344:◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 21:58:13.40 ID:XsQetX0C0

【モバマス】神谷奈緒「アイドルメーカー」【前編】

***



「お~、でっけえビルだなぁ~。未央達がここでアイドルやってるのが信じられないぜ」

「……なんでアンタまでついてくんのよ」

「いいだろ別に。あたしも柚ちゃんの事が気になるんだしよ」

 レッスンを早退したあたしと加蓮は、柚ちゃんのバッグを持ってCGプロの前に立って
いた。別にあたしがついてくる必要はなかったけど、放っておくとお前がまた柚ちゃんに
キツイ事を言って泣かしちゃうかもしれないしな。

アイドルマスター シンデレラガールズ 神谷奈緒 一陣の情熱Ver. 1/7 完成品フィギュア


345: 2013/07/27(土) 21:59:30.50 ID:XsQetX0C0



「どれだけ過保護なのよアンタは。アタシには氏ねって言ったくせに……」



「言ってねえよ。ちょっとくらい無理しても簡単に氏なないだろとは言ったけど」



 「一緒じゃん」ってつぶやいて、加蓮はそっぽを向く。スクールからCGプロまでの
電車の中、あたし達はずっとこんな感じだった。ずっとイライラしてるんだよなコイツ。
何が気に入らないんだか。




346: 2013/07/27(土) 22:00:18.95 ID:XsQetX0C0



「とりあえずビルの前で立ってても仕方ねえ。中に入ろうぜ」



「言われなくてもそうするし。暑いしダルいし、慣れない事するんじゃなかった……」



 あたし達は汗を拭きつつ、CGプロの自動ドアをくぐった―――――







347: 2013/07/27(土) 22:01:10.50 ID:XsQetX0C0



―――



「あ、加蓮さん。それに奈緒さんも……」



 受付に説明して加蓮とロビーで待ってると、柚ちゃんがエレベーターから出てきた。
柚ちゃんは一瞬嬉しそうな顔をして、はっと何か気付いたみたいに複雑な顔になって
あたし達の所に歩いて来た。おいおい、このリアクションはひょっとして……






348: 2013/07/27(土) 22:02:15.15 ID:XsQetX0C0



「お疲れ。面接どうだったの?落ちた?」



「ストレートに言い過ぎだろお前は!? もっとオブラートに包めよ!」



 あたしが無神経な加蓮に激怒すると、柚ちゃんはあわてて「ゴメン、そうじゃないの!」
と両手をバタバタ振って否定した。それってつまり……




349: 2013/07/27(土) 22:03:09.08 ID:XsQetX0C0



「うん、合格した。アタシと美嘉ちゃんと唯ちゃんは来週からCGプロのアイドルだよ♪」



「やったああああああっ!おめでとう柚ちゃん!よかったなあホントに!」



 照れくさそうに言った柚ちゃんを、あたしは力一杯抱きしめた。美嘉と唯も合格したん
だし、今日は盛大にお祝いしないとな!






350: 2013/07/27(土) 22:04:42.55 ID:XsQetX0C0


「ん?でもだったらどうして、さっきは嬉しそうじゃなかったんだ?あたしはてっきり
 ダメだったのかと思ったんだけど……」

 柚ちゃんは気まずそうにあたしから目を逸らすと、ちらっと加蓮の方を見た。

「いや、合格はしたんだけどさ、アイドル活動はみんなバラバラになっちゃったんだよね。
 加蓮さんはそこまで全部わかってたのかなって思ってさ。だったら1人でいじけてた
 アタシがバカみたいで、ちょっと恥ずかしくて……」 



 なっ……!? ど、どういうことだよ!! みんなCGプロのアイドルになったんだろ!? まさか
柚ちゃんだけ他のプロダクションに行かされるのか?




351: 2013/07/27(土) 22:05:29.26 ID:XsQetX0C0



「アンタバカぁ?ちょっとはアタマ使いなさいよ。もしアタシがプロデューサーだったら、
 城ヶ崎姉は妹と組ませて姉妹ユニットにするよ。3人セットで売り込んだのはスクールの
 都合だし、CGプロがどうしようが関係ないでしょ」



 加蓮が心の底から呆れたようにあたしに言った。確かに言われてみればそうか。元々
美嘉は莉嘉ちゃんと一緒にいたところをスカウトされたんだっけ。唯と柚ちゃんが一緒
だろうが、姉妹ユニット構想は変わらなかったということか。




352: 2013/07/27(土) 22:06:25.20 ID:XsQetX0C0



「美嘉ちゃんは莉嘉ちゃんとユニット組んで、唯ちゃんはモデル活動をメインでやって
 いくんだって。アタシはソロアイドルを目指して、しばらく候補生のコとレッスンに
 なるみたい。みんなパッションだし、一緒に仕事する事もあるらしいけどね」



 未央と美羽と同じグループか。確かにみんなパッションって感じだな。3人で一緒に
活動出来なくなったのは残念だけど、グループが一緒だったのはせめてもの救いか。




353: 2013/07/27(土) 22:07:41.67 ID:XsQetX0C0



「でもこれでよかったよ。結局アタシは、美嘉ちゃんと唯ちゃんに頼りきってたんだよ。
 アタシは美嘉ちゃん達のオマケで1人じゃアイドルになれないって思ってたから、CG
 プロがアタシのプロデュースをしっかり考えてくれてたのは嬉しかったな。奈緒さんの
 言った通り、ちゃんとアタシを評価してくれたんだなって思ってさ」



 そう言った柚ちゃんの顔はとても大人びていて、スクールで大泣きしてた時とはまるで
別人みたいだった。ちょっと見ない間にずいぶん成長したなあ。




354: 2013/07/27(土) 22:08:50.63 ID:XsQetX0C0



「城ヶ崎姉達もわかってたと思うよ。でもアンタに気を遣って今まで黙ってたんでしょ。
アンタいつもあの二人を必氏で追いかけてたし。そうだよね?」



 加蓮があたし達の後ろに向かって言うと、壁の後ろから美嘉と唯が出てきた。お前ら
いつからそこにいたんだよ。どうして隠れてたんだ?




355: 2013/07/27(土) 22:10:06.64 ID:XsQetX0C0


「いや、柚に会うのが気まずくてさ…… アタシ達はたまギャル同盟とか言って、3人で
 一緒にアイドルになろうねって約束して柚をだましてたんだし……」

「ゴメンねゆず。スクールに入ったばっかりの時に、ゆずがゆい達といっしょにレッスン
 しようとしてチョーガンバッてたのを見て、なかなか言えなかったの……」



 美嘉と唯は柚ちゃんの前に来て、深々と頭を下げた。柚ちゃんは苦笑いしながら、
二人に頭をあげてほしいとお願いした。




356: 2013/07/27(土) 22:11:19.72 ID:XsQetX0C0



「ホントはアタシも、美嘉ちゃんは莉嘉ちゃんとユニットになるんじゃないかなって心の
 どこかで思ってたの。でもそれであきらめちゃってたら、アタシは多分スクールを続け
 られなかったと思う。へへっ、アタシもまだまだガキだね♪」



 柚ちゃんはさっぱりした笑顔で、恥ずかしそうにぽりぽりと頬をかいた。



「アタシがアイドルになれたのは美嘉ちゃんと唯ちゃんのおかげだよ。だからホントに
 ありがと。それにたまギャル同盟は永久に不滅だよ。活動はバラバラでもアタシ達は
 みんな埼玉出身のアイドルだし、離れててもずっといっしょだよ!」



 最後に柚ちゃんは元気にそう言って、美嘉と唯に抱きついた。美嘉は柚ちゃんの頭を
優しく撫でて、唯はぐずぐずと泣き出した。




357: 2013/07/27(土) 22:12:23.84 ID:XsQetX0C0


「ぐすっ……、ゆずぅ…… ゆいもゆずがいないとダメだよぉ~……」

「も、もうなに泣いてるの唯…… アンタが柚になぐさめられてどうすんのよ……」



 こうして美嘉達3人は、めでたく仲直りしてCGプロのアイドルになった。離れて
いてもずっと一緒か。アイドルの活動方針は違っても、やっぱりこの3人はワンセット
なんだな。これから莉嘉ちゃんが入って、たまギャル同盟はさらに楽しくなりそうだ。




360: 2013/07/27(土) 22:13:47.14 ID:XsQetX0C0



「なあ加蓮、お前ホントは最初から柚ちゃんを助けるつもりだったんじゃねえのか?
 今日はいつもよりよくしゃべるし、ずいぶんお節介を焼くじゃねえか」



 あたしがそう言うと、加蓮は不機嫌そうにふんっ、と鼻を鳴らした。



「アンタ目が腐ってるんじゃないの?アタシがそんなにお人好しに見える?」



 いや、見えねえな。でも今のお前は無理してワルぶってるように見えるぜ。柚ちゃんを
見習って、お前も少しは素直なったらどうだ?主にあたしとかに。




361: 2013/07/27(土) 22:14:29.09 ID:XsQetX0C0



「誰がアンタなんかに気を許すかっての。それ以上調子に乗らないで」



 加蓮はべーっと舌を出す。ワケわかんねえ女だなホントに―――――




362: 2013/07/27(土) 22:16:00.10 ID:XsQetX0C0



***



 たまギャル同盟の3人は仲良く手をつないで帰って行った。で、あたしと加蓮は何を
しているかと言うと、

「……なんでお前は帰らないんだよ?」

「アンタこそ、どうしてあの子達と一緒に帰らなかったのよ?」



 二人並んでCGプロのロビーに座っていた。いやだってさ、あの後で3人の間に割り込む
のは勇気がいるぜ?美嘉達が帰る雰囲気になった時に、あたしはトイレ(大)だとウソを
ついて先に帰ってもらった。でも今になって思えば、仮にも17の乙女なのにもっとマシな
理由はなかったのかよ。最低だ、あたしって……




363: 2013/07/27(土) 22:17:44.83 ID:XsQetX0C0


「ちゃんと手は洗った?悪いけど半径3メートル以上近づかないでくれない?」

 ホントにしてねえよ!お前わかってて言ってるだろ!? お前の方こそ、いつまでここに
ダラダラといるつもりなんだよ?

「だって外暑いし、ここまで歩いて疲れたし、もうちょっとだけ休まないとムリ」

 ウソつけ。全然疲れてる様には見えねえぞ。加蓮はスマホをいじるフリをしつつ、
さっきからキョロキョロとあたりを見回してる。まるで誰かを探しているような……



 ん?誰かを探してる?もしかしてこいつ……




364: 2013/07/27(土) 22:19:13.77 ID:XsQetX0C0


「なあ加蓮」

「なによ」

「未央から聞いたんだけど、今日はニュージェネ全員で次のイベント会場の下見だって
 言ってたぞ。事務所に戻るのは夜になるらしいけど……」

「……………………さてと、元気になったしそろそろ帰ろっかな」



 やっぱり凛に会えると思って待ってたのかよ。露骨にガッカリしてるし、わかりやすい
奴だなホントに。一歩間違えればストーカーじゃねえか。




365: 2013/07/27(土) 22:20:15.80 ID:XsQetX0C0


「ついて来ないでよ。帰りまで一緒の必要はないでしょ」

「そんな事言ったって、帰る方向が同じだからしょうがねえだろ。どうしてもイヤだって
 言うなら、お望み通り3メートル後ろを歩いてやるよ」

「キモッ、アンタアタシのストーカーなの?ウンザリするんですけど」

「お前に言われたくねえよ。それにウンザリするのはあたしも同じだっての。美嘉達
 みたいに仲良くはなれなくても、もうちょっと友好的に出来ないのかよ」

 あたしはため息をついて、加蓮と一緒にロビーの出口に向かった。どうすればこいつの
攻略が出来るのか、誰か教えて欲しいぜ……



366: 2013/07/27(土) 22:21:36.53 ID:XsQetX0C0



「あれ?君達は確か○△スクールの……」



「げっ……!? 」



 あたしがギャルゲーの神にお祈りをしていると、後ろから思わぬ人物に声をかけられた。
加蓮と一緒に振り返ると、そこにはCGプロのプロデューサーが立っていた。そういえば
この人さっきまで、美嘉達とここで面接してたんだっけ……

「どうしたんだいこんな所までわざわざ来て。ウチに何か用かな?」

「い、いえ!もう用事は済んだので!それじゃ!」

 ニコニコしながら話すプロデューサーに生返事を返して、あたしは撤退しようとした。
しかし加蓮はプロデューサーの顔を見ると、少し考える素振りをして引き返した。




367: 2013/07/27(土) 22:22:56.94 ID:XsQetX0C0


「面接官のプロデューサーさんですね。先程お電話をさせて戴いた北条です。今日は
お忙しい中無理を聞いて戴いて、本当にありがとうございました」

 加蓮はそう言って、丁寧にプロデューサーに頭を下げた。凛の顔を潰さないために猫を
かぶってるのか?しかし何も言わずに帰るのも失礼か。あたしも筋は通しておこう。

「ゆ、柚ちゃんもとっても喜んでました。あの子の事をよろしくお願いします!」

 保護者でもない上に柚ちゃんはスクールの先輩なのに、何をえらそうに言ってるんだ
あたしは…… 軽く自己嫌悪に陥りながらも、あたしも加蓮の隣で頭を下げた。



368: 2013/07/27(土) 22:24:23.20 ID:XsQetX0C0



「ははは、さすが凛の親友だな。とっても友達想いで良い子達だ。安心してくれ、今日の
 面接を受けた子は全員、CGプロが責任を持ってトップアイドルにするから!」



 自信満々に笑ったプロデューサーを見て、あたしは少し安心した。未央もすごく仕事が
出来る人だって言ってたし、あたしが心配する事なんて何もないよな。




369: 2013/07/27(土) 22:26:46.44 ID:XsQetX0C0



「そうだ!せっかく来てくれたんだし、君達にちょっと良い話があるんだけど聞いて
 行かないかい?大丈夫!そんなに時間は取らせないから!」



 プロデューサーは何か思いついたみたいに、ポンっと手をたたいてあたし達に言った。
ヤバい、これはアイドル勧誘フラグじゃないのか?さっさと逃げないと……!



「心配しなくても勧誘じゃないよ。だからそう警戒しないで♪」



 あたしの目を見て気付いたのか、プロデューサーはにっこりと笑った。クソッ、先手を
取られちまったぜ。 スクールでウィンクされた時もしやとは思ったが、バッチリあたしの
事を覚えてやがる。加蓮は意味が分からないみたいな顔をして「?」とあたしを見る。
なんでもねえよ気にすんな。




370: 2013/07/27(土) 22:28:20.74 ID:XsQetX0C0


「そう言えば君の名前をまだ聞いてなかったね。北条さんはこの前スクールに行った時に
 教えてもらったけど、君はなんていう名前なんだい?」

「神谷……奈緒です……」

 どうやら未央と美羽は、あたしが口止めした事を守ってくれてるみたいだ。あいつらと
つながりがある事が知られるとマズそうだから黙っとこう。

「北条さんと神谷さんか…… シティ○ンターコンビだね!」

 プロデューサーはドヤ顔で笑った。いや、原作者と主人公の担当声優ってマニアック
すぎるだろ…… それに加蓮とセットにされるのはとてもイヤなんですけど。



371: 2013/07/27(土) 22:32:17.69 ID:XsQetX0C0


「ささ、それじゃ二人ともおいで。お茶とお菓子も出すからさ♪」

 ゴキゲンなプロデューサーを先頭に、あたしと加蓮は事情が呑み込めないままついて
行った。腰が低そうに見えてなかなか強引だなこの人。これくらいおしが強くないと、
街中で知らない女の子に声なんてかけられないのかな。



 アイドルになってから思ったが、ここがあたし達の人生の分岐点だった。もしこの時
プロデューサーの話を聞かずに帰ってたら、あたしはこの先ずっとアイドルになる事は
なかっただろう。加蓮もきっとそうだ。長々と続いたこの物語は、あたしの知らない
ところでクライマックスに入ろうとしていた―――――




387: 2013/08/03(土) 14:39:57.10 ID:/0H8DQJH0



***



「「ゆるキャラグランプリ?」」



「今回は新しい試みとして、ゆるキャラと同じ都道府県出身の女の子がタッグを組んで
 グランプリを競い合うんだ。本当は東京代表でニュージェネが出る予定だったんだけど、
 予定が変わって無理になってさ。それで君達が代わりに出てみないかい?」
 


 会議室に通されたあたしと加蓮は、プロデューサーから渡された資料を見ながら説明を
受けた。未央が言ってたイベントの下見ってのはこれの事かな。開催日も近いし。




388: 2013/08/03(土) 14:40:44.23 ID:/0H8DQJH0


「あたしも加蓮もアイドルじゃないんだけど、参加資格はあるのか?」

 あたしが質問すると、プロデューサーはにっこり笑った。いや、引き受けるとは言って
ねえよ?ちょっと疑問に思っただけだからな!

「アイドルの子も出るけど、出場者の大半は各都道府県で選ばれた普通の女の子だよ。
 このイベントは元々ゆるキャラがメインだから、大事なのはゆるキャラとどれだけ良い
 コンビになれるかなんだ。だからアイドルが有利とは限らないよ」

 なるほどな、ただ目立てば良いってわけでもないのか。確かに面白そうな企画だけど、
残念ながらあたしには参加資格がねえな。



389: 2013/08/03(土) 14:41:45.99 ID:/0H8DQJH0


「Pさん、せっかくなのに悪いけどあたし千葉県民なんだ。このイベントはゆるキャラと
 同じ都道府県出身が絶対条件なんだろ?だからあたしに東京代表は無理だな」

「え!? そうだったのかい!? 神谷さんもてっきり東京の子だと思ってたよ……」

 プロデューサーはがっくりと肩を落とした。でも安心しなよ、あたしは違うけど加蓮は
正真正銘の江戸っ子だからさ。

「誰が江戸っ子よ。そんなダサい呼び方しないで」

 加蓮がじろりと睨む。いいじゃねえか、東京に住んでる人間はみんな江戸っ子だろ?
で、お前はこの話を受けるのか?凛にカッコ良い所を見せるチャンスじゃねえか。



390: 2013/08/03(土) 14:42:39.10 ID:/0H8DQJH0



「ああ、ついでにニュージェネはイベントの特別アシスタントという仕事で全員いるぞ。
 凛も北条さんが来てくれたら、きっと喜んで元気になると思うよ!」



 プロデューサーは加蓮を口説きにかかる。まるでイベントの出場をお願いしてるんじゃ
なくて、事務所に勧誘してるみたいだ。もちろんこの人にはその狙いもあると思うけど、
ひねくれ者の加蓮がそう簡単に乗るかな?




391: 2013/08/03(土) 14:43:26.30 ID:/0H8DQJH0



「……なんかひっかかるんだよね。裏がありそうで気持ち悪い」



 加蓮がぽつりとつぶやいた。お前、そこは思ってても口に出したら失礼だろ。あたしも
ちょっと話がうますぎる気がするけどさ。

「ねえプロデューサーさん、ちょっと質問していいかな」

「な、なんだい……?」

 加蓮はプロデューサーの目をじろりと見た。プロデューサーは少したじろぐ。




392: 2013/08/03(土) 14:44:06.55 ID:/0H8DQJH0


「どうしてアタシ達が代役なの?ニュージェネがダメだったら、フツーはCGプロの他の
 アイドルか候補生が選ばれると思うんだけど」

 あたしも思った。凛と島村さん以外にも東京出身はいるだろ。その子達を差し置いて、
わざわざあたし達に頼むなんておかしい話だよな。

「ああ、それはニュージェネが特別アシスタントになった事で、グランプリのジャッジを
 公平にする為にCGプロは出せなくなったんだ。それで○△スクールにレッスン生を
 推薦してもらったお礼にこの話を持って行こうとしたんだけど、君達が来てたからさ」



 なるほど。一応それらしい理由はあるんだ。でもどうしてだろう?あたしの思い違い
かもしれないけど、まだすっきりしないな……




393: 2013/08/03(土) 14:45:01.60 ID:/0H8DQJH0



「ふ~ん、じゃあもうひとついいかな?」



「なんだい?なんでも聞いてくれよ!」



 さっきは少し加蓮にビビってたプロデューサーだったけど、だんだん余裕が出てきた
みたいだ。このリアクションやっぱりあやしいよな。加蓮も同じ事を思ったみたいで、
油断しきったプロデューサーに噛みついた。



「単刀直入に聞くけど、凛に何かあったの?」



 加蓮の言葉にプロデューサーは一瞬顔が硬直した。どういう事だ?今のやりとりの中で
凛の話なんて出て来たか?




394: 2013/08/03(土) 14:45:48.15 ID:/0H8DQJH0



「さっきあたしが来たら、凛が喜んで元気になるって言ったよね?喜ぶのはわかるけど、
 『元気になる』っておかしくない?まるで今の凛が元気ないみたいじゃん」



 加蓮がじろりとプロデューサーを見る。プロデューサーはたらりと汗をかいていた。




395: 2013/08/03(土) 14:46:53.51 ID:/0H8DQJH0



「おとといの晩だけど、凛から電話がかかってきたんだよね。世間話して10分くらいで
 切れちゃったんだけど、あのコがアタシにそういう内容のない電話をしてくる時って、
 だいたい昔からヘコんでる時なの。凛はなんでもないって言ってたけど」



 それでお前は柚ちゃんのバッグを届けるってもっともらしい理由つけて、わざわざ暑い
中をCGプロまで凛の様子を見に来たのかよ。本命はこっちだったか。




396: 2013/08/03(土) 14:48:02.18 ID:/0H8DQJH0



「ニュージェネはゆるキャラグランプリに出られなくなったから、特別アシスタントって
 無理矢理作ったような役で参加するんじゃないの?ホントはこの仕事自体をキャンセル
 するのが良いんだろうけど、凛はそういうの大っ嫌いだからね。自分が原因だったら、
 どんなに無理してもやろうとするだろうし」


 
 加蓮の華麗な推理に、あたしとプロデューサーは呆然とするだけだった。加蓮の頭が
良すぎるのか、それともただの凛のストーカーなのか?しかしプロデューサーの反応を
見ると、ほとんど正解みたいだ。あたしも妙にスッキリした。




397: 2013/08/03(土) 14:49:36.13 ID:/0H8DQJH0


「はは、こりゃ参ったな…… スクールで見た時から賢そうな子だとは思っていたけど、
 そこまで見抜かれるとは思わなかったよ……」

 プロデューサーはばつが悪そうな顔をして両手を挙げた。加蓮はふんっ、と鼻を鳴らす。

「アタシは他人にいいように使われるのが大っ嫌いなの。プロデューサーさんが凛の事を
 大事にしてるのは分かるけど、でも甘やかしすぎるのはよくないと思うよ。アタシも
 よく分からないのに頼られても困るし……」

 そう言いつつも、どこか落ち着きのない様子の加蓮だった。凛がSOSを出してるなら
助けてやればいいのに、プロのアイドルの凛にどこまで手を貸せばいいのか迷ってる
みたいに見える。



398: 2013/08/03(土) 14:50:40.71 ID:/0H8DQJH0



「それで結局何があったんだ?加蓮の言った通り、凛に何かトラブルでもあったのか?」



 あたしがプロデューサーに聞いたその時、ドアの向こうからカンッ、カンッ、と何か
せわしなく杖をつくような音が響いて来た。プロデューサーはその音を聴いて、小さな
ため息をついた。



「俺が説明するより、実際に見てもらった方がいいと思うよ。ちょうどニュージェネが
帰ってきたみたいだからさ……」



 プロデューサーが言い終わらないうちに、会議室のドアがバーンッ!と勢いよく開いた。




399: 2013/08/03(土) 14:52:49.99 ID:/0H8DQJH0



「プロデューサー、やっぱり私この仕事やるよ。会場見てきたけど思ったより広く
 なかったし、痛み止めの注射して走らなかったら、ちゃんとゆる会場回れるから。
 だからもう一回考え直して……!」



 息を切らしながら会議室に入って来たのは、顔を赤くした凛だった。両手には松葉杖を
持っていて、右の足首に痛々しい包帯を巻いている。

「アンタ…… その足どうしたの……?」

「え……?加蓮!? どうしてここにいるの……?」

 いきなりの凛の登場に驚いた加蓮に、同じく驚く凛。お~い、あたしもいるぜ~?




400: 2013/08/03(土) 14:53:57.47 ID:/0H8DQJH0



「ちょっとしぶりん、無理しちゃダメだよ。松葉杖のくせにどうしてそんなに早いの?」



 凛から少し遅れて、未央が会議室に入ってきた。未央はあたしを見て「うえぇっ!? 」と
変な声を出して驚いた。あたしはとっさに未央を睨みつけて黙らせる。お前とあたしの
関係はCGプロには秘密だって言っただろうが!ちらっとプロデューサーを確認すると、
凛に気を取られていて気付いてなかった。ふう、セーフ……




401: 2013/08/03(土) 14:55:02.65 ID:/0H8DQJH0



「あ~!神谷さんお久しぶりです!打ち上げの時以来ですね!今日はどうしたんですか?
 もしかして未央ちゃんと美羽ちゃんに会いにきたんですか?」



 しかしあたしと未央の連携プレーは、未央から更に遅れてやって来た島村さんによって
あっさり壊されてしまった。おかしいな、島村さんにも口止めしたはずなんだけど……
今度はプロデューサーは気付いたみたいで、あたしを見た。




402: 2013/08/03(土) 14:56:38.56 ID:/0H8DQJH0



「神谷さん……?君は卯月の知り合いだったのかい……?」



 あ~……、えっと………、なんて言うかですね……



「知らないんですかプロデューサーさん?神谷さんは未央ちゃんと美羽ちゃんがアイドル
 になるのを手助けした、あの『アイドルメーカー』さんなんですよ?」



「え!? 君が未央が言ってた『アイドルメーカー』だったのかい!? 」



 島村さん、あんた間が悪いって言われたことないかい?ついでに未央は後でお説教な。
そのおかしな名前をこれ以上広めるんじゃねえ。最初はちょっとカッコいいと思ったけど、
改めて聞くとやっぱり恥ずかしいぜ……




403: 2013/08/03(土) 14:57:44.45 ID:/0H8DQJH0



「聞いてるのプロデューサー?私は全然問題ないから。イベントまでまだ何日かあるし、
 それまでには痛みもだいぶひいてると思うんだ。だからアシスタントじゃなくて、
 最初の予定通り参加者として出場しようよ」



 凛が再びプロデューサーに詰め寄って、それ以上は追及されずにすんだ。でもこれで
あたしの素性はバレちまったな。まあ今はそれはどうでもいいとして、この状況をどう
したものか。凛は納得してないみたいだし、慎重に考えないとな―――――




404: 2013/08/03(土) 14:58:45.77 ID:/0H8DQJH0



***



「だから、駄目なものは駄目だって昨日も散々言っただろ?お前のその足は本来だったら
 1週間は安静にしないといけないんだぞ。今でも寮に閉じ込めておきたいくらいなのに、
 お前がどうしても嫌だって言うから座って出来る仕事に替えてもらったのに」

「大丈夫だって言ってるじゃん!自分の体の事は自分がよく分かってるよ!こんなに
 お願いしてるのに、どうしてわかってくれないのっ!? 」

 凛が声を荒げて抗議する。未央と島村さんによると、凛はおとといダンスのレッスンで
転んで足首を捻挫したらしい。本人は大丈夫だと言ってレッスンを続けようとしたけど、
だんだん腫れてきたのでトレーナーさんが無理矢理病院に連れて行ったそうだ。




405: 2013/08/03(土) 15:00:43.31 ID:/0H8DQJH0


「お医者さんに診てもらったら予想以上にひどくてさ。大人でも泣いちゃうくらい痛い
 はずなのに、しぶりんはずっとガマンしてたみたいなの」

「凛ちゃんは責任感がとっても強いから、私達に迷惑がかかると思っちゃったみたいです。
 プロデューサーさんに止められるまで、ゆるキャラグランプリの仕事もやるつもりで
 いましたし。私達も説得して、なんとか思いとどまってもらったんですけど……」



 元々は凛がゆるキャラのパートナーで、島村さんと未央はサポーター役として参加する
予定だったらしい。しかしこのパートナーという仕事はゆるキャラと一緒に会場を歩き
回らなければならず、場合によってはダンスなどのパフォーマンスもしなければいけない
そうだ。足を痛めた凛の事を考えて、、CGプロは最初キャンセルしようとしたらしい。




406: 2013/08/03(土) 15:01:41.66 ID:/0H8DQJH0


「島村さんが代わりに出るわけにはいかなかったのか?確か島村さんも東京出身だよな?」

 あたしがそう言うと、島村さんは少し困ったように苦笑いをした。

「私も最初はそう言ったんですけど、凛ちゃんが私だけに迷惑をかけられないって猛反対
 したんです。それならギブス巻いてでも自分が出るって。それでプロデューサーさんが、
 3人で出来るアシスタントの仕事を主催側にかけあって取って来てくれたんです」

 特別アシスタントは司会者の補助をする仕事らしい。凛はイベント本部でナレーション
や案内を担当して、未央と島村さんは会場で出場者にインタビューやゆるキャラの紹介を
するそうだ。本来はない役職だったが、主催側は快くOKしてくれたそうだ。



407: 2013/08/03(土) 15:03:15.55 ID:/0H8DQJH0


「しぶりんも昨日はそれで納得してくれたんだけど、今日3人で下見に行ったらやっぱり
 出るって言い出してさ。私と卯月も説得したんだけど、全然聞いてくれなくて……」

 未央がぽりぽりと頭をかく。加蓮の話だと、凛は一度決めた事はよほどの事が無い限り
変えないって言ってたな。アシスタントも立派な仕事だけど、自分のせいで凛はみんなに
迷惑をかけたと思ってるんだろう。責任感の強い凛はそれが耐えられないらしい。

「いつまでコドモなのよあのコは……」

 あたし達の話を聞いた加蓮は、ため息をついて凛の方を見た。凛はプロデューサーと
まだギャーギャー口論している。いつものクールな雰囲気と違って、まるで聞き分けの
悪いガキだな。プロデューサーもガツンと怒ればいいのに。



408: 2013/08/03(土) 15:04:30.87 ID:/0H8DQJH0


「なあ凛、とりあえず少し落ち着いて……」「奈緒は黙ってて!」

 あたしがなだめようとしたら、凛は大きな声で怒った。おおう、これは相当頭に血が
のぼってるな。もう少し落ち着くまで待つか……

「だいたいなんの関係もない奈緒と加蓮に代役を頼むなんて何考えているの!? それに
 加蓮は体が弱いんだよ!? 炎天下の会場の中で長時間歩かせて加蓮が氏んじゃったら、
 プロデューサーは責任取れるの!? 」

 いや、こいつなんだかんだ言いながら結構丈夫だぞ?今日も柚ちゃんと自分のバッグを
肩に担いでここまで来たし。熱中症にはなるかもしれないけど、氏にはしないだろ。



409: 2013/08/03(土) 15:06:40.64 ID:/0H8DQJH0


「熱中症で氏んじゃう人だっているんだよ!? 奈緒は知らないと思うけど、昔の加蓮は
 ちょっと外に出たらすぐ具合が悪くなって寝込んじゃうコだったんだから!! 」

 まあ昔はそうだったかもしれないけど、今は大丈夫だろ。加蓮も自分の体の事はよく
わかってるみたいだし、スクールでレッスンしてる時もうまくサボ……休憩してるぞ?
どれだけ心配性なんだよお前は。

「とにかくダメなものはダメなの!加蓮に出てもらうくらいなら、私が麻酔打ってでも
 出場するから!なんなら私、アシスタントとゆるキャラのパートナーを両方するよ!
 そんなに大きくない会場だし、ちょっと走ればどっちも出来るから!」

 その足で走れるわけないだろ。こりゃ完全に混乱してるな。普段クールな奴ほど、一度
リミッターが外れるとなかなか正常に戻らないんだよな。プロデューサーも疲れた顔を
していた。う~ん、なんとかならないかな……



410: 2013/08/03(土) 15:07:52.92 ID:/0H8DQJH0



「いい加減にして」



 するとその時、恐ろしく低い声で加蓮がぽつりとつぶやいた。その声を聞いて、凛が
びくっと身を震わせる。加蓮は席を立つと、凛に向かってつかつかと歩き出した。加蓮の
顔はあたしの方向からは見えないけど、雰囲気を察するにきっとすごく怒ってる。

「さっきから黙って聞いていれば、アンタどれだけみんなを困らせているのよ。みんなに
 迷惑かけたくないって言ってるくせに、現在進行形でここにいるアタシ達全員に大迷惑
 かけてるじゃん。ホントにわかってないの?」

 加蓮が低い声で、淡々と凛を問い詰める。凛は青い顔をしながら「でも……」とか
「だって……」と、ぼそぼそつぶやいていた。相変わらずキッツイな。




411: 2013/08/03(土) 15:08:42.57 ID:/0H8DQJH0



「これはアンタの問題だし、アタシには関係ないよ。どうしてもやりたいならやればいい
 じゃん。そんな足で無理して出られても誰も喜ばないと思うけどね。応援してる人に
 逆に心配されるなんて、プロのアイドルとしてどうなの?」



 加蓮の言葉に凛ははっとする。確かにそうだな。凛の事だから本番はバレないように
うまくやるとは思うけど、でも何も起こらないとは限らない。それに未央や島村さんも、
凛の事が気になって仕事に集中できないだろう。




412: 2013/08/03(土) 15:10:26.55 ID:/0H8DQJH0



「それに前から言おうと思ってたけど、アンタ人を信頼しなさすぎ。人に頼られるのは
 好きなのに、人を頼るのは相変わらずダメなんだね。カッコつけたいのは分かるけど、
 自分1人じゃどうしようもない事だってあるんだよ。そんなにプロデューサーさんや
 未央ちゃん達が信頼出来ないの?アンタこの人達をバカにしてるの?」



「ち、違う!! 私はそんなつもりじゃ……!! 」



 凛は慌てて否定するけど、加蓮は手を全くゆるめない。柚ちゃんの時と似たような状況
だけど、あの時より10倍は怖いぞ。どんだけキレてるんだよこいつ……




413: 2013/08/03(土) 15:11:43.09 ID:/0H8DQJH0



「まあこれもアンタの問題だから、アタシがどうこう言う事じゃないけど。でもね……」



 加蓮はそう言って、凛の肩を両手でがしっとつかんだ。凛は「ひっ!? 」と小さく悲鳴を
あげる。あたしとプロデューサーは加蓮が凛に殴りかかるのかと思って慌てて止めようと
したけど、加蓮はそのままゆっくり腕を下ろして凛を近くのイスに座らせた。





414: 2013/08/03(土) 15:13:10.12 ID:/0H8DQJH0



「今のアンタはアタシより病人だと思うよ。それに何回も言ってるけど、アタシは昔ほど
 病弱じゃないから。スクールで一緒にダンスしたのに、どうして分かってくれないの?
 いい加減にアタシの事も信じてよ……!! 」



 凛の両肩にのせた加蓮の手がぶるぶる震えてる。まるで怒鳴りつけたいのを必氏に押し
頃しているみたいだ。加蓮のあまりの迫力に、あたし達は何も言えなかった。



「アンタが頑固なのは知ってるけど、今のそれは責任感じゃなくてただのワガママだよ。
 昔はそれで良かったかもしれないけど、今のアンタはプロのアイドルでしょ?どうする
 のが一番良いか、もう一回頭冷やしてよく考えな」



 加蓮は凛の肩から手を放すと、バッグを持ってそのまま会議室のドアに向かった。




415: 2013/08/03(土) 15:14:08.60 ID:/0H8DQJH0



「後はプロデューサーさんの仕事だよ。凛をきちんと説得出来たら、アタシこの仕事を
 受けてもいいよ。アタシの連絡先は凛が知ってるから。それじゃね」



 最後にそれだけ言い残して、加蓮はスタスタと会議室を出て行った。肝心な所は凛と
事務所に任せるのか。ホントは凛を助けてやりたいだろうに。あたしはふっと笑うと、
バッグを担いで加蓮の後を追いかけた。




416: 2013/08/03(土) 15:15:37.59 ID:/0H8DQJH0


「未央、お前ももっとしっかり凛を支えてやれよ。あたしはお前をそんな軟弱者に育てた
 覚えはないぞ。私にかかればみんな仲良しとか言ってたくせに、全然ダメじゃねえか」

「うっ…… そ、それは……」

 会議室を出る前にあたしは未央に釘を刺しておく。未央は気まずそうに目を逸らした。

「凛に頼られないお前の方にも問題があると思うぞ。島村さんも遠慮はいらねえ、もっと
 ガツンと叱ってやれ。大丈夫、未央は一晩寝たらケロっと忘れてるから」



 お調子者の未央と、優しすぎる島村さん。悪くはないけど、今のままだと凛も頼れない
だろうな。そのあたりはプロデューサーも気を配ってると思うけど、年頃の女の子は色々
難しいんだよ。特に女同士の友達関係は男には絶対理解出来ないだろうし。




417: 2013/08/03(土) 15:16:49.70 ID:/0H8DQJH0



「まあ、困った事があったらいつでも相談しろよ。ウザいくらいお節介焼いてやるから。
 あたしはお前らニュージェネのファンだからな。それじゃ頑張れよ!」



 最後に凛の背中を軽く叩いて、あたしも会議室を出た。ゆるキャラグランプリに出場は
出来ないけど、加蓮のサポートくらいなら出来るかな。千葉県民は千葉のゆるキャラしか
サポートしたらいけないって事はないよな?千葉のゆるキャラ…… いや、これ以上考え
たらヤバい気がする。それに『ヤツ』は非公認だから出られないはず……




418: 2013/08/03(土) 15:17:43.91 ID:/0H8DQJH0



「ん……?ったく、あいつはホントに……」



 エレベーターを降りてふと出口を見ると、加蓮が自動ドアの前に立っていた。気付けば
外は暗くなってるし、一応あたしを待っててくれたのか?面倒見が良いんだか、それとも
ただの気まぐれなんだか。むすっとしてこっちを見てる加蓮に吹き出しそうになりながら、
あたしは少し早歩きで出口に向かった―――――




429: 2013/08/05(月) 17:23:18.59 ID:zqiD8aBu0



***



 次の日の夜、風呂からあがってそろそろ寝ようかなとしていた時に、未央から電話が
かかってきた。アイドル活動が忙しいのか、未央が電話をかけてくるのは久しぶりだな。

「もしもし未央?どうした?」

『あ、奈緒ちゃん。今ちょっといいかな……?』

 電話に出ると、未央はやけにしおらしい様子であたしの都合を聞いてきた。お前何か
悪いものでも食ったのか?いつもなら一方的にマシンガントークかますじゃねえか。




430: 2013/08/05(月) 17:24:01.76 ID:zqiD8aBu0



『も~っ!ちゃんとしろって言ったのは奈緒ちゃんでしょっ!だから私なりにイロイロ
 考えて、しっかりやろうと思ったのに……』



 電話口でぶつぶつ文句を言う未央。ああ、そういう事だったのか。そりゃ悪かったな。
かしこまられると不気味だけど、こいつも変わろうとしてるんだな。




431: 2013/08/05(月) 17:25:20.23 ID:zqiD8aBu0


『奈緒ちゃんはもう知ってると思うけど、私からも一応あの後の事を報告しとこうと
 思ってさ。それに奈緒ちゃんにお礼も言っときたかったし……』

 そりゃご丁寧にどうも。でもあたしは何も知らないぞ。結局イベントはどうなるんだ?
凛はちゃんとアシスタントの仕事に納得したのか?

『あれ?奈緒ちゃん北条さんから何も聞いてないの?』

 なんであいつがそんな事を教えてくれるんだよ。別にあたしと加蓮は同じスクールに
通ってるだけで、友達ってわけじゃねえぞ。むしろいがみ合ってるしな。



432: 2013/08/05(月) 17:26:20.84 ID:zqiD8aBu0


『そうだったんだ。シティー○ンターコンビなんて呼ばれてたから、てっきり仲良しだと
 思ってたよ。奈緒ちゃんクールなところあるし、あのコと気が合いそうじゃん』

 確かにあたしも加蓮も醒めたところはあるけど、あたしはあんなにひねくれてないぞ。
それからそのコンビ名は広めるなよ。アイドルメーカーだけでも恥ずかしいのに、これ
以上おかしな呼び名がついてたまるか。加蓮も嫌がるだろうしな。

『あたしじゃなくてプロデューサーが言ってるしなあ…… おっと、話が脱線しちゃった。
 ごめんごめん。イベントと凛の事だったよね』

 おお…… いつもは話が脱線したらあたしが軌道修正するまでぐだぐだと続けるのに、
未央が自分から修正するなんて。それに凛の事もしぶりんって呼ばないし、なんだか
あたしの知ってる未央じゃないぞ。



433: 2013/08/05(月) 17:28:22.23 ID:zqiD8aBu0


『それでイベントの件だけど、今日凛とプロデューサーが北条さんの家に行って、正式に
 東京代表の代役をお願いしたよ。北条さん引き受けてくれたんだって』

 そっか。まあ予想はしてたけどな。加蓮はなんだかんだ言って凛の事を心配してるし、
凛に面と向かって頼まれたら断れないだろう。

『あの凛に言う事を聞かせるなんて、あのコ何者なの?凛は気が強いしプロデューサーに
 怒られてもびくともしないのに、北条さんに怒られてかなり凹んでたよ?』

 あいつは凛の姉ちゃんみたいなもんだ。どうやら凛の今の人格形成には、加蓮の存在が
かなり影響してるみたいだな。あの二人の関係はちょっと特殊だよ。



434: 2013/08/05(月) 17:29:29.30 ID:zqiD8aBu0



『あ、それプロデューサーも言ってた。北条さんは凛の分身みたいなものだって。凛の
 足りない所は北条さんが全部持ってるんだって』



 さすが本職のプロデューサーは分かってるな。上手く説明出来ないけど、凛と加蓮は
精神的に深い部分でつながってる。確か美嘉も前にそんな事言ってたっけ?今ならあの
二人が、スクールでぴったりダンスが合った理由もわかる気がする。




435: 2013/08/05(月) 17:30:13.98 ID:zqiD8aBu0


『ふ~ん、よく分からないけど、でも北条さんに負けるわけにはいかないよ!今の凛は
 私と卯月と同じニュージェネのメンバーだし、凛の心のスキマは私達が埋めるよ!』

 お前はどこぞの落とし神みたいに凛を攻略でもする気か。でもそうやってハッキリと
宣言すると頼もしいね。あれからニュージェネのメンバーで話し合いでもしたのか?

『うん。奈緒ちゃん達が帰ってから夜12時までぶっ通しで。それからご飯食べてお風呂
 入ったから、今日はみんな寝不足でレッスンをキャンセルして9時過ぎまで寝てたよ。
 プロデューサーはいつも通り仕事してたみたいだけど』

「無茶しすぎだろお前ら!? どんだけ話し込んでるんだよ!? 」

 思わずツッコんでしまった。それからすげえなプロデューサー。電池で動いてるのか?



436: 2013/08/05(月) 17:31:18.00 ID:zqiD8aBu0



『あはは、でもいろいろ本音をぶっちゃける事が出来て良かったよ。卯月が凛を怒鳴って、
 凛がブチ切れて、私が謝って、最後はみんなで大泣きして仲直りしたよ。みんな今まで
 色々ガマンしてたんだ。プロデューサーも気付いてやれなくてごめんって謝ってたよ』



 無理もねえよ。自分で選んだ道とはいえ、アイドルになってあまりにも生活環境が
変わったんだもんな。それだけでも大変なのにグループのリーダーやって、そのうえ
事務所を代表するユニットまでするなんて。あたしだったら耐えられないな。




437: 2013/08/05(月) 17:32:31.53 ID:zqiD8aBu0



『イヤイヤやらされてたわけじゃないけど、私達は今まで『ニュージェネレーション』を
 演じていたんだ。ファンのみんなの為にレッスンを頑張って、同じグループのみんなの
 お手本になれるように努力して、事務所の期待に応えようと一所懸命になって。それで
 肝心のメンバーの事は後回しにしてたよ……』



 未央が真面目なトーンで話す。島村さんも凛も未央も各グループのリーダーに選ばれる
くらいだから、ユニットを組ませたらそれなりに仲良くはやるだろう。タイプはバラバラ
だけど相性は良さそうだしな。しかしそこに全員甘えがあった。それなりに仲良く出来る
という事は、逆に分かり合う努力をしない。それでは相手の本心は理解出来ない。




438: 2013/08/05(月) 17:34:02.36 ID:zqiD8aBu0


「お前ら出会ってまだ1年もたってないだろうが。ニュージェネの活動もはじめたばかり
 だし、お互いの事を知るのはもっと時間が必要だよ。お前とあたしも昔はケンカばっか
 してただろ?やっぱりお互い本音をぶつけないと、ホントに仲良くなれねえよ」

『そういえばそうだったね。いつだったか、ふたりとも鼻血が出るまで殴り合ったよね。
 凛と卯月ともあんな壮絶なバトルをすることになるのかな』

 それはやめとけ。お前らは一応アイドルだろうが。青タン作ってステージに立ったら、
ファンはドン引きだ。言いたい事を溜め込むよりはいいけど、ほどほどにしとけよ?



439: 2013/08/05(月) 17:36:03.51 ID:zqiD8aBu0



『あはは、冗談だって♪ ありがと奈緒ちゃん。奈緒ちゃんのおかげで私達は前よりもっと
 仲良くなれたよ。プロデューサーも奈緒ちゃんを『流石アイドルメーカーって呼ばれて
 いるだけの事はあるな』って感心してたよ』



 未央がしおらしくお礼を言う。あたしは大した事はしてねえよ。今回の功労者は加蓮だ。
あいつが凛の意識を変えて、あたしはその流れに乗っただけだよ。それにお前も島村さんも
よく頑張った。まぁ、あたしは最初から全然心配してなかったけどな!




440: 2013/08/05(月) 17:37:36.30 ID:zqiD8aBu0



『奈緒ちゃんはそう言うけど、私だってプレッシャーで眠れない事もあるんだよ?
 アイドルのみんなとは仲良くやってるけどまだ付き合いは浅いし、美羽は後輩だから
 悩みを相談したり頼ったりできないし……』



 未央は小さい声でぼそぼそと言った。その声色はいつもの元気な様子と違って、少し
触れば壊れてしまいそうな危うさが含まれていた。




441: 2013/08/05(月) 17:38:39.93 ID:zqiD8aBu0



『ねえ奈緒ちゃん』



「な、なんだよ……?」



 電話の向こうの未央が今どんな顔をしているか想像できない。怒っているのか、拗ねて
いるのか。もしかしたら泣きそうになってるかもしれない。



『奈緒ちゃんはいつの間にアイドルのレッスンスクールに通ってたの?プロデューサーに
 言われるまで全然知らなかったんだけど、教えてくれてもいいじゃん……』



「そ、それは……」



そういえば言ってなかったっけな。別にあたしはアイドルになりたいわけじゃないし、
未央と美羽に変な期待をさせるのも悪いと思ったし……




442: 2013/08/05(月) 17:39:48.91 ID:zqiD8aBu0



『奈緒ちゃんは本当にアイドルにならないの……?もし奈緒ちゃんがアイドルになったら
 美羽も喜ぶし、私もすごく……』



 未央は言いかけてやめた。その質問が言葉通りじゃなくて、別の意図が含まれている事
くらいあたしにも分かる。これは凛が加蓮にした内容のない電話と一緒だ。つまり……




443: 2013/08/05(月) 17:40:48.41 ID:zqiD8aBu0



『なんてね♪ ウソウソ冗談だよっ!奈緒ちゃんには奈緒ちゃんの考えがあるんだよね?
 ごめんね変な空気にしちゃって。それじゃそろそろ切るね!おやすみ~☆ 』



 あたしが返答に困っていると、未央はいつものテンションに切り替わって強引に電話を
切った。あたしはスマホを耳にあてたまま、しばらく動けなかった。



「ぶっちゃけすぎじゃねえか未央。強がりやハッタリだって時には必要だぜ……?」



 未央が凛と島村さんにそうなるように仕向けたのはあたしだけど、まさかあたしにも
そんな事を言うとは思わなかったぜ。あたしは一体どうすりゃいいんだ?




444: 2013/08/05(月) 17:43:27.17 ID:zqiD8aBu0


「あいつはどうするつもりなんだろ……」

 ふと加蓮の事を思い浮かべる。加蓮は凛のSOSに応えた。今回の件であいつらの距離も
かなり近くなったと思うし、イベントが終われば加蓮はそのままCGプロに勧誘されて
アイドルになる可能性だってある。

「あいつと比べても仕方ないか。あたしはあたしだ……」

 スマホを充電器にセットして、あたしは部屋の電気を消した。これでこのまま加蓮が
CGプロに所属して凛と同じアイドルになれば、あたしの目的は達成される。後は自然に
任せておけば、あたしがお節介を焼く必要はもうないかもしれない。



445: 2013/08/05(月) 17:45:05.87 ID:zqiD8aBu0



「未央、美羽、美嘉、唯、柚ちゃん、ついでに加蓮。みんな遠くに行っちまったなあ……」



 加蓮とは別に一緒にいたいと思わないけど、あの減らず口が聞けなくなるのはちょっと
さびしいな。それに未央もこれからどんどんアイドルとして忙しくなるだろうし、さっき
みたいに気軽に電話をする事もなくなるだろうな……



「……………………………………寝るか」



 その夜あたしは夢を見た。夢の中のあたしは、何故かアイドルとして凛と加蓮と一緒に
ステージ上でLIVEをしていた。未央と美羽だったらまだ分かるけど、どうしてあたしは
こんなめんどくさそうな奴らとユニットを組んでるんだ―――――?




463: 2013/08/09(金) 23:43:11.10 ID:r2Y1AeMG0



***



 それから数日が過ぎた。その間にあたしは美嘉の家で、スクールの卒業とCGプロ合格
祝いのパーティーをした。確か未央と美羽の時もこうやってお祝いしたっけな。

「頑張れよみんな!あたしも応援してるからな!」

 あたしは明るく笑顔で3人を見送った。美嘉は最後まで何か言いたそうだったが、結局
何も言わずに東京に引っ越して行った。3人とも未央と美羽と同じパッションらしいけど、
美嘉達なら仲良くやるだろう。莉嘉ちゃんつながりですでに顔見知りだしな。




464: 2013/08/09(金) 23:44:07.19 ID:r2Y1AeMG0


「よし!あたしも頑張らないとな!」

 美嘉達はいなくなったけど、あたしがやる事は変わらない。スクールに通ってレッスン
を受けて、ついでに加蓮にお節介を焼くだけだ。



 しかしそうは言ったものの、あたしのやる気は最低レベルまで下がっていた。これ以上
加蓮を構う必要はあるのか?あいつはもう凛に会って本音をぶつけた。凛も加蓮の気持ち
を理解してイベントの代役を頼んだ。すれ違っていたふたりの気持ちがひとつになるのも
時間の問題だ。いや、もうなってるかもしれない。




465: 2013/08/09(金) 23:44:59.68 ID:r2Y1AeMG0



「もうこれ以上、あれこれとあたしがお節介を焼くのも野暮かな……」



 そう考えるとスクールに行くのが面倒になって、あたしはパーティーの翌日にあった
レッスンを初めてサボった。元々アイドルを目指してたわけじゃないし、レッスンを
頑張っていたのも美嘉達が一緒にいたからで。自分でもびっくりしたけど、あたしは
1人になって思ったよりダメージを受けたらしい。




466: 2013/08/09(金) 23:45:56.58 ID:r2Y1AeMG0



「いつの間にこんなに弱くなったんだよあたしは……」



 これじゃ美嘉達に会わせる顔がねえ。加蓮の事は置いといて、とりあえず自分の事を
しっかりやろう。スクールもなんだかんだで一ヶ月以上続いたんだ。中途半端に辞める
のはもったいない気がするし、明日のレッスンはちゃんと受けよう。



 ついでに加蓮がスクールに来ていたら、エールのひとつでも送ってやるか。ゆるキャラ
グランプリは明後日に迫っていた。あたしに応援されても嫌かもしれないけど、知らない
ふりをするのも悪いからな―――――




467: 2013/08/09(金) 23:47:12.62 ID:r2Y1AeMG0



***



「ん?何やってるんだあいつは?」



 次の日あたしがスクールに行くと、入口の前に加蓮が立っていた。加蓮は遠目に見ても
分かるくらい不機嫌な顔でうろうろしていたと思いきや、あたしを見つけるとまっすぐに
こっちに向かって歩いて来た。



「よ、よう。何か用か……?」



「…………」



 加蓮は何も言わず、殺意のこもった鋭い目つきをあたしに向ける。な、なんだよ……?
あたし何かお前を怒らせるようなことしたか……?




468: 2013/08/09(金) 23:47:59.21 ID:r2Y1AeMG0



「この前どうして休んだの……?」



「え……?スクールの事か……?」



 あたしが聞き返すと加蓮は「そうに決まってるでしょ」と、イライラしながら答えた。
あたしがスクールを休むのとお前が怒るのと、どういう関係があるんだ?




469: 2013/08/09(金) 23:48:47.38 ID:r2Y1AeMG0



「関係ないけど勝手に休まれたら困るのよ!」



 加蓮の怒りが爆発する。お、おう…… そうなのか?よくわからねえけど、とりあえず
悪かったな。ごめん……



「だから関係ないって言ってるでしょっ!そうやって謝られるとまるでアタシがアンタに
 会いたくてスクールに来てるみたいじゃない!」



 加蓮が再び大声で怒鳴る。だから何をキレてるんだよお前は。理由を言え理由を。




470: 2013/08/09(金) 23:50:25.11 ID:r2Y1AeMG0


「うるさいバカッ!明日朝8時にゆるキャラグランプリの会場に集合だからね!」

「はぁ!? お前もしかしてあたしにイベントに参加しろって言ってるのか!? 」

 加蓮の口から出た言葉にあたしはびっくりした。来るなと言われるのは分かるけど、
まさか来いと言われるとは。昼くらいにのんびり見に行く予定だったんだが。

「アタシにだけこんなめんどくさい事させといて、アンタは高みの見物でもするつもり?
 そんなの絶対許さないから。アンタアタシにお節介焼きたいんでしょ?だったらお望み
 通り、たっっっぷりこき使ってあげる」

 いやいや待て待て、言ってる事がおかしぞお前。大体あたしはお前にイベントの参加を
強要してないし、それに急に言われても何すればいいのかわかんねえよ。



471: 2013/08/09(金) 23:51:18.97 ID:r2Y1AeMG0



「とにかくもう決定事項だから。それじゃアタシは明日の準備があるから帰るね。明日
 遅れたら承知しないから!」



 加蓮はそう言って、あたしに小さなメモを押し付けて帰って行った。開いて中を見ると、
そこには加蓮の電話番号とメアドが書かれていた。そういえばあたしあいつと連絡先を
交換してなかったっけ。登録しといた方がいいのかな?




472: 2013/08/09(金) 23:52:34.07 ID:r2Y1AeMG0



「もしかしてあいつ、前回のレッスンの時にあたしを誘うつもりだったのか……?」



 そう考えると、加蓮があんなに怒ってたのも納得できる。そりゃ悪いことをしたな……
……って!何であたしが悪いみたいになってんだよ!? 知らねえよそんなの!

「仕方ねえ、最後のお節介だ。一回くらいはあいつの言う事を聞いてやるか……」



 あたしはやれやれとため息をついてスクールに入った。でもその一方で、あの素直じゃ
ない加蓮があたしを頼ってくれたみたいでちょっと嬉しかった。本人にそう言ったらまた
怒りそうだけど、ばっちり面倒みてやるから覚悟しろよ―――――




473: 2013/08/09(金) 23:53:30.78 ID:r2Y1AeMG0



***



「やあ神谷さん!来てくれてありがとう!」



「はあ、よろしくおねがいします……」



 そしてゆるキャラグランプリ当日、会場に到着すると元気いっぱいのプロデューサーに
満面の笑みで挨拶をされた。朝から元気っすね。あたしは6時起きでちょっと眠いぜ。




474: 2013/08/09(金) 23:54:22.35 ID:r2Y1AeMG0



「北条さんはイベント用の衣装に着替えているから、ちょっと待っててくれないかな。
 そうだ、忘れないうちにスタッフ証を渡しておくよ。それからイベントスタッフの
 仕事をまとめたプリントも渡しておくから、しっかり読んでおいてくれ」



 おお、それは助かるな。とりあえず加蓮のサポートをやっとけばいいかと思ってたけど、
プリントを読むとどうやらゆるキャラのサポートもしなければいけないらしい。保冷剤や
スポドリを準備したり、ふざけて危害を加えてくる客からゆるキャラを守ったりなどなど。
天気予報では今日は暑くなるらしいし、着ぐるみの仕事も大変だな。




475: 2013/08/09(金) 23:55:28.43 ID:r2Y1AeMG0


「そういえばPさん、今更だけど東京代表のゆるキャラって何が出るんだ?あたしも
 手伝うからにはグランプリを目指したいけど、ぶっちゃけ期待出来そうか?」

「安心してくれ。東京のゆるキャラランキングトップだし、2年前の大会では3位になった
 実力者だ。北条さんもいるし優勝も夢じゃないさ!」

 プロデューサーは自信満々に宣言した。それは頼もしいな。このイベントの主役は
ゆるキャラだし、ペアを組むゆるキャラの戦力が重要だ。



476: 2013/08/09(金) 23:56:18.10 ID:r2Y1AeMG0


「あ、噂をすればゆるキャラさんのお出ましだよ。お~い!こっちこっち!」

 そう言ってプロデューサーはあたしの後ろを見て手を振った。あたしも振り返る。



「は……?」



 そこにいたゆるキャラを見て出た第一声がこれだった。ウソだろおい、これは何かの
ドッキなのか?ああ、未央がまたつまらない冗談であたしをハメようとしてるんだな。
あいつにも困ったものだぜHAHAHAHAHA……




477: 2013/08/09(金) 23:56:54.95 ID:r2Y1AeMG0



「改めて紹介しよう!東京代表ゆるキャラの『に○こくん』だ!神谷さんも知ってると
 思うけど、2年前のゆるキャラグランプリでは3位に輝いた超人気キャラなんだよ!
 今回のグランプリでも優勝候補にあがってるんだ!」



 しかしあたしの希望はプロデューサーにぶっ壊された。いや知らねえし。あたしの前
には上半身を大きな被り物で覆って、下半身は灰色のピチピチのタイツを履いた変質者が
立っていた。こういう場所じゃなかったら通報されそうだな……




478: 2013/08/09(金) 23:57:44.53 ID:r2Y1AeMG0



「あ!奈緒ちゃん!」



 あたしが頭を抱えていると、未央と島村さんがやって来た。よお未央、アシスタントに
代わって良かったなお前ら。当初の予定通り凛がに○こくんと東京代表で出場してたら、
間違いなくニュージェネのイメージはダウンしてたぜ。

「そうかな?に○こくんモノトーンカラーでシブいし、スタイリッシュでカッコいい
じゃん。ふ○っしーよりはマシだと思うけど」

 ゆるキャラの基準をふ○っしーで考えるなよ。あいつと比べたらどんなクリーチャー
でも可愛く見えるだろうが。こんなタ○ノ君みたいな不気味なゆるキャラ、出オチでも
笑えねえよ。ましてや人気者になれるなんて……




479: 2013/08/09(金) 23:58:54.15 ID:r2Y1AeMG0


「わ~!に○こくんだ~!私本物のに○こ君見るの初めて~!」

「いっしょに写メ撮ってもらおっと。超カワイイ~!」

「絶対にく○モンに勝ちましょうね!私も応援してますから!」

 ところがあたしの予想に反して、に○こくんは大人気だった。に○こくんが会場に
現れるやいなや、他の県の女の子やスタッフがに○こくんに集まり、一緒に写真を
撮ったり抱き着いたりしている。おいおい、お前ら頭大丈夫か?

「私もずっとファンでした!ぜひあなたの人気の秘訣を教えてください!」

 ん?この声は確か…… に○こくんに集まった女の子達の中に、見慣れたお団子頭を発見
した。あたしはため息をついて、そいつの首をつかんで引っ張り出した。



480: 2013/08/09(金) 23:59:55.09 ID:r2Y1AeMG0


「いたたたた!? なにするんですか!……って、あれ?奈緒さん?」

「よお美羽。お前いつの間にふ○っしーからに○こくんに鞍替えしたんだよ?」

 お団子頭の可愛い妹分はあたしの姿を見てびっくりした。それはこっちのセリフだよ。
お前の方こそ今日はゆるキャライベントに参加するのか?

「あれ?奈緒ちゃん聞いてないの?奈緒ちゃんの他にもCGプロの候補生がサポートで
 協力してくれるんだよ。午前中は美羽で、午後からは埼玉トリオが来る予定だよ」

 未央が横から教えてくれた。それは心強いな。美羽や美嘉達ならあたしも気兼ねなく
話せるし、一応配慮してくれたのかな?ちらっとプロデューサーを見ると親指をぐっと
立てて笑っていた。わざわざすみませんね。



481: 2013/08/10(土) 00:00:40.98 ID:GMYSoofi0



「ゆるキャラは最近のブームですし、私も自分のアイドルとしての方向性やヒントを勉強
 しようと思います!奈緒さんも今日はよろしくお願いします!」



 美羽は元気よく頭を下げた。その姿勢はいいと思うけど、しかし勉強する相手はもっと
よく考えような?アイドルとしてに○こくんから得られるものは無いと思うぞ。




482: 2013/08/10(土) 00:03:44.81 ID:GMYSoofi0


「あ、あの…… 奈緒ちゃん!」

 久しぶりに未央と美羽と3人揃ったなと思っていたら、突然大きな声で島村さんに話し
かけられた。ど、どうしたんだ島村さん?ていうか『奈緒ちゃん』って……

「私の事も未央ちゃんや美羽ちゃんみたいに『卯月』って名前で呼んでくれないかな?
 凛ちゃんも名前で呼んでるのに、私だけ苗字とさん付けでさびしいっていうか……」

 い、いいのか?それはたまたま未央と美羽が幼馴染みだったからそうなっただけで、
あたしは別にアイドルでもないのに馴れ馴れしくないか?



484: 2013/08/10(土) 00:05:12.87 ID:GMYSoofi0


「呼んであげてよ奈緒ちゃん。卯月も奈緒ちゃんと仲良くなりたいみたいだよ」

 未央が笑いながらあたしに言った。そ、それじゃあ……卯月?

「うん!ありがと奈緒ちゃん!」

 島村さん……いや卯月は、満面の笑顔であたしに抱き着いた。あたしの記憶では、確か
この子はもっと控えめな子のはずだったんだが……

「神谷さんのおかげだよ。君がこの前CGプロに来た時に、卯月に遠慮するなって言って
 くれたからこの子は変われたんだ。それに未央もアイドルとして一回り成長した。この
 二人のプロデューサーとして、改めてお礼を言わせてもらうよ」

 プロデューサーはあたしに頭を下げた。いえいえ!あたしはそんなに立派な事はして
ませんよ!だから全然気にしないでください!



485: 2013/08/10(土) 00:06:31.29 ID:GMYSoofi0


「そ、それにしても加蓮のヤツ遅いですね!あたしには遅れたら承知しないとか言ってた
 くせに、どれだけ待たせるんですかねあいつは!」

 この照れくさい空気を変えたくて、あたしは別の話題をふった。もうそろそろブースに
行ってスタンバイしとかしなくちゃいけないのに、いつまでかかってるんだよ。



「お待たせみんな。奈緒も来てたんだね」



 するとちょうどその時、凛が加蓮と一緒に来た。どうやら凛は加蓮の衣装合わせに付き
合ってたらしい。加蓮の衣装はシンプルにシックなコーディネートで、メイクや髪型も
それに合わせて変えていた。それでも華やかに見えるのは流石だな。




486: 2013/08/10(土) 00:07:13.97 ID:GMYSoofi0


「もっとオシャレが出来ると思ってたのに……」

「ゆるキャラより目立ってもダメだからね。に○こくんがモノトーン調だから、加蓮も
それに合わせて落ち着いた雰囲気でまとめないと」

 ぶつぶつと文句を言う加蓮を、凛がなだめていた。この前は少しギスギスした感じに
なっていたけど、どうやらちゃんと仲直りしたみたいだ。加蓮もいつもよりトゲがない
感じだし、これならあたしも今日はやりやすくなって……

「暑い。のどかわいた。奈緒、スタッフセンターで水もらって来て」

 前言撤回だ。やっぱりこいつ可愛くねえ。まぁ期待はしてなかったけどな。あたしは
自分が持っていたペットボトルを加蓮に放り投げてやった。



487: 2013/08/10(土) 00:08:16.56 ID:GMYSoofi0


「なにこれぬるいんだけど。もっと冷たいやつないの?」

「うるせえ、文句があるなら自分でもらってこい」

 加蓮とお互いに睨み合う。そんなあたし達を見て、凛はおかしそうに笑った。

「ふふ、ふたりはホントに仲が良いんだね」

「「はぁっ!? 」」

 凛の言葉にあたしと加蓮は思わず同時に反応する。これが仲良しに見えるか?あたしは
早くもここに来た事を後悔してるんだが。



488: 2013/08/10(土) 00:09:00.41 ID:GMYSoofi0



「よし!それじゃあ全員そろったし、もう一度ゆるキャラグランプリの作戦内容を復習
 しておこうか!アピールポイントの確認やライバル県のチェックなど、イベント中も
 やる事はいっぱいあるからな!」



 プロデューサーがそう言って、あたし達は集まった。に○こくんを取り巻いてた子達も、
いつの間にか自分の担当する県に戻っていた。いよいよ始まるな。あたしは千葉県民
だけど、今日は東京のスタッフとしてをしっかりサポートするぜ―――――





508: 2013/08/16(金) 20:04:19.46 ID:Ru+9NP1u0



***



「それじゃ私達はアシスタントの仕事があるから。加蓮も頑張ってね」

「インタビューガンガンつっこんでいくから、奈緒ちゃんもしっかり答えてね~☆」

「美羽ちゃんも頑張ってね!私もリポートしながら様子を見に来るから!」



 ミーティングを終えて、ニュージェネのメンバーはイベント本部へと向かって行った。
あたしと美羽は加蓮とに○こくんを連れて、これから会場内を歩き回ってアピールだ。




509: 2013/08/16(金) 20:06:17.57 ID:Ru+9NP1u0


「よろしくお願いしますね奈緒さん!加蓮さん!午後のパフォーマンスをたくさんの人に
 見てもらえるように、いっぱいアピールしましょう!」

 ゆるキャラグランプリのスケジュールは午前中に会場でファンサービスを行い、午後
からは特設ステージでパフォーマンスをしてグランプリを競う。に○こくんと加蓮が
どんなパフォーマンスをするのか分からないけど、あたしはあたしの仕事をやるだけだ。

「それじゃに○こくんを呼んでくるから、少しここで待っててくれ。悪いけど俺は
 そのまま東京のブースに寄って、ついでにイベント本部で凛達の様子を見て来るから
 午前中は戻れないんだ。本当に申し訳ないが、君達3人で頑張ってくれ!」

 プロデューサーはそう言って、あたし達の前から走り去って行った。そういえばに○こ
くんいつの間にかいなくなってたな。ちなみに会場内では地元の特産品やゆるキャラグッズ
などの販売もしている。そちらはに○こくんサイドのスタッフの担当なのであたし達は
ノータッチだが、前を通ったらあいさつしとこう。



510: 2013/08/16(金) 20:07:39.37 ID:Ru+9NP1u0



「準備はいいか加蓮。一応言っとくが、スクールみたいにサボりは許さねえからな」

「サボったのはアンタでしょ。今日は一日アタシのためにキリキリ働きなさい」

 加蓮はマニキュアを塗った爪を確認しながら、やる気なさそうに言った。本当に大丈夫
かよこいつ。いざとなったら首に縄付けてでも引っ張っていくつもりだが。

「あ、に○こくん来ましたよ!それじゃ行きましょうかみなさん!」



 美羽がぶんぶんと大きく手を振った先には、悪夢に出て来そうな灰色のクリーチャー
……じゃなくて東京No.1のゆるキャラに○こくんがスキップしながら向かっていた。
ダメだ、どう見てもあたしにはアイツの良さがわからん。ちらっと加蓮の方を見ると、
加蓮も眉間にシワを寄せていた。どうやらこいつもあたしと同じ気持ちみたいだな……




511: 2013/08/16(金) 20:08:41.39 ID:Ru+9NP1u0



***



「見て下さい奈緒さん!ひこ○ゃんがいますよ!あっちにはせ○とくんもいます!あとで
 握手してもらいましょうよ!」

「わかったわかった、おちつけ美羽。お前スタッフの仕事を忘れてないか?」

 加蓮とに○こくんを連れて、あたしと美羽は会場内を練り歩く。美羽はさっきから他の
ゆるキャラやブースを見て大はしゃぎだ。すっかりイベントを楽しんでやがるな。

「あ、すみません。つい夢中になっちゃって……」

 ふと我に返り、申し訳なさそうにしゅんとする美羽。くそ、かわいい。あたしも本当は
思いきり楽しみたいけど、加蓮もいるしスタッフとしてここは我慢しような。




512: 2013/08/16(金) 20:09:32.98 ID:Ru+9NP1u0


「アタシの事なら気にしなくていいよ。せっかくのイベントだし、スタッフなんて奈緒
 ひとりいれば十分でしょ。美羽ちゃんは楽しんできたら?」

 ところが当の本人の加蓮はあっさり許可した。あたしをこき使う気満々だなこいつは。
実際そこまで忙しいわけじゃないから、1人でも十分サポート出来るけど。

「いえ、大丈夫です!1人で見て回っても面白くありませんから。久しぶりに奈緒さんと
 ご一緒できたんだし、今日はせいいっぱいスタッフ頑張ります!」

 美羽はそう言って、あたしの腕に抱き着いて来た。ちょ、恥ずかしいから離れろっての!
そりゃあたしもお前と一緒にいられてちょっとは嬉しいけどさ……



513: 2013/08/16(金) 20:10:34.44 ID:Ru+9NP1u0



「ふ~ん…… ねえ、美羽ちゃんって奈緒と知り合いなの?」



 あたし達の様子を見て加蓮が聞いてきた。そういえば言ってなかったっけ?未央とは
知り合いだと言ったが、美羽の事は候補生だし説明してなかった気もする。

「はいっ!奈緒さんには未央ちゃんと一緒に、小さい時からよくお世話になってました!
 アイドルになる時もいろいろ手伝ってもらったし、お姉ちゃんみたいな人です!」

 美羽が嬉しそうに答える。そういう風に紹介されると気恥ずかしいな。それに美羽が
アイドルになった時はほとんど未央任せだったから、あたしは特に手伝ってないぞ。




514: 2013/08/16(金) 20:11:33.71 ID:Ru+9NP1u0


「そんなことありません!履歴書の自己PRとか面接の練習とか色々付き合ってくれた
 じゃないですか!奈緒さんがいなかったら私はアイドルになれませんでしたよ!」

 美羽が少し怒ったように言う。あんなのどうって事ねえよ。お前は素直で良い子だし、
未央と比べて手がほとんどかからなかったよ。未央の時なんて何度履歴書を一緒に書き
直したか。面接の練習もお前の倍以上はかかったぞ。

「今はまだ候補生ですけど、私も頑張って未央ちゃんみたいなアイドルになりますね!
 それが私が奈緒さんに出来る恩返しですから。だから奈緒さんも頑張ってください!」



 うんうん、そう言ってくれるとあたしも嬉しいぜ。お前だったらきっとすぐにデビュー
出来るさ。あたしもお前に負けないように頑張らないとな!




515: 2013/08/16(金) 20:12:33.64 ID:Ru+9NP1u0



「……って、ん?おい美羽、あたしが一体何を頑張るんだよ?」



 何気ない会話だったが、ふと何かがひっかかった。美羽はきょとんとした顔をして、
当たり前のように改めて言い直した。

「ですから、奈緒さんもアイドルを目指して頑張ってくださいね!奈緒さんなら一度
 プロデューサーさんにスカウトされてますし、わざわざスクールに通わなくてもすぐに
 アイドルになれそうな気がしますけど、そこは奈緒さんの考えがあるんですよね!」

「はぁ!? 」

 美羽の言葉に思わず聞き返してしまった。どうやら美羽の中では、あたしはアイドルに
なる為にスクール通いをしてるという認識のようだ。いや、確かにそれが一般的だけど。
未央のやつ余計な事をしゃべりやがって。いや、プロデューサーか?凛かもしれん。




516: 2013/08/16(金) 20:13:18.78 ID:Ru+9NP1u0



「ちょ、ちょっと待てよ美羽。あたしは別にアイドルになりたくてスクールに通ってる
 わけじゃなくてだな……」



「え……?違うんですか……?私はてっきり、もうすぐ奈緒さんと一緒にアイドルが
 出来ると思って楽しみにしてたんですけど……」



 じわじわと目に涙が滲んでくる美羽。だああっ!? 落ち着け!それくらいで泣くなよ!?
ああもう!だから未央と美羽にはスクールに通ってるのを知られたくなかったのに!




517: 2013/08/16(金) 20:14:20.04 ID:Ru+9NP1u0


「ま、まぁ最近は、ちょ~っとだけアイドルを目指してもいいかな~って思ってる気が
 しなくもないこともないけどな!あたしもやる気になってきたというか……」

「ホントですか!じゃあ奈緒さんはアイドルになるんですね!やったあ!」

 ケ口リと泣きやんで、はじけるような満面の笑みでピョンピョン飛び跳ねる美羽。いや、
だから可能性の話であって、まだそうと決まったわけじゃなくてだな……

「あ、そうだ!みなさんのど乾きましたよね!私水もらってきます!それともジュースの
 方がいいですか?さっき愛媛のブースで冷やしたポンジュースとラムネが売ってました
 から、そっちを買ってきます!」



 あたしの話をろくに聞かずに、美羽はそのままダッシュして走り去って行った。ダメだ、
あいつすっかり勘違いしちまった。さて、どうしたものか……




518: 2013/08/16(金) 20:15:30.28 ID:Ru+9NP1u0



「ねぇ、ちょっといい?」



 あたしが美羽を悲しませない言い訳を考えていると、加蓮が話しかけてきた。なんだよ。



「アンタってCGプロにスカウトされてたんだね?それなのにわざわざアイドルのスクールに
 通って、おまけにアイドルになるつもりはないとか意味わかんないんだけど」



 うぐっ、反論できねえ…… い、いいだろ別に!あたしにもイロイロ事情があるんだよ!




519: 2013/08/16(金) 20:16:39.17 ID:Ru+9NP1u0



「アンタ結局何がしたいの?自分がアイドルになる勇気が無いから、代わりにあのコや
 未央ちゃんをアイドルにして、ちっぽけなプライドでも守ってるつもり?それで今度は
 調子に乗って、アタシにまで世話焼いてアイドルにしようとしてるの?だとしたら、
 ハッキリ言ってすっごく迷惑なんだけど」



 加蓮が醒めた目であたしを睨みつける。こりゃ怒ってるな。ここで対応を間違えれば、
こいつはまたヘソを曲げてしまうかもしれない。凛の手前イベントをボイコットする事は
ないと思うけど。




520: 2013/08/16(金) 20:17:58.49 ID:Ru+9NP1u0



「言っとくけど、アタシはアンタに懐柔されたわけじゃないからね。今回のイベントを
 引き受けたのも自分で決めた事だし、もしアタシが凛と一緒にCGプロでアイドルに
 なったとしても、それはアンタとは全く無関係だからね!」



 加蓮はビシっとあたしを指さして、ハッキリと宣言した。あたしもお前がアイドルに
なったからって恩を売るつもりはねえよ。それより少し気になる事があるんだが。



「なあ加蓮、お前もしかしてCGプロからスカウトの話とか来てるのか?このイベントが
 終わったらアイドルになるつもりなのか?」



 あたしがそう聞くと加蓮は不機嫌そうにそっぽを向いて、ぶっきらぼうに答えた。




521: 2013/08/16(金) 20:19:00.69 ID:Ru+9NP1u0



「凛がアタシとユニット組みたいってプロデューサーさんに言ってるんだって。アンタが
 あのコを焚きつけたせいで、あのコ急にアタシにベタベタ甘えてくるようになったの。
 プロデューサーさんもママもパパも乗り気だし、このイベントが終わったらそのまま
 アイドルにさせられそうなんだけど、一体どうしてくれるのよ?」



 へえ、あの凛がねえ。道理でさっきイベント用の衣装に着替えて来た時に、お前らの
距離が近いと思ったぜ。でもそれをあたしのせいにされても困るな。それにお前さっき
自分がアイドルになったとしても、あたしは関係ないって言ったばかりじゃねえか。
もしかしてその腹いせに、今日はあたしを呼びつけたのか?




522: 2013/08/16(金) 20:20:06.03 ID:Ru+9NP1u0


「昨日も言ったけど、アンタだけ高みの見物なんて許さないから。アイドルメーカーだか
 なんだか知らないけど、アタシは自分だけアイドルにさせられるつもりはないからね。
 アンタもアタシと同じ苦労を味わえばいいのよ」

 加蓮はふんっ、と鼻を鳴らす。いや、アイドルにさせられるって。スクールの子達が
聞いたら怒るぞ。それにお前だって、このイベントを引き受けた時点である程度は予測
出来ただろ?あたしに八つ当たりされても困るぜ。

「やれやれ、少し暑くなってきたな。そろそろ休憩入れようか」



 あたしはそう言って、日陰のベンチに加蓮を誘った。ふと気が付くと、に○こくんが
おろおろした様子で立っていた。ああ、そういえばお前もいたんだな。すっかり忘れて
いたぜ。心配すんなって。別にケンカしてねえし、するつもりもねえよ。ただちょっと
ゆっくり座って話をするだけさ―――――




523: 2013/08/16(金) 20:22:17.43 ID:Ru+9NP1u0



***



「お前が言った通りあたしはアイドルになるのが怖くて、自分の代わりに未央達やお前の
 背中を押してるだけなのかもしれねえな。あたしは未央や美羽みたいに素直じゃないし、
 言葉遣いも悪くて女っぽくないからな」



 ベンチに加蓮と二人で並んでゆっくり話をする。に○こくんはあたし達の少し前で、
休まずにお客さんにサービスをしている。この暑いのに元気だなアイツ。





524: 2013/08/16(金) 20:24:00.31 ID:Ru+9NP1u0



「でもあたしがそれ以上に怖いのは、あたしを慕って頼ってくれたあいつらを助けてやれ
 ない事なんだ。未央はアイドルになりたいって願っていた。美羽は自分らしさを求めて
 いた。凛と美嘉達はお前の事を心配していた。だから手を貸したんだ。それだけだよ」



 あたしは前を向いたまま話をする。加蓮も同じ姿勢で、隣で黙って聞いていた。




525: 2013/08/16(金) 20:25:51.98 ID:Ru+9NP1u0



「お前からしたらいい迷惑だっただろうけどな。でもいつだったか、お前と二人で
 ファストフードで話した時に、あたしはお前にも手を貸してやりたいって思ったよ。
 凛や美嘉の事とか抜きで、本心からお前に協力したいって思ったんだ」



 あたしがそう言うと、加蓮が驚いた顔でこっちを見た。



「なんで?どうしてそう思ったの……?」



 そんなに驚く事か?二人でいるとついケンカになる事が多いけど、あたしは別お前の事
キライじゃないぜ。いつもクールで強がってる所とかカッコいいと思うし。




526: 2013/08/16(金) 20:26:41.29 ID:Ru+9NP1u0


「は、はぁっ!? い、いいいきなり何言ってんのよ!アタシもあんたも女でしょ!? 」

 あたしの言葉に顔を真っ赤にしてあたふたする加蓮。いや、とりあえず落ち着けよ。
お前何か変な勘違いしてねえか?『キライじゃない』=『スキ』じゃないぞ。

「紛らわしい事言わないでよ!それで結局アンタはアタシをどうしたいのよ!」

 急にブチ切れる加蓮。あれ?何であたしが怒られてるんだ?これって理不尽じゃね?



527: 2013/08/16(金) 20:27:41.75 ID:Ru+9NP1u0



「別にどうするつもりもねえよ。あたしはただお前と凛に話をさせたかったんだ。お前を
 アイドルにしようとか、そんな大層な事は考えてねえ。強がるのも悪くないけど、心を
 許して素直になる事だって必要だろ?」



 凛は加蓮の事を必要以上に心配していて、加蓮は凛に認めて欲しいと思って必要以上に
気を張っていた。でもお互いに素直になれずに、気持ちがすれ違ったまま延々とそれを
続けていたら、きっと二人ともダメになっていただろう。




528: 2013/08/16(金) 20:29:31.88 ID:Ru+9NP1u0



「たったそれだけのために、アンタは今までアタシを構っていたの……?」



「笑いたきゃ笑えよ。お前が美嘉達やあたしの言葉に耳を貸さないから、そうするしか
 なかったんだろうが。余計なお節介なのは分かってたけど、みんなお前の事を黙って
 見てられなかったんだよ。結局お前は自力で解決しちまったけどな」



 あたしもあれこれお節介を焼いてみたけど、加蓮にはことごとく突っぱねられていた。
それどころかウザがられていたし、嫌がらせとあまり変わらなかったな。




529: 2013/08/16(金) 20:30:34.78 ID:Ru+9NP1u0



「今までいろいろ余計な事をして悪かったな。このイベントが終わったら、もうあたしは
 お前に構わねえよ。あ、そうしなくてもお前はCGプロに行くから、スクールにはもう
 来なくなるのか。ちょっと早いけど、卒業おめでとさん」



 あたしはそう言って加蓮に笑いかけてやった。あたし達は結局仲良くなれなかったけど、
お前をあれこれ構うのは楽しかったぜ。それにお前も凛の為とか言いながら、あれだけの
技術を身につけたんだ。きっといつかは凛とユニットも組めるさ。




530: 2013/08/16(金) 20:31:44.23 ID:Ru+9NP1u0



「……ンタって……アンタって……ッントに…… 」



 加蓮は下を向いてぶるぶる震えていた。「アンタに言われなくてもそうするわよ」とか
「うるさいのがいなくなって清々するわ」みたいな憎まれ口が返ってくるかと思いきや、
意外な反応だな。どうしたんだ?




531: 2013/08/16(金) 20:32:32.62 ID:Ru+9NP1u0



「アンタはどうしてそんなにバカで無神経でお節介なのよ!」



 あたしが顔を覗き込もうとすると、加蓮は急に顔を上げてあたしの胸ぐらをつかんだ。
な、なんだよいきなり!や、やんのかコラ!

「ふええぇぇぇぇん……」

 ところがあたしが身構えようとしたら、加蓮はそのまま泣き出した。ええぇぇぇえっ!?
今の会話のどこに泣く要素があったんだよ!? ていうか何で泣いてんだよ!?






532: 2013/08/16(金) 20:34:06.35 ID:Ru+9NP1u0


「うっさいバカ!アンタってホントバカ!好き勝手にアタシの心を散々ひっかき回して
 おいて、結局最後は見捨てるの!? だったら最初から構わないでよ!」

 加蓮はぼろぼろと涙をこぼしながら、力いっぱいあたしを怒鳴りつけた。今までで一番
鋭い目つきで、あたしは思わず背筋が寒くなった。ヤベえ、このままじゃ殺されかねん。
でもそれ以上にヤバいのは……

「は、はぁ!? な、何言ってるんだよお前!? あたし達は女同士だろうが!? 見捨てるとか
 心をひっかき回すとか言われても、あたしにそんな気はねえよ!」

「バカ!そういう意味じゃないよバカ!バカバカバカバカバカバカバカッ!」



 加蓮はバカバカ言いながら、あたしの胸に顔を埋めて泣き続ける。ほっ、よかった。
どうやらあたしの勘違いだったみたいだな。でもそろそろカンベンしてくれないか?
に○こくんも心配してるし、周囲の視線が痛いんですけど。この構図はどう見ても、
別れ話を切り出された彼女が彼氏に泣きついてる光景なんだが。




533: 2013/08/16(金) 20:36:04.08 ID:Ru+9NP1u0


「ア、アンタが変な事を言うからでしょバカ!そんなんじゃないし!」

 加蓮はようやくいつもの冷静さを取り戻したみたいで、慌ててあたしから離れた。もう
バカでも何でもいいから、とりあえず説明してくれよ。

「うっさい。アンタに説明する事なんて何もないよバカ。ホント信じらんない……」

 ところが加蓮はそっぽを向いたまま、何も答えてくれなかった。おいおいそりゃないぜ。
ヒント!せめてヒントだけでも教えてくれよ加蓮様!

「何のヒントよバカ。でもこのままじゃムカつくから、面白いコト教えてあげる」

 加蓮は少し赤い目をしたまま、あたしの目をまっすぐに見た。何か嫌な予感がする。



534: 2013/08/16(金) 20:37:13.67 ID:Ru+9NP1u0



「このイベントにアンタを呼んだのはアタシじゃないよ。サポートしてもらうのはアタシ
 だから最終的にはアタシの判断に任せられたけど、アタシにアンタを誘って欲しいって
 頼んだのはCGプロだよ」



「なん……だと……?」



 加蓮の口から出た言葉に、あたしはただ驚くだけだった。でも確かに昨日突然誘われて、
今日そのまま参加出来るなんていくらなんでもおかしい。それに美羽や美嘉達の都合も
合わせているあたり、組織ぐるみの犯行のニオイがする。




535: 2013/08/16(金) 20:38:27.01 ID:Ru+9NP1u0


「CGプロってどういう事だよ!? 未央か?凛か?それともプロデューサーか?」

「さあね。でもCGプロの紹介でこのイベントにスタッフとして参加した以上、アンタも
 覚悟した方がいいよ。アタシもアンタをこのまま逃がすつもりはないからね」



 加蓮はそれだけ言ってベンチから立ち上がった。そういえばあたし達は今、CGプロの
人間と仕事をしてるんだっけ?プロデューサーもニュージェネも美羽も全員CGプロだし、
その中にアイドルスクールに通ってるあたしと加蓮がいれば、将来そのままCGプロの
アイドルになるって思われるのが普通じゃねえのか……?




536: 2013/08/16(金) 20:39:24.80 ID:Ru+9NP1u0



「こんな当たり前の事に今更気付くなんて、あたしってバカなのか……?」



 おまけに美羽にさっきアイドルになるかもなんて言っちまったし、外堀がどんどん埋め
られている気がする。いや、あたしが勝手に堀の内側に飛び込んだ感じだけど。




537: 2013/08/16(金) 20:41:25.73 ID:Ru+9NP1u0



「奈緒さ~ん!大変です~!」



 あたしが頭を抱えていると、美羽がジュースを持って息を切らしながら戻って来た。
ど、どうしたんだよ美羽!何かあったのか!?



「はい!ふ○っしーが会場に乱入してきました!あちこちのブースに自分のDVDや
 グッズを勝手に置いて、おまけに他のゆるキャラを次々と倒してパートナーの子達を
 ナンパしまくってました!どうやら午後のグランプリに出場する気みたいです!」



 なにぃっ!? 大事件じゃねえか!! あのヤロウ、いくら非公式でゆるキャラグランプリに
出場出来ないからって強硬手段に出やがったな!悪ふざけにしても度が過ぎてやがる。
こうしちゃいられねえ、すぐに現場に向かうぞ美羽!




538: 2013/08/16(金) 20:43:15.93 ID:Ru+9NP1u0



「ちょ、ちょっとどこ行くのよアンタ達!アタシ達のサポートはどうするのよ!? 」



 加蓮が慌ててあたし達を引き留めようとする。うるせえ!それどころじゃねえんだよ!
これはあたしと美羽だけじゃなくて千葉県全体の問題だ。これ以上千葉のイメージを
下げられてたまるか!千葉県民を代表して、あたしが責任を持って駆除してやる!




552: 2013/08/24(土) 22:05:07.46 ID:VHeAtRe20



***



「ヒャッハーッ!! どいつもこいつも大したことないなっしーっ!! おとなしくしっぽ巻いて
 地元に帰るなっしーっ!! 」



 あたしが到着した先では沢山のゆるキャラが倒れていて、その中心にカンに障る甲高い
声で笑うふ○っしーの姿があった。生で見るとキモさとウザさが5割増しだな。




553: 2013/08/24(土) 22:06:59.45 ID:VHeAtRe20


「お嬢さんっ!! そいつらとペアを解消してふ○っしーと一緒にグランプリに参加する
 なっしーっ!! ふ○っしーの方が強くてカッコいいなっしーっ!! 」

 ふ○っしーはゆるキャラのパートナーの女の子に声をかけまくる。しかし女の子達は
自分のゆるキャラをしっかり守りながら、必氏で抵抗していた。



「我らに触れるな!そなたのような低級悪魔など、煉獄の炎で消し炭にしてくれるぞ!」

「これ以上メ○ン熊をいじめるなら、私もバロッツァ……戦い、ます」

「ふ、ふえぇぇ……あ、悪霊退散!悪霊退散!せ○とくんは私が守ります……!」



「……みんな何となく絡みづらいなっしー。他の子にするなっしー」

 いや、お前がそれを言うのかよ。お前ほど絡み辛いやつもそうそういねえよ。それに
ふ○っしーと絡むとマイナスになりそうだし、他の子達もふ○っしーから逃げ回っていた。
ほっ、どうやら進んでふ○っしーに接触する変人はいないみたいだな。このまま諦めて
帰ってくれればいいんだけど……



554: 2013/08/24(土) 22:08:10.99 ID:VHeAtRe20



「あ、ゆるキャラさん達が楽しそうにお相撲をしてますね♪ カメラさん、ちょっと
 インタビューしてみましょう~♪」



「げ……っ!? 」

 あたしが安心しかけたその時、にこにこしながら卯月がマイクを持ってカメラクルーと
一緒にやって来た。しまった!こいつがいたか!相変わらず間が悪いというか天然ボケと
いうか、この状況を見て楽しそうだと解釈するのがまずおかしいだろ!?




555: 2013/08/24(土) 22:08:55.99 ID:VHeAtRe20


「ヒャッハーッ!ニュージェネの卯月ちゃんなっしーっ!ふ○っしーは卯月ちゃんと
 ペアを組むなっしーっ!」

「え?わ、私はアシスタントで……きゃあ!? 」

 ふ○っしーは素早い動きで卯月に近づくと、そのまま抱き着いて頭の上に担ぎあげよう
とした。ヤバい!あれ以上持ち上げられたら卯月のスカートの中が丸見えになっちまう!
会場のカメコ共も一斉にカメラを構える。お前ら全員逮捕されちまえ!



556: 2013/08/24(土) 22:10:22.14 ID:VHeAtRe20


「させるかあ―――――っ!! 」

 あたしは卯月の腰に抱き着いて、一気にふ○っしーから引きはがした。しかしそのまま
勢いあまって、卯月を抱きかかえたまま倒れそうになる。ヤベえ!せめて卯月がケガを
しないようにあたしが下にならないと……!!

「奈緒ちゃん!」

「奈緒さん!」

 しかしあたしが覚悟を決めたその時、どこからか現われた未央と美羽がギリギリの
ところであたし達をキャッチしてくれた。ナイスタイミングだぜお前ら!



557: 2013/08/24(土) 22:11:01.03 ID:VHeAtRe20


「サンキュー助かったぜ未央、美羽!」

 あたしは未央達にお礼を言った。もう大丈夫だ卯月。お前のスカートの中は守られた!

「むきーっ!ジャマをするななっしーっ!お前らに用はないなっしーっ!卯月ちゃんを
 ふ○っしーに渡すなっしーっ!」

 卯月をガードするあたし達に向かってふ○っしーが怒る。うるせえ!とっとと諦めて
千葉に帰れ!いや、帰って来なくていい!梨の妖精なら鳥取とかに移籍させてもらえ!



558: 2013/08/24(土) 22:11:48.90 ID:VHeAtRe20


「ちょっとふ○っしー!同じニュージェネなのに、卯月は良くて私はダメってどういう
 事よ!? 言っとくけど私の方が卯月よりスタイル良いんだからね!」

 ふ○っしーの言葉に未央がキレる。ふ○っしーは未央を見て鼻で笑うと、

「あれ?ニュージェネって卯月ちゃんと凛ちゃんのシティーガールコンビじゃなかった
 なっしー?どうしてもって言うなら、特別にパートナーにしてやってもいいなっしー。
 ふ○っしーのパートナーが務まればの話だけどなっしー♪」

 と、実に腹の立つ裏声で挑発した。未央は顔を真っ赤にして激怒する。



559: 2013/08/24(土) 22:12:39.02 ID:VHeAtRe20


「上等じゃないふ○っしーのくせに!だったら私の実力を思い知らせてあげるよ!」

 鼻息を荒くしてふ○っしーとペアを組もうとする未央を、あたしは美羽と卯月と一緒に
後ろから全力で引き留めた。

「落ち着け未央。みすみすあいつに乗せられてるんじゃねえよ」

「でも奈緒ちゃん!あそこまでバカにされて私黙ってられないよ!」

 涙目になってあたしに抗議する未央。相変わらず素直で単純だなお前は。あたしは
未央の頭をぽんぽんと撫でてやると、ゆっくり言い聞かせた。



560: 2013/08/24(土) 22:14:37.18 ID:VHeAtRe20


「あいつはああやってお前を挑発して、お前らニュージェネに絡もうとしてるんだよ。
 冷静になって考えてみろ。あいつの目的はグランプリに出ることじゃなくて、ここで
 ひと暴れして自分を売り込む事だ。だからここは無視するのが正解だ」

 そもそも非公式で出場資格すらないのに、会場で手当たり次第ナンパしてゲットした
パートナーで出場出来るかよ。いくらなんでもフリーダムすぎるだろうが

「千葉のゆるキャラのくせに、千葉出身の未央を知らないなんてモグリかよ。まさか
 そんな半端な地元愛で、千葉のゆるキャラ名乗ってねえよな?」

 あたしはそう言ってふ○っしーの方を見た。ふ○っしーはちっと舌うちをした。



561: 2013/08/24(土) 22:15:34.37 ID:VHeAtRe20



「勘の良い女の子は嫌いなっしー。女の子はピュアで素直でちょっとバカなくらいが、
 可愛くてちょうどいいなっしー」



 あたしもそう思うぜ。ここ最近ムダに頭の良いひねくれ者と一緒だったから、ついつい
深読みするようになってな。あたしは未央達を背中に回して、ふ○っしーと対峙した。






562: 2013/08/24(土) 22:17:00.77 ID:VHeAtRe20



「お前の負けだぜふ○っしー。もう警備スタッフも来てるし、潔く諦めな」

 周りを見渡すと、騒ぎを聞きつけた警備スタッフ達がふ○っしーを取り囲むように
じりじりと集まっていた。あたしは未央達に離れるように小声で指示した。



「ぐぬぬ……こうなったら……」



 ふ○っしーは小さくつぶやくと、いきなりその場で高く飛び跳ねた。そして取り押さえ
ようとするスタッフ達を俊敏な動きで次々とかわし、一直線にこっちに向かって来た。




563: 2013/08/24(土) 22:18:55.57 ID:VHeAtRe20



「最後に卯月ちゃんか未央ちゃんと熱いハグをして、明日の三面記事トップを飾ってやる
 なっしーっ!! ゆるキャラグランプリの主役はふ○っしーなっしーっ!! 」



「うぇっ!? ちょ、ちょっと……」



 猛ダッシュで迫ってくるふ○っしーに驚いて、その場で固まる未央達。卯月もあまりの
恐怖に足がすくんだみたいで、突進してくるふ○っしーから逃げられなかった。



「はっ!そうくると思ったぜ!」



 しかしこれは予想していた。あたしはふ○っしーの前に立ちはだかると、全身を使って
その突進を受け止める。足を地面に思い切り踏ん張って、3メートルほどずり下がりながら
未央達のギリギリ前で止まる。こう見えても昔から足腰は強いんだよ!





564: 2013/08/24(土) 22:19:49.80 ID:VHeAtRe20


「未央、美羽、卯月!そこから離れろ!」

 あたしがふ○っしーの頭を抱きかかえたまま叫ぶと、未央達は慌てて避難した。さて、
これで遠慮はいらねえな。覚悟しろよてめえ……

「な、何をするつもりなっしー……?」



 ニヤリと笑ったあたしに、ふ○っしーは身の危険を感じたみたいで慌てて離れようと
じたばたもがく。しかしあたしががっちり頭を抑えているので逃げられなかった。




565: 2013/08/24(土) 22:21:06.03 ID:VHeAtRe20



「喜べよ。お前の望み通り、ド派手な写真で明日の新聞に載せてやるよ。同郷のよしみだ、
 心してあたしの熱い気持ちを受け取れ!」



 あたしは片手でふ○っしーの頭を抱えたまま、空いたもう片方の手でふ○っしーの腰の
あたりをつかみ、気合を入れて一気に垂直に持ち上げた。そしてそのまま、ふ○っしーを
背中から地面に叩きつけた。



「くらえっ!背面落下式ブレーンバスターッ!! 」



「ぐはぁっ!? 」



 ずどんっ、と鈍い音がして、ふ○っしーは静かになった。着ぐるみだしダメージは緩和
されるだろうから、多少は無茶しても大丈夫だろ。一応頭も守ってやったしな。いてて、
あたしも腰を打っちまったぜ。




566: 2013/08/24(土) 22:22:17.57 ID:VHeAtRe20


「これでも手加減してやったんだ。しばらくそこでじっとしてろ」

 仰向けに倒れたまま咳込んでいるふ○っしーを見下ろして、あたしは服の土を払った。
するとその瞬間、あたし達を取り囲んでいたギャラリーから歓声があがる。よせやい、
照れるぜ。おいカメラ、ちゃんと撮っただろうな?二度はやらねえぞ。

 未央達の方を見ると、未央達3人と一緒にいつの間にか来ていた加蓮とに○こくんが
あ然とした顔でこっちを見ていた。いつの間に来てたんだよお前。

「アンタ……一体何やってんの……?」

 加蓮が信じられないと言いたげな目であたしに聞いてきた。なんでもねえよ、ちょっと
ゆるキャラとプロレスごっこしてただけさ。に○こくんも置き去りにして悪かったな。



567: 2013/08/24(土) 22:23:08.83 ID:VHeAtRe20


「さ、仕事に戻ろうぜ。未央もあれで勘弁してやってくれよ。お前の仇もきっちり討って
 おいたからよ。だからもうあいつと絡むんじゃねえぞ」

 あたしがそう言うと、未央は「しかたないなあ」とため息をついて小さく笑った。

「やっぱり奈緒ちゃんには敵わないや。うん、わかった!ありがと!」

 礼には及ばねえよ。80パーセントくらいはあたしの私怨みたいなもんだしな。ああいう
芸風なのは分かるけど、あまり悪ふざけが過ぎるとあたしも黙ってないぜ。



568: 2013/08/24(土) 22:23:48.64 ID:VHeAtRe20


「さぁ、こっちへ来い!」

「逃げようなんて思うなよ。しっかり歩け!」

「ううぅ……無念なっしー……」

 警備スタッフ4人に脇を固められて、ふ○っしーは会場の外へ連行されていく。ふぅ、
一時はどうなるかと思ったけど、これでイベントの平和と千葉の名誉は守られたな。



569: 2013/08/24(土) 22:24:18.97 ID:VHeAtRe20



「あれれ?奈緒さん、なんだか様子が変ですよ?」



 しかしほっとしたのも束の間、美羽がふ○っしーの方を指さす。その先では、小学生
くらいの小さな女の子が、ふ○っしーと警備スタッフの前に立っていた―――――




570: 2013/08/24(土) 22:25:20.46 ID:VHeAtRe20



***



「ふ○っしー……つれていかれちゃうの……?」

 警備スタッフの前に立ちはだかったひとりの女の子が、寂しそうにぽつりと言った。

「あきまへんえ雪美はん、スタッフはんが困っとるやないですか」

 少し様子を見てると観客の中から着物姿の高校生くらいの女の子が来て、雪美ちゃんと
呼ばれた女の子の横に並んだ。そしてスタッフ達に頭を下げる。




571: 2013/08/24(土) 22:26:06.46 ID:VHeAtRe20



「すみませんでした。この子ふ○っしーはんのファンでして、本物のふ○っしーはんに
 会えて嬉しかったんやと思います。でもふ○っしーはんは悪いことしはったんやし、
 残念やけど仕方ありませんなあ。ほなブースに帰りましょか、雪美はん」



 おっとりとした京都弁で、着物姿の女の子は雪美ちゃんの手を引いた。雪美ちゃんは
手を引かれながら、涙の滲む目であたしを睨みつけた。うぐっ、何だか罪悪感が……




572: 2013/08/24(土) 22:29:43.30 ID:VHeAtRe20


「ねーねー晴ちゃん、ふ○っしーつれてかれちゃうのー?」

「仕方ねえだろ。あいつウチのバ○ィさんも倒したんだし、ジゴージトクってやつだぜ」

 するとその様子をあたし達の近くで見ていた小学生の女の子が、付き添いの友達っぽい
同じく食学生くらいの女の子と話していた。スタッフ証を見ると、どうやら愛媛代表の
子達らしい。



573: 2013/08/24(土) 22:30:29.81 ID:VHeAtRe20


「でもバ○ィさんゲンキだよ?みんなで仲良くおすもうさんごっこしてただけだよね?
 ふ○っしー悪いことしてないのに、どうしてつれていかれるの?かおるもちょっと
 つれてかないでっておねがいしてみるー!」

「あ、おいちょっと待てよ薫!バ○ィさんどうすんだよ!」



 愛媛の子を慌てて追いかけながら、晴ちゃんと呼ばれた女の子はちらっとあたしに
「なんとかしろよ」と言わんばかりの目でアイコンタクトしてきた。いや、そんな目で
こっちを見るなよ。こんな様子でひとり、またひとりと小さな子達がふ○っしーの所へ
集まり、スタッフ達を取り囲んで連れて行かないでとお願いしはじめた。




574: 2013/08/24(土) 22:32:29.94 ID:VHeAtRe20


「いや~、小さい子には大人気だねふ○っしー……」

 未央が苦笑いをしながらぽりぽりと頭をかく。まずい、この流れは非常にまずい……!
このままふ○っしーを帰してしまうと、あたしだけじゃなくて未央達まで悪者にされて
しまう危険性がある。だんだんふ○っしーに同情的な空気が形成されつつあるし、純粋
無垢な子供達のお願いをスタッフ達も断れずに困り果てていた。

「な、奈緒ちゃんは悪くないよ!奈緒ちゃんは私達を守る為にやってくれたんだから!
 私達の事ならぜんぜん気にしなくていいよ!」

「そ、そうだよ奈緒ちゃん!それにふ○っしーに自分の所のゆるキャラをいじめられた
 子達は、みんな奈緒ちゃんに感謝してるよ!元々あっちが悪いんだしさ!」



 卯月と未央がフォローをしてくれる。そ、そうだよな!元々あっちが突っ込んできたん
だし、ちょっとやりすぎた気もするけど不可抗力だよな!未央達の言葉にあたしは一瞬
安堵しかけたが、しかしそれを許さない奴がいた。




575: 2013/08/24(土) 22:33:41.53 ID:VHeAtRe20



「どう言い訳しても状況は変わらないでしょ。あの子達から見たら、アンタは大好きな
 ふ○っしーをいじめた悪者だよ。こっちの事情や言い分は通用しない。アンタだけじゃ
 なくて、一緒にいるアタシ達も同じ悪者になるね」



 加蓮がジトっとした目であたしを見る。だったらお前とに○こくんは遠巻きに見とけよ。
あ、でもサポートスタッフとしてあたしがついてるとどのみち一緒か。




576: 2013/08/24(土) 22:35:01.28 ID:VHeAtRe20


「ちょっと北条さん!そんな言い方はないんじゃないの!? 奈緒ちゃんだって好きであんな
 事をしたんじゃないよ!」

「どうだか。アタシには楽しそうにプロレス技をかけてるように見えたけどね。それより
 アンタも自分の事を心配をした方がいいんじゃない?少しでもイメージが悪くなると、
 今後の活動に影響するんじゃないの?凛もアンタ達にアシスタントをやらせた責任を
 感じると思うよ」

「そ、それは……」

 加蓮に怒ろうとした未央だったけど、逆に言いくるめられてしまった。やめとけ未央、
お前じゃそいつには敵わねえよ。それに加蓮の言ってる事は何も間違っちゃいないしな。
あたしは自分の引き起こした軽率な行動の責任を取らないといけない。



577: 2013/08/24(土) 22:35:53.90 ID:VHeAtRe20



「なぁ加蓮、ちょっといいか」



「何よ」



 あたしは覚悟を決めて、加蓮に向かって話した。

「さっきの話の続きだけどさ、結局あたしはお前がどうして怒ったのかわからねえんだ。
 心をひっかき回すとか見捨てるとか言われても、全然心当たりがないしな」

「……あっそ。それでその話が、今の状況とどう関係あるわけ?」

 加蓮はムスっとした不機嫌な表情であたしを睨みつけた。まあ怒らずに最後まで聞けよ。
あたしもなんの脈絡もなしに、お前にこんな話をしないからさ。




578: 2013/08/24(土) 22:37:35.08 ID:VHeAtRe20



「でもお前があたしに何をして欲しいかは何となくわかった気がするぜ。お前はさっき
 『自分と同じ苦労を味わえ』ってあたしに言ったよな。つまりお前はスタッフとして
 じゃなくて、あたしにもゆるキャラグランプリに出場して欲しいんだな?」



「はぁ?いや、アタシが言いたいのはそうじゃなくて……」



 加蓮は目をぱちくりさせて、慌てて否定しようとする。いやいや言い訳しなくていいぜ。
ごめんな察しが悪くて。お前はあたしに生温い手助けをして欲しいんじゃなくて、一緒に
同じ場所で戦って欲しいんだよな。だったらやってやろうじゃねえか。




579: 2013/08/24(土) 22:44:42.78 ID:VHeAtRe20



「美羽、加蓮とに○こくんの事は任せたぞ。あたしがいなくてもしっかり二人をサポート
 出来るよな?未央と卯月も心配すんな。きっちり落とし前をつけてくるからよ!」



 あたしはそう言って、ふ○っしーの所へ走った。なぁ加蓮、お前はあたしの事を高みの
見物をしてると非難したけど、あたしも中途半端な気持ちで他人にお節介を焼いている
つもりはねえよ。いつだって真剣な気持ちで相手と向き合ってるつもりだ。だから加蓮、
あたしの覚悟をしっかり見とけよな!




580: 2013/08/24(土) 22:45:36.73 ID:VHeAtRe20



「おうふ○っしー、ファンサービスは終了だ。そろそろ行こうぜ」



「ひぇっ!? な、なんのことなっしー……?」



 いきなりあたしに話しかけれて、ふ○っしーはびくっと身を震わせた。こりゃ相当警戒
してるな。安心しろ、もう投げ飛ばしたりはしねえよ。




581: 2013/08/24(土) 22:46:39.25 ID:VHeAtRe20



「決まってるだろ?イベント本部にグランプリ出場の申請だよ。お前あたしと一緒にペア
 組むって約束したじゃねえか。さっきの衝撃で忘れちまったのかよ?」



「な、ななななっし―――――っっっ!? 」



 ふ○っしーはびっくりして飛び跳ねた。あたしは極上のスマイルで笑いかけてやる。
もちろんそんな約束はしていない。しかしこの場を収め、未央達を守るにはこうするしか
ない。あたしがペアを組んでふ○っしーとゆるキャラグランプリに出場することで
ふ○っしーファンの子供達は喜び、未央達に向けられた非難の目もかわす事が出来る。




582: 2013/08/24(土) 22:47:47.65 ID:VHeAtRe20



「いや~、さっきのブレーンバスターも練習した甲斐があったよな!すみませんお騒がせ
 しちゃって。さ、まずは他のゆるキャラに謝りに行こうな!」



 ふ○っしーにヘッドロックをかけながら、あたしはずりずりとその場から連れ出した。
警備スタッフさん達はぽかんとした顔でこっちを見ている。一か八かだったけど、うまく
行ったみたいだな。ふ○っしーはまだ状況が理解出来てないみたいで「???」と考えて
いる。お前には悪いが、こうなったら最後まで付き合ってもらうぜ―――――




592: 2013/08/30(金) 23:31:48.52 ID:fupx1d6f0



***



「ふーん、奈緒は加蓮よりふ○っしーの方が大事なんだ。奈緒だったら加蓮のサポートを
 任せても大丈夫かなって思ってたのに、裏切られた気分だよ」



「いや、これには色々事情があってだな……」



 イベント本部に到着したあたしを待ち構えていたのは、マイク席に座ってジト目で睨む
凛だった。ちなみにふ○っしーは本部の別室で、他のゆるキャラ達とパートナーに狼藉を
はたらいた件について怖いスタッフのおじさんにシメられている。あたしはお咎めなしで
ほっとしていたら、凛の尋問が待っていた。




593: 2013/08/30(金) 23:32:36.41 ID:fupx1d6f0


「そもそもどうして奈緒がふ○っしーのパートナーになる必要があるの?奈緒がわざわざ
 泥をかぶらなくても、本部スタッフに任せたらよかったのに」

「返す言葉もねえ…… あの時はとにかく何とかしなくちゃいけないと思って、ついカっと
 なってやっちまったんだ。反省してる……」

 凛の言う通り冷静になって考えれば、別にあたしが何かをしなくてもよかっただろう。
主催者側もふ○っしーが参加していない事について多くの問い合わせを受けていたので、
いくつか対応策を考えていたらしい。



594: 2013/08/30(金) 23:33:23.33 ID:fupx1d6f0



「ふふっ、でもそうやって頑張っちゃうのが奈緒なんだよね。加蓮の言ってた通りだよ」



 そう言って凛はくすくすと笑い出した。なんだかよくわからないけど、どうやら機嫌を
直してくれたみたいだ。で、あいつが何を言ってたって?




595: 2013/08/30(金) 23:34:13.35 ID:fupx1d6f0


「この前プロデューサーと一緒に加蓮の家に行った時に、加蓮は奈緒の事を色々と話して
 くれたよ。奈緒はいつも誰かにお節介を焼く事ばかり考えてるって。普通は自分の事を
 第一に考えて行動するはずなのに、理解出来ないってさ」

 あいつの目にはあたしはそう映っていたのか。褒められてるのかバカにされてるのか
わかんねえけど、別にあたしはそこまで自己犠牲の精神に溢れてねえよ。

「よくもあんなヤツをアタシに押し付けたなって、加蓮に怒られちゃった。今まで無理
 しないでテキトーにやってきたのに、奈緒のせいでそうもいかなくなったって」

 凛がおかしそうに笑う。いや、あたしにはあいつが変わったようには見えないけどな。
あたしがあれこれ構ってもいつも涼しい顔してスルーしてるし。



596: 2013/08/30(金) 23:35:13.15 ID:fupx1d6f0



「そんな事ないよ。私の知ってる加蓮はドライな性格だし疲れる事は嫌いだから、いくら
 私がお願いしても今日のイベントの代役は断っていたと思うよ。あの子は情に流される
 ような子じゃないし、嫌な事は嫌ってはっきり言うから」



 今回のイベントの仕事はスクールで踊るのとはわけが違う。朝から晩まで丸一日拘束
されるし、屋外のきつい日差しの中で歩き回ってサービスしなければならない。休憩は
自由だがかなりハードで、健康な人間でも熱中症になる危険性だってある。




597: 2013/08/30(金) 23:36:28.70 ID:fupx1d6f0


「加蓮はいつもまず自分の事を第一に考えてるの。別に悪い意味じゃないよ?病弱だった
 あの子には、普通の生活を送るのは私達より難しい事だったから。病気が原因で仲間
 はずれにされた事もあるし、基本的に全部自己責任って考えなんだ」

 そういえばスクールでも1人だったよなあいつ。自分の事がままならないのに、他人を
構う余裕なんてないか。それで自分本位の性格になったんだな。

「だから加蓮は積極的に他人と関わろうとしないし、ましてや他人の為に何かをしようと
 したりしないの。それなのに今日は私の代わりを引き受けてくれた。どうして?」

 凛はそう言ってあたしの目をまっすぐ見た。いや、そんな事聞かれてもわかんねえよ。



598: 2013/08/30(金) 23:37:26.66 ID:fupx1d6f0
 


「ふふっ、私も加蓮に聞いたんだけど、そしたら加蓮は奈緒の『熱血お節介ゲジ眉病』が
 感染したからって言ってたよ。だから奈緒なら分かると思ったんだけど」



「ケンカ売ってんのかあいつ!? だからゲジ眉じゃねえって言ってるだろうが!! 」



 あの野郎、涼しい顔してそんな事を考えていたのかよ!それから凛も笑いすぎだ!




599: 2013/08/30(金) 23:38:54.12 ID:fupx1d6f0


「ふふふっ、ごめん…… でも奈緒のおかげで加蓮はこうしてここに来てくれたんだし、
 昔よりも頼もしくなったよ。だから私も、加蓮を信じて頼ってみようと思ったんだ。
 あんなにしっかりした姿を見せられちゃったらね」

 凛は会場内を映しているモニターのひとつに目を向ける。そこには美羽とに○こくんと
一緒に、笑顔で手を振って歩いている加蓮の姿が映っていた。よしよし、美羽もしっかり
加蓮とに○こくんをサポートしてるみたいだな。

「心配してないって言ったらウソだけど、私も奈緒みたいに加蓮としっかり向き合って
 みようと思ってさ。病弱な子として気遣うんじゃなくて、ひとりの友達としてね」

 それは良い事だな。加蓮もずっとそれを望んでいたし。しかしお前も随分成長したな。
この前CGプロで見た時は、もっとガキっぽくて危うい感じがしたけど。



600: 2013/08/30(金) 23:40:20.41 ID:fupx1d6f0



「別にあたしは加蓮に特別な事をしたわけじゃねえよ。お前や未央達と同じように普通に
 付き合って、普通にお節介を焼いただけだ。それに元々あいつはそんなにヤワじゃねえ。
 なんせニュージェネの渋谷凛の親友だからな!」



 あたしはそう言って凛に笑いかけた。凛も同じように笑い返す。やっぱりもっと笑顔を
見せてくれた方がいいぞお前。美人なんだからさ。






601: 2013/08/30(金) 23:41:08.44 ID:fupx1d6f0


「さて、ぼちぼちふ○っしーのお説教も終わったかな。それじゃそろそろ行ってくるよ。
 飛び入り参加なんてかなり無茶な話だったのに、本部にかけあって話を通してくれた
 Pさんには頭が上がらないぜ。ホントはちゃんと会ってお礼が言いたかったけどな」

「気にしなくていいよ。むしろ卯月と未央を守ってくれて、感謝するのはこっちの方だよ。
 プロデューサーも奈緒にありがとうって伝えてくれって言ってたよ」

 あたしとふ○っしーが本部に来た時には、既にエントリー用紙と新たな千葉県代表の
名札が準備されていた。優秀なプロデューサーだとは聞いていたが、仕事が早すぎるぜ。
まるでこうなる事を予測していたみたいだ。



602: 2013/08/30(金) 23:44:22.04 ID:fupx1d6f0


「あ、そうそう、お前に聞きたい事があったんだ」

「なに?」

 本部を出る前に、あたしは加蓮が言ってた事を聞いてみた。

「今回のイベントにあたしを呼んだのはCGプロらしいな。お前とプロデューサーが加蓮
 に頼んだのか?別にあいつに頼まなくても、未央に伝えてくれたら良かったのに」

 おかげであたしはあいつに理不尽にキレられたぜ。スクールサボってすれ違いになって、
待ちぼうけ食らわせたのがいけなかったんだろうけどさ。



603: 2013/08/30(金) 23:45:29.36 ID:fupx1d6f0


「え?私達は加蓮に奈緒がイベントに参加したがっているから、連れて来てもいいかって
 お願いされたんだけど。それでプロデューサーが喜んでOKを出して、スタッフとして
 奈緒を出場者リストに登録したんだよ」

 凛はきょとんとした表情で答える。なんだそりゃ?言ってる事が正反対じゃねえか。

「いくらプロデューサーが奈緒を狙っていても、こっちが加蓮にイベントの代役をお願い
 しているのにそんな失礼な事しないよ。加蓮が気を悪くするじゃん」



 確かにそれもそうだよな。だったらどうして加蓮はそんなウソをついてまで、わざわざ
あたしを呼んだんだ?一体何を考えてるんだよあいつは―――――




604: 2013/08/30(金) 23:46:35.71 ID:fupx1d6f0



***



「え~、ふ○っしーグッズはいりませんか~?DVD『ふ○のみくす』好評発売中で~す。
 他にも色々グッズもありますよぉ~」

 凛と別れて本部を出た後、あたしはふ○っしーグッズを載せたリアカーを引きながら
ふ○っしーとグッズ販売をしていた。

「ヒャッハーッ!! これで堂々とて営業出来るなっしーっ!! 売り子もゲットしたし、今日は
 ふ○っしーパワー全開でアピールしまくるなっしーっ!! 」

「あたしは売り子じゃねえ!それからお前も引けよな!」

 ふ○っしーは飛び入り参加のうえにブースを持たず、協力してくれるスタッフもいない
ので必然的にパートナーのあたしが全てサポートする事になる。でもあたしにリアカーを
引かせて前で飛び跳ねてるふ○っしーを見てると、だんだんムカついてきた。




605: 2013/08/30(金) 23:47:18.26 ID:fupx1d6f0


「ちょ、ムリムリムリ!! 入らないなっしーっ!! 」

「うるせえっ!多少形が変わっても問題ないだろうが!根性見せろよ!」

 あたしはリアカーの持ち手の中にふ○っしーを無理矢理押し込む。ふ○っしーが無断で
他の都道府県ブースに置いていた自分のグッズは、本部スタッフによって全て撤去された。
売りたいなら自分で捌けという事で、あたし達はリアカーを借りて販売しているのだ。



606: 2013/08/30(金) 23:49:20.87 ID:fupx1d6f0


「でもお前、勝手に他の県のブースに自分のグッズを置いてどうやって売上を回収する
 つもりだったんだよ?ネコババされてもわからねえじゃねえか」

「元々最初から回収する気はなかったなっしー。今日のイベントに持って来たグッズは
 全部ブースにあげるつもりだったなっしー。ゆるキャラも自治体のスタッフさん達も
 みんな頑張ってるし、ふ○っしー人気のおすそわけなっしー」

 バカなのか太っ腹なのかよくわからないけど、案外良い所あるじゃねえか。てっきり
売名行為だけをしに来たと思ってたのに、ちょっと見直したぜ。

「ホレるなよ奈緒ちゃん。ふ○っしーはみんなのアイドルなっしー」

「調子に乗ってんじゃねえよ。ほらさっさと行くぞ」

 あたしは額の汗を拭きながら、ふ○っしーと会場を歩いた。加蓮はちゃんと休憩取って
いるかな。そろそろ12時だし、美羽と美嘉達がサポートを交代する時間だな―――――



607: 2013/08/30(金) 23:51:22.87 ID:fupx1d6f0



―――



「奈緒~★」



 グッズを5割くらい売って日陰で休憩していると、美嘉が手を振りながらやってきた。
おう、久しぶりだな!あれ?唯と柚ちゃんはどうしたんだよ?

「あの二人は加蓮のサポートやってるよ。それでアタシが2人の分まで奈緒にアイサツに
 来たワケ。柚も唯もはりきっちゃってさ、アタシやる事ないよ★」

 あははと笑う美嘉。へぇ、そうなのか。特に柚ちゃんは面接の件以来、加蓮にすっかり
なついてるらしい。あの時の恩を返すのには良い機会だよな。




608: 2013/08/30(金) 23:52:25.93 ID:fupx1d6f0


「それより聞いたよ奈緒。ふ○っしーと一緒にゆるキャラグランプリに出るんだって?
 そういえばふ○っしーいないケド、どこ行ったの?」

「あいつならトイレだよ。ゆるキャラのトイレは着ぐるみ脱がないといけないから時間が
 かかるんだよ。それであたしはここでグッズ見張りながら休憩してるってワケだ。でも
 遅いなアイツ。どっかでまた他のゆるキャラに絡んでいるんじゃねえだろうな」

 あたしがやれやれとため息をつくと、美嘉は面白そうに笑った。



609: 2013/08/30(金) 23:53:17.16 ID:fupx1d6f0


「相変わらず面倒見が良いんだね奈緒は。アタシ達の次はふ○っしーをアイドルにする
 つもりなの?アイドルメーカーさん★」

「そんなつもりははなっからねえよ。あいつはもうとっくにゆるキャラ界のアイドルだ。
 それにお前らはあたしが何もしなくても、アイドルになってたじゃねえか」

 あたしがそう言うと、美嘉は「ううん」と否定した。



610: 2013/08/30(金) 23:54:57.05 ID:fupx1d6f0


「奈緒がいなかったらアタシ達は3人一緒にアイドルにはなれなかったよ。もしあの時
 柚が面接に来なかったら、柚はきっとそのままアイドルにならなかったと思う。唯も
 柚がいなかったらアイドルになってもすぐ辞めちゃってたかもね。そしたらアタシも
 楽しく活動出来なかったと思うし」
 
 柚ちゃんを面接に送ったのは加蓮だけどな。でも加蓮がそうしたのも、元々はあたしが
理由らしい。本当か分からないが、凛の言った通り加蓮はあたしに影響されてるのか?

「それでみんな元気にやってるのか?バラバラになっちゃったし、本格的にアイドルの
 レッスンに専念する事になるとスクールよりキツいんだろ。大丈夫か?」
 
「うん。みんな頑張ってるよ。時間が合えば一緒にゴハン食べたり、他の候補生のコも
 入れてダベったりしてるし。美羽ちゃんともすっかり仲良しになったしね★」

 それは良い事だな。美羽はちょっとずれた所があるけど、良いヤツだから可愛がって
やってくれ。あ、あいつの方が一応事務所の先輩なのか。でも間違いなく美嘉達の方が
アイドルとしての実力は高いだろうな。頑張れ美羽……



611: 2013/08/30(金) 23:57:10.73 ID:fupx1d6f0



「そんな事ないよ。美羽ちゃんの実力は奈緒と未央のお墨付きだしね★ あ、そうそう、
 そういえば奈緒に会わせたいコがいるんだった★」



 美嘉はいたずらっぽくニヤリと笑った。なぜだろう、イヤな予感がする……




612: 2013/08/30(金) 23:59:08.49 ID:fupx1d6f0



「お~い美嘉~!アタシ達を置いて先に行くなよ~!」



「その子が神谷奈緒ちゃん?ふふっ、ちっちゃくて可愛いのね。キスしてあげよっか♪」



 あたし達が話をしていると、二人組の女子高生が声をかけてきた。1人はストレート
ロングの色黒で、もうひとりはショートカットの色白だった。両方とも美人でスタイルも
良くて、普通の女子高生とは明らかに違うオーラを放ってる。あれ?あたしこの二人を
どっかで見た事あるぞ。確かファッション誌か音楽の雑誌で……



「……って!? 松永涼と速水奏じゃねえか!! 美嘉の知り合いだったのか!? 」



 思い出した!色黒の方は松永涼で、関東の学生バンド選手権でベスト8だったか4まで
行ったバンドのボーカルだ。それから色白の方は速水奏で、ティーン向けファッション誌
から火がついて、大人向けドレスまで着こなしていた読者モデルだ。最近は活動してない
のか二人とも見かけなかったけど、まさかこんな所で会えるなんて……




613: 2013/08/31(土) 00:01:00.28 ID:x7u1zEXi0



「お、アタシの事を知っていてくれたのは嬉しいな。バンドはちょっと音楽性の違いって
 やつで解散しちまってさ。それで今はアタシCGプロで候補生やってるんだ」

「私もモデルに飽きちゃって、アイドルやってみようかなって思ってCGプロに入ったの。
 ほんのちょっとだけど、○△スクールにいた事もあるのよ?」

「奏は入って2ヶ月くらいでやめちゃったけどね。アタシもCGプロに入ったら奏がいて
 びっくりしたよ★ 加蓮とも1ヶ月くらいかぶってたよね?」



 3人は楽しそうに笑う。マジかよ、この二人もCGプロだったのか。こんなセミプロまで
在籍してるなんて、一体どういう事務所なんだよ……




614: 2013/08/31(土) 00:03:12.91 ID:x7u1zEXi0



「この二人が奈緒を紹介してほしいってアタシに頼んできたから連れて来たの。今話題の
 アイドルメーカーがどんなコか、ナマで見てみたいってさ★」



 美嘉はそう言ってあたしにウィンクした。勘弁してくれよ、妙なプレッシャーで胃が
痛くなってきたぜ。あたしは3人を前にして、乾いた笑いしか出なかった―――――




615: 2013/08/31(土) 00:16:20.58 ID:x7u1zEXi0

ここまで。ちょっと中途半端なところで切ってしまいましたが、情報量が
多いので作者も一息つきたいと思います。涼と奏は何を語るのか。それでは
次回をお楽しみに。


630: 2013/09/28(土) 01:57:16.46 ID:PWAd+3nU0



***



「へえ、もっといかつい女を想像してたけど案外普通だな。5人もアイドルにした凄腕の
 アイドルメーカーには見えねえや」

 松永さんがあたしの頭からつま先まで見て感想を言った。どんなイメージだよ。

「ふふっ、凛が一目置いてるだけあって可愛いコね。でもちょっと意外だわ。凛は加蓮
 みたいな美人系のタイプが好きだと思ってたんだけど」

 速水さんがあたしの頭を撫でる。悪かったな美人じゃなくて。でも加蓮よりあたしの
方が可愛げがあるだろ?あいつの愛想のなさは超高校級だからな。

「あはは★ アンタのお節介も超高校級なんですけど~★」

美嘉が大笑いした。う、うるせえ!超高校級のギャルみたいな見た目してるくせに!




631: 2013/09/28(土) 01:59:24.76 ID:PWAd+3nU0


「なかなか面白そうなヤツだな。ニュージェネのライブの打ち上げに乗り込んで凛に
 土下座させたり、コンサートスタッフのオッサンをステージから投げ飛ばしたり、
 武勇伝は色々聞いてるぜ。かなりロックな人生送ってるんだってな」

「私はスクールで初日に大暴れして、レッスン生を全員子分にしてボスに君臨してるって
 聞いたわよ。私もスクールを続けてたら、あなたの子分にされていたのかしら?」

 ちょっ!? ちょっと待て!! 黙って聞いてれば色々とおかしい!! いつの間にあたしが凛に
土下座させた事になってんだよ!? それにスクールでもボスになってるわけじゃねえよ!!
確かに暴れたけどあれはああいう作戦で、美嘉達も協力してくれて……

「ていうか美嘉あぁっ!! お前全部ウソだって知ってるだろうがぁっ!! そこで笑ってないで
 あたしと一緒に誤解を解いてくれよぉっ!! これはお前らの名誉もかかってんだぞっ!? 」
 
「いや~アタシもビックリしちゃって★ 奈緒の武勇伝(笑)はCGプロの中じゃかなり有名
 だよ★ 他にも『ゴッドマザー』とか『ベトナム帰りの軍隊育ち』とか、スゴすぎて唯と
 柚と大笑いしちゃった★ 凛も一緒に笑ってたよ★ 」

 てへっ★と笑う美嘉。お前らも面白がってるんじゃねえよ!! 凛もそれでいいのかよ!?
せめて神谷奈緒は普通の女子高生だって訂正だけはしてくれ……



632: 2013/09/28(土) 02:01:02.36 ID:PWAd+3nU0


「いや、普通の女子高生はふ○っしーにブレーンバスターしないだろ。女子プロレスラー
 ばりにバッチリ決まってたぜ。さすがふ○っしーのパートナーに立候補するだけの事は
 あって、他の代表よりぶっ飛んでるな」

 松永さんがニヤニヤ笑う。うげ、見られてたのかよ。褒められているのか馬鹿にされて
いるのか悩むところだな。

「でも加蓮も負ける気はないみたいよ。ここに来る前に加蓮と話したんだけど、あなたと
 グランプリで戦う事になった以上、あなたより上の順位に立ってやるって燃えてたわ。
 あのコにあんな顔があるなんてびっくりしちゃった」

 速水さんがクスクス笑いながら言った。はぁ?なんだそりゃ?あたしは別になりゆきで
グランプリに出場する事になっただけで、あいつとケンカするつもりはないんだけど。



633: 2013/09/28(土) 02:01:47.29 ID:PWAd+3nU0


「おいおい、そんなつまんねー事言うなよ。なりゆきだろうがその気がなかろうが、一度
 ステージに立てばそこは戦場だぜ?本気でグランプリを獲りに行かないと観客もしらけ
 ちまうし、ペアを組んでるふ○っしーだって悲しむぞ」

 松永さんに怒られてしまった。そ、そりゃ優勝とまではいかなくても、あたしも出場
するからには真剣にやるけどさ…… でもあんまり期待すんなよ?まだあたし達はどんな
パフォーマンスをするかも決めてないんだから。

「大丈夫だって。ふ○っしーとアイドルメーカーなんだから何をしても伝説になるぜ。
 凛達やPサンもどんなパフォーマンスを見せてくれるのか楽しみだって言ってたし、
 アタシも客席で応援してるからガツンと決めてくれよ!」

 松永さんはそう言って、豪快に笑って帰って行った。ついでに帰り際にふ○っしーの
グッズを沢山買ってくれた。候補生に不気味なものが好きな友達がいるらしい。



634: 2013/09/28(土) 02:02:52.38 ID:PWAd+3nU0


「ふふっ♪ 私も楽しみにしてるわよ。それから加蓮にも最後まで付き合ってあげてね。
 あのコはあなたに構ってほしいのよ」

 速水さんがこっそり教えてくれた。それはねえよ。あたしが勝手にあいつのサポートを
ボイコットしたから、きっとただ単に怒っているだけだと思うぜ。

「その事も文句言ってたけど、でも加蓮寂しそうだったわよ?あなたがあのコを捨てて、
 ふ○っしーに浮気なんてするから悪いのよ」

 気色悪いこと言うな。何だそのアブノーマルな二股は。一方は同じ女(しかもキツイ)、
もう一方はゆるキャラ(しかもキモい)なんて、どっちを選んでも修羅の道じゃねえか。

「いいじゃない。愛の形は人それぞれよ。私も涼と一緒に応援してるから頑張ってね♪」

 あんたの応援は松永さんのやつとは違う気がするな。結局速水さんはそのまま妖しい
笑みを浮かべながら、『ふ○のみくす』を買って帰って行った。まいどあり~



635: 2013/09/28(土) 02:03:48.65 ID:PWAd+3nU0


「なんなんだあの二人は。言いたい事だけ言って帰りやがって……」

 なんだかどっと疲れた。ニュージェネのメンバーとは普通に話せるのに、あの人達だと
緊張するのもおかしな話だが。未央や凛は年下で妹みたいに感じているからかな。

「うぷぷぷぷ★ すっかり期待されちゃってるね~★ どうするナオギく~ん?」

 美嘉がのぶ代ボイスでからかってくる。誰がナオギくんだコラ。いつまで超高校級の
絶望になりきってるんだよ。

「どうするって言われても、やるしかねえだろ。しかし加蓮も一体何を考えてるんだ?
 グランプリで対決とか、あいつそんなに熱いキャラじゃねえだろ」

 そんなにあたしとケンカしたいのか?「一緒に頑張ろうね奈緒♪」なんて気色悪い事は
言わないと思ったけど、露骨に敵意を向けなくてもいいじゃねえか。



636: 2013/09/28(土) 02:05:10.64 ID:PWAd+3nU0


「あはは★ あのコは何でもいいからアンタに自分の事を見て欲しいんじゃないかな?
 加蓮も素直じゃないからさ★ 」

 美嘉が面白そうに笑う。そうなのか?あたしはてっきりお節介を焼きすぎて、あいつに
鬱陶しがられてると思ってたんだけど。それじゃまた構ってやればいいのか?



「そうじゃなくてさ、あのコはアンタとただ普通に……」



 美嘉はそこまで言いかけて、あたしをちらっと見て言うのをやめた。なんだよ?




637: 2013/09/28(土) 02:07:04.43 ID:PWAd+3nU0



「なんでもない。アタシが余計な事言ったら、アンタまた加蓮にお節介焼いちゃうし★
 そしたらあのコの頑張りがムダになっちゃうんじゃないかな~って思ってさ★ 」

 何だそりゃ?さっぱり意味が分からねえ。つまりあたしはあいつにお節介を焼かない
方がいいのか?もったいぶらずに教えてくれよ。

「やだよ~★ 悪いけどアタシ今は東京のサポなんだよね★ だから加蓮の味方なの。
 まぁアンタは余計な事考えずにふ○っしーとグランプリ目指したら?それが加蓮が
 望んでる事だし、アンタも一応出場者なんだからさ★ 」



 結局それ以上、美嘉は何も教えてくれなかった。よくわかんねえけど、でもあいつとの
戦いに決着をつけるには良いかもしれない。勝負を挑まれた以上あたしも遠慮しないぜ。
まがりなりにも千葉代表になったんだし、いっちょビシっと決めるか。




638: 2013/09/28(土) 02:09:06.14 ID:PWAd+3nU0



「わかったよ、加蓮に首洗って待ってろって伝えてくれ。後で泣いても知らねえからな」



 凛も見てるし、今日くらいは加蓮に花持たせてやろうと考えてたけどやめだ。ホントに
最後まで可愛くねえヤツだな。お望み通り勝負してやるよ。

「うぷぷ★ 果たしてこれが最後になるかな?アタシにはアンタと加蓮が、これからずっと
 なが~い付き合いになりそうな気がするんですけど~★ 」



 美嘉がニヤニヤと笑う。ああ、あたしも不思議とそんな予感がしているよ。だからこそ
今日ここでどっちが上かハッキリさせてやる―――――!




639: 2013/09/28(土) 02:10:39.74 ID:PWAd+3nU0



***



『会場の皆様に連絡します。間もなく、ゆるキャラグランプリ開催の時間となります。
 出場者の方はメインステージへお集まり下さい。ご来場のお客様は係員の指示に従って、
 列を守って観客席に順番にお座り下さい―――――』



 そしていよいよ、ゆるキャラグランプリ本戦の時間になった。凛のアナウンスに従って
各都道府県のゆるキャラと出場者達はメインステージへ集まる。会場中央にあるステージ
には既に多くの観客が集まり、ゆるキャラ達のパフォーマンスを今か今かと待っていた。




640: 2013/09/28(土) 02:11:37.59 ID:PWAd+3nU0


「おいマズいって!もうすぐグランプリはじまるぞ!いい加減パフォーマンスを何やるか
 決めないとヤバいって!」

「だからさっきから言ってるなっしーっ!ここは『く○モン体操』しかないなっしー!」

「ダメに決まってるだろうが!何で他県の代表のネタをパクるんだよ!そんな事したら
 あたしまで熊本のゴス口リちゃんに怒られるじゃねえか!」



 ちなみにあたし達はグランプリ直前になってもパフォーマンスが決まらず、ステージ裏
で揉めていた。元々飛び入り参加同士の急造チームだ。一緒にパフォーマンスを練習する
時間はもちろん、打ち合わせすらしていないぶっつけ本番だ。




641: 2013/09/28(土) 02:12:35.17 ID:PWAd+3nU0


「最初から会場で派手に大暴れしてつまみ出される予定だったから、パフォーマンスを
 やるなんて計算外だったなっしー……」

「どんだけヨゴレ役に徹してるんだよ。もうちっとファンや地元に愛されるゆるキャラを
 目指そうぜ。とりあえずパクリ芸は却下だ。何か持ちネタはないのか?」

「だったら『梨汁プシャー』とか……」

「あたしにもそれをやれって言うのかよっ!? ぶん殴るぞてめぇっ!! 」



 ネックになっているのが、あたしも一緒にパフォーマンスをしなきゃいけない事だ。
ふ○っしーだけなら勝手にやればいいけど、あたしまでやったら会場はドン引きだ。
それにあたしも一応花も恥じらう女子高生なんだぞ!まだ女捨ててねえ!




642: 2013/09/28(土) 02:13:50.09 ID:PWAd+3nU0



「千葉県代表の方~、パフォーマンスの順番を決めますのでくじを引いてくださ~い☆ 」



 あたし達がギャーギャーケンカしてると、未央がくじの入った箱を持ってやって来た。
や、やべえ…… せめて最後の方を引いて時間稼ぎしないと……

「がんばってね奈緒ちゃん!応援してるよ!」

 未央がまぶしい笑顔でこっちを見る。くそっ、こいつ他人事だと思いやがって……
あたしは神様に祈りながら、箱に手を突っ込んで一気にくじを引いた。

「おりゃっ!どうだっ!」

 手に持ったくじを未央に渡す。未央は小さく折りたたまれたくじを丁寧に開いた。頼む
神様、出来れば40番台、いや、せめて20番以降にしてくれ……!!



643: 2013/09/28(土) 02:14:43.26 ID:PWAd+3nU0



「わぁっ!さすが奈緒ちゃん!1番を引くなんて持ってる女は違うね~!」



「「 へ? 」」



 未央の言葉にあたしとふ○っしーは思わず聞き返した。悪い、周りの雑音がひどくて
よく聞こえなかった。何番だって?

「だーかーらーっ!1番だよ1番!すごいよ奈緒ちゃん!47枚の中から1番を引き当てる
 なんて、これはグランプリも夢じゃないかもね!」



 未央が大きな声であたしが引いたくじを見せてくれた。そこには確かに「1」と書かれ
ていた。ちょ、ちょっと待て!あたし達はまだ何も出し物決めてないって!頼むもう1回!
1回だけでいいからやり直させてくれぇ~っ!




644: 2013/09/28(土) 02:15:47.41 ID:PWAd+3nU0



「あれ~?未央ちゃ~ん、千葉県代表はふ○えもんと太田さんのペアだよ?奈緒ちゃんと
 ふ○っしーは飛び入り参加だから最後だって言われてたじゃない」



「あれ?そうだっけ卯月?」



 しかしどうやら天はあたしを見捨ててなかったようで、ひょっこり現れた卯月によって
あたしの引いたくじは無効となった。ありがとう卯月様、まるで天使に見えるぜ……

「ごめんごめん、それじゃあ頑張ってね奈緒ちゃん。ラスト楽しみにしてるよっ♪ 」

 柚ちゃんみたいにてへっ☆ と舌を出して、未央は笑顔で去って行った。お前はしっかり
確認しろよ。危うく心臓が停まりそうになったじゃねえか……





645: 2013/09/28(土) 02:16:24.83 ID:PWAd+3nU0



「あ、あぶなかったなっしー…… でも奈緒ちゃん、ラストになったとはいえこのままじゃ
 決まらないなっしー。そろそろ決めないといけないなっしー」



 わかってるよ。でもトリを飾る事になったから、適当なパフォーマンスは出来ねえぞ。
パクリや下ネタなんて絶対にダメだ、最後らしくキッチリ〆ないと……




646: 2013/09/28(土) 02:17:05.63 ID:PWAd+3nU0



「あ………… ふ○っしー…………」



 あたし達がうんうん悩んでいると、どこからか走って来た小さい女の子がふ○っしーに
抱き着いた。ん、この子どこかで見たような……

「雪美ちゃん、他の代表の人に迷惑かけたらあきまへんえ。あら、ふ○っしーはんやない
 どすか。グランプリ出られるようになったんどすなあ~」

 女の子の後を追って、着物姿の女の子がやって来た。胸には京都代表のバッジが付いて
いる。ああ思い出した、この子は確か連行されるふ○っしーを引き留めた女の子だ。一般
来場者じゃなくて、このイベントの出場者だったのか。




647: 2013/09/28(土) 02:18:15.83 ID:PWAd+3nU0


「おろ?ねえさんがふ○っしーはんのペアになったんどすか。妙な事もあるんどすなあ」

 着物姿の女の子はあたしの顔をまじまじと見て、不思議そうに言った。ああ、全くだよ。
そういうあんた達もグランプリに出るんだな。

「ご挨拶が遅れました。うち、京都代表の小早川紗枝いいます。そんでふ○っしーはんに
 ひっついとる子が佐城雪美ちゃんどす。雪美ちゃんは京都のスタッフはんの娘さんで、
 うちの可愛いお手伝いさんどす」

 紗枝ちゃんはぺこりと頭を下げた。あたしは神谷奈緒だ。よろしくな。

「お互い頑張りましょな奈緒はん。ほら、雪美ちゃんも奈緒はんにあいさつし」



 紗枝ちゃんはちょいちょいと雪美ちゃんを呼び寄せる。雪美ちゃんはちらっとこっちを
見ると、あたしの前に来て何か言いたそうにもじもじした。うん?どうしたんだ?




648: 2013/09/28(土) 02:19:16.39 ID:PWAd+3nU0



「さっきはにらんだりして…………ごめんなさい…………」



 なんだそんな事か。心配しなくても全然気にしてねえよ。普段からもっと目つきの悪い
ヤツに睨まれてるから、あんなの可愛いもんさ。

「よしよし良い子だな雪美ちゃんは。そのまま素直にまっすぐ大きくなってくれよ」

「わかった………… 奈緒………… 」

 うんうん、呼び捨てでも全然OKだ。雪美ちゃんなら許す!あたしは雪美ちゃんの頭を
撫でていると、ふと良い事を思いついた。




649: 2013/09/28(土) 02:20:31.54 ID:PWAd+3nU0



「そうだふ○っしー!あたし達のパフォーマンス、雪美ちゃんに決めてもらおうぜ!」



「じぇじぇじぇなっしーっ!? 」



 ふ○っしーはびっくりして、その場で1.5メートルくらい飛び跳ねた。雪美ちゃんと
紗枝ちゃんも目を丸くして驚いてる。

「いいじゃねえか。元々雪美ちゃんに引き留められなかったら、お前はこのイベント会場
から追い出されてたんだぜ?どうせあたし達だけじゃ決まる見込みはねえんだ。ここは
お礼も込めて、雪美ちゃんのリクエストに応えてやろうじゃねえか!」

 雪美ちゃんなら良識のある良い子だし、きっと子供らしい可愛い意見を出してくれるさ。
それにお前のファンは小さい子に多いんだ。だったらそんな子達が喜ぶパフォーマンスを
してあげないと、せっかく来てくれたちびっ子達に悪いだろ。




650: 2013/09/28(土) 02:21:10.04 ID:PWAd+3nU0


「それもそうなっしー。それじゃあ雪美ちゃん、ふ○っしー達に何をして欲しいか言って
 欲しいなっしーっ!! 」

 ふ○っしーもあたしの意見に大賛成した。雪美ちゃんは少し困ったような顔をして、
「ほんとにいいの?」と聞きたそうにあたしと紗枝ちゃんを見た。

「遠慮しなくていいぞ雪美ちゃん。大丈夫だ!ふ○っしーほどじゃないけど、あたしも
 ダンスレッスンで体を鍛えてるからさ!」

 あたしはふんっ!と力こぶを作る。雪美ちゃんはあたしの二の腕をつんつんとつついて
「やわらかい……」とつぶやいた。ま、まぁふ○っしーくらいなら持ち上げられるぞ!



651: 2013/09/28(土) 02:22:24.01 ID:PWAd+3nU0



「じゃあ…………テレビで見たやつ…………お願いしてもいい…………?」



 雪美ちゃんは一点の曇りのない澄んだ瞳をあたしに向ける。お、子供向けの番組か?
魔法少女の決めポーズでも、戦隊ヒーローの必殺技でも何でもいいぞ。むしろあたしは
そっち方面のスペシャリストだから、どんな年代でも完璧に出来るぜ!



 しかし雪美ちゃんの口から出たのは、あたしの想像を絶するようなとんでもないもの
だった。小さい子の何にもとらわれていない柔軟な発想っていうのは、素晴らしいけど
恐ろしいものだと、あたしとふ○っしーは身を以て思い知る事になった―――――




659: 2013/10/02(水) 00:47:03.66 ID:/6KdFs7X0



***



『――――さんありがとうございました。続きましてはエントリーNo.20番、岩手代表の
 及川雫さんと『わん○きょうだい』の皆さんです。それではどうぞ!』



『はーい♪ いくよみんなー!ふぁいとー!もー♪ 』



 ゆるキャラグランプリ開会式を終えて、イベントが始まってからおよそ1時間が過ぎた。
場内のアナウンスによると、現在ステージでは20番目の岩手県代表のパフォーマンスが
行われているらしい。今で大体半分終わったところか。思ったよりペースが早いな。

「おいふ○っしー…… 大丈夫か……?」

「な、なんとか大丈夫なっしー…… でもそろそろ限界なっしー……」

「あたしも一緒だよ…… 久しぶりにやると結構キツいなこれ……」

 あたしとふ○っしーはステージから少し離れた広場で、二人でパフォーマンスの練習を
していた。会場内の人達はほとんどステージに集まっているので辺りには誰もいない。




660: 2013/10/02(水) 00:47:57.88 ID:/6KdFs7X0


「まさかあの可愛い雪美ちゃんが、こんな過激なパフォーマンスを要求するとはな……
 すまねえふ○っしー、完全にあたしの見込み違いだった…… 」

「気にしなくていいなっしー…… ふ○っしーも賛成したんだし、キツイのはお互い様
なっしー…… それにこのパフォーマンス、確かに小さい子は喜ぶなっしー…… 」

 あたし達は地面に仰向けになって倒れていた。体力的にも気力的にも、これ以上練習
するのは無理だな。後は本番に備えて体力回復に充てようか……

「それがいいなっしー…… 一応念のためにトイレに行っておくなっしー。最悪着ぐるみの
中ならバレないけど、後々の営業が辛いなっしー……」

「ああ、そうした方がいいと思うぜ。その着ぐるみ一点ものだろ?あたしはステージに
行ってるぜ。紗枝ちゃんも見に来てくれって言ってたしな……」



 ふらふらとトイレに向かうふ○っしーを見送って、あたしもよろよろと立ちあがった。
確か京都代表は31番だっけ?ステージまでゆっくり歩いて行っても余裕で間に合うな。
てゆうか走るのはキツい。ふ○っしーよりはマシだけど、あたしも気分悪いし……




661: 2013/10/02(水) 00:51:07.47 ID:gYoRniWw0



「あ!なっちゃんこんなところにいた!もう、どこ行ってたの~!」



「ずっと探してたんだよ奈緒さん!ふ○っしーは一緒じゃないの?」



 あたしがステージに向かって歩いていると、唯と柚が走って来た。よう、美嘉の次は
お前らか。久しぶりだな……

「ん~?なんだかなっちゃん顔色わるいよ~?だいじょうぶ~?」

 唯が大きな目であたしの顔を覗き込む。ああ、問題ない。さっきまでふ○っしーと
パフォーマンスの練習をしてて、ちょっと体力を使いすぎちまってな。本番までには
元気になっておくから、楽しみにしといてくれよ。




662: 2013/10/02(水) 00:52:30.70 ID:gYoRniWw0


「無理しないでね奈緒さん。加蓮さんとの勝負で気合が入るのはわかるけどさ……」

「心配してくれてありがとな。大丈夫、あたしもふ○っしーもそんなにヤワじゃねえよ。
 加蓮サポーターのお前らには悪いけど、勝つのはあたしとふ○っしーだぜ!」

 あたしは柚ちゃんに笑い返した。いつの間にかあたしと加蓮が一騎打ちでもするような
雰囲気になってるな。相手は出場者全員だから、加蓮だけじゃないはずだけど。

「んっふっふ~♪ それはどうかな?言っとくけど加蓮さんスゴイよ。奈緒さんに絶対に
 勝つって言ってるし、加蓮さんならそのままグランプリになっちゃうかもね☆ 」

 柚ちゃんがニヤリと笑った。ほう、それは楽しみだな。相手にとって不足なっしーだ。

「あははー☆ なっちゃんふ○っしーみたーい☆ ゆい達もなっちゃん応援してるね!」

 唯がケラケラ笑う。しまった、いつの間にかふ○っしーの口癖がうつっちまった。



663: 2013/10/02(水) 00:53:59.20 ID:gYoRniWw0


「ところでお前らは加蓮と一緒にいなくていいのか?あいつも準備とかで忙しいだろ」

「美嘉ちゃんがついてるからヘーキだよ。それにアタシ達は奈緒さんを探してくれって
 加蓮さんにお願いされたの。奈緒さんステージの近くにいなかったから、アタシが怖く
 なって逃げたんじゃないかって加蓮さん怒ってたんだよ」

 逃げてねえよ。あたし達のパフォーマンスは広いスペースを使うから、ステージ裏じゃ
出来なかっただけだ。それに加蓮にも本番ギリギリまで秘密にしておきたいしな。

「相変わらずナチュラルにムカつくヤツだな。二人ともあいつにいじめられなかったか?
 こんなパシリみたいな事させちまって悪かったな。」

「ううん、ゼンゼンそんなコトなかったよ☆ かれんチョーやさしかったし、ゆい達も
 サポーターしててとっても楽しかったよ☆ 」



 唯がニコニコしながら言った。そうなのか?あいつスクールに居た時は、お前らに
あんなに冷たかったのに。大丈夫かなってちょっと気になってたんだけど。




664: 2013/10/02(水) 00:55:27.21 ID:gYoRniWw0



「えへへ、それだけじゃないんだよ。加蓮さんあたし達3人に今までごめんなさいって
 謝ってくれたんだ。スクールで倒れて病院に運んでくれた時は、つい強がっちゃって
 キツイ事を言っちゃったって。今まで気にかけてくれてありがとうってさ」



 加蓮にそう言われて、美嘉は思わず泣いてしてしまったらしい。それで美嘉のヤツ、
あんなに加蓮の肩を持っていたのか。よっぽど嬉しかったんだろうな……

「加蓮さんと奈緒さんも、仲良くなってくれると嬉しいんだけどな。でも加蓮さんにそう
 言ったら、今日のグランプリで決着をつけてからだって言われちゃったよ。奈緒さんも
 きっとそう思ってるはずだって。そうなの?」

 柚ちゃんが首を傾げて聞いてきた。ああ、そうだな。あたしとあいつは出会った時から
戦う運命だったみたいだ。例えるなら『ド○ゴンボール』の悟○とベ○―タだな。




665: 2013/10/02(水) 00:56:23.83 ID:gYoRniWw0



「え~?どっちもベ○―タじゃないの~?かれんもなっちゃんもツンデレだし~☆ 」



 唯がニヤニヤしながら言った。誰がツンデレだコラ。そのまま3人で話をしながら
歩いていると、目の前にステージが見えてきた。一応加蓮の出番もチェックはしてある。
東京代表は40番だったかな。どんなパフォーマンスをするか知らないけど、ガッカリ
させないでくれよ―――――?




666: 2013/10/02(水) 00:58:36.88 ID:gYoRniWw0



***



『小早川紗枝さんとゆるキャラ『まゆまろ』くんの日本舞踊でした!では最後に小早川
 さん、地元京都のPRをどうぞ!』



『はい。京都は伝統と歴史がある街で、うちが今着てる着物はまゆまろはんのからだから
 あ~れ~ってくるくる巻き取った地元の名産品の糸で―――――』



 唯達と別れた後、あたしはステージ裏でグランプリを観戦していた。現在ステージでは
パフォーマンスを終えた紗枝ちゃんが、未央にマイクを向けられてゆるキャラと一緒に
地元京都のPRをしている。すげえな紗枝ちゃん、パフォーマンスだけじゃなくて、面白い
トークもバッチリじゃねえか。さすが関西人だぜ。




667: 2013/10/02(水) 00:59:37.87 ID:gYoRniWw0



「あ、奈緒ちゃん。そろそろ出番だね」



 ふと後ろから声をかけられて、振り返ると卯月がいた。おう、お疲れさん。さっきから
未央ばかりステージに立ってるけど、卯月の出番はもう終わったのか?

「私は前半のアシスタントだったから、後半は未央ちゃんと交代なの。今日のお仕事は
 後は表彰式と閉会式だけだよ。今はちょっとだけ休憩かな」



 卯月は手に持ったスケジュールを確認しながら微笑んだ。そういえばあたし、この子と
1対1で話した事ないな。それどころかいきなり下の名前で呼び合うようになって、まだ
いまいち距離感がつかめない。どうしようかな……




668: 2013/10/02(水) 01:01:03.71 ID:gYoRniWw0


「えへへ、なんだか奈緒ちゃんと二人っきりだと緊張しちゃって、何を話したらいいのか
 わからないや……」

 卯月が困ったように笑う。いや、それはあたしのセリフだよ。どうやら卯月もあたしと
同じ気持ちだったらしい。あたしが言うのも変だけど、気楽にいこうぜ。

「そういえば卯月、加蓮がどこに行ったか知らねえか?唯達からあいつがあたしを探して
 いるって聞いてたんだけど、どこにもいないんだよ」

「加蓮ちゃんだったらメイク室にいたよ。色々準備が大変そうだったし、美嘉ちゃんも
 お手伝いしてスタッフさんと衣装のチェックをしてるみたい。会いに行く?」

 卯月が一緒に行こうかと言ってくれたけど、あたしは断った。あいつがあたしをまだ
探していたら悪いと思っただけだから別にいいや。それに今更会いに行っても、邪魔者
扱いされて追い出されるのがオチだろ。



669: 2013/10/02(水) 01:02:31.90 ID:gYoRniWw0


「ほえ~、すごいね奈緒ちゃんは…… 実はさっき加蓮ちゃんにも、もし奈緒ちゃんを
 見たら連れて来ようかって聞いたんだけど『今更来られてもジャマになるからいい』
 って断られたんだよ。奈緒ちゃんは加蓮ちゃんの事をよく知ってるんだね」

 卯月が尊敬の眼差しであたしを見る。そんなんじゃねえよ、あいつが言いそうな事を
適当に言っただけだ。それにあいつの事なら凛の方が何倍も詳しいよ。

「うん、その話も聞いたよ。加蓮ちゃんは凛ちゃんの幼馴染らしいね。だから凛ちゃんは
 加蓮ちゃんと一緒にいるとあんなに嬉しそうなんだね。ちょっと嫉妬しちゃうな」



 卯月が頬を膨らませて文句を言う。気にするなって、凛は卯月の事も大切な仲間だと
思ってるよ。それに『幼馴染は負けフラグ』って格言もある。卯月は凛と同じユニット
なんだし、加蓮がアイドルになっても凛の親愛度でお前が後れをとる事はねえよ。




670: 2013/10/02(水) 01:03:45.73 ID:gYoRniWw0



「フラグ……?親愛度……?」



 気が付けば卯月が若干引いていた。しまった、ついうっかりA-GIRL的知識が……



「ち、違うの!未央ちゃんから奈緒ちゃんがアニメとか好きだって聞いてるし、私も漫画
 とか嫌いじゃないからそういうのに抵抗がないんだけど、この前事務所にそういう本を
 持って来た子がいて、見せてもらったら女の子同士が裸で抱き合っててちょっと抵抗が
 あってやっぱり無理で…… ってそうじゃなくて……! あうぅ……」



 妙な空気になったのを察したのか、卯月は慌ててあたしのフォローをしてくれようと
したけど、かえって自爆して真っ赤になってしまった。うん、とりあえず落ち着こうか。
どうやらCGプロには相当濃いヤツがいるみたいだな。女所帯だから1人くらい混ざって
いてもおかしくないと思ってたけど、そんな本を気軽に持ち込むんじゃねえ!




671: 2013/10/02(水) 01:05:00.32 ID:gYoRniWw0


「どんな本を読んだのか大体想像つくけど、あたしはライトな友人関係を指しただけで、
 そんなディープでヘビーな百合関係を応援してねえよ。それからその本を持ち込んだ
 ヤツは速やかにクビにしろ。美羽が影響されて目覚めてしまう危険がある」

「やっぱり奈緒ちゃんもそういう本を読んだ事あるんだね…… って違うの!だからって
 奈緒ちゃんもそういうのが好きな人って思ってるんじゃなくて……!」

 ああもうこの話はやめだ!これ以上続けるとあたしまで大惨事になっちまう!次だ次!

「ご、ごめんね変な事ばっかり言っちゃって!それじゃあ私、奈緒ちゃんに聞きたい事が
 あるんだけどいいかな!」

「お、おう!なんでも聞いてくれ!なんでも答えるぞ!」



 とにかく話題を変えたくて、あたしはおかしなテンションになっていた。だから卯月の
言葉に全くノーガードで、全く無警戒だった―――――




672: 2013/10/02(水) 01:06:21.59 ID:gYoRniWw0



「奈緒ちゃんはアイドルにならないの?」



「」



 ……ここでこの質問が来るか。あたしが『聞かないでくれオーラ』をガンガン飛ばして
いたから未央も凛も美嘉達も美羽でさえも聞くのは避けていたのに、この女は遠慮もなく
ズバっと聞いてきやがった。天然なのか狙ってやってるのか、全くわからん。




673: 2013/10/02(水) 01:07:28.97 ID:gYoRniWw0


「加蓮ちゃんはこのイベントが終わったらCGプロに入るらしいって聞いたけど、奈緒
 ちゃんは全然そんな話を聞かないから。私はてっきり二人揃ってくると思ってたんだ
 けど、奈緒ちゃんはアイドルになりたくないの?」

 卯月が大きな目をゆらゆらと滲ませながら、不安そうにあたしに聞く。誰だよ天下の
CGプロのキュート代表を悲しませるのは。そんなヤツはファンのあたしが許さないぞ。
捕まえて十字架に磔にして、卯月の目の前で懺悔させてやる。



「わからねえ……」



 卯月に見つめられて、あたしは無意識に話していた。あれ?おかしいな?のど元までは
「あたしがアイドルなんてガラじゃねえよ!」って言って笑い飛ばすつもりだったのに、
口から出た言葉は全く別のものだった。




674: 2013/10/02(水) 01:08:45.64 ID:gYoRniWw0



「どうしちまったんだろうなあたしは。アイドルなんて全然興味なかったのに。未央と
 美羽をテレビの前で応援してるだけで良かったのになあ……」



 ずっとそう思ってたのに美嘉達と仲良くなって、凛と知り合って、莉嘉ちゃんや卯月と
友達になって。みんなに近づけば近づくほど、あたしはアイドルという存在に憧れを持つ
ようになった。そんなアイドルのみんなと仲良くなって、まるで夢みたいだった。




675: 2013/10/02(水) 01:10:06.59 ID:gYoRniWw0



「アイドルメーカーだなんてわけのわからないものになって、みんなにチヤホヤされて、
 すっかり舞い上がっていたのかもしれねえな。でも加蓮を構う理由がなくなったら、
 一気に夢から覚めたよ。あたしとみんなをつないでいたのはあいつだったんだ」



 初めてスクール見学に行った時に美嘉に背負われた加蓮に出会わなければ、あたしは
今ここにはいなかっただろう。この夢のはじまりは全て加蓮がきっかけだった。だから
あいつとサヨナラしたら、あたしはアイドルメーカーから普通の女子高生に戻るんだ。




676: 2013/10/02(水) 01:11:20.85 ID:gYoRniWw0



「偶然が重なってここまで来ただけで、ホントのあたしはちょっとお節介で世話焼きな
 どこにでもいる一般人だよ。アイドルメーカーのゲタ履かせてもらって妙なスター性
 みたいなのが付いたけど、そんなの最初からないさ。でもそんなあたしでもいいなら
 アイドルに…… って、悪い悪い、つまんねえ事をしゃべりすぎたな」



 あたしはため息をついてぽりぽりと頭をかいた。どうやらまだ寝ぼけているみたいだ。
そんなあたしの話を卯月は黙って聞きながら、変わらない笑顔で見ていた。




677: 2013/10/02(水) 01:12:33.25 ID:gYoRniWw0



「ねえ奈緒ちゃん、ステージのぞいてみない?」



 卯月にそう言われて、あたしはステージ裏からこっそり顔を出した。そこでは代表の
女の子とゆるキャラが一所懸命パフォーマンスをしている。観客席から沢山の応援を受け、
ステージ上の女の子はとても楽しそうでキラキラ輝いているように見えた。壁を一枚
隔てているだけなのに、まるで別世界みたいだ。



「綺麗だな……」



 さっき紗枝ちゃんがパフォーマンスをしている時も思ったけど、まさに夢のステージだ。
あそこに立てばあたしもあんな風にキラキラ出来るかな……




678: 2013/10/02(水) 01:13:37.60 ID:gYoRniWw0



「きっとみんな奈緒ちゃんみたいに夢を見てるんだよ。ステージって不思議な場所でさ、
 どんなに小さくてもそこに立って応援されると、まるで力が湧いてくるみたいなんだ。
 何でも出来ちゃう気がして、この時間がずっと終わらないでって思うの」



 卯月があたしの隣で言った。『この時間が終わらないで』か。あたしはあがり症だから、
時間が止まったら緊張しすぎてぶっ倒れちまうかもな。




679: 2013/10/02(水) 01:14:58.33 ID:gYoRniWw0



「あはは、私もそういう時があるよ。お仕事で失敗しちゃった時とか、次のステージに
 立つのが怖くなっちゃうし。でもそれでも今はまだこの夢を見ていたいの。どんなに
 レッスンが辛くてもあの輝くステージに立てるなら、夢のままでは終われないよ。
 凛ちゃんと未央ちゃんとも一緒にトップアイドルになるって約束したしね」



 卯月の言葉にあたしははっと気づいた。夢を夢で終わらせないなんて、そんな事出来る
のか?目が覚めれば夢は終わりだと思っていたのに。でもあたしは何もしないでこのまま
夢は所詮夢だったと諦められるのか?




680: 2013/10/02(水) 01:17:52.95 ID:gYoRniWw0



「アイドルメーカーって自分はアイドルに出来ないの?昔プロデューサーさんが言ってた
 けど、未央ちゃんにはプロのコーチがついてるんじゃないかって思うくらい面接の受け
 答えが完璧だったらしいよ。履歴書も今まで見たアイドルの中で一番良くて、『未央は
 面接でアイドルにした』って未央ちゃんはよくからかわれていたよ」



 そういえばアイドルになったばかりの時、あいつよくそんな事を電話で愚痴ってたな。
あの時は他の事務所に散々落とされて、未央以上にあたしが意地になっていた。未央は
ガサツで礼儀知らずな所もあるけど、何事にも前向きで気配りの出来る優しいヤツだって
伝わらないのが悲しかった。だから絶対面接を受からせてやるってムキになってた。




681: 2013/10/02(水) 01:19:44.16 ID:gYoRniWw0



「未央ちゃんは『私はまだ夢を叶えてない』ってよく言ってるよ。パッショングループの
 リーダーに選ばれてニュージェネのメンバーにまでなっているのに。どうしてそう思う
 のか未央ちゃんに聞いた事があるの。そうしたら『私をアイドルにしてくれた近所の
 お姉ちゃんは、私がもっと出来る子だと思ってるから』って言ってたよ」



 卯月はあたしの目をまっすぐに見て言った。そうか…… あいつがそんな事をねえ……
未央がCGプロに合格した時に、他の子達に負けないようにこれでもかってくらい発破を
かけたっけな。あたしも舞い上がって『日本だけじゃなくて世界レベルを目指せ』とか
デカい事を言ったような記憶が……




682: 2013/10/02(水) 01:21:00.47 ID:gYoRniWw0


「私も未央ちゃんも凛ちゃんも、今見ている夢をこのまま夢で終わらせる気はないよ。
 それから加蓮ちゃんも、きっとそうだと思うよ」

 加蓮?どうしてここであいつの名前が出てくるんだ?

「これは加蓮ちゃんに口止めされていたんだけどね……」



 卯月はあたりをきょろきょろ見回してから、そっと耳元であたしに囁いた。




683: 2013/10/02(水) 01:22:13.97 ID:gYoRniWw0



「『アタシはベツに凛に会いたかったわけでも、アイドルになりたいわけでもないの。
 アタシはただ、ヘンな遠慮とか気遣いとかしないで普通に付き合ってくれる友達が
 欲しかっただけ。そんな友達がやっと出来たと思っていたら、そのコは自分の事を
 アイドルメーカーだとかワケわかんない事言ってアタシを捨てたの』」



 あたしは思わず自分の耳を疑った。おいおいマジか、それであいつ、午前中にあたしに
掴みかかってあんなに泣き喚いて怒っていたのかよ……




684: 2013/10/02(水) 01:23:44.24 ID:gYoRniWw0



「『アタシの気持ちを散々もてあそんで、それで『あたしがアイドルにしてやったぜ』
 なんてドヤ顔されたら頭に血がのぼって入院しちゃうわよ。だから絶対に逃がさない。
 どんな手を使ってでも、誰を利用してでも、たとえライバルとして戦う事になっても
 アイツをアタシと同じ世界に引きずり込んでやる』だってさ」



 あたしは一瞬背筋が寒くなった。頭の良いヤツは執念深いヤツが多いって聞いたことが
あるけど、どうやら本当みたいだな。どうして加蓮が嘘をついてまであたしをイベントに
呼んだのか。どうして松永さんや速水さんにあたしと対決するような事を言ったのか。
あたしの中で全てつながった気がする。




685: 2013/10/02(水) 01:24:48.77 ID:gYoRniWw0


「それじゃ私そろそろ行くね。そろそろ加蓮ちゃんの出番だからみんなで応援しないと。
 奈緒ちゃんには悪いけど、CGプロはみんな加蓮ちゃんの味方だからね♪ 」

 卯月はウィンクをしてステージ裏から出て行った。おかしいな、今朝までCGプロは
あたしの仲間だったような気がするんだが。せめてアシスタントのお前らは公平な立場を
守らなくちゃいけないだろうが。



『―――――さん、ありがとうございました。それでは続きましてNo.40番、東京都
 代表の北条加蓮さんとに○こくんのパフォーマンスです。皆様拍手でお迎え下さい』



 ステージではいよいよ加蓮の出番が来たみたいで、凛のアナウンスも声が弾んでいる
気がする。ついに登場か。さて、どんなパフォーマンスを見せてくれるのやら。




686: 2013/10/02(水) 01:25:57.90 ID:gYoRniWw0



「お待たせなっしー。ふぅ、なんとか回復したなっしー」



 あたしの隣にふ○っしーがやって来た。ちょうどいい、こいつにも見てもらおう。

「おいふ○っしー、今から出てくる東京代表があたし達の敵だ。あたしはこいつに絶対に
 勝たなくちゃいけない。協力してくれるか?」

「あれ?奈緒ちゃんって東京のサポーターじゃなかったなっしー?確か東京って今時の
ギャルっぽい子だったと思うけど、奈緒ちゃんの友達じゃないなっしー?」



 ふ○っしーが首をかしげる。ああ、友達は友達だが『強敵』と書いて『とも』と呼ぶ
タイプの友達だ。だからお前も遠慮はいらねえ、全力でいくぞ―――――




701: 2013/10/13(日) 01:35:52.57 ID:RFh0FNsG0



***



 凛のアナウンスでに○こくんが登場する。やや緊張しているのか、いつもより動きが
ゆっくりだ。そのままステージの真ん中まで歩くと、直立不動で立ち止まった。

「あれ?あいつはどうしたんだ?」

 ゆるキャラの相方の加蓮の姿がない。観客席もざわざわと騒ぎ出す。あたしはちらっと
アナウンス席の凛を見た。しかし凛は特に慌てた様子はなく、それどころか楽しそうな
笑顔を浮かべて座っている。ふと凛と目が合った。凛はあたしを見てにやっと笑った。




702: 2013/10/13(日) 01:37:27.39 ID:RFh0FNsG0


「なんだってんだ…… うおっ!? 」

 次の瞬間、会場の照明が落ちる。な、なんだ停電か!? あたしは慌てて周囲を見渡した。
すると観客席の後方がスポットライトで照らされ、それと同時に後ろの観客から大歓声が
沸き起こった。ステージ裏から背伸びして見ると、何か白く動く人影が見えた。



「な……っ!? マジかよあいつ、そこまでやるか……?」



 観客席が中心から二つに分かれていく。その間を純白のウェディングドレス姿の花嫁が
ステージに向かってゆっくりと歩いて来た。それと同時に会場に結婚行進曲が流れる。
花嫁はやや伏し目がちで、ブーケを持って拍手を受けながら堂々と胸を張っていた。




703: 2013/10/13(日) 01:39:15.25 ID:RFh0FNsG0



「加蓮…… だよな?」



 目の前で起きている光景が信じられずに、あたしは何度か目をこすった。花嫁の加蓮は、
まるでここが結婚式場であるかのように悠然としていて、逆にこっちが気圧されてしまう。
あいつってやる時は徹底的にやるんだよな。気迫がビリビリ伝わってくるぜ。



「う、美しい……」



 隣にいたふ○っしーがキャラを忘れて地声でつぶやいた。おい、語尾の「なっしー」を
忘れているぞ。しかし気持ちは分からなくもない。加蓮は美人だし、ああして花嫁姿で
振る舞っていると16歳には見えない。加蓮を至近距離で見た観客は、あまりの美しさに
心を奪われて言葉を失っている。そういうのは本番にとっとけよ。




704: 2013/10/13(日) 01:40:49.12 ID:RFh0FNsG0



『東京都代表の北条加蓮さんとに○こくんのパフォーマンスは『結婚式』です。皆様
 どうぞ、お二人を心からお祝いください』



 未央の奴もすっかり司会進行役になりきってやがる。ウェディングドレス姿の加蓮は
そのままゆっくりとステージに上がると、しずしずとした足取りでに○こくんの隣に
並んだ。ゆるキャラと花嫁って、また奇妙というかレアな組み合わせだな……



「ん?これで終わりなのか?でもこれだと加蓮だけが目立ってゆるキャラの見せ場がない
 じゃねえか。大丈夫なのかあいつら……」



 今回のイベントはあくまでペア対決だ。ゆるキャラだけが目立ち過ぎてもいけないし、
逆にペアの女の子だけが注目されてもマイナスだ。ウェディングドレスを引っ張り出して
来た加蓮はインパクト抜群だが、に○こくんはこれを超えないといけない。





705: 2013/10/13(日) 01:41:45.91 ID:RFh0FNsG0



「ちょっ!? そんなのアリなっしー!? 」



 あたしが首をひねっていると、ふ○っしーが横で騒ぎ出した。なんだようるせえな、
今考え事してるんだから静かにしてくれよ。



「に、に○こくんの顔の下をよく見るなっしー!! 」



 ふ○っしーに言われてに○こくんに注目する。するとに○こくんの顔の下が不自然に
もぞもぞと動いていた。何やってるんだあいつ……




706: 2013/10/13(日) 01:43:34.35 ID:RFh0FNsG0



 バリバリバリバリ!! ズボッ!! ズボッ!!



「って!? うぇぇぇぇぇぇえええっ!? 」



 そのまま目を凝らして見ていると、に○こくんの顔の下から人間の腕が二本勢いよく
飛び出した。突然の異様な光景に観客席がどよめいた。



『おめでとうございます!に○こくんは『新郎・に○こ』に進化しました!』



 ポ○モンの進化のBGMが流れると同時に、未央が実況で説明した。いやいやいやいや、
進化するのかよそいつ!? 確かにカエルになりそうなおたまじゃくしに見えない事もない
けど不気味さしか感じねえよ!! 進化って都合よくごまかせないぞ!!





707: 2013/10/13(日) 01:44:40.61 ID:RFh0FNsG0



『新郎新婦、ご退場です。皆様どうぞ拍手でお送り下さい』



 凛のアナウンスが入ると、に○こくんは加蓮をひょいとお姫様だっこした。なるほど、
それをするためにに○こくんはわざわざ腕を出したのか。でも破っちゃっていいのかよ。
ゆるキャラ側のスタッフさんには了承をもらってると思うけど、ちゃんと直るのか?




708: 2013/10/13(日) 01:45:38.15 ID:RFh0FNsG0



「奈緒ちゃん、あの花嫁の子、奈緒ちゃんを見てるなっしー……」



「え、あ、しまった、つい興奮して身を乗り出しちまったぜ」



 ふ○っしーに言われてはっと気づいた。いつの間にかあたしはステージ裏から上半身が
半分くらい出ていた。加蓮は無表情であたしを見ていたかと思えば、そのまま手に持って
いたブーケをこっちに放り投げる。驚いたあたしは反射的にキャッチした。




709: 2013/10/13(日) 01:47:31.51 ID:RFh0FNsG0


「うわっ!? っとと、何するんだよいきなり!? 」

 あたしが抗議すると、加蓮は挑発的な笑みを浮かべた。ああ、そういうことかよ……



『おっとこれは宣戦布告か!? 可憐で清楚かと思いきや、意外と好戦的な花嫁です!! 』



 未央の実況に観客席が沸く。プロレスのリングかよ。でもここまでされたらあたしも
期待に応えなくちゃいけないな。あたしはブーケを持ってステージに出た。

「上等だ花嫁さんよ、お前の挑戦確かに受け取ったぜ」

 マイクが入ってないので聞こえはしないが、あたしはニヤリと笑ってつぶやいた。
加蓮はに○こくんにお姫様だっこをされたまま、再び観客席の間を通って帰った。




710: 2013/10/13(日) 01:48:34.31 ID:RFh0FNsG0


『以上、北条加蓮さんとに○こくんのパフォーマンスでした!って、あっ!? 東京のPR
 聞くの忘れてた!どうしよ凛~!? 』

 結局退場した加蓮の代わりに、商工会のスタッフさんが出て来て東京都の紹介をした。
それに便乗して凛も実家の花屋を紹介した。どうやらあたしが手に持っているブーケは
凛のお母さんが作ったらしい。手広く商売しているんだな。

「ステージの演出、観客の協力、花嫁姿のインパクト、ゆるキャラ進化、お姫様抱っこで
 ペアをアピール、最後にダメ押しであたしに宣戦布告か。抜け目のないヤツだぜ」



 加蓮はステージまで歩いて抱っこしてもらって帰っただけだ。パフォーマンスらしい
パフォーマンスは何もしていない。なのにイベントの趣旨をよく理解して、観客の心を
がっちり掴みやがった。あたしが見ていた中では一番盛り上がったステージだった。




711: 2013/10/13(日) 01:49:26.85 ID:RFh0FNsG0


「これは強敵なっしー…… 今のままじゃふ○っしー達に勝ち目はないなっしー……」

 ふ○っしーがぼそっと言った。ああ、あたしも同じ意見だ。柚ちゃん達が自信満々
だったのがよく分かったぜ。あれだとマジでグランプリも狙えるかもな。

「だがあたしはあいつに簡単に白旗を揚げるわけにはいかねえんだよ。これは女の意地だ。
 今更パフォーマンスの変更をやる時間なんてないから、グレードアップしないとな」

「で、でもそんな事言ったって、どうすればいいなっしー……?」

 ふ○っしーがおそるおそる言った。ああ、あたしもさっきからそれを考えている。



712: 2013/10/13(日) 01:50:06.97 ID:RFh0FNsG0


「やっぱりもうちょっとまわ……」「それはムリなっしー!あれ以上はヤバいなっしー!」

 まだ全部言ってないのに伝わったらしい。冗談だよ、あたしもあれ以上やるのは流石に
キツいわ。

「……!それじゃあこういうのはどうだ?」

 あたしは思いついたアイデアをふ○っしーに耳打ちした。ふ○っしーはニヤリと笑う
(多分着ぐるみの中で笑ってる)と、大きく頷いた。



713: 2013/10/13(日) 01:51:18.79 ID:RFh0FNsG0


「それなら大丈夫なっしー!思いっきりやってくれなっしー!」

「おおそうか!やってくれるか!すまねえなお前ばっか無茶させて」

「全然平気なっしー!ふ○っしーの力を見せてやるなっしー!」



 さて、そうと決まれば後はタイミングだけだ。一発勝負だから呼吸を合わせないと、
お前はもちろんあたしもケガしちまうからな。インパクト追加の為に思いついたけど、
シンプルに見えて難しいかもしれねえな―――――




714: 2013/10/13(日) 01:52:23.34 ID:RFh0FNsG0



***



『それでは第○○回ゆるキャラグランプリ、いよいよ最後のペアとなりました。最後は
 飛び入り参加の千葉県船橋市非公認、ふ○っしーと神谷奈緒さんのペアです。どうぞ
 皆様拍手でお迎えください』



 そしていよいよあたしとふ○っしーの出番が来た。凛のアナウンスに会場全体が沸く。
知っていたけど異様な人気だなふ○っしー。こりゃ気合を入れていかねえとな。

「未央、渡した紙に書いてある通りに頼むぞ」

 あたしはステージの袖で未央にカンペを渡して説明する。しかし未央は首をかしげた。




715: 2013/10/13(日) 01:53:07.41 ID:RFh0FNsG0


「う、う~ん…… だいたい分かるんだけど、これ何て読むの?へび…はね……?」

「説明しただろうが。ああ、もういい、そこは適当につないでくれ。こっちで何とか
 するから。どうせマニアックすぎるし言っても分かる観客も半分もいないし」

 軽く屈伸と柔軟をして股関節をほぐしておく。よし!準備OKだ相棒!

「それじゃお先に行ってくるなっしー!」



 ふ○っしーが元気よくステージに飛び出した。さあクライマックスだ!客席には加蓮が
座っている。しっかり見てろ、最後はバッチリカッコ良く決めてやるからよ!




716: 2013/10/13(日) 01:54:15.53 ID:RFh0FNsG0



***



『ヒャッハー!いつまでこのゆるキャラ界のアイドルふ○っしーを待たせるなっしー!
 仕事サボって日サロに通ってる市長とまとめてJAROに訴えてやるなっしー!』

 相変わらずギリギリのきわどいトークで会場を盛り上げるふ○っしー。のっけから
トバしてるなおい。確かに船橋市長色黒いけど、仕事はちゃんとやってると思うぞ。

『今までのゆるキャラ達はふ○っしーの前座みたいなものなっしー。本物のゆるキャラ
 とは何か、『スーパーはくと』と『こだま』で来た田舎者に教えてやるなっしー!』

 観客席から笑いが起こる。スーパーはくとなんて超マイナーな汽車、鳥取県民だけしか
知らない思うけどな。こだまってまだあったっけ?これ以上好き勝手喋らせるのはマズい。
予定よりちょっと早いけど、そろそろ止めないと退場させられそうだから行くか。




717: 2013/10/13(日) 01:55:08.51 ID:RFh0FNsG0



『そこまでだふ○っしー!それ以上調子に乗ると温厚なあたしでも許さねえぞ!』



 あたしはステージ袖から勢いよく飛び出した。するとふ○っしーが登場した時と同じ
くらい大歓声が沸き起こった。…………え?なにこれ?どういうこと?




718: 2013/10/13(日) 01:56:19.11 ID:RFh0FNsG0


「ほら!あの子だよ!午前中にふ○っしーを投げ飛ばした女の子!」

「あの子がそうなの!? 私も見たかったなーブレーンバスター!」

「あれ?あの子さっき東京の子にブーケもらってなかったっけ?」

「「「「「神谷さーん!」」」」」「「「「「奈緒ちゃーん!」」」」」

「え!? あの子が神谷奈緒!? あの『アイドルメーカー』って噂の……」

「アイドルメーカー?なにそれ?」

「CGプロのコに聞いたんだけど、どんな女の子でもアイドルにしちゃうとか……」

「マジ!? すごいじゃんそれって!! 」

「間違いないよ!ちっちゃくて眉毛が太いらしいから!」

「アイドルメーカー……」

「アイドルメーカー……」



 いつの間にかあたしは悪目立ちしていたみたいで、会場でちょっとした有名人になって
いた。さらに見学に来ていた同じスクールの子達や、CGプロの噂話までミックスされて
かなりカオスな状態になっている。あと誰だチビで眉毛太いって言ったヤツは!! 今すぐ
ここになおれーっ!!




719: 2013/10/13(日) 01:57:24.89 ID:RFh0FNsG0


「奈緒~★ ファイト~!! 」

「なっちゃ~ん☆ ガンバだじぇ~!」

「奈緒さんカッコいいよ~!」

 観客席の前の方では、美嘉と唯と柚ちゃんがニヤニヤしながら応援している。隣では
松永さんがお腹を抱えて爆笑し、速水さんも愉快そうに口元をおさえていた。



「やべえ、なんか猛烈に氏にたくなってきた……」



 いつの間にか観客席では奈緒コールが発生している。誰だよ号令かけてるのは。まるで
公開処刑じゃねえか。どうしてこうなった……




720: 2013/10/13(日) 01:59:19.80 ID:RFh0FNsG0


『むむむ!? ふ○っしーより人気があるなんて許せないなっしー!なおっしーは大人しく
 落花生とMAXコーヒーしかない田舎に帰るなっしー!』

 ふ○っしーがピョンピョン飛び跳ねながら怒る。てめえ千葉のゆるキャラのくせに、
千葉ディスってんじゃねえぞ!それから誰がなおっしーだコラ。これ以上ここにいると
恥ずかしくて氏んじまいたくなるからさっさと終わらせようぜ。

『帰る場所はてめえも一緒だふ○っしー!お前こそ浦安ランドで放送コードギリギリの
 パフォーマンスでもしてアメリカネズミにボコられちまえ!』

『な、なおちゃ…じゃなくて神谷さん、さすがにそれはちょっとヤバいかも……』

 気が付けば未央に止められていた。おっとすまねえ、ついつい血迷ってしまったぜ。
いつの間にかあたしもふ○っしーの毒が移ったみたいだな。



721: 2013/10/13(日) 02:00:59.19 ID:RFh0FNsG0


「ムキー!千葉に毒舌キャラは二人もいらないなっしー!覚悟するなっしー!」

 ふ○っしーがこちらをめがけて猛ダッシュしてきた。そしてあたしの2メートルほど
手前で跳躍し、そのまま高度高めでお腹を突き出して体当たりの体勢に入った。



(よし!打ち合わせ通りだ!)



 あたしは飛んできたふ○っしーを身を低くしてかわし、ちょうど頭上にふ○っしーが
来た所で、右足を一気に垂直に天に向かって突き出した。靴の裏がふ○っしーの体重を
感じたタイミングで、予定通りふ○っしーと頭の中でカウントする。




722: 2013/10/13(日) 02:02:56.40 ID:RFh0FNsG0



((1…、2の…))



((3!))「ふっとべ―――――っ!! 」「ヒャッハ―――――ッ!! 」



 あたしは全身の筋肉を使って、ふ○っしーを垂直に蹴り上げた。ふ○っしーは
あたしに蹴とばされて10メートル近く真上に飛んだ。会場が一気にどよめく。




723: 2013/10/13(日) 02:04:47.19 ID:RFh0FNsG0



(ほ、なんとか成功したぜ。しかしアイツマジで何者だよ……)



 実はあたしが蹴り上げるのと同じタイミングで、ふ○っしーは私の靴の裏を足場にして
更に高く跳び上がったのだ。いくらヤツが小柄でも、あたしにあれほど高く蹴とばせる
力はない。蹴る側じゃなくて蹴られる側がスゴイ『なんちゃって蛇翼崩天刃』だ。



(ありがとよハ○マ大尉。アニメ化されて人気出るといいな。あんた悪役だけど……)



 ふ○っしーは頂点に到達すると、膝を抱えて素早く前転をしながら地面に着地した。
お前本当に中に人間入ってるんだよな……?今ならふ○っしーという名前の地球外の
生命体でしたって言われても信じるぜ。




724: 2013/10/13(日) 02:06:00.30 ID:RFh0FNsG0



『うおーっ!! すげーっ!! なおちゃ…じゃなくて神谷さんもふ○っしーもすごーいっ!! 』



 未央が司会という立場を忘れて大興奮する。ちゃんと仕事しろバカ。しかし会場も
一気にヒートアップして、誰の耳にも届いていなかった。



『ふう、なかなか楽しかったなっしー。アクアラインが見えたなっしー♪』



 嘘つけ。ここから見えるかよ。あたしは再びふ○っしーと向き合う。さて、いよいよ
雪美ちゃんのリクエストだ。あたしは再びふ○っしーとステージ上で向き合った。




725: 2013/10/13(日) 02:08:07.48 ID:RFh0FNsG0



『今度はこっちのターンなっしー!ジェフユナ仕込みのスライディングなっしー!』



 ふ○っしーが素早いスライディングであたしの足を刈り取ろうとした。あたしは腰を
落としてふ○っしーの両足をキャッチして、そのまま両脇に抱えた。



『な!? ふ○っしーのスライディングを止めたなっしー!? 』



『残念だったな!ジェフじゃなくてレイソルに教えてもらったら成功したかもな!』



 千葉県民にしか伝わらないであろう自虐ネタを挟みながら、あたしはふ○っしーの足を
抱えて勢いよく回転した。もうお分かりだろうか。雪美ちゃんのリクエストは、誰もが
小さい頃に一度くらいはやったであろうプロレス技でおなじみの、




726: 2013/10/13(日) 02:10:32.74 ID:RFh0FNsG0



『ジャイアント………… スイング………… 見たい…………』



 だった。




727: 2013/10/13(日) 02:11:30.37 ID:RFh0FNsG0



『おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおら―――――っ!! 』



『ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッハ―――――ッ!! 』



 回転しすぎて意識を失わないように、あたしとふ○っしーはお互いに声をかけ合って
コマのように勢いよく回り続けた。子供だけでなく大人も大喜びしている。限界回転数は
30回転。一応保険として未央にカウントしてもらっているのだが、




728: 2013/10/13(日) 02:13:20.18 ID:RFh0FNsG0



『10…11…12…頑張って奈緒ちゃん!あと、えっと……18回くらいだよ!』



 未央は昔からこういうのを数えるのが苦手だった。ああ、これはこのまま40回転くらい
いくかも…… あたしはそんな事をぼんやり考えながら、ふ○っしーの足を離さないように
しっかり気合を入れて回転し続けた。



 こうしてゆるキャラグランプリは最後まで大熱狂のまま幕を下ろした。最後に何とか
『よい子はマネするなよ……』と言ったのは覚えているが、それ以降の記憶はハッキリ
していない。気付けばイベントは終了していた。やがて意識を取り戻すと、右手に小さい
トロフィーと賞状を握っていた。あたしは入賞したのか?加蓮に勝ったのか―――――?




741: 2013/10/15(火) 02:56:39.00 ID:qRsU3xhF0



***



「ごくり……」



 あたしは息を呑んでおそるおそる手にしていた賞状を開いてみた。そこには『5位』と
書かれていた。また中途半端な順位だな。しかしだんだん思い出して来たぞ。確か主催の
オジサンが賞状を渡してくれて、トロフィーを卯月が持たせてくれて……



「あれ?そういえばここはどこなんだ?あたしどうして1人なんだろ?」



 あたりをキョロキョロ見渡すと、大きな鏡やメイク道具が置いてある。そういやこの
会場ってメイク室があったんだっけ?あたしは使わなかったけど、ここがそうなのか?




742: 2013/10/15(火) 02:58:46.34 ID:qRsU3xhF0


「ああそうだ、あたし閉会式までは何とか立ってたんだけど、終わってから気分が悪く
 なって誰かに肩を借りて控室で休もうとしてたんだ。でも控室は帰りの準備をしてる
 子達でいっぱいだったから、静かな所に運んでくれってお願いしてそれで……」

 ぼんやりと記憶がある。目の前に凛と未央が立っていて、卯月が心配そうにあたしの
おでこを冷たいタオルで冷やしてくれて、それであたしに肩を貸してくれたのは、



『まったく、どうしてアタシがこいつを運ばないといけないのよ。自業自得じゃん』

『私達後片付けとかあるからさ。加蓮の荷物は美嘉達がまとめてくれるから、奈緒の事を
 しっかり頼んだよ。今日は加蓮の為に頑張ってくれたんだから』

『ふ○っしーもゆるキャラ達だけで撮影があるみたいだから、奈緒ちゃんが起きたら
 声かけてあげてね。加蓮ちゃんだったら安心して任せられるよ♪』

『メイク室だったら今なら誰も使ってないから静かなんじゃないかな。私も凛ちゃんと
 未央ちゃんと一緒にプロデューサーさんにお願いして開けてもらっておくよ』



 ああそうだ…… あたしに肩をずっと貸してくれていたのは加蓮だった。表彰式の時も
閉会式の時も、あいつはあたしの隣でさりげなくあたしを支えてくれていたんだっけ。




743: 2013/10/15(火) 02:59:37.13 ID:qRsU3xhF0



「……っていう事は、あいつは4位か6位だったのか?」



 思い出せ、加蓮はどっちにいた?右ならあたしより順位は上、左なら順位は下だ?いや、
逆か?えっと、表彰台ってどんな風に並んだっけ?1位を頂点にして、向かって左が2位
右が3位だったよな?で、4位以降は3位の隣に並ぶから右…… いや、逆だったっけ?
ああもう、考えがまとまらねえ……




744: 2013/10/15(火) 03:00:36.41 ID:qRsU3xhF0



「あ、起きてる。大丈夫なのアンタ?」



 あたしが頭を悩ませていると、加蓮がペットボトルを2本持ってメイク室に入って来た。

「加蓮!お前右か!? それとも左か!? 」

「……は?なんのハナシ?ていうかイベントで疲れているのにアンタをわざわざここまで
運んであげたアタシにまず言う事がそれなワケ?」

 加蓮にジロっと睨まれる。う……、確かにそれもそうだな。あたしは背筋を伸ばして
加蓮に向き合って、ぺこりと頭を下げた。

「ありがとうございました加蓮様。あなたのおかげで助かりました」

「よろしい」

 あたしのお礼に上機嫌な加蓮は賞状に注目して、「ああ、そういうこと」とつぶやいて
ニヤリと笑った。おいマズいぞ、この顔はもしかして……




745: 2013/10/15(火) 03:01:35.48 ID:qRsU3xhF0



「右。アタシ4位。アンタの負けだよ」



「うぐっ……!? 」



 あたしはその場でがっくしと膝をついた。もう一歩及ばなかったか。確かに最初に
ふ○っしーを蹴っ飛ばした時、若干引いてる女の子もいたもんな。ジャイスイなんて
ドン引きだろう。ちょっとやりすぎたかもしれねえ。

「まぁ、アタシもこんな順位で勝ったなんて思ってないよ。4位なんて一番悔しい順位
 じゃん。もう一歩でメダルだったのに……」



 しかし加蓮は不服そうだった。ちなみに1位熊本・2位奈良・3位北海道だったらしい。
いずれの代表もあたしとふ○っしーが練習している前半に終わったので見てなかったが、
優勝はこの3つでほぼ決まりだったそうだ。そこに加蓮とあたしが乱入してどうなるかと
思ったが、後一歩届かなかったらしい。ちなみに京都は7位だったそうだ。




746: 2013/10/15(火) 03:02:20.27 ID:qRsU3xhF0


「さ、外でふ○っしーが待ってるからさっさと行くよ」

「お、おう……」

 あたしにペットボトルを渡して、加蓮はスタスタと先にメイク室を出て行った。もしか
してこいつ、あたしが起きるのをそばでずっと待ってたのか?

「なにボーっとしてるのよ。まだクラクラするの?」

「い、いや、大丈夫だ」



 加蓮がちらっとこっちを見て言った。ていうかお前ってそんなキャラだったっけ?
なんかいつもよりトゲがないというか、優しいじゃねえか―――――




747: 2013/10/15(火) 03:03:07.30 ID:qRsU3xhF0



***



「あ!奈緒ちゃーん!もう大丈夫なっしー?」

「おう、心配かけたな。お前の方こそ平気なのかよ」

「へっちゃらなっしー!ふ○っしーは無敵のゆるキャラなっしー!」



 あたしと加蓮がメイク室を出ると、本部の入り口前でふ○っしーが待っていた。すでに
帰り支度を終えているようで、このままここでお別れになるらしい。




748: 2013/10/15(火) 03:04:11.74 ID:qRsU3xhF0


「今日はすっごく楽しかったなっしー!グッズも売れたし、グランプリも入賞出来たし、
 全部奈緒ちゃんのおかげなっしー!」

「あたしは大した事してねえよ。お前に合わせてハチャメチャやってただけだ。おかげで
 また明日から変な噂と武勇伝が広がりそうだぜ」

 あたしが苦笑いすると、ふ○っしーは「奈緒ちゃんに渡すものがあったなっしー」と
言って、名刺の束を懐から取り出した。なんだこりゃ?

「奈緒ちゃんがいない間に、ふ○っしーにスカウトがいっぱい集まってきてペアの子に
 渡してくれって頼まれたなっしー。奈緒ちゃんモテモテなっしー♪」

「どれどれ…… プロレス団体と、お笑い芸人の事務所と、スタントマン養成所と……
どうして世間はあたしを普通でいさせてくれないのかな」



 もらった名刺をざっと確認してため息をついた。これだけオファーが来ているのに
贅沢な悩みだと思うけど、乙女心としては色々複雑だぜ。




749: 2013/10/15(火) 03:05:16.60 ID:qRsU3xhF0



「ふ○っしーもまた奈緒ちゃんと一緒に営業したいなっしー!どこの事務所に所属するか
 決めたら、連絡先を教えて欲しいなっしー!」



「勘弁してくれよ。今日みたいなハードなのはもう二度とゴメンだぜ。でも所属事務所は
 もう決めてあるんだ。次からはそっちに連絡してくれ」



 あたしはちらっと加蓮を見た。加蓮はふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。しかし
その顔は少し赤くなっている。まったく、素直じゃないヤツだぜ。




750: 2013/10/15(火) 03:06:20.13 ID:qRsU3xhF0



「今度あたしの協力が必要な時は、東京のアイドル事務所のCGプロに連絡しな。実は
 ちょっと前にこの事務所にスカウトされていたんだが、良い機会だし受けてみる事に
 するよ。どれくらいやれるかわかんねえけど、お前を見習って千葉代表として東京で
 ひと暴れしてくるぜ。お互い頑張ろうな」



「それは楽しみなっしー!アイドルになったらぜひ芸名は『なおっしー』でお願いする
 なっしー!『ふ○っしー&なおっしー』でご当地ユニットを組むなっしー!」

 それは全力でお断りさせてもらう。ゆるキャラはゆるキャラ同士ふ○えもんあたりと
一緒に組んでろよ。それかに○こくんとかさ。今なら嫁のコイツもついてくるぜ?

「は、はぁっ!? 誰があんなキモいヤツの嫁よ!あれはパフォーマンスだっての!」



 加蓮が慌てて否定した。あそこまでガチで結婚式やっといて、その言い訳は苦しいと
思うけどな。アイドルになったらしばらくは『に○こくんの嫁』で売り出すんじゃね?
こうしてあたしはふ○っしーと別れた。ふ○っしーは最後まであたしの前で被り物を脱ぐ
ことなく、ゆるキャラで居続けた。ふざけたヤツだったがプロ根性は大したものだな。




751: 2013/10/15(火) 03:07:31.57 ID:qRsU3xhF0



―――



「ねぇアンタ、ホントにCGプロのアイドルになるの?」



「なんだよ、何か文句でもあんのか?」



 再び加蓮と二人になる。あたしの返事に加蓮は何も応えなかった。相変わらず気難しい
というか、よくわからないヤツだな。

「お前がいないとあたしもスクールに通っても張り合いがないしな。それにお前はヘンな
 遠慮とか気遣いをせずに普通に付き合えるヤツが欲しいんだろ?」

 あたしがそう言うと、加蓮は「あのコ余計な事を……」とボソっとつぶやいた。あえて
友達と言わなかったのは、加蓮があたしをそういう風に思っていたのが信じられなかった
からだ。ケンカばかりしていたのに、どう解釈したらそうなるんだ?




752: 2013/10/15(火) 03:08:33.66 ID:qRsU3xhF0


「アンタさ、初めてアタシとニュージェネのLIVEの帰りに会場の外で会ってしゃべった
 時に、アタシに何て言ったか憶えてる?」

 急に加蓮に質問される。えっと、「ハンカチ返せ」だっけ?



「『へっ、そんだけ減らず口が叩ければ十分だろうが。それにどうせ病院に行くなら、その
  ひん曲がった根性と性格をまっすぐに直してもらえ』」



 加蓮がジトっとあたしを見てすらすら答えた。あたしそんなひどい事言ったか?お前も
1ヶ月くらい前の話なのによくおぼえてるな。




753: 2013/10/15(火) 03:09:21.55 ID:qRsU3xhF0



「アタシさ、会ったばかりのアンタにそんな事言われてすっごく腹が立ったの。でもその
 通りだと思ったよ。だから頭が真っ白になって何も言えなかった」



 小学生みたいな悪口をいっぱい言われた気がするけどな。でも確かに、あの時の加蓮は
いつもと違って混乱しているように見えた。




754: 2013/10/15(火) 03:10:17.84 ID:qRsU3xhF0



「アンタが最初に説教してきた時は、美嘉達に気に入られようとしてあのコの代わりに
 アタシを怒りに来たと思ってたんだけど、ちょっと話をしてアンタがそういうコじゃ
 ないのは分かったよ。アンタは誰にも媚びてなくて、自分の考えを持って当然の事を
 言ってるだけだって。そんなアンタに性悪女って言われてショックだったよ」



 昔から病弱で入退院を繰り返していた加蓮は、ワガママを言ってもキツく当たっても
同情と憐みによって許されてきたらしい。周囲も悪気があってそうしてるわけじゃない
けど、加蓮はそういう気遣いや反応がたまらなく嫌だったらしい。だから自分の病気の
事を知っているのに、ダイレクトな反応を返したあたしに興味を持ったそうだ。




755: 2013/10/15(火) 03:11:10.69 ID:qRsU3xhF0



「自分でもひねくれてると思うよ。でもアタシには、アンタみたいにケンカが出来るコが
 いなかったの。『あのコは病気だから』って同情で優しくしてくれるコか、シカトして
 近づいてこないコか。全部自分が蒔いた種だけど、当たり前の事を普通に言ってくれる
 アンタがそばにいると、アタシも普通の人間になれる気がしたの」



 『普通の人間になれる』とは、普通に友達として付き合って、ケンカして、仲直りして、
お互いに理解し合う。そんな当たり前の友達関係を作ってるあたし達の事らしい。しかし
今まで他人とそんな事をした経験のない加蓮には難しかった。あの凛でさえ根本は病弱の
自分に優しくしなければいけないという刷り込みがあったから対象外らしい。




756: 2013/10/15(火) 03:12:04.91 ID:qRsU3xhF0



「アンタにとってアタシはその他大勢の1人だと思うけど、アタシにとってのアンタは
 たった1人の遠慮のいらないケンカ相手なの。アンタがいるとアタシは何でも出来る
 気がする。病気の事を忘れて普通の女子高生になるどころか、凛達と一緒にアイドル
 だってやれちゃう気がする。だから、それだからアンタも……」



 加蓮はそこまで言いかけて俯いてしまった。『それだからアンタもアイドルになってよ』
かな?口に出したら怒られそうだから言わないけど。ケンカの相手かどうかは別として、
遠慮がいらない人間ってのは貴重ではあるな。こいつの中ではあたしはそういう位置付け
なのか。そんなあたしを『友達』と呼ぶのが不器用というかいじらしいというか……




757: 2013/10/15(火) 03:12:55.61 ID:qRsU3xhF0



「あたしはどうせなら仲良くしたいけどな。お前とケンカするのも嫌いじゃないけど、
 これから同じ事務所でアイドルやるんだし、何となくだけどお前とは長い付き合いに
 なりそうだからさ。それに友達ってのはケンカしたら仲直りするんだぜ?」



 あたしが笑って手を差し出してやると、加蓮は真っ赤になって自分の手を差し出した。
その手を握ると華奢でひんやり冷たかった。しっかり手入れをしている女の子の手だ。




758: 2013/10/15(火) 03:13:52.84 ID:qRsU3xhF0



「よろしくな、加蓮」



「よろしく、奈緒……」



 なんかあたしまで照れるぜ。こうして誰かときちんと友達になった経験なんて、今まで
なかったし。あちこちでお節介を焼いていたら、いつの間にか友達になってるパターンが
ほとんどだからな。あ、だから年下が多いのか。そういえば加蓮も年下だったな。




759: 2013/10/15(火) 03:15:34.31 ID:qRsU3xhF0


「こうやって妹みたいなのがどんどん増えていくんだな。CGプロに入ったらもっと妹が
 増えるのかな。シ○プリ超えは余裕だな」

「誰がアンタの妹になったのよ。アタシの姉になりたいならもっと賢くなってくれない?
 アタシ何でも物理的な力で押し通そうとするバカな人間ってキライなの」
 
 おっと、ようやくデレたと思いきや再びツンに戻るNew妹。気難しいのはデフォか。

「誰がバカだコラ。あたしの女子力舐めんなよ。あたしがちょっと本気を出せば、凛に
 代わってクール代表の知的でスマートなアイドルにだってなれるんだぜ?」

「どこがクールなのよ。今日のイベントのパフォーマンスだって、アタシや凛みたいな
 クールの要素ゼロなんですけど」

 反論出来ねえ。思い返せばここまで全て力技で突破してきた気がする。おっかしいなあ、
肉体労働は未央の専門で、あたしは頭脳担当だったんだけどなあ。



760: 2013/10/15(火) 03:16:37.51 ID:qRsU3xhF0


「まぁ、スクールではアタシの方が奈緒よりセンパイだから、クールなアイドルになれる
 ようにいっぱいレッスンしてあげるよ。ココさえ使えば奈緒でもなれるからさ」

加蓮はちょんちょんと、小馬鹿にしたように自分のこめかみを人差し指で軽く叩いた。
なんだろう、激しくイラっとする。言われっぱなしは悔しいので反撃を試みた。

「お前はクールというより小賢しいんだよ。先回りして逃げ道塞いで追い込みやがって。
 美嘉達ばかりか、まさか松永さんや速水さんまで味方につけるとは思わなかったぜ」



 気付けばいつの間にかみんなあたしと加蓮がガチ対決するのを期待してるし、あたしも
すっかり乗せられていた。そんなに他人を使って回りくどい事しなくても、ただ一言だけ
「勝負よ!」って言うだけで良かったのによ。





761: 2013/10/15(火) 03:17:32.90 ID:qRsU3xhF0



「奏と涼は勝手に面白がってバトルを煽ってただったよ。美嘉達は何もしなくても味方を
 してくれたし、最初からアタシが奈緒の所に送り込んだのは1人だけだよ」



「そうだったのか?その1人って一体……」



 あたしが言い終わる前に、どこからかやって来た小さい女の子が加蓮の腰のあたりに
抱き着いた。その子は綺麗なさらさらした髪で、曇りのない瞳を加蓮に向ける。




762: 2013/10/15(火) 03:18:58.62 ID:qRsU3xhF0


「加蓮…… 私京都に帰る………… おわかれ…………」

「お姉ちゃんって付けなさいって言ったでしょ。紗枝にも挨拶するから連れて行って」

「加蓮………… おとな…………」

「これくらい当然よ。雪美もちゃんとしないと、奈緒みたいな体育会系になっちゃうよ?」

「奈緒……?いたの…………?」



 雪美ちゃんを注意しながらも、抱き着かれて満更でもなさそうな加蓮だった。
……って、お前雪美ちゃんと知り合いだったのかよ!?






763: 2013/10/15(火) 03:19:43.73 ID:qRsU3xhF0



「この子がアタシの協力者。アンタをやる気に火をつける秘密兵器だよ」



 ニヤリと笑う加蓮と、可愛く小首を傾げる雪美ちゃんにあたしは言葉が出なかった。




764: 2013/10/15(火) 03:20:44.29 ID:qRsU3xhF0



***



「すんまへんなあ奈緒はん。雪美ちゃんが奈緒はんをにらんでしもうた事を気にしてて
 落ち込んどったら、加蓮はんが声をかけてきてくれはったんどす。奈緒はんはそんな
 ことで気ぃ悪うせえへんから、ちゃんと謝ったら許してくれはるゆうて」



 駐車場に着いたら、紗枝ちゃんがあたしに説明してくれた。雪美ちゃんはリヤカーを
引いているあたしとふ○っしーを離れた所で見てたらしい。ふ○っしーのペアのあたしに
ひどいことをしてしまったと罪悪感を抱いていたものの、面と向かって謝る勇気がなくて
悩んでいたら加蓮が元気づけてくれたそうだ。




765: 2013/10/15(火) 03:21:36.64 ID:qRsU3xhF0



「雪美ちゃんみたいな可愛い子に応援されたら、奈緒はんもやる気になりはるやろうから
 連れて行ったってて加蓮はんにお願いされまして。でも加蓮はんの差し金やて知ったら
 奈緒はんはいらん事考えはるかもしれへんから、内緒やて釘刺されましてなあ」



 おほほと上品に笑う紗枝ちゃん。可愛い顔して意外と油断ならねえな。確かに言われて
みれば、あのタイミングで雪美ちゃんと紗枝ちゃんが来たのは不自然だった気もする。
でもまさか裏で加蓮が糸を引いていたとは思わなかったぜ。




766: 2013/10/15(火) 03:22:51.92 ID:qRsU3xhF0



「奈緒………… ジャイアントスイング………… ありがとう…………」



 雪美ちゃんがあたしに向かってお礼を言った。あまり表情が変わらない子だけど、多分
喜んでいるのだろう。あれくらいお安い御用だぜ。カッコよかっただろ?



「うん…… 加蓮も…… ジャイ○ントコーン…… ごちそうさま…………」



 ん?雪美ちゃん?今なんて言った?



「ヤバッ」



 加蓮は慌てて逃げようとしたけど、紗枝ちゃんに「まあまあ」と言って止められた。




767: 2013/10/15(火) 03:23:49.96 ID:qRsU3xhF0



「加蓮に……アイス買ってもらった………… それでテレビで見たの……思い出した」



 ドヤ顔でピースをする雪美ちゃん。ほっほーう、つまり雪美ちゃんがあたし達にあんな
過激なパフォーマンスをお願いしたのはお前のせいじゃねえか加蓮!!

「ア、 アタシに言われても困るし!それに奈緒がふ○っしーに先にプロレス技かけたから
雪美の頭にインプットされたんじゃないの!? 」

 うるせえ問答無用だ!逃げ回る加蓮を追いかけながら、にこにこしている紗枝ちゃんと
機嫌の良さそうな雪美ちゃんを見て結果オーライかと思った。何となく雪美ちゃんは将来
大物になりそうな気がする。紗枝ちゃんも社長とか似合いそうだな―――――



768: 2013/10/15(火) 03:24:49.89 ID:qRsU3xhF0



―――



「はぁ……はぁ…… お前…全然元気じゃねえか…… 」

「ぜぇ……ぜぇ…… ふざけんじゃ…ないわよ……」

 京都の二人を見送って、あたしと加蓮は一息ついた。さて、それじゃそろそろ未央達の
所に行くか。もう片づけも終わってるだろうし、きっと待ってるだろう。

「さっき凛に駐車場にいるって連絡したら、プロデューサーさんが迎えに来てくれるから
そこで待っててって言われたけど……」



 加蓮がスマホをチェックしながら言った。いつの間に連絡したんだよ。そういう事なら
行き違いになっても面倒だしここにいるか。プロデューサーって名前ずいぶん久しぶりに
聞いたな。今までどこで何をしてたんだよ。




769: 2013/10/15(火) 03:26:25.62 ID:qRsU3xhF0



「あ、来た来た……って、あれ?」



 加蓮が見つめる先にいたのは、顔の下をガムテープで補修したに○こくんだった。まだ
着替えてなかったのかよ。もう商工会のスタッフさんも帰ったんじゃねえのか?

「なんでアンタが来るのよ。アタシはプロデューサーさんが来るって聞いたんだけど」

 に○こくんはあたりを見渡して誰もいないのを確認すると、被り物を動かしはじめた。



「え……?まさか……?」



 あたしと加蓮は固まった。もしかして中に入ってるのって……




770: 2013/10/15(火) 03:27:48.94 ID:qRsU3xhF0



「ぶは―――――っ!! あ~、ようやく解放されたよ。もうこの被り物暑いのなんのって!
 中の人ってよくこんなのずっとかぶっているよな」



 に○こくんの中から現れたのは、朝に会ったきりのCGプロのプロデューサーだった。
マジかよ!? 今日一日ずっとに○こくんやってたのか!?

「最初は本部スタッフで凛のサポートをする予定だったんだが、凛に未央と卯月がいれば
 大丈夫だから北条さんに付き添ってくれって頼まれてな。でも俺が普段の恰好のままで
 行くと北条さんは信頼されてないって怒るかもしれないから、それでに○こくんの中の
 人に代わってもらったんだ。なかなか筋が良いって褒められたよ」

 プロデューサーは苦笑いしながら、頭に巻いたタオルを外して額の汗を拭いた。朝に
あたし達と別れてから、スキップしながらやって来たに○こくんからずっと今まで中が
プロデューサーだったらしい。随分ノリノリだったんだな。



771: 2013/10/15(火) 03:30:10.49 ID:qRsU3xhF0


「え…… それじゃあアタシは…… プロデューサーさんと結婚式をして、お姫様だっこを
 されて、それからパパとママに挨拶して、それから……」

 加蓮はうわ言のようにぶつぶつとつぶやいたかと思えば、そのままショートして頭から
湯気を出しながら倒れた。色々混乱しすぎだバカ!お前は家に何を連れてご両親に挨拶を
しようとしてるんだよ!? あれはパフォーマンスだろうが!!

「加蓮はあたしが運ぶから、Pさんはもう一回に○こくんになってくれ。誰が見てるか
 分かんねえし、ゆるキャラはそう簡単に正体を明かしたらいけないんだぜ?」

「ええっ!? そうなのかっ!? 」



 Pさんもふ○っしーを見習えよ。あたしはやれやれとため息をついて加蓮を背負った。
さ、行こうぜ。ついでにPさんには聞きたい事が色々あるし教えてくれよ―――――




772: 2013/10/15(火) 03:31:38.89 ID:qRsU3xhF0



***



「なぁPさん、どうしてPさんはあたしに声をかけたんだ?」

 加蓮を背負って未央達の所へ向かう道中、あたしはプロデューサーに質問してみた。
見た目はに○こくんだから、なんかシュールな光景だな。

「プロデューサーの勘がティンと来た!て言いたいけど、そんな答えじゃ納得しません
 って顔をしてるな。そんなに信じられなかったのかい?」

「ああ、もうちっと現実的な回答を頼むぜ。未央から聞いたけど、Pさんってあんまり
 街で声をかけたりしないんだろ?今までスカウトされたのって凛と美嘉と莉嘉ちゃん
 だけだって聞いてるぜ。あの3人なら分かるけど、どうしてあたしなんだ?」



 凛と美嘉は背も高いし、スタイルも良いモデル体型だ。顔だって美人だし、速水さんや
松永さんみたいなあまりそこら辺にいないタイプの女子高生だろう。莉嘉ちゃんも元気で
華があって将来有望だ。親しみやすさが主流と言っても、やはりアイドルにはルックスが
重要だ。パっと見ただけでスカウトされるような、目を惹く要素はあたしにはない。




773: 2013/10/15(火) 03:33:03.23 ID:qRsU3xhF0



「確かにルックスや華やかさも大事だけど、アイドルに一番必要なのは人に好かれる
 魅力を持っているかどうかだ。そして君はそれを持っていた。ネタばらしをすると、
 君は俺達アイドル事務所が血眼で探していた逸材で、業界では有名人だったよ」



「なっ!? 」



 プロデューサーの口から出た予想外の言葉に、あたしは驚いた。何で業界であたしの
存在が知られているんだよ!? あたしアイドルの面接とか受けた事ないぞ!?




774: 2013/10/15(火) 03:35:27.39 ID:qRsU3xhF0



「未央がまだアイドルになる前のあちこちの事務所で面接を受けて回っていた時に、君は
 こっそり様子を見に来ていたんだろう?それでたまたま出会った、面接に落ちた子達を
 慰めていたそうじゃないか。ウチには来てくれなかったけど、事務所の間であの子は
 一体誰だって噂になってたんだよ?」



 ああ、そういえばそんな事をしていた記憶があるな…… 未央の面接に全部行った
わけじゃないけど、都合が合えば結果が気になって様子を見に行った事は何度かある。
事務所の近くで通行人のフリして見ていたら、女の子が泣きながら出て来たから、
無視するのも気が引けて何人か声をかけてしまった。






775: 2013/10/15(火) 03:36:46.02 ID:qRsU3xhF0



「君が噂になったのはそれだけじゃないんだよ。あの時君に慰められた子達が、もう一度
 アイドルを目指して頑張ってみようと奮起して、その後何人か合格した子もいるんだ。
 あの時もし神谷さんに会わなかったら、夢を諦めていたって子もいるらしいぞ。君が
 アイドルにした子は未央達だけじゃないんだ。これからもっと増えるかもな」



 自分の事ながら、まるで都市伝説みたいな話だな。妖怪『励まし女』的な。不審者扱い
されて通報されなかっただけマシか。あたしがあの時声をかけたのは、少なくとも10人は
いたはずだ。そっか、あの子達がなあ。よかったなあ……




776: 2013/10/15(火) 03:40:25.70 ID:qRsU3xhF0


「アイドルになるのって簡単な事じゃないんだ。未央を見ていた君なら分かると思うけど、
 一発で面接に受かる子なんてほとんどいないし、素質があっても方針に合わないと合格
 出来ないし、タイミングだってある。俺達も全員合格させてあげたいけど、ある程度は
 選ばないといけないんだ」

 プロデューサーは歯がゆそうに言った。それは当然だな。巡り合せだってあるだろうし、
実際に面接を受けて落とされないと分からない事だってある。未央も何回も面接を受ける
うちに、アイドルとしての心構えが出来てきたような気がした。

「君みたいな強さと優しさを持っていて周りに力を与えられる子は、まさにアイドルに
 ふさわしい逸材だ。どこの事務所も君を欲しがっていたんだよ。でも神谷さんが誰の
 関係者か分からないし、君が助けた子達も君の名前を知らなかったから見つけるのは
 ほぼ不可能だったよ。面接を受けて回っている子は未央だけじゃなかったし」



 ツチノコじゃあるまいし、話が大きくなりすぎだろ。それに未央がCGプロに受かった
後はアイドル事務所に行ってないし、誰もあたしを見つけられなかっただろうな。元々
東京にはアキバにDVDを買いに行くくらいで、あたしの主な活動エリアは千葉だからな。




777: 2013/10/15(火) 03:42:11.72 ID:qRsU3xhF0


「でもPさんは分かったんだな。さすが未央が言ってた仕事がデキる男だぜ」

「俺も確信があって声をかけたわけじゃないけどな。小柄で前髪が切り揃えられていて、
 意志の強そうな眉毛をしたパンツルックの子って聞いていたからそうじゃないかって
 思ったんだ。それに未央から聞いた近所の素敵なお姉さんって子に特徴が似てたから、
 声をかけても損はないと思ってな」

「なんだそうだったのか。噂が一人歩きしてたんだな。道理で何かおかしいと思ったぜ。
 でもこれで納得したよ。それで実際にあたしを見て、こうして喋ってみてPさんはどう
 思ったんだ?想像してたのと違ってガッカリさせちまったか?」



 あたしはプロデューサーに聞いてみた。こんなあたしで良かったら、もう一回スカウト
して欲しいな。今度は逃げないからさ。プロデューサーは少し考えるように無言になって
から、ゆっくりとあたしに向き合って言った。




778: 2013/10/15(火) 03:43:54.31 ID:qRsU3xhF0



「俺も噂は半信半疑だったけど、実際に会ってみたら噂以上だと思ったよ。スクールでも
 今日のイベントでも君はいつも中心にいた。飾らないさっぱりした性格で、いつだって
 一所懸命で周りに力を与える。こんな事を言うと誤解されるかもしれないけど、本音を
 言わせてもらうと俺は君をアイドルにスカウトしたくない。それよりもこう言いたい」



「な、なんだよ……?」



 に○こくんの被り物をしているからその表情は読み取れないけど、真剣な空気だけは
伝わってくる。大の男があたしみたいな一般女子高生に一体何を言うつもりだよ……




779: 2013/10/15(火) 03:45:19.16 ID:qRsU3xhF0



「俺は君に惚れたよ。プロデューサーとアイドルという関係じゃなくて、君とはもっと
 対等な関係で、人生のパートナーになって欲しいと思った。もし今と違う出会い方を
 していたら、プロポーズをしていたかもな」



「な、な、な……!? 」



 プロデューサーの突然の告白に、あたしは思わず背中の加蓮を放り捨てて逃げ出したく
なったけどギリギリで思いとどまった。ていうかそれ、に○こくんの恰好して言うセリフ
じゃないだろ!どんなカッコいい事言っても全部ギャグになるっての!




780: 2013/10/15(火) 03:46:46.11 ID:qRsU3xhF0



「俺だって被り物でもしてないとこんな事言えないよ。プロデューサーっていうのは元々
 惚れっぽいんだ。自分が惚れ込んだ子をトップアイドルにして、世間の人達にその子の
 素晴らしさを知ってもらう事が俺の喜びだけど、君は俺が独り占めして誰にも教えたく
 ないと思ったよ。それくらい君は魅力的だ。アイドル達が惹かれるのも分かるよ」



 おいやべえよこの空気。大の男がマジ告白してるのに、に○こくんのカッコしてるから
吹き出しそうになって全然胸に響かねえ。いかん、そろそろ限界だ。加蓮を叩き起こすか?
それとも未央か凛でもここに呼ぶか?誰でもいいからあたしを助けろ。助けてくれ……




781: 2013/10/15(火) 03:48:28.20 ID:qRsU3xhF0



「まぁ、でも俺はプロデューサーだから君をトップアイドルにするけどな!俺にはそれ
 しか出来ないし、君達とこうやって付き合えるのもプロデューサーとアイドルという
 関係があるからだ。ごめんな困らせるような事を言って。今の話は忘れてくれ」



 ようやく普通の空気に戻って、あたしは一息ついた。そ、そうだな!今の話は忘れよう!
忘れていいのか分からないけど、今のあたしには返事は出来ないぜ。それじゃ気を取り
直して改めてスカウトを受けよう。こういう事はしっかり言っとかないとあたしも決心が
揺らぐからな!すぅ~、はぁ~…… よしっ!




782: 2013/10/15(火) 03:49:27.21 ID:qRsU3xhF0



「ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします……」



「え?」



 だああっ!? 何を口走ってるんだあたしは!! ち、違う!いやPさんが嫌いとかじゃなくて
そういう意味で言ったんじゃなくて、これからアイドルとしてだな……!!

「ははは、やっぱり神谷さんは面白いな。ますます好きになったよ」

 に○こくんのカッコしたPさんに言われたくねえよ!どうやらまだジャイスイの影響が
残ってるみたいだ。今日はとりあえずこのまま打ち上げに行って、日を改めてから今後の
話をしようぜ。みんな待ってるしさっさと行くぞ!




783: 2013/10/15(火) 03:51:27.82 ID:qRsU3xhF0



「Pさん!」



「ん?なんだい?」



 おっと、最後にこれだけは言っておかないとな。あたしは背中に背負っている加蓮を
くいっとあごでさして、ニヤリと笑った。



「あたしは未央と美羽の、加蓮は凛のお姉ちゃんみたいなもんだ。知ってるか?姉より
 優れた妹は存在しないんだぜ。あたし達はあいつらみたいに簡単に手なづけられない
 から、気合を入れてプロデュースしてくれよな!」



 その分、あたしは未央みたいにPさんの手を焼かせる事はないって約束するぜ。加蓮は
どうか分からないけど、こいつの面倒もあたしがしっかり見てやるよ。あたしは男勝りで
あんまり可愛気はないけど、これからよろしくな!




784: 2013/10/15(火) 03:55:09.98 ID:qRsU3xhF0



「ああ、もちろん分かってるよ。実は君神谷さんのそういう性格を考慮したユニットも
 検討している所だ。聞けばきっと驚くぞ」



「おいおいPさん。もうあたしはPさんにプロデュースされるアイドルなんだし、奈緒で
 いいぜ。でもそれは楽しみだな。でっかかろうが沢山いようが、しっかり可愛がって
 やるよ。でもあたしもちゃんと可愛がれよ―――――?」




785: 2013/10/15(火) 03:57:01.26 ID:qRsU3xhF0



***



 こうしてあたしは、後に凛と加蓮と一緒にトライアドプリムスという名のユニットを
組む事になる。姉妹みたいによく似た性格の二人に振り回されながら、今あたしは楽しく
アイドルをやっている。もちろん未央や卯月や美嘉達も一緒だ。夢を夢で終わらせない
為に、毎日精一杯楽しんでいる。アイドルになって本当に良かったぜ。



 アイドルメーカーは都市伝説になり、あたしをそう呼ぶ人間は次第にいなくなった。
でもいつかまた、あたしみたいなお節介なヤツがそんな風に呼ばれるのだろう。夢を
一所懸命追いかける人間の側には、必ず応援している人間もいるんだから。




786: 2013/10/15(火) 03:58:02.16 ID:qRsU3xhF0


「ミイラ取りがミイラってやつで、そいつもあたしみたいにアイドルになっているかも
 しれないけどな。でもそれはそれで面白いと思うぜ?まぁ、お互い頑張ろうや」

「奈緒~、何してるの~?レッスン行くよ~」

「おう、悪い加蓮、すぐ行くぜ!」



 ふ○っしーがワンポイントに刺繍されたスポーツタオルをバッグの中に詰め込んで、
あたしは寮の部屋を出た。見てろよふ○っしー、お前よりビッグになってやるぜ。




787: 2013/10/15(火) 03:58:46.49 ID:qRsU3xhF0



「さてと、今日も一日頑張るか!」



おわり




789: 2013/10/15(火) 04:14:16.30 ID:X+KO1APGo
乙、長かったな。
まさにお疲れ様。

791: 2013/10/15(火) 04:29:01.10 ID:qRsU3xhF0

>>788
>>789
こんな夜更けに感想を戴きありがとうございました。
誤字脱字が多いですね。チェックが甘くなったのがちょっと後悔。

最後に中断している時にレスを下さった>>621->>628のみなさんに感謝を。
エタってはいかんと奮起したのはみなさんのおかげです。

それでは最後までお付き合い戴いた全ての方々と、神谷奈緒という素晴らしい
アイドルにもう一度感謝を。ありがとうございました。


794: 2013/10/15(火) 12:32:36.25 ID:sRMQkogDO
乙!

795: 2013/10/15(火) 14:48:08.65 ID:lGOtXnAHo
乙にゃあ!

引用元: 神谷奈緒「アイドルメーカー」