1: ◆sIpUwZaNZQ 2013/02/09(土) 18:59:29.68 ID:5Oz0DOWr0

「魔法少女まどか×マギカ」×「ペルソナ2」

のクロスSSです。

・書き溜めてますが、見直ししながらなので
投下の間隔が長くなります。ご容赦ください。

・「まどマギ」はテレビ版および映画版完結後、
改変後の世界です。公式情報があまりないため
多分に自己解釈が多くありますが、
人間関係等の設定の根拠は改変前に準拠しています。

・「ペルソナ2」側はギミックが中心で、
出てくるキャラもそう多くありません。
主に、まどマギのキャラが出演します。
ですが、これはペルソナ2に合わせて
『二部作』の予定です。
そちらで出るキャラがいるかもしれません。

「ペルソナ2」がどちらかはおいおいお楽しみいただければ、
と思います。



2: 2013/02/09(土) 19:10:38.05 ID:5Oz0DOWr0

―――なんで? なんでなの?―――


―――どうかした?―――


―――みらいがみえないの、みえなくなったの―――


―――え? なんで?―――


―――わからないの。もやがかかって、まっくらになってて―――


―――おちつきなって、だいじょうぶ、あわてないで―――


―――こわい、こわいよ―――


―――だいじょうぶ、だいじょうぶだよ。あたしがついてるから―――

3: 2013/02/09(土) 19:12:00.84 ID:5Oz0DOWr0


―――始まってしまったか―――


―――あの時と同じように―――


―――人の可能性を、試すつもりなのか―――


―――それとも、本当に―――

4: 2013/02/09(土) 19:29:25.86 ID:5Oz0DOWr0

―――あたしが、なんとか、しなくちゃ―――

―――おんがえし、するんだ―――

5: 2013/02/09(土) 19:33:18.46 ID:5Oz0DOWr0

美樹さやかが消滅してから数日たった。
魔獣との戦いの果て、愛した少年を残し彼女は導かれた。
「円環の理」に。

それでもなお、魔法少女には立ち止まることは許されなかった。
弓を、銃を使い、今夜も魔獣を撃破していた。
今夜もまた、そんな非日常が日常だった。

「暁美さん、無事ね」

「そちらも、問題ないようね」

互いに傷一つない状態を確認する。魔法少女の衣装に乱れたところは
なく、戦塵のまみれた様子もない。

さやかを失ったショックからか、佐倉杏子は二人の前に
姿を見せなかった。心配する巴マミに代わり、一度QBが昨夜
様子を見に接触を図ったが、にべもなく追い払われたらしい。

「一応食事はとっているし、個体数は少ないが
風見野の魔獣は倒してる。
ソウルジェムの管理もやっていたから、今しばらくは大丈夫だろうね」

「顔を合わせづらいのかもしれないわね」

巴マミは嘆息する。お姉さん気質の彼女は後輩であり弟子のことを
心底心配していた。そこに裏表などあるはずもない。
純粋に心配をしているのだ

6: 2013/02/09(土) 19:55:55.93 ID:5Oz0DOWr0

「……まどか……」

そのほむらのつぶやきは、マミに聞こえただろうか。

一応の情報交換もできたし、魔獣の撃退も今夜は一区切りついた。
まだ四月、夜の帳に体も冷える。魔法少女とて、寒さは感じる。
それは、人と変わらない。例え、魂を石に替えたとしても。
背後に広がる夜景は、人々の営みの集まり。
それを、彼女たちは守っていた。

「今夜はこれまでにしましょう。貴女も、あまり思いつめないでね」

「ええ、大丈夫よ。おやすみなさい。巴マミ」

(相変わらずフルネームで呼ぶのね)

お互い魔法少女の変身を解いて、家路についた。QBは何も言わず
暁美ほむらの肩に乗るとそのままついていった。
その様子にマミは脳裏によぎる何かを見たが、すぐに消えた。
そのため、気にするでもなく帰宅していった。

7: 2013/02/09(土) 20:06:41.99 ID:5Oz0DOWr0

翌日、ほむらは時間通り起床し、制服に着替え登校する。
かつて、まどかと過ごした記憶のある、見滝原中学校に。

魔法少女とはいえ、彼女らは中学生だ。日中は世間体もありちゃんと
通学している。していないのは杏子くらいなものだ。
そんな学校生活をそつなくこなすほむらやマミは、周囲からは
優等生めいて評価されていた。しかし、マミはそれなりに学友がいる
のにたいし、ほむらはやや周囲から離れたところにいた。

「ごめん、暁美さん。さやかのこと、何か知らないかな」

放課後、帰宅の準備をする生徒で賑わう教室。そのなかで、
上条恭介に声を掛けられるほむら。その隣には志筑仁美もいた。
二人ともあまり顔色がよくない。親友と幼馴染の失踪に
心を痛めているようだった。
友人の少ないほむらに話しかけるほど、二人は逼迫しているのかも
しれない。

「ごめんなさい。私も、どこにいったかわからないの」

「そう、ですか。申し訳ありません…何度も」

心底申し訳なさそうな顔の仁美。その表情は暗い。
自分の告白が、彼女の失踪の原因ではないかと気に病んでいるから
だろう。

8: 2013/02/09(土) 20:26:49.26 ID:5Oz0DOWr0

昨日は仁美に、今日は上条に同じことをほむらは聞かれた。藁に
もすがる思い、なのだろう。特に上条はいつも隣にいた幼馴染の
失踪に喪失感を感じていた。
それまで上条を思い慕っていた仁美の告白を拒むほどに。

ほむらが気に病む性質のものではないはずだが、しくしくと心が
締め付けられる。

「何か思い出したり、見かけたりしたら教えてほしい」

「ええ、わかったわ。何かわかったら知らせるわね」

そういって、二人はほむらに携帯番号とアドレスのメモを手渡した。
皮肉にもこれは「前の世界」では受け取ることがなかったものだった。
受け取り指で弄びながらこれを使うことはないだろうな、
とぼんやり思った。

ほむらの視線はその上条の手に集中する。

切羽詰まった二人の表情。さやかの願いは、この上条の
バイオリニストとしての復帰だった。事故で動かなくなったその
左手は、さやかの祈りにより元通りになっていた。

それは、さやかがかつていたことを示す、数少ない証。

9: 2013/02/09(土) 20:45:05.13 ID:5Oz0DOWr0

校門のそばで、マミが待っていた。胸の前で小さく手を振り微笑むと
合流する。本来ならここに杏子も待っていて、魔法少女絡みのことが
あればこうやって落ち合うことにしていた。
だが、基本的には各々単独行動である。一人では対処しきれない
ほどの魔獣が発生するようなことがない限り、
過度に干渉しないことがお互いのルールだった。

「今夜、一緒にパトロール、どうかしら?」

マミがそんなことを提案する。不安からか、寂しさからなのか
はわからない。とにかくほむらにそんなお願いをする。
だが、ほむらにそれを受け入れる度量も余裕もない。
彼女の根は、あの眼鏡をかけた気弱な少女だからだ。

「いいえ、悪いけれど遠慮するわ」

取りつく島もなく言う。
断られたマミはしょげ返る。だが、ただそこで引き下がる
彼女ではない、執拗に食いつく。その姿は少しいつもと違う
逼迫した何かを漂わせていた。

「美樹さんみたいに、貴女が消えてしまわないか、不安なのよ」

「杏子の心配をするべきだわ。私は心配いらない」

ほむらの返事は、にべもない。

10: 2013/02/09(土) 21:06:48.36 ID:5Oz0DOWr0

確かに、マミからすればほむらの魔法少女の素質は高い。またどこで
身に着けたのか凄まじい戦闘技術の高さも備わっている。彼女が
魔獣の二十や三十に後れを取るとは思えなかった。

あの夜も、さやかの(理由があったにせよ)単独行動が原因で多数の
魔獣に取り囲まれたため全員での対処が遅れた。
だがあそこにいたのがほむらであれば、
十分に皆の到着は間に合っただろう。

マミの心に闇を落としているのは、後悔。零した魂への悔恨。

「そう……」

「でも、心配してくれて、ありがとう」

ほむらは、微笑こそ浮かべないものの、声色を柔らかくして応じる。

ぶっきらぼうにいうほむらの礼に、マミは一瞬驚く。そして輝く
そこに光明を感じたのか、拒否されてもなお食い下がろうとした時、
まったく別方向から声を掛けられた。

「あのーごめんなさい。ちょっとお話聞いていいかしら」

会話が決裂しかけた二人に、一人の女性が声をかけた。
彼女たちが今まであったことのない、大人の女性だった。

11: 2013/02/09(土) 21:24:57.65 ID:5Oz0DOWr0

彼女は天野舞耶と名乗った。女性ティーン向け雑誌の編集記者らしい。
二人に名刺を渡し、取材を申し込んでいるつもりなのだろう。
健康的で、爽やかな印象を受ける笑顔だ。

「わお、二人とも可愛いわね。カメラマン連れてくればよかった」

「あの、何か御用ですか?」

人との接触が苦手なほむらの代わり、人当たりのいいマミが応じる。
とはいえほむらも名刺を渡された手前、それを捨てるような礼儀知らず
ではない。
話の腰を折られたことへの不快感を露ほどにも見せなかった。見事と
言えた。

「実はね、今女子学生の間で広まっている噂について取材しているの」

「噂?」

もうほむらは踵を返そうとしている。マミが対応するからと構わない
だろうという姿勢のようだ。それにほむら自身がその手の雑誌に
疎いこともあり、興味をそそられなかった。

「ええ、えっとね。手帳手帳……」

鞄から手帳を取り出して、メモしたことを読み上げる。女子学生が
気に入りそうなくだらない噂だろうと、高をくくっていたときだった。

12: 2013/02/09(土) 21:48:58.48 ID:5Oz0DOWr0

「ああ、あったあった。【白い猫が契約を迫る】ってやつね」

二人の表情が変わる。だが自分で書いたはずのメモが読みづらいのか
眉をひそめて読み上げているため、その変化に舞耶は気付いていない。
細かい字で書いたのか、はたまたインクがにじんだのか
難しそうな目で読み上げている。

「【何でも願いを叶えてあげるから、魔法少女になって戦ってくれ】
って言う話ね」

ほむらとマミが顔を見合わせる。その内容に訝しがっている。
先を促すよう舞耶の顔を見るが、それに気づかず読み上げるだけだ。

「後はね【ジョーカー様】ってやつね。
【自分の携帯から自分の携帯にかけるとジョーカー様が現れて、
何でも願いを叶えてくれる】っていうの」

舞耶はこの二つが気になったらしい。『何でも願いが叶う』という
共通点に興味をそそられたとのことだった。

「不思議でしょ。同じ時期に、似たような噂が立つなんて。
何か知らない?」

噂が真実か否かはともかくとして、何かあるのではないかという
淡い期待を込めて、こうして聞き込みをしているとのことだった。

13: 2013/02/09(土) 22:07:58.45 ID:5Oz0DOWr0
誰も読まないような小さな記事の取材。だがそれを口実に
不思議な話が聞けるかもしれないと思ったらしい。
そのため取材をしていると舞耶は言う。以外に図太いらしい。

「片方は日曜朝のアニメみたいな話、一方はお呪いのようなやり方。
ひょっとしたら何か接点があると思ってねー」

にこにこ笑いながら話す舞耶。二人の表情の変化に気付きもしない。
持論を展開しちょっと調子に乗っていた。

二人は、実際自分たちが魔法少女だということを話はしない。
当然だ。信じてもらえるはずがない。
またそれに【ジョーカー様】のほうも初耳だった。魔獣退治に
勤しむあまり、そういった噂に疎いのは否めなかった。
つまり、話せることが何もない、ということだった。

ほむらはともかく、マミですら聞いたことがない。学友との見えない
壁が、見えた気がした。

「そうですか……、でも私、聞いたことがないです」

「あらら、そうなの? 残念ねー」

さして落胆していなさそうな態度。もう、そういう空振りは慣れっこ
なのだろう。さして気にせず笑っていた。

14: 2013/02/09(土) 22:27:22.41 ID:5Oz0DOWr0

「じゃあさ、君たち読者モデルとか興味ない? 二人ならきっと表紙
飾れるくらいの人気者になれるぞっ。
興味あったらそこに連絡してね。ああ、噂のほうもよっろしくぅ!」

切り替えの早い台詞に、二人は呆気にとられ、口を半開きにする。
その表情は魔法少女からは程遠い、中学生の様相だった。

舞耶は朗らかにいうと、二人に興味をなくしたのか次の『獲物』を
見つけようとした。きょろきょろとあたりを見渡して、足早に移動を
していった
その背中を見送りながら、二人は顔を見合わせる。

「……QBに確認を取りましょうか」

「噂になるほど大々的に勧誘しているのかしら、あの子」

舞耶が手渡した名刺を見つめながらそんなことをつぶやいた。
そこにはマミも知っていて、立ち読みくらいはしたことのある
雑誌の名前が印刷されていた。

予期せぬ情報に、二人はともに行動を開始した。とりあえず
ほむらの部屋にいるはずのQBに話を聞くために。

19: 2013/02/11(月) 21:29:21.24 ID:PFEv108i0

「噂に詳しいわけじゃないからわからないね」

ほむらから譲ってもらった座布団に寝ていたQBを叩き起こして話を
聞いたところ、役に立たない返事だけ返ってきた。
寝起きで不機嫌だからではなく、単純に知らないということだ。
このあたりQBは嘘をついたりはしないので便利だ。だが一方で
聞かれない限り答えないという嫌な性質も持っているが。

「だいたい、僕が人間の噂を知ってるわけないじゃないか」

実際、個体同士が一個の生命体のように振る舞い情報を共有している
QBたちは、噂という伝聞系の情報のやり取りなどしたことがない。
伝播も遅く、内容も変わってしまうような不確かな情報交換方法に
興味はなかった。

いっそわかりやすい態度にほむらは嘆息する。

「役に立たない居候ね」

「いつも思うんだけれど、君は僕への当たりが厳しいね」

わざわざ別個体たちにも確認を取ったのに、と不満らしきものを
述べるQBに、もはやほむらは興味をなくしていた。

20: 2013/02/11(月) 21:40:45.86 ID:PFEv108i0

「マミ、せっかくだし、今夜はパトロールしましょうか」

ほむらがいう。口外に一緒にというニュアンスが含まれている。
マミの表情が明るくなる。

「ええ、よろしくね。暁美さん」

「そのほうがいい。ベテラン二人が戦えば、事故も少ないだろう」

「役立たずは杏子の様子でも確認していらっしゃい」

「本当に君は僕への当たりがきついね。
……わかったよ、行ってくる。きゅっぷい」

ほむらが開けた窓からしぶしぶという調子で飛び降り、姿を消した。

「時間まで少し宿題をやっておくわ。巴マミ、貴女はいいの?」

「ええ、支度をしてくるわね。一時間後、ここに戻ればいい?」

「構わないわ。それまで宿題を終わらせておくから」

そんな、他愛もない一日。魔獣退治という非日常すら日常の
魔法少女の生活。

それが、ずっと続くと思っていた。自分がまどかに導かれるまで。
それまでは、あの子が守りたかった世界を私が守る。
ほむらは、決意をしていたのだから。

21: 2013/02/11(月) 21:48:51.28 ID:PFEv108i0

翌日も何もない日常だった。日に日に顔色が悪くなる上条と仁美に、
一抹のうしろめたさを感じないわけではないが、ほむらには真実を
伝える勇気はなかった。そう、その勇気がなかった。
あの時も、真実を伝えても、信じてもらえなかった。
魔法少女が魔女になるといくら叫んでも、信じてもらえなかった。

それに伝えてどうなるというのだろう。上条に言うのか。

『さやかは手を治すために魔法少女になって、
戦いで力尽き消滅しました』

そうまでして、わざわざ追い詰める必要があるのだろうか。
知らなければ知らないでいい……。魔法少女にかかわらないなら
それに越したことはないのだから。
そうでなければまどかのような運命になってしまうのだから。

だが、そのうしろめたさが、ほむらに言わなくてもいいことを
言わせてしまった。それは、彼女も魔法少女という生活に、
それなりに疲れていたからかもしれない。

「ねえ、貴方たち。少しいいかしら」

落ち込んでいる二人に声をかける。力なく顔を上げると、
ぼんやりとした目で、ほむらを見返す。

22: 2013/02/11(月) 22:00:14.07 ID:PFEv108i0

「美樹さやかのことで力になれるとは限らないのだけど
聞いてもらっていいかしら?」

気まぐれに、本当に気休めのつもりで昨日舞耶から聞いた
『ジョーカー様』のことを二人に告げてみた。
噂としてそういうものがあると。情報源はぼかしてみたが。

「くだらない都市伝説だと思うわ。けれど、それでひょっこり
戻ってくれば……いいんじゃないかしら」

家出をした猫が無事戻るというお呪いがある。
百人一首の在原行平の歌を書き、飼い猫の餌皿の下に敷いておくと
無事にその猫が帰ってくる、というものだ。
蛇足だが筆者も実家で行ったことがある。そうすると必ず帰ってきた。
しかし何より『ここまでやったんだから、あとは信じて待とう』
という気になり家族は皆、心の平安を取り戻せた。

同じような効果をほむらも狙ったのだろう。落ち込んでいる姿を
見るに見かねてのおせっかいだった。誰に影響されたのだろうか。
それを聞き、半信半疑ながら二人は頷いた。

「ああ、ありがとう暁美さん……」

23: 2013/02/11(月) 22:08:35.35 ID:PFEv108i0

ほむらの提案を聞いた二人は、僅かに目に光を戻した。
彼女に気遣いが嬉しかったのか、ほんの少し、笑うことができた。

その日の放課後、習い事を遅らせてでも、上条と仁美は
それを行おうとした。あまり人に見られてもよろしくないので
放課後、人気のない学校の屋上で行う予定だった。
ほむらの気遣いが嬉しかったし、切羽詰まってもいたからだろう。

”試してみるのね”

”ええ。だから今日は少し遅れるわ。
パトロールは一人で行って頂戴”

魔法少女特有のテレパシーで、授業中にやり取りをする。
昨日の時点では今日も合同でパトロールを行う話だったが、ほむらは
それを理由にキャンセルをしようとした。正直に言えば、ほむらは
一人での魔獣退治を好む。そのため相手が誰であろうと共同戦線を張る
ことが苦手だった。マミの人柄や実力を疑う余地はない。むしろその
慈愛は愛すべきものと思っていた。
単純に、ほむらが人づきあいが下手なだけだ。

まどか以外には。

24: 2013/02/11(月) 22:15:49.59 ID:PFEv108i0

”差支えなければだけど、私も見に行っていいかしら”

”構わないけれど、二人はどう思うかしら”

”直に聞いてみるわ。恥ずかしがるようなら退散するから。
もし帰り時間が合うようなら、ね”

”ええ、放課後は二人でパトロールしましょう”

マミはほむらが受け入れてくれたことが嬉しかったのか、テレパシー
でもそれが伝わってきた。ほむらのほうは、さして感慨はないのだが。
時間が合うなら断るほどの理由はない。一人の時よりはるかに安全で
早く終わるのだから。

まどかが守った世界を少しでも長く守るためには、より安全に
魔獣を倒すほうがいいに決まっていた。
そんな心境の変化も、疲れが原因だったのだろうか。

25: 2013/02/11(月) 22:21:23.37 ID:PFEv108i0

放課後の屋上で、それは行われることになった。上条と仁美の
許しを得て、マミも同席することになった。マミもまたさやかの
友人ということを知って、二人は喜んでいた。

「こんなに皆に心配させているのに……」

上条はそうこぼした。その顔に魔法少女二人は心が痛む。

自分の携帯電話にその携帯から番号をかける。たったそれだけの
こと。普通なら通話中になってしまうはずだが、呼び出し音が鳴り、
通話できるようになると、その背後に【ジョーカー様】が
現れるという。

「それじゃやりますね」

実際には上条の携帯で行う。幼馴染として一番思いが強いからという
理由だ。
当然登録してはいないので、一度自分の番号を書き出し、
それを手で打ち込んでから発信ボタンを押すというのが手間だ。

緊張の面持ちで、待つ上条。その目は真剣そのものだ。

26: 2013/02/11(月) 22:27:10.81 ID:PFEv108i0

プッ、プッ、プッ、プッ、プッ、プッ、プッ、プッ、プッ……

プルルルルルルルルルルル、プルルルルルルルルルルル……

「か、かかった!」

その声に全員が息をのむ。今のただの冗談だと思っていたからだ。
だが実際に噂通りに事が進み、そして……。

カチャッ

耳を離し、慌てて携帯の画面を見る上条。自分の携帯番号にの上に、
通話の文字が表示される。

「つ、繋がりました!」

驚く上条が後ろを振り返る。皆も視線を上条から背後に移す。

そこに立っていたのは……まさに……【怪人】だった。
異形の人物が、そこに立っていたのだった。

非日常の日常が、そこから砕け散る。

30: 2013/02/13(水) 21:43:57.24 ID:x95jQjM80

全身は闇のような黒のマントと、刺し色に焼けた鉄のような赤。
顔には紙袋を被っている。マントの下は体に合わせた
スーツのような服がちらちら見える。これも黒と赤。
紙袋には、落書きの様に吊り上った口が漫画めいて描かれている。
片目だけ視界を取るようにあけられている以外、表情はまったく
わからない。

「ジョー……カー……さま? なのか」

非現実的な存在が現れたことに混乱する一同。願いを言おうとした
片目では視線がわからない。にもかかわらず、誰を睨んでいるか、
それだけははっきりとわかった。その異様な視線に、一同は飲まれる。

「さっ、さやかに……」

上条は面食らいながらも、願いを言おうとした。だがそれを
当の怪人が遮る。禍々しい口調で、怒鳴りつけたのだ。


『貴様の願いなど叶わぬと知るがいい!
貴様は魔獣との戦いの果てに消滅するのが定めだ!
貴様が生きる限り、俺は貴様を滅ぼしてやる!
それが貴様の犯した罪に対する罰だ!』

31: 2013/02/13(水) 21:51:20.78 ID:x95jQjM80

上条の言葉をさえぎり、怒りに満ちた声を上げる。
キーの高い声ではあったが、それゆえ性別ははっきりしない。

「なっ、なんなの!? 貴方は誰!?」

『貴様をこれから無数の魔獣が襲う!
汚らわしい獣どもに襲われ氏ぬ寸前に
自らの罪により、消滅するがいい!』

そういうと、ほむら目がけて一輪の花を投げつける。それはちょうど
彼女の胸に当たり、足元に落ちる。

それに気を取られたのだろう、一拍遅れて飛び掛かる怪人にほむらは
捕らわれる。他の誰もが対応できないほどの俊敏さだった。
魔法少女であっても、変身しなければ目で追えないほどの素早さだ。
片腕でほむらの首をつかむと絞殺さんばかりに締め上げる。
マントから延びる細腕のどこにその力があるのだろう。頭の上まで
高く持ち上げた。
呼吸ができないほむらは空中で怪人を蹴り飛ばす。
だが、びくともしないまま、ぎりぎりと締め付けた。

32: 2013/02/13(水) 22:04:41.83 ID:x95jQjM80

「かっ、かはっ」

ほむらの顔が紫色になる。
慌てて上条が持っていた松葉杖で怪人を殴りつける。フルスイングで
叩き込むものの、微動だにしない。仁美もほむらを助けるべく怪人の腕を
引っ張るが効果はない。

その中でマミが体全体を使って体当たりをする。二人の前で変身し戦う
わけにもいかない、だがこの状態でも魔力で体を強化できる。怪人も
予想外の動きにバランスを崩し三人とも倒れ込む。いち早く立ち上がる
マミは、ほむらを助け起こす。

「暁美さん、大丈夫!?」

せき込む後輩を抱きかかえると、怪人から距離を取ろうとした。
屋上から避難しようと二人にも声をかける。だが、上条は足が不自由な
うえに殴りつけた松葉杖は離れたところに落ちている。また、仁美も
慄いているためか身動きが取れない。

33: 2013/02/13(水) 22:12:46.83 ID:x95jQjM80

だが、上条は意外な行動に出た。怪人にしがみつくと大声で叫んだ。

「先輩! 暁美さんと逃げて!」

『邪魔だ! 離せっっ!』

狙われているのがほむらだと直感したのだろう。身を挺して足止めを
するつもりなのだ。怪人の腰にしがみつき離そうとしない。それに
奮い立った仁美も、松葉杖を拾い上げ、弱弱しいながらも怪人に
叩きつける。
予想外の攻撃だったのか、怪人の動きが鈍る。その隙にマミは
ほむらを担ぎ離れようとする。だが二人の身を案じるあまり
板挟みになったためその躊躇いが見えた。

その躊躇いを見て、嘲りを示す怪人。

『ふん。情けなくも逃げだすか。いいだろう。
だが、貴様は自分の罪からは逃げられんぞ!』

怪人は力任せに二人を引きはがすと、一足飛びにマミたちに肉薄する。

『今は滅ぼしはしない。だが、魔獣は貴様を狙い続ける……
苦しみぬいて滅ぶがいい!』

そう宣告し、次々に魔法少女二人を殴りつけ、吹き飛ぶ姿を見下す。
次いでフェンスを軽々と飛び越え、屋上から姿を消した。

34: 2013/02/13(水) 22:22:01.42 ID:x95jQjM80

全員が体を起こした時には怪人の姿は消えていた。
その怪人がいた痕跡すら見当たらない。
いや、唯一あるものは、花。怪人がほむらに投げつけた花だ。

「暁美さん、大丈夫ですか?」

喉をおさえながら立ち上がるほむらに皆が駆け寄る。
大きな怪我をしたわけではない。ほむらがその中では明確な攻撃を
受けた形だ。ショックを心配する仁美の顔は暗い。

「え、ええ。心配かけたわね」

喉にくっきりと指のあとが残るほど締め付けられ、皆の顔が青ざめる。
怪人の悪意というか殺意というものが色濃く残っていた。
中学生が初めて向けられた殺意。皆一様にその恐怖に飲まれていた。
マミはほむらをベンチに座らせる。蒼白の顔が痛々しい。

35: 2013/02/13(水) 22:28:48.83 ID:x95jQjM80

「暁美さん、すこし休みましょう」

「巴先輩、暁美さんをお願いします。私は、上条さんを」

強引にふり払われただけで、大きな外傷のない二人ではあったが、
この事態に心が弱っていた。それゆえ、ほむらを心配しても
何もすることができなかった。仁美は、上条を心配するので
精いっぱいだった。

「少し休ませたら、私たちも帰ります。……お大事に」

マミは二人にどういっていいかわからず、そんな言い回しで濁す。
上条は仁美に支えられ、傷だらけになった松葉杖と共に、歩き出した。
途中二人ともほむらを心配そうに振り返るがかける言葉を
みつけられないまま、そこを後にした。
それを見送り、マミは花を拾う。

「この花……、なんというのかしら。花言葉……?」

理由のわからない攻撃。そして向けられた殺意。そのヒントとして
投げつけられた花。おそらくは花言葉がそれにあたるのだろう。

「洒落ているのかしら、それとも……嘲っているの?」

43: 2013/02/16(土) 18:37:56.79 ID:YJgDoczL0

魔力で首の跡を消し、家路につくほむら。マミは心配して同行を
願い出たが、ほむらはそれを丁重に断った。
それでもなお、家の近くまでマミはついてくる。ほむらは苛立つことも
しなければ、怒ることもしない。ずいぶん淡々としていた。

「油断していなければ大丈夫」

「……気を付けてね」

頑ななほむらにマミは何も言えなかった。だがあの怪人が再びほむらを
襲うかもしれない。一応の備えとしてQBに声をかけることにした。
さやかを失った悲しみは、マミにもある。ほむらがそうならないとは
限らない。
ほむらには内緒で、と家の外からテレパシーで呼び出した。

ほむらの家から少し離れた公園で、二人話し合う。この隙にほむらが
狙われる可能性もあったが、まず現状の把握と連絡が必要だったため
それを優先させた形だ。

44: 2013/02/16(土) 18:46:20.69 ID:YJgDoczL0

「怪人ジョーカー。僕のほうでも調べてみるよ。
噂を聞いているほかの魔法少女もいるかもしれないしね」

「お願いするわね」

「それと、マミが持ってる花はどうしたんだい?」

「ええ、その怪人が暁美さんに投げつけたの。
たぶん、何らかの意味や意図があると思って」

「クロッカスの花だね。花の時期は今頃終わりの時期だから珍しいね」

マミは驚いた。だが、知識として知っていることはあるだろうと
思いなおす。近くの花屋さんに聞こうかと思っていた手間が省けた
形だ。

「こういうの、花言葉が解決のヒントになったりするのだけど」

「? そういう例が今までにあったのかい?」

マミがいうのは物語、創作世界の話だ。だがQBのほうは案の定、
実際の話と誤解した。こういったあたり、QBは融通が利かないと
いうか、女の子と会話がかみ合わない部分でもある。
もっとも、現実と創作世界を混同させているのはマミのほうだが。

「花弁の色にもよるけれど、花言葉は『信頼』、『青春の喜び』、
『私を信じて』、『切望』……」

意外に前向きな言葉が並ぶ。花言葉の線は間違いだったろうか。

「……『愛したことを後悔する』」

45: 2013/02/16(土) 18:56:59.25 ID:YJgDoczL0

ギリシャ神話に登場する青年クロッカスは、羊飼いの娘、スミラックス
と恋に落ちた。婚約まで望んだ二人ではあったが、それを神々に
反対されてしまう。それに絶望したクロッカスは嘆きのあまり自ら命を
絶ってしまう。それを憐れんだ花の神フローラが彼らを花に変えたと
されている。その花が「クロッカス」だ。
そんな逸話が、ネガティブな花言葉の背景にある。

「あとは『あなたを待っています』という意味だね」

QBには知識としてこの情報はあるが、理解ができていないらしい。
先の噂同様、必要な情報は伝えればいいと判断するからで、こんな
回りくどい、曲解や誤解を生む伝達方法が理解できなかった。

「QBにはわからないわよ」

花言葉の暗い意味に心を乱されつつも、平静を装う。
マミはほむらが「愛したことを後悔しろ」と怪人に言われていると
解釈した。

ほむらの家に戻るQBを見送りながら、マミは一人考える。

「愛したことが罪だと…、消滅するほどの罪だというの?」

さやかの祈りを踏みにじられたと感じた彼女は、静かな怒りに燃えた。

46: 2013/02/16(土) 19:05:49.47 ID:YJgDoczL0

ほむらには見当がつかなかった。謎の怪人に襲われる理由が。
あの怪人は、上条にも、仁美にも、マミにすら目もくれず、ただほむら
だけを狙い襲った。首に跡が残るほどの殺意をもって。
唯一考えられること、それは、まどかのこと。

(まどかが救えなかったのが罪だというの?)

あるいはそのために世界を歪め、魔獣だらけの世界にしたことか。
そして、魔獣は自分を狙って襲い掛かってくるという。もしそれが
本当なら、自分は一人で戦うべきだ。マミや杏子を巻き込むわけには
いかない。
後悔が、ないとは言えない。魔女と戦うあの世界で、まどかを
救えなかったことは悔やんでも悔やみきれない。だがだからと言って
まどかが守りたかった世界を見捨てて、我から消滅する気も更々ない。

魔獣狩りの時刻になるころには、ほむらは戦う精神を取り戻していた。
それは無限に続くループの中で手に入れた、心の持ちようでもあった。

47: 2013/02/16(土) 19:15:47.86 ID:YJgDoczL0

魔獣を生み出す源、瘴気が渦を巻く。
夜の見滝原を駆け抜け、矢が走る。異形の魔獣を貫き消滅させる。
魔法少女の力の源であるソウルジェムは魔力を使用するたびに濁り、
濁り切るとその魔法少女は消滅してしまう。そう、さやかのように。
それを防ぐためソウルジェム浄化する。だから魔獣たちを倒した際に
落とす石が必要だった。

魔獣の数は少なくなかった。今日昼間の怪人が言い放った言葉が事実
とでもいうように。
群がる魔獣を矢で射頃す。つがえる余裕がないときは、矢を手に持ち
その切っ先で切り付ける。だが本命はあくまで狙撃だ。

数は多いが、ほむらの敵ではない。ほむらの足元に多数の石を残し、
魔獣たちは殲滅されていった。

もう、夜も深い。魔法少女としての体は睡眠時間を減らすことが
できた。だがそれにも限度がある。明日もまた学校に行かなくては
ならない。杏子のようにする魔法少女もいないわけではない。
だが、ほむらやマミにとって学校生活は、自分がまだ人間である
ということを確認させてくれる、人間としてすがれる杖だった。

48: 2013/02/16(土) 19:24:35.27 ID:YJgDoczL0
やや疲弊した体を引きずり、家路につく。マミと共闘しないときには
確かに魔力や疲労は大きい。だがそれ以上に、今夜の魔獣の数は
多かった。
魔力節約のため、平服のまま歩いていく。そのほむらが歩く街灯の
ない道に、人の気配があった。暗がりで判別がつかない。
ほむらの体に緊張が走る。だがかけられた声は、杏子のそれだった。

「よぉ……、悪いな」

ほむらはそれを魔獣狩りの不参加のことと理解した。
体の緊張を解き、近づく。不良少女の彼女がこんな時間出歩いて
いても、さして不思議ではない。
魔法少女の服装で、槍を携えていなければ。

その目は、明確な殺意で満ちていた。

58: 2013/02/19(火) 20:45:04.72 ID:REMLGFyO0

凄まじいまでの突進。真っ直ぐにほむらの胸を狙う一撃だ。全くの
予想外の攻撃だったが、かろうじて回避した。杏子の変身と殺意の
目を見て、わずかに警戒していたことが幸運だった。
盛大に舌打ちするが、刺突は止まらない。ほむらに変身する間を
与えないための連続攻撃だ。

ほむらはその動体視力で槍をつかもうとするが、杏子はそのタイミング
をずらしその隙を与えない。
ならばとほむらは意外な行動に出る。連続攻撃の際、下がる槍に
合わせて突進したのだ。穂より内側に入れば突かれる心配はない。

杏子はそれを読んでいれば薙ぎ払えばよかった。だが完全に畳んだ
腕ではそれはできない。
その躊躇いをついて、槍の穂の根元をつかむ。

「どういうこと? 説明して頂戴」

質問をしつつ変身する。その冷たい声に、ベテランの杏子ですら寒気
がする。杏子が動かそうとするとその逆に力を加えその場に固定する。
杏子は質問に全く答えず、槍を分解する。固定しようとする力を
加えていたほむらはそれにバランスを崩される。
そこに背後から襲撃を受けた。

59: 2013/02/19(火) 20:57:29.04 ID:REMLGFyO0

それが【ジョーカー様】だと気付いた時にはほむらの肩に激痛が走った。
怪人が持つ細身の剣に、ほむらの血が滴る。

(二刀!)

もう一方の手に持った剣を見るや、杏子のわきを走り抜ける。追撃と
挟み撃ちを避けるためだ。鉄鎖鞭となっている杏子の武器は
狭いところで簡単に振り回せるものではない。
出血する腕を無視し、弓と矢を作り出す。だが矢をつがえ射るほどの
距離はない。弓の強度を信じ盾とし、矢を剣の代わりに振り回す。
だが杏子はベテランだ。怪人の技量は不明だが、不利なことには
変わりがない。

「なぜ?」

鉄鎖鞭を再び槍に戻す。そちらに一瞬視線が移るほむら。それと
同時に怪人が踏み込む。それに半歩ずらす形で杏子も攻める。
全く同時ではなく、半歩ずらすことで反撃の隙を与えない方法だ。
切りかかる二刀と槍。間合いの違う武器が二つあることはそれだけ
攻守に忙しい対応が迫られる。そうして集中力でそがれればいつか
致命の一撃を受けることは目に見えていた。

60: 2013/02/19(火) 21:04:40.01 ID:REMLGFyO0

その攻防に気付いたのはQBだ。噂の聞き込みを行って別行動だった。
マミから注意のため、帰りの遅いほむらと合流するため部屋を
出て移動していた。

”マミ、聞こえるかい? ほむらが襲撃されている”

”場所を誘導して! 相手はジョーカー?”

マミはテレパシーで昼間に視た怪人の外見を伝えてあった。
一瞥したQBは是の返事をする。

”ああ、確かに外見は一致する。それに杏子も襲撃に参加している”

その返答に困惑するマミ。

”佐倉さんが?”

”ああ、共にほむらを攻撃している。急いでくれ”

魔獣退治で疲労した体をおして、マミは走り出す。さやかを失った
痛みと、杏子が離反した怒りに引きずられ、疲労を忘れたかのような
疾走を見せる。

(暁美さん……どうかお願い、間に合って!)

なぜ杏子が離反したかはわからない。だが弟子が『余所から来たにも
関わらず協力的な』ほむらを襲うことが許せない。怒りにも似た
思いが彼女を走らせる。

61: 2013/02/19(火) 21:07:38.37 ID:REMLGFyO0

ほむらは劣勢だった。だが大きな怪我はない。まさに紙一重で
躱していた。衣装や肌に切り傷はできるものの、肉や骨に届くほどでは
ない。
ほむらは矢をつがえる余裕すらない。怪人の斬撃、杏子の突撃が
間断なく迫り、二歩分の距離が取れない。無理に距離を取ろうとすれば
杏子の鉄鎖鞭に拘束される。常に槍をさばき続ける必要があった。
しかも肩の傷は武器の動きに障る。痛覚を遮断しているものの
動かしにくいのは確かだ。状況が変わらない限り、いつか槍や剣の一撃
を受けるのは明らかだ。


マミはQBの誘導に合わせ、夜の道を走り続ける。
魔力に問題はないが、精神的な疲労がある。ほむらも同様のはずだ。
それがマミを焦らせる。

”マミ、ほむらも限界だ”

”焦らせないで! わかっているわ!”


怪人の剣が、ついにほむらの弓を切り落とす。左腕を貫き、道路
に縫い付ける。

「あああああああああっ!!」

矢を握る右手を踏みつけ、そちらも縫い付ける。

『手こずらせたな。だがこれで終わりだ。貴様も消滅するがいい、
あの女のようにな』

「な、なぜこんなことを……」

怪人はそれに答えることはなかった。その手のひらに黒い靄を
作ったようだが、それを迷うことなくほむらのソウルジェムに当てる。
ほむらはそれを察した。『穢れ』だと。
穢れがソウルジェムに満ちると、魔法少女は円環の理に導かれ消滅
する。

『せめて消滅するのが慈悲だ』

穢れが注がれると、ほむらに痛みが走るのだろう。痛覚を遮断
しているにも関わらず、激痛に身を捩る。
穢れがソウルジェムに移り、澄んだ色の宝石を濁らせる。

「ああああああああああああああああああああああああああああ!」

その惨状に視ていられず、視線をそらす杏子。

62: 2013/02/19(火) 21:09:37.68 ID:REMLGFyO0

その正確無比な射撃は、怪人の右腕を狙撃する。腰だめに構えた
銃を掴むと走り出す。撃たれた怪人は右腕を抑えほむらから離れる。
暗夜に銃は当たらないたとえだが、それをほむらに当てることなく
命中させるマミの腕が凄まじすぎた。

視線を外していた杏子はマミの登場に気付くのがわずかに遅れた。自ら
に憤慨しマミに肉薄する。
そのマミは、杏子を一切見ずに怪人を殴打する。しかもわざわざ
杏子と自分の立ち位置の間に怪人を入れるように吹き飛ばした。
たたらを踏んで怪人を受け止める形になる杏子。

その隙にマミはほむらを縫い付けていた右手の剣を抜く。
ほむらは躊躇わず自ら左手の剣を引き抜く。痛みは消してあるが、
ソウルジェムが濁り魔力が低下していた。
それを知ってか知らずか、マミは退却を促す。

「逃げなさい!」

「逃がさねえ!」

マミを避けほむらに迫ろうとする杏子。それを銃で牽制するマミ。
弾丸を足元に撃ち威嚇する。だが威嚇と知る杏子が怯むわけがない。
完全に無視して駆け寄る。

「効くかよ!」

「効くわよ!」

牽制の弾丸、それと怪人に撃った弾丸からリボンが生える。
かつて魔女が存在した世界で、薔薇の魔女に行った戦法だ。

63: 2013/02/19(火) 21:12:07.27 ID:REMLGFyO0

完全に拘束させる必要はない。多少足止めをしたり、体勢を崩すくらい
で充分と割り切った使い方だ。弓や銃を撃つ距離を取れればいい。
どうせ二人とも武器は刃物だ。すぐに拘束を切断してしまう。

そしてそれは当たった。腰だめにマスケットを構えるマミ。痛みと魔力
減退に弱っているものの、再度弓を作り、矢をつがえるほむら。
襲撃者二人が拘束を切り裂き体勢を整えたときには、形勢は逆転して
いた。

「説明して頂戴。佐倉さん」

不利を悟ったのか。はたまたこれはある種想定内なのか、襲撃者達は
飛び道具を構える二人から全く目を離さず、後ろに跳躍する。

「説明?」

杏子は昏い目で言う。次いで弾丸を避けるためか結界を作る。
それはマミとほむらの間の心の溝にも思えた。

「あたしは【ジョーカー様】についた。これでいいか!?」

マミが足止め程度にリボンを使ったように、杏子もまた結界を
足止めに使用するようだ。そのまま、マスケットの
人体必中距離から離れるべく、もう一度後ろに跳躍する。

視界から二人が消えたことを確認し、マミは武装を解除する。
出血が止まらないほむらの怪我を治すためだ。

「これくらい……平気」

「せめて出血は止めさせて」

ほむらのソウルジェムの状態を確認し青ざめる。幸いにして
使わずに済んだ石を半ば強引にほむらにあてがい、穢れを吸わせる。
治療に魔力を使うため手持ちがなくなってしまうが、
そうも言っていられない。

「マミ、ありがとう。君がいなければほむらは危なかったよ」

「あなたも、教えてくれてありがとう。暁美さん、大丈夫?」

「もう、平気よ。迷惑をかけたわね」

「そういうときは、なんていうんだっけ?」

「……、ありがとう、でも、構わないで」

ほむらはそういうと、頼りなげな足取りで立ち上がり、帰路に就く。

64: 2013/02/19(火) 21:14:09.81 ID:REMLGFyO0

”マミ、彼女の自宅は知られている”

”私と同じことを考えているのね”

「暁美さん、今日は私の家に泊まらない?」

「結構よ」

「そんな状態で襲撃されたらどうなるかしら? 防ぎ切れて?」

「貴女が敵の可能性もある」

「嘘ね」

ほむらの突き放す言い方が、本心でないと看破した。ほむらはマミを
巻き込みたくない一心で、敢えてこういった言い回しをしたのだ。
短い付き合いではあったが、彼女が抱え込む少女であることを
マミは知っていた。
それが図星であるためか、ほむらは無言。元々不器用な娘である。
こういうお節介に慣れていない。

「信じられないかしら?」

「ほむら。僕からもお願いする。
経験の多いベテランがいなくなることは、僕も困ることなんだ」

「……あなたは、そういう奴だったわよね」

ほむらは溜息をついた。そして僅かに、本当に僅かだが、笑ったのだ。

「私もね、少し寂しいの。美樹さんがいなくなって、佐倉さんも、ね」

「……わかった。お願いするわ……」

「ありがとう、暁美さん」

「普通、お礼を言うのはほむらの方だと思うんだけどね」

ほむらは無言でQBの頭を叩く。

「……本当に、君は僕への当たりが厳しいね」

65: 2013/02/19(火) 21:15:59.24 ID:REMLGFyO0

腕を取られ引きずられるように連れてこられたマミの部屋。
さすがに一度着替えを取りに部屋に戻ったほむらだが、マミはわざわざ
ついてきた。逃げるところを心配しているらしい。

「大丈夫よ、後から行くから」

「いーえ、一緒に行くわよ」

こっそりほむらは溜息をつく。世話好きなのは【前の世界】から
変わらない。そういう部分に救われたこともあるほむらは、それを
強く拒絶することができない。だがそれと同時にこのマミは、そのマミ
とは違うことも感じている。
ありていに言えば、ほむらの感じているものは戸惑いだ。

「さ、いきましょう」

無駄に朗らかにいうと、再びほむらの腕をがっちり押さえている。
ほむらが逃げることが前提の行動だ。これで本気でに逃げようものなら、
次はリボンで拘束されるだろう。それは望ましくない。

「わかったから、逃げないから、離して頂戴」

「だめよ」

ほむらは嘆息する。

「……今手を放してしまったら
私、美樹さんの時の様に後悔するから……だからだめ」

先の言葉を忘れるように精いっぱいの笑顔を見せるマミ。
その顔に、言葉に、ほむらの心は軋んだ。

「手……痛い」

66: 2013/02/19(火) 21:17:33.89 ID:REMLGFyO0

作り置きの夕食を温め直し、テーブルに並べる。
二人分。ほむらは一瞬遠慮しそうになったが、マミの顔を立てて
食べることにした。

ほっとする味だった。今日一日いろいろなことがありすぎて心が
疲弊していたのかもしれない。味が心にしみた。

「美味しい?」

「ええ、そうね」

「お口に合ったみたいね、よかったわ」

「味もそうだけど……」

それは、二人で囲む食事の美味しさ。久しく忘れていた味だった。
最後にこんなふうに食べたのは、体感時間で何年前だったろうか。

安堵したように、屈託なく笑うマミが食事の隠し味。

表情が柔らかくなったことに気付いたのだろう。マミも顔が緩む。
マミからすれば、ほむらの体に力が入りすぎていたように思えた。
年上として何かしてあげられないだろうか、そんな思いがこの強引な
行動になって現れた。
さやかには、してあげられなかったから。

67: 2013/02/19(火) 21:18:39.76 ID:REMLGFyO0

食事が終わり、食器を片づけるマミを手伝うほむら。無邪気に笑う
かつての先輩。見捨て、見頃しにして、ある時は自らの手で殺めた。
にもかかわらず、マミはほむらを見て微笑を浮かべる。
マミやさやか、杏子は覚えていない、にもかかわらず締め付けられる。

「なんだか今日は、表情豊かね」

「そ、そうかしら?」

図星をつかれて狼狽えるほむらを、マミは微笑んで受け入れる。

マミは思う。ほむらは決して悪い子ではない、恐らく今までの生活で
荒んでしまっただけだ、と。高い戦闘能力を有するのは、その生活に
遠因があるのではないだろうか、と。
さやかは救えなかった。だからせめて、ほむらは救いたい。
そんな思いがマミの今の行動の原理だ。

「少しは甘えてもいいのよ」

「無理やり連れてきたくせに」

「一緒にお風呂に入る?」

「……ちょっと。怒るわよ」

「冗談よ」

お風呂をすすめ、ほむらを部屋から追い出すと、QBと連絡を取る。

”QB? そこにいる?”

”いるよ。周囲を警戒していればいいんだね”

”お願いね。暁美さんをゆっくり休ませたいの”

”ジョーカーや杏子が来たら知らせるよ”

QBがマミのマンションを複数体巡回し警戒する。特に、マミの部屋の
ベランダすべてと、玄関には個体を配置。マンションのエントランスと
屋上にも配置した。

”ありがとうQB”

”お礼は必要ないよ。ベテランをむざむざ失うのは僕らとしても
好ましくないからね”

”……それでも、よ”

(相変わらず、ね)

68: 2013/02/19(火) 21:19:41.99 ID:REMLGFyO0

襲撃を警戒し、交互にお風呂に入る。無理に入ることもないかも
しれない。だが体を温めて休めることは大事なことだ。特にほむらは
心身、そして魂も衰弱している。ゆっくり休むことは大事だと、マミは
判断した。

ほむらの長い黒々とした髪を梳るマミ。それを渋々といった顔で
受け入れる姿に、マミも破顔する。
その綺麗なストレートヘアが何とも羨ましい。

「素敵な髪ね」

「貴女のも綺麗だと思うわ」

「私のはくせっ毛だから……」

マミの髪はわずかにウェーブがかかっているため。それをまとめるため
縛った髪をロールにしている。それが面倒というわけではないが、
ほむらの髪に憧れる思いもないわけではない。

「甲斐甲斐しいわね」

「こういうのに憧れていたの」

マミが魔法少女になった経緯を考えればそれは仕方ないことと言えた。
事故で両親を失い、事故から命を繋ぐという契約で魔法少女になった
彼女には、友人たちとの交流は、すべて魔法少女のための戦いによって
望んでも手に入るものではなかった。
学業をおろそかにすれば、彼女は後見人との約束により見滝原を離れ
なくてはならない。
両親と暮らした見滝原を魔獣から守りたい。それが彼女の願いだった。

69: 2013/02/19(火) 21:20:54.03 ID:REMLGFyO0

「い、いやよ! そんなの」

「んー、でも、その方が安全だと思うのだけれど」

マミの提案はほむらを唖然とさせた。

「いいじゃない、一緒のお布団で寝ましょう? そうすれば
貴女に何があってもすぐに目が覚めるわ。
リボンで私たちの周りを囲えば完璧だし」

「窓と入口を封鎖すればいいんじゃないの?」

「あ……」

しゅんとするマミ。
そんなマミに罪悪感すら感じる。一度守ろうと思うとマミはお節介とも
取られかねないほどの態度を示す。それが彼女のいいところでもあり、
ほむらが困るところでもある。

「で、でも壁とか天井を突き破ってきたら?」

「そのときはほかの住民が騒ぎ出すわよ」

マミの部屋は一階でも最上階でも、角部屋でもない。

「それに、二人同時に刺されでもしたらおしまいじゃない」

「う……」

また本気でしょげ返るマミ。よく見たら目が潤んでいるようにも
見えた。ほむらは何かいけないことをしているようにも思えた。
ひょっとしたら、マミが寂しいのかもしれない。長年たった一人で
戦っていた彼女は、そういう意味では依頼心というか、依存心が
強いのだろう。

「わかったわよ……私も寂しいしね」

「うん……」

(涙溜めた目で、微笑まないでよ)

ほむらは、その気もないのにドキっとしてしまった。

70: 2013/02/19(火) 21:23:50.05 ID:REMLGFyO0

マミに抱きしめられて眠ったためか、ほむらの翌日の目覚めは
悪くなかった。
幸いにして、襲撃はなかった。精神的な疲労や肉体的なダメージは
だいぶ回復したようだ。
学校に行くため朝食を向かい合ってとる。簡単に食パンを焼いて
目玉焼きを作っただけのものだが、栄養補助食品で済ますほむらに
とっては、温かい食事というものがそれだけ助けになっていた。

「ありがとう、マミ」

ぱぁっ、とマミの表情が明るくなる。

(ふふ、やっと名前で呼んでもらえた!)

それは、ほむらにとって自然な心境だった。マミが指摘するまで
気付かなかったらしい。それだけマミに救われたということだろう。

「それじゃぁ、また放課後ね? QB、暁美さんと一緒にいてね」

「うん、わかったよ」

「巴マミ。私は部屋に帰るわ」

またフルネームに戻っていて、マミはがっかりした。そういうのが
すぐに顔に出るのがどうも幼い印象を与えてしまう。

「そう……」

「準備をしていくから、パトロール行きましょう」

また顔が明るくなる。ころころ変わる表情に、ほむらは苦笑した。

71: 2013/02/19(火) 21:25:05.15 ID:REMLGFyO0

登校したほむらを、仁美と上条が心配し声をかける。ほむらも
巻き込まれた二人を気にしていたが、向こうから声を掛けられたため
お互いを慮る形になった。

「まるで夢を見ていたようです、ですが……」

松葉杖についた細かな傷が、夢ではないことを物語っていた。魔法で
消したほむらの首の跡は追及されることはなかったが、話題の中心は
やはり昨日の怪人のことだった。

警察に言うこともできない襲撃者を二人は心配したが、ほむらは優しく
返す。このようなことを言っても誰も信じてくれない。実際に遭遇した
四人でなければとても信じられないだろう。

「大丈夫。昨日から巴マミと一緒に住んでいるの。なるべく一人に
ならないようにするわ」

だが、さすがにほむらも杏子という襲撃者がいたこと、それが昨夜
【ジョーカー様】と行動を共にしていたことは、言えなかった。

「でも、大丈夫でしょうか」

「大丈夫よ、二人でいれば、どちらかは人を呼びに行けるわ。
むしろ貴方がたも襲われる可能性もあるの、気を付けて」

ほむらは一応脅しておいた。あの怪人が二人を狙う可能性を
考慮してのことだった。

84: 2013/02/22(金) 21:19:49.82 ID:17S16xK60

「もう、落ち着いたから言うけれど」

二人が意図的に避けていた話題だった。だがあまり時間をあけても
良いことなどない。

「杏子のことね。正直なぜなのかわからないわ」

マミからすれば、ほむらはよそ者である。にもかかわらず
対立しなかったため、あまりよそ者を受け入れない魔法少女であっても
ともに戦うことができた。
最初は訝しがっていたが、徐々に受け入れることができた。

「それが今になってどうして対立したのか……」

「貴女が気に病むことではないわ。それにおそらく原因はあの怪人に」

ふぅ、とマミは切なげに溜息をつく。何かがあるとすればあの怪人に
行き着く。そして彼女自身も『【ジョーカー様】についた』とはっきり
言っていた。

「洗脳にせよ、何か事情があるにせよ、今は敵対しているわけね」

「【ジョーカー様】を何とかしてから、考えましょう……」

マミの顔色は優れない。
あれ以来、QBも杏子と接触ができていないらしい。通常でも移動する
人間を補足することは簡単ではないが、まったく捕捉できないことは
異例だった。

85: 2013/02/22(金) 21:27:02.08 ID:17S16xK60

それから数日、ほむらはマミとの共同生活を送っていた。なるべく
ほむらを一人にしない。マミがそばにいられないときは可能な限りQB
がそばにつく。それと合わせ、魔獣の退治もマミと共同で行う。

「暁美さん、そっち!」

「任せなさい」

マスケット弾でリボンの足かせを作る。それにより歩みが鈍らせて、
魔獣が「密」になる状況を作り出す。そこをほむらの貫通力の高い矢で
まとめて殲滅する。もちろんこれだけが工夫ではなく、さまざまな
方法で魔獣を次々撃破していった。

魔獣は、その戦闘能力は侮ることはできない。だが戦術や戦法といった
所謂作戦を立てることはない。わらわらと目標に集まり攻撃を仕掛ける
だけだ。
そのため、ほむらやマミほどの実力者になれば効率的に殲滅することは
けして難しくない。

「さすが暁美さんね」

「いいえ、貴女の補助が巧みなのよ。お蔭で楽ができるわ」

あのマミとのお泊り以来、ほむらは大分マミに打ち解けてきた。一人
を好むとはいえ、やはりほむらも寂しく感じることがあるのだろう。
べたべたしない、適度な距離を取りつつ、マミとの共同生活を送って
いた。

だが問題もある。
あの怪人が言った通り、魔獣の数が増えているようだった。
二人であれば殲滅は難しくない。だがもし一人であったなら、
こうも簡単にはいかない。
二人でいるからこその戦果だった。

86: 2013/02/22(金) 21:31:23.31 ID:17S16xK60

その間、QBは噂を集めていた。別個体を通じ他の魔法少女や、
まだ契約に至っていない候補生にも聞いて回っていたとのこと。

「しかし【ジョーカー様】の情報はないね。
初耳というのがほとんどだ」

「魔法少女が特別噂に疎いのかしら」

「それと、ついでにというわけでもないけれど、
円環の理についても聞いているんだ」

元々、力を使い果たした魔法少女が消滅するプロセスはQBたちにも
わかっていない。そのため新たな切り口として【鹿目まどか】という
情報を手に入れたため、合わせて聞いて回っているとのこと。

「ほむらの情報が証明できない夢物語に過ぎないとはいえ、
何らかのきっかけになると思ってね」

ほむらは嘆息した。そんなことをしても役に立たないと知っているから
だが、それを止めるつもりはない。好きにやらせるつもりだった。

「好きにしなさい」

「暁美さんが言っていた【まどか】さんのことね」

わかってはいたが、ほむらにとってマミの口からまどかのことを
覚えていないことがこんなかたちで思い知らされるのはつらかった。

(あれだけ、慕われていたのにね)

人知れず下唇を噛んだ。

87: 2013/02/22(金) 21:38:55.50 ID:17S16xK60

魔獣狩りを終えた二人にQBが近づく。
今夜もまた魔獣が増えていた。昨日よりも更に増え、二人の負担が
より大きくなっていた。
QBは使用済みの石を回収するためだが、今夜に限ってはそれだけでは
ないようだ。

「二人とも大丈夫かい? 魔獣の数が多い。神経を使いすぎては
戦闘に支障をきたす。気を付けてくれ」

「ベテランが消えたら貴方は困るものね」

「そうだね。だから君らと利害は一致している。
協力する理由には充分だ」

全く悪びれる様子もないQBの相変わらずの姿勢に、ほむらは
心底ウンザリする。

「そうね、そういうやつよね、貴方たちは」

「二人とも、喧嘩しないの。ところで噂の調査はどうなったの?」

マミが仲裁に入り、話題を無理やり変える。マミもQBの態度に時折
苛立つことがあるが、ほむらのそれはマミのそれを超えていた。

「進展というべきか、新しい噂が立ったんだ」

「新しい、噂?」

QBは抑揚もなく淡々という。そこに間を取るとか、溜めを作るとか
そういうことをまるでやろうとしない。

「魔法少女を狙う謎の組織があるという噂だ」

88: 2013/02/22(金) 21:54:00.29 ID:17S16xK60

単純に高い戦闘力を魔法少女はもっている。だがその「賞味期限」は
短い。戦闘に魔力を使えばそれだけ消滅に近づく。魔獣を撃破し石を
手に入れない限りは。要は対魔獣戦以外には使えないということだ。

「信じられないわね」

「僕もそうさ。その魔法少女も又聞きらしい。あまり信じてなかったよ」

誰が言ったかわからないとのことだった。たいてい噂というのは
そういったものかもしれない、と。二人はおぼろげに納得した。

「どんな組織なの? 軍隊か何かかしら」

「彼女もそこまで言っていなかったよ。
けれど、そういったオカルトに傾倒した組織そのものは有名らしいね」

「そんな有名な謎の組織ってあるの?」

正直噂に興味がないほむらはあきれ顔だ。そもそも噂の調査自体、
マミが主にお願いしているだけで、ほとんどほむらは関わっていない。

「確かに矛盾するようだが、噂というのは概ねそういうものらしい」

抑揚のない言い回しの中に若干の疲れというか、呆れた音色が混じる。
感情のないQBにとって、感情のある人間との接触はそれなりに
疲労を感じるものなのかもしれない。

「引き続きお願いね」

「マミ、君も僕使いが荒いね。頼まれればやるけれどさ。きゅっぷい」

89: 2013/02/22(金) 21:55:36.98 ID:17S16xK60

「あいつらに補足されるとは思わなかったよ」

『怪我は?』

「ああ、大丈夫だ。そっちこそ平気?」

『平気』

「二人の時は、それ外してもいいんだよ。顔見せてくれないの?」

『……』

「そう、いいよそれでも。あたしはあんたについていくって、
決めたんだから。……どこまでもね」

『今夜はここまで。気を付けて』

「……わかった。そっちも気をつけて」

『お互いに……』

90: 2013/02/22(金) 22:08:59.60 ID:17S16xK60

「おはよう暁美さん」

QBの報告から数日。教室で恭介に声を掛けられたほむらは振り返る。
何か表情がすぐれない。さやかは未だ戻らないのだから当然だが、それ
とはまた別種の暗さがある。

「あれからなんともないのかい?」

「……ええ、大丈夫よ。心配してくれるの?」

「当たり前だよ。それに、嫌な噂を聞いたから」

「……噂?」

「あの【ジョーカー様】を試した人がいるんだって」

ほむらが息を飲むのがわかった。意識せず、自分の首を抑える。
恭介が話をしたことがない別の学校の女生徒が行ったらしい。願い事の
内容まで噂で伝わっているとのことだ。

「あのお呪いをして、素敵な彼氏が欲しいと願ったそうだよ。
そうしたら……」

数日もしないうちに、理想の男性が現れ交際を始めたとのことだった。
女性の噂に詳しくないはずの恭介が聞いているくらいだから余程のこと
なのだろう。

「それならさ……、暁美さんを襲った【ジョーカー様】って
何者なのかな。なぜ、君が襲われるんだろうね」

ほむらは頭を振り否の返事をする。わかるわけがない、ということだ。

「そうだよね。ごめん。でも気を付けて」

それだけ言うと、不自由な足を引きずって自分の席に帰って行った。

91: 2013/02/22(金) 22:19:40.96 ID:17S16xK60

その日の放課後、テレパシーで報告を受けたマミは校門の前で
ほむらを待ち構えていた。

「あのまま諦めてくれるわけではなかったのね」

「杏子も未だ消息がつかめない。まだ終わってないと見るべきね」

魔獣狩りの間、襲撃があるものと警戒していたが、それすらなかった。
少々拍子抜けした感もある。だがそれにより二人は結束を強め、
付け入る隙を与えなかったのかもしれなかった。

「もし、もしもよ?」

マミが躊躇いがちに言う。

「佐倉さんが、あの組織に捕まっていたら……どうかしら」

「その可能性はないわけではないけれど、彼女がそう簡単にいく?」

ほむらはそういって否定しようとしたが、あの【ジョーカー様】が
組織と通じていたらどうか。そういう方向に意識が言った瞬間悪寒が
走った。
不安げなマミにその可能性を伝えると、マミは一瞬驚いたような顔を
して言った。

「断定はできない。けれどそうしたら、佐倉さんは騙されている
ことに、なるのかしら」

暗澹とした顔で呟く。

92: 2013/02/22(金) 22:22:07.86 ID:17S16xK60

マミの部屋。食後の紅茶を淹れてるマミと、宿題を終わらせたほむら。
その日常的な空気の中、QBは困った風で現れた。

「困ったことが起きたよ」

全く感情のない顔と声でQBが声をかけたのはそんな時だった。
あれ以来、恐ろしいほどに何もなかったが、QBは噂集めに勤しんで
いたようだ。
あまり興味のないほむらは、マミの紅茶を堪能しながらほとんど無関心
だった。

「何があったの? って聞いてほしいんじゃない?」

マミが、ほむらに耳打ちをする。それを知ってはいるが
全力で関わりたくないほむらはあっさりと言い切る。

「嫌よ」

白々しく溜息をつくQB。

「君は本当に僕への当たりがひどくないかい?」

同じように嘆息してほむらは尋ねる。棒読みで。

「なにがあったの?」

マミも聞く姿勢になったようだ。QBの言葉を待つ。

「魔法少女が減少している。
何人かの魔法少女が、普通の人間に戻っているんだ」

二人が驚きのあまり、返事ができない。

「【ジョーカー様】にお願いして、人間に戻してもらってるようだ。
魔獣が増えたように見えたのはそのせいもあるだろうね」

105: 2013/02/25(月) 22:55:32.58 ID:ZyBs/uKZ0

「ただね、これは異常なんだ」

QBは続ける。彼らが地球に来てかなりの時が経つ。人類が洞穴で
暮らす頃から人類を見守り続けてきた彼らであるが、ある例外を除き
魔法少女が人間に戻ったケースは存在しない。

「魔法少女になる時の願いね?」

「じゃぁ【ジョーカー様】にはそれに匹敵する力があるってこと?」

「そういうことになるね」

「……もう一度魔法少女になることは可能?」

その言葉にマミもQBも言葉に詰まる。暫く考えたのちQBは答える。
別個体と『無線』で情報のやり取りを行っていたのだろう。

「戻っても僕のことが見えていた。だから実際に試してはいないけれど
不可能ではない、と考える」

戻った魔法少女と接触のあったQBは確かにいたらしい。その相手から
情報を聞き出せたということは、知覚することが可能なのだろう。

「願いを叶え放題ね。でもそれが問題になるの?」

「【ジョーカー様】が二度以上願いを叶えられるならね。それに
それだけが問題じゃない」

106: 2013/02/25(月) 22:56:30.92 ID:ZyBs/uKZ0

「はっきり言う。噂が現実になっている可能性がある」

いきなり夢物語的なことを言うQBに二人が眉をひそめる。ほむらに
至ってはQBの耳をひっぱる有様だ。

「寝言は寝ていうことね」

「でもいいかい、今まで願い以外の方法で魔法少女が
普通の少女に戻ることなんてなかったんだ」

QBが人間の噂に詳しくなくとも、魔法少女が人間に戻ればすぐに
気付く。だがそんな事例は今までにない。それが【ジョーカー様】の
噂が出回ってすぐ、同時多発的に発生しているのは事実だ。

「もちろん、因果関係の説明はできないが、状況としてはそれが
可能性として高い。また証言も複数ある」

「信じられないわ」

「僕だってそうさ。でもここまでは事実だ」

【白い猫が契約を迫る】

「もし仮にそうだとしたら、どんな噂が出回るかわからない。僕らに
知覚できないことかもしれない」

【何でも願いを叶えてあげるから、魔法少女になって戦ってくれ】

何かに気付いたのかマミの顔が青ざめる。あの雑誌記者の言葉。
その様子を見てほむらが顔を覗き込む。それに気づかないほどマミは
動揺していた。

「ねえ、可能性の問題なら……、あなたたちも噂の産物ということも
ありえるのではない?」

107: 2013/02/25(月) 22:57:26.13 ID:ZyBs/uKZ0

舞耶から聞いた噂話を思い出したのかほむらの顔色が変わる。
仮にそうならば魔法少女すべての前提がひっくり返ってしまう。

「そうだね。可能性としてはあり得る。何しろ記憶から何から
生み出されていたとしたら、僕らに確認の術はないんだからね」

いつも通り淡々と呟く。

「でも、QBがいたから私たちは発展できたのでしょう?」

「僕らのその記憶自体、捏造されていたらどうしようもない」

だとしたら、とほむらの思考は飛躍する。もし仮に、【前の世界】から
それが続いていて、ほむらたちが知覚できなかったとしたら。

(まどかがあんなことになったのは噂のせいなの?)

ほむらは戦慄し、同時に吐き気を催した。

「あくまで可能性だよ。僕らが実は存在しないとしても、僕は今
ここにいるのだからね。君たちに協力することは変わらない」

いつも通りの淡々とした言いようだった。
ほむらの内心の不安や動揺に気付かない、ただただいつも通りの声色。

108: 2013/02/25(月) 22:58:04.30 ID:ZyBs/uKZ0

「今夜は、大丈夫だな」

『こちらから仕掛けられる』

「あたしはマミ、あんたはほむらだ、いいな?」

『わかってる』

「ヘンな噂も立ってるしな。早く蹴りをつけよう」

『当然』

「あんたの目的、きっちり果たしなよ」

『わかってる、あの時一緒にいた女を使う』

「怪我させるなよ?」

『暴れなければ』

「……信用してるよ」

(何も言わなくていい。あたしは、あんたのそばにいるよ
あんたの力に、なるよ)

109: 2013/02/25(月) 22:58:51.73 ID:ZyBs/uKZ0

二人の動揺をよそに、今夜もまた瘴気が濃い。魔獣が出現する予兆。
それが今夜は特別濃いようだ。それに比例して、数も多い。二人がかり
なら苦戦することもない相手のはずが、物量による飽和攻撃に
手間取っていた。
ほむらは矢をつがえる暇もなく、マミは銃を持ち直す間もない。
遠距離攻撃の弱点とも言えるだろうか。一撃で複数体撃破してもそれを
上回る数が襲い掛かる。石を拾う暇もないほどだった。

マミは、リボンの結界を張り距離を取る。かろうじて拾えた石を使い、
互いのソウルジェムを浄化する。

「数が多いわね。あなたは大丈夫?」

「これも魔法少女の減少が原因なのかしら」

「かもしれないわ。私のリボンが破られる。……くるわ」

マミの結界を破り、魔獣たちが殺到する。それと同時に二人の狙撃が
始まる。
一矢が数体をまとめて貫き、マミの巨大なマスケットが広範囲に魔弾を
撃ち出す。
こういう時、前衛を務めるさやかなり杏子なりがいるとかなり違う
はずだが、ないものねだりをしても仕方ない。魔力の限り打ち続ける。


小一時間ほどの戦いだっただろうか。石を足元に残しながら魔獣は殲滅
された。これまでにないほどの魔獣の数に、さすがに二人は疲弊した。

そこを狙われた。魔獣との戦いに疲弊した二人の前に表れたのは、
三人の人影。

110: 2013/02/25(月) 22:59:25.00 ID:ZyBs/uKZ0

石を拾おうと身を屈めたほむらは一つだけ手に取り、すぐさま
顔を上げる。
殺気、気配、魔力……そういったものを感じ取ったからだ。
石を拾う手を止め、弓と矢を作り出す。

「ここで来るわけね」

「そういうことだ。今度はこっちから行くよ」

「貴女の目的は何? なぜ暁美さんを狙うの?」

『……罪だと言ったはず……』

紙袋をかぶった怪人が雑居ビルの上、夜の闇から滲み出す。
だがその姿に二人は息を飲んだ。
その小脇に見慣れた人物が抱えられていた。その『使い道』を知り
歯噛みする。そして吠えた。

「……その人を離しなさい!」

無言。

「その人を使う準備が必要だったのかしら?」

怪人が縛り上げていたのは、志筑仁美だった。

111: 2013/02/25(月) 22:59:56.94 ID:ZyBs/uKZ0

縛り上げられた仁美をビルの屋上に置き、杏子が鎖の結界で覆う。
あの結界を破るのは難しくないが、そのために時間を取られれば二人
から致命の一撃を受けるだろう。

「逃げなきゃ何もしないよ」

『目的はお前だからな』

杏子は槍を、怪人は両刃の剣をほむらに向けて突き付ける。

「佐倉さん、どうして……」

杏子の行動にマミは心が折られそうになっていた。だが、今はほむらを
守るという意識の元、心に己を入れた。その双眸に映るものは、怒り。
逆にほむらは氷のような冷静さで二人を眺めていた。彼女に取り、仁美
は知人ではある。だが何をおいても守りたいという人物とは必ずしも
言えない。最悪、見捨てることも選択肢に入れていた。

『動くなとは言わない。せいぜい足掻くがいい』

怪人は、魔法少女ですら対応が困難なほどの速度で、ほむらに
襲い掛かった。二刀が煌めく。襲撃に合わせマミが狙撃を行おうと
するが、その前に杏子が立ちふさがる。

「邪魔をしないで!」

「邪魔はさせない!」

マミのマスケットの号砲が、戦いの始まりを告げた。

112: 2013/02/25(月) 23:00:22.67 ID:ZyBs/uKZ0

ほむらとマミが連携取れないように間に入る怪人と杏子。
魔獣との戦闘のため、魔力を消費し回復する間もない二人と、魔力気力
ともに充実している二人。更には人質まで取り、他に策も巡らせている
可能性もある。

ほむらが矢を放つが、それを怪人に躱される。二の矢を作り出すも
それをつがえずに、あの時の様に振り回す。前回の反省も踏まえ、矢と
弓はいつもより威力より強度を優先で高めていた。
また、ほむらにはまだ切り札がある。杏子やマミも知らない切り札が。

マミもほむら同様、一発マスケットを撃つ。今度は杏子の体を狙った
正真正銘の攻撃だ。やはり同じように杏子に回避された。弾は仁美の
結界そばに空しく当たる。
マスケットを鈍器の様に構え、杏子を迎撃する。槍と噛み合う長銃。
杏子が槍を多節棍にしようとするのに合わせ、マミは自分の胸元の
リボンに手を伸ばす。このリボンを伸ばすことで攻防に様々活用する
のが彼女の戦い方である。

戦いにある種の均衡が生まれる。

そんななか、捕らわれた仁美は目を覚ます。だが杏子の固有魔法に
よる幻術でまだはっきりとした意識は取り戻していない。夜の街を
舞台に、魔法少女たちの争いがその眼前に広がっていた。

そのおぼろげな目に映ったものは、友人たちの命のやり取り。

113: 2013/02/25(月) 23:00:52.91 ID:ZyBs/uKZ0

弓と矢が、双剣と噛み合う。そのまま両者ともにらみ合った。紙袋の
空いた穴は昏く、視線はわからない。

「こちらが疲弊したところを狙えば、倒せると思った?」

『何をおいても貴様を消滅させる。そのためなら何でもしてやる!』

怪人は、弓と噛み合う剣の角度を変える。
ほむらの脳裏にさやかのことが思い立つ。だが、刃が射出される
ことはなく、その剣先がほむらの顔を狙うだけだ。
ほむらはすぐさま判断し、怪人を蹴り飛ばす。僅かによろける怪人から
距離を取るとようやく矢をつがえるスキができた。
体勢を立て直す怪人を射抜く。怪人はそれを剣で斬る。だが、矢の強度
や弾性が高かったためか切断には至らず矢じりが怪人の衣服に刺さる。


リボンを捩じって棒状にして硬化させた物を左手に。マスケットの
引き金部分を右手で持つ。

「人質まで取るとは思わなかったわ」

「うるさい! あたしは何があっても、あいつを支えるって……」

気迫をこめて突きだす長槍をマミは両手の武器でなんとか捌く。槍の
長さがマミの動きを封じていた。
だが逆に杏子も動けない。マミがマスケットをいつでも撃てる状態で
もっていることを理解していたからだ。攻撃を止めたらマミの狙撃を
受ける。

「決めたんだぁ!」

槍の穂を使い、石突きを使い、マミの反撃を封じつつ杏子は徐々に
ほむらと怪人の戦場から離れようとしていた。

114: 2013/02/25(月) 23:07:51.17 ID:ZyBs/uKZ0

そして、それを見つめる複数の人影。
魔法少女の戦いを見下ろすその顔には、シンプルでありながら
禍々しい仮面が揃ってつけられていた。仮面だけ統一されていたが
その人々の服装は統一性がない。まるで、その辺の民間人が(警察官の
服もあるが)仮面だけ被っているようだった。

「JOKER様のご命令だ」

「魔法少女を捕えろ!」

「魔法少女を追い払え!」

「あんな危険人物を、野放しにするな!」

さらに、その手には何かのカードが握られている。

「JOKER様から頂いた力で!」

「倒せ!」

「倒せ!」

「倒せ!」

「倒せ!」

気勢を上げる、その一党は……

「倒せ!!」

『仮面党』という一党だった。

122: 2013/03/02(土) 00:07:01.67 ID:Li+aP/Q90

杏子の石突きが、マミの鳩尾を強かに打つ。気迫で槍の速度に勝った
形だ。肺の空気を奪い体勢を崩したところを斬り付ける。
肩口を襲う槍の刃。

「腕の一本や二本はっっ!」


矢が枷になり、ほむらへの対応が遅れる怪人。ほむらは切り札である
黒い夜のような翼を広げ、跳躍する。ほむらの魔力は『前の世界』より
格段に上昇していた。その魔力を使い、仁美が捕らわれているビルの
屋上まで昇った。その空中で先ほど拾った虎の子の石を使い自身の
ソウルジェムを浄化する。僅かでも充分と割り切る。
その姿を唖然とした風で見送る怪人。だがすぐさま走ると、ビルの
壁面を蹴り追いすがる。

ほむらは矢を放ち、仁美を覆う檻を破壊する。再び矢を作り出すと
後ろ手に縛られた手の拘束を切る。

「志筑仁美。逃げなさい!」

仁美の目の前に、拘束を切った矢を突き立てる。これで足を自由にしろ
という意味だ。それを察した仁美は、脚の拘束を切る。

「暁美さん?」

問いには答えず、ビルを昇る怪人に備える。
仁美は僅かに躊躇う。だが先ほどからおぼろげに見ていた戦いの
足手まといになると判断し、足早にビルから立ち去ろうとした。
手に持った矢を放り捨てて。

仁美が屋上にあるドアを開けようとしたところ、仮面党の人間二人が
駆け込んだ。突然開くドアに押され倒される仁美だが、そのせいか
仮面党の二人には気付かれなかった。二人の目標は、魔法少女の
ほむらだった。

123: 2013/03/02(土) 00:08:38.39 ID:Li+aP/Q90

カードを掲げる仮面党の二人。火球をそこから生み出し撃ち出した。
怪人に集中して全く無防備にほむらはそれを背中で受けてしまう。

(爆発物? 炎? 真後ろから?)

焼けるような熱さに呻き、コンクリートに伏す。幸い夜色の翼が
盾となったため、致命傷からは遠い。
その様子に顔色を変えて走り寄る仁美。突然の闖入者に仮面党の二人
もわずかに動揺した。

「暁美さんっ!」

「……逃げろと……言った……わよね」

ほむらは苦しげな表情で睨みつける。だが仁美も負けていない。
ほむらがあの怪人に命を狙われていることは知っている。そしてこの
仮面を付けた連中もほむらを攻撃した。それを無視知るつもりはない。
また全くの直感であるが、ほむらがさやかの失踪に
かかわっているはずと推測した。ゆえにほむらから事情を聴くまでは
離れるわけにはいかない。
命を狙われていれば、猶更。

「……一人で逃げろとは……、言われておりません」

ほむらの返事を待たず、肩を貸して立ち上がる。だがその目の前に
カードをかざした仮面党の二人が立ちふさがった。

「魔法少女が増えたぞ!」

「倒せ! 倒せ!」

二人に対し、仮面党はカードを突きつけ再度魔法を使うべく集中する。
そして放たれる二つの火球。
仁美はほむらに突き飛ばされそうになるが頑なに離れようとしない。
何とかしてともに逃げようと必氏だった。

124: 2013/03/02(土) 00:10:32.26 ID:Li+aP/Q90

それを阻止したのは怪人だった。空中で剣を投げつけ火球にぶつけ相殺
する。火球の破裂により剣はあさっての方向に吹き飛んだ。
ほむらたちの前に着地すると、猛然と仮面党に殴りかかった。

『邪魔を、するなぁ!』

一人を殴りつけ、もう一方に拳を伸ばす。だが遅れた分だけ距離を
取られ避けられた。殴打された方は昏倒し動かなくなった。
怪人と仮面党が相対する。

「行きましょう、暁美さん!」

仁美に促されたほむらは歩き出す。怪人や仮面党から目を離さないのは
まだ警戒を解いていないからだ。
だが一方で怪人はその二人より、敵対する仮面を相手にするつもりだ。
その状況に乗じて、屋上のドアまでたどり着いた二人は階下へ走った。

怪人は、取り逃がしたことなどまるでどうでもいいという姿勢で
剣を作り出す。むしろ仮面たちにいらだちを感じているようだった。

『何度攻めてきても、あたしたちは倒せない。
もうお前たちの目的なんかどうでもいい!』

怪人は、一般人に刃を振り下ろす。仮面も懐から金属製の武器を出して
対抗する。
高い金属音が噛み合い、夜の街に響く。

『ほむらを、あんたたちにころさせない!』

125: 2013/03/02(土) 00:11:54.07 ID:Li+aP/Q90

マミを狙った槍先ははじかれる。無差別に撃ちこまれた衝撃波が
まとめて二人を吹き飛ばしたからだ。
二人に襲い掛かる。仮面党の三人。
その姿を見て、嫌悪感を露わにする杏子。マミの前に立ち槍を構えた。

「またお前らか! おいマミ、とっとと逃げろ!」

杏子は先ほどまで攻撃していたマミに背を向けている。その急変した
態度に困惑する。
それに気づいた杏子は苛立たしげに叫ぶ。

「あたしの目的は足止めだ。命まで奪うつもりないんだよ!」

それは暗に、仮面たちは命を奪いかねないということを示していた。
マミはそれを察するが、矛を収めることはしない。先ほどまで敵対して
いた相手のことをすぐ信じるほど、マミは大人ではない。割り切れない。

「それが信じられると思って!?」

反論のため口を開くが、その声に気付かず杏子は三人に躍り掛かる。

仮面たちはカードをかざし、魔法だろう方法で衝撃波を撃ち出す。
衝撃波を槍で切り裂き、猛スピードで突進する。

マミはその背中に銃口を向けることはできなかった。困惑したまま
その成り行きを見守るしかなった。

126: 2013/03/02(土) 00:13:15.78 ID:Li+aP/Q90

そのマミに、ほむらは語りかける。

”マミ? 無事?”

”えっ! 暁美さん? 私は無事よ。貴女は?”

”ビルを降りてそちらに向かっているわ。……治療をお願いできる?”

テレパシーでの会話の端々に、ほむらの痛みが感じ取れたマミは、
彼女の傷の深さを知った。交戦する杏子を一度見やり、ついで該当する
ビルを見つけると、その場を静かに立ち去る。
杏子はそれをなんとなく感じ取ったものの、まったく気にせずに戦闘を
続けていた。
槍を振りおろし、仮面が持つ鉄の杖を切り払う。その脇をすり抜け
マミを追いかけようとする三人を、杏子は阻止する。

「おいおい、あたしらが何度てめえらをぶちのめしたと思ってる?」

槍先で一人の足を払い転倒させる。
石突きで突き吹き飛ばす。
槍先を払いのけぞらせる。
その間、杏子は一撃も受けていない。ベテランの彼女の体捌きに
ただの一般市民に毛が生えたような連中は翻弄され続けていた。

「即席で魔法使えるようになったからって!」

槍の柄が強かに仮面を殴りつけ一人を昏倒させる。頭部を殴打された男
は、深く気絶したのか呻き声一つ出さずに倒れ込んだ。

「あたしに勝てると思うなって、何度言わせるのさっ!」

嘲笑さえ含んだ獰猛な雄叫びが、残りの二人を圧倒する。

127: 2013/03/02(土) 00:15:47.60 ID:Li+aP/Q90

刃に血を滴らせ、怪人は倒れた二人を踏みつける。うめき声程度の反応
を確認すると、外傷だけは魔法でふさぐ。しかしそれは助けるため、
というよりは、最低限の応急処置に近い。氏なない程度に傷を治す。

『これくらいの怪我は勘弁してよね』

吐き捨てるように言うと、夜の闇深い街を見下ろす。そこには杏子が
仮面党と戦う姿が見て取れた。夜の闇に、杏子の赤い衣装が映える。
そのそばにほむらやマミの姿は見当たらない。それは
取り逃がしたことを示していた。だがそれは仮面党が出てきたケースを
事前に打ち合わせていたため、憤慨も何もない。打ち合わせ通りだった。

『杏子なら苦戦なんかしないだろうけど、さっさと蹴散らさないと』

魔法で作り出した剣を消し、ビルから飛び降りる。
杏子に助勢するために。


杏子の戦場からやや離れたところに着地すると、背後を狙っていた
仮面党の二人に襲い掛かる。
それは戦闘というよりは、一方的な暴力に等しい。仮面党はカードで
魔法を生み出し攻撃をするが、身体能力は対して高くなっていない。
そのため、魔法少女たる杏子や魔法少女と張り合える怪人たちには
なすすべもなく蹴散らされていった。
人数が揃わなければ、彼女たちの敵ではない。

気絶し、昏倒する仮面党を見下し。溜息をつく。

「失敗しちゃったね」

『仕方ないよ。こいつらは魔法少女を目の敵にしてるんだ』

「……。なんでもいいよ。あたしはあんたについてくから、
やりたいようにしなよ」

杏子は、今まで通りの、優しい顔で微笑んだ。

「どこまでも、ね」

128: 2013/03/02(土) 00:18:00.61 ID:Li+aP/Q90

合流した三人は、公園のベンチに腰掛ける。襲撃のショック覚めやらぬ
様子だった。特に人質として拉致された仁美は青を通り越し真っ白な
表情だった。
ほむらは背中に受けた火傷を、マミに治療されていた。

「最低限でいいわ。石のストックがないでしょう?」

「いいえ、昨夜までの分が多少あるわ。
穢れ全部取れるわけではないけれど、治療する分には十分よ」

相変わらずの言い方も、もはやマミは慣れっこだ。どうしてもほむらは
人の世話になりたくないというのが根底にあるようだ。
だが慣れっこのマミはそこを強引に引っ張り治療を行う。こう強引に
でもしないと、彼女は素直に応じないことをここ数日で理解していた。

「あ、あの……。お二人とも……、そのお姿は?」

蒼白から立ち直った仁美は、今度は困惑に襲われていた。
確かにそうだろう。目の前で同級生と先輩がコスプレ衣装で戦い、
魔法を使って治療をしているのだ。困惑しないわけがない。
二人は顔を見合わせ、困った表情を浮かべる。巻き込まれた以上説明が
必要だということはわかるが、どう説明するべきかが思いつかない。

やむなくマミは、順を追って説明する。
自分たちが魔法少女だということ、奇跡のような願いと引き換えに
人に仇成す魔獣と戦う宿命を帯びていること、そしていつか、
円環の理に導かれ消滅してしまうことを。

「それまで、戦い続けるのが私たちの役目なの」

129: 2013/03/02(土) 00:19:22.54 ID:Li+aP/Q90

突然の非日常な話に、仁美は困惑しついていけない。だが、マミが
嘘をついているようには見えなかった。クスリともしない真剣な表情と
先ほどまでの戦いを目の当たりにした以上、信じないわけにはいかない。

「そ、そうでしたの……。人知れずお二人は、
私たちを守ってくださっていたのですね」

「私たちは自分の願いのために戦っているのよ。
感謝されるためでは……、ないわ」

マミは苦々しくいう。魔法少女はある種自分勝手な望みのため、
戦いに身を置いている。それは魔獣から人々を守るという高尚な理由が
あるわけではない。仁美の感謝は、重いのだ。

その表情に、仁美の思考は飛躍した。

「……ひょっとして、さやかさんも……?」

『奇跡的』に左手が動くようになったバイオリニスト上条のことと
さやかのことが結びついた。
考えてみれば、上条の退院とさやかの不審な行動は時期が一致している
ようだった。少なくとも、仁美にはそう思えたのだ。

「ええ、上条恭介の腕を治す奇跡と引き換えに魔法少女になったわ」

「そして……」

「え、円環の理に導かれ……、消えてしまったんですね……」

深夜の公園で、仁美は泣き崩れた。
二度と会えない親友のことを思い、
最愛の人のために魂を捧げた献身を思い、
その祈りの果てに消滅したさやかの愛の深さを思って。

(私は敵いません。さやかさんの愛の深さには)

130: 2013/03/02(土) 00:20:56.93 ID:Li+aP/Q90

ようやく泣き止んだ仁美は、赤い目のまま立ち上がる。

「お見苦しいところをお見せしました」

仁美の涙は、魔法少女たちの代わりの涙だったのだろう。
二人……三人も泣きたくて仕方なかったはずなのだ。中学生の心には
友人の氏は、そう簡単に受け止められるものではない。
成人でもそうなのだから、想像するに余りある。

「お、遅くなりましたが……、
助けてくださって、ありがとうございました」

泣きはらした目でぺこりと頭を下げる仁美。無理やり作った笑顔が痛々
しかった。
だからマミはそれを受けることをせず、仁美の肩を抱き帰宅を促す。

「もう、帰りましょう……。
どうやって怪人に誘拐されたか聞きたいけれどそれは明日に、ね?」

マミのいたわるような支えられ方に、仁美はさやかの温かさを
思い出してしまった。また目頭が熱くなる。
と同時に、あることを思い出した。

(そんなことがあるわけが……。けれども、あの手は、確かに……)

「あ、あの、さやかさんは消滅してしまったんですよね?」

唐突に力のある声を出した仁美に、二人は驚く。目の前で消滅したのを
三人が確認した。だからこそ、杏子は傷付き、ほむらたちと距離を
置いてしまったのだから。

「なら、あの怪人は、何者なのですか?」

その質問の意味に、二人は戦慄した。慄き、息を飲む。

「あの抱き方、手の形、忘れるはずがありませんわ!」

仁美の声が大きくなる。何度もじゃれて抱き着かれたことがあるのだ。





「あの怪人は……、あの人は……、さやかさんです!!」

131: 2013/03/02(土) 00:22:15.43 ID:Li+aP/Q90

戦場からやや離れたところ、そこにQBが二体いた。
姿形に全くの違いは見られない。一体はもう一体よりも
高い位置から見下すような視線で魔法少女たちを見つめていた。

「確かに君の『証言』通り、噂が現実になっているんだね」

一方の、高みにいる鎮座する方は『せせら笑う』。本来感情を持たない
はずの顔に、邪な表情が浮かんでいた。

『当たり前だ。【キュゥべえ】は嘘は言わないのだろう?』

高いところにいるQB……キュゥべえは傲岸な喋り方を崩さない。

「いくら僕たちに姿形が似てるからと言って性質まで似るとはね」

QBが噂の調査と称し、魔法少女たちに聞き取りをする。その話が
魔法少女の間で話題になる。それが噂として伝播し拡散する。
そして、それが……現実になる。

『暁美ほむらがいたという世界のキュゥべえの噂が広がったおかげで
僕はここにいるのだよ。QB』

「僕は……、いや、僕らは踊らされたというわけかな」

『すべて君らが行ったことだがね』

キュゥべえはせせら笑う。
それをQBはただただ見守っているだけだ。全く感情のない、平坦な
瞳で。

「だから、僕は調査を止めた。
僕の動き一つで世界の理が変わってしまう恐れがあるからね」

『賢明だが、もはや手遅れだよ。僕らがそれを担うのだからな』

QBのそばにキュゥべえが降りたつ。QBを喰らいつくすために。
その光景が、世界のありとあらゆるところで発生していた。

137: 2013/03/05(火) 21:01:02.00 ID:wCH027s90

仁美を護衛し送る道すがら、仁美は二人に状況を説明した。
結果、どうやら杏子が幻術をかけ、夢遊病の様に誘い出したであろう
ことが分かった。
杏子が仁美に目を付けたのは、怪人を通じてだろう。しかし、その怪人
自身が仁美のことをなぜ知っているのか。あれだけ時間があれば
探し当てるのは決して難しくはない。だがそれよりも、怪人がさやかで
あるほうが簡単で理解しやすい。

「今思えば、という点は多いわ」

例えば、声、武器。身のこなしや口調。そして何より杏子が行動を
共にしている。それが何よりの状況証拠だった。

「でも、消滅したはずよ」

「だからジョーカー様呪いをやってさやかさんを蘇らせた?」

「そしてその【ジョーカー様】のために行動している……?」

洗脳か納得づくなのか不明だが、杏子はさやかのために行動している。
それはまあいい。消滅したさやかを友人として償いにも似た献身を
捧げているのは、とても杏子らしい。

そしてそのさやかの目的はほむらを消滅させ、円環の理に導くこと。
そのため、どういう方法か穢れをソウルジェムに注ぎ込むこともした。

「結局【ジョーカー様】の行動理由がわからないわね」

「ええ……。できれば話を聞きたいところだけれど、難しいかもね」

138: 2013/03/05(火) 21:01:51.27 ID:wCH027s90

それに対し、仮面の一団の行動は不明だ。

「あれが、QBが言っていた組織のことかしら」

だが、噂を聞く限り組織の目的は魔法少女の捕獲で、殺害ではない。
また、マミが聞いた限りでは、杏子は何度かその仮面の一団に襲撃を
受けているらしい。
ほむらとマミが襲撃を受けなかったのは、怪人たちの襲撃を恐れ、
単独行動をせず、人気のないところへ近寄らなかったからだ。

「暁美さん、今日のところは帰って休みましょう」

ほむらもマミも二種類の襲撃者に疲労が蓄積していた。こうやって
襲撃者への考察を行い、襲撃に備えることは重要ではある。だが
今の二人にそれを澱みなく行うのは困難だ。魔力も精神状態もとても
万全とは言えない。なんとか体を休め、襲撃に備えなくてはならない。
幸いなことに、【ジョーカー様】と仮面の一団が交戦状態にあり、
一種の均衡状態を作っていた。そのため、ほむらやマミは辛うじて
その両者から目がそれていた形になった。

図らずとも、杏子とさやかはほむらたちを守っていたことなる。

疲れた体を引きずり、二人は帰路についた。その背後には
いつのまにか現れたキュゥべえが静かについていった。

139: 2013/03/05(火) 21:02:21.86 ID:wCH027s90

翌朝の登校。校内は異様な雰囲気に包まれていた。
ほむらが教室に入るまで、まるで互いが互いを監視するような視線を
感じていた。

「暁美さん、おはようござい、ます」

仁美は昨日のことがあっても何とか登校していた。だが疲労が濃く、
目の窪みの隈が痛々しかった。その隣には昨日のことを聞いたのだろう
上条が支えていた。
昨日ことを仁美から聞いていたらしい。マミは口止めをお願いしていた
はずだが、真倍していた彼には話してしまったようだ。
彼女の身の安全を考えれば魔法少女とは無関係でいるべきだった。
上条の身も危ないのだから。

「暁美さん。昨日志筑さんを助けてくれたって聞いたよ。ありがとう」

だが、上条の言葉は感謝の言葉だけではない。それに続く会話は、
驚くべき内容だった

「それと、貴女が魔法少女だってこともばれないように。危険だから」

「……なぜ?」

「JOKER様呪いをした人たちが……魔法少女狩りを
しているらしいんだ」

苦々しく上条は呟く。そこに、明確な侮蔑と怒りを込めて。

140: 2013/03/05(火) 21:02:51.70 ID:wCH027s90

知り合いの音楽団団員、病院のリハビリ施設、そういったところで
上条はいろいろな噂を意図せず仕入れていた。
当然彼も【ジョーカー様】に襲撃されたことがある。そのため、あの呪いを
やろうなどとはもう思っていない。
あの怪人がさやかの可能性があるのだから、同じことをする気はもう
更々なかった。

「『JOKER様呪い』をした人たちはそのあと【JOKER様】から
仮面党に入る様に強制されるんだ」

ほとんどは、願いを叶えてもらった恩から盲目的に入党するらしい。
そこに入党するとカードが手に入り、魔法のような力を発揮する
ことができるとのことだ。

「その人たちが、魔法少女を狩っているの?」

「うん、【JOKER様】が危険視しているらしいんだ」

どこまでも『らしい』がつづく。噂である以上仕方ないことだが、
噂が真実になる。そのことを知るほむらにとり、今の状態ではそれも
重要な情報だ。

141: 2013/03/05(火) 21:03:19.31 ID:wCH027s90

昼休み、屋上でのマミを加え四人での話し合い。食事をしつつになるも
皆一様に箸が進まない。暗澹とした気分になっている。

「じゃぁさやかさんが魔法少女を狩っているのですか?」

「いいえ、違うわ。彼女は仮面党とは敵対関係にあるみたい」

これはほむらを無視し仮面党と戦闘に突入したというほむら自身の
証言から明らかだ。

「つまり、【ジョーカー様】と【JOKER様】という別の怪人がいて」

「そしてその二人の怪人は、敵対している。
少なくとも協力関係ではないわ」

上条にしても仁美にしても、ここまでかかわった以上後戻りはしない
つもりだった。そもそも、この街にいる以上、もはや無関係な人間は
誰一人いないはずだった。
なぜなら、誰もが『JOKER様呪い】を行える。そして行った以上、
仮面党に入党させられるのだから。
同じ理由で、素質がある少女は魔法少女としてQBと契約を迫られる
可能性がある。この場合も無関係とは言えない。


そこまで話をしていると、急に屋上のドアが開く。
表れたのは五、六人ほどの生徒と教師。

その顔には、あの仮面がつけられていた。

仮面党だった。

142: 2013/03/05(火) 21:04:00.52 ID:wCH027s90

「いたぞ! 魔法少女だ!」

「俺は見たことがある。あいつは夜の街で弓を放ってた!」

「私も見たわ。あいつが夜の空、銃で戦っているのを!」

口々に騒ぎ、ほむらとマミを指差す。なぜそれが広まっているのか、
なぜ二人にたどり着いたのか不明だが、それを詮索する暇はない。

「倒せ! 倒せ! 倒せ! 倒せ! 倒せ! 倒せ! 倒せ! 倒せ!」

それが徐々に熱を帯びてくる。自分たちを高揚させる目的なのか、
不安を払しょくするための陶酔なのかわからない。だがそれをみた
四人は、恐ろしくなった。

「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」

(狂ってる)

そうとしか思えない。なぜ魔法少女が危険なのか、なにが危険なのか
そんな説明をされているのかもわからない。盲信のまま【JOKER様】
に言われるまま、ほむらとマミを狙っている

「魔法少女なんて夢物語をなんで信じてるんですか!」

「【JOKER様】がおっしゃったんだ。間違いはない! 庇うのか!
魔法少女の仲間め!」

「待ってくれ、何を言ってるんだ!」

「止めてください! 彼女たちが何をしたというんですか!」

上条と仁美の必氏の声も空しく、六人が襲い掛かる。

143: 2013/03/05(火) 21:04:56.79 ID:wCH027s90

「お二人とも逃げてください!」

仁美が叫ぶが、そんなことをすれば逆に仁美たちが暴行を受ける。
いや、最悪殺されてしまうだろう。そんなことを許せるはずがない。
とくに、マミの正義感は。

「志筑さんや上条くんにも危害が及ぶのよ。ただ逃げるわけにはっ!」

「マミ、落ち着きなさい。彼らを頃すつもり?」

「リボンがあれば傷つけずに対応できるわ」

「止めてください! そんなことをすればここにいられなくなります」

それは、彼女たち魔法少女が人間としてすがれる杖を捨てることだ。

「いいえ……、もういられないわ」

マミは、仮面党の中に教師がいることにすぐ気付いた。それは
もはや校内に、上条と仁美以外味方がいないことを意味していた。
それを把握したマミは、瞬時にそれを切り捨てた。
彼女にとって学校生活より守りたいものがあったからだ。

それは、
さやかの祈りそのものである上条であり、
さやかの無二の親友のである仁美であり、
寝食を共にした親友のほむらである

(皆を守るわ! たとえ私がどうなっても!)

マミは、いつになく激怒していた。

144: 2013/03/05(火) 21:06:10.61 ID:wCH027s90

だが一方でマミは熟練の戦士である。
二人を守りつつ、相手に傷を負わせずにこの場を乗り切ることは
できないと思っていた。

マミは瞬時に魔法少女に変身する。そしてマスケットを作り出し、
仮面党の一団に突き付ける。いつもは穏やかで優しいからこそマミの
怒りに満ちたその表情は、すべての人間を恐怖によって足止めさせた。

「近づいたり、カードを出したら撃ちます」

昨日見ていた限り、魔法らしきものを使うにはカードをかざす必要が
あったようだった。それを知った上での威嚇だ。果たしてそれは
当たり、一同を心理的に拘束する。

「行きましょう」

ほむらもやむなく変身し、翼を広げる。
マミは上条と仁美をリボンで拘束した。人質に見せて、被害者を装う
のだ。口や手足を拘束し、一人ずつ担ぎ上げる。

「そこを動かないことね。あとで二人は無事に解放してあげるわ」

努めて暗い声でマミは呟く。
背の高い時計台にリボンを巻きつけ、そこを視点にして飛ぶマミ。
それに合わせ、ほむらも夜の翼で飛び上がる。そのまま屋上を後に
して立ち去った。

(さようなら。もう、学校に通えなくなるのね)

それは、マミの人間との決別と言えた。

153: 2013/03/09(土) 23:10:10.27 ID:Ur1Jfjpr0

上条を解放したほむらたちは、仁美の屋敷の中にいた。
自宅が知られている可能性のある二人が部屋で待ち伏せをされている
恐れがあるからだ。
仁美は家人に箝口令を敷いた。幸いにして仁美の家にいる家族や
お手伝い(数人いた)たちはJOKER様呪いを行っていない。それは
聞き取りで確認できたし、携帯電話の通話記録で裏付けが可能だった。

「しばらくはここでお過ごしください」

「でも、貴女にも迷惑がかかるわ」

仁美は左右に首を振る。そして、寂しそうに笑うと、こういった。

「街を、人を守ってくれた貴女方にする恩返しと思ってください」

「それは前にも言ったはずよ。感謝することではないと」

ほむらやマミは、仁美を巻き込みたくなかった。はっきり言えばこれは
杏子やさやからしき人物のいざこざが原因だ。つまり身内の不始末の
ようなものだ。だから一般人は巻き込みたくなかった。
マミにしてみれば、ほむらすらも。
なおもほむらたちは食い下がるが、仁美ははっきり次のように言って
黙らせた。

「さやかさんが消滅した経緯をお話しいただけるまでは、帰しません」

きっぱりとそういうと、ついでにっこりと笑う。

「私の中にいるさやかさんを送らせてください」

154: 2013/03/09(土) 23:11:09.95 ID:Ur1Jfjpr0

その夜。三人は、まるで修学旅行のような一夜を過ごした。真摯に耳を
傾ける仁美。苦しいながらもさやかの戦いぶりを語るマミ。その姿を
穏やかに見届けるほむら。
逆に仁美はさやかのことをたくさん話した。マミもほむらも知らない
彼女の素顔。おちゃらけてて、明るくて、向う見ずな彼女の魅力を語る
度に、仁美の眼差しは熱と潤いを帯びる。

改めて思うことは、マミにしろほむらにしろ、仁美にしろ、彼女の
明るさに救われた部分が少なからずあったということだった。
真っ直ぐな性根が、彼女たちの心を打った。

「ふふ、さやかさんは魔法少女となっても、皆さんに迷惑を
かけていたんですね」

泣きながら笑う仁美。それは、故人を偲ぶような語り口である。
仁美の中では、さやかはもう亡くなっている。
怪人はさやかに似た「何か」であるように思えているようだ。

「もし、もしも、あの怪人がさやかさんなら、きちんと二人に話を
していただきたいです。そして可能なら上条さんとゆっくり
お話していただきたいですね……」

遠くを見つめる仁美の視線。そこにある思いは一言では語れない。
二人の心は痛んだ。

155: 2013/03/09(土) 23:12:02.61 ID:Ur1Jfjpr0

ジョーカーや仮面党の襲撃に備え、交互に湯に入る。あの時の様に。
ほむらが湯から上がると、入れ違いにマミが入る。

「広かったわよ。さすがね」

「あら、それなら一緒に入ればよかったわね」

「丁重にお断りするわ」

ほむらも馬鹿丁寧な言い回しで拒否する。それがほむらなりのジョーク
だと知ってるマミは苦笑すると、湯に入る支度をする。
幸い、仁美の手配で下着から何から準備ができていた。しかしほむらは
サイズに若干の不満があるらしい。けれども表だって文句は
言わないつもりのようだ。

「それじゃ、ジョーカー様対策はお願いね」

「あまり気を抜かないでね」

「はいはい」

マミも笑顔でおざなりな返事を返す。着替えをもって立ち上がると
仁美に案内されてバスルームに移動する。
脱衣所で仁美と別れると、いつものように衣服(制服)を脱ぎ、
丁寧に畳むと、脱衣籠に入れる。
その見事な肢体を湯気の中に晒し、髪や体を洗う。いつもの流れ。
泡を洗い流し、湯船に浸かる。その湯の熱さについ声が出る。

それが限界だった。

湯船の水面に滴が落ちる。ポツリポツリと滴るそれがマミの心の叫び
そのままだったようだ。
ほむらや仁美の前だから強がっていたのは先輩としての意地だった。

「なんで、こんなことに……、私たちがなにをしたというの……」

見滝原の魔法少女で唯一の先輩ではあったが、彼女とて普通の
中学生だ。しかも、両親と氏別したため、いやがおうにも大人に
なることを強いられていた。辛くないわけがない。後ろにほむらや
仁美がいるからこそ、恐怖に震える体を叱咤し立ち上がれたのだ。

(ここでいいの、いっぱい泣こう。
そうしたら、暁美さんを守る私に、きっと戻れるから)

心のまま、気が済むまでマミは涙を流し続けた。

156: 2013/03/09(土) 23:12:32.87 ID:Ur1Jfjpr0

仁美の配慮を無駄にすることになるが、深夜になると
魔法少女は動かざるを得ない。ソウルジェムは日常の活動でも
僅かずつではあるが濁り、消滅に向かって突き進んでしまう。
だから魔獣狩りを行う必要がある。

夜の闇の危険性を承知したうえで、二人はビルから瘴気の渦を探す。

『やぁ、ここにいれば会えると思っていたよ』

「QB。ごめんなさい、探させたかしら?」

キュゥべえの姿を認め、マミは相好を崩す。数少ない理解者である。
気を緩めても仕方なかった。

『そうだね、自宅にも帰ってなかったからね』

「ごめんなさい。今日は部屋に帰っていないの」

「マミ。それ以上は言わないほうがいいわ」

ほむらが遮る。ほむらは『前の世界』の記憶があるせいか、
QBを全面的に信じきることができない。その態度にQBは
是の反応を示す。

『うん、それが賢明だろうね。僕を通じて情報が漏れる恐れがある』

QBは聞かれたことには正確に答える。それは性質であり義務でもある
わけだが、仮面党に参加している(元)魔法少女に漏洩されては
隠れ家の意味がない。

『けれども、その状態で魔獣狩りをするのは危険じゃないかい?』

「それでも、魔獣は倒さないと」

日常生活でもソウルジェムは濁ってしまう。それゆえ魔獣から
手に入れる石がどうしても必要だった。

157: 2013/03/09(土) 23:12:58.51 ID:Ur1Jfjpr0

『僕としては助かるけれど、無理はしないで欲しいな』

「ずいぶんやさしいのね」

ほむらがわかっていながら嫌味を言う。

『気付いているんだろう?』

キュゥべえのいいようにほむらが呆れる。

「魔獣を狩る魔法少女が減っているから、でしょう。
ベテランにいなくなられては困るわけでしょうからね」

『そうだね。でも、そのための協力は惜しまないよ』

キュゥべえのそのいつもと変わらない言い回しにや態度にほむらは
嘆息する。
逆にマミは変わらない口調や態度に安心感をもっていた。

「もう、二人とも喧嘩しないの、いいわね」

『僕はそのつもりはないんだけれどね』

ほむらは、それ以上口をきくつもりはないらしい。ただ面白くない
という仏頂面で街を見下ろしていた

158: 2013/03/09(土) 23:13:48.56 ID:Ur1Jfjpr0

一方で、ネット上ではこんな文言が踊る。

『仮面党に入党したけれど質問ある?』

『魔法少女を狙ってる組織ってなに?』

『魔法少女を見つけたら通報するスレ』

これは見滝原に限ったことではなく、日本各地のからの書き込みが
そこに集まっていた。
そこは掲示板であり、ブログであり、ツイッターであったりした。
誰が発端か不明であるが、ネット上はそんな話題が拡散していた。

「噂が全国で展開されているってことか」

上条はバイオリンの練習の休憩中、ネットサーフィンをしていた。
彼は自分が参加する楽団やリハビリで知り合った患者や看護師たちから
それとなく情報を聞く役目を負っていた。ほむらたちに強制されたわけ
ではない。怪人がさやかである可能性を聞いてしまった彼は、積極的に
協力を申し出た。だが危険を伴うため、距離を取りつつ情報を集める
ことに集中していた。
だが、彼も知らない。噂が現実になっているなどということを。
だから単純に仮面党のことを調べているに過ぎない。

「僕の手を治してくれたのは奇跡だけれど、
そんな奇跡がありふれてるなんて……」

上条はそんな異常事態に、怯えていた。そのためかこの文言を
見落としたようだ。

『その組織は魔法少女を拉致して超人を作る研究をしているらしい』

159: 2013/03/09(土) 23:14:18.18 ID:Ur1Jfjpr0

ほむらの矢が、マミのマスケットが魔獣を次々に殲滅する。だが、
今夜は無理をするべきでないと、相談していた。そのため、石を最低限
回収しただけで、狩りを切り上げた。

「襲撃に備えて、大目に集めておきたいけれどね」

「けれど、派手に動いてしまってはまた襲撃を受けるわ」

ほむらは多少渋ったが、マミの意見に同意せざるを得なかった。確かに
夜の街ではあっても、魔法少女と魔獣の戦いは人目を引いてしまう。
再び仮面党や、杏子の襲撃を受ける可能性が高くなる。
幸い、魔獣の数は少なかった。日によって瘴気の濃度が異なるため、
必ずしも一定しない。今夜はそのたまにある日と解釈し、ストックを
増やすだけにとどめた。

二人は適当に切り上げ、仁美の家に戻ることにした。正面玄関からは
帰れないので、仁美に携帯でメールをし、テラスから鍵を開けてもらい
部屋に戻ることにした。

仁美は起きて待っていた。心底心配した顔をしていた。

「はぁ……魔法少女のお仕事が大変なのはわかりますが……」

ふうと、ため息をついた。

(そんなところまで、さやかさんに合わせなくても、ねえ)

160: 2013/03/09(土) 23:15:14.33 ID:Ur1Jfjpr0

同時刻、杏子と怪人は、追い詰められていた。
相手は仮面党ではない。

その日、杏子は自らの魔力回復のため、風見崎で魔獣を狩っていた。
まず仮面党が現れた。見滝原でであった仮面党とは違うメンバーだ。
だが、杏子の敵ではなく無造作に蹴散らされていた。そこに怪人も
加わり、瞬く間に仮面党を殲滅した。
仮面党の一人の胸ぐらをつかみ、つるし上げる。もはや戦意喪失して
いる相手に凄んで見せた。

「何度やっても無駄だよ。とっとと帰りな」

釣るし上げた仮面党を放り投げると、そのまま見向きもせず踵を返す。
その杏子の背後に仮面党が飛び掛かる。
一瞬遅れて杏子が振り向き迎撃姿勢を取る。

だがそこに邪魔が入る。

最初は銃撃。マミのような単発のマスケットではない。マシンガンの
ような連射が効く銃器だ。
飛び掛かろうとした仮面党の一人は、銃弾を背中に浴び崩れ落ちる。
初めて聞く銃声に体を竦めた杏子の代わりに撃たれた仮面党はそのまま
倒れる。確認するまでもなく、絶命していた。
杏子も一般人の氏は何度も見た。だが人が人を頃す場面など
見たことがない。その悪意に顔を青ざめる。
怪人は紙袋を被ったままのため、表情の変化はわからない。

そこには、自動小銃を構える軍服姿の兵士と、槍を携えた鎧姿の
怪物の一団。


そして、その胸や腕にある印は……、


ハーケンクロイツ

鍵十字

168: 2013/03/16(土) 23:32:05.24 ID:GaSNC7iK0

銃声。硝煙の匂い。氏の香り。
杏子は回避するので精いっぱいだった。元々槍しか持っていないため、
遠距離戦闘は苦手だ。また、幻術魔法を使用して分身を作っても、
全部に弾を撃ちこまれたら本体も巻き込まれてしまう。
しかも、彼らは仮面党のような戦闘の素人ではない。明らかな軍事訓練
を施されたまさに『プロ』だ。
いくら杏子がベテランの魔法少女とはいえ、人数で勝る軍隊に敵うわけ
がない。

『杏子! 逃げるよ!』

「ちっ、わかった!」

怪人の提案に素直に応じる。その背後で仮面党と軍隊が激突していた。
だが仮面党は魔法を使ってもなお、軍隊に蹴散らされていた。
人数、装備、練度、技術、そして覚悟。どれをとっても一般人に
勝てる要素はなかった。

無造作に撃ち殺される仮面党に憐れみを感じないこともないが、杏子に
なすすべはない。下唇をかみしめながら戦場から離れた。

(くそっ、あんなのが見滝原も?)

「なぁ、あいつら向こうにもいってねえだろうな!」

『そうだね……、二人が危ないかもね……』

怪人の声に不安が混じる。

169: 2013/03/16(土) 23:32:35.91 ID:GaSNC7iK0

翌日、ほむらとマミは仁美の屋敷にいた。二人の身を案じた仁美が、
外出を禁じたからだ。それも考えれば当然で、学校なり自宅なりに
仮面党が貼りついていては二人に安息はない。
家人に鍵を預け私物を運んでもらうお願い以外、やることはない。
尾行にさえ気を付ければさして難しくないはずだが、

とはいえ、二人に日中やることはない。仁美とともに朝食をすませると
もう家で座っているしかない。なまじ外出すると顔を知っている仮面党
に襲撃される恐れがある。
また、ジョーカーも杏子もまだ二人を狙っているはずだった。多少窮屈
でも、じっとしているしかない。居所を知られれば仁美も危ない。

「暇ね」

「勉強道具を持ってきてもらわないとね」

「……もう登校できるとは思えないけれど」

マミのつぶやきは重く、暗い。ほむらにしろマミにしろ、学校に強い
思い入れがあるとは言えない。とくにほむらはまどかのいない学校に
執着はない。
だが、無くしてわかる。あの退屈が学校生活が、何より自分たちを人間
たらしめていたと。人間の輪の中にいることを実感する場だと。
魔法少女が人でいていいと、言われていたような気がしたのだ。

だがそれは儚く砕け散った。仮面党のせいで。

170: 2013/03/16(土) 23:33:15.30 ID:GaSNC7iK0

「暁美さん、そういえば、花言葉の話をしてなかったわね」

「……ジョーカー様が私に投げつけた花ね」

マミは頷くと、QBから聞いた花言葉の話をしてみた。

「花の名前はクロッカス。『信頼』『青春の喜び』『私を信じて』
『切望』、それと……『愛したことを後悔する』」

マミの顔が曇る。ネガティブな内容が気に入らない。しかしそれゆえに
最後の花言葉である『あなたを待っています』を忘れ、伝えそびれて
しまった。
思い当たることがある? というマミの問いに、頭を振るほむら。先の
ネガティブな内容にショックを受けていたからだ。

(……まどかを愛したことがいけないことなの……?)

そっと下唇を噛み、苦しみと煮えたぎる怒りに耐えていた。
ほむらの表情に、マミは決意を新たにした。

(美樹さんは守れなかった。けれど、貴女は守って見せる。
……何と引き換えにしても)

悲壮な決意。

171: 2013/03/16(土) 23:34:26.52 ID:GaSNC7iK0

翌日、ほむらのいないクラスに仁美は一人登校した。
仁美はクラスメイトに心配されていた。昨日仮面党や魔法少女の戦いに
巻き込まれたためだ。

「皆さんには心配かけてしまいましたね。もう大丈夫ですよ」

ここ数日のすぐれない表情に比べ、疲れは残るものの明るさが見える。
だがそれは昨夜ほむらやマミから聞いたさやかの話により、心の中の
さやかを送り出せたからだった。

(もう、帰ってこないものとして考えたほうがよろしいのでしょうね)

級友たちも心配そうにするが、その中に口汚く魔法少女を罵るものも
散見された。

「志筑さんや上条君を攫うなんて最低だよ!
仮面党がやっつけちゃえばいいんだ」

「でも、私は怪我をさせられたりしませんでしたよ」

「僕もそうだよ。仮面党が来るまで普通に食事してただけなんだし」

恭介も擁護に加わる。その行動に仮面党派は訝しがる。しかしそこに
さらに中沢も加わる

「僕も魔法少女が悪い人には思えない。
怪物から助けてもらったことがあるからね」

中沢は、夜出歩いていた時に魔獣に襲われたことがあるらしい。そこを
救ったのは、赤い衣装に槍を持った魔法少女。

172: 2013/03/16(土) 23:35:31.71 ID:GaSNC7iK0

その話から、徐々に魔法少女派も声を上げる。仮面党派とほぼ半々と
いったところだろうか。中にはほむらのぶっきらぼうな優しさに触れて
考えを改めた生徒もいた。
一方で、JOKER様の指示を盲信する者もいて、世論や噂は真っ二つ
だった。

その日、何度か仁美の教室を覗き込む生徒が見られた。恐らくは違う
クラスや学年の仮面党員なのだろう。
ほむらやマミが魔法少女であることは昨日屋上に攻めてきた仮面党らに
よって学校内に知れ渡っていた。
彼らの、その濁った視線が、仁美や上条にはとても醜く見えた。

「見つけたらぶっとばしてやる!」

(人知れず皆さんのために戦うあの方たちが、
悪いものであるはずがありませんわ)

仮面党とさやかの友人を比べたら、どちらが信じるに値するか。
仁美には明白だった。

「自分でやればいいじゃん。仮面党でもないくせに!」

「んだと!?」

徐々に殺伐とするクラスメイト。その騒々しさに、
仁美や上条は戦慄した。

173: 2013/03/16(土) 23:36:08.84 ID:GaSNC7iK0

――昨日未明、風見崎の市街地で銃声が聞こえたという
通報がありました――

――その弾痕から、使われた銃が軍隊に支給されているものに近いこと
がわかり、警察では調べを進めています――

つけっぱなしのテレビが昨日のニュースが流れている。それが魔法少女
を狙う組織のものだと結びつけることは決して難しくなかった。そして
案じるのは杏子の身だ。あれだけ戦い、命のやり取りをしたのだが、
それであっても、落ち着けばマミは杏子を心配していた。
元々、心優しい子なのだ。

「大丈夫かしら」

「心配しても、私たちには確かめるすべがないわね……」

杏子たちが襲ってくる以上、近づいて確認することはできない。また
QBにも自分たちの隠れ家を知られるのはまずい。QBとも接触が
できなかった。

「マミ、今は自分たちのことを考えましょう」

「ええ、今は私たちが生き残ること……。これが落ち着けばまた
学校にも通えるわよね……」

ほむらにはその問いに答えることはできなかった。

174: 2013/03/16(土) 23:36:49.13 ID:GaSNC7iK0

ネット上に蠢く噂。

『見滝原には大勢の魔法少女がいるらしい』

『なんでもその中学校の地下にUFOが埋まってるらしい』

『うそくせー』

『いや、それを狙って、ナチスの残党が動いてるらしい』

『昨日軍隊が使うような武器の弾痕がみつかったぜ』

『じゃぁマジなのか?』

『あのでかい時計台になんか仕掛けありそうだよな』

『しかし魔法少女なんているのか?』

『いるいる。俺変な怪物と戦ってるのみたもん。コスプレ美少女が』

『妄想乙』

『私も見た。あの怪物に襲われてる人助けてたよ』

『でもJOKER様は、危険だから倒せって……』

『仮面党キター!』

無責任な会話が、噂を生み出し、現実を侵食していく。

175: 2013/03/16(土) 23:37:36.09 ID:GaSNC7iK0

授業中の中学校に、物々しい車両が迫る。
機能優先の、くすんだ色はそれだけで新しい平和な町には似つかない
禍々しさを含んでいた。その大きな車体で中学校の敷地を封鎖するころ
になっても、校舎内にいる教師や生徒には気付かれていない。

軍靴の音を響かせて、兵士が規律正しく降りてくる。手に自動小銃を
携え整列する。
列の前、校庭の中心に降りたつのは翼とプロペラを背に持つ、鎧姿の
異形の兵士。黒い金属の鎧に身を包んだそれは、手にした槍をかざし、
兵士に無言の指示を出す。
それに合わせ兵士たちが一斉に行動を起こす。校舎の入口すべてを
制圧し、陣取る。
このころになると校舎内にも気づかれる。

『我々は、栄えある第三帝国の精鋭、ラストバタリオンである』

鎧姿の兵士……聖槍騎士団が校庭の目立つところにその異形をさらして
いた。

『校舎内の人間に告ぐ。敷地内すべて我々が制圧した』

放送室も制圧したのだろう。学校内すべてに響き渡る放送が生徒の混乱
を誘発する。

『生殺与奪の権利は我らにあると心得よ』

生徒も教師も青ざめている。冗談と疑い窓を見る生徒の目前に、
ナチスドイツを髣髴とさせる武装の一団が陣取っていた。
それが冗談でないことは見て取れた。恐慌が校舎内を駆け巡る。

『我らの目的は魔法少女と呼ばれる素質を持つ者の拘束である』

恐怖に慄くもの、怒りに震えるもの、混乱し騒ぎ出すもの。戦いに心を
満たすもの……各々がさまざまな反応を示す。

『殺されたくなければ我らに従え』

仁美も上条も噂には聞いていたのだが、まさかそれが自分に降りかかる
とは思っていなかった。
二人とも顔を見合わせ、慄いた。

176: 2013/03/16(土) 23:38:19.44 ID:GaSNC7iK0

教師や用務員、生徒たちは体育館に集められた。銃で武装した兵士が
十人ばかり見張りについている。銃を水平に構える威圧感は平和な日本
では体験も想像もできない恐怖だった。

十人のうち数人が生徒を見渡す。そして、素質を見極められた女生徒は
連れ出された。幸い仁美は連れていかれることなくすんだ。彼女は
足の悪い上条の補助として隣にいて、二人だけの会話を誰にも聞かれず
に行っていた。

「先輩と暁美さんは?」

「学校には来ていません。先日のことは不幸中の幸いですわ」

クラスで一人ないしは二人くらいの女生徒が連れて行かれた。最初は
抵抗していたようだが、銃で殴打され大人しくなっていた。
仁美は知らないことだが、連れて行かれた少女の中には、魔法少女の
契約を済ませているものもいた。彼女たちはテレパシーで連絡を
取り合い、反撃の機会をうかがっているようだが、仁美たちにわかる
はずもなかった。

その、素質があるとして集められた少女のそばに、
キュゥべえがいることも。
彼女たちは隙を見て契約し、反撃のチャンスをうかがっていた。
だが、それでもなぜか、「ラストバタリオンを消してくれ」とは
誰も願わない。

それは、彼が選抜しているからに他ならない。自分のためだけに願いを
叶えようとする少女を。
それは、QBではなく、キュゥべえの思惑だった。

177: 2013/03/16(土) 23:38:47.44 ID:GaSNC7iK0

仁美の屋敷が慌ただしくなる。どうにも落ち着かなかったマミは
気になってドアを開ける。そこをちょうど家政婦が通りかかる。
顔をはっきり覚えていないが、昨日はいなかった女性なのだろうか。
やや驚いた顔をしてマミを見るが、すぐに思い当ったらしい。

「なにかあったのですか?」

『あ……、はい。見滝原中学校に……、軍隊が押し寄せたそうです』

そこまで言って口ごもる。あまりの出来事に怯えているようだった。
マミや、後ろで聞いていたほむらは思い当たった。
噂が現実になるのか、その組織が元々存在したのか不明だがそれが、
この見滝原に現れたようだった。

「仁美さんは無事なんですか?」

『いいえ、それもわかりません。とにかく混乱しているようです』

それだけ言うと家政婦は慌てた風で頭を下げて走り去った。

「魔法少女を狙う、謎の組織ね。QBの言う通りなのかしらね……」

「皆を助けないと。けど、貴女はどうしますか?」

凛としたマミの声。その決意の目は何よりも美しく、危うい。
だが一方でマミは一度学校を追われた身のほむらを案じているのだ。
愛想を尽かしていても当然なのだから。
だが、ほむらは判断した。彼女を止めても無駄だということを。そして
例え単身でも彼女は行ってしまうことも。

「……どうせ止めても行くのでしょう? 私も行くわ。
私一人の時にジョーカー様が攻めてきたらひとたまりもないから」

「……ありがとう、暁美さん」

「ほむら」

「あ。ええ、ほむらさん」

マミはにっこりほほ笑んだ。

家政婦は、その二人を見て、口の端をかすかに上げて笑った。

178: 2013/03/16(土) 23:39:25.96 ID:GaSNC7iK0

「本当か! それは!」

見滝原中学校が襲撃を受けてる。その報を杏子と怪人に告げたのは
キュゥべえ自身だ。何とか二人を補足することができた。

『ああ、間違いない』

キュゥべえは即答した。彼にとっても素質を持った少女が拉致される
ことは歓迎すべきことではない。そのため救援を要請したというのだ。
そのある種身勝手なお願いは、杏子にとっては極めてQBらしかった。
だからそれを受け入れてしまう。

『あの二人も巻き込まれているの?』

『それについてはわからない。僕の別個体が行っているんだけど、
なぜか連絡がつかない。テレパシーが邪魔されてるみたいなんだ』

残念そうに頭を振る。キュゥべえには感情はないが、それらしく
振る舞う人格は有している。そのため、相手を操るのに適した仕草や
行動を取ることが可能だ。

『行こう、杏子』

「ああ、こんな形でほむらに氏なれちゃ困るんでしょ? 行くよ」

『僕もついていくよ。近くで別個体に連絡が付けば情報も手に入る』

「邪魔しなければいいよ」

二人は気付かない。杏子の肩に乗ったキュゥべえが
邪な笑みを浮かべていることに。

185: 2013/03/25(月) 00:10:04.80 ID:RechpoEz0

見滝原中学校がラストバタリオンに襲撃されてすでに数時間。二組の
魔法少女が、学校の敷地内に近づく。周囲を警察機構によって封鎖され
一般人の立ち入りを禁じていたが、彼女たちには意味がない。
監視をかいくぐり敷地内に忍び込む。慣れ親しんだ学び舎だ。その気に
なれば隠れるところなどいくらでもある。
だが逆に、軍隊の方にはいくらなんでもでも見つかってしまうはず。
それが問題なく侵入できたのには、血なまぐさい理由があった。

銃声。ガラスの割れる音。悲鳴。

仮面党員が一斉に蜂起した。合わせて軟禁されていた
素質をもつ仮面党員も契約を済ませ暴れ出す。すでに契約済みの少女は
指輪や中指の爪の印を魔法によって偽装していたようだ。
テレパシーによる同時多発的に武力行使。相手を子供と侮っていた兵士
たちは全くの奇襲を受けた形だ。

奇襲に一般の兵士が倒される。一部の仮面党員は武器を強奪し攻撃を
開始した。だが、相手はプロだ。奇襲による優位性が時間と共に
失われると反撃に移行する。
立て直した兵士たちの反撃が仮面党を減らす。

「くそっ」

『急ごう』

杏子と怪人は交戦中の校舎内に入り込んだ。

186: 2013/03/25(月) 00:11:33.48 ID:RechpoEz0

一方のほむらとマミは刑事に止められていた。
まだ年若い精悍な刑事は、私服の彼女たちが見咎めた。そして事情を
聞こうとし、その手をつかんでいた。

「君たちも見滝原の生徒じゃないのか?」

彼は、逃げ出してきたものと思っていた。だがそれにしては私服である
ことに気付いた。それゆえ、少年課の管轄と思ったのだろう。
別の刑事に引き渡そうとする。
その表情はとても柔和で、ともすれば見惚れてしまうほどの優しい表情
だった。
そこに銃声である。顔を上げた刑事はすぐさま真剣な表情に変わった。

「周防!」

年上の刑事に一喝され、若い刑事は一瞬逡巡したのちこういう。

「君たち、ここは危険だから離れるんだ、いいね?」

あの刑事は、本当にほむらたちを案じているのだ。その姿勢にマミは
思うところがあったのだろう。唇を噛みしめる。

「あの刑事さんには悪いけれど、ここでじっとしてられないわ」

銃声が、仁美や上条の危険を告げていた。

「刑事さんも危ないのよ。行きましょう、ほむらさん」

(これだからマミは……)

ほむらは、マミを見捨てることができない。

187: 2013/03/25(月) 00:12:06.83 ID:RechpoEz0

状況はラストバタリオンが有利だった。魔法少女であれば兵士たちを
上回る戦闘能力を持っている。だが、一般の仮面党員は兵士にすら
後れをとる。魔法による反撃も、銃撃には射程も速度も敵わない。
明らかにこと切れているものもいた。
杏子は吐き気を飲み込みながら、血だまりを歩く。その中で息のある
仮面党員がいた。それに最小限の治療を行うのは怪人。

「た、たすけて……」

『あんたも魔法少女を殺そうとしてたんでしょ。ずいぶん勝手だね』

「いい、いこうぜ」

『運が良ければ助かるかもね』

重傷人を見捨て、銃声がするほうへ二人は進む。銃声に怯まないのは
魔法少女の党員だろうか。一般兵士と一対一であれば魔法少女に
分があるようだ。杏子の目の前で短剣二刀流の魔法少女が兵士を
斬り伏せていた。
銃撃をかわし、俊敏な動きで兵士の陣形をかく乱する。それに合わせ
一般党員が魔法や奪った銃器で反撃する。
杏子は知らない。「仮面党が魔法少女を狙っている」という噂が
広まるにつれ、仮面党員に戦闘能力が付き始めていることに。
一般人と思われていた仮面党員も、ラストバタリオンほどでないが
戦闘能力を身に着け、戦線を押し返していた。
だが、そんなことに杏子も怪人も興味がない。

「ここにはいない」

『ヘンな話だけど、無事を確認しないと』

キュゥべえは、戦闘区域に入ったころから言葉を発していない。
二人には別の個体との連絡のためと説明していた。

188: 2013/03/25(月) 00:12:47.47 ID:RechpoEz0

魔法少女に変身し、慌ただしく動く警察機構の封鎖を潜り抜ける。
二人はほむらのクラスに向かう。
その途中で、負傷してる仮面党員と行き会う。マミはそれを
見捨てられず、近づく。

「あ、巴さん……」

どうやら仮面党とはいえクラスメイトだったようだ。腹部に銃弾を受け
危険な状態だった。それを迷わずマミは治療を施す。魔力の無駄遣いは
できないはずなのにもかかわらず、だ。

「な、なんで……」

「クラスメイトでしょ」

クラスメイトは涙を流し謝罪した。その心が二人に情報をもたらす。

「あの、槍を持ったロボットみたいなやつ……気を付けて」

その彼女が言うには、槍が普通ではなかったらしい。彼女も魔法少女の
ことは多少知っているし、党員にも変身して戦っているものがいた。
だが、その槍に刺されたり切られたりした魔法少女の変身が解除された
というのだ。

「そんなものが?」

「うん、あいつら、『聖槍騎士団』って名乗ってた。
槍は『ロンギヌスコピー』とか言ってた」

ロンギヌスとは、磔刑にされたキリストを刺した盲目の兵士の名前だ。
だがこれは後世の創作であるらしい。
創作をそのまま解説するとキリストを刺した際に流れた血を目に受け
視力を取り戻した。それを契機に洗礼を受けた彼はのちに
聖ロンギヌスと言われるようになった。

創作もまた、噂なのだ。

189: 2013/03/25(月) 00:14:08.33 ID:RechpoEz0

その槍は神性を帯び、持つものが世界を制覇すると言われている。
これはいわゆるオカルトの噂である。
そして、その槍をナチスが手に入れたということも、また噂である。

「ありがとう。……立てる?」

「うん、なんとか」

完全な治療は拒否された。立って歩ける程度で十分と彼女は言うのだ。

「ごめんね、私たち……巴さんたちを……」

「今の情報で貸し借り無しにしましょう。あなたとは、ね」

仮面党の少女は涙ながらに頷く。マミが許してくれたことに感謝して
いた。
生徒の居場所をほむらに聞かれた彼女はすぐに答える。体育館に
集められているが、今はわからないことを伝えた。全員殺されている
可能性もあると、うすら寒いことを教えてくれた。

「いいの? マミ?」

「ええ。あの子、私にノートを貸してくれたの」

たったそれだけのこと。それだけのことだが、マミにとっては大事な
級友とのやり取りだった。それがどれだけ重要で大事なことか、
今ならほむらにもわかる。

「貴女らしいわね」

その一事をもって、マミは彼女を許したのだ。

197: 2013/03/27(水) 23:54:22.80 ID:6+JCnT200

二人が体育館についたころには戦いは終わっていた。地に伏す兵士の間
には、仮面党の亡骸。何人かの生徒や教師が帰らぬ人となっていた。
生徒の見張りに対しそこにいた仮面党は人数が多く、兵士たちを
撃破することができた。だが被害もまた多かった。

「ひどい……」

事切れている生徒や教師のなかに、ほむらやマミも見覚えがある顔が
混じっている。マミは唇を噛みしめている。

「巴先輩、暁美さん! どうして!?」

仁美と上条が二人の魔法少女に近づく。ほむらはマミについてきただけ
というのは強かったが、マミは真っ直ぐに二人を見て言う。

「あなたたちが心配だったのよ……私たちを庇ってくれたから……」

元々垂れ目のマミの目じりがさらに下がる。そうすることでとても
柔和に見える。

「無事で……、でも間に合わなかった人がいるのね……」

物言わぬ級友に胸を痛めるマミをほむらは冷静に諭す。マミは情で
救出の動機を生み、ほむらはそのクレバーさで救出の方法を生む。
とはいえ、ほむらの提示できる方法もそう多くない。

198: 2013/03/27(水) 23:55:08.12 ID:6+JCnT200

「できるのですか?」

ほむらには翼があり、マミにはリボンでの空中移動が可能だ。
生徒の一人を連れて包囲網と接触。動きを同期させて生徒の脱出と
包囲網の援護を連携させる。

「正直、危なくないわけではないわ。生徒や先生にも危険がある」

「全員を無事に脱出できる保証はない。けれど……」

ほむらの言葉をさえぎるように爆発音と銃声が響く。これは杏子たちが
ラストバタリオンと交戦している音だったが、体育館の人間にわかる
わけがない。

「でもここにいても危ないだけだよね……」

ほむらたちのクラスメイト、中沢が尋ねる。
魔法少女の二人のうち一人が包囲している機動隊たちと接触。
彼らを説得。テレパシーで残った方と連携をとり、脱出とその援護を
同時に行わせる。
魔法少女の能力の中にテレパシーがあることは今ではほとんどの人が
ある程度知っていたため、すんなりと全員が信じる。
仮面党が魔法少女を狙うことが常態化したからだ。

「包囲に接触するのはマ……」

「私はここに残ります。接触はほむらさん、お願い」

ほむらは説得をマミにお願いしたかった。だが、マミはここの守りを
するつもりのようだ。
実際、リボンの結界で出入り口を封鎖すれば、少しの間は体育館に
籠ることができる。さすがにそれはほむらには不可能だった。

199: 2013/03/27(水) 23:55:45.61 ID:6+JCnT200

それを察し、仁美が震える声で言う。

「わっ、私が一緒に行きます。昨日の様に私を運んでください」

そこにいた生徒たちが瞠目する。途中狙撃される恐れもあるからだ。
しかし、ほむらはその仁美に覚悟を見た。手が震え、足が震え、声も
震えている。だがそれでもなお危険なことに挑む彼女を買った。

「ええ、お願いするわ。私は口下手なの。皆もそれでいい?」

騒ぎ出すかと思ったが、生徒たちは粛々と従った。目の前の戦闘で
気勢をそがれていたのもあったし、そも逆らう気力がなくなっていた。
教師である責任感から和子先生が改めて周りを見渡した。

「暁美さん。志筑さんを、皆をお願いします」

実際、この作戦は穴だらけだ。ほむらにしろマミにしろ、軍事的な
訓練や経験はない。この方法も思いつきに近い。だがそれ以外に
思いつかないし、この極限状態では代案もない。
マミが体育館の入口を封鎖する前にほむらたちは外に出る。

「暁美さん……志筑さんをお願いします」

松葉杖もなく立ち上がる上条。彼はもうすでに、幼馴染を失っている。
ほむらはその真っ直ぐな瞳にこたえることができなかった。

「わかって……いるわ」

(まどかを救えなかったのに、何をやっているのかしらね)

マミを放っておけないという理由はあるが、それ以外に思いつかない。

200: 2013/03/27(水) 23:56:21.15 ID:6+JCnT200

マミは、結界を張ると一時的に変身を解く。私服ではあったが、
見慣れた彼女の姿に級友たちが顔を綻ばせる。緊張した面持ち。

「あの、巴先輩……ありがとうございます」

「え、私を知っているの?」

「知ってます! ウチのクラスでも有名ですよ。
成績良くてきれいな先輩がいるって」

マミの近くにいた中沢がこれ幸いとまくし立てる。だが一方で緊張の
マミの気持ちを解きほぐしたいという思いもあった。自分たちが
役に立たないと知っていたから。
確かにマミは有名だった。成績は見滝原に残るために頑張っていたし
同じ理由で校則も守る。品行方正文武両道。そして柔らかな美貌。
それを言われマミは照れてしまう。おなじくらいほむらも有名らしい。

「その二人が魔法少女だったなんて。驚きです」

「あ、ありがとう」

「それにさ、昨日あんなことあったのに……助けに来てくれてさ」

他の女子生徒が割り込む。彼女は級友として、ずっとマミと仲良く
なりたかったと言ってくれた。仮面党の級友に襲われてもマミは皆を
助けるべく舞い戻ってくれたことに感謝を述べた。

「ほんと、ありがとうね。巴さん」

涙ながらにいう。周りの生徒たちも口々に感謝を述べる。決して大きな
声は出せないが、皆感謝の気持ちと言葉をマミに送る。

201: 2013/03/27(水) 23:56:47.39 ID:6+JCnT200

ぽろぽろと、マミは泣き出した。突然の出来事に周囲の人間が慌てる。
マミは涙ながらに微笑みながら、自らのことを話した。自分が
魔法少女になった経緯を。

交通事故に巻き込まれた時QBに出会ったこと。そこで『助けて』と
だけ言ってしまい、両親を助けず自分だけ助かったこと。だからこそ
一人でも多くの人を守ろうとしたことを、生まれて初めて
魔法少女以外の人に語った。

「そんなの仕方ないじゃん!」

「いきなりすぎるよね。あの白い獣って融通聞かないんだね!」

そんなふうに擁護する中、年長者である年配の教師は優しく語る。

「巴さん、ご両親もわかっているはずさ。
子供の幸せを願わない親なんか、世界中どこにもいない。
君は、胸を張っていい。立派に、よく頑張ったね」

頬を流れる涙のまま、笑顔を見せる。その顔に、その場にいた人たちは
見惚れてしまった。
戦う意思を見せる凛々しいマミ、学校での清楚なマミ。
そして今涙ながらに笑う可愛らしいマミ。それらすべてがそこにある。

「はい、ありがとうございます」

その場にいたすべての男子生徒は、彼女に恋をしたと言ってもいい。
それくらい、彼女は魅力的に映った。

202: 2013/03/27(水) 23:57:14.92 ID:6+JCnT200

マミに限らず、魔法少女の戦いは誰にも知られるものではない。魔獣に
より、一般人も危険になることもあるのだ。だが、魔獣との戦いは
一般の人たちに知られることはない。魔獣たちを知覚できるのは
魔法少女やその素質を持った一部の人に限られるからだ。
だから、彼女の戦いは石以外、何の見返りもないものだった。

それが、今ここで報われた。だからマミは涙が止まらない。

(もう……もう何も怖くない。皆のためなら、私どこまでも強くなる)

「巴さん、正義の味方だね。あの暁美さんもそうなんでしょ」

「見滝原の英雄?」

「えー、女神?」

「天使がいいよ!」

「アテネってどう?」

唐突に聞かれ、涙のあとのままマミは戸惑う。友人たちを遠ざけてきた
時期が、遠くに感じられるほど皆が優しく接してくれている。

「あっ、あの……そういう肩書は……」

照れくさいとも嬉しいとも言えずしどろもどろになる。

戦場と場違いな優しい空気が、マミをどこまでも強くする。

203: 2013/03/27(水) 23:57:51.93 ID:6+JCnT200

その様子を遠くキュゥべえが見下ろす。

本来なら表情のないはずの白い顔には、マミ達を見下すような
嘲るような、傲慢な表情が浮かんでいた。

『せいぜい浮かび上がるといい。その方が、より深く落ちる……』

『かつて暁美ほむらのいた世界で、インキュベーターが行って
いたことだ。同じことをさせてもらうよ』

『最も、ここでは君らは魔女にはならないようだがね』

『そして、絶望の中で足掻くがいい。それは君たちが望んだことだ』

204: 2013/03/28(木) 00:00:12.96 ID:a66JwONs0
ネットの書き込みは加速を続ける。


『見滝原中学に軍隊が侵攻した件について』

『中継やべえ、マジ軍隊』

『自衛隊マダーチンチン』

『実況スレがパート18までいってる』

『ウワサの第三帝国が日本をせめとる』

『日本国終了のお知らせ』



そして当然のごとく
『ある特定の人物』に関する書き込みが徐々に増え続ける



『当然総統もいるんだよな』

『あれだと、氏んだのもどうせ偽装だしな』

『今頃魔術で生き返って、新生第三帝国指揮してるんじゃね』

『魔法少女の私が願って生き返らせますた』

『私がJOKER様にお願いして生き返らせたんだけど質問ある?』





そして、この文言が踊り出すのに、そう時間はかからなかった。





『なぁ、ヒトラーが復活したってマジ?』

214: 2013/04/07(日) 21:31:47.86 ID:OTq625Xi0

杏子と怪人が睨みつけるのは、全身駆動する機械鎧を身に纏った兵士。
その周りには一般兵がたむろする。二人は戦闘を行うつもりはない。
だが、ラストバタリオンからすれば魔法少女は標的であり、敵だ。
だから闖入者であれ魔法少女は捕獲対象となる。
怪人の足元には、既に数体の兵士が転がっている。二人にかかれば
仮面党が苦戦する一般兵くらいは造作もない。

だが、それを圧倒するのが機械鎧の兵士だ。まるで魔法少女との戦いを
想定したようなスペックを有していた。それがただのロボットであれば
杏子の脅威足りえない。彼女を圧倒する戦闘技術を持っていた。
あの二人をして距離を取らざるを得ない。

それが、マミが接触した女学生の言うロボ……聖槍騎士団だった。

「無傷で逃げないとな」

『接近戦で一気に仕留められないかな』

「あんたそれで一度失敗してるんだ。やめときな」

杏子が怪人の肩を叩く。校舎内は直線が多く隠れるところが少ない。
教室は入り込んだら逃げ場がない。そのため自動小銃が有効に働く。
槍や剣では近づくこともままならない。

215: 2013/04/07(日) 21:34:09.82 ID:OTq625Xi0

また、接近戦を行えない事情もあった。

先に双剣を携えた仮面党の魔法少女が挑みかかった。名前は知らないが
杏子も何度か見かけたことのある、経歴の長い魔法少女だ。
彼女は痛覚遮断で強引に接近。槍を自身の腕にワザと刺し固定すると、
反撃を試みた。
だが、その刃は届く寸前に消滅する。杏子の見る間に彼女は魔法少女の
変身が解け、ソウルジェムを落とした。
機械鎧は彼女の体を槍で貫き、まるで昆虫の標本の様に固定する。一方
の一般兵はソウルジェムを奪う。更に別の兵士が彼女を拘束。
その一事始終を杏子は見てしまった。ゆえに交戦を避け距離を取った。
痛覚遮断をできず、痛みに悲鳴を上げる仮面党の魔法少女。

(あの槍に何かある。あれに刺されたらマズイ)

『杏子。あの槍に傷一つ付けられないようにね』

「そうだな。ああなるわけにはいかないからな」

拘束され、手当てもされないまま運ばれる少女。ソウルジェムが手元に
なければ彼女に何の力もない。所謂ゾンビであるため、ソウルジェムが
破壊されなければ命を落とすことはない。だが命があれば無事だという
わけではない。
特に、若い女性であれば。二人でも想像のつく惨たらしい扱いが
ないとはいえないのだ。

216: 2013/04/07(日) 21:35:41.76 ID:OTq625Xi0

ほむらは仁美を連れて、屋上へ移動する。自分たち魔法少女であれば
問題はない。だが普通の体の仁美がいる以上警戒を強化し、ゆっくりと
移動する。
幸いにして、仮面党との交戦は校舎の階下が中心のようで、そちらに
意識が集まっていた。だからこそ、先ほどは二人も難なく校舎内に侵入
できた。

「ここから文字通り飛んで移動するわ。しっかり捕まって頂戴」

仁美は緊張した面持ちで頷く。途中の銃声が、自分たちが置かれている
状況を如実に物語っていた。緊張しないわけがない。
筋力を強化し飛び上がる。翼を推進力にして飛翔する。高いところから
降りる分には翼は使わなかったが、飛翔するには必要だ。そしてそれは
その形状からかなり目立つ。狙撃の心配があるということだ。

「もっと近くからではだめなのですか?」

「最近使って分かったけれど、人間二人分の重さを浮かばせるには
かなりの魔力を使うの。狙撃の心配があるけれどしかたないわ」

「わかりましたわ。すみません、口を挟んで」

「いいのよ。さ、行きましょう」

ほむらが闇色の翼を広げると、仁美にしがみつくよう促す。そして
念のため弓と矢をだし、攻撃に備える。

仁美は唇を噛みしめ、首に手を回し体重をかけた。

217: 2013/04/07(日) 21:36:27.29 ID:OTq625Xi0

杏子たちは兵士から逃走を続けていた。ラストバタリオンの本隊とも
いうべき人数である。さすがの二人も抗しきれない。別行動をしていた
数体の兵士を蹴散らすしかなかったが、それが同じものを敵とする
仮面党の勢力に有利に働いた。
そのため、ある程度戦線は膠着し、ほむらたちの脱出の一助になって
いた。
兵士のいない方へいない方へ移動する二人。本隊が校庭の真ん中にあり
そこにトラックなどの車両が集まっている。
そこから遠ざかるため、また生徒が拘束されているところを探すため
体育館まで移動したのは偶然ではない。

体育館の入口で何事かしている兵士。その挙動に不審なものを感じ
瞬時に蹴散らす。その際、仮面党のような手心を加えるつもりも余裕も
ない。なぜなら、少なくとも杏子は仮面党を無造作に撃ち頃した連中に
怒りを感じてたからだ。

「ここになんかある……まぁ、生徒がいるのか」

『二人もここにいるかもよ』

「あんだけドンパチやってて? さっき魔法少女は集められてた……」

『マミさんなら、皆を見捨てたりしないよ』

「ちっ……そうだよな。あの甘ちゃんはな」

218: 2013/04/07(日) 21:37:27.72 ID:OTq625Xi0

ドアに手をかけると何かの魔力を感じた。それが先ほどの怪人の発言の
裏付けになったのだろう。杏子はにやりと笑った。

「マミが無事ならあいつも無事だろ」

『そう、だろうね』

「顔合わせてもまともに会話なんかできねえしな」

『そう……だろうね』

ドアから手を離し、その場を立ち去ろうとする。何をするかわからない
にせよ、マミたちが生徒を見捨てるはずはない。方法は不明だが
恐らく逃がすつもりだろう。

「何する気かわかんねえけど、軍隊の方を攪乱してやればいいよな」

『たぶんね』

その中で思いついたのはあの聖槍騎士の存在だ。あの槍の危険性を
マミやほむらは知らない。そのためかなり危険ではあるが、あの槍の
注意をマミやほむらから逸らす。

つまりは陽動だ。

219: 2013/04/07(日) 21:38:18.33 ID:OTq625Xi0

屋上のフェンスを飛び越え飛翔する二人。高いところからであれば
推進力だけのため、魔力の消費は抑えられている。眼下には校舎と校庭
を見下ろし、中空を飛ぶ。
慣れない浮遊感。仁美はもっとそれを感じているだろう。バランスを
とるのに精一杯で背中の仁美を思いやる余裕もない。この状態では弓を
番えることもできないだろう。そんな状態で狙撃されたらと思うと
ほむらは気が気ではなかった。

仁美はほむらを尊敬していた。
学業と習い事を両立させる自分が大変だと思っていた。だがそれ以上に
大変だという言葉すら軽いことを、素知らぬ顔で行っているほむらに
驚いていた。
そして、なにより学校を追われたにもかかわらず、こうして学校に戻り
皆を救いに来た。
もちろんそれはマミの意思であり、ほむらはそれについてきただけだ。
だがそれを仁美が知ったとしても、評価は変わらなかっただろう。

交戦の音は散発的にだがまだ続いていている。それが運が良かったの
だろう。大きな障害もなく、二人は学校の敷地外に着地した。
ほむらは翼を収め、弓矢をしまう。緊張のあまり顔色の悪い仁美を
慮る暇もなく、手を取って刑事を探す。

「さっき私たちを押しとどめようとした刑事さんを探すわ」

「はっ、はい」

「確か、すおう……と呼ばれていたわ」

なんの確証もないが彼に渡りをつける。彼がどれだけ警察組織内で
発言力があるかは不明だが、何としてでも生徒の救出に協力させないと
ならなかった。
ほむらは未だ魔法少女の姿のままだ。恐らく噂が流れているため、
そのほうが事情が説明しやすいと判断したためだ。

220: 2013/04/07(日) 21:39:25.56 ID:OTq625Xi0

果たしてそれは当たった。あのとき二人を止めた刑事と出会うことが
できた。その若く精悍な刑事はほむらを認めると些か怒気をはらんだ
声で話しかけてきた。ほむらの身を案じてのことだ。

「君! どこにいって……。その姿は?」

「この方は魔法少女です。私たちはあの包囲から逃げ出して
まいりました。見滝原中学校の生徒です」

「……どうやって?」

「この方、暁美ほむらさんが魔法少女の力を使って、です」

「君も、なのか?」

「いいえ、私は違います。皆さんに助けを求めにまいりました」

刑事の応対にかなりの早口で応じる仁美。それだけ緊張もしていたし
切羽詰まってもいたからだ。
ほむらは内心、信じてもらえないだろうと諦めていた。だからせめて
仁美だけでも保護してもらえたらいいと思ってはいた。
その思いを知ってか知らず科、仁美は早口で続ける。
皆が体育館に集められていること。仮面党として一部の生徒や教師が
襲撃した軍隊と戦い始めたこと。一般生徒にも仮面党にもかなりの
氏者がでていることを。
そして、体育館から生徒や教師を逃がす手伝いをしてほしいことを。

若い刑事は黙って聞いていた。

「信じてもらえるかわかりませんが……」

「……いや、信じる。経験があるからな」

221: 2013/04/07(日) 21:41:50.38 ID:OTq625Xi0

二人は瞠目している。たかが中学生の言葉を信じ実行に移そうとする
ことに。
仁美は父親を通し、大人の世界を見続けていた。何につけても動きが
遅いことが多々あったから。それは保身などではなく、人との繋がりで
がんじがらめになることが多いからだ。そのうえで無理をお願いする。
それが大人の世界だと解釈していた。

一方のほむらは諦念があった。まどかを救うため、皆を救うため真実を
伝えたにもかかわず、願いとは真逆の方向に運命は流れて行った。
そのため斜に構えた見方で世界を見ていた。

「あ、ありがとうございます」

「突入の人員を集める。タイミングを君に一任すればいいんだな」

「ど、どうして……」

「志筑さんといったね、君が必氏なのがわかった。だからだ」

確かに仁美は必氏だった。あの中にまだ上条がいるのだから当然だ。
あの体育館が爆破でもされようものなら、たとえマミがいても皆を
守りきれるものではない。その守りきれなかった中に、上条が
含まれないとも限らないからだ。

「ありがとう、ございます、刑事さん」

準備をするつもりなのだろう。周囲の人員に声を掛けようとした。
そこを遮る形になってしまったが、仁美は尋ねた。

「お名前を聞いてもよろしいですか」

「周防……」

振り返り言葉を続けようとするが、そこで一端詰まった。理由は
ほむらたちにはわからない。

「周防、達哉」

かつて反発していた兄と同じ道を歩み出した彼は、憧れた兄に連絡を
とった。

229: 2013/04/14(日) 22:06:01.92 ID:7lL9Z2vO0

『わかった。任せろ。だが、無理をするな』

「今無理をしないでいつ無理をするんだ。救いを求められているのに」

電話越しに話す兄の言葉が詰まる。反論ができなかった。慌てて話を
変える。自分が声をかけて動員できる人数の話になった。それを受け
二言三言話をかわす。互いに納得し通話を切ると、仁美に向き合う。

「兄は増援を連れてきてくれる。だが間に合わない」

仁美が言葉に詰まる。ほむらもやや不安げに達哉を見つめていた。
散発的に鳴り響く銃声が、状況が差し迫っていることを教えてくれる。

「だから自分が行く。大丈夫だ。連れていける人数も多い」

「あ、ありがとうございます」

「まだ礼は早い。準備ができたら知らせるから、少し待ってろ」

拳銃を確認し、防弾チョッキを準備する。これでどこまで軍隊の重火器
に対抗できるか不明だが、一警察官に準備できるのはせいぜいここまで
だろう。ましてや組織のバックアップもない。

にもかかわらず、彼は戦いに赴くのだ。

仁美はその行動に、覚悟に涙した。

230: 2013/04/14(日) 22:06:38.07 ID:7lL9Z2vO0

促され、いわゆる『制服組』に保護される仁美。一度ほむらも
保護されそうになったが、魔法少女を理由に拒絶した。マミのことも
あるし、突入のタイミングはほむらが握っている。ここで保護されて
いるわけにはいかない。

「貴女はここで待っていなさい。いいわね」

「はい、皆さんを……上条さんをよろしくお願いいたします」

包囲から離れたパトカーに乗せられて首を垂れる。さすがに仁美がこの
突入に際してできることはない。

「なんとかするわ。もう、失わない」

仁美にはその言葉の意味は分からなかった。問いただす前にほむらは踵
を返し歩き出す。
そのほむらの視線の先には、周防刑事と、武装した警察官。暴動鎮圧
などに使いそうな盾や武器をかき集めたようだ。かなりの人数が、
ぎらぎらとした視線をほむらにむけていた。

「さぁ、準備はできた。そちらはどうだ?」

「今向こうと連絡をつけるわ」

警察官を無能扱いする人は決して少なくはない。だが、こういう有事の
際に奮い立つものこそ警察官たりえるのだろう。自らを省みず戦う
彼らを、ほむらは見直した。

231: 2013/04/14(日) 22:07:22.12 ID:7lL9Z2vO0

テレパシーによる連絡を受け、マミは皆に声をかける。その顔に陰りが
見える。周囲の生徒たちはその反応に固唾を飲む。

「人数は多くありませんが、警察官が動いてくれるそうです」

生徒たちから安堵のため息が漏れる。だが、そこに不安の色もにじむ。

「裏門から警察官たちと脱出します。ほむらさんは正門を攻撃し陽動」

計画に様々な反応をする。喜びの声を上げるもの、成功を訝しむもの、
そして……ほむらの身を案じるもの。
クラスメイトの上条が不安の声を上げる。

「暁美さんが陽動? 一人で?」

「……ええ……。そうです……」

マミは唇を噛みしめる。彼女の行動に不安がある。マミたちと知り合う
前、ほむらは一人で戦い続けていた。そのときの排他的な戦い方や
思考が今のこの作戦の元になっているのではないか、という危惧だ。
大雑把にいえば、彼女が氏ぬつもりで無茶な陽動をやるのではないか
と疑っているのだ。あるいは彼女が自らの高い戦闘能力を頼みに陽動を
するつもりでいるのなら、危険なところまでは戦うことはない、はずだ。
マミは自分に言い聞かせた。

232: 2013/04/14(日) 22:08:11.04 ID:7lL9Z2vO0

戦闘は再度小康状態に陥っていた。仮面党と合流した杏子たちが
共同戦線を張り、協力姿勢を見せたからだ。だが、全幅の信頼を
仮面党に持ったというわけではなく、あくまで一時休戦、といった
スタンスだ。

「あたしらを襲ったことは忘れてないからな」

にしても奇妙だと、杏子は思う。仮面党は魔法少女を襲っていたはず。
にもかかわらず仮面党の中には魔法少女そのものも、素質を持ったもの
すらいる。頃すつもりではなかったのか。

彼女たちは気付かない。素質があっても契約するつもりがない少女が
ラストバタリオンや仮面党の襲撃によりやむなく契約していることに。
今回のラストバタリオンの襲撃で、抵抗すべく魔法少女になり戦いに
身を投じた少女が大勢いたのであった。

『見てたやつもいるかもしれないけど、あの槍は危険』

「遠距離武器のあるやつで戦わないとだめだな」

仮面党の中からは罠の設置を提案する者もいた。だが相手の方が戦闘は
上手だ。漫画やアニメの様にはまるとは思えない。最初のころ、
油断している状態ならいざ知らず、今はもう本気でかかってきている。

233: 2013/04/14(日) 22:09:31.83 ID:7lL9Z2vO0

そこはどこかの事務所。薄暗い部屋に一組の男女がいる。

「ちっ、なんだこれは。あんときと同じ……それ以上か」

「なに? ……ひょっとして、これ……全部?」

「ああ、『噂』だ。あのときと同じような、な」

画面を見つめる男と、その相棒の女性。この二人と、あの刑事の兄弟、
そしてある一人の女性が世界を救ったと言ったら、いったい誰が
信じられるだろうか?

「魔法少女、キュゥべえ、第三帝国……。今度は新世塾の代わりが」

「あの軍隊ってことなのね」

「ラストバタリオン。オカルトじゃ有名なネオ・ナチス。眉唾だな」

実際、ラストバタリオンは「最後の大隊」と直訳される。概ねオカルト
でヒトラーが残した「UFOを持つ戦闘部隊」「超人たちの戦闘集団」
的な意味合いを持っているようだ。もちろん当時からあるいわゆるデマ
であったりするのだろう。だが

「あの時みたいに噂が現実になるってんなら、
これも現実になったんだろうな」

「見滝原市か。行く?」

「あの刑事たちにも呼ばれてるんだ」

「多分……またあいつが裏で手を引いてるんだろしね」

234: 2013/04/14(日) 22:10:09.99 ID:7lL9Z2vO0

パトカーに乗せられ、見滝原の正門に移動するほむら。テレパシーは
辛うじて届くようで、その間マミに散々心配された。

嬉しかった。

見頃しにし、頃し、見捨てた人からの好意が重く感じたこともある。
けれど、マミはほむらを案じ助けてくれた。それが本人の寂しさから
くるものであったとしても、ほむらはそれに救われたのだ。
動機が何であれ、それに感謝してはいけない理由は……ない。

「これから突入して暴れます。そうしたら、刑事さんに連絡を」

「わかりました。お気をつけて」

”暁……ほむらさん、どうか無事で”

歩きながら変身し、土嚢で陣形を作る軍隊に近づく。
その背中には巨大な闇色の翼が広がる。それは陽動に都合のいい、
派手な演出だった。そんな派手さは彼女の性格にはそぐわないのだが。

弓を引き絞り、魔力を込める。前の世界での貧弱な魔力ではない。
隣にマミもいない。陽動のため、派手に魔力を使う。出し惜しみもない。

魔力を込めた矢を放つ。
土嚢に着弾したそれは弾けるように土嚢を吹き飛ばす。

「魔法少女が突入を開始しました!」

『了解! こちらは裏から突入するぞ!』

235: 2013/04/14(日) 22:10:53.39 ID:7lL9Z2vO0

「なんかおっぱじめやがったな」

『マミさんは体育館だから、ほむらかな』

二人はほむらの実力の高さを知っている。だがそれが軍隊に匹敵する
ものか自信がない。
それに基本陽動というものは危険を伴う。更に、ほむらは一人だ。
バックアップや支援として、誰かがいるわけではない。
だが、杏子や怪人が向かって、果たして協力することができるか?
答えは否だ。あれだけ攻撃を繰り返しておいてできるわけがない。

「二人同時に行けば多分駄目だ……」

「なら私たちが行くよ。貴女達は体育館に行って」

陽動の方が派手に戦う分、おそらく出てくるのはあの聖槍騎士だ。
槍や剣を使う二人には分が悪い。そして仮面党の魔法少女は何人か
銃器などの飛び道具を武器とする者がいる。

「私らがその暁美さんを援護すりゃいいんでしょ。
暁美さんが逃げたら私らも逃げればいいし」

一般の仮面党は杏子たちと共に体育館に移動する。仮面党とはいえ
生徒だ。そちらを護衛し一般生徒たちと合流することで同意した。
軍隊から奪った銃器を、カードを握り締め戦いに臨む仮面党。彼らも
心は一般市民と変わらないはずだが、戦いに心を染めている。
全幅の信頼を置くわけにはいかないが、杏子はそれに頼らざるを得ない。

236: 2013/04/14(日) 22:12:04.44 ID:7lL9Z2vO0

とにかくほむらが奇妙に思ったのは、一部の警察官がこの陽動に
『率先して』参加したことだった。皆一様に体が大きいが、若かった。
所謂『今どきの若者』として揶揄されるはずの彼らが、最も危険な
役割に積極的に参加していたのだ。
そのため、思ったよりもほむらは『安全に』陽動を行えていた。

しかし、それでも直接的な攻撃力はほむらにしかない。拳銃程度の火器
では、ラストバタリオンのボディアーマーらしきものを突破できない。
それでも銃は銃。当たり所が悪ければ危険であるため、辛うじて
牽制として機能をしていた。

(だめね、これじゃ陽動にはならない)

軍隊の経験がないほむらでも、これで注意を逸らせるとは思えない。
内心臍をかんでいた。やはり自分たちには無理だったかと思ってしまう。

そこに魔法少女の一団がラストバタリオンの背後から襲い掛かる。
ほむらも自分の思考の盲点に気付き、呆気にとられる。
何も自分たちでやらなくても、仮面党の魔法少女を巻き込めば
よかったのだと。だが、仮面党に襲われたほむらやマミにそれを求める
のは、酷ではなかろうか。

果たして、ラストバタリオンの正門防衛部隊は挟み撃ちの形になった。
正面はほむらと警察官。背後には魔法少女の一団。
ほむらはチャンスとみて、攻勢に転じる。

237: 2013/04/14(日) 22:13:08.91 ID:7lL9Z2vO0

一方のマミたちは結界の一部を解き、脱出を図る。前衛はマミと
仮面党の党員。手にカードや奪った銃器を持ち周囲を見渡しながら
一般生徒を誘導。殿にも党員と教職員がつく。
その視線の先には周防刑事率いる突入部隊。
体育館自体、ラストバタリオンには優先順位が低かったのだろうが
そこにいるはずの兵士は多くなかった。
けれども、その動きを察知されないはずはない。側面から襲い掛かる
ラストバタリオン。それに気づいたマミは真っ先に飛び出す。

「皆さんは先に! 私がここで食い止めます!」

無数のマスケットを召喚し、一斉に放つ。今更ながら、陽動には
マミの方が適任だったかもしれない。だがこれはこれでマミにしか
できない戦い方だ。
雨の様に放たれる弾丸が兵士を足止めする。何発かは直撃して倒した。
だが残った兵士は怯むことなく全身を続ける。離れた距離から撃たれる
弾丸が偶然一般生徒たちに届いた。距離があるとはいえ当たれば危険
である。恐慌を着たし移動速度が上がった。

そこに取り残されるのは足の悪い上条と、それを補助する中沢。二人は
中央の生徒たちから徐々に後れを取ってしまっていた。

「僕はいいから先に行って!」

「っざけんな!」

極限状態でそんなことが言える二人を褒めるべきであろうか。しかし
有事にはそれは美徳とは言い切れないのではないだろうか。
恐怖に蒼白になりながらも友人の補助を止めない中沢に、最後尾の
仮面党が近づく。
徐々に倒される仮面党。後方から数は少ないながらもラストバタリオン
が近づく。

迫るのは硝煙と、氏の匂い。

238: 2013/04/14(日) 22:14:39.18 ID:7lL9Z2vO0

魔法少女の一団は、土嚢に阻まれ身動きが取れない兵士たちに
襲い掛かる。痛覚を消し銃弾をものともしない彼女らはほとんど氏兵と
化して突っ込んでくる。互いに二十名ほどの戦闘は、魔法少女優勢
のまま押し切れるようだった。

そこにさらにほむらである。仮面党の魔法少女を巻き込まぬよう、
射線を下げているため、矢が土嚢に刺さり吹き飛ばす。それが混乱を
呼び、援護としての機能を果たす。

そこにポリカーボネイトの盾を持った警察官が突っ込む。軍隊の銃に
対しどれほど効果的かは不明だが、その威圧感は無視できない。
血気にはやる若い警察官達は、ほむらを追い抜こうと速力を上げる。
それを愚かと片づけるには彼らは若すぎた。 彼らには自分たちより
年若い少女たちが命を懸けて戦っている姿に、触発されたのだ。

その突進は、彼らの氏を持って止められる。

騒ぎを聞きつけたのか、聖槍騎士が現れ空中から掃射を行った。
かろうじてそれに反応できたものはよかったが、頭上からの銃弾に
数人の警察官が犠牲になった。
突進を止めたことで良しとしたのであろう。その聖槍騎士は魔法少女の
一団の前に着地する。

『魔法少女どもめ。この槍ですべて標本にしてやる!』

その口調は怒りではなく、蔑みが大いにこめられていた。

244: 2013/04/21(日) 22:00:52.69 ID:YaGGxMA80

魔法少女の一団と正対する聖槍騎士。その槍先は二十名ほどの少女たち
に向けられている。その風貌から滲む威圧感に怯む少女たちを尻目に、
土嚢をはさみ矢をつがえるほむらを見る。

「――んちょうの者には今は手を出すべきではないが、さて」

(私のこと? )

ほむらはそれが自分に向けられた言葉だと察した。だが戦場の喧騒に
紛れ、上手く聞き取れなかった。
それを振り払うように弓を構える。真っ直ぐ聖槍騎士を狙う。その周囲
にはまだラストバタリオンの兵士が半分ほど残っている。
さらにほむらの周囲にはこれまた十数名の警察官が事切れた同僚を
気遣う余裕もなく立ちふさがっている。

「魔法少女どもは任せ、お前たちは彼の者の足止めをせよ」

号令とも命令とも取れない淡々とした指示に従い、兵士が土嚢を超えて
ほむらたちに迫る。それに合わせ聖槍騎士は槍を構え、背中の
プロペラを回転させ浮遊する。突進にその推進力を上乗せするつもりの
ようだ。高速で移動し、槍による一撃離脱の攻撃を行う準備をする。

陽動作戦の第二ラウンドが始まった。

246: 2013/04/21(日) 22:01:56.38 ID:YaGGxMA80

徐々に倒される仮面党。決して数は多くないがラストバタリオンたちは
ひたひたと生徒たちを追い詰めていく。生徒たちの速度が上がったため、
先頭を走る(文字通り走っていた)生徒たちは達哉率いる警察官と合流
することができた。
それでもなお、ポリカーボネイトの盾の内側である。拳銃程度なら
いざ知らず、手りゅう弾や大口径の銃器には抗しきれない。まだまだ
安心はできない状態だ。

後方の仮面党はラストバタリオンの銃弾に倒されつつも、なんとか敵の
数を減らしていった。だが遅れて列からはみ出した上条と中沢の二人に
追いつく兵士が現れる。走り込みながらのため、拳銃ではなく大ぶりの
ナイフをかざし振り下ろそうとする。
中沢はなんとか上条の松葉杖を振り回しそれを追い払う。だが兵士に
そんな雑な攻撃が当たるわけもなく、小ばかにするような動きで
避けられてしまう。

「早く行ってくれよ!」

「ふざけんなよ! 志筑さんが悲しむだろ!」

重ねて言う。彼の行為は平時では美徳である。だが、有事の際にはそう
とは必ずしも言えない。けれども、それを彼に求めるのは酷だ。
彼は兵士でもなければ戦士でもない。
もっと別の、もっと尊い、気高い魂と勇気を持つ『何か』だ。

その気高い魂が、勇気が、時間を作った。

247: 2013/04/21(日) 22:04:20.55 ID:YaGGxMA80

もうかれこれ三十人の兵士をたった一人で屠りつづけていた。
実質これは彼女にとって殺人行為ではあったが、それを受け入れていた。

(皆を助けられるなら、私……、どんなことも怖くない……)

穢れ、汚れ、堕ちることを良しとした。皆を守れるなら修羅道も
畜生道も恐れない。そういう覚悟と魂の輝きがあった。
マスケットを大量召喚し、兵士の一団に魔弾の雨を降り注ぐ。更に
撃ち終わったのマスケットを兵士の前に突き立て、接近を阻害する。
まだある。兵士に当たらず地面に当たった弾からはリボンが生えて、
進行を更に邪魔する。

ライフルのような銃器を持つ兵士の狙撃。単発の銃声が響き、マミの
太ももに当たる。あまり動かず、遮蔽物もないグラウンドで銃撃に
専念していた弊害であろう。それを見た生徒から悲鳴が上がる。
だがマミは一切怯まない。リボンを止血の包帯代わりに使い、痛覚を
遮断すると再び攻撃に転じる。

「私は大丈夫よ! 皆の前なら、私、絶対負けないっ!」

強がりでもあろう、虚勢でもあろう。けれどもそれはマミの覚悟であり
宣言のごときものだった。
その言葉のまま、戦線を押し返すべく前進する。そうすることで戦線と
生徒たちの距離を作り、安全な逃走を確保しようとしたのだ。
それは当然、兵士たちとマミの距離が短くなることを表していた。

無数の銃声がマミに迫る。

248: 2013/04/21(日) 22:06:47.27 ID:YaGGxMA80

残った兵士たちがほむらに襲い掛かる。人数もさることながらその練度
も侮れない兵士。それが十数名、ほむら目がけて攻撃を行った。
その兵士の足止めに、警察官が盾を頼りに防衛を行う。近距離での
軍用の銃撃にそう何度も耐えきれるわけではないが、兵士たちの狙いが
ほむらだとはっきりわかった以上、退くことはなかった。

「止めて! 下がりなさい!」

ほむらの叫びも空しく、兵士とぶつかる警察官。気迫だけで兵士を押し
返す。手に持った拳銃で反撃を行うも、一人、また一人と倒される。

「いやっ! 止めて! お願い! 逃げてぇ!!」

無限とも思えるループで、ほむらは散々人が氏ぬところは見てきた。
それゆえ、見て見ぬふりをする心の持ちようは身に着けることはできた。
だが、今まさに目の前で『自分のため率先して戦い氏ぬ人たち』を
見て見ぬふりはできなかった。
それをしてしまったら、ほむらは本当に人であることを捨てることに
なるから。それを知っているから。

「俺たちよりガキに命かけさすんじゃねーぞ!」

「応!」

リーダー格の青年の激励に全員が喜び応じる。
ほむらは歯を食いしばって矢を放つ。聖槍騎士と戦う魔法少女の援護
よりも、目の前の警察官の命を救うべく攻撃を行った。

それが聖槍騎士の目的、作戦だと知っても、だ。

249: 2013/04/21(日) 22:08:01.93 ID:YaGGxMA80

『きょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉすけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』

怪人は神速の勢いで兵士たちをなぎ倒す。一刀で兵士を切り倒し
全く足を止めることなく走り抜けた。
上条や中沢に襲い掛かった兵士に追いつくとその体を剣で両断する。
生徒たちを後ろから追いかけていた十数名の兵士たち。その半分を
怪人一人で斬り伏せていた。
だが怪人も無傷とは言えない。斬りかかる際の隙に銃弾をナイフを受け
ところどころ刀傷や銃創を作る。

上条の頭上で肩で息をする呼吸音が聞こえる。頭部の紙袋にも裂傷が
見られ、そこから頭髪が見え隠れする。
上条はそれを見て瞬時に判断する。

「さやか! さやかなんだな!」

その声にびくっとする怪人。同じく動揺する中沢。礼よりなにより
口からこぼれた言葉。それが怪人を締め付ける。

「消滅したって聞いたよ! けど、生きていたんだね!」

「美樹さんなのか?」

『そんな奴は知らない!』

だが上条は確信していた。
紙袋の裂傷から除く頭髪に、音楽記号であるフォルティシモの髪飾りが
あった。
それがさやかの証拠であるわけではない。そんな髪飾りを付けてたこと
などない。にもかかわらずそれが彼の確信を呼ぶ。
更には声質や体つき、そして何よりあの声がさらに確信を深めさせた。

「さやか! 顔を見せてくれ!」

『うるさい! 早く逃げろ!』

(見せられるわけないじゃない! 『こんな顔』)

涙を『流せない』ことにわずかに感謝しながらもラストバタリオンに
相対する。決意と怒りを内に秘めて。

250: 2013/04/21(日) 22:09:53.33 ID:YaGGxMA80

ほむらの前で、一人、また一人と倒される警察官。そして仮面党の
魔法少女。無力な自分に怒りと虚無感を感じつつも弓を引き絞り兵士を
射頃していく。
一中一殺。かつて友人だった魔法少女を頃したこともあった。あの時の
感情を思いだし吐き気すら催す。それらを飲み下し狙撃を続ける。

更にその視線の先では、魔法少女たちが一人ずつ槍に倒されていった。
幸い槍によって変身が解除されても、ソウルジェムを拾う兵士が少ない
ためか、全員が全員捕獲されているわけではないようだ。
だがそれでも、一人、また一人と倒されるのはこちらの警察官と同じ
だった。

歯噛みするほむらの背後に、一人の男性が立つ。三十がらみだが、その
顔は若々しく精悍だった。特徴的な四角い小さめの眼鏡をかけている。
その眼鏡を左手で直しつつ叫ぶ。

「ペルソナ!」

その声に気付いたほむらは驚いて振り返る。その男性の背後に、
霊のような不可思議なものが見えた。

その霊が放つ轟音と灼熱の炎が、警察官を避け、ほむらを避けて
兵士だけを包み込む。
ほむらも彼らも炎の高熱を盾で避けるので精いっぱいの熱量だった。
兵士の何人かを焼き尽くし、周囲の酸素を使いきり炎が収まると、
その男性はほむらの肩を叩く。ほむらは咳き込んでいて、返事がすぐに
できない

「遅くなって済まない。……何人か間に合わなかったか」

今さっき超常現象を引き起こしたとは思えないほど、合理的で理性的な
顔立ち。その顔は彼によく似ていた。その美麗な顔が悲しみに歪む。

「君が暁美ほむら君だね。僕は周防克哉。生徒の方には部下を行かせた」

それで説明は終わりとばかりに言葉を切り、僅かに残った兵士に視線を
向ける。

251: 2013/04/21(日) 22:11:14.44 ID:YaGGxMA80

突入した警察官と同じくらいの人数が達哉の後ろから生徒たちに走り
寄る。それがすぐに克哉の集めた人員だと気付いた達哉は生徒たちの
保護を任せ、要救助者の一団の最後尾に走り抜ける。

その視線の先には、怪人……美樹さやかにすがりつこうとする上条。
上条の腕を取ると中沢とともに逃走を促す。

「だめです! さやかが! さやかが戦ってるんです!」

「今の君に何ができる! 彼女たちの邪魔になるだけだ!」

確かにあの怪人がさやかであれば、上条を庇おうとするだろう。戦いに
集中できなくなれば、彼女の身が危うい。彼女を思うならここは逃走の
一手だ。少なくとも達哉はそう判断した。
幸い、もう一人の魔法少女である杏子も追いつき、さやかと挟撃する
形でラストバタリオンを攻撃している。二人の戦力であれば、殲滅は
時間の問題だった。
その杏子は槍を巨大化し、さらに鉄鎖鞭に変化させ薙ぎ払う。
その威力で数人の兵士をなぎ倒し、戦闘不能にする。
杏子も猛っていた。

「さやか! 待ってるから! ずっと、君を待ってる! だからァ!」

達哉に引きずられつつも大声で叫び続けた。何度も、何度も。
その叫び声が、さやかの心に傷を与えつつも、最愛の人を守る
無敵の力を与えてくれていた。

(恭介……、ごめんね……)

252: 2013/04/21(日) 22:12:36.69 ID:YaGGxMA80

マミが四発目の銃弾を受けてとうとう倒れる。
魔法少女として手練れの彼女がいくら工夫しても、多数の訓練を受けた
兵士たちに敵うはずがない。それでもなお撃破した五十人という数字は
驚嘆に値するだろう。
体を半身にすれば最悪右腕を残し戦うことはできた。だが彼女は皆の
盾となるべくまっすぐに立ちふさがっていた。その背中に生徒たちは
祈るような思いを込めていた。
警察官に保護された生徒の中には、助けを求め大人に食って掛かったり、
盾や武器を奪ってマミに助勢しようと騒ぐものもいた。

そのマミを助けたのは克哉の部下たちだ。完全武装した彼らの中で
特に命知らずの大馬鹿者たちが、盾ごとラストバタリオンの集団に
側面から体当たりをかける。
その背後からもう一列が襲い掛かる。殺害を厭わない攻撃はもはや
鎮圧などという状態ではなかった。相手の武器を奪い、乱射する。
彼らはマミのその献身的な戦いに逆上していたのだ。

一時気を失っていたマミはすぐさま覚醒する。そして、自分が警察官に
守られていることを知る。
彼らが自分を顧みない戦い方をしていることにも。

(あの人たちも、誰も氏なせない! 私は、正義の味方なんだ!)

マミは昨日かき集めた石を使い、魔力を回復させると再びマスケットを
乱立させる。それを乱射させながら血まみれの体を前進させる。
その小脇には一際巨大な銃を携えて。

「ティロ・フィナーレ!」

裂帛の気勢と轟音が、複数の兵士をなぎ倒す。
血に塗れてもなお美しい戦乙女の姿が、警察官たちの士気を上げる。

253: 2013/04/21(日) 22:13:48.02 ID:YaGGxMA80

兵士という遮蔽物が減ったため、ほむらは直に聖槍騎士を狙い撃つ。
高ぶった精神が魔力を高め、通常よりも高い威力を示す。
何らかのセンサーでそれを把握したのであろうが、回避が間に合わず
直撃する聖槍騎士。大きくぐらつき体勢を崩す。

「ぐぅ……さすがに彼の者の魔力か」

それまで単体で魔法少女と戦って消耗していた聖槍騎士は、
前後に挟まれる不利を理解した。そして、奥の手を繰り出す。

槍先に集まる電流を、槍を振りぬきながら解き放つ。広範囲にわたり
高電圧の電撃がほとばしる。さすがの魔法少女たちも雷より早く動ける
わけではない。感電し、僅かに動きを阻害されてしまう。
だが、聖槍騎士の方もそれが精一杯だったようだ。また、ほむらからやや
離れた位置から近づく、異能を持つ克哉の存在が大きかった。

聖槍騎士は克哉に威嚇の銃撃を向け、かろうじて足止めをすると照明弾
らしきものを複数打ち上げる。

それが退却の合図だったようだ。

積極的な攻撃から一転、警察官たちを寄せ付けない戦い方に変更した
兵士たちは距離を取りながら下がり出した。
血気にはやる警察官たちは追撃しようとしたが、一丸となって退却する
兵士たちに近寄ることもできなかった。

254: 2013/04/21(日) 22:14:56.17 ID:YaGGxMA80

漣の様に、引いていく兵士たち。校庭内に置いたままのトラックに
乗りこむと、凄まじい勢いで逃走を始めた。事切れた兵士を捨て置き、
包囲をしていたパトカーを体当たりで吹き飛ばして。

ほむらたち魔法少女はそれを追う気力すらなかった。魔獣たちとは違う
人間との戦いに心も体も疲弊しそれどころではなかったのだ。
魔力はともかく、精神を消耗したほむらは気を失い、克哉に
抱き抱えられる。

血まみれのマミは警察官に背負われながら、生徒たちの祈りの中
運ばれていく。口々にマミの容体を案じながら警察官に並走するものも
いた。

杏子は比較的ダメージが少なく、生き残った仮面党たちに
簡単な治療魔法を施す。すでに事切れているものも少なくない中、
慣れない魔法を使う。そこにさやかも合流した。杏子以上の
治療魔法の使い手の彼女は、自分の怪我も省みずに治療に当たる。
それでもなお、助けられない命は数多くあった。


警察官の殉職者も十六名を数え、生徒教師の氏者も四十名余り。
負傷者に至っては百名を超えた大参事である。

そして何より、魔法少女そのものやその素質を持つ少女たちの行方不明
が数多くいた。
その多くはラストバタリオンに連れていかれたものと思われた。

255: 2013/04/21(日) 22:18:28.84 ID:YaGGxMA80

だがこれでラストバタリオンの脅威がなくなったわけではない。
今日、この日この時から、見滝原は戦場と化した。

どこからともなく集まるラストバタリオン。そしてそれを憂慮する
人々。

「Kei? 今どこに?」

『君は見滝原か。残念ながら、今すぐにはいけない』

「私は仕事を抜け出して移動しています」

『今向かっているところだ。君が先につくはず。周防刑事と合流を』

「わかっています。Keiも急いでください」

『代わりにだが、こちらの手の者も支援に行かせている』



そしてまた別のところでは……。

「やっと見つけた」

「誰だあんたは」

「探偵だ。力を借りたいと言う人間がいる。あの時の再現だとさ」

「ちっ。少しばかり指先が器用なただの営業になにを期待してんだあいつ」

「さぁな。俺はお前にこれを渡すように依頼されただけだ」

「あの野郎……。しかたなねぇ、受け取るよ」

「確かに渡した。無理はするなよマジシャン。……あばよ」

261: 2013/04/29(月) 22:12:02.37 ID:8XGZlnNx0

ほむらやマミは、その場で魔法少女による治療を受けていた。
特にマミは外傷が激しく、大量の血液を失っていたため意識が朦朧と
していた。
精神的な疲労から立ち直ったほむらは温かい飲み物と毛布を
渡され、無傷のパトカーの後部座席に座っていた。

そのほむらに駆け寄ったのは仁美だ。半ば制服組を振り切り助手席側の
後部ドアを開けて入ってきた。そして、そのままほむらの首に
かじりついた。

「ご無事だったのですね……、よかった……よかった……」

はらはらと涙を流す仁美。あれからずっと座ったままだったらしい。
爆発音や銃声、さらには遠い悲鳴が響くたびに、身を焦がすような
焦燥感にさいなまれ続けていた。
今までほむらは受け取ったことのない、感謝というものを彼女自身が
持て余していた。

「上条さんも、中沢さんも、和子先生もご無事と聞きました」

「……助けられなかった人も大勢いるわ」

ほむらの声色は昏い。自分を責めているようにも聞こえ、仁美は声を
荒げた。

「でも、助けられた人も大勢いらっしゃいます。貴女のおかげで!」

けれどもほむらは唇を噛みしめる。自分のために笑いながら氏んだ
警察官たちを思って。

「何より、貴女が無事でよかった……」

262: 2013/04/29(月) 22:13:49.37 ID:8XGZlnNx0

一方のマミは簡易寝台の上で目を覚ます。止血用の包帯の上から治療の
魔法をかけられていたため、あちこちがぐるぐる巻きにされている。
けれども、ほとんど外傷は塞がっているが本格的な治療は翌日にという
ことで後回しだ。
トリアージという形だろうか。ほかにいる重傷者に治療が優先された。
包帯は魔法による治療の前に血止めなどに使っていたもので、
拘束にもなっていない。そのため外そうと思えば外すことはできたが、
応急処置に近い治療や疲労困憊の状態では動く気にはなれなかった。

意識を取り戻したところに、周防達哉が現れる。手には某かの資料を
持っていた。

「目が覚めたか」

「あ、周防さん。……み、皆さんは!?」

「意識がはっきりして最初がそれか。大丈夫、君のお蔭でほとんどの
生徒が保護できた。良くやってくれた。ありがとう」

やや上から目線とも取れる言い回しだが、達哉にはこういう言い方しか
できないのが玉に傷だ。

「では、亡くなった方もいらっしゃるんですよね。警察の方も?」

「ああ、殉職者は十六名。だが大規模な戦闘状態では……」

達哉の慰めが始まる前に、マミは涙を流した。

「うっうううう……、た、助けられなかった……。正義の味方なのに
皆を……助けたくて……魔法少女を……続けてるのに……」

包帯ばかりの手で顔を覆い、声を上げて泣き出した。その姿は戦うもの
というよりは、自分の大きすぎる夢に苦しみ、裏切られ、苦悩する
只の中学生の姿だった。

マミを庇い、三人の警察官も氏亡した。けれども彼らは一様に笑って
励ましていた。その中の一人、一番年若い警察官はとんでもないことを
言ってのけた。

「ねえ、君可愛いね。この後デートしないか?」

致命傷を受けた彼の、それが最後の言葉になった。 
彼が笑顔を向け、マミの心労を和らげようとした。その優しさが
マミの心を打った。

263: 2013/04/29(月) 22:16:06.04 ID:8XGZlnNx0

事情聴取と称し、杏子とさやかは保護されていた。紙袋は捨てられ
顔をさらしたさやかは、目を閉じたまま俯いていた。
事情聴取とは名ばかり。実際には周防達哉の保護下にあるのが正しい。
あれこれ事情を知らない警察官の手に渡ってはどうなるかわかったもの
ではない。
特に彼らには独自の情報網があり、彼女たちの事情を把握していた。
仮面党が跋扈し、魔法少女を狙っていると知ってから古い知人に渡りを
つけ、情報のやり取りを行っていた。

「君たちが魔法少女だということは知っている。
それがどういうものかも」

そのため、魔法少女はすべて達哉の管轄だ。婦警を手伝いに要請し、
彼女たちの保護と世話をさせていた。そしてそこに克哉がもぐりこみ
事情聴取と称してケアを行っている。

「ここで無断で立ち去れば指名手配の可能性も出てくる。だから
今はここでじっとしていてもらえないかい?」

克哉としては脅す意味ではない。そうならないよう全力を尽くすという
意味だった。だから事情聴取も急いでやるつもりはない。怪我の治療を
優先するという名目でなるべく遅らせるつもりだった。

「ああ、わかったよ。他の魔法少女もいるんだろ」

杏子の問いに克哉は一言、そうだ、と答えた。そっけない言い方だが
そこには優しさが含まれていた。

264: 2013/04/29(月) 22:18:47.19 ID:8XGZlnNx0

魔法少女の治療を終えたマミの部屋に生徒たちが集まる。達哉が制止の
声を上げる間もなく、簡易寝台の周りに人だかりができる。

「巴さん! よかった。無事だったのね」

あのノートを貸したクラスメイトだ。激しい銃撃やマミの怪我を聞き
保護されたところから慌てて抜け出したとのことだった
マミにすがりつくと、大きな声を上げて泣き出した。感謝の言葉を
続け、嗚咽を上げながら。自分の氏も怖かったが、マミの怪我も同じ
くらい怖かったと、涙ながらに伝えながら。

脱出ができた生徒たちも同様だ。彼らは特に銃撃され崩れ落ちるマミを
直に見てしまっていた。血まみれで運ばれるマミに顔面蒼白で見送った
生徒も一人や二人ではない。

「ほら言ったじゃん! 巴先輩が、し、氏ぬはず、ない……ってぇ……」

後輩の女子生徒の言葉が途中で涙声に変わった。それを皮切りにその場の
嗚咽が始まる。マミの無事を喜び、感謝の声を上げて。

「君が自分を責めるのはわかる。だが、これが君の守り抜いたものだ」

達哉は淡々と、だがはっきりを言う。

「君は誇っていい。見滝原の生徒を守ったのは……、君だ」

それは『別の自分』ができなかったことをやり遂げた、英雄への最大の
労いの言葉だった。
その心は、マミに届いたのだろう。微笑みつつ泣きじゃくりながら
クラスメイトと抱き合い、互いの無事を喜び合った。

265: 2013/04/29(月) 22:20:35.51 ID:8XGZlnNx0

日も落ち、やや薄暗くなる街。だが夜なお喧騒が残る見滝原は、
不気味なほど沈黙していた。やはりそれは、ラストバタリオンのせいで
あり、まるで戦時下のような不安感のせいだろう。

「さて、ここは安心していい。交代で警邏の人間が付く」

杏子とさやかが最後に入ってきたことを確認すると、達哉は集めた
魔法少女たちの前で静かに言う。事情を聴きたいということで、マミの
簡易寝台の前に集まってもらったのだ。もちろん、相互に戦闘行為を
しないことを条件に、だ。

「君ら魔法少女に、あの仮面党や軍隊について知ってることを
教えてほしい。あまり時間がないんだ、協力してほしい」

本来なら調書を取るために、少人数や一人一人聞くのが普通なのだが
今回はそうも言っていられない。もはやここは戦場で、敵は軍隊だ。
悠長なことができる時間はないのだ。

そうして、魔法少女たちはぽつぽつと自分たちの状況を説明する。
概ね仮面党の魔法少女たちは、仮面党に襲われた時や今回の戦争行為
において身を守るついでに自分の願いを叶えてもらった口だった。

一方で、一部ベテランの杏子、マミ、そしてほむらは事情が違う。
そして何よりさやか自身も、だ。事情を聴く流れでほむらたちは杏子に
気付いたが、俯いたままのさやかまでは目が届かなかった。

「なるほどな。そして君らはあの『噂』が出る前に、契約したほうか」

「あの『噂』?」

鸚鵡返しの様に杏子が問いかける。それにあわせ達哉が溜息をついて
返す。

「JOKER様呪いだ」

266: 2013/04/29(月) 22:23:53.71 ID:8XGZlnNx0

魔法少女たちに事情を聴く内容が『JOKER様呪い』に及んだ。

「ひょっとして、『噂が現実になる』って話ですか」

マミが横たわりながら呟く。キュゥべえを通じ、魔法少女のほとんどに
伝わっている情報だ。ほとんどの魔法少女はあまり信じていないように
思えたが、達哉の顔は真剣だ。

「やっぱり君らはそれを知っているんだな。誰から聞いた?」

「そんなこと、本当にあり得るんですか?」

別の魔法少女が尋ねる。キュゥべえから聞いていたとしても半信半疑と
いうのがほとんどだったからだ。いや、半分も信じてはいないだろう。
自分たち魔法少女というものがあるにせよ、そんな奇想天外なことを
誰が信じるだろうか。

「それが、ありえるんだよね」

「実際にあったんだから、しかたねえよな」

達哉より年上の泣きぼくろが特徴の女性と、腰まで伸ばした長い髪の
いかつい男性が現れる。

「二人とも、すまない」

「人使いが荒いってんだよ。あいつに渡すのに結局探偵頼んじまった」

「またそうやって愚痴る。しょうがないじゃん」

「ん? ああ、すまない。この二人は協力者なんだ」

「一応『ペルソナ使い』だ」

いかつい男――パオフゥと名乗った――が丸いサングラス越しに、
しれっとそんなことを言う。

267: 2013/04/29(月) 22:25:27.29 ID:8XGZlnNx0

一方の女性、芹沢うららは名乗りながらパオフゥをたしなめる。

「そういうことあっさりばらしていいの?」

「いいんじゃねえか。どうせ隠すまでもなく見せることになるさ」

うららの非難の声もどこ吹く風だ。それを溜息一つで諦める達哉。

「それに、信じてもらえるかどうかわからん。どっちだっていい」

「私は見たわ。あの周防克哉刑事が、『ペルソナ』と言って……」

ほむらが言葉をはさむ。自分が見た超常現象のことを伝えた。
霊のような不思議なものを召喚し、魔法少女でもあり得ないほどの火力
でラストバタリオンを一掃したこと。
兄がそういうことをしたということで多少頭を抱えることもあるが、
それだけ非常事態だったということだろう。

「見たなら話が早い。俺たちはそれを使って……ある事件を解決した」

ここから少し離れた地方の珠閒瑠(すまる)市で起った事件。天誅軍
と新世塾が引き起こした大災害。だがそれは大地震と隠蔽された事件。
だが彼らはそれの多く語らなかった。かつていて消えたある少年の
罪と罰であり、彼を弄ぶんだ加害者がいることだけを伝えた。

「で、その加害者なり黒幕なりが
今回も同じことをやってんじゃないか。ってことなの」

うららがまとめ、言葉を切る。

268: 2013/04/29(月) 22:26:58.61 ID:8XGZlnNx0

その事件の際も『噂が現実になる』ということがあったため、それが
再びここでも起ってもおかしくない、というのだ。
そんな非現実的なことを受け入れる大人たちを、魔法少女のほうが
受け入れることができない。

そんな状況を見かねて、パオフゥはもっていたノートPCを見せる。
そこに映っていたのはネット上の掲示板。そこにはありとあらゆる噂が
飛び交っていた。
「仮面党」や「第三帝国」や「ラストバタリオン」そして、あの総統の
ことなどが書かれていた。

「正直あのときより厄介だぜ。口コミの噂より広がるのは早い」

「けれど、それはこっちも同じ。逆手にとってやることもできるよ」

パオフゥの悲観的な言い方に対し、うららは自信ありげに反論する。
マミはその彼らの『手慣れた』様子から、あることに気付いた。
解決したというならば、当然、知っているはずだ。

「なら、今起っていることの首謀者……黒幕も知っているんですね」

マミが呟く問いかけに、うららが頷く。その名前を伝えようとしたその
瞬間、全く同時にその名を言うものがいた。

「『ニャルラトホテプ』ってやつ……よ……?」

その名を呟いたのは、ジョーカー様に扮していた美樹さやかだった。

269: 2013/04/29(月) 22:28:38.76 ID:8XGZlnNx0

その声に、マミとほむらが瞠目する。

「美樹さん? 美樹さんなの!?」

声に悲鳴が混じる。包帯だらけの体を起こし、立ち上がろうとする。
魔法による治療は終わっているが、とても完治とは必ずしも言えない。
バランスを崩し寝台から落ちそうになる。
だがそうなってもなお、さやかは顔を上げようとはしない。俯いたまま
顔を隠している。

「お願い! 顔を見せて!」

必氏に懇願するマミをうららが抑える。興奮し落下する恐れがあるから
だが、マミの形相に不安を覚えたからだ。

「マミ落ち着け! こいつは確かに……美樹さやかだ……」

「どういうこと?」

うららがマミに尋ねるが、興奮状態のマミは聞く耳を持たない。半ば
錯乱している。そのため、事情を知るほむらが口下手のまま話を受ける。

「彼女は美樹さやか。魔獣との戦いで、『円環の理』に導かれ……
消滅したはず、でした」

事情を知り察したパオフゥが飛躍した

「消滅したはずのそいつを、呪いか契約で甦らせた……てところか」

つまらなそうにいうパオフゥをやはりうららが窘める。彼にとって
簡単でつまらない推理であっても、呪いなり契約なりはつまらないこと
ではない。
少なくとも魔法少女にとっては。

270: 2013/04/29(月) 22:31:59.02 ID:8XGZlnNx0

『顔なんて、見せられるわけありません』

辛うじてさやかが言えたのはその言葉だ。苦しそうにいうそれは
明らかに彼女の言葉であり、あの紙袋から発した禍々しい言葉では
決してなかった。

「マミ落ち着け。こいつは……あたしが呪いで……蘇らせたんだ」

大人たちの表情が変わる。そこには何か理解し、察したような色が
浮かんでいた。さすがに彼らがそれを口に出すことはない。それは
余りにも、禍々しすぎた。

そしてその甦ったさやかが、あのジョーカー様と同じコートを
着ている。それが何を意味するか馬鹿にだってわかる。

「そう……、そして私たちを……、いいえ、ほむらさんを襲わせた」

マミの声色に詰問の音が混じる。その視線は鋭く真っ直ぐに杏子を
射抜いていた。

「ま、まってくれ! あんたたちを襲いたくて蘇らせたんじゃない!」

杏子も必氏だ。ふたりしてマミの容体を心配しこの集まりに参加して
いたのだ。気付かれなければそのまま立ち去るつもりだったのに、
なぜかさやかが敢えて気付かれるようなことをしてしまったのだ。

「ではどういうつもりなの?」

「そこのさやかが、ほむらを襲わせた、ということか」

達哉がまとめ、それをマミが頷き肯定する。だが何のために、という
部分に疑問が残る。

271: 2013/04/29(月) 22:34:59.45 ID:8XGZlnNx0

『クロッカスの花言葉』

とだけいうとまた口をつぐむ。

「『愛することを後悔する』と言いたいのね」

マミの言葉に鋭さが増す。まさかさやかがほむらにあのような言葉を
投げつけるとは思ってもいなかった。

だが、マミは誤解していた。花言葉の意味を。まさにQBの言うとおり
情報の齟齬が発生するのだ。だがそれは仕方ないことと言えた。

「花言葉は『信頼』『青春の喜び』『私を信じて』『切望』
『愛したことを後悔する』……」

うららが呟く。彼女は習い事をいくつもしており、その中で花言葉に
ついても学ぶ機会があった。それでなくても、彼女は多少そのあたりに
詳しい。

その一つ一つに首を左右に振り否定するさやか。まるで彼女は喋れない
かのようだった。

「そして『あなたを待っています』だね」

そこで大きく頷き、観念したかのように顔を上げ、目を見開く。
その顔を見た魔法少女は悲鳴を上げ、大人たちを溜息をつく。

『こんな顔、見せられるわけ……ないですよ』

あの可愛らしいさやかの顔がすっかり変わっていた。可愛らしい風貌は
変わってはいない。
唯一変わったのは、その眼下に眼球はなくがらんどうの黒い穴が
開いているだけだった。

「ニャルラトホテプに魅入られたか」

パオフゥは怒りの表情で唇を噛みしめた。

272: 2013/04/29(月) 22:37:31.53 ID:8XGZlnNx0

――『あなたを待っています?』――

――誰を? 花を投げつけられたのは私……私を? 待っていた?――

――誰が、誰が私を待っていたの? さやかが?――

――いいえ、それでもないわ。待っている相手を消滅させる?――

――さやかはどこからきたの? 彼女はいつも、誰かのために――

そして、ほむらはそこにたどり着いてしまった。

――待っていたのは……――


――私の、最高の、友達――




「……鹿目……、まどか……」

273: 2013/04/29(月) 22:43:52.02 ID:8XGZlnNx0

筆者です。
今宵はここまでです。

さやかちゃんは好きです。真っ直ぐでかわいいですよね
嫌いだからこうなったわけじゃないですよ
悪いのはあいつです。月に吠えるやつです


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ほむら「ジョーカー様呪い、という都市伝説」【後編】

278: 2013/05/05(日) 21:04:26.45 ID:mx6yn/mAO

引用元: ほむら「ジョーカー様呪い、という都市伝説」