436: 2013/06/17(月) 22:18:11.56 ID:FsBcNsiJ0
美琴「何、やってんのよ、アンタ」垣根「…………ッ!!」第四章 【後編】


437: 2013/06/17(月) 22:19:49.49 ID:FsBcNsiJ0
もはやここがどこなのかも分からなかった。
第七学区の外なのか、それとも出てないのかどうかも分からない。
ただ魂が抜けてしまったかのように、垣根帝督はいた。

(……俺は)

何を求めている? 何が不満?
そんなことも分からない自分にいい加減呆れさえ覚える。
ただ一つ明らかなのは、既に御坂美琴の命は失われてしまったこと。
この手でその命を刈り取ったこと。

美琴の命を刈り取った生々しい感触が、経験し慣れた殺人の手ごたえが。
今も消えることなく、鮮明に残っている。

上層部から殺害は禁じられていたはずだが、もはやそんなことは記憶から消えている。
そして美琴を頃したことはこれまでの日々の終焉を意味していた。
もう、二度とあの日々に戻ることは出来ない。

だがそれでいいはずなのだ。垣根帝督は裏方の人間で、陽だまりで笑っているような人間ではない。
そんなことは許されないし、出来もしない。
もともと美琴に近づいたのだって、先ほど本人に言ったようにあくまで観察のためで、

(観察……ね。馬鹿げてやがる)

垣根が美琴に接触したのは『スクール』より下った仕事のためだ。
しかしこれまでの日々を考えてみる。脳内で膨大な記憶の海へと飛び込む。
垣根帝督は、しっかりと仕事をこなしていたか?
とある魔術の禁書目録 5巻 (デジタル版ガンガンコミックス)

438: 2013/06/17(月) 22:22:01.76 ID:FsBcNsiJ0


    ――『超電磁砲(レールガン)の観察、ねえ……』――


    ――『仕方ないでしょ。もし超電磁砲と戦うような事態に陥ってしまった場合、なんとかできるのはあなたしかいないんだから』――


    ――『お前電撃使いだろ? 能力で充電できねえのか?』――


    ――『流石応用力の第三位。なあ御坂、他にはどんな応用ができるんだ?』――


最初はよかったはずだ。美琴や上条に接触し、『友達ごっこ』をして距離を縮める。
そして目当ての情報を引き出す、という人の情を利用した暗部らしい下衆なやり方に従っていた。
携帯の充電から話を広げ、美琴の能力の応用を知ろうとしたこともあった。


    ――『混んでるっていってもはぐれるようなレベルじゃねぇだろ。あのパンチングマシーンとかどうだ?』――


    ――『何そんな感心してんだ。ほら、次は上条だぜ』――


ゲームセンターの能力者用パンチングマシーンを利用し、美琴の能力使用時の癖や上条の能力を知ろうとしたこともあった。
つまりこのころまではよかったのだ。
垣根はあくまで『スクール』の垣根帝督であり仕事上の接触、という体だった。

439: 2013/06/17(月) 22:24:16.00 ID:FsBcNsiJ0
 

    ――『貴方は朝からババァババァと……! 口リコンなんですの貴方は!?』――


    ――『別にお前の年齢がババァだと言ってるわけじゃねえよ。お前の声と趣味がババァだと言ってんだ』――


    ――『長げぇから白黒子でいいか? つーかお前白いのか黒いのかハッキリしろよ』――


    ――『オセロって…オセロって……あーはっはっはっは!! 駄目、もう無理!』――


    ――『なんで俺だけ!?』――


これだ。記憶を遡った垣根はこの辺りには既におかしくなり始めていたのだと理解した。
最初の目的をすっかり忘れてしまったかのように、まるで普通の学生であるかのように過ごしている。
この日はまだ完全におかしくなったわけではないが、始まりは間違いなくこの日だ。
もはやこの日より後など語るまでもない。

一日風紀委員をしたり、上条の宿題を三人で解いたり、ゲームセンターで純粋に遊んだり。
なんだこれは。垣根帝督が御坂美琴に接触した目的は、何だった?
これらの行動はその目的を達成するための手段だったか?

違う。これはそんな上等なものではない。
暗部では最も禁忌とされている、と言っても過言ではない行動。
いわゆる『馴れ合い』だ。

440: 2013/06/17(月) 22:27:22.61 ID:FsBcNsiJ0
一応報告はしていた。最低限ぎりぎりのことはやっていたが、それでも。
あっさりと牙を抜かれ、飼い慣らされてしまっている。
それは絶対にあってはいけないことだった。

垣根の不幸―――もしかしたら幸運なのかもしれない―――は、相手がよりによって御坂美琴と上条当麻だったこと。
二人ともが類稀なるヒーロー性、カリスマを有していたことだろう。
人を惹きつける魅力。周囲の人間を魅了する何か。

相手がこの二人でなかったら、きっと垣根は目的を見失うことなどなかったはずだ。
最後まで仕事をきっちりとこなせていただろう。
だが二人、特に多く交流した御坂美琴によって垣根の悪意はあっさりと溶かされてしまった。
それは美琴の凄さを表すものだろうが、相手が誰だろうと結果として垣根が腑抜けになったことに変わりはない。

(は、はは……。なんてザマだよ、垣根帝督。
ちくしょう、ちくしょうが……。―――……笑えよ、クソヤロー)

自嘲せずにはいられなかった。
学園都市第二位たる自分が。『スクール』のリーダーである自分が。暗部のトップを張っている自分が。
ほんの僅かな間に、たった一人や二人の『表』の人間に懐柔されてしまった。

そういえば垣根は一日風紀委員をしたことがあった。白井に舐められただの理由を並べてはいたが、あんなことがあり得るか?
垣根帝督という真っ黒に染まった人間が、たかが挑発されたから、テンションが上がったから。
そんな理由で風紀委員の真似事などするか? あり得ない。絶対にあり得ない。
どんな理由があろうと垣根がそんなことをやるなんて、それこそ天地がひっくり返ってもあり得ることではない。

441: 2013/06/17(月) 22:31:00.73 ID:FsBcNsiJ0
だが垣根は風紀委員を引き受けた。丸くなり過ぎだ。
暗部でトップを張っていた自分が、超能力者第二位の自分が。
美琴や上条の影響を受け、そこらの何も知らない学生のように成り下がっていた。
風紀委員をしただけではない。その前には駒場利徳に協力し、無能力者狩りを止めるのに一役買っていた。

それに御坂美琴がRSPK症候群を起こした時。
美琴が全てを背負い込んで自分を追い詰め壊そうとした時、何故自分はあんなガラにもなく熱くなったのだ。
別に美琴がどうなろうと知ったことではない、はずなのに。

あまりにも無様で、滑稽で笑えてくる。
そういったものとは一切無縁だったはずなのに。
今更『表』に未練などあるはずがなかったのに。
もはや言葉もなかった。

(気に入らねえ……。
知らない内にあいつらの影響を受けて穏やかになってきていただと?
しかもそれが悪くない気分だったってんだから救えねえ。俺ともあろうもんが……)

垣根はこれまで『表』へ縋りつく何人もの人間を頃してきた。
『闇』に沈んだなら光を求めるな。身も心も全てを黒で染め上げろ。
俺たちのようなクズに救いはない。あっていいはずがない、と。
こちら側の人間でありながら、風紀委員や警備員に助けを求めようとしていた男は一際惨たらしく頃したものだ。

なのにだ。なのにその垣根が『表』の温かさに心を奪われてしまった。
ここまで気付けば後は早かった。
芋づる式に今までどんなに考えても分からなかった“それ”が分かってくる。

442: 2013/06/17(月) 22:35:43.22 ID:FsBcNsiJ0
垣根は御坂美琴らと過ごす日常を悪くない、と感じていた。
もはや言い訳のしようがない。それは純然たる事実だ。
鉄橋で美琴に言われたように、垣根が浮かべていた笑顔はツクリモノなどではない。
全て無意識の内に出ていた本当の笑顔だ。

だがそれは所詮偽りの時間。本当の垣根は残虐な人間であり、それを美琴たちが知らないからこそあり得た時間。
彼らが見ているのは垣根帝督であって垣根帝督でない。
本当の垣根を知らないのならば、彼らにとっての垣根は偽りの垣根の方。
それはつまり、美琴らと笑って過ごし、友達だと言ってもらえる垣根はいつの間にか生まれたもう一人の自分ということ。

垣根帝督が本来あるべき垣根帝督から乖離し、その結果『垣根帝督』が生まれてしまった。
そして美琴らが知っているのは『垣根帝督』であり垣根帝督ではない。
自分ではない自分が垣根の手を離れ、自我を持ち一人歩きを始めた。
未だ冷たい『闇』の底で溺れている自分を、美琴の隣にいる『垣根帝督』が見下ろして嘲笑っているような気がした。
どう足掻いても垣根は『垣根帝督』に勝てないようにすら感じられた。

そしてその事実を、『スクール』の制御役の電話の男は強く垣根に認識させた。
その電話がかかってくる度、垣根は温かな時間から引き戻され深く冷たい深海の中へと戻る。
自分の立ち位置を再認識させられる。美琴のような人間とは住んでいる世界が根本的に違うのだと再度理解させられる。
そしてそれがぬるま湯に慣れてしまった垣根帝督には気に入らなかったのだ。

自分の足を掴んで引っ張り戻そうとする電話の男が、どうしようもなく気に食わなかった。
事ここに至って、垣根はようやくその事実に気付いた。

443: 2013/06/17(月) 22:42:08.46 ID:FsBcNsiJ0
しかしそこで止まらない。
一度動き出したものはそう簡単には止まってはくれない。
更にパンドラの箱が開かれる。
垣根がこうも不安定になってしまった決定的要因。

それは一方通行と御坂美琴の和解だった。

一方通行と垣根帝督は紛れもなく同類だ。同じ種類のクソッタレだ。
ならば垣根に救いがないのと同様に、一方通行にも救いなんてものは存在していないはずなのだ。
存在してはいけないのだ。絶対に、あってはならないことだ。

ところがどうだ。
一方通行は打ち止めという光を得て一緒に暮らしている。
御坂美琴との対峙という、彼にとって最大とも言える絶望にあっても一方通行が否定されることはなかった。
垣根はこんなにも苦しんでいるというのに。

同類のはずなのに、何故こんな違いがある。何故あの男は悪党のくせに平然と善人と一緒にいられる。

何故自分には何もないのに、一方通行には光がある。

どうして自分は『闇』から出れないのに、一方通行は『表』にいられる。

ありとあらゆるどす黒い負の感情が垣根帝督の中に激しく渦巻く。
美琴を失ったことが決定的なトリガーとなり、垣根帝督という人間の核となる部分を抉り取っていく。
それは、前兆だった。
少し前御坂美琴が引き起こしたそれ。超能力者による大災害クラスのそれ。

能力の暴走、RSPK症候群の兆候。

絶対に砕かれるはずのなかった、強固な自分だけの現実が音をたてて瓦解し始める。
これ以上何かあれば暴走する。そんな直前の危険な状態。

444: 2013/06/17(月) 22:45:42.04 ID:FsBcNsiJ0
それは美琴と同様に能力の暴走という、最悪の形となって噴出し学園都市に壊滅的ダメージを与えかねない。
だが結論から言ってRSPK症候群が発生することはなかった。
そんなことが頭から吹き飛ぶほどに、垣根の意識を奪うものがあった。
そしてその理由は、垣根の視線の先に“いた”。

その男は白かった。どこまでも白かった。
白い髪。白いジャケット。白いズボン。
ジャケットとズボンは正確にはシルバーグレーといった感じだが、白いという表現も間違いではないだろう。
そんな白一色の中にあって、その鋭い瞳だけが真紅に輝いている。

垣根はその男を知っていた。垣根にとってある意味で特別な存在でもあった。
その男は、『一方通行』と呼称される。
学園都市二三〇万の頂点。七人しかいない超能力者の中でも最強を誇る第一位。
科学という人類の英知の結晶。科学が世界に産み落とした最強の一。

だが垣根が見ていたのは一方通行ではなかった。
垣根の視線はただ一箇所に固定されている。それは一方通行が左手から下げているコンビニでくれるようなビニール袋だった。
無論ビニール袋自体に垣根の興味を引くような要素は何もない。問題なのはその中身だ。

僅かに透けて見えるそれには、どう考えても一方通行が必要とするとは思えない物が入っている。
コンビニスイーツのプリンがある。スナック菓子がある。付録付きのチョコスティックがある。
他にもそんな子供向けの駄菓子があった。それは一方通行が欲した物ではないことは明白。
ならばあれらは一体誰のためのものだ?

答えなんて、最初から分かりきっていた。

いつの間にか、垣根帝督は大声で絶叫していた。
近くに放置されていた、壊れた清掃ロボットを背中から生み出した翼を使って、一方通行に向けて器用に撃ち出していた。
轟音を立てて、それは一方通行には当たらずそのすぐ近くへと激突する。
あまりの威力に地面と清掃ロボットの双方が砕け散る。その破片が一方通行にも襲いかかった。
その紅い瞳がギロッ、と垣根帝督へと向けられる。
それだけで心臓が止まってしまいそうな、凍て付く視線。

445: 2013/06/17(月) 22:47:56.08 ID:FsBcNsiJ0
だが垣根にはやはりそんなことなど意識の外だった。
これが八つ当たりだということは分かっていた。それでいてもう、止まらない。
止める気もない。何故なら、

「……テメェは悪党だろうが。一万人以上頃してきた、俺と同じ本物のクソッタレなんだろうが」

一方通行が手に持っていたビニール袋をぽい、と投げ捨てる。
中身が飛び出したがそんなものには目もくれない。
今の一方通行の意識は、全て垣根帝督に割かれていた。

そして垣根帝督のタガが外れる。
どれだけ考えても分からなかったことが、絶対に口に出せないようなことが内から湧き出てくる。
流れるような自然さで、垣根の本心が言葉となって吐き出された。

「なのに、何故テメェは最終信号と一緒にいられる。どの面下げて善人と接していられる。
俺は、俺はあいつらとはいられねえってのに。どんなに望んだって許されねえのに。
なのに!! なんでテメェは平然と澄ました顔してやがんだ!!
テメェにそんな権利はねえっつってんだよこのクズ野郎がァァァァあああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

何てことはなかった。こんなにも簡単な答えだった。
垣根帝督は上条当麻や御坂美琴という女の子と一緒にいたかった。
ただ一般的な友達のように、そこにいて笑っているだけで幸せだった。
それは絶対に叶うことのなかった、夢のような日々だった。

けれど垣根は悪党。だからそんな夢からは目を覚まさなければならない。
でも美琴とは一緒にいたい、という矛盾した願望。
その願いは、その夢は、自らの手で摘み取ったけれど。

そして、だからこそ打ち止めと平和に暮らす一方通行が羨ましかった。
自分と同じ悪党なのに。なのに自分とは違う結末を手にしている一方通行が羨ましくて、妬ましくて。

446: 2013/06/17(月) 22:55:06.04 ID:FsBcNsiJ0
何が違った。何が悪かった。
垣根帝督は一方通行と違って、一万人も頃してはいない。
なのに、どうしてだ。

認められなかった。受け入れられなかった。
間違っているのは自分ではなく、一方通行の方なのだと考えた。
自分は悪党ということを自覚し身を引いた。なのに一方通行は厚顔無恥にもその場に居座り続けた、と。
実際どうなのかは関係ない。そうとでも考えなければ垣根が耐えられなかったのだ。
同類であるはずの一方通行が、ハッピーエンドなんて認められるわけがない。

結局のところ、これだけだ。

御坂美琴と一緒にいたいという願望。
一方通行への身が焼けるほどの強烈な嫉妬。

この二つの感情が垣根帝督の全て。垣根を蝕んでいた感情の名前。
あらゆる感情を際限なく爆発させ、展開していく垣根に一方通行は何を思ったのか。
様々な意味で垣根より上に立つ一方通行は何も言わない。言葉を返さない。ただその手を首元のチョーカー型電極にやって、

カチッ、と電極のスイッチを切り替えることで、答えた。

二人の超能力者が対峙する。
『第一候補(メインプラン)』と『第二候補(スペアプラン)』。
学園都市第一位と第二位。
一方通行と未元物質。
破壊と創造。
黒と白。

どこまでも相容れず、どこまでも対を成し相克する。
それでいてどこか似た者同士の二人の超能力者。
超能力者の中でもたった二人、次元の違う力を持つ最強と最強が、激突する。

462: 2013/06/23(日) 23:30:54.88 ID:33h1gMkd0
守るべきもの、守りたいもの、たった一つだけを。

463: 2013/06/23(日) 23:32:35.87 ID:33h1gMkd0
「おおォォォォあああああああああ!!!!」

本来RSPK症候群として周囲に撒き散らされるはずだった悪意を全て集約して、一方通行にぶつける。
背中に天使の如き翼を背負って一方通行に突撃する。
対する一方通行は冷静にその両手を地面に突き刺した。
すると地盤が割れ大きく捲れ上がり、巨大な壁となって垣根の前に立ち塞がった。

だがそんなことで止められるわけはない。
垣根は壁などないかのように突っ込み、あっさりとその壁を砕いて見せた。
しかしそれを破壊したことで破片や砂埃が舞い上がり、垣根の視界を乱す。
それを翼を振るって吹き飛ばした垣根の目の前に、一方通行が必殺の右手を突き出して迫ってきていた。
ベクトル操作。あの手で触れられればそれだけで人体は呆気なく破壊される。

「甘え!!」

翼の一枚を盾として前方に展開、そして一方通行の必殺の右手が突き刺さると同時翼を無数の羽に分解し、衝撃を拡散させる。
即座に反撃に出ようとするが、それより早く一方通行が続けて動きを見せる。

「甘いのはオマエだ、メルヘン野郎」

一方通行が大気の流れをその手で掴み、文字通り掌握する。
それを操ることで竜巻を発生させる。それは人間など巻き込まれればまず助からない程度には大きいものだ。
大規模な暴風の戦乱は辺りの街路樹や停車してある車などをまとめて巻き上げていった。

垣根はそれを思い切り翼を羽ばたくことでそれ以上の烈風で以って掻き消す。
その烈風によりあたりは大型台風の直撃を受けたかのような嵐に包まれた。
今は夜。学生がほとんどの学園都市は氏んだように静まり返っている。
とはいえ、それは人が全くいないということではない。

この時間に街をフラフラしている一部の人間と、たまたま外出していた数少ない大人たち。
その中でも偶然この場に居合わせた一部の人間は悲鳴をあげながら、一目散に逃げ去っていった。
そして学園都市第一位と第二位は、そんなことを一切気にすることなく冗談のようなレベルの戦いを繰り広げていた。
突っ込んでくる一方通行に、垣根は白翼を叩きつけて潰そうとする。
だがそれは一方通行に触れた途端、凄まじい力で押し返された。

464: 2013/06/23(日) 23:34:39.35 ID:33h1gMkd0
いや、正確には叩きつけた力がそっくりそのまま跳ね返ってきたのだ。

「無駄だ。俺の『反射』はベクトルのあるもの全てに作用する。
そしてベクトルのない攻撃手段なンてまず存在しねェと言っていい」

これが一方通行の最大の防御、『反射』。
核すらも無傷で跳ね返す『反射』の前に垣根は為す術もない。
相手の力が大きければ大きいほど『反射』の切れ味は増す。
たとえ学園都市第二位だろうとそれは変わらない。

(とでも思っているんだろうが)

垣根はその翼をはためかせ、烈風を一方通行に浴びせると同時、一息に数十メートルも月天へと舞い上がった。
漆黒に染められた空に、白く輝く天使のようなシルエットが一つ。
一旦一方通行と距離を取り、垣根は考える。

(一方通行のクソに攻撃が通用しねえのは分かってた。
だがあいつの『反射』は完璧じゃねえ。その隙を突けば『未元物質』を叩き込める)

垣根は一計を案じ、自分から降りることはせず一方通行がここまで飛び上がってくるのを待った。
いつまで経っても降りてこない垣根に業を煮やした一方通行は、背中に四本の竜巻のようなものを接続し空へと舞い上がる。
あっという間に垣根と同じ高度まで達した一方通行は、

「俺のチョーカーが切れるまでの時間稼ぎのつもりか? 発想が既に小物だな」

「言ってろ。テメェに痛みをくれてやる。ありがたく受け取りな」

ノークレームノーリターンでよろしく、と垣根は更に少しだけ高度を上げ、六枚の翼をバサァ、と大きく開いた。
その背後にあるのは月。新月といったところだろう。
仄かに闇を照らす月天を背負った垣根は、脳内で膨大な演算式を組み始める。
その瞬間、六枚の白翼がゴバッ!! と凄まじい光を発した。
それと同時に、全てを『反射』するはずの一方通行の全身を突き刺すような激痛が走り抜ける。

「がっ……!?」

かつて使った太陽光を殺人光線に変えたものと理屈は同じだ。
月光という不可視の力を『未元物質』が変質させ、無害から有害へと変えたのだ。
全く予期していなかったダメージを負った一方通行は空中でバランスを失い、背中の竜巻を維持出来なくなって地面へと落下していった。
高度数十メートル。この二人にとってはそれほどの高さでもないが、人間が落ちて助かる高さは優に超えている。
そのままコンクリートの地面に叩きつけられた一方通行は思わず叫び声をあげた。

465: 2013/06/23(日) 23:37:16.61 ID:33h1gMkd0
「ぐあァァァァァァッ!!」

能力で最低限の防御は行ったのだろう。
でなければ彼の華奢な体はとっくに砕けているはずだ。
今の一方通行は隙だらけ。追撃をかけることも容易だ。
だが垣根はそんな一方通行には目もくれない。ただ脳内で膨大な計算式を展開させていた。

(奴の『反射』の具合から遡れば絶対にあるはずだ。
探せ。それさえ見つければ―――……!! これだ!! 『掴んだ』!!)

垣根帝督が行っていたのは一方通行の『反射』の逆算だ。
『反射』はたしかにあらゆるものを跳ね返す。だが全てを、ではない。
分かりやすいところで言えば酸素や重力。
酸素を弾けば氏んでしまうし、重力を跳ね返せば大気圏外まで吹き飛んでしまう。

そういった“穴”を掴み、後はそのベクトルに偽装しその方面から攻撃を加えればいい。
そうすれば一方通行の『反射』のフィルターを騙し、攻撃を有効化させることが出来る。
とはいえ、こんな芸当が可能なのは世界で垣根帝督ただ一人だ。
『未元物質』による、一方通行が無害と認識してしまう有害。分かりやすく言えばこうなるだろう。

一方通行の『反射』は非常に強力だ。
単純に『未元物質』をぶつければ破れる、なんて甘いものではない。
もしぶつけるだけで破れるならば、先ほど垣根が叩きつけた白翼で破れているだろう。
『未元物質』はこの世界に存在しない物質、だがその未知すらも一方通行は容易く『反射』した。

一方通行は必要最低限のもの以外は全てを『反射』対象に設定している。
そのためたとえ未知の物質である『未元物質』をぶつけても『それ以外のベクトル』と判断され、その壁を超えることはできなかった。
『必要最低限のもの』にベクトルを偽装するという手順を踏んで、ようやく攻撃を有効化させられるのだ。

(先の烈風と月光に数万のベクトルを注入しておいたのは正解だったな。
おかげで簡単に穴を見つけられた)

垣根が通用しないと分かっていたのに翼で攻撃を加えようとしたり、烈風を浴びせていたのはこのためだ。
『反射』の具合からどういったベクトルなら届くのかを逆算するためのもの。
そして今、

466: 2013/06/23(日) 23:40:58.00 ID:33h1gMkd0
「―――逆算、終わるぞ」

「ッ!!」

垣根帝督はよろよろと立ち上がった一方通行に向けて翼を叩きつけた。
これまでのような軽いものではなく、撲殺用の鈍器として。
危険を察知した一方通行は大きく身を投げ、能力を使用しそれを回避する。
だが回避したのも束の間、垣根帝督のもう一枚の翼が猛然と一方通行に迫った。
無理な回避にバランスの崩れている一方通行は、咄嗟には反応できない。白翼が一方通行の体にめり込んだ。

「ごっ、ぱぁ……!?」

体から嫌な音がするのを一方通行は聞いた。派手に吹き飛ばされた一方通行はノーバウンドで一棟の高層ビルへと突っ込んでいった。
だがそれで止まらない。彼の体は一棟、二棟とビルを突き破り、三棟目の壁に叩きつけられようやく止まる。
一方通行がビルを破る度、まだ中にいた人間が何事か叫んでいたがそんなことは聞こえてすらいない。

「派手にいったな。無様な光景だな第一位」

だが垣根帝督は油断をしない。
『反射』を逆算し、攻撃を有効化させることには成功した。
しかしそれはただスタートラインに立ったに過ぎない。

『反射』を頃すことと一方通行を倒すことはイコールではないのだ。
これでようやく一方通行と戦うことが出来る。『反射』を破って初めて戦いが始まる。
問題なのは、それすらも時間が経てば出来なくなってしまうということにある。

垣根帝督の『反射』をすり抜ける術は当然ながら『未元物質』に依存する。
この世のものならざる法則を持つ『未元物質』は、使い方次第で一方通行にとって脅威となり得るだろう。
だがそれも『未元物質』が解析されてしまえば終わりだ。
『未元物質』の持つ独自の法則を読み取られれば、正真正銘垣根は手も足も出なくなってしまう。
つまり、一方通行に『未元物質』の解析をされないうちに片をつける必要がある。
解析などさせる暇も与えないつもりでかからねば、返り討ちにされてしまうだろう。

そして普段の垣根帝督ならば、ここまで思考が至らなかったかもしれない。
『未元物質』が解析され無力化されてしまう可能性など考慮しなかったかもしれない。
だが今の垣根は違った。確実に普段よりも頭が回っていた。一周回って冷静にすらなっていた。
理由は唯一つ。脳細胞を一つ残らず一方通行を頃すことのみに注ぎ込んでいるからだ。

それだけを考えていれば、他を思考する余地を残さなければ、美琴のことを考えずに済む。
苦しまずに済む。あんな思いをしなくても済む。
だからこそ、垣根帝督は己の持ちうる全思考力を打倒一方通行に注ぎ込むのだ。
全力で戦ってさえいれば、何も考えなくて済むから。
そのおかげで、あるいはそのせいで、能力値が上がったわけではないが今の垣根は普段より確実に強かった。

467: 2013/06/23(日) 23:43:24.15 ID:33h1gMkd0
一方通行が舞い戻ってくる。
その体にはあちこちに傷がつき、口からは血を吐き出しているがまだまだ致命傷には至らない。

「やってくれるじゃねェか、手羽先バサバサさせやがって。どォやって『反射』を潜り抜けやがった?」

「さてな。とりあえずテメェの『反射』にあるセキュリティホールを『未元物質』で突いた、とだけ言っておこうか」

垣根はまともに取り合わない。
何も言わずとも最高の頭脳の持ち主である一方通行が仕組みに気付くのは時間の問題だろう。
そしてそれが解析されてしまえば終わり。
タイムリミットがあるのは分かっているのに、いつそれがやってくるのかも分からない。

故に垣根に余裕はない。一刻も早く一方通行を粉砕しなければならない。
だがそれまでは、もはや一方通行の『反射』は垣根には意味を成さない。
よって垣根の攻めは一層激しく、一方通行の動きも激しくなる。
人々の悲鳴をBGMに、二人はどこまでも破壊の嵐を繰り広げる。

「よォ、ウジ虫野郎。この後に及ンで数字の順番がそンなにコンプレックスかァ!?」

「そんなんじゃねえよ。俺はただ、現実から目を背けてるテメェが気に食わないだけだ!!」

カツッ、という音を一方通行は聞いた。
見れば、一方通行の立っていた道路の中央分離帯の上に垣根が移動していた。
一体どうやって移動したのか、いつ移動したのか。
その疑問が解ける前に垣根は白翼を使って刺突を繰り出す。

対する一方通行は冷静に、流れるように身を捻りそれを回避すると同時、垣根のわき腹に蹴りを叩き込んだ。
ベクトルを操作されたその蹴りは並大抵の威力ではない。
垣根は吹き飛ばされ、思わず口から声が漏れる。
だがすぐに立ち直り、吹き飛ばされながらもくるりと一回転して大地を蹴り、砲弾のように一方通行へと突進する。

「痛ってえな。そしてムカついた。お返しだ第一位」

一方通行はそれを空中に跳ねることで回避したが、垣根はすぐに翼を大きくはためかせ烈風による追撃をかける。

「何のつもりだ? そンなモンが俺に通用するわけ―――ぐあっ!!」

垣根帝督のあの翼ならともかく、それから生み出される烈風はただの風だ。
よってそれは『反射』を破ることは叶わず、徒労に終わる、はずだった。
だが実際は烈風は『反射』をものともせずうち破り、一方通行にダメージを与えていた。
今の風はただの風ではない。以前にも見せた、『未元物質』により変質した強烈な熱風だ。
偽装されたベクトルをもった熱風は『反射』のフィルターを掻い潜り、軽減こそされたが一方通行に届いていた。

468: 2013/06/23(日) 23:46:26.42 ID:33h1gMkd0
「分かってねえな、白モヤシ。異物ってのはたった一つ混ざっただけで世界をガラリと変えちまうんだよ」

垣根は笑って、言った。

「これが『未元物質』。異物の混ざった空間。ここはテメェの知る場所じゃねえんだよ」

「……なるほどなァ。何となく分かってきたぜ。オマエの『未元物質』の、攻略法もな」

言って、一方通行は大きく後ろへジャンプして距離をとった。
何をしようとしているのか、垣根には分かった。
そしてそれをされたら自分に勝ち目がなくなることも。

そうはさせんと垣根は一気に距離を詰め、一方通行に襲い掛かる。
攻撃の手を休めるな。一方通行に解析する暇を与えるな。
それが出来なければ、負ける。

(それよりも早く、テメェのモヤシみてえな体を粉々にしてやる……ッ!!)

「とでも思ってンだろォが」

一方通行は呟き垣根から離れようとするが、垣根はしつこく一方通行に付きまとい距離をとらせない。
執拗に距離を詰めてくる垣根が邪魔で解析に集中出来なくなった一方通行は、一旦解析を中止する。
猛スピードで垣根から離れ、距離を詰められる前に動く。

「一つ、気になってたンだけどよォ」

言って、一方通行はコン、と軽い動作でつま先で地面を叩いた。
たったそれだけの動作でコンクリートの地面はあっさりと砕け散った。

「オマエは言ったな。俺が現実から目を背けてると。ありゃ一体どォいう意味だ」

その砕けたコンクリート片の一つを一方通行が蹴り飛ばす。
まるで子供のする石蹴りのような、そんな気軽さだった。
だがそこにベクトルを統括制御する能力が加わったことで、音速の三倍以上の速度で垣根に迫る。
ゴバッ!! という凄まじい音が弾ける。蹴り出された小石はほんの四、五センチ進んで消滅した。
だが衝撃波は生きている。それはもはや音さえ破裂させていた。

「分かんねえのか、偽善者」

しかし垣根もその翼に力を込めて一息に振るい、衝撃波を薙ぎ払った。
二人の超能力者から放たれた莫大な衝撃波は両者の中間地点で激突し、その一点を中心に空気が猛烈に爆ぜる。
轟!! という音と共に空気の津波が放射線状に一気に広がった。それは一帯を飲み込み、看板や信号機を吹き飛ばし、街路樹を根元から引き抜いていく。

469: 2013/06/23(日) 23:48:00.13 ID:33h1gMkd0
通りに面していたカフェやビルの窓ガラスが一斉に砕け散った。まるでハリケーンの中心地帯のような光景だった。
人の姿はもう見えない。全員この場を離れたのだろう。もともとあまり人のいる時間帯ではなかったのも大きい。

だが警備員がやってくる気配は一向になかった。
通報は間違いなく誰かがしたはずだ。ここまで暴れれば当然だ。
上層部かどこかが全力で抑えているのか、とも思ったがそんなことはどうでもいい。
むしろ邪魔が入らないだけ垣根にとっても一方通行にとっても好都合だった。

「テメェみてえな悪党に、ハッピーエンドはあり得ねえ。
テメェは一体どの面下げて『表』の奴らといるんだ? 厚顔無恥にも程がある」

一方通行が二撃目を放つ。一発目と変わらぬ軽い動作で、けれど超電磁砲以上の速度で衝撃波が生まれた。
それに対し垣根のとった行動は突進。衝撃波と垣根の体がぶつかる。
結果は明らかだった。垣根が正面から一方通行の放った莫大な衝撃波を打ち破り、そのまま一方通行へと突っ込んでいく。

だが一方通行は動じず、垣根と同様ベクトルを制御し自身の体を砲弾のように発射し、両者は月天の下衝突した。
それだけで空気が震え、悲鳴をあげる。再度衝撃波が放射線状に生まれる。今度もまた結果は明らかだった。
一方通行と激突した垣根の体が弾き飛ばされ、一軒のコンビニへと突っ込んでいった。
だが一方通行の顔にあったのは不快感。たしかに吹き飛ばしたはずなのに、手応えが外された感触が残っていたからだ。

「テメェは今この場にあるベクトルを制御する能力者だ」

白翼で身を包み、まるで繭のように白い塊の中から翼を広げ垣根帝督が現れる。
無傷。『反射』されることは考慮していたため、身を守る準備はしておいた。

「ならこの場にある全てのベクトルを集めても動かせないほどの質量を生み出しぶつければいけるか、と思ったんだがやっぱ駄目だな。
俺自身の持つベクトルまで操作されるんじゃどうしようもない」

垣根はそれほどに巨大な質量を生み出し、一方通行の衝撃波を打ち破り叩きつけた。
それは失敗に終わったが、垣根の顔に落胆の色はなかった。
何せ相手は最強の存在。そんなことで倒せては逆に興醒めするというものだ。
そしてその最強は垣根の言葉を聞き流し、静かに言った。

470: 2013/06/23(日) 23:51:46.78 ID:33h1gMkd0
「―――三流だな」

「ッ、何だと……?」

「さっきのオマエの言葉で分かった。オマエじゃ俺には勝てねェよ。
善人か悪党か。そンな善悪二元論にこだわっているうちは三流だ」

一方通行はそんな段階をとっくに超えていた。
だからこそ御坂美琴と対峙した時、善も悪も超えて打ち止めと共にいたいと言ったのだ。
とはいえ、一方通行も最初からそうだったわけではなかった。
垣根帝督のように、悪党なのに善人と一緒にいていいのか、と苦悩した時期もあった。

だがそれを必氏に乗り越えたからこそ、打ち止めという光を守るために戦ったからこそ一方通行には分かる。
未だそこで止まっているようでは、乗り越えた一方通行には勝てない。
勝たせるわけにはいかない。
あらゆる障害と試練を超え、御坂美琴との対峙さえ超えて彼が掴んだものを、こんな男に否定させはしない、と。

「……退屈な野郎だ」

そんな心境など知るはずのない垣根は、その言葉に頭が沸騰しそうになる。
気に入らなかった。自分と同類のはずの男が、自分の解けない問題を易々と解いてしまったようで。
そんなことも出来ないのか、と見下されているようで。
自分は間違っていないはずだ。間違っているのは悪党であるにも関わらず素知らぬ顔で打ち止めの隣にいる、この男のはずだ。

「上から説教垂れてんじゃねえ!! テメェに酔ってんじゃねえぞ恥知らずがァァァああああああああ!!!!」

叫んで、背中の翼が爆発的に展開された。
六枚の翼はそれぞれ数十メートルにまで伸び、もはや巨大な剣にさえ見える。
垣根帝督の携える六枚の翼が大きくしなる。
形を変え、質量を変え、莫大な殺人兵器のように。

夜天に舞い上がって規格外のサイズの白翼を振り回し、一方通行へと叩きつける。
ビルの屋上に一度のジャンプで飛び乗る一方通行だが、垣根の二〇メートル以上に達した翼はビルごと容赦なく引き裂いた。
高層ビルが縦に割れ、思わず耳を強く塞いでしまうほどの轟音をたてて倒壊した。

だがそんなことはお互い気にもかけない。
一方通行は器用にビルからビルへ移動していき、垣根の六枚ある翼による二撃目、三撃目をかわした。
しかし四撃目はついに一方通行を捉え、直撃した。
垂直に振り下ろされた翼によりビルは完全に破壊され、粉塵が舞い上がる。

貯水タンクを突き破って現れた一方通行は如何なる方法を用いたのか、ダメージを軽減させることに成功したようだった。
口から血を吐き出しながら、あたりを飛び回る。
そしてその姿を見て、垣根は一つの疑問を覚えた。

471: 2013/06/23(日) 23:54:00.30 ID:33h1gMkd0
(おかしい。一方通行ってのはこんなものか?
いや、違う。だが奴は現に今も消極的に動き回って―――……ッ!! チィ!!)

一方通行の言葉に激高し、見失ってしまっていた。
『未元物質』が解析されれば終わり、という事実を。
一方通行はただ逃げているのではない。ああしている今も、脳内で膨大な計算式を展開し『未元物質』を解析し尽そうとしているはずだ。
解析に意識を大きく割いているからこそ、一方通行の動きが消極的に見えたのだろう。

垣根は大きく羽ばたき、空気を叩いてあっという間に一方通行との距離を詰める。
対する一方通行は動揺せずに、解析に割く意識の割合を減らして大気のベクトルをその手に掴み、轟!! と四本の巨大な竜巻を生み出した。

「地に落ちやがれ、羽虫が。オマエのよォな三流が空を飛ぶたァ笑わせやがる」

「ハッ。自分の身の程も弁えない恥知らずにどうこう言われる筋合いはねえな。
偽善者気取った気分はどうだよ?」

「結局オマエの口から出てくるのはそンな言葉か。
守るべきもののために全てを捨てる覚悟がないなら、いつまでたってもオマエの悪はチープなままだ」

巨大な竜巻に引き寄せられ、垣根の翼が強引にもぎ取られそうになる。
このまま巻き込まれることを恐れた垣根は、自分から翼を分解し危機を脱した。
即座に白翼を再生成・展開し、垣根は空中で自身を軸としてコマのようにくるくると回転し始めた。

六枚の翼を広げて恐るべき速度で回転する垣根によって、まるでハリケーンのような暴風と衝撃波が吹き乱れた。
凄まじい轟音をたてながら、一方通行の竜巻をあっさりと飲み込み垣根を台風の目のように中心として破壊の嵐が巻き起こる。
体内に『未元物質』を生成でもしているのか、あるいは訓練の成果なのか、目を回して自滅というお粗末な事態は起こらなかった。

攻防一体の竜巻そのものとなった垣根は一方通行へと迫る。
地上に降り立った一方通行は複数ある風力発電のプロペラの一枚を強引にもぎ取り、それをベクトル操作して垣根へと投擲した。
尋常ではない速度と破壊力を持ったそれは、しかし垣根の巻き起こす嵐に触れた途端バラバラに砕かれてしまった。

472: 2013/06/23(日) 23:58:35.97 ID:33h1gMkd0
「説得力に欠ける説教だな。妹達を虐頃してきたテメェが言えたことか?
テメェこそ笑わせんじゃねえよ、人頃し」

チッ、と舌打ちして一方通行は再度上空へ舞い上がる。
そんな一方通行に嵐となった垣根が、以前と全く変わらぬ速さで特攻を仕掛ける。
文字通りの攻防一体。今の垣根帝督に生半可な攻撃は通用しない。
だが一方通行は垣根より高く舞い上がり、晒されているその頭上目掛けて急降下した。

だが一方通行がハリケーンに触れた途端、高速回転する垣根にバチン!! と弾き飛ばされてしまった。
しかし諦めない。一方通行はもう一度上空からの攻撃を試みる。
あらゆるベクトルを両足に集中させ、絶大な破壊力で垣根の嵐を粉砕する。
今度は競合の末、一方通行が垣根の回転をぶち抜き、その体を大きく吹き飛ばすことに成功した。
だがハリケーンを破られ、吹き飛ばされた垣根は尚ニヤリと笑う。

その瞬間、既に二人の姿は消えている。
ドンドンドン!! と飛び飛びに音だけが響き、空中で激しい攻防を繰り広げ始めた。
翼を背負った垣根と、竜巻を接続した一方通行が激突する。
二人の体が交差する。数秒遅れて、ズバァ!! という爆音が鳴り響く。
互いに血を流しながら二人は向き合って、

「その話に関してはオマエに語ることは何もねェよ。話すべき相手には全てを話した」

一方通行が右手を高く掲げる。
空気が唸り、莫大な突風が吹き乱れ、局地的な嵐が巻き起こる。
風速一二〇メートル。人間だろうと車だろうと家だろうと、全てを纏めて破壊する圧倒的な暴風。
風というと大したことないように聞こえるかもしれないが、一方通行の起こすそれはもはや並のミサイルを超していた。
殺せ、と一方通行が叫ぶと嵐が垣根帝督目掛けて一斉に襲いかかる。
だが垣根はそれをまともに受け止めようとはせず、大気の砲弾を器用に翼を動かし急降下することで回避した。

「そうかよ。だがな、テメェは俺と変わらねえ。一緒にいたかった人間を、御坂を潰した俺と、何もな」

瞬間、一方通行の姿が掻き消えた。ありとあらゆるベクトルを操作し、音速など軽く超えて垣根に飛びかかったのだ。
自分より低い位置にいる垣根に向けて飛び蹴りを放つが、垣根はギリギリのところで翼で身を守る。
だが、そこで一方通行は止まらない。あらゆるベクトルを一点集中した蹴りの持つあまりの威力に、垣根の体が後方へと押し流された。
『未元物質』を以ってして、完全には衝撃を頃しきれない。

今、一方通行は全力だった。僅かに行っていた解析も放棄した、文字通りの全力の一撃。
一方通行に本気を出させるには、垣根の言葉は十分すぎた。

473: 2013/06/24(月) 00:00:27.01 ID:Q/pVMErx0
「……オマエ、今何言いやがった。もォ一回言ってみろよクソ野郎」

「どうしたよ、一方通行? 御坂を潰したってのがそんなに気に食わねえか?
今まで一万人以上『御坂』を頃してきたテメェが、今更何をそんなに熱くなってやがる」

「オマエ……ッ」

今度は一方通行の頭が沸騰する番だった。
一方通行にとって美琴は守るべき人間だ。あの顔をした少女たちは一人の例外もなく守ると決めている。
それを壊したと目の前の男は言う。

今この瞬間、垣根帝督は一方通行にとって消去すべき絶対の敵となった。
今までの降りかかる火の粉を払う、という認識が一気に変わる。
絶対に、この男を頃す。御坂美琴を頃した垣根を許しはしない。
一方通行の殺意はどこまでも純粋に研ぎ澄まされ、垣根へと向けられた。

「言ってる場合か? あんまり気を散らしてっと氏ぬぜ」

垣根の六枚の翼が突然輝いた。見る者の網膜を焼き尽くすほどの輝きはその濃度を増していく。
そして、その許容量を超えたかのように六枚の翼から反応すら許さない速度で白光が迸った。
白い、白い、どこまでも白く輝く閃光が瞬く。『未元物質』の翼から放たれた巨大なビームのようなそれは、まるで白い超電磁砲のようだった。
空気を裂き、天を穿つようなそれ。だが一方通行は反応する。あり得ない速さと動きで危なげなく回避してみせる。

「どォしたよ、当たってねェぞ第二位!!」

垣根は答えない。今の一撃をかわされることくらい分かっていた。
一方通行が回避したことにより二人の間に距離が生まれる。ふぅ、と一息つくと六枚の翼を優雅に広げた。
その翼が羽に変換され、投げナイフのように一方通行を刺し頃すために次々と射出される。
空気を割いて撃ち出された純白の羽は、狙い違わず一方通行へと向かっていった。

だが一方通行は素早い身のこなしでそれをかわし、時には風を従えて撃ち落していく。
外された羽は高層ビルの壁にもあっさりと突き刺さり、その殺傷力を証明していた。

「いつまでダーツやってンだ三下ァ!! そンなモンじゃねェンだろォが!!」

垣根はやはり答えず、ただ無言でニヤリと笑った。
その瞬間、異変は起きた。
白翼から撃ち出される羽の速度が爆発的に跳ね上がったのだ。
突如として亜音速ほどの速度にアップした羽に、一方通行は対応できなかった。
その結果、三枚の羽が一方通行の腕と肩を易々と貫いた。

「がっ……!!」

すぐに羽を引き抜き、血液の流れを操作して止血する一方通行。
これは垣根の作戦だった。
まずわざと速度を抑え、羽をしばらく撃ち続ける。
一方通行に羽攻撃の速度はこの程度と認識させ、その速度に目が慣れたと判断したところで本来の速度にまで引き上げる。
すると突然の変化に反応できず、今の一方通行のように食らってしまう、というわけだ。

474: 2013/06/24(月) 00:02:32.20 ID:Q/pVMErx0
垣根は攻撃の手を休めない。その手に“何か”が集約される。
不可視のそれは視覚することは出来ないが、そこだけ光が屈折したように向こう側の景色が歪んでいるので何かがあることは分かる。
垣根は“それ”を槍投げのような動作で一方通行へと投げつける。

「チッ!!」

だがすぐに反応した一方通行はそれを容易く回避し、即座に突っ込んできた垣根に応戦する。
音速を超えて、時には信号機の側面を蹴飛ばし、時には風力発電のプロペラの上に立ちながら町並みを駆け抜けていく。
互いの力を激突させる両者は凄まじい轟音をたて続ける。

しかし両者共に音速を超えているせいで、その音はぶつ切りに、ずれて学園都市に響き渡った。
垣根が翼を叩きつけようとすれば、一方通行はそれを回避し、必殺の手でカウンターを図る。
一方通行が風を従えれば、垣根はそれを爆発的な烈風で吹き消す。
垣根が月光を変質させて攻撃しようと空に舞い上がれば、一方通行は電信柱をベクトル操作して投げ飛ばし、垣根を空から引き摺り下ろそうとする。
一方通行が途轍もない威力で投擲してくれば、垣根はありったけの力を翼に込めて防御に徹する。

垣根帝督が六枚の翼を広げて夜天を舞う。
夜の闇を純白の翼が切り裂く。黒と白のコントラストが一層翼の神秘さを引き立てていた。
そして一方通行も同様。同じく夜天を飛び回る白い一方通行の姿は、闇の中にあって酷く目立っている。
第一位と第二位。二人の超能力者はくっきりと闇の中に浮かび上がっていた。
闇というキャンパスの上で二人は血という絵の具を散らしながら踊っていた。

「おいおい、そんなに派手に動き回って大丈夫かクソモヤシ? 体持たねえんじゃねえの」

「うるせェよ。オマエこそいつまでも手羽先をパタパタさせてンな。シュール過ぎて夢に出そォだ」

「その時は俺に感謝しな。いい夢になりそうだろ?」

「あァそォだな。だったらオマエにも覚めない夢を見せてやンよォ!!」

垣根の翼が鋭い剣のように一方通行に迫る。
その全てに等しく孔を穿ちそうな刺突は反応すら許さない速度で一方通行を刺し頃す。
だが一方通行はその身を大きく捻り、それを回避した。
『未元物質』の翼がその左肩を掠め、皮膚が裂けた。

しかし一方通行はそんなことなど意にも介さず、悪魔の右手を大きく垣根へと突き出した。
掴まれれば、待っているのは氏。
全てのベクトルを操る一方通行にとって、血液や生体電気の流れを逆流させることは難しくない。

475: 2013/06/24(月) 00:04:12.20 ID:Q/pVMErx0
垣根は首を大きく右に振って必殺の右手を回避する。
あまりにも勢いよく首を振ったせいで寝違えたような痛みを覚えた。
一方通行の手が僅かに左の頬を掠め、皮膚が裂けて赤い血がド口リと流れ出した。
当然そのことにより痛覚が刺激され、鋭い痛みが走る。

だが垣根はそんなことには取り合わない。
まるでカウンターを合わせるように、一斉に翼を動かし一方通行の腰から下を切り落とそうとする。
左右三対の翼。一方通行の左右双方から三枚ずつギロチンが迫る。

「下半身に未練はねえな?」

「オマエこそ首から下に未練はねェだろ?」

先ほど垣根の頬を裂いた右手が、そのまま垣根の喉元目掛けて振るわれた。
既に伸ばされていたその右手をただ横に移動させるだけでいい。
わざわざ腕を伸ばす必要がない分、タイムロスが減った。
その小さなショートカットが、翼を振るう垣根より僅かに上を行った。

その差はまさに刹那だった。だがその刹那が明確に両者を隔てる。
垣根の斬撃が一方通行を両断するより、必殺の右手が垣根の喉元を掻き切る方が速い。
それをすぐさま理解した垣根は攻撃を中断し、イナバウアーのように大きくその上体を後方へと反らした。

必殺の右手が空を掻く。だがかわされることが分かっていたかのような動きで一方通行は追撃を図る。
何もない空間を裂いた右手を途中で止めることなく、最後まで大きく振り抜いた。
その動きにより右の肩が大きく突き出され左肩が後方へ仰け反る形となり、同時に腰も反時計回りに捻られる。
右肩を一気に引き戻し、入れ替わるように左肩を突き出す。その勢いを殺さず流れるような動作で腰の入った左での攻撃が繰り出された。
何物をも砕く一撃。だがしかし垣根はそれを白翼で受け止める。
世界の常識から外れた『未元物質』は、全てを粉砕するベクトル操作能力に反抗する。

「うざってェチカラだ。『未元物質』、か。この世に存在しねェ物質、だからこそこの世の法則に囚われねェってか?」

「何とも非常識だと俺も思うぜ。だがこいつには教科書の法則は通じねえし、テメェのベクトル操作でも簡単にゃ砕けねえ。
テメェご自慢の『反射』も同じだ。音を『反射』すれば何も聞こえない。物を『反射』すれば何も掴めない。
ま、そんな風に隙があるなら話は簡単だよな。テメェが受け入れているベクトルから攻撃すりゃいいだけだ」

「確かに。月光が殺人交戦になったり、馬鹿みてェな質量生み出したり、何でもござれだな。
俺からすればオマエの『未元物質』はまさに異世界の法則だ。だが、それをこちらの法則へと貶めることが出来たら?」

一方通行は口の端を吊り上げた。

476: 2013/06/24(月) 00:08:35.22 ID:Q/pVMErx0
      ダ  ー  ク  マ  タ  ー        アクセラレータ
「展開できねェ拡張子のついたファイルを、手持ちのソフトで展開できるよォにエンコードしたらどォなる?」

即ち、解析。未知を既知へと変える作業にして、『一方通行』という能力の本質。
ベクトルの操作、それに付随する攻撃スキルなどただのおまけに過ぎない。
それこそが一方通行の能力の真髄であり、『第一候補』に置かれる理由。

「……出来たら、な。悪いが俺は大人しくそれを待ってやるほどサービス精神に溢れちゃいねえぞ」

そして、激突。
当たり前のように空を舞う双方から決して少なくない血が噴出し続けている。
それでも二人は戦いをやめることはなく、文字通りの頂上決戦を繰り広げていた。
周囲を撒き散らす烈風と衝撃波で破壊しながら。

だが全くの互角に見えた両雄の戦いは、少しずつ、だが確実に動きを見せていた。
釣り合いのとれていた天秤が徐々に一方へと傾いていく。―――即ち、一方通行へ。

一方通行が一棟のビルの屋上にトン、と降り立った。
ほとんど全てのビルが二人の戦いによって薙ぎ払われてしまったため、最初二人が激突した位置からは少しズレた場所だ。
靴底で軽くアスファルトを叩くと、あっさりとコンクリートは砕け大量の破片が生み出される。

「ダンスの時間だ。踊れよ第二位」

一方通行はまるで踊るような動きで、二段蹴りの要領で次から次へとコンクリート片を蹴り出し垣根へと射出する。
ゴバッ!! と空気を破裂させ、先ほどと同じく超電磁砲以上の速度で幾つもの衝撃波が放たれた。

「ハッ、同じパターンとは芸のねえ野郎だ―――!!」

ただ一つ違ったのはその数。
まるで弾幕を張るように、一方通行に射出された数多の衝撃波が垣根を襲う。
だが垣根は避けない。先ほどと同じように、六枚の翼にありったけの力を込めてそれらを薙ぎ払っていく。
巨大な衝撃波同士がぶつかることで、もはや何度目か分からない空気の爆発が巻き起こる。
何度も何度も何度も何度も薙ぎ払い、ようやく全てを撃ち落した垣根は己が不注意を呪った。

(抜かった―――!!)

やっと開けた視界に、一方通行はいなかった。
目くらまし。その単語が垣根の脳裏をよぎった。
そしてその予感は、果たして当たっていた。
垣根が衝撃波に対処している間に、一方通行は垣根の背後に回りこんでいたのだ。

477: 2013/06/24(月) 00:11:43.06 ID:Q/pVMErx0
「チィッ!!」

すぐにそれに気付いた垣根は、今度こそ体を真っ二つにしてやろうと背中の翼を猛烈に振るった。
それはおそらくこの場での最適解だったのかもしれない。が、手ごたえはなし。
全てを切り裂く白翼は虚しく虚空を掻いた。

「にッ!?」

垣根の顔に驚愕が走る。
振り向いた垣根の耳に、一方通行の勘に障る声が飛び込んできた。
それは後方からではない。上。
一方通行は垣根の背後ではなく、その頭上にいた。

「今度は氏ぬかもな」

ドゴッ!! という鈍い音。
それと同時に垣根の体を凄まじい衝撃が襲った。
僅かに遅れて、首を基点に強烈な激痛が走る。

「がっ―――」

一方通行が垣根の首筋にベクトルを制御した蹴りをお見舞いしたのだ。
延髄斬り。一方通行の放った蹴りはまさにそれだった。
あまりにも重い衝撃に垣根は意識を手放しそうになる。

「オマエは生かして帰さねェぞ。オマエは絶対に手を出してはいけない奴に手をあげてしまった。
恨むなら自分を恨めよ。あァ、別に俺を恨ンでくれても一向に構わねェ。
ただな、俺はあの顔をした奴に手を出した野郎を見逃してやるほど慈愛に満ちちゃいねェンだよ」

最初垣根帝督に傾いていた天秤は、徐々に均衡状態となり、ついに逆転を始めてしまった。
一方通行の一撃を受けた垣根帝督が吹き飛ばされ、地上へと落下する。
何とか体制を立て直して着地するも、その体は既に傷だらけだった。
一方通行も垣根と同様、結構なダメージを負ってはいるが、垣根の傷はそれよりも重かった。

478: 2013/06/24(月) 00:14:27.92 ID:Q/pVMErx0
「ぐ……。ちくしょう……!!」

口元からゴポリ、と溢れ出る血を袖口で拭い、上空にいる一方通行を睨みつける。
一方通行はただ絶対的に君臨していた。最強の名を示すように。
一方通行といえば『反射』、というようなイメージがあるが所詮それは能力の一側面でしかないのだ。

学園都市第一位『一方通行』について語る時、『反射』が彼の全てのように話す者がいる。
たしかに『反射』は一方通行最大の売りと言ってもいいし、極めて強力な防護壁であることも間違いはない。
だがしかし、一方通行の能力はベクトル操作であって、『反射』ではない。

それを失念しているのか、『反射』さえ破れれば一方通行に勝てると思っている者も少なくない。
愚鈍な一部の研究者はせかせかと『反射』の突破方法を考えはしても、“その後”を考えはしない。
『反射』を破るのが第一であることは確かだ。でなければ全て跳ね返され戦いにならない。
だが『反射』を頃したところで勝負が決まるわけでない。
そこまで行ってこそ、ようやく一方通行と『戦闘』が行えるのだ。

だからこそ、垣根帝督の戦いは順調には行っていない。
『反射』は頃しても、その先にある戦いを制さなければ意味がない。
だがまだだ。まだ垣根は戦える。まだ決定的な差はついていない。

「余裕じゃねえか、一方通行……! この程度で俺を、『未元物質』を倒した気になってんのか!?
ナメてんじゃねえぞ、第一位ィィいいいいいい!!!!」

垣根は翼で空気を叩き、一息に一方通行へと飛びかかる。
ダメージを受けているとはいえ、動けなくなるほどでもない。
音速を超えて襲いかかったというのに、一方通行はそれをいなす。
一方通行の攻撃も垣根は必氏に防いでいたが、精神的な部分でも差が表面化し始めていた。

「思ってねェよ。だがもォ終わりだ。王手なンだよ、二番目」

その言葉が、勘に障った。
だから垣根はその力を振るって一方通行を殺そうとする。
全力で、一切の容赦なく。
垣根が一方通行を巻き込む形で正体不明の爆発を巻き起こす。
それを『反射』で押さえつける一方通行に、隙ありとばかりに翼で心臓目掛けて刺突を繰り出す。

だが当たらない。それはギリギリのところで回避される。
そこからの一方通行の反撃から、再び両者は互いの力を際限なくぶつけ始めた。
血しぶきが舞う。飛び飛びに鈍い音が響く。烈風が吹き荒び、衝撃波が全てを薙ぎ払う。
辺りは既に荒野に近い状態になっていた。多くの建物は残骸や根元部分だけが残っている。

ここに来て、垣根帝督が再度持ち直し始める。相変わらず押されてはいるが、それでも何とか立て直しを図る。
だが垣根の顔にあるのは苛立ちと焦り。そこに余裕の色は全くなかった。

479: 2013/06/24(月) 00:17:42.31 ID:Q/pVMErx0
(マズい、そろそろマズい!! ……いや、落ち着け、気を静めろ。頭を回せ。
激情に流されるな。細かいダメージを蓄積させるんじゃなく、決定的な一撃を決めることだけ考えろ)

垣根の翼による刺突が、一方通行を貫く。
打撃が、一方通行を捉える。
斬撃が、一方通行を引き裂く。
一方通行からの攻撃を受け体中から血を流しながら、それでも確実に垣根の攻撃も通っていた。

だが、致命傷は与えられない。
何度攻撃が当たっても、捉えても、絶対に致命傷は外される。
垣根の六枚の翼は的確に人体の急所六箇所を狙っているのに。
垣根もまた致命傷だけは何とか避けてはいるのだが、それでも垣根の中に無視できぬ焦りが生まれる。

「何を焦ってやがる、早漏が」

一方通行が嗤って言った。
その声には余裕さえ感じられる。事実、先ほどからずっと一方通行の攻撃の多くは垣根に突き刺さっていた。
垣根が一方通行に食らわせるよりも多く、彼は攻撃を決めていた。

「……ッ、うるせえよクソモヤシ。テメェは自分の身の心配してろ。
これから俺に壊されるその体をな」

一方通行ははぁ、とため息をつき、垣根の防御を掻い潜り再度蹴りを叩き込んだ。
すぐに体制を整えた垣根と一方通行が再び平行に飛び回りながら激しい攻防を繰り広げる。
突如として二人が直角に進路を変え、お互いが最短距離でぶつかるように移動する。
二人の体が再度交差し、双方の体から鮮血が舞った。
だがそんなことなどお構いなしに、一方通行は垣根に振り返った。


「そもそも、なンで俺とオマエが第一位と第二位に分けられてるか知ってるか」


両手を大きく広げて、一方通行は言った。


「その間に、絶対的な壁があるからだ」


ゾワッ!! という威圧感が狂ったような嗤いを浮かべる一方通行から発せられた。
垣根は腹の底からこみ上げてくる怒りを無理やりに抑え込み、一方通行より高く舞い上がる。
バサァ、と翼を広げ、月光を未元物質のスリットを通すことで変質させ、目の前の男へと照射した。
だがここで事態は一変した。
『未元物質』というこの世のものではない物理法則に従って変質した月光は、一方通行の『反射』を破ってダメージを与えるはずだった。
現に、少し前まではそれは有効打だった。そう、少し前までは。

480: 2013/06/24(月) 00:20:25.49 ID:Q/pVMErx0
“垣根の照射した月光は、一方通行の体表面に触れた途端に向きを変え、垣根自身へと跳ね返ってきた”。

「な!?」

一瞬反応が遅れたが、何とか白翼で身を包み跳ね返された月光を防御する。
『反射』を貫くよう設定した月光が『反射』された。それが意味するところは一つだった。
垣根の喉が干上がった。まさか、と掠れた声が漏れる。

「間に合わなかった、って言うのか……?」

最初から分かっていたことだ。
『未元物質』を使ったこの戦法は、『未元物質』が一方通行にとって未知であるからこそ有効な戦法。
だからこそベクトルを偽装し、攻撃を届かせることが出来た。
それが解析されてしまえば、全て終わり。
いつ終わるのかも分からないタイムリミットはずっと動いていた。
垣根もそれは分かっていた。だから中々勝負を決められなくて焦っていた。
だが今、

タイムオーバー。

垣根帝督に打つ手立てはもうない。


故にここから先は敗北への一方通行。


―――侵入することは、許されない。


「ふ、ざけんなよ。テメェ、いつから掌握してやがった?」

「警告はしてやった。『王手だ』とな。
……さて、ムカついたかよ、チンピラ。これが俺とオマエの差だ」

先ほど一方通行の言った「王手」。あれは間もなく『未元物質』の解析が終わるという意味だったのだ。
垣根の妨害を受けながらも細々と、だが確実に解析は進んでいた。それがついに終了したのだ。
これで全てが終わった。待っているのはどう足掻いてもデッドエンド。
『未元物質』の法則を組み込んだ一方通行に、垣根はどうすることも出来ない。
ただ、そんなことを認められるわけがなかった。
だからこそ垣根帝督は叫び、特攻を仕掛けた。

「く、が……がァァあああああああああああ!!!!」

悠然と一棟のビルの屋上に降り立った一方通行に、流星のように突っ込む。
位置的に一方通行は垣根を見上げ、垣根は一方通行を見下ろす形なのだが、心理的にはそれは全く逆に感じられた。
もはや戦術も何もなかった。
少し前まで見せていたギリギリの綱渡りはどこにもなく、ただがむしゃらに『未元物質』をぶつけ続ける。

481: 2013/06/24(月) 00:24:54.79 ID:Q/pVMErx0
だが解析されてしまった今、それは全てそのまま垣根に返ってくる。
一方通行は何もしない。ただ立っているだけだ。
垣根は『反射』されながらも、癇癪を起こした子供のように暴れていた。
自分の力で自分の体が裂け、鮮血が噴水のように噴出す。
それでも、垣根は止まらない。

一方通行はそんな垣根を無言で見つめていたが、やがて軽い動作で蹴りを繰り出した。
垣根はあっさりと蹴り飛ばされ、高層ビルの屋上から転落していった。
翼をもがれた鳥のように。翼を焼かれたイカロスのように。
それを見つめる一方通行はどこまでも無表情で。

「―――……無様だな」

(ちくしょう……ッ!! ちくしょうが……一方通行ァ!!)

まるで身の丈に合わぬ敵に戦いを挑んだ愚かさを示すように。
人の身で神に刃向かった代償のように、垣根は堕ちる。
だが垣根は力を振り絞って翼を再形成し、再度上空高く舞い上がった。
そして血塗れの顔で、叫ぶ。

「一方通行……ッ、テメェみてえな偽善者に、俺が負けるってのか!?
ふざけんな……。ふざけんじゃねえぞ!!」

今日だけで何度目か分からない。
抑えきれない感情が爆発する。

「結局テメェは俺と同じだ!! 誰も、何も―――……守れやしないッ!!」

その言葉は願望だった。
一方通行と垣根帝督は同類だ。同じ種類の悪党だ。同じだ。同じはずなんだ。
だから、垣根に誰も守れないように一方通行だって誰かを守ることなんてできやしない。

恋人を、その妹を、親友を、恩師を守れなかった垣根と。
そしてそんな『闇』を晴らすと言ってくれた御坂美琴さえ壊す結果となった。
なのに、何故一方通行だけがハッピーエンドなんて迎えようとしているんだ。

一方通行に打ち止めは守れない。悪党なのだから、当然だ。
一方通行に打ち止めは守れない。垣根と同類なのだから、当然だ。
一方通行に打ち止めは守れない。垣根に美琴は守れなかったのだから、当然だ。

そうだ。そのはずなんだ。
全てを跳ね返すことしかできない化け物に、誰も何も守れるわけはない。
自分と同じだ―――俺たちは、壊すことしかできないはずだ。

「これからもたくさんの人が氏ぬ。俺みてえな人間に殺される。
なあ、そうだろ一方通行!! これまでだって―――大勢の人間を、氏なせて来たんだろうがぁッ!!」

垣根が一方通行へ幾度も攻撃をかける。
それを『反射』であしらって、一方通行は垣根の体を上空高く蹴り上げた。
とっさに『未元物質』を盾として展開するも、それは一方通行に破壊されてしまった。

482: 2013/06/24(月) 00:28:40.03 ID:Q/pVMErx0
「もォ無駄だ」

一方通行にとっての未知から既知へと変わった『未元物質』は、ベクトル変換能力で簡単に粉砕出来てしまう。
垣根は飛ばされながらバランスをとろうとするも、流石にダメージが大き過ぎる。
本人の意思に反し、体は脳からの命令に従ってはくれなかった。

一方通行は脚にかかるベクトルを操作し弾かれたように飛び上がる。
吹き飛ばした垣根を一気に追い抜き、両手を組んでその背中を地上目掛けて殴り飛ばした。
もはや垣根に勝機はなかった。戦意すらも喪失していく。
今度こそ、垣根帝督は地に堕ちる。
削板軍覇を手玉に取り、麦野沈利を一蹴し、御坂美琴をあしらった学園都市第二位、『未元物質』の垣根帝督が。


それで、第一位と第二位の勝負は決した。


学園都市第一位、最強最高の能力者。それが『一方通行』だ。
“最強”。それが意味することは読んで字の如く、最も強いということ。
無能力者よりも、低能力者よりも、異能力者よりも、強能力者よりも。
絹旗最愛、白井黒子、結標淡希、滝壺理后。そういった大能力者という実力者よりも。

一人で軍隊と伍する七人しかいない超能力者。
第七位の削板軍覇よりも、まだ見ぬ第六位よりも、第五位の食蜂操祈よりも、第四位の麦野沈利よりも、第三位の御坂美琴よりも。
そして異界の法則を振るい世界を塗り替える第二位の垣根帝督よりも、強い。
もし削板であれ食蜂であれ麦野であれ美琴であれ垣根であれ、誰か一人にでも劣るならば彼は“最強”とは呼ばれない。

削板軍覇の攻撃は全て『反射』に弾かれる。
念動砲弾は上手く『反射』が働かないかもしれないが、容易く逸らされてしまうだろう。
魔術と同じだ。未知であってもベクトルは存在する。必要最低限のものしか受け入れない以上、それ以外のベクトルと判断される。
一方通行は雪原の大地において大天使の一撃すらも、ギリギリではあったが逸らし切ったのだ。
『反射』はされずとも、当たらぬのならば削板に打つ手はない。

食蜂操祈、麦野沈利、御坂美琴。
彼女たちの攻撃は全て『反射』の壁を越えられない。
心理掌握という特殊な精神系であっても、一方通行には届かない。
空間移動すら無効化してしまう一方通行が、精神系能力などというポピュラーな能力に対応できないわけがない。
美琴の電磁バリアに防がれるように、空間移動と同じく『心理掌握』にも特殊ではあるがベクトルは存在する。

麦野や美琴のような単純な攻撃では、当然『反射』の餌食となってしまう。
麦野沈利は電子を粒子でも波形でもない特殊な状態に留め、自然にはあり得ない状態を生み出すが、それとてベクトルを保有することに変わりはない。
美琴は電極に干渉することで一方通行を無力化できるが、まともに戦えば勝ち目はない。
電気分解を利用してオゾンを生み出すなどの奇策は取れるだろうが、風を自在に操り高い機動力を持つ一方通行には効果が薄い。
その他の攻撃は言わずもがな。全て『反射』されるだけだ。

483: 2013/06/24(月) 00:31:51.60 ID:Q/pVMErx0
そして垣根帝督。
仮に一方通行に敵う者がいるとすれば、それは垣根を置いて他にいない。
唯一一方通行に取って代われるとされた者。神々に届きうるとされた者。
『未元物質』。途方もない力を秘めるこの力を以って、垣根は一方通行の『反射』を打ち砕いた。

『反射』の破壊は第一歩。それを為して初めて一方通行という王者と『戦う』ことが出来る。
そして垣根はその戦闘でも最強を相手に互角に渡り合って見せた。
だがそれでも、解析され、『反射』に組み込まれ、垣根帝督は敗北した。

そもそも一方通行とて棒立ちでいるわけではない。
『反射』ばかりに注目されがちだが、彼は地球の自転エネルギーさえ己が力に転換できるのだ。
全てを跳ね返し、全てを砕き、全てを食い尽くし、ただそこに在る。

一方通行はあらゆる実力者を凌駕し、ただ圧倒的に君臨する。
あらゆる法則をその手で掌握し。彼を倒せる超能力者など存在しない。
それ故に、最強。それ故に、王者。

(―――……何でだよ)

垣根帝督は、『未元物質』の牙は絶対の王者には届かなかった。
敗北。その何よりも重い二文字が垣根を蝕む。
プライドの塊である垣根にとって、敗北という言葉は氏よりも重い。
垣根はただ敗者として地に堕ちる。

(何でだ、何でなんだ)

地面に突っ込み、粉塵が舞い上がる。
瓦礫のベッドで垣根帝督はただ倒れていた。
もはや第二位としての威厳は感じられなかった。
そこにあるのは全てを失った男の、哀れな末路。
そのすぐ近くに降り立った一方通行を見て、悔しそうに顔を歪めた。

「何でだ。何で俺はテメェに勝てねえ……。
俺とテメェ、一体何が違う。どこで差がついたって言うんだ……」

一方通行はそんな垣根を見下ろして答える。
電極は切り替えない。垣根はまだ生きているからだ。
僅かな隙でも見せればこの狼は再度襲いかかってくるかもしれない。
そうなれば噛み殺されてしまうだろう。だから、全てに確実に片をつけるまで一方通行は油断をしない。

垣根帝督を頃すまでは。一方通行に見逃す気は一切なかった。
垣根のしたことは、許容範囲内を遥かに超えてしまっていた。

484: 2013/06/24(月) 00:33:49.14 ID:Q/pVMErx0
「あァ、認めてやる。オマエは強い。
俺にここまで傷を負わせたのはオマエで二人目だ。そこは誇ってイイぜ」

だがな、と一方通行は一言区切って、

「オマエとオリジナルがどンな繋がりを持ってたかは知らねェよ。
だがオマエにとって、オリジナルは守るべき存在じゃなかったのか。
経緯は知らねェし知りたくもねェが、そォ思えたンじゃねェのか。
違うとは言わせねェ。オマエは確かにオリジナルのことをこォ言った。『一緒にいたかった人間』とな」

「…………」

垣根は何も言葉を返さない。返せない。
ただ黙って一方通行の言葉を聞くしかできなかった。

「俺は言ったはずだ、『守るべき者のためなら全てを捨てろ』ってなァ。
それは単に力や命のことを指してるだけじゃねェンだよ。
それが何を指してるか、それくらいオマエで考えろ。それが出来ないほどの頭じゃねェだろ、第二位」

もっともオマエに今後があれば、の話だが、と一方通行は言った。
彼は続ける。

「なンでオマエが俺に勝てねェか、だと?
言っておくがな、オマエみてェに自分も守るべきものも見失った奴に俺は倒せない。
最初にオマエが『権利』なンて言葉を口にした時から、勝敗は決まってたンだ。
―――だからオマエは三流なンだよ。いつまで経っても二番目だ、メルヘン野郎が」

吐き捨てるように、彼は言った。
更に、一方通行はとどめを刺す。

「挙句、守るべきものをオマエの手でブチ壊しにしただと?
どこまでも救えない野郎だ。吐き気がする。
オマエの弱さのツケを、よりにもよって大切な人間に、オリジナルに払わせてンじゃねェよ。
一体オマエはどれだけ堕ちれば気が済むンだ?
クズの俺でさえ、守るべきもの(ラストオーダー)を殺そォなンてふざけた考えをしたことは一度もねェぞ」

一方通行は自分が正しい人間ではないことなど分かっている。
それを踏まえた上で、尚一方通行は垣根帝督を蔑視する。
別に垣根が人頃しだからとか、外道だからとかそんなことでは勿論ない。

486: 2013/06/24(月) 00:36:01.22 ID:Q/pVMErx0
そもそも数の上では一万頃しの大罪人である一方通行の方が上だろう。
一方通行が言っているのは、クズなりにもたった一つの守るべきものを放棄したことだ。
垣根帝督は御坂美琴に何か特別なものを見出していた。
にも関わらず、それを他ならぬ垣根の手で奪い取ったことが何より許せない。

一方通行が、垣根帝督を否定する。垣根帝督の全てを否定する。
一方通行は垣根帝督の遥か先にいた。それが分かってしまったからこそ、垣根は何も言い返せない。
御坂美琴を頃したのは他ならぬ自分だ。
美琴と一緒にいたいと願っていながら、それを摘み取ったのも自分だ。
そうしなければ垣根の精神が耐えられなかったから。
自分の弱さのツケを、美琴に払わせた。……返す言葉が、ない。

「俺は本来偉そォに説教できるよォな人間じゃねェ。
この間もオリジナルに説教されたばかりだ。だが、それでも俺とオマエじゃ決定的に違う。
俺は絶対に打ち止めを守ってみせる。これまでもそォだったし、これからもそォだ。
オマエの希望を、俺やオマエみてェなクズに光を見せてくれる奴を、自身の手で壊したオマエとは違う。
……オマエはカスだ。悪党にもなれてねェ、ただのチンピラだ」

一方通行は自分が凄い人間で、垣根は違うと言っているのではない。
ただ単純に、自分もクズだが垣根はそれ以下だと言っているだけだ。

もしも、垣根が一方通行のように折れていなければ。
もしも、この戦いが美琴を守るための戦いだったならば。
或いは結果も変わっていたのかもしれない。

だが、そもそもその願い自体があまりにも筋違いで甘すぎたのだ。
垣根帝督とはそんな人間ではない。どこまでも傲慢で自己中心的な人間のはずなのだ。
なのに、

487: 2013/06/24(月) 00:37:07.15 ID:Q/pVMErx0


    ――『ご協力感謝いたしますわ』――


    ――『ま、でもありがとな、垣根』――


    ――『あの……た、助けていただいてありがとうございます!』――


「俺は……俺は……ッ!!」


    ――『でも本当にありがとう! あなた、とっても良い人だね!』――


    ――『いえ。ありがとうございます』――


    ――『……そう。ありがとう、垣根』――


「昔の俺に―――戻りたかったんだッ!!!!」


血塗れの顔で、半身を起こして絶叫する垣根。
腹の底からの、魂の叫びだった。

「残忍で冷酷な俺に戻って、甘さも脆さも全て忘れてただあるべき『垣根帝督』になりたかったんだッ!!
気に入らなかった……ッ! 知らない内にあいつらの影響を受けて穏やかになっていく自分が……!」


    ――『俺がそいつらを片付けてやる。風紀委員の出番はないぜ』――


「俺ともあろう者がダチなんてもんを持ち……悪くねえ気分だった……。
居心地のいい、あいつらのいる世界も……悪くない、と思っちまったんだ……」


    ――『しょうがないでしょ。ゲコ太が可愛いのが悪いのよ』――

488: 2013/06/24(月) 00:38:04.12 ID:Q/pVMErx0
ボロボロの体で、けれど垣根帝督はよろよろと立ち上がった。
少し押せばまた倒れてしまいそうに見えて、どこか力強さも感じられる。
頼りなく揺れる朧気な視界に一方通行を捉えて、垣根は左手で頭を抑えて叫ぶ。

「だがな、御坂といたい? 『表』が好き? ふざけんじゃねえぞ!! そんなもんは俺とは無縁のはずだろうが!!
だから!! そんな甘っちょろさを消すために、一番の原因である御坂を頃して元の悪党に戻る必要があったんだッ!!
御坂だろうと上条だろうと、誰がどうなろうが構わねえ。―――構わねえんだよッ!!」

別に今は悪党ではなくなった、というわけではない。
だがそれでも格段に垣根帝督という人間は丸くなった。
以前からは考えられないほどに穏やかになったと言っていいだろう。

自分という人間の本質と現在の自分。その磨耗が垣根の心をガリガリと削っていたのだ。
そして垣根は精神を、生き方を、矜持を、『自分だけの現実』を保つために御坂美琴を頃した。

その結果は。

垣根は口元から溢れる血を右の袖口で拭うと、悲しみや喜び、虚しさといった感情が入り混じったような複雑な笑みを浮かべた。

「おかげで―――……。今はいい気分だぜ……」

489: 2013/06/24(月) 00:39:30.18 ID:Q/pVMErx0












――――――本当にそう?













490: 2013/06/24(月) 00:41:12.24 ID:Q/pVMErx0
栗色の髪をした少女の顔が、脳内に浮かんでくる。
本気で言っているのかと、凛とした瞳で少女が問いかけてくる。
だが垣根はそれを無理やりに振り払う。
自分はもう、止まれない。

(七人しかいない超能力者。最強の力を持っていながら誰一人救えず、何も守れない。
―――……どうして、ここまで酷い怪物になっちまったんだろうな)

それは誰かに伝えるようなものではなく、自問だった。
そんな垣根の言葉を聞いていた一方通行は、まるでゴミを見るかのような目で垣根を見ていた。
一方通行からすれば垣根帝督は無様で仕方がなかった。
結局のところ、垣根は先ほど一方通行が言ったように自分の弱さを美琴に押し付けているだけなのだ。
それを散々苦しみながら乗り越え、ようやく今の世界を掴んだ一方通行からすればあまりにも救えない。

「……ふざけンじゃねェぞゴミクズが。
別にオマエが廃人になろォとどォなろォと興味はねェよ。
だがな、イカれンなら一人でやれや。オマエのそれにオリジナルを巻き込ンだ時点で底は知れている」

一方通行は銃口を垣根へ向け直す。
垣根は間違っても命乞いなどはしない。
散々人を頃してきた垣根は、そんなチンピラにすら劣るような悪がすることはしない。

そして何より、この戦いは勝ったのは一方通行で、負けたのが垣根帝督。
だから敗者たる垣根が殺されるのは当然のこと。
一方通行は、垣根もそう考えていると思っていた。

一方通行が今の生活を得るまでには色々なことがあった。
垣根と全く同じことで苦しんだこともあった。
垣根がそこで折れたのならそれは構わない。ただ垣根一人のそれに美琴を巻き込んだというその一点のみが一方通行には許せなかった。
だが、それは一方通行にもあり得た可能性でもある。

第一位と第二位。学園都市の頂点に君臨する二人は、やはり似たもの同士なのだ。
一方通行が折れていれば、今の垣根と同じようになっていたかもしれない。
一方通行のバッドエンドを体現したのが垣根帝督とも言える。
逆に障害を乗り越え一緒にいたい人間と過ごせている一方通行は、垣根帝督にとってのハッピーエンドかもしれない。

しかし、一方通行はそんなことなど考えない。
事実として一方通行は乗り越え、そして垣根は折れた。それどころか、彼は御坂美琴を巻き込んで破滅させてしまった。
だからこそ、学園都市最強は垣根帝督を見下げ果てる。

一方通行はたとえ場違いであっても打ち止めという自身の希望を如何なる時、場合であっても守り抜き。
垣根帝督は御坂美琴という自身の光を自らが耐えられなかったが故に刈り取った。

491: 2013/06/24(月) 00:43:55.44 ID:Q/pVMErx0
守るべきもの、守りたいもの。
たった一つ、それだけを貫き通せるかどうか。

一方通行が垣根を見下すのは格下だからでもなければ、悪党だからでもない。
己の弱さに屈し、それをあろうことか守るべきものに叩きつけたそのふざけた行為を。
それをあの顔をした少女に、全ての妹達の『お姉様』に押し付けたからこそ。

一方通行はこれまでどんな状況に陥っても、どんな葛藤があっても、どれほど揺さぶられても、『打ち止めを守る』という一点だけは絶対に変わらなかった。
どれだけもがき苦しみ、どれだけ自分を見失いそうになっても。
そこだけは揺らがなかったし、声に出して明確に誓いすらした。
そこが垣根帝督との決定的で、致命的な違いだった。

数え切れぬほどの数の人間を頃してきたのは一方通行も垣根帝督も同じ。
その上でたった一つの希望を守ったのが一方通行で、自身のためにそれを壊したのが垣根帝督。
これだけは誰にも否定できない動かぬ事実だった。

(クソが……。クソクソクソクソ!!
ちくしょうが……!! 見下しやがって……!!)

これ以上垣根の精神は耐えられなかった。
御坂美琴という彼の希望を壊してまで得ようとした安定を、目の前の男があっさりと崩してしまった。
だがしかし、一方通行が垣根の全てを否定したなら、今度はこちらが一方通行を否定してやればいい。
どうせ暗部なんてところにいる連中は他人を否定し続けなくては生きていけないクズばかりだ。

そしてそれは、垣根にとっては一方通行を頃すということだった。
一方通行を消して、同時にこの男のした自分の否定もなかったことにするしかない。
それ以外に、垣根帝督が垣根帝督であり続ける術がない。

(いいさ。俺は自己中心的な男だ。これまでも唯我独尊を貫き通してきた。
そしてこれからもだ。何もかもを自分勝手に解決してやるよ!!)

それは自暴自棄になったも同然だった。だがそれでも、垣根は一方通行を頃す。
そもそも美琴と一緒にいたい、などと生ぬるいことを考えたからこんなことになったのだ。
『闇』の底の底まで沈んでおいて。大事なもの全てを壊しておいて。

492: 2013/06/24(月) 00:46:38.96 ID:Q/pVMErx0
自分のようなクズに、そんなことを望む権利はない。望む必要もない。
光など求めない。どこまでも悪党を貫き通せばいい。
だからこそ、




垣根帝督は、今度こそ徹底した『悪』となる。
たとえ何を失ってでも、一方通行を粉砕するとここに誓う。




そして訪れるのは、一つの暴走。




「ォ」

垣根帝督の全てが、黒に塗り潰された。
大地を震わすように、垣根は世界の果てまで咆哮を届かせる。

「ォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」

背中が弾け飛んだ。未元物質の左右三対、計六枚の翼が爆発的に展開される。
四〇、五〇メートルはあろうかというそれは、先ほどまでの翼とは明らかに違った。
それは神秘的な白く輝く光を湛え、同時に機械のような無機質さを秘めていた。

翼に触れた空気がバオッ!! と悲鳴をあげる。
大地は震え、天は鳴いた。まるで『未元物質』の覚醒を迎えるように。
これを十字教徒が見たら、涙を流して天使の降臨だと祈りを捧げたかもしれない。
それほどに神秘的で、神々しさすらあった。まるで聖書の一ページのような光景だった。

神や天使の手になじむ莫大な兵器のようなそれは、あまりにも圧倒的。
もはや第二位どころか超能力者の枠からもはみ出しかねない。
世界に二〇人といない聖人でもまとめきれぬ程の巨大な力。

天を裂き、次元を裂き、大地を裂き。
そんな恐ろしい代物を今の垣根帝督は自在に行使していた。

「yjrp悪qw」

(凄げえ……! これが『未元物質』!!)

うまく言葉を発せなかった。原因は不明だが、それも刹那のこと。
すぐに垣根は言語能力を取り戻す。
身の内にある莫大な力をひしひしと感じる。
それでいて、その隅々まで掌握している自覚もあった。
これが絶対能力者か、とも垣根は思ったがそんなことはどうでもいい。
重要なのは一つだけ。

493: 2013/06/24(月) 00:49:21.61 ID:Q/pVMErx0
(これで―――学園都市第一位と第二位の順位は逆転された。
もはや一方通行なんて敵ですらねえ。俺が少しその気になれば、それだけでケリは着く)

そして、それは客観的に事実だった。
今の垣根帝督は第二位という枠に収まりきらない。
事実として、今の垣根帝督は第一位で、一方通行は第二位に転落している。
そして垣根が一方通行に勝てなかったように、第二位では第一位には勝てない。

早い話が、垣根は一方通行を完全に凌駕したということだ。
今の垣根が相手では、一方通行に勝ち目はない。
“そう、このままでは”。

垣根の覚醒を見て、一方通行は何か納得したような顔で小さく呟いた。
何と言ったのかは聞き取れなかったが、すぐに変化は起きた。
一方通行の表情が一変し、咆哮する。
彼の背中が、垣根同様弾け飛んだ。

そこからこの世の全てを否定するような、黒い黒い、どこまでも黒い漆黒の翼が飛び出した。
いや、それは翼というより正確には噴射に近い。
垣根の翼と違って、一方通行のそれは分かりやすい翼の形を成していなかった。
だが背中から噴射される二対の墨のようなそれはやはり翼にしか見えない。

あっという間に数十メートルも伸び、あまりの存在感に大地が慄き震わせる。
無機質さを秘める垣根の翼とは対極に、一方通行のそれは有機的だった。
それを見て、思わず垣根も乾いた声をあげる。

「はっはは……。スゲェよ、スゲェ悪だ。何だよ、やれば出来るじゃねえか、悪党。
だがそいつが勝敗まで決定するとは限らねえんだよなあ!!」

「なら授業の時間だ。かかって来いよ、格の違いってモンをもォ一度分かりやすく教えてやる」

一方通行がくいくいと手招きをし、垣根を挑発する。
自信に溢れたその仕草は、自身の敗北の可能性を欠片も考えていない者の仕草だった。

494: 2013/06/24(月) 00:51:16.53 ID:Q/pVMErx0
対する垣根帝督は一方通行の挑発をあっさりと流す。
一方通行同様に垣根も自信に満ち溢れていた。もはや今の自分が敗北することなどあり得ない。
傲慢でも何でもなく、垣根は素直にそう感じていた。

どこまでも高らかに、醜く、凄絶に哄笑して。
右手の親指を立てて、その親指で喉元を切るようなジェスチャーをして垣根帝督は宣言する。

「いくらでもほざけ。―――テメェの喉を掻っ切って!! どっちが上か分からせてやるよ!!」

二人の超能力者が向き合った。
お互いの背中には全てが小さく見えるほど莫大な力が渦巻いている。

『第一候補』と『第二候補』。
学園都市第一位と第二位。
一方通行と未元物質。
破壊と創造。
黒と白。
そんなものではない。
ここに来て更なる覚醒を遂げた今の二人は、間違いなく更に上のステージにいた。


即ち神にも等しい力の片鱗を振るう者と、神が住む天界の片鱗を振るう者。


そして文字通りの怪物二人が、激突した。
途方もないエネルギーの乗せられた垣根の体と一方通行の体が衝突した。
一拍遅れて、ドン!! という音と共に地面が抉れ巨大なクレーターが出来上がる。
衝撃波が吹き荒れた。だが二人はそんな瑣末事には目もくれず、ただただどこまでも殺意を研ぎ澄ます。
全ては目の前にいる男を頃すため。一方通行は垣根帝督を、垣根帝督は一方通行を。
二人の頭の中にあるのはそれだけだった。

「ファイナルラウンドだ。仕舞いにしようぜ、一方通行―――!!」

「反吐が出そォだが同意してやる。ならオマエの命でいい加減に幕を引いてやンよ―――!!」

536: 2013/06/27(木) 23:31:35.37 ID:g6QQtHMF0
最強の黒い翼に打ち勝つ者―――Dark_Matter.

537: 2013/06/27(木) 23:33:39.38 ID:g6QQtHMF0
垣根は地面を蹴って大きく後方へと飛び距離をとると、その右手を一方通行へと翳した。
垣根の翼が一際強く輝いた。
そして翳された掌から説明不能の、不可視の力が噴出した。
全てを呑み込む濁流のようなそれは超電磁砲並みの速度で一方通行を食い殺さんとする。

対する一方通行は黒翼を自身の前方へと盾のように展開、そして消滅。
垣根の説明不能の力は黒い翼に接触した途端にあっさりと霧散する。
だが垣根は慌てない。そんなことは分かっていたとばかりに追撃をかける。

しかしその前に一方通行が動いた。
彼がその場で片足を上げ、思い切り地面を踏みつけるように下ろすと地面が砕けた。
一方通行のベクトル操作を受け地震のように激しく大地は揺れ、垣根の動きが一瞬止まる。
その隙をついて黒翼が大きく広がった。幾つかに分かれた翼があらゆる方向から垣根へと襲いかかる。

一つ一つが必殺だった。それはまるで絨毯爆撃。回避など不可能。
地盤そのものが揺さぶられ、アスファルトが完全に破壊され粉塵が舞い上がる。
耳を劈くような轟音が響いた。

「この程度の攻撃で、俺を殺れるわけねえだろうが!!」

だが垣根は倒れない。
粉塵を突き破って垣根が現れる。
その輝く翼をはためかせ、夜天を駆け上がっていく。
その姿はまるで終末を告げる天使。宗教画の中から抜き出したような光景だった。
あまりの速さに翼の光が尾を引いて飛行機雲のように残る。
光の残渣が夜の闇を仄かに照らし、幻想的な光景が浮かび上がっていた。

すぐに垣根を追って一方通行も同様に飛び上がる。
どこまでも黒い翼は夜の闇を更に塗りつぶし、より濃度の高い黒へと書き換えていた。
恐ろしい速度で迫ってくる一方通行の姿を確認した垣根は、即座に迎撃体勢をとった。
六枚の翼を大きく展開、目の前の敵を消し飛ばす。

538: 2013/06/27(木) 23:35:35.45 ID:g6QQtHMF0
「落ちやがれクソモヤシ!!」

六枚の翼から白光がレーザーのように放たれる。
先ほども撃ったそれは、形容するなら白い超電磁砲。
勿論実態は全く違うが見た目だけならまさにその通りだった。
反応することを許さない速度。人間一人消滅させるにはあまりにも十分すぎる力。

闇を切り裂く極大の白光は、六枚の翼から放たれたためその大きさ、範囲も絶大だった。
何もかもを白い光が呑み込んでいく。白い闇が一方通行の命を奪おうとする。

しかし一方通行は反応する。
反応できない速度に対応してみせる。
黒翼で白光を受け止める。黒と白が絡み合い、互いの領域を侵食する。
『反射』は完全には出来なかった。『未元物質』は解析したはずなのに、うまく『一方通行』が働かない。
この後に及んで『未元物質』が新たな性質、属性を獲得したのか。

とはいえ黒翼で垣根の白光を消滅させることも出来ただろう。
だが一方通行はそうせずに、あえて攻撃を受け流した。
それにより白光の軌道が変わり、遥か彼方へと飛んでいった。
この一連の動作を流れるように行ったため、傍目には白光が一方通行に触れた途端不自然に曲がったようにしか見えなかった。

「そンな程度の攻撃でこの俺を殺れると、本気で思ってンのか?」

一方通行の速度が爆発的に跳ね上がる。
一瞬の内に垣根より高く舞い上がると、その二枚の翼を垣根に向け振り下ろした。
何の小細工も戦略もない。至極シンプルな攻撃だった。
ただし、その破壊力と速度は最高クラス。如何なるものでも粉砕してしまうだろう。

「チィィイィイィィ!!」

真っ黒の闇そのものが垣根に迫り来る。
文字通り破壊の具現化。あれの前では防御など意味がない。
問答無用で砕かれてしまうだろう。―――そう、普通ならば。
しかし垣根帝督は普通ではない。そんな常識など当てはまらない。
故に、垣根は反応する。そして防御し、黒い翼と拮抗してみせる。

「舐ぁぁぁぁめんなぁぁああああああ!!」

バッヂィィィ!! という轟音が鳴る。
相容れないもの同士を無理にぶつけたような、不協和音だった。
凄まじい力が二人の間に生まれた。
どこまでも黒い翼と純白に輝く白い翼。
互いが互いを食い尽くそうとしながらも、互いがそれを許さない。
ヂヂヂヂヂィ!! という恐ろしい音をたてながら、二人は更に翼に力を込める。

539: 2013/06/27(木) 23:38:19.38 ID:g6QQtHMF0
「「おおおォォォォォおおおおおおおおお!!!!!!」」

垣根の白翼が黒翼を押し込んだかと思えば、即座に押し返される。
一方通行の黒翼が白翼を上回ったかと思えば、即座に出力があげられる。
黒が白を塗り替え、白が黒を書き換える。
だが永遠に続くのではとさえ思える硬直状態は突如終わった。
二人の超能力者から注がれるあまりにも莫大な力がついに限界を超え、大爆発を起こしたのだ。

その爆発の規模は非常に大きく、その中心点にいた二人の氏亡は間違いないはずだった。
だがそんな程度では彼らは氏なない。一方通行と未元物質という化け物は決して倒れない。
二人とも、特に垣根はもう限界のはずなのだ。
一方通行に負わされた傷は重く、こうも戦えるはずがないのだ。
にも関わらず彼らは倒れない。それどころかその戦いは更に激しさを増していく。

二人は黒翼と白翼、それぞれを使って爆発を凌ぎきった。
しかし爆風までは完全には防げず、二人は上空それぞれ逆方向に吹き飛ばされた。
すぐに体勢を整えるも、垣根は考える。
一方通行は強い。何よりも強く、まさに最強と言える。
垣根は一方通行という人間は大嫌いだが、その実力に関しては誰よりも的確に把握し、また評価もしていた。
自分も更なる力を手にしたとはいえ、このままではいつまでも平行線だ。
なら、

(だったら話は簡単だ。単純にあのクソ野郎を上回る出力で以って叩き潰すッ!!)

結局最後に物を言うのは純粋なる力。
一方通行を超えるだけの力を出せれば勝利。
それが出来なければ、負ける。
そしてこの場面では、この戦いだけは。
あらゆる力を限界以上に振り絞り、全力で戦わなければならない。

(所詮この世は弱肉強食。強ければ生き弱ければ氏ぬ。
分かりやすくて結構じゃねえか!!)

一方通行も同じ結論に至ったのだろう。
第一位と第二位は咆哮し、際限なくその力を解放し限界を超えていく。
『未元物質』の真髄。それを解析し、理解し、発展させ、己が力へと変換していく。

「「づおおォォォォおおおおおおおおおおおおらあァァアァァアァァァあああああああああああああああああ!!!!!!」」

一方通行の黒翼が、垣根の白翼が爆発的に展開される。
黒翼が異常なまでの成長を見せ、黒い柱が立ち上り天を焦がした。
白翼に決定的な変化が起きる。六枚の翼が輝き、震え、その殻を破り、限界を超えた限界を更に超える。

彼らの覚醒に応えるように、天が染まった。
夜の闇ではない。黒天は二人の超能力者によって塗り替えられていた。
綺麗に、半分づつ。一方通行が万物を支配する領域と、垣根帝督が絶対の王として君臨する領域。
黒と白。世界はその単純な二色に塗り潰されていた。

540: 2013/06/27(木) 23:40:39.90 ID:g6QQtHMF0
夜の闇など比較にならない濃度の黒が全てを呑み込む。
どんな闇さえも散らす純白の白が全てを呑み込む。
鮮烈な色彩が空という巨大なキャンパスの中で踊る。
あらゆる色を丸呑みにし、一切の抵抗を許さない。

それはまるで聖書の一ページ。あるいは世界の終わり。
有史以来、おそらくこんなことはほとんどなかっただろう。
そんな光景を、たった二人の能力者が生み出していた。

一人は世界全ての法則を掌中に収め、どこまでも黒い破壊の翼を振るう超能力者、一方通行。

一人は世界全ての法則を異界の法則で侵食し、どこまでも白く輝く純白の翼を振るう超能力者、未元物質。

神にも等しい力の片鱗を振るう者と、神が住む天界の片鱗を振るう者。

もはや超能力者という枠にさえ収まらない。
あえて言うならLevel5(Extend)といったところか。
そんな存在を、この学園都市では何と言うのだったか。

神ならぬ身にて天上の意思に辿り着く者―――『絶対能力者』。

一方通行と垣根帝督は、人の臨界点を超えたその存在に手をかけていた。
全てを超える存在。絶対能力者の創造すらも『SYSTEM』へ至る第一歩に過ぎないとはいえ、それは学園都市の究極だ。

黒と白の翼を纏う一対の超能力者。
それは宗教画に描かれる天使のようにも、終末を告げる天使のようでもあり。
その人智を超えた戦いは神話における神の如き者(ミカエル)と光を掲げる者(ルシフェル)の戦いさえ想起させた。
どちらが神の如き者として勝利し、どちらが光を掲げる者として堕天するのか。

黒光と白光が激しく吹き荒れた。
天を染める二人の超能力者は同時に動く。
黒と白に染まった天の下で、降り注ぐ神秘的な光を浴びながら舞うその姿はまさに天使と形容するに相応しい。

「未元物質ァァァァあああああああああ!!」

「一方通行ァァあああああああああああ!!」

神を冒涜するような二人の異端者の聖戦は熾烈を極めていた。
大ダメージを互いに負っているはずなのに、傷など最初からなかったかのように。
一方通行と垣根帝督が激突する度、世界を呑み込むような黒と白が吹き荒ぶ。

ただ、黒は言うに及ばず垣根帝督の司る白も純白に輝いてはいるが、それは清廉や純粋さを表すような白ではない。
どこか異質で、白い闇という表現がぴったりだった。
六枚の翼をたたえる垣根帝督が彼らの領域から見ても異常な速度で一方通行へと突撃する。
今の垣根は光を掲げる者の名を背負うに相応の力を有していた。

541: 2013/06/27(木) 23:42:31.89 ID:g6QQtHMF0
「ハッ、スピードが遅せェ、丸見えなンだよ!!」

だが一方通行を捕らえることは出来ない。
疾風のように黒を靡かせ回避すると、カウンターを叩き込むように翼を振るった。
一方通行の黒い翼が一気に膨れ上がる。一〇〇以上に分断され、氏角皆無の全方位攻撃が放たれた。
回避不能の氏を一身に受けた垣根は、けれど堕ちることはない。

「……そうかよ。で、こんなもんなのか、テメェの『一方通行』ってヤツはよ?」

六枚の翼をはためかせ、闇を切り裂いて垣根が現れる。
その姿は血塗れだ。だがそれは一方通行も同様。
今の攻撃で傷を負ったのではない、その前の戦いで負ったものだ。
つまり、垣根は今の攻撃をほぼ完全に防ぎきったのだ。

「吹くじゃねェか三下。お楽しみはこれからだろォが早漏野郎?」

「生憎だが、俺は耐久力には自信があるぜ? テメェはどうなんだよ、貧弱なモヤシ野郎」

垣根の掌から説明不能かつ不可視の力が再度放たれる。
だがその威力は先ほどとは段違いだ。
絶対の氏が超スピードで一方通行に迫る。
それを食らえば氏、少なくとも大ダメージを負うことは免れない。

「心配すンなよ。それよりもオマエが氏ぬ方が早い」

しかし一方通行は反応する。
彼が右手を一閃すると、垣根の力はあっさりと両断されそれ自体の力で自壊する。
赤と黒の光が走り、夜天に爆炎が咲いた。

覚醒し、新たな制御領域の拡大(クリアランス)を獲得した二人はこの世のあらゆる存在を嘲笑うかのような戦いを繰り広げる。
一方通行の成長を遂げた黒翼が唸った。
一気に一〇〇メートルも伸びた破壊の力は、垣根の体を噛み砕く。そのはずだった。

だがそれは垣根帝督には届かない。
全てを破壊する黒い翼は、六枚の翼によって防がれる。
しかしそこから更に黒翼が幾つにも分断され、垣根を狙った。

「―――ッ、の、野郎がッ!!」

だがそれも垣根の振るう、いつの間にか現出していた一振りの剣によって食い止められた。

542: 2013/06/27(木) 23:44:39.00 ID:g6QQtHMF0
「獲物まで使うのかよオマエ。必氏だな」

「うるせえよ手数が足りねえんだよクソッタレが!!」

やはり純白に輝くその剣は、『未元物質』の塊だ。
不自然なまでの病的な白さと網膜を焼き尽くさんばかりの光。
だがそれは剣と表現したものの、実際にはそれは正しくない。
その剣に刃と柄の境界はない。どころか刃すらない。
見た目にはただの白い棒だった。先端は尖ってすらいない。

そんな白剣―――はたまた光剣というべきか―――が、絶対の破壊に抗った。
白が黒を照らし散らしていくが、どうしても押し切れない。
それほどに黒い翼の力は恐ろしかった。
それどころか、一方通行が更に力を込めるとあっという間に押し込まれてしまった。

「ッらァァァあああああああああああ!!」

白い翼を限界まで展開、同時に『未元物質』の剣にありったけの力を込めて斬り上げる。
ズパン!! と黒翼が綺麗に切断された。
僅かに驚愕の色を見せる一方通行に、垣根は白剣を消し持てる最高速度で突進する。
翼で空気を叩き、弾かれたように飛び上がった。

その動作は音速など当たり前に超えている。
だが一方通行はそれでも反応してみせる。
黒翼が迎撃するように動いた。しかしそれを読んでいた垣根が六枚の白い翼でその動きを抑え込もうとする。

「真っ二つにしてやるよ、一方通行!!」

「氏ぬのはオマエだ、クソメルヘン」

こんな極限の状況下であっても、変わらぬやり取りだった。

「意味が分かってねえと見える。俺はテメェを頃すと、そう言ったんだぜ?」

「オマエこそ分かってねェよォだな。俺はオマエを頃すと言った」

ヂヂヂィ!! と激しく鍔迫り合いをしながらも、二人は凄惨に嗤った。

「「俺が頃すと言った以上、テメェ/オマエの氏は絶対だ」」

一方通行と垣根帝督は同時に同じ行動に出る。
正面からぶつかり合うのではなく、互いに相手の力を受け流す。
硬直状態が終わり、そして激突。
黒光と白光の入り乱れる爆炎を咲かせながら二人は命を削り合う。

543: 2013/06/27(木) 23:47:08.08 ID:g6QQtHMF0
「ハッ。口だけは一丁前みてェだな。はっきり言わせてもらおォか。
今のオマエはただ癇癪を起こしたガキだ。そンなに現実が怖ェかよ」

黒光、白光、爆炎、烈風、衝撃波、ソニックブーム。
あらゆるものを撒き散らしながら何度も何度も衝突する両者。
時に説明不能の力が響き、時に翼が衝突し、時に体と体がぶつかり合う。
黒光と白光を靡かせて二人は空を舞う。
そんな中で、一方通行が動きを止めて問うた。

「……いきなり何を。とち狂ったか?
言っただろうが、現実から逃げてんのはテメェの方だ」

一方通行はそんな垣根の言葉を無視して続けた。

「言っただろォが。オマエは自分の弱さをオリジナルに押し付けた。
全てをオリジナルのせいにして、自分をおかしくした原因だと言って手を出したンだ。
……全部オマエの弱さが原因だろォがよ!! ざけンな、アイツまで巻き込ンでンじゃねェよ!!」

一方通行は憤る。
御坂美琴は彼にとっても大切な人間だ。
打ち止めも、妹達も美琴を慕っている。
垣根はそんな美琴を、『表』の人間である彼女を手前勝手な理由で頃したのだ。
絶対に許せるはずがなかった。


    ――『わた、しの、私の―――……一〇〇三一人の妹を、返して……っ!!』――


皮肉にも、それは美琴が一方通行を糾弾した時と似たような理由だった。

「なンでだよ!! なンで何も悪いことなンかしてねェのにオリジナルが殺されなきゃいけねェンだ!!
アイツは俺やオマエみてェなクズじゃねェンだ。誰かのために立ち上がれるヒーローだろォが!!
何だってオマエの身勝手に付き合わされなきゃならねェンだよォォォおおおおおおお!!!!」


    ――『アンタが奪ったのはあの子たちの命だけじゃない。不器用な笑顔も、これからの可能性も、何もかも一切合財を全て丸ごと刈り取ったのよ!!』――


一方通行が吠える。
御坂美琴の優しさと強さをよく知っているからこそ、垣根のやったことが許せない。
美琴の本質を知っているからこそ、垣根が憎くて仕方ない。
垣根帝督も感情を爆発させて吠えた。

544: 2013/06/27(木) 23:48:31.61 ID:g6QQtHMF0
「―――黙れェェぇぇぇえぇぇえええええええ!!!!
テメェが、絶対能力者になるためなんて身勝手で一万人のクローンを使い潰したテメェが!!
それを言うってのか!? テメェを棚に上げてほざいてんじゃねえぞ一方通行ぁぁああああ!!」

「あァそォだ!! 俺は一万人の妹達を頃した、自分勝手な理由でだ!!
だがなァ、それでも!! たとえ何と言われよォと笑われよォと、俺はアイツらの“お姉様”を頃したオマエを……絶対に許さねェえええッ!!」


    ――『あの子たちには一人一人に個性があって、笑顔があって、感情があって、未来があって、命があったのに。
       それを、アンタが奪ったんだッ!!!!!!』――


一方通行は御坂美琴の強さを知っている。美琴の温かさを知っている。
こんなチンピラに奪われていい命ではないことも、知っている。
そもそも。御坂美琴はもう苦しむべきではなかったのだ。
彼女は一体何人の生涯分の絶望を味わっただろう。
どれほどの苦しみに身を焼いてきただろう。


    ――『アンタは知るわけないだろうけど、私はこの二日で本気でアンタを頃す覚悟を固めてたのよ!!
       アンタに妹達の味わった苦しみをほんの少しでも分からせてやるために!!』――


勿論、その原因は一方通行によるところがほとんどだ。
だから、一方通行が美琴のために怒るのはおかしいのかもしれない。
だがそれでも。乗り越えた今だからこそ分かる。

そんなつまらないことなどどうでもいい。
美琴や妹達本人ならばともかく、何もしていない、全くの部外者にどれだけおかしいと言われようと関係ない。
今の一方通行は美琴を、妹達を全力で守る。そして垣根は、その美琴を―――……頃した。
それだけで一方通行が憤る理由など十分だ。垣根を八つ裂きにする理由など、それだけであまりにも十分だ。十分すぎる。
―――あまりに十分すぎて、垣根を一〇〇回頃しても収まらぬほどに。


    ――『人が氏ぬってどういうことか、本当に分かってるの……? その重みが、その痛さが、アンタには分からないの……?』――


一方通行が言えたことではない。自分のことを棚に上げている。
一体どの口でそんなことを。都合がいい。

545: 2013/06/27(木) 23:51:11.87 ID:g6QQtHMF0
そんなことは、分かっている。
誰に言われるまでもなく、一方通行本人が痛いほどに理解している。
もともと一方通行は正義の味方などではないし、聖者などでも断じてない。
だからこそ。

それが、どれほどに滑稽であったとしても。
それが、どれほどに後ろ指を指されるような行為であったとしても。
それが、どれほどに醜いと笑われようとも。




一方通行は、御坂美琴を頃したこの男を、殺そう。




たとえ世界から爪弾きにされようとも、世界中の人間から笑い者にされようとも。
それら全てを受け入れてこの選択を下したのだから。
もとより他人からの評価や目線など求めていないし気にもしていない。

垣根の白翼が横薙ぎに振るわれた。
それを一方通行が黒翼で受け止める。
ガッキィィン!! という音が響く。もはや二人とも何の小細工もなかった。
先ほどまで見せていたような、攻撃を受け流したり繊細な牽制などの工夫は一切ない。
ただただ単純な、分かりやすい力のぶつかり合いだった。

「オマエは自分の弱さが招いたことだと認めたくねェだけだろォが!!
だから悪に戻りたかっただの何だのとごちゃごちゃ言い訳並べて、俺を頃してなかったことにしよォとしたンだろォがよォォおおおお!!」

垣根帝督は、御坂美琴を頃した。
そうしなければ、自らが耐えられなかったから。

「……ッ!! 黙れ黙れ黙れ黙れぇぇええええええええ!!」

垣根帝督の翼が六方向から一方通行に襲いかかる。
回避は間に合わない。一方通行は黒翼で自身を包み込み、繭の中に閉じこもることでこれをやり過ごした。

「アイツと、御坂といると思っちまうんだよ。
俺なんかでもまだやり直せるんじゃないか、こっちにいていいんじゃないかってな!!
御坂の存在は俺を惑わす!! 限りなく終わってる垣根帝督という人間に光を見せやがる!!
だったら―――……その原因を絶つしかねえじゃねえかッ!!!!」

「―――何で、そこでそォなるンだ。もォイイ。もォ十分だ。よく分かった」

言って、一方通行は息をついた。
そしてその真紅の瞳で垣根帝督を睨み、王者の風格を醸し出して続けた。

546: 2013/06/27(木) 23:53:32.63 ID:g6QQtHMF0
「もォ氏ねよ、元凶」

垣根帝督にとっての御坂美琴とは、一方通行にとっての打ち止めなのだろう。
一方通行も経験したことがあるから分かった。
彼にとって打ち止めは、彼女の見せる光は眩し過ぎた。
一方通行はそこで止まらなかったが、垣根帝督はそうならなかった。
あろうことか、自身の安定のために美琴を頃してしまった。

自らを照らしてくれる光の眩しさ。その光に身を焼かれる苦痛。そこまでは二人が味わったものは同じ。
一方通行はそれでもその光を大切にし、守り、その苦痛を乗り越えた。
だが垣根は光の眩しさに耐え切れず、それを破壊することで自らの安定を図った。

それが、一方通行と垣根帝督の決定的な違い。

そして力はほとんど互角でも、戦いにおける士気や心構えが両者に差をつけ始めた。
ただ暴れ、暴走しているといっていい垣根を一方通行が上回り始めたのだ。
一方通行の一撃を食らった垣根は一気に天から落とされ、地上まで落下する。
だがそんなことで垣根は倒れない。体勢を整え、簡単に着陸してみせる。
垣根が空を見上げると、すぐそこまで一方通行が迫っていた。

咄嗟に上に飛び上がる。その直後一方通行の蹴りが地面を抉り巨大なクレーターを作った。
動くのが後刹那遅ければもろに食らっていただろう。
見下ろせば、そこには心底蔑むような目をした一方通行。
それを見た途端、垣根の頭が沸騰しそうになる。

「見下してんじゃねえっつってんだろぉがよォおおおお!!」

垣根の六枚の白翼が爆発的に展開、輝きを放った。
今までにないほどの力が集約する。
分かる。感じる。これで終わりだ。この力ならば、きっと一方通行を頃すことが出来る。
垣根は素直にそう思った。事実、途方もない力が白翼に宿っていた。
そしてそれは一方通行も感じていた。
これで最後。次の一手で勝者と敗者が決まると。

垣根帝督は口の端を吊り上げた。
そして莫大な力の宿った白翼を思い切り一方通行へと振り下ろそうとする。

「一方―――通行ァァアァアァァァああああああああああああ!!!!!!」

一方通行の黒翼も更に勢いを増す。
垣根の最終攻撃を打ち破り、目の前の惨めな男に引導を渡すために。
これで、終わる。そしてどちらかが確実な氏を迎える。
美琴のような強い善性を持たない二人にとって、互いの命を奪い合うことはあれど心配することなどない。

一方通行を頃し、目的を失って慢性的に壊れていくのか。
一方通行に殺され、短い時間の中で氏を迎えるのか。

いずれにせよ垣根帝督に未来はない。
どちらに転んでも待っているのは悲劇のみ。
そこに救いなど存在しない。

だが、その力をぶつけようとしていた二人の前に。

547: 2013/06/27(木) 23:54:40.26 ID:g6QQtHMF0
「もォ氏ねよ、元凶」

垣根帝督にとっての御坂美琴とは、一方通行にとっての打ち止めなのだろう。
一方通行も経験したことがあるから分かった。
彼にとって打ち止めは、彼女の見せる光は眩し過ぎた。
一方通行はそこで止まらなかったが、垣根帝督はそうならなかった。
あろうことか、自身の安定のために美琴を頃してしまった。

自らを照らしてくれる光の眩しさ。その光に身を焼かれる苦痛。そこまでは二人が味わったものは同じ。
一方通行はそれでもその光を大切にし、守り、その苦痛を乗り越えた。
だが垣根は光の眩しさに耐え切れず、それを破壊することで自らの安定を図った。

それが、一方通行と垣根帝督の決定的な違い。

そして力はほとんど互角でも、戦いにおける士気や心構えが両者に差をつけ始めた。
ただ暴れ、暴走しているといっていい垣根を一方通行が上回り始めたのだ。
一方通行の一撃を食らった垣根は一気に天から落とされ、地上まで落下する。
だがそんなことで垣根は倒れない。体勢を整え、簡単に着陸してみせる。
垣根が空を見上げると、すぐそこまで一方通行が迫っていた。

咄嗟に上に飛び上がる。その直後一方通行の蹴りが地面を抉り巨大なクレーターを作った。
動くのが後刹那遅ければもろに食らっていただろう。
見下ろせば、そこには心底蔑むような目をした一方通行。
それを見た途端、垣根の頭が沸騰しそうになる。

「見下してんじゃねえっつってんだろぉがよォおおおお!!」

垣根の六枚の白翼が爆発的に展開、輝きを放った。
今までにないほどの力が集約する。
分かる。感じる。これで終わりだ。この力ならば、きっと一方通行を頃すことが出来る。
垣根は素直にそう思った。事実、途方もない力が白翼に宿っていた。
そしてそれは一方通行も感じていた。
これで最後。次の一手で勝者と敗者が決まると。

垣根帝督は口の端を吊り上げた。
そして莫大な力の宿った白翼を思い切り一方通行へと振り下ろそうとする。

「一方―――通行ァァアァアァァァああああああああああああ!!!!!!」

一方通行の黒翼も更に勢いを増す。
垣根の最終攻撃を打ち破り、目の前の惨めな男に引導を渡すために。
これで、終わる。そしてどちらかが確実な氏を迎える。
美琴のような強い善性を持たない二人にとって、互いの命を奪い合うことはあれど心配することなどない。

一方通行を頃し、目的を失って慢性的に壊れていくのか。
一方通行に殺され、短い時間の中で氏を迎えるのか。

いずれにせよ垣根帝督に未来はない。
どちらに転んでも待っているのは悲劇のみ。
そこに救いなど存在しない。

だが、その力をぶつけようとしていた二人の前に。

548: 2013/06/27(木) 23:56:54.93 ID:g6QQtHMF0











     ミ サ カ ミ コ ト
―――最後の希望が舞い降りる。













549: 2013/06/27(木) 23:59:10.97 ID:g6QQtHMF0
「何、やってんのよ、アンタ」

「…………ッ!!」

常盤台中学の制服。

肩にかかる程度の綺麗なシャンパンゴールドの髪。

凛とした強い意思を秘めた瞳。

それは紛れもなく、本物の御坂美琴だった。
妹達でも、精神系能力者の作り出した幻影でもない。
その常盤台指定の冬服はあちこちが擦り切れ、埃を被っている。
その端整な顔も、短めに切り揃えられたサラサラの髪も汚れている。
体には切り傷やアザのようなものもあった。

けれど、それだけだった。
御坂美琴は生きている。確かに息をして、ここに立っている。
生きていた。垣根の希望は、光は、夢は、今だ強い輝きを放っていた。

「っ、あ」

言葉が出てこなかった。掠れたような、情けない声だけが口から漏れる。
こんな力を覚醒させるほどに意識していた一方通行が、一瞬で頭の中から消え失せる。
垣根帝督の全てが、御坂美琴に注目していた。
蓄積されていた莫大な力が消えていく。垣根はよろよろと地上へと降り立った。

美琴は垣根と一方通行の二人に目をやった。辺りの惨状も。
それだけで美琴は何が起きたのか、その大体を理解する。
黒い翼を背負う一方通行を無視して、御坂美琴は巨大な力を束ねる垣根帝督へとゆっくり歩いていく。
その足取りに迷いはない。目の前の男がどれだけの力を持っているかを理解した上で、その危険性を踏まえて、それでも美琴は“友達”に手を差し伸べる。

「……ッ、く、来るな……」

美琴が一歩近づけば、垣根は二歩後退する。
第三位など今の自分には脅威になり得ないはずなのに。
ぬるま湯の温かさを全て捨て、絶対的な悪になると誓ったばかりなのに。
黙らせようと思えば今にでも出来るはずなのに。
美琴の放つ何かに気圧されるように、垣根は後退し続ける。

550: 2013/06/28(金) 00:00:49.77 ID:2uvppnvv0
「大丈夫よ、垣根」

聖母のような笑顔で、温かさで、美琴は言った。
まるで怯えた子犬のようになってしまっている垣根に、その右手をそっと伸ばした。
たったそれだけの動作に垣根は異常に反応し、ビクッと体を震わせた。
何も恐れるもののないはずの今の垣根が、学園都市最強などよりも遥かにこの少女に怯えていた。

「手を伸ばして。アンタがこの手を掴んでくれさえすれば、後は私が無理やりにでも引き摺りあげる」

「……断ると、言ったら?」

美琴は怯まない。毅然とした態度のまま、手を伸ばし続ける。

「私が、アンタの手を取るだけよ」

美琴が笑って言うと、垣根はその体を僅かに震わせた。

「どっちが先かなんて関係ない。手は、繋ぐことに意味があるんだから」

「……な、にを、言ってやがる?
俺は違う。テメェとは違げえんだ。何をどうしたって血みどろの解決方法しか選べねえ。
そんなクズがテメェや上条みてえなヒーローになんてなれるわけがねえだろうが!!
ヒーローと……対等に、同じ場所にいていいわけがねえだろうがぁ!!」

血塗れの顔で、垣根帝督は叫んだ。
ヒーローの対極にいる存在、それが垣根帝督だ。
美琴のように困っている人がいても助けたりはしない。
暴力より言葉を優先したりはしない。
敵対していても一発殴ってそれでチャラ、なんてことはしない。
だが目の前の少女は、一切の迷いなく言葉を返した。

「……ヒーローなんて必要ないでしょ」

一度伸ばした手を戻し、垣根の目を見て言う。

「私みたいなただの一学生が、そんなに大層な人間に見えるの?
善人? 悪人? 下らない。
そんな位置に立ってなきゃ、誰かを助けちゃいけないわけ?
あの一方通行でさえそれは分かってたわよ。
特別なポジションも理由もいらないの。ただ泣いてほしくない人間が泣いてれば、それだけで立ち上がっていいのよ。
理不尽に苦しめられてる人間がいれば、もうそれだけで盾になるように立ち塞がったって構わないの。
そしてアンタはもうそれをしているじゃない」

美琴が一歩前に進む。
慌てたように垣根が二歩、三歩と後退し、瓦礫に引っかかって転びそうになる。
とてもつい先ほどまで最強と氏合っていた人間とは思えなかった。

551: 2013/06/28(金) 00:02:09.83 ID:2uvppnvv0
「湾内さんを、泡浮さんを、佐天さんを助けてくれたことだけじゃない。
無能力者狩りを楽しむ能力者を捕まえただけじゃない。風紀委員として人助けしただけじゃない。
絶望していた私に道を示してくれただけじゃない。今こうして、私が生きてここにいることが何よりの証よ」

温かい笑みを絶やさずに美琴は続けた。

「アンタの力は分かってる。第二位のアンタは私とは比べ物にならないってこともね。
そんなアンタの攻撃を、防御もせずにまともに食らって何で私は生きてるわけ?」

「……馬鹿、な」

第二位、未元物質の垣根帝督の実力は超能力者の中でも抜きん出ている。
最強である一方通行とここまで戦えたこともそれを示している。
そんな垣根と美琴の間には埋めがたい力量差があった。
第二位と第三位以下ではまるで次元が違うのだ。

ならば次元の違う格上からの攻撃をまともに食らって、美琴がこうも平気でいられるわけがない。
それを説明するなら、ある簡単な仮説が浮かび上がる。

「アンタが本当にその気になってたんなら、あの時あの橋で私は氏んでいたはずよ。
でも私は生きてる。つまりアンタは、―――……無意識に、手加減してたんじゃないの?」

八月。同じくあの鉄橋で上条当麻を頃し切れなかった、御坂美琴のように。
自身の希望を捨て切れなかった、御坂美琴のように。

「ち、がう」

垣根が震える声で否定する。

「俺は、全力でテメェを殺そうと、した。無抵抗だと、分かっててもだ」

「それでも、アンタに私は殺せなかった」

「ッ」

かつてあのツンツン頭の少年に言われた言葉を借りて、垣根に言う。
出演者が垣根帝督と御坂美琴に変わっただけで、まさにあの時の再現だった。
結局のところ、垣根に御坂美琴を頃すなんて出来なかった。
それは実力云々の話ではない。もっと別の次元で、美琴には手を出せない。

552: 2013/06/28(金) 00:03:45.55 ID:2uvppnvv0
「……結局さ、アンタは友達を殺せる程度の悪党じゃなかったって話よ」

垣根帝督は答えなかった。
恐怖や緊張といったあらゆる感情を無理に抑え込み、動く。

「っ、あ……がァァァああああああああああッ!!!!!!」

垣根はその白翼を振るった。何者をも凌駕する、破壊の力を一切の容赦なく目の前の少女に叩きつける。
それだけで全てが終わる。御坂美琴の体はグシャグシャになって千切れ飛ぶ。
そうでなければおかしかった。覚醒を遂げた『未元物質』を美琴が止められる道理はない。
実際、美琴は全く動かなかった。どれほどの力が振るわれたのか正しく理解していながら、逃げも抵抗もせずに笑ってそれを見つめていた。
だと言うのに、

ガキィィン!! という轟音をたてて『未元物質』は美琴の眼前で停止する。
後少し押し込めばそれで終わると言うのに、そこからただの一センチだって進んではくれない。
勿論、美琴が止めたのではない。彼女は何もしていない。する気もない。
不可解な現象だった。

(なんで……殺せない!? 何を躊躇ってやがる垣根帝督!!)

垣根は一旦翼を構え直し、今度は横薙ぎに振り払った。
何もかもを胴の高さに切り揃えてしまいそうな必殺の一撃。
満身の力を込めた。最大の殺意を込めた。
これで美琴が氏なないわけがない。神々しく輝く翼が美琴に迫り、

(……クソが……)

やはりその細めの体を薙ぎ払う直前で鈍い音をたてて止まってしまう。
どうしても、捨てられなかった。捨てると誓ったはずなのに、あっさりと崩されてしまった。
一度この手で摘み取ったからこそ。終わったと思ったからこそ、この希望を捨てられない。
ついに垣根の目の前までやって来た美琴は、その額を人差し指でつん、と軽く突いた。

「ほら、ね? アンタに私は殺せない。友達は殺せない。
それはアンタの優しさよ。どんなこと言ったって、それが垣根帝督ってことよ」

美琴は決して笑みを絶やさない。

「それでもアンタが人を傷つけることしかできないっていうなら―――私がその幻想をぶち壊してあげる」

「何で、……テメェは笑っていられる。俺はテメェを殺そうとしたんだぞ。
なのに、何で、そんな顔で」

553: 2013/06/28(金) 00:06:18.64 ID:2uvppnvv0
結果的に氏ななかったとはいえ、垣根帝督はあの鉄橋で最大の殺意を美琴に叩きつけた。
たとえ無意識的に手加減していたとしても、あのまま美琴は氏んでいたかもしれなかった。
一歩間違えば体がひしゃげて無残な氏を迎えていたかもしれなかった。
今だってそうだ。結果としては失敗でも垣根はさっきから何度も美琴を殺そうとしている。
たとえ友人でも、何故そんな奴相手にこうも笑顔でいられるのか垣根には分からなかった。

対する美琴はそんなことは決まりきっている、というように答える。
一+一の解を求めるような当然さ、自然さを以って。
その表情は、やはり笑顔以外の何物でもなかった。

「アンタの味方で良かったと思ったからよ」

その瞬間、確実に垣根の呼吸が止まった。
ガクッ、と力尽きたように両膝を地面につけて崩れ落ちた。
バシュウゥ、と垣根の白翼が空気に溶けるように消滅していった。
それに伴って天が戻る。染められた色が元に戻る。即ち、夜の黒へと。

美琴は跪き茫然自失する垣根の頭を胸に抱き寄せ、柔らかく抱きしめる。
垣根は一切の抵抗を見せなかった。

「世界に自分の味方なんていないとでも思ったの?
私やあの馬鹿の存在が、アンタには見えてなかったのね」

言い聞かせるように、美琴は言葉を紡ぐ。

「……色々と苦しかったでしょうね。一人で抱え込んで、悩んで、傷ついて。
でも、もう大丈夫よ。“私たち”は絶対にアンタを見捨てない」

「…………」

垣根は何も答えない。答えられない。
口を開けば、決壊してしまいそうだったから。
流してこそいないが、その瞳には間違いなく涙があった。
最後に流したのはいつだろう。忘れて久しい人体の機能。

「自惚れかもしれないけど、アンタは私を大切に思ってくれてるのよね?
友達だと思ってくれてるのよね? だからアンタは私を殺せなかった。
ううん、私だけじゃない。あの馬鹿も、黒子だってアンタの友達よ。
誰か一人でも欠けたら意味がない。……アンタがいなかったら、私はいつまで経っても日常に帰れないじゃない」

554: 2013/06/28(金) 00:08:32.30 ID:2uvppnvv0
その言葉に、垣根帝督はついに涙を流した。
その瞳からツ、と一筋の涙が頬を伝って落ちる。
たった一筋。けれどそれで十分だった。
あらゆる想いのつまったその涙は、まるで膿のように体外へ排出される。
ポタリ、と涙が地面を濡らした。心の膿を涙という形で出したことにより垣根の心が僅かに軽くなる。

「あの鉄橋で言ったことを、もう一度言うわね。
アンタがどれだけ暗い世界にいようと、どれだけ深い世界にいようと、必ずそこから連れ戻す。
アンタをもし引き摺りあげられなければ、私が『そっち』に飛び込んでアンタとその周りの世界を照らす。
それが出来なければアンタの横に立って手を取って、『表』まで一緒に二人三脚で歩いていく。
それも出来なければ蔓延ってる『闇』の全てを払ってみせる。
何をしても。何年かかったとしても。人生棒に振っても」

美琴は笑って、

「一緒に乗り越えよう、垣根。
アンタは一人じゃない。私だけじゃない、黒子もあの馬鹿もみんないる。絶対に一人になんてならないし、させない。
アンタの苦しみは私も背負う。苦しいことは半分に、楽しいことは二倍にすりゃいいのよ。
実際にはあの馬鹿とかもいるから苦しみは三分の一や四分の一に、楽しいことは三倍四倍になるけどね」

垣根はようやく顔をあげた。
先ほどまでの酷く混乱した様子はない。
美琴は既に垣根がどういう人間か知っている。
垣根の周りにいた人間が、ただ垣根と関わりがあるという理由だけで次々と殺されたことも。
無尽蔵に氏をばら撒く氏神だと知っている。

自分にもそれが降りかかる可能性だって、きっと分かっているはずだ。
それでも目の前の少女は考えを変えず、こうも優しい言葉をかけてくれる。
垣根は美琴と目を合わせ、言った。

「……俺は、そっちにいていいのか」

「アンタが望むのなら」

「お前は、こんな俺と友達でいてくれるのか」

「いつまでも」

「お前は、俺を支えてくれるのか」

「誓って」

「お前は、俺の地獄に付き合ってくれるのか」

「何年でも」

フッ、と垣根は心からの、憑き物が落ちたような笑みを浮かべた。
「どうしようもないお人好しだ」と呟き、ゆっくりと立ち上がった。
パンパン、と血だらけの服をはたき埃を落とす。
同じく立ち上がった美琴は、垣根にスッ、ともう一度右手を伸ばした。

555: 2013/06/28(金) 00:10:43.95 ID:2uvppnvv0
「垣根、これからもよろしくお願いね」

「ああ。よろしく頼むぜ、御坂」

これまで何度も揺らいできた。
光なんて求めないと決めていたのに、揺るがされた。
そして今度こそ悪党を貫くと誓ったのに、あっさりと崩された。

だが、今度ばかりはもう揺らがない。真に欲しかったものを得たのだ、絶対に離さない。
この場所にしがみつくと垣根は決めた。どれだけ無様でも、情けなくても、もう離れない。
そして、答えるように手を伸ばす。自分の意思で、選ぶ。
そして、垣根帝督は理解した。御坂美琴の言葉をきっかけに、一方通行に突きつけられた言葉の意味を。


    ――『守るべき者のために全てを捨てる覚悟がないなら、いつまでたってもオマエの悪はチープなままだ』――


    ――『俺は言ったはずだ、「守るべき者のためなら全てを捨てろ」ってなァ。それは単に力や命のことを指してるだけじゃねェンだよ。
       それが何を指してるか、それくらいオマエで考えろ。それが出来ないほどの頭じゃねェだろ、第二位』――


(……ああ、そうだ。そういうことだったんだ。ちくしょう、その通りだクソッタレが)

垣根は決意する。捨てる覚悟を固める。

(俺の掴んだこの世界を守るためなら、大切なもののためなら、俺はプライドを捨ててやる。
悪党は善人といちゃいけねえだの、そんな馬鹿みてえな下らねえこだわりも、善悪二元論も弱肉強食思想も全部かなぐり捨ててやる。
必要ならどんな悪にだってなってやる。必要ならどんな似合わねえ善人の真似事だってやってやるよ。それが、俺の―――)

パン!! と二人は固い握手を交わした。
固い、固い、握手を。二度と離れることのないように。
垣根帝督と御坂美琴。二人の物語は再度交錯する。
出会いは、ろくなものではなかった。
けれどあの時から、二人の物語は交錯した。

多くの困難と障害を乗り越え、二人はついに心から分かり合い、本当の意味で『友達』となった。
二人は手を握ったまま、小さく口を開く。


―――しっかりついてこい。遅れるなよ、御坂? 


―――大丈夫よ。ちゃんとついていくわ。そう、




――――――地獄の底まで、ね。





556: 2013/06/28(金) 00:13:13.71 ID:2uvppnvv0
「あァあァ、なァに人サマ忘れて青春ドラマ繰り広げてンですかァ?」

カツ、カツと現代的なデザインの杖をついた一方通行がやって来た。
漆黒の翼はいつの間にか消えている。
敵対者がいなくなったから消えたのか、一方通行の意思で消したのか。
ともあれ一方通行にももはや戦闘の意思はなかった。
垣根と美琴が振り返る。
真っ白の服を血で真っ赤に染め、一方通行は美琴に向かって口を開いた。

「……生きてたンだな、オリジナル」

「こいつが私を殺せるわけないでしょ」

「……ハッ。相変わらず甘ったれた奴だ。
どこまでも善人だな、オマエは」

「褒め言葉として受け取っておくわ。
それより、垣根血だらけじゃない。これアンタがやったんでしょ?」

美琴が垣根の体を指さして尋ねる。
先の戦いで一方通行に負わされた傷だ。
隠す必要もないと思ったのか、一方通行はあっさりとそれを肯定した。

「あァ。俺がやった」

「ふざけんな……って言いたいところだけど、アンタも血だらけだし。
色々あったみたいだし、吹っ掛けたのは垣根からっぽいしで勘弁しといてやるわ」

「おいなんで俺からって決めつけんだ」

垣根が抗議したが、実際仕掛けたのは垣根の方である。

「違うの?」

「そりゃ……違くねえけどよ」

「ほら見なさい」

和気藹々とした、とまでは流石にいかないが弛緩した空気があたりに流れた。
ほんの少し前まで頃し合いをしていた一方通行と垣根帝督。
ちょっと前まですれ違っていた垣根帝督と御坂美琴。
数日前まで会えば頃し合う関係だった一方通行と御坂美琴。
学園都市第一位、第二位、第三位。学園都市のトップスリーがついに一堂に会した。

557: 2013/06/28(金) 00:14:41.68 ID:2uvppnvv0
別々の道を進んでいた彼らの道が一点で交差したこの時。
彼らは共通の目的を掲げて、一編の物語を紡ぎ始める。

そして、それは既に始まっていた。
彼らに休息など与えられることはなく、苦しい戦いを終えた三人に『奴』が襲い掛かる。
最初に感じた異変は音だった。ババババババ、というヘリコプターのような音と耳に障るローター音。

「……何だ?」

いや、事実それはヘリだった。ただし機銃やミサイルが取り付けられ、ロケットエンジンが搭載されマッハ二,五で飛行するそれをヘリと呼ぶのならの話だが。
HsAFH-11、通称『六枚羽』。
学園都市のオーバーテクノロジーの塊が三機、こちらへとゆっくり向かっていた。

「……この独特の音。間違いねえ」

「ンだァ? 何か知ってンのかよクソメルヘン」

「……よく分からないけど、ずいぶんとお客さんがご来場みたいよ?」

「招待した覚えはねえんだがな」

それだけではない。
恐ろしい数のワンボックスカーが三人を取り囲むように現れた。
中には戦車のような形をした、よく分からない車まである。
その数はざっと一〇〇台以上。
あっという間に三人は包囲されてしまっていた。

558: 2013/06/28(金) 00:18:10.34 ID:2uvppnvv0
車から次々と人間が降りてくる。
覆面をした者、黒づくめの者、色々いるが全員学園都市の最先端であろう装備に身を包んでいた。
一台の車から一人、というわけではなく二人、三人降りてくるものもあった。
彼らは言葉を発さなかった。警告もせず、何か要求するでもなく。
ただ無言で、武器を三人に向けて殺意のみを示した。

「で? あのヘリは何なンだ?」

「『六枚羽』だ。アホみてえなスペックのヘリで、時速三〇〇〇キロで移動するっつう化け物。
一機二五〇億円する手の込んだオモチャだ」

「……なるほどなァ。六枚羽に、コイツら、か。メルヘン野郎じゃねェが、間違いねェな」

「時速三〇〇〇キロって……そんなもん作ってんの学園都市?
っていうか、アンタ何か知ってるわけ?」

「あァ。確証があるわけじゃねェが、十中八九そォだろォな」

「焦らしプレイがお好みか? 気持ち悪ぃからさっさと言えよ白モヤシ」

二〇〇以上の最新装備に身を包んだ者たちに囲まれ、上空には三機の六枚羽。
そして一方通行は電極のバッテリーに後がなく、体も垣根との戦闘によって重傷を負っている。
垣根も一方通行との戦闘によってかなりの重傷を負っていて、一方通行と同様にすぐにでも病院へ行かなければならないレベルの大怪我だ。
服を血で真っ赤に染めた二人は動けない。動けるのは御坂美琴ただ一人。しかも美琴も麦野沈利との戦闘、垣根からの一撃を経て万全というわけではない。
そんな状況で、学園都市第一位はつまらなそうに言った。




「―――……潮岸の軍勢だ」





580: 2013/06/29(土) 23:52:21.07 ID:vdXN3NCJ0
一方通行、垣根帝督、御坂美琴。
車内にて。

581: 2013/06/29(土) 23:53:35.03 ID:vdXN3NCJ0
「潮岸……?」

その名前に馴染みのない美琴が疑問の声をあげる。
だが垣根は違った反応を示した。
誰よりも長く暗部にあり、誰よりも深く沈んでいる垣根が知らないはずがない。

「潮岸だあ? あのチキン野郎がなんで出てくんだよ?」

潮岸。統括理事会の一員で、四六時中駆動鎧に身を包んでいる男だ。
そのうち駆動鎧に愛着が湧いたのか、異常なこだわりを見せる。
しかもそれだけではなく、普段から核シェルター並のドームに篭っておりそこから出ることはまずない。
しかも空間移動系能力者を初めとする能力者を恐れているため、外部に連絡する時も映像で全てを済ませてしまう。
なので、垣根の言ったチキン野郎という言い方はあながち間違いでもなかったりする。

「詳しく話してる暇はねェ」

「……でしょうね」

三人を取り囲んでいた男たちが言葉もなく一斉に発砲した。
ズガガガガガッ!! と何重にも重なって銃声が響き渡る。
だがそれが三人を傷つけることはなかった。
三人を覆うように、美琴が磁力をドーム状に展開させたからだ。
その範囲内に入った途端銃弾は空中で静止し、やがて慣性を失いカラカラと地面に落ちていった。

「ま、暗部らしいが。それでも礼儀がなってねえな、いきなり発砲とは」

「何を求めてンだオマエは。……どォする? 俺とメルヘンは何とも情けねェがろくに動けねェぞ」

「見りゃ分かるわよ。知ってるわよね? 超能力者って、一人で軍隊と戦えるんだって」

「……すまねえな、御坂」

「今度何か奢りなさいよ?」

582: 2013/06/29(土) 23:56:26.30 ID:vdXN3NCJ0
笑って、美琴は自身が形成したドームから一歩出る。
すると周囲の全ての銃口が一斉に美琴に向けられた。
百を超える銃口を突きつけられて、超能力者第三位、『超電磁砲』は不敵に笑った。

「悪いけど、全力で行かせてもらうわ。逃げないってんなら、それなりに氏ぬ気で来なさいよ」

タン、と地面を蹴って駆け出す第三位。
それが合図だった。
再度銃弾の嵐が容赦なく美琴の体を襲う。

だがそれらはただの一つも美琴には届かなかった。
突然飛んできた金属片が盾となったり、突然空中で静止させられたり、迎撃されて消滅したり。
美琴相手に金属製である銃で挑むというのが最初から間違いなのだ。

全く攻撃を届かせることの出来ない集団とは対照的に、美琴は確実にその数を減らしていった。
電撃を放ったり、砂鉄を操って銃器を破壊したりもした。
その一方的な蹂躙を一方通行と垣根はドームの中で見物していた。
敵は派手に暴れている美琴に集中していて、二人に手を出そうとする者はほとんどいなかった。
いても、それは即座に美琴に察知され沈められてしまう。

「暴れるねェオリジナル」

「まあ超能力者で、俺たちの次点だ。これくらいはやるだろ」

「オマエは俺の次点だがな」

「抉られてえか」

美琴が左腕を一振りする。するとその動きに追従するように超高圧電流が激しく荒れ狂い、車や駆動鎧を根こそぎ吹き飛ばしていく。
爆発、爆炎。一〇億ボルトもの雷を個人で自在に扱う雷神を相手に為す術はない。

「アンタら、そんな程度で超能力者の首を取りに来たわけ? 笑わせてくれるわね」

言って、超能力者という圧倒的な力が場を嘗め尽くしていく。
完全に予想外の事態だった。
戦いの直後で疲弊している一方通行と垣根を頃す、というのがこの集団の目的だったのだ。
平常時ならともかく、今の状態ならそう不可能なことでもなかった。
実際、本来ならもしかして達成出来ていたかもしれない。
“この場に御坂美琴というイレギュラーさえいなければ”。

583: 2013/06/29(土) 23:58:36.46 ID:vdXN3NCJ0
そのイレギュラーが、全てを乱していく。可能だったはずの仕事を不可能へと変える。

既に武装集団はあらかた倒され、残りは僅かとなっていた。
一部逃げ出す者も散見される。美琴の能力はこういった殲滅戦には非常に相性がいい。
そもそもどんな形の戦いであれ対応できるのが美琴の強みだ。

「……にしてもこりゃもう終わりだな」

「いや。まだ気を抜くなオリジナル。動き出したぞ」

そう言って、空を顎で示す一方通行。
美琴の快進撃を食い止めようと、空を飛ぶ六枚羽が動きを見せる。
機体の左右にある翼が三対に分かれ、名の通り六枚羽となった。
各関節をウネウネと動かし機銃を地上へと向け、そして火を吹いた。

一斉に掃射が始まった。摩擦弾頭(フレイムクラッシュ)。
弾丸に特殊な溝を刻み、空気摩擦を利用して二五〇〇度まで熱した超耐熱金属弾。
そんな一掃というよりは爆破というべき兵器が、場を破壊し尽すはずだった。

だが六枚羽が掃射体制に入ったのを見た美琴は、弾かれたようにその場を飛び出した。
戦場を離れるように不自然に動き回る。
六枚羽はそれを追うように掃射を始め、駐車してある車などは摩擦弾頭を受け、内部から破壊され次々と大爆発を起こす。
それを掃射と呼ぶのは正しくない。完全に爆撃そのものだった。
必氏に逃げ回る美琴だったが、それはおかしかった。

摩擦弾頭はどんな性能がプラスされていようと、金属であることに代わりはない。
ならば美琴に取れる手段はあるはずなのだ。
見物している二人の超能力者は、すぐにその理由を弾き出す。

「襲撃者共を巻き込まないためか。オリジナルの甘さが裏目に出てンな」

「馬鹿が。六枚羽を利用すりゃ一気に片付けられるってのに……」

「オリジナルが六枚羽に対して攻勢に出ねェのも同じ理由だろォな」

「間違いねえだろうな。だがそれに関しちゃ的外れだが」

「あン? どォいう意味だ」

584: 2013/06/30(日) 00:02:51.55 ID:2Kc1FUrz0
垣根は答えず、携帯を取り出して美琴に電話をかけた。
直接声が届く距離ではなかったからだ。
美琴は意外とすぐに電話に出た。
六枚羽の掃射から必氏に逃げ回っているせいで、爆発音が電話の向こうから聞こえてくる。
美琴の声もあまり余裕が感じられなかった。

『なに、っよ! アンタ、わざわっざ、うわっ、電話するからには、相応の理由がある、んでしょうね!!』

言葉も途絶え途絶えに話す美琴とは対照的に、垣根は冷静に答える。

「とっておきの情報をくれてやるよ、御坂。
今お前が遊んでる三機の六枚羽だがな、つうかその三機に限らず六枚羽ってのは全て『無人』攻撃ヘリだ」

『……!! そう、ありがとう』

そこで通話は切断された。
美琴が攻勢に出なかったのは、六枚羽を操るパイロットの身を心配していたというのも大きい。
ならば六枚羽が無人ヘリだと分かれば、攻撃を躊躇う必要は皆無となる。

美琴が片手を空へ掲げる。すると、すぐにそれは起こった。
光があった。それは徐々に広がっていき、直径五メートルにまで膨れ上がる。
爆発的な光と熱を発し、夜の闇の全てを徹底的に塗りつぶしていく。

高電離気体。

気体を構成する分子が部分的に、または完全に電離し、陽イオンと電子に別れて自由に運動している状態。
固体、液体、気体のどの状態とも異なる、物質の第四態とも言われるもの。
かつて一方通行が、最後の『実験』が行われた操車場で作り上げたことがあるものだ。
その時は一方通行は風を圧縮し熱を生み出すことで、強引に分子を分解して高電離気体を形成した。

だが御坂美琴は超電磁砲。最強の電撃使いだ。
その応用範囲は電子レベルにまで及び、電気を使わせれば右に出る者はいない。
そう、美琴は電子レベルでの操作が可能なのだ。
ならば空気中の分子に干渉し、陽イオンと電子に分離させ高電離気体を作ることだって不可能ではない。
全く電気というものは素晴らしい。ありきたりな能力だが、超電磁砲ともなればこれだけの事象を起こせるのだから。

585: 2013/06/30(日) 00:05:41.02 ID:2Kc1FUrz0
「高電離気体……癪だけど、一方通行を参考にさせてもらったわ。
完全な再現はまだ無理だけど、ま、合格最低点は採ったってとこかしら。本当に癪だけどね」

美琴が高電離気体を一機の六枚羽に向けて放った。
猛烈に迫る高電離気体を受けて、あっさりと六枚羽は消し飛んでしまった。
いくら六枚羽が時速三〇〇〇キロで飛行するとはいえ、それは羽を展開していない時の話だ。
どちらにせよ、六枚羽は単純速度には優れていても、細かい動きは不得手だ。
もともと反撃を受けることを念頭に置いて作られているわけではない、というのも大きいだろう。
一機を撃墜し、二機目に目を向けた美琴を―――不意に衝撃が襲った。

「うっ……!」

思わずその場に蹲る。
何が起きたのか、と思い衝撃を受けたわき腹に目をやると、ゴム弾のようなものがめり込んでいた。
見てみれば、一人の襲撃者が美琴に銃口を向けて立っていた。
美琴の能力をすり抜けようとあえて非金属を使ったのだろう。
そのおかげで実弾ほどの殺傷力はない。だがそれでも人間一人を無力化するには十分だった。

学園都市製のそれは、標的を生かして捕らえる必要がある際に使用されるもの。
当然一撃で対象の動きを封じられるように作られている。
高電離気体形成に意識を割いていたせいで気がつかなかったのだろう。
とはいえ、本来の美琴ならこの程度の攻撃には対応できていただろう。

だが美琴は麦野沈利との氏闘により体力を大きく消耗している。
それに加えて垣根帝督からの手痛い一撃を食らっている。
とてもではないが万全とは言えない状態だったのだ。

586: 2013/06/30(日) 00:07:37.29 ID:2Kc1FUrz0
「ヤ、バ……ッ!」

六枚羽が、襲撃者が、動けなくなった美琴に牙を剥く。
よりにもよって攻撃を受けたのは垣根の攻撃を食らったわき腹。
何とか体を動かそうとするが、やはり思い通りに動いてはくれなかった。

危機を迎えた美琴だが、突然美琴に銃を向けていた襲撃者が倒れた。
音もなく、あっさりと。勿論美琴はまだ何もしていない。
白い人影があった。全てを跳ね返す、最強の姿があった。
一方通行。体がフラついているが、学園都市第一位の超能力者が君臨していた。

「雑魚が。俺がいることを忘れてハシャいでンじゃねェよ」

「……あ」

思わず声が出る。しかし、それだけではなかった。
今度は空を飛ぶ二機の六枚羽が突如として大爆発を起こした。
炎に包まれ黒煙を噴きながら地上へと落下する。
何が起きたのか分からなかった。ドガァァン!! という轟音と共に六枚羽が破裂する。

そしてそれにより生じた暴炎と黒煙を引き裂いて、一人の男が現れた。
その背中には天使のような六枚の翼があった。
全身血塗れで、立っているのがやっとのようにも見える。
だがそれでも、その男は立っていた。
垣根帝督。学園都市第二位の超能力者は、美琴の背後に現れた襲撃者の残りを説明不能の攻撃で叩き潰し、余裕そうに笑った。

「まずは前哨戦。一丁上がりだ」

587: 2013/06/30(日) 00:11:57.09 ID:2Kc1FUrz0









一方通行、垣根帝督、御坂美琴。
三人の超能力者は一台のトラックに乗っていた。
『スクール』の下部組織の下っ端に用意させたもので、運転しているのも下部組織の人間だ。
あれから襲撃者の残党を狩り、取り返しのつかないことにならないよう炎だけ消してその場を去った。

どこに向かっているのか、垣根も美琴も分からない。
それを知っているのは一方通行だけ。
運転手に行き先を告げたのは一方通行だからだ。
垣根と美琴は半ば強引に乗り合わせていた。

「あの惨状どうすんのよ。人の多い第七学区であんな……」

「今は夜だし、人的被害はほとんどねえだろ。なんか人払いされてたっぽいし」

「まァ、しばらくはあの一帯は壊滅状態だろォな」

その惨状を作り上げた張本人である一方通行は他人事のように嗤った。
このトラックは運転席と助手席しかなく、後部座席のあたりが荷台となっているものだ。
その荷台部分に三人はいた。
学園都市に七人しかいない超能力者、しかもそのトップスリーが揃っているという凄まじい光景。
下部組織に用意させた治療キットを使って、各自傷の手当をしながら垣根が口を開いた。

588: 2013/06/30(日) 00:15:25.81 ID:2Kc1FUrz0
「で? 潮岸が何で出てくんだよ。テメェの知る情報を開示しろ」

「…………」

一方通行は答えず、黙ってその紅い瞳を美琴へと向ける。
その視線に気付いた美琴は不快そうに顔を歪ませた。
やはり美琴にとって一方通行はあまり顔を合わせたい人物ではない。
一応の和解は済ませたとはいえ、友好関係を築けるような間柄ではなかった。

「……何よ」

一方通行は目を瞑って俯き、何事か考え始める。
だがすぐに顔をあげ、目を開いて言った。

「これ以上隠しても詮なきこと、か。もォ限界だな。
第三次製造計画って言葉に、聞き覚えは?」

言って、一方通行は垣根、美琴と順番に視線を合わせる。
美琴は頭を横に振って答える。
それを見て、一方通行は視線を垣根へと移した。

「オマエはどォだ」

「聞いたことはねえよ。だが内容なら推測出来るな」

垣根は暗部の闇の闇にいた。いや、今もいる。
能力者量産計画も、絶対能力進化計画も知っている。
だからこそほぼ確実な推測をすることが出来た。

垣根は言いながら突然上半身の服を脱ぎ始めた。
乾いた血で肌とくっついてしまっているため、脱ごうとすると鋭い痛みが走る。
だが垣根は能力を使ってそれに対処。最高に無駄な『未元物質』の使い方だった。
それを見た美琴が慌てて目を背け、上擦った声を出す。

589: 2013/06/30(日) 00:21:09.12 ID:2Kc1FUrz0
「んな、な、何してんのよアンタ!? いきなりふ、服を脱ぐなんてアンタはどこぞの脱ぎ女か!!」

「誰だよ。服着たままじゃ包帯は巻けねえだろ。……おい御坂、ちょっと巻いてくれ」

「ふぇ!? あ、いやその、私はアンタのこと友達だとは思ってるけど、そういうのはあの、」

顔を真っ赤にして激しく動揺する美琴に対し、垣根はどこまでも冷静に答えを返す。
普段なら散々にいじり倒してやりたいところだろうが、流石に状況が状況なので自重したのだろう。

「自意識過剰だ。ただ包帯巻くのを手伝ってくれっつってるだけだろうが。
自分だけじゃ手足は巻けても、胴は上手くやれねえ」

いたってノーマルな性癖を持つと自称している垣根に、女子中学生にセクハラをする趣味はないのである。
しかも見物者がいる前で。
かつて大型本屋で一八禁コーナーを使ったセクハラを仕掛けたことなど忘却の彼方だった。

「にゃ、にゃによ。それなら最初からそう言いなさいよね」

「だからそう言っただろうが馬鹿野郎」

垣根が包帯を巻けるように両手をあげる。
その体は酷く傷だらけで、目を背けたくなるほどの燦々たる光景だった。
どう見ても包帯を巻いてそれで済む、というような怪我ではない。
あまりにも痛々しく悲惨な傷に、美琴は顔を顰める。

「酷い怪我……」

美琴が一方通行に視線をやると、すぐに一方通行は逃げるように目をそらした。
やはり美琴には苦手意識を持っているようだ。
だがこの怪我は一方的なものではなく、二人が頃し合った結果。
一方通行だけを責めるのも違うだろう。現に垣根も一方通行に重傷を負わせているのだから。

消毒して背後から包帯をシュルシュルと巻いていく。
包帯が傷口に触れた瞬間、布がそこから滲み出る大量の血を吸って真っ赤に染まる。
見ているこっちの心まで痛くなるような惨状だった。

590: 2013/06/30(日) 00:23:10.85 ID:2Kc1FUrz0
「文句はそこのキョンシー野郎に言ってくれ」

「殺されてェかエセホスト」

「……よほど早氏にしてえと見えるな。お望みなら今すぐ叶えてやろうか口リコンが」

「流石脳味噌まで常識が通用しねェ男がレベルが違げェな。
腐り切った脳じゃ腐った発想しか出来ねェのも納得だ」

「口だけは一丁前だな。よく喋るウサギだ。テメェのあだ名には事欠かねえな?」

「……どォやら本気で天国を旅したいよォだな」

「ハッ、ヤル気に満ちているようで何よりだ。やってみろよクソモヤシ」

一方通行と垣根帝督。
二人の間で殺意が膨張し、トラック内を氏が埋め尽くす。
一触即発などというレベルではない。ほんの少しのきっかけで、それこそ呼吸音一つ荒げればそれを合図に頃し合いが始まりかねない。
つい先ほどまで全力で氏合っていた二人だ。仲良く手を取り合って、なんて不可能。

もともと超能力者は非常にプライドが高い。
特に垣根は第二位という序列もあり、まさにプライドの塊だ。
一方通行と御坂美琴もそうだが、一方通行と垣根帝督という二人は超能力者内でもとりわけ険悪な組み合わせなのである。
そんな極度の緊張状態をあっさり打ち破ったのは、一方通行でも垣根帝督でもなく御坂美琴だった。

「アンタたち……いい加減にしなさいッ!! それとこれは垣根が悪い!!」

美琴が声を荒げる。今は争っている時ではないし、こんなところでトップツーに戦われたら大変なことになる。
だが美琴の制止はまさに鶴の一声で、両者はあっさりと矛を収めた。

591: 2013/06/30(日) 00:26:59.11 ID:2Kc1FUrz0
「チッ……命拾いしたなクソモヤシ」

「はァ? 何愉快な勘違いしちゃってンですかァ? 命拾いしたのはオマエの方だクソメルヘン」

勘違いだった。
一度収めかけたはずの矛を何故か再度取り出した二人に、美琴の堪忍袋の緒が切れる。

「いい加減にしろっつってんでしょうがァァああああ!!」

美琴の叫びが車内に響き渡る。
一方通行と垣根は両者共にチッ、と盛大な舌打ちをして互いを睨みつけるも、これ以上の舌戦が繰り広げられることはなかった。
何だかんだで二人とも美琴には負い目がある。
美琴がここからいなくなれば数分後には血を血で洗う凄絶な戦いが勃発しているに違いない。

「……で? 第三次製造計画ってのは何なわけ?」

美琴が話を元に戻す。
自身の傷の手当てをしていた一方通行が顔をあげた。
一方通行も垣根と比べたら少し軽いものの、それでも放置してはおけない傷を負っていた。
その手を一旦止めて、今までひた隠しにしてきた第三次製造計画について話し始めた。

「第三次製造計画ってのは、能力者量産計画の後釜だ。
つまり、―――端的に言えば妹達がまた作られるってことだ」

その言葉に、美琴は思わず息を飲んだ。

「お前のDNAマップからクローンを生み出し、超能力者を人工的に生み出そうとしたのが能力者量産計画。
一度中止されたそれを再度稼動させ、更なる量産を行ったのが絶対能力者進化計画。
そして大方今度動いているのがそれらに次ぐ三度目の計画―――第三次製造計画ってことだろうよ。
とは言っても、詳しいことは何も分からねえがな」

垣根のその言葉を最後に、車内に静寂が訪れる。
誰もが口を噤み、不気味なまでの静けさが場を支配した。
ただ車のエンジン音と、外から聞こえてくる騒音だけが場違いになっていた。

592: 2013/06/30(日) 00:30:07.95 ID:2Kc1FUrz0
「アンタ、いつそれを知ったのよ」

最初に沈黙を破ったのは美琴。
美琴は垣根の包帯を巻き終え、一方通行へと食ってかかった。
一方通行は観念したように下を向く。

「ずいぶン前だ。少なくとも昨日今日ってとこではねェな」

「なら! なんで話さなかったのよ!! あの時、あの鉄橋で!!」

垣根は仕方ないだろう。その立場を考えれば話さなかったのは当然だ。
そもそも知っていたわけではないようであるし。
だが一方通行は違うはずだ。一応の和解を済ませたあの時に、伝えることが出来たはずだ。
それをしなかったのが気に入らなかった。自分が全ての中心にいるというのに、一人弾かれるのが納得出来なかった。
決して他人事などではないというのに。誰にも知らされず、隠されるなんて。

「私はあの時言った。確かに言った、何に代えても妹達を守り続けるってね。
なのに、なんで隠すのよ。私とアンタじゃ立場が違う。
暗部にいるかいないかってだけで、そりゃあ掴める情報も違うでしょうよ。
でも、知ったんなら教えなさいよ。あの子たちに何か危機が迫れば、教えろって、言った、っのに」

美琴の声が震える。
悔しさと後悔に身を焼かれる思いだった。

「私は……っ、私はもう嫌なのよ。
自分の知らないところで、勝手に利用されて、勝手に狂った実験に使われて。
そんなのは、もう嫌なの。除け者にされて、後々最悪な結果報告だけを受けるなんてもうんざりよ」

いつだって御坂美琴の行動は一歩遅かった。
あの『実験』だって、知った時には既に一万人近くが殺されていたのだ。
『表』で生きていればそんな『実験』のことなど知れるはずがない。
美琴はただの一学生として日々を過ごしていただけで、そのことについて彼女を責めるのは筋違いだろう。
だがそれでも、美琴本人にとってはそう割り切れるものではなかった。
そもそも、あの時提供したDNAマップだって本来筋ジストロフィーの治療に使われるはずだったのに。

593: 2013/06/30(日) 00:35:22.19 ID:2Kc1FUrz0
「……何もオマエが手を汚すことはねェと思ったンだ。
第三次製造計画のことを知らせれば、絶対にオマエはそれを止めるために無茶をする。
その結果どォなるか分からねェ。何せ相手は学園都市上層部だからな。
だから、そォいう荒事は俺がやればイイ。オリジナルには『表』から妹達を支えてもらおうってな」

美琴は『実験』の時もそれを止めるために身も心もボロボロになるまで動き続けた。
第三次製造計画だってそれを知れば美琴が放置しておくわけがない。
それを一方通行は危惧していた。

「アンタにそこまで気を使われる筋合いはないわよ」

「ヘドが出そうだが、俺も同意見だな」

傷の手当を続けながら垣根が続いた。

「……どういうことよ」

「あの時言っただろ。お前はあくまで一般人、ただの中学生なんだよ。
今じゃこっちの方にもずいぶん踏み込んでるが、本来お前がいるべきなのは『表』の世界だ。
超能力者の希望。暗部の人間にとっては光なんだ、お前は」

「超能力者ってのは悲劇の具現化だ。それをオマエは身を以って知ったはずだ」

だから、もういいだろう、と。
一方通行は言外にそう告げていた。
学園都市に七人しかいない超能力者。圧倒的な力を持つ超能力者。
それは傍から見れば、特に力のない人間にとって見れば雲の上、まさに憧れの存在だろう。

594: 2013/06/30(日) 00:37:28.17 ID:2Kc1FUrz0
だがそれはあくまで他人から見れば、だ。
当人たちにとってはそうではない。
超能力者は第三位を除いて人格破綻者の集まりだとされる。

しかし様々な想いに触れた今、美琴は思う。
超能力者が人格破綻者なのではない。
もっとも、普通の人とはどこかズレているところがあるからこそ超能力者にまで至ったのだろうが、それだけではない。

超能力者になってしまったから、人格破綻者と言われるようになってしまったのだ。
『絶対能力進化計画』に『妹達』、『アイテム』や『スクール』。
一度その境地に達すれば、もう今までのように生きることは出来ない。
御坂美琴が否応無く『闇』に巻き込まれたように。

そしてそこでは生き残るために力を振るわざるを得ない。
なまじ簡単に人を殺せる力を持っているがために、ますます泥沼へと嵌っていく。
様々な実験に使われ、恨みや嫉妬を向けられた彼らの人格はいつしか歪んでいった。
もともとが学生なのだ。もっとも多感な時期にそういった環境に囲まれてまともでいられるはずがない。
それは超能力者に『なってしまった』不幸。

そうして超能力者は人格破綻者と揶揄されるまでになった。
彼らは狂った研究者や上層部の犠牲者でもある。
学園都市の悲劇を象徴するような存在。
力を持ってしまったために本来辿るべき道から外れてしまった者たち。

一方通行も、垣根も、麦野も。
たとえば無能力者だったらコンプレックスは抱いたかもしれないが、こんな風に狂ってしまうことはなかっただろう。
普通に友達を作って、普通に学校に通っていたはずだ。
美琴だって垣根の言う通りただの中学生でいられただろうし、食蜂が人間不信に陥ることもなかった。
削板がモルモット扱いされることだってなかった。

595: 2013/06/30(日) 00:39:23.57 ID:2Kc1FUrz0
そしてその中でも美琴はまともと言える人生を歩んできた。
学園都市の暗部を知り、それを経験していながらも決して屈することがなかった。
それが一方通行や垣根、麦野には眩しかった。
だからこれからも美琴には普通でいてほしい。これ以上『闇』に首を突っ込む必要はない。
一方通行と垣根は今そう告げていた。
そして美琴は二人の意図を理解した上で、きっぱりとこう言った。

「嫌よ」

「何?」

「事は妹達に関わる。つまり私が発端であり中心。
知ってしまった以上、見て見ぬ振りなんて器用な真似は私にはできない。
ここまで来たらどこまでも手を出させてもらう」

『量産型能力者計画』も、『絶対能力進化計画』も、『第三次製造計画』も。
全て美琴がDNAマップを提供してしまったことが始まりだ。
そうであるなら放置などできなかった。

「ま、お前はそういう奴だからな。そういうと思ったぜ」

垣根が軽い調子で、美琴が何と答えるか分かっていたかのように言った。
それを聞いて一方通行がギ口リと垣根を睨みつけた。

「……オマエ」

垣根はそれをあっさりと無視する。

「もうどうしようもねえだろ。御坂は絶対に退かねえだろうよ。
んなことテメェだって分かってんだろ? それとも力ずくで御坂を放り出すか?」

そう言われると一方通行は何も言い返さず、ただチッ、とだけ舌打ちした。
彼も美琴に第三次製造計画のことを話した時点でこうなることは分かっていただろうが、やはり良い気分ではないのだろう。

「そういうことだから、諦めなさい」

「ただ、御坂。覚悟はできてんだろうな?」

「何を今更」

「ならいい」

これから学園都市の『闇』の奥に飛び込むのだ。
これまで美琴が経験してきた以上の悪意や狂気が待っているかもしれない。
それらと向き合う覚悟はあるのかと垣根は問うていた。
美琴が即答すると、垣根はあっさりと切り上げて怪我の手当てに戻った。

617: 2013/07/01(月) 23:31:16.75 ID:eukE64Mw0
喘ぎ声。気持ち悪い。

―――そして敵地へ突入。

618: 2013/07/01(月) 23:34:25.63 ID:eukE64Mw0
「……っていうかアンタたち、そんな怪我で大丈夫なわけ?」

一方通行も垣根もかなり重傷を負っている。
いくら超能力者とはいえ今からこの状態で統括理事会の一人の元へ乗り込もうと言うのだ。
まともに動けるのは美琴だけで、その美琴も万全ではない。
僅かな不安は払拭できなかった。

たしかに超能力者は絶対的な戦力だ。
けれど決して無敵ではない。故に隙を突かれることだってあり得る。

「俺は能力で治療を促進できる」

一方通行の能力はベクトル操作。
使い方次第では壊すだけでなく、こういったことにも有用な力だ。
勿論その程度でこれだけの大怪我が完治するわけもないが、かなりマシにはなる。

(……本当に壊すだけじゃ、ないんだ)

美琴が内心そんな感想を抱いたのは秘密だ。

「俺は……御坂に頼むわ」

「へ?」

「お前の能力なら生体電気操って治療促進できるだろ。やってくれ」

「いや、たしかにできるだろうけど……。考えもしなかったわ」

垣根に言われてハッとする。生体電気を操ったことはあるのだが、それを治療に使うというのは考えていなかった。
考えてみれば、実に有用な使い方だ。
もしこれをもっと早くに習得していれば何か変わっていただろうかと逡巡する。

「お前は出来るけどやってない、思いついてないってのが多いみてえだな。
治療といい、さっきの高電離気体といい」

美琴の能力は非常に応用力が高い。
それ故に出来ても未だやっていないことも多い。
思いついていないものもあれば、思いついていてもやらないものも含めて。

たとえば美琴がその気になれば、一方通行と同様生体電気を逆流させることで触れるだけで人を頃すことも可能だろう。
また強烈な電磁波を思い切り浴びせれば、相手の内臓を破壊することだって出来る。
だが美琴はそれをしない。出来ることは分かっていても絶対に実行することはない。
それは美琴にとっての絶対に超えてはいけない一線だからだ。

619: 2013/07/01(月) 23:37:51.71 ID:eukE64Mw0
しかし今回の治療促進のようなものは平和的かつ有用な使い方だ。
その使用を躊躇う理由は特になかった。

「じゃ、じゃあ……やるわよ?」

「おぉ」

美琴が手を伸ばして垣根の体に触れる。
目を閉じて意識を集中する。初めてやることだし、垣根の体を使っているので絶対に失敗しないように念には念を入れた。
とは言ってもそれほど難易度が高いというわけでもなく、すぐに美琴は目を開いて治療に取り掛かった。

「ひゃ……はぁん、んぅん……」

すると、途端に垣根が最高に気色悪い声をあげた。
その声に美琴はぎょっとして慌てて距離をとった。
これが美琴だったら性的に興奮させる可愛さだったかもしれないが、垣根である。
高身長で茶髪の男である。はっきり言って気持ち悪い。

「ア、アアアアンタ……。なんて声出してんのよこの馬鹿ぁ!!」

これは新手のセクハラかもしれない。
美琴は顔を赤くして、垣根を指差して叫んだ。
誰も幸せにならないイベントを起こした垣根に全力で抗議する。

「……耳が腐りそォだ。マジで氏ねよコイツ」

一方通行も思わずぼそりと呟いた。
だがはっきり言ってそう言われても仕方ない。

「いや、なんつうか電気治療的な変な感じが……あふぅ」

「うわぁ……」

「頼むから黙ってろ。心の底から気持ち悪ィから」

「ホント変な声出さないでよ? 続けるけど、いい?」

「ああ」

今度はおそるおそると言った感じで手を伸ばす。
垣根の体におっかなびっくり再度触れ、演算を組んで治療を再開。

620: 2013/07/01(月) 23:39:40.52 ID:eukE64Mw0
「おぅん」

すぐにまたも垣根がおかしな声をあげた。
先ほどと比べれば幾分マシとはいえ、何とも耳に優しくない声だ。

「わざと!? わざとやってんのアンタ!? だからやめてってば本当に!! 訴えるわよ!!」

「何でだよ!! 見事堪えただろうが!!」

「全然堪えてねェンだよクソが!! マジでミンチにすンぞオマエ!! 訴訟も辞さねェ!!」

その後数分間ギャーギャーと言い合いが続き、美琴の垣根治療が本格的に始まったのは一〇分ほど経ってからのことだった。
慣れれば電気治療は気持ち良いらしく、最初は気持ち悪い声をあげていた垣根も今では大人しく身を任せている。
あの奇声がいたいけな女子中学生の心に傷を残すことはなかったらしい。本当に良かった。

「これだけで回復するとは思えないんだけど」

「んなことは分かってる。ただやらないよりは全然マシだろ」

垣根の負っている傷はこんな応急手当的な対処でどうにかなるレベルのものではない。
だが、たしかに垣根の言う通りやらないよりは良いのも間違いない。
これは同じく能力を用いて治癒している一方通行にも同じことが言えた。

「戦うのは、無理ね」

美琴が小さく呟いた。
どう考えても垣根も一方通行もまともに動ける状態ではない。
戦えるのは自分だけ。美琴は自然と気を引き締めた。
だが、耳聡くそれを聞き逃していなかった垣根が即座に反論する。

「あ? おい、誰に口きいてんだ格下」

「格下言うな! てかアンタを馬鹿にしたわけじゃなくて、実際その体じゃ無理でしょうよ」

「だぁから、お前は格下のくせに俺を舐めすぎなんだよ。こんくらい丁度いいハンデだっての」

あくまで垣根に退く気はないらしい。
分かってはいたが、やはり垣根は相当にプライドが高い。

621: 2013/07/01(月) 23:42:19.32 ID:eukE64Mw0
「だから格下言うな! 格下格下言うけどね、少なくとも私は今のアンタよりはよほど使えるわよ!」

実際、美琴と垣根、一方通行ではあまりにも状態が違いすぎる。
普段ならいざしらず、今の垣根と美琴が戦えば美琴が勝つ可能性が高い。

「じゃあ力ずくで俺を止めてみるか?」

垣根は美琴を挑発するように、軽薄な笑みを浮かべ軽い調子で言った。
それを受けた美琴は全く動じず、垣根の治療を続けた。
その顔にはほんの僅かの悲哀の色が浮かんでいた。

「……しないわよ」

あの時、あの鉄橋で最後まで力を振るうことを拒絶した美琴が、そんなことをするわけがない。
もしこれが白井や佐天だったら、危険だからと止めたかもしれない。
もしかしたら気絶させてでも止めたかもしれない。
だが垣根は超能力者の実力者で、既に深く事情を知っていて、暗部の人間だ。
それに、先ほど第三次製造計画の話を聞いた時に自分を止めないでくれた垣根にそれは出来なかった。

「そうかい」

垣根はそれを聞いても特に何も反応はしなかった。

「ま、少なくともそこのホワイトラビットは役に立たねえだろうな」

「……オーケェ。そンなに氏にてェならお望み通り頃してやンよ」

ナチュラルに喧嘩を売る垣根。
一方通行も瞬間で切り返し、またも二人の間で火花が散り始めた。
美琴がため息をついてまたも注意しようとした時、垣根が自分の首筋を人差し指と中指でトントンと叩いて、

「電極」

とだけ呟いた。

「バッテリー、もう虫の息だろ」

「……あ」

そういえば今の一方通行は妹達の代理演算を受けている身。
能力が使用できるのは僅か三〇分、と言っていたことを美琴は思い出す。
それに一方通行の電極のバッテリーは能力を使用しなくても消耗はする。
あくまで能力を使うと消費が激しくなる、というだけであって使わなければ問題ないというわけではない。

623: 2013/07/01(月) 23:50:44.96 ID:eukE64Mw0
通常時でもバッテリー稼働時間はおよそ四八時間。
能力使用モードでの垣根との戦闘。
そして現在治療のために再度能力を使っている。
もし垣根との戦いの前にも何らかの理由で能力を使っていれば、尚更残りは少ないだろう。

「……別に能力を使わなくても戦える。オマエにどォこォ言われる筋合いはねェよ」

「足手纏いだって言ってんのが分かんねえか?」

「自分のケツは自分で拭く。オマエらに余計な手間はかけねェよ」

「ならいいがな。別にテメェがどうなろうと知ったこっちゃねえし」

「あ、ちょっと待って」

美琴がふと思いついたように割り込んだ。

「ねえ、ちょっとそれ貸してくれない?」

美琴は一方通行が身につけている電極を指差して言った。
すぐに垣根も美琴の狙いが分かったようで、得心がいったように頷いた。

「なるほどな。充電、か」

美琴は電気を自在に操る能力者。
以前にも垣根に言われて携帯を一瞬で最大まで充電したことがある。
一方通行の電極も特殊なものであるとはいえ、充電は同じ理屈で行われているはずだ。
美琴は垣根の言葉に頷いた。

「……別に構わねェがよ。むしろ助かるンだが、コイツは冥土帰し特製だ。
相当に複雑な作りになってンぞ」

「別にそのチョーカーの仕組みを一から十まで把握しなきゃいけない、ってわけじゃないでしょ。
あくまで私の目的は充電するだけなんだし」

624: 2013/07/01(月) 23:52:20.31 ID:eukE64Mw0
「本当に便利な能力だなお前のは。人を助けられる力だ」

垣根が薄い笑みを浮かべて言うと、美琴も同じく笑って返した。
何でもないことのように、不変の真理を口にするように。

「力なんてそんなもんでしょ。どんな力だって結局はその人次第。
私だってやろうと思えば十分に人を殺せる。
ただ私はそれをしない。そりゃもう私は一万人を頃した人頃しだけど、それでも化け物じゃないから。
シェイクスピアも言ってたでしょ。物事にはもともと善悪なんてなくて、私たちの考え方次第なんだって」

上条当麻は自身の右手を人を傷つける幻想を頃すために振るう。
たとえそれが昨日までの敵であったとしても、その人間が今日理不尽に苦しめられているなら上条当麻は動く。
損得など関係ない。自身のために戦うことはほとんどないが、他人のためなら無条件に右手を握ることができる。

御坂美琴は自身の持つ絶大な力を何かを守るために振るう。
自分自身の護身だったり、友人だったり、時には他人だったり。
また誰かを止めるために力を使うことはあっても、明確に誰かを傷つけるために使うことはない。

垣根帝督は自身の有する圧倒的な力を他人を傷つけるために振るう。
それはほとんどが暗部の仕事、つまり殺されても仕方がないような人間ばかりだとはいえ。
だが御坂美琴や上条当麻の人間味に触れてからは、他人を破壊することしかできないと思っていた力で湾内絹保を初めとする人間を救うことができた。

一方通行は自身の保持する最強の力を己の望みを叶えるために振るう。
絶対能力者。その領域に至るために一万もの罪なき命を奪った。
しかし上条当麻と御坂美琴、そして妹達に破れ打ち止めと出会ってからは全てを拒絶する力で幾つもの命を守ることができた。

身勝手に力を振るい人を頃す人間は殺人者。その数が増していくようなら殺人鬼。
それに愉しみを覚えるようになれば化け物だ。
自らの力をどう使うかこそが問題なのだ。
それはかつて結標淡希が苦悩し、白井黒子によってあっさり切り捨てられた話。
白井は迷う結標に、当たり前の常識を並べるようにこう言った。

625: 2013/07/01(月) 23:53:09.96 ID:eukE64Mw0
能力が人を傷つける、なんて考え方が既に負け犬。
力を存分に振るいたければ振るえばいい。ただ振るう方向だけは間違えるな。
危険な能力を持っていれば危険に思われる。
大切な能力を持っていれば大切に思われる。
そんなことを本気で思っているならそれはただの馬鹿。
みんな努力して自分にできることをして、周囲に認められたからこそ受け入れられ、居場所が作れている。

結局のところ、その通りなのだった。

現に人を傷つけるだけだった一方通行も垣根も、今では人を救えているのだから。
その結果、黄泉川愛穂や打ち止め、御坂美琴たちに受け入れられたのだから。
自身の居場所を、心地いいと思える居場所を掴めたのだから。

「……そォだ。全くもってその通りだったンだ。
誰も傷つけないために一万人を頃す、なンて最初から矛盾してたンだ」

もし当時の一方通行がそのことに気付けていたら、何か変わっていただろうか。
己と対極の無能力者の少年と、自分と同じはずの超能力者の少女に倒される前に。

「……ったく、ホンット損な性格してんな、お前は」

「あの馬鹿には余裕で負けるわよ」

本来それぞれが相容れない関係だったはずの三人の超能力者。
彼らを乗せたトラックは、ついに第二学区へと入った。

626: 2013/07/01(月) 23:54:03.86 ID:eukE64Mw0









第二学区。
自動車や爆薬など、とにかく騒音の大きい施設が多く立ち並ぶ学区。
その騒音を逆移送の音波で打ち消す防音壁で囲まれている、大掛かりな学区だ。
そのせいで住人という住人は多くない。
そんな第二学区に三人の超能力者はいた。

停止したトラックのドアが開き、垣根帝督、御坂美琴、一方通行の順に姿を現した。
全員が降りたのを確認すると、そのトラックはどこかへと走り去っていった。
三人がいるのは飲食店などが立ち並ぶサービスエリアのような場所だ。
人影もそれなりに散見されるものの、やはり第七学区などと比べると圧倒的に人が少ない。

「それで、その潮岸ってはどこにいるわけ?」

「すぐ近くだ」

答えたのは垣根だった。
あの用心深いことで有名な潮岸の居場所を知っている者など、そうはいない。
年がら年中駆動鎧を装備しているほどの用心深さだ。
だがどういうわけか垣根は居場所を把握していた。
いずれ学園都市に反旗を翻そうとしていたのだし、その時にでも調べたのかもしれない。

「ここは爆薬を扱う学区だから、シェルターのモデルハウスを使って耐久実験をやったりしてんだよ。
その中に紛れ込ませる形でやたらと堅い要塞を構えてるはずだ」

627: 2013/07/01(月) 23:55:24.15 ID:eukE64Mw0
壁に背中を預けた垣根がそう言うと、

「でも、統括理事会に殴りこみなんてして大丈夫なの?」

美琴の言う大丈夫、とは何も戦力的な意味合いで言っているのではない。
法律を気にしているわけでもない。
だがそれには一方通行が答えた。

「対策はしてある」

言って、一方通行は携帯を取り出し、どこかへと電話を掛け始めた。
すぐに通話は繋がったのか、一方通行は開口一番に、

「そっちの手筈はどォなってる」

相手の声が美琴や垣根にも僅かに聞こえてきた。
何を言っているのかまでは聞き取れないが、どうやら電話相手は男性のようだ。

「その必要はねェよ。今俺は潮岸の隠れ家のすぐ近くにいる。
オマエらは来ンな。邪魔だ」

拒否を許さぬ強い口調で一方通行がそう言うと、電話相手の声が少し大きくなった。
だが一方通行は顔色一つ変えることがない。

「それは分からなくねェが、親船と貝積はもォ帰らせろ。
同権限者視察制度を発動したなら後はこっちでやる」

なおも相手は何か渋っているらしく、一方通行の口調も僅かに荒くなる。

「―――ゴチャゴチャうるせェな。こっちには第二位と第三位がいる。
オマエらが来たところで足手纏いなンだよ」

第二位と第三位。その単語に反応したのだろう、電話相手が大声をあげた。
何か怒鳴っているようで、一方通行も思わず携帯を耳から遠ざける。

628: 2013/07/01(月) 23:57:43.03 ID:eukE64Mw0
「とにかく、そォいうことだ。説明は今度してやるから、オマエらは下がれ。
よりにもよってオマエらが来ると面倒なことになるっては分かンだろォが」

尚も相手は何か言っていたようだが、一方通行はもはや相手にせず通話を切断してしまった。
不機嫌そうに携帯をポケットにしまう。
それを見ていた垣根が問う。

「今の、『グループ』だろ? いいのかよ」

「構わねェ。邪魔なだけだ」

「あの座標移動だけは使い道がありそうだがな」

「面倒なことになるだけだ。っつゥかオマエ、そォいう名前を出すな」

『グループ』。
一方通行の属する暗部組織。
第三次製造計画の解体を貝積から依頼された者たち。

だが彼らを呼ぶメリットはもはやなかった。
一方通行に加え垣根と美琴がいる以上、これ以上の戦力の補給は必要ない。
そして何より、土御門元春も、海原光貴も、結標淡希も、美琴との間に何らかの問題を抱えている。
更に垣根までいるここに彼らを呼べば尚更面倒なことになる。
最悪内部分裂を起こしてしまう危険性さえあった。

「……座標移動? ねえ、今座標移動って言った!?」

美琴がその名前に食いつく。
美琴にとってその能力者は因縁の―――と言うと流石に誇張表現だが―――相手だ。
少なくとも名前を聞いて無視できない程度の相手ではある。

629: 2013/07/01(月) 23:58:47.21 ID:eukE64Mw0
「……だから言ったろォが。こォなンのが分かンなかったのかよ第二位」

「……ああ、そうか。残骸の一件、か」

納得したように頷く垣根を尻目に、美琴は一方通行に食って掛かった。

「アンタ―――結標淡希と知り合いなの?」

美琴は結標が残骸を巡る争いの後どうなったか知らない。
何も起こさず、起こすつもりもないならそれでいい。
だが結標は樹形図の設計者を復元させようとしていた女だ。
もしもまた同じことを企むならば、止めなければならない。

「知り合いっつゥか……同僚だ。
安心しろ、あの三下はもォ余計なことはしねェだろォよ。
アレも流石にそこまで馬鹿じゃあねェだろ」

結標淡希は現在『グループ』の一員だ。
土御門や海原、そして一方通行と共に学園都市上層部への反逆を企んでいる身だ。
しかしそれは慎重すぎるほどに慎重に行う必要がある。
入念に準備をし、計画をたて、時間と手間をかけ、時期を読み、それからでなくてはまず成功しない。

そして結標は仲間を人質に捕らえられているため、迂闊な行動はとれない。
そんな状況で、しかも一度自分を一撃で叩き潰した一方通行がそばにいるにも関わらず、一人突っ走るとは思えない。
下手なことをすればそのツケを払わされるのは結標本人だけではない。
結標の仲間たちの命がなくなるのだから。

「なら、いいけど……。でも同僚ってどういう意味よ?」

「……同じチームに属してる」

どこか答えづらそうに一方通行は呟いた。
おそらくは『グループ』のような『裏』のことを、美琴に話すのが躊躇われるのだろう。
一方通行はどこか必要以上に美琴をこちらに関わらせまいとしようとする節がある。
二人の関係を考えれば当然なのかもしれないが、はっきり言って今更ではある。

630: 2013/07/02(火) 00:00:01.32 ID:WA1Iw3Q90
「一方通行も座標移動も、『グループ』のメンバーだ」

だがそんな一方通行の思いをよそに、垣根があっさりと暴露してしまった。
とはいえ、先ほども垣根が『グループ』というワードを口にしていたのだが。
一方通行が無言で責めるような、冷徹な瞳で垣根を睨むが当の本人はどこ吹く風だ。

「もう遅せえっての。“この程度までなら”隠す意味はねえよ」

「『グループ』って……『スクール』とか『アイテム』みたいなもの?」

美琴は心理定規の残した書類、麦野との戦闘を通してその二つの組織名を知っている。
垣根がその『スクール』のリーダーで、麦野が『アイテム』のリーダーであることも。
ならば一方通行が『グループ』のリーダーであると考えても不思議はない。

「そこまで知ってンのかよ。本来それらの名前はかなり深い『闇』なンだがな」

「だから言ったろうが。そうだ、それらの組織の機密度は同等。
正確には一つ一つの組織で担う仕事の種類は違う」

「ペラペラ喋りやがって。とても暗部にいる超能力者たァ思えねェな。
二度と余計なお喋りができねェよォ口を縫い付けてやろォか」

「安い挑発してんじゃねえよ。こちとらテメェとは比較にならねえ量の『闇』を経験してんだ。
教える情報の取捨選択くらいしてる」

それはつまりこれらは垣根の中では教えても問題ない情報ということか。
一方通行はそうは思わないのか、チッ、と舌打ちして視線を逸らした。
垣根の方が己より時間的にも量的にも学園都市の泥沼の経験者であり、またそれだけ多くのことを知っていることを一方通行は認めている。
決してそれを口には出さぬものの、内心ではそれを理解していた。
本当に教えるべきでないことまで教えるほど馬鹿ではないと思ったのだろう。

「……で、一方通行はその『グループ』のリーダーってわけか。
垣根はともかく、アンタにとてもそれが務まるとは思えないけど」

実力的な意味ではなく、性格的な意味で。
垣根も性格に若干の難はあるが、普段はまともだしある種のカリスマはあると思う。

632: 2013/07/02(火) 00:04:56.67 ID:WA1Iw3Q90
「『グループ』にリーダーはいねェ。だが強いて言うならシスコングラサン金髪野郎が実質のリーダーだ」

「誰よそいつ……」

「魔術師、だとよ」

「……その人大丈夫なの? 何か妄想の世界に浸ってない?」

一方通行は魔術についてほとんどを知らない。
だがいつか役に立つだろうからと、三つだけ教えられた。
魔術なるものが存在すること。土御門元春と海原光貴は魔術師であること。
―――そして能力者が魔術を使うと拒絶反応が起き、その逆も然りであること。

「ま、そういうこった。依頼を受けて動くんだがな、上の連中は飼い犬程度にしか思ってやがらねえ。
いつまでも素直に従ってやると思ってんのかね」

そう言って、垣根はクック、と笑った。
もとより垣根は誰かに飼われるような生活はごめんだ。
だからこそ、抗うつもりでいた。
親船最中を暗頃したり、『ピンセット』を強奪したりして。
だがこの分だとどうやらその計画はおじゃんになりそうだが。

「いつか飼い主面してやがるクソ共を噛み頃してやろォと企む奴は多い。
俺も、そこの第二位もな」

その悉くが失敗するンだが、と付け加えて一方通行はため息をついた。
だが一方通行と垣根帝督は超能力者の第一位と第二位。
つまり世界で一番のスペックの頭脳の持ち主と、二番目の頭脳の持ち主だ。
この二人が本気で起こす反乱は、少なくとも他の連中のものよりも大きな成果を残しそうである。

「俺がチキン野郎の潮岸の隠れ家を知ってるのも、そういうことだ。
情報ってのはあればあるだけいい。それがどんなものでも知っているってのは武器で、知らねえのはそれだけで弱みだ」

第二位の頭脳を持つ男は不敵に笑う。
垣根にはあらゆる情報を記憶し、分類・整理し、それを計画に組み込める自信がある。
そして真実それができるだけの技量を持っているのだろう。

633: 2013/07/02(火) 00:09:41.12 ID:WA1Iw3Q90
「知っているってのが強みで、知らないのは弱みってのは納得」

美琴は一人頷いた。
一方通行、垣根帝督に次ぐ頭脳を誇る美琴。
美琴もまた膨大な知識を有しているために、それが分かるのだろう。

知っていれば、悪質な詐欺にかかることもない。
知っていれば、何事にも上手く対処できる。
そして知らなければ、騙されたり誤った情報を正しいと思い込んでしまう。
かつての上条当麻が、完全記憶能力を誤解してしまったように。
二人の魔術師が、いい様に利用されてしまったように。

「テメェはあまりに無知過ぎんだよ。その頭は見せかけだけでカラッポですってか?」

「ハァ? 二番目がなァに偉そォな口聞いてンですかァ? 氏にてェのか?」

「あ? いいぜ、頃してみろよ。殺れるもんならな」

またも険悪な空気を醸し出した二人に、美琴が勘弁してくれと言わんばかりの表情を浮かべる。
結局こうなると自分が制止しなければならないのだ。
これで何度目だろう。既に胃が痛い。

(やだ、私ハゲそう……)

流石にこの歳でハゲるのは絶対に御免被る。
とはいえこの場で頃し合われても困るので、嫌々制止。
すると意外とあっさりこの二人は引いてくれる。
だったら頼むから最初から喧嘩すんな本当お願いだから。
そんな美琴の思いが届くことはおそらくない。

「……そろそろ時間だ。行くぞ」

一方通行が携帯で時間を確認して言った。
途端に垣根の目つきが変わり、美琴の表情も厳しくなった。

634: 2013/07/02(火) 00:12:47.54 ID:WA1Iw3Q90









潮岸の隠れ家まではすぐだった。
もともとすぐ近くにまで来ていたのだから当然だが。
似たようなドームの立ち並ぶ一角。
そこで一方通行、垣根、美琴の三人は足を止めた。

「ずいぶんともてなしてくれるみたいね」

「だな。流石統括理事、歓迎してくれるじゃねえか」

三人がやってくるのが分かっていたのだろう、至るところに完全武装した兵士たちが隠れている。
親船らが同権限者視察制度を発動したはずなので、それ自体に不思議はない。

「ならこっちも相応の態度で応えてやンよ」

七メートルほどの身の高さの駆動鎧が、あちこちから集まってきた。
結構な数だ。身を潜めている兵士たちも合わせれば、それだけで相当数になるだろう。
更に巨大な砲塔のついた遠隔操縦装甲車も次々と集まり始め、その車体でバリケードを張った。

635: 2013/07/02(火) 00:13:56.95 ID:WA1Iw3Q90
「ただ、相手だって一方通行にまともな戦力が通用しないことくらい分かってるんじゃないの?」

「やりよォはある。それこそキャパシティダウンとかな」

「テメェなんかジャミングされりゃ廃人だからな。役立たずが」

「安い挑発してンじゃねェよ」

そういった対策が練られているだろうことを分かった上で、トップツーは動じない。
絶対の自信を持って、彼らは口の端を吊り上げた。
一方通行の電極は美琴によって充電された。垣根の体も治療と同じく美琴によってある程度は回復した。
一方通行と未元物質が焦る理由など、塵一つも存在しない。

「そこまで分かっていて、馬鹿正直に突っ込むっての?」

美琴が不安げな表情で訊ねた。
準備万端整った罠に自ら突っ込むなど、馬鹿のすることだ。
だがやはり二人は動じない。

「余計な心配すんな。それより、御坂。
お前にはこいつらの相手をしてほしい。頼めるか?」

「……そォだな。その間にこっちで全部終わらせる」

垣根が提案すると、僅かな間の後に一方通行がそれに同意した。

「それは構わないけど、でも……ううん。
分かった、ここは美琴様に任せなさい! その代わり、アンタも無事に戻ってきなさいよ!
言っとくけどその怪我全然治ってないのよ?」

「分ぁってんよ」

「アンタも。……不本意だけど、アンタに何かあれば打ち止めが悲しむのよ」

「……おォ」

636: 2013/07/02(火) 00:16:01.36 ID:WA1Iw3Q90
そもそもこうして一方通行と共闘すること自体が、美琴にとっては不本意と言えば不本意だ。
だが今はそんなことを言っている場合ではない。
未だに垣根たちに不安は残るが、この二人はたった二人だけ、美琴の上を行く超能力者。
その頭脳の持ち主が何も考えていないとも思えない。
ならば美琴に出来るのは、与えられた役割をしっかりと果たすこと。

何となく、美琴は二人が自分を足止め役にした理由が分かっていた。
そしてその上で美琴はそれを受け入れる。

「よし。おっけー、任された。アンタらは早く行きなさい」

美琴が一歩踏み出すと同時、弾かれたように一方通行と垣根が動き出す。
二人を追うように、兵士たちがサブマシンガンを始めとする銃器をその背中に向けた。
彼らは一切の躊躇いもなく、その命を奪うべく引き金を引いた。
ズガガガガ、という銃声と共に、人を簡単に絶命させる鉛玉が雨のように降り注ぐ。

「そっちに攻撃してよしって誰か言った?」

だが、その銃弾から二人を守るように、突如漆黒の壁がせり上がった。
その正体は御坂美琴の磁力によって支配された砂鉄だ。
弾丸は全て砂鉄のカーテンによって無力化され、標的へ届くことはない。
黒く蠢く防護壁がガリガリと銃弾を事もなげに食い潰す。

「あいつらはさ、私に気を遣ってる。垣根はともかく、一方通行も。
はっきり言って今更だし、一方通行なんてお前がそうするか、って感じだし」

誰に言うでもなく、美琴は呟く。
美琴の想像では、あの二人が自分を足止めにしたのは一つにはこの軍勢は自分と相性がいいからだ。
先ほども潮岸の勢力を退けたように、機械相手ならば美琴に負けはまずない。

そして、おそらく最大の理由は。
このドームの中の様子を、見せないため。

637: 2013/07/02(火) 00:18:48.22 ID:WA1Iw3Q90
「でも、そうやって配慮してくれてるのにそれを無駄になんて出来ないでしょ。
別に私が絶対にこの中に入らなきゃいけない理由なんてないわけだしね」

二人の姿が消えたのを確認すると、美琴は砂鉄の防壁を解除する。
しかしそれは消えることなく、美琴の元へと帰る。
突然ドガァン!! という轟音が、一方通行と垣根の向かった方から聞こえてきた。
おそらく二人のたてた音だろう。美琴は一瞬だけそちらに目を向けたが、そっちは自分の領分ではないとばかりにすぐ目線を戻す。

「だから、私は自分に出来ることをする。
託されたことも果たせずに超能力者は名乗ってらんないわ」

美琴の周囲を旋回する真っ黒な砂鉄の集合体。
それは巨大な蛇にも、あるいは竜にも見えた。
バチバチ、と全身から放電が起きる。
それに対応するように、砂鉄の塊も紫電を帯び、一層その威容さを増していた。

「―――かかってきなさい。
この『超電磁砲』が相手になるわ。一人だってここから先へは行かせない。
あいつらをどうにかしたければ、まずは私を頃すことね」

全ての殺意と武力を真っ向から受け止め、粉砕する。
―――そして、誰も殺さない。
それが一方通行の、垣根帝督の、麦野沈利の願いだから。
それが人だから。
それが御坂美琴だから。

ダンッ!! と地面を蹴り、身を低くして駆け出す第三位。
それに追従するように、紫電を纏った黒竜が迫る。
兵士たちが、駆動鎧の群れが、確実に仕留めるべく身構える。
しかしいつの間にか生まれていたもう一つの砂鉄の塊が、第三位を護衛する。

紫電を纏う黒い竜と黒い蛇。
それらを従えた学園都市第三位の、圧倒的な戦闘が始まった。

殺れるものなら、殺ってみろ。

638: 2013/07/02(火) 00:24:33.24 ID:WA1Iw3Q90
大丈夫だよ、そんな投下終了を応援してる

次回で第四章は終わります
しかし初期の携帯充電は伏線というほどでもない小ネタ程度だったけど、>>562でそれを指摘されてマジビビった
あんな最初のこと覚えてるのかと

次は全世界の婚后さんファンを敵に回したあの人が登場するよ!

652: 2013/07/04(木) 23:31:20.71 ID:g7lwC82X0
奴らには絶対に関わるな。

653: 2013/07/04(木) 23:37:20.38 ID:g7lwC82X0
美琴が交戦状態に突入したころ、一方通行と垣根はドームの中へと侵入を果たしていた。
侵入と言う通り、二人は正規のルートなどは使っていない。
もともとが気性の荒い彼らである。強引に壁に穴を空ける程度何の迷いもない、
その頭脳や立場もあり、あれこれと策を巡らす頭脳戦も決して嫌いではないが、やはり強行突破が一番性に合う。

「さて。さっさと終わらせるか。御坂がこっちに来る前にな」

「せいぜい足を引っ張らないことだな、未元物質」

「いちいちムカつく野郎だなテメェは。役に立たねえのはテメェの方だろうが、欠陥だらけのクソモヤシが」

「顎をすり潰されてェかメルヘン野郎」

「出来もしねえことをほざくんじゃねえよ」

早速の舌戦。
先ほどまでと違い、場を収められる美琴がいないため中々止まらない。
最悪頃し合いか、とも思われたが流石にこの状況で潰し合いをするほど彼らも馬鹿ではない。
両者適当なところで見切りをつけると、チッ、と大きく舌打ちする。
当然というべきか、この二人に協調性というものは皆無だった。

もともと超能力者というのは相当の個人主義であるが、その中でもこの二人が協力するということはまずあり得ないだろう。
この二人が共闘したとしても、相乗効果が生まれるどころか互いに足を引っ張り合って大した力にはならなそうである。

両者無言のままに、歩みを進めていく。
建物の中には見たところ一方通行と垣根しかおらず、その二人が黙っているため非常に重い沈黙が漂っていた。
しかもただの沈黙ではなく、二人の相容れない超能力者から放たれる重圧感もあり、普通の人間にはとても耐えられない空間と化していた。
カツ、カツという杖の音。二人分の足音。聞こえるのはそれだけだ。
僅かに外から美琴の戦闘音も聞こえてくるが、それは本当に微かなものだ。

654: 2013/07/04(木) 23:38:42.22 ID:g7lwC82X0
少しの後、彼らの足が止まった。目の前には分かれ道。
いくら垣根が潮岸の隠れ家の場所を知っていたとはいえ、その内部構造まで把握しているわけがない。
一方通行も同様だ。よって、どちらが奥へ通じている道なのか判別することはできない。

「面倒くせえな。全部ぶっ壊して進みゃ簡単なのによ」

「潰すのは潮岸から第三次製造計画について聞き出してからだ」

「分かってるっつの。軽い冗談だよ」

一方通行も垣根もそれができるだけの力を持っている。
しかしそうすると話を聞く前に潮岸を頃してしまう可能性がある。
潮岸がどこにいるかはっきりしない以上、それは危険な賭けだった。

「ま、考えてみりゃテメェとおさらばする絶好のチャンスだ。
俺は好きにさせてもらう。テメェはテメェで勝手にやるんだな」

「中で野垂れ氏なねェよォに祈っとくンだな」

二人はそれ以上言葉を交わさず、それぞれ別々の道へ進む。
勿論、分かれて行動すればそれだけリスクも上がる。
だが自身の実力に絶対の自信を持ち、そして何より一方通行と、垣根と行動したくない彼らは何の躊躇いも見せなかった。

一方通行と分かれた垣根は、油断なく周囲を警戒しながら先へ進む。
途中またも分かれ道があったが、建物の構造などからの推測が一割と九割の勘で歩みを進めた。
すると、開けた少し大きな一室に出た。
あまり物もなくさっぱりとしていて、使用されていない倉庫のような感じを受ける。
そしてそこでは、一人の男が垣根を待ち構えていた。

655: 2013/07/04(木) 23:40:55.35 ID:g7lwC82X0
「中ボス登場ってか? ああ、悪いな。お前みたいなのじゃ中ボスも務まらねえか」

知らない人物だ。
しかしそれでも垣根は、即座にその男を小物と断定した。
小太りの男だった。垣根帝督という超能力者と対峙しているくせに、その顔に恐怖の色はない。

「いきなりご挨拶だね、垣根帝督。
自己紹介くらいしておこうか? 僕は馬場芳郎。『メンバー』の一員さ」

馬場芳郎と名乗った男は、やはり目の前にいる人間が垣根だと分かっている。
それでいて、余裕の態度を崩さなかった。

「今から氏ぬ野郎の名なんざ聞くだけ無駄だ。
雑魚は引っ込んでろ。今なら見逃してやる。小物をいたぶって喜ぶ趣味は持ち合わせてねえ」

だが余裕なのは垣根も同じだった。
両手はポケットに入れられたまま。
その目は馬場の目を見ておらず、目の前の男など歯牙にもかけていない。
事実両手をポケットに入れたままでも馬場を一〇〇回頃すくらい何でもない。

「全く、超能力者ってのはどうも自信過剰だね。そんなことだから―――」

「こうして、背後をとられるんですね」

垣根の後ろから、声。
今まで誰かがいたとは思えない。事実、いなかった。
そうでなければ垣根が気付かぬはずがない。
だというのに、まるで瞬間移動したかのようにそれはそこにいた。

「……空間移動系能力者(テレポーター)か」

つまらなそうに呟く。
垣根の喉には、背後に回った男が持っている鋸が突きつけられている。
この男がその気になれば、即座に垣根の喉を切り裂けるだろう。
査楽と名乗った男の気分一つで、垣根の生氏は決定される。

656: 2013/07/04(木) 23:42:47.70 ID:g7lwC82X0
「査楽、といいます」

「どいつもこいつも行儀の良いこって」

吐き捨てて、動こうとしたが垣根の喉にひんやりとした感触があった。

「動かないでくださいね。それと、抵抗は無駄ですね。
この状況ではあなたが何かするより、私があなたの喉を掻っ切るほうが早いですから」

「そうかい」

垣根はつまらなそうに相槌を打った。
あまりに余裕のある態度。
とても喉元に刃物を突きつけられている人間の振る舞いではない。
査楽もその態度に違和感を感じたのだろう。脅すように鋸を動かして、

「ずいぶんと余裕ですね。自分の置かれている状況、分かってますか。
とりあえず指示に従ってもらいましょうか。色々と質問もありますし」

「しょうがねえな。登場したばっかで、見せ場もなしで悪いが退場してもらうとするか」

事は一瞬だった。

暗部組織『メンバー』の一員、査楽は絶命していた。

彼の命を奪ったのは、純白に輝く異物だ。
それは垣根の背中から伸びていて、それは翼の形を成していた。
容赦なく体を穿たれ、査楽の体は翼によって支えられ宙吊りにされていた。
垣根がその翼を軽く振るうと、査楽の氏体はゴミのように放り投げられ、大量の血を撒き散らしながら床を転がった。

657: 2013/07/04(木) 23:45:38.33 ID:g7lwC82X0
「暗部みてえな場所じゃあ、背後をとるってのは重要だ。
奇襲は格上相手でも殺せる可能性のある戦法だからな。
だが、俺にはそれは通用しねえんだわ。残念だったな、来世にご期待くださいってヤツだ」

仲間であるはずの査楽が呆気なく殺されたのを見て、しかし馬場芳郎は動揺していなかった。
暗部に身を置いているだけあって、この男も相応に外道であるようだ。
空間移動系能力者というのはかなり希少な存在なのだが、馬場はそれ以上なのだろうか。

「まだいたのかオマエ。つまり俺に殺されたいってことでいいんだよな?
警告はしたんだぜ、氏にたくなきゃ逃げろってな」

垣根とて馬場にまともな仲間意識など期待してはいない。
むしろ暗部ではそういった感情は妨げにしかならないからだ。
だが、それでも査楽が瞬殺された光景を見れば、己の身の心配くらいするはずだ。
あるいはそれだけ垣根を舐めているのか。

「始めから期待なんかしちゃいなかったけど、本当に使えない奴だな」

「そう言ってやるなよ。どうせお前もこうなるんだ」

氏人を嘲笑した馬場に、言外に勝利宣言を告げる垣根。

「そう簡単に行くかな?」

馬場の背後から、何体ものロボットが現れた。
それは犬のような四足歩行の形状をしており、鼻の部分がホースのように長くなっている。
それはT:GD(タイプ・グレートデーン)と呼ばれるロボだ。
馬場を守るように陣形を組むと、命令待機状態なのか動きを止めた。

658: 2013/07/04(木) 23:47:34.13 ID:g7lwC82X0
「笑えるな。まさかそんなオモチャで俺をどうにか出来ると思ってんのか」

「そのまさかだけど?」

「……ナメてやがるな。よほど愉快な氏体になりてえと見える」

実力者は、自らの力を軽んじられることを強く嫌う。
そしてそれは垣根帝督には特に当てはまることだった。
あの程度の機械、何十体集まろうと垣根の敵ではない。
一体どこまで馬場は超能力者を、第二位を舐め腐っているのか。

「ま、まともに戦えばまず勝ち目はない。
なら話は簡単でさ。まともに戦わなければいいだけだよね」

言って、馬場はポケットから取り出した何かの装置のコントローラーを操作した。
すると、ギィィィイイイイン、という耳に障る甲高い音が鳴り響いた。
垣根を突如強烈な頭痛が襲う。二本の足だけでは体を支えきれなくなり、手で頭を押さえながらその場に膝をつく。
垣根はこれを知っている。これはただの音ではない。

「……キャパシティ、ダウン……ッ!!」

それは特殊な音で能力者の演算を阻害するもの。
それは無能力者には効果がなく、確実に能力者だけを無力化するもの。
それは垣根帝督に対して、馬場芳郎に勝機を与えてくれるもの。

「ご明察。しかもこいつは特別製でさ。
多分君が知っているヤツより強力なはずだよ。
流石に超能力者を完全に無効化、とまではいかないけど、もう君の力は見る影もない」

その通りだった。
身動きのとれなくなった垣根を、馬場の指示でT:GDが襲う。
まともに動きのとれない垣根にそれを防ぐ術はなく、体当たりを食らって垣根は床に倒れ込んだ。

659: 2013/07/04(木) 23:50:19.99 ID:g7lwC82X0
「全く無様だよねぇ。あれだけ啖呵を切っていた超能力者とは思えないね」

馬場は倒れている垣根のすぐ近くまで近づき、下卑た笑みを浮かべて垣根を見下ろした。

「聞いたよ。君、御坂美琴に懐柔されたんだってね?
他人に精神を委ねている時点で二流。超能力者って言ってもそんなことも分からないのかね」

馬場は笑う。
馬場芳郎は気付かない。

「御坂美琴もとんだクズ女だよね。
言葉巧みに君たちをここにやって、自分だけは残ったんだから。
やっぱり超能力者なんてのはゴミクズの集まりだよ」

馬場は続ける。自身が見下ろす垣根帝督の変化に気付かないまま、続ける。
馬場芳郎は気付かない。

「どうせ君を懐柔したのだって、自分のいい様に利用するためだろうね。
そもそもクローン共だって御坂美琴が原因で作られたわけだし? 一万頃しの大罪人だ。
君もずいぶん情けないが、御坂美琴はもっと―――ぐぇっ!?」

突然馬場の言葉が途切れた。
垣根帝督が、動けないはずの垣根帝督が立ち上がり、その手で馬場の首を絞め上げている。
続けてT:GDが何かの力で一瞬で吹き飛んだ。
馬場にはそれを認識することも出来なかった。全てのT:GDはバラバラになり、その動きを完全に停止させた。
垣根が何をしたのかも分からず、その予備動作一つすら認識できなかった。

「―――ペラペラペラペラと上の口からビチクソ垂れ流しやがって。
ムカついた。ああ、大いにムカついた」

キャパシティダウンは、正常に動作している。
甲高い、耳に障る特有の音が鳴り響いている。
この空間において能力はまともに使えないはずなのに。

660: 2013/07/04(木) 23:53:19.25 ID:g7lwC82X0
「不愉快だ」

垣根帝督は、平然と立っている。
この状況においては絶対であるはずの馬場芳郎に涼しい顔で楯突いている。
いや、その顔は醜く歪んで、濃密な殺意に満ちていた。

「―――ブチ、頃す」

首を絞められている馬場は酸素を求め、口を魚のようにパクパクさせている。
だが垣根はそれを見て、尚その手を離そうとはしない。
どころかむしろ力を強めていった。それに比例して馬場の口からだらしなく涎が垂れ始める。

「ぁ、ぃひっ、あ”……」

「楽には氏なせねえよ。誰の前で何を言ったか、よく考えるべきだったな。
今の内にせいぜい念仏でも唱えとくんだな」

いよいよ馬場の限界が近づいてきた時、垣根はあっさりとその気道を塞いでいた手を離した。
急速に酸素を得た馬場は激しく咳き込み、その場に倒れ込んだ。
両手で喉を押さえ、苦しそうに悶えている。
垣根はその横腹をドゴッ!! と一切の躊躇無く蹴り飛ばした。
吐き出しそうになっている馬場を、垣根は冷徹な表情で見下ろした。

馬場芳郎は、垣根帝督の逆鱗に触れた。
以前なら問題なかっただろうが、美琴に救われた今の垣根の前で美琴を侮辱するのは自殺行為だ。
垣根は知っている。美琴が自分に手を伸ばしてくれたのは、損得勘定があったからではないということを。
御坂美琴がどういう人間なのかを知っている。
少なくとも、美琴はこんなクズにあれこれ言えるような人間ではないと垣根は思う。

「なんで、どうして、キャパシ、キャパシティダウンは……っ!?」

ある程度呼吸の整ってきた馬場は、隠しもせずに動揺を露わにした。
だがそんな程度のもので第二位を無力化できるならば、それがあることを見越していた垣根が堂々と乗り込んでくるはずがない。
対応できると分かっていたからこそ、一方通行も垣根もやって来たのだ。

661: 2013/07/04(木) 23:55:17.18 ID:g7lwC82X0
「この辺りには既に『未元物質』を散布してある。
この世に存在しない物質、それは全てをあり得ない方向に捻じ曲げちまうんだよ。
勿論音波だって例外じゃあない」

キャパシティダウンはただの音ではない。
ノイズを発生させれば能力者の演算を狂わせられるというほど簡単な話ではない。
その効果を得るためには、演算を阻害できる特定の音でないと駄目だ。
決められた音圧、決められた周波数、決められた波形。
そこから少しでも外れてしまえば、それはキャパシティダウンとして正しく効果しなくなり、ただのノイズになってしまう。

そして今、この場には『未元物質』が充満している。
一方通行のような能力者なら分かるだろうか、垣根の領域と化したこの空間では光や音が妙なベクトルに折れ曲がっている。
この世に存在しない物質によって、この世に存在しないように変質させられている。
少しでもそこから外れれば効果を失うキャパシティダウン。
ならば、『未元物質』により変質させられ捻じ曲げられた音はどうなのか?
その答えが、今の状況である。

「やろうと思えば逆位相の音波をぶつけて無効化することだって出来る。
キャパシティダウンを用意したぐらいで俺に挑むのは早計だったな」

その程度では、垣根帝督の力と頭脳を上回れない。
その程度では、未元物質に封をすることは出来ない。
ともあれ、もはや馬場芳郎に勝機はなかった。

「ぐっ……。まさかここまでとは。完全に予想外だった。
けれど、これで勝ったと思わない方がいい。その減らず口もじきに叩けなくなる」

「ほう。テメェがくたばるからか?」

馬場にもまだ手はある。T:GDはまだあるし、T:MT(タイプ・マンティス)というとっておきもある。
だが、前者では手も足も出ないことは証明されているし、後者を使ったところで第二位に敵うとは思えなかった。
そうなると、馬場に残された手段は一つ。
気付かれぬように馬場は蚊ほどの大きさのロボットを放った。

662: 2013/07/04(木) 23:58:03.14 ID:g7lwC82X0
「たしかに君は強いけど、同じ人間であることには変わりない。
だったら、僕にも手の打ちようはあるんだよ」

T:MQ(タイプ・モスキート)。
中には身体の制御を奪うナノデバイスが内臓されている。
このナノデバイスをT:MQを使って打ち込む。
それしか馬場にこの場を切り抜ける方法はなかった。
言葉で垣根の注意を引きつけて、その隙に。

そしてT:MQが垣根のすぐ近くまで接近し、あと少しというところでそれは起きた。
ゴァ!! という音。
巻き起こる熱風。吹き乱れる爆風。
原因不明の小規模の爆発が、垣根を中心として突如起こった。

その爆風を受けた馬場は吹き飛ばされ、壁に強かに叩きつけられる。
頭部からは血が流れていて、ド口リと垂れた血がその顔を赤く染めていた。
それでも馬場が生きているのは、垣根が殺さないように加減を加えたからだ。

この爆発を起こした張本人はゆっくりと、余裕のある足取りで馬場に近づいてくる。
それは氏へのカウントダウン。馬場には氏神の足音にしか見えなかった。
垣根が一歩歩みを進める度に馬場芳郎の寿命は削られていく。
それは第二位という名の圧倒的脅威だった。

「言っただろうが。『未元物質』の散布されたこの場所はもう俺のフィールドだ。
そんな小細工は効かねえよ。残念だったな、当てが外れて」

にこりと、垣根は微笑んだ。
そこに怒りはなく、憎悪はなく、殺意もない。
まるで親しい友人に話しかけるような笑み。
だがそれこそが、その異物感が馬場芳郎の全身を圧倒的恐怖で刺し頃す。

「ひっ、ひゃああぁああぁああああ!!」

腰が抜けて立ち上がれないのだろう、馬場は座り込んだまま後ずさるようにして垣根から離れる。
しかしすぐに壁にぶつかり、それ以上動けなくなってしまった。
後ろには壁。前には垣根。どうしようもない絶望的な状況。
そもそもの話、垣根から逃げ切れるはずがないのだ。
馬場の顔は分かりやすい恐怖で塗りつぶされていた。

663: 2013/07/05(金) 00:00:03.81 ID:NsgbMn5B0
これまでも馬場芳郎は何人もの人間を直接的・間接的に頃してきた。
他人を貶め、傷つけ、頃すことに悦びを覚える歪んだ人間だった。
泣き叫ぶ人間、命乞いをした人間だっていた。
だが馬場は一度としてそれを聞き入れたことはない。
いつだって彼は高圧的で、余裕たっぷりだった。

それが今はどうだろう。
いつもとは狩る側と狩られる側が全く違う。
それが逆転した瞬間、馬場は今まで追い詰めてきた者たちと同じように恐怖し、涙と鼻水で顔を汚している。
結局は、それが馬場芳郎の本質だった。
所詮は垣根の言った通り小物に過ぎなかったのだ。

「やっ、やめろ、助けてくれ!! すまなかった、もう二度と君には手を出さないッ!! だから……!!」

そして、命乞い。
これまで何人もの人間の命を奪っておきながら、自分の命だけは惜しい。
そういう点で、馬場芳郎は一方通行や垣根以上のクズだった。
一方通行や垣根ならば、たとえ殺される直前になっても、如何なる拷問にかけられようとも命乞いなどしないだろう。
だが、垣根が馬場を頃すのはそれが理由ではない。

「天国か地獄か、好きな方に行って来い」

垣根の顔から笑みがスッと消え、恐ろしいまでの無表情になる。
ザン!! と切断音。
馬場の右腕が、根元から切り落とされた。

「―――ぁ、」

一拍、間をおいて。

「―――ぎゃああああああああああああああっ!!!!!!」

身を焼くような激痛に、絶叫した。
血を撒き散らして、身悶える。
だが垣根はそんなことには委細構わず、冷徹な瞳でそれを見つめている。

664: 2013/07/05(金) 00:06:42.75 ID:NsgbMn5B0
垣根帝督を怒らせたことが、馬場の氏因だった。
垣根帝督の前で御坂美琴を引き合いに出したことが、間違いだった。
垣根帝督の前で御坂美琴を侮辱したことが、彼の運命を決定した。

「テメェの愚かさを呪え。悪いがテメェには氏んでもらう。
氏んで働き者にでも生まれ変わりやがれ」

「たっ、助け―――」

「聞こえねえな、そんな寝言はよ」

白翼を一振り。
まるで豆腐のようにあっさりと馬場の上半身と下半身が分断される。
たしかに感じる骨を砕き、筋繊維を断裂させる感触。

血と臓物を撒き散らして、馬場芳郎は倒れていた。
おそらく何が起きたのか理解できていないのだろう、馬場はまだ意識があった。
その顔にあるのは戸惑い。自分の身に起きたことを把握しようと必氏だった。
だがそんな行為に今更意味はない。自らの下半身が切り離されていることに気付いた馬場はショックで失神してしまった。

放っておいても間違いなく氏ぬだろう。
だが垣根は容赦をしない。馬場は絶対に見逃しはしないと、この手で必ず頃すと決めていた。
手から『未元物質』を放ち、その心臓を穿つ。
こうして、馬場芳郎は呆気なく絶命した。

「……おかげさまで気分悪くなったぜ」

垣根帝督は馬場の氏体にもはや意識を向けない。
もともとここには潮岸に会いに来たのであって、こんな雑魚共とお遊戯をしに来たわけではないのだ。
垣根は部屋を出る直前、血と肉と氏体に彩られた部屋を見て、やはり美琴を外に残したのは正解だった、と笑った。

665: 2013/07/05(金) 00:09:49.66 ID:NsgbMn5B0









「生きてたンかよ」

「そりゃこっちの台詞だ障害者」

道なりに進んでいくと、一方通行と再度遭遇した。
結局、あの分かれ道はどっちに進んでも最終的に行き着くところは一緒だったようだ。
垣根が査楽と馬場に襲われたように、一方通行も同じ『メンバー』のリーダーである博士の襲撃を受けていた。
だが博士の用意したミサカネットワークを切断するジャミング装置を、自前の杖に仕込んだジャミング装置で無効化。
難なく勝利を収めていた。博士の敗因は、一方通行がジャミング対策を施していたことを知らなかったことだろう。
殺意を持って一方通行と相対したのだ、おそらく博士はもう生きてはいないだろう。

「……もォほとンど最深部か」

「ボスキャラはダンジョンの一番奥ってのが定石だからな」

垣根がそう言ったところで、新たな足音が聞こえてきた。
そう言ったのは、スーツの男だった。
年は三〇くらいに見える。

「手合わせ願おうか」

「……誰だオマエ」

一方通行が得体の知れぬ男に身構える。
だが垣根の反応は違っていた。

666: 2013/07/05(金) 00:11:57.00 ID:NsgbMn5B0
「杉谷か。潮岸のペットだな」

「驚いたな。私の名前まで知っているのか。
お前には本当に驚かされる。ここの場所も知っていたようだし」

「テメェの情けない頭とは出来が違うんでな」

杉谷はフッ、と笑ってスーツの内ポケットからタバコの箱を取り出し、唇を使って一本の細いタバコを取り出した。
タバコに火をつけるため、杉谷はタバコの箱と取り替えるようにライターを取り出す。
透明のプラスチックのライターで、どこでも売っているような安物に見える。
一方通行は杉谷が潮岸の側近だと知り、問うた。

「オマエは第三次製造計画について知っているのか」

「あれはな」

杉谷はタバコに火を点けるため、ライターをタバコに近づけた。
少なくとも、一方通行と垣根にはそう見えた。
だがその予想に反し、聞こえてきたのはパシュッ!! という小さな発射音だった。
杉谷はライターに偽装した小型の麻酔銃を用い、真正面から奇襲を仕掛けたのだ。
全く想定外のタイミング、予想の出来ぬ攻撃。
それで以って超能力者を無力化する。

だが、放たれた麻酔弾は目に見えぬ障壁に弾かれ、標的に届くことはなかった。

「ナメた真似してくれんじゃねえか」

「潮岸からのオーダーでな。制限付きの単純に高破壊力の一方通行より、鬱陶しい知識があり予想できない使い方のある未元物質の方が優先順位が高く設定されていた」

奇襲が失敗したというのに、まるで落胆の色を見せずに杉谷は言う。
それは追い詰められた者のする表情ではなかった。
だがそれはとっておきの作戦があるとか、実は潮岸はここにはいないとか、そういうことではない。
こうなることが分かっていたからだ。

667: 2013/07/05(金) 00:14:43.89 ID:NsgbMn5B0
「予定ではキャパシィダウン及びこの麻酔弾で垣根を無力化し、ミサカネットワークから切断することで一方通行を始末するはずだった。
そしてお前たちより戦闘能力の劣る御坂はこちらの総力を使って叩き潰す」

それが当初の予定だった。
ところが実際にはキャパシティダウンは垣根に通用せず、一方通行はジャミング対策を既に施していた。
もはや打つ手はない。

「潮岸は終わりだな」

「何なンだオマエ」

「甲賀だよ。甲賀の末裔だ。
ずっとずっと昔から、正義と名乗ってこんなことを続けてきた、卑怯者の集団さ」

「笑えるな」

垣根が杉谷を嘲笑った。
今の不意打ちも、垣根は対応こそしたがそれに事前に気付けなかった。
それだけ杉谷の動作が自然で、演技が洗練されていたのだ。
そしてそれらの事実を踏まえた上で、垣根は笑う。

「そこそこの腕は持っていても、結局やることは潮岸のペットになることだけか。
潮岸みてえなクソ野郎に従ってちゃあ、正義を名乗ってきたテメェの先祖とやらに申し訳が立たねえんじゃねえのか」

「確かに、善などという抽象的な言葉はいつだって権力者に利用される。
だがだからといって、悪に全てを任せたところで全部上手く解決するとでも?」

杉谷は怯まない。
超能力者二人と対峙していながら、恐怖も見せずに彼らを糾弾する。

668: 2013/07/05(金) 00:23:28.55 ID:NsgbMn5B0
「ふさけるんじゃない。所詮お前たちのような悪がやっていることは、善のとりこぼした残飯を漁っているだけだ。
少しの悲劇を食い止めたところで、それ以上に膨大な数の悲劇と向き合っていた我々を上回ったつもりか?
卑しい残飯拾いの分際で、それだけで全てを満たせるとでも思っているのか?」

「クソ野郎が」

対して一方通行も、一切怯むこともなく即座に切り返した。

「その残飯を卑しいと思っている時点で、オマエの善は本物なンかじゃねェンだよ」

「本物だと?」

杉谷が二人を馬鹿にするような笑みを浮かべた。

「お前たちのような悪党が、善人を知っているとでも言うのか?」

「…………」

「…………」

今度の問いには少しの間があった。
一方通行と垣根の頭に真っ先に思い浮かんだのは、同じ人間だった。

無能力者の少年と、超能力者の少女。

それだけではない。
喧しい幼い少女や、警備員の女性。ツインテールの風紀委員に無能力者の少女、花飾りをした風紀委員など。
それらの人間味のある笑顔を思い浮かべて、彼らは答えた。

「……知っているさ」

垣根が。

「思い返すだけで、頭にくるくらいにな」

一方通行が。

「そうか」

そう言うと、杉谷は再度フッ、と笑い。
懐から、大型の銃を取り出した。
そして何の躊躇いも見せずにそれを己のこめかみに突き付け。

「結局お前たちと似たような方法を使っていた私も、立派な悪党だったわけだ」

刹那の迷いもなく、その引き金を引いた。
パァン!! という銃声が鳴り響く。
ドサッ、と血飛沫と共に床に倒れて動かなくなった男の姿を見て、二人は何とも言い難い表情を浮かべていた。

669: 2013/07/05(金) 00:26:07.40 ID:NsgbMn5B0









一方通行、垣根帝督。
学園都市でも最強を誇る超能力者の中で、更に最強の力を持つ頂点の双翼。
彼らはドーム状のシェルターの最深部にいた。
二人の前には散々に打ちのめされた潮岸がいる。
駆動鎧から引き摺りだされ、その駆動鎧は無残に破壊されている。

「さて、どォするかね」

「質問に答えなければ指を一本ずつ切り落としていくとかか?
あまりに定番だが、同時にそれなりに効果的でもあるだろ」

潮岸の腹からは血がドクドクと流れ出している。
もうまともに動ける状態ではないのは明らかだった。
だがそれでも、一方通行と垣根はそれを気にする素振りは全くない。
それどころか更に追い詰めようとさえしていた。

「第三次製造計画か……」

潮岸は腹からの出血を気にすることさえ忘れて、小さく呟いた。

670: 2013/07/05(金) 00:28:10.33 ID:NsgbMn5B0
「推測は出来ているかね」

「まさか『実は私も知らないのだ』とか言い出す気じゃねえだろうな。勘弁しろよオッサン」

「だったら良かったのだがね。生憎私は知ってしまった」

潮岸の顔は疲れ切ったものだった。
一方通行と垣根は言葉を挟まず、潮岸の言葉だけが空間に響く。

「あれに関わるべきではない。君たちが何を聞きたいのかは分かっている。
話せと言われれば応じるが、私は君たちのために言っておこう。関わらない方が良い。
これは安っぽい脅しとして、という意味ではない。純粋に『関わってしまった者』としての発言だ。
正直、私は関わりたくなかった。関わらずにいたかったと、心から思う。
あれは、駄目だ。外に出してはいけないものだ。はっきり言って世界で一番恐ろしいとさえ思う」

一二人しかいない統括理事会の一員、潮岸。
絶大な力を振るえる立場にいながら、潮岸は怯えていた。
『それ』に触れたくはなかったと、後悔していた。

潮岸の言う「関わるべきではない」というのは、第三次製造計画そのものを指しているのではない。
御坂美琴の生体クローンを作る、というだけなら量産型能力者計画や絶対能力者進化計画の際にも行われている。
そしてその程度の内容ならば、一方通行も垣根も既に知っている。
そうではなく、潮岸の言っているのは。

「―――第三次製造計画ってのは、どいつの提唱だ?」

垣根帝督はそう質問した。
忠告を聞いた上で、尚先に進むことを選択した。

「第三次製造計画の黒幕は、誰なンだ?」

それは、一方通行も同じ。
潮岸の言葉を右から左に流していたのではない。
しっかりとその意味を理解し、それでも真実を知ることを選択した。

「……何を言っている。お前たちも、よく知っているだろう」

潮岸はおかしそうに笑った。
見当違いなことを言っている二人が、おかしくてたまらないというように。

671: 2013/07/05(金) 00:35:49.55 ID:NsgbMn5B0






「―――……『木原』だよ、超能力者」







672: 2013/07/05(金) 00:36:36.07 ID:NsgbMn5B0









『木原』。
その名前は学園都市の『闇』の奥に身を置く者なら、誰もが知っている。
そして、誰もがあまり口にしようとはしない忌み名。

それは生まれながらにして、科学という領域を支配する力を授けられた者たち。
それは人でありながら、科学という武器を用いて神へと迫る者たち。
それは人間でありながら、決して越えてはならない禁断の領域へと笑って踏み込む者たち。

『木原』は『木原』であるだけで、科学から愛される。
そこに後天的教育は関係ない。
他の何者よりも恵みを受け、同時に他の何者よりも呪われた一族。
それが『木原』だ。

潮岸のシェルターと同じく第二学区にある、とある大規模な研究施設。
そこに彼らはいた。
その大きな一室には多数の培養カプセルが立ち並んでいる。
だがそのほとんどが空っぽで、中身のあるカプセルは一つだけだった。
そこでは髪の長い人間―――おそらく少女だろう―――が培養液に満たされている。
薄い緑色の培養液がゴポゴポと泡立ち、気泡が生まれ、弾ける。

673: 2013/07/05(金) 00:38:28.85 ID:NsgbMn5B0
壁と溶接され一つになっている、その培養カプセルを操作するコンソールの前に一人の女がいた。
女が何か操作すると、複数あるモニターに様々な英文やCGが一斉に表示された。
それらは全て培養液に満たされている少女の状態を表すものだ。
それを見て女は満足し、笑みを浮かべてコンソールから離れた。

「うん、全て順調ね。一切問題なし」

女―――テレスティーナ=木原=ライフラインは、リクルートスーツのような服から何かを取り出した。
それは『木原』とはまるで無縁に見える、そこらのコンビニでも売っているようなチョコレートの菓子だ。
「ピンク」と呟いてから左手に向けて菓子の入った箱を振る。
するとピンク色の小さなチョコレートが一粒、掌に躍り出た。
それを見て、テレスティーナは満足げに笑顔を浮かべて口に入れる。

「これだけ『木原』が集まってんだぜ? そりゃあ失敗するわけねえだろうよ。
これで失敗なんつったら笑い転げて腹が捻じ切れてるわな」

そう言ったのは金髪で顔面に刺青の入っている、いかにも研究者とは無縁そうな男。
だがこれでも彼は非常に優秀な研究者だ。
その実力は木原一族の中でも上位に位置する。

木原数多は、テレスティーナの表示させたモニターを見てニィ、と笑った。

「とは言っても、やはり本当に満足いく結果にはなりませんでしたねぇ」

いつの間にやってきたのか、車椅子に乗っている薄い緑色のパジャマを着た女性がモニターを覗き込んだ。
彼女もまた木原一族が二人もいるこんな場所にいることから分かるように、学園都市に巣くう『木原』の一人だ。
その隣には、黒い髪で左右にお団子を作った少女が立っていた。
セーターにミニスカート、黒いストッキング。服装に統一性はないが、首から下げたたくさんのスマートフォンが目を引く。
更にその隣にはもう一人女性が立っていた。

674: 2013/07/05(金) 00:41:27.61 ID:NsgbMn5B0
「あぁ。こりゃまだ超能力者個体の量産は見込めそうもねぇ」

そう言って木原数多が視線をやったのは、複数あるモニターの内、一番大きいもの。
そこには培養液に満たされている少女の詳細が表示されている。




    ――――――THIRD SEASON・SISTERS――――――


    Mass-production type:ESP Clone Forces 『Misaka Sisters』 ver.Third Season


    The Specification of Third Misaka Prototype



    Height……164
    Weight……49
    Heart Rate……78
    Blood Pressure……128・79
    Percent of Body Fat……23

          ・
          ・
          ・

    Maximum Volt……About 400 million
    Intensity of Ability……Level4++




「それでも以前と比べれば大した進歩ではありませんか。
異能力者なんて役立たずしか作れなかったころからすれば、だけどね」

テレスティーナが笑うと、車椅子に乗った木原病理もまた笑った。
その笑顔は特別狂ったものではなかったが、それでもどこか狂気を感じさせるものだった。
『木原』が笑えば、それがどんなものでもそこには絶対の悪意と狂気が見え隠れする。
彼らはそういう一族だった。

675: 2013/07/05(金) 00:43:02.77 ID:NsgbMn5B0
「それも第二位のおかげ、ということになるのでしょうかねぇ」

「ええ。未元物質には感謝しているわ。おかげで私の目的も果たせそうだし」

垣根帝督は、御坂美琴の詳細な情報を入手するために観察の任についた。
そして垣根は依頼通り、定期的に報告を行っていた。
自身の観察したものや、何気ない会話を装って聞きだした演算パターンなど、様々な事柄を。
離れた場所から集めたデータだけでは分からない、生で得た情報。
そして垣根の手によって渡ったそれらの情報は、今培養カプセルに入っている少女の生成に多いに役立った。

以前の妹達と比べ格段に強化できたのは、『木原』の技術によるものだけではない。
これらのデータにより、限りなくオリジナルである御坂美琴に近づけることに成功したためだ。
美琴の監視など名目に過ぎない。妹達のスペックを大幅に上昇させるための情報を入手するために、『スクール』を使ったのだ。

これで第三次製造計画の妹達は大能力者の力を持つ。
これを何万と量産し武装させれば、大能力者の能力を有し、最新の装備に身を包み、ミサカネットにより意思の疎通や経験を共有する最強の軍隊が生まれる。
もともとが量産型。一体作るのにそれほど手間もかからない。
必要であれば何万、何十万、いや何百万と作ることだってできる。
安価で生み出せる無限の軍勢。まさに理想の軍隊だった。そしてそれは、同時に世界の勢力図をも大きく塗り替えることとなるだろう。

「にしても、いくら『アイテム』が超電磁砲を狙ってたからって、わざわざ『スクール』を動かすとはなぁ。
しかもそれだけじゃ飽き足らず、『グループ』まで動かすときた。全く、女の執念は恐ろしいぜ」

「仕方がないでしょう? あんな奴らに私の獲物を横取りされては、たまったものじゃあない。
もともと未元物質はあまり熱心じゃなかったし、事実あの時も未元物質が現場に到着したのはだいぶ遅れていた。
念には念を、ってヤツですよ。私がこの手で殺さないと、何の意味もない」

「勘違いするなよカカロット、俺はお前を助けにきたわけじゃない。
お前を倒すのはこの俺だからなってヤツか」

「……どういう意味?」

「いんや、何でもねぇよ」

676: 2013/07/05(金) 00:46:27.18 ID:NsgbMn5B0
木原数多が気だるそうに言うと、テレスティーナが、

「何にせよ、あなたも人のことは言えないのでは?
一方通行相手にこれとは、相当に良い性格をしている」

「しょうがねえだろ。わざわざ出向く理由はねぇが、あっちから訪ねてくんだ。
お客様に失礼のないようにしねぇといけないと思わねえか?
それにもともと頃してぇと思ってたガキだしな。つぅかそれこそお前は人のことは言えねぇだろうよ」

言って、木原数多は笑った。それは間違いなく、マッドサイエンティストと呼ばれる者の哄笑。

「全く、あなたたちは性格が良すぎだと思うのですー。
私も言えたものではありませんが、『諦め』させたいだけの私よりもよほど酷い」

木原病理は二人を非難するようなことを口にしたが、それは文面だけ。
その口調は娯楽を楽しむようで、友人の悪戯に笑うようで。
何故ならば、彼女も『木原』なのだから。

科学の発展に最も不必要なものは、モラルである。

「あなたは未元物質に執心のようですが、超電磁砲には手を出さないで下さいね?」

「それはもう。私はそちらにはあまり興味がないので」

それは科学という人類共通の基盤を用いていながら、その領域の外に突き抜ける者たちの談笑だった。
人間を人間として見ていない者たちの何てことはない雑談だった。

彼らにとって全ての人間は実験動物でしかなく。
故にその命の扱いもモルモットと変わらない。

677: 2013/07/05(金) 00:49:01.91 ID:NsgbMn5B0
(いよいよだ。テメェは簡単には殺さねぇ、散ッ々に身も心も痛めつけてからモルモットにして頃してやるよ超電磁砲ッ!!)

御坂美琴への復讐に燃え、憎悪に身を焦がすテレスティーナ=木原=ライフライン。

(どうせなら盛大なパーティにしてやらねぇとなぁ。
このクローンを使ってクソガキの精神を完ッ全に破壊してやるよ一方通行ぁ!!)

気が向いたから、程度の気分で一方通行の殺害を目論む木原数多。

(『未元物質』の進化は予定通り、ですか。まぁ、狙うとすればこのラインですかねぇ)

垣根帝督に執心する木原病理。

(……怖いねー。でも、木原なら仕方ないんだよね)

『木原』としては及第点未満の木原円周。

人類が科学という恩恵を用いる限り、絶対に滅びることない一族。
もはや人としての形や血統にすら縛られることのない群体。

テレスティーナは何らかの機器を操作し、木原病理はその場を去った。
木原円周はそれに追従し、木原数多は培養カプセルに入っている妹達を見て狂ったような、凄惨な笑みを浮かべた。
その視線を受けて、培養液がゴボゴボと泡と音をたて、その長い髪が揺れる。
『彼女』が完成するまで、後どれほど。

678: 2013/07/05(金) 00:57:01.93 ID:NsgbMn5B0











第四章 投げられたコインは表か裏か Great_Complex.



The End














680: 2013/07/05(金) 01:01:37.27 ID:NsgbMn5B0
fdwquo投下quqdf終cwds了wiyd

第四章はこれで終わりです
次回からは第五章……エピローグである終章を除けば最終章になります
木原だったのは皆さんの予想通りでしたね、でも他に適役いないんだもん

というわけで第五章はレベル5vs木原になります
……あ、今更ですがこのスレの「超能力者」は「ちょうのうりょくしゃ」じゃなくて「レベル5」と読んで下さい
一番最初にルビは付けたんですが何故か不安になって

では数日以内に『次章予告を』投下します

681: 2013/07/05(金) 01:03:30.26 ID:yUzAckBVo

696: 2013/07/07(日) 00:43:35.51 ID:tI6cvgON0
    無駄に長い次章予告




第三次製造計画。
ついに交差した三人の超能力者。
科学の頂点に立つ超能力者と、科学を極めた『木原』。
その怪物同士が激突しようとしていた。


その景品は第三次製造計画。妹達だった。


「君は、一方通行を憎んでいるかい?」


「だって……打ち止めが、アイツが好きだって笑うから。
アイツが、あんなにも打ち止めを守っているから……」


「どうしてですの? 何故、お姉様はわたくしを頼ってくれないんですの?
八月の時も、つい先日も、そして今も。わたくしでは、お姉様のお力にはなれないのですか?」


「俺は、俺の居場所を守るために戦うさ」


「まぁ、二人がそう言うならいいけどさ……。
垣根も、御坂も、何かあったら相談でもしてくれよ。俺に出来る限りのことはするから」


「二人とも失礼かも! 私はこう見えてもイギリス清教に属する修道女なんだよ!!」


「では楽しみにしておきます。ていとくんも一緒に来ますか? とミサカは嫌々ながらもとりあえず誘ってみます」


「そォやって地獄を味わえってか? ハッ、オマエもイイ性格してンな」

697: 2013/07/07(日) 00:46:45.51 ID:tI6cvgON0
最後の戦いの前の最後の日常。
その味を噛みしめて、三人は『木原』との戦いに臨む。

しかし。彼らは『木原』というものを正しく理解できていなかった。


「初めましてだよねぇ、美琴お姉ちゃん」


「ここで頃すが、構わねえな?」


「オマエは誰だ」


「―――ッ、ア、ンタ……ッ!!」


三人はそれぞれの戦いに身を投入していく。
一箇所で超能力者たちはそれぞれがそれぞれの想いを抱え、己の力を振るう。


「ああ、そう言えばあなたは垣根帝督との戦いで重傷を負っているのでしたね。
とはいえそんなことでは私にはとても勝てませんよ。
あなたには時間という絶対的首輪が嵌められているのですから」


「馬鹿野郎ッ!! 何考えてるのッ!! バイオハザードが発生するわよ!!」


「悪いが俺はカワイソーって同情できるような人間じゃないんでな。ここで潰すぜ。
赦しを乞いたきゃ銀髪クソシスターにでもやってな」


「ここら辺で倒れとけ。その方がお前らのためだ」


「あなた相手に私たちがこんな危機的状況を想定していなかった、なんて思っちゃいませんよねぇ?」


「だから―――気に入らないっつってんのよッ!!」


「……嫌な、事件だったね……」


「何だ何だぁ!? そーんなもんなのかよおい!!」

698: 2013/07/07(日) 00:49:04.93 ID:tI6cvgON0
「勝ち誇るのはオマエの勝手だが、そォいう台詞は俺を頃してから言いやがれ。
だが駄目だ。下らねェンだよ、圧倒的に」


「学園都市の『闇』に対してそんな言葉が出てくる時点でさ。
アンタ、どうしようもなく甘くて無知だよ」


「それじゃあ、親愛なる第二位様。良い夢を」


そして。


「久しぶりじゃねェか、木原ァ……!!」


「まさか本当にテメェだったとはな、木原ァ……!!」


「テレスティーナ=木原=ライフライン……ッ!!」


科学を極めた者同士、超能力者と『木原』。
それぞれ人類の叡智を存分に使って生まれた化け物同士の戦いが始まった。


「こっれが笑わずにいられるかっつうの!! ひゃはははははは!!
ご立派なお姉ちゃんですねぇ~? よく出来ましたって褒めてほしいでちゅかぁ~?」


「おお、どうした? いや悪ぃな、あまりにアウトオブ眼中過ぎてよ。
分っかるかなぁ? テメェなんて所詮その程度ってことだよ」


「まぁ、そんなわけだからそろそろ諦めろよ垣根帝督」

699: 2013/07/07(日) 00:51:08.16 ID:tI6cvgON0
そして『木原』が襲い掛かる。
三人が理解できていなかった、本物の悪意と狂気が容赦なく牙を剥く。


「第三次製造計画って言えば、ミサカのことは分かるかな?」


「―――おい、待て、ふざけンなよ」


「ぎゃっは、ははっ、はははははははっ!!!!!! 笑えるなぁ、えぇ? 超電磁砲。全部無駄だったんだよ!!」


「あぁぁあぁあぁぁぁ、ぅあぁぁぁああ……」


「全部私の予想通りの展開になったようで。色々と『諦め』てもらえました?」


「ははっ、ははははは。何だぁそりゃあ。ムカついた。ああ、ムカついたぜ最ッ高に。
ムカつきすぎて……テメェを殺さなくちゃ気が済まねえよ、オイ!!」


「つーかさ、一体何がしたいわけ? ミサカたちを守りたいんだっけ?
全く冗談が上手いね。え、冗談じゃない? あっそうなの。ぎゃは」


「普通の人間が普通に氏んでいくんじゃなくてさ。
最低でも一万倍は人権を踏み躙らないと帳尻が合わない。
言っておくけどこれは最低ラインだよ。利子も含めば三倍返しじゃ済まないからね」


「―――……え?」


「木原ァァァァァあああああああああああああああああああッ!!!!!!」


「あ、ああ……あああああああああああああああああああああああああああああああああァァァアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

700: 2013/07/07(日) 00:55:14.32 ID:tI6cvgON0
それぞれの絶望の底で、彼らは足掻けるのか。
『木原』を超えられるのか。


「どう転んでもテメェはここで氏ぬってことだよ。“どう転んでも、な”」


「いずれにせよ、あなたに未来はありません。“絶対にね”」


「テメェの命は今日尽きる!! これは“確定事項”だ!!」




701: 2013/07/07(日) 00:57:14.22 ID:tI6cvgON0






「―――……嘘。嘘でしょ、冗談じゃないわよ。何を考えてんの……ッ!!」




「学園都市全域に第一級警報(コードレッド)が発令されている。木原のクソが、徹底的にやる気か!! イカれてやがる!!」




「木原が言っていたのはそォいう意味か。なるほど、たしかにどォ転がっても積みってわけか。どこまで狂ってンだクソッタレが……!!」





702: 2013/07/07(日) 00:59:34.30 ID:tI6cvgON0






「この状況で、全てを守るには……どうしたらいいのかね?」





なあ……どうすりゃいいんだよ?







703: 2013/07/07(日) 01:02:23.80 ID:tI6cvgON0







次章、




第五章 科学という闇の底で Break_Your_Despair.











704: 2013/07/07(日) 01:04:55.08 ID:tI6cvgON0












―――超能力者と『木原』が交差する時、物語は終末へと加速する。







美琴「何、やってんのよ、アンタ」垣根「…………ッ!!」第五章【前編】





710: 2013/07/07(日) 01:19:05.07 ID:2+hhbCPSO
乙 待ってる

引用元: 美琴「何、やってんのよ、アンタ」垣根「…………ッ!!」3