469:◆nPOJIMlY7U 2012/08/12(日) 19:36:02.41 ID:vbAO9UA10

470: 2012/08/12(日) 19:36:35.88 ID:vbAO9UA10
第二章 回り始める歯車 The_Thid_Birth.




一〇月一八日、午前一一時。
以前の白井と垣根を会わせるという約束がようやく果たされ、御坂美琴、垣根帝督、上条当麻に白井黒子の四人は路上に集まっていた。
何かと予定が合わなかったり、佐天の退院祝いをしたり風紀委員があったりで美琴、垣根、上条の三人で遊ぶことはあっても白井が混ざることはなかったのだ。

「初めまして、殿方さん。わたくし、常盤台中学一年の白井黒子と申しますの」

「垣根帝督。よろしくな」

「それとわたくしはお姉様の露払いを務めさせてもらってますの。
貴方はいかにも人畜無害そうな類人猿と違いそうなので申し上げておきますが、お姉様に手を出そうなどと考えないように」

どう考えても初対面の人間に対するものとはとは思えない発言をした白井の顔は凶悪に笑っていた。
明らかに牽制している。
たしかに垣根は手の早そうな見た目をしているが、それにしたって初対面でこれはどうなのだろう。

471: 2012/08/12(日) 19:37:09.52 ID:vbAO9UA10
「お、おう……」

(なんだコイツ……レOかよ)

「コラ黒子、何馬鹿なこと言ってんの」

「おい上条、お前類人猿だってよ」

垣根が上条に囁く。類人猿と言えば最も人に近いサル類だ。
チンパンジーやオランウータン、ゴリラ等がこれに類する。
いくら上条とはいえ、これと同列というのはいささか言いすぎではないだろうか。

「上条さんは白井にはよくそう言われるんですよ。
流石にちょっと傷ついてますよ……」

わざとらしく大げさにしょげかえる上条。

(こんな奴があの一方通行を……ねぇ)

垣根は数日前に『スクール』の上役である電話の男から上条、幻想頃しに関する依頼の結果報告を受けていた。
それによると幻想頃しはどういった理屈なのか全く分からないが、上条はこれまで何人もの強敵を撃破してきたという。
にわかには信じがたいが、その上条に倒された敵の中に一方通行が含まれていたのだ。
学園都市第一位、一方通行が無能力者である上条によって倒され、『絶対能力進化計画』は頓挫。

472: 2012/08/12(日) 19:37:38.37 ID:vbAO9UA10
(たしかに、あの妙な右手があれば『反射』は破れるだろうが……)

第一位である一方通行の力は『反射』ではない。
『反射』など、能力の応用の一つでしかないのだ。
あらゆるベクトルを自在に操るという力を持つ彼は触れただけで人間を瞬頃することもできるのだ。
それを打ち倒したということは、上条はそれらを打破する“何か”を有しているのだろう。
幻想頃しだけではない、“何か”を。

(それにあの変態空間移動系能力者(テレポーター)だ)

垣根は彼女を見たのは初めてではなかった。
『アイテム』を潰しにある研究所に潜入した際、美琴と白井、そして佐天がが空間移動で脱出した瞬間を偶然目撃している。

473: 2012/08/12(日) 19:38:09.62 ID:vbAO9UA10
(大能力者の空間移動能力者。サポートに徹せられると厄介だな)

チラッ、と白井のほうに目を向けると白井が美琴の胸に顔をうずめ頬ずりしていた。
美琴も引き剥がそうとしているのだが、全く離れる様子がない。

(うわぁ)

「ほら御坂も白井もいつまでやってんだ? 今日は遊ぶんだろ?
またゲーセンでもいくか?」

「カラオケですの!!」

突如カッと目を見開く白井。

「こういう時はカラオケと相場は決まってますの。
異論は認めませんわ!」キリッ

ようやく美琴の胸から離れ声高々に叫ぶ。

「キリッ、としてんじゃねえぞ」

474: 2012/08/12(日) 19:38:52.05 ID:vbAO9UA10
だが反対意見は出なかったので一行は第七学区内にある、白井たちがよく利用するというカラオケボックスに向かった。









外と比べ二〇~三〇年ほど技術が進んでいると言われるこの学園都市にあっても、カラオケボックスはそれほど変化していない。
変化といえば採点機器と防音性の進歩くらいのものだ。
と言ってももともと歌うだけの個室なので、自動販売機と同様これで既に完成しているのかもしれない。
しかし学園都市の一部のカラオケボックスに積まれている採点機器が異常に厳しいという噂がある。
外から来たプロの歌手が歌って六〇点超えたとか超えなかったとか。
この噂の真偽はともかくとしても、こうした無駄な方向性における無駄のない無駄な努力は学園都市ではそう珍しくない。

475: 2012/08/12(日) 19:39:21.00 ID:vbAO9UA10
「さて、まず採点の有無はどうしますの?」

「ナシだろ。採点厨うぜえし」

「私も構わないわよ」

「ではなしで、と」

「俺の意見は聞かれもしないんですね……
だがトップバッターは俺がいくぜ!!」


    カルマ/BUMP OF CHIKIN


「何という王道ですの……」

「まあ、これ入れときゃ間違いはねえわな」

476: 2012/08/12(日) 19:39:54.76 ID:vbAO9UA10
   『ガラス玉ひとつ落とされた♪ 追いかけてもひとつ落っこちた♪』


「これが…上条だと……?」

「意外とやりますのね……」


   『かーなーらーずー♪ 僕らは出会うだろー♪』


   『おんなじ鼓動の音を目印にーして♪』


「これなんかのゲームの主題歌らしいな? 俺は知らんけど」

「あ、私も聞いたことあるわよ。
そのゲームは知らないけど結構それで知れ渡ったとか」

「外部のゲームらしいしな」


   『鏡なんだー♪ 僕ら互いに それぞれーのーカールマを映すためのー♪』


   『僕らーは♪ ひとつーになるー♪』


「久しぶりだったから不安だったけど大丈夫っぽいな」

477: 2012/08/12(日) 19:40:31.30 ID:vbAO9UA10
「ア、アンタにしては、頑張ったほうじゃない……?」プイッ

「ツンデレ乙」

「何よ垣根ぇ!」

「ま、お猿さんにしてはたしかにやった方でしょうが、所詮は類人猿。
ここはわたくしが実力の違いというものを見せ付けてやりましょう」


   水色の雨/八神純子


「おいババァテメェいつの時代の人間だ」

「黒子……悪くはないんだけどなんか、ね……」

「名曲は時が経っても色褪せませんの! あとババアとか言った茶色いの覚悟しときなさいな!」

「茶色いの!?」

「俺はこの曲知らないなぁ」

「無理もないわよ……」

478: 2012/08/12(日) 19:41:04.57 ID:vbAO9UA10


   『ああー♪ 水色の雨ー♪』


   『私の肩を抱いて♪ 包んで降り続くのー♪』


「うん。知らないけど、昔の曲なのは分かった」

「ババァやるじゃねぇか。で昔の曲を聴くとすぐに昔のって分かる現象はなんなんだろうな?」

「たしかに何故か分かるよな~」

「御坂は知らねぇの? 常盤台だろ?」

「知らないわよ! 常盤台だってそんなの教えてるわけないでしょ」


   『ああー♪ 崩れてしまえ♪』


   『跡形もなく流されてゆく♪ 愛の形♪』


   『忘れてよ♪ 忘れてよ♪ 愛したことなど♪』


「ババァ声だからか妙に合ってるな」

それを聞いた白井が歌いながら鞄を垣根の頭上に空間移動する。
虚空に現れた鞄はそのまま重力に引かれ落下し、垣根の頭を打った。

「痛ってぇなババアァァァァァァ!!」

479: 2012/08/12(日) 19:41:46.63 ID:vbAO9UA10


   『咎める言葉なら♪ 素直に聞けたわ♪』


   『微笑んでーいただけーの♪ 懐かしい日々♪』


   『ああー♪ 崩れてしまえ♪』


   『跡形もなく流されてゆく♪ 愛の形♪』


「わたくしの実力、お分かりいただけましたの?」

「ああ。ババァだけど上条よりは上手かったな。ババァだけど」

「大事なことじゃないので二回も言わなくていいんですの!!
というかわたくしはまだ中学生ですのよ!!」

「じゃあ次私がいくわよ」


   Time goes by/Every Little Thing


(なん…だと……?)

「ELTにTime goes by……流石は超能力者……分かってやがるじゃねえか」

480: 2012/08/12(日) 19:42:19.48 ID:vbAO9UA10
「私この曲大好きなのよ~。垣根も?」

「当然だ。疑いようのない名曲だからな」

「流石はお姉様。お上品な選曲ですわ」

「白井はなんであんなのにしたんだよ……」


   『Wow wow wow♪』


   『きっと きっと誰もが♪ 何かたーりないものを♪』


   『無理に♪ 期待しすぎて♪ 人を♪ 傷つけーている♪』


「すげぇな御坂……かなり上手いよ」

「これが第三位の実力か……」

「あぁ、お姉様の美声に黒子の胸はいっぱいですの!
ああお姉様、うっかりボイスレコーダーを忘れてしまった愚かな黒子をお許し下さいまし……」

(うわぁ)

481: 2012/08/12(日) 19:43:03.06 ID:vbAO9UA10
   『kissをしたり♪ 抱き合ったり♪ 多分それでよーかったー♪』


   『信じあえーる喜びもー♪ 傷つけあーう悲しみもー♪』


   『いつかありーのままにー♪ 愛せるように♪ Time goes by……』


「これはいいものだ……」

「ELTだからな」

「垣根はELT好きなのか?」

「ELTだからな」

「垣根のキャラが崩れてきた……?」


   『安らぎーとかー♪ 真実ーとかー♪ いつも求めてーたけどー♪』


   『もう一度思い出ーしてー♪ あんなにも愛したーことー♪』


   『「アリガトウ」が言ーえるー時がくるーまで♪ Say good bye……』


「……ッ! ……ッ!」ビクンビクン

(うわぁ)

482: 2012/08/12(日) 19:44:13.17 ID:vbAO9UA10
   『残されたー傷跡が消えた瞬間♪ 本当ーの優しさの意味が分かるよ♪ きっと♪』


   『過ぎた日に背を向けーずにー♪ ゆっくり時間(とき)を感ーじて♪』


   『いつかーまたー笑って♪ 会えるといいね♪ Time goes bye……』


   『Wow wow wow……』



「ふぅ……。素晴らしい歌声でしたの、お姉様」

「ちょっと待てババァ」

「でも本当に良かったよ、御坂」

「……ッ! フ、フン! これくらいどうってことないわよ!!」

「? なに怒ってるんだ、あいつ?」

「kissをしたり抱き合ったり、それで良かった」ボソボソ

「っなッ!!」

「会えば喧嘩してた、意地を張ればなおさら隙間広がるばかり」ボソボソ

「な、何よう! ただの歌詞じゃない!!」

483: 2012/08/12(日) 19:45:08.25 ID:vbAO9UA10
「俺は別にただ歌詞を読んでるだけだし? 何だと思ったんだよ?」

「シラジラと……」

「もう一度思い出して あんなにも愛したこと」ボソボソ

「~~ッ!/// うるさいうるさーい!!」

「さて、次は俺だな」

「無視すんな!
……何よもう、垣根ぇ……」


   激動/UVERworld


「垣根……やはり分かってやがる!」

「UVERとは。中々できるようですわね」

「白井もこういうの分かるんだな。お嬢様学校だからそういうのに疎いのかと」

484: 2012/08/12(日) 19:45:43.10 ID:vbAO9UA10
「この曲前奏長いのよね。失敗しろ垣根ーっ!」

(ここまで上条、ババァ、御坂……全員かなりハイレベルだった)

(焦るな俺、焦るな垣根帝督。落ち着けばなんてことはねえ。第二位の実力を見せてやるぜ!!)


   『研ぎ澄ますeyes♪ 聞き飽きたフレーズやー♪』


   『誰かのコピーじゃ満たされないんだよ♪』


   『末期のドス黒のベストプレイ♪ インザハウス♪』


「第一線のステージで♪ これっぽっちも負ける気がしねーな♪」

「アンタまで……ノリノリね」

「激動は上条さんの中で一番の名曲なのですよ」


   『所詮青のせかーいにー♪ 閉じ込められて笑う♪』


   『見えていたー物までー見失って僕らは♪』


   『思い出の海の中溺れてゆくのーにー♪』


   『『次のpassport♪』』

485: 2012/08/12(日) 19:46:17.39 ID:vbAO9UA10
『上条テメェ入ってくんじゃねぇ!』

「落ち着きなさいな、みっともないですわよ。……―――間奏、終わるぞ」

「っていうかみんなもっと驚きなさいよ。
垣根、上手いなんてもんじゃないわよこれ」


   『拍車はかからーずーとも♪ 思いに移ろいはない♪』


   『必氏で集め彷徨った空っぽのストーリー♪』


   『大切なー思ーい出も少し置いてゆこう♪ 全て背負ーったままじゃ渡るには重くてー♪』


「とんでもない歌唱力だな」

「さて、次は何を歌いましょうか」

「また古臭いのじゃないでしょうね」

「名曲は色褪せませんの!」


   『Round1♪ ダッセー位置から吠えてな♪』


   『そうしてまた出会った時にーはー♪ 少し色濃く抱きしめてーくれー♪』


   『上手く置いていけたら♪ 溺れないで♪ 捨てないで♪ また会ーえるからー♪』


「「Rebel one!!」」

486: 2012/08/12(日) 19:46:54.49 ID:vbAO9UA10
「突然何叫んでんのよアンタら!?」


   『Rebel one♪ turning point♪』


「少し見直しましたわよ垣根さん。まさかここまでやろうとは……」

「ハッ、ババァとはレベルが違うんだよレベルが」

「なんか三人のテンションについていけないわ……」

「あー気分いいぜ。ここは俺が二連続でいくぜ!」

「お待ちなさいな! 次はわたくしですのよ!」

「うっせぇぇぇぇんだよババァァァ!!! カラオケナメンなァァァ!!」

「落ち着けよ二人とも。ここは間をとって上条さんが……」

「あ、私がもう入れちゃったわよ」

「「「はぁ!?」」」

「いつまでもゴチャゴチャやってるのが悪いのよ」

487: 2012/08/12(日) 19:47:41.69 ID:vbAO9UA10


   明日への扉/IWiSH


「「「譲ろう」」」キリッ

(なんだ……一体なんなんだ、御坂のこの選曲センスは……ッ!!)

「なんつーか……綺麗な曲歌うんだな、御坂」

「お綺麗で美しくかつ凛々しいお姉様ですから。
その点、誰でも思いつくようなありふれた選曲をした貴方は通行人B、ということですわね」

「酷でぇ……」


   『光る汗♪ Tシャツ♪ 出会った恋♪ 誰よりも輝く君を見て♪』


   『占い雑誌♪ ふたつの星に♪ ふたりーの未来を重ねてみーるのー♪』


   『いつの間にか♪ 隙間空いた♪ 心ーがー満たーさーれてく♪』


   『見つめていたい♪ 微笑んでいたい♪』


「流石は常盤台の歌姫ですの……」

「そんな称号ないだろ……」

488: 2012/08/12(日) 19:48:09.02 ID:vbAO9UA10
「次に歌うのは俺だからな!」

「あ、わたくしがもう入れてありますの」

(なん…だと……?)


   『傷つくことから逃げー出してー♪ いつもただ遠回りばーかり♪』


   『少し幅の♪ 違う足で♪ 一歩ずつ歩こうね♪』


   『耳元で聞こーえるー二人ーのメロディー♪ 溢れー出すー涙こらえて♪』


   『抑えきれない♪ この気持ちが♪ 二五時の空から♪ 光る滴として降り注いだー♪』


   『言葉が今♪ 時を越えて♪ 永遠を突ーき抜けるー♪』


   『たどり着いた♪ 二人の場所♪ 長すぎた旅のあと♪ 誓った愛を育てよう♪』


「久しぶりに思い切り歌うとスッキリするわね」

「カラオケはストレス解消にいいっていうしな」

「上条はよく来るのか?」

「上条さんには金が……」

「苦学生かよ」

「うるせい! 高位能力者にこの苦しみは分からんでしょうね!!」

「次は黒子? さて、一体何を入れて……」

489: 2012/08/12(日) 19:48:41.55 ID:vbAO9UA10


   way to answer/fripSide


「流石の私でもこれは予想外だったわ」

「これ比較的最近の曲だよな? この間ファミレスで流れてたな」

「また俺は知らない曲だな。でも古臭い曲じゃないっぽいな」

「わたくしはオールラウンダーですのよ」


   『I can't look back anymore! "Time out" or "Endless maze"?♪』


   『何を信じて生きる?♪ 傷つくこと予想は出来ーてーいたつーもりーでもー♪』


   『日常を行き交う♪ 不安なささーやき♪ 吹き飛ばーしてー取り戻すのー♪ ...真実を!♪』


「なんだよ、やれば普通に出来るじゃねぇかババァ」

「なんかこの曲やたら身近に感じるのよね~。うまく言えないけどさ。
なんか、私と関係があるような……」

「良い曲だな……」

490: 2012/08/12(日) 19:49:20.37 ID:vbAO9UA10


   『守りーたーいなら立ち向ーかうだけー♪ 独りじゃない♪ 分かるでしょう?♪』


   『可能性に溢れる明日へー♪ きーみーと向かおう♪』


   『高鳴った鼓動が♪ 刻んだ誓いは♪ わたーしたーちをー繋ぐ絆ー♪ もう迷わない!♪』


   『間違いも♪ 正しさも♪ 自分の出す"答え"誇れーるものーだーからー♪』


「そういや昼飯どうするよ? もう一二時だぜ」

「カラオケは二時間で入れたから後一時間強……。
ここで食べればいいんじゃない?」

「うおおい! カラオケのメニューは割高なんだぞ!
上条家の財政をこれ以上圧迫する気か!」

「ならアンタは一人ここを出て食べる? それとも私たちが食べてるのを黙って見てる?」

「ふ、不幸だ……」

「ならさっさと注文しちまおうぜ」

491: 2012/08/12(日) 19:49:58.18 ID:vbAO9UA10


   『Get and hold your solid faith!♪ Shoot now! Shout now! Ready go!♪』


   『譲れない♪ 夢がある♪ こーのー手で叶えーたい♪』


   『どんなー痛みも乗り越ーえられるー♪』


「……キングポテト、カレーうどん、鳥の唐揚げ、とろ~りオムライス、マルゲリータピザをひとつずつ。
和風ハンバーグ、ライスをふたつずつでお願いします。……え? あぁ、はい。お願いします」

「ここってどれくらいで来る?」

「恐ろしく早いわよ。どんな方法を使ってるの分からないけど、初めて見た時はそれはそれはびっくりしたもんだわ。
いやマジでホント、怖くなるわよ」


   『あーのー笑顔がー今もー強さーをーくれーるからー♪』


   『I trust one light in my heart...♪ "way to answer"!♪』


「お待たせしました。キングポテトとカレーうどん、和風ハンバーグ二つにライス二つでございます」ガチャ

(こいつ……迅い!)

492: 2012/08/12(日) 19:50:38.74 ID:vbAO9UA10
「ではごゆっくりどうぞ♪」

「危ねぇぇぇぇぇ! 分かってますの!? 歌ってる時に店員が入ってきた時の気まずさ、本当に分かってるんですの!?
そもそも後半ほとんど聞いてなかったですわね!!」

「ヒステリックは良くねぇぞババァ。お前の分も頼んでやったんだから感謝しろよ」

「すみませ~ん、鳥の唐揚げ、とろ~りオムライス、マルゲリータピザになります」ガチャ

「ほら黒子、このオムライスはアンタのだから食べなさい」

「ちょっと待て垣根ェ!!!」

「な……なんだよいきなり?」

「びっくりしましたの……」

「お前……その手に持ってるのは何だよ?」

「あん? レモンじゃねぇか」

「ふざけるなよ……」

「何なんだよお前さっきから」

「ふざけるなって言ってんだ!!
お前は自分のやろうとしてることが分かってるのかよ!?
唐揚げにレモンをかけるなんてのはな、本来の唐揚げの味を~~~~~~だ。
いいぜ。それでもまだお前がレモンをかけるっていうなら、まずはその幻想をぶち頃す!!」

493: 2012/08/12(日) 19:51:25.52 ID:vbAO9UA10
「何言ってるか全然分かんないけど、もう唐揚げなくなったわよ」

「なん…だと……?」

「さっさとカレーうどん食えよ。冷めるぞ」

「お、おう」

「待ちなさい黒子! いつの間にかピザが半分くらいになってるじゃないの!」

「ふざけんなババァァァ!!」

「早い者勝ちですの!!」









「飯も食ったけど残り四〇分くらいか。なら後半戦開幕といこうじゃねぇか。
まずは俺からだ。俺の美声に酔いしれやぁぁぁ!!」


   STILL WAITING/Sum41


   『So am I still waiting for this world to stop hating♪』


   『Can’t find a good reason,can’t find hope to believe in♪』


「なんという歌唱力……英語まで行けるとはやるじゃねぇか垣根!」

「たしかにこの歌声は認めざるを得ないですわね」


   『This Can’t last forever time won’t make things better♪』


   『Can’t find a good reason,can’t find hope to believe♪』

494: 2012/08/12(日) 19:51:56.97 ID:vbAO9UA10
「どうだ俺の十八番はァ!!」

「凄いわよ、うん。かなりマジで。でもずいぶん派手な歌詞ね。
流血だの戦争だの銃だの……」

「向こうの曲はそういうのが多いですわね。国家も過激ですから」

「え? お、おうそうだな、派手だったな!」

「お前が英語出来ねえのは分かったから無理すんな。
中学生にも劣る英語力なんだろ?」

「中学生って言ったって常盤台じゃねぇか!!」









   『白く果てなーく染められて♪ 君の影がーかき消されても♪』


   『僕はすぐにたどりーつける♪ 偽りなき思いがあるからー♪』


「おおー!!」

「やはり御坂はできる……ッ!」

495: 2012/08/12(日) 19:52:26.23 ID:vbAO9UA10


   『男ならー♪ 誰かのたーめに強くなれ♪ 女もそうさー♪ 見てるだけじゃ始まーらーない♪』


「上条の野郎、また当たり障りの無い選曲を……」


   『chAngE!♪ 靡かない流されないよ♪ 今感じることに素直でいたいの♪』


   『誰かの思い通りにはさせないわ♪ chAngE!♪ 何度でも生まれ変わるよ♪ 悲しみを抱きしめて♪ 走り出そう♪』


「ババァ声の本気だと……!」

「これは黒子の十八番ね」


   『瞳をそらさなーいでー♪ うまく言葉にー出来ないけど♪ 胸の深く君を求めている♪』


「垣根さん、女性の歌にも対応できるんですのね……」

「もう歌手になりなさいよアンタ」

505: 2012/08/18(土) 16:15:27.66 ID:dmtcJOXa0









時間ギリギリまで使った四人は二時間ぶりに店外へと出ていた。

「二時間しか経ってないのにずいぶん久しぶりに外に出た気がするわね」

「それだけ楽しんでいたということですわね」

「俺も思いっきり歌ってすっきりしたぜ。垣根はキャラ崩壊しかけてたけどな」

「カラオケは人を自由にするのさ」

現在の時刻は午後一時三〇分。
まだまだ真昼間である。

「これは集合時間ミスった感がすごいな」

「あー……どうするよ?」

「とりあえず喫茶店でも行かない? そこで休憩がてら考えましょうよ」

506: 2012/08/18(土) 16:16:51.31 ID:dmtcJOXa0




その喫茶店は壁がレンガ造りに見せるデザインが為されていて、どことなく古風な雰囲気のする店だった。
店内にはいくつも花が活けてあり、客はまばらに入っている。
壁にはファミレスにあるような大型のテレビが取り付けられていて、ニュースやらスポーツやらを店内へ流している。
四人は適当な席に座り、それぞれ飲み物のみを注文した。

「喫茶店って絶滅危惧種じゃねえのか? 学園都市じゃあまり見ないが」

「たしかに喫茶店の数は年々減少傾向にあるらしいですわね」

喫茶店が減っている理由についてははっきりしない。
単純にファストフード店やファミレスに押されたのだという意見。
コーヒーメイカーなどの進歩により自宅でも気軽に上質なコーヒーが飲めるようになったからだという意見。
時代の変化により、曲を聴きながらゆったりとコーヒーを飲む、という行為を楽しむ心のゆとりがもてなくなったからだ、という意見まである。
理由はどうあれ、喫茶店が減ってきているのは学園都市にあっても例外ではないらしかった。

507: 2012/08/18(土) 16:17:55.54 ID:dmtcJOXa0

「でも『学舎の園』には結構あるわよね」

「『学舎の園』っていうとアレか、常盤台を始めとする四つのお嬢様学校が集まってるってやつ」

「お嬢様がたくさんいるところだからこそ喫茶店が残ってるんだろ。
喫茶店で優雅にお茶を飲むお嬢様……絵になるじゃねぇか。……御坂みたいな例外はあるけど」

「ぬわぁんですって~?」

美琴は以前垣根を誤射した時から極力人間への能力の使用を控えている。
それは白井や上条に対しても同様だったのだが、ビリビリされないと分かると途端に上条の美琴に対する態度は強気なものへと変わったのだった。

「ババァも例外だろ」

508: 2012/08/18(土) 16:27:08.30 ID:dmtcJOXa0
「貴方は朝からババァババァと……!
口リコンなんですの貴方は!?」

「別にお前の年齢がババァだと言ってるわけじゃねえよ。
お前の声と趣味がババァだと言ってんだ」

「どっちにしろ納得できませんわよ!?
そもそもわたくしの名前は白井黒子ですの! ほら、リピートアフターミー!!」

「白井黒子」

「分かればよろしいんですの」

「長げぇから白黒子でいいか? つーかお前白いのか黒いのかハッキリしろよ」

「よくないですの! 白は余計なんですのよ!?」

509: 2012/08/18(土) 16:27:40.59 ID:dmtcJOXa0
「だ、駄目だ、まだ笑うな……
こらえるんだ……し…しかし……」

必氏に笑いをこらえる美琴。だが既に決壊寸前だ。
そこに垣根が止めを刺す。

「ならオセロでどうだ?」

「プッ」

「ブフゥ」

垣根の言葉を聞いた美琴が、そして上条が同時に思わず吹きだした。
中々斬新なあだ名である。
飲み物を口に含んでいた美琴は吹きだしたそれを綺麗に拭きながらもプルプルと震えている。

510: 2012/08/18(土) 16:28:22.07 ID:dmtcJOXa0
「オセロって…オセロって……
あーはっはっはっは!! 駄目、もう無理!」

腹を抱えて爆笑する美琴。
するとそれにつられるように上条も爆笑しだす。

「笑ってんじゃねぇですのぉ!! 今すぐこれをアナタの体内に空間移動して差し上げてもよろしいんですのよ!?」

いつも太ももに装備している金属矢を二、三本取り出して上条へそれを投げる仕草をする。

「なんで俺だけ!?」

「最近気付いたが、上条といるとあらゆるマイナスがお前に向かうんだな。
喜べ上条。この上なく優秀な弾除けだぞお前」

「不幸だぁー!」

511: 2012/08/18(土) 16:29:08.16 ID:dmtcJOXa0









「そういえば垣根って学校どこなの?」

美琴が注文したフレンチトーストに手をつけながら質問した。

「長点上機学園」

「マジかよ!? 長点上機といやぁ常盤台とも並ぶ超エリート校だろ?」

「長点上機ですの……大覇星祭の恨み、忘れておりませんわよ」

「ただし籍だけな」

512: 2012/08/18(土) 16:44:39.25 ID:dmtcJOXa0
「えっ、どういうこと?」

「そのままだよ。籍だけは置いてあるけど通ってないんだ。
まぁ色々あってな。そこはあんまり聞かないでくれ」

「ふーん……」

長天上機と言えば上条の言うように常盤台と並び評される超名門校だ。
だが前者は高校、後者は中学校であることを考えると、異常なのはそれと張り合える常盤台の方かもしれない。
また、長天上機は能力でなくとも一芸が突出していればやっていける。だが常盤台は強能力者以上でなければ入学することは許されない。
こうすると長天上機の方がオープンな感じを受けるかもしれないが、実際はそうではない。

513: 2012/08/18(土) 16:45:26.12 ID:dmtcJOXa0
長天上機は非常に殺伐としており、また徹底的な能力至上主義であるため、在籍する学生も自身の能力向上以外には一切目を向けないことが多い。
各教室もセキュリティロックが施され、徹底した防音対策のせいで基本的に物音一つしないのだ。
世界最大級のサーバーが置かれているという噂もあり、他にも何かと黒い噂の絶えない学校である。

一方常盤台は、その教育方針が『義務教育終了までに世界に通用する人材を育成する』ことであるがゆえに、能力だけでなく礼儀作法もしっかりと叩き込まれる。
派閥争いのような争いはここでも見られるのだが、やはりその教育方針ゆえか比較的オープンな校風である。
ちなみに能力開発においては長天上機は珍しい能力の開発に優れ、常盤台はポピュラーな能力の開発に優れるとされる。

ここで何となく会話が途切れ場が静かになったので、垣根は何気なくテレビのほうへ目をやった。
画面にはいくつもの報道内容が縦に羅列されており、アナウンサーが一つずつ詳しい内容を読み上げている。
学園都市のニュースは学園都市内だけでなく、当然全国のニュースも報道している。

514: 2012/08/18(土) 16:46:08.35 ID:dmtcJOXa0
『一〇月九日の学園都市独立記念日に、第三学区の国際展示場で講演を行う予定だった一澤暁子氏が誘拐された事件の続報です―――……』

   『要求は一億円 小中学生ら十数名を人質に』

   『衆議院議員の枝先富夫氏が多額の賄賂を受け取る……』

   『台風一三号 勢力を保ったまま九州に上陸か』

   『五年に渡る執念の逃亡劇に終止符…… 溜麻蓮、ついに逮捕へ』

アナウンサーはさっきまで読んでいたニュースを読み終え、次のニュースの読み上げにかかった。

515: 2012/08/18(土) 16:49:13.07 ID:dmtcJOXa0
『今朝の午前八時ころ、小中学生の登校用のバスがジャックされる事件が発生しました。
犯人は要求が飲まれなければ人質を一人ずつ射頃すると宣言しており、警備員は慎重な対応を―――……』

「ホント、学園都市に限らず事件は尽きないのな」

「特に学園都市では能力というものがあるので余計に、ですわね。
そのための風紀委員ですが」

「風紀委員……ね。暴走した能力者を鎮めるための能力者による組織。
違いは掃除する方が善か否か、か」

垣根の言葉の後半はほとんど呟きになっていて、三人には聞き取れなかったようだった。

「? どうした、垣根?」

「なんでもねえよ」

516: 2012/08/18(土) 16:51:23.99 ID:dmtcJOXa0
風紀委員が非行に走った者を捕らえる『表』の治安維持機関であるように、『闇』にもそれに対応する組織は存在する。
それが『グループ』であり『スクール』であり『アイテム』。
正確にはこれらの暗部組織もひとつひとつ存在理由は違う。
だが、反乱分子の鎮圧であったり『表』へ害為す者の削除だったりと“治安維持”に従事している組織は少なくない。

しかし風紀委員と暗部組織では決定的な違いがあると垣根は考える。
前者は不当にその力をかざす者を正しい力の使い方で以って鎮圧する。
そしてその後捕らえられた者は正当な場で正当な処罰を受けることになる。

一方後者は暴力を振るう者をより強大な暴力で制圧する。血で血を洗うのだ。
制圧する側もされる側も悪党。
そしてこちらでは極一部の例外を除き制圧対象は全てその場で処刑される。
つまり風紀委員のすることを『逮捕』とするなら、暗部組織は『粛清』だ。
これに必要悪という面を見出す者もいるが、いずれにせよやっていることは人頃しに他ならない。



517: 2012/08/18(土) 16:53:17.08 ID:dmtcJOXa0
「でも風紀委員っていっても大抵は地味な仕事ばっかりよね。
コンビニの前掃除したり、迷子を案内したり、落し物を探したり。
まぁそれも仕事だし大変なんだけどさ」

「なんだ、まるで実際に体験したみたいじゃないか」

「色々あってね。七月に一日風紀委員やったことあるのよ。
それまではもっとドンパチやるのを想像してたから、拍子抜けだったわよ」

「そういったものも蔑ろにせず、信頼を勝ち取っていくことが大切なんですわよ。
風紀委員は皆に頼られる存在でなくては―――っと、失礼しますわ」

そこで携帯が鳴り、白井は言葉を止め電話に出る。

518: 2012/08/18(土) 17:07:17.83 ID:dmtcJOXa0
「……なんだよ、あの携帯? ただの棒にしか見えないぞ」

上条が美琴に耳打ちする。
美琴はアハハ、と乾いた笑みを浮かべて答えた。

「黒子の趣味なのよ。どんなに使いにくくても、近未来的なSF携帯がいいんですって」

「……分かりましたわ。それでその馬鹿共は―――何ですって?
丁度良いですわ。今わたくしはその銀行の目の前にいますから。では」

「何かあったの?」

「申し訳ありません。風紀委員の仕事が入ってしまったので、わたくしは行かなくては」

「……白井は風紀委員だったのか?」

「垣根は知らないよな。そうなんだよ」

519: 2012/08/18(土) 17:07:53.25 ID:dmtcJOXa0
「それより事件でしょ? 私も手伝うわよ」

「お姉様、いつも注意しているようにこれは風紀委員の仕事ですの。ですからお姉様は……」

「銀行強盗、か。あそこだろ?」

垣根は座ってコーヒーを飲みながら窓越しに見える銀行を指差した。
その銀行は全てのシャッターが下りていて、まるで閉まっているかのようだった。

「なんで分かるんだよ?」

「バーカ。くるくるパーかお前は。
風紀委員が動いて銀行っつったら銀行強盗以外何があるよ。
それにこいつが『今目の前にいる』っつったろ。
ここから見える銀行は二つだが、あっちの方には普通に客が出入りしている」

520: 2012/08/18(土) 17:09:50.71 ID:dmtcJOXa0
「うっ……な、ならなんで早く突入しないんだよ!? 急がないと……」

「馬鹿ね。中の犯人は人質をとってる可能性が高いわ。ヘタに刺激すると人質の命が危ないわよ」

「わたくしの空間移動なら中に入れますけど、中の状況がまるで分からないのに転移するのは危険すぎますわ」

「うぅ……」

三人から次々と駄目出しをされ、半ば本気で落ち込む上条。

「と言ってもこのまま放置するのもね。どうしたらいいかしら……」

三人が頭を悩ませていると、突然ドォォン!! という音をたて銀行のシャッターが内部から破壊された。
空いた穴から大きめの鞄を持った三人の男が現れる。
見れば、どう見ても学生の顔つきではない。
三人とも学園都市では数少ない大人だった。

521: 2012/08/18(土) 17:11:02.61 ID:dmtcJOXa0
「どうやらあれこれ考える必要はなくなったようですわね。逃がしませんわ」

白井はレジに壱万円札をバン! と叩きつけた後、空間移動でその姿を消した。

「私たちも行きましょう!!」







三人がそこに着くのにかかった時間はせいぜい三〇秒程度だっただろう。
しかしその間に二人が既に白井の手によって無力化されていた。
追い詰められた最後の一人は一丁の拳銃を取り出し、店内にいる拘束された店員にその銃口を向けた。

522: 2012/08/18(土) 17:12:15.19 ID:dmtcJOXa0
「動くな、動くなよ! 動いたらこいつらをぶっ頃すぞ!」

その言葉が聞こえたのか店内の店員や客たちから悲鳴が漏れる。

「クソッ、クソッ……! なんだって風紀委員がこんなに早く……!!」

「大人になってまで何をやっているんだか。歯、食いしばったほうがよろしくてよ?」

「えっ……!?」

男がその意味を測りかね、思考に一瞬ながら空白が生じた時を白井は逃さなかった。
自身の能力空間移動を再度発動させると、男の持っている拳銃に数本の金属矢が突如出現し銃身を貫く。
これで拳銃はもう使い物にならなくなった。

「なっ……」

そして男の意識がまた拳銃へ戻った時、突然伸びてきた上条当麻の拳により男は吹き飛ばされ、気を失った。

523: 2012/08/18(土) 17:16:13.00 ID:dmtcJOXa0
「大丈夫か、白井!」

「どう見たら大丈夫じゃないように見えますの?
余計なお世話ですのよ」

「どういうこと?」

美琴が発した疑問の言葉に二人はそちらへ意識を向ける。
美琴は男たちが持っていた鞄をごそごそと漁っていた。

「どうかしましたの、お姉様?」

「ないのよ……」

「ないって、なにが」

「あいつらが奪ったであろうお金がないのよ!
銀行内の様子を見るに強奪は成功したはず。成功したから逃げようとしたんだろうし……
でもこのあいつらが持っていた鞄には一円たりとも入ってないのよ!」

524: 2012/08/18(土) 17:17:51.15 ID:dmtcJOXa0
「「まさか……!?」」

血相を変えた美琴と白井はどこかへ走り去っていってしまった。
慌てて追いかける上条。
白井が向かっていたのはその銀行にあった職員用の出入り口だった。
その近くから何を言っているのかは聞き取れないが男の声がする。

「やはり……! 風紀委員ですの! 大人しくお縄に…って……あら?」

白井が先ほど装着した風紀委員の腕章を見せながら入り口に駆け込んだが、そこには予想外の光景が広がっていた。
一組の男女が気を失っているのか倒れている。
その脇には大量の紙幣の詰まった鞄があり、無理やり詰め込んだであろう一部の紙幣が入りきらずに零れていた。
そして、そこに無事な姿で立っている一人の男。

「よう、ちょっと遅かったな」

それは垣根帝督だった。

540: 2012/08/21(火) 15:17:20.47 ID:/h7Do+830









「ご協力感謝いたしますわ」

四人は駆けつけてきた警備員に強盗犯たちの身柄を引き渡した後、再び先ほどの喫茶店へ戻っていた。
というのも、身柄の引渡しが済むとすぐに喫茶店の店長を名乗る男が白井にお釣りを渡したいと言ってきたからだ。
白井は「別に構わない」と言ったのだが、店長は「利用していない分の料金は受け取れない」と譲らなかったため戻ってきたのだった。

「別に。気まぐれだ気まぐれ」

「上条さんはいまだに事態が飲み込めていないのでせうが……」

541: 2012/08/21(火) 15:18:08.56 ID:/h7Do+830
「囮、ですわよ」

白井がそう言うと美琴もそれに同調した。

「表から出てきた奴らは周りの目を引きつけるためのデコイ。
その間に仲間が奪った大金を持って裏口からトンズラって計画だったのよ」

「垣根さんはいつそれに気付きましたの?」

「奴ら三人がシャッターを吹き飛ばして出てきた時」

「最初からじゃねぇか!」

「どこで分かったの?」

「まずあいつらが学生じゃないのは一目で分かった。
まだ子供の学生ならいざ知らず、大の大人が銀行強盗を計画してるんだ。
よっぽどの馬鹿じゃなけりゃあんな派手な爆発を起こして注目を引くようなドジを踏むわけがねえ。
加えていかにも金が詰まってますと言わんばかりの必要以上にデカい鞄。
更にあいつらは逃走の足を何も用意してなかった。多分どこかで仲間に拾ってもらう計画だったんだろうな。
んで、裏口を確認してみるとすぐ近くにエンジンがかかったままの車が一台。
こりゃビンゴってことで金を運んできた二人をブッ飛ばしたってわけ」

542: 2012/08/21(火) 15:18:44.05 ID:/h7Do+830
「ま、それにしたってお粗末が過ぎる計画だがな」と付け足して再び頼んだコーヒーに口をつける垣根。
説明を聞いた三人は唖然としていた。

「……お前、凄げぇんだな」

「ホントよ。ずいぶん聡いのね」

「……アナタ、風紀委員になりません? いや、割とマジでですの」

「せっかくのお誘いだけど遠慮させてもらうよ。
そういうの、ガラじゃねぇんだ」

暗部組織のリーダーが風紀委員とは何の冗談か。
白井はそれは残念ですの、と呟いてため息をつく。
本人の言った通り結構本気のスカウトだったらしい。

543: 2012/08/21(火) 15:19:27.86 ID:/h7Do+830
「っつーかお前空間移動系能力者だったんだな。
空間移動系能力者ってかなりレアなんじゃなかったか?」

既に例の施設で見たため、知っていることだが初見のように振舞う。

「レアもレア。学園都市全域に五八人のみですの」

「たしか自分を飛ばせれば大能力者だったな。そうなるとお前は大能力者ってことか」

「そうですの。一度に複数の物体を飛ばせる空間移動能力者は五八人中一九人しかいないんですのよ」

フフン、と誇らしげに胸を張る白井。
自分の能力に自信を持っているようだった。
たしかに空間移動は防御不能かつ攻撃が回避を兼ねるという優秀な性能を持つ。
加えて風紀委員の訓練を受けている白井黒子を倒せる者はそう多くはないだろう。

544: 2012/08/21(火) 15:20:21.14 ID:/h7Do+830
「まぁわたくしは今は飛距離八〇m、重量一三〇kgくらいが限界ですけど、数年後には超能力者になってるかもしれませんわよ?」

「無い胸を張るな。
それに数年後ってお前生きてんのか? その声じゃそろそろお迎えが来るころだろ」

「慎ましやかなバストと言っていただきたいですわね!
それと何度も申し上げている通り、わたくしはババァじゃありませんの! まだ中学生ですのよ!?」

美琴は何故か垣根の白井に対する「無い胸を張るな」に敏感に反応し、自らの胸を見下ろしため息をついている。
上条は恒例となりつつある垣根と白井の争いを「ははは……」と乾いた笑いを浮かべて見ていることしかできなかった。
更にヒートアップし能力まで使い始めたあの空間に入っていく勇気は上条には無かったようだ。

しばらくすると、白井は先ほどの事件の件で呼び出しを受け、先に帰っていった。
残された三人は喫茶店を出ると、美琴の提案で同じ第七学区にある本屋へと向かう。

545: 2012/08/21(火) 15:22:02.00 ID:/h7Do+830


超大型書店『Water William』。
これは学園都市内部だけの書店でありながら、その大きさは日本一と言っても過言ではないレベルだ。
六階建てになっており、絵本から漫画、雑誌、小説に論文、外国の文献など何でもござれだ。
ここに来れば揃わないものはないという評判が立つほどで、学生はもちろん、大人や研究者まで幅広い層の人間に利用されている。
しかもここ、『世界一の品揃え』がモットーらしく、ないものは注文すればどんなに遅くても一週間以内には取り寄せて並べてしまうのだ。
もちろん、それが外国のものであっても例外ではない。
おまけにその際には、日本語訳されたものと原本どちらも取り寄せて並べてしまうというのだから恐れ入る。
ちなみにこれは全く関係ない話なのだが、ここの店長はガチムチな体で有名だという。

ともかく、三人はそんな凄い書店にいるのだった。
現在彼らがいるのは三階で、主に論文や文献など、学問的なものが並べられているフロアだ。

546: 2012/08/21(火) 15:23:03.04 ID:/h7Do+830
「うへぇ~……見てるだけで頭痛くなるな……」

「アンタの頭が空っぽだからでしょ」

しかし、実際上条でなくても頭が痛くなるような専門的なものばかりが置かれている。
今三人がいるのは世界史で出てくるような、そんな本ばかりが並べられているコーナーだった。
『神学大全』、『純粋理性批判』、『リヴァイアサン』、『人間悟性論』、『方法叙説』、『新オルガヌム』……
どれもそのタイトルを聞いたことこそあっても、普通なら目を通すことのないようなものだ。

「っつーか図書室で十分じゃねえの? 常盤台の図書室なんてどうせ馬鹿げたデカさなんだろ」

常盤台中学の図書室は垣根の言う通り尋常ではない大きさである。
二階構造になっており、隅から隅までビXチリと本が並べられていて、とても中学校の図書室とは思えない貯蔵量を誇る。

547: 2012/08/21(火) 15:23:40.37 ID:/h7Do+830
「いつもならそうするんだけどね。タイミング悪く、貸し出し中だったのよ」

美琴が手に取った分厚い本を見つめながら上条が尋ねる。

「そんな本何に使うんだよ?」

「そりゃあ何ってナニに……うぉ!?」

ほんのりと顔を赤くした美琴に思いっきり足を踏まれる垣根。
中々に痛かったらしく、つま先を押えながらピョンピョンと跳び跳ねている。

「学校の課題で、レポート書かなきゃいけないのよ!」

548: 2012/08/21(火) 15:24:39.47 ID:/h7Do+830
「学校の課題で、レポート書かなきゃいけないのよ!」

「どんな恐ろしいレポートだよ……」

「少なくともアンタは一生縁のないだろう内容よ」

「上条さんは縁なくてもいいと思います!」

「ほらアンタも。いつまで跳び回ってるのよ」

「誰のせいだよ……」

「アンタのせいでしょ……」

549: 2012/08/21(火) 15:32:18.39 ID:/h7Do+830
何冊か手に取った美琴は、それをカゴへと入れる。
店内に置かれているカゴで、本屋やスーパー等でよく見るようなものだ。
カゴを持った上条と、垣根と美琴はレジへと向かう。
誰が言い出したわけでもないのに、自然と上条が荷物持ちになっている点も注目だ。

「そういや俺も欲しいもんあるんだけど、いいか?」

「なら買うもん全部入れてからまとめて会計しようぜ。面倒くせえし」

「別にいいけど。何が欲しいのよ?」

「ただの漫画だよ」

「予想通りの回答どうもありがとう」

「ここで『参考書だよ』とか言ってくれれば……」

550: 2012/08/21(火) 15:33:50.45 ID:/h7Do+830
「上条さんに何を求めているのでせうか」

三人が喋りながら向かったのは一階だ。
このフロアには主に雑誌や漫画、ライトノベル、ゲーム攻略本などが置かれており、学生が多く集うフロアだ。
先ほどの三階のようなフロアは基本的に人が少ないのだが、ここは違う。
今日が休日だということも手伝って、やはり学生の姿が多く見られた。

「で、何買うんだ?」

「昨日発売した新巻を、な」

漫画コーナーには数え切れないほどの漫画がズラッと並べられている。
漫画というもの自体かなり種類のあるものだが、それにしたってここの店は異常だった。

551: 2012/08/21(火) 15:34:41.73 ID:/h7Do+830
「ん、なになに……『期待の新作、盲目のシェナ』。なんだこりゃ?」

「あ、それ地雷だからやめたほうがいいわよ。私読んだけど、もう訳が分からないもの」

「ちなみにどんな話なんだ?」

「主人公はシェナっていう女子高生。生まれつき目が見えない。
色々あって、赤世っていう異世界の存在を知るんだけど、目の手術があったから行かず。
でも家は貧乏だから、お金が足りなかったシェナの父親は賭博に手を染めてしまう。
荒れてしまった父親が原因で、両親は離婚、一家はバラバラ。
シェナは深い心の傷を負ってしまい、専用の施設に入れられてしまう。
結局目の手術も受けられなかったんだけど、施設の先生から目に頼らず気を感じる方法を教わる。
いざ卒業試験って時、施設内で密室殺人事件が発生。シェナはたまたま居合わせた自称探偵と手を組んで……ってとこまで読んだわ」

552: 2012/08/21(火) 15:35:15.13 ID:/h7Do+830
「何それカオス」

「常識が通用しねえ……」

赤世という異世界はどうしたのか。そもそもジャンルは何なのか。
何と言うか、突っ込みどころしかない話だった。
美琴がそこまで読んだことが驚きである。
普通ならもっと序盤で投げ出してしまうだろう。

「何が期待の新作だよ。駄作どころの騒ぎじゃねえだろ……」

「最新巻では胃の手術を行ったんだけど手術ミスがあって、訴訟を起こしたらしいわよ」

「いやもう意味分かんねえってマジで」

553: 2012/08/21(火) 15:36:49.22 ID:/h7Do+830
「学園都市の外にはこれと似たような名前の有名作品があるらしいから、それはいつか読んでみたいわね」

「俺が買うのは普通の漫画ですよ?」

上条は買いたい漫画をカゴに入れ、今度は二階へと向かう……前に、

「ちょっと俺トイレ行ってくるわ。上条も来いよ」

「いや、俺は別に……」

「いいから来いよ」

「はい!」

何故かドスの聞いた声で繰り返され、言い知れぬ恐怖を感じたのか上条は大人しく従った。

554: 2012/08/21(火) 15:37:40.69 ID:/h7Do+830
「御坂は四階で買い物しといてくれよ。後で金渡すからさ。
あれだ、『三日で分かる現代建築と中世建築』ってやつ」

「アンタ建築なんて興味あるの……?
いや、まぁいいけどさ」

「んじゃ頼んだぞー」

そう言うと垣根は上条の襟元を掴み、ズルズルと引き摺っていった。
しかしトイレには向かわず、本棚に隠れ美琴の視界から消える。
美琴が垣根からの頼まれ事を果たそうと動き出すと、垣根は上条を引っ張って後をつける。

「お、おい、何やってんだよ?」

「これは見なきゃ損だろ。御坂なら期待できるぜ」

555: 2012/08/21(火) 15:38:38.86 ID:/h7Do+830
「何の話だ?」

「御坂に頼んだ『三日で分かる現代建築と中世建築』。
あれ一八禁コーナーの入り口にあるんだよ」

「鬼だ……」

垣根の頼んだ本は言った通り一八禁コーナーの入り口にある。
当然一八禁コーナーの入り口には垂れ幕がかけられているが、この書店はそれが隙間だらけなのだ。
つまり、本を取ろうと近づけば嫌でも中のピンク空間が視界に入ってしまうということだ。
耐性が一切ない美琴にはかなり難易度の高いミッションだろう。
そもそも人口のほとんどが学生であるこの街において一八禁コーナーが必要なのかは疑問だが、強い要望によって設置されたらしい。
学生には大学生も含まれる。それと二割の大人たちにはやはり必要だったようだ。

556: 2012/08/21(火) 15:39:26.01 ID:/h7Do+830
「見失っちまう。急ぐぞ上条」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……!」

何だかんだ言いながらしっかりとついてくる上条。
二人揃っていい性格している。

美琴を追って四階へやって来た二人。
決してバレないような位置へと移動し、ソッと美琴を覗き見る。
美琴はウロウロと歩き回っていた。
目当ての本がどこにあるか探しているのだろう。
そして少し経ってようやく見つけたようで、そちらへと歩いていく美琴の足が……不意にピタリと止まった。

557: 2012/08/21(火) 15:40:03.10 ID:/h7Do+830
(気付いたか、御坂……
さあ、どうする? 近づかなければ本は取れないぜ?)

ニヤニヤしながら美琴の反応を楽しむ垣根。
やはり彼はサディストの気があるらしい。
美琴があまりにも良い反応するのが悪い、と彼は言う。

(…………)

一方、無言で穴があくほど凝視している上条。
この男は一体何を期待しているのだろうか。

575: 2012/08/26(日) 16:49:48.23 ID:FB3Gv2890
美琴はずっとオロオロしている。
意を決して進んだかと思えば、必ず途中で立ち止まってしまう。
離れていても彼女の顔が赤くなっているのが分かる。
周りから見れば彼女は完全に不審者だ。
もっとも、少し離れたところにそんな彼女を覗いている更なる不審者が二人いるのだが。

進んで止まって戻って、進んで止まって戻って。
そんなことを何度か繰り返していた美琴だが、ついに覚悟を決めたのか、大股でズンズンと本に近づいていく。
そして周りをキョロキョロと確認する美琴。
誰かに見られるのが嫌なのだろう。
一応確認しておくと、美琴が取ろうとしている本は『三日で分かる現代建築と中世建築』であって、決してアダルトなものではない。
よって、美琴に恥ずかしがるようなことは何もないのだが、純真すぎる彼女にはそれでもハードルが高いようだ。

576: 2012/08/26(日) 16:50:37.24 ID:FB3Gv2890
しかし今、本は美琴の目の前にある。
手を伸ばせば届く距離だ。
これをとれば終わりだ。それで全て終わり。
深呼吸して、彼女は手を伸ばし、ついに―――終わらなかった。
彼女の指が本に触れるか、といったところで大きく一八禁コーナーの垂れ幕が開いた。
中から客が出てきたのだ。
学園都市では比較的珍しい大人だ。一八禁コーナーにいたのだから当然だが。

「ひゃ!?」

その男に気付いた美琴が反射的に奇妙な声を出してしまう。
ビクッ、と体を震わせ、伸ばしかけていた手を光速で引っ込める。

577: 2012/08/26(日) 16:51:14.16 ID:FB3Gv2890
まるで悪戯しているところを目撃された子供のような反応だった。
男はそんなおかしな反応をしている美琴に目をやったが、すぐにどこかへ立ち去っていった。
手にアダルトなDVDを持って。
この人の名誉のため内容は伏せるが、その性癖を如実に表すものであった。
それを見てしまった美琴は顔がプシューとなっている。
顔の赤さも相まって、まさにゆでタコといった感じだった。


(GJ!! GJだぞオッサン!!)

そんな美琴を覗き続けている垣根は、心の中で全力のグッジョブを男に送っていた。
彼は本気で美琴の反応を楽しんでいた。
もはや完璧なセクハラである。
先ほどから何度も美琴からのメールや電話が来ているが、彼はその悉くを無視している。

578: 2012/08/26(日) 16:51:51.49 ID:FB3Gv2890
(…………)

上条は何も言わず、やはり黙ったまま凝視し続けていた。
上条も垣根と同じく、美琴からの連絡を全て無視している。
本当にこの二人は何をやっているのだろうか。


せっかくの決意を男に粉々に打ち砕かれた美琴は意気消沈していた。
一度行くと決めたのに、それが挫かれるともう動けなかった。
それでも何度かトライしてはいたのだが、やはり途中で動きが止まってしまう。
一度いいところまで行ったのだが、今度は一八禁コーナーに入っていく人間によって阻止されてしまった。
そんなこんなでずっと足踏みしていた美琴だったが、突然その表情が明るくなった。
頭の上には豆電球が飛んでいるようにも見える。どうやら何か思いついたようだ。

579: 2012/08/26(日) 16:52:44.48 ID:FB3Gv2890
彼女はスカートのポケットからゲームセンターで使われるようなコインを三枚ほど取り出した。
超電磁砲を使う際に彼女が好んで弾体とするものだ。
それを磁力を用いて浮かせ、目当ての本のページの間に滑り込ませる。
続けて滑り込ませたコインに再度磁力をかけ、手元へと引き寄せる。
するとコインに引っ張られ、本も一緒に手繰り寄せられた。
こうして彼女はようやく本を手にすることに成功したのである。

「よしっ!!」

思わずグッと拳を握り締め、勝利の余韻に浸る美琴。
一方それを見ていた垣根はワナワナと震えていた。

(俺が見たかったのはこれか? いや、断じて違う!
こんなことがあっていいのか? 許されるのか!? 否、許される訳がねえ!!)

580: 2012/08/26(日) 16:53:13.90 ID:FB3Gv2890
「異議ありだ!!」

思わず叫ぶ垣根。
あたりにいた客たちが何事かと垣根たちの方を見つめる。
美琴もその声に気付いたようだが、それが垣根であるとまでは分かっていないらしい。
上条は垣根の服を引っ張り、小声で囁いた。

「おい、バレちまうぞ! 早く離れないと……」

「クソッ、これが世界の選択か……」

美琴が本をレジへ持っていった時には、垣根と上条は姿を消していた。

581: 2012/08/26(日) 16:53:56.16 ID:FB3Gv2890









「いやー、悪いな。トイレ混んでてよ。な、上条」

「ああ。あんなに混んでるとはなー」

完全な棒読みで言い訳する二人。
一方、完全な羞恥プレイとなった美琴はプンプン怒っている。

「電話にも出ないしメールも返さないし、全く……
それに何なのよあの本は……」

「ん? 俺が頼んだのは『三日で分かる現代建築と中世建築』だったはずだが、何かおかしかったか?」

582: 2012/08/26(日) 16:55:10.74 ID:FB3Gv2890
美琴、墓穴を掘る。
垣根の依頼自体には何も問題はないのだ。
ニヤニヤしながら白々しくそう言う垣根。

「な、なんでもないわよ!!」

プイ、と顔をそらす美琴。
美琴から本を受け取り、垣根は代金を渡す。
当然彼は建築になど興味はない。よってこの本も必要はない。
ただ美琴に羞恥プレイをさせるためだけに買わせたのだから。
この本は一度も開かれることもなく、どこかのゴミ箱に捨てられるのだろう。
ああ、世は無情である。

(あれの見学料が六八〇円なら安いもんだな。
結末は不本意だったが)

十分反応を堪能した垣根と上条はようやく美琴いじりをやめ、買い物へと戻った。

583: 2012/08/26(日) 16:55:48.20 ID:FB3Gv2890


彼らは当初の目的通り二階へやって来ていた。
ここは主に受験用の参考書や赤本などが売られているフロアだ。
上条には全く無縁のフロアである。
さて、なのに何故上条がここへ行きたがっていたかというと、それは教科書を買うためである。

不幸の具現化である上条は、つい先日持ち前の不幸さで英語の教科書をなくしていた。
それも自宅内で。
学生寮であるためそう広くない室内。しかもリビングでなくしたのだ。
常識的に考えれば少し探せば見つかるはずである。
当然だ。狭い一室でなくなった物が、どこか遠くへ行ってしまうわけがないのだから。
だが、何とも不思議なことに、教科書はどこを探しても出てこなかった。
部屋の隅から隅まで、トイレや浴室まで探したのだが、見つからなかったのだ。
同居人である大食いシスターが食べたのかと考えてしまうほど完璧に行方不明だった。
そこで上条は発見を諦め、ここで新しく買おうと考えたわけだ。

584: 2012/08/26(日) 16:57:36.45 ID:FB3Gv2890
教科書自体はあっさりと見つかり、会計を済ませたところで垣根と美琴が上条を呼んだ。
彼らは何冊かの参考書を手に取り、何事か話している。

「はいはい、一体なんでせう?」

「ほら、お前って馬鹿だろ?
留年しないためにも何か参考書の類も買ったほうがいいんじゃねえの?」

普通に酷いことをさらりと言った垣根が持っている本のタイトルは『無能力者でもよく分かる! 数学はじめる編』。
地雷臭しかしないタイトルである。

「上条さんには今さらですのことよ……
ま、でもありがとな、垣根」

「は?」

「一応心配してくれたんだろ?」

「……頭ん中メルヘンだなオイ」

585: 2012/08/26(日) 16:58:15.22 ID:FB3Gv2890
「今さらなのは分かってるけど、少しでも努力しなさいよ。
補修受けたくないでしょ?」

美琴が持っているのは垣根のと同じシリーズのもので、タイトルは『無能力者じゃちょっとキツい!? 数学基本編』。
突っ込みどころの多いタイトルだ。
どうやらこのシリーズは全編こんな名前のようだ。

「無能力者じゃちょっとキツいって書いてあるじゃん。
上条さんは無能力者ですよ」

「っつか何だよそのタイトル……
別に無能力者でも数学は出来るだろうが……」

「このシリーズこんなのばっかりよ。ほら」

美琴が差し出した本を見てみると、『低能力者にピッタリ! 数学実践編』
『異能力者のあなたに! 数学応用編』『強能力者なら十分! 数学演習編』
『大能力者ならやる必要なし!? 数学挑戦編』。

586: 2012/08/26(日) 16:59:10.02 ID:FB3Gv2890
「意味が分からん……」

「大能力者ならやる必要なしって売る気あんのか?」

「超能力者用はないのね……何故か残念だわ。」
そういやアンタ、苦手科目はなんなの?」

「英数国だな。後は理科か。社会もだな」

「全滅じゃねえか」

救いようのない男である。
主要五科目が全滅とは留年も夢ではないかもしれない。
特に彼は英語が酷く、いや他の科目も負けず劣らず酷いのだが、教師に「お前は一生一人鎖国してろ」とまで言われてしまうレベルである。
かつて携帯アプリの『らくらく英語トレーニング』をダウンロードし、英語の学習に取り組んだことがあった。
だが、そんな携帯アプリなんかで長続きするはずもなく、三日坊主で終わってしまっていたのだ。

587: 2012/08/26(日) 16:59:38.53 ID:FB3Gv2890
「流石にそれは情けないわよ……
そうね、とりあえず英語だけでもやりなさい」

「なんで英語なんだ?」

「英語はこれからも役立つし、文型でも理系でも絶対使うからだろ」

「垣根正解。美琴センセーが教えてあげるから、アンタは単語ひたすら覚えなさい」

美琴は一冊の英単語帳を手に取り、さっさと会計してしまった。
美琴の買った単語帳は高校生、主に受験生に好評なものだ。
要するに、上条のために良質なものを選択したのである。

「はい、これ。私の奢りね。
代金代わりに必氏にそれやること」

588: 2012/08/26(日) 17:00:14.70 ID:FB3Gv2890
美琴は上条に単語帳を手渡し、そう言った。
上条当麻は律儀な男である。女の子に奢られるという行為を良しとしないだろう。
そこで美琴が考えたのが、この代償行為である。
代金代わりにそれをやれ。普通ならこんなことを言ってもあまり効果は見込めないだろうが、相手は上条である。
繰り返すが、彼は律儀な男である。多少言われていることがむちゃくちゃであろうと、応えようとするだろう。
それに彼は恋愛方面を除けば人の心が分からないような男ではない。
美琴が善意で助けてくれようとしている、と分かっているはずだ。
そしてこの予想は的中し、後に彼は必氏に努力することとなる。

上条は結局素直に単語帳を受け取り、鞄へとしまった。

「ま、とりあえずこんなもんかな。
二人とも、他に何か買いたい物ある?」

589: 2012/08/26(日) 17:01:10.67 ID:FB3Gv2890
美琴の問いに二人は首を横に振った。
意外と長時間ここにいたようで、時間を確認してみるとおよそ五時三〇分。
今から帰れば完全下校時刻丁度に帰宅、という時間だ。
三人は『Water William』を後にし、それぞれ解散した。
上条はスーパーの特売に行くといってどこかへ走り去っていった。
去り際に垣根に「美琴を送っていくように」と言い残したが。

途中まで、といってもほんの短い間だけだが帰り道が同じなこともあり、垣根と美琴は一緒に帰っていた。
二、三分ほど歩いたところで垣根が飲み物を買うと言って近くの自販機へと向かう。
すぐに戻ると言ったら美琴は「ここで待つ」と言っていた。

少し歩き、自販機まで辿り着いた垣根が小銭を入れようとしたところで、近くから話し声が聞こえてきた。

590: 2012/08/26(日) 17:01:45.98 ID:FB3Gv2890
「なあ遊ぼうぜぇ~。固いこと言ってないでよ」

「あ…あの、その……こ、困ります……」

「可愛いなぁすっかり固くなっちゃって。
俺の伝家の宝刀も固くなっちゃったよ~ん」

「抜かずの名刀ってか? ギャハハハ!!」

「この子に鞘をとってもらおうかな~ん」

「お前の鞘はとれないだろwwww」

「そんな……ッ! そんなことが許されるのか!?
俺が、この俺が! これから女子中学生とにゃんにゃんする俺が!
未だに包茎! こんなことって許されるのか!?」

「ひっ……!?」

「あーやっぱどうでもいいやそんなの。
この子の可愛さで俺の股間の斬馬刀がヤバイ」

「俺の性欲は五三万だ。しかも一枚服を脱がすごとに遥かにアップする。
今君が着ている服はブレザーにカーディガン、ワイシャツにスカート。
そして靴下に下着。……この意味が分かるな?」

「だっ、誰か……!!」

591: 2012/08/26(日) 17:03:12.27 ID:FB3Gv2890
怯えきっている女の子と、それに絡んでいる三人のスキルアウト。
学園都市では大して珍しくもない光景だ。
いや、あそこまで頭がアレなスキルアウトは珍しいかもしれないが。
しかし見れば女の子は美琴と同じ常盤台の制服を着ている。
ということは確実にあの子は強能力者以上なのだが、抵抗している様子は見られない。

(戦闘には使えねえ能力なのか……
それとも人に能力は使えない、とか日和った考え方してんのか。
常盤台なんていうお嬢様学校ならあり得るのかもな)

垣根は知っている二人の常盤台生を思い浮かべる。
一人はいきなり雷撃をぶっ放してきたし、もう一人も空間移動でピュンピュン物を飛ばしてくる。
あの少女はそんな二人と違って、本当のお嬢様なのかもしれない。

592: 2012/08/26(日) 17:04:14.06 ID:FB3Gv2890
ここで垣根には二つの選択肢があった。
見捨てるか、助けるか。
いつもの垣根なら、考えることもなく即断即決で前者を選ぶだろう。
あの子がこれからどうなろうと、自分には一切関係ない。よってどうでもいい。
そう考えるのが垣根帝督だ。

だから、この時の垣根はどうかしていたのだろう。
何を思ったか、見捨てないという血迷ったことを考えた垣根は明らかに普通ではない。
ただ何となく気が向いた。目の前で騒いでいる馬鹿共が鬱陶しい。
そんな理由で垣根は動いた。
いつもなら絶対取らないだろう行動を取ることにしたのだ。

垣根はスキルアウトの一人をいきなり殴り飛ばした。
不意をつかれたスキルアウトはそのまま倒れこみ、気絶した。
垣根に気付いた他の二人が彼を挟み込む。

593: 2012/08/26(日) 17:05:21.47 ID:FB3Gv2890
「なんだぁテメェは? いきなり何してくれてんだコラァ!!」

「うっせえな。キャンキャン吠えるな鬱陶しい。
臭っせえ息撒き散らしてんじゃねえぞ。バイオハザードでも引き起こすつもりか」

「テメェ!! 生きて帰れると思うなよコラ!!」

「それは俺のセリフだ。ま、安心しろ、頃しゃしねえよ。
頃す価値もねえ、お前らみてえな三下にはな」

「ずいぶんデカい口叩くじゃねえか。
俺ら二人を相手に勝てるとでも思ってんのか?」

「アレか? スキルアウトじゃ長々と御託を並べるのが流行ってんのか?
いいから黙ってかかってこいよ三下が。少しでも俺に勝てると思うならな」

594: 2012/08/26(日) 17:06:32.48 ID:FB3Gv2890
その言葉に激昂したスキルアウトが襲い掛かってくる。
一人が放ったパンチを後ろに跳んで回避し、空振ったその腕を左手で掴み思い切り手前へ引っ張る。
体重をこめたパンチをかわされ、前のめりになっていたところを引っ張られ、男はそのまま前方へ倒れ込む。
だが完全に倒れる前に、無防備に晒された男の頬を垣根が右の拳で思い切り殴り飛ばした。

早業だ。ほぼ一瞬の内にこれを繰り出し、男を無力化した垣根はもう一人へと意識を向ける。
仲間があっとう間にやられたのに驚いたのか、動きが見られなかったが、すぐに拳を握り締めて向かってきた。
男の繰り出したパンチが当たる直前に垣根はその長い足を使い、器用に足払いをかける。
漫画の一コマのように見事なまでに綺麗に倒れ込む男。

595: 2012/08/26(日) 17:07:32.77 ID:FB3Gv2890
「足元がお留守だぜ、ってな」

倒れている男の腹を踏み潰すと、一瞬苦しそうな声をあげたがすぐに動かなくなった。
三人のスキルアウトは彼に能力を使わせることすら出来なかった。
垣根はその能力はもちろんだが、体術に関しても優れていた。
いかなる状況にも対処できるように、だ。
AIMジャマーやキャパシティダウンが使用されれば、能力は使い物にならなくなる可能性がある。
キャパシティダウンなら未元物質を使えば対処できるかもしれないが、確証はない。
体術だけではない。彼は銃器の扱いに関しても優れている。

「ったく、猿共が。話にもなりゃしねえ」

596: 2012/08/26(日) 17:08:28.52 ID:FB3Gv2890
「あ、…あの……」

「ああ?」

スキルアウトに絡まれていた女の子がおずおすといった風に口を開いた。
スキルアウトだけでなく、それを一蹴した垣根に対しても少なからず恐怖にも似たものを覚えているようだ。

「あの……た、助けていただいてありがとうございます!」

ペコリ、と頭を下げる女の子。
それでも危ないところを救われたことに感謝の気持ちは感じていたようだ。

「あの、私の名前は湾内絹保といいます。
良かったらお礼を……」

597: 2012/08/26(日) 17:08:56.37 ID:FB3Gv2890
「ああいいっていいって、そういうのは。
別にお前を助けたいと思ったわけじゃなく、あいつらが目障りだっただけだ。
目障りだからブッ飛ばした。そしたら結果的にお前が助かった。それだけだ」

そう言って背を向けて立ち去ろうとする垣根。
だがその背中に湾内は声をかける。

「ま、待ってください!
せめて、お名前を聞かせてください……」

垣根はゆっくりと首だけ動かして、答えた。

「垣根。垣根、帝督だ」

598: 2012/08/26(日) 17:09:41.22 ID:FB3Gv2890




「お疲れ様」

その後、当初の予定通り自販機で飲み物を買って戻ってきた垣根にかけた美琴の第一声だった。
普通なら「何してたの」とか、「遅い!」とか言われそうなものだが……

「いつから見てやがったオマエ」

「アンタがスキルアウトをのしたあたりからかな」

ハァ、と大きなため息をつく垣根。
だったら美琴に任せればよかったのだ。
あんなガラにもないことをやった自分が急に馬鹿らしく思えてきた。

599: 2012/08/26(日) 17:10:09.39 ID:FB3Gv2890

「ありがとね。湾内さんを助けてくれて」

「ん? 知り合いだったのか?」

「私の後輩で、黒子の友達よ。良い子なんだけど気が弱くてね」

「あれがお嬢様ってやつじゃねえのか? お前や白井が異常なんだよ」

「なんですって~? 言ってくれるじゃない」

「だが事実だ」

600: 2012/08/26(日) 17:11:37.21 ID:FB3Gv2890









垣根帝督が美琴と別れ自宅へ着いたのは一九時近くだった。
シャワーを浴びて、夕食を摂って。
水曜日と土曜日の週に二回、夜の二一時から二二時ごろに決まってそれはやってくる。
携帯が鳴る。

『非通知』

(……チッ)

『スクール』の制御役。
必ずこの日、この時間になると報告を催促する電話がかかってくるのだ。
垣根帝督はこの制御役が嫌いだ。それだけではない。
他の上層部の連中も、統括理事会も、そしてなにより統括理事長アレイスターが憎い。殺意さえ抱いている。

601: 2012/08/26(日) 17:12:19.95 ID:FB3Gv2890
だから。
上層部からの連絡で気分が悪くなることは今までも多々あった。
しかし最近、いつになくこの連絡にイラだっていた。
垣根は自分でもその原因が分かっていない。
ただ何故か腹が立って仕方ない。
報告が終わるまでの間、こみ上げる怒りを押さえるのが大変なのだ。

何とか無事に報告を終えた垣根は携帯をベッドへ思い切り投げつける。
だが、息つく間もなく再び携帯が鳴る。
ベッドをドン、と拳で殴りつけ、相手を確認する。心理定規からだ。
それを見て一層不機嫌になる垣根。
心理定規からの着信など、彼にとってプラスになるはずがなかった。

602: 2012/08/26(日) 17:13:03.99 ID:FB3Gv2890
「なんの用だクソ女」

『開口一番にそれ?
女の子に対しての言葉とは思えないわよ』

「……悪いが今の俺はお前のクソくっだらなえ戯言を笑って受け流せる状態じゃねえ」

『あらあら。それは大変ね。何があったのかしら?』






「―――……オマエ。氏ぬか?」






垣根の声色がガラッと変わる。
彼以外誰もいない部屋に殺気が充満する。
普通の人間なら縮みあがって涙を流し命乞いするほどの。
暗部の人間であってもガタガタ震えてしまうほどの。

603: 2012/08/26(日) 17:13:48.52 ID:FB3Gv2890
そんな殺気が、彼から発せられている。
目つきも鋭くなり、その視線だけで人を射殺せそうだ。
そしてその殺気は電話越しでも十分に伝わったのだろう。
心理定規は馬鹿ではない。引き際は心得ていた。
これ以上続ければ、垣根の逆鱗に触れてしまうことを理解していた。

『分かったわよ。私は超電磁砲がどんな人間だったのか聞きたかっただけ』

「なんでお前がそんなことを気にする」

『クローンのために命を捨てようとした超電磁砲。
超能力者の中で唯一まともな人格者だと言われる超電磁砲。
実際にどんな人間なのか、気になるじゃない?』

604: 2012/08/26(日) 17:14:39.74 ID:FB3Gv2890
「お人好し。御坂もその知人もだが、究極のお人好し。
困ってる人間がいれば助けるし、他人を傷つけるくらいなら自分を傷つけるタイプ。
騙すより騙されろを地で行く奴だ」

『ふうん。噂通りなのね。……安心したわ』

「あ?」

『何でもないわ。あなたは今とても不機嫌なようだし、もう……
あ、最後に一つ聞きたいんだけど、私が電話する前制御役から連絡はあった?』

「あった」

冷淡な返事だった。

『そう。それじゃ私は』

605: 2012/08/26(日) 17:15:07.13 ID:FB3Gv2890
垣根は何も言葉を発さず、心理定規が何か言い終わらぬうちに通話を切断した。
携帯を投げ捨てる。最近投げ捨てることが多くなっていた。
それは通話が終わった際、彼は必ず不機嫌になるからだ。
そして彼に電話をかけてくる者など、心理定規か『スクール』の制御役くらいのものだ。

(一体なんだってんだ。俺は何故こんなにもイラだっている? 俺は何に対してこんなにも怒りを覚えている?)

(一体、なんだってんだ―――)

614: 2012/08/28(火) 18:17:38.03 ID:NHwmQa4W0









一〇月一九日、午前一一時三〇分。
もうほとんど昼といっていいこの時間になってようやく、学園都市第一位の一方通行は目を覚ました。
ここは第七学区にあるマンション『ファミリーサイド』の一室で、教員兼警備員をやっている黄泉川愛穂の家だ。
一方通行と打ち止めは紆余曲折あってここに居候しているのだ。
最初は第一位の座を狙う輩に襲撃され、黄泉川たちに迷惑をかけるのでは、と考えたが幸いこれまでにそのようなことは起きていない。

615: 2012/08/28(火) 18:24:33.24 ID:NHwmQa4W0
あくびを噛み頃し、ベッド脇にある杖をとって起き上がる一方通行。
杖の先にある昆虫のような四本の脚が器用に床をつかまえる。
この杖にはいくつかの細工が施されている。これもその一つで、歩行をより容易にするために重量感知センサーを取り付けてあった。
もっとも、この杖の仕掛けの本領は別にあるのだが。

一方通行が部屋を出てリビングに入ると、そこには家主である黄泉川はもう仕事でいなかったが、他に二人の女性がいた。
一人は女性と表現するには幼すぎる打ち止め。
もう一人は芳川桔梗。『絶対能力進化計画』にも携わっていた研究者だったが、今は職を失いここに居候している。

616: 2012/08/28(火) 18:33:41.01 ID:NHwmQa4W0
「おはよーってミサカはミサカは寝ぼけてるアナタにダーイブ!!」

「朝から鬱陶しいからくっつくなクソガキ」

そう言って一方通行は飛びついてきた打ち止めに三連続の手刀を食らわせる。
しかし今は一一時三〇分。朝といえるかは疑問である。

「いたっ、痛い! なんで三回もチョップするのってミサカはミサカは……
っていうか朝じゃないよ! もう昼だよってミサカはミサカは訂正してみる!」

「あァはいそうですねェ俺が悪ゥござンしたァ」

「ムキーッ! 軽くあしらわれてる!! ってミサカはミサカは怒りを露にしてみたり!」

617: 2012/08/28(火) 18:35:17.75 ID:NHwmQa4W0
頬を膨らませてプンプンしてる打ち止めを無視して芳川のほうに目を向けると、彼女は優雅なティータイムを堪能していた。

「おはよう、一方通行」

「おはようございますゥ。今日も変わらぬニートっぷりで何よりですねェ」

「ニートなんて人聞きの悪い。働く意思のある者は無職でもニートとは言わないのよ?」

「俺ァオマエが職探ししてる姿なンざ一回たりとも見たことねェがな」

「……ほら。わたしって甘いから」

「清々しいニート宣言だなオイ」

ハァ、とため息をついて洗面所に向かい、洗顔と歯磨きを済ませてからテーブルにつく。
テーブルには黄泉川が作った朝食がラップをかけて置いてあった。

618: 2012/08/28(火) 18:36:16.61 ID:NHwmQa4W0
「……煮込みハンバーグ、か」

「煮込みハンバーグ、ね」

「煮込みハンバーグだねってミサカはミサカはよく分からないけど流れに乗ってみたり」

「なァ芳川。まさかこれも……」

「みなまで言わなくていいのよ。その通りよ」

「……そォかよ。黄泉川の野郎、とォとォこンな大技まで会得しやがったのか」

ここの家主である黄泉川愛穂の料理は美味い。
見た目も、匂いも、味も、何の問題もない。

619: 2012/08/28(火) 18:36:59.37 ID:NHwmQa4W0
問題なのはその作り方であって、彼女は料理のほとんどを炊飯器で作ってしまうのだ。
彼女曰く「焼く、煮る、蒸すと何でもありの便利アイテム」らしいのだが、つまりこの煮込みハンバーグでさえも―――
一方通行が「大技」と表現した理由がこれだ。


「……食えなくはねェな」

もしこれがマズければ、このふざけた調理法について文句も言えるかもしれない。
だが普通に美味しいので彼らは結局強くは言えないのだった。
そもそも居候である彼らに、家主の出す料理に文句をつける権利があるのか疑問だが。

620: 2012/08/28(火) 18:41:24.05 ID:NHwmQa4W0
「素直じゃないわね、相変わらず」

「この人の『食えなくはねェな』は美味しいって意味だからってミサカはミサカは通訳してみる!
素直になれないツンデレさんなのよってミサカはミ痛っ!!」

一方通行は打ち止めが喋り終わらぬ内にまたしても手刀を食らわせる。
ブーたれる打ち止めに芳川がふと思い出したように声をかける。

「そういえば打ち止め、今日調整あるの忘れてないわよね?」

「ちゃんと覚えてるよ! 昨日もそれ確認したじゃんってミサカはミサカは暗に子供扱いされた気がするんだけどー!」

「そォなのか? 聞いてねェぞ」

「本来はもうちょっと先だったんだけどね。打ち止めがネットワークの調子が悪いっていうから早まったのよ」

「はァ? そりゃどォいう意味だ」

621: 2012/08/28(火) 18:43:07.95 ID:NHwmQa4W0
ミサカネットワークによる演算補助を受けている一方通行にとっても無視できない話だった。
そもそもミサカネットワークは同一の脳波パターンを持つ妹達が構築しているものである。
一方通行のつけているチョーカー型電極のように電子情報をやり取りしているわけではない。
ミサカネットワークはどれほど距離が離れていても繋がるし、チャフ等を用いてもジャミングは出来ない。
つまりミサカネットワークの不調とは本来ありえないことである。
それが起きたというならネットワークを統括制御する上位個体、打ち止めに注目するのは妥当である。

「うーん、調子が悪いってほどじゃないんだけどね。
最近たまにネットワークにノイズがかかったみたいな、何かに干渉されたようなおかしな感じがするのってミサカはミサカは告白してみたり。
でもね、たまにだしほんのちょっとで一瞬だけだからミサカの勘違いかもしれないのってミサカはミサカは追加報告してみる」

622: 2012/08/28(火) 18:46:59.56 ID:NHwmQa4W0
「あァそいつは大いにありえるな。オマエだからな」

それを聞いてまたしても怒り始める打ち止めを無視して芳川に質問する。

「調整とやらは何時だ?」

「もう出なくてはいけないわね」

芳川はテーブルの上にある小型の電波時計を確認して答えた。

「ンで? 誰がこのガキ連れて行くンだ? まさか一人で行かせるわけじゃねェンだろ」

「それはもちろん愛穂が……」

「黄泉川は仕事だろ」

623: 2012/08/28(火) 18:49:06.16 ID:NHwmQa4W0
「……」

「なンでそこで自分が行くって言えないンですかねェ!?」

「……ほら。わたしって甘いから」

「それを聞くのは二度目だクソッタレ。それ言えば許されると勘違いしてねェか?」

芳川はニート、というのは半ば冗談で言っていた一方通行だったが、もしかしたら本物なのかも知れないと思った。
とはいえ彼も就職して働いているわけではないし、付き添いに率先して立候補するタイプではないのであまり人の事は言えなかったりする。

「しょォがねェ。俺が行く」

「え? あなたが来てくれるのってミサカはミサカは大はしゃぎ!」

624: 2012/08/28(火) 18:51:04.57 ID:NHwmQa4W0
ソファに座ったまま足をバタバタさせてはしゃぐ打ち止め。
一方通行は冷蔵庫から取り出した缶コーヒーを飲みながら言った。

「勘違いしてンじゃねェよ。チョーカーの様子がおかしいからあのカエル野郎に用があるだけだ。
オマエはあくまでついでだ」

あっという間にコーヒーを飲み終わるとそのまま玄関に向かう。慌てて後を追う打ち止め。

「わっ、ちょっと待ってーってミサカはミサカは金魚のフンのようについて行ってみたりー!」

「いってらっしゃい、二人とも」

一歩も動かずまだティータイムを満喫している芳川に対して、一方通行は「帰ってくるまでにハリーワークにでも行っとけ」と言って玄関のドアを閉めた。

「それにしても……チョーカーの様子がおかしい、ね」

芳川はお茶を一口飲んで笑った。

「心配性なのね、怖い顔して」

625: 2012/08/28(火) 18:54:38.47 ID:NHwmQa4W0









「それで、あのガキはどォなンだ」

一方通行は冥土帰しの病院にいた。
打ち止めがミサカネットワークの不調を訴えている件について話を聞いていたのだ。
一方通行が言っていた「チョーカーの様子が変」というのはただの嘘。
本人の言っていた通り勘違いの可能性もあるだろうが、何故か打ち止めの話が気になって仕方なかった。
それに、ミサカネットワークによる演算補助を受けている自分にも無関係な話ではない。

626: 2012/08/28(火) 18:55:42.58 ID:NHwmQa4W0
「ふむ。調べてみたところ、たしかにミサカネットワークが何かに干渉された痕跡が見つかったね?」

冥土帰しは座っている回転式の椅子を回し、机から一方通行へと向き直った。

「ほんの僅かな痕跡だったから大変だったよ。
打ち止めがこれに気付いてくれたのは奇跡と言っていいかもしれないね?」

「気付いてなければこのまま見過ごされてたってことか」

「いや、いずれにせよ打ち止めや他の妹達の調整の時に僕が気付いたと思うけどね?
だけどおかげで早期発見できた」

「打ち止め及び妹達への影響は?」

「それは今のところ問題ない。これからは分からないけどね?」

627: 2012/08/28(火) 18:56:46.84 ID:NHwmQa4W0
それと、と冥土帰しは前置きして、

「先ほど僕は『干渉』という言葉を使ったけどそれは正確ではないね?
あれは本来ミサカネットワークの外にある者が無理にアクセスしようとした……という風に感じたよ」

「失敗したってことか?」

「打ち止めは最近違和感を感じると言っていただろう?
つまりアクセスを試みたのは一回だけではないんだね」

「……どォいうことだ?」

628: 2012/08/28(火) 18:58:25.66 ID:NHwmQa4W0
ミサカネットワークは同一の脳波パターンを有している妹達だからこそ構築できたもので、異なる脳波パターンを持つ者が侵入することは出来ない。
一方通行の演算を妹達に補助させた際には、冥土返しは間に双方の波長を合わせる変換機を噛ませることでこの問題をクリアした。
とはいえ、それでも一方通行がミサカネットワークにアクセス出来るようになったわけではない。
あくまで一方通行のチョーカー型デバイスは彼自身の演算に一万人もの妹達の演算をプラスし、彼にフィードバックするためのもの。
これによって得られる恩恵は歩行能力や言語能力、時間制限ありの超能力のみだ。
ミサカネットワークを介して妹達が出来ること―――意思の疎通や記憶、経験の共有など―――が一方通行にも出来るようになったわけではない。
アクセスするための変換機を作ることが出来れば可能になるかもしれないが、少なくとも一方通行はそんな変換機を知らなかった。

629: 2012/08/28(火) 18:59:47.12 ID:NHwmQa4W0
だが一方通行はある一人の人物の存在を思い出した。
ミサカネットワークへの侵入を唯一可能とするだろう、少女を。

(オリジナル……第三位の超能力者。
全ての妹達の母体であるオリジナルならアクセスできるかもしれねェ。
それにオリジナルは最強の電撃使い(エレクトロマスター)。やってやれないことはないはずだが……
だが、それでは……)

「オリジナル……超電磁砲なら出来るンじゃねェか?」

一方通行は一つの疑問を抱きながらも冥土帰しに質問した。
他の可能性が思いつかなかったからである。

630: 2012/08/28(火) 19:00:45.96 ID:NHwmQa4W0
「たしかに彼女ならアクセスできてもおかしくない。
妹達の脳波パターンとはつまり彼女の脳波パターンだからね?
しかし、仮に彼女だとしてアクセスしようとした理由が分からない。
それに侵入者は侵入した形跡の隠滅まで図っている」

一方通行も同じ疑問を持っていた。
御坂美琴がミサカネットワークにアクセスしたとしても得られるものは多くはない。
僅かに得られるものも『表』に暮らしている彼女には必要のないものばかりだ。
何らかの理由によってアクセスする必要性が生まれたとしても、彼女は妹達の誰かに許可をとるはずだ。

631: 2012/08/28(火) 19:05:30.63 ID:NHwmQa4W0
一方通行は美琴の人となりをよく知っている。
妹達のために命すらなげうとうとした彼女が、何の断りもなくネットワークに介入するとは思えなかった。
どんな害が出ないとも限らないのだ。しかもそれによってダメージを受けるのはおそらく妹達の脳。
美琴がそんな危険を冒すはずがない。
もし許可をとっていればそれはミサカネットワークを介し打ち止めにも伝わっているはず。
しかし打ち止めはそんなことは一言も言っていなかった。
そもそも、美琴がミサカネットワークの存在を知っているかどうかすら分からない。

「オリジナルじゃねェとなると、どこかのクソがアクセスできるようにするデバイスを作ったってことか?」

「まぁそうなるね? ただしそれが誰か、その目的までは分からないけどね?」

「チッ。……まァいい。
妹達に害がないならとりあえずはそれでいい」

そう言うと一方通行は立ち上がり、杖をついてカツカツという音をたて部屋を出て行った。

「邪魔したな」

632: 2012/08/28(火) 19:07:01.22 ID:NHwmQa4W0






「……一方通行」

一人だけになった部屋で冥土帰しはポツリとつぶやいた。
実は一方通行には話していない可能性が一つあった。

冥土帰しは窓から空を見上げた。
文句なしの快晴で、数羽の鳥が空を飛びまわっていた。
彼は窓のないビルがある方角に視線を向ける。

(これはただの予想だ。根拠なんてない。
でももしそうなら……アレイスター。君は―――)

冥土帰しの表情からは、感情を読み取ることは出来なかった。

638: 2012/09/01(土) 23:09:46.70 ID:Yxuein120






「ただいまー! ってミサカはミサカはちゃんと挨拶できる良い子!」

「おー。遅かったじゃん打ち止め、一方通行」

「……文句はこのガキに言ってくれ」

打ち止めの調整が終わった後、一方通行はすぐに帰ろうとしたのだが打ち止めの「あ、あのクレープ食べたい」発言から始まり。
アイスだの服屋だのに付きあわされ、一方通行自身が空腹になってしまったのでファミレスで昼食をとり。
その後も打ち止めの思いつき発言に散々振り回された結果、この時間の帰宅となってしまったのだった。
現在時刻は六時三〇分。
完全下校時刻を過ぎているが超能力者である一方通行がついているからか、今はプライベートな時間だからか、黄泉川は責めることはしなかった。

639: 2012/09/01(土) 23:10:50.93 ID:Yxuein120
バタバタと慌しく靴を脱ぎ、黄泉川に飛びつく打ち止め。

「ただいまヨミカワー!」

それを優しく受け止める黄泉川。
浮かべている暖かい表情はまるで子を迎える母親のそれであり、傍から見れば完全な親子である。
とはいっても顔は似ていないが。
そこにカツカツと近づいてきた一方通行は大きな母性の塊に顔を埋める打ち止めを引き剥がし、ピッと玄関を指差す。

「靴はちゃンと揃えろ。いつも言ってるだろォが」

「うう~。ごめんなさい。つい忘れちゃうのってミサカはミサカは言い訳してみるんだけど……」

640: 2012/09/01(土) 23:11:34.33 ID:Yxuein120
ウルウルと瞳に涙を湛えてジッと一方通行を見つめる打ち止め。
だが一方通行の表情は変わらず、もう一度玄関を指差すと諦めたのか大人しくトボトボと歩き出した。
一方通行は妙なところで真面目だったりする男なのである。

「あっはっはっはー! お前はいい父親になりそうじゃん?」

「それは勘弁願いたいなァ。ガキのお守りはもう腹一杯だ」

「とかなんとか言って、本当はお前も楽しんでるんじゃないのか?
こんな時間まで打ち止めに付き合ってたんだからな」

「……チッ」

降参、といった風に顔を背ける。
基本的に彼は黄泉川には勝てないのだ。
学園都市第一位という最強の座に君臨しているが、力とは違う何かによって彼は敗北する。

641: 2012/09/01(土) 23:12:51.16 ID:Yxuein120
「っつゥかオイ、黄泉川。朝の煮込みハンバーグ。ありゃなンだ」

「何って……煮込みハンバーグじゃんよ」

何を当然のことを、といった表情で答える黄泉川。

「炊飯器で作ったンだろ。どこでそンな技会得しやがった」

「……? 素材入れてスイッチを押すだけじゃん?」

「……いや、もォいい。俺が間違ってた」

頭を振ってため息をつく一方通行。
もはや黄泉川の技術は何かの能力なのではと本気で思う。
普通に料理を作っている全ての人の頑張りが馬鹿みたいではないか。

642: 2012/09/01(土) 23:13:37.53 ID:Yxuein120
「あらお帰りなさい。遅かったのね」

リビングに入るとそこにはティータイムを満喫している芳川がいた。
激しくデジャヴを感じる。
何だろう、見たことがあるとかそんなレベルじゃなくすごく最近に、具体的に言うと八時間前くらいに見た気がする。

「オマエ、朝からずっとそうしてたンじゃねェだろォな?」

「流石にそれはないわ。安心なさい一方通行」

「で? ハリーワークには行ったのかよ?」

「愚問ね」

「そォだな。愚問だったな」

643: 2012/09/01(土) 23:14:15.96 ID:Yxuein120
答えは分かりきっていたのに聞かずにはいられなかった一方通行。
しかしこれでは本格的なニートである。いつか「働いたら負けだと思ってる」をリアルに言いだしかねない。

「オイ黄泉川。この腐れニート処分しなくていいのかよ」

「んー。まあ働いてくれたほうがいいけど、なんだかんだ私も今の生活気に入ってるじゃん」

「……オマエがそンなだからこォなンだよ」

「でもでも、ヨシカワがいなくなっちゃったらやだー! ってミサカはミサカは唐突に登場してみる!」

「ふふ。安心しなさい、わたしはどこにも行かないわよ」

「パラサイト宣言もらいましたァ」

644: 2012/09/01(土) 23:14:49.54 ID:Yxuein120









「そォいや今日はずいぶんと早いお帰りだったじゃねェか。サボッって来たのか?」

夕食の時間。
グツグツと音をたてているすき焼きの鍋から肉のみを狙ってとりながら一方通行は黄泉川に尋ねた。
一方通行と打ち止めが帰宅したのは六時三〇分。
この時間に黄泉川がもう帰ってきているというのは中々珍しいことだった。

645: 2012/09/01(土) 23:16:10.90 ID:Yxuein120
「それはないじゃんよ。特になにがあったってわけでもないけど、今日はたまたま早くに帰れただけじゃん」

「待ちなさい一方通行。さっきから肉ばかりとって、わたしの分はどうなるの」

「ハッ、ニートに肉にありつく権利は存在しねェ!」

言いながら二人は箸を器用に動かし激しい肉争奪戦を繰り広げていた。
一方通行が一枚の肉に箸をのばすと芳川がその肉を奪い取る。
芳川が肉をとれば一方通行が芳川の箸を叩き肉を手放させる。
二人にとってこれはもはや戦争だった。
方や肉食の超偏食男に、方やニートだ。

646: 2012/09/01(土) 23:16:52.69 ID:Yxuein120
一方通行が痺れを切らし、首に取り付けられているチョーカーのスイッチを入れようとする。
このスイッチを切り替えれば、その瞬間から一方通行はただの無能力者から核の直撃を受けても傷一つつかない最強へと変貌する。
しかしそれを見た黄泉川が、

「ちょ、ちょっと待つじゃんよ。肉ならまだたくさんあるからお前らちょっと落ち着け。
一方通行もそんなことで能力使おうとするなじゃん」

「……チッ。ほらよ」

落ち着きを取り戻した一方通行が、先ほどから肉を獲得できずにいじけていた打ち止めの皿に肉を取り分けてやる。
それを見た打ち止めが満面の笑みを浮かべて礼を述べると、一方通行は目を逸らし「……オゥ」とだけ呟いた。

647: 2012/09/01(土) 23:17:41.88 ID:Yxuein120
「こうなればもはやわたしを止める者はいないわ。ここからはわたし無双ね」

「オマエマジでなンなの? 馬鹿なの? 氏ぬの? むしろ俺が氏なせてやろォか」

「桔梗もいい加減にするじゃん」

黄泉川にバシッ、と頭を叩かれた芳川の目に涙を浮かべ「痛たぁ~い、ってヨシカワはヨシカワは……」という姿に一方通行は本気で殺意を覚えたという。

648: 2012/09/01(土) 23:18:13.45 ID:Yxuein120









その日の夜、三人が寝静まったころ。
一方通行はベランダに出て夜風に当たっていた。

(少し寒ィな)

もう一〇月も後半。
僅かに吹く風は一方通行の体温を確実に奪っていく。
だが同時に頭も冷えて冷静に考えられる気がした。
一方通行が考えているのは件の『侵入者』についてだ。
ミサカネットワークにアクセスしているらしい侵入者。
それはやはりオリジナルの御坂美琴ではない、と一方通行は思う。

649: 2012/09/01(土) 23:19:34.12 ID:Yxuein120
(あの善性の塊みてェな奴が妹達に負担をかけるような真似をするはずがねェ。
となると、やはり専用のデバイスを作ったということになるか。つまりイカれた研究者共が一枚噛んでやがるな)

そんな変換機を研究者でもない者に作れるはずがない。
しかもミサカネットワーク接続用デバイスを作れたということは犯人は妹達の存在を知っているマッドサイエンティスト。
上層部が絡んでいるとなると一筋縄では行きそうになかった。

(だが何故、ミサカネットワークに侵入を?)

それについてはいくつかの仮説があるが、やはりどれも推測の域を出ない。
現段階ではあまりにも情報が不足しすぎている。

650: 2012/09/01(土) 23:21:58.39 ID:Yxuein120
(まだ手持ちのカードが足りなさ過ぎる。
結局分かったのはどォやらオリジナルじゃないことは間違いなさそォってことだけか)

御坂美琴といえば一方通行には気になっていることがあった。
以前『アイテム』との一件以来、彼女はどうしているのか。
もう普通の暮らしに戻っているのだろうが、何となく確証が欲しかった。
一度気になってしまうと中々落ち着かない。
どうしても確認をとりたくなった一方通行は携帯を取り出し、電話をかける。
三コール、四コール……五コール目に入るかといったところで相手が応えた。

651: 2012/09/01(土) 23:23:38.75 ID:Yxuein120
『何の用だ。仕事はないぞ』

大変不本意だが、聞けば誰だか即答できる程度に聞きなれた声が流れる。
土御門元春。『グループ』のブレインだ。

「違げェよ。聞きたいことがあってな。
でなけりゃ誰が好き好ンでオマエなンざに連絡するってェンだ無能力者」

『どちらにせよ時間を考えて欲しいな。……で? 聞きたいことっていうのは?』

「超電磁砲はどうしてる」

『……なぁ~るほどにゃー。
ずっと気になってたのかにゃー? その顔で似合わないぜい』

652: 2012/09/01(土) 23:25:07.03 ID:Yxuein120
突然口調がおどけたものへと変わる。
仕事時とそうでない時で使い分けているようだが、この喋り方をされると一方通行は激しくイラッとする。

「その馬鹿口調は止めろ。そンでさっさと質問に答えろよ。
それとも体に聞いてやろォか?」

『そうカッカするな。心配しなくても第三位は無事だ。
いつもの日常に帰っているさ』

またもや口調を変えた土御門の言葉を聞いて一方通行は息をつく。
僅かに白くなった息が風に流され煙のように霧散していく。

「そォか。ならそれでいい」

『あの研究所の焼け跡からは氏体は一つも出てこなかった。
第四位もな。お前が会ったという第二位か、上層部が「回収」したのか。
いずれにせよ、「アイテム」は事実上の壊滅だ。それはつまり超電磁砲を狙う者もいなくなったということだ』

653: 2012/09/01(土) 23:25:53.21 ID:Yxuein120
「……」

『……』

携帯越しの二人の間に沈黙が流れる。
それを先に破ったのは土御門だった。

『……一方通行。お前は彼女を―――』

「分かった。俺が聞きたかったのはそれだけだ」

一方通行は土御門が喋り終わらぬ内に言葉を被せ、強引に会話を終了させた。
まるでそれ以上聞きたくはない、といった風に。
土御門も何か察したようで、それ以上追求してくることはなかった。

654: 2012/09/01(土) 23:26:32.65 ID:Yxuein120
『……そうか。ならいい。じゃあな』

一方通行が答える間もなくそこで通話は切断された。
携帯をポケットにしまい、再び息をつく。
分かっている。土御門に言われるまでもなく、分かっている、つもりだ。

(……オリジナルとのことは、いつまでもそのままにはしておけねェよな。
分かってる。一番俺が分かってる。俺は恐れてる。
怖いンだ。オリジナルと対峙する、その時が)

絶対能力。妹達。打ち止め。絶対能力進化計画。超能力者量産計画。
一方通行と美琴の間にある問題は複雑で、そして深すぎる。

655: 2012/09/01(土) 23:27:14.85 ID:Yxuein120
今までも一方通行を責め立てる者は何人もいた。
「お前みたいな悪党に救いはない」「散々人を頃したくせに」。
こんな言葉は飽きるほどに聞かされた。
だがそうやって非難した者はその悉くが悪党だった。
その悉くが人頃しだった。その悉くが部外者だった。

しかし彼女は、御坂美琴は違う。
彼女は善人で、その手は血塗られておらず綺麗なままだ。
妹を一万人以上殺された姉と、妹を一万人以上頃した殺戮者。

(だからっていつまでも逃げてはいられねェ。
いずれは、必ず―――)

656: 2012/09/01(土) 23:27:48.41 ID:Yxuein120
ベランダから外の景色を眺める。
景色といっても今は深夜なので夜景というべきか。
いたるところがネオンでライトアップされ、幻想的な光景を創り出す。

科学の街、学園都市。

『表』と『闇』の温度差は非常に激しいが、こうして見れば非常に美しい街だ。
ここはマンションの一三階。街の遠くまで広範囲に渡って見渡せる。
この光景のどこかに彼女はいる。

一方通行は部屋の中へと戻っていく。
彼の体は完全に冷え切ってしまっていた。

657: 2012/09/01(土) 23:29:06.11 ID:Yxuein120









それから二日後。
一方通行は完全に精神的にノックアウトされていた。
自室のベッドに身を沈め、盛大にため息をつく。

(っつゥかよォ、情報なさ過ぎンだろォが。
どォしろってェンだコラ)

658: 2012/09/01(土) 23:29:45.49 ID:Yxuein120
彼が優先したのは美琴の問題ではなく侵入者の方だった。
無論、前者についてもいずれケリをつける。だが後者はタイムリミットがあるかもしれないのだ。
冥土帰しが言っていた通り、今は妹達に影響はないがこれからどうなるかは分からない。
従って一方通行は侵入者を見つけ出すべく行動を始めたのだが……
何をすればいいか全く分からなかった。
当然である。彼が持っている情報は何者かがミサカネットワークに侵入している、科学者が関わっている、ということだけなのだから。

659: 2012/09/01(土) 23:30:29.27 ID:Yxuein120
学園都市上層部が絡んでいることは間違いない。
そこで一方通行は第一位の頭脳を活かし、クラッキングを試みた。
相当に深いところまで探りを入れた。
だが出てくるのは彼にとってどうでもいい情報ばかり。それにしたって機密レベルは最高クラスのものばかりなのだが。
どうやら彼の求めている情報は最上位機密らしく、どうやっても出てはこなかった。
上に顔のきく土御門を頼るという選択肢もあったが、即座に却下した。
『グループ』とは仲良しチームなどではなく、利害でのみ繋がるドライな関係だ。
これは一方通行の個人的な問題であるし、かなり危ないところまで入り込んで何も出てこなかったのだから土御門が知り得る情報が進展をもたらすとは思えなかった。

660: 2012/09/01(土) 23:31:17.94 ID:Yxuein120
もう一つ、芳川桔梗に意見を求めるという選択肢。
芳川はあれでいて優秀な科学者だ。
『絶対能力進化計画』にも関わり、何より妹達の最終ロットである最終信号(ラストオーダー)に関する知識を持っている。
だが一方通行はこれも却下した。

理由は二つ。
まず単純に芳川では何も分からないだろうからだ。
『闇』に精通し高い技術力を持ち、妹達についても詳細なデータを知る冥土帰しに分からなかったのだ。
関係者とはいえ一研究員に過ぎなかった彼女にはどうしようもないだろう。
そしてもう一つ。
芳川をこの一件に巻き込みたくなかったからである。
一方通行は憎まれ口ばかり叩いてはいるが、しっかりと守るべき対象に彼女も入れているのだ。

661: 2012/09/01(土) 23:32:34.86 ID:Yxuein120
しかしこうなるともう何をすればいいか分からなかった。
とっかかりとなる情報すらないのだ。
そこで一方通行がとった行動が『絶対能力進化計画』時の研究所を回る、というものだった。
『実験』時にそのほとんどが美琴によって破壊されたが、一基だけ破壊されていない。
そしてその後『実験』を行う研究所は、引継ぎ先として計一八三施設にまで拡大した。
これらのほとんどは破壊されず、『実験』が中止になった今も使われてはいないが、建物は残っている。

とはいえ、一方通行はこの行動に意味があるとは最初から思っていない。
『実験』中止後は露見するとまずいデータは全て隠蔽・消去したはずだ。
仮にデータが残っていたとしても、それが侵入者を発見する手がかりになるとは到底思えなかった。
『絶対能力進化計画』と今回の件には何の関係もないはずである。

662: 2012/09/01(土) 23:33:11.82 ID:Yxuein120

(だが他に当てが……というよりやることがねェンだよなァ。
とりあえず今日の分は消化しとくか。それ以降は何か考えねェとマズイな)

一方通行は二日前から施設回りを行っているが、予想通りというべきか収穫はゼロだ。
今日の分は消化する、と決めたからにはすぐ行動。
ベッドの脇にある杖をとり家を出る。
向かうは同じ第七学区にある研究所跡。

663: 2012/09/01(土) 23:33:53.70 ID:Yxuein120







施設回りを行っているとはいえ、二〇〇近くもある研究所を片っ端から見て回っているわけではない。
回っているのは現在一方通行が住んでいる第七学区内にあるものだけだ。

前述の通り、一方通行はこの行動に意味を見出していない。
いうなればこれは、次の一手を考えるまでの猶予期間のようなものだ。

664: 2012/09/01(土) 23:34:24.34 ID:Yxuein120
今一方通行は目的の施設、バイオ医研細胞研究所の中にいた。
かつて『絶対能力進化計画』を裏で行い、表向きには細胞の研究所を装っていた施設。
やはり放置されて時間が経っているせいであたりは埃だらけだった。
少し歩くだけで埃が舞い上がり、肺に悪そうなところだ。
制御室のような部屋にたどり着いた彼はそこにあるコンピュータを立ち上げる。
物音ひとつしない静かな空間にキーボードをカタカタと叩く音だけが響く。
しかし三〇秒もすると一方通行はコンピュータの電源を落として部屋から出て行ってしまった。

(やァっぱりなンもねェな。当たり前だけどよ。
しかしマジでこれからどォする。どう動けば―――……)

665: 2012/09/01(土) 23:35:23.45 ID:Yxuein120
一方通行の体が突然固まる。
彼の赤い瞳はある一点に固定されていた。
それは床にある足跡だ。
この施設は埃がずいぶんたまっているため、ただ歩くだけで新雪の上を通ったかのように足跡が残る。
彼が来た方向を見ると床に残っているのは一方通行の足跡と杖の小さな跡。
しかし逆方向へと伸びる通路に残っている足跡は間違いなく彼のものではない。
その道を通ってはいないのだから。しかもその足跡はまだ真新しい。
それが意味するところは一つ。

666: 2012/09/01(土) 23:35:51.56 ID:Yxuein120
誰かが、いる。
この足跡を辿った先に。

しばらく固まっていた一方通行だったが、やがてまたゆっくりと歩き出した。
何者かの残した足跡を追うように。
全神経を研ぎ澄ませて警戒を怠らない。
誰だか知らないが、今さらこんな廃棄された研究所に用があるとは思えない。
敵の目的は自分である可能性がある、と一方通行は考えていた。
理由は、とか居場所を知った方法は、とかそういうことは一切彼は考えない。
この先にその答えを持っている者がいるのだから、そいつに“質問”すればいいだけだ。

667: 2012/09/01(土) 23:37:05.46 ID:Yxuein120
いつどこから襲撃を受けても対応できるように警戒を続けながら進む。
すると自然、歩くスピードは遅くなる。
本来かかる時間の数倍もの時間をかけ、辿り着いた先は会議室。
足跡はこの中に消えている。
息を整えた後、扉を開けた直後の襲撃に備えるためチョーカーを能力使用モードへ切り替える。
これで何をブチ込まれようと一方通行には傷どころか塵一つつかない。

一方通行はバンッ!! と一気にドアを蹴破る。
そこに待っていたのは銃弾の嵐でも、グレネードでも、武装した兵でもなかった。

668: 2012/09/01(土) 23:38:03.60 ID:Yxuein120
少女。高校生程度の年だろう。
制服姿で、頭にはカチューシャをつけて髪を後ろへ流している。
缶コーヒーを飲んでいるその少女は、突然入ってきた一方通行に驚きもせずに落ち着いた声で言った。

「全く。ドアは静かに開けて欲しいけど。埃が舞うだろ。
私も女の子だし、少しは気を使って欲しいものだけど」

「オマエは……」

「ようこそ第一位、一方通行。正直結構待ったけど」

674: 2012/09/02(日) 02:55:13.96 ID:LxBlo+PJ0


「テメェみてェな豚とよろしくする気はサラサラねェよ。丸焼きにしてやろォか」
学園都市最強の超能力者――― 一方通行(アクセラレータ)




「もうあんな悲劇を生み出させはしない。絶対だ」
統括理事会のブレイン―――雲川芹亜




「統括理事会の一人であるというだけではああいう悲劇を止めるには足りなかったのだ」
統括理事会の一員―――貝積継敏

683: 2012/09/07(金) 23:56:55.94 ID:AXIcdSbE0
その会議室にはUの字型の大きな机が置かれていた。
いかにも会議室といった風な部屋の中に、明らかな異物が一人。
第一位と分かっている男を前にのんびりとコーヒーを飲んでいる少女。
一方通行はバッテリー節約のため一旦電極を通常モードに戻し、持参していた拳銃を抜く。

「オマエは誰だ」

拳銃を突きつけられても少女は全く動じない。
何でもないことのように、淡々と答えた。

「雲川芹亜。統括理事会のブレインだけど」

「何だと?」

一方通行の表情が変わる。
彼は統括理事会に良い印象を持っていない。
いや、暗部の人間で良い印象を持っている者など一人たりともいないだろう。

684: 2012/09/07(金) 23:57:38.23 ID:AXIcdSbE0
「そンなビチクソの集合体が俺になンの用だ。返答次第ではオマエを弾く」

脅し、ではないだろう。
学園都市最強はそれを躊躇わない程度には人を頃し慣れている。

「たしかに、統括理事会は腐れ外道の集まりだけど。
だが真面目に働いているのにそいつらと同列に扱われている善人がいるのもまた事実だけど」

「……質問に答えてねェな。俺は何の用だって聞いてンだよ。
たしかにそンな哀れな奴もいるのかもしれねェが、今は関係ねェ」

「関係ないことはないけど」

685: 2012/09/07(金) 23:59:04.73 ID:AXIcdSbE0
そういうと雲川は机の上に置いてある携帯端末を一方通行へと向ける。
そのモニターに映っているのは男の顔。
それなりの年を数えているように見える。

『統括理事会の一人、貝積継敏だ。よろしく、一方通行』

「……オマエみてェな豚とよろしくする気はサラサラねェよ。丸焼きにしてやろォか」

『やれやれ。ずいぶんと警戒心が強いな。まぁ第一位に対して統括理事会を信じろというほうが無理な注文か』

「一方通行。さっきも言ったように、統括理事会にも極少数ながら善人は存在するけど。
こいつはその一人だ」

686: 2012/09/07(金) 23:59:52.96 ID:AXIcdSbE0
「ンな寝言みてェな言葉は信用できねェ。
統括理事会だと。オマエらがやって来たことを考えてからその汚ねェ口を開け」

統括理事会は学園都市の最上部だ。
学園都市で行われる非合法な研究・実験には全て統括理事会が絡んでいるといっていい。
それは『量産型超能力者』であっても『絶対能力進化計画』であってもそうだ。
こんな狂った実験にGOサインを出すような連中を信じられるわけがない。

『そう。あの「実験」のことは残念だった。申し訳ないとおもっている』

「アァ?」

突然訳のわからないことを言い出した貝積に一方通行が訝しげな声をあげる。

687: 2012/09/08(土) 00:10:18.62 ID:QwkuR3+w0
「『絶対能力進化計画』」

「……ッ」

「私はあの『実験』を知っていた。二万人ものクローンを使い潰す狂気の実験。
私はあれを止めようとした。止められるものなら止めたかったけど」

そう言う雲川の拳は強く握り締められ、軽く震えていた。

「私には出来なかった。止められる悲劇は止めたいと思うけど。
止められない悲劇は止められない。私の力はそんな程度だった訳だけど」

『統括理事会の一人というだけではああいう悲劇を止めるには足りなかったのだ。
すまない、一方通行。私が『実験』を止められていたら、君は……』

688: 2012/09/08(土) 00:11:40.20 ID:QwkuR3+w0
「愉快な勘違いしてンじゃねェぞ豚が。
たしかにあの『実験』はネジの外れたモンだった。
それを強力に推し進めた統括理事会と、絶対能力なンてモンに取り付かれた研究者共は一〇〇回氏ンでも足りねェくらいのクソだが」

そしてそれは自分も同様に。
だが、と区切ってから彼は続けた。

「あの『実験』に参加を決めたのは俺だ。
誰に強制されたわけでもねェ。俺は俺の意思で『実験』を受諾し、俺の意思でアイツらを頃し続けた」

「君ならそう言うと思ったけど。
だが私が力及ばずあの悲劇を食い止められなかったのは事実だけど。
その結果君も、超電磁砲も、妹達も傷つけることになってしまった訳だけど」

689: 2012/09/08(土) 00:14:03.63 ID:QwkuR3+w0
雲川は語気を強めて言った。

「あの悲劇は止められなかった。だが今回は違う。
もうあんな悲劇を生み出させはしない。絶対だ」

そう言う雲川の目は強い意思の力に満ちていた。
いつもの否定する独特の語尾も入っていない。
彼女の本心からの言葉だった。誓いと言ってもいい。

「いつもの私なら利益にならない行動はとらないけど。
これは事情が違う。統括理事会のブレインとして、というより雲川芹亜個人のリベンジマッチ。
幸い貝積も協力してくれるようだしな」

「ちょっと待て。
何の話をしてやがンだ。今回は違うってェのはどォいう意味だ。
まさか『絶対能力進化計画』でも再開させよォってンのか?」

690: 2012/09/08(土) 00:15:04.82 ID:QwkuR3+w0
『そういうわけではないさ。今君が追っている件についてだ』

「ミサカネットワークへの侵入者」

貝積と雲川の言葉に眉をピクッとさせる一方通行。
もし二人がこれに関する情報を持っているならどんなものでも欲しかった。
今、彼に欠けているものは決定的に情報なのだから。

「何故それを知っている。答えてもらおォか」

「なに。あのカエル顔の医者に聞いただけだけど。
私たちはあの医者に借りがあってな。その対価として依頼されたのだけど。
まぁ頼まれなくともやっていたがな」

691: 2012/09/08(土) 00:16:35.34 ID:QwkuR3+w0
『君は今情報不足で苦しんでいる。そこで我々の知る限りの情報を教えよう』

「代償は?」

「普段の私なら相応の対価を要求するところだけど。
今回は何もなしだけど。言っただろう? これは私個人のリベンジマッチだと。
強いて言うなら確実に計画を叩き潰す事だ」

「……」

無言で雲川を睨みつける一方通行。
たしかに情報は喉から手がでるほど欲しい。
だが同時に二人を信用できないのも事実だった。

692: 2012/09/08(土) 00:17:11.64 ID:QwkuR3+w0
統括理事会の一人とそのブレイン。とても信用できる相手ではない。
どんな奇麗事を並べられても、それを鵜呑みにできるほど一方通行は正直者ではなかった。
そして、これだけ疑われるのが当然と言えるほどのことを統括理事会は行ってきている。

『やはり信じられないか?
ならこう考えるといい。君は私たちを利用するのだ。
私たちは勝手に君に情報を渡す。その真偽や使い方は君自身が決めればいい。
君にとって私たちは体のいい情報源だ』

「……聞いてやろォじゃねェか。
ただし、その後オマエらの指図は受けねェぞ」

『それで構わない』

693: 2012/09/08(土) 00:18:00.25 ID:QwkuR3+w0
「さて、この話は私からするけど。
ミサカネットワークへの侵入者。単刀直入に言うがこれは妹達だ」

雲川がサラリと述べた真実。
だが一方通行は驚くでもなく否定するでもなく、ただ疑問を感じていた。
雲川の言は続いた。

「“ミサカネットワークにアクセスできるのが妹達だけだというなら、侵入者も妹達だと考えるのは妥当だろう”?」

「どォいうことだ。ミサカネットワークは妹達間で構築されている。
妹達なら侵入なンて形には間違ってもならねェはずだ。
何せ正規の方法でアクセスすりゃいいだけだからな」

694: 2012/09/08(土) 00:18:28.60 ID:QwkuR3+w0
「たしかにその通りだけど。侵入者はその輪の外にいる妹達だけど」

「何を言ってやがンだ。ミサカネットワークには二〇〇〇一人全てが繋がっているハズだ。
そンな例外なンざいるわけが―――……ッ!?」

思わず息を飲む。
一方通行は気付いてしまった。
否定したい可能性に。決して認めたくない可能性に。

「ま、さか……」

一方通行の言うように、ミサカネットワークに繋がっていない妹達など存在しない。
既に氏んでしまった妹達とて生前は繋がっていたのだ。
しかしそれがいるというなら、それは―――

695: 2012/09/08(土) 00:21:02.98 ID:QwkuR3+w0








  サ ー ド シ ー ズ ン
「“第 三 次 製 造 計 画”」








696: 2012/09/08(土) 00:23:12.17 ID:QwkuR3+w0









  サ ー ド シ ー ズ ン
「“第 三 次 製 造 計 画”」









697: 2012/09/08(土) 00:23:51.61 ID:QwkuR3+w0
雲川の口から発せられた単語。
これが侵入者の正体だった。

「妹達でありながら、現行の妹達の輪の外にいる者たち。
私たちの調べたところによると、第三次製造計画の妹達のスペックは従来のものとは比べ物にならんらしい。
おそらくは第三次独自のネットワークを構築するだろうし、そうなれば第三次に全てで劣る今の妹達は『処分』されてもおかしくないと思うけど」

「……ゃがったのか」

一方通行は血が出るほど強く拳を握り締めた。
体が震える。頭が沸騰しそうだ。
彼はその怒りを抑えることなく、ぶちまけた。

698: 2012/09/08(土) 00:24:53.79 ID:QwkuR3+w0
「作りやがったのか、また!
クソ共のクソっぷりを甘く見てた!!
また勝手に妹達を生み出して、前のは用済みですってか!?
フッッザケンじゃねェぞォォォォ!!!」

以前のデータを元に、より良いものを作り出す。
それはまるで植物か何かの品種改良。
妹達はただのものとしてしか扱われていない。
その品種改良に成功したならば、旧式のものはもはや必要ない。
それを平然と行っているのが、この学園都市上層部なのだ。
もしこれを御坂美琴が、上条当麻が聞いたら一方通行と同じく怒り狂うだろう。

699: 2012/09/08(土) 00:25:27.72 ID:QwkuR3+w0
彼は絶叫し、近くにあった椅子を思い切り蹴り倒す。
どうしようもないほどの怒りがこみ上げる。
頭がおかしくなってしまいそうだった。
今目の前に首謀者がいたら自我を保っていられるかすら分からない。
その様子を見た雲川はニヤッと笑う。

「君ならそういう反応をしてくれると思ったけど。
私たちは第三次製造計画を止めたい。君と目的は一致していると思うけど。
さっきも言ったが、私たちは知ることの出来た情報を提供する。君はそれを利用して第三次を叩き潰す。これでどうだ?」

700: 2012/09/08(土) 00:27:15.01 ID:QwkuR3+w0
「なンでも構わねェ。クソ共が、一匹残らず粉々にしてやる!!」

『そんな君に朗報だ。いや、朗報という言い回しはおかしいか』

ずっと黙っていた貝積の声が雲川の携帯から流れてきた。

『第三次製造計画はまだ本格起動していない。
今なら悲劇を最小限にとどめることができる』

それを聞いて一方通行は深呼吸して落ち着きを取り戻そうとする。
頭に血が上っていては止められるものも止められないかもしれない。
ここは冷静になって考えなければいけない場面だと思った。

701: 2012/09/08(土) 00:28:35.19 ID:QwkuR3+w0
少しして、一方通行は全身に入っていた力を抜く。
深呼吸を何度か繰り返し、荒くなった呼吸を落ち着ける。
怒りが消えたわけではない。しかしある程度頭は冷えた。

「……第三次製造計画がまだ動き出していないってのはどォいうことだ。
ミサカネットワークに侵入しているのは第三次の妹達なンだろ」

「繰り返すが私は第三次の妹達は第三次独自のネットワークを構築すると読んでいるけど。
第三次はプロトタイプもまだ完成していない状況らしい。
そこでとりあえず現行のミサカネットワーク接続テストでも行ったんじゃないか?
それが侵入者とやらのことだと思うけど。いや、一応妹達なんだから『侵入』という言い方は適切じゃないか?」

702: 2012/09/08(土) 00:29:46.42 ID:QwkuR3+w0
それを聞いた一方通行はあまり時間は残されていないと感じた。
プロトタイプの完成がいつになるかは分からない。
だが完成してしまえば終わってしまえば後は早い。
こういうものは一番最初が難しいのだ。
しかしそれが終われば後は作業を繰り返すのみ。
完成したプロトタイプの設計図を製造ラインに乗せるだけで機械的に量産されてしまう。
潰すならプロトタイプが完成していない今だ。

「首謀者は誰だ。挽き肉にしてやる」

「流石にそこまでは分かっていないけど。
言わなかったか? いかに統括理事会の一人といえど、限界はあるんだけど」

703: 2012/09/08(土) 00:30:46.11 ID:QwkuR3+w0
『第三次製造計画のことだって、私だけでは掴めなかっただろう。
協力者がいたからこそだ』

「協力者、だと?
ハッ、上の意向に楯突こうとしてるオマエらに協力する馬鹿がいンのかよ?
ハッキリ言って自殺行為だぜ」

「彼女は貝積と同じく鬼畜共と同列視されてる善人だけど。
親船最中。聞いたことくらいあるだろ?」

「あァ、あの胡散臭せェババァか」

親船最中は子供に選挙権を与えるべく活動している女性だ。
各地で公演を開き、自分自ら舞台に立って演説している。
統括理事会の一員というだけで命を狙われる理由は十分だ。
にも関わらず彼女は防弾装備もつけずに公衆に身を晒す。

704: 2012/09/08(土) 00:31:40.98 ID:QwkuR3+w0
ここ学園都市では人口の八割が学生、つまり未成年だ。
選挙権を持たない八割ものマジョリティはたった二割のマイノリティが定めたことに抗う術がない。
そこで立ち上がったのが親船最中。
彼女の体を張った態度に感銘を受けたのか、公演を行うために満場近くにまで人が入るのだ。

だが一方通行はやはりそれを素直に信じてはいなかった。
上っ面だけ取り繕って裏で汚いことをやってる人間などいくらでもいた。
親船もその類の人間だと決め付けていた。
彼は疑うという行為が骨の髄まで染み付いている人間なのだ。

705: 2012/09/08(土) 00:32:25.33 ID:QwkuR3+w0
『とにかく、私たちももう少し詳しいところまで調べている。
やはり難航しているがな』

「何か分かったら連絡するけど」

話はここまでのようだ。
それを感じた一方通行は杖をついて出口へ向かう。
が、突然彼は振り向いて尋ねた。

「そォいやオマエ、なンで俺がここに来ると分かった?」

雲川は既に空になっている缶コーヒーを弄びながら答えた。

706: 2012/09/08(土) 00:34:23.88 ID:QwkuR3+w0
「簡単なことだけど。
どうやらお前は『実験』関連施設を回っているようだったからな。
第七学区で君がまだ行っていないのはここだけだったからだけど。
よっぽど情報に飢えてたんだろう? 私たちを存分に頼ってもらって構わないけど」

「そォかよ。じゃあ精々利用させてもらうとすンぜ」

「ウロウロする君より確実に会える第三位のほうに行ってもよかったのだがな」

それを聞いた一方通行の行動は早かった。
再び拳銃を抜き雲川へと向ける。まさに早業。
今の動作を表すならその一言がピッタリだった。
もし彼がそのまま引き金を引いていたなら、きっと雲川は何が起きたかすら理解できずに命を落としていただろう。

707: 2012/09/08(土) 00:35:09.03 ID:QwkuR3+w0
「落ち着け。君が彼女を『闇』に関わらせたくないと思っているのは分かっているけど。
私とて善人である第三位を巻き込むのは心が痛いけど。何よりも第一位を表立って敵に回すようなことはしないさ」

「……言っとくが妹達やオリジナル、その他関係者に手ェ出してみろ。
その日がオマエの命日だ」

「肝に銘じとくけど」

一方通行は今度こそ振り返らずに会議室を後にした。

(第三次製造計画……必ず、潰す。
塵一つ残さず、二度と再起の余地なンざ与えはしねェ)

708: 2012/09/08(土) 00:36:01.02 ID:QwkuR3+w0




「行ったか」

雲川は一方通行が姿を消した後、小さく呟いた。

『大丈夫か?
奴が狙うのは彼の方だと思うが』

「たしかにやりにくい私たちより第一位が先だろうけど。
まぁ大丈夫だろうけど。仮にも第一位だからな。
それよりも問題はこちらだけど。
奴が第一位ではなく目障りな私たちを優先する可能性もない訳じゃないけど」

709: 2012/09/08(土) 00:36:27.13 ID:QwkuR3+w0
『そう、だな。
だがこちらには簡単には手を出せまい。
奴にも立場があるからな』

雲川はそこで通信を切り、立ち上がって伸びをする。

「まぁ、それは置いといて次は『グループ』だけど。頼むぞ」

(忙しくなるぞ。私の貴重な睡眠時間が削られてしまうかもしれないけど)

710: 2012/09/08(土) 00:42:24.90 ID:QwkuR3+w0
投下終了
はい、第三次製造計画のお話でした
第二章のタイトルは当初 The Third Season.にしようかと思ったのですが、思いっきりネタバレだったので。
考えた末、The Third Birth.という表現に落ち着きました

このタイトルを見て「あ、第三次製造計画のことだな」と分かった方も多かったのではと思います

711: 2012/09/08(土) 00:51:30.79 ID:QwkuR3+w0
    次回予告




「大根おろしみてェにすり潰されてェか」
学園都市最強の超能力者(レベル5)―――一方通行(アクセラレータ)




「一方通行はどこで何してるのよ?」
『グループ』の構成員―――結標淡希




「丁度いい、仕事だ」
『グループ』の構成員―――土御門元春




「統括理事会の一人がモニター越しとはいえ、直接依頼してくる仕事とは一体何でしょう?」
『グループ』の構成員―――海原光貴

718: 2012/09/13(木) 23:50:20.18 ID:WhvQRzrS0









バイオ医研細胞研究所を後にした一方通行が向かったのは第七学区にある冥土帰しのいる総合病院だった。
杖をついていたせいかフロントのあたりで女性看護師に声をかけられた。
冥土帰しの居場所を聞き、教えられたところへ行くと彼は診察中のようだった。
診察室の前で壁に背を預けジッと待つ一方通行。
彼が再びここへやってきたのは聞きたいこと―――否、“問い質したいこと”があったからだ。

719: 2012/09/13(木) 23:50:48.91 ID:WhvQRzrS0
どれほど待っただろうか。
一人の男子学生が診察室から出てきた。どうやら最後の患者だったようだ。
男子学生は一方通行を見て一瞬怯えたような表情を見せる。
無理も無い。一方通行の容姿や目つきは一般人には些か刺激が強すぎる。
逃げるように立ち去る男子学生には目もくれず、男子学生の出てきた部屋を見ると中には冥土帰し。

「やぁ。待たせてしまったね? まぁ中に入るといいよ?」

一方通行は中に入るとドアを閉めた後カギをかけた。
勧められた椅子にも座らず、冥土帰しに詰め寄った。

720: 2012/09/13(木) 23:52:26.28 ID:WhvQRzrS0
「答えろ。何故第三次製造計画を知っていた。何故俺に黙っていた」

それを聞くと冥土帰しは若干表情を変えた、ように見えた。

「まず一つ目の質問だけどね?
知っていたわけじゃなくて、気付いたんだよ。でももしかしたら、程度の認識だったしね? 
確証もないのにまた彼女たちが作られてるなんて言えないだろう?」

一方通行は無言だった。

「二つ目についてだけどね?
これも今言った通りだよ。確証がないうちに言いたくはなかったからさ。
でも第三次製造計画を知ってるということは彼女たちに会えたんだね?」

721: 2012/09/13(木) 23:52:56.65 ID:WhvQRzrS0
「会いたくて会ったンじゃねェよ」

「ああいう貸しを返させる様な真似は本当はしたくないんだけどね?
今回は事が事だからね。彼女たちのような立場の人に協力してもらえるのは心強いと思うよ?」

一方通行はチッ、と吐き捨てると背を向けて歩き出した。
その背中に冥土帰しが声をかける。

「一方通行」

「なンだ」

「無茶はするなよ」

「ハッ。誰にモノ言ってやがる」

そう吐き捨て、彼は病院を後にした。

722: 2012/09/13(木) 23:53:34.00 ID:WhvQRzrS0









夜。
完全下校時刻を過ぎて短くないため、人通りはほとんどない。
帰りがけ一方通行は電話をかけるために路地裏に入った。
あまり聞かれるのは好ましくない。
ポケットから携帯を取り出し電話をかける。
相手は土御門元春だ。

723: 2012/09/13(木) 23:54:08.35 ID:WhvQRzrS0
第三次製造計画を潰すという当面の目標はできたものの、具体的な情報は何もない。
首謀者は誰なのか。第三次を進めている研究所はどこなのか。
最初は土御門に頼ることに躊躇いを覚えていた一方通行だったが、今はなにふり構っていられなかった。
第三次製造計画を潰すチャンスは今なのだ。
本格始動するまでにはまだ幾分か時間に余裕があるようだが、手遅れになってからでは遅い。

一方通行は単独で動くことに限界を感じていた。
第三次製造計画のことも雲川たちに聞かされて知った情報だ。
こうなったら利用できるものはとことん利用してやろうと彼は考えていた。

724: 2012/09/13(木) 23:56:01.89 ID:WhvQRzrS0
土御門はすぐに出た。

『一方通行か。丁度いい。仕事だ』

「……ハァ?」

土御門の予想外の返答に反応が僅かに遅れる。

『だから仕事だ。結標と海原はもう来ているぞ』

「チッ。とりあえず俺の用を先に済まさせてもらう」

ザッザザッザザザッ。
そこで突然ノイズが走り、会話が不可能となる。

725: 2012/09/13(木) 23:56:36.62 ID:WhvQRzrS0
(なンだ……?)

電波状況に問題はない。
現に数秒前まで普通に通話できていたのだ。
それが唐突に切れたということは、答えは一つ。
何者かがチャフか何かでジャミングしてきたということだ。
そして、そんなことをするからには必ず理由がある。
今、自分は何を伝えようとしていたか。どういう単語を出そうとしていたか。

(第三次製造計画……その関係者か。
クカカ、まさか向こうから出向いてきてくれるたァな。幸先の良いこって)

726: 2012/09/13(木) 23:57:07.88 ID:WhvQRzrS0
一方通行はいつでもチョーカーのスイッチを入れられるようにしながら、路地裏を更に進んだ。
いくら路地裏とはいえ、そこはまだ通りに程近い場所だったからだ。
ある程度進むと、比較的広い場所に出た。
二棟の廃ビルに挟まれたそこは非常に汚らしかった。近くには袋につめられたゴミも放置してある。
スキルアウトが好んで住家としそうな空間だ。
そしてここは、既に『表』とは違う空間でもある。
助けが来ないのが当たり前となっている場所だ。

727: 2012/09/13(木) 23:57:58.40 ID:WhvQRzrS0
一方通行がそこに足を踏み入れた瞬間、敵が一斉に動き出した。
先回りしていたのか、廃ビルの中からいくつもの銃口を向けられる。
一方通行は裂けたような笑みを浮かべ、能力使用モードへと切り替える。
途端、ありとあらゆる方向から銃弾の嵐が彼の体を襲った。
彼が常人だったならば、ここで勝負は決していただろう。
文字通り全身蜂の巣となって氏に絶えていたはずだ。


728: 2012/09/14(金) 00:00:55.72 ID:twxM9Fxb0
「ギャッハハハハハァ!!」

けれども、彼は常人ではなかった。
今の一方通行は全てを跳ね返す最強の超能力者なのだ。
放たれた銃弾の数々は彼の体表面から数ミリのところで悉く『反射』される。
『反射』を受けた銃弾は正確に発砲者へと返っていき、自身の放った弾丸に貫かれ絶叫する。
『反射』する際、僅かにずれて襲撃者の体を貫くよう操作を加えていたためだ。
この『反射』だけで廃ビルから銃撃してきた者たちは全員沈黙した。
次に一方通行は脚にかかるベクトルを操作し、弾丸のように全身武装している目前の敵へと突っ込んでいく。
おそらく敵が装着しているベストのようなものには、防弾チョッキのような衝撃を和らげる機能があっただろう。

729: 2012/09/14(金) 00:01:36.42 ID:twxM9Fxb0
しかし、彼の突き出された左の掌底を受けたその男はあっさりと吹き飛ばされ、鉄骨に打ち付けられ気を失った。
一方通行はそこで電極を一旦通常モードに戻し、振り返りざまに拳銃を引き抜き一人、二人と確実に撃ち抜いていく。

廃ビルの屋上から狙っていた男は不意に吹いた異常な強風に足をとられ、そのまま地上へと落下する。
当然この風は一方通行が大気を掴みそのベクトルを操作して起こしたものだ。
高所から叩き落された男には追撃をかける必要もなかった。気絶しているのか氏んでいるのか、ピクリともしなかったからだ。
早くも一掃が完了してしまった。
だが、そこに更なる敵が現れる。数はたったの一。

730: 2012/09/14(金) 00:02:16.47 ID:twxM9Fxb0
駆動鎧(パワードスーツ)。
特殊な装甲で全身を覆い、関節を電力駆動で動かすことによって生身の人間の数倍から数十倍の運動能力を叩き出す兵器だ。
その手には銃身の太い特殊な銃が握られている。対隔壁用のショットガンだ。
ショットガンは散弾銃だが、アンチマテリアルと分類される弾丸が使われていて、その一発一発が戦車を撃ち抜くレベルなのだ。
その常識外れの兵器が、ゆっくりとした動作でショットガンを一方通行へと向ける。
だが彼は動じない。彼もまた、常識外れの存在であるからだ。

放たれた銃弾はやはり全て『反射』され、放った駆動鎧を直撃する。
更に彼はそばに捨てられていた自転車のタイヤのホイールを掴み、駆動鎧へと投げつける。

731: 2012/09/14(金) 00:04:01.57 ID:twxM9Fxb0
ただ放り投げただけだが、そこに全てのベクトルを操作する能力『一方通行』が加われば、それは莫大な破壊力を生み出すのだ。
信じられないほどの威力だったようで、駆動鎧はそれだけで既に完全に沈黙していた。

(……なンだ、こりゃ)

敵の数は多かったが、二分強であたりは静寂を取り戻していた。
呆気ない。呆気なさすぎる。
これではまるで素人だ。いくら超能力者が相手だったとはいえ、向こうから仕掛けてきてこれではあまりにお粗末ではないか。
何より、向こうは一方通行の能力すら知らなかったということが驚きだ。

732: 2012/09/14(金) 00:04:40.49 ID:twxM9Fxb0
彼の能力を知っている者ならば、間違っても銃を乱射するような真似はしない。
先ほどのチャフにしてもそうだ。
あれは通話を妨害しただけで、彼の電極にまでは作用しなかった。
彼の情報を何一つ持っていなかった証拠だ。

「……オイ、コラ」

一方通行はガタガタ震えている最後の一人に話しかけた。
他は全滅している。

「オマエだけ残してやった意味はその容量不足の小っせェ頭でも分かンだろォが」

733: 2012/09/14(金) 00:05:14.94 ID:twxM9Fxb0
カツカツ、とその男に近づいていく。
男は一方通行が一歩進むたび体の振るえが大きくなり、終いには過呼吸に陥りそうになっていた。

「な、なんだ、これ。はは、なんなんだよこれ。
き、聞いてない。こんな化け物が相手だなんて聞いてないぞ!」

「オマエたちの任務はなンだ」

「な、なんでこんなことになっちまったんだ……
お、俺はただ……うあっ!?」

一方通行は杖の先を男の右肩にグリグリと押し付ける。

746: 2012/09/14(金) 00:29:39.77 ID:twxM9Fxb0

「イイから黙って聞かれたことにだけ答えろよ。
大根おろしみてェにすり潰されてェか」

734: 2012/09/14(金) 00:05:46.99 ID:twxM9Fxb0
「お、俺たちの仕事は、ただ重要、機密を、知った男を、口封じするだけだったんだ……!
はっ、はっ……! 相手が誰かなんて知らなかった。知らなかったんだッ!!」

(やっぱりか。第三次製造計画を隠したい誰か……
だが、その口封じがこれとはねェ。
情報が漏れたってだけで、それが俺とは分かってねェのか?)

「わめくな。わめくと首の骨をへし折るぞ。
オマエたちは誰からこの任務を受けた」

「わ、分からない……ただ電話で上層部から頼まれただけで……」

735: 2012/09/14(金) 00:06:32.19 ID:twxM9Fxb0
「そォか。もォ眠っていいぞ」

「……え」

一方通行が男に触れた途端、ガクッと全身の力が抜け倒れ込む。
どうやら気絶しているようだった。

(チッ。情報源がテクテク歩いてきたと思ったら……
まさかここまでの三下共だったとはなァ。何にも聞かされてねェンだな)

あたりを見渡す。
襲撃してきた者たちは全て倒れているが、そのほとんどが気絶しているだけだ。
そして一方通行にはわざわざ止めを刺してまわる気もなかった。
なにせ、あまりにも小物すぎる。まさに頃す価値もないというやつだ。

736: 2012/09/14(金) 00:07:05.19 ID:twxM9Fxb0
もっとも、ここで助かってもその後どうなるかは分からない。
だが、一方通行はそんなアフターケアをしてやるつもりもサラサラなかった。
とりあえず襲撃者たちの寿命が少しばかり延びたのは間違いないだろう。

盛大に舌打ちして携帯を取り出す。相手は土御門だ。
いらぬ妨害を受け、用をまだ済ませていない。
だが一コール、二コール、三コール……
土御門が電話に出る様子はなかった。ピッ、と通話を切って歩き出す。

(そォいや仕事だとか言ってやがったな。
そっちにかかりきりなのか? まァいい。俺はサボらせてもらいますね)

今日は質問を諦め、彼は大切な人たちの待つ家へ帰っていくのだった。

737: 2012/09/14(金) 00:08:32.42 ID:twxM9Fxb0









その時、土御門元春と結標淡希、海原光貴の三人はキャンピングカーにいた。
彼らがいるのは第一〇学区にある、一方通行が入ったような路地裏だった。
あたりは薄汚く、好んで訪れる者はいないだろう。
だが、忌み事が行われるには丁度いい場所だった。

「一方通行はどこで何してるのよ?」

738: 2012/09/14(金) 00:09:31.83 ID:twxM9Fxb0
結標が尋ねる。
彼らは仕事だということで集まったのだ。
ならば『グループ』の構成員である一方通行もここにいて然るべきだ。
『グループ』に限らず、こういった少数精鋭の暗部組織は個人ではなく集団で仕事にあたる。

『彼なら無理に来させなくてもいい』

そう言ったのはスクリーンに映っている一人の男性。
貝積継敏。
学園都市を仕切る統括理事会の一人で、土御門曰く統括理事会きっての善人だ。
彼は依頼主が貝積なので、血生臭いような仕事ではないだろうと推測していた。

739: 2012/09/14(金) 00:10:18.61 ID:twxM9Fxb0
「それはどういう?」

『彼は―――』

貝積の言葉に割り込むように、土御門の携帯が鳴る。件の一方通行からだ。

「失礼」

土御門は一言断ってから電話に出る。

「一方通行か。丁度いい、仕事だ」

『……ハァ?』

電話口の向こうから一方通行の困惑したような、気の抜けた答えが返ってくる。

740: 2012/09/14(金) 00:10:54.90 ID:twxM9Fxb0
「だから仕事だ。結標と海原はもう来ているぞ」

『チッ。とりあえず俺の用を済まさせてもらう』

「聞こうか」

ズザザッザザッザッザザザ。

唐突にノイズが走る。
一方通行との通話は切断されていた。明らかに意図的なものだろう。

「……なんだ?」

「どうしたのよ?」

「突然通話が……。
スキルアウトにでも絡まれたか?」

741: 2012/09/14(金) 00:11:20.56 ID:twxM9Fxb0
『やはり来たか。
まぁ奴はまさか相手が第一位だとは思ってもいないだろうが』

「どういうことです? 今回の依頼に関係が?
統括理事会の一人がモニター越しとはいえ、直接依頼してくる仕事とは一体なんでしょう?」

『グループ』の面々はまだ仕事内容を聞かされていなかった。
丁度これから聞くところだったのだ。

『本題に入ろう。君たちに頼みたいのは第三―――』

「逃げるぞ」

「えっ?」

742: 2012/09/14(金) 00:12:19.46 ID:twxM9Fxb0
土御門の言葉に誰かが疑問の声をあげたが、すぐにその答えは“やって来た”。
ドガァァァン!! と音をたて三人のいたキャンピングカーが突然爆発する。
いや、正確には外から対戦車ミサイルを撃ち込まれ、吹き飛ばされたのだ。
土御門と海原は複数ある出入り口の一つを使い脱出、結標は座標移動で。
三人はそれぞれ他の二人が無事かどうかも確認せずに逃亡を開始した。

743: 2012/09/14(金) 00:13:37.15 ID:twxM9Fxb0
短めですが投下終了
次回投下でシリアスパートは終わります

745: 2012/09/14(金) 00:26:14.48 ID:twxM9Fxb0
    次回予告




「……襲撃者を差し向けた奴と首謀者はイコールじゃねェってことか」
『グループ』の構成員・学園都市最強の超能力者(レベル5)――― 一方通行(アクセラレータ)




「目障りなんで始末させてもらうわ」
『グループ』の構成員―――結標淡希




「お前の守りたい者たちを危険に晒したくないのなら、今は待て。
時期を読み間違えるな。そんなことでは勝てるものも勝てなくなる」
『グループ』の構成員―――土御門元春




「あれ、どれだけの負荷がかかるか分かって言ってます?」
『グループ』の構成員―――海原光貴


752: 2012/09/14(金) 22:08:49.76 ID:twxM9Fxb0
偶然にも同じ方向へ飛び出していた土御門と海原は細い路地裏に飛び込んでいた。
走りながら海原が口を開く。

「一体なんなんですかね?」

「オレが知るか。まああのタイミングだ。
貝積がオレたちに依頼しようとしていた仕事は奴らにとって都合の悪いものなんだろ」

「それで、どうしましょうか」

海原が後ろを振り向いて言った。
逃走する彼らの背後から完全武装した集団が追いかけてくる。
時折マシンガンを放ってくるが、二人は器用に物陰に隠れこれを回避する。

753: 2012/09/14(金) 22:09:23.97 ID:twxM9Fxb0
「決まってるだろ。逃走一択。
邪魔になる奴だけ排除だ」

途中、二つに枝分かれしたところで二人は無言のままそれぞれ別の道を行った。
こうすれば追っ手も多少は数が減る。
自分の身くらいは自分で守れ、というのが彼ら、いや暗部でのスタンスなので一人で行動することに躊躇いはない。
だが、すぐに分かれたはずの彼らは意図せずまた合流してしまった。
このあたりは細い道が迷路のようになっているようで、土地勘のない二人は闇雲に動くしかない。
そうやっているうちに、二人はまた同じところに出てしまったのだ。

754: 2012/09/14(金) 22:10:06.70 ID:twxM9Fxb0
「よう。しばらくだな」

「ええ。二分ぶりくらいですか?」

どちらも追っ手を振り切れてはいなかった。
二人は逃げ続けるが、向こうも中々に訓練された集団のようで、なおかつ数が多い。
一向に振り切れず、土御門は焦りを感じ始めていた。

「どうする。オレの持っている武器は拳銃だけ。
まともにやりあっても勝ち目はない。
だがこのままではいずれ……いや、待てよ」

そこで土御門は海原の顔をジッと見つめる。
海原はそれだけで何を言いたいのか理解したようで、胡散臭い笑顔は保ったまま言葉を返す。

755: 2012/09/14(金) 22:12:14.07 ID:twxM9Fxb0
「やっぱりそうなりますか? あれどれだけの負荷がかかるか分かって言ってます?
自分のトラウィスカルパンテクウトリの槍は、一発につき一人しか標的に出来ないので現状では有効ではないですし」

「このまま蜂の巣にされたけりゃ話は別だがな」

「全く、分かりましたよ。致し方ないですね」

突然海原は走るのをやめ、ピタリとその場に静止した。
その間に土御門は物陰に身を潜める。
すぐに二人を追っていた集団がそこへやってきた。
だが先ほどまでとは打って変わって無防備に身を晒している海原を見て警戒しているようだった。
つい数秒前まで脇目も振らず逃走していたのだから当然と言えるだろう。

756: 2012/09/14(金) 22:13:09.20 ID:twxM9Fxb0
銃口を突きつけたまま、しばらく動きを見せなかったが、海原がフッと笑うと馬鹿にされてると思ったのか一人が発砲した。
一人が動くと後は早かった。他の者たちも一斉に発砲を開始する。

だが、放たれた銃弾は海原を貫くことはなかった。
突如巻物のようなものが出現し、全ての銃弾を弾いたのだ。
それは魔道書の原典。
科学ではない、もう一つの力。
人の手では絶対に破壊することは叶わず、その知識を広めんとする人間にのみ力を与える原典。
その現所有者は海原。つまり、知識の伝道者である主を原典が守ったのだ。

757: 2012/09/14(金) 22:13:43.80 ID:twxM9Fxb0
「魔道書の原典」

海原が呟くような、小さい声で言った。

「貴方たち科学サイドとはまた違う力ですよ。まぁ好きに解釈してください」

そこで不可解な現象が発生した。
襲撃者たちの腕が勝手に動き出し、持っていた銃器が持ち主の意思に反して頭へ向いたのだ。
困惑の声をあげる襲撃者たち。ひとりでに動き出した腕を止めようと反対の腕で押えている者もいるが、効果はないようだった。
何故か自らに牙を剥こうとしている銃器を前に、悲鳴をあげ恐怖に取り付かれる者も現れる。

758: 2012/09/14(金) 22:14:27.73 ID:twxM9Fxb0
「自殺術式。その効果は『武器を持つ者への反抗』」

ついに引き金にかかっていた指までもが動き出し、襲撃者たちは己の意思とは無関係に放たれた銃弾によってバタバタと氏んでいった。
襲撃者たちは能力者ではなかった。その全てが兵器で武装していた。それが仇となったのだ。
自殺術式は武器にしか効果がない。能力者には意味がないのだ。

「く……っ。ふふ。やはりこうなりますか」

突然頭を押えてその場に膝をつく海原。
原典の使用は使用者に多大な負担をかける。使いこなすことなど出来はしなかった。
海原はそんなに大層な魔術師ではない。原典を使いこなせるような器ではないのだ。

759: 2012/09/14(金) 22:15:17.03 ID:twxM9Fxb0
そもそも、原典は知識の伝道者にのみ力を与える。
すなわち、海原がそれを放棄したり、彼よりも適した伝道者が現れれば原典は海原に牙を剥くということだ。
原典は、決してお手軽な兵器などではなかった。

「いやー、お疲れ様だぜい」

隠れていた土御門が姿を見せる。
敵が氏亡し、危機が排除されたせいか馬鹿口調へと戻っている。
海原はそんな土御門を非難する。
傍目にはちょっと頭痛が走った程度にしか見えないが、実際にはかなりの負荷がかかっているのだ。

760: 2012/09/14(金) 22:16:18.49 ID:twxM9Fxb0
「見てただけですか。手伝ってくれてもよかったじゃないですか?」

「オレは魔術を使うとめちゃくちゃ危ないって分かって言ってるのかにゃー?」

「あのまま蜂の巣にされたければ話は別でしたが」

おどけて言う土御門に、海原はやれやれといった風に頭を振る。
そしてあたりにころがっているたくさんの氏体と血の海を指差した。

「……これ、どうするんです?」

「どうすればいいと思うかにゃー?」

761: 2012/09/14(金) 22:17:11.55 ID:twxM9Fxb0
「下部組織にでも全て押し付けようかと」

笑顔のまま話す海原。
さらっと凄いことを言っているような気がするが、下っ端の仕事なんてこんなものだ。
土御門もニヤッと笑って返す。

「奇遇だにゃー。オレも丁度同じこと考えてたんですたい」

「それにしても、誰がこれを差し向けたのかは知りませんが、一方通行さんも襲われたのでしょうね。
電話が急に切れたのはそれですか」

「だろうにゃー。まぁアイツのことだから返り討ちにしてるぜよ。
氏んでても知ったこっちゃないしにゃー」

762: 2012/09/14(金) 22:18:25.13 ID:twxM9Fxb0
「結標さんも、ですか」

「アイツはもっと心配いらんぜよ。
空間移動系能力者なんて逃走に最適だからにゃー」









二人の予想通り、結標淡希は労せず襲撃者たちを振り切っていた。
たった一回の座標移動で、だ。
路地の脇にある廃ビルの屋上にでも移動してしまえば、それだけで相手はこちらを見失う。
相手は結標が空間移動系能力者だと知らなかったようだ。

763: 2012/09/14(金) 22:18:57.63 ID:twxM9Fxb0
「全く、頃しにくるなら相手の能力くらい調べてきなさいよね。
このままやり過ごしてもいいけど、目障りなんで始末させてもらうわ」

彼らが彼女の能力を知っていたなら、その場に留まるという自殺行為はしなかっただろう。
空間移動系能力者は転移先の座標を正確に計算する必要がある。
よって、空間移動による点攻撃はただ走り回られるだけで命中率は極端に下がってしまう。
だが、襲撃者たちは彼女の能力を知らなかった。
故に、何も分からずただ狩られるのを待つしかなかった。

764: 2012/09/14(金) 22:19:55.46 ID:twxM9Fxb0
座標移動に限らず空間移動系能力者は総じて逃走と追跡、そして暗殺に長けた能力だ。
彼女は持っていたコルク抜きを転移させる。
襲撃者たちは彼女を見失い、それぞれ散って捜索していたが、そのうちの一人の左肩にトン、と音をたて突如コルク抜きが出現する。
結標の座標移動は本来無音だ。この音は転移させられたコルク抜きによって周囲の肉が押し広げられた音だろう。
絶叫し、倒れ込む襲撃者。その近くにいた者たちがあちこちを見回しているが、見つけられるはずもない。
ここでも彼らは空間移動系能力者の攻撃ということには気付かず、慎重になっていた。
つまりあたりを警戒するあまり、より動かなくなってしまったのだ。
そんな彼らは結標にとって絶好の的。

765: 2012/09/14(金) 22:20:25.42 ID:twxM9Fxb0
トトトンッ、と軽い音が幾度か連続して響く。
座標移動させられたコルク抜きは彼らの体を確実に貫いていく。
その後も何も分からずウロウロしている襲撃者たちを確実に仕留めていく結標。
ものの数分で、結標を追っていた襲撃者たちは全滅した。

「ま、所詮こんなもんよね」

土御門、海原コンビと比べると、あまりにも呆気なかった。

766: 2012/09/14(金) 22:23:51.66 ID:twxM9Fxb0









特殊な装甲で作られたドーム状の建物。
その中のとある一室に男はいた。
部屋は空間こそ広いが、内装は質素だった。
大きな机の上には色々なものが散らかっていて、一台のパソコンのモニターにとある作戦の結果が表示されている。
その結果は“失敗”という一単語で表される簡単なものだった。

767: 2012/09/14(金) 22:25:25.43 ID:twxM9Fxb0
「……まさか、『グループ』とはな」

その男は苦々しげに呟いた。
この男こそが雲川や貝積のいう“奴”。

「それに一方通行……
あいつらめ。まさかこんな大物に接触していたとは。
それならあの程度の連中で片付けられなかったのは当然だ」

「いかがいたしましょう」

脇に控えていたスーツ姿の男が質問した。
年は三〇くらいのこの男は、『奴』の子飼いの暗殺者だ。

768: 2012/09/14(金) 22:26:16.78 ID:twxM9Fxb0
「親船や貝積を先に潰しますか」

「いや。出来ればそうしたいが、あちらも統括理事会のメンバーだ。
それを二人も頃すとなると、相当の政治的準備が必要となる。
まず武力で排除できる方からだろう。
……それにしても一方通行。何か策を考えねばな。
とにかく、こいつを真っ先に潰す。『グループ』はひとまず捨て置く」

そう言って、学園都市に一二人しかいない重鎮、統括理事会の一人潮岸は口の端を吊り上げた。

769: 2012/09/14(金) 22:28:26.20 ID:twxM9Fxb0









「おっはよーってミサカはミサカは元気に朝の挨拶!」

「あァもォ分かったから静かにしろクソガキが……」

一方通行は珍しく早めに起きていた。
時刻は朝一〇時少し前。普段の彼の生活からは考えられない時間だ。
彼がこんなに早く起きたことには理由など何もない。
ただ単に、何故か目が覚めてしまった。それだけだった。

770: 2012/09/14(金) 22:29:05.60 ID:twxM9Fxb0
二度寝しようかと思っていたところに打ち止めが「あなたのお腹にダーイブ!」とか言いながらのしかかってきたので、完全に意識が覚醒したのだった。
現代的なデザインの杖をついてリビングへ向かうと、一方通行と打ち止め以外は誰もいなかった。
今日は金曜日なので黄泉川は仕事へ。
芳川はニートなので夢の世界へ。
それぞれ向かっているため、現在この家には彼ら二人しかいなかった。

(クソガキと二人きりとか面倒くせェ……)

771: 2012/09/14(金) 22:30:15.94 ID:twxM9Fxb0
とりあえず冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し、一気に呷る。
一方通行の習慣だ。
テーブルを見れば黄泉川が作った朝食がラップをかけて置いてある。
黄泉川が仕事の日の朝食はいつもこうだ。
だがよく見ればそれは二人分しか置かれていない。
一方通行、打ち止め、芳川。いつも三人分が用意されていた。

ついにニートが見限られたか、とも思った一方通行だったが、台所を見れば何枚かの使用された皿があった。
打ち止めが既に朝食を済ませていたようだ。

772: 2012/09/14(金) 22:31:02.20 ID:twxM9Fxb0
その打ち止めはと言えば、パジャマから普段着へと着替えていた。
どこかへ出かける気らしい。

「ンだァ? どっか行くのかよ?」

「せっかく良い天気だし、ミサカはちょっと散歩に行って来るのだーってミサカはミサカは娯楽を求めてみる!」

「あァそォかい好きにしろ」

「でもでも、お昼にはご飯食べに帰ってくるからってミサカはミサカは食料の確保を要請してみたり。
お昼ご飯食べたらまた出かけるけど~」

773: 2012/09/14(金) 22:31:33.04 ID:twxM9Fxb0
「あァ」

必要なことだけ伝えると打ち止めは行ってしまった。
彼女はその立場上、狙われる危険性もあるが、それでもずっと家に閉じ込められているわけではない。
意外と好き勝手出歩いているのだ。
携帯も持たせているし、何より何かあればすぐにミサカネットワークを通じて全てのミサカと連絡をとることが出来る。
一方通行としても、危険だからといって彼女を閉じ込めるような真似はしたくない。

打ち止めが出かけたので一人になった一方通行は、いつもギャーギャーと騒がしいリビングで静かに朝食をとっていた。
食べながら、これからの行動を考える。

774: 2012/09/14(金) 22:32:18.74 ID:twxM9Fxb0
(さて、どォ動くか。第三次製造計画、これの存在を知ったのは進展だが、こっからが進まねェ。
なにせ第三次が進められているってことしか知らねェからな)

(この間の襲撃者共から何か得られれば良かったんだがな。
黒幕も、行ってる研究所も分からねェ。圧倒的に情報不足だ。
やはり一人では限界があるか)

食事を終えた一方通行はベランダに出て、携帯を取り出した。
相手は土御門元春だ。
もともと昨日襲撃された時に聞くつもりだったのだ。
頼るのではない。利用する。彼はそう考えることにしていた。

775: 2012/09/14(金) 22:32:46.50 ID:twxM9Fxb0
『よう一方通行』

「よォじゃねェよ。なンでそンな友好的なンだオマエ」

『やはりその分じゃ無事みたいだな。まぁ分かりきってたことだが』

「『無事』だと?」

『昨日襲撃されただろ?』

「なンでオマエがそれを知ってる」

『お前と同じタイミングで、オレたちも襲撃されたからだ』

776: 2012/09/14(金) 22:33:34.88 ID:twxM9Fxb0
一方通行は少し考え込んだ。
昨日の襲撃者たちは十中八九、第三次製造計画を知った一方通行を口封じするためのものだ。
それと全く同じタイミングで土御門たちもまた襲撃を受けたという。
となると、土御門たちも第三次を知っているということになる。
まずはそこをはっきりさせたかった。

「アイツらの目的は分かってンのか」

『間違いなく口封じだろうな。襲撃があった時、「グループ」は仕事の依頼を受けていた。
お前に仕事と言ったのもそれだ』

777: 2012/09/14(金) 22:34:09.15 ID:twxM9Fxb0
「その仕事は」

一方通行の推測が正しければ、次に土御門が発する単語は―――



『第三次製造計画の粉砕』



予想通りだった。
敵は、それが『グループ』に伝えられるのを阻止しようとしたということだ。
それはつまり、『グループ』にその仕事を依頼しようとした人物は上層部の意向に反した行動をとっているということになる。
思い当たる人物は多くなかった。

778: 2012/09/14(金) 22:36:07.76 ID:twxM9Fxb0
「貝積からの依頼か」

『そうだ。お前は既に第三次のことを聞かされていたようだな』

「依頼される前に邪魔が入ったンじゃなかったのか」

『その後にまた依頼し直されたよ。どうしても第三次を潰したいらしい。
まぁあれは統括理事会の良心だ。不思議はないな』

「第三次についてどこまで知っている?」

『グループ』が貝積から依頼を受けたというなら話は早かった。
これは上から受けた仕事であり、そして一方通行は『グループ』の構成員だ。
仕事を達成するために、メンバー間で情報交換するのは当然だ。
とは言っても、一方通行は仲良くみんなで仕事をするつもりはない。
彼は一人で計画を潰すつもりでいた。

779: 2012/09/14(金) 22:36:56.11 ID:twxM9Fxb0
『ほとんどお前と変わらないと思うぞ。
オレも首謀者や研究所の場所は知らん。
……だが、一つお前の知らないだろう情報がある。
昨日の襲撃者を差し向けた奴だ』

「……襲撃者を差し向けた奴と首謀者はイコールじゃねェってことか」

『その通りだ。で、襲撃者のバックにいるのは潮岸だ。
統括理事会の一員。第三次製造計画のことを知った奴はみんな消されるんだとよ』

780: 2012/09/14(金) 22:37:46.28 ID:twxM9Fxb0
統括理事会の一員、潮岸。この男がキーパーソンだ。
潮岸は間違いなく第三次の首謀者を知っているだろう。
第三次を止めたいなら、潮岸と接触する必要がある。

『まぁ落ち着け。お前の考えていることは分かる。だが、潮岸は統括理事会の一員だ。
オレたちのような連中が暴走した時のことも考えて設計されたシェルターに篭っている。
そして何より、何の正当性もなく統括理事会の一人と戦争を起こしてみろ。
上層部の全てが敵に回り、お前の守るべき者たちにも争いの火の粉が降りかかるぞ』

781: 2012/09/14(金) 22:38:33.03 ID:twxM9Fxb0
「……チッ」

統括理事会は学園都市に一二人しかいない重鎮たちの集まりだ。
当然そんな人物と争えば、その戦火は当事者間だけには留まらない。
戦いを仕掛ければ、その瞬間から一方通行は最大級のテ口リストとなる。
非人道的な実験を笑って進める統括理事会が、反旗を翻した一方通行を捕らえるのに手段を選んでくれるはずがない。
打ち止め。妹達。御坂美琴。黄泉川愛穂。芳川桔梗。
今の彼は以前と比べて守るべき者を抱えすぎている。

782: 2012/09/14(金) 22:39:09.20 ID:twxM9Fxb0
彼自身がテ口リストになるだけで済むなら、被害を受けるのが自分だけなら彼は恐れなかったかもしれない。
だが、それによって守るべき者たちが被害を受ける可能性が僅かでもあるなら、彼は動きを止めてしまう。

『今貝積と親船が動いてくれている。
彼らの準備が整えば政治的観点からスムーズに突入出来るかもしれないからな』

「で? 俺たちはただ優しい優しいお偉いさンが何とかしてくれンのを指咥えて待ってるだけかい。
言っとくがな、俺は貝積も親船も信用なンざしちゃいねェ」

貝積もだが、雲川という少女の覚悟が偽者だとは一方通行は思っていない。
あれはとても嘘とは思えない、はっきりと感じ取れる覚悟だった。

783: 2012/09/14(金) 22:40:06.20 ID:twxM9Fxb0
だが、それでも統括理事会の一員であるというだけで一方通行は疑念を抱いてしまう。
他人を、ましてや上層部の人間を信用することなどあり得なかった。
彼は信用というものを忘れるには十分すぎる人生を歩んできていた。

『さっきも言っただろう。お前の気持ちは理解できる。
だがお前の守りたい者たちを危険に晒したくないのなら、今は待て。
時期を読み違えるな。そんなことでは勝てるものも勝てなくなる。
統括理事会を信用出来ないというのも当然だが、あの二人だけは例外だ。
それにさっきから言っているように無策に事を起こすのは危険すぎる。
いずれにせよ、今は待つしかないんだ』

784: 2012/09/14(金) 22:40:50.75 ID:twxM9Fxb0
理解できる。土御門の言っていることは正しい。
それは理解できている。ただ納得が出来ない。
だが、だからといって駄々をこね取り返しのつかない事態を招いてしまうほど、一方通行という人間は子供でも愚かでもなかった。

「……分ァったよ、クソッタレが。
だが時間は有限だぞ。聞かされてるだろ?
プロトタイプが完成するまでが勝負だ。それが終わっちまえば後は量産するだけだからなァ。
まァプロトタイプも完成まではまだ余裕があるよォだし、ある程度の猶予は残されてるみてェだがな」

785: 2012/09/14(金) 22:41:44.29 ID:twxM9Fxb0
『そこは貝積も親船も理解している。
今オレたちのすべきことは、ジッとその時を待つことだ』

話は終わった。
一方通行はただ一言「分かってる」とだけ返し、土御門の返事を待たずに通話を切断した。
今もどこかで妹達が作られているというのに、その命を弄ばれているというのに、何も出来ない悔しさ。
本当なら今すぐにでも乗り込みたい。イカれた研究者共を皆頃しにして、妹達を解放してやりたい。
だがそれは出来ない。今はただ座して待つのみ。
待機することが、今の仕事だ。

786: 2012/09/14(金) 22:42:33.11 ID:twxM9Fxb0
(クソッタレが。第三次製造計画の黒幕はただ頃すだけじゃ済まさねェ。
思いつく暴虐の限りを尽くして、本気で生まれてきたことを後悔させて頃してやる)

頃すだの、生まれてきたことを後悔させるだの、どちらも漫画等では珍しくない言葉だ。
特に前者は中高生だって口にしているし、聞いている言葉だろう。
だが、一方通行のそれは重みが違う。
一方通行は逸る気持ちを抑え、室内へと戻っていく。
その時が来るまでは、やかましいクソガキの相手でもしてやろう、と珍しいことを考えて。
芳川桔梗は、まだ起きてはいなかった。

787: 2012/09/14(金) 22:43:21.27 ID:twxM9Fxb0
投下終了
これにて第二章は終了です

次回投下は少し遅くなるかもしれません……

789: 2012/09/14(金) 22:50:03.64 ID:twxM9Fxb0
    次章予告




垣根、美琴、上条は平和な日々を過ごしていた―――



「中学生に勉強頼る上条か……違和感ないのが悲しいな」



「何とでも言えやい! そんなプライドは捨てましたのことよ!!」



「口より手動かしなさい」



だが少しずつ、平穏は崩れていく。

790: 2012/09/14(金) 22:54:33.04 ID:twxM9Fxb0



「ていとく。何があったのか分からないけど許されないこと、やり直せないことなんてないんだよ」



垣根に、変化が起きていた。



それは本人も知らぬうちに彼を侵食し、崩していく。




「アンタ、何かあったの?」




“それ”は、押え切れないほどに増大して。



791: 2012/09/14(金) 23:01:11.22 ID:twxM9Fxb0




「……おい!! お前、何してやがんだ!?」




そんな垣根の前に現れた一人の男。




「それに、お前だって苦しんでるんだろ?」




「どいつもこいつも苦しんでる苦しんでるって……テメェに何が分かる?」




「見せてやるよ、本物の根性って奴を!!」




垣根を救わんとするその男の気持ちは届くのか。

792: 2012/09/14(金) 23:06:34.05 ID:twxM9Fxb0




一方、御坂美琴にもまた試練が待ち受けていた。




(なんで……だって、あの、実験はもう……ッ!!
終わった、んじゃないの? あの地獄の日々は、苦しみは、終わったんじゃないの?)




「格下が俺相手に何が出来るってンだ? 自惚れてンじゃねェぞ」




遂に出会ってしまった二人の男女。
果たしてその時御坂美琴はどう行動するのか―――




「う、あ、ああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」



果たして、救いはあるのか。

793: 2012/09/14(金) 23:12:33.82 ID:twxM9Fxb0




(お姉様はわたくしを頼ってはいただけませんのね……)




「……大馬鹿者だな、あいつは」




「お姉様は、とても優しい方です。
そして、強い。力だけではなく、何よりも心が、とミサカは呟きます」




「ミサカは……ッ、ミサカはどっちかなんて選べない!
ミサカは、二人に仲良くして欲しいよって、ミサカはミサカは絶対に叶わない願いを口にしてみる……」




「家族を殺されたんだぜ? そいつを頃して何が悪いよ。
少なくとも俺だったら間違いなく頃すね」




「私は――――――」




苦しみの果てに、少女の出した答えとは。

794: 2012/09/14(金) 23:19:42.60 ID:twxM9Fxb0

「アンタは、一万人以上の私の妹を頃した」




「だから、アンタには―――」




次章、


第三章 振り下ろされる断罪の刃、愛しい貴方に最上の極刑を Execute_For_Your_Sins.




一方通行と御坂美琴が交差する時、物語は始まる。

795: 2012/09/14(金) 23:24:21.36 ID:twxM9Fxb0
一度やってみたかった中二予告
後悔はしていない、反省もしていない。またやるつもりだ

797: 2012/09/14(金) 23:33:17.84 ID:twxM9Fxb0
    次回予告




「よう上条。御坂と密着した感覚はどうだったよ?」
『スクール』のリーダー・学園都市第二位の超能力者(レベル5)―――垣根帝督




「アンタのために頑張ってる私たちを差し置いて唐揚げとはどういう了見よ」
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴




「いいか! レモンはかけるなよ! 絶対だぞ!!」
学園都市の無能力者(レベル0)の少年―――上条当麻

799: 2012/09/15(土) 00:18:06.47 ID:r17rheRL0
清清しいまでの中二だな(褒め言葉)
次章が楽しみです!

800: 2012/09/15(土) 11:47:49.08 ID:DuL9FPqIO

引用元: 美琴「何、やってんのよ、アンタ」垣根「…………ッ!!」