1: 2012/10/18(木) 22:38:00.45 ID:oIV6bjxg0
これは多分、君が想像してるのとは、
正反対の話になるんだと思う。

だって、二十歳の記憶を持ったまま、
十歳の時点に戻ってやり直せるとしたら、
普通、その記憶を利用して色々するだろう?

一周目の反省や教訓を活かして、
もっと優れた二周目を目指すはずだ。

でも僕がしたことと言えば、
まさにその正反対のことだったんだ。
今思うと、馬鹿なことをしたと思うよ。本当に。

3: 2012/10/18(木) 22:39:03.78 ID:oIV6bjxg0
自分の人生が十年巻き戻されたことを知ったとき、
僕は思ったよ、「なんて余計なことをするんだ!」ってね。

というのも、僕は自分の人生が気に入っていたんだ。
可愛い恋人がいて、友人にも恵まれていて、
まあまあの大学に通っていて、前途洋々でさ。

人生をやり直すチャンスってのは、もうちょっと、
自分の人生に心底絶望しきってるような、
そういう人に与えられるべきだったんだと思うよ。

それで、僕は余計なことを思いついちゃったんだ。

4: 2012/10/18(木) 22:41:30.25 ID:oIV6bjxg0
僕が思いついたことと言うのは、一周目の人生を、
二周目でも、そのままやり直そうということだった。

自分がこれから犯す間違いが分かっていても、
あえて全部、そのまま繰り返そうって思ったんだ。
十年分の巻き戻しを、まったく無意味にしてやろうってわけ。

これから起こる事件や災害、危機や変革のことも
大体頭に入っていたけど、僕は口をつぐむことにした。
とにかく、徹底的に一周目を模倣しようとしたんだよ。

6: 2012/10/18(木) 22:43:04.62 ID:oIV6bjxg0
二周目の人生は、ちょうど十歳のクリスマスから始まった。

僕がそれに気付けたのは、枕元に置いてあった、
スーパーファミコンの入った紙袋のおかげだったんだ。
当時はそれが欲しくて仕方なかったんだよ。

紙袋の中には、一緒にゲームソフトも入っていた。
そのゲームの言い方を借りれば、僕の人生は、
『つよくてニューゲーム』にあたるわけだな。

結露した窓をパジャマの袖でこすって外を見ると、
まだうす暗く、雪に覆われた街が一望できた。
かなり寒いはずなんだけど、子供の体は温かかったな。

7: 2012/10/18(木) 22:45:42.87 ID:oIV6bjxg0
僕が紙袋をごそごそやっていたせいで、
二段ベッドの下で寝ていた妹が、目を覚ました。
妹は眠たげな目で枕元のテディベアを眺めて、
少し遅れて、「わあー」と歓声をあげた。

僕ははしごを下りて、妹のベッドに腰掛け、
テディベアに夢中な妹に、「なあ」と話しかけた。

「兄ちゃんは、十年後から戻ってきたんだよ」

妹は寝ぼけた様子で、「おかえりー」と笑った。
僕はなんだかそれが気に入っちゃって、
「ただいま」と言って妹の頭を撫でた。
妹は不思議そうな顔で僕の顔を見つめた。

9: 2012/10/18(木) 22:52:27.68 ID:oIV6bjxg0
僕は自分の最高の思い付きを誰かに披露したくて、
目の前にいる七歳の妹に、こう言った。

「今の僕には、これから自分が犯す過ちだとか、
本当にやるべきことというのが、分かるんだ。
今からなら、神童にだって、予言者にだってなれる。

でも、僕はなにひとつ変える気がないんだ。
前と同じ人生を送られれば、それだけで十分だからね」

テディベアを抱えた妹は、僕の顔をぼうっと見つめて、
「よくわかんない」と正直なところを答えた。

10: 2012/10/18(木) 22:56:03.68 ID:oIV6bjxg0
一周目の再現に関して、僕は妥協しなかった。

周りの連中をコケにしたくなるのを我慢して我慢して、
わざわざ一周目と同じ事故に遭いさえしたんだ。
何をするにも、手を抜くことに真剣だったね。

我ながら、僕はよくがんばった方だと思うよ。
それでも、蝶の羽ばたきひとつ程度の違いで、
人生ってやつは、かなり変わってしまうものらしい。

二周目に入って五年も経つ頃には、僕の人生は、
一周目のそれとは、大きく様変わりしていたんだ。

12: 2012/10/18(木) 23:01:05.84 ID:oIV6bjxg0
何から話せばいいかも分からないけど、
とにかく、一から十まで変わってしまったんだ。

一言でいうとね、僕は、落ちぶれたんだ。
一周目の人生からは、とても考えられないほどに。

理由は後で詳しく説明するけど、一例を挙げると、
一周目で親友だった人物にいじめられたり、
一周目で恋人だった女の子にふられたり、
一周目で通っていた高校の受験に失敗したり。

奇跡的な悪循環が生じたわけだよ。

14: 2012/10/18(木) 23:05:14.62 ID:oIV6bjxg0
そんなこんなで、高校生になる頃には、
僕はすっかり暗い人間になってしまっていた。

志望校には落ちて、ろくでもない高校に入って、
芽生えかけていた人間嫌いに磨きがかかってさ。
絵に描いたような孤独な人間になったんだ。

だから二周目の高校時代の思い出ってのは、
ほとんどないんだ。卒業アルバムも捨てちゃった。
寂しいもんだよ。修学旅行さえ苦痛だったんだ。

15: 2012/10/18(木) 23:10:47.95 ID:oIV6bjxg0
でも、ひとつだけ、悪くない思い出がある。

高校二年生の冬、ひどい吹雪の日だったな、
僕はがたがた震えながらバスを待ってたんだ。

その時、僕はふと、少し離れた場所で
僕と同じようにバスを待っている女の子が、
見たことのある顔だってことに気付いた。

いや、忘れるはずもないんだ。
それは一周目では僕の恋人だった女の子だ。
十五歳で付き合い始めてからは、ずっと傍にいたんだ。

それが、二周目では、あっさり告白を断られてさ。
思えば、悪循環の始まりはそこだった気もする。

16: 2012/10/18(木) 23:16:14.33 ID:oIV6bjxg0
向こうは、僕に気付いてないみたいに見えた。
そうでなくても、僕の存在なんて、
とうの昔に忘れちゃってたかもしれない。

それでも僕の目には、寒さに震える彼女が、
なんだか寂しそうに見えて――隣に誰か、
温かい存在を必要としているように見えたんだ。

いやあ、実に自分に都合のいい想像だよ。
それでも僕は幸せだった。だってさ、
自分が必要とされている気がしたんだ。

あの子にはやっぱり僕が必要なんだって、
幸せな勘違いをすることができたんだ。

17: 2012/10/18(木) 23:20:47.12 ID:oIV6bjxg0
生きる気力をすっかり失っていた僕だったけど、
かつての幸せな日々を取り戻したくて、
彼女と同じ大学へ行くために猛勉強した。

おかげで僕の学力は最後まで伸び続けて、
一周目で通っていた大学に、無事合格できた。
悪くない気分だったな。奇跡みたいだったよ。

そこまではいい。そこまでは良かったんだよ。

入学式が終わって、僕は彼女の姿を捜し回って、
ついに見つけ出したわけなんだけど、
むしろ、そっからが問題なんだ。

19: 2012/10/18(木) 23:24:56.03 ID:oIV6bjxg0
体温が三度くらい下がった気がしたね。

かつての恋人が、知らない男と腕を組んで歩いている。
それだけなら、まだ我慢することができたかもしれない。

でも、その男と言うのが、どこからどう見ても、
一周目の僕にそっくりだとなると、さすがに話は違ってくる。

僕のかつての恋人の隣を歩いている男は、
背格好、仕草、声、喋り方、表情の作り方、
どこをとっても、一周目の僕と瓜二つなんだ。

ドッペルゲンガー、という言葉が僕の頭に浮かんだ。

23: 2012/10/18(木) 23:30:16.01 ID:kuA/49jL0
気になってねれなくなったじゃねーかww

24: 2012/10/18(木) 23:30:28.30 ID:oIV6bjxg0
二周目の僕は、一周目の僕と比べると、
身長は四センチ小さかったし、体重は十キロ軽く、
比べ物にならないくらい表情が暗くなっていた。

仮に一周目の人生を正確に再現できていたら、きっと、
目の前にいるその男みたいになれていたんだと思う。

どうりで僕が彼女と付き合えなかったわけだよ。
二周目では、僕の代役がいたんだ。

30: 2012/10/18(木) 23:36:42.95 ID:oIV6bjxg0
誰かに対して敵意を抱いたのは、久しぶりだったね。

『おい、違うだろ、それは僕の役だろうが!』って、
狂ったように頭の中で言いつづけていたと思う。

それからの数か月は本当に驚きっぱなしだったよ、
なにせ、かつての僕の大学生活というものを、
僕の分身が次々と正確に再現してみせたんだから。

それにしても、客観的に見ることで、あらためて、
一周目の僕って幸せだったんだなあって思ったよ。
そのくせ嫌味もないし、人に親切だし。

31: 2012/10/18(木) 23:40:57.87 ID:oIV6bjxg0
秋頃になって、僕の頭の中で何かが切れた。

その頃になると、僕はほぼ引きこもりになっていて、
ほとんど大学には行かず、一日中安酒を飲んで、
ろくに食事もとらず、寝てばかりいたんだ。

このままじゃ発狂すると思ったね。
何をしていても、例のドッペルゲンガーと、
今の自分とを比較してしまうんだ。

そうすると、それまで当たり前だったことさえ、
急に耐えられなくなっちゃうんだよ。

32: 2012/10/18(木) 23:45:07.18 ID:oIV6bjxg0
変なところで、僕は冷静だったんだよ。
今の自分が、彼女にふさわしい男ではなくて、
分身に勝てないことは、重々承知していたんだ。

でも、その上で考えたやり方と言うのは、
とても正気の沙汰とは思えなかったね。

つまり僕は、僕の代役を務めるあの男を、
ぶっ殺してしまおうと思ったわけなんだ。

そしたらあの子も、また寂しくなって、
僕の方に傾くんじゃないか、ってね。

いやあ、追い詰められた人間ってのは、
本当にろくなことを考えないよ。視野が狭くて。

35: 2012/10/18(木) 23:52:36.82 ID:oIV6bjxg0
そういうわけで、僕の恋人奪還作戦が始まった。
別の言い方をすれば、ドッペルゲンガー殺害計画。

以後、僕は定期的にその男を尾行するように
なったんだけど、おかげで引きこもりが治ってさ。
皮肉なことに、殺害計画を思いついてから、
しばらく僕の性格はとっても明るくなるんだよ。

妹に指摘されて、僕は自分の変化に気付いたんだけど、
――そう、すっかり妹の話を忘れていた。
僕に匹敵するくらいの変化を遂げた妹の話。

36: 2012/10/18(木) 23:55:11.44 ID:2qLC+8Wz0
ドッペルゲンガーって出会うと死ぬんじゃなかったっけか

37: 2012/10/18(木) 23:58:10.82 ID:oIV6bjxg0
本来、僕の妹は、運動と太陽をこよなく愛していて、
年中健康的に日焼けしている、活発な女の子だった。

ところが二周目においては、僕の影響を受けたのか、
読書と日陰を好む、色白の眼鏡の子になったんだ。

一周目を知る人から見たら、何かの冗談みたいだよ。

兄妹揃って暗い人間になって、家は毎晩お通夜みたいだったな。
両親も自分に自信がなくなったのか、嫌な人間になっていった。
いやあ、人一人の持つ影響力ってのは、馬鹿にならないね。

38: 2012/10/19(金) 00:03:30.44 ID:oIV6bjxg0
かつて僕と妹は、周りがあきれるくらい仲良しで、
僕に恋人ができるまでは、どこへ行くにも一緒だった。

でも二周目では、口をきかないどころか、
目さえ合わせようとしなかったね、お互いに。

妹は僕のことを嫌っていたんじゃないかな。
だって、たまに珍しく口を開いたかと思えば、
それは大抵、僕に対する文句だったからね。
「目つき悪い」とか。人のこと言えないだろ。

いやあ、実に悲しいもんだったよ。
娘に嫌われた父親って、こんな気分なんじゃないかな。

39: 2012/10/19(金) 00:09:19.30 ID:vRIuLzlA0
ところが、僕がドッペルゲンガー殺害計画を立て、
嬉々として殺害方法を考えていた夜、その妹が、
一人で僕のアパートにやってきたんだ。

僕のことが大嫌いなはずの妹がだよ。

ちょうど、初雪が観測された日のことだったな。
あまりに寒いから、やむなくヒーターを点けて、
懐かしい感じのする灯油の匂いが部屋に満ちて、
そのとき、部屋の呼び鈴が鳴ったんだ。

制服にカーディガンを重ねただけの格好の妹は、
白い息を吐きながら、僕の目を見ずに言った。
「しばらく、ここに泊めてちょうだい」

41: 2012/10/19(金) 00:14:26.01 ID:vRIuLzlA0
本人はその言い方をしたがらなかったけど、
妹のしていることは、いわゆる「家出」だった。

らしくないことをするな、と僕は思ったな。
たとえ家に不満があっても、家出のような
意味のない行動に出るやつには見えなかったし。

「どうやってここまで来たんだ?」と僕がたずねると、
妹は「どうだっていいでしょう?」と模範解答をした。

「汚い部屋」と妹は言った。「趣味も悪いし」
「嫌なら出てけ」と僕も模範解答をした。

一周目の妹だったら、苦笑いしながら掃除して、
美味しい料理でも作ってくれたんだろうけど。

42: 2012/10/19(金) 00:19:50.27 ID:vRIuLzlA0
妹だって、僕のところに来たくはなかったはずだ。
友人の少ない妹には、他に行く当てもないから、
やむを得なくここに家出してきたんだろうな。

まだ冬休みも始まっていないだろうし、
そんなに長くは滞在しないとは思うけど、
さっさと出て行ってくれないかな、と僕は思った。

けれども妹に強く言う勇気もなかった。
二周目の僕はとことん臆病者なんだよ。
そして二周目の妹はちょっと怖いんだよ。

かくして、非常にぎすぎすした二人暮らしが始まったんだ。

60: 2012/10/19(金) 20:09:48.94 ID:vRIuLzlA0
翌朝の八時くらいに、妹は僕を揺り起した。
驚いてすっかり目が覚めてしまった僕に、
妹は「この街の図書館に連れてって」と言った。
それからちょっと間を置いて、「いますぐに」と付け足した。

二周目に入ってから、僕の睡眠時間は激増して、
十時間は眠らないと辛い体質になってしまっていた。
多分、起きてる時間が苦痛だからなんだろうけどさ。

それでも、相手が家出少女だろうと不登校児だろうと、
女の子に起こされるってのは、悪い気分じゃなかったね。
そういうのって、なんだかとっても人間的だよ。

62: 2012/10/19(金) 20:21:16.55 ID:vRIuLzlA0
車に乗った妹の第一声が、「煙草くさい」だ。
そして後部座席を見て、「きたない」と言った。
「持主の性格が分かるね」とのこと。そいつはすごい。

空は曇っていて、辺りは薄い霧に覆われていた。
図書館へ向かう最中も妹は文句を言い通しで、
勝手に借りている僕のコートが煙草くさいとか、
何か音楽は流さないのかとか、好き勝手言っていた。

無視し続けたら、ティッシュの箱で叩いてきた。
「人の話はちゃんと聞きなさい」と言われた。ごもっともだ。
ちなみに図書館では、本選びに時間をかける妹に
「まだか」と聞いたら、「しゃべるな」と本で叩かれた。
二周目の妹ってのは、こんな感じなんだよ。

64: 2012/10/19(金) 20:30:59.57 ID:vRIuLzlA0
妹は、僕の部屋で一日中本を読んで過ごすらしい。
僕が家を出て行こうとすると、妹は顔を上げて、
「おにいちゃん、大学行くの?」と聞いてきた。

「殺害したい相手の生活パターンを知りたいから、
ストーカーしに行くんだ」と言うわけにもいかないから、
僕は「そう、大学だよ。七時には帰る」と答えておいた。

今年中には、この問題に決着をつけたかったんだ。
ドッペルゲンガーと元恋人が共にクリスマスを過ごしたり
新年を迎えたりすることなんて、考えたくもなかったからね。

65: 2012/10/19(金) 20:38:33.01 ID:vRIuLzlA0
その頃になると、殺害方法は既に決まっていて、
ドッペルゲンガーの行動様式も大体把握して、
実を言うと、とっくに行動に移っても良い頃合だったんだ。

それでも僕がだらだらと尾行を続けていたのは、
多分、踏ん切りがつかなかったからと思う。

つまり僕は、彼が欠点を晒してくれるのを待っていたんだな。
僕は、彼が死ぬべき人間だって思い込みたかったんだ。
殺すに値する理由が、ほんの少しでも欲しかったんだよ。

困ったことに、数か月に渡ってあら探しを続けても、
彼は短所らしい短所をまったく見せないでいた。

どっちかと言うと、僕の方が死ぬべき人間なんだろうな。

66: 2012/10/19(金) 20:45:07.83 ID:vRIuLzlA0
妹と図書館に行ってきた時に借りた本によると、
ドッペルゲンガーには、以下のような特徴があるらしい。

・周囲の人間と会話をしない。
・本人に関係のある場所に出現する。
・ドッペルゲンガーに出会った本人は死んでしまい、
 ドッペルゲンガーがオリジナルになってしまう。

ちょっと考えればわかることだけど、これらの特徴、
どちらかというと全て、僕の方に当てはまるんだよな。

友人のいない僕はめったに人と会話しないし、
同じ大学に通う僕らは出現場所が似ているし、
死ぬとしたら彼の方だし(僕が殺すからね)、
向こうの方が見た目も中身も一周目の僕に近い。

これじゃあまるで、僕が偽物みたいじゃないか。

69: 2012/10/19(金) 21:57:05.56 ID:vRIuLzlA0
友人がいないと言えばさ、一周目の僕は、
仲良く談笑できるくらいの相手は、大学中に、
控え目に見積もっても二百人はいたんだよ。

当時の僕は、そいつらが皆、癖こそあれ、
それぞれにいい所を持った奴に見えたんだけど、
今になって少し離れた場所から見ていると、
どいつもこいつも、ろくでなしのように見えたね。

自分と関係のある人間が良いやつに見えて、
関係のない人間が嫌な奴に見えるのは当前だけどさ、
変な話、そういうことに僕は慰められたんだよ。

ああ、少なくとも、一周目の僕は、全てにおいて
恵まれていたわけじゃなかったんだ、って思うとね。

惨めな話だよ、そんなことに喜びを感じるなんて。

70: 2012/10/19(金) 22:08:42.41 ID:vRIuLzlA0
かつての友人たちが、一周目とは違う顔を
僕に見せるのは、なかなか興味深かったね。

優しいと思ってた奴が利己心の塊だったり、
謙虚だと思ってた奴が自己顕示欲の塊だったりさ。

ただ、これは僕の憶測だけど、一周目において、
僕が彼らのことを良い人間だと感じていたのは、
けっして勘違いではなかったと思うんだよ。

73: 2012/10/19(金) 22:19:58.26 ID:vRIuLzlA0
人ってのは、極端に優れた人物を前にすると、
無意識にそいつの影響を受けてしまって、
一時的に良い人間になれるんじゃないかな。

一周目の僕を前にしているときに限定すれば、
おそらく彼らは、実際に良い人間だったんだよ。
逆に、今の僕みたいなのを前にすると、
肩の力を抜いて、安心して屑になれるんだ。

僕が何を言いたいかっていうとね、
相手が嫌な人間だと感じたら、その時点で、
少なからずこちらにも責任があるってわけさ。

74: 2012/10/19(金) 22:31:56.64 ID:vRIuLzlA0
ただ、いくら自分と関係がなくなっても、
これっぽっちも魅力を減じないどころか、
ますます魅力を増すような人間もいたね。
まあ、もちろん、元恋人のことだけどさ。

手に入らないものほど欲しくなるってのもあるけど、
二周目の僕は、下手をすれば一周目の僕より、
更に彼女を好きになっていたように思うな。
うん、崇拝していたと言っても過言ではないね。

今こそ、今こそ人生をやり直すチャンスをくれよ、
そう僕は思った。今度こそ上手くやってみせるからさ。

僕は布団にもぐり、目を閉じて、その晩も祈る。
目が覚めたら三周目が始まっていますように。

75: 2012/10/19(金) 22:50:05.67 ID:vRIuLzlA0
さて。妹が家出してきてから、五日が経過した。

さすがにそろそろ邪魔になってきたから、
勇気を出して、「いつ頃帰る?」と聞いてみると、
「おにいちゃんが帰れ」と返された。僕が悪かったよ。

ちょうどその日、母親から電話があって、
妹がそちらに行っていないかと聞かれたから、
五日前から居座っていることを正直に話してやった。

そのことを妹に伝えると、彼女は「そっか」とだけ言い、
しばらくすると、荷物を丁寧にまとめ始めた。
こういうところは、異様にものわかりが良いんだよな。

76: 2012/10/19(金) 22:57:00.94 ID:vRIuLzlA0
バスターミナルまでは見送ることにした。
雪が結構ひどくて、あまり街灯もない道で、
妹一人で行かせるには心配だったからね。

隣と呼んでいいのかどうか分からないくらいの
絶妙な距離を保ちながら歩く僕たちは、
あいかわらず、終始口をつぐんでいた。
一周目だったら、手を繋いで歩いてたとこだよ。

妹は、僕のことを恨んでるんじゃないかと思ったな。
まあ、とっくに嫌われてるからいいけどさ。
それに、これから人一人殺そうって人間が、
誰にどう思われるか一々気にしてたら、きりがないよ。

79: 2012/10/19(金) 23:03:49.33 ID:vRIuLzlA0
バスターミナルの建物は老朽化してて、
壁や床はあちこち黒ずんで、蛍光灯は黄ばんで、
椅子のクッションは破れて中身が飛び出し、
売店には薄汚いシャッターが下りていた。

バスを待つ客も数人のみで、しんとしていた。
あまりにも陰鬱な感じがして、まるでここにいる皆が、
家出先から実家に帰るとこなんじゃないかって感じ。

「汚いところ」と妹は言った。「お兄ちゃんの部屋みたい」
「情緒があるよ」と僕は自分の部屋をフォローした。

81: 2012/10/19(金) 23:14:55.55 ID:vRIuLzlA0
僕と妹は、40cmくらい距離をとって椅子に座り、
カップ式自販機のココアを飲みながらバスを待った。

ひどい場所だったね。ここからバスに乗ったら、
昭和や大正に連れてかれるんじゃないかと思った。
まあ、本当にそうだとしたら、僕は進んで乗っただろうけどね。

僕がココアを飲み終えると、妹は「ん」と手を差出し、
僕のカップを自分のカップに重ね、捨てに行った。
すたすた歩く妹の背中を、僕は後ろから眺めていた。

一周目の妹と比べると、ずいぶん頼りない感じがしたな。

82: 2012/10/19(金) 23:22:12.87 ID:vRIuLzlA0
突然僕は、妹に、ものすごく悪いことをしたような気になった。

妹が家出した十六歳の女の子だってことを、
僕は、きちんと配慮していたと言えるだろうか?
本当は、母親には嘘をつくべきだったんじゃないか?

そもそもこの子は、家出なんてするタイプじゃないんだ。
よっぽどの考えがあって、僕のもとに来たんだろう。

せめて本人が満足するまでの間くらいは、
かくまってやった方が良かったんじゃないか?

83: 2012/10/19(金) 23:33:45.66 ID:vRIuLzlA0
妹がバスに乗り込む寸前、「なあ」と僕は言った。
「また家出したくなったら、来るといいよ」

こんな台詞でも、言うのにずいぶん勇気を必要とした。
二周目の僕は、家族に対してさえ臆病なんだよ。

振り返った妹は、めずらしく目を見開いて、
しばらく立ち止まって僕の顔を見て、
「そうする」と言って笑い、バスに乗り込んだ。

バスが行ってしまうと、僕は待合室に戻り、
帰り道に向けて、再びココアで体を温めた。
妹の笑顔を見て、やけにほっとしている自分がいたな。

85: 2012/10/19(金) 23:44:28.71 ID:vRIuLzlA0
妹は僕の言葉に甘えることにしたらしく、
三日後、再び僕の部屋を訪れた。

家にいるときに妹がすることと言えば、
一方的に僕の悪口を並べ立てた後、
「おにいちゃんは駄目だねー」と言うことだった。

そして僕の夕飯をおいしそうに食べ、
僕のベッドを占領してすやすや寝た。

翌日、父親が迎えに来て、妹を連れて帰った。
この分だと、またすぐに戻ってくるだろう。
何が彼女をここまでさせるんだろうか?

94: 2012/10/20(土) 16:36:35.08 ID:JuWNwpCZ0
ところで、二周目の僕が、擁護しようがないくらい
明らかに一周目の僕より劣っているとは言え、
部分的には、優れているところもあったんだ。
第一、そうでなきゃ、やってらんないよね。

二周目の僕は、一周目の僕と比べると、
百倍くらい本を読む人間だったんだ。
それはもちろん、孤独を紛らすために、
図書室に通ったことが起因してるんだけどさ。

そして、これから話す出来事において、
その趣味がそこそこ役に立ったんだよ。

96: 2012/10/20(土) 16:44:08.20 ID:JuWNwpCZ0
かつての僕は、恋人のことを、完全に分かった気でいたな。
五年間、ずっと一緒にいて、実に色んなことを話したからね。
ところがさ、案外、僕の知らない面も存在したみたいなんだよ。

その日も僕は、妹に踏まれて目を覚ましたんだ。
「図書館に本返すから」と妹は言った。「市民の義務だから」
まあ、午後四時にぐっすり寝てる僕も悪いんだけどさ。

図書館につくと、妹は本の束を抱えて歩いて行った。
辺りは早くも薄暗くなってて、街灯が点きはじめてたね。

97: 2012/10/20(土) 16:52:29.83 ID:JuWNwpCZ0
僕は駐車場のすみっこ行って、煙草に火を点けた。
そこは物置みたいになってて、色んなものが散乱してたな。
錆びた自転車とか、ポールとか、柵とか、そういうもの。
ガラクタの中で、室外機だけが辛うじて息をしていた。

僕は柵に腰かけて、煙草を吸っていたんだ。
なぜかそこには、きちんとした灰皿があったからね。
二周目の僕は、こういう寂しい場所にくると、
心の底から落ち込むような人間になってたんだ。

ふと見ると、こっちに向かって誰か歩いてくるのが見えた。
どうやら僕と同じ用らしくて、手には煙草を持っていて、
――そう、それが僕の元恋人だったわけなんだよ。

102: 2012/10/20(土) 17:04:10.70 ID:JuWNwpCZ0
僕の元恋人はとっても礼儀正しい子だったからさ、
気まずそうな顔をしながらも、僕に挨拶したんだ。
相手が誰であれ、笑顔で挨拶してくれる子なんだよ。

僕も同じように挨拶しかえしたけど、内心、取り乱してたな。
彼女が喫煙者だなんてこと、僕は知らなかったし、
この図書館の利用者だってことも知らなかったんだ。

あれだけ話す機会を欲しがっておきながら、
いざとなると、何にも言葉が出てこないんだよ。
何か喋んなきゃ、って焦るばかりでさ。
なんとか会話を繋いで引きとめよう、ってね。

103: 2012/10/20(土) 17:12:37.38 ID:JuWNwpCZ0
「本、借りに来たの?」と彼女は僕にたずねてくれた。
「僕じゃなくて、妹がね」と僕は正直に答えた。
「そっか、妹さんか。……君は本、読まないの?」

「そこそこ」と答えると、元恋人は嬉しそうな顔をした。
周りに本を読む人間が少なかったんだろうね。
それから僕たちは十分くらい、本の話をしたんだ。

他愛もない話だったよ。大した意味のない会話。
一周目の僕だったら、二秒で忘れるような会話さ。

でもさ、たったそれだけのことで、僕は、
嬉しさで胸がはちきれそうだったんだ。
この時間が、少しでも長く続けばいいって願ったよ。

104: 2012/10/20(土) 17:21:55.14 ID:JuWNwpCZ0
「煙草、吸うんだね。意外だな」と僕が言うと、
僕のかつての恋人は、困ったような顔で笑った。
「彼にも秘密にしてるんだ。今の所、君しか知らない」

僕はその言葉を脳に刻みつけたね。
”君しか知らない”。実に心地よい響きだよ。

辺りが真っ暗になって、彼女は帰って行った。
僕はしばらく、彼女との会話の余韻に浸っていたな。
止まらない体の震えは寒さによるものなのか、
興奮によるものなのかは、分かんなかった。
こんなんで喜べるなんて、エコの極みだよね。

それに、このとき僕はまだ、自分のしている
致命的な勘違いには気づいていないんだ。

105: 2012/10/20(土) 17:28:23.13 ID:JuWNwpCZ0
妹はすでに車で待機していて、僕が戻ると、
「五分の遅刻」と頭を五回たたいてきた。
一時間遅刻したら大変なことになってたと思うよ。

図書館を出てからしばらくして、妹が言った。
「おにいちゃん、さっきの女の人、仲良いの?」

「いや。僕と口をきいてくれるくらい、あの子が優しいってだけ」
「ふうん。じゃあ、私も優しいね。口きくから」
「違うな。僕たちは単に仲が良いんだよ」
「ええ、そうなの?」と妹は迷惑そうに言った。

107: 2012/10/20(土) 18:04:05.46 ID:JuWNwpCZ0
街路樹や店先にイルミネーションが灯り、
いたるところでクリスマスソングが流れ、
駅前には巨大なモミの木が設置され、
いよいよクリスマスが近づいてきていた。

妹は四回目の家出から無念の帰宅をして、
僕は駅にあるカフェでコーヒーを飲んでいた。
そこからだと、広場の様子がよく分かるんだ。

そして駅前の広場は、僕の元恋人が、
待ち合わせによく使っていた場所なんだよ。
僕はそこで、彼らが落ち合うのを見張っていた。

この日は、ちょっと特別な日なんだ。

110: 2012/10/20(土) 18:17:52.71 ID:JuWNwpCZ0
言い忘れてたけど、僕の誕生日って言うのは、
十二月二十四日、クリスマスイブなんだよ。

そして僕の恋人は、クリスマスと誕生日が被るのは
嫌だということで、一週間前に祝うようにしていたんだ。

ドッペルゲンガーも僕と誕生日が同じらしくて、
lクリスマスツリーの下で恋人と落ち合った彼は、
綺麗に包装されたプレゼントを受け取っていた。

こんな立場じゃなきゃ、微笑ましい場面だったんだど、
僕はそれを見て思わず頭を抱えたね。

111: 2012/10/20(土) 18:26:39.97 ID:JuWNwpCZ0
それでね、ふと横に目をやると、おかしいんだよ、
僕とまったく同じように頭を抱えている人がいたんだ。

そいつをよく見ると、知らない顔じゃなかった。
というのも、その子は小中高と同じ学校に通っていて、
さらには大学の学部まで一緒の子だったから、
人の顔を覚えられない僕でも、さすがに覚えてたんだ。

でも、あんまり口をきいたことはなかったな。
だって、向こうも僕には言われたくないだろうけど、
ひどく話しかけづらい子だったんだよ。

彼女の視線は、僕と同じで、駅の広場に向いていた。
そりゃあ、ここにいたら、他に見るものはないんだけどさ、
彼女を見ているうちに、僕の中で何かが引っかかったんだ。

113: 2012/10/20(土) 18:39:16.67 ID:JuWNwpCZ0
人ってさ、一緒にいる時間が長いと、
口癖とか仕草とかが伝染るじゃないか。

だから、一周目において、僕と恋人の間には、
いろんな共通する「癖」があったんだ。

そのとき隣の女の子がやっていた、
左手で後頭部の髪をやたら触る仕草は、
偶然にも、僕から恋人に伝染った癖の一つだった。

なんだか、すごく懐かしい感じがしたね。

116: 2012/10/20(土) 18:59:52.07 ID:JuWNwpCZ0
彼女が顔を上げたとき、僕らの目が合った。
その一瞬で、どうしてか、僕は彼女に関して、
色んなことが分かっちゃったんだ。

その一。彼女は僕の代役に恋している。
限りなく似たような感情を抱いていると、
目を見ただけで、分かるものなんだよ。

その二。彼女は僕の元恋人に嫉妬している。
たしかに、思いを寄せている人間と
あれだけ親密にされたら、そうもなるよね。

その三。彼女には”一周目”の記憶がある。

118: 2012/10/20(土) 19:10:35.94 ID:JuWNwpCZ0
何ていうかさ、「やり直しにおける失敗」の
スペシャリストである僕から言わせるとね、
二周目で失敗した人間に特有の感情があるんだ。
隣にいる女の子から、僕はそれを感じ取ったんだよ。

そんでさ――これについては最初から
説明しておくべきだったんだろうけどさ、
実を言うと、僕が持つ一周目の記憶には、
いくらか致命的な欠陥があったんだ。

119: 2012/10/20(土) 19:18:14.75 ID:JuWNwpCZ0
それは、「思い出し方に制限がかかっている」ってこと。
自分はこういう特徴の人間とこういう関係がある、
みたいなことはしっかり覚えてたんだけど、
実際の名前、顔、声みたいな具体的情報は、
いくら思い出そうとしてもはっきりしなかったんだ。

「表情が豊か」とか「日焼けしている」とか、
「大人しそうな名前」とか「目つきが悪い」とか、
そういう風には思い出せるのに、だよ。

でも、二周目の僕は、そのことを軽視していたんだ。
一周目の再現をするだけの二周目においては、
記憶に制限があっても、さほど支障はないように見えたからね。
それに、記憶ってのは、多かれ少なかれ、
はじめからそういう不確かな性質があるものだから。

121: 2012/10/20(土) 19:25:47.34 ID:JuWNwpCZ0
さて、僕の言わんとすることはもう分かると思うけど、
以上の情報をまとめると、導き出される結論は一つ。

隣にいる女の子は、僕のかつての恋人が、
人生のやり直しに”失敗”した姿なんだよ。

そう。席を奪われたのは、僕だけじゃなかったんだ。
僕が中学の頃に告白したのは見当違いの相手で、
殺人を犯してまで取り戻そうとした恋人は人違いで、
僕がいつも影から見ていた二人は、両方とも代役だったんだ。

そして僕の本物の恋人は、いつだって傍にいたんだよ。

145: 2012/10/21(日) 20:22:20.49 ID:0NqI+JUK0
かつての恋人が自分と同じような状況にあって、
同じ苦悩を抱えていると知ったとき、
けれどもね、僕は喜びはしなかったんだ。
いや、むしろ絶望を深めたと言ってもいい。

どうしてかと言うとね、たとえ隣にいるその子が、
僕の本当の恋人だったとしてもね、今僕が好きなのは、
より一周目の彼女に近い、”偽物”の方なんだよ。

僕が気にするのは「オリジナルかどうか」じゃなくて、
「一周目と同じ気持ちにさせてくれるかどうか」だったんだ。
変わっちまった本物には、もはや興味がないんだな。

147: 2012/10/21(日) 20:34:36.70 ID:0NqI+JUK0
それに、勘違いも十年も続けば、それはもう
本人にとっては修正しようがない事実なんだよ。

そして、僕の求める”偽物”の子が、そもそも僕とは
赤の他人だったということが分かって、僕はがっかりした。
こうなると、彼女と僕が結ばれる根拠は、いよいよ無いじゃないか。
僕が信じてきた赤い糸は、広場にいる彼女じゃなくて、
隣で頭を抱えている女の子と繋がっていたわけだからね。

しかし、見れば見るほど、本物の元恋人は、
僕と似たような変化を遂げていて、驚いたね。
二周目の自分を客観的に見てる気分だったよ。
あんまり良い気分じゃなかったな。

148: 2012/10/21(日) 20:44:49.87 ID:0NqI+JUK0
そういうわけで、運命の再会とはいかなかった。

寂しそうな目で広場を見つめる本物の元恋人は、
隣に誰か、温かい存在を必要としているように見えた。
うん、今度ばかりは、勘違いじゃなかったと思うよ。

けれども僕は、彼女に話しかけず、店を出た。
僕が必要としているのが彼女でないように、
彼女が必要としているのも、僕の代役の方だろうからね。

149: 2012/10/21(日) 20:58:45.16 ID:0NqI+JUK0
僕は街を当てもなく歩いた。そうしたい気分だったんだ。
どこもかしこもクリスマスムードでむなしくなったけど、
とことんそういう気分に浸りたい気分でもあったな。

考えてみると、色んなことが馬鹿馬鹿しかったね。
そもそも僕は、あの代役を殺す気でいたわけだけど、
本当にそんなことができる気でいたんだろうか?

そして奇跡的にそれに成功したところで、
その相手の子は、今の僕を好きになると、
本気で考えていたんだろうか?
だとしたら、頭がおかしかったんだろうな。

150: 2012/10/21(日) 21:02:38.45 ID:0NqI+JUK0
そういうわけで、僕はドッペルゲンガーの
殺害計画を諦めたわけなんだけどさ、
願いってのは、腹立たしいことに、
願うのをやめた頃に叶うものなんだ。

154: 2012/10/21(日) 21:50:20.71 ID:0NqI+JUK0
僕は頭をからっぽにしたかったんだ。
今まで以上に、色んなことを忘れたかった。
尾行する必要もなくなって、時間も余っていた。
それで、目についた短期アルバイトに、
片っ端から応募することにしたんだ。

毎日夜遅くにくたくたになって帰宅する僕を見て、
五回目の家出をしてきていた妹は、
「おにいちゃん、恋人でも出来た?」と聞いてきた。
今一番聞きたくない言葉だったね、まったく。

そんでね、どうせ予定もないのだからと、
年末までアルバイトを詰め込んだ僕だったけど、
ろくに内容の説明も読まなかったせいで、
クリスマス当日に、恋人の集まるデパートで、
抽選会の係をすることになっちまったんだよ。

157: 2012/10/21(日) 22:06:06.26 ID:0NqI+JUK0
浮かない気持ちで現地に集合すると、なんとね、
思いもよらない人間がバイトに来ていたんだ。

そう、本物の方の、僕の元恋人さ。
うん、実に気まずい感じだったよ。
やることも考えることも一緒なんだね、僕たちは。

向こうは僕の顔を見ると、軽く頭を下げた。
僕も同じように返したけど、この分だと、相変わらず、
彼女は僕の正体に気付いていないみたいだった。

僕たちは知り合いと言うことでペアにされて、
暑苦しいサンタのコスチュームを着せられて、
浮かれた夫婦やカップルなんかを相手にした。
かつては僕たちも向こうの人間だったんだけどな。

思えば、高校時代も、友達のいない僕たちは、
他に組む相手がいないときなんかに、
こうやって二人気まずく作業していたんだよ。
それを思うとおかしかったね。

158: 2012/10/21(日) 22:25:14.99 ID:0NqI+JUK0
休憩時間になると、僕は元恋人を放って、
一人で外に煙草を吸いに行ったんだ。
彼女といると、過ぎたことばかり考えてしまうからね。

何気なく駐車場の様子を眺めていると、
見覚えのある青い軽自動車が入ってくるのが見えた。

それは僕がストーカー時代によく目にした車なんだ。
つまり、代役二人が乗っている車というわけさ。
結構めずらしい車種だったから、すぐに分かった。

そういえば、二十歳のクリスマスの夜、
僕たちはにここを訪れたんだっけ。

162: 2012/10/21(日) 22:41:02.54 ID:0NqI+JUK0
休憩が終わってさ、再び抽選会場に戻って、
まあこのあと起こることは予想できると思うけど、
四人は、そこで初めて一堂に会することになるんだ。

いつも以上に幸せそうなその二人は、まさかその幸せが、
目の前にいる二人の冴えないサンタクロースによる
クリスマスプレゼントだったとは、思いもしなかっただろうな。

本物の元恋人の方を見ると、やっぱり、
僕の代役の方を見て、辛そうな目をしてたな。
多分僕も、そういう目をしていたんだと思うよ。

164: 2012/10/21(日) 22:50:59.76 ID:0NqI+JUK0
代役の二人たちが行ってしまってから、僕はしばらく、
彼らがこれからどう過ごすのかを思い出していた。
隣にいる元恋人も、同じことを思い出していたんじゃないかな。
こんなに気分の悪いことって、そうそうないよ。

抽選会場の傍には家電コーナーがあって、
僕は気を逸らすために、そこに置いてある
大型テレビの映像を眺めることにした。

なんてことはないニュース映像が流れていて、
たまに駅前のイルミネーションが映されたりして、
――そして僕は突然、さっきの二人が、
これから死ぬ運命にあるってことに気付いたんだ。

166: 2012/10/21(日) 22:59:22.49 ID:0NqI+JUK0
人間の運ってものは、長い目で見れば、
釣り合いの取れてるものなのかもしれないな。

その考え方は、大抵は運のない人間が
自分を慰めるために使う言葉なんだけど、
この時ばかりは、そう思わずにはいられなかったよ。

不思議と、どんな感情も湧いてこなかったね。
そうか、あの二人は死んでしまうのか。それだけ。

どちらかと言えば、喜ぶべきことだったと思うよ。
あの男のことが憎いことには変わりがないし、
あの女の子はどうせ僕のものにはならないんだし。

そう、手に入らないものなら、最初っからない方が幸せなんだ。

179: 2012/10/21(日) 23:39:34.95 ID:0NqI+JUK0
でも、次の瞬間には、僕はアルバイトを放り出して、
かつての恋人の手を取って走り出していた。
いやあ、自分でも意味わかんなかったなあ。

でも仕方ない話なんだ。これからすることが、
一人でどうにかできるものなのか分からなかったし、
話を信じて協力してくれるとしたら、彼女だけだろうからね。

デパートの中を駆け抜けていくサンタ二人を見て、
子供なんかは僕らを指差して騒いでいた。
実際、奇妙な光景だったと思うよ。

彼女が何も言わずについてきたのはさ、握られた手に、
どこか懐かしいものを感じたからだと思うんだよ。
なんでかっていうと、僕がまさにそのように感じたから。

184: 2012/10/21(日) 23:50:11.30 ID:0NqI+JUK0
外に出ると、既に吹雪になりかけていた。
僕は車に乗り込んでエンジンをかけた。

珍しく僕の頭は冴えわたっていたんだ。
さっき見たニュースの進行具合から言って、
間に合うかどうかの瀬戸際だったな。

そんな緊迫した状況なのに、一方で僕は、
おかしくて仕方がなかったんだ。

自分が自分らしくない行動に出るのってさ、
多分人生で起こることの中で、一番面白いんだよ。
二周目の人生を主にそれに悩まされてきた僕だけど、
でもやっぱり、人が「らしくない」ことを出来るのって、
何かに対して一矢報いたような気がして、気持ちがよかったね。

188: 2012/10/21(日) 23:59:52.96 ID:0NqI+JUK0
「二十歳のクリスマスで、ひどい雪の日だったな」
車を飛ばしながら、僕は助手席の彼女に言った。

「覚えてるかな? プレゼントを渡しあった僕たちは、
紅茶を飲みながら、テレビを見ていたんだ。
わざとヒーターはつけないで、二人で毛布を被ってさ。
ロウソクの火でわざわざ暖まったりして……、
そういうのが楽しかったんだ、その頃の僕たちは」

彼女は目を見開いて、僕の方を見つめる。
しかし彼女が何か言う前に、僕は先を続ける。

190: 2012/10/22(月) 00:07:12.91 ID:T7AA0Ab80
「テレビでは事故のニュースがやってた。というのも、
あまりに雪がひどくて、その夜、一部で停電が起きたんだよ。

それはそれでロマンチックではあるんだけどさ、
場所によっては信号までつかなくなっちゃって、
吹雪で視界も悪くて、案の定、痛ましい事故が起きるんだ。

そのとき僕らが聴いてたCDは『レノン・レジェンド』で、
ちょうど『スタンド・バイ・ミー』が終わって、
『スターティング・オーヴァー』が始まった辺りだったな。
それくらい鮮明に覚えてるよ。クリスマスに死ぬなんて、
運の悪い人間もいるもんだなって思ってさ」

193: 2012/10/22(月) 00:15:04.18 ID:T7AA0Ab80
「ニュースの映像では、数台の車がぐちゃぐちゃになってて、
――その中に、青い軽自動車があったことを覚えてるんだ。
実を言うとそれは、二周目の僕にとっては、馴染み深い物でね。
何せ、自分の役割を奪った男が乗っていた車だったから」
そこまで言って、僕は一度、横目に時計を見る。

「このまま放っておけば、同じ事故が起きて、彼らは命を落とす。
それは本当なら、僕にとっては望ましい展開のはずなんだ」

彼女は何も言わず、黙って話を聞いていた。
視界の端で頷く彼女に、僕はまた懐かしい感じを覚えたな。

「でもさ」と僕は言う。
「そういう悲劇を見逃すには、今日はあまりにもめでたい日だ。
それに僕は、一周目の人生を愛しているのと同じように、
それを再現してる彼らのことも、どっか愛してるところがあるんだよ。
僕も、たまには、二周目らしいところを見せてやろうと思う。
一周目の反省や教訓を活かして、もっと優れた二周目を目指すんだ」

196: 2012/10/22(月) 00:27:18.60 ID:T7AA0Ab80
事故現場に到着した僕らは、停電に備えて待機した。
彼女はおそるおそる僕の肩を叩いて、聞く。
「これまでにも、こうやって、人を助けたりしてきたの?」
相変わらず、いいところに目をつけるんだよな。

「いや。これが初めてだね」と僕は答える。
「だから、今やってるのは、あんまり良くないことだと思うよ。
本来、数えきれないくらいの命を救えたはずの人間が、
いまさら自分の助けたい相手だけ助けるなんてさ」

「そっか……私も、これが初めて」と彼女は言う。
「私、二周目に入ってからも、一周目の記憶を使って
何かしようとしたことは、一度もなかったんだ。
今はこんな風になっちゃったけど、本当は、
私、前の人生を、そのまま繰り返そうと――」

「僕もそうさ」被せるように僕は言った。

199: 2012/10/22(月) 00:33:07.89 ID:T7AA0Ab80
「あのさ」と彼女は言った。
「停電で、見えなくなっちゃう前にね、
最後に一つだけ、確認させて欲しいんだ」

「何を?」と僕が言い終える前には、
彼女は背伸びして、僕の頬に唇を当てていた。
「ごめんね」と彼女は言った。「それだけ」

確かに、確認はそれだけで十分だったんだ。
それだけで、色んなことを、僕は思い出せた。

僕はずいぶん表面的なことに捉われていたんだろうな。
二周目における記憶の制限は、僕の考え方にまで、
致命的な欠陥を与えてしまっていたようなんだ。
言葉にできない感覚を、僕は軽視し過ぎていたんだよ。
このことにしたって、口で言っても伝わんないんだろうけどね。

「こんなに傍にいたんだね」、目を伏せて彼女はそう言った。
彼女が振り返るのとほぼ同時に、辺りの灯りが一斉に消えた。

200: 2012/10/22(月) 00:42:03.35 ID:T7AA0Ab80
それは実に馬鹿げた光景だったと思うよ。
サンタクロース二人が袋から色んな灯りを出してさ、
誘導棒を持って交通整理をし始めたんだから。

用意した色とりどりの回転灯なんかは、見方によっては、
クリスマスのイルミネーションに見えなくもなかったな。
馬鹿みたいに沢山並べたんだよ、僕たち。

しかも僕はその馬鹿らしさに当てられちゃって、
窓を開けてねぎらいの言葉をくれたカップルとかに、
何回か「メリークリスマス!」を言っちまったんだ。

一番言いたくなかったはずの言葉なのにな。
格好と寒さで頭がどうかしてたんだと思うよ。

本当に酷い吹雪でさ、目を開けているのも辛かったし、
無意識に奥歯を噛みしめちゃって、顎が痛くて、
自分がどこまで服を着てるのかも分かんないくらい、
体のあらゆるところが冷え切ってたね。

201: 2012/10/22(月) 00:47:52.28 ID:T7AA0Ab80
僕のやり方が正しかったかどうかは分からない。
でも、結局、事故は一件も起こさずに済んだんだ。

何回か僕たちの方が轢かれそうになったけど、
まあ目立つ服装だったからね、何とか生き延びた。
この日ばかりはサンタクロースの格好に感謝したね、
これがジャックランタンとかだったら、間違いなく死んでたよ。

そして、例の青い車が通り過ぎるのを、僕たちは見送った。
かつての僕たちが通り過ぎていくのを見送ったんだ。

最初っから最後まで、彼らはなんにも知らない。
でも、それでいいんだと思うよ。

それどころか、自分が助けられたということに
彼らがまったく気付いていないことが、
僕にとっては、たまらなく痛快だったんだ。

202: 2012/10/22(月) 00:53:02.12 ID:T7AA0Ab80
電気が復旧した頃には、僕たちの体は死体みたいに冷えて、
風邪でも肺炎でもなんでも来いって感じだったね。

どこかで暖まりたかったけど、既にどこの店も閉まっていて、
携帯にはバイト先から着信が何件もきていて、
雪にタイヤをとられて車が動かなくなって、
どっから手を付けていいのか分からないような状況だったな。

けれどもそのとき、時計の針が、十二時をさしたんだ。
そう、この瞬間、繰り返しは終わりを告げる。

ここから先は、僕たちも完全に知らない世界だ。

本物の元恋人は、歯をがちがち言わせて震えながら、
消えそうな声で、「さむいね」と僕に微笑みかけた。
それだけ喋るので精いっぱいだったんだと思う。

思えばさ、ここ十年、僕は寒さを分かち合う相手さえいなかったんだ。

204: 2012/10/22(月) 01:01:16.11 ID:T7AA0Ab80
なんでかな。その時ふいに、僕は幸せな気持ちになったんだ。
代役の二人は今後も僕らの席に座り続けるだろうし、
後期の単位は既に取り返しがつかないし、友達はいないし、
おまけに今すぐ凍えて死にそうで――けれども、幸せだったんだ。

これからは、何があっても、大抵のことは平気な気がしたんだ。
僕たちなら、それなりに上手くやっていけそうな気がした。
それはいかにも根拠のない自信だったけど、
根拠がない自信ほど、強力なものもないんだよ。

混乱してたのかもしれないけど、ひょっとすると、そのときの僕は、
一周目の二十歳のクリスマスより、幸せだったかもしれない。
だとしたら、それって、本当に本当にすごいことだよ。

十年ぶりの、ハッピークリスマスってやつだったんだ。

205: 2012/10/22(月) 01:05:02.90 ID:T7AA0Ab80
朝方に帰宅した僕は、眠気もまったくなくて、
なんだか生まれ変わったような気分だった。

僕が恋人から貰ったプレゼントをごそごそやっていたせいで、
僕のベッドで寝ていた妹が、目を覚ました。
眠たげな目で、枕元にある僕からのプレゼントを眺めて、
少し遅れて、「おおー」と満更でもなさそうに言った。
寝起きの妹って、ちょっとだけ一周目の面影があるんだよ。

僕はベッドに腰掛け、「なあ」と話しかけた。

「兄ちゃんは、十年後から戻ってきたんだよ」

妹は寝ぼけた顔で、やっぱり、「おかえりー」と笑った。
僕はそれが大のお気に入りだったから、
「ただいま」と言って妹の頭を撫でた。
妹は不服そうに僕の顔を見つめたけど、
内心、そんなに悪い気はしていないみたいだった。

208: 2012/10/22(月) 01:10:14.22 ID:T7AA0Ab80
「兄ちゃんは、十年後から戻ってきてたんだ。
僕は十歳から二十歳の人生を、もう一度やり直したのさ。

そのときの僕には、これから自分が犯す過ちだとか、
本当にやるべきことというのが、分かったんだ。
なろうと思えば、神童にだって、予言者にだってなれた。

でも、僕はなにひとつ変える気がなかったんだ。
前と同じ人生を送られれば、それだけで十分だったからね。

しかし僕は、一周目の再現に失敗してしまったんだ。
周りの幸せだったはずの人たちにも、悪い影響を与えてしまった。
――ただ、だからこそ、僕は知ってるんだよ。
僕たちは、もっとまともになれるはずだったってことを。
微妙な違いで人は変わるし、変われるんだってことを。

ちょっと歯車がずれて、こんな風にはなってしまったけれど、
それは些細な違いであって、僕らがまともになれない理由はないはずなんだ。
だからさ、もう一度、あの日々を取り戻そう。そろそろ、反撃開始と行こうじゃないか」

プレゼントを抱えた妹は、やっぱり、「よくわかんない」と答えた。
いずれわかるさ、と僕は言った。

209: 2012/10/22(月) 01:16:18.67 ID:T7AA0Ab80
というわけで、物語はここまでです。
最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。

今日もこの場を借りて宣伝……というか、
すでに何人かに指摘されちゃってますが、
そうです、作者は「げんふうけい」の僕でした。

212: 2012/10/22(月) 01:21:52.97 ID:6vnj7NqX0
寝付けなかったけど、この話しの完結を見れてよかったよ。

213: 2012/10/22(月) 01:23:45.08 ID:5f8UERu70
>>1
やっと寝れるわ、面白かったからいいけどね

224: 2012/10/22(月) 02:47:13.39 ID:p5C347Hy0
映画化希望!

233: 2012/10/22(月) 09:00:19.80 ID:ERW1wRbZ0
面白かった!

引用元: 十年巻き戻って、十歳からやり直した感想