168: 2018/04/23(月) 23:36:24.56 ID:3mD1NE2Ao

「ふわあぁ……あ」


 大きなあくびが出た。
 いや、あたしだって、ちょっとは我慢しようとしたんだぞ。
 だけどさ、あんまり寝てないんだよ。
 寝なかったら眠い、そんなの当たり前だろ。


「深夜アニメ?」


 向かいの席に座る加蓮が呆れた様子で聞いてくる。
 その通りなんだけど、こういう時に素直に認めるのってどうにも癪なんだよなぁ。
 いままでの経験からして、ぜーったいからかってくるし!
 ……でもまあ、隠してもすぐバレるから、言うけど。


「新番組が、ホント面白いんだよ」


 春に始まった、新番組。
 内容については……あー、これは言っても聞かなそうな感じだ。
 なんだよなんだよ、本当に面白いんだからな!?
 おかげで、寝不足になっちゃうくらい!


「ふーん。何時にやってるの?」


 あんまりにもあたしが眠そうだからか、凛が放送時間を聞いてくる。
 言っても大丈夫か、これ。
 あたし的には、ギリギリセーフな放送時間だと思うんだけどなぁ。
 ……いや、そう何度もからかわれてたまるか!


「……教えない」


 言ったら、からかわれるを通り越して、心配されるかもしれないし。
 だけどさ、お前ら、その視線ほんとやめろって!
 あたしだって、本当だったら早く寝たいんだよ! 眠いし!
 でも、面白いんだからしょうがないだろ!?


「なっ、なんだよ?」


 視線に対して、抗議の意味も込めて二人に問いただす。
 だけど、二人はあたしの質問に答えずに、携帯をいじりだした。
 って、お前ら、それメチャクチャ感じ悪いぞ!?
 ……いや、これは……何か企んでるな!?


「おい、携帯で……何、調べてるんだ?」


 あたしの質問に対する答えは、返ってこなかった。
 二人は、携帯とあたしの顔を交互に見て、ニヤニヤと笑い始めた。
 くっそ、何でだ!? 何で笑ってるんだ、お前ら!?


「この時間なら、見終わってから寝ても結構寝られない?」
「疲れてるんだと思うよ。でなきゃ、あんな大きなあくび出ない」


 ……あああもー、うるさいな!
 この季節は寝るのが気持ちいいから、いっぱい寝たくなるんだよ!


 二人の携帯画面には、アニメの公式サイトの画像が映っていた。
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(12) アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場 (電撃コミックスEX)
169: 2018/04/23(月) 23:59:27.84 ID:3mD1NE2Ao
  ・  ・  ・

「ン~ンン~っ♪」


 先週の放送は、ちょっとした溜め回だったからなぁ。
 それが、今日の回で爆発すると思うと……くううっ! 楽しみすぎる!


 休憩スペースで、一人ジュースを飲みながら、期待に胸を躍らせる。
 その期待はあたしの口から飛び出て、うろ覚えの主題歌のメロディーを紡ぎ出す。
 わかる歌詞はそのままに、ハッキリとしない箇所は、ラ、とか、ア、とかだけど。
 調子が出てきた、もうすぐサビの部分!


「ラ~♪」


 先週は、二人にも見るように勧めて見たんだけど、あえなく断られた。
 あんなに面白いアニメを見ないなんて、人生損してるぞ!
 あー! あたしも、あんな大きな運命の大きな渦に巻き込まれたい!
 っと、サビサビぃ!


「あ――」


 と、サビの一文字目を口に出した所で、視線に気付いた。
 自販機の所で、ボタンに手をかけながら、ジッとこちらを見つめる視線に。
 大柄なその人は、無表情に、大声で歌っているあたしを見下ろしていた。
 距離は離れてるけど、大声で歌ってたから、絶対に聞かれてたろ、これ!?


「――いっ、いつから!? いつから聞いてた!?」


 慌てて、問いただす。
 ぐ……ぐああ! 頼む! せめて、すぐ来たばっかりって言ってくれ!
 ノリノリで、オリジナルの振り付けとかしてたぞ、あたし!
 うあああ、見られてたら、氏ねる!



「……最初から、ですね」



 右手を首筋にやりながら、申し訳なさそうに言われた。
 そんな顔するなら、ずっと見てるなよなあああ!?
 いや、皆が使う場所で大声で歌ってたあたしが悪いんだけど!
 それにしたって……ほら! 武士の情けって、あるだろ!?


「あの、続きは……歌わないのでしょうか?」


 もうやめてくれえええ!
 あたしをからかってくるのなんて、あの二人で十分足りてるから!
 あんたって、そういうタイプじゃないだろ!?
 もしかして、あたしがからかわれて喜んでるとでも思ってるのか!?


「だっ、誰が歌うかって!」


 顔が熱く、赤くなってるのがわかる。
 この、やり場のない感情は――


「……サビが素晴らしい主題歌なので、残念です」


 ――悲しげなその声が混ざり、より一層、グチャグチャになった。

171: 2018/04/24(火) 00:27:12.20 ID:59nw3/0Ko

「えーっと……あー……あぁ、おー!?」


 この人、この曲の事知ってる……んだよな?
 って言うか、主題歌、って言った! 主題歌、って!
 つまりさ、あたしが歌ってたのが、アニメの主題歌だってわかってたって事だよな!?
 だから、その……うわああ、頭がこんがらがってきた!


「っ!? か、神谷さん!?」


 シンデレラプロジェクトの、プロデューサーさんの慌てた声。
 頭を抱えて叫びをあげるあたしを見て、ちょっとオロオロしてるのか、あれ。
 そして、どうしようもないと思ったのか、自販機のボタンを押した。


 ガコンッ!


 と、缶が取り出し口に落ち、大きな音が立つ。
 普段はあんまり気にしてないけど、割と大きい音がするんだな。


「すみません。私はもう行きますので……どうぞ、続きを」


 コーヒーの缶を手に持ち、そそくさと立ち去ろうとする、その背中。
 まるで、あたしが追い払ったみたいな形になっちゃって……るよな。
 なんだか、それって凄く感じが悪い。
 それに、なんだろう……何だか、変な違和感を感じるんだよ。


「ちょっと待って!」


 上手く、言葉に出来ないんだけどさ。
 だけど、この違和感を放置してたら、ずっと気になると思うんだ。
 それこそ、今晩の放送を素直に楽しめない位に。
 そんなの、あたしは絶対イヤだ!


「? はい、どうか……しましたか?」


 あっはっは!


 呼び止めたは良いけど、そのあとの事は考えてなかったあああ!


 どっど、どうしよう!?
 あたし、あんまりこの人と話したことないし……特に接点も無い!
 えーっと、歌ってるのを聞かれて、サビが素晴らしい主題歌って言ってたから……!
 っ! そうだ!


「サビの部分は、アニメーションも最高だよな!」


 って、何を言ってるんだあたしはあああ!?
 思わず笑顔で、親指まで立てて、言った台詞がこれ!?
 ちょっと今の無し! もう一回、言うことを考える時間をくれ! ください!


 そんな、大失敗とも思える発言に対して、返ってきたのは、


「――はい。有名な作画監督の方なので、当然の結果です」


 と、思ってもみない結果だった。

172: 2018/04/24(火) 00:59:38.43 ID:59nw3/0Ko
  ・  ・  ・

「……」


 深夜、テレビの画面を見つめながら、考える。
 垂れ流されるコマーシャルには、時折、ウチのアイドルが出ているものもある。
 廊下ですれ違ったりする人をテレビの画面で見ると、
あたしもアイドルになったんだな、って再度実感させられる。


「……って、そうじゃなくて」


 昼間、あの人とちょっとの時間だけど話をした。
 あの人が言うには――


 ――担当をしている方に、声のお仕事に興味を持たれている方が居るので。


 ……って、理由で、もうすぐ始まる番組を見ているらしい。
 だけどさ、それにしては、おかしい所がいくつもあるんだ。
 レッスンをしてる時や、色々やる事がある時は考える暇なんて無かったけどさ。
 この、好きなアニメが始まる前の、不思議と時間の流れがゆっくり感じる、今。


「あの人が、最初からずっと聞いてたのは――」


 色んな違和感の正体を明らかにする、絶好のタイミング。


 多分だけど……あの場からすぐに立ち去らなかったのって、あたしのせいだ。
 あたしが気持ち良く歌ってて、大きな音を出して邪魔しないように、待ってくれてたんだと思う。
 そうじゃなかったら、気にせずに買う物を買って、すぐに行くだろうし。


 それで……これは、もっと多分なんだけど、多分な? 多分!
 あたしが歌ってるのを聞いて、良いな、と思ってくれてた……んじゃないかな。
 なんか、自惚れてるみたいで、凄く恥ずかしいけど……だ、だから多分!


「それに……普通、作画監督とか気にするか?」


 あんなに自信満々に言うってことは、前から知ってたって事だろ?
 気になって調べてみたら、本当に有名な作品に関わってる人だったし。
 でも、だからって……気にするとは思えないんだよ。


 んで、知ってる理由を聞いた時の、あの‘間’!
 なんか、明らかに考えてから言いました、って感じだったぞ、あれ!
 確かに本当なのかも知れないけど、わざわざ深夜アニメを見るか!?


「まさかなぁ……」


 自分で出した答えなんだけど、あんまり自信がない。
 こういう時は、直接本人に聞くのが、一番手っ取り早いんだけど……。
 あーもー! また、わけわかんなくなってきた!


「くうう……!」


 あの人は、自分についてあまり語らないらしい。
 だけど、あたしは、チャンスを逃したくない。


「……もう、始まるな」


 だって、せっかくなんだから、語りたいだろ!?

173: 2018/04/24(火) 01:35:31.11 ID:59nw3/0Ko
  ・  ・  ・

「おはよう、ございます」


 休憩スペースで、今日は歌わずに座っていたら、来た。
 この人、いつもこの時間に休憩してるのかな。
 一か八かと思って、昨日と同じ時間を狙って待ち伏せして、正解だったな。


「おはようございます」


 座ったまま、姿勢を正して挨拶を返す。
 そして、そのまま、罠を仕掛ける。


「昨日の回は、ちょっと期待外れだったなー」


 大嘘だ。
 いやもう、昨日の回は超……超面白かった!
 前話で溜めた甲斐があったよなぁ、ホント!
 放送が終わった後、すぐにでも誰かと語りたい位だった!


「期待外れ、ですか?」


 あたしの言葉を聞いて、自販機のボタンにかかった指が一瞬止まった。
 すぐに、ガコンッ、と大きな音が休憩スペースに響いた。
 カチャリと、自販機から缶コーヒーを取り出し、
プロデューサーさんは、少し早足でこちらに近づいて来て、


「よろしければ、理由をお聞かせ願えますか」


 あたしの隣に座り、


「昨夜の放送が、神谷さんの期待に沿わなかった、その理由を」


 言った。


「私には……とても、満足のいく内容だったので」


 座りながら、缶コーヒーを手の中で弄んでいる、プロデューサーさん。
 そんな様子を見ながら、


 ――釣れたあああああっしゃああああああ!!


 と、心の中で、叫んだ。



「うん! 実は、あたしもそう思った!」



 満面の笑みを浮かべるあたしを見て、プロデューサーさんは手の動きを止めた。
 人生っていうのは、どんな経験が、どんな場面で役に立つかわからないな!
 普段、あいつらにからかわれてるのが、こんな風に役に立つなんて!


「……良い、笑顔ですね」


 パキャリと、缶コーヒーの蓋が開く音がした。

174: 2018/04/24(火) 02:11:20.08 ID:59nw3/0Ko
  ・  ・  ・

「ふわあぁ……あ」


 大きなあくびが出た。
 ここ数日は、いつもこんな感じなので、もう隠さない。
 だってさ、しょうがないだろ。
 メチャクチャ面白いアニメのDVD、シリーズで借りちゃったんだから。


「またアニメ?」


 向かいの席に座る加蓮が、あまり興味なさげに聞いてくる。
 あのなぁ、あたしだって深夜アニメばっかり見てるわけじゃないんだぞ。
 そりゃ、アニメを見て寝不足になってるのは、事実だけどさ。
 ……でもまあ、隠すようなことでも、ないか? ないよな?


「昔のやつだけど、ホント面白いんだよ」


 あたしが生まれる前にやってた、古い作品。
 内容については……お? なんだよ、ちょっと興味を持ってる感じだ。
 なんだよなんだよ、気になるならしょうがないな!
 おかげで、寝不足になっちゃうくらい面白いぞ!


「ふーん。何で昔のを見ようと思ったの?」


 あんまりにもあたしが眠そうだからか、凛がそれを見るに至った理由を聞いてくる。
 言っても大丈夫――


 ――じゃないだろ!


 まずいまずいまずい! あっと、えっと……!


「……教えない」


 言ったら、からかわれる所の騒ぎじゃなくなっちゃう!
 いや、お前ら、その視線ほんとやめろって!
 あたしだって、隠したいことの一つや二つはあるんだぞ!?
 それに、この隠し事は、あたしだけの話じゃないし!


「なっ、なんだよ?」


 視線に対して、あたしは負けじと視線を返す。
 ……おい、なんだよ凛、どうしてあたしの隣に移動してきたんだよ。
 やめろよ、四人がけの片側に三人で座るなんて、狭いだろ!?
 なあ、加蓮もそう思うだろ? なあ、ちょっと?


「おい、携帯いじってないで……って」


 待て待て待て待て!


「あたしの携帯じゃねーか!」


 慌てて加蓮の手から携帯を奪い返し、奪われないよう、胸に両手で抱え込む。
 ……だけどさ、ロックがかかってるんだから、そんな必要なかった、失敗したー!
 だ、だけど! 今回ばかりは、絶対にお前ら思い通りにはさせないからな!!


 あたしは何も語る気はないぞ!



おわり

175: 2018/04/24(火) 08:36:40.09 ID:qePqdGXSO
多分ダリフラ

176: 2018/04/24(火) 08:42:13.72 ID:ZvHp7EEFO

道端で気持ちよく歌ってるとこを知り合いに見られたら氏にたくなるよねそりゃ

177: 2018/04/24(火) 09:00:19.29 ID:jmqUcfw4O
純真無垢に見えるけど好きなアニメはスクライド

引用元: 武内P「あだ名を考えてきました」