640: 2018/04/06(金) 22:55:40.30 ID:x4ZUOz8Jo

「昼食は、外に食べに行こうと思っています」


 何の気無しに聞いたみたら、思ってもない答えが返ってきた。
 私、てっきりプロデューサーはゴハンとかは簡単に済ませるタイプだと思ってたよ。
 外に食べに行く、って事は、よっぽど食べたいものがあるのかな?
 自分の欲望の赴くまま……おおっ、これってロックじゃない!?


「あっ、良かったら、なんですけど」


 今、他の皆は仕事やレッスンで誰も居ない。
 みくちゃんは、うくく、嫌々お魚関係のお仕事に行ってるんだよね!
 なつきちも、確か何かの収録もある、って言ってた気がする。
 だから、今日のお昼はどうしようか迷ってたんですよ。


「私も、一緒に行って良いですか?」


 あんまり、プロデューサーと話したことって無かったですもんね。
 なんと言うか、ビジネスライクな関係? みたいな?
 だけど、もう少しコミュニケーションが取れたらなぁ、とは思ってたんです。
 あ、決して、みくちゃんの居ない隙に、ロックのお仕事を増やしてください、
ってお願いするつもりはないですからね!……多分。


「そう、ですね……はい、では、一緒に行きましょうか」


 おおっ!?
 私、てっきり、プロデューサーとアイドルがー、って言われると思ってましたよ!?
 だから、駄目で元々のつもりで言ってみたんですけど……。
 うーん、これは素直に喜んでいいのかどうか迷うなぁ。


「少しだけ歩くことになりますが、大丈夫でしょうか?」


 プロデューサーは、外に出かける準備をしながら、言った。
 へー、外に行くって、すぐ近場で済ませるんじゃないんだ。
 もしかして、そこに行くのが楽しみで、仕事をちょっと忘れてるんですか?
 あのー、私、ボーイッシュだとはちょくちょく言われますが、アイドルなんですけど!


「はい! 今日はスニーカーなので、大丈夫です!」


 なーんてね!
 このプロデューサーが、そこまで楽しみにするなんて、気になる!
 仕事を忘れても求める……これは、真のロックだよ!


「何を食べに行くつもりだったんですか?」


 教えてください、プロデューサーが求める、ロックな食べ物を!


「ハンバーグです」
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(10) (電撃コミックスEX)
642: 2018/04/06(金) 23:17:01.87 ID:x4ZUOz8Jo
  ・  ・  ・

「そこの、路地を入った所になります」


 ビル街を少し離れた所にある、小さなお店が立ち並ぶ商店街。
 事務所の近くに、こんな所があるなんて知らなかった。
 歩いて十分程度だけど、こっちに来る事なんて無かったからなー。
 うっわ、お肉屋さん!? 初めて見た!


「その店には、よく行くんですか?」


 道中気になっていたけど、言えなかった台詞。
 やっぱり、まだちょっと距離感があるから、世間話って振りにくい。
 だけど、お肉屋さんを見て驚いた勢いを活かして、聞いてみる。
 だ、だってしょうがないじゃん!
 年の離れた男の人と、どんな話すれば良いかなんてわからないもん!


「そう、ですね……週に一回は」


 週一!? 結構な頻度ですよね、それ!?
 ……あっ、でも、そっか。
 プロデューサーって、私と違って、確か実家暮らしじゃないんだもんね。
 だったら、週に一回外食をするのって、普通なのかな?


「そんなに、そこのハンバーグって美味しいんですか?」


 角を曲がりながら、ちょっとだけ小走り。
 あの、プロデューサー?
 気付いてないかも知れないですけど、ちょっと歩くの速くなってますよ?
 どれだけ楽しみなんですか、ハンバーグが!


「絶品です」


 初めて見る、プロデューサーの顔。
 笑顔ともちょっと違う、ワクワクした感じ。
 まるで、宝物を見せびらかす前の男の子みたいな、そんな顔。
 プロデューサーのこんな顔を見る日が来るなんて、想像もしてなかった。


「――ここです」


 えっと、洋食亭……英語? 違う?
 なんて読むんだろ?
 あの、プロデューサーさん――って!


 カランカランッ。


 と、木製のドアを開けて、プロデューサーさんはもう中に入ろうとしていた。
 慌ててその背を追うのに必氏で、店名は、聞けずに終わった。

644: 2018/04/06(金) 23:44:04.38 ID:x4ZUOz8Jo

「今日は、二名です」


 外観からはわかっていたけど、お世辞にも広いと言えない店内。
 入り口のドアと同色の木目調の壁に、少しだけ濃い色の床。
 その壁には、真鍮製のインテリアや、もしかして……鳩時計? など、
ずっと見ていても飽きない程の、遊び心で埋め尽くされていた。
 ……ドア一枚をくぐっただけで、まるで、別の世界に放り込まれたみたい。


「多田さん?」


 キョロキョロと店内を見回す私に、低い声がかけられた。
 う、うわああ、いきなりやらかしちゃったよ、恥ずかしい!
 プロデューサー、なんか、笑ってません!?
 私が、こういうオシャレな感じな所に居たら、やっぱり変ですか!?


「……私も、初めてこの店に来た時、同じ反応をしました」


 笑顔。
 滅多に見ることのない、プロデューサーの、自然な笑顔。
 だけど、今はその笑顔が、このお店の雰囲気に、妙に似合っている気がする。
 ロックと言うには、レトロすぎるけど……うん、素敵な所だと思います。


「今日は、私達だけのようなので、奥の席にしましょうか」


 そう言うと、プロデューサーは店の奥に歩を進めた。
 革靴が木製の床を踏みしめる時の、コツンという音がとっても低くて、笑いそうになる。
 今の足音、なんとなくプロデューサーっぽいな、って。
 っとと、いけないいけない!
 またボーッとする所だった!


「どうぞ」


 店の奥にある、小さな木製のテーブル。
 テーブルの一辺は壁にくっついていて、その真上には、
最初に目に入った真鍮製のインテリアが掛けられていた。
 二人用だろうそのテーブルには、椅子が向かい合って、ちょこんと鎮座していた。
 この椅子……プロデューサーには、小さくありません?


「ありがとうございます」


 ……なんて、そんなの言うのは、ロックじゃないよね!
 引いてくれていた椅子の前に立つと、
私の膝の動きに合わせて、とても自然に椅子が前に出された。
 お尻に当たるクッションの部分が、ポフリと小さな音を立てる。


「……さて、今日はどのハンバーグにしようか」


 自分の席についたプロデューサーは、メニューとにらめっこを開始した。
 やっぱり、椅子はちょっと小さかったみたいだ。

645: 2018/04/07(土) 00:06:39.03 ID:JpkQfEvTo
  ・  ・  ・

「お待たせしました、ハンバーグです」


 厨房から出てきた、真っ白いコックの服を来た、おじいちゃん。
 眼鏡の奥から覗くその目は、とっても優しい雰囲気がする。
 髪の毛は真っ白だけど、綺麗に切りそろえられていて、清潔感がある。
 コックさんを絵に描いたような、そんな見た目。


「……」


 テーブルの上に置かれた、ハンバーグ。
 白い、大きなお皿の真ん中で存在感を放つそれには、
色を見ただけでもわかる、濃厚なデミグラスソースがかかっている。
 付け合せは、ニンジンのバターソテー、ポテトフライ、そして、クレソンが少し。
 誰もが想像する、ハンバーグの中のハンバーグ。


「どうぞ、冷めない内に」


 プロデューサーが注文したのは、煮込みハンバーグだった。
 煮込むのに少し時間がかかるって言ってたから、まだかかるのかな。
 私は、とりあえず、プロデューサーがオススメだって言うからこれにしたんだけど。
 でも、どうぞ、って言われても、先に食べるのって気が引けますよ。


「あっ、私、待ちますよ?」


 目上の人を差し置いて、先に食べ物に手を付けはしませんって。
 親しき仲にも礼儀あり、ロックの中にも流儀あり、ですから!
 確かに、そんな待ちきれないって顔の人の前で先に食べるのはロックかもですけど。


「いけません」


 は、はい?
 あの、私って、そんなに食べ物にガツガツ行くように見えます?


「お願いします。どうか、冷めない内に」
「お、お願いします、って……」


 そこまで言うなら、食べますけど。
 ナイフとフォークを手に取り、


「それじゃあ、すみません。お先に――」


 言われるがままに、


「――いただきます」


 ハンバーグに、ナイフを入れた。

646: 2018/04/07(土) 00:27:13.63 ID:JpkQfEvTo
  ・  ・  ・

 カランカランッ。


 プロデューサーが、ドアを開けた。
 このドアをくぐれば、このお店とも、しばしのお別れになる。
 それがちょっとだけ名残惜しくて、私は、後ろを振り向いた。
 あの真鍮製のインテリア、私の部屋にも飾りたいな。


「ありがとうございます」


 ドアを開けてくれているプロデューサーにお礼を言いながら、外に出る。
 本当に、お店の中と外で全然雰囲気が違うなぁ。
 ネコチャンモードのみくちゃんより、オンオフがきっちりしてるかも。
 タシッ、と、スニーカーでアスファルトを踏みしめる。


「……」


 後ろで、パタンッ、とドアが閉まる音が聞こえた。
 もう、私とプロデューサーは、お店の外に完全に出たんだよね。
 ……だから、もう、良いですよね?
 止めようったって、そうはいきませんよ!


「プロデューサー!」


 振り向いて、声を出す。
 こんなに大きな声を出すつもりじゃなかったんだけどなぁ!


「は、はい? なんで、しょうか?」


 何でしょうか? 何でしょうかじゃないですよ!
 言うことなんて、決まってるじゃないですか!



「すっ~~…………っごくっ! 美味しかったです!」



 あれなら、プロデューサーの様子がいつもと違ったのもわかりますよ!
 口に入れて、舌に乗せた時の、滴る肉汁の甘みとジューシーさ!
 そこに絶妙に絡むデミグラスソースは、それに負ける事無く、より旨味を引き立ててました!
 それでそれで! あのソースを付け合わせのパンに付けて食べるのも、くう~っ!


「喜んでもらえたようで、何よりです」


 喜ぶに決まってますって!
 この喜びをどう表現すれば良いんだろう!
 こう!? それとも、もっと激しい感じですかね!?


「あ、あの……エアギターは、ここでは……!」

647: 2018/04/07(土) 00:55:35.25 ID:JpkQfEvTo

「っとと、す、すみません……!」


 溢れ出す衝動を抑えられなくて……あれ? 凄くロックだった?
 ああでも、さすがにこんな往来でエアギターはまずいよね。
 アイドルだから目立つのには慣れてるけど、悪目立ちは良くない。


「多田さん、一つだけ、お願いがあるのですが」


 私が落ち着くのを見計らって、プロデューサーが言った。


「このお店の事は、出来る事ならば……その、他の方には、内密に」


 驚いた。
 プロデューサーなら、こんな美味しいハンバーグのお店、皆に教えるかと。
 ラッキーな私が、その、第一号に選ばれたんだとばっかり思ってた。
 あっ、もしかして。


「プロジェクトメンバー以外に、って意味ですか?」


 きっと、そうですよね!
 こんな美味しいハンバーグが食べられるお店、秘密にしたい気持ちわかるなぁ。


「いいえ。このお店は、多田さんにしか教えていません」


 えっ? えっ? 私だけ?
 あの、えっと、それって……どういう意味ですか?


「……その日仕入れたお肉が終わったら、その日のハンバーグは、終わりなので」


 ……あー、そういう意味ですか。
 なんか、ちょっと残念かなぁ、その理由は。


 ……って、なんで残念なんだろ?


 んー、まあいいか!
 プロデューサーに教えてもらったんだし、内緒にして欲しいなら、そうしますよ!
 私、口は堅い方ですから! お口にチャック! いや、お口をロック!



「へへへ、それじゃあ、その代わりに……また、連れてきてもらえます?」



 プロデューサーは、右手を首筋にやりながら、はい、と言ってくれた。


 この約束をした時を思い出して、その夜、私はベッドの上でのたうち回った。
 プロデューサーは、いい笑顔です、と言っていたが、どう思ったのだろう。


「うああ……!」


 今日は、私とプロデューサーだけの、秘密が出来た。
 そして、私にもよくわからない……けれど、
プロデューサーには絶対言えない秘密も出来た。



おわり

648: 2018/04/07(土) 01:09:28.18 ID:oG4i3zhSO
これはみくにゃんとらんらんが黙っとりませんよ

649: 2018/04/07(土) 01:14:10.01 ID:vrsH/J+qo

食事と言うのは救われていなくちゃダメなんだなぁというお話でしたね

引用元: 武内P「クローネの皆さんに挨拶を」