1: ◆yZNKissmP6NG 2017/02/14(火) 19:11:14.90 ID:XdM+YPyno

果南「はい、これ。鞠莉のぶん」

 表情には出ていないと思う。

 声色にも出ていないと思う。

 何の違和感も、不自然さもなく。

 私は、その包みを彼女に差し出した。

鞠莉「Oh,thank you! 果南ったら私にだけくれないのかと思ったわ」

果南「そんなわけないでしょ? タイミングが合わなかっただけ」

鞠莉「タイミング、ねぇ……」

 訝しみながら私が渡した包みを見つめる鞠莉に、心がざわつく。

 ああもう、なんでこんな気持ちになんなきゃいけないんだろう。

 バレンタインなんて、大っ嫌い。



2: 2017/02/14(火) 19:12:09.43 ID:XdM+YPyno

 今どき女の子同士でチョコレートをあげるのなんて、別に珍しくもなんともない。

 女子高である浦の星も、だから、バレンタインデーが無関係というわけではなくなってくる。

 Aquoursのメンバー同士でも渡しっこしていたし、私も他の部員にチョコをあげた。

 そう。だから、鞠莉にあげるのだってなにひとつおかしなところはない。

 そう、自分に言い聞かす。

鞠莉「じゃあ、果南の考えるベストタイミングっていうのはさ」

果南「え?」

鞠莉「部員がみーんな帰った後、夕日の差し込む二人きりの部室のことをさすの?」

果南「ぅ、え?」

鞠莉「だってそうでしょう? 他の子たちにはとっくに渡してたじゃない」

鞠莉「私に渡すベストタイミングは――今、ってこと?」

果南「いや、それは別に、」

鞠莉「ねえ、果南」

 遮るように。射抜くように。

 鞠莉の言葉が、まっすぐ飛んでくる。


鞠莉「これは――何チョコ?」

3: 2017/02/14(火) 19:13:41.25 ID:XdM+YPyno

果南「――――」

 友チョコだよ。やだなぁ、変な勘違いしないでよ。他の子にあげたのとおんなじだよ。

 笑いながら、そう言ってしまえばよかったのに。

 言葉が、喉の奥から出ようとしない。

 それを言ってしまえば、とても大切ななにかを裏切ってしまうような気がしたから。

 だけど、その逡巡は、とても聡い鞠莉になにかを思わせるには十分な時間。

鞠莉「ふぅん。そっか」

果南「いやいやいや、なにか勘違いしてない? 鞠莉。それは別に、」

鞠莉「はい、私からもHappy Valentine」

果南「え? ……あ、えっと」

 ひょい、と。

 なんのためらいも、感慨もなく。

 鞠莉もまた、きれいな包みを私に差し出す。

果南「……ありがと」

 なんだか拍子抜けしたような気分。

 なぁんだ、私が勝手に深読みしただけか――

鞠莉「あ。本命だから、それ」

果南「――――っ」

 ――この子は、本当にずるい。

4: 2017/02/14(火) 19:14:33.73 ID:XdM+YPyno

果南「――なに、言ってるの? つまんない冗談は、」

鞠莉「ホンキよ」

果南「っ」

鞠莉「ホンキの、本命。私から果南へ贈る、Loveの気持ち」


鞠莉「好きよ、果南」


果南「――――」


 言葉を返せず、沈黙に包まれる。

 それは、彼女の言葉が意外だったからでは、なくて。

 そんな気持ち、いやというほどにわかりきっていて。

 だけどそんなこと、今の今まで胸に秘めていたはずなのに。

 今になって彼女が、それを言葉にしてきたから。

5: 2017/02/14(火) 19:15:10.39 ID:XdM+YPyno

果南「――わかってるの?」

鞠莉「なにが?」

 質問で返しながらも、鞠莉の顔には薄い笑顔が張られている。

 それだけでわかってしまった。

 彼女が、すべてを理解していることを。

果南「私たち、もうすぐ卒業でしょ!?」

 そんな不気味な余裕が無性に腹立たしくて。
 
 自分でも驚くくらいに声が荒ぶる。

果南「なんで今なの!? 今まで、ずっとずっと友達としてやってきたじゃん!」

果南「わかってるんでしょ!? 私が、鞠莉が、私たちが――」

鞠莉「そうね。離れ離れになるわね」

果南「っ!」

 憤る私を馬鹿にしてるのかってくらい、鞠莉の顔から余裕は消えない。

果南「でも、それなら!」

鞠莉「でも、じゃなくて。だから、よ」

果南「え?」

鞠莉「離れ離れになるから。だから、このままの関係じゃ嫌だったの」

鞠莉「ちゃんと、はっきりさせたかったのよ」

果南「――――」

6: 2017/02/14(火) 19:15:53.47 ID:XdM+YPyno

鞠莉「果南は、この場所で大人になっていく」

鞠莉「私は、高校を卒業したら日本を去る」

鞠莉「ひょっとしたら、もう二度と私たちの人生が交わることはないかもしれない」

鞠莉「終わっちゃうのよ、もうすぐ」

鞠莉「そう考えたら――もう、黙ってなんていられなかったわ」

果南「――勝手だよ」

鞠莉「そうかしら?」

果南「勝手だよ! 鞠莉、私の気持ちなんて全然考えてくれてない!」

果南「私だって、私だって鞠莉のこと――!」

 そこから先は、言わないと決めていた言葉。

 ずっと胸に秘めたままにしようと決めた、想い。

7: 2017/02/14(火) 19:16:32.16 ID:XdM+YPyno

果南「……終わっちゃうんだよ? たった二か月足らずで」

果南「決まってるんだよ? 終わることが」

果南「そんな関係……むなしすぎるよ」

 できることなら。私だって鞠莉と「そういう関係」になりたかった。

 だけど、それは期限付き。

 高校を卒業すれば、砂の城みたいにはかなく崩れ去る。

 そんなものに、一体なんの意味があるの?

鞠莉「――お花見ってさ」

果南「え?」

 ずっと黙って聞いていた鞠莉が次に喋ったのは、唐突な話題。

鞠莉「お花見ってさ。私最初、なにが楽しいかわからなかったの」

鞠莉「楽しく食事してPartyするだけなら、いつでもやればいいじゃないって」

鞠莉「わざわざ桜の木を愛でることに意味なんかないって。そう、思ってた」

果南「なに、言って、」

鞠莉「聞いて」

 だけど、鞠莉は。

 今までにない、真剣な顔だった。

8: 2017/02/14(火) 19:17:10.20 ID:XdM+YPyno

鞠莉「だけどね、日本で暮らすうちにわかった」

鞠莉「はらはら散っていく桜の花の尊さ」

鞠莉「日本の人たちが、そこに意味を見出していることに」

鞠莉「『散るからこそ美しい』っていう感覚に。私も、気づけた」

果南「――――」

 そこまで聞いて、彼女が言わんとしていることをようやく理解する。

 終わることの美しさ。

 彼女もまた、そこに意味を見出したのだということに。

 だけど。

果南「――私たちの関係も、同じだって言うの?」

鞠莉「ええ」

果南「私は――そうは思わない」

果南「きれいな花なら、ずっと咲いてた方がいいに決まってる」

果南「子供みたいなわがままかもしれないけど、でも、みんなそう思ってるに決まってる」

果南「散らない花があるなら、そっちの方がいいに決まってる!」

鞠莉「――――」

 なんで。

 なんでよ、鞠莉。

 なんで、そんな――悲しそうな顔、するの?

9: 2017/02/14(火) 19:17:38.18 ID:XdM+YPyno

鞠莉「散らない花。いつまでもきれいに咲いたままの花」

鞠莉「そんな花をなんて言うか、私、知ってるわ」

果南「え? ――あ、」

 鈍い私は、そこでようやく、自分の言葉の意味に気づく。

 彼女の悲しい顔の意味に、気づく。


     イミテーション
鞠莉「――造花、っていうのよ」

10: 2017/02/14(火) 19:18:18.02 ID:XdM+YPyno

鞠莉「ずっと終わらない、ずっと変わらないままの関係」

鞠莉「そうね。私もそれがとっても理想的だと思うわ」

鞠莉「だけどね、果南。変わっていくの。立場も、心も、なにもかも」

鞠莉「変わらないものなんてないの。終わらないものなんてないの」

鞠莉「私たちの関係だって――偽物じゃ、ないはずよ」

果南「――――」

鞠莉「流れることをやめた水がよどんでいくように」

鞠莉「変わろうとすることをやめれば、それはいずれよどんでいく」

鞠莉「人と人との関係だって同じ。いつか訪れる別れがあるから、今を必氏になれる」


鞠莉「全ては過ぎ去ってくの。だからこそ、きれいなのよ」


 なんだか歌の歌詞みたいね。

 照れながら、鞠莉はそう言った。

11: 2017/02/14(火) 19:18:48.28 ID:XdM+YPyno

果南「――――」

鞠莉「ねえ、果南」

 黙ったままの私に、鞠莉は問いかける。

鞠莉「このチョコレートは――何チョコ?」

 もう、黙ってなんていられなかった。

 もう、観念するしかなかった。

果南「――本命、だよ」

鞠莉「そう。嬉しいわ」

 優しく、鞠莉は、そう言った。

12: 2017/02/14(火) 19:19:25.10 ID:XdM+YPyno

鞠莉「School Idolと同じよ。決められた期限の中で精一杯輝きましょう?」

鞠莉「それが私たちらしいじゃない?」

果南「――――」

 私は俯いた顔を上げられなかった。

 ここで生まれた関係は、とてもシビア。

 育めば育むほどに、つらい別れと向き合うことになる。

 それがわかっていたから、私は大切な人の顔をまっすぐに見ることができなかった。

鞠莉「――もう! そんな顔しないの! 私たちせっかくLoverになれたんだから!」

鞠莉「ほら――こっち、向いて?」

果南「あ……」

 あたたかな手が、私の両頬に触れて。

鞠莉「ん――」

 そのまま、二人の距離がゼロになる。

13: 2017/02/14(火) 19:19:51.85 ID:XdM+YPyno

 唇に触れた柔らかな感触。ひだまりのようなぬくもり。

 そのすべてが嬉しくて、悲しくて。

 私の頬をあたたかな雫が伝う。

 終わりへ向かう私たちの関係の始まりである、その口づけは。

 
 とても甘い、罪の味がした。

14: 2017/02/14(火) 19:20:25.73 ID:XdM+YPyno
以上

引用元: 果南「Guilty Kiss」