の頭文字を取って、Cが3つでC3。
医療と福祉の充実に力を入れている企業で、創業は2000年代前半。
当初は小さな医療器具のメーカーでしたが、次第に規模を拡大していって、2011年の大震災の際に多大な復興支援を行い一躍有名になりました。
今では日本のみならず、海外の紛争地帯への生活支援や“国境なき医師団”への活動資金の寄付や機材の無償提供、人材派遣など、
多大な功績を残している日本の最重要企業の一つなんですよ」
「……そうか、詳しいなお前」
「巧さんが知らなさすぎるんですよ。ちゃんと社会の事を知っておかないと、流れに取り残されますよ」
 
侑希の有り難い説明は、興味も無いため正直あまり頭に入って来なかった。
それ以上に過去の戦いの影響もあって、大企業というものに対してはどうも意識が一歩引いてしまうようになっていたのもあるだろう。

「それでこの人工衛星の打ち上げは、会社を立ち上げた頃からの悲願…夢だったそうです」
「ほー……」
 
画面の中で会長である男性は「この人工衛星の打ち上げ目的は」という質問に対し、非常に溌剌と回答していた。

『現在我が社が世界中で展開している医療・福祉・介護のシステムを、この衛星を用いたより高度な通信網の元に置き一層密に、近くすることが目的です』
 
その後も会見は続き、打ち上げが三日後に控えていると言ったところで、晴人が二人の前に姿を現した。

「お待たせ。んじゃ行こっか、侑希の家」

79: 2016/06/22(水) 22:25:05.57 ID:8agu/kko0

晴人のマシンウィンガーのリアシートに侑希が座り、その二人の後ろを巧がついて行く。
慣れない土地で案内に手間取ったことと、侑希の自宅が都心から離れた場所にあることが相まって、
一時間近く経ってなお目的地にはたどり着くことが出来ていなかった。

それはつまり、向こうに追跡するに足る時間を与えてしまったということであり、

「っ!」
「来やがったか」
 
三人の進行方向に、黒い靄を固めたファントムが立ち塞がった。

「まさかそちらから出てくるとは思わなかったぞ。潔く命を差し出す気になったということか?」
「いやいやまさか。これから大事なとこへ行くんだ、悪いけどどいてくんない?」
 
答える代わりに、影から大量の靄が湧き出しファントムの周辺を漂い出した。
 
こうなれば最早戦う以外に道はない。巧はドライバーを装着し、晴人はウィザードリングを左手に嵌めた。

80: 2016/06/22(水) 22:30:29.22 ID:8agu/kko0
「侑希、離れてろ」
「はいっ」
 
侑希を庇うように二人が前に出る。巧は一つため息を吐いて、コードを打ち込んだ。

「結局こうなっちまったか」
「言ってもしょうがない、ちゃっちゃと片付けようぜ」
「ああ、行くぞ」

「変身!」
 
ファイズ、ウィザードに変身した二人が、並んでファントムへと駆け出した。
一方のファントムは身じろぎもせず、ただその周囲を靄が漂うばかり。

「ハッ!オラッ!だぁっ」
「フッ、でやぁっ」
 
巧の拳は二度三度とその胸板に叩き込まれ、晴人の振るう白刃は胴体を鋭く切り裂き、ファントムの身体を揺らす。
それに対してファントムは不気味なほどに動きを見せない。

81: 2016/06/22(水) 22:35:02.37 ID:8agu/kko0
「ハァァッ」
 
今度は二人のコンビネーションキックが腹部に入り、ファントムは簡単にふっ飛ばされた。
巧は地面に倒れたままの相手に近付いて行き、その胸倉を掴んで引き起こすとボディブローをまた二度三度と打ち込んだ。

「ぐあっ……」
「おおっ、容赦ないねぇ」
 
晴人の声は聞き流す。手を離して右手を振ると、崩れ落ちた相手の顔面目掛けて思い切りサッカーボールキックを繰り出した。
これが入れば、少なくとも人間はまともに立ち上がれなくなる。

82: 2016/06/22(水) 22:40:03.99 ID:8agu/kko0
果たして、巧の爪先は空を切った。

「何っ」
「やれやれ、ここに何も無くてよかった」
 
ローブのフードが落ちる。そこには本来頭部があるはずなのに、何も乗っていなかった。
首から上が、きれいさっぱり消えていた。

「さて、と」
 
何事も無かったように―実際に“何も無かった”わけだが―立ち上がり、フードを再び被り直す。
空っぽの頭部からも靄が溢れ始め、それは影から漏れ出た靄と一つになって形を得た。ファントムと同じ、巨大な首無し馬に。

「っ―――」
「潰せ」
 
ファントム“デュラハン”は生気を一切感じさせない声で、自らの従者へ指示を出す。氏馬は目前の巧目掛けて勢いよく脚を振り下ろした。

「巧っ!」

83: 2016/06/22(水) 22:45:10.52 ID:8agu/kko0
「が……っ」
「巧さん!」
 
氏馬の脚は靄で出来ているはずなのに、巨大な鋼鉄の塊かと錯覚するほどの重量を持っていた。
強烈な一撃を受けた巧は、すぐには立ち上がることが出来ない。しかし氏馬は今度こそ巧を圧頃するため、間髪入れずに再び脚を振り上げた。

「させるかっ」

『エクステンド プリーズ!』
 
魔法陣に手を突っ込んだ瞬間、晴人の腕はゴムのように伸びた。
巧の手を掴むためぐんぐんと伸びる晴人の手は、しかし直前でデュラハンが操る黒い靄の寄り集まった壁に弾かれた。
そのまま靄は巧の周辺を取り囲み、内からも外からも触れられなくしてしまう。

「くそっ!これならっ」

『バインド プリーズ!』
 
巧に直接干渉できないのなら氏馬の方を狙うしかない。
地面や空中から飛び出した銀の鎖は狙い通り氏馬の脚に巻き付き、動きを止めることに成功する。

84: 2016/06/22(水) 22:50:14.01 ID:8agu/kko0
「くっ……!巧、立て!長くは持たない!」
「畜生……っ」
 
巧はまだダメージの残る身体で、何とかその場を離れようと試みる。
痛みに萎えた手足に無理やり喝を入れて立ち上がろうとした、その時だった。

「なるほど。だがこれならどうかな」
 
デュラハンの姿が靄になったかと思うと、次の瞬間にはその姿は氏馬の馬上にあった。
同時に指輪を通して、氏馬の力が格段に上がったことが晴人の全身に伝わる。
それが一体化による魔翌力の強化だと理解するのと同じくして、鎖は力で強引に引き千切られた。

『バインド プリーズ!』
 
再び銀の鎖が出現するが、それは氏馬ではなく巧に向かって伸び、その両腕に絡みついた。
少しでも巧のダメージを減らすべく全力で引っ張り寄せようとする晴人だったが、
蹄の真下からほんの少し出たところで蹄が地面を打ち据え、周辺一帯に強烈な衝撃波をまき散らした。

「ぐわあぁっ!」
 
立て続けの強烈な攻撃についにギアは戦闘続行を限界と判断し、巧の腹部から外れてしまった。
ギアは明後日の方向に吹っ飛び、変身を強制的に解除された巧は力なく地面を転がる。

85: 2016/06/22(水) 22:55:03.64 ID:8agu/kko0
「巧さん!!」
「ぐぁ……はっ」
「氏ななかったか。まあいい、元々大した狙いでもない」
 
地面に倒れ伏す巧を馬上から睥睨したかと思うと、デュラハンはすぐ興味なさげに晴人と侑希の方へ視線、もとい空っぽのフードを向けた。
 
氏馬は形を失い、靄のほとんどは再び足元の影へと戻っていく。残ったものは昨日同様に首切り鎌を形作った。
それを一回転させ、先を晴人に突き付けて告げる。

「最低でも貴様は頃す。絶望のための良い糧となってくれ」
「そう簡単にやれると思わないでくれよ。俺は最後の希望なんだぜ」

『ウォーター ドラゴン! ザバザババシャーン!ザブンザブーン!』
 
ドラゴンがウォータースタイルと一体化し、青い水飛沫が散る。

『コピー プリーズ!』
 
ウィザーソードガンのハンドオーサーに右手をかざすと、その手元にもう一本複製された武器が出現し、
両手の武器を強く握りしめた晴人はデュラハンと睨みあいながらじりじりと距離を詰めていく。

86: 2016/06/22(水) 23:00:08.38 ID:8agu/kko0
先に動いたのはデュラハンだ。

「ふっ」
 
軽い掛け声に見合わず、鎌は晴人の首を横合いから鋭く狙う。

「おっと」
 
一方の晴人も軽い掛け声で白刃を防ぎ、もう片方の手の得物を振るう。
デュラハンは鎌を素早く回転させて、こちらもまた銀の刃を防いだ。
 
舞うように二刀を振るう晴人と、捉えどころのない動きでそれに応じるデュラハン。
両者の打ち合いはそれほど時間の経たないうちに、結果が見え始めた。

「どうした?遅れてる、ぜっ」
「くっ!」
 
戦いの経験値からして、晴人が有利となるのは明白だった。その上晴人にはまだ、無数の魔法が行使できるだけの魔力的余裕がある。
流れを引き寄せ始めた晴人は、勢いのままに一気に打って出た。

「はぁっ」

『リキッド プリーズ!』
 
鎌を液状化して回避すると、デュラハンの身体に自在に纏わりついて液状化を解く。関節をあらぬ方向に極めるものの、

「それは私には効かないな」
 
元々が自らを靄と変えられるデュラハンだけあり、言葉の通りに効いている様子は無い。

「ならこいつだ!」

『チョーイイネ!ブリザード! サイコー!』
 
青い魔法陣から放たれる極低温の冷気はデュラハンを瞬時に凍り付かせ、靄となって逃げることを封じた。

87: 2016/06/22(水) 23:05:16.49 ID:8agu/kko0
「でやあっ!」
 
身動きの取れない相手にウィザーソードガンを振り下ろし、その身体を幾度も斬り裂く。
銀の刃がその身を裂くたびに、飛び散った黒い靄が空中で消滅していく。
相手の魔力が減るのを目視で確認し、晴人は両手のウィザーソードガンを勢いよく突き出した。

「ぐはぁっ!ああ……っ」
 
砕けた氷の中から飛び出し地面を転がったデュラハンは、その場から逃げるためか頭部からゆっくり靄となり始めた。

「逃がすかっ」

『バインド プリーズ!』
 
魔法陣から伸びる氷の鎖が両手両足に絡みつき、逃走を封じた。
勝利を確信した晴人はトドメを刺すために、ウィザーソードガンをガンモードにしてハンドオーサーに左手をかざす。

『シューティングストライク! ジャバジャババシャーン!ジャバジャババシャーン!』

「フィナーレだ」

88: 2016/06/22(水) 23:10:02.34 ID:8agu/kko0
拘束されたデュラハンに銃口を合わせ、晴人は戦いの終わりを告げた。
高まる魔力が銃口に集まり、必殺の一撃を繰り出さんとした、まさにその瞬間だった。

「流石に私が氏ぬわけにはいかない……」
 
デュラハンが呟くと同時に彼の両手足を拘束していた氷の鎖は突然黒く染まり、あろうことかその拘束を解くと晴人の方へと素早く伸長した。

「何っ、がっ!」
 
咄嗟の事に反応できず、今度は晴人が鎖に両手両足を拘束される番となった。
鎖は凄まじい力で晴人を締め上げると共に、その身体を無理やり地面に倒し磔にしてしまう。

「お前、俺の魔法を乗っ取ったのか……!?」
「いかにも。……さて、これで邪魔者は消えた」
 
ダメージに未だ立ち上がれない巧と、拘束を脱せない晴人の二人はもうデュラハンにとって脅威ではない。
獲物を見定めるかのように、空っぽのフードが後退る侑希の方を向いた。

「侑希!逃げろ!!」
「く、そ……っ」

両手を封じられてしまった晴人には魔法の行使が出来ず、巧が戦うにはギアを取りに行かなければならない。
そしてそうした時にはもう、侑希は恐らく―――

「あ、あ……っ」
「何が貴様の希望か……見せてもらうとしようか」
 
フードから靄が漂い始めたかと思うと、それらは一斉に侑希を取り囲み、彼女の口や鼻、耳といった器官から徐々に内部への侵入を開始した。

90: 2016/06/22(水) 23:15:01.96 ID:8agu/kko0
「…………っ」
 
それまでの一部始終は巧にもしっかりと見えていた。
故に、これが長く続けば侑希はいずれその夢を強引にこじ開けられて覗き見られ、絶望させられてしまうのは明白だった。
 
この状況下で何より許せないのが、ファントムは夢というものを『ゲートを絶望させやすくする弱点』くらいにしか捉えていないところだ。
夢の本当の価値も、それがどんなに尊いものであるかを知ろうともせずに、ただ“絶望させるのに丁度いい”から奪っていく。
それだけは絶対に許せない。だが実際に今、目の前で、一つの夢が消えかかっている。

「ふむ……。なるほどなるほど、であれば」
 
侑希の身体から抜け出たデュラハンは、力なく座り込む侑希の両腕に靄を纏わりつかせ、無理やりに前へと差し出させた。

「や、やめて……!それは、それだけは……!!」
 
デュラハンは応じない。鎌を振り上げ、侑希の両腕に狙いをつける。

91: 2016/06/22(水) 23:20:09.53 ID:8agu/kko0

侑希の夢がどういうものかは巧も晴人も知らない。侑希に教えられなかったからだ。
 
しかしこの反応を見れば、侑希は“腕を失うこと”を何より恐れているのは疑いようのない事実だ。

「……やらせるかよ……」
 
晴人は未だに拘束を脱せず、侑希も同様。今動けるのは巧しかいない。
 
ギアは手元にない。しかしそれでもまだ、侑希を助ける手段があった。
たった一つ、最後の最後、出来ることなら使いたくなかった、巧自身の力。
 
後で侑希や晴人の自分を見る目がどう変わろうが、もうどうでもいい。
今は自分自身が何より嫌ったあの力に頼らざるを得ないのだから、後のことについて四の五の言っている場合ではない。

93: 2016/06/22(水) 23:25:10.32 ID:8agu/kko0


「うぅ…………」

 
自らの姿への忌避感。
 
内から理由も無く湧き上がる力への恐れ。
 
人間であろうという理性。


「うぅおあぁ……っ」

 
自分を人間たらしめていた三つの枷を、咆哮をトリガーに無理やり外す。
 
必氏に抑えていた力と闘争本能が、身体中を駆け巡る。



「うぅおあぁぁぁぁあああぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 
疾走する本能は今、巧の内から迸りその身を異形へと変化させる。


灰色の光に包まれ、彼は内に秘めたもう一つの姿、ウルフオルフェノクの力を解き放った。


96: 2016/06/22(水) 23:30:05.29 ID:8agu/kko0

「え……巧、さん……?」


「何だよ、そりゃ……」


二人が呆然と漏らした声は、灰より軽く風に乗って散っていく。


巧の意識は灰色の濁流に押し流され、後はただ、一体のケダモノが駆けるだけ。


109: 2016/06/24(金) 23:25:32.50 ID:WgyZmgJS0

【祝】CSMファイズギアに続きCSMファイズアクセル商品化決定


【注意】
ここから先はかなり私の個人的な解釈に依る部分が大きくなります。ご了承ください。



110: 2016/06/24(金) 23:30:11.18 ID:WgyZmgJS0

Part3



これはどこにでもいるごく普通の少年だった男の話だ。
 
優しい父と母の間に宿り、その優しさを引き継ぐようにこの世界に世を受けた。
 
その父と母ごと少年が氏んだのは今から20年は前の事だ。
 
原因は火事。放火だったのか不始末だったのかは定かではない。
そんなことは少年にとってはどうでもよく、ただ自らと両親が焼氏したという事実だけが重要だった。
 
焼け跡から発見された時、両親は顔も分からなくなるくらい真っ黒だったのに対し、少年は不思議なことに傷一つなかった。
周囲はそれを訝しがることは無く、ただ少年が生き残ったことに安堵した。
 
しかし少年はやがて、自分の身に起きた異常な出来事を正しく理解するようになった。
『自分は一度氏に、生き返った』という、生命の大前提を根底から覆すような出来事を理解した少年が、
自分の存在に疑問を抱くのにそう時間はかからなかった。
 
そして少年は自らの身に起こった変異を知ることになる。ヒトがヒトを超えた時、目覚めた力がその運命を変えた。
 
それを知った時、少年は異形と化してしまった自らに絶望し、命を絶つことを考えた。
しかし時を経るごとに、次第に一つの疑問が首をもたげてくる。

112: 2016/06/24(金) 23:35:04.86 ID:WgyZmgJS0



『一度生き返ってしまった自分は、果たしてもう一度氏ねるのだろうか』



113: 2016/06/24(金) 23:40:25.93 ID:WgyZmgJS0

生命の大前提を覆してしまったが故に、自分が氏ねるのかどうかすら定かでない。
更には人間としてはある種当然な、偶然拾った命を捨てるべきではない、とする考えもあった。

自分はただの人間でいるのか、それとも氏をも超越してしまった怪物か。
自らの命をどう扱うのか決めることは、自らが何者であるのかという問いに答えることに等しい。
その時の少年に、答えを出すことは出来なかった。
彼は『生きる』ことを選ぶでも、まして『氏ぬ』ことを選ぶでもなく、決断を放棄し『氏なない』という消極的な結論に辿り着いたのだ。
 
自らの異常性を恐れた少年は、徐々に人を遠ざけ人から遠ざかり始める。
粗暴な言葉使い、愛想の悪さ、捻くれた態度。
誰かと仲良くしたかっただけの心優しい少年は、その優しさゆえに自分に関わった誰かを自分が裏切ってしまわないように、
不運に見舞われないようにと、必氏に誰にも嫌われやすい自分を作り上げた。
その結果として、氏んでから数年後の彼に友と呼べるものはおよそおらず、
振る舞いのせいで作ってしまった敵と生傷が絶えない喧嘩ばかりの生活を送ることになる。

114: 2016/06/24(金) 23:45:18.21 ID:WgyZmgJS0

少年は灰色の身体を得た。それと同時に、彼には世界が同じ色にしか見えなくなった。
空を見上げれば青、雲を見れば白と頭では分かるのに、実際に彼に見えるのは一面が灰色だった。
身体が人間でなければ心が怪物でもなく、生きているわけでも氏んでいるわけでもない少年の在り方を、そのまま反映しているかのように。
 
世界は灰色だ。どんなもの・ことにも黒と白がはっきりと分けられているように見えて、
実のところそれは受け取る個人が『どちらの色を見たいのか』という判断に委ねられる。
どんなものもが黒と白を両方とも持っているなら、それは混ざり合った灰色であり、
結局はそこから黒を見出すか白を見出すか、その程度しか違いは無い。
それに気付いた人間は、その見方に“エゴ”という名前を付けた。
 
灰色の身体、灰色の命、灰色の世界。
全てが灰色に囲まれた中で日々を過ごす少年は、黒と白を決められずにエゴを持たずにいた。
自分が何者なのかを決められない以上、いつまで経ってもそれは付き纏う。
少年は灰色の中でひたすらに彷徨い続けた。

115: 2016/06/24(金) 23:50:10.30 ID:WgyZmgJS0

やがて少年は青年となり、自分が何者なのかを見つけるための旅の中で、運命的な出会いを果たすことになる。
 
自分勝手で口やかましい少女と出会った。極度のお節介焼きの大バカ野郎と出会った。
どちらもあまりに我が強く、彼からすれば近付きたくない類の人間だ。
 
でも、離れられなかった。二人と出会って、彼の世界に沈んだ灰色以外のものが現れたからだ。
綺麗で、儚くて、とてつもない力を秘めた輝き。彼女たちはそれを“夢”と呼んだ。
 
その時、何かが変わるかもしれないと漠然と感じ取った青年は、二人と共に行くことを決めた。それが激動に踏み込むことだとも知らないままに。

116: 2016/06/24(金) 23:55:07.91 ID:WgyZmgJS0

青年は多くの難題に直面した。
勧善懲悪、誰が白で誰が黒か、人間のような怪物と怪物のような人間、正義と悪の二元論では割り切れない複雑に絡み合う現実は青年を翻弄し、
その度に傷つき、苦悩し、繰り返し後悔をして、だからこそ彼はついに『人間として生きる』というエゴを受け入れることが出来た。
黒でもなければ白でもない、灰色の自分を受け入れることが、彼が出した答えだった。


灰色の自分を受け入れられたとき、彼の心臓は強く脈打ち身体は熱を持った。
人間として生きることを決めた彼の心は、長らく忘れていた血の通う感覚を思い出したのだ。
目に映る世界はもう灰色ではなく、色鮮やかに彼を迎え入れた。

 
そして彼は、夢を見つけた。

117: 2016/06/25(土) 00:00:14.49 ID:IRhrdGsi0

「――――」
 
目を開ける。少し色褪せた世界が広がっていた。辺りを見回すと、部屋中央のテーブルの上にギアが鎮座している。
その向こうの壁に掛かった時計は、22時を少し回っていることを教えてくれた。
 
ゆっくりと上半身を起こす。少なくとも8時間は眠っていたはずだが、全身はまだ鉛のように重く、ただそれだけの動作でも酷く億劫だった。
毛布を払い除けて、自分の手に視線を落とす。灰になるでもなく、手は人間のもののままそこにあった。

「俺は……」
 
記憶を辿っても、オルフェノクになってから後のことは箸にも棒にも掛からなかった。
それでもここで眠っていたのだから、恐らく晴人が何とかしたのだろう、ということくらいは想像がついた。

「―――そうだ、アイツは……!?」
 
侑希はどうなったのか。無事にファントムの危機から脱せたのだろうか。
いや、そうでなくてはならない。巧はそのためにオルフェノクの力を解き放ったのだから。
 
ベッドから抜け出て、重い体に鞭打って客室を後にする。
足がもつれて転ばないように気を付けながら階段を下りると、最低限の明かりだけが灯る一階で、ソファに身体を沈めて晴人が巧を待っていた。

118: 2016/06/25(土) 00:05:09.98 ID:IRhrdGsi0
「よう、目が覚めたか。気分はどうよ?」
「んなことはどうでもいいっ、アイツは、侑希はどうなった!?」
「まあまあ、ちょっと落ち着けよ。大丈夫だからさ、な?ほら、そっち座れって」
 
巧は舌打ちし、晴人に言われるまま彼の対面に座った。
晴人は巧の方へ身を乗り出し、手を組むと、巧を安心させるように笑顔を作ってから口を開く。

「侑希なら大丈夫だぜ。ちゃんと無事に連れて帰ってきた。絶望もさせられてない。心配することは殆ど無い」
 
そこで一度切って、いつもの笑みを消した真剣な表情で告げる。

「―――巧、お前のこと以外は」
「……そうか、アイツは無事なのか。なら良かった」
 
晴人が最後に言ったことは一旦置いておいて、まずは侑希が無事だと言う事に安堵する。
正直に言えば、意識を失った自分が襲ってしまったのではないか、という過去の経験から来る不安も胸中にあったからだ。
だが晴人が大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。
 
侑希の安否を確認できた巧は、大きく息を吐き出すと晴人の目を改めて見つめた。
真剣な表情のままの彼の目は、やはり少し揺らいでいた。それでも巧から視線を逸らすことは無い。


119: 2016/06/25(土) 00:10:34.00 ID:IRhrdGsi0
一瞬か、あるいは数分か。両者の沈黙の時間を破ったのは、今度もまた晴人の言葉だった。

「正直に言うけど、お前があの姿になった時は結構ビックリしたよ。
どうやって拘束を抜けようかって考えてたのも、全部吹っ飛んじまった」
 
巧は応えない。

「でさ、普通の人間よりずっとトンデモなことに慣れてるって自負してた俺でもビックリしたんだ。
だから、侑希の驚きようはそりゃもう凄かった。お前がファントム追っ払ってぶっ倒れた後、ずっと『嘘』って首を横に振るばっかりだったよ」
「……今は、どうしてる?」
「少し落ち着いたみたいだけど、相当消耗してたからもう寝かせたよ」
 
ベストな選択だろう。今日は本当に恐ろしい事態と驚愕の事態に連続して直面したのだから。
 
一度途切れた会話を、今度は巧が再開させた。

「……お前、俺の事どう思ってる?」
「どう、って?」
「そのまんまだ。……この際だ、ハッキリ言っていいぜ。バケモノだろうが怪物だろうが、思った通りに言え」
「思った通り、ね」
 
晴人は勿体ぶって言葉を切る。巧は次にくる言葉がどんなものであれ、そのまま受け止めるようにと身構えた。
例え罵詈雑言を浴びせられたとしても、それに言い返さないように。

「それじゃあ言うけどさ」
 
そう前置きして、晴人は思った通りのことを巧に告げた。

120: 2016/06/25(土) 00:15:20.86 ID:IRhrdGsi0

「さっき言ったように驚きはしたけど、それだけだ。お前の事は、ただお前…巧は巧だって、俺は思ってるぜ」


「……何?」
「だから、言ったまんまだ。巧は巧。それ以上でも、それ以下でも、それ以外でもない」
「…………」
 
正体を晒した相手が、自分の事をすぐに受け入れる。それは巧にとって小さくない衝撃だった。
何せ、共に生活していた真理と啓太郎ですらその事実を受け入れ、晴人と同じ考えを持つには短くない時間を要したのだ。
無論二人は人間としての巧の姿を見て接し続けていたという付き合いの長さもそれに拍車を掛けたのだが、
それにしたって晴人はあまりに短く、そして迷いが殆ど無かった。

「どうしてそう思う。どうしてそう思える?」
「そう難しく構えんなって。俺もさ、お前と似たようなモンなんだよ」
 
頭が働く。自分と似たようなもの、つまり晴人も怪物としての面を持っている。魔法使いもファントムも魔力を扱う。ということは。

「……まさかお前、ファントムなのか?」
「んー、惜しい。95点ってところかな。正解は、俺も自分の内に強力なファントムがいるってことだ。
巧との違いはただ一つ、それが表に出るか出ないか」

121: 2016/06/25(土) 00:20:07.22 ID:IRhrdGsi0
そして晴人は魔法使いが生まれる経緯についてを巧に説明した。
絶望に打ち勝ってファントムを内に止めるか、絶望してそのものになってしまうか。
魔法使いとファントムの間には差が殆ど無いことまで含めて、全てを。

「俺は純粋な人間でなければファントムでもない。でもファントムに匹敵する力を持ってる。
俺とファントムの違いなんて、その力をどこに向けて振るうのかってだけだ」
 
魔法使いたる晴人はその力を希望のために、ファントムはその力を絶望のために。

「お前昨日、ファントムは人間が絶望した時、そいつが氏んで生まれるって言ったよな。ならファントムの心は、氏ぬ前の人間のままなのか?」
「たった一つの例外を除いて、ファントムは生前の心を持っちゃいない。その例外も怪物みたいな心の持ち主だったから、結局は大差無かったけどな」
 
生前の心を持っているか否か。誕生の経緯がかなり似通ったオルフェノクとファントムという二種の怪物の違いはそこにあった。
その上で魔法使いというものを考えるなら、怪物の力を得た人間ということであり、それは即ち巧とほぼ変わらない立ち位置の存在なのだ。

「怪物と同じ力を持ってるけど、それを人間を守るために使う。それが俺で、巧、お前だ。だから少なくとも俺は、俺たちは似た者同士だと思ってる」
 
悪と同じ力を持ちつつも、正義のために戦う者たち。それについて簡潔かつ正確に表現できる言葉を、晴人は知っていた。

「俺が出会ったヤツは、そのことを“クロスオブファイア”って言った。俺たち仮面ライダーは皆、そういう存在だ。
ベタな言い方だけど、お前は一人じゃないってわけ。俺はそれを知ってたから、怪物の姿をしてるお前も、それで侑希を助けたお前も、別に矛盾しない」

122: 2016/06/25(土) 00:25:10.54 ID:IRhrdGsi0
「……そうか。なんつーか、その……ありがとな。気ィ使ってくれて」
 
自分より年下の男の言葉で、巧は不思議なほどに気持ちを落ち着かせることが出来た。
同時に、これまでの晴人の振る舞いと言葉遣いに感じていた引っ掛かりにも、ようやく納得のいく答えが出た。
 
晴人も、巧と同じく、怪物を内に秘める自身のことをどこかで恐れているのだ。
しかしその不安を感じさせてしまえば、心を狙われるゲートが真に晴人を信頼し、命を預けることが出来ない。
だから余裕の態度を作って見せ、飄々とした言葉遣いでゲートと自分自身を鼓舞するのだ。
それこそヒーローのように格好つけて戦ってみせることで。
 
そう巧が感じたのを察したかは分からないが、真剣な表情だった晴人はふっと力を抜き、自然に笑ってみせた。

123: 2016/06/25(土) 00:30:10.48 ID:IRhrdGsi0
「んじゃ、巧のことについてはこれでお終い。後は侑希の事だ」
「……ああ、そうだな。それで一つ聞いとくが、アイツが自分の夢について話さない理由、お前分かるか」
「え?おまじないって言ってたじゃん。それ以外に何かあんの?」
「多分な。つーかそれ、嘘だろうぜ。アイツにはそんな嘘言ってまで、人に話したくない理由があるように思える」
 
根拠は無い、勘だ。だが夢を追う人間を近くで見守ったからこそ、それが分かる。
侑希は別の理由で話すことを躊躇っているのだ。
侑希のため、そして巧自身のためにも、彼女の夢を知ることが、自分がするべきことだと思えてならなかった。

「……アイツとは、今日の事も含めて話をしなきゃならない。それは俺に任せてほしい」
「へぇ、巧が自分から何かやるって言いだしたの、これが初めてか?いいじゃん、そういうの大歓迎だぜ」
「うるせえな、まだ出会って二日だろうが。……とにかく、アイツとは俺が話をつける。いいな」
「おう。先輩のお手並み拝見と行こうか」
 
同じ不安を抱く者ということは分かったが、それはそれとして目の前でニヤッと笑う晴人に、しっぺの一発でもしてやりたくなった巧だった。

129: 2016/06/25(土) 21:45:25.54 ID:IRhrdGsi0

翌朝、侑希は部屋から出てこなかった。輪島が話をしに行っても応じず、部屋の前に置かれた朝食にも手を着けることは無かった。

「いやあ心配だ。あのくらいの年頃の子は、ちゃんとご飯食べないと。無理なダイエットは却って身体によくない」
 
全てを分かった上でそう言ったのだろう、困ったように笑う輪島はいそいそと作業場へ入って行った。
残された巧と晴人の間にはまたしても沈黙が広がる。
 
しばし黙考していた巧は、やがて腹が決まると、晴人に向けてこう言った。

「今日、ちょっと外へ出掛けてくる」
「おいおい侑希の事……っても、まああの様子じゃまだ無理っぽいし、仕方ないか。一応聞いときたいんだけど、どこ行くんだ?」
「土手だ」
「土手ぇ?そんなとこに、何しに行くんだよ」
「寝っ転がりに行く」
「……おう?」
 
晴人の顔には『何言ってんだコイツ』とでかでかと書かれていた。
だがそれも当然、巧にとっては特別な場所でも事情を知らなければ土手はただの土手、
しかもそこでただ寝転がるということは、普通に考えれば日向ぼっこ以外の何物でもない。
 
しかし、目の前の巧は真剣な表情をしていた。まるで、そこに大切な何かがあると言わんばかりの顔つきで、晴人に無言で訴えかけてくる。
それを軽く扱ってはいけないと察した晴人は、多少軽んじていたことを心中で反省して巧の目をしっかりと見つめた。

130: 2016/06/25(土) 21:50:10.62 ID:IRhrdGsi0
「……殆ど良く分かんないけど、それが巧にとって大事なことっぽいのは分かった」
 
きっと巧は、巧自身の希望、あるいは夢といった大切な何かを取り戻しに行くのだろう、そんな気がした。
だったら希望を守る魔法使いは、それを快く送り出すべきだ。

「気ィ付けて行ってこいよ。何かあったらすぐ呼べ」
「ああ、お前も何かあったら呼べよ」
 
二階に上がった巧は、自分が使っている客室から黒いジャケットを手にし、踵を返す。
侑希の客室の前には、すっかり冷めきった朝食のトレーが置かれていた。

「…………」
 
ドアの前で立ち止まり、ノックしようと右手が上がる。だがいざ叩こうとしても、手は動かなかった。
軽く握った拳はゆっくりと落ち、ジャケットのポケットに収まった。
話をするべきは今ではない。そのまま左手もポケットに突っ込み、階段を下りる。
玄関ドアの前で待っていた晴人は、召使いのように恭しくドアを開けた。

「何だそりゃ」
「雰囲気重視」
 
バカバカしいと言う代わりに、顔を逸らした。途端、日の光が照り付けてくる。その眩しさに巧は目を覆った。
隣の晴人は、太陽を見て一言。

「いい天気じゃん。土手で寝っ転がるのにはちょうど良さそうだ」
「……かもな」
 
手をどける。雲一つない空の色は、少しくすんだ青色に見えた。

131: 2016/06/25(土) 21:55:16.97 ID:IRhrdGsi0

オートバジンを走らせる間、色々な思いが胸に渦巻いた。それらを一つ一つ確かめていると、いつの間にかあの土手に辿り着いていた。

降車して周囲を見渡す。12年も経てば、流石に見えるものの一部は変わってしまっていた。
だがあの時と同じ空気だけは不思議とまだここにあるような、そんな風に感じられた。
 
土手の中ほどまで下って行き、腰を下ろし寝転がって目を閉じる。
春の麗らかな陽気は自然と眠気を誘い、巧の意識を眠りの中に連れ込もうとするようだ。
そのまま意識を手放したくなるのを、ここに来た意味を思い出すことでぐっと堪える。
 
長い戦いを終えた巧は、二人と一緒にここへ来て今日のように寝転がって空を見上げた。
あの日の空の抜けるような青さは、今でも心に残っている。
灰に濁ることも色褪せることも無く綺麗に見えた空は、ようやく葛藤を乗り越えた巧の心を映し出すかのようで、
どこまでも心を解放できるような気になった巧は、ようやく見つけられた自分の夢を二人に話すことが出来た。

思えば『オルフェノクだから、夢を持っていないから』と二人から精神的に一歩引いたような気分だった巧が、
本当の意味で対等になれたのはあの日が初めてなのかもしれない。
だからここには長い時間の中で巧自身が灰を被らせてしまった、輝く彼自身の夢が残っているような気がしたのだ。

132: 2016/06/25(土) 22:00:06.98 ID:IRhrdGsi0
「木場……、草加……、長田……」
 
戦いの中で灰になってしまった大切な者たちの名を呼んでも、声が返ってくることは無い。
木場の優しい声も、草加の嫌味な声も、結花の遠慮がちな声も、もう今となっては思い出の中にしか残っていない。
今ここにいるのは、氏の運命からも見放された巧一人だけ。

「なあ、教えてくれよ。何で……何で俺は生き残っちまったんだ」
 
元々オルフェノクの宿命としての氏が近付いていた上に、木場に囚われスマートブレインの施設に入れられた巧は、
更に命をすり減らすかのように、変身して木場や王と戦った。
先が長くないことは分かっていた。なのに今もこうして生きている。
 
以前は、今の命があるのは罪に苦しむために与えられたものだと思っていた。
しかし夢を追う少女と出会い、誰かの希望を守る魔法使いと出会ったことで、巧の心境には変化が起こり始めていた。
今を生きていることに、何か意味があるのではないかと思うようになったのだ。
 
だからこそ、その答えを知りたくなった。
そのために夢にもう一度触れたい、あの日に戻ってみたいという、自分でもらしくないと思う一種の郷愁に似たような気持ちで、ここへやって来た。
つまり、巧は自分を取り戻しに来たのだった。

133: 2016/06/25(土) 22:05:24.62 ID:IRhrdGsi0
けれどそこで寝転がっていても過去を思い出すばかりで、答えは一向に見えてこない。
しかし巧は焦ることも無く、ただ穏やかに一つ一つ浮かんでは消えていく思い出たちを懐かしむ。
そのどれもが、たとえ苦しい記憶であっても、鮮明に思い出すことが出来た。
 
過去は過去。過ぎ去ってしまったものはもうここにはなく、今は今にあるものしかここにはない。
あの日の自分がここで夢を語ったのもそれと同じで、ここにあの日の記憶はあっても自分自身の夢は残っていないことに、
ここにどれだけいても答えが出ないことに、巧はとうに気付いていた。
認めたくなかったことを、実際に来てみることで認められた。

「……俺はちっとも成長できてねえ、また迷ってる。
けどよ、今度もまた探してみるつもりだ。今の俺の答えを、今の俺の力で」
 
夢は今もしっかりと心の中に残っている。その輝きを取り戻すには、過去に思いを馳せるだけでは意味がない。
今、ここにいる巧自身が動くより他にはないのだ。
たったそれだけのことに気付き決断するのに、何年もかかった。そしてまた、ここから始める。
 
ゆっくりと目を開ける。
まっすぐ空に向けて伸ばした手は、ぼやけることなくくっきりと見え、その向こうに広がる青空はあの日のように澄み渡っていた。

134: 2016/06/25(土) 22:10:10.67 ID:IRhrdGsi0
「……行くか」

『巧』

『たっくん』
 
立ち去ろうとするその背中に、二人の声がかけられた、ような気がした。
そこにいるのだろうか。後ろ髪を引かれる思いでつい足が止まり、振り返りたくなってしまう。

「…………」

だけど、振り返ったところでそこにいるのはあの日の二人。
得られるものは先ほどまで感じていた一時の安らぎだけで、前に進めはしない。後ろにあるのは、いつだって過去だけ。

「いい加減、前を向いてみるさ。そしたらまたお前たちんとこに戻る。なあ真理、啓太郎」

巧が求める答えは、未来は、いつも前にあるものだから。
しっかりと顔を上げて前を見据える巧の顔に、もう迷いはない。
答えを求めて、もう一度前に進み出す覚悟は出来た。そして彼は振り返ることなく、一歩を踏み出した。

135: 2016/06/25(土) 22:15:29.71 ID:IRhrdGsi0

その夜、巧が客室の扉を叩く。

「侑希、俺だ。……お前と話がしたい。開けてくれないか」
 
向こうから返事は無い。それでも巧は扉の前で、侑希がここを開けるのを待ち続けた。
 
3分経った。扉は開かない。
 
5分経った。扉の向こうで何かが動く音がした。
 
10分経った。ゆっくりとした足音が扉の前で止まる。
 
そして15分。思っていたよりずっと早く、侑希はおずおずと扉を開けた。

「あの……ずっとそこに居させてしまうのも申し訳ないので、中へ……」
 
部屋に入り扉を閉める。巧は椅子を勧められたが断って侑希を座らせ、自分は立って壁に寄り掛かった。
椅子に座る侑希の顔色は、一日置いたからか思ったほど悪くはなく、晴人の判断が正しかったことを告げていた。

136: 2016/06/25(土) 22:20:26.90 ID:IRhrdGsi0
「具合は良さそうだな。ケガは無いって晴人から聞いたが、大丈夫か?」
「は、はい……。お二人のお陰で、身体は何とも……」
「……ああ」
 
侑希は膝に握りこぶしを置き、俯いて肩を縮こまらせていた。そして小さくなった身体が小刻みに震えている。
何に震えているのかは、正直心当たりが多すぎてアタリがつけられない。

「……昨日のこと、話、出来るか」
「……っ」
 
身体が一際大きくびくりと震える。侑希は頭を抱え、更に小さくなってしまった。
その手は心の葛藤をそのままに頭を掻きむしり、苦しみを吐き出すかのような嗚咽が漏れ、時折否定するように頭を横に振る。
髪の毛がぐしゃぐしゃに乱れるのも構わず、侑希は必氏に恐怖の記憶と戦っていた。
 
その様子があんまりにも辛そうで、代われるものなら代わってやりたいとさえ思う。
だけど侑希は自分で巧の呼びかけに応じ扉を開いた以上、こうなるのを覚悟していたのもまた間違いない。
その覚悟の前で巧が出来ることは、彼女の戦いを見守ることだけだ。
長めの爪が掌に食い込むのも構わず、強く拳を握りしめ一心に応援する。
晴人ほど流暢に言葉が出てこない自分を恨めしく思うような時間は、ほんの数秒のようにも数時間のようにも思えた。

137: 2016/06/25(土) 22:25:27.19 ID:IRhrdGsi0
ゆっくり、ゆっくりと、侑希の動きが落ち着いて行く。
嗚咽は聞こえなくなり、手は掻きむしるのを止めて力なくだらりと落ちる。そして侑希は、緩慢な動きで顔を上げた。

「ごめん、なさい、巧さん。私やっぱり、巧さんのこと……っ」
 
ぼさぼさになった髪に覆われていても、目元から滴る輝きを見落とすことは無かった。

「……怖がらせて、すまなかった」
「何でっ、何で巧さんが、謝るんですかっ。巧さん、私助けてくれて……っ。は、晴人さんだって感謝してたのに、謝るのは、私っ」
 
ぼろぼろと涙を零しながら、侑希は何度も何度も巧に対して頭を下げた。

「助けてもらったのに、私巧さんが怖くなってっ、お礼を言わなきゃいけないのに、どうしても言い出せなくて……っ!」
「あんまし気にしすぎんな。突然バケモノが出てきたら誰だって怖がんのが普通だろ?お前は何も悪いことはして―――」
「どうしてっ」
「!」
「どっ、どうして巧さんっ、責めないんですか!
私、命の恩人にっ、お礼も言えないのに、怖がってるのにっ、何でそんなに、優しくして、くれるんですか……っ」
 
あふれ出した思いは止まることがない。
胸中では命を救ってくれた巧への感謝と、その巧の怪物の姿への恐怖と混乱が渦巻き、ひどく荒れ狂っていた。

138: 2016/06/25(土) 22:30:06.82 ID:IRhrdGsi0
『どうして』と言われても、巧に侑希を責める気など微塵も無い。
巧からすれば、侑希が自分のオルフェノクの姿を恐れるのは当然だから特別悪いことではないし、
そうなってでも侑希を助けると決めたのは巧自身の意志だ。
では何が悪かったのかと言えば、それはもうタイミングか襲ってきたファントムが悪かったとしか言いようがない。
要するに、どうしようもないことだったのだ。

「俺はどう思われるのも覚悟の上でやったことだ。だからお前が自分を許せなくても、自分を責めるな。お前は悪くねえ」
「だけど……、だけど……っ」
 
話は平行線を辿り一向に交わる様子が無かった。
こういう時、人間関係で難儀してきた巧には、話を良い方向へ持って行くための言葉が咄嗟に出てこない。
それでも何とか侑希を落ち着かせるために、必氏で言葉を絞り出した。

「……とりあえず、今は受け入れられなくても、良い。ただそういうもんだって、受け止められりゃいいんだ」
「……っ、はい……」
 
それからしばらく侑希は一言も発すること無く、客室には嗚咽と鼻をすすり上げる音だけが連続した。
ちらと窺った侑希の顔は、涙を拭ったせいで真っ赤になってしまっていた。

139: 2016/06/25(土) 22:35:05.79 ID:IRhrdGsi0

やがて侑希が一応の落ち着きを取り戻し、再び会話が出来ると判断した巧は、まずこんな話題から始めてみる。

「なあ、昔俺のダチが言ってたことなんだけどな。
人間夢を持つと、時々凄く切なくなって、時々凄く熱くなるんだと。お前、そんな経験あるか」
「……え……?切なく……熱く……」
「俺にはあるぜ、そういう経験。お前、何か叶えたい夢があるって言ってただろ。だからあるんじゃないのか」
 
ぽかんとした表情をしていた侑希は、巧の言葉の意味を呑み込めるようになると、最初は小さく頷き、次に巧の目をしかと見据えた。

「……あります。夢のために出来ることをしてる時、全身が熱くなったこと、ありました。
親に反対された時に、切なくもなりましたけど」
「夢中になれるもん、持ってるんだな」
「はい。私の夢は心の支え、希望です」
 
そう言い、少し弱々しくても微笑んで見せた。
 
その瞬間、今しかないと確信した。侑希の夢に、希望に触れるには、この瞬間を逃してはいけない。
獣じみた直感に従い、巧は本題を切り出した。

140: 2016/06/25(土) 22:40:17.40 ID:IRhrdGsi0
「なあ侑希、もう一度聞きたい。お前の“夢”って何だ?」
「っ……、そ、それは……、あの、おまじない」
「それ、嘘なんだろ」
「っ!ど、どうして」
「予想だけど、お前怖いんじゃないのか。自分の夢を誰かに向けて伝えるの」
「……!」
 
その瞳は、巧と向き合った時とは比べ物にならないほどに揺らいだ。
図星を指したのは間違いない、巧は更に言葉を重ねていく。

「親か。どうせ叶わないとか、くだらないとか言われたんだろ」
 
これまた図星だったようだ。侑希の肩が震え、彼女は何度も頷いた。

「……くだらない夢なんて見てないで言う通りにしろって言うんです。
我儘を言うなって言われて黙らせられました。馬鹿馬鹿しいって笑われました。夢に価値なんかないって貶されました。
……くだらないなんて、私の夢は、くだらなくなんかないっ!私は親のステータスなんかじゃないっ、私は……!」
 
今まで遠慮がちな態度をとってばかりの侑希が初めて見せた激情。
心に付けられた傷の痛み、吐き出せなかった怒り、踏み躙られた悲しみ、内に湧き出てしまう淀み。
17歳の少女が等身大の思いを血を吐くように告白するのを、巧は一人の大人として静かに受け止め続けた。

141: 2016/06/25(土) 22:45:09.82 ID:IRhrdGsi0
一通り思いを吐き出した侑希が、肩で息をしている。
自分の心の内の黒を曝け出した侑希の姿は、不思議とくっきり見えるような気がした。
それはきっと侑希をゲートだとか守る相手という“対象”としてではなく、
等身大の一人の人間として見れるようになったという事なのだろうと思えた。
今ここに居るのは守る者と守られる者ではなく、色褪せた夢を抱える乾巧と茅芽侑希という二人の対等な人間なのだ。
 
そんな侑希のために出来ることは何か。それは既に分かっている。
自分を曝け出した侑希に、巧もまた自分を曝け出すこと。

「なあ、少し俺の話に付き合ってもらってもいいか」

侑希は深く頷いた。今度は巧が、自分の思いを静かに告白する番だ。

142: 2016/06/25(土) 22:50:08.05 ID:IRhrdGsi0
「俺がお前くらいの年頃は、仲間と違って夢を持ってないことが悩みだった。
なんつーか……人間じゃないのにそういうのを持ってていいのか、とか、夢があっても叶えられる自信が無いとか、そんな風にばっか考えてた」
 
一度氏んで既に人間でない巧は、自分の事を、夢というきらきらしたものを望める存在ではないと思っていた。
だから、ただの人間で一生懸命に夢を追いかける真理と啓太郎の事が、とても眩しく見えたものだ。

「でも、色々あって俺も夢を見つけられた。
けどよ、やっと夢を持てたってのに、何年かしたら自分で自分の未来を否定して、夢を手放しちまってた。
夢を叶えるための時間があったのに、いざとなったら後ろばっかり見て結局逆戻りだ、バカみてえだろ」
 
もちろん事はそれほど単純でない。
そもそも余命幾許もないと思っていたから未来のことは考えていなかったし、大切な仲間を失った後悔もある。
それらの前提に加え、巧の生来の繊細さも後ろ向きにさせたことの要因だ。

だけどそれらは結局のところ、進み出さなかったことに対する言い訳に過ぎない。
もっと言うなら、それらを引き摺るのではなく背負って前を見据え、戸惑いながらでも未来へ進む強さを持つことが出来なかっただけだ。

143: 2016/06/25(土) 22:55:17.91 ID:IRhrdGsi0
「命あるものは、失ったヤツの分も未来へ進まなきゃならない。
分かってたことなのに、急に未来が開けたからって戸惑って、そのままここまで来ちまった。
昔っからこうだ、全然成長しねえ」
「……驚きました。巧さんみたいに強い人でも、迷う事ってあるんですね」
「俺は強くなんかない。いつだって迷って、誰かを傷付けることを怖がってる、誰よりも弱いヤツだ。
……でもやっともう一度前に進む気になった。それはな、侑希、お前と出会ったからだ。あ、あとついでに晴人とも」
 
そこで侑希は噴き出した。「ついでって」と連呼しながら、口元を隠し小さくクスクスと笑う。
何気ない一言で、客室に漂う空気が和らいだ。
真理が見れば『何辛気臭い顔してんのよ』くらいは言われそうな表情だった巧も、つられて自然と口角がつり上がる。

「お前と一緒に事件に関わって、何かが変わるような気がした。
それでこうして色々あって、ロクにしたことも無い昔の話なんかもしてみてよ、やっと俺は前を向く決心がついた。
だから今度は、お前の番だ」

144: 2016/06/25(土) 23:00:13.36 ID:IRhrdGsi0
「私の……番」
「ああ。今度はお前が、自分の夢に向き合う番だ。今度こそお前に聞きたい。お前の夢って何なのか」
 
迷いも濁りも無い巧の瞳が、侑希の瞳をまっすぐ捉えて離さない。
その瞳にあるのは、夢を追う者同士としての情熱の炎だ。
その炎を見れば、相手は自分の夢を笑わないか、一蹴したりしないだろうか、などと怯える必要は欠片も無かった。

巧の情熱が伝わって来るかのように、侑希の身体は熱を帯びていく。
心拍数が上がるが、それは決して恐れから来るものではない。思いの昂りからくる鼓動は、むしろ心地よくすらあった。

145: 2016/06/25(土) 23:05:09.90 ID:IRhrdGsi0


「私の夢は……、私、美容師になりたいんです」


 
そうか、ファントムに腕を狙われたのはそういうことか。合点が行った。
 
それにしても、美容師になるのが夢とは、あの頃の真理と同じだ。歳も近い。
まったく出来過ぎているような気がしないでもない。



「―――園田真理さんみたいな美容師に!」


 
まったく、本当によく出来過ぎた話だった。


147: 2016/06/25(土) 23:10:13.27 ID:IRhrdGsi0

巧が戦いを終えてから、未来へ進むことなく日々を過ごしていたことは既に挙げたが、
一緒に過ごした二人は、その後それぞれの夢に向かって邁進していった。
 
特に真理の活躍は目覚しいものがあった。

居候を続けながらヘアサロンのバイトも続けた彼女は、
啓太郎の援助の申し出も断って(そもそも店の経営状況を考えればそんなこと出来るわけも無かったのだが)、
必要なだけの資金を貯め、専門学校へ通い始めた。これが18歳の頃。
それから二年間を美容師になるための勉強に費やし、その努力が実り国家試験を一発合格した。これが20歳の頃。

真理の成人祝いも兼ね、三原や里奈も呼んで酒を飲んで祝ったことを覚えている。
どこから聞きつけたのか知らないが、目覚めると海堂も混じっていたので、危うくファイズに変身して本気でぶちのめしかけた。
 
晴れて見習いのバイトから正式に美容師になった真理は、しばらくはバイト先と同じヘアサロンで働き続けたが、
23歳の時に何らかの賞を受賞したとのことで、業界内知名度がかなり上がったらしい。
この辺は昼寝しながら聞いたので記憶が覚束ないところだ。
 
ともあれ、チャンスを掴んだ真理は一気に活躍の道を広めた。
独立して自分の店を持ち、多数の有名人が来店するヘアサロンのオーナーとして、日々を過ごしている。
有体に言えば、真理は“カリスマ美容師”と呼ばれるものの仲間入りを果たしたわけだ。
現在29歳、結構なスピードである。
 
そんなわけで、彼女に憧れて美容師になる者がいてもおかしくはない。
戦いが終わってからの12年という月日は一人の少女を立派な美容師にし、その姿が誰かの夢になるには十分な時間だった。
そして園田真理という存在は、思いもよらぬ形で、夢に迷える二人を結び付けたのだった。

148: 2016/06/25(土) 23:15:25.13 ID:IRhrdGsi0

「中学の2年だから、14歳の時ですね。何かの雑誌で、園田さんのインタビューを拝見したんです。
どんなことが書いてあったのかは正直殆ど覚えていないんですけど、
美容師って仕事に凄く誇りを持って臨んでいるっていうことが書かれてたのは覚えてます。
それを読んで、自分で自分の生き方を選んで強く生きていることに、私もそうなりたいって憧れました。
だから最初は美容師じゃなくて、園田さんみたいな人になることが夢だったんです。
それがいつからか、同じステージに立ちたいと思うようになって、気がついたら美容師になることが目標になっていたんです。
……すいません、ちょっと、おかしいですよね。でも、これが私の夢なんです。
園田真理さんみたいになりたい、彼女と同じ美容師になりたいって」


149: 2016/06/25(土) 23:20:07.83 ID:IRhrdGsi0

巧に向けて自分の夢を語ることができた侑希が、下にいる晴人の元へ降りていく。
二階に一人残る巧は、自分の部屋に戻って普段の携帯電話ではなくファイズフォンを手に取った。
そこに登録されている連絡先を選び、電話を掛ける。

時計の針は既に22時を過ぎており、都合を考えれば向こうが出るとは思えない。
それでも電話をしたいと思った。話をしなければいけない気がしたのだ。
 
一コール、二コール、三コール。向こうは出ないが、それでも鳴らし続ける。
だがコールが十回を超えても出ず、二十回を超えたところで数えるのを止めた。
電話を掛け始めてからまもなく一分、やはり無理だったかと諦めようとしたその時だ。


『もしもし?』

 
向こうから、声が聞こえてきた。

150: 2016/06/25(土) 23:25:06.89 ID:IRhrdGsi0
『ねぇちょっと、もしもし?』

「……おう、夜遅くに悪いな、真理」

『別に。私たち、今更そんなこと気にする間でもないでしょ?』
 
その声と遠慮のない喋り方が、巧にとっては心地いい。
電話の向こうにいるのは、巧たちと共に戦いの中を生き、そして侑希の憧れでもある園田真理、正真正銘の本人だ。

『てか巧、あんた前に連絡寄越したの何か月前よ!毎日毎週連絡しろなんて言わないけどね、せめて月ごとくらいには連絡しなさい!』

「うるせえな、わぁったよ。……はぁ、お前はほんっと変わらねえな、真理」

『急に何よ』

「ん……いや、何でもねえ」
 
ひとたび話し始めれば、気持ちはあの頃にまで戻れてしまう。
それが本当に心地よくあり、同時にいつもそうではいけないと心が告げる。
だがそのことを伝えるために電話を掛けたというのに、いざその時になると、やはりどうしても言い出すのを躊躇ってしまい、
巧は電話を掛けておきながら、しばらくは何も声に出すことが出来ずに硬直してしまっていた。

151: 2016/06/25(土) 23:30:06.31 ID:IRhrdGsi0
電話の向こうの真理も何も言わずに、ただ沈黙が空間を支配する。
どれほどそうしていただろうか。やけに静かだった真理が、静かな調子で巧に問う。

『巧、あんた何かあった?』

「……分かんのか?」

『当たり前じゃない、そんな辛気臭い声してれば分かるわよ』

「お前なぁ……まあその通りだけどよ」

『で、何か言いたいんでしょ?あんたが電話掛けてくるなんて珍しいし』

「おう。……あのな、真理。今俺はお前が言った通り、ちょっとした面倒ごとに関わってる。そこでなんだけどよ」

『うん』

「……お前に憧れて、美容師目指してるってガキに出会った。あの頃のお前と、おんなじ目ぇしてた」

152: 2016/06/25(土) 23:35:29.67 ID:IRhrdGsi0
『うん。それで』

「それ聞いて、俺、なんつか、その……な」

『……うん』


「……嬉し、かっ、た」

 
言うべき言葉より先に、言いたかった言葉が口をついて出た。
そこから先は、湯船から栓を抜いたように、心のままに言葉が溢れ出る。


「俺が守った夢が、誰かの夢になった。それを、知れた。
生きてなきゃ分からなかった、生きてて良かったって、久しぶりに思えたんだ」


『あんだけ悩んでた長生きの意味、やっと分かったんだね』


「ああ。夢はまた誰かの夢になって、そうやって続いてくってことを知るために、俺は生きてアイツに出会ったんだ。
あの時氏んでりゃ、きっと知らないままだった」

154: 2016/06/25(土) 23:40:09.04 ID:IRhrdGsi0

時は流れて、18の青年だった巧は31になり、16の少女だった真理は29の三十路になった。


そうやって若者が社会の一部になるだけの時間は、同時に幼かった子供たちを新たな未来の担い手にする時間でもあった。


その象徴が侑希なのだ。きっと5年ほどでは足りなかっただろう。10年を超えて出会ったからこそ、この出会いには意義がある。


一つの夢が実を結び、誰かの心に夢の種を蒔き、その種が芽を出すには、それこそ巧が時間を与えられた意味を勘違いし、
後ろを見て立ち止まってしまうほどの長い長い年月が必要だったのだ。

 
失ってばかりの戦いの日々の中で、巧が真に守り得たのは、自分では見ることの叶わない未来だった。


その未来は“今”となり、失うより遥かに多くの輝きを秘めて、彼の眼前に広がっている。


自らはその輝きを、夢の続きを見るために生きていたのだと気付いた瞬間、巧はこれから自分が辿る運命を見た。


「俺は誰かの未来、夢の続きを見るために生きてんだ。
だったら、それを守るために俺は戦う。それがきっと、俺の生きてる意味だ」

 
答えなら13年も前に出ていた。でも13年を経たからこそ、違った角度から答えを見られるようになった。


今の夢を守ることは、その先に続く夢を守ることになるのだということを、13年の時が教えてくれた。

155: 2016/06/25(土) 23:45:21.60 ID:IRhrdGsi0
巧の口調にだんだんと活気が満ちていくのを感じた真理は、
電話を一旦口元から離して嘆息し、自分もいつものような調子で返した。

『やっと辛気臭い感じが無くなったわね。ったく、あんたは性格の割に繊細だから意外とめんどくさいのよ。
31にもなってまだ直ってなかったなんて』

「んだとぉ?29にもなって男の話の一つも聞かねえようなヤツに、性格でどうこう言われたかねーよ!
まあその口うるささ知ったら、言い寄る男なんかいねえだろうけどな!」

『うっさいわね!今は仕事が一番で男のこと考えてる暇なんか無いんだから!あんたもその歳で定職無しって、将来どうすんのよ!』

「うっせーな!」

『何よ巧のバカ!』

そんな風にお互いを貶し合って、けれども沈黙の後に向こうから聞こえてきたのは、変わらないままの笑い声だった。

「……ははっ、本当に変わんねえな、俺もお前も」

『そうね。……環境とか色々変わったけど、変わらないものもあるんだね』

「ああ、そうだな。啓太郎もいりゃ、昔と何も変わんねえ」

156: 2016/06/25(土) 23:50:06.40 ID:IRhrdGsi0
『だったらさ、帰って来なさいよ。また三人で集まってご飯とか食べたりしてさ。どう、良いと思わない?』

「……おう、そうだな、そうすっか。この戦いにケリがついたら帰る。そん時にまた、色々と話したいこともあるしな」

『ならちゃんとやり遂げて帰って来なさいよね。
その子、私の教え子になるかもしれないんだから、ちゃんと守ったげなさい。
もし守れなかったなんて言ったら、鍋焼きうどんにキムチ加えてアッツアツで出してやるから』

「おま……わぁったよ、ったく。自分で決めたことくらいはやってやる。アイツを、アイツの夢を必ず守り抜く」

『うん、頑張りなさいよ巧。待ってるからね』

「ああ。じゃあ、またな」

『うん。また』
 
ゆっくりとファイズフォンを閉じテーブルに置くと、息を長く吐き出す。そして両の手で自分の頬を打った。
守るという誓いと、帰るという約束を何度も何度も刻みつけた巧の目は、力強く輝いていた。

「……よし」
 
侑希と晴人は下で何をしているだろうか。
何も食べていない侑希に、ドーナツを渡しているのかもしれない。
そうだったら自分も混じって、何か適当に貰ってしまおう。
それを食べながら、今後の話なり何なりすればいい。そうじゃなければ―――
 
様々に思いを巡らせながら、巧は部屋を出た。

161: 2016/06/27(月) 21:30:28.61 ID:CVVOYEUu0

Part4



巧が、侑希と晴人と出会って五日目の朝を迎えた。

昨日は侑希の体調を整えるために費やし、並行して巧と晴人はファントムと三度遭遇した際の対策を練っていた。
二度の交戦を経て、相手の手の内の多くを知れている現在の状況であれば、倒す手段はいくつか考え付く。
 
二人で立てた作戦を反復しながら一階に降りて行くと、出会った時と変わらない笑顔の晴人、
そしてすっかり血色の良くなった侑希が、湯飲みを手にしてテレビを見ていた。
巧の足音に気付いた侑希が振り返り、ぺこりと頭を下げる。

「おはようございます、巧さん」
「おー、おはよ」
「おう」
 
軽く挨拶を交わし、巧もソファに身を沈めた。起き抜けでまだ少し残る眠気が、欠伸を誘う。
それを噛み頃し軽く目をこすっていると、いつの間にかテーブルには湯飲みが置かれていた。
顔を上げれば、そこには朗らかな笑みの輪島がいる。

「おはようさん。朝食、もうすぐ用意できるからな」
「サンキュー、ありがとおっちゃん」
「ありがとうございます」
 
巧も軽く頭を下げた。三人の視線は、奥の方へ引っ込む輪島からテレビの方へ向く。
その画面には、ちょうど三日前と同じようにC3と呼ばれる企業が映り、コメンテーターやアナウンサーたちが盛んに同社の業績を称えていた。

162: 2016/06/27(月) 21:35:12.35 ID:CVVOYEUu0
「あ、そっか、今日だったっけ」
「あん?何か予定でもあんのか」
 
侑希の呟きに巧が反応すると、彼女は首を横に振った。

「私じゃなくて、C3の方です。
ほら、私たちが出会って二日目……今から三日前もテレビ見てて、
そこで人工衛星が三日後に打ち上がるって言ってたじゃないですか。
それが今日だって思い出したんです」
「あー……あーあー、あれか」
 
晴人は得心したようで、顎に手を添えながら何度か頷いた。
巧も何とか思い出せたが、恐らく侑希の説明と会長の「夢」というワードが無ければまた忘れていただろう。

「人工衛星を上げるのが夢、か。随分デカい夢だ」
「本当です。凄いですよね、そのために10年以上を掛けて準備だなんて。……それに比べたら、私なんて本当に短いですね」
「侑希……?」
 
不安を煽るような一言に反応し、晴人が侑希の顔を見つめる。しかし予想に反して、侑希の表情は明るく、強さを秘めていた。

163: 2016/06/27(月) 21:40:28.51 ID:CVVOYEUu0
「大企業の社長になるような人でも、夢を叶えるのには長い時間が掛かるんだなって、今更思い知りました。
そうして見たら私、ちょっと急ぎすぎでしたね。親に認めさせようってことだけに必氏で、先のことが全然見えてませんでした」
「そうだなぁ。俺と違って、侑希ちゃんには時間がたっぷりあるんだ。
そのことに気付けたなら、焦ることは無い、ゆっくりでも確実に進んで行けばいい」
 
朝食のトレーを持った輪島は、侑希に優しく語り掛け、それをテーブルに置いた。
白米、味噌汁、鮭の切り身、漬物、お茶といった、いかにも日本の朝食が人数分並ぶ。三人はきちんと手を合わせて食べ始めた。

食事をしながらも三人の会話は続く。

「今日こそ帰るってことでいいんだよな」
「はい。結構延びちゃいましたし、そろそろ帰って話をしなきゃ」
「大丈夫か?ちゃんと話せんのかよ、お前の夢」
「……正直、まだちょっと不安です。
でも、巧さん、晴人さん、輪島さんと過ごして、自信が付いたような気がします。
だから、あとは私が頑張らないと」
「そっか。んじゃ、後のことは俺たちに任せとけ。今度こそ無事に家まで送る」
「分かりました。よろしくお願いします、晴人さん、巧さん」
「おう」
 
返事をした巧が、手にしている湯気の立ち上る味噌汁をフーフーすると、何が可笑しかったのか晴人と侑希が噴き出した。

164: 2016/06/27(月) 21:45:25.49 ID:CVVOYEUu0

「輪島さん、本当にお世話になりました」
「ああ、礼はいい。それよりも侑希、来た時に比べると少し大人びたように見えるぞ。
自信がついたって言うのは、嘘じゃなさそうだな」
「輪島さんの言ってくれた通り、確実に進んで行きますね。それじゃあ、お元気で」
「おう、気を付けるんだぞ。それから、頑張ってな」
 
祖父と孫ほど歳の離れた二人は、笑顔で別れを迎えた。
侑希に代わり、今度は巧が輪島の前に立つ。

「爺さん、世話んなったな」
「へっへ、お前さんも頑張れよ。また来たくなったらいつでも来るといい、お茶でも出そう。冷ましたやつをな」
「おう」
 
輪島が差し出した右手。厚く、大きく、しわと共に無数の経験が刻まれたその手を、巧は優しく握り返す。
その手の温もりはしっかりと巧に伝わった。

165: 2016/06/27(月) 21:50:12.26 ID:CVVOYEUu0
「んじゃおっちゃん、行ってくる」
「道に迷うな、ちゃんと送ってやるんだぞ」
「分かってるよ。行こう侑希、巧」
 
晴人は玄関の扉を開け、二人が外に出るように促した。
侑希は振り返ってもう一度輪島にお辞儀をし、外へ出た。
巧は振り返りこそしなかったが、礼の代わりに軽く上げた右手をひらひらと振った。
そのまま外へ出ると、春らしい陽気に包まれる。

「うん、天気は大丈夫っぽいな。何も無けりゃ早く帰れるんじゃないか」
「お前、分かってて言ってるだろ」
 
最後に面影堂から出てきた晴人の言葉に軽く突っ込みを入れると、彼は両手を合わせて笑いながら「ごめんごめん」と言った。
そして笑顔はそのままに真剣な雰囲気を纏って、晴人は侑希に向き直る。

「改めて確認するぜ。分かってると思うけど、道中で多分また襲われる。
でも俺たちが今度こそアイツを倒すから、心配しないでくれ」
 
侑希は晴人の表情をじっと見つめ返した後、一足先にオートバジンに跨っていた巧にも視線を向けた。
それを受けて巧もヘルメットを被ろうとしていた手を下ろし、侑希を見つめて口を開く。

「任せとけ、何があってもお前は必ず守る」
「……お二人とも、本当にありがとうございます。私、お二人なら負けないって、信じてますから」
「そうそう、俺たち無敵のコンビだもんな。な、巧?」
「……早くしろ。行くぞ」
 
戯言を聞き流し、今度こそヘルメットを被る。
場の空気を軽くするための振りをあっさりと躱された晴人はおどけた表情で何度も細かく頷き、気を取り直してからマシンウィンガーに跨った。
その後ろに乗る侑希が、彼を慰めるように軽く肩を叩く。振り返った晴人は「気にしてないから」とウィンクしてみせた。
 
そして午前10時30分ごろ、三人は面影堂から出発した。

166: 2016/06/27(月) 21:55:25.05 ID:CVVOYEUu0

三日前と同じように、マシンウィンガーを駆る晴人の後を、オートバジンに乗った巧がついて行く。
今度は時間を置いての行動になるため、侑希は予め面影堂から家までのルートを探し、二人はそれを覚えるだけの余裕があった。
記憶に照らし合わせつつ、侑希の案内も受けてバイクを走らせる二人の肌が、突然総毛立った。

「やっぱ来たか……。巧!」
「分かってる!」
 
巧が後ろを振り返ると、30mほど後方に真っ黒な首無し馬とそれに跨るデュラハンの姿があった。
猛烈な勢いで追走してくるデュラハンに追い付かれないようスピードを上げ、巧は晴人たちと並走する形を取る。

「追い付かれる!ここで倒すぞ!」
「オッケー。侑希、しっかり掴まって頭低くしろ!」
「はいっ」
 
二人はハンドルを回し更にスピードを上げるが、後方のデュラハンはそれを意にも介さずに凄まじいスピードで追い上げてくる。
巧がもう一度振り返った時、彼我の距離は2馬身ほどしかなく、間もなく追い付かれようとしていた。
馬上のデュラハンは鎌を振り上げ、こちらに攻撃を仕掛けてくるつもりなのは明白。
二人は目だけでやり取りし、向こうの思惑を躱すべく、次の行動を即座に決定した。

167: 2016/06/27(月) 22:00:14.42 ID:CVVOYEUu0
「行くぞ!」
「ああっ!」
 
ついにデュラハンが二台のバイクに追い付こうとした瞬間、二人は素早く身を屈め急ブレーキを掛けつつ左右に散開。
その後ろにぴたりと付けていたデュラハンは、咄嗟に止まり切れずに二台の間を駆け抜けて行き、鎌も侑希と晴人の頭上を素通りしていった。
 
デュラハンは15mほど前方で停止し、三人の方へ振り返る。
一方の巧たちも素早くバイクから降りると侑希を背後に回し、戦闘態勢をとった。
 
睨みあう三人の間には、触れれば肌を斬り裂かれてしまうような緊張感が満ちていた。
その緊張感の中で最初に動いたのはデュラハン。石ころをばら撒くと、それは粗末な雑兵であるグールたちへと姿を変えていく。
その空っぽなフードの中から、空虚な声が響く。

「ゲート、指輪の魔法使い、そして……得体の知れぬ怪物だったとはな。
貴様の様なものが人の真似ごとをしているとは、中々に笑える体験をさせてもらった。礼を言うよ」
 
身体が小刻みに揺れる。声は無くとも聞こえてくる嘲笑は、しかし既に巧を挑発する力を持ってなどいなかった。

「……言いたいことはそんだけか。俺たちは先を急いでんだ、さっさとそこをどけ」
「そーいうこった。どかないってんなら、今度こそお前を倒すぜ」
 
二人の闘志が静かに燃え上がる。
夢を、希望を守るために立つ彼らには、今更苦悩や迷いを呼び起こすことなど意味を持たない。
強い覚悟と揺らがぬ信念を込めた視線が、デュラハンを貫かんとする。

「……フン」
 
つまらなさそうに鼻を鳴らし、その手に得物である鎌を握りしめるデュラハン。
しかし数で負け、強大な力を持つ相手を前にしてなお、二人は退くどころか一歩を踏み出した。

168: 2016/06/27(月) 22:05:22.38 ID:CVVOYEUu0

「綺麗な世界をさ、綺麗なままで見てたいんだよ。
だから何もかも見えなくする黒い靄は、そろそろふっ飛ばさなきゃ」


『ドライバーオン プリーズ!』


「俺はこいつの夢を守る。人間としてな」


『5・5・5 Enter Standing by』


思いの全てを込めて、二人は発する。


「変身!」


『Complete.』


『フレイム プリーズ! ヒー!ヒー!ヒーヒーヒー!』


灰色の存在に赤い血が巡る時、目に映る世界は宝石のように鮮やかに輝き出す。
 
誰もが持つ唯一の輝きを守るために、二人の戦士が並び立った。


「さぁ、俺たちのショータイムだ!」


169: 2016/06/27(月) 22:10:13.98 ID:CVVOYEUu0

ファイズエッジを振るう巧は、デュラハンを目指してひたすらに前へ前へと進み続ける。
グールを一太刀で斬り伏せ、ゆっくりとだが確実に相手の元へ。
その背中を守るように、晴人が放つ銀の弾丸がグールを撃ち抜いていく。
大股で歩いていた巧はいつしか走り出し、その勢いを全て込めてファイズエッジをデュラハンに叩きつける。

「でやぁっ!」
「フンッ」
 
鎌から黒い靄が飛び散り、空中で消滅した。視界の端でそれを確認し、巧は休むことなく武器を振るい続ける。
互いの得物が打ち合う度に、金属同士がぶつかり合う甲高い音が耳障りな旋律を奏で、止まらない足音が重なって不協和音となる。

「ハァッ!」
「ぐわっ!」
 
ピリオドを打つように、切っ先がデュラハンの胸に突き立った。
突きの一撃を受けたデュラハンは、よろめき後退り膝をつく。
鎌という武器では、懐に入れば刃が届きにくいのを利用される形になってしまった。
晴人、巧と元々得意としない白兵戦の間合いに入られては勝ち目がない。デュラハンは白兵戦を捨て、魔力を行使する戦法に切り替える。

170: 2016/06/27(月) 22:15:13.72 ID:CVVOYEUu0
「貴様ら相手に近付くのは失策。安全に殺させてもらおう」
 
歩いて接近していた巧の視界を黒い靄が覆う。それは再び寄り集まり、以前見たのと同じ巨大な氏馬となった。
更にデュラハンが一体化し、その力は魔法使いでない巧にも装甲越しに感じられるほど爆発的に増大した。
しかし巧は圧倒的な力と体躯を誇る敵を前にして、

「……気でも違ったか?」
 
歩みを止めないままで、ファイズエッジを自ら投げ捨てた。
今の巧は何も手にしておらず、氏馬を前にするにはあまりにも頼りない。自ら命を差し出しているようなものだ。

「フッ、フフッ。ハハハハハッ。そんなに氏にたいのなら、遠慮はいらん」
 
氏馬が巨大な前足を振り上げた。
これが振り下ろされたが最後、天から下る裁きの如く巧を捉え、その鋼鉄の様な強靭さで以って身体を踏み潰すだろう。
これは予想などではなく、どうしても覆すことの適わない事実だ。
 
氏を頭上にしながら、しかし巧は冷静なまま、共に戦う晴人に大声で呼びかける。

「いいな、打ち合わせ通りに行くぞ!」
「ああ、任せたぜ巧!」
 
そして、巧目掛けて蹄が勢いよく振り下ろされた。

171: 2016/06/27(月) 22:20:29.61 ID:CVVOYEUu0
 
次の瞬間、デュラハンの視界に映ったのは、自分より更に上空から降り注ぐ赤い雨。
それが何なのか知るより先に、猛烈な虚脱感が彼を襲った。

「――――」
 
気付けば身体は宙に投げ出されていた。
―――彼が一体化していたはずの氏馬は、跡形も無く消滅していたのだ。

「バ……バカな……っ、何が起きた……!?」
 
力なく地面に落下した彼は、虚脱感の正体をようやく知ることになる。
 
魔力が無い。必氏に身体中から集めようとしても、殆どが残っていなかったのだ。

「く……っ、これも、貴様の力か、指輪の魔法使い……!」
「いやいや、それをやったのは俺じゃない」
 
地面に這い蹲るデュラハンを見下ろしながら、晴人は気軽に答えた。

「俺の出番はここからだぜ」

172: 2016/06/27(月) 22:25:21.65 ID:CVVOYEUu0

『ランド ドラゴン! ダンデンドンズッドッゴーン!ダンデンドッゴーン!』
 
ランドスタイルにドラゴンが一体化し、より強力な魔力の行使が可能になった晴人は、右手に新たに指輪を嵌める。

『チョーイイネ!グラビティ! サイコー!』

「はぁぁっ!」
 
デュラハンを中心にして出現する黄色い魔法陣から、強烈な重力が発生する。
見えない力で無理やり地面に押し付けられたデュラハンは、靄となってその場から逃げ出すこともできない。
しかし彼は自らの内に残る魔力を行使し、晴人の魔法へ侵食させ始めた。

「やっぱりそうくるか……っ!」
「ぐぅ……っ!」
 
魔法陣は外周から黒く染まり始め、徐々に重力を軽減させていく。
魔力の行使を主な戦法とするデュラハンであっても、人を遥かに凌駕する膂力は備えていた。
そのまま重力に抗って無理やりに立ち上がろうとする。
そして、ついに魔法陣を完全に黒く染め上げんとし、重圧を撥ね退け立ち上がった、その瞬間。

「……っ、ハッ!」
 
魔法陣と彼を戒めていた強烈な重力が消滅した。
『魔法を乗っ取られることを警戒してのことか』、そう予想するだけのほんの僅かな時間、デュラハンには隙が出来た。

173: 2016/06/27(月) 22:30:18.17 ID:CVVOYEUu0

彼が戦いに慣れていたら、策を弄して戦う者なら、これまでに起こったことの“裏”が読めていたかもしれない。

しかし彼はそのどちらでもなかった。故にこれから起こるのは、戦いの中で手の内を知られた者に対する、当然の結果だ。


『Exceed Charge.』


「―――っぐ、あっ……!?」
 
真っ赤な光が、その胸に突き立つ。
それが円錐となった瞬間、デュラハンの身体は理解不能の力で行動を封じられた。
靄と化して逃げようにも、分解することをその光が許さない。

必氏に身をよじって拘束を脱そうとする彼の視界に映ったのは、

「おっし、作戦成功だな」
「これで終わりだ」
 
ローブの裾をはためかせる晴人と、低くしゃがみ込む巧の姿だった。

174: 2016/06/27(月) 22:35:21.58 ID:CVVOYEUu0

二人が作戦を立てる上で攻略の要としたのは「氏馬の撃破」「魔力の大量消費」「相手の拘束」の三つ。
単純ながら凄まじい攻撃力を持つ氏馬をどうにかし、様々な手段を講じるための魔力を失わせ、靄になって逃走できる相手を逃げられないようにする。
そのために二人が選んだのは速攻だった。
 

まず氏馬が現れたら巧がアクセルフォームに変身し、クリムゾンスマッシュを連続で叩き込む。

すると氏馬はデュラハンの一部、すなわちその魔力で形作られているために、撃破されれば大量の魔力を失う。

そこを晴人が逃げられないように一旦魔法で拘束。

当然向こうも逃げるために魔法を乗っ取ろうとするだろうが、魔力を大量に失った状態では思うようには行かないはず。

そして完全に乗っ取られかけたところで魔法を解き、最後は魔法に依らない手段、つまりファイズポインターによるロックオンで拘束しトドメを刺す。
 

二人はただ、お互いに出来ることを積み重ねて相手の力を徹底的に削ぎ落とし、
何が起きているのかを理解させないうちに倒すために頭を捻った。

どんなに厄介な相手であっても、何が出来るのかが知れていれば対策を講じ迎え撃てる。
策を弄する人間としての戦い方は、それを持ちえない怪物をいとも容易く絡め取ることに成功した。

175: 2016/06/27(月) 22:40:17.16 ID:CVVOYEUu0

『チョーイイネ!キックストライク! サイコー!』


「フィナーレだ!」

 
フレイムスタイルの晴人の足元に赤く燃え盛る魔法陣が出現し、右脚に炎を灯らせた。


彼が捻りを加えながら前方へ跳ぶのと同時に、巧も地面を強く蹴って高く跳び上がる。


「でゃああああーーーっ!」


「ハァァァァーーーーッ!」

 
赤光を放つ巧と、赤い炎を纏う晴人。二人のキックが、同時に叩き込まれた。


176: 2016/06/27(月) 22:45:15.00 ID:CVVOYEUu0

「ごっ……!!が……うぁっ!!」

 
真っ黒な身体を貫かれたデュラハンは、赤と青の二色の炎に包まれる。


「あ……ぁっ!この、私、がぁぁっ!!」

 
それが最期の言葉になった。

 
背後に赤い魔法陣が浮かび上がり、その円を切り裂くように一本の赤い線が走る。

 
色鮮やかな炎に全てを焼き尽くされ、輝きを奪う黒い靄はついに消え去った。


177: 2016/06/27(月) 22:50:15.87 ID:CVVOYEUu0


「ふぃ~」


 
どこか間の抜けた声が、戦いの終わりを告げた。


183: 2016/07/01(金) 23:15:15.95 ID:/CfB+K2S0

エピローグ


 
戦いが終わり、再びバイクを走らせること20分ほど。三人は郊外にある侑希の家へと無事到着した。

「へぇ、いい家じゃん」
「私のものじゃありませんけどね」
 
広い庭のある大きな一軒家。豪邸というほどではないが、それでも相応にしっかりとした門を備えていた。

門を前にして侑希は生唾を飲み込んだ。
自信がついたとは言ったものの、やはり緊張してしまい、口の中が乾いて指先が冷える。
しかしここはゴールではなくスタート、開けて中へ進まなければ何も変わらない。
そんな思いだけで、何とか門に手を掛けようとした時だった。

184: 2016/07/01(金) 23:20:23.16 ID:/CfB+K2S0
「ちょっと待て」
「……?」
 
巧はファイズフォンを耳に当てていた。どうやら誰かに電話を掛けているようだ。
その様子を見た侑希には、巧が別れを惜しんで自分を呼び止めたのではないことはすぐに分かった。
しかし何故呼び止められたのかは相変わらず分からない。その巧が、急に会話を始めた。

「もしもし。……悪い、ちょっと時間いいか。
……ああ、そういうことだ。頼めるか?……そうか分かった、んじゃ今変わる。
……ほらよ、侑希」
「え?私ですか?えっと、電話のお相手は……?」
「話せばわかる。いいから、ほら」
 
そう言い、巧が手にしたファイズフォンを差し出す。
侑希は戸惑った。誰とも知らない相手との電話を勧められれば、普通は誰でも気が引けるだろう。
しかしそのまま待たせっぱなしにするのは巧と電話相手に悪いし、巧が話をさせたいのならそれほど悪い人ではないはず、
といった風に考え、ファイズフォンを受け取った。

「……もしもし?」

『あ、やっと出てくれた。えっと……そう言えば私、あなたの名前知らなかった。ったくもー、巧のバカ』

「あの、私の名前でしたら、茅芽侑希と言います。それで、あなたは……?」

『あーっゴメン、先に自己紹介するべきだったね。じゃあ改めて、私は―――』

185: 2016/07/01(金) 23:25:17.42 ID:/CfB+K2S0

「……侑希のヤツ、何かすっごい嬉しそうだけど、どうかしたの?」
「憧れの人と電話してんだよ」
「えっ、マジ?」
「んなことで嘘ついたって得することねえだろ。本当だ」
「わぁーお、そりゃすっげえ。世界って意外と狭いもんだね」
「そうだな」
 
そう、世界は意外と狭い。
何度もぶつかり合った敵が、そうと知らずに出会った友人だったり。
顔も知らないメル友本人とそうとも知らぬ内に出会い、想いを育んでいたり。

「そういや、侑希には電話越しで意外な出会いがあったわけだけどさ、巧」

「あん?」

「お前と出会った時からずっと思ってたんだけどさぁ、俺たちどっかで会ったことない?」

「……無い。お前みたいなヤツ、一回会ったら嫌でも忘れられないだろうが、これまでの記憶にお前の顔は無い。
これからは有ることになるけどな」

「……んー、そっか。ならいいや、言ったことは忘れてくれ」

「……ただ」

「ん?」

「……もしどっかで出会ってたとしても、多分俺たちは一緒に戦ってただろう、って思っただけだ」

「……へっ、そうだろうな。きっとそうだ」

186: 2016/07/01(金) 23:30:16.45 ID:/CfB+K2S0

『げっ、そろそろ休憩時間終わりだ。もうちょっと話してたかったけど行かなきゃ。
ゴメンね、途中で切り上げちゃって』

「いえいえ!あの、私のことはお構いなく!むしろお時間を割いていただいて、本当にありがとうございました!」

『ふふっ。それじゃあ頑張れ、未来の美容師候補!もし夢が叶って、一緒に働ける時が来たらいいね!』

「はいっ!頑張ります!あの、今日は本当に、ありがとうございました!」
 
ファイズフォンを耳に当てたまま、侑希は電話の相手へ何度も何度も頭を下げた。
通話が切れてしばらくの間、彼女はそのまま立ち尽くしていた。
二人は侑希が自然に活動を再開するのを待っていたが、流石に5分経ってもそのままでいることに巧が痺れを切らし、
その華奢な肩を掴んで軽く揺さぶった。

「おい、いつまでボケっとしてんだよ」

187: 2016/07/01(金) 23:35:21.59 ID:/CfB+K2S0
「……はっ、あっ、すみません。あの、えっと」
「まずそれを返せ」
 
ポケットに突っ込んでいた手を差し出す。
そこでようやく自分がいつまでもファイズフォンを所持していたことに気が付いた侑希は、申し訳なさそうにしながらそれを巧に返却した。
受け取り内ポケットにしまうと、侑希がおずおずと巧に問う。

「あの、巧さんはどうして……」
「アイツは俺のダチなんだよ」
「お友達なんですか!?どうして教えてくれなかったんですか!」
「いつ言う暇があった」
「それは……」
 
言い淀む侑希。実際のところは昨日にそれが出来るだけの時間があったのだが、どうやら気が付いていないらしい。
しっかりとしているように思える侑希にしては、だいぶ間が抜けていた。
興奮のせいかもしれないが、どうも“らしく”ない。

「まあいいや。それより巧さん、お話させてくれてありがとうございました!
まさか園田さん本人とお話しできるなんて……!感激です!」
「良かったな。でどうだ、今度こそ行けそうか」
 
巧の視線を追って、侑希ももう一度自身の家に向き合った。
途端、真理と話ができたことで興奮していた彼女の心が凪いだ。
そして、ほんの短い思い出が、胸に去来する。

188: 2016/07/01(金) 23:40:14.17 ID:/CfB+K2S0

親と別れ、家出して過ごした今日までの五日間。

命を狙われ、世界の裏側の真実を知り、人外の力を持つ者たちと出会い、恐れ、苦しみ、語り合い、守られ、激励された。

少女にとってあまりに目まぐるしく、とても濃い経験をした五日間だった。

何かが変わったような気がするし、何も変わっていないような気もする。

けれど、色々ありすぎて整理し切れないほどのものの中で、たった一つだけ、確かに掴めたと言えるものがあった。

「……夢は、未来を創る。そうですよね、巧さん、晴人さん」

「ああ」

「ふふん、もう大丈夫そうだな」
 
巧は思った。彼女はどんなことがあってもきっと、夢に向かって進んで行けるだろう、と。
 
晴人は思った。彼女の希望が揺らぐことは、決してないだろう、と。
 
侑希の答えは、彼女を前進させる力となり、その未来を輝かせる光になるはずだ。

189: 2016/07/01(金) 23:45:12.83 ID:/CfB+K2S0

再び門に手を掛けようとした侑希は、その手が触れる直前に何かを逡巡すると、その手を引っ込め巧と晴人にもう一度向き合った。

「すみません、忘れるところでした」
「ん?どうかした?」

晴人が素早く反応するが、巧はあまり興味なさげにそっぽを向く。
だが晴人は勿論のこと、その巧にこそ言わなければいけないことがある。
侑希は意を決して口を開いた。

「あのっ、巧さん!こっちを見てもらっていいですか!」
「……んなでけえ声出さなくても聞こえるっての……。で、何か用か」
 
今度こそ、巧と晴人に侑希が真正面から向き合った。
自分よりずっと大きく、強い二人に対して伝えなければいけないことがある。
あの時巧に言えなかった言葉を言える最後の機会を、忘れていたから逃した、では、一生後悔するから。

190: 2016/07/01(金) 23:50:32.42 ID:/CfB+K2S0

「巧さん、晴人さんっ。私を守ってくれて、本当にありがとうございました!」
 
腰を折って、深々と頭を下げた。
 
自分一人のために、散々な目にあっても戦い続けてくれた人たちに言えるのはこれだけしかない。
でも、五日分の思いを込めたお礼だ。
そして何より、あんな姿になってまで自分を助けてくれたのに、そんな彼を怖がって言えなかったことに対する、遅すぎる感謝だ。
 
ゆっくりと上半身を起こす。
目の前の二人は、晴人はこの五日間よく見せてくれたのと同じように、巧は少し口角を上げてぎこちなく、優しく微笑んでいた。

「礼を言われるようなことじゃないけど、ここは素直に貰っとくぜ。さ、巧」
「やめろおい、押すなっ」
 
一歩前につんのめった巧は佇まいを正し、もう何度目になるか分からないほど見た侑希の目を、しっかりと真正面から見据えた。

191: 2016/07/01(金) 23:55:34.08 ID:/CfB+K2S0

「私、巧さんがあんなになってまで守ってくれたことに、何もお礼が出来ませんでした。だから……」

「あーあー、もういい。さっきの一回で十分だ。つーか別に礼もいらねえ、俺が見たいのはもっと別のもんだ」

「えっと、でしたら……」

「いや金でもねえよ。そうじゃなくてだ」

瞳の奥で、宝石のように輝くものがある。それを確かめられただけで十分だった。



「夢、叶えろよ。お前の創る未来を、いつか俺に見せてくれ」



「―――はい!」


192: 2016/07/02(土) 00:00:03.37 ID:Y1zNWIyl0

 
閉ざされていた門を開け、少女は一歩を踏み出した。


 
真っ赤な血潮を燃やし進む先にあるのは、夢が創る宝石のように色鮮やかに輝く未来だ。



193: 2016/07/02(土) 00:10:27.03 ID:Y1zNWIyl0


すっかり暖かくなった4月の中旬のある日。


それぞれがそれぞれの場所で、思い思いに過ごす平和なひと時が流れていた。



194: 2016/07/02(土) 00:15:12.64 ID:Y1zNWIyl0


その日、大天空寺の境内で木刀の素振りをしていたタケルの元に飛び込んできたのは、その身体を心胆寒からしめるような一報だった。

 
その日、映司は鴻上から緊急の要請を受け、急ぎ彼の元へ向かっていた。

 
その日、自らの使い魔を通して街の様子を見た晴人は、異常な光景に言葉を失った。

 
その日、悲鳴を上げ逃げ惑う人々に出くわした巧は、それから少しの時間の後に、その元凶と対峙していた。


195: 2016/07/02(土) 00:20:13.25 ID:Y1zNWIyl0



タケルが人伝に聞き、晴人が使い魔越しに、そして巧が直接見たもの。




それは、人間が青い炎を上げ、灰となって崩れ落ちるという異常現象だった。



196: 2016/07/02(土) 00:25:10.19 ID:Y1zNWIyl0

 

始まりは違えど、戦いの運命に身を投じた、四人の戦士。
 

互い違いの運命は、ついに一つになろうとしていた。


彼らを待ち受けるのは、過去からの因縁が呼び起こす決戦。


輝けるもののため、そして人間の自由と平和を守るため、彼らは立ち上がる。


同じ名を持つ者、“仮面ライダー”として。



197: 2016/07/02(土) 00:35:52.99 ID:Y1zNWIyl0

以上で当SSは終わりです。

最初に謝罪を。滅茶苦茶長くなってすいません。
バトルに重きを置いていた前作と趣の異なる物語重視の構成だったので、途中はかなり退屈に思われたでしょうが、
もし楽しめていただけたのであれば幸いです。

さて次回は完結編になります。
いよいよアメコミのスーパーヒーローチームよろしく、四人のライダーが集合。決戦となります。

“敵”については、前作今作共に露骨に示しています。どっちにも出てきて、未だに回収されていない要素がそれです。

なお時間を“四月の中旬”としていますが、現行のゴーストの経過時間は実はまだそこまで行っていません。
なので次回は完全にゴースト本編の時間をぶっちぎることになります、ご了承ください。

それではまた次作も読んでいただければ幸いです。

198: 2016/07/02(土) 00:45:08.61 ID:IPApDRCb0


ゲート避難させなくていいのかと思ったが白さんいないんじゃ自主的にゲート狙うファントム少ないからいいのか

199: 2016/07/02(土) 02:42:54.31 ID:ZO13U3IAO

次回も楽しみにしてる

引用元: 【ファイズ】夢と希望の守り人【ウィザード】