2: 2023/01/09(月) 14:39:39.20 ID:byWaT8zK.net
善子「何よそれ、胡散臭いったらありゃしないわね」

???「いやいやいや、このロザリオの力は本物なんよ」

善子「いや、あんたが胡散臭いのよ。何よ、そのローブ?顔すら見えないじゃない」

???「ままま、そこは置いといてやね。このロザリオの力、気になれへん?」

善子「デザインはまあ...確かに。この闇の支配者たるヨハネ様に相応しい感じがするわね」

???「やっぱりね。お嬢ちゃんにはわかるやろ?この、闇より生ずる魔の瘴気が...!!」

善子「もももも、もちろんじゃない!!」

3: 2023/01/09(月) 14:40:03.63 ID:byWaT8zK.net
???「せやろせやろ?やっぱり目に狂いはなかったってことやん?」

善子「いや、ついノッちゃったけど、アンタの胡散臭さは何も解決してないわよ。大体なに?何でプラサヴェルデの中で露天商なんてやってんのよ。ちゃんと許可取ってるわけ?」

???「ん。まぁまぁまぁまぁ。ところで気になるのはその効力と使い方やんね?」

善子「全然話聞かないじゃない」

???「使い方はとっても簡単!ロザリオを手に持って願い事を念じるだけ!叶わないことなんてなーんもないんよ!」

善子「...えらく吹かすわね」

4: 2023/01/09(月) 14:40:26.78 ID:byWaT8zK.net
???「吹かすも何も、ほんまのこと言ってるだけやからね」

???「それにな、このロザリオはあの伝説的スクールアイドル、μ'sのスピリチュアル系アイドル東條希が太鼓判を押すほどのイチオシ商品!どう?気になってきたやろ?」

善子「μ's?......あー、なんか千歌が言ってたやつね。そんなに有名人なわけ?」

???「えー...。お嬢ちゃんもスクールアイドルやってるのにμ's知らないん?なんか落ち込むわー」

善子「......何で私がスクールアイドルやってることを知ってんのよ」

???「いや、そこにポスター貼ってるやん。浦の星学院スクールアイドル、Aqoursって。写ってるのお嬢ちゃんやろ?それ見て声かけたんよ」

善子「う、田舎特有の個人情報のザルさ...!」

5: 2023/01/09(月) 14:40:47.75 ID:byWaT8zK.net
善子「うーん...。願いが叶うとかはあんまり信じてないけど、デザインは確かにいいわね...。堕天使の私が持つに相応しい気がするわ」

???「だ、堕天使?え、だ、誰が?お嬢ちゃんが?」

善子「私より怪しいクセに引いてんじゃないわよ...!」

???「冗談やんか、じょーだん」

善子「まったく...。調子狂うわね。で?いくらぐらいなのよ。値段によっては考えなくもないわ」

???「......お嬢ちゃん、今、財布の中にいくら入ってるん?」

善子「急に商売に汚いとこ出してくるわね。普通そんなこと聞く?」

6: 2023/01/09(月) 14:41:07.48 ID:byWaT8zK.net
???「まぁまぁ。ちょっとした好奇心やん?」

善子(財布の中には大体6,000円ぐらいは入ってる。でも、馬鹿正直に金額を教えたってボラれるのは目に見えているわ。明日は練習終わりに花丸やルビィと松月に行く予定だし、何とか出費は抑えたいとこね)

善子「あー、そうね大体3,000円ぐらいかしら」

???「ふーん。そしたら、このロザリオの値段は...そやなぁ...」

???「5,980円...それでどない?」

善子「ぐっ...」

善子(狙い澄ましたかのような値段設定...!!心を読んだというの...!?)

7: 2023/01/09(月) 14:41:30.10 ID:byWaT8zK.net
善子「...あのね。話聞いてた?今3,000円ぐらいしか持ってないのよ」

???「えー?それなら仕方ないなあ。他の子に売るだけやけどなあ」

善子(ぐっ...。デザインはめちゃくちゃいいのよね...。なんだか無性にあのロザリオが欲しくなってきた...!)

???「ホンマはびた一文まけられへんけど、お嬢ちゃんはスクールアイドルやしね。びた一枚、まけて4,980円!これでどうや!」

善子「ぐ......っ!わかったわよ!その値段で買うわよ!ほら、5,000円!!」

???「はい、毎度あり~」

???「じゃあ、これがお釣りとロザリオね。使い方はさっき言った通り。ロザリオを手に持って、願い事を心の中で念じるだけ!くれぐれも悪用はせんようにね!」

善子「なに?阿笠博士なの?」

8: 2023/01/09(月) 14:41:56.58 ID:byWaT8zK.net

ーー
ーーー

善子「はぁ...。結局買っちゃった」

善子「でも、やっぱりいいデザインよね。晦冥の如き十字架の中心に深紅のオーブ...。漆黒に染められたチェーンとメダイ...。.........カッコいい!」

善子「でも残金は1,000円ちょっと...。無駄遣いだったかしら?」

善子「ママに言って、お小遣い前借り...。いや、そもそもロザリオ買ったお金も、Aqoursの活動でいるからって貰ったやつだし...」

善子「......まぁ、折角だし、ロザリオの力とやらを見せてもらおうかしら?別に信じてるわけじゃないけど?まあ、ものは試しにね?」

善子「...誰に言ってんだろ。まぁ、とにかく」

善子(臨時でお小遣い貰えますように...!!!花丸、ルビィと松月に行けますように...!!!)

9: 2023/01/09(月) 14:42:15.45 ID:byWaT8zK.net
善子「ただいまー......ってあれ?ママー?居ないのー?」

善子「あれ、出掛けてるのかしら?」

善子「ん、メモがある...どれどれ」

善子母『梨子ちゃんのママと女子会してきます♪悪いけど、晩ご飯は作ってないので、何か出前でもとってね♪お釣りはお小遣いにしちゃっていいわよ。P.S.帰りは遅くなるかもしれないから、明日の朝は自分一人で起きること。お昼ご飯も今日のお金から何か買ってね♪』

善子「女子会って...。今日び滅多に聞かないわよ...」

善子「いや、それより...!!!」

10: 2023/01/09(月) 14:42:40.40 ID:byWaT8zK.net
善子「こ、これは...!!樋口一葉先生!!」

善子「こう言う時はいつも三千円ぐらいなのに...」

善子「晩ご飯は家にあるカップラーメンか何かで済ませば、五千円もの大金が丸々手に入る...!」

善子「れ、錬金術...!!禁断の秘術よ...!!」

善子「お昼も適当に千円以内で済ませても、まだ四千円も残るわね...。松月なんて余裕で行けるじゃない」

善子「ごくり...」 

善子「も、もしかしてこのロザリオの力って...本物...?」

11: 2023/01/09(月) 14:43:00.18 ID:byWaT8zK.net
善子「って寝過ごしたぁ!!」

善子(ロザリオの力に興奮して中々寝付けなかったから...!ママはどうして起こしてくれないのよ......っていうか、もしかして帰って来てない...?えぇ......)

善子「と、とりあえずこのロザリオは学校にも持っていきましょ」


ーー
ーーー

善子「んにゃぁぁ~。バスに間に合わないかも...!!」タッタッタ

善子(しゃあない...!またこのロザリオの力を使いましょう!もしバスに間に合ったら、間違いなく力は本物よ!)

善子(いつも通りのバスに間に合いますように...!!)

12: 2023/01/09(月) 14:43:25.75 ID:byWaT8zK.net
曜「あれ、善子ちゃん。おはヨーソロー!...って何でそんなに息切らしてるの?」

善子「寝坊したから...!バス停まで......階段を...駆け...下りて...きたのよ...!」

曜「ふーん。だったら走って損しちゃったね!何か、車両点検で遅延してるんだって!だから、今日は二人そろって合法遅刻!」

善子「...今なんて?」

曜「え?だから、バスが遅延してるんだって。ほら、アプリでも遅延報告って上がってるよ」

善子「し、信じられない...!!やっぱり本物だったのね...!!!」

曜「公式のアプリなんだから本物だよ...。ヨーシコー、私のこと疑ってたの?」

善子「ヨハネ!って今はそんなものどうでもいいわ!私は絶大なる力を手に入れたのだから!!あーはっはっはっはっはっは!!っぇほっ...ぇぉ...あ、やばい気管に...!!」

曜(知らない人のフリしとこ)

13: 2023/01/09(月) 14:43:45.74 ID:byWaT8zK.net
曜「で、どうしてそんなに上機嫌なの?バスに間に合ったのがそんなに嬉しかった?」

善子「それを教えるわけにはいかないわね...。この力はあまりに絶大すぎる...!」

曜「えー、何々?昨日の晩御飯がハンバーグだったとか?」

善子「そんな子供っぽいことで次の日までテンション上がんないわよ!」

曜「そうかな?晩御飯がハンバーグだと次の日まで嬉しいけどなあ」

善子「それは曜だけでしょ...ほんとハンバーグ好きよね」

曜「大好き!一日三食でも食べたいぐらい!」

善子「ダイヤが聞いたら泡吹いて倒れそうね...」

曜「あはは...。ダイヤさん、ハンバーグ嫌いだもんね」

14: 2023/01/09(月) 14:44:04.96 ID:byWaT8zK.net
曜「善子ちゃん、ちゃんと延着証明持った?どっか落としちゃってない?」

善子「あのね、一緒のタイミングで貰って、持ったまま一緒に学校まで来たんだから、無いわけないでしょ」

曜「うーん。善子ちゃん不幸だからなあ。ほら、ポケットに穴が空いてたりとか...!」

善子「ちゃんと手に持ってるわよ!」

曜「うんうん。じゃあ、ちゃんと証明書は先生に渡すんだよ!」

善子「もー!子供じゃないんだからそれぐらいわかってるわよ!それにね、もはや私は不幸なんて超越した存在なのよ!いい?この私が一度呪文を唱えれば、世界を永遠の暗黒で包み込み、就職氷河期なんて目じゃないくらいの終焉を齎すことだってできるんだから...!」

善子「...って居ないし!何なのよ!もう!」

15: 2023/01/09(月) 14:44:36.42 ID:byWaT8zK.net
ルビィ「なんだか善子ちゃん、ご機嫌だね」

善子「あらリトルデーモン4号。よく見てるわね。感心感心、誉めて遣わす!」

ルビィ「善子ちゃん遅刻だから、先生にどんな怒られ方するんだろうって思ってたんだぁ。バスが遅れちゃってたんだね」

善子「......あんたそんなキャラだっけ」

花丸「いつもの善子ちゃんだったら、証明書を無くしちゃって怒られるのが相場ずら」

善子「なによ、曜とおんなじこと言うのね。私ってやっぱ、そんな薄幸の美少女って感じがする?」

花丸「発酵の微症状って感じずら。取り返しがつかなくなる前に、真人間になるずら」

善子「ひどすぎるわよ!!」

16: 2023/01/09(月) 14:44:54.78 ID:byWaT8zK.net
ピンポンパンポーン

ダイヤ『1年A組津島善子さん。1年A組津島善子さん。お伝えしたいことがございますので、至急生徒会室までお越しください』

善子「え゛」

花丸「今のって...」

ルビィ「お姉ちゃんの声だったね」

花丸「一体、何をやらかしたずら?」

善子「なんもやってないわよ!......え、やってないわよね?」

ルビィ「ルビィたちに聞かれても...」

善子「購買のパンが高すぎるって意見箱にめちゃくちゃな数の用紙を入れたことかしら...?いや、それとも学校にSwitchを持ってきてるのがバレて...?いやいやいや、部室にブリーチ全巻運び込んだ件...??」

花丸「余罪の宝石箱ずら」

17: 2023/01/09(月) 14:45:13.42 ID:byWaT8zK.net
善子「仕方ないから生徒会室の前まで来たけど...。いや、普通に怒られたくないわね」

善子「ま、今の私に恐れることなんてないか。一応、いつでも使えるようにポケットにロザリオ入れてあるし」

ガララ
善子「し、失礼しまぁ~す」

ダイヤ「あら、善子さん。おはようございます」

善子「お、おはよう...」

ダイヤ「早速ですが、善子さん?今日ここに呼ばれた理由...おわかりですわよね?」

善子(きた...!!テレビで見たことあるやつ!これは喋れば喋るほど墓穴を掘る悪魔の質問!)

善子(この場における最適解......!そう、答えは沈黙......!!)

18: 2023/01/09(月) 14:45:32.18 ID:byWaT8zK.net
ダイヤ「善子さん?」

善子「あ、いや、わからないな~なんて...あは、あはは...」

ダイヤ「自覚もしていないんですの!?これです、これ!この間のテストの点数についてですわ!」

善子「あー!なーんだ、そんなことね」

ダイヤ「そんなこと!?今そんなことと仰いました!?」

善子「いや、だって点数悪かったの日本史だけでしょ?他は軒並み高得点だし、数学に至っては満点よ?別に文句ないでしょ」

ダイヤ「その日本史が問題なのですわ!聞けば赤点だそうじゃないですか!しかもルビィ曰く、テスト開始早々に寝てしまって、解答欄はほぼ空白だったとか!」

善子「いや、でも前の日に遅くまでゲームしてたし、体力の限界だったのよ。ほかで点数取れてるだろうし別にいいかなって。それに、千歌のテストだってこないだ見たけど惨憺たる有様だったわよ?」

ダイヤ「千歌さんは...!!......千歌さんはまぁ......ねぇ?」

19: 2023/01/09(月) 14:45:56.41 ID:byWaT8zK.net
ダイヤ「とーにーかーく!せっかくの善子さんの能力が学業に発揮されていないのは問題ですわ!ゲームなどせず、その時間を勉強に充てていれば、日本史のテストで寝てしまう事もなく、ほかの教科でだって満点を取れたかもしれません!」

ダイヤ「いいですか?学生の本分は勉強なのです。それに、節度を持った行動と、気品ある態度をですね...!」

善子(やばいわね。流れるようにお説教が始まってしまったわ...。それになによ、節度ある行動って...!)

善子(生徒会長のくせにスカートの丈短すぎなのよ...!節度を持った長さにしなさいよ!!窓が開けっぱなしのせいでふわふわ風で揺れてるし...。気になってしょうがないわ!)

善子(............このロザリオ、どこまでの願い事を叶えてくれるのかしら)

善子(......やっちゃうか。......ダイヤのパンツが見えますように......!!)

ダイヤ「ちょっと善子さん?聞いてますの?まったく、貴方という方は...」

ブワッ

ダイヤ「って、きゃあ!」

善子「ぇらっ!(興奮のあまり見えたと発音できていない)......え?」

20: 2023/01/09(月) 14:46:15.98 ID:byWaT8zK.net
ダイヤ「み、見ましたか...?」

善子「黒の......紐パン......」

ダイヤ「~~~~~~っっ!!!わ、忘れて!今すぐ忘れて!!」

善子「えっろ」

ダイヤ「は、話は以上です!いいですか、今後はキチンと勉学に励むように!!教室にお戻りなさい!!」

善子「なによ、呼びつけといて急に帰れだなんてまったく......あ、そうだダイヤ」

ダイヤ「......何ですの」

善子「そのパンツ、どこで買ったの?」

ダイヤ「おだまらっしゃい!!!」

21: 2023/01/09(月) 14:46:38.13 ID:byWaT8zK.net
ルビィ「あ、善子ちゃんが戻ってきた」

花丸「やっぱり怒られたずら?」

善子「............」

花丸「え、え?どうしたずら?」

善子「ルビィ、あんたの姉、ヤバいわよ」

ルビィ「そんなに怒られたの??」

善子「いや、怒られたっていうか、なんか恐ろしいものを見ちゃった気がするわ。ダイヤって最近、家で変わったこととかなかった?急に帰りが遅くなったとか、服装の趣味が変わったとか」

ルビィ「えぇ?いつも通りだと思うけどなあ」

22: 2023/01/09(月) 14:46:52.86 ID:byWaT8zK.net
善子「うーん。しっかし、使えば使うほど実感するわね。このロザリオに秘められた闇の力を...!」

善子「まさか、ダイヤがあんなえっろいパンツはいてるなんてね...」

善子「うへへ、思い出すだけでテンション上がるわ」

善子「一体誰の影響なのかしら...。まあ、誰の影響であってもえっろいことに変わりないわね」

善子「......ん、ぼちぼち練習の時間か」

善子「練習終わりの松月...。今日からチョコとイチゴを使った限定メニューが販売される...!いつもは大抵売り切れで食べられないけど、これからの私はひと味違うわよ!」

善子(...松月の限定メニューが食べられますように...!!)

23: 2023/01/09(月) 14:47:12.57 ID:byWaT8zK.net
ーーー部室前

善子(あんなの見ちゃったから三年生のパンツ事情、何か気になってきたわね...)

善子(基本的にスカートから着替えるから、パンツなんて見えないし...。あけっぴろげに着替えるのは...千歌ぐらいのものね)

善子(一番気になるのは...やっぱ果南ね。なんか、鞠莉は想像しやすいし、想像まんまな気がして面白く無さそう。どうせ、なんか高そうなレースのやつでしょ)

善子(部室入る前に先にロザリオ使っちゃお。...果南のパンツが見れますように...!)

善子「よーし、おはーーーしぇん!?!?!?」

果南「善子ちゃん!危ない!!!!」

24: 2023/01/09(月) 14:47:31.86 ID:byWaT8zK.net
善子「何々!?敵襲!?前が見えないんだけど!?え、ていうか果南なの!?待ってわかんない!どうなってるの!?」

果南「今部室に入ると危ないんだよ!でっかいスズメバチが部室で暴れてるの!」

善子「スズメバチ?いや、それより先に離して欲しいんだけど。前見えないし、あと力強すぎるわよ」

果南「あ、ごめんね。つい」

善子「で、スズメバチはどこにいるの?」

果南「窓を開けてたらそこから入って来たんだ。ほら、危ないからドアの隙間から見てみて」

善子「あー、確かにあれはデッカいわね。けど、果南ならあれぐらい何とかできないの?」

25: 2023/01/09(月) 14:47:49.11 ID:byWaT8zK.net
果南「いやー、何とかしたいんだけどさあ。私、小さい頃にスズメバチに刺されたことがあってね。ほら、二回目刺されると大変って言うじゃない?なんだっけ、アナル

善子「アナフィラキシーね。あんた、絶対に他所でその間違いすんじゃないわよ」

果南「それそれ。ま、とにかくそんな時に善子ちゃんが部室に入ってこようとしたから、ハグして蜂から守ってあげたの」

善子「あ、あれってハグだったの?てっきりタックルかと思ったわ。日大的な」

果南「えー、善子ちゃんは軟弱だなあ」

善子「......ていうかさ。今気づいたんだけど、果南、あんた何でスカート履いてないの?パンツ丸出しじゃない」

果南「...え?うわぁあああぁぁぁああぁぁあ!?!?!?」

26: 2023/01/09(月) 14:48:07.08 ID:byWaT8zK.net
果南「いや、ちがっ!着替えてるときに蜂と善子ちゃんが入ってきたから!それでっ!」

善子「蜂といっしょくたにされてるのは釈然としないわね」

善子(涙目でブラウスの裾引っ張って、なんとかパンツ隠そうとしてるのめっちゃえろ...)

善子(......それにしても)

善子「高校三年にもなって、けろけろけろっぴのパンツってどうなのよ」

果南「言うなぁ!!好きなの!!文句あるならぶつよ!?」ブンッ

善子「ひっ!急な暴力!!」

果南「はぁっ...!はぁっ...!」

27: 2023/01/09(月) 14:48:23.31 ID:byWaT8zK.net
善子「いや、別に文句なんてないわよ」

果南「じゃあ何ならあるの!?」

善子「いやぁ...別に?ただ、下級生に絶大な人気を誇る、みんなの果南お姉さまがまさかのお子ちゃまパンツだなんて...ぷーくすくす」

果南「......やるか」

善子「ちょ、急にファイティングポーズとるのやめなさいよ!わ、私は可愛くていいと思うわよ!」

果南「...ほんとに?」

善子「ホントホント。ほら、いつまでもパンツ丸出しじゃカッコつかないでしょ?体操着貸してあげるから、下だけでも穿いときなさいよ」

28: 2023/01/09(月) 14:48:59.25 ID:byWaT8zK.net
果南「......善子ちゃん、ありがとう。さっきはごめんね...」

善子「気にしなくていいわよ。私もちょっと揶揄いすぎたわ」

善子(元はといえば完全に私のせいだしね...)

果南「......いつもはさ。こんなパンツじゃないんだよ?」

善子「............別にいつも穿いてるとは思ってないわよ」

果南「普段はちゃんと大人っぽいやつ穿いてるんだ。鞠莉と一緒に買いに行ったやつ」

善子「あー、なんか想像つくわね」

果南「こないだは鞠莉とダイヤの三人で行ってね?ダイヤが大人ぶってすっごいの買ってたんだ。...あ、これ内緒のやつだった」

善子(黒の紐パンでしょ...!出所はここだったわけね...)

29: 2023/01/09(月) 14:49:19.99 ID:byWaT8zK.net
果南「これ、私が言ったってダイヤには言わないでね?」

善子「わかってるわよ」

善子(大体、直で見てるわけだし...)

果南「あ、蜂が出て行った」

善子「ん、ほんとね。ほら、部室入るわよ」

果南「...ねぇ。さっき見たこと、皆には内緒だからね?鞠莉に知られたらどうなることか...」

善子「そこまで鬼じゃないわよ...。あ、でもいっこ訊きたいんだけど」

果南「何?」

善子「今日はブラもけろけろけろっぴな」ドンッ!!!

果南「......な?」

善子「な、なんでもないでぇ~す...うふふ」

善子(か、壁に穴が空いた...!)

32: 2023/01/09(月) 15:31:33.27 ID:byWaT8zK.net
ーーー練習後。

ルビィ「なんだか今日のお姉ちゃん、変じゃなかった?」

花丸「確かに...。なんだか、ずっと善子ちゃんのほうを見てた気がするずら。動きも明らかに精彩を欠いていたような」

善子「そうかしら?そんなことないと思うけどなー」

善子(そら、あの紐パン穿いたまま練習してんだろうなこいつ、みたいなこと思われてるかもしれないものね。実際思ってたし)

花丸「...明らかに怪しいずら。やっぱり呼び出されたときに何かあったずら?」

善子「別に何もないわよ。こないだのテストの日本史、ほぼ空白で出したのを怒られただけ」

善子「あっ!ていうかルビィ!あんた、私がテスト中寝てたのチクったわね!」

33: 2023/01/09(月) 15:31:48.35 ID:byWaT8zK.net
ルビィ「そんなことしてないよぉ!お姉ちゃんが、善子ちゃんの日本史の点数が他と比べて低過ぎるから、何かあったのって聞かれたから...」

善子「結局言ってんじゃない」

善子「そもそも、なんでダイヤが私のテストの点数把握してんのよ」

ルビィ「鞠莉ちゃんから教えてもらって、Aqoursのみんなの点数は知ってるみたい。学生の本分は勉強だから、Aqoursメンバーたるもの、文武両道だーって」

善子「......ダイヤって、ナチュラルに権力を濫用するわよね」

花丸「...みんなのためずら」

善子「ま、そんなことは置いといて。早く松月へ行くわよ!限定メニューが私を呼んでるわ!」

34: 2023/01/09(月) 15:32:04.17 ID:byWaT8zK.net
ルビィ「今日からの限定メニューって、チョコどら焼きと苺のやつだよね?」

善子「そう!松月が私に寄せてきてるのよ。多分、リトルデーモンね」

花丸「あるわけないずら」

ルビィ「そっかぁ...。今日は限定メニュー食べられるといいね」

花丸「確かに。善子ちゃんは持ち前の不幸のせいで、いっつも限定メニューが売り切れてるずら。今日も食べられない方にマルは...善子ちゃんの魂を賭けるずら」

善子「あんた、漫画に影響されやすすぎ。それ読み終わったら部室に置いてるブリーチも読んどきなさいよ。ブリーチの登場人物でカルタやる予定なんだからね」

花丸「マルは横文字苦手ずら...」

善子「五部以降大丈夫なの...?」

35: 2023/01/09(月) 15:32:21.87 ID:byWaT8zK.net
ーーー松月


善子「あっ!ほら!イチゴのパウンドケーキとチョコどら焼き!まだ残ってる!」

ルビィ「ほんとだ!よかったね善子ちゃん」

花丸「いや、まだ油断はできないずら!あれは食品サンプルの可能性が...!」

善子「どこのケーキ屋がサンプルをショーケースに並べんのよ!」

善子「ほら、アンタたちは何にすんの?」

ルビィ「ルビィは半熟ぷりんにしようかなぁ。花丸ちゃんは?」

花丸「...おかしい。善子ちゃんが不幸じゃないずら。違和感を覚えるずらぁ...」

善子「はよ選べ!!」

36: 2023/01/09(月) 15:32:38.64 ID:byWaT8zK.net
善子「で、結局みかんタルトにしたわけ?」

花丸「うん!どれも美味しいけど、最後はやっぱりここに戻ってくるずら」

ルビィ「なんだか大人だね!」

善子「どこが大人なのよ」

花丸「善子ちゃんはみかん苦手だもんね。こーんなに美味しいのにみかんがダメなんて、人生の5/3は損してるずら」

善子「人生越えちゃってるわよ!」

善子「いいのよ私は。今こうやって、数量限定メニューを食べてるんだから。あぁ...限定という二文字が私を高みへと連れて行く...!!......おいしい...」

花丸「普段から限定と名の付くものに縁がなさ過ぎて、変な神格化してるずら」

37: 2023/01/09(月) 15:33:02.65 ID:byWaT8zK.net
ルビィ「...あ。雨降ってきたね」

花丸「ん...ほんとずら。天気予報でも言ってたずらね。夕方から夜にかけて強い雨が降るって」

ルビィ「どうしよ、ルビィ傘持ってきてないよぉ」

善子「ま、あんたはこっから家近いし、そんな心配するほどでもないんじゃない?」

花丸「こういうときに一番傘持ってなさそうなのは善子ちゃんだよね」

善子「甘いわねぇ。私ぐらいのレベルになると、常に鞄の中に折り畳み傘を仕込んでいるのよ」

ルビィ「善子ちゃんしゅごい...!!」

花丸「普段からの不幸のおかげずら」

善子「用意周到と言いなさい。ほら、本降りになる前に出るわよ。ルビィが風邪でもひいてみなさい。ダイヤからのお説教が待ってるわよ」

花丸「ダイヤさんのことをなんだと思ってるずら?」

善子「シスコン番長」

花丸「やめるずら」

38: 2023/01/09(月) 15:33:21.08 ID:byWaT8zK.net
ルビィ「じゃあ、また明日ね!善子ちゃん、雨に気を付けてね!滑っちゃだめだよ」

善子「あんたに心配されるようになったら終わりよ」

花丸「善子ちゃんは不幸が常の状態だから、特別不幸じゃなかった今日はきっと、すごい揺り戻しが待ってるずら」

善子「今日の不幸タスクはダイヤからの説教ですでに達成してるから大丈夫よ」

善子「ほらルビィ、雨が強くなる前に帰んなさい。また明日ね」

ルビィ「はーい。また明日、学校でね!ばいばーい」

善子「......なんか、ちっちゃい子を相手してる感覚になっちゃうわね」

花丸「ルビィちゃんの可愛さは世界共通ずら。赤ちゃんが無条件で愛されるように、ルビィちゃんも無条件で愛される。それが摂理というものずら」

善子「やだ......これが母性...?」

39: 2023/01/09(月) 15:49:58.00 ID:byWaT8zK.net
『次は上土、次は上土へ停まります」

善子「う...かなり本降りになってるわね」

善子(ほんとは臨時のお小遣いもあったし、アニメイトで新刊チェックでもしようかと思ったけど、流石にこの雨の中あそこまでいくのはダルいわね)

善子(今日は寄り道せずにまっすぐ帰りましょ)

善子「こんな雨降ってると、家の前にバス停があるのが勝ち組に思えてくるわね。帰りは横断歩道渡らないといけないのがアレだけど...」

善子「...くっ!微妙に青信号には間に合わなかったか」

善子(横断歩道の前の水溜り...。これ、車とかバイク通ったらヤバいわね。ちょっと下がっとこうかしら)

バッッシャァァァァァァッッッ!!!!!

善子「って、ちょぉぉい!!!!!言ったそばから!!」

善子「何なのよあのバイク!!絶対わざとでしょ!!!びっちょびちょじゃない!!!!」

善子(今日一日の気分が台無しよ!くそー、ああいうバイクには天罰でも当たればいいのよ)

40: 2023/01/09(月) 15:50:19.31 ID:byWaT8zK.net
ーーー耳を劈く、轟音。
そのあまりの衝撃と音に、私は勿論、通りにいた人全員が発生源に目を向ける。
遅れて聞こえる、誰かの金切り声。

善子「...え......うそ...」

疑問はすぐに解決した。
いや、それは語弊がある。私は今、全てを見ていた。
私に水をかけていったバイクが、対向車線から飛び出してきた乗用車に撥ねられ、
そのまま街路樹へ挟み込まれるように突き刺さる、その瞬間を。

車に突っ込まれ、少しひしゃげた街路樹。
そこに投げ出され、力無く横たわる黒いモノ。
遠目から見ても、アーケードの濡れたタイルに夥しい量の血液が広がっていくのがわかる。
それは、天罰と呼ぶにはあまりにも人為的で、そして、残酷なまでの現実だった。

似ている、とぼんやりした頭で僅かに感じた。
じわり、じわりと、タイルを侵食していく血液は。
嗚呼、なるほど確かに。
私の心を塗りつぶしてゆく、緩やかな絶望に他ならない。

43: 2023/01/09(月) 16:10:24.16 ID:byWaT8zK.net
それから、どうやって家に帰ったかは覚えていない。
電気も付けずに忘我の表情で座り込む私を見て、すぐに表の騒ぎと関連付いたのだろう。
帰ってきたママは私を抱きしめ、そこでようやく意識が戻ってきた。

善子母「嫌なものみちゃったのね、大丈夫、大丈夫よ...」

善子「...ありがと、ママ。もう、大丈夫よ」

嘘を吐いた。
私の心を塗りつぶすこの絶望は、凄惨な事故現場を見てしまったからではない。
バイクに水をかけられた直後、私は何を考えた?何を願った?
普段ならきっと、ただのシンクロニシティだと一笑に付していただろう。
ただ、今は。この手の中に鈍く輝くロザリオがある。

人間の失血による致氏量は、およそ2L程と言われているらしい。
先ほどの光景を思い返せば、素人目にもそれ以上の血液が流れ出ていたように感じる。
と、いうことは。

ロザリオの力が、いや、私が、一人の人間を頃してしまったのかもしれないということ。

44: 2023/01/09(月) 16:10:42.75 ID:byWaT8zK.net
善子「いや...でも、あのとき私はロザリオを持っていなかったはず」

そう。バスを降り、横断歩道で信号待ちをしていた私は、右手で傘を
左手で肩に提げたバッグを抑えていた。ロザリオはスカートのポケットに入ったまま、体のどこにも触れていない。
怪しげな露天商の言葉を思い出す。
『ロザリオを手に持って、願い事を心の中で念じるだけ』

善子「持ってなかった...わよね?」

持っていないにもかかわらず、ロザリオの力が発揮されることはあるのだろうか。
もはや私の頭の中からは、ただの偶然であるという可能性は消え去っていた。

偶然で片づけてしまうには、あまりにもこのロザリオは本物過ぎる。

善子「一度、試してみようかしら」

ロザリオを持たないで、何か願い事をしてみよう。
唐突に、その考えが頭の中に浮かんだ。
あの事故は私のせいじゃない、そう思い込みたいだけかもしれない。
そうやって何とか、心に巣食う絶望を振り払ってしまいたかった。

45: 2023/01/09(月) 16:11:04.95 ID:byWaT8zK.net
だとすると、今日学校で願ったようなくだらないことが適当ね。
間違っても、あの事故のようなことは願えない...。
事故現場を思い出してしまい、体が震える。もし、もしもあれが私のせいだったら...。

善子「......大丈夫。ただの偶然よ...私はあのとき、ロザリオを使ってない...」

自分に言い聞かせながら両腕をさする。
自分でも驚くほどに体は震え、肌は冷え切っていた。
一旦、お風呂にはいりましょう...。

お風呂場には既にお湯が張られていた。
多分、ママが気を利かせて準備してくれていたんだろう。
熱いお湯に体を浸けると、絶望が少しずつ、溶けだしていくような気がした。

善子「あぁ、そういえば」

明日は、一限目の古典で小テストがあったはず。
本当は今日の晩、その勉強をする予定だったけど、とてもそんな気分じゃないわね。
今はちょうどロザリオも持ってないし、このぐらいがいい塩梅ね...。

明日の古典の小テストがなくなりますように...。

46: 2023/01/09(月) 16:11:33.22 ID:byWaT8zK.net
翌朝。

昨日はあのあと、晩御飯を食べる気力すらなく
部屋に戻ったあとに倒れるように眠ってしまった。

善子「おはよー」

机の上には、パンとお弁当箱が乗っている。
パンが乗せられた皿を文鎮代わりにメモが挟まっていた。
『きのうは晩御飯食べてないんだから、朝はせめてパンだけでも食べなさい』

善子「......ありがと、ママ」


ーー
ーーー

家を降りてバス停へと向かうと、太陽のような笑顔が目に入る。

曜「善子ちゃーん、おはよー!」

善子「ヨーハーネ。朝から元気ね」

曜は毎朝、私の家の前のバス停まで来てくれる。
曜の家の近くにもバス停はあるのに、どうしてここまで歩いてくるのか聞いたことがある。

曜『え?そうしないと一緒に登校できないじゃん!』

曜『それにー、善子ちゃんは絶対寝坊多いでしょ?もう間に合わない!ってなったときはすぐにインターホン鳴らしに行けるしね!』

だって。
ほんっとに、優しい先輩。

47: 2023/01/09(月) 16:11:57.49 ID:byWaT8zK.net
曜「今日は寝坊しなかったんだね!えらいえらい」

善子「何よ。私は案外寝坊なんてしないわよ」

曜「まぁ、そうかも。その分、いつもバスで寝てるもんね」

善子「こっから浦の星までが遠すぎるのよ。曜はよく毎朝あの距離歩いてくるわね」

曜「私はむしろ、バスでじっとしてる時間の方がしんどいよ...」

善子「根っからの陽キャね...流石にマネできないわ」

曜「曜キャ?なにそれ、私が曜だから?」

善子「.........あぁ、それでもしっくりくるわね」

曜「えー、なになに?ちゃんと教えてよー」

なんて。
他愛のない会話。
それだけで、モヤが晴れていくような気がする。
本当にこの先輩は、太陽という言葉がよく似合う。

48: 2023/01/09(月) 16:12:25.98 ID:byWaT8zK.net
曜「じゃーね!また放課後!」

善子「えぇ、またね」

昇降口で曜と分かれ、自分の教室へと向かう。
曜と話しているときには感じなかった緊張で段々と体が強張る。
一限目の古典。そこで前々からアナウンスされていた小テストが行われれば
昨日の事故はただの偶然で片づけることができる。
ロザリオは家に置いてきたし、今日は一度も触れてすらいない。
ただ、もしも、小テストが行われなかった場合はーーー。
頭を振って、嫌な想像を吹き飛ばす。
大丈夫。大丈夫ーーー。

善子「おはよ」

教室のドアを開けると、ルビィが一心不乱に机に噛り付いてるのが見えた。
横には花丸が座っていて、机の上には古典の教科書。

善子「ルビィ、今日の小テスト忘れてたでしょ」

ルビィ「あー!善子ちゃんが話しかけるから単語が飛んじゃった!もー!!」

花丸「まぁまぁ落ち着くずら。善子ちゃんも、あんまりルビィちゃんを刺激しちゃダメずら」

善子「......修羅場すぎでしょ」

49: 2023/01/09(月) 16:12:50.21 ID:byWaT8zK.net
修羅場のルビィたちを尻目に、自分の席へと腰を落ち着ける。
手持無沙汰に古典の教科書をパラパラめくったが、すぐに辞めてしまった。
駄目ね、どうにも集中できない...。
たとえゼロ点を取ろうとも、小テストさえ無事に受けられればそれでいいのに。

様子がおかしいと感じたのはそれから少し経った、SHRの時間。
SHRが終わる時間になっても、担任が教室へ姿を見せない。
ルビィを筆頭とした、小テストの勉強が終わってない生徒たちは勉強時間が伸びたと呑気に喜んでいる。

心臓が早鐘を打つ。
何かが起こっていることは間違いない。
果たしてそれは、私の願いを叶えるためのものなのか。

「大変!大変だよ!」

職員室へ様子を見に行った、クラスの子が慌ただしく戻ってくる。
それを認めて、確信にも近い諦観が胸中に広がる。
ああ、その続きを聞かせないでーーー。

「先生が急に倒れて、病院に搬送されるって!!」

俄かに騒めきだす教室で、私だけが静寂の中に取り残される。
その後、教室にやってきた別の担当教師が黒板へ文字を書く。
そこにはただ二文字、「自習」と記されていた。

こうして、私の願いは叶ってしまった。

55: 2023/01/09(月) 17:46:42.94 ID:byWaT8zK.net
もはや、ロザリオの力は疑うべくもなかった。
手に持たずとも、念じるだけで願いが叶う。
そして、持たずとも効果が発揮されるということは。

善子「私が、頃した...」

その後の授業のことは覚えていない。
昼休みのチャイムの音が、ようやく私を現実へと引っ張り出す。

花丸「善子ちゃん、どうしたの?随分と顔色が悪いずら...」

善子「...別に、何にもないわよ。ちょっと、古典の先生のことが気になってね」

花丸「確かに、心配ずらね。急に倒れちゃうなんて...。大事ないといいずらが...」

花丸は一体どう思うだろう。
きっと、私のせいじゃないと庇ってくれるだろうか。
花丸は、性根の優しい、とても良い子。
自分の善い子という名前が恥ずかしくなるぐらいに。
その姿、在り方が今の私には眩しくて。
どうしても今は、目を合わせることができなかった。

56: 2023/01/09(月) 17:47:02.15 ID:byWaT8zK.net
一度、あの露天商を探して話を聞かなければ。
やがて、あのロザリオを制御できなくなるかもしれない。
あれは私にとって、もはや呪いに等しい。
ロザリオから、呪いから解放される方法をどうしても聞き出す必要がある。

善子「ごめん、花丸。今日はAqoursの練習、休ませてもらうわ」

花丸「......やっぱり、どこか調子悪いずら?」

善子「まぁ、そんなところよ。...悪いけど、千歌にはうまいこと言っといてくれるかしら」

花丸「わかったずら。...善子ちゃん、無理しないでね?何かあったらすぐ言ってほしいずら」

善子「えぇ...ありがとね」

あの露天商が今日もいる確証は無いけれども
あんなところで商売してた以上、きっと施設側に何かしらの届出は出しているはず。
最悪、そこから辿る必要もありそうね...。
とにかく、今日は急いでプラサヴェルデへ向かいましょう。

57: 2023/01/09(月) 17:47:23.91 ID:byWaT8zK.net
善子「こういうときにバスは焦ったいわね...」

沼津市街へ向かうバスの中で一人ごちる。
仕方ないとはいえ、各バス停に停車する時間が酷く長く感じる。
曜もこんな気分だったのかしら。それなら確かに、辛いわね。

気を紛らわせるために窓の外へと意識を向ける。
Aqoursの練習を休んで帰宅することなんて一度も無かったから
この時間帯にバスに乗っているのが少し違和感がある。
といっても、獅子浜のあたりは歩いてる人の姿の方が珍しく
登下校中の生徒なんて、市街に入ってからじゃないとまず見かけない。
窓から見える風景はいつもと変わらないものだった。

何の気なしにTwitterを開いてみると
リツイートで、漫画の新刊発売の告知ツイートが流れてきているのが目に入った。
あぁ、そういえば昨日はこれを買いに行こうとしてたんだっけ。
雨が降ってなければ、漫画は買いに行けたし、あんなことにもーーー。

嫌な想像を頭を振ることで追い出そうとむなしい努力をする。
そうそう、この漫画は初回限定版で書き下ろしの小冊子が付いてくるんだった。
どのくらい在庫があるかわからないけど、特典だけはマストで押さえておきたいわね...。
なーんて。楽しい事を考えて現実逃避。
あの露天商、今日も居るといいんだけど...。

58: 2023/01/09(月) 17:47:43.39 ID:byWaT8zK.net
『沼津駅。次は沼津駅へ停まります』

とりとめもない事を考えていた思考はアナウンスによって現実へ引き戻される。
色々な考え事をしていたら、知らない間に着いちゃってたわね...。
露天商に会いに行く前に、一度自宅に戻ってロザリオを取ってこようかとも考えたが
ロザリオに触れること自体がなんだか恐ろしく、上土で降りずに沼津駅まで来てしまった。

プラサヴェルデへ向かうには、駅横のあまねガードを潜っていく必要がある。
駅を通り抜け出来たら大幅なショートカットになるのだけど、それには入場券を買わなければならない。
入場券の値段は150円。......まぁ、歩くわよね。
早く高架になんないかしら。駅前の再開発やら何やらで、最近の沼津駅近辺はずっと工事中。
ま、沼津の町がオシャレになるのはいいことね。完成はあと10年近く経ってからみたいだけど。

59: 2023/01/09(月) 17:48:27.22 ID:byWaT8zK.net
この時間になると、内浦ではまず見かけないほどの人間で駅前は溢れかえる。
背広を着たサラリーマン、他校の制服を着た帰宅途中の生徒たち。
東京みたいなところには敵わないけれども、内浦のような田舎の中の田舎と比べると十二分に大都会だ。

イーラdeの前に差し掛かり、ふと顔を上げると、向かいから白いセーラー服を着た女の子が歩いてくるのが見えた。
手に持った特徴あるレジ袋から、アニメイト帰りであることは瞬時にわかった。
同好の士ってところかしら。

「危ない!!!!!」

夕暮れの穏やかな空気を切り裂くように、怒号が轟く。

善子「え、な」

あまりの大声に、思わず身を竦ませる。
ふと頭上を見上げると、大きな銀色の板が視界を埋める。

ーーーまさか、あれは。
ーーーーーー工事現場の足場が、落下している。

60: 2023/01/09(月) 17:48:47.15 ID:byWaT8zK.net
気づいた時には既に遅く、回避行動などとる暇もなかった。
思わず、目を強く瞑ってしまう。
一瞬の空白のち、けたたましい音が当たり一面に鳴り響く。

「大丈夫か!?」「足場が崩れた!」
「誰か下敷きになってるぞ!!」「早く救急車呼べ!!」

あまりの轟音に痺れた鼓膜が辛うじて周りの音を拾う。
恐る恐る目を開けると、崩れ落ちてきたであろう足場や資材が散乱していた。
落下した位置から私の立っている場所はほんの1mにも満たない場所。
どうやら、奇跡的に無傷で済んだようだ。

ふと、視線を足下に向けると、投げ出されたように地面に転がるスクールバッグとアニメイトの袋が目に入った。
これは、前を歩いていた女の子の...。
あの女の子は恐らく、足場の下敷きに...。

そして、私は見てしまった。
私の足下、ローファーのすぐ側に投げ出されたアニメイトの袋。
そこから飛び出す、発売したばかりのあの漫画。
その、初回限定版の書き下ろし小冊子を。

61: 2023/01/09(月) 17:49:20.49 ID:byWaT8zK.net
半狂乱になって走り出す。
ロザリオの力を制御できなくなるかもしれない?冗談じゃない。
ロザリオの力はとっくに私にどうこうできるものではなくなっていた。
手に持ってもいない、念じてもいない。
ただ欲しいと、ぼんやり考えたそれだけで。

3つの犠牲を生み出して、ようやく理解した。
あのロザリオは、確かに私の願いを叶える。但し、私の意に沿わない方法で、悪意を持って。

息を切らして、プラサヴェルデ内に駆け込む。
必氏の形相で飛び込んできた私に、館内利用者の視線が突き刺さる。
しかし今はそんなことに気を取られている時間はない。
あの露天商は入口入ってすぐにあるエスカレーターの裏側で商売していた。
そのまま館内を走り抜け、エスカレーターの裏側へと回り込む。

善子「......いない...!」

...仕方ない。
一度、施設側の職員に露天商の話を聞きましょう。

善子「あの、すみません!一昨日、ここで露天商をやっていた人についてお伺いしたいんですけど...!」

62: 2023/01/09(月) 17:49:43.97 ID:byWaT8zK.net
「露天商...ですか?」

職員は怪訝な表情を浮かべる。

善子「そうです!一昨日の18時頃に、すぐそこのエスカレーターの裏で...」

私のあまりの必氏な形相に何やらただならぬものを感じたのか
手元のファイルを確認した後、こちらを向きなおす。

「確認して参ります。少々お待ちください」

最後まで困惑の色を隠さず、職員は事務所へと下がっていった。
そもそも、プラサヴェルデを使用するには必ず使用申請を出さなければならないはず。
それに、露天商がいた場所は受付からもよく見え、目の前には静岡屋台がある。
あそこまで堂々と営業していて、許可を取っていないなんてありえない。

職員を待つ時間が永遠にも感じる。
その間も、心臓は狂ったように鼓動を繰り返す。

事務所のドアが開き、先ほどの職員が、年配の別の職員を伴って戻ってくる。

「確認して参りましたが、そのような露天での使用申請は上がっておりませんね...。そもそも、当館は共有スペースでの展示や使用はできませんので、仰られている場所では、使用申請自体を通すことができません。許可を出すこと自体がないかと思われます」

善子「そんな...。居たはずよ、そこに!...誰か、見た人はいませんか?ローブを被った、変な関西弁の男を...!!」

68: 2023/01/09(月) 19:16:15.02 ID:byWaT8zK.net
「一昨日でしたら私も閉館まで勤務しておりましたが、そのような人物は見かけておりませんね...」

善子「そんな......」

ありえない...。
確かに、あの露天商の男はそこに居たはず...。
ロザリオの冷たい感触も、それに支払ったお金だって財布からは確実に減っている。
ふらふらと、静岡屋台へと吸い込まれるように歩いていく。
ここは、露天商が居た場所の目の前だ。
店員さんは確実に見ているはず...。

善子「あの、すみません...。一昨日の夕方ごろ、目の前の場所で、露天商をやってた男を見ませんでしたか?」

「...露天商?どうだったかな、そんな人は居なかったと思うけど...」

善子「っ......。そう、ですか......」

「あ、でもキミはその時間帯にいたよね?」

善子「...え?」

「閉店準備してるときにさ、そこのエスカレーターの裏側のとこで立ち尽くしてたから、なんか印象に残ってたんだよね。何もないところで何してるんだろって」

善子「そ、それって、何時ごろですか!?」

「えー、閉店の時間だったからなぁ、大体18時くらいかな?」

善子「わたし、一人で...?」

「そうそう、10分くらいそこにいたのかな?そのくらいたってから、ポケットから黒い十字架?みたいなのを取り出して、なんか上機嫌に帰っていってなかった?」

69: 2023/01/09(月) 19:16:37.66 ID:byWaT8zK.net
......一体、どういうことなの...。
私一人なわけない。あの場には露天商の男も居たはず...。
それに、ポケットからロザリオを取り出した...?
私はロザリオを確かに買った。財布からもその分お金が減っている...。

......いや、ちょっと待って......。
ロザリオの値段は確か、4,980円。
初めてロザリオを使い、ママに貰った金額も...きっかり5,000円。
結果として、財布の中の金額は増減していない...。
私は本当に、ママに5,000円もらったの...??

......電話しましょう。一度、ママに...。
ママの学校でも既に授業は終わっているはず。
おそらく職員室にでもいたのだろう、電話は数コールで繋がった。

善子母『善子?どうしたの、急に電話なんてして』

善子「あの、一昨日のことなんだけど、ママが出掛けたときって、晩御飯代わりに5,000円置いてってくれたわよね...?」

善子母『え?何言ってるのよ?晩ご飯作ってたでしょ?あ、そういえばあの日はお弁当作れなかったわね。お昼ご飯はどこかで買って行ったんでしょ?その分のお金はまた渡すわね。...あれ、善子?どうしたの?おーい』

氷のように冷たい手が私の心臓を鷲掴みにする。
背筋が凍るとはこのことか。心臓から広がった冷気が
背筋を通って、体全体の感覚を奪っていく。
電話の声は遠くに聞こえ、震える指で通話終了のボタンをタップする。

おかしいのは私か、それとも世界かーーー。

70: 2023/01/09(月) 19:17:06.06 ID:byWaT8zK.net
善子「一体...何がどうなって...」

何も信じられない...。
自らの記憶も、自身が立っているこの世界でさえも。
唯一絶対なのは、呪われたロザリオという痛烈な皮肉。

無意識に携帯の連絡先を開いていた。
ディスプレイには国木田花丸と表示されている。
花丸なら今の私を救ってくれると、そう思ったわけじゃない。
それでも、脳裏に浮かぶのは別れ際のあの言葉。

ーーー『何かあったらすぐ言ってほしい』

溺れる者は藁だって何だって掴むらしい。
私にとってそれは。
ああ、ああ、どうか、どうかーーー。

花丸『もしもし善子ちゃん?どうしたずら?』

善子「............たすけて...わたし...わたし......!」

花丸『今どこにいるの?すぐそっちに行くずら』

ーーー私を救って。

71: 2023/01/09(月) 19:17:24.38 ID:byWaT8zK.net
花丸には、ひとまず私の部屋へ来てもらうことにした。
知識が豊富な花丸のことだから、何かしらあのロザリオについての知識だってあるかもしれない。
家はお寺だし、ああいう曰く付きの品物だって普段から目にする機会は多いのかも...。
衝動的に花丸に救けを求めたが、結果としてこれ以上ない人選だと思う。
そして何よりも、あのロザリオに一人で対面する勇気が湧かなかった。

そうして気付く。
私の家へ帰るには。
どうしたってあまねガードを潜っていく必要がある。
それはつまり、あの事故現場を再び目にしてしまうということ。
もう、150円を渋る選択肢などどこにもなかった。

足早に駅構内を通り抜ける。
南口から出た後も、大きく左回りに。
なるべく事故現場が視界に入らないように駆ける。

花丸は既に沼津へと着いていた。
聞けば、私が練習を休んで早めに帰った後、私を心配して、様子を見ようと後を着いてきてくれていたらしい。

...ほんっとにお人好しなんだから。

72: 2023/01/09(月) 19:17:47.03 ID:byWaT8zK.net
私が自宅マンションの下まで来たときに見えた黄色いカーディガンは、涙で滲んですぐにその色を霞ませる。

善子「...花丸!」

花丸「善子ちゃん!...一体どうしたの!?怪我してない!?」

花丸の姿がよほど嬉しかったのか。
それとも、安心からか。
とめどなく溢れる涙は止めようもなかった。
ひとしきり泣いた後にふと、最悪の考えが頭を過ぎる。

善子「......花丸は、自分の意思で来てくれたのよね...?」

花丸「もちろん?おらは善子ちゃんが心配で...」

花丸は困惑した表情を浮かべる。
だめ、何も信じられない...。

善子「もう、何が何だかわからない...!」

ああ、でも。
ただ一つ。
確かなことは。

善子「...わたし、ひとを......ころしちゃった...!!」

73: 2023/01/09(月) 19:18:07.40 ID:byWaT8zK.net
花丸「......一度、善子ちゃんの部屋に行こう?ここで話す内容では無さそうずら」

善子「...ごめん、そう、ね...」

花丸が冷静で助かった。
部屋へと戻るエレベーターの中でふと思う。
確かにこんな話、外でできるわけない。

当然、ママはまだ帰ってきていない。
花丸を自分の部屋へと通し、二人分の飲み物を居間から運ぶ。
お盆に載せたカップが二つ、カタカタと音を立てる。
震えているのは私自身だと、すぐに気付いた。

自分の部屋に入る前に深呼吸。
これ以上、花丸に情けない姿は見せられない。

花丸「それで、さっきの話はどういうこと?ちゃんと、聞かせてほしいずら」

善子「......そうね」

そうして、私は花丸に全てを話した。
呪われたロザリオと、罪を犯した私の話を。

昼と同じことを考える。
私のせいじゃないと庇ってくれるだろうか。
いや、花丸はきっと庇ってくれるだろう。
だって私は、それを期待して花丸に話をしたのだから。

ああ、この私の醜き浅ましさで、目の前の光を汚してしまいはしないだろうか。

74: 2023/01/09(月) 19:18:30.02 ID:byWaT8zK.net
花丸「......俄かには、信じられない話ずら」

黙って私の話を聞き終えた花丸は、たっぷりと間をとり
絞り出すようにそれだけを口にした。

花丸「もし、ロザリオの力が本当だとしても、善子ちゃんが悪いわけじゃないよ。そんなこと、普通は想像できないし、善子ちゃんだって、明確な殺意を持って、そう願ったわけじゃないんでしょ?それに、バイクの人も亡くなったって決まったわけじゃ...」

善子「それはそう...だけど」

花丸「そのロザリオは、どこにあるの?」

黙って自分の机の上を指さす。
黒いハンカチの上に置かれたロザリオは、昨日とかわらず
部屋の明かりを鈍く反射している。

花丸「これが...」

善子「ダメよ!」

ぼんやりと呟きながら手を伸ばそうとする花丸を慌てて制する。
このロザリオはもはや呪いそのものだ。
迂闊に触れさせるわけにはいかなかった。

善子「これは呪いそのものよ。これでもし花丸になにかあったら...!」

花丸「ごめんね。心配してくれて、ありがと」

善子「...私こそ、ごめん。自分から救けを求めたくせにね...」

善子「でも、このロザリオの力は本物なの。私の願いを、意に沿わない方法で、悪意をもって叶える呪い...」

私の忠告を聞いているのかいないのか。
うつろな目でロザリオをぼうっと花丸は見つめている。
何かを思い出そうとするかのように、その白い指を唇にあてる。
やがて、ぽつりと。

花丸「............猿の手」

そう、呟いた。

75: 2023/01/09(月) 19:18:54.09 ID:byWaT8zK.net
善子「...なに?猿の手?」

花丸「善子ちゃんの話を聞いてふと思ったずら。『猿の手』に似てるなって」

善子「似てるって何がよ?ロザリオと猿なんて似ても似つかないわよ」

花丸「そうじゃなくて。『猿の手』は短編小説ずら。聞いたことない?持ち主の願いを三つだけ叶える猿の手の話」

善子「三つだけ?それって、ランプじゃなくて?」

花丸「そう。ランプじゃなくて、猿の手。善子ちゃんがさっき言ってた、意に沿わない方法で、悪意を以って願いを叶える。それがなんだか、『猿の手』のお話と被って聞こえたずら」

善子「...それって、どういう話なの?」

溺れる者は藁だってなんだって掴むらしい。
一度小さな藁を掴んだ私は、また流れてきた藁を掴むことにした。
その藁が、私を岸辺へと引き上げてくれることを祈りながら。
たとえその藁が引き上げてくれずとも、少しでも長く呼吸が続くように。

76: 2023/01/09(月) 19:19:13.30 ID:byWaT8zK.net
花丸「まるも読んだのは結構前だから...そこまではっきり覚えてるわけじゃないけど...」

自信なさげな表情を浮かべながらも
花丸は饒舌に語り始める。

花丸「『猿の手』は、1900年ごろにイギリスの小説家、ウィリアム・ワイマーク・ジェイコブズが発表した怪奇小説ずら」

善子「...あんた、横文字は苦手って言ってなかった?」

花丸「小説は別ずら。ジェイコブズは『猿の手』が有名になりすぎたけど、本来は海を主題にした作品が多いの」

善子「海、ね...」

花丸「『猿の手』が有名になりすぎて、ホラー作家という側面ばかりが強調されるようになってしまったずら。まあ、『猿の手』自体は怪奇小説の古典に位置しているから、世界中にその影響を受けた作品があるの。そのくらい影響があった作品ずら」

花丸「話を戻すずら。『猿の手』は、冷たい風の降る夜、えーと、たしか、ホワイト氏とその息子がチェスをしてるところから物語は始まるの」

77: 2023/01/09(月) 19:19:31.67 ID:byWaT8zK.net
花丸「冷たい雨の降る陰気な夜。ホワイト氏の友人である、あー...そう、モリス曹長が訪ねてくる。ホワイト氏とその家族はモリス曹長が各地で経験した不思議な話を聞いていたずら」

善子「不思議な話?」

花丸「モリス曹長は軍人として世界各地を回っていたんだと思うずら。そこで数々の修羅場を勇猛果敢に潜り抜けた話、戦争や天災、別世界に住む人々。そういった話をしてたんだと思うよ」

花丸「そこでホワイト氏はふと二十年前に聞いた話を思い出したずら。インドでかつて聞いた、猿の手の話を」

花丸は一度、話を止めてこちらを見る。
猿の手について、踏み込んで話してもいいか。
真剣なその目はそう問うているように感じた。

善子「なによ。もったいぶってないで話しなさいよ」

花丸「...モリス曹長は最初、猿の手について話すことを渋ったずら。あれは何でもない、いずれにせよ、耳に入れる話ではありません、と」

花丸「でもホワイト夫人が興味を示したのを見て、話さずには解放されない雰囲気を感じ取ったのか、それともお酒が入っていたからか、ぶっきらぼうにモリス曹長は言う。あれは、魔法の類だと」

78: 2023/01/09(月) 19:19:50.95 ID:byWaT8zK.net
善子「...魔法」

妙に胸がざわついた。
私の身に降りかかったものは、魔法なんて生易しいものじゃない。
それは呪いだ。私を破滅させんとする、邪悪な力だ。

花丸「すると、モリス曹長はポケットから干からびてミイラになった、小さな前脚を取り出す。その前脚をまずはホワイト氏の息子が、次にホワイト氏が手に取り、しっかりと調べてからテーブルに載せた」

花丸「そうしてモリス曹長は話し始める。年行った行者がまじないをかけたのだと。たいそう霊験あらたかな行者だったらしく、宿命によって定められた人の一生に手出ししようものならとんでもない目に遭うことを教えたかったらしいずら。そこで、そのミイラに三人の人間がそれぞれ三つまで願いをかけられるよう、まじないを」

善子「人の一生に手出し...」

いや、それよりも引っかかることは。
花丸の話だと、叶えられる願いは三つだけ。
でも私は、三つ以上の願いを叶えている。
いや、叶えさせられたと言った方が正しいか。
それに、この話のキモはきっと...。

花丸「ホワイト氏の息子は、モリス曹長にあなたはその猿の手を使ったのかと聞いたずら。すると、モリス曹長は血の気の引いた顔で、やりましたよ、とただ一言だけ答える」

79: 2023/01/09(月) 19:20:07.82 ID:byWaT8zK.net
花丸「ホワイト夫人が興味津々といった様子で、三つの願い事は叶ったのかと問う。それにも一言、叶いましたと答える。夫人は、では、他にも願い事をした人はいるのかと続けて問い掛ける」

花丸「ええ。最初の男は三つとも願い事を叶えました。一つ目と二つ目の願い事が何だったのか。今では知るよしもありませんが、三つ目の願いに彼は自分自身の氏を願った。だからこの手が私の元へとまわってきたのです」

鎮痛な表情で花丸が告げる。
きっと、作中のモリス曹長とやらも同じ表情で
同じ声のトーンで語ったのだろう。
花丸がカップに口をつける間、重い空気が部屋を覆う。

花丸「重たい空気を少しでも打開しようと、ホワイト氏はモリス曹長に、三つの願いを叶えた後も何故その手を持っているのかと尋ねるずら」

花丸「わからない、好奇心かもしれません。売ろうと考えたこともありましたが、結局はそんなことはしない方がよいと考えたのです。これには散々悩まされましたから」

花丸「ホワイト氏は続けて尋ねる。もし仮に、もう一度願いが叶うとしたら。君はやってみるつもりはあるかね?」

花丸「モリス曹長は少し思案しながらも答える。どうでしょう、私には何とも言えません。言ったかと思うと猿の手を摘み上げ、それをそのまま暖炉の火の中へと放り込んでしまったずら」

80: 2023/01/09(月) 19:20:28.79 ID:byWaT8zK.net
花丸「ホワイト氏は慌てて火の中から猿の手を拾い上げるも、モリス曹長はそれを非難する。私はそれを捨てたのです。もし、それで何かが起こっても私にはどうしようもない。ここは一つ分別を働かせて、火の中に戻してください」

花丸「それでもホワイト氏は首を振って、その猿の手の使い方を聞く。モリス曹長は半ば諦めたように、右手で高く掲げて、声に出して願うのです。ですが、そのあとどうなっても知りませんよ。そして最後に、どうしても願掛けをしなければならないなら、精々分別を働かせることです。そう、告げたずら」

善子「分別を、働かせるって...」

花丸「夕食のち、モリス曹長が最終列車に間に合うように帰宅した後、ホワイト氏は思案するずら。いったい何を願えばいいのだろう、慎ましくも平穏で幸せな暮らしに、孝行者の息子。欲しいものは何だってもう揃ってるような気がした」

花丸「すると息子が、家のローンの残債を全て払えたら父さんたちも楽になるんじゃないですか?とホワイト氏の肩に手をかける。だから、二百ポンドを願ってみたらどうですか?それでちょうど賄える」

花丸「そうしてホワイト氏は、猿の手を右の手に掲げ、「我に二百ポンド授けたまえ」そう願ったずら」

......なるほど。
私に起こった事とこの話が似ているというのなら。
きっと、この後確かに二百ポンドは齎されるのだろう。
ホワイト一家の意に沿わない方法で、悪意をもって。

81: 2023/01/09(月) 19:20:59.21 ID:byWaT8zK.net
花丸「夜があけて、朝が来ても特に目立った変化はなかったずら。ホワイト夫人は、やっぱりただの与太話や法螺話の類だったと一生に付す。一体どうやったら、たった二百ポンドぽっちで悪いことが起こるんでしょうと」

花丸「ホワイト氏はそれを受けて言う、モリスは自然にそうなるらしいと言っていた。つまり、願い事をすると偶然のようにそれが叶うらしい、と」

花丸「そうして、何事もないかと思われた昼食どきに、夫人は外で奇妙な動きをしている身なりのいい男に気付いたずら。やがて、その男はそのまま家の呼び鈴を鳴らす。男は、息子の勤務する会社の社員だったずら」

花丸「その男は切り出す。お気の毒ですが...」

花丸「夫人は息を呑んで、息子に怪我でもあったのかと尋ねる。その男は、「たいそうな怪我でした。ですがもう、お苦しみではありません」そう、答えたずら」

花丸「苦しんでいない。その意味を理解したホワイト夫妻は凍りつく。ご子息は機械に巻き込まれてしまったのです。やがて、低い声で客は告げる」

花丸「咳払いをし、客は夫妻に滔々と告げる。我が社は、この件に関していかなる責任もないと主張していることをご報告しなければなりません。いかなる賠償責任も認めてはいませんが、ご子息の忠勤を鑑み、幾許かの補償をさせていただきたいと考えております」

花丸「ホワイト氏は、震える声をなんとか絞り出す。それはいくらか、と」

善子「二百ポンド」

思わず、口をついて出てきた言葉。
もう、そうとしか考えられなかった。
確かにこの話は、あまりにも似過ぎている。

花丸「...そう。それが、客の返事だった」

82: 2023/01/09(月) 20:05:24.09 ID:byWaT8zK.net
善子「...なるほどね。確かに私の状況と似ているわ」

そして、それが最初の願いだとするなら。
残る呪いは、あと二つ。

善子「で、残りの二つになにを願ったのよ?」

花丸「...息子を失ってから一週間ほど経ったある夜、夫人の啜り泣く声でホワイト氏は目を覚ましたずら。夫人を慰めているうち、常軌を逸した声で夫人は急に、手があったと叫ぶ」

善子「......あぁ」

おそらく、それは。

花丸「そう、夫人は猿の手を使って、息子を生き返らせようとしたずら。当然ホワイト氏は猛反対する。遺体の損傷はあまりにひどく、ホワイト氏ですら着ていた洋服でようやく判断できる状態だったずら。それからさらに一週間も経っているのだとしたら、今は一体どうなっていると思う?」

花丸「夫人は半狂乱になって叫ぶ。あの子をここに戻して。自分で育てた息子を恐れるなんてことあるわけがない。夫人のあまりの形相に半ば押される形で、ホワイト氏は「息子を生き返らせたまえ」と願う」

83: 2023/01/09(月) 20:05:44.90 ID:byWaT8zK.net
花丸「しかしそれから数十分が経っても、何かが起こることはなかったずら。ホワイト氏はしばらくの間、窓の外から目を離さない夫人を案じつつも、猿の手が効力を発揮しなかったことに言いようのない安堵を感じながら、這うようにベッドへと戻る。それからさらに数分後には、夫人もとうとう諦めたのか、冷え冷えとした心を抱いたままベッドへと横たわる」

花丸「夜のしじまの中、二人とも静かに横になって時計の音に耳を澄ましていたずら。階段が軋り、壁の内側をネズミが走っていく。そのまま眠りにつこうとしたとき、家にノックの音が響く」

花丸「夫人は飛び起きて叫ぶ。息子が帰ってきたんだと。息子はここから数キロ離れた場所にいたことをすっかり忘れていたと。そのまま玄関へと向かう夫人を、ホワイト氏は押さえつける」

花丸「後生だからやつを入れないでくれ。ホワイト氏は懇願するも、夫人は自分の子供を怖がるなんて、と氏を非難する。そうこうしているうちに、再度ノックの音が響く」

花丸「夫人は急に走り出して玄関へと向かう。氏は行かないでくれと哀願するも、夫人は必氏の形相でドアチェーンと閂を外そうとする。が、夫人では閂に手が届かず、閂を抜いてくれと悲痛な叫びが聞こえてくる」

花丸「氏は寝室の床に這いつくばって猿の手を探し回っていた。外にいるあれが中に入ってくる前に、猿の手を見つけなくては。ノックの音はもはや乱打となり、狂ったように家中に響く。夫人がドアまで椅子を引き摺る音がし、閂が音を立てながら引き抜かれようとしたその瞬間、ホワイト氏は猿の手を探り当て、夢中で三番目の、最後の願いをささやいた」

花丸「その途端、ノックの音がぱたりと途絶え、静寂が家の中を支配する。椅子を引き摺ってどかす音がして、ドアが開いた。冷たい風が階段を吹き抜け、絶望し、奈落に突き落とされたかのような夫人の慟哭が尾を引く」

花丸「その声があまりにも居た堪れなく、氏は夫人の側まで行き、そこから更に門まで出た。通りの反対でちらちらと瞬く街灯が、人気のない夜の通りを照らしていたーーー」

花丸「......以上が、W.W.ジェイコブズ『猿の手』の概要ずら」

84: 2023/01/09(月) 20:06:04.95 ID:byWaT8zK.net
善子「ちょっと待ってよ。そのホワイト氏は三つ目の願いに何を願ったのよ」

花丸「それは、本編には記述されていないずら。でも、状況からして、二つ目の願いを否定するような内容だったんじゃないかな。単純に息子を家に入れないでくれと願ったなら、例えば閂が故障して外れないとか、そういう偶然のように願いが叶うはず。でも、綺麗さっぱり姿形も消えるっていうのは、願いを否定したからこそだと思うずら」

ふと、頭の中に一筋の光が差し込んだ気がした。
そうよ。ロザリオの力が絶対であるならば。
ロザリオ自身に願えばいい。
この呪いから解放されるように。

善子「花丸。まだ時間あるでしょ?今から沼津港へ行くわよ」

花丸「き、急にどうしたんずら?」

善子「決まってるでしょ。このロザリオを捨てに行くのよ。最後の願いをしたあとにね」

花丸「それって...」

善子「そう。『猿の手』と同じよ。ロザリオ自身の力で、この呪いを終わらせるの」

花丸「でも、どうして沼津港ずら?」

善子「そのジェイコブズって人は海を題材によく小説を書いてたんでしょ?それにあやかるってわけじゃないけど...ま、何となくよ、何となく。それに海に投げ捨てたら、二度と目にすることもないでしょ」

花丸「......善子ちゃん、ちょっと元気になった?」

善子「...........あんたのおかげよ」

85: 2023/01/09(月) 20:06:22.72 ID:byWaT8zK.net
ロザリオをどうやって沼津港まで持っていこうかと一瞬思案するものの
どのみち手に持っていなくてもロザリオは効力を発揮する。
であればもはや関係ないと、なかば自棄っぱちの心境でロザリオを引っ掴む。

善子「花丸、何も考え事したくないから何かずっと話しててよ」

花丸「無茶ぶりずら...」

花丸と二人連れだってマンションを出る。
ここから沼津港まではバスも出ているものの
なるべく足を動かしていたい、何より余計な考え事をしたくなかったため
歩いて沼津港へ向かうことを選択した。

花丸「そうずらねぇ...善子ちゃんは、『猿の手』を聞いてどう思った?」

善子「どう思ったって、えらく抽象的ね...」

花丸「まぁまぁ、感想みたいなものずら」

善子「......まぁ、よくできたホラーよね。自分の意に沿わない方法で、理不尽に願いが叶う恐怖は、私も痛いほどにわかるから」

花丸「...そうずらね。でも、『猿の手』の本当に怖い所は、支払う代償の重さだと思うずら」

善子「......代償?」

86: 2023/01/09(月) 20:06:48.01 ID:byWaT8zK.net
花丸「あれ。話を聞いていて思わなかったずら?『猿の手』では、願い事のたびに何かの代償を支払っているずら」

善子「代償って......ちょっと待ってよ、二百ポンドの代償は息子の氏でしょ?で、二つ目の願いは...。あー、末ウ残な姿で甦っbト、それによっbト受けた恐怖が荘繽桙チてこと?試Oつ目の願いに滑ヨしてはノーリャXクで叶ってるbカゃない」

花丸「善子ちゃんは読解力が足りないずら。ホワイト氏が三つ目の願い事の対価として支払った代償は、今までの平穏な生活、そこに確かにあった幸福ずら」

善子「......どういうことよ」

花丸「三つの願いをすべて叶えたホワイト夫妻の今後を考えてみて欲しいずら。どんな姿でも、禁忌に触れてでも息子を甦らせようとした夫人の願いを、ホワイト氏は無下にしたんずら。きっと、今まで通りの幸せな夫婦生活は送れないよ。夫人はきっと夫を恨むだろうし、氏はそれをずっと悔い続けるんだと思う。そも、忠告を無視して猿の手を使ったこと自体を。状況からして、ホワイト氏が二つ目の願いを取り消すために猿の手を使ったことは明らかだったろうし」

善子「考えすぎじゃないの?」

花丸「そんなことないずら。それに、ホワイト氏は二百ポンドを願う前にこう言ってるずら。慎ましくも平穏で幸せな暮らしに、孝行者の息子。欲しいものは何だってもう揃ってるような気がしたって。でも、猿の手を使い終わった後も生活は続く。息子を失い、平穏な暮らしからは幸せだけが抜け落ちる。氏が支払った代償は、今後の人生におけるささやかな幸福、その全てだったずら」

背筋を嫌なものが走り抜けた。
花丸の言説を聞いて初めて理解する。
猿の手が齎す、底抜けの悪意を。

花丸「でも、話を聞く限り、善子ちゃんは特に何か代償を払ったわけじゃないんでしょ?」

善子「......えぇ、そうね」

いや。
私の心に巣食う罪悪感は、おそらく今後も消えることはないだろう。
その十字架は、一生背負っていかなければならないものだ。
それが代償だと言うのなら。
私はそれを、既に対価として支払っている。

87: 2023/01/09(月) 20:07:08.67 ID:byWaT8zK.net
いつもは平日であっても観光客でごった返す沼津港も、
日没に差し掛かろうというこの時間帯では流石に人の数もまばらだ。
みなと新鮮館を通り過ぎ、みなと屋台村を通り過ぎてもなお
花丸は馬鹿正直にずっと私に話し掛け続けてくれた。

花丸「そろそろ行き止まりずらね。どこから投げ捨てるつもりずら?」

善子「そうね...あー、ほら、そこの堤防から投げようかしら」

階段を上り、堤防から我入道の方面を見渡す。
時刻はちょうど黄昏時。目の前には美しいトワイライトのグラデーションが広がっている。

花丸「で、どういう風にロザリオに願い事をするつもりずら?」

花丸に『猿の手』の話を聞いてから、ずっと考えていた。
ロザリオの力で今までに起こした災厄を無かったことにすることも、もしかしたらできるかもしれない。
しかし、その方法を自身でコントロールすることはできない。
存在自体を無かったことにして解決する、そういったより性質の悪い結果になってしまう可能性もゼロじゃない。
実際、『猿の手』では三つ目の願いで、生き返った息子の存在は跡形もなく消えてしまった。

それに、もし効力が発揮されなかったら。
そのときはもうロザリオは海の底だ。回収は望めないし
当然、二度目のチャンスなんて訪れない。

88: 2023/01/09(月) 20:07:29.17 ID:byWaT8zK.net
そう。
どのみちロザリオは手放してしまうのだ。
それに、このロザリオはもはや存在に意味などないだろう。
手に持っていなくても、離れた場所にあっても効力を発揮するのだ。
たとえ粉々に砕いてみたところで、変わらず呪いは残ったままだろう。
何故か不気味な確信がある。
もはやこの呪いは、私自身に染み付いた呪いなのだ。
だからーーー。

善子「えぇ、決めたわ」

ポケットからロザリオを取り出し、右手で大きく掲げる。
大きく、深呼吸。もう、大丈夫。

善子「ーーーこのロザリオの力を無くして!私を、この呪いから解放して!!」

叫んだ勢いのまま、無我夢中でロザリオを放り投げる。
大きく放物線を描いたロザリオは、着水する間際、確かに鈍い光を放った。

花丸「もう、大丈夫そうずらね」

善子「......えぇ、あんたのおかげよ。『猿の手』の話を聞かなきゃ、解決策だって浮かばなったかも」

善子「だから、ありがと、花丸」

花丸「善子ちゃん......」

善子「ほら、帰るわよ」

花丸「あ、さっき善子ちゃんがロザリオを投げた場所だけど、あのあたりは実際にはまだ狩野川ずら」

善子「うっさい!ほとんど海みたいなもんでしょ!」

90: 2023/01/09(月) 21:23:53.42 ID:byWaT8zK.net
翌日。
私は朝から新聞を読み、それだけでなくネットニュースまで隈なく調べた。
曜が、私のあまりの必氏さ具合に声を掛けることすら憚られるほどに。

曜「ね、ねぇ善子ちゃん?朝からそんなにニュースばっか見てどうしたの?」

善子「事故のニュースを探してんのよ。曜は知らない?昨日駅前であった、足場落下事故」

曜「あー!ニュースで見たよ!昨日は善子ちゃん、珍しく練習休んで家に帰ってたから、すっごく心配だったんだよ?事故にあったのも、沼津在住の女子高生だって報道されてたし!」

そう。
そのニュースは私も、昨日花丸と別れた後にテレビで見た。
報道によれば、氏者はゼロ。怪我人もあの白いセーラー服の女の子一人だけ。
手と足の骨を折る重傷だったらしいが、命に別状はないらしく、安堵したことを覚えている。
私が怪我をさせたことに変わりはないはずなのに。

私が探しているのは、バイク事故の顛末だ。
地方紙と、地方ネット媒体を探しても、事故の発生状況などは掲載されているが
バイクに乗っていた会社員の男性が意識不明の重傷、乗用車に乗っていた女性が顔等を切る軽傷。
沼津市内の病院に搬送されたそうだが、それ以上の情報は載っていない。

もし、彼が氏んでしまったとしたら。
それこそ、私は代償として、一生罪の十字架を背負うことになるだろう。

91: 2023/01/09(月) 21:24:52.48 ID:byWaT8zK.net
学校に着いた私は、曜との挨拶もそこそこに職員室へと急いで向かう。
理由はもちろん、ただ一つ。

善子「あの、一年A組の津島です。ちょっと聞きたいことがあって...」

職員室のドアを開けると、すぐに担任の顔が目についた。
昨日、病院に搬送されたという古典の担当教諭。
その容体が気になったのだ。バイク事故と同じく、もしも重篤な病気だとしたら...。

「あぁ、それなら大丈夫だそうよ。ただの疲労だろうって。念のため、一週間は安静にされるそうよ」

善子「そう、ですか...」

段々と心の荷が軽くなっていくのを感じる。
これは、ロザリオの呪いが私から消えた証左なのかもしれない。
能天気にそう考えたくなるほど、全ての状況が私にとって都合よく進んでいく。
きっと、私の最後の願いは間違ってなかったんだ。

授業中、ずっと頭の中で花丸の言ったことを反芻していた。
『猿の手』の真に恐ろしいのは、支払う代償の重さであると。
私が支払うべき代償は、犯した罪の十字架を背負うこと。
ロザリオの呪いで十字架を背負うなど、なんとも皮肉な話だ。

92: 2023/01/09(月) 21:25:12.09 ID:byWaT8zK.net
授業が終わり、ぼうっとした頭で考える。
ダイヤやマリーなら、沼津市内の病院にも顔が効くだろうか。
いや、それでも、いきなりバイク事故の被害者の容体を聞くのは不自然過ぎる。
でも、ロザリオを捨ててから全てが順調に進んでいることは間違いない。
きっと大丈夫。そう思うのは楽観的に過ぎるだろうか。

気付くと、部室の前まで歩を進めていた。
何やら、部室が騒がしい。

善子「ちょっと...外まで響いてるわよ」

果南「あ、善子ちゃん。善子ちゃんからも言ってやってよ。バカ千歌がぼったくり詐欺にあったのにずっと意地張ってるんだよ」

善子「はあ?ぼったくり?なによ、質の悪い蜜柑でも摑まされたの?」

千歌「ちーがーうーよー!!善子ちゃんならわかってくれる筈だよぉ!ほら、見てよこれ!」

善子「.........っ!!!!」

ああ、神様ーーー。
目の前へと突き出されたそれは。

晦冥の如き十字架の中心に深紅のオーブ。
漆黒に染まったチェーンとメダイ。
紛うことなく、昨日私が海へ投げ捨てた、呪いのロザリオだった。

93: 2023/01/09(月) 21:26:17.34 ID:byWaT8zK.net
善子「千歌、これ、どこで...」

自分が発した筈の声がどこか遠く聞こえる。
これは、何だ。

千歌「なんかねー、セブンイレブンの前で露店やってる、変な関西弁の人から買ったんだよ」

果南「それ、いくらしたと思う?五千円だよ、五千円。ぼったくりでしょ」

千歌「私がスクールアイドルだからって、千円おまけしてくれたんだよ!?」

果南「それでも高いって言ってるの!そんな怪しげな...」

千歌「あーやーしーくーなーいー。だってねーこれはねー、ただのアクセサリーじゃないんだよ!これは!」

善子「願いを叶える、ロザリオ...」

千歌「そう!なんだー、善子ちゃんも知ってるんじゃん!ほら、有名なやつなんだよ」

果南「いや、善子ちゃんが知ってるってなったら余計に胡散臭さが増したような...」

千歌「酷くない!?ほら、善子ちゃんも言ってやってよ!それにこれはねぇー、あの伝説的スクールアイドル、μ'sのスピリチュアル系アイドル東條希が太鼓判を押すほどのイチオシ商品なんだよ!!」

果南「それが一番怪しいって。絶対パチモンじゃん」

千歌「かーっ!わかってないなー」

私は今、何を見せられている?
くるくる、くるくると。目の前で、青と橙のハリボテが回る。
なんて出来の悪い喜劇だろうか。
猛獣が暴れて演者を喰い、空中ブランコは失敗して氏人を出す。
極めつけには火の輪くぐりに失敗してテントが燃える。
そんなサーカスを見た後でも、これより酷い気分にはなるまい。
どうしようもなく、意識を手放したくなった。

95: 2023/01/09(月) 21:27:44.53 ID:byWaT8zK.net
果南「ほら!今すぐ返品しにいくよ!そんなのに五千円も使って!!」

千歌「やだー!!これは希さんのマル秘アイテムなんだよ!?あの、μ'sのアイテムなんだよ!?」

果南「それが怪しいって言ってんの!こら!千歌!」

千歌「んぎぃ~~~~~!!!」

果南「千歌っ!!机に齧り付かないで!!机ごと担いで行くよ!?」

くるくる、くるくると、舞台は続く。
その舞台上に、私は立てない。
私は既に、ロザリオの所有権を放棄してしまったのだから。

この後に及んでもまだ、私はロザリオを理解できていなかった。
あんなにもヒントはあったというのに。結局、只の藁では何の助けにもなりはしないのだ。
ああ、そうだ。自分自身で核心を突いていたではないか。
このロザリオは、確かに願いを叶える。但し、私の意に沿わぬ方法で、底無しの悪意をもって。

またしても、私の願いは叶えられた。

96: 2023/01/09(月) 21:28:04.08 ID:byWaT8zK.net
やがてぞろぞろと、Aqoursのメンバーが部室へと入ってくる。
殆どのメンバーは果南と千歌のやり取りを呆れたような、それでいて暖かな眼差しで見守る。
ただ、花丸だけは。
千歌の手に握りしめられたロザリオを見た瞬間、小さく悲鳴をあげてこちらを見る。

明らかに恐怖に彩られた、今にも泣き出しそうな目だ。
私はそれに、泣き笑いのような表情で応える。
もう、私にはどうしようもないーーー。

花丸が言ってたっけ。
『猿の手』で何よりも怖いのは、ホワイト氏の支払った代償の重さだと。
何故私は、既に代償を支払ったつもりでいたのだろう。
罪悪感?罪の十字架?全くもって甘過ぎる。
私は自分が楽になりたいあまり、深く物事を考えずに愚行を犯してしまった。
確かに、私からはロザリオの力はもう失われただろう。
ただ、その代わりに、今度は千歌にその力が移ってしまった。
千歌にも私と同じ悪夢が降りかかる事は想像に難くない。
そのときに千歌は、最後の願いに何を願うだろうか。
もし、もしも、『猿の手』で最初にそれを使った男のように自身の氏を願ったとしたら。
そして、この呪いがこれからも広がっていくのだとしたらーーー。

97: 2023/01/09(月) 21:31:18.68 ID:byWaT8zK.net
ホワイト氏が猿の手を使ってしまったが為に支払った代償は、今までの幸福と、これからの幸福、その全て。






ああーーー。
私も支払わなければならないのだ。
あまりにも重過ぎる、その代償を。

98: 2023/01/09(月) 21:50:56.45 ID:1MgrNuaw.net
嘆きのロザリオ

99: 2023/01/09(月) 21:55:45.78 ID:KeIstBoQ.net
>>98
グラヴィオン懐かしいな

100: 2023/01/09(月) 21:55:47.67 ID:byWaT8zK.net
終わりです。
前回が日本文学モチーフで書いたので
今回は海外もので書いてみました
ありがとうございました

103: 2023/01/09(月) 22:03:30.40 ID:uhCVHRWp.net
沼津の地理ネタとか小ネタもたくさんあって解像度高かった

引用元: 善子「願いを叶えるロザリオぉ?」???「効果はお墨付きやよ」