247: 2018/09/11(火) 21:30:11 ID:JZB8ooKk

 プロデューサーは、ゆっくり歩く。
 この人、身長が高いのもあって、歩幅もかなり広い。
 きっと、かなり意識してると思う。
 そうでなきゃ、こうやって並んで歩くのは、難しいんじゃないかな。


「……」


 反対に、私は少しだけ早足で歩く。
 歩くのが遅いとは思わないけど……でも、早足で。
 今日のステージ衣装のブーツが、カツカツと音を立てる。
 傍から見れば、颯爽と歩いてるように見えるのかな。


「――ねえ、プロデューサー」


 真横を歩くプロデューサーの顔を見上げながら、声をかけた。
 話しかけられると思ってなかったのか、少しだけ眉が上がったのが見えた。
 初めの頃は、無表情で、何を考えてるかわからなかった。
 でも、最近は、そういう些細な変化にも気づけるようになった……かな。


「はい」


 プロデューサーの、落ち着いた低い声。
 声は届くけど……私達の距離は、とても遠い。
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(1) (電撃コミックスEX)
248: 2018/09/11(火) 21:42:27 ID:JZB8ooKk

「今日のLIVE、成功すると思う?」


 いつもだったら、こんな質問はしない。
 ステージに上がったら、全力で、自分の出来る最高のパフォーマンスをするだけ。
 成功するか、失敗するかなんて、気にしてなんかられない。
 なのに、今日、この場所でだけは……それを気にせずにはいられない。


「……」


 私の質問が意外だったのか、プロデューサーは足を止めた。
 早足で歩いてたから、合わせて止まるのが遅れて、少し前に出た。
 ブーツの踵を軸にして、ステップを踏むように、振り返る。
 そうすれば、ほら、あんまり深刻そうには見えないでしょ?



「……前回同様、成功すると……そう、確信しています」



 確信。
 ふーん……思ったり、考えたりしてるんじゃなく……確信、ね。
 そんなにハッキリ言われると、逆に緊張するとは思わないの?


 だって、此処は――私達ニュージェネが、初めて三人で立ったステージなのに。

249: 2018/09/11(火) 21:56:57 ID:JZB8ooKk

「……ふーん」


 私達が、前にこのステージでLIVEをした時。
 あの時の事は、正直……良い思い出とは言えない。


 最初に立ったステージが、美嘉のバックダンサーだった。
 その時は、アイドルって最高だ、って思ったんだよね。
 最後まで何度も振り付けを確認して……そうそう、掛け声も、あの時から。
 うん……客席を埋め尽くすお客さんは、本当に喜んでくれてたと思う。


 でも……あれは――美嘉のステージだった。
 それを勘違いしていた私達は、自分達のステージで、失敗をした。


 プロデューサーは、お客さんを笑顔に出来たから成功だと言った。
 そういう意味では、確かに成功したのかも知れない。
 だけど……私達は、ちゃんと笑顔が出来ていなかった。


 だから――


「前回同様で良いの?」


 ――プロデューサーに、問いかけた。

250: 2018/09/11(火) 22:12:15 ID:JZB8ooKk

「っ……いえ……」


 プロデューサーは、少し言葉に詰まった。
 それはきっと、私の言っている意味をちゃんとわかってくれたから。
 動揺する姿が、年上の男の人なのに、ちょっと可愛く見える。
 どうなの、と、自分でも意地悪な顔をしてるなって自覚しながら、答えを促す。


「……」


 右手を首筋にやって、困った顔をしてる。
 何て言おうか、考えてるのかな。


 ほら、どうするの?


 アンタ、私のプロデューサーでしょ。


「……前回以上の、素晴らしいLIVEになるでしょう」


 真っ直ぐにこちらを見ながら、プロデューサーは言った。
 それに私は、うん、と言いながら、笑顔で返した。
 どう? ちゃんと笑顔、出来てるでしょ。

251: 2018/09/11(火) 22:27:15 ID:JZB8ooKk

「……ふふっ」


 また、踵を軸に振り返り、前を向いた。
 ほんの少しだけ足を止めて、プロデューサーが歩き出すのを待つ。
 横目で確認しながら……うん、オッケー。


「……」


 プロデューサーと、初めて会った時。
 男の子が、玩具の部品を無くして、それで、泣いてて。
 勘違いをした警察の人に問い詰められて、それから……。


「……」


 本当に、何がきっかけになるかわからないよね。
 だって、そうでしょ?
 探しても見つからない小さな物がきっかけで、
プロデューサーは、私を見つけたんだから。


「……」


 アイドルじゃない――輝く星じゃなかった、私を。

252: 2018/09/11(火) 22:41:06 ID:JZB8ooKk

「……」


 考えてみれば、さ。
 もしかしたら、あの時が一番、私達の距離は近かったんじゃないかな。
 プロデューサーも、私のこと「君」なんて言ったりしてて。
 ……普通の女子高生を相手にするには、丁寧な口調すぎたけど。


「……」


 それから、何度も何度もスカウトに来て。
 知ってる? プロデューサー、私の学校では未だに不審者扱いされてるんだよ?
 ……まあ、さすがに可哀想だから、言わないけど。


「……」


 ……それから、卯月に出会って……キラキラした笑顔を見て。
 私は、アイドルへの一歩を踏み出した。


 だけど、その一歩は……思ってた以上の距離だった。


 アイドルと、プロデューサー。
 輝く星と、それを見守る人との距離くらい、私達は遠くなった。

253: 2018/09/11(火) 23:00:03 ID:JZB8ooKk

「……」


 気付かれないように、ほんの少しだけ、歩調を遅めた。
 そして、プロデューサーの、大きな右手を見つめる。
 この手が、私達を導いて、アイドルの階段を登らせてくれてるんだよね。
 ……なんて言ったら、自分自身の力です、って言うだろうけど。


「……」


 でも……それでも、プロデューサーが、私のプロデューサーで良かった。
 面と向かっては、言わないけどね。
 言ったとしても、右手を首筋にやるだけだろうし。
 照れくさいとか、そんなんじゃないから。


「……」


 この手に、私の手を重ねるのは――絶対に、駄目。
 星を掴もうと、手を伸ばすのは……大丈夫、問題ない。
 でも、星が手を伸ばすのはルール違反だし、
きっと、この大きな手は伸ばされた手を取ることは、無いだろうから。


 ……って、何考えてるんだろ。
 やっぱり、少し緊張してるのかな。

254: 2018/09/11(火) 23:14:44 ID:JZB8ooKk

「……よし」


 集中、集中。
 今は、余計な事は考えない。
 これから始まるLIVEに、ありったけを……全てを。
 最高の笑顔で、瞬く星空のような、光り輝くステージを。


 そう……目が、離せないくらい!


「プロデューサー、ちゃんと見ててよね」


 振り返らず、前を向いて。
 行くよ、蒼い風が――


「目を離したら、承知しないから」


 ――駆け抜けるように。



おわり