1:◆nPOJIMlY7U 2012/07/16(月) 23:16:59.69 ID:3Kis9j990
・初SSです。

・学園都市のレベル5、トップ3が主役です。
その中でもメインは垣根と美琴。

・時系列? なにそれ美味しいの?
完全なパラレルワールドだと考えてください。

・上条さんはびっくりするくらい空気。
登場するけど本筋には一切絡まない。

・キャラ崩壊・キャラブレあり。

・脳内補完・スルースキルのない方はバック推奨。

・ストーリーが無理やりかも。

初めてなので文章の拙さ、設定の矛盾などあると思いますが読んでいただけると嬉しいです。



とある魔術の禁書目録 5巻 (デジタル版ガンガンコミックス)


2: 2012/07/16(月) 23:17:52.50 ID:3Kis9j990
序章 ハジマリ Encounter.

「超電磁砲(レールガン)の観察、ねえ…」

質素なソファに腰掛けている茶髪に整った顔立ち、ホスト風の服装をした少年―――垣根帝督は気だるそうにつぶやいた。
ここは学園都市の暗部組織のひとつである『スクール』のとあるアジトだ。
第三学区にあるとある高層ビルの一二階。かなりグレードの高い人が利用するホテルで、プール等の屋内用レジャーなら一通り揃っている。
今『スクール』がいるのは、年間契約で借り切っているその中でも特に高価な一室だ。
部屋は非常に広く、三LDKは軽く超えている。

豪華な装飾のなされた机の上にはなにかの書類が積まれている。
そのどれもが一枚でも一般人が目を通せば、それだけで「処分」の対象となる重要なものだ。
データではなく紙というアナログなものを媒体としているのは、クラッキング対策のためだ。
この学園都市には様々な能力者がいて、中にはクラッキングにも使える能力も存在する。そこであえてアナログを用いることで、データの流出を防いでいるのだ。
重要なデータは全て紙に記され、『スクール』のリーダーである垣根へ届けられる。そして垣根がそれを記憶し終えると、ただちに焼却処分されるのだ。
無論膨大なデータの数々を短時間で全て暗記するなど到底できたものではない。しかし学園都市第二位の頭脳はそれを可能にする。
こうすることでデータ流出の可能性を潰し、かつ重要なデータは垣根だけが知ることで他の構成員が拷問・精神感応(テレパス)にかけられても漏れることもなくなくなるという仕組みだ。
ちなみにこのシステムは『スクール』独自のものだ。

3: 2012/07/16(月) 23:19:45.52 ID:3Kis9j990
「仕方ないでしょ。もし超電磁砲と戦うような事態に陥ってしまった場合、なんとかできるのはあなたしかいないんだから」

そう答えたのは金髪にホステスのようなドレスを着た少女だ。年の頃は十代半ばから後半に見える。

「超電磁砲は『表』の人間だ。暗部に堕ちてないどころか、学園都市の塔だろうが。
そんな奴を何故観察なんかする必要がある?」

垣根の疑問はもっともだった。
超能力者(レベル5)の中でただひとりまともな人格を有すると評される第三位の超電磁砲。
彼女は名門ではあるものの普通の学校に通い、普通の暮らしを送っている。
常盤台という超お嬢様学校に所属する美琴は、こんな『闇』からは縁遠いように思える。

4: 2012/07/16(月) 23:22:03.23 ID:3Kis9j990
彼女は八月に『絶対能力進化計画(レベル6シフトプロジェクト)』を止めるために研究所を破壊してまわった。
その際に『アイテム』と交戦しているのよ。
そして超電磁砲はそれを一人で退けた」

『絶対能力進化計画』といえば第一位をまだ見ぬ絶対能力者(レベル6)へと到達させるための実験だ。
ただし、第三位のクローン体『妹達(シスターズ)』を二万人殺害するという残虐非道な方法で、だ。
正義感の塊のような超電磁砲―――御坂美琴にはそれが許せなかった。
彼女はあらゆる手段を使い妹達を救おうとした。
研究所を破壊し、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)にクラッキングをかけ、ついには命まで捨てようとしたのだ。

垣根にはどうしてたかがクローンのためにここまで必氏になれるのか全くもって理解の外であったが、ともかく

「『アイテム』をねえ… あそこには第四位がいる。それを単騎で退けるとは大したもんだ。
流石は学園都市第三位ってとこか」

5: 2012/07/16(月) 23:24:14.75 ID:3Kis9j990
「それだけじゃないわ。彼女は九月半ばの『残骸(レムナント)』の件にも関わっている。
超電磁砲が『表』の人間でありながら『闇』に触れる機会が増えていること、『アイテム』を退けた実績があること。
これらを考えると、『スクール』でなくとも今後他組織が活動するうえで障害となる可能性がある、とのことよ。
暗部の存在が露呈してもまずいしね。
まあ、これはあくまで上から聞かされた話。実際にはもっと違う理由があるかもしれないけどね」

「ふーん。まあどの道上からの命令じゃ仕方ねえか。これも仕事だしな」

「あなたのやるべきことは超電磁砲の戦力分析、友好関係の調査等々。
でも期限はとくに定められていなくて、ゆっくりやればいいらしいわよ」

「あぁ? なんだそりゃ?」

期限が定められていない裏の仕事などそうはない。
暗部では期限を守れないような、「使えない」と判断された人間はあっさり切り捨てられるからだ。
わずかな例外を除き、代わりなどいくらでもいるのだから。暗部は弱肉強食。弱い者から氏んでいくのだ。

「まあいいや。それならお言葉に甘えて、ゆ~っくりやらせてもらいますかね」

垣根帝督は立ち上がり、大きく伸びをして言った。

6: 2012/07/16(月) 23:25:28.60 ID:3Kis9j990








「さて、と。どうしたもんかね」

垣根は超電磁砲がよく訪れるという公園へ足を運んでいた。
今日は一〇月二日の平日で、時刻もちょうど下校時間にあたる。

とりあえずなんとなくで来てはみたものの、御坂美琴を見つけたところでどうすべきか思案する。
話を聞くにナンパして接近する、というようなやり方はまず間違いなく成功しない。
何人もの人間が彼女にナンパを行い、そのことごとくが撃退されている。
尾行するにも長期的に行えば見つかってしまう危険性がある。

(遠くから双眼鏡かなにかで観察すべきか? ……いやいやねーよ。なんだその探偵ドラマみてぇな絵は)

(……まるで考えてなかったな。どうにもやる気の出ない仕事だ。さて、どうしたもんか)

様々な思考をめぐらせていると、なにやら大声で叫んでいる少年と少女の声が聞こえた。

「待てっていってんでしょうが! 逃げんなコラー!!」

「おま、ちょ、頼むからビリビリは止めてくださいお願いします! あぁもう、不幸だー!!」

7: 2012/07/16(月) 23:28:37.60 ID:3Kis9j990
垣根があぁうるせえな、と何気なくそちらに顔を向けた時、少年を狙って放たれたであろう電撃が目の前までせまっていた。
少女もそれに気付いたようで、あわててそらそうとしたが、時すでに遅し。
光速で飛来してきた電撃は無防備な垣根を直撃し、その体を大きく弾き飛ばした。

顔を真っ青にしてかけよってきたのは電撃を放った張本人である少女。

「あっ!? す、すみません!! 大丈夫ですか……!」

激しく取り乱し今にも泣き出しそうな少女に、一緒にいた少年が声をかける。

「落ち着け御坂! とにかく早くこの人を病院に連れて行かないと……」

「……その必要はねえよ」

垣根はむくりと起き上がると、パンパンと服を叩いて汚れを落とす。
垣根帝督は学園都市の誇る七人の超能力者の第二位だ。
加えてこの少女の放った一撃も戯れ程度のもの(この少女にとっては)であった。
この程度でやられるほどヤワではない。

とは言っても、不意打ちを許してしまったのも事実だ。
この少女が何者か知らないが、本気には程遠いであろう今の電撃もそこそこのものだった。
もし今の攻撃が全力だったら。意図的に自分を狙ったものであったら。
それを今のようにまともに食らえば、流石にタダではすまなかったであろう。
常に氏と隣り合わせなのが暗部だ。隙を見せれば氏ぬ。

15: 2012/07/17(火) 00:31:51.37 ID:JmGF+Vf80
血生臭い戦場と違って、外に出て気が緩んでいたのかもしれない。
もっと気を引き締めなければ、と反省しているとおずおずといった様子で少女が話しかけてきた。

「あの……本当に申し訳ありませんでした。大丈夫ですか? お怪我などは…」

「あぁ、大丈夫だって。心配すんな」

「とりあえず病院にいきましょう。歩けますか?」

「だから大丈夫だっての。しつけえぞ、大体俺は……ッ!?」

学園都市第二位の超能力者だぞ? と続けそうになってあわてて口を閉じる。
自分の情報を明かすべきではないと判断したからだ。相手が『表』の人間であるならなおさら何も知らないほうがいい。
垣根帝督は自らをクソッタレの外道だと自称するが、それでも暗部の中ではまだ人間味のあるほうだ。
敵対する者であっても小物は見逃すし、無関係な人間を巻き込まないよう配慮もする。

「俺は……何ですか?」

「いや……気にするな。それよりお前……」

だが情報を明かさなかった一番の理由は。
そして故意ではないとはいえ、いきなり能力をぶつけてきた少女を全く糾弾しない理由は。
先の攻撃の威力に、常盤台の制服、肩に少しかかるくらいのショートの栗色の髪。
目の前にいる少女は、探していた人物に酷似しているのだ。

「お前……超電磁砲か?」

16: 2012/07/17(火) 00:33:21.45 ID:JmGF+Vf80
それを聞いた途端、隣のツンツン頭の少年は気付かなかったようだが、垣根は少女の目つきがわずかながら変わったことに気付いた。
超電磁砲は『絶対能力進化計画』をはじめ学園都市の闇に何度か触れている。
そのせいか警戒心は強いようだな、と思いながらとりあえずごまかすことにする。

「有名だからな。御坂美琴さん、だったかな?」

「ええ、それで合ってます」

やはり、と思う一方で厄介だな、とも思う垣根。

(どうする。ツラが割れたのはいただけない、か? それにさっきの警戒心。これは思ったより面倒な仕事になるかもしれねえぞ。
それにこのツンツン頭の男も気になる。超電磁砲の関係者のようだが……)

「ところでそちらの方は? 御坂さんのお知り合い?」

17: 2012/07/17(火) 00:36:34.53 ID:JmGF+Vf80
「俺は上条当麻っていいます。御坂とはまあ喧嘩友達みたいなもんです」

「ちょっと喧嘩友達って何よアンタ!」

「だってお前がいつもビリビリするから、って待て待て待て! さっきこの人に誤射したばっかだろうが!」

美琴も流石にそれについては心底反省しているようで、それを聞くとすぐにごめん、とつぶやき電撃をおさめ、もう一度垣根に申し訳ありませんでした、と頭を下げた。

「だから別にいいっての。とくに怪我したわけでもねえし」

(しかし…… 第三位と喧嘩友達とは、こいつも高位能力者の可能性が高いな。ってか喧嘩友達ってなんだそりゃ)

「あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」

「ん? あぁ、俺は垣根帝督」

美琴に聞かれ、名前くらいなら問題ないだろう、と考えた垣根は素直に答えた。
偽名など考えていないし、名前からでは何もつかめないだろう。

「垣根さん、ね。自慢じゃないですけど、手加減してたとはいえあの電撃は結構な威力だったはず。
それをまともに食らっても平然としてるってことは、垣根さんも能力者ですか?」

その結構な威力の電撃を人に向けてぶっ放すなよ、という心のツッコミを入れながらどう答えるべきか思案する。
もう無能力者(レベル0)で押し通すことは出来ない。
となるとこちらの情報を明かせない以上、嘘の能力をでっちあげなければならないのだが……

18: 2012/07/17(火) 00:38:44.70 ID:JmGF+Vf80
「……物質生成(マテリアクリエイト)。大能力者(レベル4)だ」

とりあえずそれっぽい能力を言ってみた。
実際当たらずとも遠からず、といったところか。生み出す物質がこの世界にあるかないかの違いはあるが。

学園都市第二位の超能力者、垣根帝督の有する本当の能力は『未元物質(ダークマター)』。
この世界には存在しない素粒子を生み出し、操作する能力。
これを使えば物理法則全般を塗り替えることが可能、という恐ろしいシロモノだ。

「大能力者だなんて…… 上条さんにはとんと縁がないですよ。
でも能力で防いだって言っても何があるかわからないし、やっぱり病院に行きましょう」

「そうですよ垣根さん。今は大丈夫でも、後々問題が出てくる、なんてこともあるんですよ。私が悪いんだし、私もついていきます」

「だーから大丈夫だってさっきから何度も何度も……あークソ」

思わず垣根は頭を抱えそうになる。
なにか思惑があるわけでもなく、純粋に人を心配しているのがビシビシ伝わる。
これだから『表』の人間は…… と思うが『表』の人間がみんながみんな「こう」なわけではないだろう。
大抵の人間は相手が無事だと分かればそそくさと逃げるように立ち去るのではないか。
誰だって問題は起こしたくないし、面倒ごとには関わりたくない。

ところがこの二人はその「大抵の人間」には含まれないらしく、頭を縦にふるまで諦めない気がする。
それどころか力ずくでも連れて行くぞ、的なオーラまで出ているような気までする。
なので垣根は、

「はいはい分かりました、病院に行きますゥ。これで満足かオラ」

おとなしく折れることにした。

「分かってくれましたか、良かった。じゃあ行きましょう」

「いや、一人でいいんだが」

「何言ってるんですか、私たちもついていきますよ」

「……もう勝手にしやがれ」

はぁ、と垣根は大きなため息をつくのだった。

20: 2012/07/17(火) 00:49:07.17 ID:JmGF+Vf80








「うん、何も異常はないね? 安心していい」

「良かったぁ~」

向かった病院で診察を受けた垣根たちだったが、カエルのような顔をした医師―――冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)の言葉を聞いて一番安堵したのは美琴だった。

「良かったですね、垣根さん。上条さんもホッとしましたよ」

「だから最初から大丈夫だって何度も言ってんのにそれをお前らが無理やり……」

「ただ御坂美琴さん? 君ほどの能力者が人に向けてその力を振るうのはいただけないね?
今回はなんともなかったが、もしかしたら大変なことになっていたかもしれない。それが分からない君ではないだろう?」

「う……。はい…… 肝に銘じておきます」

今回の一件は美琴には相当こたえたようで、バツが悪そうにうつむいている。

「まあ御坂も反省してるようだし、これでビリビリされることもなくなりそうだしで、上条さんとしては大助かりですよ」

「それより君たちは早く帰ったほうがいい。そろそろ完全下校時刻だね?」

21: 2012/07/17(火) 00:55:34.96 ID:JmGF+Vf80

 



「ほら。やっぱなんともなかったじゃねえか」

病院を出た三人は立ち話をしていた。
夕日によって赤色に染まった病院の入り口付近。
完全下校時刻が近いといっても病院は比較的往来が多いようだった。

「まあまあ、病院に行ったおかげで本当になんともなかったって分かったんですし。
なんにしろ安心しましたよ」

「どこまで心配性なんだテメェらは……
それと敬語はいらねえよ、名前も呼び捨てでかまわねえ」

「わかったわ。えっと……垣根? 私も呼び捨てでいいわよ」

「垣根、俺も普通に上条って呼んでくれ」

「おう。つかお前ら帰んなくていいのかよ。時間ヤバいんじゃねえの?」

「げっ、本当だ。ならさ、最後帰る前に垣根のメアド教えてくれよ」

上条が携帯を取り出してそう言うと、美琴もなら私にも、と続いた。
垣根はあっさり了承し、互いの連絡先を交換しあい解散となった。

22: 2012/07/17(火) 01:03:48.62 ID:JmGF+Vf80







(なんとかうまくいったか)

垣根が二人にフレンドリーに接し、連絡先の交換まで快諾したのには理由があった。
そもそも垣根が御坂美琴に接近したのは『スクール』の任務があるからだ。
どうやって観察を行うかが問題であったが、こうして“友達ごっこ”をしておけばそれもやりやすい。

二人に声をかけられた時から垣根はこちらに考えをシフトしていた。
連絡先の交換も、上条が言い出さなければ自らが提案するつもりでいた。
病院へ行くのは面倒だったのでそれは回避したかったのだが……

ともかく、これで怪しまれずに観察ができる立場におさまることができた。
その上、おそらく高位能力者であろう御坂美琴の知人にも接近できた。

(出だしは上々。やっぱ意外と楽できそうだ)

そんなことを考えながら、垣根も帰路につくのであった。



23: 2012/07/17(火) 01:09:15.15 ID:JmGF+Vf80
垣根は自宅に着くとシャワーをあび、ゴロンとベッドに横たわった。
テレビやパソコンはあるものの、漫画やゲームといった娯楽系の物は一切置かれておらず、彼くらいの年の少年にしては質素な部屋だ。
その時、垣根の携帯が鳴った。

確認してみれば表示されている名前は「心理定規(メジャーハート)」。
スクールの一員であるドレス服の少女だ。
この心理定規というのは彼女の名前ではなく能力名であり、それがそのまま彼女の通称となっている。
第一位の一方通行(アクセラレータ)と同じだ。彼もまた、「一方通行」という能力名が彼の通称となっている。

「もしもし。俺だ」

体をおこし電話にでた垣根がそう言うと、心理定規の静かな声が返ってきた。

『調子はどう? あなたが初日から失敗してないか心配になってね』

「何の問題もねえ、むしろ好スタートだ。大体俺がこんなんで失敗するわけねえだろ。馬鹿にしてんのか」

学園都市第二位であり、昔から暗部にいた垣根は暗部の中でも最も優秀な部類に入る。
その彼が、こんなちょっとした偵察のような仕事でミスを犯すはずがない。
ましてや相手は超能力者とはいえ『表』の人間。心配する必要など全くないことは心理定規も分かっているはずだった。

24: 2012/07/17(火) 01:12:08.62 ID:JmGF+Vf80
『あらやだ、ちょっとした冗談よ。冗談の通じない男はモテないわよ?』

「いちいちカンに触る野郎だなテメェは…… さっさと用件を言え。氏ぬか?」

垣根はこの少女の飄々とした態度や物言いが好きではなかった。
『闇』に生きる人間は友情や信頼などでつながっているわけではない。
利害の一致だったり、利用したり利用されたり。暗部の人間が関わりあう理由などこんなものだ。
垣根も心理定規とはあくまで仕事上だけの関係と割り切ってはいるのだが、それでもやはりこういう反応をされるとイラついてしまう。

『それは遠慮するわ。で、用件だけど、上からの命令で「たとえ敵対しても超電磁砲は頃すな」ですって』

「理由は?」

『やっぱり超電磁砲クラスの『表』の有名人を消すのはコトなんだそうよ。
それはそうでしょうね。あなたも言ってたように彼女は学園都市の塔なわけだし』

25: 2012/07/17(火) 01:13:48.50 ID:JmGF+Vf80
御坂美琴はその実力と性格から多くの人望を集めている人間だ。そんな彼女が突然姿を消せば大騒ぎになるのは自明の理。
風紀委員(ジャッジメント)や警備員(アンチスキル)も全力で捜索するだろうし、彼女と親しかった人間も黙っていないだろう。
圧力をかけることもできるが、もともと警備員は有志によるボランティア。つまりお人好しの集まりだ。
中には個人的に動く者もいるだろう。風紀委員も同様だ。彼女の知り合いたちは圧力をかけられたからといって諦めはしないだろう。
そうなれば暗部の存在が露呈するリスクも高まってしまう。
その程度で暴かれるほどこの街の『闇』は浅くはないが、本来学園都市の『闇』はその存在を疑われることもあってはならないのだ。

「了解。まあそもそも俺の正体に気付かせなければいい話だ」

今日の感触ならばすぐにどうこうはならないだろう。ならばこれからもうまく立ちまわればよい。

『用件はそれだけ。あと報告は定期的にするように、だってさ』

「分かった。じゃあな」

ピッ、と通話を切ると床に携帯を放り投げて、ドサッとベッドに倒れこむ。
夕食もまだ摂っていないが、もう体が重い。
垣根はこみ上げてくる睡魔に抗わず、そのまま眠りにおちた。

26: 2012/07/17(火) 01:18:33.59 ID:JmGF+Vf80







窓から差し込む朝の眩しい日差しで垣根帝督は目を覚ました。
あくびをかみ頃しながら時計を見ると、時刻は午前は八時前。
昨日寝たのは相当に早い時間帯だったはずだ。よっぽど熟睡していたらしい。

とりあえず昨日歯磨きしていないせいで口の中を不快に感じた垣根は歯磨きと洗顔を済ます。
次にさっきから激しく自己主張している腹を黙らせなくてはならないのだが、そこで床に落ちている携帯が光っているのに気付いた。
拾い上げて見てみると、上条から遊びの誘いのメールが届いていた。
今日は仕事の予定もないし“友達ごっこ”を続けより親密になる必要がある。
垣根は了承の旨を伝えた後、着替えながら飯をどうするか思案する。
料理は軽いものならできるが、面倒なのもあってたいていはコンビニかファミレスで済ませている。
結局この日も外食でいいか、と思った垣根はファミレスへ向かった。

27: 2012/07/17(火) 01:19:59.29 ID:JmGF+Vf80
「いらっしゃいませー。おひとり様ですか?」

「ひとりで。禁煙席で頼む」

「でしたら、あちらの席へどうぞ」

まだ朝早いせいか店内に人はほとんどいなかった。所狭しと並べられたテーブルには四、五人座っているのみだ。
店内にはどこかの歌手の新曲だという歌が耳障りにならない程度の音量で流されている。
そういった流行に疎い垣根は知らないが、放送によると一〇代層を中心に大ヒットしているアーティストらしい。

(とはいえ、本当かどうか分かったもんじゃねえがな。こういうのは往々にして誇張して言うもんだ)

こんなものにまで猜疑的に捉えている自分に気付き、やはり自分は友情だとか信用だとかとは全く縁のない人間であると改めて思う。
この疑り深さは暗部で培われたものか、垣根が元から持っていたものなのか、はたまたその両方か。
今となってははっきりしなかった。

案内された席についた垣根はいつも頼んでいるものを注文した。
中には少々割高なものもあるが、『闇』に生きる超能力者である垣根には金なんて掃いて捨てるほどある。使い切るほうが難しい。
ドリンクバーを飲みながらしばらく待つと注文したものが運ばれてきた。

「ご注文は以上でおそろいでしょうか?」

「ああ」

「では、ごゆっくりどうぞ」

28: 2012/07/17(火) 01:22:39.72 ID:JmGF+Vf80
料理に手を伸ばしながら何気なく窓の外に目をやる。
今日は土曜日で、学校が休みなため平日なら登校時間にあたるこの時間でも学生の姿はほとんど見られない。
人口の八割が学生のこの学園都市では、学生がいない、というだけで一気に人が少なくなる。
だがちらほらと僅かながら学生の姿も見られた。その中のひとりの女の子と偶然目が合う。御坂美琴だ。

美琴は少し驚いたようだが、すぐにこっちへ向かってきた。
ファミレスに入った美琴は店員と何事か話すと、垣根のいる席へと歩いていく。

「やっぱり垣根だ。こんなところで何してんの?」

「見てわかんねえのか。飯だ飯」

美琴は少し呆れたような顔をして言った。

「こんな朝っぱらから外食って……。まあいいわ。私も一緒にかまわないわよね?」

「構わなねぇが、お前こそこんな朝っぱらから何してんだよ、常盤台のお嬢様が」

29: 2012/07/17(火) 01:24:33.99 ID:JmGF+Vf80
「ルームメイトの子が風紀委員でね、朝から仕事が入っちゃったらしくて。暇になったからコンビニに立ち読みに行こうと思ってたの」

「学園都市第三位が朝から立ち読みかよ……」

「うっさいわね。私だって普通の中学生よ。それと、第三位だとか超電磁砲って呼ぶの止めてくれる?
あまりそう呼ばれるの好きじゃないのよ」

垣根にはその気持ちが理解できた。
超能力者であるというだけで超能力者は忌避される。
近づいてくる物好きは下心見え見えの連中ばかり。
そういう奴らはみんな垣根帝督を『垣根帝督』として見てはいない。
彼らにとってはあくまで『第二位』であり、それ以上に『未元物質』という知的好奇心を満たすための研究対象に過ぎないのだ。

「悪かったよ、御坂。ところで上条からメールきてたか?」

「きてたわよ。垣根とせっかく知り合ったんだからもっと仲良くなりたいとか言ってたわね」

垣根は内心上条を嘲る。正直者は馬鹿をみる。
あの少年はいわゆる善人で、人を疑うとかそういう行為をよしとしないのだろう。
だが、だからこそ簡単に利用される。騙される。裏切られる。
おかげで垣根としてはずいぶんやりやすくなったのだが。

30: 2012/07/17(火) 01:25:56.79 ID:JmGF+Vf80
「ずいぶん恥ずかしいセリフを吐くんだな」

「そういう奴よ、アイツは。人の気も知らないで……」

「で、御坂はそんな上条に落とされたクチか」

仕事柄、他人の感情の動きを読むのに長けた垣根には美琴が上条に恋心を抱いていることなどすぐに分かった。
美琴が分かりやすすぎるとも言う。
垣根が落ち着いた様子でいるのと対照的に、それを聞いた美琴は思わず口に含んでいた飲み物を吹き出した。

「アッ、アアアアアンタ!! 突然何を言い出すのよ!?」

口元を拭きながらそう言う美琴の顔はすでに赤くなっている。

(おいおいマジか。どんだけうぶなんだよ)

もともとサディストの気がある垣根は少し遊んでみることにした。

「バレバレだっつーの。むしろなんで隠せてると思ってるのかわかんねえよ。
で、アレか? 告白はもうしたのか?」

美琴の顔はもう林檎のように真っ赤になっている。
誰が見ても美琴が上条に惚れてるのは明らかなのだが、とうの本人は必氏に否定する。

「こっ、告白って……! べ、別に私はあんな奴なんか全然……!」

31: 2012/07/17(火) 01:29:09.74 ID:JmGF+Vf80
そんな美琴を見て、垣根は内心ニヤニヤしながら美琴を追い詰めていく。

「なんだまだしてないのかよ。あいつ押しに弱そうだから強気にせめれば落とせそうだがな。
そうだな、キスでもかましてやれば一発じゃねえか?」

「キ、キキキキキキス……キスって…え、と、キス!?」

プシューと蒸気をあげながら顔をゆでタコにする美琴。
なんか「キスキスキス……私とあいつが……ふにゃー」とか言っている。

少しやりすぎたか、と思った垣根は食事を続けながらとりあえず美琴の意識を現実に呼び戻すことにした。

「おーい御坂ー、帰ってこーい」

垣根が美琴の顔の前で手をヒラヒラさせながら呼びかけると、ようやく美琴は意識を取り戻したようだった。
話が脱線しすぎたので元に戻すことにする。もう彼の気は済んだようだ。

「話を戻すぞ。上条はどこで何するとか、時間とか言ってなかったのか?」

「あー、そういえば聞いてなかったわ。とりあえずメールで聞いてみる」

32: 2012/07/17(火) 01:34:19.08 ID:JmGF+Vf80
美琴が上条にあっさりメールを送っているのを見て、垣根は少し関心する。

(意外だな。こいつのことだから、メール一通送るのにもテンパって時間かかるもんだと思ったが)

実際垣根の予想は正しい。このように何気ない会話はあまり意識しなければ何の問題もないのだが、自分から上条を誘うときは大変なのだ。
何度も打ち直してどこもおかしくないか確かめ、返事が遅ければ送ったメールに問題がなかったかまた確認する。
返信があれば送られてきたメールを見てニヤニヤする。
そんな美琴を見るたび彼女のルームメイトは嫉妬の炎を燃やしているのだった。

上条からの返信は早かった。美琴は送られてきたメールを読み上げる。

「場所はどこでもいい 一日空いてるから時間もいつでもいい、だそうよ」

「要するにノープランなわけか。めんどくせえ、俺とお前がもうここにいるんだ、上条もここに来させろ」

「まあどこでもいい、いつでもいいって言ってるしね。わかったわ」

美琴が上条へメールを送り、携帯をしまうとちょうど美琴の注文した料理が運ばれてきた。
垣根はもうほとんど食べ終わっている。

美琴は料理に手をつけようとするが、なにかを思い出したように手をとめ、ゲコ太モデルの携帯をとりだして画面を確認する。

「あちゃー、やっぱりだ。充電するの忘れてた。これはもうすぐ切れるわね」

「お前電撃使いだろ? 能力で充電できねえのか?」

第三位の超電磁砲の真価は出力ももちろんだがその広汎な応用性にこそある。
第一位の操る「ベクトル」ほどではないにしろ、「電気」もまた多くの事象に関連しているのだ。
美琴ほどの電撃使いともなると、その応用範囲は電子レベルにまで及ぶ。

「能力で充電、か。考えたこともなかったわね。やってみますか」

33: 2012/07/17(火) 01:39:07.64 ID:JmGF+Vf80
今回はここまで。
1に書き忘れたけど、独自解釈・オリ設定あり。
割り込みも大歓迎。むしろ割り込めください。

さっきも言ったけどどんな下らない、中身のないものでもレスがつくと凄くうれしいです

42: 2012/07/17(火) 02:10:23.91 ID:JmGF+Vf80
美琴は携帯からバッテリーを取り外し、右手で握り締めた。
必要な演算を終えるとビリッ、という音と共に小さな紫電が走った。
バッテリーを携帯に取り付け、電源を入れ確認してみると、バッテリー残量は最大になっていた。

「うまくいったようね」

「便利だなおい」

いつでもどこでも、充電器なしで、しかもほんの数秒でフル充電できるのだ。
美琴の能力の応用の中でも最も実用的な使い方のひとつだろう。

「でもこれやりすぎるとあっというまにバッテリーが氏にそうね。もともとこんなやり方想定して作られてないんだから」

「それでも便利だろ、流石応用力の第三位。なあ御坂、他にはどんな応用ができるんだ?」

43: 2012/07/17(火) 02:14:22.50 ID:JmGF+Vf80
これはチャンスだ、と垣根は内心思った。この自然な会話の流れでは不審に思われることもないだろう。
応用力の広い第三位の戦力調査において、どのような応用を効かせられるのかを知ることは重要な意味を持つ。
能力者同士の戦いでは、相手の情報を持っているというのは非常に有利に働くのだ。

「んー…… いろいろあるけど、やっぱ一番は磁力かしら」

(磁力)

垣根は頭の中で反芻する。ここから先は一言たりとも聞き逃してはならない。

「磁力で金属製のものを集めて即席の盾にしたり、移動手段として使ったり、ね。
まあ一番よく使うのは砂鉄ね。意外と使えるのよ、砂鉄」

美琴の砂鉄操作は攻防ともに優秀である。
砂鉄を剣の形に形成した砂鉄剣は表面を砂鉄の粒子がチェーンソーのように回転しているため、わずかでも触れればザックリと切り裂かれる。
剣にしなくとも、巻き上げた大量の砂鉄を竜巻のようにして放つといった使い方もしたことがある。
また防御においても、砂鉄で壁を作って固めれば砲弾を何十発と浴びせられようとビクともしない防御力を誇る。

「あとはクラッキングとしての手段かな?」

直接的な攻撃としての使い方より、非合法な研究や実験を行う科学者やそれを指示する上層部が恐れるのはこちらの使い方だろう。
超能力者の超電磁砲が全力でクラッキングをかければ、おそらくほとんどのセキュリティはなんなく突破されてしまうだろう。
彼らにとって研究データは氏守すべきもの。幾重もの厳重なプロテクトをかけて保管してあるだろうが、相手は超能力者。
破られぬ保証などどこにもない。

44: 2012/07/17(火) 02:16:42.99 ID:JmGF+Vf80
その点、垣根帝督の率いる暗部組織『スクール』はあえてアナログを用いることでサイバー攻撃に対処しているため問題はない。
垣根が気にしているのはあくまでも直接的な攻撃手段としての使い方だ。

しかしここで美琴は話をやめて、食事に集中してしまった。
垣根としてはもっと話を聞きたいところだったが、深追いはしないでおくことにした。
まだ知り合って間もないし、この仕事に期限は設けられていない。急いてはことを仕損じるともいう。

それからは世間話や談笑をし、美琴が食事を終えると二人は店をでた。
店の前で上条を待つこと数分。息を切らせた上条が姿を現した。

「はぁ、はぁ、わりぃ、遅くなった」

「気にすんな。数分くらいしか待ってねえ」

実際はファミレスの中で談笑していた時間も含めるとそこそこの時間待ったことになるのだが、そのおかげで美琴の情報を得られたため文句はなかった。

「こいつもきたし、どこ行こうか」

「俺はどこでもいいけどよ。上条はなんかあるか?」

「んー。俺は服が欲しいな。セブンスマートとかどうだ?」

誰も異議を唱えなかったので、三人は第七学区のセブンスマートへと足を運んだ。

56: 2012/07/17(火) 21:40:36.64 ID:JmGF+Vf80
第七学区きっての大型スーパーであるここセブンスミストは、その品揃えも非常に豊かだ。
服をはじめ他にも多くのものが取り揃えられていて、多くの学生たちに利用されている。
セブンスミストに着くと、三人は四階へ向かった。
四階は一フロアすべてが衣服類売り場で、普通の服はもちろんのこと、パジャマに下着に水着まで各種取りそろえられている。
時刻は午前一一時前。あまり人も多くはないようだった。

「中々品揃え良いじゃねえか。上条はどんなの買うんだ?」

「上条さんはおしゃれとか全然分からんので、適当ですよ。着れればいいって感じで」

上条当麻はおしゃれや流行に基本無頓着だ。自分がおしゃれしてもモテない男が必氏になってるみたいで嫌らしい。
主に「モテない」のあたりを聞かれたらクラスメートをはじめ多くの人から叩かれそうだが、本人は本気でそう思っているからタチが悪い。

(こんな近くにテメェに惚れてる女がいるってのに…… 第三位も苦労するわけだな)

心の中で美琴に同情する垣根。
だがこの二人がうまくいかないのは上条の超がつくほどの鈍感っぷりはもちろん、美琴が素直になれない、いわゆるツンデレであるからなのだが。

57: 2012/07/17(火) 21:43:00.06 ID:JmGF+Vf80
「垣根はどうなんだよ?
まあ今着てる服もホストっぽいけど似合ってるし、男の俺から見てもイケメンだしモテモテなんでしょうね~」

ジトッ、と垣根を見つめる上条。モテない(と本人は思っている)男の僻みである。
だが、確かに垣根帝督は非常に整った顔立ちをしている。これに対して異議のある者は少ないであろう。
おまけに身長も高いときた。容姿においては間違いなく上条より数段上のイケメンである。
しかし昔から『闇』に生きてきた垣根は色恋沙汰とは無縁であった。

「んなことねえよ。それと上条。次ホストって言ったらぶち頃す」

上条は美琴に「でも垣根ってイケメンだと思うよな?」と囁いた。

「私に振るな! で、でも、まあそう……じゃないかしら?」

顔を赤くする美琴。小さな声で「佐天さんや初春さんは食いつきそうね…… 特に佐天さん」と呟いている。

「何ブツブツ言ってんだ。上条も服買いにきたんだからさっさと選べ」

「ちょっと垣根も選ぶの手伝ってくれないか? お前センスありそうだし」

なんで俺が、と不満を漏らしながら結局手伝う垣根。
美琴は自分も服を見てくると言いどこかへ去っていった。

58: 2012/07/17(火) 21:54:35.89 ID:JmGF+Vf80
「……まあ、こんなもんだろ」

垣根はあまり深く考えず割と適当にコーディネートしたのだが、上条はいたく気に入ったようだった。
お前に頼んで正解だった、とかモデルにでもなった気分だ、とか言いながら鏡を見てニヤニヤしている。

「マジでありがとな、垣根。大事に着るぜ」

「割とマジできめえからニヤつきながら礼言うな。てか礼なんていらねえよ、俺は適当に選んだだけだ」

垣根は環境のせいもあるが、とりわけファッションにこだわりがあるわけではない。
本当に暇な時にファッション誌に目を通すことはあるが、パラパラとめくって終わりといった程度だ。
おそらくこのセンスは垣根に元から備わっているものなのだろう。

「それより早く買ってこい。俺は先に御坂のところに行ってるから」

上条は服を持ってレジへ向かった……のだが、どうやらよほど気に入ったらしくその機嫌の良さは誰の目からも明らかだった。
終いにはスキップでもしそうな勢いだ。

59: 2012/07/17(火) 21:57:22.75 ID:JmGF+Vf80
(上条がスキップ……気持ち悪ぃ。ただその一言につきる。氏ね)

気色悪いもん想像させんなクソが、と理不尽な悪態をついて美琴の元へ足を運んだ。
垣根が美琴を見つけた時、美琴は鏡の前で服を自分にあわせているところだった。
それだけなら何の問題もない。美琴が持っている服がゲコ太のデザインされた物凄く子供っぽいパジャマでなければ。

「……お前、そういう趣味なの?」

垣根が聞くと、彼が近くにいるとは思ってもいなかった美琴は激しく動揺した。

「え、ちょ、アッ、アアアンタ! なんでここにいるのよ!?」

「上条の服選びが終わったからきただけだ。それより……」

美琴が持っている服に目をやる垣根。
垣根の目線に気付いた美琴は、あわてて手を後ろにまわし服を隠した。

60: 2012/07/17(火) 22:00:25.08 ID:JmGF+Vf80
「こっ、これはその、別に私が欲しいとかじゃなくて、なんていうかその…うぅ……
そう! 友達よ! 友達にこれを買ってくるよう頼まれたの!!」

必氏に言い訳する美琴。本当に必氏である。
誰が聞いても今搾り出したとわかる言い訳をし、これでごまかせたと本当に思っているのか、妙にやりきったような表情を浮かべる美琴。
美琴の持っている服はどう見ても小学生が着るようなものだ。それを美琴が着るのは無理があると思う垣根。

(こんなのが第三位なのかよ)

俺はこんな奴と“友達ごっこ”なんかして何やってるんだ、と思い大きなため息をつく。
それを見てごまかせてないどころか軽く馬鹿にされてると感じたのか美琴は、

「な、なによ! 子供趣味だって言うの!? 別にいいじゃない、パジャマなんだから誰かに見せるわけじゃないし、ゲコ太かわいいし!!」

開き直った。

61: 2012/07/17(火) 22:01:55.98 ID:JmGF+Vf80
「そのゲロ……ゲロ助? ってなんだよ」

「ゲコ太よ、ゲ・コ・太! 知らないなら教えてあげる。ゲコ太ってのは緑で乗り物に弱くてね……」

誰がゲロ助だゴルァ!! と言わんばかりの鬼気迫る表情で訂正し、ベラベラとゲコ太について語り始める美琴。

「……それですぐにゲコゲコしちゃうのよ。でもそこがまたね……」

(あ、これ地雷踏んだわ)

垣根が話を聞き流していると、買い物を終えた上条がやってきた。

「おせえぞ上条。こいつなんとかしろ」

垣根が呆れ顔で美琴を指差す。
美琴は「ちょっと、ちゃんと聞きなさいよ! まだ話は終わってないのよ!」と、まだまだ話す気マンマンである。

そんな美琴を見て垣根に悟ったような表情を向ける上条。
上条も過去に同じような経験があるのかもしれない。

62: 2012/07/17(火) 22:03:31.25 ID:JmGF+Vf80
「あー……御坂? 用事はすんだし、どっかに移動したいと思うのですがどうでせう?」

そう上条に言われて、ようやく話をやめる美琴。
話に夢中になりすぎていたのを恥じているのか、若干顔が赤い。

「そ、それで、どこに行くのよ? 特に提案がないならゲーセンとかどう?」

「俺はいいけど。垣根は?」

「別にいいぜ」

先ほど美琴の子供趣味を知ってから興が削がれた垣根は正直帰りたかったのだが、学園都市のゲーセンには能力を使うものもある。
ゲーセンという遊びの場でも、よく観察すれば能力使用時のクセなどなにかつかめるかもしれない。

「決まりね。行きましょう!」

63: 2012/07/17(火) 22:05:40.08 ID:JmGF+Vf80








学園都市には地下街が多い。地震大国である日本では耐震性の強いものが必要なため、そのテスト用として多く掘り返されたのだ。
そしてゲームセンターは騒音対策のため地下街に設けられることが多い。
三人が訪れたのも、そんな地下街にあるゲーセンのひとつだった。

休日の真昼間ともなると、ゲーセンには人がごった返している。
人口のほとんどが学生のこの街では、こうした娯楽施設の混雑は激しいのだ。
垣根はこういった人ごみが好きではないが、来てしまったからには目的を果たすことにする。

「だいぶ混んでるなあ」

「はぐれたら置いてくからね。なんかやりたいものある?」

「混んでるっていってもはぐれるようなレベルじゃねぇだろ。あのパンチングマシーンとかどうだ?」

垣根が指差したのは、能力をぶつけて数値を出す能力者用のものだ。
もっとも肉体強化系よりも発火能力者や空力使い等が圧倒的に多いことを鑑みれば、「パンチングマシーン」と呼んでいいのかいささか疑問がある。

64: 2012/07/17(火) 22:08:06.26 ID:JmGF+Vf80
「別にいいけど、やっぱだいぶセーブしないといけないのがなぁ…… 超能力者でも使えるの作ってくれないかな」

いくら能力者用といっても七人しかいない超能力者が全力でその力をぶつければ、間違いなく壊れてしまう。
美琴は身体検査(システムスキャン)の時ですら目一杯セーブしなければまともに計測できないのだ。
超能力者が思う存分力を振るえる機会など、まず存在しない。

「超能力者なんて一人で軍隊と戦える奴らだろ。その力に耐えられるパンチングマシーンがあったらそれはそれで怖えぇよ。
……さて、じゃあ御坂にはトリを担当してもらうとして、まずは俺からいきますか」

垣根も本当は超能力者、しかも美琴より上位なのだが、二人には大能力者の物質生成ということで通っている。
力の加減を間違えないように、大能力者相当の力を演算し出力する。

65: 2012/07/17(火) 22:12:03.70 ID:JmGF+Vf80
ガンッ!! と気体をまとわせた右手で思い切り殴りつけると、パンチングマシーンは大きく後ろにのけぞった。
少しして表示されたスコアは、ランキングのかなり上位に食い込むものだった。

「垣根も中々やるわね」

「すげぇじゃねぇか、垣根! 大能力者ともなるとやっぱすごいんだなぁ……」

「何そんな感心してんだ。ほら、次は上条だぜ」

垣根はすでに起き上がってこちらを見ているパンチングマシーンを指差し言った。
今まで全くの不明だった上条の能力が判明するかもしれない。
そう期待して、一挙手一投足も見逃すまいとじっと見つめていただけに、上条の言葉は垣根にとって驚愕に値するものだった。

「いやいや、上条さんは無能力者ですからね。遠慮しときますよ」

「……なんだと?」

66: 2012/07/17(火) 22:13:18.32 ID:JmGF+Vf80
無能力者。この少年は確かにそう言った。
無能力者とはつまり、なんの力もないということだ。
だが、初めて会った時この少年は「御坂とは喧嘩友達」とも確かに言ったのだ。
超能力者と無能力者が喧嘩友達?

「……どういうことだ?」

ぼそりとつぶやく垣根。
ゲームセンターの喧騒の中ではその小さな声は二人には聞こえてなかったようだ。
いろいろ思案していたが、今ここで考えても分からないと思い二人に目をやると、ちょうど美琴の計測が終わったところだった。
パーンという大きな音と共に表示されたスコアは堂々の一位。それもぶっちぎりである。

67: 2012/07/17(火) 22:16:53.87 ID:JmGF+Vf80
「ま、こんなもんね」

「流石御坂先生……やっぱ高位能力者は世界が違いますよ」

遠い目をしてそう言う上条を見て、本当に無能力者なのか、と思う垣根。
その後もクレーンゲームやシューティングゲーム、軽い食事をとったりして過ごしたのだが、垣根はずっと上条のことが気になっていた。
考えても仕方ないと思いはしたのだが、やはり気になってしまう。
本人に聞くのが一番簡単なのだが、なんとなくタイミングが見つからない。

68: 2012/07/17(火) 22:22:14.65 ID:JmGF+Vf80





三人は(垣根は微妙だが)時間を忘れ遊びまわった。気付いたときには午後七時。
完全下校時刻はすでに過ぎている。
もう十月だ。暗くなるのもだいぶ早くなっている。
街灯から供給される光のせいであたりは微妙に薄暗く、真っ暗よりもかえって不気味に感じられる。
あたりには人はあまり見られない。

「全然時間に気付かなかったわね。黒子からのメールと着信が……マナーモード解除するの忘れてた……」

「こんな時間までつき合わせて悪りぃな、御坂。お前んとこの寮監厳しいんだろ?」

「ええ、私の首とれないかしら……」

きついお仕置きを想像したのか、しきりに首をさすっている美琴。

「垣根も。時間大丈夫か?」

返事を返そうとしたその時、突然後ろから誰かに声をかけられた。

69: 2012/07/17(火) 22:23:12.56 ID:JmGF+Vf80
「よお兄ちゃんたち。俺たちちょ~っと金に困っててなぁ? 貸してくれね? 心配すんなよ、ちゃんと返すからさあ」

振り返ってみれば、いかにもな連中が八人ほど。
学園都市の、主に路地裏を住家とする彼らは武装無能力者集団―――スキルアウトと呼ばれる者たちだ。
もっとも、全員が全員無能力者というわけでもないようだが。

改めて自分たちのいる場所を確認してみると、路地裏の入り口にあたる場所であった。
しかも完全下校時刻をとうにすぎているので人通りはあまりない。
なるほど、スキルアウトに絡まれてもおかしくない場所のようだった。

「ちょっとこっちで商談しようか?」

70: 2012/07/17(火) 22:23:57.95 ID:JmGF+Vf80
三人を包囲しながら路地裏へ引きずり込もうとするスキルアウト。
彼らは非常にツイてなかった。目をつけたターゲットの中には、超能力者が二人もいたのだから。

真っ先に動いたのは美琴だった。全身に帯電させながら右手をあげる。

「悪いわねー、アンタみたいな連中にかまってる暇はないのよ。怖ーい鬼さんが待ってるから、ッね!!」

御坂美琴の一撃によりスキルアウトたちは成す術もなく倒れていったが、攻撃の範囲外にいた二人のスキルアウトが能力を使って反撃に出た。

「テ、テメェら!」

「調子にのんじゃねぇ!」

一人が掌を上条に向ける。放たれたのは小さな火球。発火能力者(パイロキネシスト)だ。
しかしそれは突き出された上条の右手に触れた瞬間、バギン!! という音をたて霧散した。

「き、消えた!?」

「いきなり何しやがる!!」

上条は呆気に取られている男の顔面を思い切り殴り飛ばした。
完全にノックアウトされたようで、男が起き上がる気配はない。

71: 2012/07/17(火) 22:25:52.66 ID:JmGF+Vf80
「カズーッ!! ちくしょおぉぉ!!」

もう一人のスキルアウトが念動力(テレキネシス)で路地裏に落ちている小石や何かの金属片を浮き上がらせ、今度は垣根に向けそれらを射出する。
垣根は避けることもなく、全て直撃したが垣根には傷一つつけられなかった。

「ひっ……! バケモンだぁー!!」

「うるせぇ」

ドゴッ!! と垣根に見事なボディブローをもらった男はそのまま崩れ落ちた。
あたりには気を失っている男が八人転がっている。

「……これ、どうすんの?」

「ほっときなさい。風紀委員か警備員が見つけて拾ってくれるでしょ」

「酷でぇ……」

「俺は御坂に一票だな。面倒くせぇ」

それより、と垣根は上条に向き直った。

72: 2012/07/17(火) 22:26:57.93 ID:JmGF+Vf80
「さっき雑魚が撃った火球。お前の右手に触れたら消滅しただろ。
あれは一体なんだ? お前は無能力者なんじゃねぇのか」

「雑魚って…… あー、たしかに無能力者だけど、俺の右手には変な力があってさ。
『幻想頃し(イマジンブレイカー)』っていってな、異能の力ならなんでも打ち消せるんだよ」」

「私の電撃も打ち消しちゃうのよ。腹たって仕方ないわ」

それを聞いて驚愕したのは垣根。

「な、に!?」

能力を打ち消す能力。どんな系統の力なのか? いや、それよりも―――

超能力者の一撃をも打ち消す?

触れるだけで超能力者も含め全ての異能を無に帰す力。
垣根自身の能力も常識では測りきれないものだが、これもまたとんでもない力だ。

85: 2012/07/18(水) 23:08:21.60 ID:nE0vsstG0
「上条。ちょっと右手借りるぞ」

垣根は上条の右手を自身の右手でつかみ、握手するような形になった。
演算を開始する。『物質生成』ではなく『未元物質』として、つまり全力で能力を発動させる。が、

(発動しない?)

垣根の組み立てた計算式に狂いはない。キチンと演算もできている。なのに何も起きないということは、可能性はただひとつ。
上条当麻の『幻想頃し』は、第三位だけでなく、第二位の『未元物質』すら完封するということだ。

垣根帝督は自身の能力に絶対の自信を持っている。それは驕りでもなんでもなかった。
第三位以下など足元にも及ばないし、第一位だって反射の隙をつけば攻撃を通すことができる。
ゆえに未元物質が通用しない者など存在しない、そう考えていた。

86: 2012/07/18(水) 23:10:04.13 ID:nE0vsstG0
だが、上条当麻には通用しなかった。

「垣根? なんか難しい顔してどうした?」

手を離した上条が垣根の顔を覗き込む。どうやら戸惑いが表情に出てしまっていたらしい。

「あ、あぁ……大丈夫だ、なんでもねえよ」

「でも確かに不思議よねー、アンタの右手。もういっそちょん切ってやろうかしら……って時間!!」

スキルアウトや右手のことで話し込んでいたが、三人はもともと帰るところだったのだ。
完全下校時刻など完全に無視している。

「あぁ……これはまずい本当にまずい……ってことでごめん私帰るわじゃあねまた遊ぼうね!!」

早口で一方的にまくしあげた美琴は猛スピードで去ってしまった。
上条は美琴を送っていくつもりだったようだが、もう帰ってしまったので諦めたらしい。

87: 2012/07/18(水) 23:11:23.62 ID:nE0vsstG0
「じゃあ、俺たちも帰r……」

そこまで言ってなにかを思い出したようにピタリと動きが止まる上条。
現在時刻はおおよそ一般家庭での夕食の時間にあたる。しかも今日は朝から遊んでいたので昼食の時間も帰宅していない。
つまり、家では白い修道服を着たシスターが……

「インデックスのこと忘れてたあああああ!!
ごめん垣根俺帰るわじゃあな気をつけろよ!!」

美琴と同じく早口でまくしあげて去っていく上条。「上条さんの頭に穴がー!」などと叫んでいるのが聞こえてくる。
嵐のように去った二人と対照的に、垣根は静かに自宅へと歩き出した。

あの右手のことが頭から離れない。たしか『幻想頃し』といったか。
超能力者の能力をも打ち消す、謎の力。

88: 2012/07/18(水) 23:14:11.27 ID:nE0vsstG0
だが、垣根は冷静になって考えていた。
上条の幻想頃しはたしかに恐ろしいが、あくまで打ち消すだけだ。
防御には優れていても、攻撃手段は殴る蹴るといったものしかない。
ならば距離を離せばいい。一番いいのは飛翔することか。
飛んでしまえば上条は手の出しようがない。後は上条が力つきるまで上空からいたぶればいいだけだ。
もしくは異能を使わないで―――拳銃などで攻撃すれば防ぐ手段はないはずだ。

つまり、『幻想頃し』は破れなくとも、『上条当麻』は破ることができる。
『未元物質』が『幻想頃し』に及ばなくとも、『垣根帝督』は『上条当麻』を撃破できる。

そう考えた垣根は再び絶対の自信が全身に漲るのを感じた。
自信を持つということは能力者にとって必要不可欠だ。

89: 2012/07/18(水) 23:16:18.44 ID:nE0vsstG0
能力者の能力は『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を土台として発動する。
演算能力があっても『自分だけの現実』が脆弱では能力は発現しない、あるいはしても低レベルになるのだ。
『自分だけの現実』とは簡単に信じる力・妄想力と言ってもいい。
たとえば潜在的に温度操作の能力を秘めている人でも、水は火にかけなければ沸騰しないと信じ込んでいれば温度操作の能力は顕現しない。

つまり、思い込みや自尊心の強い者ほど強度の高い能力が発現しやすいともいえる。
それが超能力者ともなると、その『自分だけの現実』の強固さは計り知れない。
超能力者は人格が破綻している、と言われるのもこれに由来しているのだろう。『闇』に生きている者が多いのも理由のひとつであろうが。
たとえば、第一位の一方通行。第二位の垣根帝督。第四位の麦野沈利。第五位の食蜂操祈。
みな傲岸不遜といってもいい性格の持ち主だ。
第三位の御坂美琴だけが例外とされるが、彼女とてそれを誇示はせずとも自らの力に自信を持っていることに違いはない。

90: 2012/07/18(水) 23:18:04.03 ID:nE0vsstG0
問題はねえ。妙な右手を持ったところで、それが勝敗を決するわけじゃない)

落ち着いて対処すれば上条は敵ではない。美琴は自分には遠く及ばない。
垣根は冷静かつ客観的な分析の結果、油断さえしなければあの二人を下せると判断した。
だが、美琴の能力使用などお遊び程度のものしか見れていない。あの程度ではあまり参考にはならない。
まだ全般的に情報が足りない。美琴の協力者になり得る者もまだ上条当麻しか判明していないのだ。
幻想頃しにいたっては分からないことが多すぎる。

(帰ったら調べさせるか。超能力者すら無効化するほどの力だ。暗部になんらかの情報があってもおかしくねえ)

91: 2012/07/18(水) 23:24:09.03 ID:nE0vsstG0




垣根は自宅につくなりすぐに『スクール』の上役に連絡をとった。

『垣根帝督、なにか用ですか?』

「上条当麻。幻想頃し。これらについて徹底的に調べ上げろ。どんなロックがかかっていてもだ」

『それは今回あなたが就いている任に関係が?』

「大有りだ。分かったらさっさとやれ」

『承りました。結果は追って連絡します』

必要最低限の事項のみを伝え、すぐに通話を切る。
仲良くおしゃべりするような関係でもないし、したいとも思わない。
学園都市の上層部など垣根が一番忌み嫌っている手合いだ。

ベッドに腰掛け、コンビニで買ってきた弁当を開けようとしたその時、携帯がけたたましく鳴った。
ディスプレイを確認する。

『非通知』

調べるにあたってなにか聞きたいことでもあるのか、あるいは報告の催促か、と思って電話にでると、そのどちらも外れだった。

『ひとつ大切なことをお伝えするのを忘れていました』

「なんだ」

『次の『仕事』についてです―――』

92: 2012/07/18(水) 23:27:05.37 ID:nE0vsstG0








御坂美琴はその日、ルームメイトに起こされて目を覚ました。

「おはようございます、お姉様」

「……う~ん。おはよう、黒子」

伸びをしながらルームメイトに挨拶を返す美琴。
彼女の名前は白井黒子。美琴と同じ常盤台中学の一年生で、美琴をお姉様と呼び敬愛している。
彼女たちのいる部屋は常盤台中学の女子寮の一室だ。
お嬢様学校らしい上品な部屋だが、ところどころに美琴の趣味で置かれたゲコ太グッズがある。

「まだ首が少し痛いわね。全く、もうちょっと加減してくれてもいいじゃない」

着替えながらブツブツ呟く。
美琴は昨日門限を破ったため、寮監から制裁を食らっていた。
この寮監というのが問題で、半端な強さではないのだ。
常盤台中学の入学条件の一つに強能力者以上というものがある。それはつまり、常盤台生は全員強能力者以上ということ。
寮監は身ひとつでそんな生徒たちを軽くねじ伏せてしまうのだ。
たとえ、相手が大能力者や果ては超能力者であっても。
一体彼女は何者なのだろうか。

93: 2012/07/18(水) 23:28:15.34 ID:nE0vsstG0
「そういえばお姉様、昨日は聞けませんでしたが、あんな時間までどちらへ行かれてましたの?」

「ちょっと友達と、ね」

美琴がそう返すと、何故か白井の様子が一変した。

「友達……? 時間的に常盤台の方ではないし、初春でも佐天さんでもないとなると……
はっ!! あの類人猿ですのね!? そうなんですのね!? むきぃぃぃぃぃ!!
お姉様は渡しませんわあぁぁぁぁぁ!!!」

発狂した白井は美琴に飛び掛った。
彼女は美琴を愛するあまり、たびたび変態的な行動にでる。
それを美琴が軽くあしらう、というのがいつもの展開なのだが……

「ちょっ! 離れなさいよアンタ! いやらしい手つきで触んなってか朝からサカってんじゃないわよー!!」

94: 2012/07/18(水) 23:29:34.64 ID:nE0vsstG0
白井の手が美琴の顔や肩をなでていく。このままでは胸にまでいきそうだ。
いつもならこの辺で美琴が電撃で撃退するのだが……

(駄目。やっぱり今までみたいには撃てない)

美琴は垣根を誤射してから、無闇に力を振るわないようにしていた。
あの時も垣根が能力者でなければどうなっていたか分からない。これは冥土帰しにも忠告されたことだ。
しかし、現在進行形で背中に張り付いている変態をどうにかしなければ自らの貞操が危ない。
そこで美琴は間違っても事故にならないように、繊細な調整の末に電撃を放った。

「ああああん! いつもより刺激が足りないですわよ! この程度では黒子の愛を止めることはできませんわ!!
……はっ!? もしやこれは焦らしプレイ!? 新境地の開拓!?
今日のお姉様は女王様タイプですnあばばばばばばば!!」

95: 2012/07/18(水) 23:30:33.01 ID:nE0vsstG0
しかしやはり撃退するには火力が足りなかったようで、少しだけ威力を上げることにする。
電撃を浴びながら恍惚とした表情を浮かべて悶えている白井を見て、美琴は大きなため息をついた。
変態要素さえなくなれば、友達想いの心優しい後輩なのだが。

いまだに余韻にひたっている白井に一言断ってから、美琴は洗面所で洗顔や歯磨きを済ませる。
ようやく通常モードに戻った白井の身支度が整うのを待って、一緒に朝食をとるため食堂に向かった。




この日、美琴はえらくご機嫌だった。授業の内容は全く頭に入ってきていないが、さして問題にはならない。
常盤台が大学レベルの授業を行っているとはいえ、学園都市第三位の頭脳を持つ美琴には今さら改めて聞かされるようなものでもないのだ。

一般に、学園都市において能力者のレベルと頭の良さは比例する。
学園都市第一位とは即ち、学園都市最高の頭脳の持ち主を指すように。
だが、注意しなくてはならないのはレベルの高さ=頭の良さは成り立っても、頭の良さ=レベルの高さが成り立つとは限らない、ということだ。
いわゆる必要条件だとか十分条件の話である。

96: 2012/07/18(水) 23:34:57.86 ID:nE0vsstG0
『素養格付(パラメータリスト)』、というものがある。
それは学園都市の最高機密のひとつで、全ての学生の才能が記録されている。
それはつまり誰が無能力者止まりで、誰が超能力者にまで上り詰められるのかが人目で分かるということだ。

弱冠十四歳で美琴が超能力者の第三位まで至ることができたのは、その『素養格付』に証明される才能があったからというだけではない。
それはハードルを置かれると飛び越えずにはいられないという性格に裏打ちされた長年の弛まぬ努力によるところが大きい。
そういったところも高く評価され、美琴は多くの人間に尊敬されている。
後輩や同輩ならともかく、先輩にまで「御坂様」と呼ばれたりもするのだ。
御坂美琴は輪の中心に立つことはできても、輪に混ざることはできないとは白井黒子の談である。
実際、この言葉は的を射ている。
美琴が友達として対等な関係を望んでも、周りからすれば美琴は尊敬の対象であり、対等にはならない場合がほとんどだ。

対等に見てくれる存在がいない。この孤独は超能力者の宿命のようなものでもある。
だからこそ自分を『第三位』でも『超電磁砲』でもなく、『御坂美琴』として見てくれる友人たちは非常に大切な存在なのだ。
それは白井黒子であり初春飾利であり佐天涙子であり、そして上条当麻であった。
しかし、最近新しくもうひとり自分を対等に見てくれる友達ができた。

97: 2012/07/18(水) 23:38:36.43 ID:nE0vsstG0
それが美琴をご機嫌にしている、理由。

その友人の名は垣根帝督。
初め、彼が超電磁砲か、と問うてきたときは若干警戒もした。もしかしたら偶然ではなく故意的に接触してきたのではとも深読みした。
超能力者だと分かって近づいてくる者にいい思い出がないからだ。

だが彼は美琴が超能力者だとわかっていながら、恐れも、特別扱いもせずに普通に接してくれた。
友達になれるかもしれない。上条当麻のように、垣根となら対等な関係を築けるかもしれない。美琴はそう思った。
もしかしたら気付いていないだけで、邪な目的があって接触してきたのかもしれない。でも、それでも、人を疑うよりは信じたいから。

ある日、美琴と垣根と上条の三人で遊びに行った。
朝、出かけた先で偶然垣根を発見し、一緒に朝食をとった。上条との関係をおちょくられ、新しい能力の使用法を教えてくれた。
セブンスミストで、ゲコ太パジャマを合わせているところを垣根に見られ、言外に子供趣味だと馬鹿にされた。
ゲームセンターでは、レースゲームでビリだったことを二人にからかわれた。
ボーリング場では、垣根といつまでもほぼ互角だったため、上条を置き去りに二人で負けるものかと意気込んだ。
その後も完全下校時刻を過ぎても遊び続けた。

美琴が内心わずかながら感じていた疑いは跡形もなく消え去った。
軽口だし、見た目もホストやチンピラのようだけど、決して悪い人じゃないと、そう思った。
たとえ向こうがそう思っていなかったとしても、美琴にとっては垣根はもう友達になっていたのだ。

98: 2012/07/18(水) 23:39:52.92 ID:nE0vsstG0
結局今日は最後まで授業に身が入らなかった。
特に予定もないのでまっすぐ帰ろうとすると、メイド姿の少女に声をかけられる。

「みさかみさかー、なんでそんなにご機嫌なんだー?」

土御門舞夏。繚乱家政女学校に通うメイド見習いである。
見習いとはいえ彼女は実地研修も許されるエリートメイドだ。その研修先がここ常盤台中学なのである。
ただし、本人曰く「完成されたメイドさんよりもある程度不完全なメイドさんのほうが需要が高い」らしい。
彼女はいつも清掃用ロボットの上に乗りクルクルと回っているのだが、流石に学内では乗ってはいない。

「ああ土御門。別に大したことじゃないわよ」

「そうかー? ニヤニヤして気持ち悪いぞー。上条当麻となにか進展があったのかー?」

「なんでそうなるのよっ!」

即座に反論する美琴。

99: 2012/07/18(水) 23:40:47.44 ID:nE0vsstG0
一方の舞夏はその反応を図星だと捉えたのか、むふふと意味ありげに笑った。

「うむうむ。若きことは良きかな良きかな。青春してるなー、みさか」

「だから違うっつーの!」

舞夏はもうそう決め付けてしまっているらしい。
だが今回は本当に上条関連ではないので、必氏に否定する美琴。その必氏さが勘違いの一因であることには気付かない。

「照れなくていいんだぞー。さて、みさかの話を聞いてやりたいのはやまやまなんだが、私はもう行かなければならないのだ。
用事があるからなー。ではまたなー、みさか」

一方的に納得して舞夏は去っていった。残された美琴は本日二度目のため息をついた。

(土御門の勘違いが始まる前に本当のこと話せばよかったかなー)

そう後悔するが、それはそれで気恥ずかしい。普通は友達がひとり増えたからといってここまで上機嫌にはならないだろう。
だが美琴は違う。彼女は有能で、人望があるからこそ孤独なのだ。この孤独は同じ超能力者にしか分からないだろう。
そんな美琴だから、対等な友達ができた、というのは一大イベントだったのだ。

寮に帰ると、白井が美琴のベッドに寝転がり、枕に顔を埋めていた。

100: 2012/07/18(水) 23:48:37.11 ID:nE0vsstG0
「……何やってんのよ、アンタ」

美琴はバチバチと全身に電撃をまとわせている。

「ハァハァ……お姉様の臭いがしますわ……ってお姉様!?」

美琴の臭いをかぐ悪癖にひたっていた白井だが、バチバチという音に顔をあげるとそこには紫電を纏う怒れる雷神の姿があった。
白井はひきつった笑いをつくりながら弁明する。

「お、おほほほ……嫌ですわお姉様。なにか勘違いをなさっておりませんこと?
わたくしはつまづいて転んだだけですわ。たまたま倒れた先がお姉様のベッドだっただけですのよ……」

いつもならここは軽いのが一発飛んでくるような場面だ。
しかし美琴はあっさりと電撃をおさめ、まあいいわ、と自分のは白井に占拠されているため白井のベッドに倒れこんだ。

101: 2012/07/18(水) 23:49:33.15 ID:nE0vsstG0
拍子抜けしたような表情をした白井だったが、すぐになにか思いついたようだった。

「お姉様。やっぱりなにか良いことがおありに? ずっと嬉しそうなお顔をなさってていますし、昨日お帰りが遅かったのもそれでしょう。
類人e……もとい、例の殿方でもないといっておりましたし、どうしたんですの?」

「まぁ、言っても問題はないかな。友達ができたのよ」

「お姉様……」

白井はその一言で全てを理解したようだった。
彼女は美琴のパートナーとして誰よりも近くで美琴を見てきた。
対等に見てくれる存在が美琴にとってどれほどありがたいかくらい知っている。
美琴はやはり嬉しそうに話し出した。

「垣根帝督っていってね。見た目こそ不良みたいだけど、良い奴よ。そういえば大能力者って言ってたから、アンタと同じね」

102: 2012/07/18(水) 23:50:55.43 ID:nE0vsstG0
「垣根さん、ですの。機会があれば一度お会いしてみたいですわね、その殿方と」

「今度黒子も一緒に来る? きっと仲良くなれるわ」

「よろしいんですの?」

「構わないわよ。一応垣根に確認はとるけどさ。じゃあ予定が決まったら連絡するわね」

美琴は携帯を取り出し、次はいつ遊べるか、というメールを垣根に送信した。

「時にお姉様。三日後は予定大丈夫ですの? 初春が久しぶりに四人で遊びたいと言ってますの」

この四人というのは御坂美琴、白井黒子、初春飾利、佐天涙子のことだ。ちなみに初春は白井と同じ風紀委員である。
前はしょっちゅうこのメンバーで遊んでいたものだが、言われてみれば最近はあまり四人そろったことはないような気がする。
特に予定も入っていないので了承すると、美琴はシャワーを浴びにバスルームに向かった。

(四人そろうのは久しぶりね。そういえば佐天さんとはだいぶ会ってないわね)

熱いシャワーを浴びながらふと佐天のことを考える美琴。
佐天涙子は初春と同じ柵川中学校に通っている一年生だ。
彼女は無能力者で、超能力者である美琴とは色々あったが、間違いなく親友であると胸をはって言える。

(三日後には佐天さんにも会えるのかぁ。なんだか楽しみになってきたわね―――)

116: 2012/07/19(木) 22:11:00.88 ID:MMWw0PiG0
第一章 竜虎相見える Level5_Level5.




「仕事だ」

金髪にサングラスをかけた筋肉質な男―――土御門元春は同室にいる他の三人に告げた。
夜遅くに緊急召集がかかったせいか、みな不機嫌そうな顔をしている。

「面倒くせェ。どうせまたゴミみてェな雑魚散らしだろォが」

ソファに腰掛けている白髪で赤い眼をした缶コーヒを飲んでいる少年――― 一方通行。
彼は七人しかいない超能力者の第一位だ。つまり、学園都市最強の能力者。

「自分たちに回ってくるような仕事にまともなものがあるとは思えませんし。仕方ありませんよね」

そう言ったのは貼り付けたような胡散臭い笑顔を浮かべている海原光貴。

「それで、仕事の内容は?」

髪を頭の後ろで二つにまとめ、上半身はサラシを胸に巻きブレザーを羽織っているだけで、下はミニスカートという露出度の高い女性、結標淡希。


土御門元春、一方通行、海原光貴、結標淡希。
彼ら四人を総称して『グループ』と呼ぶ。
垣根帝督率いる『スクール』と同じく、社会の裏にいながら表舞台を守るために活動している学園都市の暗部組織だ。

117: 2012/07/19(木) 22:11:58.68 ID:MMWw0PiG0




「ある組織が一般人を攫って人質にとり、とある人物の殺害を目論んでいる。
人質を救出しそれを未然に防ぐのがオレたちの仕事だ」

「はァ? そンなの警備員の領分じゃねェのか。なンで『グループ』が動かなきゃいけねェンだ」

「その組織がどこなのかは分かってるんでしょうね?」

結標は軍用の懐中電灯を弄びながら聞いた。
彼女の有する能力は『座標移動(ムーブポイント)』。転移する際に手を触れる必要がない、空間移動系最高とも言われる能力だ。
彼女はこの自由度の高すぎる力に基準を設けるために軍用ライトを使用している。

「第四位率いる『アイテム』。オレたちと同じく学園都市の闇に潜む組織だ。
『アイテム』のこの行動は上層部から与えられた仕事ではなく、独断によるものらしい」

118: 2012/07/19(木) 22:12:43.22 ID:MMWw0PiG0
「なるほどなァ。上からすれば飼い犬が勝手に暴走してんのが気に入らねェってか。
ハッ、くっだらねェ。任務が人質の救出だけなら結標だけで十分だろ。わざわざ俺まで呼びつけてンじゃねェよ」

「いいや、一方通行。お前にこの仕事は断れないさ。絶対にな」

「……なンだと?」

帰ろうと思っていた一方通行はその言葉にピクリ、と身を震わせた。
一方通行の脳裏をよぎったのは黄泉川や芳川、そして打ち止め(ラストオーダー)といった者たちを人質にとられた可能性。
もしそうなら目の前の金髪野郎を挽き肉にしなければならない。

「勘違いするな、オレもそこまで命知らずじゃないさ。
最初に言っただろう? 『アイテム』は人質をとってある人物を殺そうとしてる、ってな」

「もったいぶってないで早く言いなさい」

「それで? その『アイテム』は誰の殺害を?」

「第三位の超能力者―――超電磁砲 御坂美琴」

119: 2012/07/19(木) 22:13:26.10 ID:MMWw0PiG0
「なンだと!?」

「御坂さんですって……!」

「だから言っただろう? お前にこの仕事は断れない。
まあ、それは海原にも言えることだがな」

暗部にいる者は暗部にいるだけの理由が存在するものだ。
それは人によって様々であるが、『グループ』のメンバーはみな『表』に生きる大切な人を守るために戦っている。
そして海原光貴の守りたい人こそがその超電磁砲、御坂美琴なのだ。

そして一方通行には御坂美琴の間に複雑な事情がある。
絶対能力進化計画。妹達。
加害者と被害者というにも語弊のあるなんとも形容しにくい関係なのだが、一方通行は彼女と同じ顔をした少女たちを守ると誓っている。
当然、それはオリジナルである御坂美琴も例外ではない。

「事情が変わった。オイ、もっと詳しく話を聞かせろ」

120: 2012/07/19(木) 22:14:12.72 ID:MMWw0PiG0
「まず、救出対象の人質に取られた一般人というのは何者なの?」

「『佐天涙子』」

土御門はおおよそ暗部とはかけ離れた生活を送っている少女の名を口にした。
当然、三人は佐天のことなど知っているはずもなかった。

「どなたです?」

「佐天涙子は『闇』とは一切関わりのない普通の女学生だ。柵川中学一年。能力も無能力者」

「要するに完全な一般人なわけですね。それで、その方が人質にとられてしまったわけですか」

「この佐天涙子というのは超電磁砲の親友らしい。
友人を傷つけられた超電磁砲がどういう行動に出るか、彼女の性格を考えれば明らかだろう?」

ここにいるメンバーは全員美琴と関わりがある。
土御門だけは直接的に関わったわけではないが、海原はもともと美琴を守るために暗部に入った。
一方通行はあの『実験』で自らの命をなげうってでも妹達を守ろうとする美琴を見ている。
結標も『残骸』の件で『実験』の再開を、悲劇を繰り返させないために動いた美琴と対峙した。
そんな彼らは美琴が友達を見捨てるような人間ではないことをよく分かっていた。

121: 2012/07/19(木) 22:15:09.85 ID:MMWw0PiG0
「不幸にもこの子は超電磁砲を誘き寄せるエサに選ばれてしまったわけだな」

「その子が選ばれたのに理由はあるの?」

「超電磁砲の親友で無能力者だったからやりやすかったからだろう。
他に目を引いたのは『幻想御手(レベルアッパー)』くらいのものだ」

「『幻想御手』? それはなんですか?」

「『幻想御手』か。聞いたことがあンぞ。たしか共感覚性を使って脳波のネットワークを構築、演算能力を底上げするとかそンなヤツだろ」

『幻想御手』は木山春生という科学者がある子供たちを助けるために開発したものだ。
これを使えば簡単にレベルが上がる。そこに偽りはない。ただ、払わされる代償も大きかった。
無能力者の佐天は大能力者の白井や超能力者の美琴にコンプレックスを抱いていて、危険だと感じていながら『幻想御手』に手を出してしまった。
その結果彼女は全てを失いかけたが、この一件は彼女を精神的に成長させるいいきっかけとなったようだった。

ちなみに一方通行は知る由もないが、『幻想御手』は『妹達』のミサカネットワークを参考に作られたものである。

122: 2012/07/19(木) 22:16:04.23 ID:MMWw0PiG0
「大体合ってる。佐天涙子はそれを使って痛い目を見たようだな」

「まぁそんなうまい話ないわよね。代償なく簡単にレベルがあがるなんて」

能力開発とは本来年単位の時間をかけてじっくりと行うもの。
短時間で急激にレベルがあがるなど、まずありえないのだ。

「話がそれてンな。『幻想御手』なンてどォでもいい。
その女を拾ってオリジナルがどォこォされちまう前に『アイテム』を潰せばいいンだろ」

「『アイテム』の殲滅は依頼にない。もう一度言うがオレたちがやるべきは人質の救出、超電磁砲殺害の阻止だ」

「結局同じことだと思うけど。
けど超電磁砲は『表』の人間よ? 『アイテム』がそこまでして狙う理由は何?」

「待て」

土御門は端末を操作し暗部のデータを引き出した。
学園都市の最暗部である『アイテム』と同等のセキュリティレベルを持つ『グループ』の権限を使って、第三位に関する情報を検索。
すると、目を引くものがひとつ。

「……これだな。八月に超電磁砲は『アイテム』と交戦、これを退けている。
理由になりそうなものはこれくらいしか見つからない」

123: 2012/07/19(木) 22:17:24.08 ID:MMWw0PiG0
それを聞いた一方通行はハッ、と嘲うように口元を歪めた。

「よォするに、負け犬の集まりが今さらになって復讐しようとしてるってかァ?
なンとも情けない犬共だ。しかもそのために『表』の人間を巻き込もうたァな。
いよいよもって救いようがねェ。負け犬は負け犬らしく隅っこでちぢまってろってンだ」

一方通行が許せないのはそこなのだ。
彼は『表』の人間を『闇』に巻き込むことをよしとしない。悪党には悪党なりのルールがある。
一般人を巻き込まないというのは、『闇』に生きる以上最低限守らなければならないルールだと一方通行は考える。
だからこそ、許せない。
佐天涙子という『表』の人間を巻き込もうとしている『アイテム』が。
くだらない復讐のために御坂美琴を狙う『アイテム』が。

(だがクソ共の大掃除は二の次三の次だ。先ずは人質の一般人とオリジナルからだな)

124: 2012/07/19(木) 22:18:21.91 ID:MMWw0PiG0
「一般人を巻き込んで事を起こそうとしてるなら、早く動くべきでは?」

そう提案したのは海原。「一般人」とは言ったものの、それは佐天と美琴というより美琴ひとりを指すニュアンスが強い。

土御門が答えようとした瞬間、彼の携帯がけたたましく鳴った。
相手は『グループ』の上役。応答すると、一言二言交わしてすぐに電話は終わった。
PDAに送られてきた情報を確認すると、土御門は珍しく少し焦ったような表情を浮かべチッ、と舌打ちした。

「マズいことになった」

「どうしたの?」

「『アイテム』がどこで事を起こすか、その場所が分かった。
第十学区にある廃棄された研究施設。もう戦闘が始まっているらしい」

それを聞いた三人の顔色が変わる。
一方通行は近代的なデザインの杖を手に跡が残るほど力強く握り締めた。

(オリジナルの殺害……させるかよ、絶対に!)

「行くぞ、今すぐだ」

各々が動き出す。能力を使った戦闘がメインであるため、準備といった準備もあまりない。
今から行って間に合うのか。着いた時には全て終わってしまっている可能性もある。
間に合うと信じて、否、間に合わせるしかない。

(オリジナルは第三位の超能力者。
以前にも『アイテム』を一度撃退しているらしいし、そう簡単にやられはしねェはずだ。
とはいえ、敵は超能力者も擁する暗部組織だ。
おまけに目的のためには一般人を巻き込むことも厭わないときた。危険な相手に変わりはねェ、か―――)

125: 2012/07/19(木) 22:19:13.56 ID:MMWw0PiG0









『グループ』が動き出す数時間前。

この日、御坂美琴は友人である白井黒子、初春飾利、佐天涙子の四人で遊んでいた。
今四人はとあるファミレスにいた。

「こうして四人そろうのは久しぶりですね」

「そうだねー。白井さん身長も胸も全然成長してませんね!」

初春と佐天は学校が終わった後直接ここへ来たので二人とも制服姿だ。
美琴と白井も制服なのだが、こちらは常盤台中学の校則で外出時も制服着用が義務付けられているからである。
オシャレにも興味深々な年頃なのでこの規則は非難轟々かと思いきや、意外とそうでもないようだ。
常盤台には美琴のような例外もいるものの、やはり深窓のお嬢様が多いので服屋にいって気に入った服を買って着る、といった行為には縁がないのかもしれない。

「こんな短時間で成長してたら怖いですの! 佐天さんがおかしいだけですわ」

フン、と顔を背ける白井。確かに佐天の胸は中学生にしてはかなり大きいと言えるだろう。

126: 2012/07/19(木) 22:20:10.10 ID:MMWw0PiG0
「うらやましいわね~その胸」

美琴は自身の胸を見てハァ、とため息をついた。
美琴も白井も年齢的に普通サイズなのだが、いかんせん周りがメロンばかりなので相対的に小さく見えてしまう。

(でも、母さんはあんなだし……これから、よね?)

半ば自分に言い聞かせるようにそう思う美琴。
現実には胸の大きさは遺伝とはあまり関係がないと言われている。
胸骨や胸筋は遺伝の要素を受けるかもしれないが、大きさとなると話は別。
だが生活習慣によって変わるため、美琴も努力すればいくらでも可能性はあるのだ。

「もう胸の話はやめましょうよ~。私たちがみじめなだけです。どうせ佐天さんのひとり勝ちなんですから」

初春が唇を尖らせて抗議する。
佐天はニマァ、と笑みを広げて初春に抱きついた。

「拗ねる初春も可愛いぞ~!!」

「きゃあ! もう、やめてください佐天さん!!」

四人がガールズトークをしていると、注文したデザートが運ばれてきた。
店員がそれぞれの前にそれぞれの品を置いていくが、初春と白井、特に初春は他の二人より明らかに多めだった。

127: 2012/07/19(木) 22:20:42.91 ID:MMWw0PiG0
「初春……ちょっと多くない?」

「そうですかー? これくらいは普通です。これ新商品なんですよ」

平気な顔でケーキを頬張る初春。テーブルには大きなパフェや違う種類のケーキなどもある。
どれも「ウルトラミサイルパフェ」やら「ハイパープラズマショートケーキ」やらとんでもない商品名だ。
そのボリュームも名前負けしないものになっている。
どんどんそれらを消化していく初春に、佐天は「あはは……」と乾いた笑い声をあげた。

「黒子……太るわよ」

それを聞いた白井は目を光らせ口を歪めて美琴に掴みかかった。

「お姉様は今言ってはならないことを言いましたのいくらお姉様といえどそれは禁句ですの
言わないでくださいまし言わないでくださいまし言わないでくださいましぃー!!」

キィー! と金切り声をあげる白井を必氏におさえつける美琴。
佐天にも協力してもらいようやく白井が平常通りに戻ったころには、初春は大量にあったデザートのほとんどを食べつくしていた。

128: 2012/07/19(木) 22:21:20.42 ID:MMWw0PiG0









「「「特殊部隊?」」」

佐天の言葉に三人は思わず聞き返してしまう。

「そうですよ! 非合法な特殊部隊! 表舞台の裏で暗躍する組織! なんかロマンがありません?」

「ロマンって……佐天さん……」

「まーたなにかの都市伝説ですの?」

呆れた目で佐天を見る白井。
佐天はいわゆるミーハーで、いろんな噂話や都市伝説に興味を示す。
それがきっかけで事件に巻き込まれたこともある。
それが理由で、三人はあまり都市伝説に入れ込みすぎないで欲しいと思っているのだが、佐天のこの気質は簡単には変わらないようだ。

「都市伝説じゃないですよ。誰でも一度は想像しません?
存在が隠された組織。なんか事件とかを圧力で揉み消したり、それに所属する特殊な戦闘訓練を受けた部隊!
はっ、もしかしたら超能力者もいたりして!?」

129: 2012/07/19(木) 22:22:05.57 ID:MMWw0PiG0
「佐天さん……妄想が膨らみすぎよ」

そう注意したのは美琴だが、彼女は佐天の話がそれほど妄想でもないことを知っていた。
もちろん、佐天はただの想像で話しているのだが、美琴はそういった『闇』の存在を知るほどには暗部に関わっていた。
量産型超能力者。絶対能力者進化計画。残骸。
どれも、一般人ではその影もつかめないほどの暗部だ。

佐天がそういったものの存在を知ったわけではないと分かっていても、学園都市の『闇』を知る美琴にはあまり笑える話ではなかった。
もしかしたら、もしかしたら佐天が持ち前の好奇心で『闇』と関わってしまうかもしれない。
そうなったら間違いなく佐天はただではすまないだろう。
もちろんそんな可能性など皆無に等しい。学園都市の『闇』は、一般人の好奇心でたどり着けるほど浅くはない。
それでも気分のいい話ではなかったので、美琴は「妄想だ」と切り捨て、さりげなく話をそらそうとした。

「え~、絶対あると思うのにな~」

「まあ確かに風紀委員や警備員でも上からの命令で動けなくなったりすることもありますけど、おそらく統括理事会でしょうし。
そのような怪しげな組織があるとは思えませんわね。映画かなにかの影響ですの?」

「そんなことよりも佐天さんもデザート食べましょうよ。ここ美味しいですよ~」

「初春……追加注文したの?」

130: 2012/07/19(木) 22:26:12.13 ID:MMWw0PiG0
初春は結構な量を食べていたのに、さらに追加注文していた。
これだけ甘いものを食べて太らないのはもう一種の才能のようにも思える。
ちなみに一応言っておくと、彼女とて体重を全く気にしていないわけではない。
なのに何故こんなに甘いものを食べるのか。彼女曰く、「そこに、それがあるからです」だそうだ。
世界の誰もが納得する理由である。多分。

それからも四人は話に花を咲かせた。ネタは尽きないのだろうか、と疑問を抱くほどに。
美琴はこの何気ない日常を噛み締めていた。
当然だと思っていた日常は、ちょっとしたことで驚くほど簡単に失われることを分かっていたから。
だからこそ、こうした一コマ一コマを大切にしたい。

もともと放課後の集まりだったので、それほど時間に余裕があったわけでもなかった。
門限が近かったので美琴と白井は二人に別れを告げ、帰路についた。

「久しぶりにみんなで話せて楽しかったですの」

「そうね。あの二人には大体なんでも話せるし。やっぱり持つべきものは友達よね」

「わたくしもお姉様にはなんでもオープンですわよ? たとえばわたくしの溢れんばかりのお姉様への愛とか……」

「それは永遠にしまっときなさい」

131: 2012/07/19(木) 22:26:46.52 ID:MMWw0PiG0
寮に着き、食事を済ませて後は風呂に入って寝るだけになった時、白井の携帯が鳴った。
白井の携帯は見た目はやたら近未来的だ。
だが肝心のその実用性はというと、白井曰く「小さいから画面が見にくい、無くしやすい、ボタンが押しにくい」で三拍子そろっているらしい。
美琴も見た目だけのただのハッタリ携帯という評価を下している。
美琴は買い換えれば? と提案もしたことがあるのだが、これより近未来的な携帯が出ればすぐにでも買い換えたい、だそうだ。
あくまで重要なのは見た目がどれだけ未来的かどうかであるらしい。

「もしもし、白井ですの。初春、こんな時間になんですの? これからお姉様との熱い夜が待っていますのに…… ッ!?
それは本当ですの!?」

電話に出た白井が突如大声をあげる。なにか嫌なことが起きたのは明白だ。

「分かりましたの。すぐに向かいますわ!」

「ちょっと黒子、なにがあったの!?」

白井は一瞬動きを止め、美琴に話すべきか逡巡したようだったが、すぐに口を開いた。
美琴も無関係ではないと判断したのだろう。

132: 2012/07/19(木) 22:27:41.95 ID:MMWw0PiG0
「……実は、佐天さんが何者かに攫われたらしいですの。
わたくしたちと別れた後。佐天さんと初春が二人でいる時に」

「……ッ。佐天さんが……。初春さんは今どこに?」

「今は風紀委員の一七七支部にいるらしいですわ」

「すぐに向かうわよ黒子。空間移動(テレポート)お願いね」

「了解ですの!」

白井が美琴の手を掴むとすぐに二人の姿が掻き消える。
白井の有する能力は空間移動。文字通り空間を移動する能力であり、あらゆる三次元的制約を無視できる。
大能力者の彼女の空間移動は最大重量一三〇,七kg、最大飛距離八一,五mであり、連続で自身を転移させることで時速にして二八八kmもの速度を出すことができる。
これを使えば普通に支部に向かうより遥かに速く着くことができる。
門限もとっくに過ぎていたが、そんなことはお構いなしに空間移動し続ける。今は親友が危ない。

白井と美琴は闇に沈んだ街を舞う。

144: 2012/07/20(金) 21:30:19.48 ID:Nsujh2cA0
「初春さん!!」

支部に着いた二人が見たのは、パソコンでなにかの作業をしている初春の姿だった。
彼女の目は赤く腫れており、かなり号泣したであろうことが窺い知れる。

「白井さん! 御坂さんも! すいません、私、何もできなかったんです……!
佐天さんが目の前で連れ去られるのを見てることしか出来なくて……!!」

二人の姿を認めると、初春は再び泣き崩れてしまった。
初春飾利には力がない。親友が誘拐されるのをただ見ていることしか出来なかった彼女の悔しさはどれほどのものか。

「落ち着きなさいな、初春。どういう状況だったんですの?」

145: 2012/07/20(金) 21:31:01.77 ID:Nsujh2cA0
白井とて落ち着いてなどいられなかった。だが三人そろって熱くなったところで、状況は好転しない。
努めて冷静に振舞う白井を見て初春も落ち着きを取り戻したのか、ぽつぽつと話し始めた。

「……お二人と別れた後、ちょっと寄り道して佐天さんと一緒に帰ったんです。
その帰り道の途中に、車が私たちの近くに止まって、三人か四人くらいの黒服の人が降りてきて……
いきなり佐天さんを攫っていきました……。私も佐天さんも抵抗したんですが……
ただ、何者かは分かりませんが間違いなく素人じゃありませんでした。誘拐も本当にあっという間でした」

「最初から佐天さんが狙いだったってことね。それで初春さんは何してるの?」

初春の広げているノートパンコンにはメモリーカードが挿さっている。
どうやら先ほどからこれを解析していたようで、ディスプレイには複数のウィンドウが開かれている。
この状況で作業しているのだから、なにか関係のあるデータなのだろうと当たりをつけた美琴が尋ねた。

146: 2012/07/20(金) 21:31:29.57 ID:Nsujh2cA0
「これはその人たちの一人が落としたものです。
なにかしら手がかりがあるかと思って。ロックも甘いのでもうすぐ解析できますよ」

言って初春はディスプレイに目をやり、キーボードに指を走らせる。
解析は初春に任せて、美琴と白井は犯人について考え込む。

「まず思い浮かぶのはスキルアウトですが、初春の口ぶりだとそれはなさそうですわね。
どうやらプロの犯行のようですし」

「初春さんを無視して佐天さんだけを誘拐したってことは、最初から佐天さんだけを狙った犯行。
超能力者の私や風紀委員としてスキルアウトとかを捕まえまくってるアンタならともかく、佐天さんは完全な一般人だし言い方は悪いけど無能力者。怨恨の線は薄そうね」

「かと言って身代金目当てでもないようですの。
そうなら佐天さんだけを攫った理由が説明できませんし、なにより学園都市の学生のほとんどが親元を離れての寮生活ですから」

(佐天さんを誘拐すること自体が目的ではない? もしかしたら目的は他にあって、佐天さんはそのための踏み台?
佐天さんを攫うことで起こりうる事態……もしかしたら……)

147: 2012/07/20(金) 21:32:20.71 ID:Nsujh2cA0
美琴はひとつの可能性に行き着いた。
外れて欲しい可能性。実際この推測が当たっている確率は低いだろう。
だが、そうなら最悪だ。佐天の命も危ない。

「……お姉様? どうかしましたの?」

どうやら表情に出てしまっていたようで、白井が心配そうに美琴の顔を覗き込む。
白井としても美琴が心配なのだ。
美琴のパートナーを務められるのは自分だけだと自負している白井は美琴の性格をよく知っている。
直情型であれこれ考えるより先に体を動かすタイプ。親友を傷つけられた彼女がどう動くかなんて火を見るより明らかだ。
そういう時こそ自分が冷静にならなければならない。
美琴のストッパーとならねばならない。白井はそう考えているのだ。

「解析できました!!」

作業を終えた初春が叫ぶ。二人はすぐにやってきてディスプレイを覗き込んだ。
表示されていたのはとある施設の設計図。

148: 2012/07/20(金) 21:33:00.13 ID:Nsujh2cA0
「施設の設計図みたいです。調べてみたところ、第十学区にある廃棄された研究施設のようですね」

「第十学区といえば、人気も少なく研究施設が多く立ち並ぶ学区ですわね」

「それも第十学区の中でも特に人気のないところにあるみたいです」

そこに佐天がいるのか。もしかしたら罠かもしれない。
だが行くしかない。手がかりは他にないのだ。
美琴はすぐに向かおうとしたが、白井に呼び止められた。

「お姉様」

「止めても無駄よ。佐天さんは私の親友なんだから」

「止めるつもりはありませんの。ただし、私も行きますわ。
そもそもどうやって第十学区まで向かうつもりだったんですの?
わたくしの空間移動で行くのが一番速いですわよ」

149: 2012/07/20(金) 21:33:28.09 ID:Nsujh2cA0
美琴は少し悩んだ。もし犯人が美琴の想像通りだった場合、大規模な戦闘になる可能性がある。
そこに大切な後輩を連れて行っていいのか。怪我を負わせてしまうのではないか、と。
だが、次の白井の言葉で美琴は折れることにした。

「お姉様、佐天さんはわたくしの親友でもありますの」

「……そうね。そうよね。じゃあ黒子、頼んでもいいかしら?」

「お任せを!」

「お二人とも、気をつけてくださいね。無事に帰ってきてくださいよ」

そう言う初春は悔しそうな表情を浮かべていた。佐天が攫われるのを見ていることしか出来なかったうえ、今も二人を見送ることしか出来ない。
おそらくそれがどうしようもなく悔しいのだろう。

150: 2012/07/20(金) 21:34:18.77 ID:Nsujh2cA0
「……初春、あまり自分を責めてはいけませんの。
監視カメラなり衛星なりをジャックして施設の動きを見張っててくださいまし。妙な動きがあったら教えてくださいな」

「ははは~さらっと凄いこといいますねー白井さん」

「出来ないんですの?」

返事は分かっている。白井は初春の情報処理能力の高さをよく知っている。
それこそ、本当に衛星にクラッキングをかけられてもおかしくないほどの腕を初春は持っている。

「まさか」

初春も軽い笑みを浮かべてそう返してやる。
適材適所、初春はサポートに徹してこそその力を発揮する。なにも最前線で戦えないからといって悲観することはない。
彼女もまた、違う形で戦いに望む。

美琴は二人のやりとりを見て満足そうな笑みを浮かべると、二人に向けて号令をかけた。



「それじゃあ、行くわよ!!」

163: 2012/07/21(土) 21:42:29.87 ID:Z9sf+Ial0









佐天涙子は手首に鈍い痛みを覚えて目を覚ました。

「うっ……。こ、ここは?」

あたりを見渡すとそこはまるで人が使っていた研究室のような部屋だった。
すぐ近くには学生が使うような勉強机があり、その上には何冊もの科学的な参考書や文献が整然と並べられていた。
壁には視力検査用の紙が掛けてあり、流し台の隣にはコーヒーメイカーが置いてある。
ベッドも三つほど並べられていて、入り口のドアの上を見ると『RESTORE ROOM』と書かれた札が下がっている。
だが、そのどれもがそれなりに埃を被っているあたり放置されてそう短くないようだった。

痛みを感じた手首は後ろ手に縛られていた。動かすとロープが食い込んで痛みが走る。
よく見ると足首も同じように縛られていたが、こちらはそれほどきつくはない。
とりあえず身を起こし、記憶の整理を試みる。
初春と一緒に帰っている途中に怪しげな連中に襲われて、それから……

164: 2012/07/21(土) 21:43:11.02 ID:Z9sf+Ial0
「それから……どうなったの?」

こんな知らない場所にいるのだから、気絶させられて連れ去られたのだろうか。
状況を理解してきたところで、外からコンコン、とドアをノックする音が聞こえてきた。

「目を覚ましましたか」

ドアを開けて入ってきたのはやはり少女だった。
年齢は佐天と同じくらいに見える。つまり一二、一三くらいか。
ニットのワンピースを着ていて、肩に届かないくらいの長さの茶髪。
この少女は。

「絹旗最愛、といいます」

絹旗最愛。学園都市の暗部組織『アイテム』の一員であり、大能力者の高い戦闘能力を誇る。
絹旗は机がかぶっている埃を払ったが、それによって埃が舞い上がりケホケホと咳き込んだ。
「埃のくせに喧嘩売ってんですか」と訳のわからないキレ方をして、机に腰掛けて話し始めた。

165: 2012/07/21(土) 21:43:52.21 ID:Z9sf+Ial0
「まず最初に言っておきますが、私たちは貴女に危害を加えるつもりは超ありません。
私個人としても一般人の貴女を利用するのはわずかばかりの良心が超痛みます」

あれだけ強引に誘拐しておいて、この少女は危害は加えないという。
佐天からしてみれば危害を加えられないのはありがたいのだが、では何のために攫われたのか。
とにかく聞きたいことは色々ある。答えが返ってくるかはともかく。
質問しようとしたところで再び手首に痛みが走る。やはり必要以上にきつく縛られているようだった。

「痛っ……」

思わず声を出した佐天を見て、絹旗はすぐに原因に気付いたようだった。

「どうやら相当きつく縛ってあるようですね。ちょっと待ってください」

そう言うと、絹旗は拘束を緩める。解いて自由にしてくれたわけではないが、かなり楽にはなった。

166: 2012/07/21(土) 21:44:18.73 ID:Z9sf+Ial0
「あ、ありがとう」

絹旗は一瞬何を言われたのか分からない、といった表情をしていたが、すぐにクスッと笑った。
嘲笑したわけではない。佐天を馬鹿にしたような笑みではない、素直な笑みだった。

「全く、超おかしな人ですね、貴女は」

「えっ? な、なにが?」

「だって貴女は突然得体の知れない連中に超誘拐されたんですよ?
もっと泣き叫ぶなり抵抗するなりが超普通です。それをしないどころか攫った相手に礼をいうなんて……
貴女、本当に超一般人なんですか?」

167: 2012/07/21(土) 21:45:13.14 ID:Z9sf+Ial0
絹旗に言われて佐天は自分でも驚くほど冷静でいることに気付いた。
たしかにこの少女の言う通り、もっと取り乱してもいいはずだ。こういった状況に慣れているわけでもないのだ。
スキルアウトに絡まれた時のほうがよっぽど動揺していた気がする。

「多分……あなたが悪人には見えないから、かな」

「は?」

思わず気の抜けた声を出す絹旗。佐天に言われた言葉をすぐには理解できなかったようだ。

「……何言ってんですか。貴女を攫った犯人の一味にかける言葉とは超思えませんね。
超正気なんですか?」

「うん。自分でも変だとは思うけど、なんかあまり悪い人には見えない」

168: 2012/07/21(土) 21:45:50.03 ID:Z9sf+Ial0
「……だとしたらそれは貴女の超勘違いってやつですよ。たしかに一般人はあまり巻き込みたくないと思ってはいますが、それだけです。
私はただのクソッタレですよ。人を超頃したことも一度や二度じゃない。もともとそういう屑野郎が超集まるところなんですよ」

佐天はギクッとした。目の前の少女はどう見ても自分と同じくらいの年齢だ。
そんな彼女は何度も人を頃した経験があるという。一体どうしてそんなことになってしまったのか。
殺人をしたことがあるというだけで異常なのに、まだ幼さの残る少女がそれをしているという異常。

「……あなたは、何者なの?」

「その質問には超お答えできません。話すわけにもいきませんし、貴女も知らないほうが超幸せだと思いますよ」

「私を攫った理由は?」

「残念ながらそれも超お答えできません。ですが、おとなしくしていれば貴女は無傷で超解放されるはずです。
私たちのリーダーもそう言ってましたし」

169: 2012/07/21(土) 21:46:50.80 ID:Z9sf+Ial0
踏み込んだ質問には答えない。予想通りといえば予想通りであったが、なんとなく佐天は慣れていると感じた。
この少女はこういった行為を過去にもしたことがあるのだろうか。殺人まで経験してるくらいだ。
佐天は少し質問を変えた。個人的に少し気になっていることがあった。

「じゃあ質問を変えるね。あなたは能力者なの?」

「はい。詳細は超話せませんが、大能力者です」

大能力者。軍隊において戦術的価値を見出せるほどの強大な力。
この少女はさきほど「もともと屑野郎が集まるところだ」と言った。
推測するに、おそらくこの学園都市には想像もつかないような血にまみれた世界が存在する。
それこそ、昼ファミレスで話していたような。
そして、絹旗はその世界に所属している。そこは力のない者は生きていけないような世界なのだろう。

「望んだわけでもないですけどね。ちなみにリーダーは超能力者ですよ」

170: 2012/07/21(土) 21:47:36.37 ID:Z9sf+Ial0
なんて恐ろしい世界なんだろう、と佐天は思った。
何故この少女がそこまで堕ちたのかは分からない。だが、絹旗は「望んだわけじゃない」と言った。
もしかしたら、望まぬ大きな力が発現したばかりにそんな世界に堕ちてしまったのかもしれない。
もし絹旗が自分のように無能力者だったらどうなっていただろう、と考える。
佐天は絹旗の住むような『闇』について何も知らない。無能力者でも関係なく堕ちる者は堕ちるのかもしれない。
でも、やはりそういう世界では高位能力者のほうが重要視されるのではないか、と佐天は思う。
リーダーが超能力者、という話からもそれは窺えた。

171: 2012/07/21(土) 21:48:20.38 ID:Z9sf+Ial0
もし、絹旗が無能力者だったらどうなっただろう?
もし、そのリーダーが超能力者じゃなかったら?
もし、自分が超能力者だったら自分もここまで堕ちていただろうか?

もし、もし、もし。
そんなifをいくら考えても仕方ないと分かっていても、やはり考えてしまう。
かつて佐天は力のない自分に嫌気がさして、力ある者を妬み『幻想御手』に手を出した。
だが、こういう世界を知ってしまうと大きな力があるからといってそれが良いことだとは限らないとも思えた。

無力故に力を欲した佐天と。
おそらくは力を持ってしまったが故に、こんなところまで堕ちてしまった絹旗。

172: 2012/07/21(土) 21:52:14.63 ID:Z9sf+Ial0
力があるのとないのと、どちらが幸せなのだろう?
佐天は無能力者だが、普通に学校に通い、普通に友達を作り、普通に生活を送っている。。
日常生活で無能力者だからといって特別不便があるわけでもない。
つい自虐的になってしまうことと、スキルアウト等に絡まれた時に身を守る方法がないくらいだろう。
だが、前者は自分の気持ちの持ちようの問題だし、無能力者なんて珍しくもない。なにせ学園都市の学生の六割が無能力者なのだ。
後者においてもそういう時のために風紀委員や警備員がある。
能力者の方が進学に有利に働いたりもするが、無能力者だからといって進学できないわけでもない。

そう考えると、佐天には望まぬ大きな力を持った人のほうが、いくらか語弊があるがよっぽど不幸に感じられた。
発現する能力の種類やレベルを選ぶことはできない。
それはつまり才能のない人間を苦しめると同時に、大きすぎる力を“持ってしまう”ことも避けられないということで。
能力が発現した時から大能力者、なんてことは稀だ。普通は時間をかけて努力しレベルアップしていくものである。
しかし“稀”ということは、少なからずそういう人間も存在するということ。
絹旗がその“稀”だったのかどうかは分からないし、それは一般に羨ましがられるものであるはずだ。
だが、そのせいで『闇』に堕ちた者からすればそれはどうなのか。

173: 2012/07/21(土) 21:54:14.52 ID:Z9sf+Ial0
無能力者にはそういった高位能力者の悩みを理解することが出来ない。
たとえば学園都市第三位の御坂美琴。超能力者を努力で勝ち取った彼女にもまた、大きな力を持つが故の苦悩があるはずだ。
それこそ血の滲むような努力の果てに勝ち取った超能力者の称号。
それはたしかに彼女に栄光をもたらしたのだろうが、果たしてそれだけだったのか。
絹旗のように、その力を持ったことにより生じた苦しみがあったのではないか。

174: 2012/07/21(土) 21:55:04.25 ID:Z9sf+Ial0
勝手に力のある白井や美琴を妬み、強者には自分のような弱者の気持ちなんか分かりっこない、と信じていた。
美琴にも超能力者特有の悩みがあるだろうに、彼女は親身になって無能力者を理解しようとしてくれた。
それなのに、向こうは理解しようと努力してくれたのに。
こっちは理解しようとしなかったばかりか、超能力者に無能力者の苦しみが分からないように無能力者には分からない苦しみが超能力者にあることに気付きもしなかった。

「…………ッ」

ギリッ、と歯を食いしばる佐天。

175: 2012/07/21(土) 21:58:12.69 ID:Z9sf+Ial0
醜い。佐天はそう思った。一方的に嫉妬を剥き出しにしたことが情けない。
対照的に御坂美琴はなんと強いのだろう。
美琴には遠く及ばないと思った。力の強弱とは違った部分でも、彼女の足元にも及ばない。
佐天はこの時、何故美琴があれほどまでの人望を有しているのか、何故白井黒子があれほどまでに美琴を慕っているのか、真に理解できたような気がした。

佐天は知る由もないが、超能力者は美琴だけでなく力を持ったが故の悲劇がある。
第一位には分かりやすい悲劇がある。彼があれほどの力を持っていなければ、『実験』が行われることもなかっただろう。
第二位と第四位も同じようなものだ。あまりにも強大すぎる力を持った二人は『闇』の中の『闇』、最深部まで沈んでしまった。
第三位はその力を見初められて本人の与り知らぬところで悲劇が生まれた。『妹達』という巨大な首輪から逃れることはできない。
第五位にも『闇』との接点があるが、彼女の場合その能力が人格形成に多大な影響を与えた。力を持ったために他人を一切信じることができなくなってしまった。
第七位は他と比べれば軽いが、その複雑怪奇な能力が科学者の興味を引いた。研究所をたらいまわしにされ、体と脳を散々いじくられた。

強すぎる力は悲劇を招く。もし彼らが無能力者だったら、果たしてどうなっていたか。

176: 2012/07/21(土) 21:59:35.80 ID:Z9sf+Ial0






沈黙する佐天を、絹旗はじっと見つめていた。なにかに苦しんでいるようにも見える。
彼女が何を考えているのかは分からないが、この状況だ。意外に気丈そうだったが、やはりまいっているのかもしれない。
絹旗は一般人を巻き込んだことを苦々しげに感じていた。

―――『アイテム』の目的は、御坂美琴を頃すことだった。正確には、『アイテム』のリーダーである麦野沈利の目的は、だが。
八月に美琴と交戦し、撃退された時から麦野は美琴へのリベンジ戦を決意していた。
だが、『絶対能力進化計画』を知り、このまま放置したほうが面白そうだと彼女は思った。
このまま学園都市の『闇』の底に沈め。苦しんだ挙句無様に氏んでいけ、と。
しかし計画は頓挫。その後の『残骸』事件も解決され、結局美琴は一度も『闇』へ堕ちることもなく日常へと帰っていった。
それが麦野には面白くなかった。
いつでもハッピーエンドになるわけじゃない。学園都市の『闇』の深さを骨の髄まで教えてやろう、と考えたのだ。
つまりこれは、上層部の依頼でもなく、『アイテム』としての行動でもなく、麦野沈利個人の暴走といえる。

177: 2012/07/21(土) 22:00:30.72 ID:Z9sf+Ial0
もともと彼女は頭に血が上ると周りが見えなくなり、思慮の欠けた行動をとりがちになる。
美琴を誘き出す作戦も、本来もっと練ったものになるはずだった。
だが美琴の性格を考えた結果、彼女の仲間を攫えばそれだけで十分だと麦野が判断したのだ。
これには一刻も早く美琴を頃してやりたいという麦野の思いもあった。
美琴への殺意ばかりが先行し、普段なら使わないだろう人質という手段も躊躇わなくなっていた。
そこでエサに選ばれたのが、佐天涙子。
結果この作戦は非常に単純ではあるが、たしかな成果を挙げることとなった。

178: 2012/07/21(土) 22:01:09.45 ID:Z9sf+Ial0
『アイテム』のメンバーはこれに反対した。
絹旗最愛、滝壺理后、フレンダ=セイヴェルン。
この三人、特に前者二人は一般人を巻き込むことに強い抵抗があったのだ。
しかし麦野に逆らうことは出来なかった。それでもせめてと三人が麦野に確約させたのが、佐天涙子を無傷で開放すること。
正直絹旗はその約束も守られるか危惧していた。麦野沈利とはそういう人間だ。
特に最近の暴走は目に余る。ついていけない、彼女はそう感じていた。

絹旗は佐天の監視役だが、彼女に危険が迫った場合逃がしてやるつもりでいた。滝壺とフレンダにもそれは話してある。
麦野の逆鱗に触れることになるかもしれないが、それでも悪党なりのルールというものがあった。
一般人を巻き込まない。これは絹旗にとって守るべきことだった。

絹旗がこれからどうするかについて思いを馳せていると、彼女の携帯が鳴った。
ディスプレイを確認する。表示されていた名前は、『麦野沈利』。

179: 2012/07/21(土) 22:03:18.80 ID:Z9sf+Ial0
投下終了。
馬面は犠牲になったのだ……

225: 2012/07/25(水) 00:56:09.96 ID:Qx8SU8E50









「ここね」

美琴と白井は研究施設に到着していた。
かなり大きめの施設だ。何故廃棄されたのかは知らないが、物は多く残されているようだった。

「どこから入るかが問題ですの。やはり定石通り裏口にでも回って……」

「正面突破あるのみよ」

そう言うと美琴は策を巡らす白井をよそに正面玄関の扉を破壊して入っていってしまった。
もともと美琴は小細工をする気はなかった。するだけ無駄だと分かっていたからだ。

「ちょ、ちょっとお姉様!? いくらなんでも正面からは……」

「コソコソしたって無駄よ黒子。私たちが来たことはもうバレてると見て間違いないわ」

226: 2012/07/25(水) 00:57:20.79 ID:Qx8SU8E50
白井はどこか釈然としない様子だったが、あまりにも美琴が自信ありげに断言するので黙ってついていくことにしたようだった。
廃棄されてどれほど経つのか、あたりにはよく分からない機械やらが散乱していて、かなり埃がたまっていた。
コンセントのようなものもいたるところにのびていて、それらに混じって明らかに場違いなぬいぐるみが多数置かれていたことに美琴と白井は気付かなかった。

しばらく進むと、少し大きな部屋に出た。
天井の一部は吹き抜けになっており、見上げるとそれなりの高層建築物であることを改めて実感する。
壁には多くのモニターと操作端末がついており、その隣には巨大な一枚の硬質ガラスが張られている。
覗いてみると中は少し下がっていて、培養カプセルらしきものが立ち並んでいた。
美琴はそれを見て妹達を連想し、苦々しげな表情を見せた。
もしかしたらあのカプセルは本当に妹達用で、ここも『絶対能力進化計画』の研究所のひとつだったのかもしれない。

227: 2012/07/25(水) 00:57:48.67 ID:Qx8SU8E50
「今までと打って変わって、途端に研究所らしいところに出ましたわね」

入り口からここまでの間、あまり研究所といった感じの場所ではなかった。
つまり、おそらくはここから先がこの研究所の核ということだ。

「ここからはいつ何が起きても不思議じゃないわ。黒子も気をつけ……ッ!?」

瞬間。
美琴は何者かが上から迫ってくるのに気付いた。
美琴は常に全身から微弱な電磁波を発している。それは本当に弱いものであり、AIM拡散力場と同じく常人にそれを知覚することは出来ない。
しかし、超能力者ともなると電磁波の反射の具合で正確な空間把握が可能となる。
その電磁波の範囲内であれば視覚外であっても認識可能だし、迎撃も可能。つまり彼女に不意打ちは一切通用しないのだ。
あくまで“彼女”には。

上のフロアから吹き抜けを使って飛び降りてきた襲撃者の狙いは、美琴ではなく白井だった。

「黒子ッ!!」

228: 2012/07/25(水) 00:58:31.03 ID:Qx8SU8E50
白井も美琴に言われ襲撃者の存在に気付いたようだったが、遅い。

ドゴッ!! と。
嫌な音がした後、襲撃者に殴り倒された白井はそのまま倒れこんだ。

「く、ろこ……? 黒子!?」

慌てて白井に駆け寄る美琴。どうやら頭部を殴打されたようだ。
白井の体をゆさゆさと揺さぶる。意識のない人間を強く揺さぶるのは危険なのだが、美琴はそれを失念していた。
白井が目を覚ます様子はない。
大事な後輩の危機に正常な判断を下せなくなり激しく取り乱した美琴に、襲撃者の声が背後からかかった。

229: 2012/07/25(水) 00:59:39.32 ID:Qx8SU8E50
「超安心してください。気絶させただけです」

冷静さを取り戻して確認してみると、たしかに気を失っているだけのようだった。
しかし白井が傷つけられたことに変わりはない。美琴はその眼に怒りの炎を燃やしながら振り向いた。

「アンタ、誰の後輩に手ぇ出したか分かってんでしょうね……!!」

バチバチ、と全身に電撃を走らせる。
深くフードをかぶった襲撃者は降参、といった具合に両手をあげた。

「私ではどうひっくり返っても貴女には勝てませんから。目的は超達成したわけですし、ここは退かせてもらいます」

両手をあげた襲撃者の袖から小さなカプセルが零れる。それはそのまま床に落ちて割れ、中身が噴出した。
白い煙のようなものが立ち込める。
襲撃者がそれに乗じ逃げ出したのに気付き美琴は逃がすまいと電撃を放とうとしたが、煙が目にしみて演算に集中できない。
僅かな演算の遅れにより襲撃者を取り逃がしてしまった。追おうとしたが、もはや目にしみるどころか激痛が走り、その場に膝をついた。

230: 2012/07/25(水) 01:00:42.30 ID:Qx8SU8E50
(これ……催涙性のガスか……! それもやたらと強力な……油断した!)

しばらくしてようやく痛みが引いた時にはとっくに襲撃者は消えていた。どこに行ったのか見当もつかない。
美琴は硬く拳を握り締めたが、すぐにふぅ、と一息ついて全身の力を抜いた。
逃がしてしまったものは仕方ない、これから切り替えて行こう。そう考えた美琴はとりあえず白井をどこかへ運ぼうとした。

だがその瞬間、息つく間もなく二度目の襲撃がかかった。
後ろ上方から壁を破壊しながら―――否、溶かしながらといったほうが正確か―――青白い光線のようなものが恐るべき速度で迫ってくる。
すぐに察知した美琴は咄嗟に横に跳びそれをかわす。
一瞬前まで美琴がいた場所には溶けたような大穴があいていた。
当然、壁も床も柔らかくはない。しかし光線はまるで紙かなにかのようにやすやすと突き破ってきた。

(あ、危なかった。これは……)

231: 2012/07/25(水) 01:01:41.72 ID:Qx8SU8E50
なにかが頭にひっかかったが、すぐに二撃目三撃目が飛んできたので考えている暇はなかった。
そのまま後ろへ移動してかわすと次から次へと光線が撃ち込まれてくる。
狙いは美琴。白井は標的になっていないことに気付いた美琴は、急いでその場を離れた。これで白井が巻き込まれることはない。
光線の狙いは的確だった。
すぐに回避しきれなくなった美琴は、磁力を用い高速かつランダムに、立体的に動いて回避を試みた。
幸いここは研究所。壁も床も全て金属だ。
だが、それでも光線は狙い違わず美琴の通った場所を貫いていた。少しでも動きを止めたら直撃するだろう。
金属も紙のように貫くあれを受けたらただでは済まないのは明らかだ。
美琴の背中に冷たいものが流れた。

232: 2012/07/25(水) 01:02:39.35 ID:Qx8SU8E50
(おかしい。いくらなんでも狙いが正確すぎる。向こうに私の居場所を特定できるような能力者が?
いや、それよりこれはあの時の……)

美琴にはこの光線に見覚えがあった。
『絶対能力進化計画』を止めるために研究所を破壊して回っていた時に交戦した女性が使っていたものだ。
やたらと狙いが正確なのもその時と同じ。以前は黒髪の少女がその女性をサポートしていたようだったが、今回も同じなのだろう。
おそらく今交戦している相手はその女性と同一人物。ならば、

(予想通りね。敵は学園都市の暗部の連中。目的は佐天さんではなく私。
全く、悪い予想に限ってあたるこの現象は一体なんなのかしら、ねッ!!)

233: 2012/07/25(水) 01:04:08.24 ID:Qx8SU8E50
美琴はこの一方的な状況を打破すべく、光線が撃ち込まれたその瞬間に入れ違いのようにコインを弾いた。
超電磁砲。学園都市第三位たる彼女の代名詞でもある。
光線によって空いた穴に音速の三倍もの速度で超電磁砲が撃ち込まれ、轟音を立て巨大な穴を空けた。
その大穴の中を進んでいくと、女性二人の姿が見えた。
一人は長めの茶髪に明るい色のコートを着ている。
もう一人はジャージを着ているのだが、こちらの少女は何故か疲れ果てている様子で今にも倒れてしまいそうだ。

「滝壺、あんたはもういいわ。『体晶』の使いすぎよ。二人と一緒に下がってなさい」

「むぎの……。うん、分かった」

(体晶……?)

黒髪の少女の能力に関わる何かだろうか。
麦野と呼ばれた女性は滝壺という少女を下がらせると、美琴の目前に立った。
その立ち振る舞いは堂々としていて、そこらの能力者とは比較にならない気迫があった。
ニヤリと獰猛な獣のように笑って、言った。

「よう。久しぶりだなァ、超電磁砲」

234: 2012/07/25(水) 01:05:26.32 ID:Qx8SU8E50









美琴と麦野が対峙したころ、『アイテム』のメンバーであるフレンダ=セイヴェルは美琴の侵入を内心ビクビクしながら待ち構えていた。
というのも、彼女は八月に美琴と戦った経験があり彼我の戦力差をよく分かっていたからである。
もとより彼女の役割は美琴を倒すことではなく、麦野がやってくるまで足止めすることだった。
それでもその前にこちらが倒されてしまう可能性が高かった。
実際美琴は既に麦野と交戦状態に入っているのだが、施設が広すぎるせいか、それとも防音性が高いのかそれに気付いていなかった。

235: 2012/07/25(水) 01:06:36.84 ID:Qx8SU8E50
そんなフレンダだから、何者かが侵入してきたことに気付いた時は焦っていた。

(ちょ、ちょっとマジで来ちゃったの!?
なんでよりによって私のとこに来るのよ!? 不幸って訳よ~!!)

ビビリながら確認してみると、それは茶髪で長身の男性。御坂美琴ではなかった。

(誰? 一般人なわけはないし、『アイテム』でもない。
超電磁砲の仲間ってのが一番線が通る、かな? ならあいつを仕留めれば撃破ボーナスがゲットできるって訳よ~!)

(超電磁砲じゃなければどうにでもなる。あの時みたいに施設中に仕掛けておいて正解だったって訳よ)

236: 2012/07/25(水) 01:11:54.63 ID:Qx8SU8E50
起爆用リモコンを用い男の近くにある爆弾を仕込んだぬいぐるみを四つ爆発させる。
何も知らずに歩いていた男は爆発に飲み込まれた。
轟音と共にあたりが粉塵につつまれる。
だがフレンダは攻撃の手を休めない。
起爆用ツールであらかじめ床、壁、天井問わず張り巡らせておいた導火線に着火させる。
本来はドアなどを焼ききるために使うものだが、それを攻撃に応用したフレンダ独特の使い方だ。
それにより男の真上の天井がコマ切れに切断され、大量のコンクリート片が男へ降り注ぐ。

(完 全 勝 利)

間違いなく氏んだ。不意をついてのあれで生きているはずがない。
勝利を確信したフレンダは狂喜乱舞している。

「いぇ~い!! ボーナスゲットォ!!
結局このフレンダ様にかかればこんなもんって訳よ!!」

237: 2012/07/25(水) 01:12:35.82 ID:Qx8SU8E50
早くもギャラの使い道を考えていたフレンダだったが、突如吹いた謎の突風に思考を中断する。
明らかに自然風ではない。第一ここは屋内だ。
まさか、と思い先ほど男を潰した瓦礫の山を振り返るフレンダ。
すると、振り返った彼女の目前にコンクリート片が迫っていた。

「!?」

咄嗟に身を捻りギリギリで回避に成功する。
何事かと再び瓦礫の山を確認すると、そこにはたしかに潰したはずの男が立っていた。

無傷。
フレンダの攻撃は全て命中した。明らかに耐えられるものではなかった。
だというのに、目の前の男は傷ひとつ負ってないどころか埃すら被っていなかった。

238: 2012/07/25(水) 01:19:10.76 ID:Qx8SU8E50
(能力者? それも高位の…… ちっ、面倒な……!)

「痛ってえな」

本当にそうなのか分からないほど自然に、男は言った。

「そしてムカついた。まずお前から粉々にしてやる」

「くっ……!」

男の能力がどういうものかは分からない。
だがフレンダは仲間の絹旗最愛のような能力だと推察した。
『窒素装甲(オフェンスアーマー)』。
周囲の窒素を集めて鎧とし、攻守共に優れた力を発揮する大気操作系亜種。
それは銃弾程度では傷ひとつつけることはできない。

この男も爆弾と天井の崩落を無傷で切り抜けているあたり、そうした防御系の力なのは間違いない。
だがフレンダは無能力者。それが分かったところでどうしようもなかった。
彼女にできるのは、男の防御を貫けることに賭けて最高の一撃を叩き込むことのみ。

239: 2012/07/25(水) 01:19:39.23 ID:Qx8SU8E50
男がゆっくりと近づいてくる。
対してフレンダは冷や汗を浮かべながら背中にこっそりと手を回し、導火線の起爆用ツールを取り出す。

(あと少し。あと三歩……いや四歩)

(今だ!!)

フレンダは数本の起爆用ツールを使い、何本かの導火線に着火する。
それは先ほどと同じく男の真上の天井を切断し、そのまま男へ降り注ぐ。
違うのはコンクリート片に混じり予め仕込んでおいた三〇、いや四〇はあろうかという爆弾入りのぬいぐるみも降り注いでいたこと。

またも轟音を立て瓦礫が男に直撃するも、やはり無傷。
だがそれでいい。これで倒せないのは先の攻撃で分かっていたことだ。
フレンダはスカートの下からライターのような物を落とした。
スタングレネード。
それは床に着いたと同時にバァ!! と炸裂し、男の視覚と聴覚を潰す。

240: 2012/07/25(水) 01:20:21.55 ID:Qx8SU8E50
予め耳栓を装着していたフレンダはすぐさま追撃を図る。
スカートの中から何かを六つ取り出した。
それは三〇cm程度の長さの棒の先に、サメのような目と牙が描かれたスペースシャトルの形をしたものが取り付けられていた。
それを両手の人差し指と中指、薬指、そして小指を使ってそれぞれ挟み動けなくなっている男へ向け射出する。

フレンダの取り出したそれは携行型対戦車ミサイルの弾頭。
恐ろしい速度で突き進む弾頭は数m程進んだところで着火し、爆炎を撒き散らしながら男に着弾する。

ドッガァァァァン!!!!

途轍もない爆発音をたて弾頭は爆発した。
それだけではない。その炎が大量のぬいぐるみに一斉に引火し、四〇ほどの爆弾が起爆する。
ドン!! と建物が一瞬真下からの衝撃を受けたかのように大きく縦に揺れた。
次々とさらなる爆発音が追加され、あたりを爆炎が舐め尽す。

241: 2012/07/25(水) 01:21:13.69 ID:Qx8SU8E50
耳栓をつけていなかったらフレンダの耳がどうにかなっていただろう。
スカートの中から学園都市製の酸素スプレーを取り出し、爆発によって失われた酸素を補給する。
とにかくこれで終わった。フレンダは今度こそ勝利を確信していた。

(ここまでやって生きてたらバケモンって訳よ。万一生きてたとしてももう氏にかけのはず)

壁や天井は大爆発によって吹き飛ばされ、彼女の体を熱波が襲う。
何に引火したのか、どんどん炎は燃え広がりあたりはもう火の海だ。
勢いを増した炎がフレンダの仕掛けた多くの導火線を伝い、いたるところに設置した爆弾仕込みのぬいぐるみに引火しながら施設全体に回っていく。
施設のあちこちから爆発音が聞こえ、火の手は大きくなる一方。
明らかにもうこの施設は駄目だ。
普段爆弾を使う時は自らの安全のために威力を抑えるフレンダが、危険を承知の上でここまでしたのはそうまでしなければあの男は倒せないと思ったからだ。
さっさとここを離れようと背を向けた時、聞こえるはずのない声がした。

聞こえるはずのない、声がした。

「あ~あ。聞きてぇこともあったんだが、もういいや。
もう一度言うぜ。ムカついた」

242: 2012/07/25(水) 01:24:31.69 ID:Qx8SU8E50
フレンダの動きがピタリと止まる。
何か背中に冷たいものが走る。冷や汗が止まらない。
ゆっくり、ゆっくり振り返ると無傷の男がすぐ近くまで歩いてきていた。
一瞬、視界に純白の翼のようなものが映ったような、気がした。
あれだけやって尚傷ひとつつけられないこの男。

(ま、さか……超能力者!?)

あれをまともに食らえば防御能力を持つ大能力者、絹旗最愛でも間違いなく耐えられない。
しかし学園都市にはたった七人だけ、あらゆる常識を根底から覆す圧倒的存在がいる。
それが超能力者。
『アイテム』のリーダー、麦野沈利と同じ。
彼女の力を幾度となく見てきたフレンダは超能力者というのがいかに圧倒的なものであるか理解していた。
それは凶暴で、理不尽で、強大で、常識の外にいる存在だ。

243: 2012/07/25(水) 01:25:37.61 ID:Qx8SU8E50
「あ…あぁ……」

ガタガタと体が震えだす。歯もガチガチと鳴り出した。
彼女が“恐怖”というものを真に理解した瞬間だった。

男はついにフレンダの眼前に立ち、口の端を吊り上げて言った。

244: 2012/07/25(水) 01:26:15.26 ID:Qx8SU8E50






「絶望しろコラ」






瞬間、ゴァ!! と男を中心に正体不明の爆発が巻き起こる。
フレンダはあっさりと吹き飛ばされ、下へと降りる階段に取り付けられている手すりに背中を強かに打った。
手すりはその衝撃で壊れ、フレンダ=セイヴェルンはそのまま男に見下ろされながら下層へと落下していった。

305: 2012/07/26(木) 23:51:45.48 ID:1RzJrzut0









第三位と第四位。二人の超能力者は静かに対峙していた。

「やっぱりあんたね。私は会いたくなかったけど」

相手は超能力者。それも第四位だ。
出来れば相手などしたくはなかった。もともと美琴の目的は佐天の救出であって、麦野を打倒することではない。
だが、麦野の目的は美琴を頃すことだ。交戦は避けられそうになかった。
麦野は獰猛に嗤って言った。

「あのまま大人しく闇の底まで沈んでいればよかったものを。
テメェも超能力者なんだ。いつまでも綺麗でいられると思ってんじゃねえぞガキが。
テメェを見てるとムカつくんだよ、いつも救いがあるとでも?」

「いつだって最後はハッピーエンド、なんて思ってないわよ。
私だって学園都市の『闇』を少しは知ってる。そんな甘いとこじゃないってのも分かってるつもり。
でも私は簡単には堕ちてやらない。躊躇いなく人を殺せるアンタや……第一位みたいには絶対なってなんかやらない」

306: 2012/07/26(木) 23:52:32.71 ID:1RzJrzut0
「ハッ、笑わせんな。知ってんだぜぇ、超電磁砲?
テメェが不用意に提供したDNAマップのせいで二万体ものクローンが製造され、その半分ほどが氏んだ。
これだけの悲劇の元凶であるテメェが何を今さら善人ぶってやがんだ。
第一、テメェはその力のたった一%でも振るえばあっさりと人を殺せる化け物なんだよ。
そんな大量殺人犯が、化け物が、人並みに生きようなんて夢をみてんじゃねぇ」

「なるほどね。つまり、アンタは堕ちずに『表』に生きてる私が羨ましいんだ?
全く見苦しいったらありゃしないわね」

美琴は出来るだけ相手を小馬鹿にしたように答えると、麦野の様子が一変した。
憎悪を隠しもせずに醜く顔を歪め、彼女の能力である原子崩し(メルトダウナー)を怒りに任せ四、五発美琴に発射した。
原子崩しは電子を粒子でも波形でもない曖昧な状態にとどめることで、外部の影響を受け付けない擬似的な壁をつくる能力だ。
それを高速で叩きつけることで対象を貫く特殊な電子線となる。正式名称は『粒機波形高速砲』。
簡単に言ってしまえばなんでも貫く破壊光線なのだが、これは電子の操作という部分で電撃使いと共通するところがある。

美琴はそれを利用し、放たれた全ての原子崩しに干渉し曲げてみせた。これは八月に戦った時にも利用した技術だ。
ちなみに言うと、麦野もまた美琴の電撃に干渉して曲げることが可能である。

307: 2012/07/26(木) 23:53:09.56 ID:1RzJrzut0
「笑わせんじゃねえぞクソガキ!
私が『そっち』に憧れてる? はっ、ふざけるなよ。私みたいなゴミはもうとっくにそんな段階は通り越してんだよ!
テメェなんかに何が分かる!? 私の居場所はヘドロみてぇな『闇』の底なんだよ!!」

美琴の発言がなにかに触れたのか、感情を爆発させる麦野。
けれど、彼女は気付いているのだろうか。本当に『表』に未練がないのなら、何を馬鹿なことを、と鼻で笑えたはずだ。
「とっくに通り越した」ということは以前は『表』へに憧れがあったが、今はそんなことを言えないほど深くに来てしまったということ。
つまり、今さら「戻りたい」なんて言えないだけで戻れるものなら戻りたい、という思いが少なからずあるということで。

美琴はそれに気付いたのか、小馬鹿にしたような表情を緩めて口を開いた。

「もしかして、アンタは……」

308: 2012/07/26(木) 23:54:12.61 ID:1RzJrzut0
突然、ドン!! と。
建物全てが揺れるような大きな衝撃が走った。
足元が揺れ、体制を崩す二人の超能力者。
更にドォン!! となにかが爆発するような爆音が鳴った。それは一度きりではなく、連続して何度も鳴り続けた。
ここで美琴は、あることに気付いた。
夏休みに麦野たちと交戦した時、施設中に爆弾を仕掛けていた少女がいなかったか?

「くっ……―――」

あの少女が誰かと戦っていてこれらを使ったのか、それともなにかのきっかけで偶然爆発したのか。
いずれにしろ、建物の中にあったものにも引火して火の手まで上がっていた。
振動は止まらない。爆発もまだ続いている。大きくなる火。
見切りをつけた美琴は磁力を使いその場から離れた。麦野との戦いなどどうでもいい。
どこから脱出するかを考えていると携帯に着信が入った。
こんな時に誰かと思い一応確認してみると、『初春飾利』。

309: 2012/07/26(木) 23:54:50.24 ID:1RzJrzut0
「もしもし!」

『御坂さん! すぐに脱出してください!! すぐに施設全体が火の海になります!!』

初春は白井に言われた通りずっと施設の監視をしていたのだろう。
だが、美琴はまだ目的を果たしていない。

「それは分かってる! でも佐天さんがまだ見つからないのよ!!
ういは―――」

そこでひときわ大きい揺れがきて、それによりバランスを崩した美琴は携帯を落としてしまった。
美琴の手を離れた携帯はそのまま勢いよく燃える炎の中へと消えていった。
少しの間それを見つめていたが、すぐに行動を再開した。時間がない。
一刻も早く佐天を助け、白井を回収して脱出しなければならない。出来なければ待っているのは氏だ。
……それが美琴自身の氏か友の氏かは分からないが。

310: 2012/07/26(木) 23:55:46.27 ID:1RzJrzut0
佐天は崩落に巻き込まれてはいないだろうか。白井のところに炎は広がっていないだろうか。
逸る気持ちを抑え、まずは居場所の分かっている白井のもとへ向かう。
煙を吸わないように持っていたハンカチで口元を抑え、自身の出し得る最高速度で来た道を戻る。
そして吹き抜けのある部屋までなんとか戻ってきた美琴の視界に入ってきた光景は。

「い、ない?」

―――誰もいない空間だった。
もしかしたら麦野たちに連れて行かれたのだろうか。そうだとしたら最悪だ。探して、取り戻して、佐天も救出する。
とても間に合う気がしなかった。もうこの部屋にも火がまわり始めている。
状況を理解した途端、目に熱いものがこみ上げてきた。泣いてる時間などない。分かっていても止まらなかった。
美琴は涙を流しながら絶叫した。

「くろ、こ……黒子ー!!!!」

床にドン! と両拳を叩きつける。
あの時白井を抱えてでも連れて行けば良かったのだろうか?
敵は自分を狙った暗部だと薄々気付いていたのだから気絶させてでも巻き込ませないべきだったのだろうか?
絶望する美琴。だが、そんな彼女の耳に聞きなれた後輩の声が入ってきた。

311: 2012/07/26(木) 23:56:32.40 ID:1RzJrzut0
「全く……勝手に殺さないでくださいまし、お姉様」

はっとした美琴が声がしたほうを振り向くとそこには白井黒子の姿があった。
しかも佐天をその肩に担いで。どうやら佐天は気を失っているようだった。
白井は足取りもフラフラしていて体のあちこちに傷を負っていたが、人間ひとり担いで立っていられる程度の余裕はある。

「黒子……! 無事だったのね! 良かった……。本当に良かった……!!
佐天さんも無事ね。私、もう駄目かと……」

再会を喜ぶ二人だったが、もはや何度目だか分からない爆発音を聞いて顔を見合わせた。
白井とも佐天とも合流できた。ならばもうここに用はない。脱出あるのみだ。

「つもる話は後ね。早く脱出を……」

「ここはわたくしの空間移動で!」

佐天を担いだまま美琴に触れて演算を開始する白井。
最大重量ギリギリであったが、何回かの空間移動を繰り返し、崩落しているところや炎の壁を越えあっけないほどあっさりと脱出に成功した。

ついに二人は自分たちをジッと見つめる視線に気付くことはなかった。

312: 2012/07/26(木) 23:57:10.39 ID:1RzJrzut0






美琴が離脱した直後、麦野沈利も脱出を試みていた。
この爆発の発端はまず間違いなくフレンダの仕掛けた爆弾だろう。
お仕置きどころじゃ済まないな、などと思いながら脱出の最短ルートをたどっていく。
美琴を誘い出す場所をここに決めた時に勝手は全て頭に叩き込んである。
絹旗と滝壺の二人はおそらくもう脱出しているだろう。
フレンダは―――どうだろうか。
この爆発が本当にフレンダのものなら、彼女は何者かと交戦したことになる。
だが麦野にはそんなことはどうでも良かった。
代えなどいくらでも効くし、第一暗部に身を置いている者以上頃すも殺されるも紙一重であることを承知しているはずだ。

313: 2012/07/26(木) 23:57:47.59 ID:1RzJrzut0
もうこの場所に留まる意味はない。原子崩しを使って障害物を破壊していると、トン、と背後に何者かが降り立った。
こんな時に何者か。『アイテム』のメンバーではないはずだ。美琴が戻ってきたとも考えにくい。
麦野は考えるのをやめ、ただの邪魔者として排除すべく振り向きざま原子崩しを放った。

それだけで全て終わるはずだった。
原子崩しは破壊力の一点においては超能力者最強と言ってもいい。また、その特性上いかなる手段を用いても「防ぐ」ことはできない。
事実今まで麦野には原子崩しが効かなかった相手などただの一人もいなかった。
初めて現れた唯一の例外が御坂美琴だったが、彼女とて干渉して曲げる程度が限界だった。
つまり、ありえないのだ。現れた人物が誰であろうと。

原子崩しが。

「防がれた」なんて。

314: 2012/07/26(木) 23:59:18.80 ID:1RzJrzut0
自らの攻撃が通用しなかったことを知った麦野は瞠目した。ありえない。彼女の頭を支配したのはその一言だった。
彼女の攻撃を防いで見せたのは、純白に輝く一枚の翼。
美しさと、まるで異世界から引きずり出してきたかのような異質さを併せ持つその翼は、ひとりの青年の背から伸びている。

左右三対、計六枚の翼を展開するその青年は薄く笑った。





「初めまして、だな。―――垣根帝督だ。ヨロシクな、第四位?」

347: 2012/07/27(金) 23:33:00.75 ID:SjYnBVza0




「垣根、帝督……?」

麦野には聞き覚えのない名だった。しかし相当な強者であることに間違いはない。
いかなる理屈なのかは知らないが原子崩しを防いだこの男の天使のような翼。こんなもの見たことがない。
一体どんな能力なのか。

「……ハッ、ナンだよその翼? メルヘンからようこそってか?」

「心配するな。自覚はある」

348: 2012/07/27(金) 23:33:44.90 ID:SjYnBVza0
余裕。それがこの男からは見てとれた。
自分が第四位だと知りながら、その気になればいつでも始末できるといわんばかりの余裕。
麦野は間違いなくこの男は超能力者であると結論付けた。
超能力者が七人しかいないのは分かっているが、原子崩しを防いだ垣根帝督が大能力者以下ということは有り得ない。
第三位が超電磁砲、第一位が一方通行であることは知っている。となるとこの男は……

「テメェ……第二位か?」

「正解。まあ超電磁砲と一方通行を除けば俺しかいねえからな」

麦野は歯噛みした。まさかこんな大物が現れるなんて予想外だ。予想できるはずもなかった。

「第二位様がこんなとこまで来て何の用だ?
まさかこんなとこまで来て偶然なんて言わねえよなぁ?」

「一応目的はあったんだが、どうやらもうそれは果たされたみてぇでな。
そのまま帰ろうとしたんだが、なにやら第四位様の姿が見えたからよ、せっかくだしデートにでも誘おうかと思ったわけだ」

349: 2012/07/27(金) 23:34:30.01 ID:SjYnBVza0
麦野の体が僅かに震える。
垣根の圧倒的存在感、気迫に圧されているのが分かった。
戦わずして感じる絶望的なまでの戦力差。だが相手がどれだけ強かろうと背を向けて逃げるような麦野ではなかった。

「ほう? 第二位様に気にかけてもらえるなんて光栄だね」

「お前じゃ第三位には勝てねえよ」

突然垣根から放たれた脈絡のない言葉にピクッ、と麦野の体が先ほどとは違う意味で震える。
おそらくはあまり自覚せずに抱いているであろう第三位への大きなコンプレックス。
御坂美琴は七人の超能力者の中では最年少であり、また唯一努力によりそこまで上り詰めた人物でもある。
美琴が超能力者になる前、つまり超能力者がまだ六人だったころ麦野沈利の序列は第三位だった。

ある時突然もたらされた新たな超能力者誕生の知らせ。
麦野は最初それに大した興味も抱かなかった。自分に絶対の自信を持っていた彼女は他者になど興味を示すことはなかったのだ。
超能力者にまともな道を歩けないことを麦野は知っていた。イカれた科学者どものオモチャが増えた、程度にしか認識していなかった。

350: 2012/07/27(金) 23:35:16.47 ID:SjYnBVza0
だが、新たな超能力者の序列を聞いた時、麦野は己の耳を疑った。

『新超能力者、「超電磁砲」を第三位に据える』

なんだそれは。ふざけるな。第三位? そこは私の席だ。譲る気はない。私が第三位だ―――

既に暗部にドップリ浸かっていた麦野は上に抗議したが聞き入れられる訳もなく。
御坂美琴が新たに第三位となり、“元”第三位、麦野沈利は第四位に転落した。

八月に美琴と遭遇した時、麦野の心は踊った。
ここで超電磁砲を仕留めれば、自分のほうが優れていることを証明できる。そう思った。
その時美琴はすでに心身ともにボロボロだった。冷静に対処すれば遅れをとることはないお、そう思った。
だが、美琴の実力は想像以上。応用を利かせてあの手この手を使ってくる。
そして最終的に地の利を生かした美琴の戦略により、麦野は敗北した。しかも美琴は最後、落下していく麦野を助けようとまでした。

351: 2012/07/27(金) 23:36:16.03 ID:SjYnBVza0
気に入らない。ガキのくせに、『闇』を知らないお嬢様のくせに。あんな奴に第三位の座を奪われ、あまつさえ情けまでかけられたことが許せない。
気に入らない、気に入らない、気に入らない。御坂美琴の全てが気に入らない。

麦野は今だって自分のほうが美琴より優れていると信じて疑わない。
だが、過去戦った時、美琴には大きすぎるハンデがあったのに敗北した事実があるが故に垣根の言葉にすぐ反応できなかった。

「お前だって内心気付いてんじゃねえのか?
そもそも超電磁砲はズタボロだったってのに三対一で戦って取り逃がしたって時点でもう話にならねえんだよ」

垣根が言っているのは純然たる事実だった。
ただ、実際にあったこと出来事を言っているだけだ。
麦野は血が出るほど強く拳を握り締めた。

「うっせぇんだよクソメルヘンがァ!!!」

352: 2012/07/27(金) 23:37:59.36 ID:SjYnBVza0
耐え切れなくなった麦野は垣根を力で黙らすべく、原子崩しで攻撃を仕掛けたが垣根の翼に触れた途端あっさりと霧散してしまった。
愕然とする麦野の顔を見て垣根は笑った。まるで誰かを絶望させるのが楽しくてたまらない、というように。

「そんなチャチな力で俺を殺れると思ったのか? 自惚れてんじゃねぇぞ格下が。
格が違うんだよ、格が。工夫次第でどうにかできるレベルをとうに超えちまってんだよ。
……まあ、そういうことだ。あんまり俺の仕事を増やすんじゃねえぞ。じゃあな」

施設全体に完全に炎がまわりきり、もはや脱出は絶望的だった。
それを知っての行動か、垣根は会話を打ち切り翼の一枚を床に向けて振るう。
するとあっさりと硬い床は切り裂かれ、麦野が立っている側の床が崩れ下へと落下していった。
二人がいたのは施設の六階。度重なる爆発や麦野の原子崩し等によっていたるところに大穴が空いていた。
運の悪いことに、下層へと落ちた麦野は五階では止まらず床に空いていた穴を通って更に下層へと姿を消し―――やがて見えなくなってしまった。

353: 2012/07/27(金) 23:38:36.74 ID:SjYnBVza0
穴を覗き込んでみると下で炎が燃え盛っている。それを見た垣根はくるりと振り返りその場を離れていった。
炎の中へ消えた麦野の生氏は分からないが、垣根にはもはやどうでもよかった。

彼は目的の妨げにならないような“小物”は見逃す主義なのだ。

翼を消失させ数歩歩いたところで、ズガン!! と大きな音をたて天井に大穴が空いた。
爆発などで自然にできたものではない。明らかに誰かが破ったような穴。
こんなとこにこんなタイミングで来るなんて物好きだな、と先ほどの自分は棚に上げどこか他人事のように考えながら振り向いた垣根の顔に浮かんだものは驚愕。
直接会ったのはこれが初めてであるが、垣根は知っていた。

白い髪。白い肌。赤い眼。
淀み濁った白さを持つ男。裂けたように大きく口元を歪めて嗤っているこの男が。

―――学園都市の、第一位だということを。

「一方通行……」

354: 2012/07/27(金) 23:40:17.25 ID:SjYnBVza0









『グループ』が研究所に向かって出発した時、一方通行は一人先に向かっていた。
彼の能力を使えば車などとは比較にならないスピードを出せる。その気になれば戦闘機と追いかけっこさえ出来るのだ。
バッテリーの残量など気にかけて入られなかった。
そして途轍もない速さで到着した彼が見たのは、激しく炎上する施設。

(クソっ、遅かったか……オリジナルはどォなった?
すでに脱出したのか、それとも……)

そこで一方通行は考えるのを止め、火の海の中に飛び込んでいった。
核さえ跳ね返す『反射』が働いている以上、どれだけ激しい炎だろうと建物が倒壊しようと彼が傷を負うことは万に一つもない。

炎や落下物は全て反射し、障害物を強引に破壊して建物内部を捜索するも美琴どころか誰一人見つからない。
それが良いことなのか悪いことなのか測りかねていると一方通行の視界に人影が映った。
何者かは分からない。それが男性であることは遠目にでも分かったため、美琴ではないということになる。
そうなると『アイテム』か、と推測した一方通行が人影の前に姿を現すとそれはこちらを見て驚いたような表情を浮かべた。
『アイテム』の第四位かとも思ったが、それもない。第四位の詳しい情報は持っていないが、女性だということは知っていた。

355: 2012/07/27(金) 23:41:14.61 ID:SjYnBVza0
目の前にいる人物は長身の男性だった。
茶色い髪に整った顔立ちをした男は一方通行を見て小さく呟いた。

「一方通行……」

ニヤリと嗤って、答えた。

「よォ。会ったばっかなのに悪いけどさァ、オマエは『アイテム』の人間か?
なら聞きたいことがあるンだよなァ。できれば自発的な協力を仰ぎてェンだが……」

こんな時にこんな場所にいる者が一般人であるわけはない。
今ここにいるということは可能性はただ二つ。
御坂美琴の関係者か、『アイテム』か。
一方通行のようになんらかの目的を持って来た他組織の人間という可能性もあるが、その可能性は低いと判断して彼は問うた。
可能性は二つといっても、一方通行は前者の可能性は皆無だと確信していた。
この男からは自分と同じような“臭い”を感じたのだ。
血に染まった、悪党の臭いを。

356: 2012/07/27(金) 23:41:58.57 ID:SjYnBVza0
普通の人間ならそれだけで殺せそうなほどの威圧感を露にする一方通行に対し、その男は同じく笑って答えた。

「まさか第一位までもが来るとはな。俺は『アイテム』じゃない。
垣根帝督。学園都市第二位の超能力者だ」

自己紹介するのは本日二回目だ、という垣根。
一方通行は眉を顰める。まずないと考えていた可能性が正解だったらしい。
だが、ならばこの男も何か目的があってここに来ているはずだった。ここにいるということは、美琴がらみの目的である可能性が高い。
返答次第では生かして帰すことはできない。

「第四位は片付けた。第三位は生きていて脱出済み。人質になった一般人も無事だ。
もう俺の用事は済んだ。お前の用事も今ので済んだろ?」

357: 2012/07/27(金) 23:43:18.33 ID:SjYnBVza0
一方通行が質問する前に垣根が口を開いた。
垣根の言っていることが本当なら、一方通行の目的はすでに果たされているということになる。

「信じる理由がねェな」

「疑う理由もないだろ?」

敵からもたらされた情報を疑うのは当然だろう、と思いながら垣根をジッと睨みつける一方通行。
対して垣根はただ不適に笑うだけ。

施設の崩壊など気にかけずに対峙する二人の超能力者。
どちらも崩壊に巻き込まれてもケ口リとしていられるような化け物だ。そういう意味で二人には時間はいくらでもあった。
しばらく向き合っていた二人だったが、先に折れたのは一方通行だった。
垣根が真実を口にしていると断定できない以上、やはり自分の目で確かめたい。
のんびりおしゃべりしている時間などない。
それに、先ほど垣根は第二位だと言っていた。
電極のバッテリーもここにくるまでに大分使っていたし、第二位という大物と無理に事を構える必要はないと判断したのだ。

360: 2012/07/27(金) 23:49:09.82 ID:SjYnBVza0
「決まったようだな。それにしても笑えるな。テメェが超電磁砲を気にかけるなんてよ。
自分が何したか忘れたわけじゃねえだろう」

358: 2012/07/27(金) 23:44:28.47 ID:SjYnBVza0
垣根は一方通行の目的に気付いている。
それだけでなく、『実験』のことも知っているようだった。
一方通行自身そんなことは分かっていた。
一万人もの妹達を頃した自分が、妹達やそのオリジナルを守りたいなんて思うことが馬鹿げてるということくらい。
ただ、それでも守ると決めたのだ。悪党だろうとなんだろうと、悪党という括りにもこだわらずそのためには何にだってなる。何だってすると。
一方通行はたった一言、吐き捨てるように言った。

「オマエには関係ねェ」

「そりゃその通りだ。ただ忘れるなよ一方通行。俺たちみてぇな悪党は二度と『表』にゃ戻れねぇ。
弱者を守るために戦ってれば善人になれる、なんて思うな」

垣根はそう言い残すと炎の中に消えていった。
防護服を着ているわけでもないのに、服にも髪にも火が燃え移ることはなかった。
一方通行はその姿が完全に見えなくなるまで、彼の背中をずっと睨んでいた。

404: 2012/08/02(木) 22:26:09.45 ID:O0UhDF+Z0









「お疲れさん」

その後バッテリーの限界まで炎の中を捜索し続けた一方通行だったが、土御門から『超電磁砲の無事を確認した』という報告を受けて施設から脱出していた。
現在は海原に散々せかされながらようやく到着した『グループ』の車に乗ってアジトへと戻っている最中だ。
一方通行以外の三人は到着するなりすぐに引き返す形となる。

「私たち来た意味ないじゃない」などとブツブツ文句を言っている結標を無視して一方通行は質問した。

「超電磁砲だけじゃなく佐天って奴も無事なンだろォな?」

405: 2012/08/02(木) 22:28:05.56 ID:O0UhDF+Z0
「ああ。超電磁砲と一緒に脱出したそうだ」

ところで、と前置きを置いて土御門は助手席から後部座席へ振り返った。

「『アイテム』の連中はどうした?
超電磁砲が生きて脱出できているということは倒されたのか?」

「いや、一度も『アイテム』とは遭遇しなかったから分からねェ。
分からねェが、第四位は氏んだらしい」

「氏んだ?」

疑問の声をあげたのは土御門ではなく結標だ。

「それだと殺ったのは超電磁砲ってことになるわよ?
あの子に人を殺せるとはとても思えないんだけど」

406: 2012/08/02(木) 22:29:27.34 ID:O0UhDF+Z0
「いや違ェ。頃したのは第二位……垣根帝督っつったか」

「第二位…だと……?」

「ああ。施設の中で遇ったンだ。
確かめたわけじゃねェが、始末したと言っていた」

「その第二位もどこかの暗部組織に所属してるの?」

「第二位はたしか『スクール』の所属のはずだ。
だが『スクール』の目的はなんだったんだ? 『アイテム』の殲滅か?
だがオレたち『グループ』が既に動いているんだ。そんなことをすれば鉢合わせするに決まってる。
……いや、待て」

土御門は少々考え込んでから口を開いた。

「そもそも今回の依頼はあまりにも急だった。
依頼を受け、お前たちを招集し、仕事内容の説明も終わらぬ内にもう事件発生だ。
まるで……」

407: 2012/08/02(木) 22:30:40.51 ID:O0UhDF+Z0
「まるで他組織に依頼するはずだったのにそれが駄目になって、急遽『グループ』に回ってきたみたいね」

土御門の言葉を結標が引き継ぐ。

「つまり、今回の仕事は本来『スクール』のもンだった。
だが何らかの事情によりそれが『グループ』へと回ってきたってことか。
だがこれだと結局『スクール』があの場に現れたことが説明できねェぞ」

たしかに不自然だった。普通上層部が同じ仕事を複数の組織に依頼することはない。
単純に意味がないし、最悪暗部組織同士の闘争に発展する可能性があるからだ。
上からすれば自分たちの駒同士が潰しあっても何の利益もない。
ただ単に、顎で使える駒が減ってしまうだけだ。
上層部がそんな非生産的な事態を自ら引き起こすとは思えない。

(それとも本当に『グループ』と『スクール』に同じ依頼をしたのか……)

408: 2012/08/02(木) 22:32:21.95 ID:O0UhDF+Z0
「……」

車内に沈黙が降りる。
誰もがその疑問に答えることができなかった。
上層部が何を考えて指示を出しているかなど分かるわけもないのだ。
彼ら『グループ』は学園都市の最暗部と言ってもいい組織だが、そんな彼らであっても上層部からすればただの駒。
彼らはチェス盤の上に配置されているだけで、実際にその“駒”を動かしてゲームを進めるプレイヤーは統括理事会を始めとする上層部の人間だ。
駒は抗うことも出来ずただ使われるだけ。
そしてチェスでは一度やられた駒は二度と復活はできない。

その沈黙を最初に破ったのはずっと黙っていた海原だった。

「まあいいじゃないですか。御坂さんは無事だったんですから」

「まァ、たしかにどォでもいいわな。
上が何を考えてこォしたのか知らねェが、俺とその周りに被害がないなら何でも構わねェ」

409: 2012/08/02(木) 22:33:28.79 ID:O0UhDF+Z0
「それにしても超電磁砲にゾッコンね……海原、あんたも口リコンなの?」

ブフッ、と思わず噴出す海原。いつものポーカーフェイスはどこへやら、明らかな困惑の表情を浮かべていた。

「な、何を言い出すんですか結標さん……第一御坂さんは一四歳で、口リと言われるような年齢では……
というかあんた『も』?」

まるで他にも口リコンがいるかのような口ぶりだ。すると結標は黙って一方通行のほうを指差した。
当の一方通行はそんな会話など耳に入っていないのか、「ハズレだ」と言っていつの間にか買っていた缶コーヒーを窓から投げ捨てていた。
ちなみにこれ、窓から捨てた空き缶が後続の車に当たると普通にフロントガラスが割れたりすることもあるので、絶対に実行してはいけない。

「一方通行は典型的な口リコンよね」

名指しで汚名を着せられた一方通行は無視も出来ずに珍しく狼狽した。

「ロ、口リコッ……!?」

410: 2012/08/02(木) 22:35:35.23 ID:O0UhDF+Z0
「言い逃れは出来ないわよね、打ち止めと一緒に暮らしておいて。
彼女、実際はまだ〇歳よね? 肉体年齢にしても九歳~十歳って話じゃない。アウトよアウト」

……一方通行にしてはそういった疚しい気持ちは一切ないのだが、何も知らない世間一般から見ればアウトであろう。

「……上等だァ、喧嘩売ってンならいくらでも買ってやンよォ。
また派手にブッ飛ばされてェのかァ?」

「下らん話をしてないで静かにしろ」

土御門が制止するも、熱くなった彼らは止まらなかった。
どころか、その矛先は土御門にも向けられた。

「あんたなんて口リコンかつシスコンじゃない。最悪な男ね」

「シスコン!? ならお前だってショタコンだろうが!! そもそもお前なんかにメイドの何がわかる!!」

「そんなもの分かりたくもないし、ショタコンじゃないわよ! 失礼ね、あんたたちみたいな変態と一緒にしないでくれる?」

「『たち』てなンだコラ」

「一方通行は学園都市第一位の口リコンだからにゃー」

「弾くぞ無能力者」

「まあまあ皆さん少し落ち着いて……」

「ストーカー野郎は下がってろォ!!」

暗部組織に属する者とは思えない会話を繰り広げる彼らを乗せて、車は夜の街を駆けていく。

411: 2012/08/02(木) 22:41:49.39 ID:O0UhDF+Z0









誰もいない『スクール』のアジトに垣根帝督はいた。
今ここにいるのは彼一人。
あたりはグチャグチャになっている。たとえ強盗が入ってもこうはならないだろう。
部屋の中に小さなクレーターのようなものまで出来ている。
垣根が暴れたのだろうことが推察できる。
彼の頭を支配しているのは一方通行のことだ。

412: 2012/08/02(木) 22:42:29.55 ID:O0UhDF+Z0
一方通行があそこに来たのは依頼された仕事でもあるのだろうが、美琴が関わっていたから必氏だったというのは容易に分かった。
一方通行は第三位のクローン体『妹達』の上位個体である打ち止めを保護し、教師だかなんだかの家に転がり込んでいるはずだ。
一万人以上頃してきた妹達に演算補助を受け、頃してきた妹達と一緒に暮らし、妹達の母体である御坂美琴を気にかける。
そのどれもが垣根には理解できないものだった。

(テメェは俺と同じクソッタレの悪党だろうが。
善人を守るために戦ったって罪は帳消しにはならない。散々頃してきた奴ら相手に、テメェは何を考えてやがる?)

(……まさか本気で今さらやり直せるとでも思ってんのか)

だとしたらとんだお笑い種だ。一万人も頃した人間に更生の余地などあるわけもない。
なのにその遺族ともいえる打ち止めと同居するという神経が垣根には理解できなかった。
打ち止めも打ち止めだ。何故大量殺人犯である一方通行と平然と接していられるのか。
それが垣根には分からない。理解できなかった。
一方通行のことも、打ち止めのことも。

413: 2012/08/02(木) 22:44:14.26 ID:O0UhDF+Z0
だが、垣根がイライラしている理由はもうひとつあった。
それは何故『グループ』があそこに現れたのか、ということだ。一方通行は「オマエは『アイテム』か?」と問うてきた。
それはつまり、単純に美琴が危ないというだけでなく『アイテム』が動いているという情報を上層部から聞かされていたということだ。

何故上は『スクール』と『グループ』に同じ依頼をしたのか。
垣根は三日ほど前に『アイテム』が超電磁砲を狙っている可能性があるから、その時がきたら超電磁砲を守れ、というおおよそ暗部らしくもない命令を受けていた。
『アイテム』の主要戦力は第四位。狙われた美琴自身が第三位であり、そこに第二位の『スクール』を投入したのだ。
更に第一位の『グループ』まで必要になるとは思えなかった。

414: 2012/08/02(木) 22:45:02.68 ID:O0UhDF+Z0
(そんなに俺は使えねぇか。第二位だけじゃ不安だからやっぱり第一位を使いましょう。これで安心ですねってか?
ふざけやがって。どういう意図があるのか知らねぇが、舐めた真似しやがって……!!)

(……待てよ、だがそれはそうまでするほど超電磁砲に氏なれると困る理由があるってことか?
この俺も真っ青になるほどにイカれた上層部のことだ、そうだとしてもまたネジの外れた実験でもするためだろうが―――)

(だとしたら、どこまでも災難だな、超電磁砲)

415: 2012/08/02(木) 22:45:43.91 ID:O0UhDF+Z0









佐天涙子が目を覚ました時、目に入ったのは見慣れぬ天井だった。
住み慣れた寮の天井ではない。
体を起こそうとするがどうも体が重く、思うように動かせなかった。

「う……。ここは……病院?」

「佐天さん……! 気がついたのね!!」

「とりあえず一安心、ですわね」

「佐天さん……。良かった、本当に……!」

416: 2012/08/02(木) 22:46:53.42 ID:O0UhDF+Z0
部屋の中を見渡すと、そこにいたのは大切な親友たち。
記憶が混乱していてまだハッキリとしないが、どうやらずっと看ていてくれていたようだった。
佐天は日に二度も気絶、記憶の混乱を経験するなんてもしかしてかなりレアな体験なんじゃないだろうかなどと下らないことを思いつつ。
記憶の整理をしてみると、途中からノイズがかかったようにぼやけていて思い出せなかった。

「たしか、地震みたいに揺れた後、解放してくれて、教えてくれた道を行ってると……あれ、分からないや」

絹旗は麦野からの電話を受けた後、どこかへいなくなってしまったがすぐに戻ってきた。
その後、爆発が起き炎が広がった時、絹旗は佐天を解放しただけでなく出口への道順まで教えていた。

「超気をつけてくださいね」

なんて一言まで添えて。

417: 2012/08/02(木) 22:47:37.69 ID:O0UhDF+Z0
その道を進んでいる時に、突然視界が暗転し、目覚めたらここにいたというわけだ。
気絶していたということは、上からの落下物にでも頭を打ったか。
いずれにせよ、何らかの要因で気絶してしまったのは間違いないようだ。

うーん、と考え込んでいると美琴たちが呼んできた病院の先生がやってきた。
その後、佐天は念のためと精密検査を受けることとなり、三人はもう夜遅いからと帰宅することになった。
三人は帰れと言われた時は渋っていたが、佐天が「大丈夫だから」と伝えると最終的には納得したようで、「お大事に」とだけ言って帰っていった。

440: 2012/08/06(月) 19:43:15.05 ID:xv5I1eEz0




そして翌朝、まだ街も目覚めきっていない午前六時半。
佐天涙子は早くに目を覚ましていた。
いつもならまだ寝ている時間だ。昨日遅くまで検査していたのに、何故か早くに覚めてしまった。
検査の結果は「異常なし」だったが、念には念をということで数日間の入院を医師に求められた。
佐天としては早く復帰したかったのだが、有無を言わさぬ物言いだったので渋々ながらも承諾したわけだ。

今の佐天は若干の気だるさこそあれ、動き回るくらいは何の問題もない。
頭には包帯が巻いてあり、体のあちこちにもガーゼがあてられているが、どれも痛みは引いている。
佐天にあてがわれた部屋は個室だったので、他人に気を使う必要もない。
単に病室が空いていたのか、それとも女子中学生という多感な時期である佐天に気を使ったのか。
なんにせよ、個室というのはやはり気が楽だった。

441: 2012/08/06(月) 19:43:53.14 ID:xv5I1eEz0
カーテンを大きく開け放つと、まだ上がりきっていない太陽の光が室内に満たされた。
うーん、と大きく伸びをしながらとりあえず散歩でもするか、と何となく考えた佐天は部屋を出て行った。
本来なら勝手に病室を抜け出すのはよろしくないのかも知れないが、彼女は基本的に自由な女の子なのだ。

まず彼女が向かったのは自動販売機。適当なものを買った後に中庭に向かおうとしていたのだが……

「何にしよう?」

ここ学園都市では実験品の意味合いもあって、個性的というか独創的というか、意味不明なものが多数ある。
その分淘汰されていくのも早いのだが、それでも新しい商品が次々と開発されていくのだ。
たとえばカツサンドドリンク、きなこ練乳、うめ粥、黒豆サイダー、ヤシの実サイダー、いちごおでん、レインボートマトジュース、熊のスープカレー等々……

442: 2012/08/06(月) 19:44:50.72 ID:xv5I1eEz0
少しばかり悩んで佐天が選んだのはヤシの実サイダーだった。美琴が美味しいと言っていたのを覚えていたからである。
硬貨を投入し、ボタンを押す。すると引き換えに飲み物が出てくる。
学園都市であっても、自販機のこの形態は変わらなかった。
清掃ロボットのように、自律プログラムを組み込んで動く自販機にする、くらいはやってもいいんじゃないかなどと考えている佐天。
押し売りしてくる自販機などどう考えても目障りだろうが、そういった変化が見られないということは自販機はこれが一種の完成形なのかもしれない。

買ったばかりのそれを持って中庭にあるベンチに腰掛けると、そよ風が髪をなびかせ頬を撫でる。
朝早いとはいえ流石に病院内では既にそれなりの人が動き始めていた。

443: 2012/08/06(月) 19:45:29.79 ID:xv5I1eEz0
幸い、この中庭には佐天一人。奇麗に整備されている中庭をまるで独占しているようで、満足感にも似たものを覚える。
もう一〇月も半ばに入り、衣替えも済みずいぶんと肌寒くなってきている。
しかし今日はまだ早朝だというのにまるで春のようなポカポカとした暖かさを感じる。
気を抜いたらそのまま寝入ってしまいそうだった。

美琴たちはお見舞いにくると言っていたが、今日は平日。つまり学校が終わるまでは病院を訪れることはできない。
それは同時にそれまで佐天が暇であることも意味していた。
今は暇であるのが嫌だった。何かをしていたかった。黙って風に揺られる草や木々を見つめている佐天。

444: 2012/08/06(月) 19:46:08.66 ID:xv5I1eEz0
(暇、退屈、手持ち無沙汰。有り余る時間……嫌い。
いろんな考えが頭の中に……)

絹旗という少女は無事にあの研究所から脱出できたのだろうか。
これからどんな顔して美琴に接すればいいのだろうか。

絹旗のその後についてはどうしようもない。ただ無事であることを願うだけだ。
……ここで佐天は自分の考えに思わず笑ってしまった。自分を攫った相手の身をここまで案じるなんて。
あの少女に言われた言葉が頭の中でリフレインする。

(……全く、超おかしな人ですね、貴方は)

やっぱり私は変なのかな、と思う佐天。それでも無事でいてほしいと思う。
きっと、そう願うのは悪いことじゃない。
だが今彼女を悩ませているのはむしろ後者のほうだった。

445: 2012/08/06(月) 19:47:02.52 ID:xv5I1eEz0
御坂美琴。
自分が過去どれほど醜かったかを理解すると同時に、美琴の強さも理解した佐天はどう接すればいいのか分からなくなっていた。
しかも今回の一件では自分のせいで美琴たちを危険に巻き込んでしまった。この事実も佐天を苛んでいた。

(やっぱり御坂さんってすごいなぁ……私なんかとは全然違うや)

ここで佐天は考えが良くない方向に向かっていることに気付き、はぁ、とため息をついた。
こうした傾向はやはり簡単には治らないようだ。
先ほど買ったヤシの実サイダーを開けて一気に呷る。中々美味しい。

こうやって卑屈になり、美琴や白井を高嶺の花だと考えたことで『幻想御手』を使用してしまったのだ。
たしかに彼女たちは非常に優れた力と人間性を有しているだろうが、それでもただの中学生と変わらないところを佐天は何度も見てきた。

446: 2012/08/06(月) 19:47:47.90 ID:xv5I1eEz0
(御坂さんは趣味が子供っぽいし漫画は立ち読みするし、白井さんは初春みたいに甘いものが好きで欲望に忠実で……)

いくら高位能力者とはいえまだ中学生。
それに美琴は尊敬されたり特別扱いされることを嫌っていることを佐天は知っている。
結局いつも通りに接するのが一番なのかな、という結論にたどり着きかけたところで、彼女の目は前方にある窓越しにトイレから出てきたひとりの少女を捉えた。
肩にかかるくらいの茶髪に、おそらくは常盤台のものであろう制服を着ている。

(……御坂さん!?)

だが、すぐに佐天はその考えを取り下げた。この時間彼女はまだ学校にいるはずだ。
常盤台の制服に見えたがそうではなかったかもしれないし、そうだったとしても短めの茶髪など常盤台に何人もいるだろう。
たまたま彼女のことを考えていたからそう見えただけだろうと佐天は結論づけ、意識を戻すためのジェスチャーとして一気に缶ジュースの中身を飲み干した。
時計を見てみるとだいぶ時間が経っていた。ずいぶんと物思いに耽っていたらしい。
朝食の時間になってしまう、と彼女は足早に病室に戻っていった。

447: 2012/08/06(月) 19:49:27.96 ID:xv5I1eEz0









美琴と白井、初春が佐天のお見舞いに現れたのは一五時半ばごろだった。
三人とも学校が終わってすぐにやってきただろう。佐天は嬉しそうに微笑んだ。

「わざわざお見舞いに来てくれるなんて、お姉さんは嬉しいぞ~」

「きゃあ!? ちょっと、抱きつかないでください~!」

「ほ~らスカートも捲っちゃうぞ~!!」

「ひゃ!? 抱きつかないでください、捲らないでください!!」

448: 2012/08/06(月) 19:50:38.28 ID:xv5I1eEz0
少し用が出来てしまったので一旦終了
一時間~二時間後に投下再開します

451: 2012/08/06(月) 21:00:57.84 ID:xv5I1eEz0
いつものようにじゃれあう佐天と初春。
スカートを捲られることが日常になってしまっている初春は気の毒としか言いようがない。
佐天は自分が女子中学生であることに感謝すべきだろう。
これが男だったら警備員のお世話になってしまう。

「入院してても相変わらずね……。怪我はもういいの?」

「あ、はい。っていうかもともと大した怪我じゃなかったんですけどね。
すいません……私のせいで危ない目にあわせてしまって。白井さんにも」

「それと……助けてくれてありがとうございます」

頭を下げる佐天に美琴と白井は顔を見合わせて苦笑した。

「どういたしまして。でもあまり気にしないで。私たちが勝手にしたことだから」

452: 2012/08/06(月) 21:02:15.10 ID:xv5I1eEz0
「そうですの。それに礼なら初春に。救急車や警備員に連絡してくれたのは初春ですのよ。
意識のなかった佐天さんや立っているのが限界だったわたくしは、あそこで保護していただいていなければ危なかったかもしれませんわ」

「白井さんが空間移動で二人を連れてくれば良かったんですよ(笑) あ、でも白井さんのお腹じゃ制限重量超えちゃいますか^ ^;」

「う~い~は~る~?」

「きゃああ~! やめてください~!!」

初春の頭を両の手でグリグリする白井。こうなるの分かってるんだから初春も余計なこと言わなければいいのに、と思う美琴。
もう何度も繰り広げられた光景。日常に帰ってきたことを実感できる光景だ。

「ねえ。佐天さんを攫った連中の捜査はどうなってるの?」

戯れている風紀委員二人に美琴はずっと気になっていた質問をした。
聞いておいてなんだが全く何も掴めていないだろう、と美琴は考えていた。
あれが学園都市の『闇』に潜む組織だということは、『表』の治安維持機関である風紀委員や警備員では何も分からない、いや“分からせてくれない”だろう。

453: 2012/08/06(月) 21:04:07.83 ID:xv5I1eEz0
「それが……分かる分からない以前に、捜査すらさせてくれませんの。
上層部からかなりの圧力がかかっているようでして……。警備員のほうも同様だと聞きましたの」

グリグリを止めた白井から返ってきた答えは、果たして美琴の予想通りのものだった。

「そうなんですよね。個人的に調べようと思っても手がかりひとつないんじゃ……。
それでも頑張ってはみたんですけど、今回ばかりは駄目そうです。ごめんなさい、佐天さん」

頭を下げた初春に、佐天は一瞬呆気にとられたようだがすぐに慌て始めた。

「えっ!? ちょ、ちょっとやめてよ初春。
別に私は気にしてないし、何も分からないってのも予想できてたから……」

絹旗との会話から、だろう。
佐天にはこの答えは驚くようなものではなかったようだった。

454: 2012/08/06(月) 21:04:45.44 ID:xv5I1eEz0
「あ、そういえば御坂さん、今日の朝この病院にいました?」

話を逸らす意味も含めて佐天は朝見かけた常盤台生だろう女性のことを尋ねた。
美琴は何のことか分からない、というような表情を浮かべた。

「朝? 私は学校にずっといたけど……」

「御坂さんと会ったんですか?」

「いや、それっぽい人を見かけたってだけだけど。
でもあれは御坂さんだったと思うんだけどな~」

「お姉様はわたくしと一緒に登校しましたから。見間違いでは?」

「まあ学校にいたっていうし。勘違いだった、のかな?」

「……」

その後もとりとめのないおしゃべりを楽しみ、美琴たちが帰ろうとした時、佐天が美琴を呼び止めた。

455: 2012/08/06(月) 21:05:36.59 ID:xv5I1eEz0
「あっ、御坂さん!」

「? どうしたの?」

「ごめんなさい。そして、ありがとうございます」

それを聞いてますます何を言われているのか分からない、というような表情を浮かべる美琴。

「お礼ならさっき言ってくれたじゃない。っていうか、ごめんって……」

「さっきのとはまた別のですよ。でも気にしないでください。
あたしがどうしても言いたかっただけですから」

「結局、よく分からないけど……受け取っておくわね」

そう言ってニッコリと笑う美琴。それを受けて佐天も満面の笑顔を浮かべる。

「それじゃ、私たちは帰るわね。体、気をつけて」

「はい。それじゃあまた」

456: 2012/08/06(月) 21:06:33.90 ID:xv5I1eEz0
時刻は五時をまわったころで、学生たちの帰宅ラッシュがピークを迎える時間だ。
なにやらメイドについて熱く語っている青髪の人や金髪の人、おでこを大きく出した巨Oの女子学生など。
そういった学生たちに混ざって美琴、白井、初春の三人も帰宅していた。

「全く佐天さんってば、入院しても全然変わらないんですから」

「むしろ何も変わってなくて良かったじゃありませんの。幸いすぐに退院できるようですし」

「たしかにそれは良かったですけど……」

「退院の時には盛大にお祝いしてさしあげますの。きっと喜んでいただけますわ」

「あ、いいですねそれ! 退院パーティかぁ……
って御坂さん? さっきからどうしたんです?」

「えっ!? あ、ごめん。ボーッとしてた」

白井と初春が話してる横でなにか考え込むようにしていた美琴は、急に話を振られてごまかすように両手をパタパタと振った。
白井も心配そうに美琴の顔を覗き込んで言った。

457: 2012/08/06(月) 21:07:39.33 ID:xv5I1eEz0
「お疲れですの? もしそうでしたら今日は早くお休みなさいませ、お姉様」

「うん、ありがとう、黒子。でも大丈夫よ。
あ、そういえば私ちょっと用事を思い出したわ。すぐに帰るから、じゃね!!」

美琴は一方的に話を打ち切ると走りだしてしまった。
ポカーンとしていた二人だったが、先に我に帰った白井が大声をあげる。

「ちょ、お姉様!? お待ちになって! もう門限ですわよ!?
お姉様! お姉様ぁぁぁぁ!!」

門限までには間に合わせるわ、という返答が小さく返ってきたが、白井の大声に通行人が何事かとまじまじと見つめていた。
顔を赤くして恥ずかしそうにしてる初春にそれを小声で指摘され、同じく赤くなった白井は初春を連れそそくさとその場を去っていった。

458: 2012/08/06(月) 21:08:48.44 ID:xv5I1eEz0









御坂美琴は佐天の入院している病院、つまり先ほど出てきた病院に戻ってきていた。
佐天が見かけたという美琴に似ている少女に心当たりがあったからだ。
予想通りなら佐天が間違えたのも無理はない。というか、それが普通だろう。そしてその少女“たち”はこの病院にいるはずだった。

結局その探し人が探し人なのでそこらをうろうろしているはずもなく、冥土帰しに居場所を聞くこととなった。
美琴が目の前のドアをコンコンと二回ノックすると、中から「はい」という平坦な声が返ってきた。

「入るわよ」

ガチャリ、とドアを開けるとそこにいたのはまさに御坂美琴。
違いと言えば感情のない瞳、頭にかけられた暗視ゴーグル、首にかかっているネックレス程度。
それは御坂美琴の軍用クローン『妹達』だった。

「お姉様……?」

459: 2012/08/06(月) 21:10:06.20 ID:xv5I1eEz0
「やっほー。突然でごめんね。アンタはそのネックレスを見るに一〇〇三二号、で合ってるかな?」

「はい。たしかにこのミサカはあの人に御坂妹と呼称されるミサカ、正確にはミサカ一〇〇三二号で間違いありません、とミサカは報告します」

「うんうん、元気そうでなによりね」

「ところでお姉様はどのような用事があってミサカの元を訪ねてきたのですか、とミサカは疑問を露わにします」

「そのことなんだけど、今日の朝ここに入院してる私の友達がアンタを見たらしいのよね」

「おや、ご友人に目撃されていたとは。このミサカとしたことが、とミサカは自身の行動の問題点を洗い出しにかかります」

「別にそれは見間違いってことでごまかせたけどさ。アンタたちは……その、少し……なんだから、気をつけなさいよね」

「……? なんですか、とミサカは小声でボソボソ言うお姉様に聞こえねーよと突っ込みたい気持ちを押し頃して平静を装います」

「アンタね……もう、言ってやるわよ! アンタはちょっと特殊なんだから、あんまり知り合いとかに見られるとマズいでしょうが!!」

460: 2012/08/06(月) 21:10:56.61 ID:xv5I1eEz0
御坂妹は美琴の軍用クローンだ。
人間の生体クローンの製造など学園都市にあっても認められていないし、これは国際法で定められている禁止事項でもある。
当然学生のIDも持っていない。要するに、大っぴらに暮らせる身分ではないのだ。
既に都市伝説レベルではあるが妹達の噂も出回っていて、そのことで美琴も奇異の目で見られた経験がある。
だが、美琴は保身のために御坂妹に注意したのではない。むしろ御坂妹のことを思ってだ。
クローンの存在が公になれば彼女たちがどういう扱いを受けることになるか。
人は異端の者に恐怖し、それを嫌悪する。自分とは違う存在が恐ろしいのだ。これは世界中の人種差別にも通ずる考えでもある。
では、クローンはどうか。普通の人々からすれば彼女たちは間違いなく異端であり、理解の外にある存在だろう。
非常に残念ではあるが、迫害される理由は十分だろう。

更に最悪のケースとしては、彼女たちが“処分”されてしまう可能性。
学園都市上層部・マッドサイエンティストたちが彼女たちをどう思っているかは『絶対能力進化計画』の時に既に分かっている。
彼らは妹達を道具のように扱っているわけではない。文字通り“本当に道具としか思っていない”のだ。

461: 2012/08/06(月) 21:11:32.41 ID:xv5I1eEz0
もしその存在が世界にも明るみにでれば学園都市が世界中から痛烈な批判を浴びることとなるのは間違いない。
学園都市の存在を快く思わない者たちも好機到来とばかりに潰しにかかるだろう。
あの『実験』が失敗に終わった以上、沈静化のためにも“処分”する、というのは上の考えそうなことだ。

いずれにせよ妹達は一般人と同じように暮らすことなどできないのだ。
だが、美琴はどんな生まれ方をしていても妹達全員を本当の妹だと思っている。
彼女たちのために出来ることは何でもしてやりたいし、危険が迫っているならいかなる手段を以ってもそれを取り除く。
たとえ世界全てが彼女たちの敵に回ったとしても、自分だけは妹達の味方でいると胸を張って誓える。

「それはミサカがお姉様の生体クローンであるという事実が露見するのを防ぐためでしょうか、とミサカは何かに期待して聞き返します」

「アンタたちにはさ、出来るだけ普通の暮らしをして欲しいのよ。大切な妹だもん」

「妹……お姉様の、妹……フフ」

462: 2012/08/06(月) 21:12:19.87 ID:xv5I1eEz0
「? なにブツブツ言ってんの。それからあまり『クローン』って言わないで。
そりゃ事実かもしれないけど、アンタたちひとりひとりが別個の『人間』なんだから」

「お姉様がそう望むなら、とミサカはお姉様の意思を尊重します」

そういう御坂妹の表情は相変わらず感情の色は薄いものの、たしかに喜びが見て取れた。
……だが自分と同じ顔をした人がブツブツ言いながら小さく笑っているというのは、なんだか不気味ですらある。

「ありがと。あ、それと携帯って持ってる?」

「冥土帰しに念のためと持たされているのがありますが、とミサカはカエル医者の過保護さを報告します」

「ならアドレス教えてよ。今度一緒に買い物でもいかない?
知り合いにさえ会わなければ双子で通るし」

463: 2012/08/06(月) 21:13:02.26 ID:xv5I1eEz0
「わかりました。予定の合う日であれば。楽しみにしておきます、とミサカはさりげなくハードルアップを謀ります」

「コラ、本音駄々漏れよ。……まあ期待しててよ」

アドレスの交換を終えた美琴は「忘れないでくださいよ」と御坂妹に釘をさされながら部屋を出た。
美琴は彼女の不器用な笑顔―――というよりニヤけ顔ではあるが―――を思い出してふと顔をほころばせた。
少しずつ、少しずつではあるが彼女たちにも個性や感情が芽生え始めている。その事実を知って、嬉しくないわけがない。

(やっぱりあの子たちは人形なんかじゃない。一万人いようと二万人いようと一人として同じ子なんていない)

美琴は御坂妹との買い物プランを考えながら寮に向けて歩みを進めた。

464: 2012/08/06(月) 21:16:50.46 ID:xv5I1eEz0
投下終了。
これにて第一章 竜虎相見える Level5_Level5. は終了です。
次回投下からは第二章になります。サブタイは 回り始める歯車 The_Thid_Birth.

ではまた一週間以内に!

465: 2012/08/06(月) 21:31:25.84 ID:NsjXwdk9o
乙!

466: 2012/08/06(月) 21:38:36.18 ID:IFEZKiTS0

不穏なタイトルで読むのがコワイわ

467: 2012/08/06(月) 22:04:16.76 ID:UxeTzpO00

ていとくんがこれからどう絡んでいくか気になる


美琴「何、やってんのよ、アンタ」垣根「…………ッ!!」第二章

引用元: 美琴「何、やってんのよ、アンタ」垣根「…………ッ!!」